ひき娘「け、ケーサツ呼びますよっ」【前編】
420: 2011/04/24(日) 00:06:07.14 ID:sMjSSDqzo
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  三十四日目 ひき娘の部屋

男「では、今日の授業はここまでにしましょう」

ひき娘「はいぃ~。
 お疲れ様でした」よろよろ、へこっ

男「お疲れ様でした。
 それでは、失礼しますね」がさがさ

ひき娘「え、あの……」

男「はい?」

ひき娘「あ、あの……
 もしかして今日は、
 何か急ぎの用事があったり、
 するんですか?」

421: 2011/04/24(日) 00:06:43.02 ID:sMjSSDqzo

男「いえ、そのような事はありません。
 何かありましたか?」

ひき娘「……その、
 いつもなら、少しお話したり、
 してくれるから……」ちらっ

ひき娘(もうちょっと、
 先生と一緒にいたい……
 特に、今日は)

男「…………そうですね」

ひき娘「あ、あの」

男「はい」

ひき娘「その、先生は……」

男「……」

ひき娘「自分がここにいていいのか、
 いない方がいいんじゃないかって、
 思った事はありますか?」


422: 2011/04/24(日) 00:07:27.26 ID:sMjSSDqzo

男「何か、ありましたか?」

ひき娘「少しだけ」

男「……」

ひき娘「……」

男「事情は、話してくれないようですね」苦笑

ひき娘「ごめんなさい」

男「では、観念的になりますが――
 わたしにもやはり、
 自分がここにいていいのかと悩む時はあります」

ひき娘「……」


423: 2011/04/24(日) 00:08:13.46 ID:sMjSSDqzo

男「自分がここにいてよいかという、
 存在とその価値とは、
 人にとってどのようなものか。

 マズローいわく、
 欲求には五つの階層があります。

 重要度が高い順に、
 『生理的欲求』『安全欲求』
 『愛情欲求』 『尊敬欲求』
 『自己実現欲求』
 となります。
 後者三つが、存在とその価値についての考えですね。

 欲求というのは、
 その生命と精神の存続に、
 必要となる要素を欲することです。
 必要以上を欲するのが、欲望です。

 つまり人間にとって、
 食べる事や安全である事についで、
 誰かに愛されること、
 誰かに価値を認められる事は、
 その精神に必要なことなのです」

ひき娘「必要、なんですか」


424: 2011/04/24(日) 00:08:56.36 ID:sMjSSDqzo

男「おそらく人の心にとって、
 誰かに認められたいと願う心は、
 喉が渇いているから、
 水が飲みたいと願うようなものなのでしょう」

ひき娘「それなら、
 先生はどうして、
 自分が必要か悩むんですか?

 学校とか塾が有って、
 恋人さんとかも、いるんですよね?」

ひき娘 つくん

男「学校や塾といった、
 社会的な場はありますが、
 恋人はいませんよ」苦笑

ひき娘 つくん


425: 2011/04/24(日) 00:09:31.62 ID:sMjSSDqzo

男「もちろん何人か、
 お付き合いした経験もありますが、
 どちらからともなく別れてしまうのが、
 今までの常ですねぇ……」苦笑

ひき娘「……」

男「話がそれましたね。
 様々な事情はありましたが、
 わたしが学校を辞めたのは、
 自分が教師として必要だと思った、
 その考えを否定された事が理由です。

 わたしは本当に生きる価値があるか、
 教師として生きて良いのか。

 教師を辞めた際に、
 恋人とも破局しましてね。

 お酒に浸って現実を忘れようとしたりもしました」


426: 2011/04/24(日) 00:09:56.65 ID:sMjSSDqzo

ひき娘「それでも、
 先生は、先生なんですね」

男「当時の自分からすれば、
 今の自分がいることも、
 想像の埒外ですけどね」苦笑

ひき娘「でも、先生が先生で、
 良かったです。
 こうして、出会えたから」

男「……ありがとうございます」にこっ

ひき娘「それで……その、
 たとえ話なんですけど」

男「はい」

ひき娘「もし先生が、
 先生がいることが、
 誰かを苦しめたりする時、
 先生は、どうしますか?」


427: 2011/04/24(日) 00:10:41.80 ID:sMjSSDqzo

男「難しい質問ですね。
 それが自分にとって、
 どうでも良い集団からの場合、
 その集団を離れて、
 新しい集団を作れば話は済みますが……

 しかし、そうでないなら。
 自分にとって大切な相手や集団で、
 他に替えが無いと思うなら……」

ひき娘「そんな時は」

男「…………わかりません。
 そもそもこうした、
 観念的な話というのは、
 物事を抽象化し、
 その要素をパターンかする事で、
 解放を導く手段です。
 
 しかし、この件に関しては、
 パターン化できるほど単純ではありませんからね」


428: 2011/04/24(日) 00:11:10.51 ID:sMjSSDqzo

ひき娘「……そうですよね」

男「お役に立てなくて申し訳ありません」

ひき娘「いえ」

男「ただし」

ひき娘「はい?」

男「私や黒髪さんは、
 どんな状況であれ、
 ひき娘さんを大切にしたいと、
 そう思っていますよ」

ひき娘「……っ」


429: 2011/04/24(日) 00:11:50.99 ID:sMjSSDqzo

ひき娘(何か聞いたのかな?
 聞かないよね。
 ……言えないよね)

男「ひき娘さんが何を悩み、
 どう思っているのか、
 どんな答えを出すかは、
 今の段階ではわかりません。

 しかし、私も黒髪さんも、
 ひき娘さんのことが大好きです。

 だから、
 わたし達の事は、信じてください」

ひき娘「ぁ……ぅ…………」ぐすっ


430: 2011/04/24(日) 00:12:35.41 ID:sMjSSDqzo

男(肩を落として、
 ぎゅっと手を握って耐える姿は、
 なんと小さい……)

男(そんな小さな体で、
 また何を背負い込もうとしているのでしょうか)

ひき娘「…………その、ありがとうございます」

男(夕暮れの明かりの中で、
 目元が涙で少し光って……)

男 すっ

ひき娘「……っ」

男 なで、なで


431: 2011/04/24(日) 00:13:00.20 ID:sMjSSDqzo

ひき娘「いやぁっ!」 ぱしんッッ!

ひき娘「あっ……」ぷるぷる

男「っ、すみません、
 つい、その……」

ひき娘「い、いえ。
 ご、ごめんなさい」ぷるぷる

男(頭を撫でた瞬間、
 ひどく怯えた表情で、
 手を弾き飛ばされた……)


432: 2011/04/24(日) 00:13:48.36 ID:sMjSSDqzo

ひき娘「そ、そそ、その、
 ホントに、ごめんなさい」ぶるぶる

男「いえ、悪いのは、コチラです」

男(歯の根が合わないほど震えて、
 指先の色が抜けるほど強く、
 手を握ってこらえている)

ひき娘 はぁ……はぁ……

男「すみません」

ひき娘「きょ、今日は」ぷるぷる

男「わかりました。
 また明後日に来ます」

ひき娘「……すみません」

男 ぐっ……とことこ

 ぱたん


433: 2011/04/24(日) 00:14:15.99 ID:sMjSSDqzo

ひき娘 がたがた、ぶるぶる

ひき娘 ぎゅぅ……

ひき娘 がたがたがたがた

ひき娘「思い出したく、ない」

ひき娘「あんなこと」

茶髪『おい、見てみろよ、
 コイツ怯えてるぜ?』

ピアス『はは、お前が殴りすぎたんだろ?』

刺青『お前らだって殴っただろ。
 まあ、コレでやっと、
 自分の立場がわかったろ? けけっ』


434: 2011/04/24(日) 00:14:44.53 ID:sMjSSDqzo

茶髪『ほれ、教師が来る前に、
 やっちまおうぜ』

ピアス『大丈夫だっての。
 ウチの親が教育委員会だからよ、
 教員なんざ、見たって何もいわねえよ』

茶髪『ひひ、お陰でやりたい事ができるぜ』

刺青『どうでもいいだろ、んなこと。
 おいひき娘、面倒だからお前、
 自分から服脱げよ。
 どうせ他の奴にも股開いてんだろ?』


435: 2011/04/24(日) 00:15:20.06 ID:sMjSSDqzo

ピアス『え、脱がすの?
 どうせだし服破ってやろーぜ』

茶髪『なんだよ、ピアスそーゆー趣味?
 ま、彼女あいてじゃできねえし、
 俺もさんせー』

刺青『んじゃ、やっぱいいわ』チキッ

刺青『ナイフ、見えるよな?
 刺されたくなけりゃ、
 せいぜい大人しくして、犯されろ』

ひき娘『い、いや……っ』

ピアス『イヤ、じゃねーの』げしっ


436: 2011/04/24(日) 00:15:55.87 ID:sMjSSDqzo

?『君たち、何をしてる!』

ピアス『げ、よりにもよってアイツかよ』

茶髪『ひひ、ママの七光りはどうしたよ』

ピアス『知ってるだろ、
 アイツそういうの気にしねえって。
 くそっ、とりあえず行こうぜ』

刺青『ちっ、せっかく盛り上がってきたのによ。
 顔見られる前に、行くぞ』だだっ

?『くっ、待てっ!
 キミ、彼女を保健室へ。
 わたしはアイツラを――』


437: 2011/04/24(日) 00:16:42.80 ID:sMjSSDqzo

ひき娘「いや……」がくがく

ひき娘「痛いのは……」

ひき娘「殴らないで」

ひき娘「髪の毛、ちぎらないで」

ひき娘「蹴らないで」

ひき娘 がくがく……

ひき娘「う、……ぅく」ぽろぽろ

ひき娘「もう、ずっと前……
 ずっと前だから、
 もう大丈夫、大丈夫……」がくがく


438: 2011/04/24(日) 00:17:17.45 ID:sMjSSDqzo

ひき娘「…………………………」

ひき娘「………………」

ひき娘「……ふ……ぅ」

ひき娘「はぅ……」

ひき娘(目の前に、
 大きな手が来て、視界がふさがったら……)

茶髪『コイツ面白いぜー。
 頭殴るとよ、足元ふらつかせんの。
 せーぶつの実験、ってな!
 俺らすっげー真面目な学生だよな、くくっ。
 おい、歩けよっ!』

ひき娘「…………っ」


439: 2011/04/24(日) 00:17:56.74 ID:sMjSSDqzo

ひき娘「過去だから……」

ひき娘「もう、思い出さない……」

ひき娘(急に、あの時の事が、
 一気に思い出されて……)

ひき娘「もう、やだよ……」

ひき娘「…………もう」

ひき娘「なんで、私が……」

ひき娘「……ぐすっ」

440: 2011/04/24(日) 00:18:23.83 ID:sMjSSDqzo
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  三十四日目 教員室

男「……」かきかきかきかき

男「…………」かきかきかき

男「………………はぁ」

男「いけませんね、こんな調子では」

黒髪「そうよー。
 先生らしくないじゃない」ひょこっ

441: 2011/04/24(日) 00:18:50.42 ID:sMjSSDqzo

男「おや、黒髪さん。
 いつの間にコチラへ?」

黒髪「さっきからいたわよ。
 話しかけても応えないから、
 いっそ面白くなって見てたけど」

男「趣味が良くないですね」

黒髪「態度が良くないよりはマシじゃない?」

男「……私の態度は良くなかったですか?」

黒髪「授業中に突然考えこんだり、ね」

男「授業に私事を持ち込むなんて、
 申し訳ない……」


442: 2011/04/24(日) 00:20:16.17 ID:sMjSSDqzo

黒髪「私は逆に安心したけどね。
 ああ、この人も人間なんだって」

男「それはどういう意味ですか」苦笑

黒髪「そのままよ」にやっ

男「……それで、どうしましたか?
 質問にいらしたんですよね」

黒髪「質問があるとしたら、
 今日の先生はどうしたんですか、
 といったところよ」

男「…………」

黒髪「答えたくないのかしら?」


443: 2011/04/24(日) 00:20:48.09 ID:sMjSSDqzo

男「いえ。実は今日、
 ひき娘さんをおびえさせてしまったようでして」

黒髪「……何かしたの?」

男「詳しくはわかりませんが、
 少し何かに悩んでいるようだったので、
 励ますつもりで頭を撫でると、
 急に怯えだして……」

黒髪「それだけ?」

男「誓って」

黒髪「…………となると、
 どういうものかはわからないけど、
 それが鍵になって、
 いじめられた事を強く思い出したのかしら」

男「恐らく、そうでしょう」


444: 2011/04/24(日) 00:21:22.08 ID:sMjSSDqzo

黒髪「あれから二年も経ったのに、
 ひき娘の中では、
 まだ終わってないのね」

男「……焦ってはいけない。
 それは誰より私が判っていたのに、
 どうにも……」

黒髪「やりきれないわね。
 ……そうね、それなら一つ提案があるわ」

男「はい?」

黒髪「よかったら、
 週末に時間もらえないかしら?」にやっ


445: 2011/04/24(日) 00:21:49.41 ID:sMjSSDqzo
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  三十九日目 駅前広場

黒髪「ないわー」

男「……遅れてやってきて、
 第一声がそれですか」

黒髪「だって、ねえ。
 せっかくの土曜日!
 週末に二人っきりで外出よ?

 いわばデート!
 それなのに、その格好って……」

男「普段どおりですが、なにか」

黒髪「……普段からそのスーツなの?」

男「そうですが」

446: 2011/04/24(日) 00:22:15.51 ID:sMjSSDqzo

黒髪「……せっかく人が、
 こうやってオシャレしてきたっていうのに」ぶつぶつ

男「どうかしましたか?」

黒髪「何でもないわよ」

男「……とりあえず、
 黒髪さんはお昼はどうしましたか?」

黒髪「軽くつまんできたわ。
 何か食べても大丈夫だし、
 食べなくても平気な程度に」


447: 2011/04/24(日) 00:22:48.04 ID:sMjSSDqzo

男「私もです。
 では、ランチは考えず、目的を果たしましょうか」

黒髪「そうね。
 そういえば、アレからどうなの?
 ひき娘との関係は」

男「悪くはありません。
 ただ、最近は落ち着いていましたが、
 先日の一件以来、
 ある距離から近づくと、
 目に見えて緊張するようになりましたね……」

黒髪「やっぱり、簡単にムリね。
 ……例の作戦を実行しましょう。
 名づけて――
 『ひき娘にプレゼントで仲直り作戦!』」ビシッ


448: 2011/04/24(日) 00:23:31.18 ID:sMjSSDqzo

男(どこかの名探偵みたいな、
 妙にキマッたポーズ……
 練習でもしたんでしょうか?)

男「……やはり、考えたのですが、
 そんな問題ではないと思いますよ。
 第一、私たちは不仲になったわけでもありませんから」

黒髪「一見すれば、ね。
 嫌われたなら仲直りしやすいけど、
 ひき娘は先生を嫌ってない。
 ただ、先生に対して、
 過去の幻影を重ねてるだけ」

男「それが判っていて、プレゼントで仲直りですか」

黒髪「そんな疲れた顔しないでよ。
 別に根拠なく機嫌を取っておこうみたいなノリじゃないから」

男「そうなんですか?」


449: 2011/04/24(日) 00:24:10.85 ID:sMjSSDqzo

黒髪「要するに、
 今のひき娘って、
 先生に対して過去の恐怖を重ねているじゃない?」

男「恐らくは」

黒髪「つまり、今のひき娘にとって、
 先生が恐怖の象徴なのよね」

男「……身もフタもない分析ですね」

黒髪「こういう分析に、
 私情は何の意味も無いわ。
 むしろ正確な分析をして、
 現状からの打開策を探す原動力に、
 その私情を燃やすべきじゃない?」

男「もっともです。
 ……ふむ、云いたい事はおおよそわかりました」


450: 2011/04/24(日) 00:24:50.68 ID:sMjSSDqzo

黒髪「さすが先生。
 そう、先生自身が過去の恐怖なら、
 その恐怖を無価値にするような、
 好意の感情で、
 改めてその過去の感情を塗り替えればいいのよ」

男「そう簡単な話ではないですが、
 無意味でも無いでしょうね」


黒髪「無意味でないなら良いじゃない。
 ぶっちゃけて云えば、
 今までひき娘の内面に有って、
 手の出しようが無かったものに、
 何かできるかもしれないって事でしょ」

男「肯定的に考えるなら、
 そのような考え方もできますね」

451: 2011/04/24(日) 00:25:20.49 ID:sMjSSDqzo

黒髪「否定的な考えなんて、
 取れる手段が一つも無くなって、
 希望が見えなくなってからすればいいじゃない」

男「……いけませんね。
 今日の私はどうやら、
 黒髪さんに面倒をかけ通しです」苦笑

黒髪「たまにはいいじゃない。
 ひき娘の事についてとか、
 私だって先生に迷惑かけたもの。

 この件だって元をたどれば、
 私がひき娘を紹介したからよ。

 私ができない事を手伝ってもらう。
 手伝ってくれる先生に、
 私が私の出来る事をする。

 そこには共栄関係は有っても、
 問題はないと思うわよ」


452: 2011/04/24(日) 00:25:48.94 ID:sMjSSDqzo

男「……本当に、
 今日はかなわないようです」苦笑

黒髪(そりゃそうよ。
 このデートのお誘いをしてから、
 何回も何回も、
 頭の中で考えたんだもん。

 先生の口にしそうな言葉とか、
 考えそうなこととか)

黒髪「ふふっ、
 それじゃ、行きましょ。
 ひき娘の気に入ってくれるもの、
 がんばって探さないと」

男「はい」


453: 2011/04/24(日) 00:26:24.68 ID:sMjSSDqzo
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  三十九日目 アーケード

 とことこ

黒髪「それで、
 先生は何をプレゼントするつもり?」

男「そうですね。
 ひき娘さんが喜ぶもの……

 アクセサリなどは、
 たぶん喜ばないでしょうね。
 服はサイズがわかりませんし……」

黒髪「サイズは判るわよ。
 ただ、どうかしら。
 下手するとイヤミになるわよ」

男「イヤミ、ですか?」


454: 2011/04/24(日) 00:27:02.67 ID:sMjSSDqzo

黒髪「一緒に選びに来たなら、
 また話は変わるけど……

 ひき娘は自分の服、
 子供っぽいって自覚があるから――
 中学生の頃の服の着まわしだから、
 しかたないんだけど、
 そういう場合は逆効果だと思うわ」

男「云われてみればそうですね」

黒髪「……そうね。
 個人的には、
 少し上等な文具一式、とかが良いと思うわ」

男「文具ですか」


455: 2011/04/24(日) 00:27:39.43 ID:sMjSSDqzo

黒髪「教師と生徒って関係からも、
 文具のプレゼントなら、
 いろいろ言い訳も立つでしょ。

 気付いてたみたいだけど、
 ひき娘の使ってる文具って、
 今は中学生の頃のだから、
 デザインとか機能に不満があるみたいだし」

男「……よく考えてますね」

黒髪「ひき娘の事だから、当然でしょ」

友『黒髪ちゃんはひき娘ちゃんに対して、
 強い劣等感と、恩義を感じてるんだ』

男「…………」

黒髪「先生?」ずいっ

男「――っ、黒髪さん、近いですよ」

黒髪「……ドキドキしました?」にやっ

456: 2011/04/24(日) 00:29:54.43 ID:sMjSSDqzo

男「そうですね、
 お化け屋敷に入ったときくらいには」

黒髪「私は貞子じゃありませんよ」むぅ

男「お化け屋敷で、
 女の子に手を握られた時くらい、
 という意味だったのですが」

黒髪「……っ。
か、からかわないでよっ」(////
 
男「わたしだけ許されないというは、
 幾分か不条理な気がしますね」

黒髪「たしかにそうだけど……」


457: 2011/04/24(日) 00:31:46.14 ID:sMjSSDqzo

男「この文具店なら、
 どうですかね?」しれっ

黒髪「無視しないで、
 って言いたいけど、
 たしかに良さそうね。

男「では、入りましょうか」そっ

黒髪「ぇ……」(さりげなく、
 私の手をとってくれて)

 からーん♪


458: 2011/04/24(日) 00:35:43.00 ID:sMjSSDqzo

 とことこ

男「一口に文具と言っても、
 いくつもありますが……」

黒髪「……」

男「どうしましょうかね?」

黒髪「……」

男「黒髪さん?」

黒髪「っ、え、はい?」

男「大丈夫ですか?」

黒髪「……大丈夫よ」


459: 2011/04/24(日) 00:38:54.06 ID:sMjSSDqzo

男「……とりあえず、
 私だったらこのあたりの物を、
 選ぼうと思うのですが」

黒髪「…………とりあえず、
 笑った方がいいかしら?」

男「なぜ笑いますか」

黒髪「だって、ねえ。
 プリキュアのシャーペンなんて、
 今時もらって喜ぶの、
 小学生でもいないわよ」

男「しかし、
 ひき娘さんは毎週プリキュアを見るファンですよ」

黒髪「それとコレとは別。
 第一、先生はひき娘の趣味しらないでしょ」

男「そこは、黒髪さんに聞いたと云う事で」

黒髪「いやよ!
 それじゃこの選択、私のセンスみたいじゃない」

男「……そんなにダメですかね?」

460: 2011/04/24(日) 00:42:21.06 ID:sMjSSDqzo

黒髪「とりあえず、
 こういう時は相手の趣味最優先より、
 無難に長く使えるものでしょ。

 だいいち、こんな安い作りのペン、
 すぐに壊れて使えなくなるわよ」

男「壊れるというのは、
 どうかと思いますが……
 良く見れば使い勝手も良くなさそうです。
 早まるところでしたね」

黒髪「……実は先生って」

男「はい?」

黒髪「プレゼントのセンスが無いって、
 よく言われない?」

男「……否定はしません」

黒髪 あちゃー

461: 2011/04/24(日) 00:45:58.38 ID:sMjSSDqzo

黒髪「……とりあえず、あれね」

男「あれ、とは」

黒髪「私がすべて選ぶわ」

男「は?」

黒髪「だって、
 この調子で先生と相談してたら、
 日が暮れても終わらないわよ」

男「すみません」

黒髪(普段のソツのないところから、
 まさかこんな、
 低レベルな欠点があるなんて)あいたたた



462: 2011/04/24(日) 00:48:49.06 ID:sMjSSDqzo

黒髪「まったく、しょうがないわね」

男「面目ない……」

黒髪(ま、本当に何でもできる人よりは、
 可愛げがあるかもしれないわね……ふふ)

男「む、こちらには、
 まどか☆マギカのペンケースが」

黒髪「いいから、
 そういうのはやめておきなさい!」



463: 2011/04/24(日) 00:53:04.96 ID:sMjSSDqzo
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 三十九日目 洋菓子喫茶ミンドロウ


黒髪「まったく、
 こんなに時間がかかるなんて思わなかったわ……」

男「ですからこうして、
 お詫びに、友から教えてもらった、
 美味しいケーキ屋に来ているわけで……」

黒髪「……メイド喫茶?」

メイド にこっ

メイド かちゃ、かちゃ

メイド「どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ」へこっ

男「二年前はたしか、
 普通のケーキ屋だったんですが……」

464: 2011/04/24(日) 00:55:01.57 ID:sMjSSDqzo

黒髪「もしかしてお店間違えてない?
 ……あら、結構おいしい」まぐまぐ

男「間違えてませんよ。
 確かにこの名前でしたからね」

黒髪 まぐまぐまぐまぐ

男「……気に入ってくれたようでなによりです」

黒髪 まぐ……(////

黒髪「意地悪いわね」

男「理不尽ですね」苦笑


465: 2011/04/24(日) 00:57:26.93 ID:sMjSSDqzo

黒髪「とりあえず、
 ひき娘へのプレゼントも買えたし、
 今日の目的は達成ね」

男「かなり無難になってしまいましたが」

黒髪「こんなところに、
 独創性もアニメ成分も要らないのよ」

男「喜ぶと思いますがね、アニメ」

黒髪「……云うまいと思ってたけど」

男「はい?」

466: 2011/04/24(日) 01:00:16.22 ID:sMjSSDqzo

黒髪「先生って先日、
 ひき娘に消しゴムあげたのよね?」

男「はい。コンビニで売っていた、
 シャルロッテの消しゴムですね」

黒髪「シャルロッテ?
 まあ、なんでもいいけど、
 その安っぽい小さい消しゴムをね、
 あの子ったら、
 爪の先くらいになるまで、
 後生大事に使ってたのよ」

男「……あといくつか、
 買っていくべきだったでしょうか」

黒髪「違うわよ。
 まあ、数がないって点では、
 間違ってないけど。

 それ以上に、
 先生がくれたって事が、
 あの子にとってそれだけ大きかったのよ」

467: 2011/04/24(日) 01:03:20.96 ID:sMjSSDqzo

男「……」

黒髪「言ってしまえば、
 たかが消しゴムの一個よ。

 でも、あの子にとっては……っ」

男(うつむいて、どうしたのでしょうか)

男「黒髪さん?」

黒髪「あの子にとっては、
 大好きな先生からもらった、
 大切なものだったのよ」ひっく

男「……」

468: 2011/04/24(日) 01:05:30.70 ID:sMjSSDqzo

友『だが、あの黒髪ちゃんって子は、
 ひき娘ちゃんが相手なら、
 戦おうとすらしないだろうぜ』

男「まさか――」

黒髪「まさかじゃないわよ!」

男「あ、いえ、それでは」

黒髪「あの子はね!」ぐいっ

黒髪 がっ

黒髪「先生が、だいすき、な」

黒髪 ぼろぼろ

469: 2011/04/24(日) 01:08:46.43 ID:sMjSSDqzo

黒髪 ぐしぐしっ

男「黒髪、さん」

黒髪「先生が、だい、すき、なの……よ」ぼろぼろ

男「…………」

黒髪 ぱっ

黒髪「だから。
 もっと良く考えて、
 ずっとずっと、大人になっても、
 一生使えるものを、贈ってあげてよ」

男「……黒髪さん」

黒髪「ね」

男「……」

470: 2011/04/24(日) 01:11:44.45 ID:sMjSSDqzo

男「すみません」

黒髪「……なんで謝るのよ」

男「……いろいろです」

黒髪「そう」

男「……」

黒髪「……それなら」

男「はい」

黒髪「今度はお詫びに、
 またどこか、連れていってよ」

男「……はい」

471: 2011/04/24(日) 01:14:40.42 ID:sMjSSDqzo

黒髪「…………お化粧、
 直してくるわね」

 とことこ

男「………………」

男 がりがりがり

男「なんだって、こう――」

男「わたしは、
 この誘いを断れば良かったのか?」

男「それとも、――それとも?」


472: 2011/04/24(日) 01:18:22.97 ID:sMjSSDqzo

店長「……お客さんよ」ちょい

男「……はい?」

店長「これ、渡してやりな」

男「お絞り、ですか」

店長「男なんて、
 女に泣かれちまったら、
 それくらいしかできねえもんさ」

男「……」

店長「……なんてな。
 あんまりウチの店で女の子を泣かせないでくれよ?」にやっ

男「……すみません」苦笑

473: 2011/04/24(日) 01:20:33.96 ID:sMjSSDqzo

店長「よし、笑えるなら大丈夫だな。
 良くわからんが、
 女の子の前で沈んだ顔はいかんぞ。
 ……む、」たたっ

男「……」

店長「ああ、奥様お久しぶりです。
 前回のご来店から十日間と三時間ぶりでございます。
 しかし前回よりも素敵な笑顔で」延々

男「くっ……くくっ」

474: 2011/04/24(日) 01:22:34.43 ID:sMjSSDqzo

男「いけませんねぇ。
 なんだかどうにも、
 今日は黒髪さんに振り回されすぎです」

黒髪 とことこ

黒髪「お待たせ」

男「こちら、よかったら使ってください」

黒髪「おしぼり? ありがとう」にこっ

男「……」

黒髪「……」

475: 2011/04/24(日) 01:25:13.05 ID:sMjSSDqzo

男「……黒髪さん」

黒髪「はい?」

男「……黒髪さんは、イイ女ですね」

黒髪「…………ぷっ、やだ、何よそれ」

男「素直に、思ったところを言いました」

黒髪「ふふふっ、そんなの、
 ずっと前からでしょ?

 だって私は黒髪よ?」にこっ

男「そうでしたね。
 ええ、ずっと、イイ女です」

黒髪「……それじゃ、そろそろ帰りましょ」

男「はい」

 がたがた

476: 2011/04/24(日) 01:27:13.53 ID:sMjSSDqzo

黒髪「……すきよ」ぼそっ

男「……何か言いましたか?」

黒髪「お勘定お願いします、って」

男「……聞き返さなければ良かったですね」

黒髪「聞いたからには、お願いね」

男「仕方ありません。
 もとよりそのつもりでしたし、
 構いませんよ」

黒髪「ふふっ」

男「くくっ」




477: 2011/04/24(日) 01:29:49.83 ID:sMjSSDqzo

黒髪「そういえば先生」

男「はい?」

黒髪「一つだけ聞かせて」

男「……」

黒髪「わたしと初めて会ったの、
 いつだったかしら」

男「……去年の夏講習に、
 たしかいらしてましたよね?」


478: 2011/04/24(日) 01:34:15.91 ID:sMjSSDqzo

黒髪「……ええそうよ。それでいいわ」にこっ

男「?」

黒髪(そう、それが初めてなら、
 それでもいい)

黒髪(二年前に、
 私の友達を助けるために、
 乱暴そうな生徒に対して、
 一歩も引かないでまっすぐ向き合った先生。

 あの時近くにいたけど、
 覚えてないなら、それでいいわ。

 その後ろ姿に憧れた私は、これで卒業)

メイド「代金のお釣りをお確かめください」

男「はい、大丈夫です。
 ……では、行きましょう、黒髪さん」

479: 2011/04/24(日) 01:37:01.75 ID:sMjSSDqzo

メイド「行ってらっしゃいませ」へこっ

黒髪「また来させてもらいます」

メイド「お待ちしております」 にこっ

 とことこ

黒髪「ねえ、先生」

男「はい?」

黒髪「ちょっと、止まってください」

男「……」

黒髪 とこ、とこ

男(微妙に動いて……
 なんでしょうか)

481: 2011/04/24(日) 01:40:09.18 ID:sMjSSDqzo

黒髪「はい、いいですよ、行きましょ」にこっ

黒髪(そっと重ねた)

黒髪「さーて、
 それじゃ私はこちらなので、
 失礼します」

男「……はい。お気をつけて」

黒髪「また、授業で」にこっ

黒髪 たたっ

黒髪(先生と、私の影の、唇の先)

489: 2011/04/26(火) 01:54:53.65 ID:RdyoY+Dco
----------------------------------
 四十一日目 ひき娘の部屋

 こんこんこん

男「……」

 こんこんこん

男「ひき娘さん、どうしましたか?」

 こんこんこん

男(なにか、問題があったのでしょうか?)

男 どくん

男(体調不良でしょうか。
 最近はまた、
 部屋に入れてもらった頃のように、
 想定より授業が進まず、
 宿題が増えてしまっていましたからね……)

男「……開けますね」

 きぃっ

490: 2011/04/26(火) 01:55:20.06 ID:RdyoY+Dco

 そぉっ

ひき娘 すぅすぅ

男(テーブルに突っ伏したまま、
 寝てしまっていますね。
 ただ、呼吸は穏やかで)

男 とことこ

男「……改めて、失礼します」

男(そっと触れる。
 ひき娘さんの額は、
 少しだけ汗ばんでいるものの、
 おそらく寝汗なのだろう。
 熱いというほどではない)

ひき娘 すぅすぅ

男「まだ、時間がありますね」ちらっ

男「……もう少しだけ、
 寝かせて差し上げましょう」

ひき娘 すぅすぅ


491: 2011/04/26(火) 01:56:54.67 ID:RdyoY+Dco

男(なぜ)

男(なぜ友さんや黒髪さんは、
 ひき娘さんが私を好いていると考え、
 言うのでしょうかね)

男 そっ

男 なで、なで

ひき娘 すぅすぅ

男(わたしなど、
 ただの社会不適合者なのに)

男 なで、なで

ひき娘「んん……」にへらー

男(人付き合いが苦手なオタクで、
 好きな歴史や文化について、
 語りだすと止らない癖があって……)

492: 2011/04/26(火) 02:01:00.79 ID:RdyoY+Dco

男(過去にお付き合いした方々も、
 そんなところがイヤだったと、
 そう云って離れていきましたね。

 『可愛げがない』
 『私がいなくても良さそう』
 『つまらない話ばかり』

 そういって皆離れてしまい、
 結局親交がのこっている人は、
 殆どいなくなって……)

男 なで、なで

ひき娘 すぅすぅ


493: 2011/04/26(火) 02:01:39.06 ID:RdyoY+Dco

男(教師として、人として、
 恥じるような行動を行った事は、
 決してないといえる生き方でした。
 ……それでも人は、離れてしまう)

ひき娘「んー」

男 ……なで、なで

ひき娘「んへー」にへら

男(夢中になると、
 つい喋り続けてしまう癖も、
 人として恥ずべきことではないと、
 思うのですがね。

 度が過ぎる事もある点は反省すべきですが……)


494: 2011/04/26(火) 02:03:04.79 ID:RdyoY+Dco

男(……ひき娘さんは、
 ずっと話を聞いてくれましたね)

ひき娘「……にゃう。」

男「……くく」

男(ひき娘さんにとっては、
 私のこの『悪癖』、
 気にならないのでしょうか)

男「……時間ですかね。
 ひき娘さん、起きてください」

ひき娘「うにゅ……」

男「ひき娘さん」

ひき娘「なう……」


495: 2011/04/26(火) 02:04:15.36 ID:RdyoY+Dco
----------------------------------
 四十一日目 ひき娘の部屋

男「では、本日の授業はここまでということで


ひき娘「お、お疲れ様、です……」ぐたぁ

男「お疲れさまです。
 さて、次回の授業ですが、
 宿題についてはこちらの紙に、
 まとめてきました」

ひき娘「ありがとうございます。
 その、今回はごめんなさい、
 先生が来るって判ってたのに寝ちゃってて」しゅん

男「何度も言ってますが、
 気にしていませんよ。
 今日で授業も……十八回ですか。
 よくがんばっていると思います」

ひき娘「…………」しゅん


496: 2011/04/26(火) 02:05:09.85 ID:RdyoY+Dco

男(どうしたものでしょうかね……
 がんばっているのは事実ですし、
 授業時間には目をさましたので、
 問題にすることも無いのですが)

男「……そうだ、ひき娘さん」

ひき娘「はい?」


男「ひき娘さんのがんばりに、
 応えられればと思いましてね。
 ……このようなものを買ってきたのですが」ごそごそ

ひき娘「……プレゼント?
 きれいにラッピングされてるけど、
 開けてもいいですか?」

男「はい、御随意に」にこっ

ひき娘 かさかさ

ひき娘「わ……すごいっ。
 これ、文具ですよね。
 なんか、大人な感じで、
 とってもステキです……」

497: 2011/04/26(火) 02:06:02.59 ID:RdyoY+Dco

男「使い心地を重視して、
 長く使えそうなものを、
 選ばせてもらいました。
 よければ使ってください」

男(とはいっても、
 黒髪さんが絞りこんでくれて、
 その中から選んだ物ですが……

 そこまでしなければならないほど、
 わたしは趣味が良くないのでしょうかね)悶々

ひき娘「…………」

男「ひき娘さん?」

ひき娘「……」うるっ

男「ど、どうしましたか?」おろおろ


498: 2011/04/26(火) 02:06:44.50 ID:RdyoY+Dco

ひき娘「その、うれしくて」ぐすっ

男「泣くほどですか?」苦笑

ひき娘「泣くほどですよ……
 ただ、先生からもらえて、
 がんばってるって認めてもらえて。

 とっても、嬉しいんです」にぱっ

男 すぅっ。ぴたっ。

男(あぶない、つい、
 また頭を撫でようと……)

男「喜んでいただけたら、
 私としても嬉しいです」にこっ


499: 2011/04/26(火) 02:11:52.94 ID:RdyoY+Dco

ひき娘「……ないで」じっ

男「はい?」

ひき娘「やめないで、ください。
 撫でてください」

男「しかし……」

ひき娘 そろ、そろ

男(両手をついて、
 顔をうかがいながら近寄る姿が、
 怯える子犬のようだと云ったら、
 怒られるでしょうか)


500: 2011/04/26(火) 02:12:35.42 ID:RdyoY+Dco

ひき娘 とすっ

男(せがむように、
 頭をそっと私の肩に寄せて)

ひき娘「怖くない、とは、
 まだ云えないです。

 でも、このままでも、
 きっと良くないなって。

 せっかく褒めてもらって、
 今なら、勇気が出そうだから」

男「確かにそうですが、
 ムリをしてはいけませんよ」

ひき娘「……今は、撫でてほしいんです」じいっ

男(覗き込むようにして、
 上目遣いで見上げてくる瞳が、
 少しだけ涙と恐怖にゆれているような)

ひき娘「触って、ください」


501: 2011/04/26(火) 02:13:14.13 ID:RdyoY+Dco

男「……失礼しますね」

男 そぉっ

ひき娘 ぴくんっ

男 さらっ、さらっ

男(ぎゅっと目を閉じて)

男「……ひき娘さんは、
 瞳に表情がでますね」

ひき娘「?」

男(少しだけ目を開けて、
 不思議そうに見上げる。
 それだけで、
 少しの不安と、興味と疑問が伝わってくる)

男「ひき娘さんの目が、
 とても魅力的だと言ってます」にこっ

ひき娘「……そんな」(////


502: 2011/04/26(火) 02:14:33.91 ID:RdyoY+Dco

男(恥ずかしがって伏せられ、
 その目が見えなくなった事が、
 少しだけ残念ですね)

ひき娘 すり、すり

男「……くく」なで、なで

ひき娘「?」

男「小動物のようですね。
 そうして、顔を寄せる仕草が、特に」


503: 2011/04/26(火) 02:15:44.59 ID:RdyoY+Dco

ひき娘「小動物、なの?」くぅっ

男(目を細めて、
 なんの表情なのか)

男「……不満ですか?」

ひき娘「……たぶん」

ひき娘 そっ

男(さらに近づいて、
 そっと体を摺り寄せられて。
 それで、不満なんでしょうか)

男 なで、なで

ひき娘 ふるり、ふるり


504: 2011/04/26(火) 02:16:51.90 ID:RdyoY+Dco

男(なでるたびに、
 音も無く震える細い背中。
 そこに何を背負っているのか、
 見えないのに、見えてしまう)

男「……ひき娘さんは、
 この手が、怖いですか?」

男(近づき過ぎないように、
 ひき娘さんから離して手のひらを見せる。

 ひき娘さんの手に比べれば、
 大きく、筋張っている手)

ひき娘「…………」ふるり


505: 2011/04/26(火) 02:17:31.91 ID:RdyoY+Dco

男「そうして身を寄せているのは、
 私の手のひらを、
 見ないようにするため、ですよね」

ひき娘「っ……。はい」

男「……試して見ましょうか」

ひき娘「はい?」

男(そっと首を傾げる仕草に、
 やわらかい、良い匂いのする髪が、
 私の首筋を甘くくすぐる)


506: 2011/04/26(火) 02:19:08.11 ID:RdyoY+Dco

ひき娘「チョコレート?」

男「たしかひき娘さんは、
 チョコレート、お好きでしたよね。
 コチラも、渡そうと思って忘れてました」

ひき娘「うん」

男(おそらく、わざと――
 ひき娘さんの言葉の距離が、
 いつもより近い)

男「では、これ、食べたいですよね」

ひき娘 こくり

男(頷くたびに、
 焦らすように首筋を撫でられて……
 穏やかじゃありませんね)

男「包みを開けて……
 手のひらに載せてみましたが。
 ここで思い至りませんか?」


507: 2011/04/26(火) 02:20:50.47 ID:RdyoY+Dco

ひき娘「思い至る、って、なににです?」

男「……このチョコ、食べていいですよ」

ひき娘 そぉっ

男「ただし」

ひき娘 ぴくっ

男「手は、使ったらダメですよ」にやっ

男(ムリにさせる気は無いものの……
 手のひらに置かれたチョコレートを、
 ゆっくりとひき娘さんに近づけて、
 鼻先に匂いを残して遠ざける)

ひき娘「でも、手を使っちゃダメって」

男「そんな風に、
 伺うような目で見ても、ダメですよ」

男(嫌いなものを、
 好きなものとして上書きする
 ……言い訳、か?)


508: 2011/04/26(火) 02:21:27.52 ID:RdyoY+Dco

ひき娘「でも、それって、
 てのひらのチョコを、
 もしかしてそのまま……」

男「イヤなら構いませんよ」

ひき娘「……」

男 なで、なで

ひき娘 ふるふる

男「チョコレート、
 今日はいりませんか?」

ひき娘「食べたい、けど」

男「では、どうぞ?
 早くしないと、溶けますよ?」

ひき娘「う……」


509: 2011/04/26(火) 02:22:21.56 ID:RdyoY+Dco

男「もちろん、大好きなチョコです。
 一度口をつけたら、
 残さず食べてもらいますよ?」

ひき娘「そ、それって……?」

男「どうしますか?
 食べるなら、
 早いほうが気が楽だと思いますが。

 それとも、わたしの手のひらを」

ひき娘「とけて、のこってたら」じっ

男「舐めて、とってもらいましょうか」にぃっ

男(不安げでいて、
 期待しているような瞳。
 表情豊かなその光が、
 恐怖とは別の何かにゆれて)

ひき娘「…………」(/////


510: 2011/04/26(火) 02:22:47.94 ID:RdyoY+Dco

男「大丈夫ですよ、
 清潔にしてありますから」

ひき娘「そういう問題じゃ……」

男「ああ、それとも――
 溶けるのを待ってます?」

ひき娘「え……?」

男「私の手のひらに
 チョコが溶けるのを待っているのかなと」

ひき娘「ち、違いますっ」(////

男「でも、そうして時間をかけると、
 間違いなくチョコは溶けますよ?

 わたしとしては、
 溶ける前に食べてもらっても、
 溶けてからなめ取ってもらっても、
 どちらでも、いいですよ」にこっ


511: 2011/04/26(火) 02:23:26.11 ID:RdyoY+Dco

ひき娘「…………先生って」

男「はい」

ひき娘「意地悪です」

男「いまごろ気付きましたか?」なでなで

ひき娘「気付いてましたけど……」

男「さて、あまり時間はないですよ。
 わたしは次の授業があります」苦笑

ひき娘 ぴくん

男「やはり、自分で食べましょうか。
 考えてみれば、
 食べ物で遊んでいると云われて、
 反論できない状況ですしね」

ひき娘「…………食べます」


512: 2011/04/26(火) 02:24:13.11 ID:RdyoY+Dco

男「……どうぞ」なでなで

ひき娘 ふるふるふる

ひき娘 ちらっ

男 にこっ

ひき娘「うぅ~……」そっ

ひき娘 ぱく

ひき娘 もぐもぐ

男「手のひらに、
 溶けのこりはありますか?」

ひき娘 ぴくっ

ひき娘「……ないです」


513: 2011/04/26(火) 02:25:15.63 ID:RdyoY+Dco

男「それは残念。
 チョコの味はいかがですか?」すっ

ひき娘「……とっても、とっても、甘いです」

男 なでなで

ひき娘「うう……」

男「どうしました?」

ひき娘「……なんだかホントに、
 しつけされてるみたいな」

男「それなら、
 待てとお手が必要でしたね」

ひき娘「……やっぱり、意地悪です」

男「でも、よかったですよね。
 手のひらに、近づけましたよ」



514: 2011/04/26(火) 02:26:18.88 ID:RdyoY+Dco

ひき娘「だって、
 先生があんな事、
 やれって云うから」

男「断ってもいいと云いましたよ。
 私の手のひらから食べたのは、
 あなた自身の意思です」にこっ

ひき娘「そんな笑顔で、ズルいよ」じっ

男 どきっ

男(ズルいのは、どちらなのか)

ひき娘「……ごちそうさまです」

男「それは良かった」にこっ


515: 2011/04/26(火) 02:27:19.28 ID:RdyoY+Dco

ひき娘「う、むぅ……」

男「どうしました?
 そんなに渋い顔で」

ひき娘「……ずるいから」じっ

男「なにもズルくなんて」

ひき娘「ズルいんです」

男「……どうやらズルいらしいです」苦笑


516: 2011/04/26(火) 02:28:00.16 ID:RdyoY+Dco

 pipipipi pipipipi

ひき娘「…………そろそろ、
 行かないと、間に合わないよね」

男「そうですね。
 間に合わなくなります」

ひき娘「……その、最後に」

男「はい」

ひき娘「もう一度だけ、撫でてください」

男「…………」なでなで

ひき娘 そっ

男 なでなで

ひき娘「……気持ちいいです」

男「それは良かった」なでなで


517: 2011/04/26(火) 02:32:01.20 ID:RdyoY+Dco

ひき娘「先生」

男「なんですか」

ひき娘「……授業、がんばってください」

男「ひき娘さんも、宿題がんばってください」

ひき娘 そっ

男(離れていく甘い匂いを、
 追いかけたくなってしまう)

518: 2011/04/26(火) 02:32:34.69 ID:RdyoY+Dco
----------------------------------
 四十一日目 男の車

 ぶろろろろ

男「いったい」

男「今日のわたしは、何だというのか」

男「つい先日、
 教師として距離を取ろうと、
 そう決めたばかりなのに」

男 ちくん

男「教師としての距離を、
 逸脱しそうな感情を覚えるなど」

男 ちくん


519: 2011/04/26(火) 02:33:22.24 ID:RdyoY+Dco

男「……やはり、いけませんよね。
 こんな事を続けては」

男(かつて)

男(夢や希望など特に持たず、
 ただ進学校を目指し、
 その中で成績をあげるだけの、
 迷い子だった私)

男(どうやって生きるべきか、
 迷う私を支えてくれた人の、
 教師という生き方に憧れて……)

男(教師であろう。
 ただそれだけを考え、
 目指してきた私が、
 生徒に対して特別な感情を持つなど、有ってはならない)

男(ありえない)


520: 2011/04/26(火) 02:34:30.97 ID:RdyoY+Dco

男「……壊れたの、でしょうか」

男(迷い子に手を差し伸べる人徳者。
 知識を伝える伝道者。
 ただそうで在ろうとしてきたのに)

男(すりよって来る少女の、
 信頼した表情と、
 目をそらしても、
 否応無く突きつけられる好意に、
 ほだされてしまっている)

男「いくら鈍くても、気付きますよ、そりゃ」

男(でも、気付こうとしなかった。
 気付きたくなかったから、目を背けていた)


521: 2011/04/26(火) 02:35:18.86 ID:RdyoY+Dco

男「表情豊かで大きな瞳が、卑怯すぎますよ」

男「いつまでも、見ていたくなる」

男「…………もう、これは」

男(友さんに、家庭教師の代役を、
 求めるべきでしょう)

男(これ以上、時計の針が進まないように)


528: 2011/04/27(水) 01:33:16.46 ID:Zsluq6pro
----------------------------------
 四十三日目 ひき娘の部屋

 こんこんこん

ひき娘「はい」びくっ

友(普段なら扉を開けるけど、
 この子相手にいきなりそれは、
 マズいんだったな)

友「はじめまして、ひき娘ちゃん。
 男から電話で聞いたと思うけど、
 代打の友です」

ひき娘「……はい」

友「いやー、悪いね。
 こっちの都合で振り回しちゃって」

ひき娘「だ、大丈夫です」

友(おうおう……
 何が大丈夫だってんだよ。
 めちゃくちゃ緊張してんじゃねーか)


529: 2011/04/27(水) 01:33:52.75 ID:Zsluq6pro

友「とりあえず、今日はよろしく。
 んで、男から聞いてるんだけど、
 最初は扉の外で授業かな?」

ひき娘「あ、あう……
 え、と……
 おへ、やに。どうぞ」

友「無理しなくていいんだぜ?
 気楽に気楽に。
 お兄ちゃんに頼るつもりで!」にかっ

ひき娘「えと……」


530: 2011/04/27(水) 01:34:39.58 ID:Zsluq6pro

友「あー、こういうノリ、だめ?
 もうちょっと大人に、ダンディがいい?」

ひき娘「え、ええ?」

友(超渋い声)「やあお嬢ちゃん。
 授業の用意は十分かね?」

友(普通)「みたいな」にひっ

ひき娘「っ! すごいですね!
 声優さんみたい!」

友「いやいや、そこまでじゃないって」照れ照れ


531: 2011/04/27(水) 01:35:58.67 ID:Zsluq6pro

ひき娘「えっと、とりあえずその……
 中に、どう、ぞ……」

友「じゃ、お言葉に甘えて」

 がちゃっ

友「お邪魔します」にかっ

ひき娘「ど、どうぞ」ぎしぎし

友「よく片付いた部屋だねー。
 あ、勉強ここですんの?
 じゃ教材おくね」さっさっさ

ひき娘「は、はい……」ガチガチ


532: 2011/04/27(水) 01:36:39.81 ID:Zsluq6pro

友(あー、あー。
 かわいそうなくらい固まって。
 男のヤツ、こんな子が折角、
 心を許してくれたってのに、
 それを押しのけるなんて)

友「やっぱり、
 あのダンディ・ボイスのがいい?
 キャラクター設定受付ちゃうよ」けらけら

ひき娘「……いえ、大丈夫です」

友(ちょっと迷ったな)笑


533: 2011/04/27(水) 01:37:30.71 ID:Zsluq6pro

友「ちなみに、
 俺の事は先生って呼ぶの禁止ね。
 コレ、皆に言ってるんだけどさ」

ひき娘「はひ? か、噛んじゃっちゃ……あう」

友「りらっくす、りらーっくす。
 ほい、深呼吸して?」

ひき娘 すー、はー

ひき娘「え、えっと。
 じゃ、友さん、と」


534: 2011/04/27(水) 01:37:57.63 ID:Zsluq6pro

友「ま、それでもいいけどさ。
 ここは一つ、お兄ちゃんと呼んでくれないか」きりっ

ひき娘「お、お兄ちゃん?」

友「ザッツライッッッ!」

ひき娘 びくぅっ

友「ひき娘ちゃんみたいに、
 可愛い妹が欲しかった俺の理想!
 ここが、俺のエルドラドだったのか……」


535: 2011/04/27(水) 01:38:25.07 ID:Zsluq6pro

ひき娘「えっと、みんなにも、
 お兄ちゃんって……」

友「女の子にはそれなりに。
 でもホントに言ってくれたの、
 ひき娘ちゃんが初めてだけどね……」しゅん

ひき娘(すごくテンション高くて、
 めまぐるしく表情の変わる人……)

友「さて、そんな授業にしよっか」にこっ

ひき娘「はい」こくっ

友(……とりあえず、
 最低限は緊張解けたか?)

友「そんじゃ、今日はテキストの~」


536: 2011/04/27(水) 01:38:51.01 ID:Zsluq6pro
----------------------------------
 四十三日目 ひき娘の部屋

友「そんじゃ、今日はここまで。
 お疲れ様」にこっ

ひき娘「はい。お疲れ様です」へこっ

友「進め方どうかな?
 よく予習できてたから、
 それなりの速度でやっちゃったけど」

ひき娘「大丈夫でした」

友「それなら良かった」にこっ

ひき娘「むしろ、
 すごくゆっくりだったような」ぼそっ

友「ん?」

ひき娘「い、いえ。なんでもっ」


537: 2011/04/27(水) 01:39:31.37 ID:Zsluq6pro

ひき娘「えっと、その――」

友「なんだい?」

ひき娘「先生は……」

友「お兄ちゃん」キリッ

ひき娘「ち、違います。男さんは……」

友「あー。あいつからなんて聞いてる?」

ひき娘「……ちょっと、別件が、と」

友「え、そんだけ?」

ひき娘「はい……」しゅん

友(だあああ。男め!
 人に押し付けるなら押し付けるで、
 未整理で寄越すなよ!)


538: 2011/04/27(水) 01:39:58.19 ID:Zsluq6pro

友「アイツには今、
 受験生の授業任せててね。
 今までいた人が急に来れなくなって、
 文系で教えられるのが、
 アイツくらいだったんだ」しれっ

友(く、苦しい言い訳だな、我ながら)

ひき娘「そ、そうなんですか。
 お疲れ様です」

友(うおおおお、罪悪感が……
 なんだこの素直さ!
 しかも気遣いできる優しさ!)

ひき娘「……そっか。
 それなら、仕方ない、ですよね」

友(んでもってこう、
 仕方ないの一言だけで、
 俺はもう逃げたくなる可愛さ!
 本当に妹に欲しいねぇ……)

539: 2011/04/27(水) 01:40:48.29 ID:Zsluq6pro

友「ひき娘ちゃんは、
 男の授業のがよかったかな?」

ひき娘「え、そ、その……
 おにい、ちゃんの、授業も、
 楽しかったです」

友「そりゃ嬉しいね。
 ただ、正直に言っていいんだぜ?
 ぶっちゃけどうよって話」

ひき娘「えと……」


540: 2011/04/27(水) 01:41:44.94 ID:Zsluq6pro

友「……」

ひき娘「……」

友「大丈夫ならいいぜ?
 ただ、代わって欲しかったら、
 好きなときに云ってくれよ。

 俺の塾は生徒さんの希望優先。
 多少無理しても、
 御要望には応えますってな」にかっ

ひき娘「……はい」


541: 2011/04/27(水) 01:42:12.49 ID:Zsluq6pro

友「そんじゃ、今回の宿題は、
 ここからここまででどう?」

ひき娘「そんなに、少ないんです?」

友(おいおい、
 学校云ってないっていうから、
 他のヤツの三倍出してるんだぞ?
 それが「そんなに」少ないって……)

友「……普段なら、
 ここからだったらドコまでやる?」

ひき娘「えっと……」ぱらららららら

ひき娘「……」ららららら


542: 2011/04/27(水) 01:42:39.00 ID:Zsluq6pro

ひき娘「ここくらい、まで……?」

友「……男のヤツ、
 本気でスパルタしてるな。
 よし、じゃ、そこまでね」

ひき娘 びくっ

友「男から甘くするなーって、
 云われてっからさ」にやっ

ひき娘 ……こくん。うるうる

友(やべ、涙目が可愛すぎ……)

友「そんじゃ、また――」

ひき娘「は、はい……」


543: 2011/04/27(水) 01:43:08.69 ID:Zsluq6pro

 ぱたん

ひき娘「……」ぐたぁっ

ひき娘「授業はそんなに大変じゃなかったけど」

ひき娘「…………先生」

ひき娘「……………………男さん」


544: 2011/04/27(水) 01:43:37.21 ID:Zsluq6pro
----------------------------------
 四十八日目 教員室

男 かきかきかきかき

黒髪 そろーっ

男 かきかきかきかき

黒髪 にひっ

黒髪 ばっ

黒髪「だーれだ」

男「…………仕事の邪魔ですよ?」

黒髪「むぅっ、ノリが悪いわね」

545: 2011/04/27(水) 01:44:02.86 ID:Zsluq6pro

男「暇ではありませんので」しれっ

黒髪「でも、根のつめすぎはダメでしょ?」

黒髪 もみもみ。きゅっ

黒髪「ほら、目元の筋肉が固まっちゃってる」

男「……気持ち良いですが、
 自分でできるので大丈夫ですよ。
 それより、要件を済ませてください」

黒髪「早くいなくなれって事?」

男「端的に悪意をもって解釈すれば」

黒髪「善意で解釈すれば?」

男「夜道は危ないので、
 まだアーケードに明かりのある、
 今の内に歩いたほうが良いでしょうという心配です」


546: 2011/04/27(水) 01:44:34.22 ID:Zsluq6pro

黒髪「で、先生の心境としては」

男「善意が十割、悪意が二割ですね」

黒髪「上限超えてるじゃない」

男「副次的に意味を持つ場合、
 単純な比率ではあらわせませんからね」
 人の言動などその代表でしょう」

黒髪「……いつになく、つれないわね」

男「そうでしょうかね」

黒髪「そうでしょうよ」


547: 2011/04/27(水) 01:45:12.30 ID:Zsluq6pro

男 かきかきかきかき

黒髪「…………しょうがないわね。
 判ったわ、本題ね」

男「はい」かきかきかき

黒髪「ひき娘から電話があってね。
 なんでも、家庭教師を代わったって」

男「忙しくなったので、代打を起用しました」

黒髪「野球は好きじゃないの」

男「そうなんですか?」

黒髪「そんな話を膨らませて、
 うやむやにしようとしないでね」

男「……バレましたか」苦笑

黒髪「バレバレよ」


548: 2011/04/27(水) 01:45:44.00 ID:Zsluq6pro

男「私は、教師です」

黒髪「そうね」

男「それが、黒髪さんの問いへの答えですよ」

黒髪「なによそれ」

男「……」

黒髪「……」

男 かきかきかきかき

黒髪「……そう、わかったわ」

男「判っていただけたならよかったです」

黒髪「分かり合えそうにない。
 買いかぶりだったって、わかっただけよ」くるっ

黒髪 すたすたすた

 ばたん


549: 2011/04/27(水) 01:46:29.92 ID:Zsluq6pro

男「…………」かきかきかきかき

男「……間違っては、いない」かきかきかき

男「教師と生徒には、
 最低限必要な距離を、保っただけです」

男 かきかき

男「……」

男 ぎしぃっ。せのびー

男「……」


550: 2011/04/27(水) 01:47:06.77 ID:Zsluq6pro

男「それだけ。
 私にとって、唯一の価値。
 教師であるという価値を保つため、
 必要な行為」

男「……」

男「必要――なくてはならない」

男 がしがし

男「必要になってしまって、
 いたんでしょうか」


551: 2011/04/27(水) 01:47:35.78 ID:Zsluq6pro

男「見上げてくる、瞳」

男「伺うような表情が多くて、
 他の人には、
 きっとひき娘さんは、
 ずっと困ったような顔に、
 見えるかもしれない……」

男「でもそれ以上に、あの瞳が」

男「大きな目の中で、
 きらきらと輝く瞳が、
 顔の表情よりもに、
 感情を伝えてきて、気付かされる」

男「思慕、尊敬、憧憬……」

男「私の話に、
 本当に楽しそうに目を輝かせて」


552: 2011/04/27(水) 01:48:24.76 ID:Zsluq6pro

男「そんな時間が楽しくて」

男「楽しく」

男「教師の仕事だというのに。
 それ以上に私は、
 ひき娘さんと会うのを楽しむようになっていた」

男「アレだけの好意を向けられて、
 変質しないほど、鈍くはないんですよ」

男「そうであれば、良かったのに」

男「鋼鉄の魂が欲しい。
 チタンの心が欲しい。
 変質しない、無機質なものでありたい」

553: 2011/04/27(水) 01:49:07.11 ID:Zsluq6pro

男「教師としてしか居場所の無い、
 こんな私と」

男「部屋の中にしか居場所の無い、
 ひき娘さんと」

男「引き合う孤独の力にも、
 影響を受けないように」

男「重力の強さは、
 距離の二乗に比例する」

男「私と彼女も離れていれば、
 やがて……」


554: 2011/04/27(水) 01:49:32.90 ID:Zsluq6pro

男「まして、彼女の想いは、
 他の人のそれとは意味が違う……」

男「彼女にとっての私は、
 彼女の世界の中での唯一の異性」

男「カウンセリングの過程で生じる、
 擬似的な相手への依存」

男「私の想いとは。かさならない」

男「だから、これでいいのです」

男「これで」


男「……帰りましょう」


555: 2011/04/27(水) 01:50:01.29 ID:Zsluq6pro
----------------------------------
 四十八日目 塾のビル前

男 とことこ

男「…………ん?」

?(遠く)「からよっ。……ぜ」

?(遠く)「……じゃんよー」

男「最近の若者は、元気ですね。
 ただなにやら、物騒な雰囲気で……」

黒髪(遠く)「離してよっ!」

男「っ!」だだっ


556: 2011/04/27(水) 01:50:43.24 ID:Zsluq6pro

男「君たち、何をしてる!」ばっ

黒髪「先生っ、助けて!」

茶髪「あん?」

刺青「なんだアイツ」

男「いま警察を呼んだぞ!
 すぐに来るから大人しくしなさい!」

ピアス「……ちっ、行くぞ」どかどか

茶髪「でもよ、警察なんざ……」


557: 2011/04/27(水) 01:51:12.65 ID:Zsluq6pro

ピアス「うるせえ。
 面倒ごとになる前に行くんだよ」げしっ

茶髪「いてっ、いてぇーなー。
 わかったよ」とことこ

刺青「次に会ったら、
 今度はもっとやってーなんて云うまで、
 犯してやんよ。けけっ」ぺっ

男「いこう……」ぎゅっ

黒髪「っ……」

男 ぐいっ

 とことこ


558: 2011/04/27(水) 01:51:40.92 ID:Zsluq6pro

黒髪「……」

男「気がつけてよかった。
 暴力を振るわれていませんか?
 必要なら病院に向かわないと」

黒髪「……」

男「……黒髪さん?」

黒髪「……っ。ひぐっ」ぼろぼろ

男「…………」

男 そっ

男 ぎゅぅっ

黒髪「ぅ……ぐ、うう…………っ」ぎゅぅっ


559: 2011/04/27(水) 01:52:07.26 ID:Zsluq6pro

男 ぽん、ぽん

黒髪「っぐ……ぁぅ……ふぐ……」

男 ぽん、ぽん

黒髪「せん、せい……」

男「……はい」ぽん、ぽん

黒髪「ごめんなさい……」

男「なぜ、謝りますか?」

黒髪「だって、だって……」ぼろぼろ


560: 2011/04/27(水) 01:52:36.25 ID:Zsluq6pro

黒髪「帰り道に、やっどわがって……」ぼろぼろ

男 ぽん、ぽん

黒髪「先生の、ごどばの意味……」

男「……もしかしてそんな事のために、
 こんな時間にわざわざ、戻ってきたんですか?」

黒髪 こくん

男「危険だと、言いましたよね」

黒髪「ごべんなざい……でも」

男「でもも、なにもありません。
 とりあえず、ティッシュです。
 使ってください」


561: 2011/04/27(水) 01:53:02.52 ID:Zsluq6pro

黒髪 ごしごし、ちーん

男「まったく。
 わたしは危うく、
 黒髪さんをひどい目にあわせるところでした」

黒髪「……そんなの」

男「どうでもよくありません。
 だいいち、怖かったでしょう」

黒髪 こくり

男「すみません。
 わたしが、きちんと説明しなかったばかりに」

黒髪 ふるふる

男「とりあえず、今日は送ります。
 車に乗ってください」がちゃ


562: 2011/04/27(水) 01:53:31.33 ID:Zsluq6pro
----------------------------------
 四十八日目 車内

 ぶろろろろ

黒髪「……」

男「……」

黒髪「……ね、先生」

男「なんですか?」

黒髪「先生は、
 今回私じゃなくても、助けたの?」

563: 2011/04/27(水) 01:53:57.64 ID:Zsluq6pro

男「どういう意図かわかりませんが、
 誰であっても、
 自分が助けられる範囲で、
 助けられる人は助けますよ」

黒髪「……変わってないですね」

男「はい?」

黒髪「ずっと前の事です。
 私の学校に、一人の先生がいました」

男「……」


564: 2011/04/27(水) 01:54:23.79 ID:Zsluq6pro

黒髪「授業が面白くて、
 テストは難しいけど、
 人気のある先生でした。

 ただ、一つの事件がきっかけで、
 先生は学校を辞めたんです」

男「それは」

黒髪「辞めたといっても、
 本当は、辞めさせられた、でした。

 先生がいなくなるとき、
 偶然私は、
 大きな荷物を持った先生と会って、
 先生が辞めるって、聞いたんです」

男(黒髪さんと、私が?)


565: 2011/04/27(水) 01:54:49.82 ID:Zsluq6pro

黒髪「どうしてかと聞いたら、
 『どんな理由があっても、
  教師は生徒を殴っては、
  いけないらしい』って、
 悲しそうに云われました。

 私はその前日に、
 先生と一緒にいたんです。

 先生が殴った生徒が、
 女の子をおそっている所を、
 先生と一緒に見たんです」

男(そうだ。
 あの事件の時、
 私は一緒にいた女生徒に、
 いじめられていた女の子を任せて、
 逃げる子たちを追いかけた。

 あの時に一緒にいたのは)


566: 2011/04/27(水) 01:55:21.51 ID:Zsluq6pro

黒髪「先生が、
 なんでそんな事をするんだって、
 その生徒を殴ってました。
 悲しそうに泣きながら。
 
 その姿を見て、
 私はその先生を尊敬したんです。

 おそわれた子のためでもあったけど、
 おそった子たちのためだって、
 それが伝わってきて」

男「……」

黒髪「それなのに、
 それがいけなかったって、
 悔しそうに、笑って……

 いつでも生徒のために、
 がんばってくれてる先生で、
 ずっと、ずっと、
 尊敬してて」

男「……人を殴る人を、
 尊敬してはいけせんよ」


567: 2011/04/27(水) 01:57:08.58 ID:Zsluq6pro

黒髪「それでも、良い先生でした。
 『もし生まれ変わったら、
  彼らを見逃しますか』
 私が最後にそう聞いたんです。
 『同じように殴るでしょう』
 まっすぐに、胸を張ってそう答えた姿が、格好良かった。

 あの先生のお陰で、
 私は、こんな人になりたいって、
 目標を見つけることができたんです」

男「……」

黒髪「正確には、
 あんな人の隣に立てるようにって、
 髪をきれいにして伸ばして、
 お化粧を研究して、
 勉強もがんばって……」

男「……」


568: 2011/04/27(水) 01:57:36.08 ID:Zsluq6pro

黒髪「再会した時には、
 誰だかわかってもらえなかったけど、
 それでも良かったんです。

 今度は一から、
 私を見てもらおうって」

男「……黒髪さん」

黒髪「でも、その人を友人に紹介したら、
 その友人の方が、
 私よりずっと親しくなっちゃいましたけどね」

男「……」


569: 2011/04/27(水) 01:58:02.85 ID:Zsluq6pro

黒髪「先生、その人の代わりに、
 聞いてくれませんか?」

男「…………はい」

黒髪「先生は、すごい人です」

男「…………」

黒髪「どれくらいすごいかって、
 私みたいないい女が、
 惚れちゃうくらいです」

男「……はい」

黒髪「だからこそ」ほろり、ほろり

黒髪 ぐしぐし

黒髪「教室の外では、
 少しくらい、肩の力を抜いてください。

 教師じゃないあなたを、
 必要としている人がいるから」

男「…………」


570: 2011/04/27(水) 01:59:05.07 ID:Zsluq6pro

黒髪「先生、聞いてくれてありがとう」

男「……」

黒髪「あ、そこの交差点までで、
 いいですよ」

 ぶろろ……

男「黒髪さん」

黒髪「イヤよ」

男「え……」


571: 2011/04/27(水) 01:59:32.17 ID:Zsluq6pro

黒髪「今日は何も聞きません。
 明日には、元気で明るくて、
 美人で格好良くて知的でユーモラスな黒髪になるから」

男「……」

黒髪「今は、何も聞きたくないの」

男 こくり

黒髪「じゃね。先生。
 送ってくれて、ありがと」くるっ

黒髪 すたすたすた


577: 2011/04/27(水) 08:57:16.64 ID:Zsluq6pro
----------------------------------
 四十八日目 コンビニ前

茶髪「あーだりー」

ピアス「ったく、変な男のせいで、
 せっかくの獲物だったのによ」

茶髪「な、な。
 胸はちょっと足りないけどよ、
 お嬢様風っつーの?

 たっぷりバツ食わせて、
 客とらせてもイケたはずなのによー」

ピアス「あはは、お前マジでどキチクじゃね?」

刺青「……」

茶髪「おい、刺青ー」

578: 2011/04/27(水) 08:57:43.25 ID:Zsluq6pro

刺青「あの男、見た覚えがあるな」

ピアス「は? 前世の因縁とか?
 スピリッチュアルー、なんちって」

刺青「んなワケあるか……いや、そうか」

茶髪「え、マジで前世?」

刺青「バカやろ、んなワケねえって。
 ただ、ある意味じゃ前世だぜ」

茶髪「あぁん?
 お前売り物のバツでもやったか?」

刺青「二年前に、俺ら殴った教師いたの、おぼえてるか?」


579: 2011/04/27(水) 08:58:09.43 ID:Zsluq6pro

茶髪「……いたか?」

ピアス「あー、あぁ!
 そっか、あいつ!
 あの中学の時のやつか」

刺青「あいつのせいで、
 たしかお前、
 随分親に絞られてたよな」

ピアス「……ちっ、思い出させんなよ」

刺青「確かあいつよ、
 結局お前の親が圧力かけて、
 学校辞めさせたんだよな」

ピアス「そうだけどよ……
 そういやあいつ、
 先生なんて呼ばれてたか」


580: 2011/04/27(水) 08:58:39.73 ID:Zsluq6pro

茶髪「おいおい、
 せっかく俺たちが体張って、
 世にも危険な暴力教師ってのを、
 やめさせたのによ、
 まだやってんのかよ」

ピアス「けけっ、おまえ何もしてねーだろーがよ」

茶髪「んなことねーよ。
 俺も一発殴られたしよー」

ピアス「あー、胸糞わりい。
 忘れようぜ、あんなヤツの事」

刺青「……いいオモチャなのにか?」にやっ

茶髪「オモチャ?」

刺青「ピアスの親ってよ、
 確か教育委員会の代表なんだよな?」

ピアス「ああ、そうだぜ」


581: 2011/04/27(水) 08:59:07.10 ID:Zsluq6pro

刺青「その代表が、
 苦情言って辞めさせたのによ、
 それがまだ先生なんて呼ばれて働いてるなんて……

 世のため人のためにならねーだろ」にやっ

茶髪「お、おおー、そういう事か。
 つまり俺たちが、
 アイツの危険性を改めて訴えようってことか」

ピアス「つまり俺たちが正義の味方か」にやっ

刺青「おう。俺たちを殴った事、
 しぃっかりと、後悔してもらわなくちゃな」

茶髪「きひひ」

ピアス「それじゃマズはよー……」


582: 2011/04/27(水) 09:00:12.44 ID:Zsluq6pro
----------------------------------
 五十五日目 教室

 がらがら

男「皆さん、授業を――
 ……コレは、いったい」

黒髪「……」

男「なぜ、教室に、
 黒髪さんしかいないんですか?」

黒髪「……そういう日、
 なんじゃないかしら」

男「バカな事を云わないで下さい」

黒髪「……」

男「何があったんですか?」


583: 2011/04/27(水) 09:00:40.92 ID:Zsluq6pro

黒髪「……塾長に聞いてみたら?」

男「友さんに? ……わかりました。
 少しだけ失礼します」

黒髪「のんびり待ってるわ」

男 たたっ

男(二年生クラスは、通常二十人。
 それなのに、黒髪さんだけ?)

男(そういえば、
 前回の授業の際にも、
 欠席が目立っていましたが。
 何かが起きたのでしょうか?)


584: 2011/04/27(水) 09:01:30.82 ID:Zsluq6pro

 がちゃ

友「ええ、はい。
 了解しました。
 それでは、またご縁がありましたら――」

男(電話……随分浮かない顔ですが)

友「はい、それでは失礼します」かちゃん

男「友さん。
 少しいいですか?」

友「ん、なんだよ。
 今は授業時間だろ?」

男「それはそうですが、しかし」

友「だったら授業をしてくれ。
 それとも、生徒が一人もいないか?」


585: 2011/04/27(水) 09:02:41.80 ID:Zsluq6pro

男「いえ、一人。
 黒髪さんだけが、います」

友「ほう。黒髪ちゃんか。
 なら黒髪ちゃんのためにも、
 早く戻って授業してやってくれ」

男「驚かないんですか?」

友「まあ、な。
 今日だけで二十人以上、
 退塾の電話が有ったしな」

男「そんなに……っ!
 いったいなぜ、どうして!」


586: 2011/04/27(水) 09:03:49.02 ID:Zsluq6pro

友「……んな事はどうでもいいさ。
 来る者拒まず去るものは追えず。
 サービス業なんだから、
 こんな事もあるだろうさ」

男「こんな事もって……
 二十人が一度に退塾なんて、
 聞いたこともありませんよ」

友「お、そうか?
 そんならちょっと、
 ギネスにでも掛け合ってみるか」にかっ

男「ふざけてる場合じゃないでしょう!」

友「そうだな。お前は授業だ」


587: 2011/04/27(水) 09:04:46.26 ID:Zsluq6pro

男「今は授業なんて」

友「違うだろ。
 黒髪ちゃんがいるんだろ?」

男「いますが」

友「そんなら、
 彼女のために授業しろよ。
 ウチは雑談するために、
 お前を雇ってるんじゃない。
 授業をさせるために雇ってるんだ」ぷいっ

男「……」


588: 2011/04/27(水) 09:05:16.23 ID:Zsluq6pro

友「話なんざ、授業が終わってからもできるだろ」

男「……そうですね。
 わかりました。
 授業をしてきます」

友「おうおう。しっかりやって来い。
 ……二人きりだからって、
 襲い掛かっちゃいけねえぜ?」

男「そんな事はしませんよ」苦笑

友「つまらんヤツめ。
 なぜわかった?!
 くらい言ってみろよ」

男「遠慮します。
 では、失礼」とことこ

  ぱたん


589: 2011/04/27(水) 09:06:04.08 ID:Zsluq6pro

友「……」

 prrrr prrrr

友 がちゃ

友「はい、もしもし――
 はい、はい……
 退塾でございますね。
 わかりました……」


590: 2011/04/27(水) 09:06:35.69 ID:Zsluq6pro
----------------------------------
 五十五日目 居酒屋

友「そんじゃ、まずは乾杯だな。
 おつかれー」

男「……はい、おつかれさまです」

友「どうしたよ、
 いつも以上にノリが悪いな」

男「それはそうでしょう。
 わざわざこんなところまで」

友「別にいいだろー。
 今日は質問に来る生徒だって、
 いなかったんだしよ」


591: 2011/04/27(水) 09:07:18.29 ID:Zsluq6pro

男「そもそも、
 生徒さんが殆ど来ていませんでしたがね」

友「なー」

男「……なー、ではないでしょう。
 いったい何があったんですか?」

友「……大した事じゃねーって。
 少しすりゃ、
 また人は来るって」

男「そういう問題ではないですよ。
 一日に二十人以上の退塾なんて、
 どんな理由があれば起こりえますか」

友「んーまあ、
 近くに不審者が出るって、
 噂があるからな。
 そこら辺じゃね?
 いいから飲めよ」


592: 2011/04/27(水) 09:08:15.21 ID:Zsluq6pro

男「友さん」

友「なんだよ、マジな顔で」

男「真剣にもなります。
 あの塾は、友さんにとって、
 お爺さんの形見の、
 大切な場所じゃないですか。

 友さんはせっかく、
 有力な国家資格も取って、
 省庁入りが期待されていたのに……

 お爺さんが好きだった場所を残したいと」

友「こまけえなぁ。
 良いんだよ別に。
 大した事じゃないって言ってんだろ」


593: 2011/04/27(水) 09:09:03.99 ID:Zsluq6pro

男「……もしかして、
 わたしが何らかの原因ですか」

友「んなわけねえって」

男「友さん」

友「あん?」

男「わたしの目を見て言えますか?」

友「おう」じーっ

友「お前は特に関係ねえよ」じーっ

男 じーっ

友 じーっ


594: 2011/04/27(水) 09:09:31.49 ID:Zsluq6pro

男「ああ、ウソですね」

友「なんでだよっ!」

男「気付いて無いかも知れませんが、
 普段の友さんであれば、
 私の提案に対して、
 『男同士で見詰め合うなんてごめんだ』と、
 そう言って笑い話にします」

友「く……ちっ」

男「心当たり、ありますよね」

友「これだから、幼馴染ってヤツは」

男「お褒めに預かり恐悦至極」


595: 2011/04/27(水) 09:10:22.08 ID:Zsluq6pro

友「……そうだ。
 今回のコレの原因に、
 お前が関わっているのは事実だ」

男「やはり……」

友「だがな、そんな事はどうでもいい」

男「どうでも良くはないでしょう。
 私の何が問題でしたか?
 原因を究明し、訂正すれば、
 戻ってきてくれる生徒さんもいるはずです」

友「いや。そうはならん」

男「……なにが悪かったんですか」

友「…………」


596: 2011/04/27(水) 09:11:27.02 ID:Zsluq6pro

男「応えていただけないなら、
 この場で辞表を出すしか、ありません」

友「辞めるなよ」

男「では、何が原因か、
 しっかりと教えてください」

友「……わかった。
 だがな、何があろうと、
 俺はお前の退職はゆるさねえ」

男「……またムチャを言いますね」苦笑

友「ムチャはお前だ。
 酒もまだ飲んでないのに、
 目を据わらせやがって」


597: 2011/04/27(水) 09:12:48.79 ID:Zsluq6pro

男「それで、事情とは」

友「二年前のな。
 お前の起こした事件あったろ。

 いじめの現場に割って入って、
 暴力振るってた連中を殴ったって」

男「はい」

友「んで、教育委員会のお偉いさん、
 血相変えてお前を糾弾に来たんだよな」

男「その通りです」


598: 2011/04/27(水) 09:14:02.06 ID:Zsluq6pro

友「ま、その件でな。
 ある意味この周辺じゃ、
 公立も私学もみんな、
 お前に対して腫れ物扱いしたわけだ」

男「……」

友「教師ってのは、
 広いようで狭い社会だ。

 少し前までは、
 支持政党に関してとかまで、
 暗黙の了解で統一が図られたりしたほどだ」

男「知っていますよ」


599: 2011/04/27(水) 09:15:35.15 ID:Zsluq6pro

友「まあ落ち着いて聞けよ。
 だからこそ、周りの塾なんかも、
 お前の事を拒んだわけだ。
 教育者村の村八分ってわけだな」

男「……そこを友さんが、
 誘ってくれましたね」

友「まあな。
 幼馴染として、
 お前の教え方のうまさは知っていたからよ。

 丁度人手が足りなかったし、
 まだ教師ヤル気があるなら来いって、
 そう言ったよな」

男「そして私はそれに応えた」


600: 2011/04/27(水) 09:16:00.82 ID:Zsluq6pro

友「だからまあ、
 それで終わったはずだったんだ。

 権威に逆らって、
 この近辺にはいられないはずだ、
 だからコレで終わりと、
 ひと段落ついたはずだった。

 だが、お前がウチで、
 教員やってるってのを、
 教育委員会にチクったヤツがいたらしい」

男「頭に伝われば、後は手足が動かされ」

友「学校でな、
 あそこの塾には暴力教師がいると、
 そう生徒に言うように、
 秘密裏にだが促されたらしい」

男「……」


601: 2011/04/27(水) 09:17:23.98 ID:Zsluq6pro

友「ちなみにこの話ってのは、
 知り合いの学校教師から、
 こっそり流れてきたわけだ。

 お前が疫病神だって、な」

男「否定しませんよ。
 そうした事情であれば、
 私を解雇するのは、
 雇用主である友さんにとって、
 半ば義務と云うべきものでしょう」

友「知ったことかよ。
 そんな事したら酒がまずくならぁ」


602: 2011/04/27(水) 09:17:50.64 ID:Zsluq6pro

男「友さん。
 そうして義理や人情を通すのは、
 悪いことだとは思いません。
 ですが、今の友さんは、
 二人の専業教師と、
 六人の学生バイトを雇う、
 事業主なんですよ。

 彼らの生活と、
 そして何より、
 お爺さんの塾の看板を守るべきです」

友「……」


603: 2011/04/27(水) 09:18:54.70 ID:Zsluq6pro

男「やはり、私はやめるべきです」

友「また……そうやって逃げるのか?」

男「逃げる、ですか」

友「ああ、逃げてるだろ」

男「コレは逃げる、ではなく、
 状況の悪化を避けるための、
 回避行動です」

友「いいや違うぜ。
 それは回避じゃねえ。逃避だ。

 いい機会だから言ってやる。
 昔からな。
 お前は中途半端なんだよ。
 逃げて迷って、うだうだうじうじ」


604: 2011/04/27(水) 09:19:52.30 ID:Zsluq6pro

男「そのような事実はありません」

友「確かにそうとも言えるな。
 その良く回る脳みそで、
 毎回毎回、自称適切な理由って名前で、
 言い訳作ってんだからな。

 コレは仕方なかった。
 こうする以外の手段が無かった。

 そうやって男は逃げてきた」

男「……いい加減に、怒りますよ」

友「怒れよ。
 怒れる言い訳が見つかるならな。

 お前は小さい頃は本が好きだったな。
 俺が遊びに行こうって言っても、
 公園にまで本を持ち込むような、
 イヤミなヤツだった」

男「……」


605: 2011/04/27(水) 09:21:23.60 ID:Zsluq6pro

友「そんな物語好きが高じて、
 大学は民俗学選んだくせによ。

 民俗学じゃ食っていけないって、
 教師になったよな」

男「教師には純粋に憧れていました」

友「だが、その憧れよりも、
 民俗学への思いのほうが強かったよな」

男「それは……」

友「俺みたいに、
 食っていければ、
 仕事なんて何でも良いって、
 公務員選ぶよりはまっすぐだろ。

 結局、爺ちゃんが死んで、
 仕事なんか何でも良いって、
 塾講師になったがな。俺は。

 それでも、お前にとっての教師が、
 逃げた先だった事実は、
 たとえ何年経っても変わらねえよ」


606: 2011/04/27(水) 09:23:00.75 ID:Zsluq6pro

男「……」

友「それでもお前が、
 教師って職に対して、
 誠実に向き合ってた事は知ってるつもりだ」

男「ええ。
 教師として、
 逃げるような行動を取った覚えはありません」

友「それは完全じゃないな」

男「何が、ですか」

友「この騒動の原因。
 二年前の事件で、
 お前は生徒を殴って、
 それを謝罪せずに、
 教育界から排斥されたな」


607: 2011/04/27(水) 09:24:15.20 ID:Zsluq6pro

男「表現の適切さは疑わしいですが、
 おおむね概要はその通りです」

友「その時に考えたろ。
 このままじゃいけないとよ」

男「はい」

友「ならその時は頭を下げても、
 内側からルールを変えることで、
 より多くのヤツを、
 助ける選択肢もあったろ。

 むしろソッチのほうが、
 手段としては正統派だ」

男「……」


608: 2011/04/27(水) 09:25:21.87 ID:Zsluq6pro

友「俺だってな、
 学校じゃ竹刀で叩かれたり、
 そんな事が珍しくなかった世代だ。

 暴力反対ってヤツのいう事も判る。

 だがな、何の罪も無いやつを、
 面白いからって理由で殴るヤツに、
 口先だけでやるなって言って、
 本当に止めさせるなんて、
 まずできねえよ。

 人の痛みがわからないなら、
 殴られたら痛いって事だって、
 教える必要があるだろ」

男「……」


609: 2011/04/27(水) 09:26:14.89 ID:Zsluq6pro

友「学校は小さな社会だ、
 なんていうけれどよ。
 ならきちんと、
 法律だって機能させるべきだろ。

 いじめられたやつが、
 本気で警察、法廷に駆け込まないと、
 どうにもならない現状がおかしいだろ」

男「そんな事を言っても、
 どうしようもありませんよ」

友「その場だけ頭下げて、
 偉くなって、
 現場を直すって選択肢も、
 お前の中にはあったはずだろ」


610: 2011/04/27(水) 09:27:07.07 ID:Zsluq6pro

男「あまり現実的ではありませんね」

友「本当にそうか?
 俺は、お前にならできたと、
 本気で思ってるぞ。
 できないヤツに言うのは無理難題だが、
 立場も、能力も、
 お前ならできたと思う」

男「……買いかぶりすぎです」

友「…………そう思わせるな。
 だが、まだそれだけじゃない」

男「まだあるんですか」

友「ひき娘ちゃんの件だ」

男「……」


611: 2011/04/27(水) 09:28:02.97 ID:Zsluq6pro

友「お前さ、
 人間不信でひきこもってる子が、
 あんだけなついてるんだぜ。

 それをどうして、
 しばらく私には教えられません、
 なんて突っぱねられるんだよ」

男「それは、
 生徒と教師としての、
 適切な関係を保つためです」

友「はっ。真っ当だな」

男「真っ当ですよ」

友「反吐がでるくらいにな」

男「……」

612: 2011/04/27(水) 09:42:44.51 ID:Zsluq6pro

友「いいじゃねえか。
 高校生の恋愛ごっこだ。
 期限付きで親しくなったって、
 問題なかったろ」

男「それは誠実ではありません」

友「だから誠実に切り捨てるのか」

男「……」

友「人間不信で、男性恐怖症の子が、
 自分の唯一の世界である部屋に、
 招き入れた最初の異性だぜ。

 くっ付いたの離れたのと、
 やいやいやるような、
 高校生のごっこ遊びのわけがあるかよ。

 それこそ、
 俺たちからしてみたら、
 部屋の中にライオンだのトラだの、
 そんな生き物を入れるような恐怖だ。

 それを乗り越えたあの子の勇気を、
 お前はそんなモンで切り捨てるってのかよ」

613: 2011/04/27(水) 09:43:15.92 ID:Zsluq6pro

男「ならば、
 どんな理由ならばいいと云うんですか」

友「どっしり構えて向き合えよ。
 他に惚れたやつがいるとか、
 そんな状況なら話は変わるがな。

 今のお前は、
 前の女に振られて以来、
 そういった関係の相手はいないだろ」

男「そうですが」

友「でもって、お前さ。
 あの子の事、かなり好きだろ」


614: 2011/04/27(水) 09:44:03.29 ID:Zsluq6pro

男「……キライとは言えませんね」

友「素直じゃねえ奴な。
 まあいい。
 それでも、キライじゃねえなら、
 距離をとる必要なんてねえだろ」

男「彼女にとって私とは、
 カウンセリングの過程で依存した、
 それだけの相手です。

 そこに教師やカウンセラーではない、
 私の感情を持ち込んでは、
 物事を見失います」

友「アホたれ。
 お前は何が見えてる気なんだよ

 恋に恋して夢見る年かよ。
 そんなんだったら、それこそ、
 もう会うなって言ってやるがな。

 ひき娘ちゃんにしたところで、
 お前にしたところで、
 向かい合うならその形に貴賎はないだろ」


615: 2011/04/27(水) 09:44:31.97 ID:Zsluq6pro

男「しかし、
 カウンセリングの副作用だと、
 その事に気がついたときに、
 わたしと距離が近ければ、
 その分だけ、
 改めて距離を取る際に彼女の傷に――」

友「わかるが分からん。
 お前はなんでそう、
 物事を後ろ向きに考えるんだよ。

 俺たちはな、
 いつまでも一緒にいられるような、
 そんな相手なんざいねえんだ。

 誰といようが、
 別れて悲しむのは変わらん。
 むしろ悲しみが多いことを喜べ。
 それだけお前にとって、
 大切にしたい相手がいたって、
 そういう事だろ」

男「……」


616: 2011/04/27(水) 09:46:35.91 ID:Zsluq6pro

友「その上であえて言うぜ。
 俺たちはな、
 別れるために出会うんじゃねえ。

 出会って、手を取り合って、
 笑いあって、遊んで、
 そんなすべての喜びを、
 別れの悲しみのために否定するなよ。

 ひき娘ちゃんは、
 今を必死に生きてるぜ?

 このままじゃいけないって、
 俺の事も部屋に迎え入れた」

男「っ……」

友「すんげえ努力だよ。
 他の誰が大した事ないって言っても、
 俺は惚れそうなくらい感じるね。

 その努力の先にいるのが、
 お前の姿なんだぜ。
 そのお前が向き合わないで、
 まっすぐ見つめないで、
 何をグダグダ言ってやがる」


617: 2011/04/27(水) 09:50:12.57 ID:Zsluq6pro

男「……私は」

友「塾の事もだ。
 俺たちは幼馴染だぞ。

 お前の不始末くらい、
 俺がなんとかしてやるよ。

 お前が気づいてないだけでな、
 俺は山ほど、
 お前のケツを拭ってやってんだ」

男「……嫌な表現ですね」

友「うっせ。茶化すな。
 とにかくな、俺はお前を、
 手放すつもりなんかねえんだよ。

 それにな。
 お前の教室だがな、
 みんなお前を信じてるんだぜ」

618: 2011/04/27(水) 09:52:43.47 ID:Zsluq6pro

男「しかし、大勢がやめて、
 今日の教室も、黒髪さんだけでしたよ」

友「さすがにな、
 その塾に行くなと教師に言われて、
 平然と来られるやつはいなかったらしいが……

 お前の生徒達からはな、
 少ししたらちゃんと通いますって、
 結構連絡来てるんだ」

男「そんな」

友「周りはお前を信じてるんだ。
 だからな、胸を張れ」

男「…………はい」

友「よし」

619: 2011/04/27(水) 09:54:27.22 ID:Zsluq6pro

友「さーてそんじゃ、
 そろそろ帰るか。
 閉店時刻だしな」

男「分かりました」

友「あ、ちなみに代金お前持ちな」

男「……仕方ないですね」

友「よーしそんじゃ、
 車で待ってるからな」

男「あ、すみません。
 今日は話が続いたので、
 一杯目の日本酒の後、
 水を飲んでいません……」


620: 2011/04/27(水) 09:55:42.27 ID:Zsluq6pro

友「げ、んじゃ」

男「車は明日にでも、
 取りに来ないといけませんね」

友「うえええ。
 くそ、駅から遠いからこそ、
 お前に頼ってるのによ」

男「すみませんねぇ」苦笑


625: 2011/04/29(金) 00:02:28.13 ID:zwyuxKRko
----------------------------------
 五十七日目 教室

黒髪「また私だけ、ね」

男「……そうですね」

黒髪「私としては、
 先生と二人っきりで、
 濃厚な時間を過ごせるって事で、
 歓迎したいけど」にこっ

男「では、濃厚に、
 大量のテストを始めましょうか」

黒髪「やっぱり他の子がいないと、
 さみしいわねー」ついーっ

626: 2011/04/29(金) 00:04:43.78 ID:zwyuxKRko

男「そうですよね。
 それに教室としてもコレでは立ち行きません」

黒髪「そもそも、
 先生と会える機会がなくなりそうね」

男「どうしたものでしょうかね……」

黒髪「それは相談?
 それとも独り言の愚痴」

男「……」

黒髪「そういえば、
 今朝の夕日新聞は見たかしら」

男「いいえ。
 ウチは他紙を取っているので」


627: 2011/04/29(金) 00:05:18.57 ID:zwyuxKRko

黒髪「そう。
 なら、持ってきて良かったわね」がさがさ

男「……『暴力事件を起こした教師、
 塾などへの移籍』ですか。
 この記事でウチの塾の外観写真……」

黒髪「内容は別に、
 この塾だけを叩く内容じゃないわ。
 でも、見る人が見れば、
 写真の下に添えられた、
 都内某所の私営塾って解説だけでも十分ココってわかるわね」

男「これは、偶然だと考えるべきでしょうか」

黒髪「偶然さの証明は、
 神の不在証明と変わらないわ。
 考えても意味はないものよ。
 釈迦に説法でしょ」

男「……」

628: 2011/04/29(金) 00:05:53.32 ID:zwyuxKRko

黒髪「この記事については、
 私の通ってる高校でも、
 話題になっていたわ。

 先日、クラス担任から、
 この塾には暴力教師がいるとか、
 そんな話が出ていたから、
 ソレこそ火に油状態よ」

男「自然鎮火するまえに、
 燃やし尽くそうというつもりですか」

黒髪「でしょうね」

男「……やはり、ここは」

黒髪「自分が問題の教師だと、
 名乗り出て事態の鎮圧を……
 なんて考えてないわよね?」

男「考えていますが」

629: 2011/04/29(金) 00:06:41.66 ID:zwyuxKRko

黒髪「それこそ、
 火に油どころか、
 火にマグネシウムと黒炭の粉末ね」

男「爆発しますか」

黒髪「それも、辺りを巻き込んでね」

男「……」ぎりっ

黒髪「それにしても、
 わからないわね」

男「何がですか?」

黒髪「……本当に、
 追い詰められてるみたいね。
 冷静になってよ。
 普段の先生なら、
 私より先に疑問点を抽出して、
 解決策を探りだしてるでしょ」

630: 2011/04/29(金) 00:07:58.50 ID:zwyuxKRko

男「……そうですね。
 こういう場合の抽出要件は四つ」

黒髪「"だれが"、"なぜ"、
 "どうした"から"どうする"」

男「さすがです。
 "だれが"という主体は、
 教育委員会でしょうか。

 彼らが行ったのは、
 わたしの排除のために、
 教師を通じて悪評を流し、
 それを裏付ける情報を、
 マスコミに操作した」

黒髪「その判断で正しいでしょうね。
 基本的には。
 ただし、困ったことが一つあるわ。
 "なぜ"なのか」

男「……個人的に、
 私は現在の教育委員会の理事から、
 嫌われていますからね。
 それが理由でしょう」

631: 2011/04/29(金) 00:08:42.81 ID:zwyuxKRko

黒髪「……本当にそうかしら。
 この件にはいくつか、
 不明瞭な点があるわよ。

 なぜ、今なのか。
 先生が事件を起こしたのは、
 二年前の事よ。
 なぜあの時ではなかったのか。

 そしてなぜ今だったのか。
 なぜ、先生を攻撃したのか」

男「攻撃、ですか」

黒髪「攻撃でしょ。
 こういう書き方から見て、
 相手は先生を、
 狙っているんじゃないかしら」

男「……」

632: 2011/04/29(金) 00:09:44.63 ID:zwyuxKRko

黒髪「私の親は、
 外交官をやってるって、
 話したかしら」

男「一度だけ、
 何かの拍子に聞いた覚えがあります」

黒髪「日本ではあまり聞かないけど、
 海外ではこんな手段も、
 それなりに聞くわ。

 もっともそれはあくまで、
 一般の個人に対してでは、ないけど」

男「それも、なぜ、ですね」

633: 2011/04/29(金) 00:10:21.47 ID:zwyuxKRko

黒髪「……だめね。
 手がかりが少なすぎるわ。
 ヒントくらいならあるけど」

男「ヒント、ですか?」

黒髪「この記事書いたの、
 社会部よね。
 社会部には『友達の友達』がいるの。
 だから、
 聞こうと思えば聞けるかも。

 ただ、そのためには、
 錘が足りないわ。
 現状じゃ、天秤は傾けられないでしょうね」

男「いえ、いいですよ。
 これはあくまで私と、
 そしてこの塾の問題です。
 そこに巻き込む事はできません」

634: 2011/04/29(金) 00:11:15.04 ID:zwyuxKRko

黒髪「……そう。
 なら、お節介はしないわ」

男「むしろ――」

黒髪「はい?」

男「黒髪さんも、
 コチラへ通うのは、
 しばらく考えたほうが、
 良いかもしれませんよ」

黒髪「……」

男「学校でその様な話があるなら、
 この塾に通っているというだけで、
 不信の目を向けられるなど、
 周囲から浮いてしまう可能性もあります。

 それは、黒髪さんとしては望まないところでしょう」

635: 2011/04/29(金) 00:12:22.53 ID:zwyuxKRko

黒髪「確かにそうね。
 そこそこ地味に。
 ひっそりまぎれて人気者。
 という辺りが、
 私としては理想のポジションね」

男「上でも下でも、
 目だってしまえば、
 問題はおこりますからね。

 そのために、
 私との接触も、
 他の生徒が帰った後に、
 こっそりと行っていたようですし」

黒髪「あら、ばれてたの?
 確かに、先生と話すだけでも、
 女子から睨まれたりするから、
 控えていた面はあるわよ」

636: 2011/04/29(金) 00:12:48.85 ID:zwyuxKRko

男「女性は大変ですね」苦笑

黒髪「……いま、イラっとしたわ」

男「私は何も悪くないですよ」

黒髪「……ねえ、それ、ワザとでしょ」

男「何も意図するところは無いですよ」真顔

黒髪「あーそー。ならいいわよ。
 とりあえず状況を見て、
 問題がありそうなら、
 私も欠席させて貰うわ。

 ……いざとなったら、
 twitterとかでも、
 先生とはお話できるしね」

男「できるなら、
 普通に授業をしたり、
 普通にお話できるのが、
 一番良いのですけどね……」

637: 2011/04/29(金) 00:13:36.05 ID:zwyuxKRko
----------------------------------
 五十七日目 教室の外

黒髪 とことこ

茶髪(……ん? あいつは)

茶髪「なあ、おい」

黒髪「はい?」

黒髪(今の声、もしかして)

茶髪「お前、黒髪じゃねえか?
 俺、茶髪!
 中学の時、同じクラスじゃなかったか?」

黒髪(……やっぱり。
 こないだの夜に私をおそった中に、
 この男がいたわよね。
 ……気付いてないのかしら)

638: 2011/04/29(金) 00:14:36.67 ID:zwyuxKRko

黒髪「お久しぶりね」

茶髪「おお、よかった。
 忘れられてねーんだ」にっ

黒髪「だってクラスの人気者よ、
 忘れるわけないじゃない」にこっ

茶髪「え、はは、そんなこた無いだろ」照れ照れ(////

黒髪(……あの頃から、
 お調子者なのは代わらないのね。
 ま、男子なんて程度の差はあれ、
 基本的には変わらないわよね)

茶髪「ところでさ、
 いま黒髪って、
 あそこの塾から出てこなかったか?」

黒髪「……ええ、そうよ」

639: 2011/04/29(金) 00:15:09.92 ID:zwyuxKRko

茶髪「お前もあそこの塾に通ってんの?
 やめとけよ」

黒髪「なんでかしら?」

茶髪「あー、もしかして知らん?
 あそこの塾にさ、
 ウチの学校でな、
 生徒を殴った男ってヤツがいてよ。

 つか殴られたの、
 俺とかピアスなんだけどな。きひひ」

黒髪「そうなの? 怖いわねー」

茶髪「まあどうせ、
 近いうちにつぶれるけどな」

黒髪「はい?
 ねえ、どういうこ事?」

茶髪「んー。
 まあ、近いうちわかるだろ」にやっ

640: 2011/04/29(金) 00:15:40.49 ID:zwyuxKRko

黒髪(くっ、頭悪いくせに、
 変にもったいぶって……)

黒髪「えー、アタシ気になるなー」そっ

茶髪「うほっ」にやぁっ

黒髪(胸を押し付けられて、
 そんなにいいのかしら。
 鼻の下伸ばしすぎよ。

 しかも胸元見すぎっ。
 ……大きくないのが劣等感なのに。

 あーもう、気持ち悪いわねー)

641: 2011/04/29(金) 00:16:29.56 ID:zwyuxKRko

黒髪「アタシの友達もね、
 この塾通ってて……
 心配になっちゃうのよ」じっ

茶髪「うーん、ま、いいか。
 ……実はな、ピアスのヤツがよ、
 男の顔がこの町にいるだけで、
 反吐が出るとか言ってな。

 俺はどうでもいいんだけどよー。

 なんかよくわかんないけどな、
 教育委員会通じて、
 なんかするみたいだぜ?
 あいつの親、そこのお偉いさんでな」

黒髪(『なんか』って、
 このバカ! 理解してなさいよ!

 まあ、ただこれだけでも、
 動けそうだから、もういいかしら)

642: 2011/04/29(金) 00:17:34.57 ID:zwyuxKRko

黒髪 するんっ

茶髪「ぁっ」

黒髪「ありがと、茶髪くんっ。
 これで『友達』にも、
 気をつけてっていえるわ」にこっ

茶髪「ちょっ」

黒髪「それじゃ、
 ウチ門限が煩いから、
 これで失礼するわね。

 また会ったら、
 その時はお礼でもするわ」うぃんく

茶髪「お、おう……」(////

黒髪「ばいばいっ♪」ひらひらー

 とことこ

茶髪「……」ぽーっ

643: 2011/04/29(金) 00:18:42.53 ID:zwyuxKRko

ピアス「だからよー、
 確かにコッチで待ち合わせって、
 茶髪にはいったべ」

刺青「じゃあまた茶髪の遅刻か……
 まさか、薬持って逃げたとか」

ピアス「アイツにそんな、
 大それたことできるかよ。
 ってほら、噂をすれば――だろ」

茶髪「……」ぽー

刺青「おい、茶髪っ」

茶髪「はっ。
 おお、二人とも、どうしたよ」

644: 2011/04/29(金) 00:19:32.20 ID:zwyuxKRko

ピアス「そりゃコッチのセリフだ。
 お前こそ、待ち合わせ忘れて、
 ボーっとしてんじゃねえよ」ごすっ

茶髪「いってぇええっ。
 ざけんなこのマザコン」

ピアス「あぁん? やんのかゴルァ」

茶髪「コッチのセリフだヴォイ」

刺青「………………はぁ」

645: 2011/04/29(金) 00:20:19.78 ID:zwyuxKRko
----------------------------------
 五十七日目 黒髪の自室

 がちゃ

黒髪「……」

 ベッドにボフンッ

黒髪「ただいま、メーちゃん」ぎゅっ

人形「めぇぇ」

黒髪 ぎゅー

人形「めぇぇ」

黒髪「……」ごろごろ

黒髪(とりあえず、
 キーワードは埋まったけど……)

黒髪(読み解くと、面倒な図になるわね……)


646: 2011/04/29(金) 00:21:04.62 ID:zwyuxKRko

黒髪(この騒動を仕組んだのは、
 教育委員会というより、
 その有力者の息子のピアスね。

 理由は、男への復讐……
 それも、殴られたからって程度。
 悪意とか復讐心より、
 悪趣味さが透けて見えるわね。

 手のひらの上で、
 どう踊るか見ているような)

黒髪「……くだらないわね。
 そう思わない?」

人形「…………」

黒髪「趣味が悪いし、
 スマートじゃないわ。
 かっこよさの欠片も無い」

人形「めぇぇ」

647: 2011/04/29(金) 00:22:04.24 ID:zwyuxKRko

黒髪(ピアスが親を使って、
 先生に対して圧力を……
 悪評と、その論拠の流布をした。
 これが現状みたいね。

 手段だけはまともなのよねー。
 むしろこの部分は、
 ピアスの親が主体かしら。

 やり口から、
 二流政治家臭さがプンプンするわ)

黒髪「ここで考えられるのは、
 以下の三つの点の存在。

 相手の次の行動は何か。
 相手との妥協点の模索。
 妥協の押し付け方……」

人形「めぇぇ」

648: 2011/04/29(金) 00:23:03.50 ID:zwyuxKRko

黒髪(問題は利害関係じゃない事ね。
 こうした攻撃は普通、
 相手がいることで、
 利益が損なわれる者か、
 相手の利益が気に食わない者が行う行動。

 そこには何らかの『価値』が、
 密接に結びつくことになる。

 お金、権力、名誉……
 そうした価値主体で考えれば、
 妥協はするかもしれないけど、
 納得できる場所に、
 落とし所に持っていける)

黒髪 ごろん

黒髪(でも、目的が嫌がらせなら。
 絶対的にも相対的にも、
 価値が絡まないなら、
 そこには交渉のカードが置けない……)

649: 2011/04/29(金) 00:24:22.47 ID:zwyuxKRko

黒髪「ねえ、メーちゃんは、
 どうしたら良いと思う?」

人形「……」

黒髪「…………しかたない。
 こういう場合は、
 教えを請うしかないわね」むぅー

黒髪 ぎしっ

黒髪「留守番よろしくね」ぽすっ

人形「めぇぇ」

黒髪「……はぁ」

 とことこ

650: 2011/04/29(金) 00:25:15.02 ID:zwyuxKRko
----------------------------------
 五十七日目 黒髪父の寝室

 こんこんこん

黒髪父「入りなさい」

 かちゃ

黒髪「失礼します」

黒髪父「ほう。
 珍しいな、お前がこんな時間に、
 この部屋を訪れるとは」

黒髪「……」

黒髪父「まあいい。座りなさい」

651: 2011/04/29(金) 00:26:05.11 ID:zwyuxKRko

 とことこ

黒髪父「お前はもう、
 酒は飲める歳だったか?」

黒髪「いえ、まだよ」

黒髪父「そうか」

黒髪(娘の年齢すら覚えていない。
 覚える気も無い父親)

黒髪父「それで、要件はなんだね」

652: 2011/04/29(金) 00:26:48.34 ID:zwyuxKRko

黒髪「実は……教えを、請いたくて」

黒髪父「ふむ。これはまた意外だな。
 なんだ、明日は雨か?」

黒髪「天気予報では雨らしいわ」

黒髪父「なるほど。
 ならば仕方ない。
 教えられることなら教えよう」

黒髪「ありがとう」

黒髪父「それで、何がしりたい」

653: 2011/04/29(金) 00:27:15.18 ID:zwyuxKRko

黒髪「実は今、攻撃を仕掛けられてて」

黒髪父「ほう」

黒髪「金銭とか、そういう目的なら、
 自分で何とかできるけど、
 相手の目的がどうやら、
 純粋に嫌がらせみたいなの。

 ある意味では通り魔的な行動だから、
 交渉のカードが見えないのよ」

黒髪父「ふむ。
 確かにそれだけ聞けば難しい。
 利害関係には持ち込めそうにないか?」

黒髪「直接的には難しいわね。
 一つ手段としては有るけど、
 無粋で無意味だから、
 使いたくないわ」

654: 2011/04/29(金) 00:28:05.05 ID:zwyuxKRko

黒髪父「となれば、
 間接的な手段だな。
 相手の攻撃は何を経由している?」

黒髪「教育委員会と、
 それから夕日新聞よ」

黒髪父「新聞は連載か?」

黒髪「いいえ。単発を小さく」

黒髪「そうか。
 となると、新聞への対処はいらん。

 問題はもう一方だが……
 いったい何をした」

655: 2011/04/29(金) 00:28:38.41 ID:zwyuxKRko

黒髪「私の塾の先生が、
 いじめをしていた子を殴ってね。
 それをきっかけに、
 一度は辞職されたんだけど、
 その後は塾講師をしていたのよ。

 で、先生が殴ったいじめっ子達が、
 先生への復讐として、
 親の七光りで圧力をかけてきたわけ」

黒髪父「……ふむ」

黒髪「……」

黒髪父「そうなると、
 いくつか手段はあるな」

黒髪「ほんと?!」

黒髪父「嘘などつくものか。
 だが――」

656: 2011/04/29(金) 00:29:10.57 ID:zwyuxKRko

黒髪「なに?」

黒髪父「なぜそのような、
 問題行動を起こした教師に、
 そこまでお前が肩入れする?」

黒髪「……それは」

黒髪父「最近のお前は、
 情報屋まがいの事をしているからな。
 それを知った者からかの攻撃だと思ったが……」

黒髪「違うわ」

黒髪父「所詮教師など、
 社会の歯車のひとつに過ぎん。
 代わりなどいくらでもいる。
 わざわざ動く理由はなかろう」

657: 2011/04/29(金) 00:30:02.23 ID:zwyuxKRko

黒髪「そんなの、どうでもいいわ」

黒髪父「……」

黒髪「その先生はね、
 私にとって憧れなのよ」

黒髪父「そのように、
 情で動く自分を律せよと、
 そう言っているのだ」

黒髪「……つまらないわ、そんなの」ぼそっ

黒髪父「なに?」

黒髪「私は父さんみたいに、
 人のためになる仕事をしたいって、
 そう思って今の進路を決めたの。

 だからそのために、
 必要のないモノは全て、
 切り捨てて進むつもりだったわ。
 でも――」

658: 2011/04/29(金) 00:31:13.16 ID:zwyuxKRko

黒髪父「……」

黒髪「その先生はね、
 学校全体から見れば、
 見てみぬフリをしてもいいような、
 たった数人に対しても、
 真剣だったのよ。

 殴ってしまえば、
 その後は平穏には終わらないって、
 わかっていたはずなのに、
 それでも彼らのために、
 手を振り上げた。

 社会のゴミみたいな相手に、
 本気で、このままじゃいけないって、
 わからせようとしてた」

659: 2011/04/29(金) 00:32:05.19 ID:zwyuxKRko

黒髪父「その結果が、
 暴力教師という名前だ。

 取捨選択ができないから、
 そのような目に遭う」

黒髪「でもね。
 その少数を拾う事を、
 最初から諦めてしまったら、
 私は胸を張れなくなるわ。
 背筋をまっすぐにして歩けなくなる。

 少数を切り捨てるのが選択なら、
 その先には何も残らないわ。

 それぞれが多層的に、
 どこかで少数に属するのが、
 人ってものでしょ。
 それを切り捨てたら、
 後には骨しか残らないわよ」

660: 2011/04/29(金) 00:33:24.17 ID:zwyuxKRko

黒髪父「……言うようになったな」

黒髪「ふふん。
 だって私は黒髪よ。
 それくらい言うし、やって見せるわ」にぱっ

黒髪父「まったくもって、度し難い。

 諦めろと言って説得するより、
 どうすれば良いか、
 指標だけでも与えたほうが、
 睡眠時間は残りそうだな」苦笑

黒髪「迷惑をかけるわね」

黒髪父「……なに。
 考えてみれば自分も、
 お前という少を切り捨てられん、
 父親の身だったと、
 思い出しただけだ」苦笑

黒髪「……」

666: 2011/04/30(土) 00:38:58.34 ID:CMDDfVNho
----------------------------------
 五十九日目 ひき娘の自室

 とんとんとん

ひき娘「はい、どうぞ」

 がちゃ

男「お邪魔します」

ひき娘 にこっ

男「コチラの事情で振り回してしまい、
 すみません」

ひき娘「気にしないでください。
 お兄ちゃん――じゃなかった、
 友さんの授業も、
 わかりやすかったから」

男「お兄ちゃん?」

667: 2011/04/30(土) 00:40:10.04 ID:CMDDfVNho

ひき娘「え、あ、あっと。
 本当のお兄ちゃんとか、
 そういう事じゃなくて、
 友さんが、そう呼んでくれって」あたふた

男「友さんはまた……
 彼のわがままにつき合わせて、
 申し訳ありません」苦笑

ひき娘「……」

男「ひき娘さん?」

ひき娘「よかったです……」

男「何が良かったのですか?」

ひき娘「ちょっとだけ、
 思ってたんです。
 もしかしたら、
 嫌われちゃったのかなって」

男「……」

668: 2011/04/30(土) 00:41:03.55 ID:CMDDfVNho

ひき娘「でも、そうじゃないみたいで、
 安心したの」

男「ひき娘さん……」

ひき娘「……その、ちょっとだけ。
 授業の時間までの五分だけ、
 隣に座っても、いいですか?」

男(顔を伏せて……
 涙を零さずに、
 泣いているような)

男 そっ

ひき娘「ありがとうです」そっ

男「……」

ひき娘「……」

669: 2011/04/30(土) 00:41:43.53 ID:CMDDfVNho

男(ひき娘さんの頭が寄せられた、
 肩の重さと温もりに、
 否応無く心が、揺れてしまう)

男 なで、なで

ひき娘 きゅっ

男(袖口をつまんで。
 なんて些細な、
 いじましい意思表示……)

男 なで、なで

ひき娘 そっ

男(体重を預けて。
 触れる面積が増えて……
 安心してくれているのが、
 伝わってくる)

670: 2011/04/30(土) 00:42:20.64 ID:CMDDfVNho

ひき娘「……先生」

男「はい」

ひき娘「私ね、がんばったんです。
 友先生にも、
 お部屋に入ってもらって、
 授業してもったんです」

男「偉いです」 なでなで

ひき娘「えへへ」

男「ひき娘さんは、
 前を向いていますね」

ひき娘「えっと……?」

男「このままじゃいけない。
 何とかしないと。
 そういって、
 前に進む勇気を持っている……」

671: 2011/04/30(土) 00:43:13.05 ID:CMDDfVNho

ひき娘「それは」

男「わたしからは、
 それがとても眩しく見えます。

 友さんに、怒られてしまいました。
 お前は逃げているって」

ひき娘「……なにから、ですか?」

男「いろいろですね。
 本当に、いろいろ……」

ひき娘「私はちゃんと、
 前を向けてるのかな?」

男「はい。
 見習いたいくらいに」

672: 2011/04/30(土) 00:43:44.61 ID:CMDDfVNho

ひき娘「ならそれは、
 先生のお陰なんですよ」

男「私の、ですか?」

ひき娘「先生と会うまでは、
 ずっとずっと、
 死んでたみたいだった……

 なんで私が、
 こんなに辛い思いをしないといけないのって。

 そうやって叫びながら、
 もう全部やだって、
 布団のなかでずっと眠り続けてたの」

男「……」

673: 2011/04/30(土) 00:44:14.75 ID:CMDDfVNho

ひき娘「毎晩のように、
 夢で見てたんです。

 いじめられてた頃の事を。

 殴られて、蹴られて、
 ひどい言葉を言われて……」

男「それは……」

ひき娘「でも、変わったんです。
 先生と知り合ってから、
 少しずつ、
 その夢も見なくなりました」

男「それは、良かった」

ひき娘「先生と知り合って、
 親しくなってもらって……

 少しずつ、
 まだ私も誰かとつながれるんだって、
 そう思えてきたんです」

男「つながれますよ。
 ひき娘さんなら、大丈夫です」

674: 2011/04/30(土) 00:44:43.58 ID:CMDDfVNho

ひき娘「……それは、先生もだよ」

男「はい?」

ひき娘 そっ。――きゅっ

男「ひ、ひき娘さん。
 なんで、急に、抱きしめ……」

ひき娘 なでなで

男(やわらかい感触が、
 頭をそっと包み込んで。
 ひき娘さんの甘い匂いが、
 胸にいっぱいになる)

男「ひき娘、さん?」

675: 2011/04/30(土) 00:45:09.53 ID:CMDDfVNho

ひき娘「前にね、
 先生が寝てるとき、
 みちゃったの」

男「なにを、ですか?」

ひき娘「先生が、
 眠りながら涙を流しているところを」

男「……」

ひき娘「それで、思ったの。
 なんでこの人は、
 眠りながら泣くのかなって。

 それは、起きている時に、
 泣けないからじゃないかなって……」

676: 2011/04/30(土) 00:45:37.28 ID:CMDDfVNho

男「そんな、事は……」

ひき娘「違ってたら、ごめんなさい。
 でも、もしそうなら」

ひき娘 ぎゅうっ

ひき娘「次に泣きたくなったら、
 私が、受け止めます……
 受け止めさせてくれたら、嬉しいです」

男「……」ぎゅっ

男(細い体だ……
 身長だって、肩までしかない。
 それなのに、こんなにも、強い)

677: 2011/04/30(土) 00:46:04.41 ID:CMDDfVNho

男「……たまりませんね」

ひき娘「はい?」

男「いえ、なんでもありません。
 さ、そろそろ授業を始めましょう」

ひき娘「……むぅ」

男「不満そうにしてもダメですよ。
 わたしは家庭教師に、
 来ているんですから」

ひき娘「……はい」そっ

男(そんなに残念そうな顔をされると、
 教師らしくいられなくなりそうで、
 たまらないんですよ)苦笑

678: 2011/04/30(土) 00:46:51.35 ID:CMDDfVNho

男「……ただ」

ひき娘「?」

男「いつか、外に出られたら。
 二人で、星を眺めに行きませんか?

 町からみる空も趣きはありますが、
 空気の澄んだ山の上で、
 街灯を気にせず見る星空は、
 一度は経験して欲しい景色です」

ひき娘「……それは、
 家庭教師として、ですか?」

679: 2011/04/30(土) 00:47:19.67 ID:CMDDfVNho

男「今は。
 ただ、部屋の外なら、
 わたしは家庭教師でなくても、
 許されるでしょうかね」(////

ひき娘「……先生はズルいです]

男「大人にはイロイロあるんですよ」

ひき娘「それなら、仕方ないですね。
 そんな事言われたら、
 外に出ないわけにはいかないですよ」くすくす

男「外で会える日を、
 楽しみにしていていいんでしょうか」

ひき娘「…………はい」こくん

680: 2011/04/30(土) 00:48:11.78 ID:CMDDfVNho
----------------------------------
 五十九日目 TL:sugomori

kuro:というわけで、
 なんとかする方法はありそうよ。

megane:なるほど。
 確かに、今回の件の鍵は、
 ピアスくんのお母様のようですね。
 そして彼女が強引に通した話を、
 他の幹部の背中を押すことで、
 抑えてもらう……ですか。

kuro:彼女の言い分にも、
 確かに理はあるんだけどね。
 二年も前の話を蒸し返して、
 一個人を攻撃するようなマネ、
 さすがに嫌がっている人も、
 少なくないらしいわ。

681: 2011/04/30(土) 00:49:02.22 ID:CMDDfVNho

megane:よく調べましたね……

kuro:蛇の道は蛇、って言うでしょ。

megane:それは恐ろしい。

kuro;それで、どうする?

megane:どうする、とは。

kuro:任せてもらえるなら手は打つわ。
 少し時間がかかるかもしれないけど、
 いずれは人を戻せるはずよ。

682: 2011/04/30(土) 00:50:00.89 ID:CMDDfVNho

megane:しかし、
 それを黒髪さんにお願いするのは……

kuro:あら、借りは作りたくないの?

megane:kuroさんを利用しているようで……

kuro:いいんじゃないの?
 利用して利用されて。
 持ちつ持たれつすればいいじゃない。

megane:しかし…………

683: 2011/04/30(土) 00:50:27.27 ID:CMDDfVNho

sugomori:[壁]_'*)こそっ

kuro;sugomoriさん、こんばんは。

megane:お久しぶりです。

sugomori:あ、今日は、
 meganeさんもいるんですね。

megane:すみませんね、
 最近は忙しかったので。

sugomori:体調はいかがですか?

megane:おかげさまで元気ですよ。

sugomori;それなら良かったです♪

684: 2011/04/30(土) 00:50:55.97 ID:CMDDfVNho

kuro:@megane とりあえず、
 話の続きは改めてしましょ

megane:@kuro 了解です。

sugomori:あの、
 もしかしてお邪魔しちゃいました?

kuro:大丈夫よ。
 顔見て話したほうが、
 良さそうな方向だったから。
 むしろ良いタミングよ。

sugomori:お手柄かな?('-'*)

kuro:お手柄よー( ̄ー ̄*)

sugomori:微妙な顔wwww

kuro:えー、なんでよ、可愛いじゃない。

685: 2011/04/30(土) 00:51:28.58 ID:CMDDfVNho

sugomori:あ、そうだ。
 meganeさん!

megane:はい?

sugomori:あの、男の人って、
 デートのとき、
 どんな服がすきなんですかね?

kuro:デートォ?!

sugomori:う、うん(///)

kuro;え、あんた、まだ外には……

sugomori:うん。まだムリ、かなぁ。
 でも、今なら出られるかも?
 なんだかそれくらい、
 今はテンション高いです(>_<*)

kuro:もしかして、男さんと……?

sugomori:……えへへ。

686: 2011/04/30(土) 00:51:54.73 ID:CMDDfVNho

kuro:…………meganeさん。

megane:

kuro:meganeさん、
 まだいるでしょ?

megane:

kuro:三秒以内に出頭しないと、
 いろいろするわよ。

megane:いろいろってなんですか。
 私はお手洗いに行っていただけですよ。

kuro:いろいろ、っていうのは、
 いろいろ、よ。
 ところで、sugomoriがなんと、
 男女交際するそうよ。

megane:おめでとう、ござい、ます。

687: 2011/04/30(土) 00:52:28.02 ID:CMDDfVNho

sugomori:男女交際って……
 えと、その……
 ……ありがとうございます(*ノノ)

kuro:こんなに可愛いsugomoriを、
 彼女にできるなんて、
 随分幸運な男ね?

megane:そう、ですね。

sugomori:そんなこと無いですよ(///
 ま、まあ、ホントは、
 星を見に行こうって、
 誘ってもらっただけなんですけどね。

kuro:あら、いきなり大胆ねー。
 ちゃんとゴム持っていかないとダメよ?

sugomori:ちょっと、そんな(////

kuro:必要よね? meganeさん(^^*)

688: 2011/04/30(土) 00:54:34.91 ID:CMDDfVNho

megane:……無いよりは、良いかと。

sugomori:大丈夫ですよー。
 とっても誠実な人だから、
 そんな心配なんて……

kuro:誠実な人、ですってぇー。
 ソレはノロケってものでしょww

sugomori:……えへへ(////)
 むしろ、男さんといると、
 あの頃の嫌な夢を見ないで済むとか、
 そういう方がノロケかも?

kuro:そう。
 それは、良かったわね。
 本当に(^^*)

sugomori:うんっ♪

megane:……そろそろ、
 私は明日のために寝なければ。

689: 2011/04/30(土) 00:55:45.18 ID:CMDDfVNho

kuro:えー。meganeさん寝ちゃうの?
 せっかくなんだからもうちょっと、
 sugomoriの「ノロケ」を、
 聞きましょうよー。

sugomori:いえいえ、
 これ以上はしませんよ><

kuro:いいじゃない、
 いっぱいノロケちゃいなさいよ。
 折角なんだからっ。

megane:……地獄絵図だ。

sugomori:はい?(’’?)

kuro:ふふwwww

690: 2011/04/30(土) 00:57:40.80 ID:CMDDfVNho
----------------------------------
 六十二日目 教員室

 がちゃ

男「おはようございます」

友「……」びくっ

男「……どうかしましたか?」

友「お前って、タイミング悪いな。
 これ、見てみろよ」

691: 2011/04/30(土) 01:01:59.14 ID:CMDDfVNho

男「……これはまた、
 相手はずいぶんと手の早い」

 こんこんこん

男「はい?」

 がちゃっ

黒髪「失礼します。
 先生、先日の件について、
 お話に来ましたけど」

男「ああ、黒髪さん。
 どうやらその手間は、
 かけていただかなくても、
 良くなりそうですよ」

692: 2011/04/30(土) 01:04:33.42 ID:CMDDfVNho

黒髪「それは、良い理由で?」

男「……悪い理由でしょうね」そっ

黒髪「……教員に対する資格義務化と、
 その更新試験について、ですか」

友「要するに、
 教員として適切じゃないやつは、
 教員を名乗るなって事だな。
 今の『教師免許』ってのは、
 無くても教師を名乗れるって、
 黒髪ちゃんは知ってたか?」


黒髪「いいえ。知らないです」

693: 2011/04/30(土) 01:10:47.56 ID:CMDDfVNho

友「そんじゃ、そこからおさらいな。
 俺と男はそれぞれ、
 高等学校教諭一種免許状ってのを、
 俺は数学、男は国語で取得してるんだ。

 で、これを持っていることで、
 その地域の学校でなら、
 取得した教科の教員ができる。」

黒髪「なんとなく、
 教員免許って、そういうものだと、
 思ってましたけど」

友「だろうな。
 ただし、これは国公立の話で、
 たとえば私学の場合は、
 同じ教員を名乗っていても、
 この教諭免許状は必要ない。
 つまり、独自基準で採用できる」

695: 2011/04/30(土) 01:17:43.41 ID:CMDDfVNho

黒髪「それが先ほど言った、
 無くても教師を名乗れるって、
 意味なんですね」

友「そういうこった。
 またそれ以外にも、
 塾講師の場合は、
 教員免許持ちは当然優遇されるが……

 それが無くても、
 人気塾講師なんて呼ばれている人はいるな」

黒髪「……そこに対して、
 教員免許を持っていない人は、
 教員を名乗るなと――
 そういうワケですか」

696: 2011/04/30(土) 01:22:23.79 ID:CMDDfVNho

友「そうそう。
 調理師とか、栄養士、
 介護福祉士なんかと同じだな。

 同じ内容の業務はできても、
 その名前は名乗れないってことだ。

 教師・教員・教諭とか、
 そこらへんの名称を独占して、
 名乗らせないようにする。

 まあ、仕事をするなとは言わないが、
 信頼を奪うってわけだ」

黒髪「教師って、
 信頼が重要な仕事ですよね」

友「もちろんな。
 こういうのは基本的に、
 業務独占に向かうまえの、
 過渡期に際して行われたり……

 著しく信頼を損なう業者に対して、
 それを取り締まるために、
 法令として制定される」

697: 2011/04/30(土) 01:27:40.37 ID:CMDDfVNho

黒髪「そっか。
 そうやってその業務の名前に対して、
 一定以上の水準を約束することで、
 信頼を作るわけね」

友「そういうわけだな。
 で、教員に関してなんだが、
 免許の更新制とか、
 悪質な塾の取り締まりとか、
 そういう話は昔からあったんだ。

 ただまあ、
 いろいろと利権も有って、
 なんだかんだと流れてきたんだが……」

男「今回の私の件をテコにして、
 条例の提案とその審議という形で、
 たたみこむつもりですね……」

698: 2011/04/30(土) 01:30:10.43 ID:CMDDfVNho

黒髪「……なるほど。
 一つ残ってた疑問が氷解したわ」

友「なんだ?」

黒髪「県下の学校に対して、
 この塾の悪評を流すようにって、
 教育委員会が秘密裏に、
 各学校に求めたって話があってね」

男「……」

黒髪「ただ不思議だったのは、
 たかが塾一つ、
 一個人のために、
 どうしてそんな事をするのか。

 それこそ、怨恨としか思えなくて、
 それが今回の件の解決を、
 複雑化していたのよ」

699: 2011/04/30(土) 01:40:05.98 ID:CMDDfVNho

黒髪「そういう事ね。
 既存の利権以上の何かを求める人と、
 例のピアスの母親の目的が、
 うまく一致した結果が今回なのね。

 この塾をたたくために、
 手を回しやすい地方紙に、
 大きな紙面を使った記事を、
 載せるという選択をしなかった。

 コストをかけて小さい記事でも、
 全国紙に乗せる事に意味が有った」

友「売名行為か」

黒髪「悪い子が良い事をすると、
 普通の子がするより褒められる、
 なんて言うわよね。

 一度問題にして炎上させて、
 それを解決したとなれば……」

700: 2011/04/30(土) 01:45:01.31 ID:CMDDfVNho

男「今回の教員に対する資格義務化と、
 その更新試験の説明会について、
 という連絡は、
 その『解決』のための布石でしょう。

 マスコミや、周辺学校の校長など、
 後は有識者を呼んで、
 ……まずは条例ですかね、
 その成立に向けての、
 意見交換を行うのでしょう」

友「だろうな。
 そして――男。
 この場にお前も来てはどうかというわけだ」

男「名指しですか?」

友「この塾宛だがな、
 そもそもこの塾に届く事が、
 おかしいと思わないか」

701: 2011/04/30(土) 01:47:49.29 ID:CMDDfVNho

黒髪「新聞に載った塾ってことで、
 吊るしあげるつもりでしょうね」

男「……」

友「ぶっちゃけた話をすれば、
 この話についてだけ考えれば、
 俺は反対はしないんだが……」

黒髪「そうなの?」

友「悪質な塾やなんかがあるのは、
 事実だからな。
 生徒を財布としか思ってない、
 そんな連中はいる。
 だから、その対策としては、
 一歩目としては悪くないだろ」

702: 2011/04/30(土) 01:50:16.08 ID:CMDDfVNho

黒髪「でも、だからといって、
 こうして招待を受けた以上、
 その場にいかなければ、
 マスコミがまとめてココをたたく、
 理由を作ることになるわよ。

 実際にそうするかどうかは、
 何とも言えないけど。

 そして顔を出したとしたら、
 罵倒をされ続ける時間になるわ」

友「それは分かってる。
 だから気が重くてなー。

 正直、うちの塾の今の評判てのは、
 かなりドン底だからな。

 それこそ、殺人鬼のいる塾、
 なんて噂が有っても驚かねえくらいだ」

黒髪「ふふ、それはさすがに驚くわよ」

703: 2011/04/30(土) 01:53:36.34 ID:CMDDfVNho

友「探られて痛い腹は無いが、
 痛く演出しようとすれば、
 それができる腹はある……」

黒髪「……」

男「いきます」

友「……」

男「わたしがその場に出向いて、
 正面から正々堂々と、
 喝破すればいいのです」

黒髪「……難しいと思うわよ」

男「分かっていますが、
 残された手段はそれしかありません。
 第一、行っても行かなくてもダメならば、行かない分だけ損でしょう」

友「同じアホなら、か」

704: 2011/04/30(土) 01:56:30.46 ID:CMDDfVNho

男「思うところを打ち明けて、
 通じ合えなければ仕方ありません。
 その時はやはり、
 私がこの塾をやめる事で、
 幕としましょう」

友「……それは」

男「他の教員の生活もあります。
 友さんには、
 私のために他の人を見捨てたり、
 して欲しくはありません」

黒髪「……私も、
 できる限りの事はするわ。
 どこまでできるかは、
 わからないけど」

男「しかし、黒髪さん。
 そうしてもらっても、
 私は何も恩返しができませんよ」

黒髪「そんなのは私が決める事よ。
 無かったら絞り取るだけ」にやっ

男(い、いま、悪寒が)ぞくっ

705: 2011/04/30(土) 02:00:50.00 ID:CMDDfVNho

黒髪「とりあえず、
 相手がだれか、
 目的は何か、
 手段はどうするか、
 そのカードが出そろった今なら、
 私だってできる事は有るわ。

 ややこしいことは言ってないで、
 私の世話になりなさい」にこっ

男「……ありがとうございます」

友(あの男が尻に敷かれてるよ……)

黒髪「さしあたって、
 今日の授業は欠席するわ。
 その『説明会』って、来週でしょ。
 それまでにできる事をしないと」くるっ

男「……」

友「悪いな、黒髪ちゃん」

黒髪「そんな言葉より、
 終わった後のありがとうの方が、
 聞きたいですね」とことこ

706: 2011/04/30(土) 02:02:20.87 ID:CMDDfVNho

友「……」

男「……」

友「……怖いな」

男「いまさらですね」

友「…………ホントに怖いな」

男「怖い、ですね」

友「でも」

男「私たちより、
 よほど頼りになりそうです」苦笑

714: 2011/05/02(月) 07:55:16.70 ID:8MUbeGaXo
----------------------------------
  六十二日目 黒髪の部屋


記者<っていうのが概要かな。
 詳しい内容については、
 ウチのデータベースの内容、
 ソッチに送りますよ>

黒髪「ありがとうございます」

記者<なに、コッチはいつも、
 お世話になってるからね。
 たまには恩返しをしないと、
 後が怖いよ。はは>

黒髪「そんな、怖いだなんて」

記者<おっと済まない。
 デスクが戻ってきたから、
 切らせてもらうよ。
 またいいネタ有ったら、
 ぜひ僕に持ってきてくれ>

黒髪「はい、お約束します」にこっ

 つーつーつー

715: 2011/05/02(月) 07:55:49.70 ID:8MUbeGaXo

黒髪「……ふぅ」ぎしっ

黒髪「コレで何とか、
 必要な資料は集まりそうね」

 You got a mail~♪

黒髪「仕事早いわねー。
 さすが、父さんの紹介……
 しかも随分細かいところまで、
 よく調べられてるわ」

黒髪 かたかた

黒髪「確かに受け取りました、と」

黒髪 かちかちっ。

黒髪(……どうやら、
 推測は正解だったようね。
 例の会議に際して、
 マスコミ各社に話が通っている)

黒髪「その特集を組む場合、
 この情報を使おうと、
 集めてたのね……」

716: 2011/05/02(月) 07:56:38.56 ID:8MUbeGaXo

黒髪(数年後に使えるようにと、
 今からマスコミに、
 コネを作っておいて、
 正解だったわね)

黒髪(今回の件の主導は、
 例のピアスの母親……理事さんね。
 教員資格の厳正化については、
 今まで中立派閥の代表だった。

 それが、今回の件で乗り換えて、
 県政への足がかりにするつもりみたいね。なるほど)

黒髪「一石二鳥を狙ってるわけね」

黒髪(なかなかどうして、
 ただの親ばかってわけじゃ、ないか。

 送られて来た情報の通りなら、
 すでに県議会への根回しは、
 おおよそ済んでいる状態みたいね。

 特に紙上に取り上げていないけど、
 この『提案』に合わせて、
 条例を整備するために、
 必要そうな議員を接待したという、
 疑惑、が並んでいる)

717: 2011/05/02(月) 07:57:10.42 ID:8MUbeGaXo

黒髪(今までの免許義務化は、
 あくまで抽象的な話だった。
 具体化すると、
 その議題を深く扱わないといけない。
 けれど真剣に議論しては不都合な人がいたから。

 ただ、今回の件で、
 ウチの県の教育について、
 教育委員会が問われるような内容が全国紙に掲載された)

黒髪「この義務化と、
 定期的な更新試験については、
 確かに不満な点は殆どないわね……」

黒髪(ただし、
 暴力問題を起こした男さんは、
 間違いなくその試験で、
 問題ありとして免許をなくすことになる)

718: 2011/05/02(月) 07:57:37.23 ID:8MUbeGaXo

黒髪「そうなると、
 教師としての仕事は殆どなくなって、
 先生も食べていけなくなる……」

黒髪「問題はやっぱりそこね。
 資格試験については、
 コレは必然的な流れで問題はないわ。

 ただし、ソレを利用して、
 先生を貶めようというウラがあるのが問題になる……」

黒髪「つまり、着地点としては、
 先生の行為の正当性を証明した上で、
 くだらないウラなんかなしで、
 検討を行ってもらうことかしら……

 構想自体には、
 先生も友さんも賛成みたいだし」

719: 2011/05/02(月) 07:58:04.96 ID:8MUbeGaXo

黒髪「……でも、暴力の正当性って、
 いったい何かしらね。

 暴力を振るうなという先生が、
 暴力を使って相手を戒める。
 教育的指導をする。

 それを相手が感謝していれば、
 きっと話は済むはずなんだけど、
 あの茶髪やピアスが、
 先生に感謝なんかするはず無いわ」

黒髪 ぎしっ

黒髪(暴力を振るわれた人からすれば、
 振るった相手に報いをって、
 そう考えるのは当然よね。

 でも、その報いが暴力なら、
 暴力の被害者が増えるだけ……」

720: 2011/05/02(月) 07:58:30.86 ID:8MUbeGaXo

黒髪「それじゃ、
 会話が通じない相手に対して、
 どんな手段が適切なのかしら……」

黒髪(……ダメね。
 集中力が途切れてきてる。
 いまは実際の正当性より、
 いかに正当を主張するか、よね)

黒髪 ごそごそ

黒髪「……これを使えば、
 主張できる、はず。でも……」じぃっ

黒髪「ぎりぎりまで模索して、
 ダメなら、その時の手段ね」

721: 2011/05/02(月) 07:59:05.06 ID:8MUbeGaXo
----------------------------------
  六十九日目 男の部屋

 ちゅんちゅん

男「……」ごそごそ

男「結局、あまり寝られませんでしたね」

男「いつも通りに、するしかないというのに」

男 せのびー

男 ふらふら

男(結局あの後、
 黒髪さんは授業に顔を出さず、
 例の理事さんの件について、
 一度メールが有ったきりで、
 以降は特に連絡もない……)

722: 2011/05/02(月) 07:59:43.00 ID:8MUbeGaXo

男「……仕方ありませんがね」

男(黒髪さんは確かに賢く、
 また強い意志と、
 何らかの『手段』を持っている事は確かに見える。

 しかし、それでも彼女はまだ高校生。
 そして相手は、
 大人の中でも相手にしにくい、
 それなりに権威のあるお役所です)

男 ばしゃばしゃ

男(学校に関係する事に限定されるが、
 実質的には立法・行政機能を持つ組織――)

723: 2011/05/02(月) 08:00:27.91 ID:8MUbeGaXo
 
男「大人の私でさえ、
 こんな事態になってしまえば、
 嵐にもまれる船のように、
 事態に押し流されるしかない……」

男(むしろ、酷な事を任せたか……)

男 ごそごそ

男「黒髪さんの落ち着きに、
 甘えすぎてしまいましたね」

 prrr prrrr

男「……友さん」

友<よーう。よく眠れたか?>

724: 2011/05/02(月) 08:00:54.82 ID:8MUbeGaXo

男「ええ。過不足無く」

友<……さすがに電話じゃ、
 判断がつかねえな>

男「大丈夫ですよ。
 ところで、要件はなんですか?」

友<それなんだが……
 なあ、本当に俺は行かなくていいのか?>

男「来ていただいても、
 何もする事は有りませんよ。

 むしろ、この件に関しては、
 いざという時のために、
 わたしを既に解雇したつもりで、
 知らなかったことにするべきでしょう」

725: 2011/05/02(月) 08:01:21.52 ID:8MUbeGaXo

友<そんなワケにはいかないだろ>

男「心情的には、
 そうかも知れませんね。
 ですが、何度も繰り返していますが、
 友さんには友さんの、
 持つべき責任というものがあります。

 巻き込んでしまったわたしには、
 言う資格がないかも知れませんが、
 コレは私のとるべき責任です。
 委ねてはいただけませんか?」

友<……そこまで言われたら、
 何もいえないな>

男「すみません」

友<わかったから謝るなよ。
 だがな、俺はお前のダチだ。
 それは忘れてくれるなよ>

男「……はい」にこっ

 つーつーつー

726: 2011/05/02(月) 08:01:57.36 ID:8MUbeGaXo
----------------------------------
  六十九日目 説明会会場

司会「えー、というわけで、
 本日コチラには、
 県の代表として、
 教育委員会から数名と……
 教育評論家の方々を、
 お招きしております」

 ぱちぱちぱち

司会「本日の進行ですが、
 マスコミの方々からの依頼があり、
 最初に委員会から意見の提示をし、
 ソレに対して反対の立場を持つ、
 評論家の方々から質問を受け、
 対話形式で会議いたします」

727: 2011/05/02(月) 08:02:27.27 ID:8MUbeGaXo

男(なるほど。説明会を兼ねた、
 フォーラム(公開討論会)ですか。
 しかし、さて。
 反対意見の相手を用意しての討論に、
 どれほどの意味があるのか……

 いや、この場では、
 その様な意味など、
 いらないのかも知れませんね。

 あくまで議論をしたという、
 経緯が欲しいだけと考えれば……)

男「……ふっ」

男(どのような演目か。
 ここに来たからには、楽しみに見させてもらいましょう)

728: 2011/05/02(月) 08:03:01.80 ID:8MUbeGaXo
----------------------------------
  六十九日目昼 説明会会場

評論家「というデータから、
 教員免許の義務化により、
 必ずしも教員の質が向上すると、
 語る事はできません」

理事「教員の質の向上は、
 確かにそのデータを見る限り、
 難しいかもしれないザマス。

 しかし、質の低下は、
 防止することができるザーマス。

 コチラが事前に、
 各学校教諭に対して、
 任意でテストを行ってもらい、
 それをまとめたものが、
 資料、三の二ザマス」

 かさかさかさ

729: 2011/05/02(月) 08:03:30.30 ID:8MUbeGaXo

男(ふむ……
 やはりどうやら、
 事前に質問や意見をまとめ、
 ソレに対する回答を、
 用意していた節がありますね)

理事「ご覧の資料でわかるザマショ。
 自分の担当する教科であっても、
 一定以上の学力が認められない、
 そんな教員が、
 全体の一割ほどいるザマス。

 割合からすれば少なくとも、
 今後の子供達の事を考えれば、
 たとえ一割でも問題ザーマス」

男(もっとも、
 それでも正論なんですよね)

730: 2011/05/02(月) 08:03:57.53 ID:8MUbeGaXo

評論家「ですがねえ。
 費用対効果を考えてください。
 数年に一度でも、
 教員全体に対してテストを行い、
 その結果によって、
 免許の剥奪、更新などをした場合、
 どれだけのコストがかかるか……」

理事「そのコストが、
 血税から出ていると考えると、
 一滴でもムダを減らしたいのは当然ザマス。

 でもあえて言えば、教育とは、
 そもそもお金がかかるものザマス。

 その負担をしてでも、
 これから先に、
 より多様化する社会に適応するため、
 その時代に生きる子供達に、
 より質の高い『知』を、
 提供するのが大人の役割ザマショ」

731: 2011/05/02(月) 08:04:27.40 ID:8MUbeGaXo

評論家「だからと云って、
 学ぶ気の無い子供に、
 ムダに金をかけてどうします。

 今時中学生だって、
 どうせ勉強しても、
 その知識は使わないんでしょと、
 そう言って大人を笑ってますよ?」

理事「……」

評論家「大体ね、
 そういう教師がいても、
 大体何とかなっているモンなんです。

 訴訟問題なんかも、
 殆どおきていないでしょ?

 あなた方の主張は大げさなんですよ」

732: 2011/05/02(月) 08:04:54.84 ID:8MUbeGaXo

理事「頻繁に訴訟が起きたら、
 その時では遅いザマショ。

 加えて、何とかなっていると、
 そうおっしゃるなら、
 自分の子供をそんな学校に、
 率先して入れてみるザマス」

評論家「子供はいませんが」

理事「ならそのつもりになって、
 よく考えてみるザマス。

 自分の子供が、
 暴力を振るうことで有名な、
 そんな教師に師事する光景を、
 よく思いうかべてみるザマス!」

評論家「……それは、不快ですが。
 そういう教師は、
 学校側で辞めさせるでしょうよ」

733: 2011/05/02(月) 08:05:24.86 ID:8MUbeGaXo

理事「現在の採用方式だと、
 アルバイトを解雇するように、
 簡単にはいかないザマス。

 いかに指導力がなかろうと、
 いかに暴力的であろうと、
 子供達は耐えるしかない。

 そんな現状を変えるための手段が、
 今回の免許更新制度ザマス。

 第一、学校を辞めた後でも、
 塾や私学で教師を続ける者がいて、
 子供達に牙を向けているザマス」

評論家「……」

理事「そう、
 そこに座っている、
 暴力教師のように」

734: 2011/05/02(月) 08:05:58.67 ID:8MUbeGaXo

記者1「暴力教師?」ザワ

記者2「そういやコイツ、
 夕日新聞で載ってた、
 あの記事の塾講師だぜ」ザワ

記者3「ああ、張り込みしてたときに、
 確かコイツが出入りしてたな」ザワ

理事「ウチの息子も、
 そこの教師によって、
 暴力を振るわれた被害者ザマス。

 その悔しさ、悲しさ、
 あの子の味わったような辛さを、
 二度と繰り返さないために、
 こうして訴えかけているザーマス」よよよ

記者1「子供のために県政を変える母、
 売れそうなネタだな」にやり

735: 2011/05/02(月) 08:06:36.22 ID:8MUbeGaXo

理事「恥知らずなことに、
 それでも未だに、
 教鞭を握るような人がいるから、
 こうして改革が必要になるザマス」

評論家「……そこのキミ」

男「はい」

評論家「生徒に対して、
 暴力を振るったというのは、
 事実なのか?」

男「事実です。
 ですがしかし――」

司会「キミ!
 会の参加者でもないのに、
 問われた事以外には口を出さないでもらおう」

736: 2011/05/02(月) 08:07:07.20 ID:8MUbeGaXo

評論家「ではキミ、
 その暴力がきっかけで、
 学校を辞めて塾教員になったと、
 それは事実かね」

男「事実ですが――」

評論家「そんなキミは!
 生徒に暴力を振るったことを、
 恥ずかしいと思わないのかね」

男「思いません」

記者2「ふてぶてしい野郎だな」ぼそっ

男(やはり、こうなりますか)

評論家「確かに、
 この男性のような教師が、
 極端な例で無いとすれば、
 まさに由々しい話か」

理事「お陰でうちの子は、
 今でも時々うなされて」ううっ

737: 2011/05/02(月) 08:07:34.34 ID:8MUbeGaXo

男(実に白々しい……
 しかし、新聞の記事には、
 その声は乗りませんからね。

 意図的な質問の偏向も、
 恐らく最初から、
 仕組まれていた。

 反対していた人間が、
 危機感に煽られて翻意した、
 というだけで、
 人はその事態に対しての、
 意識レベルを上げますからね)

評論家「このような人間が、
 他人に何かを教える事こそが、
 今の世の狂気かも知れないな。

 自制もせず、
 その横暴の恥を知らない。

 ただひと時の知識量だけで、
 その資格を手に入れて、
 責任を自覚することもなく、
 ソレを漫然と持ち続けている事に、
 何の疑問も持たずに振りかざす者が、
 いったい何を教えうるのか」

男「……」

738: 2011/05/02(月) 08:08:30.45 ID:8MUbeGaXo

評論家「彼のような人が、
 これからも安穏と教師を続けようと、
 そういうならば、
 私もこの社会の一員として、
 この条例の正当性を、
 容易には否定できないな」

記者1「確かに、
 こんなヤツに自分の子を任せるなんて……」ぼそぼそ

記者2「教師が聖職なんて、
 もう間違っても言えねえな」ぼそぼそ

理事「どうやら、
 今回の条例の正当性について、
 皆様にきちんと理解していただけたようザマスネ。

 委員会は、このような教師に対し、
 厳しい態度を見せる必要を、
 感じているザマス。

 記者の皆様も、
 このような人間を、
 社会にのさばらせないためにも、
 御協力を求めるザマス」

739: 2011/05/02(月) 08:09:09.63 ID:8MUbeGaXo

記者2 パシャ……

記者3 パシャパシャッ……

男(一人のシャッターを皮切りに、
 痛いほどの白い光が、
 『悪』を糾弾せんと、わたしに向けられる)

男(そして確かに、
 間違ってはいない。
 今のルールの中では、
 わたしは誰かに対して、
 何を誇る事もできない悪なのだ)

男「わたしは……」

男(それでも、
 わたしは主張しなくてはならない。
 わたしが教師ならば、
 この背を伸ばし、胸を張り、
 言わなければならない言葉がある)

男「それでも――」

 がちゃっ

男(扉が開いて、)

740: 2011/05/02(月) 08:09:36.28 ID:8MUbeGaXo

黒髪「遅くなったわね」にやり

 とことこ

司会「な、なんだねキミたちは」

黒髪「何って、
 見てわからないの?」

司会「わかるわけが無かろう!」

黒髪「当事者を、引き連れてきたのよ」

 ぞろぞろぞろぞろ

741: 2011/05/02(月) 08:10:27.77 ID:8MUbeGaXo

生徒1「あ、どもども」

生徒2「おー、高そうなカメラ!」

生徒3「せんせーおひさー♪」

生徒4「あ、さんちゃんズルい!
 先生、私もいるよー!」

生徒5「同窓会じゃねえんだし、
 早く入れよー。
 さっさと奥つめないと、
 皆廊下で立ちんぼなんだ」

生徒6「まあまあ、
 焦らなくても入れるだろ?」

生徒7「え、もしかして、
 俺らせっかく来たのに、
 中に入れねーの?
 ま、百人ちかいし、
 しょーがねーか?
 超ウケるんだけど。あははは」

生徒8「笑えねーだろっ」

742: 2011/05/02(月) 08:10:54.19 ID:8MUbeGaXo

男「みんな……」

黒髪「話は全て、
 聞かせてもらっていたわ」ごそっ

男(胸元から出したのは、
 携帯電話……?
 ああ、会場の音声を、
 流している人がいたのですね)

理事「な、あなた達はなんザマスか!
 今は子供達のために、
 重要な話をしているザマースッ!
 でていきなさいっ!!」

黒髪「子供のために?
 私達のために?

 はん、笑わせるんじゃないわよ。
 何も知らずに、
 正論を振りかざすことしかできない人たちは黙ってなさい」

743: 2011/05/02(月) 08:11:41.44 ID:8MUbeGaXo

評論家「改めて聞こうか。
 君たちは誰だね」

黒髪「そうね、
 あなた達の流儀に則るなら、
 恥知らずの支持者よ。

 男先生がいじめられてるって聞いて、
 そんな事はさせないって、
 集まった生徒代表よ」

評論家「いじめるなどと、
 人聞きの悪い事は、
 むやみに口にすべきではないな」

黒髪「なら、恥知らずなんて、
 ソレこそ恥知らずな言葉、
 使うべきではなくてよ」

評論家「何を言っている。
 この男のように、
 教育者でありながら、
 守り、教導すべき生徒に、
 暴力をふるって恥じない人間に、
 それ以上相応しい言葉はあるまい」

 ぶーぶーっ!!

司会「静粛に! 一斉に喋るな!」

744: 2011/05/02(月) 08:12:08.43 ID:8MUbeGaXo

黒髪 すっ

 ぴたっ

黒髪「ごめんなさいね、
 余りにも面白いな冗句だったから、
 つい盛り上がったのよ」

評論家「このっ……!」

黒髪「ねえ、評論家さん、
 一つ聞かせてくれるかしら?」

評論家「なんだっ!」

黒髪「なんで誰も、
 先生がどうしてこの場にいるか、
 どうして暴力を振るったか、
 ソレを問わないの?」

理事「子供は黙っているザマス!」

黒髪「ババアは黙ってなさいッ!」ピシャッ

 ざわざわ。けらけら

745: 2011/05/02(月) 08:12:35.67 ID:8MUbeGaXo

記者4「確かに彼女の言葉の通りだ。
 なぜ彼がいるのか、
 その点には俺も疑問を持っていた」ニヤリ

黒髪 ニヤリ

記者4「司会さん、
 良けりゃぁ俺にも、
 この場の参加者として、
 質問させちゃくれないかね」

司会「…………」

記者4「沈黙は肯定と取るぜ。
 なあ、先生さんよ。
 なんでアンタはこの場にいるんだ?

 こんな場所に来たって、
 アンタの得になる事はないだろ。

 むしろ、この展開なんざ、
 予想できてしかるべきじゃないか?」

746: 2011/05/02(月) 08:13:13.20 ID:8MUbeGaXo

男「この場に私がいるのは、
 招待されたからですよ。
 一教師として、
 生徒に関する話となれば、
 顔を出さないわけにはいきません」

理事「白々しい……っ」

記者4「生徒思い、子供思いか。
 だが、そんな事をいう人間が、
 なんで生徒を殴ったんだ?」

理事「いい加減にするザマスッ!
 会の進行を滞らせるなら、
 出て行ってもらうザマスヨ!」

記者4「構わねぇですぜ?
 会が終わった後にでも、
 先生と個人面談と洒落込むからな。
 他の記者さんがたも、
 一緒に話を聞きたそうだし、
 皆で近くのファミレスで、
 この続きをする事もできますわ」

理事「くっ」

747: 2011/05/02(月) 08:13:53.77 ID:8MUbeGaXo

男「あの生徒を殴ったのは、
 ソレが必要な行為だったからです」

記者2「何で必要だったんですか?」

男「ソレは……」

記者1「口ごもるって事は、
 何か疚しいことでも?」

黒髪「そんなわけ無いでしょ。
 先生、いいのよ。
 ソレについては、本人が説明してくれるわ」

男「本人……? まさかっ」

ひき娘 よろ、よろ

生徒8「ねえ、ホントに大丈夫?
 顔色悪いよ」

ひき娘「大丈夫、です」

男(ああ――)

生徒9「がんばれっ。
 今なら、俺たちも背中を押せる」

ひき娘「うんっ」

男(外に)

748: 2011/05/02(月) 08:14:27.67 ID:8MUbeGaXo

評論家「キミは誰だね」

ひき娘「私は、ひき娘です。
 先生が、人を殴ったのは、
 私のため、だから、
 私が説明に、来ました」ふらっ

評論家「ええいっ、
 フラフラするなっ!」

黒髪「評論家さん、
 そういう言葉は、
 相手の顔色を見て口にすべきよ」そっ

ひき娘「ありがと」ぎゅっ

黒髪「どういたしまして。

 評論家さん。
 ――この子はね、
 この二年間ずっと、
 いじめで負った心と体の傷が原因で、
 人が怖くて、外が怖くて、
 部屋に引きこもらないといられなかったのよ」

749: 2011/05/02(月) 08:15:15.07 ID:8MUbeGaXo

評論家「ならばなぜここに居る」

黒髪「決まってるでしょ。
 先生に手を出すからよ。

 人質を取るようなマネして、
 先生を引っ張り出さなければ、
 わたし達だって来なかったわ」

批評家「何を言ってる」

黒髪「白々しくとぼけないで。
 先生を貶めるために呼んだのなんて、
 子供にだってわかるのよ。
 でもね、そんな事はさせないわ」

ひき娘「先生は、悪くなんて、
 ない、ですから」

750: 2011/05/02(月) 08:15:46.56 ID:8MUbeGaXo
----------------------------------
  六十九日目朝 ひき娘の部屋

 prrr prrr

ひき娘「……ん」

黒髪<おはよ、ひき娘。
 ちょっといいかしら?>

ひき娘「うん。大丈夫。
 でも、黒髪さんが、
 こうやっていきなり電話とか、
 珍しいよね」

黒髪<そうね。
 ただ、今回はちょっと差し迫った話だったから>

ひき娘「差し迫った話?」

751: 2011/05/02(月) 08:16:14.42 ID:8MUbeGaXo

黒髪<単刀直入に聞くわ。
 ひき娘は男さんのこと、好き?>

ひき娘「…………うん」

黒髪<そうよね。
 じゃ、男さんのためなら、
 何でもできる?
 何でもしたい?>

ひき娘「うん。
 先生が困ってるなら、
 何だってするよ」

黒髪<……そうよね>

ひき娘「黒髪さん?」

黒髪<自分の好きな人が困ってて、
 何かできるかもしれないなら、
 何だって、したくなるわよね>

ひき娘「少なくとも私は、
 出来る事があるなら、
 お手伝いしたいと思うけど……。

 先生が何か困ってるの?

 そういえば今日は、
 いつもなら授業なのに、
 おやすみさせて欲しいって云ってたけど」

752: 2011/05/02(月) 08:16:41.07 ID:8MUbeGaXo

黒髪<……あのね、ひき娘。
 私あなたに、ひどい事するわ>

ひき娘「ひどい事?」

黒髪<本当はね、
 そんな事をしなくてもいいように、
 そう考えて行動したけど……

 どうしても、
 最後の一手が足りないのよ。

 どんなに手を打っても、
 どんなに見直しても、
 後一歩なのに、届かないの>

ひき娘「黒髪さん……?」

753: 2011/05/02(月) 08:17:10.00 ID:8MUbeGaXo

黒髪<守りたいのに。
 アナタも、先生も、
 私の大切な人だから、
 大切に守って、
 傷つけたくなんか無い。

 でも私の力じゃ、
 どうしても皆を一緒には救えない。

 先生を助けようと思ったら、
 ひき娘に負担を押し付けないと、
 どうしても足りなくて……>

ひき娘「黒髪さん、泣いてるの?」

黒髪<……泣いて、無いわよ>

ひき娘(悔しさと、悲しさでゆれる。
 その声が少しだけ濡れているのが、
 電話越しでも伝わって)

754: 2011/05/02(月) 08:17:42.29 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「……いいよ。
 そんなのは全然、
 気にしないでいいから」

黒髪<……卑怯よね。
 こんな言い方されたら、
 ひき娘なら断れないって、
 わかってて私、言ってるの>

ひき娘「そんな事ないよ。
 だって、先生が困っていて、
 私が何かできるなら、
 何だってしたいって気持ちは本当だもん」

黒髪<……ひき娘も、
 変わってないのよね>

ひき娘「変わってないって?」

黒髪<中学生のとき、
 私がクラスで浮いちゃって、
 いじめみたいになった時に、

 助けてくれたのは、
 ひき娘だったじゃない。

 なんで私なんかを、
 かばってくれたのって聞いたら、

 『私が助けたいって、思ったからだよ』 

 なんて答えて>

ひき娘「……」


755: 2011/05/02(月) 08:18:08.68 ID:8MUbeGaXo

黒髪<あのね、ひき娘。
 ひき娘が最後に学校に行った日、
 何があったかは、
 ……忘れられてないわよね>

 どくん

ひき娘「……うん」

黒髪<三人の男子に囲まれて>

 どくん

黒髪<痛い思いをしたんだよね>

 どくん

黒髪<その時に助けてくれた人、
 その人の事は思い出せる?>

ひき娘「助けてくれた人……」

756: 2011/05/02(月) 08:18:40.44 ID:8MUbeGaXo

黒髪<ひき娘を助けるために、
 あの三人の前に飛び出した人>

ひき娘「……憶えて、無いよ」

ひき娘(憶えていたくなかったから。
 あの日の事は全部忘れたくて、
 それでも忘れられない、
 三人の顔だけしか、
 私の記憶には残っていない)

黒髪<それなら、
 私が救急車を呼んで、
 病院に連れて行ったことも、
 忘れちゃってるわよね>

ひき娘(あの後、何があったのか。
 三人に襲われそうになって、
 誰かが助けてくれて、
 誰かが介抱してくれて)

757: 2011/05/02(月) 08:19:11.96 ID:8MUbeGaXo

黒髪<そしてね、
 ひき娘を助けるために、
 あの三人の前に立ったのが男さんなの>

ひき娘「……それって」

黒髪<あの三人に連れられて、
 校舎裏で暴行されてる、
 ひき娘の姿を見つけて>

ひき娘 どくん

黒髪<近くにいたわたしの手を引いて、
 アナタを助けに向かったの>

ひき娘「……でも、
 学校で顔を見た覚えとか、ないよ」

黒髪<担当学年が違ったのよ。
 私はイロイロと、
 先生の手伝いとかしていたから、
 教員室で何度か顔を合わせてたけど。
 すれ違う程度なら、
 憶えてなくても仕方ないんじゃない?

 ……あとそうね。
 よく思い返せば男さんも、
 あの頃より細くなって、
 表情も、硬くなったかしら。

 体型はともかく、
 最近の先生の表情はだんだんと、
 昔みたいにやわらかくなったけどね>

ひき娘「それで、なのかな」

758: 2011/05/02(月) 08:19:45.95 ID:8MUbeGaXo

黒髪<……まあ、憶えてないなら、
 いいんじゃないかしら。
 それで何かわかるようなものは、
 ないんでしょ?>

ひき娘「うん、そうだね」

黒髪<それでね、
 実はその時に、
 あの三人を殴った事で、
 いま、先生が追い詰められてるのよ>

ひき娘「どういうことなの?」

黒髪<詳しい話は長くなるわ。
 一つ言えるのは、
 先生がその事で居場所を失おうとしているという事。

 そんな先生を助けるために、
 ひき娘にお願いしたい事があるの>

759: 2011/05/02(月) 08:20:23.08 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「……うん」

黒髪<ひき娘にね、
 他の人の前で、
 あの時の事を喋って欲しいの>

 どくん

黒髪<ソレがどれだけ大変か、
 二年間、何度もひき娘と話して、
 会って、わかってるつもり。
 でも、このままじゃ、
 先生の居場所がなくなることになるの>

 どくん

黒髪<無理強いはしないわ。
 できたら、来て欲しいの、
 メールに、住所と地図を送るから>

ひき娘「……それって、外、なんだよね」

黒髪<……そうよ>

ひき娘「……行く」

黒髪<……>

ひき娘「行くよ。どこにでも」

760: 2011/05/02(月) 08:21:02.73 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「向き合う勇気をくれて、
 外に目を向けさせてくれて、
 ……知らなかったけど、
 二年前にも、助けられてるなら」

ひき娘「今度は私が先生を助けるの」

黒髪<……私だって、
 私達だっているんだからね>

ひき娘「うん。
 一緒に、先生を助けに行こう」

761: 2011/05/02(月) 08:21:33.70 ID:8MUbeGaXo
----------------------------------
  六十九日目昼 説明会会場

黒髪「アナタって、
 本当に評論家なの?
 とりあえず叩けばいいなんて、
 安直な考え持ってないわよね?」

批評家「お、オマエッ!!」

ひき娘「先生は、誰よりも先生です。
 私をいじめた人たちの事を、
 他の先生が黙認しているときに、
 一人だけ私にも、
 彼らにも、
 向かい合ってくれて、いました」

黒髪「あの歪んだ学校の中で、
 ただ一人、
 批判も横暴も恐れる事無く、
 当たり前のように、
 『先生』で居てくれたのが、
 この人なのよ」

生徒達 こくこく

762: 2011/05/02(月) 08:22:11.73 ID:8MUbeGaXo

記者3「いったい何があったんです?」

黒髪「あの学校にはね、
 権力に迎合する校長と、
 親の威を借りて、
 自分達の行為を黙認させる、
 ガキンちょと、
 そんな二人に遠慮する、
 『大人』ばかりだったのよ」

ひき娘「その結果として、
 私に対するいじめは、
 担任の先生に訴えても、
 マトモに聞いてもらえなかった……」

評論家「どうせいじめだ何だと、
 被害妄想に浸ってるだけだろ」

ひき娘「それなら、見ますか……?」

黒髪「ひき娘……」

ひき娘「いいの」

ひき娘「今やらないなら」ぷち、ぷち

ひき娘「何とために来たかわからなくなるから」ばさっ

763: 2011/05/02(月) 08:22:41.35 ID:8MUbeGaXo

 ひっ……
 うあ……
 ぐ……

ひき娘「コレが、
 ただの被害妄想だって言うなら、
 同じ目に、遭ってみますか?」じっ

批評家「も、もういいっ!
 隠しなさいっ」

ひき娘「見たくないんですか?
 気持ち悪いですか?
 汚いと思いますよね。

 でもこの傷は、
 もう、消えないんです。

 ずっとずっと、
 これから先も、
 何年経っても、
 私の体に残り続けるんです。

 アナタは目を背けられるけど、
 私は、背けられないんです。
 死ぬまで、何度も見て、
 向かい合わないといけないんです」

764: 2011/05/02(月) 08:23:08.19 ID:8MUbeGaXo

記者4「なんでそんな、
 そんな事態になるまで、
 誰も止めなかった!」

黒髪「そのいじめた生徒の親が、
 そこに居る理事さんのような、
 有力者だったからじゃない?」

 じっ

理事「ひっ――」

ひき娘「はじめまして、
 ピアス君の、お母さん」

黒髪「コレがアナタのお子さんの、
 行ったことです」

理事「し、知らないザマス!
 そんなのに、
 ウチの息子は関わってないザマス!」

黒髪「今更ね。
 何のために、
 こうして皆を連れてきたのよ」

765: 2011/05/02(月) 08:23:36.06 ID:8MUbeGaXo

生徒1「俺たちも、
 あの時はひき娘をいじめてたんだ……」

生徒2「このままじゃいけないって、
 ずっと思ってたんだけどさ、
 言い出せなかったんだ」

生徒4「でもひき娘ちゃんが、
 そんな傷を負って入院したって聞いてね」

生徒5「みんなで決めたんだ。
 ちゃんと償おうって。
 でもその時には、
 部屋の外に出られなくなったって聞いてさ」

生徒7「だから今回、
 黒髪に声かけられてよ。
 俺たちがいじめたって、
 その中にアイツもいて、
 一番暴力的だったって必要ならドコででも言うよ」

生徒8「俺たちと違って、
 先生がひき娘を助けたって、
 そう聞いたからな。
 その先生とひき娘の二人を、
 一度に助けられるならなんだってするさ」

766: 2011/05/02(月) 08:24:15.16 ID:8MUbeGaXo

黒髪「このために、
 みんな学校休んでまで、
 こんな場所まで出向いてきたのよ。

 ウチのクラスで、
 ひき娘をいじめてた子だけじゃないわ。

 男さんが担任だった、
 クラスの生徒のみなさん。

 塾講師になった男さんに教わって、
 大学に合格している人や、
 いま受験の真っ最中の人。

 みんな、先生が心配だって、
 それだけの理由で、きてくれたの」

男「……っ」

767: 2011/05/02(月) 08:24:46.45 ID:8MUbeGaXo

黒髪「理事さん」

理事「な、なんザマスかっ!」

黒髪「この先生ね、
 泣きながら、
 アナタのお子さん殴ったのよ」

理事「だから、何が言いたいザマス!
 ウチの子はそれで、
 心に深い傷を負ったザマス!」

黒髪「それなら、アナタの息子さんは、
 ひき娘の心の傷に、
 いったいどんな償いをするの?
 どんな理由があって、
 彼女にこんな、
 心だけじゃなくて、
 体にも消えないたくさんの傷を残したの?

 ウチの子じゃないなんて、
 どう考えてもウソの言葉をまた言うの?」

768: 2011/05/02(月) 08:25:34.00 ID:8MUbeGaXo

黒髪「少なくとも先生は、
 生徒として大切にだったから、
 手を上げたのよ。

 殴られる痛みを知らないで育ったら、
 彼らのためにならないって、
 そうすることでしか教えられない、
 唯一の手段だから……

 大切なものを、
 伝えようとしての行為よ」

理事「…………っ」

黒髪「そんなの本当は、
 アナタが教えるべきじゃないの?
 おかあさん」

理事「……」

黒髪「……それからね、
 アナタのお子さんに、
 私は夜道で襲われたわ。

 コッチは証人なんていないけど、
 知っている声だもの、
 イヤでもわかっちゃうの。

 結局、理事さんは、
 そうやって甘やかすことで、
 せっかく先生が用意した、
 立ち直る機会すら、
 お子さんの手から奪ったのよ」

理事 よろ、よろ

 がちゃん

769: 2011/05/02(月) 08:26:13.57 ID:8MUbeGaXo

黒髪「さて、
 説明会の主役は退場したけど、
 どうするのかしら?」

司会「……そ、それは」

批評家「とりあえず私は出直すことにしよう」くるっ

黒髪「出直して、あなたはどうするの?」

批評家「どうもしないな。
 私は私として、
 必要だと思う言動をするだけだ」

黒髪「……それが、こんな、仕事でも?」

批評家「無論だ。
 そこの彼に、
 予想より大きな人望があったから、
 今回はうまくいかなかったが、
 目的の半分は達成した」

770: 2011/05/02(月) 08:26:40.78 ID:8MUbeGaXo

黒髪「アナタそれで……」

男 すっ

男 ふるふる

黒髪「……」

批評家「では失礼する」

司会「わ、私も一度、
 下がらせていただきます。
 あ、改めて連絡に参ります」

 いそいそ

 ぱたん

771: 2011/05/02(月) 08:27:22.15 ID:8MUbeGaXo

黒髪「……司会が、
 終了の合図しないで出て行くって、
 もうぐだぐだね」

男「やりすぎですよ、黒髪さん」苦笑

黒髪「コレでも手加減したのよ。
 いろいろとね」にこっ

男「まるで狸ですね」

黒髪「だますのが上手いって?」

男「外面は可愛い、でしょうかね」

黒髪「ムリがあるわね」苦笑

男「……」

772: 2011/05/02(月) 08:28:02.43 ID:8MUbeGaXo

黒髪「さて、それじゃ、
 この場は私が引き受けるから、
 先生は、するべきことがあるでしょ」

男「……お願いします」

黒髪「お願いされたわ」

男「……こちらへ」そっ

ひき娘「……はい」とことこ

773: 2011/05/02(月) 08:28:29.43 ID:8MUbeGaXo
----------------------------------
  六十九日目昼 外

ひき娘「……」

男「……」

 風さわさわー

ひき娘「外、出られるようになりました」

男「おめでとうございます。
 それから、すみませんでした」

ひき娘「何がですか?」

男「私の事情に巻き込んで、
 思い出したくない事を、
 思い出させてしまいました。
 他にも、いろいろ」

774: 2011/05/02(月) 08:29:07.09 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「……思い出すのは、
 確かに辛かったです。

 でも、いつの間にか、
 そこまでじゃ、
 なくなってたみたいです」

男「そうなんですか?」

ひき娘「……先生が隣にいるから、
 かもしれないです」にこっ

男「おやおや。
 ……もしそうなら、嬉しいです」

ひき娘「……」

男「……」

 風さわさわー

775: 2011/05/02(月) 08:29:52.70 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「先生は傷の事とか、
 何も言わないんですね」

男「……今の私には、
 ひき娘さんに対して、
 言える言葉が無いだけです。

 その傷の痛みも、重さも、
 苦しみも、全て……
 推し量ることしかできません。
 そんな私の言葉の、
 いったいどれだけが誠実か、
 自信が持てないのです。

 ただもし、
 僭越ながら、言葉にすることを許してもらえるなら」

ひき娘「……」

男「生きていてくれて、
 ありがとうございます」

776: 2011/05/02(月) 08:30:43.03 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「……ぁ……ぅ」ぼろ

ひき娘 ぼろぼろ

男(傷を負って、
 痛みや恐怖と戦いながら、
 ずっと閉じこもっていた部屋から、
 私のために出てくれた)

男「外に出てくれて、
 ありがとうございます」

ひき娘「……っ、」ぼろぼろ

男(そしてその傷を晒して、
 私を助けてくれた。
 ……これは、心の中だけで、
 ありがとうございます)

男「……」

ひき娘 ぼろぼろ

777: 2011/05/02(月) 08:31:11.44 ID:8MUbeGaXo

男「――ひき娘さん」

ひき娘「……はい」

男「触れても、いいですか?」

ひき娘 こくん

男 そっ……ぎゅっ

ひき娘「……」

男「それからもう一つ、
 ありがとうを」

ひき娘「なんのお礼ですか?」じっ

男「わたしがわたしらしく、
 こうしていられるのは、
 ひき娘さんのお陰なんです」

ひき娘「え?」

778: 2011/05/02(月) 08:32:05.71 ID:8MUbeGaXo

男「学校を追われる事になり、
 私はソレまでの私を、否定しました。

 食べていくために、
 友さんの誘いに応えて、
 塾の講師をしていましたが、
 いつもどこかが乾いていました。

 わたしのような人間が、
 教師を続けていて良いのかと。

 その迷いの一つの回答として、
 ただいたずらに、ひたすらに、
 機械的に教師らしく生きることを、
 選択したんです。

 やがて、
 勉強を教えるという仕事をこなす、
 それ以上もそれ以下もしないのが、
 わたしになっていました」

ひき娘「……それは、悲しいです」

779: 2011/05/02(月) 08:32:58.63 ID:8MUbeGaXo

男「ある意味では、
 私もひきこもっていたんです。
 部屋の中ではなく、
 心に作った殻の中に。

 そんな私に対して、
 ひき娘さんは、
 正面から向き合ってくれました。

 そうして、
 信頼を勝ち取ることの大切さと、
 失いかけていた自分らしさを、
 取り戻す手伝いを、
 してくれたんです」

ひき娘「……もう、大丈夫なんですか?」

男「ひき娘さんが隣にいるから、
 きっと大丈夫です」にこっ

ひき娘「……ず、ずるいよ」じりっ

男「いまさらですよ」ぎゅぅっ

ひき娘「……それなら」

男「……」

ひき娘「もう、ずっと、ずっと、
 隣にいてください」

男「……参りましたね。
 そんな事を言われたら、
 手放せなくなってしまいます」苦笑

ひき娘「いいですよ。
 私だって先生の事、
 もう、離さないから」にぱっ

780: 2011/05/02(月) 08:33:35.39 ID:8MUbeGaXo
----------------------------------
  六十九日目夜 男の車

 ぶろろろ

黒髪「じゃあなに?
 私が新聞記者の相手とかしてる間に、
 二人は恋人同士になったって、
 そういうこと?」

ひき娘「こ、恋人っていうか」(///

男「もう少し、シビアな関係と云うか」(///

黒髪「……男さん、
 いい年のオッサンが、
 赤くなったって可愛くないわよ?」

ひき娘「……」

黒髪「でも実態はやっぱり、
 ずっと一緒にいようねなんて、
 婚約みたいなものじゃない」むぅー

男「ははは、
 私としてはそれでもいいですが、
 さすがにひき娘さんに悪いですよ。

 なにせ、ほとんど倍ほども、
 年齢差がありますからね」

ひき娘「そんなの、気にならないのに」ぼそっ

781: 2011/05/02(月) 08:34:10.44 ID:8MUbeGaXo

黒髪「……ま、仕方ないわね。
 そこらへんのゴチャゴチャは、
 二人で解決しなさいな」苦笑

ひき娘「な、なんだか、
 黒髪さんに距離を取られた?」

黒髪「それはもちろん。
 夫婦喧嘩は犬も食わないってね。
 私は横で、
 生暖かく見守らせてもらうわ」

男「そろそろ、黒髪さんのお宅ですが」

黒髪「そうね。
 送ってくれてありがとう。
 助かったわ」

男「いえ、帰り道ですから」

黒髪「それじゃ、ここで降りるわ」

男「しかし、もう少し近くまででも――」

黒髪「いいのよ。
 今日は涼しいし、
 風も気持ちいいから、
 少し歩きたい気分なの」

男「……わかりました」

782: 2011/05/02(月) 08:36:00.38 ID:8MUbeGaXo

 がちゃ

男「黒髪さん」

黒髪「はい?」

男「今日の事、これまでの事……
 ありがとうございます」

黒髪「……高いわよ」にやっ

男「値切りませんよ。
 いつか改めてしっかりと、
 お礼をします」こくり

 ぱたん

 ぶろろろろ


黒髪「……」とこ、とこ

黒髪「あーあ……」

783: 2011/05/02(月) 08:36:41.59 ID:8MUbeGaXo

黒髪「初恋は実らないって。
 嘘だったら良かったのに」

黒髪「…………」

黒髪「いつか絶対、
 すーんごい、後悔させてあげるんだから」

黒髪「……」

黒髪「んーん。違うわね。
 後悔なんてしなくていいわ。
 そうじゃなくて、
 となりにいる私まで、
 幸せになるくらい、幸せになりなさい」

黒髪「大好きよ、二人とも」とことこ

784: 2011/05/02(月) 08:45:02.07 ID:8MUbeGaXo
----------------------------------
  夜 男の車

男「さて――
 そろそろ、目が慣れてきましたかね」

ひき娘「……うん。
 真っ暗だけど、
 少しだけ指先とかも見えるかも」

男「それでは、扉を開けますよ」

ひき娘「はい」

 がちゃっ

 ばたん

ひき娘「……うわぁ」

男「どうですか?
 さすがにここまで来ると、
 都市部と違って空気も澄んで、
 光害もないから、
 よく星が見えますよね」

785: 2011/05/02(月) 08:48:31.85 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「すごい……
 本当に、見上げる限り、
 一面が星で埋まってる」とことこ

ひき娘 よろっ

男 がしっ

ひき娘「あ、ありがとうございます」

男「足元には気を付けてくださいね」

ひき娘「う、はい……」

男 がさごそ

男「よい、しょと。
 見えますかね?
 ここにシートをしいたので、
 寝転がりながら、見あげましょう」

786: 2011/05/02(月) 08:51:49.44 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「先生、ちょっとだけ、
 わがまま言っても、
 良いですか?」

男「……いいですよ」にこっ

ひき娘「えっと、それじゃ、
 先に横になってもらって、
 良いですか?」

男「? はい」ごろん

ひき娘「それで、
 その……こんな感じで」もぞもぞ

男「ああ、腕枕ですか」

ひき娘 こくん(////

男(こんな事でわがまま、なんて、
 初々しさが微笑ましいやら、
 まだ縮まりきっていない、
 微妙な距離にもどかしいやら……)苦笑

787: 2011/05/02(月) 08:54:54.31 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「実は、その。
 折角だから、勉強、してきたんです」

男「星座をですか?」

ひき娘 こくん

男「では、あの星はなんですか?」

ひき娘「むぅ、
 さすがに、北極星くらいは、
 すぐに分かりますよ……

 さっき、北の方角確かめましたし」

男「そうでしたね」苦笑

ひき娘「その北極星から、
 天頂方向に四つ、
 その先に入れ物を形作って、
 それが、こぐま座ですね」

男「その通りです」にこっ

788: 2011/05/02(月) 09:01:41.94 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「先生が……
 初めて教えてくれた、
 星座ですよね」

男「……はい。
 だいぶ昔のようですが、
 まだ、せいぜいひと月ですか」

ひき娘「……」

男「……」


789: 2011/05/02(月) 09:03:09.23 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「先生に教わって、
 改めて勉強するようになってから、
 今まで見えていなかった、
 いろんな星座が見えてきて、
 とっても感謝してるんです」にこっ

男「それは良かった」にこっ

ひき娘「……」

男「……」

790: 2011/05/02(月) 09:06:26.47 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「なんででしょうね。
 先生と二人で、
 こうやって星を眺めてると……

 ここに来る前には、
 どんな話をしようとか、
 折角だから、先生に負けないくらい、
 たくさん星座を覚えようとか、
 がんばったのに」

男「ああ、だから最近の授業中に、
 すこし眠そうに」

ひき娘「ごめんなさい。
 でも、そのおかげで、
 いろんな星の事とか、
 勉強出来て……

 でも、二人になったら、
 なんだか全部、忘れちゃいました」

男「……」

791: 2011/05/02(月) 09:09:27.08 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「こうやって二人で、
 のんびりと空を見上げているだけで、
 とっても幸せな気分になって……」

男「……わたしもですよ」

ひき娘 そっ

男 きゅっ

ひき娘「えへへ。
 先生の手、あったかいです」にぱっ

男「それを言うなら、
 ひき娘さんの手の方がよほど、
 温かいですよ。
 まるで……」

ひき娘「む、子供の手じゃないですよ」

男「まるで、
 幸せに温度が有ったら、
 こんな感じだろうと思った、
 と言おうと思ったのですが」にやっ

792: 2011/05/02(月) 09:11:28.26 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「むむぅー。
 あ、そうだ! 先生!
 忘れてたけど、
 そういえばお詫びがまだですよ」

男「お詫び、ですか?」

ひき娘「先生がmeganeさんだって、
 黒髪さんと共謀して、
 私にかくしてたって打ち明けた時に、
 何かお詫びをするって、
 言ってくれてましたよね」

男「ああ、そのことですか」

ひき娘「忘れてたんです?」

男「……まあ、そのような感じです」

ひき娘「むー」

男「ふふ」なでなで

793: 2011/05/02(月) 09:13:24.88 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「なでられても、
 ごまかされないですよ?」

男「声はすっかり、
 期限がなおってますけどね」

ひき娘「……だって、
 先生の手って、気持ち良くて」

男「それは良かった」

ひき娘「でも、
 お詫びはちゃんと、
 してもらいますよ!」

男「バレましたか」

ひき娘「はい。
 だから、一つだけ、
 お願いを聞いてください」

794: 2011/05/02(月) 09:15:23.78 ID:8MUbeGaXo
男「拒否権なんて、
 最初から無いと思いますが……
 何がご希望ですか?

 あまり高価なものは、
 ねだられても手が出ませんよ」

ひき娘「そんなのじゃないですよ。
 むしろ……」

男「はい?
 すみませんが、聞こえなくて」

ひき娘「……」

男「ひき娘さん?」

ひき娘「えっと、その、
 まず一つだけ、
 聞かせてください」

795: 2011/05/02(月) 09:17:21.85 ID:8MUbeGaXo

男「なんですか?」

ひき娘「その……
 あの説明会のときに、
 私の体の傷、
 見てもらいましたよね」

男「……はい」

ひき娘「その、本当のところは、
 どうだったですか?
 ……気持ち悪かった、ですよね」

男「……」

ひき娘「色とか形とか、
 自分で見てても、
 怖くなるくらいで……」

男「ひき娘さん」

ひき娘「……」

796: 2011/05/02(月) 09:20:29.93 ID:8MUbeGaXo

男「もしかして、
 その傷が気にならないなら、
 今日は、その、
 大人としての行為をと、
 そう考えての発言ですか?」

ひき娘「ぇ、ぁ、……」こくん(////

男「それで、
 手を出さない私に対して、
 そうした点が気になっているのかと、
 気を回してくれたわけですね」

ひき娘「……」こくん

男「……そのですね。
 これはそのー、
 男性と女性との差異というか、
 えっと、その……」しどろもどろ

797: 2011/05/02(月) 09:22:35.35 ID:8MUbeGaXo

ひき娘 じーっ

男「……そんな瞳を向けないでください。
 嫌がっているわけでは、
 無いんです。

 むしろ私としては、
 必死に自分を抑えていましてね」

ひき娘「……そうなんですか?」

男「やはりわたしとひき娘さんは、
 十四歳、年が離れていますからね。

 その分だけ、
 この関係を他の人に対しても、
 誠実であるというアピールというか」苦笑

798: 2011/05/02(月) 09:25:22.97 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「……先生は、その、
 わたしとそういう事は、
 したいって、思ってくれてるんですね」(////

男「直球ですね……」苦笑

ひき娘「だ、だって、その。
 黒髪さんが、
 こういうのは変化球で投げても、
 男さんにはすぐにそらされて、
 気がつくとごまかされるって」

男「……否定できないところが、
 我ながらなんとも情けないですが。

 とにかくひき娘さんに対して、
 体を重ねたいという思いは、
 持っていますよ。

 傷に関しては、
 気にした事はありません」

799: 2011/05/02(月) 09:28:35.77 ID:8MUbeGaXo

ひき娘「……」

男「納得できませんか?」

ひき娘「その、納得はしているんですけど」

男「……では、目を閉じてください」

ひき娘「え?」

男「今日は月もなくて、
 風も穏やかな、暖かい良い夜です。
 だから、少しだけ」

ひき娘「……少しだけ」すっ

男(我ながら、
 もうすっかり、
 元の『先生』には戻れないですね)

800: 2011/05/02(月) 09:29:32.73 ID:8MUbeGaXo

 chu♪


801: 2011/05/02(月) 09:32:31.38 ID:8MUbeGaXo

The indoors roman.

Scripted by 1 ( @bienyaku )

And Special Thanks for You.

The end of story.
But To be continued at The World.

802: 2011/05/02(月) 09:39:33.55 ID:8MUbeGaXo
と、いうわけで、
これにて幕とさせていただきます。

お付き合いいただき、ありがとうございました。



803: 2011/05/02(月) 09:41:27.28
おつー

引用元: ひき娘「け、ケーサツ呼びますよっ」