1: 2012/12/26(水) 14:40:46.97 ID:LwG5UGws0
律子「ダーリン、あーんして♪」

涼「あーん」

律子「……どう?」

涼「……ん。これ、美味しいよ! リンゴの焼き具合が絶品だよ! 律子姉ちゃん」

律子「ふっふー。そうでしょう? これもダーリンに料理を教えてもらってるおかげね」

涼「いやいや、僕だってこんな絶妙な焼き具合にできないよ。さすが律子姉ちゃん」

律子「そんなことないわよ。こないだのパエリアとかとても真似できないわよ。盛りつけの綺麗さとか、私まだまだだもん」

涼「あれはそんな難しいわけじゃ……。そうだ、今度一緒に作ろうよ」

律子「本当? ありがとう、ダーリン♪」

涼「こちらこそだよ。はい、律子姉ちゃんも、あーん」

律子「あーん」

2: 2012/12/26(水) 14:42:25.96 ID:LwG5UGws0
伊織「ねえ」

真「ん?」

伊織「なによ、あれ」

真「なにって……律子が焼いてきたお菓子を涼に食べさせて上げてるんだろ。いや、食べさせ合いっこか」

伊織「そんなこと言ってるんじゃないわよ。なんで、事務所であんなもの見せつけられなきゃいけないのかって言ってるの!」

真「涼と律子がいちゃついてるのはいつものことだろ……。もう諦めようよ」

伊織「……あんた、アイドルどころか、女の子がしちゃいけない目してるわよ」

真「そう?」

伊織「死んだ魚の目みたい」

真「そうもなるよ。毎日毎日あんなの見てたら」

伊織「……そうよね。毎日だものね」

真「うん。まあ、さすがに外ではやらかさないけどね。その分、ボクらはたまったもんじゃないけどさ。あ、焼きリンゴのタルト食べる? 美味しいよ」

3: 2012/12/26(水) 14:43:41.52 ID:LwG5UGws0
伊織「律子が焼いたの? いただくわ。……ふうん。美味しいわね、相変わらず」

真「春香としのぎを削るくらいだよね」

伊織「そこらのプロ顔負けだものね。……ま、それも涼のためでしょうけど」

美希「真くん。ミキにも一つちょうだい」

真「ああ、美希。起きたんだね。はい」

美希「ありがと……。ほんとに美味しいね。これ」

伊織「涼のおまけだろうとなんだろうと、美味しいお菓子が食べられるのはいいとしましょう。
でも、その対価があの光景を見せつけられることなら、あんまりにも釣り合ってないわ!」

真「だから、諦めなって……」

美希「真くんがすごいどんよりした顔してるの。ついでにでこちゃんも」

伊織「ついでとか言うな! まあ、でも、曇り顔にもなるわ。ある程度の広さはあるとはいえ、同室であれだもの」

4: 2012/12/26(水) 14:44:13.41 ID:LwG5UGws0
律子「食べかすがついてるわよ、ダーリン。……ぱくっ」

涼「律子姉ちゃんも、ほら……って」

律子「らぁめ」

涼「指ごと食べないでよう」

律子「ふふっ」

涼「あははっ」

6: 2012/12/26(水) 14:46:09.11 ID:LwG5UGws0
美希「胸焼けしそうなの」

伊織「でしょ? やっぱり抗議すべきよ」

真「無駄だって……」

美希「ところで、ミキ、前から気になってるんだけど」

伊織「ん?」

美希「涼ちゃんと律子がつきあうようになったのはいいとして、なんであんな感じなんだろう? 前は、こう……律子のほうが上って感じだったでしょ?」

伊織「ああ……」

真「そもそも涼が移籍してくる前って、律子は涼の気持ちに気づいてさえいなかったもんね」

美希「あれだけバレバレだったのにね」

伊織「そういえばそうだったのよね。あの頃は……」

――――

――

7: 2012/12/26(水) 14:48:07.12 ID:LwG5UGws0
三人「ただいまー」

律子「あら、お帰り、みんな。早かったわね」

真「うん。撮影がうまく進んでね。ああ、涼もまた来てるんだ」

涼「はい、お邪魔してます」

律子「進路相談にね」

伊織「進路? 涼、あんたアイドルやめるの?」

美希「え? 涼ちゃん、引退!?」

涼「やめませんよ。アイドル楽しいですから」

律子「そうじゃなくて、大学をどうするかって話」

真「ああ、大学か……。ボクはアイドル優先させちゃったけどね。律子もそうだろ?」

律子「え? ああ、私は……」

美希「あれ、真くん、知らないの?」

真「え?」

伊織「律子は通信の大学に行ってるのよ。だから、いまは大学生で社長ね」

8: 2012/12/26(水) 14:50:56.63 ID:LwG5UGws0
真「えーっ!? そうだったの?」

律子「まあね。伊織と美希には涼と同じように進路の相談を受けてたから話したけど、真には言ってなかったっけ。
いま、涼にも、通信って手もあるわよって説明してたところ」

真「へー、そうだったんだー」

律子「通信っていってもスクーリングがあるから、ある程度通う必要があることとか説明してたわけ」

涼「うん、参考になったよ。ありがとう、律子姉ちゃん」

律子「どういたしまして」

真「それにしても、よく来るよね、涼」

伊織「同じ事務所のアイドルかと思うくらいにね」

美希「律子目当てって見え見えなの」

伊織「しょうがないわよ。惚れてるんだもの」

涼「な、え、そ、そんなことは、あの、えっと……」

美希「涼ちゃん顔真っ赤」

9: 2012/12/26(水) 14:53:27.62 ID:LwG5UGws0
律子「美希も伊織もおかしなこと言わない。涼ものせられないの」

涼「あ……うん」

伊織「……あの様子だと、律子のほうは本気で気づいてないっぽいわよね」

美希「涼ちゃん、かわいそうかも」

真「律子だしなあ……。難敵だよね、涼にとっては」

律子「? なにこそこそ話してるのよ」

真「いや、どうせなら、涼はうちに移籍したらいいのにって」

涼「はい?」

伊織「そうね。これだけ通い詰めてるんだし、いっそ、ねえ」

美希「いつまでも事務所に1グループだけってのも寂しいよね」

涼「いえ、そうは言っても……」

10: 2012/12/26(水) 14:55:49.95 ID:LwG5UGws0
律子「……ねえ、涼。その話、本気で考えてみる気はない?」

涼「え? 律子姉ちゃん」 

律子「正直、うちもそろそろ仕事の幅を広げたいの。でも、私一人じゃ、他の子を育ててる余裕はないし、あなたなら……」

涼「え? 本気で言ってるの?」

律子「ええ、本気よ。もし移籍となれば、876との話は私がなんとかする。だから、涼自身がどう思うか教えてくれないかしら」

涼「僕は……」

――

――――

11: 2012/12/26(水) 14:57:30.83 ID:LwG5UGws0
伊織「……とまあ、こんな感じで涼は移籍してきたわけだけど」

真「うんうん。あったね、そんなこと」

美希「移籍してすぐは、律子は涼ちゃんのこと、男として意識してなかったと思うな。全然そういう雰囲気なかったもん」

真「それがいまじゃあ、律子のほうが献身的……。まあ、律子の趣味からすると納得ではあるけど」

伊織「それにしたって、なにかきっかけがないと、昔からの関係がああも変化はしないわよ」

美希「訊いてみる?」

真「え? のろけられるだけじゃない?」

美希「それにしたって、二人だけの空間作られてるよりましだと思うな」

伊織「……賛成。せめて他人がいることくらい認識させないと」

真「レッスンの時間までただあれを見てるのも……か。まあ、同じ胸焼けなら、こっちと話してもらってる方がましだよね」

伊織「うん、じゃあ、そうしましょう」

美希「じゃあ、レッツゴー」

13: 2012/12/26(水) 14:59:53.52 ID:LwG5UGws0
律子「ねえ、ダーリン」

涼「なあに、律子姉ちゃん」

律子「今日、あんまり忙しくはないんだけど、少し遅い時間に約束があってそれまでは事務所にいなきゃいけないの。
ダーリンはどうする?」

涼「何時?」

律子「八時に人が来るから、最低でも九時ね」

涼「じゃあ……先に帰って律子姉ちゃんが帰ってくるまでに晩ご飯作っておくよ」

律子「本当? そうしてもらえると嬉しいな。ごはんとっても楽しみ」

涼「うん、期待してて」

14: 2012/12/26(水) 15:01:14.29 ID:LwG5UGws0
真「あああ……口の中が甘い」

美希「人間が砂糖を吐けるとしたら、いまこの時こそだと思うな」

律子「? なに言ってるの、真に美希も」

伊織「わかってないのがすごいわね、相変わらず。それはともかく、二人に話があるの」

涼「なんでしょう、伊織さん」

真「伊織がっていうよりはボクらみんなで訊きたいことがあるんだけどね」

涼「なんだかわかりませんが、どうせなら紅茶でも淹れますね。あ、伊織さんはジュースですか?」

伊織「いいえ、私も紅茶にして。ストレートでね。砂糖もいらないわ。間に合ってるから」

涼「はい? えっと、わかりました」

15: 2012/12/26(水) 15:06:14.61 ID:LwG5UGws0
律子「それで? あ、ありがとうね、ダーリン」

涼「うん」

真「うーんと、なんて訊けばいいんだろうね、伊織」

伊織「二人のなれそめでいいんじゃないの」

涼「なれそめですか?」

律子「そりゃあ、生まれた時からよ。小さい頃からお姉ちゃん、お姉ちゃんって慕ってくれて……」

真「いやいやいや」

16: 2012/12/26(水) 15:11:15.33 ID:LwG5UGws0
美希「さすがにそれは知ってるの……」

律子「え?」

伊織「え、じゃないわよ。あんたたちが従姉弟なくらいわかってるわよ。そうじゃなくて、涼が移籍してからの話」

涼「ああ、そういうことですか」

美希「涼ちゃんも、やっぱりどこかずれてるところあるよね」

律子「移籍後の話? うーん……」

真「話しにくいの?」

律子「いえ、ダーリンにしてもらったことを話すのは、まあ、少し気恥ずかしいけど、でも……」

涼「……」

美希「ミキ、なんとなくわかるな」

真「え?」

美希「もしかして、あの人の話もしなきゃいけなくなるからじゃない?」

18: 2012/12/26(水) 15:14:49.89 ID:LwG5UGws0
伊織「ああ……そういうこと」

真「はへ?」

律子「……伊織はともかく美希まで察してるなんて……。でも、そうね。良い機会かもしれないわね」

真「……あの、おいてけぼりなんだけど……」

律子「最初から話すわ。真もわかるようにね」

真「うん、お願いするよ」

律子「じゃあ、まず、765プロにプロデューサーがやってきた二年半前からね」

真「え、そこから?」

律子「最初からって言ったでしょう? ともあれ、長い話じゃないわよ。彼は短期間のうちに十三人、十二組のアイドルを売れっ子に育て上げた。
これはいいわよね?」

真「うん。ボクら自身のことだしね」

涼「正直、傍から見ると、信じられないような話なんですけどね……」

伊織「女装アイドルでトップになって、しかもその後にカミングアウトしてもランクも落とさず爆走しているって話よりは現実味があると思うけど?」

19: 2012/12/26(水) 15:18:03.17 ID:LwG5UGws0
涼「う……」

律子「でも、ダーリンを女装で売り出すなんて、いま考えるととてつもない損失よね。あの頃の私を張り飛ばしたい所よ。
こんなかっこいい人を見て、なんで女装させるんだって……。あ、でも、かわいいのも間違いないし……悩むわね……」

美希「流石に話がずれすぎだと思うな」

律子「……ごめんなさい。ええと、そうして765の十三人が売れっ子になったわけだけど、Aランクアイドルは五人だったわよね?」

涼「ここにいる四人と千早さんだね」

律子「そう。そのうち、千早は海外に進出。私は引退して、この事務所を起ち上げた。プロデューサーと、Aランクの残り三人を連れてね」

伊織「高木のおじさまも思い切ったわよね。
いくら私たちを育てたプロデューサーが独立するからって、トップランクのアイドルを全員ついて行かせるなんて。
グループ会社だから、そりゃ、損はありえないわけだけれど、でもねえ……」

20: 2012/12/26(水) 15:23:14.81 ID:LwG5UGws0
律子「そこは、残るメンバーの才能を評価していたっていうのもあると思うわよ」

真「続々とAランクに上がってきてるものね」

美希「ミキたちも気を抜けないの」

伊織「新しいプロデューサーをいきなりAランクアイドル担当にするなんて賭けをすることもないわね。考えてみれば」

律子「そうそう。高ランクはある意味で、扱いにくいのよ。なにしろ、影響力が大きいから。ともあれ、そんな風に、
私たちの事務所は船出したわけね。その半年後……だいたい一年前か。プロデューサーが退社する」

真「お父さんが倒れたんだよね。しかたないことだけど寂しかったな」

美希「……それ、嘘なの、真くん」

真「え?」

伊織「私は新堂に頼んで調べてもらったんだけど、なんで美希は知ってるわけ?」

律子「伊織、そんなことしてたの」

伊織「だって、法的なこととか金銭的なこととか、援助できることがあるかもって思ったから。……ま、無駄だったけど」

21: 2012/12/26(水) 15:27:39.89 ID:LwG5UGws0
美希「さすがでこちゃん。ミキはなにも考えずに、ただつっぱしっちゃった」

伊織「でこちゃん言うな。……あんた、あいつのこと慕ってたものね。ハニー……だっけ」

美希「うん、そうだったね」

真「あ、それ、懐かしいね。もう聞かなくなったけど……」

美希「ミキ、あの人のこと、大好きだったから。あの人の気持ちが律子に向かってるのは知ってたけど、それでも……。
いまも間違ってなかったと思うよ。あの人を好きになったこと自体はね。でも……」

律子「美希」

美希「あ、ごめんなさい、律子さん。えっとね、ミキ、あの人が急に辞めちゃった後で、あの人の実家まで、一人で行ったの。
お父さんが倒れて、実家に戻るって話だったから」

涼「よく実家の場所がわかりましたね」

美希「……社長室に忍び込んで、書類を見たの。ごめんなさい、律子さん」

律子「……あんたねえ」

22: 2012/12/26(水) 15:32:01.43 ID:LwG5UGws0
美希「本当にごめんなさい」

律子「……もう、いいわ。鍵のかかった場所に保管してなかった私も悪いし。気にしなくて良いわよ」

美希「うん。ありがと。それでね、ミキ、一人で徳島まで行って」

真「……徳島出身なんだ」

美希「うん。それで、あの人の実家の近くまで来たら、おばあちゃんが大きな荷物抱えて困ってたから、ミキ手伝ったの」

伊織「あら、偉いわね」

美希「そのおばあちゃんがね、あの人の実家の三軒となりの家の人で、話を聞けたんだ」

涼「いいことしたのが報われましたね」

美希「うん。知り合いを訪ねてきたんだけど、元気にしてるかな、って話を向けてみたらね……」

伊織「父親は倒れてなんかいない。東京に出た長男はこないだ顔を出しに来たけど、そこに居着いているわけじゃない。
そんなところよね?」

23: 2012/12/26(水) 15:36:31.24 ID:LwG5UGws0
美希「うん。そうだって」

真「どういうことなのさ……」

美希「ミキね、おばあちゃんを疑うわけじゃないけど、あの人の実家を見張ってみたの。こっそりとね。
そうしたら、あの人にちょっと似たおじさんが、元気そうに畑仕事から戻って来てたよ。たぶん、あれがあの人のお父さんだと思う。
でも、あの人は……いなかったの」

律子「美希……」

美希「ミキ、アイドルやめてもいいと思ってたんだよ。あの人が大変なら、それを支えて上げたいって……。でもね……」

真「……美希」

美希「結局、その日のうちになんとか東京に戻ってきて。次の日の朝に、あの人のマンションに行ってみたんだ。
本当なら、もう引き払ってるはずの場所に。
そしたらね、これまで見たことないくらいきっちりネクタイしめてスーツもぱりっと着こなしたあの人が出てくるのが見えたの」

24: 2012/12/26(水) 15:40:19.69 ID:LwG5UGws0
美希「そこで、ようやく気づいたんだ。ミキも律子も捨てられたんだって」

律子「そういう言い方は良くないわよ」

美希「じゃあ、二人ともふられたの。これは間違ってないはずだよ?」

律子「それは認めざるを得ないわ」

真「で、でも、なんでさ。なんで嘘ついてまで……」

伊織「そのほうが私たちがショックを受けないって思ったんじゃないの? 実際、真はショックでしょ、いま」

真「そ、それはそうだけど、でも、嘘つかなくたって……」

伊織「当人だって嫌じゃない。まるで逃げ出すみたいで」

律子「逃げる、か……。どうなのかしらね。そこは」

伊織「違う?」

律子「そもそも、彼は独立したかったわけじゃないもの。私が自分の夢に巻きこんだだけよ」

真「そうなんだっけ?」

律子「最初は彼を社長に据えて、私がその下でプロデュース業を学ぶっていう形で行くつもりだったんだけれど、それは断られたの」

25: 2012/12/26(水) 15:45:10.87 ID:LwG5UGws0
涼「そのほうが、最終的にはよかったろうって石川社長は言っていたけどね」

真「え?」

涼「いいかな? 律子姉ちゃん」

律子「ええ、もちろん」

涼「じゃあ、話すね。皆さんのライブがテレビで取りあげられていた時だったと思います。石川社長が僕に言ったことがあったんですよ。
あなたの従姉は選択肢を間違ったかもしれないって」

伊織「へえ?」

涼「律子姉ちゃんが独立するときには、いくつかの選択肢があって、さっき言ったように、律子姉ちゃんがプロデューサーになるって道もありました。
でも、実際には、律子姉ちゃんが社長、みなさんのプロデューサーさんがそのままプロデューサーという形になったわけです」

美希「うん、そうだね」

26: 2012/12/26(水) 15:49:51.22 ID:LwG5UGws0
涼「それまでは高木社長の下で、十三人の面倒を見ていた人が、選び抜かれたAランク三人だけを担当する。
しかも社長は律子姉ちゃん……元々の担当アイドル、となれば、かなり自由が利くだろうと、周囲は思います」

伊織「律子が高木のおじさまより甘いっていう認識は、かなり間違ってるわよね」

律子「ちょっと。765で私がきつくしてたのは、高木社長やプロデューサーが大人の余裕で構えてたから、その対比でしょ。役割よ、役割!」

美希「……そうかなー」

律子「んぅ?」

美希「な、なんでもないの」

真「……涼、律儀に聞いてないで続けていいよ?」

涼「あ、そうですか? いや、ほほえましくて」

真「まあ、わかるけど」

律子「だ、ダーリン?」

美希「むーっ!」

27: 2012/12/26(水) 15:54:05.20 ID:LwG5UGws0
涼「あはは。じゃあ、続けるね。ええと、ともかくそういう風に業界は見ていて、そうなると、期待するわけです。
……それこそ、舞さんの往年の活躍すら霞むほどのものを見せてくれるんじゃないかと」

美希「んー……。ミキたち、活躍できてなかった?」

律子「そんなことはないわ。あなたたちもあの人も頑張った。結果もそれについてきた。それでも満足しない人たちがいたってことよ」

涼「どんなにやっても満足はしなかったでしょうね。やっかみも含んでたでしょうから」

伊織「自分にも想像出来ないものを、やってみせろ……ってことね。いるわよね、そういう無責任なやつ」

律子「実際、どれだけ頑張ろうと、君なら当たり前だろう、次はどうするんだって反応しか返ってこなかったら、あなたたちなら、どう?」

真「それは……やだね。せっかく頑張ったのにってがっくりなっちゃうよ」

美希「辛い……かな、それは」

律子「あの人は、いまの世代ではプロデューサーとして第一人者になった。だからこそ、さらなるものを求められ続けて……。
業績は正当に評価されていなかったのよ」

28: 2012/12/26(水) 15:57:54.29 ID:LwG5UGws0
伊織「それに潰されたってこと?」

律子「……うん。そうだと……」

真「でもっ! プロデューサーが頑張ってることは、ボクたちが一番よく知ってたじゃないか。
苦しいのを打ち明けてくれてれば……。少しは……ボクたちだって……」

伊織「どうかしらね。私たちが慰めたって、あいつの助けになったかどうか……」

真「そうかもしれないけどっ……」

律子「私はそのことをわかってあげなきゃいけなかった。いえ、わかってはいたのよ。でも……」

美希「……」

伊織「もう過ぎた事でしょ……」

真「律子……」

涼「……プロデューサーさんが本当はなにを考えていらしたのか、部外者だった僕にはわかりません。
でも、律子姉ちゃんが、彼が辞めていったことで自分を責めていたってことは、もうおわかりかと思います」

29: 2012/12/26(水) 16:00:22.90 ID:LwG5UGws0
真「……律子の場合、必要以上に思い詰めそうだよね。ボクが言うのもなんだけど」

律子「う……」

涼「僕と律子姉ちゃんがどういう経緯で恋人になったのかという話をするには、律子姉ちゃんがそういう風に自分を責めていたという前提を
わかってもらう必要がありました。じゃあ、ここからは僕がメインに話すことになるかな。いい? 律子姉ちゃん」

律子「ええ。さすがに……。うん、私じゃ冷静じゃいられないと思うし」

涼「うん、わかった。ええと、皆さんは僕と律子姉ちゃんが、僕の移籍からしばらくして同居を始めたのは知っていると思いますが……」

美希「あ、それ。なんでか不思議だったの。あの頃はつきあってなかったし、同棲って感じじゃないよね?」

律子「あれはね、主にうちの親の意向だったのよ。若い女性の一人暮らしで、変なことが起きないように……ってね」

真「涼をそのために?」

30: 2012/12/26(水) 16:05:21.56 ID:LwG5UGws0
涼「うちの両親も賛成しての話だったんですよ。いまの部屋のほうがアイドル活動していく上では利便性が高いですし、
律子姉ちゃんと一緒なら安心ってことで」

伊織「親戚一同の意向か……。それはなかなか断りにくいわね」

律子「私も忙しすぎて家事がおろそかになってたし、二人で分担するのもいいなって思ってはいたのよ。
あくまで当時の感覚では、だけど」

美希「いまだと?」

律子「い、いきなり同棲はちょっと恥ずかしいかなって思ったり……。あ、ダーリンと暮らしてるのはとっても幸せだから、
結果的には良かったんだけどね?」

真「はいはい……」

涼「まあ、そんなわけで僕が律子姉ちゃんの部屋に引っ越したわけですけど……」




――――

――

31: 2012/12/26(水) 16:10:08.82 ID:LwG5UGws0
律子「ただいま……って、あれ、電気点けっぱなしで出かけちゃったっけ、私……。あ、違う。今日から涼が一緒なんだわ……」

涼「あ、おかえり、律子姉ちゃん」

律子「う、うん。ただいま」

涼「今日からよろしくお願いします」

律子「こちらこそ。……もう生活できるように部屋は整えた?」

涼「一応はね。棚をもう少し増やしたいところだけど……」

律子「そう。そのあたりは好きにしてくれて構わないのよ。家賃も入れてもらってるんだし」

涼「うん。ところで、ご飯の用意出来てるよ」

律子「あら……。じゃあ、着替えてから行くわ」

涼「うん、わかった」

32: 2012/12/26(水) 16:14:59.30 ID:LwG5UGws0
律子「……ずいぶん気合い入れて作ったのね」

涼「そうかな? 多かったら残してくれて良いよ。明日のお弁当に入れるし……。でも、律子姉ちゃん、驚いたよ」

律子「なにが?」

涼「冷蔵庫。入ってたの、ゼリータイプの栄養補助食品だけじゃない。律子姉ちゃん、これまでの食事は一体どうしてたの?」

律子「あ、あれは……その。……そ、そう、整理、整理しておいたのよ。事前の話し合いで、掃除は私、食事は涼の担当って
決まってたし、余計なものあると邪魔でしょ?」

涼「あ、そうなのか。そっか、ごめん、気を遣わせちゃったね」

律子「いえ、いいのよ。うん。さ、食べましょ。美味しそう」

涼「うん。どうぞいっぱい食べて」

律子「……」

涼「……どうかな?」

律子「……うん、美味しい……んじゃないかしら?」

33: 2012/12/26(水) 16:20:09.64 ID:LwG5UGws0
涼「そう。ありがとう」

律子「ねえ、涼」

涼「なに?」

律子「明日からも……夕飯作るの?」

涼「うん、そのつもりだけど?」

律子「でも、私遅くなること多いわよ?」

涼「そうだね。それは、でも言ってくれれば……。同じ事務所なんだし」

律子「……それもそうね」

涼「朝ご飯は食べられるでしょう? お昼はどうする? 僕は基本、お弁当作っていくつもりだけど、
律子姉ちゃんのも作ったら邪魔かな?」

律子「お昼は……事務所で食べられるとは限らないから、ちょっと遠慮しておくわ」

涼「そっか。わかったよ」






涼「うーん……。口に合わなかったのかなあ?」

35: 2012/12/26(水) 16:25:45.56 ID:LwG5UGws0
涼「真さん。律子姉ちゃんがこれまでどんなもの食べてたか、知ってます?」

真「え? 律子? そうだなあ……。最近はお昼一緒に食べることあんまりないんだよね。忙しいのもあるし……」

涼「そうですか……」

美希「なに話してるの?」

真「ああ、伊織に美希。いや、律子がなに食べてるかって話」

伊織「なに食べるかって?」

涼「ええと、実は、一週間前から、僕が作った夕食を食べてもらってるんですけど」

真「一緒に住みだしたもんね」

涼「はい。どうもそれが口に合わなかったらしくて……」

美希「残されちゃうの?」

涼「いえ、そういうわけではないんですけど、美味しくなさそうっていうか、あんまり進んで食べたがらないっていうか……」

36: 2012/12/26(水) 16:30:06.72 ID:LwG5UGws0
伊織「それでドラマ撮影の合間に真から情報収集? よくやるわね」

真「いいじゃないか。どうせセット待ちでしばらく暇なんだし。それに、せっかくの揃っての仕事だし」

伊織「まあ……そうね。私もその件についてはちょっと言っておこうと思ったし」

涼「はい?」

伊織「実は、ここしばらく、律子がまともな食事をしているところを見たことがないのよね。カ口リーメイトみたいなものばっか食べてて」

美希「あー、ミキもちょっと思ってた。前はお昼も誘ってくれてたけど、最近、なんかすごい急いで食べてるよね」

涼「……」

伊織「身内に、秒単位で忙しい人間がいる身として言わせてもらうけど、あれは急いでるわけじゃないわ。もちろん、さっさと済ませてるけど」

真「じゃあ、なに?」

伊織「食事を楽しめてない。ううん、忌々しいものだと思ってる。そういう態度よ」

38: 2012/12/26(水) 16:35:01.11 ID:LwG5UGws0
涼「……そう、なんですか?」

伊織「私が見る限りはね。これも親戚の話だけど……拒食症になった人の感じに似てるわ。似てるってだけで、そこまで病的じゃあないけどね」

真「大変じゃないか!」

伊織「だから、そこまでではないってば。ただ、同居している涼には気をつけておいてほしいってことで……」

美希「でこちゃんは律子が心配、と」

伊織「なによ、その言い方。当たり前でしょ。せっかくあいつも社長として順調に来てるのに……」

美希「でこちゃんは~、律子がだ~い~すき~♪」

伊織「だから、でこちゃん言うなーっ!」

真「まあ、あの二人は置いといて」

涼「いつものことですしね」

40: 2012/12/26(水) 16:39:36.51 ID:LwG5UGws0
真「そうやってにこにこ出来る涼は大物だよね。それはともかく、律子のことは、気をつけた方が良いかもね。
伊織があんな真剣な顔で言ってくるってことは……さ」

涼「はい……。様子を見ながら……僕なりにアプローチしてみます」

真「うん。ボクらじゃ手が出ないこともあるからね。……頼むよ」

涼「はい」

42: 2012/12/26(水) 16:43:30.91 ID:LwG5UGws0
涼「へえ、こんなスパイス入れてたんですね。うちとは全然違います。勉強になります」




涼「ふむふむ。こうして……ははあ」




涼「ここは……。あ、この下ごしらえが重要なんですね。いえ、効率とかじゃないんですよ。はい」

44: 2012/12/26(水) 16:47:38.02 ID:LwG5UGws0
涼「ただいまー」

律子「おかえり」

涼「あ、律子姉ちゃん帰ってたんだね」

律子「ええ。それより、涼、少し遅くない?」

涼「ごめん。お腹空いたよね。すぐ晩ご飯の用意するね」

律子「ええ、まあ、夕食は別にいいんだけどね……。このところ遅いことが多いみたいだけど、仕事終わった後、
どこかに遊びに行ってるの?」

涼「んー……まあ、ちょっと」

律子「そう。そこまで非常識な時間ってわけじゃないし、あんまりうるさく言いたくないんだけど、あなたも有名人なんだし……。ね?」

涼「うん。わかってる。でも、昔からの知り合いの所だし、スキャンダルとかはないよ」

律子「そう? ってことは女の子のところじゃないんだ?」

涼「あ、当たり前でしょ!」

律子「ふうん?」

45: 2012/12/26(水) 16:52:15.34 ID:LwG5UGws0
涼「なんで、そこで妙な顔するの?」

律子「いえ。事務所の社長としては、所属アイドルに女性の影がないことは歓迎すべきなんだけど、従姉としては……ねえ?」

涼「……そんな心配しなくても、好きな人はちゃんといるから」

律子「……ふ、ふうん?」

涼「……と、ともかく、ごはん作るね」

律子「え、ええ。あの、出来たら呼んでちょうだいね?」

涼「うん。わかった」

46: 2012/12/26(水) 16:55:32.19 ID:LwG5UGws0
涼「どうぞ召し上がれ」

律子「あれ、このロールキャベツ……」

涼「どうかした? 律子姉ちゃん」

律子「ううん。なんでもない。じゃあ、いただきます」

涼「うん。いっぱい食べても大丈夫だよ。サーモンのマリネとかはおかわりあるからね」

律子「うん……。ん……これ……。え……」

涼「え?」

律子「……」

涼「律子姉ちゃん? うわ、そんなばくばく食べなくてもご飯は逃げないよ? ね、姉ちゃん?」

律子「だって……っく」

涼「え? 泣いて……?」

律子「だって、味が、味がするんだもん! うわああああああん!」

47: 2012/12/26(水) 17:00:06.12 ID:LwG5UGws0
涼「……落ち着いた?」

律子「……うん」

涼「……お腹いっぱいになった?」

律子「うん」

涼「そっか。よかった」

律子「ごめんね、泣きわめいて。邪魔くさいでしょ? 退くね」

涼「いいよ、膝を貸すくらい。もうしばらく横になってなよ。変に動いたらお腹びっくりしちゃうよ」

律子「……いいの?」

涼「うん、いいよ」

律子「じゃあ、お言葉に甘えて……。でも」

涼「でも?」

律子「あんたに膝枕してもらうことになるなんて思っても見なかったわ」

涼「そう?」

48: 2012/12/26(水) 17:04:05.11 ID:LwG5UGws0
律子「うん。逆に私があんたを慰めることなら……。……ああ、もう。莫迦な女ね。こんな時にまで強がっちゃって」

涼「莫迦なんかじゃないとは思うけどね。力は抜いていいと思うよ」

律子「ふふっ」

涼「なにさ」

律子「かっこつけちゃって」

涼「少しくらいかっこつけさせてよ」

律子「はいはい」

涼「もう……」

律子「……ロールキャベツ」

涼「うん?」

律子「あのロールキャベツ、お母さんのだった」

涼「うん。実はおばさんに習ってきたんだ、あれ」

律子「……そっか。そうだよね。そうじゃないと、あそこまで同じにはならないよね」

49: 2012/12/26(水) 17:08:13.41 ID:LwG5UGws0
涼「うん。親戚とはいえ、やっぱり味はそれなりに違うんだなって思ったよ」

律子「……って、今日遅かったのって……うちにいってたわけ?」

涼「うん」

律子「……もしかすると、その……ここのところ遅いのは……全部?」

涼「うん、そうだよ」

律子「……なんで?」

涼「いや、食べ慣れてるご飯が一番美味しいかなって思って」

律子「そうじゃなくて」

涼「え?」

律子「なんで、そこまで?」

涼「んー。律子姉ちゃんに美味しくご飯を食べて欲しくて、かな?」

律子「……涼は、私の舌のこと、知ってたの?」

涼「舌って?」

律子「知らなかったんだ……」

51: 2012/12/26(水) 17:13:14.09 ID:LwG5UGws0
涼「うん……。ごめん。ただ、僕は律子姉ちゃんが、僕の作ったご飯食べてるところ見てて、あんまりおいしそうじゃないなって……」

律子「……知らないのに、そこまでしてくれたんだ……」

涼「律子、姉ちゃん?」

律子「あのね、涼」

涼「うん?」

律子「私ね、味覚障害ってやつだったの」

涼「ええっ!」

律子「味覚障害の中でも色々あるんだけど、一番ポピュラーな、味覚減退、あるいは味覚低下って言われる症状でね。味が、わかりにくくなるの。
んー、ほとんど味がしなくなる、味覚消失にも近かったかも」

涼「びょ、病院には?」

律子「行ってるわよ。薬だって飲んでる。まあ、薬って言っても亜鉛だけどね」

涼「亜鉛?」

52: 2012/12/26(水) 17:18:08.59 ID:LwG5UGws0
律子「うん。亜鉛の欠乏が一般的な原因らしいわよ。ただ、私の場合は、検査しても細胞におかしいところはなくて……。
たぶん、ストレスが主原因だって」

涼「ストレス……」

律子「そ。両親や高木社長に言ったら、間違いなく、会社畳んで、765に戻れって言われてたでしょうね」

涼「いや、それはどうかなあ……」

律子「原因はね……。わかってるの」

涼「律子姉ちゃん……?」

律子「一緒に独立したあの人が、この業界を去って……。ううん、私があの人を芸能界にいられなくしちゃったこと」

涼「……プロデューサーさん?」

律子「そう。あの人は、もともと独立志向ってわけじゃなかった。765でプロデューサーを続けるのでもよかった。
でも、私が会社を起ち上げたくて……あの人を誘って、そしてだめにしてしまった」

53: 2012/12/26(水) 17:22:24.76 ID:LwG5UGws0
涼「だめにって」

律子「涼。あなただってトップを走る辛さはわかるでしょう? 特にユニークな立場にあるあなたなら……」

涼「トップランナーの辛さ、か……」

律子「うん」

涼「まあ、なんとなくはね。100点満点のテストで、120点を毎回期待されてるようなものだよね」

律子「うん……。その辛さを、私が受け止めて上げなきゃいけなかった。だって、私が事務所の社長だったんだもの……。
でも、出来なかった」

涼「でも、それは律子姉ちゃんだけのことじゃ……」

律子「たぶんね、お互いに私情が入りすぎてたのよ」

涼「私情?」

律子「……言いにくいんだけど」

涼「うん」

54: 2012/12/26(水) 17:27:31.02 ID:LwG5UGws0
律子「……私、あの人に恋をしていたの」

涼「……うん。それは知ってる」

律子「はひ?」

涼「知ってたよ。律子姉ちゃんがあの人のこと好きだったこと。あの人のこと、目で追ってたもん。765にいた頃から」

律子「う、嘘」

涼「嘘じゃないよ。僕が律子姉ちゃんを見てたのと同じくらい、律子姉ちゃんがあの人を見てたのを僕は知ってる」

律子「え? ちょっと待って。涼、それって……」

涼「でも、律子姉ちゃんにその感情があるなら、余計にあの人のために動いたんじゃない?」

律子「え? あ、うん。もちろん、私はそうしたつもりだったわ。でも……それじゃ、足りなかったのよ」

涼「それは結果論じゃないかな? 律子姉ちゃんは、気遣いの出来る優しい人だもの。
プロデューサーさんの心労を和らげるよう、出来る限りのことはしたはずでしょう?」

55: 2012/12/26(水) 17:32:42.92 ID:LwG5UGws0
律子「そうかもしれない。それでも、あの人は去っていった。それは、結局の所……。
ううん、それよりも、そうやって自分を責めて、体をおかしくしてしまったことのほうが問題ね」

涼「それは、わかっていても……ってことだよね」

律子「うん。わかってるの。あの人が去っていった過去はもうやりなおすことは出来ない。
自分を責めるより、いまを見つめる方が大事って。それでも、体は言うことをきいてくれなくて」

涼「味がほとんどしないんじゃ、なにか食べる度、苦しいよね」

律子「うん……。苦しかった。舌に何枚も布がかぶさってるみたいに、ぼんやりと遠くにしか感じられないの。
それでね、そのことを自覚する度にね、なんでこんなことにって、頭の中でぶわーってなって」

涼「ゆっくり喋っていいんだよ。全部聞いてるから」

律子「うん。ごめんね、こんなにぽろぽろ泣いて」

涼「ううん。謝る必要なんかないよ」

律子「でも、みっともないでしょ? 涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、涼の膝やお腹まで濡らしてるんだもん」

57: 2012/12/26(水) 17:36:04.45 ID:LwG5UGws0
涼「そんなことない。律子姉ちゃんはいつだって綺麗だ」

律子「なんでそんなに優しいの」

涼「僕が律子姉ちゃんの味方だからじゃないかな?」

律子「味方、なの?」

涼「うん。たとえ世界中を敵に回しても、僕は律子姉ちゃんの味方でいる。出来ることなら、律子姉ちゃんを守る騎士でありたい」

律子「本気みたいに聞こえる」

涼「本気だから」

律子「涼は莫迦よ。こんな無様な女相手に、そこまでするなんて」

涼「莫迦でいいよ。律子姉ちゃんの役に立てるなら」

律子「もう……。逃げ道無くしてくれちゃって」

涼「えぇ?」

58: 2012/12/26(水) 17:40:02.78 ID:LwG5UGws0
律子「今日、涼が作ってくれたロールキャベツを食べたらね」

涼「うん」

律子「味がしたの。昔、よく食べてた味が、そのまんま、したの」

涼「そっか、よかった」

律子「うん。とっても嬉しくて、それから、怖かった」

涼「え?」

律子「また、感じなくなるんじゃないかって思って、怖くて、とにかく、手当たり次第に食べたの。
そしたら、マリネも、たこのガーリックオイル漬けも、ご飯そのものも、とってもおいしくて……」

涼「そっか、それであんなに……」

律子「うん。泣いてたのは、嬉しくてっていうのが、六割、怖いのが三割くらいだったと思う」

涼「残り一割は?」

律子「涼がなんでここまでしてくれるのか、わからなくて、混乱してた」

涼「いまはわかってるでしょう?」

律子「いまもわからないわよ」

涼「うーん……」

59: 2012/12/26(水) 17:44:36.37 ID:LwG5UGws0
律子「ねえ、涼」

涼「なに?」

律子「私の味覚障害が今日いきなり治ったとは、自分でも思えない。でも、間違いなく、これは好転だと思うの。
そして、それをもたらしてくれたのは、あなた」

涼「うん。本当に良かった」

律子「これからも、私に協力してくれる? 味方でいてくれる?」

涼「うん、もちろん。これからもずっと」

律子「私の騎士様になってくれるの?」

涼「僕の身命をなげうってでも」

律子「死なれちゃったら困るわ」

涼「う……ごめん」

律子「ちょっと頼りない……でも、私の騎士様」

涼「うん、いつまでもね」

60: 2012/12/26(水) 17:48:23.41 ID:LwG5UGws0
――

――――



涼「……と、まあ、こんな感じで……」

美希「ダウト!」

涼「ええっ!?」

律子「ちょっと。ダーリンの話はかなり正確なものよ?」

真「なにを言ってるの、美希?」

美希「ううん。さっきの話、続きがあるはずだもん!」

伊織「あー、いやー、まあ、わかるけど。でも、そこは触れないのが情けってものじゃ……」

美希「もー、でこちゃんは甘いの! 絶対、そこでちゅーしたはずなの、ちゅー!」

真「あー……」

涼「えーっと」

伊織「いや、別にそこはいいじゃない。涼が、律子の一番苦しい時を救ってくれて、その上、この先ずっと守ると誓ってくれた
ことに心打たれたってことがわかれば……」

61: 2012/12/26(水) 17:50:04.92 ID:LwG5UGws0
美希「でもでも、いまの流れなら、絶対ちゅーしたはずなの! えへへー、そうでしょ?」

伊織「人の話を聞きなさいよ」

律子「……」

涼「……律子姉ちゃん?」

律子「ええ、したわよ? キスしました! 悪い? 悪くないわよね?」

美希「う、うぇ?」

真「あ、これ駄目な方にスイッチ入った」


律子「ええ、しましたよ? キス、口づけ、口吸い、接吻……なんでもいいけど、したわよ。
あの話の後、ずっと見つめ合って……何分か、何十分か知らないけど、黙ったまま、私たちは見つめ合ってた。
言葉なんかいらなかった。ただ、そこに私がいて、涼がいて、それだけで、もう世界は完璧だったんだから。
でも、私はもっと近づきたかった。
世界で一番頼もしい私の味方に、私のことをけして見放さないでいてくれる最後の人に、もっともっと近づきたかった。
だから、手を伸ばして、頬に掌をあてたの。彼の温もりを感じたくて、でも、そうしたら、もっともっと近づきたくなった。
実際の所、どちらから動いたのか、それはわからないわ。ただ、自然に私たちは近づいて、重なり合って……」

62: 2012/12/26(水) 17:52:48.74 ID:LwG5UGws0
美希「わわわ……」


律子「そう、私たちは引き寄せられるように唇を重ねた。
ただそれだけなのに、わかったのよ。ああ、私はこの人のために生まれてきたんだって。いえ、私のために、この人は生まれてきてくれたんだって。
ファーストキスだったけれど、戸惑うことなんか全然なくて、全てがスムーズに出来たのも、この人だったからだって、ごく自然に納得できたわ。
そう、あの時、涼は私の最愛の人に、ダーリンになったの。ダーリンの舌が唇を割り入ってきたときは驚きよりも、喜びのほうが大きかったわ。
もっともっと深く繋がれる。ダーリンの温かな体温が、私を包み込んで、まるで無重力空間で……」


真「あーあ」

涼「あの、律子姉ちゃん? そろそろいいんじゃないかな。うん。愛を語ってくれるのはとっても嬉しいわけだけど、やっぱり気恥ずかしさというか……」

律子「……れが性的絶頂だと理解したのは、もっと後のことだけれど、それでも、私は幸せで、世界が開いて私を受け入れてくれるような喜びを……」

63: 2012/12/26(水) 17:54:52.17 ID:LwG5UGws0
伊織「……ああ、絵理? 急に電話してごめんね。あのね、こないだなんか言ってたでしょ。カップル見るとどうとか」

伊織「ああ、そうそう、それ。うん。ああ、そう言うのね」

伊織「ありがと。今度ケーキでも食べに行きましょう。ちょっとストレス発散したくて。うん、また連絡するわ」

伊織「さて……」



律子「ふふっ、ダーリンったら照れちゃって。いいじゃない。聞きたいっていうんだから、もっとみんなにわかってもらいましょうよ」

涼「で、でもね、律子姉ちゃん……」



伊織「リア充爆発しろ!」




 「うちの社長とそのイトコがうざいことこの上ない」

                                  おしまい

64: 2012/12/26(水) 17:56:19.53 ID:LwG5UGws0
なお、作中の味覚障害の話はあくまでフィクションなので信用しないでください。
おつきあいありがとうございました。

引用元: 伊織「うちの社長とそのイトコがうざいことこの上ない」