1: 2008/07/23(水) 23:49:02.40 ID:S0Kbx+YyO
なんの変哲もないいつもの放課後の部室。
目の前で自軍の黒石を大量にひっくり返されている古泉を眺めているうちに、ある疑問が俺の頭にちらついた。
こいつって、こんな何気ないテーブルゲームをやってるだけなのにいつもニコニコと楽しそうに笑ってるよな。
ハルヒの前でキャラ作りをしているのかとも思ったが、一つの仮説が心を掠めた。
…もしかしてこいつは、機関なんぞに所属しているせいでまともに同年代の友人と遊んだ事がないんじゃないか。
だからこうして、こんなくだらないテーブルゲーム一つでも、たとえ負け続けていても、
ニコニコと楽しそうにしているんじゃないか、と。

3: 2008/07/23(水) 23:50:59.97 ID:S0Kbx+YyO


「古泉、今度の休みに家に遊びに来ないか」
一つだけ断っておくが、憐れみや同情が誘った理由ではない。
ただなんとなくだ。
高校生男子が友人を家に誘うのに、理由なんていらないだろう?
「え…良いんですか」
ああ、予定もないしな。最近男友達と遊ぶ機会もなかったし。
言っとくが家にお前が喜ぶもんがあるかはわからんぞ?
「いえいえ!行かせてもらいます、喜んで!」
…そ、そうか?そんなおおげさに喜ばんでも…
「あ、失礼しました…なにぶん慣れていないもので」

6: 2008/07/23(水) 23:53:33.86 ID:S0Kbx+YyO


慣れていない、とはきっと、友人と遊ぶ事にという事だろう。
まぁそう固くなるなよ。たかが友達の家に行くだけなんだからさ。
「そ、そうですね。ふふ、柄にもなく浮かれてしまいました」
ま、だから次の休みは空けといてくれよな。
「はい、もちろんです」
「キョン、あたしも行く!」
とはもちろんハルヒの談である。
嫌な訳ではないのだが、たまには男友達と気を使い合わずに気楽に遊びたい。
渋るハルヒと、便乗してきた長門と朝比奈さんを断るのは心苦しかったが…
まぁたまには許されるだろう。

7: 2008/07/23(水) 23:58:09.80 ID:S0Kbx+YyO


で、いざ休みの日だ。
現在午前8時。なぜ休みの日にこんな早起きをしているかと言うと、
古泉からメールが来たからだ。
『何時頃ならお邪魔しても大丈夫ですか?』
だとさ。友人の家を訪ねるのにそこまで気を使わなくても良いだろうに。
『もう起きてるから何時でもいいぜ』、と。
まるで遠足に行く小学生だな。あいつにこんな一面があるなんてな。
長門の頷きぐらいちょっとだけあいつを見る目が変わった。

9: 2008/07/24(木) 00:01:40.93 ID:37v24ZUvO



「お邪魔します。お休みの日にすみません」
と俺のお袋に律儀にも頭を下げている古泉の手には、コンビニで買ったらしいジュースやらアイスやらスナック菓子やらが
2袋いっぱいにぶら下げられていた。
「手ぶらでお邪魔するのも申し訳ないと思ったもので」
やれやれ、そんな気を使うなって何度目だこれ?
とりあえず妹にアイスを冷凍庫まで運ばせ、古泉を部屋に上げた。

13: 2008/07/24(木) 00:05:10.66 ID:37v24ZUvO



「なんだか新鮮ですね」
ああ、俺とお前が二人で遊ぶなんて初めてだからな。
ハルヒ達も一緒がよかったか?
「いえ、…ただ、罪悪感はありますけどね」
お前だって一介の高校生だ、たまには超能力や機関の事は忘れろよ。
「…はい、ありがとうございます」
そういう古泉の顔には、少し愁いのような…
明るいとは言い難い表情が浮かんでいた。

15: 2008/07/24(木) 00:07:40.63 ID:37v24ZUvO


すまん、軽率な発言だったな。
絶対にサボれないお前に向かってちょっと忘れろだなんて…失言だ、忘れてくれ。
「そんな事はありませんよ。確かに逃れられない宿命ではありますが、
 そういう言葉をかけてもらえると力をもらえます。ありがとうございます」
そうかい、そりゃよかった。
ところで古泉よ。二人の時くらい敬語はやめてみないか?

21: 2008/07/24(木) 00:17:00.48 ID:37v24ZUvO

「はい?」
それだ。ハルヒの居ない所でくらいは男友達にタメ口叩いても良いんじゃないか?
そうしてくれた方が気安く話せるしな。
「…いやぁ、これは癖のようなものなんですよ」
無理にとは言わんがな。
ただそのほうがお前と気安い関係になれるんじゃないかと思っただけだ。
「そうですか?じゃあ少し練習してみましょうか」

23: 2008/07/24(木) 00:19:15.21
古泉「それじゃ、お言葉に甘えて…」
古泉「…しっかし朝から糞暑くて嫌になるぜ。エアコン入れろよ、エアコン」
そ…そんなに暑いか?
古泉「そうそう。それと俺朝飯まだなんだよね。せっかくだし寿司取ろうぜwww」

24: 2008/07/24(木) 00:21:57.22 ID:37v24ZUvO
おーう…

26: 2008/07/24(木) 00:26:00.29 ID:37v24ZUvO


古泉のタメ口は、何と言うか…不自然ではあるのだが、
少しだけこいつの素顔が見えたような話し方だった。
おどおどしているが普段よりも本音で喋っていて、あの薄ら笑いも消えている。
いつもより、かなり幼く見えたな。これが本当の古泉一樹の顔なのかもな。
古泉の買ってきたお菓子をたらふく食べ、なんてことない会話をダラダラとしているうちに窓の外は赤みを帯び、
晩飯でも食いに行くかという事になった。

29: 2008/07/24(木) 00:31:37.80 ID:37v24ZUvO



男二人でファミレスってのも淋しいもんだよな。
「そうかな?僕は楽しいよ」
…うん、違和感たっぷりだ。だがまぁたまにはこういうのも良いさ。
古泉の素顔が見れたって事も、少し嬉しい。
普段はまるでハルヒ専属の執事のような奴だと思ってたし。
…そういえばお前は恋愛とかしないのか?
顔が良いんだからモテるだろうに。

31: 2008/07/24(木) 00:37:00.00 ID:37v24ZUvO



「僕も恋愛はしたいんだけど、ね」
そう言って眉を少し下げ、困ったようにため息をつく。
へぇ、そりゃ意外だな。好きな奴でも居るのか?
「あんな可愛い女の子3人に囲まれてたら、そりゃ好きになってしまうけど…」
けど、なんだ?
したいならすりゃあ良いじゃないか。俺達は高校生なんだぞ?
今のうちに楽しまなきゃ嘘だろ。
それにお前ならあの3人でも断られる事はないだろうよ。
「本気で言ってる?ふふ、キョン君は本当に…」
本当に、なんだ。
「ううん。羨ましいんだよ。
 それに僕は…高校生である前に、機関の人間だからね」

34: 2008/07/24(木) 00:44:56.71 ID:37v24ZUvO
おい…
「ん?」
何度も言わせんなって。お前も、一人の高校生なんだ。
そんなに自分を押さえ込むな。やりたい事はできるだけやれよ。
俺が出来る限りなら助けてやるからさ。ハルヒの機嫌が悪くなるんなら、俺がいくらでも機嫌取ってやる。
それでも無理だとしても…
俺にくらいは、愚痴ったらいい。なんでも我慢で済ますんじゃないぞ。
「…」
古泉は黙って俺の目を見た。しばらく…何秒くらいだろうか。
急に嬉しそうに笑うと、一言「ありがとう」と言った。
お前、そんな顔出来たんだな…。
もっとそういう顔ができるようになればいい。
そんな事を思った。

36: 2008/07/24(木) 00:51:00.28 ID:37v24ZUvO
結局昨日はファミレスでダラダラ過ごし、夜遅くまで駄弁っていた。
おかげで今日ほど学校に来るのが億劫だと感じたのは久しぶりだぜ。
当然の如く午前の授業を寝て過ごし、あっという間に昼休み。
ハルヒはいつものように学食に飛んで行き、俺も弁当を鞄から取り出し…って、あ?
なんという失態。弁当を忘れるなどと…学生にあるまじき行為。
しょうがない、俺も学食で済ますか。
怠い足取りで学食に向かうと、食券売り場でこんな場所に似つかわしくない奴に出くわした。
古泉だ。珍しいな。

41: 2008/07/24(木) 00:58:10.33 ID:37v24ZUvO
「あ、キョン君」
よう、お前が学食なんて珍しいな。
「弁当を忘れちゃって。キョン君も珍しいね」
俺もお前と全く同じ理由だ。まぁたまには学食も悪くはないだろ。
朝早くから弁当作ってくれたお袋には悪いがな。
さて、なんにするか…
「あぁ、いつも奢ってもらってるし今日は僕が奢るよ」
本当か、そりゃ助かる。ありがたくいただくよ。
じゃあ手軽なカレーにしとくかな。
「そう?なんでも買っていいのに。じゃあ僕もカレーにしよう」
二人でカレーを抱えてテーブルの空きを探していると。
けたたましくも聞き慣れた声が俺の名前を叫んだ。

48: 2008/07/24(木) 01:05:27.04 ID:37v24ZUvO
「キョーン!こっち空いてるわよ!」
叫ばんでも聞こえてるってのに。
見ろ、一瞬にして学食の注目を俺が完全独占しちまってるじゃないか。
「そんなもん気にしないの!せっかく隣空けてあげてるんだから」
へいへい。古泉と空いてる席に着く。
おいハルヒ、別に取ったりしないからゆっくり食べて良いんだぞ?
ふと古泉の方に目をやると、いつもの薄ら笑いを浮かべてハルヒの食いっぷりに苦笑している。
…やっぱり、ハルヒの前では素顔を出す訳にはいかないんだな。

140: 2008/07/24(木) 13:37:43.05 ID:37v24ZUvO
「あんた達、昨日二人で遊んだんでしょ?」
カツ丼を口いっぱいに頬張ってリスみたいな顔になったハルヒが言う。
口にものを入れたまま話すんじゃない。
ああ、遊んだって程でもないけどな。二人で駄弁ってただけだ。
「ふうーん?」
なにが腑に落ちないのかはわからないが、不満そうな顔でハルヒは先に席を立った。
一体なんだってんだ。なあ古泉。
「…あ、そうですね」

この時に気付いてやればよかった。
何故こいつがこんなに不安そうな顔をしているのか。

143: 2008/07/24(木) 13:45:25.23 ID:37v24ZUvO


放課後になってもハルヒの機嫌が治る事はなく、ずっと団長席で肘をついてパソコンをいじっている。
長門は長門でいつものように置物よろしく読者に集中しているし、
朝比奈さんはそんな空気を感じないのか大物なのか、給仕を終えてくつろいでいる。
古泉はいつもの笑顔を貼付けて、オセロを打ちながらハルヒの方をチラチラと気にしている。
…昨日の古泉を見てから、このいつものハルヒの言いなりの古泉を見るとなんともやり切れない気分になる。
もちろんハルヒが悪い訳ではないのは重々承知しているが…

156: 2008/07/24(木) 14:16:17.67 ID:37v24ZUvO


「ちょっとトイレに行ってくる」
さすがにこのままでは良くないと思い、ハルヒの機嫌を直す方法でも考えようと部室を出た。
さて、どうしたもんか。
物で釣るのはハルヒに失礼かも知れんが、ジュースでも買って行くかな。
最近暑くなってきたしちょうどいいだろ。

161: 2008/07/24(木) 14:28:03.88 ID:37v24ZUvO


缶ジュース5本を抱えて部室に戻ると、なんとまぁ簡単にハルヒの機嫌は直ってくれた。
「ちょうど喉渇いてたのよね!キョンにしては気が利くじゃない」
人に物を貰ったらありがとうだと教えてもらわなかったか?などとは言わないが。
古泉もちょっと安心した様子だ…。

170: 2008/07/24(木) 15:11:27.30 ID:37v24ZUvO
結局なんの問題もないままに下校時間にはなったのだが。
SOS団女性陣が仲良く坂を下っていくのを少し後ろで眺めながら俺達は歩いていた。
こんな風に幸せだと思えていた日常の中でも、古泉は一人自分を抑え、ハルヒに気を使いながら過ごしていたんだな。
改めて思う。すごい奴だと。
寝る間もなく神人と戦い、ハルヒの機嫌を損ねないように何を言われてもニコニコして、したい恋愛も出来ず。

俺がこいつの立場だったら…きっと耐えられないだろうな。

173: 2008/07/24(木) 15:20:06.90 ID:37v24ZUvO
「キョン君、昨日はありがとう」
おう、なんだ今更。
「最近少し…疲れ気味だったから。本当に嬉しかったよ」
そうか。俺には頑張れとしか言えんが…
辛くなったらいつでも言って来い。愚痴ぐらいなら聞いてやるからな。
「ありがとう。じゃあ僕はバイトがあるから」
バイト?閉鎖空間か?
今日は確かにハルヒの機嫌が悪かったようだが、一体何が不満なんだろうな。
「大方の予想は付くけど…とにかく行くよ。じゃあ」
ああ、頑張れよ。

176: 2008/07/24(木) 15:25:20.26 ID:37v24ZUvO

「あんた最近古泉君と仲良いわね」
別れ際にハルヒが言った言葉。
そりゃあ同じ団員同士だし、俺と同じ男子団員だからな。仲良くもなるだろうよ。
「そんなもんかしらね」
そんなもんさ。男同士の友情だって捨てたもんじゃないんだぜ?
「古泉君さ…」
「ん?」
「…あんたの事好きだったりして」
なんだそりゃ。嫌われているとは思わないが…
「そうじゃなくて!…なんか、あんたを見る目が特別なような気がすんのよ」

180: 2008/07/24(木) 15:31:22.98 ID:37v24ZUvO


それは俺を恋愛対象として見ている、と。そういう事か?
また盛大な勘違いだな。あいつはそんなんじゃないさ。
ただ今まで転校が多くて友達付き合いが少なかったから、友達が出来て嬉しいんだろ。
「…だったら良いんだけど」
仮にそうだとしても、お前には迷惑かけちゃいないだろ。
「!」
ハルヒはピクッと眉を吊り上げると、振り返って何も言わずにツカツカと歩いていってしまった。
…俺が古泉とつるむのに何の不満があるってんだ。

190: 2008/07/24(木) 16:06:44.20 ID:37v24ZUvO



その夜は一応古泉にメールを送ってみたが、結局返信はなかった。
よほど大規模な空間が発生したんだろうか…。
『お疲れさん』
これだけの短いメールだが、少しでも古泉の疲れを和らげてやれれば良い。
今頃はどこかで人知れず命の危機にあっているかも知れない古泉。
メールに『あまり無理するなよ』と付け足そうと思ったが、止めておいた。
あいつは、それが許されない世界に生きているんだ。
それならせめて、友人としてあいつを支えてやろう。
そんな事を思いながら、眠りについた。

285: 2008/07/24(木) 23:35:51.00 ID:37v24ZUvO

翌朝。
いつもより10分程早く目が覚め、何気なく携帯を手に取ってみる。
新着メール1件。午前4時51分。
『ありがとう。』
こんな時間まで戦ってたってのか。今日も朝から学校だ。あいつ、大丈夫なのか…


学校に着くと鞄を置くまず特進の教室を覗きに行った。

289: 2008/07/24(木) 23:43:25.36 ID:37v24ZUvO
さすがにエリートクラスだけあって俺の好みとは言い難い連中が揃ってるな。
俺の被害妄想だと思うが、なんだか見下されてるような気までしてきたぞ。
そんなに一般学生がここに来るのが珍しいのか?
そいつらを掻き分け教室を覗き込むと…
そこには、いつも通りの元気そうな古泉がいた。
お前、大丈夫なのか…?
「あれ、キョン君。何か用?」
いや、お前が心配でだな…。あんな時間まで戦ってたんだろ?
体調は大丈夫なのか?平気なのかよ?
「あぁ、もう慣れてるよ。目の隈もメイクしてるからわからないしね」
メイク…。お前、そこまでして…。

293: 2008/07/24(木) 23:50:04.02 ID:37v24ZUvO

「今に始まった事じゃないよ。今日は30分は寝れたし。
 あ、メールありがとう。すごく嬉しかったよ」
…俺はこいつに対して、何もしてやる事が出来ない。
無理するな?少し休め?ハルヒに逆らえ?馬鹿らしい。
俺が言ってできる事ならとっくにしてるよな。
……お疲れさん。これくらいしか言ってやれんが…
「ありがとう。その一言にすごく助けられてるよ。
 少し前まではキョン君が労ってくれるなんて思ってなかったから」
そう言って古泉は笑う。すまん…
「全然。今はこうして気にかけてくれるし、何より仲良くしてくれる。僕は本当に嬉しいんだよ」

300: 2008/07/25(金) 00:08:21.91 ID:gQq7h2li0
改めて古泉の苦労を知った。
きっとあいつは、俺とのこういった普通の友人としての会話を求めていたんだろう。
なのに俺は…必要以上に俺とのコンタクトをとりたがるあいつを邪険にして、労いの言葉一つもかけてやらなかった。
今思えばなんてガキっぽい…なんて冷たい奴だったんだろうな。
せめてこれからは、アイツの苦労を少しでも軽くしてやろう。そう思った。

そして放課後。いつものように部室に集まり、各々が自分の役割を果たしている。
古泉は俺の対面で手駒を次々と俺に差し出してくる。少しは進歩しろ…
ほら、そこに置いたら俺の飛車が効いてるだろうが。
「おや、ついうっかりしてしまいましたね」
聞き慣れた敬語。こいつがハルヒたちの前でも自分を出せるような日は来るんだろうか。

304: 2008/07/25(金) 00:14:11.52 ID:gQq7h2li0
「退屈ね…キョン、なにか面白いことはないかしら」
なぜ俺に振る。俺が何か面白いことを思いついたとしたらこんな所で将棋なんかしてないだろ。
…っと。そうだった。ハルヒを不機嫌にするのはまずいな…
「そうだな…たまにはどっか遊びに行くか?」
まあ無難なところだろう。疲れてる古泉には申し訳ないが。
高校生なら夕方から遊ぶとしても長時間は無理だし、近場ならカラオケやボーリングくらいだ。
経済的にも十分だろう。なぁ古泉?


「え?ああ、僕はどこでもいいよ」

312: 2008/07/25(金) 00:25:51.17 ID:gQq7h2li0
「え?」
ハルヒがあっけに取られたような声を出す。
古泉の顔から血の気が引いていく。
「ふぅ~ん。アンタ、ちょっとの間に随分古泉君と親しくなったのね?
 あの古泉君にタメ口叩かせるなんて、一体どんな手を使ったのかしら」
おい、そんな言い方はないだろう。古泉だって同級生だ。
「いや、あの、すみません。ついうっかり敬語を忘れてしまって…以後気をつけます」
「あら、別にいいじゃない。私は古泉君に敬語で喋れなんて命令した覚えはないわ。
 キョンにだけタメ口叩きたいんなら好きにしなさい」
古泉…
「すみません」
「謝る必要なんてないわ。最近キョンと仲良いみたいだし、ちょうどいいじゃない?
 そのまま結婚でもすれば笑ってあげるわ」
言いすぎだハルヒ!
「なによ!古泉君古泉君って!ちょっとは団長の私にも気を使ったらどうなの?!
 私がいくら世話焼こうが話しかけようが反応しないくせに!
 そんなに古泉君が好きなら二人で部活しなさいよ!」

330: 2008/07/25(金) 00:35:37.26 ID:gQq7h2li0
「ハルヒ!!!」
思わず怒鳴ってしまった。直後、細い指が俺の顔の前に伸びてきた。
古泉は深々と頭を下げてハルヒに言う。
「すみません涼宮さん、今のは単に僕のミスです。失礼しました。
 断じて彼の所為ではありません。普段僕が彼にタメ口を使っているという事実もありません。
 ただボーっとしていたせいで敬語を忘れてしまっただけなんです、どうかお許しください」
古泉!たかがタメ口叩いたくらいでそこまで…!
「ふん、別に謝る必要なんてないって言ってるじゃない!
 そもそもキョン!あんたたちは男同士の癖にベタベタしすぎなのよ気色悪い!」
そう言ってハルヒはかばんを担いで部室から飛び出て行った。
…この時は俺は、ハルヒへの怒りや呆れよりも、古泉が悲しそうな顔をしたのを見逃せなかった。

346: 2008/07/25(金) 00:45:48.72 ID:gQq7h2li0
…追いかける気にはなれなかった。
長門も朝比奈さんも、部室を出て行こうとはしない。
古泉がこんな顔をするなんて、思っても見なかった。あの、どんな苦労をしてでも笑顔を崩さなかった古泉が。
一瞬だけだが、その顔はまるでお菓子を取り上げられた子供のように悲しい表情だった。
「すみません。僕の所為でご迷惑をおかけしてしまいました」
俺たちに向かって深々と頭を下げる。
頼む古泉、やめてくれ…
「いえ。僕個人のミスで涼宮さんの機嫌を損ねてしまうなど、機関に所属する人間にあるまじき失態です。
 それに決して彼女も悪くはない。彼女はただ、あなたにやきもちを妬いているだけなのですよ。
 可愛いものじゃありませんか、好きな人に近づく人間は同性でも嫉妬してしまうなんて。
 …ふふ、羨ましい限りです」
古泉、敬語…
「あぁ、やっぱり僕は敬語が癖になってしまってるようですから、ちょうどいいですよ。
 さぁキョン君。涼宮さんを追いかけてください」

354: 2008/07/25(金) 00:57:15.52 ID:gQq7h2li0
古泉、お前…ハルヒを恨まないのか。
「とんでもない。どうして好きな人を恨むことなんてできるでしょうか?
 さぁ、早く涼宮さんを」
…こんなのってあるかよ。お前、ハルヒが好きなんだろう?!俺にまかせっきりでいいのか!
お前自身が行きたいとは思わないのか!好きな人にあんな風に言われて辛くないのかよ!?
「簡単な理屈ですよ。涼宮さんが望んでいるのはあなた。僕ではない。
 たったそれだけの理由で、僕はここに残るんです。
 それは彼女が神だからではない。彼女が好きだからこそ、僕は自ら望んでここに残らせていただきます。
 キョン君、どうか涼宮さんを喜ばせてあげてください。彼女は純粋にあなたが好きなんです」
…わかった。それがお前の望みなら、俺は行く。
「ありがとうございます。
 キョン君…短い間でしたが、仲良くしてくれて嬉しかったですよ。ありがとう。
 明日からは以前のように接してくださいね」

358: 2008/07/25(金) 01:04:23.91 ID:gQq7h2li0
部室を出て、俺は走った。
ハルヒに追いつくために、ひたすら。
古泉に応えるために、ひたすら。


「行ってくれましたね」
「古泉君…」
「それでは僕はアルバイトがありますので」
「古泉一樹」
「…はい、なんでしょうか」
「もう我慢しなくていい。少し泣いてから行くといい」
「よく頑張りましたね、古泉君」
「長門さん、朝比奈さん…
 …すみません、少しお見苦しい所をお見せします……」

377: 2008/07/25(金) 01:20:10.73 ID:gQq7h2li0
結論から言うと、ハルヒの機嫌は直った。
あの後、ハルヒに追いついた俺は先ず何よりも先に古泉の弁解をした。
お前が想像しているような事実は一切ない、あいつはただ友達が欲しかっただけなんだ、と。
きっとわかってくれたんだと思う。ハルヒはただ、不器用なだけなんだ。
古泉の言葉が妙にちらついた。
『彼女は純粋にあなたが好きなんです』
それはわかっていた。きっといつか、ハルヒも本当の古泉の事をわかってくれる時が来る。
そうしたらアイツもきっと、本当の意味で自分を出せるだろう。
そんな日が来るように…俺も出来る限りのことはしようと思う。
深い付き合いができないまでも、せめてそう一声かけてやろうと思ったのが今日。
つまり、ハルヒとのいざこざがあった翌日。










古泉の転校の知らせを聞いた日だ。

396: 2008/07/25(金) 01:31:03.97 ID:gQq7h2li0
「どういうことだ!!!」
こんなに激怒したのは生まれて初めてだと思う。
誰に対して怒っているのかもわからない。ハルヒか、機関か、古泉自身か。
職員室に駆け込み、古泉の担任に怒鳴り散らす。
「なんだねキミは!いきなり教師の胸倉を掴むとはどういうt」
「古泉はどうしたんだって聞いてるんだ!!!」
「だから転校したと何度も」
「本人は?!本人が言ったのか?!!!」
「おいお前!!!何考えてるんだ!やめろ!」
周りの教師どもが俺を取り押さえる。
離せ!あいつが自分から転校するなんて有り得るか!
くそ…一体どうなってる?昨日あんなことがあったばっかりなのに…
!!
そうだ、長門…長門に聞けばなにかわかる!
思い立った瞬間、教師の腕を振りほどき長門のクラスへと走った。

402: 2008/07/25(金) 01:36:07.21 ID:gQq7h2li0
「長門!!」
クラスの連中全員の視線が俺に集まる…だがそんな事は知ったこっちゃない。
今は長門から話を聞くのが最優先だ。
「状況は把握している。来て」
長門は腹立たしいほどにゆっくりとした歩調で俺の前を歩く。
どうやら屋上へ向かっているようだ。
俺の見間違いでなければ、さっきの長門の表情は…
そうこうしているうちに、屋上についた。
涼しい風が汗ばんだ体を撫ぜる。すこし落ち着いたか…
長門がゆっくりと振り向く。
「…覚悟して聞いて欲しい」

410: 2008/07/25(金) 01:48:19.52 ID:gQq7h2li0
覚悟。この言葉を聞いただけで、すべてを理解した。
理解はした。受け入れろ?バカを言うな。
「古泉一樹は死んだ」
「昨夜の閉鎖空間にて複数の神人との戦闘中、敵の攻撃の直撃を受け重傷を負った」
「閉鎖空間消滅後間もなく死亡した。死因は内臓破裂によるショック死、あるいは頭部への打撃による脳z」
「わかった。もうやめてくれ」
「…」
古泉が死んだ?あの後の閉鎖空間でか?
俺が部室を出て行った後に?
「そう」
…そうか。長門がそういうなら本当なんだろう。
なんでだろうな。こんなに落ち着いてる。古泉が死んだってのに。
なぁ長門。俺は一体なにに怒ればいいと思う?
ハルヒか?それともこんなになるまで戦わせた機関か?
それとも…心の中に踏み入った所為でアイツを苦しませた俺自身に怒れば良いのかな?

426: 2008/07/25(金) 01:55:20.08 ID:gQq7h2li0
「誰も悪くない」
そうだろうな。わかってる。だから誰にも怒れないんだよな。
しょうがないって解ってるから、怒りも沸いてこない。
涙ばかりが溢れてくる。
「…」
長門、もう一つだけ教えてくれ…
これは…ハルヒが望んだことなのか?
「それは私には解らない。
 …ただ、違うと思う。」
そうか。それなら良いんだ。
「彼は昨日、あなたが部室を出て行った後、泣いた。私たちの前で。聞いて」
ああ、教えてくれるか。アイツが最後、どんなことを話していたのかを。

459: 2008/07/25(金) 02:14:51.45 ID:gQq7h2li0



長門は語ってくれた。
アイツが、これでよかったと泣いたこと。
俺と仲良くなった数日間が本当に楽しかったということ。
ハルヒのことをどれほど想っていたか。
機関の人間として生きることがどれほど辛かったか。
たとえハルヒの知らないところでも、ハルヒの役に立てることが幸せだったこと。
ハルヒが俺と楽しそうにしているのを見るのが幸せだったこと。
ハルヒを恨まないで欲しいこと。
最後の閉鎖空間に向かう前に、俺にありがとうと伝えて欲しいと言ったこと。

「ありがとう」
「…」
「古泉を泣かせてやってくれたんだな」
「…彼は、強い人」
「そうだな」

ハルヒは望んで能力者になったわけじゃない。
古泉は望んで機関の人間になったわけじゃない。
…しょうがないんだ。

479: 2008/07/25(金) 02:37:39.56 ID:gQq7h2li0
ただ友達が欲しかった。
好きな人と在りたかった。
それだけのことだ、誰でも想ったことがあるような、ささやかな願い。
ただひたすらに耐え抜き、ついに手にした筈の人並みの幸せ…友人と遊ぶ。
運命は、そんなささやかな幸せさえも許さなかった。
好きな人から愛されず、運命からも愛されなかったアイツは、今17年という余りにも短い人生の幕を閉じた。
ようやく掴んだささやかな幸せを握り締めながら。
ハルヒの事は任せてくれ。必ず幸せにするからな。
ちょっと癖のある不器用な奴だけど、まぁなんとかなるさ。
せめて、アイツの友人として…柄じゃないかも知れんが、冥福を祈ろう。


疲れただろう、古泉。ゆっくり休め。

また起きたときは、今度は俺からお願いするよ。
友達になってくれないか、ってな。

673: 2008/07/25(金) 22:15:35.88 ID:gQq7h2li0
おお!まだ残ってた!!!保守thx!
昨日は申し訳なかった。ちょっとずつ、相変わらず遅筆だが書いてくわ。

677: 2008/07/25(金) 22:19:07.37 ID:gQq7h2li0
ハルヒ、聞いたか?古泉が転校したって話。
…急な話で残念だったな。
「私も今さっき聞いたところよ…」
机に肘をつきながら窓の外を眺めるハルヒ。
遠くを見るその瞳は邪魔者が居なくなって清々したというようなものではなかった。
どうやらハルヒが望んだことではない、というのは本当だったようだな。
…信じていなかったわけではない。
ただ、確認したかっただけだ。
「私が昨日、あんな酷いことを言ったからかしら」
こんなハルヒの顔を見るのは久しぶりだ。
入学当初、まだ誰ともコンタクトを取らずに一人で不思議を探し回っていた時のような寂しい表情。
俺と出会い、長門と出会い、朝比奈さんと出会い、古泉と出会い。
そうしてコイツは少しずつ変わっていった。
みんな、大切な仲間だった。少なくとも俺はそう思っている。
ハルヒもきっと、そう思っていたはずだ。

680: 2008/07/25(金) 22:23:38.79 ID:gQq7h2li0

「こんな事になるなら…こうなるってわかってたら、あんな事は言わなかったわ」
ああ、そうだろうさ。人との別れなんてそんなもんだろう。
もし居なくなるってわかっていれば、もっと優しくできたのに。
もっと愛せたのに。
もっと話せたのに。
もっと近くに居られたのに。
…それがわからないから、俺たちはバカな事を繰り返しちまうんだろうよ。
「…寂しい。古泉君に謝りたい」
謝ればいいさ。
きっといつかまた会うときもあるだろ。
偶然街で会うかもしれないし、大学が一緒になるかもしれん。
ひょっとしたらまた転入してきたりしてな。
「……」
どうした?
「もう、会えないような気がすんのよ」

685: 2008/07/25(金) 22:28:56.69 ID:gQq7h2li0

「…ハルヒ」
ハルヒの勘のよさは昔から変わらない。
「なんでかわかんないけど…なんとなくわかる。古泉君と会うことはもうないって。
 バカみたいよね。自分からキツくあたっといて、居なくなってから後悔するなんて」
そうだな。もしかしたらもう会うこともないのかもしれない。
だけどお前がそういう気持ちになってくれただけで古泉も喜んでるだろうよ。
いつもみたいな薄ら笑いじゃなくて、本当に嬉しそうな子供みたいな笑顔でな。
「私は古泉君の本当の笑顔なんて見たことないもん。
 古泉君だけじゃない、みくるちゃんも有希も…皆、私とは距離があった。皆が私に何か隠してるのも知ってたわ」
ハルヒ…
「皆好きで私と一緒に居てくれるんじゃないと思ってたから…。
 無理やりついてきてくれて…でも私は本当に嬉しかったのよ。
 SOS団を作るまで、こんな楽しいことがあるなんて知らなかった」
それは違うぞ。白状するが、お前に隠し事があったのは確かだ。皆それぞれ事情を抱えてる。
だけどな…皆お前が好きだった。古泉だってそうだ。
だからこそお前についていったんだ。

689: 2008/07/25(金) 22:41:50.11 ID:gQq7h2li0

「…そう、かしら。でも、そうだったとしても…
 私に隠さないといけないような事があるんなら、この関係はいつまでも続くわけじゃない。 
 きっと卒業したら、皆離れ離れになっちゃう…。そんな中で、あんたが古泉くんとコソコソしてるのみたら…
 あんたまでいつか居なくなっちゃうんじゃないかって思って…
 勝手な話だけど、私…キョンだけはずっと一緒に居てくれると思ってたから…!」
誓うさ、ハルヒ。SOS団がいつかバラバラになっちまっても、俺は一緒に居てやる。
それにたとえ皆離れ離れになっても、ここで培った絆は消えないだろ?
なんてな、ちょっと臭かったか。
……だから、もう泣くな。
「…バカキョン」
袖で両瞼を拭い、赤くなった目で俺を見上げる。
古泉、まったくお前って奴は。好きな女を泣かせるような男だとは思ってなかったぞ。
そんな事を思いながら、俺はハルヒを腕の中へと導いた。

691: 2008/07/25(金) 22:51:05.45 ID:gQq7h2li0

「バカキョン!いつまで寝てんのよ!」
何が一番嫌いかと聞かれて、安眠を妨害されるほど不愉快なものはない。
が、それも場合によるものだ。
今日だけは寝過ごすわけにはいかないからな。
「解ってるならさっさと支度なさい!
 今日遅刻したら罰金じゃ済まさないから!」
ふむ…結婚してからお前にいくら罰金を搾り取られたかなんてもうとうに忘れたが、
それでも笑って金を捨てるほどの余裕はないしな。
卒業以来のSOS団同窓会。
まさかこんな風に集まるなんて思わなかったな。長門も朝比奈さんも良く都合がついたもんだ。
あ、朝比奈さんは厳密にはいつでもOKだったか。

693: 2008/07/25(金) 23:03:18.52 ID:gQq7h2li0
「キョン君、早く支度しないとママに怒られるよ」
やれやれ。何の因果か、息子にまであだ名で呼ばれる始末だ。
誰に似たのか、勉強は卆なくこなすわりに、遊びはさっぱりだ。オセロや将棋なんかは特にだ。
そのくせ、なぜかアナログゲームが好きで暇さえあれば何か抱えてトテトテと構いに来る。
あ、ちゃっかりもう自分の用意はきっちり終えているな。うーむ。我ながら良く出来た子供だ。


…コイツの名前は二人で一緒に決めた。というよりも、二人の第一候補が一緒だったんだな。
そして、何より誕生日。奇しくもあの日、古泉の転校した日だ。
ここまで偶然が重なると、偶然以上のものを信じたくなるのが人間ってものだろう。


さぁ、久しぶりのSOS団全員集合だな。今から楽しみだ。
さっさと着替えて、嫁の作ってくれた世界一の朝飯にありつくとしよう。

699: 2008/07/25(金) 23:09:24.51 ID:gQq7h2li0
正直すまんかった。たまにはこういうガチじゃない古泉も良いかなと思ってなんとなく書き始めただけなんだ。
保守してくれてた方、thx。正直満足できる内容ではなかったが、支援してくれてありがとう。
またなんか書くと思うしそのときはよろしk。
俺はSOS団で一番頑張ってるのは古泉だと思うんだ。キョンはもっと古泉のことを気にかけてやるべき。
古泉かっこいいよ古泉。ということで終わり

702: 2008/07/25(金) 23:10:52.42
>>1乙

引用元: ハルヒ「あんた最近古泉君と仲良いわね」