3: 2011/08/08(月) 23:06:38.33 ID:6QrscVfk0
第1話「本当の魔法少女になってよ」


病室――

ほむら「………」

目を見開き、毛布を跳ね上げるようにして、身体を起こす。
もう、何度目だろう、この日に戻って来るのは……。

見慣れたと言うよりは見飽きた病室。
私のリスタート地点。

また……また繰り返してしまった。
また、まどかを助けられなかった。

私は悔しさと情けなさ、そして、耳に残る不快な笑い声と無感情な声、
そして、山のように巨大な魔女へと変貌してしまったまどかを思い出す。

決戦と時間遡行による魔力の大量消費で濁ったソウルジェムをグリーフシードで浄化すると、
今度こそ、まどかを助けるために動き出した。



1:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2011/08/08(月) 23:01:26.91 ID:6QrscVfk0
単発連作系のスレで何本か書いた事がありますが、
まともなSSの投稿は初になります。

文章の拙さが目立つかと思いますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

完走目指して頑張ります。

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1312812084

4: 2011/08/08(月) 23:09:06.19 ID:6QrscVfk0
向かったのは見滝原の住宅街にある鹿目家。
ルーチンワークに対する慣れ、だろうか?
この場への到達時刻は普段よりも30分は早い。

まだ出逢ってもいない大切な友人の家を見上げる。
窓から零れた仄かな灯りは、おそらく机に置かれたライトのものだろう。

ほむら(まだ勉強中か……)

今まで通りなら、インキュベーターが最初の接触を行って来るハズだ。

私は魔力を聴覚に集中して、周囲の気配を探る。
囁き声や話し声など、様々な音が私の耳に入って来る。

そして、その音が私の耳に届いた。

ほむら(見付けた……!)

鹿目家の裏手から感じた気配に、私は音もなく走り出す。

5: 2011/08/08(月) 23:11:21.38 ID:6QrscVfk0
しかし、そこで繰り広げられていた光景は、今までの私が目にした事のないモノだった。

QB1「また君か。いい加減に諦めて欲しいよ。
    君に邪魔をされると効率が悪くて仕方ない」

QB2「これ以上……魔法少女……は、増やさせ、ない……」



ほむら(な、何なの、これは……)

目の前にいるのは二匹のインキュベーター。
一方はいつも通りだが、もう一方は何と言うべきか、酷い有様だ。

全身は深浅を問わず裂傷だらけ、耳から伸びた触腕の左側がもげてなくなっており、
右後ろ足は骨が折れたのか腱が切れたのか引きずるようにしている。

満身創痍、と言うにはやや生易しいほどの損傷具合だ。

6: 2011/08/08(月) 23:16:11.03 ID:6QrscVfk0
QB1「ワケが分からないよ。
    魔法少女を増やし、エネルギーの回収を行わなければ宇宙は滅んでしまうって言うのに」

QB2「だからって……彼女達に真実を隠したままで、いるのは……
    アン、フェアじゃないか……」

ほむら(どう言う事なの……?)

インキュベーターを追い詰めた結果、二匹以上の生きた個体を同時に目撃した経験は今までもあったが、
最初から二匹以上がいる場所に居合わせたのは初めてだ。

しかも、全体で一個の群体とでも言う無個性のインキュベーターが口論をしている?

信じがたい光景に、私は目を見張る。

QB1「やれやれ……罹患者と対話しても平行線のようだね。
    そのボロボロの躯体では何もできないだろうと放置する方針だったけど、
    今後、時間的な無駄は少しでも省きたい。
    いい加減、君を処分させてもらうよ」

QB2「うぅ……」

7: 2011/08/08(月) 23:19:48.96 ID:6QrscVfk0
インキュベーターの言葉に、傷だらけのインキュベーターが怯んだ瞬間だった。
私は盾の中からナイフを取り出すと、時間停止を行い、五体満足のインキュベーターの首を切り落とす。

そして、怯んだままの体勢の満身創痍のインキュベーターに一瞥をくれる。

ほむら(……何者なの、こいつ……? 罹患者、とか言われていたようだけど)

私が今後、インキュベーター共にイレギュラーとして扱われるのは、今までのループでの経験上知っているが、
私からして見れば、この目の前のインキュベーターの方がよっぽどイレギュラーだ。

ほむら(いつも通り処理すべきか……。
    けどコイツを皮切りにこのループに変化を生じる事だってあり得る……。
    事情を聞いて見るのもいいかもしれない……強制的に、ね)

そう思い立った私は、インキュベーターの首を押さえつけ、地面に押しつけるようにして動きを封じ、
鼻先にナイフを突き立てた状態で時間停止を解除し、即座に時間停止を再発動する。

8: 2011/08/08(月) 23:23:46.19 ID:6QrscVfk0
QB2「う、ぁ……な、何が……」

ほむら「大人しく質問にだけ答えなさい……目の前のソレと同じ目に合いたいくないならね」

QB2「……ッ」

息を飲む音が聞こえ、頭だけで頷くインキュベーター。

ほむら「インキュベーターにしては聞き分けがいいわね。
    幾つか質問させてもらうわ……、先ず、罹患者とは何?」

QB2「そ、それはボクの事だ………」

ほむら「それは分かるわ……意味を教えろと言っているのよ、罹患者」

罹患者(QB2)「か、感情を生んだインキュベーターの総称だよ……」

ほむら「感情を生んだインキュベーター……
    そう言えば、お前達は感情は精神疾患の類と言っていたわね」

なるほど、それで“罹患者”なのか。

ほむら「今、このやり取りは他のインキュベーターにも筒抜けなのかしら?」

9: 2011/08/08(月) 23:27:47.44 ID:6QrscVfk0
罹患者「き、君は何を知っているんだい……?」

ほむら「お前達の知られたくない情報全般よ。黙って質問に答えなさい」

罹患者「……ボクの情報は、他の個体には転送されていない。
    罹患者の持つ感情データは、他の個体に感情を生む可能性が高い。
    ボクはネットワークリンクから隔絶……いや、排除されている」

ほむら「そう……じゃあ、お前を通じてインキュベーターに警告するのは無駄と言う事ね……」

罹患者「君は……ボクを、殺すのかい?」

ほむら「その予定よ」

聞きたい情報を聞き出し終えた私は、淡々と答える。
だが、押さえつける腕の力も、ナイフを持つ手の力も決して緩めはしない。

罹患者「……君は、ボク達が知られたくない情報を知っていると言ったね?
    それは、魔法少女のシステムに関する事柄もかい?」

ほむら「知っているわ……。それがどうしたと言うの?」

10: 2011/08/08(月) 23:32:36.69 ID:6QrscVfk0
罹患者「そうか……そう、なんだ……」

その時、インキュベーターの声音が不思議と安堵のそれに変わった。
そして、インキュベーターは再び口を開いた。

罹患者「君に頼みたい事がある……!」

ほむら「? 何を考えているの?」

罹患者「ボクの代わりに、ボク達を……インキュベーターを妨害をして欲しい」

ほむら「!?」

驚いた。
いくら感情を持ち、独立した個体となったインキュベーターとは言え、
あの徹底した独善的全体主義のインキュベーターがこんな事を言い出すとは……。

ほむら「何のつもり?」

11: 2011/08/08(月) 23:37:01.66 ID:6QrscVfk0
罹患者「もう……もう嫌なんだ!
    真実を知らない子達が願いを引き換えに魔法少女にされるのも!
    彼女達が絶望して魔女になるのも! 魔女との戦いで命を落とすのも!」

ほむら(何なの……このインキュベーター……泣いて、いる!?)

罹患者「お願いだ!
    全ての、魔法少女を救ってくれとは、言わない……!
    君の目が、届く、範囲で、いい、もう、犠牲者を……出さない……で」

ボロボロの状態で叫んだせいだろう。
インキュベーターは次第に絶え絶えになる声を絞り出すように漏らす。

ほむら「お前に言われるまでもないわ……。
    まどかを、魔法少女になんてさせない」

罹患者「そうか……良かった……。
    やっと……終わるんだ……ありがとう……」

12: 2011/08/08(月) 23:39:34.47 ID:6QrscVfk0
ボロボロと涙を零しながら、苦しそうに、
だが安らいだように呟くインキュベーター。

ほむら「お前は……」

その様子に、思わず手の力が緩んでしまう。

罹患者「………ッ……」

その瞬間、彼は何かを譫言を漏らしたようだった。
よく聞き取れないが、人の名前のような響き。

罹患者「……今……から……そっちに……行く、よ……」

ほむら(コイツは……インキュベーター……。
    敵……私達の、敵!)

私は言い聞かせるようにして、ナイフを振り上げた。

そして――――

13: 2011/08/08(月) 23:42:38.03 ID:6QrscVfk0
数時間後、暁美ほむら宅――

ほむら「ハァ……」

深いため息が漏れる。
私は何をしているんだろう。

目の前のソファの上には、眠りについたインキュベーターが一匹。
全身の傷は完治し、安らかな寝息すら立てている。

治療したのは私。
慣れない他者への治癒魔法、それも瀕死に近い重傷を治療したお陰で、
多量のストックがあるとは言え、グリーフシードを一個使い切ってしまった。

何という無駄使いだろう。

ほむら「ハァ……」

帰宅してから、何度目のため息だろう。

自分でも、何故、コイツを連れ帰ったのか分からない。
ただ、あのままにはしておけない、そんな気がしてしまったのだ。

14: 2011/08/08(月) 23:44:32.72 ID:6QrscVfk0
ほむら(何故……? こいつは、インキュベーターなのに)

目の前にいるのは、宇宙のためと言う大層なお題目を掲げ、地球を食い物にする悪魔のような生物だ。
なのに、何故、私は彼を連れ帰ってしまったのだろうか?

ほむら(傷の治療までして……)

自分で自分のやっている事が理解できない。
心労のあまり、分裂症でも患っているのだろうか?

ほむら「ハァ……」

最早、回数を数える気にもなれないため息を吐いた瞬間だった。

罹患者「ん……うぅ……こ、ここは……」

彼が身じろぎと共に目を覚ました。
私は反射的に変身すると、彼に向けて銃口を突き付けていた。

15: 2011/08/08(月) 23:46:47.88 ID:6QrscVfk0
罹患者「ッ!? き、君は……さっきの!? ここは!? 
    傷が治ってる!? 君が、治療してくれたのかい?」

ほむら「自分が置かれた状況を理解できていないの?」

私だって、自分のちぐはぐな行動が理解できない。

ほむら「……ここは私の家、お前の傷は私が治療したわ」

罹患者「君は、ボク達を恨んでいるようだったけど、何故、そんな事を?」

ほむら「……………お前から情報を引き出すためよ」

彼から情報を……そう、感情を得た経緯を聞き出せば、今後の対策に役立つハズだ。
そうだ、そうに違いない。

私は自分に言い聞かせるように心中で独りごちる。

罹患者「じょう……ほう……?」

ほむら「お前が感情を得た経緯を話しなさい」

罹患者「そ、それは……」

ほむら「状況を理解しなさい、と言ったハズよ。
    そうね……随分と重い物を背負っているようだし、
    死ぬ前に懺悔の時間を与えてやってもいいわ」

言いよどむ彼に銃口を突き付けながら、私は努めて酷薄に言葉を紡いだ。

16: 2011/08/08(月) 23:48:32.02 ID:6QrscVfk0
罹患者「懺悔……か。
    ボクらの星に信仰や宗教なんてものは存在しないけど、
    人間はそうやって免罪を得るらしいね」

ほむら「さすがインキュベーター……下等な地球人の文化はお気に召さない?」

罹患者「ゴメン……こんな言い方しか知らないんだ……」

彼は項垂れるが、目元以外の表情は変わらないため、詳しく感情を読み取る事は出来ない。
だが、先ほどまで緊張したように張っていた触腕が力なく垂れている様は、
表情に代わって雄弁に彼の感情を表しているようだった。

ほむら「そうね……お前らはそうやって地球人を見下していたから、
    そんな話し方しか出来ないわよね」

罹患者「………ゴメン……。
    でも、君達は懺悔する事で心が軽くなるんだよね……。
    それなら、聞いてくれるかい?
    ボクの過去を……」

ほむら「最初からそう言っているわ……。
    早く言いなさい」

罹患者「……もう、20年ほど前になるよ……」

彼が語り出したのを確認すると、私はゆっくりと銃口を下ろしていた。

17: 2011/08/08(月) 23:50:05.48 ID:6QrscVfk0
罹患者「地球に派遣されたばかりのボクは、日本首都圏地域を担当していた。
    そこで、ある五人の少女に出逢った。仲の良い友人同士だったよ」

ほむら(……五人、か)

彼の言葉を聞きながら、脳裏にまどか達の顔が過ぎる。

罹患者「まだ感情を知らなかったボクは、魔法少女の素質を持つ五人の少女に契約を持ちかけた。
    最初の一人が願いを叶え、次々に契約は成功し、残すは最後の一人になった。
    彼女達の中で、最も魔法少女の素質に優れた、誰よりも優しい子だった……」

そんな所まで、私達と一緒か。
しかし、何度もループを続けた中でいがみ合い、
利用し合うような関係しか築けなかった私を比べると、皮肉なものだ。

罹患者「本当に仲の良い五人だった。
    でも、彼女達に破滅が訪れた。ある事故から、ソウルジェムの仕組みがバレた」

懐かしそうに語る彼の声が、徐々に強張って行く。

罹患者「ボクはマニュアルに従い、彼女達にソウルジェムの仕組みを話した。
    そうする事で絶望させ、魔女化を加速させるために」

強張った声が、苦しそうなものへと変わって行く。

罹患者「そうして、ついに……一人が魔女に変わった。
    魔女化した友人を前に、一人が倒れ、
    そうしてもう一人が全ての魔力を暴走させ、魔女もろとも自爆した」

18: 2011/08/08(月) 23:51:01.03 ID:6QrscVfk0
罹患者「二人の魔法少女を失ったのは計算外の事態ではあったけど、
    その時のボクにとっては、まだ契約前の彼女が無事であった事だけが重要事項だった」

ほむら(他人事とは思えなくなって来たわ……)

罹患者「けど、残ったもう一人の魔法少女は友人達の死に耐えきれず、魔女になった。
    ボクは彼女に、助けられるのは君だけだ、と契約を迫った。
    インキュベーターとしては当然の事で、その時のボクには罪悪感なんてなかった……。
    我ながら、吐き気がするよ……」

その声音に混ざるのは、苦しみも哀しみも通り越す自嘲。

ほむら(コイツは……)

罹患者「そして、彼女は願った。
    “あなたに、誰よりも強い感受性を”とね。
    契約後、すぐ、彼女は魔女化した親友を、自分のソウルジェムごと射抜いた。
    その時ボクは初めて思った“あ、コレはマズかったな”って。
    そして、ボクの……地獄が始まった」

19: 2011/08/08(月) 23:52:09.48 ID:6QrscVfk0
罹患者「最初は些細な現象や物事に対してまで思考が働く程度だった。
    けど、それは段々とハッキリしたものとなって行き、
    ボクはいつしか、彼女達に罪悪感を抱くようになっていた」

ほむら「………」

罹患者「思い出したのは出逢ったばかりの頃の五人の笑顔だった。
    願いが叶えられると知って、手を取り合って喜び合うあの子達から、
    ボクは笑顔を奪った……彼女達の希望を、絶望に叩き落とした……」

語りながら、ついに彼は涙を流し始めた。
身体を小刻みに震わせ、嗚咽を漏らす。

罹患者「これはきっと、彼女の復讐だったんだ………。
    そして、あんなに優しかった彼女の願いを、
    復讐にまで歪ませたのはボクなんだ……うっ、うぅぅ……」

20: 2011/08/08(月) 23:53:03.14 ID:6QrscVfk0
ほむら「………」

罹患者「罪悪感にかられたボクは、魔法少女の契約を取り付ける事が出来なくなり、
    感情発生による精神疾患罹患者として断定され、リンクから外され、処理される事が決定した。
    ボクは……恐怖のあまり逃げ出してしまった」

無言のままの私の態度を催促と取ったのだろう。
彼は震える声でさらに続ける。

罹患者「それから十年以上……ボクは逃げ続けた。
    同族から身を隠し、罪悪に苛まれながらボクは贖罪の方法を考え続けた。

    何年か前に、罪滅ぼしのために、通りがかりに交通事故にあった子を契約の願いで助けたけど、
    結局、いつか魔女になるかもしれない女の子を増やしただけだったんだ……!」

ほむら(事故……か……)

罹患者「もう、魔法少女を増やしたくない……だから、ボクはボク達の邪魔をする事にした。
    けど、結局、誰一人として守れやしない……ボロボロになって、追い掛けられて……。
    ボクは、何度も何度も、逃げる事しか出来なくて……」

ほむら「そう……」

私は嗚咽混じりの彼の言葉を遮るようにして、ため息混じりに短い言葉を吐き出した。

21: 2011/08/08(月) 23:54:07.40 ID:6QrscVfk0
ほむら「要は、お前の感情は願いで生まれた、と言う事ね」

私は都合の悪い事を無視するように、努めて淡々と感想を述べる。

ほむら「リンクから外された理由は?」

罹患者「………精神疾患を、他のインキュベーターにまで波及させないためだよ。
    ただ、感受性が生まれてから半月はリンクの中にいたよ……」

ほむら「なるほど、感情のあるハズのないインキュベーターが、
    それなりに感受性を理解しているのはそう言う事なのね……」

私は彼から視線を外したまま、ただ淡々と呟く。

嗚咽はまだ続いており、私が視線を外している事に気付くと、彼はさらに咽ぶ。

彼の懺悔は、終わったのだろうか?

ほむら「………現状を打破できるほど有力な情報はないわね」

私はそう言いながら、自分に××感を抱いていた。

視線を戻すと、彼は泣いており、その姿に私は××にも似た×××を禁じ得なかった。

22: 2011/08/08(月) 23:55:06.42 ID:6QrscVfk0
湧いて来そうな感情を、私は小さく頭を振って押し殺し、口を開く。

ほむら「………お前の懺悔ついでに、面白い話を聞かせてあげるわ」

罹患者「……な、何だい?」

ほむら「………お前達に運命を狂わされた、ある愚か者の話よ」

私はただただ淡々と言葉を紡ぐ。

好都合にもコイツには感情があるのだ。
たっぷりと聞かせてやろう。

お前の同族に全てを狂わされたまどか達と、私のこれまでを。

ほむら「ある所に……一人の病弱な少女がいたわ……」

私は、まるで他人事のように語り出した。
かつて、佐倉杏子がした自分語りのように、まるで第三者の事を語るように。

23: 2011/08/08(月) 23:56:51.47 ID:6QrscVfk0
数十分後――

ほむら「………これが、今までの私の辿った道よ」

罹患者「うぅ……うぅぅ……」

長い話を終えると、彼の咽び泣きがより一層に激しいものとなった。

ほむら「………泣いているのね」

罹患者「ゴメン……ゴメンよぅ……」

咽び泣きながら、私に赦しを請うて来るインキュベーター。

やはり、私は杏子のような語り口は苦手らしい。
名前は全て伏せて来たつもりだったが、
その中心にいるのが私と言う事には気付いたようだ。

まあ、時間遡行のような特殊な能力を挙げたのだから、
全て語る事が出来るのは当事者以外にあり得ない。
気付かれて当然と言えば当然だろう。

24: 2011/08/08(月) 23:58:02.60 ID:6QrscVfk0
ほむら「こんな三流SFを信じるなんて、随分とお人好しね、お前は」

私は自嘲気味に呟いた。

だが――

罹患者「君が……泣いて、いる、から」

しゃくり上げながらの彼の言葉に、私は慌てて目元を拭った。
そこには涙ぐんでいる程度では済まされない量の涙が溢れていた。

滂沱と言うほどではないが、頬を伝ってこぼれ落ちるほどだ。

真剣に語る内に気付かずに流していたのかと思うと、羞恥心がこみ上げる。

罹患者「……君は、優しいね」

ほむら「な、何を言うの」

彼に言葉を返した時、自分の声が震えていた事にようやく気付いた。

25: 2011/08/08(月) 23:58:42.58 ID:6QrscVfk0
ほむら「私はお前を殺そうとまでして……!」

罹患者「だって……君は、ずっと……ボクの話を聞いていてくれた時から、
    泣いていて、くれたじゃないか………」

ほむら「っ!?」

そんな前から私は泣いていたのか!?

確かに、彼の話にまどか達の事を思い浮かべたのは確かだし、
途中から感情を押し殺すよう、意図的に高圧的な素振りをしていたのも認めよう。

だけど、まさか自分が泣いている事に気付かなかったなんて、何たる失態だろう。

罹患者「ありがとう……彼女たちのためにまで、泣いてくれて……」

彼はそこまで言った時、また声を上げて泣き出した。
嗚咽と言うには大きな泣き声が、部屋に響く。

26: 2011/08/08(月) 23:59:54.47 ID:6QrscVfk0
ほむら「………」

ソファから立ち上がり、彼を見下ろす。

まどかを魔法少女に仕立て上げ、私をこのループの中に叩き込むキッカケを作った憎きインキュベーター。

だが、目の前の彼はそんな者達と違い、ずっとずっと小さく見えた。

感情が生まれてから20年と言う歳月、たった一人で罪悪感に苛まれて生きて、
誰にも頼らず、戦い続けて来た。

全身を切り裂かれ、足を折られ、耳の触腕をもがれ、かつての仲間さえ敵に回して、
死と絶望の恐怖の中を、名も知らぬ誰かを犠牲にしないよう、たった一人で……ずっと……。

そう思い至った瞬間、心の中でパズルのピースが嵌るかのように、
私はある事に気付いていた。

ほむら(ああ……そうか……)

そうだったんだ。

ほむら(彼は……私だ……)

27: 2011/08/09(火) 00:01:30.87 ID:UNUCMhhk0
魔法少女になって、まどかや友人達のために時間遡行を始め、
ついには回りを拒絶して一人きりになって、たった一つの願いのために他の全てを切り捨てた。

ほむら「……っ」

そう、彼は、今の私になる前の、かつての私だったんだ。
まだ、全てを救おうとしていた頃の……。

ほむら「……ぅぅ……」

そんな彼に辛辣な言葉を投げかける自分に、我知らずに“嫌悪”感を抱き、
“同情”にも似た“哀しみ”を禁じ得なかった。

ほむら「……あぁぅ……」

私は、かつての私が見せる純粋さを見せつけられ、悔恨の涙を流していたんだ。

ほむら「ぁうぁぁ……あぁぅ……」

何で私は、こんな所まで堕ちてしまっていたのだろう、と。

ほむら「うぅぅ、うあぁぁぁ………っ」

気付かぬ内に、私は彼を抱きすくめるようにして、嗚咽を漏らしていた。

二つの嗚咽は重なって、響き続けた。

28: 2011/08/09(火) 00:02:26.00 ID:UNUCMhhk0
一時間後――

ほむら「…………」

罹患者「…………」

ほむら(き、気まずい、わ)

私は後悔と羞恥と、久方ぶりに人前で泣いた開放感とでごちゃ混ぜになった頭で、
訪れた沈黙を相手にじっと耐え続ける。

本当に気まずい。
何とかして別の話題を切り出して、場の空気をリセットしなければ……。

しかし、シンパシーを覚えたとは言え、彼はインキュベーターであり、
共通の話題なんて、魔法少女や魔女の事しかない。

罹患者「………」

彼もそこは分かっているのだろう、気まずそうに沈黙を保っている。

29: 2011/08/09(火) 00:03:07.89 ID:UNUCMhhk0
仕方ない、ここは外的要因に頼る他ないだろう。

ほむら「コーヒー……飲む?」

罹患者「あ、ありがとう。
    あ、……砂糖三つと、その……ミルクも、いいかな?」

立ち上がってキッチンに向かう私の背中に、彼は戸惑い気味に注文して来る。
意外に図々しいようだが、インターバルは一秒でも長い方がこちらも気が楽だ。

キッチンでインスタントコーヒーを作りながら、私は小さく深呼吸する。

お互い様とは言え、無様な所を見せてしまった。
ここは平静を取り戻して、イニシアチブを取り返すべきだ。

そんな事を考えながらコーヒーの準備を終えた私は、二人分のマグカップを持ってリビングに戻った。

30: 2011/08/09(火) 00:03:46.78 ID:UNUCMhhk0
罹患者「ありがとう、えっと……」

礼の後に言いよどむ彼を見て、自分が自己紹介を終えていなかった事を思い出す。

ほむら「ほむら……暁美ほむらよ」

罹患者「ありがとう、ほむら」

彼は嬉しそうに目を細める。
本来、感情のないインキュベーターにとって瞼の開閉は思考の一端を表す重要なファクターだ。

見慣れない仕草だが、微笑んでいるのだろう。

彼は二つの触腕を使って器用にマグカップを支える。

罹患者「あと、治療もありがとう。
    やっぱり両方ないと不便で不便で」

言いながらコーヒーを啜る。
一応、飲み頃の温度に冷ましてあるので問題はないだろう。

31: 2011/08/09(火) 00:04:46.93 ID:UNUCMhhk0
ほむら「………毒が入っているかも、とかは考えないの?」

罹患者「ほむらは、そんな器用なタイプには見えないよ。
    それに、カップを渡してくれた時の表情も、とても穏やかだった」

ほむら「ッ!?」

冷静に他人の表情を窺って、図星をついて来る。
やはり、コイツもインキュベーターだ。

さっきの涙を返して欲しい。
もうずっと、恥のかきっぱなしだ。

まったく、こんな心情ではソウルジェムも……とても穏やかに輝いている。

ほむら「………はぁぁ」

罹患者「ん?」

ため息を漏らす私に、彼は怪訝そうに首を傾げた。

32: 2011/08/09(火) 00:05:50.21 ID:UNUCMhhk0
だが――

罹患者「…………話すべきかどうか、少し迷ったんだけど」

彼が神妙に切り出した言葉に、今度は私が怪訝そうな表情を浮かべる番だった。

罹患者「えっと……ほむらの友達の、君が守ろうとしている女の子だけど、
    最初はワルプルギスの夜には敵わなかったんだよね?」

ほむら「? ええ……そうよ。一人で立ち向かった彼女は、ワルプルギスの夜に敗北したわ」

私はかつての光景を思い出し、悔しさの入り交じった声で漏らす。

罹患者「そして、何度目かのループで彼女はワルプルギスの夜を退け、
    前回はついに、一撃でワルプルギスの夜を消し飛ばした」

彼は情報を整理するように言い、さらに続ける。

罹患者「マズいよほむら。彼女には因果の収束現象が起きている」

ほむら「因果の収束?」

聞き慣れない言葉に、私は訝しげに顔をしかめた。

33: 2011/08/09(火) 00:06:45.96 ID:UNUCMhhk0
罹患者「ボク達が魔法少女に選ぶ基準は、感情エネルギーを生み出す大きさの他に、
    大きな因果律を背負っているかどうかが重要なファクターなんだ。

    例えば、一国の女王や革命に大きく関わる事になる少女、
    他にも言動一つが周囲の人間に大きく影響を与えるような子だ。

    ただ、君の話を聞いていると彼女は……その、えっと………、
    言いづらいけど、凄く平凡な子だ。魔法少女としての資質も並程度にしかならない」

ほむら「つまり、どう言う事?」

罹患者「これも、言いづらいんだけど………。
    …………ああ、もう! とにかくストレートに言うよ?」

ほむら「え、ええ、構わないわ」

業を煮やしたかのような彼の態度に、私は驚きながらも頷く。
このまま曖昧な言い方を模索される度に躓かれては、時間が勿体ない。

34: 2011/08/09(火) 00:07:56.49 ID:UNUCMhhk0
罹患者「君が彼女を助けるために、つまり、彼女をあらゆる事象の中心に据え、
    幾度となく時間遡行を繰り返した事で、本来、交わる事のない並行世界の因果が、
    現在、君が存在している世界の彼女へと絡みついてしまっているんだ」

ほむら「な、そ、それは!?」

彼の言葉に、私は息を飲む。

事象や並行世界、因果などと言う分野の門外漢である私でも、
そこまで言われれば大体の察しはつく。

罹患者「君が時間遡行をすればするほど、彼女はより強力な魔法少女になり、
    かつ、彼女が生み出す希望から絶望への相転移エネルギーは絶大な物になる。

    それこそ、彼女一人で宇宙創造に匹敵するほどの莫大なエネルギーが得られるだろう」

言いながらその事実に気付いたのか、昂奮と驚愕の入り交じった声で彼は言った。

35: 2011/08/09(火) 00:09:18.75 ID:UNUCMhhk0
罹患者「しかも、一撃であのワルプルギスの夜を破壊する力……。

    いくら魔力で身体を強化していても、結局は人間の身体だ。
    おそらく、彼女が魔力を使い果たしたのは、その反動に負けた身体を無意識に自己修復したせいだろう。

    身体を木っ端微塵にするほどの魔力の反動を自己修復すれば、
    魔力同士の反発作用が起こって、消費される魔力は指数関数的に増えて行くハズだ。

    おそらく、彼女が次に契約しようものなら、
    何もしない内に身体が崩壊してしまう可能性だって考えられるよ……」

彼は恐怖に震えながら、申し訳なさそうに此方を窺って来る。

ほむら「じゃあ、私は……私がまどかを救うために行って来た事は……」

私はワナワナと震えながら、自らの手を見つめる。

この手でまどかを救おうと走り続けて来た事は、全部、まどかを苦しめる行為だったのか?
まどかを最強の魔法少女にして、インキュベーターの狙いをより苛烈させていたのは自分だったのか?
かつて、御国織莉子に狙われる事になったのも、私のせい?

そう思考が至った瞬間、急速にソウルジェムが濁り出すのを感じた。

だが――

36: 2011/08/09(火) 00:10:55.10 ID:UNUCMhhk0
罹患者「違うよ! ほむらの責任じゃない!」

彼が声を張り上げて、私の思考を遮った。

驚いて顔を上げると、真っ赤な瞳がこちらを見ていた。

罹患者「君はまどかを救おうとしているんだろう?
    悪いのは……根本的な原因は魔法少女を使ったシステムだ!」

ほむら「……お前は……」

罹患者「彼女を守ろう。
    絶対に彼女を魔法少女に……いや、魔女にしちゃダメだ!」

困惑する私に、彼は力強く語りかける。

罹患者「彼女から感情相転移エネルギーを回収すれば、
    地球での回収ノルマは達成してしまうかもしれない。
    けど、逆に彼女を守りきれば、計画は大きく遅延できるハズだ。
    
    いや、それどころか彼女を完璧に守りきる事が出来れば、
    彼女に注力する分、他の魔法少女候補者への目を逸らす事だって出来る。

    そして、この非人道的なシステムのままでは非効率的だと分かれば、
    本星が計画の見直しを図る可能性だって……」

37: 2011/08/09(火) 00:12:27.32 ID:UNUCMhhk0
ほむら「でも……前回も、その前も、ワルプルギスの夜まで彼女を守り抜いても、
    インキュベーターは戦いのスキをついて、まどかに契約を迫る……。

    とても、私一人で守りきるなんて………」

罹患者「何を言っているんだい、ほむら?
    君には協力者がいるじゃないか」

彼はマグカップを置くと、困惑する私の目前へと大きく跳躍した。

罹患者「ここにいるじゃないか。
    今まで君を欺き、陥れて来たインキュベーターの同類が。

    君に共感し、君と同じ目的を持ったボクが。

    ボクが、君を助けるよ」

ほむら「………私を、助ける……?」

罹患者「ああ、そうさ。
    ボクを信じてくれ、暁美ほむら。 そして………」





「地球を守る、本当の魔法少女になってよ」

62: 2011/08/10(水) 22:27:48.39 ID:ifMyUBez0
第2話「また君に逢えるなんて」


暁美ほむら宅――

結局、私は彼の申し出を受ける事にした。

罹患者「これはインチキへの反乱だよ。頑張ろう、ほむら!」

私の承諾に興奮気味にいきり立つ彼は、耳の触腕を何度も上下させる。
彼が本当にインキュベーターなのか、疑わしくなるほどの昂奮ぶりだ。

しかし、協定……いや、仲間になる以上、先に済ませておかなくてはならない事がある。

ほむら「お前、名前は何と言うの? 私だけ名乗るのはフェアじゃないわ」

気圧され気味と言うよりは、やや呆れの入り交じった声で私は尋ねる。
昂奮して自己紹介を忘れるなんて、何というか、これもインキュベーターらしからない。

63: 2011/08/10(水) 22:28:39.97 ID:ifMyUBez0
罹患者「ボクの固有識別名かい? そんなものないよ」

ほむら「ない?」

あっけらかんと応える彼に、私は愕然とする。

罹患者「ボク達インキュベーターは、全体で一つの個体と言っても良い生物だからね。
    今のボクはネットワークリンクから排除されてしまっているけど、
    本来はボクはボク達であり、ボク達はボクなんだ。

    かつてのボク達には固有識別名……君たちで言う名前の文化があったけど、
    現在のようなメンタルに至る進化の過程で、廃れていってしまったんだ」

ほむら「そ、そうなの……ね」

私は呆然としながらも頷いて応える。

地球人とはメンタリティに差があると思っていたが、
確かに、言われて見れば納得だ。

名前と言うのは個々を識別するためのもので、
統一された意思を持つインキュベーターには必要のない物なのだろう。

それこそ、必要ならば数列や記号を使えば済む話だ。

64: 2011/08/10(水) 22:29:20.80 ID:ifMyUBez0
ほむら「ん~……」

となると、これからも彼の事を“お前”や“あなた”と呼ばなければならないのか。
そうなると咄嗟の時に困るのだが………。

罹患者「やっぱり名前がないと困るかい?」

私の悩みを知ってか知らずか、首を傾げて尋ねて来る彼。

ほむら「実際、困るわ」

罹患者「なら、君に名付けてもらえばいいよ」

ほむら「いいのかしら? 自分を自分たらしめる物だと言うのに……」

いや、彼らにはそんな文化自体が廃れて久しいのだ。
いくら感情があるとは言え、そこまでの意識はないだろう。

65: 2011/08/10(水) 22:30:10.89 ID:ifMyUBez0
罹患者「いいよ。君とボクは協力関係だ。
    それなら、君が呼び易い名前で呼んでくれたら」

全幅の信頼を寄せてくれる彼の言に、私はすっかり反論する気概を失っていた。

まあ、悪い気分ではない。

しかし、名前か。

ほむら「ん~……」

先ほどと同じように小さく唸りながら、私は彼の全身を見る。

色や見た目で名前をつけるのは定番だが、生憎と入院生活が長かった私はペットを飼った経験もないし、
かと言って、買ってもらったぬいぐるみに愛称をつけるほどメルヘンチックな性格でもなかった。

ハッキリ言って、ネーミングセンスには自信がない。

まあ、師匠が師匠だから、妙に凝った名前を付けそうな自分が怖い。
イタリア語とか。

66: 2011/08/10(水) 22:30:40.67 ID:ifMyUBez0
??「へっくち!?」

??「………もう一枚、上着を着てくれば良かったかしら?」

??「………それとも風邪、かしら?」

67: 2011/08/10(水) 22:31:18.46 ID:ifMyUBez0
ほむら「………う~ん……」

罹患者「そんなに悩むものなのかい?」

ほむら「悩みもするわよ………」

彼の質問に答えながら、私はまた唸る。

出来るだけシンプルで、かつ親しみ易いような………。

罹患者「?」

ああ……いや、しかし、この顔を見ていると、一つしか名前が思い浮かばない。
自分のネーミングセンスの無さに妙な敗北感さえ覚える。

だが、しかし、彼は全幅の信頼を寄せてくれているのだ。
ここは一つ、自分のインスピレーション……いや、この名前を信じよう。

ほむら「きゅ……キュゥべえ……で、どうかしら?」

68: 2011/08/10(水) 22:31:54.53 ID:ifMyUBez0
罹患者「…………ッ!」

噴き出した。
今、噴き出した。
絶対に噴き出した。

罹患者「そ、そうか……きゅ、キュゥべえか。
    う、うん、インキュベーターと言う名前に対して韻を踏んだ、じ、実に愛らしい名前だね」

ほむら「………」

こっちを向きなさい。
何故、顔を背けて肩を震わせているの?

後学のために、インキュベーターが爆笑している顔を拝んでやろうじゃないか。
ついでにデジカメと携帯電話で撮影してやろう。

どうせ、表情なんて目元以外は変わってないでしょうけどね。

69: 2011/08/10(水) 22:32:57.56 ID:ifMyUBez0
キュゥべえ(Qべえ)「アハハハッ、実に愛らしい名前だね。そうか、きゅ、キュゥべえか」

全身を背けながらも、もう笑い声を隠そうともしない。

名前を付ける文化のないインキュベーターにとっても、この名前はおかしいのか。
ヤツらに出逢った当時の私は可愛らしいとさえ思っていたが、このネーミングセンスはやっぱりおかしいのか。

ループを続けたお陰で、ネーミングに対する感性が人並みになった事を、今は誇ろう。
そして、素晴らしい事実を彼に突き付けてやろう。

ほむら「この名前は、インキュベーターが名乗っている名前よ」

Qべえ「………………………………へ?」

ギギギッと、油の切れた機械の駆動音がしそうなぎこちなさでキュゥべえは振り返った。

Qべえ「………ホントウカイ?」

ほむら「ええ、私が初めて出会ったインキュベーターが、自分からそう名乗ったのよ」

70: 2011/08/10(水) 22:33:27.23 ID:ifMyUBez0
Qべえ「……ボクがリンクの中にいた頃は、そんな名前はつかっていなかったんだけどな……。
    魔法少女の誰かが付けてくれたのかな……アハハハ……。

    そうか、感情がないと、この名前も受け入れられるんだね」

キュゥべえは力なく笑う。

そうか、インキュベーターがキュゥべえを名乗り始めたのは、この20年の間と言う事か。
確かに、孵卵器を意味するインキュベーターと言う名前では、察しの良い人物なら真相に近付く可能性もある。

彼らは偽装名として、魔法少女の誰かから与えられた愛称を全体で使い始めたのだ。
少しとぼけたような名前ならば、誰もが警戒心を解くと知って………。

しかし、きっと名前も知らない偉大な先輩……ありがとうございます。
あなたのお陰で、暁美ほむらはいらない恥をかきました。

71: 2011/08/10(水) 22:33:56.77 ID:ifMyUBez0
??「へっくちっ!?」

??「………う~ん、もしかして、本当に風邪……?
   今晩はここまでにして、切り上げた方が良いかしら……」

??「コンビニで栄養ドリンクを買って帰りましょう……
   風邪薬の買い置き、まだあったかしら……」

72: 2011/08/10(水) 22:34:37.40 ID:ifMyUBez0
Qべえ「キュゥべえ……そうか、キュゥべえか………」

キュゥべえはショックを受けているのか、項垂れている。

まあ、私だって考え無しにこの名前を選んだワケではない。
その理由も話すとしよう。

ほむら「私は、インキュベーターと一対一で話す時に、この名前は使わないわ。
    インキュベーターに騙されていた事を知ってから、ずっと」

神妙に語り出した私に、キュゥべえは呆然としながらも顔を上げる。

ほむら「キュゥべえと言う名前は、私がまだインキュベーターを信頼していた頃に呼んでいた。
    だから、私はお前を信頼しているつもりよ、キュゥべえ」

Qべえ「ほむら………」

語り終えた私に、キュゥべえは感極まったかのような声を上げる。
多少、思いつきの部分はあるが、最後に関してはウソは言っていないつもりだ。

Qべえ「……ありがとう」

キュゥべえはようやく気を取り直し、少し恥ずかしそうに頭を垂れた。

73: 2011/08/10(水) 22:35:08.47 ID:ifMyUBez0
翌日の夜、公園――

ループの中で幾度か足を踏み入れた噴水公園に、私はこのループの中で“初めて”足を踏み入れた。
本当に初めて足を踏み入れたのは、興味半分と魔法少女体験でまどかや巴マミの魔女退治に同行した時だったか。

Qべえ「ここに君の先輩がいるんだね」

ほむら「ええ。普段のループ通りなら今日はこの辺りを探索しているハズだわ」

肩に乗せているキュゥべえの質問に、私は頷いて答える。

今日の目的は巴マミ……いや、巴さんを仲間に引き入れる事にある。
可能な限り、魔法少女と魔女の秘密に触れないよう、
インキュベーターが地球人を利用している事を彼女に伝え、協力を願い出る。

しかし、彼女はインキュベーターに対して親愛に近い情を持っている。
説得は容易ではないだろう。

そのために、今日は彼がその橋渡し役となってくれる手筈だ。
もっとも、橋渡し役にだけ任せるワケにもいかないのだが……。

74: 2011/08/10(水) 22:36:09.17 ID:ifMyUBez0
ほむら「………いたわ」

噴水公園の中央広場に差し掛かった辺りで、私はその姿を見付けた。

綺麗に手入れされ、柔らかく巻かれた金髪が特徴的な穏やかな仕草の少女。
間違いなく巴さんだ。

普段の、いや、まどか以外の全てを切り捨てていた私なら、
呼び捨てにして高圧的に話しかけていただろうが、今回は違う。

ほむら「巴……マミさん、ですね?」

初めてではないが、今は初対面の相手に丁寧に呼びかける。

マミ「? キュゥべえ……と言う事は、あなたも魔法少女なのね」

警戒気味に振り返った巴さんだったが、私の肩に乗ったキュゥべえを見付けると、
途端に警戒心を解いて穏やかな表情を浮かべた。

久しぶりの友好的な接触だ。
だが――

75: 2011/08/10(水) 22:36:40.25 ID:ifMyUBez0
Qべえ「……ともえ、まみ……マミ……?」

安堵する私の肩で、キュゥべえが身体を震わせていた。

ほむら「キュゥべえ?」

怪訝そうに声をかけた私が言い終わらない内に、キュゥべえは巴さんに向かって跳んでいた。

Qべえ「マミ……マミぃぃ!」

マミ「あらあら、どうしたの?」

飛びついて来たキュゥべえを優しく抱き留めながら、巴さんは少し困ったような声を上げていた。

Qべえ「いき、生きて……生きてたんだね、マミ!?
    良かった……良かった……うぇ、良かったよぉぉ、うわぁぁん!」

巴さんの胸に顔をうずめて泣きじゃくるキュゥべえ。

いや、しかし、何だ……微笑ましい光景なのだが、
それは、こう……何とも較差を感じられずにはいられない。
ソウルジェムが濁りそうだ。

76: 2011/08/10(水) 22:37:14.51 ID:ifMyUBez0
Qべえ「マミぃ、マミぃぃ」

マミ「もう、どうしたの、キュゥべえ?
   男の子がそんなに泣いたら恥ずかしいわよ?」

巴さんは言いながら、泣きじゃくるキュゥべえをあやすように優しく撫でる。

ほむら(……キュゥべえのあの態度、それに……そうか、数年前、事故で助けた魔法少女。
    聞き覚えのあるエピソードだとは思っていけど、そう言う事なのね)

私は心中で納得しながら頷く。
どうやら、罪悪感に苛まれての逃避行の中、彼が助けた魔法少女と言うのは巴さんのようだ。

しかし、何で今の今まで気付かなかったのか……。

ほむら「あ゜……」

そこで私も気付いた。
自分の事を語る際に、全員の名前をぼかして語っていたのだ。

まどかの事は彼女、美樹さやかの事は彼女の親友、佐倉杏子の事は隣町の魔法少女、
そして、今、目の前にいる巴さんの事は先輩、と。
特に会話に不自由がなかったので教えていなかった。

ほむら(失敗したわ………)

私は心中で頭を抱えた。

77: 2011/08/10(水) 22:37:52.51 ID:ifMyUBez0
マミ「いつもは素っ気ないのに、今日に限ってどうしたの?」

Qべえ「うぅ、えぇ、マミぃ~……えぐ、うぐ」

困ったような嬉しそうな声で尋ねる巴さんに、キュゥべえはしゃくり上げながら応える。

このままでは埒があかない。

ほむら「その子は、あなたと契約したキュゥべえです。巴さん」

私は呆れたような声音を極力押し殺して言った。

マミ「私と契約したキュゥべえ?」

彼女にとってはワケの分からない言葉だろう。
キョトンとした表情で首を傾げるのも当然だ。

さて、どこから話をするべきか。

頼りにしている相棒がこの有様では、強制的に私の出番なのだが。

78: 2011/08/10(水) 22:38:33.90 ID:ifMyUBez0
しかし、説明のチャンスは向こうから到来した。

??「やぁ、マミ。魔女はみつかったかい?」

巴さんの背後、私の正面方向から聞こえた声に、全員の視線が一斉にソチラに向かった。
そこにいたのは。

マミ「キュゥ……べえ? キュゥべえが、二人?」

そう、巴さんにとってのキュゥべえ。
いわゆる正常なインキュベーターだ。

泣きじゃくっていたキュゥべえも、恐怖の対象とも言うべき同族の登場に身を強張らせている。

私は咄嗟に変身し、二人とインキュベーターの間に割って入った。

QB「………」

インキュベーターにも今の状況は把握しかねたのだろう。
何事かを思案するかのような沈黙が続いた。

79: 2011/08/10(水) 22:39:13.84 ID:ifMyUBez0
しかし、沈黙はすぐに破られた。

QB「こんな所にいたんだね。探したよ」

いやに友好的な口調で切り出したインキュベーターは、ゆっくりと私達に近付いて来る。

どうやら、私の面はまだ割れていないようだ。

あの場――まどかの家の庭先で、正常なインキュベーターは時間停止状態で屠ったのだから当然だろう。

QB「彼の事をずっと探していたんだ。
   何処にいたか、心配していたんだよ?」

にこやかに語りかけられているとさえ錯覚しそうな語り口。
しかし、ここまで平然と言葉が出る物なのだろうか。

ナイフを突き付けた私が言えた義理ではないが、さすがに腹が立つ。

ほむら(ここは意趣返し……いえ、この状況なら……!)

私は意を決して口を開いた。

80: 2011/08/10(水) 22:39:49.48 ID:ifMyUBez0
ほむら「そうね、お前達が地球人を利用している事を話される前に探し出したかったのよね?」

Qべえ「ほむら……!」

QB「? 君は何を……」

マミ「え? な、何?」

突然の私の言葉に、驚き、不審、困惑と三者三様の反応が返ってくる。

ほむら「それともリンクから外した処分個体がどうなったか、直に確認したったのかしら?」

私がそこまで言うと、目の前のインキュベーターは完全に歩みを止め、一定の距離を保った。
完全に警戒対象として認識されたようだ。

だが、それは逆に私の言葉に信憑性が生まれた証拠だった。

マミ「キュゥべえ、どう言う事なのか説明してもらえる?」

腕の中で震えるキュゥべえを抱きしめながら、巴さんは恐る恐ると言った風にインキュベーターに尋ねる。

81: 2011/08/10(水) 22:40:34.42 ID:ifMyUBez0
ほむら「………」

マミ「それに、あなたも。何かを知っているようだけど、何者なの?」

巴さんの警戒の対象は私も含まれるようだ。
コレも当然だろう。

ほむら「紹介が遅れました。私は暁美ほむら……以前、あなたに命を救ってもらった者です」

混乱はさせてしまうだろうが、ウソはつかない。

ほむら「そして、ヤツらはインキュベーター……。
    願いを叶える、と言う甘言で地球人を食い物にする宇宙人です。

    キュゥべえ……あなたが抱いている彼は、ヤツらを裏切った、私達の仲間です」

説明手順の手間が省けたついでだ、ここでぶちまけられる真実は全てぶちまけてやろう。

82: 2011/08/10(水) 22:41:00.51 ID:ifMyUBez0
QB「やれやれ……君はどうやら、かなりの情報を持っているようだね」

感情を感じさせない声を漏らすインキュベーター。
そこには驚きは感じられない。

感情を装う事を止めた、無感情なインキュベーターだ。

ほむら「お前達の知られたくない情報は、ほとんど全てね。
    それに、お前達に感情のない事も、感情を生んだ個体をどうするかも、ね」

切れるカードは全て切る。
出来れば、“魔法少女と魔女の関係”と言う一番のジョーカーを切らずにここを乗り切りたい。

ほむら(……ごめんなさい、巴さん)

私は心の中で、背後の巴さんに謝ってから、最後のカードを切る。

ほむら「酷いものね……。全身傷だらけ、足は折れ、耳までもがれて……同族相手にそこまで出来るものなんて」

同情心、いや、巴さんの優しさにかける。
この際、自分の事は棚に上げよう。

83: 2011/08/10(水) 22:41:37.78 ID:ifMyUBez0
キュゥべえの傷は私が治療してあるが、私が言っている事は全て真実だ。

マミ「………どう言う事なの、キュゥべえ?」

巴さんの声が、1オクターブ下がる。

彼女は誰かを傷つけようとする悪意に対して、とても過剰だ。
人間を傷つける魔女を相手に、一切の慈悲を見せないほどに。

かつてのループでインキュベーターを狩っていた私に、敵意を剥き出しにしていたように。

その迫力に、思わず背筋がゾクリと震えたが、同時に私は嬉しさも感じていた。

ほむら(信じてくれた……!)

インキュベーターと比較しての事だろうが、彼女が私の言葉を信じてくれたのは素直に嬉しかった。

QB「……どうやら悪者は僕で決定のようだね」

同時に形勢不利を悟ったのか、インキュベーターはゆっくりと顔を横に振った。
否定はしないが肯定もしない、しかし、その言葉は肯定したも同然である。

84: 2011/08/10(水) 22:42:15.13 ID:ifMyUBez0
QB「契約した覚えのない魔法少女に、処分個体……実にイレギュラーな組み合わせだね」

マミ「キュゥべえ、答えなさい。
   彼女……暁美さんの言っている事は真実なの?」

付き合いの長かったインキュベーターの凶行は、やはり言葉だけでは信じられないのだろう。
巴さんはキュゥべえを抱きかかえたまま、私の隣に並び立つ。

QB「やれやれ、今のやり取りで悟って欲しいものだね。
   それとも、直接言わなければ分からないほど、君は物わかりが……」

何を言いかけたかは知らない、だが、その言葉は遮られる。

マミ「キュゥべえ!」

巴さんの威嚇とも言える大きな声に。

QB「………駆け引きは君の勝ちのようだね、暁美ほむら」

淡々と語るインキュベーターは身を翻すと、夜の闇の中へと消えて行った。

QB「真実は暁美ほむらから聞くといいよ、巴マミ」

そんな言葉を残して。

85: 2011/08/10(水) 22:42:51.30 ID:ifMyUBez0
ほむら「…………ふぅ……」

インキュベーターの気配が完全に消えた事を確認すると、
私はため息と共に変身を解除した。

傍らではキュゥべえを抱えたままの巴さんも、
どこか悲しそうに変身を解除している。

彼女は契約の願いで命を助けられて以来、
長くインキュベーターと生活を共にしていた。

アイツらがどう思っているかは知らないが、
彼女はインキュベーターを友人か、ともすれば家族のように感じていたハズだ。

だが、その関係も今をもって破綻を迎えた。

そのショックは余人には計り知れない。

長い沈黙の帳が、私達の間に落ちる。

86: 2011/08/10(水) 22:43:23.78 ID:ifMyUBez0
実際には十秒もなかったかもしれない沈黙を破ったのは、巴さん自身だった。

マミ「…………話して、もらえるのかしら?」

ほむら「……ええ」

私は頷きながら応える。

しかし、それとは別に気になっている事があった。

ほむら「巴さん……何でコートを?」

巴さんは今の季節には少し大き過ぎるコートを羽織っていた。

肌寒さも残る四月の夜とは言え、もう下旬だ。
私も薄手の上着を一枚余分に着てはいるが、
冬用のコートは少し大げさではないだろうか?

マミ「………昨夜から少し風邪気味なの。
   おかしかったかしら?」

ほむら「あ、いえ……。とりあえず、場所を移しましょう」

何故か、この話題は鬼門のような気がして、私は無意識に話題を終わりにさせた。

87: 2011/08/10(水) 22:43:53.17 ID:ifMyUBez0
帰り道で散々、キュゥべえに頭の上で文句を言われた。

やれ“名前くらい事前に教えて欲しいよ”とか、
やれ“マミが生きているなら生きているって言って欲しかったよ”とか、
その都度、私はため息の混じった謝罪を繰り返していた。

文句を言いたいのは此方だが、お互いに関係者の名前を明かしていなかったのだからお相子か、
それでもやはり少々、私の方が分が悪いと言うべきだろう。

事実、格好付けて個人名を避けた報いのようなものだ。

巴さんに説明する時には可能な限り、個人の名前を出すべきだろう。

そんな巴さんは、私達を見ながら散々、
やれ“仲が良いのね”とか、
やれ“妬けちゃうわね”とか、微笑ましそうに囃し立ててくれた。

その都度、そんな関係じゃないと冷静に対処した。

嗚呼、今夜もソウルジェムの輝きは眩い。

88: 2011/08/10(水) 22:44:22.64 ID:ifMyUBez0
暁美ほむら宅――

話の場に私の家を選び、巴さんを迎え入れる。

この人が私の家に来るのは、いつのループ以来だろう。

ほむら「何か飲みますか?」

マミ「……紅茶を貰えるかしら?」

ソファに座るように促しながら尋ねると、
僅かなシークタイムを挟み、巴さんは柔和な笑みを浮かべて聞き返して来た。

紅茶くらいなら巴さんは自分の魔法でいつでも出す事が出来る。

しかし、敢えて紅茶を注文して来ると言う事は、
それだけ私の事を信頼してくれているのだろう。

それはそれで嬉しいのだが、彼女が私を信頼するに至ったのが、
おそらくは道中のキュゥべえや彼女とのやり取りだと思うと、
疑わしくない、と言うよりは無害な人間と分類されてしまっているのではと、
いらぬ勘繰りをせずにはいられない。

89: 2011/08/10(水) 22:45:00.64 ID:ifMyUBez0
それはさておき、紅茶か……紅茶……ああそうだ、アレがあったな。

ほむら「紅茶でしたら、とっておきがあります」

私は言って、キッチンへと向かう。

Qべえ「あ、ほむら。僕にも欲しいな。
    砂糖は二つ、それとレモンの輪切りも浮かべてよ」

着任直後から20年も隠遁・逃亡生活をしていたワリに随分と地球の食文化に詳しいじゃないか。
まあ、大方、契約した五人の中に、紅茶党かコーヒー党か、そうでなければ単なる甘党がいたのだろう。
それに元はインキュベーターなのだから、どれだけ異文化に詳しくても、深く追求するほどの事ではない。

ほむら「さてと……」

リビングで待っている師匠が師匠だからか、紅茶だけは未だに葉から煮出さないと飲めない。
と言うより、巴さんの煎れた紅茶を飲んだ上で、パックや缶の紅茶で満足できる人間がいるなら、
是非、そんな稀少かつ奇特な人物にお目にかかりたいものだ。

お陰でティーセットや茶葉には、未だにコーヒー以上に金をかけている。
嗜好品とは恐ろしいものである。

90: 2011/08/10(水) 22:45:27.96 ID:ifMyUBez0
ほむら「お待たせしました」

ずっと以前に教わった通りの方法で煎れた紅茶を持って、私はリビングへと戻った。

マミ「あら、この香り……」

途端、彼女は気付いたようだ。
それもそうだろう、茶葉は彼女から薦められた高級店のものだ。

これ一杯が、下手をすると朝食よりも高くつく。

レモンティーを邪道とは言わないが、キュゥべえにも是非一度、
砂糖は別としても、レモン無しで味わって欲しいものだ。

マミ「あなたもあの店の常連さんなのかしら?」

ほむら「常連の知り合いに教えてもらって以来、病み付きなんです」

マミ「あら、そう」

巴さんはニッコリと微笑んで、一口、紅茶をすすった。

91: 2011/08/10(水) 22:45:57.24 ID:ifMyUBez0
マミ「美味しい……入れ方も上手なのね」

ほむら「師匠の教えが良かったので」

お陰で、今の今まで一度も倒れる事なく戦い続けられている。
改めて感謝するべきだろう。

ほむら「巴さん……ありがとうございます」

私が深々と頭を垂れると、巴さんは少し困ったような表情を浮かべる。

マミ「…………公園の時から気にはなっていたのだけれど、
   私はあなたを助けた記憶もないし、それにあなたにお礼を言われるような事は……」

謙遜気味の巴さんだが、私にとってはさっきのあの状況で私を信じてくれた事自体、感謝したいのだが。
まあ、隠し事はここまでにして本題に入るとしよう。

Qべえ「マミ、ほむらは時間遡行者なんだ」

一番切り出し難いネタを、勝手に切り出してくれた相棒の頭をグリグリしながら。

Qべえ「ん゛あ゛~~~ん゛」

92: 2011/08/10(水) 22:46:53.93 ID:ifMyUBez0
マミ「時間遡行者?」

ほむら「分かり易く言えば、タイムスリップです。
    私の願いは、時間を操作しなければ叶わない願いだったので」

マミ「タイムスリップ……本当にそんな事が?」

巴さんは信じられない、と言いたげな表情で呟く。
まあ、当然と言えば当然だろう。

それもあって、この紅茶を準備したのだ。

ほむら「私は既に何度か、この一ヶ月を繰り返してします。
    この紅茶も、本当はあなたから薦めてもらった物です」

マミ「………」

巴さんは、まだ信じられないのか、
奇妙な物を見るかのように、私とティーカップを見比べる。

93: 2011/08/10(水) 22:47:39.44 ID:ifMyUBez0
Qべえ「ほむらはウソを言っていないよ、マミ。
    現に、彼女に時間装甲能力でなければ知り得ない情報は、
    既に提示されている」

マミ「だからって、急に信じろと言われても……」

相棒のフォローが入るが、巴さんは訝しげな表情を浮かべたままだ。
まあ、予想通りだ。

情報なんてものは事前に調べる事が出来る。
早い話、ストーキングをすればいくらでも、だ。

ここは確たる物証を出すべきだろう。

ほむら「コレを……」

私はポケットの中から一つのグリーフシードを取り出し、テーブルの上に置く。
以前のループで手に入れたままストックしていた、魔女・イザベラのグリーフシードだ。

今回、退院してからまどかの家に着くまでの間に件の魔女を退治するために向かった所、
既に魔女は倒れ、結界は消えていた。

おそらくは他の魔法少女――巴さんが屠ったに違いない。
となれば、グリーフシードも彼女が所持しているだろう。

94: 2011/08/10(水) 22:48:56.66 ID:ifMyUBez0
マミ「こ、このグリーフシードは!?」

案の定、巴さんは驚いたように目を見開き、
自身もポケットの中から一つのグリーフシードを取り出した。

そして、テーブルの上に置かれたグリーフシードと、
自分の所持していたグリーフシードを見比べる。

特徴は完全に一致しているハズだ。
私自身、同種の魔女が落とすグリーフシードが違う形をしていた所は見た事がないし、
別種の魔女が同じ形をしたグリーフシードを落とした所を見た事もない。

しかも、この見滝原は巴さんのテリトリーだ。
あの魔女の使い魔が育ち、魔女となって同じグリーフシードを孕むまで放置されるとは考えにくい。

マミ「やっぱり……同じ、グリーフシード、なのね」

巴さんは驚いたように漏らした。
その声音には、やはり信じられないと言いたげな物が混じっていたが、
私に対する不審は薄らいでいるようだった。

95: 2011/08/10(水) 22:50:11.08 ID:ifMyUBez0
マミ「…………」

巴さんはすっかり言葉を失って、呆然と私を見ている。

ほむら「すぐに信じるのは難しいかもしれません……」

私はやや俯く。
私はこの人を何度、切り捨てたのだろう。

あの時、まどかと一緒に私を救ってくれた人を。
私達の住む街を、命がけで守って来た人を。

何度、切り捨てて来たのだろう。


『みんな……死ぬしかないじゃない!
 あなたも、私も!』


脳裏に甦るのは、そのキッカケとなった狂気の貌。
そして、拘束され、向けられた銃口。

恐怖の記憶が、私の身体を震わせる。

96: 2011/08/10(水) 22:50:44.31 ID:ifMyUBez0
マミ「暁美さん……」

名前を呼ばれて顔を上げると、そこには寂しさと困惑の入り交じった、
けれど優しい色を湛えた、いつもの巴さんの顔があった。

マミ「……未来でどんな事があったのか知りたいけど、
   今は聞かない方が、いいのかしら?」

ほむら「それは………」

マミ「何度も繰り返している、と言う事は、よほど辛い事があったんでしょうね」

Qべえ「………」

既に内容を知っているキュゥべえは口を噤んでくれていた。
無言のまま、こちらを見つめてくれている。

巴さんも、包み込んでくれるような優しい顔のままだ。

ああ、ダメだ……一度、決壊した事があると、涙と言うヤツはこらえ性がなくなる。

97: 2011/08/10(水) 22:51:46.71 ID:ifMyUBez0
ほむら「……初めて……初めて、会った時……あなたに助けて貰って……。
    魔法少女に憧れて……でも、勇気が出なくて……」

自分を変えたいと思いながら、戦うのが怖くて、ずっと後ろで怯えていた。

ほむら「で、でも……巴さんは、いつも、私を守ってくれて」

そんな私に、人懐こそうな笑顔を浮かべたまどかと一緒に、
あなたはいつも、優しげな笑顔を崩そうとしなかった。

ほむら「本当は……巴さんだって………」

本当は、戦うのが怖かったのに。
本当は、誰よりも泣きたかった人なのに。

ほむら「……わたし、大切な人、誰も、助け、られなく、て……」

繰り返すループの中で、私は一度も巴さんを助けられなかった。
それどころか、まどかを助けるために見捨てすらした。

ほむら「何度も、何度も、助けてくれたのに……!」

私の願いは、彼女だって無関係ではなかったハズなのだ。

98: 2011/08/10(水) 22:52:18.69 ID:ifMyUBez0
マミ「しっかりした子だと思っていたけど、
   意外と泣き虫さんなのね、暁美さん」

そうだろう。
結局、本当の私はあの頃から何一つ変わっていないのだ。

切り捨てて、外見を偽って、自分を押し殺して来ただけの、
実戦経験だけが豊富な、見習いと呼ぶにも烏滸がましい魔法少女。

憧れた背中を追って、いつの間にか、その背中から目を背けて来た。

マミ「放っておけないじゃない」

巴さんは言いながら、対面に座る私に手を伸ばし、頬を伝う涙を拭ってくれた。
だが、それが余計に私の目から涙を溢れさせた。

99: 2011/08/10(水) 22:52:56.59 ID:ifMyUBez0
マミ「………信じるわ、暁美さん。
   あなたも、キュゥべえも」

巴さんは、いつか見せてくれたように、ニッコリと微笑んでくれていた。

また、一緒に戦ってくれますか?
恩人すら切り捨てて来た薄情者の私と、また、戦ってくれますか?

ほむら「うぅ、うぅぅぅぁぁぁ……!」

その問いかけは、嗚咽で塗りつぶされていた。

100: 2011/08/10(水) 22:53:29.51 ID:ifMyUBez0
マミ「えっと、キュゥべえ、でいいのよね?」

泣きじゃくる私を抱きしめながら、
巴さんは傍らのキュゥべえに向き直っていた。

Qべえ「うん、そうだよ。
    ほむらが、そう呼んでくれたんだ」

マミ「そう………良かった……」

何が良かったのかは分からないが、
巴さんは少しだけ安堵したような声を漏らす。

Qべえ「ボクも……良かったよ。
    また君に逢えるなんて……思っていなかったから」

キュゥべえも、先ほど収まったばかりの涙を少しだけ溢れさせているようだった。

これだけワンワンと泣いている人間が傍らにいては、もらい泣きもあるだろう。
いくら願いの効果とは言え、彼には“誰よりも強い感受性”が宿っているのだから。

101: 2011/08/10(水) 22:54:07.24 ID:ifMyUBez0
マミ「えっと、キュゥべえ、でいいのよね?」

泣きじゃくる私を抱きしめながら、
巴さんは傍らのキュゥべえに向き直っていた。

Qべえ「うん、そうだよ。
    ほむらが、そう呼んでくれたんだ」

マミ「そう………良かった……」

何が良かったのかは分からないが、
巴さんは少しだけ安堵したような声を漏らす。

Qべえ「ボクも……良かったよ。
    また君に逢えるなんて……思っていなかったから」

キュゥべえも、先ほど収まったばかりの涙を少しだけ溢れさせているようだった。

これだけワンワンと泣いている人間が傍らにいては、もらい泣きもあるだろう。
いくら願いの効果とは言え、彼には“誰よりも強い感受性”が宿っているのだから。

111: 2011/08/10(水) 23:31:01.09 ID:ifMyUBez0
マミ「あらあら、泣き虫さんばかりね」

巴さんは私を抱きしめていた手を片方だけ離す。

この状態では分からないが、おそらくはキュゥべえに手を伸ばしたのだろう。

Qべえ「マミ……マミぃ……」

キュゥべえのしゃくり上げる声が聞こえる。

また、泣き出したのか、人の事は言えないが、本当にこいつは泣き虫だ。
頼りになるのかならないのか、分からなくなる事があるが、
少なくとも、彼が大切な相棒である事だけは確かだ。

マミ「………本当に、放っておけないわね」

巴さんは私とキュゥべえを揃って抱き寄せ、優しく包み込んでくれた。

ソウルジェムに感じた輝きは、いつになく穏やかで、眩かった。

126: 2011/08/12(金) 13:11:31.11 ID:TeS56DPI0
第3話「夢の中で逢った、ような……」

巴さんを仲間に迎えた翌日の夕方、私達は隣町へと来ていた。
目的は一つ、ワルプルギスの夜に備え、新たな仲間を迎え入れるためだ。

マミ「……ワルプルギスの夜が強力な魔女なのは分かるけど、佐倉さん、か……」

巴さんは気が乗らないようである。

それもそうだろう、今、私達が接触しようとしている魔法少女の名は佐倉杏子。

杏子の実力は、戦力としてこれ以上ないと言うほどに申し分ないが、
巴さんとの相性は、どんなループであれ、実に悪い。

お互いに譲れぬ信念があり、それに不可侵を貫く故に言葉すら交わさない。

巴さんは人を守るために魔法を使うが、杏子は魔法を使うために魔法を使う。

分かり難いが、つまり、魔法を使うために魔法少女をやっているようなもので、
事情を、彼女の過去を知らない者から見れば、彼女の行動はとても利己的に見える。

127: 2011/08/12(金) 13:12:50.55 ID:TeS56DPI0
マミ「あの佐倉さんが、協力なんてしてくれるかしら?」

珍しく顔をしかめる巴さん。
まあ、しかめると言っても傍目には分かるか分からない程度にムッとしているだけなのだが。

Qべえ「人を疑うのはよくないよ、マミ。
    彼女だって魔法少女なんだ、純粋な心の持ち主なんだろう?」

一方、相棒は私の頭の上に乗って、まだ見ぬ新たな仲間に希望を馳せている。

ほむら「……間違ってはないけど」

私はこれからの事を考えると、少しだけ頭が痛かった。

さて、どうやって彼女を説得したものか。

彼女と共闘関係を築ける最大条件は巴さんの死。
見滝原と言う、人が多く、魔女の餌場として機能するテリトリーを明け渡せる状況だ。

しかし、巴さんがそれを承諾するハズがないし、私も同じ気持ちだ。
どうやって友好的な関係を築き、どう共闘関係を結ぶべきか……。

128: 2011/08/12(金) 13:14:04.90 ID:TeS56DPI0
ほむら(こんな時、彼女がいてくれれば……)

私は、まだ出逢ってもいない、かつての友人の姿を思い浮かべる。

巴さんとは別の意味で杏子との相性が悪いが、
根っこが似た者同士である故に引き合う。

巴さんの“放っておけない”は愛情表現に近いが、
二人の場合は天然と言うか、お節介焼きのソレだ。

まあ、広義には愛情表現の一種だが、
ともあれ反発し合う似た者同士、とでも言うべきだろう。

磁石のSとNの両極を両手に持って、常に違いに向け合っていると言うべきか。
色的に。

ああ、いや、この表現は二人に失礼だ。

だが、反発し合う時は徹底的に反発し合い、
引き合う時には強く引かれ合う様は、確かに磁石のソレに近いような気がする。

ほむら(とにかく、美樹さん抜きで何とかしないと……)

インキュベーターに先回りされる前に、彼女を此方側に引き込んだ方がいいだろう。

マミ「着いたわ。
   ここが一番、確率が高いかしら」

129: 2011/08/12(金) 13:15:31.04 ID:TeS56DPI0
俯いて沈思黙考していた私は、巴さんの言葉で顔を上げた。

ほむら「!?」

目の前が真っ白だった。

ああ、そうか、頭の上にキュゥべえを乗せた状態で俯いたから、
彼の触腕が目の前に垂れて来ているのか。

私は慌てて髪をかき上げるようにして触腕を視界から退ける。

傍目には盆踊りの振り付けにも見えただろう。
嗚呼、恥ずかしい。

改めて見上げると、そこには一軒のゲームセンターがあった。
建物自体は大きめだが、県道沿いで住宅密集地からは少し離れた場所。

駐輪場一杯に並んだ自転車は、近所の中高生のものだろう。

魔女の餌場になるような場所は近くにはない。

131: 2011/08/12(金) 13:18:35.38 ID:TeS56DPI0
ほむら(複雑な心情が垣間見えるわね……)

ゲームセンターの周囲を見渡しながら、私は素直にそう感じていた。

余程、探査に注力して魔力を解放しなければ、住宅地や少し離れた工場地帯、
人口が密集しているであろう魔女の餌場は感じ取れない。

ほむら(……あれだけ言っておきながら、やっぱり人の悲鳴からは耳を遠ざけたい、か)

その推測は、多分、間違っていないと思いたい。

恐らく、彼女は目も耳も背けているのだ。
人の惨状、人の悲鳴から。

そうして、その事実を忘れるためにこうしてゲームセンターに入り浸って気を紛らわしている。

快楽主義者を気取って罪も犯すが、根は聖職者の娘と言う事だろう。

132: 2011/08/12(金) 13:19:27.00 ID:TeS56DPI0
ゲームセンターに足を踏み入れると、途端に音の洪水が私達の耳に押し寄せた。

その事態を予想していた私と巴さんは、聴覚を鈍化させつつも、
意識を仲間達に向ける事で騒音対策を行う。

Qべえ「う、うるさいなぁ、耳が痛いよ」

ほむら「お前も魔力で聴覚を鈍化させなさい」

触腕で耳を塞ぐキュゥべえに冷静に言い放ってから、
私と巴さんはゲームセンターの奥に足を運んだ。

そこで私は、驚愕で目を見開く事になる。

ほむら「千歳……ゆま……!?」

133: 2011/08/12(金) 13:20:57.56 ID:TeS56DPI0
ゆま「キョーコすごーい!」

杏子「ギャラリーは静かにしてろって」

ダンスゲームに興じる佐倉杏子の傍らで、
濃い緑色のワンピースを身に包んだ幼い少女が歓声を上げる。

一方、口では怒りながらも杏子は真っ赤なポニーテイルを踊らせながら、
乱れる事のない軽快なステップを踏み続ける。

傍らの幼い少女――千歳ゆまと会ったのは、今までのループの中で数えるほど。
その中の一つは、美国織莉子が魔法少女となった世界。

ほむら『キュゥべえ、あの子が魔法少女かどうか分かる?』

Qべえ『う~ん……どっちがどっちか分からないけど、
    あの二人の内、魔法少女なのはゲームをしている子だけだね。

    ………あ、彼女が佐倉杏子なんだね!』

念話での質問に、キュゥべえも念話で答える。

ほむら「そう……」

私は胸を撫で下ろす。

134: 2011/08/12(金) 13:21:47.65 ID:TeS56DPI0
杏子がゆまと出逢うのは、魔女狩りの末のただの偶然だ。
確率そのものが天文学的に低い偶然ではあるが。

そして、ゆまが魔法少女になった世界では、
例外なく美国織莉子が裏で暗躍していた。

それに、その後の調べで分かった事だが、
美国織莉子と呉キリカが魔法少女となるのは、
私が転校してから、まどかの友人として振る舞い続け、
インキュベーターの動きを放置した場合だけ。

焦る必要はない。

ほむら(もう繰り返さないと決めたのだから……)

私は言い聞かせるように心中で独りごちる。

それに、ゆまと行動を共にしている杏子ならば、大概は友好的に話を進められるハズだ。
事態が好転させる材料として考えるべきだろう。

脳裏にフラッシュバックしかけた凄惨なまどかの死に様を、
私は無理矢理、記憶の奥底に押し込んだ。

135: 2011/08/12(金) 13:22:47.42 ID:TeS56DPI0
杏子のゲームが一段落したところで、私達は彼女の元へと近付いて行く。

ほむら「……少しいいかしら、佐倉杏子さん」

彼女をさん付けで呼ぶなんて、いつ以来だろうか。
メガネをかけていた頃だから、二度目のループで出逢った時だけか?

杏子「ん? 見ない顔と………見たくねぇ顔か」

一方、そんな私の感慨とは関係なく振り向いた杏子は、
私の頭上と後ろにいる二人を見て、露骨に嫌そうな顔を浮かべた。

ゆま「キョーコのともだち?」

可愛らしく小首を傾げたゆまは、私の頭の上にいるキュゥべえを見付けると、
途端に目をキラキラと輝かせた。

Qべえ「やあ」

ゆま「わぁ……!」

キュゥべえが触腕で挨拶をすると、ゆまはさらに目を輝かせた。
どうやらキュゥべえを見るのも初めてのようだ。

136: 2011/08/12(金) 13:24:04.09 ID:TeS56DPI0
杏子「なんだよ、マミ。
   見たところ、そっちの黒髪は新顔っぽいけど……新人の面通しか?」

マミ「半分はそんな所よ……」

杏子「で、キュゥべえがここにいて、ゆまにソイツが見えてるって事は、
   もう半分は新人勧誘って所か……」

不機嫌そうに呟く杏子。

予想は大外れ、と言うより当初の予想通りだ。
やはり希望的観測はよろしくない、と言う事か。

いや、最初からキュゥべえを連れて来たのが間違いだったか……。

よくよく考えて見れば、佐倉家崩壊の遠因はインキュベーターにもある。
その上、彼女は魔法少女が増える事には良くも悪くも消極的だ。

連れているゆまに魔法少女の素質がある事を知って、より不機嫌になったのだろう。

ほむら(……やりようのない事だけど、人選を誤ったわ……)

137: 2011/08/12(金) 13:25:27.97 ID:TeS56DPI0
私は頭を抱えたくなったが、とにかく、交渉はすべきだろう。
ワルプルギスの夜が来るとなれば、彼女にとっても他人事ではないのだから。

ほむら「私は暁美ほむら。
    詳しい事情は省くけど、一ヶ月後、見滝原市を中心とした地域にワルプルギスの夜が来るわ」

杏子「ワルプルギスの夜……!
   超弩級の魔女ってヤツか、聞いた事くらいはあるよ。

   ………っと、マミと一緒にて、アタシの名前を知ってたんだ、自己紹介はいらないか」

ゆま「ゆまは千歳ゆまだよ。はじめまして、ぬいぐるみさんとお姉ちゃん達!」

Qべえ「ゆま、ボクはぬいぐるみじゃなくてキュゥべえだよ」

殺伐とした雰囲気の保護者を後目に、ゆまはにこやかに挨拶している。

この子は天然なのか器が大きいのか、今一つ理解しかねる。

ほむら「知っているなら話が早いわ。
    ワルプルギスの夜を撃退するため、あなたに協力してほしい」

138: 2011/08/12(金) 13:26:15.15 ID:TeS56DPI0
杏子「ふ~ん」

杏子は不機嫌なまま、興味なさそうにそっぽを向くと、
ポケットからお菓子を取り出し、店内飲食禁止の張り紙を無視して一本くわえる。

杏子「条件は?」

マミ「……ハァ……」

この展開は巴さんにも読めていたのだろう、
気付かれない程度に小さなため息を漏らしている。

しかし、こうなるのは当初の予定通りだ。

ほむら「今、私が持っているグリーフシードのストックを半分と、
    今後一ヶ月、私が手に入れたグリーフシードの半分をあなたに進呈するわ」

杏子「……足りないね」

そっぽを向いたまま、杏子は呟いた。

杏子「こっちだって命かけるんだ。
   そんな少ない報酬じゃ動きたくないね」

杏子は言いながら、ヨットパーカーのポケットから大量のグリーフシードを取り出し、
玩ぶように片手で器用にお手玉を始めた。

その数はざっと十個。
多分、私のストックしている分より多い。

139: 2011/08/12(金) 13:27:24.01 ID:TeS56DPI0
杏子「そうだな、グリーフシードは前報酬って事で、成功報酬に見滝原くれよ。
   あそこはこの辺じゃ一番の狩り場だからね。

   こんなトコじゃ、魔女の育ちも悪くて……」

しかし、彼女のその態度を予想していた私と巴さんはともかく、
彼女と初対面の彼は、その場で堪忍袋の緒が切れたようだった。

Qべえ「君は何てことを言い出すんだ!?」

杏子「!?」

突然のキュゥべえの怒声に、杏子は驚いたように首だけ振り返る。

Qべえ「君だって魔法少女なんじゃないのかい!?

    罪のない人が犠牲になるかもしれないのに、
    それを報酬がどうのこうので見殺しにしたっていいのかい!?」

ほむら「止しなさい、キュゥべえ!」

さすがにその言葉は彼女には酷すぎる、これ以上、言わせてはいけない。

自分では割り切って、悪ぶっているつもりでも、
彼女の根は今も、正義を標榜した魔法少女の頃のままなのだ。

140: 2011/08/12(金) 13:28:35.58 ID:TeS56DPI0
杏子「テメェが……テメェがそれを言うのかよ……」

身体ごと振り返った杏子は、柵代わりの安全バーを握りしめた。
安全バーにつけられたウレタン製のカバーが握力に負けて潰れる。

時、既に遅し、か。

間違いなく交渉決裂だ。

彼をこの場に連れて来たのは、やはり間違いだったようだ。

ゆま「……キョーコをいじめないで!」

ゆまも目に涙を溜めて食って掛かって来る。

身寄りを失っている彼女にとっては、佐倉杏子と言う存在が全てなのだ。
幼い少女は敏感に、杏子の心情を察していた。

仲間達の様子を見れば、巴さんも居たたまれないと言った表情だし、
キュゥべえも小さな子供を泣かせてしまった事に罪悪感を感じてたじろいでいる。

ここはもう、退散するしかないだろう。

ほむら「………邪魔をしたわね」

私は踵を返し、巴さんを促してゲームセンターを後にした。

141: 2011/08/12(金) 13:29:39.29 ID:TeS56DPI0
Qべえ「彼女は本当に君の仲間になってくれるのかい?
    ボクには、どうしてもそうは見えないよ……」

帰りの道すがら、キュゥべえは怒りと戸惑いの声を上げていた。

マミ「そうね……さすがにあの交換条件と言い方は酷いかも」

巴さんも困惑気味に漏らす。

杏子の真実を知らなければ、二人の意見も無理からぬ物だろう。

話すべきか、話さぬべきか迷うが、変に誤解を与えたままと言うのも彼女に悪い。
ここは誤解を解くべきだろう。

ほむら「そうじゃないのよ……」

勝手に話すのは杏子には悪いと思いながらも、私は重苦しく口を開いた。

そして、まだキュゥべえにも語っていなかった杏子の真実について話す事にした。

142: 2011/08/12(金) 13:30:12.93 ID:TeS56DPI0
数分後――

ほむら「……これは、彼女が歪んでしまった事の顛末です」

マミ「……そう、佐倉さんにそんな過去があったのね」

先ほどの言葉を思い出しながら、申し訳なさそうに俯く巴さん。

そして、キュゥべえは――

Qべえ「うぅぅ……し、知らなかったとは言え、
    ボクは……ボクはなんて酷い事を……」

私の頭の上で、後悔の念に襲われて号泣していた。

彼女の心の痛みを理解してくれたのは良いが、
出来たら泣く場所は選んで欲しい。

髪の手入れには気を使っているが、さすがに友人の涙で保湿する趣味はない。

143: 2011/08/12(金) 13:31:05.13 ID:TeS56DPI0
私はキュゥべえを抱き上げると、あやすように頭を撫でる。

ほむら「あまり気にしない方がいいわ。
    次に会った時には、ちゃんと謝りましょう」

Qべえ「う、うん……うん……」

私の胸に顔をうずめながら、キュゥべえはしゃくり上げながら頷く。

マミ「けれど、交渉の余地があるのかしら?」

それを言われると痛い。

あの場で誤解を解けるのが一番良かったのだが、
キュゥべえも杏子も頭に血が上った状態では無理があるし、
ゆまに警戒された状態では、心情的にも居づらさの方が勝ってしまっていた。

ほむら「此方には歩み寄る準備があるんです……。
    次の機会にかけましょう」

自分にも言い聞かせるように言って、
私はしゃくり上げるキュゥべえを撫で続けた。

144: 2011/08/12(金) 13:32:05.54 ID:TeS56DPI0
見滝原に戻った私達はそのまま魔女退治のためのパトロールを開始した。

とは言え、殆どの魔女の出現地点と日付は私が当たりを付けているので、
基本的に、他の街から流れ込んで来た使い魔を倒すだけだ。

隣町との境界付近――つまりテリトリーの境界が一番の使い魔密集地となるが、
巴さんの話では、一度一掃すれば恐れをなして、しばらくは近付いて来ないとの事だ。

今日は魔女と遭遇する事もなく――当たり前と言えば当たり前か――、
その日のパトロールは使い魔数匹を退治した所で終わりを迎えた。

145: 2011/08/12(金) 13:32:59.04 ID:TeS56DPI0
私達は住宅地を、巴さんのマンションや私のアパートがある中心街へ向けて歩いていた。

私はふと、ある一軒の家の前で立ち止まった。

ほむら(まどか……)

そこは二日前にも訪れた鹿目家。
今は、突如として殺害された個体の異変を感じ取って、
インキュベーターも近付いていないようだ。

見上げる部屋からはやはり灯りが見える。

マミ「……もしかしてここが」

Qべえ「うん、ボクがほむらに助けてもらった、まどかの家だね」

気付いた巴さんに、キュゥべえが肯定するように説明した。
説明の手間が省けたのは僥倖だ。

まあ、僥倖なんだがそろそろ頭の上から退いてはもらえないだろうか。
重くはないのだが、格好がつかない。

稀に、尻尾や触腕がぺちぺちと頭に当たるのだけど?

146: 2011/08/12(金) 13:34:09.21 ID:TeS56DPI0
しかし、牧歌的だった気分はすぐに塗り替えられた。

ほむら「っ!?」

鹿目家のベランダ付近を、白い影が横切ったのが見えた。
間違いない、インキュベーターだ。

よもやまどかと接触されたのか、と焦ったが、
その姿が徐々にまどかの部屋に近付くのを見て、私は思わず安堵していた。

ほむら(良かった……まだ接触前!)

そう思うと同時に、私の身体は反射的に動いていた。

ほむら「巴さん、キュゥべえをお願いします!」

私は頭の上の相棒を巴さんに向けて放ると、
駆け出すと同時に変身し、時間を停止した。

魔力で脚力を強化し、ベランダへと飛び移り、
停止した空間の中でインキュベーターを確保する。

家人に見付からない位置へと移動した所で私は時間停止を解除する。

147: 2011/08/12(金) 13:36:20.34 ID:TeS56DPI0
QB「おや……キミは処理対象個体と行動を共にしている、
   イレギュラーの暁美ほむらかい?」

どうやら、私の顔はインキュベーター達に知れ渡ったらしい。
なら好都合だ、この場で目的についても知っておいてもらおう。

ほむら「………」

今、この瞬間はかつての私を取り戻す。

インキュベーターを虐殺の対象として、
全てを切り捨てでもまどかを守り続けると誓った、
かつての忌むべき私を、ごく僅かに取り戻す。

私は確保したインキュベーターを放り投げる。

放り投げられたインキュベーターは空中で器用にバランスを取り、
私から離れた位置に着地を試みたようだ。

ほむら「鹿目まどかには近付かない事ね」

その言葉と共に時間停止、即座に盾から金属ワイヤーを取り出し、
魔力を充填して魔女やインキュベーターに通用する拘束具へと仕立て上げ、
着地寸前のインキュベーターを捕縛し、時間停止を解除する。

QB「拘束魔法……この一瞬でここまでの完成度とは、見事だね」

ほむら「お前らに褒められても嬉しくないわ」

サイレンサー付きの拳銃を取り出し、ほぼノータイムでその眉間を撃ち抜いた。

絶命したインキュベーターの拘束を解いた私は、
その屍骸を家人の目に着かない草むらへとけり込み、仲間達の元へと戻った。

148: 2011/08/12(金) 13:37:26.49 ID:TeS56DPI0
Qべえ「酷いよほむら! いきなり投げるなんてあんまりじゃないか!」

戻るなり、相棒の叱責が待っていた。

ほむら「悪かったわね。ちょっと急ぎの用事を見付けたのよ」

言いながら、私はチラリと鹿目家の庭を見遣った。
早いものだ、もう回収のインキュベーターが来ている。

マミ「キュゥべえ……いえ、インキュベーターね」

巴さんも警戒気味にその動向を見守る。

さすがに警告直後と言う事もあってか、仲間の屍骸を咥えてこの場を後にしたようだ。
処理最中の攻撃を想定しての行動だったのだろう。

これで安易にまどかに近付く事はないだろう。
一応、一安心と言った所だ。

だが、そんな思考はすぐに吹き飛ばされた。

Qべえ「……ッ!?」

敵対したとは言え、同族の屍骸を見てキュゥべえが息を飲んで身を強張らせたからだ。

149: 2011/08/12(金) 13:37:59.96 ID:TeS56DPI0
ああ、そうだ、彼には誰よりも強い感受性があったんだ。
追い立てられ、私達の側についてくれたとは言え、彼もインキュベーターなのだ。

自身を迫害した同族とは言え、かつての仲間の屍骸を見るのはショックに違いない。

その事実に思い至ったが、既に遅かった。

ほむら「あ……」

Qべえ「……ほ、ほむら……その……あの……」

呆然とする私に、戸惑い気味に声をかけるキュゥべえ。
だが、言い淀むだけで、後が続かない。

マミ「キュゥべえ……暁美さんも……」

巴さんも、この気まずい状況を打開しようとしてくれているようだが、
さすがに何と声をかけていいか分からないようだ。

それは彼女なりに、私とキュゥべえの立場を理解してくれているから、と言う事でもあるのだが。

150: 2011/08/12(金) 13:39:22.23 ID:TeS56DPI0
Qべえ「あ、あ……あの……」

キュゥべえの目には、傍目にも分かるほどに大量の涙が浮かんでいる。

その光景から、私は思わず目を背けた。
罪悪感から目を背けた私は、さらなる罪悪感によって追い打ちをかけられた。

視線だけを戻すと、巴さんが胸元に抱え込み、
あやすようにキュゥべえの頭を撫でていた。

私の浅慮で、彼を傷つけるのは、杏子の事情の説明不足の事を加えて、今日だけでもう二回だ。

ほむら「………ごめんなさい、キュゥべえ……。
    巴さん、すいません……今晩だけでいいんです……彼を、預かってくれませんか?」

私はおずおずと声を絞り出す。

マミ「ええ、構わないわ……」

二つ返事で了承してくれた巴さんだが、その声音は言外に、
“それでいいの?”と聞いて来るようだった。

ほむら「すいません……」

私はその真意からも目を逸らし、足早にその場を後にした。
背後に、相棒の声が聞こえた気がした。

151: 2011/08/12(金) 13:40:52.07 ID:TeS56DPI0
翌朝、暁美ほむら宅――

ほむら「………ぅん……」

最悪の目覚めだった。

本当に気分は最悪だ。
罪悪感と後悔と、これは……孤独感だろうか。

どうやら、昨晩の事が自分でも予想外に堪えているようだ。

気を紛らわそうと寝室の壁にかけてあるカレンダーを見遣る。

ループ開始から今日で六日目。
明日はついに、見滝原中学へ転入する日か。

最初の三日間は武器の補充や下準備で色々と動いていたが……、
そうか、彼と出会ってから、まだ三日しか経っていないのか。

だと言うのに、たった一晩離れただけで、この孤独感か。

ほむら「私は、弱くなったなぁ……」

自嘲気味に呟いてから私は立ち上がった。

ベッドの傍らに置かれたクッションに、相棒の姿は無かった。

152: 2011/08/12(金) 13:41:54.64 ID:TeS56DPI0
久しぶりの一人きりの朝食を終えた私は、
巴さんに“今日一日だけ、キュゥべえをよろしく”と短いメールを送り、
昨夜から着たきりになっていた服――洗面所でようやく気付いた――を着替え、家を後にした。

ふと気になってソウルジェムに意識を集中する。

昨晩、使い魔退治やインキュベーターの撃退に魔力を消費したが、
その消費量よりも明らかに大きく濁っている。

ほむら(失敗したなぁ……)

心中で呟いて、大きくため息を漏らす。

インキュベーターを斃す事は、今までの私にとっては当然の事でも、
キュゥべえにとってはどれだけショッキングな事態だったろう。

昨晩もあの瞬間に考えた事だったが、
その思いと彼の声が、エンドレスで脳裏を過ぎる。

それでも――

ほむら「……インキュベーターは、殺さないと……」

私は重くのし掛かる罪悪感に葛藤を覚えながら、あてもない散歩に出た。

153: 2011/08/12(金) 13:43:12.27 ID:TeS56DPI0
昼過ぎには、見滝原中学の近くまで行った。

二人との念話の通話圏内だが、何と切り出していいか分からず、
私は単に学校の敷地周辺を散策するだけにした。

校庭では昼休みを謳歌する生徒達の姿が見える。
まどか達はいつもの屋上か、それか教室で他愛もないお喋りに花を咲かせているのだろう。

習慣で辺りにインキュベーターがいないかを確認する。

ほむら(クセは抜けないわね……どうにも)

気晴らしの散歩のつもりが、ついいつもの行動に出ている。

既に私の存在はヤツらに知れ渡った事だろうし、
巴さんが私の仲間であり、彼女がこの学校の生徒である事はインキュベーターには周知の事実だ。

さすがに昨日の今日で“敵地”に乗り込むほど、連中もバカではない。

経験上、ヤツらはまどかとの接触前に私が攻撃すれば、一日以上のインターバルを空ける。
直ぐに個体を減らされる事を嫌っての事もあるだろうが、私の隙やタイミングを窺っての事だろう。

その上、先に述べた通り、ここは既に連中の敵地だ。
警戒は今までのループ以上に厳重に行っているに違いない。

154: 2011/08/12(金) 13:44:37.64 ID:TeS56DPI0
校庭を眺めながら歩いていると、不意に人の気配を感じて、正面に向き直った。

ほむら「!?」

大概の事では驚かないつもりでいたが、さすがに私も驚いた。
私服姿とは言え、特徴的なツリ目と世の中に対して斜に構えた態度が織りなす雰囲気は見間違えようがない。

ほむら(呉、キリカ……!?)

見滝原中学三年に在籍する、黒髪の少女。

一応、明日から先輩後輩と言う事になるのだが、
心情的に素直にその事実を受け入れられない。

幾度か敵対した事のある黒いかぎ爪の魔法少女は、
此方に一瞥をくれると、すぐに興味が無さそうにその場から離れた。

155: 2011/08/12(金) 13:45:57.68 ID:TeS56DPI0
ほむら(魔法少女……ではないのかしら?)

魔法少女同士は、変身中か、或いは互いが魔力を発しているか、
そうでなければソウルジェムを保持している状態でなければ、
目の前にいるのが魔法少女であるかどうかを見抜くのは難しい。

しかし、あの失敗以来、呉キリカや美国織莉子の身辺調査には気を配っていた。

彼女の性格が豹変するのは魔法少女になって以降、つまり願いの効力によるものだ。
魔法少女となった彼女は、やや筆舌に難しい奇妙で人懐こい性格に転じる。

あの態度を見る限り、彼女が魔法少女である可能性は低い。

ほむら(杏子とゆまが行動を共にして、あの二人組が魔法少女でない時間軸、と考えるのが妥当ね)

珍しい状況だが、経験がないワケではない。

少なくとも、周囲の状況はまだ良い方向に流れてくれているようで、
私はようやく今日初めての安堵のため息を漏らした。

156: 2011/08/12(金) 13:47:34.46 ID:TeS56DPI0
それからしばらく学校付近を散策している間に下校時刻を迎えたらしく、
ちらほらと見滝原の制服を着た人が増えて来た。

何人かが私を見て振り返っているようだが、
数え切れないほどのループの中で慣れてしまった事もあって、
私は特に意識する事なく歩き続けた。

ほむら(そう言えば、もう一度、様子を見てあげた方が良いかしら……)

私はここ数日の忙しさで忘れかけていた、重要な案件を思い出し、
学校のある郊外と、市街と工場地帯を結ぶ大橋に向けて歩き出した。

魔女・イザベラが消えて安全になった橋を中ほどまで進み、階段で橋の下に降りる。

そこにあるのは、懐かしき我が第二の学舎だ。

初めてのループで、まどかと巴さんに特訓に付き合ってもらった、
私の魔法少女としての原点である。

いつかのループで文字通り叩き壊した事のあるドラム缶が、
まだまともな形を保ったまま橋脚の下に転がっている。

些か感傷を覚えるが、今日の目的はこのドラム缶ではない。

私はドラム缶に一瞥をくれて、さらに奥へと進む。

157: 2011/08/12(金) 13:48:42.40 ID:TeS56DPI0
「ニャー……ニャー……」

奥から寂しげな鳴き声が聞こえる。
どうやら、今日は大人しくねぐらにいてくれたようだ。

ほむら「エイミー」

私がその名を呼ぶと、寂しげだった鳴き声が止み、
ガラクタの陰から一匹の黒猫が飛び出して来た。

私はしゃがみ込んで、黒猫を抱き上げる。

ほむら「本当にお前は……いつもいつも警戒心が薄いわね」

エイミー「ニャァァ~」

私は微笑ましさとごく僅かな呆れの入り交じった声で呟いた。

黒猫のエイミー。
かつての時間軸の中で、二度、まどかが魔法少女になるキッカケとなった野良猫だ。

野良なのに名前がついているのは、まどかが名付けたのだが、
どう言うワケか、彼女の友人だった私にまで、よく懐いてくれている。

今までのループでも、私はまどかと一度も出逢っていないのに懐いて来るので、
もう勝手に、エイミーは私に懐いてくるもの、として扱っている。

158: 2011/08/12(金) 13:50:47.47 ID:TeS56DPI0
ほむら「あまり街の方に行っちゃダメよ。
    車に轢かれたら危ないから……」

じゃれついて来るエイミーの額や喉を撫でながら、
私は努めて優しい声で話しかけた。

かつての時間軸でエイミーが事故に遭った時、
まどかはエイミーを助ける願いを引き換えに魔法少女になった。

最初はただの偶然でインキュベーターに遭遇したのだろうが、
おそらく、二回目以降は、平凡な少女にしては高いまどかの資質を見抜き、
ずっとタイミングを狙っていたに違いない。

私のループ開始時のルーチンワークは、武器の収拾の他に、
このエイミーを事故に遭わせないと言うものだった。

ほむら「どこにもケガはないみたいね」

高い高いをするようにエイミーを抱き上げた私は、
その身体を見回してケガの有無を確認する。

ほむら(エイミーに比べて……あの子は軽かったな……)

不意に、そんな考えが脳裏を過ぎった。

インキュベーターの身体は、見た目に反して非常に軽い。
そうでもなければキュゥべえを頭になんて乗せていられないのだが。

しかし、エイミーとキュゥべえの重さを比較するような日が巡って来るとは、
三日前の私なら考えもしなかっただろう。

そんな感慨に耽っている時だった。

159: 2011/08/12(金) 13:52:18.60 ID:TeS56DPI0
人の近付いて来る気配を感じて、反射的に私はそちらに意識を向けた。

???「こんな所に、本当にネコなんているの?」

???「本当だよ、さやかちゃん。
    エイミーって言ってね、とっても可愛いの」

離れた位置から声が聞こえる。

聞き慣れた、二つの声。

改めてエイミーを胸元に抱き寄せた私は、
ゆっくりと振り返った。

そこにいた人物は、私の想像通りだった。

肩で切りそろえた髪をツーサイドアップに纏めた素朴な少女と、
短く切りそろえられた髪が快活そうな雰囲気を醸し出す少女の二人組。

鹿目まどかと、美樹さやか。

まどか「あ……こ、こんにちわ」

さやか「うわ……すごい美人……」

戸惑い気味のまどかと、驚いたように目を見開いているさやか。

妙なタイミングで出逢ってしまったものである。

160: 2011/08/12(金) 13:53:25.16 ID:TeS56DPI0
ほむら「………あなたのネコ?」

私は“初めて出逢った”友人に、確かめるまでもない質問を向ける。

まどか「あ、は、はい!
    エイミーが私以外の人に懐いてる所、初めて見ちゃって、それで驚いて……」

話しかけると、まどかは飛び上がりそうなほど驚いてから、
聞いてもいない事に答えて、何かを取り繕っている。

様子がおかしい。
確かに、あまり自分を誇らない子だが、ここまで挙動がおかしいと言うのは不可解だ。

因果の収束。
キュゥべえから聞かされた言葉が、直後、私の脳裏に過ぎった。

まどかは、並行世界となる別の時間軸、つまり私の体験したループの記憶を内包している可能性が高い。

と、なればこの態度は、私に言いしれぬ既視感を覚えている、と言う所だろう。

161: 2011/08/12(金) 13:54:36.24 ID:TeS56DPI0
だが私は、敢えてそれを表情に出さないよう、即座に意識を切り替えた。

ほむら「そう、この子、エイミーって言うのね……、
    良いご主人様がいるみたいね、エイミー」

私はエイミーに優しく語りかけながら、彼女を解放する。

ほむら「ほら、ご主人様の元へお行き」

私が促すと、エイミーは名残惜しそうに振り返りながら、
本来の主であるまどかの元へと駆け寄る。

エイミーを抱き上げたまどかは、私の事をジッと見つめている。

本当に、ウソの下手な子だ。
これでは意識しているのがバレバレだ。

ここは早く立ち去るべきだろう。

ほむら「じゃあ、さようなら」

私は意味深な言葉を残す事なく、二人の脇を会釈しながら通り過ぎた。

162: 2011/08/12(金) 13:55:23.05 ID:TeS56DPI0
さやか「どうしたのさ、まどか。
    さっきから、あの人の事、じろじろ見ちゃってさ」

背後から美樹さんの声が聞こえる。

まどか「えっと、その……笑ったりしない?」

恥ずかしさと戸惑いの入り交じった声で応えるまどか。

さやか「笑わないから言ってみなって」

まどか「や、約束だよ」

おそらく、二人はこちらを窺っているだろう。
怪しまれないためにも、振り返るワケにはいかない。

だが、次の言葉が、私の歩みを止めさせた。

まどか「あの人と……夢の中で逢った、ような……」

172: 2011/08/13(土) 20:46:53.47 ID:8KnesYjR0
第4話「聞かせてもらおうじゃん」


翌日、通学路――

Qべえ「ほむらぁぁぁ!」

結局、昨日も顔を合わせづらくて巴さんにキュゥべえの事を頼んでしまった私は、
昨夜も理由をつけて使い魔退治を休み、二人と二日ぶりに再会する事になった。

で、出逢い頭にコレである。

ほむら「ど、どうしたの、キュゥべえ?」

飛びついて来たキュゥべえを、私は戸惑い気味に抱き留める。

Qべぇ「ゴメンよぉ……ゴメンよぉぉ」

私の胸元に顔を埋めて泣きじゃくるキュゥべえは、私の質問など聞こえてはいないようだった。

マミ「この二日間、ずっと大変だったのよ……」

巴さんは少し疲れたような、困ったような表情を浮かべていた。

173: 2011/08/13(土) 20:47:36.79 ID:8KnesYjR0
マミ「あの時、あなたと別れてからずっと、
   “ボクがほむらを傷つけた”とか、
   “ボクが悪いんだ”とか“ボクのせいだ”とか、
   一昨日は泣き疲れて寝るまで……。

   昨日なんて、もう学校でも泣き通しで……」

Qべえ「マミィ……それは言わないでよぉ」

泣きじゃくりながら非難の声を上げるキュゥべえ。

ほむら「そう………だったの」

私は思わず、キュゥべえを抱きしめていた。

傷つけたのは此方も一緒だ。

美樹さんと杏子を似た者同士と評したが、私も人の事は言えないようだ。

ほむら「そうじゃない……お前のせいじゃないのよ、キュゥべえ」

私は、自分でも一番聞きたかった赦しの言葉を、彼にかける。

だが、それと同時に彼にも理解してもらわなくてはいけない。

174: 2011/08/13(土) 20:48:19.12 ID:8KnesYjR0
ほむら「それと、ごめんなさい……。
    私はこれからも、あなたの同族を手にかける事になる……。

    まどかを、そして、インキュベーターの犠牲となる人達を守るために……」

Qべえ「うん……分かっているよ、ほむら」

語りかけた私に、Qべえはしゃくり上げながらも、決意の篭もった声を返してくれた。

Qべえ「本当に悪いのは、覚悟の無かったボクの方だ。
    誰かを守る以上、何かと戦わなきゃいけない……。

    それなのに、ボクはその覚悟が足りなかったんだ」

マミ「昨夜になって急に悟ちゃったみたいなの、この子」

それはまあ、何とも頼もしいと言うか、急転換だ。

しかし、先ほどの巴さんの言葉通りなら、
それまでも、その後もずっと泣き続けていたのだろう。

大変、申し訳なくて、より一層、頭が上がらない。

175: 2011/08/13(土) 20:49:34.87 ID:8KnesYjR0
マミ「あ、そうそう……。
   転校おめでとう、暁美さん。見滝原中へようこそ」

巴さんは思い出したように言うと、笑顔で祝福してくれた。

ほむら「ありがとうございます。
    巴……先輩」

マミ「いつも通りでいいわ」

意を決して言った私の言葉に、巴さんは苦笑いを浮かべた。

人付き合いを最低限に止めて来た巴さんは、
後輩に先輩と呼ばれる事に慣れていないのだろう。

マミ「あ、でも、他の三年生がいる所では先輩って付けた方がいいわよ。
   変に拘る子も多いから」

だが、それとは別にそんな忠告もしてくれる。

確かに、一度目のループで巴さんのクラスにまどかと出向いた際、
巴さんの名前を呼んだ時、三年の先輩に睨まれた記憶が甦る。

176: 2011/08/13(土) 20:50:30.37 ID:8KnesYjR0
まあ、その程度で睨まれてもいい迷惑なのだが、
優しい先輩の忠告はしっかりと聞き入れておこう。

ほむら「はい、巴先輩」

マミ「だから……ああ、そうね」

巴さんは人前でだけでいいと訂正しようとしたのか、
ここが通学路だった事を思い出して肩を竦めた。

登校時間帯としてはまだ早いので人気はないが、
一応、どこに同じ学校の人間の目があるか分からないのだ。

顔を上げて少し噴き出した巴さんと、ひとしきり笑ってから、
私達は学校に向けて歩き出した。

177: 2011/08/13(土) 20:51:22.83 ID:8KnesYjR0
玄関で巴さんとキュゥべえと別れた私は、職員室に向かった。

私の転入するクラスには魔法少女候補が二人もいるのだ。
事情の知らない二人の前に、突然、キュゥべえと一緒に教室に入るワケにもいかない。

それに、どこでキュゥべえが他のインキュベーターに襲われるか分からない以上、
やはり傍には誰かについていて貰わなければいけない。

キュゥべえの事、魔法少女の事を隠し通したまま守るか、
はたまた、全てを打ち明けて守るか、その辺りの方針はまだ定まっていない。

Qべえ『ボクは話した方が守りやすいと思うけどな』

マミ『そうね。暴走の危険がある鹿目さんって子はともかく、
   彼女の友達の美樹さんなら、事情を説明して仲間になってもらってもいいんじゃないかしら?
   佐倉さんの件もあって、仲間は一人でも多いに越した事はないのだし』

巴さんには、インキュベーターの正体に関してしか語っていないため、
魔法少女の仲間が増える事には、やはり随分と積極的なようだ。

そう言えば、この問題もあったんだった。
さて、どう切り出したものか。

ほむら『その辺りは、追々、相談していきましょう』

私は気まずくなりかけた空気を感じて、念話による話題をそこで切り上げた。

178: 2011/08/13(土) 20:52:53.71 ID:8KnesYjR0
和子「皆さん、今日は先生から大切なお話があります。
   心して聞くように」

ほむら(人の好みには口出ししないけど、私は半熟が好きだわ)

入口で待たされている私は、教室から聞こえて来る早乙女先生の声を聞きながら、
目玉焼きの焼き加減に関する質問に、心中で先行して答える。

理由は簡単、私の入院していた病院食の目玉焼きは固焼きばかりだったからだ。
謂わば半熟卵欠乏症である。

まあ、食中毒を考えれば、配膳に時間のかかる病院食で、
火の通りきっていない半熟の目玉焼きなんて出せないんでしょうけど。

理不尽な質問に中沢君が答え、教室が一端静まりかえる。

和子「あー、あと転校生を紹介します」

さやか「いやいや、そっちが先だろ!?」

和子「暁美さん、入ってきて」

ほむら「……はい」

おそらく、さやかのものと思われるツッコミをスルーした早乙女先生に促され、
私はドアを開けて教室内に足を踏み入れた。

179: 2011/08/13(土) 20:54:02.09 ID:8KnesYjR0
ほむら(転校もこれだけすると慣れるわね)

転勤族の子供もこんな感じなのだろうか?

いや、私の場合はクラスの評価とクラスメートの顔が分かり切っているから、か。
さすがに毎回違うクラスに転入させられたら、緊張を禁じ得ないだろう。

ほむら「暁美ほむらです、よろしくお願いします」

教壇の傍らに立って自己紹介を終えると、
私はまどか達の席のある中央列の後方を見遣った。

まどか「………」

さやか「………」

やはり目を丸くして驚いている。

転校前に二人に出逢っておいたのは初めてだが、
これはこれで接触し易くて助かりそうだ。

私は、普段は睨むように見てしまっていたが、
印象を悪くしない程度に、軽い会釈をしてから与えられた席に着席した。

180: 2011/08/13(土) 20:55:18.51 ID:8KnesYjR0
ホームルームと一時間目の授業が滞りなく終わり、
即座に大勢のクラスメートに囲まれて質問攻めにされるかと思いきや、
いの一番に駆け寄って来たのは、まどかと美樹さん、
それに二人の共通の友人である志筑仁美を加えた三人だった。

成る程、事前接触した場合は、こう言う事になるのか。

さやか「まさか、昨日のあの美人さんが転校生だったとは思わなかったよ」

まどか「本当、ビックリしたよ」

仁美「あらあら、お二人は既に暁美さんとお知り合いなのですね」

私の席を取り囲んでの談話が始まる。
私一人がやや置いてけぼりのようだが、お決まりの質問を繰り返されるよりはよっぽどマシだ。

さて、黙っていないで私も会話に加わるとしよう。

ほむら「ええ、昨日、この辺りを下見に来た時にちょっと」

橋は学校から少し離れた位置だが、ウソは言っていない。

だが、転校生とクラスメートがにこやかに話している光景に安心感を覚えたのか、
他のクラスメートがやって来て、お決まりの質問攻めが始まった。

さやか「あ~、ちょっとちょっと、アイドルへの質問はウチの事務所を通してよ」

どこの事務所を通せばいいのかは分からないが、
美樹さやかと言うクラスのムードメイカーの仕切りが加わって、
今回の質問攻めは、そう鬱陶しいものではなかった。

181: 2011/08/13(土) 20:56:47.23 ID:8KnesYjR0
瞬く間に昼休みとなり、私はまどか達のグループに誘われて、
特別教室棟の屋上へと昼食を摂りに来た。

隣の一般教室棟の屋上に比べて、こちらは教室からの距離が離れており、
人気が少なく、落ち着いて食べていられる穴場だ。

まあ、此方はベンチが少ないので何のために解放されているのかも分からないような、
辺鄙な場所、なんて言い方もできてしまうのだが。

私達四人はベンチに並んで腰掛ける。

さやか「それにしても転校生は凄いなぁ……
    高飛びをすれば県内記録、数学は計算式まで完璧、
    文武両道に加えて、こんなに美人なんだもん……。
    ハッ!? 萌えか、コレがミスパーフェクトな萌えなのか!?」

まどか「さやかちゃん、よく分かんないし、暁美さんに悪いよ」

奇妙に悶える親友に、まどかが苦笑い混じりのツッコミを入れる。

182: 2011/08/13(土) 20:58:13.26 ID:8KnesYjR0
さやか「何言ってんのさ、まどか。
    まどかだって、昨日……

    “夢の中で逢った、私の運命の人”

    なんて、目ぇキラキラさせちゃってさ」

ほむら「ブッ……!?」

サンドイッチに合わせて自販機で購入した豆乳を、思わず噴き出す所だった。

何て脚色を加えてくれるんだ、この青い子は。

まどか「き、キラキラなんてさせてないよ!
    それに、そこまで言ってないよ!

    ほ、本気にしちゃダメだよ、暁美さん!」

慌てて取り繕うまどかは、顔を真っ赤にしてあわあわと奇妙な振り付けで手を踊らせる。

いや、昨日の話は全部聞いていたので、取り繕われる必要はないのだが、
まあ、ここは助け船を出す事に………

仁美「い、いけませんわ!」

はいぃぃ~?

183: 2011/08/13(土) 20:59:02.46 ID:8KnesYjR0
それまでにこやかな表情を浮かべていたグループの良心かつブレインなお嬢様が、
突然、その場で立ち上がった。

仁美「そ、そんな……女の子同士で、だなんて……。
   まどかさん、暁美さん……」

何をもじもじとしてらっしゃるんですか、志筑さん?

仁美「それは……それは!
   禁断の愛のカタチですのよ~!」

謎の叫びを残して、フェンスに向かって駆け出して行く志筑さん。

ああ、そうだった、しばらく友達付き合いをしていなかったから、
彼女の個性的なアレをすっかり忘れていた。

まどか「………ちょ、ちょっと変な所があるけど、
    仁美ちゃんはとってもいい子なんだよ、暁美さん」

戸惑いながらも、友人へのフォローを忘れていないのは流石と言うべきか。

184: 2011/08/13(土) 21:00:06.60 ID:8KnesYjR0
ほむら「ええ……分かっているわ。
    今日も何度か、お世話になったもの」

どの時間軸でも、彼女は学級委員として転校生の私を気に欠けてくれていたし、
初めて出逢った時も、授業の分からない私に丁寧に勉強を教えてくれた恩人の一人だ。

地元名士の娘にして、様々な習い事を続けながらも学級委員と言う役職をこなし、
さらに成績も上々、運動神経も悪くない、本当の文武両道とは彼女の事だ。

さやか「あ、フェンスで止まった」

ほむら「止まったわね……」

この屋上のフェンスは高く、女子でなくても上まで登るのは困難だ。
さすがに乗り越えて走る事はしないだろう。

いや、走ると言うより、それは最早、飛び降りる事になるのだが。

まどか「あ、戻って来るよ」

ほむら「戻って来るわね……」

仁美「ウフフフ……お見苦しい所をお見せしました」

笑って誤魔化した。
凄くにこやかだけど、その貼り付けているようないつもと違う笑顔は少し遠慮したい。

185: 2011/08/13(土) 21:01:08.08 ID:8KnesYjR0
ほむら「フフフフ………」

こんな穏やかで楽しい学園生活を送るのはいつ以来だろう。

インキュベーターを牽制しながら学園生活を送った時は、
美国織莉子達の計画で台無しになってしまったが、今回はそんな事はないのだろうか?

Qべえ『楽しそうだね、ほむら』

マミ『本当……羨ましいわね』

突如として聞こえて来た念話に、私は反対側の屋上に視線を送る。
誰も入らない鐘楼塔の陰に、巴さんとキュゥべえの姿が見える。

あの位置なら、よほど注意深く見なければ誰にも気付かれないだろう。

冷やかされているような気もしたが、ここは正直に答えよう。

ほむら『ええ、とても……』

ソウルジェムの輝きは、眩くも穏やかだ。

186: 2011/08/13(土) 21:02:12.36 ID:8KnesYjR0
さやか「転こ……、って、いつまでも転校生呼ばわりはアレか。
    ほむらはさ、この学校、気に入った?」

ほむら「………!」

突然の美樹さんの言葉に、私は思わず息を飲むほどに驚いて目を見開いた。

彼女からそう呼ばれたのはいつ以来だろうか。
いつもは距離を置き、ともすれば恨まれる事すらあったので、
やはり、この穏やかな学園生活と同じくらいに久しいものだ。

さやか「ちょ、ちょっと、あたし、そんなに驚くような質問した?」

まどか「さやかちゃん、いきなり呼び捨てにするからだよ。
    暁美さん、入院生活が長かったんだから、いきなり呼び捨ては戸惑うよ」

キョトンとしている美樹さんを、まどかが窘める。

さやか「あ、それもそっか。
    アハハハ、さやかちゃん失敗失敗」

美樹さんは屈託なく笑いながら言ったが、悪びれた様子はない。

そうだ、彼女もこう言う性格だったな……。

187: 2011/08/13(土) 21:03:49.82 ID:8KnesYjR0
初めて出逢った頃は、まどかと一緒によく手を引いて貰った。

私自身がひどく引っ込み思案だった、と言う事もあったが、
彼女がそれだけ、親友との共通の友人であった私を気にかけてくれていた証拠だ。

たまに暴走気味で、猪突猛進、周囲を顧みない事もある彼女だが、
裏を返せば、それだけ一途で一生懸命だと言う事だ。

その上で義理堅く、心から認めた友人のためには、
危地にすら躊躇わずに飛び込んで行ける。

臆病な私には真似出来ないな、と憧憬にも似た羨望を抱いた事もあった。


『…どっちにしろ、あたし、この子とチーム組むの反対だわ』


あの言葉だって、本心ではない事は、今の私なら理解できる。

結局、あの時の私の説明が上手くなかった事と、
それまで我慢して合わせてくれていた不満が、
険悪なムードで飛び出してしまった、勢いだけの言葉だ。

実際にチームを解消された、と言う事はなかった。

そう考えると、まともに話せなかった私にも、きっと責任はあったのだ。

188: 2011/08/13(土) 21:05:16.18 ID:8KnesYjR0
ほむら「ほむらで構わないわ。みんなも
    それに、この学校も気に入ったわ」

私は三人を見渡しながら感慨深く呟いた。

さやか「おっ、ノリいいじゃん、ほむら!
    じゃあさ、あたしの事も、さやか、って呼んでよ」

仁美「私も、仁美、とお呼び下さい、ほむらさん」

まどか「私の事も、まどか、って呼んでよ、ほむらちゃん」

三人はにこやかな笑顔で返してくれた。

ほむら「……ええ、まどか、仁美、さやか」

さやか「くはっ! あたし最後かよ!?
    つーか、まどかが一番最初!?
    やっぱりアレか、運命なのか!?
    前世からの恋人同士とか、そう言うアレがコレしてソレが萌えなのかーっ!」

こ・そ・あ・ど言葉なら、ドレ、が抜けているわ、さやか。
そして、仁美、顔を赤らめてあらぬ妄想をしないで。
まどかが困ってオロオロしているじゃない。

ほむら「もう……」

私は困りながらも、この賑やかさが嬉しくて、我知らずに微笑んでいた。

189: 2011/08/13(土) 21:06:05.69 ID:8KnesYjR0
マミ『私も、巴さん、じゃなくて、マミさん、って呼んでくれないかしら?』

ほむら『師匠を名前で呼ぶなんて、そんな失礼な事は出来ません』

まあ、今までのループで散々、無礼千万を働いてきたが、
それは心の棚の上にでも上げておこう。

マミ『暁美さんのいけず』

ほむら『ほら、巴さんだって、私の事、ほむら、って呼んでくれないじゃないですか』

念話で話しながら、私達は笑い合った。

結局、その日の放課後はまどか達と共に、
駅前のショッピングセンターに行く約束をして午後の授業となった。

190: 2011/08/13(土) 21:08:41.25 ID:8KnesYjR0
放課後、駅前のショッピングセンター――

見滝原市の中心街に位置するショッピングセンターは、
駅ビルと併設・連結されるカタチで作られた事もあって、
平日だと言うのに、多くの人でごった返していた。

私達は比較的、客の少ない奥の方にあるファーストフード店に入ると、
そこで軽く腹ごしらえと、他愛もない談笑を始めた。

マミ『暁美さん、私とキュゥべえもビルに入ったわ』

Qべえ『今の所、魔女の反応はないよ』

ほむら『魔女は今日、ほぼ確実に改装中のフロアに現れます。
    それと、インキュベーターも来る可能性が高いです』

まどか達との話を続けながら、その合間に二人との念話を行う。

私が見滝原中に転入する日は、このショッピングセンター内に、
魔女・ゲルトルートが現れる確率が高い。

今回のように私がまどか達と行動を共にしている場合、
インキュベーターは念話を行い、助けを求めるフリをしてまどかを改装中フロアに誘い込み、
そのまま魔女の結界内に誘い込む事で、契約せざるを得ない状況を作り出すのが常套手段だ。

巴さんとキュゥべえに魔女の索敵とインキュベーターへの牽制を任せ、
私はまどかとさやかの護衛と言うワケだ。

191: 2011/08/13(土) 21:09:37.18 ID:8KnesYjR0
仁美「……あ、ごめんなさい。お先に失礼しますわ」

まどか「仁美ちゃん、今日も習い事?」

さやか「ピアノに日本舞踊に茶道だっけ?
    毎日ハードだよなぁ……、さすがお嬢様」

ほむら「そんなに習い事が多いの?」

席を立った仁美に、私は口々に声をかける。
まあ、知ってはいるのだが、今の所、私はまだお友達一日目なのだから話を合わせよう。

マミ『インキュベーターを二匹確認したわ』

Qべえ『この様子だと、まだ入り込んでいる可能性が高いね』

ほむら『ビル外に追い出すだけでも構わないので、追い払って下さい』

マミ『分かったわ』

巴さん達との念話を続けながら、店から出て行く仁美に小さく手を振り続ける。

192: 2011/08/13(土) 21:10:33.34 ID:8KnesYjR0
さやか「この後、CDチェックしたいんだけど、二人とも、いいかな?」

ほむら「私は構わないわ。
    たまにはCDもチェックしたいし」

新譜チェックなど、数え切れないループの中で、もう飽きるほどしているが、
たまには気分を変えて曲を聴くのもいいだろう。

二人から離れるワケにもいかない事だし。

まどか「また上条君に?」

さやか「まあ、そんなトコ」

少し囃し立てるようなまどかの言葉に、さやかは照れながらも応える。

上条君……上条恭介。
さやかの幼馴染みの少年バイオリニスト。

さやかが魔法少女となり、魔女への道を突き進む要因となってしまう少年。

だが、このループではまどかは勿論、さやかも魔法少女にはさせない。

仁美との恋の決着は、出来うる限り、フェアな状況で行ってもらいたい。
烏滸がましいかもしれないが、今の私は彼女たちの友人なのだから。

193: 2011/08/13(土) 21:12:56.51 ID:8KnesYjR0
会計を済ませた私達は、そのままショッピングセンター内のCDショップへと移動する。

楽曲は、データ化してのダウンロード販売が主流となりつつある現在だが、
それでもCDの需要はまだ高いようで、店内は制服姿の学生や、
そろそろ仕事帰りらしい社会人で賑わっていた。

さやか「じゃあ、あたしコッチの方見てるから」

そう言い残して、さやかは真っ先にクラシックCDのコーナーへと向かった。

まどか「さやかちゃん、ああ見えてクラシックに凄く詳しいんだよ。
    音楽の筆記テストとか、私よりずっと成績いいんだ」

ほむら「意外ね」

視聴コーナーに向かいながら、私達は談笑する。

実際、初めて彼女の音楽趣味を聞いた時は、相当驚かされたものだ。
てっきりポップスか、ロックか、などと勝手に思い込んでいたのだから。

まあ、後から知ったまどかの演歌趣味の方がよっぽど驚かされたものだが……。

私はまどかからほど近い視聴ブースで、新曲やヒーリング系のCDを中心にチェックを始める。

しかし、まどかがいつ動き出しても良いように、気付かれない程度に彼女へ視線を送り続ける。

194: 2011/08/13(土) 21:14:19.94 ID:8KnesYjR0
マミ『もうインキュベーターが五匹目……かなりの数が入り込んでいるみたいね』

巴さんの報告を聞きながら、私は心中で舌打ちする。

五匹と言う数は、あまりお穏やかではない。

どうやら、まどかとの接触前に巴さんと言う最大の橋渡し役を失い、
さらに私の警告もあって、インキュベーターにも焦りが生まれているようだ。

ほむら(……追い詰められ過ぎて、逆に見境なしって事なのかしら?)

Qべえ『とりあえず、見付けたボク達は、全員、マミが追い払ってくれているけど、
    これ以上、入っているとなると、さすがに対応が難しいよ』

ほむら『妨害する事、それ事態に意味があると考えましょう。
    状況次第では私もそちらに合流するわ』

マミ『ダメよ。さすがにすぐ近くで護衛する人がいないのは危険だわ』

私の提案は、巴さんに却下された。
確かにそうだが、巴さんの魔力消費の問題もある。

キュゥべえの話す通り、追い払うだけに止めているにしても、
おそらくはマスケット銃で打撃するか、得意の拘束魔法を利用しているのだろう。

だが、後に控える魔女との戦闘を考えればイタズラに魔力を消費するのは避けたい。

それに、連中は魔女の出現位置、出現時間を正確に、
とは言い難いが大まかに把握している可能性がある。

そうでなければ、まどかを誘導するような手段は取らないハズだ。

195: 2011/08/13(土) 21:15:28.20 ID:8KnesYjR0
ほむら『分かりました。
    けど、本当に手が足りない時には、絶対に呼んで下さい』

マミ『ええ。無理はしないから安心なさい』

巴さんは、私が心配しているのを察してか、にこやかに応えて、念話を終える。

その時だった。

『助けて……まどか、助けて』

ほむら(来た!)

真相を知ると白々しささえ感じる念話が、全方位で放たれた。

念話を無差別に発信している。
それだけ焦っているのか、いや、感情のないインキュベーターの事だから、
考えてみれば、焦ると言うのは少々違う……力を入れていると言い換えるべきか。

わざと弱々しく偽装された念話は、元から魔法少女である私達か、
まどかのように余程の素質のある人間でなければ聞き取れなかったハズだ。

その証拠に、まどかは困惑気味に辺りを見渡しているが、
さやかは気付かずにCDを物色している最中だ。

196: 2011/08/13(土) 21:16:49.42 ID:8KnesYjR0
直後、居ても立ってもいられずに駆け出したまどかを追って、私も走り出す。

マミ『ごめんなさい、暁美さん。
   インキュベーターに念話を使われたわ』

ほむら『こちらでも聞き取れました』

Qべえ『念話の範囲外からの強制発信だよ。
    一方的な発信になるけど、遠距離でも使える有効な手段だ』

声は焦りながらも、冷静に状況を解説するキュゥべえ。

そんな能力があるらな教えて欲しかったものだが、
言われてみれば、私が追い立てた時も似たような事をされた経験がある。

アレはそう言う仕組みだったのか。

しかし、まだ本当の先手を打たれたワケではない。

ほむら『巴さん、まどかがそちらに行くまで時間があります!
    念話を発したインキュベーターの………』

キュゥべえがいる場で、処理をお願いします、とは言葉を続けられなかった。

だが――

197: 2011/08/13(土) 21:18:34.62 ID:8KnesYjR0
Qべえ『マミ…………今追っている彼を、このままにしておくのは危険だよ。
    だから……彼を、処理してくれないかい?』

キュゥべえ自身が、言い淀みながらもその言葉を口にした。

ほむら(キュゥべえ……)

これが今朝、彼の語っていた覚悟なのだろう。

処理――つまり、死への恐怖は彼が誰よりも知っているハズだ。
20年以上も、仲間達から逃げ続けていたのだから。

しかし、インキュベーターと人類の、搾取する側・される側の関係を正さんとする彼の理想に、
その覚悟は不可欠な物なのだ。

私が想像していたよりもずっと重い覚悟に、私も意を決する。

ほむら『巴さん、お願いします。
    インキュベーターの排除を』

マミ『………気は引けるけど……やるしか、ないようね』

巴さんも、僅かに躊躇したものの、私達二人の決意に押されたのか、
ため息を吐き出すようにではあったが、応えてくれた。

私も常に変身できるように、指輪をソウルジェムに転じて握りしめる。

後方からは、さやかが追って来ているようだが、気付くのが遅かったのか、
視線をそちらに向けても、雑踏の向こうに偶に小さく姿が見える程度だった。

198: 2011/08/13(土) 21:19:29.45 ID:8KnesYjR0
ショッピングセンター内、改装中フロア――

まどか「ね、ねぇ、どこにいるの?」

私がまどかに追い付いた時には、既にまどかは改装中フロアの中ほどで、
自分に助けを求めた誰かを捜しているようだった。

二人との念話から、既に五分が経過している。
巴さんの腕なら、念話を使ったインキュベーターは既に処理されたと見て間違いないだろう。

屍骸も、まどか以外の人間に見られる前に、
インキュベーター自身が持ち出したか、体内に回収した可能性が高い。

ほむら(と、なると……つじつまを合わせるためにでっち上げるしかないか……。
    声は同じだし、キュゥべえが助けを求めた事にして、取り繕うか……)

まどかにウソをつく事にはなるが、背に腹は代えられない。

だが――

『うわっ、た、助けて、ほむら!?』

直後、私達の思考に再び念話が舞い込んだ。

ほむら(あ゛……)

間違いない、演技とは思えない迫真の声は、キュゥべえのものだ。

199: 2011/08/13(土) 21:20:31.76 ID:8KnesYjR0
まどか「また聞こえた……! 今度はほむらちゃんを呼んでる……。
    ほむらちゃんにも聞こえたよね!?」

まどかは私にも同意を求めるように、私に向き直った。

ほむら「え、ええ。聞こえたわ」

私は戸惑いながらも頷いて応える。

ウソをつく必要はなくなったが、今度はキュゥべえを助ける必要が生じているようだ。

コレはコレで困った事態だ。
まさか、魔女結界内で巴さんと離ればなれになっていないだろうか?
それとも、万が一の可能性で、巴さんがミスしてインキュベーターに攫われたのか?

どんどん心配になって来る。

とにかく、安否確認のためにもまどかには早くこの場を去ってもらう他ない。
結局、ウソはつかないといけないのか……。

さやか「まどかぁ! ほむらぁ!」

と、そこへタイミング良くさやかが到着する。

スタートの遅さを考えると驚異的な早さだ。

200: 2011/08/13(土) 21:21:22.03 ID:8KnesYjR0
まどか「さやかちゃん!
    それが、その、誰かに助けてって、呼ばれて……、
    さっきはほむらちゃんも呼ばれたの」

まどかは確信がないのか、少し頼りなさげに説明する。

さやか「声ぇ? 夢に続いて声って……」

さすがに前日の夢発言もあったせいか、さやかも半信半疑だ。

ほむら「確かに、私も聞いたわ」

さやか「ほむらまで……ちょっと」

私達二人の言葉に、さやかはたじろぐ。
オカルトのような雰囲気すら感じているのだろう。

その気持ちも分からなくもない。

さやか「とにかく、一旦ここを離れ……」

さやかがそこまで言いかけた瞬間だった。
不意に周囲の光景がぐにゃりと変化を始めた。

ほむら(遅かった……!?)

201: 2011/08/13(土) 21:22:26.11 ID:8KnesYjR0
魔女結界だ。
どうやら、拡大を始めたゲルトルートの結界に取り込まれたらしい。

まどか「え……な、何これ」

さやか「ど、どうなってんの!?
    回りの景色が、どんどん変わって……」

戸惑い続ける二人を後目に、周囲の光景は変化を続ける。

打ちっ放しのコンクリートと積み上げられた資材の数々は、
そびえ立つ巨大な鉄柵と、鬱蒼と生い茂る茨へと変わって行く。

間違いなくゲルトルートの結界だ。

物陰から綿の塊のような使い魔達が這い出て、私達を取り囲む。

さやか「な、何なんだよ、コレ!?」

まどか「さ、さやかちゃん、ほむらちゃん……」

さやかはたじろぎ、まどかはそのさやかに縋り付き、二人は恐怖で震える。

最早、魔法少女の事を明かす、明かさないで迷っていられる状況ではないようだ。

202: 2011/08/13(土) 21:23:27.59 ID:8KnesYjR0
ほむら「二人とも、下がって……そして、絶対に私から離れないで」

私は言いながら二人の前に進み出ると、ソウルジェムを翳し、変身する。

まどか「………っ!?」

さやか「こ、コスプレの早替え!?」

息を飲んで驚愕するまどかと、この期に及んで現実逃避をするさやか。
前者は私の姿に見覚えがあり、後者は自己防衛本能のためだろう。

私は盾から二丁の拳銃を取り出すと、時間停止を発動させ、
片っ端から使い魔に向けて銃弾を放つ。

放たれた銃弾は、発射直後に停止し、
辺りには硝煙の塊が微動だにせず固定される。

ほむら(これで全部……!)

全ての使い魔へ銃弾を放った事を確認し、時間停止を解除する。

時間停止と言う戒めから解き放たれた無数の銃弾が、一斉に使い魔を撃ち抜く。
動き出した硝煙の向こうで、バタバタと倒れ、消滅して行く使い魔達。

203: 2011/08/13(土) 21:24:20.23 ID:8KnesYjR0
まどか「…………」

さやか「…………」

何が起こったか理解出来ずに、呆然と立ち尽くす二人。

私は周囲を警戒しながらも二人に振り返る。

ほむら「驚かせてごめんなさい……本当は、あまり巻き込みたくなかったのだけれど」

後悔の念が首をもたげるが、今はとにかく説明をしなければならない。

ほむら「私は……魔法少女。
    さっきのは使い魔……人を襲い、殺す、魔女の下僕」

私は淡々と、だが二人から目を逸らさずに説明を始める。

204: 2011/08/13(土) 21:25:35.69 ID:8KnesYjR0
まどか「魔女……使い魔……魔法、少女……」

さやか「ちょ、ちょっと冗談だよね!?」

ほむら「冗談ではないの……。
    遊びでもない、まして、何かの出し物でもない」

困惑する二人に私は語る。

ほむら「着いて来て……」

魔力で障壁を作って二人を守る方法もあったが、その方法で失敗した記憶が私の脳裏に甦る。
多少の危険は覚悟の上で、二人を護衛しながら結界中心部の魔女を目指した方が良い。

私は盾の中から特殊警棒を取り出すと、それをさやかに渡す。
一応、下手なりに魔力でコーティングして強度と威力は増している。

さやか「ちょ、って見た目より軽っ!?」

特殊合金製で、警察組織だけでなく警備会社でも使われるような逸品だ。
筋力強化に回す余分な魔力の少ない私には重宝している。

ほむら「もしもの時はそれで身を守って。
    でも、決して、私の傍から離れないで。
    ………絶対に、あなた達を犠牲になんてしない!」

私は今この時だけでなく、これからの決意も込めて言い切った。

205: 2011/08/13(土) 21:26:27.35 ID:8KnesYjR0
まどか「ほむら、ちゃん………う、うん、分かったよ」

怯えながらも、必死に頷くまどか。

さやか「まどか……ああ、もう、どうにでもなれ!
    ほむら、頼んだよ!」

さやかも友人に後押しされるように、私に信頼の言葉をかけてくれた。

ほむら「ええ……ありがとう、信じてくれて」

私は二人の信頼が嬉しくて、思わず頬を緩めた。

手持ちの中でも装弾数の多いハンドガンとサブマシンガンを取り出すと、
二人を引き連れて結界中枢のバラの庭園を目指した。

206: 2011/08/13(土) 21:27:31.89 ID:8KnesYjR0
使い魔を蹴散らしながら進む私達は、
まるでコロッセオを表裏逆にしたような壁面で覆われた庭園にたどり着いた。
魔女・ゲルトルートの結界中枢だ。

そして、その中央に聳える薔薇の怪物。

まどか「あ、アレが魔女……」

さやか「うわ、気持ち悪……」

魔女を初めて目にした二人は、その醜悪な外観に不快感を露わにしていた。
無理もない、この魔女の外観は私が知る魔女達の中でも、どちらかと言うと怪物寄りのそれだ。

しかし、不意に二人の視線が魔女の足下へと向かった。

そこには、金色の髪をたなびかせ、踊るように戦う一人の少女の姿があった。

巴さんだ。
肩にはキュゥべえもしがみついている。

207: 2011/08/13(土) 21:28:49.95 ID:8KnesYjR0
巴さんの戦法は鮮やかだった。

触手のように襲い来る蔦や、牽制攻撃をしかける使い魔を相手に、
無数のマスケット銃を召喚しながら、打撃、射撃、投擲を使い分け、
一切のダメージを食らう事なく立ち回っている。

いつもはスカートやベレー帽から一度に大量の数を召喚し、足下に突き立てているが、
素早いステップワークを優先して、今日は袖の下からの連続召喚を選択しているようだ。

まあ、巴さんの場合、魔力で武器を作るので帽子もスカートも袖の下も、
実際の所はイメージを容易にするための舞台装置のようなもので、
本来は何の意味もないのだが。

まどか「ほむらちゃん、あの人も、魔法少女なの?」

ほむら「ええ、私の仲間よ」

さやか「魔法少女って、銃で戦うモノなんだ……」

…………何だか、いらぬ先入観がついているようだが、
さすがに射撃戦型の魔法少女を連続で見れば、その先入観も致し方ない。

208: 2011/08/13(土) 21:29:58.24 ID:8KnesYjR0
マミ「さぁ、コレで止めよ!」

巴さんが言いながら、後方に向けて後方伸身二回宙捻りで跳び退くと、
それに呼応したかのように、ゲルトルートの足下から無数の光のリボンが飛び出し、
彼女の身体を完璧に拘束する。

あの舞うような戦闘の最中、巴さんは足下に拘束用の弾丸を撃ち続けていたのだ。
さすが、様々な魔女と戦い続けて来たベテランはやり方が周到だ。

マミ「ティロッ……!」

巴さんは放り投げたマスケット銃に胸のリボンを巻き付け、
魔力を送り込む事で巨大なキャノン砲へと変化させた。

乗用車ほどもあるそれを軽々と空中で保持した巴さんは、
魔女に向けて狙いを絞り、そして――

マミ「フィナーレッ!!」

キャノン砲から特大の魔力の塊が放たれ、
直撃を受けた魔女・ゲルトルートは爆炎の中へと消えて行った。

吹き飛んで来たグリーフシードを鮮やかに回収し、着地した巴さんは、
勝利の紅茶を嗜みながら、いつの間に気付いていたのか、こちらに向けてニッコリと微笑んだ。

209: 2011/08/13(土) 21:30:56.27 ID:8KnesYjR0
再び、改装中フロア――

結界の崩壊と共に戻って来た私達は、私を仲介してお互いの自己紹介を終える。

さやか「凄いなぁ、ほむらもマミさんも、あんな怖いのといつも戦ってたなんて」

まどか「うん、本当に凄かった……。
    魔女も使い魔も怖かったけど、最後は二人の格好良い所しか覚えてないや」

二人は感心しきり、と言うか、既に憧れにも似た感情を抱いている。
また、選択を誤ってしまったようだ。

それにしても――

ほむら「さっきの念話は何だったの、キュゥべえ?」

Qべえ「いや、ちょっと使い魔に捕まりそうになってしまって……」

問い詰めると、キュゥべえは申し訳なさそうに俯く。

マミ「キュゥべえったら……すぐ近くに私がいるのに、
   念話まで使って暁美さんに助けを求めるんですもの……傷つくわ」

巴さんは恨めしそうに言っているが、その表情は穏やかで、すぐに冗談だと分かる。

210: 2011/08/13(土) 21:32:04.75 ID:8KnesYjR0
さやか「えっと、キュゥべえだっけ? この子が見えてるって事は、
    あたしやまどかも、魔法少女になれるって事だよね?」

まどか「そっか……私も、魔法少女になれちゃうんだ……」

さやかの何気ない質問に、まどかは感慨深く呟く。

マズい流れだ。

自分に自信を持てないまどかは、誰かの役に立てる、と言う状況を心から渇望している。
自分が魔法少女になれると知れば、一も二もなく即決の可能性がある。

しかも、目の当たりにした初戦は、巴さんの華麗な圧勝だった。
魔法少女への憧れは強いだろう。

さやか「あたしもなってみたいな、魔法少女。
    それで、悪い魔女を、バンバンッて」

Qべえ「そ、それはダメだよ!」

キュゥべえは興味津々と言った風のさやかに抱えられながら、
困ったように触腕をブンブンと上下させる。

ジタバタと手足をバタつかせ、逃げ出そうとしている。

マミ「う~ん、そうねぇ……」

巴さんは仲間が増えるかもしれない予感に、嬉しそうに思案を始めている。

もう、猶予はない。
ここで、魔法少女の真実を語らなければならない。

211: 2011/08/13(土) 21:33:02.90 ID:8KnesYjR0
ほむら「魔法少女なんて、そんなにいいものじゃないわ……。
    恐ろしい真実だって抱えている」

私は意を決して語る事にする。

キュゥべえも、ついにその時が来たのかと、手足をバタつかせるのを止め、
神妙な視線を私に向けて来ている。

マミ「魔法少女の……恐ろしい真実?
   インキュベーターがどうこう、ではなくて?」

巴さんも怪訝そうに聞き返して来る。

まどかとさやかも、私とキュゥべえの様子にただならぬモノを感じたのか、
押し黙って、ゴクリと喉を鳴らす。

ほむら「魔法少女は………」

私が口を開いた瞬間だった。

??「へえ、魔女の気配が消えたと思ったら、面白そうな事話してんじゃん」

212: 2011/08/13(土) 21:34:03.67 ID:8KnesYjR0
離れた位置から聞こえた声に、私達五人は振り返る。

そこには、真っ赤な髪をポニーテイルで纏めた、ヨットパーカーとショートジーンズの少女と、
髪と同じ、濃い緑色のワンピースに身を包んだ幼い少女――杏子とゆまの姿があった。

ゆま「………」

まだ印象が悪いのか、ゆまは私と巴さん、キュゥべえに警戒の目を向け、
杏子は杏子で、口元に笑みを浮かべながらも此方を睨め付けている。

初対面のまどかとさやかは、杏子の放つただならぬ気配を警戒し、
キュゥべえは先日の申し訳なさもあって俯き、巴さんも押し黙って状況を見守っている。

意図せずに、役者は揃った。

今、賽は投げられた。

杏子「聞かせてもらおうじゃん、魔法少女の真実ってヤツをさ」

225: 2011/08/14(日) 00:02:19.70 ID:JQ3gQe3L0
第5話「いい加減にして」


私の転校から、早くも一週間が過ぎた。

見滝原総合病院の駐車場に、私と巴さんはいた。

マミ「ッ……はぁぁ……」

項垂れるように息を吐いて、膝をつく巴さん。

ほむら「大丈夫ですか……巴さん?」

マミ「え、ええ……大丈夫よ」

心配そうに尋ねる私に、巴さんは力なく笑って応えた。

マミ「本当……情けない先輩で……困っちゃうわよね」

自虐的な言葉を口にしながら、巴さんは立ち上がる。

226: 2011/08/14(日) 00:04:24.95 ID:JQ3gQe3L0
実は先ほど、私達は魔女退治を終えたばかりだ。

相手は仇敵とも言うべき魔女・シャルロッテ。
幾つものループで巴さんを葬った強敵だった。

実際、今回は大苦戦だった。

あの日、魔法少女の真実を打ち明けてから、初めての魔女退治。

魔女が元は魔法少女だと知ってしまった巴さんの攻撃は精彩さを欠き、
私がアシストしながらようやく倒したのだ。

ほむら「使って下さい、巴さん」

私は手に入れたばかりのグリーフシードを巴さんに手渡す。

マミ「ごめんなさい、使わせてもらうわ……」

巴さんは弱り切った笑みを浮かべながら、ソウルジェムにグリーフシードを翳す。
穢れとなる絶望がグリーフシードへと転移するが、巴さんのソウルジェムの輝きは、
今の彼女の笑顔と同じく、暗く沈んでいた。

もう、このグリーフシードも使い物にならない。

ほむら(早く、立ち直って貰わないと……)

私は焦燥感と共に、一週間前のやり取りを思い出す。

227: 2011/08/14(日) 00:05:34.12 ID:JQ3gQe3L0
『ひどいよ……こんなのって、あんまり、だよ……』

『え、だ、だって、ほむらもマミさんも、それにそっちの杏子ってヤツだって、
 い、生きてるよね? ソウルジェムが本体なんて………』

『魔女が、本当は魔法少女……それなら、私が今まで手にかけて来たのは……』

『じゃあ何か……アタシらは、怪物になるゾンビにされたようなモンじゃないか!?』

『きょ、キョーコ……うっ、うぅぅ、うえぇぇぇん』

『ぼ、ボクが……ボクが悪いんだ……。
 ボクがマミを魔法少女にさえしなければ……。
 杏子の契約前に、ボクがこの街に来てさえいられたら……まだ、違ったかもしれないのに』


阿鼻叫喚、とは言わないが、混乱した場を見ながら、私は自分の過ちを呪った。

憧れを抱いた魔法少女の末路を知った、まどかとさやかもうそうだが、
既に魔法少女だった巴さんと杏子は絶望感にも近い虚脱感や怒りを感じており、
杏子の苛立ちに当てられ、直前の話のショックもあって泣き出すゆま、
キュゥべえも過去の過ちに押し潰されそうになって涙混じりの悔恨の声を吐く。

228: 2011/08/14(日) 00:06:36.84 ID:JQ3gQe3L0
『元はと言えば、お前らがこんなフザケたモンを作ったからだろ!』

『やめなよ! キュゥべえはあたし達に協力してくれているんだよ!
 それに、キュゥべえは悪く……ないじゃん……』

『どうすればいいの……これから……ねぇ! どうすればいいの!?』

『ゴメンよぉ………うぅぁぁぁあぁぁ……』

『うわぁぁぁぁん』

『み、みんな……やめてよ、こ、こんなの……イヤだよぉ……』


キュゥべえとゆまの泣きじゃくる声に、耐えきれなくなったまどかがしゃくり上げ、
話はそこで強制終了となった。

私のループの事もショックだったのだろう。
さすがに、私の願いについては、語れず終いだったが、
あの状況でそこまで話せば、混乱した場が余計に混乱するだろうし、
今は話せなくても良い。

ただ、まどかとさやか、それにゆまを魔法少女から遠ざける事は出来る。
そんな打算的な自分に、思わず吐き気を覚えた。

229: 2011/08/14(日) 00:07:06.06 ID:JQ3gQe3L0
マミ「…………」

しかし、思った以上に巴さんの消耗が激しい。

あの時のように、絶望の末に狂気にかられないだけマシと言えばマシなのだが、
それでも、今の巴さんの状況はあまりにも芳しくない。

呪いこそ生んでいないが、ソウルジェムの輝きは鈍っており、
絶望感に押し潰されそうになっているのが分かる。

それ故に魔力の消耗は激しく、私がストックしていた5つのグリーフシードの内、
既に4つが、使い魔退治で損耗してしまっている。

今はまだ、必死に抗ってくれているが、
こんな精神状態が続けば、いつかは押し潰されてしまう。

ほむら「………」

こればかりは、巴さんが自分で乗り越えなければならない以上、
私にはどうしようもない。

とにかく、今は病院内に隠れているキュゥべえと合流し、
家に帰って身体も心も休めなければ……。

そう思って声をかけようとした瞬間だった。

230: 2011/08/14(日) 00:08:54.19 ID:JQ3gQe3L0
まどか「ほむらちゃん……マミさん……」

さやか「また、その……魔女が出たの?」

少し驚いたような、戸惑ったような声に、私達は振り返った。

そこには、キュゥべえを抱えたまどかと、さやかの姿があった。

ああ、そうか、ここにはさやかの幼馴染みで思い人の上条恭介が入院しているのだ。
おそらく、見舞いに来たさやかと付き添いのまどかが、
院内に隠れていたキュゥべえを見付けて合流したのだろう。

Qべえ「ほむら、マミ……大丈夫だったかい?」

まどかの腕から飛び降りたキュゥべえが、心配そうに此方を窺う。

マミ「ええ……大丈夫よ。暁美さんのお陰で何とか倒せたわ」

弱々しい笑顔を浮かべて応える巴さん。

それを心配そうに無言で見つめるまどかとさやか。

気まずい雰囲気が、辺りに充満して行く。

231: 2011/08/14(日) 00:10:23.13 ID:JQ3gQe3L0
巴マミの住むマンション――

『………そうだ、私の家に来ないかしら?』

私達は、張り付いたような笑顔を浮かべる巴さんの提案に従い、
彼女の住むマンションへと移動した。

マミ「さあ、あがって」

ほむら「お邪魔します」

このループでは初めてとなる彼女の部屋に上がる。

まどか「お、お邪魔、します」

さやか「お邪魔します……」

後ろのまどかとさやかは、初めて先輩の家に上がる緊張感に加えて、
奇妙な居たたまれ無さも感じているようだった。

だが、ソウルジェムとグリーフシードのシステムを知った以上、
少しでも私達の力になりたいと考えてくれているようで、
今日も巴さんを励まそうと考えているのではないだろうか?

232: 2011/08/14(日) 00:11:42.83 ID:JQ3gQe3L0
マミ「昨夜、久しぶりに焼いてみたんだけど、お口に合うかしら」

巴さんは無理に笑顔を装って、手製のチーズケーキとお気に入りの紅茶を出してくれた。

私達は礼を言ってから、ケーキに口をつけた。
甘くて、濃厚なチーズの味とさっぱりとしたレモンの味が美味しく、
砂糖を控えめにした紅茶とよく合っていた。

まどか「美味しいです、マミさん!
    今まで食べたどのお店のケーキや紅茶より、ずっと」

さやか「本当! すぐにでもお店開けちゃいますよ!」

マミ「…………お世辞でも嬉しいわ」

無理に囃し立てるようなまどかとさやかに、巴さんも知ってか知らずか笑顔で応える。

確かに、ケーキも紅茶もそこらの洋菓子店に引けを取らない完成度だが、
やはり、いつもの優しい笑顔を浮かべた巴さんが作ったソレに比べると見劣りを感じてしまい、
それを知っている私と、その事実に気付いている巴さんの間では、お世辞であっても、ウソを言う事は憚られた。

キュゥべえ「………」

ただ、キュゥべえだけは押し黙ったまま、一口も手を付けられずにいた。

そんな時だった。

233: 2011/08/14(日) 00:12:57.90 ID:JQ3gQe3L0
杏子「邪魔するよ」

ベランダの方から聞こえた声に、私達は振り返る。
そこには、杏子と、おどおどとした様子で杏子から少し離れた位置に立つゆまの姿があった。

巴さんの部屋はかなり上階にある。
おそらく、魔法少女の力を使って、壁面を登って来たか、
隣のビルから飛び移ったと言う所だろう。

杏子「へえ、美味そうなケーキ食ってんじゃん」

ベランダにスニーカーを脱ぎ捨てた杏子は、家主に無断で部屋に立ち入ると、
勝手に空いているスペースに座り込むと、手の付けられていなかったキュゥべえのケーキを手づかみで頬張った。

キュゥべえは一瞬、文句を言いかけたようだが、
おそらく、自分にその資格は無いとでも思っているのだろう、
すぐに俯いて押し黙ってしまった。

さやか「ちょっとアンタ!」

杏子「………なんだよ、やんのかよ? 人間様」

代わって抗議に立ち上がったさやかに、杏子は自嘲気味に声を投げかけた。

その言葉に、全員が息を飲み、ベランダに立ち尽くしたままのゆまは痙攣したように身体を震わせた。

234: 2011/08/14(日) 00:14:25.84 ID:JQ3gQe3L0
杏子「人間様がゾンビに楯突かない方がいいよ?
   ぶっ潰されたって、文句は言えないんだからさ」

そう言って、まだ半分以上残っていたケーキを、一口で飲み込む。
食べている、と言うよりは、最早、栄養を吸収しているとでも言うような食べ方だ。

料理を味わっている、と言う感じはない。
いや、もはや料理と言う次元どころか、食料として見ていない。

彼女の信条を知る人間からすれば、信じられない食べ方だった。

さやか「アンタ……」

さやかは消え入りそうな声を漏らすが、言葉が続かない。

杏子「で? ゾンビとゾンビ候補に宇宙人様が雁首そろえて何やってんの?
   まさか、傷でも舐め合ってお友達ごっこかい?」

杏子はそう言って、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに短いため息を吐いた。

そこで、限界だった。

ゆま「………もうヤダぁぁっ!」

この場にいた、一番小さな少女の心が、悲鳴を上げた。

235: 2011/08/14(日) 00:15:28.11 ID:JQ3gQe3L0
杏子「チッ………どうしたんだよ、ゆま」

杏子は苛立ち混じりの舌打ちの後、努めて優しい声を彼女にかけたが、
その声音は苛立ちで強張っている。

ゆま「キョーコきらい! ママみたい!
   ママじゃないけど、ママみたい!

   いつものあったかいキョーコがいい!
   ママみたいなキョーコはヤダぁ!」

ゆまはイヤイヤと、何度も頭を振って泣き叫ぶ。

杏子「ッ……! ……………、クソッ……」

何かを言いかけた杏子だったが、立ち上がりかけた所で言葉に詰まり、
やはり苛立ちを隠せずに座り込んでしまった。

おそらく杏子は、この一週間、ずっとこんな態度だったのだろう。
そして、苛立ち続ける杏子に、ゆまは文句も言わずに寄り添っていたのだ。

最初に見た二人の僅かな距離は、今の二人の心の距離、そのものだったのだ。

杏子は俯き、ゆまは号泣、さやかは立ち尽くし、まどかはどうしたものかとオロオロし、
キュゥべえはゆまのもらい泣きで、今にも爆発しそうだ。
巴さんだって調子が悪い、ここは私が………

マミ「………いい加減にして……」

ゾクリ、と背筋が震えた。

236: 2011/08/14(日) 00:16:05.70 ID:JQ3gQe3L0
マミ「何よこれ……」

巴さんがゆらり、と立ち上がる。

マミ「……なんなのよ……」

さながら幽鬼のような振る舞いに、私はかつての恐怖を思い出す。

マミ「………本当に………」

全員の視線が巴さんに集まり、あまりの恐怖にゆまも泣き止んでいる。

マミ「もう……もう、いい加減にして!」

その怒声に、思わず、逃げ出したいとまで考えてしまった。

237: 2011/08/14(日) 00:17:08.02 ID:JQ3gQe3L0
マミ「もうたくさんよ! こんな事!

   佐倉さん! ゆまちゃんを泣かせて何が楽しいの!?
   ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビって、
   そんなに何度も連呼しないでよ!
   ただでさえ意識したくないって言うのに、心までゾンビになってしまいそうよ!!

   ゆまちゃんも!
   そんなに泣くまで我慢するんじゃありません!
   佐倉さんが大好きなんでしょう!?
   大好きな佐倉さんに戻って欲しかったのなら、もっと早くに言ってあげなさい!!

   鹿目さんと美樹さんも!
   心配してくれるのは嬉しいけど、そんなに気を遣ってます、なんて態度取らないで!
   こんなイマイチのケーキまで褒められても嬉しくないわよ!!

   暁美さんも!
   そんなに私が頼りにならない!?
   情けない!? こんな私じゃ相談できない!?
   後輩なんだから、もっと先輩を頼ってよ!!

   キュゥべえも!
   あなたは私の命の恩人なの!
   いつまでも塞ぎ込まない、すぐションボリしない!!」

巴さんの怒声が、順繰りに私達を貫く。
あの杏子でさえ姿勢を正し、無言で何度も頷くほどの大迫力だ。

普段怒らない人が怒ると、怖すぎる。

こんなに怒られたのは、新人時代に無理して足をケガした時以来だ。

238: 2011/08/14(日) 00:18:24.33 ID:JQ3gQe3L0
マミ「…………ふぅ………スッキリしたわ。
   言いたい事って、言わないとダメね」

ほむら(ええぇぇ……)

唖然とする私達の前で、いつものにこやかな笑顔を取り戻した巴さんは、
ソウルジェムを取り出し、その輝きをチェックする。

濁りこそまだ取れていないが、濁っていない部分は暖かい黄色の輝きを湛えている。

杏子「…………何だよ……人を出汁に使ってストレス解消かよ……いいご身分だな、おい」

杏子は言いながら、ヨットパーカーのポケットに手を突っ込み、
中からグリーフシードを取り出し、自分のソウルジェムに当てた。

血のような暗い赤色をしていたソウルジェムが、
熱く眩い真紅の輝きを取り戻す。

239: 2011/08/14(日) 00:19:09.56 ID:JQ3gQe3L0
杏子「チッ、最後のグリーフシードだったのにもう使い収めかよ。
   ほれ、キュゥべえ、食っとけ」

杏子は舌打ちすると、使い切ったグリーフシードをキュゥべえに向かって放り投げる。

Qべえ「え? う、うわ!?」

突然の事に、慌てて触腕で受け取ったキュゥべえは、
少し戸惑った後、背中の回収用の穴にグリーフシードを放り込んだ。

手を合わせているつもりなのか、触腕同士を合わせた姿は、
まるで鎮魂の祈りを捧げているようだった。

杏子「ほれ……来いよ、ゆま……その、悪かったよ……」

顔ではそっぽを向きながらも、視線だけはゆまに向けて、
杏子は彼女を手招きする。

ゆま「キョーコ……キョーコぉ!」

ゆまは涙を拭って、弾けるような可愛らしい笑顔を浮かべて杏子に飛びついた。

杏子「わっ!? お前、靴脱げ!?
   いきなり飛びつくな!?」

どうやら、こちらは完璧に元鞘に収まったと言う所だろう。

241: 2011/08/14(日) 00:19:56.96 ID:JQ3gQe3L0
まどか「………」

さやか「………」

と、此方はまだダメージが大きいようだ。

最初の頃は優しいお姉さんのイメージだった巴さんが、
いきなりあんな大声で怒鳴ったのだから、当然だろう。

ここは私が助け船を出そう。
と言うか、お願いだからこっちの船に一緒に乗って欲しい。

ほむら「一人で抱え込んでいるつもりはなかったんですが……、
    すいません、巴さん……」

まどか「私も……ごめんなさい、マミさん……。
    でも、ケーキは本当に美味しかったんです」

さやか「私も……アハハ、マミさんの本気のケーキ、いつか食べさせて下さいよ」

私に続いて、まどかとさやかが頭を垂れる。

さすがに三人同時に謝られて、巴さんは困惑気味だ。

マミ「……私も突然怒鳴ってごめんなさいね……。
   もう、こんなんじゃ、先輩失格ね。

   でも、これからは違うわよ。
   ちゃんと頼れる先輩だって所、見せてあげなくちゃね」

だが、すぐに笑顔を取り戻して、力強く言った。

242: 2011/08/14(日) 00:21:01.76 ID:JQ3gQe3L0
キュゥべえ「マミ……」

マミ「………いらっしゃい、キュゥべえ」

まだ戸惑い気味のキュゥべえを、巴さんは優しく手招きする。
おずおずと近付いて来たキュゥべえを抱き上げ、ギュッと抱きしめた。

マミ「あなたの事を知ってから、ずっとずっと、お礼を言いたかったの。
   あの時、私を助けてくれてありがとう………。
   パパとママには、もう逢えないけど……お陰でこんなステキな後輩が出来たわ」

巴さんは、こちらを向いて優しく微笑みかけてくれた。

突然の不意打ちに、私は俯いてしまう。

こんな私を、ステキな後輩と呼んでくれたのは嬉しい。
だが、私は何度も巴さんを見殺しにしたのだ。

だが――

マミ「暁美さんも、昔は昔、今は今……。
   そんなに気にしないで。

   それに、元はと言えば、未来の私?
   そう、未来の私があなたを殺そうとしたのが問題なのだもの。

   それでもまだ、自分を許せないって言うなら、
   私をキュゥべえに会わせてくれたお礼で相殺、と言う事にしましょう」

ほむら「と、巴……しゃん……」

しまった、噛んだ。

243: 2011/08/14(日) 00:22:04.68 ID:JQ3gQe3L0
さやか「ブッ……!?」

まどか「さ、さやかちゃん、わ、笑っちゃダメだよ!」

二人とも、そんなに肩を震わせないでよ、
お陰で涙引っ込んだけれど。

ああ、だったらこっちにも考えがある。
丁度、聞き捨てならないセリフを言ってくれた人物が、
そこで妹分と戯れているじゃないか。

話の矛先を、全部、そこの真っ赤な人に回してやろう。
ついでに、その悪人面した化けの皮を剥いでやる。

ほむら「杏子……さっき、最後のグリーフシードだって言っていたけど、
    まさかあなた、たった十日足らずで、あんな大量のグリーフシードを使い切ったの?」

杏子「アタシのシマにいた使い魔と魔女、ムシャクシャして全部ノシてたら、
   気付いたら全部使っちまったんだよ……悪いか!」

ゆま「キョーコ……怒ってたけど、強くて、かっこよかったよ」

よし、言質は取れた。
大方、予想通り。

244: 2011/08/14(日) 00:24:04.25 ID:JQ3gQe3L0
ほむら「いつも言っているのとは、随分と違うわね」

Qべえ「ほむら、無理に話題をすげ替えるのはさすがにボクも感心しないよ」

黙らっしゃい。
本法廷は被告人・佐倉杏子の審問の場だ。
傍聴者は静粛に願う。

ほむら「そう、本当に全部退治したのね?」

ゆま「うん、街のはしっこからはしっこまで!」

私は敢えて、杏子ではなくゆまに尋ねた。
幼い子供は正直で良い。

ほむら「そう、凄かったのね」

有益な情報提供者に、私はまだ半分残っているチーズケーキを進呈した。
これは賄賂ではない、情報提供者への誠意だ。

ゆま「ありがとう、おねーちゃん!」

ゆまは嬉しそうにケーキを受け取ると、本当に美味しそうに食べ始めた。

さやか「何か、前にほむらに聞いたアイツのイメージと、随分違うんだけど」

さやかも、自分と何度も対立したと説明されていた相手の行動に、訝しげに首を傾げる。

まあ、彼女の真相を話していないのだから当然の結果だろう。

245: 2011/08/14(日) 00:25:26.94 ID:JQ3gQe3L0
ほむら「実際、どんなループでも本当の彼女はいつもこうよ。
    口では悪ぶっていても、本当は誰よりも優しい、ただ、少し不器用なだけの正義の味方。

    いつもは目を背けていても、いざ、目の前で襲われている人がいたら、
    その人のために戦わずにはいられない……そうよね、ゆま?」

ゆま「あ、う………うん」

ようやく、自分の証言が杏子を窮地に立たせている事に気付いたのか、
ゆまは戸惑いながらも、やはり頷いてしまう。

まどかと同じく、ウソのつけない子だ。
…………いや、まどかが彼女レベルなのか?

まどか「そうなんだ……佐倉さん……杏子ちゃんは、本当は優しい子なんだ」

まどかが嬉しそうに目を細めている。

杏子「~~~!」

四面楚歌、援護射撃のない状況に杏子は恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。

杏子「わ、悪いかよ! アタシだって魔法少女だ!
   気が向いたら、人助けしたっていいだろう!?

   今まで……ずっと、無視してたんだからよ……」

逆ギレした杏子だったが、すぐに顔を悲しそうに歪めて、言い淀む。

246: 2011/08/14(日) 00:26:39.33 ID:JQ3gQe3L0
ああ、そうか、彼女も赦されたかったんだ。

自らの祈りが、家族を壊した。
そう思いこんだ彼女は自分が悪人になる事で、
母と妹を殺め、自らも命を絶った父を正当化した。

お父さんは悪くない、全部、私のせいなんだ。
私が悪いお願いをしたから、お父さんは怒ったんだ。
お母さんも妹も、殺したのは私なんだ。
悪者は私なんだ、私が悪者なんだ、お父さんじゃない。

まだ幼かった杏子は、それから自らの手を罪で染め上げた。
彼女がならなければいけなかった、本当の悪人になるために。


『ただ一つ守りたいモノを最後まで守り通せばいい……それが正解さ』


彼女はいつだって、本当に守りたいモノのために生きていたんだ。

だからこそ、自身の、魔法少女の秘密を知り、本当のどん底に突き落とされた彼女は、
今度こそ、父が守りたかった人の命と笑顔のために、再び槍を握ったのだ。

ほむら「いいと思うわ……あなたらしくて」

杏子「~~~! 勝手にしやがれ!」

本当に聞きたかったであろう言葉に、彼女は顔を真っ赤にしたままそっぽを向いてしまった。

247: 2011/08/14(日) 00:28:05.66 ID:JQ3gQe3L0
杏子「………………協力してやるよ……」

しばらくの沈黙の後、ぽつり、と彼女は呟いた。

私と巴さんは、一瞬顔を見合わせたたが、すぐに言葉の意味を察して笑みを浮かべて頷き合った。

杏子「か、勘違いすんなよ!?
   グリーフシードのストックがねぇんだ!
   だから、交換条件のグリーフシードの半分、貰うからな!

   そ、それに、このシマもアタシが貰うぞ!」

マミ「ええ、大歓迎よ」

ほむら「今のあなたなら、ここを任せても良いわ」

杏子「だ、だから違うって言ってんだろー!!」

ゆま「うぅ~、キョーコいじめちゃだめー!」

巴さんの部屋は、ドッと笑いに包まれた。

248: 2011/08/14(日) 00:30:36.14 ID:JQ3gQe3L0
ほむら「はい、約束のグリーフシード」

私は残っていたグリーフシードのストックを手渡す。
まさか、よりにもよって、残っているグリーフシードがコレとは、皮肉なモノだ。

人魚の魔女、オクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフ。
魔女となったさやかが遺したモノだ。

いつのループで手に入れたか覚えてはいないが、盾の奥にしまい込まれていた未使用品である。

杏子「って、一個かよ、シケてんなぁ……」

ほむら「あれから何度か使ったのよ。
    あの時、あの場でOKしてくれていたら、
    5つあったストックの中から、サービスで3つ進呈したのに」

杏子「チッ……はいはい、アタシが悪ぅござんした。
   まぁ、一個ありゃ、大抵の魔女には遅れは取らねぇか。
   今後の報酬は先ず、お前とマミが取ってからだな」

マミ「あら……嬉しい事を言ってくれるのね」

杏子「アタシだって、そこまでケチでも外道でもねぇよ。
   それに、恩を売って、一生、パシリにするつもりかもしれないぜ?」

それはつまり、アレか、
二つの街を協力して守って行こうと言う協定の前フリと取って構わないだろうか?

249: 2011/08/14(日) 00:31:44.24 ID:JQ3gQe3L0
Qべえ「どうでもいいけど、そろそろボクを助けてよぉ~、ほむら~」

ゆま「スゥ……スゥ………」

キュゥべえは、泣き疲れ、笑い疲れて眠ったゆまに、
添い寝のぬいぐるみのようにして抱きしめられていた。

ほむら「男の子が情けない声を上げるのはいただけないわよ」

私は笑みを浮かべて、巴さんが改めて煎れてくれた紅茶に舌鼓を打つ。

まどか「キュゥべえ、本当にぬいぐるみみたい」

Qべえ「まどかまで、ひどいよぉ~」

口ではそう言いながらも、ゆまを起こさないように身じろぎ一つしない。
やはり、彼は優しい子だ。

さやか「別に少しくらい動いてもいいのに……。
    いい男だね~、キュゥべえは」

さやかもその事に気付いたのか、ニンマリと笑みを浮かべて尻尾を梳っている。
褒めているのかからかっているのか………後者だな、間違いない。

250: 2011/08/14(日) 00:32:47.33 ID:JQ3gQe3L0
杏子「ったく、しょうがねぇな、ゆまは……。
   マミ、悪いけど、今日泊めてくんねぇか?

   ここんトコ、真面目にホテル泊まってたら、金が、さ」

マミ「私はいいわよ。
   ゆまちゃんをこのまま起こすのも忍びないし。

   明日は土曜だから、良ければ暁美さんも泊まって行く?」

杏子の頼みを二つ返事で承諾した巴さんは、私にまで話を振って来た。
時刻はまだ夕方前、急げば着替えも取って来られる。

ほむら「じゃあ、お言葉に甘えます」

さやか「あ、いいなぁ、ほむら。
    マミさ~ん、私もお泊まりした~い」

マミ「あらあら、じゃあご家族に連絡を取ってからね」

さやか「よっしゃ!
    ねぇ~ねぇ~、まどかも泊まって行きなよ~、
    今から連絡すれば、夕飯の準備開始前に間に合うじゃん」

絶えずネコ撫で声を上げ続けるさやか。
友人とは言え、ちょっと鬱陶しい。

まどか「う、うん……じゃあ、私もいいですか、マミさん?」

マミ「ええ、ご家族の許可が出たらね」

251: 2011/08/14(日) 00:33:40.94 ID:JQ3gQe3L0
結局、その日は巴さんの家で魔法少女とその候補者に、協力者を加えた七人の大合宿となった。

荷物の準備が必要な私、まどか、さやかは一旦、家に戻って着替え、
パジャマや宿泊の準備を整え、食材や杏子とゆまの身の回り品を買い出しに出た巴さん達と合流し、
再び、巴さんのマンションへと戻った。

自炊組である私と巴さん、さらに父親の料理の手伝いに慣れたまどかを助手に、
七人分の食事を調理する。

時間がないので手早くできる餡かけ焼きそばに、野菜にタレを混ぜるだけの回鍋肉と言う取り合わせだったが、
一番、食べ物にうるさいであろう杏子の太鼓判も貰えて一安心だった。

ローテーションとコンビを決めた二人一組のお風呂タイムで、
散々“差”を見せつけてくれた私の相方が誰だったかは今は語るまい。絶対に語るまい。

そして、全員で遊べるようなゲームをしながら夜遅くまで騒いだ。

私もつい、羽目を外して少し騒ぎに便乗してしまった……。
反省しきりである。

252: 2011/08/14(日) 00:35:22.62 ID:JQ3gQe3L0
今は夜も更けて、就寝時間である。
広い間取りのマンションだが、一人暮らしの巴さんの部屋に寝具は少ない。

やはり、荷物を取りに行って正解だった。
二人の家にも寄って、盾に布団一式をしまい込む事、実に3回。

さやかに「ほむえも~ん」などと往年からの人気アニメのように言われたが、
正真正銘の青い子にだけは言われたくはない。
ん? となると、紫色の私は怪盗になるのか?

ともあれ、布団持ち込み組の私、まどか、さやかにキュゥべえを加えた4人はリビングに、
寝室はベッドの所有者である巴さん、来客用布団の杏子とゆまが占領と言う具合だ。

頭の上の方で、お気に入りのクッションに寝転がり、
タオルケットにくるまったキュゥべえの安らかな寝息が聞こえる。

さやかは先ほど、どこかに行ったようだが、
ベランダの方が開いた気がしたので、外の空気でも吸っているのだろう。

253: 2011/08/14(日) 00:36:09.97 ID:JQ3gQe3L0
まどか「ほむらちゃん……起きてる?」

ほむら「………眠れないの?」

返事代わりに、尋ね返す私。

まどか「先輩の家って、初めてで、何だか目が冴えちゃった……」

ほむら「そう……」

子供っぽい理由に、私は思わず微笑んだ。

まどか「あ、笑わないでよ~……」

まどかは言いながら、布団の上を転がるようにして、私に寄って来る。
そうして、私と同じ布団に潜り込んで、私に触れる。

まどか「………良かった……ほむらちゃん、あったかい……あった、かい」

その声は、少し涙ぐんでいた。

ほむら「まどか……?」

慌ててまどかに向き直る。

254: 2011/08/14(日) 00:37:27.70 ID:JQ3gQe3L0
まどか「……あの時……ほむらちゃんがソウルジェムの事を説明してくれた時、
    わたしにソウルジェムを預けてくれて……私が戻って来た時、ほむらちゃん……倒れてて。
    本当に、ほむらちゃんの身体が死んでるって分かった時……息も出来なくなりそうで、怖くて……。

    でも、ほむらちゃんは、今、ちゃんと生きてるって感じて……だから」

ほむら「それ以上は、言わなくてもいいわ……まどか。
    辛い役目を押しつけて、ごめんなさい……」

私は、あの日の事を思い出す。

ソウルジェムが魂である証明のため、ソウルジェムを持って100メートル離れてもらう役目を、私はまどかに任せた。
誰が一番、と言うワケではないが、私の願いの起源とも言えるまどかに持って貰うのが相応しいと思ったのだ。


『クラスのみんなには、ナイショだよっ!』

『彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい』

『嘘、一個だけ取っておいたんだ』


私の願いも、繋いだ命も、全ては彼女のためであり、彼女のお陰なのだから。

だから、私はもう見失わない。
本当に守りたいものも、仲間も。

ほむら「大丈夫………私は、死なないわ。
    もう絶対に繰り返さない、今度こそ、あなたやみんなを救うハッピーエンドを迎えてみせる」

255: 2011/08/14(日) 00:38:29.64 ID:JQ3gQe3L0
私が力強く決意を語った、その時だった――

杏子「なんだ先客かよ」

外から不意に聞こえた声に、私達は思わずビクッと震えた。
杏子の声だ。

となると、今、ベランダにはさやかと杏子の二人がいるのか?

誤解は解けていると思いたいが、万が一、喧嘩などと言う事になっては敵わない。
信じていないワケではないが、いざと言う時に仲裁に入れる体勢を整えた方が良いだろう。

私はまどかに目配せして起き上がり、二人でカーテンの隙間から外を窺う事にした。

さやかはベランダの手すりに腕を乗せ、両手で頬杖をついて外を眺め、
杏子は手すりに背を預けるようにして天を仰いでいた。

離れた位置なので、杏子からこちらは見えないだろう。

256: 2011/08/14(日) 00:39:43.88 ID:JQ3gQe3L0
さやか「悪いね、プライベート空間提供できなくって」

杏子「……ま、お互い様だろ。
   つーか、あん時突っかかって来た元気はどこ行ったんだ?
   元気無さそーじゃん」

さやか「う~ん………なんかさ、あの日から毎晩、考えるんだよ」

杏子「ほむらのループの話、ってヤツか。
   何か、アタシとお前が、よく殺し合いしてるって」

さやか「ああ……それもあるんだけどね………」

大きくため息を漏らし、さやかはさらに続ける。

さやか「あたし、ほむらに結構、迷惑かけて来たんだなぁ、って。
    最近、軽く自己嫌悪になるんだわ………。

    こんなヘビーな話、まどかには相談し難いしさ……。
    あの子って子供の頃から、人の悩みで自分も潰れちゃうタイプだから」

杏子「マミも言ってたけど、昔は昔、今は今だろ。
   お前、アイツのダチだろ………?

   魔法少女になる気もない、自分の身体をこんな石ころとゾンビにしてまで叶える願いなんてない、
   それでいいだろ?」

さやか「だと思ってたんだけどね………」

さやかは自嘲気味に呟くと、頬杖を崩して手すりにしなだれかかる。

257: 2011/08/14(日) 00:41:03.00 ID:JQ3gQe3L0
さやか「今日、さ……何か分かちゃったんだ……。
    なんて言うのかな、“ああ、あたしは魔法少女になるしかない”なんて考えるタイプだ、って」

杏子「おいおい、そりゃ穏やかじゃないな………。
   自分を引き換えにしてまで叶えたい願いなんて、マジであんのか?」

さやか「………笑ったらぶっ飛ばすわよ?」

杏子「さあな……全員起きるほど大爆笑して、大声でバラすかも」

さやか「いい加減、悪ぶんなって……。……………恋の悩みだよ。
    あたしって、多分、それなりに恵まれてる部類だから、
    あんたやマミさん、ほむらみたいにヘビーな悩みってないからさ、
    命を天秤にかけちゃう願いも、自分で言うのも何だけど妙に軽いんだよ……」

杏子「恋の悩みねぇ…………………分かんねぇから笑えないね」

さやか「サンキュ……。
    今日さ、幼馴染みの見舞いに行った時、喧嘩になちゃったんだ……」

さやかの言葉に、私は驚く。
上条恭介とのすれ違いが、こんなに早く起きている!?

さやか「喧嘩、って言っても、無神経だったあたしが怒られただけなんだけどね。
    それで、アイツの……恭介の手がもう治らないって知って、
    魔法少女になる時の願いだったら、恭介の手を治せる、って」

258: 2011/08/14(日) 00:42:00.07 ID:JQ3gQe3L0
さやかはそこまで言って、自嘲気味に笑ってため息を漏らすと、
再び、空を仰ぎ見る。

今夜は曇天、星も見えない。

さやか「だから、多分、あたしはほむらの体験して来たループの中で、
    ずっと、恭介の手を治し続けて来たんだ………それで、あたしが必ず魔女になる。

    想像だけどさ、それって、あたしが打算で恭介の手を治すんじゃないかな……。
    こんな性格だから、そうじゃない、恭介のためだ、なんて言い張って自滅して、
    魔女になって、みんなを巻き込んで落ちて行っちゃうんだ、な、って」

杏子「そうじゃねえかもしんないだろ。
   まあ、アタシも人の願いをとやかく言えた義理じゃないけど、
   誰かのために願って、それでしっぺ返し食らうヤツばかりなんて、アタシはイヤだね」

さやか「じゃあ、何が原因だっての……?」

杏子「…………………失恋とか?」

さやか「うわ……リアル過ぎ……」

さやかは力なくしゃがみ込む。

259: 2011/08/14(日) 00:43:34.97 ID:JQ3gQe3L0
杏子「アタシは……さ、人間全部、自業自得の人生だと思ってるから、
   魔法少女になるなとも、なれとも言わないけど、
   あんま難しく考えなくていいんじゃないか?
   今回は魔女になんねぇかもしれない、って気楽に考えればいいだろ」

さやか「…………無理だよ……。
    あたし、自分でも分かるくらい意固地だから。

    聞いてよ、あたし、ホントに最悪なんだ」

自嘲気味に呟くと、壁に寄りかかり、俯く。

杏子は興味なさそうな表情をしながらも、視線はさやかから動かさない。

さやか「アンタが……魔法少女としてちゃんとやってるって聞いた時、
    心のどっかで、“そんなので前やった事は変わんないじゃん”って、
    思っちゃったんだよ………」

頭を抱え込むようにして、言葉を吐き出すさやか。
その肩は小刻みに震えている。

おそらく、泣いているのだろう。

260: 2011/08/14(日) 00:44:53.50 ID:JQ3gQe3L0
だが――

杏子「なんだ、そんな事か………当ったり前じゃん、そんなの」

杏子は言いながら、今度は視線を外に向ける。

天上の星と違い、地上の星はまだそこかしこで明るく輝いている。

杏子「それこそ、自業自得の人生さ。
   アタシはツケを払う日が来るまで、見捨てて来た人の分まで、
   真っ直ぐ前を向いて行くつもりだよ………。

   そうしねぇと、聖職者の娘としちゃ格好もつかないしね」

さやかに向き直って、八重歯を向いてニカッと笑う杏子。

杏子「いいじゃん。
   良い子ぶったりしない正義感ってのは、アタシは好きだよ。

   これが正しい、正しくない、なんて誰かに吹き込まれた杓子定規押しつけて来る自称・正義の味方より、
   自分の中の価値観が間違ってるかもしれないって悩んでも、
   それでもちゃんと考えを言えるヤツなんて、そうはいないよ」

さやか「杏子……」

涙を見せたくない、と思ったのか、さやかはパジャマの袖で涙を拭ってから杏子を振り仰ぐ。

261: 2011/08/14(日) 00:46:03.12 ID:JQ3gQe3L0
杏子「ただ、さ、魔法少女になるならキュゥべえもそうだけど、
   まどかやほむら、それにマミも説得した方がいいぞ。

   アイツら絶対泣くぞ。
   それこそ、バケツいっぱいにさ」

さやか「あ………アハハハ……そうだね、そうだ……絶対そうだ。
    こりゃ、無理だわ………さやかちゃん、魔法少女デビュー、大・失・敗……ってか」

戯けた調子の杏子に、さやかは泣き笑いで応えた。

さやか「アハハハ………でも、恭介の手、治してやりたかったよ……。
    奇跡も、魔法も、手に届く所にあるのにさ」

力なく笑い、ベランダに仰向けになるさやか。

いつの間にか雲は薄くなり、隠れていた月が見えていた。

262: 2011/08/14(日) 00:46:59.52 ID:JQ3gQe3L0
その時だった。

マミ「治せるわ!」

けたたましい音と共に寝室のガラス戸が開き、巴さんがベランダに現れた。

ちょっと待って下さい!

私も思わず、こちらのガラス戸を開けてしまう。

さやか「ちょ!? マミさんだけじゃなくて、まどかもほむらも……。
    み、みんな聞いてたの!?」

まどか「さ、さやかちゃん、ごめんね……でも、話し声がして、気になって……。
    悩みがあるなら、私にだって打ち明けて欲しいよ!」

飛び起きたさやかに、まどかが詰め寄る。

さやか「お、怒んないでよ、まどか。
    って、怒りたいのはコッチだよ!」

ほむら「………ハァ……大声出さないで。深夜なんだから、迷惑よ」

大声を出し続ける友人二人に、私はため息混じりに言った。

私達は誰も寝ていないダイニングルームに向かった。

お陰で立ち聞きの件は有耶無耶に出来そうだ。

263: 2011/08/14(日) 00:48:02.74 ID:JQ3gQe3L0
杏子「で、治すってどうすんだよ?」

せっかちな杏子が、巴さんに問いかける。

マミ「治癒魔法よ。
   どんなに現代医学で治せなくても、私に暁美さん、それに佐倉さん。
   三人も魔法少女がいるんですもの、大概のケガは治せるんじゃないかしら?」

確かに言われてみれば、私の視力も心臓病も、魔力で矯正したり治癒魔法で治したものだ、
もっとも、私の場合は最先端医療を使い、時間をかければどちらも簡単に治せる程度のモノだが。

如何に上条恭介の腕が奇跡に頼らねば治療不可能とは言え、
私達の使う魔法も奇跡の片鱗である。

ほむら「確かに、やってやれない事はないわね」

さやか「じゃあ、本当に………」

まどか「良かったね、さやかちゃん! 上条君の手、治せるって!」

さやか「う、うん、うん! 良かった……良かったよぉぉ……」

まだ治していないのだ、泣くには早い。

264: 2011/08/14(日) 00:49:48.35 ID:JQ3gQe3L0
マミ「ただ、神経が断裂しているような傷の治療になると、
   かなり繊細な再生治癒魔法になるわ」

確かに、キュゥべえの触腕を治療した時のように、
失った部分を丸ごと再生するのと違い、
内側でズタズタになっている神経を治すとなると、
他の組織を傷つけないように慎重にやる必要があるだろう。

杏子「それに、気付かれるワケにもいかないだろ? どうすんだ?」

ほむら「そこは私の時間停止でどうにかなるわ。
    かなり長時間止める事になると思うけど……その間に彼が起きる可能性があるわね。
    治癒魔法を使うなら、彼の時間は停止できないわ」

杏子の質問に、私は思案気味に応える。

杏子「あ゛~~……嫌だけど、アレ使うか……どうせ、治癒魔法苦手なアタシじゃ役に立たねぇし。
   使えるような手応えはあるんだよな……幻覚魔法使うか、仕方ねぇ……」

杏子は露骨に嫌そうな顔をした上で、悪態混じりに呟いた。
幻覚魔法とは初耳だが、そんな魔法があるなら確かに彼に幻覚を見せている間に治療は可能だ。

方法はトントン拍子に決まって行く。

さやかの契約前に五人全員が揃う状況なんて、あまり想像もしていなかったが、
まさか、さやかの魔法少女化回避に、こんな裏技があったとは。

265: 2011/08/14(日) 00:50:24.57 ID:JQ3gQe3L0
さやか「みんな……ありがとう……」

涙ぐむさやかに、私達は向き直る。

ほむら「礼を言うには早いわよ。
    本当に治せるかどうか、まだ分からないんだもの」

マミ「あら、暁美さん。
   それは治癒魔法担当の私に対する挑戦かしら?」

ゾクリ、とする。

こんな事で笑顔のまま怒らないで下さい、先輩。

とにかく、方法は決まった。
あとは動き出すだけだ。

Qべえ「みんなぁ~、どこ行ったんだよぉ~。
    ほむらぁ~、まどかぁ~、さやかぁ~」

決意を決めた私達の元に、緊張感のない声が響いた。

途端、私達は噴き出し、笑い合った。

本当に、こうして全員で笑い会える日が来るなんて、思いもしなかった。

306: 2011/08/15(月) 21:18:03.99 ID:x5uZuvNP0
第6話「魔法少女にしてよ」


夜明け前、見滝原総合病院――

結局、思い立ったが吉日と言う巴さんの言葉で、
私達は見滝原総合病院に忍び込む事になった。

まどかとさやか、それにゆまとキュゥべえの四人を外に残し、
魔法少女三人で忍び込む。

まあ、忍び込むと言っても時間停止を使い、
堂々(?)と夜間外来入口から入ったワケだが。

さやかに教えられた上条恭介の病室に辿り着いた私達は、
素早く室内に潜り込んだ。

何度か遠目に屋敷を見た事はあるが、上条家も志筑家と並ぶ街の名士、
少年バイオリニストに与えられた病室は、
一人でいるには、あまりにも広すぎる個室だった。

ほむら「一度、時間停止を解除するわ」

私は言って、止めたままだった時間を再始動させた。

恭介「……………」

そして、当の彼は、まだ夢の中のようだ。

307: 2011/08/15(月) 21:20:20.43 ID:x5uZuvNP0
全員が打ち合わせ通りの配置に着く。

先ず、私がセンターに入り、上条恭介と巴さんに片手ずつ触れる。
コレで二人はこの後の時間停止から除外される。

巴さんは彼の左腕に近い位置に立って、治癒魔法の準備を開始する。

最後に、枕元に近い位置に立った杏子が私に触れる。

ほむら「絶対に離してはダメよ、杏子」

杏子「ああ、分かってる……離したら時間が止まるんだろ」

その通りだ、その度に時間停止を解除していては、実際に進む時間の方が無駄になる。
夜明けは近い、本格的に病院が動き出す前にカタを付けなくては。

マミ「いいわ、暁美さん、時間停止を」

ほむら「はい……始めます」

私の合図で、上条恭介の左手の治療が始まった。

308: 2011/08/15(月) 21:21:33.81 ID:x5uZuvNP0
私達四人以外の時間が停止し、巴さんが治癒魔法を発動する。

マミ「………思ったより難しいわね……表面的な傷とか骨折は楽なんだけど……」

巴さんは僅かに顔をしかめる。
それもそうだろう、医者が本当に匙を投げた不治の負傷を治療するのだ。

それこそ、切れた糸の断面を結ばずに繋ぎ治す作業とでも言うべきか?
しかも、切れた断面の数は、ジグソーパズルの如く複雑かつ無数に存在する。

いくらベテランの巴さんでも、さすがにこのレベルの治療は難しいのだろう。

恭介「……ッ……ん、ぅ……」

上条恭介が、僅かに身じろぎする。

触れている上に治療の感触があるためだろう。

ほむら「杏子……!」

杏子「分かってる……」

杏子は私に触れながら、反対側の手を彼の額あたりに翳した。
途端、光、と言うよりは霞のような魔力のうねりが見える。

309: 2011/08/15(月) 21:23:31.97 ID:x5uZuvNP0
杏子「………あんまり、こっち、見んな、よ。
   お前まで、眠っち、まう、ぞ」

杏子は途切れ途切れに声を漏らす。
眠ってしまう、と言う事は睡眠誘導をするような幻覚を見せていると言う事か。

しかし、想像以上に集中力のいる魔法なのだろう、
治癒魔法担当の巴さんもなのだが、杏子の額にも大粒の汗が浮かんでいる。

集中力がいる、と言う事は精神への負担は大きい。
即ち、魔力の消耗も必然的に多くなる。

私は単に漫然と魔力を供給しながら時間を停止していれば良いのだが、
ところが此方は此方で、触れたまま動けない状態で、
私の魔法の中では一番燃費の悪いコレを使い続けるのだ。

ほむら(想像以上に、辛い作業ね……)

見通しが甘かった、とは言わないが、
言葉通り、想像以上だったとしか言えない。

恭介「……………」

杏子「……っ、はぁ、ふぅぅぅ……」

彼が再び眠りについた事を確認し、杏子は幻覚魔法を解除して深く息を吐いた。

310: 2011/08/15(月) 21:25:33.82 ID:x5uZuvNP0
マミ「指一本、全部繋がったわ……、次……」

巴さんは経過を自己申告しながら治癒魔法をかけ続ける。
まだ指一本か……、事前にカルテを見た時の腕の治療範囲は……。

いや、思い出すのは止めよう。

多量の魔力を使う状況でモチベーションを下げるのは自殺行為に他ならない。

ここは少しでも楽しい事を考えながらでも、魔力の消耗を抑えよう。

杏子「いっその事、腕切り落としてから生やした方がいいじゃないか?」

ほむら「物騒な事を言わないで。
    そんな事したってさやかにバレたら、本気で殴られるわよ」

そう言えば、あの時に預けた特殊警棒を返してもらっていない。
アレは軽さのワリに、女子供の腕力でも骨を粉砕できるような硬度を誇る。

いくら魔法少女でも、変身前に殴られたら痛いで済む保証はない。

杏子「………ああ、それは勘弁な」

警棒の事は知らない杏子も、そう返しながら笑った。

311: 2011/08/15(月) 21:27:15.59 ID:x5uZuvNP0
マミ「静かにして、集中できないわ……」

巴さんの静かな抗議の声に、私と杏子は押し黙った。

その後は淡々と作業が続く。

上条恭介が起きかける度に杏子が幻覚魔法で睡眠誘導を行い、
巴さんが一段落を付ける度に自己申告、私は手を離さぬように時間停止を続ける。

時間停止の中では、周囲の時は進まない。
経過時間は自身の体感時間のみが頼りだ。

しかし、指三本を治療し終えた所で、巴さんの治療速度が格段に上昇した。
おそらくは慣れと、治療のリズムを掴んだのだ。

ほぼ全快だった私の魔力も残り半分を切った。
時間停止の要である盾の中の砂時計が、
動き出したそうにウズウズしているのではと思ってしまう。

経験値の高さを活かした燃費の良さが自慢の私でも、
さすがに、これだけの大量消費はワルプルギスの夜を相手にした時くらいだ。
いや、実際にワルプルギス戦の方が遥かに消費量が多いワケだが……。

ええい、あんな気色の悪い笑い声を思い出していては、保つ魔力も保たない。
ここは友人達の顔を思い出して、気持ちのリセットを………。

マミ「………終わった……!」

312: 2011/08/15(月) 21:29:34.09 ID:x5uZuvNP0
巴さんの言葉に、私と杏子から一斉にため息が漏れた。

やっと終わった。

ほむら「………っ、ふぅ」

時間停止状態のまま、上条恭介から手を離す。

彼だけが時間停止から除外され、私達は一目散に階段の踊り場まで走った。

踊り場に辿り着いた所で時間停止を解除する。
下り側の隅、ここなら上からも下からも死角になり易く、少しは休める。

マミ「随分、濁ったわね……」

巴さんは変身を解除すると、ソウルジェムを見遣る。

元から少し濁っていたが、今は暗めの黄土色くらいまで濁っている。
魔力の残量は3割程度と言った所だろう。

私のソウルジェムも、濃紫色にまで濁っている。
残量は4割弱、この後、病院を出るまで時間停止する事を考えると、
残る魔力は3割強と言った所か……。
嗚呼、見付かって怒られてもいいので、このまま普通に出て行きたい。

杏子「ったく……思ったよりも使うな……」

いつの間にか変身を解除していた杏子は、ため息混じりの悪態をついている。
まあ、彼女の消耗も私達と同程度だろう。

313: 2011/08/15(月) 21:30:56.36 ID:x5uZuvNP0
十数分の間休憩して人心地ついた私達は、そろそろ夜の明け始めた空を確認し、
停止した時間の中を病院の外へと向かった。

夜間外来入口近くの物陰に、私達の帰りを待つまどか達の姿があった。

心配そうに、まだ眠たげなゆまを抱きしめるまどか、その頭上にキュゥべえ、
やや離れた位置に、祈るように両手を握り合わせて俯くさやかだ。

私達の間では数時間とも言える時間が流れているが、
彼女達にはまだ30分も経過していないハズだ。

私が時間停止と変身を解除すると、四人は一斉に私達に気付いた。

ゆま「ん~、キョ~コ~」

杏子「ハハハ……待たせたな、ゆま」

眠たげに寄り添って来るゆまを抱き留めて、杏子は笑う。
疲れ切った様子だが、その表情はやり遂げた、と言いたげでもある。

さやか「ほむら、マミさん!」

祈るような姿勢から顔を上げたさやかが、心配そうに私達を交互に見る。

314: 2011/08/15(月) 21:32:17.56 ID:x5uZuvNP0
マミ「ええ……成功よ。
   神経は全部繋いで来たわ……少しリハビリは必要だと思うけど、
   頑張り次第では、早くに退院できるんじゃないかしら?」

私も巴さんの言葉に頷く。

さやか「よ、良かった……コレでまた、恭介はバイオリンが、弾けるんだ……。
    また、恭介のバイオリンが……聞けるん、だ……」

まどか「良かった……良かったね、さやかちゃん」

涙ぐむさやかに、まどかも感涙に咽びながらさやかの背中をさする。

Qべえ「これで一件落着だね。
    本当に良かったよ」

キュゥべえは心底嬉しそうに言った。
おそらく、戦闘や魔女関連以外で魔法少女の魔法が人助けに役立ったのが嬉しかったのだろう。

杏子「湿っぽい話は無しにしようや。
   使ったモンは、早く回復しないとな」

杏子は言いながら、昨晩渡したばかりのグリーフシードを取り出した。

315: 2011/08/15(月) 21:33:54.98 ID:x5uZuvNP0
私の推測が正しければ、全員の残魔力を合わせてやっと魔法少女一人分。

連携すれば、次に現れるハコの魔女・キルスティンは本来なら苦戦するような強さではないが、
私や巴さん、それに杏子もトラウマと言う点で相性が悪すぎる。

万全とまではいかなくとも、少しでも魔力は回復しておきたい。

ほむら(それでも、ようやく魔力二人分、か……。
    一番相性の良いさやかは魔法少女になる事もないし……)

キルスティンへの最大の対処方法はスピードだ。
超高速で結界内を走り回って魔女と使い魔を撹乱し、
トラウマを抉られる前に、彼女の身体であるモニターを斬り抉るのが必勝パターン。

まあ、無いものねだりをしても始まらない。

それに私は、いや、私達はそんな損失以上の達成感を得ているのだから。

316: 2011/08/15(月) 21:35:33.41 ID:x5uZuvNP0
杏子「先に使えよ。
   あ、但し、二人で半分までな」

マミ「三分の一ずつではダメなのかしら?」

ほむら「そうね、均等に回復する方が利口だわ」

その方が対処方法にも幅が生まれる。

杏子「うっせ、ストックの半分がアタシの取り分なんだから契約通りだろ」

まあ確かに、元はと言えばサービスで彼女に進呈したモノなのだから、
使わせてもらえるだけ有り難いと思おう。

杏子「ほれよ」

杏子が、私に向かってグリーフシードを放り投げた。

その瞬間、白い影が私の目前を過ぎった。

317: 2011/08/15(月) 21:37:54.00 ID:x5uZuvNP0
QB「やれやれ、人間の魂だったものを放り投げるのは感心しないね」

ほむら「インキュベーター!?」

淡々と語るインキュベーターの口には、オクタヴィアのグリーフシードが咥えられている。
どうやら、あの瞬間に奪われてしまったようだ。

さやか「こ、コイツがインキュベーター……!?」

まどか「キュゥべえにそっくりだけど……けど、何だか……」

ゆま「………ゆま、この子、きらい……」

キュゥべえに慣れた三人は、初めて目にする本当のインキュベーターに不快感を持ったようだ。

杏子「人間の命を散々玩んでるテメェらが言えた義理かよ!」

激昂する杏子は、槍だけを具現化して威嚇する。

マミ「そうね……宇宙のエネルギー枯渇回避のため、とは聞いたけど、
   あなた達のエネルギーの無駄遣いのツケを回されるような謂われわないわね」

巴さんもいつでも変身できるようにソウルジェムを構える。

ほむら「キュゥべえ……!」

Qべえ「う、うん!」

まどかの頭の上に陣取っていたキュゥべえを呼び寄せ、私は肩の上に乗せる。

318: 2011/08/15(月) 21:38:54.81 ID:x5uZuvNP0
QB「話はどこまで行っても平行線だね。
   故に、交渉は不可能だと判断させてもらったよ」

インキュベーターがそう言うと、物陰から他に三匹のインキュベーターが現れた。

QB2「悪いけど、このグリーフシードは僕達で回収させてもらうよ」

QB3「ちょっとした実験材料に使わせてもらいたいからね」

QB4「追って来たければ、来ても構わないよ」

インキュベーター達は口々に言うと、一瞬、もみくちゃになるように絡まり合い、
全員が同じ方角に向けて走り出した。

Qべえ「ああ!? しまった!?」

キュゥべえはその光景に、グリーフシードが奪われた、と言う以上の驚きを見せた。

ほむら「ど、どうしたの?」

Qべえ「アレじゃあ、誰が持っているか分からないよ!」

キュゥべえに言われて、私もその困難さに気付いた。

319: 2011/08/15(月) 21:40:07.67 ID:x5uZuvNP0
四匹のインキュベーターには個体差など一切無い。
それらが一瞬、絡まり合った事で最初に現れたインキュベーターが誰かなど分かるハズがない。

いや、だが、同じインキュベーターのキュゥべえなら個体差を識別できるのではないだろうか?

マミ「キュゥべえなら分からない?」

巴さんもその事に気付いたらしい。
しかし、彼から返って来た言葉は予想外だった。

Qべえ「分からないよ! ボク達は全部が完全に同じ個体なんだ。
    そりゃあ、着任地に合わせて多少の調整を受けた個体はいるけど、
    ボク達は、君たち地球人ほど多種多様じゃないんだよ!」

ほむら「盲点過ぎたわ……言われてみれば、確かにその通りだわ」

全体で一つの個体のインキュベーターに、個体差など必要ないのだ。

杏子「チッ、見失う前にとっつかまえてやる!」

杏子が走り出し、私達も後を追って走り出す。

ほむら「あなた達も狙われるかもしれない!
    まどか、さやか、ゆま! 三人とも後について来て!」

戸惑うまどか達に声をかけて走り出す。

321: 2011/08/15(月) 21:43:02.00 ID:x5uZuvNP0
杏子「待てよ、このぉっ!」

一番前を走る杏子のずっと先に、インキュベーターの姿が見える。

やはり小動物型だ、素早く見えてもコンパスの幅が大幅に違う上に、
此方の方が体力も………あ、いや、ゆまとキュゥべえ以外は徹夜して、
さらに私を含めた魔法少女は全員、上条恭介の治療で激しく消耗している。

これ以上は引き離される事もないだろうが、
見失わないように走るので精一杯だ。

さやか「ちょ、ちょっと、みんな早いよ~!」

ゆま「わ~、サヤカおねーちゃん、キョーコみたい」

まどか「さ、さやかちゃん、早すぎるよぉ~!?」

徹夜した上に、小脇にゆまを抱えて、まどかの手を引いてるそこの青い鉄人が何か言っているが、
何でその状態で、消耗しているとは言え魔法少女の脚力について来れるのか!?

魔法少女じゃなくて、実はマスクのバイク乗りな改造人間だと言われても、今なら信じられそうだ。

Qべえ「ほむら、急がないと!」

ついでだ、この肩の上の白いナマケモノも預かってくれ。

ほむら「さやか、この子もお願い!」

Qべえ「きゅっぴゃ!?」

さやか「うわっと!」

さやかはサッカーボールをトラップする要領でキュゥべえを受け取ると、上手く頭の上でキャッチする。

ツッコまないわよ、もう。
サッカー日本代表にでもなってしまえ。

322: 2011/08/15(月) 21:44:29.02 ID:x5uZuvNP0
気を取り直して私は前方のインキュベーターに意識を集中する。
数は四匹。

なら、全てサブマシンガンで蜂の巣……は、グリーフシードを破壊しかねない。
モノ扱いは気が引けるが、今の私達には絶対必要だ。

どれが本物か……いや、あの絡み合った瞬間に誰かにパスしている可能性は否定できない。
時間停止で追い付いて、確認したいが、咥えていない可能性が圧倒的に高い。

触腕の陰に隠したか、万が一にも回収口に入れられていたら、それこそ私に確認方法などない。

なら、接近して全ての個体の足をナイフで切り落とすか?

それこそ回収口の中で処分されてしまうだろう。

しかし、バラバラに逃げた方が効率が良かったろうに……ただの時間稼ぎの撹乱か?

八方塞がりのまま追跡は続く。

ほむら(実験とか言っていたけど……さやかの魂だったものを、
    そんなものの材料にされてなるもんですか!)

都合が良いかもしれないが、せめて、彼女の魂はキュゥべえの中に弔ってやりたい。
それが、この時間軸で改めて友となってくれた彼女に出来る、せめても償いだ。

323: 2011/08/15(月) 21:46:08.51 ID:x5uZuvNP0
追跡距離は、それ程ではなかった。

病院から2キロと離れていない高速道路。

インキュベーター達は高い柵を乗り越え、
私達は先頭を行く杏子が蹴破った非常扉から中に入る。

早朝の高速道路など、走っているのは運送関係のトラックくらい……。
そう考えていた私達の想像は裏切られた。

ほむら「そ、そんな……」

愕然としながら、思考を走らせる。
今日は何日だ?

私の転校日は4月25日の金曜日。
それから一週間して、昨日は5月1日の金曜日、
土曜の今日はゴールデンウィーク初日じゃないか。

高速道路に立ち入った私達の前には、猛スピードで走る大量の自家用車や観光バスの姿があった。

渋滞こそ起こしていないが、車の台数はかなりのものだ。

324: 2011/08/15(月) 21:47:41.84 ID:x5uZuvNP0
QB「さあ、実験開始だ」

一匹のインキュベーターが、触腕を器用に操って道路の向こう側へとグリーフシードを放り投げた、
反対車線とを仕切る柵の植え込みに落ちるグリーフシード。

それを確認すると、インキュベーター達は一斉に車道に飛び込んだ。

ほむら「みんな、見ないで!」

私は咄嗟に、後ろにいた四人の前に躍り出て、彼女たちの視界を塞いだ。

鮮血こそなかったが、猛スピードで行き交う車両に巻き込まれたインキュベーターは一瞬でミンチとなり、
巻き散らかされた死体は車体をスリップさせる。

途端、急ブレーキ、クラクション、激突音が次々と連鎖的に巻き起こる。

大規模玉突き事故だ。

家族連れ、観光客、そんな彼らを巻き込んでの凄惨な大事故が人為的に引き起こされた。

巴さんは、交通事故のトラウマを抉られ、肩を抱いてガクガクと震えている。
だが、崩れ落ちる事なく両の足で立つ姿は、流石であるとしか言いようがない。

杏子「あ、アイツら……何をしたんだ……じ、自殺、か?」

杏子もトラウマを抉られたのだろう、愕然として目を見開いている。

325: 2011/08/15(月) 21:48:57.91 ID:x5uZuvNP0
そこで、私はインキュベーター達の悪魔のような狙いに気付いてしまった。

交通事故現場、悲鳴と怒号とで埋め尽くされた光景。
なんて事だ、病院なんて非じゃない程に埋め尽くされた絶望感は、魔女の格好の餌場であり力の源だ。

ほむら「い、インキュベェタァァッ!!」

私は怒りを堪えられずに叫んでいた。

そんな事のために、この凄惨な事故を演出したと言うのか!?
これが実験だと言うのか!?

QB「呼んだかい?」

声のした方角を振り返ると、高速道路の柵の上に数十匹のインキュベーターが並んでいる。
おそらく、細切れに千切れ飛んだ個体を回収するために予め集結させていたのだろう。

私は変身すると、魔女戦の切り札の一つとも言える設置型の重機関銃を取り出す。
もう、まどか達の前だとか、キュゥべえの前だとかは関係ない!
このまま全部、薙ぎ払ってやる!

326: 2011/08/15(月) 21:50:24.82 ID:x5uZuvNP0
怒りに燃えて睨め付けていると、一匹のインキュベーターが肩を竦めた。

QB「やれやれ、僕達に構っている余裕があるのかい?
   ここにはいわゆる負の感情が満ちているんじゃないのかな?

   それを吸って孵化する魔女の能力がどれだけのものか、
   分からない君じゃないだろう、暁美ほむら?」

呆れているのかも分からないような淡々とした物言いに、
私はハッとなって振り返った。

『GYYYAAAAAAAAAAAA!!!!』

その瞬間、もう二度と聞きたくないと思っていた魔女の産声が上がった。

雄叫びとも言える産声と共に発せられた魔力の衝撃波が辺りを包み、
私達は魔女の結界へと放り込まれた。

327: 2011/08/15(月) 21:52:15.78 ID:x5uZuvNP0
閃光にも似た魔力の衝撃波が止むと、そこは今までに見た事もない結界の中だった。

ほむら「オクタヴィア……フォン……ゼッケン、ドルフ」

私は呆然と呟く。

ほむら(さやか……!)

いつものように駅近くや駅構内で誕生しなかったせいなのか、
線路とコンサートホールをごちゃ混ぜにしたかのようだった結界は、
事故現場の高速道路のイメージを取り込み、
無数の蠢動するハイウェイが較差した、血塗れのコンサートホールと化していた。

まどか「な、何……これ……酷い……」

まどかは辺りを見渡しながら、ゆまとキュゥべえを抱き寄せて震えている。

この結界の凄惨なイメージは、あまりにも酷過ぎる……。

『GGGGG、GYYAAAAAAAAA!!!』

その中央に座す、鉄仮面で顔を覆った人魚の騎士が、雄叫びを上げる。

ハイウェイに大量の真っ黒な少女ダンサーが現れ、
天井から逆さづりになった舞台に、黒い少年バイオリニストが逆さまに現れた。

車輪の代わりに、無数のハイウェイの上を駆けるのは血塗れの乗用車とトラック。
それらがハイウェイに現れたダンサーを次々に轢き殺して行く。

勿論、本物ではないが、リアルな造形に思わず吐き気を催す。

328: 2011/08/15(月) 21:55:46.11 ID:x5uZuvNP0
杏子「クソッ……厄日かよ、こんな時に……こんな魔女って」

変身しながら悪態を吐く杏子。
その胸のソウルジェムは、赤黒いと言うか、
黒にほんのりと赤が混ざった程度としか言えない程黒く濁っていた。

残量は、間違いなく2割を切っている。

マミ「さ、佐倉さん、そのソウルジェム……!?」

巴さんも気付いたようで、仲間の様子に愕然とする。

杏子「………あんまり使いたくなかったんだよ、幻覚魔法はさ……」

言葉を吐き捨てながらも、杏子は槍を構える。

なるほど、どうしてもグリーフシードの半分を使わなければいけない理由が彼女には最初からあったのだ。

素直に言ってくれていれば、今は杏子だけでも魔力が回復できていたハズなのに……。

マミ「………愚痴や後悔を言っていられる状況ではないようね」

巴さんもそれに思い至っていたのだろう、マスケット銃を召喚しながら魔女を見据える。

329: 2011/08/15(月) 21:57:24.55 ID:x5uZuvNP0
だが、武器を構えながらも、私は考えてしまう。

よくよく思い出して見れば、杏子が幻覚魔法を使っていた所など、
数え切れないループの中で一度たりともなかった。

それに、私は幾度か、杏子に彼女の能力を尋ねた事がった。

願いの内容に応じて顕現する、魔法少女の最大能力。
私の時間停止や無限の収納力を持つ盾や、巴さんの拘束魔法のリボンや銃弾がそれだ。

杏子の答えは決まって、“そんなモンは忘れた”、
“使えないよ、そんな便利なモン”だった。

それはつまり、忘れたのではなく、使えなかったのではないのか?

彼女は自らの願いで破滅を経験し、自らの願いを否定した。
つまり、彼女は根源の魔法をずっと否定していたのだ。

この時間軸で使えるようになった、と言うのは、
つまり、願いを受け入れる心づもりを整えたと言うだけで、
まだ、そのトラウマを完璧に克服なんて出来ていなかったのだ。

魔力の消耗が激しいのはそのためだったのだろう。

ほむら(迂闊だった……もっとちゃんと確認していれば……)

330: 2011/08/15(月) 22:00:10.67 ID:x5uZuvNP0
ほむら「まどか、さやか、ゆま、キュゥべえ!
    今から障壁を張るわ、絶対に外に出てはダメよ!」

とりあえず、少しでも魔力に余裕のある私が何重にも魔力を重ねた障壁を作る。

杏子ほど頑強な障壁は作れないが、これでも無いよりはマシだ。

改めて、魔女に向き直る。
既に重機関銃を取り出していたのが幸いした。

たたでさえ強力な魔女であるオクタヴィアが、
再生能力以外は凡庸なシャルロッテをあれだけの強力な魔女に押し上げた病院と言う環境、
それを上回るほどの絶望と怒りが充満した玉突き事故現場で誕生したのだ、
ワルプルギスの夜クラス、とまでは言わないが、
どれだけ凶悪な魔女として再誕しているかなど、今は考えたくもない。

バイオリニストの演奏を聴きながら、ダンサーを轢き殺して悦に入っていた魔女が、
こちらに気付く。

『G…………YYYYAAAAAAAAA!!!!』

攻撃対象が私達に変更された。

331: 2011/08/15(月) 22:02:29.69 ID:x5uZuvNP0
ほむら「巴さん、杏子! 援護射撃とまどか達の直衛は私が!」

言いながら、迫り来る車両群を重機関銃で薙ぎ払う。
蜂の巣になって霧散して行く車両群。

マズい、拳銃一発でどうにかなっていた車輪とはワケが違う。
押し寄せて来る絶対量と此方の手数に差が有りすぎる。

小刻みな時間停止で、押し寄せて来る車両群を止めては撃つの繰り返しだ。
障壁に使った魔力の消費量と考えて、私の残魔力も2割にほど近い。

マミ「お言葉に甘えて直接攻撃と行きたいけど、こちらも手一杯よ!?」

巴さんも悲鳴じみた声を上げている。

巴さんの全力のティロ・フィナーレなら、車両群を薙ぎ払って本体に有効打を与えられるだろうが、
この絶え間ない攻撃が相手ではそれもままならない。

蠢動するハイウェイは地上のみならず、壁面や上空も自由自在だ。
地対地でも空対地でも、硬直時間の長いティロ・フィナーレなど言語道断である。

一応、巴さんの構えたマスケット銃は魔力で通常のものより強化されており、
単発式ではなく、魔力を連射するための小型キャノン砲と言った所だ。

だが、それも迫り来る車両群を押し留める役目しか果たしていない。

巴さんの魔力も、どんどん消耗して行く。

杏子「クッ……ソォッ!」

杏子に至ってはザコや使い魔への攻撃に回す魔力が残っておらず、避けるだけで精一杯の有様だ。

332: 2011/08/15(月) 22:04:06.79 ID:x5uZuvNP0
残り魔力は、三人合計で4割強……いや、もう4割を切ったか。
この状況では撤退も不可能、文字通りジリ貧の負け戦だ。

ほむら(せめてあと一人……全快状態の仲間がいれば……)

潤沢な魔力が使える仲間に車両群を薙ぎ払ってもらい、
私、巴さん、杏子の三人で一点突破をしかければ勝機がある。

だが、そんな魔法少女はいないし、まどか達を契約させるワケにはいかない。

何より、今この場で契約を結べるのはキュゥべえだけだ。
もうこれ以上、私は彼に重荷を背負わせたくない。

杏子「チッ……早速、ツケを払う時が来ちまったのかね……」

弱々しい杏子の言葉が聞こえる。

マミ「こんな……所、で」

巴さんも悔しそうだ。

そして、押し寄せる車両群が、一斉に三方向、つまり私達だけに集中した。

ほむら(押し切られる!?)

私達三人だけを狙った車両群の突撃は、勢いを増す。

333: 2011/08/15(月) 22:05:23.25 ID:x5uZuvNP0
ほむら(時間停止で爆弾を……ダメだ)

私手製の爆弾は、スイッチを押してから数秒で爆発する時限タイプのものだ。
車両群の中に押し込んでも押し寄せて来る車両群と共に至近距離の爆発を食らう。

オクタヴィア本体にしかけても、待っている間に押し切られてしまう。
それどころか、爆弾ごときが通用するのか?

しかも、爆弾自体は既に彼女に使った事がある。
学習されていたら、完璧にアウトだ。

そんな思考の最中、破滅は訪れた。

私達は攻撃を押し切られて、悲鳴を上げる間もなく壁面へと弾き飛ばされた。

まどか「ほむらちゃん!? マミさん!? 杏子ちゃん!?」

ゆま「キョーコぉぉ!! おねえちゃん達……やあぁぁっ!?」

さやか「あ、ああ………みんなぁっ!?」

キュゥべえ「そんな……そんな……うぅ」

まどか達の悲鳴や嗚咽が、遠くに聞こえる。

良かった、私達だけに攻撃が絞られていたお陰で、まどか達に被害は及んでいないようだ。

私達は吐血しながらも立ち上がり、自らの身体に治癒魔法をかける。

全員、魔力は1割にも満たない。

334: 2011/08/15(月) 22:07:38.73 ID:x5uZuvNP0
『GYYY………AA!!』

魔女は勝利を確信し、車両群を下げると、舌なめずりするように身体をくねらせた。

もうこうなったら、ワルプルギスの夜まで武器を温存などと言っていられる場合ではない。
ロケットランチャーや手榴弾など、今の状況で使える全火力を集中する他ない。

それで全員生き残れるなら安い対価だ。

元々、一人でもワルプルギスと戦うために揃えて来た武器だ。
巴さんと杏子、それにみんなを助けられるなら、失う火力の十倍以上の価値がある。

私は口元の血を拭って、キッと前を見据えた。

その時だった。

「キュゥべえ……契約するよ」

静かな声が、背後から響いた。

振り返ると、そこには決然とキュゥべえに向かい合う――

ほむら「さやか!?」

友人の姿があった。

335: 2011/08/15(月) 22:08:34.38 ID:x5uZuvNP0
さやか「ほむら……ゴメン」

さやかは申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。

ほむら「さ、さやか……ダメ!」

マミ「美樹さん……いけないわ」

杏子「………」

抗議の声を上げる私と巴さん、杏子は言葉を発する気力もないのか押し黙ったままだ。
まどかもゆまもへたり込んだまま、さやかを見上げている。

Qべえ「だ、ダメだよ! これ以上、魔法少女を……ボク達の犠牲者を増やすなんて……!?」

キュゥべえの言葉も尤もだ。

だが――

さやか「犠牲なんかじゃないっ!!」

まどか「さ、さやかちゃん……」

長く付き合いのあるまどかには、彼女の声音が意味するモノが分かったのだろう。
彼女の大音声に驚きながらも、その目には悲哀にも似た色が浮かんでいる。

336: 2011/08/15(月) 22:09:52.48 ID:x5uZuvNP0
さやか「杏子は、あんな酷い事を言っておきながら、謝りもしなかったあたしを赦して、
    ほむらやマミさんと一緒に、恭介の腕を治してくれた……」

確かに、夜のベランダで語り合っていた時、
杏子はさやかの考えを聞き、それを受け入れて笑って見せた。

だが、それとこれとは問題が違う。

さやか「何度も迷惑をかけてばっかりの私を、友達として受け入れてくれたほむらも、
    優しいマミさんも、あたしは誰も失いたくない……!

    犠牲なんかじゃない……私は、私の意志で……みんなを助けたい!
    だからキュゥべえ、お願いだよ! あたしを、魔法少女にしてよ!」

Qべえ「う、うぅ……」

さやかの剣幕に、キュゥべえはたじろぐ。

337: 2011/08/15(月) 22:11:08.00 ID:x5uZuvNP0
その間にも魔女の攻撃は再開される。

彼女はやはり自らの手による止めを選んだらしく、両手に持った二本の剣を振り回し、
使い魔やハイウェイごと私達を攻撃して来る。

ほむら(こんな状況じゃ、さやかを説得なんて……!?)

他の二人も、魔女の猛攻を回避するしか出来ない状況だ。
もう、私の魔力も残り僅か。

このままでは、待っているのは凄惨な惨殺か、魔力切れによる魔女化。

しかも、この結界の外は凄惨な事故現場。
今、目の前にいるオクタヴィア級の魔女が生まれる事になる。

さやか「このままじゃ、みんな死んじゃうじゃないか!」

ほむら「さやか、ダメぇぇっ!」

私は顔を向ける事も出来ず、ただ叫ぶしか出来なかった。

338: 2011/08/15(月) 22:12:01.59 ID:x5uZuvNP0
さやか「あたしの願いは……みんなを助けたい。
    こんなあたしのために、恭介を助けてくれたみんなの、力になりたい!」

Qべえ「それが……君の願い、なんだね……」

静かに、だが力強いさやかの声に、キュゥべえは重苦しく応える。
さやかの胸元に、爽やかな青空を思わせる輝きが宿る。

Qべえ「君の願いは……今、エントロピーを…………凌駕した!」

悔しそうに、苦しそうにその事実をキュゥべえが告げた時、
光は最高潮となってさやかから僅かに離れた。

Qべえ「うぅ……ああぁぁ……うわぁぁぁぁ………!」

それが君の運命だ、とは言わなかった。
代わりの絶叫が、辺りに響き渡る。

さやか「ごめん……キュゥべえ、みんな……!」

涙が一筋、さやかの頬を伝った。

まどか「さやかちゃん……さやかちゃん……」

嗚咽を漏らすキュゥべえを抱きしめながら、まどかは譫言のように親友の名を呼ぶ。
ゆまは声もなく呆然とさやかを見上げる。

339: 2011/08/15(月) 22:12:54.52 ID:x5uZuvNP0
さやか「行くよ……!」

さやかは服の袖で涙を拭うと、魔女を見上げてソウルジェムを掲げる。
魔法少女への変身だ。

青い光の向こうから、さやかが姿を現す。

それはいつも私が見てきたさやかの姿とは違った。

軽装の騎士のようだった姿はそこになく、
軍礼服のように裾の長い青い縁取りの白い上着と、ショートパンツ、右肩には足下まで届くマント。
両肩と左腕、右足に小さなプロテクターが装着された、まるで現代ファンタジーのような礼装。
そして何より、扱いやすそうだったサーベルはなく、
代わりに長大で幅広の複雑な形をした大剣を担ぐように構えている。

彼女が初めて、癒し以外の願いで変身した姿だった。

『GYYY…………!!!』

目の前に現れた自分自身に、オクタヴィアは一瞬、怯んだように見えた。

さやかも真っ向から魔女を見据え、私の作った障壁の外へ出ると、大剣を掲げた。

340: 2011/08/15(月) 22:13:57.28 ID:x5uZuvNP0
さやか「みんな、行くよ!」

主の叫びに応え、大剣の刀身が前後にスライドした。
そして、開いた刀身の間に大量の魔力が織りなす青い光の剣が生まれる。

さやか「はあぁぁっ!」

裂帛の気合いと共にさやかが大剣を振るうと、
その魔力が結界内全域に広がり、私達を包み込んだ。

光の波が通り過ぎると、私達三人の身体を淡い青い輝きが包む。

その途端――

杏子「魔力が……戻った!?」

杏子の言う通りだった、最早、魔女化目前と言うほど消耗していた魔力が、
ほぼ全快に近い所まで回復したのだ。

マミ「なんで……ソウルジェムはまだ濁っているのに……」

しかし、ソウルジェムは濁ったまま。
浄化したワケではないようだが、欠片ほど残った元の色の部分が眩く輝いている。

ほむら「……まさか、残った魔力を強化しているの!?」

他者への魔力強化、それがさやかの力だと言うのか?
確かに、願いには則した能力と言えなくもないが……。

341: 2011/08/15(月) 22:15:19.21 ID:x5uZuvNP0
『GYYYAAAAAAAAA!!!!』

オクタヴィアにも形勢を逆転された事は分かったのだろう。
雄叫びを上げて車両群の攻撃に切り替えて来た。

実際には回復してはいないとは言え、魔力の絶対量そのものは全快状態に近い。
これならば長時間の時間停止が行える。

マミ「暁美さん、佐倉さん、援護をお願い!」

ほむら「はい!」

杏子「任せときな!」

私と杏子は巴さんの前に躍り出ると、それぞれの武器で車両群を押し退ける。

さやかも自ら作り出した障壁で、車両群の攻撃からまどか達を守っている。

マミ「一発だけ、全力で行くわよ!」

巴さんは巨大なキャノン砲を準備する。
ティロ・フィナーレだ。

さやか「マミさん、コレも!」

さやかは防御しながらも、大剣の切っ先を巴さんに向けた。
展開した刀身から放たれた魔力が、巴さんを包む。

今度は巴さんと、彼女の武器が淡い赤い輝きで包まれた。

342: 2011/08/15(月) 22:18:00.90 ID:x5uZuvNP0
マミ「ティロッ……フィナーレッ!!」

赤い輝きに包まれた砲身から、今までに見た事もない程の超特大の魔力砲弾が放たれる。

砲弾は直前に左右に跳び退いた私と杏子の間をすり抜け、前方の車両群ごと魔女を吹き飛ばす。

『GYYA……AA……』

車両群が防壁の代わりになったのだろう、
片腕や胴体の一部を吹き飛ばされながらも、オクタヴィアはまだ辛うじて生きていた。

まだだ、あと一撃。

ほむら(……!?)

そう考えた瞬間、ガクンッと全身の力が抜けた。
私達を包んでいた青い輝きが消えている。

どうやら魔力強化にも限界時間があるようだ。

つまり、時間切れ。

巴さんと杏子も膝をついて肩で息をしている。
私達の魔力はもう本当に限界だ。

343: 2011/08/15(月) 22:19:08.56 ID:x5uZuvNP0
さやかは展開していた大剣を閉じると、オクタヴィアに向き直る。

さやか「アンタさ……」

『GYY………』

さやか「何で、そんなに哀しい声あげるのさ……?」

前傾姿勢を取り、大剣を背中に担ぐようにして構える。

さやか「………誰かに、嫌われた? もしかして、大切な人に酷い事でも言った?」

『GYY……AA……!』

オクタヴィアは残された腕で、天蓋の演奏者に手を伸ばす。

さやか「……魔女って、さ……本当は魔法少女なんだよね……。
    大切な、大切な願いだったんだろうね………」

対するさやかも、視線を天蓋の演奏者に向けた。

さやか「アンタは……あたしが助けてあげるよ……、
    だからさ……そんな、泣かないでよ………」

力強く、地面を蹴って跳ぶ。やはり速い。

細長いマントをたなびかせ、青い弾丸となって飛ぶさやかが、背中に担いだ大剣を振り下ろす。

さやか「これで………トドメだぁぁっ!!」

振り抜かれた大剣が、オクタヴィアの身体を真っ二つに切り裂いた。

さやか「……………………ばいばい……あたし………」

最後の言葉は、私には聞き取れなかった。

344: 2011/08/15(月) 22:19:48.76 ID:x5uZuvNP0
魔女が消滅し、結界が消え去ると、私達は事故現場へと戻された。

誰かが通報したのか、大量の救急車が路側帯や反対車線に駆けつけていた。
負傷者の救助や搬送が既に始まっている。

私達はオクタヴィアが、かつてさやかだった魔女が遺したグリーフシードで魔力を回復させる。

さやか「……………」

一番離れた位置にいたさやかが、トボトボと歩み寄って来る。
だが、すぐに顔を上げて笑顔を見せる。

さやか「アハハハ……ごめん、
    せっかくみんなに恭介の事、治してもらったのに、
    結局、魔法少女になっちゃった、あたし」

ほむら「………さやか!」

彼女のお陰で助かったが、感情は別問題だ。
一言、いや、もっと文句を言ってやろうと声を上げる。

マミ「………」

だが、その私の横を、巴さんが無言ですり抜ける。
そして、さやかの前まで行くと、無言でその頬に平手打ちをした。

まどかとゆまもその光景に肩を竦め、杏子はどうしたものかと言いたげにため息を漏らす。
キュゥべえなど、泣くのを止めて驚いたように二人を見ている。

かく言う私も、巴さんの突然の行動に驚いて二の句も告げない。

345: 2011/08/15(月) 22:22:03.83 ID:x5uZuvNP0
さやか「マミさん……」

張られた頬を抑えながら、さやかは呆然と呟いた。
だが、自分のしてしまった事を理解しているのか、反論も反撃もしない。

マミ「ごめんなさい……助けて、くれたのに……」

しかし、巴さんは今度はそのさやかを抱きしめた。

しゃくり上げる声は、背中越しからでも分かった。

マミ「ごめんなさい……こんな情けない、先輩で……」

さやか「マミ……さん……」

さやかも、目に涙を溜める。
それは、痛みによるものでない事は私でも分かった。

さやか「みんな、あんなにしてくれたのに……ごめん、なさい……」

しゃくり上げる声がもう一つ。
それからしばらく、事故現場の傍らで二人のむせび泣く声が響き続けた。


続く

引用元: キュゥべえ「ボクを信じてくれ、暁美ほむら」