1:2018/11/29(木) 22:24:26.215
喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。

    ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。

    この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。

    そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。

    いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。

    さて、今日のお客様は……。

    若武者 勝幸(36) 大関

    【ハリ治療】

    ホーッホッホッホ……。」



2:2018/11/29(木) 22:26:13.221
テロップ「2018年――、大相撲9月場所(秋場所)」

両国国技館。2人の力士による相撲の取組が、これから行われようとしている。

テロップ「初日――、東 覇龍(関脇・樽子山部屋) ― 西 若武者(大関・村雨部屋)」

東の関脇・覇龍は若々しく、身体にテーピングがない。四股名の通り、覇気さえ感じられる。

一方、西の大関・若武者はベテランの力士で、右肘と両膝にテーピングを巻いている。

まさに満身創痍で、彼の身体から痛々しさが伝わってくるようだ。

テロップ「若武者 勝幸(36) 大関・村雨部屋 本名は源田勝幸」

行司「はーーっけよい……。のーこった!!のーこった……!!」

覇龍と若武者が互いにぶつかる。覇龍の張り手にひたすら押しまくられ、土俵の外へ飛び出す若武者。

行司「覇ー龍ぅーーー!!」

行司から賞金を受け取る関脇・覇龍。うつむいたまま、土俵を後にする大関・若武者。
3:2018/11/29(木) 22:28:16.816
テロップ「2日目――」

両国国技館。東の力士と取組を行う西の大関・若武者。

しかし、この取組でも若武者は劣勢気味だ。すくい投げを行う東の力士。地面に叩きつけられる若武者。

テロップ「3日目――」「4日目――」

両国国技館。2日連続で黒星を重ねる大関・若武者。そして……。


テロップ「5日目――、東 力雲(前頭4枚目・利根川部屋) ― 西 若武者(大関・村雨部屋)」

両国国技館。東の前頭・力雲との取り組みを控えた大関・若武者。

行司「はーーっけよい……。残……った!!」

力雲と若武者が組み合う。苦しそうな表情になる若武者。彼は斜めに押し切られ、土俵の外へ落ちる。

行司「力ーー雲ぉーー!!」

土俵の上に飛び交う多くの座布団。若武者は身体が土まみれになり、頭の大銀杏もねじ曲がっている。
4:2018/11/29(木) 22:30:13.427
スポーツ紙「若武者、休場へ」

翌日。大関・若武者の休場を伝えるスポーツ紙。スポーツ紙には、若武者が力雲に敗れる写真が大きく掲載されている。


とある大学病院。病室のベッドに横たわりながら、スポーツ紙を見つめる若武者。彼の側には村雨親方がいる。

村雨親方「クヨクヨするな、勝幸。休場の記事ばかり見ているのは、お前の精神衛生のためによくないぞ」

テロップ「村雨親方(57) 元横綱・快男児 健吾、村雨部屋」

若武者「は、はあ……、ですが……。今場所の俺の取組は、無様なものばかりで……。自分でも情けなくて……」

村雨親方「お前は今までよくやってきたよ。休場してカド番大関になるのは、珍しいことじゃない」

若武者「問題は、次の場所で大関の地位を守れるかどうかですよね。今の俺は、身体がボロボロだから……」

村雨親方「大丈夫だ。きっと何とかなる。お前はこれまで、大関の地位を長いこと守り続けてきただろ」

若武者「は、はい……」
5:2018/11/29(木) 22:32:16.715
親方が去り、若武者は病室で一人だけになる。

若武者「くっ……」

身体の痛みに顔をゆがめる若武者。

若武者(それにしても、身体が痛い……。今の身体のままでは、俺は大関から陥落してしまう。どうすればいいんだ……)

その時、病室の扉が開き、部屋の中に喪黒福造が入る。喪黒は右手に花束、左手に鞄を持っている。

若武者「あ、あなたは……!?」

喪黒「私ですか?私は、あなたの見舞いに訪れた一人のファンですよ」

若武者「ああ、ファンの方ですか……」

喪黒は椅子に座り、若武者と話をする。

若武者「今場所の俺は、みっともない取組ばかりで……。ファンの人たちに申し訳ないですよ」

喪黒「無理もありません。今のあなたは、身体が本調子ではないのですから……」
6:2018/11/29(木) 22:34:19.958
若武者「はい……。やはり、あの取組の影響が今も残っているのかもしれません……」

喪黒「あの取組……。昨年の夏場所の優勝決定戦のことですよねぇ?」

若武者「はい。昨年のあの優勝決定戦では、俺は怪我を押して取組に出場しました」
     「横綱の赤狼を何とか倒し、優勝を決めたんですけど……」

喪黒「優勝することができた代わり、自分の怪我を悪化させてしまったということでしょうねぇ」

若武者「そうです。あれ以来、俺の身体の具合は目に見えて悪化していきました」
     「いつも、慢性的な痛みに身体が悩まされ……。しっかりした取組ができなくなったんです」

喪黒「今場所のあなたは、衰えが目立っていましたからねぇ。今の身体のまま、来場所に出場していいのでしょうか?」

若武者「それなんですよ。来場所の俺は、カド番になるんですけど……。今のままでは、大関からの陥落は不可避ですからね」

喪黒「……そうですか。私の仕事柄、今のあなたを放っておくわけにはいきませんねぇ……」

喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
7:2018/11/29(木) 22:36:13.212
若武者「ココロのスキマ、お埋めします?」

喪黒「実はですねぇ……。私、人々の心のスキマをお埋めするボランティアをしているのですよ」

若武者「は、はあ……」

喪黒「あなたのような人を救うのが、私の仕事なんです。私はファンの一人として、若武者関のお力になりたいのですよ」

若武者「そ、そりゃあ、どうも……」

喪黒「あるものを使えば、あなたの身体を痛みから解放させることができるはずです」

若武者「一体何ですか、それは?」

喪黒「ハリ治療ですよ。私としては、あなたにハリ治療をお勧めしたいのです」

若武者「ハリ治療ですか……。本当にそれで、俺の身体はよくなるんですかね?」

喪黒「もちろんです。ハリ治療は、様々な症状にいい効果をもたらしてくれます」
   「特に、原因不明で慢性的な症状に対しては、ハリ治療が非常に役立つのです」

若武者「そうなんですか……」
8:2018/11/29(木) 22:38:19.594
喪黒「ハリ治療は長い歴史の積み重ねがありますし、WHO(世界保健機関)でさえもその効果を認めているんですよ」

若武者「……分かりました。あなたがそこまでおっしゃるなら、俺もハリ治療を受けてみようと思いますよ」

喪黒「若武者関。私は、優秀なハリ師の存在も知っていますよ。あなたにまたお会いした時に、彼を紹介しましょう」


森ノ宮鍼灸治療院。待合室に座る喪黒と若武者。若武者は、女性看護師から紙とボールペンを貰う。

若武者(えーと……。俺の身体の症状は……)

ボールペンを持ち、紙に何かを書き込む若武者。若武者は、書き終わった紙を女性看護師に渡す。

診察室。初老のハリ師の診察を受ける若武者。

若武者「……というわけなんです」

森ノ宮「……なるほど、分かりました。では、今から治療を行いますので……」

テロップ「森ノ宮徳馬(66) 森ノ宮鍼灸治療院院長」
9:2018/11/29(木) 22:40:38.799
ベッドの上にうつ伏せになる若武者。森ノ宮が若武者の背中に、ハリを突き刺す。

若武者(これが、ハリの感覚か……。一瞬チクッとしたけど、案外痛くないな……)

森ノ宮により、若武者の肩、膝、ふくらはぎにもハリが刺される。

若武者(効いてる、効いてる……。確実に効いてるぞ……)

仰向けになる若武者。今度は、彼の肘の方にハリが刺されていく。

若武者(痛みが次第に治まっていく……。ハリの効果はすごい)


ハリ治療を終え、喪黒とともに外を歩く若武者。

若武者「いやぁ……。あれほど辛かった全身の痛みがすっかり治まりましたよ」

軽やかそうに右腕を振り回す若武者。

喪黒「ほら……。ハリ治療の効果は本物だったでしょ?」

若武者「ええ。おかげで、次の九州場所は素晴らしい取組ができそうですよ」
     「それに、俺に万一のことがあったとしても……。この鍼灸院に通えばもう大丈夫ですから」
10:2018/11/29(木) 22:42:23.994
喪黒「……そうですか。だったら、あなたには私と約束していただきたいことがあります」

若武者「約束!?」

喪黒「はい。あなたはこれからも、森ノ宮鍼灸治療院に通う機会があるかもしれません」
   「しかし、毎日のようにハリ治療を行うことは控えてください。いいですね!?」

若武者「わ、分かりました……。喪黒さん」


テロップ「2018年――、大相撲11月場所(九州場所)」

福岡国際センター。東の力士との取組を控えた西の大関・若武者。

テロップ「初日――、東 焔山(前頭2枚目・国友部屋) ― 西 若武者(大関・村雨部屋)」

焔山と若武者が互いに組み合う。焔山のまわしを持ち、彼を投げ倒す若武者。

行司「若ーー武者ぁーー!!」

行司から賞金を受け取る大関・若武者。彼の表情からは貫禄が感じられる。
11:2018/11/29(木) 22:44:16.978
テロップ「2日目――」「3日目――」「4日目――」「5日目――」

福岡国際センター。連日のように白星を重ね続ける若武者。


テロップ「千秋楽――、優勝決定戦 東 赤狼(横綱・汐見橋部屋、モンゴル出身) ― 西 若武者(大関・村雨部屋)」

福岡国際センター。横綱・赤狼との決戦を控えた大関・若武者。

若武者(気が付いたら、優勝決定戦まで行き着いてしまった。もうこうなったら、吹っ切れて戦うしかない……)

行司「はーーっけよい……。のーこった!!のーこった……!!」

互いに組み合う赤狼と若武者。若武者による下手投げで、地面に倒れる赤狼。

歓声を上げる観客たち。観客席にいる喪黒が、若武者に拍手を送る。


優勝トロフィーを持ち、大勢の人間たちと記念撮影を行う若武者。

優勝パレード。着物姿の若武者が、車の上から群衆に手を振っている。
12:2018/11/29(木) 22:46:13.999
BAR「魔の巣」。喪黒と若武者が席に腰掛けている。

喪黒「若武者関……。九州場所の優勝、おめでとうございます」

若武者「ありがとうございます。まさか、カド番を乗り越えて優勝をするとは思ってもいなかったので……」
     「いやぁ、夢のようですよ……」

喪黒「あのハリ治療のおかげで、あなたは力士として奇跡的に甦ったのでしょうねぇ」

若武者「ええ……。喪黒さんには感謝していますよ。俺にハリ治療を紹介してくださって……」

喪黒「どういたしまして……。若武者関の復活を見ることができて、私も何よりです」
   「ただし、私との例の約束……。ちゃーんと守ってくださいよ」

若武者「は、はい……」


村雨部屋。力士たちとぶつかり稽古を行う若武者。若武者を見守る後輩力士と村雨親方。

後輩力士「このところ、先輩は熱心に稽古をしていますね」

村雨親方「ああ。もしも次の場所で優勝をすれば、あいつは念願の横綱になれるからな」
13:2018/11/29(木) 22:48:19.290
テロップ「2019年――、大相撲1月場所(初場所)」

両国国技館。建物の周りには、力士の名前を書いたのぼりがいくつも立っている。

テロップ「初日――」「2日目――」

土俵の上で、順調に白星を重ねる東の大関・若武者。


テロップ「3日目――、東 若武者(大関・村雨部屋) ― 西 江の川(小結・白藤部屋)

両国国技館。互いに組み合ったまま、土俵の下へ落ちる若武者と江の川。しばらく話し合いをする審判委員たち。

場内放送「……よって、この取組は若武者の勝ちと決定いたしました」

観客席から歓声が起きる。足を引きずりながら、土俵を後にする若武者。


森ノ宮鍼灸治療院。ベッドでうつぶせになる若武者。彼の足にハリが刺される。

若武者(やはり、ハリの効き目は大したもんだな。これを有効活用しない手はない……)

治療を終え、ベッドの上に座る若武者。彼は、院長の森ノ宮と会話をしている。
14:2018/11/29(木) 22:50:19.552
森ノ宮「え!?今場所は取組の後、毎日ここへ通うって!?」

若武者「そうすれば、痛みを感じずに連日の取組に挑むことができますから……」
     「お願いします!!初場所の優勝がかかっているんです!!今場所で優勝して、俺は横綱になりたいんです!!」


テロップ「4日目――」

両国国技館での取組で、西の力士を倒す東の大関・若武者。取組の後、彼は鍼灸治療院でハリ治療を行う。

テロップ「5日目――」「6日目――」「7日目――」「8日目――」「9日目――」「10日目――」「11日目――」

両国国技館で連勝を続ける若武者。そして、彼は毎日のように森ノ宮鍼灸治療院に通う。


テロップ「12日目――」

森ノ宮鍼灸治療院。ベッドでうつぶせになる若武者。彼の身体のあちこちに、ハリが刺されていく。

若武者(毎日ハリ治療を行えば、俺はもう怖いものなしだ)
     (痛みを感じないおかげで、横綱どころか装甲車にもぶつかっていける気さえするぞ……)
15:2018/11/29(木) 22:52:15.059
診察室を出て、待合室のソファーに向かう若武者。彼がソファーの方を見ると、そこには喪黒が座っている。

若武者「やぁ、喪黒さん……」

喪黒「若武者関……。どうやらあなた、私との約束を破ったようですね!」

若武者「なっ……」

喪黒「私は忠告したはずですよ。毎日のようにハリ治療を行うことは控えろ……と」
   「それにも関わらず、あなたは連日のようにここへ通っているようですねぇ」

若武者「す、すみません……!!俺はどうしても優勝して、横綱になりたかったんです!」

喪黒「弁解は無用です。約束を破った以上、あなたには罰を受けて貰うしかありません!!」

喪黒は若武者に右手の人差し指を向ける。

喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

若武者「ギャアアアアアアアアア!!!」
16:2018/11/29(木) 22:54:35.865
テロップ「13日目――、 東 若武者(大関・村雨部屋) ― 西 銀鶴(横綱・岩影部屋、モンゴル出身)」

両国国技館。四つに組み合う大関・若武者と横綱・銀鶴。若武者の体重がのしかかり、銀鶴の身体が倒れる。

行司「若ーー武者ぁーー!!」

行司から賞金を受け取ろうとする若武者。彼が右手に懸賞袋を握りしめた時……。

若武者「ぐっ……!!」

バチッ……!!右手を通じて、右腕全体に激痛が走る若武者。若武者は懸賞袋を土俵に落とし、右腕を左手で押さえる。次の瞬間……。

若武者「おおおっ……!!」

バチバチッ……!!若武者の両方の腕に激痛が起きる。うめき声を上げ、思わず立ち上がる若武者。その時……。

若武者「ギャアアアアアアアアッ!!!」

バチバチバチッ……!!土俵を踏んだ両足を通じ、激痛は若武者の全身へと広がっていく。絶叫する若武者。
17:2018/11/29(木) 22:57:40.473
崩れるように倒れ、仰向けになる若武者。ドサアッ……!!それとともに、若武者の全身が土俵の土に触れる。そして……。

若武者「オワアアアアアアアアアッ!!!」

バチバチバチバチッ!!またも、若武者の全身に激痛が走る。激痛に苦しみ、土俵の上でのたうち回る若武者。

ざわめく観客席。若武者の周りに集まる呼び出しやスタッフたち。スタッフが若武者の身体に手を触れた時……。

若武者「グワアアアアアアアアアッ!!!い、痛ぇよおおおおおおおおっ!!!」

バチバチバチバチッ!!またしても、若武者の全身に激痛が襲い掛かる。身体中の痛みに苦しみ続ける若武者。

いつの間にか、若武者の頭の大銀杏は白髪で真っ白になっている。


両国国技館の前にいる喪黒。

喪黒「人間にとって、痛みを感じることは非常に辛いですし……。痛みを一切感じなくなったならば、ある意味楽になれましょう」
   「しかしながら、忘れてはならないのは……。痛みの感覚とは、人間が生きていくためには必要なものであるということです」
   「もしも、痛みを感じなくなったならば、人間は危険に気づくことができませんし……。下手をすれば、命にさえ関わります」
   「従って、痛みを感じる機能は人間にとっては宝ですし……。人々は、痛みの感覚と仲良く付き合っていくべきなのかもしれません」
   「とはいえ……、死ぬまでの間、全身の激痛を四六時中味わうのは過酷すぎますよ。若武者関も、これでは気の毒ですよねぇ」
   「オーホッホッホッホッホッホッホ……」


                   ―完―
18:2018/11/29(木) 23:34:36.697 ID:uZ2bButw0NIKU.net
なんか久しぶりに見た気がする