1:2018/08/21(火) 17:06:40.269 ID:GzDj3dv2D.net
喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。

    ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。

    この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。

    そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。

    いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。

    さて、今日のお客様は……。

    兵頭蟻彦(45) コンビニ店長

    【桃源郷の村】

    ホーッホッホッホ……。」
4:2018/08/21(火) 17:08:40.822 ID:GzDj3dv2D.net
テロップ「東京都、西多摩市――」

夕方。西多摩駅と周辺の市街地。さらに、街の郊外のコンビニ「フランクリーマート」。

コンビニのレジには、眼鏡をかけた中年の店長と、新人の若い男性バイトが立っている。

テロップ「兵頭蟻彦(45) コンビニ店長」

どこかの会社のOLがレジの前に弁当とお茶を置く。新人店員・若松が弁当にレジ打ちをする。

若松「温めますか?」

OL「結構です」

コンビニ弁当をレジ袋の中に入れる若松。 兵頭「おい、箸はどうした?」

若松は慌てて、箸を弁当の入ったレジ袋の中に入れる。

OL「ちょっとぉー、早くしてよぉー!」

兵頭「すみません……。何しろ、こいつ新人ですから……」

OLの客が去った後、喪黒福造がレジの前に現れる。 兵頭「いらっしゃいませ」

週刊誌を置く喪黒。レジに週刊誌の価格が表示され、喪黒は500円を払う。
5:2018/08/21(火) 17:10:33.736 ID:GzDj3dv2D.net
控室。若松が帰った後、控室で会話する兵頭と店員たち。

中年店員・千原、女性店員・朝倉、ベトナム人店員・ズオン。

千原「あの新人店員、使いものになるとは思えんのだがなぁ……」

兵頭「みんな、驚くなよ。面接の時に履歴書を見て知ったんだが……」
   「若松の奴、旧帝大を出てるんだぞ。その後、大学院も修了してな……」

朝倉「へー、若松君って意外と高学歴なんですね」

千原「勉強だけできて、社会で使い物にならない奴って……。見ているだけでイラッとするんですよ。俺……」

兵頭(千原、お前がそれを言うな。高卒で、40代になってもコンビニバイトのお前は社会の負け組だろうが……)

ズオン「まあまあ……。若松サンも彼なりに頑張っていマスから……」

夜。コンビニ「フランクリーマート」。レジの前には、店長・兵頭と女性店員・朝倉が立っている。

兵頭「『フラから君』のしょうゆ味、いかがでしょうかー!」

女性店員「いかがでしょうかー!」

「フランクリーマート」に入店する一人の私服姿の男性。

テロップ「毒島蛇男(50) コンビニオーナー」
7:2018/08/21(火) 17:12:42.634 ID:GzDj3dv2D.net
控室。オーナーの毒島が、店長の兵頭をネチネチと説教している。

毒島「あの新人店員のミスで、客からクレームが入ったぞ」

兵頭「申し訳ありません……。彼を何とか教育しているんですが……」

毒島「ここのところ、店の収益が思わしくないようだな……」

兵頭「すみません……。私なりに一生懸命やっているんですが……」

オーナーが去る。控室の中で、兵頭は苦虫を噛み潰した顔になる。

レジへ戻る兵頭。彼は笑顔で挨拶する。

兵頭「いらっしゃいませーー!!」

控室。休憩をしながら、コンビニ弁当を食べる店長・兵頭。彼の前に、女性店員・朝倉が姿を現す。

兵頭「どうした、朝倉さん……」

朝倉「実は私、今月いっぱいでここを辞めようと思ってるんです……」
   「来年、教育大学に行きたいので、受験勉強をしたいんですよ……」

兵頭「そうか……。確か、君は日ごろから……。小学校の教師になりたいと言っていたよな」
9:2018/08/21(火) 17:14:48.834 ID:GzDj3dv2D.net
休日。兵頭の自宅。居間にいる兵頭。彼はiPodで音楽を聴いている。兵頭の前に現れる妻と娘・真理。

真理「お父さん、また『虎ノ門44』の音楽聴いてるの?いい年して、アイドルソング聴くなんてキモい」

妻「あなたが家にいると、真理が嫌がるのよ。この子も難しい年頃なんだから――」


テロップ「東京、秋葉原――」

カフェ「大正浪漫喫茶」。レトロな雰囲気の店に、海老茶の袴や着物姿の若い女性の店員。

店の中で、一人でカレーライスを食べている兵頭。兵頭がいる席の前に、喪黒が姿を現す。

喪黒「やぁ、兵頭さん」

兵頭「あ、あなた……。どうして私の名前を知ってるんですか!?」

喪黒「私はこの間、あなたの店のコンビニで週刊誌を買ったんですよ」

兵頭「そ、そうですか……。記憶力がいいんですね、あなた……」

喪黒「私はこういう者です」

喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。

兵頭「ココロのスキマ、お埋めします?」

喪黒「実はですね……。私、人々の心のスキマをお埋めするボランティアをしているのですよ」
10:2018/08/21(火) 17:17:05.414 ID:GzDj3dv2D.net
兵頭「は、はあ……」

喪黒「見たところ、兵頭さんの心にもスキマがおありのはずです。何なら、相談に乗りましょうか?」


BAR「魔の巣」。喪黒と兵頭が席に腰掛けている。

兵頭「私の実家は、地元で代々酒屋を経営していました。ですが、小さな商店が次々と衰退したのに伴い……」
   「父は酒屋をたたみ、コンビニのフランチャイズに加入しました」

喪黒「では、あなたのお父様はコンビニ店長だったのですね?」

兵頭「はい。コンビニ店長として激務が続いた父は、ある日、脳梗塞で命を落としました」

喪黒「それはお気の毒ですなぁ……」

兵頭「当時30代だった私は会社を辞め、父の家業を引き継ぐこととなりました」

喪黒「そうした経緯があって、今に至っているのですね?」

兵頭「そうです」

喪黒「コンビニ店長のお仕事はきついでしょう!?」

兵頭「ええ。そりゃあ、もう……。一般人の想像を絶するきつさですよ」
   「毎日毎日、激務に追われて昼夜兼行の生活……。しかも、店は自転車操業が続いていて……」
12:2018/08/21(火) 17:19:18.025 ID:GzDj3dv2D.net
喪黒「大変ですなぁ……」

兵頭「店の経営がきついのに、本店に売上金の送金をしなきゃいけないんですよ!」
   「しかも……。私の店の近くに、別のコンビニの店舗が進出してきて……」

喪黒「そんな中で店のかじ取りをするのは、さぞかし苦しいでしょう」

兵頭「もちろんですよ。しかも、人と人とを相手にする上でも非常にストレスがたまります」

喪黒「お客様からのクレームとか、店員たちの管理とか……」

兵頭「あなたのおっしゃる通りです。コンビニの客というものは……」
   「水や空気のように、コンビニのサービスが当たり前に存在しているものと思っていますから……」

喪黒「コンビニが便利すぎる証拠なのでしょうなぁ」
   「便利なものが身近に存在していると、そのありがたみに気付きにくいものです」

兵頭「そうですよ。それと、店員たちの相手をするのもいろいろ気苦労があります」

喪黒「人間は皆、十人十色ですから……」

兵頭「はい。でも、周りにいる店員たちは、ことごとくアレ……。しかも、有能な店員に限ってすぐに退職するし……」
   「この間、店に入った新人店員……。彼は旧帝大出の高学歴ですが、仕事ではミスばっかりしてますし……」
   「それと、ベトナム研修生の店員……。彼は仕事ができますが、いつまで店にいてくれるか分からないですし……」
   「あと、40代の中年店員……。勤続年数は長いですが、性格は最悪ですし、オーナーのイエスマンなんです」

喪黒「もしかすると、兵頭さんはオーナーと不仲なのですね?」
13:2018/08/21(火) 17:21:19.314 ID:GzDj3dv2D.net
兵頭「ええ、そうですよ。オーナーはことあるごとに私をいびり、会うたびに何かと悪口雑言を浴びせてくるんです」

喪黒「要するに……。今、問題になっている『パワハラ』でしょう」

兵頭「世間の人が見たら、そう言うでしょうね……。店の中では、私は全く休まる場がありません」
   「母は記憶をなくす前、こう言っていました。『コンビニの経営なんかやるべきじゃなかった』と……」

喪黒「『記憶をなくす前』!?あなたのお母様は今、どうなっているのです?」

兵頭「母は認知症で、現在、老人ホームの中にいるのですよ……」

喪黒「そうなのですか……。ところで兵頭さん、あなたにも奥様やお子様がいるはずでは……」

兵頭「ええ、まあ……。でも、妻や娘との関係は最悪なんですよ。特に、反抗期を迎えた娘が何かと私に嫌味を言って……」

喪黒「そこで……。家族に家を追い出されたあなたは、秋葉原の大正カフェで休みを取っていたのですね」

兵頭「まあ、あそこは落ち着きますから……。あのレトロで独特な感じが何とも心地よくて……」

喪黒「現代の日本人が失ってしまった古き良き情緒を感じるのでしょうねぇ」

兵頭「たぶん、そうだと思いますよ。大学時代の私は、明治や大正の文豪の小説を読むのが好きでしたし……」

喪黒「兵頭さんがレトロ趣味の持ち主になったのは、大学時代、文学青年だった影響もあるでしょうなぁ」

兵頭「そうかもしれませんね」
14:2018/08/21(火) 17:23:16.853 ID:GzDj3dv2D.net
喪黒「そんな兵頭さんに、ぴったりのものを紹介しますよ」

兵頭「何ですか、それは!?」

喪黒「私に着いて来てください」


喪黒に誘われ、外に出る兵頭。2人は街の中を行き、とある崖の前に辿りつく。

崖の真ん中には、人が通れるだけの洞窟の狭い穴がある。

喪黒「この穴を抜けた先に、いいところがあるんですよ」

喪黒と兵頭は四つん這いになり、洞窟の中をくぐりぬけていく。

喪黒「着きました。ここは『桃源村』です」

洞窟を抜け、山の上にいる喪黒と兵頭。山の下には、茅葺き屋根の建物の家が建ち並んでいる。

兵頭「21世紀の日本に、こんな光景があったなんて……」

喪黒「兵頭さん、携帯電話と腕時計を見てください」

スマホと腕時計を見る兵頭。

兵頭「あ、あれ!?スマホの電源が切れてる……。それに腕時計も止まっている……」
15:2018/08/21(火) 17:25:34.596 ID:GzDj3dv2D.net
喪黒「ご安心ください。あなたのスマホも腕時計も正常ですよ」
   「なぜなら、この村は、現実世界を超越した楽園なのですから」

兵頭「し、信じられない……」

喪黒「さあ、兵頭さん。桃源郷の村で、ゆっくり休みませんか」

兵頭「ほ、本当に大丈夫なんですか?」

喪黒「大丈夫です。『桃源村』の住民は皆、牧歌的で親切な人ばかりです」
   「この村で過ごせば、コンビニ店長として激務の続いた兵頭さんもリフレッシュできるでしょう」

喪黒と兵頭は山を降り、『桃源村』へと向かう。2人が山を降りた先では、大木の下で子供たちが遊んでいる。

男の子は坊主頭や丸刈り、女子はおかっぱ頭や三つ編みだ。子供たちは皆、着物を着ている。

喪黒と兵頭に対し、子供たちは「こんにちはー!!」と挨拶をする。

さらに道を行く喪黒と兵頭。道は土でできていて、コンクリートで舗装されていない。

それに、喪黒と兵頭がいる周囲には畑や田んぼが広がっている。畑や田んぼで働く人たちも、着物姿だ。

とある畑には、モンペ姿の若い女性が農作業をしている。

畑や水田にいる人たちは、若者の夫婦の姿も意外と多い。現代の日本の過疎地のように老人まみれではない。

農作業にいそしむ人たちは、鍬や鋤などの古い農具を使っている。機械の農具は一切見当たらない。
16:2018/08/21(火) 17:27:34.994 ID:GzDj3dv2D.net
兵頭「ま、まるで……。明治時代か、大正時代にタイムスリップでもしたかのようだ……」

喪黒「ここは明治時代でも大正時代でもありませんよ。現実世界を超越した楽園なのですから」


大きな茅葺き屋根の家に入る喪黒。家の中にから老婆が喪黒を出迎える。

テロップ「この家に住む老婆・ミツ」

ミツ「お久しぶりです、喪黒さん」

喪黒「これはこれは、おミツさん」

火の消えた囲炉裏の前に座る喪黒と兵頭。

喪黒「兵頭さん。私たちはこれから2泊3日、この家に泊まりますよ」

兵頭「はい」

ミツはアケビの実を2つ、喪黒と兵頭の前にそれぞれ置く。アケビを食べる喪黒と兵頭。


夕方。ミツがいる家の中に入る家族たち。若夫婦、老人、2人の子供の兄弟。

テロップ「夫・倫太郎、妻・千代、老人・源右衛門(ミツの夫)、兄・一太郎、弟・次郎」

彼らも『桃源村』の住民たちと同じく着物を着ている。千代の髪形は束髪だ。
17:2018/08/21(火) 17:29:41.602 ID:GzDj3dv2D.net
囲炉裏の周りで、一家と夕食を食べる喪黒と兵頭。

食事の内容は、ご飯に味噌汁、たくあん、野菜料理、大豆料理だ。肉は全く見当たらない。

兵頭(おいしい……。大自然の味とはこういう味なのか……)

夜。一家と喪黒・兵頭は布団に入り横になる。

兵頭(こんなに早い時間のうちに睡眠をとったのは、子供のころ以来だ……)
   (おかげで、今夜は心からゆっくり休めるかもしれんな……)


翌日、昼。広い畑で農作業をする倫太郎・千代夫婦。夫婦の農作業を手伝う一太郎・次郎兄弟。

畑の側には、一家が飼っている牛もいる。喪黒と兵頭は、いつの間にか農作業の手伝いをしている。

慣れない手つきながらも鍬を持ち、畑を耕す兵頭。

夕方。茅葺き屋根の家。囲炉裏の周りで一家と夕食をとる、喪黒・兵頭。

夜。一家と喪黒・兵頭は布団に入り、ぐっすり眠りにつく。茅葺き屋根の上では、フクロウが鳴いている。

翌朝。喪黒と兵頭は一家に挨拶をし、家を後にする。農村の道を歩く喪黒と兵頭。2人は山へ向かう。

山の頂上では、藪の中に人が入れるほどの穴があいている。
18:2018/08/21(火) 17:32:27.994 ID:GzDj3dv2D.net
喪黒「この穴を抜ければ、兵頭さんが今まで暮らしていた文明社会に帰れますよ」

喪黒と兵頭は四つん這いになり、藪の中の穴に入る。洞窟の中をくぐりぬける2人。穴の中を出ると……。


そう、喪黒と兵頭がいるのはあの崖の前だ。2人が見渡す遠くの先には、コンクリートジャングルの都会が見える。

喪黒「兵頭さん、スマホと腕時計を見てください」

兵頭「スマホの電源が入っている……。腕時計も動いている……。スマホに表示されている日にちは……」
   「3日前に、ここから村へ旅立った日時だ……!!全然時間が経っていない!!」

喪黒「兵頭さん、いかがでしたか?『桃源村』での生活は、いいリフレッシュになったでしょう?」

兵頭「え、ええ……。私にとってはこれ以上ない命の洗濯になりましたよ……」

喪黒「よかったですなぁ、兵頭さん……。ですがねぇ、あなたは私とある約束をしていただきたいのですよ」

兵頭「約束!?」

喪黒「そうです。あなたが『桃源村』に訪れるのは、今回の1度きりにしておいてください」
   「何しろ兵頭さんには……。コンビニ店長としての現実の生活がこれから待っていますから」
   「まずは、現実の生活をしっかり生きてください。その上で、あの『桃源村』の思い出は輝くのですよ」

兵頭「わ、分かりました……。喪黒さん。このたびは貴重な経験、本当に感謝します!」
19:2018/08/21(火) 17:35:00.393 ID:GzDj3dv2D.net
夕方。自宅で夕食をとる兵頭一家。妻や娘・真理からなじられる兵頭。

妻「あなたって本当にうだつの上がらない人ねぇ。だから、私たちは生活が苦しいのよ」

真理「私、大きくなったら、会社の社長になろうと思ってる。お父さんみたいなコンビニの店長になりたくないから」


翌日。レジの前に立つ兵頭と若松。兵頭は若松に、宅急便の受付業務のやり方を指導している。

コンビニの中では流行歌が流れている。アイドルグループ『虎ノ門44』の音楽が流れだしたが……。

兵頭(あの静かな『桃源村』で過ごして以来……、俺はJ-POPを聴くのが嫌でたまらなくなってしまった……)
   (あれほど好きだった『虎ノ門44』のアイドルソングも……、もはやただの雑音にしか聞こえない……)

夜。レジに立つ兵頭と千原。店内にオーナーの毒島が姿を現す。

控室の中で、毒島はニヤニヤしながら、兵頭に嫌味を言う。 毒島「お前は本当にダメな奴だなぁ」

夜中。レジに立つ兵頭。 兵頭(『桃源村』で過ごして以来……、俺は徹夜が苦痛になっている……)

控室。コンビニ弁当を食べる兵頭。

兵頭(まずい……!!何だ、この味は……!!俺はこんなものを今まで食っていたのか……)
   (『桃源村』での食事は本当においしかった……。まさに、大自然の本来の味だった……)
   (それなのに、このコンビニ弁当は……。まるで、宇宙食を食っているような気分だ……)
20:2018/08/21(火) 17:38:08.977 ID:GzDj3dv2D.net
数日後、昼。疲れ切った顔でレジに立つ兵頭。 兵頭(こんな生活は……、もう嫌だ……)

さらにある程度日にちが経ったころ。レジにいるベトナム人店員・ズオンは、兵頭に挨拶する。

ズオン「お疲れ様デス、兵頭サン」

兵頭「ああ……」

朝。目の下にクマを浮かべながら、街を歩く兵頭。夜勤を終え、いつも通り帰り道を歩いているかに見えたが……。

兵頭の目の前に、あの崖と洞穴が見えてくる。『桃源村』への入り口の……。次の瞬間、彼の後ろから声がする。

喪黒「お待ちなさい、兵頭さん!!」

兵頭「も、喪黒さん……!!」 兵頭が振り向くと、そこには喪黒が立っている。

喪黒「兵頭蟻彦さん……。あなた約束を破りましたね」

兵頭「ま、待ってください!!そ、それには深いわけが……」

喪黒「私は言ったはずです。あなたが『桃源村』に訪れるのは1度だけにしておけ……と」
   「それなのに兵頭さんは、私との約束を破り……。再び『桃源村』に行こうとしていますね」

兵頭「だ、だって喪黒さん!!今の私の生活は、何もかもが辛いことばかりなんですよ!!」
   「コンビニ店長の激務……。自転車操業を続ける店の経営……。オーナーからのパワハラ……」
   「客たちのクレームに、店員たちとの人間関係……。それに、家庭ではうるさい妻と娘の存在……」
21:2018/08/21(火) 17:41:12.027 ID:GzDj3dv2D.net
喪黒「お気持ちはよーく分かります。ですが……、私はあなたに忠告しました。現実の生活をしっかり生きろ……とね」

兵頭「そ、それにですよ……!!あの『桃源村』でのゆったりした生活に、私の身体がなじんでしまったんです!!」
   「そのせいで、私は文明社会で生きることが耐えがたくなってしまいました」
   「大好きだったアイドルソングが雑音に聞こえ、おまけにコンビニ弁当を食べることにも苦痛を感じる……」
   「この私の苦しみ……、あなたには分かりますか!?」

喪黒「そうですか……。どうしても、あの崖の穴の中に入りたいのですね!!」

兵頭「ええ、そうです!!あの洞穴の中に入れてください!!私は何が何でも『桃源村』に行きたいんです!!」

喪黒「仕方ありません……。そこまで言うのなら、どうぞお入りください!!ですが、どんなことになっても私は知りませんよ!!」

喪黒は兵頭に右手の人差し指を向ける。

喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

兵頭「ギャアアアアアアアアア!!!」


四つん這いになり、崖の中の穴へ入る兵頭。

兵頭(俺は『桃源村』に行くんだ……!!そして、この村の永遠の住人になるんだ……)

兵頭が洞穴の中に入った後、崖の穴が徐々にふさがっていく。まるで、最初から洞穴が存在していなかったかのように……。
22:2018/08/21(火) 17:44:24.982 ID:GzDj3dv2D.net
テロップ「2か月後――」

昼。例の崖の前で、建設会社が工事をしている。周囲には「立ち入り禁止」の立て札がいくつも立っている。

作業員A「マンション建設のためとはいえ、この一帯の崖を切り崩すのか……。盛大な作業だなぁ……」

ショベルカーが崖を切り崩す作業をしていたその時……。

作業員B「お、何だ!?これは……。おおおっ!!人間の骨が埋まっているぞ!!」

切り崩された崖の土の中から、白骨死体が頭から腰まで出現する。

白骨死体が身に着けている眼鏡、ボロボロの衣服、左手首の腕時計は……。兵頭が身に着けていたものだ。


工事現場の崖を背景に、喪黒が立っている。

喪黒「21世紀を生きる現代の人間たちは、いつも様々なストレスを抱えながら文明社会で生活をしています」
   「技術が発達し、便利になればなるほど仕事の量は増え、人々は朝も昼も夜も激務に追われるようになりました」
   「しかも……、時代が進むにつれて人間関係も複雑なものとなり、人々は心に疲れを抱えながら日々を生きています」
   「『ゆっくり休みたい』『疲れを取りたい』『リフレッシュしたい』……、これらは全て現代人の切実な願いです」
   「文明が発達すればするほど生き辛くなった人間たちには、本当の意味での『癒し』が必要なのかもしれません」
   「ところで、兵頭さん。あなたは『桃源村』に再び行くことができませんでしたけど、これでもう永遠に休めますよ」
   「よかったですねぇ……。オーホッホッホッホッホッホッホ……」

                   ―完―
23:2018/08/21(火) 17:47:15.097 ID:NLcGjiS+M.net
引用元:http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1534838800