1:2019/08/19(月) 11:07:21.235 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「うわ!」ガシャン!パリィン!・・・グチャア
バイト「ちょ!ぼくさん!なにしてんすか!」
ぼく「あ、ご、ごめん・・・」
バイト「7番卓さんっすよね!?なるはやっすよ!」ハァ・・・
ぼく「ご、ごm」
バイト「謝んなくていいから、早く作り直してください!・・・チッ、使えねえ」ボソッ
ぼく「うん・・・。佐藤もごめん・・・」
佐藤「あ?ドンマイどんまいwwww」ガハハッww

ドタバタドタバタ!

ぼく「お疲れさまでした・・・」ボソッ
バイト「おつかれっす」チッ・・・
佐藤「おつカレーwwwカツカレーwww」ガハガハwww
3:2019/08/19(月) 11:08:49.622 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「・・・ただいま」ボソッ
ねこ「にゃーん」スリスリ
ぼく「おーよしよし」ヒョイッ
ぼく「またやっちゃったよ・・・なんでぼくはこんなに無能なんだろう、給料泥棒だよね・・・」タハハ・・・

母が他界して7年が経つ。高校は中退、30までニートで引きこもりだったぼくは、結婚して実家に戻ってきた弟から逃げるようにこっちに引っ越した。
もちろん母の遺産の取り分でだ。そこで出会ったのが今のバイト先のファミレスの店長、小中とクラスメイトだった佐藤だ。
再会したときはぼくの顔を覚えていたことに驚いたが、まさか自分の店でぼくの面倒まで見てくれるとは思わなかった。
今思うと佐藤がいなかったらいわく付き物件を一つ増やすだけだっただろう。

ぼく「クロ、ごはんだよ」カパッ
クロ「にゃーん」テチテチ
ぼく「はぁ・・・ぼくも猫に生まれてこれたらよかったのにな」ナデナデ
クロ「にゃん?」モグモグ
ぼく「もっとうまくいくはずだったのにな・・・」ションボリ・・・
5:2019/08/19(月) 11:10:12.709 ID:ZsY6wLXZ0.net
カタカタカタカタ・・・

[ニート卒業したンゴ]

1 名前:にーとまん
ニートどもwww今日もクズやってるか??www

2 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
またニートがスレ立てしてる

3 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
くそスレ定期

4 名前:ニートまん
お仕事終わりか?おつかれさん。わいには真似できんな

5 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
↑ここまでニート
↓ここからニート

6 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
はたらけ


ぼく「ははっ、ニートを卒業してもなんも変わらんな・・・ルーティーンに仕事が増えただけだ」ウルウル・・・

おそらく日本一の掲示板サイト「3ちゃんねる」にくそスレ立てて反応を見るぐらいしか趣味のないぼくは前と何が変わったのかなんてわからないままだ。

クロ「みゃおん」
ぼく「ん?なんだこれ?封筒?え、電気代も払ってるし、保険料も払ってるぞ・・・払ってるよな・・・」プルプル

クロが怪しげな封筒をくわえてきた。一人暮らしというかニートあるあるだがなぞの書類が届くと過剰に警戒する。
おそるおそるぼくは封を切って中身を見てみる。・・・請求書ではないみたいだ。
7:2019/08/19(月) 11:12:23.280 ID:ZsY6wLXZ0.net
----------------------日本ニート更生機関JNRO-----------------------------

~~~~様
                        更生労働省長官
                              二糸 直三

~~~~様、この度あなたは私たちの政策「ニート更生プログラム」の一人目の成功事例となりました。
つきましてはあなたの生活を今後のプログラム要項の向上、実践例としてサンプルを提供していただきます。


なお、この要請に法的な強制力はなく、あくまでもご本人の意志を尊重いたします。



ぼく「ははっ、なんだこれ、手の込んだイタズラだなぁ」ハハハwww
ぼく「ニート更生プログラムてwサンプル?wwこのぼくにかwww」

なぞの書類におびえていたぼくがますます馬鹿らしくなって、笑い転げる。
皮肉なものだがこんなイタズラのおかげで久々に笑えた気がする。
同封されていたもう一つの書類「サンプル提供」の日程に目を向ける。

ぼく「えーなになに、・・・ふーん、ただの健康診断かよwそれと・・・面接?」

高校中退から職歴なしのぼくはもちろん面接なんてしたことがない。
今のバイトも佐藤のコネで入ったし、面接エアプってやつだ。とたんにぼくは体が熱くなる。
後悔や羞恥を感じるといつもおこるニート特有の発作みたいなやつだ。

ぼく「くそがっ!」バシン!

さっきまでの大爆笑はどこに消えたのか、嫌な汗がじんわりと皮膚を濡らし、
ぼくはわけのわからないいたずらに自分勝手なイラ立ちを隠せない。
「3ちゃんねる」で目も当てられないような自分より落ちこぼれな奴を見て気を落ち着かせる。
このツールがなければぼくは後悔と羞恥の海に沈められているだろう。
世界は広いものでぼくなんかより落ちこぼれは意外にも大勢いるのだ。

この書類でスレ立てでもするか・・・。カタカタ・・・
8:2019/08/19(月) 11:13:45.346 ID:ZsY6wLXZ0.net
[【画像】政府からヤバい書類がとどいた]

1 名前:にーとまん

2 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
イッチついにやらかしたか

3 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
まーたニートスレか、なんか手法変えてきたなw

4 名前:最速のコバルトブルー
なんこれ????

5 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
あーあ消されるよ、いっち

6 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
釣れますか??

~~~~~~~

89 名前:ニートまん
なんや更生労働省って、わい更生してもらえるん・・・?
 
90 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
とりあえず行け、ガチもんだぞ、それ

91 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
政府に消されるニートww

92 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
>51ニート期待しててわろたwww


ぼく「ふはっw伸びてる伸びてるww」フヒヒwww

自己顕示欲が満たされていく。ぼくはご満悦だった。
9:2019/08/19(月) 11:15:22.127 ID:ZsY6wLXZ0.net
104 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
これ、ガチだぞ
steps://jb.wikimedia.og/wiki/ウィキ

105 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
>104ガチもんやんけ・・・

106  名前:最速のコバルトブルー
>104有能www

107 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
>104まじまじのまじかよ


ぼく「う、うそだろ!?」カチッ
ぼく「え、こんなのニュースでもやってなかったはず・・・政策が始まったのが7年前!?」ガタガタ

驚愕の事実に冷や汗が止まらない。カタカタカタ・・・


162 名前:にーとまん
い、行くわけねーだろwwww

163 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
>162は?、つまんね

164 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
>162だからいつまでたってもお前はにーとまんなんだよ

165 名前:最速のコバルトブルー
>162無能www

166 名前:ニートまん 
>162わいのためにぶっ壊してきてくれ

167 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
>162ちょっとあせっててわろたww

168 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
>162行かないと国家反逆罪やで。 ニッコリ


ぼく「くそ、どいつもこいつも!」パタン!

もういろいろ疲れてしまったぼくは突然送り付けられた書類を眺めながらベッドで目を閉じた。
11:2019/08/19(月) 11:17:54.774 ID:ZsY6wLXZ0.net
クロ「にゃーん、にゃーん、にゃおーん」ペチペチ
ぼく「う、うーん・・・クロ、おはよう」ムニャムニャ
ぼく「今日は午後からか、バイト」
ぼく「クロ、ごはんだよ」パカッ
クロ「にゃーん」テチテチ

クロに叩き起こされると昨日のことはすっかり忘れてしまっていた。
録りためていたアニメを見ながら食事をとる。昨日の書類に目をやると、昨日のレスの数々が脳裏にちらついた。

ぼく「くそニートどもめ・・・3日後か、行ってやる!!」モグモグ



ぼく「おはようございます」ペコ
JK「あ、ぼくさんおはよーでーす」ニコニコ
店長「おっはろーwww」ガハハww




JK「ふぅー!お客さんやっと減りましたねw」ニコニコ
店長「それなーwww」ガハハww
ぼく「佐藤、め、面接ってどんな感じなんだ・・・?」
店長「え!?まさか!ほかの店に浮気する気か!?」ウルウル
JK「ははw店長の面接なんて参考になりませんよぉw」ワハハww
ぼく「い、ぃや、そういうわけじゃ・・・」アセアセ
店長「いやだぁぁ!いがないでぇぇぇ!」ウワァァァァン!
JK「ぶはっww店長みっともなーいwww」ワハハwww

だめだ、参考になるか以前に会話ができない・・・
12:2019/08/19(月) 11:19:02.776 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「んじゃ、先に上がる、おつかれさまです」
店長「ういー、おつかれいwww」ガハハww


今日はミスも少なかった。すこし浮かれ気分で帰路に着く。
3日後も休みをもらえたし、準備万端である。正直驚いていた。
政府という名前の圧力のせいかぼくは「ニート更生プログラム」とやらに乗り気なことに。

ぼく「なにやってんだ、ぼくは・・・w」タハハ・・・

ぼく「ただいま」ガチャリ
クロ「にゃーん」スリスリ
13:2019/08/19(月) 11:21:35.044 ID:ZsY6wLXZ0.net
~3日後~

ピンポーン

来た。政府の方だろう、書類にあちらから使いをよこすと書いていた時間ぴったりだ。
正直、大家の取り立てなんかよりよっぽど怖い。

ぼく「はーい」ドタドタ

ガチャリとドアを開けると自分より長身のスラリとしたモデルのような顔立ちの女性がスーツ姿で立っていた。美人だった。

田中「私、日本ニート更生機関JNROの田中と申します。ぼく様のお宅でお間違いなかったでしょうか?」
ぼく「あ、はぃ、ぼくです。」プルプル
田中「かしこまりました、では『サンプル提供』にご協力いただけるということでよろしいでしょうか?」
ぼく「え、ええ」プルプル
田中「ありがとうございます。車を用意していますので、こちらで目的地へご案内いたします。」
ぼく「わ、わかりました・・・」ガクブル

こうしてぼくは促されるまま車に乗った。運転手は別にいてドラマで見るようなごついSPのような男だった。
アンケートのようなものを書かされながら車に揺られ、郊外から少し離れたところにある施設に到着した。


田中さんに案内されながら、科学者か何かだろう、唾液だの血液をとられたり、わけのわからん問題を解かされたりした。

田中「こちらで最後になります。私はここまでですので」スタスタ

そういって施設の一番奥の部屋の扉の前に案内され、田中さんはすっと消えてしまった。
開けろ、ということなのだろうか?疑う余地もなくぼくはノブに手をかける。


ガチャリ・・・
14:2019/08/19(月) 11:23:53.212 ID:ZsY6wLXZ0.net
???「やあ、よくきたね!」パア!

扉を開けると一人の60手前くらいだろうか、きっと上の地位なのだろう恰幅のいいスーツ姿の男が
机を挟み向かい合せたイスに座らずにブラインダーの間から外を眺めている。

ぼく「あの・・・」プルプル
二糸「ん?ああ、そうか君は初めましてかw私は二糸直三!日本ニート更生機関JNROの最高責任者であり、厚生労働省長官さ!」ピカァ!
ぼく「そ、そうなんですね。あのぼくはどど、どうs」アセアセ
二糸「まあ、座りなよ!いろいろ取られて疲れただろうw」ピカピカ!

二糸の年甲斐もない元気のいい声に気圧されながらぼくはゆっくりイスに腰掛ける。

二糸「まぁ、最後は面接だ。君からいろいろ聞きだそうと思ってねw」ピカリーン!
ぼく「はぁ・・・」プルプル

面接といってもいわゆる圧迫面接ではなかった。ただニート時代なにをしていたか、立ち直るきっかけは?
とかありきたりな質問ばかりだった。
一時間ちかく談笑をまじえながら質問攻めだったが二糸の人柄からだろうか苦ではなかった。

二糸「お疲れ様!今日のプログラムは終わり!協力ありがとう!」パァン
ぼく「ぃえ、こちらこそ」ペコ
二糸「それじゃ!結果は数日後、ぼくくんあてに郵送するね!」ニコニコ

日は落ちてあたりはすでに薄暗くなっていた。
そして田中さんが来た時と同じ車の前で待っていた。

田中「お疲れさまでした。ご自宅までお送りいたします。」
ぼく「おねがいします」ペコ


車に揺らされると一瞬で寝落ちしてしまった。面接のせいだろうか、なつかしいものばかりが夢に出てきたのを覚えている。



クロ「にゃーん」スリスリ
ぼく「つかれたぁ、あんなに話したのも久しぶりだったなぁ」ホッ
15:2019/08/19(月) 11:26:49.716 ID:ZsY6wLXZ0.net
一か月後、ぼくはいつものルーティンをこなしている。ニートに毛が生えただけの日常だ。

ぼく「おつかれさまです」ペコ
バイト「おつかれっす」ムスッ
JK「おつぽんです!」ニコニコ
店長「おつかれーwwwカツカレーwww」ガハハww


ぼく「ただいま」ホッ
クロ「にゃーん」テチテチ
クロがあの日と同じように封筒をくわえてくる。またぼくは怪しげな封筒をおそるおそる開封する。



----------------------日本ニート更生機関JNRO-----------------------------

~~~~様
                          更生労働省長官
                               二糸 直三

         結果報告書

~~~~様、先日の「サンプル提供」にご協力いただきありがとうございました。

日本ニート更生機関JNRO職員試験の「合格」を報告させていただきます。


つきましては入社式に出社いただきますようお願いいたします。
同封されている「JNRO入社式日程」目を通したのち遅刻厳禁で
出社していただくようにお願いいたします。



ぼく「へ?」ヘ?

合格?入社式?何を言っているのか理解できない。聞きなれない言葉の数々に思考が迷子になっていく。
もう一枚の同封された書類に目をやる「JNRO入社式日程」とある。

明日が入社式らしい・・・・

ぼく「急すぎる!!!!」アセアセ

封筒をよく見るとだいぶ前に届いているらしかった。きっとクロが隠していたのだろう。
戦犯のクロを見やるとのんきに毛づくろいしてやがる。運よくバイトが休みでよかった。



ぼく「はあ・・・正直に話して辞退しよう」ハァ・・・
17:2019/08/19(月) 11:29:50.051 ID:ZsY6wLXZ0.net
翌日

ピンポーン

来た。本当時間ぴったりだ。

ぼく「はーい」ドタドタ

玄関を開けると一か月前と同じすらりと伸びた長身のモデルのような顔立ちの美人が立っている。田中さんである。

田中「お久しぶりです。入社式の送迎にて参りました。」
ぼく「え、あの・・・」プルプル
田中「なんです??」
ぼく「・・・なんでもありません」シュン・・・
田中「・・・スーツとかないんですか?」
ぼく「いや、あの・・・」アワアワ
田中「まあ服装の指定はありませんしね、では行きましょうか」
ぼく「はい・・・」ションボリ・・・

結局本心を言い出せないまま田中さんに促されるまま来てしまった。
女性と会話するのになれてないぼくには難易度が高すぎたのだ。しかもこんな美人に・・・
入社式は前の施設でなく、政府の管轄下のビルで行うらしい。
37歳はじめての入社式である。

二糸「よくきてくれたねぇ!」ピカァ
ぼく「あの、申し訳ないのですが・・・」プルプル
二糸「なにかな!!」ピッカリーン
ぼく「ぅぐ、あの辞退させていただきたくて・・・」ブルブル
二糸「んぇ??入社を!?えぇ!!どおして!!」ピカピカ
ぼく「バイトもありますし・・・自分が悪いのですが目を通したのが昨日でして・・・」アセアセ
二糸「あーバイトね!根回ししといたから!君帰るとこないよ!!」ピカァン!
ぼく「え?」?
二糸「それにさ!正社員になるわけだし前より安定!高収入!win-winだね!」ピカリン!

なんだかんだと言い絆された結果、ぼくのバイト先にはすでに連絡していて退職扱いに
なっているそうだ。しかも給料は今までの三倍。正直断る理由もなくなってしまったぼくは
JNRO職員の道を選んだのであった。

二糸「~とまあこんな感じだから!これからがんばってね!!!」ピカン!
二糸「あとスーツ買ってね!経費で落とせるから安心してね!」ピカーン!
18:2019/08/19(月) 11:31:41.738 ID:ZsY6wLXZ0.net
二時間近くの説明を受け、ぼくは帰宅した。

どうにも納得いかないような感じもするが、正社員、しかも公務員ってだけで胸を張れるし、
金があって困ることはないだろうということで首を縦に振ってしまった。

職務内容としては名の通りでニートや引きこもり、不登校児を対象に家庭訪問などで更生させよ、という旨だった。
二日後、職務上の相方を派遣してくれるとのことらしい。
詳しい業務はその相方に教えてもらえとのこと。

正直、元不登校ひきこもりのエリートニートだからって他人のニートがどんな理由で落ちこぼれたかなんてわかるわけがない。
なんて考えてしまうが今はスーツの買い方からググらなければならない。


ぼく「なるほど・・・うえっ、こんなに高いのかよ!ウニクロはダメと・・・」ハァ
クロ「にゃーん」スリスリ
ぼく「おーよしよし、ぼくが公務員だってさ!笑っちゃうよね!」ナデナデ
19:2019/08/19(月) 11:33:52.632 ID:ZsY6wLXZ0.net
~二日後~

着なれない窮屈なスーツを着て「相方」を待つ。
どんな人間か来るか、いやでも妄想してしまう。

二糸みたいなおっさんはいやだなぁ・・・


ピンポーン

きた。時間ぴったりだ。

ぼく「はーい」ドタドタ


玄関を開けるとすらりと伸びた長身にモデルのような顔立ちのクールビューティが立っていた。田中さんである。

ぼく「た、田中さん!?相方って田中さんなんですか?」ニチャア
田中「ええ、男女のペアが基本ですので。同僚としては、はじめましてですね」
ぼく「あ、はい。はじめまして!」ペコ
田中「では、さっそくいきましょうか」
ぼく「はい!」
20:2019/08/19(月) 11:36:05.684 ID:ZsY6wLXZ0.net
こんな美人とペアを組まされるなんて人生ではじめてのことだった。
もうここで氏んでもかまわないとすら思える。
田中さんの運転する社用車に乗り込む。心なしか甘い香りがする。
すると田中さんがファイリングされたとあるページのプロフィールをみせる。

田中「今日はこの方の更生に当たります。「小畑とおる」さんはNレベル1なのでぼくさんでも協力できるかと」
ぼく「24歳かぁ、わかいね。」ウラヤマ
田中「父は公務員、母は専業主婦。兄弟なし、高校卒業後就職したのち半年で退職、以降再就職なし、就活もしていないようです」

JNROではニートや不登校、ひきこもりの深刻度を5段階に分けているらしい。これをNレベルと呼んでいる。
ちなみにぼくはレベル5から這い上がった猛者なのだと二糸は言っていた。
知る人ぞ知る「にーとまん」はエリートニートである。
では出発しましょうか、田中さんはそういって車を走らせ始めた。



田中「つきました。このお宅ですね。お母様がいらっしゃるのでまずはお母様からお話を伺いましょう」
ぼく「え、あ、そうだね」フヒヒw
22:2019/08/19(月) 11:40:19.603 ID:ZsY6wLXZ0.net
小畑ママ「うちのとおるはとっても賢いんです!高校でもトップでしたし、東大に行かせるはずだったんですぅ!」ブワッ
小畑ママ「部活はやめさせて、塾にも通わせて、とおるは必ず幸せになるはずだったのに・・・どうしてこんなことに」ヒック、ヒック
田中「なるほど、わかりました。とおるさんとは普段会話はされていますか?」
小畑ママ「いえ、さいきんはあんまり」ウルウル
田中「顔も合わせていないのでしょうか?」
小畑ママ「いえ、夕食は家族で食べてます。そのときに」ウル・・・
田中「外出は月にどれくらいされていますか?」
小畑ママ「日中は出てきません・・・深夜に外出はしているみたいですが一週間に一度くらいです」フキフキ

田中「ぼくさんはどう思いますか?」
ぼく「んあぇ?」モグモグ
田中「話、聞いてましたか?」
ぼく「え、あ、うん。と、とおるくんが話せるみたいなら直接話してみないとわからない、かなぁ?w」フヒッw


茶菓子をほおばりながら、家のインテリアを見ていると、田中さんが意見を聞いてきた。
ママさんの話はほとんど聞いてなかった。というか涙声でしゃがれてほとんど聞き取れなかったので適当な返答をする。
なによりも今は着なれないスーツがきつい。


田中「そうですね。話せなくはないようですし、ご本人の部屋まで案内いただけますか?」
小畑ママ「え?・・・はい」


ママさんがそう答えるとぼくたちは立ち上がり、とおるくんのいる自室の前に案内された。




そして田中さんがドアノブに手をかけ・・・部屋の扉を開けた。開けてしまった。
23:2019/08/19(月) 11:48:20.327 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「ッ!?ちょっ!!!」アセアセ
田中「なんです??」
とおる「!?」バッ!

カーテンを閉め切り真っ暗な自室にうっすらとPCのディスプレイの光に照らされた青年が、
まるで宇宙人でも見たかのような驚いた顔でこちらを見やる。
数秒とたたないうちにその驚きの表情は消え、怒りの感情があらわになる。

・・・ヤバい、と思うと田中さんの手を引いて、自室の「領域」から勢いよく外に出す。
「領域」に残ってしまったぼくは、怒りに我を忘れたとおるくんに思いきり押し飛ばされる。

ぼく「うわっ!!」

倒れながらぼくはPCの画面に目をやってしまう。男のさがだろう、工口動画でも見てるのかと思ったからだ。
ぼくが床にしりもちをつくと同時にドアがバタンッ!!と壊れんばかりの勢いで閉ざされる。

とおる「うワああアあァあ!!!くるなア!!!!クソ糞くそ糞クソクソくそォ!!!」ドンドンドン!!

ドアの内側から青年の耳障りな奇声と、今にもドアを蹴破ってしまそうなまでの怒りが家中に響く。
ママさんは顔を覆い泣いていた。戦犯の田中さんにどうすんだよ!と文句の一つも言ってやりたくなったが、
当の本人は驚くほど涼しい顔をしている。勢いよく着地した自分のプリケツを撫でながら起き上がる。

ぼく「いてぇ・・・」ナデナデ
田中「対話はダメみたいですね。」
ぼく「あ、あんたなぁ・・・!」イラッ
小畑ママ「でてってェ!!でてってよオ!!!」キエエエエ!!

ぼくが糾弾するよりもはやくママさんのとおるくんに負けずとも劣らない、
もはや悲鳴のような甲高い声が突き刺さる。ぼくは平謝りしながら、田中さんの手を引いて逃げるように家を出た。
バイトで謝ることはたくさんあったが、二度も逃げるように家を出る経験をするとは思わなかった。


ぼく「はぁはぁ・・・なんであんなこと・・・」ハァハァ
田中「まさかNレベルが上がっているなんて思いませんでした。私のミスですね。」

田中さんは冷静だ。まるでバグってしまったゲームデータを正常に戻すプログラマーかのように。
その悪びれもしない態度になぜだか怒りがわいてしまう。

ぼく「あんたわかってんのか!・・・ひきこもりに、ていうか健全な男子の部屋にいきなり入ったらああなるでしょ・・・」ハァ・・・
田中「?」
勢いづいた怒気はは第一声でどこかに飛んでいく。田中さんは理解できていないようだ。
ぼく「田中さんはいつもこういうやり方で更生させるんですか・・・?」ショボン
田中「いえ、以前は相方のサポートをメインにしてましたので、一人で執務するのはほとんど初めてです。」
ぼく「」
田中「今回は仕方がないですね。日を改めて後日伺いましょう。」

そういって田中さんは停めておいた車に向かって歩き出す。車に乗り込むとまたファイルを開く。

田中「次はこちらの方です。彼女は更生プログラムの終盤ですので経過観察ということになります。」
ぼく「はい・・・」ションボリ
24:2019/08/19(月) 11:49:29.291 ID:ZsY6wLXZ0.net
正直今の一件でぼくの精神は疲弊しきっていた。
ぼくがプロフィールをぼんやりと眺めていると田中さんが車を走らせる。

ぼく「あと何人くらい訪問するんですか?」ペラペラ
田中「今日は彼女で最後になります。」
ぼく「案外、少ないんですね・・・」ハァ・・・
田中「対象者の方にもご予定がありますからね。訪問が終わっても書類をまとめたり計画書を作成したりと忙しいですよ。」
ぼく「そうなんですか・・・」ショボーン

いろいろあったが初勤務はおわった。のっけからもう、続けられる気がしない。
クールビューティだとは思っていたが、田中さんがあそこまで薄情だとは思わなんだ。
25:2019/08/19(月) 11:53:10.882 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「クロー、ごはんだよー」オーイ
クロ「にゃーん」テチテチ
ぼく「・・・おて!」ヒョイッ
クロ「にゃん?」?
ぼく「はは、ごめんごめんwはい、ごはん」カパッ

クロにご飯をあげながら、今日のことを思い出していた。こばたとおる、か。

小畑邸は金持ちそうだった。インテリアも高級そうで統一感あったし、
たぶんとおるくんの功績であろうトロフィーがたくさん飾ってあった。
そして最後に見たとおるくんのPCのディスプレイ。
とおるくんもネラーなのかと思うと勝手な親近感がわいてくる。

ぼく「今日のことでスレ立ててたりしてw」

特定厨というわけではないが、なんとなく調べてしまう。
帰巣本能というのだろうかニートスレを見ていると落ち着くのだ。


[謎の機関に攻めこまれた]

1 名前:最速のコバルトブルー
部屋まで侵入してきやがった、お前らも気をつけろ!!

2 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
Gか、侵入されたら1000匹はいると思っていい

3 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
それJにでも立てろカス、ここニート板やぞ

4 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
組織の侵入を確認!プランデルタに移行するッ!

~~~

13 名前:最速のコバルトブルー
俺は生粋のニートだぞ!にーとまんが前にスレ立てしてた
JNROが攻め込んできたんだよ!

14 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
なにそれ、じぇんろ?

15 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
>13ニートをステータスと勘違いする奴www

16 名前:ニートまん
そういえばあれ以来、あんまし見なくなったな。にーとまん

17 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
>16ちゃんと更生(抹消)されたんだろ

18 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
それっぽいのは来るなぁ、だまってれば帰るが



みつけてしまったかもしれない。こばたとおる、でコバルトということなのだろうか。
探している間に日付が変わっているではないか。

明日も出勤ということもありぼくは素早く布団をかぶるのだった。
26:2019/08/19(月) 11:56:01.982 ID:ZsY6wLXZ0.net
JNROに勤務して10日が経つ。今日は初日にしくじった小畑家の息子とおるくんへの再訪問である。
例の一件の後の調査によるとNレベルはフェイズ3まで上昇。親権者のみの解決不可とのことである。

そしてぼくもこの10日間なにもしていなかったわけではない。なれない週5勤務でへとへとになりながらも、
相方の田中さんのことも理解しつつ、「最速のコバルトブルー」が立てた過去スレを漁ってみたりもした。
どうやら元陸上部で親のことをあまりよく思っていないらしい。まあ全くの別人なら徒労に終わるわけだが、
しかし頭はいいのだろう、どのスレも読みやすく興味深い内容だったのは事実である。

田中「行きましょうか」
ぼく「ええ、行きましょうとも!」キリッ

ピンポーン

ガチャリ、と開いた玄関にはその暗い雰囲気からだろうか、まえに会った時より痩せたように見える小畑ママがいた。
小畑ママ「帰ってください!!!かえれぇぇぇ!!!」キエエエエエ!

ぼくら二人を見やると途端に人が変わったように荒れ始めた。歓迎はされないと思っていたが、
ここまでだとぼくもさすがに委縮してしまう。すると遅れて小畑家の大黒柱、小畑パパが現れる。

小畑パパ「ほら、落ち着いて、私が相手するから・・・」アセアセ
田中・ぼく「申し訳ございません」ペコ
小畑パパ「いえ、こちらこそ見苦しいところを見せてしまいましたね」ハハハ・・・
小畑パパ「とりあえず上がってください」ニコニコ


お言葉に甘え、もう一度小畑邸に足を踏み入れた。
27:2019/08/19(月) 11:58:10.695 ID:ZsY6wLXZ0.net
客室に案内されるとぼくは真っ先にトロフィーに目をやった。

「全国中学校陸上競技大会準優勝」「U-18陸上競技選手権入賞」・・・
・・・ビンゴである。希望は確信に変わる。

小畑パパ「ああ、すごいでしょう?とおるが獲った賞はすべて客室に飾っているんですよ」ハハハw
ぼく「ええ、とってもすごいです。ぼくなんてこんな立派なトロフィー、一度ももらったことがないですよw」スゲエ
小畑パパ「とおるは優勝できなかった『無能』のトロフィーなんか飾るな、なんて言うんですけれどねw」タハハ・・・
田中「どうしてです?全国大会に出場するだけでも大したことじゃないですか。」
小畑パパ「陸上をやめてからかなぁ、大した怪我でもないのに辞めてしまって、受験勉強に専念したのですが、プライドが高いせいかうまくいかず・・・」ショボン
小畑パパ「じぶんは『無能』だ、なんだと口にするようになりまして」ションボリ・・・

怖いくらいに計算通りだ。いやスレッド通りか。こんなまじめな状況の中でぼくは、個人的な出来事を書くのは控えよう、などと考えていた。
周りの意見を長めに聴くようにしようという作戦を田中さんにも言っていたせいか、一時間以上話し込んでしまった。


ぼく「それではとおるくんの部屋の前まで案内していただけますでしょうか?前回のような無礼なことは決していたしませんので」キリッ

小畑パパ「・・・わかりました」コクッ
28:2019/08/19(月) 12:01:51.147 ID:ZsY6wLXZ0.net
そしてもう一度この部屋の前に立つ。田中さんには手出ししないようにパパさんと階下にて待機させている。
深く深く、深呼吸する。

・・・そしてぼくは扉の向こうにいる彼に声をぶつける。


ぼく「最速のコバルトブルー!!!聴こえているか!!!!」ドン!
とおる「!?」!?


ぼくには視えている、今の『小畑とおる』という男の表情が。たとえ彼が扉の向こうにいたとしても。
彼の文章、かすかだが彼の本心、24年という短い半生。そのわずかな断片にふれてきたのだから。



ぼく「ぼくはにーとまん!!!スレッドの海を超えてここに爆誕だァ!!!」キリッ!
29:2019/08/19(月) 12:04:41.801 ID:ZsY6wLXZ0.net
とおる「・・・」・・・

ぼく「機関がこわいか!才能に追われるのが!捨てた自分に責められるのが怖いかッ!!」オラア!
ぼく「鍛え上げた足で今まで逃げ続けてきたものなァ!!!」ニチャア!
とおる「ッちがう!!!!」フルフルッ


狙い通り、『最速のコバルトブルー』では自分が見えない、よって計算高い彼は煽られることはない。
だがここにいるのは『小畑とおる』、自分に迷い続けているだけのただの若者なのだ。
そしてプライドが高すぎる奴ってのは煽られるともろい。


ぼく「今のお前じゃあ、ド素人のぼくにだって勝てないだろうよ!」ニヤア
とおる「くッ!!!」ギュッ
ぼく「陸上なんてただ逃げるように走るだけだもんなぁ???」ニタァ・・・
とおる「てめぇっ!!!!!」ドンッ!

彼の本当に好きなものをぼくは知っている。好きなものにどれだけ執着しているのかを。

扉は勢いよく開かれる・・・映るのは形容しがたい感情に顔を歪め、汗や涙だので十分に濡らし、
怒りをついに露わにした、夢を追いかけていた青年だ。


ぼく「逃げ足でぼくに勝てるやつはいないさ」ニヤリ
とおる「・・・あんたが『にーとまん』なのかよ」
ぼく「このわがままボディにすら君は勝てないんだよ」プヨプヨ

このときばかりはこのだらしないからだが役に立った。腹部のあり余ったぜい肉たちをぷるぷると揺らしてやる。
そして何を思ったのか、彼にケツを向け、ぼくはがに股で煽りダンスを始める。

ぼく「ぬなッ!?!?」ビリブリュ!
ぼくのスーツの間から顔を出したパンティーは部屋からこぼれるエアコンの冷気にさらされた。

とおる「『にーとまん』、イメージ通り過ぎるぜ・・・」ハア・・・


支離滅裂な感情は笑顔に変わり始める。というより彼はあきれ始めているようだった。
30:2019/08/19(月) 12:07:16.271 ID:ZsY6wLXZ0.net
二週間後、ご両親の報告によると外出も以前よりも増え、社会人の陸上クラブに入会したらしい。
経過観察でもNレベルは著しく下がっているようだ。就職とまではいかなかったようだが、
ニートやひきこもりが、数日で急変して解決することはない。ゆっくりでも彼は走りだすことができたのだろう。
ぼくらはまた止まってしまわないように祈るだけだ。


ぼく「その後はどうだい?『最速のコバルトブルー』くん?w」ニチャアw
とおる「その呼び方はやめてくれ。まあまあってとこさ」タハハ・・・
ぼく「そうかw・・・あ、そうそう君は『有能』なんだと思うよ」ニチャリ・・
とおる「おれなんて・・・」ギュッ
ぼく「だって君はぼくに自信をくれたんだからw」ニチャアwww

なんて臭いセリフを吐いて、お腹のかわいいベイビーをつまんで揺らす。
プログラム最終段階の、他人に興味を持たせる常套句らしい。
マニュアルセリフなのだが恥ずかしすぎて、つい冗談めかしてしまう。


とおる「・・・はい!w」ニッコリ


今回はおそろしいほどに、運よくことが進んだとは思うが、自信につながったのは事実だ。
願わくば『小畑とおる』という人間をまた更生させることがないことを望もう。


そしてぼくのパンツが二度と辱めを受けないことを。
35:2019/08/19(月) 12:27:36.871 ID:ZsY6wLXZ0.net
田中「今日はこのお宅です」
ぼく「はーい」ハーイ

バイト時代は不規則な時間の勤務が多かったが、二か月もすれば勤務形態にも業務内容にも慣れていく。
田中さんの無感情すぎる性格にも慣れた。規則的な生活に戻り、美人と行動を共にすることで、
ぼくの性格まで変わったような気がする。プログラムに組み込んだほうがいいな、これは、うん。


田中「対象者の家庭は母、息子、娘の母子家庭ですね。そのうち対象者は娘さんになります。」
ぼく「ふむふむ」フムフム・・・
田中「今から10年前に離婚、旦那の倒産が原因とのこと。」
ぼく「ほおほお」ホムホム・・・
田中「娘さんのNレベルは1、小学6年生、1年生の冬から学校に通っていません。」
ぼく「レベル1かぁ、なるほどぉ・・・え、小6?てことは12歳??」ロリキター!!
田中「ええ、そのはずです。息子さんは中学2年生ですね。おそらく父親g」
ぼく「いや、え?それって中学校行けるんですか??」アセアセ
田中「入学はできますよ。義務教育なので。」
ぼく「そ、そうなんですか・・・」ハア・・
田中「しかし、入学したとしても今のままでは“中学生”にはなれないでしょうね。」



JNROは不登校児も担当している。むしろ若ければ若いほど難易度が下がるため積極的だ。鉄は熱いうちに、という考えなのだろう。
ぼくはもちろん不登校も経験している。しかし高校からだ。田中さんは、人格形成が定まっていないから楽だ、とは言うが、
小1から小6まで不登校のサラブレッドに、たかだか1年だけの不登校児のひよっこが理解してやれるとは思えなかった。
36:2019/08/19(月) 12:30:00.032 ID:ZsY6wLXZ0.net
ピンポーン

田中「JNROの田中とこちらがぼくです。」
ぼく「どうも」ペコ
ママ「あら、時間ぴったりね。じゃ、あがってもらえる?」ニコニコ

少し古めの五階建てマンションの二階の一室。
この方が今回の対象者「塩田ひな」ちゃんのお母さん、バツイチである。
快活そうで、ぼくと同じ30代とはとても思えない美人だ。

ママ「いま、お茶出しますねー」カチャカチャ

そういって出されたお茶と茶うけが目の前に出される。ぼくは迷うことなくもぐもぐと食べながら、
田中さんのママさんへの尋問タイムを眺めたり、部屋を見渡す。

すると、ふすまのすき間から小さな瞳でこちらをのぞく女の子がいた。
おそらくあの子が「塩田ひな」ちゃんだろう。

ぼく「フヒッw」ニチャアw

ぼくが微笑みかけると、恥ずかしがり屋なのか隠れてしまった。
尋問がひと段落したところでママさんが娘さんを呼び出す。
37:2019/08/19(月) 12:32:04.846 ID:ZsY6wLXZ0.net
ママ「ひなー!でておいでー!」コッチコッチ
ひな「・・・」トテトテ
ママ「おー、よしよしー」ナデナデ
ひな「だれ・・・?」ギュッ
ママ「んー、ひなのお友達になってくれる人だよ~」ニコニコ

肌は白く母親に似て美人な娘さんは、ふすまの向こうからひょこっと出てくると、
すぐにママさんの後ろに隠れ、おびえたまなざしでぼくらを見やる。
今のやり取りだけでもわかるがそこまで重症のような感じはない。
むしろ見ていてほほえましい温かい家庭といった印象だ。
ぼくは友好の証として先ほどのように微笑む。


ぼく「フヒヒw」ニチャアw
ひな「ママ、こわい・・・」ギュッ
ママ「え?あ、ごめんなさいねぇw」クスクスw

田中「ひなちゃん、はじめまして。田中って言います。よろしくね。」
ひな「おねえちゃん、美人・・・」ジーッ
ママ「あらあら」ニコニコ

格差は否めないが、自分の顔立ちは十分理解しているつもりだった。
しかし、こんな小学生にまで格差をまじまじと見せつけられると案外傷つく。
ショックと傷心によってこの場にいることがいたたまれなくなる。


ぼく「田中さん、ぼく外に出てますね」ドヨヨーン
田中「ええ、そのほうがいいでしょうね」

とどめの一撃を田中さんに決められ、泣く泣く退室の道を選んだ。
38:2019/08/19(月) 12:34:54.936 ID:ZsY6wLXZ0.net
軽くマンションの周りを歩いていると、すでに懐かしい思い出の恩人がいた。


ぼく「佐藤、ひ、ひさしぶり」ニチャア
佐藤「んぉ!?ぼく!ぼくじゃないかwwwおひさーww」ガハハwww
ぼく「悪いな、あの時は急に辞めて・・・」ドヨン・・
佐藤「んにゃ!もう謝ってもらってんだから終わりさwww」ガハハハwww

ぼく「そ、そうかwなんでこんなとこに?」?
佐藤「ここのスーパーの肉がなw安いんだあ、これww」ガハガハwww

そういって佐藤は背後にあるぼろぼろののれんを下げた、こじんまりとしたお店を親指で指さす。
たしかに大きくふくれた買い物袋を下げている。
さすがはファミレス店長だけあって、こんな穴場も知っているというわけか。

佐藤「お前、がんばってるんだってなww友として鼻がたけえよおww」ガハハノハww
ぼく「ぇ、そんなことないさw」ニチャアw
佐藤「スーツも似合ってるしなぁwww」ガハハww
ぼく「そうか?wきつくって仕方ないけどなww」コポォw
佐藤「なんか困ったことあれば言えよおwww」ガハハww
ぼく「お、おうwありがとうw」ヌルコポォw


しばらく談笑したあと、じゃあのwwと言いながら佐藤が手をひらひらと振る。
本当に佐藤は優しい。優しすぎるくらいだ。悪い奴に騙されないか不安になるくらいに。

ぼく「相変わらずだな、あいつはw」フヒッ・・


佐藤「あ、そうそう!お前よく笑うようになったなwww」ガハハww

帰り際、わざわざ振り返って佐藤が言った言葉にぼくは体が熱くなる。
恥ずかしいとかではない、ただただうれしかったのだ。
40:2019/08/19(月) 12:36:58.841 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「どうでした?」キリッ
田中「おおむね良好でしょう。他人と接しなさ過ぎて小学6年生にしては言葉が少したどたどしいですが、お母様とはスムーズな会話ができています。」
ぼく「そうですかぁ、田中さんはなつかれてもらえました?」ニチャアw
田中「ええ、私と話すことで対人慣れさせていこうかと」
ぼく「」
田中「ぼくさんも一応、ついてください。この世は女だけではありませんので」

勝てない。ちょっと嫌味な質問をしたつもりだったが、ノーダメージな田中さんだ。
もっとも彼女が傷ついてるとこなんて見たことないが。深海の底に沈められた沈没船の気分だ。


田中「このあとも2件訪問があるので、気を抜かないでくださいね」
ぼく「はい・・・」ドヨーン



久々の佐藤との再会に感慨深い思いを感じながらクロのご飯を準備する。
ぼく「クロ、ごはんだよー」カパッ
クロ「にゃーん」スリスリ
41:2019/08/19(月) 12:39:28.036 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「フヒヒwひなちゃんは『ぷいきゅあ』のだれが好き~?w」フヒッw
ひな「おねえちゃん・・・」ギュッ
田中「ひなちゃんが怖がってます。」
ぼく「えぇ・・・」ズーン
ママ「^^」ニコニコ
ぼく「席外しますね・・・」ドヨーン


ぼくはマンションの近くの公園でため息をつく。別に仕事がうまくいかないわけでもない、
12歳の女の子に言われない軽蔑を向けられる辛さ、刺さるものがある。すると背後から男の声に心配された。

???「浮かない顔してどーしたあ??」ガハハww
ぼく「いや、悪意のない悪のほうが刺さるものだなと思いまして・・・」ドヨヨン・・
???「ぶわっはwwあくのでない煮込み料理はないってもんよwww」ガハハwww

ぼく「んあ、佐藤かwまた肉を買いに来たのか?」?
佐藤「そんなとこだなーwwなんか悩みあるなら言えよw聞いてやんよおww」ガハww
ぼく「いや、子供に好かれる方法がわからんくてなw」タハハ・・
佐藤「そんなもんわらっときゃwwwなんとかなるぜいwww」ガハガハwww

こいつは、自分がイケメンだからそれで許されているのを理解していないのだろうか。
仕事を忘れ、おもわずいろいろ話し込んでしまった。
42:2019/08/19(月) 12:41:54.462 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「佐藤はなんでそんないいやつなんだ?w」ハア・・
佐藤「はっwwぼくにだけだよwww」ガハハww
ぼく「うぇ?それってどういう・・・」///

佐藤「覚えてないのか?wぼくは昔おれに数学教えてくれたじゃんかよwww」ガハハww
ぼく「え、中学の話だよね?それ」ナニイッテンダコイツ
佐藤「そうだぞw物覚えの悪い俺にお前は何度も教えてくれた、いまでも感謝してるぜw」ガハww
ぼく「おおげさすぎじゃんw」ニチャアw

まさか佐藤が中学校の本人もよく覚えていないようなことで、恩返しするような義理堅い奴だとは思わなかった。
すると佐藤は急にまじめな顔になり語り始める。

佐藤「おおげさなんかじゃあないさ、あのあと俺は県内でも有数の進学校に進学できた」ガハハ
佐藤「旧帝大にも入学できた。中学の時お前が大嫌いな数学を教えてくれなかったらこの人生はなかったさ」ガハハ
ぼく「え、そうだったのかよ」オドロキ
佐藤「今でも覚えてるぜ。お前が言ってたこと『解はわからないままだからわからない』ってな」ガハハ
ぼく「うわぁ・・・」アアアア・・・

過去の自分への恥ずかしさと後悔で例の発作が起こる。汗が止まらない。
心臓が3倍速で波打つ。そんなぼくを気にも留めず佐藤は追い打ちをかける。

佐藤「こんなことも言ってたな、『近道すれば狂いだす。一つ一つコツコツと答えに近づける』なんて」ガハハ
ぼく「あああ!もうやめてくれええ!」ガシャワシャ
佐藤「ははw恥ずかしがるなよw俺はニ〇チェやシェ〇クスピアなんかより中学の同級生に2回も人生を救われたんだから」ガハハ
ぼく「も、もういい!し、仕事に戻るから!」アセアセ
佐藤「ああwww悪いな長話しちまってwww」ガハハwww


羞恥と後悔でいたたまれなくなったぼくは、逃げるようにその公園を後にした。
腕時計を見るとひなちゃんのプログラムの時間はとっくに過ぎていた。
43:2019/08/19(月) 12:43:39.757 ID:ZsY6wLXZ0.net
田中「どこいってたんですか。もう対話訓練終わってますよ。」
ぼく「ご、ごめんなさい・・・」シュン・・
田中「早く乗ってください」
ぼく「はい・・・」ショボーン・・・



ぼく「ただいまー」ナデナデ
クロ「にゃーん」スリスリ

クロにご飯をやり、ニートスレを巡回してベッドに入る。ふと今日のことを思い出す。
羞恥心にかられない範囲で、だ。言っちゃ悪いが、佐藤が旧帝大に入れるほどの頭があるとは思わなかった。
人生はどこで好転するのかわからないってことか。


ぼく「なんでファミレスの店長なんだ?」??


別にファミレスの従業員を否定するわけでもないが、そんなにいい大学を出たやつなら
もっともらしい仕事がありそうなものだが、とふと考えてしまう。まあ今日は寝よう明日もあるしな。
44:2019/08/19(月) 12:46:06.070 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「おいたんと『ぷいきゅあ』応援しようねw」ニチャア・・・
ひな「おねえちゃん、おじさんこわい・・・」ギュッ
田中「ぼくさん、ひなちゃんが怖がってます。」
ぼく「ふええ・・・」ウルウル
ママ「^^」ニコニコ

ぼく「席、はずします」シュン・・・

もう6回目の訪問だがなつかれない。この顔面では女性はおろか子供にすら好かれないということを理解した。
マンション近くの公園でひまをつぶす。どうやらひなちゃんのプログラムではぼくは不要らしい。



佐藤「おwwやっぱぼくじゃないかww」ガハハww
ぼく「あ、佐藤・・・」ドヨヨーン
佐藤「先週と同じ雰囲気かもしてるなあwwww」ガハガハwww
ぼく「いや、もう慣れっこだ」タハハ・・・
佐藤「元気出せよwww」ガハハノハwww

スーパーというより商店の向かいのこの公園はなぜか佐藤とのエンカウント率が高い。
嫌なことではないんだが。
46:2019/08/19(月) 12:48:52.978 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「佐藤はなんでファミレス店長なんかやってんだ?」??
佐藤「んえ??話してなかったっけwww」ガハハww

佐藤「最初は意外とうまくいったんだ・・・ww」ガハハw

かなり失礼極まりない質問だったが佐藤は笑いながら語ってくれた。

どうやら某旧帝大学を卒業後、即結婚、調子に乗って起業し、それがおじゃんになって
借金をこさえて嫁と子供に逃げられたのだとか。目の回るような出来事だったはずだろう。
佐藤はへらへらと冗談交じりに話してくれた。

佐藤「大学を卒業するころにゃあwお前が教えてくれたことも忘れちまったんよw」ガハw
佐藤「近道、しちまったのかなぁ・・・w」ガハハ・・w

だが、佐藤の語り口調にはいつもの元気はなく、どこか寂しそうだった。

佐藤「そんで路頭に迷っていた俺はファミレスのバイトからコツコツ、やり始めたんよw」ガハハ・・w
佐藤「どんなに自分が情けなくなっても、遠い昔のお前の言葉に励まされてたってわけよw」ガハハw


その佐藤の何とも言えない表情を見て、ぼくは語らせてしまったことに少し罪悪感を感じてしまう。
でも倒産したときの借金もあと少しで全額返せるそうだ。

佐藤「今じゃ、子供の養育費だって入れてるんだぜw」ガハハ!w


心なしかこの一言が一番強がっているように見えた。
金には困っていない、というよりもできるなら修復したいのだろう。
家族との関係を。
48:2019/08/19(月) 12:52:36.906 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「子供とは・・・」シュン・・
佐藤「十年近く会ってないなぁw顔も覚えてないだろうよww」ガハハww
ぼく「佐藤はそれでいいn・・・」シュン・・

???「こんなところにいましたか。ぼくさん、さぼるのも大概にしてください。」
ぼく「あ!た、田中さん!!」ビクッ
田中「ひなちゃんの時だけさぼりすぎですよ。」
佐藤「ッ!?」!?
ぼく「あっ、いだいいだい。」グイグイ
田中「給料泥棒ですよ」

佐藤になにか言ってやりたいところで田中さんに見つかってしまう。
田中さんにぐいぐいと腕を引かれ佐藤を見る。いつもの笑顔で笑っていた。
でもぼくには、やはりどこか寂しそうに見えた。気休めでもいい。
言ってやらなければ、なにか、恩人を救うんだ、などとおこがましい感情ではない。

ただ何か言わねばならないような気がしたのだ。

佐藤「・・・ぼくwお前の相方w美人じゃないかww」ガハハww

記憶なんて定かではない、ただ中学の時と同じ表情をしている気がするんだ。
どこかやるせなくて、諦めてしまっているような・・・。
49:2019/08/19(月) 12:54:10.397 ID:ZsY6wLXZ0.net
そうこうしているうちに佐藤との距離は広がっていく。
なぜか湧き上がる焦りの中でぼくは佐藤に言葉をぶつける。

ぼく「佐藤!わからないままじゃわからない!解は・・・!一つ一つコツコツと紡いでいけばいい!」ズルズル
ぼく「家族だってそうだとおもう!!」ズルズル


田中さんに手を引かれる去り際には、中学時代をコピペしたような臭いセリフしか吐くことができなかった。
そんな佐藤は笑っている。だが、寂しそうだった表情はなんだか納得しているように見える。
中学生が難問の解を導き出した時のように・・・

きっと昔もあんな顔をしていたんだろうな、だといいな。










ピンポーン

??「ひ、ひさしぶり」ガハ・・・
??「!?・・・ひさしぶりね」ニコッ
??「ママ、だれ・・・?」ギュッ
??「大きくなったな・・・ひな」ガハハ・・w
50:2019/08/19(月) 13:12:39.100 ID:ZsY6wLXZ0.net
田中「まったくさぼりすぎです。血税で働いている自覚を持ってください。」
ぼく「ごめんなしゃい・・・」シュン・・・

車内で田中さんに叱られる。たしかに今回はひどかった。開始10分で退室してしまった。
ひなちゃんプログラムベストタイムだ。


田中「次、新しい方ですので気を引きしめてください。」
ぼく「ひゃい・・・」シュン・・・
田中「こちらの方ですね。『二宮太一』さん。年齢51歳、両親なし、職歴なし、高卒、結婚もされてません。」
ぼく「」
田中「Nレベルは5、母親が亡くなってからアパートの家賃滞納が続いています。」
ぼく「・・・無理ゲーじゃね?」ムリムリ
田中「レベル5においては普通レベルですね。」
ぼく「まじ・・・?」マ?


「3ちゃんねる」でしか見たことがないような人間が現実にいるのだと自覚する。
Nレベル5の対象者は、氏んでいるか生きているのかあやしい存在だと、
JNROのほかの職員が愚痴っていたのを聞いたことがあるが、なるほど、ゾッとする。
上には上がいる、というかぼくなんかより、よっぽどエリートニートを堪能しているではないか。

そうこうしているうちに目的地へ到着する。
51:2019/08/19(月) 13:14:34.272 ID:ZsY6wLXZ0.net
ピンポーン・・・ガチャリ


田中「初めまして二宮様、JNROの田中とこちらぼくです。」
ぼく「どうも」ペコリ
二宮「・・・どうも」ペコ

・・・・・・・

田中「・・・家にあがらせていただいてもよろしいですか?」
二宮「え?あ、うん・・・」オドオド

と、押し入るような形で田中さんとぼくはおうちにあがらせてもらう。
中はごみ屋敷同然だった。二宮が二人分の座る場所を足で作る。
思わす嗚咽が漏れそうなのをおさえながら、しぶしぶ座る。
田中さんはこんな時でも涼しい顔をしている。


田中「えー、では・・・」

いつも通りの尋問が始まるかと思ったが、どうやら今回は対象者とどういった対策を立てるかを練るようだ。
対象者の現状を聞き、対策を半ば強引に田中さんが決めていく。
ひきニートにはこういう強制力がなければ行動は起こさない。


田中「・・・こんなところですか。ぼくさんの意見を聞かせてください。」
ぼく「んと、賛成です。」ウンウン

クラス会でもしてるのか、脳死してるとしか思えない返事をする。
今回はこれからの対策を決めて終わりである。

事務所への帰り際ぼくは田中さんに聞いてみた。
52:2019/08/19(月) 13:16:54.562 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「田中さんはレベル5の対象者を担当したことってあるんですか?」?
田中「ありますよ、56歳でしたね。」
ぼく「おー!これは頼もしい!」オー!
田中「一度だけですけどね。」
ぼく「んじゃんじゃ!今は更生して働いてるんですか??」ニチャアw

田中「・・・亡くなりました。」

その答えにぼくは沈黙する。田中さんのその無感情な語り口のせいだろうか、
まるで川に水が流れるのと同じくらい当たり前のことのように聴こえた。
きっと病気とかだったのかな、などと希望的観測をしてしまう。

聞きたくはなかったが聴かずにはいられなかった。

ぼく「・・・ご病気だった、とかですよねw」ニチャア・・
田中「自殺でしたね。プログラムの中盤、アルバイトを始めたての時、ご自宅の近くの池に入水自殺でした。」
ぼく「・・・」・・・

田中「他人から自尊心を守るためにひきこもる。ひきこもれば自分自身が自尊心を傷つけ始める。」
田中「年齢とともに過敏になるか麻痺していくかどちらかです。」
田中「ひきこもることで麻痺させていた感覚が目覚め、彼はそれに耐えきれなかったのでしょう。」


あまりにも淡々とした田中さんの分析を聴きながら、ぼくはただ沈黙することしかできなかった。
田中さんのほうにちらりと目をやると瞳はうるんでいるように見えた気がした。
いや、そうであってほしかっただけだろう。

いつもの田中さんだった。
53:2019/08/19(月) 13:19:38.199 ID:ZsY6wLXZ0.net
プロ「久々の大物ね!!!あんたたち!気をひきしめて取りかかりなさい!!!」

ぼく「うええ、くさいよぉ」クッサ
田中「口でなく手を動かしてください。」
二宮「・・・」・・・

5日後、二宮邸の大掃除が始まった。プロの指導のもとごみ屋敷だった部屋は、
なんということでしょう!一日で広々空間へと一変したのだった。

自分の部屋でもないのに、なかなかどうしてすがすがしい気分になるのはなぜだろう。
この手の適性があるのかもしれない。すると木製の引き出しの中に通帳を見つける。
デリカシー皆無のぼくは迷いなく中身を見る。20万円きっかり入っている。

ぼく「なんですか?この通帳」ヒョイッ
二宮「ッ!!」バシン!!
ぼく「いて!なにするんですか!!盗ったりしませんよ!!」イライラ

二宮さんが勢いよくぼくの手から通帳を奪い取る。まあ自分の通帳を見られたらそりゃ怒るか、
などとやらかしてから理解する。

すると田中さんがぼろぼろになった料理本を拾い上げる。

田中「二宮さんお料理に興味あるんですか?」
二宮「かなり、むかし、もうなにも」オドオド
田中「アルバイト先、ファミリーレストランの厨房とかどうですか?」
二宮「いや、おれは、できないし」オドオド
ぼく「ぼくも最初はなにもできませんでしたよw」ニチャアw
二宮「で、も、」アウアウ
ぼく「こういうのは深く考えるより安直なほうがいいんですよw」フヒヒッww


田中さんのファインプレーに乗っかり、ぼくはコネのあるファミレスに二宮さんを誘導できた。
それが功を奏したのだろうか。一週間後、スムーズに二宮さんのアルバイト先を斡旋することができた。
54:2019/08/19(月) 13:22:17.222 ID:ZsY6wLXZ0.net
佐藤「ついにクビになったかwwwぼくよwww」ガハハww
バイト「ぼくさん、お久しぶりっす。だいぶ雰囲気変わりましたね。」ムスッ
JK「ぼくさんが美人さん連れて帰ってきたー!!」ワーイ!
田中「・・・。」

久しぶりに訪れた元アルバイト先へ行くと、意外にも歓迎されてうれしかった。
バイトをしているときはミスばかりしていたからいい思い出なんてないはずなのに。


ぼく「ぃ、いや佐藤に頼みがあって・・・」カクカクシカジカ

かくかくしかじか・・・・・・

佐藤「ぼくの頼みじゃあ断れないっちゃwww」ガハハww
ぼく「ありがとう!!」パア!
田中「よろしくお願いいたします。」
佐藤「おけまる水産wwこの人がバイトで雇ってほしい二宮くんねwよろしくwww」ガハハww
二宮「あ、あの、うん、よろしく、おねがい、します」オドオド
ぼく「それじゃあ少しずつ、頑張ってください!!」グッ!
二宮「は、い」アウアウ

さすが飲食店の店長というだけあって、佐藤は51歳のニートという爆弾をまえにしてもいつもの調子を崩さない。
正直、ここでのバイト経験がコネとして活きるとは思わなかった。最初はどうなることかと思ったが、かなりスムーズではないか。
たかが数字にびびっていた自分がばかばかしい。このまま順当にいってくれれば万事解決だ。


田中「・・・。」
ぼく「田中さん、どうかしました?」ニチャ
田中「いえ、大丈夫なのでしょうか?あの職場で。」

前回のレベル5の方を想起しているのだろうか。いつもより慎重になっているようだった。
ぼくのお墨付きだ、と自信満々に言って田中さんを安心させることに試みる。
まあ、感情を出さない人だから全然効果は見られないが。

経過観察はいつものケースよりは多めに取る予定だ。
55:2019/08/19(月) 13:24:34.837 ID:ZsY6wLXZ0.net
カランカラン

JK「あ、ぼくさんと田中さーん!!いらっしゃいませ~!」ニコニコ!
ぼく「やあ、二宮さんちゃんと来てる?」ニチャアw
JK「来てますよぉwぼくさんより使えるっす、ってバイト君、昨日言ってましたよお!」タハハw
ぼく「うぐっ」グエー

バイトはやはりあたりが強い。経過観察は今回で6回目になるが、2週間もたっていない。
慎重に慎重を重ねているのだ。おかげで二宮さんとももうすでに打ち解けたような気もする。
ぼくも元レベル5だからシンパシーを感じるのかもしれない。

そしてファミレスの休憩室で、対談する。ありきたりなマニュアル質問を終えると、
つい元従業員だったぼくの失敗談を延々と話してしまう。

ぼく「これwwこのメニュー作ってるときに店長の顔面に卵ぶつけちゃってww」フヒッw
二宮「そ、うなんだ、やらかしすぎ、でしょw」デュフw
ぼく「まだまだあるんですよーw」フヒヒw
田中「あの、そろそろ・・・。」
ぼく「えー、わかりました」ハーイ
二宮「あ、ありがとう」ペコ
ぼく「いえいえ、それではがんばってください!」グッ
田中「頑張ってください。」

順調である。二宮さんにも出会った時の暗い雰囲気は消えつつあった。
笑顔も見ることができるようになった。


JK「ぼくさんとどんなことはなすんですかあ?w」ニコニコ
二宮「ぼ、ぼくくんの、ばいと、してたときの、はなし、とかかな」デュフw
JK「ぶははーwおもしろそーww」ブハハwww
佐藤「こらーwwJKwwさぼるなあーww」ガハハww
JK「わーwすいませーんww」ワーwww

ほかのメンバーともうまくやってるみたいだ。今日は出勤していなかったようだが、
前々回の経過観察では、鬼門だったバイトのやつも認めてくれているようだった。


二宮さんを見ていると、過去の自分はもしかしたらこんな風に映っていたのかもしれない。
なんて思ってしまう。ぼくは田中さんに急かされ車に乗り込む。
56:2019/08/19(月) 13:27:43.794 ID:ZsY6wLXZ0.net
12回目の経過観察ではもう十分に社会復帰しているといっていいくらいだった。
まさかNレベル5の生死も危ういひきニートがわずか2か月程度で、
ほぼ社会復帰するとはだれも思わなかっただろう。彼の底にはまだあったのかもしれない。
明日を生きようとする根気が。

バイト「いらっしゃいm・・・ああ、ぼくさんと田中さん、例のあれっすか」ムスッ
ぼく「う、うん。二宮さん、ちゃんと来てる??」ニチャ・・・
バイト「ぼくさんとちがって無遅刻無欠勤っすよ」フンッ
ぼく「うっ、ごめん」アゥ・・・
バイト「ほら、早く仕事始めたらどうすか」ハア・・・
ぼく「うん!」ウン!

前まではただきつく感じていただけの、バイトの辛口も今はなぜだか今は暖かく感じる。そして13回目の経過観察を始める。
2か月前のエリートひきニートだった彼の面影はどこにもない。

ぼく「えー、コホン。最近のお加減はいかがでしょうか?」フォッフォッフォ
二宮「ははwぼくくん無理に作らなくてもいいよw」ハハww
ぼく「いやあ、本当に素晴らしいです。この短期間でここまで更生する方はいませんよw」ニチャアw
二宮「ぼくくんと田中さん、それに同僚の皆さんのおかげだよ」ウルウル
田中「いえ、あなたの実力です。誇りに思ってください。」
二宮「実力、なんて・・・何もできないクズでしたから、救ってくれてありがとう。」ポロポロ
ぼく「フヒヒッwぼくも元レベル5、末期ニートだったんですよーw」ニチャアw
二宮「どうりでw他人の気がしなかったわけだw」ポロポロ・・・

などと笑い話をしながら、ぼくは彼の更生の成功をかみしめていた。
きっかけさえあれば誰だって、どこからだってもう一度歩き出せるのだ。
アルバイトの失敗談は語りつくしても尽くせなかったのでキリのいいところで早めに切り上げる。


ぼく「では、このあとも頑張ってください!」グッ!
田中「頑張ってください。」
二宮「はい!」ウン!


心地のいい返事を聞いて、田中さんと車に戻る。今はとてもほがらかな気分だ。
車に乗り込むと浮かれ気分で田中さんと話す。この後の仕事を無視して田中さんをカフェにでも誘いたい気分だ。

ぼく「いやあー、2か月前はどうなるかと思ってたのが、これですよ!うまくいくもんですねえ!」フヒヒッww
田中「・・・」
ぼく「ん?なんか食べたいものでもあったんですか?w」ニチャアw

二宮さんの経過観察は終わったというのに、後にしたファミレスをバックミラー越しに眺めている。
つられてぼくも振り返ってみてみるのだが、これから出勤であろうJKが裏口に向かっていくのが見えた。


田中「いえ、うまくいきますよね、きっと。戻って報告書をまとめましょう。」
ぼく「?そうですね!!」ゴー!
57:2019/08/19(月) 13:29:58.331 ID:ZsY6wLXZ0.net
十日後、佐藤から電話が来た。どうやら、3日ほど無断欠勤が続いているらしい。
経過観察は減らしていたから前回から顔を合わせていない。少しだけ胸騒ぎがした。
予定していた業務を後回しにして田中さんと二宮さん宅へ向かう。


ピンポーン

返事はない。

ピンポーン

返事はない。
ドアノブに手をかける。ガチャリ、驚くほどすんなりと玄関の扉は開いた。

ぼく「二宮さーん!!!入りますよー!!!!!」ジワリ・・

嫌な汗をかいているのがわかる。なぜだか心臓が破裂しそうなまでに脈を打っていた。
カーテンは閉め切られ真っ暗な部屋の明かりをつける。
58:2019/08/19(月) 13:32:35.690 ID:ZsY6wLXZ0.net
約二か月前、大掃除されて殺風景になった部屋には男が天井からロープでつるされていた。

ぼく「!!??二宮さんッ!!!!!!!」


パニックになる。はやく降ろさなきゃ。冷たく固まったその男性の首を絞めつけるロープをぼくは必死でほどこうと試みる。

ほどけない。ほどけない。ほどけない。ほどけない。どうして。どうして。どうして。どうして。

焦りと恐怖で汗が止まらない。目がかすむ。



田中「ぼくさん・・・」

そういってのぼくの腕をつかむ。

ぼく「たなかさん!!にのみやさんが!!!にのみやさんが!!!!」
田中「ぼくさん。二宮さんはもう亡くなってます。硬直が始まってます。それにものすごい腐臭ですよ。」
ぼく「なにいって・・・るの・・・?」

田中さんのか弱くも力強い握力がぼくを現実に引き戻す。同時にアドレナリンで緩和されていた腐臭が鼻につく。
ここに初めて足を踏み入れた時とは比にならない腐臭に吐き気を催す。急いでシンクに胃の内容物をすべて吐き出した。

田中「とりあえず、警察に連絡しましょう」

なんでこんなにも冷静なんだ。なんで二宮さんが死ななきゃいけなかったんだ。ぶつけようのない怒りに襲われる。
ぼくはその場に崩れ、怒り、悲しみ、疑問、人の持つすべての感情がぐちゃぐちゃに入り混じる
わけのわからない感情に苦しむことしかできなかった。


ぼく「うああああああああああああああああああああ!!!!!!」
田中「・・・」
59:2019/08/19(月) 13:35:38.383 ID:ZsY6wLXZ0.net
警察が到着すると、第一発見者として後日、聴取する旨を伝えられ、帰らされた。


後日ぼくと田中さんに事情聴取が行われた。遺書がきっちりと書かれていたため、事件性はなく、事情聴取は息のつく間に終わった。

その遺書を見せる親族がおらず、遺書にぼくら二人に見せてほしいということが記されていたため、遺書の内容を特別に見せてもらうこととなった。

内容はドラマで見るようなありきたりな内容だった。一つだけ違ったのは、ただただ涙が止まらないということだけだった。
遺書と共に置かれていたぼろぼろの20万円きっかりの通帳は、母が残してくれたなけなしの遺産だったと遺書に書かれていた。

・・・だが一つだけ納得できないのは自殺の動機だった。人間の本心なんて完璧に把握できるものではないかもしれない。
それも数か月程度で。それでも。「仕事がいやになった」・・・?ありえない。なぜだかそれだけは確信できた。


佐藤やアルバイト先の従業員には本当のことは伏せた。新しく正社員雇用先を見つけたからとあしらっておいた。
もちろん葬式なんてやる金はどこにもなかった。


なぜだか二宮さんが住んでいた部屋に足を運んでしまう。今日は田中さんもいた。

田中「ぼくさん・・・。」
ぼく「・・・なんていうか、似てたんですよ。ぼくと」ウルッ
田中「・・・。」
ぼく「同じ痛みを知ってたんです。どこで間違えたんですか。ぼくは。」ウルウル
62:2019/08/19(月) 13:40:02.096 ID:ZsY6wLXZ0.net
??「あれ?ぼくさんと田中さんじゃないですかあw何してんですかあこんなとこでえ?w」ニコニコw


JKだ。なぜこんなとこにいるのかを聴きたいのはこっちだった。
まさか二宮さんが亡くなったのが、ばれてしまったのだろうか。だとしたら、正直に話そう。
心配してきてくれたのなら二宮さんも報われるってものだ。

田中「JKさんこそどうしてここに?」
JK「聞いてくださいよぉwうちいw二宮さんにセクハラされたんですう!w」エーンエーンw
ぼく・田中「え?」

JK「ちょおっと仲良くしてあげたらぁw二宮さんてばw本気にしちゃってぇww」エーンエーンw
ぼく・田中「」
JK「誰があんなキモイおやじと付き合うかってのww田中さんならわかるでしょお?ww」ゲラゲラww
ぼく・田中「」

JK「それにちょおっと誘惑したらぁ、胸触ってきたんだもんwwきんもいよねえwww」キモwww
JK「ちょっとお金に困ってたからぁ、お金くれたら黙っててあげるって言ったのww」ゲラゲラwww
JK「そしたら急に来なくなっちゃってwwwびっくりだよねーwww」ゲラゲラww
JK「んでアルバイト先で二宮の履歴書みつけてwwお金だけもらいに来たわけww」ゲラゲラww

ぼく「いくら・・・?」
JK「えーww軽く20万www」ニヤニヤww
ぼく「ッ!!!!」
JK「え、なになにwぼくさん怖いんですけどwwそんな睨まないでよwww」ゲラゲラww
JK「女子高生に手出すあっちが悪いでしょwww」ゲラwww

家賃滞納のためにバイト代は稼ぎの半分もなかっただろう。胸の奥にどす黒い感情が湧きあがる。
母親が遺してくれたお金を使えば、死ぬことなんてなかったはずだ。
しかし、この女にとって軽い20万を命を懸けて守った男のことを思うといたたまれない。
だが、ぼくはなにもできない。JKを懺悔させようとも二宮さんがもどってくることない。

でも、ぼくは言ってしまった。言わずにはいられなかった。
63:2019/08/19(月) 13:43:33.130 ID:ZsY6wLXZ0.net
JK「てか二宮いないの?ww二人してドアの前に突っ立ってるけどwww」ゲラゲラwww

ぼく「二宮さんは死んだよ」シュン・・
JK「は?wwぼくさんマジきもいんですけどwwwねえ田中さん?ww」ゲラww
田中「二宮さんは一週間前、お亡くなりになりました。」
JK「あ、あんたらキモwwグルになってまでなにがしたいんだよwww」キメエwww
田中「事実、この部屋にはだれも住んでいませんよ。」


JK「・・・な、なに?ウチが悪いっての?」ハア?
ぼく・田中「・・・」
JK「いや!触ってきたのあっちだし!示談だよ!?じ・だ・ん!何にも悪くなくない?!」アセアセ
ぼく・田中「・・・」
JK「は、はあ?なによ、あんたら。このくらい誰でもやってるかんね?あー気分悪いわ」ハア・・・

そういってアパートの階段の隅に唾を吐き捨てJKは帰っていった。ぼくはどうしようもない無力感に襲われていた。
そして地べたに崩れ、また叫ぶことしかできない。


ぼく「うああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

誰に届くこともない。ただ虚しいだけの絶叫をこぶしを床に叩き付け、怒りに乗せる。
そして落ち着けば大きな虚無感に襲われる。


田中「やはりでしたか。」
ぼく「知って、たんですか。あいつがあんな奴だってこと」
田中「いえ、女の勘です。」

ふざけていったのではないだろう。田中さんが口にするとは思えない非科学的な単語に笑いがこぼれる。
乾ききった笑いが。

ぼく「たはは・・・はは、あはは・・・」
田中「なぜ、通帳の20万円、使わなかったんですかね・・・。」
ぼく「ッ・・・ぁぁあああああああああああ!!!」


渇いた笑いは涙に変わる。田中さんはお金なんかよりも二宮さんの命を優先してほしかったんだろう。
心なしか田中さんのその声は震えているように聴こえた。

ぼくが最初に通帳を拾い上げた時、二宮さんがぶつけてきた感情は、
金なんてチープなもののためじゃなかったのは間違いなかった。
64:2019/08/19(月) 13:44:47.492 ID:ZsY6wLXZ0.net
・・・こんな結末ってあるかよ。どうりで納得いかなかったわけだ。
不本意にもJKのおかげでストンと腑に落ちたような気がした。


同じNレベル5として確信できる。彼は自尊心やお金じゃない、
母の生前、何もできなかったクズの自覚があったからこそ、

きっと最期に遺してくれた愛情をなによりも守りたかったのだ。



ぼくはもう誰もいなくなった部屋の前で涙を流し続けた。
65:2019/08/19(月) 13:47:24.940 ID:ZsY6wLXZ0.net
ピンポーン

田中「ぼくさん、4日連続無断欠勤ですよ。いい加減にしてください。」
ぼく「・・・」
田中「はいりますよ。」

ガチャリと、懐かしい玄関の扉を開ける。そこから漏れた光にぼくさんがうっすらと照らされる。
よかった、はやまった真似はしていないようだった。

職員が対象者に入れ込んだり、独特の空気にさらされて自身がふさぎ込んでしまうことは少なくない。

田中「いるなら返事してください。」
クロ「にゃーん」スリスリ

小さな黒い猫が私にすり寄る。かわいい。

田中「なにもしなくてもいいので、出勤だけしてください。」
ぼく「・・・」
田中「行きますよ、着替えて出てきてください。外で待ってますからね。」
クロ「にゃーん?」テチテチ

そういって黒猫を軽くなでると、ぼくさんのほうに猫は駆け寄っていった。
しばらくして、内側から扉が開く。すっかりスーツを着こなしたぼくさんには、
以前のような覇気はなく、出会った頃よりみすぼらしく見えた。


田中「車、停めてますので乗ってください。」
ぼく「・・・はぃ」
田中「今日は経過観察だけですので、ぼくさんは何もしなくてかまいません。」

一通り仕事が終える。ぼくさんの覇気はまだ戻ることはない。少しずつでも元気になればいいのだが。
そしてぼくさんと別れる。私がしてあげられることはない。

閉ざされた扉を開くのは閉ざしてしまった彼自身にかかっているのだ。
67:2019/08/19(月) 13:53:07.762 ID:ZsY6wLXZ0.net
翌日、今日は迎えに行かずともきちんと出勤してくれた。私は心底ほっとしていた。

田中「ぼくさん、おはようございます。」
ぼく「おはようございます・・・」
田中「早速、訪問の予定が入っているので車に乗ってください。」
ぼく「・・・はぃ」

車に乗り込むと、今日の対象者の確認をする。今回も経過観察だ。
ぼくさんのこともあり、新規対象者はほかの職員に任せきりにしていた。

田中「今日は『小畑とおる』さんの経過観察です。一か月前の面談ではアルバイト先から正社員雇用していただけそう、という話でしたので結果の確認がてらってところですね。」
ぼく「・・・はぃ」

ピンポーン

小畑ママ「あら、いらっしゃい!時間ぴったりね。」ウフフ
田中「一か月ぶりですね。失礼いたします。」
小畑ママ「とおるー!JNROの方が来たわよー!!」オイデー!

客室に案内されると、お母様がとおるさんを大きな声で呼び出す。
するとドタバタと急いでとおるさんが階下に降りてくる。


とおる「あー、ごめんなさいwちょっと筋トレしててw」ムキムキ
田中「いえ、その後の経過を伺いに来ただけですので、順調なようならすぐ終わります。」
とおる「かなり順調ですよ!もうアルバイトじゃないですからね!!」エッヘン!


初めて訪問した時のとおるさんは見る影もなく、明るく快活な青年になっていた。
アルバイト先から業務態度がとてもいいと、正社員雇用してもらい、恋人までできたんだそうだ。
ぼくさんがいなかったらこんなことにはなっていないだろう。

Nレベルは一度上昇し始めるととどまることは知らず、上昇速度は落下するように早い。

とおる「『にーとまん』がいなかったらと思うと、俺はここまで走りだせなかったでしょうねw」ハハハw

冗談交じりにとおるさんがぼくさんを見る。私も二回目の訪問の後、
なにがあったかをぼくさんが話をしてくれたので、言葉の意味は理解している。
しかし、当の本人は何も聞こえてなどいないようにうつむいていた。
帰り際、とおるさんに質問を受ける。

とおる「ぼくさん、なんかあったんですか?」?
田中「・・・いえ、今日は体調が悪いみたいで。」

正直に話そうか迷ったが、伏せておいた。しかしとおるさんは何か察したらしい。
元ひきこもりどうし、何かシンパシーのようなものでもあるのだろうか。
とおるさんはぼくさんに向けて声を届ける。

とおる「にーとまん!!最速のコバルトブルーはもう止まらないぞッ!!!」キリッ!

成人男性が吐いていいセリフではない。はたから見れば病的で、
人目もはばかられるような言葉をとおるさんは恥ずかしげもなく、
ぼくさんにぶつけた。

ぼく「・・・」

少しだけ、ぼくさんは笑っているように見えた。この二人にとっては意味なんてない、
こんなセリフがなによりも伝わるのだろうか。私にはわからなかったが、
とおるさんにぼくさんを会わせたのは正解だったかもしれない。
69:2019/08/19(月) 13:54:55.379 ID:ZsY6wLXZ0.net
事務所に戻る途中、ぼくさんのほうから会話してきた。


ぼく「田中さんは、以前に対象者が自殺したのがきっかけで、そんなにも無感情なんですか・・・」シュン・・・
私は、そうだ、と嘘でもいいから言ってやるべきなのだろうかと一瞬逡巡するが、正直に話した。なぜだか話さずにはいられなかった。
田中「いえ、私は昔からこうですよ。」
ぼく「なんでそんな無感情でいられるんですか・・・」シュン・・・

田中「私は小学校の頃、いじめを受けていました。」
ぼく「・・・え」
田中「泣いても泣いても誰も助けてなどくれませんでした。泣けば泣くほどいじめはエスカレートしました。」
ぼく「・・・」
田中「いつからか、私は泣くこともできなくなりました。」
ぼく「・・・」

田中「壊れたおもちゃで遊ぶ子供はいません。おかげで私はいじめられなくなりました。」
ぼく「・・・ごめん」

話してしまったのを少しだけ後悔する。こんなにボロボロのぼくさんに何を求めているのだ、私は。
当然、ぼくさんはその後も何も言わず、黙りこくってしまった。業務が一通り終わると、お疲れさまでした、
そう小さくつぶやいてぼくさんはとぼとぼ帰っていった。



壊れてしまえばいいのに、なにもかも。この過去も、JNROも。
私すら「更生」できないくせに。何一つ揺らがない。
目の前で誰が死のうと、もう何も。私はいつもこうだった。
70:2019/08/19(月) 13:57:33.407 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「おつかれさまでした」ペコ
田中「お疲れさまでした。」

二週間もすれば徐々にだが、普段のぼくさんに戻ってきたような気がする。そしていつも通りの日常が終わる。
対象者を見ていると私は落ち着く。人間はみなそうだ。自分より下の人間を見れば安心する。
私をいじめていた人もも安心したかっただけなんだろう。私を下に陥れることで。私をいじめていた人たちにもう恨みはない。

ただただ、自分に吐き気がするのだ。

???「あれ?もしかして田中さんすか?」?
田中「ええ、そうですが。」

聴きなれないが聞き覚えのある声に私は振り返る。ぼくさんの元アルバイト仲間のバイトさんだった。

バイト「ひさしぶりっす。といってもそんな話したわけではないすけどね」ハハハ
田中「バイトさん、お久しぶりです。」
バイト「二宮さんのこと、JKが辞める時、店長から聞きました」
田中「そうだったんですか・・・。」
バイト「ぼくさんは大丈夫っすか?」?

意外だった。バイトさんからぼくさんを心配するような言葉が出るとは思わなかった。
バイトさんと顔を合わせたのはほんの数回だった。
それでもぼくさんに対して良く思ってないのだろうという感じは伝わってきたからだ。
思わず質問を答えるより先にそこをつついてしまう。

田中「ぼくさんのこと、心配されているんですか?」

バイト「あたりまえでしょう。あの人ほんとうに無能なんすから」ムスッ
田中「あまりよく思われてなかったんじゃなかったんですか?」
バイト「え?そりゃあ、あの人何でも自分とやろうとしてミスるし、自分の仕事じゃないのに勝手にミスって謝ってんすから、よくは思ってなかったっすよ。」ムスッ
田中「・・・」
バイト「しまいには俺の仕事まで取り始める始末でしたし。おかげで俺のシフトまで減らされて、給料泥棒っすよ、ありゃあ」ハア・・・
田中「そうなんd・・・」

バイト「まあ、でも助けられたこともあるっすよ、もちろん」ムスッ
田中「なんでそこまで・・・。」
バイト「あの人、他人でも自分の感情にすぐ投影しますから、少しでも頼るとめんどいんすよ」ムスッ


だから嫌いになれないんすけどね。と笑うバイトさんを見て、二人の意外な一面が見えた気がした。
バイトさんにぼくさんのあれからの様子を伝えて、大丈夫そうだと安心したのか、バイトさんは笑って去っていった。
71:2019/08/19(月) 13:59:57.885 ID:ZsY6wLXZ0.net
田中「今日はこちらの方ですね。『安田和人』さん。中学1年生ですね。両親は共働きで、父は派遣会社員の転勤族で母はパートで働いています。」
ぼく「・・・」・・・
田中「対象者が小学校までは父親が転勤するたび、転校を重ねていてクラスになじめず、小学校5年生の時から不登校のようです。」
ぼく「そうですか」ハア
田中「今は母親の実家に住み、中学校に入学して2か月間は通学できたが、同級生のいじめにより現在まで不登校。」
ぼく「なんともおもわないんですか・・・」チラッ
田中「?今更ですよ。原因が明確ですし、スタンダードで対応しやすいです。」
ぼく「そうですか・・・」シュン・・・

いじめが原因の不登校はそれ用に対策マニュアルがあるほどケースが多く対応がしやすい。
私が勤めてきてから更生対象者の半分ちかくがいじめが原因の不登校児だ。



ピンポーン

安田家に到着すると祖母が相手をしてくれた。どうやら、小さいころから両親がまともに育児をすることはなく、
安田和人くんは出来合いのものを与えられ育ってきたようだ。それ自体、共働きの家庭では別段問題ではない。
DV等は受けていないようで安心できた。あとはマニュアルに沿って行動するだけだ。
ケースに合致しているとプログラムは本当にスムーズに進む。

田中「和人くんは今の中学校には通わせず、フリースクールに通わせる方針になりますね。」
祖母「はい・・・お願いします」ペコ
ぼく「・・・」・・・

過去の例と同じような流れでことを進める旨をおばあ様に伝える。
後日、日を改めて伺うと伝え、安田家を後にする。


ぼく「いいんですか、あれで」チラ
田中「?いつもの流れですが?ぼくさんも前に同じようなケースを担当しましたよね。」
ぼく「そう、ですけど」ショボン・・

今日のぼくさんは何かと突っかかってくる。でも声も出さず、となりで暗い雰囲気を出されるよりかはましだ。
ぼくさんのことも快方に向かっているようでよかった。
72:2019/08/19(月) 14:04:21.049 ID:ZsY6wLXZ0.net
祖母「かずくーん、降りてきなさーい!」オイデー

後日、安田家を伺うと安田和人君との面会を要求した。彼にもこれからのプログラムを知っておいてもらう必要があるのだ。
たったったったっと中学生らしい軽快な足音を立てながら、2階にある自室からこちらに向かってくる。

いじめを受けた子は一目でわかる。周りすべてにおびえ、光を寄せ付けないような瞳をするのだ。

田中「はじめまして。あなたが安田和人くんですね。これからよろしくね。」
和人「よ、よろしく、お願いしま、す」オドオド
ぼく「!?」!?

自己紹介をすますと、さっそくプログラムの説明に入ろうとする。しかし、ここでぼくさんが興奮気味に口をはさむ。

ぼく「ちょっ!それ!!『ぬぷらとぅーん』の数量限定Tシャツ!!!」ブフォオw
和人「うぇ・・う、うん・・・」プルプル
ぼく「おいちゃんそのゲーム大好きなんだぁ!!は、初めてみちゃった!!それファンの間じゃあ100万超えるよぉ!?フヒヒッwww」コポオwww
和人「おじさんもやってるの?『ぬぷらとぅーん』・・・?」フルフル
ぼく「フヒヒッwQED帯の殺人ピ工口たあ!オイラのことよっ!!ww」ニチャアwww
和人「え、ほんと!?ぼ、ぼくYTUBEの動画めっちゃ見てる!!」パア!
ぼく「ピ工口チルドレンを増やしちまったってわけかい、ぼくも業が深い・・・ww」ヌルコポォ・・・www
和人「ねね、今度一緒にやろ!!!ね!!!」キラキラ
ぼく「フヒヒッwwこの殺人ピ工口のサーカスにちびるなよぉ??ww」フヒヒッwww

私はただただ唖然としていた。話についていけなかったわけではない。
『ぬぷらとぅーん』は国民的ゲームで若者で知らない人は少ない。
プレイしたことはないが、ゲームに疎い私でさえ名前は聞いたことがある。
ただ二人の狂信的なまでの熱意に唖然としていた。
そんなこともあり、対談は満足に行えなかったが、和人くんにはおおむね流れの説明ができた。


ぼく「いやあー、和人くん、ありゃ化けますよwww」ニチャアwww
田中「ぼくさんゲームしてただけですよ、今回。」
ぼく「うぇ?ま、まあまあw田中さんもやらない?『ぬぷらとぅーん』ww」ニチャアww
田中「ゲームはやりません。」
ぼく「フヒヒwwだよねwww」フヒッwwwフヒッwww

すっかり回復したかと思えば、前のぼくさんより気持ち悪さが倍増したかもしれない。
しかし、Tシャツ1枚であんなに元気になるとは思わなかった。

人間はわからないものだ、ぼくさんはとくにわからない。
74:2019/08/19(月) 14:06:18.897 ID:ZsY6wLXZ0.net
~2か月後~

田中「和人くん、どうしてフリースクール行かなくなっちゃったのかな?」
和人「知らない。いきたくない」ピコピコ

ぼく「ヤバい!そこ裏どりされてる!!!」ピコピコ
和人「うそ!?うわー!!あとは頼みます、師匠・・・!」ガクッ・・・
ぼく「かずとくーーーーん!!!!」ピコピコ

ぼくさんは本当に何をしているのか。ゲームをしに来てるわけじゃないというのに。
不登校の子が不登校にまた戻るなんてことはよくある。
マニュアル通りに進めればもっとスムーズなのだが、ぼくさんとゲームをしているせいで余計な時間を食っている。

和人「ゲームの世界に行けたらなぁ・・・」ハア・・・
ぼく「和人くんが大人になったらVRが楽しみやね!!」フヒッw
田中「はあ・・・。」

思わずため息をついてしまう。このところほかのお宅でも調子を崩されてばかりだ。
こんなことならぼくさんを立ち直させるんじゃなかった、などと考えてしまう。
ついにまともな面談が今回はできなかった。


田中「ぼくさん、今日ゲームしかしてなかったですよ。」
ぼく「うっ、ごめんなしゃい・・・」シュン・・・
田中「次のお宅では自重してください。」
ぼく「ひゃい・・・」ションボリ・・・
75:2019/08/19(月) 14:13:29.065 ID:ZsY6wLXZ0.net
そして1週間後、また安田和人くんの更生にあたる。最初はおばあ様への報告からだ。ぼくさんはおばあ様に一礼すると、
まっすぐ和人くんの部屋に向かう。私は客室でお茶を出されながら状況報告を行う。

田中「今回まではこのような進捗状況で・・・。」
祖母「はあ・・・そうなんですね」ハア・・
田中「では、和人くんをよんでいただけますか?」
祖母「ええ・・・かずくーーん!いらっしゃーい!!」オイデー!

・・・・・・

10分程度話すと、おばあ様が和人くんを呼ぶ。しかし返事はなかった。おかしいわね、とつぶやきつつ、
おばあ様が和人くんを部屋まで呼びに行く。和人くんが返事をしないのはまだしも、
ぼくさんがいるはずなのに出てこないのはおかしい。二人でゲームに熱中しすぎているのだろうか。

祖母「・・・ご、ごめんなさいね。どこかに行ってしまったのかしら・・・いなくって」アセアセ
田中「え、ぼくさんもですか?」
祖母「う、うーん。そうみたいねえ・・・」アセアセ

首をかしげながら、おばあ様はそう私に伝える。ゲームでは飽き足らず、今度は脱走したようだ。

田中「私、探してきます。どこか和人くんが行きそうな場所はありますか。」
祖母「え、うーん。歩いて5分くらいのところに公園があるけれど・・・」ウーン・・・
田中「行ってきます。」

おばあ様から道を聞くと、私は車を走らせた。昼時だというのに、早上がりの学生に道をふさがれながらも公園にたどり着く。
そこにはぼくさんと和人くんがきゃっきゃと騒いでいた。冬に差し掛かろうかというこの時期に、ぼくさんはスーツまで脱いで、飛び跳ねている。
ついに気でも狂ってしまったのだろうか。とりあえず駆け寄ってみると水鉄砲を片手に二人で撃ち合っているようだ。

気が狂っていた。

田中「なにしているんです。」
ぼく「うぇ・・・?ぬ、ぬぷらとぅーん!!!」ビュッビュッ!

私が質問すると、ばつの悪そうなぼくさんが、ばしゅばしゅ、と絵の具を溶かしたような水を充填しているのだろう、
パステルカラーの水を天空に打ち出す。そして子供のような言い訳をする。見るに堪えなかった。

田中「なに考えてるんです。」
ぼく「」
和人「師匠が、VRが完成する前に死ぬのは嫌だー!っていうから!!w」アハハw

何より罪深いのは和人くんを巻き込んでいるということである。
すると先ほどの学生たちだろうか、3人組が公園の周囲の柵の向こうから何やらへらへらと近づいてくる。
和人くんが彼らに気付くと、急におどおどし始める。同級生にこのような痴態をさらせばこうなるのは明白である。

学生A「あれ?wwかずとじゃねwww」ヘラヘラw
学生B「まじじゃんwwwやっばwwwひさびさ見たわwww」ニヤニヤww
学生C「なにしてんだwwwあれwwww」クチャクチャwww
田中「和人くんの知り合いですか?」

3人組はなんとなく嫌な笑みを浮かべながら、こちらに向かってくる。
私が質問すると腰を小さく丸めた和人くんは小さな声でつぶやく。

和人「ぼくをいじめてたやつらだ・・・」ブルブル


それを聞いて私は早く撤収しなければと思い、和人くんの手をつかもうとする。
が、それをぼくさんに制止される。そして、絵の具を溶かした水で底が見えなくなったバケツから、
もう一つの水鉄砲を取り出し、和人くんの手の代わりと言わんばかりにつかまされる。
76:2019/08/19(月) 14:16:48.348 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「これより敵影の殲滅に当たるッ!!和人くん!田中さん!行くぞォ!!」キリッ!

和人「え、し、師匠!?」オドオド
ぼく「やらなきゃやられる・・・戦場は命のやり取りだッ!迷えば死ぬぞッ!」キリッ!
和人「で、でも・・・」アワアワ

ぼく「ぼくに続けェ!!!キエエエエエアアアアアアアアア!!!」ダッダッダ!

右手にびしょ濡れの水鉄砲を持ったまま、私は立ち尽くしていた。タガが外れたようなぼくさんの狂気に思考が停止する。
ぼくさんは最後の人間性だったTシャツを脱ぎ捨て、パンツ一丁で3人組に特攻する。
それに感化されてしまったのか和人くんまで服を脱ぎ捨て、奇声を発しながらぼくさんの後を追う。

ぼく「キョエエエエエエエエエエアアアアアアア!!!!」キョエエエエエエ!!
和人「ピエエエエエエエエエイイイイイイイイイ!!!!」ピエエエエエ!
学生ABC[な、なんだ!?!?あいつら!!??に、逃げろっ!!!」アタフタ

3人組の学生はその異常すぎる二人に恐怖して逃げ出す。中年の男がほぼ裸でだらしない腹をブルブルと揺らして全力で追いかける。
それに続いて和人くんまで半裸で後を追う。何発か水鉄砲をヒットさせているようだった。

しばらくして街を一周したのだろうか、今度は警察に追いかけ回されながら戻ってきた。
息も絶え絶えになり、季節感もなく汗だくの体を公園の水で冷やそうとしたところを3人の警官に取り押さえられる。

ぼく「こんなところで!くたばるわけにゃあ、いかないんだァ!!!」ジャリ・・・
和人「師匠、僕はもう、悔いはありません・・・」ガクッ・・・
ぼく「逝くなッ!!!和人くーーーーん!!!!!」ジャリ・・・

警官に取り押さえられ、地に伏してもなお、見苦しいごっこ遊びを続けている。
もう理解が追い付かなかった。・・・でもなぜだろうなにか奇妙な感覚が込み上げてきた。

未知ではない、ただ懐かしい感覚が。


田中「・・・ハハハ・・・wアハハハwwアハハハッ!www」アハハwww
ぼく・和人・警官「」ポカーン
田中「アハハハwwwwwハアハアハア・・・wwwもう!おかしすぎですよぉ!!!www」アハハwwww

この異常な状況で一番おかしかったのは私だろう。思考はすでに止まり、理解を超えた結末だ。しかし、何年ぶりにこんなに笑っただろう。
近隣住民の方々が十分に集まってくるまで私は笑い続けた。

そして落ち着くと、いまだに押さえつけられている二人と、右手に持たされた安っぽい水鉄砲を交互に眺める。
もしかしたら・・・私が小学校の時泣いていたのは、助けてほしいから、なんて理由ではなかったのかもしれない。
きっと今のぼくさんと和人くんみたいに、一緒に戦ってくれる人がたった一人でも欲しかったのかな、なんて考えていた。


その後、和人くんとぼくさんはパトカーに乗せられ警察所まで連行されることとなった。
和人くんの事情聴取中、親御さんに連絡されたのだろう。
県外にいたであろう父親と仕事中だった母親が急いで駆け付け、心配そうな顔つきで迎えられていた。
和人くんはそこまで拘束されることはなく、すぐにご両親に連れられ帰っていった。
私は事務所にぼくさんが逮捕された旨を伝えた後、ぼくさんが解放されるのを待った。

もう21時を超えそうだった。
78:2019/08/19(月) 14:18:47.289 ID:ZsY6wLXZ0.net
田中「あ、ぼくさん!」ガタッ
ぼく「うぇ・・・?田中しゃん・・・?」ボロボロ
田中「だ、大丈夫でしたか!?」アセアセ
ぼく「ぅん・・・牢屋に入れられることはないみたぃ・・・」ポロポロ
田中「まったく、二度とあんなことしないでくださいね!!」コラッ
ぼく「ひゃい・・・」ウルウル

年甲斐もなく泣きべそをかいているぼくさんには若干引いたが、何はともあれ前科がつかなくてよかった。


田中「車、会社から借りたので帰りますよ、ほら!」コッチコッチ

ぼく「・・・なんだか、明るくなった気がする。そっちのほうがかわいいよ!!」ニチャアww

なんて軽口をたたかれながら車に二人で乗り込む。悪い気分ではなかった。
憑き物でも落ちたように晴れやかだった。そしてぼくさんを家まで送ると、
去り際、私はぼくさんに伝える。

田中「一緒に戦ってくれてありがとうございましたっ!!」ニコッ

それは和人くんと、という意味だけではない。
昔の私と、泣くことしかできなかった私と安っぽい拳銃で戦ってくれた戦友に
深く、ただ深く感謝していたのだった。
79:2019/08/19(月) 14:20:26.135 ID:ZsY6wLXZ0.net
そして私は帰宅する。今はまだ上手に笑えないが、もう私の過去は壊す必要なんてないのだ。
過去は今日、「更生」してもらえたのだから。

・・・カタカタ



[そろそろわいについて少し話したいと思う]

1 名前:ニートまん
わいが久しぶりに大爆笑した話

2 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
なんや

3 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
まーーーーん(笑)

4 名前:最速のコバルトブルー
「有能」か「無能」かは一文で決まるぜッ!

5 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
はよはよ

6 名前:以下、名無しからBIPがお送りします
はいはい、わろたわろた

7 名前:にーとまん
聞かせてもらおうか
81:2019/08/19(月) 14:39:37.646 ID:ZsY6wLXZ0.net
二糸「なぜここに呼ばれたかは、わかるね?ぼくくん?」ピカア・・・


ぼく「はい・・・」シュン・・・
二糸「まったく、やってくれたものだよ」ピカピカ
ぼく「・・・」ショボーン

例の一件(のちに『第一次ぬぷら抗争』と呼ばれることをこの時のぼくは知らない)の後、
当たり前だが、ぼくは上司である二糸直三のお叱りを受けていた。

二糸「もう君は用済みかもしれないねえ・・・」ピカリーン
ぼく「!?そ、それだけは!クビだけはあ!!!」ビエエエエ!

二糸「仮に、今回のことが一回目だとしよう」ピッカ・・・
ぼく「」ウンウン!
二糸「一回目ならば、私は寛大にも許せたかもしれん!しかしッ!!!」ピカーン!
ぼく「」ビクッ!

二糸「最近の君の業務態度は耳に入ってきていてね、はっきりいって目に余る!!!」ピッカーン!
ぼく「はうっ!!!!」グエー


ぼくは一か月後に退職ということとなった。まあ、納得の結論ではあった。

高校中退の元不登校ひきこもりニート正社員雇用なし、
負のロイヤルストレートフラッシュのような37歳が
いきなり公務員なんてうますぎる話だったのだ。

田中「ぼくさん、どうでしたか?」
ぼく「うえーーーーん!田中しゃあん!!お別れだよお!!!」ビエエエエエ!
田中「気持ち悪いのでやめてください。」
ぼく「」

この美人との短い青春にも別れの時が来たのだと思うと心底悲しい。
82:2019/08/19(月) 14:41:08.219 ID:ZsY6wLXZ0.net
そして一か月後、世間ではとあるゲームに影響されすぎた公僕とキッズがネット界隈を騒がせていた。


二糸「今日でお別れだね。ぼくくん」ピカア・・・
ぼく「はい、あの、ご迷惑おかけしました」ペコ
二糸「迷惑だけでもないさ、君のおかげでJNROの認知度が急上昇したのは事実だからねえ」ピカッ
ぼく「え、ま、まさか・・・」チラッ
二糸「同時に信用を地の底まで叩き落したんだけどもね」ピッカー!
ぼく「」
二糸「お疲れ様、ぼくくん」ピカ・・


ぼく「あの、最後に聴かせてください。」チラ・・・
二糸「なにかね?」ピカリン

ぼくは聞かずにはいられなかった。いや、聴くべきなのだ、と確信していた。
どんなにここで時間を稼いでもぼくが退職するという結果は変わらない。
だが、何か違う結果が変わるような気がしていた。
83:2019/08/19(月) 14:42:35.315 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼくはこの一か月、田中さんとの別れがいやすぎてペラペラと話しまくっていた。
そこで一つ疑問に思ったことがあったのだ。



ぼく「ぼくって対象者だったんだよね?」ニチャ・・
田中「ええ、そのはずですね、Nレベル5の重症患者だったと記録にありました。」
ぼく「うぐっ・・・い、いやでもJNROの職員さん来たことないんだけど?」ニチャア
田中「それはおかしいですね。前に記録を見たときは7年前に登録となっていたはずですが。」
ぼく「7年前って、JNROが始まった年かあ・・・」ニチャ
田中「似たような組織はもっと昔からたくさんあったはずですよ。」
ぼく「そっかあ」ニチャア

田中「一番不可解なのは、ぼくさんが職員になれたことですけどねw」クスッw



こんなやり取りをぼくは退職当日に思い出していたのだ。
84:2019/08/19(月) 14:43:49.170 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「ぼくは本当にレベル5だったんですか・・・?」ジーッ

二糸「うん?そうだよ?」ピカッ
ぼく「それはおかしい!ぼくには経過観察なんてなかったし、7年前ぼくは佐藤に拾われて・・・」アセアセ



二糸「ああ、気付いちゃったか。」

ごくり、その一言に息をのむ。重大な真実を知る前ってのはこんな気分なのだろうか。
怖くもあるが聴かずにはいられない。
85:2019/08/19(月) 15:00:40.548 ID:ZsY6wLXZ0.net
二糸「7年前に一人の女が死んだ・・・」



そういって二糸は語り始める。



二糸「私が過去に深く、深く、愛していた女だ。」

二糸「その女は自分が死ぬ直前、私に手紙を送ってきた。」

二糸「手紙には二人の息子に寵愛を向ける母の姿があった。」

二糸「私は当初計画していた政策を前倒し、実行させた。もちろん私情のためだ。」

二糸「息子の旧友を総当たりした。そして協力的な人間を探し、見つけだした。」

二糸「そこから私の行う初めての「ニート更生プログラム」が始まった。」

二糸「協力者は優秀であった。たちまち息子を立ち直らせることに成功した。」

二糸「もう一人の協力者は職員から選別した。厳しいが愛のある男だった。」

二糸「そして息子は更生した。」

二糸「その息子が私の政策の最初の成功者だった。」
86:2019/08/19(月) 15:03:05.253 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「・・・」

ぼくはすべて理解した。
二糸はブラインダーの隙間から、外を眺めながら語っていたのでぼくからは表情は見えなかった。
それでよかった。


ぼく「なぜぼくを職員にしてくれたんですか・・・?」

最後の質問だ。これで終わる。JNRO職員としてのぼくが。

二糸「ははっwそんなことかw」
二糸「もう一人の協力者からの熱い推選があってねw」


振り返った二糸は心底嬉しそうだった。ぼくは泣いていた。ただたまらなく嬉しかったのだ。
この一年に満たないJNROでの勤務はぼくにとって本当に感慨深いものだった。
辛すぎることもあった。思い出はどれも色濃く、忘れることはできない。


すこしだけぼくはニートであったことを誇らしくなれた、そんな気がするんだ。






ぼく「ありがとう、父さん」


二糸「・・・ああ、悪くないな」
87:2019/08/19(月) 15:07:35.257 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「本当にお世話になりましたー!!」ニチャア!!


田中「お疲れさまでした。ゲームはほどほどにしてくださいね。」ウルッ・・

ぼく「そういえばニートって英語だと、きちんとした、って意味なんですよ」フヒw
田中「?」

ぼく「だから田中さんもきちっとしてるし、ニーt」
田中「冗談でもやめてくださいw」ウフフw


そして職員のみんなから冷やかされながらぼくは退職した。
88:2019/08/19(月) 15:12:12.320 ID:ZsY6wLXZ0.net
ぼく「うわ!」ガシャン!パリィン!・・・グチャア
バイト「ちょ!ぼくさん!なにしてんすか!」アセアセ
ぼく「ごめんww」ニコニコ
バイト「なに笑ってんすか!9番卓さんっすよね!?なるはやっすよ!」ハァ・・・
ぼく「ご、ごm」
バイト「謝んなくていいから、早く作り直してください!・・・戻ってきても変わらねえ」ボソッ
ぼく「うん・・・w佐藤もごめん・・・w」ニコニコ
佐藤「ぶははwwドンマイどんまいwwww」ガハハッww


ドタバタドタバタ!


ぼく「お疲れさまでした!」パァ!
バイト「おつかれっす」チッ・・・
佐藤「おつカレーwwwカツカレーwww」ガハガハwww



例の一件でJNRO職員だったころの給料はすべてパーになっていた。しかし、後悔はみじんもない。
月並みだが、お金より大切なものをたくさん手に入れたのだから。

それにぼくにはこっちのほうが性に合っているようだ。相変わらずミスは絶えないが。
公務員なんてきちっとしたもの最初から向いてなかったのだ。
アルバイトだろうが正社員だろうが、ぼくはニートではないのだ。
これからもずっと!!!





ノーニートノーフューチャーだぜ!!!
89:2019/08/19(月) 15:14:08.170 ID:ZsY6wLXZ0.net
おしまい
引用元:http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1566180441