1: 2011/12/25(日) 22:56:16.03 ID:5OWLdm1ZO
――交差点

左腕のない恭介がバイオリンを引っ提げて立ち尽くしている

上条(手が欲しい…返してくれ)

上条「……」

上条(左手がなければ弦を押さえられないんだよ…)

上条「…くっ…!」

涙をこらえながらバイオリンを振り上げた

さやか「恭介?」

上条「!」

すぐ後ろにさやかがいた

さやか「どうしたの?」

上条「見てわからないのか…。手がないんだ…。僕の左手が……!」

さやか「……」

2: 2011/12/25(日) 22:58:17.63 ID:5OWLdm1ZO
上条「片手ではバイオリンは弾けない…僕はもう二度と演奏できないんだよ…!」

さやか「…恭介」

上条「だから…こんなバイオリンなんか…!」

大型トラックが目の前を通った

さやか「あげるよ」

上条「……え?」

さやか「あたしの手。…あたしなんかには必要ないから」


――――――――
――恭介の部屋

上条「うわあああああっ!」

恭介がベッドから転げ落ちた

上条「はぁ、はぁ、はぁ……!」

両手が自由に動くことを何度も確認する

上条(…僕は…)

3: 2011/12/25(日) 22:59:51.55 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――さやかの病室

さやか「ん…」

さやかが目を覚ました

杏子「――よう。やっと気が付いたか」

杏子がベッドに腰掛けてポテトチップスを食べている

さやか「…誰?」

杏子「あたしは佐倉杏子。あんたが車にはねられた時、救急車を呼んだ者だ」

さやか「……」

杏子「…しっかしよく生きてたねぇ。あんたはよっぽど運がいいんだろうね」

さやか「…恭介は?」

杏子「彼氏かい?」

さやか「……」

杏子「そりゃあもう毎日来てるよ。…今は落ち着いたけど、最初はそれこそ――」

さやか「彼氏じゃない…」

4: 2011/12/25(日) 23:00:40.44 ID:n2TsWzoj0
杏子「ん? じゃあ何だ。友達か?」

さやか「……」

杏子「…おーい?」

さやか「……」

杏子「…頭、大丈夫か…?」

さやか「…あたし、頭打った?」

杏子「さあね。顔をちょっと擦り剥いてるけど、中身のほうはどうだか
   あたしは医者じゃないからさ。…それより…」

杏子がさやかの右腕に顎をしゃくった

杏子「…気の毒にな。そっちはもう、諦めてもらうしかない」

さやかの腕は肘の辺りから切断されているようだった
さやか「……」

杏子「…あの時のこと覚えてる?」

さやか「…あたし、どれぐらい寝てた?」

杏子「ちょうど1週間だ」

さやか「……」

5: 2011/12/25(日) 23:02:06.80 ID:n2TsWzoj0
杏子「…具合はどうなのさ?」

さやか「…恭介に会いたい…」

杏子がため息をついた

杏子「まだ受け答えもできねーのか。ちょっと待ってな。今医者呼んで来てやるよ」

さやか「…いい」

杏子「…?」

さやか「恭介に会いたい……」

杏子「……」

さやか「恭介…」

杏子「…心配すんな。あの男ならきっともうすぐ来る。少なくとも昨日まではそうだった」

さやか「……」


6: 2011/12/25(日) 23:02:53.31 ID:n2TsWzoj0
病室の扉が開いた

上条「……」

杏子「ほらね」

さやか「恭介…」

上条「! さやか…!」

恭介が近寄った

上条「目が覚めたんだ……」

さやか「恭介……」

杏子「……」

上条「さやか…。僕は君に何て謝ればいいのか…」

さやか「……」

杏子が立ち上がる

杏子「仕事に戻るよ。何かあったら携帯に連絡よこしな」

上条「…どうもありがとう」

7: 2011/12/25(日) 23:03:49.05 ID:n2TsWzoj0
上条「――さやか…本当にごめん…。僕のせいで…」

さやか「…恭介のせい?」

上条「…ああ。あの時さやかは僕を庇って…」

恭介が強く目を閉じた

上条「…トラックに腕を踏まれた……」

さやか「……」

上条「ごめん…さやか…」

さやか「恭介は…?」

上条「…? 僕はもちろん無事だよ…さやかに助けられたから…」

さやか「……」

上条「さやか……?」

さやか「…はっきり覚えてないや…」

上条「…まさか、記憶が…!?」

さやか「…わかんない」

8: 2011/12/25(日) 23:05:10.78 ID:n2TsWzoj0
上条「僕のことわかる…?」

さやか「うん…」

上条「何か覚えてる…?」

さやか「…さっきの人」

上条「…?」

さやか「…夢の中で会ったような気がする」

上条「……。どんな夢を見てたんだい?」

さやかが少し涙を浮かべた

さやか「…最悪な夢。あんまり思い出したくない…」

上条「そっか…」

恭介がベッドの上に手を重ねて顔をうずめた

薬指に指輪をはめている

上条「…もし僕にできることがあったら、何でも言ってくれ…」

さやか「……」

さやかは恭介の指輪を外そうとした

9: 2011/12/25(日) 23:05:57.09 ID:n2TsWzoj0
上条「!」

咄嗟に手を庇う恭介

上条「…さやか…」

さやか「…それ…欲しいんだけど」

上条「……。それはできない…」

さやか「どうして…?」

上条「いや……」

さやか「……」

上条「…さやかは、お嫁さんになりたいのかい…?」

さやか「……。ちょっと待って…頭ぼーっとしてる…」

上条「…先生、呼ぼうか」

さやか「! やだ…」

さやかが恭介の手首を掴んだ

10: 2011/12/25(日) 23:06:44.67 ID:n2TsWzoj0
上条「え?」

さやか「行かないで…」

上条「大丈夫、僕はここにいるよ…ナースコールを押すだけだから」

さやか「……」

上条「心配ないよ…」

さやか「…いつまでいてくれるの?」

恭介が腕時計を見た

上条「8時には帰らないといけない…」

さやかは目を逸らした

さやか「……」

上条「…まだちゃんと喋れないか…? さやか…」

さやか「…水飲みたい」

11: 2011/12/25(日) 23:07:43.80 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――リハビリ室

さやかが機械の義手でゴムボールを投げている

さやか「……」

白衣の女医が入って来た

ほむら「あまり散らかさないでちょうだい。次に使う患者が迷惑するわ」

さやか「…迷惑に思ってるのはあんたでしょ」

ほむら「ええ。そうよ」

さやか「……」

ほむら「調子はどう?」

さやかはボールを壁にぶつけた

さやか「……」

跳ね返って女医の足元に転がる

さやか「…何なのよ、これ…」

ほむら「…? それはあなたの右手。慎重に見比べれば本物でないことはわかってしまうけれど」

12: 2011/12/25(日) 23:08:29.98 ID:n2TsWzoj0
さやか「時々すごく痛いんだけど」

ほむら「ボルトの噛み合わせが悪いようなら技師に言って」

さやか「そんなもんじゃないわよ…」

ほむら「……」

さやか「何もしてないのに、いきなり全身に痛みが来るんだ…それこそ体中が焼け付くみたいに
    …あたしの体に何したのよ…あんたなんでしょ」

ほむら「どうして私を疑うの?」

さやかが浅くため息をついた

さやか「…さあ、どうしてかな」

ほむら「……。そんなに痛いなら、痛み止めを出してあげるわ。水なしで飲めるのを」

さやか「…要らない」

ほむら「そう」

女医がボールをいくつか拾って籠に入れた

ほむら「無理やり薬を飲ませることはできないわ。自分の体をどう管理するかは、あなたの自由
    …でも、その結果、何が起こったとしても誰かを恨んだりしないことね」

13: 2011/12/25(日) 23:09:16.46 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――マミの喫茶店

マミ「いらっしゃい」

マミが1人、本を読みながら紅茶を飲んでいる

さやか「……久しぶり」

マミ「…! 美樹さん!」

本を閉じて立ち上がった

マミ「電話の1本も入れないで、どこに行っていたの…?」

さやか「…あたし…」

マミ「いいわ、座って。今日はお客さんでいいから」

さやか「……」

さやかは円テーブルの席に腰掛けた

マミが手際よくミルクココアを用意してテーブルに置いた

マミ「はい。美樹さんのお気に入り」

14: 2011/12/25(日) 23:10:02.65 ID:n2TsWzoj0
さやか「……」

うつむいて唇を噛むさやか

マミ「ほら、飲んで。いつも頑張ってくれてたから、お代も結構よ
   …本当は怒りたいところだけど、せっかく勇気を出して来てくれたんだもの」

さやか「マミさん…」

マミが向かいに腰掛けて手を組んだ

さやか「…ごめん」

マミ「…本当にね。アルバイトも立派なお仕事なんだから、黙って休んじゃ駄目だよ」

さやか「……」

マミ「何かあったの?」

さやか「…うん」

マミの表情が少し真剣になった

マミ「話してみない? 他のお客さんが来ちゃったら行かなきゃいけないけど」

さやか「……。あのさ、マミさん…」

マミ「ええ」

15: 2011/12/25(日) 23:10:48.12 ID:n2TsWzoj0
さやか「…あたし、もうここで働けなくなっちゃった…」

マミ「…どういうことかしら?」

さやかが目を閉じて泣き出した

さやか「…ごめん…」

マミ「……」

さやか「あたし……」

マミ「大丈夫よ。相談にはちゃんと乗るわ。お給料の問題かしら?」

さやかは首を振った

マミ「どうしたのよ」

さやか「…これ」

右手を見せるさやか

マミ「…どれ?」

さやか「…手…」

マミ「うん」

16: 2011/12/25(日) 23:11:40.93 ID:n2TsWzoj0
さやか「……なくなっちゃった」

マミ「…え?」

さやかは義手の指を折り曲げて見せた

小さなモーター音が鳴る

マミ「!!」

さやか「機械なんだ…」

マミ「……!」

マミが目を丸くしたままさやかの手を見つめた

さやか「もう自由になんて動かせない…だってこれ、あたしの体じゃないんだもん…!」

マミ「…嘘…」

震えながら義手を握るマミ

薄いシリコンの下から冷たい金属の感触が伝わる

マミ「そんな……」

さやか「もうやだよ……!」

18: 2011/12/25(日) 23:12:27.23 ID:n2TsWzoj0
マミ「美樹さん…」

マミがテーブル越しにさやかの頭を胸に抱いた

マミ「泣かないで…」

マミも泣いた

さやか「うわあああぁ…! あああああぁ…!」

マミ「……」

かける言葉も見つからなかった

――カランカラン

客が入って来た

マミ「!」

マミは慌てて涙を拭いた

マミ「…いらっしゃい」

19: 2011/12/25(日) 23:13:12.88 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――公園

まどかがブランコに腰掛けて犬と戯れている

まどか「っと……。はい」

ポケットからビーフジャーキーを出して食べさせた

まどか「よしよし。…あれ?」

さやか「……」

公園の入り口にさやかが立っている

まどか「あー! さやかちゃん! おーい!」

膝に乗った犬の背中を撫でながら大きく手を振る

さやか「……」

まどか「…? さやかちゃーん!」

さやか「……」

まどか「……。おーい! こっちだよー!」

20: 2011/12/25(日) 23:14:00.12 ID:n2TsWzoj0
さやか「…知ってるわよ」

さやかが目を背けながら近付いた

まどか「本っ当に久しぶりだねー。こんな所で会うなんてびっくりしちゃったよー」

さやか「…そうだね」

左側のブランコに腰掛ける

まどか「……? あ、あのね、さやかちゃん。私ね、今この子と遊んでたんだ
    すっごく可愛くていい子なんだー。それに頭もいいんだよー」

さやかは膝の上に頬杖をついて犬の顔を横目で見た

まどか「…あはは、可愛いしお利口さんだし…なんだか全然飼い主に似ないね!」

さやか「……」

まどか「…えっと…。さやかちゃんも餌あげてみる? 私いっぱい持ってるから!」

ぎこちなくポケットを漁るまどか

まどか「っとっと…。でも餌くれる人にすぐ懐いちゃって、最近ちょっと太り気味なんだ」

さやか「……」

まどか「はい!」
さやかに餌を差し出した

21: 2011/12/25(日) 23:14:46.17 ID:n2TsWzoj0
さやか「……」

さやかがまどかから近いほうの手を開く

モーター音が鳴った

さやか「…!」

まどか「…? さやかちゃん…?」

犬が飛び降りて吠え始めた

まどか「あ、ちょっと! さやかちゃんに吠えちゃ駄目だよ!」

さやか「……」

まどか「こらー! お座り!」

犬は一向に言うことを聞かない

まどか「もう…いい子にしないとおやつあげないよ?」

さやかが立ち上がった

さやか「…あたしのこと嫌いだって」

まどか「そ、そんなことないよ! ほら…『早く食べさせてー』って言ってるんだよ!」

22: 2011/12/25(日) 23:15:32.75 ID:n2TsWzoj0
さやか「……。ねぇまどか。あんたに言わなかったっけ」

まどか「え…?」

さやか「…あたし犬苦手なんだ。犬って賢いから、
    あたしがこの子のこと嫌いだってのもわかっちゃってるんだよ。きっと」

まどか「さやか…ちゃん…」

さやか「…ごめんね、遊んでるとこ邪魔しちゃって。あたし帰るわ」

まどか「あ、あの!」

さやか「……」

まどか「…元気、ないの…?」

さやか「…!」

まどか「さっきから変だよ…。全然いつものさやかちゃんじゃない…」

さやか「……」

まどか「それにさやかちゃん、前に『嫌いな動物なんていない』って言ってたよね…?」

さやかはさりげなく右手を隠しながら振り返った

23: 2011/12/25(日) 23:16:54.53 ID:n2TsWzoj0
さやか「いつの記憶? それ」

まどか「え…? うぅ…」

さやか「人ってさ…ちょっとした出来事がキッカケで、
    まるで別人みたいに変わっちゃうこともあるんだよ」

まどか「……」

さやか「あたしもそうなんだと思う」

まどか「…さやかちゃん…」

歩き出すさやか

さやか「じゃね」

まどか「あ、あの…!」

さやか「…何?」

まどか「さやかちゃんは…、その…」

さやか「……」

まどか「どんな風に変わっちゃったとしても、私…ずっと大好きだから」

さやか「…!」

24: 2011/12/25(日) 23:17:40.11 ID:n2TsWzoj0
まどか「私もこれからどんな風に変わっていくのかわかんないけど…
    さやかちゃんに、ずっと友達でいてほしいから…!」

さやか「……」

まどか「…駄目かな…」

さやか「……。駄目な訳ないよ」

まどか「…!」

まどかが顔を上げた

さやか「…うん。まどかは大切な友達だよ。何があっても、何年経ってもさ
    それだけはいつまでも変わらないって、約束する」

まどか「よかった…」

さやか「……」

25: 2011/12/25(日) 23:18:26.62 ID:n2TsWzoj0
―――――――――
――恭介の部屋

上条「うわあああああっ!」

恭介がベッドから転げ落ちた

上条「はぁ、はぁ、はぁ……!」

仁美「……?」

仁美が起き上がって恭介を見た

仁美「大丈夫…?」

上条「はぁ…はぁ……ああ」

仁美「どうしたの?」

上条「何でもない…変な夢を見ただけだ…」

恭介はベッドに上がって仁美を引き倒すように横になった

仁美「どんな…?」

26: 2011/12/25(日) 23:19:12.23 ID:n2TsWzoj0
上条「…腕がなくなる夢なんだ…。僕はバイオリンが弾けなくて、途方に暮れてて…」

仁美が心配そうにうなずく

上条「だけど本当に怖いのはそこからで…」

仁美「……」

上条「古い親友が目の前に現れて、僕にこう言うんだ…
   『この手をあげる。自分には必要ないから』って…」

仁美「ええ…」

上条「その人はさ…」

仁美「……」

上条「…いや。やっぱりいい…」

仁美「思い出したくない…?」

上条「ああ…」

仁美は恭介に何度かキスした

仁美「…寝ましょう?」

29: 2011/12/25(日) 23:20:17.78 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――高層ビルの屋上

さやかがヘリに座り込んで夜景を見下ろしている

さやか「……」

杏子「おいおい。こんな所に上ったら危ないじゃんかよ」

さやか「!?」

後ろに杏子がいた

アイスキャンディーを食べながら近付いて来る

さやか「なんであんたがいるのよ…」

杏子「ちょいと後をつけてた。やな予感がしたからさ」

さやか「……」

杏子がさやかの隣に腰掛け、クッキーを差し出した

杏子「食うかい?」

さやか「……ありがと」

30: 2011/12/25(日) 23:21:19.06 ID:n2TsWzoj0
杏子「…そいつ、義手か?」

さやか「…そりゃそうでしょ」

杏子「よく出来てんじゃん。本物と見分けがつかなかったよ」

さやか「それは夜だから。…じゃなきゃあんたの目が悪いだけ」

杏子「……」

杏子は遠くを眺めた

さやか「……」

杏子「あんたさー。もしかして氏んじゃうつもりでここに上った訳?」

さやか「……」

杏子が声を出して笑う

杏子「やめときなって。たかが腕1本の為に命まで投げ出すもんじゃない」

さやか「…あんたに何がわかるのよ」

杏子「今、歳いくつ?」

さやか「…25だけど」

32: 2011/12/25(日) 23:22:19.33 ID:n2TsWzoj0
杏子「ほら、人生半分も行ってねーじゃん。ここで捨てちまうのはもったいないっての」

さやかはため息をついた

杏子「…何そんなに思い詰めてんのさ? 元気出しなよ」

さやか「……」

杏子を見つめるさやか

肩に立派な十字架のタトゥーが入っている

さやか「…そうやって自分の体を傷つけてるあんたなんかに言われたくないわよ」

杏子「ん?」

さやか「…入れ墨」

杏子「ああ、これか。ハハッ。まぁ、若気の至りってやつさ。…あたしにも辛い時期があったんだ
   その時にちょいと自棄になって、やっちまった。別に後悔はしてないけどね」

杏子はアイスの棒を遠くへ放り投げた

さやか「…いいよね。気楽な人って」

杏子「バーカ。あたしだって大変だったんだぞ」

さやか「…あんたは自業自得なだけでしょ」

34: 2011/12/25(日) 23:23:05.13 ID:n2TsWzoj0
杏子「……」

杏子は煙草に火を着け、手を枕にして寝転んだ

杏子「あんたも吸う?」

さやか「要らないわよ。そんなもの」

杏子「なんで?」

さやか「体に悪いから。当たり前でしょ」

杏子が笑った

杏子「なんだ、氏ぬつもりなんてなかったのか」

さやか「…! からかってるの…?」

杏子「そう怒るなって」

さやか「……」

杏子「…人生、何があるかわからない。昨日まで何1つ不自由ない生活をしてた奴が、
   ある日突然あんたみたいになったり、やばい病気にかかったりする

   それなら先に楽しんだモン勝ちじゃん?
   ダラダラ考えてる時間があったら、その暇を使ってやりたいことをやればいい」

さやかがモーター音を鳴らした

35: 2011/12/25(日) 23:24:00.31 ID:n2TsWzoj0
さやか「…こんな体になっちゃった後で、一体何をどう楽しめっていうの?
    これのおかげで仕事クビになって、働くことも満足にできないのに…
    あたしよりずっと楽に暮らせるくせに、知ったようなこと言わないで」

杏子「……。あんたはまだいい。傷ついたのは体だけだろ」

さやか「…どういう意味?」

杏子は脚を組み替えた

杏子「…ここだけの話、あたし元売春婦なんだよね」

さやか「…でしょうね。見てるだけでなんとなくわかるわ」

杏子「つっても、自分でそれを望んだ訳じゃない」

さやか「……」

杏子が立ち上がる

杏子「ちょっとばかり長い話になる。ついて来な」


36: 2011/12/25(日) 23:24:46.35 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――小さな工場

さやか「…何なの、ここ…」

杏子「ちょっと待ってな」

杏子が奥の部屋からお菓子と飲み物を持って来た

杏子「食っていいよ」

さやか「…こんな所まで連れて来て、一体何の話…?」

杏子「仕事に困ってるんだろ? 金は安いけど、ここで働かせてやる」

さやか「え…?」

杏子は設備や機械を寄せ集めて腰掛けた

杏子「ここはね。元は親父の工場だった。考え方の古い、仕事の下手な人だった
   …工場を回す為に借金抱えて、その月のうちに返し切れなくて、
   それを何とかする為に、また他から借りて…そうやって、どんどん状況を悪くしていった」

テーブル代わりの台の上に行儀悪く足を乗せた

杏子「…親父はしまいに、やばい奴らからも金を借りるようになった
   あたしもさすがに『まずい』と思い始めて、学校も辞めて毎日必氏で働いた
   …だけど、気付いた時にはもう手遅れだった」

38: 2011/12/25(日) 23:25:33.75 ID:n2TsWzoj0
杏子「家にもよく借金取りが押しかけて来るようになってね
   …ある日、親父が目の前で殴られるのを見て、あたしはショックを受けたんだ」

さやか「……」

杏子「もう大泣きしながら頭下げてさ。親父を殴らないでって一生懸命頼んだよ
   ハハッ、親父の代わりに謝っちまった。あたしは何も悪くないのにね
   で、その時はあたしに免じてどうにか許してもらえたんだ。『形の上』ではね」

杏子がポテトチップを3、4枚重ねて噛み砕いた

杏子「……。後になって、あたしは家族の目の届かない所へこっそり連れ出された
   奴らが言うには、あの時あたしは『何でもするから』って言ったらしいんだ

   そんな記憶は少しもなかったけど、ビビってたせいで段々自信がなくなって、
   最後にはまんまと口車に乗せられた」

さやか「……」

39: 2011/12/25(日) 23:26:33.39 ID:n2TsWzoj0
杏子「…まぁ、ああでもしなきゃ家族全員殺されてたかもしれない
   …だから結果的にはあれで正解だったんだ。
   毎日毎晩、『これ』の相手をさせられた」

杏子は頬の横で親指を動かした

杏子「中には彼氏になりたがる奴もいてね。何度も散々な目に遭ったよ
   今のあたしがこんななのも、全部奴らの影響だ」

さやか「……」

杏子「…でもね。運がいいんだか悪いんだか、あたしはちょうどあんたぐらいの時に
   その仕事と縁を切ることができた。なんでだと思う?」

さやか「…お金を返し終わったからじゃないの?」

首を振る杏子

40: 2011/12/25(日) 23:27:19.71 ID:n2TsWzoj0
杏子「商売道具をなくしちまったのさ。今のあんたと同じようにね」

さやか「…?」

杏子「乳癌だったんだ」

さやか「…!」

杏子「最初は『なんであたしが?』『まだ若いのに』って感じだったよ
   でも早く手術しなきゃ氏ぬってわかって、あたしは仕方なく大事な胸を捨てた」

杏子が服の下から大量のパッドを引き抜いて笑った

杏子「今でも見てて嫌になるよ。あの頃は金のことで頭がいっぱいだったから、
   『仕事を続けられない』ってことのほうがショックだったけどね
   笑っちゃうよね。あたし自身、あんなに嫌々やってた仕事だってのにさ」

さやかはうつむきながら義手の指を曲げ伸ばしした

43: 2011/12/25(日) 23:28:06.07 ID:n2TsWzoj0
杏子「…それがキッカケで、あたしが体を売ってたことが親父にバレた
   もちろん親父はブチ切れたよ。黙ってたあたしに対しても、
   実の娘にそこまでさせちまった自分の不甲斐なさにも」

杏子はコーラを一口飲んだ

杏子「…まぁ、その後も色々あってさ。結局親は離婚して、親父は今じゃ行方知れず
   あたしは親父の部下から仕事教わって、いつの間にかここを切り盛りするようになってた」

さやか「……」

杏子「『氏んじゃいたい』って思ったことならあたしにだってある。それも1度や2度じゃない
   身も心も傷ついて、経歴も汚れて、家族にまで見放されたんだ
   あんたの言う通り、自業自得だってのも半分認めてはいるけどね」

さやかに肩のタトゥーを見せ付けた

44: 2011/12/25(日) 23:28:52.16 ID:n2TsWzoj0
杏子「だからこいつを背負うのさ。確かにあたしは家族の為に無茶苦茶頑張ったけど、
   最終的に親父を泣かせて、追い詰めちまったこともまた事実だ」

さやか「……」

杏子「自己犠牲は免罪符じゃない。カルバリの丘を登り切るまで、
   あたしは十字架を投げ出したりしない。この先どんなに苦しいことが待ってるとしてもね」

さやか「…あんたの目標って何?」

杏子はズボンのポケットの中でメリケンサックをはめ、拳を前に突き出した

杏子「あたしの思い通りに生きることさ」

さやか「……」

45: 2011/12/25(日) 23:29:38.15 ID:n2TsWzoj0
杏子「…ロクな人生じゃなかったし、大切なものもずいぶんなくしちまったが、
   代わりに自由を手に入れた。これからは自分の足で行ける所まで行く
   自分でやるって決めたんだ。だから責任は全部自分で取る」

さやかを睨むように笑った

杏子「そういうの、なんかワクワクしない?」

さやか「…悪いけど、あたしは暴力なんかに興味ないよ」

杏子「……」

さやか「…あんたの苦労は伝わった。さっきはあんな言い方してごめん
    でも、自分が傷ついたからって、
    そんなものを使わないといけない生き方を選ぶんだったら、それは間違ってる」

杏子「ふーん…」

杏子は煙草に火を着けた

杏子「それじゃあ、あんたの望みは何だい?」

さやか「…あたしは…」

47: 2011/12/25(日) 23:30:24.05 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――さやかの部屋

さやか「ん……」

さやかが目を覚ました

上条「……」

恭介がバイオリンを弾いている

さやか「……」

曲が終わるまで、お互い何も言わなかった

上条「――おはよう」

さやか「おはよう…」

恭介が手でさやかの熱を測った

上条「…もう大丈夫だ」

さやか「……」

上条「さやか…?」

さやか「ここは……」

49: 2011/12/25(日) 23:32:13.82 ID:n2TsWzoj0
上条「まだ眠い?」

さやか「……」

上条「寝てていいよ」

さやか「…ううん。起きてる」

上条「お茶でも持って来ようか?」

さやか「……」

さやかは右手を動かした

微かにモーターの音が聞こえる

さやか「…平気」

上条「そっか」

恭介が笑った

上条「何かするかい?」

さやか「……」

50: 2011/12/25(日) 23:33:14.60 ID:n2TsWzoj0
さやか「ねぇ、恭介…」

上条「何?」

さやか「あたし達…」

上条「うん」

さやかは恭介の指輪に気付いた

さやか「……」

上条「…さやか…」

さやか「…何でもない」

上条「…君は…」

さやか「…?」

上条「ないとは思うけど、ひょっとして…、僕のこと…」

さやか「……」

52: 2011/12/25(日) 23:34:32.72 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――海

さやか「……?」

何か硬いものの上で目を覚ました

空は晴れている

さやか「……」

体が重い

首を回して辺りを見た

さやかはリアカーで運ばれている所だった

さやか「…何?」

そこは砂浜

海に向かっている

さやか「…誰?」

リアカーを引いているのは杏子だった

杏子「…よう」

54: 2011/12/25(日) 23:35:18.43 ID:n2TsWzoj0
さやか「……」

杏子「…心配すんなよ、さやか。一人ぼっちは、寂しいもんな…」

さやか「…何言ってんの?」

杏子「…あんたは思い出させてくれたんだ。あたしが憧れてたもの…長く夢見てたものをさ」

さやか「……」

杏子「…怒ってんだろ…? 何もかも許せないんだろ…? わかるよ…
   あたしも1歩間違えば、こうなってたかもしれない…」

さやか「……」

杏子の服に血が滲み始めた

さやか「怪我してるの…?」

杏子が振り返る

顔にも切り傷があった

杏子「…目、覚ましなよ…!」

55: 2011/12/25(日) 23:36:05.14 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――恭介の家

上条「…ただいま」

仁美「おかえりなさい」

恭介がバイオリンを置いて膝をついた

仁美「あっ…。大丈夫…?」

上条「ああ…。ちょっと貧血気味みたいだ…。ほうれん草でも買って来るんだったかな…」

仁美「顔色がよくないわ…」

上条「……」

恭介はぐったりと仁美にもたれかかった

仁美「…! 本当に大丈夫なの…?」

上条「……」

仁美「恭介さん…?」

上条「…わからない」

56: 2011/12/25(日) 23:36:50.92 ID:n2TsWzoj0
仁美「どうしてしまったの…?」

上条「…頭がおかしくなりそうなんだ…」

仁美「……」

上条「これは…現実なのか…?」

仁美「……」

上条「…僕を抱き締めてくれ…」

仁美「…ええ」

仁美が恭介を支えるように抱いた

上条「……。君は、上条仁美…?」

仁美「そうよ…」

上条「…夢じゃないよね…」

仁美「…うん…夢じゃない」

上条「……怖いんだ」

58: 2011/12/25(日) 23:37:37.31 ID:n2TsWzoj0
仁美「何も怖くないわ…」

上条「…まるで危ない薬の副作用を体験してるみたいだ…」

仁美「…きっと疲れているのね…」

不意にキスする恭介

仁美「!」

仁美が苦しそうに息を漏らす

上条「…いい芝居だ」

仁美「演技じゃないわ」

恭介は少し強引に抱き寄せながらキスを続けた

仁美「…辛いことがあったのね」

上条「…沢山あった。…破裂しそうなほど」

仁美「かわいそうに…」

仁美は胸を押し当てながら恭介の耳を甘噛みした

仁美「…慰めてあげる。あなたの良き妻として」

59: 2011/12/25(日) 23:38:23.74 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――杏子の工場

杏子「――やること自体は簡単だ。そこに重なってる板を1枚ずつセットして、このボタンを押す」

杏子が実演して見せた

杏子「気を付けなきゃならないのは、2枚重ねてやろうとすると機械がぶっ壊れるってことだ
   最悪、枠が割れると破片が飛んで怪我するから、これだけは絶対に守るんだぞ」

さやか「……」

杏子「で、完成したやつを台車に乗せて、あそこに持って行く
   その繰り返しだ。どうだい、馬鹿でもできるだろ?」

さやか「うん…」

杏子「こいつのストックはいくらあっても困らない。あんたは働けば働いた分だけ稼げるよ」

さやか「…どうも」

杏子「……給料が不満か?」

さやか「…ううん」

杏子「ならどうしたのさ?」

さやか「…あのさ。いきなり変な質問だけど、…これって現実なのかな…」

61: 2011/12/25(日) 23:39:09.52 ID:n2TsWzoj0
杏子「はぁ?」

さやか「なんかあたし、事故に遭ってから時々記憶が飛び飛びになってて…」

杏子「…!」

さやか「寝てた訳じゃないはずなのに、気が付くとどこか全然違う所にいて…、
    『さっきまでのは夢だったのかな』って思ってたら、その矢先にまた夢から覚めて…」

杏子「……」

さやか「ねぇ…、あたしが最後にあんたと会ったのっていつ…?」

杏子「……。昨日だ」

さやか「昨日って何があった日? どんな話した…?」

杏子「昨日はここで会ったよ。あたしはあんたにこの仕事を紹介した」

さやか「……」

杏子「…覚えてないのか?」

さやか「…ううん。覚えてる…」

杏子は手の甲で鼻の下を拭った

杏子「……。もう戻るからさ。わかんないことがあったらあたしに聞きな」

62: 2011/12/25(日) 23:39:59.69 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――精神科医院

さやか「…石…っていうか宝石。……蝶。…うーん…魔女。…リボン。……人魚かな」

早乙女「ありがとう。もう起きていいわよ」

さやか「答え合わせは?」

早乙女「いいえ。クイズじゃないから、正解も不正解もないわ
    これはあなたの性格や心理状態を知る手がかりになるのよ」

さやか「ねぇ、先生…あたし、病気なの…?」

早乙女「…まだ断定はできないけど…可能性は高いかな…」

さやか「……」

早乙女「…症状に気付いたのは、いつ頃かしら?」

さやか「…よくわかんない…。色んな記憶があって、
    どれが現実でどれが夢なのかも、はっきりしなくて…」

女医が質疑応答の内容を記録している

早乙女「…最後に意識が途切れたのはいつ?」

63: 2011/12/25(日) 23:40:48.18 ID:n2TsWzoj0
さやか「……。それもわかんない…。昨日かもしれないし、もっと前かもしれない…」

早乙女「その時、さやかちゃんは何をしてたか覚えてる?」

さやかは少し考えた

さやか「…前回は…」

早乙女「うん」

さやか「……。正直に、言わないと駄目…?」

早乙女「…そうね…。さやかちゃんにとって、言いにくいことなのかもしれないけど…、
    ちゃんと話してくれないと、先生もお手伝いのしようがないから…ね…」

さやか「…子供が生まれたの」

女医はペンを握り直した

早乙女「その時の状況、詳しく教えてくれるかな? 覚えてる範囲でいいから」

さやか「…暗い所…。あたしは友達と話してて…えっと…
    その途中で、いきなりお腹が裂けて…、中から子供が出て来て…
    気が付いたら、家のベッドで横になってた…」

早乙女「……。その夢を見る前のことは? 何でもいいの。どんなテレビを見てたとか…」

さやか「…『夢』? 『あれは夢だった』って、先生は断言できるの?」

64: 2011/12/25(日) 23:41:34.19 ID:n2TsWzoj0
早乙女「もちろん。さやかちゃんのお腹は裂けてないもの。だから大丈夫よ」

さやか「…こっちの世界が夢じゃないって確かめる方法を知ってるの?」

早乙女「……」

さやか「…教えてくれないんだ」

早乙女「…焦らず治療していけば、そのうち必ずよくなるわ」

さやか「『治療』ねぇ…。先生、あたしの病気って何なの…?」

女医は姿勢を正した

早乙女「…さやかちゃんは、一種の催眠状態に陥っているんだと思う…
    原因は色々考えられるけど…。例えば、辛いことを忘れる為だったり、
    何か悪いことをしてしまったと思っていて、自分を傷つけることで贖罪を求めていたり…」

さやか「……」

早乙女「心当たりはある?」

さやか「…あたしは…」

義手の付け根からピストンの縮む音がした

66: 2011/12/25(日) 23:42:20.28 ID:n2TsWzoj0
さやか「あっ…!」

さやかは体を抱えるように倒れ込んだ

早乙女「さやかちゃん?」

さやか「うっ…あああ…!!」

涙を滲ませながらのた打ち回るさやか

早乙女「どうしたの? しっかりして」

女医が立ち上がって押さえ付けた

さやか「あああっ…! うああああああっ!!」

早乙女「大丈夫、怖くないよ…何も怖くないから落ち着いて!」

さやか「ううっ! ああっ、ああああ!!」

早乙女「どこか痛いの? ねぇ返事して、さやかちゃん!」


69: 2011/12/25(日) 23:46:33.33 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――整形外科

ほむら「――美樹さやかがまた例の苦痛を訴えて来たのだけれど」

QB「そうかい」

ほむら「あなたは彼女のアレルギーを詳しく検査したの?」

QB「ああ、もちろんだよ」

ほむら「…義手にくだらない細工をしたのね」

QB「僕はただ彼女の願いを聞き入れただけじゃないか
   残念ながら、本人にもその自覚はないようだけど」

ほむら「……」

QB「義手の構造物に活性剤の一種を入れておいた。通称『グリーフシード』
   本来の使い方とは異なるけれど、血管に注射すると、
   肉体の痛覚は全身の血液が沸騰するような刺激を受ける」

ほむら「…!」

QB「神経に直接作用するもので、彼女が感じる熱はあくまでも幻覚の類だ
   当然、火傷なんてしないし、あれくらいの濃度ならショック氏することもないはずさ」

ほむら「…あの子がどんな願い事をしたと言うの…?」

71: 2011/12/25(日) 23:48:38.22 ID:n2TsWzoj0
QB「彼女は僕に『悪い夢なら覚めてほしい』って言ったんだ
   だから僕はあの装置に特別な仕掛けを施してあげた」

ほむら「……」

QB「さやかの精神状態が瞬間的に著しく悪化した場合、
   センサーが『彼女は悪夢を見ている』と判断し、ピストンが自動的に作動する

   これによって有効成分が体内に注入され、全身に発生する苦痛で目を覚ます仕組みだ
   同時に、現実世界で痛みを感じれば、『これは夢じゃない』ってしっかり認識できるしね」

ほむら「…狂ってるわ」

QB「それは違うね。君達が僕の考え方を理解できないのは、
   単に知能レベルに差がありすぎるからだ」

ほむら「…ええ。天才であるあなたは、間違いなく世界の歴史に名を残すでしょうね」

QB「いわゆる『マッド・サイエンティスト』として、かい?」

ほむら「…いいえ。猟奇的な犯罪者…喜怒哀楽を持たない、人でなしのサイコとして」

QB「……」

キュゥべえ博士はさやかの義手に仕込んだ薬を口に入れて飲み込んだ

QB「…キュップイ」

72: 2011/12/25(日) 23:49:24.52 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――恭介の家

上条「…いい芝居だ」

さやか「え…演技なんかじゃないってば」

上条「……」

さやか「…やなこと、あったんだね…」

上条「…沢山あった。…破裂しそうなほど」

さやか「恭介…」

上条「……」

さやか「…あたしが慰めてあげるよ」

上条「…いいの…?」

さやか「うん」

上条「……? 君は…」

さやか「…どうしたの?」

上条「…いや」

73: 2011/12/25(日) 23:50:10.73 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――さやかの部屋

さやかが携帯を見つめている

『着信1件 ――上条恭介』

さやか「……」
ベッドに寝転んで通話ボタンを押す

上条「…もしもし」

さやか「恭介?」

上条「さやか…」

さやか「…電話くれた?」

上条「…ああ」

さやか「……。あたしに何か用?」

上条「…ちょっと声が聴きたくて」

さやか「…! なんでよ…」

上条「最近、会ってなかったしさ…」

さやか「……」

75: 2011/12/25(日) 23:50:56.61 ID:n2TsWzoj0
上条「あれから元気にしてるのかな、って思って…」

さやか「…恭介は?」

上条「…! …僕は元気だよ…さやか」

さやか「…嘘つき」

上条「……」

さやかは涙をこらえた

さやか「…会いたいよ…」

上条「……ああ。僕も会いたい」

さやか「…ねぇ、恭介…」

上条「何?」

さやか「…恭介の奥さんって、どんな人…?」

上条「! ……素敵な女性だよ。僕にはもったいないくらいだ…」

さやか「……」

77: 2011/12/25(日) 23:51:42.81 ID:n2TsWzoj0
上条「…結婚したこと、黙っててごめん…」

さやか「どうして隠したりしたのよ…」

上条「…言う機会を待ってたんだ…。いきなりだと、さやかの反応を見るのが怖くて…」

さやか「……素直に喜べないじゃん。恭介のせいだよ…?」

上条「…ごめん」

さやか「……」

上条「…もう切るね。電話、ありがとう…」

さやか「あ、待って!」

上条「…!」

さやか「…あたしも、恭介に隠し事してたんだ…」

上条「…え?」

さやか「……」

上条「…言えるかい?」

さやか「…上手くは…わかんない」

78: 2011/12/25(日) 23:52:31.77 ID:n2TsWzoj0
上条「…時間はいっぱいあるよ。だからゆっくりでいい…」

さやか「……。あのさ…、恭介は、夢と現実の区別がつかなくなることって、ある?」

上条「!!」

さやか「あはは、ないよね。何聞いちゃってんだろ、あたし…まさか恭介がねぇ」

上条「…実は…。ちょうど、そのことで悩んでるんだ…」

さやか「…そうなの?」

上条「ああ…。最近、いやに生々しい夢を見ることがある…
   目に映る光景も、聞こえて来る音も、物の感触も…、どれも現実と変わらないんだ
   起きてから『夢だった』って気付くのにさえ、かなり時間がかかる…」

さやか「……」

上条「さやかも、そんな感じなのかな…」

さやか「…恭介には、これが夢か現実かわかる…?」

上条「…?」

さやか「…あたしはわかんない…。今が夢から覚めた世界なのか、前に見た夢の続きなのかさ…」

79: 2011/12/25(日) 23:53:57.07 ID:n2TsWzoj0
上条「…僕にもわからない…」

さやか「……。本題入るけどさ…」

上条「え…? うん…」

さやか「……」

上条「…さやか…?」

さやか「…言っていいのかな、これ…」

上条「…いいんじゃないかな」

さやか「…驚かない?」

上条「…うん。約束はできないけど…」

さやか「じゃあいい…」

上条「ええ…?」

さやか「言わない」

上条「……。いや、約束する…」

さやか「…絶対?」

81: 2011/12/25(日) 23:54:43.29 ID:n2TsWzoj0
上条「ああ…」

さやか「…恭介のせいって訳じゃ、ないよ…? 多分…」

上条「何が…?」

さやか「……なんかね…、ずっと来てないんだ…生理」

上条「…! どれくらい…?」

さやか「…はっきりとはわかんないけど…多分、3ヶ月は…」

上条「……」

さやか「ただ…、あたしには覚えがないっていうか…その…」

上条「うん…」

さやか「…夢だと思ってたんだ…。恭介、奥さんいるし…」

上条「……」

さやか「…で、本当の所はどうだったんだろうって…」

上条「…さやかは、僕と寝た記憶があるのか…?」

さやか「…まあ」

82: 2011/12/25(日) 23:55:29.22 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――マミの喫茶店

マミ「いらっしゃい」

まどか「こ、こんにちは」

マミ「ええ、こんにちは。今は私しかいないから、カウンターの席でいいかしら?」

まどか「は、はい!」

マミ「ありがとう。注文が決まったら声かけてね」

まどか「あ…じゃあ、オレンジジュースください」

マミ「うん、いいわ」

マミがオレンジジュースをグラスに入れて差し出す

マミ「はい、どうぞ」

まどか「ありがとうございます…」

マミ「そんなに緊張して、どうしたの? アルバイトの応募に来たの?」

まどか「い、いいえ…」

マミ「そう。でも、礼儀正しくて元気な子はいつでも大歓迎だから、気が向いたら考えてみてね」

84: 2011/12/25(日) 23:56:15.55 ID:n2TsWzoj0
まどか「…あの…」

マミ「うん。何?」

まどか「友達がここで働いてるって聞いたんですけど…」

マミ「あら。何ていう子?」

まどか「美樹さやかちゃんっていうんですけど…」

マミ「! …美樹さんのお友達?」

まどか「はい…」

マミ「そう…」

まどか「……?」

マミ「ごめんね。美樹さんなら、ちょっと前に辞めちゃったわ」

まどか「そう…なんですか」

マミ「何かあったの?」

まどか「えっと…大したことじゃないんですけど…その…
    さやかちゃん…、先月会ってから、様子が変で…。それから、ずっとそっけなくて…」

マミ「……」

85: 2011/12/25(日) 23:57:23.89 ID:n2TsWzoj0
まどか「『一緒に遊ぼう』って誘っても、『仕事が忙しいから』って断られちゃって…
    それで、職場にお邪魔してみようかなって思って…」

マミ「…美樹さんとは、仲がいいのかしら?」

まどか「はい! さやかちゃんは私の親友なんです」

マミ「……」

まどか「…あの、店長さんは、さやかちゃんのこと…何か知ってますか…?」

マミがうつむいたまま笑った

マミ「……。きっとあの子、あなたに気を遣ってるのね」

まどか「え……?」

マミ「…本当にかわいそうな子」

まどか「…さやかちゃん…どうしたんですか…?」

マミ「……。事故に遭っちゃったみたいなの」

まどか「…!」

86: 2011/12/25(日) 23:58:09.55 ID:n2TsWzoj0
マミ「それでね…。あの子、片腕を失ってしまったの…」

まどか「…!?」

マミ「初めは私も気付かなかったわ…。とってもリアルな義手を付けていたから…」

まどか「…嘘よね…」

マミ「……」

まどか「…嘘ですよね…?」

マミ「…残念だけど、本当のことよ」

まどか「…さやかちゃん…」

まどかはオレンジジュースを見下ろしたまま泣き始めた

マミ「でも…きっと、あなたなら美樹さんを元気にしてあげられると思うわ」


89: 2011/12/25(日) 23:59:02.25 ID:n2TsWzoj0
――――――――
――杏子の工場

杏子「…おい、さやか」

さやか「ん…?」

杏子「…あんた、やる気あるか…?」

さやか「あ…あるわよ」

杏子は頭を掻いた

杏子「…あんたは手がこんな状態なんだし、ちっとは大目に見てやるけどさー…
   そのトロさ、もう少しマシにならない?」

さやか「……」

杏子「部品が間に合わないと他の奴の手が遊んじゃうんだよ
   それだと、あんたはよくてもあたしが困るんだ」

さやか「…わかってるわよ、そんなこと」

杏子「何イライラしてんのさ? 怒りたいのはこっちだっつーの」

さやか「……」

ため息をつく杏子

91: 2011/12/25(日) 23:59:48.63 ID:n2TsWzoj0
杏子「…もういい、さやか。あんたはもう上がりな。一緒にやってるあたしらの足手まといだ」

さやか「……!」

杏子「安心しなよ。何もクビにしようって訳じゃない
   ただ、あんたにはこれから時間をずらして働いてもらう」

さやか「……」

杏子「…そうしないと遅れが全体に響くんだ。たった1人で寂しいかもしれないけど…」

さやか「…ふん。あたしは1人でいいわ…」

杏子「…ふーん。じゃ、決まりだね」

さやか「……」

杏子が胸ポケットから小さなチョコレート菓子を出した

杏子「ほら。今日の給料だ」

さやか「…! …何よそれ…」

杏子「冗談だよ!」

杏子は笑いながら涙目のさやかの肩を揉んだ

92: 2011/12/26(月) 00:00:44.60 ID:JBv938qW0
杏子「ちょっと太ったんじゃない? 腹出て来たよ」

さやか「……!」

杏子「気にしてたか?」

さやか「うるさいわね…」

さやかはさりげなく腹を守った

杏子「じゃあ、こいつは要らないよね」

さやか「ん…。お菓子は食べる…」

杏子がまた笑った

杏子「太らない女は羨ましいだろ?」

さやか「…太ってないから」

杏子「わかったわかった。あたしが悪かったよ」

さやか「……」

95: 2011/12/26(月) 00:04:52.34 ID:JBv938qW0
――――――――
――さやかの部屋

恭介がバイオリンを弾いている

さやか「……」

さやかは壁にもたれて座ったまま、指先のシリコンが剥がれかけた部分をいじっている

――恭介の演奏が終わった

上条「……」

さやか「…ごめんね。拍手できなくて」

上条「ううん…さやかが演奏を聴いてくれるだけで、僕は嬉しいよ…」

さやかが暗い表情のまま涙を流した

さやか「…何なの?」

上条「……」

さやか「なんでそうやって全部ごまかそうとするの?
    本当はただあたしの子供が怖いだけなんでしょ…」

上条「…!」

97: 2011/12/26(月) 00:05:53.00 ID:JBv938qW0
さやか「…あんたの子供なのよ…。なのに本当に何も感じないって言うの…?」

上条「…さやか…」

恭介がさやかの左隣にぴったり座り込んだ

上条「…信じられないことに…。僕は、さやかを自分の妻と見間違えた…」

さやか「……」

上条「多分、そうなんだ…。僕もあんなの夢だと思ってた…。けどさやかは現に妊娠してる…
   …他に思い当たる人がいないのなら、父親は僕なんだろう…」

さやか「……」

上条「…さやかは、どうしたい?」

さやか「…言える訳ないでしょ…あたしの口からなんて…」

上条「…正直、妻と別れることはできない」

さやか「…でしょうね…」

上条「…でも…、さやかの子供は欲しい…」

さやか「……」

99: 2011/12/26(月) 00:06:39.60 ID:JBv938qW0
上条「事情はちゃんと話す…。彼女ならきっとわかってくれる…」

さやか「……」

上条「虫がよすぎるのはわかってる…だけど、さやかの体に負担をかけて中絶するくらいなら、
   そのほうがいいって…僕は思う…」

さやか「…あたしはどうなるの…? あんたに逃げられて、子供も取られて、
    これからも独りで生きていくしかないの…?」

上条「…本当にごめん」

さやか「……」

上条「…僕にできるのは、バイオリンを弾くことだけだ」

さやか「……そう。…それでいいよ」

上条「…ねぇ、さやか…」

さやか「…?」

上条「…3月のコンサート、曲目がまだ決まってないんだ…
   もし来てくれるなら、特別にさやかの好きな曲ばかりを集めたコンサートにしようと思う…」

さやか「…!」

上条「さやかの為のコンサートだ…僕がこっそり招待するよ。どうかな…」

100: 2011/12/26(月) 00:07:32.34 ID:JBv938qW0
さやか「…本当…?」

上条「本当だよ。『これで機嫌直せ』っていう訳じゃないけど…せめてもの気持ちだ…」

さやか「……」

さやかがうつむいたまま笑った

さやか「…ありがと」

上条「ちょうど生まれる頃かな…」

恭介がさやかの腹に目をやった

さやか「多分…」

上条「…もし生まれた後だったら、連れて来てほしい
   途中で泣き出してもいいように、席を用意するから…」

さやか「うん…」

さやかは膝に顔をうずめた

さやか「嬉しい…」

103: 2011/12/26(月) 00:10:38.33 ID:JBv938qW0
―――――――――
――さやかの家の前

さやかが恭介を見送っている

上条「――チケットを送るよ」

さやか「うん…大切に持っとく」

上条「今日もありがとうね…さやか」

さやか「ううん…あたしこそ感謝してる」

仁美「……」

通りかかった仁美が2人を見つめながら立ち止まった

上条「…!」

さやか「……」

仁美「…恭介さん?」

上条「……。外で会うなんて珍しいね」

仁美「ええ」

さやか「……」

105: 2011/12/26(月) 00:12:50.24 ID:JBv938qW0
仁美「そちらの方は、あなたのお友達?」

上条「…美樹さやかだ」

仁美「まあ。あなたでしたの」

さやか「…?」

仁美「初めまして。上条仁美です。彼の妻ですわ」

さやか「…どうも」

仁美がさやかに体を向けたまま恭介を横目に見た

仁美「さやかさんと何をしていたの?」

上条「…バイオリンを弾いてたんだ」

仁美「そう」

上条「…帰ろう」

仁美「ええ」

さやか「……」

仁美「それでは御機嫌よう。さやかさん」

106: 2011/12/26(月) 00:15:47.70 ID:JBv938qW0
―――――――――
――恭介の家

仁美「浮気をしていたの?」

上条「…僕にはそういう認識はなかったんだけど…」

恭介の首筋を指差す仁美

仁美「魔女の口づけかしら?」

上条「…?」

恭介は鏡を見て確かめた

首の一点が鬱血してキスマークになっている

上条「…!」

仁美「お熱いのね。こんなにわかりやすい証拠を残しておくなんて」

上条「……」

仁美「手の話も嘘だったの?」

上条「いや…あれは義手だ。動くところを見れば一目でわかる…」

仁美「……」

108: 2011/12/26(月) 00:19:30.81 ID:JBv938qW0
上条「…それより、君に話がある」

仁美「…何?」

上条「子供が出来た…さやかとの間に」

仁美「……」

上条「僕はどうやら、病気らしい…。さやかと寝てる間、僕は彼女を君だと思い込んでたんだ…」

仁美「…『今日もそうだった』と言うの…?」

上条「いや…今日はバイオリンを聴かせただけだ…」

仁美が少し悲しそうに目を閉じた

仁美「キスの痕はどう説明するつもり…?」

上条「…すまないけど、本当にわからないんだ…。全く記憶にない…」

仁美「……。私はあなたを信じるわ」

上条「…! 気は…確かなのか…?」

仁美「あなたの妻だもの…」

110: 2011/12/26(月) 00:22:38.61 ID:JBv938qW0
上条「……」

仁美「赤ちゃんはどうするの…?」

上条「…それについても、さやかと今日話し合った…
   それで…、『子供は僕が引き取る』『妻も説得する』って約束して来た…」

仁美「……」

上条「…僕はさやかの腕を奪ってしまった…。もうこれ以上、さやかを傷つけたくないんだ…
   …子供は、堕胎できない」

仁美「…少し、考える時間をくれる…?」

上条「ああ…。すまない…」

仁美「……。でも、まずはあなたがお医者様に診てもらったほうがいいわ」

上条「…そうだね。そうしよう…」


111: 2011/12/26(月) 00:24:57.82 ID:JBv938qW0
―――――――――
――キュゥべえ博士の技術室

QB「――なるほどね。それで、君の目的は何だい? さやかへの復讐かい?」

仁美「……」

QB「僕は医者じゃないからね。上条恭介の精神疾患を治療することは難しい」

仁美「……」

QB「だけど、君が本当に『美樹さやかの存在が病気の原因だ』と言うのなら、
   彼女を恭介の周囲から遠ざける方法は、いくらでもある」

仁美「…?」

QB「その中から僕がお薦めするのが、これさ」

博士がファイルを開いて試験管の写真を見せた

QB「見た目はただの液体だろう? 実を言うと、これは一種のコンピューターなんだ」

仁美「はあ…」

113: 2011/12/26(月) 00:26:28.08 ID:JBv938qW0
QB「僕は長い間、人間の持つ理性と感情について、特殊な見地から研究していてね
   取り分け『一個人の感情を個体外部へ発信し、第三の媒体によってそれを受信する方法』、
   及び『感情をエネルギーや質量に変換する方法』などの開発に力を注いでいる」

仁美「……」

QB「これがその成果の1つさ」

仁美「……」

QB「美樹さやかの義手には、この道具と同じ原理の信号を受信する部品が使われている
   対応する感情は主に『絶望』の設定だ。『嫉妬』に対してもある程度は反応するだろうね」

仁美「…つまり、どういうことですか…?」



115: 2011/12/26(月) 00:30:17.27 ID:JBv938qW0
QB「結果から言えば、君がさやかの半径3メートル以内で『嫉妬』という感情を抱くと、
   彼女が苦痛を味わう仕組みだ。嫉妬というのは『愛』から派生することが多いからね
   君の夫を想う気持ちが強ければ強いほど、美樹さやかの痛みは増す」

仁美「…怖いお話ですわね…」

QB「心配は要らないよ。あくまでも人体には無害なものだ
   ただ、『感情』という不安定な要素を扱う機械である以上、
   何らかのエラーが発生する危険性はいつまで経っても完全には払拭できないけれど」

仁美「……」

QB「いずれにしろ、君は今までと何も変わらない。全くのノーリスクノーリターンだ
   影響を受けるのは美樹さやかだけ。それもほんの数秒の間だしね」

仁美「……」

QB「…君は夫を助けたいんだろう?」

仁美が顔を上げた

116: 2011/12/26(月) 00:34:33.57 ID:JBv938qW0
――――――――
――杏子の工場

まどか「さやかちゃん……」

さやか「……」

さやかが1人で作業に打ち込んでいる

まどか「……」

さやか「…いつまで見てんのよ。…あたしはあんたと遊んでる暇なんてないんだけど」

まどか「…! …ごめん…」

さやか「…前にも言ったわよね。『忙しい』って…
    なのになんで今でも声かけて来る訳? 嫌がらせのつもりなの…?」

まどか「そ…そんなんじゃ…ないよ…」

さやか「……。用はもう済んだでしょ。さっさと帰って」

まどか「さやかちゃん…!!」

涙声だった

さやか「……」

118: 2011/12/26(月) 00:36:45.52 ID:JBv938qW0
まどか「駄目だよ…もう無理しないで…。体壊しちゃうよ…」

さやか「…体なんて、とっくの昔に壊れてるじゃない…
    …あんたには教えたくなかったけどね」

まどか「…ごめん…」

さやか「…あんたはいいよね。コネでいい仕事できて、毎日美味しいもの食べて、
    休日は犬と遊んで、…五体満足で」

まどか「……」

まどかが泣き始めた

さやか「…なんであたしがこんな目に遭わなきゃならないのよ…あたしが何したって言うの?
    あたしはただ…恭介を守りたかっただけなのに……」

まどか「…さやかちゃん…」

さやか「……」

まどか「もう…やめて…」

さやか「…邪魔しないで」

まどか「だって……だってさやかちゃん…」

さやか「…?」

119: 2011/12/26(月) 00:38:39.55 ID:JBv938qW0
まどか「お腹の中に赤ちゃんがいる…って、言ってたよね…?」

さやか「……!」

まどか「だったら尚更駄目だよ…。お金も…すごく大事だけど、このままじゃさやかちゃんが…」

さやかの手が止まった

さやか「…あれね」

うつむいて肩を震わせる

さやか「…想像妊娠だったんだ…」

まどか「…!」

さやか「この間、病院で検査してわかっちゃった…。あたしに子供なんていなかったんだって…」

まどかに背を向けたまま涙を拭った

さやか「……」

まどか「…さやか…ちゃん…」

さやか「……。だから、あたしの体なんか、別に気遣わなくていいんだよ…」

まどか「……そんなの」

121: 2011/12/26(月) 00:40:15.95 ID:JBv938qW0
まどか「そんなのってないよ…」

さやか「……」

まどか「私だって、さやかちゃんのこと大好きなんだよ…?
    子供がいないから倒れてもいいなんて…そんなの絶対おかしいよ…」

さやか「…こうでもしなきゃ、生きていけないんだもん…あたし馬鹿だからさ」

まどか「でも…でも、こんなやり方で働いてら、お金には困らなくても、
    さやかちゃんの為にならないよ…」

さやか「『あたしの為に』って何よ…」

まどか「え……?」

さやか「…あたしさ。なんかいつの間にか、笑い方忘れちゃったんだよね
    あたしって何の為に生きてるんだっけ。…恭介は黙って結婚しちゃうし」

まどか「……さやかちゃん」

さやかが振り返って右の軍手を外した

さやか「…ねぇ、わかる? …ちょっとずつ機械が剥き出しになって来てるんだ
    …あたし、手がこうなってから、なんか段々心まで機械になったような気がして来てさ…」

まどか「……」

123: 2011/12/26(月) 00:42:16.38 ID:JBv938qW0
さやか「…今のあたしはね…、名実ともにただの機械なのよ
    あの杏子って子だって、あたしの為とか言ってるけど、本当はただ人手が欲しかっただけ
    …こんなあたしの為に何かをしてくれる人なんて、結局どこにもいる訳ないんだ」

まどか「でも、私は…どうすればさやかちゃんが幸せになれるかって…」

さやか「…だったらあんたが代わりにやってよ…あんた腕2本もあんでしょ」

まどか「……!」

さやか「…できないよね。…人にお説教する元気はあっても、自分の寝る時間削りたくないもんね」

まどか「……」

まどかが泣きながらさやかに抱き付いた

さやか「…?」

まどか「…いいよ…。さやかちゃんが少しでも休めるなら…」

さやか「……」

まどか「私なんかでも、何かさやかちゃんの役に立てるなら…」

さやか「…まどか…」

まどか「……」

124: 2011/12/26(月) 00:43:58.66 ID:JBv938qW0
さやか「…あんた、明日仕事は?」

まどか「大丈夫…」

さやか「『大丈夫』ってどういう意味よ…あんたが無理してどうすんのよ」

まどか「ううん…明日はお休みだよ…」

さやか「……」

まどか「だから…」

さやか「…わかった。ごめん、まどか…。じゃあちょっと寝て来るわ…さすがに疲れちゃった…」

まどか「うん…」

さやか「やり方、見ててわかったよね…?」

まどか「多分…」

さやか「…何かあったら起こして…。あと、あんたが働いたお金は、あたしがちゃんと出すから…」

まどか「お金なんかいいよ…さやかちゃんの為だもん…」

さやか「……ありがとう」

125: 2011/12/26(月) 00:45:02.89 ID:JBv938qW0
――――――――
――5分後 休憩室

ガシャーン――

さやか「!!」

さやかが物音で飛び起きた

さやか「まどか、大丈夫!?」

まどか「ご、ごめん…」

積み上げていた部品が崩れたようだ

さやか「…怪我、ない?」

まどか「う、うん。大丈夫だよ。起こしちゃってごめんね…」

さやか「もう…びっくりさせないでよ」

まどかは苦笑いしながら崩れた山を直した

さやか「本当に気を付けてよね?」

まどか「うん…」

さやか「じゃ、おやすみ」

126: 2011/12/26(月) 00:46:37.80 ID:JBv938qW0
――――――――
――5分後

まどか「…さやかちゃん…」

さやか「ん……」

まどか「…さやかちゃーん…」

まどかが休憩室の扉を開けた

さやか「……」

まどか「ごめんね…」

さやか「…何…?」

まどか「機械の調子が変みたいで…。ちょっと来てもらってもいいかな…」

さやか「…変って、どう変なのよ…?」

まどか「えーとね、…上から押さえる…何て言うのかわかんないけど、
    こう…四角くなってる所が斜めになっちゃってて…」

さやかが目を閉じたままカクカク頷いた

さやか「はいはい…見に行ったほうが早そうだね…」

まどか「ご、ごめん…」

128: 2011/12/26(月) 00:48:43.64 ID:JBv938qW0
―――――――――
――15分後

まどかが休憩室を覗き込んだ

まどか「…あのー…」

さやか「……」

まどか「…さやかちゃん」

さやか「…今度は何? まどか…」

まどか「置き場所、なくなっちゃって…」

さやか「ええ…?」

さやかが目をこすりながら工場に出た

さやか「……」

まどか「…どうしよう?」

さやか「…あのね、まどか」

まどか「はい…」

さやか「なんでわざわざ自分で通路塞いでるの?」

130: 2011/12/26(月) 00:52:49.65 ID:JBv938qW0
まどか「え…、でも、さやかちゃんがさっきこの辺に置いてたから…」

さやか「これ台車だよ? キャスターついてんでしょ?」

まどか「あ……本当だ」

さやか「床に直接置いたら二度手間になっちゃうじゃんか」

まどか「ごめんなさい…」

さやか「もう…。とりあえず全部ここに上げて。運ばなくていいから」

まどか「わかりました…」

さやか「床と台車の見分けもつかないなんて、25年間どうやって生きて来たのよ」

まどか「……」

まどかが下を向いた。少し涙目だった

さやか「お願いだからさ…、どうせやるんだったらせめて目冴えるまで寝かせてよね」

まどか「はい…」

さやか「自分でできることは自分でやってよ
    もう滅多なことであたしを起こさないで。いいわね」

131: 2011/12/26(月) 00:54:47.68 ID:JBv938qW0
――――――――
――10分後

まどか「さ…さやかちゃん…」

まどかが慎重に休憩室に入った

さやか「……」

まどか「あの板、全部使い終わったんだけど…」

さやか「……?」

まどか「……」

さやか「この短時間で…?」

まどか「え、う、うん…」

さやか「…近くに在庫なかった?」

まどか「多分…」

さやかが首をかしげながら様子を見に行った

まどか「……」

133: 2011/12/26(月) 00:56:36.99 ID:JBv938qW0
さやか「……まだいっぱいあるじゃん…」

まどか「え……?」

梱包材を破って中のプレートを叩くさやか

さやか「こ、れ」

まどか「あ……」

さやか「同じ台の上に置いてあって形と大きさ同じなのに、紙で包んであるとわかんない訳?」

まどか「…ごめん…」

さやか「なんで確かめもしないであたしを呼んだのよ」

まどかが困惑しながら震えた

まどか「そ…その…、勝手に開けたら…さやかちゃんに怒られちゃうと思って…」

さやか「いい加減にして…。あんたが来てからほとんど1回も寝てないんだけど…」

まどか「ご…ごめんなさい…」

さやか「滅多なことで起こさないでって言ったわよね…」

まどか「はい……」

さやか「今度こんなことあったら怒るから」

134: 2011/12/26(月) 00:57:39.90 ID:JBv938qW0
――――――――
――30分後

パリーン――

さやか「……」

最初より地味な物音

まどか「さやかちゃーん…」

さやか「……」

さやかは頭まで布団を被った

まどか「…さやかちゃーん…」

さやか「……」

まどかは入って来なかった

まどか「…さやかちゃーん…! 助けて…」

さやか「……」

まどか「…お願い、起きてー…さやかちゃーん…」

さやか「……」

135: 2011/12/26(月) 00:58:27.07 ID:JBv938qW0
――2分後

まどか「……」

さやか「……」

まどか「…ねぇ、さやかちゃん…どうしたらいいの…?」

さやか「…また騒ぎ出したよ…」

まどか「さやかちゃーん…」

さやかは近くにあったスパナを壁に投げつけた

まどか「……」

さやか「……」

まどか「さやかちゃーん…!」

さやか「もう…うるさいわね…」

休憩室を出るさやか

138: 2011/12/26(月) 00:59:50.34 ID:JBv938qW0
さやか「何なのよ!」

まどかはうずくまって顔を押さえている

まどか「助けて…」

さやか「…?」

小走りにまどかに近付く

さやか「どうしたの?」

まどか「ごめんなさい…」

泣いているようだった

さやか「…まどか?」

まどか「ごめんなさい…!」

さやか「……?」

プレートが2枚重なって折れ曲がっていた

機械の一部が欠けている

さやか「!」

140: 2011/12/26(月) 01:01:33.08 ID:JBv938qW0
まどか「助けて…!」

さやか「あ、あんたどうしたの!?」

まどか「わかんない…わかんないけど……」

さやかがまどかの手を掴んで顔を覗き込んだ

さやか「!!」

右目からひどく出血していた

まどか「ごめんなさい…!」

さやか「ま…まどか! 目怪我してんじゃん!」

まどか「ごめんなさい……!」

さやか「ど…どうしよ…! まどか、目開けて!」

まどか「無理…開かないよ…」

さやか「お願い……!」

まどかは唇を震わせながら少し顔を上げた

まどか「…あぁやっぱり駄目…、何にも見えない…!」

142: 2011/12/26(月) 01:03:01.12 ID:JBv938qW0
さやか「…大変…!」

まどか「痛い…! …痛いよ…!」

さやか「うあぁ…ど、どうしよ…どうしよう…! ねぇまどか、あたしどうしたらいい!?」

まどか「わかんない……」

さやか「うぅ…。って、そうだ…まどか、携帯貸して!」

まどか「携帯、鞄に入ってる…。でも充電ギリギリだったからもう切れちゃってるかも…
    さやかちゃんの携帯は…?」

さやか「時間が時間だし、使わないと思って家に置いて来ちゃった…」

まどか「さやかちゃん…」

さやか「ご、ごめん…本当ごめん…! ちょっと待ってて…
    あたし、どこか近くで電話借りて来るから…!」

まどか「うん……」

143: 2011/12/26(月) 01:04:43.80 ID:JBv938qW0
――――――――
――病院前

杏子「馬鹿野郎!」

さやか「……」

杏子がさやかの胸倉を掴んだ

杏子「何やってんだよ! あの子は間違いなく失明するぞ…!!」

さやか「うぅ…!」

杏子「勝手なことしやがって…! あれはあんたの仕事だろうが!」

さやか「……」

杏子「……チッ」

杏子は手を放し、ゼッケンドルフ社の大型バイクに腰掛けた

シートの下に『oktavia750』と書かれている

杏子「…こうなっちまった以上、もうあたしにも責任は取れない」

煙草をくわえる杏子。火は着けなかった

さやか「……」

144: 2011/12/26(月) 01:06:05.23 ID:JBv938qW0
杏子「…なんであの子にやらせたりしたんだ?」

さやか「…疲れちゃって…」

杏子「関係ない人間に代わってもらわなきゃならないほど無理して働いてたのかよ、あんたは」

さやか「……」

杏子「なぜあたしに相談しなかった?」

さやか「…馬鹿にされるってわかってたから」

杏子「あんたは馬鹿にされるのがそんなに嫌か。そんなに怖いか」

さやか「……」

杏子「……」

杏子がリキュール入りのチョコレートを出した

杏子「食いな」

さやか「…! …何よ、こんな時に」

杏子「いいから食え」

さやか「食べたくない…」

145: 2011/12/26(月) 01:07:50.09 ID:JBv938qW0
杏子「テメェ。ナナハンで轢くぞ」

さやか「……」

うつむいたまま1つだけ取って食べた

杏子「1人にして悪かった」

さやか「…ううん」

杏子「美味いでしょ? これ」

さやか「……うん」

杏子「あたしもね、本当はクタクタなんだよ。でも休んでらんねーじゃん?
   あんたの代わりはいくらでもいるけど、こっちの仕事は誰にでも務まるもんじゃないし」

杏子が煙草に火を着ける

さやか「……」

杏子「あんたは自分の問題を自分で解決することを覚えな
   もうガキじゃねーんだから、そんなの当たり前だ」

さやか「……」

杏子「…やっちまったものはしょうがない
   今はこれ以上傷口を広げないように、思い付く限りの努力をしな」

146: 2011/12/26(月) 01:09:31.78 ID:JBv938qW0
――――――――
――まどかの病室

両目を包帯で覆われたまどかがベッドの上で笑っている

さやか「…ごめん…」

まどか「ううん。片っぽだけで済んだから、大丈夫だよ
    今は目を動かしちゃいけないから、包帯で目隠ししてるけど」

さやか「……」

まどか「こっちこそごめんね…何にも役に立てなくて…
    それどころか、さやかちゃんに迷惑かけて、心配までさせちゃって…」

さやか「…あんた…なんでそんなに優しいかな…
    あんたの目をこんな風にしたのは、あたしなのに…」

まどか「さやかちゃんのせいじゃないよ」

さやか「どこがよ…。元々あたしの仕事なのに、疲れたからってまどかに押し付けて、
    教えとかなきゃいけないことも教えないで、
    …おまけにまどかが怪我した時だって、あたしすぐに駆け付けることもしないで…」

まどか「……」

さやか「…友達失格だよ…!」

さやかは息を詰まらせて泣いた

147: 2011/12/26(月) 01:10:21.55 ID:JBv938qW0
まどか「そんなことないよ」

さやか「……」

まどかが手探りでさやかの膝に手を置いた

まどか「さやかちゃんは疲れてるのに、私の為に一生懸命走り回ってくれたし、
    今日だって本当は寝ないといけないのに、こうしてお見舞いに来てくれたんだもん」

さやか「全然、罪滅ぼしになってないよ…」

まどか「大丈夫だよ。さやかちゃんは悪くないよ」

さやか「まどか……」

まどか「…でも、1つだけ、頼んでいいかな…」

さやか「…何…?」

まどか「退院したら、また一緒に遊ぼうよ」

さやか「…うん」

まどか「よかった…」

148: 2011/12/26(月) 01:11:25.69 ID:JBv938qW0
――――――――
――さやかの部屋

さやか「――罰なのかな…」

上条「どうして…?」

さやか「あたしが馬鹿で、子供だから…」

上条「……」

さやか「…まどかだって辛いはずなのに、あの子あたしに気遣ってずっと笑ってた
    …昔からそうだったけどさ。あたしなんかよりまどかのほうがずっと大人だよ」

上条「…そうだとしても、さやかが罰を受ける理由なんてないよ…」

さやか「まどかの目…、あたしのせいなんだよ…?」

上条「さやかは悪くない…」

さやか「……」

上条「…元を辿れば、全ての原因は僕にある…
   罰を受けるべき人がいるとしたら、それは僕なんじゃないかな…」

さやかが義手を眺めた

さやか「…あれはしょうがないよ」

150: 2011/12/26(月) 01:12:30.52 ID:JBv938qW0
上条「…思い返すと…さやかには、沢山辛い思いさせたよね」

さやか「……」

上条「…20年近くも、さやかの気持ちに気付けなかった…」

さやかが膝に顔をうずめる

さやか「…馬鹿」

上条「ごめん…こんなことになるまで、ないがしろにし続けちゃって…」

さやか「……」

上条「できることなら、代わってあげたいよ…」

さやか「…ううん…恭介はこんな体になっちゃ駄目…」

上条「時々思うんだ…。この左手って、もしかしてさやかのなんじゃないかって…」

恭介が自分の手を見つめた

さやか「…なんで?」

上条「なんだか、おかしな記憶があってさ…
   車に轢かれたのは本当は僕で、僕は手を失って…」

さやか「……」

151: 2011/12/26(月) 01:14:25.48 ID:JBv938qW0
上条「それで、さやかは自分を犠牲にして、僕に手を返してくれた…
   …っていう記憶があるんだ…。ただの夢なのかもしれないけど…」

さやか「……。あたしも、入院してる時にそんな夢見てた」

上条「…!」

さやか「その夢には、バイト先の人とか、病院の人とかもみんな出てて…
    あたしはちゃんと手があって、だけどその代わり、なんか体がゾンビみたいになってて…」

上条「……」

さやか「…嫌な夢だった」

上条「…ああ…」

さやか「…本当にあっちが夢の世界ならいいけど」

恭介がさやかの肩に寄りかかった

上条「…もちろんそうだよ。さやかの感触がこんなにはっきりしてる…ここが現実だ」

さやか「…恭介の子供、欲しかった」

上条「……」

152: 2011/12/26(月) 01:15:22.26 ID:JBv938qW0
さやか「…駄目だよね、やっぱり…」

上条「…残念だけど」

さやか「…そっか」

上条「…妻は本当に僕を愛してくれてる…
   いくらさやかの為でも、彼女を裏切ることだけはできない…」

さやか「……それでいいんだよ」

上条「ごめん…」

さやか「……。コンサート、楽しみにしてる。今から興奮しちゃって眠れないくらい」

上条「…ありがとう。何かリクエストがあれば、今のうちに聞くよ」

さやか「ううん。それも本番まで取っとく
    恭介がどんな曲を弾いてくれるのか、最後まで想像していたいから」

上条「……」

恭介が笑った

153: 2011/12/26(月) 01:17:03.99 ID:JBv938qW0
――――――――
――恭介のコンサート、本番1週間前

さやか「――話って、何…?」

目の前には一切れのケーキと紅茶

仁美「ご想像の通りですわ」

さやか「……」

仁美が真剣な表情でさやかの目を見ている

仁美「私は上条恭介の妻…。彼を精一杯支える義務があります
   夫とあなたの関係については、彼から聞いてますわ」

さやか「……」

仁美「…事故の件は、心からお礼を申し上げます
   あなたがいなければ、夫はどうなっていたかわかりません…
   失くされた腕のことも、私にできる限りのお詫びをしていくつもりですわ」

さやか「……」

仁美「…けれど、彼との関係を許す訳には行きません
   夫はあなたに負い目を感じて、心の病にかかってしまいましたの」

さやか「…!」

155: 2011/12/26(月) 01:18:28.12 ID:JBv938qW0
仁美「これ以上彼と会い続けるおつもりなら、私はあなたと戦わなくてはなりません
   …さやかさんは私達の大切な恩人ですわ
   ですから、傷つけるようなことはしたくありませんの」

さやか「……」

仁美「私は病んでしまった夫を、この先も『妻として』助けます
   そして、夫の愛がこれからもあなたに注がれるのなら、
   私は『1人の女として』、あなたに深い嫉妬を抱きます」

さやか「……」

仁美「…コンサートには、おいでなさらないでください
   彼の演奏なら、CDでも聴くことはできますわ」

さやか「!!」

仁美「ファンでいていただく分には構いません。むしろ、それは私にとっても嬉しいこと」

さやかが立ち上がった

さやか「冗談じゃないわよ…なんであんたにそこまで言われなきゃいけないの…」

仁美が表情を険しくした

仁美「覚悟はできています。私は例えあなたと刺し違えてでも、彼を救い出しますわ」

さやか「……!」

156: 2011/12/26(月) 01:19:22.27 ID:JBv938qW0
仁美「さやかさん。あなたにはそれだけの覚悟がありますか?
   恭介さんの為に自分の命を犠牲にしても、後悔しないと誓えますか?」

さやか「……」

仁美「これは私からのお願いです。どうか身を引いてください
   夫があなたと抱き合っていると思うと、今にも胸が張り裂けそうなんです」

さやか「…あたしはそんなことしてないわよ」

仁美「『夢だったことにすれば許される』とでも…?」

さやか「…!」

仁美「……」

さやか「…コンサートには氏んでも行くから。…でもそれだけだよ。あいつの演奏を聴いて終わり
    恭介と変なことしようとなんて思ってないわ…勝手な誤解しないでよね」

さやかはケーキに手を着けずに立ち去った

仁美「……」

残された仁美が博士から受け取った薬を手のひらに乗せた

仁美「…恭介さん…。許して…」

キャップを外し、上を向いて鼻から一気に流し込んだ

158: 2011/12/26(月) 01:21:27.75 ID:JBv938qW0
――――――――
――本番当日。恭介の部屋

上条「……」

恭介が身支度を整えている

仁美「…いよいよね」

上条「…何がだい?」

仁美「コンサートに決まってるじゃない」

上条「……。コンサートがそんなに特別なことかい?」

仁美「…そうよ。今日は特別な日…」

上条「…さやかか」

仁美「…あの方を、お招きしたのね…」

上条「…ああ」

仁美が後ろから恭介に上着を着せた

仁美「…あなたは残酷な男性だわ」

上条「……」

159: 2011/12/26(月) 01:22:32.47 ID:JBv938qW0
――――――――
――電車の中

ショウ「言い訳とかさせちゃ駄目っしょ。稼いで来た分はきっちり全額貢がせないと
    女って馬鹿だからさー、ちょっと金持たせとくとすぐ
    くっだらねーことに使っちまうからねぇ」

さやか「……」

さやかが座席に深く腰掛けたままバッグを開けた

ホスト「いやー、本当。女は人間扱いしちゃ駄目っすねぇ。犬か何かだと思ってしつけないとねぇ
    …あいつもそれで喜んでる訳だし…
    『顔殴るぞ』って脅せば、まず大抵は黙りますもんね」

さやか「……」

さやかはチケットを眺めながら笑った

ショウ「ちょっと油断すると、すぐ付け上がって『籍入れたい』とか言い出すからさぁ――」

――電車が速度を落とし始めた

ちょうど、窓の外の落書きが目に入った

LoVE・Me・Do
\(*´3`*)/

さやか「……」

161: 2011/12/26(月) 01:23:53.99 ID:JBv938qW0
――――――――
――キュゥべえ博士の実験室

整形外科の女医が博士の顔に塩酸をかけた

ほむら「……」

QB「……」

咄嗟に顔を庇った腕が深くただれていく

QB「…無駄なことだって知ってるくせに。懲りないんだなぁ、君も」

ほむら「一体あと何人の犠牲者を出すつもり?」

QB「犠牲なんて今まで一度も出したことがないじゃないか」

ほむら「『実験』や『治療』という名目であなたの趣味に付き合わされた人達が
    今どんなに苦しんでいるか、あなただって知っているでしょう?」

博士は脱脂綿で自分の顔を消毒し始めた

まぶたの形が変わって目が閉じ切らなくなっている

163: 2011/12/26(月) 01:27:12.59 ID:JBv938qW0
QB「見返りは充分だと思うんだが」

ほむら「……」

QB「例えば君の心臓だけど、適正なドナーが見つかるのを待つのと、
   豚の心臓を移植するのと、安全が保証された高性能な人工心臓に切り換えるのとでは、
   どれが正解だったろうか? 今もう一度、あの時の状況を思い出しながら考えてほしい」

ほむら「……」

QB「答えは明白だよね。君の決断は正しかったんだ
   おかげで君は、今では自分の足でどこまでも歩けるし、走ることだって造作もないだろう?」

ほむら「…代わりに子供を産めなくなった」

QB「放っておけば、どの道君は子孫を残すより早く氏んでいたはずさ」


164: 2011/12/26(月) 01:29:08.59 ID:JBv938qW0
ほむら「あなたは何の説明もしてくれなかったわ」

QB「その装置が血液の性質をどう変えるかについては何度も話したじゃないか
   成分を理解していれば、この先君が孕むことができるのはいわゆる奇形児だけだって、
   誰にでもわかるはずだろう? それは前提のつもりだったんだが…」

ほむら「…今度は何をしたの? 鹿目まどかに…」

博士は薬を飲み込んだ

QB「キュップイ…。これからの彼女の目に映るものが何なのか、
   それが何に対してどう影響するのか。全て正確に教えたところで、君はそれを信じるかい?」

ほむら「……

165: 2011/12/26(月) 01:30:44.16 ID:JBv938qW0
――――――――
――杏子の家

杏子「……」

杏子が足の爪にマニキュアを塗っている

まどか「――このままじゃ、さやかちゃんが大変なの…本当なの…!」

まどかは機械仕掛けの眼帯をしている

杏子「…その『キュゥべえ』って奴、何者だ?」

まどか「ちゃんとしたことは…わかんないけど…
    でも、早くさやかちゃんを助けてあげないと…!」

杏子「……」

まどか「杏子ちゃん…!」

杏子が爪に息を吹きかけた

杏子「その話が本当なら、あたしが今考えてることも全部お見通しってことになるよね」

166: 2011/12/26(月) 01:32:21.12 ID:JBv938qW0
まどか「…この眼帯で見えるのは、その人の気持ちだけみたいなの…
    だから、何を考えてるのかまでは、詳しくはわかんない…」

杏子「……」

まどか「…でも、眼帯には映ってないけど、杏子ちゃんがさやかちゃんのこと
    とっても大切にしてくれてるっていうのは、私にはわかる…」

杏子「…!」

まどか「私、ずっとさやかちゃんの役に立てなくて、あの時だって、
    お手伝いしたかっただけなのに、結局さやかちゃんに迷惑かけちゃって…
    でも、目をなくしたおかげで、私にしかできないこと…ようやく手に入れて…

    ただ、今のさやかちゃんを助ける為には、どうしても誰かの力が必要で…
    だから、杏子ちゃんにお願いしようと思って…」

168: 2011/12/26(月) 01:33:55.48 ID:JBv938qW0
杏子「…本当に間違いないんだな?」

まどかが杏子の目を見てうなずいた

杏子「……」

杏子は部屋の隅から金属バットを持ち出した

まどか「や、やめて…!」

まどかに押し付けるように手渡す

まどか「え……?」

杏子「『絶対、何があっても守ってやる』なんて約束はできねーぞ
   …あんたがそれでもいいってんなら、案内しな」

まどか「…! うん!」

169: 2011/12/26(月) 01:35:02.89 ID:JBv938qW0
――――――――
――コンサート会場の巨大ホテル

仁美「……」

さやか「……」

さやかが肩からバッグを下ろした

仁美「…警告のつもりだったんですけれど」

さやか「…あんたにあたしを止める権利なんてないよ」

ドレス姿の仁美がさやかに1歩近付いた

仁美「私の最愛の夫、上条恭介をどうするおつもりですか?」

さやか「…あんたには関係ないでしょ。あたしはただ演奏を聴きに来ただけ
    チケットだってちゃんと持ってるんだから」

仁美「…私が奪ってみせますわ」

さやか「…!」

仁美「あなたが夫を奪ったように」

さやか「だからあんたの勘違いだって言ってんでしょ! 心底ムカつくわ…!」

仁美がさやかを睨み付けた

170: 2011/12/26(月) 01:36:24.27 ID:JBv938qW0
さやか「…何よ。ここで喧嘩でもしようって言うの?」

仁美「…いいえ。喧嘩なんかじゃありません。…これは正真正銘、魂の頃し合いですわ」

さやかの義手からピストンの音がした

さやか「うっ、うう…!!」

崩れ落ちるさやか

仁美「1週間、猶予があったはずです」

さやか「うぅ、うああああ…!」

仁美「降参なさってください。今ならまだ、私はあなたを赦せます」

さやか「くっ…! どういうことよ…! あんたの仕業だったの…!?」

仁美「……」

仁美が近付く

さやか「うっ、あああああああ!!」

仁美「その痛みは私の嫉妬。味わってください…体が燃えるような苦しみを」

さやかは顔を覆ってのた打ち回っている

171: 2011/12/26(月) 01:38:38.67 ID:JBv938qW0
さやか「ああっ、うぅ…! あああぁ…!!」

仁美「……」

仁美がさやかのバッグからチケットを取り上げた

さやか「!!」

取り返そうとした手が空を切る

さやか「駄目!!」

仁美「…お引取りください。チケットは無効ですわ」

仁美はチケットを4つに裂いた

さやか「うわあああああああああ!!」

警備スタッフが何人か集まって来た

警備「どうしました?」

仁美「早乙女クリニックの患者さんですわ。これ以上ご迷惑にならないうちに……」

さやか「返して! 返してよ!!」

仁美「……」

174: 2011/12/26(月) 01:40:10.38 ID:JBv938qW0
警備「さあ、暴れないでください」

2人がかりでさやかを引き上げる警備スタッフ

さやか「返せってば!!」

仁美「…聞き分けがないにも、程がありますわ」

ピストンが2、3本同時に作動した

さやか「ああっ……!」

仁美が追い討ちをかける

仁美「恭介さんには絶対に会わせません」

さやか「やだ! やだぁ! やだやだやだ…! やだああああああ!!」

さやかの両目から血の涙が流れた

さやか「やあああああああぁーー!!」

仁美「…彼の前から消えてください」

さやか「恭介! 恭介ー!!」

仁美「……!」

さやか「恭介ーーっ!!」

178: 2011/12/26(月) 01:45:37.81 ID:JBv938qW0
――ガシャーン

エントランスの大きな自動ドアが粉々に砕け飛んだ

警備「!!」

突入して来た大型バイク『オクタヴィア750』が前輪を浮かしたまま仁美を跳ね飛ばす

仁美「!?」

さやか「……?」

仁美はステンドグラスを突き破ってホテルの外に放り出された

運転手がバイクから降りてヘルメットを投げ捨てた

杏子「――ぶち頃すぞテメェら!!」

さやか「杏…子……」

杏子はメリケンサックで3人の警備スタッフを次々とぶちのめした

杏子「あああああああ!!」

まどかがガラスの破片に注意しながら駆け込んで来た

まどか「さやかちゃん…!」

180: 2011/12/26(月) 01:46:50.42 ID:JBv938qW0
さやか「……」

まどか「大丈夫…!? しっかりして…!」

ほとんど動かなくなったさやかをまどかが抱き起こす

杏子「さやか!」

さやか「……」

まどか「ひどいよ…こんなの…ひどすぎるよ…!」

杏子「どいてろ」

杏子がバイクから小型の電動ノコギリを降ろしてさやかの義手を切り始めた

さやか「……」

まどか「さやかちゃん…私だよ…まどかだよ…。ねぇ、聞こえる…? 私の声がわかる…?」

さやか「……?」

まどか「お願い、思い出して…! こんなこと、さやかちゃんだって嫌だったはずだよ…!」

さやか「……」

まどか「さやかちゃん…! お願いだから…!」

さやか「…なんであんた達が……?」

183: 2011/12/26(月) 01:48:27.48 ID:JBv938qW0
――――――――
――海

さやか「……?」

杏子「……」

杏子は傷だらけだった

腹を剣が貫通している

さやか「…杏子?」

杏子「…ハッ、いつぞやのお返しかい…?」

さやか「……?」

杏子「…そういえばあたし達、最初は頃し合う仲だったっけね」

さやか「……」

杏子がさやかを引き寄せて目を閉じた

さやか「…何なの…?」

――2人は水しぶきを上げて海に落ちた
薄暗い海底に沈んでいく

184: 2011/12/26(月) 01:49:38.84 ID:JBv938qW0
――――――――
――コンサートホール

さやか「……」

上条「…起きた?」

さやか「……」

恭介が座り込んだままさやかを後ろから抱き抱えている

さやか「…ここは…」

上条「…コンサートの会場だよ、さやか」

さやか「…真っ暗…」

上条「…ショック症状だ。そのうち見えるようになるよ…」

さやか「…恭介…?」

上条「何だい…?」

さやか「コンサートは…?」

上条「……」

さやかが鼻をすすった

185: 2011/12/26(月) 01:51:05.44 ID:JBv938qW0
さやか「…また、夢見てた」

上条「怖い夢かい…?」

さやか「…わかんない」

上条「…妻がひどいことをしたそうだね…。本当にごめん…さやか」

さやかは上体をひねって恭介の胸に甘えた

機械の右腕がなくなっている

さやか「あの人嫌い…。あたしのチケット盗ったんだよ…」

上条「…彼女はもういない。安心して…」

恭介がさやかの頭を撫でた

さやか「恭介のバイオリン、聴きたかった…」

上条「…今までごめん。でも、もう大丈夫…。僕はもう、ここを1歩も動かない…」

さやかが恭介に精一杯抱き付く

上条「二度と独りにしない…。さやかを置いてどこかへ行ったりしないよ…こんな姿のままで…」

さやか「……?」

恭介がさやかを抱いたまま体を揺り動かした

186: 2011/12/26(月) 01:52:18.25 ID:JBv938qW0
上条「…さやかの為の楽団を作ろう。演奏の為だけに生きる楽団を…」

さやか「……」

上条「そしてさやかのお気に入りの曲を弾き続けるんだ…
   さやかの為のコンサートを、ここでやり直そう…」

さやか「恭介…」

上条「さやか…?」

さやか「…いつまでいてくれるの…? あたしはいつまでここにいていいの…?」

上条「……永遠だ」

さやか「……」

さやかは無表情のまま涙だけ流した

上条「…さやかの手を返す…。僕の魂ごと…」

さやか「…バイオリン聴きたい…」

上条「いいよ…さやか。今度は2人っきりだ。もう誰にも邪魔させない…」

さやか「…あのさ」

上条「何だい…?」

187: 2011/12/26(月) 01:54:25.52 ID:JBv938qW0
さやか「…これは現実なのかな…。また、いきなり消えちゃったりしないかな…」

上条「…大丈夫。…もしこれが夢なら、醒めていくさやかを現実まで追いかけるよ…」

さやか「…恭介…」

さやかの目に光が戻った

上条「ありがとう…さやか」

オーケストラの使い魔達が続々と現れた

さやか「……」

上条「さあ、始めよう…。永遠に続く1曲を。僕からさやかに捧げる…」

さやか「…あたし…」

上条「……?」

さやか「…何もかも思い出した…」

上条「さやか…?」

さやか「…『オクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフ』…。あたしの名前…」

さやかが恭介に顔を向き合わせた

さやか「…キスして…?」

189: 2011/12/26(月) 01:55:23.67 ID:JBv938qW0
――――――――
――恭介の部屋

上条「――!!」

恭介が飛び起きた

上条「……」

涙がこみ上げる

上条「さやか……」




夜は眠れず、食欲もなかった

上条「…うぅ……!」

葬儀の日、恭介は誰よりも泣いた

さやかの両親や、親友のまどかより、長く激しく

上条「…さやか…!」

191: 2011/12/26(月) 01:56:15.56 ID:JBv938qW0
上条(…落ち着かない…)

闇雲にベッドから降りて家の中をさまよった

上条「……」

リビングで父親と遭った

考え事をしているようだった

父「…まだ起きていたのか」

上条「うん…」

父「お腹が空いたんじゃないか? 恭介…」

上条「…平気…」

父「…何か食べたくなったら言いなさい」

上条「…ありがとう」

恭介はうなだれたままテーブルに着いた

上条「…何考えてたの?」

父「…何でもないよ」

195: 2011/12/26(月) 01:57:18.83 ID:JBv938qW0
上条「……」

父「……」

上条「…ねぇ、父さん」

父「…何だ」

上条「……。さやかは、どこにいるんだろう…」

父「…! 恭介…」

上条「……」

父「…さやかちゃんは、天国へ行ってしまった」

恭介は強く目を閉じて泣いた

上条「…天国って何だよ…!」

父「……」

上条「氏ぬなんて…! 氏ぬなんて…どうして…!」

父「恭介…」

父親が立ち上がって恭介の頭を抱き寄せた

196: 2011/12/26(月) 01:59:14.49 ID:JBv938qW0
上条「今までずっと、すぐそこにいたのに…!」

父「……」

上条「…身近な人が氏ぬなんて、想像したこともなかった…
   なんで…なんでよりによってさやかなんだよ…!」

父「……」

上条「もうさやかに一生会えないなんて…考えられない…!
   ねぇ、さやか…! 物心つく前から、僕達は一緒に育って来たじゃないか…!」

父「……」

上条「どうして…どうしてさ…! せっかく退院できたのに…せっかく手が治ったのに…
   やり直せるって思ったところだったのに…!」

父「……」

上条「さやかはあんなに心配してくれて、一生懸命助けてくれてたのに…!!」

父「……」

父親が少し震えた

199: 2011/12/26(月) 02:00:41.62 ID:JBv938qW0
上条「どうしてさやかなんだ…。どうして僕じゃなく…!」

父「…!」

上条「あんな事故に遭ったっていうのに、僕は何ともなくて…、なのにさやかは…!」

父「私は、お前が生きていてくれて本当によかったと思っている…
  …だから、そんなことを言うんじゃない…」

上条「…父さん…。人ってこんなに簡単に氏んじゃうものなの…?」

父「…そうだ」

上条「僕…、さやかのこと、大切な友達だと思ってたのに…
   さやかが何か抱え込んでるなんて、全然気が付かなかったよ…」

父「……」

上条「突然学校に来なくなって、家にも帰らないで…
   …やっと会えたのが、お葬式の時で…」

父「……」

上条「さやかがどれほど無理に笑ってたか、僕は最後まで気付いてあげられなかった…
   だけどそこまで思いつめてるのなら、せめて教えてほしかった…!」

父「…この年頃の女の子には、言いたくてもなかなか言い出せないこともあるんだ」

200: 2011/12/26(月) 02:02:18.05 ID:JBv938qW0
上条「……。僕、さやかを傷つけちゃったんだ…。入院してる時…
   さやかは『気にしてない』って言ってたけど、もしかして……」

父「…恭介…」

上条「うぅ…!」

父「お前は悪くない…」

上条「さやか……! 二度とあんなこと言わないから…!」

父「……」

上条「戻って来てよ…!」

父は恭介の頭を撫でた

上条「さやか……!!」



『オクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフ』――人魚の魔女

在りし日の感動を夢見ながら、ある魔法少女の自爆攻撃によって消滅

性質は恋慕だった

201: 2011/12/26(月) 02:03:19.56 ID:JBv938qW0
――――――――
――公園

仁美と恭介が並んで腰掛けている

仁美「――こんなことになるなんて…」

上条「……」

仁美「…私のせいですわ…」

仁美は顔を隠したまま震えた

上条「…自分を責めても仕方がない。僕も人のことは言えないけど…」

仁美「……」

上条「…さやかのこと、全部わかってるつもりだった…
   僕って馬鹿な奴だな…さやかは、兄弟も同然だったのに…」

恭介がまた泣いた

仁美「上条君…」

上条「あのさやかが氏んだなんて、まだ信じられない…
   火葬場で収めた骨がさやかのものだったなんて、未だに思えない…」

仁美「……」

202: 2011/12/26(月) 02:05:05.84 ID:JBv938qW0
上条「明日学校へ行ったら、何もなかったみたいに、
   さやかがいつも通り元気に声かけて来るような気がして仕方ない…」

仁美「さやかさん…」

上条「さやかに会いたいよ…」

恭介が涙を拭いて呼吸を整えた

上条「……。志筑さん…」

仁美「はい…」

上条「…告白してくれて、ありがとう」

仁美「…?」

上条「…志筑さんは、僕にはもったいないくらい素敵な人だし、
   このまま付き合っていけば、いくらでも好きになれると思う…」

仁美「……」

上条「…でもさ…。今はそういう気持ちになれないんだ…
   こんな状況じゃ、傷を舐め合うような付き合い方になっちゃうだろうし…
   …だから、恋人として会うのは、しばらくやめよう…」

仁美「…そうですね」

恭介が立ち上がった

204: 2011/12/26(月) 02:05:54.16 ID:JBv938qW0
上条「…帰ろう。バイオリンの稽古がある…」

仁美も立ち上がった

仁美「…一緒に行きましょう?」

上条「…ああ」

仁美は泣きながら笑いかけた

上条「…塞ぎ込んでばかりじゃ、さやかを余計に悲しませる…」

左手を見つめる恭介

上条「…さやかがあんなに望んでくれた手だ。バイオリンは、一生弾き続ける…」

仁美「…ええ。…最後まで見守っていますわ」

上条「……」

恭介も少しだけ笑った

2人は同じ方向へ歩いていった




   終

205: 2011/12/26(月) 02:06:20.20

213: 2011/12/26(月) 02:08:12.37
乙乙乙

214: 2011/12/26(月) 02:08:24.70
結局夢だったのか?

217: 2011/12/26(月) 02:10:27.31 ID:JBv938qW0
>>214
オクタヴィアの臨氏体験
言い換えると結界の中で氏に際に見た幻想

前にも似たようなスレ立てたんだけど落ちた
その時は精神科医のまどかが主役だったな

223: 2011/12/26(月) 02:14:30.86

227: 2011/12/26(月) 02:20:45.14 ID:JBv938qW0
これより4倍面白いの書いてるから待っててくれorz

引用元: さやか「あげるよ。あたしの手」上条「……!」