1:2018/12/09(日) 00:01:55.055
喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。

    ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。

    この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。

    そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。

    いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。

    さて、今日のお客様は……。

    松井灯舞(41) 元お笑い芸人

    【祭りの里】

    ホーッホッホッホ……。」


3:2018/12/09(日) 00:04:07.649
住宅街、とある家。玄関前で、主婦の女性と訪問販売員が会話をしている。

トランクに入った品物を紹介する訪問販売員。覚めたような表情で彼の話を聞く主婦。

松井「このクリームにはコラーゲンが含まれており、お肌に張りと潤いをもたらしてくれます」

テロップ「松井灯舞(41) 化粧品会社社員、元お笑い芸人」

主婦「ふーーーん。そうなんですか」

松井「よろしかったら、4日間の無料お試しセットをお申込みいただければ……」

主婦「悪いけど、私……。あなたの会社の化粧品、買うつもりはありませんから……」
   「お試しセットを申し込むつもりもありません」

松井「は、はい……。そうですか……。すみません」


家を出て、うなだれながら道を歩く松井。

松井(この家もダメだったか……。今日も化粧品が売れないな……)
5:2018/12/09(日) 00:06:24.354
回想する松井。松井の頭の中に、1990年代のころの自分の姿が思い浮かぶ。

芸人として、相方とともにお笑い番組でコントを披露する松井。笑い声の効果音。

テロップ「お笑いコンビ『豆大福』 桑島勝広(ボケ担当) 松井灯舞(ツッコミ担当)」

相方の芸人とともに、ある商品のテレビCMに出演する松井。2人とも、生き生きした表情をしている。


松井の回想が終わる。化粧品会社社員として、住宅街を歩く自分。

松井(1990年代のころの俺は、今と違って輝いていたなぁ……)


とある化粧品会社。課長に呼び出される松井。

課長「松井君。この営業成績が続くようなら、会社を辞めて貰わなければならないな」

松井「か、課長……。それだけはさすがに……」

課長「なあ……。あえて言うなら、君は会社員に向いてないんじゃないのか?」

松井「は、はあ……」
7:2018/12/09(日) 00:08:22.567
夕方。とある街。落ち込んだ様子で道を歩く松井。

松井(遂に、俺は会社をクビになってしまった……。このままでは、女房に合わせる顔がない……)


コンビニ。小さなパック酒を手にし、レジの前にいる松井。店員が、パック酒にレジ打ちをする。

松井(全く、こんな日は酒でも飲まずにはいられないな……)


とある公園。ベンチに座り、パック酒をストローですする松井。彼の顔に、次第に酔いが回っていく。

公園の中に入る喪黒福造。喪黒は、遠くのベンチに松井が座っているのを見つける。

パック酒を右手に持ち、苦虫を噛み潰した表情で地面を見つめる松井。喪黒は松井の方へ近づき、彼の隣に座る。

しかし、松井は喪黒の存在に全く気付いていない。独り言を漏らす松井。

松井「……ちくしょう」

喪黒「おや?『ちくしょう』とは……。何か嫌なことでもあったのですか?」
8:2018/12/09(日) 00:10:20.189
松井「あ、あなたは……」

喪黒「どうやら、あなたの心にもスキマがおありのようですねぇ」

喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。

松井「ココロのスキマ、お埋めします?」

喪黒「実はですねぇ……。私、人々の心のスキマをお埋めするボランティアをしているのですよ」

松井「か、変わったお仕事ですね……」

喪黒「何なら、私があなたの相談に乗りましょうか?」


BAR「魔の巣」。喪黒と松井が席に腰掛けている。

喪黒「ほう……。あなたが元『豆大福』の松井灯舞さんだったとは……。1990年代のころのあなたは、テレビによく出ていましたねぇ」

松井「私がお笑い芸人だったのは、かなり昔の話ですよ。今では、芸能界を引退して久しいですから……」

喪黒「芸能界を引退した後の松井さんは、居酒屋を経営していたようですねぇ」
9:2018/12/09(日) 00:12:22.011
松井「ええ、そうです。ですが、私はその居酒屋を潰してしまい……。その後は仕事を転々とし続けました」

喪黒「松井さんの今のご職業は?」

松井「今ですか?化粧品会社の営業職でしたね……。まあ、今日、その化粧品会社をクビになったんですよ……」

喪黒「なるほど……。芸能界引退後のあなたは、苦労の多い人生を送っているようですねぇ」

松井「これは、私が選んだ人生ですから……。でも、たまに思う時があるんですよ」
   「もしも、芸能人のままでいたら、今ごろはどうなっていたんだろう……と」

喪黒「お笑い芸人だったころのあなたは、今と違って生き生きした表情をしていましたよ」

松井「そ、そうですか……。あのころは、毎日が祭りみたいな感じで楽しかったですよ」

喪黒「祭り……ですか。もしかすると、あなたはお祭りとかがお好きなのではないですか?」

松井「はい……。小さいころの私は、地元の夏祭りが好きでしたね。1年に1度行われるあの祭りを、いつも心待ちにしていましたよ」

喪黒「松井さん。今のあなたが甦るためには、心の中に『祭り』を取り戻す必要があると思いますよ」
10:2018/12/09(日) 00:14:23.500
松井「心の中に『祭り』を取り戻す……」

喪黒「そうです。あなたのために、もう1度、お祭りを見せてあげましょう。私に着いて来てください」


街の中を走るバス。このバスの乗客は、喪黒と松井の2人だけだ。夕焼けから、次第に夜になる空。

いつの間にか、トンネルの中に入るバス。バスがトンネルを抜けると、辺りは林で覆われている。

松井「こ、このバス、山の中を走っていますよ!私たちはどこへ行くんですか!?」

喪黒「このバスの終点を降りると、とってもいい場所があるんです」

道路を走り続けるバス。窓からは民家が見えてきたものの、周囲は水田があちこちに目立つ。

松井(それにしても、俺たちは相当な田舎に来ているようだな)


バスの終点を降りて、道を歩く喪黒と松井。2人はどこかの農村にいるようだ。

農村にある家屋は瓦屋根の建物が多いが、ところどころで茅葺き屋根の建物も入り混じっている。

松井「喪黒さん。ここは一体どこなんですか?」
11:2018/12/09(日) 00:16:24.496
喪黒「ここは、祭りの里です」

松井「祭りの里?」

喪黒「はい。そろそろ、夕食でも食べましょうか」


広めの家の前にいる喪黒と松井。この建物は、瓦屋根で木造の民家だ。

喪黒「お邪魔しまーーす!!」

家の中から、一人の若い女性が出迎える。彼女はヘップバーンカットの髪形をしている。

女性「こんばんは……」

家に入る喪黒と松井。2人は座敷へと向かう。松井が座敷を見ると……。

松井「こ、これは……」

座布団の上に座る大勢の客たち。客たちの席には、膳に置かれた日本料理がある。

喪黒「よっこらしょ……っと」

座布団の上に座る喪黒。
12:2018/12/09(日) 00:18:29.168
松井「えっ!?いいんですか!?」

喪黒「いいんですよ。だって、今日は祭りなんですから……」

料理を食べる喪黒と松井。

松井「何だか、懐かしいですね……。私が子供のころの、田舎の実家の祭りがこんな感じでした」
   「今じゃ、過疎化のせいで地元でも祭りはなくなりましたけど……」

この家の女性が、喪黒と松井のグラスにビールを注ぐ。

松井「ああ、どうも……」


食事を終わり、家を出る喪黒と松井。2人は再び、農村の道を歩く。キリコを担いだ男たちを見かける喪黒と松井。

男たち「ワッショイ!!ワッショイ!!ワッショイ!!ワッショイ……」

松井「キリコを見たの、久しぶりですよ。それにしても、今の時代に祭りをやる農村が残っていたとは……」

喪黒「ホーッホッホッホ……。この村は現代の農村ではありませんし、現実世界の空間とは違いますよ」

松井「何だって!?」

喪黒「この村は毎日毎晩、祭りが行われているんです」

松井「毎日毎晩……」
13:2018/12/09(日) 00:20:27.834
とある山。鳥居をくぐり、神社の中に入る喪黒と松井。境内には、祭りの参加者が数え切れぬほどいる。

石畳でできた広めの道を歩く喪黒と松井。道には、浴衣を着た親子や若い女性もいる。灯籠や提灯の明かりが、境内の中を照らす。

松井「人が多いですね……」

立ち並ぶ夜店の屋台。屋台の前で、綿菓子を手にする喪黒と松井。

喪黒「ここにある店の品物は、みんなタダなんですよ」

ある屋台を眺める松井。その屋台は、ヒーローのお面をいくつも売っているが……。

松井(え!?月光仮面のお面がある!それだけじゃなく、売り物のお面のキャラクターが、どれもみんな古い……)

道端で、2人の子供を見る松井。坊主頭の子供と、スポーツ刈りの子供がメンコ遊びをしている。

松井(まるで、昭和30年代の田舎にいるみたいだ……)


あちこちから聞こえる祭りばやし。太鼓や笛の音とともに、盆踊りの音楽が境内に響く。

松井「にぎやかになってきましたね……」
14:2018/12/09(日) 00:22:19.784
石畳の道にいる通行人たちが、盆踊りを踊り始める。

松井「おっと……」

盆踊りを踊る喪黒。松井も、ぎこちない動きで盆踊りを踊る。

松井(それにしても、盆踊りを踊ったのは久しぶりだな……)

松井の踊りは、やがて自然な動きになっていく。踊りながら会話をする喪黒と松井。

喪黒「どうです?楽しいでしょう」

松井「は、はい!久しぶりに、祭りの楽しさを心から実感していますよ!おかげで、会社をクビになった苦しさも吹っ飛びました!」

喪黒「松井さんを慰めることができて、実に何より……。ですが、あなたには約束していただきたいことがあります」

松井「約束!?」

喪黒「そうです。松井さんがこの里の祭りに参加するのは、今回の1度だけにしておいてください」
   「祭りによる気分転換の後は、これからの生活をしっかりと生きるべきなのです」

松井「わ、分かりました……。今夜の経験は、一生忘れません……」
15:2018/12/09(日) 00:24:28.432
翌朝。マンション。部屋の布団で目覚める松井。

松井の妻「あなたーー!!起きなさーーい!!」

松井「ああ……」

松井の妻「早く起きないと、会社に遅れちゃうでしょ!!」

松井「……会社はもう辞めた。俺、クビになったんだ」

松井の妻「な、何ですって!?」

松井「でも、俺の心の中には『祭り』が戻ってきた。だから、これからやることはもう決まっている」


芸能事務所。執務室で、社長と会話をする松井。

松井「俺はもう1度、あの祭りのような日々を味わってみたいんです!だから……」

社長「まあ、お前の頼みとあればな……。この事務所に再契約してやってもいいがな……」

松井「あ、ありがとうございます……、社長……」
16:2018/12/09(日) 00:26:37.665
とあるテレビ局。トーク番組の撮影が行われている。多数の出演者とともにひな壇に座り、何かを話す松井。

松井は、出演者たちの会話についていくだけで精いっぱいだ。そして、地上波で放送された番組の結果は……。

ネット掲示板「松井の出演シーンほとんどカットか」「松井は空気扱いか」「復帰早々これかよ」「こいつが昔売れたのはまぐれ」


芸能事務所。松井は社長に直訴する。

松井「社長、お願いします!!何か、仕事とかないんですか!?」

社長「残念ながら、今のところお前のスケジュールには何も予定は入っていない」

松井「そ、そんな……。俺はどうやって食っていけばいいんですか……」

社長「松井……。芸能界は弱肉強食なんだよ。こうなることを覚悟して、お前は芸能界に復帰したんだろ?」


事務所を出て、街の中にいる松井。彼はスマホで、かつての相方・桑島と通話をする。

松井「おう、桑島!俺だよ、松井だよ!いやぁ、懐かしいなぁ……。お前が出世してくれて、俺はうれしいよ」
17:2018/12/09(日) 00:28:21.617
桑島「お前と話すことなんか、何もねぇよ……」

松井「ど、どうしてそんなこと言うんだ!?あまりにも、つれないじゃないか!!」

桑島「つれないのはお前だろ。コンビを解散して、俺が売れなかった時期……。お前は俺に対して見向きもしなかったよなぁ……」

松井「いや、それはその……」

桑島「俺が売れてるから便乗しようったって、そうはいかんぞ。もう電話かけてくるなよ」

桑島は、一方的にスマホを切る。スマホを握ったまま、途方に暮れる松井。


BAR「魔の巣」に入店する松井。カウンター席には喪黒がいる。

喪黒「やぁ、松井さん」

松井が喪黒の隣に腰掛ける。

松井「喪黒さん……。実は、私は……」

一連の事情を話す松井。
18:2018/12/09(日) 00:30:27.967
喪黒「そうですか……、お気の毒ですねぇ。芸能界は生存競争が厳しいですから……」

松井「それだけではありません。私は芸能界に復帰したせいで、妻とも離婚する羽目になりました」
   「彼女は、私の芸能界復帰に誰よりも反対していましたから……」

喪黒「いやはや……。あなたの心労、察するに余りありますよ」

松井「できれば再び、あの祭りの里に行って気分転換がしたいですよ……」

喪黒「松井さん、それはなりませんよ。あそこに行くのは1度だけ、というのが私との約束だったでしょ?」

松井「いいえ!!どうしても、私は祭りの里に行きたいんです!!」

喪黒の前で、土下座をする松井。

松井「お願いします、喪黒さん!!できることなら、私はあの里に引っ越したいくらいです!!」
   「だって、あの里は毎日毎晩祭りをやってるんでしょ!?だから……」

喪黒「仕方ありませんねぇ……。そこまで言うのなら、あなたの願いをかなえてあげてもいいですよ」

松井「ほ、本当ですか……!?」

顔を上げる松井。
20:2018/12/09(日) 00:32:24.950
喪黒「本当ですよ。さぁ、私の手をよーく見ててください……」

喪黒は松井に右手の人差し指を向ける。

喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

松井「ギャアアアアアアアアア!!!」

喪黒のドーンを受け、松井は異次元の中へと吸い込まれていく。


テロップ「数か月後――」

夜。農村の中を走るバス。バスの中には、喪黒と芸能事務所の社長、マネージャーが乗っている。

社長「ところで、あなた……。松井は本当に、こんなところに住んでいるんですか?」

喪黒「ええ。彼はおそらく、この村のあの場所にいるはずです」


神社。境内の中では、例の如く祭りが開催されている。

石畳の道の上で、盆踊りを踊る参加者たち。喪黒、芸能事務所社長、マネージャーも盆踊りを踊る。
22:2018/12/09(日) 00:39:25.642
マネージャー「何だか、楽しくなってきましたね……」

社長「ああ……。子供のころに、祭りに行った日を思い出してしまったよ……」

喪黒「見てください。松井さんが見つかりましたよ」

ある方面に向かい、喪黒が指を差す。法被姿の男が和太鼓を叩く。ドーーン、ドーーン、ドーーン……!!和太鼓をよく見ると……。

マネージャー「あ、あれは……!!」

社長「ま、松井……!!」

和太鼓の茶色い胴の部分には、松井の顔がくっきりと浮かんでいる。人面太鼓となり、満足そうな表情をする松井。


祭りの里。例の神社の鳥居の前にいる喪黒。境内からは、祭りばやしの音が聞こえてくる。

喪黒「古来より、人々は何かしらの形で祭りを祝ってきましたし……。そもそも、祭りをすること自体が特別な意味を持っていました」
   「なぜなら、昔の人にとって祭りとは……。贅沢を味わったり、羽目を外したりすることができる数少ない日でもあったからです」
   「21世紀になり、周りがモノと娯楽に満ちて、祭りは廃れつつありますが……。人々は毎日、ストレスを抱えたまま暮らしています」
   「だから、祭りの意義をもう1度見直してみるのもいいかもしれません。ですが……、祭りというものは一時的に味わうに限りますよ」
   「だって、和太鼓となったまま、毎日毎晩祭りのただ中にいるようでは、しまいに飽きてしまいますから……。ねぇ、松井灯舞さん」
   「オーホッホッホッホッホッホッホ……」

                   ―完―
23:2018/12/09(日) 00:43:01.030 ID:20lV9h+U0.net

今回のは終わり方がちょと不条理だったかなぁ
次も楽しみにしてるよ!