1: 2009/07/10(金) 20:29:53.78 ID:6SKF7edp0
子供「誰も……いないの?」
子供「何で、僕はこんな所にいるんだろう……」
子供「誰か……ヒク……グス……」

奴隷商「さあさあ、本日の目玉だよ!」の続きです
2: 2009/07/10(金) 20:31:04.63 ID:6SKF7edp0
泣きじゃくる子供がいるのは深い森。何時から居たのか分からない森。
その周辺には谷や山が連なり、とても開拓された土地には見えなかった。
延々と泣きじゃくる中、子供の耳に遥か遠方より何かの音が届いた。
人がいるのだろうかと泣き止むと、次第に地面についた手から、微かな振動を感じ始めた。

子供「……?」

この子供にはそれが何を意味するかは分からなかった。
だが、次第に大きくなる振動に、本能的に逃げなくてはいけない事だけは理解していた。

3: 2009/07/10(金) 20:31:57.33 ID:6SKF7edp0
子供「ッハア……ッハア!」

子供(何処か……隠れる所……)

子供(大木の穴……大きすぎる……木の上……駄目だ、何かいけない気がする!)

子供(走ってるのに……音が近づい……助けて……)

5: 2009/07/10(金) 20:34:00.56 ID:6SKF7edp0
脳裏を過ぎる弱音を振り払う中、巨大な崖の裂け目が小さい双眸に映った。

子供(もう……走れない……ここしかっ)

子供(う……狭……わっ)ドスン

子供(中は……空洞なんだ……っ?!)

何か大きく重たい物が落ちる音が聞こえた。音の正体はもう、すぐそこまで来ているのだ。

子供「っ……! っ……!」

破裂しそうな心臓を押さえ、激しく伸縮を続ける肺に逆らい、呼吸を止めた。
苦しみや恐怖の波に揉まれも、生存本能だけを頼りに
ただの一つの音や身動きを押さえつけ続けたのだった。

7: 2009/07/10(金) 20:37:00.16 ID:6SKF7edp0
子供「……っは!」

勢いよく飛び上がり辺りを見渡した。
岩の裂け目に飛び込んだ先の洞窟は、今や静寂そのものだった。

子供「……」

あのまま気絶していたのか、恐ろしい足音はもう聞こえなかった。

子供「……助かった?」

9: 2009/07/10(金) 20:41:00.66 ID:6SKF7edp0
子供「……」

子供「これからどうしよう……お腹空いたけど……外出たくないよ」

子供「……」

子供「でもこのままじゃ……少しだけ……少しだけ出てみよう」

10: 2009/07/10(金) 20:43:00.06 ID:6SKF7edp0
子供はその後、何日も外に出ては周囲の探索を続けた。
日々得られるのは大きくても拳大程度の果実は数個。
そして巨大な足音に追われては、洞窟に逃げ込んでいた。

子供「……っ」

足音の正体はなんという事はなかった。爬虫類の様な鱗を纏った足。
巨大な怪獣でしかなかった。

子供(……追いつかれたら)ガクガク

11: 2009/07/10(金) 20:45:00.05 ID:6SKF7edp0
子供「……」

初めは恐怖するも、次第に好奇心に満たされた冒険と変わり、それから数週間が経った。
例えどんなに探索に慣れ様とも、天敵に対する術が洞窟に逃げ込むだけの彼には、
行動範囲も限られ、徐々に採れる食料も少なくなっていった。

子供「どうしたら……いいんだろう」

手足に力が入らない。それに外は雨が降っている。とても食料を探しに行けない。
仮に行けたとして、今の状態では天敵を気づけるのだろうか。逃げ切れるのだろうか。

子供「……誰か……グス……誰かぁ」

13: 2009/07/10(金) 20:48:30.77 ID:6SKF7edp0
子供「……」

自分の手にまとわりつく鼠を見つめていた。自分より小さい生き物を初めて見た。
このままではそう長くない事に気づいているのか、鼠は警戒心を震わす事は無かった。

子供「……」

手の平に乗った鼠をそっと、優しく掴んだ。

子供「……」

15: 2009/07/10(金) 20:52:30.32 ID:6SKF7edp0
僅かに残った力で上半身を起こし、腕を胸元まで引き寄せた。

子供「ごめんね……ごめんね……っぐ!」

子供は意を決して、震える口を大きく開いた。
やっと危険な事に気づいた鼠は、今更ながら手の中で暴れだした。

子供「……っ!……っ!」

胃液が逆流しそうになる。だが、それでも子供は耐えて、ひたすら貪りついた。
必死に生きようと暴れていたが、今は動かないその身体を何度も何度でも。

子供(嫌だ……こんなの嫌だ……嫌だ……)



子供(……死にたくないんだ)

16: 2009/07/10(金) 20:55:10.39 ID:6SKF7edp0
子供「……」

大型爬虫類「……」

子供「……」

大型爬虫類「……?」

子供「……」ギリ

17: 2009/07/10(金) 20:58:00.69 ID:6SKF7edp0
子供「……」グチャグチャ

子供「……」クッチャクッチャ

子供「……はあ……はあ」

18: 2009/07/10(金) 21:01:00.26 ID:6SKF7edp0
……

子供「……」ガリ ガリ

子供「……よし」

その子供にしては大きすぎるくらいの木の槍。
石で先端を尖らせただけの簡素な物だった。

子供「狩るんだ……他の生き物を食べなくちゃ……生き残れない」

20: 2009/07/10(金) 21:05:10.79 ID:6SKF7edp0
子供は泣きじゃくる事が無くなった。生き残る術を必死に模索する日々だった。
狩る為の道具、逃げる為の罠。
あの雨の日までの生活が嘘のように、行動範囲は広がっていった。
そして今は、根城となる洞窟の探索に明け暮れていた。

子供「ここの壁……やっぱり誰かが作ったんだ」

洞窟の奥の壁に石を打ち付けると、ボロボロと崩れて人一人が通れる道が出てきた。

子供「奥に何が……?」

21: 2009/07/10(金) 21:08:00.85 ID:6SKF7edp0
洞窟の奥には、小さな部屋があった。本棚があり、日記や図鑑、何かの研究記録のような本もあった。
幼い子供にとっては宝物の数々だった。生きる為の術が凝縮された場所だった。

子供「凄い……ここにある本を読めばもっと……」

子供「この本は……日記かな?」

内容は……難しい言葉ばかりで、殆ど読み取る事は出来なかった。
だが、ここには人がいた。その事実が、残り香のような温もりがこの部屋にはあった。

子供「……」

本を抱き締め、子供は久しく涙を流した。

22: 2009/07/10(金) 21:11:00.20 ID:6SKF7edp0
……

少年「あんの怪獣……人の獲物を盗るなんて……くそ!」

少年「……僕が捕らえるのを待ち構えているんだよなぁ」

少年「かといって、狩りをしない訳にはいかないし……あれはまだまだ倒せそうにないし」

少年「……」

少年「谷だ……あいつは谷には来なかった。向こうで狩りをしよう」

23: 2009/07/10(金) 21:14:19.01 ID:6SKF7edp0
少年「意外と……きついな……」

少年「これじゃ今日は……野宿になっちゃうな。狩りは明日にするか……」

「……なんだ、空耳かな?」

少年「……?!」

24: 2009/07/10(金) 21:16:15.34 ID:6SKF7edp0
「ここいらは誰も来ないと思ったけど……」

顔と上半身は人の姿だが、肩からは翼が生えており、下半身に至っては鳥の姿だった。

少年(うわっ、凄い、人じゃないけど、凄い、喋ってる!)

考えるよりも先に行動に出ていた。
少年は岩陰から飛び出した。

「……?!」

少年「凄い、魔族……? 言葉が通じる人がいる!」

25: 2009/07/10(金) 21:18:00.27 ID:6SKF7edp0
ハルピュイア「こんな子供が下で生きていたなんてねぇ」

ハルピュイア「さぞ大変だったろうに……よしよし」

少年「えへへ、ありがとう。でも今は大丈夫。最近、怪獣がうざったいけど」

ハルピュイア「あの大きな爬虫類かい……?よく食われずに済んでるもんだ」

少年「今は獲物を横取られる。あいつ、僕を餌を捕る道具にしてやがるんだ」

ハルピュイア「なるほどねぇ……そうだ、ちょくちょくこっちに遊びにきなよ」

ハルピュイア「あんのオオトカゲを騙くらかす相談や、入れ知恵してやるよ」

27: 2009/07/10(金) 21:20:15.71 ID:6SKF7edp0
怪獣「グルルル……」

数メートルもある巨体を揺らし、獲物を追いかける。
横取れないよう知恵をつけた生き物など、食ってしまえば良いのだ。

怪獣「グルル……?」

辿り着いた先は、壁に囲まれた谷底の行き止まり。
罠だろうか、と周囲を警戒し、ゆっくりと後退を始める。
その時、周囲の崖から岩石がいくつも降り注ぐ。

29: 2009/07/10(金) 21:24:00.11 ID:6SKF7edp0
怪獣「グウウウ……ガァ!」

突如走る痛みに、怪獣は周囲を見渡しすと、
大きな尾を担いで逃げ出す人の姿があった。
いよいよ食ってやろうと待ち伏せていたのは彼も同じ。
降り注ぐ岩に行く手をを阻まれ、
追う事も出来ず、怪獣は見事に完敗したのだった。

30: 2009/07/10(金) 21:26:00.05 ID:6SKF7edp0
少年「いやぁ、成功するのかと不安だったけど、あいつの尻尾捕ってきたよ」

ハルピュイア「坊やが岩に潰されるんじゃないか、と少し不安だったけど無事でよかったよ」

少年「うん、大丈夫だった! 美味しいか分からないけど……一緒に食べる?」

ハルピュイア「気の利く坊やだね……それじゃあ君の獲物、ご相伴させてもらうわ」

31: 2009/07/10(金) 21:28:59.97 ID:6SKF7edp0
ハルピュイア「それでは、少年の初の大物に乾杯っ♪」

少年「か、乾杯っ?」

ハルピュイア「祝ったりする時は、こうやって飲み物が入っている容器を鳴らすのさ」

ハルピュイア「まあ……あたし達にはコップを持つなんて芸はできないけどね」

少年「ふ~ん……じゃあ、改めて乾杯っ!」

ハルピュイア「ふふ、乾杯っ! それにしても、少年は見た事無い魔族だけども、なんの種族だい?」

少年「んー……自分がどうしてここにいるのかも分からないんだよね」

ハルピュイア「記憶喪失? まあ、どちらにせよ、魔族としての力を引き出せるように、特訓はしておいた方がいいかもね」

32: 2009/07/10(金) 21:33:30.77 ID:6SKF7edp0
……

少年「これが俺の本当の姿かぁ……」

少年は二対の角と一対の羽を生やしていた。

少年「う~ん……何度見てもかっこいい!」

ハルピュイア「はいはい、今日も飛行訓練するよ」

少年「ね、ねえ、場所は湖に戻さない?」

ハルピュイア「それじゃ何時までも上達しないでしょ」

ハルピュイア「さ、地面に叩きつけられないようにしっかり飛ぶ!」

少年「うう、くっそ~……あわ、わわわわわ」グラグラ

ハルピュイア「姿は立派なんだけどなぁ」

33: 2009/07/10(金) 21:38:00.07 ID:6SKF7edp0
少年「見て見て~! もう墜落なんてしないよ!」

ハルピュイア「はい、そこで右に旋回」

少年「そんなのらっくしょ、っ木ぃ!」

ハルピュイア「まだまだねぇ……」

34: 2009/07/10(金) 21:40:45.57 ID:6SKF7edp0
少年「酷いや……分かっててあんな指示するんだもの」ブツブツ

ハルピュイア「いーい? 過信や自惚れは自分を殺すわよ」

ハルピュイア「坊やが何時もの様に走るのとは違うの」

ハルピュイア「例え旋回ができるようになっても、咄嗟の判断で障害物を避けられるレベルじゃない」

ハルピュイア「まだまだ雛が飛ぶ事を覚えたに過ぎないの。分かったわね?」

少年「……はーい」

35: 2009/07/10(金) 21:44:10.29 ID:6SKF7edp0
少年「川魚捕れたよー」

ハルピュイア「わざわざそれ持ってきたの?」

少年「そうだけど? ほら、火を起こすからちょっと待ってて」

ハルピュイア「いやここは、燃えるから外でやってね」

36: 2009/07/10(金) 21:46:40.10 ID:6SKF7edp0
少年「今日は野菜を持ってきたよー」

ハルピュイア「うっわぁ、自生している所でも見つけたの?」

少年「うん。あと、洞窟にあった本のマネで育ててみたら上手くいったんだ」

ハルピュイア「こんな島で農耕が行われるとは……」

少年「今まで肉と果実とか野草ばっかりだったから、毎日がすっごい楽しみだよ」

少年「それにね、薄い岩を見つけたんだ。時間は掛かるけども”炒める”って調理法ができるようになったんだ!」

ハルピュイア「この子は何処に向かうんだろうねぇ……」

37: 2009/07/10(金) 21:48:40.44 ID:6SKF7edp0
少年「今日は何が獲れるかなぁ」

少年「鳥……よーし」

ハルピュイア『どうかしたかい、坊や?』

少年「……」

少年「蛇でも探すか……」

38: 2009/07/10(金) 21:50:30.40 ID:6SKF7edp0
少年「やっほーい」

ハルピュイア「やっほーう」

少年「草食動物の肉で燻製してみたよ~」

ハルピュイア「こんな島なのに、とんでもない料理スキルを」

少年「何だかんだで、もう何年も住んでるからねぇ」

ハルピュイア「……」

少年「どうかした?」

ハルピュイア「結構経ったんだなぁって思ってね」

39: 2009/07/10(金) 21:52:35.37 ID:6SKF7edp0
ハルピュイア「ねえ、坊や。ここでの生活は好き?」

少年「うん、お姉ちゃんもいてくれるし、大好き!」

ハルピュイア「……」

少年「……?」

ハルピュイア「あたしは時々思うんだ。君はその翼で、もっと遠くに飛び立つべきだって」

ハルピュイア「この島の外には大陸がある。そこでもっと多くの事を学び成長すべきなんじゃないかって」

少年「外の世界……」

ハルピュイア「本当に良い事かは分からないけど。もし気が向いたら言って。外の事を教えてあげるから」

40: 2009/07/10(金) 21:53:59.97 ID:6SKF7edp0
ハルピュイア「大陸には幾つもの国があって、そこの長を魔王って呼ぶの」

ハルピュイア「ああ、国っていうのは、魔族や魔物が集団で生活している所ね」

ハルピュイア「いっぱい人がいれば、その分いざこざが起こるから、それを仕切る人が必要なのよ」

少年「何だか外の世界って面倒だなぁ……」

ハルピュイア「でも、そうやって他人と協力して生きるのも楽しいのよ」

ハルピュイア(基本、独力で生きているこの子には難しかったかなぁ)

41: 2009/07/10(金) 22:01:10.30 ID:6SKF7edp0
ハルピュイア「いくつも国がある中で、敵対しているグループがあるの」

少年「協力して生きるんじゃないのー?」

ハルピュイア「あー説明が面倒だけども、考え方の違いがあるのよ」

ハルピュイア「特に南西の方はあんまりいい噂がないから行かない方がいいわよ?」

42: 2009/07/10(金) 22:02:35.50 ID:6SKF7edp0
ハルピュイア「今まで教えてきたのは、北の大陸。今日は南の大陸についてね」

ハルピュイア「と言っても、あまり詳しい事は知らないんだけどね」

ハルピュイア「南は人間って種族がいるらしいんだけども、向こうには近寄っちゃいけない決まりなの」

少年「何でー?」

ハルピュイア「各国の取り決めとしか知らないんだよねぇ」

少年「ふーん……とりあえず南の大陸はどうでもいい、と」

44: 2009/07/10(金) 22:06:29.94 ID:6SKF7edp0
ハルピュイア「今日は北の大陸の細かけど大切なお話よ」

ハルピュイア「基本、国ではお金と言う物を渡すと、食べ物や道具が貰えるの」

少年「……?! まさか狩りとかしちゃ、駄目なの?」

ハルピュイア「禁止されているわけじゃないから安心して。ただ、誰かの動物である可能性もあるから気をつけてね」

少年「んー……お金ってどうすれば貰えるの? 食べ物とか渡すのかな?」

ハルピュイア「坊やなら、動物の皮とか見つけた薬草を煎じた物を持っていけばいい、かな?」

少年「……微妙にアバウトー」

45: 2009/07/10(金) 22:09:40.35 ID:6SKF7edp0
少年「……」

ハルピュイア「待ちに待った旅立つ前日になんて顔してんのよ」

少年「だって……ここを離れたら、お姉ちゃんには会えなくなるんだもの」

ハルピュイア「外の世界にはね。多くの人がいるの。こことは違った苦労がたくさんあるわ」

ハルピュイア「辛くなったらここへお戻り。あたし達の種族の寿命は長い方なんだから、ね」

少年「うん……何時か、帰ってくるよ」

46: 2009/07/10(金) 22:11:50.10 ID:6SKF7edp0
ハルピュイア「旅路に出る前に最後に二つ伝えておくわ」

ハルピュイア「必ず生き残る事。これは分かっているね?」

少年「うん、負ければ咀嚼されるもんね」

ハルピュイア「外の世界はそこまでは……まあいいや、二つ目は普段は角と翼を隠しなさい」

ハルピュイア「その姿でいる時、どうも魔力がだだ漏れな気がするのよ」

ハルピュイア「いきなり暴発しないとは言い切れないし、周りに影響を与えかねないからね」

少年「どんな時なら元の姿になっていいの?」

ハルピュイア「必要な時になったらね。普通の姿じゃどうにもならない、とか」

少年「空飛びたい時ぐらいしかない気がするけど……分かったよ」

47: 2009/07/10(金) 22:14:00.30 ID:6SKF7edp0
少年「それじゃあ俺、行くね」

ハルピュイア「ええ、行ってらっしゃい。たかが一年、二年で帰ってこないよーに」

少年「……後ろ髪引かれる思いなのに、そういう事言うの?」

ハルピュイア「湿っぽいのは嫌いだよぉ。さあ行った行った。大陸までは長いんだから落ちないでね」

少年「……おまけに酷い言われよう。もう墜落なんてしてないのに」

48: 2009/07/10(金) 22:14:45.14 ID:6SKF7edp0
黒く、鴉のような翼を広げ、一人の少年は羽ばたいた。未だ見ぬ世界の扉をくぐる為。
小さな身体には似合わない、巨大な翼の雄雄しい羽ばたきを見ると、何処までも飛んで行ってしまえそうに思える。

ハルピュイア「ふふ……空の果てまで飛んで行きそうね」

ハルピュイア「土産話、待ってるからね……」

51: 2009/07/10(金) 22:36:10.34 ID:6SKF7edp0
少年「……」

少年「……」

少年「……っは!」ガバ

少年「……?!……?!」キョロキョロ

少年「は、浜辺か……?」

52: 2009/07/10(金) 22:38:40.33 ID:6SKF7edp0
少年「遠すぎだ……疲れた」

少年「……」

少年「ここが大陸かぁ……」

少年「……」

少年「獲物がいない……」

53: 2009/07/10(金) 22:40:14.89 ID:6SKF7edp0
少年「ここらの海の魚って不味いものなのかなぁ」

少年「草食動物を狙えばよかったか……」

少年「……よし、夜も明けたんだ。ここからは歩いて行こう」

54: 2009/07/10(金) 22:42:55.16 ID:6SKF7edp0
……

少年「おぉぉぉぉ~~」

決して大きくは無い街ではあるものの、溢れる活気に目を輝かしてははしゃいでいただ。

少年「凄い、皆言葉を喋ってる……これが国なんだぁ」

少年「うん? 町だっけ、村だっけ? ……まあいっか」

少年「おっと、まずは道具屋で要らない物を売らないと……」


少年「……」

少年「いっつも食っていた奴の骨なんか、何の役に立つんだろうと思ったけど……」

少年「……金貨って綺麗だなぁ」

55: 2009/07/10(金) 22:48:40.85 ID:6SKF7edp0
男「おう坊や、旅人か?」

少年「そうだけど?」

男「さっきからキョロキョロしていたからな、案内してやるぜ」

少年「本当?! ありがとー!」


男「へっへっへ、痛い目を見たくなかったら、その金を置いていくんだな」

少年(狭い通路に行き止まり、そうか、これが大陸流の狩りかっ!)

男「おい、聞いて……」


男「ヒィィィィィ!!」 [>escape

少年「っち! 仕留め損なった!」

57: 2009/07/10(金) 22:50:50.32 ID:6SKF7edp0
少年「うっわ、凄いや、この防具軽いや」

武具屋(う~ん、何て原始的な鎧を着ていたんだろう、この子)

少年「おまけに凄い切れ味だよ、この剣!」

武具屋(鉄を叩いて作っただけの剣とか何時の時代だろう……)

少年「おじさんありがとー! 古いの引き取ってもらった上にお代までいいなんて、何か申し訳ないなぁ」

武具屋「なぁに、子供が気にする事じゃないさ」

武具屋(実用していたわけだし、これはこれでいいコレクション!)

58: 2009/07/10(金) 22:56:19.77 ID:6SKF7edp0
宿屋
少年「っへへ、武具屋さんに地図まで貰っちゃった~」

少年「ここの食事美味しかったなぁ。パンとかどうやって作るんだろう……」

少年「さぁて、明日から何処へ向かうかな」

少年「でも、何処がどんな国か分からないんだよねぇ」

59: 2009/07/10(金) 22:58:09.07 ID:6SKF7edp0
現在少年は北西に位置する国の領域にいる。国境には警備や関所は無く、
目的地を望めば、何処にでも自由にいけるのだ。各国の情勢、治安はあれど。

少年「もっと南に進もうかな……でも、北や東の方が国の数は多いなぁ」

少年「あれ、南西の国って……まあいいか」

少年「どっかの国で、しっかりこの大陸の事と常識を学んでから、色んな所に行こうかな……」

60: 2009/07/10(金) 23:01:11.55 ID:6SKF7edp0
……

少年「ふぅ……そろそろ昼食にしよっと」

少年「パ、パンから毛が……いやいや、カビてるだけか」

少年「保存食とはしてはいまいちの性能だなぁ……やっぱ狩って燻製にした方が良いなぁ」

少年「まずい……パンが全滅しているとなると、結構心許ないな」

怪鳥「ギャァーー」

少年「……パン、食べるか?」

61: 2009/07/10(金) 23:04:34.88 ID:6SKF7edp0
少年「保存食も調達したし、そろそろ行くかな」

少年「国境を越えているんだから、町や村があってもいい頃だとは思うけども……」

少年「廃村ばかりなんだよなぁ」

62: 2009/07/10(金) 23:06:45.50 ID:6SKF7edp0
少年「ふぅ~久々に水浴びができて良かったぁ。あ、お風呂って言うんだったか」

宿主「君、旅をしているのかい? まさかこの国の首都に行くつもりじゃあないよね?」

少年「そうですけども……何か問題があるんでしょうか?」

宿主「まだ国の外れだからいいけども、ここは治安が悪い所なんだよ」

少年「俺は強いから大丈夫ですよ」

宿主「……う~ん」

少年「あ、ご馳走様でした。晩御飯、凄く美味しかったです」

64: 2009/07/10(金) 23:11:49.97 ID:6SKF7edp0
……

少年「何だ……この村」

村に着くより前から漂う臭気。少年には嗅ぎなれた臭いだった。
独特の鉄臭さ。だが、この大陸でこれほどの臭気が放たれる必要があるのだろうか。
辿り着いたそこは、肉食の生き物達の餌場と化していた。

少年「ここで一体何が……」

65: 2009/07/10(金) 23:13:00.26 ID:6SKF7edp0
どの家も荒れ果て、金品は無くなっている。

少年「これが賊の仕業なのか……?」

少年「大陸じゃあ、こんな事をしなければ生きられないのか……?」

少年「……」

66: 2009/07/10(金) 23:17:05.10 ID:6SKF7edp0
「誰か! 助け……」
「うるせえ! おとなしくしろ!」
「ひぃ! いやぁ……誰かぁ……」

所々伐採跡が見える林の中、人の声を聞く。実に数週間ぶりに聞いた気がした。

少年「……」

女「た、助けて……お願い……」

男A「何だぁ、このガキ。殺されたくなかったら、とっとと行っちまえ」

男B「そうだ、俺達は忙しいから見逃してやる。ありがたく思うんだな」

少年「……」

67: 2009/07/10(金) 23:20:45.31 ID:6SKF7edp0
少年「……その人をどうこうしないと、貴方達は生きていけない程、苦しい生活なのですか?」

男A「……はあ?」

少年「その人を手にかけないと、貴方方は生き残れないのか?」

男A「ばぁーか、んな訳あるかよ。こいつとは遊んでやるんだよ」

女「い、いや……」

男B「あー? まっさか小僧もやりたいのか?」

少年「……」

68: 2009/07/10(金) 23:24:13.41 ID:6SKF7edp0
何時から振り出したのだろうか。地雨が身体を濡らしていき、足元の赤い池が広がっていく。

少年「……」チラ

女「ひぃ、い、いやっ!」

全身を真赤に染めた少年に臆し、女性は震える手足でその場から逃げ出した。

少年「……」

69: 2009/07/10(金) 23:25:29.78 ID:6SKF7edp0
濡れた服を乾かそうともせず、少年は男達が来たであろう方向に進んでいく。
辿り着いた村では、略奪と殺戮、陵辱の限りが尽くされている最中だった。

少年(……何だこの感じは。凄く気分が悪い)

少年(何故殺せる……? こいつらは、何を楽しそうにやっている?)

少年(生存本能が叫んでいるわけでもない……何故、私欲の為に命を奪える)

少年(……歪んでいる。あいつらは……歪みきっている)

音も無く剣を引き抜くと、少年は村に向かってゆっくり歩いていった。

70: 2009/07/10(金) 23:27:30.29 ID:6SKF7edp0
地雨の中、立っているのは少年一人。
切り捨てられた村人、切り伏せた賊、数多くの遺体が散らばっていた。

少年(歪んでいたのは……この世界そのものか)

少年(歪んでいる……お前らも俺も……俺らを内包するこの世界も歪みきっている)

世界から隔離されたあの孤島いられたら、どんなに幸せだったのだろうか。
少年は歪んだ自分の姿を、波紋広がる水面から見つめていた。

71: 2009/07/10(金) 23:28:32.44 ID:6SKF7edp0
……

「聞いたか、また賊狩りが出たらしいぞ……」
「こんな国に無駄な事をする奴がいるもんだな」
「全員一太刀で両断されていたらしい……とんでもない化け物だ」

濁った様な瞳で、一人の青年が氷を浮かべる琥珀色の液体を胃に流し込んだ。
喉を焼き付けるこの感覚が堪らない。
全てを飲み干すと、カウンターに金貨を置いて席を立った。

73: 2009/07/10(金) 23:30:32.03 ID:6SKF7edp0
「……見ろよ、あいつのどす黒い靴、鉄くせぇ」
「言うな、俺は知ってるぞ、あいつが賊狩りだ。一人でどんな大勢にでも突っ込んでいくんだ」
「……狂ってやがる、ただの殺人狂か狂戦士じゃねぇか」

口々に囁く集団に立ち止まって一瞥する。
集団はびくりと身を震わせるのを見て、青年は鼻で笑うと酒場を出た。

74: 2009/07/10(金) 23:33:14.74 ID:6SKF7edp0
鉛色の空は、今にも雪を吐き出しそうな中、青年は上着をはためかせている。

青年(俺は……何をしているんだろうか)

青年は長い年月を南西の国々で過ごした。
これ以上、別の歪みを見る気になれずにいたのだ。

青年(今の姿を見たらどう思うだろうか)

たった一人の、自分をよく知る人物を思い出す。今も彼女はあそこにいるのだろうか。
あそこに帰るべきなのだろうか。

青年(こんな俺を受け入れてくれる場所などあるまい……)

75: 2009/07/10(金) 23:34:30.08 ID:6SKF7edp0
青年(……他の国々を回るべきなのだろうか)

青年(……今の自分に清い部分もあるまい。どんな汚れた事であっても驚きはしないだろう)

酒場で言われた言葉を思い出す。自分がいかに落ちる所まで落ちているのかを思い知る。

青年(結局俺の我侭だ。認めたくないという私欲の為だけに、命を奪い続けている)

青年(満たされる事の無いエゴだ。満たされないなら……奴らよりも質が悪いのだろう)

76: 2009/07/10(金) 23:36:29.82 ID:6SKF7edp0
……

酒場を兼ねた宿屋で、青年はいつもの様に、琥珀色の酒を煽っている。
ただ静かに流れるこの時間だけが唯一の安息だった。

宿主「なあ、お兄さん……旅人だろ? 何で、こんな国にきちまったんだ」

青年「……この国はそんなに酷いのか? 他所よりよっぽど治安がいいように見える」

宿主「そ、そりゃあいいさ……魔王様が領地を守ってくださっているんだ」

宿主「だ、だからな、魔王様の寛大なお心に触れる前に、早く出国した方がいい」

客「ああ、そうだ。あんたは土地に縛られない渡り鳥だ。早くしないと、鳥もちに絡め捕られるぞ」

青年「……そ、そうか? 分かった」

77: 2009/07/10(金) 23:37:50.03 ID:6SKF7edp0
その後しばらくの間、青年はその国に留まり、様子を見続けていた。
この国の魔王は圧制をひいていた。
武力によるもので、好き放題にやっている様子であった。

青年(武力により、その地位を認められる国の体制の所為でもあるだろうがな……)

魔王は狂戦士であった。ただただ戦い、異を唱える者を切り捨てる。
圧倒的な力で平伏せているのだ。

青年(側近達が政治を何とかきりもみしているのか。いっそ、魔王を無しにした方がうまくいきそうな国だな)

78: 2009/07/10(金) 23:39:39.87 ID:6SKF7edp0
自分の歪みを止めたかった。それが自身を止める事であっても。
恐らく、この国の魔王に言葉は要らない。拳や剣で会話する部類だろう。

青年(魔王と立ち会ってみるか……全力で)

国を守るべき魔王が、民に手をかけているその事実。
青年の中の歪みが更に増していくのを感じていた。
あの雨の日から、癒える事の無い不快感が全身を支配していく。

青年(……何だろうな、いつも雨の日がターニングポイントな気がする)

79: 2009/07/10(金) 23:40:44.74 ID:6SKF7edp0
島を出てからは一度も、元の姿に戻る事は無かった。
焼けるような痛みと共に、額と耳の後ろから生えただした角と背中の黒い大きな翼を、
いと愛しむように撫でまわした。
懐かしい香りがした。あの日の島の香りを。自分の角と翼だけはあの頃のままだった。

青年(それも今日までだ)

80: 2009/07/10(金) 23:42:59.84 ID:6SKF7edp0
「と、止まれー! くそ、侵入……」

「何としてでも止めろ! 賊を魔王様の下には……」

怒りで我を忘れた時、青年は自分の魔力で剣を生成する術を手に入れていた。
望めば、周囲を焦土と化す破壊の剣。

青年(壊す為だけの剣を振るっているのだ……善良であるかもしれない兵士達に)

歪みが増し、胃の中の物を全て吐き出しそうになる。懐かしい感覚に、口元が綻ぶ。
やはり、自分はあの島を出るべきではなかったのだ。
なけなしの良心が口を割る。

青年「命惜しい者は引け! 引かぬなら断ち切る!」

81: 2009/07/10(金) 23:44:35.41 ID:6SKF7edp0
兵士達では青年を抑える事などできず、気づけば追いかけてくる兵士すらいなかった。

青年(ここからが魔王の領域か……)

長い通路を抜けた先、装飾の無くなった通路や扉、息苦しい威圧感に、ここが何処なのか理解した。

青年(さあ、見せてくれ。俺を止める、飲み込む歪みを……)

82: 2009/07/10(金) 23:45:59.92 ID:6SKF7edp0
魔王「……小僧、何をしに来た」

玉座に座っている影が立ち上がった。大岩のような巨体はまるで、威厳の象徴のようだった。

青年「話をしに参りました」

冷静な素振りで剣を構えなおした。
本当は違う、かつて無いほどの胸の高鳴りと興奮を覚えている。
ああ、自分はやはり狂っているのだ。流暢にそんな事を考えた。

魔王「いいだろう、何をして会話となるかも知っているようだな。ならば、語り合おうではないか」

83: 2009/07/10(金) 23:47:45.00 ID:6SKF7edp0
青年(この剣で両断できれば、この男であっても……)

直接打ち合わなければ、勝ち目など無い。本能のような直感で、彼は魔王へと詰め寄っていく。
突如、左半身がふっと軽くなった。
左腕と左側に向けていた刀身が、綺麗に切断されていた。

青年(あの位置からっ……!)

魔王は悠然と立っている。先ほどまでと違うのは、剣を抜いているという事だけだった。

85: 2009/07/10(金) 23:49:59.73 ID:6SKF7edp0
青年は柄の形をした魔力を回収して突進していく。
魔王もまたそれに応じ、素でによる構えで青年へと間合いを詰めた。
突風のように突き出された拳は、青年の頭を掠めると、
抉られるような痛みが走る。角が抜かれたのだろう。

青年(まだだ……まだ戦える!)

魔王の胸元を引き裂き、喉を狙う一撃へと進む。が、魔王の膝が青年の胴に深く沈む。

86: 2009/07/10(金) 23:51:40.50 ID:6SKF7edp0
青年(あ……意識が)

青年(強……これが魔王か)

青年(角、もがれてるのに……頭突きかよ)

青年(これは……無理か……?)

青年(……)

青年(魔法……使えない……ら魔力だけ……残ってるんだよな)

87: 2009/07/10(金) 23:54:50.01 ID:6SKF7edp0
よろめき今にも崩れ落ちそうな青年は、地面を踏みしめ体勢を保った。
すると、青年の腕が魔物のような、悪魔のような、巨大で恐ろしい形に変貌した。

魔王(まだ、これほどの力が……!)

魔王(油断など、自惚れたかっ!)

88: 2009/07/10(金) 23:56:40.22 ID:6SKF7edp0
……

青年「……」

青年「……く」

青年「懐かしい夢……いや、走馬灯かもしれない」

青年「魔王は……俺はどうなった」

全身が悲鳴を上げるのに耐え、重たい瞼を開けると、そこにはたくさんの兵士が平伏せていた。
青年が呆気にとられる中、鎧を着ていない家臣らしき人物が顔を上げた。

側近「魔王、ご就任おめでとうございます!」

89: 2009/07/10(金) 23:59:15.35 ID:6SKF7edp0
……

呆気にとられたままのニ週間。
国の魔術師達の魔法と、青年の生命力によって、角も翼も、左腕さえも完治していた。
そして今、魔王として国民に向けた演説へと駆り立てられている。

青年「待て、待て、俺は魔王になるつもりはないぞ」

側近「仮にそうであっても、これがこの国の掟。貴方もこの国の状況をしっているでしょ」

側近「せめて今しばらくだけでも、魔王をして下さい」

青年「おおい、側近、それでいいのかこの国っ」

側近「今まで政治は我々がしていたんです。変わりありません!」

90: 2009/07/11(土) 00:03:09.15 ID:dgN14GNZ0
ザワザワ
青年『……えー、あー……えー本日はお日柄もよく』

側近「民衆の面前で阿呆な事言わないで下さい!」ボソボソ

青年『あー……俺は、魔王になるつもりでこの国に来たわけじゃない』

青年『正直、この状況は驚いている。今現在も』

青年『俺は武力以外だと他人より秀でるものはないし、酷く田舎者だ』

青年『何が出来るわけでもないが……やれる事は一応やってみようとは思う』

青年『至らないとは思うが、しばらくの間はよろしく頼む』

「おおーーーーー!」
「「魔王! 魔王! 魔王!」」

青年にはその歓声が酷く遠くに聞こえた。
一時であれども、歪みから引きずり出された彼は、
変わりにふわふわと現実感のないこの世界に放り込まれたのだ。

91: 2009/07/11(土) 00:04:59.96 ID:dgN14GNZ0
魔王「で、何をすればいいのやら」

側近「一先ず、いて下さればいいです。政治的な事は分からないでしょう」

魔王「全くだ」

側近「軍事の体制の見直し、それと税金の見直し、ああそれと……」ブツブツ

家臣「それでしたらそこは……」ブツブツ

魔王(見直しばっかだな……先代は茶々入れて圧政にしていたのか)

92: 2009/07/11(土) 00:06:15.39 ID:dgN14GNZ0
魔王「暇だ」

魔王「重役は会議で魔王はハブですか」

魔王「……」

魔王「外の村とかどうなってるんだろうな……少し見回ってくるか」

魔王「書置きして、と。形だけだし、いなくなっても問題あるまい」

魔王「いざっ!」

94: 2009/07/11(土) 00:07:45.32 ID:dgN14GNZ0
侍女「……何をなさっているんですか魔王様」

兵士「見回りなら自分が行いますので、魔王様は身体の方をお労り下さい」

魔王「なあに、ちょっとした……」

魔王(こいつら翼もってるな……)

魔王「現状を知らない故、私はこれから郊外の村や町を視察しに行く所だ」

魔王「地理的に知らない部分も多い、ついて来てもらえると助かるのだが?」キリ

兵士「も、勿体無いお言葉! 不肖自分めが、同行させていただきます!」

侍女「……」ソワソワ

魔王「ついて来たければ構わんぞ。許可する」

侍女「やった!」

95: 2009/07/11(土) 00:08:45.72 ID:dgN14GNZ0
侍女「この辺りは、農業区として広域に渡って村があります」

侍女「と言っても集落的にあるので、農業区そのものを一つの村として扱われています」

魔王「凄い広いな……これで一つの村か」

兵士「国の食料の殆どがここから捻出されていますからね」

魔王(これは期待できるな……)

96: 2009/07/11(土) 00:10:19.86 ID:dgN14GNZ0
農夫「ま、魔王様にお越し頂けるなんてなんと光栄な事か」ビクビク

魔王「……?」

兵士「先代は軍事を優先しておられたので、あまり利益にならない者達には」ボソボソ

魔王「税金としては何を献上していた」ボソボソ

侍女「農業区自体はお金はあまりないですからね。主に特産ですね」ボソボソ

魔王「ふん……税金に乳製品といった所か。農夫、お前の改心の出来の物を持ってくるがいい」

農夫「は、はい……」

97: 2009/07/11(土) 00:11:29.97 ID:dgN14GNZ0
魔王「チーズか。どれ味見してくれよう」

農夫「……」

魔王(……これはっ!)

魔王「これらの取引先は……?」

農夫「……た、他国のここと、ここの国を……」

魔王(あの国程度にこれを渡していたのか)

魔王「下らん、連中にくれてやる位なら、全て税金として渡してもらおうか」

農夫「そ、そんな……!」

兵士「魔王様!」

魔王(よーし、予算案に茶々いれてやるぞっ!)

98: 2009/07/11(土) 00:13:00.14 ID:dgN14GNZ0
側近「で、釈明はございますか?」

魔王「何、議会はまだ始まったばかり、いくらでも修正は効くだろう」

側近「なんですか、この農業区に対する阿呆な予算は……」

魔王「食育とは何なのか知っているかね、側近」

側近「……しかも、勝手に城外に抜け出して、何を考えているんですか!」

魔王「何も考えてなかった、とは言えないし、何て誤魔化すか……」ブツブツ

側近「胸中の発言がだだ漏れのご様子ですが?」

99: 2009/07/11(土) 00:14:39.85 ID:dgN14GNZ0
魔王「魔王が謹慎処分ってどういう事だ」

侍女「まあまあ、不貞腐れないで下さい」

侍女「先日頂いた物で作ったミネストローネとチーズを使ったフレンチトーストでございます」

魔王「……いい香りだ」

侍女「……あの、こんな簡素な物なのに、お叱りとかはお考えにならないのですか?」

魔王「演説したろう、田舎者だと。質素であれ豪華であれ、作ってくれた物は感謝していただくさ」

100: 2009/07/11(土) 00:16:00.11 ID:dgN14GNZ0
魔王「あそこの中庭……使われていないのか」

兵士「先代は園芸等、無駄な出費を酷くお嫌いになりましたから」

魔王「……ならば俺が使わせてもらうが、いいか?」

側近「構いませんが……何をなさるおつもりで?」

魔王「迷惑はかけんよ」

側近(中庭なんだし……普通の園芸で落ち着くよな)

兵士(この方なら……訓練場に使いそうだなぁ)

侍女(バラ園! バラ園!)

魔王(よっしゃ久々に作るか)

101: 2009/07/11(土) 00:17:29.83 ID:dgN14GNZ0
側近「本当に中庭で何かやってる……」

侍女「本当に元気いっぱいですね、魔王様は」

側近「……変な事にならなければいいんですが」

侍女(立派な方だとう思いますが、あの方が魔王の時点でもう変な事な気が)

102: 2009/07/11(土) 00:19:16.97 ID:dgN14GNZ0
……

兵士「報告致します。商業区北東、採掘現場にて落盤が発生しました」

兵士「現在、巻き込まれた魔族、魔物の救助を最優先に行っていますが……」

側近「復旧までには時間がかかりそうですね……魔王様?」


魔王「よっと」

「魔王様のお陰で救助も進み……本当にありがとうございます!」
「ま、魔王様! 落盤で塞き止められていた川が……!」

魔王(ここら辺の水の供給は十分だったな……)

魔王「うおおおお!」

「凄い勢いで農業区に水路が!」
「「魔王! 魔王!」」

103: 2009/07/11(土) 00:22:29.79 ID:dgN14GNZ0
側近「いくら政治の中核になれないからといって、行動が腕白すぎます!」

魔王「はてさてさてはて、何の事やら」

側近「もう少し地に足をつけて……」

魔王が普段やっている事の一部
・中庭で野菜栽培
・災害時の炊き出し
・政治周りで徹夜する家臣への夜食作り
・山菜採り(経費削減)

側近「地に、足を……つけすぎだ! 所帯じみてる!」

侍女「でも、あたしはバラ園がよかったでーす!」

魔王「よし、空いている場所で園芸するか」

側近「どこの貴族の屋敷ですか、阿呆な事は止めて下さい」

105: 2009/07/11(土) 00:25:25.40 ID:dgN14GNZ0
グツグツ

魔王「……」

グツグツ

魔王「……! せい!」


魔王「っふ、アルデンテ……」

側近「仕事しろ」

106: 2009/07/11(土) 00:29:30.05 ID:dgN14GNZ0
魔王「なるほどな……南の大陸への渡来禁止はそういう事だったか」

兵士「おや……? 魔王様、ここしばらく書庫にいるようですが、何かお探しでしょうか?」

魔王「何という事の無い調べものだ。……ここの国はまだ征服派って扱いなんだよな?」

兵士「魔王様がご就任になってから、各国の協議はされていませんからそうなりますね」

魔王(各国への身の振り方も決めないとだな)

107: 2009/07/11(土) 00:30:13.58 ID:dgN14GNZ0
魔王「なるほどな……南の大陸への渡来禁止はそういう事だったか」

魔王(あの時言っていたグループは南の大陸の……人間と共存するか征服するかの見解によるものか)

魔王(大男の事だ……征服派で通っていたんだろうな……)

兵士「おや……? 魔王様、ここしばらく書庫にいるようですが、何かお探しでしょうか?」

魔王「何という事の無い調べものだ。……ここの国はまだ征服派って扱いなんだよな?」

兵士「魔王様がご就任になってから、各国の協議はされていませんからそうなりますね」

魔王(各国への身の振り方も決めないとだな)

109: 2009/07/11(土) 00:32:45.87 ID:dgN14GNZ0
魔王「ふう……」

側近「何を一人でトウモロコシを丸々一本食べているんですか」

魔王「まだ一本あるが……食べるか」

側近「何を阿呆な事を……頂きます」

魔王「何だかんだで、自分に素直だな」

側近「魔王様を相手にするにはこれが一番だと判断しました」

側近「そんな事より明日、軍事会議がありますがいかがしますか」

魔王「そうだな……自家製冷コーンスープでも馳走するか」

側近「いえ、そういう事では……楽しみです」

110: 2009/07/11(土) 00:35:50.07 ID:dgN14GNZ0
「何で魔王様が訓練場にいるんだよ」
「最近鈍ってるんだそうだ」
「やべー、すげーつえーよあの人」
「仮にも先代を倒した人なんだぞ、当たり前だろ!」

魔王「我が国の兵士はこんなものか……」

魔王「少し扱くか」

「「!」」ビク

112: 2009/07/11(土) 00:39:09.56 ID:dgN14GNZ0
側近「兵士達から不満が殺到していますが、何をしたんですか?」

魔王「指導者らしく稽古をつけてみた」

側近「スパルタに、ですか?」

魔王「人に教えるのはのは難しいな。諦めて体で覚えてもらった」

側近「……条件を呑まなければ決起するとの事です」

魔王「内容は?」

側近「”魔王様のミネストローネを要求する”だそうです」

側近「職位、変えたらいかがでしょうか?」

113: 2009/07/11(土) 00:40:45.45 ID:dgN14GNZ0
魔王「商業、農業共にいい数字だな」

魔王「軍事も落ち着いてきている……。先ずは一段落着いた感じか」

魔王「各国に、挨拶回りとかしなくて良かったのだろうか……?」

魔王「急に面倒になってきたなぁ」

側近「阿呆な事言ってないで支度をして下さい」

魔王「出かける予定なんてあったか?」

側近「明日は他国との協議です。今日中に向こうに行きましょう」

魔王「待て、何を話すかとか全く分からんぞ」

側近「向こうで打ち合わせましょう、さあ、着替えてください!」

魔王「いや、お前、分かったから、剥くな剥くな!」

116: 2009/07/11(土) 01:03:16.29 ID:dgN14GNZ0
水の都市
側近「今回出席するのは、ここの水の魔王、山岳方面の国、山の魔王」

側近「後は樹海を領地とする深緑の魔王に、火山周辺を収める火の魔王。意外と少ないですね」

魔王「俺には、こういう二つ名みたいなのは無いのか?」

側近「便宜上、そう呼び合っているだけですが……ただ土地柄があまりない国ですからね」

側近「先代の荒ぶる魔王を受け継ぐかと」

魔王「使い古しかよ、嫌だな」

側近「では、所帯じみた魔王で」

魔王「ここぞとばかりにネチネチと……」

118: 2009/07/11(土) 01:05:00.13 ID:dgN14GNZ0
側近「思えばあまりにも学が無さ過ぎる。どこの野蛮児でしたか貴方は」

魔王「中々の言い草だが……反論の使用が無いな、北西の島で暮らしていた」

側近「……あそこって人が住める環境でしたっけ?」

魔王「住める。命がけだが」

魔王「怪獣と呼べる大きな肉食獣が徘徊していてだな……」

側近「あ、ああ……あそこは死の島と言って、生きては帰って来れないという……」

魔王「はっはー、生きているぞ? ほれ、見直したか?」

側近「というより、化け物の類ではないかと疑いそうです」

119: 2009/07/11(土) 01:07:00.07 ID:dgN14GNZ0
側近「現状、共存派は征服派の説得だけしか活動しておりません」

側近「共存するにあたり、具体的な事はまだ貿易から、としか考えられていません」

魔王「んじゃ、共存派で」

側近「その心は」

魔王「別大陸まで面倒見れ……」

側近「阿呆な事言ってないで、しっかりした答案を用意しておいてください」

120: 2009/07/11(土) 01:09:03.15 ID:dgN14GNZ0
議会
水の魔王「それでは議会を初めて行きたいのですが……」

深緑の魔王「あのおっさんの代行とか苦労している家臣だなぁ」

山の魔王「あいつが討たれたのを知らないのか。ここまで若いとは思わなかったが、こいつが今の荒ぶる魔王だ」

火の魔王「話し合いで片付く相手ではあるまい。この者の実力は本物なのだろう」

魔王(決定打の記憶が怪しいけどな)

水の魔王「初めての議会で分からない事は多々あるでしょうが、そちらの付き人と共に学んで下さい」

魔王(幼い容姿の割には突っ放した話し方と対応だな)

側近「まだ征服派である魔王様を警戒しているのもありますね」ボソボソ

魔王(読まれた、何というESP)

121: 2009/07/11(土) 01:11:59.99 ID:dgN14GNZ0
水の魔王「荒ぶる魔王様は今後、国をどういった方向で進めたいと?」

魔王「正直分からん」

側近(おおーい、まっおぉぉーー!)

深緑の魔王「っぷ、誰か梃入れして上げた方がいーんじゃない?」

魔王「……ただ、先代によって、国民の疲弊は相当なものなのは分かった」

魔王「今は小康状態であるが、より良い暮らしにして行きたい」

魔王「それが当面の課題だな」

山の魔王「なるほど……これではもう、荒ぶる魔王とは呼べないな」

側近「それでしたら所帯……モゴモゴ」

魔王「な、何でもない、荒ぶる魔王で構わない」

122: 2009/07/11(土) 01:14:00.15 ID:dgN14GNZ0
魔王「それともう一つ、俺は共存派として国を進めていきたい」

側近(自分からあれを言うつもりですか!)

水の魔王「それは……我々としては喜ばしい事です。ですが、どういったお考えで?」

魔王「俺は教養とか無いから、そんな高尚な事は言えない。ぶっちゃけ、無理に共存しなくてもいいと思っている」

魔王「だがな……ずっと俺自身続けてしまったが、無意味な略奪や殺害はなくしたいんだ」

魔王「生きる為に、生き残る為の行為であれば許す、とまでは言えないが」

魔王「それは自然の摂理の上では仕方がない事ではないだろうか」

魔王「征服派は、その上にはない略奪を行うだろう。だから俺は、共存派として止めたいんだ」

「「……」」

123: 2009/07/11(土) 01:16:00.53 ID:dgN14GNZ0
水の魔王「貴方の考えはよく分かりました。立派な志ではありませんか」

魔王「だいぶ遠回りをしてしまったがな」

水の魔王「我々は、貴方を歓迎します。新たな共存派、仲間として」

火の魔王「同士であるならば受け入れよう」

山の魔王「いきなりの新任で大変だろうが頑張れよ」

深緑の魔王「青臭いけど仲間なら手助けするわ、よろしくね」

側近「どうなる事かと思いましたよ」ボソボソ

魔王「俺も心底ほっとしている」

124: 2009/07/11(土) 01:17:59.80 ID:dgN14GNZ0
……

火の魔王「では、征服派への対応はこれで決定で構わんな」

水の魔王「そうですね……これで協議内容も終わりですね。本日はこれで解散としましょう」

山の魔王「ふ~~、肩が凝っちまったよ」

水の魔王「今日はいつもより時間がかかりましたからね」

深緑の魔王「それじゃあ、あたしは先にお暇するわ。こないだから苔の異常発生で忙しいのよ」

水の魔王「お忙しい中ありがとうございます。それでは皆様、お気をつけ下さい」

魔王「23,29,31,41,5,11,13,17,61……」コクリ コクリ

側近(……素数では睡魔に抗えないし、正しく言えてない)

125: 2009/07/11(土) 01:20:03.03 ID:dgN14GNZ0
水の魔王「どう思われます」

火の魔王「調べた所、どうも死の島より渡ってきたらしいな」

水の魔王「あのような所から……」

火の魔王「生きる為だとか無意味だとか……その辺りが見てとれるな」

火の魔王「あの者には行き辛い世界だろうな、大陸は」

水の魔王「ええ……どんな思いで先代を討ったのでしょうか」

火の魔王「同士である事が答えだ。お前と同じ志じゃないか。良き友であれ」

水の魔王「言わずもがな、そのつもりです」

126: 2009/07/11(土) 01:22:05.83 ID:dgN14GNZ0
侍女「おやつはチーズ入りウィンナーのロールパンです」

魔王「やっほぅー」

側近「阿呆な事してないで……」

侍女「はい、側近さんも」

側近「頂きます」

魔王(何気に、侍女の地位が上がってる気がする)モグモグ

131: 2009/07/11(土) 02:02:00.76 ID:dgN14GNZ0
魔王「……内陸だと海の魚がなぁ」

側近「また阿呆な事を……」

魔王「……特産……交換……」ブツブツ

魔王「行って来る!」

側近「え、ちょ、今日の会議には出席してもら……おぉーい!」

132: 2009/07/11(土) 02:04:34.71 ID:dgN14GNZ0
<<次の猿ったら仮眠行き>>

水の魔王「今日も平和のようで、一安心です」

水の側近「それはそうですが、何もご自身で見回りをしなくても」

水の魔王「長たるもの、自ら現状を知る必要が……あら?」


荒ぶる魔王「もう一尾! もう一尾!」

商人「ば、馬鹿言え、たかがチーズでそれ以上出せるか!」

荒ぶる魔王「最高級なんだって、味見してみろよ!」


水の魔王「……疲れているのかしら、私」

水の側近「残念ながら、幻覚ではないかと」

134: 2009/07/11(土) 02:07:01.07 ID:dgN14GNZ0
水の魔王「何をなさっているのですか……?」

魔王「ん? おおっと、あまりよろしくない姿をお見せした……」

魔王「沖の魚料理が食べたくなって貿易に来た次第でして」

水の魔王「……」

水の側近「……」

水の魔王「ああ……眩暈が」

水の側近「ま、魔王様……!」

魔王(え……俺そんな不味い事したか?)

135: 2009/07/11(土) 02:09:01.02 ID:dgN14GNZ0
水の魔王「……あら? 何時の間に城に戻ったのかしら」

水の魔王「何か、見てはいけないものを見た気がする……」

水の側近「お目覚めですか、魔王様」

水の魔王「ええ……私は先ほど、不思議な体験をした気がするのですが」

水の側近「日に当てられたのでしょう。お倒れになった時は寿命が縮まる思いでしたよ」

水の側近(言えない、交渉成立してほくほくした顔で、荒ぶる魔王が魚を抱えて飛んでいったなんて)

137: 2009/07/11(土) 02:11:10.58 ID:dgN14GNZ0
側近「随分と立派な魚ですね……どうしたんです?」

魔王「市場で競り落としてきた」

側近「……何処で買ってきたんです?」

魔王「ふ、俺だけの穴場だ、そいつぁ言えねぇ」

側近「水の都市で恥じ晒してきてませんよね、この阿呆」ギリギリ

魔王「ギブ! ギブ!」

138: 2009/07/11(土) 02:13:08.92 ID:dgN14GNZ0
魔王「どうだ、たまには皆で鍋を突付こうか」

側近「城で鍋……国長と鍋……」

侍女「ま、まさか私まで、お呼び頂けるなんて」

魔王「兵士は見張りの番があるって断られたからな」

侍女「残念ですね……あ、この山菜、ここら辺では取れませんよね」

側近「……」ピク

魔王「……ま、まあな」

侍女「あれ? これも? これらって確か深緑の……」

魔王「で、では手にグラスをとってか~んぱ……」

側近「さて全てをゲロって貰いますか、阿呆様」

魔王「ま、待て、国長に対する敬意を、いや、まずはその得物を……」

139: 2009/07/11(土) 02:15:22.73 ID:dgN14GNZ0
水の魔王「失礼致し……な、何があったんですか? そんな縮こまってお座りになって」

魔王「他国での物々交換がばれて謹慎中」

水の魔王(ま、魔王なのに……)

魔王「物々交換って立派で正当な取引だよな? 何で怒られるんだ……?」

水の魔王(す、凄く落ち込んでる……何て慰めたらいいのやら)

142: 2009/07/11(土) 02:17:44.53 ID:dgN14GNZ0
水の魔王「一部の国では、貴方の若さ故、いい目で見られていない事もありますのでお気をつけ下さい」

魔王「わざわざ、そんな事で……お手数おかけします」

水の魔王「征服派からも目をつけられているので、早急にお伝えしました」

魔王「助かります。ああ、よかったらこのトマト、貰ってってください」

水の魔王「え、ええ? い、いえ、そんな城の物をおいそれと頂くわけには」

魔王「中庭で栽培したものですのでお気になさらずに」

水の魔王「……じ、侍女達に?」

魔王「……? 自分でですが?」

水の魔王「……」

143: 2009/07/11(土) 02:20:28.24 ID:dgN14GNZ0
魔王「……嫌な雨だ。氾濫とかは無いだろうが、弱く長く降るのは好かんな」

兵士「ま、魔王様! 外れの村が襲撃されました!」

魔王「馬鹿な……何処の賊だ! 被害は!」

兵士「現状、応援要請しか……近隣の警備隊と、城内の部隊が向かっています」

側近「魔王様落ち着いて下……ああ、もういないし!」


『征服派からも目をつけられて……』

魔王「本当に嫌な気分だ……」

144: 2009/07/11(土) 02:22:51.34 ID:dgN14GNZ0
降りしきる地雨の中、魔王と部隊の者達は佇んでいた。
何も間に合わなかった。辺り一面は血の海が広がり、到着した者達以外は息をしていなかった。

「なんでこんな……」
「誰だ……どこの賊の仕業だ……」
「ああ……同僚が……こいつが何でこんな目に……」

魔王(違う……賊ではない)

魔王(何で気づかなかったんだ……あの時も……今回も……奴らは兵士だったんだ)

魔王(近隣の国の……)

157: 2009/07/11(土) 06:50:31.41 ID:dgN14GNZ0
側近「やっと……追いついた……」

側近「魔王……っう! 何だ、これ」

魔王「……」

側近「魔王様、落ち着いて下さい! 今他国と争うのは……」

魔王「買い被るな……」

魔王「これだけの事されていて、心を穏やかに出来るほど、俺は聖人ではない」

魔王「どこの国かも分かっている……征服を推し進める蛮族がぁっ」

側近「……魔王様! 今戦争を起こすのは得策では……」

魔王「確認してやろう……真意によっては」


魔王「皆殺しだ」

158: 2009/07/11(土) 06:52:44.86 ID:dgN14GNZ0
時に真実は残酷の限りを尽くす。
国ぐるみ。首都の者達が率先して行ったいたのだ。
無駄な生産等に回る人も金もなく、賊の姿に、賊に紛れて略奪していたのだ。
魔王の咆哮は、首都を揺るがした。

事態に気づいた、この国の王、貪る魔王は本来の姿である飛龍となって、荒ぶる魔王と対峙した。
身体の大きさが違いすぎる。
故に、人々は決着は事も無く決まるだろうと予想していた。



地面に降ってきたのは飛龍の首だった。

159: 2009/07/11(土) 06:55:00.31 ID:dgN14GNZ0
今は、各国の魔王が協議を行っている。荒ぶる魔王は、その結果を待つ身であった。
一夜にして他国の魔王と首都を滅ぼした罪を問われているのだ。

魔王(まるで死刑判決を待つ囚人だな……)

不思議と落ち着いている魔王に、側近は不安げな眼差しを送り続けていた。

魔王「そんな顔をするな……なるようにしかならんのだ」

側近「ですが……確かに魔王様にも非はありますが、これでは酷すぎます」

魔王「……」

161: 2009/07/11(土) 06:57:00.00 ID:dgN14GNZ0
水の魔王「……今回の一件に関しては情緒酌量の余地があるとして」

側近「そ、それでは魔王様は……!」

水の魔王「ええ……ですが、次はありません。貴方が行った事がどれほど重大か、分かっていますね」

魔王「ああ……俺が魔王に向いていない事もな」

側近「ま、魔王様……」

魔王「進める所までは進むさ。今はまだ、な」

水の魔王「貴方は純粋過ぎます。人は皆辛くても、納得いかなくても、それを我慢します」

魔王「自分に正直。俺は我侭なのさ」

水の魔王「……」

魔王「……迷惑をかけました」

水の魔王「いえ……」

162: 2009/07/11(土) 06:59:25.80 ID:dgN14GNZ0
側近「魔王様」

魔王「一つ、決めた」

魔王「失くそう。あんなふざけた事件、今後たりとも起こさせない」

魔王「どうすればいいかは分からないが、それも模索していくんだ」

魔王「俺は国の外で戦う……だからお前は国を守ってくれ」

164: 2009/07/11(土) 07:06:07.75 ID:dgN14GNZ0
魔王「これは契りだ。達成されるその日まで。この大陸の各国が手を取り合える環境」
魔王「全てを共存派とする日まで」

側近「……対立する派閥が無くなれば、本当にあのような争いがなくなるでしょうか?」

魔王「無理だな。だが、手を取り合える環境になれば……摩擦はなくなるだろう」

側近「久しぶりに魔王らしく見えますね」

魔王「悪かったな。……、グラスを持て」

側近「こう、ですか?」

魔王「不条理な争いを行われない、行わない世にすべく」
魔王「各国が調和されるその日まで、我々は戦い抜く事をここに誓いまして……っ乾杯!」

側近「……か、乾杯」
側近「何故乾杯を……?」

魔王「事ある毎に杯を鳴らそう。忘れない為にも、戒めの為にも……この契りを」

側近「なるほど……失礼しました。それでは改めまして」

魔王「我らの志が達成されるその日を願って」

魔王・側近「乾杯!」

 子供「苦しいよ……誰か、助けて……」終

166: 2009/07/11(土) 07:17:19.05 ID:RM8E1G0X0
おつかれ

168: 2009/07/11(土) 07:19:59.66 ID:oarlvD13O
素敵だった

奴隷商「さあさあ、本日の目玉だよ!」

引用元: 子供「苦しいよ……誰か、助けて……」