1: 2014/06/26(木) 18:20:41.03 ID:Cv4qTi8mO.net
穏やか過ぎず、荒れ過ぎず。そんな森の中の森。奥深く。一軒の木で出来た家。
それが、彼の家だった。

獣人「…………」

彼は日課である日記に万年筆を走らせる。日記であるから日課なのは当たり前であるが、彼には欠かせない習慣の一つだった。
カタン。万年筆を机上に置いて、彼は窓から外を見た。

獣人「……一雨降りそうだな」

雨用の外套を羽織り、彼は家を出る。
馴れ親しんでいる森の中へと入り、進む。
雨が降ると外に出るのが億劫になる。今の内に必要な食料や薬草を手に入れておこうと言う魂胆である。

獣人「…………」

だが実際はどうだろうか。否、どう言う事だろうか。
彼が手に入れたのは、人間。ヒトだった。

2: 2014/06/26(木) 18:23:08.55 ID:Cv4qTi8mO.net
~一日目~

鼻が雨特有の匂いを拾ってきた。
雨が降っても外には出られるが、濡れる。濡れると体毛を乾かさなければならない。それは、面倒だ。
だから私は念には念を入れて外套を羽織り、森へと出かけた。
欲しい物は食料や薬草。それらを採りに入った見慣れた森に、ある、見慣れないモノ。
人間。
森の奧深くに住み、ちゃんとした用事が無ければ森から出ない私には、人間は珍しい。
地面に横たわる人間は小さい。子供だろうか。
赤い外套が、草木の緑に良く映えた。

3: 2014/06/26(木) 18:25:17.90 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「……ムウ」

子供が横たわっている下には、お気に入りの薬草が生えている筈だ。この様子だと、潰れてしまっているだろう。
近付き、身体を屈めて子供を持ち上げてみる。とても軽い身体だが、やはり薬草は潰れていた。
溜め息を吐き、再び子供を地面に降ろす。
良く見るとあどけない表情をして眠っていた。恐らく、少女、だろう。外套から出ている足や手にはまだ真新しいと言える生傷が有り、顔や外套も土で汚れていた。

4: 2014/06/26(木) 18:26:18.18 ID:Cv4qTi8mO.net
こんな森で、昼寝にしては状態がおかしい。そもそも、人間はこの森に入ってくる事が少ない。ましてや道からそれた、この場所など。
私は考えるのを止めて踵を反した。
種族が違うのだ。人間には関わらない方が良い。
鉛空。ぽたり。草に露。

獣人「少々行動が遅かったか」

雨が、ぽたり、ぽつり。
降ってきてしまった。
薬草は諦めて簡単に採れる食料だけ採って家へ帰ろう。

5: 2014/06/26(木) 18:27:17.64 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「…………」

雨に濡れる少女。
起きる気配は無い。
私がどうこうする謂れも無い。
このまま夜になれば、餓えた狼達の食料となるだろう。

獣人「…………」

これは何の迷いなのだろう。
私は手にした食料を地へと置き、代わりに少女を抱き上げて肩に担いだ。
雨が少しずつ強くなっていく気配を感じて森の中を駆ける。普段は森を感じながら歩くが、今は家へと早く帰らなければならないと気持ちが急ぐ。
何故だ。
この少女の為か?
違う。
私が、濡れたくないのだ。

6: 2014/06/26(木) 18:28:21.02 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「何をしているのだ私は……」

家へと戻った私は、少女をソファーへと横たわらせて溜め息を吐いた。
外套のお陰で自分は然程濡れていないが、少女は濡れていた。雨水を吸って重くなっている赤い外套を室内に干し、白いタオルを手にする。
ガシガシ。ゴシガシ。
少女の蜂蜜色をした髪をタオルで拭き、顔も拭く。と。

7: 2014/06/26(木) 18:29:21.48 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「うっ……ん……」

不快そうに眉根を寄せた少女の睫毛が震えた。

獣人「起きたか?」

少女の焦点の定まらないアイスブルーの瞳がゆらゆらと彷徨う。やがて焦点があったのか、二、三度ぱちぱちと瞬きをすると口を開いた。

少女「獅子さん……?」
獣人「…………」

ぺたぺた。もふもふ。
何を思ったのか、少女は両手を伸ばすと私の顔に触れ、毛をもふもふと弄った。

8: 2014/06/26(木) 18:31:14.77 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「私が恐くないのか?人間」
少女「わたしは」

ピシャンッ!!

少女「ひゃあっ!?」
獣人「ムッ!?」

閃光が空を駆け抜けた。
稲妻に驚いたのか、少女は瞳をきつく閉じて私の顔の毛を握り締め、震えている。人間の力とは言え、少しだけ顔が痛い。

少女「かみ、なり、雷は怖いです……」

窓越しに外を見る。
激しい雨が窓を叩き、外の様子をぼかしている。それでも、重苦しい色をした空に稲妻が走っていると言うのは良くわかった。
ゴロゴロと言う低い音が空を這っている。

9: 2014/06/26(木) 18:32:12.26 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「……安心しろ、人間。流石にこの雨の中に放り出すつもりは無い。晴れたら、出て行って貰うがな」
少女「…………」
獣人「聞いているのか?」
少女「…………」
獣人「……寝ただと?」

私が話しているというのに、この人間の少女は眠り込んでしまった。
少女の小さな手に私の手を添えて指を開いていく。解放されていく顔の毛に安堵の息を吐いた。
私は、顔に禿を作る趣味は無い。

10: 2014/06/26(木) 18:33:13.10 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「ム……」

何か頼る術が欲しいのか。
少女の手が、私の右手の小指を握り締めた。
先程もそうしたように少女の指を剥がしていくが、駄目だった。直ぐに握ってくる。
私は溜め息を吐き、その場に座り込んだ。

獣人「…………」

雨の音と少女の寝息、暖炉に焼べた薪の爆ぜる音。
うと、うとと。
眠りかけた頭を振って立ち上がる。
ずるぶらり。
右手の小指に重み。
少女が引っ付いていた。

11: 2014/06/26(木) 18:34:19.64 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「……フゥ」

仕方がないので少女を抱えて机を目指す。
ぱらり。机上に置いてある日記を開いて万年筆を取ろうとして、気付く。
利き手である右手が使えない。
仕方がないので慣れない左手で日記を書いた。
ぱたん。
日記を閉じ、時刻を確認するともう寝る時間だった。
夕飯を食べていないが、今から作るのは面倒臭い。どうせならもう、このまま寝てしまおう。
そしてまた、気付く。
この少女の存在。

12: 2014/06/26(木) 18:35:39.63 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「…………」

人間で、少女とは言え同じベッドで眠るのは如何なものか。
私は自分のベッドから毛布を取り、ソファーに向かった。
再びソファーに少女を横たわらせ、少女と、軽く自分に毛布をかけて瞳を瞑った。
雨の音は、まだ強い。

13: 2014/06/26(木) 18:42:58.35 ID:Cv4qTi8mO.net
~二日目~

ぼんやりとした頭の中に届く雨音と、美味しい香り。
ゆっくりと瞳を開いて行くのと同時に身体の感覚も目覚めていく。
痛い。身体がバキバキと固まっているような感覚。

獣人「……ムゥ」

床に座って同じ姿勢で眠っていたらしい。
立ち上がり、机上に向かい日記を捲る。

15: 2014/06/26(木) 18:44:13.66 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「…………」

オーリブ薬草について。
オーリブ薬草は、チキンの上に乗せて焼くと美味い。
雨が降りそうだから森に食料と薬草を採りに行った。
結果、人間の、恐らく少女を拾ってきてしまった。名前はわからない。
右手の小指を人間が離さない。

16: 2014/06/26(木) 18:45:17.22 ID:Cv4qTi8mO.net
日記を閉じてこめかみを押さえる。
我ながら汚い字だ。利き手が使えなかったのだからしょうがないのだろうが。

獣人「……ン?」

そう言えば、右手に少女は付いていない。
私より先に起床し、私を見て恐れ、出ていったのだろう。
朝昼ならば森の獣達も夜よりは落ち着いている。雨が降ってはいるが、大丈夫だろう。

17: 2014/06/26(木) 18:46:17.07 ID:Cv4qTi8mO.net
グウウウウ。
私のお腹が唸った。
空腹を訴えている。
ひくり。またもや鼻が美味しい香りを掴んだ。
昨日は作り置きをしていない筈だ。
この香りはどこから。

少女「あっ、獅子さんおはようございます」
獣人「ムッ!?」

柔らかい声に振り替えると、人間の少女が見慣れた銀のお玉を手にしていた。
もしやと思い見れば、食事用のテーブルにスープやサラダ、パンが置いてある。

18: 2014/06/26(木) 18:47:21.51 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「作ったのか?」
少女「はい。あの、勝手にお台所と食材を使ってしまったのですが、大丈夫でしたでしょうか?」
獣人「すぐそこで採れる物ばかりだから問題は無いが……」

私がそう言うと、少女は見るからにほっとしたような顔になって笑った。

少女「なら、良かったです。もう食べますか?」
獣人「ああ……」

グウウウウー。
私のお腹が再び唸る。
少女が、両手を口元に当てて目を丸く見開いた。

20: 2014/06/26(木) 18:49:38.23 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「ふふっ。あの、沢山作りましたから、好きなだけ食べてください」
獣人「……そうさせて貰おう」

にこにことした顔で少女は私を見る。
スープを木のスプーンで掬い、口に運ぶ。
じわり。食材の旨味が溶け込んだスープは、私が作るよりも美味しい。

獣人「……美味い」
少女「本当ですか!?良かったです……っ」

ぐう。

少女「……あっ」

ぼんっ。
少女の頬が朱に染まる。

21: 2014/06/26(木) 18:52:26.39 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「何だ、食べていなかったのか?」

一人分しかテーブルの上に置いてなかったので、てっきり先に食べたのだとばかり思っていた。

少女「はっ、はい……その……勝手に使ってしまいましたけど、勝手に食べるのは……違うかな、と……」獣人「…………」

私は食器棚を開けて器を三つ程取り、少女が作ってくれた料理を入れてテーブルへと置いた。

22: 2014/06/26(木) 18:55:35.00 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「作ってくれた礼だ」
少女「良いんですか?」
獣人「……礼だからな」
少女「ありがとうございます!」
獣人「…………」
少女「…………」
獣人「食べないのか?」
少女「えっ!?あっ、その……えっと……」
獣人「何だ」
少女「……届かないの……です」
獣人「…………」

私用のテーブルだ。
人間の少女が立っていたとしても、届かない。頭上に天板が来る位だ。
それに、少女が座れる椅子も無い。

23: 2014/06/26(木) 18:58:03.68 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「……どうやって料理を置いたんだ?」
少女「それは、あの、こうして」
獣人「ッ」

よじっ。
少女は私の足に乗ったかと思うと、足と足の間に入った。

少女「ここに登って、置きました。……やっぱり大きいから、広いですねぇ」

少女が私の間に座っても、椅子には余裕があった。

24: 2014/06/26(木) 19:03:29.24 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「あの、手前の場所をお借りしても良いですか?」
獣人「ム……あ、ああ」

ここで食事を食べると言うのか。
人間の少女位の大きさならば邪魔では無いが、恐く無いのだろうか。
少女の分の料理を手前に持ってきながら訪ねる。

25: 2014/06/26(木) 19:04:31.29 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「人間。私の傍に平気で寄ってくるが、私が恐くないのか?」
少女「……どうして獅子さんが怖いんですか?」
獣人「私は獣人だぞ?人間よりもうんと大きい」
少女「獅子さんが怖いひとだったら、わたしは今、ここに居ないと思います」
獣人「油断させてから食らうのかもしれないぞ?」
少女「獅子さんはそんな事しませんよ」

はっきりと言い切った少女のアイスブルーの瞳に、戸惑った顔をしている私が映っていた。

26: 2014/06/26(木) 19:06:11.92 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「獅子さんは、優しいです」
獣人「私は、そんな事は無い。……優しく等、無い。勘違いするなよ、人間」

少女「私は人間ですけど、私にはちゃんとした──」

少女が瞳を見開く。

獣人「……?」

ぐうー。

少女「あっ、あ、えっ、と」
獣人「……先に食べてしまえ。話は後だ」
少女「はっ、はい!」

人間の少女とは言え、誰かと食べる食事と言うのは久しぶりだった。

30: 2014/06/26(木) 20:45:42.43 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「…………」
少女「ごっ、ごめんなさい、勝手に、あの、使っちゃい、ました」

食事を終えた私は食器を台所へと持っていくと、木の樽に遭遇した。
どうやら、少女は木の樽を踏み台にして料理していたらしい。

獣人「アレはもう空だから問題は無い」
少女「良かった……それじゃあ、お借りしてても良いですか?」
獣人「構わないが……」
少女「料理は、作って食べて、片付けるまでが料理なのですから、洗い物は任せてください!」

そう言うと、少女は食器を手にして木の樽へと登った。

31: 2014/06/26(木) 20:46:51.36 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「よい、しょ……?」

ぐらり。
少女が乗った木の樽が傾く。

獣人「おい!」

カランカララン!!

少女「……んっ」
獣人「大丈夫か?」

少女の小さい身体を受け止める事は出来たが、食器は散乱してしまった。幸い、木で出来ているから割れてはいない。

少女「わっ、あっ、すみませんっ!」
獣人「洗い物は私がやろう」
少女「でっ、でもっ」

何かをしないと気が済まないのか、落ち着かないのか。
少女はわたわたとしている。

32: 2014/06/26(木) 20:48:25.46 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「……なら、これで汚れた床を拭いてくれ」
少女「っ!はいっ」

布巾を少女に渡し、洗い物をする。

少女「よい、しょ」
獣人「…………」

そうか。私にとっては然程大きくない布巾だが、人間の少女にしては少し大きいのか。

少女「終わりました!」
獣人「…………」
少女「獅子さん?」
獣人「あ、ああ。終わったんだな」

私は布巾を少女から受け取り、洗ってから干した。
外は依然、雨が降っている。

33: 2014/06/26(木) 20:49:33.26 ID:Cv4qTi8mO.net
私と少女は、その様をソファーに座りながら見ていた。

獣人「人間。何故森に居た?」
少女「…………」
獣人「言えないのか?」
少女「…………」
獣人「……天候が悪いからな。今直ぐに出て行けとは言わないが、雨が止んだら出て行くが良い」
少女「……わたしは、邪魔ですか?」

少女の無垢な瞳が、私に突き刺さる。

34: 2014/06/26(木) 20:50:33.68 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「……人間。家族が居るのなら、心配もしているだろう。帰れるのならば今直ぐにでも帰った方が良いと言う事だ」

沈黙。

少女「……わかりません」

少女が、口を開く。

35: 2014/06/26(木) 20:51:39.09 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「わからないん、です。わたしは、森に居たんですか?最初からここに住んでいた訳ではないのですか?」
獣人「何?……フゥ。何を言っている、人間」
少女「朝起きて、何も、わからないんです。何もないんです。あっ、でも、じんわりと温かかったのですがっ」

それは、多分私の小指だろう。

少女「獅子さんに人間って言われて、わたしは人間だけど人間じゃなくて、何かを言い返そうと思っても言葉が、何もなくて……」

口籠もる少女。

36: 2014/06/26(木) 20:52:41.35 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「……記憶が、無いのか」

こくり。と、少女は頷いた。

獣人「何か、覚えている事はあるか?」
少女「お料理とか、洗い物とか、お洗濯とか、そう言うのはわかるのですが、自分の事になると、何も……わからなくて」

少女に抱いたのは同情か、それとも。

37: 2014/06/26(木) 20:54:04.32 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「……何も解らないのでは帰るに帰れないだろう」
少女「すみません……」
獣人「……私は濡れるのが嫌いだ」
少女「え……?」
獣人「晴れたら、街まで送ってやる。それまではここに居たら良い」
少女「良いの、ですか?」
獣人「ああ。だが、もしも記憶が戻ったならば、直ぐにでも帰ると良い。……私の傍には、居ない方が良い」
少女「獅子さん……?」

ピシャンッ!

少女「ひゃあっ!?」
獣人「ムッ!?」

きゅうぅっ。
少女は私の身体に飛び込むと、きつく抱き付いた。

38: 2014/06/26(木) 20:55:21.15 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「かみ、なり……っ」
獣人「大丈夫だ。家には落ちない」

子供は雷を怖がる。
人間の少女も、また例外では無いのだろう。身体が、かたかたと震えている。

少女「……っ」
獣人「大丈夫だ」

ガシガシ。
右手で、少女の頭を撫でる。

少女「ふわっ、わっ!?」

ぐわぐわと少女が揺れる。

獣人「あ……すま、ない」

人間の、しかも少女相手だと力加減が難しい。
なるべく力を入れずに、ふわふわと頭を撫でる。

39: 2014/06/26(木) 20:56:23.08 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「っ、ふわ……」

気持ち良さそうに、少女が目を細めた。

少女「ふわふわしてて、気持ち良いです」
獣人「そうか」

次第に、とろん。と、少女の瞳が閉じてゆく。

少女「…………」
獣人「……寝入ったか」

撫でていた手を止める。
無垢な顔をして眠る人間の少女。
種族が違うのだ。関わらない方が良い。
そう言い聞かせている私が、確かにそこに居た。

40: 2014/06/26(木) 20:57:27.72 ID:Cv4qTi8mO.net
~三日目~

ひくり。
私の鼻が、美味しい香りを捕まえた。
ぱちりと瞳を開く。どうや、ソファーで眠ってしまったようだ。
机上に置いてある日記を開く。

41: 2014/06/26(木) 20:58:46.42 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「……ウム」

人間の少女の作る飯は朝も昼も夜も美味かった。
椅子とテーブルのせいだが、私の間に座らせて飯を食べると言うのは、何だか恥ずかしい。
少女は、自分に関する記憶が無いらしい。
晴れたら街まで送ると言った。
雷が怖いみたいだ。
人間の少女相手には、力加減が難しい。

42: 2014/06/26(木) 21:00:20.36 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「獅子さん、おはようございます」
獣人「……おはよう」

柔らかい声に振り返り、後ろ手で日記を閉じた。
少女のアイスブルーの瞳が柔らかく笑んだ。

少女「朝ご飯、直ぐに食べますか?」
獣人「ああ」
少女「わかりました」

ぱたぱた。
台所に戻った少女は、椅子に登ると食器をテーブルへと置いていく。

獣人「待て」
少女「はい?」
獣人「私は、普段この皿を使っている」
少女「……おっきいです」
獣人「人間とは身体の大きさが違うからな」

私にとっては小さな皿でも、少女にとっては大きい皿となる。
少女にとっては大きい皿でも、私にとっては小さい皿となる。
そういう事だ。

43: 2014/06/26(木) 21:01:41.61 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「それじゃあ、よそいますね」

少女が木の樽に向かって行く。嫌な予感。

獣人「待てっ」
少女「はい……?」
獣人「私が、よそおう」
少女「でも……」
獣人「その木の皿は、人間には大きい。重いだろう?」

控え目に、少女が頷いた。

獣人「作ってくれただけで充分だ。後は私がやろう」

少女が作ってくれた卵とベーコンを焼いた物、パン、スープを皿に入れてテーブルの上に置く。
私の皿を奥に置き、少女の皿を手前に置いた。

44: 2014/06/26(木) 21:02:49.50 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「食べるか」
少女「はいっ」

私が椅子に座ると、少女はぴょんと跳ねてそれを利用し椅子へと、私の足の間に座った。

獣人「頂きます」
少女「いただきます」

手を合わせてから料理を口に運ぶ。
窓越しに外を見ると、まだ雨は降っていた。もしかすると、雨期に入ってしまったのかもしれない。

45: 2014/06/26(木) 21:03:48.89 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「止まない、ですね」
獣人「そうだな」
少女「雷、鳴りますか?」
獣人「それは、私にもわからん事だ」
少女「そう、ですよね……」

私は俯く少女の頭を、なるべく力を抜いて、ぽんぽん、と、優しく撫でた。

46: 2014/06/26(木) 21:05:08.70 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「書き物ですか?」
獣人「ン……ああ」

紙に走らせていた万年筆を止める。

少女「薬草……使用……んん?何だが、難しいです」
獣人「子供が読むようなモノではないからな」
少女「読むと言えば、獅子さんの本棚には本がいっぱい入ってますよね」
獣人「読んでみるか?」

きゅっ。
少女の眉が困ったように寄る。

47: 2014/06/26(木) 21:07:40.17 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「字が、難しそうで……これだって、タイトルは読めないです」

本棚に入っている、一冊の本を少女が指差す。

少女「書いた人が、ディエルドー博士って言うのはわかるのですが……あれ?」

こて。
少女が首を傾げる。

少女「このひとの本、いっぱいあるんですね」
獣人「そうだな。……生憎、子供向けの本は無い」

しゅん。と、少女が表情を曇らせた。

48: 2014/06/26(木) 21:08:44.20 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「別に、人間に読ませたく無い訳ではない。ただ……そうだな、薬草には興味があるか?」

ぱあっ。と、少女の表情が明るくなる。
こくこくと頷く少女に、口の端が微かに上がった。事が何だか恥ずかしくて、私は机上に万年筆を置いて立ち上がり、本棚の前に立った。
一冊の、薬草の図鑑を取り出す。

49: 2014/06/26(木) 21:10:15.86 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「これなら、薬草の絵が多い。字が読めなくとも多少の暇潰しにはなるだろう」
少女「獅子さん、ありがとうございますっ」

私は再び書き物に戻り、少女は図鑑を開いた。
サラサラサラ。カリッ。
ぱら。ぺらっ。

獣人「何も私の傍に居なくても良いのだぞ?」
少女「わたし……邪魔ですか?」
獣人「邪魔だとは言っていない。だが、床に座っていると痛いだろう。ソファーに座ったらどうだ」
少女「わたしは大丈夫です」
獣人「…………」

50: 2014/06/26(木) 21:11:25.49 ID:Cv4qTi8mO.net
サラサラサラ。
ぱらっ。ぺらっ。
サラサラサラ。カリッ。

獣人「……硬いだろう。身体を痛めるぞ」
少女「…………」

図鑑を持って、少女がもぞもぞと動く。
言わんこっちゃ無い。最初からソファーに座れば良いのだ。
そう思う私から放れていくばかりか、少女は私により近付くと、すとん。と座った。足に、微かな重みがある。
あろう事か、少女は私の足を背もたれにしていた。

51: 2014/06/26(木) 21:13:24.28 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「……あの……獅子さんのお傍に、居たいんです。だめですか……?」
獣人「……雷か?」
少女「それが怖いのもあるのですが、その、獅子さんのお傍に居ると、安心できるの……です」
獣人「……私が恐くないばかりか安心出来るなどと……つくづく変わった人間だな」

私は再び紙に万年筆を走らせる。
少女は、私が何も言わないのを見て再び薬草図鑑を開いた。
足に常には無い微かな重み。不思議と、不快では無かった。

52: 2014/06/26(木) 21:37:14.90 ID:Cv4qTi8mO.net
夜になっても、まだ雨は降っていた。
夕飯を食べ終え、そろそろ眠りたい時間だ。
身体がバキバキする。
ここ数日、少女がソファーで眠り床で私が眠ると言う事が続いたからだ。

獣人「……一人で眠れるだろう?」
少女「…………」

ぎゅっ。
右手の小指が、少女によって圧迫される。

53: 2014/06/26(木) 21:38:17.58 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「私もそこまで若くない。そろそろベッドで眠りたいのだが」
少女「……わかりました」

わかりましたと言ったものの、少女は私の小指を放さない。

少女「ベッドで眠らないのですか?」
獣人「……まさかとは思うが、人間、一緒に眠るつもりじゃあ、ないだろうな?」
少女「だめ、なのですか?」
獣人「流石にそれは駄目だ」
少女「どうしてですか……?」
獣人「駄目なものは駄目だ」
少女「……ごめん、なさい」

私の強固な意志を感じ取ったのか、少女は私の小指から手を離した。

54: 2014/06/26(木) 21:39:31.53 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「おやすみなさい……」
獣人「ああ、おやすみ」

久しぶりのベッドの感触に身体の筋肉がゆるゆると緩んでいくのを感じる。
そのままゆっくりと瞳を閉じると、ふわふわとした感覚に包まれて、私は眠りに落ちた。

55: 2014/06/26(木) 21:40:36.12 ID:Cv4qTi8mO.net
獣人「……ン」

眠りから覚める。
私の鼻は美味しい香りを捕らえていない。
辺りは真っ暗だ。まだ、深夜なのだろう。
喉がゴロゴロとする。水でも飲むかと立ち上がり、台所に向かう。

獣人「フゥ」

コップ一杯分の水を飲み干し、再び眠りを貪ろうとベッドへと戻る途中。
少女の眠るソファーがあった。
私にとっては普通のソファーだが、人間の少女にとってはかなり大きなベッドと同じだろう。

56: 2014/06/26(木) 21:41:36.33 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「…………」
獣人「……起きていたのか」

少女は毛布を頭から被り、ソファーに座っていた。

獣人「眠れないのか?」

こ、く。
少女が、力なく頷いた。
深く眠れないのか、それとも一睡もしていないのか。

獣人「大丈夫か?」

少女に近寄り、目線を合わせようと屈むと、少女の両腕が伸びた。

少女「…………」

きゅうっ。と、少女の両腕が私の身体に巻き付く。

57: 2014/06/26(木) 21:42:45.63 ID:Cv4qTi8mO.net
少女「……ごめ、なさ……」

ゆっくりと、ふわふわと少女の頭を撫でた。

獣人「……一緒に、眠るか?」
少女を「……良いん、ですか……?」
獣人「ああ」

少女はより一層きつく、抱き付くと言うよりは私にしがみついた。そのまま少女を抱き抱えてベッドへと戻る。

少女「あ、の……手、握ってても、良いですか?」
獣人「構わん。好きにしろ」

ギシリ。
ベッドに入り込むと、軋んだ音がした。

58: 2014/06/26(木) 21:44:00.58 ID:Cv4qTi8mO.net
少女は手と言ったが、やはり私の小指を握る。少女の小さな手ならば、私の小指でも握り締めるには充分な大きさなのだろう。
アイスブルーの瞳を閉じた少女は、すやすやと眠っている。先程までの不眠そうな表情が嘘のようだ。
ふと、少女の睫毛が濡れているのに気が付いた。

獣人「……可哀想な事をしたか」

少女の頬に手を添えて、そうっと睫毛に触れる。
少し、目も腫れていた。
私は少女を潰してしまわないように意識しながら瞳を閉じた。

64: 2014/06/27(金) 09:08:25.10 ID:W/cmfR56O.net
~四日目~

朝だ。
眠りから覚めたが、美味しい香りはしない。
どうやら、少女より早く目を覚ましたらしい。少女は、未だ寝息をたてている。
昨日遅くまで眠れなかったのだ。無理も無いだろう。
私はベッドから抜け出して机上へ向かう。
日記を捲り、一文を万年筆で書き足した。

65: 2014/06/27(金) 09:09:34.08 ID:W/cmfR56O.net
獣人「……ムゥ」

飯は、私がよそう事にした。
薬草図鑑を貸した。思いの外、真剣に読んでいた。
私の足を背もたれにしていた。
人間の少女は、私が恐いと思うどころか、安心すると言っていた。
一人で眠らせるのは止めた方が良い。

66: 2014/06/27(金) 09:10:35.61 ID:W/cmfR56O.net
獣人「まるで観察日記みたいだな」

自分で書いておきながら、苦笑する。
少女が起きる気配は無い。
私は数日ぶりに台所に立って料理を始めた。
いつも通り作り、手を止める。

獣人「ウム……」

私にとっては普通の大きさのソーセージだが、少女にとっては大きい、のだろうか。
とりあえず半分に切ってみる。それでも、まだ大きい気がする。

67: 2014/06/27(金) 09:11:40.92 ID:W/cmfR56O.net
獣人「これぐらいか?」

自分では絶対に物足りない位の大きさだが、流石に大丈夫だろう。
小さく切ったソーセージとスクランブルエッグを皿に盛り付け、パンを軽く焼く。
その間に温めていたスープを皿に掬い入れた。
少女はまだ眠っているだろう。
先に食べてしまおうかと思ったのだが、どうにも食べたくない。

68: 2014/06/27(金) 09:13:03.92 ID:W/cmfR56O.net
獣人「…………」

一人で食べる食事。
何の問題があるだろうか。問題なんて無い。

獣人「……私は」

人間に関わるべきではないと頭が言う。
少女にぐらつき揺れていると心が言う。
同じ事を繰り返すつもりかと私が言う。

獣人「雨が止んだら、早々に街に帰す」

声に出して言葉にし、耳に入れて頭と心と私に、そう、理解させた。

69: 2014/06/27(金) 09:14:04.13 ID:W/cmfR56O.net
少女「居なくなってしまったのかと、びっくりしました」
獣人「ここは私の家だ。居なくなる筈が無かろう」
少女「そうですよね。あっ、このスープおいしいです!」
獣人「そうか」

少ししてから起きてきた少女は、私を見付けるなり足に抱き付いてきた。それはまるで、何かから逃げてくる様にも見て取れた。
何が少女をそこまで怖がらせるのか。少女の失った記憶が関係しているのだろうが、一向に思い出す気配は無かった。

70: 2014/06/27(金) 09:15:09.40 ID:W/cmfR56O.net
少女「は、むっ」
獣人「…………」

少女がソーセージを頬張る。
自分の中では細かく切ったと言う基準なのだが、それでも少女には少しだけ大きかったみたいだ。

少女「んーっ」
獣人「詰まったかっ」
少女「おいしいです……!」
獣人「何だ……」

背中を叩こうとした手を止める。
一瞬吹き出た嫌な汗をその手で拭い、息を吐いた。
少女を気に掛けている自分に気付き、何だかばつが悪くなった。

71: 2014/06/27(金) 09:18:22.01 ID:W/cmfR56O.net
夜。
雨音が弱く響いている。


獣人「私だ」
梟人『アンタから電話なんて珍しいじゃないの。こりゃあ、雷雨じゃあすまないかもねぇ』

そう言って妖艶な声で笑う梟人は、私の数少ない旧知だ。

獣人「今日は聞きたい事があってかけた」
梟人『何だい?アタシで答えられるコトなら答えてやるよ』
獣人「人間の少女を拾ったんだが、困っている」
梟人『アンタが、人間を?』
獣人「アア」
梟人『人間を避けて森の奥に引っ込んだアンタがかい?どうしてまたそんな』
獣人「森で倒れていた。もちろん、雨期が終われば街へと送り届ける」
梟人『ふぅん?街に、ねぇ……アンタ、最後に街に行ったのはいつ頃だい?』
獣人「…………」
梟人『その様子だと覚えていないか、だいぶ昔みたいだねぇ。それで?何に困っているんだい?接し方か?それとも、怖がられてでもいるのかい?』

72: 2014/06/27(金) 09:19:48.72 ID:W/cmfR56O.net
獣人「その……逆だ。私の事を恐がらないのだ」
梟人『なら良いじゃないか』
獣人「それどころか、私の事を優しい等と言う」
梟人『ははーん……アンタ、照れているんだ』
獣人「何?」
梟人『本質を当てられて恥ずかしいんだね。まぁ無理も無いさ。アンタは、優しい。優しすぎるからねぇ』
獣人「馬鹿を言うな」
梟人『なら、放置して夜に狼達にでも食べさせてしまえば良かったんだ。……どうせ、アンタはそれが出来なかったんだろう?』
獣人「…………」
梟人『舐めるんじゃないよ。こちとらアンタの友人を何百年とやっているんだ』
獣人「フゥ……そうだったな」
梟人『他には?まだあるんじゃないかい?』

73: 2014/06/27(金) 09:22:01.84 ID:W/cmfR56O.net
獣人「……記憶が、無いらしい」
梟人『それは……その、人間が?』
獣人「そうだ」
梟人『……悪いコトは言わないよ。街に送るのは少し、様子を見た方が良い。今は……』
獣人「だが、私は人間と居るつもりは無い!」
梟人『落ち着きな。アンタは元々人間嫌いじゃない。……怖いかい?愛着が湧くのが』
獣人「…………」
梟人『ふぅん?否定はしないんだねぇ』
獣人「……だから、困っているのだ。このままでは、必ず」
梟人『良く無いコトが起きる。何て、決め付け無いコトね』
獣人「ムゥ……」
梟人『天候が落ち着いたら、アンタの家に遊びに行くわ』

妖艶な声が切れる。
私は長い溜め息を吐いた。

74: 2014/06/27(金) 09:23:23.16 ID:W/cmfR56O.net
少女「電話ですか?」
獣人「ム……ああ」

ひょこ。と、壁から少し身体を出した少女に頷く。
じっ。と見つめてくる少女。その理由を考えるとするならば、電話に用事がある。
だが少女は記憶が、無いのだ。
かけると言ってもその相手、番号は覚えているのか、それとも思い出したのか。

83: 2014/06/28(土) 12:11:05.18 ID:1Vzq+opAO.net
獣人「誰かに電話をかけたいのか?」
少女「…………」

少女は黙っている。かと思うと、私に背中を向け、握り締めた右手を耳に当てて喋りだした。

少女「もしもし、獅子さんですか?」
獣人「……なっ」

何を言い出すんだ、この人間は。

84: 2014/06/28(土) 12:12:06.87 ID:1Vzq+opAO.net
少女「もしもーし、獅子さんですか?わたしは……わたしです」
獣人「…………」
少女「わたしは今、獅子さんのお家に居ます。怖くないです。優しい獅子さんは、温かいです。もふもふした毛が、気持ち良いです。夜中に目が覚めちゃった時に、こっそりお顔を触っちゃいました」

さして気に留めてもいなかったが、それで、朝起きたら顔の毛の流れがいつもと違かったのか。

85: 2014/06/28(土) 12:13:16.56 ID:1Vzq+opAO.net
少女「もしもし獅子さん。わたしは、雨が止んだらどこに行けば良いのでしょうか。……わたしは、雨が止むのが、怖い……です」

少女の蜂蜜色の頭が、少し下がった。

少女「もしもし獅子さん、聞こえて──」
獣人「アア。……聞こえている」

少女が余りにも悲しみを含ませた声音で言うからか。
私は、返事を返してしまった。

86: 2014/06/28(土) 12:14:15.80 ID:1Vzq+opAO.net
少女「もしもし、獅子さん。わたしは、迷惑……ですか?」
獣人「…………」
少女「迷惑で、面倒ですか?」
獣人「…………」
少女「……ごめんなさい」

私が何も言わない事を肯定と取ったのか、少女が謝る。

90: 2014/06/28(土) 18:12:31.34 ID:1Vzq+opAO.net
獣人「……いや」

私の口から出たのは否定。
少女が振り返る。
アイスブルーの瞳は濡れてきらきらと輝いていた。

獣人「迷惑だと、は、思っていない」

私の心は、そう、答えを出していた。
ここ数日、少女に対して迷惑だとか面倒だとか、嫌な感情を抱いていなかった。寧ろ、その逆ですらあったのかもしれない。
だからこそ、困っていた。

91: 2014/06/28(土) 18:13:53.13 ID:1Vzq+opAO.net
獣人「ただ、どうして良いのか……わからないのだ」

静かな家に、雨の音が響く。

少女「……わたしは、わたしがわかりません。でも、わたしは、獅子さんと一緒に居たいっていうのは、わかります。思います。獅子さんも、一緒じゃないんですか?」
獣人「それは……それは、良く無い事だ。私と一緒に居たい等と……思ってはいけない」
少女「どうしてですか?一緒に居たいと思う事がどうしていけない事になっちゃうんですか?獅子さんはいけないひとじゃなくて良いひとなのにっ」
獣人「私は……人間。お前が思う程、良い人では無いからだ」
少女「うそ。うそうそ。うそです。なら、だって、どうして」

そんな泣きそうな顔をしているんですか。

92: 2014/06/28(土) 18:15:16.45 ID:1Vzq+opAO.net
少女はそう言って自分がボロボロと泣いた。
私は、泣きそうな顔をしているつもりは無い。

獣人「泣きそうなのは私じゃあ、無かったのか?」
少女「ひっく、うっ、ふ、ひっ」
獣人「お前が泣いているではないか。泣いてどうする。どうにもならんぞ」

ぶんぶん。と、少女が横に蜂蜜色の頭を振る。
泣いてごねて、居座りたい訳では無いらしい。

93: 2014/06/28(土) 18:17:02.27 ID:1Vzq+opAO.net
少女「ひぅ、獅子さん、が、泣かないからっ、わたしっひっく、が、泣くん、です」
獣人「……私は、泣かないのだ。泣くと濡れる。私は、濡れるのが嫌なんだ」
少女「だから、わたしが、ふぇ、代わり、に、泣くんで、すっ、ひっく」
獣人「まったく……訳のわからん事を言う」

悲しみを、痛みを、外に解放して泣く少女。
そうっ。と、壊してしまわないように。優しく、頭を撫でた。
どれ位そうしていただろうか。少女が落ち着いてきた頃には、もう、夜は夜でも深い夜になっていた。
ぐすぐすになった少女の鼻は微かに赤い。

獣人「……大丈夫か?」

こくり。と、小さく頷く少女。
私は、ここから先はどうしたら良いのか解らず、一先ず寝かし付けてしまおうと考えた。

99: 2014/06/28(土) 23:27:30.56 ID:1Vzq+opAO.net
~五日目~

寝かし付けると言っても、私は子供の、ましてや人間の少女を寝かし付ける術を知らないし持ち合わせてはいない。
一般的な、歌を歌うと言っても子守の歌も知らないし、本を読むと言ったってここには子供が読むような本は無い。

獣人(薬草図鑑、は……違うか)

私が寝付けなかった時。の、方法でも良いのだろうか。

100: 2014/06/28(土) 23:30:06.97 ID:1Vzq+opAO.net
獣人「……ハニーミルクは好きか?」
少女「ハニー……?」

こて、と。少女が小首を傾げた瞬間。
私の中に稲妻が走った。

獣人「まさか、解らないと言うのか?嘘だろう」
少女「えっ、と、あの……?」
獣人「そうか。記憶を無くした時にハニーミルクの事も忘れてしまったのか。可哀想に……ならば、今一度出会うと良い」
少女「っ、あの、は……い」

少女から離れて台所に向かい、食器棚からマグカップを取り出す。少女にはかなり大きいだろうが、ハニーミルクはマグカップに注ぐものだと決まっている。要は、量を少なくすれば良いのだ。取り敢えずは。
温めたミルクをマグカップに注ぎ入れる。そこに、瓶からスプーンで掬いだした上質な蜂蜜を入れた。
ミルクの白に浮かぶ蜂蜜の渦。
そこに、安らぎと安眠の効果を持つリラース草のエキスを一滴加えた。

101: 2014/06/28(土) 23:31:55.00 ID:1Vzq+opAO.net
獣人「熱いから気を付けろ」
少女「はっ、はい!ありがとうございますっ」

マグカップを両手で持った少女の顔を湯気が包む。
ふー。ふー。と、少女が息を吹き掛ける度に湯気がからかうかの様に揺れた。
こくり。
少女が、ハニーミルクを飲む。

獣人「……どうだ」
少女「っ、甘くて……おいしい、です……!」

先程とは違う意味で瞳を輝かせた少女から笑みが零れた。

獣人「フッ……そうだろう」
少女「…………」
獣人「……どうした」

ぽけ。とした表情で固まった少女。
そんなにハニーミルクとの出会いは衝撃的だったのだろうか。
確かに、私も初めて出会った時は衝撃的だったが。

102: 2014/06/28(土) 23:33:48.82 ID:1Vzq+opAO.net
少女「……今」
獣人「ム……?」
少女「笑い、ましたか?」
獣人「…………早くそれを飲め」
少女を「い、今っ」
獣人「もう夜も遅い!それが飲み終わったら、寝るぞ」
少女「あっ、わ、待ってくださっあっ!!」
獣人「ムッ!?」

慌てた少女がマグカップを一気に傾けた。もちろん中身はまだ熱い。

少女「……っ」
獣人「ア……すま、ない。急かすつもりは……無かった」

唇をきつく閉じた少女はぷるぷると震えている。
私は、火傷に効くヤード草を擦り練った物を人差し指に付け少女の唇に触れた。

103: 2014/06/28(土) 23:36:18.75 ID:1Vzq+opAO.net
獣人「火傷に効く薬だ」
少女「ふっ、う……」
獣人「大丈夫か?」
少女「くすぐっ、たいです」
獣人「そう言う事ではない。火傷だ」
少女「ヒリヒリ、します……っ」
獣人「口の中もか?」
少女「舌が、ふふっ、痛いです」
獣人「なら、こいつを少し舌の上に乗せておけ」
少女「むぐ……っ」

薄く開いた少女の口内に指を差し込んで舌にヤード草を擦り付けた。
自分とは比べ物にならない位、小さくて柔らかい感触。
指を抜くと、少女は息を大きく吸った。

少女「ふぁ……獅子さん、指大きいですね……息が止まっちゃうかと思いました……」
獣人「ム……」

確かに、少女にしては大口を開けていたような気がする。

104: 2014/06/28(土) 23:37:48.87 ID:1Vzq+opAO.net
少女「……ん」

ふっ。と、少女の瞳から力が抜けた。
とろ、とろん。とした顔になった少女からマグカップを取り、適当な場所に置く。
眠りが、来たのだろう。

少女「ししさん……」

先程よりも拙い発音でそう呼んだ少女は、私の身体にその身を埋めた。
すぅすぅと寝息を発てるのに、そう時間はかからなかった。
私は少女をそのまま抱き抱えるとベッドへと向かい、起こさないように、ゆっくりそうっと、少女を寝かせた。
直ぐに机上へと向かい日記を付け、私もベッドへと入った。
少女は寝惚けているのか手をもぞもぜと動かしている。やがて、私の手へと触れると小さな手で私の小指を握り締めた。
少女からは、ハニーミルクの甘い香りとヤード草の涼しげな香りがした。

110: 2014/06/29(日) 18:05:26.86 ID:O76bNivdO.net
ちょっと貴方!最近寝てないらしいじゃないの!

獣人「アア。今は睡眠よりもやらなければならない事がある」

馬鹿ね。自分の体より大事なもの何て無いのよ?

獣人「……黙れ」

黙りません。貴方が心配なんだもの。

獣人「フゥ……寝ようと思っても頭の中にちらついて眠れんのだ」

あら。なーんだ。そうだったの。ならもっと早くに言いなさいよ。

獣人「……何をしている」

はい。出来た。熱いから気を付けなさい。

獣人「この甘い香りのする物は何だ?眠りに効く薬か?」

えっ!?やだっ、ハニーミルクを知らないのっ!?あり得ないあり得ない!貴方、人生十割損しているわよっ!?

獣人「ム……」

まぁでもそうね、薬湯みたいに薬臭い物では無いけれど……よぉく眠れるお薬、かしら。いや、おまじないかしら?

獣人「聞かれても私にはわからんぞ」

じゃあ答えは出ないからお終い。ほーら、さっさと飲んで早く寝る!

111: 2014/06/29(日) 18:06:53.78 ID:O76bNivdO.net
獣人「……ン」

薄く瞳を開く。
朝の日の光が入り込んできて眩しい。何の夢を見ていたのかは思い出せない。
隣を瞳だけ動かして見ると、少女の姿は無かったが、ハニーミルクの甘い香りがまだ残っているような気がした。
ベッドから降りて机上へと向かい日記を捲る。

112: 2014/06/29(日) 18:07:53.67 ID:O76bNivdO.net
獣人「…………」

私の基準だと、少女にとっては何もかもが大きくなるのかもしれない。
梟人に電話をかけた。
天候が落ち着いたら遊びに来ると言っていた。
少女が泣いた。訳の解らない事を言うが、私は、少女が嫌ではなかった。
ハニーミルクを知らなかったみたいだが、気に入ったと思う。
そろそろヤード草を擦り練っておいた方が良いだろう。

113: 2014/06/29(日) 18:09:46.10 ID:O76bNivdO.net
獣人「……フム」

窓越しに外を見る。
弱くはなっているが、しとしとと降る雨は森を濡らしていた。薬草を採りにはいけない。
ヤード草ならば、まだ手を加えていない葉が残っている。日中にでも擦り練ろう。

少女「あっ、獅子さんおはようございます!」

少女の目の周りが少し腫れているような気がしたが、少女は気にしていないかのように屈託の無い笑顔で笑った。

獣人「……おはよう」
少女「獅子さん、昨日のお薬、凄いですね!」
獣人「ム……?」
少女「火傷した所、もうヒリヒリしないんですよっ」
獣人「アア……ヤード草か」
少女「ヤード草?」
獣人「そうだ。……何だ、興味があるのか?」
少女「はいっ」

こくこく。と、少女が頷く。アイスブルーの瞳を見れば、それが世辞では無い事がわかった。

114: 2014/06/29(日) 18:12:23.14 ID:O76bNivdO.net
獣人「ならば、後でヤード草の火傷薬を作る。見たければ見るが良い。それに作りたければ……教えてやる」
少女「っ、ありがとうございますっ」

少女が頭を下げる。
大袈裟な、とは思ったが、その姿勢が何だか可愛らしい。

獣人「……先ずは朝食だ、頭に栄養を送らねば簡単な作業すら間違えかねないからな」
少女「獅子さんでも、間違えるのですか?」

少女が、意外。の二文字を顔に浮かべながら私を見た。

獣人「……私が間違えると思うのか?」
少女「えっ?……あれっ?もしかして、わたし……ですか?」
獣人「他に誰がいる」
少女「……うっ」

きゅ。と肩を竦めた少女の蜂蜜色の頭を二度、力を抜いて叩く。

獣人「冗談だ」
少女「もうっ!獅子さ」
獣人「いや、冗談じゃないかもしれないな」
少女「……むう」

少女は、少しだけ拗ねたように唇を尖らせた。

121: 2014/06/30(月) 11:56:07.18 ID:P7e0cXPAO.net
獣人「これぐらいで良いだろう」

少女の作ってくれた朝食を食べ終え、私は薬草袋からヤード草の葉を五枚取り出した。

少女「わぁ……これが、ヤード草ですか?真っ赤ですね」
獣人「そうだ。こいつを擦り鉢に入れて、この擦り棒で擦り練る」

擦り鉢に入れたヤード草を、手に持った擦り棒で擦っていく。

122: 2014/06/30(月) 11:57:08.65 ID:P7e0cXPAO.net
獣人「ヤード草は火傷に良く効くが、そのまま使うと皮膚が被れる事がある。そこで、このカーレナ草のエキスを入れる」
少女「カーレナ草?」
獣人「皮膚の保湿や修復に長けた薬草だ。それと、ニャン粉を入れる」
少女「えっ!?」
獣人「何をそんなに驚いている」
少女「だっ、だって、にゃんこって、猫さん入れちゃうんですかっ!?」
獣人「なっ……アア」

ニャン粉ではなく、にゃんこか。
私が猫の事をにゃんこ等と幼稚臭く言う筈が無かろうに。
だが、そうだな。少しからかってやるか。

123: 2014/06/30(月) 11:59:21.60 ID:P7e0cXPAO.net
獣人「ニャン粉は、干して」
少女「猫さんの干物……!」
獣人「粉末にした物だ」
少女「猫さんが粉々……!!」

あわわわ。少女は真っ青な顔ですり鉢の中身を見ている。

少女「猫さん……ありがとうございますっ」

少女は両手を合わせると目を瞑り頭を下げた。その行動に、少なからず驚いてしまう。

獣人「……可哀想とは、言わないんだな」

少女なら、そう言う甘い事を言うのだろうと思っていた。

少女「わたし達は、色々な、食物となったもの達から命を頂いています。わたしは猫さんを食べたりはしませんが……でも、猫さんだけ可哀想と言うのは、違うと思います」
獣人「……ウム」

確定的な言葉は無いが、少女の言いたい事は十二分に解った。

124: 2014/06/30(月) 12:00:45.47 ID:P7e0cXPAO.net
獣人「正論だな。……ちなみに、このニャン粉は猫の事ではない」
少女「えっ?」
獣人「ニャンの根と言う猫のような形をした根を天日干しした後に粉々にした物を、ニャン粉と言うのだ」
少女「……むう」
獣人「どうした」

少女は、不服そうな顔をしている。

少女「わたしのこと、からかいましたね?」
獣人「ああ、それか。すまんな。……だが、思っていた以上にしっかりしているんだな」
少女「そっ、そんな事……無い、ですっ」

かぁっ。少女は照れているのか、少し俯いてしまった。ほんのりと耳が赤い。

獣人「クッ……そうだな、そんな事は無いな」
少女「っ!もうっ、獅子さんっ」

ぽすぽす。と、少女が両の手で私の腕を叩いた。人間の少女の力だ。さして痛みを伴う訳ではない。

125: 2014/06/30(月) 12:03:00.68 ID:P7e0cXPAO.net
獣人「ほら、やってみるか?」
少女「えっ?あ、良いんですか?」
獣人「アア」

擦り棒を少女の方へと差し出すと、少女は私の腕を殴るのを止めておずおずと擦り棒を受け取った。

少女「ふあっ!?重い、ですっ……!」

んぎぎぎぎ。
私が片手で持っていた擦り棒を、少女は両手で持ちながらそう言った。

獣人「そんなに重いか?」

少女の両手に私の片手を添える。

少女「あっ、軽くなりました!獅子さんこのまま、このままですよ!」
獣人「これじゃあ自分でやった事にはならないが良いのか?」
少女「良いんですよ!わたし一人じゃ出来ないですし……それに」
獣人「ム?」
少女「一人より、獅子さんと一緒に、二人でやれる方が嬉しいです」
獣人「……まったく、可笑しな奴だ」

本当に、可笑しな奴だ。

126: 2014/06/30(月) 12:04:25.47 ID:P7e0cXPAO.net
獣人「どうしてそうなるのだ」
少女「えへへ……どうして、でしょう」

何故か少女の手や顔には火傷薬が付いている。別に付着している事自体に害は無いが、見た目が汚い。

少女「獅子さん、わたし、お風呂に入りたいです」
獣人「……濡れたタオルで拭けば良いだろう」
少女「お風呂に入りたいですっ!」
獣人「なら……入ってこい」

じっ。と、少女が私の事を見てくる。

131: 2014/07/01(火) 00:23:10.13 ID:dFC+WChsO.net
少女「お風呂大きくて、私一人じゃ入れないです」
獣人「…………」
少女「獅子さん……」
獣人「……私は、濡れるのが嫌何だが」
少女「まさか……だから獅子さんはお風呂に入らないのですかっ!?だから、いつも濡れたタオルだけだったんですかっ!?」
獣人「……そう騒ぐな」
少女「獅子さん!」
獣人「何だ」
少女「お風呂に、入りましょう」

132: 2014/07/01(火) 00:24:10.53 ID:dFC+WChsO.net
ほかほか。
湯気が風呂場に充満している。

少女「……むう」
獣人「不服か」
少女「はい」
獣人「風呂に入りたかったのだろう?」
少女「そうですけど……獅子さんはお洋服着たままじゃないですか」

酒樽の湯に浸かりながら、少女はやはり不服そうにそう言った。
酒樽と言ってももちろん空の樽だ。風呂場にある木の浴槽は私の大きさでも充分にゆったりと浸かれる大きさ。故に、少女は自力で出入りができなかった。
そこで空の酒樽に湯を入れて浴槽代わりにしたのだが。

133: 2014/07/01(火) 00:26:12.47 ID:dFC+WChsO.net
少女「……ちょっと、くらくら、します」
獣人「早いな。もう上せたのか」
少女「違います。なんか……お酒臭いです」
獣人「子供か。……ア、子供か」
少女「うー……」

ザバァ。
少女の両脇に手を入れ、少女を酒樽から取り出す。
ぽたぽたと。少女の蜂蜜色の髪から、白い肌から、湯が滴り落ちる。そのまま木の椅子に少女を座らせた。

獣人「じっとしていろ」
少女「はーい……」

少女の蜂蜜色の頭にシャンプーを垂らし、洗っていく。
ガシガシ。ゴシガシ。

少女「獅子さん、ちょっと、痛いです」
獣人「アア、すまん」

そうか。自分にするようにしてしまうと力が強すぎるのか。私は力を抜いて再び洗い出す。

少女「ふあー……」

少女が気持ち良さそうに、気の抜けた声を上げた。

134: 2014/07/01(火) 00:28:05.03 ID:dFC+WChsO.net
少女「獅子さんは、別に汚いのが好きなわけじゃないんですね。洗い方が凄く丁寧です」
獣人「馬鹿を言うな。私の家を見れば解るだろう。私は自分で言うのも何だが、綺麗好きだ」
少女「でも、お風呂は嫌なんですよね?」
獣人「……濡れるからな。ほら、目を瞑れ」
少女「はい」

私は少女が目を瞑ったのを確認してから、蜂蜜色の頭にお湯を注ぐ。湯の流れに沿って泡が落ちて行く。

獣人「私だって耐えられなくなれば風呂に入る」

何度か繰り返し、泡が完全に落ちたのを確認してから、少女に目を開けて良いぞと声をかける。
ぱちり。と、開いたアイスブルーの瞳は、振り返ると私の瞳を真っ直ぐに見た。

135: 2014/07/01(火) 00:29:54.31 ID:dFC+WChsO.net
少女「もしかして獅子さん、ひとりのお風呂が怖いんですか?怖いんですね?わたしと一緒です!」
獣人「……何を言う」
少女「だったら、これからはわたしと一緒に入りましょう。毎日。それが良いですよ!」
獣人「冗談は止せ」
少女「冗談じゃないです!最初は、獅子さん良い匂いだったし毛もふわふわしてて気持ちが良かったのですが、最近はめためたするんですもんっ!」
獣人「ムッ……」

こまめに拭いていた筈なのだが。

少女「獅子さん、お風呂!」

少女が何時もより気が強く、はっきりと物を言っている様な気がする。

獣人「もしや……酒にあてられたな?」

空の酒樽だったのだが、子供には充分だったか。

136: 2014/07/01(火) 00:31:59.93 ID:dFC+WChsO.net
早々に風呂を切り上げ、白いタオルで少女を包む。

少女「獅子さん、獅子さーん」
獣人「何だ」
少女「獅子さんのお歌を歌っているだけです」

歌と言いながら、出てくるのは少女が使う私の呼び名だ。

少女「獅子さん、獅子さん、獅子さーん」
獣人「そんな事をして楽しいか?」
少女「はいっ」

屈託の無い笑顔でそう言われてしまい、私は何も言い返せなくなってしまった。

141: 2014/07/01(火) 09:49:30.25 ID:dFC+WChsO.net
獣人「ムゥ……」

夜。就寝間際。
私の家に、人間の少女の服等置いてある筈が無かった。ある訳が無い。
だが、服は清潔を保つ為にも洗濯しなければならない。毎日同じ服等言語道断だ。
それは、私の家に居る限り少女も例外ではない。

少女「おっきいです」
獣人「私の服だからな」

私のブラウスを少女に着せると言うよりは被せてみた。

獣人「埋もれているな」
少女「私は獅子さんですよだー!」

ばさー。
少女が精一杯万歳を繰り返す度に、袖の部分がばさばさと私に当たる。

142: 2014/07/01(火) 09:50:34.53 ID:dFC+WChsO.net
獣人「…………」
少女「わたしは、ししさん!ししさんと、いっしょー……」

ぐら。
少女の体が、力が抜けていくかのように崩れていく。

獣人「オイ……」

ぽふっ。
私の胸に倒れ込んで来た少女は、気持ち良さそうに寝息を立てていた。すり。と、少女は小さな顔を埋めてくる。
私は溜め息を吐いてから少女をベッドへと運んだ。

143: 2014/07/01(火) 09:52:06.07 ID:dFC+WChsO.net
獣人「フゥ……」

風呂場に入り、息を吐く。
身体を洗い、湯を身体にかけた。
浴槽に浸かり、今度は安堵の息を吐く。体毛に湯が染みていくが、別に、これは問題無い。
私が嫌なのは、濡れる事。
正確には、頭から液体を被り濡れるのが嫌なのだ。
少女にこんな事を言ったら、湯や泡が目に入るのが嫌なんですね。等と言われそうだ。

獣人「変わった人間だ……」

私は変わった人間と一緒に眠る為に、風呂場を後にした。

144: 2014/07/01(火) 09:54:24.10 ID:dFC+WChsO.net
~六日目~

少女「んーっ、んーっ、ふぅ、んー……はぁっ」

ぜぇはぁ。
息遣いが聞こえる。
眠りから覚めて瞳を開けると、顔を真っ赤にした少女がベッドの上に、ちょん。と座っていた。

147: 2014/07/01(火) 23:16:58.20 ID:dFC+WChsO.net
獣人「ム……何をしている」
少女「ああっ、獅子さん、良かったです。起きてくださいっ」
獣人「私は起きているが?」

寝呆けているのだろうか、少女は。

少女「そう何ですけどそうじゃなくて、身体を起こしてくださいっ」
獣人「身体?」

視線を何となく私の身体に、下へと落とす。
どうやら、少女が着ているブラウスの両袖の先を、私の身体が下敷きにしていたらしい。
もぞり。
上体を起こす。

少女「良かっ、わっ!?」

少女の身体が後ろへと下がる。思わず引き寄せてしまったが、後ろはまだベッドだ。
私は何を焦っているのだ。

獣人「私に起きろと言っただろう。押さえが無くなると解っているのに、何故袖を引っ張る。後ろに力が逃げるに決まっているだろう」
少女「ごめんなさい……」
獣人「フン。……怪我が無ければ良い」

そう言うと、少女はアイスブルーの瞳をきょろきょろさせて私を見た。

少女「お怪我は無いと思います!」
獣人「……私の事ではない」
少女「えっ?」
獣人「もう良い。早く顔を洗え」

少女が渡してくれた顔を洗うタオルを片手に、机上にある日記を捲る。

148: 2014/07/01(火) 23:18:03.66 ID:dFC+WChsO.net
獣人「ム……」

ヤード草の火傷薬を少女と作った。
ヤード草の葉を五枚使用。カーレナ草のエキスを葉三枚分。ニャン粉は半ニャン粉使用。
少女の風呂に酒樽は使わない方が良い。酒に弱そうだ。
毎日風呂に一緒に入ろう等と言っていた。冗談だろうが。
だが、風呂に入る頻度は、考えた方が良いかもしれん。

151: 2014/07/02(水) 14:25:46.82 ID:Fv2rZtoXO.net
獣人「フッ」

風呂の時の酒樽にあてられたのだろうが、訳の解らない歌を歌っていた少女が飲んだくれと被り、可笑しい気分になってくる。だが、それと同時に、背後に潜む恐れを感じる。
こんな感情の起伏は、久しかった。
台所へと行くと、少女は元の服に着替えた様で、見慣れた格好をしていた。

少女「あっ、すみません、今から急いで朝ご飯を作りますから、もう少しだけ待っていてくださいっ」

わたわたと忙しく動いている少女の横に立つ。少女が、動きを止めて私を見上げた。

少女「獅子さん?」
獣人「手伝おう。……その方が早い」

少女が笑った様な気配がした。

152: 2014/07/02(水) 14:27:05.70 ID:Fv2rZtoXO.net
昼。
少女は薬草図鑑を眺め、私は書き物をしていた。

少「あ……」

少女が、か細い声を上げる。

獣人「どうした」
少女「あ、め……」
獣人「ム……?」

私は紙に走らせていた万年筆を止めて窓を見る。

獣人「……ッ!」

空は、泣くのを止めていた。

少女「止んじゃい、ました……」

対して、少女は今にも泣きだしそうだった。

少女「獅子さん」
獣人「準備をする」
少女「……っ」

約束は守らなければならない。
雨が降ったら、少女を街まで送り届ける。

獣人「…………」

ギィ、バタン。家の木戸を閉める。湿気を含んでいるから、常よりも動きが悪かった。

少女「…………」

赤い外套を纏った少女は、浮かない顔をしている。
ここから街まで行くとなると、決して近いとは言えない距離ではあるが、歩きでも問題は無いだろう。

153: 2014/07/02(水) 14:35:02.13 ID:Fv2rZtoXO.net


久しぶりの森へと足を踏み入れる。
人間の少女とは言え、誰かと歩くのは久しぶりだった。
一人ではない、二人であると言うこと。

獣人「ウゥ……」

認めたくない私と、既に認めている私。
少女と居て、私は、確かに。
楽しい。と、思っていた。

少女「獅子さん!わたしっ……」

ポタリ。ポツリポタリ。

獣人「雨か……!やむを得ん、戻るぞ!」
少女「ふわっ!?」

私は少女を抱え上げて森の中を走る。
これは、まるで、少女を拾ったあの日と一緒だ。

少女「獅子さんっ」

ぎゅっ。と、少女がしがみ付いてくる。
正確には、あの日と一緒ではなかった。
少女は起きているし、私の、少女の抱え方も違う。
それに、少なくとも今は、私と少女は見知らぬ中ではない。

154: 2014/07/02(水) 14:38:11.14 ID:Fv2rZtoXO.net
ゼェー。ゼェー。
私の荒い息遣いが家の中に響く。

少女「大丈夫ですかっ?」

タオルを手にした少女が、私の身体を拭いていく。

獣人「……馬鹿者。私ではなく先に自分を拭け。風邪を引くぞ」
少女「でも、獅子さん、顔色が良くないです」
獣人「私は……大丈夫だ」
少女「でもっ」

バァンッ!
少女の声は乱暴に開けられた木の扉の音に飲み込まれた。

梟人「ちょっとなんなんだいこの雨はさぁ」
獣人「ムッ!?」
梟人「お陰でこっちはずぶ濡れさ。怪我もするし」

バサリ。梟人が雨露を払うように羽を薙ぐ。
怪我と言っても薬を使うまでも無い、自然治癒で問題無い位の掠り傷が羽に出来ていた。

155: 2014/07/02(水) 14:39:50.75 ID:Fv2rZtoXO.net
少女「あっ、あの……」
梟人「何だい、気が利くじゃないか」
少女「あっ」

梟人は少女の持っていたタオルを取ると、自分の身体を拭いた。

獣人「何しに来た」
梟人「言っただろう?雨が止んだら遊びに行くって。まぁ、この通り降られちまったけどね。って、アンタ達もずぶ濡れじゃないか」
少女「獅子さんを拭いていた途中だったんですっ」
梟人「それはすまなかったね」
獣人「ムッ!?オイッ……」

わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ。
梟人は、無遠慮に私の頭や顔をタオルで拭くと言うよりは揉みくちゃにしてきた。

梟人「どうせ、遠慮してちゃんと拭けてないんだろう?こう言うのはね、遠慮せずに思いっきりやるもんなんだよ」
少女「はっ、はい!わかりましたっ」
獣人「こいつの話は真に受けるな」
梟人「酷いねぇ……はい、お終い」
獣人「…………」

私の毛という毛が目茶苦茶にされてしまったであろう事は、鏡を見ずとも解った。
真顔の少女が、私を凝視している。かと思うと、唇から息を漏らした。

156: 2014/07/02(水) 14:41:58.79 ID:Fv2rZtoXO.net
少女「ふっ……ふふっ、ふっ」
獣人「ムゥ……」
少女「獅子さんの、頭が、ぐちゃぐちゃ、ふふっ」
梟人「アイツは堅物のクソ真面目だからねぇ。こんなヤツは見た事が無いだろう?」
少女「はい、ふっ、ふふ……」
獣人「……整えてくる」

洗面所へと行き、備え付けてある鏡を見る。
我ながら酷いと思った。
鬣も顔の毛の流れもすっちゃかめっちゃかである。私は溜め息を吐いてから櫛を入れた。

梟人「ああ、お帰り」
少女「いつもの獅子さんですね」

戻ると、梟人が少女をタオルで拭いている所だった。
優しい手つきを、少女は気持ち良さそうに受け入れている。やはり、そう言う事は女性の方が長けているのだろう。

梟人「お出かけでもしていたのかい?アンタが家から出るなんてさ」
少女「…………」
獣人「…………」
梟人「アンタ、まさか……」
少女「あのっ、わたし、わたしが、薬草を採ってみたいって、あの、我が儘を言ってお外に行ったんですっ」
梟人「…………そうかい。そうだったのかい。そりゃあ災難だったねぇ」

梟人は、笑いながら少女の蜂蜜色の頭をくしゃくしゃと撫でた。

157: 2014/07/02(水) 14:44:19.88 ID:Fv2rZtoXO.net
梟人「そうだ。お土産があるんだけどねぇ……特別に、先に食べさせてあげようか」
少女「えっ?」
獣人「オイ、それは」

ころん。
少女の小さな口に、花を模った小さなクッキーが放り込まれた。

少女「わぁ……甘くて、良い香りがします」
梟人「そうかい。そのまま、甘い夢を見ると良い」
少女「え……?」

とさっ。
少女が梟人に倒れ込む。

梟人「このコの手前言わなかったけど、アンタ、街に行こうとしたんだろう?」
獣人「……アア」
梟人「アタシは言った筈だけどねぇ。街に送るのは少し、様子を見た方が良い。……って、ね」

梟人は少女を抱き抱えると、ソファーに横たわらせた。

158: 2014/07/02(水) 14:48:10.77 ID:Fv2rZtoXO.net
少女はすやすやと眠っている。眠りへと導く眠り花を用いたクッキーを食べたのだ。暫らくは熟睡している事だろう。

梟人「ゆっくり話したくっても、客人用の椅子が無いんじゃあ、ねぇ。アンタの家は本当に他人を受け入れないね」

雨が窓を叩く。
梟人は、窓際の壁に身体を預け私を見た。手には私の日記を持っている。

梟人「相変わらず真面目なこった。ふぅん……」
獣人「お前は相変わらずデリカシーの欠片も無いな」
梟人「お褒めに預かり光栄でございます」
獣人「褒めた覚えは無いがな」

パタン。梟人は日記を閉じると私に手渡した。

159: 2014/07/02(水) 14:49:40.54 ID:Fv2rZtoXO.net
梟人「さて、と……アンタがこの森に潜むようになって何年経ったと思う?」
獣人「……さぁな」
梟人「アンタが感じている時間は知らないけどさ、ざっと、百六年って所だろうね。……一日、二日でも。いや、例えほんの数分だとしても。物事が動けば世界は大きく変わる。それはアンタも知っているだろう?」
獣人「アア」
梟人「外は、ね。……だいぶ、変わってしまったよ。特に、ヒト。人間は」

人間が変わった。
少女を見る限りでは、私の知る人間と大差が無いように感じたが。

梟人「アンタから人間の少女を拾ったって電話が来た時は驚いたねぇ。堅物のアンタが、まさか、流行に則って人間を飼うなんて、さ」
獣人「人間を……飼うだと?」
梟人「そうさ。まぁ、実際は本当に拾ったって事だったみたいだけどね」

梟人の瞳が、真剣な物になる。

160: 2014/07/02(水) 14:51:44.85 ID:Fv2rZtoXO.net
梟人「人間との共存。そんなものは、殆ど無くなっちまったよ。最近ではヒトはアタシ等に飼われるようなペットか、食料扱いさ」
獣人「何、だと……っ」
梟人「まぁ、辺境の地では昔のままの関係を保っている所もあるみたいだけど……」

私が変わりの無い日々を送っている間に、世界はこうも変わってしまっていたのか。

梟人「それで、そんな中あのコを街に送るなんて。いや、街に放り込むなんて何をされてもどうなっても……文句は言えないよ。それに、アンタの事だ。あのコを家族の所に帰してあげようとしたんだろう?」
獣人「……アア」
梟人「残念だけど、諦めた方が良い。あのコは記憶が無いんだろう?」
獣人「思い出す気配は今の所、見受けられん」

161: 2014/07/02(水) 14:54:27.34 ID:Fv2rZtoXO.net
少女の赤い外套を、梟人が指す。

梟人「あの外套は、最初から着ていた?」

私はそれに頷いた。

梟人「……間違い無いね。あのコの家族はもう居ないし、それをあのコが思い出す事は二度と無い」
獣人「どう言う事だ?」
梟人「あの赤い外套はね、遊獣の所有物の証さ」
獣人「ユウジュウ?」
梟人「人間を売買している者達さ。遊獣の人間は、どんな用途にも使えるように炊事や洗濯とかの身の回りの世話ができる位の記憶はあるけれど、それ以外の。それまで生きてきたヒトとしての記憶は……封じ込まれてしまうのよ」
獣人「それじゃあ、あの人間は……」
梟人「きっと、売られに行く途中だったんだろうね。事故か逃げ出したのかは解らないけど、拾われたのがアンタで……命拾いしたねぇ」

遊獣の人間は、酷く高い額で売買されるらしい。
その分貴族等のお遊びに使われる事が殆どで、とても、通常の精神とは思えない事をしているらしい。
もしかしたらソファーで眠る少女も、本当ならば酷い乱暴をされた上に食料になっていたのかもしれないと思うと、血が騒つくのと同時に心が凍り付きそうになってしまう。

162: 2014/07/02(水) 14:56:39.38 ID:Fv2rZtoXO.net
梟人「あのコが疎ましくて一緒に居たくないんなら……街に置き去りにすれば良い。でも、そうじゃないんなら、一緒に居たら良いんじゃないかい?」
獣人「…………」
梟人「どの道、あの子はひとりぼっちさ」

バサリ。
梟人の羽が空気を動かす。
気が付けば外は日が沈んでいた。雨は、弱々しく、けれどしぶとく降っていた。

183: 2014/07/06(日) 22:07:15.86 ID:hz1XnQ1zO.net
甘い甘い。そんな夢。
ゆらゆらふわふわ甘い夢。
もふもふした毛が気持ち良い。
触って触って。最後に触れた毛はベットリ。
わたしを護ったわたしの。

184: 2014/07/06(日) 22:08:29.78 ID:hz1XnQ1zO.net
少女「んっ……」

少女がくぐもった音を出した。もぞ。と動き、ぱたん。と寝返りを打つ。
ゆっくりと、アイスブルーの瞳が開かれる。

獣人「目が覚めたか」
少女「獅子さん……?」

むく。と、身体を起こした少女は眠たそうに瞳を擦った。

梟人「おや。起きたのかい?」

フライ返しを持った梟人が台所から振り返る。と、少女はまだ開ききっていなかった瞳を大きく開かせた。

少女「わっ、真っ暗!」

窓の外を見た少女が慌ててソファーから飛び降りる。

少女「あのっ、ご飯、すみません、今から作りますから……!」
梟人「ああ、良いんだよ気にしなくて。今日は特別さ。アタシの料理が食べられるなんて……幸せ者よ?」

ぱち。梟人は片目を閉じて少女に何かを送ると、再び調理に戻った。

185: 2014/07/06(日) 22:10:59.88 ID:hz1XnQ1zO.net
獣人「今日はアイツに任せておけ。……大丈夫だ、一応食べられる料理は作れる筈だ」
梟人「アンタだけ泥と雑草のソテーでも良いんだよー?」

振り返る事無く調理をしながら梟人がそう言う。

獣人「……大丈夫だ、美味い料理を作ってくれる」
少女「は、はい」

料理が出来上がるまでの時間。
互いに、どこか気まずい空気が流れている。

獣人「その……街行きの事何だが……」

びくり。と、少女が肩を震わせた。

獣人「私は、お前を街に連れて行った方が良いのだと思っていた。獣人である私の傍よりも、同じ人間の所へ行った方が幸せに過ごせるだろうと──」

どすっ。
少女が私の身体に衝突してきた。

186: 2014/07/06(日) 22:16:23.55 ID:hz1XnQ1zO.net
少女「勝手に、勝手にわたしの幸せを決めないでくださいっ……わたしの幸せはわたしにしかわかりません!わたしは、人間ですけれど獅子さんと一緒に居たいんです!わたしの幸せは……っ!」

ふわり。ふわり。
少女の蜂蜜色の頭を撫でる。

獣人「話は最後まで聞いてくれ」

私でも驚く位、酷く穏やかで情けない声音。

獣人「……お前が良いのならば街行きは辞めて、このままここで……暮らさないか」
少女「はい……っ!獅子さんっ」

少女の笑顔が、私の心に染みて行くのが解った。

187: 2014/07/06(日) 22:19:09.15 ID:hz1XnQ1zO.net
梟人の作った夕飯を食す。
味に問題は無い。普通に美味しく食べられる料理だ。
テーブルの向かい側に、空の酒樽を椅子代わりにして座っている梟人がニヤニヤしていなければもっと美味しく感じられるかもしれんが。

梟人「はっはーん。アンタにそんな趣味があったとはねぇ……」
獣人「仕方がないだろう。椅子が無いのだ」
少女「わたし……退きますか?」
獣人「いや、そのままで構わん」
梟人「ふぅん?」

ニヤニヤ。
ニヤニヤ。
ニヤニバキャ!!

梟人「わっ!?」
少女「あっ!」
獣人「ム……」

梟人が消えた。否、沈んだ。

バラバラに解体された酒樽に沈む梟人の元へ椅子から飛び降りた少女が向かう。

獣人「酒樽も可哀想にな。体重に耐えられなかったか」
梟人「ちょっと。アタシは可哀想じゃないのかい?アタシは」

少し機嫌を損ねたような梟人がジトリと私の事を見た。

188: 2014/07/06(日) 22:21:35.29 ID:hz1XnQ1zO.net
少女「痛い所はありますか?」
梟人「あ、痛っ……アタシの羽が痛むわ……」

梟人が大袈裟に羽を抱き込む。

少女「しっ、獅子さん大変です!お薬、お薬は無いですか!?」
獣人「……羽は来る時に切ったのだろう?」
少女「え……?」
梟人「……つまんないわねぇ」
獣人「別に私はお前を楽しませる為に居る訳ではない」

ファサ。
羽を定位置に戻した梟人の羽を見て、私は己の目を疑った。
先程まであった擦り傷は大した怪我ではなかったが、たった数時間で癒える事は無い傷だった筈。それなのに、梟人の傷は既に塞がり治りかけていた。

獣人「傷はどうした」
梟人「え?……ああ。アタシ、アンタよりは心がうぅんと若いからねぇ。ほら、若い子の自然治癒能力って恐ろしいじゃない?医者要らずになってしまうんだもの」
獣人「……私は、確かに他の者よりも老けて見られるが別に心まで老け込んでいる訳ではない」
梟人「別にアンタが老けているのは昔からだから良いわよ。アタシが言いたいのはね、アタシが若いって事さ」
獣人「…………」

189: 2014/07/06(日) 22:23:50.15 ID:hz1XnQ1zO.net
バラバラになった酒樽の欠片を少女が集めているその手を、やんわりと止める。
今の所少女の手に木の刺等は刺さっていない。

獣人「人間の皮膚は薄い。私がやろう」
少女「でも……これは……」
梟人「あーら、やっさしい」
獣人「……煩いぞ」

酒樽の欠片を拾い終わり、暖炉に焼べる薪の上に置く。所で、少女に服の裾を引っ張られた。

獣人「どうした」
少女「直らない、ですか?」

手にした欠片を見る。
直す位なら酒樽を新たに空けた方が楽だろう。だが、どうしてここまで少女はこの酒樽の欠片を気にするのか。

190: 2014/07/06(日) 22:25:42.56 ID:hz1XnQ1zO.net
獣人「……そうか。これはお前が使っていたやつか」

こく。と、少女が頷く。

梟人「何々?何なんだい?」
獣人「フゥ……お前が壊した酒樽は、コイツが使っていた物だ」

梟人が、ぐるりと辺りを見回す。

梟人「……踏み台?」
少女「はい……」
梟人「そりゃあ、悪い事をしちまったねぇ」
少女「明日から、どうしましょう」
梟人「……買いに行けば良いじゃないか」
少女「え……?」
梟人「ちょうど良い機会さ。このコがちゃんとここに住むんなら入り用な物もあるだろう。アタシも付き合ってあげるからさ」

嫌な予感がする。

梟人「明日、街に買い出しに行こうか。アンタとアタシとこのコでさ。幸い明日は晴れだ。アタシの勘だとね」
獣人「だが……お前の言った事が本当ならば危ないんじゃないのか?」
梟人「流石に堂々と他人様のモノに手を出す輩は居ないよ。ただ……目は離さない方が良い事は確かだけどね」

街に行きたくないが、確かに梟人の言う通り買い出しに行かなければならないだろう。
この家に、住人が一人増えるのだから。

200: 2014/07/09(水) 06:25:46.68 ID:CniigqfdO.net
夜に来る!

204: 2014/07/09(水) 22:18:36.38 ID:CniigqfdO.net
日記に万年筆を走らせていると、少女は何も面白い事など無いのに私の日課を覗いてくる。
私は手を止める事もなく、少女を構う事もしない。それでも、少女は私の日課を覗く。もしかしたら、ただ、私の傍に居たいだけなのかもしれない。と、思うのは、愚かな事だろうか。

梟人「ちょっと良いかい?」
獣人「何だ」
梟人「この子の名前の事だけど」

梟人が蜂蜜色の頭を指すのを横目で見る。

獣人「知らん。覚えて無いらしいからな」
梟人「ふぅん」

梟人が居なくなった。かと思うと、少女の赤い外套を手にして戻ってきた。

梟人「この文字。この子に関係あるんじゃないかい?」

外套に付いている金色の金具を指して梟人はそう言った。少女が、不思議そうにそれを見る。流石に万年筆を置いて私もそれを見た。

205: 2014/07/09(水) 22:20:03.57 ID:CniigqfdO.net
梟人「読めるかい?」
少女「わからない……です」
梟人「アンタは?」
獣人「……lily、リ、リィ」
少女「リィ?」
獣人「いや、リリィ……」
少女「わたしはリィなんですね!」
獣人「いや──」

顔を輝かせる少女。
梟人が、そっと耳打ちしてくる。

梟人「本当にこれがあのコの名かどうか解らない。でもね、あのコが良いならそれで良いんだよ」
獣人「……そう言う物か?」
梟人「そう言う物さ。どの道あのコが本当の名前を思い出す事なんて無いし、ね」
獣人「ムゥ……」
少女「獅子さん!」
獣人「……どうした」

ぺこり。
少女が頭を下げて、頭を上げる。

206: 2014/07/09(水) 22:21:18.83 ID:CniigqfdO.net
リィ「改めまして、リィです。よろしくお願いします!」
獣人「……アア」
リィ「梟さんも、よろしくお願いします」
梟人「フフ……宜しく、リィちゃん」

名前が嬉しかったのか、少女は眠りに落ちてなお、その顔は笑っていた。

210: 2014/07/10(木) 00:09:43.49 ID:hYKh6/r3O.net
~七日目~

ねぇ、昔はわたし達人間が貴方達を支配していたなんて、考えられないわよね。

獣人「……そうだな。だが歴史は繰り返す。今は共存しているから良いが」

このままの関係が、ずっと続けば良いわよね。

獣人「聞いていなかったのか?歴史は」

だから、ずーっと続けば良いの。
そうすれば、お互い憎む必要は無い。同じ立場だもの。

獣人「フゥ……人間が皆、お前の様な能天気なら良かったんだがな」

あら失礼ね!
能天気に見えるかもしれないですけれど、わたしにだって悩みはあるんですからねっ。

獣人「ほう……それは面白い。例えば?」

それは……それは、貴方が──……。

211: 2014/07/10(木) 00:11:19.32 ID:hYKh6/r3O.net
獣人「……ッ」

意識が浮上して行く。
酷く懐かしい感覚が心に広がっているが、覚えていない。
ベッドから起き、机に向かう。

梟人「うー……」

途中、羽に包まり、眠っている梟人が居た。蹴らないように通る。
ふわり。蜂蜜色の髪が視界の端に映った。

少女「おはようございます、獅子さん!」
獣人「アア……おはよう」

未だ眠っている梟人に気を遣ってか、囁き声で少女がそう言った。
机上に置いてある日記を捲る。

212: 2014/07/10(木) 00:13:01.77 ID:hYKh6/r3O.net
獣人「……ム」

梟人が遊びに来た。喧しい。
今、人間と私達は共存している関係では無いらしい。
少女は、恐らく身寄りが無い。記憶も、故意で無くされている状態である。
思い出す事は無いと、梟人が言っていた。
人間を売買している遊獣と言う奴等の仕業らしい。
少女を街に連れて行くのは止めた。私と一緒にこのまま住む事になった。
明日、梟人と少女と街に買い出しに行く。
少女は、リィと言う名前になった。

213: 2014/07/10(木) 00:14:48.53 ID:hYKh6/r3O.net
獣人「……街か」

確か、梟人が目は離さない方が良いと言っていた様な気がする。
昨日の様に、途中から雨が降ってこなければ良いが。

梟人「あー……眩しくて寝らん無いわ……」

ふらばさふらばさ。
覚束ない足取りで梟人が歩いて来た。床に倒れそうになると羽ばたきをして体勢を立て直している。便利そうで、少し羨ましい。

リィ「梟さん大丈夫ですか?」
獣人「元が夜行性だからな。無理せず帰ったらどうだ?」
梟人「見縊るんじゃないよ。アタシは普通の梟じゃあ、無いからね。朝でも大丈夫さ」

梟人の目が、まだ帰らない。帰るものか。と、言っている。
私が溜め息を吐いた傍で、リィが眉根を寄せて言いにくそうに口を開いた。

214: 2014/07/10(木) 00:16:36.72 ID:hYKh6/r3O.net
リィ「あの……獅子さん、昨日梟さんが作り置きしてくださったご飯を、温めて貰えませんか?」
獣人「ム……?」
梟人「ああ、そうか。アタシが昨日座ってリィちゃんの酒樽の踏み台を壊しちまったんだったねぇ」
獣人「……わかった。私がやろう」
リィ「すみません、ありがとうございます」
獣人「いや」

梟人が昨日の内に作ってくれていたお陰で、温めるだけで直ぐに食べる事が出来た。
ソファーに座り、食後のお茶を飲む。

梟人「それじゃあ、もう少ししたら街に行こうか。日が暮れる前には戻って来たいだろう?」
獣人「そうだな。街に泊まるのはご勘弁願いたい物だ」
リィ「街……」
梟人「ああ、そうだ。ねぇリィちゃん。コイツが新しい外套を買ってくれるって言うから、コレ燃やしちゃっても良いかい?」
獣人「オイ。何を勝手に」

バサッ。
梟人の手にした赤い外套が翻り、私の言葉を遮った。

215: 2014/07/10(木) 00:19:48.09 ID:hYKh6/r3O.net
梟人「遊獣の証を身につけさせたいって言うのかい?」
獣人「…………」
リィ「あの、わたしは、大丈夫です。……獅子さんがわたしの物、選んでくれるんですよね?」
獣人「ウ……」
梟人「そうだよ。とびっきり良いのを選んでくれる筈さ」
リィ「でしたら、それはわたしには要りません」

リィのその言葉で、この赤い外套の運命は決まった。
梟人が暖炉に赤い外套を放り込む。赤い外套に赤い火が回り赤から黒へと変わって行く。
黒く染まり朽ちていく穢れ。呆気なく、燃え尽きてしまった。

梟人「それじゃあ行こうか」

ジュウッ。
暖炉の火を水で消した梟人は、満足気な顔でそう言った。
必要なだけの硬貨を持ち、家を出る。空には一つの曇りも無かった。青い色が、リィの瞳の様だ。

梟人「さて、と。リィちゃんが歩くとなると時間がかかるからね。……空は飛んでみたいかい?」
リィ「空、ですか?何だか怖そうです」
梟人「何事も経験さ。アタシと空の旅と行こうじゃないか」
リィ「えっ」
梟人「アンタは、全力で走りな」

がしっ。
梟人はリィを抱き込むと、上空へと飛んでいった。

216: 2014/07/10(木) 00:21:35.51 ID:hYKh6/r3O.net
リィ「獅子さーんっ!!」
獣人「ム……!」

リィが不安そうな顔で私の事を見ていた。
梟人の事だ。リィの事を落としたりはしないだろう。だが、梟人にとっては空を飛ぶのは当たり前の事だろうが、人間は違う。
それがどんなに恐ろしい事か解っていないのが厄介だ。
私は、森を急いで駆けた。

梟人「おっそーい」
リィ「お空の旅は凄かったですよ!」

街へと入ると、入り口には既に梟人とリィが居た。
最初の不安そうな顔は何だったのか。リィは、明るい表情をしている。

リィ「梟さんとも色々お話できましたし」
獣人「ハァ……そうか……」
梟人「それじゃあ、行こうか」
リィ「はいっ」

きゅっ。
梟人が、私とリィの手を繋がせた。

234: 2014/07/16(水) 11:45:09.04 ID:EA6HPyDrO.net
獣人「オイ」
梟人「離れ離れにならないように、お呪いさ」
獣人「何がお呪いだ」

繋がれた手を離す。
行き場を失ったリィの手は、私の外套の裾を握り締めた。

リィ「あっ……う……」

それを私が見る。と、リィは肩を竦め、手の力を緩めた。外套から手が離れかける。

獣人「……それ位ならば構わん」

ぎゅ。リィが外套の裾を握り締めた。そのまま街の入り口にあるゲートを潜る。
石造りの街並み。
建物や店が増えているようだったが、然程大きな変化は見られなかった。建物においては。

熊人「ぼさっとしてんじゃねーぞ。これも持て。落とすなよ」
人間「はいっ、すみませんっ!」

奴隷の様に扱われている人間。

猫人「次はあっちのお店行こうね~」
人間「畏まりました、ご主人様」

ペットの様に懐き従う人間。

狸人「……美味しそう」
人間「あ、あ、ひぃっ……」

食料として見られている人間。

235: 2014/07/16(水) 11:46:44.23 ID:EA6HPyDrO.net
獣人「……ウゥ」

私達と人間の関係性は、梟人の言う通りだった。変わってしまっていた。この光景は、居心地が良いとは決して言えないだろう。

リィ「っ……」

リィの手に力が籠もり、外套に一層皺が出来る。そして私の足に、ピタリとくっついて来た。
不安が和らぐかは解らないが、蜂蜜色の頭をわしゃわしゃと撫でる。

獣人「先ずは、お前の外套を買おう」
梟人「あそこのお店は、人間の服を扱っているんだ。気に入るのがあると良いねぇ」
リィ「はっ、はい」

カランカラン。
店の扉を開けると涼しげな鈴の音がした。店内は明るく、所謂ポップな曲がかかっている。

梟人「……ここは、人間をペットとして捉えてるお店だから野蛮な奴はそうそう居ない筈さ」
獣人「そうか」

店内を見回してみても、雰囲気が幾らか柔らかい。が、実際によく見てみると人間の意志は感じられない。ただ、飼い主の命のまま着せ替え人形の様になっている。やはり、私達が主導権を握っていた。

236: 2014/07/16(水) 11:47:45.07 ID:EA6HPyDrO.net
獣人「外套は向こうの様だな。行くぞ」

リィを連れ、外套が並んでいる場所に行く。

梟人「流石は専門店。沢山あるわねぇ」

色とりどり、形も様々な外套が並んでいる。

獣人「どれでも好きな物を選ぶと良い」
リィ「あ、えっと……わたし、決められないです」
獣人「何故だ。自分が着たいと思うのを選べば良い」
リィ「……わたし、獅子さんが選んだのが着たいです。獅子さんが好きなのを、着たいです」
獣人「……何?」
梟人「フフ……そう言う事さ。ほら、アンタが選んでやんなよ」
獣人「ムゥ……」

困った。
私は、少女とは言え女性物の服でどれが良い等の感性と知識を備えていない。
だが、私が決める事柄に関して失敗や妥協は許されない。その様な事は己が許しはしない。

237: 2014/07/16(水) 11:48:58.36 ID:EA6HPyDrO.net
梟人「こんな、女の子の外套で悩むアンタが見られるなんてねぇ……」
獣人「黙っていろ。……オイ、好きな色とかは無いのか?」
リィ「解らないです……」
獣人「そうか」

青、黄、橙、緑、桃。
色々な外套をリィにあてがってみるが、どうもしっくりこない。

獣人「……ム」

ふと上に目線を上げると、天井から吊されている外套が目に入った。
先程から合わせている外套よりも値段が高いが、それが気になった。直ぐに店員を呼んで取る様に言ったが、値段が値段だからか渋っていた。

獣人「コイツに大きさが合えばアレを買う。だから早くしろ」
店員「本当に買えるんですかぁ?時々居るんですよ、試着だけさせたがる方」
獣人「フゥ……受け取れ」

袋から硬貨を一枚取り出して店員に投げる。受け取った店員は目の色を変えてヘコヘコし出した。鬱陶しい。
取ってもらった外套を少女にあてがう。やっとしっくりきた。

238: 2014/07/16(水) 11:50:27.66 ID:EA6HPyDrO.net
獣人「これだな」

赤い外套。
レースやリボンが随所に品良く付けられている。薔薇の刺繍なども細かく丁寧だった。確かに、良い品のようだ。

梟人「ふぅん。中々良い趣味じゃないか。やっぱり、可愛い系が好きなのかい?」
獣人「……オイ、会計だ。後、これは着て帰る」
店員「はい、畏まりました。お買い上げ誠にありがとうございます」

梟人の進めで外套の他にも何着か服を買った。
紙袋を持ち、街を歩く。

リィ「あの、獅子さんありがとうございますっ!でも、あの、高かったんじゃ……」
獣人「勘違いするな。私がオマエに着せたかったのだ。私がしたい事にお金を使って何が悪い」
リィ「獅子さん……ありがとう、ございます」
獣人「フン……」

梟人が何か言いたげにニヤニヤしているのが癪に触るが、リィの笑顔に免じて無視してやった。

239: 2014/07/16(水) 11:53:15.02 ID:EA6HPyDrO.net
獣人「ウム……こんな所か」

その他の必要な物を梟人の助言を元に買い揃えていった。私が驚いたのは、食器等も買い揃える事だった。何だかんだ、今まで家に有るのを難なく使っていたと思っていたのだが、食事風景を見ていた梟人には難ありに見えていたらしい。

リィ「これで明日からまたご飯が作れます。ありがとうございます、梟さん」
梟人「どう致しまして」

肝心の踏み台は梟人が壊した弁償代と言って購入してくれた。

梟人「おや?何かやっているみたいだねぇ」

街の広場の方が何やら騒がしい。

244: 2014/07/18(金) 01:32:45.21 ID:CkLDGUDAO.net
獣人「薬市か……」

薬市。
その名の通り薬に関する物が売られている市だ。

梟人「少し買っていこうかねぇ」
獣人「買う必要があるか?」
梟人「量産されているモノでも、有難いモノさ。まぁ、アタシも原料しか買わないけど」

薬は稀少な物だ。何故ならば調合できる者自体が稀少だからだ。
薬が稀少だから調合出来る者が稀少なのか、調合出来る者が稀少だから薬が稀少なのか。それは答えの出ない、問いだ。

リィ「獅子さん、これっ」
獣人「どうした?」
リィ「これ、ヤード草ですよねっ」

数枚束ねられた葉を指差したリィが、嬉しそうに聞いてくる。それは、確かにヤード草だった。

245: 2014/07/18(金) 01:34:40.59 ID:CkLDGUDAO.net
梟人「おや?良く解ったねぇ」
リィ「ふふ、前に獅子さんが教えてくれました」
梟人「そうなのかい?」
獣人「……フン」

薬市に並ぶ様々な品は、決して綺麗だったり可愛い訳ではない。子供が喜ぶような品には見えないが、リィは興味深いのか、アイスブルーの瞳をあちらこちらに向けている。
ふと、忙しなく動いていたリィの瞳が一ヶ所で止まった。

リィ「あのっ、あの紙に書かれているの、獅子さんのお家にある本と一緒です」

一つの露天を見てみると、量産された薬の横に、ディエルドー博士の調合した薬。と、貼紙がされていた。
その貼紙がされている薬だけ異様に売れている。

梟人「居るんだよねぇ。ああ言う風に名前を騙ってパチモンを売っているヤツ」
リィ「パチモン……?」
獣人「偽物と言う事だ」
梟人「試しに一袋買ってみようか」

私は時々梟人の行動が理解できない。買う気等更々無いのに、何故わざわざ無駄な事を買ってしまうのか。

246: 2014/07/18(金) 01:35:43.28 ID:CkLDGUDAO.net
梟人「アンタ、コイツは本当にディエルドー博士の作った薬なのかい?」
鼠人「ああ、こいつは稀少中の稀少な品。あのディエルドー博士のレシピで作られた量産物では無く、ディエルドー博士が自ら調合した薬さ」
梟人「へぇ!あのディエルドー博士がねぇ。博士が自ら作ったって事は会ったのかい?」
鼠人「そうさよぅ。……ほら、早いとこ買わないと、売れちまうよ。残りはほら、三袋だけだ」
梟人「博士に直接会ったのかい。それは羨ましい限りだねぇ。容姿はどんなだい?」
鼠人「それはそれは、偉大な方でございましたよ」
梟人「そりゃあそうさ。あんな天才は二人として居ないだろうよ。アタシが聞いているのは……そういう事じゃないんだよ」

梟人が薬袋を一つ取ると封を切った。
鼠人が目を見開いた後、怒りの顔になる。無理も無いだろう。代金を貰っていない売り物を勝手に破かれたのだから。

247: 2014/07/18(金) 01:37:12.36 ID:CkLDGUDAO.net
鼠人「困るよ!稀少な稀少なディエルドー博士の薬にそんな事されたら!」

薬袋から一摘み、乾燥された葉を取り出して梟人はそれをじぃっと見た。鼠人の話は聞き流している。

梟人「入っているのはカユドの葉、フークツの実。それと、ザソの葉。アンタ、どんな薬が作りたかったんだい?」
鼠人「なっ……何を、それはっ」
梟人「この、ザソの葉は他の葉の効能を消しちまう作用がある。それに、実の砕き方が荒いね。こんな仕事はしないよ」

ディエルドー博士ならね。
そう言って梟人は、鼠人の顎に指先を滑らせる。

梟人「嘘はイケナイコトよ」
鼠人「ッ、今日は店仕舞いだ!」

鼠人は慌てて店仕舞いをすると、薬市から飛び出していった。

梟人「毎度さん」

ヒラヒラ。手に持ったままだった薬袋を、梟人が振る。

248: 2014/07/18(金) 01:39:21.22 ID:CkLDGUDAO.net
獣人「全くお前は。ああ言う輩は沸いては消えない。放って置けば良い物を」
梟人「アタシはね、ああ言う輩は放って置きたくないのさ」
獣人「……面倒事に自ら首を突っ込むと言うのは理解出来ん」
梟人「面倒事じゃないさ。アタシに取ってはね。それ程、重要なのよ。……あの名前は、ね」

薬市。
全てが本物の薬だとは限らない。まがい物も多く潜んでいる。それでも、薬を調合出来ない者に取っては稀少な薬であり、必要な市である。

獣人「オイ、何か欲しい物があれば──」

斜め下を見る。
一瞬。
薬市の喧しい声が消え、世界が無音になった。

梟人「……やられたっ」

梟人のその声で、世界に音が戻る。

梟人「ボサッとしてないで!リィちゃんを探してっ。食べられたらお仕舞いだよ!」
獣人「あ、アア……ッ」

リィが、居ない。

257: 2014/07/19(土) 20:29:24.98 ID:vmujypsvO.net
リィ「…………」

ディエルドー博士。
獅子さんのお家に沢山あった本。
梟さんも、知っているみたい。鼠さんとやり取りをしている梟さんを見ている獅子さんは、少し呆れたようなお顔をしている。
通り過ぎていくもの達。本を沢山持った麒麟さんは、見た事の無いディエルドー博士を持っていた。

リィ「獅子さん!ディエルドー博士の本ですっ。見たことないやつですよ!」

薬市の喧しい声にわたしの声はかき消されてしまう。
身長差の分だけ遠い距離。
獅子さんに届かないわたしの声。
わたしは、獅子さんから離れて麒麟さんを追った。怖くないと言えばわたしは嘘つきになってしまう。でも、怖さよりも獅子さんに喜んで貰いたくて、褒められたくて。
わたしは獅子さんの外套から手を離した。
そして、今に至る。

258: 2014/07/19(土) 20:31:50.68 ID:vmujypsvO.net
リィ「…………」
虎人「うんともすんとも言わねぇなぁ」
狐人「口きけないんか?」
馬人「人間の少女かー……」

ディエルドー博士の本は見失ってしまった。
獅子さんも梟さんも見当たらない。

馬人「まだ食べた事無いんだよなー……」
虎人「オレも無いわ。でも、何かコイツ癒されるなぁ。食うの勿体ない気してきた」
狐人「ああ、わかるわかる。何か心が安らぐよな。食べるの勿体ないかもしれんなぁ」
馬人「何か癒し出てるー……」
虎人「なぁ、このままでも良いけどよ。何か、食べたらもっと癒されそうじゃねぇ?」

怖い。
獅子さんから勝手に離れたわたしが悪いのに、わたしは獅子さんに来て欲しいと勝手な事を願う。

リィ「……っ、しし、さんっ……」

瞳を瞑る。
怖い現実から、目を背けたかった。

259: 2014/07/19(土) 20:35:10.44 ID:vmujypsvO.net
獣人「クッ……」

薬市の混雑さが仇になっている。
鼻は微かにリィの香りを捕えているのだが、決定的な道標とまではいかない。
薬市と本市の日を間違えたのか、麒麟人が沢山の本を抱えていた。見慣れない装丁の、ディエルドー博士の本。

獣人(偽物だな)

だが、他の本は至って普通の本に見える。もしかしたらリィが読めるような本があるかもしれない。
リィは今、居ないと言うのに。そんな事を自然と考えてしまっていた。
私の中で、リィと言う人間の少女の存在は確かに大きくなっている。

獣人「何処にいる……」

音に集中する。
足音、呼吸、声。
何でも良い。叫べるのならば叫べ。そうすれば私はお前の声を拾う。

獣人「ム……!」

薬市から一本逸れた路地裏。そこに向かって走る。一気に喧喧囂囂だった薬市が遠い後ろにあるような感覚。
寂れた路地裏。
虎人、狐人、馬人が何かを取り囲んでいる。隙間から見えたのは蜂蜜色の髪と、赤い外套。

リィ「獅子さん……ごめんなさい……」

確かに聞こえる、擦れた小さな声。
この声は、リィの声。

260: 2014/07/19(土) 20:36:24.52 ID:vmujypsvO.net
獣人「離れろ……!!」

己の瞳に力が入り、地を這うような声で叫んだ瞬間に身体がカッと熱くなった。
リィの右手を掴み、大口を開けていた虎人が不機嫌そうに振り返る。

虎人「ちょっと何?先に捕まえたの俺等だから」
狐人「食べたいんか?」
馬人「味見したいなー……」
獣人「戯言を言うな。その右手を離せ。食料等ではない……!」
リィ「獅子さんの……声?」

リィの閉じられていた瞳がゆっくりと開かれる。

リィ「獅子さん……?獅子さんっ!」

アイスブルーの瞳と視線が交じ合った。

261: 2014/07/19(土) 20:47:15.45 ID:vmujypsvO.net
獣人「……フゥ」

虎、狐、馬の三点盛りが出来上がった。
所詮、半端者が暴れても半端にしかならない。数で劣っていたとしても武術を嗜んでいた身としては造作もなかった。

獣人「勝手に居なくなられては困るんだがな」
リィ「獅子さん……っ、ごめん、なさい……!」

ぎゅうっ。と、力一杯抱き付いてきたリィの蜂蜜色の頭にそっと触れる。

獣人「……痛む所はないか?何もされていないな?」
リィ「はいっ……」

こくりと頷いたリィに、私は一先ず安堵した。

梟人「良かった、無事だったんだね」

バサッ。
大きな羽が一度旋回した後に、地面に降り立った。

リィ「梟さん……ごめんなさい」
梟人「無事ならそれで良いさ。でもね、今回のは奇跡みたいなものよ。二度と離れたりしないで」
リィ「はい……」
梟人「解ればよろしい」

私から二、三歩離れたリィは、自分の赤い外套の裾を握り締めながら私と梟人を見た。

262: 2014/07/19(土) 20:48:37.77 ID:vmujypsvO.net
リィ「あの、いっぱい、探してくれたんですよね。わたしのせいで……すみません」

蜂蜜色の髪が、ふわりと一瞬宙に舞って垂れる。

獣人「フゥ……お前だけの所為ではない。私にも、責任がある」
リィ「え……?わっ」

リィの手を掴み、お呪いとやらをする。
顔を上げたリィの表情は、驚いていた。

獣人「帰るぞ。帰りは歩きだが嫌か?」
リィ「嫌じゃないです!獅子さんと、一緒ですから」
梟人「それじゃあ帰りはアタシも歩こうかねぇ」
獣人「……お前」
梟人「そう睨むんじゃないよ。ほら、帰ろうじゃないか」

家へと帰り、日記を付ける。
その日あった事を万年筆に乗せて紙に走らせた。
楽しいと感じた事柄を、虚空へと零さないように。
私は、日記に書き記した。

263: 2014/07/19(土) 20:49:54.51 ID:vmujypsvO.net
リィ「…………っ」

浅い眠りではなかった。
サラサラと、聞き慣れてきた獅子さんの万年筆と紙の音。
ベッドから降りて机がある方を覗き見る。
手元のランプは橙色。橙色に染まった獅子さんが、日記を書いていた。
毎日毎日欠かさない、獅子さんの日課。否。欠かせない日課。

リィ「…………」

梟さんの言葉を反芻する。
お空を飛びながらのお話は、楽しくて、とてもとても、悲しかった。
獅子さんの、大切な人のお話。

309: 2014/07/31(木) 23:30:32.03 ID:Oy0bONmHO.net
梟人「アイツのコト、好きかい?」

わたしが空の高さに慣れて雑談を幾らか交わし終えた頃、梟さんはそう言った。

リィ「獅子さんの事ですか?もちろん、大好きですよ」
梟人「そうかい」
リィ「どうして、そんな事を聞くんですか?」
梟人「……リィちゃんには、聞いて、憶えておいて欲しいコトがあるから、ね」

梟さんの声の調子から、大事な事何だと、思った。

梟人「アイツと居て、何か違和感を覚えた事は無いかい?」

どきり。
胸から、体の先へと痺れが走る。

梟人「その様子だと、あるみたいだねぇ」
リィ「……はい」

感じていた、違和。
確定させるのが怖くて、感じない振りをしていた。
朝起きると、獅子さんはわたしの事を知らない人を見る目で見た。でも、日記を見た後は、わたしを見る目が少しだけ変わる。
獅子さんはずっと一人で暮らしていたから、わたしが居る事に慣れないのだと思っていた。でも、違うと気付いた。
獅子さんと会話をすると、覚えていないような反応をする事もあった。たった、昨日の事なのに。

リィ「獅子さんは、わたしと一緒なんですか……?」

記憶が、無い。

310: 2014/07/31(木) 23:32:59.95 ID:Oy0bONmHO.net
梟人「……厳密に言うと違うけど、そうね」
リィ「獅子さんの事、お話してくれるんですか?」
梟人「そのつもりでこの空の旅に招待したのさ。でも良かったよ。聞いてくれるんだね」

梟さんが喋り始める。
昔々。うんと昔。
わたし達人間が支配される前。獅子さんや梟さんみたいな人間じゃない者達が人間に支配されていた少し後。
人間と人間じゃない者達が、支配関係じゃなかった、頃。
獅子さんは、獅子さんと、梟さんと、人間の女性とお薬を作っていた。
獅子さんと梟さんは優秀で、色々なお薬を作っていたけれど、人間の女性はお薬を作る技術は一般の人と比べたらある方だけれど全然ダメダメで、お薬を作るのが上手じゃなかった。
でも、女性はとても良い人で、女性はお薬を上手く作れなかったけれど獅子さんと梟さんが元気になれるお薬の様な人だった。
とても優しくて、人間と人間ではない者達の共存を強く望んでいた。でも。
人間ではない者達を排除しようとしている人間によって、殺されてしまった。

311: 2014/07/31(木) 23:34:22.47 ID:Oy0bONmHO.net
梟人「アイツを庇って、彼女は殺されちまったんだ。アイツの目の前で」
リィ「…………」
梟人「その時に、アイツは頭を強く打たれてね。その物理的衝撃の所為か、彼女を殺された精神的衝撃の所為か、アイツは記憶が混濁しているみたいで……記憶を保持できないんだよ」

獅子さんは、人間の女性が殺されてしまった時から前に進んでも、進めない。

梟人「これからも、アイツは繰り返すんだと、そう思っていたんだけどねぇ」

少しだけ、梟さんの声の調子が上がる。

リィ「……何か、解決策が見付かったんですか?」
梟人「そうだね。この腕の中に」
リィ「えっ?」
梟人「リィちゃん、記憶が無いって言ってたけど……神の愛した癒し子って言葉は、覚えてない?」

神の愛した癒し子。
人々に恩恵を与える神を癒す程の癒しの力を持った、神が選び神が愛した子。

リィ「わたし……?」

揺れる馬車。
馬の鳴き声。
不自由な体。

梟人「そう。そう呼ばれていたんじゃないかい?」

倒れる馬車。
広がる怒声。
世界が回る。

梟人「無理に思い出そうとはしなくて良い。でも、アタシは確信したよ。身を持ってね」

梟さんの羽が、バサリと羽ばたく。

梟人「リィちゃんは、神の愛した癒し子さ」
リィ「もしも、そうだとして。わたしは、獅子さんの為に何が出来るのでしょうか」
梟人「何もしなくて良いさ。居てくれるだけで。……知らないだろうけどね、アイツの、あんな生きている表情を見たのは久しぶりなんだ。それに、ああ……もう着いちゃったねぇ」

空から地へと降りていく。

リィ「それに、何ですか?」
梟人「直に解るさ。……これからも、アイツの事をよろしく頼むよ」

きっと、リィちゃんの違和感は無くなるさ。
そう言って、梟さんは笑った。

312: 2014/07/31(木) 23:36:27.12 ID:Oy0bONmHO.net
獣人「何だ。起きてしまったのか?」
リィ「あっ、あ、獅子、さん……」
獣人「何を慌てている。……廁か?」
リィ「ちっ、違います!」
獣人「そうか。……ならば寝るぞ」

ぎゅっ。
獅子さんは、わたしの手を握るとベッドへと向かい、潜り込んだ。わたしも自然と潜り込む事になる。

リィ「獅子さんの香りがします」
獣人「ム……ちゃんと風呂には入ったぞ」
リィ「臭いとかじゃなくて、獅子さんの、安心する香りです」
獣人「……馬鹿な事を言っていないで、寝るぞ」
リィ「ふふっ、はい。おやすみなさい、獅子さん」
獣人「アア、おやすみ」

繋いだ手から伝わる優しさに、わたしは瞳を閉じた。

313: 2014/07/31(木) 23:54:42.50 ID:Oy0bONmHO.net
~最終日~

ねぇ、どうして貴方は貴方と言う存在を隠してお薬を作るの?

獣人「歴史は繰り返すと言う話を覚えているか?」

覚えているわよ。でも、もう繰り返さないわ。

獣人「お前の様な人間も居るが……私達を毛嫌う人間が居るのもまた事実だ」

それは……確かに居ないとは言えないけれど……。
でもね、貴方の作るお薬は凄いわ。だからこそ、お薬が作れないヒト達の支えになっているの。見たでしょう?街に行けば貴方の薬が並んでいるわ。

獣人「だからこそ、だ。人間が作ったから。私達が作ったから。私はそれで、判断して欲しくないのだ」

……だから、貴方は正体を現さず、表舞台には立たないと言うの?

獣人「アア。私は目立ちたい訳では無い。ただ、苦しむ者が減少すればそれで良い」

もしかして……貴方、正体を明かさないのは少しでも多くの人にお薬を飲んで貰う為?

獣人「…………」

獣人だと言えば、貴方達の評価や価値が上がる好機でもあるのに、貴方達を嫌うヒト達でもお薬が飲める様にする為に、隠しているの?

獣人「それは……買い被り過ぎだ。私は、苦しむ者が減少すれば良い。ただ、それだけだ」

貴方は……どこまでも、優しいのね。だから、優しいお薬が作れるのね。

317: 2014/08/02(土) 00:27:12.46 ID:2oGAHenzO.net
獣人「グゥ……ッ!」

バツン。世界が痛みと共に切り替わる。
後頭部が激しく痛む。
グワングワン。世界が捻曲がる。熱くて寒い。出血しているのだろう。
私達を毛嫌う人間達が、私を殺そうとしている。それを、彼女が止めようとしていた。
私を殺してはならないと叫んでる。

獣人「止めろ……お前まで、殺されるぞ」

やはり、人間達は私を庇い立てするのならば彼女も同罪として殺すと喚いている。そんな中。
私を終わらせる槍が、突き刺さる。
彼女が笑う。
華奢な身体に、頑丈な槍が三本。
私と違って貴方はこの世界に必要で大切な人。
突き刺さり、抜かれた。
貴方は殺させない。

獣人「…………」

抜かれた反動で、彼女から降る赤が雨のように私の頭を、顔を、身体を濡らす。
息も絶え絶えに私の事を話した彼女。
騒ぎを聞き付けた者達によって物事が収まった頃には、彼女の息は途絶え。
私の世界は、赤に濡れた。
そして、世界は止まり繰り返す。また始めから赤に濡れるまでを繰り返す。
彼女を最後に、私の意識は消えた。

318: 2014/08/02(土) 00:28:39.82 ID:2oGAHenzO.net
獣人「ッ……」

私の罪と罰から目を覚ます。
見慣れているが見慣れない場所。
覚醒仕切っていない頭でフラフラと歩く。机上にある本を捲った。日記だった。
文字は、私の文字だ。

獣人「…………」

オーリブ薬草を採ってきた。どの食材に合わせるのが良いのだろうか。
酒樽を一つ空にした。
ロッカシツ病。量産用の薬の調合資料を渡した。

獣人「何だ……これは……」

確かに私の文字だが、書いた記憶が無い。

獣人「……ッ」

手が勝手に日記を遡る。
そこで私は、彼女を喪った以降の記憶が不定期に失われており、記憶を維持出来ている間でも記憶が欠如してしまうと言う事を知った。
先程。否、昔負った後頭部の強打によるものなのか、それ以外の物なのかは解らない。
私は今の様に記憶が無くなった時の為に、梟人の提案のもと、日記を付けているらしい。
私の取った行動は所謂、記憶が無くとも身体が覚えている状態。手続き記憶だ。
そこまでの状態になるにはそれなりの時間を費やした筈だが。
記憶が混濁している。
彼女を失ったのは、今し方のような感覚と遠い昔のような感覚が交ざり合った不明瞭な感覚。

獣人「……そう、か」

日記を読み、何となく引っ掛かる事柄や思い出した事もあったが、殆どが記憶に無かった。どうやら毎日代わり映えの無い生活を送っていたみたいなので、問題が無いと言えば問題は無いのかもしれない。
こうして私は、また代わり映えの無い毎日を送り始めた。
繰り返す己への戒め、罰。

319: 2014/08/02(土) 00:29:55.84 ID:2oGAHenzO.net
獣人「……ムゥ」

目を覚ます。
夢が、始まったような感覚。

獣人「何だ……」

始まった、のに、何度も繰り返している、ような。
気持ち悪さと、どこからか湧く安堵。
私は頭を振ってベッドから降りた。机上に向かい、日記を捲る。

獣人「…………」

オーリブ薬草をチキンの上に置いて焼いてみたい。
薬草と食料をそろそろ採りに行った方が良いだろう。

獣人「フム……」

日記を閉じると同時に、私の腹が空腹を訴えてきた。
台所へと向かうと、チキンとオーリブ薬草があった。
昨日の私に敬意を払い、オーリブ薬草をチキンの上に置いて焼き、食した。

獣人「……美味いな」

いつの間にか私は万年筆を日記に走らせ。
オーリブ薬草について。
オーリブ薬草は、チキンの上に乗せて焼くと上手い。
と、書いていた。

獣人「ム……字を間違えてしまったな」

本来は上手いでは無く、美味いだ。
書き直すか、書き直さないか。悩む迄もなく書き直した。と、私の鼻が雨特有の匂いを拾ってきた。

獣人「…………」

カタン。万年筆を机上に置いて、私は窓から外を見た。

獣人「……一雨降りそうだな」

濡れたくない。
心が拒否している。
濡れると、そこから世界が赤になってしまいそうで。
しかし、薬草と食料を採りに行かなくてはならない。
私は外套を羽織り、森へと入った。
そして、人間の少女を拾った。

320: 2014/08/02(土) 00:31:12.39 ID:2oGAHenzO.net
ねぇ、どうして貴方は貴方と言う存在を隠してお薬を作るの?

獣人「歴史は繰り返すと言う話を覚えているか?」

覚えているわよ。でも、もう繰り返さないわ。

321: 2014/08/02(土) 00:32:24.62 ID:2oGAHenzO.net
獣人「ウゥ……」

眩しい。
眠りの海から意識が浮上する。

獣人「朝、か……」

解らない。喜びと拒絶が胸の中を巣食っている。

少女「獅子さん、おはようございます」
獣人「……おはよう」

少女のアイスブルーの瞳が柔らかく笑った。蜂蜜色の髪がふわりと踊る。

少女「朝ご飯出来てますから、一緒に食べましょうね」

そう言って少女は、ぱたぱたと足音を響かせながら台所へと向かっていった。
ベッドから降りて机上に置いてある日記を開く。

獣人「……ッ」

いつも以上に力強く書かれている文字。
記憶がある事柄と、無い事柄。
不自然に抜け落ちている記憶。
彼女以外を私の心に留めない様にと言う、戒め。
その戒めに、昨日の私は逆らっていた。

獣人「……忘れたくない」

最後に、書かれていた文字。

322: 2014/08/02(土) 00:34:31.50 ID:2oGAHenzO.net
リィ「獅子さん、早くご飯食べましょう?」
獣人「ア、アア……」

待ちきれなかったのか、リィは私の元へと来ると服の裾を引っ張って促した。

リィ「朝ご飯だけでもと誘ったんですが、梟さん、獅子さんが起きる少し前に帰っちゃいました」
獅子「……そうか」

テーブルへと向かうと、とても美味しそうな朝食が並んでいた。

リィ「昨日梟さんが買ってくださった台のお陰でご飯が作りやすくて……沢山作ってしまいました」

椅子に座り、リィを持ち上げて私の足の間に座らせる。そうして、私とリィは食事を摂った。
空になった食器を私が洗い、それをリィが布で拭く。

リィ「獅子さん、わたし、薬草を採りに行きたいです」

きゅっ。きゅっ。
と、食器から高い音がする。

リィ「そうしたら、獅子さんが買ってくださった外套着れますよね?」
獣人「そんなに気に入ったのか」
リィ「はいっ!すごく!」
獣人「……では、もう少ししたら採りに行くとするか」
リィ「はい……!」

嬉しそうに笑ったリィが、何かを思い付いた様に小さく口を開けた。

323: 2014/08/02(土) 00:37:01.40 ID:2oGAHenzO.net
リィ「あっ。獅子さん、薬草の図鑑をお借りしても良いですか?」
獣人「構わんが……アレは以前に見たのではないか?」
リィ「何回見ても、面白いですよ?薬草の絵を書いているリーガルさんと言うひとは、とっても絵が上手で本物みたいで……」
獣人「……図鑑だからな。本物の様に詳細で無ければ意味が無いだろう」
リィ「それはそうですけど……。それで獅子さん、お外の薬草と見比べたいのでお借りしても良いですか?」
獣人「好きにしろ」
リィ「……好きにしますね」

ほわり。と、リィは柔らかく笑った。

324: 2014/08/02(土) 00:38:10.61 ID:2oGAHenzO.net
家から出てすぐに、赤い外套を身に包んだリィは何が楽しいのか、くるくると回っている。
リボンやレース、フリルが舞い、それに合わせて蜂蜜色の髪も舞った。

リィ「ふ、わ、わ、わわ、わ」

ぐらぐらふらぐら。
目が回ったのか。回るのを止めたリィの足元は覚束ない。

獣人「大丈夫か」

とんっ。
私の所へと来たリィの肩をそっと掴んで止める。

リィ「はいー……」
獣人「転んで怪我でもされたら適わん。余りはしゃぎ過ぎるなよ」
リィ「わかりました!」

たたたっ。と走って行ったリィを見る限りでは、既にはしゃいでいた。
家の周りに生えている薬草と薬草の図鑑を交互に眺めては薬草を採るリィを眺めて、自然と引き結んでいた口元が緩んでいく。穏やかな風が森の中に吹いた。

325: 2014/08/02(土) 00:39:19.29 ID:2oGAHenzO.net
獣人「ム……」

気配。
普段は感じない気配を肌で感じて辺りを見回す。森の道からそれたこの場所に、誰かが足を踏み入れる事は滅多に無い。
木々の間を赤い外套がユラユラと揺れた。
リィの外套ではない。簡素だ。
嗅ぎ慣れた匂いでもない。異質な匂いだ。
豹人は知人等ではない。知らない者だ。
しかし、豹人に見知った箇所がある。一番最初にリィが纏っていた遊獣の赤い外套にとても似ていた。否、アレは遊獣だ。

326: 2014/08/02(土) 00:40:19.94 ID:2oGAHenzO.net
遊獣「こんにちは。お聞きしたいのですが、ここ数日の内に人間の少女を見ませんでしたか?名前は、ユリと言います」
獣人「……知らんな」

遊獣が、少女の容姿や背格好について喋る。次の言葉に、私は冷水を頭から浴びた様な感覚に陥り、心がスッと冷えた。

遊獣「髪色は蜂蜜。瞳はアイスブルーです」
獣人「……知らんと言っている」
遊獣「そうですか……。それでは、もしも見つけた場合は我々遊獣までご連絡下さい」

やはり、遊獣だったか。
森の中へと引き返していく遊獣を見送り、いつの間にか詰まっていた息を吐く。丁度、リィの姿は死角になっていた様だ。

327: 2014/08/02(土) 00:41:24.19 ID:2oGAHenzO.net
遊獣達の言うユリとは、リィの事だろう。身体的特徴が一致し過ぎている。それに、赤い外套に付いていた金色の金具には、確かlilyと刻まれていた。

獣人「ムウ……」

暫らくは外に出ない方が良いかもしれない。
リィへと近寄り、家へと帰るように促す。

リィ「もう少しだけ……だめですか?」
獣人「家の中でそれを着ていても構わん。それに、今から採った薬草で薬を一緒に作ってやる。だから、今日は戻るぞ」
リィ「本当ですかっ?なら戻──」

みぃつけた。

328: 2014/08/02(土) 00:42:33.80 ID:2oGAHenzO.net
獣人「ッ!」
リィ「え?」

声に振り返ると、ぎらついた双眸が、私とリィを見ていた。
ゆっくりと、けれど確かな足取りで私達に歩み寄ってくる。

遊獣「困りますよ。嘘を吐かれちゃあ。先程は知らないと言ったじゃないですか。ユリを」

ガッ!
遊獣がリィの手首を掴んだ。

リィ「や……っ!」

薬草の図鑑がリィの手から落ちて、重い音を立てる。

329: 2014/08/02(土) 00:43:42.45 ID:2oGAHenzO.net
獣人「その手を離せ!」
遊獣「勘違いしないで頂きたい。コレは元から我々遊獣のモノ。さぁ、行きますよユリ。飼い主が首を長くして待っている」
リィ「いやっ!わたしは、ユリじゃないですっ!わたしのお名前はっ」
獣人「コイツの名はリィだ。ユリ等と言う名前では、断じてない!」

遊獣の動きが一瞬止まった。が、直ぐに動き出す。

遊獣「あぁ、そうですね。我々は紳士的な遊獣ですから、今迄保護して頂いた謝礼位は致しましょう」

硬貨が三枚、遊獣の手から弾き飛ばされて私の足元に落ちた。甲高い音が鳴る。

330: 2014/08/02(土) 00:44:53.04 ID:2oGAHenzO.net
遊獣「欲しかったのでしょう?コレが」
獣人「ふざけるな……ッ!」
遊獣「おやおや、お怒りですか。困りましたねぇ。コレは大事な商売道具」
リィ「っ……」
遊獣「それはそれは高い高い取り引き何ですよ。貴方の様なモノには一生手が出せない位の額の、ね。さぁ、ユリ」
リィ「わたしは、行きませんっ」
獣人「行かせん」

遊獣が面倒臭そうに舌打ちをする。
私は、遊獣の動きに集中した。逃すまい、と。

331: 2014/08/02(土) 00:45:54.76 ID:2oGAHenzO.net
遊獣「……全く。知らないでしょうから教えて差し上げましょう。コレは、普通の人間とは訳が違う。神の愛した癒し子なのですよ」

神の愛した癒し子。
癒しの子。奇跡の子。様々な呼び名があるが、神の愛した癒し子と聞いてその意味が解らない者は居ないだろう。

遊獣「コレは特別に巨額の硬貨がかかっているのです。取り引きを邪魔されては困る」

ならば、取り引きが出来れば良いのだろうか。

332: 2014/08/02(土) 00:47:20.31 ID:2oGAHenzO.net
獣人「……幾らだ」
リィ「獅子さん……?」
遊獣「笑止。こんな森の奥深くもいい所に住むような者が払える額ではないのですよ。まぁ、二倍の額でも払えると言うのなら取り引き相手を変えて差し上げますが」
獣人「御託はいい。答えろ。幾らだ」

私の、地を這うような低い声。
遊獣の喉が、ヒクリと動いた。

遊獣「まぁ、えぇ、教えて差し上げましょう。それで諦めなさい」

神の愛した癒し子、ユリ。
確かに、巨額の硬貨が必要な値段だった。例え貴族でも、上流階級の貴族でなければ払えないであろう額だ。
私は、背を返して家へと入った。

333: 2014/08/02(土) 00:48:33.34 ID:2oGAHenzO.net
遊獣が笑み、リィがアイスブルーの瞳を深く見開く。
開け放された窓から、遊獣とリィの声が流れてきた。

遊獣「諦めましたか。……さぁもう良いでしょう。来なさい、ユリ」
リィ「そん、な……」
遊獣「珍しい物好きの飼い主みたいですよ。我々は、何をするかは聞いてませんけれどね。精々可愛がられると良いですねぇ」
リィ「……獅子、さん」

私は、膨れ上がった袋を窓から投げた。
遊獣の頭に当たり、中身が飛び散る。
先程遊獣が弾き飛ばした硬貨の比ではない、沢山の硬貨が甲高い音を立てて落ちた。

334: 2014/08/02(土) 00:50:30.28 ID:2oGAHenzO.net
遊獣「な……っ」

窓から外へと飛び出て、遊獣からリィを引き寄せる。
遊獣の開いた手に、リィの代わりにもう一つ硬貨で膨れ上がった袋を掴ませた。

獣人「言い値の二倍の額が入っている。……約束通り、私が買う」
遊獣「そんな、なぜ、こんな大金を……」

ざぁっ。
森の中を風が吹く。
私は、何百年ぶりか解らない言葉を言う。

獣人「私の名は、リーガルドディエルドリーオ。ディエルドーと言った方が、解るか?」

彼女が言った以降、誰にも言わせなくなった名を、私は久方ぶりに耳にした。

335: 2014/08/02(土) 00:51:57.47 ID:2oGAHenzO.net
リィ「えっ……!」
遊獣「まさか……天才薬師の、ディエルドー……博士」
獣人「私が硬貨を所持している理由はこれで理解出来ただろう。取り引きは終了だ。……去ね」
遊獣「えぇ、取り引きは、終了ですよ……ッ」

遊獣としての意地か。
遊獣はきっちり硬貨を拾い集めると、硬貨が入った二つの袋を手に去っていった。

336: 2014/08/02(土) 00:53:02.19 ID:2oGAHenzO.net
獣人「大丈夫か」
リィ「すみません、薬草の図鑑が……」

地に落ちたままだった薬草の図鑑を拾い上げたリィは、土を払うように、ぱんぱん、と叩く。

獣人「私は、お前の事を聞いているのだが」
リィ「わたし……?だって、わたしは獅子さんのお陰で大丈夫ですよ」
獣人「……そうか、そうだな」

私とリィは、無言で家へと戻る。
家の入り口で、リィが足を止めた。

337: 2014/08/02(土) 00:54:11.12 ID:2oGAHenzO.net
リィ「獅子さん、すみません。あんなに、沢山のお金……」
獣人「お前が気にする事ではない」
リィ「あの、わたしは、獅子さんの物ですから、もう我儘は言いませんから、だから、今まで通りここに居させてください。捨てないでくださいっ」

薬草の図鑑を片手で胸に抱き締め、もう片方の手で私の手をきつく握り締めるリィ。顔は若干俯いており、アイスブルーの瞳もきつく閉じている。
身体に力が入っているのが目に見えて解った。

338: 2014/08/02(土) 00:55:20.61 ID:2oGAHenzO.net
獣人「全く……何を言っている」
リィ「だって、わたしは獅子さんに買」
獣人「私は」

リィの言葉を切るように。
私は、少し強めに言葉を発した。

獣人「確かに、神の愛した癒し子のユリとやらを買ったが。お前はリィだろう」

ぱっ。と、リィが顔を上げた。
大きく開かれたアイスブルーの瞳には、穏やかな顔をした私が映っている。

獣人「違うのか?」
リィ「違わ、ない、です……っ」
獣人「ならば今迄通りここにいれば良い。言っただろう。お前が、リィが気にする事ではないと」
リィ「獅子、さんっ……!」

とんっ。
リィが私に抱き付いてきた。
リィの柔らかさと、薬草の図鑑の堅さ。

獣人「何故、泣く」
リィ「だって……だってぇ……」
獣人「……お前は、よく笑い、よく泣くな」

私は、リィの蜂蜜色の頭を優しく撫でた。

339: 2014/08/02(土) 00:56:53.49 ID:2oGAHenzO.net
獣人「止めろ……」

彼女が、動けない私を庇うようにして前に立つ。

獣人「止めろ……お前まで、殺されるぞ」
女性「良いの、私は。世界にとって必要なのは私より、貴方なの」
人間「庇い立てするのならば同胞とは言え、そいつと同罪だ。殺すぞ?良いのか?早くそこを退け!!」
女性「貴方達もディエルドー博士の薬の恩恵を受けた事があるでしょう?薬師は稀有な存在」
人間「何をごちゃごちゃと言っている!」

私を終わらせる槍が、突き刺さる。

女性「私と違って貴方はこの世界に必要で大切な人」

彼女が笑う。

女性「貴方は殺させない」

華奢な身体に、頑丈な槍が三本。
突き刺さり、抜かれた。

女性「あ、ア……ッ!!」
獣人「…………」

抜かれた反動で、彼女から降る赤が雨のように私の頭を、顔を、身体を濡らす。
彼女から降る赤は熱くて、冷たい。

女性「彼、は……リーガル……ド、ディエ……ル……ドリー、オ……ディ……エル、ドー……博士……その、ひと……ころし、ては……だめ」

私の世界が、赤に濡れる。
そして、世界が止まる。

340: 2014/08/02(土) 00:58:13.71 ID:2oGAHenzO.net
獣人「私……は……」

私の我儘で、私を隠していなければ。
彼女が殺される事は無かった。
彼女は私の所為で殺された。
彼女は私の所為で死んだ。
彼女は私が、殺した。
も、同然。

獣人「…………」

雨が降る。
雨か、彼女の雨か。
私の世界は、赤に濡れた。
そして、世界は止まり繰り返す。また始めから赤に濡れるまでを繰り──。

少女「獅子さん」

目の前に、蜂蜜色の髪とアイスブルーの瞳を持つ少女が立っていた。
少女はしゃがむと、小さな両手で赤にまみれる私の頬を包む。

少女「もう、良いんですよ」

少女を最後に、私の意識は、消えた。

341: 2014/08/02(土) 00:59:19.37 ID:2oGAHenzO.net
獣人「ウゥ……」

朝だ。眩しさに瞳を開ける。どうやらカーテンを開けたらしい。光が私を包む。

リィ「獅子さん、おはようございます!」
獣人「アア、お早う」
リィ「……獅子、さん」
獣人「ム?」
リィ「おはよう、ございます……っ!」
獣人「なんだ、聞こえなかったのか?」

腕を伸ばしてリィの蜂蜜色の頭をくしゃりと撫でる。

獣人「お早う、リィ」

リィは、陽春のような笑みを浮かべた。

獣人の私が森に行ったら少女を拾った 了

342: 2014/08/02(土) 01:00:14.65
おつ!
良かったよ!

343: 2014/08/02(土) 01:00:35.67
お疲れ様

獅子さんはリィに救われたのかな

引用元: 獣人の私が森に行ったら少女を拾った