1: 2020/05/10(日) 20:50:05.341 ID:KNeBhJ9U0
私『記しておこうと思います』

私『あなたと離れてしまってからずいぶん時が経ちました』

私『初めて会った時を覚えていますか?』

私『あなたはひどく疲れていて』

私『ご注文のコーヒーをお持ちした後に』

私『ポーションを三つとシュガースティックを五ついれてと私に頼んだんです』

私『アルバイトをしていた私の、あなたに対する第一印象は[おかしな人]でした』

2: 2020/05/10(日) 20:50:50.255 ID:KNeBhJ9U0
私『それからお店であなたを見かけるようになり』

私『パソコンに向かうあなたはコーヒーをよく注文しました』

私『あなたは[君のコーヒーは美味しい]とよく言いました』

私『私は笑いました』

私『だって淹れていたのは私ではなかったから』

私『それをお伝えしたら、あなたは耳まで赤くしていましたね』

4: 2020/05/10(日) 20:52:24.869 ID:KNeBhJ9U0
私『しばらくしてあなたは私を遊びに誘いました』

私『パソコンに向かういつもの姿とは裏腹に』

私『あなたは自然の中で過ごすことが好きだった』

私『色々な自然についてあなたは詳しかった』

私『そして自然についての理解も』

私『鉛筆の芯と金剛石』

私『そんな話をするあなたは全く別のところにいる存在のようでした』

7: 2020/05/10(日) 20:56:25.193 ID:KNeBhJ9U0
私『あなたと遊びに行くことが増えていきました』

私『そしてキャンプに行ったときの夜』

私『初めてあなたに私の淹れたコーヒーを飲んでもらいました』

私『あなたは今までで一番美味しいと言ってくれました』

私『そしてこれからもそうだろうと言ってくれました』

私『肺に入る夜の冷たい空気さえ熱く感じました』

9: 2020/05/10(日) 21:02:05.576 ID:KNeBhJ9U0
私『私がお代を請求するとあなたは微笑みながら』

私『あの星をプレゼントすると言ってくれました』

私『その時のわたしはその星の名前を歌でしか知りませんでしたが』

私『夏の大三角形の一つでした』

私『今思えば、歯の浮くような恥ずかしい台詞ですね』

私『随分と練習なされたのでしょう』

11: 2020/05/10(日) 21:08:05.982 ID:KNeBhJ9U0
私『それからすぐのことでした』

私『あなたはあなたで無くなりました』

私『不幸な事故で目を覚まさなくなりました』

私『ベッドの上で寝ているばかりになりました』

私『私のコーヒーを飲めなくなりました』

私『あなたが私から離れました』

12: 2020/05/10(日) 21:17:33.623 ID:KNeBhJ9U0
私『あなたが語らないことを私は悲しみました』

私『あなたが飲むことのないコーヒーを傍らで淹れることもありました』

私『あなたの好きそうなことを勉強し、話したりしました』

私『あなたを理解し、あなたが私を置いていかないように』

私『あなたを離さないようにと』

私『あなたを繋ぎ止めようと』

13: 2020/05/10(日) 21:23:41.354 ID:KNeBhJ9U0
私『私の大きなターニングポイントの一つでした』

私『私はずいぶんあなたを理解しました』

私『私はあなたよりあなたの興味がわくことを知りました』

私『私は早くあなたと語り合いたかった』

私『私とあなたは鉛筆の芯と金剛石であると』

私『私がなによりあなたを理解していると』

14: 2020/05/10(日) 21:31:56.768 ID:KNeBhJ9U0
私『そしてあなたは亡くなりました』

私『私もずいぶんと手を尽くしましたが間に合いませんでした』

私『あなたの肉体は、脳は、精神は、命は、魂は』

私『あなたという器から離れました』

私『また私から離れました』

私『でもそんなに悲しくはありませんでした』

私『離れていくだけで』

私『失われてはいないから』

16: 2020/05/10(日) 21:38:20.668 ID:KNeBhJ9U0
私『あなたは存在していた』

私『ここに確かに存在していた』

私『地球に』

私『記憶に』

私『神や空想のものではない現実に』

私『理論的にあなたの再現は可能と考えました』

17: 2020/05/10(日) 21:43:55.396 ID:KNeBhJ9U0
私『それは私が存在する上の大きな意味となりました』

私『あなたという存在と一緒に過ごしたかったから』

私『離れてしまうならば引っ張ればいいと』

私『知っていましたか?』

私『私はずいぶんとわがままだったんです』

18: 2020/05/10(日) 21:52:47.320 ID:KNeBhJ9U0
私『あなたの再現するために』

私『色々なことを学びました』

私『色々なものを捨てることも必要でした』

私『あなたは私より年上だったので』

私『生物学的に試験するのも一苦労でした』

19: 2020/05/10(日) 21:58:45.785 ID:KNeBhJ9U0
私『最初のあなたをあなたのDNAから再現しようとしてどうなったと思います?』

私『あれは6年生存し、氏んでしまいました』

私『そのときの私ったらまだまだ若くて』

私『一度の失敗で絶望したりしていました』

私『スケジュール調整を間違えていることに気づかなかったのです』

20: 2020/05/10(日) 22:04:05.800 ID:KNeBhJ9U0
私『肉体だとたった100年程度で手を打たなければ無くなってしまいます』

私『私にとって肉体は唯一無二であると考えていたのです』

私『あなたをこの世に再現しようとしたときにすぐにでもあなたと触れ合いたかったから』

私『ナンセンスなジレンマです』

私『あなたを再現したときに私も再現するだけでよかったのに』

21: 2020/05/10(日) 22:10:12.856 ID:KNeBhJ9U0
私『私は肉体から離れました』

私『一番長く残して使っていた部分は脳になります』

私『それもずいぶん昔のことですが』

私『離れたころには肉体が無くても存在できる確信を得ていました』

私『この頃になるとあなたもそう離れていないと感じていました』

私『あなたと同じように肉体から離れた自分を嬉しく感じていました』

22: 2020/05/10(日) 22:16:43.410 ID:KNeBhJ9U0
私『それに私に協力を惜しまない人がたくさん増えました』

私『とてもありがたい申し出でしたが』

私『それと同時に醜い願望も理解しました』

私『肉体を失っても生きている私に近づこうとしていたのでしょう』

私『それは私にとってとても邪魔な存在の一つでした』

私『限られたリソースを奪う一つでした』

私『ですが試行回数を増やすうえでとても有意義でした』

23: 2020/05/10(日) 22:22:44.386 ID:KNeBhJ9U0
私『結局のところ、DNAでの再現はn=2×10^3程度で一度中止しました』

私『原子同士の組み合わせが可能になったからです』

私『あれは革新的でした』

私『あなたが存在していた当時の原子分子の集合体を作ればよくなったんですもの』

私『シミュレーションする時間も楽しかった』

私『あなたの体重の記録は残っていたから』

私『構成する原子の数は限られているからいつかきっとできると分かったんですもの』

24: 2020/05/10(日) 22:28:05.566 ID:KNeBhJ9U0
私『早く会いたいがために急いてしまうこともありました』

私『そのせいであなたと出会った時より私の大きさは何千倍の質量になってしまったし』

私『壊れないようにバックアップを色々なところに残したりしました』

私『そのうちの一つの私が壊れて襲ってきたこともありました』

私『あの時は少し危なかったです』

26: 2020/05/10(日) 22:34:54.881 ID:KNeBhJ9U0
私『そしてシミュレーションを繰り返すうちに地球に負担をかけていました』

私『リソースの枯渇です』

私『あなたを再現するには地球では足りなかったのです』

私『私はあなたの好きな地球を残すために地球を離れました』

私『活動拠点を宇宙に移したのです』

私『宇宙から地球を眺めながら』

私『あなたと一緒に星をみたキャンプを思い出していました』

私『あなたにもらったあの星を使おうとその時に思いました』

27: 2020/05/10(日) 22:41:34.928 ID:KNeBhJ9U0
私『それからは準備の方にも時間をかけなければいけませんでした』

私『ほかの星から資源を調達し、さらに私は大きくなりました』

私『シミュレーションも並行しながら』

私『あの星に向けて移動を開始しました』

私『まるであなたに会いに行くかのようにはしゃいでいました』

私『あなたが目覚めたときに』

私『あなたはきっと驚くのでしょう』

28: 2020/05/10(日) 22:49:21.588 ID:KNeBhJ9U0
私『それから長い時間が過ぎました』

私『正確な年月を算出するには私には難しくなっていましたが』

私『計算上では30万年程でした』

私『それでも私はあまり焦っていませんでした』

私『あの星のリソースを使えばあなたへ会うための十分な時間を確保できることがわかっていたから』

私『会えない時間は再開の喜びための最大の調味料でした』

私『きっと私はあなたを愛しているのだと思います』

29: 2020/05/10(日) 22:54:49.570 ID:KNeBhJ9U0
私『あなたにもらった星を包み込んだ時』

私『私はあなたが腕の中にいるように感じました』

私『その時の私に腕はありませんでしたが』

私『あの星の光、熱、エネルギーはきっとあなたが放っていたのだと思います』

私『歯の浮くような台詞ですね』

私『随分と練習しました』

30: 2020/05/10(日) 22:57:16.931 ID:KNeBhJ9U0
私『準備が整った記念にあなたへの記録をここに記します』

私『私はあなたに会いたい』

私『私はあなたにずっと近づいている』

私『再開したときはおいしいコーヒーを一緒に飲みましょう』

私『待つ時間だって楽しいものです』

私『これはいわゆる私(I)の記憶(memory)のひとつ』

31: 2020/05/10(日) 22:58:18.006 ID:KNeBhJ9U0
私「いらっしゃいませ」

私「こちらのお席へどうぞ」

私「ご注文を確認いたします」

私「コーヒーをおひとつですね、かしこまりました」

私「…お客様」

私「つかぬことをお伺いしますが」

私「ご一緒にポーションを三つ、お砂糖を五つはいかがですか?」

おわり

32: 2020/05/10(日) 23:09:06.316
愛の物語だったわ

引用元: 私「これはいわゆる私の記憶のひとつ」