1: 2011/01/09(日) 06:28:11.44 ID:7j6ahPr30
唯「……『あなた達は今、無人島にふたりきりです』?」
梓「ぼやっと固まってないで、早く続きを読んでもらえませんか。ムギ先輩からの手紙ですよねそれ」

 覚えているのは、ムギ先輩のお誘いをありがたく受けて、クルーザーに乗って、みんなで船室に入ったところまで。
 最後まで通路に残っていたムギ先輩が笑顔で扉を閉じると、急に眠くなって……目が覚めたら、唯先輩とふたりきりで砂浜の近くの木陰に横たわってた。
 うん、自分でもわけがわからない。

唯「う、うん。えーとね……」

 私達が今いる場所が、日本のどこかにある、琴吹家所有の無人島ということ。
 律先輩と澪先輩も、私達と同じようにふたり組になって、他の島で同じ状況に陥っていること。
 数日間サバイバル生活をして、先にギブアップしたタッグが負けという意味不明なゲームが始まっているらしいこと。
 最低限必要な道具と一日分の食料、三日分の水が支給されること。


2: 2011/01/09(日) 06:36:05.02 ID:7j6ahPr30
唯「『それじゃみんな、くれぐれもお腹だけは冷やさないように気を付けてね』……だって。ムギちゃん優しいねぇ~」
梓「はあ? 南の島の別荘で特訓合宿しましょうって、ムギ先輩が誘ってくれたはずですよね? サバイバル生活だなんて聞いてませんよ!?」
唯「……あずにゃん、あずにゃん。私達、水着姿だね。まぁムギちゃんが下に着てくるように言ったからなんだけど」
梓「はい……そういえば服は剥かれてますね」
唯「ムギちゃんちのおっきな船に乗った時、メイドさんぽい人が何人もいたから、きっとあの人達の仕業だよ!」
梓「……そう思いたいですし、脱がされてること自体が大問題ですが……じゃなくて、話が全然違うって言いたいんですよ!」
唯「えーっと……あ、あそこ! 行ってみよ、あずにゃん!」

 唯先輩は頭をくるりと巡らせて、砂浜の向こうに何かを見付けた様子。
 手を握られて、私も仕方なく半分引きずられる形で駆け出した。
 っていうか、砂が暑いの平気なんですか唯先輩。

唯「やっぱり! きっとあれ、ムギちゃんの用意したチェックポイントだよ!」
梓「えー……日除けにしか見えませんけど……」
唯「まぁまぁ、何か置いてあるから見るだけ見てみようよ。ご飯用意してくれてるんだよね?」
梓「手紙には『食料』と書いてあったはずですが。期待しない方がいいですよ、絶対」
唯「何だろなー。オリエンテーリングみたいでわくわくしちゃうなー♪」

 丸っきり、縁日やら体育祭なんかの運営本部ですが。
 謎の箱の他にもテーブルとか色々置いてあるし、まさかここをサバイバル生活の拠点にしろと?

4: 2011/01/09(日) 06:46:47.06 ID:7j6ahPr30
唯「……ねぇ、あずにゃん? この箱は何だと思う?」
梓「はい……貼ってあるラベルの通りなんじゃないですか?」

 『食料』『狩り道具』『調理道具』『寝具』『着替え』……と、そんな感じのラベルの貼られたコンテナがいくつも並べてあった。
 勿論、私達の他には誰もいないし、快適そうなベッドもお風呂もあるわけがない。

唯「うっ、ううっ……ご馳走は!? ご馳走じゃなくてもいいけど、ご飯どこぉ!?」
梓「あ、唯先輩。ギブアップの時はあのボタン押せばいいみたいですね」
唯「んう? あ、そっか。ギブアップしちゃえば、多分助けに来てくれるよね」

 ……と。
 早速、『緊急』と書かれた自爆ボタンみたいな箱へ駆け寄る唯先輩。
 慌てて抱き着いて止めつつ、ムギ先輩の手紙の意味を考えてみる。

唯「やーん! 放してあずにゃん! 私、早く帰って憂のご飯食べてアイス食べて寝るのー!」

5: 2011/01/09(日) 06:53:59.68 ID:7j6ahPr30
梓「待ってください! さっきの手紙には、律先輩達もふたりになってるって書いてありましたよね!」

唯「うん……でも、それがどうしたの?」

梓「先にギブアップしたら負けということは、勝ったら何かしらのご褒美があるに違いないです!」

唯「……おお、確かに!」

梓「こんなバラエティ番組の企画みたいなサバイバル生活をさせられるんですから、苦労に見合うだけのご褒美が……」

 あるに違いないです。
 仮に頑張って勝ったとして……何もなかったらやだなぁ。

梓「ご褒美、ないかもしれませんね……やっぱりボタン押してもいいですよ」

唯「ちょ、ちょっと待った! 折角ムギちゃんが私達にサバイバル体験をさせようと準備したのに、いきなりギブアップしたら泣いちゃうかもしんないよ!?」

梓「どの口が言いますか」

唯「うん、じゃ、あずにゃんもれっつサバイバル。まずは装備の確認だね~」

梓「いきなり切り替え早いですね……でも、とりあえず『食料』とやらで腹ごしらえしましょう」

唯「うんっ!」


6: 2011/01/09(日) 07:04:19.96 ID:7j6ahPr30
 お腹も空いてきてるし、ちょっと不安だけど、スタッフがいないバラエティ番組の撮影だと思えば、うん。
 そこかしこにカメラがセットしてありそうだから、その点だけ気を付けてればいいよね。

唯「では! 食料の箱、オープン!」

梓「……カ□リーメイト、ですね」

唯「ひーふーみー……あり? 六箱しかないよ? 一日分には全然足りないよ?」

梓「ひとり一食一箱、それで三日分というわけですか」

唯「どうしようあずにゃん!? カ□リーメイトなんて、おやつで二箱食べちゃうよ!? それに夜食の分も入ってないよ!」

梓「カ□リーメイトをおやつにするってゆーのが気にかかりますけど、あれですね。もっと食べたければ自分で調達しろっていう意味かと」

 むしろカ□リーメイトだなんて、手ぬるいんじゃないですか。
 どっかの軍用レーションでも入ってるかと思いましたよ。

唯「ううっ……これ食べたらボタン押そうね、あずにゃん……んっ、んぐ、ぷはー」

梓「水っ!? ちょっ、待ってください! 水はカ□リーメイトより貴重なんですから!」

唯「へ? でも、もそもそして食べづらいし、喉渇いてたし。ケチって飲まなかったら、逆に熱中症になって大変だよ?」

梓「……ぐびぐび飲まないように気を付けて欲しいんです。ええと、三日分ってことは、確か人間の一日の必要量が……」


7: 2011/01/09(日) 07:16:16.20 ID:7j6ahPr30
 私が指折り数えていると、ちゃぁんと隣の箱の中に沢山ペットボトルが用意してあった。
 ムギ先輩……手ぬるいんだか厳しいんだか、どっちかに徹してくださいよ。
 どうせ用意してくれるんなら、給水タンクみたいな設備をですね。

唯「うー、全然足りないよぉ」

梓「我慢ですよ、我慢。手紙に書いてなかったんでわかりませんが、ご褒美の為に。ご褒美がなかったらキレていいレベルだと思います」

 私も食事……とは言えないか。栄養補給、カ口リー補給っと。
 ……確かにもそもそするけど、久しぶりに食べると美味しいかも。
 蛇の人が叫ぶ理由もわかるってもんです。

梓「んっ、んく……はぁ。さて、他の箱の中身を改めましょうか、唯先輩」

 ご丁寧にも設置されていたゴミ箱にゴミを丸めて放り投げて、次は何をしたいか考えてみる。
 ……着替え、かな。

梓「こ、これは……」

唯「探検隊だ! 探検隊の服だよ、あずにゃん……あれ、袖が長いね」

梓「私はそっちのが助かりますけど。あとは靴とかシャツとかタオルとか軍手……ま、何であれ清潔な服があってよかったですね」

9: 2011/01/09(日) 07:26:43.84 ID:7j6ahPr30
唯「パジャマは?」

梓「なさそうです。あるわけないです。寝る時は水着かシャツを……ああ、寝具っていう箱がありましたっけ」

 ぱかっとな。

唯「……毛布と、銀色の……何かなこれ。ぐるぐる巻いてあるけど」

梓「断熱マット、ですかね。あと寝袋ふたつでこの箱は終わりみたいです」

唯「うーん、サバイバルっぽくなってきたねぇ」

梓「サバイバルと呼ぶには条件が甘々ですけどね。まだ『家族でキャンプに来たら食材全部忘れてきちゃった』って雰囲気だと思います」

唯「……今の気分を的確に表現してるね、それ」

梓「はい。先輩達とたっぷり遊ぶいえ練習するのを楽しみにしてたのに……本当にがっかりですよね」

 雨や夜露をしのぐ天蓋は用意されている。
 太陽や影から察するに、まだ午前中……なのに早くもじりじり暑いってことは、南の島というのは嘘じゃなさそう。
 昼間の暑ささえ何とかすれば、夜は特に寒くて凍えることもないんじゃないかな。

唯「他の箱を開けたら、ムギちゃんの本気度がわかるんだね」

梓「そういうことです……さて、と。調理道具は何があるんでしょう」


12: 2011/01/09(日) 07:37:00.92 ID:7j6ahPr30
 ぱかっと。

唯「こりは……サバイバルナイフかな? あとまな板? と、小さなお鍋と……おお! お鍋開けたらもっと小さいお鍋とかコップとか出てきたよ!?」

梓「……登山グッズじゃないですか! まな板入れるくらいなら携帯コンロでも入れといてくださいよ!」

唯「ひい!? あ、あずにゃん……私が入れたんじゃないよ、だからそんな怖い顔して怒らないで?」

梓「あっ、いえ、唯先輩に対して怒ったわけじゃないんです。ムギ先輩が意地悪だなと思って、つい……」

 怯えた風の唯先輩を慌ててなだめながら、箱の中を漁る。
 残っているのは、本。
 『野草図鑑』と、『お魚図鑑』に『明日の夕食』……はあ。
 薄々そうなんじゃないかと思ってたけど、サバイバルを続けるなら『狩り道具』って物騒な名前の箱を開けるしかないんだ。

梓「本が調理道具に分類してあるのってどうなんですかね」

唯「あ、でもほら。付箋が……毒のある魚? こっちは……毒草だって」

梓「ムギ先輩は優しいですねぇ、ほんと」

唯「そうだねぇ、私達サバイバラーにとって毒は大敵だもんね」

梓「サバイバー、です」

唯「あうち」

15: 2011/01/09(日) 07:45:46.69 ID:7j6ahPr30
 何だかんだ言って、唯先輩も割と乗り気になってきてるのかな?
 ま、いつでもリタイア出来るみたいだし、普通のキャンプ気分で楽しんでみるのもいいかも。
 ……さてさて、いよいよ『狩り道具』の箱ですよ。
 の前に、蓋の上にメモが貼ってある。

梓「……『テーブルの裏を見てね』?」

唯「……おおう、銛だ! お魚をずばっと刺すやつ! 使い方知ってるよ、このゴムを引っかけてこう持って……」

梓「わああああ!? こっち向けないでくださいよ! 危ないじゃないですか!?」

唯「あ、ごめんごめん。別にあずにゃんを食べようと思ったわけじゃないからね、ごめんね」

梓「どんだけ極限状況なんですか」

唯「食べちゃいたいくらい可愛いなぁ、とはいつも思ってるけどね」

梓「…………」

 いきなりこの状況でそんなこと言われても、反応に困りますよ。

18: 2011/01/09(日) 07:53:33.13 ID:7j6ahPr30
 もう、唯先輩ったら、サバイバル生活する気になったんなら、もう少し真面目に……あれ?

梓「あの、唯先輩」

唯「何かな、あずにゃん?」

梓「本気でサバイバルする気になったんですか? そこのボタン押せば、すぐ家に帰って憂のご飯食べてアイス食べて寝られますよ?」

唯「うん、折角ムギちゃんが用意してくれたんだし、食べるものがなくなるまでならいいかなって」

 まぁ、唯先輩がそう言うなら。

梓「それじゃ、私もとりあえず付き合います。ご褒美に期待しつつ! 期待してますからね! ムギ先輩!」

 テレビでこういう番組を見る時、必ずカメラが仕掛けてあるような場所を向きながら、何度も念を押す。
 例えば調理に最適なテーブルの辺りとか。
 こうして支給された道具を確認してる時の正面とか、緊急ボタンの近くとか。

唯「ひゃっ!? ど、どうしたのあずにゃん、また急に叫んで」

19: 2011/01/09(日) 07:59:29.57 ID:7j6ahPr30
梓「唯先輩も真似してください。ムギ先輩が隠しカメラを仕掛けてる可能性が非常に高いですから」

唯「う、うん……期待してるよ! ムギちゃん! ね! あと……え、こっちにも? ムギちゃん、ご褒美に超期待してるからね~♪」

 とりあえず、これでよし。
 今の唯先輩の無邪気な笑顔のアピールを見たら、ムギ先輩も心を痛め……なさそう、はあ。

梓「じゃ、箱開けますね」

 ぱか。

梓「水筒……空っぽですね。同じく空っぽのリュック」

唯「あっ、またサバイバルナイフ。同じのが二本目だよ、どうしようあずにゃん?」

梓「一人一本ってことですかね。それか片方はここに置いといて、綺麗なまま調理に使って……その方がよさそうですね」

唯「うん、そうしよう。こっちは敵をバシバシ斬り倒すナイフ! これさえあれば、ゾンビだって楽勝だよ!」

梓「ひゃああ!? 危ないから振り回さないでくださいってばぁ!」

唯「あ、ごめんね。別にあずにゃんを……」

梓「はいはい、私は食べ物じゃありませんから……えっと、ゴーグルセットに足ひれ」

 つまりさっきの銛を使って海に潜って魚を撃て、と。
 甘いかと思えば何気に難しいこと要求しますね、ムギ先輩。


20: 2011/01/09(日) 08:05:52.45 ID:7j6ahPr30
唯「これがあると泳ぐの楽だよね~。あずにゃん、一緒に海で泳ご♪」

梓「はいはい、あとでいくらでも……救急箱は、うわ。消毒薬と絆創膏とガーゼと包帯だけで本当に最低限……ん、これは何でしょう?」

 銀色の金属の塊、黒い棒がくっついてる細くて小さな四角いブロック。鉄じゃなさそうだけど、これって何に使うんだろ?

唯「ああ、火打ち石みたいな? 原始人みたく木の棒をぐりぐり回さなくても、簡単に火起こし出来るんだよ」

 へー。
 そんな便利なモノが……っていうかムギ先輩、それならライターかマッチでも同じじゃないですか。
 っていうか狩り道具じゃないですよね火打ち石って。

梓「はあ……意外に物知りなんですね、唯先輩」

唯「ふふん、もっと誉めて誉めて!」

梓「これも知ってたらそんな得意気な顔してられないと思いますけど」

 私はそれだけ言って、箱から離れて他の道具を使いやすそうなとこに配置することにした。
 無人島っていうのが本当だったとしても、日本国内でこれはマズいですよね、ムギ先輩。

唯「……あずにゃん。私、かまどを作る石を探してくるね」

梓「お願いします」

 何年も前に法律で使用禁止になったトラバサミなんて、別の意味で危なくて使えませんよ。

梓「はあ……って、え? かまど?」


23: 2011/01/09(日) 08:16:20.62 ID:7j6ahPr30
 箱から出しておいた衣類のうち、軍手がなくなってる。
 唯先輩なら勢いで飛び出して海へ……と思ったのに、意外としっかりしてるんですね。

唯「ぃよいしょーお!」

梓「…………」

 ああ、あんなに無駄に叫んで無駄に勢い付けて、かまど作るには無駄に大きな石を放り投げちゃって。
 すぐに喉が乾いたって戻ってきそう……えっと、唯先輩の水はここに置いて、っと。

梓「……同じナイフに見えるけど、微妙に違う? 箱の通りに使えばいいのかな」

唯「そりゃー!」

 調理用の刃物はサバイバルナイフじゃなくって包丁だったらよかったのに、変なところでサバイバル縛りになってるなあ。
 まな板は……百均で売ってるような薄っぺらい、ふにふに曲がるやつ。
 ないよりはかなりマシだけどね。木製より洗うの楽そうだし。

唯「とぉりゃー!」

梓「……唯先輩は火打ち石って言ってたけど、これ、何なんだろ」

 銀色の小さなブロックを手の中で転がしながら、元気一杯に石を集める唯先輩の姿を眺める。
 ……あれ、いつの間に靴はいたんだろ。
 私が箱の中を物色してる間に、唯先輩は唯先輩なりに準備してたのかな?

24: 2011/01/09(日) 08:23:20.81 ID:7j6ahPr30
唯「ちぇすとー! 腰のことじゃないよ!」

梓「そもそも元の意味からして違います」

 ほんの呟きだから聞こえないだろうけど、何だか思わずツッコミを入れちゃう。
 元気だなぁ、本当に。
 楽しそうだし、余裕もあるみたいだし……いつまで続くか、ちょっと不安だけど。

梓「唯せんぱーい! かまど手伝います、完成したら泳ぐついでにお魚獲りましょう!」

 靴をはいて、軍手をはめて、唯先輩のいる方へ駆け出す。
 私だって小さな石とか、薪に使えそうな流木くらいは運ばなきゃ。

唯「あっ、あずにゃん。かまどはどの辺に作ろっか?」

梓「考えないで石放り投げてたんですか……えっと、テントの近くでいいと思います」

唯「テントの中がよくない? 雨降ったらお料理出来なくなっちゃうよ」

梓「あー……」

 テントって言っても支柱と屋根だけだし、そっちの方が便利かも。

梓「じゃ、テントの中にしましょうか。少し風ありますし、煙は気にしないでよさそうですもんね」


27: 2011/01/09(日) 08:31:21.94 ID:7j6ahPr30
唯「うん。テントおっきいし、火柱でも上げない限り燃えないよね~」

梓「……やっぱ、テントの外、すぐ傍に作ってください」

唯「え! 雨降ったら!?」

梓「かまどの熱でテントの屋根が溶けたり燃えたりしないか心配なので」

唯「う、うん……」

 この時期、夜になっても冷えることはなさそうだから、大丈夫だよね。
 毛布だってあるし、寝袋だってあるし……もし、どうしても寒かったら、唯先輩と一緒に寝ればいいだろうし。
 ……どうしても、の時はね?

唯「ひとつ積んではあずにゃんの為ぇ~♪」

梓「…………」

唯「ふたつ積んでもあずにゃんの為ぇ~♪」

梓「あの」

唯「みっつ積んでもやっぱりあずにゃんの為ぇ~♪」

梓「その変な歌の通りなら、私の為に作ったかまどで焼いたお魚は、私の空腹と栄養の為に、私ひとりで食べちゃっていいんですね?」

唯「……よっつ積んでは、私達の為ぇ~……」

28: 2011/01/09(日) 08:37:52.28 ID:7j6ahPr30
 そりゃぁ、重い石を運んでもらってるのは申し訳ないと思いますけど。
 私だって頑張りますから、ちゃんと、ふたりでサバイバるんだってわかってくださいよもう。

唯「とりあえずおおまかな形は出来たかな! あとは、あずにゃんが運んでくれた石を隙間に詰めて……」

梓「かまど、何か思ってたより小さいですね」

唯「うん? だって、さっきのお鍋がちっちゃかったもん。大きすぎると使いづらいんじゃないかな」

梓「……なるほど」

 そういやテレビ番組じゃ、焚き火は滅多にやんなかったけ。
 うん、割と……薪代わりの枝とか枯れ草とか入りそうだし、火力は問題なさそう。

唯「さ、出来た! あずにゃん、そっち側から砂かけて! ずばーっと、砂で山を作る感じでね!」

梓「は、はいっ」

 言われるまま、ざーっと砂をすくって簡素な石組みのかまどに砂を浴びせる。
 やってる最中、大きな石と小さな石の隙間を埋めてるんだな、って気付いた。

唯「もういいかな……あずにゃん、そこら辺に木の枝が埋まってるから、つまずかないようにしてね~」

梓「はい……ん……っと? はい、ちょっと離れて歩くようにしますけど……木の枝、ですか?」

唯「それ抜くと、かまどの中に風が入る予定なんだよ。なかなか燃えなかったら抜くし、調子よかったらそのまんま。抜いた時にかまどが崩れたらやだから、よく燃えてくれるといいんだけど」

梓「そおですか」


30: 2011/01/09(日) 08:46:48.11 ID:7j6ahPr30
 わかんない。
 唯先輩、さっきまで石を積んでる時は砂遊びしてる子供にしか見えなかったのに、そんなことまで考えてたなんて。
 私、唯先輩のことが本当にわかんない。

唯「はー、お水お水! あずにゃんも飲んだ方がいいよ!」

梓「はっ、はい!」

 ほんと、わかんない。

唯「次はお魚さんをズビシ! だね。やったことないし、あんまりやりたくないけど」

梓「あの……森の方に行ってみませんか? 海水飲んだら余計に喉が渇くらしいですし、果物とか、水とか見付かるかもしれないですし」

唯「そうだねぇ……甘いフルーツが欲しいよね! カ□リーメイトだけじゃどうにもこうにも物足りないよ!」

 ああ、いつもの唯先輩に戻った。
 きっと、森に一歩踏み込んだ途端にバナナやリンゴの木があって、たわわに実ってると思ってるんだろうなあ……。

唯「んじゃ着替えないとね、っていうか着るだけかな」

梓「あ。はい、そうですね」

唯「水筒にお水入れて……持ってくのは絆創膏と包帯と消毒液だけでいいかな。あずにゃん、お願いしていい?」

梓「はい」

 割と的確な持ち物選び、なのかな。
 うん、いくらムギ先輩でも、とても対応出来ないような大怪我するとこに私達を放り込むはずないもんね。

31: 2011/01/09(日) 08:52:42.71 ID:7j6ahPr30
唯「はー。ただのぬるいお水がこんなに美味しいなんて、今まで思いもしなかったねー」

梓「んく、んっ……そうですね。でも、あんまり飲みすぎないでくださいね?」

唯「うん。サバイバラ……バーとして、自分が飲むお水は自分で調達しないとね!」

 いえ、まぁ、少しは分けてあげても構いませんけど。
 限界だと思ったらリタイアすればいいだけですし。

唯「よーし! 着替えたらすぐ出発だよ、あずにゃん!」

梓「はいです!」

 唯先輩いわく、長袖の探検隊の格好になって。
 沢山あるポケットのうち、手が届きやすい場所に応急手当グッズを入れて。
 水筒を首からかけたら、準備オッケーですよ。

唯「さすがにそろそろ暑くなってきたね。この服はちょっち厳しいかも」

梓「あ、お昼近いかもしれませんから、カ□リーメイト食べましょうか?」

唯「持っていこ。途中で歩きながら食べればいいよ、どうせお腹ぺこぺこなのは変わんないんだし」

32: 2011/01/09(日) 08:58:24.73 ID:7j6ahPr30
梓「はい」

 私もだけど、やっぱり食べた気がしないのは唯先輩も同じみたい。
 カ口リー的には間に合ってるんだけど、ね。

唯「じゃ、行こっか」

梓「はい」

唯「ここの場所覚えててね~。迷ったらあずにゃんだけが頼りだから」

梓「わっ、私だって唯先輩だけが頼りなんですよ!? そんな不安になるようなこと言わないでくださいっ」

唯「えへへへ、冗談だよ。すぐそこ、私が石を集めてたとこに獣道っぽいのがあったから、今日はそこから外れないように気を付けて探検しようね」

梓「はぁ……冗談は時と場所を選んで言ってください」

唯「えへへ」

 悪びれない唯先輩だけど、今は頼もしく思える。
 ちょっと離れているとはいえ、私に向かってナイフの素振りをするのは勘弁して欲しいけど。

唯「んじゃ、しゅっぱーつ!」

 ……はあ。
 きっと、森の中の至るところにもムギ先輩がカメラ仕掛けてるんだろうなぁ……。

33: 2011/01/09(日) 09:11:34.22 ID:7j6ahPr30
梓「無人島っていうのが本当なら、真水は期待出来そうにないですね」

唯「あるかもしれないよ? こう、伝説の何とかの泉がこんこんとわき出てて……『あなたが欲しいのは金の水? それとも銀の水?』とかさ」

梓「どっちも飲めないですよね?」

唯「だよねー。金でも銀でも、水ってことはすっごく熱い溶けた金属なんだもんねー」

梓「泉の話から離れませんか」

 水のことばっかり言ってたら、早くも喉が渇いてきた感じ。
 水筒からひと口だけ、ごくり。

唯「…………」

梓「あれ? どうしたんですか、唯先輩?」

唯「ちょっとお水飲むのが早かったね、あずにゃん。文明世界の安心して飲める貴重なお水だったのに」

梓「はい?」

唯「あれ! あの木知ってる! 枝を切ると、切り口からお水が出てくるんだよ!」

梓「……えぇー」

 安心して飲める水なんですか、それが。
 とか思っている間に唯先輩は自分が指差した木の、手が届く部分を切って、その下で口を開ける。

唯「あーん……」

35: 2011/01/09(日) 09:20:06.33 ID:7j6ahPr30
 出てきたのは、透明だったけど、樹液のはず。
 それがぽたぽたと唯先輩の舌に垂れ落ちて、唯先輩は美味しそうに樹液を飲み下す。

唯「ん、んっ……んく……」

梓「あの、唯先輩? そういうの、お腹壊しちゃうんじゃないですか?」

唯「テレビでやってたし、さっきの図鑑でも見たもん。大丈夫だよ」

 いえ、だから図鑑はともかくテレビってどうなんですかね。
 ああいうのは視聴率を稼ぐ為にわざと派手に火柱を上げたり、夜中の海に潜って魚を捕ったり。
 何かあったらすぐにボートとかで搬送してもらえるし、撮影用のライトに照らされていたら銛突きもそりゃあ楽でしょうねっていう。

唯「んぐ、んんっ……はー。美味しいよ、あずにゃんも飲む?」

梓「いえ……今、水飲んだばかりですから」

 いくら唯先輩が飲んだ樹液でも、ちょっと、怖い。
 それにふたりでお腹壊したり病気になったりしたら大変。

唯「んじゃ、今日はここら辺の野草を集めて戻ろっか」

梓「はい?」

 唯先輩はそう言って、適当に掴んだ草をナイフでぐしぐしと切り取ってリュックに詰めていく。
 食べられるのか、そうでないのか、私にはわからない。
 本当、わからない。

唯「あ、あずにゃんはそこの木の実を集めてくれる?」

36: 2011/01/09(日) 09:27:59.72 ID:7j6ahPr30
 唯先輩と一緒なら、もしかしたらこの島に定住出来るんじゃないかな、って思えてきちゃう。
 生活力というか適応力ありすぎ。今のでお腹壊さなきゃだけど。

梓「木の実ですね」

 ……うわあ、何か嫌な形の粒が木の枝に沢山連なってる。
 でもあとで図鑑で調べて、食べられないやつだったら捨てればいいか。

梓「手が届くところまでで許してくださいね」

唯「うん。こっちが結構あるから、お腹一杯食べられるよ」

 食べられたら、ですけどね。

唯「ふぃ~……落ちてる枝を集めながら戻ろう、あずにゃん。燃やすものはいくらあっても困らないからね」

梓「あ、はい……」

 適当に草を刈り取ってたようにしか見えなかったんだけど……本当に食べられるのかなぁ。
 まぁ、カ□リーメイトが尽きたら唯先輩がすごい勢いでギブアップするんだろうけど。

唯「ああ、あのちっちゃなお鍋、ひとつ潰すけどいいよね」

梓「えっ? 潰すって、べこんって踏むんですか?」

唯「ううん、そうじゃなくって。せめて塩がないと、私はくまさんじゃないんだから、野草でもお魚でも食べられないよ」

梓「あ、海水を煮詰めるんですか」

 それはそうと、くまさんって誰のことかな?

38: 2011/01/09(日) 09:40:13.23 ID:7j6ahPr30
唯「うん、調味料が全然なかったもんね。さしすせそくらいは揃えてくれてもいいのに、ムギちゃんでも意地悪なことするんだね」

 いえ、既に充分すぎるくらい意地悪だと思いますが。
 いえ、唯先輩がそれでいいなら、あえて黙っていますが。

唯「かまどの出来が楽しみだねぇ~」

梓「そ、そうですね……」

 カ□リーメイトはあと二食分。
 それがなくなったらリタイアかな、やっぱり。
 ……とか、何てムギ先輩に言い訳しようか悩んでいるうちにテントに戻ってきて。

唯「ほい、あずにゃん。薪もうちょっと入れて」

梓「はい」

 あれ。
 火打ち石って、新聞みたいなどうでもいい紙クズが必要じゃないんですか?
 唯先輩、ナイフで木を削っておがくずみたいにしてますけど、とても火種にするのに充分だとは思えませんが。

唯「あずにゃん、銀色のやつ持ってきてー」

梓「はっ、はい? 火打ち石ですね?」

唯「うん」

 積んだ薪の下に帰り道に集めた枯れ枝の細いとこを折って重ねながら、唯先輩は自信満々。
 これで火がつかなかったら、私どう反応すればいいのかな。

39: 2011/01/09(日) 09:55:53.99 ID:7j6ahPr30
梓「どおぞ」

唯「ありがとー……ん、ほりゃ! とぉ! そぉい!」

 え。
 銀色の、金属を、ナイフで削ってる。
 ナイフの刃が駄目になっちゃうんじゃないですか、それ。

梓「唯先輩? それ、火打ち石って……」

唯「あー……うん。火打ち石は、横に付いてる黒い棒だよ」

 しょりしょりしょり、と銀色の削りカスが積み重なってく。
 そして、ん、と何がいいのか私が理解出来ないまま頷いてから、唯先輩が振り向いた。

唯「あずにゃん。ちょぉっと眩しくなるから、あっち向いてた方がいいかもだよー」

梓「ちょっとなら平気です。っていうか、それの使い方を知りたいのでずっと見てますけど」

唯「そっか。んじゃいくよー」

 唯先輩が、くるっと両手に握ったアイテムを持ち替えた。
 ナイフの刃は峰に、銀ブロックの削ってたとこは、黒い棒に。

唯「とお! 着火!」

梓「にゃあああ!?」

 ガキンと黒い棒にナイフがぶつかった瞬間、視界がホワイトアウト。
 あ、でも、何かこれ前に見たことあるかも。

41: 2011/01/09(日) 10:00:53.42 ID:7j6ahPr30
唯「あずにゃん、あずにゃん、大丈夫? 私の顔、見える?」

梓「ん……は、い……それ、もしかして、マグネシウムなんですか?」

唯「おお!? すごいねあずにゃん! よくわかりました!」

 なるほど、火起こしに自信があったのも納得ですよ。
 火打ち石……すなわちフリントロックなのは黒い棒部分だけで、まぁ嘘ではないですけど、先に教えてくれてたらこんなにびっくりしなくて済んだのに。

唯「ほら、枝がちゃんと燃えてるよ、成功だよ」

梓「……ムギ先輩って、優しいんだか意地悪なんだか、わけわかんないですね」

唯「うん。まぁ、ナイフと燃え種さえあれば、正直なとこどうとでもなるんだけどね」

梓「……今、唯先輩をちょっと格好いいと思っちゃいました」

唯「おお!? じゃ、じゃあ、草だけじゃ何だから、お魚もゲットしてくるよ!」

梓「いえ、その前に塩がどうとか言ってませんでしたか?」

唯「あ、そうだった……味がないと食べた気しないもんね。でも、海水をそのまま飲むのは抵抗あるしね」

梓「海水には大腸菌がうじゃうじゃいるって……自分で確かめたわけじゃありませんけど、今の状況で進んで飲みたいとは思いません」

唯「そんなあずにゃんには、煮沸消毒! 大抵はぶくぶく煮れば平気だから!」


42: 2011/01/09(日) 10:07:31.76 ID:7j6ahPr30
 と、唯先輩は小鍋をひとつ取って波打ち際まで走っていって、すぐに戻ってきた。
 海水の入ったそれをかまどの端に置いて、今度は銛やらゴーグルやらを拾って。

唯「次はどーぶつ性タンパク質! あずにゃんの為に大物ゲットしてくるよ!」
梓「あっ……あのっ……」
唯「火の番、お願いねっ!」

 紐をほどいて靴を脱いで、探検装束を脱いで、あっという間に潜水モード。
 一瞬下着が見えるかと……いや、ううん、期待なんかしてないよ私。
 唯先輩は水着に足ひれ、ゴーグルとシュノーケルに銛という実に似合わないワイルドな姿になって、海に飛び込んだ。

梓「気を付けてくださいね!? 溺れないでくださいよ!?」

 ……もう、私の言葉は唯先輩に届かない。
 言い付け通り、火が消えないように枯れ木の枝をくべ続けるしかない。
 気温が暑いけど、火も熱いけど、唯先輩が戻ってくるのを待つ。

梓「…………」

 波間にちょこちょこと、唯先輩が息継ぎをしに頭を出すのが見える。
 声をかけようとしても、『魚はいらないから戻ってきてください』って叫ぼうとしても、声を出す前に潜られちゃう。

43: 2011/01/09(日) 10:13:58.39 ID:7j6ahPr30
梓「……火の番なんて、する必要ないじゃないですか」

 あんな簡単に、ふーふーしなくてもいいぐらい楽に火を起こせるんだから。
 このブロックがマグネシウムだって最初に教えてもらってたら、一緒にお魚獲りに潜ってましたよ?
 ええ、私は唯先輩の為に、唯先輩は私の為に。
 お魚の大きさが違っても、食べさせっこして、結局食べる量は変わらないんですよねきっと。

梓「唯せんぱぁい……」

 今度はなかなか、息継ぎに上がってこない。
 ちょっと、ううん……かなり心配。

梓「あ」

 唯先輩の頭が見えた。
 ほっとして、思わず溜め息が出た。
 ああ……銛の先にお魚。
 そんなの自慢しなくていいですから、早くここまで戻ってきてくださいよ。

梓「……はぁ」

唯「あっずにゃーん! お昼のメニューに、よくわかんないお魚追加だよ!」

46: 2011/01/09(日) 10:19:48.02 ID:7j6ahPr30
梓「そんなの、どうでもいいです」

唯「え? 折角頑張って追いかけたのになあ、あはは。見た目美味しそうじゃないけど、ちゃんと私が毒味するから大丈夫だよっ」

梓「そんな、毒味とかっ……全然大丈夫じゃないですよっ!」

 気が付くと、立ち上がってた。
 走ってテントの中に入って、緊急ボタンを押してた。
 私も唯先輩も何ともなくて、どこからどう見ても緊急事態じゃないのに。

唯「……あずにゃん、どうして? ムギちゃんのご褒美が欲しかったんじゃないの?」

 私の手の下の箱から、ピピッと電子音が鳴った。
 何かの機械が入ってて、それが無事に動いたんだとわかったら、急に身体の力が抜けちゃった。

梓「もう……嫌なんです、こんなの。もしこの島の食べ物や水が豊富だとしても、今みたいに唯先輩が海に潜って、なかなか上がってこなくて……それを見てる私の気にもなってください!」

唯「……心配してくれてたの?」

梓「心配しないわけないじゃないですか! 唯先輩が海に入って、溺れちゃうかもしれないのに、私はここで見てるだけだったんですよ!?」

唯「でも、どーぶつ性タンパク質が……」

梓「だからそんなのどうでもいいんです! 一生この島でふたりっきりなわけじゃないんですから!」

唯「えー。私は別に、ここで新世紀のアダムとイブになってもよかったんだけどなあ」

梓「……アダムは男ですよ」

47: 2011/01/09(日) 10:25:13.07 ID:7j6ahPr30
 唯先輩の行動力は、後先考えてないせいかもしれないけど、私より上。
 図鑑があるから時間さえあれば……と思うけど、自信も知識も私より上。

唯「じゃあじゃあ! イブとイブ! この無人島から世界を作るつもりで頑張ろうよ、あずにゃん!」

 お気楽さはこの通り、比べるまでもなく、上。
 ……こういう馬鹿っぽいところも敵わないし、わかってて言ってるんだったら尚更どうしようもない、と思う。

梓「蛇……はともかく、リンゴの木はなさそうですから、何にしろ無理です。そもそも私達がいる時点で無人島じゃなくなっちゃってます」

唯「それは屁理屈だよぉ。リンゴだって、探せばあるかもしんないじゃん?」

梓「……もうボタン押しちゃいましたから。あったとしても、やっぱり無理なんです」

 私自身が幕を引いちゃったのに、そういう『かもしれない』は、胸が苦しいです。
 唯先輩は、もっと私と無人島ライフを満喫したかったのかもしれない。
 ちょっと嫌がってたっぽい銛突きも、私の為にやってくれたし、戻ってきてくれたし、食べ物には困らないのかもしれない。
 でも、海って自分の意思ではどうにもなりませんよね?
 唯先輩、あんな遠くまで泳いで行っちゃったら、無事に戻ってこられなかったかもしれないんですよ?

48: 2011/01/09(日) 10:31:01.36 ID:7j6ahPr30
唯「ま、いっか。ムギちゃんが迎えにきてくれるまで、お魚と野草でお鍋でも作ろ?」

梓「……はい。私、こういう生活は向いてないみたいです」

唯「海水は……っと、塩だけになってる。んじゃ、あっちの鍋で……」

梓「唯先輩」

唯「なぁに? お魚からダシが出るから、結構美味しいお鍋になるかもしんないよ~?」

梓「海は……もう、海水浴場くらいにして、お魚を捕る為に潜るとか、しないでください……ぐすっ」

 ああ、やだなあ、もう。
 涙はどうにか堪えたのに、鼻声になっちゃった。

唯「うん……実はね、私もちょっと怖かったんだ。波が強くて、引っ張られて……でも、あずにゃんのところに戻らなきゃいけないからって、頑張ったんだよ」

梓「うっ、う……ありがとぉ、ございます……戻ってきてくれて、とっても、嬉しいです……」

唯「……あ、あれー? わざわざ海水煮詰めなくても、あずにゃんの涙で味付けしたらよかったかなー?」

梓「……塩辛くて、食べられたもんじゃないと思いますよ」

 もうリタイア決定したせいかな、唯先輩はおどけながら残りの水を贅沢に使って野草を洗ったりお魚をさばいたりして。
 っていうか、お魚さばけるのが意外……ま、まぁ、上手とはお世辞にも言えませんけどね。

49: 2011/01/09(日) 10:38:33.43 ID:7j6ahPr30
唯「あずにゃん、ちょっと離れてね。危ないから」

梓「ん……ま、またマグネシウムですか?」

唯「そうじゃなくって、本当に危ないんだよ……ま、見てて」

 『危ない』の意味がわからなかったけど、唯先輩が困った表情だったから、大人しく離れる。
 そうすると、唯先輩はお魚の切り身や野草が入った鍋をかまどに乗せる。

唯「前にテレビで見た、郷土料理のパフォーマンスなんだけどね」

 苦笑いしつつ、枯れ木を器用に箸のように使って、かまどの内側に転がっていた小石を拾い、鍋に放り込んだ。
 途端に蒸気が立ち上って、焼けた石に触れた水の蒸発する音が響く。

梓「わぁ……」

唯「ね? 離れてないと危ないでしょ?」

 そんなことを言うくせに、唯先輩は鍋のすぐ傍にいたわけで。
 沸騰と蒸発の勢いで跳ねたお湯も、小石だったせいかな、言う程危なくなかったわけで。


50: 2011/01/09(日) 10:42:23.50 ID:7j6ahPr30
梓「追加です、唯先輩。危ないことしないでください」

唯「え~? 今の、危なかったかなぁ?」

梓「ついさっき今し方、私に『危ない』って言ったばかりですよね?」

唯「おおぅ……あうち」

梓「ま、何ともなさそうだから今回は許してあげますけど」

唯「うん。じゃ、私のサバイバル料理なんか食べたくないかもしんないけど……味見だけでも、ねっ?」

 って、カップに鍋の中身を取り分けて、渡してくれる。
 でもって、私が口を付ける前に、唯先輩が別のカップで味見をして。

唯「ずずっ……え? 思ってた以上に美味しい?」

梓「……何なんですかそれ!? 思ってた以上って!?」

唯「まーまー、煮込まれたお魚さんが頑張ってくれたんだよ。沸騰消毒も充分っぽいし、ゲテモノ料理かもしんないけどひと口だけ!」

 野草とお魚と塩しか入ってないのに、ゲテモノって卑下するのはどうかと思いますよ。
 でもまぁ、まずはひと口……。


51: 2011/01/09(日) 10:48:57.80 ID:7j6ahPr30
梓「ん……」

唯「……どお? 塩しか使ってないんだよ!」

梓「ええ、塩だけにしては美味しい部類だと思います」

唯「でしょでしょ!? やったぁ、あずにゃんに美味しいって言ってもらえたよ!」

梓「こういう特殊な状況、っていう限定条件がありますけどね」

唯「んむー」

 ……しょっからいだけかと思ってたのに、うん、お魚のダシが出てるのかな。
 草はむしろ薬味みたいな?
 こんな限られた材料と環境で作ったお鍋とは思えませんよ、愛じょ……じゃない、空腹は最高の調味料ですね。

梓「……美味しいです、唯先輩。お世辞抜きで」

唯「わっほう! 嬉しいねえ、けど帰ったらもっぺん、ちゃんとお料理作らせてね!」

梓「普通に材料を揃えて、調味料も揃ってたら、採点厳しくなりますけど」

唯「うん、それでも真心込めて作るから。あずにゃんの為に、ね」

梓「……楽しみにしてます」


52: 2011/01/09(日) 10:54:40.62 ID:7j6ahPr30
 あ、水平線の遠く向こうに見たことのある船影確認。
 本当の意味での『ご馳走』なんだから、早く食べちゃわないと。
 あと、ムギ先輩に言う文句も沢山考えておかなきゃ。

唯「んん、ずずぅ……はあ。暑い時期でもお鍋はほっこりするねぇ」

梓「はい。でも、次のお鍋は冬に食べたいですね」

唯「やっぱしお鍋は寒い時期じゃないとねえ……んむんむ、ん……美味しー♪」

梓「んっ、んく……はむっ……そおですねぇ」

 多分、ムギ先輩は大量の料理を用意してくれているんだろうけど。
 私は、唯先輩が作ってくれたこのご馳走の味を、ずうっと忘れない。

~りたいあ!~

53: 2011/01/09(日) 10:58:56.91 ID:7j6ahPr30
読んでくれた人どうもです。乙でした。
サバイバル技術に関しては、前提条件で長くても数日ってことにしてたので、楽に出来ることしか
書きませんでした。じゃあ樹液飲ませたりすんなよって話になりそうですが、そこら辺はご容赦ください。

57: 2011/01/09(日) 11:16:52.62

俺も唯と梓のサバイバルをもっとみたかったぜ
また機会があったら頼む

引用元: 唯「無人島でサバイバル?」