2: 20/02/24(月)22:49:43 ID:sUk
「ち、千早。聞いて驚くなよ」

「はぁ」

次の仕事に備え、事務所でゆっくりしていたら、興奮した様子のプロデューサーが戻ってきた。

「なんとな、千早のアルバムの売り上げがな」

「先月のですか? それは律子から聞きましたけど」

順位はそこまで高くなかったけど、売り上げ枚数はかなり良かったらしい。

慰めのような気もするけど、たしかに初動を含め現時点では自身最高だった。

3: 20/02/24(月)22:51:01 ID:sUk
「違うんだ。ほら、千早は海外版も出しただろ」

「ああ、そういえば」

社長のツテで海外版を作ってくれる会社にお願いして、同時にリリースしたのだった。

社長には、それほど宣伝出来ないから売り上げは期待しないでくれ、って言われたけど。

世界に私の歌を届ける足がかりになるといいな、くらいに思っていた。

4: 20/02/24(月)22:52:41 ID:sUk
「それが、どうしたんですか?」

「そのアルバムが、アメリカのランキングでな、なんとbest20に入ったらしい」

「へぇ……へ?」

え?

5: 20/02/24(月)22:54:27 ID:sUk
「向こうでは新星現る! だとか日本の妖精! だとか結構な話題になってるみたいだ」

「765プロの公式ホームページも、海外からのアクセスが急増してるらしい」

「宣伝ほぼなしで、ここまで伸びるのは快挙だぞ……千早? おーい」

プロデューサーの声は届いていたけど、反応できない私がいた。

……

6: 20/02/24(月)22:56:00 ID:sUk
「もう大丈夫で す。すみません」

「いいけど……本当、気絶したかと思ったぞ」

まさか全米チャートでそこまで行くとは、夢にも思わなかった。

歌手として認められた気がして、すごく嬉しい。

しかも、話はそこでは終わらなかった。

向こうの会社から、アメリカで本格的にデビューしてみないか、という誘いが来たようだ。

7: 20/02/24(月)22:57:28 ID:sUk
こんなに細い身体から、あれだけの声量が出ることに、興味を持ってくれたらしい。

嬉しいけど、こんなに細い……くっ。

「どうした、千早?」

「あ、いえ、何でもないです」

「……それで、どうしたい?」

「行きたいです」

即答する。夢が叶うのに、二の足を踏む必要はない。

8: 20/02/24(月)22:59:32 ID:sUk
「そうか……うん、そうだよな」

「……何か問題でも?」

「千早の分の埋め合わせだよ」

「私のレギュラーってそんなに多くはないですけど?」

「いや、違うんだ。千早が向こうに行くのは完全移籍が条件なんだ」

9: 20/02/24(月)23:00:29 ID:sUk
「……つまり?」

「765プロを辞めることになる」

「……なるほど」

少しプロデューサーの歯切れが悪くなったのは、そういうことだったのね。

私の気持ちも同時にぐらつく。

10: 20/02/24(月)23:01:42 ID:sUk
歌手として、アイドルとして、そして人として成長させて貰った765プロ。

その765プロに恩返しできたか、というとまだ足りないと思う。

それに、皆のことも考えると……

「正直、プロデューサーの立場からすると、エースに抜けられるのは痛い。それは間違いない」

「……そうですよね」

11: 20/02/24(月)23:03:45 ID:sUk
「でもな、俺の個人的な意見を言うと、千早の夢を叶えてやりたい」

「え?」

「行くなら行くで、こっちのことは何とかする。だから、千早のやりたいようにすればいい」

「……ありがとうございます」

「皆も最初は寂しがるとは思うけど、きっと千早を応援してくれるだろう」

「……そうだといいですね」

12: 20/02/24(月)23:05:22 ID:sUk
プロデューサーに背中を押してもらえた。

それに、私がなぜ迷ってるかまでわかってくれた。

本当に、皆が応援してくれるかはわからないけど……でも、たしかにそうなる気がした。

それなら……

「プロデューサー、私、行きます。移籍させてください」

13: 20/02/24(月)23:06:29 ID:sUk

ドサッ

何かが落ちる音がして、振り向くと真美が突っ立っていた。

14: 20/02/24(月)23:07:11 ID:sUk
「移籍って、千早お姉ちゃん、どっか行っちゃうの?」

「ええそうよ。ア」

「ウソだ!」

真美が私に飛びつく。

15: 20/02/24(月)23:08:15 ID:sUk

「嫌だよ、真美、離れたくない!」

「あのな、真美。千早は海外からオファーがあって、それで」

「日本からもいなくなっちゃうの!? 嫌だ、行かないで!」

「これは千早の夢が叶うチャンスなんだ。応援しないか?」

「ぅぅ、でも、でも」

16: 20/02/24(月)23:09:45 ID:sUk
感情的になった真美にちょっとびっくりした。

プロデューサーが優しく諭してくれてる間も、真美は私に抱きついたまま。

私からも意志を伝えようとした、その時。

「真美、千早お姉ちゃんのこと、大好きなのにぃ」

え?

……

17: 20/02/24(月)23:10:39 ID:sUk
普段話したり、冗談を言ったりしているテンションではなく。

真美のテンションは告白のそれだった。

プロデューサーに一言伝え、私と真美は屋上へ。

18: 20/02/24(月)23:11:52 ID:sUk

「真美、さっきのは……」

「うん。本気。付き合いたいし、あーんなことや、こーんなこともしたい」

「……どこまでが本気なの?」

「んー、真美も自分がわかんないんだよね。でも、今は千早お姉ちゃんとできるだけ一緒にいたい」

「そう、なの」

19: 20/02/24(月)23:12:58 ID:sUk
「うん。だから、最近はレッスンとか仕事とか、一緒になるようにたのんでるんだ」

「……そういえば」

たしかに、以前より真美といる時間は増えていた。

単純にスケジュールの都合だと思っていたけど、そういうことだったのね。

私も真美や、他の子と一緒にいる時間は楽しかったし、学ぶことも多かった。

離れるのは私も寂しいけど……やっぱり、夢は追いかけたい。

20: 20/02/24(月)23:14:05 ID:sUk
「……千早お姉ちゃん、やっぱり行っちゃうの?」

「……ええ。そのつもりよ」

「真美がどんだけ行かないでってたのんでも?」

「……そう、ね」

真美は大きく息をはき、扉に手をかける。

21: 20/02/24(月)23:15:14 ID:sUk
「じゃ、もういいよ。真美、もう関わらない」

「え?」

「千早お姉ちゃん見ると、泣いちゃうかもしんないし。そんなんじゃレッスンも仕事もできないし」

「……」

「千早お姉ちゃん、ありがと。バイバイ」

「ちょっと、真美……」

22: 20/02/24(月)23:16:24 ID:sUk
真美は目に涙をためながら階段を駆け下りた。

私の声が届いたかは、わからない。

……

23: 20/02/24(月)23:17:45 ID:sUk

「「「千早ちゃん、おめでとう!!!」」」

「ありがとう」

今日は事務所の皆が送別会を開いてくれた。

765プロを今日付けで退社する私のために……皆、本当に優しい。

24: 20/02/24(月)23:18:43 ID:sUk
「じゃん! 手作りケーキですよ、ケーキ!」

「え、春香が作ったの?」

「私だけじゃなくって、皆も手伝ってくれたんだよ。はい、好きなだけめしあがれ」

手渡されるケーキ用のナイフ。

プレートもあるし、どこから手を付けていいか迷ってると……

25: 20/02/24(月)23:19:37 ID:sUk
「もう、千早ちゃんはしょうがないなぁ。一緒に切ってあげるよぉ」

「え?え?」

「ケーキ入刀です! ちゃーんちゃーん、ちゃちゃーん、ちゃーん、ちゃらららちゃんちゃんちゃーん」

「春香、音程ずれてるわよ」

26: 20/02/24(月)23:20:16 ID:sUk
皆が笑った。

しめっぽい雰囲気にならないように、気を遣ってくれてるのはわかる。

私もこの時間は精一杯明るく振舞った。

27: 20/02/24(月)23:23:32 ID:sUk
「千早、アメリカ行っても達者でね!」

「千早ちゃん、場所は違うけど同じ空の下、お互い頑張ろうね」

「千早さん、待っててね。ミキ、もっとビッグになるの」

「千早ちゃん、日本に戻るときは、ここに顔を出してね。待ってるわよ~」

28: 20/02/24(月)23:24:18 ID:sUk

皆から前向きな言葉をもらう。

こんな素敵な仲間に恵まれて、私はなんて幸せなんだろう。

ただ……

29: 20/02/24(月)23:26:28 ID:sUk

「千早さん、どうしました?」

「ああ、高槻さん、ごめんなさい。ちょっと……真美も居て欲しかったな、と思って」

「え? 真美なら」

「仕事だから仕方ないわよ。ちょっと前まで千早にべったりだったんだし、真美にも思う所もあるんでしょ」

「……そうよね」

30: 20/02/24(月)23:27:46 ID:sUk
「まぁ、アイツは千早のこと大好きみたいだし、すぐに我慢できなくなって連絡よこすわよ」

「……そうだと良いんだけど」

「ほらほら、今日はそういう顔はなしよ。もっとポジティブに、ね」

「♪なーやんでもしーかたない」

「ひゃっ。……ちょっと亜美、びっくりするじゃない」

31: 20/02/24(月)23:29:05 ID:sUk
「んっふっふ~。ずっと、いおりんの背後霊してたんだけど、気付かなかった?」

「全然気付かなかったわ……もう」

「ま、千早お姉ちゃん。真美のことは気にすんなー。どーしても考えたければ、行きの飛行機までとっとくとよい」

「アンタ何様よ」

「……ふふ、そうね。ありがとう」

32: 20/02/24(月)23:30:35 ID:sUk
年下の三人に慰められる。

ちょっと恥ずかしい気もするけど、やっぱり嬉しい。

水瀬さんや亜美が言うように、今日は笑顔で帰ろう。

その後も楽しい時間を過ごした。

最後に貰った寄せ書きには泣きそうになったけど。

また会える日を楽しみにして、会はお開きになった。

……

33: 20/02/24(月)23:31:54 ID:sUk

そして翌日、旅立ちの日。

昨日の送別会の時に聞いていたけど、 今日の見送りは音無さんだけだった。

皆、それぞれ仕事があって忙しいから、これは仕方ないこと。

それでも少し期待していた私がいる。

フライトの時刻が迫る。

34: 20/02/24(月)23:32:54 ID:sUk
「千早ちゃん。やっぱり真美ちゃんのこと、気になる?」

「そうですね……でも、ずっと会えない訳じゃないですから。落ち着いたら連絡してみます」

「私からも言っておくわね」

「お願いします……では、そろそろ」

「そうね。いってらっしゃい」

「はい。いってきます」

35: 20/02/24(月)23:34:27 ID:sUk

ちょうどその時。


「待って!」


一番聞きたい声が、聞こえた。

36: 20/02/24(月)23:35:28 ID:sUk

「千早お姉ちゃん!」

「真美!」

私にめがけて突進してきた真美を、よろけながら受け止めた。

37: 20/02/24(月)23:36:29 ID:sUk
「千早お姉ちゃん、昨日はごめんね」

「いいのよ。こうやって来てくれて嬉しいわ」

「ありがとう。ごめんなさいぃ」

うつむいたまま小刻みに震える真美。

38: 20/02/24(月)23:37:56 ID:sUk

「真美ね、千早お姉ちゃんなら、絶対、大丈夫だと、思うから」

「……うん」

「千早お姉ちゃんなら、絶対、成功すると、思うから」

「……ありがとう」

私もつられて泣きそうになる。

39: 20/02/24(月)23:38:57 ID:sUk
「真美も、頑張るから。真美の、できることを、一生懸命やるから」

「うん、うん」

「だから、千早お姉ちゃん、夢をかなえてね」

「……うん。ありがとう」

40: 20/02/24(月)23:39:36 ID:sUk
笑顔で別れようとは思っていたけど。

真美を抱きしめたまま、涙が頬をつたった。

……

41: 20/02/24(月)23:40:57 ID:sUk
フライトから数分。

運よく取れた窓際の席から外を眺める。

これから始まる新たな生活に、少しの不安と大きな期待を胸に抱いて……

42: 20/02/24(月)23:43:13 ID:sUk
ところで。

「ねえ」

「なに?」

43: 20/02/24(月)23:44:08 ID:sUk

「いつ真美も行くことに決まったの?」

「んっふっふ~。実は千早お姉ちゃんが行くのを聞いたすぐ後だよん」

44: 20/02/24(月)23:45:14 ID:sUk
私の隣に座る真美。

最後まで見送るって言って、どこまで着いて来るのかと思ってたら……

搭乗ゲートに入る少し前に気付いた。

あ、この子泣いてないわ、笑いをこらえてるだけだわって。

45: 20/02/24(月)23:46:09 ID:sUk

社長が真美に直談判され、ティンと来てすぐかけあったらしい。

向こうもすぐ気に入って、改めて真美にオファーを出したんだとか。

「皆は知ってたの?」

「うん。千早お姉ちゃんが帰った後、真美用のお別れ会をやってくれたよ」

46: 20/02/24(月)23:47:30 ID:sUk
皆そろって仕掛け人だったようだ。

そういえば、少し不自然な反応をしていた子もいたわね。

でも音無さんを含め、演技は上手ね……すっかり騙されたわ。

「さっきの私の涙を返して欲しいわ」

「んっふっふ~。イタズラ大成功だねぃ」

47: 20/02/24(月)23:57:50 ID:sUk

向こうではソロ活動の傍ら、真美とのユニットもやることになったらしい。

演歌調の曲をやるんだとか……それなら、たしかに真美が適任ね。

アメリカで受け入れられるかはわからないけど……

まぁ、とにかく。

48: 20/02/25(火)00:00:04
「これからよろしくね、真美」

「よろよろ~!千早お姉ちゃん!」

おわり

49: 20/02/25(火)00:05:21
千早誕生日おめでとう。
ちはまみ増えて。

完結報告してきます。

50: 20/02/25(火)10:16:37


千早おめ!

引用元: 千早「世界へ羽ばたく」