3: 2010/08/19(木) 21:59:06.44 ID:4k7iEOPOO
読経の声が高くなって、黒い服を着た人たちが一斉に立ち上がり、通路に並び始めた。

腕賞をした人が三列になるようにそれを仕切っている。

しばらくすると、黒服の間にブレザー姿がまじり始めた。

桜ヶ丘高校から来た参列者だ。

高校生たちは前を見られずに立っている。

一目をはばからず涙をぽたぽた落としている者もいれば、中には焼香壇まで待たずに崩折れてしまう者もあった。

隣に座っている中野梓が私の肩に手を置き静かに涙を流している。

「唯先輩……」

遺影を見上げ彼女はそう呟くと制服の袖で涙を拭った。

7: 2010/08/19(木) 22:08:48.73 ID:4k7iEOPOO
私のお姉ちゃんは死んでしまった。

最初にお姉ちゃんが死んだと聞かされた時の事を思い出す。

私が家で勉強をしているとそれは突然訪れた。
電話、受話器を取ると母親の声。

その時のお母さんの声は今でも叫びだしそうな、そんな声をしていた。

そして、私は告げられた。
虫のしらせや何の予感など何も無かった。
ただ知らされた。
私のお姉ちゃんがトラックに轢かれて死んだ。
即死だったらしい。

9: 2010/08/19(木) 22:16:08.29 ID:4k7iEOPOO
お姉ちゃんは道筋を盤から踏み外した。

私とお姉ちゃんは同じ道筋を歩んで来たのに、お姉ちゃんは踏み外してしまった。

あの時、私がお姉ちゃんと一緒にいたら死ぬ事は無かったのに、拳を強く握りしめる。

後悔の念で息が苦しくなる。

憂「お姉ちゃん……」

涙がポツリと手の甲に落ちた。

13: 2010/08/19(木) 22:30:45.78 ID:4k7iEOPOO
肩に少しの痛みを感じた。

梓ちゃんが私の肩を強く握っているのだろう。

私は梓ちゃんの手に自分の手を重ね合わせようとしたその時。

梓ちゃんは膝から崩れ落ち床に倒れた。
会場がざわめき私は梓ちゃんの体を揺らす。

憂「梓ちゃん……梓ちゃん!?」

すぐに大人が駆け付けた。
まだ会場はざわめいている。

「あの子どうしたのかしら?」「大丈夫かな?」「梓……」「助けて」「可哀相に」「気絶したのかな?」「眠い」

今、お姉ちゃんの声が聞こえた。

「助けて」

ほら、また聞こえた。

「助けて」

憂「お姉ちゃん?」

「憂助けて!」

17: 2010/08/19(木) 22:42:10.36 ID:4k7iEOPOO
ジリリリリリリリ。

目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響く。

重い瞼を開くと私はすぐに異常に気付いた。

自分の部屋にいる。

憂「あれ?私……お姉ちゃんの葬式会場にいたはずなのに」

私の腕に何か柔らかい物が当たった。

唯「う、う~ん」

死んだ筈のお姉ちゃんが私の腕に抱き着いて眠っている。

21: 2010/08/19(木) 22:48:29.78 ID:4k7iEOPOO
憂「お、お姉ちゃん?」

お姉ちゃんは目を閉じて幸せそうに眠っている。

夢か現か幻か……。
私は今この現状を理解出来ずにいる。

そっか、私も梓ちゃんみたいに葬式中に倒れて……それで夢を見ているんだ。

お姉ちゃんの頬っぺたを触る。
ぷにぷにしてて気持ち良い。

夢でもこうして、お姉ちゃんの頬っぺたを触れる事が凄く嬉しい。

唯「うーいー……」

お姉ちゃんは私の腕に強く抱き着いた。
胸が当たってるよ……。

26: 2010/08/19(木) 22:57:44.81 ID:4k7iEOPOO
あれから2時間が経った。

お姉ちゃんは食卓に座り何かを歌っている。

おかしいな……夢ならもう覚めている頃だ。

それに、本当に夢?そう疑ってしまうぐらいに感覚がリアルだ。

水の感触や今、私が作っているバタートーストの香ばしい匂い。

唯「うーいー!トーストにケチャップトッピングね!」

憂「う、うん。わかったよ」

何かがおかしい。
それに……私はさっきお姉ちゃんが言った言葉に聞き覚えがある。

これは夢?それともリアル?

27: 2010/08/19(木) 23:05:04.46 ID:4k7iEOPOO
憂「お姉ちゃんご飯出来たよ」

食卓に二つのトーストとコーヒーを置き、私もお姉ちゃんと向き合う形で椅子に座る。

唯「ありがとー!いただきまーす」

お姉ちゃんはトーストに噛り付いた。

唯「美味しい!」

口元にケチャップが付いてる。

憂「お姉ちゃん」

私はそれを自分の指で拭って舐める。

唯「あ!ケチャップ付いてたの?」

憂「うん、そうだよ」

28: 2010/08/19(木) 23:12:08.55 ID:4k7iEOPOO
唯「あ、テレビつけてよ!」

憂「うん!」

リモコンを手に取りテレビの電源を入れる。

肌が浅黒い蛙みたいな顔の司会者がドアップでテレビに写ったのでびっくりした。

唯「今日は8月19日かぁー」

お姉ちゃんのこの言葉に身体が固まった。

8月19日……お姉ちゃんが死んだ日だ。

30: 2010/08/19(木) 23:20:55.08 ID:4k7iEOPOO
唯「おーい!うーいーどうかしたの?」

憂「お姉ちゃん……」

私はお姉ちゃんの笑顔を瞼に焼き付けた。

8月19日……お姉ちゃんが死んだ日。
本当にあの時に戻れたら……お姉ちゃんを救う事が出来るのに。

夢なんかじゃなく本当に戻る事が出来たら……。

手に暖かくて柔らかい感触。
いつの間にかお姉ちゃんが私の手を握っている。

唯「どうしたの憂?元気ないよ?」

憂「お姉ちゃん……ぐすっ」

31: 2010/08/19(木) 23:29:27.39 ID:4k7iEOPOO
お姉ちゃんとずっと一緒にいたい。
だって私達は二人で一人。

唯「憂どうして泣いているの?」

お姉ちゃんは私の手の甲を優しく撫でた。

憂「だって、お姉ちゃんともうこれから一緒に居られ無くなると思ったら……」

唯「私と憂はずっと一緒だよ」

私の手を握るお姉ちゃんの手が軽くなった。

手の平にこそばゆい感触。

唯「こちょこちょこちょ~」

憂「お、お姉ちゃん?」

33: 2010/08/19(木) 23:43:20.51 ID:4k7iEOPOO
唯「こちょこちょ~」

憂「アハハハハハッや、やめてよーアハハ」

唯「憂やっと笑ったね」

お姉ちゃんは私の手をくすぐるのをやめて言った。

憂「私達が小さい時、私が泣いているとお姉ちゃんよくこうやって手の平をくすぐってくれたよね」

そうだ、私が泣いているとお姉ちゃんは励ましてくれた。私を笑顔にさせてくれた。

唯「憂の泣いてる顔より笑ってる顔の方が私は好きだもん」

お姉ちゃんはそう言って私に微笑みを見せてくれた。

憂「私もお姉ちゃんが笑っている顔好きだよ」

37: 2010/08/19(木) 23:53:52.03 ID:4k7iEOPOO
唯「ありがとう!あ、私近所のスーパーまでアイス買って来るね!」

憂「う、うん……」

今、言ったお姉ちゃんの言葉を私は聞いた事があるような気がする。
いや、聞いた事がある。

次にお姉ちゃんは……「憂の分も買ってくるね」と言う。

唯「憂の分も買ってくるね」

憂「う、うん……」

ほら、当たった。デジャブ……いや、それとは別の何か。
今日は8月19日。お姉ちゃんが死んだ日。

もしこれが夢だとしたら私は目が覚める。
もしこれが現だとしたら私はお姉ちゃんを救う事が出来る。

繰り返してる?それとも夢?
いや、私は繰り返してる。

8月19日。お姉ちゃんが死んだ日を繰り返してる。

41: 2010/08/20(金) 00:03:30.18 ID:ifNlLwaQO
既視感を感じていた。

あのテレビに写った司会者の事もケチャップの事もお姉ちゃんが歌ってた歌も……私は既視感を感じていた。

それにリアルな感覚。
息を自分の手の平に吹きかけてみる。

感じる……夢じゃない?
繰り返してる?。

根拠は無い私が8月19日を繰り返してるという根拠はない。
もしかしたら夢かも知れない。

だけど、もしお姉ちゃんを救う手があるなら。
私は1%の確率でもそれを信じるだろう。

憂「お姉ちゃん待って!」

私が盤から踏み外したお姉ちゃんを救おう。
今、起きてる事が夢では無い事を祈りながら。

44: 2010/08/20(金) 00:10:01.36 ID:ifNlLwaQO
唯「ほぇ?どうしたの着いて来るの?」

憂「う、うん!」

時計を見ると9時を過ぎていた。

唯「そっかぁ!ありがとう憂」

憂「ううん。大丈夫だよ」

私達、二人は外へ出た。
痛いぐらいに照り付ける太陽の日差しも今はまったく苦にならなかった。

47: 2010/08/20(金) 00:22:04.88 ID:ifNlLwaQO
私は目線を凝らして辺りを見渡す。
お姉ちゃんはトラックに轢かれて死んだ。

トラックにだけ気をつけて入ればお姉ちゃんは死ぬ事は無い。

唯「あー!暑いなぁもう!」

太陽に向かってお姉ちゃんはそう叫んだ。不意に強い風が吹く。

向こうの方にトラックがコチラへ向かっているのを横目で捕らえた。

唯「あああっ!私のヘアピン!」

お姉ちゃんのヘアピンが風に飛ばされお姉ちゃんはそれを追い掛ける。

52: 2010/08/20(金) 00:33:41.60 ID:ifNlLwaQO
私もお姉ちゃんを追い掛けた。

憂「お、お姉ちゃん!」

トラックがお姉ちゃんに迫る。
お姉ちゃんはそれに気付く様子も無くヘアピンを追い続ける。

ヘアピンは空中で円を描きながら地面に落ちた。
ヘアピンはまるで姿の見えない死神が動かしてるように地面を転がる。

私は走ってるお姉ちゃんの腕をようやく捕らえ力強く手を引く。
トラックが目前へと迫った。

視覚が暗転、私の体に強い衝撃が走った。

56: 2010/08/20(金) 00:45:33.79 ID:ifNlLwaQO
憂「はぁはぁはぁはぁ」

背中から私に覆い被さるよう倒れたお姉ちゃんは起き上がった。
私も起き上がる。トラックが過ぎ去って行くのが見えた。

憂「あ、危なかった」

唯「…………」

お姉ちゃんは口を開き前を見ていた。

憂「お姉ちゃん?」

唯「私、死んでた……憂がいなかったら死んでたよ……」

58: 2010/08/20(金) 00:51:23.26 ID:ifNlLwaQO
憂「もう大丈夫だよ…………」

私はお姉ちゃん背中から抱き締めた。
これで、お姉ちゃんとずっと一緒に居られる。

唯「憂ありがとう……」

お姉ちゃんの体は小さく震ええている。
私はその震えが治まるまでずっとお姉ちゃんを抱きしめていた。

憂「ずっと一緒だからね……」

60: 2010/08/20(金) 00:59:47.12 ID:ifNlLwaQO
しばらくしてから私達はまたスーパーへと向かい始めた。

唯「怖かったぁ……」

胸に手を当て息を吐くお姉ちゃんを見て私も大きく息を吐く。

憂「気をつけなきゃダメだよ」

唯「う、うん……ごめんなさい」

ペコリと頭を下げるお姉ちゃんを宥めるように私はお姉ちゃんの頭を撫でた。

憂「ううん。大丈夫だよ」

63: 2010/08/20(金) 01:08:56.65 ID:ifNlLwaQO
唯「私、明日みんなでバスで海に遊びに行くんだ~」

数分後、お姉ちゃんは元気になっていた。
能天気と言うか立ち直りが早いと言うか……まぁ、そこがお姉ちゃんの可愛い所でもあるんだけどね。

憂「よかったね~」

唯「うん!」

そんな会話をしていると騒音が聞こえた。
工事中の看板。
上空を見上げると空から鉄骨が降って来た。

憂「…………え?」

64: 2010/08/20(金) 01:21:14.94 ID:ifNlLwaQO
憂「お、お姉ちゃん!危ない!」

状況が理解出来た頃には遅かった。
鉄骨は上空から迫りお姉ちゃんの体を直撃した。

目を疑うような光景。
私の服や顔に血が雨のように降り掛かりお姉ちゃんは……。

見た事も無い物が地面に広がっている。
ピンク色の長い管のような物は私の靴に乗っかり。

首の無いお姉ちゃんの体は私に抱き着いて来たかと思うとそのまま地面に倒れた。

ただ立ち尽くしていた。
頭の何処かで叫ぶ言葉を探しながら。

「助けて……」

私の頭の中にお姉ちゃんの声が直接響く。

66: 2010/08/20(金) 01:27:18.22 ID:ifNlLwaQO
ジリリリリリリリ。

目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響く。

重い瞼を開くと私はすぐに異常に気付いた。

自分の部屋にいる。

憂「…………え?」

私の腕に何か柔らかい物が当たった。

唯「う、う~ん」

憂「お、お姉ちゃん!」

さっきまで肉塊と化していたお姉ちゃんが私の腕に抱き付いて寝ている。

69: 2010/08/20(金) 01:34:12.21 ID:ifNlLwaQO
憂「…………また?」

繰り返している。
8月16日を私は繰り返している。

疑問が確信に変わった。
でも、何で?私はお姉ちゃんを助けたのに。

トラックから助けたのに……空から鉄骨が降って来るだなんて。
有り得ないよ……。

唯「うーいー……」

72: 2010/08/20(金) 01:42:08.75 ID:ifNlLwaQO
とりあえず今日が何日かを見てみよう。

ケータイを開き日付を確かめる。
8月19日、二回この日を繰り返してる。

憂「はぁ……」

またお姉ちゃんをトラックから守らなきゃ。
鉄骨からも守らないとダメだ。

死なせないからねお姉ちゃん。
心の中でそう誓った。

75: 2010/08/20(金) 01:51:42.23 ID:ifNlLwaQO
お姉ちゃんが起きるまで私はこの日のプランを考えていた。

まずはお姉ちゃんと一緒にご飯を食べる。
その後、お姉ちゃんはアイスを買いに行くと言う筈だ。

だけど、私がお姉ちゃんには外に出させない。

私がお姉ちゃんのアイスを買いに行く。
外に出させない。
これが、最善だと思う。

犬も歩けば棒に当たる。
だったら歩かせなければいい。
家にいた方が安全だ。

お姉ちゃんには悪いけど今日は外に出さないようにしよう。

80: 2010/08/20(金) 02:01:23.96 ID:ifNlLwaQO
それからお姉ちゃんが起き、私は台所へお姉ちゃんは食卓へと向かった。

唯「ふわぁー…眠い」

憂「まだもう少し眠ってていいんだよ?」

大きく背伸びをしながらお姉ちゃんは答えた。

唯「もうすぐ学校が始まるから生活週間を直さなきゃ!」

私は笑顔で「そうだね」とだけ答えるとトーストにケチャップを塗った。

唯「あ、ケチャップ!今トーストにケチャップもトッピングしてって言おうとしたんだぁ~」

82: 2010/08/20(金) 02:16:34.93 ID:ifNlLwaQO
唯「アイキャントゲットノーサティスファクション♪」

憂「お姉ちゃんご飯出来たよ」

昨日……いや、一回目と同じように食卓にトーストとコーヒーを並べる。

唯「ありがとう!いただきまーす」

すぐにお姉ちゃんはトーストに噛じり付いた。

またケチャップを指で拭いそれを舐める。

憂「ね、ねぇお姉ちゃん?」

唯「んーなぁに?」

83: 2010/08/20(金) 02:25:12.92 ID:ifNlLwaQO
憂「今日、外に出たらダメだからね?」

唯「えー!なんでぇ?」

何で?と言われて言葉に詰まった。
アナタは今日死ぬから外に出ちゃダメ、なんて言い難い。

憂「え、えーと……」

私がなんて答えようか迷っている内にお姉ちゃんはトーストを全て平らげたようで、寝癖の付いた頭を手ぐしで、必死に直そうとしている。

唯「アイス買いに行きたいけど外に行ったらダメなの?」

憂「う、うん……」

84: 2010/08/20(金) 02:35:08.65 ID:ifNlLwaQO
唯「むー何かあるの?」

何かあるけどそれはとても言えない内容だし、例え話したとしても信じてくれるかどうか……。

憂「うん……アイスは私が買いに行くよ」

唯「え?でも悪いよこんなに暑いのに……」

憂「大丈夫だよ。私がアイス買って来るよ!」

唯「じゃあお願いしちゃおうかな~」

憂「うん!」

よかった。
これでお姉ちゃんは今日、一日安全だ。

85: 2010/08/20(金) 02:42:37.24 ID:ifNlLwaQO
それから私もトーストを平らげアイスを買いに行く支度をした。

憂「お姉ちゃん。私が帰るまで外に出たらダメだよ!絶対ダメだよ!」

唯「うん、わかった~」

間の抜けた返事。
本当にわかったんだろうか?
少しの不安が心の中に芽生える。

憂「約束だよ?」

唯「うん!約束ね!」

いや、きっと大丈夫だ。
だってお姉ちゃんは私との約束を破った事は無いから大丈夫。

憂「じゃあ戸締まりしてからアイス買いに行くね」

唯「うん!」

86: 2010/08/20(金) 02:52:26.28 ID:ifNlLwaQO
家の戸締まりを念入りに済ませた私はお姉ちゃんにさようならと言ってアイスを買いに行った。

憂「大丈夫かなぁ?」

まだ不安が心の中に残る。

とりあえず早くアイスを買ってすぐに戻って来よう。
暑さを無視するように、私は足早にスーパーへと向かった。

88: 2010/08/20(金) 03:02:00.38 ID:ifNlLwaQO
お姉ちゃんがトラックに轢かれた場所。
あのトラックが通り過ぎるのを確認する。

そして、鉄骨が落ちた場所に辿り着くが鉄骨は落ちて来ない。

憂「どうして落ちて来ないんだろう?」

知らずの内に不謹慎な事を言ってしまった自分に向かっ腹が立った。
もし、落ちて来て誰かが死んだりしたら大変だ。

落ちて来ない方がいいに決まってる。

89: 2010/08/20(金) 03:10:36.55 ID:ifNlLwaQO
アイスを買いに終わった私は家へと帰っていた。

スイカバーが二つ。
それと、今日は奮発してハーゲンダッツ。

帰ったらお姉ちゃんと二人で食べるんだ。

お姉ちゃんと二人でハーゲンダッツを分けて食べる。
そんな光景を想像すると口元が制御を聞かなくなる。

通りすがりの人達からはあの人ニヤニヤしてて気持ち悪いなぁ……とか思われてるんだろうなぁ。

だけど、それでもいい私お姉ちゃんが大好きだもん!

92: 2010/08/20(金) 03:24:57.03 ID:ifNlLwaQO
家の玄関まで帰って来た私はポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込み捻る……あれ?

憂「…………?」

扉が開かない。
確かに鍵を閉めた筈なのに何で開かないんだろう。

もう一度、鍵を鍵穴に差し込み捻る。
今度は扉は開く。

憂「……お姉ちゃん!」

全身の血の気が引いた。
体中から冷や汗がとめどなく溢れ出して来る。

まさか、お姉ちゃん……家から出ちゃった?
すぐに家の中へと入りお姉ちゃんがいるか確かめる。

93: 2010/08/20(金) 03:43:07.16 ID:ifNlLwaQO
リビングまで行くとお姉ちゃんは居た。
裸で仰向けになり虚ろな目で私を見ていた。

憂「お……姉ちゃん?」

足元に生暖かい感触。
血が床を伝い私の爪先まで流れていた。

視界の隅っこで何かが動いた。
知らない人間が私の顔をジッと見つめている。

その人がニヤリと笑ったかと思うと私に向かって走り出した。

94: 2010/08/20(金) 03:57:10.86 ID:ifNlLwaQO
足が竦み上がり私は動けなかった。
男の手が私の髪を掴みそのまま私は、お姉ちゃんが倒れている場所へと投げ飛ばされた。

憂「だ、誰か助けて!」

大声を出して助けを求める。
男は私の目の前に来て包丁を振りかざした。

「助けて……」

殺されたのか……また繰り返すのかわからないまま、目の前が真っ暗になる。

96: 2010/08/20(金) 04:07:32.35 ID:ifNlLwaQO
ジリリリリリリリ。

目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響く。

私はすぐに目を覚ました。

憂「よ、よかった……」

殺されてない、それにお姉ちゃんも生きている。

でも、これで三回目……家に居ても外に行ってもお姉ちゃんが死んでしまう。

もうお姉ちゃんが死ぬ姿なんて見たくないよ……。

98: 2010/08/20(金) 04:18:39.62 ID:ifNlLwaQO
憂「お姉ちゃん……」

何で私は8月19日を繰り返してる?
お姉ちゃんを救う為。

それ以外に理由が無い、だけど……何でお姉ちゃん死んじゃうの?

外に出たらトラックに轢かれたり鉄骨に直撃したり。

家に居たら知らない男から殺される。

私は一体どうしたらいいの?

100: 2010/08/20(金) 04:27:46.01 ID:ifNlLwaQO
お姉ちゃん側にはまるで死神が纏わり付いているみたい。

その死神はつねにお姉ちゃんの背後に立ち鎌を首に当てて、ここぞと言う時にお姉ちゃんの首を切り落とす。

何で、お姉ちゃんばかりこんな目に合わないとイケないの?

今日またお姉ちゃんを救わなきゃならない。

疲れたんじゃない。面倒臭い分けでもない。
お姉ちゃんが死ぬ姿を見たくないだけだ。

101: 2010/08/20(金) 04:42:12.52 ID:ifNlLwaQO
唯「憂ー…もう起きたの?」

憂「う、うん」

私はお姉ちゃんの瞳にその輝きを見た。
その眠気眼の目には私を元気にさせてくれる魔法が掛かっている。

唯「私もそろそろ起きようかなー」

お姉ちゃんの心地良い声が私を安心させてくれる。

今日は絶対に死なせないようにしきゃ。

だけどそれは叶う事は無くお姉ちゃんはスーパーで買ったアイスを食べ食中毒で死んでしまった。

104: 2010/08/20(金) 04:50:23.48 ID:ifNlLwaQO
また私は8月19日を繰り返す。

そしてまたお姉ちゃんが死ぬ。
また繰り返しお姉ちゃんが死ぬ。

8月19日を幾度も幾度もループする。
まるで鎖に繋がれた犬のようにお姉ちゃんを救う事が出来ずに見ている事しか出来ない。

一生このままなのかな?
このループから抜け出せる方法は何?

105: 2010/08/20(金) 04:58:49.00 ID:ifNlLwaQO
今日はお姉ちゃんが階段から落ちて死んだ。
その次は、お風呂で溺死した。
歯磨きをしていると歯ブラシが喉に詰まって死んだ日もあった。

繰り返し繰り返し繰り返し。
今日で100回目。

気が狂いそうになる。

106: 2010/08/20(金) 05:14:34.83 ID:ifNlLwaQO
何時ものようにトーストとコーヒーを食卓に並べる。

唯「うーん……うーん……」

お姉ちゃんはトースト手を付けずに何かを考えているみたいだ。

憂「どうしたの?」

唯「うーん……テレビ見て」

憂「テレビがどうしたの?」

唯「これ見た事があるような気がする。再放送かなぁ?」

憂「え?」

思わず手に持っていたコーヒーカップを落とした。

憂「熱っ!」

107: 2010/08/20(金) 05:25:19.29 ID:ifNlLwaQO
唯「わっ!だ、大丈夫?」

憂「う、うん」

雑巾を持って来てすぐに床とズボンを拭く。

憂「あ!パンツまで濡れちゃった……」

唯「着替えておいで~」

憂「う、うん……」

お姉ちゃんはさっきテレビに写ってた番組を見た事があると言った。
勿論、テレビに写ってる番組は再放送ではない。

じゃあ何で見た事があると言ったのか?
8月19日を繰り返してる事に気付きつつあるのかな?

108: 2010/08/20(金) 05:34:38.76 ID:ifNlLwaQO
憂「はぁ……」

唯「あ!着替えて来たんだね!」

憂「うん……お姉ちゃん?」

唯「どうしたの?」

憂「今、写ってるテレビの番組を見た事があるって言ってたの。あれ、本当?」

唯「うーん……多分見た事あると思うんだよね!」

やっぱり薄々と繰り返している事に気付いている。
でも、繰り返してる事に気付いたとしても私にはどうする事も出来無いんだろうなぁ……。

110: 2010/08/20(金) 05:43:26.46 ID:ifNlLwaQO
唯「それよりアイス買いに行こうかなぁ~」

憂「私も行くよ!」

結果は分かっているのだけど、もしかしたら……って事があるかも知れない。

それより、お姉ちゃんが8月19日を繰り返してる事に完全に気付くのは何回目になるんだろうか?

いっそ私の口から言おうと思ったけど……どうせまた繰り返して忘れてしまうんだろうなぁ。

それに42回目の信じてくれないパターンも考えられる。

111: 2010/08/20(金) 05:52:54.97 ID:ifNlLwaQO
外に出て二人でスーパーに行く。
これを何回繰り返しただろう?

あ、この場所お姉ちゃんが通り魔に刺された場所だ。

唯「明日、みんなで海に行くんだ~」

憂「よかったね!」

ごめんねお姉ちゃん。
海に行かせてあげられなくて。

112: 2010/08/20(金) 06:01:42.90 ID:ifNlLwaQO
お姉ちゃんは何回、盤から道を踏み外したんだろう。

私が違う道筋を教えてあげるもそれとは違う方向に行ってまた盤から道を踏み外す。

別にお姉ちゃんが悪いわけじゃないんだけどね。

唯「憂ースーパーに着いたよー」

憂「うん、じゃあアイス買おっか」

唯「だねー」

113: 2010/08/20(金) 06:11:33.64 ID:ifNlLwaQO
家を出てアイスを買いまた家に戻る。この時間は珍しく何も起こらなかった。

このまま何も起こらない方がいいんだろうけど、見事に私の期待を裏切るんだらうな。

19回目の時みたいに日付が変わる10分前に心臓発作で死亡とか有り得る。

100回8月19日を繰り返しているけど一回も日付が変わった事は無い。

憂「お姉ちゃんハーゲンダッツだよ」

唯「おおっ!やった!」

普段は滅多に食べる事は無いハーゲンダッツ。
私は毎日のようにこれを食べている。

116: 2010/08/20(金) 06:22:36.46 ID:ifNlLwaQO
唯「憂あーんして」

憂「あーん」

お姉ちゃんから食べさせられるアイスは美味しい。
冷たいけど心が暖かくなる。

憂「お姉ちゃんもあーんして」

唯「あーん」

お姉ちゃんにアイスを食べさせてあげると心の中でため息を付いた。
今日もまたお姉ちゃんが死ぬ姿を見ないと行けないのか……。

お姉ちゃんが死ぬ姿を……そう言えばお姉ちゃんが死んだ時に聞こえる「助けて」って声。

アレを無視したらどうなるんだろう。

118: 2010/08/20(金) 06:33:07.82 ID:ifNlLwaQO
いやいや、無視は出来ない。
私が放って置けないのもあるけどもう一つ理由がある。

あの声は聞くと半ば強制的に戻される。
あの声を聞いて気が付くと朝になっている。

唯「やっぱりハーゲンダッツは美味しいなぁ~」

憂「だねー」

このアイスだけは毎日食べても本当に飽きない。
だって毎回、私が違う味を買っているんだもん。

120: 2010/08/20(金) 06:44:26.84 ID:ifNlLwaQO
夜の6時を過ぎた。
テレビにはスキンヘッドの男が何か芸をやって奇声を上げている。

私はそれをつまらなそうに見ていたがお姉ちゃんは大声で笑っている。

憂「お姉ちゃん面白い?」

唯「うん!」

もう何回も見たネタだから私は飽きてしまっている。

唯「あ、そろそろお風呂入らなきゃ」

憂「うん、行ってらっしゃい」

唯「はぁーい」

私はご飯の仕度をしなきゃ。

121: 2010/08/20(金) 06:59:07.54 ID:ifNlLwaQO
お姉ちゃんがお風呂に上がると同時に夜ご飯も出来た。

今日は麻婆豆腐。
12回目の麻婆豆腐。

冷蔵庫に入っている食材は買っても使ってもまた元に戻ってしまうから私が作る料理は大体決まってる。

唯「いい湯だったよ~」

憂「あ、お姉ちゃんご飯出来たからご飯ついで」

唯「分かったぁ~」

不思議と台所付近ではお姉ちゃんは死んだ事は無い。

危険な物がいっぱいなのに。

122: 2010/08/20(金) 07:33:36.46 ID:ifNlLwaQO
唯「やっぱり憂が作る料理は美味しいなぁ~」

ご飯粒を頬っぺたに付けながらお姉ちゃんは言った。
この言葉は何回聞いてもうれしい。

憂「ありがとうお姉ちゃん」

唯「えへへ~」

お姉ちゃんの頬っぺたに付いたご飯粒を取って食べる。

またお姉ちゃんは「えへへ~」と笑った。

本当に珍しく今日は何も起こらない。
まさか本当に、日付が変わるまで何も起きないのかも知れない。

淡い期待を胸にご飯を口に含む。
微かな本当に微かな甘さを舌で感じた後10回噛んでご飯を飲み込んだ。

125: 2010/08/20(金) 07:51:12.29 ID:ifNlLwaQO
ご飯を食べ終わり、私だけお風呂に入り。それからお姉ちゃんとテレビを見ながら談笑した。

今日は本当に何も起こらない。
久しぶりに過ごした優しい日常が私の疲れた心を癒す。

唯「そろそろ寝よっか」

憂「うん……」

私達、二人はパジャマに着替える。

唯「今日はどの部屋のベットで寝る?」

憂「お姉ちゃんのベットで寝たいなぁ」

唯「わかった~」

127: 2010/08/20(金) 08:13:23.36 ID:ifNlLwaQO
お姉ちゃんのベットで倒れ込むように横になる。

唯「もーっ!憂ったら子供みたいにはしゃいじゃって!」

お姉ちゃんは私に毛布を被せるとその上から私のお腹をくすぐって来た。

憂「アハハハハハ!もーっやめてよーくすぐったいよぉー」

唯「くすぐったいかぁー!くすぐったいかぁー!」

次は私がお姉ちゃんに毛布を被せお腹をくすぐる。

憂「さっきのお返しだよー!」

こんな事、繰り返す8月19日の中で始めての事だった。それから1番幸せを感じた時だった。

唯「あはははーやーめーてーよー」

憂「くすぐったいかー!」

唯「アハハハハハこーうーさーんー!」

128: 2010/08/20(金) 08:24:56.51 ID:ifNlLwaQO
一通りはしゃぎ終わった私達は二人で寄り添うように寝転んだ。

お姉ちゃんが私と一緒に寝る時、お姉ちゃんは必ず私の左足を両足で挟むようにして寝る。

だから私も、お姉ちゃんの両足の体温と柔らかい太腿を左足で感じている時は本当にぐっすり眠れる。

唯「もう日付も変わったし寝ようね~」

憂「うん、そうだね…………え?」

131: 2010/08/20(金) 08:38:00.33 ID:ifNlLwaQO
お姉ちゃんの部屋にあるデジタル時計を見てみると本当に日付が変わっている。

8月20日。
午前0時12分。

憂「本当にこの時計合ってるの?」

唯「だってデジタル時計だよーピッタリだよー」

日付が変わった……。
これはひょっとしてループから抜け出せたのか?

いや、抜け出した。
8月19日のループから私達は抜け出した。

憂「や、やったよ!お姉ちゃん!」

唯「どうしたの?」

憂「やった!やったよー!!」

133: 2010/08/20(金) 08:52:52.49 ID:ifNlLwaQO
唯「よくわかなんないけど何かよかったね!」

憂「うん!」

ベットの上で小躍りでもしたい気分だった。
もしかしたらこのままずっとお姉ちゃんと一緒に入られるのかもしれない。

死ぬ事も無くループする事も無くずっと一緒。

でも、もしかしたら目が覚めるとまた元に戻ってるのかも、それか8月20日をループする事になるのかも……。

ダメだマイナスな事ばかり考えてしまう癖が付いてしまっている。

とりあえず今日は寝よう。何も起こらないように神に願いながら寝よう。

憂「お姉ちゃんおやすみ!」

唯「うぅ…うーん…」

さっきまで良く分からないまま私と一緒に喜んでくれたお姉ちゃんはいつの間にか寝てしまっていた。

134: 2010/08/20(金) 09:06:18.62 ID:ifNlLwaQO
翌朝、お姉ちゃんより早く目を覚ました私は何よりも先にデジタル時計を見た。

よかった。日付は8月20日のままだ。

でも、まだ気は抜けない。
もしかしたらまたお姉ちゃんが死んでしまいループする事になるのかも知れない。

今日は一段と目を光らせてお姉ちゃんを死から守らなくちゃ。

136: 2010/08/20(金) 09:24:15.29 ID:ifNlLwaQO
唯「う、うーん……えへへ~」

お姉ちゃんは今、何の夢を見ているのだろう?
その夢の中に私が出ているといいな。

そう言えば……何か忘れてるような気がする。

えっと……何だっけ?
耳にタコが出来るぐらいに聞いていたのに急に忘れてしまっている。

憂「何だっけ……?」

138: 2010/08/20(金) 09:33:36.17 ID:ifNlLwaQO
唯「うーみー……」

憂「あ……!」

そうだ!海だお姉ちゃん今日は軽音部のみんなと海に行く予定だったんだ。

すっかり忘れてた。

でも、海か……海は危ないよね。
あまり行かせたく無いなぁ。

溺れたりするかも知れないし毒を持った生物に刺されたりするかも知れない。

もしかしたら鮫に食べられるかも……。

憂「ど、どうしよう……」

141: 2010/08/20(金) 09:51:20.12 ID:ifNlLwaQO
あれこれ考えている内にお姉ちゃんがいつの間にか起きしまっていた。

唯「おはよー……」

お姉ちゃんは眠たそうに目を擦っていた。

憂「お、おはよう」

唯「うん、うーん……」

お姉ちゃんは体を起こしリビングへと向かって行った。

憂「あ……お姉ちゃん待って!階段は危ないよ」

143: 2010/08/20(金) 10:06:38.50 ID:ifNlLwaQO
憂「はぁ……どうしよ」

本当は行かせたく無いけど……お姉ちゃんは行きたいんだろうなぁ。

唯「憂ー新しい水着だよー似合う?」

洗面所からお姉ちゃんが飛び出して来た。
お姉ちゃんの水着姿は眩しいぐらいに凄く似合っている。

憂「うん!お姉ちゃん可愛いよ」

どうしよう……お姉ちゃん行く気満々だよ。
余計に「行かないで」とは言い難くなった。

でも、命が掛かってるし……迷って何かいられないよね。

唯「早く9時にならないかなー」

177: 2010/08/20(金) 22:25:56.41 ID:ifNlLwaQO
憂「9時からなの?」

唯「うん!」

そう言えば時間はまだ聞いてなかった。
それに今は7時30分。
もうすぐお姉ちゃんが海に行っちゃう。

唯「楽しみだなぁ~」

水着姿のお姉ちゃんは何だかとっても楽しそう。
もう、行かせてあげよう。
だけど……だけど私も着いて行く。

憂「私も行っていい?」

唯「憂も行きたいの?」

憂「うん!」

これならお姉ちゃんを守れる。
お姉ちゃんを死なせはしない。

唯「いいよ!」

180: 2010/08/20(金) 22:41:26.56 ID:ifNlLwaQO
お姉ちゃんは了承してくれた。
私はすぐに押し入れから水着やら何やらを出してそれを鞄に積み込む。

私も海に着いて行けばお姉ちゃんを守れる。
だけど、この時の私は心の隅っこであらぬ考えを持っていた。

お姉ちゃんが死んでもまた繰り返すかもしれないから大丈夫。

何でこんな考えが浮かんだのか分からない、お姉ちゃんが死ぬ姿を見過ぎて思考が麻痺していたんだと思う。

唯「憂も行くんだー!やったー!」

182: 2010/08/20(金) 22:56:37.32 ID:ifNlLwaQO
8時30分。
私達は家を出て待ち合わせしているバス停へと向かった。

今日は気温を35度を有に超えており家へと一歩出るだけでうざったいぐらいの暑さが私を包んだ。

お姉ちゃんはそんな暑さをものともせずに、早く行こう。早く行こう。と暑さでまいった私を急かす。

額に浮き出た汗をタオルで拭う。

唯「憂ー早く間に合わなくなっちゃうよー!」

先を歩くお姉ちゃんは私に手招きした。
待ってくれると思ったんだけど、そんな私の気持ちを無視するようにお姉ちゃんは歩調を遅くしてくれない。

お姉ちゃんあんなに体力あったっけ?

184: 2010/08/20(金) 23:06:22.39 ID:ifNlLwaQO
目を細めて遥か先を見ると私達が目的としているバス停が見えた。

そして、四人の人影。
軽音部の皆さんはもうバス停に来ていた。

唯「あ、もうみんな来てるね~」

憂「うん、そうだね」

人影の中の一人が私達に気付いたようで手を降るのが見えた。

続いてまた一人また一人とみんなは私達に手を降った。

185: 2010/08/20(金) 23:16:59.66 ID:ifNlLwaQO
紬「唯ちゃんと憂ちゃんおはよう」

唯「おはよう!」

憂「おはようございます」

紬さんはペコリと頭を下げて私達に挨拶をした。
私達も紬さんに挨拶をした。

律「唯、時間通りに来るか心配だったんだぞー」

唯「私も時間ぐらいはちゃんと守れるよ!」

澪「憂ちゃんがいるからじゃないのか?」

憂「いえ、そんな。今日お姉ちゃんは朝ちゃんと自分で起きてましたよ」

唯「そーだ!そーだ!」

188: 2010/08/20(金) 23:36:43.95 ID:ifNlLwaQO
梓「ま、まぁそれはともかくバスもうすぐ来ますよ」

唯「バスは何時に来るの?」

律「唯が思ったより早く来たから一本早いバスで行けるな…えーと8時50分だってさ」

今は8時48分。
もうすぐバスが来る。
私達は調度いい時間に来たみたいだ。それにこの暑い中、長い時間バスを待たなくて済む。

澪「あ、バスが来たぞ」

190: 2010/08/20(金) 23:43:40.12 ID:ifNlLwaQO
少し早く来たバスに私達は乗った。
しかし、席は少ししか空いて無い。

律「後ろが二人分空いてて……前は一つしか空いて無いな」

誰が座るか少し揉めたがジャンケンの末、私と紬さんが後ろの席にお姉ちゃんが前の席に座る事となった。

本当は私とお姉ちゃんの二人で後ろの席に座る予定だったがお姉ちゃんはよく車酔いをする。

だからお姉ちゃんは前の席に座る事となった。

193: 2010/08/20(金) 23:57:11.21 ID:ifNlLwaQO
それから30分程私達はバスに揺られた。

律さんと澪さんは前の席のお姉ちゃんと談笑して。
梓ちゃんは後ろの席の私達と談笑していた。

憂「じゃあ今度、紅茶の入れ方を教えて下さいね」

紬「わかったわ~」

不意に冷たい風が吹いたように感じた。
クーラーの風ではない、それとはもっと別の何か。

まるで誰かが私に冷たい息を吹きかけているみたいだった。
嫌な予感がする。

194: 2010/08/21(土) 00:11:27.69 ID:yFHE2EIsO
唯「りっちゃん強いよー!」

律「へへへー当たり前だろー」

澪「でも律がBLACKを出来るとは思わなかったよ」

この三人にとってそれは何の予兆も無かった。
私が大きく声を上げて忠告する。

三人がそれに気付いた時にはもう遅かった。

赤いスポーツカーがバスに激突したのだ。
轟音そして衝撃、三人は大きく投げ飛ばされる。

三人だけでは無い。
他の乗客も投げ飛ばされた。

私の目の前に立っていた梓ちゃんもバランスを崩し床に叩き付けられた。

視界が霞む。
また大きな衝撃。
私は何かに頭を強く打ち付けて思考が停止した。

198: 2010/08/21(土) 00:40:48.78 ID:yFHE2EIsO
唯「助けて」

真っ暗な闇の中にお姉ちゃんが一人佇んでいる。
何も見えない闇。

だけど何故かお姉ちゃんの姿だけはっきりと見えた。

お姉ちゃんは涙を流しながら崩れ落ちた。

唯「助けて」

助けたい。
だけど私の体は何かに縛り付けられて動けない。

真っ暗な闇の中に変な匂いが鼻孔を震わす。
これは……薬品の匂い?

そうだ、この匂いを私は病院で嗅いだ事がある。
誰かが私の手を握った。

「目を覚まして」

そうか、真っ暗なのは私が目を閉じているからだ。
お姉ちゃんの姿だけ見えるのは私が夢を見ているからだ。

じゃあ、何で私は動けないの?

重い瞼を開いた。
知らない天井と知っている顔が見えた。

200: 2010/08/21(土) 00:49:03.48 ID:yFHE2EIsO
「憂……憂!」

知っている顔はお母さんだった。
私が目を覚ますとすぐに抱き着いて来た。

「う、憂!」

続いてお父さんも私に抱き着いて来た。

やっぱり夢だったのか。
あの真っ暗な闇の中のお姉ちゃんは夢だった。

憂「…………」

どうやら、ここは病院みたいだ。
微かな薬品の匂いは私が病院にいるからだったんだね。

203: 2010/08/21(土) 01:01:39.57 ID:yFHE2EIsO
憂「何で私は病院にいるの?」

「それは……事故に巻き込まれて……」

そっかお母さんの言葉で思い出した。
私は海に行く途中、事故に遭って、それで病院にいるのかじゃあお姉ちゃんも……。

憂「お姉ちゃんは!?」

「唯、唯はな……」

憂「お姉ちゃんは生きてるの!?」

「生きているよ」

208: 2010/08/21(土) 01:20:14.50 ID:yFHE2EIsO
憂「よかった……」

「ね、ねぇ憂、落ち着いて聞いてね」

憂「え、うん……どうしたの?」

「唯は……生きてるの。でも、手足を失ってしまったの」

お母さんはそれを言いながらお父さんの目を見た。

憂「…………え?」

理解が出来無かった。
お姉ちゃんが手足を失っなた事もそれを淡々と話せるお母さんも理解が出来無かった。

全てが理解出来事無かった。

209: 2010/08/21(土) 01:36:45.24 ID:yFHE2EIsO
お姉ちゃんが手足を失っなった。
お母さんは今のお姉ちゃんの状態に付いて更に詳しく話し続ける。手足の損傷が酷くやむを得ず切り落としたらしい。
さらに、声を失い喋る事も出来ない状態だとも言っていた。

その晩、私は医者から聞いた。

澪さん律さんが酷い火傷を負っていて意識不明だと言う事。
梓ちゃんに至っては両腕を失なってしまっている。

唯一、無事だったのは私と紬さんだけだったらしい。

210: 2010/08/21(土) 01:47:01.45 ID:yFHE2EIsO
一週間後。
ようやく動けるようになった私はお姉ちゃんを見た。
病院のベットで寝ているお姉ちゃんを見てしまった。

本当に私のお姉ちゃん?そう疑ってしまうぐらいに酷い状態だった。

これじゃあ、私の手の平をくすぐれない。
私に抱き着く事も出来ない。
私を元気付ける事もご飯を食べる事も出来ない。

お姉ちゃんが壊れる。
それはまるで手足をもがれた人形のようだった。

自由の聞かないその体でどうやって私を抱き締める?

その焼け爛れた顔でどうやって私に笑ってくれる?

お姉ちゃんはゆっくりと頭を動かして私を見た。
虚ろなその目にはただ私が写る。

それはただ静かに壊れた。

212: 2010/08/21(土) 01:57:50.97 ID:yFHE2EIsO
夜、私はお姉ちゃんと共に樹海へ落とずれた。

お姉ちゃんを赤子のように抱えひたすら走った。

私にはある秘策がある。
みんなを元に戻す事が出来る秘策を私は思い付いた。

お姉ちゃんを殺せば全てが元に戻る。
そう、全てが元に。

こんな姿で生きて行くぐらいだったら死んだ方がマシだと私は思った。

きっとお姉ちゃんもみんなもそう思っているだろう。

お姉ちゃんが死ねばまたループする。

216: 2010/08/21(土) 02:07:14.30 ID:yFHE2EIsO
何故、樹海を選んだのか?

それは見られ無い為だ。
誰にも見られ無い為、だってもし誰かに見られて止められたりでもしたら……そう考えるとリスクが高い。

だから、病院からお姉ちゃんを連れ出して樹海で殺す……いや、全てを元に戻す事にした。

憂「お姉ちゃんごめんね」

聞こえるか聞こえないかぐらいの声で私はポツリと呟いた。

218: 2010/08/21(土) 02:16:15.75 ID:yFHE2EIsO
樹海の中は予想以上に茂みの密度が濃く、何度も足をとられた。

転ぶたびにどこかを擦りむいた。
パンツの膝がほころび、そこから血が滲んでいるのが見えた。

空を見上げると指のようにねじくれた枝が、視界を覆う。

風が吹きぬけていった。
私のコートの裾がはためく。
沢山、汗をかいていたのに不意に氷のような冷たさを感じた。

219: 2010/08/21(土) 02:29:27.97 ID:yFHE2EIsO
憂「いやあっ!」

足が滑った。体の左側に何かぶつかった。
あちこちに激しい痛み。

お姉ちゃんを守るのに必死で私は顔面から地面にぶつかった。

痛くは無かった。
落ち葉がクッションの変わりとなって軽く擦り剥いただけで済んだ。

憂「ここら辺でいいかな……」

抱いていたお姉ちゃんを地面に置く。
ひゅうひゅうとお姉ちゃんの息を吸う音が聞こえる。
鞄からベルトを取り出す。

憂「お姉ちゃんごめんね」

220: 2010/08/21(土) 02:43:28.62 ID:yFHE2EIsO
ベルトをお姉ちゃんの首に巻き付けた。

私はお姉ちゃんを殺すんじゃない助けるんだ。
そう思うと不思議と躊躇はしなかった。

お姉ちゃんは無い手足をバタバタとさせて暴れている。

唯「ひゅう……ひゅう……」

口から吸い込もうとするがお姉ちゃんはそれが出来ずにいる。

段々と顔が青くなっていき顔中の血管が浮き上がるのが見えた。

それから数秒の間、首を締め続けるとお姉ちゃんはとうとう動か無くなった。

223: 2010/08/21(土) 02:54:06.26 ID:yFHE2EIsO
憂「お姉ちゃん……」

動か無くなったお姉ちゃんを見てようやく自分の過ちに気付いた。

私はお姉ちゃんを殺した……例え助けるつもりだとしても私は人を殺した。

でも、もう大丈夫。

憂「……すぐにこの苦しみから開放されるよ」

私は耳を済ました。
お姉ちゃんの助けを呼ぶ声を聞く為に目を閉じて耳を済ました。

…………何時まで経っても声は聞こえ無かった。

226: 2010/08/21(土) 03:04:02.67 ID:yFHE2EIsO
憂「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!」

体を揺らす。
だけどお姉ちゃんは私に救済を求めない。

憂「お姉ちゃん!!!」

ダメだ声が聞こえない。
いくら耳を済ましても私以外の声は聞こえない。

私は大事な事に気が付いた。
お姉ちゃんは……お姉ちゃんは声を失っていた。
そうだ、お姉ちゃんは声を失っなっていたんだ。
だから私に助けを求める事が出来ない。

憂「はっ、はっ、お姉ちゃん…はっ、ぐすっ」

227: 2010/08/21(土) 03:19:12.24 ID:yFHE2EIsO
憂「はっ、はぁっ、ぐすっ、はぁっ、はぁぐっ」

息が苦しい。
上手く呼吸が出来ない。

憂「すっ、はぁっ、はっふはっ、はぁっ」

お姉ちゃんを殺してしまった。
胃から熱い物が込み上げて来てそれを吐く。

助ける事も出来ずに殺してしまった。

憂「はっ、すーはっ、ふぐっ」

お姉ちゃんの首に巻き付けられたベルトを取る。
私はお姉ちゃんを殺してしまった。

憂「はっぁ、お、お姉ち、お姉ちゃん」

228: 2010/08/21(土) 03:25:34.97 ID:yFHE2EIsO
死のう。
お姉ちゃんを殺してしまった私に罰を与え無ければならない。

お姉ちゃんがいないこの世界なんか私にとって意味は無い。

それに一刻も早くこの罪悪感から逃げたかった。
木にベルトを巻き付ける。

憂「はっ、お姉ちゃんすぐ、すぐに行くからね」

首にベルトを巻き付けて跳んだ。

231: 2010/08/21(土) 03:34:55.69 ID:yFHE2EIsO
憂「ひっ、ふぅ」

大丈夫、すぐにこの苦しみから逃れられる。
お姉ちゃんとまた一緒に居られる。

憂「…………」

苦しみが柔いだ。
バイバイみんな。
救えなくてごめんなさい。

憂「…………は」

憂「く、苦じっだ、誰かだ、ぐるじぃし、死にたく死にたく無い、たたす、助けて、苦しい誰か助けてまだ死にたくない……………………」



END

238: 2010/08/21(土) 03:47:13.11 ID:yFHE2EIsO










蝿が私の頬に止まった。

241: 2010/08/21(土) 03:53:36.11 ID:yFHE2EIsO
憂が首を吊っている姿を出来るだけ見ないように視線を少しずらした。

体のあちこちに蝿が止まっている。
私には蝿を払う事も出来ないのでそのまま放置する。

カラスが私を見る。
お前が死んだ後に俺が美味しくいただいてやる。そう言っているようだった。

私は死ぬまでずっとこのままなのだろうか?

243: 2010/08/21(土) 04:04:47.89 ID:yFHE2EIsO
動く事が出来無い今の私は誰かの力がないと動く事が出来ないのだ。

カラスが鳴き木々が風に揺られ葉を擦り合わせる。

何故、私の妹は私を殺そうとしたのだろう?
そして何故自殺をしたのだろう?

ついさっき鳴いたカラスの隣にもう一羽カラスが止まる。

二羽のカラスは何かを相談した後、私の視界の隅っこで宙に揺られる憂の体に止まった。

クチバシを憂の体に突き刺した。
腐りかけている憂の肌はいともたやすくカラスに喰われた。

245: 2010/08/21(土) 04:19:14.01 ID:yFHE2EIsO
家に帰りたい。
病院でもいい。
この願いが叶う事は無いのだろうけど。

お腹が減った。
熱い、蚊に刺されて体のあちこちが痒い。

私の身に起こる全ての事が欝陶しかった。
綺麗なぐらいの木々も時折、吹く優しい風も欝陶しい。

カラスは口から真っ黒な血を垂らしながら私を見た。

今度はお前の番だ。
そう聞こえた気がした。
救いを求めて空を見上げた。

眩しいぐらいの青い空が私の脳裏に焼き付く。

二羽のカラスが近付き私のお腹に乗った。

それからの私の痩せ細った体をクチバシで突ついて鳴いた。

何処からともなくカラスが沢山現れ私を囲んだ。

誰か助けて。




END

248: 2010/08/21(土) 04:27:50.45 ID:yFHE2EIsO
読んでくれた人保守してくれた人ありがとうございます

250: 2010/08/21(土) 04:46:26.60 ID:yFHE2EIsO
ループした理由
憂には死者を助ける力があった。
トゥルーコーリングみたいな
唯にも死神が付いていて死から逃れられなかった。
憂が声を聞く→8月19日に戻る→唯がどうあがいても必ず死ぬ→憂が声を聞く→8月19日に戻る→以外無限ループ

251: 2010/08/21(土) 04:54:41.26 ID:yFHE2EIsO
ループから抜け出した理由

抜け出した訳じゃない
また唯が死ねば8月19日に戻る。

何故、憂が唯を殺した時唯の声を聞け無かったのか?

憂が唯を殺したと勘違いしていたから
唯は実は生きていた
声が聞こえ無かったのも唯が声を失ったからじゃないただ単に生きていたから

252: 2010/08/21(土) 04:59:53.13 ID:yFHE2EIsO
葬式中に梓が倒れた理由は唯ちゃんが死んだ事にショックを受けたからです

257: 2010/08/21(土) 05:05:33.36
乙!
面白かったよ

BLACKの意味は結局なんだったんだ?

260: 2010/08/21(土) 05:18:59.63 ID:yFHE2EIsO
BLACKは二人でするゲームです
ルールが分かればタイトルの意味もわかって来ると思います
保守はしなくていいです
続きなんてないですから

引用元: 憂「BLACK」