1: 2012/05/07(月) 01:27:34.13 
勇者「遂に、辿り着いた……」

 この世界の希望は、胸を昂らせながら。目の前に広がる巨悪の根源が力を蓄えし根城を見つめていた。

勇者「早く行って、力の供給を止めなければ……!」

勇者「……!」

勇者「……扉が開かれた」

 勇者を歓迎するかの様に、扉は開かれた。勇者の顔には驚きの色こそあった物の、直ぐに覚悟を決めた人間の顔だった。

勇者「望む所だ」

 誘われるがままに勇者は巨悪の根源へと、駆け出した。

勇者「はぁっ!」

魔物「ギャー!」

 今までの魔物達とは段違いの実力を持った、有象無象の魔物達を撫で斬りながら、勇者は進む、ただただ進んで行く。

Lv1魔王とワンルーム勇者 1巻 (FUZコミックス)

2: 2012/05/07(月) 01:28:42.63 ID:cvCrYK7B0
勇者「……」

――思えば……色々な出来事があった。子供の頃に、王様の乗る馬車に轢き殺されてから、身寄りの無い、貧しい人生から一変!世界の希望を一身に背負う勇者様だ。確かに、栄光の人生だよな。

勇者「はぁ……!」

魔物「グゲー!」

かなり強いな、今までの奴等が可愛く見える。しかし……こいつ等を統べる魔王と言うのは、一体どれほどの……?

勇者「辿り着いたか……」

俺には、まだ死ぬ事が許されている、確かにこんな体だと、勇者認定されるよな。
俺は希望……この世界唯一の……希望。
俺が居なかったら、皆、絶望を待っているだけだ。
俺は勇者なんだ……だから、魔王を倒す。

3: 2012/05/07(月) 01:30:00.92 ID:cvCrYK7B0
 勇者が、重く、豪勢な、扉を開けると……其処には巨悪の根源が威風堂々と禍々しい瘴気を吐きだしながら立っていた。

勇者「お前が魔王か?」

魔王「……!」

勇者「?」

魔王「お前が勇者か?」

勇者「……」

魔王「……」

勇者「如何にも。俺が勇者だ」

魔王「成程。私は魔王だ」

 多少、奇妙な遣り取りを終えた後、異常に肥大して屈強な数本もの腕と、根本的に全てを支える二本の脚、何人もの人が大量に入るかと想像させる程の異常に肥大しきった胴体、鬼神を更に悍ましくした様な巨大な頭部。そして何よりも、最も恐ろしいのは……黒、全てにおいて黒い、顔も脚も胴体も腕も……全てが、禍々しく、黒いのだ。

魔王「勇者よ、良くぞ此処まで辿り着いた。褒美だ、今までの魔とは違う、魔の真髄を地獄の土産に教えてやる」

なんだ……こいつは?全てにおいて違う……間違い無く魔の頂点だ……こいつを倒せば、確実に世界を救う事が出来る!

勇者「――うおおおお!」

 勇者は、最後の敵へと、駆け抜ける。栄光を得んが為に。

魔王「落ち着きが無いな……」

 勇者が魔王の目の前に立ち、剣を振りかぶった瞬間……勇者は、協会の中で、皺が目立つ、初老の神父の前へと立っていた。

勇者「……!」

神父「勇者殿、貴方が此処に来るのは、幼少の頃を入れて、二回目……でしたね」

勇者「はい……」

神父「相手は?」

勇者「魔王」

4: 2012/05/07(月) 01:30:47.74 ID:cvCrYK7B0
神父「貴方も大変ですね、死んでも蘇る体を持ったお陰で、勇者へと祭り上げられてしまったのですから」

 神父は紅茶をカップに注ぎなから。皮肉混じりに同情の意を話す。

勇者「貴方が、居なければ、俺は勇者になっていませんよ」

神父「最初は冗談かと思いましたね、王の馬車に轢かれた子供の話を聞いた翌日に、貴方が、光に包まれて、此処に現れたのですから」

神父「そして、死んだ筈だと困惑した貴方を見て、確信しましたね、貴方は勇者だと」

勇者「それだけで?」

神父「条件が見事に合致しましたので」

勇者「――世界を救う覚悟がありますか?」

勇者「そう、聞かれた時は、流石に驚きましたよ」

 神父はばつが悪そうに笑みを零す。流石に自らでも、恥かしい事を言った自覚はある様だ。

神父「ははは……お恥ずかしい」

神父「死んでも蘇る事が出来るのが、勇者ですからね。昔から決まって」

男「何故?」

神父「死んでも蘇る事の出来ない人間が、勇者をやっても、無意味だから……かと」

男「案外適当ですよね……神の啓示も無いですし」

神父「貴方が蘇った事が神の啓示ですよ」

5: 2012/05/07(月) 01:31:18.05 ID:cvCrYK7B0
勇者「伝説によると、俺は、後何回……蘇る事が出来ますか?」

神父「悪魔で、伝説だと99回ですね」

勇者「神父様らしく無い言葉ですね」

神父「神は全能ではありますが、伝説は、人が作った物ですので。其れに……元々、神は、必ずしも。全員を助けてはくれません」

勇者「貴方らしい」

神父「貴方も大概ですよ」

勇者「……食いはぐれ無い為には、其の道しかありませんでしたからね」

神父「一昨年まで、面倒を見て貰ってらっしゃったのですよね?」

勇者「剣術や魔法の教育等の英才教育がありましたからね」

神父「挫折は?」

勇者「勿論ありません、元々才能はあった様で、何でも、吸収しましたからね」

神父「そして、昨日、挫折を味わったと……」

勇者「……はい」

勇者「所で……“昨日”と言うのは?」

神父「貴方が死ぬと、一日経ちますからね……」

勇者「そうでしたね」

神父「幼少の頃も、死んでから一日ですよ、蘇りは」

勇者「伝説では?」

神父「さぁ?」

勇者「死体は、光になるんですよね?」

神父「ええ……そして、身体では死ぬ直前の時を回復させた身体が光と共に現れて、蘇る事ぐらいしか、蘇りの事は関知していません」

6: 2012/05/07(月) 01:32:51.53 ID:cvCrYK7B0
勇者「成程、1番強い時で蘇るのを繰り返して行く、そして。魔王を倒す……ですよね?」

神父「はい。伝説によると、ですが」

勇者「お茶、ありがとうございます」

 勇者は、感謝の意を述べると深々と礼をする、本来、真面目ではあるが、其処まで真面目なのは、珍しい事である。

神父「私の前だからって、礼儀正しくする必要はありません」

神父「寧ろ、これからも、本来の貴方を見たいですね」

勇者「……」

勇者「分かった」

勇者「神父様……これから、魔王を倒しに行って来るからな、気楽に待っていてくれ」

神父「はい、お気を付けて」

 勇者は緩やかに笑みを零すと、強い光が勇者の姿を掻き消して行く。

 ……転移魔法。彼が希望である事に人々が文句を付ける事が出来ない由縁の一つである。

神父「……」

神父「――勇者に神の御加護があります様に」

8: 2012/05/07(月) 02:24:38.32 ID:cvCrYK7B0
魔王「死体は光となったか」

魔王「口程にも無かったな」

 昨日、勇者を屠った巨悪の根源は、魔の王座に腰を降ろしていれば、退屈そうに感想を述べる。

魔王「我を立ち上がらせる事すら出来ずに、人の希望は果てた……光となってな」

 クックックと。声を漏らせば、黒色の顔を歪める。

 ――が、歪みは、直ぐに、止まった。自らに通ずる扉が開かれたのだから。

勇者「よう」

魔王「……!」

勇者「何故生きているか?」

勇者「お前が生きていたら、教えてやるよ!」

魔王「……」

勇者「……!」

 希望は、またもや、あっさりと。屠られた。絶望によって。

魔王「跡形も無く、消した。我が魔導によって……」

9: 2012/05/07(月) 02:25:17.03 ID:cvCrYK7B0
魔王「……!」

勇者「驚くなよ、教えてやるから」

 驚く事も無理が無い、完膚無きまでに消した男が、目の前に立っているのだ。

勇者「教えてやるよ」

勇者「俺は、101回蘇る。理由は分からない、ちなみに……後、何回蘇ると思う?」

魔王「……」

勇者「……」

 勇者は剣を抜く。その顔付きは間違い無く、幾千もの修羅場を超えて来た顔だ。

 瘴気が辺りを包んで行く。香りはしないが、音はする……其の音は、人々や悪魔達の断末魔と、風の金切声が交互に、奏でる。不協和音に近い、不快音である。

勇者「98回だよ」

魔王「そうか」

魔王「ハッハッハッハッ!」

 魔王が高らかに笑い声をあげれば、瘴気が、一面に染める。魔王が笑えば笑う程、辺りが、更に黒々しく……恐怖に染まって行く。

勇者「行くぞ……!」

 もはや、焼け糞だった。勿論、玉砕覚悟の突撃は、勇者を恐怖から逃がす事しかしなかった……魔王の手刀によって。

13: 2012/05/08(火) 01:12:33.28 ID:TChkAb9s0
 勇者と魔王が初めて巡り合った時から、数日が経っていた。勇者は、連戦連敗。魔王は、連戦連勝。世界は未だに絶望が支配していた。

 ……希望は懲りずに、またもや、魔王の前に立っていた。

魔王「……力を溜める事が出来ないのだが」

勇者「お前の力の供給が終わったら、人類が滅びるだろ!」

魔王「こんな雑魚を相手にするのにも、力を溜める事を止めなければいけない……か」

勇者「七度目の正直だ!喰らえ!」

 勇者は、低い姿勢から剣を抜き魔王に迫って行く。

魔王「貴様が来てから7日か……」

 希望はみるみる内に迫って行く、そして……一撃は魔王の目の前で……止まった。

勇者「あっ……ぐぅ……」

 ――勇者の動きが止まる。

魔王「単純だな」

 魔王の数本もの腕が、勇者の、首、肩、脇腹を掴めば、容易く潰す。首から上は血を噴き出しながら脆くも転げ落ち、肩はただ単に、潰れた肉塊から骨を露出させ、脇腹からは、じわじわと血と、潰れた臓器が溢れ出していた。

魔王「また死んで来い」

 ……あっさりと、絶命、この7日間ずっと、この様である。

14: 2012/05/08(火) 01:14:08.48 ID:TChkAb9s0
 そして、またもや希望は神父の目の前に立っていた。

 教会の開いた窓が、勇者を照らす。神父は溜息を吐けば、勇者を一瞥し、また、溜息を吐く。

神父「鍛練したらどうですか?」

勇者「だな……」

 そしてまた、強い光が勇者を掻き消して行く、果たして、神父の提案は聞き入れられたのか。

勇者「鍛練……雑魚狩りか」

 勇者は巨悪の根源が潜む城の中。有象無象の魔物達を隈無く撫で斬る様になっていた。

魔物「ぴぎゃー!」

魔物「ぎゃー!」

魔物「げげげー!」

魔物「ガー!」

 多数の断末魔が響き渡る、勇者は、最後の魔物達を軽々しく撫で斬って行ける程強いのだが……魔王は、其れをいとも容易く屠る。勇者が弱いのでは無く、魔王が強すぎるのだ。

15: 2012/05/08(火) 01:15:22.12 ID:TChkAb9s0
勇者「強くなれたのか?」

 巨悪へ通ずる扉を再度開く。相変わらず、魔王は其処に居た、漆黒の瘴気が、二人を惹き立たせる。

魔王「遅かったでは無いか」

勇者「待たせたな」

魔王「死ね」

 魔王の手刀が、勇者を貫い……てはいなかった。

 何時もは、反応出来て居なかった勇者が反応していたのだ、手刀をしっかりと、止めていたのだ。

勇者「はぁ!」

 直様、勇者は、手刀を振り払えば、魔王に剣を振るう

魔王「ぐっ!?」

 勇者の一撃は、魔王の肩に傷を付けたが……絶望が牙を剥いた。

 魔王の脚が勇者の首を捉える、其の瞬間。頭は胴体と別れを告げていた。

魔王「勇者……か……」

 そして、また翌日の朝に、勇者は教会へと蘇る。

神父「……どうでしたか?」

勇者「希望が見えた」

19: 2012/05/09(水) 18:37:27.45 ID:IPDWHj050
魔王「17回目の挑戦か」

勇者「悪いか?」

 そして、17日目の世界を左右する戦いが始まる。

 勇者は、魔王の目の前まで踏み込んで行く。

 対する魔王は、多数の腕にて、勇者の攻撃を“受ける”体制を取る、一日目では想像もつかぬ光景。

 ――希望が強くなって行く。

勇者「はあ!」

魔王「ふん!」

 魔王は自らの脾腹を横切らんとする剣を手刀で受ける。

魔王「良いな……貴様」

勇者「?」

 魔王は、攻防の中、勇者に対して問い掛ける……

魔王「貴様の理想は?」

勇者「お前を倒す事だよ!」

魔王「何故?」

 互いに体は止まらぬ中、勇者と魔王は会話を始めた。きっかけ等はきっと無い、ふと思いついた事を口に出したのだろう。

勇者「――お前の理想は?」

魔王「貴様を倒し、世界を手中に納める事だ」

勇者「何故だ?」

魔王「……」

勇者「……」

 剣と手刀が響き渡る音のみが続く。

20: 2012/05/09(水) 18:37:59.69 ID:IPDWHj050
魔王「……話を変えよう」

魔王「私を倒した“後”はどうする?」

勇者「……!」

魔王「……」

勇者「お前は、俺を後83回倒して世界征服をした“後”はどうする?」

 互いに、動きが鈍る。瘴気が奏でる不協和音が一層、この二人を動揺させた。

魔王「何時は聞き慣れている音だが……」

魔王「今は不快だ」

勇者「俺達って……ただ、目標を掲げているだけなのか?」

魔王「……」

魔王「話すのは、また明日だ」

勇者「なっ……!」

魔王「今は、一人にさせてもらう」

 隙ありと、言った所なのか。勇者の心臓は、一瞬にして魔王の手によって抉られる。

 勇者の口からは、血が絶え間なく溢れて行く。意識も朦朧として行く中、勇者は、自らの存在を意識し始めたのであった。

勇者「ゴフッ……!」

魔王「お大事に」

25: 2012/05/11(金) 00:20:17.86 ID:gQYR9tXF0
遂に、30回目がやって来た。

もう、俺は、魔王を倒せるだろう。

既に、俺の優勢続きだ、昨日で確信した。今日で俺が勝つ。

 勇者は、目の前の扉が開かれれば、魔王の脇へと駆け抜ければ、直様、脾腹を剣によって横一閃を目指し、横に腕を振るう。

魔王「速いな」

勇者「お陰様でな!」

 魔王は“なんとか”手刀で攻撃を凌ぐ。

 反撃をさせる暇も無く、勇者の剣は、果敢に魔王の命を狙う。

魔王「……私を倒したらどうする?」

勇者「倒してから決める!」

分かってる、俺には、何も無いって事を。

分かってる、俺は、空っぽだって事を。

そして、あいつ……魔王だって、きっと……空っぽだ。

勇者「はぁ!」

魔王「ぐっ……!」

 勇者の剣は、魔王の頭を貫く、漆黒の瘴気が溢れ出る。

勇者「うおおお!」

 勇者の剣は、其のまま剣を地面へと、押し通す。

魔王「……!」

26: 2012/05/11(金) 00:22:25.04 ID:gQYR9tXF0
訂正

遂に、30回目がやって来た。

もう、俺は、魔王を倒せるだろう。

既に、俺の優勢続きだ、昨日で確信した。今日で俺が勝つ。

 勇者は、目の前の扉が開かれれば、魔王の脇へと駆け抜ける、直様、脾腹を裂く為、横一閃を目指し、横に腕を振るう。

魔王「速いな」

勇者「お陰様でな!」

 魔王は“なんとか”手刀で攻撃を凌ぐ。

 反撃をさせる暇も無く、勇者の剣は、果敢に魔王の命を狙う。

魔王「……私を倒したらどうする?」

勇者「倒してから決める!」

分かってる、俺には、何も無いって事を。

分かってる、俺は、空っぽだって事を。

そして、あいつ……魔王だって、きっと……空っぽだ。

勇者「はぁ!」

魔王「ぐっ……!」

 勇者の剣は、魔王の頭を貫く、漆黒の瘴気が溢れ出る。

勇者「うおおお!」

 勇者の剣は、其のまま剣を地面へと、押し通す。

魔王「……!」

27: 2012/05/11(金) 00:42:04.42 ID:gQYR9tXF0
……倒した。

……これで終わりか。

この後、どうしようか……悩むな。

魔王「どうした……悲しいのか?」

 本来聞こえる声は、もっと……篭っていて、低い筈だが。其れは、高かった。元々、本来がこの高さと伺わせる。

……!

女の声?

なんだ?……何が起きている?

魔王「……力の溜めが不十分だが、この姿に”戻る”しかあるまい」

魔王「これから力を溜める手段は、幾らでもある」

 先程まで、不協和音を唄い散らしていた瘴気は……讃美歌の様な、美しい音色へと、変貌していた。

 大量の瘴気が魔王を包み込む、勇者は動揺なのか、ピクリとも動かない……嫌、動けなかったのだ。

なんだよこれは?逃げなければ……死ぬ。絶対死ぬ。――逃げろ、全力で逃げろ!……糞っ!

動けよ、体……!

魔王「恐いのか?」

勇者「!」

魔王「無理も無い」

 瘴気が晴れて行き、一つの姿を鮮明に映し出して行く。

 ――其の姿は、鮮やかだった。

…………黒髪の……女?

勇者「!」

 一瞬だった。勇者の目に映し出された者は、勇者が気付く間も無く、希望をあざ笑うかの様に、赤子を捻るかの様に、“消した”。

32: 2012/05/12(土) 00:17:41.46 ID:n94+VXQ+0
勇者「……」

神父「おはようございます」

 消された者は例の如く教会へ姿を現せば、先程まで教会を散策していた小鳥達が散る様に去って行く。

神父「行ってしまいましたね」

勇者「……」

神父「あの様な、警戒心の強い動物は、死んだ人間でも無い限り近寄りもしませんよ」

勇者「行って来る」

神父「早いですね」

 と……神父が問い掛けるが。其の時には、光のみが残っていた。

神父「神の御加護を……」

33: 2012/05/12(土) 00:18:20.88 ID:n94+VXQ+0
――見たい

姿を見たい

顔を見たい

体を見たい

あいつをもう一度、出来るだけ長く見たい

 蹴散らされて行く闇の分身、蹴散らして行く希望、其の目が移す物は、……31度目の黒だった。

 ――扉が開かれる。

魔王を見たい……

勇者「……」

 闇の間へと脚を踏み出す。見えたのは、絶望……

 そして、一瞬。一瞬にして、意識が途切れる。

 またもや、消されたのだ。

40: 2012/05/19(土) 01:20:52.35 ID:E7AOsvaB0
勇者「……うおお!」

 柄にも無く、けたたましく、闇の眷属を葬る。希望の光……其の光は、今にも消え入りそうな光であった。

勇者「はぁ……はぁ……」

 荒げた息は、闇の主へと通ずる扉に掛かる。

勇者「……」

 整えられる息は、希望と称えるには、到底、及ばなかった。

 ――そして……扉が開く。

魔王「弱い」

――また、負けか。

 扉を開いた時には、首から上が頼り無く転げ落ち、緊張の解けた体は、だらしなく中身を垂れ流していた。

魔王「……汚い」

魔王「早く、消えて欲しい物だな」

 そして、日が回れば。協会の神父はいつも通り、弱い光を優しく迎え入れる。

神父「最近早いですね」

勇者「次は、最近遅く……してみせる」

41: 2012/05/19(土) 01:21:27.67 ID:E7AOsvaB0
神父「どうぞ」

 丁寧に、紅茶とパンが置かれる。

勇者「……」

神父「最近、帰って来る事が早いですね。どうしました?」

勇者「真の姿を見せられた」

神父「真の姿……?」

 互いに両者、紅茶を啜る、神父は不安。勇者は焦り。神父と勇者……元の感情は一致している。

 それは、恐怖。

 勇者は、圧倒的な力の差に為す術も無く、一瞬で屠られる事が続き、神父は帰りの早い勇者を何度も見ている。

 死ぬのが早い程、帰りが早い。遅い時に朝9時、通常時に朝7時、早い時は朝5時……其の事を把握したのは、33日目……今日、そもそも、互いが薄々と理解していた事だった。

 其れが、勇者の醜態を示し、二人を恐怖へ誘っていた。

勇者「行って来る」

 そそくさと朝食を詰め込めば、光が勇者を掻き消していた。

神父「あっ……」

神父「まだ……聞きたい事がありましたが……」

神父「神の御加護を……」

 そして、早朝。

神父「早いですね」

勇者「為す術も無い、強過ぎる」

45: 2012/05/20(日) 02:22:50.80 ID:NUHX0y/60
神父「……」

勇者「……」

神父「続ける事が……近道かと」

勇者「分かってる」

 会話を途絶えさせ、掻き消すのは光。其れは34回目の挑戦と言う意味。

 光が希望を掻き消した時……闇の根城の主が座する間では。沸々と蔓延する瘴気、其の中心には、何時も闇の主が君臨をしている。

 瘴気の中心は頂点……闇の頂点なのだ。

魔王「来たか」

魔王「今回も、我が眷属を屠るか……勇者」

魔王「次こそは、持ち堪えて欲しい物だ」

 頂点は、何処を見間違え様が、人にしか見えぬ……が。一つの尻尾が人外たる所以を示す。

 其の尻尾は柔軟性の有る、先端部が鋭利な尻尾。其の言葉で説明が着く。

 魔王「扉を開けるか……」

 頂点は、緩やかに、笑みを浮かべれば、漆黒の髪をくるくるとくねらせる。

 ――扉が開かれる。

 髪は瘴気を靡かす。

魔王「早いな……私直々では無く、我が力に消されるとは」

魔王「まだ弱い」

魔王「……が」

魔王「最近は、身体が残って居るではないか」

 希望の頭頂部からは、考えを司る臓器が上へと溢れ、頭頂部から下は、だらしなく下を向いていた。

48: 2012/05/22(火) 00:17:28.22 ID:ba36Bb/l0
神父「悔しいですか?」

勇者「勿論だ」

 勇者は苦虫を噛み潰した表情で、神父を一瞥すれば、直様下を向く。

神父「自信が無い……ですよね?」

勇者「……」

 少し頭が揺れる、其れは、頷いている様だった。

神父「安心してください」

 神の使いは、軽く一息吐き、柔らかい表情で、場を穏やかにする。

勇者「……?」

神父「誰も貴方を責めませんよ」

神父「貴方が背負っているのは期待では無く、重圧です」

神父「もう少し気を抜いて、次からは期待を背負ってください」

 心無しか、勇者の顔は綻んでいた。

50: 2012/05/24(木) 00:35:47.79 ID:kLVsTJRK0
 ――勢い良く、音が置き去りにされる速さで扉は開かれる。無論。其れは人類の希望である

魔王「……」

 またもや勢い良く、音を置き去りにして、希望を消した。

魔王「早く強くなれ……」

 36日目……37日目……38日目……39日目……常に勇者は、消され続けていた。順調に、無情に、常に一瞬だった。

神父「40日目ですね」

勇者「……」

神父「どうですか?」

勇者「耐えられる……」

神父「耐えられる?」

勇者「最初の攻撃で何時も、俺は命を落としている」

神父「未だ、格の差が大きいですね」

55: 2012/05/27(日) 00:38:08.51 ID:M1prS/GJ0
神父「……」

 神父の穏やかな瞳が勇者を優しく見つめる、其の目には皺が寄っており、其れが神父の人格……善人である事を一目で理解させる。

勇者「でも……今回は、耐えられそうなんだ」

神父「ほぉ……」

 光が自信を持つ男を掻き消す。

 其の光景を神父は、ただただ見詰めていた。

 ――慈愛に満ちた瞳で……

勇者「変な、おっさんだな……」

 宿敵への扉を開く、宿敵は何時もの様に、黒い何かで、希望を掻き消さんと、勇者を狙う……一歩も動かずに。

今なら見える、この……瘴気が……!

何時もなら、見えずに一瞬で、消されていた……

今なら、其の速さに付いて行けるッッ……!

勇者「うおおお!」

魔王「……!」

反応したか……面白い……流石、私が認めた男だ。

 希望の切っ先が、絶望の瘴気を……横から掻き消すかの様に、扉を伝う壁ごと薙ぎ払う。

勇者「……」

魔王「……」

今になって……やっと……姿を見た……

……美しい、この女が魔王……

 勇者の目に写ろうのは、可憐な美少女。瘴気を纏う漆黒の髪。全てを吸い込む秘宝の様な黒色の瞳。簡素な造りだが、其れが着る者の美しさを理解させる黒色のドレス。唯一、人外を示す、漆黒の瘴気を纏う、矢印の形をした尻尾。そして、何よりも、今迄……全ての四つの黒を否定するかの様に白い……白磁の様な肌。

 “一つを除けば”人だった。

56: 2012/05/27(日) 00:39:01.54 ID:M1prS/GJ0
魔王「偉い」

勇者「……?」

魔王「よくぞ……ここ迄、耐えた」

 華奢な少女は、笑みを浮かべながら、勇者を手招きをする。

魔王「撫でてやろう」

魔王「来い」

 絶望に手招きをされた希望は、ピクリとも微動だにしなかった。

勇者「断る」

魔王「この私が、愛でてやろうと言うのに……つれないやつだな」

 勇者は溜息を付けば、魔王に、獲物の切っ先を向ける。

 魔王も微動だにせず、ただただ……勇者を見詰めていた。

勇者「一つ聞きたい」

魔王「ここ迄耐えた褒美だ、聞いてやろう」

勇者「“お前”は、今迄何処に居た?」

57: 2012/05/27(日) 00:39:40.54 ID:M1prS/GJ0
 ――沈黙……二人の間には何も無いが、沈黙が場を支配していたが……直様其れは、終わった。

魔王「今迄私は、十日前迄、貴様が闘っていた、道具に居た」

勇者「……」

魔王「アレは力を溜める道具にしか、過ぎない」

魔王「あの、巨大な腹部に居れば、私は力を迅速に溜める事が出来たが……貴様が、見事に壊したからな」

魔王「面倒だが、私直々に、世界を支配しよう」

勇者「道具であの強さか……」

魔王「当然だ。私のお気に入りだからな」

勇者「けど、世界はお前の物にならない……」

魔王「……?」

 希望が剣を構える。堂々と……

 絶望は、遂に……身体を動かす。

 椅子から魔王は立ち上がる。

勇者「……!」

魔王「来い……格の違いを見せてやろう」

67: 2012/05/30(水) 00:21:42.89 ID:FczIAXX60
 緩やかに堂々と、少女は、裸足の足を前へと進める。

 爪先は、勇者を捉えている。

勇者「……」

魔王「どうした?臆したか?」

 ――其の時。

 勇者の目の前には、敵が存在。

 音を超えた手刀が勇者を襲う。

 魔王の体制は、只、立ち尽くしているのみ、腕以外は、ピクリとも揺れる事は無かった。

勇者「く……!」

 勇者の剣は、確実に手刀を抑える。

 乱雑に勇者を襲う手刀は、止む事無く、じわりじわりといたぶる。

勇者「……」

反撃の機会が……無いっ……!

68: 2012/05/30(水) 00:22:15.91 ID:FczIAXX60
魔王「ふん。ほら……更に行くぞ」

 魔王の足が地面を踏み込み、前へと進む。

 乱雑な手刀は、数が増えて行き、絶望が前へと進む度、希望は後ずさる。

勇者「糞……!」

 成す術も無かった。勇者の剣は、敵の攻撃が増えて行く度、反応が遅れて行く、限界は目の前に迫っていた。

魔王「そろそろ飽きたぞ……」

勇者「……?」

魔王「さらばだ」

 先程迄反応をしていた、剣は、力無く手元から零れ落ちる。

 未だ埋まらぬ差が、世界を絶望に染める。

72: 2012/06/06(水) 02:12:03.91 ID:vFDR0pWI0
 41度目の7時への帰還。

 帰還を果たした男の顔は自信に満ち溢れていた。が……直様、体を地へと、揺るがせ、落とし込ませた。

勇者「はあ?……疲れた!」

勇者「それに……あれだけ攻撃を堪えても、7時かよ!」

神父「ふふっ……」

神父「冷静さがありませんね……どうしました?」

勇者「嫌……魔王の攻撃を頑張って、防いで粘ったのに、帰って来るのが7時だったから……」

神父「前よりはマシでしょう?」

勇者「……ああ」

 素朴で質素だが、動物達が華やかに命を奏でる協会の中、其の主……神父の問いに対して、静かに同意をする。

 其の姿は、大胆不敵であり、間違い無く、勝利を確信した者の姿であった。

 ――が。

 世界を楽観視している者。世界を滅ぼす草分けに成らんとする者。

 其の差は未だ歴然だった。

73: 2012/06/06(水) 02:13:06.13 ID:vFDR0pWI0
 闇の化粧を纏う者、其の姿は自らを更に引き立たせる為に纏っている様であった。

 今日初めて、自らの意思で、闇を纏っていた。

魔王「ふふふ」

 闇の中で、不敵な笑みが零れる。

 其の笑い声は、やはり……幼い。

魔王「奴め……今の私の姿を見たら……何と言うか?楽しみだ……」

 其の笑い声の主の背後には、反応を期待されている者が立っていた。

勇者「ああ……」

勇者「何も見えないな!」

 背後から、切っ先が垂直に、風の速さ……疾風の如く、声の主に襲い掛かる。

 声の主は軽々しく、右足を軸に半時計回りをすれば、闇の化粧を、背後から襲い来る剣を躱すと共に拭い去る。

 そして、向き合う二人の宿敵。

 闇の主は不機嫌に頬を膨らませる。

 期待を背負う者は、真剣……一寸も揺れぬ視線を闇の主に送っていた。

魔王「……」

魔王「的確だ」

78: 2012/06/09(土) 17:32:17.66 ID:VoA0YgMQ0
魔王「が……」

勇者「?」

魔王「的確だが……つまらない」

魔王「貴様は、私をもっと愉しませろ……愉悦を味合わせろ」

勇者「……」

 退屈な王は興が醒めたのか、僅かに溜息を吐く。其の溜息からは漆黒の瘴気が溢れて行く。

勇者「俺は、お前を楽しませる為に……此処に来た訳では無い!」

 一寸も揺れぬ視線は、 みるみる内に力を増して、其の先に居る者を威嚇する。

 ――が、視線を送られる者は、不敵に微笑む。

 其の瞬間、42度目……世界を賭けた、闘いが始まった。

79: 2012/06/09(土) 17:33:33.97 ID:VoA0YgMQ0
 先手を切ったのは勇者だった。

勇者「はあ!」

魔王「むっ……!」

 一息で敵の懐へ潜り込めば、手傷を与えんと、剣を振り抜く。

魔王「ふふ……!」

 降り抜かれた剣は、易易と、宙へと身を翻した者によって、上から下へと、踵によって、手から蹴り落とされる。

勇者「くっ!」

 ――絶対絶命。

 蹴りの衝撃で、剣を持っていた手は、形を保っておらず、激痛で顔が歪む。

魔王「ハハハ!」

 休む間も無く、追い討ちが襲う、命辛々と、一寸の所で攻撃を、右へ、左へ、下へ、左へ……と避けて行く。

糞……!反撃の隙が無い……

魔王「どうした?」

魔王「私は、脚しか使っていないぞ?」

勇者「な……!?」

 非常な真実への動揺……其の一瞬の隙が、弱者を消す。

 勇者の首から上は、斜めへと寸断する脚によって、無様に、不細工な形を成していた。

83: 2012/06/10(日) 12:47:32.46 ID:RMAmrSzX0
 不細工な“物”を尻目に魔王は溜息を漏らす。

 小さな口からは、黒い瘴気が溢れる。

魔王「……日を追う毎に強くなったな」

魔王「私は待っているぞ」

魔王「ずっと……な」

 緩やかな笑み、其の笑みは、慈愛なのか……愉悦なのか……其の事は当の本人にしか分からない。

魔王「ようやく、私と渡り合える者が来た……簡単に手放してたまるものか」

魔王「我が眷族を屠った事も許してやるさ」

魔王「今は貴様に夢中だ」

魔王「と言っても……死んでるか」

 少しの倦怠感か、“物”の上に覆い被さると、静かに瞼が閉じて行く。

84: 2012/06/10(日) 12:48:26.77 ID:RMAmrSzX0
勇者「……」

神父「丁度7時ですね」

勇者「何時も起きるのが早いな」

神父「神父ですので」

勇者「……」

神父「年寄りですからね」

 皺の寄った目元を歪ませて、口元は緩やかに、微笑む。

勇者「その割には、年齢より老けて……」

 と……言いかけた瞬間、この世の歪みを体感するかの様な言葉を勇者は、耳に入れてしまう。

神父「私は……元宦官ですからね」

勇者「……」

神父「気にしないでください」

神父「宗教上、やる事が昔は沢山あったので」

神父「今この教会を持てたのも、其のお陰です」

勇者「絶対勝つ……」

神父「……貴方ならこの世界すらも、変えられますよ」

89: 2012/06/11(月) 03:05:59.14 ID:+Q7329kv0
――この男は、俺に期待を“しすぎ”ている……俺は世界を変える気は、毛頭も無い……魔王を倒す。

――それだけで十分。

勇者「行って来る」

 神の使いの期待を一瞥すれば、勇者は光に包まれて行く、其の目は、既に宿敵を見ていた。

神父「……」

「絶対勝つ」は、私に対する慰めでしょうか?やはり、彼は歪んでいますね、行動原理が普通とズレている。

それでも、信じていますが……

神父「神の加護を……」

 深々と、祈りを捧げる……其の祈りは、世界の為。

90: 2012/06/11(月) 03:06:27.52 ID:+Q7329kv0
魔王「43」

勇者「数えていたのか」

 光と共に、現れる男、其の男の目の前には。

魔王「一応だが……」

 死体があった場所に立ち尽くしている、女、其の女は、外が見えない空間でも、遠くを……遥か遠くを見ている様に、黄昏ていた。

勇者「随分と余裕だな」

魔王「貴様如きでは、まだ相手にならないな」

勇者「俺だって、強くなったけどな……」

魔王「良い……」

勇者「……」

魔王「来い」

 疾風……風の音と共に男は、首を掠め取らんと、斜めに剣を上へと振る。だが、余裕満々と、狙われる女は、其れを、指先で掴み……止める。

魔王「指先なら、掴めるな」

勇者「くっ!」

 剣を抜こうと、思案するが……どうしても、抜け無い、体を精一杯に、全力で使うが……抜ける事は無かった。

魔王「雑魚」

 文字通り相手にならない、漆黒の瘴気が勇者の首を上へと、掴み取った。体は、剣を掴みながら崩れ落ち、頭部は、軽々しく放り落ちた。

94: 2012/06/12(火) 23:54:53.36 ID:Q7sOdgsK0
勇者「54回目の朝か……」

神父「時の流れは、早いですね」

勇者「一瞬で殺されていた頃が懐かしいよ」

神父「今でも殺されるでしょう?」

 清々しい朝8時の協会、其処にはいつも通りの二人が黒い冗談を交えながら談笑していた。

 一人は、常に其処に居て、一人は、毎日少しだけ其処にいる。

勇者「そろそろ行くか」

神父「今度は勝てますか?」

勇者「まだ、勝つのは難しいな……」

神父「最近復活が遅いですから……」

神父「後少しでは?」

勇者「簡単に言わないでくれ」

 光が青年を掻き消す。

 其の光もいつも通り、暖かかった。

96: 2012/06/13(水) 16:58:21.08 ID:HkRt50Oy0
魔王「おや……勇者か」

勇者「……」

 玉座が揺れる、光が現れると共に……

勇者「名前で呼ぶか……魔王」

魔王「貴様が居ない時は、良く名前を呼んでいたぞ?」

俺も心の中では、あいつの名前を呼んでいた……な。

魔王「最近……私と対等に渡り合える様になったではないか」

勇者「世辞は結構」

魔王「可愛く無いな」

勇者「行くぞ」

魔王「来い……勇者よ」

 少女の肩に、剣が一直線に振り下ろされる。二人の間には、其れなりに距離があったのだが……だが……其れは、勇者の力が其れ程迄に上がっていると言う事である。

魔王「……!」

 軽々しく後ろへ退く、振り下ろされた剣は上へと振り上げられ、続き様に少女を狙う。

 紙一重で振り上げられる攻撃を避けると……肩と脾腹と目と膝を執拗に素早く連続した斬撃が少女を襲う、避けて行く少女の布に切れ目が付いて行く。

 ――が……少女もこのままでは終わらない、仮にも魔王である。

魔王「反撃だ……!」

97: 2012/06/13(水) 16:59:26.13 ID:HkRt50Oy0
 少女は目を貫かんとする突きを体を逸らし、快くぐると、勇者の懐に疾風の如く肉薄する、

勇者「なっ……」

 小さな手からは、想像出来ない威力の掌底が勇者の脾腹を襲う。

 危険を感知した勇者は手首に全身全霊を掛けて、剣を手首のみで動かして、くぐもった体制をした少女の背中を狙う。

 しかし、瘴気が其れを許さなかった。

 形の悪い丸を描いた、瘴気は勇者の剣を、包む様に止めた。

魔王「行くぞ」

勇者「糞……!」

魔王「今回も結構、耐えているな」

 ――魔王が肉薄してから僅か、5秒……少女の掌底が勇者の脾腹を貫く。

勇者「かはっ!」

 勇者は力無く崩れ落ちる、脾腹からは血肉と臓が、止め無く溢れて行く。

 震える体、顔は苦しみに染まり、今でも目は閉じて行きそうだった。

勇者「がはっ……!」

 最後の線が切れた様に、口内に溜まった血を吐けば、必死の形相のまま崩れ落ちる。

魔王「……」

107: 2012/06/20(水) 03:27:42.35 ID:W0Rs3tBB0
勇者「……」

神父「お帰りなさい」

勇者「……?」

神父「……言って見たかっただけですよ」

勇者「へぇ……」

神父「次は55回目の挑戦ですね」

勇者「半分以上死んだのか……」

神父「貴方なら、平気かと」

神父「私の様な年寄りと違ってね」

勇者「年寄り程の年齢では無いだろ」

勇者「むしろ……中年……」

勇者「……」

神父「……」

勇者「ありがとう」

神父「無茶をし過ぎては駄目ですよ?」

勇者「?」

神父「一応……心配ですから」

勇者「分かった」

 光が掻き消して行く希望、其の行先は何時も一つ。

神父「頑張れよ……」

神父「……」

神父「神よ……」

私には祈る事しか出来ません。

108: 2012/06/20(水) 03:28:48.96 ID:W0Rs3tBB0
―――――――――――――――――――――

何時も如何なる時代も、強者は弱者を弄び、蔑み、笑う……

そんな糞にまみれた世界において。

“俺”は希望を失いつつあった……

少年「はぁ……お偉い様の相手は疲れる」

 黒く長い髪を靡かせる中性的、女性の様に繊細な顔、そして華奢な身体……其の様な特徴を持つ少年は、発展を進める国に位置する、これまた発展を続ける宗教の大聖堂からゆっくりと姿を表した。

少年「宗教ってのは、疲れるな……」

少年「まぁ……売られた身分、しっかりと働くか」

少年「それに……」

少年「どうにかして……権力を……」

この国……この世界は、歪んでいる。だから俺が変える必要がある……この世界を、例え宦官になろうとも……変える。

少年「……」

……今日は何処で寝るかな?駄賃をお偉い様からもらったからな、適当な宿に泊まるか……野宿か……

少年「金は貯めなきゃな……野宿だ」

110: 2012/06/21(木) 18:30:38.69 ID:LnJHCYrS0
少年「よいしょっ……」

 少年は静かに腰を降ろした、場所は先程とは打って変わって、貧民街。

 貧相な姿をした者が犇く中で、少年も貧相な布に姿を変えれば、仲間である。

何時も大聖堂で寝泊まりしてたからな……

あそこには、もう、夜に居たく無い……野宿の方がましだな。

初めて来たけど、そこまで悪い所では無いな。

―――――――――――――――――――――

運命の出会いって、必ずある

その出会いが俺に全てを教えてくれた

そいつが俺の全てだった

きっと離れる事は無い

でも……

―――――――――――――――――――――

少年「さて……そろそろ寝るか」

「えー!早いよ!」

 其の出会いは、確実に少年に希望を与えていた。

111: 2012/06/21(木) 18:32:20.57 ID:LnJHCYrS0
少年「……は?」

「まだ早いって!」

……なんだこいつは?可愛い……違う。

貧相な姿、ここの住人に似つかわしく無い程、明るい……

少女「あっ!名乗って無かった!ごめんね!」

少女「私の名前は少女!君の名前は?」

少年「……少年」

少女「よろしくね!」

 少年の名を聞いていたのか、少年が名乗った途端に、挨拶をする少女……一言で掴み所が無い。

少年「所で、何の様でしょう?」

とりあえず……演技を……

少女「私ね!この街に同年代の人が居ないから、寂しかったの!仲良くなろ!?」

少女「それと……」

少女「道化は上手だけど、私の前だからって礼儀正しくする必要はないよ?」

少年「なっ……」

少女「良い?」

 少女は、人差し指を少年の鼻に向ける……少年は呆気に取られた様に身をたじろかせる。

少年「……」

少年「分かった」

112: 2012/06/21(木) 18:33:21.77 ID:LnJHCYrS0
少女「よし!」

得意気だな……

少女「君、親は?」

少年「生き別れてな、身寄り無しだ」

少女「私と一緒だね!」

少年「……」

少女「ここじゃ、寝辛いと思うからウチに来なよ!」

少年「は?」

少女「良いから!」

 少女は、少年の腕を勢いよく其の手に掴めば、全力で周囲を顧みず、駆け出した。

少年「うわわわわ!おい!あぶねーぞ!待て馬鹿!」

 少年は引きずられる様に、少女に連れられれば、少女の家に着く頃には、一緒に走っていた。

113: 2012/06/21(木) 18:34:00.01 ID:LnJHCYrS0
貧民A「お!少女ちゃんじゃないか!元気にやってるか?」

貧民B「流石!俺達の希望!元気だね!」

少女「うん!じゃーね!」

少年「知り合いか?」

少女「うん!友達!」

 少女の荒んだ家の前で会話をする貧民達は、少女に見掛けると言葉を掛ければ、直ぐに姿を消した。

少女「ここが私の家!どう?汚いでしょ!?」

少年「……汚いな」

少女「ささ!入って!入って!」

 ギギッと音を上げながら、古い扉を開ければ、少年ん中に迎え入れる。

……少し散らかってるけど……小綺麗だな。

少女「好きな所で寝て良いよ!」

少年「……ありがとう」

少女「気にしないで!同じ人間だし!」

118: 2012/06/22(金) 03:18:54.46 ID:0Hhzwf3M0
 染みの多い天井。

 其れを見つめながら、少年はベッドの上で横になっていた……隣には少女が居るが……

少年「……なあ」

少女「なーに?」

少年「どうして一緒に寝る?」

少女「……お母さんに似てるから」

少年「……何処が?」

少女「髪」

 唇がピクリと動く、髪の長さは触れて欲しい物では無い……其の髪は恥だが必要不可欠な物である。

 少年が生きて行く為に……

少女「ごめんね」

少年「えっ?」

少女「触れて欲しく無かったよね?」

少年「……………………うん」

―――――――――――――――――――――

何時もこうやって

俺の心の隙間を埋めて行く

最高のお人好し

だから不幸なんだよ

頼む

俺の中に入って来ないでくれ……

―――――――――――――――――――――

少年「街の人間……」

少女「ん?」

少女「良い街でしょ!」

少女「暗い雰囲気で、朝昼は!晴れてても暗いけど、夜はとってもムードが良いよね!」

少年「違う」

少女「え?」

少年「人間だ……」

少年「どうして、あの暗い街の暗い人間が、少女の前だと明るい?」

少女「……え?」

少女「皆、常に明るいよ?」

119: 2012/06/22(金) 03:19:47.75 ID:0Hhzwf3M0
見解の違いだな、皆常に明るい訳では無い

ただ、少女の前だと貧民全員が明るいだけだ

少女が居なくなると全員が元に……暗くなる

教えるのも野暮だな、少女には不思議な力がある

少年「そっか」

少女「?」

少年「何でもないよ」

少女「えー?」

―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――

 世界の何処かにある黒い黒い水溜まり。

 其処に座り込んで居るのは白磁の肌に、何も纏わぬ少女。

 其の少女は常に泣いていた。

「ひっく」

「ひっく」

「ひっく」

「ひっく」

 其の少女の瞳からは、黒い黒い涙が溢れていた。

 其の涙が、黒い黒い水溜まりを形成していたのだ。

 少女が何故泣いているのかは、誰にも分からない。

 一つ確かなのは、とてもとてと禍々しい事だ。

―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――

少年「……良く寝た」

少女「すぅー、すぅー」

少年「……」

まだ寝てるのかよ、もう朝だぞ。

120: 2012/06/22(金) 03:21:21.40 ID:0Hhzwf3M0
少女「ふわー、良く寝たね!」

少年「だな」

昼まで寝ると思ったら、直ぐに起きたな。

少女「♪」

……そろそろお偉い様の相手をしないとな。

少年「ちょっと出掛けてくる」

少女「何かあるの?」

少年「用事」

少女「戻ってくる?」

……今日でさよならかと思ったけど、まだ居る必要があるのか。

……頼まれた事を受けるのも、神父の役目だな。

少年「何言ってんだ、戻るよ」

 少年は、大聖堂へと駆け出した。

 表情には、苦悩の二文字が浮かんでいるが、大聖堂の前へと立てば、其れも消えていた。

少年「……ただいまやって参りました」

「おお、話に聞いてはいたが……素晴らしい」

初対面のお偉い様か……

少年「お褒めに預かり、光栄です」

「おお……早く行こう」

…………

124: 2012/06/25(月) 00:25:08.11 ID:8FzB804l0
少年「……」

汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い

けど、大丈夫……

きっと見返す時が来る

 混乱する感情、おぼつかない足取り、焦点の合わない目、だが……しっかりと少年は、貧民街へと向かっていた、

 貧民街へと着く頃には、少年の異変は収まっていた。其れは何時も通りの少年だった。

少女「あっ!おかえりー!」

少年「あっ……ああ」

少女「思ったより早く帰って来たね!」

もう、夕方だけどな

少女「……」

少女「ねぇ」

少年「……!」

少女「お家帰ろっか?」

 優しく、朗らかに、明るい笑顔を少女は少年に向けた。貧民街の人間は少女と少年を笑顔で見守っていた。

 だが……何よりも少年には少女が眩し過ぎた。

少年「ああ」

125: 2012/06/25(月) 00:26:27.33 ID:8FzB804l0
少女の家へと向かう最中、貧民街の街並みには人は誰も居らず、喧騒も無い、逆に貴族街の喧騒が夜の貧民街に響き渡っていた。

少年「……」

少女「……」

少年「あ……」

少女「……元気無いね?」

少女「どうしたの?」

少年「疲れる用事があってな……」

少女「疲れたら、よーく!休んだ方が良いよ?」

 優しい瞳が少年を見詰める、少年は不意に目を逸らしてしまうが、直ぐに目を合わせるが……彼女の瞳は全てを見通している様で、少年にはとても痛ましい物だった。

少年「だな」

少女「うん」

どこまでも優しくて、お人好し……

少女「もう、着くよ!」

126: 2012/06/25(月) 00:27:04.34 ID:8FzB804l0
少女「到着ー!」

少年「……」

 鈍い音を立てながら少女の家へと入って行く、その中は昨日と変わらなかった。

少年「あっ……そうだ」

少女「何?」

少年「これからお世話になる見たいだしな、あげるよ」

 少年は布の下から可憐なピンクのドレスを取り出し、少女に差し出す。

少女「結構皺あるね……」

少年「隠してたからな」

少女「少年って、悪い男だね……」

少年「気に入らなかったか?」

少女「ううん……とても嬉しい!今度少年と一緒出掛ける時に着る!」

……そう言われると嬉しいな

でもこれさ、お偉い様から貰った金で……最低だな俺

少年「貧民街では着ないのか?」

少女「皆に悪いもん」

少年「……意外と気配り出来るんだな」

少女「えー!なにそれー?」

127: 2012/06/25(月) 00:27:35.93 ID:8FzB804l0
 二人しか居ないリビング、其のテーブルにはこれまた二人分の料理が並べられていた。

少女「じゃーん!」

少年「……食べて良いのか?」

少女「良いよー!朝には、パンと紅茶を置いてたんだけど少年が行っちゃったから食べちゃったー!」

少年「……朝にはパンとコーヒーじゃないのか?」

少女「朝にはパンと紅茶だよ!」

そこは、自由だな……今度から紅茶にしてみるか。

少年「いただくよ」

少女「少ないけど大丈夫?」

少年「大丈夫」

131: 2012/06/28(木) 02:46:51.79 ID:jgWn8Wvx0
 翌朝、少年は抱き締められながら目を覚ました。

少年「……」

あれ?

何もして無いよな?どうしてこうなっている?あれ?あれ?いや、大丈夫……

少女「うーん……」

少年「……離れろ」

少女「あー!ごめんね!」

少女「少年が泣いてたから、抱きついて寝ちゃった!!」

少年「あっ……そう」

……何と言えば良いんだよ。

少女「何はともあれ……」

少年「?」

少女「今日も出掛けるの?」

少年「ああ……」

少女「そっか!」

 少女は朗らかな笑顔を少年に向け、リビングへと向かう為階段を降りる。

少女「朝ごはんは食べてねー!」

少年「はいはい……」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 少年と少女が生活をする国の国王は、下卑た笑顔で占い師を見守っていた。

王「どうだ?」

占い師「間違いありません、あの遥か遠い向こう……東に世界の災厄がこの世の憎しみを持って産まれて行きます……」

王「間違い無いか?」

 王の笑顔は消え、下卑た表情は変わらず占い師を凝視していた。

大臣「他の国と結果は同じですね……」

王「うむ」

王「他の国と連携して、占い師が指す方に兵を向ける」

大臣「……もし、伝説と同じ存在が居たら?」

王「我は何も悪く無い、屑共が勝手に我を憎んでいるだけだ」

王「それと……」

王「占い師は殺しておけ」

135: 2012/06/30(土) 15:18:15.47 ID:dpBgJhV50
少女「はい、出来たよー!」

 朝の食卓には、少女の手によってパンと紅茶が並べられた、其の光景を少年は呆然と見ているだけだった。

少年「手際良いな……」

少女「勿論!」

少女「川の上にある様な街だからね!川から魚を獲ったり……」

少年「パンと紅茶には関係無いだろ」

少女「うー……」

 其処からは黙々と朝食を口に運んで行く。

少年「ご馳走様」

少年「行ってくる」

少女「待って」

少年「……」

 少年の身体が硬直する、全身からは汗が滞り無く溢れている。

少女「どうして、朝に出掛けるの?」

少年「……俺」

少年「神の使いだからな、朝には礼拝しなければいけないんだ」

少女「そうだったんだ!宗教の人なんだ!」

少女「どうして貧民街に居るの?」

少年「一番野宿に適しているから」

 目を合わせる事が出来ない、嘘と真実を混ぜた答えが少年に罪悪感を背負わせる。

少女「疲れたら休んでたって良いんだよ?」

少年「……行ってくる」

136: 2012/06/30(土) 15:19:38.84 ID:dpBgJhV50
「貴方が……噂には聞いていたけど、美しい……」

 大聖堂の一室。

今日は女のお偉い様か……

「よろしくね……」

汚い、汚らわしい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ひっく」

「ひっく」

 黒い水溜り、其処に座り込み泣いている少女を5万の軍勢が取り囲んでいる。

「黒い涙を流す少女」

「黒い水溜り……」

「此処から先は海……」

「此処が最東端……」

 各国の王が派遣した軍の将校達は一様に少女を凝視している……

「それにしても……なんと美しい……」

「まだ餓鬼だろう」

「異変があれば戦えとの通達だ……あの少女はまさしく“異変”だろう」

「始末するのみ」

 一人の将校が兵達に目配せをする、すると、一人の兵士が剣を構える、其の狙いは間違い無く少女の首だ……

「やれ……」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 夜、少女の家へと向かう最中……川が面する道の中、少年は一足早く出会ってしまう。

少女「おかえりー」

少年「家じゃないのか?」

少女「少年を待ってたの!」

少年「……どうして?」

少女「遊ぼ!」

これはまた、唐突だな……

137: 2012/06/30(土) 15:20:17.77 ID:dpBgJhV50
少女「ほら!少年のくれた服着てみたよ!」

少年「意外と似合ってるな」

少年「何処に遊びに行く?」

少女「んー……」

少年「……」

少女「貴族街!」

 少女は貧民街の上の丘に存在する貴族街に指を指す、少年は怪訝な顔を隠す事は出来なかったが、大人しく同意をする。

少年「良いよ、行こう」

少女「?♪」

少年「一度家に戻って良いか?お前は既に着飾っているが、俺も着飾らないと、貴族街には入れないからな」

少女「分かった!」

敵わないな、本当。

138: 2012/06/30(土) 15:21:15.07 ID:dpBgJhV50
 綺麗に着飾った二人は、貴族街へと繋がる坂を、ゆっくりと登っていく。

少女「長いね……階段」

少年「本来、貴族街には馬で行くからな、出る時もだけど……」

少女「馬……」

少女「お金持ちだね……」

少年「王国の城下町の富裕層とは、比べる事も出来無い程の金持ちだからな、基本お偉い様しか居ないよ」

少女「凄いんだね」

少年「坂を越えたら別世界だよ」

少女「……」

 少女は胸を高鳴らせ、少年の顔を見詰めながらも重い足取りで坂を登って行く。

139: 2012/06/30(土) 15:22:05.25 ID:dpBgJhV50
少年「さぁ、着いたぞ」

仕事で此処に行く事も大して無いけど……相変わらずだな。

少女「わああ……!」

少年「余りはしゃぎ過ぎるなよ」

 二人は門をくぐり、貴族街へと足を踏み入れる。

少女「何処行く?」

少年「お腹空いたから、夕食に行こう」

少女「おー!」

少年「はしゃぎ過ぎ……」

 二人は夕食を食べる為、近くのレストランへと足を動かせる。

140: 2012/06/30(土) 15:23:39.03 ID:dpBgJhV50
 豪華な飾りと明かり、礼節を重んじるウェイター、上質な料理が貴族街のレストランである、絶対条件。

 この店は其れ等全てを当然の様に兼ね備えていた。

少女「……」

 少女は呆然と席に着けば、其のまま微動だにしていなかった。

少年「??で」

「かしこまりました」

少年「みっともないから、しっかりしてくれ」

少女「はっ!」

 少女は、意識を取り戻したかの様に我に帰る。

少年「上品に食べろよ」

少女「……」

少年「分かった分かった、テーブルマナーを教えてやるから」

141: 2012/06/30(土) 15:24:11.39 ID:dpBgJhV50
少女「美味しかったね!」

少年「声がでかい」

少女「うぅ……」

少年「さて、お金を払わないと……」

「??です」

少女「あっ、私も払わないと……」

 少女が、もっているポーチから金を出そうとすると、少年は其の前にお金を払ってしまう。

少女「あっ……」

少年「お前には、払い切れ無い程の借りがあるからな」

少女「悪いよぉ……」

少年「はいはい……」

少年「次は何処に行く?」

少女「んー……星が綺麗に見れる所かな?」

少年「分かった、行こう」

 二人は、星の見える所へ……レストランを後にする。

142: 2012/06/30(土) 15:25:47.60 ID:dpBgJhV50
 丘と言って良いのか、崖と言って良いのか、人気の少ない高台に少年と少女は居た。

少女「まだ高い所があったんだね……」

少年「ちょっとした林を抜けないと駄目だけどな」

少女「良く見つけられたね」

昔、辛い時に行った記憶があったからな……

少女「私……ここに行った事あるかも」

少年「?」

少女「もう居ないけど、お母さんと行った記憶があるの……」

 煌めく星々が二人を照らす、其の星々を見上げながら少女は身体を震わせ涙を流す。

少年「……」

少女「ずるいなぁ……星は変わらず綺麗だね」

 少年は優しく少女の頭を撫でる、少し微笑みながら、少女は少年を見詰める。

……辛いんだな

少女「ねぇ……」

少年「……」

少女「大聖堂行くのやめようよ……」

143: 2012/06/30(土) 15:33:34.80 ID:dpBgJhV50
少年「……何故?」

少女「理由は分からないけど」

少女「少年は大聖堂に行く時……とっても辛そうだったよ?」

少年「そんな事は……」

少女「嘘」

やめてくれ

少年「っ!」

少女「私が居るんだよ、やめようよ」

少女「もう辛い思いはしなくて良いの、私が全て支えるよ」

 少女は意気揚々と鼻息を漏らせば、胸を軽く叩く。

 柔かに微笑みながら。

少年「此処で止めたら俺は……っ!」

少女「人生はいくらでもやり直せるよ」

少年「……」

やめてくれ

少女「ねっ!」

 少年の目からは止め無く涙が溢れて行く、今迄を悔むかのように。

少年「うっうっうぅ」

俺の中に入って来無いでくれ……

少年「ひっく」

少年「ああぁ……!」

少女「大丈夫、私が居るから」

少年「俺は……っ!お前を……!好きにっ!なって……っ良いのか?」

そうだ……俺は、こいつが好きなんだ……一目見た時から、きっと。

少女「大丈夫、わたしも好きだから」

 少年と少女の影が重なる時、二人の唇も誓いの様に重なっていた。

俺は少女の為に、生きる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

もう、この時には手遅れだった。

もう、後は辛い思いをするだけ。

最初から会っていなければ、そんな思いをせずに済んでいた。

でも……

最愛の人だ。

永遠に。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

456: 2012/10/27(土) 14:28:36.18 ID:VXvM84Bso

 あれから2日後の朝、開放された朝が少年を迎える。

少年「うーん……」

少年「あれ?」

少女は……?

少年はリビングへと、早速足を運ぶ。

少女「おはよー」

 少女は、紅茶とパンをテーブルに並べている最中であった。

少年「なんだ……起きてたのか」

少女「ふふふー」

少年「早いな」

少女「これからはねー」

凄い奴……

少年「これからどうしようか……」

少女「大聖堂は行か無いの?」

少年「少女の言うとおり、辞めたよ」

 互いに朝食を頬張りながら、受け答えて行く。

少年「どうしようかな……」

少女「どんな風に辞めたの?」

少年「……」

少女「……もしかして」

少女「無視?」

少年「正解、顔も出してない」

少女「なるほどー!」

感心する事では無いな、うん。

少年「……幸せに生きるか」

少女「うん!」

少女「少し出掛けてくるね!」

 そして、少年と少女の間に二年の歳月が流れた。

150: 2012/07/01(日) 07:24:54.93 ID:mJJoM9Yo0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「??と言う男だか……それでも好きでいられるかな?」

「……少年が“そういう事”をしていても気にならないよ」

「強い女だな……」

「直接確かめただけだよ」

「もう少年からは手を引いて貰えるかな?」

「……タダで返すとでも?」

「……!」

「もう遅い」

「離して!やめて!」

「ふふふ……」

少年……ごめんね……初めて……が

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

151: 2012/07/01(日) 07:25:55.79 ID:mJJoM9Yo0
 二年後の朝、二人は新たな命を授かっていた。

少年「良かった……」

「元気な男の子ですよ」

少女「私に似てるね……」

少年「ああ……少女にとてもそっくりだよ……」

 そして五ヶ月後、少女の家に、家主を含む三人の家族は、幸せに過ごしていた。

「だー!」

少女「??くん!ばー!」

「キャッキャッ!」

少年「ははは……」

 鈍い音が家に響き渡る、何時もの音から察するにノックである事は間違いが無かった。

少年「……誰だ?」

 無作法に扉が開かれれば、二人の神官が土足で家へと上がり込んで行く。

少年「お前等は……!」

少女「……!」

「お久しぶりですね、御二方」

「お子様が産まれてから五ヶ月経ちましたので、回収に参りました」

少年「どういう事だ……!」

「お子様は孤児院に入るので心配無く」

「少女様はまだやる事がありますので」

少年「少女は関係無いだろ!俺を連れて行け!どうせお偉い様の相手だろう!」

「そういう訳には行きません。彼女は、貴方を守る為に貴方の代わりをしているのですから」

少年「少女!どういう事だ!」

少女「ごめんね……私……」

少女「汚されてたの……」

「確か……純潔の時でしたね」

152: 2012/07/01(日) 07:26:41.02 ID:mJJoM9Yo0
少女「ごめんね……」

少年「どうしてだ……どうしてもっと早く……!」

少女「汚れたって知られたら……私……!」

少年「っつ!」

少年「……金か?」

「いいえ、もっと稼いでもらう為少女様は遠方に行って貰います」

少年「そんなの奴隷……」

「孤児院にお子様を移す理由は……分かりますね?」

少年「人質……か」

「ご名答です」

「あっ……外には兵が居ますので、抵抗などしないように」

少女「話が違うよ!私が犠牲になれば今後一切関わらないって……!」

「さて?」

「お子様を授かる迄続いていた関係です、今更ですよ」

少年「外道がぁ!」

「さてお引き渡しください」

少女「子供は巻き込まないで!」

「……連れて行け」

 家の中に複数の兵士が入り込めば、子供と少女は連れられて行く。

少女「子供はやめて!」

少女「ねえ!」

少女「ねえ!」

少年「やめろお!」

 少年は、最後の抵抗……二人を連れ戻す為、身を張って駆け出すが、兵士達に取り押さえられると、動かない身体を前に押し出そうとしながら涙を流し、怒号を飛ばす。

少年「離せえ!」

153: 2012/07/01(日) 07:27:25.19 ID:mJJoM9Yo0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

もう駄目だ。

手遅れ。

赦してくれ。

俺を赦してくれ。

俺のせいでお前は。

あああああああああああああああああ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 そして、8日が経った。

少年「……」

「手紙が届いてるよ」

 貧民街の男が、ピクリとも動かぬ男に話を掛ける……少女の家の中で。

「……宛先は、宗教からだね」

少年「……!」

「失礼するよ」

 少年は動かぬ身体を震わせながら手紙へと手を伸ばす。

少年「宛先は……少女……」

 少年は恐る恐る手紙を開ける。

 内容は……

154: 2012/07/01(日) 07:28:22.24 ID:mJJoM9Yo0
しょうねんへ

てがみがきょかされました

このてがみはだれにもみられないことをどれいになることにより

やくそくされています

じをかくのはなれないね

しょうねんごめんなさい

わたしのせいでつらいおもいをしたね

こどもはずっとこじいんだって

でもね

わたしはこれいじょう

たえられないや

ごめんなさい

どこのこじいんかはわからないけど

ころされないのはほしょうされてるって

めんどうをみるのは

こじいんのひとたちだから

ごめんね

ごめんね

だいすきだよ

なによりも

だれよりも

こどもとしょうねんは

さいあいのひと

いちばんあいしています

でも

わたしはじぶんがゆるせません

さきにいきます

こんどはもっとしあわせになろうね

らいせもいっしょだよ

155: 2012/07/01(日) 07:29:39.09 ID:mJJoM9Yo0
少年「……」

駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ

やめてくれ

やめて

生きてくれ

死なないでくれ

少年「ああああ!」

 少年は気が付けば、馬車の置かれて居る城下町へと駆け出していた。

少年「はぁはぁー!」

少年「少女!」

少年「少女!」

「どうしたんだい?慌てて」

少年「奴隷が載せられる馬車を知らないか!?」

「……ああ、それならあそこに」

 少年は、馬車乗りの指差す方へと駆け出して行く、必死の形相で目に涙を溜めながら。

「あっ!ちょっと!勝手に……」

「行ってしまった」

少年「少女!」

 少年は、奴隷を運ぶ馬車の中をすかさず覗き込む。

少年「あっ……!あっ!」

少年「どうしてだよぉ!」

 馬車の中には、口から血を流しながら白目を剥いている少女が横たわっていた、口は不思議と微笑みながら。

 恐らく舌を切ったのであろう。

少年「……」

糞以下だな、どうしても。

子供は何処に居るのかも分からない。

全て、終わった。

少年「あああああああああああああ!」

少年「があああああああああああああ!」

少年「糞糞糞糞糞糞糞糞糞ぉ!」

 少年の絶え間ない叫びが城下町に響き渡る、目の近くを掻きむしっているせいか、血涙を流しているかのように、血と涙が止めど無く溢れていた。

少年「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

156: 2012/07/01(日) 07:31:41.20 ID:mJJoM9Yo0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

少年の叫びと同時刻の事……

「はあ!」

「……」

「剣が壊れましたね」

「傷一つも無いぞこの餓鬼……」

「ひっく」

 唐突に、先程迄、泣いていた少女の口から機械的に言葉が発せられる。

「悲しみを受け取った」

「この世界全ての悲しみを……」

 兵達はその様子にたじろいでしまう、が将校達は、臆す事も無く命令を告げる。

「行け!殺せ!」

 軍勢が一斉に少女へと襲いかかる。

「愚かな……」

 次の瞬間には、闇の瘴気が全てを屠っていた。

 一人を残して……

「ひっ……ひい!」

 残された一人はそそくさと、この場から去って行った。

「……最高の気分だ」

「我が魔が全てを滅ぼそう」

 少女は手に切れ目を入れれば血を流していく……

 流れた血からは、有象無象の闇が止め無く誕生していく。

「我が眷属達よ、たった今より人類を滅ぼそう」

「魔王と魔物の誕生だ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

157: 2012/07/01(日) 07:34:06.74 ID:mJJoM9Yo0
 そして、六年後……魔王の誕生は瞬く間に世界に広がっていた。

「魔王……伝説の存在が産まれるとはね……」

「ひっ!ひい!」

「赦してくれ!」

「たのむ!」

「俺と少女を汚した人間50名……」

「宦官になってまで権力を手に入れた甲斐があったな」

「貴様等をたった今から殺せるのだから」

「ひいぃ!」

「……ヤレ」

 新たに作られた、とある宗教の協会……その中で、老けた若い男が顔に仮面を掛けた男に命令をすると、仮面の男は縄に縛られた50名一人一人を苦しめながら、屠っていく。

少女……俺にはこれぐらいしか出来ないよ……

赦してくれ……

「処分終わりました……大教祖様……」

「ああ……さようなら」

 咄嗟の不意打ち、仮面を掛けた男の心臓を男はナイフで一突きした。

「ぐっ……」

 仮面を掛けた男は力無く崩れていく。

さて……終わったな、俺も向かうよ少女……

其の前に、ゴミを片付けないとな。

 男は、国の兵を呼ぶと、死体をかたづけさせる。

 死体を運び、汚れを取っていく兵達は雑談をしながら作業を進める。

「今日子供が王様の馬車に轢かれたってさ」

「まじかよ……」

「可哀想に……」

 そんな雑談をしながら、作業を終えると兵達は帰って行った。

「……子供の為に祈りを捧げて、明日に死ぬか……」

 男は、跪くと神への祈りを日が変わっても行い続けていた。

158: 2012/07/01(日) 07:35:02.11 ID:mJJoM9Yo0
 日が変わり9時に優しい光が協会の中にて、現れる。

 子供と共に。

「!?」

「あ……れ?」

 戸惑いを隠せない子供が、辺りを見渡していた。

「おっ……おお……!」

「おおおおお……」

 男は止めど無く涙を流して、我が子を抱擁していた。

会えて良かった……会えて良かった……!

最愛の息子だ……!

……が、伝説と、一致する勇者……私の元に置いては、宗教上の抗争に巻き込まれて危ない……

国に預ける他は無い

私が父などと知る必要も無い……

国に頼もう……

159: 2012/07/01(日) 07:36:07.80 ID:mJJoM9Yo0

「ーー世界を救う覚悟がありますか?」

166: 2012/07/03(火) 17:55:58.39 ID:TczseLGs0
 ーー朝5時、初老の神父が目を覚ます。

 寝床自体も簡素な物で、只の協会の椅子である。

 朝9時……パンと紅茶を用意すれば、勇者を待つ。

勇者「……」

 優しい光が現れる、希望を携えて。

勇者「強い」

神父「魔王ですからね」

 紅茶とパンを一斉に頬張れば、直様光が勇者を包んで行く、其の顔に笑みを持たせながら。

神父「神の加護を……」

 宿敵の元へと、希望は赴く。

167: 2012/07/03(火) 17:56:42.61 ID:TczseLGs0
魔王「待っていたぞ」

勇者「待たせたな」

魔王「よい」

 黒い瘴気が辺りを包む……

魔王「66回目だ、行くぞ!」


 瘴気は勇者の元で、連続の爆発を引き起こした。

 黒い炎と黒い爆風、蔓延する黒い煙。

 爆発が終わった瞬間、鋭い衝撃が魔王に斬りかかると、黒い煙と炎は、一気に晴れていた。

魔王「今日の剣も中々、重い」

魔王「衝撃だけで此処迄の威力を出せるのだからな……」

 衝撃を右に躱す魔の王、其の目の前には勇者が剣をふりかざしていた。

魔王「……!」

 一閃。

 剣が垂直に振り下ろされると、右腕の皮一枚がだらしなく地に落ちる。

魔王「何とか、躱す事ができた……」

勇者「くっ……」

魔王「勇者、強くなったな」

勇者「お前の命に届かなければ、意味が無いな」

魔王「ふっ」

 ーー刹那。

 漆黒の雷撃と同じ色をしたかまいたちが勇者を襲う。

 かまいたちは、勇者の肉を削ぎ、雷撃は勇者の体に衝撃を与えた。

勇者「ぐっ……!」

魔王「終わりだ」

168: 2012/07/03(火) 18:00:54.60 ID:TczseLGs0
 王の踵が、頂点に達した時……魔王の足は止まる。

魔王「ほぉ……」

勇者「はぁ……はぁ……」

 震える身体で弱々しく振り上げられた剣が、とどめを阻止する。

魔王「案外、丈夫になったな」

勇者「お陰様でな!」

 勇者の前蹴りが魔王を宙へと、前へと……飛ばす。

魔王「くっ……」

勇者「うおおおお!」

 勇者は、魔王を飛ばした方向へと、剣を構えながらも駆け抜ける。

俺の勝ちだ……!

だが……

ーーこれで良いのか?

……迷うな。

 力無く落下する王は、何も行わ無い訳が無かった。

魔王「……」

一か八かに掛けてみようか……

勇者「これで終わりだああああ!」

 剣が斬り上げられる、華奢な少女は、其の侭両断される筈が……勇者の後ろに立って居た。

勇者「……!」

 少女は一瞬で動く剣の切っ先を、指で押し出せば、其の力だけで身を翻すと、勇者の背後に着地。

魔王「終わりだ」

 耳元で優しく呟かれる、終了のサイン。

 身体を突き抜ける手刀が心臓ごと、死を与えた。

176: 2012/07/06(金) 00:21:31.16 ID:ZYIzpW6l0
神父「意外と持ちましたね」

 朝10時、日も暖かくなる所で勇者は母国の教会へと帰還をした。

勇者「やっぱりあいつ、強いな……」

神父「……」

勇者「あいつと闘うと……こう。血肉湧踊ると言うか……」

神父「……無理をなさらぬ様に」

勇者「分かった……」

神父「所で、貴方は魔王に勝ったら……何をするおつもりで?」

勇者「……」

似ている……

神父「無計画に単純だと火傷しますよ?」

勇者「俺は俺の行くままに生きるさ」

 光が勇者を包む……

神父「負ける事は許されませんよ」

勇者「……分かった」

 光が消える。

神父「神よ……」

177: 2012/07/06(金) 00:22:03.13 ID:ZYIzpW6l0
勇者「……」

魔王「何時もより遅いな」

勇者「理由は分かっているだろ?」

魔王「大体な」

勇者「多分俺達の闘いも、もう終わりだ」

魔王「まだ67回目だろう?」

勇者「……楽しもう」

魔王「無論」

勇者あと少し闘えば、俺が勝ってしまう。

それまで……楽しむ……魔王との時を……

 互いに構える。

180: 2012/07/08(日) 00:07:43.10 ID:FBwiMXgy0
 荒れ果てた室内。

  睨み合う両者、一方は息朦朧と、もう一方は優然と。

 勝ち負けだったら既についていた。

 だが、此れは勝ち負けで済む問題では無いのかも知れない。

魔王「勇者……私は、お前を殺したく無い」

勇者「はっ……」

勇者「魔王だって、それなりに傷を負っているくせにな……!」

勇者「もう69回だ……次は俺が勝つ!」

魔王「……私は世界の悲しみ妬み苦しみ痛み憎悪恨み、そして……破壊衝動」

 唐突に語り出す宿敵、其の意図は分からない。

魔王「から産まれた者だ」

勇者「……で?」

魔王「続きは70回からだ」

 心地良く鳴らされる指音。

 ーー同時に、勇者の命は楽々と堕ちた。

186: 2012/07/13(金) 15:00:42.58 ID:OQtCK6760
魔王「これで、70回……」

 此の地では、様々な死闘が繰り広げられて来た。時には何千回と斬り付け合い、時には、殴打の応酬……挑む者……勇者は闘いの終焉、明確な勝利を此の胸に感じつつも、魔王の前に立っていた。

勇者「だな」

魔王「随分と余裕があると見える……」

勇者「当然だ」

 不敵な笑みを浮かべると、自信満々に答える。

勇者「俺の勝ちだ……」

 唐突な勝利宣言に魔王の表情は歪む事も無く、悠々と微笑めば、簡潔に答える。

魔王「昨日聞いたぞ」

187: 2012/07/13(金) 15:01:24.41 ID:OQtCK6760
きっと今日の闘いが終われば、私の涙は止まらないだろう……

魔王「勇者」

勇者「ん?」

魔王「来い」

勇者「……」

 ジリジリと間合いが迫り行く、両者の笑みが止まらない。

勇者「行くぞ!」

 開始の合図を叫ぶと同時に、宿敵を横一閃にせんが為一目散に剣を振るう。

魔王「そう焦るな」

 魔王の脾腹前で止まる、剣。

 其の剣を止めるのは、漆黒の瘴気……

勇者「……!」

魔王「一々、手で剣を受けるのも疲れる……」

魔王「だから、私も剣を使う」

 漆黒の瘴気は徐々に形を成して行く……何の装飾も施されていない、単純な黒色の剣に。

188: 2012/07/13(金) 15:02:13.94 ID:OQtCK6760
勇者「……」

厄介な、物がまた出て来た……

前までは瘴気だけだったのが、今回は瘴気が剣になった。

……剣の分は、爆発範囲が減るんだろうな?

魔王「どうした?」

勇者「別に……!」

 直様、追撃が魔王を襲う。

 が……頭、心臓、足を狙う斬撃は全て、一人でに動く剣によってそしされる。

 誰の手も借りぬ剣に、だ。

勇者「くっ……!」

 勿論、魔王の反撃だって、忘れてはならない。

 勇者と魔王の周囲に漂う瘴気は、幾何学な模様を描きながら、黒く鋭い何千もの線が、勇者を襲う。

勇者「……!」

 抵抗も出来ずに成される儘に、黒い線が身体を突き抜ける。

勇者「ぐっ……!」

魔王「終わりか?」

192: 2012/07/15(日) 17:04:37.11 ID:eJ7Uteoc0
 勇者の身体から溢れ行く血……刺さった儘の線、非常に危険な状況である。

勇者「抜いたら大変だよな?」

魔王「勿論身体中から血が出るな……そして……」

勇者「そして?」

魔王「貴様は簡単に死なないだろう」

勇者「……」

こいつ、絶対抜くな……

魔王「身動きが取れ無いのなら……楽にしてやろう」

 魔王の意思と同時に力無く、黒い剣は浮いた。

勇者「……!」

魔王「……」

 唸りを上げて、剣は素早く振り下ろされる。

勇者「……!」

 直様、勇者の剣を持つ腕は噴き出す血を気にせず、線を引き千切り、腕を上げれば黒い剣を止める。

196: 2012/07/15(日) 21:05:13.11 ID:DnR8GxYD0
魔王「おお……血が出ているな」

勇者「……」

魔王「腕だけでこの量……全てを抜いたらどうなるか……」

 溢れんばかりに滴り落ちる、血……不思議と勇者の腕からは一切の力も抜けていなかった。

魔王「力は落ちないな……」

魔王「先程……」

勇者「……」

魔王「頭に線が刺さるのを阻止したのは、立派だった」

 ーー刹那。

 非常な前蹴りが胸に当たると身体は軽々しく、吹き飛ぶと同時に線は置き去りに勇者から簡単に引き抜けた。

魔王「……呆気無い」

 壁に埋まる希望、血は止め無く溢れ落ちる。

 其の希望は動かない。

197: 2012/07/15(日) 21:06:04.75 ID:DnR8GxYD0
魔王「さて……止めでも刺しておこう……」

 一瞬で勇者の前に辿り着くと、左の手刀が喉元を狙わんと、襲い掛かる。

勇者「……」

今だ……!

 壁に埋まった筈の身体が下に引き摺られる様に落ちると、手刀は空を切ることは無く、壁を切った……が、壁に当然の様に埋れてしまう。

勇者「隙ありだ!」

魔王「この出血で動けるか!」

 勇者は笑みを浮かべながら、魔王の後ろに回り込む。

 魔王が手刀を抜いたのと同時に、背中へ雷撃の様に素早い斬撃が振り下ろされる。

魔王「……ぐぅ!」

勇者「もう一つっ!」

 立て続けに、振り降ろされた剣を其の儘斬り上げる。

魔王「がぁ……!」

 二つの斬撃が背中に大きな傷が付けられた。三回目の斬撃とは簡単に行かなかった。

 巻き起こる爆発が勇者を襲う。

勇者「くっ……!」

 起こる爆発が振られる剣に、最小限抑えられる。

魔王「中々やるでは無いか……」

勇者「お前のお陰だよ……!」

魔王「中々効いた……」

魔王「瘴気があるから、部屋が中々見えないだろう?」

勇者「いきなり……関係無いだろ?」

魔王「瘴気もそろそろ晴れそうだ」

勇者「……」

200: 2012/07/16(月) 16:57:05.64 ID:rAGRnKc30
魔王「……」

勇者「行くぞ」

 始まりの合図と、共に激しい斬り合いが行われた。

 魔王は手刀と浮かぶ剣、三つの攻撃手段を全て使い、勇者を襲う。

 勇者はたった一つの剣で、魔王に対抗する。

勇者「お前はズルいな!」

魔王「ほぉ?」

勇者「この瘴気……自由自在じゃないか!」

魔王「101回蘇る男に言われたくは無い」

魔王「それに……」

勇者「それに?」

魔王「魔導だって使えるぞ」

 魔王の黒い瞳に六芒星が浮かび上がる、其の瞬間、落雷が勇者を襲う。

勇者「くっ!」

 勇者は身を挺し、其の場から離れ、距離を置く。

 落雷は激しい音と共に、外れてしまう。

魔王「……」

正直……限界だな。

私の方が。

201: 2012/07/16(月) 18:53:31.20 ID:rAGRnKc30
あの背中への攻撃はかなり効いた……

魔王「……」

勇者「うおお!」

 勇者が魔王の元へと駆け出して行くと同時に、全ての瘴気が形を成して、無数の剣となり、部屋全体を覆った。

魔王「来い……!」

 勇者を無数の剣が、四方八方と襲い掛かる。

勇者「ぐおおお!」

 無数の剣全てを薙ぎ払い、魔王に迫って行く。

魔王「……!」

 勇者を指差せば、魔導による大規模の高熱火焔が勇者を剣と共に襲う。

勇者「はぁ……!ぐっ!」

 勇者は自らの剣を振るうと、鋭い衝撃が放たれる、正面の火焔と剣が払われ、魔王へ一直線と向かって行く。

 背後から襲い掛かる剣は、勇者の背中に刺さってしまうが、気にせず前へ前へと駆け抜ける。

202: 2012/07/16(月) 19:18:59.74 ID:rAGRnKc30
来たか……

魔王「はあ……!」

 魔王は目の前へやって来る勇者に手刀で対抗する。

 勇者は襲い掛かる剣、魔王、其の二つを限界等知る事無く、捌き切っていた。

魔王「くっ!」

 互いの意地がぶつかり合う、身体中から夥しい出血をする勇者、背中だけだが尋常では無い出血をする魔王。

 互いに、限界の戦いだった。

勇者「ここだあ!」

魔王「見えた!」

 激闘の決着が付いた。

204: 2012/07/16(月) 21:04:27.18 ID:7C4tw5et0


勇者「はぁ……はぁ……」

魔王「……」

205: 2012/07/16(月) 21:58:38.34 ID:7C4tw5et0
 少女の胸に刺さる一本の剣、其の剣を持つ腕はどうしようも無く震えていた。

 勇者を襲う剣は辿り着く、寸前で止まってしまい、其れを操る者の手は、手刀の形も保てず震え、口からは止めど無く血が零れて行く。

魔王「ごふっ……」

勇者「俺の勝ち……だな」

魔王「……どうかな?」

勇者「……お前血は赤いんだな。」

魔王「涙は黒いがな」

勇者「?」

魔王「約束通り……教えてやろう」

勇者「ああ……昨日の……」

 緩やかに微笑む、少女。

 微笑みとは正反対の言葉が吐露される。

魔王「私は全てが憎い」

206: 2012/07/17(火) 00:45:49.68 ID:BiMOXtc50
勇者「……?」

魔王「ああ……そうか」

勇者「……」

魔王「いきなり過ぎるな」

魔王「私は昨日述べた様に、負の感情から産まれた者だ」

魔王「現在は憎しみが大部分だがな……」

勇者「……それで?」

魔王「そう焦るな……」

魔王「この城に、辿り着く前に色々な街と迷宮や洞窟や国を見ただろう?」

勇者「確かに見たさ……」

勇者「行った先々での情報収集のお陰で、ここに辿り着く事が出来たからな」

魔王「それは話の本質では無い」

勇者「……?」

魔王「色々な特徴を持った魔物を見なかったか?」

魔王「そうだな……勇者が強いと思った魔物はかなり特徴的だったと思うが……」

勇者「……!!」

207: 2012/07/17(火) 01:26:48.14 ID:BiMOXtc50
魔王「最も厄介だと思った感情……破壊衝動は」

魔王「徹底的に分散した……一つに集えば厄介だからな」

魔王「勇者が戦って来た我が眷属の数が多く、弱い部類は、破壊感情を徹底的に、分散した者だ」

勇者「強いと思った奴等は……」

魔王「そこまで、厄介では無い感情だ」

魔王「破壊衝動が私から“そのまま”離れれば、私の手にはおえないからな」

勇者「……」

魔王「私が産まれた原因は確実に、人間だ」

魔王「人間が行う事で産まれた負の感情が、逃げ場を無くし、積りに積もって、私が産まれた」

魔王「ただの憶測だがな」

勇者「……」

魔王「様は、私に言わせれば。貴様等の方が魔王と言う事だ」

魔王「産まれた瞬間なんて分からない、気が付いたら泣いていた」

魔王「ごった返しにされた、色々な負は私を支配しながら」

魔王「ずーっと……色々な人間の負の出来事と感情が頭の中に直接再生された」

魔王「気が付いたら、叫びと共に、何かが吹っ切れた様に私は国の軍勢を滅ぼしていた」

魔王「“魔王”の誕生だ」

勇者「……」

208: 2012/07/17(火) 01:27:23.03 ID:BiMOXtc50
魔王「人の負の部分たる、私を殺せば」

魔王「人々を救う事と同意義だ」

魔王「だから、お前は“勇者”だ」

勇者「殺したくは無かった……」

魔王「そう言う宿命だ……それに……」

勇者「それに?」

魔王「私は死んでいない」

勇者「もう死ぬだろ……」

魔王「寧ろ、私達の闘いはこれからだ……」

 尻尾が地へと突き刺さる。

 此の世界が震える。

勇者「大気と地が……震えている?」

魔王「外では、天変地異が起こっているぞ」

 魔王から放たれる、強い衝撃が勇者を吹き飛ばす。

勇者「くっ!」

勇者「どうなっている!?」

209: 2012/07/17(火) 01:28:31.73 ID:BiMOXtc50

魔王「元の私に戻るだけだ」

210: 2012/07/17(火) 01:57:13.86 ID:mbRndDBz0
 外の世界では、災害や天変地異が立て続けに起こり、人々を恐怖させていた。

神父「何が起こっている!?」

息子よ……

 一方、勇者が世話になった、城では……

「王様……!」

「……?」

「魔物が立て続けに消えていると言う情報が!」

「勇者が勝ったのか!?」

211: 2012/07/17(火) 02:01:06.74 ID:mbRndDBz0
魔王「そもそも我が眷属は、私の血から産まれた者」

勇者「……!」

勇者「そう言う事か」

魔王「尻尾が、吸収をしているのだ」

魔王「我が眷属を」

魔王「嫌……私を」

 闇の瘴気が魔王の元へと、集う。

 遂に見える部屋の内装は、質素、白で覆われた部屋だった。

魔王「私に戻った……か」

 尻尾が黒い光と成り、魔王に入って行く。

 外見は尻尾が消えた事以外、何も変わっていない。

 目から、黒い涙が流れている事を除いて。

勇者「傷も治っているか……」

魔王「瘴気も無くなった……が、何時でも出せるぞ」

勇者「丁寧にどう……」

 ーー刹那。

 跡すら残らず、勇者は消えていた。

 魔王が勇者の方を向いただけで……

魔王「もしかしたら……負の感情以外の物を私は、貴様に抱いているのかもな……」

216: 2012/07/18(水) 19:17:31.61 ID:MuazzM9q0
「私は好きだぞ」

「えっ?」

「私は好きだと言っている」

「今言う事か?」

「貴様と一緒になれる様になったのだ、それに……貴様の方が先に死ぬ」

「……」

「今の内に好きと言ったって、バチは当たらないだろう?」

「だな……俺も好きだよ……」

「……素直だな」

「愛しているからな……」

218: 2012/07/19(木) 00:00:06.25 ID:PWNpzjEv0
勇者「ーーはっ!」

神父「……帰って来るのがかなり遅いので、心配しましたよ?」

  午後12時、窓から差し込む何時もより強い日差しが勇者を迎える。

勇者「俺は……?」

 把握出来無い状況に動揺をするが、直ぐに其れを把握する。

勇者「ああ……そうだ……」

あいつが俺の方を向いただけで……

勇者「もう、勝ったと思っていたら……」

神父「思っていたら?」

勇者「あいつ……まだ隠し球を持っていた……」

神父「それは災難ですね……」

神父「……!」

神父「災難で思い出しました。」

勇者「……」

神父「貴方が戦っている間でした」

神父「大規模の災害が各地で起きたました……ですが一時間程で唐突にそれは、ぱったりと、消えました。けれど……暫くすると、魔物が、世界各地から消えたとの報告を受けたのです」

勇者「本当だったのか……」

219: 2012/07/19(木) 00:01:32.26 ID:PWNpzjEv0
 神父は手際良く、昼食を差し出せば、二人で緩やかに頬張り始める。

神父「魔物達が消えたと言う事は……」

神父「魔王を倒したのですか?」

勇者「嫌……倒していない」

神父「それではあの現象は、一体……?」

勇者「……」

言うべき事では無いな。

あの会話は俺と魔王、二人の会話だ。

勇者「王様への報告を俺の代理として、頼めるか?」

勇者「気が滅入るかも、知れないけれど……」

神父「ええ、構いませんよ」

息子の頼みだ。

勇者「助かる」

 昼食を終え、優しい光と共に礼を述べると、宿敵の元へ勇者は赴く。

神父「……」

 そして、翌日72日目の早朝5時……唖然とした表情で勇者は帰還する。

勇者「……」

神父「……」

何と声を掛ければ……

勇者「相手にもされていない……」

 虚ろな瞳、青ざめた表情が、今の現状を簡単に示す。

神父「ひとまず、落ち着きましょう」

238: 2012/07/22(日) 16:32:42.83 ID:B4JjJ34b0
勇者「扉を通った瞬間、気付いたら……」

神父「気付いたら?」

勇者「ここに居る……」

神父「それ程迄に格の差があると言う事でしょうね……」

勇者「また、更に強くなったんだよ……」

 希望の足は止めど無く、震えている。

 神父の不安は、増えて行くばかりである。

神父「勝てる見込みは?」

勇者「……」

勇者「魔物が居なくなった……」

神父「強くなる事も出来ませんね……」

勇者「でも……何回か消されれば、消される事も無くなるかも……」

神父「荒療治ですね……」

勇者「それしか無い……」

290: 2012/08/05(日) 19:17:45.94 ID:AxBE6qIK0

 宿敵が根城、其の城の周辺は魔の拠点とは似つかわしく無く、美しい自然が存在している。そして、希望が立ち尽くしている。

勇者「……」

 宿敵が待つ門の前に転移するのでは無く、何故か、城の前に居た。

勇者「……」

 そして、城に背を向けると今迄の旅を振り返える。

勇者「王の命令で、旅に出て……」

最初は何も分からないから、適当に行ったり。

困っている町を“なんとなく”助けて、原因の魔物を倒して、色々な情報を聞いて……

先に進んで、たまに、洞窟を超えると、新たな地方に辿り着いて……

勇者「そこを統一する王に謁見したり……」

色々な事を解決して、進んだら……あの自然の奥の孤児院に辿り着いた。

勇者「魔王に、近いのに……襲われない孤児院……」

勇者「皆無邪気な笑顔、大人も居ないのに、子供だけで暮らしている……」

勇者「自然と共生している……」

耄碌したら、そこに住むか……

勇者「……」

勇者「………………らしく無い!」

勇者「俺は魔王を倒すっッ!」

勇者「こんな所で、変な事呟いてどうするんだ!?」

 ーー決意。

 其れと共に振り向くと、城のの門を蹴り開けた。

神父「……お帰りなさい」

勇者「72回目も、一瞬で消されたよ……」

神父「貴方が魔王に挑戦して、73日目の5時」

神父「無理はなさらずに」

吹っ切れた様だな……

勇者「分かってる……」

に訂正

242: 2012/07/23(月) 20:39:39.87 ID:drWSPdyb0
 宿敵が待つ間、其れを繋げる門の前に剣を構える男は、一心に門を凝視していた。

 ーーそして。

 73回目の挑戦は扉が開かれると共に終わりを告げた。

勇者「……」

神父「……一度休んだらどうですか?」

勇者「嫌……大丈夫……」

神父「……」

勇者「早く、闘える様にならないと」

神父「そうですか……」

神父「休みたくなったら、何時でも言ってください」

勇者「分かった」

 転移を行なおうとする其の時、一秒毎に大きくなる音が、協会に迫っていた。

勇者「……?」

243: 2012/07/23(月) 20:40:51.60 ID:drWSPdyb0
 数十秒後には、音は止まっていた。

勇者「……」

 状況を警戒する勇者は自らの後ろに神父を立たせると、剣を構えた。

「勇者!居るか!?」

勇者「はあ……」

神父「王……ですね」

勇者「何で、こんな時に……」

神父「貴方が心配だから……でしょうか?」

勇者「無いと思う……」

王「入るぞ」

神父「……」

 当然の様に、王は協会の中へと入って行く。

 一人の少女を連れて。

王「兵達は、外に待たせてある」

神父「それは……助かります」

 神父は跪き、王に服従の姿勢を見せる。

王「良い」

神父「はっ……」

 許しを貰うと立ちあがり、一歩後ろに下がる。

勇者「王、次は74回目の討伐でございます」……」

王「そうか……」

王「それよりも……」

勇者「……」

神父「……」

王「ほら、出て来なさい」

「勇者様?!」

 大声と共に、豪華な衣装に身を包んだ可憐な金髪の少女が勇者へと、猪突猛進と駆け抜けた。

291: 2012/08/05(日) 19:21:27.16 ID:AxBE6qIK0

勇者「ぐわ!」

 少女に勢いの儘飛び付かれ、勇者は倒れてしまう。

 そして、抱き締められる。

王「はっはっはっ!」

王「元気が良いな!」

勇者「いたた……」

姫「私は、姫と申します!たった今!お父様の許可を頂き先程迄我慢していた感情を勇者様に全力で!開放させて頂きました!!」

神父「……」

王に子息が居ただと?

子供一人居無い筈……

王「危険故に今迄隠していたが、勇者には教えておきたくてな」

王「40の頃の子だ、可愛くて仕方が無い」

神父「……」

そういう事か……

勇者「?」

王「勇者は我が息子同然」

神父「……」

やっぱり……

 これから王が発言する言葉を父は簡単に勘付いていた。

に訂正

249: 2012/07/24(火) 14:54:39.55 ID:Muf2akeB0
姫「私は、ずっと昔から勇者様に憧れていました!」

姫「お城で訓練をする勇者様をずっと見ていました!」

王「これ、焦るな」

勇者「はぁ……」

王「丁度、勇者と姫は同い年だ」

王「どうだ?」

王「結婚しないか?」

 軽々しく、勇者の人生を左右させんとする王。

 其の男の振る舞いに、勿論の事、父は苛立ちを覚えていた。

神父「……」

俺の息子に貴様の様な屑の血を受け継ぐ子供と結婚しろだと?

誰の子だ?

誰を陵辱して、孕ませた子供だ?

間違い無く、王女の娘では無い!

第一に似ていない、王女からこの様な可憐な少女が産まれる筈が無いだろう……

貴様も王女も、茶髪……金髪が産まれる筈が無い!

勇者「……」

神父「お言葉ですが……どなた様との娘様でしょうか?」

 貴様と同い年の王女から産まれる筈が無い……!

 神父の無礼な発言にも、慈悲を持つと“見せ掛ける”王は、間を開くと、答えを返す。

王「王女からは子供は産まれなかった……」

王「仕方が無いから、愛人を囲ってな……」

王「側室と言う奴だ」

神父「……」

 無言で跪くが……心境は当然穏やかでは無かった。

絶対陵辱だ……そうに決まっているぞ……屑が。

王「……」

道端の女を犯したら、子供が産まれてしまった……

最初は母娘両方殺そうとしたが……

娘の方が、中々愛おしい……

仕方が無いから母だけを殺した……それに。

後継も居ないから、義理の息子を王にしようと画策していたら……

偶然の勇者……

結ばせぬ理由が無い。

250: 2012/07/24(火) 14:56:02.08 ID:Muf2akeB0
勇者「……」

 当の本人は冷静に、姫を立たせ、自らも立つと、明確な意思を伝える。

勇者「魔王を討伐するまでは、待って貰います」

王「……」

神父「……」

王「そうか、仕方が無いな……」

神父「……」

流石、我が息子……涙が溢れそうだ……成長したな。

姫「はい……」

憧れの勇者様が……

勇者「……」

正直、どうでも良い……

 王は、姫を連れると其の場から引き揚げた。

256: 2012/07/27(金) 20:32:29.39 ID:HiT4Hp0F0
 勇者、74度目の挑戦。

 慎重に扉を開いて行く。

勇者「……」

今度こそは耐える……!

 扉が開き切った刹那には、勇者は跡形も残らず消えた。

魔王「ん?」

魔王「ああ……来てたのか……」

 黒い物を流す魔王が振り返ると、勇者の姿は無く、魔王の退屈は今日もやまない。

魔王「早く闘える様になれ……」

魔王「続けていれば、貴様も私の力に耐える事が出来ると……」

魔王「確信しているぞ勇者」

 同時刻の協会。

神父「ごふっ……!」

神父「がはっ!ごほっ!ごほっ!」

258: 2012/07/29(日) 19:21:13.53 ID:Cd+Mq2s80
神父「がはっ!がはっ!」

 協会に並べられた椅子に身体を預けながら、苦悶の表情を浮かべ、悶え苦しんでいた。

神父「ハー……ハー……!」

神父「ごぷ……!」

神父「がはぁ……!」

 床には大量の血が吐き捨てられた。

神父「ふー……ふー……」

元より長くない命だとは悟ってはいたが……些か早過ぎる死期が来たな……

息子の戦いを見届ける迄は、死ぬ訳には行かない……

 服の裏に仕舞われた手紙を取り出すと、尊い視線で見詰める……

神父「少女……」

神父「薬等……宛にもならない」

“薬草と言われる物”をすり潰しただけ……この国の医学基準は、他国よりも遥かに劣る……

本当。

糞に塗れた世界だ……

259: 2012/07/29(日) 19:21:40.97 ID:Cd+Mq2s80
 呆気無く協会へと勇者は帰還した。

勇者「……」

神父「お帰りなさい」

勇者「……」

神父「おや……」

勇者「……」

神父「想像以上に相手が強い様ですね……」

勇者「ああ……」

 拳を強く握り締める。

神父「勇者……貴方の戦う理由は?」

勇者「……」

神父「見つからないのですか?」

俺……嫌、少女と同じ空虚な人間……か。

行動に理由は無い、なんとなくの人間。

掴み所の無い人間……母親似だな……

260: 2012/07/29(日) 19:22:27.56 ID:Cd+Mq2s80
神父「なら……」

勇者「……?」

神父「貴方の戦う理由を、魔王を倒すまでに教えて下さい」

勇者「戦う……理由……」

戦う理由……勿論……魔王を倒す為。

ああ……結局は魔王を倒す理由か……

どうしてだ?

空っぽな人間は俺だけ……

魔王は空っぽでは無かった。

しっかりと中身があった……感情が……理由もしっかりと。

世界征服した後……あいつは世界を滅ぼすと思う……きっと。

聞いてはいないけど……

そんな気がする。

俺は理由が無い……ならば、見つければ良い。

勇者「ーー分かった」

神父「……そうですか」

神父「待っていますよ」

勇者「ああ」

 光が希望を掻き消す。

 赴く先は絶望……

 75回目の決戦へと。

264: 2012/07/29(日) 23:47:08.59 ID:0gX8VfIe0
75回目……瞬殺

76回目……瞬殺

77回目……瞬殺

78回目……瞬殺

魔王「79回目……秒殺」

265: 2012/07/30(月) 00:09:10.11 ID:+fhUljmg0
魔王「信じられない成長の早さ」

魔王「まさか。79回目で数秒耐える様になるとは」

魔王「思ってもいなかった」

 其の時、扉が開かれた。

勇者「……」

 此の前迄は扉を開いた瞬間にチリも残さない男が平然と、魔王の間へと侵入したのである。

魔王「勇者、待っていたぞ」

 椅子に座って居た女は立つと、緩やかに微笑みながら、男の方へと身体を向ける。

勇者「ぐっ……」

 勇者の立つ場のみが揺れ、圧迫する空気、身を焦がす熱が勇者を襲う。

魔王「……そこ迄の域には達してはいないか」

勇者「……何故俺は、今迄一瞬で死んでいた?」

魔王「無論」

魔王「私が強過ぎるからだ」

勇者「は?」

勇者「なんの種も仕掛けも無いのか?」

魔王「うむ。瘴気も使っていない」

魔王「純粋な私の魔の力だ」

268: 2012/07/30(月) 02:11:58.27 ID:+fhUljmg0
勇者「只の“力”だけで?」

魔王「そうだが……何か問題でもあるのか?」

勇者「お前……今迄のは何だったんだよ……」

 苦虫を噛み潰した様な表情で魔王を睨み付ける。

魔王「今迄加減をされたと思い、怒っているのか?」

勇者「……」

魔王「加減等していない」

魔王「私も真の力に気付いたのは、殻が壊れた頃からだ」

勇者「最初の……」

魔王「過去の記憶が蘇ってな……」

魔王「出来るだけ泣きたくは無かった」

それに……それでは、勇者が強くなる事が無い。

 片目を指差す。

 其の目のからは、涙が常に溢れている。

 勿論もう一つからも。

269: 2012/07/30(月) 02:58:21.84 ID:C31AouuW0
勇者「涙……」

黒い涙……

魔王「私自体は悲しい等、思ってはいないが……」

魔王「身体は正直だ」

魔王「涙が止まらない」

勇者「魔王……」

魔王「ーーさて」

魔王「そろそろ死ぬか?」

勇者「……!」

 勇者は剣を身構える。

 地と大気の絶叫を肌で感じている。

魔王「……」

勇者「!」

 何も動きは無かった。

 魔王は寸分たりとも動いてはいなかった。

 轟音が鳴り響く。

魔王「……所詮こんなものか」

 残酷に爆ぜた男の破片が辺りには散らばっていた。

270: 2012/07/30(月) 04:01:52.06 ID:C31AouuW0
 温かい光と共に希望は協会へと帰還する。

神父「お帰りなさい」

勇者「ただいま」

神父「……!」



 感動で表情が緩んでしまう、とても嬉しそうな表情で。

勇者「……?」

 怪訝な表情で神父の顔を見る。

神父「いえ……なんでもありませんよ」

ただいまと言われるとは……存外嬉しいな。

神父「朝食は?」

勇者「食べる」

279: 2012/08/04(土) 23:51:00.38 ID:SYbXP1LR0
勇者「……」

 複数置かれたパンを無心に頬張り、紅茶で流し込む。

神父「もう少しゆっくり頂きましょう……」

勇者「……ん」

 焦るなと釘を刺せば、其れに従う。

 遠目に見れば普通の親子である。

勇者「……」

 勇者は、じっと神父の様子を見詰める、何かがおかしいと。

神父「どうしましたか?」

勇者「食べないのか?」

神父「今はまだ、空腹では無いので……」

 ありきたりな嘘。

 勇者は簡単に騙されてしまう、自分が居ない間の神父は見れないのだから。

勇者「そうか……」

 最後のパンを平らげると、立ち上がり、協会の端へと即席の椅子と机を片付ける。

神父「食器はそのままで大丈夫ですよ、後で片付けるので」

勇者「行ってくる」

 暖かい光が勇者を包んで行く。

神父「行ってらっしゃい……」

 光は宿敵の元へと姿を消した。

280: 2012/08/04(土) 23:51:37.24 ID:SYbXP1LR0
魔王「待っていたぞ」

勇者「お前と出会って、81日か……」

魔王「感慨深いな」

勇者「そうか?」

魔王「どうだろうな」

 昨日、居心地が悪かった男は平然と、魔王と会話を交わしていた。

勇者「せっかく……が……」

 悲しそうにに独り言を呟く。

魔王「なんだ?」

勇者「……嫌、何でも無い」

魔王「そんな悲しそうな顔をするな……」

魔王「私が……寂しい」

勇者「ん?」

 魔王の独り言は勇者には、聞こえてはいないようである。

勇者「……行くぞ」

 剣を構える間も無く、勇者と言う男は消し飛んでいた。

魔王「はあ……」

魔王「もっと話したい……」

281: 2012/08/04(土) 23:52:53.88 ID:SYbXP1LR0
 82日目……

勇者「お前、俺に切られた時の傷は何時も次の日になったら消えるが、どうなっているんだ?」

魔王「一日でも経ったら癒えるぞ」

勇者「今もそうなのか?」

魔王「勿論」

魔王「最も、貴様が私に傷を付ける事は無いがな」

勇者「それはまだ分からないだろ?」

 緩やかに微笑む、心理は全く分からない。

魔王「っつ……!」

 胸の鼓動が高鳴るのが分かる、頬も赤く染まってしまう。

勇者「?」

勇者「どうした?」

魔王「気にするな」

 恥ずかしさにそっぽを向いてしまう。

勇者「……」

 自分の胸の高鳴りにまだ気付いては居なかった。

勇者「行くぞ」

 勇者の立つ場の床から、おぞましく、巨大な火柱が立った。

魔王「ふんっ……」

 其の場に居た者は、跡も残さず、消え去った。

282: 2012/08/04(土) 23:53:27.22 ID:SYbXP1LR0
 83日目……

勇者「お前強過ぎだよな」

魔王「当然だ、私を誰だと思っている?」

勇者「魔王……」

勇者「女……」

魔王「女は余計だ」

勇者「どうしてだ?」

魔王「……」

意識してしまうからだ……

勇者「?」

魔王「さあ」

魔王「早く始めよう……」

 空気が張り詰める、極度に気温は冷えて行く。

勇者「……っ!」

 固唾を呑まんとした時に気付く、呑み込む事が出来ない。

 遂に悟る……己が凍結したのだ。

 気付いた時には、遅い……既に氷の破片。

 相手にすら、成る事は無かった。

魔王「ふん……!」

283: 2012/08/04(土) 23:53:58.80 ID:SYbXP1LR0
 84日目……

勇者「……凍結はズルいぞ」

魔王「なんだ。気付いたのか」

勇者「正直気付いた頃には、向こうに居たよ」

魔王「向こう?」

勇者「ああ……知らないんだったな」

勇者「協会の事だ」

魔王「神の加護と言う物か」

勇者「多分。な」

魔王「そんな物を信じて居たって、意味が無いと思うが……」

勇者「それは同感だな」

魔王「気が合うな」

勇者「始めよう」

 其の瞬間。目の前に居た筈の少女は居なかった。

勇者「?」

 背中に熱を感じると、敗北を悟る。

勇者「……」

魔王「そう、緊張をするな」

 背中に少女が寄り添う。

魔王「暖かいな」

勇者「冷たいな……」

魔王「私の音が聞こえるか?」

勇者「聞こえる……」

魔王「貴様の音も聞こえているぞ」

勇者「そうか……」

勇者「…………!」

 力無く其の場に倒れる。

 少女は無表情で、勇者が光に成るまでを見届ける。

284: 2012/08/04(土) 23:56:03.98 ID:SYbXP1LR0
 85日目……

 勇者の目の前には、大気を全て溶かす爆炎が迫って居た。

勇者「糞!」

 一か八かの賭け、勇者は爆炎に向かって、無謀に、剣を振り下ろす。

 其の速さは、平凡。

 だが……勢いだけは、如何なる物よりも激しい。

魔王「むっ……」

 爆炎は、勇者を起点に二つに別れると力無く、消え去った。

勇者「はあー……」

勇者「昨日どうやって俺を殺した?」

魔王「強くなったな……」

勇者「……」

魔王「瘴気が貴様の心臓を潰しただけだ」

勇者「結局お前自体は手を下していないのか……」

魔王「案ずるな。今から私が手を下す」

 ーー絶望が牙を剥く。

295: 2012/08/07(火) 20:18:07.50 ID:i87zWe1j0
姫「はあ……」

 王国の中心に位置する城の一室、姫の私室である。

姫「退屈……」

姫「お父様は私を部屋から出してはくれないし……」

 コンコンと、甲高い音が二回鳴り響く。

姫「どうぞ……」

“あの女”か……

王女「あら、姫……居たのね」

姫「はい、“お母様”」

 お母様と言われると、王女のこめかみに血管が薄っすらと浮かび上がる。

 これだけで、この二人の関係性は簡単に察する事が出来る。

王女「姫にとってもピッタリなドレスを作らせたの、どうかしら?」

 最も、他人に関係性を知られる事は無い。

姫「……」

臭い……

 知られぬ様にしているのだから。

王女「使用人が掃除に使った雑巾を仕立人に縫わせてみたの」

王女「最初は嫌な顔をしたけど、難なくこなしてくれたわ……」

姫「……」

296: 2012/08/07(火) 20:19:08.81 ID:i87zWe1j0
姫「はい!有り難う御座います……」

姫「お母様のお心遣い、大変嬉しく思います」

王女「ささ!早く着てみて?」

姫「……」

嫌だ……

 “ドレス”が手渡されると、腕の動きが止まる。

 王女は平然と追い詰める。

王女「は・や・く」

王女「気に入らなかったのかしら?」

 ドレスを脱ぎ捨てる。

王女「……」

無駄に綺麗な身体ね……腹立たしい……

姫「……」

 “雑巾”を身に纏う。

 憎い事に姫の体格に丁度良い。

王女「……」

王女「ふふふ……」

王女「あはは……!」

姫「……」

王女「あーっはっはっはっ!」

王女「うふふっ!」

王女「きゃーっはっはっはっ!」

 聞くに耐えない、年相応に枯れた声で高らかに笑い飛ばす。

姫「似合っていますでしょうか?」

 健気に、変わらぬ声色で尋ねる。

王女「ええ……とても似合っているわ……ぷっ」

王女「ぷ……っ……とっ……ても……」

貧民の娘風情が偉そうに……

王女「穢れた生れの貴方にはとっても似合っているわ」

姫「……」

 満足気に王女は其の場を後にする。

299: 2012/08/08(水) 07:23:05.48 ID:Sl2+82Pi0
姫「……」

分かっている。

私が穢れた生れだと。

分かっている。

御父様は恨むべき存在だと……

でも、御世話になり過ぎた。

姫「勇者様……」

私は過去……城で鍛錬と勉学に励む少年の顔を忘れない。

とても……ある意味純粋で、全てを吸い込みそうな瞳。

その瞬間、私の悩みは吹き飛んだ。

一目見た時から忘れない……

そして、報告で伺ったひたむきな姿。

私は勇者様と幸せになりたい……

そして、全てを忘れたい……

勇者様……

待っています。

 其れは体裁の良い、依存以外の何物でも無い。

300: 2012/08/08(水) 07:24:59.48 ID:Sl2+82Pi0
 滴り落ちる鮮血。

 其れは、純白に覆われる部屋を鮮やかに描いていた。

魔王「やはり、私が手を下すまでも無かったな」

勇者「かはっ……!」

 口からは、血が止めどなく零れ落ちる。

 魔王の腕。凶手は胸を貫き、あっさりと闘いに決着を着けた。

魔王「まだこんな物か」

勇者「……一瞬か」

魔王「貴様と私の差を簡単に示しているな」

勇者「……」

魔王「痛いか?」

勇者「当然だな」

魔王「そうか……」

 哀れむ様に項垂れる、そして悲し気に。

魔王「私の勝ちは決まっている……これ以上痛い思いはしない方が良い」

 少し腕が引き戻されると、一瞬にして心臓は握り潰される。

魔王「ふぅ……」

苦しむ顔は見る必要が無い。

309: 2012/08/11(土) 04:10:23.12 ID:eNXc6dIX0
 86日目。

 頭、脾腹、肩、を目にも止まらぬ早さで襲う……この世の理から外れた手刀が。

 頭に何十回、脾腹に数百回、肩に数千回と、容赦なく両方の手刀が襲い来る。

 勇者の剣は、驚く事に其の狂手を、全て、致命的一撃を許さぬ範囲で、数回は身を抉られるが……止めていた。

 勇者の身体は、後ろに仰け反る形で後ずさり。

 魔王の身体は、前に屈む様な形で前に前にと、勇者を追い詰めていた。

勇者「くっ!」

魔王「ほぉ、抑えるな……意外に」

勇者「これくらい……!」

魔王「気を抜くな」

 更に魔王の攻撃は、数を増して行く。

310: 2012/08/11(土) 04:12:42.63 ID:eNXc6dIX0
 追い詰められて行く勇者。

 絶対絶命。

 勝ち目が無い、

 疲労の色が見えて行く、勇者の剣は次第に遅くなる。

 ーー刹那。

 二人の身は重なる。

勇者「……!」

魔王「抱きしめたかっただけだ」

 突然の抱擁。状況が判断出来無い、全身が熱くなる、胸が高まる、視点が揺らぐ。

勇者「……っ!」

 気が付けば、両者の頬は紅く染まっていた。

魔王の顔が赤い……?

魔王「むぅ……」

気分で抱き締めて見たものの、恥ずかしい……勇者の顔が赤い事もあるが……

 取り繕う様に、決着が付いた。

 抱き締める事で後ろにやられた手は、爆炎を巻き起こし、赤子の手を捻る様に、勇者を消し去った。

 巻き起こした張本人は、当然の様に無傷。

 ーー最早神話の域。

316: 2012/08/12(日) 04:01:15.55 ID:wmpjZ3PT0
 87日目。

魔王「うむ、問題無い」

勇者「……」

 堂々と勇者を抱き寄せる魔王、其の対極的な立場からは信じられ無い事だ。

勇者「……今切っても良いか?」

魔王「貴様の攻撃を私が全て躱したが……まだやるのか?」

勇者「……」

何百回斬りかかっても躱された……屈辱だな……

魔王「それに」

魔王「今の貴様では、私は、まだ切っても斬れ無い」

勇者「だな」

関係も肉体も……か。

魔王「中々の抱き心地だ」

勇者「まだ殺さないのか?」

魔王「なら……全力で抱き締めてやろう」

 肉が音を立てる、脾腹と其処を守る為の軽い防具は簡単にも、刃物に引き裂かれたかの様に、両断される。

 血は止まらない事に反し、勇者の命は抱き締められた事で簡単に止められたのである。

317: 2012/08/12(日) 04:01:58.87 ID:wmpjZ3PT0
魔王「88日目」

勇者「……」

魔王「後13日で、勇者が本当の意味で死ぬのか」

勇者「死ぬのは魔王だけどな」

魔王「笑わせてくれるな」

 唇を手で抑えると、控えめに笑みを零す。

勇者「どうかな?……それに、魔王って意外と笑うよな」

魔王「お陰様でな……」

 小さく漏れた声、其の声が示す意味を知る事は無いが。

 少し。気恥ずかしそうな顔だ。

勇者「……?」

 突如に空気は重く、冷たく、変わる。

魔王「さあ……始めよう」

魔王「決戦だ」

321: 2012/08/14(火) 08:12:07.65 ID:16uLY0SZ0
魔王「生死を賭けた、闘い……」

勇者「ぐおおお!」

 魔王へと、猛然と剣を頭へ、胴体へ、足へと振り回す勇者。

魔王「生死を賭ける事には条件がある」

 其れを躱す事により、軽くいなす魔王。

 誰にでも分かる、死ぬのは勇者。

魔王「対等であると言う事だ」

 指先で、哀れにも止まる剣、胸を突こうとした時だ。

魔王「貴様と私は最初から命を賭けていない」

勇者「……」

魔王「特に貴様だ」

魔王「甦れる事に、慢心をしていなかったか?」

魔王「安心をしていなかったか?」

勇者「……」

魔王「だが、それで良い」

魔王「貴様は私と、“真の意味で”生死を賭ける為では無く、“他”の為に闘うのだからな」

勇者「ああ……」

魔王「私はそれが嬉しい」

勇者「っっ!」

待て……!

 滑らかに、力無く、転げ落ちる。

 首からは血が止まらない、首から下は力無く倒れ落ちる。

 魔王に言葉を返す間も無く、絶命。

322: 2012/08/14(火) 08:13:41.99 ID:16uLY0SZ0
 89日目、協会。

 光と共に勇者は現れる。

神父「おや、おかえりなさい」

勇者「ああ、ただいま」

神父「どうですか?」

勇者「さっぱり、全然勝てないよ」

神父「でも」

神父「帰ってくるのが、七時になっただけ良いと思いますよ?」

勇者「魔王が本気をだしてから……な」

神父「朝食は?」

勇者「遠慮するよ」

神父「そうですか……」

勇者「闘う理由……見つけた」

神父「聞きましょうか……」

勇者「俺が闘う理由は……ーー自分の意味を見つける為だ」

神父「昨日……見つけたのですか?」

勇者「ああ……今まで、何回でも蘇る事が出来る俺は、自分の命をどこか、別の物と見ていた」

勇者「だから、この闘いで自分の命を賭ける事で、自分の存在の意味を知りたい」

勇者「自分が勇者である事は俺にとって意味が無いからな」

神父「……とても良いですね」

可哀想に……本当にすまない。

自分が存在する意味すら、教えてあげる事が出来なくて、本当にすまない。

可哀想な子供だ。本当に、空虚な人間に育って来たのか……

何回でも蘇る事が出来るから、自分の存在を見出せなかったのか……

ーーすまない。

325: 2012/08/15(水) 00:33:17.25 ID:8Y1zgVNN0
勇者「と……言う訳だ、行って来る」

 光と共に勇者の姿は消えて行く、其れをただただ神父は、見守っていた。

 同時刻。自らの間で、魔王は勇者を心待ちにしていた。

魔王「まだか……」

 其の時、待ちわびる人間が、光と共に現れる。

勇者「待たせたな」

魔王「何。問題無い、今起きた所だ」

勇者「それなら良いけど……」

魔王「ふむ……」

魔王「さあ、始めよ……「待ってくれ」

勇者「……」

 場の空気が変わる、様子の違いを魔王は察していた。

魔王「どうした?」

 唐突に勇者は、語り始める。

勇者「確かに俺は本当の意味で、命を賭けていなかった」

勇者「それでは、まだ自分の生きる意味を見出せない」

勇者「だから、俺は命を賭ける」

魔王「……誰の為に?」

勇者「自分と他人の為だ」

魔王「愚か者」

326: 2012/08/15(水) 01:58:11.47 ID:m07//Qk7o
 先程の魔王の発言に勇者は、疑問を隠せる訳が無かった、動揺も隠せない。

魔王「……昨日、あの様な話をするべきでは無かったな」

勇者「いや、感謝している……」

魔王「貴様が本当の意味で死ぬ可能性が増えてしまった……」

101日目にも差がありながらも、闘いに赴く可能性が……

勇者「101回目の死……か?」

魔王「そうだ」

勇者「俺は魔王に勝つから問題が無い」

勇者「そもそも、俺の死を気にする立場では無いだろ」

……自分で言うのも変だけど、心が痛む

魔王「……!」

魔王「そうか……そうだったな……」

……心が痛い。

勇者「……」

そうか……俺は……

魔王「……」

前から分かってはいたが、改めて……私は……

327: 2012/08/15(水) 02:33:39.72 ID:07qkWYYwo
魔王が……

勇者が……

好きなのか……

332: 2012/08/17(金) 02:18:16.73 ID:wQxOnUjx0
勇者「……」

魔王「……」

勇者「……」

魔王「……」

 ーー静寂。

 互いに黙り込んでしまう、何を言えば良いのか分からないのだ。

勇者「……」

 しかし、不意にそう言った物は途切れてしまう。

魔王「クククッ……フフッ……アッハッハッハ!」

 突然に高らかと笑い声は響き渡る。

 自嘲するかの様な笑い声だ。

勇者「……!」

勇者「なっ……なんだ?」

 唐突に笑う魔王に、勇者は自らの心を見透かされてしまったのでは無いかと、疑ってしまう。

魔王「ふふふっ……何とも滑稽だな……」

魔王「気にする必要は無い、勇者……」

魔王「悪い夢を見ている様だ……」

後悔は無い……がな。

勇者「……」

俺は魔王が好きだ……

魔王「ふっ……」

私は勇者が好きだ

勇者「……」

魔王「……」

しかし……

333: 2012/08/17(金) 02:18:43.01 ID:wQxOnUjx0

ーー闘う宿命だ。

334: 2012/08/17(金) 02:19:29.30 ID:wQxOnUjx0
魔王「さて、始めようか」

勇者「ああ」

魔王「勇者」

勇者「ん?」

魔王「“死ぬな”」

勇者「……!……ああ!」

 何処となく嬉しい、そんな気持ちが勇者を包んでいた。

魔王「……行くぞ」

しかし、結局は相入れぬ存在、種族……

闘う事が宿命……か。

 自然に瘴気が溢れて行く、漆黒の瘴気は魔王の周りを漂う。

勇者「あー、そっか……使えるもんな」

魔王「何を今更」

 怒涛の勢いで瘴気は、無数の円柱の様な形をなし、勇者に襲い掛かる。

勇者「くっ……!」

 無数の瘴気に成す術も無く、逃げ惑う。

 しかし、先日の勇者なら逃げ惑う事すらも出来無いだろう。

339: 2012/08/18(土) 04:08:39.27 ID:MuHNLHeco
 寸前の所で襲い来る瘴気を躱す、腹を掠める様に躱す、脳が揺らされてしまう事が無い様に躱す、足が取られぬ様に躱す。

 中々、躱す事は出来てはいるが、反撃の機会が一瞬も見えなかった。

 反撃の手筈を考えている隙に、死が囁く。

勇者「くっ!」

魔王「これで終わりか?」

魔王「期待外れか?」

勇者「ぐぅ……!」

魔王「もう少し耐えてくれ」

 瘴気は鳩尾、頭部、足と順番に直撃、其の侭壁に押し付けて行く。

魔王「壁は堅くしていおいた」

魔王「押し返す事も出来ないのか?」

勇者「くっ……!」

勇者「ぐうぅ……!……あっ……ぁぁ……ガッ……」

 壁へ壁へと押し付ける瘴気は簡単に、頭を文字通り潰した。

340: 2012/08/18(土) 04:10:30.68 ID:MuHNLHeco
魔王「うーむ……」

殺した今になっても恥ずかしい……

いきなり笑ってしまって、変な女と思われていないだろうか?醜く見られていないだろうか?

ーー恐れられていないだろうか?

私と対等に応じる初めての人間……

他の人間は私に恐れて此処に来る事も無かった。

初めてまともに会話した人間……

人間も捨てた者では無い……が、眷属に好き放題させてしまったな……

……それすらも関係無いか、元よりこうなる宿命だ。

勇者……

 同時刻、協会。

勇者「……」

ーー情けない……昨日の俺は情けない様に見えたか?

糞……情けない……

 落胆の溜息を吐くと同時に協会の主は、勇者の元へと、緩い足取りで歩み寄る。

神父「どうでしたか?」

勇者「相変わらずだな」

346: 2012/08/19(日) 03:22:46.81 ID:e58L0Zfe0
神父「相変わらずとは……?」

勇者「俺が……だよ」

神父「まあ……簡単に変わる事は出来ませんね」

勇者「それを、分かっているから悩んでる」

神父「大小は、分かりませんが、確実に成長してると思いますよ?」

神父「素晴らしいと思います」

勇者「……そうか」

勇者「よし、行って来る」

神父「朝食は?」

勇者「遠慮する」

神父「そうですか……仕方無いですね」

勇者「行って来る」

神父「行ってらっしゃい」

 暖かい光が勇者を包んで行く、佳境に迫る90回目の決戦へと、光は誘う。

348: 2012/08/19(日) 04:32:35.68 ID:e58L0Zfe0
 扉が開くと同時に、宿敵は姿を表した。

 魔王は其の様子を椅子に座りながら、見詰めていた。

魔王「……」

勇者「待たせたな」

魔王「嫌……待っていない」

勇者「さあ、始めよう」

 椅子から立ち上がる宿敵、其の様子を見続ける勇者。

 ーー今、決戦が始まろうとしていた。

魔王「……」

 立ち上がると同時に、目の前に、気付いたら、“居た”。

勇者「流石……だな!」

 瞬殺を避ける為、何よりも、倒す為、目の前に居る少女の胸へと、直様剣を突く。

魔王「……」

この斬撃は……掴めない……!?

 一瞬の思考、張り巡らされた計算、其れが生み出した答えは、“回避”だった。

357: 2012/08/26(日) 22:32:33.94 ID:l99akMjio
魔王「くっ……!」

 得られた答えを元に、一瞬で身体を右に逸らすと剣は空を斬る。

 直様身体を落とすと脚を取るため、後膝を素早く単調に蹴る。

勇者「……!」

 簡単に脚を取られた勇者は、情けなくも尻餅をついてしまう。

 魔王は好機を放置して、勇者から離れた位置に脱兎の如く、立つ。

勇者「……?」

普通は俺が脚を取られた時点で、魔王はとどめを刺しに来ていたはず。

様子を見る限りは何時もとなんら変わりは無いけど……焦っている?

ーー動揺か?

魔王「……」

早い。これ程とは……

回避する事は前からも行っていたが、止める事が出来無いのは、驚いた……

距離の関係もあるだろうが……確実に私の命に歯牙を向く程に強くなって行ってる。

ーーだが。先程は刺されても、問題無い……な。

魔王「……落ち着いた」

勇者「……」

落ち着いた……か。

 静かに其の場で、一、二、三回と、身体を動かさず跳ねる。

 裸足が床に当たる時の、ペタペタとした音が微かに聞こえてくる。

勇者「来るか……!」

358: 2012/08/26(日) 22:33:14.71 ID:l99akMjio
 無駄の無い動きで、瞬時に魔王は迫って行く。

 勇者は落ち着いた表情で剣を構え、迎える。

勇者「……」

もう目の前に!

 眼前へと迫る魔王に、頭部へ、身を翻しながらも横に剣を振る。

魔王「……」

やはり、当たれば危険だな……

 楽々と上半身を逸らすと、剣は空を斬る。

 体制を戻さず、柔軟な身体は、勇者の腹部を蹴り上げる。

勇者「ガハッ!」

魔王「ふむ、みぞおちには当たらなかったな」

 体制を戻した魔王は、直様追撃へと勇者に迫る。

勇者「ぐうぅっ!」

 左手で、腹部を抑えながらも右手で剣を構え、動きを見極めんと魔王を凝視する。

左、右と何回も動いているぞ……どんだけ速いんだよ……!音速か?光速か?糞っ!

 そうこう、思案している内に魔王はやって来る。

359: 2012/08/26(日) 22:34:05.40 ID:l99akMjio
勇者「一か八かだっ!」

 魔王が迫る中勇者は、無謀とも思える行動を取る。

勇者「はあああああ!」

 なんと、自らも駆け出し、魔王に一太刀を浴びせんと斬りかかる。

 体制には腹を抑える手を含め、無駄が多いが、真の力を発揮した魔王に対し、初めてのまともな攻撃だ。

 何故か?

 魔王の想像以上に速い男の剣が、甘く見ていた女の左肩に傷を与えたからだ。

魔王「ぐっ……」

勇者「攻撃を当てた……」

よしっ……良いぞ……

魔王「……」

肩に傷か……

 赤い血が少しずつ浅い傷口から溢れて行く。

 魔王の意識を変えるには十分だ。

魔王「傷はまだ浅いな……」

これからは段々と深くなって行くだろう……

360: 2012/08/26(日) 22:34:53.29 ID:l99akMjio
勇者「はあ!」

 畳み掛ける様に勇者は、鋭い斬撃から放たれる衝撃を剣を振るう度に放っていた。

魔王「……!」

 4、5回放たれた鋭い衝撃をくぐり抜ける様に躱して行くと、勇者の眼前へと迫っていた。

勇者「なっ!」

 気づいた時には鋭く腹部を殴打、口から血が溢れてしまう。

勇者「がはぁ!」

内臓が何個か潰れたぞ……!

軽装にするべきでは無かった……

嫌……変わらないな。

 数十のおぞましい力を持った漆黒の雷撃が襲う、勇者は逆に畳み掛けられてしまう。

 其の雷撃は勿論、前回の比では無い。

 雷撃は勇者に降り注ぎ続く。

 ーー気が付けば。

魔王「とっくに、死んでいた……か」

361: 2012/08/26(日) 22:35:54.02 ID:l99akMjio
魔王「……」

何処かで抵抗していたかも知れない……

気付いたら……死体だけ。

やはり奴との闘いは楽しい、我を忘れてしまう。

魔王「強くなったな」

 少し黒ずんだ死体を抱えて、魔王の椅子ーー玉座に座らせる。

 力の無い身体は、上半身が右に傾き、今にも椅子から落ちそうであった。

魔王「ふふっ……」

魔王「中々玉座も似合っているでは無いか……」

魔王「私と結ばれたら……」

魔王「此処に座る事もあるのか?」

魔王「……」

無駄な妄想……だな。

魔王「光になるまで、見守ってやろう」

魔王「ずっと……」

363: 2012/08/27(月) 03:23:27.75 ID:DMILg0FHo
「そうだな……」

「……」

「貴様と私以外は、犯罪を犯している」

「“普通の世界”で言う所の……だ」

「たが、今の世界は犯罪が起きても普通なのだろう?」

「ああ、そうだな……」

「理由は、分かるな?」

「ああ、分かってる」

「魔王」「私が」「「死んでいないから」」

「簡単な理由だ」

「……」

「最後に頼みがある」

「……なんだ?」ポロポロ

「なんだ、察しているのか」

「毅然としているな……分からない……」ポロポロ

「そうか……なら、伝えなければならない」

「やめてくれ」

364: 2012/08/27(月) 03:24:30.36 ID:DMILg0FHo

「私を殺せ」

365: 2012/08/27(月) 03:25:19.98 ID:DMILg0FHo
「どうしてこうなったんだろうな?」チャキ……

「最初からだな」

「場所は変えるか?」

「嫌、此処で魔王を倒したと宣言してくれ。盛大に」

「……分かった」

「私はこの世界が好きだ。世界の負から産まれた存在だが……好きだからこそ、世界の負を背負ったと思う」

「魔王……」ポロポロ

「それ以上に好きな者が居る……」

「誰だ?」

「今更言わせるな、勇者」

「だな……」

「強大な正反対が繋がったら世界が壊れる……もっと早く気づくべきだった」

「大勢の人が亡くなった……」

「私は、負を抱えたとは言え、世界に迷惑を掛け過ぎた。既に死ぬべき存在だった」

「……」

「最後に頼みがある」

「なんだ?」

「私以外の女でも見つけて、幸せになってくれ」

「分かった……」

366: 2012/08/27(月) 03:25:55.17 ID:DMILg0FHo
「勇者」

「……」

「愛しているぞ」

367: 2012/08/27(月) 03:26:21.58 ID:DMILg0FHo

グサッ

368: 2012/08/27(月) 03:27:02.98 ID:DMILg0FHo
「……あははははははひっ!」ポロポロ

「魔王を倒したぞおおお!」

ザワザワ

「さあ……」

「ありがとう……」

「共に生きるのが長過ぎた……」

「魔王が居ない生活等……あり得無い……」

369: 2012/08/27(月) 03:27:42.31 ID:DMILg0FHo
「今……行くぞ……」

「愛してる」

370: 2012/08/27(月) 03:29:48.62 ID:DMILg0FHo

グサッ

371: 2012/08/27(月) 03:30:37.02 ID:DMILg0FHo
 光と共に勇者は現る。

勇者「……!」

夢?……途中からのやり取り……

俺と魔王の……

勇者「死んだ時も夢を見るんだな……」

……

考えるのはよそう……

372: 2012/08/27(月) 03:31:57.99 ID:DMILg0FHo
 協会は少し、様子が違う。

勇者「あ……」

気付いたら……

神父「おかえりなさい……」

独り言……していたな。

姫「勇者様!」

 姫はまたも、勇者に飛び付くと抱き締める。

勇者「うわ……!」

 飛び付かれると、倒れない様に体制を保つ。

 引き離そうにも、離れない。

王「おお!勇者、どうだ?魔王討伐は?」

勇者「いえ……まだ……」

王「そうか……」

 勇者は困った様に神父に目配せをする、神父は同じ様に困った表情で顔を逸らす。

勇者「……」

王「どうした?」

勇者「えーっ……」

勇者「何用でございますでしょうか?」

王「嫌……姫がどうしても勇者に会いたいと言うのでな……ついでに用がある」

姫「はい!」

姫「私です!」

“ついでの用事”が本来の目的の癖に……

373: 2012/08/27(月) 03:32:45.35 ID:DMILg0FHo
王「勇者……ついでの用事はだな……」

勇者「はい」

王「姫の事だが……」

姫「……」

やっぱり……

勇者「私にはまだ、答えかねます……」

王「……そうか」

糞餓鬼が……

みせしめに神父でも殺してやろうか……

勇者「申し訳ございません」

王「嫌……気にしなくても良い」

王「魔王討伐、期待しているぞ」

勇者「はっ……」

王「……」

このまま、婚約が不可能だとすれば……姫は“処分”しなければならない……

この国も、私の代で終わりか。

楽しませてもらったさ。

神父「……」

相変わらず、下衆な発想をしているな……

屑が。

勇者「……」

早く、91回目に行きたい……

376: 2012/08/28(火) 21:50:38.16 ID:Nj93pITMo
王「さて。勇者も行った事だ……帰るぞ」

姫「はい」

 姫と王が外に待たせた兵士達と其の場を後にする。

 王達が行った事を確認すると、神父は大きな溜息を吐く。

神父「ふぅー……」

神父「相変わらず、御元気で……」

神父「……」

神父「勇者……」

 光りと共に、宿敵の元へと勇者は現れる。

 魔王は玉座を立つと、一心に光を見つめる。

勇者「……」

魔王「今日は少し遅かったな」

勇者「あー……ちょっと立て込んでな」

魔王「そうか」

魔王「ところで……見たか?」

勇者「何を?」

 其の言葉だけで、何かを察した様に微笑する。

魔王「ふふ……夢だ」

勇者「ああ。見たぞ」

魔王「どの様な夢だ?」

勇者「……」

勇者「幸福な、ありがちな、幸せな夢だよ」

魔王「……」

魔王「私と同じか」

 ーー嘘。まず、今の二人にはその様な……幸せ等の基準が分からない。

 二人が見た夢は、等しく……同等のものだろう。

377: 2012/08/28(火) 21:51:29.05 ID:Nj93pITMo
魔王「……」

恐らく……私と同じ夢を見たな。

勇者「……」

魔王も、俺と同じ夢を見たのか……?

やはり……俺と魔王は……

“そういう”運命か。

 緩やかに剣を構える、魔王だけを見据えて。

魔王「さあ、始めよう」

勇者「随分と余裕だな」

魔王「そう見えるか?」

 魔王には構えが無い、空気が変わった時が戦闘を始めても良いとの、彼女の合図だ。

 ーー空気が変わる。

勇者「始めても良いか?」

魔王「今更……だな」

 漆黒の瘴気が、無数の黒い剣と黒い槍に形を変える……おぞましく、たじろいでしまう程の量だ。

勇者「っ……!」

勇者「大分……増えているな……っ!」

魔王「ああ……当然だ」

 怒涛の速度で勇者の両端を二つの槍が迫る。

 勇者には、当たらないが……

 細く黒い線が、槍と槍の間で繋ぐ様に一つ、伸びていた。

勇者「……!」

 寸での所で線の存在に気付くと、剣の構えを解かずに、握る力を強く保つ。

 黒い線は、剣の邪魔を受けると簡単に切れ、二つの槍は、其の侭壁へと突き刺さる。

魔王「さぁ……更に行くぞ」

 一斉に槍と剣が放たれる、勿論、黒い線は存在している。

勇者「うおお!」

 一度に対応をし切れない勇者は、全力で剣を其の場で振るうと、鋭く、素早い衝撃を放つ。

 ーーその直後。体全体を凶器が通り過ぎ、醜い死体が飛散した。

魔王「ぐう……!」

……左腕に衝撃を受けてしまったな。

 左腕からは指先を通る様に、滑らかに血が滴り落ちていた。

380: 2012/08/30(木) 02:23:24.83 ID:sJSpajWb0
 92日目。相立つ両者は、互いを 警戒する。

魔王「昨日と同じ事をしても……貴様は、対応をしてしまうだろうな……」

勇者「無理だろ」

 確かな自信を持って、直様不可の意思を伝える。

 自らの力を過信してはいない様だ。

魔王「ふふっ……謙遜をするな謙遜を」

勇者「嫌……無理だろ……」

魔王「……」

この会話の間も、機会を伺っているな。

一瞬で勝負を決めてみるか……

魔王「勇者」

勇者「ん?」

魔王「正面からいくぞ」

勇者「正面から……?」

381: 2012/08/30(木) 02:23:51.60 ID:sJSpajWb0
 大きな力の蠢きを肌で感じる。

勇者「……」

不味い……何かが来る?

勇者「ーー凄いな」

 全身から吹き出る様に汗が湧く。

 目の前の少女は悠然と、立っている。ーー“だけ”なのに……

魔王「隙が多い事は、余り……行いたくは無かった」

魔王「が……貴様の為だ。今回は直ぐに[ピーーー]」

勇者「……!」

 寒気が恐ろしい……目の前に居る少女はこうも恐ろしい者なのかと、改めて理解をさせる。

魔王「行くぞ……!」

 只、目の前に少女は迫るだけ、其れだけなのに……勇者は反応をしていない。

 無理も無い、反応が不可能な程の速さで迫られたのだから。

 首も気付く事が無く、飛んで行く……気付いた頃には協会だろう。

魔王「全てを速さに回しただけ……其の分隙も多い」

魔王「ーーどれだけの速さか分からないがな」

魔王「何に、恐怖をしたか分からないが……」

魔王「流石の警戒力だ」

次には……通用しないだろう……

386: 2012/08/31(金) 02:29:34.01 ID:Gpz7UF4Ho
 大きな力の蠢きを肌で感じる。

勇者「……」

不味い……何かが来る?

勇者「ーー凄いな」

 全身から吹き出る様に汗が湧く。

 目の前の少女は悠然と、立っている。ーー“だけ”なのに……

魔王「隙が多い事は、余り……行いたくは無かった」

魔王「が……貴様の為だ。今回は直ぐに[ピーーー]」

勇者「……!」

 寒気が恐ろしい……目の前に居る少女はこうも恐ろしい者なのかと、改めて理解をさせる。

魔王「行くぞ……!」

 只、目の前に少女は迫るだけ、其れだけなのに……勇者は反応をしていない。

 無理も無い、反応が不可能な程の速さで迫られたのだから。

 首も気付く事が無く、飛んで行く……気付いた頃には協会だろう。

魔王「全てを速さに回しただけ……其の分隙も多い」

魔王「ーーどれだけの速さか分からないがな」

魔王「何に、恐怖をしたか分からないが……」

魔王「流石の警戒力だ」

次には……通用しないだろう……

387: 2012/08/31(金) 02:31:00.35 ID:Gpz7UF4Ho
 大きな力の蠢きを肌で感じる。

勇者「……」

不味い……何かが来る?

勇者「ーー凄いな」

 全身から吹き出る様に汗が湧く。

 目の前の少女は悠然と、立っている。ーー“だけ”なのに……

魔王「隙が多い事は、余り……行いたくは無かった」

魔王「が……貴様の為だ。今回は直ぐに死ね」

勇者「……!」

 寒気が恐ろしい……目の前に居る少女はこうも恐ろしい者なのかと、改めて理解をさせる。

魔王「行くぞ……!」

 只、目の前に少女は迫るだけ、其れだけなのに……勇者は反応をしていない。

 無理も無い、反応が不可能な程の速さで迫られたのだから。

 首も気付く事が無く、飛んで行く……気付いた頃には協会だろう。

魔王「全てを速さに回しただけ……其の分隙も多い」

魔王「ーーどれだけの速さか分からないがな」

魔王「何に、恐怖をしたか分からないが……」

魔王「流石の警戒力だ」

次には……通用しないだろう……

389: 2012/08/31(金) 03:25:35.45 ID:luRstVC6o
 93日目、神父への挨拶を飛ばしては、魔王の居城へと勇者は現れる。

魔王「おお……速いな」

勇者「……」

9時ぐらいか?時刻を確認していないから分からないけど……大分強くなったんだな。俺……

勇者「……昨日はどうやって?」

魔王「全ての力を速さに変えただけだ」

勇者「なるほど……そういう闘い方も出来るんだな」

魔王「私はな……」

魔王「どうだ?恐いか?」

 余裕の笑みを携えながら問いかける、が……答えは予想とは違う物だった。

勇者「嫌……あれが最高の速さと分かれば、これからは、闘いやすい」

魔王「ーーその言葉は。後二回闘った時の言葉だと思うが……」

既に通用しない事は、私でも分かる……勇者が精神的に強くなったと言う事か。

390: 2012/08/31(金) 03:26:43.60 ID:luRstVC6o
魔王「……」

 力が蠢く大気が揺れる大地が震える。

勇者「次は……なんだ?」

魔王「魔導で一斉に攻撃しようと思ったから、させてもらう」

勇者「冗談だろ?」

魔王「さぁ、行くぞ」

 勇者は対策を考え様にも、不可能だった。

 深淵を思わせる黒い瞳に、六芒星が弱い光と共に浮かび上がる。

 勇者の目には地獄絵図が映る。

勇者「ははは……無理だろ……」

 笑ってしまうのも無理は無い。

 全てを飲み込む濁流と、漆黒の雷撃と只の雷、全てを溶かし尽くす高熱火炎、僅かに見える狂気の黒い風の刃。

 其れ等が勇者を滅殺しようと、むかっているのだから。

勇者「うおおおおおお!」

 目の前の魔導に対して、渾身の剣を振るう、が……衝撃波も意味は無かった。

 ーー魔導に飲まれる。

魔王「……死んだか」

394: 2012/09/02(日) 03:54:24.44 ID:S9Si1+kjo
 94日目。

 日々の闘いは力と成り、力は結果と成る。

魔王「くっ!」

 勇者の繰り出す突きは魔王の左のこめかみを掠める、耳に少しの切れ目が入る、僅かに髪の毛は力無く落ちた。直様、魔王は御返しとばかりに手刀を脳天に繰り出した。

勇者「くぅ……!」

 繰り出された手刀を避ける為、頭を左に傾けると、右耳のたぶが切れた感覚を感じてしまう。

 ーーだがそんな事には構っていられない。

勇者「うおお!」

 直様、魔王のこめかみを掠めた剣を下に振り下ろそうと力を入れる、衝撃波を生むほどの力だ。

魔王「はあああ!」

 漆黒の瘴気は、魔王の左肩に一点として一瞬で集まり、簡単な魔法陣を形作る。

魔王「これで……!」

 勇者の剣は魔法陣によって止まってしまう。

 ーー二秒間のみだが。

395: 2012/09/02(日) 04:19:43.96 ID:S9Si1+kjo
 ーー早業だった。

 二秒間の内に、勇者の心臓を手刀で貫き、後ろへ後退したのだから。

 少しの計算外は、心臓を貫いた後にも剣を動かしていた事だが。

 魔王が後退した瞬間、魔法陣は破れ、剣は斜めに空を斬り、力無く勇者は倒れるが……

魔王「……!」

 予想外の出来事に動けずに居た。

 ーー魔法陣に阻まれ、弱まった筈の剣から衝撃波が放たれていたのだから。

 衝撃波は、魔王の左肩から右脇腹迄の斜めに成る傷を付けた。

 傷からは少なからずも血が滴り落ち……ドレスは傷と同じく斜めに、綺麗に切れている。

魔王「くうぅ……っ……」

魔王「やるではないか」

魔王「勇者」

 勇者と呼ばれる肉は、魔王の問い掛けに答える事は無かった。

396: 2012/09/02(日) 05:07:42.72 ID:S9Si1+kjo
 95日目は後々、最も斬り合った日として語られる事に成る。

 鉄の鋭く高い音が響き合う。

魔王「ふふふ……」

魔王「昨日の貴様には驚かされたぞ」

 其の会話の隙にも、鋭く脾腹を左の手刀は狙う。

 勇者は当然の様に、其れを剣で受け……押し返す。

勇者「ああ……驚かす様な事をした記憶が無い」

 手刀と剣は互いに、斬り合いを続ける。

勇者「それに……お前の手刀は、相当の業物以上だな」

魔王「我が手刀は、如何なる剣にも“負ける事”は無い」

勇者「凄い……な!」

 勇者は魔王の首を一点に狙い、突きを放つ。

魔王「残念だな」

 魔王の手刀から形を崩さぬ右手の中指の先は、魔王と勇者の中間の距離で勇者の剣を止める。

勇者「糞っ……!」

魔王は両手で斬れるが……俺は……一つ。

けど……俺の方が斬る事を心得ている。

ーー僅かに。

 再び、頭、首、心臓と狙う互いの“武器”は斬り合いを続ける。

397: 2012/09/02(日) 05:08:48.42 ID:S9Si1+kjo
 後々語られる闘いと言う物は簡単に決着がついたりする物だ。

勇者「ぐふっ!」

魔王「……細かい傷は付いたが、大きな傷が付く事は無かったな」

 魔王の手刀は斬り合いの内に、勇者の隙を見付けると、安安と心臓を貫いた。

魔王「それにしても貴様の防具は弱いな、まあ……其の軽い防具が一番私に対抗出来るが……」

 魔王は勇者から、手刀を抜く。

 勇者は手刀を抜かれると、崩れ落ちる様に地面へと倒れる。

 既に意識は無く、死体となるのも時間の問題だ。

魔王「貴様には常に驚かされる」

魔王「気付いたら、私を超えているかも知れない」

魔王「今回は、手数の勝利。次にはその手数も……」

通用しない。

魔王「……死んだか」

398: 2012/09/02(日) 05:09:31.29 ID:S9Si1+kjo
 96日目。

 城の一室。

 歪んだ思考は消え去り、真剣な志が芽生え始めていた。

姫「……」

私は勇者様が好き……だけど……“ついでに”勇者様を利用しようとしていた。

私が必要の無い者にならないためへの……

けれど!自分で何も変えられない女を勇者様が好きになる筈が無い……

私が国を変える……

大丈夫……父上と王女が亡くなれば……私が国を……

きっと……皆は分かってくれる。

 沸々と湧き上がる志は、王女の一生を左右する物に変わって行く。

 場所は変わって協会。

神父「11時ですか……驚くべき進歩ですね」

勇者「そうか?」

神父「ええ、全く持って驚くべき進歩ですね」

勇者「そうか……それは、自信が付くな」

神父「朝食等はいかがでしょうか?」

勇者「ああ、いただくよ」

神父「では、紅茶とパンを」

勇者「毎回それだな……」

 神父は勇者の前へと詰め寄り顔を近づけると、得意気に一言。

神父「朝には紅茶とパンですよ」

 緩やかに微笑むと、並々ならぬ迫力を醸し出す。

 其の迫力に勇者は、押されてしまい……

勇者「いただくよ」

 其れしか言えなかった。

403: 2012/09/06(木) 00:58:42.71 ID:HDR89wQJo
 勇者が訪れる度に、初めて辿り着いた状態へと魔王の間は戻っている、激戦の跡も、約一日が経てば元通りだ。

勇者「さて、96回目の闘い……始めよう」

魔王「気が早いな」

もう少し、会話でもしたいが……仕方が無い。

 胸を撫で下ろし、目を見開けば、魔王の元へと一手に、瘴気と力が集まって行く。

魔王「良いぞ。来い」

勇者「……!」

 力の蠢きを肌で感じた勇者は、身震いをする事も無く、魔王の元へと駆ける。

魔王「……」

 瘴気は魔王の元から離れると、勇者の前へ網の形を作る、黒く細く鋭く硬い網は嫌らしく光を反射する。

勇者「はあ!」

 勇者は躊躇いもせずに、網へと剣を振り下ろす。

魔王「……!」

 網は脆く呆気無く、断ち切られる。

力を開放してからは、全てが上回っていたのだが……

ここ迄来たか……勇者。

勇者「はああ!」

 弱々しい物へと化した網を潜り抜け、勇者は魔王へと迫る。

404: 2012/09/06(木) 01:35:31.61 ID:HDR89wQJo
魔王「……」

 網は瘴気へ形を戻すと、包み込む様に、勇者の周囲を囲む。

勇者「……!」

これでは周りが見えないな……

 ーー刹那。駆ける途中の勇者を阻む様に瘴気から、黒く鋭い円柱の形をした凶器が勇者へと迫る。

勇者「はああっ!」

 見えない勇者は感覚だけを頼りに身を捻じり、身体全体を使い、斜めの方向へと床から床へと剣を降るう。

 振るわれた剣からは衝撃波が放たれ、凶器を嘲笑うかの様に瘴気の空間を壊し、飛ばす。

 崩れた体制を立て直し、直様駆ける。

魔王「……っ!」

 勇者は魔王に、肉迫する。

 魔王の目に映る男の姿は、とても勇ましい。

 剣は魔王の顎へと振り上げられる。

405: 2012/09/06(木) 01:36:13.45 ID:HDR89wQJo
 其の剣は魔王の胸の前。魔王の指先で動きを止めた。

 指先からは血が溢れているが其の間も無く、魔王の攻勢は、始まる。

勇者「……っ!!」

指先で止めるのかよ!?やはり、桁違いだ!

 剣を取り戻そうとするが、剣は動かない、魔王が掴み始めただけなのに……

勇者「ぐっ!」

 首へと、鋭い蹴りが入る。

 ーー其の瞬間。勝敗は決してしまった、魔王は変わらず冷静な表情である。

 冷酷な瞳は落ち行く頭部を見届ける。

 脚を床へと戻すと、溜息を一つ。

魔王「はぁ……」

魔王「流石に危険だったぞ……」

 左手の先から溢れる血を抑え、勇者だった物へと微笑み掛ける。

 彼の成長を喜んでいるのだろう。

406: 2012/09/06(木) 01:36:56.45 ID:f0+9I4rMo
 光を携え、勇者は帰還する。

 其の表情は堂々とした物だった。

神父「……朝食にしますか?」

何時もより、明るい……な。

勇者「嫌。遠慮しておくよ」

神父「そうですか……」

勇者「ああ……97回目。行ってくる」

神父「いってらっしゃい」

勇者「……鼻血出てる」

神父「……おや?気付いてませんでした……教えてくれて助かります」

 唐突に溢れた鼻血を抑える為、鼻に手をやる。

勇者「大丈夫か?」

神父「心配無用ですよ」

そろそろ……だな……

410: 2012/09/07(金) 07:32:09.81 ID:RGjD1WJSo
 97回目の決戦。

 其れは、何時もの決戦と何の違いも無い。

 純粋な力のぶつかり合い。

魔王「……」

 魔王が椅子から立ち上がると、勇者は扉を開き決戦の舞台へ馳せ参じる。

魔王「貴様は、私の間に唐突に現れたり、扉を介してやって来たりで、大変だな」

勇者「気分だからな」

魔王「……気分?」

 一つ間が開くと、魔王は俯きながら笑う、笑い声が大きくなるにつれ、顔も上がって行く。

魔王「ふふふ……ハハハハッ!」

魔王「ぷっ……久しぶりに大きく笑わせてくれたな……その、抜けた所が最高だ」

勇者「……侮辱された気分だ」

魔王「ふふふっ……気にするな」

 空気が変わる。重く、冷たく、禍々しい物へと。

魔王「ーー来い」

 勇者は魔王の足元へと、剣を振り被った体制で身を屈めながら“唐突に現れた”。

 嫌。厳密に言うと、勇者が速過ぎて“唐突に現れた”様に見えるだけだーー勿論。魔王には、全てが見えている、全てに反応をしていた。

 ならば、漆黒の瘴気が勇者の周りに蔓延していたとしても、何の不思議は無い。

魔王「爆ぜるぞ」

勇者「?」

 勇者は気付かずに剣を魔王の脾腹へと振るう、その軌道は鋭く、正確だ、

411: 2012/09/07(金) 07:33:08.37 ID:RGjD1WJSo
 勇者の剣が脾腹へと到達する寸前、悍ましい勢いと威力を持った漆黒の爆炎が少女の足元で巻き起こる。

 少女は爆炎に傷を追う事も無く、一歩下がると、風でめくれてしまうドレスの袖口を抑える。

 止まぬ、爆音。

魔王「……」

 爆炎が止み、煙が晴れると、其処には何も残っていなかった。

魔王「私の涙は止みそうに無いな」

 黒い涙は変わらず、此の世界を表すかの様に落ちていた。

魔王「跡も残らないとは、可哀想に」

 そしてーー翌日、協会。

 98日目。

神父「今日は、早いですね」

勇者「油断してた」

神父「それはいけませんね、意識をしっかり持たないと」

勇者「分かってる」

422: 2012/09/13(木) 00:20:53.71 ID:OnuKI1m4o
神父「もう行きますか?」

勇者「そうだなー。行くか」

神父「はい、行ってらっしゃい」

 少年の様な声で優しく、勇者を励ます。何よりも、勇者を案じての事。自らの心配等は無い。

神父「貴方は、勝てますよ」

勇者「……」

 励ましからは多少の違和感を感じる、神父からは何処となく……理由は分からないが、一種の親近感を抱いてしまう。

勇者「ありがとう、行ってくるよ」

 光と共に勇者は姿を消して行く、神父の言葉をほんの少し胸に秘めて。

神父「勇者……」

423: 2012/09/13(木) 00:22:49.17 ID:OnuKI1m4o
 二人は相対する。

 決められた行事を成す様に、約束事を守る様に、愛を確かめ合う様に。ーーそして、剣を構える男、手を鋭く張る少女、二人に共通する事は……人智を超えている事である。

 二人は駆ける。何故?ーー互いの生死を分かつ為である。

 少女の手刀は勢いと速度を持って、勇者の頬を掠る。男の剣は一瞬の隙を突いて少女の肩へと突き刺さる。

 畳み掛ける様に、重い拳が鈍い音と共に少女の鳩尾に衝突する。華奢な少女の体がくの字に曲がると同時に、剣は血を帯びながら抜ける。

 少女は腹を抑えながら瘴気を蔓延させ、六芒星を瞳に浮かべる。

 悍ましい濁流と漆黒の雷撃……相反する存在が、男へと迫る。

 水に少しでも触れたら敗北である事を悟っている男は、剣を振りかぶり全力で少女の魔導へと衝撃波を放つ。ーー魔導と衝撃の対峙は凄まじい物だった……時間が経つにつれ、段々と少女の魔導が押されている。

 そしてーー少女の魔導は、限界を極め己が全てを放った衝撃に引き裂かれる。

 ーーが。少女は負けてはいない……右腕を犠牲に命を終わらせない限界の範囲で、衝撃波を躱す。……移動に全力を賭けたのだろう、勇者の背後へと一瞬で回り、神業の様に……負け無しの手刀は男の首を狩る。

 男の首は落ち、身体は倒れる、今回も少女の勝ちである。

429: 2012/09/18(火) 02:46:41.35 ID:9I2iIVSMo
 99日目。

 闘いも佳境に迫っていた。

 101日目へと、確実に迫っていた。

魔王「来たか」

勇者「当然だ」

傷は全て元通りか……右腕も……

魔王「まだ闘うか?」

勇者「今更言われてもな」

勇者「俺は闘うよ」

魔王「そうか……」

勇者「……?」

俺の覚悟は知っているのに……何を今更……?

魔王「不思議な顔をするな、反応に困る」

 魔王の反応に勇者は困惑を隠せない、何故その様な会話を?ーー後に思い知らされる。

勇者「……」

魔王「だんまりか……」

勇者「悪いか?…………っ!!」

 不意打ち。

 先程迄玉座に居た少女は、勇者の目の前に居た。

 魔の頂点に立つ者の攻撃とは思えないが、成功に終われば、魔王の勝ちだ。

勇者「かはっっ……!」

 胸を貫く狂手は、勇者の命さえも貫き通す。

魔王「すまないな、貴様の為だ」

これで……全ての攻撃手段を教えた……

ここまで知れば、対等に渡り合ってくれるだろう……

430: 2012/09/18(火) 02:47:53.68 ID:9I2iIVSMo
 100日目。

 思いもよらぬ、不意打ちに敗れた勇者。

 借りを返す為に、魔王の前へと立つ。

勇者「昨日はやってくれたな……」

魔王「差も無くなって来た……貴様の死を稼ぐ為だ、そう怒るな」

勇者「怒って無い」

魔王「本当か……?」

勇者「……ああ」

落ち込んだ様に言われると……心に来るな……

勇者「……」

魔王「勇者?」

勇者「気にしないでくれ」

魔王「?」

魔王「……」

何を気にしなければ良い……?

まさかっ!?

昨日の仕返しを……!?

魔王「……」

勇者「……」

魔王「……」

本来なら反応していた筈だが……ここまでとはな……

悲しくなる。

 不意打ち。

 先日の魔王と同じ様に、不意打ちを仕掛けた勇者。

 本来なら其れを逆手に取られて死亡……

 の筈……だが。

 魔王の前へと、一瞬で迫った勇者の剣は、喉仏の寸前で止まっていた。

魔王「何故殺さない?」

勇者「分からない」

魔王「……」

 魔王は事務的に勇者の首を落とす。

魔王「……」

そうか……明日私は……

…………

ーー短い闘いだった。

431: 2012/09/18(火) 02:49:15.75 ID:9I2iIVSMo

ーー101日目。

458: 2012/10/27(土) 14:33:04.92 ID:VXvM84Bso
勇者「……」

 協会へと勇者は帰還する。今日が最後の闘いだが……勇者は葛藤していた、何故魔王を殺さなかったのか、何故手を止めたのか、何故心がこうも痛むのか。

神父「お帰りなさい」

勇者「ただいま……」

神父「おや……?どうしましたか?」

勇者「分からない……」

 掠れた声で答える、聞く人間によっては無視をするだろうが、神父は真剣に聞き、答えた。

神父「貴方は良く悩む。せっかくだ……私に何か話してみませんか?」

勇者「……」

勇者「分かった」

神父「……」

勇者「昨日、俺は魔王に勝った……勝った筈なんだ……」

神父「……!」

我が息子ながらに尊敬の念を禁じ得ないな。

勇者「殆ど不意打ちの形だけど、俺は魔王が反応出来ない速さで迫って、喉仏に剣を突き刺そうとしたんだ……けど」

神父「けど?」

勇者「止まったんだ……突き刺す筈なのに…寸前で」

神父「……」

神父「そう言えば……魔王がどの様な者か聞いていませんでしたね」

突き刺す寸前で勇者が止めた?少なくとも魔王は空虚な人間に何か思わせる者と言う事は確かだ、ふふっ、羨ましいな。

 自嘲気味に神父は笑う、自らの無力を皮肉に思い、勇者への罪悪感が募るばかりだ。

勇者「魔王の……」

459: 2012/10/27(土) 14:34:12.52 ID:VXvM84Bso
勇者「性別は女」

神父「っ!?」

勇者「どうかしたか?」

神父「いえ……」

まさか、魔王が女だったとは……

勇者「姿形は正直華奢で美しい」

神父「……」

勇者「?」

神父「気にせずに続けてください」

魔王がまさか、華奢で美しいとは……巨体で醜いと思っていたが……

勇者「身長は、普通より少し低いぐらいだと思う」

神父「なるほど……」

ああ……分かった……

神父「魔王に惚れていますね?」

勇者「……」

勇者「ああ……」

勇者「でもそれは、闘いに関係無い」

神父「……では何故、とどめをささなかったのですか?」

勇者「……」

神父「好きな者を殺す事は、私にも出来ません」

勇者「……」

神父「私に出来ない事が貴方に出来るとは思えません」

勇者「だが……倒さないと……」

神父「貴方は闘う事で自分の存在の意味を知りたいのでは?」

勇者「ああ……」

神父「なら……目的は達成していますね」

 満面の笑みを勇者に向ける、皺の寄った……お世辞にも美しいとは言えない顔だが、神父が自らの人生の中で最も微笑んだ瞬間かも知れ無い。

460: 2012/10/27(土) 14:35:47.67 ID:VXvM84Bso
勇者「達成している?」

勇者「……どうして?」

神父「きっと……魔王と幸せに生きる事が貴方の最大の存在価値だと思いますが?」

勇者「……!」

神父「魔王との今日を含めた101日間……貴方は、初めて協会で私と会った時よりずっと……!表情が生き生きとしていましたよ」

勇者「だが……!」

勇者「自分の為に闘うが……それは、一般民全ての為に闘う事が大前提の話だ!」

神父「……それが本音か?」

 何時もの優しい声色が、冷たい色に、変わる。

 表情も険しい。何時もの神父と違う事は一目瞭然、そして勇者に、何かを伝えようと声を張る。

神父「勇者!……お前は、空虚な人間だ!」

神父「本当は、他人の事など考え無い男だ」

勇者「だけど……!俺と魔王は分かり合え無い……それに……」

 ただならぬ神父の迫力に押されながらも、自らの意を述べんと、言葉を連ねようとしている。

神父「それに……?」

勇者「俺と魔王は、幸せになれない!」

神父「何故そう言える?」

勇者「俺と魔王は、同じ夢を見た……幸せでは無い夢を!」

神父「……」

神父「ふふふっ……はははっ……はははははははっ!」

勇者「なっ……!」

神父「笑わせるな!たかが夢で勇者の人生は左右されるのか!?」

神父「お前の人生はお前が決める……」

神父「それに……勇者と魔王が分かり合えば、真の意味での平和が訪れ、他人も幸せになると思うが……違うか?」

勇者「だけど……魔王は人を殺し過ぎて……!」

勇者「……!」

魔王は人の負から……!

勇者「嫌……なんでも無い」

神父「……」

神父「安心しろ……想いを伝えればきっと……分かり合える」

勇者「……本当か?」

神父「……ああ!」

勇者「……」

俺は魔王と……

勇者「分かった。伝えるよ……想いを」

461: 2012/10/27(土) 14:38:25.48 ID:VXvM84Bso
神父「さて……結婚祝いだ……」

神父「讃美歌を聞かせてやろう」

勇者「……讃美歌?神父が?」

神父「こう見えて、声は高いからな」

勇者「……ああ」

言われてみれば……

神父「~~~~」

 魔王の瘴気から奏でられる讃美歌の様な音色には劣るが、神父の独特な声から奏でられる、たった一人の讃美歌は勇者の心を穏やかにさせ、勇気付ける物だった。

勇者「……」

神父「~~~……。」

神父「さあ。早く行け……魔王の元へ」

 神父は勇者の両肩を持つ、勇者に熱い瞳を向けて、勇気付ける。

神父「絶対に後悔はするな!」

神父「絶対に幸せになれ!」

勇者「ああ!」

神父「絶対に……生きなさい……」

最も伝えたい事は今……伝えた。

勇者「分かってる」

 光に包まれて行く勇者の肩を離し、勇者から距離を置く。

神父「そうだ、今度……魔王を紹介してくれ」

 穏やかな微笑みを向ける、勇者は神父に対して最後の、心からの微笑みを向ける。

勇者「はははっ……分かったよ」

神父「……」

ああ……悔いは無い……初めて見たな、息子のこんな表情……

神父「ーー勇者と魔王に……神の加護があらんことをーーーー」

勇者「行って来る」

 勇者は光と共に、魔王の元へと姿を消す。

462: 2012/10/27(土) 14:40:07.62 ID:VXvM84Bso
 ーー勇者の姿が消えた瞬間の事だ。

神父「ーー行ってらっしゃい」

 神父は椅子の側に、崩れ落ちる様に座り込んでしまう。

勇者のこれからを見ておきたかった……が。

お迎えが来たみたいだな。

何……勇者のお陰で拾った命……いつ捨てても、後悔は無い……。

ああ……

 神父の視界が段々と薄れ行く、意識を保つのも限界。

少女…………今行くぞ。

 暖かい日差しが差し込んで行くと共に、可愛いらしい少女の姿が神父の目に映り込む。

463: 2012/10/27(土) 14:43:05.84 ID:VXvM84Bso
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「久しぶりだな」

「うん」

「長い話は後にするか……」

「私達の子供……ううん……勇者……とっても成長したね」

「自慢の息子だよ」

「でも……私似だよね~ふふふ」

「ははは、お前の子供だからな」

「とっても綺麗な恋人も見つけたみたいだし……これ以上の悔いは無いよね!」

「ああ」

「……」

「……」

「来世でも……“少年”と一緒に居て……良いかな?」

「……」

「……」

「当たり前だ」

「嬉しいな~ふふふ」

「なあ」

「どうしたの?」

「少し疲れた……」

「うん」

「少しの間……寝てても良いか?」

「うん、しっかり休んでね」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 座り込んで居た神父の目は閉じ、口角はほんの僅かに上がっていた。ーーとても穏やかな表情だ、かつては血を流し、二度と開く事の無い目はきっと……光を失ってはいないだろう。

「ーーありがとう」

466: 2012/10/27(土) 16:18:40.63 ID:uyAqcsrYo
 光と共に勇者は現れるが……目の前には、城が無い……何時も存在していた物の代わりに大きな大きな黒い水溜りがある、其れは湖にも池にも見えてしまいそうな広い水溜りだ、唐突な変化に勇者は戸惑いを隠せない。

勇者「……!?」

勇者「城が……無い?」

何があった?

勇者「魔王……魔王は何処に!?」

「ーーここに居るぞ」

 現在の時刻は朝の11時、其の時刻に相応しい光が勇者の目の前の少女を照らしていた。

勇者「なんだ……居たのか……」

ーー涙を流していない?

勇者「聞きたい事が山積みだな……どれから聞こうか……」

魔王「質問はいくらでも答えよう」

勇者「なら最初に……城はどうした?」

魔王「ああ……あれは、私の一部だ」

 “一部”……其処から出る答えは“魔物”……魔王の一部である魔物と同じ様に、先日迄存在していた城もまた、魔王の力の一つだったのだろう……

 そして、一つ勇者の脳裏をよぎるのはーー感情。

勇者「因みに……“城”はどんな感情からか教えてくれるか?」

魔王「城に感情は無い」

勇者「……感情が無い?」

勇者「分散した力では無いのか?」

魔王「城は……感情を分散した後に“余った”力で作った物だ」

魔王「確かに一応分散した力だ」

勇者「次に……涙は?」

467: 2012/10/27(土) 16:19:30.06 ID:uyAqcsrYo
魔王「ああ……涙か……」

魔王「涙は……感情の垂れ流し……」

魔王「それは、力を垂れ流す事と同じ……」

魔王「だから私は涙を止めた……」

魔王「だが、其のおかげで私の中にある色々な物が爆発しそうだ」

勇者「色々な物?」

魔王「貴様なら分かるだろう?」

魔王「溜まりに溜まった感情だ」

魔王「ああ……憎い」

勇者「魔王」

魔王「貴様等が憎い」

魔王「絶対に許さない……」

 流れを遮るかの様に、漆黒の水溜りに指を差し、立て続けに勇者は問う。

勇者「この黒い水溜りは?」

魔王「……」

魔王「私の涙だ、乾く事の無い……な」

勇者「そうか……今のお前が、本当のお前だな?」

魔王……

魔王「そうだ……」

魔王「貴様への感情等取るに足らない」

魔王「涙を流さなければ、真の私が浮き彫りになる」

 黒い水が静かな音を立てながら、緩やかに跳ねる。

 変わらぬ表情……美しい顔からは想像も出来ない言葉を吐き連ねて行く。

468: 2012/10/27(土) 16:20:50.58 ID:uyAqcsrYo
魔王「私は全てが憎い」

魔王「何故私を苦しめる?」

 勇者を指差し問う。

魔王「貴様か?」

 空を見上げ問う。

魔王「貴様か?」

 水溜りに問う。

魔王「貴様か?」

 変わらぬ表情……視点の定まらぬ目で遠くを見る様に……最後の糸が切れたかの様に……結論を怒号の様に吐き飛ばす。

魔王「貴様等だ!」

魔王「人間だ!」

魔王「他者を蔑ろにし!蔑み!嘲笑い!自らのエゴを満たす為には手段を選ばず……争いを立て続けに生み!貴様等以外の種族……存在……を迫害……!」

魔王「あらゆる感情……を生み……全ては結局は貴様等の為……だけに貴様等は行動する……」

魔王「先ずは貴様……そこに居る“人間”を殺す!」

魔王「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いいぃっ!必ずも人間を根絶やしにしてくれる!」

魔王「全てを消してやろう!」

勇者「……」

殺すしかないだろ……

魔王「来い!“人間”っ!葬り去ってやろう!」

勇者「……行くぞ」

こんなにも、悲しそうな顔をした奴は……初めて見た。

こんな奴に、愛を伝えるなんて……出来ないだろ?

俺があいつの全てを救わなければ、誰があいつを救う?

ーー待ってろ。

直ぐに楽にしてやる。

469: 2012/10/27(土) 16:22:56.56 ID:uyAqcsrYo
 魔王を中心として、水溜りは更に広がって行く、此の世を飲み込む勢いで。

 ーーが、ある程度の大きな広がりを見せた時点で、水溜りはとてつもなく広い物に変化した。無論……世界等は飲み込んではいない、せいぜい此の大陸の三分の一程度だろう。

勇者「……」

不思議と、孤児院までは広がっていないか。

……俺の足元も、黒い水。

……あいつの涙か。

魔王「さあ……宣言通り。早く来い」

勇者「……!」

 正真正銘最後。

 今日で全てが終わる。今日で此の先の世界が左右される。今日で魔王と勇者の決戦が終わるーー今日で二人の未来が変わる。

 そして、今。最終決戦が始まる。

 同じく、水溜りの上に立つ魔王の姿を勇者は眼前に捉える事が出来なかった。

 しかし、後ろからは勇者の首を刈り取らんと、迫っている事には、とうに気付いているが……

勇者「……」

不意打ちか……

 首を右に曲げる

 当然の様に勢いのある手刀は魔王の体と共に外れる。

 魔王は其の事すらも気にせず、後ろへと足を伸ばし、勇者の頭を飛ばさんとする。

勇者「くっ……!」

 勇者は横に飛び、蹴りを躱すと共に、反撃を始める。

470: 2012/10/27(土) 18:49:51.22 ID:o24W2c7Do
 勇者は風の様に、魔王の右へと迫る。

 伸ばしきった魔王の足を両断せんと、剣を振り下ろす。

 ーーが。

 振り下ろされた剣は、魔王の足を斬る事すら無く、ただ、水飛沫を上げただけだった。

魔王「死ねぇ!人間!」

 背後からの怒号を聞けば、勇者は体制を立て直し、振り返る。

勇者「昨日とは別人の様に強いな……」

これが魔王の最大の力……

 魔王の黒い瞳に、微かな光と共に六芒星が浮かび上がる。

 勇者の眼前には、全てを破滅へと追い込む爆炎と燃え盛る灼熱、全てを飲み込める濁流、全てを消しさる事が出来る雷撃、全てを両断出来る狂い踊る風の刃……全てが漆黒の様に黒い。

 其の全てが勇者へと迫る。

 勇者は、魔導が効果を出せる全てに当て嵌まるのか?全てを破壊する、目の前の魔導が対象とする……全てに当て嵌まるのか?

 答えは勇者が出す。

 全てを持ってして、勇者は魔導へと対抗する。

 ーー“希望”が“絶望”と今。此の瞬間から……真の意味で対峙する。

471: 2012/10/27(土) 21:39:49.02 ID:o24W2c7Do
勇者「うおおおおおおおお!」

 先ず。剣を全力で横へと振るう……振るわれた剣からは、魔王の魔導を喰らい尽くさんと、悍ましい程の威力を持った形の無い衝撃波が放たれる。

魔王「……」

 放たれた衝撃は自らを差し出す事で魔導の勢いを弱める、一度は魔導の動きも止まる。だが……未だに魔導は健在だ、再び動き出すと、勇者の元へと直進する。

勇者「もう一回だ!」

 力を全力で引き出し、身体を捻る。

 そして、放たれた衝撃波は再び魔導を打ち消す為に直進する。

魔王「……」

 魔導と衝撃が衝突し合う最中、魔王は勇者背後へと脱兎の如く、迫る。

 迫り来る魔王に気付いた勇者は、直様体制を立て直し、剣を駆け寄る魔王の脳天に向け、振るう。

魔王「……!」

 自身の、脳天に振られた剣に対応する為、勢いを一瞬で殺し、前屈みになる様に勇者の剣を掻い潜ると、顎に向け掌底が放たれる。

勇者「ぐぅ……!」

 大きく脳を揺らされた勇者の意識は、未だに失われる事も無く、勇者は倒れるどころか次の反撃へと移る。

472: 2012/10/27(土) 21:40:28.18 ID:o24W2c7Do
 傍に居る魔王の腹部へと膝蹴りを見舞う、そして、立て続けに左腕を使い、頭を全力で殴る。

魔王「ふぅ……」

 頭に多大な衝撃を受けたにも関わらず、反撃は直ぐに行われる。

魔王「ーーどうした?」

魔王「……勇者」

 勇者の膝を踏み付ける様に蹴る、強い痛みと衝撃が勇者を襲う、立つのもままなくその場に座り込んでしまう、最大の危機である。

勇者「ぐぅ……!」

 ……足が震える、糞。

 立つことすら出来ないなんて……

 ーー追撃。

 座り込んだ事により無防備な勇者の顔に容赦
の無い蹴りが打ち込まれる。

 衝撃により、二時の方向へと勇者は跳ねる様に飛んでしまう。

 そして、転げる様に倒れると同時に水の跳ねる音が二人の間に鳴り響く……

勇者「はぁ……はぁ……」

鼻が折れた……か?

とりあえず、鼻が不味い事になってるか……

膝は……まあ、大丈夫か。

それにしても、強くなり過ぎだな……魔王。

魔王「はっ……ははははは……はははっ!」

魔王「どうした人間!?」

魔王「貴様が死ねば人間が全て死ぬぞ……?」

473: 2012/10/27(土) 22:06:50.30 ID:BjLT8uNIo
ーーそんな事はどうでも良い。

人間なんて、どうでも良いんだ……

ただ……俺は、お前と一緒に……

それは……

ーー叶わぬ夢……か。

なら……お前を楽にする為に闘う。

こんな辛い顔をした奴を放っておけるかよ……

 勇者の瞳には、薄気味悪い表情をした美しい少女が映り込む。

 勇者の瞳には……助けを求めている様に見えてしまう。

 他者が見れば恐れ戸惑ってしまう顔をした少女だが、勇者には、どうしても哀れな……愛おしい者に見えてしまう。

魔王「どうした人間?」

……

勇者「嫌……何でも無い……」

救ってやるからな……

474: 2012/10/27(土) 22:08:26.36 ID:BjLT8uNIo
 背後で争う魔導と衝撃は、勇者が立ち上がると共に消滅した。

魔王「ほぉ……やるでは無いか」

勇者「まあな」

 奏でられる讃美歌。

 漆黒の瘴気が勇者へと迫り来る。

勇者「……」

神父の歌を思い出させてくれるな……

 自らの元へと迫り来る瘴気、勇者は剣を用い払う……払われた瘴気は勢いも収めずに勇者の元へと何度も迫る。

 瘴気は、無数の棘や無数の棒に姿を変え勇者の命を狙う。

 棘は枝分かれし、棒は尖となり。

 容赦無く、音を彷彿とさせる速さと、凄まじい勢いを持って勇者へと迫る。

勇者「うおおお!」

 直進。魔王の元へと凄まじい速さで駆ける。

 肩に刺さる物は気にしない、背中に刺さる物も気にしないが……自身の前と頭には一つの傷も付けさせない、前へ迫る物は剣で払う。

魔王「来るか……」

 ーー実際には魔王の予想とは反していた。

 既に勇者は魔王の眼前へと辿り着いている。

 魔王がその事に気付いたのは、少し冷たい風が通り過ぎ、同時に黒い水がほんの少し頬に当たった瞬間だった。

魔王「ーーっつ!」

勇者「はあ!」

 ーー振り下ろされる剣は魔王の身体に大きな縦の傷を付ける。

魔王「がぁっ……!」

魔王「人間……糞……人間……人間……この傷の痛みは忘れないぞ人間……」

魔王「貴様の五臓六腑一つ残さず切り裂き、跡も残さずこの世から消してやろう……人間!!」

 勇者の心臓へと手刀が迫る。

 勇者は剣で其れを受ける。

 ーーが。一瞬の隙を魔王は見逃さ無い。勇者の脾腹を的確に一瞬で貫く。

 両者の瞳は赤く血走っている。

475: 2012/10/27(土) 22:08:54.11 ID:BjLT8uNIo
勇者「がぁっ……はあ!」

 勇者は返す様に魔王の心臓へと剣を突く様に放つ、魔王は悠々と其れを掴み、空いた手は手刀となり瞳へと向け、其れは伸ばされる。

勇者「くっ……」

 限界寸前の時に腕は掴まれる。

 瞳へと手刀が辿り着く事は無かった。互いに一瞬で次の攻撃へと移る。

勇者「うおお!」

 一瞬を制したのは勇者だった……

 勇者の前蹴りは魔王の腹部を押し込むように痛みつける。

 当然の様に身体が飛ばされた魔王……だが……剣を放してはいなかった……手から血が出ても決して放す事は無かった。

 勇者は魔王と共に、飛んでしまう、自らの蹴りの勢いで飛んでしまっているのだ。

 水の跳ねる音が鳴り響く。魔王は綺麗に着地勇者は未だ宙に居る。

 剣を掴みながら腕を上にやる魔王……先程蹴りを入れられた者とは思えぬ佇まいである。

勇者「どうやって、あの体制から……」

魔王「単純な力だろう……」

 安安と腹は貫かれる。

魔王「ほお……鳩尾は避けたか……」

身体を動かして……か。無駄な抵抗だ。

476: 2012/10/27(土) 22:09:46.44 ID:BjLT8uNIo
勇者「うおおおお!」

腹が痛い……けど……

 剣に全力を込める、前へ前へと剣を押し込む。

 魔王の手からは更に吹き出す様に血が溢れる。そんな事すらお構い無しに勇者は剣に力を込める。

魔王「くっ……」

 手を切断される事を恐れてか、魔王は手を放し勇者の肩へ手刀を伸ばす、が……

魔王「……」

勇者「外れた……?」

 勇者は静かに魔王を斬る、斜めの傷跡が魔王に残る。

 ーー刹那。

 漆黒の雷撃が勇者を襲う、だが……其れも勇者を死に至らせるには物足りない、爆炎もうねりをあげながら勇者を苦しめる。

 ……が。勇者は止まらない。

勇者「があぁ……っ!うおおおお!」

 左から右へと剣を振るう、魔王も手刀で胸を貫く、更に縦へともう一つの手刀が降ろされる。

勇者は身体を回す、背中に与えられた傷など気にもせず、衝撃波を放つ。

魔王「ぐあ……!」

 衝撃波によって身体が引き裂かれる様な激痛が魔王を襲う、瘴気によって作られた壁等意味が無い様に。

 後ろへと魔王の身体が後ずさる。

 衝撃波の勢いに負けての事だが、魔王は直ぐに反撃へと移る。

 勇者の元へと駆ける。

魔王「人間ッッ!貴様ぁ!」

勇者「ふざけんな!!」

なんで……

勇者「お前が好きなのになんで……なんで……こんな思いをしないといけないんだ!?」

勇者「お前を何故殺さないといけない!?」

魔王「……」

ふっ……

 勇者の目の前で魔王は立ち尽くす。

 魔王から透き通った涙が零れ落ちる。

 水溜りで小さな水音が鳴る。

 笑顔を携えながら……最高の笑顔を向けながら……

 最後の願いが吐露される。

「ーー私を殺してくれ」

477: 2012/10/27(土) 22:10:33.02 ID:BjLT8uNIo
勇者「……」

ーー分かった。

魔王「……」

 瞳から溢れる涙は直ぐに止まった。笑顔も消えた。

 ーー再び憎しみを抱えた瞳が勇者を凝視する……勇者は、二度と其の顔を見たくない……そんな表情をした少女を見たくは無かった。

魔王「見られたく無い所を見られたな……人間……楽には死なせないぞ……」

勇者「ああ……楽に死なせてやる」

 勇者は駆ける、愛する少女の元へと。勇者は駆ける、全てを終わらせる為。勇者は駆ける、魔王の為に……愛する者の為に……

勇者「行くぞ!」

魔王「はは……っ!ははは!ははは……」

魔王「……」

 瞳を閉じる。

 ーーそして。決意の込められた目が開かれる。

魔王「来い……格の違いを見せてやろう」

478: 2012/10/27(土) 22:11:27.94 ID:BjLT8uNIo
 姫が居住する城の中では、勇者と魔王が闘っている最中に一般人なら必ず足を一歩程引くであろう事が起こって“しまって”いた。

「姫」

 姫の私室の扉の向こう側から、二回甲高い音が鳴り響いた。

姫「どうしましたか?」

 急いで身なりを整えた姫は、扉を開き応対した。

 城に駐在する兵士だった。

「王がお呼びです」

姫「分かりました」

父上がお呼び……?

「私室に来て欲しいとの事です」

……?

何故?私の考えが気付かれた?

いえ……そんな事は無いはず……

 思案する内に、王の私室の前に辿り着いていた。

 扉を二回鳴らす。少しの間が空いた後に直ぐに反応が返ってきた。

王「入りなさい」

姫「はい」

 姫は扉を開き入室する、身体からは冷や汗が止まらない、嫌な予感しかしなかった。

 王はベッドに横たわったまま、シーツを身体の上に掛けたまま、動かなった。

姫「……」

 姫は王に歩み寄って行く……すると……奇怪な音が扉から鳴る、姫は異変に思い扉に手をかける……しかし、扉は開かなかった。

姫「?」

鍵が閉まってる……?

 そして……王が姫の背後に寄り添い、肩に手を置いた。

 姫は身体を振り返る……

 瞳に映るのは、一糸も身に纏わぬ裸の王だった。

 ーー其の時には、全て気付いていたのかも知れない。

姫「お父様……?」

479: 2012/10/27(土) 22:12:23.94 ID:BjLT8uNIo
王「早くベッドに来なさい……」

姫「嫌……!」

 何回も扉を開こうと腕に全力を込め身体を引く、反応は無い……何回も扉を叩く、反応は無い……遂には王に両肩を掴まれる。

姫「嫌っ……!」

 掴まれた両肩を恐怖に思いながらも扉を必死に叩き、助けを求める。

姫「嫌!誰か!誰か!助けて!いやああああ!」

 両肩をを引かれ、ベッドへと身体を運ばれる、姫は必死に王の力に逆らい、地べたに這いつくばる勢いで身体を前に前に進めようと力を入れる、王の手から逃れようと身体を揺らす……が全て無駄な抵抗である。

姫「お父様ぁあ!やめてください!」

王「今の私は王である前に一人の男だよ」

 力で敵わない姫は腕を掴まれると、ベッドに引き摺られる。

王「母親に似て美しい……」

姫「やめてください!いやあっ!」

 平手打ちが姫の頬を赤くする。

王「黙りなさい」

姫「……」

勇者様……

 姫は黙って、抵抗をするが……服が破かれて行く……。

 ーー屈辱が始まる。

480: 2012/10/27(土) 22:12:49.33 ID:BjLT8uNIo
 城から場所は戻り、舞台は水溜りの上。

 手刀と剣が激しく打ち合う、激しい音と衝撃が周りの水を揺らす程に響く。

 二人の打ち合いによる衝撃が遂に水を跳ねさせ、跳ね水は空中で更に飛沫をあげる。

勇者「はああ!」

魔王「はははっ!」

 互いに隙を見つけては、其処を突く様に攻撃を繰り広げる、ある時は魔導、ある時は瘴気、ある時は手刀、ある時は衝撃、ある時は剣、ある時は打撃。

 ーーある時は全て。

魔王「死ぬなよ?」

勇者「来るなら来いよ……」

 一度勇者から間を置いた魔王は、手始めに先程の魔導を全て放ち、瘴気は爆発を巻き起こしながらも無数の剣と槍と鋭い線を産み出す。

 鋭い線は幾何学な模様を描きながら、剣と槍は純粋に直線を描き、爆発は逃げ場を無くし、魔導は全てを蹂躙しながら……勇者の元へと迫る。

勇者「どうするか……」

 剣と槍と線を払いながらも思案する、自らの元へと確実に迫り来る魔導と其の前を歩く魔王への対処の方法を……

勇者「……」

取り敢えず……あれだな

 全力で剣を振れば瘴気から産まれし物は形を崩して行く、そして更に三回……全力で剣を振る、後の事等……考えている様子が無い。

腕への負担なんて……気にしない……

 魔王は放たれた衝撃を軽々しく躱した、衝撃は当然の様に魔導と衝突をする。勇者は何度も迫り来る線を斬り捨てながら魔王の元へと進む。

勇者「おおおおおおお!!」

481: 2012/10/27(土) 22:13:29.68 ID:BjLT8uNIo
魔王「くっ……くくく」

魔王「良いだろう!」

 ーー其の瞬間。魔導は衝撃に打ち消され、大きな音と飛沫と同時に魔王は勇者の元へと駆け出した。

勇者「はあ!」

ーーこれでいいのか?

 勇者は剣を振り下ろす、魔王は左の手刀で剣を受けると右の手刀で勇者の頭に突きを繰り広げた。

 勇者は勿論其れを躱し、更に剣を振るう……

 ーーが。魔王は大きく後ろに跳躍すると、瘴気を集め、黒い剣を誕生させる、量は……一つ。

勇者「……?」

勇者「もっと出さないのか?」

 ーー刹那。勇者の直ぐ右側を恐ろしく速く大きな剣が振り下ろされた。

勇者「……」

 振り下ろされるのが終わると大きな剣は形を消した。

 が……魔王の隣で黒い県は不気味な存在を放ちながら存在していた。

魔王「ーー無論。私には当たらない」

魔王「最後の闘いだ、行くぞ」

 ーー壮絶な斬り合いが始まった。

 互いに傷など気にせず斬り合う、肩を斬られようが、腹を斬られようが、足を斬られようが、気にせず斬り合う。

魔王「勇者ああああぁぁぁぁ!」

勇者「魔王おおおおぉぉぉぉ!」

 大きな剣が斜めに振り下ろされる……勇者の左肩から右の腰の辺り迄を斬った。

 大量の出血……斬られる瞬間、身体を逸らした事が功を奏し、両断される事は無かった。

勇者「……」

血が……

凄い……

482: 2012/10/27(土) 22:14:06.33 ID:BjLT8uNIo
勇者「はぁはぁ……」

糞……糞……!

 ゆっくりと剣を上にあげると、唐突に驚くべき勢いで剣を振り下ろした。

魔王「……?」

あの……かまいたちの様な物は出て無い……

私の勝ち……か。

魔王「ーーっ!」

 魔王は異変に気付く……なぜなら……右肩から腰迄の大きな傷を負っていたからだ。

魔王「……」

 無言で再び……決死の斬り合いが始まった。

 肩へと剣を振るうと、手刀で剣を受け、黒い剣が横に放たれると、勇者は身を屈め此れを避けると、斬り上げると魔王は手刀で更に其れを受けた。

 互いに決死の表情で斬り合いを続ける、何度も何度も何度も、黒い剣が振られ、手刀が振られ勇者の剣が振られる。が互いに対処をして躱し続けていた。

 ーーすると。

 勇者の剣が一直線に魔王の左肩を貫いた。しかし、魔王はそんな事すら気にもせず自ら勇者の方へと迫り心臓を貫く手刀が放たれた。

魔王「はあああ!」

 身体を逸らしたお陰で心臓避ける事が出来たが左胸を貫かれた……が。直ぐに互いに身体を引くと、守り無しの斬り合いを始める。

魔王「……!」

勇者「がああああ!」

 足、腕、腹、肩……を互いに浅い深い関係無しに、貫き、斬る。

 勇者は血だらけの身体を限界を超えて迄、使い、魔王を斬る。

 魔王も血に塗れた身体等気にせず、勇者を斬る。

483: 2012/10/27(土) 22:15:25.60 ID:BjLT8uNIo

 ーー遂に。決着が着いた。

488: 2012/10/27(土) 23:30:59.99 ID:weCBMzjVo
 ーー勝ったのは勇者。

 魔王の心臓を剣で貫いた。決定機を決めたのは彼だった。

 101日目が終わろうとする直ぐ前に決着が着いたのだ。

 だが……剣と全身は震え、瞳からは涙が止まらなかった。

 魔王は力無く、剣からすり抜ける様に水溜りへと倒れ落ちて行く。

魔王「かはっ……」

 勇者は動揺しながらも素早く剣を捨て、直ぐ様魔王を抱き留めた。

勇者「魔王っ!魔王ぉ!」

魔王「ははは……どうやら……私の負け…………の様だ」

勇者「どうしてっ!今まで……手加減を……!」

魔王「気付かれていたか……」

魔王「途中で貴様が好きになったから……貴様に死んで欲しく無かったから……手の内を教えて行けば、私に勝てるだろうと踏んでいたら……まさか……」

魔王「本当に勝てるとはな……ははっ……」

勇者「もしかして……」

魔王「嫌……今日は全力だ、あくまで手加減をしていたのは99日目までだ……素晴らしい男だ……貴様は……」

勇者「お前……ずっと……正気だったのか?」

魔王「それも気付かれたか……」

魔王「何……ただ、私の中にある感情を惜しげも無く前面に押し出していただけだ……今まで留めていた感情を……な」

魔王「ただ……それ以上に貴様が好きだったらしい……嫌……愛しているから、途中から元に戻ってしまっていたな……」

勇者「どうして……!?」

魔王「そうでもしないと、貴様が闘えないだろう?ーーそれに。100日目の時点で、私はどうやっても貴様に勝てない事を悟った……」

魔王「だから、限界まで力を戻し、直ぐに負けない様に、勇者と居られる時間を長くした」

勇者「どうして……?殺してくれ……と言った!?」

魔王「本音だ…………私が死んだら……人間全てが不幸になる……それに……疲れた……」

魔王「嫌な役割を押し付けてすまない……」

魔王「だが……」

 口から血を流しながら続ける。

魔王「貴様との日々は」

489: 2012/10/27(土) 23:31:30.06 ID:weCBMzjVo

魔王「ーー素晴らしい時間だったぞ」

490: 2012/10/27(土) 23:33:16.28 ID:weCBMzjVo
勇者「そんなのどうでも良い!!」

勇者「俺は魔王が居れば!」

勇者「それだけで良いんだ!」

勇者「魔王を愛しているんだ!!!」

魔王「ははは……嬉しい……嬉しい……嬉しいなぁ……」

魔王「私も愛しているぞ」

勇者「魔王が居なくなった世界なんて……!何も無いだろ!?」

魔王「私は勇者に生きていて貰いたい」

勇者「……」

魔王「それだけは言っておく……」

魔王「……」

魔王「今……貴様は人を恨んでいるだろう?」

勇者「人間のせいだからな……」

魔王「安心しろ、そんな憎しみも全て私が貰って行く」

魔王「人間全てのな……」

勇者「お前はどこまでも」

勇者「お人好しだな……」

勇者「魔王……愛してる」

魔王「私もだ」

 魔王は緩やかに微笑みながら、勇者を見つめる。

魔王「今になって、死にたくない……」

魔王「死にたくないなぁ……」

魔王「やはり、勝てると思っていたか?」

勇者「ああ……勝ちを確信してた」

魔王「ふふっ……私の事を愛しているか?」

勇者「当たり前だ、俺の方が愛している」

魔王「私の方が愛しているさ」

勇者「……」

魔王「……」

 互いに目を瞑り、手を握り合い、唇を重ねる。

 勇者は涙を流しながら……魔王は悔いの無い顔で緩やかに微笑みながら……

491: 2012/10/27(土) 23:36:00.22 ID:weCBMzjVo
 魔王の手は力無く勇者の手から離れ落ち。

 光の粉の様になり、消えて行く。

 ゆっくりとゆっくりと魔王の身体は消えて行き、唇を最後に此の世から姿を消した。

勇者「……」

俺の憎しみが……本当に消えた……

魔王……お前……本当に人間全ての負の感情を持って行くんだな……

分かった……生きてみるよ……

ーーありがとう。

492: 2012/10/27(土) 23:37:16.81 ID:weCBMzjVo
 城の一室。

 姫は隠し持っていたナイフを王の脾腹へと刺した。

王「があ!」

王「ふざけるなよおお!糞餓鬼がぁ!」

王「穢れた餓鬼がぁ!」

王「私に楯突いて楽に死ねると思うなよお!?」

姫「ひっひっひっ……!」

王「殺す……!」

 ーー刹那。

王「……!」

姫「……!」

王「私の身体があ!?」

 王の身体が、砂の様に溶けて行く。

「楽に死ねると思うなよ?」

王「ひっ……!ひぃ!」

「貴様は殺す」

 遂に、王の身体は消えた。

 此の世から歪みが消えた。

姫「……」

493: 2012/10/27(土) 23:38:56.98 ID:weCBMzjVo
 呆然とする姫等いざ知らず、王の悲鳴を聞きつけた兵士達は、扉の鍵を開け部屋へと入ると……片手にナイフを持った姫を恐れてしまった。

「ひいい!」

姫「逆臣は撃ちました」

姫「この国の歪みを撃ちました」

姫「私に着いて来て下さい」

 国が生まれ変わった瞬間だった。

 其の瞬間……世界の人々は全員満ち溢れた表情をしていた様だ……

494: 2012/10/27(土) 23:39:57.06 ID:weCBMzjVo
 70年後……

姫「……」

「おばあさまー」

「おばあさまー」

「おばあさまー」

姫「どうしたの?」

「とりさんがきからおちちゃったの……」

「どうしよう……」

「ふえぇ……」

姫「ほら……見せてご覧なさい……」

勇者様が失踪してから私は、国の為、世界の平和の為に全てを注ぎました……とても素晴らしい世界になりました……後継は養子をとりました、勇者様……今……貴方は何処に居るのでしょうか?

でも……貴方が魔王を倒した事は確実です。

貴方のお陰で今……世界が成り立っています。

495: 2012/10/27(土) 23:43:12.25 ID:weCBMzjVo
 魔王の城があった場所に近い、自然に恵まれた孤児院……其のはずれで、翁は車椅子に座りながら、晴れ晴れとした空に照らされた木々の下に居た。

「おじいさん寝ちゃってるね」

「うん、起こしたら可哀想だから、そっとしておこうね」

 翁の肩には鳥が乗り、他の鳥達も楽しそうに飛び回っていた。

 鳥達は気にもせず翁の上に乗ったり降りたりを繰り返していた。

496: 2012/10/27(土) 23:43:56.60 ID:weCBMzjVo
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勇者「良い天気だな」

 若々しい勇者は森の中を歩いていた。

 ーーすると。

魔王「久しぶりだな」

勇者「魔王……!」

そうか……俺は……

魔王「私の居ない人生はどうだった?」

勇者「まあまあだったな」

勇者「孤児院に住ませて貰ったよ」

魔王「見たところ……我が城の近くにあるな」

魔王「森の中の孤児院……気付いて無かったな」

勇者「魔王から近い所に住んでいたかったからな」

魔王「ははっ……惚れさせてくれるな」

魔王「見たところ……子供しか居ない様だが?」

勇者「ああ、俺が来るまでは子供だけで生計を立てていたらしいな」

魔王「そして貴様が来て生活が楽になった」

勇者「多分……な」

魔王「さぞ感謝されているな……」

勇者「どうかな?」

魔王「きっと、感謝されているさ」

勇者「それなら、良いんだ」

魔王「ふふっ、愛しているぞ」

勇者「なっ!不意打ちはずるいな……」

勇者「……」

勇者「俺も愛している」

勇者「ふぅー…………」

魔王「疲れたか?」

勇者「まあな」

 魔王は勇者を抱き締める。

魔王「お疲れ様……愛してる」

勇者「ああ……愛してるよ」

 勇者は微笑みながら瞳を閉じた。

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497: 2012/10/27(土) 23:44:29.02 ID:weCBMzjVo

 車椅子に座っている勇者は肩と頭を垂らす様に落とした。

 鳥達は驚き、飛び去った。

 勇者の瞳は閉じている。

498: 2012/10/27(土) 23:45:59.01 ID:weCBMzjVo
 壮絶な闘いを101日繰り広げた勇者と魔王の闘いは後世に、脚色を加えられ、物語等、様々な形で残され、演劇のテーマに使われたりもした。

 だが……真の二人の物語は後世の人間が想像する物の全て上を行っている事は言う迄も無かった。

 ーー勇者と魔王。決して相入れる事の無い二つの種族は全ての運命を乗り越え、最後には結ばれ、世界を“二人で”救った。

 一つ言える事は……

 勇者と魔王……二人は確かに。

 ーー愛し合っていた。





499: 2012/10/27(土) 23:47:40.37 ID:weCBMzjVo
完結です。

長い間待たせてしまって申し訳ありません。

至らない所もあったかも知れませんが。

今までの保守や支援や乙。

ありがとうございました。

引用元: 勇者「俺と魔王の101日決戦」