1:2018/08/10(金) 00:37:37.146
喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。

    ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。

    この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。

    そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。

    いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。

    さて、今日のお客様は……。

    新庄アキオ(55) 放送作家

    【幻の心霊スポット】

    ホーッホッホッホ……。」





2:2018/08/10(金) 00:39:40.320
夜。東京のある下町。大衆食堂で客たちが食事をしている。客の中には喪黒福造もいる。

食堂の隅にある液晶テレビの画面には、何かのバラエティー番組が映っている。番組のタイトルは「日本中がビビる夏2018」だ。

番組に出演しているのは、お笑い芸人たちやアイドルたちだ。そして、解説役にはオカルト界隈では知る人ぞ知るあの男がいる。

テロップ「新庄アキオ(55) 放送作家・オカルトライター」

新庄「これは本物の心霊写真の可能性が高いですね。どう見ても幽霊が写っていると考えていいでしょう」

テレビを見ながら、中年のサラリーマンの3人組の客が話をしている。

サラリーマンA「ケッ、なぁにが心霊写真だ!こんなの作りものに決まってるだろう!」

サラリーマンB「言うまでもないさ!あれはわざと騙されて楽しむための番組なんだからな」

サラリーマンC「そうとも!要するに、昔の『ナントカ探検隊』みたいなもんだよなぁ!」

サラリーマンA、B、C「ギャハハハ!!」

サラリーマンたちは番組を見ながら、馬鹿にしたような態度で笑いだす。

食事をしながらテレビ画面を見る喪黒。喪黒は、番組の解説役の新庄を見て何かを思ったようだ。
3:2018/08/10(金) 00:42:24.447
翌日。ある駅の地下街。書店の雑誌コーナーに立ち寄る喪黒。彼はオカルト雑誌『ラー』を手にする。

『ラー』の表紙には、おどろおどろしい表題がいくつも書かれている。そのどれもが、荒唐無稽で現実離れした言葉ばかりだ。

「『2020年3月21日』滅亡説 インド暦とマヤ暦の終末が一致」「超古代文明の真実 日本列島はムー大陸の一部だった」

「闇の支配層の構成員の正体は爬虫類的宇宙人」「2018年 日本全国で起きた超常現象特集」――などなど……。

雑誌『ラー』を開く喪黒。喪黒が見ているページは新庄アキオの連載「本当にあった怖い話」だ。


地下街をしばらく歩いた後、喫茶店に入る喪黒。喪黒は店内で、誰かと会話している新庄アキオの姿を目にする。

新庄がいる席の隣のテーブルへ行く喪黒。喪黒はコーヒーを飲みながら、新庄たちの様子を眺めている。

新庄は茶封筒に入った原稿を渡す。どうやら彼は雑誌『ラー』の編集者と会っているようだ。

新庄「これが来月号の原稿です」

編集者「ありがとうございます。先生の連載はいつも読んでも面白いですよ」

新庄「いやぁ、自分が興味あることを執筆するのは楽しいですから」
4:2018/08/10(金) 00:44:25.884
原稿を受け取り、店を立ち去る『ラー』編集者。テーブルで一人になった新庄に、喪黒が声をかける。

喪黒「新庄アキオさん……、ですね?」

新庄「うわっ!!び、びっくりしたっ!!」

喪黒は雑誌『ラー』を新庄に見せる。これは、さっき彼が駅の書店で買ったものだ。

喪黒「『ラー』の先生の連載、愛読していますよ。毎号毎号、読み応えがあります」

新庄「い、いやぁ……、それはどうも……」

喪黒「昨日の番組での先生の解説も、なかなか分かりやすくて面白かったですよ」

新庄「そ、そうですか……。だが、あの番組構成は私にはちょっと不満がありまして……」

喪黒「無理もありませんよ……。先生はもともとプロの放送作家なのですから」

新庄「ええ……。私ならもっと番組の内容をしっかりしたものにできるんですが……」

喪黒「それに、先生は誰よりもオカルトにお詳しいですからね」

新庄「はい。オカルトは私の大好物といってもいいくらいです」
5:2018/08/10(金) 00:46:20.045
喪黒「実はですね……。そんな先生にいい話があるんですが……」

喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。


BAR「魔の巣」。喪黒と新庄が席に腰掛けている。

喪黒「新庄先生は、放送作家として数々の有名なバラエティー番組を手掛けてきたお方……」
   「その中で、先生の真骨頂だったのがオカルト系の作品でしたねぇ」

新庄「はい。オカルトは私が特に興味ある分野でしたから……。だから怪奇番組を作るのは楽しかったですね」

喪黒「ですが……。先生はここのところ、放送作家の仕事を控えているようですなぁ」

新庄「仕事を控えているというよりむしろ、放送作家としての仕事が『なくなった』と言った方がいいでしょう」

喪黒「どういうことです?」

新庄「ほら……。今から10年前に放送されていた『アウラの奇跡』……」

喪黒「ああ、『アウラの奇跡』ですか……。スピリチュアルブームの一角を担ったあの番組……」

新庄「あれの放送作家は私でした」
6:2018/08/10(金) 00:48:24.705
喪黒「確か、『アウラの奇跡』は……。週刊誌でヤラセ疑惑が報道され、番組打ち切りに追い込まれていますね」

新庄「ええ、その通りですよ。『アウラの奇跡』のヤラセ疑惑の影響で、私は放送作家としての仕事を失いました」

喪黒「その後、先生は………。オカルト系のライターや評論家としての活動が多くなり、今に至っている……」
   「そういうことですね」

新庄「はい。オカルト系の番組を手掛けてきた私の実績を、雑誌『ラー』の編集者が買ってくれたのです」
   「だから、こうやって私は『ラー』に連載できています」

喪黒「それだけじゃないでしょう。先生はオカルトが大好物と公言されているお方……」
   「だから、若いころに雑誌『ラー』を愛読していた影響で、喜んで連載を引き受けたのでは……」

新庄「そういう側面もありますね。それに、私は小さいころから、幽霊や妖怪とかの怪奇現象に興味がありました」

喪黒「ところで……。先生が連載で扱っている全国各地での心霊現象のエピソードは、実話なのですか?」

新庄「言うまでもありませんよ」

喪黒「いえいえ、私にはそう思えません。おそらく……」
   「『ラー』の連載でのいくつかのエピソードにはフィクションも混じっているはずですよねぇ」
7:2018/08/10(金) 00:50:21.941
新庄「そ、そんなことはありませんよ!!」

喪黒「いやぁ……。先生は『アウラの奇跡』の放送作家……。ヤラセ疑惑で有名なあの番組の……」
   「だから、先生はフィクションを作るのが得意なはずです。放送作家は嘘をつくのがお仕事ですから……」

新庄「し、失礼なことを言わないでください!!」

喪黒「先生はオカルトが大好物だし、その分野での知識は誰よりも豊富です」
   「しかしながら……。オカルト的な現象を先生は実際に見ているわけではないのです!!」

新庄「ううっ……」

喪黒「知識は体験に基づいてこそ説得力を持ちます。従って……。まずはいっぺん、生で見る必要があるのです」
   「何なら先生……。とっておきの心霊スポットへ、あなたをご案内しましょうか」

新庄「一体どこなんですか、それは!?」

喪黒「明日のお楽しみですよ……」


翌朝。東京都内のある駅の改札口。新庄は腕時計を見ながら、ある人物を待っている。

新庄の前に喪黒が姿を見せる。 喪黒「やぁ、新庄先生」
8:2018/08/10(金) 00:52:24.628
特急列車に乗る喪黒と新庄。さらに2人は特急を降り、別の電車に乗り換える。

新庄「なるほど……。私たちがどこへ行こうとしているのか大体分かりましたよ」

喪黒「さすが、オカルトの専門家だけあって察しがいいですなぁ……」


栃木県日光市、鬼怒川温泉駅。駅の近くのラーメン屋で、喪黒と新庄は食事をしている。

喪黒「鬼怒川温泉は、オカルトマニアの間では有名な土地ですよねぇ」

新庄「ええ、私も十分承知していますよ。なぜなら、ここは心霊スポットの宝庫ですから……」

喪黒「そんな鬼怒川温泉も、昔は多くの観光客で賑わっていました」
   「何しろ……、箱根や熱海と並んで『東京の奥座敷』と呼ばれていましたから」
   「ですが……。バブル崩壊の影響で観光客は激減し、多くのホテルや旅館が廃業に追い込まれていきました」

新庄「そうですよ。かつて、あれほど栄えた鬼怒川温泉街の宿泊施設は、多くが廃墟と化し……」
   「今や、それらは栃木県を代表する心霊スポットとして有名になりましたから……」


食堂を出た喪黒と新庄。駅前で2人はタクシーの後部座席に乗る。

運転手「……なるほど。廃墟巡りですか……」
    「まあ……。この辺は心霊スポットとして有名になってしまいましたからね……」
9:2018/08/10(金) 00:54:22.945
温泉街を走るタクシー。車は廃墟となった数々の宿泊施設を巡る。

新庄はタクシーの窓を開け、デジタルカメラで数々の廃墟を撮影していく。

鬼怒川秘宝殿、鬼怒川第一ホテル、きぬ川館本店(かっぱ風呂)、元湯星のや……などなど。


喪黒「運転手さん。ある目的地へ行きたいので、私が案内しますよ」

運転手「は、はい」

喪黒「ここを右に曲がってください。それから……」

タクシーはいつの間にか山の中へ入る。道路の周囲は木々で囲まれている。

喪黒「この坂道を登ってください」

タクシーが坂を上った時、6階建てのコンクリートの建物が見え始める。

白いコンクリートはところどころ黒ずんでいる。どうやら廃墟となったホテルのようだ。

駐車場に止まるタクシー。地面のアスファルトはひび割れており、あちこちに雑草が生えている。

喪黒「ここが例の目的地です」

運転手「お、お客様……。本当にここでいいのですか!?」

喪黒「はい」
10:2018/08/10(金) 00:56:23.684
廃墟の前に立つ2人。玄関には「観光ホテル さきわい館」の看板がある。

玄関前の自動ドアは開きっぱなしになっている。

新庄「ここが……。特別な心霊スポットなのか……」

喪黒「そうです、入りましょう」 建物の中に入る2人。喪黒の右手には懐中電灯が握られている。


ホテルのフロントカウンターはホコリまみれだが、受付に従業員の姿が3人ほど見える。

新庄「あれ、ここは廃墟のはずじゃ……」

喪黒「よーく、見てください」

喪黒がフロントカウンターを懐中電灯で照らすと、受付の従業員の姿がいっせいに消える。

新庄「!!!」

喪黒「どうです、新庄先生」

新庄は驚きのあまり言葉が出ない。
11:2018/08/10(金) 00:58:24.876
宴会場。中は和室で畳が敷かれているが、机や座布団が無造作に散らばっている。

室内には、旧式のカラオケセットの機械も見える。

新庄「さすがに、ここには人が……。いる……!!」

浴衣を着た客たち何人か畳の上に座っている。しかし、客たちの顔はぼやけていて見えない。

喪黒が客たちの方へ懐中電灯を照らすと、彼らの姿はたちまち消えていく。


大浴場。ホコリをかぶった壁には空と山と鳥の絵が描かれている。大型の浴槽はひび割れている。

ふと、新庄が洗い場を見渡すと……、裸の姿の男性客が何人か椅子に座っているのが見える。

喪黒がそこへ懐中電灯を照らすと、洗い場にいる客たちの姿が消えていく。


階段を上る喪黒と新庄。2人が歩くたび、階段はミシ、ミシときしむような音を立てる。

渡り廊下を行く喪黒と新庄。天井はいくつかの欠片がはがれ落ち、斜めになっている。

廊下は至るところに天井の欠片が散らばっている。
12:2018/08/10(金) 01:00:32.108
ホテルの室内を覗く喪黒と新庄。ホコリまみれのこの部屋に、幼い子供を連れた若い夫婦がいるように見える。

しかし、例の如く喪黒が懐中電灯を照らすと、親子連れの客の姿は消えていく。

客室の中にあるテレビは、旧式のブラウン管テレビのようだ。


最上階の階のラウンジ。窓ガラスは割れており、高級そうな椅子と机の上には枯れ葉が散らばっている。

値段の高いスーツを着た年配の客たちが椅子に座っている。喪黒と新庄が客たちに近づいた時、彼らの姿は急に消える。

その時、窓から急に強い風が2人に向かって吹く。ビュウウウウウ!!!左手で帽子を押さえる喪黒。


女性「いらっしゃいませ……」 若い女性の声が2人の後ろから聞こえる。振り向く喪黒と新庄。

そこには、橙色の着物と赤い帯を身にまとった女性がいる。女性は顔立ちが整っていて色白だ。

和服姿の美しい女性に思わず見とれる新庄。しばらくすると、女性の姿も徐々に消えていく。

喪黒「彼女はここの若女将です。バブル崩壊でホテルの経営に苦労した彼女は……、ここから投身自殺をしました」
13:2018/08/10(金) 01:02:34.012
帰りのタクシーに乗る喪黒と新庄。

車内で新庄は黙り込んでいるものの、高揚感を感じた表情をしている。


夜。鬼怒川温泉街でのある大型ホテル。浴衣を着た喪黒と新庄が客室で会話している。

喪黒「ねぇ、新庄先生。幽霊は本当にいたでしょう!?」

新庄「え……、ええ……!!つい先ほど……、この目で確かに見ましたから……!!」

喪黒と握手をする新庄。

新庄「喪黒さん、あなたには本当に感謝しますよ!!この貴重な体験は一生忘れません!!」

喪黒「どういたしまして……。ですがね、先生……。あなたは私と約束をしていただきたいのですよ」

新庄「約束!?」

喪黒「はい。『さきわい館』を訪れるのは今回の1度きりにしてください」
   「なぜなら……。この廃墟は本物の心霊スポットですから、何度も訪れるのは危険なのです」

新庄「は、はい……」

喪黒「いいですね!?約束ですよ!!」

新庄「わ、分かりました……。喪黒さん」
14:2018/08/10(金) 01:05:01.116
数日後。東京。新庄の自宅。書斎で新庄は机に向かう。パソコンのワードを操作し、仕事のための原稿を書いている。

新庄の頭の中に、『さきわい館』の若女将の姿が思い浮かぶ。


夜。ベッドで横になる新庄。彼は夢を見ている。観光ホテル『さきわい館』。

夢の中でのこのホテルは廃墟ではない。ちゃんと営業されており、ロビーも宴会場も多くの宿泊客で賑わっている。

浴衣を着た新庄がラウンジに立ち、窓から温泉街を眺める。彼の左隣には、あの美しい若女将がいる。

若女将が新庄の左手を握る。手をつなぎ、いい雰囲気となる2人。……次の瞬間、夢から覚める新庄。

新庄「何だろう……、この気持ちは……」 心臓の高鳴りを感じ、両手で胸を抑える新庄。


数日後。ファミリーレストランで外食をする新庄。食事中の際も、彼の頭の中にあの若女将の姿が浮かぶ。

自宅のベッドで眠る新庄。この夜も、彼は『さきわい館』で宿泊する夢を見ている。夢の中で、若女将と手をつなぐ新庄。

朝。例の夢から覚め、ベッドから起きる新庄。彼の顔は真っ赤だ。

新庄「どうやら俺は……!!あの人に恋をしてしまったようだ……!!」

新庄の頭に喪黒の例の忠告が思い浮かぶ。

(喪黒「『さきわい館』を訪れるのは今回の1度きりにしてください」)
15:2018/08/10(金) 01:07:27.372
さらにその後、彼の頭には『さきわい館』の美しい若女将の姿が思い浮かぶ。

新庄の頭の中にいる若女将がニコリと愛らしい笑顔をし、言葉を話す。

(若女将「お願い……。私に会いに来て……」)


特急電車に乗る新庄。鬼怒川温泉駅。駅前でタクシーに乗る新庄。

新庄「運転手さん……、行きたい場所があるんです!!私が案内します!!」

運転手「は、はい……」

タクシーは山の中へ入っていき……、例の場所が見えてくる。そう、その場所は……。『さきわい館』だ。

タクシーが去り、『さきわい館』の駐車場に立つ新庄。彼は胸の高鳴りを覚える。

新庄「これで俺は……、あの人に会える……」

喪黒「待ちなさい……!」

新庄が後ろを振り向くと、そこには喪黒福造がいる。

喪黒「新庄先生……。あなた約束を破りましたね」

新庄「も、喪黒さん……!!」
16:2018/08/10(金) 01:09:42.846
喪黒「私は言ったはずです。『さきわい館』を訪れるのは1度きりにしておけ……と」
   「それなのにあなたは、私との約束を破り……。この建物の中へまた入ろうとしていますね!!」

新庄「す、すみません!!ですが……、私は……!!あの人に……、どうしても……!!あ、会いたくて……」

喪黒「ほう……。あなた、『さきわい館』の若女将に恋をしてしまったのですか……」

新庄「そ、そうですよ!!東京に帰って以来、私は毎日毎日、あの人のことで頭がいっぱい……。夢の中にまで出てきて……」

喪黒「分かりました……。彼女に会わせてあげましょう!!ですが……、どんなことになっても私は知りませんよ!!」

喪黒は新庄に右手の人差し指を向ける。

喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

新庄「ギャアアアアアアアアア!!!」


玄関をくぐり、『さきわい館』の建物の中に入る新庄。建物に入ると、さっそくあの若女将がいる。

若女将「あなたのことを……。お待ちしていました……」

新庄「わ、私も君に会いたかったんだ!!」

若女将が新庄に抱きつく。その時、彼女の両手の爪が伸び、新庄の背中に食い込む。

新庄「ぐっ……!!!」 新庄の背中が血まみれになっていく。
17:2018/08/10(金) 01:12:27.425
若女将「さあ、私と一緒に……。行きましょう……」

新庄「何だか身体が……、鉛のように重い……!!」

若女将に抱かれ身動きが取れない新庄。彼女は新庄に抱きつきながら、彼を床の中へ引きずり込んでいく。

爬虫類のような目つきになり、口に牙が生える若女将。彼女の笑みは妖しくて異様なものとなっている。

若女将に抱擁された新庄の身体は、胸の部分まで床の中に引きずり込まれている。

新庄「た……、助けてくれーーーーっ!!!」 若女将に抱擁されたまま、悲痛な叫びをあげる新庄。

2人の身体が、頭の部分を残し床の中へに引きずり込まれる。そして、遂に――。

若女将も新庄も地中へと姿が完全に消える。がらんとした状態になる『さきわい館』の玄関フロア。


『さきわい館』を背景に、駐車場の前にいる喪黒。

喪黒「現代人は科学が発達した時代を生きていますが……、それでもなお、理性では説明のできないことが多くあります」
   「だから……。私たちが暮らしている今の時代にも、目には見えない世界はどこかに残されているのかもしれません」
   「人間がオカルトに憧れる気持ちは、目には見えず、説明のつかない世界に対する好奇心の表われでもあります」
   「ですが……。現実の世界に生きる人間が、目には見えない世界にみだりに触れようとするのは危険が伴うものです」
   「現実の世界と、目には見えない世界……。これらに対するお互いの線引きは、やはり必要なんでしょうねぇ」
   「オーホッホッホッホッホッホッホ……」

                   ―完―