1:2018/10/16(火) 22:52:49.512
喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。

    ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。

    この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。

    そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。

    いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。

    さて、今日のお客様は……。

    花形英利(46) アナウンサー

    【左遷された男】

    ホーッホッホッホ……。」



3:2018/10/16(火) 22:55:05.955
夜。東京、渋谷区。公共放送局「JBC」。

夜7時の時計をもじったCG映像。オーケストラ風の音楽。今日、起きた出来事が次々と紹介される。

画面の中央に出現する「JBCニュース19」のタイトル。さらに画面は切り替わり、男性アナウンサーの姿が現れる。

男性アナウンサーの花形は、年齢の割に頭髪に白髪が目立つ。彼は、整った顔立ちで誠実そうな表情だ。

花形「こんばんは。X月X日、X曜日、『JBCニュース19』です」

テロップ「花形英利(45) アナウンサー、JBC放送センター・アナウンス室」


全国各地で、JBCの夜のニュースが放送されている。テレビのニュースを見る一般人たち。

食事中の一家、居酒屋の客たち、大衆食堂の客たち、アパートに住む学生……。

彼らは皆、液晶テレビに映るアナウンサーの花形を見つめている。


ある居酒屋。店内にある液晶テレビに映っているのは、JBCの夜のニュースだ。

テレビを眺める客たち。客の中には喪黒福造もいる。
4:2018/10/16(火) 22:57:14.933
居酒屋ママ「それにしても、花形さんっていい男ねぇ。イケメンで品がよさそうだし」

サラリーマンA「このアナウンサー、突然、頭が白髪だらけになったのはびっくりしたよ」

サラリーマンB「ああ、実はな……。髪の毛が痛むからって理由で、白髪染めを使うのをやめたんだとさ」

居酒屋ママ「そうだったの。花形さん、身体の具合が悪いわけじゃないんだ……。よかった……」

サラリーマンC「でもなー。白髪頭になったおかげで前よりいい男になり、女性ファンが増えたんだから……」
         「かっこいい男ってのは、つくづく得だよなー……」

喪黒「…………」


ある日。東京、公共放送局「JBC」。執務室の中で、編成局長と会話をする花形。

編成局長「花形さん。あなたは来年度から、京都放送局に赴任することが決まりました」

花形「えっ!?私が京都放送局へ異動するんですか?」

編成局長「そうです。優秀な花形さんなら、京都の放送局でも素晴らしい活躍ができるでしょう」

花形(京都放送局への異動だと……!?出世街道を歩んでいた俺が、よりによって左遷されるなんて……)
5:2018/10/16(火) 22:59:28.336
テロップ「翌年――」

JBC京都放送局。花形は、覇気のない顔つきで廊下を歩いている。

テロップ「花形英利(46) アナウンサー、JBC京都放送局」

テレビ局関係者とすれ違う花形。

テレビ局関係者「花形さん、おはようございます!」

花形「おはようございます……」

花形の声は、東京にいた時と違って元気がない。


夕方。オープニング音楽と「イブニングニュース京都」のタイトル。花形と女性アナウンサー。

花形「こんばんは。X月X日、イブニングニュース京都の時間です」


夜。ニュースの撮影を終えた花形が、職員たちに声をかける。

花形「どうです?今夜はどこかの店へ飲みに行きませんか?」

職員たち「いや、私はいいですよ」「私も、今日はちょっと用事があるんで……」

花形「そうですか……。それは失礼しました」
6:2018/10/16(火) 23:01:16.010
放送局の階段を下りる花形。一方、廊下では女性アナウンサーたちが話をしている。

女性アナウンサーA「ねぇ?今度、異動してきた花形さんってどう思う?」

女性アナウンサーB「まあ、何と言うか……。ちょっとお高くとまった感じだよねぇ」

女性アナウンサーC「なぜなら、彼は今までJBC本部に勤務するエリートだったんだから……」
             「それなのに、京都へ飛ばされたんじゃ面白くないでしょ」


祇園。神社仏閣や、和風の古めかしい建物が並ぶ。石畳の道を歩く通行人たち。その中には花形もいる。

花形(ここが京都か。さすが、空襲を受けなかっただけあって、趣がある景色が今も残っているな……)

古風な街並みを抜けると、飲食店が目立ち始める。いつの間にか、花形は繁華街にいるようだ。

京都の繁華街の中を歩く喪黒福造。喪黒は花形の姿を見つけ、彼に近づく。

喪黒「おっ、あなたは……。もしかすると、JBCの花形英利アナウンサーではないですか?」

花形「え、ええ……。そうですよ。私が花形英利ですよ」

喪黒「花形さん、どこかいい店でも探しているんですかねぇ?」
7:2018/10/16(火) 23:03:17.511
花形「まあ、そんなところですけどね……」

喪黒「よろしかったら、私もお供しましょうか?」


ある料亭。和室の中で、酒を酌み交わす喪黒と花形。机の上には、豪勢な日本料理が並んでいる。

喪黒「なるほど……。花形さんは、今年度からJBC京都放送局への赴任が決まったのですか」

花形「はい……。とはいえ、京都での仕事は未だに慣れないことが多いですし……」
   「それに何というか、京都放送局でも私は一人浮いたような状態なんです」

喪黒「ほう……。例えば、仕事を終えた後、職員たちを飲みに誘ったけど断られたとか?」

花形「そ、そうです!いやぁ、なかなか勘が鋭いですねぇ……。あなた……」

喪黒「なぁに……。仕事柄、長年、人間の観察を行ってきたおかげですよ。私はこういう者ですから……」

喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。

花形「……ココロのスキマ、お埋めします?」

喪黒「実はですねぇ……。私、人々の心のスキマをお埋めするボランティアをしているのですよ」
9:2018/10/16(火) 23:05:21.057
花形「は、はあ……」

喪黒「そのご様子からして、花形さんの心にもスキマがおありのように見えますねぇ」

花形「ええ……。京都放送局へ異動してからというものの、毎日が憂鬱なんです」

喪黒「無理もありません。全国のニュースを担当するアナウンサーだったはずなのに……」
   「いきなり、京都へ飛ばされてしまったのだから……」

花形「はい。私としては……。まさに屈辱というか、挫折というか、人生の冬というか……」

喪黒「失礼を承知で、いっそのこと単刀直入に言いましょうか。要するに、あなたは京都へ左遷されたんですよね?」

花形「まあ、喪黒さんの見立て通りですよ。誰がどう見ても、今の私の処遇は左遷に等しいものですから……」

喪黒「花形さん。あなたは、『左遷』という言葉に対してマイナスイメージを持っているでしょう?」
   「それは大きな間違いです!」

花形「えっ!?」

喪黒「大きな組織で働く人間ならば……。左遷を受けることも、将来のために役立つ経験になりますよ!」
   「左遷というものは学びの機会でもあり……。見方によっては、大いなるプラスにもなり得るのです!!」
10:2018/10/16(火) 23:07:48.050
花形「言われてみれば、そうかもしれませんね……」

喪黒「しかもです……。京都で勤務することは、あなたの心身のリフレッシュにもつながるはずです」
   「何しろ……。東京のJBC本部での勤務は、ストレスが溜まりっぱなしだったでしょう?花形さん」

花形「え、ええ……。確かに……。私が白髪頭になったのも、ストレスによるものでしたから……」

喪黒「だったら、花形さん……。京都放送局への異動は、むしろ喜ぶべきことですよ」
   「なぜなら、左遷もまた貴重な経験になりますし……。逆境こそ、まさしく真のチャンスなのですから!」

花形「まあ、お励ましの言葉をいただくのはありがたいんですけど……。どうも、仕事に身が入らなくて……」

喪黒「クヨクヨする必要はありません。私があなたに気合を入れてあげましょう……」

喪黒は花形に右手の人差し指を向ける。

喪黒「さぁ、私の手をよーく見ててください……」
   「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

花形「うわああああああああ!!!」
11:2018/10/16(火) 23:10:08.277
JBC京都放送局。執務室で、京都放送局長と会話する花形。

京都放送局長「花形さん。あなたを京都放送局の『顔』として扱おうと思っています」

花形「そ、そうですか……」

京都放送局長「何しろ、あなたは主婦層に人気がありますから……。この人気を生かさないわけにはいきません」


デスクに向かう花形。職員たちが好意的な様子で彼を出迎える。

職員A「花形さん。新しいポスター、できましたよ!」

花形「これは……」

机の上には、花形の笑顔が大写しになったポスターが置かれている。

このポスターのキャッチフレーズは、「新JBC」「JBC京都が変わります」だ。

職員B「すごいですね、花形さん!まさに、京都放送局のエースそのものじゃないですか!」

花形「い、いやぁ……。私は別に、その……」
12:2018/10/16(火) 23:12:14.248
職員C「花形さん、謙遜することはないですよ」

花形(俺のために、ここまでの待遇をしてくれるなんて……。ならば俺も、もうひと頑張りしようじゃないか!!)


夕方。JBC京都放送局。「イブニングニュース京都」の撮影が行われている。

花形「こんばんは。X月X日、イブニングニュース京都の時間です」

いつもとは違い、はきはきした表情で話す花形。


夜。仕事を終えた花形に、女性アナウンサーや職員たちが声をかける。

女性アナウンサー「ねぇ、花形さん」

職員たち「たまには、私たちと飲みに行きませんか?」

花形「あ、ああ……。喜んで……」

女性アナウンサーや職員たちと一緒に、外へ出る花形。とある居酒屋の中で、花形ら一同は乾杯をする。

花形(よかった……。みんなと打ち解けることができて、ホッとした……)
13:2018/10/16(火) 23:14:14.048
土砂降りの空。JBC京都放送局。「イブニングニュース京都」が放映されている。

花形「こんばんは。X月X日、イブニングニュース京都の時間です」

女性アナウンサー「本日は、集中豪雨のニュースを中心にお伝えします」

花形「記録的な集中豪雨により、新たに福知山市に避難勧告が出されました」

豪雨の空。ある小学校の体育館。避難者たちが、液晶テレビに映る花形の顔を見つめる。


夏。祇園祭。京都の街の中で山鉾巡行が行われている。浴衣姿の花形が、祇園祭の関係者に対し、熱心に取材を行っている。

ネット掲示板「花形さん、浴衣がよく似合っているな」「和服姿でもやはりイケメンだな」「まさにJBCの貴公子」


「イブニングニュース京都」のスポーツコーナー。

女性アナウンサー「今日の特集はJリーグです。J1昇格を目指す京都カーネヴィオラを、花形アナウンサーが取材しました」

京都カーネヴィオラの選手にインタビューを行う花形。試合を観戦し、ユニフォーム姿で京都カーネヴィオラを応援する花形。
14:2018/10/16(火) 23:16:17.058
花形がサッカーの試合を観戦する様子が、ツイッターやネット掲示板で話題になる。

ツイッター「花形さん発見」「花形アナがサッカーを観戦」「まるでサッカー少年みたい」

ネット掲示板「花形さん、意外とお茶目」「東京にいた時より楽しそう」「意外と表情が豊かでワロタw」


秋。嵐山もみじ祭。大堰川の上に浮かぶ芸能船。芸能船の上には、平安時代の衣装の人間たちが乗っている。

花形が祭りを取材する様子が、「イブニングニュース京都」で放映される。


ある日の夜。赤信号から青信号になり、通行人たちは横断歩道を渡る。横断歩道の中で、花形は喪黒と再会する。

喪黒「お久しぶりです。花形さん」

花形「やぁ、喪黒さん」

寿司屋の中にいる喪黒と花形。

喪黒「どうです、花形さん。お仕事はうまくいっていますか?」

花形「ええ。京都放送局での仕事は、思った以上にやりがいがあるものでしたよ」
15:2018/10/16(火) 23:18:17.909
喪黒「よかったですなぁ。まさに今の花形さんは、京都放送局のエースとして生き生きしていますよ」

花形「まあ、京都放送局は私の顔が入ったポスターまで作ったくらいですから……」

喪黒「花形さんは、等身大の姿で取材をする様子が視聴者に受けているのです」
   「東京時代から、誠実そうなイメージがあなたの売り物でしたからねぇ」

花形「は、はぁ……」

喪黒「だから……。もしも、そのイメージをぶち壊すようなことをしたら、ただじゃあ済まないでしょう」

花形「はい……。それはもう、気をつけていますよ……」

喪黒「どうですかねぇ?おそらくあなたは、昔から女性たちと浮名を流してきたはずですよねぇ」

花形「ええ、まあ……。分かりますか?」

喪黒「もちろんです。だって、あなたはルックスがいいですから……。たぶん、女性関係が弱点だろうと思ったんですよ」

花形「おっしゃる通りです。いやぁ、ここまで勘が鋭いとは……。恐れ入りましたよ」

喪黒「ならば、花形さん。私と約束してください。くれぐれも、女性関係で羽目を外さないようにしてくださいよ」

花形「わ、分かりました……。喪黒さん」
16:2018/10/16(火) 23:20:12.249
ある夜。JBC京都放送局。「イブニングニュース京都」の撮影が終わる。

撮影スタッフ「お疲れ様でしたーーー!!」

ほっとした表情になる花形と女性アナウンサー。花形は何食わぬ顔で、女性アナウンサーの尻を触る。

女性アナウンサー「キャアッ!!花形さん、何をするんですか!!」

撮影スタッフ(また、花形さんのいつもの癖が出ちゃったよ……)


エレベーターの中で、若手アナウンサーの胸ぐらをつかむ花形。花形は生放送の時と違い、すごんだ態度のようだ。

花形「さっきの番組で、若手が生意気に発言すんじゃねぇよ!!ここは、俺がコメントするとこなんだよ!!」


とある居酒屋。番組製作スタッフ、花形らアナウンサーたちによる打ち上げが行われている。

酒に酔い、上機嫌となる花形。笑顔の花形が、隣にいる新人女性アナウンサーの膝を触り出す。

花形「なぁ……。俺と2人で抜け出そう」

新人女性アナウンサー「わ、私……、トイレに行きますから……!!」
17:2018/10/16(火) 23:22:15.824
トイレの中へ駆け込む新人女性アナウンサー。それに対し、彼女を追いかける花形。

新人女性アナウンサー「や、やめてください……」

ぎらついた表情の花形と、脅えた表情の新人女性アナウンサー。

新人女性アナウンサーの身体に覆いかぶさり、無理やりキスをする花形。

新人女性アナウンサー「イ、イヤアアアアッ……!!」

喪黒「おっと、そこまで!!」

新人女性アナウンサーと花形の目の前に、喪黒が姿を現す。

喪黒の姿に気を取られる花形。そのすきに、新人女性アナウンサーはトイレから逃げ出す。

喪黒「花形英利さん……。あなた約束を破りましたね」

花形「も、喪黒さん……!!」

喪黒「私はあなたに忠告しましたよ。くれぐれも、女性関係で羽目を外さないようにしろ……と」

花形「す、すみません……!!どうしても、魔が差してしまって……」
18:2018/10/16(火) 23:24:18.462
喪黒「実はですねぇ……。私は、JBC京都放送局の女性アナウンサーから相談を受けていたのですよ」
   「東京から来たエリートアナウンサーによるセクハラに困っている……と」

花形「くっ……」

喪黒「そこで、私は彼女にアドバイスをしました」
   「ICレコーダーを衣服の中に忍ばせ、このアナウンサーのセクハラ行為を録音しろ……と」
   「当然ながら、彼によるセクハラ行為の録音は、週刊誌に売り込んだ方がいい……私は彼女にこう言いました」

花形「そ、そんな……!!」

喪黒「約束を破った以上、あなたには罰を受けて貰うしかありません!!」

喪黒は花形に右手の人差し指を向ける。

喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

花形「ギャアアアアアアアアア!!!」


その後――。線路を走る電車。電車内には、週刊誌の広告が掲載されている。花形のスキャンダルを特集する週刊誌の見出し。

週刊誌「JBCの貴公子・花形英利(46)の重大セクハラ事件」
19:2018/10/16(火) 23:27:42.013
自宅マンション前で、週刊誌記者からインタビューを受ける花形。彼は意気消沈した表情で、やつれた顔をしている。

週刊誌記者「花形さん。セクハラは、本当に今回の件が初めてなんですか!?」
        「東京に勤務していたころのあなたによる、セクハラ被害の証言もたくさんあるんです!!」

花形「えっ!?」

週刊誌記者「あなたにセクハラを受けた女性たちが、次々と被害を告発しているんですよ!!」
        「ここでは口にするのもはばかるような、おぞましい性犯罪の数々をね!!」

花形「うわああ……」

週刊誌の記者に攻められ、絶望した表情になる花形。


JBC京都放送局の前にいる喪黒。

喪黒「そもそも、左遷という言葉にはマイナスイメージがつきものですが……。左遷は過ごし方次第でプラスにもなり得ます」
   「なぜなら、新しい職場で今までとは違う仕事を経験し……。新しい仲間の元、これまでとは違う考え方を学べるからです」
   「それだけではなく……。左遷のおかげで人事の仕組みも理解できますし、自分自身と向き合う機会も生まれるわけです」
   「従って……。見方を変えれば左遷はチャンスでもありますし、将来の自分につなげるための有意義な期間とも言えましょう」
   「ただし、左遷から復活できる人もいれば、そうでない人もいますから……。どうやら、花形さんは後者のタイプだったようですねぇ」
   「オーホッホッホッホッホッホッホ……」

                   ―完―