男「ちょ、ちょっと何するんですか！？」

店員「なにって……このニワトリをさばくんですよ」

ニワトリ「コケーッ！」ﾊﾞｻﾊﾞｻ

店員「こいつ……なかなかイキがいいな。こりゃいいファミチキになりそうだ」ｸﾞｲｯ

ニワトリ「ゴゲッ！」

男「なんで！？　なんでこんなことを！？」

店員「なんでって……実は本部からこういう指示があったんですよ」

店員「“お客様により新鮮なファミチキをお届けするために、ファミチキはその場でさばいて作れ”ってね」

ニワトリ「コケーッ！　コケーッ！」

店員「うるさい！」ﾊﾞｼｯ

ニワトリ「ゴゲッ！」

店員「だからこうして、ニワトリをお客様の目の前でさばくことになったわけです」

店員「私は都会っ子なんでニワトリなんかさばいたことないですが、まァなにごとも経験ですわな」

男「そ、そんな……！」

男「やめて下さい！　ニワトリを頃すなんて間違ってる！」

店員「なにをおっしゃってるんですか、お客様」

そういうのはキッチンでやれよ

店内で捌きますくらい書いとけ

店員「失礼ですがお客様、牛丼やトンカツは食べますか？」

男「食べる」

店員「お寿司は？　ハンバーグは？　エビフライは？　ビーフシチューは？　イナゴの佃煮は？」

男「……食べる」

店員「これらみんな、生き物を頃して作った料理ですよ」

店員「野菜や果物だって同じ。植物だって生きてるんだから」

店員「それなのにどうして“頃すなんて間違ってる”なんです？」

男「そっ、それはっ……！」

男「だけど、やっぱり目の前で殺されるのはちょっと……！」

店員「お客様、勘違いしないでいただきたい」

店員「あなたは客であって、私の雇用主ではない」

店員「私のやり方に異論を挟む権利は、あなたにはないんですよ」

男「うぐぐ……！」

店員「じゃ、さばかせていただきますよ」ｸﾞｸﾞｸﾞｯ…

ニワトリ「コケェ……」ﾋﾞｸﾋﾞｸｯ

男「う……うぅぅ……待ったァ！！！」

店員がサイコじみてる

後ろの客はどう思ってるんだろうな

男「だったらそのニワトリを買う！」

店員「！」

男「それなら文句ないだろう！？」

店員「……いいでしょう」

男「いくらだ！」

店員「180円になります」

男「小銭あったかな……」ｺﾞｿｺﾞｿ…

店員「Tポイントカードはお持ちですか？」

男「あ、持ってます」

男（そういえば、TポイントカードのTって何の略なんだろう？）

＜町＞

男「……大丈夫か？」

ニワトリ「コケッ、コケーッ！」ﾊﾞｻﾊﾞｻ

男「ハハハ、喜んでくれてるのかな？」

男「じゃ、ここで放すから、気をつけて故郷まで帰るんだぞー！」

ニワトリ「コケーッ！」ﾊﾞｻﾊﾞｻ



男「ふうっ、生き物を助けるってのは気持ちいいなぁ」

＜アパート＞

男「結局ファミチキは買いそこなったし、今日はカップ麺でいっか」

男「毎日毎日、わびしい食生活だなぁ……」

男「あーあ、たまには手料理が食べたい」


ﾋﾟﾝﾎﾟｰﾝ…


男（ん？　誰だ？　セールスマンやNHKの受信料の人だったらやだなぁ……）

男「はい」ｶﾞﾁｬｯ

娘「こんにちは……」ﾆｺｯ

男「！？」

男（やけにキレイな女の子だけど……ぼくなんかに一体なんの用だ？）

男（それに、どことなく養鶏場のようないい匂いがする……こういう香水があるのか？）ｸﾝｸﾝ

男「あなたは……？」

娘「あの、家にお邪魔してもよろしいですか？」

男「え、あ、はい！　どうぞどうぞどうぞ！　散らかってますけど！」

男「えーっと……なにか飲みます？」

娘「水で結構です」

男「そうですか」

男「ところで……なぜ、ぼくなんかのところに？」

娘「ぜひ、あなたに恩返しをしたくて……」

男「恩返し？」

男（この子を助けた覚えなんかないけどなぁ……）

娘「とりあえず、手料理をごちそうしたいんですが、よろしいですか？」

男「は、はいっ！　お願いします！」

男（ラッキィ～！）

娘「調理中は恥ずかしいので、決して覗かないで下さいね」

男「分かりました」


ﾌﾟﾘｯ　ﾌﾟﾘｯ　ﾌﾟﾘｯ

ｺﾝｺﾝ…　ﾊﾟｶｯ　ｺﾝｺﾝ　ﾊﾟｶｯ…

ｼﾞｭﾜｧｧｧｧｧ…


男「……」

男（卵を割って焼いてるってのは分かるけど、最初のプリッて音はなんなんだ？）

ﾌﾟﾘｯ

娘「どうぞ、卵焼きと目玉焼きです」ｺﾄｯ

男「うぉほっ、うまそう！」

娘「まだこの姿に慣れてないので、簡単な料理しかできず、すみません」

男「いやいや！　ぼくは料理はてんでダメなんで、全然大丈夫ですよ！」

男「いただきます！」

ｶﾞﾂｶﾞﾂ…　ﾑｼｬﾑｼｬ…

男「！！！」ﾋﾞﾋﾞﾋﾞｯ

男「う、うまい！」

娘「本当ですか！？」

男「もちろん！」

男「君の腕はもちろんだけど、この卵、ものすごくいいね！」

男「黄身に弾力があって、一口食べるたびに元気が湧いてくるっていうか……」

男「旨味と栄養が体じゅうにくまなく染み渡るっていうか……そんな感じだ！」

娘「なにしろ産みたてですから」

男「……？　へぇ～」

男「ふぅ～……おいしかった。ごちそうさま」

娘「では食器を片づけますね」

娘「きゃっ！」ｺｹｯ

ｶﾞｼｬｧｧｧｧｧﾝ!!!

男（コケた！）

娘「す、すみません……コケてしまいました」

男「いやいや、いいんだよ」

男（完璧そうに見えて、意外とドジなところもあるのか……そこがまたいいんだけど）

娘「あの……」

男「ん？」

娘「もしよろしければ、今日からこの家に泊めさせていただいて、よろしいですか？」

男「！！！」

男「もっちろん！」

娘「ありがとうございます」ﾆｺｯ

男（ああ……なんてコケティッシュな女性なんだ！）

男（もし、この人が俺を騙そうと近づいたんだとしても、許せてしまいそうだ！）

次の日――

男「う～ん……」ﾑﾆｬﾑﾆｬ…

男（まずい、そろそろ起きなきゃ会社に遅刻……でも眠い……ダメだ、起きられない……）

娘「コケコッコーッ！！！」

男「！」ﾋﾞｸｯ

娘「おはようございます」

男「君のおかげで早起きできたよ！」ｼｬｷｰﾝ

男「じゃ、留守は頼んだよ」

娘「あ、そうだ。弁当をお持ち下さい」

男「弁当まで作ってくれたの？　どうもありがとう！」

娘「ふふっ、結構頑張りました」

男「じゃ、行ってきます！」

娘「行ってらっしゃいませ」

男（いやぁ～、なんて気がきく娘なんだ！）

良妻やな

＜会社＞

男「ふんふ～ん」

同僚「あれ？　お前が弁当持参だなんて珍しいな。というか、はじめてじゃないか？」

男「まぁね」ﾊﾟｶｯ

男（おお、卵焼きに目玉焼き、スクランブルエッグ、ゆで卵、ポーチドエッグ……）

同僚「すっげぇ！　卵料理のオンパレードだ！　お前が作ったのか？」

男「……まあね」

男（あの子、本当に卵料理が好きなんだなぁ……）

男「いただきます！」

ﾓｸﾞﾓｸﾞ…　ﾊﾟｸﾊﾟｸ…

男「うん、うまぁい！　卵だらけなのに全然飽きない！」

卵何個産んでんだよ

＜アパート＞

男「ただいまー」

娘「お帰りなさい」

娘「今夜はオムレツを作ってみました！　結構な自信作です！」

男「おっ、嬉しいねえ！」

男「それじゃいただきます！」ﾓｸﾞﾓｸﾞ

娘「私もいただきます」

娘「コッ、コッ、コッ、コッ、コッ」ﾊﾟｸﾊﾟｸ

男（箸もスプーンも使わず首をせわしなく動かして食べてる……変わった食べ方するんだなぁ）

行儀悪いな

コレステロールゥ

休日――

＜アパート＞

男「あぢぃ～」ﾊﾞﾀﾊﾞﾀ

男「ったく、最近の猛暑はいったいなんなんだよ……地球が滅びる前兆じゃないのか」

男「君の栄養満点の卵料理がなきゃ、とっくに夏バテしてるところだ……」

娘「あの……よろしければこれを着て下さいませ」ｽｯ

男「こ、これは……！？」

男「白い羽毛で作ったシャツ……」

男「おおっ、すごい！　軽くて涼しい！　こりゃいいや！」ﾌﾜﾌﾜ

娘「よかった……」

男「君は料理だけじゃなく、こんな特技もあったんだね！」

娘「コケコッコー！」

男「！？」ﾋﾞｸｯ

娘「私としたことが、つい喜びのあまり、滑稽な叫び声をあげてしまいました」

男「ハハハ、ちょっとビックリしたよ」

男（ちょっと変なところもあるけど、この子が来てくれて本当によかった……）

……

＜アパート＞

娘「今日はカルボナーラを作ってみました」

男「おお～」

男「給料前の金欠時には、君の温かい手料理が本当にありがたいよ」ﾓｸﾞｯ…

男「うん、うまい！」

男「だんだんと料理のバリエーションが豊富になってきたね」

娘「この姿にも結構慣れてきましたので。もう少しすれば、完全に馴染むでしょう」

男「ふうん……」

男（この姿にも、か）

男（そういえば、ぼくはずっと引っかかってた。この子は何者なんだろう、って……）

男（ちょっと真剣に推理してみるか）

・ファミリーマートでニワトリを助けた日にこの子はやってきた

・ぼくに「恩返し」をしたいらしい

・養鶏場のようないい匂いがする

・卵料理が得意（しかも卵を購入してる様子がない）

・朝起きるのが早い

・よくコケコッコーと鳴く

・白い羽毛で服を作る



男（手がかりといえば、たったこれだけしかないけど……なんとか推理するんだ！）

男（ぼくはもっとこの子のことを知りたいのだから……！）

男（この子の正体は一体なんなんだッ！？）

これは難事件

三時間後――

男「分かった！」



娘「きゃっ！」ｺｹｯ

男（またコケた！）

娘「いきなり大声を上げて、いったいどうしたんですか？　結構驚いてしまいました」

男「ぼくは……ついに分かってしまったんだよ、君の正体がね」ﾆﾔｯ

娘「え……ッ！」

男「君は……いつだったか、ぼくがファミマで助けたニワトリなんだろう？」





娘「！！！！！」

娘「そう……ですか」

娘「バレて……しまったのですね」ﾌﾟﾘｯ ﾌﾟﾘｯ ﾌﾟﾘｯ

男（なんだ？　ものすごい勢いで卵を産んで……それほど動揺してるってことか！）

娘「バレたくなかった……人間としてあなたと暮らしたかった……」ﾌﾟﾘｯ ﾌﾟﾘｯ

娘「でも、こうなった以上、もうここにはいられません」ﾌﾟﾘｯ ﾌﾟﾘｯ

娘「あなたも、ニワトリ娘なんかと暮らしたくはないでしょうから……」ﾌﾟﾘｯ ﾌﾟﾘｯ

娘「……さよなら！」ﾀﾞｯ

男「あっ……！」



男（しまった！　あの子は正体がバレるのが嫌だったんだ！　恐れてたんだ！）

男（なのに、ぼくはなんのデリカシーもなく、名探偵気取りでこの子の正体を暴いて……！）

男（ぼくはなんて過ちを犯してしまったんだ！）

男（どうする……追いかけるか？）

男（だけど、追いかけてどうするっていうんだ？）

男（興味本位で君の正体を推理してごめんなさい、っていうのか？）

男（いや……謝ったって許してくれるわけがない）

男（心というのは一度傷ついたら取り返しがつかない。彼女の傷ついた心はもう……！）





「お客様」

男「お前は……ファミマ店員！　――なぜここに！？」

店員「なぜ、はこちらのセリフですよ」

店員「なぜ追いかけないのです？　まだ追いつけるはずでしょう」

男「追いかけたところで、ぼくにはもう……！　彼女の心を癒やす術が……！」

店員「やれやれ、ガッカリですな」

店員「かつてあなたが180円を払ってまで彼女を救った時、私はいたく感動しました」

店員「本部に“やっぱりお客の目の前でニワトリをさばくのはよくない”と進言させるほどに」

店員「しかし……どうやら本当のチキンは彼女ではなく、あなただったようだ」

男「ぼくが……チキン！？」

男（そう、ぼくは臆病者（チキン）だ……）

男（傷ついてぼくのもとから逃げたニワトリ一羽、追いかけることすらできない）

男（だけど……）

男（だけど……ッ！）

男「まだ……間に合うはずだ！　ぼくは彼女を追いかけるッ！！！」ﾀﾞﾀﾞﾀﾞｯ



店員「……EXCELLENT」

熱い

……

娘（あの人のもとを飛び出したはいいけど、これからどうしよう）

娘（もう、どこにも行くあてなんて……）ｽﾀｽﾀ


ドンッ！


娘「きゃっ！」ｺｹｯ

娘（いたた……人とぶつかっちゃった）

セブンイレブン店員「お？」

ローソン店員「んん？」

セブンイレブン店員「おい見ろよ、こいつァ上玉だぜ」

ローソン店員「ああ……人の姿してるが、ニワトリに間違いねェな」

娘「あ……」

セブンイレブン店員「ちょうどいい、こいつは揚げ鶏にしちまおうや」

ローソン店員「からあげクンにするのもいいなァ……植田まさし先生がお喜びになる」

セブンイレブン店員「オイオイ、植田まさし先生の4コマ漫画は≪かりあげクン≫だろうが！」

ローソン店員「おっと、そうだった！　ヒャッハッハッハァ！」

娘「あ……ああ……」ｶﾞﾀｶﾞﾀ…

娘（私……ここまで、なの……？）





「待てぇぇぇぇぇっ！！！」

男「や、やめろ！」

娘「あっ……」

セブンイレブン店員「あぁん？」ｼﾞﾛｯ

ローソン店員「なんだテメェは？」ｷﾞﾛｯ

男「ぐっ……！（どっちもものすごく強そうだ……！）」



店員（まずいな……）ｺｿｯ…

店員（あの二人の力量は私とほぼ互角……助太刀に入っても助けられるかどうか……！）

男「や、めろ……！」

セブンイレブン店員「おぉん？」

ローソン店員「ンだとォ？」

男「この子を揚げ鶏やからあげクンに料理するくらいなら……」


男「ぼくを料理しろォォォォォォォォォォッ！！！！！」



セブンイレブン店員「ぐ……！」

ローソン店員「ぐぐ……ッ！」

セブンイレブン店員「……ちっ」

セブンイレブン店員「こいつチキンじゃあねえ！　退くぞ！」

ローソン店員「おう！」

ｻﾞｯｻﾞｯｻﾞｯ…



男（なんかよく分からんけど、助かった……）

娘「あの……ありがとうございます！　私、また助けられてしまいました……！」

男「ハハハ、君が無事でなによりだよ」

この世界のコンビニ恐い

娘「でもなぜ、私を追いかけてきて下さったんですか？」

男「決まってるだろう？」

男「ぼくは君のことが好きだからだ！」

娘「でも私は人ではなくニワトリ……チキンなんですよ？」

男「ぼくも臆病者だったから、似たようなものさ」ﾆｺｯ

男「君が何者だろうと関係ない。どうかこれからも、ぼくと一緒に暮らして欲しい」

娘「……喜んで！」

男「さ、二人でファミリーマートで豪遊しよう！」

娘「はいっ！」

ファミマで豪遊www

＜ファミリーマート＞

男「――と思ったけど、給料前だったの忘れてた！　財布にお金ない！　豪遊できない！」

娘「ズッコケ！」

店員「大丈夫ですよ、お客様」

男「なぜ！？」

店員「お客様のTカードにはポイントが結構貯まってましたから」

店員「それだけあれば十分豪遊できます」

男「……！」

男「そうか……やっと分かった！　Tカードの“T”の意味が！」

男「Tポイントの“T”はチキンのTだったんだ！」

娘「やだ……！　まるで私たちのためにあるようなカードですね！」


店員（チキンのスペルはCHICKENなんだけど……黙っておこう）







―おわり―

面白かった乙

よかった
大作だったな

豚まん下さい

まさかTカードが伏線だったとは…こいつ出来るな