第7話「これからの話をしましょう」


さやかが魔法少女となった四日後、ゴールデンウィークの連休が明けた後の事だ。
左腕を完治させた上条恭介が、足のリハビリもそこそこに学校へと復帰した。

級友達に囲まれる幼馴染みを傍目に、さやかはぼーっとしたまま机に座っていた。

まどか「いいの、さやかちゃん?」

さやか「ん、ああ……うん」

仁美「どうされたんですか、さやかさん?
   折角、上条君が退院されたと言うのに……」

さやか「ん……ああ、うん」

ほむら「……数学と国語、それに英語の課題、今日までよ」

さやか「ああ……うん」

私達の質問や言葉に、生返事しか返さない。


379: 2011/08/17(水) 20:55:15.56 ID:vbahPgXs0
別に放心していると言うワケではなく、その目は真剣な色を湛えており、
何事かを思案しているようだった。

ふと、人だかりに目を向けると上条恭介も、心配そうにさやかを窺っている。

ほむら『この態度……もしかして、仲直りしていない……?』

Qべえ『みたいだね………さやか……』

私は頭上のQべえとだけ念話する。

まあ、仲直りする時間もあればこそ、と言うような怒濤の連休初日だったが、
その後はそれなりに個人の時間も取れていたハズだ。

その間に仲直りしていないとは………。

さやか『ねぇ、ほむら……仁美ってさ、恭介の事好きなんだよね?』

そこへ、当の仁美がいる場で念話を送って来るさやか。

既に話した事だが、ここで何と答えるべきか、解答に窮する。

380: 2011/08/17(水) 20:55:47.45 ID:vbahPgXs0
さやか『だったよね』

無言を肯定と受け取ったさやかから、頷くような声音で念話が届く。

さやか『あ~あ……折角、ほむら達のお陰で、仁美と同じ土俵で戦える準備してもらったのに、
    自分でチャンスを不意にしちゃうとか、あたしってほんとバカ』

さやかは自嘲気味に笑うと、スッと立ち上がった。

まどか「さやか、ちゃん?」

念話を行っていないまどかには、さやかが急に立ち上がったように見えたのだろう。
まあ、私やQべえにも突然の行動ではあるが……。

さやか「仁美、ちょっといいかな?」

仁美「? 私、ですか?」

真剣な様子のさやかに、仁美はキョトンとした様子で聞き返した。

さやか「ちょっと仁美と話があるから、屋上行って来るよ。
    今回は、盗み聞き禁止ね」

やはり覚えていたか……今回は事前に釘まで刺されてしまった。
私もまどかも、一応、前科があるので言い返せない。

教室を出て行く二人を、もやもやとした気分で見送る。

381: 2011/08/17(水) 20:56:19.38 ID:vbahPgXs0
Qべえ「………さやかが心配だよ……。
    ダメとは言われたけど、追い掛けた方がいいんじゃないかな?」

キュゥべえが心配そうに漏らす。

まどか「さやかちゃん……思い詰めちゃう所があるから、私も心配だよ」

まどかも居ても立ってもいられない、と言った風に立ち上がる。

ほむら「そうね……。
    さやかが魔法少女になったのも、
    私達が負けそうになった責任でもあるワケだし」

いくら消耗していた所を罠にハメられたとは言え、
さやかの変身なしには勝てなかったのだ。

マミ『ねえ、美樹さんがお友達の子と屋上に上がって行ったのだけれど』

巴さんも心配そうな念話を送って来た。

ほむら『巴さんも屋上に来て下さい、階段で合流しましょう』

私も念話を返し、まどかとキュゥべえと共に屋上へ向かう事にした。

382: 2011/08/17(水) 20:57:10.44 ID:vbahPgXs0
私達は屋上にたどり着くと、
出入り口の陰に身を隠して、二人の様子を窺う。

さやか「何から話そうかなぁ……」

さやかは思案げに空を眺める。

仁美は緊張したような面持ちながら、意を決して口を開く。

仁美「………私も、実はさやかさんにお話があります」

さやか「恭介の事?」

言わんとしていた事をズバリと言い当てられ、仁美が面食らっている様は私達からも分かった。

仁美「気付いて……いらしたんですか?」

さやか「え? あ、ん、まぁ……いや、何となく、だけど」

さやかは気まずそうに言い淀む。
何で、私の回りは嘘の吐けない体質の人間ばかりなのか。
まあ、良いことではあるが。

ともあれ、さやかは気を取り直して仁美に向き直る。

仁美「私も、上条恭介君の事を、ずっとお慕いしていました」

簡潔に事実だけを述べる仁美。
ここで敢えて、さやかのために心を押し殺していたと言わないのはさすがだ。

383: 2011/08/17(水) 20:58:28.68 ID:vbahPgXs0
さやか「うん………」

仁美「ですが、ずっと上条君の傍で彼を見守っていたさやかさんには、
   先に告白する権利が……」

さやか「いいよ。仁美が告白しなって」

言いかけた仁美の言葉を遮って、さやかはあっけらかんと言った。

一方、仁美も仁美で呆然としている。

こちらもそれは同じだ。

さやか「いや~、実はさ、連休前に恭介と大喧嘩しちゃってね。
    見舞いのCD叩き割られるわ何だで大騒ぎ。

    まったく、こんな美少女が毎日毎日見舞いに行ってるのに、
    普通、あんな事するかっての。

    あれ見たら百年の恋も醒めるって、まだ中二だけど」

手を所在なさげに振りながら、乾いた笑いを交えて語るさやか。
だが、長年の付き合い故か、それを強がりだと仁美は見抜いていた。

384: 2011/08/17(水) 20:59:14.08 ID:vbahPgXs0
仁美「嘘です!
   さやかさんは、上条君の事を……」

言いかけた仁美の言葉を、さやかは手で遮る。

さやか「……あたしって、そんなに嘘下手かなぁ……。
    ん~、変に言い訳取り繕うのって難しいんだなぁ……」

仁美「じゃあ、何でですか?
   事と次第によっては、もう、さやかさんをお友達とは思えなくなるかもしれません」

さやか「遠慮してる、とでも思ってる?
    ………よね、普通は」

珍しく本気で怒った様子の仁美に、さやかは肩を竦めて項垂れた。

さやか「……関係者以外に話すのって、有りかどうか悩んだけど、仁美は口固いし、大丈夫か」

まさか、魔法少女の事を話すつもりなのか!?
私とキュゥべえは思わず飛びだしかけたが、まどかが私の手を掴む。

385: 2011/08/17(水) 20:59:45.78 ID:vbahPgXs0
まどか「待ってほむらちゃん……。
    さやかちゃんを、信じてあげて」

真摯な表情で、私に語りかけるまどか。

さやかを信じる。

それは、彼女の行動を信じろ、と言う事なのか、
それとも、今後、彼女が起こす行動も含めて、彼女の全てを信じろと言う事なのか。

どちらにせよ、今はさやかの行動を見守る他ない……。

ほむら「……分かったわ……」

さやかと一番付き合いの古いまどかがこう言うのだ、
私は、私の信じたまどかの言葉を信じるしかない。

Qべえ「………うん」

キュゥべえも納得したようで、すごすごと私の傍らに戻る。

マミ「美樹さん……」

巴さんも、後輩の様子を心配そうに見守っている。

386: 2011/08/17(水) 21:00:17.67 ID:vbahPgXs0
さやか「実は私、人間じゃなくなっちゃったんだわ……」

やはり、か。
さやかは魔法少女の事を話すようだ。

まどかは、じっとさやかを見守ったまま動かない。
だが、手はプルプルと小刻みに震え、飛び出したい気持ちを抑えているのが分かった。

親友二人が恋敵同士とならんとしているのだから、当たり前だろうし、
何よりまどかは、さやかが魔法少女になった事に対して、少なからず負い目を感じているようでもあった。

仁美「さやかさんが、何を仰っているのか……よく分かりませんわ」

一方、仁美は怒りと困惑の入り交じった声を上げている。

さやか「………こう言う事」

さやかは辺りに自分たち以外の者がいない事を確認し、ソウルジェムを取り出して変身する。

って、そこまでやるのか!?

しかし、仁美は初めて目にする魔法少女の姿に、やはり困惑しているようだった。

387: 2011/08/17(水) 21:01:03.52 ID:vbahPgXs0
さやか「見て……この剣の鍔の所に、青い石みたいなのがあるでしょ。
    コレがあたしの魂なんだって………。

    今、仁美があたしだと思ってるのは、抜け殻みたいなもんらしくて、
    何て言うか、あたしって、今、ゾンビ?」

その通りかもしれないが、さやかの言葉は自虐的に聞こえて来る。

さやか「こんな身体じゃ、恭介に好きだとか、抱きしめてとか、言えないじゃん。
    だからさ、仁美が本気で恭介の事好きだって言うなら、任せられるかな、って」

仁美「さやか、さん………」

さすがに目の前に現実を突き付けられては、信じざるを得ないのだろう。

さやか「そんな変な顔すんなって。
    コレはコレでいいもんだよ、お陰で大切な人達も守れたしさ。
    後悔なんてあるワケ………ううん、後悔してないよ。嬉しかった。
    それだけは、自信持って言い切れる」

その言葉を紡ぐさやかに、かつて、
一人でワルプルギスの夜に立ち向かって行ったまどかが重なる。

親友同士、お互いに似た所もあるのだろう。
私ではまだ立ち入れない二人の絆に、少しだけ嫉妬する。

388: 2011/08/17(水) 21:01:55.05 ID:vbahPgXs0
さやか「だから、さ。
    私はこんな状態で、その人達守るのに手一杯だから、
    恭介の事は、仁美が幸せにしてやってよ。

    アイツも、きっと仁美の事なら気に入るよ。
    これでもずっとアイツの幼馴染みしてるからね、アイツの好みなんてちゃんと……」

さやかは最後まで言葉を紡げなかった。

仁美が、泣き出しそうな顔でさやかを抱きしめたからだった。

仁美「さやかさん………こんな、こんなのって……」

さやか「な、泣くなよ……ああ、もう。
    この間から、こんなのばっかりって……ここん所、涙腺弱いんだから……。
    泣かないって決めて、話する事にしたのに、もらい泣き……しちゃう、じゃん」

さやかは言いながら、必死に涙を堪える。

さやか「絶対に、遠慮なんかしないでよ。
    遠慮なんかしたら、こっちから絶交してやるから」

仁美「はい……」

390: 2011/08/17(水) 21:03:19.10 ID:vbahPgXs0
マミ「行きましょう……」

二人の様子を見守っていた巴さんが、私達を促すように歩き出した。
向かう方向は勿論、二人の方ではなく、階段だ。

まどかは少しふらつきながらもそれに従い、キュゥべえもとぼとぼと歩き出す。

ほむら「………」

私は少し、後ろを振り返ってから、その後に続いた。

マミ「今日は、ケーキを焼こうかしら……今度こそ、うんと美味しいのをご馳走しなくちゃ、ね」

少し寂しそうな、だが優しい巴さんの声に、私は少しだけ癒された。

391: 2011/08/17(水) 21:03:57.06 ID:vbahPgXs0
翌日の放課後、工場地帯――

さやか「っ、はぁぁぁ……疲れた」

変身した服のまま、さやかはアスファルトの上に大の字になって倒れる。

杏子「こんくらいでへばんなって、ほれ、グリーフシード。
   今回ばかりは、お前に譲ってやるよ」

変身を解いた杏子は、先ほど手に入れたばかりのグリーフシードをさやかに投げ渡す。

さやか「ああ、さんきゅ………はぁ~、生き返る~」

受け取ったグリーフシードをソウルジェムに押し当てながら、
さやかはゆっくりと身体を起こす。

ほむら「……それじゃあお年寄りみたいよ、さやか」

私は呆れたようにため息を漏らす。

今回、私達は工場地帯に現れた魔女・パトリシアの退治に来ていた。
結果はご覧の通り、一人だけ激しくバテているのがいるが、
私、さやか、杏子のスリーマンセルで圧勝だ。

まあ元より、足場の狭さで戦い難い事を除けば、
それほど強い魔女ではない事もあるが。

392: 2011/08/17(水) 21:04:58.72 ID:vbahPgXs0
マミ「どう? 美樹さんの能力は把握できた?」

結界の外でまどか達の護衛についてくれていた巴さんが、私達の元に歩み寄る。

ほむら「ええ、何とか。強化魔法は五種類、さやか自身には効果がないみたいです」

杏子「えっと、青が魔力の強化、赤が攻撃力の強化、緑がスピードの強化で……」

ほむら「黄色が防御強化、紫が治癒能力強化、この五つですね」

さやか「確認のためだからって、全力のを五発も使わせるか、普通!?
    魔力切れ起こすかと思ったわよ! あたしを魔女にする気か!?」

限界近くまで魔力を使ったさやかは、回復してもまだ倦怠感が消えないのか、
座ったまま抗議の声を上げた。

ほむら「私の知らない内容で契約したお陰で、今までのループと全然スタイルが違うの。
    ワルプルギスの夜までに能力を把握しなければいけないんだからしょうがないでしょう」

まどか「もう、さやかちゃんもほむらちゃんも喧嘩しちゃダメだよ?
    ほら、さやかちゃん、立てる?」

さやか「うぅ、優しいのはまどかだけだ………あたしンちに嫁に来て」

まどか「それは……ちょっと」

さやか「うぅ、キュゥべえ~、ゆま~」

さやかはキュゥべえとゆまに助けを求めるが、
二人は離れた位置で戯れており、その声はまるで耳に入っていない様子だ。

393: 2011/08/17(水) 21:05:30.15 ID:vbahPgXs0
ほむら「とりあえず、全力で使った場合の強化持続時間は30分前後、
    さやかの魔力が届く範囲なら距離で減衰するような事はないみたいです」

巴さんに説明を続けながら、私は少し頭を抱えた。

マミ「どうしたの、何か困った事でも?」

ほむら「この便利過ぎる能力と引き換えに……本人が、ちょっと」

時間停止と言う単一能力完全特化型の私も人の事を言えた義理ではないのだが、
さやかの能力は、この補助魔法と引き換えに著しく低下していた。

オクタヴィア戦で見せたスピードこそ、以前のループと同様のレベルだが、
攻撃力があまりにも乏し過ぎる。

既に満身創痍の魔女や軽量級で防御の弱い魔女なら武器の大きさとスピードに任せて一刀両断できたが、
今回、自らの攻撃の反動で弾かれて吹っ飛んで行った時は、何かの冗談かと思いたかった。

魔力障壁は使えるので多少の防御力は期待できるが、筋力強化など私よりずっと低い。
本当にスピードと武器の重量任せが通じない相手には、攻撃力皆無と言っていいレベルだ。

さやか「ほむらだって似たようなモンでしょ!
    足の速さだけなら負けないぞ~!」

ご近所から負け犬の遠吠えが聞こえるが、この際無視だ。

394: 2011/08/17(水) 21:06:28.86 ID:vbahPgXs0
マミ「ここは人気も少ないし、今すぐ特訓ね」

ほむら「特訓ですね」

杏子「新人いびりだな」

まどか「頑張って、さやかちゃん」

ゆま「サヤカおねーちゃん、がんばれー!」

Qべえ「頑張って、さやか。ボクもいっぱいいっぱい、応援するよ」

さやか「ちょっと待って!
    誰か一人、今、酷い事言ったよね!? よね!?」

私達の提案と激励に、さやかがやや鬱陶しい感じで聞いて来る。

ほむら「大丈夫よ」

冷静にサブマシンガンを構える私。

マミ「あれだけ早いんですもの」

笑顔でマスケット銃を無数に召喚する巴さん。

杏子「全部避けりゃいいって、手加減してやるからさ」

振り回しながら槍を連節棍形態に転じる杏子。

さやか「ちょ、た、タンマタンマタン………………」



「マァァァァァァァ!?」

395: 2011/08/17(水) 21:08:26.60 ID:vbahPgXs0
同日夕刻、暁美ほむら宅の寝室――

さやかの特訓が終了した後、巴さんと彼女の家に厄介になっている杏子とゆまと別れた私達4人は、
さやかの提案で、工場地帯から一番近かった私の家に集まっていた。

私はパソコンと一体型になったポピュラーな学習机に座りながら、
キュゥべえと共に作業に取り組んでいる。

私のベッドの上には制服姿のさやかが俯せに倒れており、
その上に腰を浮かせて馬乗りになった同じく制服姿のまどかが、彼女の全身をマッサージしていた。

さやか「うぅぅ………殺されるかと思った……」

まどか「大げさだよ、さやかちゃん」

全身をマッサージされながらも、まだ泣き言を漏らすさやか。

筋肉痛の痛みを魔力で軽減しても、それ自体が治るワケではない。
魔力の無駄遣いを抑えるためにも、一般的な治療方法は有効な手段だ。

ほむら「手加減した上でとは言え、全員の攻撃を回避していた人間の言う台詞じゃないわね。
    キュゥべえ、次はそっちの薬品をちょうだい、そっとね」

Qべえ「えっと……コレだね」

ほむら「ありがとう」

触腕で慎重に手渡された薬品を受け取り、私は軽く息を吐いてから別の薬品との調合を始める。

397: 2011/08/17(水) 21:09:44.55 ID:vbahPgXs0
さやか「ほむらってさー、いっつも部屋で何か混ぜたり切ったり貼ったりしてるけど、
    一体、何作ってるの?」

いつの間にかまどかのマッサージを終えたさやかが、
私の背後に立っていた。

ほむら「爆弾よ。お手製の」

私は質問に答えながらパソコンを起動すると、アングラ系サイトに掲載されていた爆弾の設計図を見せる。

さやか「うえっ、マジ!? てっきり、爆弾もどっかからくすねて来てるモンだとばかり」

ほむら「くすねるとは心外ね……必要な所から無断レンタルして来ているのよ。
    ともあれ、C-4みたいに特殊な爆薬ならともかく、
    時限爆弾は手製の方が何かと都合が良いのよ……信頼度も高いし」

さやか「しーふぉー? 紙のサイズみたいな名前の爆弾だね……強いの?」

ほむら「そうね………私の手持ちで、さっきの工場地帯全域を跡形もなく吹き飛ばせるレベルね」

作業を一段落させた私が振り返ると、さやかはベッドの縁にちょこんと腰掛けたまどかの背中に隠れ、
“ほむら怖い、ほむら怖い”と譫言のように言ってガタガタと震えている。

饅頭が怖い的なアレではないだろう。

まどか「さやかちゃん、ほむらちゃんに悪いよ」

苦笑い混じりに言うまどかだが、まあ、さやかの方がより一般的な態度に近い。

398: 2011/08/17(水) 21:10:36.92 ID:vbahPgXs0
さやか「って言うかさ、ワルプルギスの夜ってそんなに強いの?
    ほむらだって、工場吹っ飛ばすほどの爆弾持ってるんでしょ?」

まあ、他にも幾つかとっておきの切り札があるが、
最強クラスの破壊力と言う意味では、TNT換算で1.34倍を誇るC-4が最大か。

ほむら「そうね……C-4は今回、初めて使う事にしたけれど、
    どこまで効力があるか、まだ分からないわ」

Qべえ「ボクはまだ見た事がないけど、スペックデータ上は、
    現在、活動している魔女の中では最強レベルの魔女だね」

さやか「そんな強い魔女なんだ……うわぁ、ホントに倒せんの、それ?」

ほむら「一度だけ、真実も何も隠して、一時的な休戦協定を結んで四人全員でかかった事があったけど、
    その時は惨敗だったわ………チームワークはバラバラ、足を引っ張り合いながらだから当然だけど」

あの時は確か、都合良く巴さんに先んじてシャルロッテを倒し、
さやかの魔法少女化をギリギリまで遅らせ、杏子に見滝原を引き渡すと言う嘘で戦力を揃えたのだったか……。

最後の最後で、まどかの契約であっさりと戦闘は終わったが、
結局、まどかは魔女になり、その光景に精神の崩壊しかけた三人を見捨てて時間遡行を行った。

……………我が事ながら、思い出すだけでムカムカして来る。

399: 2011/08/17(水) 21:11:15.07 ID:vbahPgXs0
まどか「じゃあ……今回は?」

ほむら「………考えられる限り、最良の状況よ。
    四人の魔法少女に加えて、私の武器弾薬もかなり良い物を揃えられたわ」

さやか「じゃあ今回は勝てる!?」

Qべえ「………………」

明るいさやかの声に、キュゥべえは無言で俯いている。

さやか「ちょ、ちょっとキュゥべえ……黙んないでよ」

Qべえ「ワルプルギスの夜はその強さ故に結界を必要としない魔女だ。
    一度、現実世界に現れたら、自分の魔力が尽きるか、
    結界に逃げ込むほどのダメージを受けるまで活動を止めない。
    しかも、こちらの世界に現れれば、その被害は計り知れないモノになるよ……」

重苦しく語るキュゥべえ。

しかし、それはあの魔女の基本的な情報に過ぎない。

ワルプルギスの夜の使い魔は使い魔一つとっても他の魔女の使い魔とは比べものにならない。
ほんの2、3体で一斉に襲い掛かられたら、魔法少女でも危ない。

その上、本体は周囲の構造物まで武器に変え、放って来る魔力の光弾は一撃で高層ビルすら破壊する。

ほむら「………………」

絶望的だった戦いの数々を思い出し、私は押し黙ってしまう。

400: 2011/08/17(水) 21:11:52.94 ID:vbahPgXs0
さやか「ほ、ほむらまで……そんな顔しないでよ」

私やキュゥべえの様子に、さやかは無理に笑顔を浮かべて言うが、
そんな事でアイツとの戦力差が埋まるワケがない。
埋まるワケがないのだが………。

ほむら「今回の戦いの鍵になるのはあなたよ、さやか」

さやか「あ、あたし!?」

淡々と言い放った私の声に、さやかは驚いたように目を見開いた。

まどか「さやかちゃんが、勝利の切り札って事、なのかな?」

ほむら「ええ、そう……。
    さやかの強化魔法があれば、魔力自体は大きくできなくても、
    使える魔力自体は多くできる……それはつまり、全力状態を長く維持できる事になるわ」

さやかの魔力強化は、仲間の魔力の全体量を一時的に大きく底上げできる能力だ。
さすがに一度に使える魔力自体は個人個人に限界があるので、
魔力そのものを放出するような攻撃を強化できるワケではないが、
そこは攻撃強化などと併用すればいいだろう。

ともあれ、この魔力強化が私にはとても重要だ。

身体強化は今までの経験則から最低限の魔力で行える私だが、
時間停止はそれ自体が私に固定化された能力なので、
小刻みに止める以外、魔力消費を抑えられる方法がない。

つまり、さやかの魔力強化が合わさる事で、私は停止できる時間を劇的に増やす事が出来るのだ。

401: 2011/08/17(水) 21:12:40.09 ID:vbahPgXs0
ほむら「ただ……どんなに魔力が増えても手数が増えないのが問題ね。
    さやかの攻撃力は低くてアテにならないから、実質、アタッカーは三人」

あの無数の使い魔をかいくぐってダメージを与えるとなると、
やはり三人だけと言うのは難しい。

さやか「うぅ……役に立ってるのか役に立ってないのか、よく分かんないなぁ」

さやかは難しそうな顔をして首を傾げる。

まどか「さやかちゃんは役に立ってるよ。絶対」

私もまどかの言に頷く。

しかし、だからと言って減った手数はどうにも補えない。

さやか「ねぇねぇ、杏子みたいに、他の街からも魔法少女に来てもらおうよ~」

何を弱気な案を出しているのか……。

ほむら「ん?」

何か聞き慣れない単語を聞いた気がして、私は思わず目を見開いてしまった。

402: 2011/08/17(水) 21:13:16.03 ID:vbahPgXs0
ほむら「さやか、さっき何て……!」

さやか「へ!? あ、いや……他の街からも魔法少女に来てもらおう……って」

驚いて詰め寄った私に、さやかは戸惑い気味に応えた。

Qべえ「ど、どうしたんだい、ほむら!?
    薬品を放り出したら危ないよ!?」

失念していた、私は爆弾作りのための薬品調合中だった。

キュゥべえに言われて慌てて振り返って見ると、
彼が触腕や前脚を駆使して倒れかけた薬品の皿や瓶を支えていた。

慌てて駆け寄り、キュゥべえの手から瓶や皿をそっと預かる。

ため息を一つ吐き、相棒の頭を軽く撫でてやる。

嬉しそうに目を細めて尾や触腕を振る様は、本当に小動物のようだ。

ほむら(…………脱線しかけたわ)

私は改めて、さやかに向き直る。

ほむら「さやか、名案よ」

私の言葉に、まどかとさやかは顔を見合わせて首を傾げた。

403: 2011/08/17(水) 21:14:14.68 ID:vbahPgXs0
翌日の夕刻、巴マミの部屋――

マミ「ネットで魔法少女に呼びかける、ですって?」

私の提案を聞いた巴さんは、驚いたように目を見開いた。

ほむら「発案者はさやかです。本当に盲点でした」

さやか「いや~、舞い上がっちゃってますね、あたし」

私が感慨深く呟くと、さやかは胸を張って笑顔を見せる。

杏子「うぜっ」

さやか「ふふんっ、今のさやかちゃんにはその罵りさえ褒め言葉に聞こえるよ!」

まどか「さやかちゃん、話が進まなくなるから落ち着こうよ~」

さやか「ちぇ~っ、まどかまで怒んなくたっていいじゃ~ん」

さて、あちらのやり取りは無視して、こちらは真面目かつスピーディーに話を進めよう。

404: 2011/08/17(水) 21:15:25.02 ID:vbahPgXs0
ほむら「今まで、私は出逢って来た魔法少女だけが、
    ワルプルギスの夜戦における戦力だと考えていました。

    けれど、相手はあまりにも強大です。
    それに、この戦いは負ければ他の街、いえ、世界中にとって他人事ではないんです」

マミ「つまり、ワルプルギスの夜の被害が、今後も各地に及ばないよう、
   加えて、鹿目さんの魔女化を防ぐために、世界中の魔法少女に協力してもらおう、って事かしら?」

ほむら「有り体に言えばそうです」

私は頷き“少々、発想が脅迫的ではありますけど”と付け加えた。

“私達がワルプルギスの夜を倒せなかったら、次はあなたの街が襲われるかもしれないぞ”と言っているようなモノだ。

マミ「けれど、それには魔法少女の真実についても教えないといけないわね……。
   ショックは大きいだろうし……どうやって伝えるの?
   それに、魔法少女以外の人間が見たら、大パニックを起こさない?」

巴さんは困ったように首を傾げた。

確かに、巴さんの失敗も尤もだ。
協力を呼びかける情報で、真実を暴露すれば、世界中で魔女化する魔法少女が続発するかもしれない。

405: 2011/08/17(水) 21:17:12.23 ID:vbahPgXs0
Qべえ「それで、これはボクとまどかの発案なんだけれど、
    情報を幾つかの段階に分けようと思うんだ」

まどか「えっと、先ずは最初の動画でキュゥべえだけを映した動画を見せるんです。
    これ、試しに携帯電話で撮影した動画なんですけど……」

まどかは巴さんに携帯電話を見せる。

マミ「キュゥべえが映ってるわね」

“Qべえ『えっと、何を言えばいいのかな?』
 まどか『コレは試し撮りだから、適当に動いていればいいよ』”

まどか「キュゥべえは魔法少女や、素質のある子にしか見えないから、もしかしたらと思ったんですけど、
    この動画、パパやママに見せたら、背景以外は何も映ってないって」

Qべえ「だから、最初の動画ではボクが次の情報を提示する動画のアドレスを言うんだ。
    そこでは、この中の誰でもいいからインキュベーターとワルプルギスの夜についての情報を提示して、
    魔法少女の真実について知る勇気があるかどうかを厳重に尋ねた上で、
    最後のアドレスを提示、真実を話した上で協力を持ちかけるんだ。
    そして、協力を承諾してくれた人向けの最後のアドレスで、集合場所である見滝原中の住所を提示して完了さ」

マミ「それは、また……ちょっと乱暴ね」

ほむら「さすがに、これ以上の案は思いつきませんでした。
    ある意味、かなり分の悪い賭けになると思います」

呆れと驚きの入り交じった様子の巴さんに、私は冷静に返す。

406: 2011/08/17(水) 21:18:47.41 ID:vbahPgXs0
マミ「でしょうね……。
   真実を知る勇気を持って見た上でも、ショックを受ける子は必ずいるでしょうし……」

巴さんは困ったように首を傾げる。

ほむら「私だって、最初に魔法少女が魔女になる瞬間を見た時は、頭が真っ白になりました……。
    けれど、逆に私達を利用しているインキュベーターに怒りを覚えた事も確かです。

    ワルプルギスの夜との決戦は、インキュベーターに一矢を報いるチャンスでもあるんです」

マミ「つまり……他の魔法少女の子達の怒りに賭ける、って事かしら?」

巴さんはまだ納得がいかないようだが、キュゥべえが補足する。

Qべえ「強い魔法少女になるには強い因果がなければダメだけれど、
    その魔法少女になれるのは心に強い希望を持てる、純粋な心の持ち主だけだよ。

    自分たちが利用されている事を知って、他にも大変な目に合っている人がいると知れば、
    きっと力を貸してくれるハズさ」

キュゥべえは拳を握って力説するかの如く、触腕を大きく振り上げる。

407: 2011/08/17(水) 21:19:23.81 ID:vbahPgXs0
マミ「………そう、ね。
   元はといえば、全部を知る前にあなた達に協力を約束したのも、
   暁美さんとキュゥべえの事を放っておけなかったからだったわね……」

そこまで聞いて、巴さんはつい二週間ほど前の事を思い出しながら懐かしそうに呟いた。

マミ「やってみましょう。
   何人集まってくれるかは分からないけれど、試してみる価値はあるかもしれない」

ほむら「巴さん……」

ニッコリと微笑んでくれた巴さんに、私は顔を綻ばせた。

マミ「と、なると、動画の撮影を急がないといけないわね。
   ワルプルギスの夜まで、もう十日足らずなのでしょう?」

まどか「あ、実はもう、パパのデジカメを借りて来てあるんです」

マミ「用意がいいわね。
   …………もしかして、私が承諾するって最初から分かっていたの?」

ほむら「……信じていた、と言って下さい」

それから、私達の仲間を集める作戦が始まった。

408: 2011/08/17(水) 21:20:44.32 ID:vbahPgXs0
Qべえ「この動画を見た人達の中に、もしも、契約した魔法少女がいたら、
    ボクが今から言うアドレスにアクセスして欲しい」


さやか「あたし達の住んでいる街に、とても強い魔女が来るんだ。
    情けないけど、とてもあたし達四人だけじゃ太刀打ちできない。
    しかもその魔女は、次、世界の何処に現れるか分からないんだ」

杏子「アタシらはインキュベーターに利用されてるんだ。
   思い当たるような節だってあるだろう?
   けど、安心しな、このキュゥべえだけはアタシら人間の味方だ」


ほむら「魔法少女の真実……それはこのソウルジェムに隠されているわ。
    もし、この先を聞く勇気がないなら、今からでもこの動画を止めて引き返しても構わないわ」

マミ「私達は同じ魔法少女として、あなたの判断を尊重します。
   だからこそ、あと少しだけ、よく考えてからこの先を見て下さい」


まどか「場所と日時は私達の通う見滝原中学校、日時はこの動画の下にある撮影日から一週間以内。
    住所は今、私が持っているボードに書かれている通りです。
    魔法少女になれない私がこんな事を言うのは間違っているかもしれないけど……。
    お願いです、ほむらちゃん達を……私の友達を、助けて下さい!」


国内外を問わない有名動画サイトへの投稿と、匿名掲示板を使っての動画の紹介もあって、
フリースペースに用意した第二アドレスへのアクセス数は何と1000を超えた。
それだけの数の魔法少女の目に止まった事にも驚いたが、
第三アドレスへのアクセス数が80を超えた事にも驚かされ、
そして何より驚いたのが、最終アドレスにまでアクセスしてくれた人の数が40を超えた事だった。

409: 2011/08/17(水) 21:22:06.07 ID:vbahPgXs0
一週間後、放課後の下校ルート――

まどか「ふわっ!?」

突如として背中を叩かれ、前につんのめるまどか。

ゆま「マドカおねーちゃんの事、叩いちゃだめー!」

少女1「ごめんね、ゆまちゃん。じゃあね、まどか、また来るよ~!」

少女2「最後まで契約なんてしちゃダメだからね!」

ソウルジェムを持った少女が二人、私達を追い越して走って行く。

まどか「う~……たくさん集まってくれたのはいいけれど、
    何とかならないかなぁ、これ……」

喜び半分、困惑半分と言った様子で呟くまどか。

ほむら「最強の魔法少女候補って事で、まどかに触ると御利益がある。
    なんて噂が流れているみたいね」

Qべえ「それだけ、まどかが人気って事だよ」

ため息混じりに私の頭の上で、キュゥべえが楽しそうに語る。

まどか「それは、何か違う気がしちゃうよ」

まどかは力なく項垂れる。

410: 2011/08/17(水) 21:23:59.10 ID:vbahPgXs0
結果的に、あの動画による呼びかけは大成功だった。

日本を中心に、集まってくれた魔法少女の数は36人、
元から見滝原にいた私達を含めれば40人と言う、私がかつて経験した事のないほどの大戦力だ。

そして、集まってくれた魔法少女の殆どが、私達のように仲間と支え合って、
辛い真実を乗り越えて来た魔法少女達だったと言うのも、嬉しくもあり、頼もしくもあった。

お陰で私は、使い魔退治とさやかの特訓を他の魔法少女達に任せ、
まどか、ゆま、キュゥべえの三人の護衛、それに爆弾製造に専念できている。

ただ、先に述べたように、何故か協力してくれる魔法少女達の間で、
“最強の魔法少女候補・まどかに触れると御利益がある”などと言う噂が広まっていた。

まどか「うぅ……この前は高校生の人にずっと頭を撫でられるし……」

ほむら「これも有名税みたいなものね」

肩を竦めたまどかに、私は笑みを浮かべて答えた。

まどか「有名人って大変なんだね…………。
    これからは、タレントさんや俳優さんとすれ違ってもサインは頼まないよ……」

まどかはそう言って、がっくりと項垂れた。

Qべえ「ちゃんと演歌歌手を除外している所に、まどかのたくましさを感じるよ」

キュゥべえ……それは言わなぬが華よ。

411: 2011/08/17(水) 21:24:41.90 ID:vbahPgXs0
まどか「でも……たくさん集まってくれて良かったね、ほむらちゃん」

ゆま「えへへ……おねーちゃんいっぱいで、ゆまも楽しいよ!」

まどかの言葉に続いて、ゆまは弾けるような笑顔を見せた。

ゆま「あ、でもでも、キョーコも、マドカおねーちゃん達も大好きだよ」

Qべえ「ゆまは本当に、杏子の事が好きなんだね」

私の肩に乗っていたキュゥべえが、ゆまの前に飛び降りる。

ゆま「ゆまは、キュゥべえも大好きだよ」

そう言って、ゆまは抱き上げたキュゥべえをギュッと抱きしめて頬ずりを始める。

Qべえ「うわ、ゆま、苦しいよ~」

ゆま「キュ~べ~」

私とまどかは、そんな二人の様子を見て微笑ましそうに笑う。

412: 2011/08/17(水) 21:25:16.21 ID:vbahPgXs0
ほむら「………」

そして、ふと考える。

魔法少女と言う存在と出逢ってから、こんなにも充実した日々を過ごしたのは、
いったい、いつ以来だろう。

初めてのループで、まどかや巴さんと三人で魔法少女をしていた頃以来か……。

そして、同時にこうも思う。

ほむら(私が切り捨てようとしていた世界は……本当はこんなにも暖かかったんだ……)

まどかの幸せと生存だけを願った末にあったであろう、かつての私の目指した世界は、
こんなに暖かなものになっただろうか。

いや、暖かいもののハズがない。

きっと私は、まどかが笑える世界の片隅で、笑えずにいるだろう。

本当の気持ちに気付いた今なら分かる。

たとえ、まどかとさやかを魔法少女の運命から救っても、
巴さんと杏子を犠牲にした世界で、私は絶対に笑えはしなかったハズだ。

そして、本当の気持ちに気付くのが遅かった事を思い知り、
永遠に後悔をし続けるか、絶望の果てに魔女になる。

そうならずに済んだのは――

413: 2011/08/17(水) 21:25:58.05 ID:vbahPgXs0
ほむら「キュゥべえ……」

Qべえ「う~、ほむらぁ~、助けてよぉ~」

私が声をかけると、途端に情けない声を上げて助けを求めて来るキュゥべえ。
思わず、最初に言いかけた言葉を忘れて苦笑いを浮かべる。

Qべえ「笑ってないで助けてよぉ~」

ジタバタともがくが、ゆまは嬉しそうに微笑んで手を離そうとしない。

ほむら「…………」

改めて思い返す。

私が後悔の道を突き進まなくて良くなったのは、彼のお陰だ。

悪魔に魂を売り渡してまで願った私の願いは、
このループで彼に出逢えた事で、ようやく叶ったのだ。

ほむら「ありがとう、キュゥべえ」

Qべえ「?」

私からの突然の感謝の言葉に、キュゥべえは怪訝そうに首を傾げた。

414: 2011/08/17(水) 21:27:01.23 ID:vbahPgXs0
そこでようやくゆまの抱擁が緩んだのか、脱出すると再び私の肩に跳び乗り、
逃げるように頭上に登る。

ゆま「ん~!」

一方、キュゥべえに逃げられたゆまは、私の頭に向けて手を伸ばす。

まどか「ほら、ゆまちゃん、キュゥべえが困っちゃうから、もうダメだよ」

さすがに弟相手で子供をあやすのには慣れているのか、
まどかは杏子がいつもそうしているように、ゆまの頭をぽんぽんと優しく撫でる。

ゆま「ん~……」

途端に、ゆまは嬉しそうに目を細めた。

まどか「ほむらちゃんも、突然、どうしたの?」

突然、とは、先ほどのキュゥべえへの感謝の言葉の事だろう。

ここで言葉の真意を話すのは、何となく恥ずかしいような気がして、私は少し思案する。

ほむら「……そうね、何となく、かしら」

誤魔化している事がバレないように、私は少しだけ遠くを見て言った。

415: 2011/08/17(水) 21:27:38.32 ID:vbahPgXs0
ほむら「少しだけ……、これからの話をしましょう」

まどか「これから? って、いつも通り、レンタル屋さんでゆまちゃんとキュゥべえが見るDVD借りて、
    ほむらちゃんの家でDVDを見ながらおしゃべり、だよね?」

まどかは思案顔で言うが、それはいつもの予定だ。

ほむら「それもそうだけど……あと少しだけ未来の話」

ワルプルギスの夜を乗り越えた先にあるだろう、私達の未来の話だ。

まどかを魔法少女に、そして魔女にしないための戦いにとって、
ワルプルギスの夜を倒す事は、まだ一つの通過点に過ぎない。

だからと言って、そこを超えれば私の知らない、
あの日願った本当の未来がそこにあるんだ。

それを思うだけで、心躍らずにはいられない。

まどか「これからの、話か……」

まどかは少し俯いてから、ゆっくりと顔を上げる。

416: 2011/08/17(水) 21:28:56.91 ID:vbahPgXs0
まどか「みんなで、何処かに行ってみようよ。
    手伝ってくれた魔法少女のみんなや、それに仁美ちゃんも誘って」

ほむら「いいわね……。
    私ならそうね……海に行ってみたいわ」

まどかの提案を聞きいて、私は目を細める。

入退院を繰り返していた頃は、旅行と言えばいつも静かで気候の緩やかな山への静養だった。
水泳は体力を使うので、海は車窓から眺めた記憶しかない。

まどか「海かぁ……そうだね、海、行きたいね」

まどかも賛成してくれたようで、嬉しそうに顔を綻ばせた。

内陸の見滝原は、山の観光地へのアクセスには事欠かないが、
いざ、海となると高速や鉄道で北部の山を抜けて隣県に行くか、
東南二方共に数県隣まで行かなければならない。
まどかも海のレジャーには飢えているのだろう。

しかし、何十人も同時に、とは、まるで修学旅行のようだ。

まどか「楽しくなりそうだね」

ほむら「ええ………」

まだ見ぬ未来を夢見ながら、私達は同時に空を見上げた。

417: 2011/08/17(水) 21:30:12.36 ID:vbahPgXs0
一方、私達のそんな話とは裏腹に、キュゥべえはゆまとDVDの話題で盛り上がっている。

ゆま「ゆまは動物の出て来る映画がいいな」

Qべえ「ボクは、この間、借りて来たファンタジーの続きが見てみたいな」

ゆま「ふぁんたじー? あのでっかいワンちゃんの出て来る映画?」

ほむら(この二人には、数ヶ月先の旅行よりも目先の娯楽の方が優先か……)

私はそんな事を考えながら、小さくため息を漏らす。

まどかも二人に意識を戻し、私の頭上のキュゥべえに向き直る。

まどか「私も小さい頃に、ママが借りて来た2を見たけど、あんまり子供向けじゃないよ?
    1に比べて、ちょっと暗い内容だし」

ああ、アレか、アレなら私も知っている。

読んだ事のある本の映画作品と言う事で、入院中に親にレンタルして貰って見た事がある。
確か、私達が生まれる何年も前に作られた作品のハズだ。

しかし、ゆま、あの映画に出て来る白いのは犬ではなくてドラゴンだ。
まあ、巨大なレトリバー犬種の犬に見えない事もないが………。

418: 2011/08/17(水) 21:30:55.97 ID:vbahPgXs0
ほむら「三部作だけど、3はもう蛇足ね」

まどか「アレに3なんてあるの?」

ほむら「ハッキリ言って、アレは原作のラスト2ページを無理矢理に引き延ばしたコメディ映画よ……。
    あとで調べて分かったけど、1は大ヒット作になったけど原作無視の制作サイドとの不仲で原作者に不評、
    2はオリジナル部分があっても、原作に近い雰囲気もあって原作者もそれなりに高い評価をしていたそうだけど、
    3に至ってはオリジナルだらけで、まるでコメントをしていないとか……嘘か本当かは分かりかねるけど」

まどか「え? 原作って2みたいなの?
    1みたいな内容の方が好きだけど……」

ほむら「それが日本やアメリカでヒットした要因だそうよ。
    結局、暗くて教訓めいた話は受けが悪いんでしょうね」

入院当時、ヒマを持てあまして漁った情報を口にする。
ああ、こんな事ばかり調べているから転校直後に授業で恥を掻くんだな……。

Qべえ「2って、そんなに暗い話なのかい?」

まどか「うん……あ、だけど、最後の方のシーンは私も好きだよ。
    一番最後の願い事が、ね」

まどかは少し寂しそうな顔をした後、ニッコリと微笑んだ。

願いと引き換えに記憶を失って行く少年が、最後の最後で願ったのは、果たして何だったか……。
この話の流れだと、どうせ借りる事になりそうだし、私も久しぶりにじっくりと見てみよう。

私達は談笑しながら、最寄りの店に向かう事にした。

しかし、その時点で私達は、私達の様子を窺う者達の事を知らなかった――

419: 2011/08/17(水) 21:32:13.26 ID:vbahPgXs0
???「あの子が鹿目、まどか………」

???「どうするの?」

???「さあ……今の所、まだ未来は変わらない……。
    私に見えているのは、彼女が強い輝きに包まれる瞬間まで。
    そこから先は、まるで何も見えない」

???「………気になるのかい?」

???「そんなに拗ねないの……。
    ただ、“気になる”だけよ」

???「じゃあ織莉子の一番は私でいいんだね? うれしいな」

織莉子「もう、そんなにはしゃがないの、キリカ……転んでしまうわ」

キリカ「むぅ、キミはそうやって、すぐに私を子供扱いする」

織莉子「あら……でも、可愛らしくて、私は好きよ」

キリカ「………じゃあ、これからもそうしようかな」

織莉子「ええ…………。
    それじゃあ、そろそろ帰って、これからの話をしましょう」





――その、白と黒の魔法少女の存在を。

469: 2011/08/24(水) 22:00:37.61 ID:mQ2/tIeP0
決戦の日を迎える。

奇しくも晴天で始まったその日は、昼を待たずに荒天を迎える。

厚い雲が立ちこめ、見滝原を震撼させる気象警報の発令が、
私達の活動の合図となった。

Qべえ『みんな、もう配置についたかい?』

ほむら『遊撃班は既に市街地全域に展開済みよ』

マミ『狙撃班は全員、配置についたわ』

杏子『縛り担当もいいみたいだよ』

さやか『何よ、縛り担当って。捕縛班でしょ、捕縛班』

杏子『別にいいだろ、意味が通じてりゃ』

念話で配置確認をしながら、さやかと杏子がいつものように食って掛かり合う。

こんな時までいつも通りでいてくれる友人達の頼もしさに、私はフッと思わず笑みを零した。

470: 2011/08/24(水) 22:01:45.16 ID:mQ2/tIeP0
さやか『サポート兼護衛班、準備万端だよ。いや~遠距離念話って役に立つね』

ほむら『さやか、後半まで筒抜けよ』

さやか『うぇ? マジで?』

思わず眉間に指先を当てて小さなため息を漏らす。

魔法少女1「どう、ウチのクォーターバックは? 凄いでしょ」

自慢げに笑うのは、同じく遊撃班に配置された仲間の魔法少女の一人だ。

ほむら「ええ、これだけ広範囲にいる魔法少女全員の念話をリンクできるのは心強いわ」

今までも誰かを中継して念話距離を稼ぐと言う方法は使った事があるが、
見滝原全域をカバーできるだけの念話距離と、大多数との同時念話能力を持った魔法少女と言うのは初めてだ。

今、さやかがいるのは住宅街と市街地の境界辺りにある見滝原市民総合体育館、
私がいるのは中心街の駅ビル付近と考えると、通常の念話距離の数十倍の距離だろう。

471: 2011/08/24(水) 22:03:36.95 ID:mQ2/tIeP0
私達の作戦はこうだ。

先ず、主要な役目に応じて40人の魔法少女を4つの班に編制する。

一つは強力な遠距離攻撃が可能な武器や技を持つ魔法少女で編成される主力攻撃部隊、狙撃班。
私達、見滝原の魔法少女の中では、最大火力と最大射程を誇る巴さんが編成されている班だ。

狙撃班の役目は、ワルプルギスの夜本体への直接攻撃だ。

そして、遠距離攻撃はもたないが、中近距離で強力な攻撃や束縛可能な武器や技を持つ魔法少女の捕縛班。
4班の中で二番目に人数が少ない班であり、ここには杏子が編成されている。

役目はワルプルギスの夜本体を捕縛し、狙撃班の攻撃を必中させる事にある。

そして、さやかの編成されているサポート兼護衛班は、避難所屋上に陣を張る班で、
念話によるサポート、負傷した魔法少女を治療する治癒魔法の使い手、強化魔法の使い手の少数集団だ。
いや、実際に3人しかいないが……。

彼女たちの役目には、避難所に陣取る事でまどかやゆま、キュゥべえを守る事も含まれている。

そして最後、最も人数が多く、最も危険度が高いのが私も属している遊撃班だ。
一芸特化型や総合戦闘力が高かったり、もしくは前出3班に適合しない魔法少女が属する。

役目は前衛二班のための壁になる事であり、ワルプルギスの夜の直接攻撃や使い魔の迎撃がメインだ。

ほむら(……この4班構成で、ワルプルギスの夜との短期決戦……行けるわ)

さやかの魔力・攻撃強化の合わせ技で、全力状態での最大威力攻撃を集中させれば、私達にだって必ず勝機がある。

472: 2011/08/24(水) 22:04:17.04 ID:mQ2/tIeP0
まどか『ほむらちゃん………』

ほむら『まどか?』

キュゥべえの支援を受けて念話に参加しているまどかが、念話に割り込みをかけて来る。

まどか『海……絶対に行こうね』

ほむら『…………ええ』

数日前の約束を思い浮かべながら、私は深く頷く。

直後、何故か囃し立てるような声が上がる。
私とまどかの関係を誤解している連中が多くないだろうか?

さやか『ほむらー! まどかは私の嫁だからなー!』

まどか『さ、さやかちゃん!?』

魔法少女2『おっ、痴話喧嘩か!?』

魔法少女3『鹿目ちゃん、もてもてー!』

魔法少女4『あ、あの、まどかさんは、さやかさんとほむらさん、どっちが本命なんですか?』

何の話だ。

私はまた、眉間に指を当てて、今度は大きくため息を吐いた。

473: 2011/08/24(水) 22:05:13.49 ID:mQ2/tIeP0
ほむら『みんなで海に行こうって話よ、全員でね』

魔法少女5『キャーッ、ほむらお姉様のハレームよ~!』

嗚呼、何か、普段のさやかが可愛く感じられるような黄色い悲鳴が………。

まどか『は、ハーレム!?』

杏子『ん? ハーレムって何だ?』

マミ『あらあら、佐倉さんは純情ね~』

さやか『うはっ、杏子、知らないんだ……可愛い所あるじゃん』

杏子『何だよ、ハーレムって、意味教えろよ~!』

ほむら(…………勝てる、わよね……)

何故か無性に心配になって来る。
風雨も激しさを増して来たと言うのに、ここは女子校の教室か何かか?

私は本日三度目のため息を、また盛大に漏らした。

魔法少女6『……来ました魔女の反応……』

念話中継を行う司令塔役の魔法少女が、不意に漏らした。

マミ『時間ね……みんな、お喋りはこの後まで取っておきましょう』

巴さんの静かな声が響き、その声が私を冷静にさせた。

474: 2011/08/24(水) 22:05:45.90 ID:mQ2/tIeP0
激しい風雨の中で、不意に霧が立ちこめる。
霧は風雨に蹴散らかされる事なく広がり、私達の周囲を包み込んだ。

杏子『おい、霧が出て来たぞ……』

ほむら『慌てないで、この霧はヤツの結界が外界と接触を始めた証拠よ』

警戒心を強める杏子に、私は冷静に言い放つ。

ほむら『ワルプルギスの夜の出現手順は前に説明した通り、みんな、準備を!』

さやか『よし、じゃあ、超特大のヤツ、二発連続で行くよ!』

さやかの声が聞こえた後、魔力の波が見滝原全域に放たれた。
ここ数日の特訓で効果範囲を増したさやかの強化魔法だ。

広域化する事で燃費は悪くなったが、それでもこれだけ広範囲をカバーできるのは僥倖だ。

淡い青の輝きが、続いて淡い赤の輝きが私達を包み込む。

魔力強化と攻撃強化が行われ、他の魔法少女達の準備は万端だ。

だが、私はまだ準備が終わらない。

ほむら(さやかの能力じゃ、火器までは強化できないものね……)

独りごちながら、私は盾の中に隠されていたとっておきを引っ張り出す。

475: 2011/08/24(水) 22:07:38.87 ID:mQ2/tIeP0
魔法少女1「うわ、何、そのゴツくてデカくて可愛くない箱」

近くにいた仲間が、驚いたように叫ぶ。

ほむら「36連装式試作型ポッド、通称メタルストーム重機関銃……
    10年前、オーストラリアのメタルストーム社が作った冗談みたいな機関銃よ」

ミリタリーマガジンで知ったコレを、神奈川の米海軍基地で見付けた時は驚いたものだ。
詳しい説明は省くが、36本の砲身を束ねた、毎分百万発の発射速度を誇る、
妄想でしかなかった発射速度を現実にした、文字通りの冗談みたいな機関銃である。

開発当時、アメリカ軍がクレイモアの代替え兵器として開発支援していた、なんて噂があったが、
埃まみれのコイツが眠っていた以上、その噂も真実だったのか……。
しかし、試作品止まりとだった言う噂もあったハズだが……。

まあ、今はそんな事はどうでもいい。

取り回し最悪、一発当たりの威力は所詮機関銃と言う事でずっとお蔵入りだったが、
使い魔相手に注力できるならコイツも十分に役に立ってくれるだろう。

魔法少女7『ほむほむって、魔法少女っぽくないよね』

魔法少女8『マジカル☆近代兵器使いって感じ』

マミ『う~ん……未来の私って、どんな特訓させてたのかしら?』

ほむら(………仕方ないでしょう、これしかないんだもの)

さて、霧の向こうからサーカス団がお越しだ。

476: 2011/08/24(水) 22:08:33.88 ID:mQ2/tIeP0
マミ『さて、気を取り直して……大きいのをお見舞いする準備にかかりましょうか』

巴さんの言葉で、私はチラリと巴さんが陣取るビルの屋上に目を向けた。

そこには、空中に浮かぶ10本の超巨大キャノン砲。
強化付きティロ・フィナーレ10発分とは、また思い切ったものだ。

と言うか、私の大艦巨砲主義は師匠譲りだったのか………。

ほむら(巴さん、私はやっぱりあなたの弟子で間違いないようです……)

小さくため息を吐きながら、心中で独りごちた。

その時だった――

⑤……④……②……

頭の中に、直接、カウントダウンのイメージが叩き付けられる。
脳裏に叩き付けられたイメージは、まるで本当に目の前で映画のカウントダウンが始まったかのように錯覚する。

ほむら『本体が来るわ!』

……①

477: 2011/08/24(水) 22:09:01.41 ID:mQ2/tIeP0
ごうごうと唸りを上げる風雨の中、上空の厚く立ちこめた雲の中から、巨大な機械人形が現れる。
舞台装置の魔女・ワルプルギスの夜。

地上の街を天蓋に、天井の雲を舞台に、天地逆転の魔女が見滝原市と言う巨大な舞台で踊る。

『アハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハ』

立ち向かう者を小馬鹿にしたような嘲笑が、市街に響き渡る。

魔法少女と、その素質を持つ者にしか聞こえない、酷薄な嘲笑。

だが、それも今日は甘んじて受け止めてやろう。

今日は一対一でも四対一でもない、四十対一、お前に勝ち目はない。

その見飽きた顔も、耳に張り付く聞き飽きた笑い声も、今日限りだ。

478: 2011/08/24(水) 22:09:59.82 ID:mQ2/tIeP0
杏子『今だ、全員、ふん縛れぇぇ!!』

念話で杏子の大音声が飛んだ。

市街地の彼方此方から、鎖、縄、紐と言った束縛魔法の類が飛び交う。
中には、杏子のものと思われる超特大の多節棍が見える。

『アハ!? アハハハハハハハ』

腕を、身体を、首を、逆さまの魔女の全身を様々な拘束魔法が縛り付けて行く。

一つ一つは、ワルプルギスの夜ならば簡単に振り払えたろう。

だが、五人以上の魔法少女による一斉束縛、しかも身体の一ヶ所ずつを重点的に束縛する方法が相手では、
最早、身じろぎ一つ取れまい。

身体を縛り上げていた杏子の超特大多節棍の先端についた槍が、
ワルプルギスの夜の腹を抉るようにして突き込まれた。

しかし、それもワルプルギスの夜が相手では大したダメージにはならない。

舞台装置の魔女は、その周辺で踊る助演役者とも言える使い魔を走らせる。

捕縛した魔法少女達に向けて殺到する、光と影をごちゃ混ぜにしたような印象を受ける使い魔達。

479: 2011/08/24(水) 22:11:04.22 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「行かせないわ……!」

私は事前に準備した重機関銃で上空の使い魔達を一斉に薙ぎ払う。

他の遊撃班の魔法少女達も、打撃や障壁で使い魔達を迎撃している。

『アハハハハハハハハ!!』

使い魔だけでは無駄と判断したのか、ワルプルギスの夜は魔力光弾を発射する。

しかし、防御や迎撃に全力を傾けられる魔法少女達の前にはそれも大した威力を発揮できない。

ペース配分を考えずに戦えると言うのは楽なものだ。

攻撃、防御、回避、その三つを全てやらなければいけなかった頃とは大違いである。

ほむら(弾薬も無駄遣いが出来るのは楽でいいわね)

私は時間停止中にありったけのロケットランチャーを準備すると、三発の魔力光弾に向けて一斉に放った。

普段の戦法ならば相殺できるハズもない攻撃だが、
一発当たりに50発以上のロケット砲弾が相手ではあの強力な魔力光弾も無力だ。
本体でさえフラつくほどの火力を集中されたら当然の結果か。

まあ、フラつくだけでまともなダメージを与えられた記憶はないが……。

そうこうしている間に、狙撃班の準備が整い始めたようだ。

ビルの上や大通りから、ビリビリと強力な魔力が伝わって来る。

メタルストーム重機関銃も撃ち尽くした私は、巴さんの直衛に着くため、ビルの屋上に向けて跳んだ。

480: 2011/08/24(水) 22:11:55.00 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「巴さん!」

マミ「あら、暁美さん、来てくれたのね?」

巴さんはティロ・フィナーレを準備しながら、
召喚したマスケット銃で近付いて来る使い魔の迎撃も行っていた。

ほむら「援護します、攻撃に備えて下さい!」

私は盾の中から、巨大なショットガンを取り出す。
この日のために温存しておいたフルオートアクション式ショットガン、ジャックハンマーだ。

時間停止状態で放たれた装弾限界10発分の12ゲージ弾が一斉に使い魔を薙ぎ払う。

マミ「あら、それならお言葉に甘えようかしら」

巴さんは微笑みながら言って、両手を大の字に広げてキャノン砲に意識を集中した。

481: 2011/08/24(水) 22:12:30.86 ID:mQ2/tIeP0
マミ「……コレもティロ・フィナーレじゃ少し味気ないわね……」

ほむら「ティロ・フィナーレでいいじゃないですか!」

準備を続けながら思案顔の巴さんに、私は半ば呆れたように言い放つ。

マミ「いいえ……これは今まで頑張って来たあなたに勝利を捧げる技よ。
   最後の射撃、じゃあ、あんまりにもあっさりとしていない?」

始まった………。

この人は、どうも凝り出すと止まらない傾向がある。

お陰で美味しいケーキや紅茶にご相伴いただけるのだが……。

まあ、気持ちは嬉しいので、気持ちだけ受け取って置こう。

そう思った瞬間だった――

巨大キャノン砲のフリントが一斉に振り落とされた。

マミ「ヴィットーリャ・サルートッ!!」

巴さんの頭上に展開していた10本の砲身から、一斉に超特大の魔力砲弾が放たれた。
その一発一発が、ワルプルギスの夜の一撃に匹敵するかと言う大威力砲弾だ。

482: 2011/08/24(水) 22:13:14.12 ID:mQ2/tIeP0
ほむら(ヴィットーリャ・サルート………えっと、勝利の祝砲?)

以前、巴さんの家で目にしたイタリア語の辞書を思い出しながら、何となく意訳してしまう私。

いけない、少しだけど、想像以上に嬉しい。

魔法少女9『ねぇねぇ、マミちんの言ったのってどこの国の言葉?』

魔法少女10『まさかの新必殺技!』

魔法少女11『あたしも必殺技欲しーよー!』

すいません、いい人なんです。
あまりウチの師匠をからかわないであげて下さい。

思わず抜けかけた気を取り直し、私は前方を見据える。

巴さんの10連ティロ・フィナーレ同様、四方八方から特大の魔力攻撃がワルプルギスの夜に殺到する。

全ての攻撃がほぼ同時に炸裂し、ワルプルギスの夜は大爆発に包まれる。

『アハ……アハハ……ハハハ………』

爆煙に包まれながら、笑い声が遠のいて行く。
煙の向こうで、崩れ落ちる歯車が見えた。

機械仕掛けの魔女が、崩れて行く光景だった。

483: 2011/08/24(水) 22:13:47.09 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「うそ………」

その光景に、私は思わず、そんな言葉を呟いていた。

幾度か見た事のある、その光景は、いつもは一人の魔法少女によって成された光景だった。

真芯を貫かれ、構成するパーツごと崩れて行くその様は、ワルプルギスの夜崩壊の証。

ほむら「倒した……倒せた……」

呟く度、その言葉の意味を、結果を、私は理解して行った。

私達は、ワルプルギスの夜を、乗り越えたんだ。

ほむら「や……った……」

絞り出すような声が、涙で震えているのが分かった。

脱力感で、私は膝を折ってその場に座り込む。

取り落としたショットガンが、足下に転がった。

私は顔を覆いながらも、涙を堪えきれなかった。

484: 2011/08/24(水) 22:14:38.21 ID:mQ2/tIeP0
ほむら(やっと……ここまで来れた……)


『こんな終わり方にならないように歴史を変えられるって……』


ほむら(やっと………あなたと約束した未来に……私は辿り着いたよ……)

いつか、まどかと交わした大切な約束。
そこに今、ようやく、私は辿り着いたんだ。

魔法少女6『…………全員の無事を確認しました……』

その言葉が、さらに私の心を躍らせた。

本当に、かつての仲間も新たな仲間も、誰一人失う事なく、
私はここに辿り着いたんだ。

ほむら(そうだ……キュゥべえ!)

この未来に辿り着くキッカケを与えてくれた相棒を思い出し、私は顔を上げる。

まどかとキュゥべえに、この勝利を報告しよう。

私達の未来が、やっと始まるんだ。

485: 2011/08/24(水) 22:15:29.75 ID:mQ2/tIeP0
Qべえ『うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

悲鳴が、私達の脳裏に轟いた。

ほむら「キュゥべえ!? キュゥべえ!?」

突如の悲鳴の主を察して、私は念話を使いながら叫んだ。

Qべえ『うぅぅあああっ!? うああぁぁぁっ!!』

ほむら「キュゥべえ! どうしたの、キュゥべえ!!」

私は何度も必死に呼びかけるが、悲鳴は止まない。

ほむら『まどか、どうしたの!? キュゥべえの身に何か起こったの!?』

まどか『分から…いの、突ぜ……る…み出して!?』

ゆま『キ…ゥべ…! キュ……え!』

まどかに念話を送るが、まどかの念話を直接中継するキュゥべえの念話が撹乱されているのか、
その声は途切れ途切れでよく聞き取る事が出来ない。
泣き叫ぶようなゆまの声も、かなり遠い。

だが、退っ引きならない状況なのは確かなようだ。

魔法少女12『私が見て来るよ!』

サポート班の魔法少女の一人が動いたようだ。

486: 2011/08/24(水) 22:16:20.45 ID:mQ2/tIeP0
Qべえ『ぼ、ボクを殺さないでぇぇ!! いやだぁ、いやだぁっ!!』

ようやく意味を持ち始めたキュゥべえの悲鳴は、凄惨な光景を思い起こさせる。

杏子『おい、どうなってんだ! キュゥべえに何が起こってんだ!?』

さやか『分かんないよ! まだ確認に行ってもらったばかりなんだから!』

Qべえ『…………………』

ついに、キュゥべえの悲鳴が止む。

魔法少女12『避難所から現場連絡! 鹿目さんの話だと、キュゥべえは突然苦しみ出したそうだよ』

マミ『それで、キュゥべえは無事なの!?』

魔法少女12『気絶してる! 今、人目につかない所で治療中だよ!』

ほむら「……………」

一体、何が起こったのだろう?

ワルプルギスの夜を倒した喜びも束の間、私達の間に不安と緊張が過ぎる。

487: 2011/08/24(水) 22:17:41.88 ID:mQ2/tIeP0
QB「やれやれ……ワルプルギスの夜を倒されるのは当初の想定外だったけど、
   想定を変更し、保険を準備しておいて正解だったようだね」

背後からの声に、私と巴さんは一斉に振り返る。

そこにはインキュベーターが一匹鎮座している。

ほむら「インキュベーター!」

QB「リンクから外した個体を準備して、彼から君たちの詳細情報を回収させてもらったよ。
   この程度の戦力ならば準備した保険で十分に事足りそうだね」

私が咄嗟に構えた銃口を向けられながらも、インキュベーターは淡々と語り続ける。

QB「いずれ魔女となる魔法少女40人……まあ、鹿目まどか一人と引き換えにしても十分なお釣りが来るね。
   申し訳ないけれど、君達には鹿目まどかを魔法少女にするための犠牲になってもらうよ」

言葉とは裏腹に、まるで申し訳なさそうに語るインキュベーターに、怒りがこみ上げる。

ほむら「黙りなさい!」

乾いた銃声と共に放たれた弾丸が、インキュベーターの頭を弾き飛ばす。

QB2「僕らの個体も勿体ないが、そんな無駄弾を撃っている余裕があるのかい、暁美ほむら?」

物陰から現れた別のインキュベーターが、頭の吹き飛んだ個体の咀嚼を始める。

QB2「まったく、リンクさせた個体の処分も含めて、この短時間で2つか、
    先に処分したのはともかく、こう言う無駄な浪費は避けたいんだけどね」

488: 2011/08/24(水) 22:19:21.81 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「ま、まさか……お前達!?」

QB2「おや、冷静さを欠いている割に、頭の回転はまだ早いようだね。
    仕方ないだろう、精神疾患罹患者とリンクさせれば、リンクした個体は精神疾患を発病するんだ。
    情報を引き出したら、素早く処分するのが鉄則だよ」

胸が、ムカムカと、した。

マミ「ま、まさか……あなた達……キュゥべえとリンクさせた個体を、殺したの?」

QB2「巴マミ、君だって僕達を何体か撃ったじゃないか。
    それと同じだとは考えないのかい?

    君たちはすぐに、自分達の事を棚にあげて、他人の行為を非難するんだね」

巴さんの口にした事実を、インキュベーターはあっさりと肯定した。

やはり、コイツらは感情もないクセにとびきりに狂っている。

コイツらの言葉を鵜呑みにするなら、事前にリンクから外した個体を準備し、
その個体とだけキュゥべえのリンクを回復させたのだ。

そして、キュゥべえの持つ私達の情報を引き出し終えると、その個体をその場で処理したのだろう。

つまり、キュゥべえは先ほど、生きながらにして殺されたのだ。
その恐怖、痛みがどれ程のモノだったか、私達には想像もつかない。

だが、コイツらはそんな事はお構いなしどころか、その事に何の感慨も抱いていない。
強いて言うなら、処理した個体が勿体ない、と言う思考レベルの判断。

489: 2011/08/24(水) 22:20:14.14 ID:mQ2/tIeP0
QB2「さあ、無駄話はここまでにしよう。
    そろそろ“彼女”が目覚めるからね。
    まさか、この魔女を実際に使う事態が来るとは考えもしなかった」

インキュベーターは言いながら、私と巴さんの間をすり抜けるようにしてビルの縁に立ち、
遠く流れる人工河川に視線を向ける。

私達もつられてそちらを見る。

もう止みかけの風雨によって増水した河川が、急激に盛り上がり始めた。

そうして現れる、水の巨人。

それと同時に、激震が辺りを襲った。

ほむら「くっ……!」

マミ「キャッ!?」

立っていられないほどの大激震に、私達はその場で身体を低くする。

長く続く揺れに、本能的な恐怖が湧き上がる。

それは仲間達も同じようで、念話を通じて悲鳴が聞こえて来る。

490: 2011/08/24(水) 22:20:46.63 ID:mQ2/tIeP0
QB2「君たち人類の科学力は、君たちが地震と呼ぶプレート運動による自然災害に対して無力だ。
    そして、その遺伝子には恐怖と呼ばれるマイナスの感情が刻み込まれているようだね。

    先日の実験で得たデータも役に立つだろう。
    さあ、そろそろ他の二人も目覚めるかな?」

身体を固定するだけで、地震に対する恐怖すら感じていないインキュベーターが淡々と述べる。

すると、大通りにのアスファルトを割って、大量の砂が湧き出す。

砂は巨大な壁となって街を二分し、私達の仲間も分断されてしまう。

だが、それだけでは終わらない。

一方に、轟音と共に火柱が上がり、もう一方には黒い靄が立ちこめる。

QB2「崩壊の魔女、業火の魔女、そして、疾病の魔女。
    舞台装置の魔女と同クラス以上の魔女を三体、用意させてもらったよ。

    僕達に必要なのは、君達の悲鳴だ。
    上手く、鹿目まどかに届けて欲しい」

まるで親しい友人に頼み事でもしているかのような悪気を感じさせない淡々とした口調。

夜を乗り越えた私達の目の前に、夜よりなお暗い、闇の帳が落ちた。







最終話「逢えて良かった」

491: 2011/08/24(水) 22:22:08.92 ID:mQ2/tIeP0
ビルよりも高い砂の壁で仲間達と分断された私達は、
念話での通信は可能ながらもそれぞれの力で3体の魔女を相手取らないといけなかった。

マミ『インキュベーターの言葉通りなら、
   こちらが業火の魔女、と言った所かしら』

立ち上った火柱の方に向かった巴さんから、ため息混じりの念話が聞こえた。

なら、私が向かっている黒い靄が疾病の魔女だろうか?

だとするなら、最後の一体、水の巨人が崩壊の魔女か?

ほむら(悪夢だわ………)

疾病の魔女の元へ走りながら、私は顔をしかめた。

キュゥべえやまどか達の事も心配だが、今は此方に対処しなければならない。

ワルプルギスの夜と同クラス以上の魔女三体の実力など考えたくもないが……。

492: 2011/08/24(水) 22:23:08.48 ID:mQ2/tIeP0
駆ける私の先で、既に戦いを始めている仲間達の姿があった。

黒い靄を相手に、攻撃を繰り返しているのは遠距離攻撃タイプの魔法少女だけで、
近接攻撃タイプの魔法少女達は距離を取って苦しそうにしている。

ほむら「何があったの!?」

魔法少女13「ほむらかい? 見ての通りだよ……私達じゃ、アレの相手はちょっとね……」

自分の身体に全開の治癒魔法をかけ続ける仲間の一人が苦しそうに呟いた。

魔法少女14「あんな反則級の魔女、見た事がないよ……魔力ごしで触れただけで発病するって、なんだよ……」

彼女の言葉に、私は目を見開く。

魔法少女15「コイツ、病原体の塊よ! 距離を取りながらじゃないと……!」

そう言った彼女も、魔力の込められた無数のダーツを投げつけながら牽制しているようだが、
魔女は怯んだ様子もなくジワジワと私達に距離を詰めて来ているようだ。

防ぎようのない魔女相手では、こちらは一定の距離を保つしかない。

なるほど、攻撃でダメージを与えられたり、相手の攻撃を防げるだけ、
ワルプルギスの夜の方がまだ可愛げがあると言う事か……。

493: 2011/08/24(水) 22:24:37.45 ID:mQ2/tIeP0
その時の私達はまだ気付いていなかった。
距離を取る、などと言う発想自体が甘かった事を。

不意に、足の力が抜ける。

ほむら「あ……?」

尻餅こそつかなかったが、私はその場にガックリと膝を落としてしまった。

よく見ると、私の回りにも微かな量の靄が漂っている。

ほむら「み、みんな、急いで後退を! 距離を取って!」

私は慌てて仲間達に呼びかけるが、既に多くの仲間達が自らの身体を掻き抱くようにして倒れ、膝をついていた。

ほむら「み、みん……ごふっ!?」

さらに呼びかけようとした瞬間、私は強烈な悪寒と嘔吐感に襲われた。
成る程、先ほども仲間の誰かが言ったが、病原体の塊とはよく言ったものだ。

おそらく、足の力が抜けたのは急激な倦怠感によるものだろう。
悪寒と共に吐き気を催し、全身の体温が急激に上がって行くのに寒気でガクガクと身体が震える。

気を抜けば、吐瀉物を巻き散らかしながら倒れていたかもしれない。

ほむら『さ、さやか……こちら側に防御強化と治癒強化、それに魔力強化の追加……急いで……』

念話で後方のさやかに強化魔法を要請する。

494: 2011/08/24(水) 22:25:38.89 ID:mQ2/tIeP0
さやか『悪い、ほむら……さっきマミさんと杏子の方に、防御と魔力、スピード強化出したばかりで……』

応えるさやかの声は疲労に満ちている。
さやかの魔法は、魔力の消耗が激しく、そう連発できるようなモノではない。

さやか『二発は何とかする……よ』

ほむら『なら、魔力強化と治癒強化を………』

さやか『あい、よ……!』

さやかの返答の後、私達に向けて二つの強化魔法が飛んで来る。
直後、私達の身体から消えつつあった青い輝きに加え、淡い紫の輝きが宿る。

通常の倍以上の速度で治癒魔法が機能を始め、何とか動けるようになった私達はその場から跳び退いた。

建造物の上に乗って下を見ると、既に地表は靄で覆い尽くされていた。

ほむら(もう、下には降りられないわね……)

これだけの魔女を相手に、足場を限定される戦闘は酷過ぎる……。

魔法少女16「ちょっと、さっきより靄の量、増えてない?」

恐る恐る仲間の一人がその事実を口にした。

確かに、徐々に靄の量は増えており、既にビルの一階天井辺りまでは黒い靄で覆い尽くされているようだ。

ほむら(使える足場まで少なくするつもり?)

向こうから攻撃して来る事はないが、このままでは海のど真ん中で水没を待つ客船と一緒だ。
しかも、水没する先は海ではなく、魔法少女にすら絶大な効果を発揮する病原体の靄。

向こうが攻撃をしかけて来ないだけマシだが、ジリ貧には変わりない。

495: 2011/08/24(水) 22:26:46.93 ID:mQ2/tIeP0
ほむら『巴さん、そちらはどうなっていますか?』

マミ『最悪ね……能力に差が有り過ぎるわ』

私の念話に、巴さんは息も絶え絶えと言った風に返して来る。

杏子『何なんだよ、あの魔女は!? 近付けば近付いたヤツが燃え出す、
   離れても、アイツの目が開くと、視線の先が燃え出すって……』

杏子が割り込んで来る。

マミ『負傷者だけで済んでいるのは幸いね……でも、いつまで保つか……』

どうやら、向こうも随分と凶悪な魔女のようだ。

成る程、近付く事も距離を取る事も出来ず、ただ逃げまどいながら隠れるしか対処法のない魔女と言う所か。

しかも向こうの魔女は自発的に攻撃までして来るとなると、こちらよりも分が悪いかもしれない。

何と言う事だろう、ワルプルギスの夜を倒した魔法少女達が、
戦場を分断されたとは言え、手も足も出ないとは……。

しかも、もう一体、水の巨人のような魔女が身動き一つ取らずに鎮座したままと言うのが不気味でならない。

496: 2011/08/24(水) 22:27:53.89 ID:mQ2/tIeP0
Qべえ『ほ………む、ら』

心中で舌打ちをしかけた瞬間、絶え絶えの声が念話で届く。

ほむら『キュゥべえ!? 大丈夫なの!?』

Qべえ『な、なんと……か………意識、は、ハッキリ、して、いるよ』

その言葉が強がりだったのはすぐに理解できた。
そんな弱々しい声を無理に絞り出せば、事情を知らない者だって何事かと思うだろう。

ほむら『無理をしないの! まどか、ゆま、あなた達は?』

まどか『私達は今のところ大丈夫……さっきの地震、ほむらちゃん達は大丈夫?』

ほむら『こちらは、今の脱落者は出ていないけど……避難所の様子は?』

まどか『地震でパニックなっているよ……大人達の中には天変地異だって騒ぎ始める人まで出て来て……。
    ねえ、また魔女が出たの?』

ほむら『……………ええ』

隠し通せるハズもないと判断し、私は僅かな逡巡の後に肯定した。

どうやら、避難所の人々の混乱と不安を吸い取ってエネルギーを得ているようだ。

497: 2011/08/24(水) 22:30:02.97 ID:mQ2/tIeP0
ほむら『キュゥべえ……辛いところを悪いけど、今から言う特徴の魔女に心当たりは?』

私はキュゥべえに今、目の前にいる三体の魔女の情報を伝える。

Qべえ『そ、そんな………まさか……』

特徴を伝え終わると、キュゥべえの震える声が返って来た。

苦しげに歪む声の向こうに、凄まじい恐怖が見え隠れするのが手に取るように分かるほどだ。

ほむら(………あまり、結果を聞きたくないわね……)

思わず、そう考えさせられるほどに……。

Qべえ『崩壊の魔女は少し情報が足りないけど……。
    疾病の魔女、魔法少女時代の名はアンネ・フランク。
    不衛生な収容所の中で絶望し、魔女化した少女だよ……』

名前だけ言われれば、私にだって分かる。

まさか、私達の中にそんな先達がいたとは思わなかったが、となると魔女化した彼女の能力も頷ける。
絶望の末に、強烈な病を他者にまで振りまいていると言う所だろう。

Qべえ『業火の魔女の名はジャンヌ・ダルク……。
    知っての通り百年戦争に参加に参加した英雄だけど、囚われの身となって火計の最中に魔女に……』

苦しそうに語るキュゥべえの言葉に、私は項垂れる他無かった。

名の知られた人物とは、即ち相応の因果を背負って来たと言う事だ。

アンネ・フランクもジャンヌ・ダルクも、その名を知らない人間を捜す方が難しい少女達だ。

ワルプルギスの夜の元となった魔法少女がどんな人物だったか知らないが、
なるほど、ワルプルギスの夜と同クラス以上と言われても納得のラインナップだ。

崩壊の魔女も、そのクラスの人物が魔女となった姿だと思っていいだろう。

498: 2011/08/24(水) 22:31:22.02 ID:mQ2/tIeP0
魔法少女17『ねぇ、こんな連中相手に勝てるの!?』

誰かの悲鳴じみた声が聞こえる。

動揺はすぐに全体に波及した。

声を震わせる者、撤退を進言する者、混乱寸前だ。

まどか『わ、私が……契約すれば……』

その混乱を押して、まどかの声が聞こえる。

確かに、まどかが契約すれば彼女達でさえ物の数ではないだろう。

だが――

ほむら『ダメよ! そんな事をしたら、私達の今までが全て無駄になってしまうわ』

さやか『そうそう……まどかは一番奥にどんっと構えてなよ』

怒鳴るように言ってしまった私の後に続き、さやかが頼もしげな声を上げる。

まどか『ほむらちゃん……さやかちゃん……でも』

私達の声に戸惑うまどかだが、さらに食い下がる。

自分が役に立つかもしれない、自分でなければいけないと言う状況下が、明らかにまどかを追い詰めている。
まどかの性格は熟知しているが、ここは心を鬼にしてでも彼女を諫めるべきだ。

499: 2011/08/24(水) 22:33:06.42 ID:mQ2/tIeP0
杏子『まどか、誰かのために願うって気持ちは認めるけど、
   こんな場面で願うようなアホは一人で十分だ』

さやか『誰がアホだー!』

マミ『そうね……私達のために命をかけようって言う、その気持ちは嬉しいけれど、
   それであなたが契約してしまったら、折角集まってくれたみんなや、
   これまでずっと戦い続けてくれた暁美さんの頑張りが無駄になってしまうのよ?』

ほむら『巴さん………』

私まで気遣ってくれた巴さんの言葉に、思わず泣き出しそうになってしまったが、
今は堪えて、口を開く。

ほむら『お願いまどか……私達を信じて』

まどか『ほむらちゃん………』

ほむら『あなたが今、魔法少女になって私達を助ける事が出来ても……、
    あの魔女を倒す事と引き換えに、あなたは魔女になってしまう。

    そうなったら、あなたは自分で守ろうとしていた大切なモノさえ傷つける存在になる。
    私は、あなたにそうなって欲しくない………』

切なる気持ちで語るその言葉は、かつて、まどかと交わした約束だ。
全てを切り捨てた私の中に残り、今も私を突き動かす原動力の一つである約束。

500: 2011/08/24(水) 22:34:15.10 ID:mQ2/tIeP0
ほむら『まどかだけじゃない……巴さんも、さやかも、杏子も……。
    協力してくれているみんなも、私は魔女になんかさせたくない』

そして、これが、今の私を突き動かす思いだ。

自分自身で断ち切ってしまった絆を、今度こそたぐり寄せたのだ。

もう、この絆を失いたくない。

まどか『ほむらちゃん……』

私の名前を呟いてから、まどかは押し黙った。

魔法少女18「いい事言ってくれるじゃん、ほむら」

傍らで膝をついていた仲間の一人が、そう言って立ち上がる。

ほむら「おだてても何も出ないわ」

501: 2011/08/24(水) 22:34:41.90 ID:mQ2/tIeP0
実際に何も出ない。

肝心の火器関連に関しても、ワルプルギスの夜を相手に使い尽くすつもりだったので、
強力な火器ほど弾薬が少なくなっている。

ほむら(どうする……ランチャーは撃ち尽くした上に、あの靄相手に効果があるかどうか……)

最後の手段である頼みの綱のC-4は、あるモノの中に詰めてかなり離れた位置に待機中。

事前の仲間達のやりようを見るに、衝撃波の類が通用しない以上、物理的な衝撃や爆風も何処まで効果があるものか……。

だが――

ほむら「諦めずに、出来る攻撃は続けるしかないわ……。
    何か、効果を現す攻撃があるかもしれない」

私は淡々と言いながら、火器を構える。

魔法少女19「そうですね。出来る事は全部やりましょう!」

遠距離攻撃の出来る他の魔法少女達も、ビルの縁に立って眼下の靄へと攻撃を始める。

とにかく、今は諦めずに攻撃を続ける他ない。

私は出来るだけ大口径の銃を用意すると、全てを撃ち尽くす勢いで乱射を始めた。

502: 2011/08/24(水) 22:35:20.38 ID:mQ2/tIeP0
◇◆◇◆

まどか「みんな………何で……」

私は泣くしかなかった。
本当は戦える私が、みんなを守れるハズの私が、戦う事が出来ない。

それが悔しくて、苦しくて、情けなくて、こんな場所に隠れているしか出来ない自分のズルさに嫌気が差す。

ゆま「マドカおねーちゃん、泣かないで」

まどか「う、うん……ゴメンね、ゆまちゃん、心配かけて……」

傍らで私を慰めてくれるゆまちゃんに、私は何とか笑顔を取り繕う。
杏子ちゃんにゆまちゃんの事を任せられたのだ。
せめて、このくらいの事はやり遂げなければ、戦っているみんなに申し訳ない。

Qべえ「まどか………」

キュゥべえも、フラフラになりながら私の事を心配そうに見上げて来る。

まどか「ゴメンね……キュゥべえ……私、ズルい子だ……。
    みんなが守ってくれるって言ったのに、役に立たない自分が嫌で、
    まだ、契約したい、なんて考えてる……」

私はキュゥべえを抱き上げながら、震える声を絞り出すように言った。

503: 2011/08/24(水) 22:36:23.47 ID:mQ2/tIeP0
まどか「ずっと……考えてた……魔女なんかいない世界を作れたら……。
    ううん……私が、魔女になってしまったみんなを、これから魔女になってしまうみんなを、
    私の願いの力で魔法少女のみんなを魔女になる前に助けられるような願いを叶えれば……、
    みんなが苦しんだり、哀しんだりしなくて済むのに……って」

Qべえ「まどか……その願いは……!?」

まどか「みんな……大切な願いを叶えるために魔法少女になったのに……、
    いつか魔女になるなんて……希望を持つのが間違いだなんて、可哀想だよ……」

我ながら、名案だと思った。

Qべえ「ダメだよ! まどか!」

けれど、私のその願いはキュゥべえの声で否定されてしまった。

Qべえ「そんな願いを叶えたら……君は魔女を消し去る、魔法少女を助けるためのだけの力……、
    つまり、それだけの機能の概念的な存在になってしまう。

    君の願いは、魔女になる君すら消し去り、君はこの宇宙から消えてしまうじゃないか!
    そんな事になったら……ほむらやみんなが哀しむよ……」

ゆま「マドカおねーちゃん……消えちゃうの?
   そ、そんなの、ゆまヤダよぉ!」

キュゥべえの言葉を聞いて、ゆまちゃんが縋り付いて来る。

504: 2011/08/24(水) 22:37:06.95 ID:mQ2/tIeP0
まどか「名案だと……思ったんだけどな」

私は泣きながら、力なく笑う。

ああ、何で私はこんなに愚かなんだろうと自嘲するように。

Qべえ「でも、最後の手段として願いを使うなら……一つだけ、方法がないワケじゃない……。
    願いを叶えた上で、君は魔女にならない方法が、たった一つだけ……」

まどか「そ、そんな方法があるの!?」

私の腕の中で重苦しく語るキュゥべえを、驚いて覗き込む。

Qべえ「でも、危険過ぎる方法だ……。
    もしかしたら、君の願いの方が正解だと言ってもいいほど……」

キュゥべえはそう言うと、私の腕から抜け出し、フラフラの身体で床に降りた。

Qべえ「本当に、最後の最後の手段だけど、念のため、覚えておいてくれるかい?」

まどか「…………う、うん……」

真剣に私を見上げて来るキュゥべえに、私は戸惑いながらも頷いていた。

505: 2011/08/24(水) 22:38:04.06 ID:mQ2/tIeP0
◆◇◆◇

魔法少女18「もう足下まで来てるよ!?」

魔法少女1「諦めちゃダメだって! とにかく、やれる事は全部やらないと!」

魔法少女19「そんな事言っても……う、後ろはもう縁のギリギリまで来てるよ!」

ほむら(思ったより詰めて来るスピードが速い……。
    ここより高いビルは……!)

仲間達の悲鳴じみた声を聞きながら、私は視線を走らせる。

かなり遠くに県庁ビルが見える。
この辺りで隣町からも見えるランドマークにもなる高層建築だが、
いかんせん、一足飛びにあの屋上まで飛ぶのは無理がある。

他にも高いビルはあるが、ドングリの背比べと言った所だ。

防御しようにも、魔力の障壁すら無効化して来る病原体が相手では分が悪過ぎる。

ほむら(まだ手はあるハズ、まだ……まだ……!)

私は盾の中から思いつく限りの武器を取り出すが、
有効打を与えられそうな武器は殆ど使い果たし、殆どの火器の弾薬も尽きかけている。

最早、手はないが、それでも私は諦めない。
一人でも諦めた姿を見せたら、それこそ連鎖的な絶望感が私達を支配するだろう。

全員がそれを分かり切っているからこそ、泣き言を漏らしても攻撃の手は緩めていない。

506: 2011/08/24(水) 22:39:20.32 ID:mQ2/tIeP0
だが、やはり対抗手段の思いつかない魔女相手の限界は訪れた。

遂に、黒い靄がビルの縁を越えて屋上に充満し始めた。

魔法少女7「は、入って来たよ!」

魔法少女20「中央に固まって! 少しでも長く保たせるの!」

ほむら(もう、あとは時間稼ぎくらいしか………!)

私達は押しくらまんじゅうをするかのように屋上中央に集まり、必死の抵抗を続ける。

地力があまりにも違いすぎる。
ワルプルギスの夜のように力で押し切れるレベルを遥かに超えた、
最早、病と言う現象そのものの魔女を相手に、これ以上、どうやって立ち向かえと言うのか。

視線を反対側に向ければ、砂の壁の向こうが赤く燃えているのが見て取れた。

あの壁の向こうはどうなっているのか……惨状しか頭を過ぎらない。

ほむら(まさか……本当に……ここまでなの……?)

目と鼻の先にまで迫った靄に銃弾を浴びせながら、私はジワジワと歩み寄る絶望感に苛まれていた。

折角、みんなで繋げた希望も、約束も、こんな所で踏みにじられてしまうのか?
こんな多くの仲間を得ておきながら、私は、またまどかを、友人達を救えないのか?

ほむら「うわああぁぁぁぁぁっ!!」

私は絶叫しながら、両手で持った拳銃を撃ち続ける。

だが――

507: 2011/08/24(水) 22:40:22.23 ID:mQ2/tIeP0
???「駄々っ子は見てられないや」

声と共に、一陣の黒い風が、私達の周囲に舞った。

黒い風が私の眼前に止まった時、私はその姿が人間である事を、
そして、よく見知った――知りたくもなかった――顔である事に気付いた。

ほむら「く、呉……キリカ……!?」

そこにいたのは、漆黒の服に身を包み、獣のような魔力の爪を携えた魔法少女の姿があった。

キリカ「へぇ、私の名前知ってるんだね……どうでもいいけど」

呉キリカは興味なさそうに言ってから、無邪気な笑顔を向けた。

キリカ「織莉子、聞こえる? ……ああ、そう、君の言った通り、コッチの面は割れてるみたいだ。
    靄は大丈夫かって? 君が考えた作戦が失敗するハズないじゃないか。
    …………うん、この魔女、私の魔法と相性がいいね…………そんな事言わないでよ。
    いつも言ってるじゃないか……私の一番は織莉子で、一番以外は存在しないよ」

まるで周囲の状況を考えずに、年頃の少女が恋の話に熱中するかのように朗らかに語る呉キリカ。

ほむら(最悪……だわ)

私はその場に膝をついた。

508: 2011/08/24(水) 22:41:27.12 ID:mQ2/tIeP0
ほむら(いったい……何時、インキュベーターと契約したと言うの?
    しかも、あの話ぶりからして、美国織莉子も魔法少女に?
    まさか、まどかを狙って!? 美国織莉子は何処!?)

私は半ば混乱気味に思考を巡らせる。

もしも、チェスが三人同時で展開できるゲームだとして、
対戦相手二名に同時にチェックメイトをかけられたこんな気分だろうか?

いや、チェスの方がまだマシか……ゲームで失う物はないが、此方は何もかも失う現実だ。

ほむら「あなた達の狙いは……?」

私は努めて冷静に呉キリカに問いかける。

キリカ「……………………」

しかし、呉キリカは何も応えず、私達にグリーフシードを投げ渡す。
人数分とまではいかないが、かなりの数だ。

キリカ「魔力……青髪の子のお陰であんまり減らないらしいけど、
    回復しておいた方がいいから、って……織莉子から」

実につまらなそうな物言いは、明らかに嫉妬の色が見える。
そして、魔力の爪が私の首もとに向けられる。

509: 2011/08/24(水) 22:42:37.79 ID:mQ2/tIeP0
キリカ「勘違いしない内に言っておくよ?

    織莉子が言うから君達にあげるんだ……。
    私の織莉子への愛は無限だけど、愛せる時間は有限なんだ……、
    君達にかまけている時間も、こんな魔女に時間をかけている時間も勿体ないくらいさ」

ギラギラと強い光を灯しておきながら虚ろにすら見える目で語る呉キリカに、
私は思わずゾッとせざるを得なかった。

敵意はないが殺意はあるような、何とも言えないアナーキーな感覚だ。

仲間達も数人はこの様子に怯えている。

ほむら「あなたと美国織莉子は……仲間、と思っていいのかしら?」

???『そう思ってもらって構わないわ……イレギュラーさん』

脳裏に響く念話の声に、私も思わず殺意を抱く。

ほむら『美国……織莉子……!』

返す念話は、思わず怒りで震える。

織莉子『あら……随分とご立腹の様子みたいだけれど……。
    そんなに恨まれるような事をしたかしら?』

別の時間軸では、随分とね。

私はでかかったその言葉を飲み込む。
以前のように事情を悟られている可能性はあるが、下手に敵を増やす事もない。

510: 2011/08/24(水) 22:43:53.32 ID:mQ2/tIeP0
織莉子『先ほど、避難所の屋上にいた子に頼んで、念話のリンクに入れさせていただいたわ。
    青髪の方の魔力も回復済み……万が一、敵対する意志があるなら、ここまでするかしら?』

嫌になるほど冷静な物言いに、私はかつての自分を重ねたくもないのに重ねて、より嫌気が差す。

織莉子『あなた、私の………いえ、私達の能力は知っている、と思っていいのね?』

ほむら『予知能力と減速魔法』

その質問に私は淡々と答える。

織莉子『話は早いわ………最初は鹿目まどか、と言う子を殺して全てを終わらせた方が良いと思ったのだけれど、
    さすがにあなた達が数を揃えてからは、予知が一切、変わらなくなった』

ほむら『ッ!』

彼女の言葉に、私はやはり怒りを禁じ得ない。
他の仲間達にも動揺が走る。

だが、そんな私達の気持ちをお構いなしに、美国織莉子は続ける。

織莉子『おそらく、どうやっても鹿目まどかを殺せる未来には辿り着かない、
    そして、未来はおそらく固定されつつある。

    だとしたら、私はキリカのためにも、望む可能性の有る側に賭けるだけ……』

美国織莉子は、最後は実に優しい声で呟いた。

それを受けて満面の笑みを浮かべる呉キリカ。

511: 2011/08/24(水) 22:45:16.94 ID:mQ2/tIeP0
吐き気がする。

キュゥべえの時も思ったが、コイツらは私だ。

だが、キュゥべえと違うのは、コイツらは一ヶ月前までの私だと言う事だ。

互いの事を最上級に考えた上で、それ以外の全てを排除した、
あまりにも排他的で、吐き気を催すほどに身勝手な共生関係の生物。

だが――

ほむら『本当に……仲間と思っていいのね……?』

なら、私もかつての私のようにコイツらを利用するだけだ。

私達全員が望む未来のために。

織莉子『協定……成立かしら?』

私の質問に、美国織莉子は微笑むように応えた。

織莉子『………そちらの魔女の対処方法は全て、キリカに教えてあります。
    キリカ、手順は覚えているわね?』

キリカ『当たり前じゃないか……他の何を忘れても、
    私が織莉子の言葉を一言一句、吐息の数だって忘れるハズがない』

織莉子『あらあら……それでは、あなたが無知な子になってしまうわ』

キリカ『織莉子が嫌なら治すけど……期待しないで』

512: 2011/08/24(水) 22:46:20.98 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「こんな所で惚気られても困るのだけれど……」

キリカ「………」

話に割って入ったのが気にくわないのか、呉キリカはムッとした顔を此方に向けて来る。
まったく、やり辛いったらない。

魔法少女1「……って、靄が止まってる!?」

ようやく気付いた仲間の一人が、驚いたようにその事実を口にした。

ほむら「彼女の固有魔法……減速魔法よ。
    止まっているように見えているけど、実際はかなりゆっくり動いているわ」

魔法少女21「べ、便利な魔法だね。どんな願い事をすれば使えるようになるんだろ?」

私は知りたくもないが、確かに、自分の周囲の時間を遅らせる事の出来る呉キリカの減速魔法なら、
相対的にこの靄の侵食速度を落とす事が出来る。

私達にも靄がゆっくり見えている、と言う事は、恐らく、自分の周囲数メートルを魔法の対象外にしたのだろう。

癪なことだが、今、私達はこの呉キリカによって守られていると言う事になる。

513: 2011/08/24(水) 22:48:08.80 ID:mQ2/tIeP0
キリカ「さて、と……魔力が効かないなら、武器で払おうとか考えないの?」

呉キリカは言いながら、大きめの服の裾から白い球体を2つ取り出す。
見覚えのあるソレは、美国織莉子の使う武器だ。

彼女の武器は腕にある魔力の爪なので、恐らくは借り受けて来たものだろう。

頭ほどもある大きさの球体が、彼女の魔力を帯びて舞い上がり、
靄を押し退けて飛ぶ。

減速魔法によって動きを極限まで制限された靄は押し退けられたままだ。

ほむら「一番最初にみんなが試しているわよ……。
    そんな方法が有効なのは、あなただけよ」

私は呆れたように言いながら、靄の中を縦横無尽に駆け回る白い球体を見遣った。

蟻が土中に巣穴を広げて行くように、球体は靄を蹴散らしている。

なるほど、相性と言うのは何にでもあるものだ。

私の時間停止にとって美国織莉子の予知能力が天敵であったように、
広がるしか能のない黒い靄には、減速魔法と遠隔物理攻撃の合わせ技と言う事か。

514: 2011/08/24(水) 22:48:50.30 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「みんな、攻撃を魔力放出系から物理攻撃に切り替えましょう。
    呉キリカの魔法の対象範囲に入らないようにすれば、靄に包まれる事はないハズよ」

私は仲間達に指示を出しながら、役に立つものがないか探り始める。

私の武器は物理的な攻撃が専門だが、銃弾と言う攻撃面積の小ささから、吹き飛ばせる量も少ない。
しかも、爆発系の装備は自分達の周囲から靄だけを吹き飛ばすと言う関係上、扱いが難しい。

いっそ扇風機か何かが入っていれば役に立つのだが………さすがにそんな便利な物は………。

ほむら「………ないわね」

結局、私はこの場では役立たずか。

キリカ「イレギュラーの人。織莉子の作戦に君が必要らしいから、今は指を咥えて休んでいるといいよ」

本当に優しくないな、彼女の物言いは。

しかし、彼女の言い方からすると、私の能力が必要になる作戦がある、と言う事か。

515: 2011/08/24(水) 22:50:03.68 ID:mQ2/tIeP0
ひとしきり、靄を押し退け終わると、私達はようやく下に降りる事が出来るようになった。

呉キリカを中心とするような陣形を組み直し、今、私達が向かっているのは街を二分する砂の境界だ。
物理攻撃を中心にして靄を押し退け、ゆっくりと迫って来る靄を振り切って行く。

ほむら「それで、作戦内容は?」

織莉子『それは私から説明させてもらいます』

呉キリカに尋ねると、念話で美国織莉子が話しかけて来た。

織莉子『今からあなたに囮になってもらいます。
    少なくとも、そちらにいる疾病の魔女は倒す事が出来るでしょう』

成る程、囮作戦か。
私の時間停止にもってこいの戦法だ。

さやか『ちょ、ちょっと! ほむらを囮に、って、危ない作戦じゃないだろうな!?』

織莉子『危なくない作戦だと、遅かれ早かれ全滅するわ』

さやか『なっ!? じゃあ、ほむら一人を危険に晒せって言うのかよ!』

杏子『さやか、こらえろ!』

さやか『けど!』

516: 2011/08/24(水) 22:51:21.86 ID:mQ2/tIeP0
さやかが怒ってくれるのは有り難い………。
だが、ここは美国織莉子に従っておくべきだ。

ほむら『さやか、大丈夫よ。
    彼女の作戦の成功率の高さは保証できるわ………腹立たしい事にね』

美国織莉子の作戦立案は予知能力と言う驚異的な説得力もあって、
たとえその内容が稚拙であろうが、危険であろうが、成功率は高い。

ほむら『ただ、信用はしないわ』

織莉子『それで結構です』

私と美国織莉子は、互いに淡々と言葉を交わす。

やり方を変えたとは言え、結局、彼女はまどか殺害を一度でも企てたと言う事実がある。
さきほど、敢えてその事実をこの場で口にしたと言う事は、
信用する必要がないと先に予防線を張られたような物である。

まあ、大方、この二人の事だから今後のために私達と休戦協定を結んで、利用していると言った所だろうし、
私も、この二人の事を最大限に利用して、仲間達の生存の道を見出す他ないのだ。

利害の一致以上に、この二人と私達との間で確かな協定もないだろう。

織莉子『ではまず……』

そして、作戦説明が始まった。

517: 2011/08/24(水) 22:52:18.58 ID:mQ2/tIeP0
作戦の説明が終わると、私は不思議と納得していた。
成る程、その方法ならば疾病の魔女は何とか出来そうだ。

織莉子『配置はさきほどの指示通り……そちらの班は、出来るだけ靄から遠くにいた方が賢明です』

淡々と説明を終えた織莉子に、全員が押し黙る。

ほむら『………それで、疾病の魔女が倒れる瞬間は見えているの?』

織莉子『ややブレてはいますけど……間違いなく、この方法でしか倒せないでしょう』

ほむら(この方法なら倒せる、とは言わないか……結局、博打と言う事か)

私は気付かれないように心中でため息を漏らす。

だが、他に方法は思いつかないし、作戦はいつでも発動可能だ。

既に作戦の前段階として、砂で出来た境界の上には巴さんと杏子の姿が見えており、その向こうには巨大な火柱も見える。

魔力強化もまだ5分ほど余裕が残っている。
身体強化を全開にしても、十分に時間停止は出来るハズだ。
必要な弾薬も、既に準備は出来ている。

作戦実行上、問題はない。

ほむら『問題ないわ、始めましょう』

囮役の私が承諾した事で、作戦は始まった。

518: 2011/08/24(水) 22:52:53.80 ID:mQ2/tIeP0
マミ「暁美さん!」

境界の上で私を待ちかまえていた巴さんが、胸のリボンを伸ばして私の腕を掴む。
私は掴まれた方とは逆の腕で巴さんのリボンを掴み、軽く引いた。

それを合図に、リボンが一気に縮んで私を境界の上へと引き上げた。

ほむら「杏子、お願い!」

杏子「任せろ!」

境界の上に着地する寸前、杏子が伸ばした槍が足場となって私に突き出される。

杏子「よーしっ、ほむら、飛んでけぇっ!」

杏子は私を槍の先に載せたまま、凄まじい膂力で槍を振り回し、私を上空へと打ち上げた。

そこでようやく、私は再び業火の魔女の全貌を見た。

遠目にはただの火柱だったが、よく見れば、歪な十字架のような形をしており、
成る程、史実で火計で亡くなった人物である事を思わせる姿だった。

十字架の頂点には目のような物が存在しており、その目が開かれ、何かを見たと思った瞬間、
その視線の先にあった信号機だけが一瞬で燃え尽きた。

成る程、恐ろしい能力だがお陰でこの作戦の信憑性が増したと言うものだ。

高々度跳躍で滞空しながら、私は背後をチラリと見遣った。

519: 2011/08/24(水) 22:54:10.58 ID:mQ2/tIeP0
ほむら(もう彼女は減速魔法の圏外のようね……いえ、私が減速魔法の圏内に入ったのかしら?)

疾病の魔女の動きが元に戻り始めた事を確認して、私は再度、業火の魔女を見遣る。

杏子のお陰でかなり高い位置まで放り上げてもらったつもりだったが、
それでも目の前の業火の魔女や、河川方向で佇む破滅の魔女に比べればやや低い。

滞空時間の限界で落下が始まった事を悟った私は、即座に信号弾を発射した。

信号弾は業火の魔女の目前で炸裂し、閃光と煙を放つ。

一瞬、驚いたように炎をゆらめしかした業火の魔女は、私に気付いたようで、
私を正面に捉えるように向き直った。

ほむら(かかった!)

美国織莉子の作戦、と言うのが気にくわなかったが、それでも敵の注意を引きつけると言う第一の難関を突破し、
私は思わず心の中でガッツポーズを取りたくなった。

だが、まだだ。

目を閉じたまま正面に向き直ったと言う事は、おそらく、あの見ただけで対象を燃やす目以外に、
此方を察知するための視覚か、そうでなければ触覚のような物が存在しているに違いない。

そして、先ほど、信号機を燃やし尽くした割に、下のアスファルトに一切の被害を出していない所を見れば、
あの目で燃やせる対象は、事前情報通り1つだけと言う事だ。

520: 2011/08/24(水) 22:55:12.31 ID:mQ2/tIeP0
ほむら(慌ててはダメ……ギリギリまで、目が開くギリギリまで引きつける……!)

自由落下を続けながら、私は視線を前後に走らせながらタイミングを計る。

タイミングが一瞬でも遅れれば、先ほどの信号機と同様、
業火の魔女の能力で私は一瞬で消し炭となる。

逆にタイミングが一瞬でも早ければ、この作戦は失敗に終わる。

魔女もバカではないだろう、一度でも失敗した作戦が二度通じる保証はない。

だが、バカではないからこそ、必殺の一撃には最大の自信を持っているハズだ。

見た物……それも一つの対象だけを完璧に燃やし尽くす、その能力に。

そして――

ほむら(開いた!)

目が開いたと思った瞬間、私は時間停止をかけ、私以外、全ての時間が停止した空間の中、
私は砂の境界の上に降り立った。

そして、時間停止を解除する。

さあ、見て貰おう、お前の視線の先にある物を。

直後、私の背後で炎が燃え上がった。

521: 2011/08/24(水) 22:57:04.82 ID:mQ2/tIeP0
テレビでガス爆発の実験映像を見た事がある。
空気中に充満したガスに引火し、炎が一気に空間を埋め尽くすアレだ。

振り返った私の視線の先で、それと同じ光景が街単位で起こっていた。

しかし、ガス爆発のように建造物に被害を出したりはしない。

燃えているのは彼女のお仲間、そう、疾病の魔女だ。

いかに病原体の靄とは言え、元々、一体の魔女だ。
業火の魔女の視線の先にいた疾病の魔女も、その対象に過ぎなかった。

もうお分かりだろう。

そう、美国織莉子の作戦は、疾病の魔女を背にした囮役の私が飛び、
業火の魔女が目を開いた瞬間、私が燃やされる前に時間停止で回避、
そのまま、私の後ろにいた疾病の魔女を燃やし尽くさせる事にあったのだ。

作戦はご覧の通り大成功。
黒い靄の塊だった疾病の魔女は、一瞬にして燃え尽きた。

ほむら(美国織莉子……敵に回すと腹立たしいほど恐ろしいけれど、
    味方にすれば、これほど心強い能力もないわね……)

522: 2011/08/24(水) 22:58:14.93 ID:mQ2/tIeP0
最悪の魔女の一角を崩した私達は、改めて全員で集結する。

前線三班は先ほどの布陣に呉キリカを加え、さやか達のサポート班には美国織莉子が加わっている。

さらに二人から譲渡されたグリーフシードで魔力もある程度回復できており、
万全、と言うほどではないが、少なくともつい数分前まで押し寄せていた絶望感とは無縁と言ってもいい。

さらに――

ほむら「能力の相性と言うけれど、コイツは私向きの相手のようね」

美国織莉子の立案した囮作戦のお陰で、私も気付いていた。

業火の魔女の能力は、私が囮に回り続ける事で十分に無力化できる。

さすがに、接近状態での自然発火は防げないだろうが、
要はワルプルギスの夜の時のように距離を取っての戦闘なら通用すると言う事だ。

破滅の魔女がまだ動き出さない以上、一気に決着を着けなければならない。

織莉子『発火能力は恐ろしいようだけれど、移動能力は皆無のようね……』

マミ「確かに、私達がビルの陰に隠れても一度も動いていない所を見ると、
   移動出来ない、と言うのは正解かもしれないわ」

美国織莉子の言葉に巴さんが思案気味に呟いた。

523: 2011/08/24(水) 22:59:28.83 ID:mQ2/tIeP0
織莉子『暁美ほむらさん、信号弾や発光弾の類はあと残り10発でいいのかしら?』

ほむら『残り12発よ。
    つまり、あと10発で片が付くと考えていいのかしら?』

私は不機嫌そうな小さなため息を混じえて返す。

元々、ワルプルギスの夜との戦闘中、目眩ましや牽制用で大量に準備しておいた物だ。
仲間が増えた事で不要になったと思っていたが、返却せずにおいていて正解だったと言う事か。

杏子「さっきからお前らのやり取り聞いてると、最初から随分とトゲがあるみたいだけど、
   さっきのまどかへの言い方はともかく、それ以前に何かされたのか?」

ほむら「この時間軸では関係のない事よ。
    私がどうしても割り切れないと言うだけ」

杏子「う~ん……よく分かんねぇな」

ほむら『さっさと指示を寄越しなさい』

首を傾げる杏子を後目に、私は美国織莉子に指示を要求する。
これ以上、二人と仲間達の関係をギクシャクさせるのも得策ではない。

524: 2011/08/24(水) 23:00:17.23 ID:mQ2/tIeP0
織莉子『では、これから逐一、指示を出します。
    その通りに動いてもらいますが、よろしいかしら?』

ほむら『善処するわ』

杏子に指摘された事もあったが、私は意識してトゲを出さないように言った。

そして、私達は美国織莉子の指示の通りに動き始める。
如何に強力な魔女でも、戦闘パターンが読み切れるなら恐ろしい事はない。

私は時間停止を駆使して撹乱し、仲間達の攻撃のチャンスを作る。

接近状態の自然発火が避けられないため近接攻撃系・物理攻撃系の武器が使えないのが痛いが、
遠距離からの魔力攻撃なら若干の効果が得られるようで、徐々に業火の魔女はその身を削られて行った。

そして――

ほむら「これで、10発目……!」

私は美国織莉子の予知通り、10発目となる最後の信号弾を放った。

炸裂した信号弾の発光による目眩ましに乗じて、仲間達の攻撃が四方八方から満身創痍の魔女へと襲い掛かった。

時間にして約20分、さやかの支援魔法を駆使しての激戦はようやく中盤を超えた。

525: 2011/08/24(水) 23:01:15.58 ID:mQ2/tIeP0
織莉子『回収したグリーフシードは此方に、美樹さやかの魔力を最優先で回復させます』

さやか『わ、悪いね……みんな……』

織莉子の指示に続いて聞こえて来たさやかの声は息も絶え絶えだった。

人数の多少に関わりがないとは言え、遠距離・広範囲への支援魔法はさやかの魔力を大幅に削る。

美国織莉子達と合流した時にグリーフシードで完全回復させたとは言え、
業火の魔女との戦闘中に、また4回の広域全力支援魔法を使ったさやかの魔力は限界に近いだろう。

織莉子『それと……これより先、回避能力や残魔力に余裕のない人は全員、
    速力強化の効果が発動している間に街の外まで下がりなさい』

魔法少女22『ちょっと、新入りさん、何ふざけた事言ってんのよ!』

魔法少女23『そうよ! まだ一体、一番大きいのが残ってるじゃない!』

キリカ『君達、理解が遅いね。織莉子は、死にたくなかったら下がれ、って言ってるんだよ』

美国織莉子の新たな指示に憤慨していた仲間達は、呉キリカの直接的な物言いに凍り付く。

526: 2011/08/24(水) 23:02:09.51 ID:mQ2/tIeP0
杏子『随分と物騒な言い方するじゃん』

織莉子『……避けられない、なんて情けない理由で勝手に死なれて、
    他の人間の判断や動きを鈍らせる人間に用がないだけ……』

此方も随分とストレートに言い直してくれたものだ。

ほむら(けど……この物言いからして、アイツには勝てる要素がない、と言う事?)

私は、現れた時のまま未だに微動だにしない水の巨人を見上げて思案する。

ほむら(でも、魔女があの位置ならアレが使える……)

私はビルの上から河川を睨め付ける。

此方も対ワルプルギスの夜戦に備えて準備していたとっておきの中のとっておき。
本当は二つを別々に使うつもりだったが、仲間達の存在もあり、
万が一の最終兵器として準備していたアレが役に立つ時が来たようだ。

私は一足飛びに河川へと跳躍し、川面に降り立つ。

ちなみに、いくら魔法少女でも川面に立つなどと言う離れ業は出来ない。
ここにはちゃんと足場が有り、私はその足場の上に立っているに過ぎない。

それを今、明かすとしよう。

527: 2011/08/24(水) 23:03:38.95 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「お前の出番よ……!」

私は静かに言い放つと、足下に魔力を流し込み、今、私の足場となっていた物を起動させた。

深い人工河川の川面を波打たせ、浮上した私の足場。
メタルストーム重機関銃とジャックハンマーをレンタルして来た米海軍寄港基地から同じくレンタルさせてもらった戦艦だ。

最初はコレの艦砲射撃をワルプルギスの夜に浴びせようと思っていた私だったが、今は別の用途を持っている。
完全防水を施した艦内に大量に積み込んだC-4を使った、戦艦型炸裂弾だ。

工場地帯を丸ごと消し飛ばす威力の爆薬と、さらに艦砲用の火薬・爆薬を孕んだ超巨大爆弾である。

その超巨大爆弾を、私は破滅の魔女に向けて走らせる。

織莉子『無駄よ』

美国織莉子は私にだけ念話を送って来たようだった。

まだ試した事はないが、コレでダメージを与えればこの後の戦いはグッと楽になるハズだ。

そして、さすがにこの爆弾に脅威を感じるのか、水の巨人が動き出した。
街を分断していた砂の境界を引き寄せ、身に纏って行く巨大な魔女。
その姿はさながら、砂の鎧を纏った水の巨人と言うべきか。

どうやらあの砂もこの魔女の能力、いや、身体の一部だったようだ。

528: 2011/08/24(水) 23:04:20.32 ID:mQ2/tIeP0
ほむら(砂と水………砂漠と治水? ……ま、まさか、ね)

私は脳裏に過ぎった歴史上の人物の名前を慌ててかき消す。

収容所送りにされた少女と、英雄だった少女の魔女ですらあの強さだったのだ。
今、私の脳裏を過ぎった人物がこの魔女の正体だとしたら、本当に勝ち目がない。

私は魔女が爆弾に覆い被さって来るのを確認すると、
時間停止と共にありったけの手製爆弾を置き土産に退避する。

ほむら『みんな、ビルの陰に入って伏せて!』

私は爆発の規模を想定し、仲間達に避難指示を出す。

既に爆弾は魔女の体内に飲み込まれた状態であり、どの程度の被害が外に及ぶか見当が付かないが、
多少は外や街への被害は抑えてくれるだろう。

私はビルの陰に潜り込むと、中古の携帯電話を改造したC-4爆薬の起爆スイッチを押す。

だが、私の予想した爆発は来なかった。

529: 2011/08/24(水) 23:05:25.79 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「う、うそ……」

愕然と漏らした私は、ビルの陰から破滅の魔女の様子を窺う。
自分でも自分の目が見開かれるのが分かった。

魔女の身体は膨れあがってはいたが、まるで堪えた様子がなかった。

それどころか、膨れあがった身体は次第に元の状態へと戻って行き、
砂の鎧の彼方此方から戦艦だったものの破片と思しき鉄片がこぼれ落ちて来た。

ほむら(あの爆発に、耐えた!?)

最初から倒せる保証などなかったが、まさか無傷とは……。

織莉子『目眩ましを一つ失ったわ』

美国織莉子の言葉に、私はガックリと膝をついた。

ほむら(読みが……甘すぎた……!?)

まさか、私の用意したとっておきの一発が、時間稼ぎ程度にしかならない代物だったとは。

だが、本当に驚くべきはあの爆発に無傷で耐えた破滅の魔女だろう。
外側からならともかく、内側からの爆発を無効化されるのは、あまりにも理不尽過ぎる。

ほむら「世界三大美女と呼ばれた女王は伊達ではないワケね………」

私は吐き捨てるように呟いてから、気を取り直して立ち上がる。

530: 2011/08/24(水) 23:06:51.99 ID:mQ2/tIeP0
織莉子『指示に……従ってもらえるかしら?』

ほむら『……………………分かったわ』

美国織莉子の言葉に、私は僅かな沈黙の後に頷く他なかった。

さすがに、ここまでの実力差を見せつけられると、
最早、絶望感を通り越して笑いさえこみ上げる。

織莉子『やる事は時間稼ぎ………あと5分も保てば良いわ』

ほむら『………どう言う事?』

織莉子『あと5分で、鹿目まどかは契約する』

ほむら「!?」

今度こそ、私の目は最大まで見開かれた。

一瞬、美国織莉子が何を言っているのか分からなかった。

531: 2011/08/24(水) 23:09:04.00 ID:mQ2/tIeP0
魔法少女23『まどかちゃんが契約って何よ!?』

織莉子『知らないわ……私は単に未来に起こる事を予知しているだけ。
    そして、この予知はもう五日以上、ブレる事なく私の脳裏に映り込続けている』

仲間達の狼狽に、織莉子は淡々と答え、さらに続ける。

織莉子『そして、その先の未来が見えない……何が起こるかは、私にも分からない。
    私は単に、その先が見える可能性を探りたいだけ……』

美国織莉子は達観したかのように漏らす。

魔法少女6『………いけない、避難所、包囲されています!』

珍しく慌てた声を漏らした仲間に、私はようやく正気を取り戻す。

ほむら『どうしたの!?』

さやか『い、インキュベーターだ! インキュベーターの大群が避難所に押し寄せて来てる!』

私の問いかけに応えたのはさやかだった。

魔法少女12『百や千なんて数じゃない……もっとたくさん……か、数え切れないわ!?
      避難所の回りが……見渡す限り、真っ白に染まって……!』

さやか『まどか達に念話が中に通じない……これって念話が妨害されてるの!?』

まさか、魔女に集中している間に近寄られたのか?
しかも、その数が相手では、まどかとゆまだけでなく、キュゥべえも危険だ。

ほむら『誰でもいい! 避難所のインキュベーターを何とかして!』

私は悲鳴じみた声で叫び、自らも必死で駆ける。

だが、それが私の命取りとなった。

532: 2011/08/24(水) 23:10:20.83 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「ッ!?」

頭上に感じた死の恐怖に、私は思わず振り返った。

眼前にまで迫った、巨大な砂の塊――魔女の腕だ。

魔女の腕は私の隠れていたビルを押し潰し……いや、砂ですり潰しながら迫って来る。
私は咄嗟に腕で庇うようにして時間停止の魔法を発動させながら、全力で跳び退いた。

だが、時間停止が発動したのは私の体感時間で一瞬にも満たなかった。

ほむら「きゃうっ!?」

砂の煽りを受けて満足に体勢を整えられなかった私は、植え込みに突っ込みながら短い悲鳴を上げた。

ほむら(何で……時間停止が……)

私は植え込みの中に倒れ込んだ状態で、自分の盾を見遣った。

盾は、中心を真っ二つに抉られていた。

ほむら「そ、そんな………」

533: 2011/08/24(水) 23:12:01.90 ID:mQ2/tIeP0
愕然とした。

全ての能力が並以下の私にとって唯一の生命線とも言える、
時間停止の魔法を発動し武器を収納するための盾が、破壊されていた。

中心が抉られ、時間停止を象徴する砂時計の赤い砂がサラサラとこぼれ落ちている。

ほむら(………しまった………)

そこで私はようやく気付いた。
回避の直前、私は咄嗟に腕で身体を庇った。

生物として当然の防衛本能で、急所を守るために腕を捨てた。

だが、その防衛本能が仇となったのだ。

時間停止を発動した瞬間には盾は破壊されており、
それがあの一瞬だけの時間停止だったのだろう。

一瞬とは言え、魔力障壁と合わせてワルプルギスの夜の魔力光弾すら受け止めた実績のある私の盾も、
この強大過ぎる魔女の力の前では、防壁にすらならなかったと言うのか?

愕然としながら、私は魔女の腕が通り過ぎた場所を見遣った。

何も残ってはいない。

ビルも、アスファルト舗装された道も、何もかもが砂にすり潰されて消えていた。
一瞬でも時間停止が遅れていれば、私もあれらと同じ道を辿っていた。

534: 2011/08/24(水) 23:13:36.79 ID:mQ2/tIeP0
私は恐怖で震えながらも盾を修復すべく魔力を注ぎ込むが、
他の魔法少女達の武器と違い、私の盾は修復されなかった。

ほむら「な、何で!? 何で直らないの!?」

さやかの支援魔法が発動し、私の身体は五色の輝きに包まれていた。

だが、魔力と治癒の強化が発動しているにも拘わらず、私の盾は修復されない。

今まで盾を破壊された事など一度も無かった。
だから、直せると思っていた。

だが、直らないと言う事実を突き付けるかのように、
赤い砂の流出は止まらず、ついに全ての砂が流れ落ち、盾と共に消え失せる。

ほむら「あ、あ……ああ………」

織莉子『死にたくなければ早く逃げなさい……何も出来なくなった人間はいるだけ邪魔よ』

愕然とする私には、美国織莉子の酷薄な声もどこか遠くで聞こえていた。

再び、砂の腕が私の頭上へと伸びた。
逃れ得ぬ絶対の死が私に襲い掛かるが、無力化された私には為す術がない。

ほむら(死……ぬ?)

535: 2011/08/24(水) 23:15:15.48 ID:mQ2/tIeP0
どこか他人事のように私は感じていた。

死の恐怖と隣り合わせの中で、ずっと走り続けてきた。
かつてはまどかを助けるため、そして、今はみんなと笑って明日を迎えるため。

その目的で私は死の恐怖を押さえ込み続けて来た。

だが、私の心は今、挫かれていた。

まどかが契約すると言う、揺るぎない未来。

世界は、魔女となったまどかに蹂躙されて終わる。

笑って迎えられる明日は、やってこない。

私の目的は達せない。

時間停止と言う唯一の力と、全ての武器を失った私に、
この魔女に抗う術は、為す術は、もう残されていない。

諦めたかのように、私は迫り来る砂の腕を見上げた。

ほむら「………………」

声は無かった。

ただ、諦めが、絶望が、私の魂を蝕んで行く感触だけがリアルだった。

536: 2011/08/24(水) 23:16:21.09 ID:mQ2/tIeP0
だけど――

??「止まるんじゃねぇ、バカ!」

横から聞こえた声に、私が意識を集中する直前、
私の身体は鎖で雁字搦めにされて引っ張られていた。

??「大丈夫、暁美さん!?」

ほむら「……巴……さん、杏……子?」

呆然と呟いた私は、そこでようやく二人が私を助けてくれた事に気付いた。

自分の引っ張られて来た方向を見遣ると、私のいた植え込みも近くのビルも、
やはり砂ですり潰されて消えていた。

あの場にいたら死んでいた………いや、死ねていた?

マミ「しっかりして、暁美さん……立てる?」

救助のための鎖の拘束から解かれた私は、巴さんに支えられながら立ち上がる。

だが、私はその場で再び崩れ落ちる。

杏子「ほむら? おい、こんなトコで尻餅付いてる場合じゃないだろ!」

杏子の叱咤が響くが、私の耳にはその声も遠い。

537: 2011/08/24(水) 23:18:08.11 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「だって……もう……未来は変わらない……ここまで来たのに……」

私は呟きながら、もう形すら残っていない盾のあった腕を見遣る。

二人の息を飲む音が、いやに大きく聞こえる。

ほむら「もう……やり直す事すら、出来ない………」

二度と繰り返さないと決めていたハズなのに、私は思わず呟いてしまう。

どんなに追い詰められた状況でも、時間遡行の魔法が私に希望を紡いでくれた。

まだ次がある。
今度こそ。
この時間軸ならば。

ほむら「未来は……変わらなかった……!」

私はついに涙を溢れさせ、そのまま仰向けに倒れてしまう。

キュゥべえがくれた、最後のチャンスさえ私は活かせないのか?

無力感はさらなる絶望となって、私のソウルジェムを濁らせて行く。

眠るように、絶望に身を任せて目を瞑る。

その時、不意に私の身体が乱暴に引き起こされた。

杏子だろうか?

ああ、もう、誰でもいい……放っておいて欲しい。

538: 2011/08/24(水) 23:19:12.29 ID:mQ2/tIeP0
マミ「甘えた事を言っているんじゃありません!」

響いて来た声に、私は目を見開く。

ほむら「巴さん……」

マミ「未来なんて、もうあなたは変えて来たでしょう!?
   今ここに、私も、佐倉さんも、美樹さんもいる!
   協力してくれた多くのみんながいる!

   ここは今、あなたが掴み取った未来じゃないの!?」

ほむら「私が掴み取った……未来?」

巴さんの言葉に呆然としながら、引き起こされるだけだった身体を自らの手で支えていた。

マミ「あなたは、たった一人で立ち向かう未来を変えたのよ!
   私達全員で、この運命に立ち向かう未来に!

   だったら、諦めずに次も信じなさい!
   鹿目さんを救える未来があるって、信じて!」

巴さんはいつかのように一気に言い切った。

気がつくと、その迫力に押されて杏子がたじろいでいる。

539: 2011/08/24(水) 23:20:18.75 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「…………巴さん……私」

不思議だった。

あの時のように、怒られたせいだろうか?
私の絶望感は、嘘のように吹き飛ばされていた。

マミ「あなたも避難所に行って鹿目さんとキュゥべえを!」

巴さんは言って、マスケット銃を巨大キャノン砲に転じ、魔女に向けて構える。

杏子「お、おう、そうだ! ゆまの事、頼んだからな!」

気圧されていた杏子も気を取り直し、槍を構え直しながら言う。

ほむら「………はい!」

そうだ、こんな所で立ち止まっていてどうするんだ。

美国織莉子の言ったまどか契約の瞬間までは、まだ3分以上の時間がある。
スピード強化のかかった足なら、1分もあれば避難所にたどり着けるハズだ。

まどかを契約なんかさせない。

私は避難所に向けて駆け出す。

540: 2011/08/24(水) 23:21:17.97 ID:mQ2/tIeP0
マミ「暁美さん!」

駆け出そうとした背中に呼びかけられて、私は振り返る。

振り返った私の胸元めがけて、巴さんから一丁の銃が投げつけられる。

それは間違いなく、巴さんの銃だったが、細部は違う。
マスケット銃と言うよりはむしろ、ポンプアクション式ショットガンのソレだ。

マミ「魔力を込めれば撃てるハズよ」

ほむら「……はい、お預かりします!」

巴さんから託された銃を胸に抱きながら、私は言った。

必ず返す。

そんな思いを込めて。

改めて私は駆け出す。

ほむら(そうだ……諦めて立ち止まったら、もう二度とたどり着けない!)

私はそんな当たり前の事すら忘れていた。

やり直せる、繰り返せると言うアドバンテージが、そんな当たり前を私から遠ざけていたのだ。

541: 2011/08/24(水) 23:22:39.61 ID:mQ2/tIeP0
避難所まであと少しと言う所だった。
急ぐ私の目の前に、一人の魔法少女が立ち塞がった。

キリカ「……へえ、行く気なんだ」

そこに、つい一時間ほど前には私を助けてくれた黒い魔法少女がいた。

私と同じ五色の輝きに包まれた、おそらくこの戦場で今、もっとも消耗の少ない戦闘型魔法少女。

その魔法少女が今、牙を剥くように魔力の爪を伸ばす。

キリカ「君、気に入らないんだよね……。
    織莉子への口の利き方とか……全部さ」

呉キリカは言いながら、ゆっくりと歩み寄って来る。

ほむら「それは……失礼したわね。
    行く所があるから、進ませてくれないかしら?」

ある一定の範囲に入った瞬間、その歩みが素早くなる。

減速魔法の範囲に入ったのだ。

キリカ「どうせ君が行った所で無駄なんだから………ここで死になよ!」

酷薄な笑みと共に、呉キリカが私に向けて跳びかかって来た。

ほむら(マズい、接近戦向けの武器が無い!?)

手持ちのショットガンでは、減速魔法で一気に間合いを詰められる呉キリカ相手では分が悪い。

のど元に向けられた爪に対して、対処が間に合わない。

だが――

542: 2011/08/24(水) 23:23:42.35 ID:mQ2/tIeP0
???「ちょっと待ったぁぁっ!!」

真横から飛び込んで来た誰かが、私と呉キリカの間に立って、その一撃を受け止めた。

ほむら「さやか!?」

さやか「危機一髪! どう、あたし、魔法少女になってて正解でしょ?」

助けてくれたのはさやかだった。

あの巨大な剣を盾にして呉キリカの一撃を受け止めてたのだ。

キリカ「へぇ……邪魔するんだ?
    それにしても早いね、君……私の魔法の中でそんなに早く動ける人、初めて見たよ」

さやか「そりゃどうも……」

警戒して距離を取ったキリカに、さやかは不承不承と言った風に返す。

キリカ「でも、君の強化魔法がかかっている私を相手に、スピードだけで相手できるかな?」

呉キリカはほくそ笑むと、前傾姿勢になって構え直す。

だが、そんな彼女に向けて、さやかは展開した剣を向けた。

さやか「グリーフシードをくれた事には感謝するよ………でも、アンタはあたしの友達に武器を向けた……。
    アンタは……アンタ達はあたしの敵だ!」

さやかがその言葉を叫ぶと、呉キリカを包んでいた輝きが魔力となってさやかの剣へと舞い戻る。
剣の柄に付けられたソウルジェムに僅かに輝きが戻る。

543: 2011/08/24(水) 23:25:14.10 ID:mQ2/tIeP0
キリカ「強化魔法解除……か。
    でも、君、戦闘能力が低いからあの場所にいたんだよね?
    結局、状況は変わってないんじゃないかな?」

呉キリカの言う通りだ、如何に強化魔法を解除したと言っても、さやかは消耗も激しく、長期戦は出来ない。

さやか「ほむら、アンタは避難所へ。
    あの織莉子って人、まだ動いてはいないけど、何かヤバいよ」

ほむら「けど、あなた一人じゃ……」

耳打ちするように言ったさやかに、私は驚いたように言いかけた。

さやか「いいからいいから、さやかちゃんにまっかせなさっーい!」

だが、さやかは戯けた言葉がそれをかき消す。

さやか「いざとなったら戦闘力の低いあたしより、アンタの方が役に立つでしょ。
    足止めくらいはしてやるよ」

そして、続く真剣な声が彼女の覚悟を、言葉以上に雄弁に物語っていた。

ほむら「さやか………死んじゃ……ダメよ」

さやか「嫁を取られたまま死ねるかって……ん?
    そっか、いっその事、ほむらも私の嫁にして両手に花って事で……」

この状況で何を言い出すのか、この子は。

バカらしくもあり、だが、それ以上の頼もしさを感じて、私は自然と走り出していた。

544: 2011/08/24(水) 23:26:30.17 ID:mQ2/tIeP0
キリカ「行かせないよ!」

呉キリカが私の行く手を塞ぐように躍り出るが、即座にさやかがその爪と切り結ぶ。

さやか「おいおい、ソッチが無視するならコッチも無視して、
    先にあの白いバケツ被った人のトコ行くよ」

挑発するようなさやかの物言いに、私は思わず噴き出しかけた。

成る程、バケツとは言い得て妙だ。
魔法少女に変身した美国織莉子の頭の帽子はバケツに見えない事もない。

キリカ「………織莉子の事、バカにしたね?
    決めた……先に君から切り刻んで、君のお友達全員にプレゼントしてあげるよ!」

さやか「ソレはコッチのセリフだ!
    ボッコボコにブッ叩いてやる!」

沸点の低い者同士が、高速での接近戦を始めた。

ほむら(さやか……!)

私はその戦闘を後目に、再び避難所へと向けて走り出した。

545: 2011/08/24(水) 23:27:54.72 ID:mQ2/tIeP0
避難所にたどり着いた私を待っていたのは、周辺を埋め尽くす無数のインキュベーターと、
そのインキュベーターを片っ端から叩き伏せて行く仲間達の姿だった。

ほむら「こ、この数は………」

見通しが甘かったとしか言えない。

避難所周辺を埋め尽くすインキュベーターの数は百どころか千や二千では利かない。
さらに桁が一つは上なのではないだろうか?

魔法少女24「暁美さん!」

私に気付いた仲間の一人が駆け寄って来る。

ほむら「状況は!? まどか達は!?」

魔法少女24「外は見ての通り、中にも何百匹か入り込んでる。
      鹿目さんやゆまちゃん、キュゥべえちゃんとは念話が通じないわ」

仲間達から聞かされた状況は最悪だった。

美国織莉子の予知の時間まで、もう2分もない。

魔法少女25『中はパニック状態だよ! 見えないインキュベーターがかけずり回って、大人も子供も大混乱って所!』

おそらく内部に突入している仲間だろう、念話で内部の状況を伝えて来てくれている。

ほむら『まどか達は?』

魔法少女26『下は全部見たけど見付からない! 多分、もっと上の階!』

他の仲間からも念話が届く。

546: 2011/08/24(水) 23:28:59.61 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「突入するわ! 援護をお願い!」

私は言いながら、巴さんから借り受けたショットガンで魔力弾を発射し、
並み居るインキュベーターを吹き飛ばしながら走り出す。

魔法少女27「みんな、ほむらが中に行くよ! 手伝えー!」

一人の号令で、数人の仲間が私のために道を準備してくれた。

打撃や衝撃波がインキュベーターを吹き飛ばし、私は避難所になだれ込む。

QB1「無駄な事をするね。
    これだけの数の僕達を多少吹き飛ばした所で、結果は変わらないのに」

QB2「美国織莉子の言った未来が真実なら、今、君達がしている行動全てが無駄になる」

QB3「鹿目まどかは契約し、僕達はこの星でのノルマを完全に達成する」

QB4「抵抗は無意味だよ」

QB5「諦めた方がいい」

QB6「無意味な事はやめた方がいい」

無数のインキュベーター達が四方八方から言葉を浴びせて来る。

ほむら「諦めないわ……私は、私とキュゥべえの変えて来た未来を信じる!」

その言葉を振り払い、振り切って、私は駆けた。

547: 2011/08/24(水) 23:30:12.15 ID:mQ2/tIeP0
階段を駆け上がり、インキュベーターを吹き飛ばし、また階段を駆け上がる。

ほむら(インキュベーターが増えて来た……この先にまどかが、みんながいる!)

階段を駆け上がった私の目に、用具入れに群がる十数匹のインキュベーターが見えた。

まさか、あの中にまどか達がいるのか!?

私はインキュベーターを引き剥がし、引き剥がした個体をまとめてショットガンで吹き飛ばす。

ほむら「まどか!」

その場にいた全てのインキュベーターを斃した私は、慌てて用具入れの扉を開いた。

だが、そこにいたのは………

ゆま「ほ、ホムラおねーちゃん……」

しゃくり上げるゆま、一人だけだった。

ほむら「ゆま!? あなた、一人……なのね?」

怪訝そうに問いかける私に、ゆまはコクリと頷く。

548: 2011/08/24(水) 23:31:27.24 ID:mQ2/tIeP0
ゆま「マドカおねーちゃんと、キュゥべえが、ここに、隠れて、って……。
   ゆま……ゆま、何にも出来なかったよぉ………」

泣きじゃくるゆまを抱きしめながら、私はその頭をそっと撫でる。

ほむら「二人がどっちに行ったか、分かる?」

ゆま「うえ……」

私の問いかけに、ゆまはまだしゃくり上げながら呟く。

ほむら「大丈夫よ……あなたは役立たずなんかじゃない……。
    私にまどかとキュゥべえの居場所を教えてくれたんだから」

ゆま「ほんとう……?」

ほむら「ええ……杏子にちゃんと言ってあげないとね。
    ゆまのお陰だって」

ゆま「ホムラおねーちゃん……」

ほむら「さあ、もう少し隠れていなさい……ちゃんと後で、杏子達と迎えに来るから」

ゆま「……うん!」

私の言葉に安心したのか、ゆまは目に涙を溜めながらも、笑顔で頷いてくれた。

再び、ゆまを用具入れに匿うと、私は上階に向かって駆け出した。

残り時間は、一分を切っていた。

549: 2011/08/24(水) 23:32:30.61 ID:mQ2/tIeP0
階段を登り切り、避難所となっている総合体育館の最上階へと辿り着いた私は、
その廊下でもう二度と顔を見たくないと思っていた人物と再会した。

曲がり角の手前で、私の行く手を塞ぐように立つ、純白の魔法少女。

ほむら「美国……織莉子!!」

私はもう敵意も殺意も隠さずに、美国織莉子を睨め付けた。

織莉子「あら……思ったよりも早かったのね……」

美国織莉子は柔らかな笑みすら浮かべながら、自身の周囲に白い球体を幾つも浮かべる。

相手はおそらく、まどかを除けば見滝原最強の魔法少女。
時間停止を使っても苦戦した私に、今、その時間停止の力はない。

ほむら「問答をしている場合じゃない……通らせてもらうわ」

私は静かにそれだけ言って駆け抜けようとするが、二つの球体が私の行く手を遮るように襲い掛かった。

すんでの所で軌道を読み切った私は、バックステップでその攻撃を回避する。

織莉子「あと三十秒……あと三十秒で私の読み切れなかった予知の先が生まれる。
    邪魔をしないでもらいたいわ……」

ほむら「その先でお前は何を見るつもり?」

織莉子「私とあの子の未来……」

分かり切っていた答だった。

そして、相容れない事を悟った私は、巴さんから借り受けたショットガンを構える。

550: 2011/08/24(水) 23:33:32.02 ID:mQ2/tIeP0
織莉子「そんな武器では、時間停止を失ったあなたでは私には勝てないわね」

ほむら「ええ……あなたの予知には対抗できないわね……だから、真っ向勝負よ!」

私は言いながら、ショットガンに魔力を集中する。

ほむら(一回でいい……)

巴さんがそうするように全身の魔力をかき集め、
腕を、ソウルジェムを、魂を通じてショットガンに流し込む。

ほむら(不出来な弟子に………)

私の魔力に呼応して、ショットガンが巨大化する。

ほむら(あなたの力を貸してください………!)

美国織莉子の目が見開かれ、私と巨大ショットガンに向けて球体が殺到する。

ほむら「ティロ……ッ!! フィナァァレェッ!!!」

だが、私は構わずに引き金を引いた。

紫色の魔力の塊が、通路を埋め尽くして放たれる。

廊下を、壁を、天井を抉るほどの巨大魔力砲弾が過ぎ去り、曲がり角の先に巨大な大穴を穿ち、消えた。

551: 2011/08/24(水) 23:35:30.39 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「……っはぁぁぁ………」

大量の魔力を使い果たし、私はガックリと膝をついた。
どうやらさやかの支援魔法も効果が切れたようだ。
おそらく、最初から持久戦を見越して短時間モードを小刻みにかけるつもりだったのだろう。

私は膝をつきながらも、視線を前に向ける。

美国織莉子の姿はなく、その魔力も今は近くに感じられない。

避難所の外まで吹き飛んだのだろうか?
それとも、跡形もなく消し飛んだのか……。

私は元のサイズに戻ったショットガンを杖代わりに立ち上がる。

その瞬間だった。

???「……ううぁあああああぁぁぁぁぁっ!!」

曲がり角の先から悲鳴が聞こえた。

そして、溢れ出す桃色の輝き。

ほむら「ま、まどか!?」

悲鳴の主はすぐに分かった。
そして、この強烈な閃光にも覚えがある。

まどかが、契約する瞬間の光。

私はボロボロになった廊下をフラついた足取りで駆け出す。

そして、曲がり角を超えた先に、その光景はあった。

552: 2011/08/24(水) 23:36:25.82 ID:mQ2/tIeP0
ほむら「……………」

廊下を埋め尽くす百近いインキュベーター。

その中で膝を、手をついて息を荒げるまどか。

その姿は魔法少女となった彼女そのものだったが、
いつもは可愛らしいピンク色をアクセントにしたフリルだらけの魔法少女服は、
フォルムをそのままに、何もかもが抜け落ちたように真っ白になっていた。

そして、その傍らに立つ一人の裸の少女。

まどかに似た、だが、少し大人びた印象を受ける少女は、
私を見付けると寂しそうな、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

???「ゴメン……ほむら……この方法しか、思いつかなかった」

その少女の言葉に、私はその名前以外を想起できなかった。

ほむら「キュゥ……べえ?」

問いかけるような私の呼びかけに、少女は笑みを浮かべたまま小さく頷いた。

553: 2011/08/24(水) 23:37:39.47 ID:mQ2/tIeP0
◆◇◆◇

それは、ほむらちゃんが来るほんの少しだけ前の事だった。

QB7「さあ、これ以上先に行く事は出来ない」

QB8「君が契約を行えば、その力で、この事態はすぐにでも収拾されるだろう」

QB9「そして、君の願いから生まれる絶望は、この宇宙を莫大なエネルギーで満たすだろう」

QB10「さあ、鹿目まどか。君はどんな願いでソウルジェムを輝かせる?」

回りをインキュベーターに囲まれた私は、キュゥべえを抱き上げながら辺りを見渡す。

何処にも逃げ道はない。

私達がここに追い込まれと気付いたのは、この場所にたどり着いてからだった。

Qべえ「まどか……もう……最後の手段しかないよ」

まどか「キュゥべえ……だけど、そんな事をしたら、キュゥべえが……」

Qべえ「………これしか方法はないけれど………、
    けど、ボクは諦めたワケじゃないよ。

    これは、君を守り、ほむらとの約束を果たす唯一の手段でもあるんだ」

まどか「キュゥべえ……」

戸惑う私の腕を振り切って、キュゥべえは廊下に降り立つ。

554: 2011/08/24(水) 23:40:16.25 ID:mQ2/tIeP0
Qべえ「僕達に確認したい事がある。
    万が一、この事態をまどかの契約無しに退けたとして、
    僕達はまどかの契約を諦めるかい?」

QB11「実に無駄な質問だね。僕達にノー以外の答えはないよ」

Qべえ「そうか……やっぱり、分かり合える道はないんだね………。
    ほむらにあそこまで啖呵を切ったのに、ウソつきになっちゃったな……。
    ハハハ……それだけが、悔しいや……」

インキュベーターの答を聞いたキュゥべえは、項垂れて笑った。
それが自嘲だったのか何だったのか、私にはよく分からない。

だけど、キュゥべえは私の方に振り返って、顔を上げた。

Qべえ「鹿目まどか……契約を結ぼう」

QB12「どう言う心境の変化なのかな?
    巴マミ、美樹さやかと言うイレギュラーに続いて、
    自ら忌避した契約を三度行うとはね」

Qべえ「ああ……ボクも嫌だよ……。
    こんな非人道的で……願いを叶えながらも、人の希望を踏みにじるシステムなんて……」

キュゥべえは振り返らずにインキュベーターの質問に答える。

Qべえ「だから、こんなシステムは……ボクが変える!
    さあ、まどか、願ってよ……ボクの願いを!」

まどか「………………うん、分かったよキュゥべえ……」

私は少しだけ迷ったけど、その迷いを振り切ってキュゥべえを見つめ返す。

555: 2011/08/24(水) 23:42:01.62 ID:mQ2/tIeP0
まどか「私の願いは……私の因果の全てを、私の友達、キュゥべえに渡す事!」

事前にキュゥべえから説明を受けていた言葉を、大きな声で言い切った。

QB13「その願いは……いいのかい?
    確かに君の絶大な資質を持ってすれば、不可能な願いではないだろう。
    だけど、君は魔法少女となりながら、魔法少女の力を失う……ただの抜け殻になるよ?」

まどか「……これが、キュゥべえの……お友達が全てをかけた願いのためだから!
    だからもう、私は迷わない……さあ、叶えて、キュゥべえ!」

Qべえ「ありがとう……まどか……」

キュゥべえは、少しだけ泣いていたようだった。

Qべえ「鹿目まどか……キミの願いは、エントロピーを凌駕した」

その言葉と共に、私の身体が桃色に輝き始めた。

さやかちゃんがそうだったように、私の胸の前にソウルジェムが生まれる。

そして、ソウルジェムから桃色の輝きが溢れ、キュゥべえに流れ込んで行く。

まどか「……ううぁあああああぁぁぁぁぁっ!!」

何かを抜き取られるような、全身の熱が引き剥がされてゆくような感覚に、
私は思わず悲鳴を上げていた。

目を開けていられないほどの輝きの向こうで、ゆっくりとキュゥべえの身体が変化して行くのが分かった。

ほむら「ま、まどか!?」

少し遠くから、ほむらちゃんの声が聞こえた。

556: 2011/08/24(水) 23:43:28.01 ID:mQ2/tIeP0
◆◇◆◇

Qべえ「これで……まどかはすぐに魔女になる事はないよ」

私の目の前に立つ少女、いや、キュゥべえが優しい声で呟く。

まどか「な、何とか、成功したね……キュゥべえ……」

弱々しい声ながらも、まどかは笑みを浮かべて言った。

何が成功なのか、何が起こったのか、私には理解できなかった。

ほむら「な、何をしているの……あなた達……!?」

私はワナワナと震えながら二人に歩み寄る。

せっかくここまで来たのに、何で……何でこんな事に……。

まどかが契約!?
何で、キュゥべえがまどかのような姿になっているの!?

QB14「鹿目まどかは、罹患者である処理個体に自分の全ての力を譲渡したんだ」

QB15「お陰で、鹿目まどかは見ての通りの抜け殻同然の状態だよ」

混乱する私に、近くにいたインキュベーター達が説明して来る。

確かに、そうすればまどかは即座に魔女になるような事態は避けられる。
だけど、そんな事をすれば、今度はキュゥべえがまどかと同様の危険に晒される。

QB16「僕達にとっては、契約の対象が鹿目まどかから罹患者へと移行しただけに過ぎないね」

私の考えを肯定するように、インキュベーターが呟いた。

魔力が底を尽きかけていた私は、その場で崩れ落ちる。

557: 2011/08/24(水) 23:44:35.87 ID:mQ2/tIeP0
Qべえ「この方法に気付いた時……もっと早く実行していれば良かった………。
    けれど、その勇気が湧かなかった………」

キュゥべえは言いながら、まどかを支えて立ち上がらせた。

二人はインキュベーター達を押し退けて、私の元に歩み寄る。

まどか「ほむらちゃん……」

まどかは私の前に膝をついて、倒れかけた私を支える。

ほむら「キュゥべえ……あなたは、何を……?」

Qべえ「君と行動を共にしながら、ボクはずっと考えていたんだ……。
    どうすれば、君達と僕達は分かり合えるだろう……。
    どうすれば、君達と僕達の関係は、もっと良い物になるだろう、って」

淡々と呟くキュゥべえは、私達を庇うように振り返り、インキュベーター達に向き直る。

Qべえ「たった一ヶ月足らずだけど……考えた末に、無理かもしれないと思った……。
    けれど、たった一つだけ、方法が見付かった」

一瞬、弱々しく笑ったようだったキュゥべえの声は、すぐに力強く変わる。

Qべえ「本当はまどかに願ってもらうべきなんだろうけど……。
    でも、これだけの願いは、本当に心の底から願わないとエントロピーを凌駕しないかもしれない」

キュゥべえは少しだけ振り返ると、私に向かってニッコリと微笑んだ。

まどかのように朗らかな、だけど、短い間を共に過ごして来た友人そのままの、嬉しそうな笑顔だった。

558: 2011/08/24(水) 23:46:27.96 ID:mQ2/tIeP0
Qべえ「ボクは……地球人だけじゃない、インキュベーターも、宇宙も……全てを救いたい。
    だから、今、この場で契約するよ………」

QB17「そうか……それは説得の手間が省けるね」

QB18「ここまで来て、また逃げられては叶わないからね」

QB19「では……かつての同族である罹患者、君はどんな願いでソウルジェムを輝かせる?」

ほむら「だ、ダメよ、キュゥべえ!
    契約したら、あなたは自分の魔力に耐えきれずに魔女になる!
    あなた自身が言ったのよ! やめて……やめて、キュゥべえ!」

私は、疲労と魔力枯渇寸前で動かない身体の中で唯一動かせる口を使い、
必死にキュゥべえに呼びかける。

Qべえ「大丈夫……ボクは魔女にならないよ……。
    ううん……他の誰も、もう魔女にさせない……。
    そして、君達の未来も、踏みにじらない……」

キュゥべえは優しく言って、また前を向いた。

Qべえ「だから……ボクを信じてくれ、暁美ほむら」

560: 2011/08/24(水) 23:48:20.32 ID:mQ2/tIeP0
QB20「さあ罹患者……その神にも等しい力を得た魂を対価にして、君は何を願う……?」

Qべえ「ボクの願いは……現在、過去、未来……全てのインキュベーターの心に愛を与える事!」

同族の言葉に、キュゥべえは毅然とした態度で応えた。

QB21「その祈りは……そんな祈りが叶うとしたら……」

QB22「それは時間干渉なんてレベルじゃない……」

QB23「因果律そのものに対する叛逆だ!!」

QB24「君は本当に神になるつもりなのか!?」

さすがの願いの内容に、私達だけでなくインキュベーターも驚いたようだった。
キュゥべえを通して僅かな感受性を得ていた彼らは、願いの内容に困惑を覚えているのか?

Qべえ「神様でもなんでもいいんだ……。

    これまでインキュベーターと地球人が歩んだ哀しみの歴史を、
    もっと笑顔で溢れる物にしたい………。

    希望を願った魔法少女達の心を絶望で踏みにじりたくない……、
    そして、彼女たちの祈りに、もっと尊い気持ちで臨みたい……」

Qべえの身体が、桃色の輝きに包まれる。

その輝きは、まどかが放ったソレの比ではない。

回りの風景も、何もかもが輝きの中に包まれて行く。

Qべえ「さあ叶えてよ……ボクの願いを!」

561: 2011/08/24(水) 23:49:17.01 ID:mQ2/tIeP0
◆◇◆◇

少女「それがキミの願いなんだね………」

Qべえ「? ………キミか………久しぶりだね……」

少女「久しぶりだね……インキュベーター。
   いや、あの子に倣って、キュゥべえって呼んだ方がいいのかな?」

Qべえ「………どうだろう……。
    ボクには、キミにその名で呼んでもらう資格はないし、
    そして、多分、ボクはボクでない何かに変わってしまう……」

少女「そんなに恐ろしい願い事なんだ……。
   分かっていて、願ったの……?」

Qべえ「………うん………」

少女「そっか……でも、こんな方法があったんだ………。
   わたしも……こう願っていたら、みんなを助けられたのかな……」

Qべえ「多分、キミでは、ここまでの大きな願いを叶えられなかったよ……」

少女「そっか……ショックだな……。
   結局、わたしはキミに復讐した嫌な子のまんまなんだ……」

Qべえ「そんな事はないよ………。
    いや、最初は怖かったけど……キミがくれた物のお陰で、ボクは大切な友達が出来たよ。
    そして、その友達が出来たから、この願いが叶うんだ……」

少女「…………そうなんだ………じゃあ、私のした事は無駄なんかじゃなかったんだ……」

Qべえ「人の祈りに……願いに……無駄なんてないよ」

少女「………ありがとう……インキュベーター……」

Qべえ「ありがとう……………そろそろ行くよ……」

少女「ええ………頑張ってね」

Qべえ「………うん………!」

562: 2011/08/24(水) 23:51:17.88 ID:mQ2/tIeP0
◆◇◆◇

輝きの中、私達の目の前に神々しい純白のドレスに身を包んだ少女――キュゥべえが現れる。

ほむら「キュゥべえ……」

まどか「キュゥべえ……」

私とまどかは、異口同音に彼――いや、彼女の名前を呼ぶ。

身体は絶えず輝き続けており、その輝きはさらに強さを増している。

一体、彼女の身に何が置きようとしているのか。

Qべえ「みんなの祈りを、願いを……決して絶望で終わらせない……。
    そして、インキュベーターと地球人は、もっともっと友好的な関係を築くべきだ……。
    だからボクは………僕達と君達の希望になる……」

キュゥべえは呟いて、巨大な弓を番えた。

矢も番えられていない弓を引き絞ると、自然とそこに小さな光の球体が生まれる。

QB25「まさか、こんな方法があったなんてね……。
    確かに、この方法ならば、この宇宙の歴史全てに干渉する事が出来る」

QB26「だけど、君と言う存在は僕達インキュベーターに愛と言う感情を与え、
    その感情そのものとなって、一つ上の領域へとシフトし、概念と成り果てて消える」

QB27「世界の全てが再構成された時、たとえ同じ歴史を歩んだとしても、
    君と言う存在は未来永劫、生まれて来る事はなくなるだろう」

ほむら「ま、待って……そ、それじゃあキュゥべえは……消えるの!?」

インキュベーター達の言葉に、私は愕然とする。

563: 2011/08/24(水) 23:52:16.39 ID:mQ2/tIeP0
キュゥべえと出逢えたから、私はここまで来れた。

まどかだけじゃない、巴さんやさやか、杏子やゆま、
そして多くの仲間達と共にここまで来れた。

世界が再構成される?

全てが救われる?

けれど、そこにキュゥべえはいない。

私をここまで連れて来てくれた、最高の相棒を、私はここで失う。

もしかしたら、失った事にすら気付かずに……。

ほむら「キュゥべえ! 変身を解いて! 今なら間に合うから!」

私は必死にキュゥべえに呼びかける。

泣きじゃくるように叫び、力の入らない手を必死に伸ばす。

Qべえ「ありがとう……ほむら……ボクのために泣いてくれて……」

ほむら「キュゥべえ……!」

私な涙で霞む視界の向こで、キュゥべえは弓を引き絞り続ける。

564: 2011/08/24(水) 23:53:50.90 ID:mQ2/tIeP0
Qべえ「この願いを思いついた時……ボクは、ボクと言う存在が消えるのが怖かった……。
    どんなに正しく歴史が、生まれて来る人が再構成されても……ボクは消えてしまうから……。

    でもね、君が……みんなが、ボクに勇気をくれた。
    君達の姿が、諦めない気持ちが、ボクの背中を押してくれたんだ」

ほむら「そんな……それじゃあ、私があなたを追い詰めて……」

Qべえ「違うよ……。
    ボクは、君達が大好きだから、この願いに全てを賭けるんだ。

    君達がボクにくれた勇気を、無駄にしないために」

ほむら「………キュゥべえ!」

Qべえ「暁美ほむら……君達に………君に、逢えて良かった……」

キュゥべえは私を見ずに言って、引き絞った弓を放った。

輝きよりも眩い何かが、私達を包んだ。

565: 2011/08/24(水) 23:54:59.54 ID:mQ2/tIeP0
エピローグ


昔、昔のお話です。

その昔、私達インキュベーターには感情がありませんでした。
とてもとても哀しい事ですが、誰もそれを哀しい事とは感じていませんでした。

ですが、ある日、小さな小さな疑問を持ったインキュベーターが生まれます。

彼は、自分や仲間達に感情がない事に疑問を持ち、旅立ちます。

どうすれば感情が生まれるのか、ずっと疑問に思いながら。

感情を探す旅に出たインキュベーターは、数々の試練に立ち向かい傷つき、
ある日、一人の少女と出会います。

自分たちと違う姿をした、真っ黒な髪を持った少女です。

インキュベーターは、真っ黒な髪の少女と協力し、
その後の試練を乗り越えて行きます。

566: 2011/08/24(水) 23:55:33.34 ID:mQ2/tIeP0
そして二人は、一人の神様に出逢います。
インキュベーターは神様に言いました。

『神様、私達の感情を下さい』

だけど神様は首を振ってこう答えました。

『もう、あなたには感情が宿っています。
 その感情を、仲間達に教えてあげるのです』

そう、協力してくれた少女と共に試練に立ち向かう内に、
インキュベーターの心にはいつしか、感情が芽生えていたのです。

インキュベーターは仲間達の元に帰り、仲間達に感情を教えて回ります。
少女と共に旅し、彼女に助けてもらって為し得た大冒険を。

冒険の感動と、同族を助けてくれた少女への感謝から、
他のインキュベーター達にも感情が宿り、
いつしか感情は全てのインキュベーターに宿りました。

めでたし、めでたし………。

567: 2011/08/24(水) 23:56:26.98 ID:mQ2/tIeP0
◆◇◆◇

私が、その記憶を意識するようになったのはいつからだろう?

物心ついた頃、私は少しだけおかしいと感じるようになった。

いるハズの友達がいないような。
見聞きした事があるハズのない事を知っているような。

説明が難しいが、そんな感覚だ。

いや、知るハズもない。

物心ついたばかりの私は、それ以前から患っていた心臓の病で入退院を繰り返し、
人並みの生活を送れるようになったのはつい数ヶ月前だったからだ。

前世の記憶?
まさか、そんなのは御伽噺の中の話であって、現実にあるハズがない。

大人達にも散々、そう言い聞かされて育った。

私はいつしか、その記憶を夢の中の出来事と捉え、
自分の疑問に蓋をするようにして、生きて来た。

568: 2011/08/24(水) 23:57:31.83 ID:mQ2/tIeP0
◆◇◆◇

話は前後するが、数年前、高速道路事故現場付近――

女性「全く……いきなり呼び出されたと思ったら、
   事故現場の処理って……私、もう現役引退したつもりなんだけどなぁ……」

QB「そんな事言わないでよ。
   この辺りで頼れる魔法少女は君しかいないんだから!」

女性「だからって三十路の女に魔法少女やらせる?」

QB「いいじゃないか、似合ってるよ」

女性「………嬉しくないなぁ……」

QB「っと、あそこが事故現場だよ!」

女性「確かに酷い事故ね……こうなると、事故に遭った本人の方が適任じゃないの?」

QB「出来たら……そんな事をしたくないけれど……。
   でも、その方が回収できるエネルギーも大きくなるかな……。

   ああ、でも、事故に遭ったばかりの子を巻き込むなんて……」

女性「はいはい、迷わない! とにかく、生存者を捜さないと!」

少女「……だ、だれか……いるの……?」

女性「!? 声がした……この車の中!
   大丈夫!? 生きてる!?」

569: 2011/08/24(水) 23:59:22.48 ID:mQ2/tIeP0
少女「おねえ……さん……だれ?
   変な、格好……それに……白い……猫ちゃん?」

女性「良かった……まだ意識もあるわ。
   それに、インキュベーターが見えてるって事は、
   この子、魔法少女になれるんじゃないかしら?」

QB「みたいだね……。
   君! 僕はインキュベーター。
   宇宙のエネルギー問題を解決するために動いて……」

女性「難しい説明は後!」

QB「で、でも、これ言わないと規約違反だよぉ……」

女性「そんな場合じゃないでしょ!
   とりあえず、要点を説明するわね。
   このインキュベーター君は、あなたの願いを叶えてあなたを魔法少女にする事が出来るわ」

少女「まほう……しょうじょ……?」

女性「そう、魔法少女……私も魔法少女」

QB「もう三十歳だけどね」

女性「話の腰を折らないの!」

570: 2011/08/25(木) 00:00:30.79 ID:Z2+V2h5O0
女性「とにかく、魔法少女になれば……あなたが思う願いに呼応して、
   その願いを阻害する不幸が魔獣として具現化する……。
   その魔獣を倒せば、あなたの願いを叶える事が出来る!」

QB「魔獣を倒した時に起こる、不幸から幸福への相転移エネルギーを集める事で、
   宇宙の熱的死を回避できる一石二鳥のシステムさ!」

少女「おねがい……まじゅう……うちゅう……?」

女性「だから、エネルギー問題とかの話は後だって!」

QB「だ、だって、ちゃんと全部説明しないと不公平じゃないか!」

女性「公正さを大事にするのもいいけどケースバイケースよ! 空気読みなさない!」

QB「うぅ……昔はあんなに可愛くて優しかったのにぃ……」

女性「悪かったわね……一児の母になればこのくらい変わるっての!
   とにかく! 強く願えば願うほど、あなたの力は感情に応じて強くなる!
   大変な願いを叶えれば叶えるほど、魔獣も強くなる。
   あなたの願いを叶えるには、あなた自身が強くならないとダメよ」

少女「おねがい……わたしが……かなえる?」

女性「そうよ」

QB「最初の願いを口にした君は、魔力の源・ソウルジェムを生む。
   変身中だけ、一時的に魂をソウルジェムに移す事になるけど、変身を解けば魂は君の身体に戻る……。
   そして、変身中はどんな傷でも、魔力が許す限り治療する事が出来る」

少女「おねがい……かなえて……」

QB「魔獣との戦いは大変だよ……。
   もし、無理なら、この人だって戦える」

少女「おねがい………! た、助けて!」

571: 2011/08/25(木) 00:01:57.36 ID:Z2+V2h5O0
女性「それがあなたの願いね……インキュベーター、叶えてあげて!」

QB「ダメだよ! 君だけが助かっても、君は独りぼっちになっちゃうじゃないか!
   それに、君のケガは変身中に治す事が出来る……君にはもっと、助けたい人がいるんじゃないのかい?」

少女「たすけたい……ひと? ………!?
   パパ……ママ……!」

女性「っと、そうか……うん、この子のご両親、重傷だけど、まだ息があるわ……。
   いけないいけない、焦りすぎてとんだ大ポカする所だったわ。
   気が回るじゃない、インキュベーター」

少女「おねがい……パパとママを、助けて!」

QB「それが君の……本当の願いだね?」

少女「うん……!」

QB「分かった……契約だ。君の名前は……?」

少女「ともえ……マミ……」

QB「巴マミ、だね……。
   マミ、君の願いはエントロピーを凌駕した!
   さあ、受け取って……それが君のソウルジェム……。
   君が嘆く不幸を振り払い、人々に希望を与える力だよ」

女性「……さてと……二人分の生存の願い、か……蘇生の願いよりもマシだけど、
   どれだけ強い魔獣が生まれるか分からないし……新人教育も兼ねて、久しぶりに一暴れしちゃおうかしら?」

QB「やっぱり、君を呼んで正解だったね。
   いや、他の四人は連絡が取れなくて……君の手が空いていて助かったよ」

女性「本音が漏れてるわよ……まったく。
   さあ、マミちゃん、お姉さんと一緒に魔獣退治、始めましょうか。
   あなたのパパとママを助けるために」

マミ「は、はい!」

572: 2011/08/25(木) 00:03:26.20 ID:Z2+V2h5O0
◆◇◆◇

そして、現在。
地方都市、見滝原――

私は数ヶ月前に出来た友人、鹿目まどかの家の玄関前で、
彼女が玄関から出て来るのを待っていた。

インターホンを鳴らしてから、そろそろ五分経過しただろうか?

絢子「悪いねほむらちゃん、あの子、もうすぐ出て来るから」

先に玄関から出て来たまどかの母・絢子さんは、
申し訳なさそうに言って、私の横をすり抜けて行く。

ほむら「いえ、お気になさらず……いってらっしゃい、おばさま」

絢子「おう! じゃあ、いってきまーす!」

私は、退院後、引っ越したばかりの街で得た友人の母親を見送る。

直後、ドアが開いた音がして私は振り返る。
そこには、友人のまどかが立っていた。

まどか「ごめん、ほむらちゃん!」

手を合わせて謝るまどかに私は一瞬だけ肩を竦めてから微笑む。

ほむら「怒ってないから、早く行きましょ。
    さやかと仁美が待ってるわ」

まどか「うん」

少し嬉しそうに頷いたまどかと共に、通学の待ち合わせ場所である自然公園に向けて私は歩き出した。

573: 2011/08/25(木) 00:03:56.71 ID:Z2+V2h5O0
◆◇◆◇

さやか「お、珍しくあたしが一番か……」

いつもの通学路、待ち合わせ場所になっている自然公園の一角にあるベンチにあたしは腰掛けた。

まあ別に、一番最初にここについたた、と言う事が今までになかったワケではないが、
それでも珍しい事は珍しい。

さやか(次に来るのはまどかとほむらか、まあ、仁美だろうなあ……)

あたしはそんな事を考えながら、何の気なしに視線をそちらに向けた。

学校とは逆の、確か、教会のある方角から歩いて来る三人の女の子達が見えた。

女の子達と言っても見た目の年齢はまちまちで、
一人は中学生、もう二人は小学生だが、一人は高学年、もう一人は低学年くらいだろうか?

中学生と高学年の二人は目が覚めるような真っ赤な髪をしていて、
その顔つきからすぐに姉妹だと分かったけど、低学年の子は髪の色も顔つきも違う。

中学生「じゃあ、私はここから向こうだから、二人とも仲良くね。
    アンタもお姉ちゃんなんだから、ゆまの面倒、ちゃんと見るんだよ」

少女「分かってるよ、お姉ちゃん」

ゆま?「う~、キョーコも一緒がいい……」

キョーコ?「大姉ちゃんは中学校に行かないといけないから、
      ちゃんと小姉ちゃんの言う事聞いて良い子にしようね」

ゆま?「う~」

少女「ほら、ゆまちゃん、小姉ちゃんと一緒に学校行こう」

574: 2011/08/25(木) 00:04:55.35 ID:Z2+V2h5O0
さやか(仲良さそうだなぁ……けど、あのキョーコって子、
    ウチの学校の生徒か……見た事ないけど、別のクラスの子かな?)

あたしは姉妹らしい雰囲気の三人組の様子を見ながら、そんな事を考えていた。

と、不意にキョーコと呼ばれた少女と目があった。

さやか「!?」

キョーコ?「…………フフフ」

驚いた様子の私に、キョーコは優しく微笑んだ。

さやか(………この感じ………ああ、同業者か)

あたしは、つい数日前に契約したばかりのソウルジェムの指輪が見えるように、
小さく手を振って答えた。

彼女も分かっていたのか、同じようにソウルジェムの指輪が見えるように手を振り返して来てくれた。

姉の様子に気付き、妹二人も此方に向かって大きく手を振って来たので、
あたしも負けじと大きく手を振り返した。

さやか(何か……いいな、こう言うの……。
    キョーコか………マミさんなら、知ってるかな……)

私は手を振り返しながら、数日前に知り合ったばかりの先輩の、優しい笑顔を思い出していた。

575: 2011/08/25(木) 00:05:48.22 ID:Z2+V2h5O0
◆◇◆◇

その日の放課後、復帰したばかりの上条君を巡ってのデート……と言う名の決戦に向かった親友二人を見送り、
私とまどかは帰路についていた。

まどか「あの二人って、決着つくのかなぁ?」

ほむら「上条君の優柔不断ぶりが治らない限り無理ね……」

苦笑い気味に尋ねるまどかに、私はため息混じりに答えた。

まったく、あれだけ言い寄られて決められないなんて、女の敵だ。
ああ、いや、二人に言い寄られているから決められないのか?

ほむら「でも、さやかが魔法少女の願いで腕を治したって言ったら、すぐに形勢逆転じゃないからしら?」

そして、そんな事を付け加える。

まあ、彼女がそんなアンフェアな真似をするとは思えないが、
これでさやかが負けたら、それはそれで可哀想な物だが。

まどか「魔法少女かぁ……マミさんにはお願いを決めておいた方がいいって言われたけど……。
    ほむらちゃんは、本当に魔法少女にならないの……?」

ほむら「………あまり気が進まないだけよ。
    いっそ、この病気を全快させれば、って願ってもいいのだけれど」

まどかの質問に答えて、私は小さくため息をついた。

576: 2011/08/25(木) 00:07:34.77 ID:Z2+V2h5O0
いつから、私はこんなヒネた性格になったのだろう。

思い当たるのは、やはり子供の頃か……。

幼い頃からの記憶の話。
それを聞かせる度に、大人達には夢だ夢だと断じられて来て、
いつしか、私は心に蓋をするようになっていた。

だが、退院し、この見滝原に引っ越して来た私は、
転入初日に出逢ったまどかにこの話を打ち明けた。

彼女が、夢の中で出逢った友人の一人に似ていたからだ。

まどかはその話を受け入れてくれ、さやかや仁美も受け入れてくれて、
私に、生まれて初めて、本当に友人と呼べるような人達が出来た。

そして、最近、出逢ったばかりの巴マミ先輩から魔法少女の事を聞かされた私は、
一も二もなくインキュベーターとの契約を決めたさやかを後目に、
どこか尻込みと言うか、何となく“違う”と感じてしまい、
魔法少女の契約を今も断り続けている。

ほむら「だからって、まどかまで契約を遅らせなくてもいいのに。
    困っている人を助けるのは……まどかの夢でしょう?」

まどか「夢……って言うのとはちょっと違うけど、
    でも、ほむらちゃんを置いてはいけないかな、って」

ボヤくような私に、まどかは笑顔で応えてくれた。

ほむら「………あ、ありがとう」

対して私は、照れ隠しでそっぽを向いてしか、そんな言葉を紡げなかった。

577: 2011/08/25(木) 00:08:21.13 ID:Z2+V2h5O0
ほむら(本当に素直じゃないな……私は……)

私はそんな事を考えながら、ふと俯いた。

何故か、あのインキュベーター達が信じられないのだ。

歴史の影から地球人に協力し、文化の発展を助けてくれたり、なんて、眉唾過ぎる。
しかも、その理由が、彼らの神話の中に出て来る登場人物が地球人に似ているから、だなんて。
なんと言うご都合主義だろうか。

ああ、そう言えば、黒髪の私は幾度か“神話の英雄にそっくりだ”なんて言われたか。
何でも、感情のないインキュベーターに感情が生まれる神話で、
一人のインキュベーターに協力した少女が黒髪だったのだとか……。

………いい迷惑だ、恥ずかしい。

ともかく、そんな眉唾の神話で人をしつこく勧誘するのはやめて欲しい。

まったく、名作童話一つ聞いただけで泣き出すような泣き虫宇宙人達め。
次の勧誘はどう突っぱねてやろうか。

そんな事すら考え始めた時だった。

??「えっと、君が鹿目まどかと暁美ほむらかい?」

背後から聞こえた声に、私は振り返った。

578: 2011/08/25(木) 00:09:43.24 ID:Z2+V2h5O0
QB「うわぁ……本当に神話の英雄にそっくり……っと、これは禁句なんだった……!
   え、えっと、インキュベーターです……君達と契約を……」

ほむら「…………」

振り返った先にいたインキュベーターを見た時、何故か、落雷が落ちたような感覚を私は感じていた。

まどか「あ、新人さんだね。
    ほむらちゃんが中々OKしないから、最近は日替わりで色んなインキュベーターが来るんだよ」

まどかは笑顔でインキュベーターに応えている。

インキュベーター?

違う、彼は………そんな名前じゃなくて……。

そう、彼の名前は……。

ほむら「キュゥ……べえ……?」

QB「え、ええ!? な、何でボクの名前を知ってるの!?
   インキュベーターは自分の名前を名乗っちゃいけない規則なのに……」

私が頭の中に浮かんだ単語を口にすると、インキュベーター……いや、キュゥべえは困ったように俯いてしまった。

579: 2011/08/25(木) 00:11:12.96 ID:Z2+V2h5O0
Qべえ「うぅ……神話の中の英雄の名前だから、
    ずっとコンプレックスだったのに……。

    君達、どこでボク達の神話の話を聞いたの?
    これだって、全部話すのはダメって規則で決まってるのに……」

俯いたまま困ったように耳の触腕を振るキュゥべえは、今にも泣き出しそうだ。

ほむら「そう……お前、キュゥべえって言う名前なのね」

私は困ったように俯くキュゥべえの前に膝をつくと、出来るだけ優しくその頭を撫でた。

不意に閃いた名前だった。

理由は分からない。

ただ、ようやくパズルのピースが合ったような、
まどか達と出逢った時のような、不思議な感覚だ。

そして、ようやく、幼い頃から溜まり続けた心の中の澱が取れて行くようだった。

580: 2011/08/25(木) 00:13:32.08 ID:Z2+V2h5O0
ほむら「お前となら、契約してもいいかしら……?」

Qべえ「ほ、本当かい!?
    や、やった~! 難攻不落の暁美ほむらの契約を、ボクは取ったんだ!」

私の言葉を聞くと、キュゥべえは飛び跳ねて喜んだ。

その目には涙さえ浮かべている。
嬉し涙だろうか?

まったく、インキュベーターは誰もかれも感受性豊かと言うか、すぐに泣き出すなぁ……。

それはともかく――

ほむら「難攻不落って何?」

聞き捨てならない単語を聞いた気がして、私は笑顔を貼り付けたまま尋ねた。

途端、キュゥべえはビクリと震えた。

Qべえ「あ、あうあう……こ、これも禁句だった……」

そうか、私は影で彼らにそう呼ばれているワケか……ふむふむ、いい情報を得た。

そりゃあ、この数日、何度も何度も契約を突っぱねて来たのは此方だが、
たった50回、契約を断っただけで難攻不落呼ばわりされる謂われはない。

毎日毎日、朝昼夕晩と隙を狙ったように契約を持ちかけて来ているのはどこの誰だ。
むしろコッチが押し売りセールスとして、宇宙の消費者相談センターに訴えってやりたいくらいだ。

まあ、それもそろそろ飽きて来た所ではあるし………。

581: 2011/08/25(木) 00:15:58.56 ID:Z2+V2h5O0
ほむら「そうね………契約の願いは何にしようかしら………」

実は、もう決めているのだが、困った様子で落ち込むキュゥべえを此方に引き戻すために、
敢えてそんな言葉で意識を誘導する事にした。

Qべえ「け、契約してくれるの?」

ほむら「そう言ったでしょう。
    さすがに、言った言葉を曲げるほど性根は曲がってないつもりよ」

安堵と驚きの入り交じった声を上げるキュゥべえに、私はため息がちに応えた。

まどか「ほむらちゃんが契約するなら、私も契約しようかな」

まどかも思案気味に呟く。
まだ願いを決めていないのだろう。

Qべえ「良かった~……本当に良かったよぉ……。
    着任早々、いきなりここに回された時はどうなるかと思ったけど……」

何だ、本当に新人なのか。

Qべえ「最初に、こんな大きな契約が二つも取れるなんて……。
    本当、君達に逢えて良かった……!
    さあ、暁美ほむら、君はどんな願いでソウルジェムを輝かせる?」

逢えて良かった、か………。

何だか、懐かしさと一緒に感じる、この寂しさは、
夢で聞いた最後の言葉だったからだろうか?

私は心の中で小さく頭を振ると、ゆっくりと口を開いた。

ほむら「そうね……私の願いは……」





キュゥべえ「ボクを信じてくれ、暁美ほむら」・了

609: 2011/08/25(木) 18:58:13.96 ID:pWRg8afSO
乙!完結おめでとう!
いや、いい話だった!
いいエンディングだった!

616: 2011/08/25(木) 21:46:29.01 ID:Z2+V2h5O0
話X話「みんなと一緒に、ずっと笑って過ごしたい」


巴家――

住宅街の中ほど、鹿目家からそう遠くない場所にその家は建っていた。

中規模ながらも商社経営をしているらしい巴家は、
我々一般家庭とは些かかけ離れたイメージがあった。

しかし、赤い屋根に白い壁の家なんてメルヘンな家、実在したのか……。

ほむら「…………」

さやか「……仁美や恭介の家も大きいけど、マミさんの家も大きいなぁ……」

まどか「さ、さやかちゃん、失礼だよ」

呆然と見上げる私、思わず感想を漏らすさやか、それを慌てて諫めるまどか。
三者三様の反応と言うか……さやか。
思っていても口に出してはいけないセリフが世の中にはあると言う事を、
そろそろ学習してもいいと思うのだけれど………。

しかし、彼女の言う通り、地元名士の志筑家や上条家の屋敷ほどではないが、
成る程、上流階級の家と言うのが相応しい造りだ。

617: 2011/08/25(木) 21:47:55.56 ID:Z2+V2h5O0
マミ「そんなに緊張しないで。
   見た目は大きいけど、単に客間が多かったり、応接室を広く作っただけだから、
   私の部屋なんて、みんなの家と大差ないのよ?」

苦笑い気味に返す優しい先輩に、私はコクコクと無言で頷いていた。

初めて招待される先輩の家が豪邸だったら、それは緊張もするだろう。
これが高級マンション程度だったら物珍しいだけで済んだのだろうだが。

杏子「やっぱり、皆さん、普通はそう言う反応しますよね」

私達の傍らで少しいたずらっ子のような笑みを浮かべているのは、
つい先日、巴先輩の紹介で知り合った、私達の学校の隣のクラスに在籍する佐倉杏子だ。

その口ぶりからして、巴先輩の家に来るのは初めてではないのだろう。

さやか「杏子はマミさんの家、初めてじゃないんだ」

杏子「ええ……。私も小学生の頃に魔法少女になったので、
   マミさんが中学に上がられてからは、相談のために何度か」

……上品なしゃべり方をする子だ、さすが聖職者の娘だ。
この前、修道服姿の彼女とすれ違ったが、その時も優しそうな笑みを浮かべていた。

夢の……いや、あの記憶の中にある彼女とは、印象が180度違う。
こう、イメージを重ねようとすると、脳に強制終了がかかりそうだ。

618: 2011/08/25(木) 21:49:40.87 ID:Z2+V2h5O0
まどか「杏子ちゃん、小学生の頃から魔法少女やってるんだぁ。
    同い年だけど、大先輩だね」

さやか「ホントだよ……昨日今日成り立てのまどかやほむらとは比べものになんないって」

ほむら「魔法少女歴十日の人間にだけは言われたくわないわね。
    五十歩百歩って知ってる?」

鼻で笑うように言ったさやかに、私は肩を竦めて呟いた。

杏子「経歴が長いだけですよ。
   実力で言ったら、まどかさんの方がよっぽど上ですって」

杏子は微笑みを浮かべながら呟く。

そうなのだ。
実は既に、まどかも魔法少女の契約を済ませていた。

まどかの願いは、私がキュゥべえと契約した直後に決まった。

目の前で車に轢かれて死んだ猫を甦らせる願いが、彼女の第一の、つまり契約の願いだったのだが、
蘇生の願いを心の底から願ったまどかの力は、先んじて契約した私やさやかを大きく上回る物だったのだ。

蘇生の願いで生まれた魔獣は強敵だと聞かされ、私も加勢しようとしたが、
私の願いで生まれた魔獣よりも明らかに強力な魔獣を、
まどかの一撃で射抜かれた瞬間は何かの冗談かと思ったものだ。

619: 2011/08/25(木) 21:51:28.63 ID:Z2+V2h5O0
マミ「さあ、みんな、あがって」

家の人は留守なのだろう。
鍵を使って扉を開けた巴先輩が、私達を促す。

そして、私達が巴先輩の家に足を踏み入れた瞬間だった。

犬「ワンッ、ワンッ」

突如、屋敷の奥から大型犬が現れ、巴先輩に向かって駆けて来た。

マミ「アハハハ……ただいま、シャル」

嬉しそうにその大型犬を抱き留める巴先輩は、顔を舐められながらも嬉しそうに笑う。

シャル「クゥゥン、クゥゥン……」

甘えたように鼻を鳴らす大型犬のシャルは、見た目に反してとても可愛らしい雰囲気だった。

マミ「この子はシャルロッテ。私の……妹、みたいなものかしら。
   ほら、シャル、皆さんにご挨拶しましょう」

シャル「ワンッ、ワンッ」

巴先輩に促され、シャルロッテは元気よく吠えた。

最初は驚いたが、先ほどの甘えた仕草を見せられてからだと、その吠え声も恐ろしさを感じない。
むしろ、親しみ深いと言うか、可愛らしささえ感じる。

620: 2011/08/25(木) 21:53:04.21 ID:Z2+V2h5O0
さやか「赤い屋根の白い家に、大型犬……う~ん、ナチュラルボーンお嬢様って感じ」

まどか「さ、さやかちゃん! そんな事言ったらマミさんに失礼だよ」

ほむら「まどか、止めなさい……。その子に何言っても今更治らないわ」

私達の感想を代弁するさやかを窘めたまどかを、私はため息がちに止める。

マミ「フフフ……美樹さんは面白い子ね」

失礼な振る舞いをしているさやかに対し、巴先輩はとても柔和な笑顔で返す。

嗚呼、この人、多分、ちょっとズレてる。
私のツッコミ相手がまた増えるのか、と思うと頭が痛い。

純真、猪突猛進、天然とただでさえツッコミ相手に事欠かない学園生活なのに、
ここに加えてさらに天然、しかもお嬢様と……仁美と被ってないか?

ほむら「バカなだけです」

私は脳裏を過ぎった失礼千万なイメージを振り払って、僅かなため息を交えながらも淡々と呟いた。

さやか「誰がバカだー!」

ほむら「自覚症状がないなら診断書を書いて特効薬を処方するわ。勿論、保険は対象外よ」

さやか「まぁどぉかぁ~、ほむほむが虐めるよぉ」

まどか「あ、アハハハ……」

誰がほむほむか、このさやさやめ。
まどまどが困っているから離れなさい。

…………しまった、伝染った。

621: 2011/08/25(木) 21:54:46.07 ID:Z2+V2h5O0
シャルロッテを階下に残し、二階にある巴先輩の部屋に入った私達は、
思わず視線を走らせずにはいられなかった。

確かに、部屋は私の部屋よりも僅かに広いだけだったが、
驚くべきは、そのシンプルながらもセンスの良い家具の数々だった。

多分、高級品なんだろうな、と思ったが………

さやか「た、高そうだ……」

そこのおバカさんのように口にするワケにもいくまい。

Qべえ「やぁ、みんな!」

巴先輩に促された私達が銘々に座卓を囲んで座ると、
窓の外から、見滝原市の新任担当インキュベーターであるキュゥべえが現れた。

まどか「キュゥべえ、こんにちわ」

マミ「あら、新しいインキュベーターは名前を名乗ってくれたのね」

杏子「珍しい事もあるんですね」

さやか「ほむらが誘導尋問したらしいですよ」

ほむら「人聞きの悪い事を言わないで。
    単に、思いつきで言った名前が、この子の名前だっただけよ」

私は眉間に指を当てて、ため息を漏らす。

622: 2011/08/25(木) 21:55:57.25 ID:Z2+V2h5O0
Qべえ「今日はまどかとほむら、それにさやかの三人への講習が目的でいいのかな?」

マミ「ええ。
   いくら契約前に詳しく話すと言っても、しっかりと理解してもらった方がいいでしょう?」

Qべえ「そうだね。ボクもそれがいいと思う。

    先輩に聞いていた通りだよ。
    マミが面倒見の良い子でボクもフォローし易くて助かるよ」

杏子「私も、新人時代にはマミさんによく助けて貰ってましたから」

嬉しそうに笑うキュゥべえに、杏子も感慨深く呟く。

巴先輩も小学生の頃から魔法少女をしているらしく、
見滝原の現役魔法少女の中ではかなりのベテランだと聞いている。

マミ「私も新人時代には先輩達やインキュベーターによく助けてもらっていたから。
   その恩返しのつもりでもあるのだけれど……」

巴先輩は恐縮したようにはにかみ――

マミ「でも、そう言ってもらえると嬉しいわ」

そう付け加えて、また優しく微笑んだ。

623: 2011/08/25(木) 21:59:14.09 ID:Z2+V2h5O0
Qべえ「さて、と……それじゃあ説明だね」

気を取り直して、説明の体勢に入ったキュゥべえは、
耳の触腕をピンッと張って姿勢を正した。

Qべえ「えっと……ボク達インキュベーターは、
    ある使命を持って、宇宙の各地に散らばっているんだ。
    地球での活動も、その一環なんだ」

まどか「ある使命?」

Qべえ「うん。契約前にも先輩達が話したと思うけど、宇宙にはエネルギーが不足しているんだよ。

    それは単純にエネルギーの使い過ぎだったり、元々エネルギーとなる資源が少ない星があったり、
    理由はとにかく様々だけれど、宇宙のためのエネルギーを生産・回収していると思ってもらっていいよ」

さやか「でもさ、地球だけだって、やれエネルギー問題がどうの、やれ資源配分がどうの、とか言ってるのに、
    いくら余所の星のためとは言え、そこに回す余分なエネルギーなんて無いよね?」

Qべえ「いい質問だね、さやか。
    そこで登場するのが、ボクらの先祖が開発した事象と感情をエネルギー化するシステム、通称・魔法少女システムさ。

    魔法少女になった人物が不幸だと思う状況を打開する願い、
    つまり不幸な事象をエネルギー化して魔獣にする。
    その魔獣を魔法少女が消し去る事で幸福な状態に変化させる。
    そうすると、元からあった不幸な事象が幸福な状態に相転移する際に、
    魔獣化した事象を遥かに超える莫大なエネルギーを生むんだ」

杏子「前にも思ったけれど、宇宙の電力会社みたいね」

Qべえ「近いような遠いような……ともかく、
    最初はボク達、インキュベーターだけでも事足りるかと思ったんだけれど、
    僕達インキュベーターは争い事が大嫌いだから、不幸な状態になる事が少なくて、
    結局、他の星の人達に頼むしかなくなってしまったんだ」

ほむら「つまり、自分たちで生産できるエネルギーが少ないから、
    別の星の人間にエネルギーを生産してもらおう、って事ね」

Qべえ「う、うぅ……そ、そうなんだけど、そう言われるとぐぅの音も出ないよ……。
    巻き込んですまないとは思うけれど………」

私の感想を聞いたキュゥべえは、申し訳なさそうに項垂れてしまった。

624: 2011/08/25(木) 22:00:16.07 ID:Z2+V2h5O0
ほむら「悪い意味で言ったワケじゃないわ。
    お陰で私達も、自分達の願いを叶えられるワケだし」

まどか「それに、人助けも出来て嬉しいしね」

まどかが私の言葉をフォローするように、笑顔で言った。

そう、この魔法少女システムの最大の利点はそこだろう。

ほむら「自分達の願いを叶えた後でも、困っている人を助けるために願って魔獣を生み出して倒し、
    宇宙のためのエネルギーを発生させて目の前の人を助ける事も出来る……。
    いい仕組みだと思うわ」

Qべえ「そう言ってもらえると気が楽になるよ……」

キュゥべえも安堵したように触腕を下ろすと、嬉しそうに笑う。

さやか「そう言えば、あたし達の魔力ってどうなってんの?
    もう2、3回くらい人助けしてみたけど、全然、減った感じがしないんだよね」

Qべえ「うん、そこは感情をエネルギー化するシステムのお陰だね。
    魔法少女自身のエネルギーは、願った魔法少女の願いの強さに応じたエネルギーを、
    魔法少女の魔力として、その都度、供給するんだ。

    つまり“ああしたい”、“こうだったらいい”って気持ちがなくならない限り、
    魔法少女は無限にエネルギーを発生させる事が出来るんだよ」

さやか「つまり、感情力発電って事?」

それは分かり易いが、電力会社のイメージから離れたらどうだろう?

Qべえ「まあ、そうだね」

ほら、キュゥべえも苦笑いを浮かべているじゃないか。

625: 2011/08/25(木) 22:01:36.93 ID:Z2+V2h5O0
Qべえ「えっと……次は魔法少女の能力についてだね。
    魔法少女の素質は一般的に、みんな大体、似たり寄ったりなんだけれど、
    第一の願い、つまり契約の願いで、実際の資質が決まって来るんだ」

ほむら「まどかと言う実例で、よく理解できたわ」

まどか「アハハハ……」

私の言葉に、まどかは照れ笑いを浮かべる。

Qべえ「まどかの場合は、不幸指数の高い蘇生の願いだったからね。
    しかも、あれだけ純粋に願ったからこそ、あの強さなんだよ」

純粋に、か。
あの猫が轢かれて死んだと思った瞬間、ほぼノータイムで願ったのが効果的だったと言う事か。

Qべえ「契約の願いは、魔法少女が持つ固有の魔法や武器、
    それに魔力の限界量、他にも、その後からも叶えられる願いのレベルに直結するんだ」

マミ「つまり、自分の力量に見合わない願いは叶えられなくなるの。
   その点、鹿目さんはかなりグレードの高い願いを叶えられるようになっているハズよ」

さやか「へぇ、凄いじゃん、まどか!」

まどか「そ、そうなのかなぁ……何だか、実感がないけど」

まどかは戸惑いながらも嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。

626: 2011/08/25(木) 22:02:47.40 ID:Z2+V2h5O0
さやか「でも、魔法少女の強さってどう見分けるって言うか、
    自分のレベルってどう計ればいいのかな?」

Qべえ「ソウルジェムを見比べればよく分かるよ。
    指輪をソウルジェムの状態にしてみてごらん」

私達三人は言われるままに、指輪をソウルジェムにする。
さらに、巴先輩と杏子もソウルジェムを見せてくれた。

さやか「ま、まどかのが……すごく……大きいです……」

ほむら「確かに……」

私達四人のソウルジェムは、僅かな差こそあれど似たような物で――それでも巴先輩の物は大きかったが、
まどかのソレは群を抜いて大きかった。

私達の物がピンポン球とテニスボールの中間くらいだとすれば、
まどかのそれは野球ボールと言っても過言ではないだろう。

明らかに一回り以上のサイズ差がある。

Qべえ「記録では一国の女王がバスケットボールくらいのサイズのソウルジェムを生み出したそうだけど、
    一般人としてはまどかのソウルジェムのサイズは最大クラスじゃないかな?」

キュゥべえは少し興奮気味に語る。

一国の女王が考える不幸がどんな物だかは分からないが、
まどかが不幸と捉えた猫の死の回避を、どれだけ純粋に祈ったかが分かるだろう。

Qべえ「他のみんなも、一般レベルとして考えればかなり良いサイズだと思うよ」

キュゥべえはそう言って朗らかに笑う。
そう言ってもらえると、こちらもありがたい。

627: 2011/08/25(木) 22:03:58.86 ID:Z2+V2h5O0
さやか「そう言えば……まどかの願いは聞いたけど、他のみんなって契約の時に何を願ったの?」

ほむら「は?」

突然、何を言い出すんだ、この青い子は。
そんなのは秘密に決まっ………

マミ「私は、事故に遭った時……両親を助けて欲しい、って願ったの。
   魔獣が強かったから、その時に居合わせた先輩魔法少女に助けてもらったわ」

杏子「私は、最初……みんなにお父さんの話を聞いてもらいたい、って願おうと思ったんですけど、
   それじゃあ無理矢理に聞かせているのと一緒だって、その時のインキュベーターさんに言われて……。
   だから、“お父さんの言葉が、お父さんの言葉を必要としている人に届きますように”って願いました」

………てないみたいね。

先輩方、この子は興味本位で聞いてるだけですよ。
そんなに優しい目で語らないで下さい。
この子が良心の呵責に耐えられなくなりますから。

さやか「っ、ぐすっ……み、みんな……苦労したんだなぁ、ひっく」

ほら、色んな意味で泣き出した。

杏子「さやかさんは、どんな願い事をされたんですか?」

さやか「あ、あたし? ……っと、その、恥ずかしいんだけど……。
    幼馴染みの手を、治してあげたい、って……」

杏子の質問に、さやかは涙を拭ってから恥ずかしそうに答えた。

628: 2011/08/25(木) 22:05:17.98 ID:Z2+V2h5O0
杏子「その方の事、好きなんですね」

さすが普段から人の悩みを聞いている聖職者の娘、鋭い。

さやか「そ、そんなんじゃないよ!
    た、ただ、アイツのバイオリンをもう一回、聞きたいなぁ……って」

どもりながら照れるとか、隠し事をするつもりがないのか、この子は……。

杏子「ふふふふ……さやかさんって楽しい方ですね」

優しそうに笑っているけど、もしかして、この子、実はサドの気があるんじゃないか?

ほむら「ハァ………」

友人達の様子に、私は思わず嘆息を漏らした。

それがいけなかった。

さやか「そ、そう言うほむらはどんな願いをしたんだよー!」

既に私の願いを知っているまどかと、契約相手であるキュゥべえ以外の全員の視線が私に向く。

ヤバイ、矛先がコッチに向いた。

ほむら「さて………近所で一人暮らしをしているお婆さんが足腰が痛くて困っているのよね。
    癒しの願いを叶えに行って来るわ。
    早く願いを叶えてあげないと、お婆さんが今日も買い物に行けないかもしれない」

私は自分でもわざとらしいほど説明的に言うと、そそくさと立ち上がる。
ちなみに、その願いは昨日の内に叶えて来た事は内緒だ。

629: 2011/08/25(木) 22:05:58.38 ID:Z2+V2h5O0
さやか「えー! ほむらだけ内緒なんてズルいぞー!」

青いのが絡みついて来る。

杏子「そうですね。
   お友達になったんですから、教えて下さってもいいですよね」

笑顔で赤いのが詰め寄って来る。

何だ、この二人のチームワークの良さは。

Qべえ「特別な事情を除いて、ボクから契約者の願いは口外できないからね。
    自分で話すしかないよ、ほむら」

くっ、名前を言い当てられた事がそんなに恨めしいのか。
助け船の一つくらい出してくれても……。

マミ「そうね……私もちょっとだけ知りたいわ」

ちょっとだけじゃありませんよね、巴先輩?
その好奇心で満ちた目は何ですか?

まどか「ほむらちゃん」

ほむら「ま、まどか!」

まどかが声をかけてくれた、ようやく助け船が出るらしい。

まどか「喋っちゃおうよ」

笑顔だ。凄い笑顔だ。

四面楚歌に加え、ブルータスお前もか。

630: 2011/08/25(木) 22:08:01.25 ID:Z2+V2h5O0
さやか「あはっ、まどかのお墨付きが出たぞ~。
    さぁ、神妙に薄情するのだぁ、ほむら~」

ほむら「は、離しなさい、さやか!」

既に腕力で負けている私は、さやかの手で俯せに組み敷かれて身動きが取れない状態だ。
と、言うか、背中に頬をすりすりするんじゃありません。

杏子「素直になりましょう、ほむらさん」

ああ、こちらもに親友に負けず劣らずの笑顔が……。
だが、私は知っている、その笑顔の裏に悪魔のようなサディストの本性が隠れている事を。

マミ「暁美さん、話してくれるかしら?」

ああ、そんな好奇心一杯の純真な笑顔を向けられても……。
と言うか、あなたにはこの光景がどう見えているんですか?

まどか「ほむらちゃん、頑張って」

こちらはこちらで本気の純真な笑みとエールが……。
私は、何をどう頑張ればいいのか。

Qべえ「ほむらが話し難いなら、特例としてボクから話すけど?」

ほむら「どんな特例よ! 特例の意味知ってて言っているのかしら!?」

戸惑い気味のキュゥべえを黙らせ、私は必死にはいずり出そうとする。
嗚呼、メガネがズレた……おさげも解けそうだ。

くぅ……変身さえすれば、腕力の差なんて覆せると言うのに、
こんな無駄な事に願いを使うのは勿体ないような……ああ、いや、今の私は本当に不幸なのか?

631: 2011/08/25(木) 22:10:09.72 ID:Z2+V2h5O0
ほむら「ぜ、絶対に言わないわよ!」

さやか「おぅおぅ……恥ずかしがってぇ~。
    ういやつよのぅ……うむうむ、ほむらはあたしの嫁になるのだ~」

ええい、そんな事を言っていると仁美に上条君を取られるぞ!

杏子「あらあら、挙式の準備をしませんと。同性のカップルもステキですね」

こら、神職の娘! そんな事を聞いたら父親が卒倒するぞ!

マミ「ねぇねぇ、暁美さん、どんな願いだったの?」

だから、そんなに純粋な目を向けないで……。

まどか「みんな仲が良くて、楽しいなぁ」

これが仲良くしているだけに見えるなら、どうかしているわよ。

Qべえ「やっぱり、ボクの口から……」

ほむら「喋ったら今すぐ解約するわよ!
    クーリングオフよ、クーリングオフ!」

Qべえ「そ、それは困るよぉ~」

勢い任せの冗談で涙ぐまれたら、こっちだって困る。

ああ、もう、絶対に話すもんか。
こんな連中に聞かれたら、一生、アドバンテージを握られてしまうに決まってる。

数ヶ月がかりで私の築き上げたクールなイメージが、
入院中に必死で勉強を頑張った秀才のイメージが崩れ去ってしまうじゃないか。


『君の願いは何だい?』

『………夢の中で出逢って、また再会できた大切な仲間達がいるの。
 だから、みんなと一緒に、ずっと笑って過ごしたい』


ほむら「絶対に、話すもんですかぁぁ!」

見滝原の閑静な住宅街に、私の絶叫が響き渡った。

675: 2011/09/09(金) 17:23:44.01 ID:m6568Ini0

最高だった
また書いてくれよ!

引用元: キュゥべえ「ボクを信じてくれ、暁美ほむら」