3: 2012/12/12(水) 01:11:44.04 ID:SPZKkP5N0
コツ、コツン。
窓に小石のぶつかる音。
「……」
カーテンを端に寄せ、ガラス越しにその姿を見る。
コツ、コツン。
尚も飛んではぶつかる小石。
「……」
無言で小石を投げる彼女。
萩原雪歩のよく知る彼女。
黒々とした髪に引き締まった身体、菊地真。
時計は2時を指していた。
窓に小石のぶつかる音。
「……」
カーテンを端に寄せ、ガラス越しにその姿を見る。
コツ、コツン。
尚も飛んではぶつかる小石。
「……」
無言で小石を投げる彼女。
萩原雪歩のよく知る彼女。
黒々とした髪に引き締まった身体、菊地真。
時計は2時を指していた。
5: 2012/12/12(水) 01:18:20.43 ID:SPZKkP5N0
窓を開ける。
ひやりとした空気が肌を撫でた。
「真ちゃん」
「……」
返事はない。
返事はない。
「真ちゃん」
「……」
……返事はない。
ぼんやりと佇み、ただそこにいる菊地真。
雪歩の手の平が汗ばむ。
今日もまた、このまま時間が過ぎるのを待つ他ないのか。
「真ちゃん」
「……」
暗がりの中、街灯に輪郭を照らされてぼんやりと佇んでいた。
ひやりとした空気が肌を撫でた。
「真ちゃん」
「……」
返事はない。
返事はない。
「真ちゃん」
「……」
……返事はない。
ぼんやりと佇み、ただそこにいる菊地真。
雪歩の手の平が汗ばむ。
今日もまた、このまま時間が過ぎるのを待つ他ないのか。
「真ちゃん」
「……」
暗がりの中、街灯に輪郭を照らされてぼんやりと佇んでいた。
7: 2012/12/12(水) 01:28:39.65 ID:SPZKkP5N0
「真ちゃん。真ちゃんは、どうして」
「……」
「どう、して」
続けてもよいものだろうか?
雪歩の中に迷いが生じる。
こんな夜更けに、何の声もなくそこに立つ彼女。
普段の彼女らしからぬ振る舞い。
まるで、別人。
「どうして……」
「……」
しかし、彼女を菊地真である、と思える。
思わざるを得ない。
第六感、とでも呼べばよいのか。
根拠のない、奇妙な確信があった。
「どうして、真ちゃん、は」
「……」
途切れ途切れにしか吐き出せない言葉。
指先はおろか、肩口まで冷えきっていた。
「……」
「どう、して」
続けてもよいものだろうか?
雪歩の中に迷いが生じる。
こんな夜更けに、何の声もなくそこに立つ彼女。
普段の彼女らしからぬ振る舞い。
まるで、別人。
「どうして……」
「……」
しかし、彼女を菊地真である、と思える。
思わざるを得ない。
第六感、とでも呼べばよいのか。
根拠のない、奇妙な確信があった。
「どうして、真ちゃん、は」
「……」
途切れ途切れにしか吐き出せない言葉。
指先はおろか、肩口まで冷えきっていた。
8: 2012/12/12(水) 01:34:44.70 ID:SPZKkP5N0
「どうして、左腕がないの?」
「……」
返事はない。
ぶらりと垂れ下がった袖先には、本来あるはずの手がなく。
ゆらゆらと、ぼんやりと揺れるその様は、肩から先に何もないと語っていた。
「どうして」
「……」
返事はない。
返事はない。
「両足がないのは、どうして?」
「……」
返事はない。
「右手にナイフを持っているのは、どうして?」
「……」
返事はない。
「顔がないのは、どうして?」
「……」
……返事はない。
「……」
返事はない。
ぶらりと垂れ下がった袖先には、本来あるはずの手がなく。
ゆらゆらと、ぼんやりと揺れるその様は、肩から先に何もないと語っていた。
「どうして」
「……」
返事はない。
返事はない。
「両足がないのは、どうして?」
「……」
返事はない。
「右手にナイフを持っているのは、どうして?」
「……」
返事はない。
「顔がないのは、どうして?」
「……」
……返事はない。
9: 2012/12/12(水) 01:45:34.43 ID:SPZKkP5N0
一陣、風が吹いた。
どこからか枯葉が一枚、雪歩の部屋へ舞い込んだ。
「……真、ちゃん」
名前を呼ぶ。
菊地真。
萩原雪歩のよく知る彼女。
快活で、格好のよい、唯一無二の親友。
「……」
返事はない。
先と相変わらず、右腕以外は平たい布がぼんやりと揺れている。
黒く塗り潰された顔。
何もない、なのにこちらを見つめていると分かる顔。
どこからか枯葉が一枚、雪歩の部屋へ舞い込んだ。
「……真、ちゃん」
名前を呼ぶ。
菊地真。
萩原雪歩のよく知る彼女。
快活で、格好のよい、唯一無二の親友。
「……」
返事はない。
先と相変わらず、右腕以外は平たい布がぼんやりと揺れている。
黒く塗り潰された顔。
何もない、なのにこちらを見つめていると分かる顔。
10: 2012/12/12(水) 01:46:15.18 ID:SPZKkP5N0
「真ちゃん」
「……」
返事はない。
右手に握ったナイフが鈍く光る。
その光さえぼんやりと揺れて、そうして消えた。
「真、ちゃん」
虚空に声を投げかける。
返事はない。
溶けるように消えた彼女。
ぼんやりと佇んでいたはずの彼女。
菊地真であるはずの彼女。
「……これで、一週間」
呟いて、萩原雪歩は再び眠りに就いた。
「……」
返事はない。
右手に握ったナイフが鈍く光る。
その光さえぼんやりと揺れて、そうして消えた。
「真、ちゃん」
虚空に声を投げかける。
返事はない。
溶けるように消えた彼女。
ぼんやりと佇んでいたはずの彼女。
菊地真であるはずの彼女。
「……これで、一週間」
呟いて、萩原雪歩は再び眠りに就いた。
12: 2012/12/12(水) 01:55:11.63 ID:SPZKkP5N0
「おはようございますぅ……」
「おはよう、雪歩」
菊地真。
太陽の様に笑う彼女。
昨日の晩に見た姿とは、まるで違う彼女。
「あの、今日はまだ皆?」
「うん、雪歩が来るまで小鳥さんと二人きりだったんだ。小鳥さんも忙しそうにしてて、暇を持て余していたところなんだよ」
身振り手振りを交えながら話す彼女。
表情豊かで、元気のよい彼女。
昨日の晩に見た姿とは、まるで違う彼女。
「あの、真ちゃん?」
「うん? どうしたの、雪歩?」
迷う。
昨晩、家に来たか?
あれは、あなたなのか?
どう聞くべきか、迷う。
「……ううん、なんでもない。お茶でも淹れるね」
「ありがとう、雪歩」
聞くべきではないと考えて、今日もまた口を噤んだ。
「おはよう、雪歩」
菊地真。
太陽の様に笑う彼女。
昨日の晩に見た姿とは、まるで違う彼女。
「あの、今日はまだ皆?」
「うん、雪歩が来るまで小鳥さんと二人きりだったんだ。小鳥さんも忙しそうにしてて、暇を持て余していたところなんだよ」
身振り手振りを交えながら話す彼女。
表情豊かで、元気のよい彼女。
昨日の晩に見た姿とは、まるで違う彼女。
「あの、真ちゃん?」
「うん? どうしたの、雪歩?」
迷う。
昨晩、家に来たか?
あれは、あなたなのか?
どう聞くべきか、迷う。
「……ううん、なんでもない。お茶でも淹れるね」
「ありがとう、雪歩」
聞くべきではないと考えて、今日もまた口を噤んだ。
14: 2012/12/12(水) 02:05:16.21 ID:SPZKkP5N0
他愛のない話をしながらも、雪歩の視線は忙しなく動き続けていた。
菊地真の左腕。
確かにそれは肩から生え、彼女の意思に沿って動いていた。
菊地真の右脚、左脚。
それらもまた、彼女の体にしっかりと繋ぎ留められ、柔軟かつ複雑に動いていた。
凛とした眉。
暖かな光を宿した瞳。
柔らかな頬。
筋の通った鼻。
薄紅色の、ふっくらとした唇。
そのどれも。
昨日の晩に見た姿とは、まるで違う彼女。
「雪歩?」
「え? な、何?」
「ぼうっとしてるみたいだけど、どうかした?」
こちらを覗き込む彼女の顔。
不意に近づかれ、息が詰まる。
昨日の晩に見た姿とは、まるで違う彼女。
「なんでもない、よ」
曖昧に笑いながら、そう返した。
菊地真の左腕。
確かにそれは肩から生え、彼女の意思に沿って動いていた。
菊地真の右脚、左脚。
それらもまた、彼女の体にしっかりと繋ぎ留められ、柔軟かつ複雑に動いていた。
凛とした眉。
暖かな光を宿した瞳。
柔らかな頬。
筋の通った鼻。
薄紅色の、ふっくらとした唇。
そのどれも。
昨日の晩に見た姿とは、まるで違う彼女。
「雪歩?」
「え? な、何?」
「ぼうっとしてるみたいだけど、どうかした?」
こちらを覗き込む彼女の顔。
不意に近づかれ、息が詰まる。
昨日の晩に見た姿とは、まるで違う彼女。
「なんでもない、よ」
曖昧に笑いながら、そう返した。
15: 2012/12/12(水) 02:11:13.90 ID:SPZKkP5N0
コツ、コツン。
窓に小石のぶつかる音。
「……」
カーテンを端に寄せ、ガラス越しにその姿を見る。
コツ、コツン。
尚も飛んではぶつかる小石。
「今日も……」
無言で小石を投げる彼女。
萩原雪歩のよく知る彼女。
黒々とした髪に引き締まった身体、菊地真。
整った精悍な顔立ちは、黒く塗り潰されている。
すらりと伸びている筈の手足も、今は右腕のみ。
時計は2時を指していた。
窓に小石のぶつかる音。
「……」
カーテンを端に寄せ、ガラス越しにその姿を見る。
コツ、コツン。
尚も飛んではぶつかる小石。
「今日も……」
無言で小石を投げる彼女。
萩原雪歩のよく知る彼女。
黒々とした髪に引き締まった身体、菊地真。
整った精悍な顔立ちは、黒く塗り潰されている。
すらりと伸びている筈の手足も、今は右腕のみ。
時計は2時を指していた。
16: 2012/12/12(水) 02:15:53.14 ID:SPZKkP5N0
窓を開け、彼女を見つめる。
彼女もまた、雪歩を見つめる。
目鼻のない、黒い顔。
「あなたは、誰?」
「……」
返事はない。
「真ちゃん?」
「……」
返事はない。
返事はない。
ぼんやりと佇み、ただそこにいる彼女。
「毎晩、何をしに来ているの?」
「……」
……返事はない。
彼女もまた、雪歩を見つめる。
目鼻のない、黒い顔。
「あなたは、誰?」
「……」
返事はない。
「真ちゃん?」
「……」
返事はない。
返事はない。
ぼんやりと佇み、ただそこにいる彼女。
「毎晩、何をしに来ているの?」
「……」
……返事はない。
18: 2012/12/12(水) 02:30:04.59 ID:SPZKkP5N0
互いに無言のまま、見つめ合う。
吸い込まれそうな感覚、黒く塗り潰された顔。
手の平のみならず、肌がじっとりと汗ばむ。
彼女は菊地真だ。
彼女は菊地真ではない。
「真、ちゃん?」
どちらも正しいと思う。
昼に会った彼女。
今目の前にいる彼女。
どちらも彼女だと、そう思う。
「……」
返事はない。
時計の秒針が規則的に音を立てている。
ちらと見てみると、2時16分。
彼女の右手に握られたナイフが鈍く光る。
その光さえぼんやりと揺れて、そうして消えた。
「……」
午前2時から、16分間の対面。
決まった時間に現れ、決まった時間に消える彼女。
昼間に見る姿とは、まるで違う彼女。
菊地真。
軽い吐き気を覚えながら、萩原雪歩は眠りに就いた。
吸い込まれそうな感覚、黒く塗り潰された顔。
手の平のみならず、肌がじっとりと汗ばむ。
彼女は菊地真だ。
彼女は菊地真ではない。
「真、ちゃん?」
どちらも正しいと思う。
昼に会った彼女。
今目の前にいる彼女。
どちらも彼女だと、そう思う。
「……」
返事はない。
時計の秒針が規則的に音を立てている。
ちらと見てみると、2時16分。
彼女の右手に握られたナイフが鈍く光る。
その光さえぼんやりと揺れて、そうして消えた。
「……」
午前2時から、16分間の対面。
決まった時間に現れ、決まった時間に消える彼女。
昼間に見る姿とは、まるで違う彼女。
菊地真。
軽い吐き気を覚えながら、萩原雪歩は眠りに就いた。
19: 2012/12/12(水) 02:36:25.61 ID:SPZKkP5N0
「おはよう、雪歩」
太陽の様に笑う彼女。
「……」
ぼんやりと佇む、もう一人の彼女。
頭の中がまとまらない感覚。
胃が裏返る様な気持ちの悪さ。
どちらも菊地真だ。
そんな筈はない。
どちらも菊地真だ。
そんな筈はない。
頭の中がまとまらない感覚。
気が付けば、2時。
彼女のやってくる時間。
コツ、コツン。
窓に小石のぶつかる音。
「……」
カーテンを端に寄せれば、ガラス越しにその姿があった。
太陽の様に笑う彼女。
「……」
ぼんやりと佇む、もう一人の彼女。
頭の中がまとまらない感覚。
胃が裏返る様な気持ちの悪さ。
どちらも菊地真だ。
そんな筈はない。
どちらも菊地真だ。
そんな筈はない。
頭の中がまとまらない感覚。
気が付けば、2時。
彼女のやってくる時間。
コツ、コツン。
窓に小石のぶつかる音。
「……」
カーテンを端に寄せれば、ガラス越しにその姿があった。
20: 2012/12/12(水) 02:40:24.21 ID:SPZKkP5N0
窓を開ける。
生温い空気が肌を撫でた。
「真ちゃん」
「……」
返事はない。
返事はない。
「真ちゃん」
「……」
……返事はない。
ぼんやりと佇み、ただそこにいる彼女。
雪歩の声が震える。
「どうして、左腕もあるの?」
「……」
返事はない。
暗がりの中、街灯に輪郭を照らされてぼんやりと佇んでいた。
生温い空気が肌を撫でた。
「真ちゃん」
「……」
返事はない。
返事はない。
「真ちゃん」
「……」
……返事はない。
ぼんやりと佇み、ただそこにいる彼女。
雪歩の声が震える。
「どうして、左腕もあるの?」
「……」
返事はない。
暗がりの中、街灯に輪郭を照らされてぼんやりと佇んでいた。
21: 2012/12/12(水) 02:48:24.06 ID:SPZKkP5N0
力無く垂れ下がった袖。
けれど、そこに確かに左腕が通っている。
右手に握られたナイフが鈍く光る。
互いに無言のまま、見つめ合う。
吸い込まれそうな感覚、黒く塗り潰された顔。
「真ちゃん」
「……」
返事はない。
返事はない。
力無くぼんやりと揺れる左腕。
時に雪歩の手を掴み、時に拳を握るその左腕。
彼女は菊地真だ。
そんな筈はない。
頭の中がまとまらない感覚。
16分。
溶けるように消えた彼女。
ぼんやりと佇んでいた筈の彼女。
菊地真のような彼女。
「一体、なんなの……!」
震えながら、萩原雪歩は再び眠りに就いた。
けれど、そこに確かに左腕が通っている。
右手に握られたナイフが鈍く光る。
互いに無言のまま、見つめ合う。
吸い込まれそうな感覚、黒く塗り潰された顔。
「真ちゃん」
「……」
返事はない。
返事はない。
力無くぼんやりと揺れる左腕。
時に雪歩の手を掴み、時に拳を握るその左腕。
彼女は菊地真だ。
そんな筈はない。
頭の中がまとまらない感覚。
16分。
溶けるように消えた彼女。
ぼんやりと佇んでいた筈の彼女。
菊地真のような彼女。
「一体、なんなの……!」
震えながら、萩原雪歩は再び眠りに就いた。
22: 2012/12/12(水) 02:58:55.14 ID:SPZKkP5N0
「おはよう、雪歩」
「……おはよう、真ちゃん」
「あれ、元気ないみたいだけど大丈夫?」
こちらを覗き込む彼女の顔。
黒く塗り潰されてなどいない、彼女の顔。
昨日の晩に見た姿とは、まるで違う彼女。
「うん、最近ちょっと眠れなくて……真ちゃん?」
曖昧に笑いながら。
息が詰まる。
「それ……どうしたの?」
視線の先。
菊地真の左手、その甲には包帯が巻かれていた。
「ああ、これ? ちょっとヘマしちゃってさ」
明るく、照れ臭そうに話す彼女。
うっかり包丁で切ってしまった、と。
範囲は広いが傷は浅いので心配はいらない、と。
「……」
時に雪歩の手を掴み、時に拳を握るその左腕。
昨日の晩に見た彼女にもある、左腕。
「……おはよう、真ちゃん」
「あれ、元気ないみたいだけど大丈夫?」
こちらを覗き込む彼女の顔。
黒く塗り潰されてなどいない、彼女の顔。
昨日の晩に見た姿とは、まるで違う彼女。
「うん、最近ちょっと眠れなくて……真ちゃん?」
曖昧に笑いながら。
息が詰まる。
「それ……どうしたの?」
視線の先。
菊地真の左手、その甲には包帯が巻かれていた。
「ああ、これ? ちょっとヘマしちゃってさ」
明るく、照れ臭そうに話す彼女。
うっかり包丁で切ってしまった、と。
範囲は広いが傷は浅いので心配はいらない、と。
「……」
時に雪歩の手を掴み、時に拳を握るその左腕。
昨日の晩に見た彼女にもある、左腕。
23: 2012/12/12(水) 03:03:05.61 ID:SPZKkP5N0
午前2時。
「……」
コツ、コツン。
窓に小石のぶつかる音。
カーテンを端に寄せ、ガラス越しにその姿を見る。
コツ、コツン。
尚も飛んではぶつかる小石。
「……」
窓を開け、声をかける。
「真ちゃん」
「……」
返事はない。
「あなたは、誰なんですか?」
「……」
返事はない。
返事はない。
「どうして、両足があるんですか!?」
「……」
……返事はない。
「……」
コツ、コツン。
窓に小石のぶつかる音。
カーテンを端に寄せ、ガラス越しにその姿を見る。
コツ、コツン。
尚も飛んではぶつかる小石。
「……」
窓を開け、声をかける。
「真ちゃん」
「……」
返事はない。
「あなたは、誰なんですか?」
「……」
返事はない。
返事はない。
「どうして、両足があるんですか!?」
「……」
……返事はない。
26: 2012/12/12(水) 03:15:10.81 ID:SPZKkP5N0
互いに無言のまま、見つめ合う。
黒々とした髪に引き締まった身体。
吸い込まれそうな感覚、黒く塗り潰された顔。
力無くぼんやりと揺れる左腕。
時に雪歩の手を掴み、時に拳を握るその左腕。
立っているような、浮いているような両足。
菊地真の精妙な体捌きを支える両足。
「あなたは……誰なんですか……!」
「……」
返事はない。
右手に握ったナイフが鈍く光る。
その光さえぼんやりと揺れて、そうして消えた。
「……っ」
溶けるように消える、その間際。
何もない、なのにこちらを見つめていると分かる顔。
その顔が、はっきりと笑った。
黒々とした髪に引き締まった身体。
吸い込まれそうな感覚、黒く塗り潰された顔。
力無くぼんやりと揺れる左腕。
時に雪歩の手を掴み、時に拳を握るその左腕。
立っているような、浮いているような両足。
菊地真の精妙な体捌きを支える両足。
「あなたは……誰なんですか……!」
「……」
返事はない。
右手に握ったナイフが鈍く光る。
その光さえぼんやりと揺れて、そうして消えた。
「……っ」
溶けるように消える、その間際。
何もない、なのにこちらを見つめていると分かる顔。
その顔が、はっきりと笑った。
28: 2012/12/12(水) 03:23:55.61 ID:SPZKkP5N0
16分。
ぼんやりと佇んでいたはずの彼女。
顔を黒く塗り潰された、菊地真の様な彼女。
菊地真に似ても似つかない彼女。
頭の中がまとまらない感覚。
胃が裏返る様な気持ちの悪さ。
思い出す。
思い出す。
菊地真の左手、その甲には包帯が巻かれていた。
消え去る間際の醜悪な笑顔。
菊地真に似ても似つかない彼女。
菊地真に似ても似つかない菊地真。
彼女は菊地真だ。
そんな筈はない。
「う、げえ、ぇ……!」
耐えかねて、胃の中身を吐き出す。
吐き出す。
……吐き出す。
「はぁ……は、ぁ……う、うぅ」
ぼろぼろと涙をこぼし、泣き疲れ、萩原雪歩は眠りに就いた。
ぼんやりと佇んでいたはずの彼女。
顔を黒く塗り潰された、菊地真の様な彼女。
菊地真に似ても似つかない彼女。
頭の中がまとまらない感覚。
胃が裏返る様な気持ちの悪さ。
思い出す。
思い出す。
菊地真の左手、その甲には包帯が巻かれていた。
消え去る間際の醜悪な笑顔。
菊地真に似ても似つかない彼女。
菊地真に似ても似つかない菊地真。
彼女は菊地真だ。
そんな筈はない。
「う、げえ、ぇ……!」
耐えかねて、胃の中身を吐き出す。
吐き出す。
……吐き出す。
「はぁ……は、ぁ……う、うぅ」
ぼろぼろと涙をこぼし、泣き疲れ、萩原雪歩は眠りに就いた。
29: 2012/12/12(水) 03:28:08.73 ID:SPZKkP5N0
「おはようございますぅ……」
返事はない。
騒がしい物音に遮られ、声は届いていなかった。
「あの……」
「雪歩ちゃん!? 落ち着いて、よぅく落ち着いて聞いてね」
音無小鳥に両肩を強く掴まれる。
真剣な眼差し。
その両目は真っ赤に充血していた。
「真ちゃんが、真ちゃん、が……!」
「あの、小鳥さん? 真ちゃんに、何が」
返事はない。
騒がしい物音に遮られ、声は届いていなかった。
「あの……」
「雪歩ちゃん!? 落ち着いて、よぅく落ち着いて聞いてね」
音無小鳥に両肩を強く掴まれる。
真剣な眼差し。
その両目は真っ赤に充血していた。
「真ちゃんが、真ちゃん、が……!」
「あの、小鳥さん? 真ちゃんに、何が」
30: 2012/12/12(水) 03:42:26.74 ID:SPZKkP5N0
菊地真の精妙な体捌きを支える両足。
真っ白な包帯とギプスで固められた両足。
「命あってこその両足だもん、生きてる分まだマシだよ」
菊地真。
太陽の様に笑う彼女。
昨日の朝に見た姿とは、まるで違う彼女。
空元気だと、一目見て分かった。
「なんで……」
「車が歩道まで突っ込んできてね」
死者も出る、凄惨な事故だった。
両足の骨折だけで済んだのは不幸中の幸いだった。
「じゃあ、お大事にね。また来るから」
「うん、ありがとう。って言っても片方は軽いからすぐに松葉杖で復帰だと思うけど」
思い出す。
思い出す。
立っている様な浮いている様な両足。
ぼんやりと佇んでいたはずの彼女。
消え去る間際の醜悪な笑顔。
頭の中がまとまらない感覚。
胃が裏返る様な気持ちの悪さ。
萩原雪歩は、曖昧な意識の中で帰宅した。
真っ白な包帯とギプスで固められた両足。
「命あってこその両足だもん、生きてる分まだマシだよ」
菊地真。
太陽の様に笑う彼女。
昨日の朝に見た姿とは、まるで違う彼女。
空元気だと、一目見て分かった。
「なんで……」
「車が歩道まで突っ込んできてね」
死者も出る、凄惨な事故だった。
両足の骨折だけで済んだのは不幸中の幸いだった。
「じゃあ、お大事にね。また来るから」
「うん、ありがとう。って言っても片方は軽いからすぐに松葉杖で復帰だと思うけど」
思い出す。
思い出す。
立っている様な浮いている様な両足。
ぼんやりと佇んでいたはずの彼女。
消え去る間際の醜悪な笑顔。
頭の中がまとまらない感覚。
胃が裏返る様な気持ちの悪さ。
萩原雪歩は、曖昧な意識の中で帰宅した。
32: 2012/12/12(水) 03:54:30.39 ID:SPZKkP5N0
コツ、コツン。
窓に小石のぶつかる音。
「……」
カーテン越しに音が響く。
コツ、コツン。
尚も飛んではぶつかる小石。
「……聞こえない、聞こえない!」
時計は2時を指している。
「雪歩、雪歩」
「聞こえ、ない……!」
耳元で囁く、馴染みの声。
手の平のみならず、肌がじっとりと汗ばむ。
窓に小石のぶつかる音。
「……」
カーテン越しに音が響く。
コツ、コツン。
尚も飛んではぶつかる小石。
「……聞こえない、聞こえない!」
時計は2時を指している。
「雪歩、雪歩」
「聞こえ、ない……!」
耳元で囁く、馴染みの声。
手の平のみならず、肌がじっとりと汗ばむ。
33: 2012/12/12(水) 03:57:42.50 ID:SPZKkP5N0
思い出す。
思い出す。
黒く塗り潰された顔。
消え去る間際の醜悪な笑顔。
彼女は菊地真だ。
そんな筈はない。
頭の中がまとまらない感覚。
胃が裏返る様な気持ちの悪さ。
「雪歩、雪歩」
「……っ、聞こえない!」
うずくまり、目を閉じ、耳を塞ぎ、それでも尚聞こえる彼女の声。
時計の秒針が規則的に音を立てている。
「迎えに来たよ、雪歩」
「う……うぅ……!」
震えながら、ただ時間が過ぎるのを待つ。
「雪歩、明日も来るよ」
その言葉を最後に、その晩はもう彼女の声が聞こえてくることはなかった。
朝日が上り母親の声を聞いてから、ようやく萩原雪歩は眠りに就いた。
思い出す。
黒く塗り潰された顔。
消え去る間際の醜悪な笑顔。
彼女は菊地真だ。
そんな筈はない。
頭の中がまとまらない感覚。
胃が裏返る様な気持ちの悪さ。
「雪歩、雪歩」
「……っ、聞こえない!」
うずくまり、目を閉じ、耳を塞ぎ、それでも尚聞こえる彼女の声。
時計の秒針が規則的に音を立てている。
「迎えに来たよ、雪歩」
「う……うぅ……!」
震えながら、ただ時間が過ぎるのを待つ。
「雪歩、明日も来るよ」
その言葉を最後に、その晩はもう彼女の声が聞こえてくることはなかった。
朝日が上り母親の声を聞いてから、ようやく萩原雪歩は眠りに就いた。
34: 2012/12/12(水) 04:04:55.33 ID:SPZKkP5N0
「彼女は毎夜、短剣を手に迎えに来ますぅ」
白い壁。
白い床。
白い天井。
白いカーテンと、外側から埋め立てられた窓。
「プロデューサー。プロデューサーは私がおかしくなったと思いますか?」
「……」
返事はない。
「全部真っ白で気持ち悪いと思ってますか? でも、この方が落ち着くんです……影を見ると、あの真っ黒な顔を思い出して」
「……」
返事はない。
返事はない。
「私は、真ちゃんを守らないといけないんです。きっとアレは、次に真ちゃんの顔になって来るから。もし見てしまったら、真ちゃんがまた、怪我を……!」
「……」
……返事はない。
白い壁。
白い床。
白い天井。
白いカーテンと、外側から埋め立てられた窓。
「プロデューサー。プロデューサーは私がおかしくなったと思いますか?」
「……」
返事はない。
「全部真っ白で気持ち悪いと思ってますか? でも、この方が落ち着くんです……影を見ると、あの真っ黒な顔を思い出して」
「……」
返事はない。
返事はない。
「私は、真ちゃんを守らないといけないんです。きっとアレは、次に真ちゃんの顔になって来るから。もし見てしまったら、真ちゃんがまた、怪我を……!」
「……」
……返事はない。
36: 2012/12/12(水) 04:21:04.34 ID:SPZKkP5N0
「どうでしたか?」
「行かない方がいい。お前の顔を見ると多分、暴れる」
「そう、ですか……」
俯く真の頭を、プロデューサーの手が優しく撫でた。
両足を骨折する事故から3ヶ月。
菊地真の唯一無二の親友は、心を病んでいると診断されていた。
「お前のそっくりさんが毎晩ナイフを持って現れて、顔を見せようとする……らしい」
「……」
「左手の怪我や足の骨折も、そいつの左腕や足を見た時に起こった。だから今度も絶対。雪歩はそう言ってる」
「……馬鹿げてますよ」
「そうだな」
玄関を抜け、堅固な門をくぐり、振り返る。
一部分だけ色の違う壁。
埋め立てられた窓。
辺りを見回す。
舗装された道。
マンホール。
錆び付いた街灯。
「ただの見間違いだよ、雪歩……」
プロデューサーと真の乗った車は、萩原邸を後にした。
「行かない方がいい。お前の顔を見ると多分、暴れる」
「そう、ですか……」
俯く真の頭を、プロデューサーの手が優しく撫でた。
両足を骨折する事故から3ヶ月。
菊地真の唯一無二の親友は、心を病んでいると診断されていた。
「お前のそっくりさんが毎晩ナイフを持って現れて、顔を見せようとする……らしい」
「……」
「左手の怪我や足の骨折も、そいつの左腕や足を見た時に起こった。だから今度も絶対。雪歩はそう言ってる」
「……馬鹿げてますよ」
「そうだな」
玄関を抜け、堅固な門をくぐり、振り返る。
一部分だけ色の違う壁。
埋め立てられた窓。
辺りを見回す。
舗装された道。
マンホール。
錆び付いた街灯。
「ただの見間違いだよ、雪歩……」
プロデューサーと真の乗った車は、萩原邸を後にした。
38: 2012/12/12(水) 04:32:18.54 ID:SPZKkP5N0
ぴちょん。
排水タイルに水滴の垂れる音。
右手に握ったナイフが鈍く光る。
菊地真のよく知る彼女。
亜麻色の切り揃えられた髪に線の細い身体、萩原雪歩。
唯一無二の、親友。
「……はぁー、はぁー」
石鹸とシャンプーの香りが薄く漂う浴室。
右手に握ったナイフが鈍く光る。
萩原雪歩。
菊地真の顔に怯える彼女。
心を病んでしまった彼女。
心優しい、繊細な少女。
かけがえのない、唯一無二の親友。
「プロデューサー、父さん、母さん、皆……ごめんっ」
右手に握ったナイフが鈍く光る。
その光が、ぼんやりと揺れた。
排水タイルに水滴の垂れる音。
右手に握ったナイフが鈍く光る。
菊地真のよく知る彼女。
亜麻色の切り揃えられた髪に線の細い身体、萩原雪歩。
唯一無二の、親友。
「……はぁー、はぁー」
石鹸とシャンプーの香りが薄く漂う浴室。
右手に握ったナイフが鈍く光る。
萩原雪歩。
菊地真の顔に怯える彼女。
心を病んでしまった彼女。
心優しい、繊細な少女。
かけがえのない、唯一無二の親友。
「プロデューサー、父さん、母さん、皆……ごめんっ」
右手に握ったナイフが鈍く光る。
その光が、ぼんやりと揺れた。
40: 2012/12/12(水) 04:39:25.55 ID:SPZKkP5N0
コン、コンコン。
扉を叩く音。
「雪歩、雪歩」
「……」
返事はない。
「雪歩。ここを出よう、迎えに来たんだ」
「……」
返事はない。
返事はない。
「大丈夫、本物の菊地真だよ。雪歩、もう居もしない偽物に怯えなくていいんだ」
「……」
……返事はない。
「雪歩、入るよ?」
「……真ちゃん、なの?」
注意していなければ聞こえないほど、か細く震えた声だった。
扉を叩く音。
「雪歩、雪歩」
「……」
返事はない。
「雪歩。ここを出よう、迎えに来たんだ」
「……」
返事はない。
返事はない。
「大丈夫、本物の菊地真だよ。雪歩、もう居もしない偽物に怯えなくていいんだ」
「……」
……返事はない。
「雪歩、入るよ?」
「……真ちゃん、なの?」
注意していなければ聞こえないほど、か細く震えた声だった。
42: 2012/12/12(水) 04:52:19.06 ID:SPZKkP5N0
「うん、ボクだよ。正真正銘、本物の菊地真」
「本当に……?」
今すぐにでもドアを開け、抱き締めて、もう心配いらないと教えてあげたい。
幾夜も孤独と恐怖の中で過ごして来た彼女を、1秒でも早く安心させてやりたい。
「……信じられないよ」
「どうしたら、信じてもらえるかな?」
逸る気持ちを抑えながら、慎重に雪歩と会話を重ねる。
ドアノブを掴もうとする右手を、左手で抑え込む。
胸が高鳴るのを感じながら、深くゆっくりとした呼吸を意識する。
「……分からない。信じたいけど、怖いよ」
今にも泣き出しそうな声。
たまらず、目頭が熱くなった。
「じゃあ、いつものアレ。アレをやれば信じてくれるかな」
「アレ……?」
信じてくれる。
信じてくれるに違いない。
深呼吸をして、息と気持ちを整え。
一息に言った。
「せーの……まっこまっこりーん!!」
「本当に……?」
今すぐにでもドアを開け、抱き締めて、もう心配いらないと教えてあげたい。
幾夜も孤独と恐怖の中で過ごして来た彼女を、1秒でも早く安心させてやりたい。
「……信じられないよ」
「どうしたら、信じてもらえるかな?」
逸る気持ちを抑えながら、慎重に雪歩と会話を重ねる。
ドアノブを掴もうとする右手を、左手で抑え込む。
胸が高鳴るのを感じながら、深くゆっくりとした呼吸を意識する。
「……分からない。信じたいけど、怖いよ」
今にも泣き出しそうな声。
たまらず、目頭が熱くなった。
「じゃあ、いつものアレ。アレをやれば信じてくれるかな」
「アレ……?」
信じてくれる。
信じてくれるに違いない。
深呼吸をして、息と気持ちを整え。
一息に言った。
「せーの……まっこまっこりーん!!」
44: 2012/12/12(水) 04:57:39.79 ID:SPZKkP5N0
「……」
返事はない。
「あ、あれ?」
「……」
返事はない。
返事はない。
「駄目、かな?」
「……」
……返事はない。
「……雪歩ー?」
「ぷ、ふふ……ふふ、あはははは!」
明るい笑い声。
菊地真のよく知る彼女の、控え目な。
けれど今は、遠慮のない。
「雪歩、入ってもいいかな?」
「ふふ、うふふ……うん、そんなの本当の真ちゃん以外、あは、言わないもんね」
「ひどいなぁ、どういう意味? ……へへ、それじゃあ入るね」
返事はない。
「あ、あれ?」
「……」
返事はない。
返事はない。
「駄目、かな?」
「……」
……返事はない。
「……雪歩ー?」
「ぷ、ふふ……ふふ、あはははは!」
明るい笑い声。
菊地真のよく知る彼女の、控え目な。
けれど今は、遠慮のない。
「雪歩、入ってもいいかな?」
「ふふ、うふふ……うん、そんなの本当の真ちゃん以外、あは、言わないもんね」
「ひどいなぁ、どういう意味? ……へへ、それじゃあ入るね」
46: 2012/12/12(水) 05:16:14.30 ID:SPZKkP5N0
「……真ちゃん、それ」
「うん、切ってみた」
真の頬に貼られたガーゼ。
右の耳元から顎の先までを覆っていた。
「なん、で」
「雪歩の話を聞いて考えたんだけどね。多分そのお化けは、自分にない場所をボクに怪我させて生気? みたいなのを吸い取ってるのかなって」
「……」
「だから怪我をさせられる前に自分で怪我をすれば、それ以上大きな怪我はしないんじゃって思ったんだ」
「で、でも顔に傷なんて……」
「大丈夫だよ、ほら。左手の怪我も全然分からないでしょ? 同じ感じに切ったからこれも後なんて残らないよ。プロデューサーにはすっごく怒られたけどね、へへ」
菊地真。
太陽の様に笑う彼女。
萩原雪歩のよく知る彼女。
「ふふ、理由も曖昧だし、やり方もめちゃくちゃだよぉ」
「でもほら、昨日はお化け、現れなかったんじゃない?」
「あ……そう言えば」
毎夜、耳元で囁いていた彼女。
菊地真に似ても似つかなかった黒い顔の彼女。
昨日の晩は、現れなかった彼女。
「ね? これで良かったんだよ。じゃあお互いの復活を祝って、何か美味しいものでも食べに行こ、あいたたた!?」
「ふふ……うん、真ちゃん!」
もうこれからは、現れない彼女。
「うん、切ってみた」
真の頬に貼られたガーゼ。
右の耳元から顎の先までを覆っていた。
「なん、で」
「雪歩の話を聞いて考えたんだけどね。多分そのお化けは、自分にない場所をボクに怪我させて生気? みたいなのを吸い取ってるのかなって」
「……」
「だから怪我をさせられる前に自分で怪我をすれば、それ以上大きな怪我はしないんじゃって思ったんだ」
「で、でも顔に傷なんて……」
「大丈夫だよ、ほら。左手の怪我も全然分からないでしょ? 同じ感じに切ったからこれも後なんて残らないよ。プロデューサーにはすっごく怒られたけどね、へへ」
菊地真。
太陽の様に笑う彼女。
萩原雪歩のよく知る彼女。
「ふふ、理由も曖昧だし、やり方もめちゃくちゃだよぉ」
「でもほら、昨日はお化け、現れなかったんじゃない?」
「あ……そう言えば」
毎夜、耳元で囁いていた彼女。
菊地真に似ても似つかなかった黒い顔の彼女。
昨日の晩は、現れなかった彼女。
「ね? これで良かったんだよ。じゃあお互いの復活を祝って、何か美味しいものでも食べに行こ、あいたたた!?」
「ふふ……うん、真ちゃん!」
もうこれからは、現れない彼女。
48: 2012/12/12(水) 05:24:09.84 ID:SPZKkP5N0
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「何だったんですかね」
「何だったんでしょうね」
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「小鳥さんは、信じられますか?」
「いいえ、ちっとも」
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「ですよねえ」
「はい」
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「そもそも幽霊とかって信じます?」
「怪談話としてはありかも知れませんけど」
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「ですよねぇ」
「はい」
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「何だったんですかね」
「何だったんでしょうね」
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「小鳥さんは、信じられますか?」
「いいえ、ちっとも」
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「ですよねえ」
「はい」
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「そもそも幽霊とかって信じます?」
「怪談話としてはありかも知れませんけど」
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「ですよねぇ」
「はい」
二人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
49: 2012/12/12(水) 05:30:50.94 ID:SPZKkP5N0
一人は、コーヒーをクルクルとかき混ぜる。
「ところで」
「はい?」
一人は、その手を止めていた。
「小鳥さんは昨日、俺のアパートの前まで来てませんよね?」
二人は、その手を止めていた。
「……」
返事はない。
「小鳥さん?」
「……」
返事はない。
返事はない。
「……小鳥さん」
「……」
……返事はない。
吸い込まれそうな感覚、黒く塗り潰された水。
カップの中で、未だコーヒーがクルクルと回っていた。
おわり
「ところで」
「はい?」
一人は、その手を止めていた。
「小鳥さんは昨日、俺のアパートの前まで来てませんよね?」
二人は、その手を止めていた。
「……」
返事はない。
「小鳥さん?」
「……」
返事はない。
返事はない。
「……小鳥さん」
「……」
……返事はない。
吸い込まれそうな感覚、黒く塗り潰された水。
カップの中で、未だコーヒーがクルクルと回っていた。
おわり
53: 2012/12/12(水) 05:43:52.54
引き込まれたわ
おつ
おつ
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