1: 2012/01/13(金) 22:13:17.99 
<喫茶店>

俺たちは知り合ってから、けっこう経つ。
なのに、互いのことは全く知らないし、聞こうとも話そうともしない。

一日のうち、この喫茶店で会うわずかな時間が全てだった。

男「そのオッサン、泥水まみれになっちゃって……」

女「アハハ、かわいそうに」

男「だろ? でさぁ──」

ピーピーピー

男「!」

女「あ、なにか鳴ってるよ? 腕時計じゃない?」

男「やべっ、変な時間にセットしちゃってたみたい、これ。ハハハ」



2: 2012/01/13(金) 22:16:03.54 ID:VmYGBISb0
昭和臭が半端ない

3: 2012/01/13(金) 22:16:06.69 ID:dzZcVtXG0
私たちは知り合ってから、けっこう経ってる。
なのに、お互いのことは全く知らないし、聞こうとも話そうともしない。

一日のうち、この喫茶店で会うわずかな時間が全てだった。

女「私もたまにやっちゃうよ、そういうこと」

男「あ! そういやちょっと用事を思い出した! 悪い……金は払っとくから!」

女「え、あっ、う、うん」

女「………」

女(ちょうどよかった。私もそろそろ抜けなきゃいけなかったし……)

4: 2012/01/13(金) 22:18:44.10 ID:dzZcVtXG0
男は近くの路地裏に入ると、注意深く辺りを見回した。

男「ここら辺でいいかな……」

男「変身っ!」

ヒーロー「これでよし、と」

ヒーローは腕についている装置から、指令を読み取る。

さっきのアラームは指令の合図なのである。

『□□県○×市でワール団の連中が暴れている。至急向かってくれ』

ヒーロー「了解!」

ヒーロー「○×市はここから北に20kmだったな……出動っ!」

ドヒュン!

5: 2012/01/13(金) 22:21:37.94 ID:dzZcVtXG0
『ワール団』は数ある悪の組織の中でも、最も古い歴史を持つ。

ボスの下に三人の幹部がおり、さらにその下に大量のザコ戦闘員がいる。

<○×市>

ザコA「道路にガムをひっつけてくれるわ~!」

ザコB「横断歩道の白い部分を全て黄色に変えてやる~!」

ザコC「市内のベンチというベンチを、ペンキ塗りたてにしてくれる~!」

市民「くそっ……なんてひどいことを!」

警官「ワール団め……。お前たちやめないか! う、撃つぞっ!」

幹部「我々に銃など効かぬと、分かっているくせに……」

ドラゴン「俺らの悪事の邪魔はさせねえ。どいてろ」

ドカッ!

警官「うぎゃあ!」

6: 2012/01/13(金) 22:23:24.66 ID:dzZcVtXG0
ヒーロー「やめろーっ!」

市民「ヒ、ヒーローだっ! ヒーローが来てくれたぞっ!」

幹部「やっと現れたか、ヒーロー。我々の狙いはキサマだからな」

ドラゴン「ガハハハハ、やっちまえ! おめえら!」

ザコA「オラーッ!」
ザコB「アチョー!」
ザコC「強めにお願いします!」

ヒーロー「せりゃっ!」

バキッ! ドゴッ! ガゴッ!

ザコA「ぐはぁっ!」
ザコB「げふぅ!」
ザコC「ありがとうございました~!」

ヒーロー「ワール団! 今日という今日こそ、成敗してくれるっ!」

ヒーロー「……ん? 今日は三幹部のうち幹部とドラゴンの二人しか来てないのか」

8: 2012/01/13(金) 22:26:19.70 ID:dzZcVtXG0
ドラゴン「てめえ如き、俺様一人で十分だぜ! 行くぜっ!」
ヒーロー「来いっ!」

バキッ! ドカッ! ガンッ!

幹部(さすがはヒーロー、ドラゴンが押されている。仕方ない、加勢するか……)

女幹部「お待たせ~」

幹部「遅いぞ、何をしていた!」

女幹部「あらやだ、レディに野暮なこと聞かないでよ」

幹部「ちっ……これだから女は! まぁいい、ドラゴンを助太刀するぞ!」

女幹部「はいはい」

バゴッ!

ドラゴン「ぐおおっ! くっ、くそう!」

幹部「今加勢するぞ、ドラゴン」

ヒーロー「まとめてかかって来い!」

9: 2012/01/13(金) 22:29:48.33 ID:C2x9Tkv80
がんばれヒーロー!

10: 2012/01/13(金) 22:29:55.00 ID:dzZcVtXG0
ドラゴン「ファイヤーブレス!」ボアアッ

ヒーロー「これしきの炎、正義に燃えている俺には通じんぞ!」

ドゴッ!

ドラゴン「うぎゃあっ!」ドサッ

幹部「おのれ、エネルギーボール!」ボボボッ

ヒーロー「はあっ!」バシバシバシッ

幹部(全て弾いただと!?)

幹部「くそぉっ! おい女幹部、早く私に加勢するんだ!」

女幹部「うるっさいな、男のくせにみっともないよ!」
   (全力疾走してきたばっかで技出せる状態じゃないの、ほんとゴメン)

ヒーロー「とりゃあっ!」バキッ!

幹部「ぐ……また負けた……!」バタッ

ヒーロー「残るはお前一人だ! 観念しろっ!」

女幹部「フン、今日こそアンタを倒してやるよ!」

12: 2012/01/13(金) 22:33:23.92 ID:dzZcVtXG0
女幹部「キラーウィップ!」

シュルッ!

ヒーロー「しまった!」

女幹部「このムチで縛られたら、もう身動きできないよ! 覚悟はいい?」

ヒーロー「なんのぉっ!」ブチッ!

弾け飛んだムチの破片が、女幹部の頬をかすめ、傷がついた。

女幹部「あぅっ!」

ヒーロー「あ……!」

女幹部「やるじゃない、キラーウィップを破るとはね! ええいっ!」

ヒーロー「(バカ、動揺している場合か)ていっ!」

バシィッ!

女幹部「くっ……!」ガクッ

13: 2012/01/13(金) 22:33:39.87 ID:G8C6jhoQ0
昭和臭がたまらん!
もっとやれ!

14: 2012/01/13(金) 22:36:34.87 ID:dzZcVtXG0
ヒーロー「仲間を連れてさっさと立ち去れ!」

女幹部「ちくしょう、次こそはお前を倒してやるからね! 覚えておきなよ!」

ワール団はみじめに退散していった。

市民「やったやったー!」

警官「ありがとうございます、助かりました!」

ヒーロー「うむ、では達者でな!」ヒュンッ



ヒーロー「任務完了しました」

『ご苦労』

シュンッ

男(やれやれ、今日もみすみす逃がしちまった……。甘いなぁ、俺は)

男(不可抗力とはいえ、あの女幹部の顔……傷つけちまった)

男(敵とはいえ女だから、なるべく顔は狙わないようにしてたんだけど)

男(──ってかまうもんか! 相手は悪党で、俺はヒーローなんだ!)

15: 2012/01/13(金) 22:39:52.27 ID:dzZcVtXG0
<ワール団アジト>

ボス「なんという醜態だ!」

ボス「またしても、幹部揃ってヒーローにやられたのか! バカモノどもが!」

幹部「申し訳ございませんっ!」
女幹部「ご、ごめんなさい……!」
ドラゴン「すいませんっ!」

ボス「打倒ヒーローはワシの……我がワール団の悲願なのだぞ!」

ボス「こんなことではいつになったら達成できるか分からん!」

ボス「もうよい、下がれ!」



鏡の前で女がつぶやく。

女「この傷、絶対聞かれるよね。どうしようかなぁ……」

女(……にしても、今まであれだけ戦ってるのに、顔に傷ついたの今日が初めてとは)

女(さすがヒーローってだけあって、やっぱ優しいなぁ)

女(なぁ~んてね、相手の優しさに喜んでるようじゃ悪の幹部やる資格ないよね)

16: 2012/01/13(金) 22:44:16.68 ID:dzZcVtXG0
翌日──
<喫茶店>

ヒーローとして戦う日々、ここで彼女と過ごすわずかな時間が俺の唯一の生きがいだ。

互いに互いを探らず、当たり障りのないことばかりを話す。
それだけで十分幸せなはずだったのに──

男「ちょっ……どうしたんだよ、その傷!?」

女「え、と……料理でミスっちゃって……」

男「なにをどうミスれば、料理で顔に怪我するんだよ!」

男「だれかにやられたんだろ!? いえよ、俺が成敗……や、やり返してやるよ!」

女(相手はヒーローでした、なんていえるはずないよね)

女「こんなのすぐ治るし、別にいいじゃない。なんか今日、ちょっと変だよ……?」

男(俺としたことが、女幹部との戦いを思い出してしまった……!)

男「いや……いいんだ。なんでもないんだ。ゴメン」

男「俺たち、互いのことは詮索しないってなってたのにな」

女「こっちこそゴメンね。心配してくれたのに……」

18: 2012/01/13(金) 22:45:39.23 ID:dzZcVtXG0
悪の幹部として戦う日々、ここで彼と過ごすわずかな時間が私の唯一の生きがいだ。

互いに互いを探らず、当たり障りのないことばかりを話す。
それだけで十分幸せだったはずなのに──

女「(話題を変えないと)あ、ニュースやってる」

テレビ『昨日、□□県○×市にワール団一味が現れ、さまざまな悪事を働きましたが』

テレビ『まもなくヒーローが駆けつけ、ワール団は撃退されました』

女「またヒーローが活躍したんだね。おっ、空飛んでるよ。かっこいい~」

男「あんなもん、全然かっこよくないよ」

女「え……?」

19: 2012/01/13(金) 22:48:26.70 ID:dzZcVtXG0
男「いちいち対応は後手後手だし、いつも悪者どもを逃すし」

男「無駄に腕力ばかりある無能だよ」

女「急にどうしちゃったの? やっぱり今日の男は変だよ……」

男「変じゃないよ。近頃じゃ、ワール団以外の悪の組織も台頭してきてるし」

男「敵は全て殺すくらいの意気込みでなきゃ、真の平和なんて永遠に訪れないんだよ」

女「たしかに、あなたのいってることは正しいのかもしれない……」

女「でも、ヒーローが敵を殺さないのは、なんていうのかな……」

女「たとえ悪人に対しても、優しさを忘れない……みたいなことなんだと思う」

男「優しさなんかじゃないよ、単なる甘えだよ」

男「ようするに怖いんだろうな、殺すのが。決定的な恨みを買う恐れもあるし」

21: 2012/01/13(金) 22:51:09.45 ID:dzZcVtXG0
男「世間ではチヤホヤされてるけど、俺には単なるヘタレにしか見えない」

女「ヘ、ヘタレって……! あんなに頑張ってるのに……!」

男「ふうん、お前は悪人にのさばって欲しいとでもいう気か?」

男「あ、女。お前、もしかして実は悪者の一味とか?」

女「ひ、ひどいっ!(す、鋭い……!)」

女「男こそ、まるで自分がヒーローみたいな口ぶりじゃない!」

男「な、なにいってんだ、意味わからねえよ!(し、心臓止まるかと思った……)」

女「そっちが最初にいったんじゃない!」

男「どうせ俺は、ヒーローみたいに優しくねえよ!」バンッ!

女「………」

男「………」

22: 2012/01/13(金) 22:54:01.79 ID:dzZcVtXG0
女「ゴメン……私、帰るね」ガタッ

男「………」

男(普通なら、ここで追いかけるんだろうな……)

男(家の前で待ってたりとか……)

男(でも、俺はあいつの住んでる場所を知らない。連絡先すら知らない)

男(むろん、あいつも俺の住んでる場所その他を知らない)

男(知り合ってから今まで、一度たりともお互いの過去を話したことはない)

男(俺には話せない事情があるし、きっと彼女にもあるのだろう)

男(それが暗黙の了解だった。利害が一致した)

男(だから、とても楽だった。心地よかった……)

24: 2012/01/13(金) 22:55:39.67 ID:dzZcVtXG0
男(俺の住んでいる場所は教えてはならない)

男(なぜなら、それを教えることは俺がヒーローであるとバラすのとほぼ同義だからだ)

男(きちんと口止めさえすれば、バラすことになんのペナルティもない……)

男(もしバラしても、彼女なら決して他言しないだろう)

男(でも、バラせない)

男(あんなにヒーローに羨望の眼差しを向けている女に、今更いえるわけがない)

男(失望させるだけだ……)

男「はぁ……」

ピーピーピー

25: 2012/01/13(金) 22:59:48.80 ID:dzZcVtXG0
女(ふぅ……なんで出てきちゃったんだろ)

女(男がいつもと様子がちがうってのは、分かりきってたのに)

女(とりあえず、家に戻るか……)

<ワール団アジト>

女「ただいま」

青年「お、なんかご機嫌斜めなんじゃないか? ん~? もしかして生理か?」

ドスッ!

青年「いってぇ……ジョークが通じねえ奴」

女(ったく、変身時と性格が違いすぎるっての!)

ドラゴン「今日は活動予定もないのに、えらく帰りが早いじゃねえか。どうした?」

女「なんでもない……」

女「部屋、行ってるね」

26: 2012/01/13(金) 23:04:04.78 ID:dzZcVtXG0
<ワール団アジト/女の部屋>

女(思い返してみると──)

女(私は女としても女幹部としても、ヒーローのいい面しか見ていない)

女(もしかしたら、ヒーローにだっていわゆる人に見せたくない面があって)

女(普段のヒーローとしての顔とのギャップに苦悩しているのかもしれない)

女(……そして、男もきっと私の知らないところで“いい役目”を演じる立場にいて)

女(なにか辛いことがあって、あのヒーローのニュースで抱えてたことが爆発した……)

女(警察官……とかなのかな? もしかして)

女(悩みがあるのなら聞きたい。聞いてあげたい)

女(でも、自分のことをなにも教えられない私が、聞けるはずがない)

女(私がワール団の幹部だって知られたら──幻滅される)

女(あんなに悪を憎んでいるあの人に、いえるわけがない……)

27: 2012/01/13(金) 23:05:02.69 ID:dzZcVtXG0
一方、その頃──
<△□市>

ヒーローは、悪の組織『アーク団』の怪人軍団と対峙していた。

新鋭の組織であり、悪事の度合いはワール団の比ではない。

怪人A「来やがったか、ヒーロー! 昨日もご活躍だったそうじゃねえか」

怪人B「俺たちはワール団みたいな、甘っちょろい組織とはワケが違うぜ」

ヒーロー「………ブツブツ」

怪人C「フッ、今のうちに念仏でも唱えてるのか?」

ヒーロー「お前たちのような悪がのさばっている限り」ブツブツ

ヒーロー「俺はヒーローをやめられない……」ブツブツ

ヒーロー「好きな人に自分の素姓すら明かせない……」ブツブツ

怪人A「な、なんだぁ? お前、本当にヒーローか? まさかニセモノ?」

グシャッ!

怪人A「ぐげぁ!」

怪人B「な、な、な……!」

ヒーロー「お前たち、皆殺しだっ!」

29: 2012/01/13(金) 23:08:39.55 ID:dzZcVtXG0
<ワール団アジト/女の部屋>

女(あー……ウジウジ悩んでてもしょうがない)

女(テレビでも見るか……気が晴れるとは思えないけど)

ピッ

テレビ『こちら△□市の上空です……』

テレビ『え~……ヒーローとアーク団の怪人軍団が凄まじい死闘を演じております!』

女「!」


テレビ『で、ですが、なんというか……語弊があるかも知れませんが』

テレビ『ヒーローの戦いぶりが、とてもいつものヒーローとは思えません!』

テレビ『まるで血に飢えた獣のような……』

女「……なんなのこれ。まるで──」

ザッ!

31: 2012/01/13(金) 23:12:24.46 ID:dzZcVtXG0
ダダダッ!

女「はぁっ!」

ブワァッ!

女幹部「行かないと……!」

青年「お、どこ行くんだ? 金に困ってカラダでも売りに行くのか?」

ダダダッ!

青年(む、無視かよ)

ドラゴン「アイツ変身なんかしてどこ行く気だ? ボスからはなにも聞いてないぜ」

青年「……世話の焼ける妹分だ」

32: 2012/01/13(金) 23:13:54.54 ID:dzZcVtXG0
<△□市>
ヒーローは10体の怪人軍団のうち、すでに7体を倒していた。

怪人H「ヒィィッ! 助けてくれェ~! も、もうやめ──」

ヒーロー「だまれっ!」

ゴシャッ!

怪人I「お、俺逃げるぜ……あんなのと戦えねえよ……」

怪人J「オイラも……」

ヒーロー「逃がすと思ってるのか? 一刻も早くお前らを全滅させ──」

 「待ちなさいな」

33: 2012/01/13(金) 23:17:04.02 ID:dzZcVtXG0
ヒーロー「なぜお前がここに……!」

女幹部「ずいぶん派手にやってるじゃない、ヒーロー」

怪人I「キサマ、ワール団の女幹部だな!? ワール団如きの出る幕などないぞ!」

怪人J「ここはオイラたちアーク団の戦場だ! 立ち去れ!」

女幹部「アンタら、ジャマ」

女幹部「どいてくれる?」

怪人I&怪人J「ど、どきます……」スゴスゴ

ヒーロー「なんの用だ? まさかアーク団を助けに来たってワケじゃないだろう?」

女幹部「かろうじて、まだ一匹も殺してないみたいね」キョロキョロ

女幹部「まだ、あの不器用なヒーローっぽさが心のどこかに残ってるのかもね」

ヒーロー「なんの用だと聞いてるんだ!」

34: 2012/01/13(金) 23:21:29.80 ID:dzZcVtXG0
女幹部「アンタとアーク団の戦いなんて、本来どうでもいいんだけど──」
   (むしろアーク団のゲスなやり口はヘドが出るくらいだし)

女幹部「なんていうか、今のアンタ、私の好きな人とソックリだったの」

女幹部「ちょっと他人事とは思えなくってね」

ヒーロー「お前たちのような悪党でも好きな人なんているのか。初耳だな」

女幹部「アハハ、するに決まってるじゃない」

ヒーロー「うらやましいね」

ヒーロー「俺にも愛する人はいる」

ヒーロー「だが俺は恋なんかできない。俺がヒーローである限りな……!」

ヒーロー「だからもう、お前たちに容赦はしない……!」

ヒーロー「命をもらう!」

女幹部「かかってらっしゃい」

女幹部「抱えてるモノ、全部受け止めてあげる」

女幹部「アンタが愛してる人の代わりに、ね」

35: 2012/01/13(金) 23:23:36.27 ID:dzZcVtXG0
女幹部「キラーウィップ!」

ビシィッ!

ヒーロー「ぐうっ!」

女幹部「どうしたの、昨日より動きが固いよ? やっぱり戸惑ってるんじゃない?」

ヒーロー「う、うるさいっ! だまれっ!」

バチッ!

女幹部「──つっ、こんなんじゃ、ウチのザコたちも倒せないねぇ」

ヒーロー「う、うるさぁい!」

バキッ! ドゴッ! ドスッ!

女幹部「う……ぐっ! ふふっ……。まだ……悪は生きて、るよ……」

ヒーロー「こ、このっ!」

36: 2012/01/13(金) 23:26:23.83 ID:dzZcVtXG0
怪人I「ダ、ダメだ……ワール団の女幹部でもまるで話になってねえ」

怪人J「今のうちに仲間連れて逃げよう。アイツが殺られたら、次はオイラたちだぜ!」

ダダダッ!

女幹部「も、もう動け……ないね。さぁ、殺しなよ……」

ヒーロー「……くっ」

女幹部「アンタに殺されるなら……悔いはないさ……」
女『あなたに殺されるなら……悔いはないよ……』

ヒーロー「!」

ヒーロー(な、なんで今、コイツと彼女が重なって見えたんだ! ちくしょう!)

ヒーロー「俺にはもう……できない」

女幹部「ふふ……元の顔に戻れた……じゃないの」

女幹部「よ、よかった……」

ヒーロー「女幹部!」

38: 2012/01/13(金) 23:28:10.48 ID:dzZcVtXG0
女幹部「どう……? 私、アンタの愛する人ってのに……少しは追いつけた……?」

ヒーロー「敵にこんな気持ちになるのは生まれて初めてだ……」

ヒーロー「だが、やはり俺の一番は……あの人なんだ……。すまん……」

女幹部「ハハ……残念……。少し、妬ける、ね……」ガクッ

ヒーロー「女幹部!? 女幹部っ!」グイッ

ザッ

幹部「遅かったか……! ヒーロー……よくもやってくれたな……!」

ドラゴン「弔い合戦といこうじゃねぇか!」

ヒーロー「……お前たちも来てたのか。ちょうどいい」

ヒーロー「女幹部はまだ生きてる。治療してやってくれ……じゃあな」ドヒュンッ!

幹部(なんだ? 今までのヒーローと、まるで表情がちがったぞ……)

ドラゴン「オイ幹部! 女幹部を連れてアジトへ戻ろう! まだ助かるぜ!」

幹部「あ、ああ……!」

39: 2012/01/13(金) 23:30:28.95 ID:dzZcVtXG0
<ワール団アジト/医務室>

女「えぇっ!? 一週間もここで寝てないといけないの?」

青年「あんだけこっぴどくやられたんだ、当たり前だろうが」

青年「お前の回復力でも完治に一週間はかかる。絶対外に出さないからな」

女「やっぱお父さん怒ってた……? 勝手に動いちゃったし」

青年「激怒も激怒、大激怒だ。治ったら覚悟しとけよ~」

女「分かったよ……(すぐにでも男に会いたいのに……)」

青年「ところでお前、なんでヒーローにあんなにボコられたんだ?」

青年「まさかヒーローの秘密を知っちゃったとか? 皮被ってるとか」

女「んなわけないでしょっ!」

青年「……まぁ、お前は俺の妹みたいなもんだ。あんま心配かけるんじゃないよ」

青年「ドラゴンやザコたちもみんな心配してくれてんだから。じゃな」

ガチャッ バタン

女「うん……」

40: 2012/01/13(金) 23:34:21.71 ID:dzZcVtXG0
<喫茶店>

男(今日は一日待ったが……来なかった。やっぱフラれたかな……)

男(だがいつかまた必ず来てくれる……そんな気がする)

男(その時こそ、俺はもう逃げない)

男(俺に、あの女幹部がしてくれたように……)



ヒーロー「さぁ、デビル結社の悪魔ども! かかってこい!」

悪魔A「かかれーっ!」
悪魔B「うおーっ!」

ドゴッ! バキッ!

悪魔A「やられたー!」
悪魔B「ぐえー!」

ヒーロー(こうやって健全にヒーローやってれば、必ず来てくれる……!)

ヒーロー(そんな気がする)

42: 2012/01/13(金) 23:38:32.80 ID:dzZcVtXG0
一週間後──

タッタッタッ

女(あ~あ、まさか二時間も説教されるとは……)

女(男はいるかなぁ、いるといいなぁ)

女(でも、一週間もいかなかったし……もし、もう来ないと思われてたら──)

<喫茶店>

マスター「今日こそ来るといいねえ」

男「うん」

マスター「お互いケータイの番号も知らないなんて、古風にも程があるよ」

男(まったくだ)

マスター「でも、だからこそ芽生える愛ってのも──」

ガチャッ カランカラン

女(いたー!)

男(来たー!)

43: 2012/01/13(金) 23:41:48.73 ID:dzZcVtXG0
女「久しぶりだね。ゴメンね、全然来れなくて……。ちょっと色々あって」

男「いや……おかげで心の準備ができたから、ある意味ではよかったかも」

女「心の準備?」

男「今日は大事な話があるんだ」

女「………」ゴクリ

男「ちょっと前置きしようか」

男「一週間前、喧嘩別れしたろ? あの後、俺はヤケッパチになってた」

男「だが、俺はある人によって救ってもらった。踏みとどまらせてもらった」

男「その人は俺に正面から向き合ってくれた」

男「だから俺も見習って、今日こうして話すことにしたんだ」

女(男もヒーローと同じく、この一週間で悩みから立ち直れたんだ)

女(救ったのが私じゃないってのが、正直少し悔しいけど……ね)

男「俺──」

男「俺、実はヒーローなんだ」

45: 2012/01/13(金) 23:44:56.19 ID:dzZcVtXG0
女「………」

女(え、え、え、え!? えぇ~~~!? え、え、え? え、え、え?)

女(えぇ~~~~~!? えぇ~~~~~!? えぇ~~~~~!?)

女「ふうん……そうだったんだ……」

男「あまり、驚かないんだな」

女「なんとなく……そんな気がしてたから……」
 (え、え、え!? ちょっと待って、ちょっと待って待って、どういうこと!?)

男「日々変身して、ワール団やアーク団といった連中と戦ってる」

男「完全な秘密厳守ってわけでもないんだ。でも、いえなかった」

男「君の憧れであるヒーローの正体が、こんなヘタレだと知られたくなかったから……」

女「あなたはヘタレなんかじゃないよ」
 (あ~……そういうことだったのか……。まだちょっと混乱してるけど……)

男「ずっと黙っていて……ゴメン」

女「……いいよ。その代わり、私の話も聞いてくれる?」

48: 2012/01/13(金) 23:47:38.96 ID:dzZcVtXG0
女「私も前置きをしようかな」

女「私ね、宿敵でもあり憧れでもあった男性がいたの」

女「私はその人の強い部分しか知らなかった。本当はとても繊細な人なのに」

女「そして、ある日私はその人の弱い部分を見てしまった……」

女「でも、その人はすぐ立ち直ってくれた。やっぱり私の思った通りの人だった」

女「だからその人のためにも、今から本当のことを話す」

男(俺なんかと違って、すばらしい奴なんだろうな。きっと……)

女「私ね──」

女「ワール団の女幹部なの」

男「………」

男(ん~? ん? ワールダンノ、オンナカンブ? ん? ん? ん? ん?)

男(ん!? ん~!? 待てどういうこと? どういうことなんだこれは?)

男「俺も……なんとなくそんな気がしてた……」
 (してないしてない! してない! だ、だれか今の状況を分かりやすく教えてくれ)

51: 2012/01/13(金) 23:50:49.39 ID:dzZcVtXG0
男「一応聞くけど、本当なのか……?」

女「……キ、キラーウィップ」ボソッ ヒュッ

男(この手つき、ホンモノだ……! ちょっと照れてるけど)

男「──ん、ちょっと待てよ。じゃあもしかして一週間来なかったのって……!」

女「アハハ、いやぁ~効いたね、あれは。右脇腹への一撃が特に」

男「ゴメン! 本当にゴメン!! 今すぐにでも、あの分やり返してくれ!」ガタン

男「いや、五倍くらいにしてくれていい!」

女「いいよいいよ、私たち敵同士なんだし。こうして完治したしね」

女「お互いのことを全く知らない二人が、ずっと戦ってたなんてロマンチックじゃない?」

男(そ、そうかぁ……?)

ついに、二人は互いの正体を明かした。

お互いが恐れていたような破滅はなく、意外にも両者すんなりと受け入れることができた。

しかし、これはまだスタート地点に立っただけに過ぎないのだ。

52: 2012/01/13(金) 23:54:34.02 ID:dzZcVtXG0
二人は場所を移し、今まで決して話すことがなかった、互いの過去を語り始めた。

男「多分情報はあるだろうけど、俺は国立ヒーロー本部で暮らしている」

男「たった一人のヒーローである俺を、日々大勢のスタッフが体調管理してくれてるんだ」

男「目的は当然、ワール団やアーク団といった警察じゃ歯が立たない悪党どもの対処だ」

男「5歳の時、俺は父親に本部に連れてかれた。素質があるからってことでな」

男「あ、親父もヒーローだったんだ。いわば先代だな」

男「んで、ずっとそこで教育とか訓練とかを山ほど受けて育った」

男「そして数年前から、俺は親父の後を継いでヒーローになった」

男「親父は一年前に逝っちまった。まだ若かったのによ」

男「女と知り合って喫茶店での会うようになったのも、それからすぐのことだったな」

男「あとはまぁ……知っての通りだ」

53: 2012/01/13(金) 23:56:05.72 ID:dzZcVtXG0
女「私はワール団アジトで暮らしているわ」

女「私みなし子でね、お父さんに拾われたの。あ、お父さんってボスのことね」

女「幹部も同じような境遇よ。私より少し年上だから、実の兄のように接してくれた」

女「ドラゴンも元々はどこかで捨てられてた動物で、お父さんが力を与えたらしいわ」

女「そして悪の英才教育を受けて、今では三幹部の一人にまでなったわ」

女「お父さんも昔は相当ワルだったみたいだけど、今じゃヒーロー打倒に夢中よ」

女「お父さんは、あなたのお父さんとライバルだったみたいだね」

女「私、お父さん大好き。悪の組織の人間がなにをって思うかもしれないけど」

女「いたずらに人を傷つける悪事はしないし、学校も通わせてくれたし」

女「でも今は……あなたが一番好き」

55: 2012/01/13(金) 23:57:35.32 ID:dzZcVtXG0
二人のおしゃべりは止まらなかった。
まるでこれまでの分を取り返そうとするかのように。

男「いや~でもお前ってさ、女幹部の時って全然キャラ違うよな。声もドスきいてるし」

男「普段からずっとあの格好なんだと思ってたしさ」

女「な、なによ。あなただって人のこといえないでしょ」

女「でも、たしかに変身すると、まるで別人になった気分になれるから……」

男「分かる分かる。俺も、シラフじゃ恥ずかしくていえないような台詞バンバンいえるし」

女「この間も“正義に燃えている俺に炎は通じん”っていってたよね」

男「ゴメンやめて、ホントやめて」

女「でもホント何度も戦ったよね、私たち」

男「あぁ、俺はヒーローで、お前はワール団幹部なんだもんな」

女「………」

男「………」

男「──そう、俺たちは敵同士なんだ……」

56: 2012/01/13(金) 23:59:55.93 ID:dzZcVtXG0
男「俺は今後、もうお前に手を出すことはできない。戦いたくない」

女「私も無理……だね」

男「だが、戦う宿命にある。俺たちは戦い続けなきゃならない」

男「だからさ、ちょっと練習してみないか?」

女「いいかも!」

シュンッ! ブワァッ!

ヒーロー「よし、あのムチを出してくれ」

ヒーロー「少なくともこれからも、戦うフリはしないとヤバイ」

女幹部「キ、キラーウィップ……」ペチッ

ヒーロー「加減しすぎだろ。あと、なんで恥ずかしがるんだよ。いつもの調子でやれよ」

女幹部「ご、ごめんね……」

ヒーロー「いや、その姿で謝られると、なんか戸惑うからやめてくれ」

58: 2012/01/14(土) 00:03:51.71 ID:4xE4lsBM0
お互いに遠慮をしてしまい、二人は全く戦えなくなっていた。

ヒーロー「マズイな……」

女幹部「うん、どうしても八百長っぽくなっちゃうね」

ヒーロー「場末のヒーローショーの殺陣のが全然マシってレベルだ」

ヒーロー「こんなの実戦でやったら、俺は悪と癒着してるんじゃ、って疑われそうだし」

ヒーロー「お前だってワール団での立場が怪しくなるだろう」

女幹部「うん……」

女幹部「だから私、考えてみたんだけど」

女幹部「ワール団を抜けようと思うの」

ヒーロー「そんなことできるのか?」

女幹部「分からない……。でも、それが一番だと思う。私たちが一緒になるには」

59: 2012/01/14(土) 00:06:16.36 ID:4xE4lsBM0
ヒーロー「……お前が制裁でボスに殺されたりってのはないだろうな?」

女幹部「それは大丈夫だと思う、けど」

ヒーロー「う~ん」

女幹部「大丈夫よ、必ず説得してみせるって!」

女幹部「とりあえず兄さんに相談してみる。信頼できる人だから」

ヒーロー「分かった。なんかあったらすぐさっきの番号にかけろよ」

ヒーロー「たとえ他の任務があっても飛んでいくから」

女幹部「アハハ、そりゃまずいでしょ」

ヒーロー「俺は本気だよ」

女幹部「……ありがとう」

61: 2012/01/14(土) 00:08:52.09 ID:4xE4lsBM0
<ワール団アジト>

青年「──なるほど、ヒーローに惚れてしまったからもう戦えない、と」

女「うん」

青年「………」

女「やっぱりまずいかな……」

青年「……ふっ」

青年「成長したな」

青年「俺は嬉しいよ。こんな薄暗いアジトで育ったお前が、人並みに恋をしてくれてよ」

青年「しっかし、あんだけ自分をボコにした相手を好きになるとはなぁ」

青年「ま、こういうのは内緒にしとけばしとくほど、あとが怖い。さっさと済ませよう」

青年「俺も一緒にボスのところに行って、話してやるよ」

女「ありがとう……兄さん」

青年「気にすんな。妹の悩みくらいいつだって聞いてやるよ」

青年「解決できるかどうかはまた別問題だけどな! ハハ」

青年「ところで今度、ヒーローに皮被りかどうか聞い」バチッ!

63: 2012/01/14(土) 00:11:12.37 ID:4xE4lsBM0
ボス「む、なんだ突然」

幹部「ボス、単刀直入にいいましょう」

幹部「このたび女幹部がヒーローと恋仲に落ちました」

幹部「なので、自由にしてあげてくれませんか。抜けた穴はこの俺が埋めてみせます」

ボス「な、な、な、なにぃ!?」

幹部(やっぱり……)
女幹部(こうなるよね……)

ボス「このバカモノどもが! ワシとヒーローの長年の因縁は知っておるだろう!」

ボス「部下がだれと逢引をしようといちいち騒ぐワシではないが──」

ボス「よりにもよって相手がヒーローだと!?」

ボス「キサマらワシが手塩にかけて育ててやった恩を、仇で返す気か!!!」

64: 2012/01/14(土) 00:12:19.59 ID:DjaLJbR70
ここのいるのは悪の組織のボスではない
娘が可愛いだけの頑固おやじなのだ

65: 2012/01/14(土) 00:12:39.46 ID:4xE4lsBM0
幹部「ボ、ボス、ひとまず落ち着いて──」

ボス「うるさいっ!」

ドガッ!

幹部「ぐっ!」

ボス「女幹部よ、お前はワシの期待を裏切った」

ボス「ドラゴン! コイツを牢に閉じ込めておけ!」

ドラゴン「はい。命令だ、悪く思うなよ」ガシッ

女幹部「う……!」

ボス「ヒーローめ、ワシの部下をたぶらかすとは……許せんっ!」

ボス「……ちょうどいい機会だ! この上はヒーローに決闘を申し込む!」

ボス「ザコD! お前、足が速かったな。今すぐ果たし状を持っていけ!」

ザコD「はいっ! 私のDはダッシュのDです!」

女幹部(とんでもないことになってしまった……)

66: 2012/01/14(土) 00:14:21.43 ID:4xE4lsBM0
<国立ヒーロー本部>

男(今日のトレーニング終了、と……)

男(ところで、女はどうなったかな……。こっちから電話かけてみるか?)

男(いやでも、急かすようで悪いよな……)

タタタッ!

スタッフ「た、大変だ!」

男「どうしました?」

スタッフ「君宛に、ワール団から果たし状が届いた!」

男「は、果たし状!?」

67: 2012/01/14(土) 00:16:46.81 ID:4xE4lsBM0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 果たし状

 国立ヒーロー本部所属 ヒーロー殿

 我々ワール団は総力を挙げて貴殿に決闘を申し込む

 日時は○月×日 17:00

 場所はワール団アジト

 当日迎えの者をそちらに寄こす

 万全に準備を整えた上で来られたし

 ワール団首領 ボス    ○月△日

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

68: 2012/01/14(土) 00:19:07.69 ID:4xE4lsBM0
男「くっ……どういうことだ、これは!?」

男(タイミング的に考えて、彼女に何かあったとしか考えられない!)

男「くそっ」ピポパッ

電話『おかけになった電話番号は、電波の届かないところにあるか~』

男「クソッ!」ダンッ!

スタッフ「ひぃっ!」

男(○月×日……ちょうど一週間後か)

男「いいだろう……受けて立ってやる! ワール団!!」グシャッ

70: 2012/01/14(土) 00:22:06.94 ID:4xE4lsBM0
<ワール団アジト/牢屋>

青年「……すまなかったな。まさか、あそこまでキレるとは予想外だった」

女「ううん、気にしないで」

青年「できれば出してやりたいが……」

女「大丈夫だって。とりあえずは、しばらくここにいるよ」

女「それより決闘ってどんな内容なの?」

青年「ボスは本気だ。俺やドラゴン、自分も含め全戦力で迎え撃つつもりだろう」

青年「日時は○月×日、場所はここだ。すでに果たし状は送ってある」

青年「やるからには俺もワール団幹部として本気で戦う。それは……分かってくれよ」

女「……うん」
 (ごめんなさい、男……! もしあなたが死んだら私も──!)

71: 2012/01/14(土) 00:25:31.61 ID:4xE4lsBM0
決闘当日──
<国立ヒーロー本部>

男「変身っ!」

シュンッ!

ヒーロー「いよいよか……」

スタッフ「ほ、本当に応援部隊はいらないのかい?」

ヒーロー「えぇ、申し訳ないですが、かえってやりにくくなるので」

ヒーロー「大丈夫、ワール団なんかちょちょいと片付けてみせますよ」

ザコE「ちょちょいとは大きく出たな」ザッ

ヒーロー「お前が迎えか」

ザコE「あぁ、そうだ。今からアジトに連れていく。ついてこい」

ヒーロー「望むところだ!」

ヒーロー(おそらく彼女はボスの怒りに触れて幽閉でもされたんだろう……)

ヒーロー(ボスを倒し、ワール団を壊滅させ、彼女を取り戻す!)

ヒーロー(ヒーローとして、これ以上ないシチュエーションだ。絶対に勝つ!)

72: 2012/01/14(土) 00:27:54.52 ID:4xE4lsBM0
<ワール団アジト周辺>

ドラゴン「ボスは本気なのか……!?」

幹部「命令なんだ。俺たちは従うだけだ」

ドラゴン「だがよぉ……」

幹部「くどいぞ。俺たちはここでこうしているのが精一杯だ」

ドラゴン「ち、ちくしょう……!」

幹部「しっ、声が大きいぞ。ボスに聞こえたらどうする」

幹部「ちゃんと見ておくんだぞ」

ドラゴン「く、くそ~」

74: 2012/01/14(土) 00:29:58.03 ID:4xE4lsBM0
<ワール団アジト前>

ザコE「……ここだ」

ヒーロー「大勢で出迎えてくれると思いきや、誰もいないじゃないか」

ザコE「お前の相手は……あのお方だ」

ヒーロー「あれは……!(ただならぬ気配を放っている……アイツはまさか……)」

ボス「待っておったぞ、ヒーロー!」

ヒーロー「……ボスか?」

ボス「いかにも!」

ボス「キサマの父親は……強かったぞ。さてキサマはどうかな?」

ヒーロー「果たし状にはワール団総力を挙げる、とあったが?」

ボス「つまりはそういうことだ。ワール団の兵はワシ一人のみ!」

ヒーロー「!?」

75: 2012/01/14(土) 00:33:33.91 ID:4xE4lsBM0
決闘前日──
<ワール団アジト>

幹部「いよいよヒーローとの決戦は明日です。ボス、どのような布陣で──」

ボス「布陣など必要ない」

幹部「は……?」

ボス「ワール団は本日をもって解散する!」

幹部「な、なにを!?」
ドラゴン「どういうことですか!」

ボス「安心せい。お前たちの次の道は責任を持って用意する。ワシも顔が広いからな」

幹部「俺が聞いてるのは、そういうことじゃありませんよ!」

ボス「実をいうとな……前から決めておった」

ボス「ワシが、このように老いぼれてなお、ワール団を続けてきたのは──」

ボス「ひとつはむろん、ヒーローを倒すこと!」

ボス「そしてもうひとつは、近年台頭する外道どもをのさばらせたくなかったのだ」

77: 2012/01/14(土) 00:36:10.81 ID:4xE4lsBM0
ボス「アーク団やデビル結社をはじめ、若造どもの悪行には全く筋が通っておらん」

ボス「弱きを傷つけ、なぶり、骨までむさぼり尽くす。まるで仁義など感じられぬ」

ボス「だから少しでも奴らを抑えるため──と思ったが、年々ワシの影響力は落ちておる」

ボス「もはや、ここらが潮時なのだ」

ボス「お前たちほどの能力があれば、こんなカビの生えた組織におらずともよかったはず」

ボス「よくぞ、今日までついてきてくれた。心から礼をいう」

幹部「ボスッ!」
ドラゴン「ボスッ!」
ザコ軍団「ボスッ!」

ボス「……いかに鍛えてるとはいえ、ワシの肉体はこれから先、朽ちる一方だろう」

ボス「ちょうどいい機会というのは、このためだ。明日、ワシは一騎打ちを挑む!」

ボス「ワシのプライドと娘を賭けた一世一代の大勝負!」

ボス「これが最後の命令だ! 明日、絶対にワシの邪魔はするな!」

79: 2012/01/14(土) 00:38:24.75 ID:4xE4lsBM0
時間は現在に戻り──

ボス「お前の求めるモノはあそこにおる!」

ボスが指差した先には、女が立っていた。縛られてすらいない。

女「男……」

ヒーロー(なんだ……どういうことだ!?)

ボス「ヒーローよ! あれはワシの娘も同然の女!」

ボス「いかにキサマが好いていようと、そうやすやすとくれてやるワケにはいかん!」

ヒーロー「………」

ヒーロー「ワール団ボス……。ヒーローとしてでなく、一人の男として申し上げる!」

ヒーロー「娘さんを、ぼくにください!」

ボス「ならん! あれが欲しくば、このワシを越えてゆけ!」

ヒーロー「分かりましたっ……!」

80: 2012/01/14(土) 00:38:37.75 ID:DjaLJbR70
ボスッ!

81: 2012/01/14(土) 00:40:30.73 ID:4xE4lsBM0
ついに最終決戦の火蓋が切って落とされた。

ボス「ぬおおおおおおおおおおおおおっ!」

ヒーロー「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

ドドドッ! ガガッ! バシッ! ドドドッ! ガンッ!

両者の拳が火花を散らす。

ズバッ! バババッ! ドゴッ! シュババッ! バチィッ!

ヒーロー「娘さんはいただくっ!!」

ボス「断じてならぁーん!!」

身体能力ではヒーローが上だが、経験と気迫でボスはそれをカバーする。

しかし、戦いが長引けば、やはり若いヒーローが有利になってくる。

徐々にヒーローがボスを追い詰めていく。

バキィッ!

ボス「ぬぐぉっ!」

女(お、お父さん……!)

83: 2012/01/14(土) 00:44:27.80 ID:4xE4lsBM0
ヒーロー「はああああっ!」ズバババッ!
ボス「ぬうっ……(父親以上の強さだ! よもやここまでか……!)」

 「待ったっ!」

ヒーロー&ボス「!?」

幹部「ヒーロー! 女を手に入れるのに、いきなり父親からとは──」

幹部「ショートカットしすぎなんじゃないか?」

幹部「まずは兄であるこの俺から、倒してってもらおうか!」

ボス「バ、バカモン! 絶対に邪魔するなと──」
幹部「バカで結構!」

ヒーロー「いや……たしかに俺は順番を間違えていた! 勝負っ!」

幹部「エネルギーボール……連射ァッ!」

ズドドドドドドッ!

大砲以上の威力を持つ無数の光球が、ヒーローめがけて飛んでいく。

ヒーロー(これは避けてはならない……全て真っ向から弾く!)

ババババババシッ!

幹部「バ、バカな!?(さすが、妹が惚れた男だ……!)」

84: 2012/01/14(土) 00:46:09.38 ID:zeIL4imgi
これ、誰一人血のつながりは無いんだよな
家族愛ってすげー

85: 2012/01/14(土) 00:46:58.15 ID:4xE4lsBM0
ヒーロー「うおおおっ!」

ヒーローのパンチが、幹部の腹にめり込んだ。

幹部「や、やるな、ヒーロー……ぐほぉっ!」
  (お前になら、任せられる……!)

ドラゴン「ならば、次は友人代表として俺様が挑むぜぇっ!」

ヒーロー「来いっ!」

ヒーローはドラゴンの巨大な尻尾攻撃を真っ向から受け止め、持ち上げる。

ドズンッ!

ドラゴンは地面に叩きつけられた。

ドラゴン「ぐおおっ……!」
    (さすがは俺たちが、長年倒せなかった男だ……ぜ!)

すると今度は、大勢のザコたちが走ってきた。

ザコ軍団「部下代表として、お前に挑むぅ~!」

ヒーロー「来いっ!!」

ボス「ど、どいつもこいつも……バッカモン!」
幹部(結局総力戦じゃないか……ハハ)

87: 2012/01/14(土) 00:50:39.84 ID:4xE4lsBM0
もはや戦いは、ヒーローVSワール団全軍と化していた。

ヒーロー「せりゃあっ!」ドゴッ! バキッ! バシッ!

ザコA「うごふっ!」
ザコB「えぼぁっ!」
ザコC「超気持ちいいっ!」

いつものことではあるが、ヒーローの強さは圧倒的だった。
しかし、今日のワール団は気迫が違っていた。

先ほど倒した幹部やドラゴンも復活し、大混戦になっていった。

ザコD「喰らえっ!」バキッ

ヒーロー「ぐぁっ!」

ザコD(や、やった……! は、初めてヒーローに一発入れた……!)

女「(いくらなんでも数が違いすぎる……)このままじゃ……」

ボス「ふん……」

88: 2012/01/14(土) 00:54:10.23 ID:4xE4lsBM0
ボス「我が娘よっ! 失望させるなっ!」

女「!」ビクッ

ボス「ワシはお前が乳飲み子の頃より、ひたすら悪の道を叩き込んできたっ!」

ボス「こんな時に親不孝ひとつ出来んで、どうするかぁっ!」

女「───!」

幹部「ついでに兄不孝もな」
ドラゴン「竜不孝も頼むぜぇ!」

女(みんな……ありがとう!)

ブワァッ!

女幹部「キラーウィップ!」

ドドドシュッ!

ボス「うごふっ!」
幹部「いってぇ!」
ドラゴン「あだだっ!」

ヒーロー「女……。いや女幹部、いいのか……!?」

女幹部「なぁに驚いてんの。私は悪なんだから、裏切りくらい当然でしょ」

90: 2012/01/14(土) 00:59:02.73 ID:4xE4lsBM0
敵同士という宿命を背負った、決して共闘するはずのないヒーローと女幹部が手を組んだ。

ヒーロー「ザコ軍団の中に突っ込むぞ! 準備はいいか?」
女幹部「オッケー」

二人が組んだことによる戦力上昇は、加算(+)ではなく、乗算(×)だった。

ヒーロー「うおおおおっ!」
女幹部「でやあああっ!」

ズガガガガガッ!

瞬く間にザコたちが蹴散らされていく。

ドラゴン「つ、つええっ! すげぇコンビネーションだ!」

幹部(……まったく。あんなに生き生きと戦う女幹部を見るのは初めてだな)

ボス(クックック。祝福するぞ、我が娘よ!)

ザコたちは片付いた。残るは幹部二人と、ボスのみ!

91: 2012/01/14(土) 01:00:59.18 ID:4xE4lsBM0
ドゴォン!

二人の突撃に、幹部二人のコンビですらなすすべなく吹っ飛ばされた。

ドラゴン「ごふぅ!(完敗だぜ、チクショウッ!)」

幹部「がはぁっ!(ナ、ナイス共同作業……!)」

ヒーロー&女幹部「残るはボス一人っ!」

ボス「フハハハァー! ワシを越えてみせろぉぉぉ!」

ヒーロー&女幹部「いっけぇぇっ!」

ズバシュッ!

ヒーローの拳と、女幹部のムチが、同時にボスを直撃し──打ち倒した。

ボス(最大の好敵手の後継ぎと、最愛の娘に倒されるなんざ……)

ボス(悪の首領冥利に尽きる、ってもんだ、ぜ……)

ボス「ワシは、幸せ者だ……」ドザッ

93: 2012/01/14(土) 01:03:34.33 ID:8rzoWtrQ0
おやっさーん!!

95: 2012/01/14(土) 01:05:10.34 ID:QV7Uu5Ej0
ボス、あんた漢だ

96: 2012/01/14(土) 01:05:53.33 ID:4xE4lsBM0
戦いは終わった──

ボス「完敗だ」

女幹部「大丈夫? お父さん、じゃないボス……」

ボス「キサマらとは鍛え方がちがうわ、バカモン(若い頃から何度負けてきたと思っとる)」

ボス「しかし、こうして全戦力投入して、ワール団は敗北したのだ」

ボス「ワシは現役を退き、ワール団は解散する」

幹部「いや」

幹部「解散はしないよ。俺がワール団を継いで、悪として外道どもを抑えてやる」

幹部「ヒーローだけにこの国を任せておけるものか」

ボス「……勝手にしろ」

ドラゴン「ガハハハ、ワール団は永久に不滅だ!」

ザコ軍団「やったやったぁー!」

ヒーロー(この場に俺がいるってこと、みんな忘れてないか?)

ヒーロー(まぁいいや、聞かなかったことにしよう……)

97: 2012/01/14(土) 01:08:48.72 ID:4xE4lsBM0
幹部「女幹部、お前はどうするんだ?」

幹部「ワール団を辞めてヒーローと一緒になるんだろうが、女ヒーローにでもなるのか?」

女幹部「………」

女幹部「今更ヒーローってのも性に合わないし、私は悪のままやらせてもらうよ」

幹部「でも、それだとヒーローと戦うはめになるぞ?」

女幹部「ううん、戦わないよ」

女幹部「だからさ、ヒーローを油断させて寝首をかくために──」

女幹部「一時的にヒーローのパートナーになった悪の女幹部ってことで!」

幹部「そ、そうかい……」ポカーン

ドラゴン「ガハハハ、すげぇ!」

ボス(なんというムチャクチャな設定だ! さすがワシの娘!)ウルッ

女幹部「──というわけで、よろしく!」ガバッ ギュッ
ヒーロー「は、はいっ!(柔らかい……)」

ボス(くそっ、やっぱりいつかヒーローは倒す! 個人的に!)

98: 2012/01/14(土) 01:11:12.86 ID:4xE4lsBM0
それからしばらくして、自己管理を完璧にこなせるようになったということで、

ヒーローは本部から出ることを許された。

ささやかな結婚式を挙げた男と女は、現在アパートで暮らしている。

女「最近、出動が多いね。大丈夫? 疲れてない?」

男「へっちゃらだよ。本部にいた頃より調子がいいくらいだ」

男「でもやっぱり、ワール団のボス、君のお父さんが引退したのはでかかったようだな」

男「彼の威光を恐れて水面下にいた組織が、次々に表に出てきた」

男「でも被害そのものは以前よりぐっと減っている」

男「新生ワール団が悪側として、奴らを抑えてくれてることも大きい」

女「ありがとう。兄さんたちを褒めてもらえると、なんか嬉しいよ」

男「さて──」

ピーピーピー

99: 2012/01/14(土) 01:15:02.26 ID:4xE4lsBM0
<×□市>

戦闘員A「この市庁舎は我らが『バトル団』が乗っ取った!」

戦闘員B「×□市民は我々のドレイとなるのだ!」

ヒーロー「そこまでだっ! 悪党ども!」

女幹部「アンタらみたいな三流どころは大人しくしときなさいな」

戦闘員A「キ、キサマ……ヒーロー!? ……と」
戦闘員B「なぜかヒーローのパートナーになったワール団の女幹部!?」
    (もっとも業界じゃ、ヒーローを油断させるための演技だって有名だがな)

ヒーロー「説明ご苦労! じゃあ覚悟はいいな!」ドゴッ!
女幹部「キラーウィップ!」ズガッ!

戦闘員A&B「へぼっ!」

ヒーロー「やれやれ、大したことない奴らだったな。さ、帰るか」

女幹部「お疲れ様。今日は晩ご飯フンパツしてあげる」

ヒーロー「お、ありがたいね」

女幹部「アハハ、たまにはね」

二人は、今日もどこかでこの国の平和を守っている。

                                        ~ おわり ~

100: 2012/01/14(土) 01:16:04.94 ID:zmonwI/10
面白かった。実に面白かった

101: 2012/01/14(土) 01:17:24.72 ID:QMMQjGng0

104: 2012/01/14(土) 01:18:50.65 ID:8rzoWtrQ0
小気味いいな

引用元: ヒーロー「命をもらう!」 女幹部「かかってらっしゃい」