1:2015/03/01(日) 23:52:07.46
今日の部室内には普段と異なり、少しピリピリとした空気が流れている。原因は言わずもがなハルヒである。
いや、今回だけはその原因の一端を俺が担っていると言ってもいいかもしれない。

「ちょっと、キョン!ちゃんと話聞いてるの?」

ハルヒが耳元で怒鳴る。俺の聴力が低下しかねないのでそういう行為は遠慮してもらいたいのだが、
コイツにそんなことを説いたとしても聞き入れてもらうことは不可能だろう。
それに、俺はある事があってからハルヒに対して口を開いていないわけで、それを説くことをするつもりはない。

「………」

「無視するな!」

ハルヒが俺の頭を叩く。

 こちらとしては口を開かないだけであり、話はきちんと聞いているし、頷いたり首を振ったりして肯定か否定かの意は示しているつもりだ。
ハルヒは納得というか、それを話を聞いているという態度に捉えてくれていないのだろう。

 そろそろ気が付いてもいいと思うのだがね。



3:2015/03/01(日) 23:57:18.69
「今日のキョン、少しおかしいわよ?調子が悪いの?」

首を振る。

「じゃあ何で口を開かないのよ」

沈黙。YesかNoで答えられる質問でないと俺はどうすることもできない。ハルヒは少し苛ついたように俺を睨む。

 そんなに睨まれてもだな、俺はハルヒに言われたことを忠実に守っているだけであり、
そのことに腹を立てるのはお門違いで自業自得ってわけだ。

状況が分かりにくいと思うので、今に至る経緯を簡単に話しておこうと思う。

 事の始まりは昨日の団活中のことであった。俺はハルヒと些細なことで言い争いになり、
それがヒートアップした結果ハルヒはこんなことを言ったのだ。
4:2015/03/01(日) 23:59:02.29
「だいたい、いつもキョンはうるさいのよ!口を開いたら文句しか言わないし。たまにはその口を閉じたらどうなの?」

 そしてその後、ハルヒはそのまま帰ってしまい俺は反撃のチャンスに恵まれることは無かった。

 古泉にはハルヒと仲直りするように頼まれたのだが、ハルヒをつけあがらせると碌でもないことになるのは受け合いであり、
これから先の人生を考えても確実に良いと言えない。

 そこで俺は考えたのだ。どうすればハルヒに、無茶な我が儘が決して良い結果を生むとは限らないと教えることができるのかと。
そして、思いついたのがハルヒが帰る間際に言い放ったソレを実践するということだった。

 で、その結果がこれだ。ハルヒは苛つき、閉鎖空間を発生しかねない状況にまで来ているだろう。
しかし、いくら古泉に頼まれたとしても俺は止めるつもりはない。間違っていることを間違ったままにしておいて良いはずが無い。
それにだな、ここで俺が止めてしまったらハルヒを叱ってやれるやつがいなくなる。つまり、誰かがハルヒのブレーキとなってやる必要があるわけだ。

 ハルヒを神だと考えているイエスマンの古泉が属する機関にそんな大それたことをしてくれる奴はいない。
長門の親玉は観察が目的であるためにきっと放置だろうし、朝比奈さんにそんな役割を押しつけるわけにいかない。
となれば、不本意ながら一般人の俺にその役目が回ってくるってことだ。
5:2015/03/02(月) 00:02:25.24 ID:QtLFWKPw0.net
損な役目が俺に回ってくることはもう慣れた――なんて強がることはできないし、しないが、回ってきたなら諦めてそれをロールするしか無いんだろうね。

 まったく、やれやれだ。

「ねぇ、本当にどうしたの?」

ハルヒが先程と違って、心配そうな声音でそう訊ねてくる。いつもは輝いている瞳が不安で揺れている。

 ここはもう一押しといったところか。

「…………」

俺は心を理性で以て冷やし、ハルヒのその問いに沈黙を守る。

 ハルヒはどうしたら良いのかわからないといった表情を浮かべ、口をつぐんだ。古泉を始め、他の団員には口出ししないよう事前に言ってある。
そんなわけで、この場でハルヒに助言は無い。ハルヒが自分で気付くしかないということだ。

「もしかして――」

ハルヒがハッとしたように俺の瞳を覗き込む。

「――昨日の事……?」

静かに肯定。

「それで黙ってるの?」

さらに肯定。

「でも、昨日のアレはあの時の冗談っていうかその場の勢いっていうか…」
7:2015/03/02(月) 00:05:31.94 ID:QtLFWKPw0.net
ハルヒがしどろもどろになりながら言い訳を並べていく。自分の冗談を真に受けられ、戸惑い、悩んでいる。
……もういいだろう。ハルヒだってたっぷり反省したようだしな。

「あんまり我が儘とか無茶なこと言うのは止めとけよ。禄なことにならないって判ったろ?」

 出来るだけ優しく、諭すようにそう言ってやる。ハルヒは驚いたのか目を丸くして、俺の顔をまじまじと見つめて、
やがて安心したのか不機嫌そうに嬉しそうな笑みを浮かべた。

「冗談を本気にするなんて、本当にキョンってば子供なんだから。

 でもまぁ、あたしが悪いだなんて思ってないけど、たまにはキョンの意見を聞いてあげないことも無いわよ。
それに、キョンが冗談を本気にするような子供だから、しばらくは冗談言わないであげる」

 やれやれ。どうしてコイツは素直になるということを知らないんだろうね。

 でも、今回のことでハルヒはハルヒなりに忠告を聞き入れてくれたってことだ。それだけでも十分な収穫があったわけで、とりあえずは良しとしておくか。

 俺は「悪かった」とだけ謝って、怒鳴られるのを覚悟でハルヒの頭を撫でるのだった。

10:2015/03/02(月) 00:11:16.60 ID:QtLFWKPw0.net
土曜日のことである。

 土曜日といえば、俺が所属するSOS団では不思議探索と決まっており、その集合に遅れた者がその日の活動費を支払うことになっている。
不名誉なことに、その支払いをさせられるのは常に俺であり、毎回毎回財布の中身が物凄い勢いで羽ばたいていく。

 小遣いの大半がこの集まりのせいで浪費させられているせいで、個人的に金を使うことが激減した。
それが嫌なら早起きすればいいだろうなんて言う輩がいるかもしれない。

 それは言外に『パンが無ければケーキを食べればいい』と言っているようなものである。

そんなわけで、今日も俺の奢りで昼食を食べ終え、恒例となっているグループ分けと相成った。
公平なくじ引きの結果、運が悪いことに俺はハルヒとペアになってしまった。

nこれで俺の不思議探索午後の部の平穏及び安らぎが無くなることが決定した。
さらに、古泉が両手に花という恨まれても仕方がないような状況にあることも腹立たしい。
もしハルヒがくじ引きの結果に納得しないようだったら、その怒りを抑えるために言葉巧みなイエスマンに成り果てる古泉なのだが、
俺の申し出に対しては冷たいもので「まだ死にたくありませんので」なんて訳のわからないことを言っていた。

 まったく、やれやれだ。

誠に遺憾ながら、こうして俺はハルヒと行動を共にしている。午前中はよく晴れていたのだが、午後になって雲行きが怪しくなってきた。風が冷たくなり、まだ春先であるせいか少々肌寒い。こりゃ一雨くるかもな。なんてことを思った矢先に、頬へ冷たい雨粒が一つ落ちてきた。
12:2015/03/02(月) 00:14:19.09 ID:QtLFWKPw0.net
「おい、ハルヒ。雨が降ってきたぞ。どうするんだ?」

「傘は持ってないし……。とりあえず、どこかで雨宿りしましょ」

 ということで、俺たちは辺りを見渡したのだが、雨宿り出来そうな場所は見当たらない。
あるのは小さな公園のみ。まったくもってついてない。

「木の下なら歩道の真ん中につっ立ってるよりはマシよね。ほら、行くわよ」

ハルヒに引きずられるように公園の中へ。出来るだけ葉が繁っている木の下に入ると、ポツポツと降りだしていた雨足が強くなっていく。
木の下にいるだけなのだが、思ったより葉が雨を遮ってくれているようだ。しかし、雨はしのげても寒さはどうすることもできない。

 朝家を出るときは晴れていたせいもあってか、俺はTシャツとパーカーという薄着である。
15:2015/03/02(月) 00:19:55.49 ID:QtLFWKPw0.net
「寒いの?」

 空気に触れる表面積を小さくするために腕を組んで、体を縮めている俺をみてハルヒがニヤリと笑った。

 そう、ニヤリとだ。

 限りなく嫌な予感がしたのでハルヒと距離を置こうとしたのだが、敢えなく失敗。ハルヒに捕まってしまった。
そしてそのまま後ろからギュッと抱きしめられる。いったい何の真似だ?

「こうしたら暖かいでしょ?」

 確かに、ハルヒの温もりが直に伝わっきて暖かい。

 しかし、それ以上にこのシチュエーションがもたらす恥ずかしさのせいで体が熱くなる。
特に顔面は熱を帯びるとともに真っ赤に染まっていることだろうよ。

「もういいから離れろよ」

「まだちょっとしか抱きしめてないわよ」

 寒さだとかそんなものが気にならないくらいに気が動転している。その効果を狙ったのだったら十分過ぎるくらいだ。
冷静を保っているように思考をしているのは、理性の暴走を必死で自制しているだけであって、ほんの些細なことで爆発しかねない。

 その先に待っているのは破滅のみ。
16:2015/03/02(月) 00:23:08.19 ID:QtLFWKPw0.net
「絶対離さないから」

 面白がっているような口振りで背中にしがみついているハルヒが笑う。訂正。面白がっているようなではなく面白がっている。
顔面が沸騰寸前の俺と違ってハルヒは何とも思っていないのだろうか。

 振り向けば確認することは出来るだろうけど、そんなことをしてハルヒと見つめ合うなんて状況になってしまうのはなんとしても避けなければならない。

「ちょっとからかったぐらいで顔真っ赤にしちゃってさ。キョンってうぶなんだから」

 うぶだとかそういう問題でもないだろう。一般的な男子高校生としては当然の反応だ。

 例えそれが性格破綻者のハルヒであろうと――いや、外見だけで言えばハルヒは可愛い。
なのでそんな反応をしてしまうのも致し方ないわけであってだな――

「じゃあ、女だったら誰でも良いってこと?」

「……別に誰でもってわけじゃないさ」

「そう。ならいい」

 何が良いのかはわからないが、ハルヒが嬉しそうしている。いや、振り向いたわけじゃないが、なんとなくわかってしまった。

 やれやれと声に出さずに呟いて視線を前に向ける。雨に打たれた桜がひらひらと舞い散るのだった。
21:2015/03/02(月) 00:30:08.39 ID:QtLFWKPw0.net
雨がぱらついている空を見て、思わずため息をこぼす。もう七月も半ばを過ぎだというのに、いっこうに梅雨があける様子はない。
それどころか、ここ一週間は雨は降らずとも曇りばかりで青空と太陽を久しく拝んでないときた。こうなると神様の憂鬱に天気が左右されてるんじゃないかと思ってしまう。

 その馬鹿げた妄想はあながち間違ってはないような気がする。というか、そのまんまだ。

 こうぼんやりと現状について思案している間にも、後ろの席に座っているハルヒからアンニュイなオーラが漂ってくる。

 本当に勘弁してもらいたい。ハルヒの気まぐれでこっちまで迷惑がかかるのはこれで何度目のことになるだろうか……なんて、
何時もの俺は考えただろう。しかしながら、今回の件に関しては全面的に俺が原因となっているのだ。

 つい十日ほど前の七夕のことである。

 今年も昨年同様に七夕を盛大に楽しむという名目で、従順なイエスマンである古泉に笹を調達させたハルヒは俺たちに短冊を二枚ずつ手渡した。
22:2015/03/02(月) 00:33:52.91 ID:QtLFWKPw0.net
「とりあえず、去年とは違った願い事を書くのよ!」

 なんてことを言ったハルヒに特に文句もあるはずなく、俺たちはせっせと短冊に願い事を書き込んだ。
その内容は変哲のないものだったので割愛させていただく。問題はそんなところにあるのではない。

 その後のことが問題だったのだ。

「ちょっとキョンは残りなさい」

 長門の合図で片付けをしていると、少し不機嫌そうな顔をしたハルヒにそう言われた。
古泉は「頑張って下さいね」なんて爽やかに言い残して帰って行った。そのニヤケ面が引きつる程盛大な閉鎖空間を発生させてやろうかとも考えたが、
長門や朝比奈さんな迷惑をかけることになるので自重。わずかに肩をすくめるだけで勘弁してやった。

 そんなわけで俺はハルヒと二人きりになったわけだ。

 今回はどんな厄介ごとに巻き込まれるんだろうかと戦々恐々しながらハルヒの言葉を待っていたのだが、
ハルヒが口にしたのは俺の予想の遥か斜め上をいくものであった。
23:2015/03/02(月) 00:40:01.78 ID:QtLFWKPw0.net
「私はアンタのこと好きよ」

 時間が凍り付いたかのような錯覚に襲われた。ハルヒの口からそんな言葉が飛び出したことによる驚きと、その対象になった驚きで俺は完全にフリーズした。

「別に返事が聞きたいわけじゃないけど、ただ伝えておこうと思ってね」

 何も答えない俺にハルヒはそう続けた。真っ赤に燃える夕焼けに照らされていたせいで、ハルヒの表情がどんなものであったのかは定かではない。
しかし、口調からはただ淡々と事実だけを述べているような印象を受けた。

「それだけだから」

 そう言い残してハルヒは帰って行った。残された俺はどうすることも出来ずに、その場で呆然とただ立ち尽くすばかりであった。

 とまぁ、事の顛末はこんなもんだ。今回の件に関してはどう考えても俺が原因である。さてさてどうしたものかと悩み始めて早十日が経過した。

 その間にハルヒと口を聞く機会は何度もあったのだが、憂鬱で不機嫌なことわ除けばハルヒはこっちが拍子抜けしてしまうぐらい普通だった。
そんなハルヒに七夕の日のことは俺の勝手な妄想だったのではないかと疑ってしまう。
24:2015/03/02(月) 00:42:40.47 ID:QtLFWKPw0.net
「今のところ閉鎖空間は発生していませんが、涼宮さんの精神状態は不安定ですね。何時その不安定さが暴走するかで機関は緊張感が高まっています」

 相談を持ちかけた古泉はそんなことを言っていた。しかし、だ。古泉本人はそんな緊張を微塵も感じさせなかった。むしろ楽しんでいるようであった。

「以前も言いましたが、貴方が羨ましいですよ。あんな可愛らしい方に好かれているんですから。それも、言葉通り神に愛されたということになりますしね」

「なんなら代わってやってもいいんだぜ?」

「いえいえ、慎んで辞退させていただきますよ。僕では涼宮さんを満足させられませんからね」

 他人事だと思って言いたい放題の古泉に思わず肩をすくめた。

「まぁなんにせよ、僕個人としては貴方には素直に行動していただきたいものです。それがたとえ世界を破滅に導く結果であったとしてもです」

 古泉のその言い方では、もし俺がハルヒの気持ちに応えなかったら世界が破滅するように聞こえるが、
実際のところ俺も古泉もそんなことで世界が崩壊するとは思っていない。ハルヒは入学してから随分と変わった。

 そんなハルヒがそんな簡単に世界を崩壊させるとは思えない。

 少なくとも、俺たちSOS団の面子はそう信じている。
26:2015/03/02(月) 00:45:39.98 ID:QtLFWKPw0.net
しかし、俺は現状を打破出来ないでいた。

 古泉には素直に行動しろと言われたものの、その行動の拠り所になる心がどうも見当たらない。
ハルヒの突然の告白に未だ動揺し続けていると少し言い訳がましくなってしまうのだが、実際のところそうである。

 俺自身の気持ちがわからないのだ。

 確かに、ハルヒは一般的には可愛いと称される容姿をしている。それが判断材料になるというわけではないが、
事実としてとらえてもらいたい。それに、ハルヒのことを好きか嫌いかの二択で答えろと言われるともちろん好きなのである。

 しかし、それを異性としての好きなのかと聞かれたら俺は押し黙るしかない。そんなことを考えてみたことはなかった。

 ハルヒに告白されてからというものの、どうしてもハルヒのことをそういう対象として意識してしまうのだ。
なんとなくそれが嫌だった。好きと言われたから後だし的な感じで好きになるのは何か違うような気がする

 。これも答えを引き伸ばさざるを得ない理由の一つであった。

「私はそれでもいいと思いますけど……」

 女心は女性に聞くのが一番ということで、そのことを朝比奈さんと長門に相談したときのことだ。朝比奈さんは俺の話を聞いてそう仰った。
27:2015/03/02(月) 00:48:18.19 ID:QtLFWKPw0.net
「誰かに好きになってもらうってとっても素敵なことじゃないですか。だから、好きって言われて好きになっちゃっても仕方ないと思いますよ」

「そういうものですかね?」

「そういうものです」

 朝比奈さんはそうイタズラっぽく微笑んだ。

「私はキョン君と涼宮さんには幸せになってもらいたいって思うんです。だから頑張って下さい」

「頑張って」

 朝比奈さんだけではなく、それまで黙っていた長門にも応援されてしまった。

 なんとなくではあるが、自分の心が見えてきたような気がする。というよりも、そこにあったのに敢えて自分から見ないようにしていたような感じだ。

 窓の外に目をやる。先ほどと相変わらず雨がぱらついている。そろそろ夏休みだ。
今年も団長様はいろいろと計画を練っているに違いない。そんな楽しい夏休みにじめじめとした梅雨は似合わない。

 そろそろ梅雨明けといこうか。


「ハルヒ、話があるんだが――」

 明日は青空と太陽と、それに負けないくらい眩しい笑顔を期待しておこうか。
30:2015/03/02(月) 00:54:23.19 ID:QtLFWKPw0.net
「キョンくんあたしもオレンジジュースちょうだい!」

 日曜日の昼下がりのことである。ちょうどコップにオレンジジュースを注いでいるところに妹がやってきた。
部屋着ではなく私服を着ていることから、この後どこかに出掛けるようだ。

「ミヨちゃんの家に行ってくるから、シャミの面倒見ててねー」

 オレンジジュースを勢いよく飲み干し、そう言い残して妹は家を出て行った。相も変わらず元気なこって。
週末の元気は毎週土曜日に使い果たしてしまう俺には、日曜日というものは安息日であり、その午後ともなれば最も心安らぐ一時であると言っても過言ではない。

「君は可愛いにゃー」

 コップを持って部屋に戻ってくると、中から声がする。

 いつぞやみたいにシャミセンが話し出したのかと思われるが、あの時以来シャミセンがしゃべっているのをみたことはない。

 つまりは、だ。シャミセン以外の誰かがシャミセンに向かって話しかけているということだ。
……こんなこと誰でも気付くだろうに、俺は一体全体誰に向かって説明しているんだろうね。
31:2015/03/02(月) 00:56:13.94 ID:QtLFWKPw0.net
「それにしても随分とご機嫌だな」

 ベッドにシャミセンと一緒に寝そべっている佐々木に声をかける。

「それはもう。僕はこう見えて猫派だから」

 こう見えるもなんも初耳だ。

「そうだったかい?まぁ、キョンとペットについて語り合ったことはなかったかもしれないね。
いい機会だ、僕が猫派ということを覚えておいてくれ」

「へいへい」

 気のない返事を返し、コップをテーブルの上に置く。

 佐々木はシャミセンを抱いてベットに座り直し、俺はベットに持たれるよう、その横に座り込む。
その際、シャミセンと目があったが、それ程嫌がっているわけではなさそうである。

 まぁ、普段から妹の相手をしているだけがあって、構われるのは慣れている。
ましてや、妹ほど雑に扱われるわけでないから尚更であろう。

「それはそうと。佐々木でも『にゃー』なんて言うんだな」
32:2015/03/02(月) 00:58:34.57 ID:QtLFWKPw0.net
先日、偶然にも1年ぶりの再会を果たした俺達ではあるが、中学時代に佐々木がそんな可愛らしい言葉を使っているのには、ついぞお目にかかったことはない。

「おや、キョンは何か勘違いしてないか?猫と話すときは語尾ににゃーをつけるのが礼儀ってものじゃないか」

 さも当然に言い放つ佐々木。猫派ではそれが当たり前なのであろうか。

 俺個人としては犬も猫もどちらか一方に傾注することはないので、そういうことは聞いたことがなかった。

「冗談だよ、キョン」

 佐々木が楽しそうにくつくつと咽を鳴らす。そこでようやく俺はからかわられていることに気が付いた。

 やれやれ。

「キョンのそういうところは相変わらずだね」

「佐々木のそういうところも相変わらずだな」

 1年ぶりの再会ではあるが、昨日もあったような感覚。再会するまでの時間など関係ない。

 俺と佐々木はそんな関係である。
33:2015/03/02(月) 00:59:38.95 ID:QtLFWKPw0.net
佐々木に撫でられ、シャミセンがごろごろと咽を鳴らす。佐々木も笑う際に咽を鳴らす。妙な共通点がある。いや、ほんとどうでもいい。

「猫はいいよね。こうやって膝の上に乗っているだけで、こんなにも癒やしてくれるんだから」

「そうか?うちの妹の膝の上に乗せられた時は大抵面倒臭そうな顔してるぞ」

 シャミセンからしてみれば随分な迷惑である。その点佐々木の膝の上ならリラックスできて気持ちいいのではないだろうか。

「キョンも試してみるかい?」

「……遠慮しておく」

「まぁ、そう言わずに」

 やたら楽しそうな佐々木。というか、その有無を言わせない。そういのははた迷惑な団長さんだけで十分である。

「ほら、そこに座るんだ」

 指示されるがままベットに腰掛ける。そして、俺の膝の上にぽふっと佐々木が頭を乗せる。

 そして、シャミセンは佐々木のほっそりとしたお腹の上に鎮座している。
34:2015/03/02(月) 01:01:12.10 ID:QtLFWKPw0.net
「いや、ちょっと待て。お前が猫のほうかよ」

「おや?逆のほうが良かったかい?」

 再び咽を鳴らす。もはや、何も言うまい。

「ほら、キョン。僕を撫でるんだにゃー」

 クールなキャラははるか一万光年さきにでも行ってしまったのか。軽く嘆息し、しょうがないので佐々木の顎から喉を撫でてやる。
 
 佐々木は気持ちいいのか、猫がそうするようにすっと目を細めた。どう表現していいのかわからんが、今ならなんとなく猫派の気持ちがわかるような気がする。

「にゃー」

 そんなわけで、俺の安らかな日曜日の午後は佐々木を膝に乗せ、撫で続けることで過ぎていくのであった。

 そして、それを帰ってきた妹に発見され、赤っ恥をかいたことを追記しておく。
35:2015/03/02(月) 01:02:36.65 ID:QtLFWKPw0.net
終わり