1: 2010/09/22(水) 01:26:58.59 ID:crK62A4C0
三月

冬が去り 桜舞散るこの時期は

多くの学生が卒業し 別れを告げる

桜ケ丘高校軽音部所属 

琴吹紬もその一人だ

社長令嬢で世間知らず 

少し普通と違っていた彼女に 部員は何の躊躇いも無く接してくれた

文化祭や合宿 単なる雑談でもいい

数えきれない程沢山の想い出が詰まった

校舎 友人 教師

そして部の後輩との別れは 

18年の人生で 最も辛い出来事となる

3: 2010/09/22(水) 01:27:44.13 ID:crK62A4C0
卒業式前日の帰り道

友人と別れた彼女は 俯きながら歩いていた

明日が来なければいいのに

今まで通り 演奏半分 お茶会半分の

軽音部を続けることが出来たなら・・・

「過去に戻ることが出来たなら・・?」

前方から突然 

心を読む様な声が聞こえた

慌てて顔を上げ 前を見ると

夕日を背に

身なりの整った老紳士が にこにこと微笑みながら立っていた

「ど、どなたでしょうか・・・?」

4: 2010/09/22(水) 01:28:45.41 ID:crK62A4C0

何処かでみたことが ある気がする


そうだ


自宅の執事に似た雰囲気を持っている

しかし あくまで似た人間だった

「あなた達からみた未来からの 便利屋 とでも申しましょうか・・」

その後の自己紹介はまるでSF小説のような突拍子も無いものだったが

好奇心旺盛 琴吹紬は 

全てを信じるとまではいかないものの 強い興味を抱いた

「つまり、私を助けてくれるのよね・・?」

「はい」

「・・・でも」

「ご心配なく。要望には何でもお答えします・・・例え、時間を操作するようなものでも・・・・」

彼女は思い切って 悩みの全てを打ち明けた

5: 2010/09/22(水) 01:31:54.45 ID:crK62A4C0
後輩との別れ 

同じ大学へいく部員と これからも 同じようにやっていけるのか

未来より 過去を望んでしまう


「なるほど・・」

老紳士はまるで最初からお見通しのように 静かに微笑んだ

「では あなたにはこれを差し上げましょう」

そういって紬の前に出されたのは 二つの銀のブレスレット

特別な装飾も無い 

言ってしまえば地味なものだった

「これを両腕に付けている限り 日を逆に跨ぎます」

「腕に付けるだけで・・?」

「はい。1日の夜を越せば 31日の朝が来ます」

本当だったら それこそとんでもない代物だ

しかし・・・

7: 2010/09/22(水) 01:33:31.60 ID:crK62A4C0
「勿論 にわかに信じ難い話で大金をだまし取ろうとなどしておりません」

「で、でも・・」

「タダというのもやり辛ければ・・そうですね、あなたの不要な物を一つください」

そう言われて紬は 財布の中の定期券を渡した

既に 期限切れだ

「これは珍しいものを!ありがとうございます」

どこが珍しいのか彼女にはさっぱりわからなかったが

喜んでるなら良しとしよう

「そのブレスレットですが 極端な話 日を跨ぐ時点で装着していれば作動します」

「そして外したまま日を跨ぐと 『再び正常な時を刻む』・・訳ではなく」

「逆に刻まれていった時間が全て 『無かったこと』 になりますので 御注意を・・」

老紳士は神妙な面持ちでそう告げると

何処かへ去って行った

8: 2010/09/22(水) 01:36:13.55 ID:crK62A4C0

――――――――
午後11時45分

紬はベッドに寝転びながら ブレスレットを眺める

「ホントに戻れるのかしら・・」

時間の逆転 どこかで聞いたような・・・まるで漫画のような話

しかし試してみる価値はあるだろう

全く未知の領域に踏み入る 怖くないと言えば嘘になるが

何かあったら ブレスレットを外せばいい

そんな気持ちもあり 

彼女は両腕に装着して時計を見つめた

カチ コチ カチ コチ

ボーン

大きな時計は0時を指し 卒業式当日となる


ハズだった


9: 2010/09/22(水) 01:37:41.73 ID:crK62A4C0
「!?」

携帯のカレンダーは卒業式二日前

つまり 昨日の日付となっている

「これって・・戻ってる・・!?」

念の為他の家電やカレンダーを除くが

間違いない

日付は 戻っている


「凄い・・これをずっと付けてれば、私  また・・!」

興奮を抑えつつ

彼女は昨日の朝を待った

10: 2010/09/22(水) 01:40:24.55 ID:crK62A4C0
―――――――――


目が覚め 昨晩の出来事を思い出す

ひょっとしたら夢だったかもしれない と 少し恐れつつ携帯電話を見ると

卒業二日前

やはり現実のことだ


三年生の終盤は自由登校となり

登校は自由 というよりはむしろ

在校生の学業を邪魔せぬよう あまり学校へ来るべき時期ではないが

軽音部はそんな中でも頻繁に登校していた

今日もそのハズだ

否 そう「だった」

11: 2010/09/22(水) 01:41:29.29 ID:crK62A4C0
ベッドから起き上がり部屋を出ると 待っていたように家政婦が挨拶をしてきた

何気なく返し 洗面所で身を整え

家族が待つリビングへ向かう

「・・あ」

そこに並ぶ朝食は 間違いなく 昨日食べたものだ

食事を始めると 母が話しかけてくる

いよいよ明後日ね 

なんて台詞も 確かに昨日聞いたものだ

(みんなその日付と同じように動くんだわ・・)

運命を信じる訳ではないがこれは納得で

しかし同時に 不安もおこる

(その日と違う行動をしたら どうなるのかしら・・・)

試しに 昨日話さなかったことを 親に話してみる

両親は問題なくそれに返答し

問題なく会話が終わった

12: 2010/09/22(水) 01:43:35.89 ID:crK62A4C0
(・・やっぱり このくらいの変化じゃ なにも動かせないわよね)

そもそも昨日と違う事件が起きたとして

それが次の日に継続されることは無いのだから

杞憂だったと言えるだろう

問題らしい問題は 受け流しておけばいいのだ




学校へ行き 部室で友人とティータイム

誰もが同じ台詞を発するが 紬が新しい展開を作れば

今までに無い会話が始まる

これは 素敵なことだ

まったく同じことしか話さないならともかく

また新しい経験を積めるのだから 

まるで高校が3年間延長したかのようだ

13: 2010/09/22(水) 01:45:07.11 ID:crK62A4C0
帰り道

部員は少し寂しそうな顔で帰っていく

彼女等にとっては 卒業二日前なのだ

しかし紬は焦らない

明日になれば三日前 明後日になれば四日前

制限時間なんて 無い

そう確信していた

14: 2010/09/22(水) 01:48:45.91 ID:crK62A4C0

―――――――――


一月になった


進学を目指す多くの高校生は 受験勉強をする

それは勿論軽音部員も例外ではなく 全員躍起になって勉強していた

しかし紬は 受験勉強をする必要が

いや そもそも受験自体する必要がない

受かったのだ というより 受かったかどうかも関係無いのだ

15: 2010/09/22(水) 01:52:46.89 ID:crK62A4C0

流石に無意味に勉強する気にはなれない

が ここから半年以上は 所謂受験モードに突入する

後に影響が出るわけでないとわかっていても

部員の邪魔をするわけにはいかず あまり多く遊べない

遊んでる姿を見せることも自重していかなければ


「・・でも、みんなに勉強教えるのは ちょっと楽しいかも」

勿論その成果を直接確認することは叶わないが

彼女はとにかく部員と一緒に 高校生活を送ることが楽しくて仕方なかった



16: 2010/09/22(水) 01:55:33.42 ID:crK62A4C0
――――――


二年生は最も楽しい時間だ

後輩もいるし 受験も無い

精神的に余裕のあるこの学年は 誰もが活気を持ち

演奏からティータイムまで 今まで以上に楽しく過ごせる

戻る時間にもすっかり慣れた

自分の別荘に突然招待なんてこともして


やりたいことをやりまくった

元の時空よりも沢山楽しんでやろうと

思い出をありったけ作った

17: 2010/09/22(水) 01:58:22.93 ID:crK62A4C0




辛い時間は長引き

楽しい時間は素早く過ぎる




気がつけば もうすぐ一年生だ

18: 2010/09/22(水) 02:00:54.94 ID:crK62A4C0
周りも一緒で気付きにくいが 背は縮んでいた

一日戻るごとに 一日分背が縮む

爪や髪の毛が急に伸びる日があったのでその事実自体には気付いていたが

改めて時間を遡っていることを実感する

日に日に部員の演奏がぎこちなくなるのは微笑ましいようで寂しいものがあったが

それどころでは無い問題が直面した



後輩の中野梓は 現時点で一年生


もうすぐ 



中学生だ


19: 2010/09/22(水) 02:01:40.15 ID:crK62A4C0
「ムギちゃん、なんで泣いてるの・・?」

「な、なんでもないの・・」


盲点だった

後輩との別れが この時空でも存在する

勿論別れたくない

ではブレスレットを外すか?

否 それはもっと辛い

でも この別れだって辛い


どうしようもない

涙を止めることが出来ず しかし 他の部員に理解できるはずもなく

彼女は一年生になった


20: 2010/09/22(水) 02:02:57.44 ID:crK62A4C0
――――――

後輩のいない軽音部は 寂しい

しかし 懐かしいものがあった

同級生だけの頃の 独特の空気

あどけない部員の姿は微笑ましい


一年も経てば きっと後輩の喪失からも立ち直れるだろう

そう思い込もうとした

だがしかし

彼女はようやく 

いや 今更といっていい


部員全員との別れを この時になり勘付いた

21: 2010/09/22(水) 02:04:01.36 ID:crK62A4C0
まるで元の時空に於いて 卒業間近になるまで

別れを意識しなかったように


つまりは彼女は 


「どうしよう・・終わらせたくない・・・」


3年延長しても


何も変わっていなかった

23: 2010/09/22(水) 02:06:31.92 ID:crK62A4C0
そのまま 入学式が近づいた

彼女にとってのリミットは創部の日であるので

尚更近い



ブレスレットを外せば 元に戻る

卒業式前日に戻る

ただし 『無かったこと』 になってしまう

思い出が増えた分 それは出来ない


別れから逃げる為の逆行は ますます別れを辛くした




そのまま中学になれば もう二度と友人と会うことは無いだろう

この思い出を胸に秘め

過去 もとい 未来の栄光を懐かしみながら 幼くなっていく

24: 2010/09/22(水) 02:07:31.03 ID:crK62A4C0
「どっちも 嫌・・・」


両腕のブレスレットは 

彼女を過去へ縛りつける 手錠と化していた

25: 2010/09/22(水) 02:11:17.14 ID:crK62A4C0
―――――――――――


小学二年生の琴吹紬は 老紳士に出会った

「この金のヘアピンを装着していれば 時間が通常通りに進む」

と言う

思考は大分鈍ってきた

若くなればなるほど 多くのことを考えられなくなってくる

いや 最近は  殆ど記憶力が無いと言っていい

忘れてはいけない何かがある とだけ 認識していた



目の前の人間が言うことも 正直理解しきれない






しかし 決断せねば



26: 2010/09/22(水) 02:14:32.81 ID:crK62A4C0
綺麗だから

そんな理由で彼女はヘアピンを装着した

小さくて目立たないが 何だか素敵だ

ずっと付けてるようにしよう


そのまま また 砂場でともだちと遊び始めた




砂塗れの華奢な腕は 実に子供らしい

いつかその腕に 手錠が掛けられるとは

誰も知る由も無く



終わり

28: 2010/09/22(水) 02:26:55.60
無限ループかよ…

29: 2010/09/22(水) 02:31:49.30
ループEDか……

引用元: 紬「りぴーと!」