1: 2020/02/01(土) 02:03:26 ID:jq55jXf2
息子「…………」
息子「……いきなり何?」
男「ん……何となく、な」
男「何となく、お前を見てたら思い出したんだ」
男「俺のお祖母ちゃんの死に際を」
息子「…………」
男「そう……ちょうど今のお前と同じで、俺が中学生の時だったな」
男「お祖母ちゃん、ガンが見つかって、もう手遅れって診断だった」
息子「…………」
息子「変わった人だったの?」
2: 2020/02/01(土) 02:04:45 ID:jq55jXf2
男「いや」
男「その時まで、俺は普通のお祖母ちゃんだと思ってた」
息子「ふうん……」
男「優しくて、時には厳しくて」
男「でも最後はいつもよしよしって頭を撫でてくれる」
男「そんな人だった」
息子「…………」
男「……もう先も長くないし」
男「最後の入院の前に家族一同で集まって……」
男「ああ、後で知ったんだけど遺産相続とか、そんな話をしたらしい」
息子「……そりゃ死ぬのが嬉しくなるだろうね」
男「ははは」
男「…………」
3: 2020/02/01(土) 02:05:26 ID:jq55jXf2
男「で、俺は……そんな話には入れないわけで」
男「他の親戚の子供とはちょっと年が離れてた事もあって」
男「お祖母ちゃんの様子を見に、部屋へ行ったんだ」
息子「…………」
男「ちょうど今くらいの寒い季節だった」
男「お祖母ちゃんは一人、コタツでみかん食べながら」
男「TV見てたんだ」
息子「…………」
男「一応お祖母ちゃんの病気の事は知ってたんだけど」
男「とても先が長くない様には見えなくて、不思議に思った」
息子「…………」
4: 2020/02/01(土) 02:06:05 ID:jq55jXf2
息子「その時に死ぬのが嬉しいって聞いたの?」
男「いや」
男「その時は……ちょっと世間話をした」
息子「…………」
男「たまたまTVで自殺者が、とか」
男「虐待が、とか、孤独死が、とか」
男「まあ暗い話題を取り上げていたんだ」
息子「…………」
男「俺はコタツに入って、気の滅入る話ばかりだねって」
男「お祖母ちゃんに言ったんだ」
息子「…………」
息子「……それで?」
5: 2020/02/01(土) 02:06:51 ID:jq55jXf2
男「そしたらお祖母ちゃん」
男「きっと、戦争を経験してないからだろうね」
男「って返してきたんだ」
息子「えっ?」
息子「どういう事?」
男「俺もお前と同じ疑問を抱いて、どういう事か尋ねてみた」
息子「…………」
男「戦時中は今とは比べ物にならないくらい死が身近にあった」
男「だからこそ安易に死に繋がる事はやらなかったし出来なかった」
男「そんな事を言ったんだ」
息子「…………」
息子「……そうなの……かな?」
6: 2020/02/01(土) 02:07:56 ID:jq55jXf2
男「実のところ、俺も疑問に思った」
息子「なんだよ、それ」
男「人間なんて弱い存在だしな」
男「戦争中だろうが平和な世の中だろうが」
男「自殺したりした人は居るだろって」
男「そんな事を考えた」
息子「俺もそう思う」
男「……けど」
男「お祖母ちゃんは戦争中がどんなものか」
男「ちょっとだけ言ってくれた」
息子「…………」
7: 2020/02/01(土) 02:08:37 ID:jq55jXf2
男「お前も歴史で知ってるだろうが」
男「戦争末期、日本のいたるところで米軍から無差別空襲されたりした」
息子「…………」
男「お祖母ちゃんは生きながら火に焼かれる人」
男「逃げ惑い転んで人々から踏み潰される人」
男「そういった人たちをほぼ毎週、酷い時は毎日見たりしたんだそうだ」
息子「……ふうん」
男「あれだけ人が死ぬところを見ていたら」
男「逆に生きて、生き抜いて、生き残ってやるって」
男「そうった気持ちの方が強くなったんだってさ」
息子「…………」
8: 2020/02/01(土) 02:09:24 ID:jq55jXf2
男「俺はそれを聞いたら……何も言えなくなった」
男「お祖母ちゃんが経験した事は」
男「今の俺じゃ絶対知る事が出来ない事だからな」
息子「…………」
男「俺はもう一つ聞いた」
男「戦争はあった方がいいって事なの?」
男「って」
息子「…………」
息子「お祖母ちゃんは何て?」
男「無い方が良いに決まってる」
息子「…………」
9: 2020/02/01(土) 02:10:20 ID:jq55jXf2
男「……でも戦う事を捨ててはいけない」
男「それは、あの戦争で命を落とした全ての人たちを侮辱している」
男「とも付け加えた」
息子「…………」
男「お前はどう思う?」
息子「…………」
息子「……難しいけど」
息子「俺もお祖母ちゃんと同じ意見かな……」
男「……そうか」
息子「…………」
男「…………」
10: 2020/02/01(土) 02:11:19 ID:jq55jXf2
息子「お祖母ちゃん……生き抜いてやるって人だったのに」
息子「どうして死ぬ事が嬉しいって言ったんだろう?」
男「…………」
男「あれは……いよいよ春の足音が聞こえて」
男「暖かくなってきた頃だったな」
息子「…………」
男「お祖母ちゃん……もう見る影も無くガリガリに痩せて」
男「生きて、話が出来るのが不思議なくらいの状態になってた」
息子「…………」
男「いよいよ危ないって、家族を呼んで……」
男「その場に居たみんなに向かって」
男「死ぬ事が嬉しいって言ったんだ」
息子「…………」
11: 2020/02/01(土) 02:12:41 ID:jq55jXf2
息子「……お祖母ちゃん」
息子「やっぱり治療が苦しかったりしたの?」
男「違うな」
息子「え?」
男「その後、お祖母ちゃん」
男「これであの人に会いに行けるって、続けたんだよ」
息子「……は? あの人?」
男「実はさ」
男「お祖母ちゃん、両思いの人が居たんだけど」
男「特攻隊に出撃して添い遂げる事が出来なかったんだそうだ」
息子「……はあ!?」
12: 2020/02/01(土) 02:13:34 ID:jq55jXf2
男「ははは」
息子「え……いや、笑うとこ?ここ?」
息子「お爺ちゃんとか、複雑じゃないの?それ」
男「…………」
男「お爺ちゃん……その時」
男「分かっている、向こうで幸せにな、って」
男「お祖母ちゃんの手を握って泣きながら、そう言ったんだ」
息子「…………」
男「もちろん俺のお袋、親父、親戚の連中も唖然として聞いてたよ」
息子「そりゃそうだ……」
男「お祖母ちゃん……その夜に息を引き取って」
男「お葬式が済んだ後、お爺ちゃんが詳しい話しをしてくれた」
息子「…………」
13: 2020/02/01(土) 02:15:11 ID:jq55jXf2
男「お祖母ちゃんと両想いだった特攻隊の人との事は」
男「お爺ちゃん、承知の上で結婚したんだって」
息子「……今度はお祖母ちゃんがおかしい様な」
男「その辺の事は……きっと複雑でいろんな事情があったのかもしれない」
男「でもお爺ちゃんは、そんなお祖母ちゃんの事が大好きで」
男「一緒になれた事は人生最大の幸せだったって言ってたよ」
息子「…………」
男「お爺ちゃん、お祖母ちゃんから」
男「ちゃんと幸せはもらった」
男「一番では無かったけど、愛してもくれた」
男「だから、自分は不幸なんかじゃないって」
男「最後に締めくくってた」
息子「…………」
14: 2020/02/01(土) 02:16:11 ID:jq55jXf2
男「――俺」
男「今なら、お祖母ちゃんの気持ち」
男「分かったかも知れない」
息子「えっ……」
男「本当は……分かるのは、もっと先で……良かったのにな」
息子「…………」
息子「……お母さんと」
息子「同じって事……?」
男「…………」
息子「どうなの?」
男「…………」
15: 2020/02/01(土) 02:17:29 ID:jq55jXf2
男「なあ……息子」
息子「うん……」
男「死ぬのって……怖いよな」
息子「うん……」
男「母さん……きっと……怖かっただろうな」
息子「うん……うん……」
男「事故だったから……最後の言葉……聞けないけど」
男「……母さん……母さんは……っ……」
息子「うっんっ……うんっ……」
16: 2020/02/01(土) 02:18:31 ID:jq55jXf2
そこからは……言葉にならなかった。
妻は、俺と息子の幸せを第一に考えてくれる
そんな人だ。
俺は息子にそう言うつもりだった。
でも少し違うと思う。
妻は……もし最後にひとこと言うのなら……
自分の事は気にせず誰かと幸せを見つけて欲しい
そんな事を言ってくれる人だと
俺は……何故か祖母とのやり取りを思い出して
そう思ってしまった。
.
17: 2020/02/01(土) 02:19:43 ID:jq55jXf2
こんな事……分かりたくなかった。
でも分かってしまった。
妻は……もう帰って来ない。
どうすればいいのか、見当もつかない。
君が居ない日常に
君の声が聞こえない毎日に
君以外の誰かとの幸せなんて
見つけたいと思わない。
俺は……俺は……
…………
.
18: 2020/02/01(土) 02:20:31 ID:jq55jXf2
―――――――――――
数年後
.
19: 2020/02/01(土) 02:21:38 ID:jq55jXf2
―――――――――――
息子「ただいまー」
男「お帰り」
男「遅かったじゃないか」
息子「ごめん」
息子「サークルの付き合いでさ……」
息子「時間は気にしてたんだけど」
男「……まあ済んだ事はしょうがない」
男「でも、遅くなるなら連絡を入れてくれ」
息子「はいはい」
男「まったく……」
20: 2020/02/01(土) 02:22:38 ID:jq55jXf2
男「ところで、この前紹介してくれた娘さん」
男「あの子とはどうなんだ?」
息子「んー煮え切らない感じ」
男「なんだそれ……」
息子「可愛いのは可愛いんだけど」
息子「どうも地雷女みたいな気がしてさぁ……」
男「えり好みしてるのか?」
息子「そりゃ父さんの方だろ」
男「なっ……」
息子「俺や母さんの事は気にしないでいいんだぜ?」
息子「良い人だと思うけどな、女さん」
男「…………」
21: 2020/02/01(土) 02:23:50 ID:jq55jXf2
男「……いい人だとは思う」
男「でも……俺は」
男「妻と彼女をきっと比べてしまいそうな気がする」
男「そんなの……彼女に失礼だ」
息子「…………」
息子「……いつだったかさ」
息子「お爺さん……いや、俺から見たら曽祖父さんになるけど」
息子「女さん……同じなんじゃないかな」
男「!」
息子「…………」
男「ま……まさか!」
男「いくら何でも……」
22: 2020/02/01(土) 02:24:48 ID:jq55jXf2
息子「きっと……さ」
息子「父さんのお祖母ちゃんも……」
息子「今の父さんと同じ気持ちだったんじゃないだろうか?」
男「!!」
息子「…………」
息子「……なぁ~んて」
息子「父さんのお祖母ちゃんを見た事無い俺が言える事じゃないけど」
男「…………」
息子「…………」
息子「……さて、疲れたから寝ますわ」
男「あ、ああ……」
男「お休み」
23: 2020/02/01(土) 02:25:36 ID:jq55jXf2
パタン
男「…………」
男「…………」
――ちゃんと幸せはもらった――
――1番では無かったけど、愛してもくれた――
――だから、自分は不幸なんかじゃない――
男「…………」
男「…………」
24: 2020/02/01(土) 02:26:17 ID:jq55jXf2
明日、彼女に会いに行こう。
そして、話しをしよう。
俺は……そう思った。
おしまい
25: 2020/02/01(土) 02:28:05 ID:jq55jXf2
何故かこんなお話を思いついたので形にしてみました。
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