1: 2011/10/02(日) 21:48:53.78 


「わたしという個体はあなたに対して強い嫌悪感をいだいている。」



可能ならば2度とは思い出したくはない、あの出来事は、こんな長門の一言から始まった。それは、あまりに唐突で、残酷だった。

2: 2011/10/02(日) 21:49:40.51 ID:QMorgZFA0
夏休みを目前に控えた7月のある朝、うだるような暑さの中、うんざりするような登り坂を、いつものように登っていた。

去年よりも暑い、と心の中で毒づきながらも、今朝見た天気予報で例年並みの暑さと言っていたのを思い出す。

結局はただの思い込みだ。

だが、こうも律儀に毎年毎年決まった時期に、嫌気がさすほどに日本を暑くされると、太陽と地球の地軸の傾きを憎みたくもなるさ。

6: 2011/10/02(日) 21:51:50.96 ID:QMorgZFA0
もちろん、太陽がなければ、俺たち人間は死んじまうし、地軸が傾いてなければ、日本には四季がなかったことになる。

恨めしい相手から恩恵を受けているとは、まったく世界は良くできている。

などと、とりとめのないことを考えつつ、制服を汗に濡らしながら坂を登っていると、不意に後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。

あいつか、と思いながら俺は立ち止まることなく、振りかえる。

8: 2011/10/02(日) 21:54:35.24 ID:QMorgZFA0
「よう、キョン」

「おう、谷口」

まさに定型文のような挨拶を交わしたのち、誰に命じられるでもなく谷口は俺の横にならんで歩きだす。

ただでさえ暑いのに、お前みたいな暑苦しいやつに並ばれると余計に暑くなる。と言いそうになったが、話をしていれば少しでも暑さが紛れるかと思い、結局俺は谷口と登校、もとい山登りのような坂を登ることにした。

12: 2011/10/02(日) 21:57:24.37 ID:QMorgZFA0
「かーっ!あっちぃな!」

谷口はシャツの襟を引っ張り、その隙間を家からもってきたのであろう団扇で扇いでいた。

「おい谷口。」

「あぁ?なんだ?」

「俺も扇げ」

「やなこった。何が悲しくて野郎を扇ぐんだよ。扇ぐなら汗だくになった女を扇ぐね」

14: 2011/10/02(日) 22:00:40.73 ID:QMorgZFA0
谷口らしい、もっともな意見だった。

応答するのも暑さで億劫だから、黙っていると場を静寂が支配する。

いや、これには語弊があった。なんたって夏なわけで、夏となれば日本人ならば誰もが知っているセミたちが、近所迷惑と言う概念を知ってか知らずか、景気よく鳴いていた。

なんたってやつらの鳴き声は、こうも暑さを助長するのだろうか。やつらの鳴き声を聞くと、暑さを感じてしまうように俺たち人間はできているのだろうか。

これはまるで、パブロフの犬だな。などと、どこかで読みかじったような知識を脳内で披露していると、とうとう沈黙に耐えかねたかか、谷口が口を開いた。

15: 2011/10/02(日) 22:03:09.97 ID:QMorgZFA0
「ところでよ、キョン。お前は夏休みはどう過ごすつもりなんだ?」

「まだ夏休みですらないんだ。今夏休みの話をしたって意味ないだろ。」

「つまんねぇな。ま、どうせお前のことだ。涼宮ハルヒに振り回されてるうちに、夏休みが終わっちまってるんだろうよ」

谷口。逆だ。お前は知らないだろうが、ハルヒに振り回されてるうちに、俺たちは一万五千回以上も夏休みを過ごしてたんだぜ?
正直に言えば俺自身が未だにそのことを信じられないんだけどな。

17: 2011/10/02(日) 22:05:37.34 ID:QMorgZFA0
「そう言うお前はどうなんだ?」

「決まってんだろ?今年の夏こそは彼女を作ってみせるぜ。って言いたいけどよぉ、去年の冬には痛い失敗をしちまってるからな。今年の夏は慎重にさせてもらうぜ。」

「なかなか殊勝な心がけじゃないか。谷口らしくないな。今日は雪でも降るんじゃないか?」

「いきなり冬を連想するワードを言ってんじゃねぇよ……」

いや全く。そんなつもりはなかったんだ。許せ谷口。心をこめて、心の中で謝罪してやる。

19: 2011/10/02(日) 22:08:46.21 ID:QMorgZFA0
なんて谷口とくだらないやり取りを続けていると、気が付けば学校についていた。

そうして、いつものように靴を履き替え、いつものように教室に向かえば、いつものように先に登校していたハルヒが、いつものように俺の後ろの席で窓の外を眺めていた。

「よぉ、ハルヒ。」

「また遅刻寸前ね。やっぱりあんたには団員としての自覚が足りてないみたいだわ。団長よりも遅くに来てどうすんのよ。」

「まぁ、そう言うな。毎度のことだ。」

20: 2011/10/02(日) 22:10:28.84 ID:QMorgZFA0
「たまにはいつもと違うことをしてみなさいよ。そんなんじゃいつまで経っても不思議はやってこないわ。日常に潜む、非日常にきっと不思議はあるのよ?」

「わかった、わかった。考えとく。」

「ところでキョン。ちょといいかしら?」

「なんだ?」

きたか。こんな前ふりをハルヒがする時は、突拍子もないことを言うって相場が決まってんだ。今更何を言われても驚かない自信はある。

「明後日の土曜日は、私とキョンの2人で市内の探索にいくわよ」

…は?なんだかハルヒにしては嫌にスケールがちっちゃいな。

「って、なんたっていきなりそんなこと言い出すんだ?長門や朝比奈さん、ついでに古泉はどうすんだよ?」

21: 2011/10/02(日) 22:12:30.04 ID:QMorgZFA0
「はぁ…やっぱりあんたは団員失格よ。」

そう言われたってな。
頼むから俺みたいな一般人にも分かるように説明してくれ。

「いい?今さっき言ったけど、いつもと同じことをしてたら不思議なんて見付からないの」

「あぁ。もしお前の言う通りだとしても、それとこれがどう繋がるんだ?」

「一から説明しないとわからないの?はぁ…団長として情けないわ。仕方ないから説明してあげる。一度しか言わないからちゃんと聞いときなさい」

23: 2011/10/02(日) 22:14:45.76 ID:QMorgZFA0
涼宮ハルヒ団長様の命令だ。耳の穴をかっぽじって聞いてやろうじゃないか。

「私達SOS団が全員で市内の探索するのは最早いつものことになってるじゃない?そんなんじゃいつまで経っても不思議なんて見付からないわ。だからこそ、明後日はいつもとちがうことをしてやろうじゃないってことよ!」

成る程。理屈はわからなくもない。だがここで1つ疑問がある。

「なぁハルヒ。それならお前と俺じゃなくても、俺と朝比奈さんや、俺と長門でもいいんじゃないか?」

…あれ?ハルヒ、何故そんなに俺を睨む?何か不味いことでも言ったか?

24: 2011/10/02(日) 22:17:20.70 ID:QMorgZFA0
「っ――。これはあんたの更正目的も兼ねてるの。だから団長である私が直々に付き合ってあげるの。みくるちゃんや有希、ついでに古泉くんにまで、あんたのことで迷惑かけられないわよ。」

なにをこいつは必死になってるんだ?

「あのなぁハルヒ。以前にも2人で探索したことがあったろ?お前が俺より遅くに来たやつだ。あの時は何も起こらなかった。前にしたことがあるんだ、二度同じことをしたって、不思議だってそう易々と現れてくれないんじゃないか?」

「なかなか言うようになったじゃない。キョン。…そうね、あんたの言う通りかもしれないわね。わかったわ。明後日はみんなで行きましょ。」

25: 2011/10/02(日) 22:19:47.63 ID:QMorgZFA0
珍しく素直に引き下がったな…。こいつは何か悪いことが起こる前兆かもしれん。用心しておかなきゃな。

そうこうしていると、担任の岡部が教室に入ってきた。夏休み前だからと気を抜くな。など、どうやらそんな話をしているらしい。

ふと後ろを振り返りハルヒの方を見ると、気のせいかも知れないが、少し寂しげに窓の外を見つめていた。

だが、俺の視線に気付いたか、前を向いたハルヒと目があった。ハルヒは何か用?と言いたげに目を細めてきたが、特に用もなかったので、俺は前をむき、岡部の話に耳を傾けることにした。

その後、将来何の役にたつかわかりもしない授業を、成績のためだけに睡魔に抗いながら受けていたが、昼休み直前の授業でとうとう眠ってしまった。

27: 2011/10/02(日) 22:21:48.45 ID:QMorgZFA0
随分と長い間眠っていたらしい。窓の外からは雨の音か聞こえる。どうやら眠っている内に雨が降りだしたらしい。今朝の天気予報では晴れだったのだが。

いくら科学技術が進歩しても、天気予報の正解率は100%にならないのだろうか?朝比奈さんのいた未来ではどうだったのだろう。ちょっと放課後に聞いてみるとするか。

と言っても「禁則事項です」とあの愛くるしい姿と声で答えられるのだろうか。果たしてあの愛くるしい先輩は未来のことをどれほどまで語ることができるのだろう。

考えごとをしたことで、少し目が覚めて来たので、周りの状況を確認してみれば未だに授業中だった。

28: 2011/10/02(日) 22:23:52.47 ID:QMorgZFA0
長い間眠った気がしたが、どうやら思い過ごしだったらしい。だが、それも勘違いだったらしい。

前を向くと、先の授業と違う教師が教鞭をとっていた。どうやら昼休みに起きることなく眠っていたらしい。時計を見れば放課後まであと20分だった。

いつも昼食を一緒に食べてるんだから、谷口も国木田も俺を起こしてくれても良かったんじゃないのか?妙なところで薄情なやつらだ。あるいは快眠している人間を起こすのを躊躇ったのかもしれない。

どちらにせよ、夏のこの時期にダメ出しの雨だ。恐らくは弁当は食べられないだろう。もったいないことをした。

30: 2011/10/02(日) 22:26:03.67 ID:QMorgZFA0
食べ盛りの男子高校生にとって、昼飯抜きは辛いところだが、全くもって自業自得だ。やれやれ。こうなると、朝比奈さんの淹れてくれるお茶が待ち遠しい。

残った時間は板書をとることにあてた。だが全てを写すことができないうちに、終業のチャイムがなった。

眠りすぎたせいで少しボーッとしていると、後ろからハルヒに呼ばれた。

「ちょっとキョン!どれだけ寝るつもりなのよ。体調でも悪いの?」

「いや、そう言うわけじゃないんだがな…。」

31: 2011/10/02(日) 22:28:37.78 ID:QMorgZFA0
「なによ。心配して損したわ。今回は起こさなかったけど、次からは容赦しないわよ。」

「あぁ、すまなかった。」

「ったく。…そうそう、私今日は掃除当番だからあんた先に部室行っときなさい。」

このハルヒの一言を会話の最後に、俺は部室へと向かった。
SOS団結成の頃こそ渋々部室へ向かっていたが、いまやSOS団へ行くことは日常生活の一部になっていることを、ここ最近は部室へと向かう度に実感していた。

そうして俺はいつものようにノックをして、反応がないので部室のドアを開けた。

33: 2011/10/02(日) 22:31:24.64 ID:ukqqR9KY0
部室には長門がいた。いつもこいつは誰よりも早く部室にきているが、どんなカラクリなのだろう。

長門はいつものようにイスに座って、百科事典のような分厚い小説を読んでいた。だが、それはいつもの風景とは大きく異なった。


長門が…眼鏡をしている…だと…?


それは、少なくとも俺にとって異常な光景だった。長門が眼鏡をしていないことが当たり前だった。それなのに今俺の目の前にいる長門は眼鏡をかけていた。

36: 2011/10/02(日) 22:33:25.27 ID:ukqqR9KY0
ドアを締めようとした体勢のまま、俺はしばらく身動きがとれなかった。えもいわれぬ恐怖がそこにはあった。

思考が完全に混乱していた。何かが起こっている。この状況には覚えがあった。昨年の冬、長門が世界を改変した時だ。しかし、状況はそれと大きく異なる。

そもそも今の長門は世界を改変するはずはない。それは俺がよく知っている。それに、先程までハルヒと話していたのだ。一時的に俺の前から姿を消したあの冬とはちがう。

急進派がうごきだしたのだろうか。あるいは天蓋領域の攻撃か。俺にはわかるはずもなかった。

39: 2011/10/02(日) 22:35:45.88 ID:ukqqR9KY0
いやまて。そもそも長門が眼鏡をかけているだけだ。長門にも感情が芽生えてきている。その結果眼鏡をかけただけかもしれない。俺の考えすぎかもしれない。

だが、そう思い込もうにも上手くはいかなかった。
なにせ当たり前の日常の一部が唐突に変化しているのだ。驚きを隠せるものではない。

もし今の俺と同じ状況に陥っても焦らないような人間がいるなら、間違いなくそいつは俺よりもSOS団に相応しいだろう。
いるなら連絡してくれ。
手放しでかわってやる。

恐らくはほんの数秒だろうが、随分と長い時間思考を続けていたように感じる。

そして、俺はやっとの思いで口を動かすことに成功した。

41: 2011/10/02(日) 22:38:49.44 ID:ukqqR9KY0
「よっ、よう長門。どうして急に眼鏡なんてかけてるんだ?」

何とかして紡いだ言葉だったが、その言葉はまるで自分の口から発せられてないかのようだった。声は酷く震えていた。

「…」

長門はゆっくりと、本当にゆっくりと顔を上げ俺を見据えた。今の長門の目からは感情など一欠片も読みとれなかった。

「かつてあなたは眼鏡をしていない方が良いと言った。それ故わたしは眼鏡の再構成をしなかった。今はただ、あなたの趣味嗜好に合わせる必要が無くなっただけ。」

何を言っているのか全く理解できなかった。思考が完全に停止していた。

「つまり、どう言う訳だ?」

42: 2011/10/02(日) 22:41:06.49 ID:ukqqR9KY0
「わたしという個体はあなたに対して強い嫌悪感をいだいている。」

一瞬、世界がぐにゃりと歪んだ。目の前が真っ暗になった。寸のところで意識を保ち、俺は長門に向き合った。

間違いない。この世界は何者かから攻撃を受けている。

「長門。今回は誰のせいだ?お前の親玉か!?天蓋領域か!?」

「そのどちらでもない。」

「なら誰だ!?第3の敵か!?」

「あなたは勘違いをしている。」

…やめてくれ長門。その先は言わないでくれ。

「先の言動はわたしという個体の本心から生じたもの。」

43: 2011/10/02(日) 22:43:28.39 ID:ukqqR9KY0
長門の言葉が頭の中を支配していた。何度も何度も頭の中で繰り返された。まるで頭の中をムカデが這いずりまわっているような感覚だ。

黙っている俺に対し、俺を次の言葉を待っていた長門は幾秒か俺を見据えた後すぐに小説へと目を落とした。

―わたしという個体の本心―

つまりそれは長門の気持ちだ。
長門に感情が芽生えることに対して賛成ではあったが、こんなことになるなんて思いもしなかった。

もし長門から聞いたことが全て本当にならば、そう…

俺は長門に嫌われていた。

45: 2011/10/02(日) 22:45:58.99 ID:ukqqR9KY0
信じたくはなかった。
夢と思い頬をつねってみたが、それはただの自傷行為に終わった。
頬を痛みはなかなか引かなかった。

締める途中で止まっていたドアの隙間から誰かが部室へと入ってきた。
朝比奈さんだった。

朝比奈さんが俺を一瞥した。
わかってますよ。
今すぐに部室をでます。

恐らく長門にあんな告白をされたからだろう。
俺が廊下へ出てドアを締める瞬間まで俺を見ていた朝比奈さんの目は、俺を睨んでいるように見えた。
眼の錯覚だとしても、今の俺には大きすぎるダメージだった。

47: 2011/10/02(日) 22:47:46.33 ID:ukqqR9KY0
ドアの前で朝比奈さんの着替えを待っていると、男女の笑い声が聞こえた。
聞き覚えのある男の声だ。
その声の持ち主である古泉と、女子生徒が談笑しながら歩いてきた。

その女子生徒と手を振り、別れてこちらへと向かって来た古泉の顔には、いつもの笑顔があった。普段ならムカついて仕方がないそのハンサムな笑顔は、今の俺を安心させるのに十分な力を持っていた。

ポケットに突っ込んでいた手をだし、『よぉ、古泉。』と言わんとしたところで、目に飛び込んできた光景に、耳に届いた音に俺は戦慄する。

「チッ!」


49: 2011/10/02(日) 22:50:33.03 ID:ukqqR9KY0
古泉に向かってあげかけた手はどう処理していいのやら。
間抜けなところで静止した。

女子生徒と別れて部室側へと向き直った古泉は、俺を視認すると目を細め、眉間には深いシワを寄せ、舌をうった。

あいつも、あんな顔するんだな。
そんな思いが頭をよぎった。
この場から逃げ出したかった。

「どうも。今日もお早いですね。」

しかし先程の表情とは裏腹に、古泉の言葉はいつもの様を保っていた。
安堵する。
先程の表情は見間違いだったのかもしれない。

50: 2011/10/02(日) 22:51:21.02 ID:2Riu3KPAi
うわあああああああああああ

51: 2011/10/02(日) 22:51:58.03 ID:ukqqR9KY0
だから俺もいつもの調子で返す。

「あぁ。」

「僕としては、あなたの顔を見ると不快なので、もう少しばかり遅めに来ていただければ嬉しいのですが。」

やれやれ。
いくら冗談でも言ってはいけないことだってあるだろ。
まぁ、俺は寛大だからな。
見逃してやろう。

「冗談は顔だけにしてくれ。」

「その言葉。そっくりそのままお返しします。」

そういい放つ古泉の顔はいたって真面目な表情をしていた。
いつもの笑顔は、そこには1ミクロンもなかった。

53: 2011/10/02(日) 22:52:50.63 ID:OUhrTtYf0
1ミクロンwwwwwwwww

55: 2011/10/02(日) 22:54:40.61 ID:ukqqR9KY0
「あなたの家には鏡はないのでしょうか?もしそうなら今すぐにトイレの鏡を見に行くことをお勧めしますよ。」

良かった。
この場から逃れる方法を古泉が提示してくれた。
このままここにいたらおかしくなっちまう。

「あぁ。すまんがそうさせてもらう。」

俺は最大速力でトイレへと向かった。

鏡をみる。
そこには土気色をした俺の顔があった。
酷い顔だ。

先程の出来事を思い返すと吐き気がした。
ただし、吐くような物など俺の胃には残っていなかった。
少しでも吐けたなら楽になれたかもしれない。
昼食を逃した自分が憎かった。

59: 2011/10/02(日) 22:56:52.89 ID:ukqqR9KY0
暫くトイレで時間を潰した。
少しでも長くあの部室にいるのが怖かった。
幸い、トイレには誰も来なかった。

ハルヒの言い付けがあったから、ハルヒが部室へと来る前には部室へと戻った。

そこでは長門が本を読み、朝比奈さんがお茶を淹れ、そして古泉が詰め将棋をしていた。
いつもの風景だ。

ただ俺が入室しても反応してくれないことを除けば。

ただただハルヒを待つことしかできなかった。
もしかしたら、ハルヒも俺に対して冷徹な態度をとるかもしれない。

ここでふと気付く。
まだ朝比奈さんからははっきりとした意思表示を受けていない。
朝比奈さんだけは今まで通りに接してくれるかもしれない。
だが、もし違ったら…そう考えると何も行動ができなかった。

63: 2011/10/02(日) 22:59:19.10 ID:ukqqR9KY0
いつものメンバーといるのに、一人きりの時よりも強い孤独感や息苦しさを感じる。
ハルヒが来るまでの時間があまりにも長く感じる。
部室を静寂が支配していた。

ガチャリ。

とうとう待ちに待った瞬間が訪れた。

「みんな待たせたわね!さぁ今日も張り切っていきましょ!」

あぁ。
随分と待ちくたびれたよ。

ハルヒは団長指定席に座りパソコンを立ち上げて、SOS団のホームページのチェックをはじめた。
ハルヒは長門が眼鏡をかけているのに気付いたが、眼鏡っ子の復活ねと言う以外には強い関心を抱かなかった。

そんなハルヒの様子を見て時間を潰していたところ、朝比奈さんがお茶を淹れ終わり配りだした。

朝比奈さんは俺にもお茶を渡してくれた。
安心した。
朝比奈さんだけはいつもの朝比奈さんだ。

64: 2011/10/02(日) 23:01:39.79 ID:ukqqR9KY0
…結論から言おう。
朝比奈さんから渡された湯呑みに入ったそれは――ただのお湯だった。

やはり朝比奈さんも俺を嫌っているらしい。
念のため古泉に渡された湯呑みの中身を横目に見てみると、それは立派なお茶の色をしていた。

いや、お湯を沸かしてくれただけでも感謝しないとな。
と、俺の思考が僅かに歪みはじめていることに否応なしに気付かされる。

いつものように古泉が俺を相手にしてくれないため、俺は何をしていいのやら。
全くもって手持ちぶざただ。

ホームページのチェックを終えたハルヒが土曜日には不思議探索に出掛けることを宣誓した後、長門が本を閉じた。
それを合図に本日の団活は終わった。

65: 2011/10/02(日) 23:03:27.13 ID:ukqqR9KY0
家に帰っても誰一人として俺を出迎えてくれなかった。
妹と目があったがまるで俺がそこにいないかのような挙動で通りすぎる。
おいおい…それはないだろ。
昨日だって宿題をみてやったじゃないか。
俺が何をしたって言うんだ…。

さらに追い討ちをかけるように、俺の夕食は用意されていなかった。
普段夕食になる時間になってリビングに降りても普段の俺の席には何一つ準備されていない。
やれやれ。
俺は仙人じゃないんだ。
霞なんか食べても腹は膨れないんだぜ?
なんてツッコミを入れる気力さえ無くなり、俺はコンビニに向かった。

68: 2011/10/02(日) 23:05:53.14 ID:ukqqR9KY0
なぜかコンビニ店員にさえ俺は嫌われているようだった。
見ず知らずの人間にまで嫌われるなんて、俺は一体どうしちまったんだ。

ただし店員に睨まれても買い物だけはちゃんとできるようだった。
一応は客なんだ。当然。
カップラーメンを購入したんだが、随分と高いところからお釣りを落とされた。
そんなに俺に触りたくないのかよ。くそ。

泣きっ面に蜂。
さらにその上熊にまであっちまったくらいに不幸の連続だ。

コンビニでお湯をもらい店先にて食べることにしたが、随分と目立つのか通行人に随分と見られた。
やめろ。
そんな汚物を見るような目をするな。

71: 2011/10/02(日) 23:07:57.81 ID:ukqqR9KY0
だが星空の下で食べるカップラーメンは涙が出るほどにおいしかった。
あれ。おかしいな。
どんどんラーメンの塩分が濃くなって来てる。
おいハルヒ。
こんなところにも不思議はあったみたいだぜ。
今度一緒にこの謎を解決しようじゃないか。

なんて自虐的なことを考える以外にできないほどすでに俺の心は衰弱していたらしい。

スープまで余さず飲み干せば、俺は辺りを歩いて時間を潰した。
できれば今は家族と同じ空間にいたくない。

家族が寝静まる時間になってようやく帰宅を果たし、気付かれないようにシャワーを浴びて床についた。
夜の暗闇がより一層俺の孤独を際立たせる。
しかし睡眠欲が俺を夢の中へと導いてくれた。
夢の中でだけは、俺は孤独でなかった。

72: 2011/10/02(日) 23:08:37.11 ID:2Riu3KPAi
(´:ω;` )

75: 2011/10/02(日) 23:09:15.18 ID:ukqqR9KY0
翌日早めに起床し、家族と顔を合わせないように支度をして食パン一枚を頬張り登校の準備を終えた。
育ち盛りの男子高校生にとってこれだけの食事では足りるとはとても言えないが、とにかく時間を優先した。

目が覚めたら実は元通りの世界だった。
そんな淡い期待を持っていたが、ハルヒ以外の俺に対する反応を見れば、やはりそんな期待など宛にならないことは一目瞭然だった。

授業を受けている間だけはまだマシだったが、休憩時間は地獄だった。
誰も俺を相手にしてくれないし、ハルヒは休憩ごとに居なくなる。
机に突っ伏して寝たふりをする以外には俺は精神を保つ方法を知らなかった。

77: 2011/10/02(日) 23:10:22.69 ID:ukqqR9KY0
もちろん放課後の団活も昨日と同じだった。
家、学校、SOS団、どこにも俺の居場所なんてなかった。

俺は土曜日がくるまでそんな毎日を送った。
よく学校を休まなかったと言いたいが、授業があるぶん学校の方がマシだっただけだ。
家で何もすることないままに過ごせば、孤独に押し潰されることは目に見えていた。

そして土曜日。
いつものように駅前に集まるが、やはり俺が最後だった。
喫茶店で奢ることに関してはもう慣れてはいたが、今日はなぜかハルヒを除く三人の注文がいつより一品ずつ多かった。
それが何を意味するかは何となくわかっていたが、口に出して言う気持ちには到底なれなかった。
もちろん俺が全部奢った。

78: 2011/10/02(日) 23:11:54.15 ID:ukqqR9KY0
そして恒例のくじ引きをするんだが、珍しく俺とハルヒペア、長門、古泉、朝比奈さんのペアになった。
これは俺にとって救いだった。
今や俺と今まで通りに接してくれるのは何を隠そうこの団長様だけだからな。

不思議探索とか言いながらハルヒはウィンドウショッピングや公園の散歩など、実に楽しそうにしていた。

「ちょっとキョン!おそいわよ!」

と、時折俺を急かす声は、ハルヒに必要とされていると思わせ、妙に心をくすぐった。

この日は心底幸せだった。
誰かに認められているという事実がたまらなく嬉しかった。

81: 2011/10/02(日) 23:13:45.78 ID:ukqqR9KY0
ハルヒがとあるショーウィンドウの前で立ち止まる。
キラキラとした目で見つめるその先には、純白のワンピース。

なるほどハルヒめ。
思ったよりも女の子らしい感性があるんじゃないか。
なんて思い、ハルヒを無理矢理にその店に連れ入った。

「いいわよキョン!別に見てただけだから…」

なんて嘯くハルヒをなんとか納得させ、俺はそのワンピースを買ってやった。

袋を大事そうに胸に抱き

「ありがと…」

なんて頬を朱に染めて言うハルヒは新鮮だった。
高い出費だったが、ハルヒのその顔を見るためと思えば安い買い物だった。


82: 2011/10/02(日) 23:16:16.82 ID:ukqqR9KY0
思ったよりも俺とハルヒが時間を時間を使ってしまったため、今日の探索はこれにて御開きとなった。

帰るために自転車の元へ行っていると、佐々木がこちらへ歩いてくるのを視界が捉えた。

「やぁ、親友。」

と無意識に佐々木に向けて手を振る。
しかしそれに気付いた佐々木は…やはり怪訝そうな顔を俺に向ける。
まるで親友と言われたことに合点がいかないような、そんな顔だ。

「かつて僕は君のことを親友と言ったことがあっただろうか?もしあると言うなら訂正しよう。僕は君との間に友情などと言った感情は微塵も持ち合わせていないよ。」


「もし仮に君が僕を親友だと思っていたとしても、双方に同様の認識がなければ親友なんて関係は築き得ない。残念だが認識の違いだね。じゃあ、僕はこれから塾に行かなければならないんでね。」

83: 2011/10/02(日) 23:17:36.40 ID:ukqqR9KY0
そう言って無理矢理俺との会話を切り、足早に去っていく佐々木の姿を眺めることしかできなかった。
呼び止めることなんかできない。
夕焼けにてらされた佐々木の背中が、これ以上俺に関わるのを拒否している。
そう見えた。

やれやれ…せっかくハルヒのお陰で沈んだ気持ちが浮かびかけてたんだがな。
金魚すくいであと少しのところで金魚に破られて逃げられたような、そんなやるせなさが肩に重くのし掛かった。

日曜日はすることもないが家にもいたくないので、一人で出掛けることにした。
選んだ場所はカラオケ。
一人でカラオケなんて今の俺にぴったりだな、なんて考えながらとにかく時間を潰した。
ドア越しに女子高生に指を指され笑われた。
一人でのカラオケは楽しかった。

86: 2011/10/02(日) 23:19:40.37 ID:ukqqR9KY0
あと少しで夏休みとなった日の放課後。
昨年と同様に古泉の機関が所有しているであろう孤島で合宿をすることとなった。
例によってまた古泉がサプライズイベント、もとい暇潰しの推理ゲームをすることも決定した。

そして精神衛生上よろしくない夏休みまでの数日の期間を乗りきり、俺達は孤島へ向かった。

これまた昨年同様船による移動だったが、みんながトランプで興に入っているのに俺がいると場が白けるだろうと気を使い甲板で潮風に当たっていた。

飛んでいるカモメを見て、その気楽さを羨んでいたところにハルヒの声が響く。

「ちょっとキョン!あんたなんで一人で別行動してんのよ。団長命令よ。来なさい。」

ハルヒは俺の手首を掴み強引にみんなのところへ連れていく。

88: 2011/10/02(日) 23:21:57.25 ID:ukqqR9KY0
やめろハルヒ。
またみんなに嫌な顔される。
しかしそんなネガティブな思考とは裏腹に、みんなは温かく迎えてくれた。

その理由を俺はすぐに理解した。
ハルヒがいるからだ。
ハルヒの前でSOS団の雰囲気を悪くするとハルヒの機嫌に直接関わる。
そう言えば放課後も休日の団活もハルヒがいる時に限り、俺に対して直接的に嫌悪感を示されたことはなかった。
なるほどハルヒは知らず知らずの内に俺の後ろ楯になってくれているわけだ。
感謝しないとな。

久しぶりにみんなの笑い声を聞けて俺は幸せだった。
しかし俺が嫌われているのは事実。
これ以上嫌われないために俺はひたすら負け続けた。
わかってるさ。
こんな努力、なんの意味もないことくらい。

90: 2011/10/02(日) 23:25:32.88 ID:ukqqR9KY0
八百長を続けていたらどうやら港についたらしい。
森さんと新川さんの出迎えを受けて、俺達は新川さんの操縦する船にのり、目的の場所を目指す。

しばらくの後に目的地である島が見えた。
その島の小高い丘の上に、泊まるならかなりの金額を請求されても文句の言えないような、立派なホテルがある。

島に降り立つと圭一さんと裕さんへの挨拶もほどほどに、俺達は海へと繰り出すこととした。

長時間の移動を経たため太陽はすでに傾き始めてはいたが、やはり夏と言ったところか、日差しは十分に強かった。

各々が気の向くままに海を満喫する。
長門はビーチパラソルの下で読書か。
去年と変わらないな。
唯一変わったところと言えば眼鏡をかけているくらいか…。
ハルヒと朝比奈さんは二人でじゃれあい、古泉はと言えば自己の身体能力をフルに発揮して泳ぎを満喫する。
一方俺は浮き輪で海を漂いながらそれを遠目に眺めるばかりだ。

91: 2011/10/02(日) 23:29:11.75 ID:ukqqR9KY0
暫く波に揺られていたら、ハルヒの提案でビーチバレーをすることになった。
もっともそうは言ってもコートが無いために、みんなでパスを回すくらいのことだったのだが。
俺ももちろん参加させられたさ。
ハルヒ以外からは殆どボールは回ってこなかったけどな。

その後は浜辺でバーベキュー、久しぶりに旨いものを口にした。
やはり食は生命の源ってわけだ。
思ったよりも焦げた所も食べられるものなんだな。

この後は古泉の企画するサプライズイベントなんだが…俺は何故かは知らんがバーベキューの際に古泉に呼び出された。

何を言うのかと思えば、サプライズイベントには参加するなとのことらしい。
できる限り楽しみたい。
そのためには俺の存在は邪魔らしい。
もちろんこんなにハッキリと言われたわけじゃない。
あいつなりにオブラートに包んで言ってくれたさ。

他でもない仲間の頼みだ。
俺は調子が悪いと言って、用意された部屋で休むことを告げた。

93: 2011/10/02(日) 23:31:31.82 ID:ukqqR9KY0
ハルヒだけは心配して看病すると言ってくれたが、せっかく企画してくれたのだからとイベントに参加するように促した。
それでもどこか不満そうだったが、最後にはしぶしぶ了承してくれた。

俺は部屋のベットに横になり、電波が届いていない携帯電話の待受画面を何を思うともなしに見つめる。
みんなの笑い声が聞こえる。
だがそれもやがて狂ったように降りだした大粒の雨の、窓を叩く音によってかき消される。

ふと昨年の古泉の言っていたことを思い出す。
クローズドサークル。
外部との直接的な接触を絶たれた状況。
なんてことだ。
それは今の俺の状況のことじゃないか。
気がつけば俺は自虐的な笑みを浮かべていた。
誰だお前。
なんて鏡を見れば言ってしまいそうなほど、さぞかし俺はひどい顔をしているのだろうよ。

やがて窓を叩く雨音が優しい子守り歌に変わり、俺を眠りへと導いてくれた。

95: 2011/10/02(日) 23:33:55.29 ID:ukqqR9KY0
翌朝目を覚ますとベットに突っ伏して眠るハルヒの姿があった。
俺が眠った後に看病に来てくれたらしい。
恐らく団員の誰が病に伏しても行われるであろうその行為も、今の俺には堪らないほどいとおしかった。

気がつけば俺はハルヒの頭を撫でていた。
その絹のような髪を痛めぬように、優しくひたすらに優しく。
ぴくりと反応をするが、起きる様子のないハルヒを撫でているうちに俺はまた寝てしまったらしい。

次に目覚めた時はハルヒが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「やっと起きたわね…まったくあんたは心配かけるんだから。それで、調子は?」

「あぁ…もう大丈夫だ、すまんな。心配かけた。」

「そっ。なら良かったわ。」

なんて短く答えるハルヒの顔に浮かぶ笑顔は慈愛に満ち、いかに心配をしてくれていたかを改めて実感させた。

96: 2011/10/02(日) 23:36:35.68 ID:ukqqR9KY0
初日にすることを余りにも詰め込みすぎたため、残りの3日は散策やプレイルームでビリヤードをするなどして過ごした。

やはりみんな楽しそうに過ごしていたが、その心の奥に秘められた俺への嫌悪感を考えると素直に楽しむことができなかった。

予定していた日数を消化し終えた俺達は新川さんや森さん、多丸さん達に感謝の意を告げ、孤島を去った。

それからの毎日はハルヒに振り回されっぱなしだった。
花火、夏祭り、釣りにバイト等々、スケジュールのぎっしりと詰まった毎日を過ごす。

97: 2011/10/02(日) 23:38:34.69 ID:ukqqR9KY0
時にはいつものように不思議探索に励むことになるのだが、古泉や長門、朝比奈さんとペアになると、別行動になるのが当たり前だった。
嫌われている。
そう改めて感じさせられる。
辛い時間だった。

一人カラオケにボーリング、ファミレス。
今や俺はなんだって一人でできるようになっていた。

一方ハルヒとペアになれば、買い物をしたり、映画を観たりと、どこに不思議を探す気があるのかは知らないが、充実した時間を過ごすことが出来た。
ハルヒの笑顔がハルヒの声が、ハルヒの仕草にハルヒの匂いが。
ハルヒの全てが俺を癒してくれる。

こんな状況になれば誰だってこの結論に至るだろう。
そう。
俺はハルヒのことが好きだ。
次第に俺はそう強く思うようになっていった。

101: 2011/10/02(日) 23:40:28.85 ID:ukqqR9KY0
しかし俺のそんな感情に気が付いてからは、ハルヒにそれを告げようにもなかなか機会がなかった。

光陰人を待たず。
ハルヒに思いを伝えることの出来ないまま、夏休みはとてつもない速度で残りの日数を減らし、それに反比例するように俺のハルヒへの気持ちは肥大していった。

そしてついに夏休み最終日が訪れる。

この日しかない。
何故かそんな天啓を受けた気をした。
気がつけば携帯を握りしめ、ハルヒの携帯の番号をコールしていた。

相手の電話に繋がっていることを告げる電子音がひどく長く感じる。
何コール目だろうか。
いつものような頼もしく、自信に満ちた声がスピーカーなら流れ出し俺の鼓膜を震わせる。

103: 2011/10/02(日) 23:42:09.42 ID:ukqqR9KY0
「なによキョン?今日の団活は無いってちゃんと言っておいたでしょ?」

そんなハルヒ応答を無視し俺は続ける。
恐らく相手の話をろくに聞けるような余裕がなかったのだろう。

「今日暇か?」

「何よいきなり…そうね、夕方以降は空いてるわ。」

「わかった。なら21時に北高の校門前に。いいな?」

そう言ってハルヒの返事を待つことなく通話を切断する。
なんて素っ気ないんだろう。
だがハルヒのことだ恐らくは来てくれる。
あいつはそんなやつだ。

一先ずは目前の大仕事を終えたわけだが、だからと言って緊張を弛緩させるわけにもいかない。

どのように想いを伝えるか。
俺は家を飛び出し自転車をかって気ままに漕ぎながら、それを考えることにした。
こんなときに冷静にじっとしていられるかってんだ。

104: 2011/10/02(日) 23:44:10.18 ID:ukqqR9KY0
暫く時間を潰し、帰宅をしてすぐに出掛ける準備をする。
些か早すぎるくらいの時間かもしれないが、ハルヒ相手にはこのくらいがちょうどいい。

そうして予定よりも早めに北高ついた訳なんだが…ハルヒがいない。
しまった。
早く来すぎたか。
はたまた来てくれないのか。
そんな不安を感じつつ、俺はハルヒを待つ。

夜中と言えども気温と湿度はいまだに高いままで、次第に俺は額に汗をかき始める。
汗が滴となり始めたころに、ハルヒはやって来た。

いつかの純白のワンピースを身に纏って。

105: 2011/10/02(日) 23:45:16.84 ID:ukqqR9KY0
「ちょっとキョン?あの電話の切り方はないんじゃない?いくらなんでも失礼よ。」

「それで…何の用なの?この私を呼び出すなんて。さぞかし立派な用件なんでしょうね?」

あぁ。
もちろんだハルヒ。
もしかしたらお前ほどのやつでもビックリして腰を抜かしちまうかもしれないぞ。

「電話についてはすまなかった。それと何があるかはお楽しみだ。ついてきてくれ。」

そう言って俺は学校のフェンスを越して校内に侵入を果たし、ハルヒもそれに続く。
不法侵入?
すまんな。今は見逃してくれ。

106: 2011/10/02(日) 23:47:12.16 ID:ukqqR9KY0
200メートルトラックの真ん中。
かつてハルヒと閉鎖空間らしきものに閉じ込められた時に、強引にハルヒの唇を奪ったその場所に俺はハルヒを導いた。

ハルヒは覚えているのだろうか。
夢として処理されたそのことを。
なんてノスタルジック感情を覚えた俺にあれから一年以上もの月日がたっていることを思い知らせる。

色々なことがあった―
殺されかけたり、夏休みをループしたり、ハルヒの思い付きで映画を撮れば、冬にはハルヒが北高から消えちまう。
平和になったのもつかの間、新な未来人や天蓋領域、果てには佐々木を神にまでしたてあげようとした。

挙げ句に今はみんなに嫌われている…だけど俺はそれらの全ての経験の結果、ハルヒが好きだ。

107: 2011/10/02(日) 23:48:10.57 ID:ukqqR9KY0
「おいハルヒ。」

「何よ?」

「好きだ。付き合ってくれ」

「いいわよ。」

とうとう言ってしまった。
いや、やっと言えたと言うべきか。
断られたとしても構いやしない。
俺はすでに覚悟は出来てるからな。
――――ん?

「今…なんて?」

「何?もう一度言わせる気?」

おいおい…そんなに睨み付けないでくれ。
本当にさっきの言葉が幻聴だったと思えるじゃないか。

「つまり…」

「そうよ。私もキョンこと…好き…だから。」

110: 2011/10/02(日) 23:50:36.18 ID:ukqqR9KY0
そう言って頬を赤らめ微笑むハルヒは、まるで聖母のようだった。

「ちょ…ちょっとキョン!?あんた何で泣いてるのよ!?」

言われるまで気が付かなかった。
緊張の糸がぷつりと切れた俺の頬には幾筋もの涙が伝っていた。
ここ暫くみんなに邪険に扱われたことと相まって、涙はなかなか止まる兆しを見せなかった。

そんな俺をハルヒはそれ以上何も言わず優しく、そっと抱き締めてくれた。

ハルヒは俺の涙が止まるまで、ずっと離さないでいてくれた。

ようやくまともに話をできるようになり、俺は思っていたことをハルヒに問う。

111: 2011/10/02(日) 23:51:44.64 ID:ukqqR9KY0
「いつから好きだとか、何で好きになったとか、そんなことを聞かないのか?」

はぁ。とハルヒが長いため息をつく。
何か悪いことを言ったか?

「そんな野暮なこと聞くけないじゃない。私はキョンが好き。キョンも私を好き。それ以外に何か必要なの?」

そう言うや否やハルヒは俺の肩を掴み、背伸びをして顔を近づけてくる。
おいおい…。


かつてハルヒの唇を奪った場所で俺はハルヒに唇を奪われた。


112: 2011/10/02(日) 23:53:37.32 ID:ukqqR9KY0
一瞬驚きに目を見開くが、ハルヒが目を閉じていることに気付いて、俺もハルヒにならって目を閉じた。

視覚を遮断すると、ハルヒの息遣いや、匂い、ハルヒの体温がより強く感じられるようになった。
離したくない。
そう思い俺はハルヒの腰に手を回し、ハルヒを抱き寄せる。

もしかしたら以前のように俺の部屋へと放り出されるかもしれないと思ったが、どうやら今回はそうはならないらしい。

どれほどの時間そうしていたのだろうか。
もしかしたら俺達が気付かない内に世界の輪廻が一巡り、二巡りしてしまったかもしれない。
それほどまでに俺達は長い間唇を重ね交わせていた。

だがそれはある闖入者によって唐突に終わりを告げる。

「お前らー!何をしているー!?」

やれやれ。
どうやら警備員に見つかったらしい。
しかしどうするか考えるよりも、俺の体は先に動いていた。

「逃げるぞっ!ハルヒ!」

俺はハルヒの手を取り走り出す。
夏の夜の湿った空気を振り切るように俺は走り、素早く学校を抜け出した。

114: 2011/10/02(日) 23:54:44.35 ID:ukqqR9KY0
「ふふっ…」

「ははっ…」

何故だか俺達は可笑しくなって声をあげて笑ってしまう。
一頻り笑い終えると俺は夜遅いこともあってハルヒを家まで送り届けた。
勿論、俺の手にはハルヒの手が握られている。
家に着いても手を離すのが惜しい気がして俺はなかなか離せなかった。
そんな俺を見かねてか、ハルヒの方から手を離した。

「また明日があるわよ。キョン。」

そうだな。
俺達には明日がある。
別に今日に拘る必要なんてないさ。

そしてハルヒはおやすみという言葉を告げ玄関の奥へとその姿を消した。
それを見届けると俺も自宅へ帰った。

どうしようもない達成感に包まれながら俺はベットに寝転がる。
明日からまたみんなに邪険にされる日々が始まる。
けどハルヒが側にいてくれるなら、そんなものいくらでも堪えられるさ。
そんな思考を最後に俺は深い深い眠りへと落ちた。

126: 2011/10/03(月) 00:06:37.61 ID:oeqn7V7x0
一学期同様早めに起きて、俺は朝早く学校に到着する。

机に突っ伏して時間を潰していると後ろから俺を呼ぶ声がする。

「こらキョン!新学期なのにそんなんでどうするのよ。シャキッとしなさいシャキッと。」

つい昨日聞いたばかりのその声の主は、まるで曇りをしらない空のようにスッキリとした笑顔をしていた。

俺達は昨日話ができなかった分を取り戻すように、会話に花を咲かせた。

「よぉ、キョン。ったく朝っぱらからお熱いこって。暑苦しいから外でやれってんだ。」

「おはよう。キョン。その様子だと夏休みの間に何か進展があったみたいだね。今度詳しく教えてもらうよ?」

128: 2011/10/03(月) 00:09:05.89 ID:oeqn7V7x0
…おい。
どういうことだ。
一学期終盤のあの態度はどこにいった?
谷上、国木田お前らは俺が嫌いじゃなかったのか?

少し思考が停止してしまったため、谷口や国木田に対する応答をろくに出来なかったが、そこはチャイムと熱血岡部教諭が助け船を出してくれた。

始業式に移動する間も谷口や国木田はかつてのように俺に話しかけてくる。
どんなカラクリか理解できないまま、俺は無難なやり取りをするしかなかった。

始業式だけだったので俺は放課後になるとSOS団の占拠する部室へと足を急がせる。

そこには百科辞典のような分厚さの小説を読む『眼鏡をしていない』長門と、瞳に涙を溜めた朝比奈さん、そして痛々しい表情をした古泉の姿があった。

132: 2011/10/03(月) 00:10:51.02 ID:oeqn7V7x0
恐らくこの長門は俺に嫌悪感を抱いていない方の長門だ。
そう判断し俺は長門に詰め寄る。

「おい、長門。お前なら全てを知ってるんだろ?」

こくりと長門は首を縦に振り、読んでいた小説を閉じてこう告げた。

「涼宮ハルヒの行った世界の改変により、あなたは涼宮ハルヒを除く全ての有機生命体とヒューマノイド・インターフェイスから嫌悪感を抱かれるようになった。」

俺は思わず言葉を失った。
長門によるとつまりこういうことらしい。
おれが長々と授業中に睡眠を貪ったあの日のまさに俺が寝ている最中に世界の改変が行われた。
そして昨日の夜に改変された世界は元に戻された。

134: 2011/10/03(月) 00:12:51.96 ID:wyiCgLZD0
安定のクズハルヒさん

135: 2011/10/03(月) 00:14:42.26 ID:oeqn7V7x0
ある程度の予想は出来ていたものの、やはり聞かずにはいられなかった。

「どうしてハルヒはそんな改変を…っ!」

「恐らく改変が行われたその日、あなたは何か涼宮さんを嫉妬させるような何かを言ったのではないのでしょうか?」

「涼宮さんも最近は精神も安定してきたとは言え、やはり普通の思春期真っ只中の女の子です。」

「恐らくはあなたを独占したいがために、あなたを孤立させた。そうすればあなたの方から涼宮さんに依存せざるを得なくなりますからね。かなり歪んだらやり口ですが、確実な手段とも言えるでしょう。」

今まで黙っていた古泉が悲痛そうな顔で一気にまくし立てる。

137: 2011/10/03(月) 00:17:18.68 ID:oeqn7V7x0
「キョン君ごめんね…グスッ…」

古泉に次いで朝比奈さんが口を開く。
その大きな瞳には有り得ないほどの涙が浮かんでいて、キャパシティを越えたものは溢れだし、朝比奈さんの頬を濡らしていた。

「私たちの改変の期間中の記憶は…キョン君の記憶とは随分異なってるの…。」

「つまり…私たちはこの夏休みの間、キョン君に対して酷いことしたことさえ…覚えてない…。謝りたくても…何をどう謝ったらいいか…わからないの…。ごめんなさい…。」

「長門さんに教えられるまで、僕や朝比奈さんも何が起きていたか知ることさえできませんでした。自覚すらないことに謝るだなんておかしいとは思いますが、謝罪の一つでもしなければ気がすみません。」

古泉は深々と頭を下げる。
やめろ。みっともない。
そもそもお前は何も悪くはないし、それに俺はお前のそんな姿を見たくないんだ。

139: 2011/10/03(月) 00:19:21.77 ID:oeqn7V7x0
しかしなんてことだ。
俺の苦悩は何もかもハルヒによって仕組まれたことだなんてな。
無意識だろうが何だろうが、ハルヒと付き合うようになった経緯まで、全てあいつのいいようにされていた。

もしかしたら、あいつから俺へと向けられた好意でさえ作り物だったとさえ思えちまう。

最も信じるべき相手を、信じられなくなったらどうしたらいい?

誰か教えてくれ。

140: 2011/10/03(月) 00:21:57.52 ID:oeqn7V7x0
すまんが今日は帰らせてもらう。

そう告げて俺は部室の戸をくぐり抜ける。
誰も、引き留めてくれはしなかった。
いや、誰も引き留められなかったんだろうな。

家に帰ると、暫くぶりに妹におかえりと言って貰えた。
それについては大変喜ばしいことだったのだが、いつもよりも早い俺の帰宅の訳をしきりに尋ねるようになってからは、それに答える気力すら湧かないのて俺は自室へと籠ることで、妹の追従をかわした。

今日一日で得た情報の余りの多さに思考を余儀なくされた頭がしきりに痛みを訴える。

ベットに腰掛け天井を見つめていると部屋に携帯電話の着信音が鳴り響く。
画面に映し出されるのは涼宮ハルヒの名。
恐らくは団活を休んだことに対する連絡だろう。
猛烈な吐き気をもよおしながら、俺は電話に出ることなくその場をやり過ごした。

141: 2011/10/03(月) 00:23:33.04 ID:oeqn7V7x0
気がつくと窓から朝日が差し込んで来ていた。
どうやら一睡もできなかったみたいだな…。


だがそれでも俺の頭は冴えきっていた。
いつもよりも、清々しいくらいだ。
俺の心はすでに決まっていた。

例によって早めに学校に行き、誰もいない教室でハルヒを待つ。
暫くすると廊下から誰かがやってくることを告げる足音がかつんかつんと次第に大きくなり、我が教室の前でその音は止んだ。

がらっ。

勢いよく開け放たれた扉の先にいた人物は都合のいいことにハルヒだった。

144: 2011/10/03(月) 00:26:18.36 ID:oeqn7V7x0
「早いのね。キョン。」

朝一番。
朝日にさえ負けないようなキラキラした笑顔でハルヒは俺をみる。

「まぁな。大事な話があるからな。」

いつにない俺の声のトーンにハルヒは先程の笑顔を消し、直ぐに真面目な表情へと切り替えた。
張り詰めた空気が教室に蔓延する。

仮にこいつがなにもかも仕組んだことであったとしても、俺が一人になったときに支えてくれたのはハルヒだ。
その事実は変わらない。

様々な思考を経た結果、俺の出した答えはこうだ。



147: 2011/10/03(月) 00:39:00.63 ID:oeqn7V7x0
(またさるった)



「付き合いを解消しよう。」




予想していなかったことだったのだろう。
暫くハルヒは動かなかった。
かと思いきや次の瞬間、ハルヒの頬を大粒の涙が流れていた。
その涙でさえ感情のこもっていないものに見える俺はすでに病気なのかもしれない。

「わかったわ。理由は聞かない。だけど…SOS 団にはちゃんと来るのよ?わかったわね?」

鼻を啜りながらも、無理矢理な笑顔をその顔に浮かべハルヒはそう俺に告げた。
俺が縦に首を振るのを確認すると、ハルヒは教室を走り去った。

これでいい。
これでいいんだ。

149: 2011/10/03(月) 00:44:36.39 ID:oeqn7V7x0
どうしてもおれは我慢できなかった。
自分を不幸に陥れた張本人と恋人ごっこをするなんて、そんな道化を演じることなんてできないさ。

こうして俺とハルヒの恋人関係は30時間程で終わりを告げた。
余りにもあっけない終わりだ。

仕方ない

そう自分に言い聞かせたもののやはり気持ちは沈んでしまう。
誰とも話したくもなかったので俺は机に突っ伏して時間を潰してその日を終えた。

ちなみにその日はハルヒが教室に来ることはなかった。
もし来ても気まずいだけなので、来ないことに関しては何も思わなかった。

とうとう迎えた放課後に俺はハルヒとの約束を守り部室へと向かった。
ドアをノックし俺は部室のドアを開ける。

153: 2011/10/03(月) 00:47:30.70 ID:oeqn7V7x0
そこには眼鏡をかけた長門がいた。
そして俺を見てこう言うんだ。










「わたしという個体はあなたに対して強い嫌悪感をいだいている。」








ってな。

154: 2011/10/03(月) 00:50:18.74 ID:oeqn7V7x0
おしまい

156: 2011/10/03(月) 00:52:17.83 ID:kaSs2f+mi
なにそれ怖い

159: 2011/10/03(月) 00:56:05.62 ID:PLvzFnJn0
ハルヒに悪気が一切無いってのがまたキツいな
これから絶対キョンに振り向いてもらえず、キョンも誰にも救いを求められず

161: 2011/10/03(月) 01:09:10.47 ID:5WyG89Fu0
乙です

嫌われる描写がやけにリアルで鬱になるわ

引用元: 長門「わたしという個体はあなたに対して強い嫌悪感をいだいている。」