1: 2012/04/08(日) 20:01:49.18

ある女が、渋谷へ買い物に行くところだった。
だが女は、コートを忘れて取りに戻った。
コートを着た時、電話が鳴った。
女は電話に出て2分間話した。
女が電話で話している間、響は、渋谷のスタジオでダンスレッスンをしていた。

響がレッスンをしている間、買い物の女は電話を終え、外に出てタクシーに乗った。
タクシーの運転手は、その前に喫茶店でコーヒーを飲んだ。
その間ずっと、響はレッスンをしていた。




2: 2012/04/08(日) 20:05:01.77 ID:BmJ9W9l80
喫茶店でコーヒーを飲み終えたタクシー運転手は、買い物に行く女を乗せた。
女はコートを取りに戻ったので、その前のタクシーに乗り損なったのだ。

タクシー運転手は、ある男が道を横切ったので止まった。
男はいつもより5分遅刻していたのだ。
目覚まし時計をセットし忘れていたから。
遅刻していた男が道を横切る間、響はレッスンを終え、シャワーを浴びた。

響がシャワーを浴びている間、タクシー運転手は、女が注文の品を受け取るのを待った。
注文の品は、まだ包装されていなかったのだ。
包装するはずだった店員が、昨日の夜、恋人と別れたから。

注文の品が包装され、女がタクシーに乗ると、配送車が前に止まった。
この間ずっと、響は服を着替えていた。

響が服を着替える間、配送車は出発し、タクシーは走り出した。
響は着替え終わって、春香を待ったが、春香の靴の紐が切れた。

タクシーが信号待ちをしている間、響と春香はスタジオを出た。

3: 2012/04/08(日) 20:06:09.40 ID:BmJ9W9l80
この一つでも起きなかったら…

靴の紐が切れなかったら…
配送車が5秒早く出ていたら…
店員が前の夜に恋人と別れずに、注文の品が包装されていたら…
遅刻した男が目覚まし時計をセットして、5分早く起きていたら…
タクシー運転手が喫茶店でコーヒーを飲まなかったら…
女がコートを忘れずに一つ前のタクシーに乗っていたら…

響と春香は道を渡っていただろう。
タクシーは何事もなく通り過ぎていただろう。

だが、現実は多くの人の行動が交差し、誰もコントロールできない。
タクシーは通り過ぎなかったのだ。
タクシー運転手は少しの間、気を取られ、響を轢いてしまった。

響っ!!


そして、響の右足は砕けたのだ。

4: 2012/04/08(日) 20:08:36.64 ID:BmJ9W9l80
~4月24日~

 朝、事務所に行くと、知らないおじさんが二人来ていた。社長の知り合いなんだって。
 ビジネスの話かも知れないと、お茶を出しに行ったぴよ子が戻り際に言った。
 うーん、律子も「お金がない」ってしょっちゅう言ってるもんなぁ。

「響、そろそろ行くか」
 プロデューサーが自分に声をかけた。今日もラジオのパーソナリティのお仕事だぞ。
「今行くさー」
 そう言って、自分はプロデューサーの後をついていく。

 半年前に交通事故にあってから、自分はラジオ番組のお仕事が主になった。
 そりゃそうだよね。ダンスはできないし、かと言ってテレビに出たり、モデルをやるにしたって、杖をついてる女の子が出てきても、何かビミョウだろうし。
 皆に夢を与えるのがアイドルなのに、痛々しい姿を見せては逆効果だろう、って社長も言ってたらしい。
 ちょっと残念だけど、それは同意だぞ。

5: 2012/04/08(日) 20:10:33.00 ID:BmJ9W9l80
 退院してから、お仕事に行く時はいつもプロデューサーに送り迎えしてもらってる。

「響……すまない」
 また始まったぞ。車内での話題がなくなったら、決まってプロデューサーは自分に謝るんだ。
「何がだよ、プロデューサーは何も悪いことしてないぞ」
 その度に、自分はいつもなぐさめる。

 プロデューサーは、自分が杖をついて歩くのを見て、心を痛めてるらしい。
 それに対する罪悪感もあるのかな?

 確かに、ダンスを踊れなくなったと知った時は、本当にショックだったよ。
 でも、自分はダンスだけじゃない。踊れないなら、もっと他に活躍できる所を見つけて、頑張るだけさー。
 だから、自分は全然大丈夫だぞ。

 そういつもプロデューサーに言うんだけど、あまり聞いてくれない。
 大体、プロデューサーが防げたものでもないと思うし、しょうがないさー。

 と言うわけで、今日のお仕事はそれなりにそつなくこなせたぞ。

6: 2012/04/08(日) 20:12:23.59 ID:BmJ9W9l80
~5月2日~

 今日はオフだ。というか、最近はオフの日の方が多いんだけどね。
 何も用事はないけれど、事務所に顔を出しに行く。すると、大抵3、4人はソファーら辺にいるんだ。

「あっ、響ちゃん!こっちにクッキーあるよ、一緒に食べよう!」
 最初に出迎えてくれたのは春香だ。
 この事務所に来た時、一番最初に仲良くしてくれた友達だぞ。

「こんにちは、我那覇さん」
 その後ろから、千早がソファーに腰かけながら声をかける。
 最初はとっつきにくかったけど、何だかんだ自分のことを心配してくれる良い子さー。

「やぁ、響!今日も秘密特訓する?」
 自分に負けないくらい元気一杯なのは、真だぞ。
 自分が事故にあって、ダンスが踊れないと知った時、一緒に泣いてくれたのも真だったよね。

「ま、真ちゃん、あまり響ちゃんに無茶させちゃダメだよぅ…」
 雪歩がオロオロしながら真の腕を引っ張ってる。
 事務所で一番の気ぃ遣いだなー、雪歩は。

「うん、するする!なんくるないさー!」
 自分は真にそう返した。

 秘密特訓というのは、早い話、自分が杖なしで歩けるようになるための練習さー。
 お医者さんやプロデューサーには内緒で、真と自分と何人かでやってるから、秘密特訓なんだ。

7: 2012/04/08(日) 20:14:30.77 ID:BmJ9W9l80
 ウチの事務所には自前のレッスンスタジオがないから、練習は大抵、事務所の近くの公園に行ってやる。

 杖を春香に預けて、大きく深呼吸する。右ヒザが震えてる。

 左足を前に出す。
 うん、ちょっと危なっかしいけどいけた。
 問題は右足を出す時だぞ。

 右足を前に……ダメだ、やっぱスリ足っぽくなっちゃうなぁ。

「焦らなくていいよ、無理しないで」
 自分の前に立ってる真がはげましてくれる。気づくと、額にすっごく汗をかいてた。

 やっぱり、右足に力が入らない。

 右足を前に……出そうとして、自分は前のめりに倒れた。

「響ちゃんっ!」
 あわてて皆が自分の所に駆け寄ってくれる。
 大丈夫大丈夫、って笑ってごまかしたけど、やっぱり上手くいかないさー。

8: 2012/04/08(日) 20:16:40.67 ID:BmJ9W9l80
 ダンスができなくなった原因は、最初はあまりよく聞けなかった。
 だって、全然信じたくなくて、お医者さんの言う事に耳をふさいでワーワー泣いたから。
 気分が落ち着いて、ようやくまともに聞いたのはそれから一週間後だ。

 何でも、右太モモから足首にかけて走ってる神経が傷つけられて、上手く筋肉を動かせないんだって。
 何とか神経マヒ、っていう症状みたい。神経がダメになってるから、右足の感覚がほとんどなくなっちゃった。

 そもそも、片方の足だけが動かなくなるっていうのは、あまりないことなんだって。
「大抵、事故で手足が動かなくなるというのは、半身以上が不随になる例がほとんどだ。
 だから、右足だけで済んで良かった」
 そうお医者さんは言ってたけど、そんな訳ないぞ。
 足が動かなくなって良い訳あるもんか!

「もう止めようか?」
 しばらく練習した後、真が自分にそう言ったので、自分もおとなしく止めることにした。
 次は上達するといいなぁ。

9: 2012/04/08(日) 20:19:48.61 ID:BmJ9W9l80
 事務所に帰ると、プロデューサーが美希を連れて事務所に戻ってた。
 美希はプロデューサーにベッタリで、律子がそれを注意してるけど、美希はあまり聞いてないみたい。

 美希にも、悪いことしたなぁーって思ってる。
 だって、自分が事故にあってからは、プロデューサーは自分の送り迎えばかり買って出るんだ。
 だから、美希がプロデューサーの車に乗るのは、今日みたいに自分がオフの時か、自分と一緒のお仕事に行く時くらいしかない。
 美希はもっとプロデューサーに甘えたいんだろうになぁ。

 本当に申し訳なくて、一度美希に謝ったこともある。でも美希は、
「響のせいじゃないからしょうがないの。
 それに、そういうハニーの優しさもミキは大好きだし、一番辛いのは響だから、ミキが我慢することくらいヘッチャラだよ」
 そう言ってくれた。
 普段はボーッとしてるけど、とっても良い子なんだ、美希は。

 しばらく皆でおしゃべりしてると、やよいと伊織、亜美、真美も来た。
 やよいはすごく気を遣って自分の荷物とか持ってくれる。
 伊織は表面上そういうの言わないけど、一緒に歩いてると、さり気なく車や自転車から自分を遠ざけて、自分を守ってくれるんだ。
 亜美と真美は、自分にあまりいたずらをしなくなった。嬉しいけど、ちょっと寂しいぞ。

 仕事が少ないのは寂しいけど、ここの事務所は皆仲良くしてくれるから、すごく助かるさー。
 皆の仕事も増えるといいなぁ。

10: 2012/04/08(日) 20:21:52.37 ID:BmJ9W9l80
~5月6日~

 自分、今すっごくコーフンしてるぞ!ちょっと落ち着いて考えなきゃ。
 今日の話を整理しよう。

 今日もオフで、何となく朝事務所に顔を出すと、突然プロデューサーに呼び止められた。
 社長が呼んでるから、一緒に社長室に行こうって。

 良く分からないまま社長室に入ると、この間見た知らないおじさん二人が、ニコニコしながら待ってた。
「彼らは私の知人でね、大学で神経内科とか神経外科?…の研究をしている」
 社長がそう言って、おじさん達を紹介した。

「初めまして、ビクマン大学の新沼と言います」
 そう言って、見た感じ割と若いおじさんが名刺を出した。大学教授兼神経内科医って書いてある。
 あぁ、“美久満”大学って書くんだね。

「同じく、美久満大学のスラウスです」
 今度は白髪の、ちょっと年がいってそうなおじさんが名刺を出した。スラウスって、“須羅臼”って書くんだ。
 こっちは脳神経外科医で博士だって。うー、何が違うのか分からないぞ。

11: 2012/04/08(日) 20:26:07.99 ID:BmJ9W9l80
 良く分からないけど、偉そうなおじさんが二人も来てるので、緊張しながら前に座った。
 プロデューサーも隣に座ったけど、プロデューサーも緊張してるみたい。

「今日は、高木社長と我那覇さんにお願いがあって参りました」
 そう切り出したのは、若い方……新沼教授の方だ。
「神経内科医療、そして脳神経外科医療の未来のために、ご協力をいただけないでしょうか」
 何がなんだか分からないので、話を聞く。
 すると、新沼教授は自分にも分かりやすいよう丁寧に説明してくれた。

「我那覇さんの右足が、腓骨神経麻痺という症状なのは、お医者さんから説明があったかと思います」
 あったかも知れないけど、正式名称まで覚えてないぞ。適当に相づちを打った。

「我々は、機能を停止した神経細胞を活性化、すなわち生き返らせる研究をしております。
 我那覇さんの場合、交通事故により右足大腿の運動神経が損傷を受けているため、この神経を活性化させることで、我那覇さんが再び歩けるようになるのでは、と考えます」

 すごく大事な話だからと言って、律子がボイスレコーダーで会話を録音してて、それを聞きながら書いてるんだけど、細かい話はやっぱり良く分からない。
 かいつまんで言うと、たぶん、そんな感じのことを言っていたんだと思う。

 自分は、その話を聞き終わる頃にはすっかり興奮しちゃって、
「それって、またダンスを踊れるようになるってことですか!?」
って聞いちゃってた。
 教授は、その可能性もあるだろうって。

 うわー!すごい!夢みたいさー!!……ってプロデューサーに抱きつこうとした。
 でも、プロデューサーは何か難しい顔をしてるぞ。

12: 2012/04/08(日) 20:30:33.71 ID:BmJ9W9l80
「保証はあるのですか?」
 プロデューサーが切り出した。
「響の足が確実に治るという保証。そして、何らかの副作用も現れないという保証は」

「確実な事として申し上げることはできません」
 新沼教授が言った。
「まずご理解いただきたいのは、今回我那覇さんにご協力いただくことが、確実に神経系医療の発展に寄与するものであるということです」

「そんなことはどうだっていい!」
 プロデューサーが声を荒げたので、こっちもびっくりしたぞ。
「私が聞きたいのは、響に何をするのか、安全なのか、それだけです」

「端的に申し上げれば、臨床試験です。右足大腿の手術と、局部的な薬物投与を行います」
 そう言ったのは、須羅臼博士の方だ。
 手術と薬物投与って聞いて、ちょっと怖くなった。プロデューサーの顔も怖いぞ。
「そして、今回の施術は、これまでは動物実験においてのみ行われてきたものです。
 つまり、我那覇さんが、人体実験においての最初の被験者ということになります」

 新沼教授が続けて言った。
「ですが、これまでハムスターを対象に行ってきた中では、全ての被験体が運動機能の著しい向上を遂げております。
 また、副作用と呼べる症例は現れてきておりません」

13: 2012/04/08(日) 20:34:17.34 ID:BmJ9W9l80
「ハムスターと人間は違います。響次第でもありますが、容易に認める訳にはいきません」
 プロデューサーは断る気マンマンだぞ。うーん、確かにちょっとなぁ…

「これは国からも補助をもらっている、言わば国家プロジェクトです。
 ご協力いただけるのであれば、出来る限りの援助を御社に行わせていただきます」
 そう言って、新沼教授と須羅臼博士が頭を下げる。
 援助って聞いて、ちょっと社長が反応したのが見えたぞ。

「……響はどうしたい?」
 プロデューサーが自分に振った。
 足が治るのはすごく嬉しいけど、簡単じゃなさそうだし、そんなすぐには答えられないぞ。

「考える時間を下さい」
 とりあえずそう言ったら、二人の先生は大きくうなずいて、
「今週中にでもご回答いただけると幸いです」
って、事務所を出て行った。

 その後、社長やプロデューサー、律子とも良く話をした。
 お金の話や、社長の知人だから協力してあげたいとか、何が起こるか分からないから危険だとか、色々意見が出た。  でも、結局は自分の意見を尊重しようって話になったんだ。
 それで、家に帰って、今これを書いてる。

 ふー……専門用語とか変な言葉が多すぎて、書くのも疲れたさー。
 何で専門用語ってこんな難しい漢字ばっかなんだろうね。

14: 2012/04/08(日) 20:36:58.70 ID:BmJ9W9l80
 自分の意見なんて、そんなの決まってるよ。
 足が治るのなら、どんなことでもしたいって思ってたんだ。
 でも、確かに副作用とか、そういうのはどんなことが起こるか分からないし…

 あと、765プロが今すっごく経営難なのは、自分も良く分かってるさー。
 今は竜宮小町が何とか頑張ってて、その次に美希がモデルのお仕事とかを結構やってる。
 自分と貴音も、961プロに売り出されていた時期があったから、多少話題性もあるし、そこそこお仕事はあるんだ。

 自分が事故にあってからは、自分のお仕事も少なくなって、さらに厳しくなった。
 今の765プロは、ハッキリいってようやく首の皮が一枚つながってる状態だって、律子がつい言ってたのを聞いたことがある。

 うん、ここまで書くと、何だか整理がついてきたさー。
 自分のことばかり考えてたけど、自分のためだけじゃないんだよね。

 明日、さっそく返事をするようプロデューサーに言おう。

 何だか、ハム蔵が心配そうに自分を見てるぞ。
 大丈夫、なんくるないさー。

15: 2012/04/08(日) 20:39:24.67 ID:BmJ9W9l80
~5月7日~

 手術を受けさせてくれって、プロデューサーに言った。
 プロデューサーはまだ半信半疑ってカンジだったけど、一応了解してくれたみたいだぞ。

 律子と社長は、顔には出さないようにしてたけど、かなり安心してたみたいだった。
 どれくらいお金もらえるんだろう?事務所の経営が良くなればいいんだけどね。

 事務所の皆は、すごく心配してくれていた。
 特に貴音は961プロからの付き合いだし、いつも自分のことを妹みたいに慕ってるから、色々言われたなー。

「そんなにオロオロするなんて、貴音らしくないぞ。なんくるないさー」
 そう言ってはみるものの、貴音は何だかまだオロオロしてるみたい。

「響の足が、なめっく星人のようにならなければ良いのですが」
 そういう心配かよ!
 冗談のつもりで言ったのかと思ったけど、貴音は大マジメに、本当にそうならないか心配してるみたい。

 ドラゴンボールは知ってるんだね、貴音。

16: 2012/04/08(日) 20:42:41.76 ID:BmJ9W9l80
~5月10日~

 今日から、都内にある美久満大学附属病院に入院する。
 2週間ちょっとかかるらしいから、その間の家族の世話は、春香達が変わりばんこでやってくれる事になった。

 須羅臼博士が説明してくれたけど、手術自体はそれほど難しくないみたいで、3~4時間で終わるだろうって。
 手術は明日、須羅臼博士がやるんだって。

 どうしよう。事務所を出た時はあんなに意気込んでたのに、今はすっごく怖いぞ。
 送ってくれたプロデューサーが病室を出てから、急に不安になってきた。

 夜になると、体の震えが止まらない。寒いわけじゃないのに、何だよこれ。

 寝ようと思っても寝れなくて、こうして日記を書いてるけど、失敗したらどうしようとか、不安になるようなことばっか考えちゃう。
 オーディションなんかだと、こういう時でも開き直れるのになぁ。

 こっそり連れてきたハム蔵が、ずっと自分の指を握ってくれてる。
 ありがとう、ハム蔵。頑張って寝るね。

 おやすみ。

17: 2012/04/08(日) 20:45:42.67 ID:BmJ9W9l80
~5月11日~

 結局、全然寝れなかった。

 10時頃、新沼教授と須羅臼博士と、部下っぽい人達が手術台?みたいなのをカラカラ引いてやって来た。
 これに乗ったら、もう後戻りはできないぞ。

 意を決して起き上がる自分。その時、何かが思いっきり自分の髪を引っ張った。

 すっごく痛かったので、うぎゃあーって叫びながら後ろを向くと、ハム蔵だった。
「何するんだよ、ハム蔵!」
って思わず怒ったんだけど、すぐにハッて思った。病院に連れて来たのがバレちゃったぞ。

 おそるおそる先生達の方に向き直ると、やっぱりムズカシイ顔をしてる。あわわ…
「ご、ごめんなさい」
 とりあえず謝ったけど…

「感心しませんな。まぁ、いまさら仕方がないことですが、病室の外には出さないように」
 そう須羅臼博士は言ってくれた。ホッ。

 いやいや、落ち着いてる場合じゃないさー。なおも自分の髪を引っ張るハム蔵。
「だから何さー!手術受けるの止めろって?いまさら無理だぞ」
 ハム蔵が首を振る。うー、自分にどうしろって言うんさー。

18: 2012/04/08(日) 20:48:13.59 ID:BmJ9W9l80
「そりゃあ、自分だって怖いよ。
 でもさ、やっぱり自分ダンス踊りたいし、それに事務所の助けにもなるって思ったんだ」
 先生達の前で、ハム蔵を一生懸命説得する自分。何となく恥ずかしいさー。

 そしたら、ハム蔵はチョコチョコと歩き始めて、そのカラカラの台の上に乗って鳴きだした。
「ようやく納得してくれた?でも、手術を受けるのは自分だから、ハム蔵はこの部屋でお留守番だぞ」
 そう自分が言うと、ハム蔵はまた首を振った。

「分からず屋だなぁ。いいから残ってなよハム蔵」
 そうボヤきながらハム蔵をつまみ上げようとすると、ハム蔵は自分の指を噛んだんだ。
「何するんさー!噛んじゃダメだろ!」
ってまた怒ったんだけど、ハム蔵も引き下がろうとしない。
 どうも様子が変だぞ。

「ひょっとして、ハム蔵も手術を受けたいのか?」
 ハム蔵は首を振った。縦に。

「どういう手術か分かってるの?上手くいくかどうか分からないんだぞ?」
 そう言っても、ハム蔵はうなずきながら、チューって返事をしたんだ。

 うー、困ったぞ。ハム蔵に危ないことはさせたくないんだけどなぁ。

19: 2012/04/08(日) 20:51:40.64 ID:BmJ9W9l80
「ハムスターへの施術について、失敗例はありません。
 前にも言いましたが、副作用も現れてはいないんですよ?」
 新沼教授が、穏やかな口調で自分に言った。ハム蔵も、何かドヤ顔でこっち見てるし。

 この実験のサンプルを買って出てくれるのは、大学側としてもありがたい事なんだってさ。
 サンプルって言い方、ちょっとイヤなカンジだけどね。

 このままじゃラチがあかないぞ。しょうがない、手術を認めるさー。

 自分がいいよって言うと、ハム蔵は嬉しそうに台の上を走り回った。
 いかにも、早く手術をしたいって気持ちが現れてるみたいだぞ。
 ハム蔵がそんなにチャレンジャーだとは思わなかったさー。

 とは言っても、今日は自分の手術しか予定されていないし、何しろ人間とハムスターじゃ手術の環境が違うから、ハム蔵は別の日にやるって。そりゃそうだよね。

 そんなこんなで、自分の手術は何事もなく終わったぞ。
 これから退院までの間は、点滴を足に打って、いわゆる薬物治療っていうのをやるみたい。

 手術が終わったら、すごくホッとしたさー。
 歩けるように……ダンスが踊れるようになるかなぁ。早くならないかなぁ。

20: 2012/04/08(日) 20:53:55.59 ID:BmJ9W9l80
~5月16日~

 ハム蔵の手術も終わった。
 今、治療台みたいなカゴの中で、ハム蔵は寝ている。

 手術が終わってから、765プロの皆がお見舞いに来てくれた。
 春香はクッキーを焼いてきてくれたし、千早や美希、あずささんは花を持ってきてくれた。

 亜美と真美はDSのゲームをくれたぞ。そんなに長く入院するわけじゃないんだけどね。
 貴音、ナメック星人ネタはもういいって。

 あー、退院が待ち遠しいさー。

21: 2012/04/08(日) 20:55:43.89 ID:BmJ9W9l80
~5月26日~

 やっと退院できたぞ。
 ハム蔵はもうチョコチョコ走ってるけど、自分はやっぱりまだ無理だからって、松葉杖をもらった。

 さすがに、まだ歩けるようにはならないよね。焦っちゃダメさー。
 でも、やっぱ焦っちゃうさー。

 家に帰るのも、すっごく久しぶりだぞ。
 家族達も元気みたいだ。ちゃんと面倒見てもらえて良かったね。
 皆にもお礼を言わなきゃ。

 今はまだ実感が湧かないなぁ。
 本当に歩けるようになるといいんだけどなぁ。

22: 2012/04/08(日) 20:57:52.45 ID:BmJ9W9l80
~6月2日~

 退院して初めてのお仕事をしてきたぞ。
 と言っても、いつも通りラジオ番組に出てきただけだけどね。

 その番組の中で、自分がまたダンス踊れるようになるかもー!って発表したかったけど、プロデューサーにストップされた。
 うーん、そりゃあそうだけどね。でも、あー楽しみで仕方がないさー。

 事務所に帰った後も、自分の足の話題で持ちきりだったんだ。
 真なんか、いつ歩けるようになるのって、しつこく聞いてくるんだもん。
 自分だって知りたいぞ。

 ハム蔵は元気に事務所を走り回るんだけど、いつもよりすっごく速いから全然捕まらないぞ。
 これって、もしかして手術のおかげかなぁ。

 痛みもあまりなくなってきてるし、そろそろ練習しても良いかなぁ。

23: 2012/04/08(日) 20:59:57.29 ID:BmJ9W9l80
~6月7日~

 奇跡が起きた!

 今日練習したらね、歩けるようになってた!すごい!信じられないぞ!

 と言っても、スタスタ歩くのはできなかったけど、よちよち歩きはできたんだ。
 今まで全然動かなかった右足が、動いたんだ!

 自分もう、嬉しいやら何やら良く分かんなくなって、すごい泣いちゃって、それを見た他の皆もすごく喜んでくれたんだ。
 後でプロデューサーに言ったら、無茶をするなって怒られたけど、目は笑ってたぞ。
 やっぱり、手術を受けて良かったさー。

 歩けるのが、こんなに嬉しいことだなんて知らなかった。
 自分、すっごく幸せさー。

 ダンスも踊れるようになるよね?きっと。

24: 2012/04/08(日) 21:01:24.10 ID:BmJ9W9l80
~6月11日~

 まだよちよち歩きからは上達しない。
 今日のお仕事中も、そんなことばかり考えてたから、あまり上手くいかなくてプロデューサーに怒られたさー。

 そんな事言ったって、自分やっぱりダンスやりたいんだもん。
 プロデューサーだって、自分が歩けなかった時は変に謝ってばかりだったクセに、そこまで怒らなくてもいいじゃんか。
 ねぇハム蔵?

 自分の悩みなんかそっちのけで、ハム蔵は家の中を走り回ってる。
 元気があり余りすぎて、おさえられないってカンジだぞ。

 いいなぁ、ハム蔵。自分も早く元気に踊りたいさー。

25: 2012/04/08(日) 21:04:29.40 ID:BmJ9W9l80
~6月15日~

 早歩きはちょっとキビシイけど、普通に歩くくらいはできるようになった。
 須羅臼博士に相談したら、もう松葉杖を使わなくても良いだろうって。

 よくよく考えたけど、これってやっぱりすごい。
 だって、この間まで自分歩けなかったんだもん。
 本当に、こんなに早く神経が生き返ることがあるんだって、自分感動してるぞ。

 事務所の皆にも言ったら、すごく喜んでくれたんだ。
 貴音は、自分の足に手術した跡が残ってないか心配してくれた。
 須羅臼博士はそういう外科手術の第一人者で、業界ではとっても有名な先生なんだぞって言ったら、皆ほぇーって言ってた。
 ふふん。自分のことじゃないけど、何だか自慢したい気分さー。

 プロデューサーの自分を見る目も、いくらか穏やかになったみたい。
 いつも痛々しいカンジで自分を見てたから、元気な姿を見せることができて良かったさー。

 今にもっと元気になるから、期待して待っててね、プロデューサー。

26: 2012/04/08(日) 21:07:36.22 ID:BmJ9W9l80
~7月2日~

 これからは、テレビやモデルのお仕事も大丈夫になったぞ。
 社長が、すっかり歩けるようになった自分を見て判断したんだって。

 OKになったのは三日くらい前だけど、さっそく今日グラビアのお仕事をやってきた。
 半年以上やってなかったから、どんなカンジかちょっと忘れてたけど、上手くいって良かったさー。

 ここ最近は、自分のことばかり気になってたけど、皆も少しずつお仕事が入ってきたみたい。
 今まであまりお仕事がなかった子については、宣材を撮り直して売り込んだり、発売中のCDやグラビアとかの宣伝に力を入れてくって律子が言った。

 あと、事務所があるビルの3階?だっけな。765プロ用のレッスンルームを作ってるんだって。
 前から空き部屋になってたスペースを先月から借りて、今改装してるみたい。
 今月中旬には工事が完了するって。

 大学からのバックアップのおかげで、少しずつそういうのにお金を使えるようになったんだって。
 何にせよ、皆の活躍の場が増えていくのは嬉しいさー。

27: 2012/04/08(日) 21:09:59.22 ID:BmJ9W9l80
~7月16日~

 ダンスを踊った。

 今日、改装が終わったレッスンルームに行ったんだ。
 記念にってことで、皆で今日ダンスレッスンをしに行くことになった。
 ハム蔵が走り回って大変だぞ。広いなぁー。

 自分は、最初は踊るつもりはなくて……いや、もちろん踊りたいんだけど、見学だけにしようと思ってたんだ。
 でも、真がね、「響もこっち来て踊ろうよ」って。

 すっごく緊張したんだけど、まだ自分、ダンスを忘れてなかったよ。
 だって、本当に自分が好きなものだから。忘れたくもないし、忘れられないよね。

 しばらくすると、自然と体が動くのを感じたんだ。
 あぁ、やっぱり自分、ダンスがあっての自分なんだなぁって。

 ちょっと疲れたところでプロデューサーに止められたけど、すっごく楽しかった。
 またこうして踊れる日が来たのが、本当にすっごく嬉しい!
 皆も一緒に泣いてくれてありがとね。

 明日からいっぱいレッスンするぞ!あー、すっごく楽しみで寝れそうにないさー。

28: 2012/04/08(日) 21:14:35.10 ID:BmJ9W9l80
~7月27日~

 今日はすっごいビッグイベントがあったんだ!
 正確には今日あったって訳じゃなくて、これからビッグイベントがあるっていうのを今日聞いて…
 うー、とにかくビッグイベントさー!

 なんとなんと、765プロの皆総出でライブをやるって!
 「765プロ感謝祭ライブ」だ!いやー、すっごいことだぞコレは。

 メインはもちろん竜宮小町。なんだけど、そんなことは関係ないぞ。
 ステージに立ったら皆が主役だ!ってプロデューサーも言ってくれた。

 ライブまであと一ヶ月ちょい!みじかっ!

 今まであまりダンスレッスンするなってプロデューサーに止められてたけど、自分も出させてってお願いした。
 こうしちゃいられないよ。自分もいっぱい練習して、皆と同じステージに立ちたいぞ。

 プロデューサーはちょっと困った顔をしてたけど、自分の想いが通じたのか、OKしてくれた。
 思わず真と抱き合って飛びはねたぞ。これからは本当の特訓をしていかなきゃね。

 うわー、すっごいウズウズしてきたぁー!

29: 2012/04/08(日) 21:18:39.31 ID:BmJ9W9l80
~8月1日~

 ダンスがなかなか上手くいかない。
 やっぱり、ブランクってどうしてもあるみたい。
 それに、無意識に右足をかばっているんじゃないかって、ダンスのコーチにも言われちゃった。

 確かに、この間手術したばかりだし、また痛くなっちゃイヤさー。
 でも、ライブに出れないのはもっとイヤだし、自分のために皆のダンスのレベルを下げるのはもっともっとイヤだぞ。

 ああ、どうしたらいいんだろう……そんな事を悩んでいると、春香達が声をかけてくれた。
「響ちゃんは、まだ無理しない方がいいよ。ちょっとくらい休んだって、響ちゃんならきっと追いつけるって」
 そう春香が言ってくれた。千早も、黙ってうなずいてる。
 うーん、「自分完璧だから、ケガなんてなんくるないさー」って、前までの自分だったら返してたのになぁ。

「何をウジウジしてんだよ、響!らしくないよ」
 そう声を張り上げてみせたのは真だ。
「大丈夫!ボクがちゃんと後で教えるからさ。今は完璧に足を治すことを考えなよ」

「響ちゃん、あのね…」
 雪歩が真に続く。
「いつも私、真ちゃんと自主練をしてるの。私、鈍臭いから、皆に追いつけるようにって」
 確かに、雪歩はダンスが苦手みたいだった。それに悩んでいるカンジだったのも、今の自分と同じだぞ。
「事務所の近くの公園でやってるから、響ちゃんも足が治ったら、私達と一緒にやろう?」

30: 2012/04/08(日) 21:23:41.34 ID:BmJ9W9l80
「えー、そんな練習をしていたんですかー!?」
 自分の足をマッサージしてくれてたやよいが、えーって驚いた。
「私も真さんに教えてもらいたいですー!」

「あ、じゃあじゃあ真美も→!」
 真美が貴音の後ろから目一杯手を伸ばしてそれに便乗する。

「真美、あまり夜遅くなっては、貴方のご両親が心配されるのでは?」
「あっ、何さーお姫ちん!真美ももう子供じゃないし、仲間外れはヤだかんね!」
 真美の気迫に、貴音もやれやれってカンジだぞ。

「ええぇぇぇ!?ボク、そんなに皆の事を見切れないよ」
 雪歩の指導をしてた自主練に皆が出たいって言うもんだから、さすがの真もタジタジだ。

「いいのいいの!真クンだけじゃなくて、ミキも皆にいっぱい教えるの!」
 美希も参加するって。それは心強いさー。
 レッスンでは、美希は春香や千早に時々アドバイスしてるから、きっとこの自主練もはかどるぞ。

「だから、我那覇さんは今は足を治すことに専念して。後日、一緒に自主練やりましょう?」
 千早が自分をなだめるように言う。うー、こういう風に言われると、もうイヤだって言えないぞ。

「分かった!じゃあ、ライブまであと一ヶ月だから、一週間はちゃんと休むぞ!」
 そう自分が言ったんだけど、
「なりません、響。二週間は休むべきです」
 貴音が待ったをかけた。何だよー、貴音ってそんなに心配性だったっけ?

 あーだこーだ言い争いをして、結局10日間ってことになった。
 うー、10日間も練習しないなんて、ちょっと大変だぞ。大丈夫かなぁ、自分。

31: 2012/04/08(日) 21:27:58.88 ID:BmJ9W9l80
~8月4日~

 今日はモデルのお仕事があった。
 普段着れないような、ダイタンな服を着れるから、モデルのお仕事も好きさー。

 相変わらずプロデューサーは、自分の送り迎えをしてくれる。
 もう自分普通に歩けるんだから、送り迎えはしなくても大丈夫なんだけどなぁ。

 事務所に戻ったら、レッスンルームに向かう。
 皆の練習風景を見て、自分もダンスのイメージを叩き込むぞ。
 うーん、やっぱり真と美希はキレがあるさー。

「ねーねーひびきん。真美ね、ここのステップがいっつも上手くいかないんだYO」
 不意に、真美が自分の所に来た。
「どうすればいいかなぁ?」

 そんなこと言われても、自分は全然練習してないからアドバイスも何も出来ないぞ。
 とりあえず踊りを見てみて、変な所があるかチェックしてみることにした。

 見てみると、何となく、あぁあそこの1、2の後の3で両足を揃える所が遅れてるんだな、っていうのが分かる。
 (↑文字で書いても全然分かんないね。まぁいいや)

「真美、たぶんね、ここの1、2の3の足が遅れてるんさー」
「ほほぉー、なるほど→。どうすればリズムに合うのかなぁ」
「うーん、もっと1の振り出しをコンパクトにして、ササッとこう、こんなん…」

「響、なりません!」
 貴音に怒られてハッとなった。しまった、つい踊ってしまったさー。
 真美の顔を見ると、すっごくニヤニヤしてたぞ。

 真美!図ったな、真美!
 貴音、誤解さー!自分のせいじゃないんだぞ!
 ていうか、貴音がおかあみたいになってるんだけど。

32: 2012/04/08(日) 21:30:32.78 ID:BmJ9W9l80
~8月7日~

 春香と一緒にボイストレーニングをした。
 その後は、皆がダンストレーニングするのをひたすら見学する。
 踊れない分、今はとにかく自分にできることをするぞ。でも、やっぱり早くダンスしたいさー。

 皆疲れがたまってきてるから、今日は特製のサーターアンダギーを作って事務所に持って行った。
 自分で言うのもなんだけど、すっごく大好評であっという間になくなっちゃったぞ。

 自分、今お休み中だから、こういうことでもして皆の役に立たないとね。
 雪歩がいれてくれたお茶もおいしくて、いつの間にか楽しいお茶会になってたさー。

 プロデューサーが、自分がこっそり無茶をしてないか心配してるみたいだった。
 貴音がすかさず、私がちゃんと見張っていますからご心配は無用です、って。

 もー、せっかく我慢してるのに、そうやって疑ってかかるのは止めてほしいさー。
 貴音もそこまで心配しなくても、皆との約束は自分ちゃんと守るぞ。
 律子じゃないんだから、そこまで厳しくしなくたって、ねぇ?

 でも、心配してくれてありがとね。

33: 2012/04/08(日) 21:33:56.84 ID:BmJ9W9l80
~8月11日~

 今日から自分もダンスレッスンに復帰した!
 今までの遅れを取り戻さなくちゃね。

 やっぱり、皆との差はちょっと無視できないさー。でも焦らない焦らない。
 振り付けは早く覚えないとね。そのために、皆の練習を見てきたんだから。

 覚えるって言っても何曲もあるから、さすがに今日だけじゃ覚えきれなかった。
 しょうがない、後は自主練でしっかり練習!

 春香「真先生、お願いします!」
 一同「お願いしまーす!」
 真 「うむ、始めようか」
 美希「ミキ先生もいるのー!」
 一同「(笑い)」

 なんだか、いつもこういうやり取りをしてスタートするのがお決まりになったみたい。
 いいなぁ、皆楽しそうだぞ。これからは自分も一緒にできるんだ。

「響、今のところちょっと変だったよ。もう一度、3、4の手の振りを気持ち早めに」
 真先生のご指導はすごいんだぞ。
 自分がちょっと引っかかったと思うと、瞬時に見抜いて適切にアドバイスしてくれるんだ。

「うーん、ミキ的には、やよいはもっとバーッていって、こうきたらこう!なの」
 美希は、結構センスでこなしちゃうところがあるんだよね。
 だから、皆にアドバイスする時も、ザーッとか、ワーッとか、変な言葉ばかりになって、ちゃんと教えられてはいないと思う。
 でも、上手くいったときはすっごく喜んでくれるから、皆のモチベーションも上がるんだ。

 皆、お仕事の合間をぬってて疲れてるはずなのに、すっごく頑張ってる。
 自分も、皆よりもっと頑張って早く追いつかなきゃね。

34: 2012/04/08(日) 21:37:01.87 ID:BmJ9W9l80
~8月17日~

 ライブまであと二週間を切った。
 最近になって、自分もダンスを教える側になってきたぞ。

 自分の上達っぷりに皆驚く。そりゃあ、自分完璧だからな!って返しといた。
 本当は皆に追いつこうと、一人で練習してたりもするんだけど、それは秘密さー。ふふん。

 今日は、自分達が自主練してるところへ、竜宮小町の伊織、あずささん、亜美も来てくれた。
 真美が、本当は秘密にしておきたかったんだけど、亜美についもらしちゃったんだって。
 色々差し入れしてくれて、とっても楽しかったぞ。

 そして、もう二人、この自主練の匂いをかぎつけてきたのが…

「あんた達、こんな時間まで何してんの!」
 律子とプロデューサーだ。何だか知らないけど怒ってるぞ。

「最近、765プロ宛に苦情が来るようになってな。お前達、近所迷惑を考えろ」
 プロデューサーが自分達に説教を始めたぞ。うー、そう言えば遅くまで騒ぐこともあるなぁ。

「で、でも私達、今度のライブを成功させようって…!」
 春香が一生懸命プロデューサー達を説得するんだけど、どうも納得していないカンジ。

35: 2012/04/08(日) 21:41:50.92 ID:BmJ9W9l80
「いいか。疲れをためないよう、休める時にしっかり休むのもプロの仕事だ」
「そ、それじゃあ間に合わないんですぅ!特に私なんてダメダメだから、皆よりも練習しなきゃいけないのに…」
 雪歩が今にも泣きそうな顔でプロデューサーに訴えてるぞ。
 雪歩を泣かしたら、自分も一言ガツンと言ってやるさー!
 そう思ってたら…

「どうしても練習したいのなら、せめてここでやるのは止めてくれ」
 プロデューサーが案外簡単に折れた。でも、この公園がダメならどこで…?
「何のためにレッスンルームを設けたのよ」
 律子がため息交じりに言った。

「えっ?でも、戸締りが……
 あそこの鍵は、確かプロデューサー達しか持っていないはずじゃ…」
って、千早が質問したら…

「俺達も残るよ。どうせ俺達はいつも遅くまでいるし、戸締りの管理をお前達にやらせる訳にはいかないからな」
「あんた達には負けたわ」
 二人がやれやれって、呆れ顔なカンジで言った。

「うそー!ありがとうハニー!」
 プロデューサーに抱きつく美希。
 それを見て、皆も一斉にプロデューサーと律子にワーッて行ったんだ。

「こらー、止めろ!ていうか静かにしろー!」
 そんなことを言うプロデューサーの声が一番大きかったのはナイショにしといてやるさー。

36: 2012/04/08(日) 21:44:24.62 ID:BmJ9W9l80
~8月21日~

 ライブまであと10日!今日は本番用の衣装を試着したぞ。
 いよいよ近づいてきたなーって、何かもうワクワクしてくるさー。

 レッスンルームを夜も使えるようになったおかげで、それまで控えめにしかできなかった歌合せも遠慮なくできるぞ。
 でも、全部通しでやるともうクタクタさー。皆もかなり疲れがたまってるみたい。

 そんな時は自分特製のサーターアンダギー!雪歩のお茶もついてくるぞ!

 前にも書いたけど、本当にあっという間に売り切れるんだ。
 いつも多めに作ってるつもりなんだけどなぁ。

 家に帰ると、家族達がお腹をすかせて待ってる。ご飯を作るのも大変さー。
 でも、最近はあまり遊んであげられてないから、せめてご飯はおいしいのを食べさせてあげないとね。

 ハム蔵は、一心不乱に走ってクルクルのアレを回してるぞ。
 うーん、手術で手に入れた運動神経を活かしたいんだな。
 遊んであげられなくてごめんね。ライブが終わるまでの辛抱さー。

 あー、ライブが待ち遠しいぞ。

37: 2012/04/08(日) 21:48:25.79 ID:BmJ9W9l80
~8月30日~

 いよいよ明日、ライブだ。
 今朝、プロデューサーが皆を集めた。竜宮小町の皆も一緒だ。

「ライブがついに明日開かれる。ウチの事務所がプロデュースする初めてのライブだ。
 だから、皆のライブにかける思いは俺や律子、コーチの人達にも伝わったし、見違えるほど歌もダンスも上達してきたのを見てきた」
 えへへ、照れるさー。皆もホッコリしてるぞ。

「その輝きを、俺達だけじゃなく、世間一般の人達に広く見せる機会がいよいよ来たんだ。
 皆、明日は遠慮なく精一杯輝いてみせてくれ。以上!」
 おぉー、なんて言いながら拍手する自分達。何だよ、プロデューサーもちょっと照れくさそうだったぞ。

 その後、自分だけプロデューサーに呼ばれたから行ってみた。
「足の具合はどうだ?」
 まだ心配してるんだね。もう全然、動かなかった時のことなんてむしろ忘れてたさー、って返した。

「本当は聞かなくても分かっていた。
 ひょっとしたら事故にあう前よりも、ダンスが洗練されてきたのかも知れないな」
 ほ、本当っ!?いやー、頑張ったかいがあったさー。

「皆の仕事が少しずつ増えてきたのも、この間レッスンルームを作ったのもそう。
 今度行われるライブだってそうだ」
 ん、それって、大学からもらってるお金の話?
 そう言うと、プロデューサーはちょっと視線をそらした。
「それもあるけどな…」

38: 2012/04/08(日) 21:51:14.00 ID:BmJ9W9l80
「響が手術を受けるのを決心してくれたおかげで、こうして事務所も立ち直ることができた。
 何より、お前が復帰してくれたから、皆もより一層元気になれているんだ」

「自分は、またダンスをしたいって思ったから手術を受けただけだぞ」
 事務所の経営を考えてもいたけど、それは伏せといた。
 そんな事言うと、プロデューサーまた自分に気を遣いそうだし。

「響、ありがとう。本当に、お前には感謝してる。
 それだけは伝えたかったんだ」
 うー……結局プロデューサー、自分に頭を下げてるし。
 そんな事言われると照れるっていうか、どうしたら良いか分からないから止めてほしいさー。

「感謝するなら、明日のライブの出来を見てからにしてほしいさー」
 ふふんって鼻で笑ってみせた。照れ隠しだけどね。
 それを見て、プロデューサーも笑ってくれた。

 プロデューサーにあんな事言っちゃったから、ますます燃えてきた!
 よぉーし、明日はやるぞー!

 見ててね、プロデューサー!

39: 2012/04/08(日) 21:54:05.49 ID:BmJ9W9l80
~9月1日~

 昨日はライブ終わった後、疲れて寝ちゃった。今日も一日ゆっくりしていよう。
 一日遅れだけど、ライブの事を書こうっと。これは日記に書かずにはいられないぞ。

 最初はね、竜宮小町が台風の影響でライブに間に合わなくなって、皆どうしようって混乱しちゃったんだ。
 でも、春香が「自分達にできることをしよう」って言ってくれて、それで吹っ切ることができたんだぞ。

 セットリストは変えざるを得ないけど、せっかく練習してきたものを見せないのはもったいない!
 昨日、プロデューサーも言ってくれた。俺達だけじゃなくて、多くの人達に自分達の輝きを見せてくれって。
 だから、やるしかない。いや、やりたい!やろう!ってね。

 竜宮小町が来るまでの間、自分達がやった曲は全部で13曲。
 そのうち、自分は1、8、11、13曲目に出た。8曲目の「Next Life」は自分メインだぞ。

 昨日のライブですごかったのは、何と言っても美希だ。
 10曲目の「day of the future」と11曲目の「マリオネットの心」は、どっちもダンサブルな曲で、続けてやりきるのはすっごく大変なはずなんだ。
 本当は、こんな順番になるはずじゃなかったんだけど、そうなっちゃって……

40: 2012/04/08(日) 21:56:57.13 ID:BmJ9W9l80
 でも、美希は歌いきった。完璧に!
 自分は続けてやるなんて無茶だって言ったし、実際すごく無茶したと思うんだけど、本当にすごかったぞ。
 あんなにプロ根性があるなんて思わなかった。このライブをより良くしたいって、美希も強く思ってたんだなぁ。

 自分なんて、まだまだかなわないよ。
 11曲目は、自分や真もバックダンサーとして出たけど、もっと美希の姿勢を見習わなくちゃね。

 最後は、皆で「自分REST@RT」!
 これまでずっと皆でやってきた自主練の成果を出す時さー!
 あ、もちろん1曲目の「THE IDOLM@STER」もそうなんだけど、最後って意味でね。

 皆の思い、こうやりたい!っていうのが、観客の人達にも伝わったみたい。
 合いの手をバンバン入れてくれて、それはもう大盛り上がり!すごかったぞ!

 という訳で、ハプニングもあったけど、765プロ感謝祭ライブは大成功!
 でも、終わった後はもう今までの疲れがドッと出て、もうムリーってね。皆で楽屋で寝ちゃった。
 竜宮小町のステージ見れなくて申し訳なかったなぁ。

 ライブってすごく一体感があって、頑張った分だけ報われたなーって気がした。
 つくづく思うけど、自分も参加できて本当に良かったさー。

 そうだ、後で美久満大学の先生達にもお礼を言わなくちゃ。
 そもそも、今回の成功は先生達のおかげさー。

 ハム蔵達とも遊んであげよう。公園に散歩にでも行こうかなぁ。

41: 2012/04/08(日) 21:59:05.32 ID:BmJ9W9l80
~9月4日~

 この間のライブのおかげで、事務所にお仕事のオファーがいっぱい増えたんだって。
 なんと、自分にもテレビの新番組出演のオファーが!それもダンスのお仕事さー。

 自分と真、美希の三人で出て、規定のダンスをどれだけ踊れるかっていう、チーム対抗戦方式のバラエティ番組だって。
 美希の「マリオネットの心」のおかげだぞ。やっぱりあの曲、評価が高かったんだなぁ。
 収録は再来週にやって、放送されるのは10月からだって。

 課題曲のCDはもうプロデューサーが預かっているみたいなので、今日からさっそく皆で練習した。
 自由曲は自分達で決めるんだけど、ダンスにしても皆であーだこーだ意見を言い合うのって楽しいさー。

 コーチにもいっぱいホメられたし、真や美希も自分にライバル意識を燃やしてるみたい。
 仲良くやろうさー、とは言ったけど、自分もダンスに関しては負けられないぞ。
 番組では仲間だけど、良いライバル同士でありたいさー。

42: 2012/04/08(日) 22:05:49.15 ID:BmJ9W9l80
~9月17日~

 新番組の収録に行ってきた。ダンスのヤツ。
 プロデューサーが自分達3人を送り迎えしてくれた。
 美希が助手席でプロデューサーに甘えてて大変そうだったぞ。でも良かったね、美希。

 番組は、三人一組のチームのダンスを審査員が審査して、三人の合計点数の順位を競うんだって。
 ゴールデンだし、66の失部さんと岡木寸さんがMCやる当り、かなり気合の入った番組さー。
 審査員の人も、良く見るとオーディションで見たことある人もいるぞ。

 出場者の人達も、ダンスの世界大会に出たことあるとか、ストリートパフォーマンスの第一人者だの、何だかすごい人達ばかり。
 こんな人達と肩を並べてるなんて、何だかすごく自慢したくなるさー。
 もちろん、負けるつもりはないんだけどね。

 とか言いつつ、結果は6チーム中5位だった。あちゃー、やっぱりキビシイさー。
 でもね、個人成績で見ると、自分は7位だったんだ。18人中ね。
 765プロの3人の中では一番良かったんだぞ。他の出演者の人達にもホメられちゃった。

 岡木寸さんとも、自分が特別にダンス対決やったんだけど、圧勝しちゃった。
 それはそれで笑いになって良かったし、ああして目立てるのは良いことさー。

 この番組を機会に、自分も有名になれるかなぁ。

43: 2012/04/08(日) 22:07:31.94 ID:BmJ9W9l80
~9月22日~

 自分の黒髪に業者の人がティンと来たのか、シャンプーのCMに起用されることになった。
 うーん、こういうお仕事ってあまり経験ないから、どんなカンジなのか分からないぞ。
 後で美希にアドバイスもらおうっと。

 あと、これまで出てたラジオ番組も注目度が上がったみたい。
 この間出たら、お便りがそれまでの何倍も届いてて、しかもほとんど自分に対する個人的な質問だったぞ。
 好きな男性のタイプとか、憧れる恋のシチュエーションとか、もう恥ずかしいさー。

 ハム蔵も、いつも自分肩や頭に乗っけてお仕事に行くんだけど、出演者の人達にかわいがってもらえて嬉しいそうさー。
 自分も嬉しいぞ。でも、あまりチョコマカ走り回ってスタッフさんを困らせるのは止めようね。

44: 2012/04/08(日) 22:34:31.40 ID:BmJ9W9l80
~9月26日~

 この間収録したダンス番組、業界の人からすごくウケが良かったらしい。
 それも、自分達の評判が高いから、これからレギュラーとして毎回出てくれって。

 また課題曲のCDを預かったみたいなので、三日前から練習してるぞ。
 皆もお仕事が忙しくなってきたから、ちょっとスケジュールが合わなくなってきたけど、個人練でカバーしようって。

 今日は皆で合わせてみたんだけど、皆もコーチも自分の事をホメるから困っちゃうさー。
 真はますます対抗心を燃やしてる。美希は、ダンスで自分と張り合うのは諦めたっぽい。
 自分完璧だからな!って返事するけど、個人練の成果さー。

 この間は「マリオネットの心」の前評判もあって美希がセンターだったけど、次は自分がセンターで踊ることになった。
 ダンスで注目浴びる大チャンスだぞ。頑張ろう!

45: 2012/04/08(日) 22:38:02.02 ID:BmJ9W9l80
~10月1日~

 ダンス番組の収録に行った。またプロデューサーに送り迎えしてもらったぞ。
 大きい番組だから、プロデューサーも気を遣ってるんだろうなぁ。
 美希は相変わらずご満悦ってカンジだぞ。

 方式は変わっていなかったけど、出演者がやっぱり色々すごい肩書きの人達ばかり。
 でもでも、自分達だって負けられないさー。

 結果は3位!すごいビックリして、皆で手を取り合っちゃった。
 しかも、もっとビックリしたのは、自分が個人成績でなんと2位だったんだ!

 プロデューサーにもすっごくホメられちゃった。
 自分のダンスについて注目されるのは、すっごく嬉しいさー。

 次の出演も決まってるから、もっと頑張ろう。

46: 2012/04/08(日) 22:40:10.51 ID:BmJ9W9l80
~10月5日~

 今日は少しイヤな事が起きちゃった。
 いや、ほとんど自分が悪かったんだと思うけど、真や美希とケンカしちゃったぞ。

 次のダンス番組の収録に向けて、今日は三人で練習をしたんだ。
 そこで、自分は二人にあーしたら良い、こーしたら良いってアドバイスをしたんだけど…

 どうも意見が合わなかった。
 特に真は、自分なりのスタイルっていうのがあるみたいで、あまり自分の意見を聞き入れようとはしなかったんだ。
 たぶん、プライドを傷つけちゃったんだろうなぁ。
 美希も、何となく不機嫌そうだった。

 自分は、ライブ前の自主練の時に真や美希にアドバイスをもらったから、そのお返しをしたかっただけなんだ。
 ただ、自分の言い方が、たぶん偉そうというか、良くなかったんだと思う。

 明日、二人に謝っておこう。

47: 2012/04/08(日) 22:44:50.53 ID:BmJ9W9l80
~10月8日~

 今日は、うーん、嬉しいやら嬉しくないやら……すごくフクザツだぞ。
 またダンス番組の収録に行ったんだ。

 プロデューサーの車で行ってるのに、美希が少しおとなしかった気がした。
 おととい謝って、真も美希も分かってくれたと思ったけど、やっぱりこの間の練習の事かな。
 何となく、自分も気が重かった。

 そして、今日は少し失敗しちゃったんだ。
 自分は今まで以上に完璧に踊れたんだけど、後ろで踊っていた真と美希が、ステップを踏み外して転んじゃった。
 何となく、自分が個人的に不安に思っていた箇所だった。それで、不安が的中しちゃったんだ。

 やっぱり、あの時にちゃんと自分が注意しておけば良かったのかも知れない。
 一時的に嫌われたとしても、しっかり正しておけば、今日二人がミスすることはなかったかも。
 でも、二人がミスしても、曲を止める訳にもいかないので、自分は最後まで踊りきった。

 結果は6チーム中最下位。うん、それは仕方がない。
 ただ、個人成績ではなんと、自分が1位だった。あまりのことで意味が分からなかった。
 周囲の騒ぎとプロデューサーの驚きっぷりで、やっと自覚できたさー。

 だから、うん……すごく嬉しいのに、あまり嬉しくないんだ。
 二人がプロデューサーに怒られているのを見るのは、心が痛むさー。
 止めようとしても無駄だったし。

 皆で1位になった方が、きっと楽しいのになぁ。
 次から、二人にアドバイスする時は気をつけよう。

48: 2012/04/08(日) 22:48:18.13 ID:BmJ9W9l80
~10月10日~

 今日は自分の誕生日!
 シャンプーのCM撮影に行った後、事務所に戻ったら、皆がお祝いしてくれたんだ。

「響ちゃん、おめでとう!」
 クラッカーの音が鳴り響く部屋の中で、春香が元気な声で自分を出迎えてくれた。

「我那覇さん、おめでとう」
「うっうー、おめでとうございますー!」
「あらあら~、まだまだ若いってうらやましいわぁ、うふふ」
「あずさったら……まぁいいわ、おめでたいのは事実だしね、にひひっ」
「ひぃ~ん、クラッカーの音で耳がキーンってするぅ…」

「皆、ありがと…」
「ひびきん、おめでと→!」
「うぎゃあーー!!」
 ちょっと気を抜いたスキに、亜美と真美が自分の両方の脇腹をコチョコチョしたから、自分すっごいビックリしちゃったぞ。
 ぴよ子がそれを見て何かイジワルそうな顔をしてるし、何なんさーもう。

「響、おめでとうございます。いまや貴方は、私達の中で最もアイドルとして高みにいると言って良いでしょう」
 貴音が自分をホメながらお祝いしてくれた。高みにいるなんて、そんな事ないさー。
「以前の貴方を思えば、素晴らしい成長振りです。
 そのような中で迎えるこの誕生日ぱぁてぃ、誠、喜ばしく思います」

49: 2012/04/08(日) 22:50:37.66 ID:BmJ9W9l80
「はーい、それじゃあプレゼント渡すわよー。お二人さん、あげてー」
 自分が貴音のホメっぷりに照れてると、律子が合図をした。
 そしたら、真と美希が奥から何か持って出てきたぞ。

「何これ?」
「いいから開けてみるの!たぶん、すっごく喜んでもらえるって、ミキ思うな」
 美希がそう言うから開けてみると…

 新品のダンスシューズだ!しかもMIKEのニューモデル!
 うわー、これすっごく欲しかったんだぞ!

「ボクと美希が選んできたんだ。この間、響に迷惑かけちゃったから、おわびと言っちゃアレだけど…」
「迷惑だなんてとんでもないぞ!ありがとう、本当に嬉しいさー!」
 真が照れくさそうに言うのを、自分が大きな声で打ち消しちゃった。
 良かった、これで仲直りさー。

 ケーキもおいしく食べれたし、最高の誕生日パーティーだったさー。
 ハム蔵も食べてたけど、太らないようしっかり運動しないとダメだぞ。

50: 2012/04/08(日) 22:53:15.16 ID:BmJ9W9l80
~10月11日~

 ダメだ。どうして自分はいつもこうなんだろう。
 今日も、ダンスのレッスン中にやってしまった。

 この間プレゼントしてもらったシューズをはいて、今日レッスンをしていたんだ。
 そしたら、急に滑って、転んじゃって…

 起き上がった時に、シューズを良く見てみたら、靴の裏のゴムが思いっきりめくれちゃってた。ベロンって。
 自分、プレゼントしてもらったばかりのシューズを壊しちゃったんだ。

 それを見た真や美希も、転んだ時は心配してくれたけど、ちょっと、ていうかすごくガッカリしたカンジだった。
「喜んでもらおうと、一生懸命探した靴だったのに」って言われて、余計に心が痛んだ。

「やっぱ、響ほどになっちゃうと、ボクらが選ぶような普通の靴じゃダメなのかなぁ」
 急に、真が良く分かんない事を言い出した。美希もそれに同調してるカンジだ。

「そんな事ないぞ、悪いのは自分さー!本当にごめん!」
 そう言って謝ったけど、二人は相変わらずガッカリムード全開だ。

 こんな雰囲気でレッスンしたって、良いようになる訳がない。
 とにかく二人に申し訳なかった。大丈夫かなぁ、今度の収録。

 新しいの買い直そうかなぁ、って思ったりもしたけど、せっかくもらったシューズだし、それも悪いよね。
 帰りに、シューズを修理してもらうよう、靴屋さんに寄って帰った。

51: 2012/04/08(日) 22:54:43.10 ID:BmJ9W9l80
~10月15日~

 今日は、ちょっとおめでたい事が起きた。しかも、ダンス番組の中で。

 なんと、結果は6チーム中2位になったんだ!しかも、個人成績では自分が1位!

 これだよこれ、こういうのを求めてたんだぞ。
 自分一人が良くっても、皆と一緒じゃないと嬉しくも何ともないさー。

 真と美希は、何かリアクションが薄かったけど、気のせいかなぁ。
 きっと、どれだけすごいか実感できてないんだと思う。
 分かるぞ、自分もそうだったしね。

 でも、少し不安だったのが、次回からこの番組、形式がちょっと変わるみたい。
 チーム対抗戦方式で競うんじゃなくて、完全に個人戦でやるんだって。
 その方が、出演者も集まりやすいって。

 理由は分かったけど、自分達はどうなるんだろう。
 三人で一緒に出られればいいんだけどなぁ。

52: 2012/04/08(日) 22:56:03.94 ID:BmJ9W9l80
~10月16日~

 やっぱり、番組には三人じゃなくて一人しか出られないみたい。
 今日、プロデューサーから聞かされて、765プロの代表として自分が選ばれた。

 せっかくチーム戦で2位にまでなれたのに、惜しいなぁ。
 真と美希は応援してくれたけど、ちょっと寂しいさー。

 でも、せっかく自分のダンスをアピールする機会だし、断る訳にもいかない。
 次からは、自分一人で頑張ろう。

 シャンプーのCMは好評みたい。
 自分がダンス番組で知名度を上げたから、シャンプーの注目度も上がってるのかもってプロデューサーが言ってた。

 うーん、やっぱ自分はダンスを踊ってる時が一番さー。

53: 2012/04/08(日) 22:58:00.86 ID:BmJ9W9l80
~10月22日~

 収録自体は難なく終わった。
 対戦形式がチーム戦から個人戦になって、多少出演者も増えたんだけど、結果は自分が1位だった。

 スタッフさんに聞いたら、最初自分が1位になった時は、ヤラセなんじゃないかって言うクレームもあったんだって。
 でも、最近はめっきりなくなったみたい。
 それだけ、自分の実力を認められたんだと思う。すっごく嬉しいぞ。

 でも、やっぱり一人は寂しい。プロデューサーが相変わらず送り迎えしてくれるのが、唯一の救いさー。
 でも、本当にもうムリして送り迎えしなくても大丈夫だぞ、って今日プロデューサーに言ったら、
「俺はこうして響の役に立ちたいんだ」
って言って聞かないんだ。

 何をそんなにヒクツになってんのか分からないぞ。

54: 2012/04/08(日) 23:00:29.59 ID:BmJ9W9l80
~10月24日~

 今日は変な事があった。

 最近は、レッスンルームで一人で練習することが多いんだ。
 自分、ダンスが上手くなってきたのか、今のコーチも、もう私が教えることはないって言っていなくなっちゃって。
 今は、プロデューサーが代わりのコーチを探してくれてるみたい。
 一人ぼっちのレッスンルームは、何だか無駄に広く感じるさー。

 黙々と次の収録で踊るダンスを練習して、気づいたら22時過ぎだった。
 あまりプロデューサーや律子を待たせても悪いし、さっさとシャワー浴びて帰らなきゃ。
 家族達のご飯も作らないとね。

 ザーッとシャワーを浴びて、タオルで体を拭いて、急いで着替えようと思ったんだけど、おかしい。
 いくら探しても、自分の下着がどこにもないんだ。
 確かに、バッグの中に入れてたはずなのに。

 プロデューサーや律子に相談したところで、分かるような問題でもないよね。
 すっごく恥ずかしかったけど、今日は下着をつけずに帰った。

 あー、スカートじゃなくて本当に良かったさー。
 でも、どうしてなくなっちゃったんだろう?

55: 2012/04/08(日) 23:03:00.04 ID:BmJ9W9l80
~10月26日~

 今日も、グラビアのお仕事から帰った後は、レッスンルームに直行さー。

「あらあら~、響ちゃんお疲れ様」
 自分が行くと、既に竜宮小町の三人がレッスンをしてた。
 うー、さすがに皆のジャマをするのは気が引けるさー。隅っこでおとなしくしてよう。

「ひびきん、何してんの?」
「えっ?いや、ここで皆のレッスンを見学してようかなーって」
「えー、せっかくだからさ!亜美達にダンスをレクチャ→してYO!」

 …ていう亜美の提案で、自分が三人のダンスレッスンのお手伝いをすることになった。
 今日来ていたコーチの人も、自分のダンスには一目置いてるみたいで、自分が参加するのを許してくれたぞ。

 人に教えるのって、これはこれですごく練習になるさー。
 普段気にしてないけど実はすっごく大事なこととか、自分も再確認することができて良かった。
 亜美も伊織もあずささんも真面目に取り組んでくれたし、面白かったなー。

 真と美希とも、またこういう風に一緒にレッスンしたいなぁ。
 それで、三人ではげまし合いながら、皆でトップアイドルになりたいさー。

 竜宮小町が帰った後、自分は一人で居残り練習をした。
 疲れてるから帰った方が良いってコーチの人は言ってたけど、なんくるないさー。
 今日も遅くまで練習しちゃった。

 そこで、また起きた。下着がない。
 これ、絶対に変だぞ。シャワーに入る前、なくならないようバッグの奥の方に入れたんだ。

 盗まれてるのかな。もしそうだとして、誰が盗むんだろう?

56: 2012/04/08(日) 23:04:33.55 ID:BmJ9W9l80
~10月27日~

 プロデューサーと律子に、自分の下着がなくなる話をした。
 さすがに、何回も起きると気持ちが悪いさー。
 でも、やっぱり二人にも心当たりは何もないみたい。不審者が出入りしてないか、一応気をつけるって。

 皆にも聞いてみたけど、結果は同じだった。
 ていうか、気持ち悪いのか何なのか知らないけど、何となく皆イヤな顔をするんだ。
 イヤっていうか、あまり深く話を聞こうとしてない気がした。

 いやいや、そんな事はないぞ。皆のことを悪く言うのは良くないさー。
 実際、真と美希、貴音はすっごく親身に話を聞いてくれたし。やよいもね。

 今日もダンスレッスンしてシャワーを浴びたんだけど、やっぱりなくなってた。
 でも、こんな事もあろうかと、実は予備の下着をロッカーに隠しておいたのさー!
 やられてばかりの自分じゃないぞ!

 でも、なくなった下着は帰ってこないんだよなぁ。
 うー、やっぱり自分、やられてばかりかも知れない。ちゃんと原因を突き止めよう。

57: 2012/04/08(日) 23:08:18.57 ID:BmJ9W9l80
~10月29日~

 ダンス番組は、ほとんど自分が圧勝するようになった。
 今日の結果も自分が1位だったんだけど、2位との差がすっごく開いてて、66の二人もすごいって言ってくれたぞ。

 他の出演者の人から普段の練習量を聞かれたんだけど、岡木寸さんが
「響ちゃんは完璧なんです。練習はしてません」だって。

「おっさんが答えんでええねんて」
「僕、響ちゃんの事は何でも知ってますから」
「そうでありたいという妄想ですやん、岡木寸さんの場合」
「妄想したってええやないか!」

 66さんのこんなカンジのやり取りで、会場は大ウケ。
 自分も、あははーって笑うしかできなかったなぁ。
 質問には答えられなかったけど、別にいいよね?

 お仕事の帰り、プロデューサーに何となく聞いてみたんだ。
 何でいつも自分の送り迎えをしてくれるのかって。

「響の足が動かなかった頃、いつも送り迎えしていたからな。
 それに慣れたっていうのもあるが…」
 ちょっと視線をそらした後、プロデューサーは続けて言った。

「普通、プロデューサーはこういう事言っちゃいけないんだろうけど、正直に言う。
 お前は俺にとって特別だし、俺もお前にとっての特別でありたい。俺はそう思っている」

 一瞬何言ってるか分からなかったけど、分かった瞬間、顔がカァーッて熱くなった。

 そこから先の事は、ちょっとこの日記には書けないぞ。
 書かなくても、とても忘れられない内容だから、書かないでおこう。

 自分とプロデューサーの間だけのヒミツさー。

58: 2012/04/08(日) 23:10:40.10 ID:BmJ9W9l80
~11月1日~

 今日の事は思い出したくない。怖すぎるぞ。

 いつも通り、レッスンルームでダンスを練習し、シャワーを浴びる。
 着替えようと思った時には、もう下着がない。
 ここまではまだ良いさー。いや、全然良くないけど、予備の下着もあるし。
 ただ、今日はそれだけじゃなかった。

 予備の下着を着ていた時、ふと、辺りを見回したら、布がバーッて床に散らばってた。
 散らかってるなー、何かなーって思って良く見たら、自分の下着だったんだ。
 自分の下着が、切り刻まれて床に散らばっていた。

 もう、ショックというか、ガクゼンとした。
 怖すぎて、自分の体が切り刻まれたような気がした。震えが止まらなかった。

 すぐにプロデューサーと律子にも来てもらった。
 女子更衣室だからと、プロデューサーは少し戸惑ってたけど、そんな場合じゃないさー。
 二人も相当ビックリしたみたいだった。

「響も有名になってきたからな。
 こういう訳の分からない嫌がらせをする輩が現れるのも、可能性として無くはない。
 だが、あまりにもひどすぎる」
 プロデューサーはそう言って、監視カメラを設置するだとか、色々対策を考えてくれるみたい。

 律子も、このビルのオーナーさんに、不審者がいなかったかどうか確認してくれるって。

 自分、何か悪いことをしたのかな。
 何でこんな怖い目に合わなきゃいけないんだろう。

59: 2012/04/08(日) 23:13:08.25 ID:BmJ9W9l80
~11月2日~

 今朝、緊急のミーティングが開かれた。話題は昨日の事だ。
 近辺に不審者がいるかも知れないから気をつけるようにって、プロデューサーが言った。

 皆、浮かない顔をしてる。
 そりゃそうだよね、こんな怖い事が起きるなんて、普通思わないもん。
 でも、何となく変だと思ったのは、皆があまり深くこの話を掘り下げようとしなかったんだ。

「はい、分かりました。私達も気をつけます」
 ボイストレーニングをしたいからと、春香と千早はそう言ってすぐにレッスンルームに行っちゃった。
「うぅ、お茶っ葉が切れちゃったので、買ってきますぅ」
 雪歩も、やよいと真美をつれてそそくさと事務所を出る。

「ハニー、先に車の中で待ってるね」
 美希は今日ロケで、久々に自分と同じお仕事だけど、もう車の方に向かって行った。
 まだ時間あるから、ゆっくりしてればいいのに。

 竜宮小町の三人、それに律子はお仕事先に直行してるし、真は今日オフなので来ていない。

 気づいたら、自分と貴音だけが残ってソファーに座ってた。

60: 2012/04/08(日) 23:15:04.39 ID:BmJ9W9l80
「お気を落とさないで下さい、響。貴方の事を悪く思う者などいませんよ」
 貴音が自分をはげましてくれる。
「貴方の下着を切り裂いた方の真意は分かりかねますが、案ずる事はありません。
 貴方の頑張る姿を見れば、きっとその方にも貴方の魅力が伝わる時が来るはずです」

 うん……そうだね、貴音。
 自分の下着をズタズタにした人も、もしかしたら自分の事を勘違いしてるのかも知れない。
 自分がもっと魅力的なアイドルになれば、きっとそんな事する人もいなくなるさー。

「ありがとう、貴音。何も悩むことはないんだね」
 そう言うと、貴音はニコッとほほえんで自分を送り出してくれた。

 悩んでたってしょうがない。今は自分にできることをやるだけさー。
 そう思い直して、自分はプロデューサーの車に乗り込んだ。

 今日のお仕事は、この間やったシャンプーのCMの別バージョンの収録だぞ。
 自分だけじゃなく、美希も一緒に出演するって。久々の競演さー。

 収録自体は淡々と進んだけど、美希はプロデューサーとおしゃべりするばっかで、自分はあまり美希と話せなかった。
 うー、確かにプロデューサーに甘えたい気持ちも分かるけど、自分も美希と仲良くなりたいんだけどなぁ。

 変なことが起きたのは、お仕事先から帰る時だった。

61: 2012/04/08(日) 23:18:04.80 ID:BmJ9W9l80
「響、ハニーがどこにも見当たらないの」
 帰り支度をしていると、突然美希が不安そうな顔して自分に話しかけてきた。
 プロデューサーがいないって、さっきまで話してたんじゃなかったのか?

「ちょっとスタッフさんとお話してくるって言って、どこか行っちゃったみたいなの」
「携帯もつながらないのか?うーん、ちょっと自分、探してくるね」
 美希と一緒に、手分けしてプロデューサーを探す事になった。

 スタジオの中もそんな広い訳じゃないから、すぐに見つかりそうなもんだけどなぁ。
 トイレかなぁ。そう思って、携帯に電話しようと思ったら…
 なぜか、自分の携帯がどこにも見当たらなかった。

 おかしいなぁ。どこかに落としちゃったのかなぁ。
 とにかく、スタッフさんに聞いてみても分からなかったし、一度楽屋に戻った。
 そしたら、今度は美希のバッグもなかった。

 何となくイヤな予感がした。
 もしかしたら、って思って、駐車場に行く。

 予感してた通り、プロデューサーの車はなかった。

 たぶん、自分はプロデューサーと美希に置いてかれちゃったんだ。
 言いようのない不安感というか、途方に暮れた。

 結局、携帯も見つからなかったけど、幸い事務所の電話番号は控えてたから、とりあえず公衆電話でぴよ子に連絡して直帰したんだけど…

 これを書いてる今、なぜか、切り刻まれた下着を見た時と同じ震えが起きてる。

62: 2012/04/08(日) 23:19:43.06 ID:BmJ9W9l80
~11月3日~

 確認するまでもなかった。

 今朝、事務所に行って、自分のロッカーを開けたら、中がグチャグチャに汚されていた。
 お茶の残りカスとか、おやつのゴミとか、たぶん事務所のゴミ箱の中身をそのまま自分のロッカーに入れたんだと思う。
 それだけじゃなくって、よく見たらコンビニの弁当とかケーキとか、ベタベタしたり臭いのするのを余計に入れてるみたいだった。

 自分がそれを見てショックを受けていると、後ろから声が聞こえた。
「響、昨日はひどいの。連絡もしないで勝手に帰るなんて、ハニーも怒ってたよ?」
 声をかけてきたのは、美希だ。

 何を言ってるのか分からなかった。
 先に帰ったのはそっちだぞ。それも、連絡もしないで。
 こっちは携帯がなかったから、連絡をしたかったのにできなかったんだ。

「下着をズタズタにされたヤツだって、たぶん響にもアレな所があったからじゃないのって、ミキは思うな」

63: 2012/04/08(日) 23:21:24.76 ID:BmJ9W9l80
 もう、美希の言うことが信じられなかった。それに、これ以上言うのは許せない。
 反論しかけた時、更衣室に入ってきた真が美希に同調した。
「そうそう、響はダンスで人気者になったから、結構天狗になっちゃってた所もあるよねー」

「ちょっと有名になったからって、調子に乗っちゃダメだよねー真君」
「へへっ、やっりぃ~。気が合うなぁ美希、響って最近ウザイんだよ」

 美希と真がイジワルな笑みを浮かべてる。
 その後ろで、春香や千早、雪歩は気まずそうにうつむいていた。

 自分はもう何も言えなかった。
 プロデューサーが呼び止める声から、美希や真から、逃げるように事務所を出て、お仕事に向かった。
 プロデューサーの車に乗らないで、普段乗らない電車で、一人で。

 雑誌のインタビューのお仕事は最悪だった。

64: 2012/04/08(日) 23:23:35.93 ID:BmJ9W9l80
~11月4日~

 今朝も、自分のロッカーはグチャグチャだった。
 そりゃあ、昨日は何も掃除できなかったから、当然と言えば当然だけど、昨日よりゴミが増えてる気がした。

「響、どうかしたのですか?」
 貴音が自分の異変に気づいたらしく、心配そうに声をかけてくれた。
 でも、貴音に心配をかける訳にはいかない。

「なんくるないさー」
 やっとの思いでその一言だけ返して、自分はそそくさと事務所を出た。
 事務所を出る間際、視界に映ったのは…

 ちょっと戸惑ってるプロデューサーと律子とぴよ子…
 笑ってる美希と真…
 冷たい視線を送る春香と千早と伊織…
 心配そうに見つめる雪歩とあずささん…
 キョトンとしてる亜美と真美とやよい…

 皆のことが、なぜか憎らしく思えてしまった。
 こんなこと思っちゃいけないのに…

 グラビアの撮影のお仕事も、いつもの倍以上時間がかかっちゃった。
 しかも、明日のダンス番組で使うはずの衣装がゴミで汚れちゃったから、持って帰って洗濯するために一度事務所に寄らないといけない。

 あのロッカーを掃除しなきゃいけないかと思うと、気が重かった。

65: 2012/04/08(日) 23:25:07.83 ID:BmJ9W9l80
 事務所の重たいドアを開けた時、突然聞こえてきたのは、貴音の声だった。

「こんな卑怯な真似をして、恥ずかしいと思わないのですか」
 ぴよ子は貴音の声に気づいていないみたいだった。声のする方へ行くと、更衣室にいた。
 貴音だけじゃなく、春香や千早もいる。

「でも、私達がやった訳じゃない…」
「誰がやった事であろうとも、黙って見ぬ振りをしている時点で共犯も同然です」
 いつもは元気一杯の春香が、消えそうな声で反論しようとするのを、貴音が一蹴してる。

「誰がやったのかは敢えて聞きません。その代わりに、その者に伝えておきなさい。
 響にこのような真似をする者を、私は決して許しはしないと」

 貴音はゆっくりと、でもすごく怖く言った後、自分のロッカーの掃除を始めたみたいだった。

66: 2012/04/08(日) 23:27:03.02 ID:BmJ9W9l80
「お帰りなさい、響。そこにいたのですね」
 隠れて見てたのに、突然貴音に声をかけられたからビックリした。
 春香や千早もビックリしたみたいだった。

「あぁ、うん。ただいま」
「このような事になっていたとは……今まで気づいてあげる事ができず、申し訳ございません」
「いや、貴音が謝る事じゃないさー」

「内部の者ですね。誰がやっているのか、あなたはご存知なのですか?」
 いきなり核心をついてきたな、って思った。
「うん、たぶんだけど……でも、貴音には教えられない」
 貴音は眉一つ動かさず、黙って自分の話を聞いている。

「これは、自分とその子の問題だから。
 貴音は今、その子と仲良くしてるのに、自分が教えたら、きっとその子のこと嫌いになるでしょ?
 だから、自分で解決するから、貴音にはその子のこと嫌いになってほしくないさー」

「そうなると、私は765プロの者全員を、疑いの目で見ることになりますね」
 貴音が苦笑いをしてみせたので、あわてて自分は訂正した。
 そういうつもりで言った訳じゃないのに。

「ふふ、分かっていますよ、響。貴方は誠、心優しい人ですね」
 貴音はそう言いながら、すぐにいつもの穏やかな顔になった。
 何だよ、そんなイジワルはいらないさー。

67: 2012/04/08(日) 23:31:11.52 ID:BmJ9W9l80
「四条さん、あの…」
 自分と貴音の話に割って入るように、千早が申し訳なさそうに話しかけた。
「表立って我那覇さんの味方をすると、あなたもイジメの標的にされる可能性があります。
 それでもいいんですか?」

「良いも悪いもありません。私がそうしたいと申しているのです。
 その者に伝えるのなら、私は逃げも隠れもしないということも付け加えて下さい」
 貴族はさらにキゼンとした態度でそう言った。そこまで言ってくれるんだ。

 千早は、うつむきながら、悩んでいるようだった。
「私と春香は、そうはできなかった。
 きっと他の皆も、あの二人に嫌われて、イジメられるんじゃないかって、今でも怖い」
 春香は、千早の話を聞きながら、声を殺して泣いていた。

「皆まで言う必要は無いのです、如月千早。
 申し訳ございません、先ほどは私も声を荒げてしまいました。
 自分の身を守ろうとする貴方方を責めることはできませんね」
 貴音が千早をさとすように言った。

「私も、響にあのように言われた以上、響を信じて待つより他にありません。
 一日も早く、響がその二人との仲を取り戻し、いつもの765プロが帰ってくる事を願います」

 貴音は、いつでも自分の味方だった。なんて心強いんだろう。
 何も聞かず、ただ自分を信じて待ってくれる。こんなにありがたい事はない。

 一刻も早く、あの二人と話をしなくちゃ。

 本当にありがとう、貴音。

69: 2012/04/08(日) 23:32:57.83 ID:BmJ9W9l80
~11月5日~

 リアクションは予想してたよりも早かった。
 今朝、自分のロッカーだけじゃなく、貴音のロッカーもゴミまみれになってしまっていた。

「大丈夫ですよ、響。お気になさらず」
 貴音は自分にニコッとほほえんでみせると、淡々とロッカーの掃除を始めていた。

 ごめん、貴音。
 自分の事を恨めしそうに見る美希の視線を背に、自分はプロデューサーの車に乗り込んだ。

 これ以上、貴音に迷惑をかけられない。
 そういう気持ちからなのか、今日の番組収録でのダンスはいつもよりダイナミックになっちゃった。
 じっとしてられなくて、大げさに体を動かしていないと、またウジウジしちゃいそうで怖かったんだ。

 結果は、2位に圧倒的大差をつけての1位。でも、今はそんなのどうでも良かった。
 出演者から、気迫のこもったダンスだとホメられても、嬉しくもなんともない。

 収録が終わった後、プロデューサーを急かして事務所に戻る。
 その車内で、自分はプロデューサーに二人の予定を聞いた。

「うーん、今日は二人とも仕事先から直帰するって言ってたなぁ…
 明日の夕方なら、真も美希も空いてると思うぞ」

 明日の夕方なら、自分も空いてる。
 いや、たとえお仕事が入ってたとして、キャンセルしてでも明日には会わなきゃ。

 二人にメールしておこう。

70: 2012/04/08(日) 23:41:36.35 ID:BmJ9W9l80
~11月6日~

 亜美と真美も、自分と貴音に起きてる事に気づいたみたい。
 春香と千早が話をしてくれたみたいで、今朝の自分達のロッカーを見て二人が騒ぐ事も特になかった。

 皆は何も悪くない。これは自分の問題なんだ。
 自分が二人と話をして、何かしら解決させなきゃいけない。
 それまでは、せめてプロデューサー達には内緒にしてほしかった。

 今日のラジオ番組の収録は、意外にも順調に進んだ。
 今の自分、精神的に結構まいってるかなぁって思ってたけど、案外やれるんだなぁ。
 もしかして、自分にもプロ意識ってのが芽生えてきたかな?

 つまらない冗談は止めよう。
 事務所に戻って、ロッカーの掃除でもしながら、今日話す事について考えてみる。

 真と美希が自分を嫌いになった理由は、何となく察しはついてる。
 あまり書きたくはないけれど…

 真はダンスで自分に勝てなくなった事への嫉妬、
 美希はプロデューサーの意識が美希より自分の方へ向いてる事への嫉妬……だと思った。

 そうであったとして、どう二人を説得すれば良いんだろう。
 とにかく、まずは自分に悪気がない事を分かってもらうしかない。
 それで、二人が望む事をなるべくやってあげる。

 自分、考えるの苦手だから、あまり良い考えが浮かばないさー。

 そうこうしてるうちに、約束の時間が近づいてきてしまった。

71: 2012/04/08(日) 23:44:05.92 ID:BmJ9W9l80
 16時半、近くの公園で二人を待つ。
 秘密特訓したり、自主練をした思い出の場所さー。
 この場所なら、今まで良くなかった自分達の関係も、リセットできるかも知れないって思ったんだ。

 約束の時間は17時。ちょっと早く来すぎちゃったかな。
 そう思いつつ、緊張しながら待ってると、公園に誰かが来るのが見えた。

 雪歩だった。
 たぶん、たまたま来たんじゃない。自分の方に向かって歩いてくる。
 ここに自分が来るのを、あらかじめ知ってたふうなカンジだった。

「響ちゃん…」
 昨日の春香と同じくらい小さい声で、雪歩は声をかけてきた。
 元から声は小さいけど、今日は一段と小さい。

「何でここが分かったんだ?」
「真ちゃんから聞いたの」
 まさか、雪歩も……おそるおそるそう聞こうとした時、雪歩があわてて言い直した。
「いや、違うの!
 直接聞いたんじゃなくて、その……真ちゃんと美希ちゃんが話してるのが聞こえたから」
 どうやら、雪歩も一緒にやってた訳じゃないみたい。ちょっと安心した。

「話があるの、響ちゃん。二人に会う前に、どうしても聞いてほしくて…」
 普段の雪歩から考えると、何と言うか、よっぽど勇気を振りしぼってきたんだなぁって感じた。

72: 2012/04/08(日) 23:46:17.98 ID:BmJ9W9l80
「今日、二人にイジメを止めるようにお願いするんだよね?」
 公園のベンチに座って、雪歩は確認を求めてきた。
「そのつもりだぞ」

「確かに、真ちゃんも美希ちゃんも、とっても悪い事をしてきたと思う。
 それを止められなかった私達も、同罪だよね」
 既に、雪歩の声は震えていた。
「ごめんね……本当にごめんね」

「雪歩が悪いんじゃないさー」
「ううん、いいの……でも、これだけは分かっててほしいの」
 雪歩がゆっくり呼吸を整えて、続けた。

「真ちゃんも美希ちゃんも、すっごく苦しんでたの。
 特に真ちゃんは、終電ギリギリまでこの公園でダンスの練習してて、それでも響ちゃんに勝てなくて…」
 雪歩が首を振った。
「ううん、もう勝とうって思ってなかったと思う。
 でも、せめて響ちゃんに追いつきたいって、その一心で頑張って、頑張って……
 それでもダメだった」

「真ちゃんが悔しかったのは、響ちゃんにダンスで勝てなかったからじゃないよ。
 響ちゃんのライバルでいたかったのに、それができない自分が悔しかったの」
 雪歩は自分の目を一生懸命見て、そう言った。もう涙があふれてた。

73: 2012/04/08(日) 23:47:45.48 ID:s5nXcyizo
スレタイ見るたびに不安になるな

74: 2012/04/08(日) 23:49:00.12 ID:BmJ9W9l80
「美希ちゃんだって……きっと、同じだよ。
 ライブ前は、あんなに皆で仲良く練習してたんだもん。
 ケガから復帰した響ちゃんをイジメるような事、二人が喜んでやるはずないよ」

「私、二人が響ちゃんのロッカーにひどい事してるのを、黙って見てる事しかできなかった。
 でも、その時の二人の顔、すごく辛そうで、本当に見てられなかったよ」

「責めるなら、何もできなかった私を責めて。二人は責めないであげて、お願い…」

 ひとしきり、自分の思いを吐き出した後、雪歩は泣きながらうずくまった。

「雪歩が全部一人で抱え込むことなんてないぞ」
 自分は雪歩の肩に手を添えた。
 なぐさめようとしたんじゃない。誤解してほしくなかったんだ。
 雪歩は何も悪くないんだから。

 雪歩の小さい肩は震えていた。
「また、前みたいな765プロに戻りたいよ…」

76: 2012/04/08(日) 23:53:39.35 ID:BmJ9W9l80
「前みたいな765プロを壊したのは響だよ」
 やたらと通る声がした方を振り返ると、真と美希がいた。声の主は真だ。

「自分や貴音のロッカーにゴミを入れたり、自分の下着を切り刻んだのは……」
 そう言いかけたら、真と美希は既に笑ってうなずいてる。
「それだけじゃないの。まだ気づかない?」

「靴の話」
 靴?靴って、あの誕生日プレゼントでもらった…?
「靴の裏に細工をしたのだって、気づかなかったんだね。あはは、響って単純」

 まさか、あの靴の裏のゴムがめくれちゃったのは、自分のせいじゃなくって、初めから二人が仕組んだのか。
 それを、二人は自分のせいにして、自分はすごく申し訳なく思ってて…

「あっ、あと携帯ね。響、この間スタジオに置き忘れてたでしょ?
 ミキが預かってあげてたから、返してあげるね」
 美希がそう言いながら、自分の携帯をポイッて投げた。
 置き忘れてたのを預かったなんて、どうしてそんなウソをつくんだ。

「大体さ、ボク達、貴音までイジメるつもりなんて全然なかったよ。
 それなのに、あそこまで響の味方されちゃうとねぇ」
「貴音も貴音だけど、周りを巻き込んじゃう響も響って、ミキ思うな」

「何でだよ」
 ふいに、自分の口から言葉が出てた。もう、我慢の限界だった。
「何でそんなにひどい事するんだよ。自分が何か悪い事したのか?
 したのなら教えてよ。もう、イヤな思いをするのも、させるのもごめんさー」

77: 2012/04/08(日) 23:55:55.53 ID:BmJ9W9l80
「散々こっちにイヤな思いをさせといて、何様だよ」
 真の声は、どこまで聞いても、今まで聞いた事がないくらい冷たかった。

「響の足が動いた時や、ダンスが踊れるようになった時は、それは嬉しかったよ。
 また響と一緒にダンスで競い合えるって。またライバルでいられるって」
 真は拳を握りしめていた。

「自主練が終わって、ライブが終わって、ダンス番組が始まって……
 これから一緒に頑張ろうって時に、響はどんどん先に行っていった。
 ボク達の事はかえりみないで、あり得ないスピードでどんどん上達していった。
 ボクだって、一生懸命練習したよ。練習量は誰にも負けてない自負がある。
 でも、響はそれをあざ笑うようにずーっと、ボクがやっと10進んだら30も40も50も先に進んでいった」

「練習じゃ絶対にくつがえせない、圧倒的な力の差を見せつけられて、ボクは目標を見失った。
 この怒りを、響じゃないなら誰にぶつけりゃいいんだよ!」

78: 2012/04/08(日) 23:58:39.88 ID:BmJ9W9l80
「ミキの事も、響は裏切ったの」
 真が言いたい事を言ったのを確認して、美希も加勢した。

「ハニーの車に乗るのを我慢するのだって、元はと言えば響が足をケガしてたのが前提だったの。
 なのに、足が治ってからも、ハニーは響の送り迎えばっかり。約束が違うの」

「それは、プロデューサーが勝手に…」
「勝手でも何でもそんな事はどうでもいいの!」
 美希が涙目になって何かを訴えてるの、初めて見た。

「ハニーと久しぶりにお仕事に行く時だって、ハニーは響の話しかしないの!
 響はスゴイ、良く頑張ってる、今の事務所があるのはアイツのおかげだ、美希も見習えって!
 あんまり言うから、ミキだってイジワルして、ハニーの気持ちを聞いたよ?
 そしたらハニー、何て言ったと思う?
 誰よりもアイツのためになる事をしたい、誰よりも近くにいて支えてやりたいって!」

「頑張ってるのは響だけじゃないの!
 ミキだって、ハニーに好かれたくて頑張ってるのに、ちょっと手術を受けてすごいダンス踊れるようになっただけの響ばっかり見てるなんて許せないの!」

79: 2012/04/09(月) 00:03:12.46 ID:azZLs3Gk0
 二人のあまりの剣幕に、自分は何も言い返せなかった。

 二人に言わせれば、自分は二人を裏切ったんだ。
 自分の足が動くようになれば、真はまた自分と一緒にダンスで競い合えると思ってたし、美希はプロデューサーともっと親密になれると思ってた。
 だけど、実際はそうならなくって…

 結局は、手術を受けて自分の足が動くようになって、ダンスが上達したことが原因、ということなのか。

 でも、手術を受けて歩けるようになるのを、ダンスを踊れるようになるのを願う事の何が悪いんだろう。
 二人は明らかに敵意を向けている。一体、二人は自分にどうしろって言うんだ。

「待って、真ちゃん、美希ちゃん!」
 二人に言い返す言葉が見つからないでいる所へ、雪歩が割って入った。
「もう、止めようよ、こんな事。何も楽しくなんてないよ…」

「ミキ達に響の口から謝罪の言葉がない限りは、ミキ達許せないの」
 キッパリと美希は言い切った。

「許す許さないじゃないよ。何でそんな事になっちゃったの?
 響ちゃんは何も悪くない。誰も悪い事なんてしてないのに、何で誰かが謝ったり、許さなきゃいけないの?」

「ダンスの事も、プロデューサーの事も、辛いのは分かるよ。
 でも、皆で相談して、一緒に乗り越えようよ。
 仲良しだった頃に戻ろうよ……REST@RT、しようよ…」

80: 2012/04/09(月) 00:05:39.00 ID:azZLs3Gk0
「ふーん……雪歩も響の味方をするの」
 泣きながら訴えた雪歩を冷たい目で見ながら、美希は言った。
「それじゃあ、しょうがないね」

「雪歩…」
 真の表情は、どこか苦しそうだった。残念、とも取れるような。
 それで、二人は黙ったまま公園を出て行った。

 雪歩は、その場にヒザから崩れ落ちて、声にならない声を出して泣いている。
 自分は、それを黙って見てる事しかできなかった。

 自分と二人との間の溝は、自分が考えている以上に深かった。
 そして、それを埋めることができないのも、何となく感じてしまっていた。

 このままじゃ、雪歩も標的にされちゃう。
 貴音は強いからまだ何とかなってるけど、雪歩は耐えられるのか?

 自分は一体どうすればいいんだ。

81: 2012/04/09(月) 00:08:26.59 ID:azZLs3Gk0
~11月9日~

 事務所に行かない日が続いて、今日で三日目だ。
 プロデューサーには、体調不良って伝えてある。
 結局、あれからずっと答えが出ていない。

 貴音や雪歩の事が心配で、今日メールをしてみた。
 貴音は、何も心配いらないって返事をしてくれたけど、雪歩からは返事がない。

 イヤな予感がしたので、千早にメールしてみた。
 千早なら、事実を淡々と言ってくれそうな気がしたんだ。

 少しして、千早から電話がかかってきた。
 千早はメールが苦手だから、大抵は電話で返事をくれるんだよね。

「萩原さんは、一昨日から事務所に来ていないわ」
 千早が少し元気のない声で、そう言った。
 雪歩のロッカーもやられたらしい。不安が的中しちゃった。

「プロデューサーには?」
「本当の事は知られていないわ。律子や音無さんにも。あずささんは知っているけれど」
 あずささんは、自分が考えていた以上に重大な事態になっちゃった事に責任を感じてるみたい。
 でも、あずささんは何も悪くない。

 貴音や雪歩だけじゃなくて、他の皆も、真も美希も苦しんでる。
 自分のせいだ。

 もう、耐えられない。

82: 2012/04/09(月) 00:12:39.00 ID:azZLs3Gk0
~11月11日~

 961プロの事務所に、プロデューサーと一緒に行く。
 受付の人に言うと、あっさり社長室に通してもらえた。

「高木から話は聞いている」
 ソファーに案内しながら、黒井社長は自分達にそう言った。
 自分達が来る前に、社長からも事前に話をしてもらえたみたい。

「765プロ……いや、国内トップダンサーとしての実力を持つ子がウチに来てくれる事に、何も不満はない。
 ここは君の古巣だ。以前と同じように、自分の家だと思って振舞うがいい」
 黒井社長は、終始ニコニコしながら自分に話しかけた。

 今月中旬からの契約ということで、黒井社長からは二つ返事でOKをもらえた。
 後は、事務所に帰って皆にあいさつするだけだ。

 帰りの車内は、二人ともずっと黙ってた。
 もう、これから話す機会もなくなるのに、何かを話したいのに、話題が見つからない。

「響……本当にすまない」
 プロデューサーが、いつか口グセのようにしゃべっていた事を言った。
 そういう事じゃない。それはもういいよ。

「もう、いいさー」
 色々と話したいのに、そうやって返すのが精一杯だった。

83: 2012/04/09(月) 00:15:02.40 ID:azZLs3Gk0
 事務所に帰るなり、社長が皆を集めてくれた。
 雪歩はまだ休んでいるみたいで、今日は来ていないみたいだった。

 社長から、自分が765プロを辞めることについて発表すると、皆がビックリしたのが見て分かった。

「そんな!何で辞めちゃうんですかぁー!?」
 やよいが自分の服をつかみながら、涙ながらに訴えた。
 やよいは、自分と真、美希の事について、まだ何も気づいてない最後の一人だ。
 最後まで、知らないままでいてほしかった。

「一身上の都合さー。ごめんなぁ、やよい」
 自分はやよいの頭をなでた。本当にごめん。
 やよいは、涙で顔がグシャグシャだった。

 亜美と真美も、今回ばかりはイタズラじゃなくって、ただ大声で泣きながら自分に抱きついた。
 止めてほしいさー、まったく。自分も我慢しようと思ったけど、ダメだった。

 皆、泣いてた。

85: 2012/04/09(月) 00:17:32.88 ID:azZLs3Gk0
「貴音、ごめんね」
 結局、ロクなあいさつもできなかったけど、最後、事務所を出る前に、貴音とだけは話をしたかった。
 普段あまり表情を崩すのを見たことがないのに、今日の貴音は泣くのをこらえようと必死なのが見て分かった。

「響……私は、貴方を信じて待つとお約束しました。
 これが貴方の決断であるのなら、私はそれを受け入れるより他にないのでしょう」

「ですが…」
 そう言いかけて、貴音は言葉を詰まらせた。

「とても受け入れられる事ではございません。貴方の力になれず、誠、無念です」
 貴音はその場に崩れ落ちた。

 正直、貴音のこんな姿、見たくなかった。
 本当にごめん、貴音。

 いつまでもいると出れなくなりそうだったから、意を決して事務所を出る。
 こんな事に勇気を振りしぼるなんてね。

86: 2012/04/09(月) 00:21:34.57 ID:azZLs3Gk0
 事務所を出て少し歩いた時、後ろから人の気配が近づいてきた。
 振り返ると、真と美希だった。

 二人は、何か話さなきゃと思ってるみたいだけど、黙ってる。
 自分はもう、何も話すことはない。
 そう思ったけれど、どうしても言いたかった事があるのを思い出した。

「貴音は、自分のロッカーをグチャグチャにしたのが誰なのか、知っていないぞ」
 二人は「えっ?」って、口を揃えて言った。
「自分が、貴音には教えないって言ったら、貴音は分かってくれたんだ」

「どうして言わなかったの?ミキ達がやったって」
 美希が震える声で自分に聞いた。
「自分のせいで、貴音に二人のことを嫌ってほしくなかっただけさー」

「これでもう、貴音や雪歩にひどい事をしなくて済むよね?」
 そう言って自分は二人に別れを告げた。

「響っ!!」
 真の声は本当に良く通るさー。
 後ろから呼ばれたけれど、自分はもう振り返る事ができなかった。
 もう、泣き顔を見せるのはごめんだ。

 バイバイ、765プロ。

87: 2012/04/09(月) 00:24:32.27 ID:azZLs3Gk0
~11月16日~

 黒井社長に呼ばれて社長室に行くと、美久満大学の新沼教授と須羅臼博士がいた。
 そう言えば、手術が終わってから足の具合が良くなるまで病院に通ってたっきりで、二人の先生に直接会うのは久しぶりだった。

 話題は、美久満大学からもらっている資金援助の話だった。
 自分が765プロを辞めたから、大学が765プロを援助する建前がなくなったとかなんとか。
 それは確かにそうだ。

 自分はもう働いてお金を稼げるし、765プロの皆も今はお仕事が増えてきたから、資金援助はしなくて大丈夫だと思います、って答えておいた。
 黒井社長は、961プロがそのまま援助をもらえると思っていたみたいで、ちょっと残念そうだった。

「もう心配は要らないようですが、もし何かあったらすぐに連絡をして下さい」
 須羅臼博士がそう言い残して、二人は部屋を出ていった。

 二人が出ていった後、別の若い男の人が入ってきた。
 なんでも、自分の新しいプロデューサーみたい。

 前のプロデューサーよりも、ちょっとクールでカッコイイってカンジで、スーツも少しハデだった。
 でも、自分に合うかどうかちょっと心配だぞ。

「よろしく。さっそく君の売り出し方についてミーティングをしよう」
 プロデューサーがそう言うと、すぐに事務所の外にある喫茶店へ連れてかれた。

88: 2012/04/09(月) 00:26:24.95 ID:QE32WTgro
救いが欲しいな…

89: 2012/04/09(月) 00:30:07.86 ID:azZLs3Gk0
「まずは、君の武器であるダンススキルを大いに発揮できる仕事を中心にブッキングしていく。
 これまではダンス番組一本だったようだが、イベントやCMなど、やれる事はなんでも行ってもらう。
 ダンスに対して貪欲な姿勢を世間に分かりやすくアピールする事が大切だ。
 それなりにハードなスケジュールになることを、君には今から覚悟しておいてもらいたい。
 君が実績を伸ばしていけば、他の仕事は黙っていようとそのうちいくらでもオファーが来るだろう」

 今後の活動方針について、淡々と、ズラズラとしゃべられた、ってカンジだった。
 ダンスのお仕事を増やしてくれるのはいいけど、一つだけ気に入らないのは…

「君って呼ぶの止めてください。自分、我那覇響って名前があるんですけど」
「そうか。すまなかったな、我那覇」
 苗字で呼ばれるのなんて小学生以来だったから、一瞬ドキッてしちゃったぞ。

「それと我那覇、君にはさっそくCDをリリースしてもらおうと思う。
 君は歌唱力も水準以上のものを持っているし、この曲はそれなりにダンサブルな曲だ。
 世間に名を売る意味でも、CD発売でインパクトを与えておくのが効果的だろう」

 さっそくCDリリースか。うーん、燃えるさー。
 でも、ちょっと気になる事をプロデューサーが言った。
「本当はこれからデビューするデュオに歌わせるつもりだったが、彼女達にはもったいないくらい完成度が高い曲なのでな。
 今後売れるかどうかも分からない連中に歌わせるよりも、確かな実力を持つ君が歌う方が良いだろう」

「でも、そのデュオの人達は、その曲をきっかけに人気が出る可能性だって…」
「確実に、かつ大量に収益を見込める手段をとるという社の方針に従い、俺は君の売り出し方を考えている。
 気に入らないならここを出ていくがいい」

 プロデューサーは、ちょっと怖い人だった。

90: 2012/04/09(月) 00:32:02.83 ID:azZLs3Gk0
~11月20日~

 ここ最近は、ボイストレーニングをみっちりやらされてる。
 ダンスは一日でマスターできたから、その分ボイトレに回すって。
 基礎ができていないからって、単調な練習を何時間もやるのってダルいさー。

 それだけ丁寧に面倒見てもらえてるって事かも知れないけど、ちょっと練習時間が長すぎだぞ。
 今週中にはレコーディングするって言ってるし、そんなに急がなくてもって思う。

 それに、やっぱり元々違う人のものだった曲を歌うのは、何となく気が引けるよ。
 横取りしたみたいで、自分が悪い事してるみたいさー。

 でも、その話をすると決まってあのプロデューサーは、
「社の方針に従えないなら出ていけ」
って言うし…

 自分も、ここ以外に働く所がないから、とにかく今は我慢しなくちゃね。

 ハム蔵も我慢だぞ。最近あまり遊んであげられなくてごめんね。

91: 2012/04/09(月) 00:33:07.47 ID:azZLs3Gk0
~11月24日~

 CDのレコーディングが終わった。長かったー。
 でも、あまり休める時間もなくて、明日からすぐに営業、イベントの参加とか、色々お仕事が待ってるみたい。

 うー、765プロの時よりお仕事たくさんあって嬉しいけど、もうちょっと心にゆとりっていうか、余裕がほしいさー。

 つかれたから、もう寝よう。

92: 2012/04/09(月) 00:35:54.48 ID:azZLs3Gk0
~12月16日~

 日記を書くのは久しぶりな気がする。
 お休みをもらえたので、これまでの事を振り返りながら、今日は一日ゆっくりしてよう。

 お仕事の方は順調に進んでる。
 事務所のプッシュもあってか、CDの売れ行きはすっごく好調だし、それをきっかけに音楽番組にもいっぱい出れた。
 そこで披露したダンスでまた注目を浴びて、今度はバラエティ番組やらイベントやらCM撮影やらに引っ張りダコ。
 お給料も、765プロにいた頃からは考えられないくらいいっぱいもらえた。

 でも、その代わりに家に帰るのがどうしても深夜になったりする。
 ひどい時は帰れなくて、事務所の休憩スペースやその辺のビジネスホテルに泊まることも少なくない。
 だから、家族達の世話がなかなかできないのが辛いところさー。

 そういう訳で、ペットシッターを雇うことにした。
 電話で相談してみると、優しそうな女の人だった。動物好きに悪い人はいないぞ。
 料金も、今もらってるお給料から考えればなんくるないさー。

 もう少しお金が貯まったら、引越しとかも考えようかな。

94: 2012/04/09(月) 00:37:30.66 ID:azZLs3Gk0
~12月22日~

 次のお休みが待ち遠しい。
 お仕事の一番の書き入れ時だから、年末年始のお休みもくれないって。

 お金がもらえるのは嬉しいけど、もう少しお仕事の量を調整してほしいさー。

 今日は、ていうか、ここ最近はいっぱいありすぎて何をやったのか良く覚えてない。
 テレビで良く見る芸能人の人と一緒にテレビやCMとかのお仕事をしたり、雑誌のインタビューやらグラビアやら…

 後はイベントに参加したり、またもう一曲CDを出すとかいう話も来てる。

 ダメだ、ねむい。寝よう。

96: 2012/04/09(月) 00:42:29.97 ID:azZLs3Gk0
~1月9日~

 今日はお休みだ。
 最近あまりに忙しすぎたので、休日に何しようかっていう考えも用意してなかった。
 発想が貧困になっちゃったなぁ、ってカンジ。

 お休みって、もう少し嬉しいもんかと思ってたけどな。
 引越し先とか探してみようかなぁ、って思ったけど、ふと気になる事を思い出した。

 765プロの皆……特に、貴音や雪歩の事だ。
 あの後、皆どうしてるんだろう。元気にしてるのかな。

 急に不安になったので、貴音……にメールするのは止めて、伊織にメールした。
 事実を隠すことなく淡々と言ってくれそうなのは千早も伊織も一緒だけど、千早だと電話で返してくる。
 今はあまり、765プロの皆と直接話をしたくなかった。

 伊織からの返事は、15分くらいで返ってきた。
 皆、元気だって。
 少なくとも、伊織が見てる限りでは、貴音も雪歩も元気を取り戻してる。
 真と美希も、自分が765プロを辞めてから何日も経たないうちに態度を改めて、皆と仲直りしたみたい。
 当然、イジメもなくなったって。

 あの注意深い伊織がこう言ってるんだから、たぶん本当の事だと思っていいよね?
 伊織に感謝のメールを送ったら、
「私は別にどうでもいいけど、皆が心配しているからたまには顔を見せなさい」だって。
 メールでもツンデレだなぁ、伊織は。

 でも、今さら765プロには顔を出せない。
 色々あったし、何となく悲しいイメージが残ってて、あまり行きたくないのが本音だ。

 ペットシッターさんのおかげで、家族達も調子いいみたい。
 ハム蔵は最近運動不足らしいから、ちゃんと運動させないとなぁ。

98: 2012/04/09(月) 00:46:06.44 ID:azZLs3Gk0
~1月14日~

 今朝、黒井社長から呼ばれたので、社長室に行った。
 そしたら、プロデューサーと美久満大学の先生二人と、テレビ局のちょっとエライ人が来ていた。

 話を聞くと、自分のドキュメンタリー番組を企画してるみたい。
 そう言えば、961プロに来てからのお仕事では、何だか余計に付き添いの人がいるなーとは思った。
 色々質問もしてきてたけど、てっきり961プロのマネージャーさんかと思ってたぞ。
 自分が移籍してから、ずっとプロデューサーが密かに暖めてた企画なんだって。

 企画の主旨は、『不慮の事故でアイドルへの道を断たれた少女が、新開発の手術により復活しトップアイドルの座を獲得するサクセスストーリー』だって。
 美久満大学の先生達が来てるのはそのためだ。
 先生達にも、自分の活躍をきっかけに名声を得たいっていう考えが丸見えだったぞ。

 でもまぁどうでもいいや。
 どのみち、お仕事を選ぶ権利は自分にはないし、淡々とこなすだけさー。

 企画の詳細が決まったら、また連絡するって。
 自分はその企画に意見することはできないんですよね、って確認することも特にしなかった。

 今日はそれだけで帰されたから、ラッキー、かな。

101: 2012/04/09(月) 00:52:35.01 ID:azZLs3Gk0
~1月26日~

 今の生活にも大分慣れてきた。
 相変わらず忙しいけど、多少寝る時間が短くても大丈夫になってきたし。

 あと、あまり良くない事だけど、お仕事の上手な手の抜き方?も分かってきた気がする。
 前まで、自分は何でもかんでも一生懸命やろうとしてきたけど、それだと今のスケジュールじゃ身体に無理が来るのは当たり前だぞ。
 テレビのひな壇に座ってる時とか、あまり頑張らなくても大丈夫なお仕事は、それなりに手を抜く事も大事さー。

 そういう訳で、家に帰って余力がある時は、なるべく家族達と遊ぶ時間を少しだけでもとるようにしてる。
 大抵は夜遅くになっちゃうんだけど、やっぱり色々と寂しいしね。

 でも、一つ心配なのは、ハム蔵の体調だ。
 ペットシッターさんからも聞いたけれど、最近あまり運動をしなくなったらしい。
 今日も、自分がおやつをチラつかせて誘ってみたけど、反応しようとしなかった。
 仕方ないから、目の前までおやつを持っていくと食べたけど、ちゃんと走って取りに来てよって思う。

 運動不足も、ここまで来るとちょっと心配だぞ。

103: 2012/04/09(月) 00:56:02.03 ID:azZLs3Gk0
~2月1日~

 中目黒のマンションに引っ越した。
 一人暮らしで3LDKはぜいたくかなぁって思ったけど、家族がたくさんいるから部屋数は多い方が良い。
 家賃はちょっと予算オーバーだけど、どのみちお金も使うヒマなくて余ってたからなんくるないさー。

 引越しの作業が終わって、リビングでねこ吉を抱きかかえながらテレビをボーッと見る。
 ニュースの芸能コーナーになると、大抵自分が出てくるんだけど、今日は765プロの皆も取り上げられていた。
 やよいと雪歩、春香がイベントに出てる様子がテレビに映っている。
 皆、順調にアイドルランクを上げているみたい。

 急に、765プロにいた頃が遠い昔の事のように思い出された。
 自主練とか良くしてたけど、何で自分あんなに一生懸命になっていたのかな。
 今思うと、自分があの時適度に手を抜いていれば、真や美希に目の敵にされる事もなかったかも知れない。

 何となく、過去に書いた日記を見直してるけど、なんだか面白いというか、恥ずかしい。
 765プロを辞めた時とか、ちょっとこれ大ゲサじゃないかなぁっていう表現がチラホラある。ただの移籍だし。
 これを書いた時は、きっと感情的になってて、よっぽど悲しい気持ちだったんだろうなぁなんて、妙に冷めた気持ちで読むのは変なカンジだぞ。

 自分は自分で、今充実したアイドル生活を送ってると思うし、765プロの人達も順調ならそれで良いかなと思う。

 一方で、ハム蔵は相変わらずだ。
 そろそろ、病院へ連れていくのも考えた方が良いかも知れない。

105: 2012/04/09(月) 01:01:49.05 ID:azZLs3Gk0
~2月5日~

 自分のドキュメンタリー番組を一週間後に控えて、企画の詳細が決まったみたい。
 関係者で集まって最終打ち合わせを行うとのことなので、プロデューサーから呼ばれて行った。

 大まかな内容は、この間プロデューサー達に聞かされた通りで変更はなかった。
 自分の生い立ち、アイドルを志したきっかけ、961プロから765プロへの移籍を経て、突然起きた不慮の事故の紹介。
 で、パッとしないアイドル生活を余儀なくされていたところ、手術を受けて復活。
 手術とか研究の内容については、美久満大の新沼先生が主に説明をするみたい。
 961プロへ戻った後、自分はさらなる活躍を続けるトップアイドルになりました。
 ということで、最後は自分が新曲を歌っておしまい、ってカンジ。
 あと生放送みたい。

 それは別にいいんだけど、内容で一つ気になる事があった、
 自分が765プロから961プロへ戻ったきっかけを紹介する部分だ。

「765プロの仲間達からの執拗なイジメに耐えかねて、961プロへ移籍…
 何でこんな事を言うんですか?」
 自分は企画の発案者の一人であるプロデューサーに問い正した。

「おや、違うのか?」
「いや、それは…」
「やはり、イジメを受けていたんだな」
「違います!自分は、他の皆に迷惑をかけたくなくて辞めたんです!
 それ以上の意味はありません!」

「どうした我那覇。いつもクールに仕事をこなすのに、今日はやけに熱いじゃないか」
 プロデューサーが冷たい表情を崩さず自分に問いかける。

106: 2012/04/09(月) 01:05:36.11 ID:azZLs3Gk0
「まだ765プロに未練があるんだな」
「もうあそこには未練はありません」
「ならどうだっていい事じゃないか、あそこの連中の評判が下がろうと」
 自分は何も言い返せなくなってしまった。

「それにな、この業界は同業者を蹴落としてナンボなんだよ。
 いざという時は、例え噂話をでっち上げてでもライバルの評判を落とすことを考えるんだが、今回は話が簡単だ。
 あいつらが、自分達の評判が下がるような事をわざわざしてくれているんだぞ。
 こっちは臆面もなく連中を攻撃できるというものだ。これを利用しない手はない」

 プロデューサーがいつものように淡々と自分の、ていうか会社の方針を話す。
 確かに、イジメは悪い事だ。でも、それをネタに765プロの皆を蹴落とすような事はしたくない。

「そうやって悩むって事は、君自身、まだ未練があるって事だ」
 プロデューサーが、自分の痛い所を無遠慮に突いてきた。
「人を傷つけずにトップに立とうなんて甘い事考えてないだろうな」

 プロデューサーが自分の前に歩いてくる。
「今、君が歩む道は、トップアイドルになった者が皆通ってきた道だ。
 目指すのか目指さないのか、今ここで決めろ。
 765プロをかばってこの場を去るか、この番組を成功させてさらにトップへ上り詰めるかだ」

 すごく心が痛くなった。
 皆に迷惑をかけたくなくて961プロに来たのに、今、自分は765プロを蹴落とそうとしている。

 でも、今さら765プロには戻れない事も、自分には分かっていた。

「よろしくお願いします」
 気づいた時には、自分はそう言って関係者の皆さんに頭を下げていた。

107: 2012/04/09(月) 01:08:15.25 ID:azZLs3Gk0
~2月11日~

 今日、ドキュメンタリー番組のリハーサルを行った。
 本番は明日だ。

 番組のMCは、名物キャスターの吉舘さん。
 会ったのは今日が初めてだけど、結構お茶目な人で話してて楽しかったぞ。
 ああいうコミュニケーションスキルの高さが、生放送とかで上手い切り返しをするのに役立ってるんだなぁ、って思った。

 それで、ナレーションの人が読み上げる原稿を、一応一通り見させてもらった。
 やっぱり、765プロで起きた事を紹介する部分を読むと、心が痛い。

 期待もしてないのに、「これって決定稿ですか?」ってディレクターさんに聞いてしまった。
 そうですよ、だって。当たり前だろうけど。

 今日は早めに帰してもらえたけれど、あまり寝る気が起きない。

 広い布団に横になって、ハム蔵を抱きかかえる。
 いつだったか、手術を受ける前、ハム蔵は自分の指を握ってくれていた。
 今日もそれをしてくれるかなぁ、って、期待しちゃったんだけど…

 ハム蔵に元気がない。
 本当にどうしたんだよ、ハム蔵。

 色々な事が心配で、今日は眠れそうにない。

108: 2012/04/09(月) 01:08:19.34 ID:XlBC2dx/o
ハッピーエンドは存在しないのか…

109: 2012/04/09(月) 01:08:55.68 ID:azZLs3Gk0
~2月12日~





110: 2012/04/09(月) 01:11:53.62 ID:azZLs3Gk0
~2月13日~

 昨日の生放送の事で、黒井社長とプロデューサーからこっぴどく怒られた。
 怒られている途中で社長室から飛び出して家に帰って、今この日記を書いてる。

 昨日は、自分にとって悪夢の日だった。
 二度と思い出したくないけど、きっと忘れられないだろうから、やっぱり書く事にする。

 結局、昨日は全然眠れないまま朝を迎えて、テレビ局に向かった。
 本番が始まるまでの長い時間の中で、自分は一生懸命吹っ切ることに専念した。
 スイッチの切り替えは、自分が今までのアイドル生活で培った大きなスキルの一つだと思う。

 本番が始まって、番組MCの吉舘伊知郎と今日の主役“我那覇響”が並んでカメラの前に座る。
 そつのないあいさつを交わした後は、ただ番組の節々で流れるVTRを眺めて、吉舘さんの質問に自分が答えていく。
 番組の滑り出しから中盤までは、何事もなく進んだ。

 問題のシーンは、番組の中盤に流れた。
 自分に扮した女の子が、他の女の子二人にイジメられている映像が流れる。
 たぶん、あの二人は真と美希を意識してるんだろう。
 どこからそんな情報が流れてくるのか、不思議だった。

 イジメの内容は、ある事ない事様々に誇張されて紹介された。
 下着を切り刻まれた、ロッカーをグチャグチャにされた、髪を引っ張られ犬のように扱われた、たとえ青痣ができても服に隠れて見えない所を殴られた…
 地味に本当の事もあったから、余計にタチが悪かった。

111: 2012/04/09(月) 01:17:13.82 ID:azZLs3Gk0
 目を覆いたくなるくらいひどいVTRが流れた後、おもむろに吉舘さんが聞いてきた。
「今流れた映像には多少の誇張はあるかも知れませんが、実際もやはり辛いものでしたか」

 自分は、スタジオの袖に立つプロデューサーに目をやった。
 プロデューサーは、腕組みをしてただ自分をじっと見ている。
 元々、選択肢は用意されていなかった事を思い出した。

「誇張はありません。ほとんど、自分が受けたもので、辛く苦しいイジメでした」
 自分はそう答えた。

 そこから先のやり取りは、ほとんど覚えていない。
 ただ、一つだけハッキリ自覚したのは、自分はこの瞬間から765プロと決別したんだという事だった。

 半ば放心状態で番組のラストを迎えて、吉舘さんが今度新しくリリースする自分の曲を紹介する。
 そうだ、最後は自分が歌ってシメるんだった。

 実は最近、ロクに練習をしていなかったけれど、なんくるないさー。
 ダンスだけは誰にも負けない、自分の心のより所だった。
 どんなひどい事をしても、ひどい事をされても、ダンスで皆の期待に応えられればそれで良い。

 そう思っていた。

 自分はその日、ダンスを踊れなかった。
 右足に強烈な痛みが起きたからだ。

 結局、ほとんど棒立ちのまま新曲を歌い、番組は終わった。

112: 2012/04/09(月) 01:19:05.56 ID:azZLs3Gk0
~2月14日~

 美久満大学附属病院へ、ハム蔵と一緒に行った。
 この右足の痛みに、すごい不安を感じたからだ。
 そして、その痛みは、ハム蔵が最近元気ないのに関係してるんじゃないかと思った。

 ハム蔵は即入院する事になった。
 具体的な理由を聞きたかったのに、少しタチの悪い風邪をひいてるだとか、新沼教授はあいまいな事しか言わない。
 絶対に良くない事がハム蔵に起きてる、って直感した。

 そして、たぶん自分にも。
 この足の痛みが、ただの疲労の訳がない。

 処方された湿布を、自分はゴミ箱に投げ捨てた。

113: 2012/04/09(月) 01:22:17.49 ID:azZLs3Gk0
~2月19日~

 家にいると、電話がうるさい。
 最近は家の電話線を切り、携帯はマナーモードにして寝室に放っている。

 あの日、黒井社長やプロデューサーがいた社長室から飛び出して以降、自分は961プロに顔を出していない。
 いわゆる、ボイコット、ストライキ……いや、引きこもりかな。

 試しに、リビングで少しステップを踏んでみるけど、息が止まるほどの激痛が右足にくる。
 今日はもう治ってるかなーと思って、ここ何日か続けているけれど、状態はむしろ悪くなるばかりだ。

 自分が途方に暮れていると、ドアのインターホンが鳴った。
 ドアの前で、いぬ美がうめき声を上げている。

 アイツだ。
 自分は、いぬ美がけたたましく吠えるのを見て、そう判断した。
 一応、ドアののぞき穴から確認してみたけど、やっぱりプロデューサーだった。

 何か声が聞こえてるけれど、いつものように居留守を決め込む。
 もう、顔も見たくない。

114: 2012/04/09(月) 01:24:04.48 ID:azZLs3Gk0
~3月2日~

 ずっと家にいてもやる事がない。
 かと言って、外にも出たくないので、一日中ボーッとテレビを見て、食事は出前ばかりとってる。

 時々来てくれるペットシッターさんが、最近は唯一の話し相手だ。
 この人は本当に良い人で、ペットの面倒だけじゃなく、自分の体調を気にして、たまに家で作った肉ジャガとかをおすそ分けしてくれる。
 そっけない態度しかとらなくて、本当に申し訳なく思う。

115: 2012/04/09(月) 01:26:06.42 ID:azZLs3Gk0
~3月17日~

 今日もボーッとテレビのニュースを見てると、不意に自分が映った。

『961プロ我那覇響、引退か!?』

 ここ1ヶ月も仕事をキャンセルしている自分を見て、業界の人はそう考えていたらしい。
 かと思ったら、次の瞬間、黒井社長のコメントが紹介された。

『本人の意思を直接確認してはいないが、そう思ってくれて構わない』

 961プロは、自分をアッサリと切り捨てた。

 自分は、もうアイドルじゃなくなっちゃった。

116: 2012/04/09(月) 01:28:54.25 ID:azZLs3Gk0
~3月25日~

 ハム蔵が死んだ。
 今朝、美久満大学から連絡があった。

 久しぶりに家を出て、タクシーを急かして美久満大学附属病院へ行った。
 足を引きずりながら新沼教授に会いに行くと、教授は自分を小部屋へ案内した。

「今朝、このような状態になっていました」
 新沼教授は、部屋の隅にある小さなカゴを指差した。
 カゴの中をのぞくと、ハム蔵は体を横にして、隅っこで伸びていた。
 まるで、眠りながら走っているようだった。

 呼んでも、抱きかかえても、ハム蔵は何も反応しなかった。
 ハム蔵の体は固く、冷たかった。

 須羅臼博士からの申し出があったので、自分はハム蔵の体を解剖することに同意した。
 解剖の結果を待つ間、自分はほとんど放心状態だった。

 解剖の結果を、新沼教授が説明した。
 ハム蔵の大腿の運動神経が著しく衰退し、ほとんど歩けないような状態だったとかなんとか。
 あまりに突然の事で、何を言っているのか分からなかった。

117: 2012/04/09(月) 01:33:24.22 ID:azZLs3Gk0
「やはり、君は結論を急ぎすぎたようだな」
 自分の前で残酷な説明をした新沼教授に、部屋の隅に立っていた須羅臼博士が言った。

「奥さんのお父上の期待に応えようと、春の学会に照準を絞ったのがいけなかった。
 やはり、サンプルデータの収集期間にはより長い時間を割くべきだったのだ」

「須羅臼博士こそ、私のプロジェクトに学者としての面子をかけていたじゃないか。
 立ち上げた時はホイホイ賛同しておいて、結果が怪しくなったら手の平を返すつもりかい」
 新沼教授が、声を荒げて反論する。

「“怪しい”ではない、結果は既に“失敗”であるのは明白だ。
 それにね新沼君、私はプロジェクトが後の神経学に寄与するから賛同したのだ。
 君とは違って、自分が学内での覇権を得たいから、成果を自慢したいからではない」

「とんだ狸爺だよ。テレビに取り上げられると聞いて一番喜んでいたのはアンタだろうが。
 もっとも、“失敗”と言うのなら、せっかく親類に紹介したのに、とんだ赤っ恥をかいた事になるがね」

「私がいつどこでそんな事を言ったのだ。憶測でモノを語るのなら研究者など辞めたまえ。
 君の方こそ、ギラついた目で研究内容を嬉々として吉舘さんに説明する様を見て、私は呆れてしまったよ」

「なぜ我々が膨大なサンプルの試験結果に一喜一憂すると思う?
 研究内容を世間にアピールし名声を得る場こそが、これまでの苦労が報われる場なんだぞ。
 須羅臼さん、アンタこそ、成果を自慢したくもないんなら研究者失格だと思うがね」

「人為的に誘発された運動神経は、その増大量に比例する速度で低下する。
 このプロジェクトの結論はこうだ。今こそ成果を発表する時じゃないか。
 私は馬鹿馬鹿しくてやってられんがね」

118: 2012/04/09(月) 01:37:06.85 ID:azZLs3Gk0
「もう、たくさんだぞ」
 ひどい言い争いをしてる二人に我慢できなくなって、自分が言った。

「自分とハム蔵の手術が……治療が、こんな人達に任されているなんて知らなかった。
 結局、治療は自分のためじゃなかったんだ。
 全部、先生達のためだったんだね」
 自分はこの時、怒りやら悲しみやらで訳が分からなくなっていたと思う。

「自分の足が動かなかった時は、友達がいっぱいいたよ。
 今は一人もいない。
 そりゃあ、確かにテレビにもいっぱい出て、たくさんの有名人を自分は知ってるし、たくさんの人が自分を知ってる。
 本当にたくさんの人を。
 でも、本当の友達は一人もいやしない。
 765プロにいた時は、いつもいたのにね。
 自分に何かをしてくれようっていう友達はどこにもいないし、自分が何かをしてやろうっていう友達もいない。
 ハム蔵も死んじゃった。
 それで、次は自分の足って言うんでしょ?」

 サギ師だ。
 自分は、ハム蔵を抱えて病院を飛び出し、タクシーに乗った。

 手術をして、自分は何を得たんだろう。

119: 2012/04/09(月) 01:39:16.58 ID:azZLs3Gk0
 深夜、ハム蔵を小さな金属の容器に入れて、あの公園に行った。
 765プロの皆に会うのが怖かったけど、自分のマンションには庭がないし、やっぱり、ここには思い出があるんだ。
 ハム蔵を埋める場所は、ここしか思いつかなかった。

 不意に、手術を受けた日の事を思い出した。
 何でハム蔵は、あの時かたくなに手術を受けたがっていたんだろう。

 前の日の夜は、震える自分の指を握ってはげましてくれた。
 当日のあの仕草も、その延長だとしたら…

 ひょっとしたら、ハム蔵は自分と一緒に手術を受けることで、手術におびえる自分を勇気づけようとしてくれたんじゃないのか。

 自分は、今までハム蔵の何を見ていたんだろう。

 墓に野の花を供えながら、自分は泣いた。

120: 2012/04/09(月) 01:40:01.26 ID:azZLs3Gk0
~4月1日~

 ペットシッターさんとの契約を打ち切った。
 家族達のご飯を作って、一日が終わった。


121: 2012/04/09(月) 01:40:45.77 ID:azZLs3Gk0
~4月16日~

 あまりにヒマなので、何か書こうと思ったけど、何もしてないので書く事がない。
 なんてバカバカしい。


122: 2012/04/09(月) 01:41:18.42 ID:azZLs3Gk0
~5月1日~





123: 2012/04/09(月) 01:44:00.25 ID:azZLs3Gk0
~6月5日~

 やっとこの日記を見つけた。
 うまく思い出せるかな。とにかくやってみよう。

 今日は、一日外を歩いた。
 何も目的はなかった。たぶん、誰かに会いたかったのか、何となく人に触れたかったというか。
 すごく自分勝手だけど。

 そのくせ、自分の事がバレないように、帽子を目深に被って、カッコ良くないサングラスをかけて歩いた。
 もうアイドルじゃないのに、芸能人ぶる自分がバカバカしい。

 相変わらず右足が痛い。痛いけど、お昼ごはんも食べないで、ひたすら外を歩き回った。
 交差点にぶつかったら、大通りも小路も関係なく、ただ、その時自分が思った方向に曲がって歩く。
 自分がとっても自由になれた気がした。

 でも、その自由な時間にも限界がある。
 もう右足が言うことを聞かなくなってきていた。

124: 2012/04/09(月) 01:48:45.03 ID:azZLs3Gk0
 ふと、目の前を見てみると、公園があった。
 あの公園だ。

 無意識に、自分はハム蔵に会いに来ようとしていたのかも知れないと思ったけど、何かが違う気がしていた。

 ハム蔵の墓を見ると、見慣れない花が供えられていた。
 周りの雑草とかも、良く手入れしてあるみたい。
 誰が…?

「響ちゃん」
 突然、後ろから声をかけられた。
 誰かから呼ばれるなんて、本当に久しぶりですっごくビックリした。
 振り返ると、春香と貴音がいた。

 自分は、二人を前に言葉が見つからなかった。何からしゃべったら良いのか…

「お久しぶりですね、響」
 貴音は、以前と変わらない穏やかさで自分に話しかけた。
 自分は、それに応えないで、背を向けて歩こうとしたけど、足が動かない。

「待って、響ちゃん!」
 春香が一際大きな声で自分を呼び止める。

「自分、皆と話す事なんてないぞ」
 そんな事ない。
 本当は、皆に謝りたくてしょうがなかった。きっと、あの番組でいっぱい迷惑をかけたと思うから。
 自分は、いつからこんなにウソつきで臆病になったんだろう。

「そうですか、では私達の用事を済ませましょう」
 貴音は自分の言うことなんてお構いなしに、淡々とした口調で言った。
「そこのベンチで、少し話をしませんか?」

125: 2012/04/09(月) 01:53:07.36 ID:azZLs3Gk0
「あれは、春香が良く手入れをしているのですよ」
 ハム蔵の墓を指差しながら、貴音が穏やかに言った。
「どなたの墓かは存じませんが、こんな小さな所にひっそりと眠っているのは可哀想だからと、良く花を供えているのです」
 春香が、照れくさそうに頭をかいている。

「961プロでの貴方の活躍振り、誠、素晴らしいものでした。
 私達の誰もが、貴方の事を誇りに思っておりましたよ。無論、プロデューサーもね」
 貴音の口調は、どこまでも淡々として、かつ穏やかだった。
 何か言いたい事があるはずなのに、それを隠しているようで、イライラした。

「自分はもうアイドルじゃないぞ」
 貴音を突き放すように、自分は言った。もう、この雰囲気には耐えられなかった。

「そうですね。あの番組の事は、誠、残念でなりません。
 新曲でしたが、だんすが上手く踊れていないのは、誰の目にも明らかでした。」

「どうせ真や美希は喜んだんじゃないのか?」
 言った後でハッと思ったけど、もうどうでもいいや。
 そう思った瞬間、貴音の平手が飛んだ。

 春香がビックリして、ベンチから倒れ落ちた自分に駆け寄る。
 その自分を見下ろしながら、貴音は続けた。

「貴方が去った後の765プロの事についてお話しましょう」

126: 2012/04/09(月) 01:59:05.96 ID:azZLs3Gk0
 自分を抱きかかえてベンチに座り直させた後、語ろうとする貴音に待ったをかけて、春香が話しだした。

「響ちゃん、あのね……あの番組、事務所の皆で見てたの。
 元765プロの一員だった響ちゃんが、トップアイドルの座を確立する瞬間だからって。
 でも…」

 何か言いづらい事があるようで、詰まってしまった。
「続けてくれ」

「ううん、ごめんね。あの、残念な事になっちゃったけれど…
 でも、一番残念に思ったのは、誰だと思う?」
 そんな事聞かれても……貴音かなぁ、って思った。

「テレビの一番前に座っていたのは、真なの。その隣が美希。あと、亜美と真美だったかな。
 それでね、ダンスを踊れなかった響ちゃんを見て、真はとても悔しそうだった」

「響のダンスはこんなもんじゃない。
 見た人の誰もが元気になって、楽しくなれるようなダンスを踊れる子なんだ。
 こんなの、何かの間違いだよって……本当に、自分の事のように悔しがっていたんだよ」
 春香が、ヒザの上で両手をにぎりしめながら話す。

「美希は、今すぐテレビ局に行くって言って聞かなかった。
 プロデューサーを急かして、響を元気づけに行くんだって」

「響が元気になれる一番のお薬はハニーだから、ハニーを連れてくの。
 今の響にはハニーが必要なの、だって。
 実際、テレビ局に行ったら門前払いされたみたいだったけどね」
 あはは、って春香がおかしそうに笑ったけど、すぐにうつむいちゃった。

127: 2012/04/09(月) 02:01:39.99 ID:azZLs3Gk0
「私、いつも思うんだ。
 あの事故の時、私の靴紐が切れなかったら、って…」
 事故が起きた日の事を、春香が語りだした。

「私の靴紐が切れて、ちょっと時間が狂ったから、響ちゃんは事故にあっちゃった。
 だから私…」
「止めろよ!」
 自分は、それ以上春香が言うのを黙って聞いていられなかった。
「春香が悪いんじゃない!」

「たとえそうじゃなくたって、事故のせいで、響ちゃんも、プロデューサーも、皆少しずつ変わっちゃった。
 だから、私、何とかしたいって、そう思うのはいけないことなの?」
 春香は声を荒げた。

「そのクセ、真と美希に何も言えなくて、黙ってるだけで……馬鹿だよね、私。
 だから、もう、あんな思いはしたくないよ」

「響ちゃん、お願い。事務所に戻ってきて。
 また、皆で一緒になりたいよ」

128: 2012/04/09(月) 02:04:49.02 ID:azZLs3Gk0
 泣いている春香の肩に手を添えながら、貴音が話し始めた。

「真と美希は、貴方が去った次の日に私と雪歩のもとへ訪れました。
 彼女達は、自分がやった事を深く反省し、謝っても謝りきれないと、涙ながらに私達に頭を下げました」

「真と美希は何も悪くないさー」
「その通りです。
 以前からとても辛そうにしている二人を見て、私はとても心配に思いました。
 胸の内を語り、二人の心のつかえが無くなるのを見て、ようやく安堵できたのです」
 貴音は、前々から真と美希がやった事だって気づいていたみたいだった。

「誰かを憎もうとする人間が今の765プロにいないのは、貴方には既に理解できているはずです。
 憎む人間がいるとすれば、それは己自身。違いますか?」

 貴音の言う通りだった。
 今の自分は、あの番組の企画を止められなかったのをずっと後悔してる。
 真と美希はもう謝った。今は自分の番なんだ。

 そう思った時、貴音が右手の平を自分に向けた。

「謝るつもりであるのならば、その必要はありません。
 私達の願いは、既に春香が申した通りです」

「今一度、私達と共に歩みましょう、響」

129: 2012/04/09(月) 02:07:23.08 ID:azZLs3Gk0
 自分は、どうしたら良いのか分からなかった。
 いや、もちろん、自分のやりたい事はもう分かってる。
 だけど、どうしても、許してもらえるとは思わなかった。

「そんな事で謝るのなら、以前貴方が私のごーじゃすせれぶぷりんを黙って食べた事も謝っていただけていないのですよ」
 モジモジしてる自分を見かねたのか、貴音が真顔で言った。
 たぶん、冗談で言ってる顔じゃないぞこれ。

 春香があわてて貴音を止めに入る。
「た、貴音さん、それを言うと実は…」
「何ですか」
「ひっ、ご、ごめんなさい!あの、私も、誰かのプリンを食べた事が…」
「死活問題に関わる事を平気で行うなど、恥を知りなさい春香」
「ち、違うんです!後で調べたら、私が食べたのは小鳥さんので…」
「許します」
「ぴよ子のなら良いのかよ!」

 思わず突っ込んじゃった。こんな気持ち、久しぶりさー。

 貴音と春香は、自分の事を見てニコニコしてる。
 恥ずかしくって、思わず笑っちゃった。

 明日、プロデューサーに会って話をする。
 もちろん、765プロの方の、自分のプロデューサーだぞ。

130: 2012/04/09(月) 02:10:12.32 ID:azZLs3Gk0
~6月7日~

 昨日、プロデューサーと話をした。
 自分はもう踊れないし、アイドルとしての評判も悪いだろうけれど、事務員でも何でもいいから765プロで働きたいって言ったんだ。

 プロデューサーは、自分の言う事を黙って聞いてくれて、大きくうなずいてくれた。
「許可するも何も、ここはお前の古巣だ。以前と同じように、自分の家だと思って振舞ってくれ」

「黒井社長の真似じゃん」
 そう言って、自分とプロデューサーは笑った。

 今日は、事務所に復帰する最初の日だ。
 緊張しながら事務所の扉を開けると、おなじみの皆がいた。
 この空気、本当に久しぶりだ。

「あっ、響ちゃん!こっちにクッキーあるよ、一緒に食べよう!」
「おはよう、我那覇さん」
「響ちゃん、おはよう。今お茶いれるね」
「うっうー!響さん、おはようございますー!」

「皆、久しぶり…」
「こやつめー、今までどこをほっつき歩いてた→!」
「うぎゃあーー!!」
 ちょっと気を抜いたスキに、亜美と真美が自分の両方の脇腹をコチョコチョしたから、自分すっごいビックリしちゃったぞ。
 ぴよ子がそれを見て何か楽しそうな顔をしてるし、何なんさーもう。

131: 2012/04/09(月) 02:12:28.39 ID:azZLs3Gk0
「まったく、亜美も真美もくだらないことばっかりやるんだから」
 見かねた伊織が亜美と真美を追い払って、自分の杖をとってくれた。
「アンタも油断してんのが悪いのよ。
 ケガだけじゃなくって、この事務所の雰囲気にも早く慣れなさいよね」

「ありがとね、伊織」
 そう言うと、伊織は顔を真っ赤にして、
「バッカみたい!そうじゃないでしょ!
 “慣れるもなにも、元から自分765プロの一員だからなんくるないさー!”くらい言いなさいよ!
 私が恥かいたみたいじゃないのよ!」
 とか言い出した。良く分からないぞ。

「あらあら~、朝から楽しそうねぇ、うふふ」
 あずささんが自分のホッペに手を当てて、ニコニコしながら話しかけてきた。
 いつものあずささんのポーズさー。

「もう迷子になっちゃダメよ~?」
 どういう意味なんだ。
 芸能界での自分の居場所はココだから、もうどこにも行かないでね、みたいなカンジか?
 あずささんがそこまで考えて言っているのか、ただの思いつきなのか。
 自分には分からなくって、あいまいな返事しかできなかったぞ。

132: 2012/04/09(月) 02:14:45.99 ID:azZLs3Gk0
 すっごく久しぶりで楽しいんだけど、何かが足りないぞ。
 貴音がイベントで直行してるのは聞いてるけど…

「真と美希は?」
 自分は律子に聞いた。
「あの子達は、今日はどっちも同じオーディションに直行してるわね。
 あと少ししたら始まるんじゃないかしら」

「そうだ、俺もあの二人のを見に行かないといけないんだよな。
 響も一緒に行くか?」
 プロデューサーが思いついたように自分を誘った。

「あ、私も今日オフなので行きたいでーす!」
 春香が元気良く手を上げると、千早が制した。
「春香、空気を読みなさい」
「あっ……ごめん、響ちゃん」

「いやいや、何を謝るんさー。一緒に行こう、春香」
 結局、助手席に自分が座って、二人のオーディション会場に向かった。

133: 2012/04/09(月) 02:17:14.21 ID:azZLs3Gk0
 会場は結構な大きさだった。
 とりあえず、二人の控え室に行ってみたけど、二人はいなかった。

「もう舞台袖で待機してるのかもな」
「あ、それじゃあ私ちょっと探してきます!」
 プロデューサーが止めるのを聞かないで、春香は走ってどこか行っちゃった。

 しばらく、プロデューサーと控え室で待つことになった。

「足の具合はどうだ?」
 もはやお決まりのあいさつってカンジで、自分の調子をたずねるプロデューサー。
 以前は、正直ちょっとメンドくさいなって思ってたんだけど、このやり取り、ほっとするさー。
「なんくるないさー」

「あまり無茶するなよ。疲れた時はちゃんと言えよ」
「過保護だなー、プロデューサーは。こんな足の痛みくらい、自分ヘッチャラだぞ」
 ふふん、って鼻を鳴らして気張って見せた。

「過保護にもなるさ。もう、お前にはどこにも行ってほしくない」
 えっ?そ、それはちょっと…
 言った本人もハッとしたのか、すっごくタドタドしくなってるのが分かった。
 うぎゃあー、恥ずかしくなるから止めてよ。美希が聞いてたらどうするんさー。

134: 2012/04/09(月) 02:19:40.17 ID:azZLs3Gk0
「春香のヤツ遅いなぁ。俺も探してくるよ。
 一応アイツらをはげましに行かないと、後でうるさいし。特に美希が」
 照れ隠しだと思うけど、プロデューサーが思いついたように言い出した。
 そりゃそうだね、って自分とプロデューサーは苦笑いした。

 プロデューサーが出ていって、部屋には自分一人だけになった。
 ちょっと寂しいぞ。

 思えば、自分は961プロにいる時、いつも一人だけでやってたんだよね。
 よくそんな事ができたなぁ、って、なんとなくしみじみ感じちゃった。

 結構待った気がするんだけど、皆遅いなぁ。
 ひょっとして、もうオーディション始まってて、プロデューサーと春香は二人と合流できたのかも知れないぞ。

 それならそれで、まぁいいや。下手に行くと、自分迷子になりそうだし。

 トイレに行こうと思って、部屋を出て廊下を歩いてると、後ろから声をかけられた。

「あなた、我那覇響さんね?」
 見ると、二人組みの女の子だった。
 ファンとか、知らない人から名前を呼ばれるのは慣れてるけど、たぶんこの子達はオーディションの参加者だろうなと思った。

「そうだけど」
 そう言うが早いか、自分はその子達に突き飛ばされた。

135: 2012/04/09(月) 02:22:02.65 ID:azZLs3Gk0
「私達、961プロの所属なの。
 せっかく与えられたデビュー曲をあなたに横取りされたデュオよ、覚えてる?」
 そう言われてハッとした。
 自分が横取りした、あの曲を歌うはずだったデュオなんだ。

「覚えてないでしょうね。
 人気アイドルの座を欲しいままにしたあなたが、そんな昔の事なんて」
 もう一人が、そう言いながら自分の右足を踏んづけた。
 気がおかしくなりそうなくらい痛かったので、自分は思いっきり叫んだ。

「叫んだって止めないよ。痛めたのは右足でしょう?
 自分のした事を後悔するのね」
 もう一方も、同じ所を踏んづける。

 止めてくれ、止めてくれって、自分は何度もお願いするんだけど、二人は笑ってそれを許さなかった。
 本当に、右足がちぎれるかと思った。

136: 2012/04/09(月) 02:24:33.75 ID:azZLs3Gk0
 もう、声が枯れるほど泣き叫んだ時、二人のうちの一人が突然後ろに倒れた。
 何が起きたのか分からないうちに、今度はもう一人が誰かに後ろ手に拘束された。

 真だった。

「ボクがちょっと力を込めると、この腕ポキッていくよ」
 拘束されている方の子は、怖さからなのか、体がガタガタ震えてる。
 確かに、真の顔はちょっと怖かった。

 もう一人の方が走って逃げようとすると、美希がその前に立ちはだかった。

「ミキ、ここの審査員の人と顔見知りなの。君達の事も知ってるよ?
 審査員の人にこの事教えてあげたら、君達たぶんオーディション受からないって思うな」
 美希が二人の事をおどした。美希もちょっと怖いぞ。

「何よ!この子だって私に乱暴振るってるクセに、イイ子ぶっちゃってさ!」
 真に拘束されてる子が反論した。

「そうよ、チクられて困るのはアンタ達だって同じよ!覚えてなさい!」
 そう言って、もう一人は走っていっちゃった。
 あっ、って拘束されてる子が言いかけたけど、真がその子を放してあげたので、その子も後を追って走っていった。

137: 2012/04/09(月) 02:27:58.17 ID:azZLs3Gk0
「ケガはない、響?」
 自分の杖を拾った後、真が自分に手を差し伸べた。
 表情が固い。ちょっと緊張してるみたいだった。本番が近いからかな。

「なんくるないさー」
 自分が緊張をほぐそうと、元気良く返した。
 それを見て、二人とも少し安心したようなため息をもらしてた気がする。

 美希が、今の二人の事を審査員に言いつけようかって提案した。
 真も、それに同調してるみたい。
 何でそんな事をするんだ、って自分は二人に問いかけた。

「あのままほっといたら、あの二人はまた同じ事をするかも知れない。
 ボク達、響を守るって決めたんだ。
 許してもらおうとは思ってないけど、そのために出来ることは何でもしたい」
 真が自分の方を見ないで話した。美希もうつむいてる。

 自分は、二人に待ってと言った。
 もう、人を陥れようとするのは止めてほしいさー。

「元はと言えば、先にあの子達にひどい事をしたのは自分なんだ。
 自分が、あの子達が歌うはずだった曲を横取りしたから、デビューが遅れてるんだぞ。
 それに、きっとあの子達だってアイドルを目指したきっかけは、誰かをはげましたいとか、何か夢があったはずさー。
 その夢をつぶすような事はしないであげてよ。お願いさー」

「人をイジメるのも、イジメられるのも、すごく辛いんさー。
 もう、誰にもそんな事してほしくないよ」
 っていうような事を言った、と思う。
 夢中だったから覚えてないけどね。

138: 2012/04/09(月) 02:30:10.12 ID:azZLs3Gk0
 二人は、しばらく悩んだみたいだった。
 美希はジッと下を向いて、真も片手を腰に置いてフゥーッて大きく息を吐いた。

 少し時間を置いて、真が自分の目を見て言った。
「分かったよ響。
 でもね、もし困った事があったら、ボクか美希か、誰かを呼んで。
 ボク達が絶対に何とかするから。
 それにね…」
 そう言いかけて、真が自分の両肩に手を乗せて、ちょっと視線を下に向けた後、もう一度自分を見た。

「響には、何があっても味方でいる友達がいるって事を覚えてもらいたいな。
 どんな事があっても、ボク達は傍にいて響を支えるよ」
 真は、やっとの思いでそれを言ったみたい。
 言い終わる頃には、両手を床についていた。

「本当にごめん、響」

139: 2012/04/09(月) 02:32:26.06 ID:azZLs3Gk0
「止めてよ真、もうすぐ本番だぞ」
 自分が真を起こそうと体をゆすっても、真はかたくなに土下座の姿勢を崩そうとしなかった。
 美希は、もう顔に手を当てて泣いていた。

 このままじゃラチがあかないので、真の両肩を持って思いっきり体を起こしたんだ。
 そうすると、涙と鼻水でグチャグチャの真の顔があった。

「だから、顔を上げたくなかったんだよ」
 たぶん、こんな事を言ってたんだと思うけど、鼻が詰まってて何言ってるのか良く聞き取れなかったぞ。
 思わず、自分吹き出しちゃった。

「何笑ってんだよ!」
 今度はハッキリそう言って、真は怒って、笑った。
 美希も、笑い泣き、いや、泣き笑いかな?
 皆笑ってた。

 友達がいるのは、いいもんだな。

140: 2012/04/09(月) 02:35:01.17 ID:azZLs3Gk0
~6月21日~

 夜明け前、荷造りもひと段落したので、この日記を書く。

 これまで多くの人が自分を支えてきてくれたけれど、自分の中で、何となく違う気がしていた。
 皆の好意はとってもありがたいんだけど、それに甘えちゃいけない気がするんだ。

 一週間前、新沼教授と須羅臼博士に会った。
 自分の足を、もう一度治してほしかったからだ。

 二人の先生は、どっちも目を丸くしていたけれど、自分の真剣な気持ちが伝わったみたい。
 具体的な治療方法を検討してくれた。

 自分の足は既に一度手術してるから、何度も手術を重ねると神経が余計に傷ついて二度と復活しなくなるみたい。
 だから、これから先は自分の自然治癒力、つまりリハビリみたいな事を継続してやって、自分自身の力で治す方法しかないだろうって。

 先生は、治る見込みは極めて低いって言ってたけれど、可能性が高いか低いかなんて関係ない。
 やれる事があるなら、頑張るしかないさー。

141: 2012/04/09(月) 02:39:06.05 ID:azZLs3Gk0
 本気でやるのなら、福岡にある美久満大学の総合病院をお勧めする、って須羅臼博士が言った。
 設備も国内ではかなり充実してるし、診療代もできる限りの援助をしてくれるって。

 福岡……沖縄が近い!なんちゃって。

 だから、突然でごめんね。
 自分は今日の便で、福岡に行ってきます。家族達は、沖縄の実家に預けた。
 この日記も、今日の分を書き終えたら、プロデューサーの机に置いていこうと思う。

 もう誰にも、自分の事をかわいそうとか思われたくないんさー。
 もちろん、765プロの皆がそんな事思ってない事は分かってる。分かってるけど、自分は申し訳なく思っちゃってて、それをどうにかしたかった。

 プロデューサー、もしこれを読んでも、自分の事をかわいそうとか思わないでね。
 自分は、手術をして良かったって思ってるよ。
 だって、手術を受ける前の自分は、自分の心にウソをついてるって気づいていなかったから。
 ダンスがなくても、他に活躍できる場所を見つけて頑張るっていう姿勢は、我ながらとっても大事だと思う。
 だけど、やっぱり自分ダンスを諦めることはできなくて、ダンスがないとダメなんだ。
 手術を受けることで、その気持ちを再確認できたんだぞ。
 だから、ひどい事も言っちゃったけど、先生達にも今は本当に感謝しているんさー。

142: 2012/04/09(月) 02:46:54.39 ID:azZLs3Gk0
 貴音も、真も、美希も、皆本当にありがとう。あとごめんね。
 何も言わずに出て行くなんて、すっごく卑怯だなぁって思うけど、皆にあいさつしたら決心が揺らぎそうだと思ったんだ。
 7ヶ月前かな。一度765プロを辞めた時もそうだったから。
 きっと皆なら分かってくれると思う。自分勝手でごめん。

 でも、絶対に、絶対に戻ってくるから安心してほしいぞ。
 絶望的?ほとんど不可能?なんくるないさー!
 自分は、これから行く病院で目一杯リハビリにはげむんだ。
 毎日毎日一生懸命やれば、きっとまたダンスを踊れるようになると思うから。
 もしかして、手術を受けて人気絶頂だった頃よりもすっごく元気になったりしてね。
 いや、絶対そうなるぞ!

 だから、本当に寂しいけど、どうか自分の事を信じて待っててくれると嬉しいな。
 しばらく会えなくなると思うけど、皆、また会う日まで。
 んじちゃーびら!



追伸
 春香、公園のお墓の手入れをしてくれてありがとう。
 実はあのお墓、ハム蔵が眠ってるんだ。
 もしついでがあったら、これからもハム蔵のお墓に花束を供えてやってあげてね。


~おしまい~

143: 2012/04/09(月) 02:51:15.62 ID:azZLs3Gk0
元ネタは言うまでもなく、ダニエル・キイス原作の『アルジャーノンに花束を』ですが、
響を完璧じゃない状態にしてから物語を始めなければならない都合上、冒頭部分は、
洋画『ベンジャミン・バトン』のワンシーンを元にしています。

タイトルだけ浮かんで、いざ書き始めた時、原作に近づけるには相当な文章量で
書かなければならない事に気づき、後悔しました。
アッサリと読みやすくしたいのに、冗長でくどいSSになってしまい、すみません。

原作がとても大好きな小説なので、その良さが伝わるものに仕上がっている事を
願うばかりです。

駄文長文すみませんでした。失礼致します。

147: 2012/04/09(月) 05:09:09.55 ID:8iYjp0I8o
『アルジャーノン』より面白いと思う。ハッピーエンドだから
またアイマス書いてよね

148: 2012/04/09(月) 06:31:57.38 ID:7y5KP72Co
あの表現的にも内容的にも作品をよく取り上げたものだなと関心する

151: 2012/04/09(月) 07:20:21.08 ID:ycml/9zmo

原作どれも見てないけど引き込まれた
ハッピーエンドでよかった

引用元: 響「ハム蔵に花束を」