1: 2012/11/23(金) 19:33:12.38 ID:iZYDm3p5o


律子「さて、始まりましたアイドル十三怪談。この番組は765プロの十二人のアイドルと、私
……えー、歌って踊れるプロデューサー、秋月律子でお送りします」

春香「律子さん! 久しぶりのテレビ出演だからって照れちゃだめですよ!」

律子「ええい、うるさい。なんで私までかり出されるのよ。そりゃ、13っていう数字あわせなのはわかるけど!」

伊織「司会が番組開始早々キレてどうすんのよ」

真美「実は怖がってるんだったりして」

亜美「おー、ありそう。律っちゃん、意外と臆病だからねー」

貴音「そのように、人をからかうものではありませんよ、皆」

雪歩「四条さん、真っ青ですけど、大丈夫ですか?」

響「こっちは本気で怖がってるな……」

律子「はいはい。話すすめます。この番組は、私たちが一人一つずつ怪談を語っていく番組です」

律子「怖い話、不思議な話、怪しい話。色々取り混ぜてお送りします。中には体験談も含まれているようです」

律子「十三人が、果たしてなにを語るのか。それぞれのファンの皆様も、そうでない方も、ぜひ、お楽しみに」

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1353666792

2: 2012/11/23(金) 19:33:46.55 ID:iZYDm3p5o
アイドルたちが、怪談を一つずつ、合計で十三本披露するテレビ番組。それを描いたSSです。
怪談は、オリジナルや既存のものをそれぞれのアイドルたちでアレンジ。既視感があってもご勘弁。

ひとまず初日は三人分を投下。その後、毎日一人ずつ更新の予定。

3: 2012/11/23(金) 19:36:05.94 ID:iZYDm3p5o
「では、一人目は如月千早となります。千早、お願いするわ」

1.公園

 はい。如月千早です。よろしくお願いします。

 これは、私が体験したことなのですが、なんだか妙に印象に残っている出来事です。
いま思い出しても、本当にわけがわからないのですが……。

 ともあれ、聞いてみて下さい。


 その日、私は歌い足りなかったんです。

 レッスンを終え、事務所でもその日のレッスンでの録音と一緒に声を合わせたのに、それでも、足りない。

 喉にはあまりよくないと思いつつ、でも、もやもやしたものを抱えて家に戻るよりはと、とある公園に立ち寄りました。

 そこは、家のまわりを散歩しているときに見つけた場所で、とっても小さな公園なんです。

 周囲には昔は団地だった建物が建っています。以前は、団地の中の憩いの場だったのかもしれませんね。

5: 2012/11/23(金) 19:37:17.99 ID:iZYDm3p5o
 でも、いまは団地は取り壊し予定になっていて、人は住んでません。

 話によると、ここはずっと取り壊し予定のままで、再開発は進んでいないみたいです。

 そんなわけで、その公園には人はいませんし、大きな声を出しても迷惑にならないと知った私は、たまにそこで歌の練習をすることがあったんです。

 歌い足りなかったその日も、私はそこで何曲か歌って、家に帰るつもりでした。


 公園についたのは夏の西日が射し始める……そう、日が暮れていくのを意識し始めるような時間でした。

 私は公園の一方の端のあたりで、発声練習を繰り返し、そして、歌い始めました。

 三曲ほど歌い終えたところだったでしょうか。
 私は公園に、他の人がいることに気づきました。

 その頃には西日が強くて、ろくに姿も見えなかったのですけれど。

 まばゆい光の中に見える影の大きさからして、小学生くらいの子供のように思えました。

 こんな所で遊ぶ子供がいたのか、と驚くと同時に、強い視線も感じていました。
 どうやら、子供は歌う私に興味を持っていた様子です。

 ただ、特にこちらに何かを言ってくるわけでもなく、じっと立っているだけでしたので、私は歌うのを続けました。

 どんな聴衆でも、聴いてくれる人がいるというのは気分がいいものですし。

6: 2012/11/23(金) 19:38:28.78 ID:iZYDm3p5o
 そうして、歌を……そう、たしかあの時は『思い出をありがとう』を歌っていると、その子供のほうから、声が聞こえてきたのです。

 たどたどしい、ほとんど言葉を追えていない、音律。

 それは、私が歌うのに合わせて、その影となっている子供が発しているもののようでした。
 声変わり前の、澄んだ高い声を覚えています。

 私は驚きながらも、調子を変えずに歌い続けました。そして、歌い終えた後、また同じ歌を繰り返しました。

 落ちていく太陽がもたらす茜色の景色が、周囲を覆っていました。見えるのは、まばゆい光と、その子の影だけ。

 私が何度も同じ歌を歌うと、その子がついてくるのもはっきりとしてきます。

 その時の心情を、どう表現すべきかわかりません。
 嬉しかったのか、ただ、心地好かったのか、それとも必死だったのか。

 でも、一つだけ確かなのは、夢中だったことです。

 何度も、何度も歌い上げて……。

 そうして、辺りが暗くなった頃、私は歌い止みました。
 いまも、夕暮れの影の中に、その子は立っています。

7: 2012/11/23(金) 19:39:38.21 ID:iZYDm3p5o
 もう、遅いのじゃないかしら。私はこれで帰るのだけれど、送っていきましょうか。

 そんな言葉を投げかけたように思います。

 けれど、返事はなく、その影は微動だにしませんでした。

 不審に思った私はその影に向けて歩み寄り、もう一度声をかけました。今度も返事はありません。

 見る限り、影は俯いているのでもなければ、そっぽを向いているのでもありません。
 まっすぐこちらを見て立っているのです。

 なんだか、おかしな気分になった私は、ともかく、反応を見ようと、もう一歩踏み出しました。

 そして、気づいたのです。


 そこに立っているのがマネキンだということに。



 膚は硬く、目は作り物特有の反射をして、そして、関節は金属部品で止められていました。

 思わず、小さな悲鳴を上げました。

 それが私自身を驚かせたのでしょう。

 一気にパニックになった私は、そこから一目散に駆け出しました。
 そのまま、家に戻るまで、後ろを振り向くこともなく、ただただ走りました。

8: 2012/11/23(金) 19:40:23.83 ID:iZYDm3p5o
 あれから、あの公園に行ったことはありません。

 一度だけ、遠巻きに見てみたことがありますが、団地の取り壊し工事の予定が立ったようで、既に周囲が柵で覆われていました。

 もう、足を踏み入れることはできないでしょう。


 だから、あのマネキンがなんだったのか、ずっとあそこに立ってるのか、それはもう……わからないんです。

9: 2012/11/23(金) 19:41:09.62 ID:iZYDm3p5o
春香「……幻聴だった、ってことかな」

伊織「それ以前に、普通なら公園に入った時点でマネキンに気づくでしょ」

真「いや、でもさ、もし気づいたとして不気味じゃない? あまり人が来ない公園に、なんでマネキンを立てておくのさ」

真美「いたずらだとしたら、あんまり意味はないよねー」

亜美「団地に人がいる時ならわかるけどねー」

千早「だから言ったでしょう。わけのわからない話だって」

響「たしかにわけがわからないなー。でも、なんだろうな、もやもやするよね」

貴音「なんとも不思議な話ですね」

千早「こういう話でもいいのよね? 律子」

律子「ええ。立派な怪談よ。ありがとう」

10: 2012/11/23(金) 19:43:31.11 ID:iZYDm3p5o
「奇妙なお話でしたね。では、次は水瀬伊織です。どうぞ」

 2.座敷童子

 怪談……ねえ。

 ぽろっと口にしたら、明日の日経平均が暴落しかねない話とかあるけど、それじゃだめかしら?
 怖いわよ?

 え?
 だめ?

 そう。
 しょうがないわね。

 じゃあ、私の昔の知り合いの話をするわ。

11: 2012/11/23(金) 19:44:35.40 ID:iZYDm3p5o
 相手と知り合ったのがいつだったかは忘れちゃったわ。
 正直、あっちも覚えてないでしょう。

 知っての通り、私は水瀬の娘として生まれたから、色んなパーティに、幼い頃から出ていたの。

 自宅で開かれるものもあったし、よその屋敷やホテルの会場に呼ばれることもあったわ。

 実際には招待されているのは私の父母であって、私はマスコット的に可愛がられる、まあ、そんな存在だったわ。

 どこの家もそんなもので、子供たちを連れて来るの。
 もちろん、そういうのが許されるパーティにはってことだけど。

 そうしていると、いつの間にか、いろんな子供と知り合いになっていったわ。
 今回話すのはその内の一人の話。

 その子の家は、資産家でね。

 水瀬や東豪寺みたいに有名ではないけど、実はいろんな企業の株主で、知る人ぞ知るっていう家だったの。

 それで、その子と仲良くなった後で、内緒の話だよって言って教えてくれたことがあったのよね。

 それは、その家に昔から続く風習。

12: 2012/11/23(金) 19:45:30.03 ID:iZYDm3p5o
 後継ぎになる人間は、必ずやらなきゃいけないことなんですって。

 その家の旧宅……というか、昔、一族が住んでいた家っていうのが、地方に残されているらしいのね。

 それで、後継ぎになるはずの男子が十五歳になると、その時点の当主か、先代当主と一緒に、その家に行かされるらしいの。

 たいていは父親か、祖父と一緒に行くってことになるわね。

 そうして、地下室に連れて行かれて、牢屋を見せられるんですって。


 そう、牢屋。


 なんでも、土蔵の地下にあるらしくて、母屋にいる限りはそんなのがあるなんて思いもしないらしいわ。

 でも、その牢屋の中は空なんだって。

 あるのは、壁から伸びてる鎖と、その先にある枷だけ。

 ただ、伝承では、そこになにかがいるっていう、そういうことになってるらしいの。

 それで、その当主になるはずの子は、見えないなにかに向けて、これからもお世話させていただきますとかなんとか誓うらしいのね。

 その子のお父さんは、それを教えてくれた時、昔からある、ただの儀式だって笑ってたらしいけど。

 でも、形式的でもなんでも、そこに『なにか』が見えると言わないと、後継ぎにはなれないらしいわ。

13: 2012/11/23(金) 19:47:07.43 ID:iZYDm3p5o

『なにがいるの?』

『座敷童子らしいよ』


 それが、私とその子との会話。

 座敷童子といえば、その家に富を約束するっていう妖怪よね?

 そんなのを閉じ込めてるってことにしとくのは悪趣味な話よ。

 でも、ある種の願掛けとして、理解出来ないこともないわ。いまから考えると、だけど。

 いずれにしても、その子が話をしてくれた時点では、まだその儀式を実際には経験してなかったし、あくまで伝聞でしかなかった。
 だから、私も珍しいお話として聞いていたの。

 ところが、それからしばらくして、その子の家が、大変なことになっちゃったのよね。

 詳しくは言えないんだけど、簡単に言うと、ほとんどの資産はなくなって、一族の主立ったものはいなくなって……まあ、凋落しちゃったわけね。

 その子自身もどうなったかわからなくて……心配してたんだけど、ついこの間偶然会ったのよ。

14: 2012/11/23(金) 19:48:08.98 ID:iZYDm3p5o
 たまたま入った喫茶店でウェイターをしてたわ。

 聞いたら、一人でバイトして暮らしているんですって。

 それで、

『いやあ、僕が没落させちゃったみたいなんだよね、家』

 って朗らかに言うものだから、どういうことか訊いてみたのよね。

 そうしたら、十五になってあの儀式……閉じ込められている座敷童子に挨拶に行くっていうのをやらされたらしいの。

 一応、それは無難にこなしたんだけど、その日の夜中に、もう一度そこに忍び込んだんですって。
 大人たちは母屋で儀式の成功を祝っていたから簡単だったらしいわ。

 それでね、牢屋に入って、金槌で叩いて、枷を壊してしまったんですって。

『だから、まあ、僕が中にいたものを逃がして、家が傾いたってわけ』

 そう言ってたわ。
 おかしな話よね。

 実際には、震災や色んな事があったから、そっちのほうが原因と考えるべきなんでしょうけれど。

15: 2012/11/23(金) 19:48:55.29 ID:iZYDm3p5o
 でもね、そいつ言ってたのよ。

『父さんやじいちゃんには見えてなかったみたいだけど、僕には本当に見えてたんだよ』

 ってね。


 何がって?


 さあ……何かしらね。

16: 2012/11/23(金) 19:51:07.38 ID:iZYDm3p5o

亜美「本当にいたのかな、座敷童子」

真美「いるんなら、見てみたいね!」

千早「なんだか不気味そうでもあるけれど……」

真「伊織はどう思ってるの?」

伊織「さあ?」

響「伊織ぃ」

伊織「わかんないわよ、私だって。でも、一つだけわかってることがあるわ」

やよい「なんなの、伊織ちゃん」

伊織「お父さんやお祖父さんからの伝聞の中では座敷童子と言われてるそれの事を彼は一度だって『座敷童子』だなんて呼ばなかったわ」

春香「それって……」

伊織「はい、この話はおしまい。次行って」

律子「え、ええ。じゃあ、次は……」

貴音「わたくしです」

美希「貴音?」

貴音「はい。こういった話は苦手なのですが……だからこそ、早めに終わらせてしまおうかと思いまして」

伊織「でも、貴音って怖い話、色々と知ってそうな気もするんだけどね」

雪歩「四条さんは雰囲気があるから」

貴音「それは買いかぶりというもの。さて、そろそろ始めましょう」

17: 2012/11/23(金) 19:52:55.31 ID:iZYDm3p5o
「では、四条貴音が語ります。どうぞ」

 3.鋏

 それはなんということもない昼下がりのことでした。

 アイドルを生業としている以上、様々な評判や情報が気にかかるものです。

 いえ、それを気に留めておくのも務めの内、というところでしょう。

 その日、わたくしは、雑誌の記事を読み、気になるものを見つけたならば、切り抜こうと鋏を用意しておりました。

 そして、心にかかる記事を見つけたところで、鋏を取りあげたのですが、その時のことです。

『よしてくんろ』

 という声がどこからか聞こえてきました。

 もちろん、部屋には誰もいませんし、そんな声が外から聞こえてくるわけもありません。

 思わず鋏を置いて周囲を見回したわたくしは、気のせいだと己に言い聞かせて、再び鋏を持ちました。

18: 2012/11/23(金) 19:53:58.86 ID:iZYDm3p5o

『よしてくんろ』

 再び、声がします。

 高いようにも低いようにも聞こえる、奇妙な声でした。

 今度は周囲を見ることもなく、ただ動きを止め、しばし待ってみましたが、それ以上のことは起きません。

 恐る恐る、鋏の刃を閉じてみました。


 しゃきん。


『よしてくんろ』


 しゃきん。


『よしてくんろ』


 しゃきん。


『よしてくんろ』


 お恥ずかしい話ですが、三度目の刃の開閉に続いた声を聞いたところで、もはや恐慌状態に陥っておりました。

 怯えつつ顔を上げると、壁になにやら穴のようなものが見えます。

 そのようなもの、その時になるまで気づくどころか、そこにありはしなかったはずでしたのに。

19: 2012/11/23(金) 19:54:45.30 ID:iZYDm3p5o
 けれど、そこには穴があり、そして、あの声が聞こえてくるのはここだ、と直感が告げておりました。

 ふらふらと立ち上がり、何かに導かれるように、わたくしは鋏をその穴に突き立てておりました。


『ぎゃっ』


 一声聞こえたところで、わたくしも昏倒しました。

 再び目を醒ましたとき、壁に穴などありませんでした。

 部屋には鋏を手に倒れ伏すわたくしがいるばかり。

 果たしてあれが何であったのか、わたくしは考えたくもありません。

 ただ、二度と現れてくれないでほしいと思うばかりなのです。

20: 2012/11/23(金) 19:55:36.37 ID:iZYDm3p5o
貴音「こ、これでよいのですよね、律子」

律子「ええ。いいけど……。なんでそこまで必死なの」

貴音「り、律子が約束してくれたのではないですか。自分の番をしっかり務められれば、あとは隅で震えているだけでよいと!」

律子「いや、そうは言ったけど……」

貴音「はっ、もしや、偽りだったというのですか!? ああ、なんと無情な!」

律子「いや、いいけどね? うん、いいんだけど……。あー、響、貴音の面倒お願いできる?」

響「わかったぞー」

21: 2012/11/23(金) 19:56:16.83 ID:iZYDm3p5o
雪歩「ま、まあ、四条さんの反応はともかく、なんだか面白いというか、かわいいようなお話ですね」

真「日本昔話とかにありそうだよね」

美希「特に害もないみたいだし」

やよい「でも、急に話しかけられたら、びっくりしちゃうかも!」

伊織「それはあるわね」

貴音「び、びっくりどころではありませんでした。あの異様な雰囲気は……」

春香「まあまあ、貴音さん。次の私も、あんまり怖くない話ですから、そこで一息ついて下さい」

千早「そうなの?」

春香「うん。怖いとかじゃなくて、変な話」

真美「はるるん、いきなりそういう説明しちゃうとつまんないよー」

亜美「そうだよー」

春香「あ、ごめんごめん」

律子「そうかしら。前置きも悪いことではないと思うわよ。ともかく、次は春香ね」

春香「はい!」

35: 2012/11/24(土) 21:02:14.76 ID:HLyHYusvo
「では、天海春香のお話です。どうぞ」

 4.メモ

 その日はとっても良いお天気で、しかも日曜日だというのに、私はオフでした。

 最近はありがたいことにこういうこと滅多にないんですよ。
 皆さんからお仕事いっぱいいただけるから。

 ともかく、時間がある上にこのお天気ということで、シーツやらなにやら、大きめのものの洗濯をしたんです。

 普段はお母さんに任せちゃってるんですけど、たまには、と思って。

 それに、その日、両親は出かけていて、夕方まで一人でしたからね。

 そうして、洗濯したものを全部干し終わって、一仕事終えたーって満足に浸っているところで、友達から電話がかかってきたんですよ。

 遊びの誘いで、私は一も二もなく同意してました。なにしろ、学校や地元の友達と遊ぶ機会も減っちゃってますからね。

 だけど、お化粧して服選んでたら、友達に約束してた時間ぎりぎりになっちゃって。

 慌てて飛び出したら、玄関前にシーツが落ちてたんです。

 見上げたら、物干し台からたしかにシーツが無くなってて。
 あちゃー、落ちちゃったと思って、一度戻ろうと思ったんです。

36: 2012/11/24(土) 21:03:54.98 ID:HLyHYusvo
 でも、なにしろ時間に間に合わない! って気が急いてたんで、ほとんど乾きかけてたのをいいことに、ぱぱっとそこで畳んで、
自分の自転車のかごに突っ込んで、遊びに行っちゃったんです。
 いい加減しちゃってごめんなさい。

 さて、友達と遊んで、夕方に家に戻って来たんですけど、シーツが自転車のかごにない。

 あれ、ってかごを覗き込んだら、なにかメモみたいなのがあって、


『元に戻しておきました』


 って書かれていたんです。

 はっとなって見上げたら、シーツがちゃんと元の場所に干してあって。

 急いで家に入って、もう帰っていたお母さんに訊ねてみたんですけど、知らないって言うんですよ。

 私の部屋にも物干し台にも行ってないって。

 そもそも、そのメモの字がお母さんとは明らかに違うんですよね。

 家族にも話して、メモも見せたんですけど、不思議な話もあるもんだ、で終わっちゃいました。

37: 2012/11/24(土) 21:05:53.71 ID:HLyHYusvo
 これで終わったら、不思議な話とも思えるし、あるいは、ストーカーみたいな人がこっそり家に侵入してた……
なんて怖い話にもなり得るんでしょうけど、実は、これ続きがあるんです。

 シーツの一件からしばらくして、妙な音が聞こえるようになったんですよ。

 私が部屋にいると、廊下でなにか積んである物が崩れるような音がするんです。

 びっくりして廊下に出てみても、なにも起きてない。
 そもそも、廊下には倒れるようなもの、ないんですから。

 人が通るところにいろんなもの積み上げるわけないですもんね。

 でも、たまに部屋に一人でいる時にだけ、そんな音が聞こえてくる。

 そんなことが、何回かありました。

 妙な出来事ですけど、別に何かあるわけじゃないので、気にしないでおいたんです。

 さすがに、音がした時は、外に出て見回しちゃうんですけど。

38: 2012/11/24(土) 21:07:26.62 ID:HLyHYusvo
 でも、ある日、机の上にメモがあったんです。
 どこかで見たような字で。


 そう、シーツのときと同じ筆跡で、


『あれは私じゃありません。でも、次に扉を開けなければ、もうなくなります』


 って書いてありました。

 あ、あの音のことだな、って思いました。


 だから、私、次に音が鳴ったときは完全に無視して、部屋の中にいました。

 がさん、ばたん、とうるさかったんですけどね。

 そうしたら、それから、あの音は消えて、もう聞こえることはありません。


 あの音がなんだったのか、メモの主が誰なのかは、よくわかりません。

 でも、少なくとも、部屋の外で音を立てて驚かせてくるようなのと比べたら、なにかいいものなんじゃないかなって思ってます。

39: 2012/11/24(土) 21:08:56.49 ID:HLyHYusvo
雪歩「なんだろうねぇ、それ。洗濯物落ちたのなおしてくれるのはいいけど……」

真「家事を手伝ってくれる妖精みたいなのいなかったっけ。伝説で」

伊織「ブラウニーでしょ。まあ、妖精はいたずらもするけど」

真美「でもでも、いいよねー。宿題とかもしてくれないかな」

やよい「それはだめだと思うなあ……」

春香「まあ、あれ以来メモもないから、もういないかもしれないけどね」

千早「あんまり変なのが周りにいられても困るわよね」

美希「見えないのは困るの。どこにいるかわからないし」

律子「見えない、と言えば、次は響だったわよね?」

響「あ、うん」

律子「前に聞いたあの話よね? あれ、なかなか興味深かったわ。よくわからない話だけど」

響「ほんとにねー……」

亜美「なになに、ひびきん」

響「んー、自分が中学生の時の話なんだけどさ……」

45: 2012/11/25(日) 14:19:11.34 ID:S6wbhWXdo
「では、続いては、我那覇響です。どうぞ」

 5.夜の海

 それじゃあ、自分は、沖縄時代の話をするね。

 出て来るのは地元の人間ばっかりだから、本当はうちなーぐちを話してるんだけど、わかりにくいだろうから、
ここでは、やまとぅぐちになおして話すね。

 これは、中学生の最後の夏休みに、友達四人で遊びに行った時の話。

 本当言うと、みんなでどこか遠くに旅行したかったんだけど、さすがに中学生だからね。許してもらえなくて。

 結局、ある友達の親戚が、県内の別の島でやってる旅館に泊まりに行ったんだ。

 海沿いの宿でさ、とってもきれいなところだったよ。海になれてる自分たちでも、すっごく楽しめちゃうくらい。

 それに、仲の良い友達と遊んでると、それだけで楽しいだろ?

46: 2012/11/25(日) 14:20:05.49 ID:S6wbhWXdo
 自分たちもはしゃいじゃってね。最終日の前の晩には、夜だっていうのに海まで遊びに行ってたんだ。

 みんな、翌日には帰らなきゃいけないってことで、名残惜しかったのもあるんだろうね。

 女の子四人だけで、暗くなった海で遊ぶって、今から考えるととっても危ないけどさ。

 ともかく、一通り遊んで、さすがにもう戻ろうってなって。ゆっくりおしゃべりしながら宿まで帰ったんだ。

 でも、宿の玄関の灯りに照らされたら、なんだかおかしなことに気づいた。

 みんなで顔を見合わせてわかったんだ。


 一人、足りない。


 友達の一人、アリサって子が、いなかったんだ。

 さっきまでおしゃべりしてたのになんでってなったんだけど、いないものはいない。

47: 2012/11/25(日) 14:21:19.06 ID:S6wbhWXdo
 もう自分たち慌てちゃって、アリサの名前を呼びながら海までの道を戻ることにしたんだ。

 もしかしたら、どこかに隠れて自分たちを驚かそうとしているのかも、なんて軽口を叩きながら、でも、内心ではもう心配で心配で。
 たぶん、他の二人もそうだったと思うよ。アリサになにかあったら、なんて考えたくもないからね。

 三人で必死に名前を呼んで、あちこちに懐中電灯を向けたりするんだけど、アリサの姿はなくて。

 結局、さっきまで遊んでた浜辺についちゃった。

 どうしていいかわからなくなって立ちすくんでいたら、声がかかったんだ。

 なにしてるんだって声に振り向くと、しわくちゃのおばあさん。

 あんたたち、こんなところでなにしてるって言うから、友達がいなくなったって説明したんだ。

 そうしたら、からから笑い出してね。そりゃ、海に引かれたんだ、って言うんだよ。

 夜の海はおっかないんだって。時々、人もモノも引っ張って行っちまう。おばあさんはそう言って、東の方を指さしたんだ。

 まあ、運がよけりゃ、明日の朝にはあそこの崖の下に打ち上げられるだろうさ。

 そう言われたのを覚えてる。

48: 2012/11/25(日) 14:22:01.27 ID:S6wbhWXdo
 自分たちそこで、もうすっかりパニックになっちゃってさ。

 ともかく、宿に必死で走ったんだ。警察呼ばなきゃ、海を探してもらわなきゃ、って、そんなことを考えてたと思う。

 そうして、宿の灯りの中に入った途端。

『いい加減にしなさいよっ!』

 すごい怒鳴り声と一緒にアリサが急に現れたんだ。

 もう大騒ぎ。

 みんな泣き出すし、アリサは一人で怒ってるし、ぎゃーぎゃーわめいて、宿のおばさんがなだめに出て来るくらい。

 それで、なんとか落ち着いてからアリサの話を聞いてみたんだ。そうしたら……。


『私は最初からいなくなったりしてないわよ』


 って言うんだよ。

49: 2012/11/25(日) 14:22:53.97 ID:S6wbhWXdo
『宿の前まで来たら、いきなりあんたたちが私を無視しだして、いくら声をかけても、私がいない風に振る舞ってたんじゃない』

 よくわからない言いぐさだけど、本気みたいなんだ。

『ずっと無視しながら、それでいて私の名前を呼び続けるんだもの。私、あんたたちが頭がおかしくなったと思ったわ。
海まで行って、誰も居ないところに向かってなにか話しかけてたし』

 そうやって、泣きながら怒るんだよね。
 とても、嘘をついている風には見えなかった。

 結局、みんなで泣き疲れて眠っちゃって、そのまま翌日には地元に帰ってきたんだけど……。

 なんでアリサが見えなくなったのかとか、あのおばあさんは本当にあそこにいたのかとか、まるでわからずじまい。

 ただ、みんな無事で良かったって、そう思う。

 二度とあの場所には行きたくないけどね。

 自分の話はこれでおしまい。

50: 2012/11/25(日) 14:24:31.67 ID:S6wbhWXdo
貴音「突然に人が見えなくなるとは……。恐ろしい話です」

美希「そのアリサって子が一番かわいそうだよね」

伊織「冗談でやってくれるほうがましよね。そんなの」

真「どっきりとかで、無視するとかあるけどねえ……」

雪歩「それより、そのおばあさんが怖いよ……」

亜美「霊かな?」

真美「船幽霊?」

律子「いや、それちょっと違うから」

春香「夜の海が怖いってのはなんとなくわかるなあ」

千早「でも、今回の件は、本当に海に関係することなのかもわからないわよ」

響「自分としては、あんまり追求したくないんだよね。わからないままのほうが良いような……」

律子「君子危うきに近寄らずってね。まあ、夜の海には軽い気持ちではいかないことね。物理的にも危ないわけだし」

響「うん、そうだね。さ、次は誰?」

真「んー、じゃあ、ボクがいこうかな」

律子「じゃあ、真、よろしくね」

55: 2012/11/26(月) 21:24:05.81 ID:+KAsmYVco
「次に語るは菊地真。さて、どんな話となりますか。どうぞ」

 6.こっくりさん

 こっくりさん、ってみんな知ってるよね。

 そうそう、エンジェルさんとか、色々異名はあるみたいだけど。
 なにかを呼び出して、机の上の十円玉とか鉛筆とかを動かしてもらうってやつだね。

 ボクの学校で、それが流行った時期があってね。

 ボクも誘われることがあったんだ。

 でも、正直馬鹿馬鹿しいと思ってたから、参加したりはしなかった。

 だって……ねえ?

 ただ、ボクは芸能活動をしてるから、どうしても学校の友達と遊ぶ時間って減っちゃうんだよね。
 これは、みんな同じ悩みを持ってると思うけど。

 仲良くしたくても、どうしても時間が取れなかったり、合わなかったりするんだよね。

 それで、なんていうか、話の流れで、どうしてもあるグループのこっくりさんに参加しなきゃならなくなっちゃったんだよね。

56: 2012/11/26(月) 21:25:33.32 ID:+KAsmYVco
 要は、普段あんまりつきあってくれないんだから、これくらいいいでしょ? ってことなんだけど。

 もちろん、そう直接は言ってこないんだけどね。
 なんというか……さ。
 わかるだろ?

 それで、意味はないだろうなあと思いつつ、別にとんでもなく嫌ってわけでもないから、諒承したよ。

 結局、ある日の放課後にやるって話になったんだ。

 だけど、たまたまその日、ロケが入っちゃって、しかも、時間が押したんだよね。

 午後から学校に戻れる予定が、放課後になっちゃって。

 授業はもう間に合わないんだけど、その、こっくりさんの約束してたから、急いでロケ先から学校に向かったんだ。

 途中、送ってもらった車の中で制服に着替えてね。もう大変だよ。

 でも、友達との約束だし、せめて顔だけでも出さないと申し訳ないもんね。

 そう思って自分の教室に……そうそう、教室で人がいなくなってからやるって言ってたから。

 それでね、教室について、扉を開けようと思ったんだけど、開かないんだよね。
 教室の前後の扉、どっちも手をかけてみたんだけど、全然動かない。

57: 2012/11/26(月) 21:27:06.36 ID:+KAsmYVco
 鍵かけてるのかなー、って思って、中にいるはずの友達の名前を呼んでみたんだけど、返事はなくて。

 しかたないから、窓からなんとか覗こうとしてみたんだ。
 磨りガラスだから、向こうで人影が動いてくれないとよくわからないんだけどさ。

 それで気づいたんだけど、なんか、向こうが妙に暗いんだよね。

 電気つけてないって程度の暗さじゃなくて、なにか暗幕でも引いてる見たいに暗い。

 その暗い中に、時折、ぱっと白い……いや、青白い光が走るんだよ。

 ぱっ、ぱっ、って、まるで雷みたいにね。

 あれ、これ、おかしいぞ、ってなって、ばんばん扉を叩いたんだよ。

 ともかく、中にいる友達五人のことが心配でね。

 でも、全然だめ。

 そりゃあ、ボクも女の子だし、それほど力が強いわけじゃない。
 いや、ここ受ける所じゃないからね?

 でもさ、教室の扉だよ?

 厚みもあんまりないし、体重をかけたら、変な音がするような強度のはずなんだよ。

 そもそも、普通のドアみたいにがっちり固定されてるわけじゃなくて、上下のレールにはまってるだけなんだから。

 でも、助走をつけて体ごとぶつかってみても、びくともしない。

58: 2012/11/26(月) 21:28:20.42 ID:+KAsmYVco
 うわ、これは、一人じゃ手に負えないって思って職員室に走ったんだ。

 先生たちに、しどろもどろで説明したんだけど、たぶん、説明にはなってなかったんじゃないかな。

 でも、ボクが慌ててるってことは伝わって、担任の先生とか、生活指導の先生が来てくれたんだ。

 だけど、先生たちが開けようとしても、扉は開かない。

 鍵を挿しても、全然なんだよ。
 もちろん、ボクと同じように体当たりした先生もいたけど、全く効かない。

 そうして、どうしてこんなことにってみんなで騒いでる内に、


 ぱあんっ


 って、そんな大きな音が一つしてね。

 教室の中でその音がした途端、先生方があわてて、また扉を開けようとしたら……。



 開いたんだよ。



 しかも、あっさりと。

 生活指導の先生なんて、力いれすぎてたのか、つんのめってたからね。

59: 2012/11/26(月) 21:29:14.68 ID:+KAsmYVco
 扉の向こうでは、友達が、床に倒れてたよ。

 一つの机を中心にして、なんだか、そこから弾かれたような格好で、ぐったりと意識を失ってた。

 そこから先は、ボクはもうすっかりシャットアウトされちゃった。

 ボクが取り乱してたのもあったし、救急車呼んだり大騒ぎになったこともあって、ボクは生活指導室につれてかれて隔離されちゃったんだよね。

 そのまま事務所に連絡されて、帰されたよ。

 だから、詳しいことはよくわからない。


 ただ、後日、教室で倒れていた四人が停学処分になったって聞かされた。

 学校でお酒を飲んでたっていうのが、その理由。

 どういう理屈かしらないけど、お酒を持ち込んでいたらしいんだよ。
 律子に聞いたら、御神酒として使おうとしたんじゃないかしらって言われたけど。

 学校側としては、酔っ払って倒れたんだとして処分したんだろうね。

 でも……。

60: 2012/11/26(月) 21:30:37.55 ID:+KAsmYVco
 ボクは釈然としなかった。
 だって、あそこでなにかが起きてたのは確かだから。

 あの暗闇や、光は、酒盛りの様子なんかじゃないよ、絶対。

 それは、あの場にいた先生たちだってわかってるはず。

 だから、ボクは生活指導の先生にそのことを訊いてみたんだ。
 このことの処分を主導したのもその先生のはずだからね。

 先生はしばらく考えた後で、こう話し始めた。

『菊地、お前、あそこに五人いるはずだ、って言ってたよな』

 うん。その通り。

『AとBとCとD。あともう一人は誰だ?』

 そう訊ねかけられて、あれ? ってなったんだよね。

 たしかに、ABCDの四人がグループにいたのは間違いない。

 でも、後一人が誰だか、どうしても思い出せないんだ。

61: 2012/11/26(月) 21:34:01.33 ID:+KAsmYVco
『お前、××って知ってるか?』

 聞き覚えのない名前だったよ。
 そう答えたら、先生は渋い顔でこう言ってた。

『俺も知らん名前だ』

 なにを言ってるのかわからなかったから、説明してくれと言ったんだ。
 そうしたら、

『あいつら、自分たちがやってたことを録音してたんだ』

 って、ICレコーダーを見せてくれた。

『この中に入ってる会話ではな、あの四人の他に××って名前が出て来る。
まるで五人の仲良しグループみたいに、距離のない呼びかけとしてな』

 それから、先生は苦々しげに続けてたよ。

『内容については詳しく触れんが、ともかく、××と四人はなにかおかしなことをやらかして……そして、ああなったようだ』

 でも、その内容は、とても学校側……というよりは、常識ある大人が認められるものではなかったんだって。

 だから、苦肉の策として、飲酒で停学にするしかなかった、と先生は言ってたよ。

 それとは別にこっくりさんはやんわりと禁止に持っていく、とも言ってた。

62: 2012/11/26(月) 21:34:59.72 ID:+KAsmYVco
 高圧的に禁止すると、変な風に突っ走るのが怖いから、そんなものやる奴は流行遅れだという風潮を植え付けるよう努力するって。

 それって……本気で危ないと思ってるって事だよね。
 ただ言いつけただけじゃ生徒たちが反発するってわかって、そんなことをするんだ。

 その話を聞いて、ボクは追求するのをやめたよ。

 これ以上踏み込むなって先生も言ってるようだった。

 だってね。

『この録音な。最後だけ、別の声が入ってるんだ』

 先生は最後にこう言ったんだ。



『一人連れていく』

63: 2012/11/26(月) 21:36:14.57 ID:+KAsmYVco
亜美「こわっ」

真美「……誰か一人いなくなって、でも、その人のこと自体、記憶から消えちゃってる?」

律子「記憶が書き換わったというより、最初からいないことになったという感じかもね。
……オカルトやSF的に考えるならば、だけど」

真「正直、ボクは、先生がボクを通じて、みんなを戒めるために怖いことを言った……ていう風に思うように
してるんだけどね」

雪歩「真ちゃん……」

真「そうじゃないと……だって……。ボクは友達を……」

伊織「あんたが気に病むことじゃないでしょ! かえって巻きこまれずに済んでよかったじゃないの」

貴音「自業自得という言葉は軽々しく使われすぎな感もありますが、しかし、事実、そのようなことはあるのですよ、菊地真」

響「おお、貴音が恐怖に耐えて、真面目に話してるぞ! でも、自分もその意見に賛成だな!」

64: 2012/11/26(月) 21:37:02.90 ID:+KAsmYVco
律子「正直、お酒まで持ち込んだこっくりさんって普通じゃないもの。
オカルトに傾倒しすぎて事件を起こしたのはその子たちの責任よ。なにも知らない真が悩む事じゃないわ」

春香「そうだよ、真」

真「……ありがとう、みんな」

やよい「そういえば……その四人はいまはどうしてるんですかー?」

真「ああ……。彼女たちは停学のまま学校を辞めて、別の学校に移ったみたいだよ。
家ごと引っ越したりして……」

響「ますます真相は闇の中……だね」

千早「その人たちが転校先で静かに過ごせているといいわね」

真「うん。……そうだね」

律子「さ、引きずらずに、次に行きましょう! そろそろ後半戦。次は、私が話すわ」

真美「おー、律っちゃん!」

亜美「がんばーっ!」

69: 2012/11/26(月) 22:52:14.40
アイドルは13人……あれ?

74: 2012/11/27(火) 22:51:04.59 ID:hEv1V6Ezo
「では、次は私、秋月律子となります」

 7.幽霊

 さて、みなさん。

 みなさんは幽霊っていると思いますか?

 いわゆる、人が死んで、その意識がこの世に遺った存在としての幽霊についてです。

 私は、いないと思うんですよね。

 だって、考えてみて下さい。

 幽霊が本当にいて、それがこちらになんらかの影響を及ぼせるとしたら、もっと目撃例があってもいいと思いませんか?

 そもそも、人間の歴史で、人が死ぬ事は普通のことでした。

 みんな、死にますから。

 病死や事故、老衰、自殺に、それに他殺……。
 死はけして特別なことではなく、身近なものです。

 そして、戦乱の時代も長く続きました。戦国時代まで遡らなくても、東京だって空襲を受けています。
 たくさんの人が亡くなっているんです。

75: 2012/11/27(火) 22:52:00.71 ID:hEv1V6Ezo
 さらに、日本は台風も地震のような天災も起きますし、木造家屋ですから火事も多かった。

 人が住んでいるところで、人が死んでいないところなんて、ないと思うんですよね、実際。

 そう考えると、目撃される例は少なすぎます。
 そもそも、有名な合戦とかがピックアップされすぎで、マイナーな戦争での死者の霊を見たとかって
あんまり聞きませんし。

 やっぱり、こう、見る側の意識がメインであって、それは幽霊という存在とは関係ないんじゃないかって
思っちゃったりするんですよね。

 そう、私は別に見えることは否定していないんです。

 ただ、それが幽霊かどうかっていうと、違うんじゃないかなって思うってだけで。

 そう思わせた体験を、これからお話しようと思います。

76: 2012/11/27(火) 22:52:57.94 ID:hEv1V6Ezo
 我が765プロもおかげさまでみんな売れっ子になってくれてまして、それもあって、人員を増やすことになったんです。
 マネージャーやらなにやら、スタッフを、ですね。

 そうなると、いまの事務所では手狭になってしまうので、しばらく前から、事務所の移転について検討しているんですよ。

 その担当が私でして、不動産業者の方とも連絡を取り合っているんですが、なにを勘違いしたか、
私にも物件を紹介してくるんですよね。

 そう、765プロの移転のためのテナントじゃなくて、個人事務所のためのものですね。

 どうも、こう、私がいずれは独立して開業すると考えて、先に売り込んでおこうってつもりらしいんですけども。

 いや、独立志向がないとは言いません。

 でも、それは数年単位で先の話。

 いま765を出るつもりはありませんし、もし、何年か後に独立することがあっても、私が765プロで育ったことは間違い有りませんから、
765のサブブランドって形をとると思います。

 ともあれ現状、そんな物件を紹介されてもしかたないと言えばしかたないんですが、つきあいもあって、覗きに行ってるんです。

77: 2012/11/27(火) 22:53:46.58 ID:hEv1V6Ezo
 それで、先日とあるビルの一室に向かったんですが……。

 場所も悪くないし、賃料もそう法外じゃない。
 ビル自体も、築年数は多少経ってますが、エレベーターなんかは新しくなってて、設備としては文句ないところでした。

 実際のフロアはまだ改装途中というところでしたが、それも悪くない。

 こういうところはすぐ埋まっちゃうんだろうなあ、って思いながら、眺めてたんですよ。

 契約する気はありませんからね。
 気楽なものです。

 そうして、ある部屋に入ったところで、隣の部屋との扉が、ひとりでに開いたんですよ。 



 ぎぃって。



 思わずじっと見つめていたら、業者の人が、苦笑いしながらその扉を閉めるんですね。

『ああ、ここたまに開いちゃうんですよね。工事頼んでありますから、もし入るとなったら、直りますよ』

 そんな言葉に曖昧に相づちを打ちながら、私はちらちらその扉のほうを見てました。

 また開くだろうって確信があったんです。

78: 2012/11/27(火) 22:54:47.93 ID:hEv1V6Ezo


 ぎいっ。


 業者の人が熱心に話をしていたところで、また、そんな音がしました。

『はは、困りますね』

 そんな風に言ってまた閉めてました。

 でもね、結局、そこを出るまでに、何度も何度も開きましたよ、そこ。

 だって……。


 その扉にネクタイをひっかけて、首を吊ってる半透明の男の人がいるんですもん。


 苦しそうに顔を歪めて、その顔が大きく膨らんで……暴れる足でばたばたと扉を蹴ってるんですから。

 業者の人は見えてなかったのか、まるで気にしてませんでしたけど、あんまりにも異様で、私は怖さを感じるより先に、
呆気にとられてました。

 ああ、こんな風に見えるんだなあ、って、妙な感心もしてました。

 あれはずっと、首つりを繰り返して、そうして扉を開け続けているんでしょうね。

79: 2012/11/27(火) 22:55:32.55 ID:hEv1V6Ezo
 ところで、その後で調べてみたら、そこでは変死とか、そういうことは一切なかったんですよ。

 事故物件かどうかなんて表面だけじゃわかりませんから、まあ……色々と伝手を頼って
聞き込んでみた結果です。

 たぶん、本当に、そこで縊死した人はいなかったんだと思います。
 少なくとも、あのビルが建ってからは。


 じゃあ、あれは、なんだったんでしょうね?

80: 2012/11/27(火) 22:56:00.44 ID:hEv1V6Ezo
 あれを見て以来、私は幽霊はいないって信じてます。

 でも、幽霊じゃない、死んだ人の意識やらなにやらが遺ったものではない、なにかおかしなものっていうのは……。

 ある、のかもしれませんね。

81: 2012/11/27(火) 22:57:15.98 ID:hEv1V6Ezo
伊織「でも、幽霊じゃなかったら、なんなの?」

亜美「なんだろう?」

律子「わからないわ。ただ、死んだ人の意識が遺ったものが見えているとするのは安易だというだけで」

雪歩「そんなものが見えたら怖いのは変わらないですぅ……」

やよい「たしかにー! 見たくないです……」

律子「でも、考えてみて。人間のなれの果てなら、人間の論理が通用する場合もあるかもしれないけれど、
人間の姿をしてるだけの別のなにかだったら?」

真「話も通じないって事?」

律子「そういうこともありえるでしょうってこと」

貴音「も、もののけには関わらぬ方が良いのです。ええ、そうなのです……」

響「まあなあ。ああいうのはユタやカミンチュに任せるしかないさー」

真美「でも、あれだねー。そのおっちゃんの姿をした変なのは、ドアがなくなったらどうするんだろうね?」

美希「別のビルにいくんじゃない?」

春香「そんなこと気にするより、そんなビルがあるって事実がやだよ……」

千早「まあ、私たちが入るビルは律子が前もって見ておいてくれるから大丈夫よ」

律子「いや、さすがに私もあんなの二度と当たりたくないけどね……。それはともかく、次に行きましょうか。雪歩、いけるかしら」

雪歩「は、はい。なんとか」

律子「じゃあ、お願いするわね」

87: 2012/11/29(木) 21:06:06.31 ID:Qa0wSoceo
「それでは、萩原雪歩のお話です。どうぞ」

 8.犬の首

 じゃあ、あの、話します。

 私、犬が苦手なんです。
 大きな声で吠えかけられると、びっくりもしますし、怖いって思っちゃいます。

 でも、誤解して欲しくないのは、私が、犬を嫌ってるって……そういうわけじゃないんです。

 たとえば、響ちゃんのところのいぬ美ちゃんなんかは、かわいくて好きです。

 そもそもあんまり吠えてきませんし、のしかかられたりしない限りは、怖いとも思いません。

 それに、犬一般にしても、嫌いってわけじゃありません。

 私の姿を見かける度に吠えてくる犬はちょっと近寄りたくないですけど、それだって、別に側にいなければ……って思ってますし。

 でも、誤解しちゃう人はいるんですよね……。

 たとえば私のファンの人で、ファンレターに、近所で吠える犬が憎たらしいって書いてくる人がいたりします。

88: 2012/11/29(木) 21:06:54.10 ID:Qa0wSoceo
 一応、誤解を解くように、たまに機会があればファンのみんなにも伝わるように発言することもあるんですけど、
なかなか難しいんですよね。みんなに知らせるのって。

 それに……最初から犬が嫌いな人もいるでしょうし。実際、それはしかたないことだと思うんです。

 ただ、その中で、なんというか、暴走しちゃう人がいたんですよね。

 その人は、昔からの……全然テレビなんかに出ていない頃からのファンの人で、熱心にお手紙をくれていたんです。

 最初の内は、自分も犬が苦手なので、私の気持ちがわかる、という程度のものでした。

 その内に、近くの犬がうるさくて困る、というようなことも書かれるようになりました。

 それからしばらくして来たファンレターには、自分は、私が嫌いな犬という存在を、その、始末する役割があるんだ、とか、
怖いことまで書かれていて……。

 もちろん、さっき言ったように私は犬が嫌いなわけではないですし、ましてや、なにか危害を与えるようなことはして欲しくありません。

 だから、その直後にあったライブで、そういうことはやめてくださいね、ってやんわりと伝えたんです。

89: 2012/11/29(木) 21:07:42.22 ID:Qa0wSoceo
 その後、その人からのファンレターは来なくなりました。

 そう、思ってました。


 でも、実は違ってたんです。

 私たちアイドルへのファンレターやプレゼントっていうのは、安全のためにスタッフの人がチェックするんです。

 そのチェックにその人のファンレターがひっかかっていて、私の目に触れてなかっただけだったんです。

 その内容は、なにしろ私は見ていませんから、詳しくは言えません。

 でも、プロデューサーから後で聞いたところでは、かなりひどいことが書かれていたみたいです。

 私への暴言ではなくて……。
 犬への攻撃的な言葉が。

 それに、その、プロデューサーは口を濁していますけど、写真か、ビデオも入っていたみたいです。

 うん……。
 想像したくないけど、犬を虐めてるところを撮ったものだと思う。

 ああ、響ちゃん暴れないで……。

90: 2012/11/29(木) 21:09:09.84 ID:Qa0wSoceo
 ……ええと。
 それで、本来ならずっと隠されていただろうことをなんで知ったのかって思いますよね?

 それは、ある日事務所にかかってきた電話がきっかけだったんです。

 その時、私はお茶を淹れてみんなに配ってるところだったんです。
 そうしたら、プロデューサーが電話に出て、

『警察?』

 って素っ頓狂な声をあげたんです。

 それで、その後、すごく真面目で辛そうな顔になって、電話の相手の人に相づちを打ってて。

 私、気になって、電話が終わった後で、なにかあったんですかって声をかけたんです。

 そうしたら、プロデューサーがじっと私を見て……。
 なにか迷うような表情でしたけど、結局その時はなにも話してくれなかったんです。

 でも、しばらくした後で、社長室に呼ばれて、社長とプロデューサーが話をしてくれました。
 変なところから私の耳に入るよりは、自分たちから聞くほうがいいだろうって言って。

 警察からの電話は……事情を聞きたいという話だったそうです。

91: 2012/11/29(木) 21:10:03.22 ID:Qa0wSoceo
 とある男の人がおかしな亡くなり方をした件で。

 その人が亡くなっていた場所は当人が所有していた地下室だったらしいんですけれど、その地下室の壁一面に、
その……私の写真が貼ってあったんだとか。

 ブロマイドや、テレビやライブ映像からの印刷、ポスターにパンフレット、グラビア写真。

 ともかく私の姿が、所狭しと張り付けられていたらしくて、その関係で、プロデューサーに警察が話を聞くことになったんでしょう。

 そう、ここまで話してみればわかると思いますけれど、あの犬についての怖いファンレターを送ってくれてた人が……亡くなったんです。

 そこで私は初めて、ある時期からのファンレターは弾かれて、私には見せてもらえてなかったということを知りました。

 そうして、その内容も、おぼろげに理解しました。

 社長やプロデューサーは気を遣ってくれて、だいぶ曖昧にしか言いませんでしたけど。

92: 2012/11/29(木) 21:11:03.53 ID:Qa0wSoceo
 その人は、どんな亡くなり方をしたんですか、って私は訊きました。

 私の写真に囲まれて……人が亡くなるなんて考えたくありませんけど、でも、やっぱり聞かなきゃいけない
って思ったんです。

 だって……少なくとも、ファンであってくれたとは思うから……。

 プロデューサーたちはだいぶ渋ってました。
 話していいのか、だいぶ悩んだみたいです。

 でも、結局、話してくれました。

 その人は、犬に噛み殺されたそうです。

 しかも、かなりおかしな状況で。

 おかしな状況っていうのは……刃物で刎ねられた犬の首だけが、その人の喉元に食らいついて……。


 ごめんなさい。想像しちゃうと気分が悪くなって……。

 大丈夫です。
 続けますね。

93: 2012/11/29(木) 21:11:48.10 ID:Qa0wSoceo
 それで、その……首を刎ねた鉈はその人自身が持っていて、犬の胴体は、地下室の、床が張られていない土の中に
埋められていたそうです。

 状況からすると、犬を土に埋めて虐待していたと思われる……って。

 そうしていじめ抜いた後、首を刎ねたところで、犬が最後の力を振り絞って、自分を殺した相手に噛みついた。

 こう判断するしかない現場だったとか。

 そのことが、なにを意味しているのかは、よくわかりません。

 オカルトに詳しい人に言わせると、なにか意味があるんだそうですけれど……。


 ただ、犬の……いえ、これは多分ですけど、それ以前にも虐待されていた犬たちのことを思うと……。

 哀しくてしょうがありません。

94: 2012/11/29(木) 21:12:36.08 ID:Qa0wSoceo
 そして、部屋の壁一面に私の写真を貼り、私の姿に囲まれながら、犬を虐めていた人がいたことを思うと……。


 ごめんなさい。なんて言ったらいいのか、全然わからなくて……。

 とにかく、気色悪くて、苦しくて、嫌、です。

 なんだか、犬たちの無念と、その人の執念が混じり合って、どこかに漂ってるんじゃないかって変なことを考えるくらいに。


 ところで……。

 実は私、最近、犬に吠えかけられないんです。というより、犬に出会わないんです。

 なんだか、私を避けてるみたいに。

 私としては、この状態は安心と言えば安心なんですけれど、でも、たまに思うんです。

 もしかしたら、犬たちが怖がるようなものが、私の側にいるんじゃないかな、って。

 私は、それが、とっても……恐ろしい、です。

95: 2012/11/29(木) 21:13:38.66 ID:Qa0wSoceo
亜美「うわっ……」

やよい「あわわ……」

真美「うへぇ……」

響「むぐー! むごががー!」

伊織「はいはい。言いたいことはわかるけど、あんたは落ち着きなさい」

春香「落ち着いたら、ほどいてあげるからね、響ちゃん」

千早「ねえ、律子。四条さんが目を瞑って微動だにしないんだけど、どうしたら……」

律子「……放っておきましょう。あんまりいじるのもかわいそうだしね」

美希「最後のほうは雪歩の気にしすぎだと思うけど……気持ち悪いよね」

真「ファンの人で、なんか暴走しちゃう人っているけど……。想像するくらいで留めてもらいたいなあ……」

律子「真の言うこともわからないではないわ。でも、そういった暴走するファンというのは極々一部だし、それに、
アイドルファンだから暴走したというわけでもないのよ。それはきっかけにすぎないと思うわ」

真「うん。それはそうだね」

96: 2012/11/29(木) 21:14:24.87 ID:Qa0wSoceo
律子「視聴者の皆様にも誤解していただきたくないので改めてお伝えいたしますが、真が口にしたようなことでも、
時折起きる、珍しい出来事です。
ましてや雪歩が語ったことは、あくまで極端な、ほとんどありえないような例です。そのことをどうぞご理解下さい」

伊織「……律子。あんた、本当にアイドル復帰したら?」

律子「は? なによ、いきなり」

伊織「だって、真面目に話すとすごい画面で映えるじゃない。まあ、アイドルじゃなくて女優とかもありだとは……」

律子「な、なにを言ってるのかしらね、まったく……。え、ええと、次はやよいだったかしら」

やよい「はい、そうです!」

亜美「元気だなあ、やよいっち」

やよい「出番は元気にいかないと! 正直、聞いてるのは怖いですけど……」

律子「まあ、怖いわよね……。ともあれ、次はやよい、お願いするわね」

やよい「はいっ!」

99: 2012/11/29(木) 21:55:25.41
雪歩のこれはガチで怖い
人が首を切られて頭だけになっても数秒間は生きてるって話を思い出した

104: 2012/11/30(金) 22:02:52.79 ID:tSC409vro
「では、高槻やよいが語ります」

 9.予言

 はい、高槻やよいです!

 ええと、私って、私も含めて六人きょうだいで、妹一人、弟が四人いるんです。

 この話は、その弟の一人がまだ赤ん坊の頃……言葉なんて喋れない時のお話です。

 その日はたぶんお母さんが買い物に行ってて、私は洗濯物を畳んだりしながら、弟のことを見てました。

 他の子たちは、友達と遊びに行ってたりして、家にはいなかったと思います。

 弟は起きてましたけど、別にお腹もすいてないし、機嫌も悪くなくて、きょろきょろしてる感じでした。

 そうしたら、ええと、なんて言うんですか。
 変な感じになって……あ、そうそう、イヨウなフンイキってやつになって。

 自然と弟の顔に視線が向いてました。

 こう、なにか気になることがあるって自分でも気づいていないのに、でも、なにか気になって、引き寄せられちゃう感じで。

105: 2012/11/30(金) 22:03:52.32 ID:tSC409vro
 そうしたら、


『○○』


 って一言呟いたんです。

 おかしいですよね。

 赤ちゃんだから喋れるはずもないのに。
 だーだとかそんなことすら言えないような頃ですよ?

 でも、まるで風邪をひいたおじいさんみたいな、しわがれた声で、間違いなくその子が、そう言ったんです。

 私、びっくりしちゃって、固まっちゃいました。

 でも、なんとか動けるようになって、弟を抱き上げたら、変な感じはなくなってて、きょとんとした顔して私を見あげてました。

 あれ、夢だったのかな?
 ってそう思うくらいの出来事でした。

 ともかくやらなきゃいけない家事をさっさと片付けて、その後は弟を抱いてずっとうろうろしてたんですけど、それ以上はなんにもなくて。

 病気とかそんな感じもないので、気のせいだったってことにして、忘れてたんです。

106: 2012/11/30(金) 22:04:38.77 ID:tSC409vro
 そうしたら……。

 翌日……というよりは、その日の夜から朝にかけて、○○さんのところの家が火事になって、全部燃えちゃったんです。

 幸い周りの家には燃え移らなかったんですけど、○○さんのおうちの人は一人が亡くなって、二人が入院しちゃって
……いまはどうしてるのかわかりません。

 家は燃えちゃったんで、戻って来てないんです。

 それはともかくとして、私びっくりして。

 前の日のこともあったので、どういうことなのかって悩んだんですけど、考えてもわからなくって。

 こんな変なこと相談してもしかたないですし……。

 偶然だっていうことにして、毎日のことに集中してたんです。

 それで、しばらく……一週間後ぐらいですかね。
 また弟と二人きりになることがあったんです。

107: 2012/11/30(金) 22:05:22.42 ID:tSC409vro
 その時は、もう前のことなんかすっかり忘れてて。

 お昼寝させようと添い寝していたら、また、あの変な感じがやってきたんです。

 あ、まずいなあ……って思ったんですけど、止めようがなくて、私は弟の顔を見ました。

 そうしたら、


『風』


 ってまた一言。

 今度はすぐに弟を抱き寄せたんですけど、すーすー寝息を立ててるんですよ!

 それを見て、これは弟がおかしいんじゃないんだろうなあ、って思いました。

 なにか、変なものは弟にくっついてるんじゃなくて、こう、時々やってくるっていうか……。

 あ、これはあくまで私がそう感じてるだけで、なんでとかってのはないんですけど。

 それにしても、『風』ってなんだろう。

 念のため、今夜は雨戸閉めておかないとなあ……ってそんなことを考えたりしてました。

108: 2012/11/30(金) 22:06:09.60 ID:tSC409vro
 答えは、竜巻でした。

 翌日の昼間に、急に竜巻が起きて、小学校の校庭をつっきって、近くの倉庫を吹き飛ばしたりしたらしいです。

 これはニュースにもなってたはずですけど。

 こうなると、さすがに不安になって、私、伊織ちゃんと律子さんに相談したんです。

 どういうことなんだろうって

 二人はとっても親身になって話を聞いてくれました。

 ただ、それで原因とかわかるわけなくて……。
 それはそうですよね。こんなこと。

 でも、話を聞いてもらえただけでもだいぶ気が楽になって、私としては助かりました!

 それに、伊織ちゃんなんか、うちに泊まりに来てくれるってまで言ってくれましたし。

 そうは言っても……いつ起こるかわからないことにつきあわせるわけには……。

 結局、なにが起きてるのかはっきりさせるため、録音してみようってことになったんです。

 律子さんが、レコーダーを貸してくれて。

109: 2012/11/30(金) 22:07:29.40 ID:tSC409vro
 そして、その相談をしてからだと十日後くらいだったと思います。

 また、弟二人きりの時に、あの感じがやってきて。

 私はなんとか、レコーダーのスイッチを入れました。



『××ー××××』



 なんて言ったのか、わかりませんでした。

 たぶん、日本語じゃないんです。
 英語でも……ないと思います。
 
 でも、なにかの言葉なのは間違いありません。

 録音は、されてました。
 しわがれた、低い声で。

 それを律子さんたちに聞かせたら、すぐに伊織ちゃんが手配してくれて、弟と私はお祓いを受けました。

 その後、あの変な感じはやってきてません。

 律子さんたちも、あの言葉がどこの言葉で、なんの意味があるのか、わからないそうです。

 私は、その内容が、気になって、しかたありません。

 なにか……大変なことだったらどうしようと。

110: 2012/11/30(金) 22:08:20.19 ID:tSC409vro
真「律子と伊織は、それ聞いたんだ?」

伊織「ええ。地の底から響いてくるような声だったわ。思い出すと……いまも、ほら」

春香「わっ。すごい鳥肌」

千早「声だけでそれってのは大したものね」

律子「お祓いがきいたのかなんなのか、それ以来起きていないのがありがたいけどね」

真美「テレビ的には、その録音を持ってきて欲しかったところじゃないの?」

貴音「……そ、そのようなことなりません。こういったことはそっとしておくのがなによりと古来より……」

響「あー、貴音、落ち着こう」

やよい「うーん。あんまりおおごとにするのは……」

律子「やよいもそう言うからね。放送するのはなしになったのよ」

伊織「私も……あれは放っておく方がいいと思うわ」

亜美「まあ、やよいっちたちにそれ以上なにもないなら、そのほうがいいのかなあ……」

雪歩「でも、三度目のは、なんなんでしょう。たぶん、当たるん……ですよね?」

美希「言葉の意味がわからないんじゃしょうがないの」

律子「少なくともメジャーな言語ではないわね」

111: 2012/11/30(金) 22:08:57.29 ID:tSC409vro
真美「意味知りたいねー」

真「ボクは怖いからパスだなあ」

千早「いずれにせよ、二度とないといいわね」

やよい「はい。お祓いしてもらいましたし、きっと大丈夫です!」

春香「うんうん」

律子「さ、次は美希ね。大丈夫?」

美希「んー。夢の話でもいいんでしょ?」

律子「怪談なら、ね」

美希「じゃあ、任せて欲しいの」

律子「ええ、お願いね」

117: 2012/12/01(土) 23:30:46.85 ID:miJaz375o
「それじゃあ、美希。頼むわよ?」

 10.私はダレ?


 むー、なんか紹介がみんなと違う気がするの!

 え、はやく進めろって?

 むぅ……。

 えっと、ミキは、夢の話をするね。

 ミキは眠るのが好きなんだけど、たまに変な夢を見ることがあって。

 その中で面白いのがあるから、それを話すね。

 その夢はね、緑の世界で始まるの。

 たくさんの葉っぱに囲まれた、そんな視点。

 まわりは本当に緑一色で、最初はそれ以外なにも見えないんだけど、なんとなく自分が低い木の枝の一つに生えた葉の上にいる
ことはわかってるんだよね。

 それで、とっても気持ちの良い、まどろみの中にいるんだけど……。

118: 2012/12/01(土) 23:31:48.88 ID:miJaz375o
 夢の中でまで寝ようとするな?

 そんなこと言われても、夢だもん。
 しょうがないよ。

 ええっと、
 どこまで話したっけ。

 ああ、そうそう、夢の中で、ミキはうつらうつらしながら、待ってるの。
 なにかはわからないけど、なにかが起こるのを。

 それでね、いきなりがさがさって枝が揺れて、誰かが森の中に入ってきたってわかるんだ。

 見ると、それは、夢の中の『ミキ』たち。

 PVで、森の中の開けた場所で踊るっていうシーンを撮りたくて、いいところがないか探してるところ。

 うん?
 自分の記憶を虫かなにかの立場になって眺めてるだけかって?

 うん、基本的にはそうだね。

 でも、別にそこは大事なところじゃないよ。

 実際、撮影を行ってるところは、見もしなかったから。

 大事なのは、その後かな。

119: 2012/12/01(土) 23:32:53.59 ID:miJaz375o
 撮影スタッフと一緒に森の外に出て行こうとする『ミキ』が、また木の下を通ってね。

 その時、ミキはぽとりと落ちるの。
 夢の中の『ミキ』の肩口に。

 もぞもぞって動いて、服の中に入り込んで、薄暗い中で、またおやすみ。
 あとは、『ミキ』が連れていってくれるのを待つだけ。


 どこへって?


 誰も居ないところだよ。

 ミキはじっと待つの。

 『ミキ』が車で送ってもらって……自宅について、お風呂をわかしてる間に、居眠りするまで。

 そうして、『ミキ』が意識を失ったところで、ミキは血を吸い始めるの。

 そう、ミキは蛭になってるんだよ。

 ぐにょぐにょの体で、ぴったり『ミキ』の膚に張り付いた蛭に。

120: 2012/12/01(土) 23:33:41.49 ID:miJaz375o
 吸い付いたところから、どんどん『ミキ』の血が体の中に入ってくると、それと一緒に、色んなものがミキに混じり始めてく。


 子供の頃の事、学校の友達とおしゃべりしてた内容、765プロに初めて行った時のこと、真くんと遊びに行った日の夕焼けの色、
雪歩と歩いた浜辺の風の冷たさ、事務所のソファに寝っ転がった時の心地好さ、律子……さんに叱られたときのばつの悪さ、
亜美とゲームして負けた時のくやしさ。


 色んな事がミキに入り込んで、馴染んでいく。

 おにぎりが好きなことも、好きな人のことも、全部、外からやってきて、でも、いつの間にか、自分のものになってて。

 その代わりに、『ミキ』の膚は土気色になって、だんだんとしなび始めて。

 そうして、ミキは大きくなっていくんだよ。

 指先ほどの大きさだった体が、『ミキ』の中から血も、内臓も、記憶も、感情も、ありとあらゆるものを吸い尽くして……。

121: 2012/12/01(土) 23:34:27.14 ID:miJaz375o
 そして、ミキは、ミキになるの。

 裸ん坊の星井美希に。

 ベッドに横たわっているのは、ミキの服を着た、なにか茶色の塊。

 ミキはそれをじっと見つめて思うんだ。

『これはなに?』

 心の中で、なにかが答える。

『わかるけど、わかりたくない』

 その時、がちゃり、とドアが開いて、菜緒お姉ちゃんが部屋に入ってくる。

 ミキはこう訊ねるんだ。

『ねえ、お姉ちゃん。ミキは、ミキなの?』

 そうだよ、これは、夢の話。

 でも、その夢は、いったいダレが見てるんだろうね?

 『ミキ』?

 ミキ?

 それとも……。

122: 2012/12/01(土) 23:35:24.38 ID:miJaz375o
美希「はい、ミキの話はこれでおしまい」

亜美「ね、ねえ、ミキミキ? 夢の……話だよね?」

美希「そうだよ? それ以外のなにがあるの? おかしな亜美。あはっ」

雪歩「ひぃっ」

春香「み、美希、そういう怖い笑顔やめようよ。美希がやると、迫力あるんだから」

真「そ、そうだよ。まるで美希がなにかに乗っ取られたって錯覚しちゃうだろ」

美希「錯覚……? そうなのかな? ふうん?」

響「本当にやめよ? 怖いって」

やよい「美希さんすごい演技ですー。あは、あはは……」

千早「また四条さんが固まってるわね」

伊織「……」

美希「ふふっ」

123: 2012/12/01(土) 23:36:05.48 ID:miJaz375o
伊織「ねえ、もしかしたら、こいつ、本当に美希を乗っ取った化け物なんじゃないかしら?」

律子「そうねえ……。試してみようかしら。たしか、蛭は火で炙るといいとか言うわよね。ぽろりと取れるって」

美希「ちょっ! な、なに!?」

伊織「んー、ちょっと、髪を燃やしてみればわかるかもしれないじゃない?」

律子「ええ。ライターもあるしね、ほら」

真美「り、律っちゃん? いおりん?」

美希「や! やめて! あれは夢なの! ミキ、蛭じゃないの!」

伊織「いや、でもねえ……」

律子「仲間が化け物ってなったら困るから」

美希「違うの! 化け物なんかじゃないもん!」

千早「……ねえ。それくらいにしておいてあげたら?」

伊織「あら。面白かったのに」

律子「まあ、あんまりやってもしかたないか」

美希「うう……。ミキ、せっかく渾身のお話したのに、いじめられたの」

124: 2012/12/01(土) 23:37:17.18 ID:miJaz375o
春香「美希が怖がらせすぎなんだよ」

律子「でも、面白い話だったわ。目が醒めてるときの体験談だったら、とっても困るけどね」

美希「でも、ミキも起きてからすごい怖かったよ?」

伊織「自分が他人の意識を受け継いだ『なにか』だってなったら、そりゃあ怖いわね」

美希「うん、夢で良かったの」

千早「ええ、本当に」


律子「さて、そろそろ進めますね。

十三の怪談も、十が終わり、そろそろ終わりが見えて参りました。はたして残る三人はなにを語ってくれるのか。

もうしばらくの時間、この怪しい世界を共に過ごしましょう」

133: 2012/12/04(火) 21:36:29.93 ID:EKOKjM1no
「それでは双海姉妹の姉、双海真美が語ります」

 11.誘拐

 真美は亜美と一緒にユーカイされちゃった時の事を話すよ。

 って言ってもこれはドッキリ番組の企画でさ。

 亜美は仕掛け人の側だったから、ユーカイされたと思ってたのは、真美のほうだけだったんだけどね。

 それはともかく、真美たちはテレビ局の駐車場でスタッフの人たちを待っている所で、ラチされちゃったんだ。

 こう、止まってる車から急に人が出てきて、真美と亜美に頭から袋を被せてさ。

 もうびっくりだよ。
 なんか、急に暗くなったと思ったら、袋がかぶせられてるんだもん。

 うん。体全部入るくらいのでっかい袋だったよ。

134: 2012/12/04(火) 21:37:27.96 ID:EKOKjM1no
 え? え? ってなってる内に外から締め付けられてさ。

 たぶん、ベルトかなんかで縛られたんだろうね。
 身動き取れなくなっちゃった。

 もうわけわからなくてもがいてる内に担ぎ上げられて、車に放り込まれちゃうし。

 あ、もちろん、番組だからね。怪我するほど手荒くはないよ。

 でも、真美はそんなのわからないもん。
 もう頭の中ぐっちゃぐちゃ。

 そうそう、亜美はもうこの時は袋から出してもらって、普通についてきてたみたい。

 それで、振動から車が出たのがわかったんだけど……。

 とにかく怖くて震えてることしか出来なかったよ。
 亜美がどこにいるかもわからないし。

 それから、車がまた止まって、担ぎ上げられて、連れてかれた。

 まー、実際は、元の局の駐車場に戻ってきて、録画の準備ばっちりのスタジオに連れてかれてたわけだけど。

 そうして、床に下ろされて、袋は外されたんだ。

135: 2012/12/04(火) 21:38:09.81 ID:EKOKjM1no
 だけど、その前に袋に手を突っ込まれてアイマスクつけさせられてたから、相変わらず何も見えないし、
すぐに手も足も縛られて、動けない。

 暴れる暇なんて、なかったよ。

 体が強張っちゃってて、暴れられたかどうかはわからないけどね……。

 だから、真美、ぶるぶる震えながら、座ってることしかできなかったんだ。

 それでもね、真美、勇気を振り絞って叫んだんだ。

『亜美はどこ!? 亜美は大丈夫なの?』

『亜美はここだよ、真美』

 すぐ側で声が返ってきてさ。

 これほど嬉しかったことはないよ。

 だって、亜美がいるんだもん。それだけでさ……。

136: 2012/12/04(火) 21:38:54.05 ID:EKOKjM1no
 でも、すぐに、

『黙れ』

 って遮られちゃった。

 低い男の人の声で。

 真美たちとは仕事したことのないスタッフさんが連れてこられてたらしいんだけど、もし知ってる人の声でも、
全然気づかなかったと思うよ。

 だって、ネタ晴らしされた後、その人と話したことあるけど、ほんと違って聞こえたもん。

 なんていうか……とってもおっかない声だった。

 その人が演技が上手かったとかじゃなくて、たぶん、真美が怖がってたからそう聞こえたんだろうね。

 それくらい、怖かったんだよ。

137: 2012/12/04(火) 21:40:00.14 ID:EKOKjM1no
 だって、テレビ局で捕まったってことは、真美たちがアイドルだって知ってるわけで、真美や亜美に
変なことしたがる人のところに連れてかれちゃう可能性だってあるし……。

 身代金目的でも、アイドル相手ってなったら、たくさん要求しそうだし、そんなお金、家にはないし……。

 とか、色んな事考えちゃって。

 それに、そういうのを煽るように、話しかけてくるんだよね、その声が。

 番組だからさ。

 そういう風に色々質問して、真美の怯えてるリアクションを撮りたかったんだろうなっていまから考えればわかるけど。

 もうその時は混乱、混乱、大混乱だよ。

 うん、まあ、よく考えればさ。

 亜美には変な質問してるし、亜美の答えもなんか軽いし、気づくべきだったのかもしれないけど。

138: 2012/12/04(火) 21:40:37.49 ID:EKOKjM1no
 でも、真美の中で、こう……変なものがどんどん育っていっちゃったんだよね。

 これまで見てきたドラマや映画を元にした想像とか、噂話とか、それこそ、いま出てる
こういう番組の怪談話とかね。

 もう、いろんなものがごちゃ混ぜになっちゃったんだ。

 ああいうのって、苦しいね。

 黒くて、わーってして、きゅーって苦しいの。

 そこで、たぶん、真美しゃくりあげてたんだよね。

 自分ではわからないし、思い出せないんだけど。

139: 2012/12/04(火) 21:41:35.38 ID:EKOKjM1no
『騒いだら大変なことになるぞ』

 そう言われたんだ。

 その途端、胸の中で育ってたものがぱーんって爆発して。


 なにかおかしなことをしたら、殺される。


 そう確信しちゃったんだよね。

 途端に呼吸が苦しくなって、何度も何度も息を吸おうとするのに、吸えてない気がするの。

 それで、余計に吸おうとするんだけど、もっと苦しくなるだけで、見えるものがないはずなのに、
なんだかちかちかして。

140: 2012/12/04(火) 21:42:17.53 ID:EKOKjM1no
 その時、訊かれたんだよね。


『妹とお前の命、どっちかを選べ』


 ってね。

 その途端、真美は叫んでたんだよ。

『亜美にして!』

『亜美の命をあげるよ!』

『亜美を殺して!』


 何度も、何度もね。

『亜美を殺せ!』
『亜美を殺せ!』
『亜美を殺せ!』

 って。

141: 2012/12/04(火) 21:43:02.51 ID:EKOKjM1no
 そこで、真美の記憶はぷつりと途切れちゃうんだ。

 過呼吸だっけ?
 なんか、それで気絶しちゃったらしいよ。

 もちろん、撮影は中断。
 大騒ぎになったらしいけど、真美にはわかんない。
 だって、気づいたら、自分のベッドで寝てたしね。

 結局、その真美のドッキリ映像はお蔵入りになって、番組企画も潰れたんじゃなかったかな?

 でもね、おかしいんだ。

『妹とお前の命、どっちかを選べ』

 なんて、訊ねかけた人はいなかったんだって。

『騒いだら大変なことになるぞ』

 って脅したところまでは確かなんだけどね?

142: 2012/12/04(火) 21:43:29.58 ID:EKOKjM1no
 それに、真美が『亜美を殺せ!』って叫んでる様子は、映像にも残ってないんだ。

 おかしいよね?

 あれは……夢だったのかな?

 でも、夢だったとしても、そうじゃなかったとしても。

 真美は、自分の命のために、亜美を差し出しちゃったんだよね。

 そのことが……。

 ううん、違う。
 それからずっと。

 真美は……自分が怖いんだ。

143: 2012/12/04(火) 21:45:33.87 ID:EKOKjM1no
真美「ごめんね、亜美。……ひっく……真美、お姉ちゃんなのに……ぐすっ……亜美のこと……大事に考えられなくて……」

亜美「な、なに言ってるのさ。あれは、亜美のほうが謝らなきゃだよ!」

真美「……でもぉ」

亜美「亜美が止めなくて、スタッフが悪のりしちゃったんだから、亜美が悪いの! 脅かしすぎて真美が失神しちゃって、すっごく怖かった……」

律子「真美」

真美「ん……。なに?」

律子「真美は視界を奪われて、殺されるってこと以外、なにも考えられなくなってた。そうね?」

真美「うん」

律子「亜美と話す事も出来ず、亜美の姿を見ることも出来なかった。そうでしょう?」

真美「う、うん」

144: 2012/12/04(火) 21:47:01.00 ID:EKOKjM1no
律子「だったら、そこで自分と他のもの、なんて選択肢をつきつけられたら、自分を守ろうとするのは当たり前よ」

真美「でも……」

律子「それは、そういう答えを得る為の誘導だもの」

真美「で、でもね。そう訊いた人はいなかったわけだから……」

美希「その場に、そういう空気があったってことじゃないかな?」

春香「そうだよ。怖い思いさせられて、押しつけられた結果だよ」

伊織「思考能力を奪った上での結論なんて、信頼性ゼロよね」

貴音「あなたが……いえ、あなたがたが、お互いを大事にしていることは、事務所の皆が知っていること」

雪歩「四条さんに全面賛成です」

真「うんうん」

響「そうだぞー。夢の中の発言なんて、真美の責任じゃないって」

145: 2012/12/04(火) 21:47:37.01 ID:EKOKjM1no
真美「みんな……ありがと……。ぐすっ」

律子「ほーら、もう泣かないの」

千早「はい、ハンカチ」

真美「あ、ありがとう。千早お姉ちゃん」

やよい「でも、誘拐されちゃうのは怖いです。もし、ドッキリでも!」

伊織「そうよね……。ドッキリじゃなかったら、無事で済むとは限らないし……」

亜美「うん。怖いよ。本当に怖い」

真美「亜美?」

亜美「亜美、思い出したんだ。真美が、そんな風に自分を責めてるっていうなら、亜美が、気が楽になる話をしてあげるよ」

真美「え?」

亜美「いいよね、律っちゃん」

律子「ええ、まあ、順番的には問題ないし……。じゃあ、このままいくのね」

亜美「うん、お願い」

146: 2012/12/04(火) 21:48:26.03 ID:EKOKjM1no
「それでは、双海姉妹の妹、亜美のお話です」

 12.姉

 えっと……。

 真美の話の後にするのも変なんだけど、亜美、小さい頃、連れ去られたことがあるんだ。

 うん、そう、思い出したんだ。

 あ、これはドッキリじゃないよ。
 だって、小学校の一年か二年の時だもん。

 どういう経緯で……とかは亜美は知らない。

 思い出せないんだ。

147: 2012/12/04(火) 21:50:07.13 ID:EKOKjM1no
 真美は知ってるみたいだし、家族に訊ねてもいいんだろうけど……。

 あんまり聞いて面白い話じゃないだろうからね。

 亜美が覚えてるのは、どこかのおうちのお風呂場のこと。

 亜美は、お湯の入ってない浴槽の中に座ってた。

 ううん。
 座らされてた、が正解かな。

 いまから考えると、お風呂場を監禁場所にしてたってことなんだろうけど。

 なんで亜美が騒いだりしなかったかっていうのはよくわからないよね。

 お風呂場なら、窓があるわけだから、外に声は届きそうだし。

 でも、ちっちゃい頃にそんなこと期待してもだめなのかもね。

 その時、亜美は、泣くのにも疲れて、ぼーっとしてたよ。

148: 2012/12/04(火) 21:50:50.77 ID:EKOKjM1no
 そうしたらね、突然、真美がお風呂場に入ってきたんだ。


 助けに来てくれた!


 そう思ったんだけど、真美の様子が変なんだ。

 そもそも、ドアのほうから来たっていうのに、ドアが開いてないし、開く音もしなかったんだよね。

 しかも、亜美の方を見るでもなく、ぼーっとしてるんだよ。

『真美?』

 亜美はそう呼びかけたんだ。

 そうしたら、真美がこっちをぐいっと向いて。

『あ、亜美、いた』

 って言って笑ったんだよね。

 なんか、すごい嬉しかったなあ、あの時。

149: 2012/12/04(火) 21:51:29.32 ID:EKOKjM1no
 でもね、それと同時に、亜美、気づいたんだ。気づいちゃったんだ。


 真美が、透けてる。


 真美が死んじゃった!

 亜美、そう思ってさ。
 自分のことなんか吹っ飛んじゃったよ。

『真美、どうしたの? 死んじゃったの?』

『んー、どうだろ?』

 真美は真美で、そんなよくわからない返答だしさ。

 もうパニックだよ。

 さっきまで泣き続けてもう涙なんて出るわけないと思ってたのに、ぽろぽろ涙が出ちゃってさ。

 でも、真美は亜美のこと見ながら、不思議そうにしてるだけなんだよね。

150: 2012/12/04(火) 21:52:18.16 ID:EKOKjM1no
『ところで、ここ、どこか、わかる?』

『ううん、わからない』

『そっか』

 それだけ言って、すたすたと歩き出しちゃうし。

『ど、どこ行くの?』

 亜美がそう訊いたら、いつも遊びに行くときみたいな顔で、真美が言うんだ。

『ん? 探検』

 って。

 そうして、すーって消えちゃったんだ。

 もうびっくりしすぎて、なんか、亜美、気を失っちゃったっぽいんだよね。

151: 2012/12/04(火) 21:52:45.99 ID:EKOKjM1no
 それで、気がついたときには、パパに抱きかかえられてたんだ。

 ママもぐしゃぐしゃの顔で覗き込んでて。

 その隣には、真美もいて。

 なにか話した気もするけど、思い出せない。
 たぶん、パパたちの顔を見てもうなんでもよくなったんだと思う。

 でも、一つだけ覚えてるよ。

『真美の言うとおりだった』

 ってパパが言ってたのは。

 亜美の話はこれおしまいだけど、たぶん、続きは真美が少し話してくれるんじゃないかな?

152: 2012/12/04(火) 21:54:42.88 ID:EKOKjM1no
律子「真美、説明してくれる?」

真美「んー。亜美が話してたのは本当のことだよ」

美希「へぇ」

真美「うんとね、亜美がいきなりいなくなって、みんなで必死に探したんだ。真美までいなくなったら大変って、

真美は外に出してもらえなかったけどね」

響「それはそうだろうなー」

真美「でも、その日の間にはみつからなくて……真美、夢を見たんだよ」

伊織「夢?」

真美「うん。夢。夢の中で真美は亜美を見つけて、起きた後、その場所をパパたちに話したんだ。

そうしたら、言ったとおりの場所で亜美がみつかったらしいよ」

やよい「ゆーたいりだつってやつかな?」

春香「よく知ってるね、やよい」

雪歩「亜美ちゃんが心配すぎて、魂が探しに行っちゃったんだね」

真「よかったね、見つかって」

真美「うん。ちなみに、誘拐しちゃったのは、子供を亡くしてちょっとおかしくなっちゃった人だったらしいけど。

まあ、あんまり関係ないよね」

153: 2012/12/04(火) 21:55:52.85 ID:EKOKjM1no
千早「……たとえどんな事情があったって、許されることではないわ」

亜美「まあまあ、千早お姉ちゃん。亜美は無事だったのだから、そう怖い顔をしないでくれたまえ」

千早「……そうね。真美がみつけてくれて、よかったわね、亜美」

亜美「うんうん。真美のお陰だよ」

真美「ま、真美は自分で意識してやったわけじゃないからよくわからないけどね!」

貴音「姉妹の情愛は、道理をも超越して結ばれ合っているということなのでしょう」

美希「貴音が真面目な顔で小難しいこと言えてるってことは、今回はあんまり怖くなかった?」

貴音「愛しい者の居場所を夢で知る。相手もまた、その姿を見る。恐ろしい事どころか、素敵な話ではありませんか」

律子「そうね。でも、シンプルだけど不思議な話よね。さて、双子の誘拐話が終わって、これで残るは一人ってことになったわ」

亜美「おー、最後、いっちゃおー!」

154: 2012/12/04(火) 21:57:03.70 ID:EKOKjM1no
律子「さて、とうとう最後になってしまいました。トリはこの人に飾ってもらいましょう。皆さんお待ちかね、三浦あずさです!」


   ……はぁい


千早「あの、あずささん。大丈夫ですか?」


   ……なんのことかしらぁ?


千早「いえ、これまでほとんど話されていなかったようなので」

春香「……あ。そういえば、あずささん、静かだったよね」



   大丈夫よぅ?
   みんなのお話を楽しく聞かせてもらってたわぁ

155: 2012/12/04(火) 21:58:06.73 ID:EKOKjM1no
真美「?……ねえ、今日のあずさお姉ちゃん、なんだか間延びしてない」

亜美「まあ、でも、そこはあずさお姉ちゃんだし」


   ……ふふ


貴音「……」

響「貴音、どうしたー? なんか怒ったような顔して」

貴音「いえ……。しかし、あれは、本当に……。ならば、なぜ、これまで気づかずに……」

伊織「本当にどうしたのよ」

律子「はいはい。無駄話しないの。ここは事務所じゃないんだからね。それで、あずささんのお話なんですけど」


   はぁい


律子「最後と言うことで、あらかじめ聞いておきたいんですが、どんなお話なんですか?」


   みなさんはドッペルゲンガーって知ってますかぁ?

156: 2012/12/04(火) 21:58:49.30 ID:EKOKjM1no
美希「知ってるの。そっくりさんだよね」

やよい「ものまねするんですか?」

伊織「そうじゃなくて、見た目が丸っきり同じ人物が別の場所に現れたりするのよ。当人が見ると、死んじゃうとも言われてるわね」

やよい「へぇ……。怖い……妖怪さんですか?」

伊織「さあ……なんなのかしら」

律子(あれ……?)

雪歩(どうしたんですか、律子さん)

律子(いえ、打ち合わせと違うような……。たしか、あずささんは友達から聞いた雪山の話をするとか言っていたはずなのに)

真(大丈夫なの、それ)

律子(まあ、怪談であれば、問題ないんだけどね)

157: 2012/12/04(火) 22:00:07.37 ID:EKOKjM1no


   ……ワタシにもいるんですよ
   ドッペルゲンガーが

伊織「あずさ、まさかあんた見ちゃったの?」


   いいえぇ
   でもぉ……


やよい「でも?」


   ふふ
   そこはゆっくりとね


律子「そうですね。では、あずささん。最後の語りをどうぞお願いします」


   ……はぁい

158: 2012/12/04(火) 22:01:34.37 ID:EKOKjM1no
P「ふう。なんとか無事終わりそうですね」

番組ディレクター「なに、765さん。不安だったわけ?」

P「そりゃ、プレッシャーはありますよ。うちだけで特番枠とらせてもらうなんて。まして、アイドル活動やライブの取材番組じゃないですし」

D「765さんなら慣れたもんだと思ったけどなあ。ライブとかお手の物じゃないの」

P「うちでハコまで押さえてたら、そりゃあ、慣れてますけど。局の番組は、こけたら色んな人に迷惑かけるじゃないですか。冷や汗ものですよ」

D「大丈夫、大丈夫。765さんとこは売れっ子ばっかりだから。出てくれるだけで華あるし。大変なんだよー。でっかい事務所だと」

P「そうなんですか」

D「そうそう。こっち出す代わりに新人をあっちで出せとかさ。そういうのないだけで、こっちも大助かりよ」

P「ははっ。ありがとうございます。それもこれも皆さんのおかげです」

D「そう言ってくれると嬉しいね。それよりさあ。秋月ちゃん、また売り出すつもり? 本人知ってるの?」

159: 2012/12/04(火) 22:02:12.78 ID:EKOKjM1no
P「……ばれましたか。当人にはまだ内緒です」

D「怒るよー、あの子。まあ、やってくれるだろうけどね。……ん? なに」

AD「あの、すいません……。えっと……」

D「は? お前、なに言ってるの?」

AD「いえ、しかし……」

P「どうしました?」

D「いやね、こいつがさ、寝ぼけたこと言ってくるから。おたくのあずさちゃんが下に来てるとかなんとか」

P「え? いや、うちの三浦は、いま出演中ですよ……ほら」

D「だよねえ。……ったく」

AD「で、でもですね。……あ、来ました来ました」

160: 2012/12/04(火) 22:03:59.59 ID:EKOKjM1no
あずさ「すいませーん。収録大丈夫でしょうか?」

P「……え?」

D「……あれ?」

あずさ「本当にすいませんでした」

P「……」

あずさ「ここに来る途中で迷ってしまって。電話しても通じないし、なんとかタクシーをつかまえて来たんですけど……」

D「……」

あずさ「あの、皆さん……?」

P「あずささん……ですよね」

あずさ「はい、もちろん。どうしたんですか、プロデューサーさん」

D「でも、あそこに……」

あずさ「……はい?」


 13.ドッペルゲンガー





               ねえぇぇぇドッペルゲンガーって知ってるうぅぅうう?





                                        おしまい

161: 2012/12/04(火) 22:04:56.59 ID:EKOKjM1no
 本日の投下分も終了となり、これにて、全編終了となります。
 おつきあいありがとうございました。

 投下中は、いつ「おい、あずささんが一言も喋ってないぞ」と突っ込まれるかひやひやものでした。

 さて、明確な出典のあるお話については、それを記しておくこととします。

・鋏(貴音):木原浩勝『九十九怪談 第五夜』(角川書店)
・私はダレ?(美希):高橋葉介『学校怪談』(秋田書店)
・見えない(響)、姉(亜美):ネットにて蒐集

 改めて、お読みいただきありがとうございました。

162: 2012/12/04(火) 22:06:04.34
怖っ!

163: 2012/12/04(火) 22:18:22.80
怖い話に集中しててあずささんがしゃべってないの気付かなかった
最後ドッペルゲンガーて聞いて嫌な予感してたけど、やっぱりオチで怖さに身震いした

おつでした

166: 2012/12/04(火) 23:28:55.12
いやー最後まで怖かった


168: 2012/12/05(水) 00:46:00.73


冬の怪談もいいねぇ

引用元: P「十三怪談」