1: 2013/12/14(土) 22:06:21.92 ID:ev90iJoC0


とけていく、さんがつのゆき。


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オリジナルメイドSS。
完結まで書き溜めてます。
短篇。です。たぶん。

調整しながら投下する。付き合ってくれる人がいたらうれしい。

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1387026381/

2: 2013/12/14(土) 22:08:15.22 ID:ev90iJoC0





ユキはいつも、仏頂面でシーツを変える。




ユキ「今日一日で、何回零せば気が済むんですか」バッサアアア

男 「いやー。しっかし、最後の最後まで、本当によく働くねーユキは」カララン ゴキュッ

ユキ「それが仕事ですから」バサッ シャッシャッ

男 「そうだけどさ、なんかこう、ないの?センチメンタル、っていうかさあ。そういう気分」

ユキ「私は業務用ですから、そういった複雑な感情は組み込まれてないと何度もお伝えしたはずですが。必要であれば専用ソフトをダウンロードして戴かないと」

男 「だから、何度も言ってるけど、そういうことじゃなくてさあ…」ゴキュッ

ユキ パッ

男 「あ」

ユキ「もうこの辺で」カチャカチャ カタシ

男 「あー」

3: 2013/12/14(土) 22:09:26.57 ID:ev90iJoC0
ユキ「ご主人様が酔ってウイスキーをお零しにならなければ、あるいは、何かに浸れる余地もあったでしょう」

男 「わるかったってば。ったくもう、そういうところばっかり達者になっちゃったなあユキは」

ユキ「私達の性格は稼働環境によって少しずつ変化しますから、もし極端に発達しているとしたら、それはご主人様に原因があるかと」

男 「人のせいはよくないぞーユキ」

ユキ「事実です」

男 「…なあ」

ユキ「はい?」

男 「やっぱ、淋しいのか?その…明日で自分が終わりってのは」

ユキ「ですから私には、」

男 「プログラミングされてない、は、ナシな」

4: 2013/12/14(土) 22:10:23.91 ID:ev90iJoC0

ユキは考え事をするとき、いつも左斜め上を見る。

そして、こっちを振り向くときは、いつも右足を引いて回る。





ユキ「電球が切れたら取り替えるのと同じでしょう」

男 「え?」

ユキ「消耗品は、使ったらなくなるもの。淋しい、ということがどのようなことかはわかりませんが、少なくともフィラメントの切れた電球を見て泣く方はいないのでは?」

男 「ユキは電球じゃないよ」

ユキ「レトリックです」

男 「例えでも、それは俺が訊きたいこととは的が外れてるよ。俺が訊いたのは電球を使う側の感情じゃなくて、電球側の感情」

ユキ「電球側?」

男 「フィラメントが切れる数瞬前の電球は、どんな気持ちなんだろうってね」

ユキ「…私は電球じゃないと仰ったのはご主人様です」

男 「…メイドが俺より賢いってのも、考えものだな」

ユキ「もう作業に戻っても?」

男 「あ、ごめん。いいよ続けて」

5: 2013/12/14(土) 22:11:20.57 ID:ev90iJoC0


ユキの形のいい頭を眺める。揺れる銀色の髪を眺める。
ユキは仏頂面で、シーツを変える。




ユキ「ご主人様、お待たせ致しました。ベッドでお休みになって下さい、お風邪を召されます」

男 「…一緒に寝よっか」

ユキ「私は眠りませんので」

男 「そういう意味じゃないって」

ユキ「…夜伽、ということなら、完全に別モデルの機能になります」

男 「だーかーらー」

ユキ「今夜は随分酔っておいでですね」

男 「よってないよ、よってない」

ユキ「左様ですか」

男 「あ、ユキ。信じてないだろ?」

ユキ「いいえ。さ、早く」

男 「…。」ペタペタペタ…ボフッ

ユキ「はい、それで結構です」

6: 2013/12/14(土) 22:12:18.41 ID:ev90iJoC0
夜風が吹き込む。カーテンが舞う。ユキの髪が舞う。


男 「ユキ」

ユキ「はい」

男 「振り返ってみる?」

ユキ「何を、でしょうか?」

男 「いままでのこと」

ユキ「…付き合え、と、お命じになれば」

男 「あはは、そっか。じゃあ、付き合って。」



よっこらしょ、とベッドの際に腰かける。
姿勢を正したユキと向き合うと、少しだけ背筋が伸びた。


7: 2013/12/14(土) 22:13:10.25 ID:ev90iJoC0

男 「まさか自分が、アンドロイドと生活するなんて思っても見なかった。それが、こんなに楽しいなんてことも、夢にも思わなかった。ユキ、いっつも怖い顔してるから最初はいつか暴走して殺されるんじゃないかって思ってたけど」

ユキ「こういうデザインなんです」

男 「いや、そりゃそうなんだけどね」

ユキ「ですが、不快な思いをさせてしまっていたとしたら、申し訳御座いません」

男 「ああ、ううん。そういうことじゃなくて。ユキの顔は、すきだよ。ただ、もうちょい笑ってくれてたら、もっと早く仲良くなれたかなって思っただけ」

ユキ「私は、業務用ですから」

男 「こだわるね、そこ」

8: 2013/12/14(土) 22:14:29.34 ID:ev90iJoC0
ユキ「親密な相手を求めるのであれば、次回はFタイプやLタイプのハードを購入して、ワークソフトをお入れになることをご提案致します」

男 「…次回なんて言わないでくれよ」

ユキ「では、明日から誰がこの屋敷の雑務を?」

男 「俺はユキがいいよ」

ユキ「…でしたら、同じタイプのものを今日中に発注しておきます」

男 「同じタイプじゃなくて。ユキがいいの」

ユキ「…。」

男 「ユキじゃないと、いやだ」

9: 2013/12/14(土) 22:15:46.70 ID:ev90iJoC0
ユキ「…申し訳御座いません」

男 「なんで謝るのさ」

ユキ「そのご命令に、私は従う事が出来ません」

男 「…ごめんごめん。今のは俺が悪いな」

ユキ「いいえ」

男 「じゃあさ、代わりにひとつユキにお願いするよ」

ユキ「出来ることであれば、何なりと」

男 「俺に、何か質問して」

ユキ「はい?」

10: 2013/12/14(土) 22:19:16.34 ID:ev90iJoC0
男 「沢山話もしたけど、ユキが業務的なこと以外で俺に何かを訊ねてくれた事って、一度もないでしょ。何でもいいよ。訊きたいこと、ない?」

ユキ「ききたいこと…。」

男 「うん。訊きたいこと」



ユキは考え事をするとき、いつも左斜め上を見る。

俺はその表情を、ぼんやりずっと、眺めている。



男 「…そんなもんないか?」

ユキ「名前の」

男 「え?」

ユキ「名前の由来を、お聞きしても宜しいでしょうか」

11: 2013/12/14(土) 22:20:31.32 ID:ev90iJoC0
男 「ユキの?」

ユキ「はい」

男 「話したことなかったっけ」

ユキ「はい」

男 「そっか」

ユキ「はい」

男 「…ユキは、何だと思う?」

ユキ 「…。」

12: 2013/12/14(土) 22:21:48.60 ID:ev90iJoC0




ユキは記憶を探るとき、瞳を閉じて胸に手を当てる。


静かに唸るモーター音が、冷えた空気を震わせる。




ユキ「私がこの家へ届いた朝、僅かですが雪が降ったという記録があります」

男 「うん、そうだね」

ユキ「それが由来ですか」

男 「うん、半分」

ユキ「半分」

男 「三月も終わる頃に雪なんて珍しいからね。これは何かの縁だと思って」

ユキ「左様ですか」

男 「それに。雪は、春の前に融けるだろ」

ユキ「それが、残り半分ですか」

男 「いや、もうひとつあるよ」

ユキ「もうひとつ、ですか」

男 「…ゆき」

ユキ「はい」

男 「しあわせ、ってなんだと思う」

13: 2013/12/14(土) 22:23:04.53 ID:ev90iJoC0
ユキ「…しあわせ」

男 「うん。」



ユキは記憶を探るとき、瞳を閉じて胸に手を当てる。

俺はその表情を、ぼんやりずっと、眺めている。




夜風が吹き込む。カーテンが舞う。ユキの髪が舞う。

14: 2013/12/14(土) 22:24:27.94 ID:ev90iJoC0

ユキ「…幸せ、幸福。満ち足りていて、不平不満がなく、楽しいこと」

男 「そうじゃなくてさ」

ユキ「情報に誤りがあるようでしたら、今すぐ書き換えを開始します」

男 「ああ、いいや。質問を変えるよ。ユキは、しあわせだった?」

ユキ「私が?」

男 「ユキの名前はね、空から降る雪じゃなくて、幸せ、の方の、幸なんだよ」

ユキ「左様ですか」

男 「うん。…うん。」

ユキ「はい」

15: 2013/12/14(土) 22:27:44.08 ID:ev90iJoC0


ユキはいつだって姿勢が良い。

俺はいつまでも猫背が直らない。


姿勢を正したユキと向き合って、また少しだけ背筋を伸ばす。




男 「感情豊かすぎてもなんか怖いから、一番シンプルなタイプにしたけど。

   でも、なんだろうね。初期設定でインプットされてた挨拶や言い回しが少しずつ崩れていくたびに、

   俺は、嬉しかったんだよ。」

ユキ「はい」

男 「明日からユキの作るごはんが食べられないんだとか、
   
   無愛想な顔で「はい」って答える声は聞けないんだとか、

   そういうこと考え始めるとキリがない。

   明日も明後日もユキがいるのが当たり前で、俺にはそれが、すごく幸せなことに思えるんだよ。
   
   多分俺はね、きっとユキは馬鹿げてるって、溜息を吐くけど。
   
    一言で言うなら、愛してる。」

16: 2013/12/14(土) 22:28:51.79 ID:ev90iJoC0
男 「ひとりごとおわり。いいよ、戻って。今までありがとね」

ユキ「…わたしに、愛情はプログラミングされていません」

男 「うん。だろーね」

ユキ「ですが」
 
ユキ「この家に春の雪が降ったことを、ご主人様はやがていつかお忘れになるでしょうが、私は決して、忘れることはありません。」

17: 2013/12/14(土) 22:30:17.49 ID:ev90iJoC0

男 「…ユキ」

ユキ「データを書き換えられても、初期化を行っても。

   バックアップは永久に、メインコンピューターに残りますから」

男 「…そういう話?」

ユキ「何か」

男 「いいや。うん。…うん。そうか。」


さいごに、何を言えばいい。
さいごに、何と言えばいい。


そればっかり考えていたはずなのに、言葉がでてこなかった。



だって、ユキが、笑ったから。

18: 2013/12/14(土) 22:31:48.91 ID:ev90iJoC0
ユキ「良くして下さって、ありがとうございました。願わくば、いつまでもお元気でお変わり有りませんことを」

男 「ユキ」

ユキ「はい」

男 「おやすみ」

ユキ「おやすみなさいませ、ご主人様」


ユキの形のいい頭。
しゃんと伸びた背筋。
銀色の髪。
華奢な背中を見送る俺に、おやすみを告げて君はゆく。


男 「…この夜も、俺はいつか、わすれちゃうかなあ」


夜風が吹き込む。カーテンが舞う。

ユキの髪だけが、踊らない。



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19: 2013/12/14(土) 22:40:28.70 ID:ev90iJoC0
おしまい。
だれかひとりでも居たかな。居たらどうもどうも。

この後は、タラタラ昨日の続きかこうかなと。

雛祭り「やだ、節分ちゃんのお肌ガサガサ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1386930654/

リンクここでいいのかな。わからん。
なんか間違ってたら申し訳ない。

20: 2013/12/14(土) 22:43:08.58
乙ん。
後日談が見たいけど。想像に任せて余韻を楽しむものかいね。

24: 2013/12/16(月) 13:58:19.91
乙ー
切ないな

引用元: 【メイドSS】「ご主人さま、いい加減にしてください」