1: 2012/03/20(火) 00:16:31.33 ID:w6WI9rxG0

澪「また今日もネットカフェか…」

財布の中身を眺めつつ、澪はポツリとそう呟いた
どうしてなんだよ、今日こそは、久しぶりに宿屋で眠れると思っていたのに!
日雇いの仕事もちゃんとあったし、食費も極力抑えたはずだ
それなのにどうして、たかだか一晩3000円が出せずにいるのだ?
もう3日も連続でまともに横になって寝ていない
毎度のこととは言え、もう我慢の限界だ

澪「ちくしょう…!」ガッ

そばにあった簡易旅館の看板に、思い切り悪態を付いた
しかし、そうしたところで何かが変わるわけではない
足取りは自然と、常連となったいつものネットカフェに向かっていた

9: 2012/03/20(火) 00:26:50.79 ID:w6WI9rxG0
ネオンがきらびやかな繁華街を一人歩く
時間は九時を回っていて、本来なら世界はもう真っ暗なハズだが
奇妙なまでに明るい電飾がいたるところにあるお陰で
この辺りはまるで昼間のように光に包まれている

澪「嫌いだな、この道」

いや、嫌いと言うよりか、怖いのかもしれない
もちろん、人がたくさん居るからだとか
キラキラ輝く看板がうっとおしいからとか言う理由ではない

むしろ、そのような光の世界は好きな方だ
怖いのは、光からそう遠くないところにある、陰の世界…

路地裏に目をやると、行き場を失ったホームレス達が
段ボールにくるまり、まだまだ寒い外の空気に耐えている

それはまるで、明日の自分を見ているように思えるのだ

12: 2012/03/20(火) 00:37:02.49 ID:w6WI9rxG0
何分歩いただろうか、やっとネットカフェにたどり着いた
しかし、気分は決して良くならない。むしろ、さらに悪くなった

これは私の自論だが、ネットカフェというところは
およそ人間が眠ることのできる場所では無い

理由は2つある。1つは、基本的にすべてが不衛生なのだ
アリ、ゴキブリの出没は日常茶飯事
畳のあるスペースで横になったら、翌朝にはダニに食われていたこともあった
最近建った場所や質のよい店舗に泊まればそういうことは無いが
なにぶん料金が高くなってしまうのでやめておく

16: 2012/03/20(火) 00:51:51.05 ID:w6WI9rxG0
そして二つ目の理由、
部屋と部屋との仕切板が薄く、隣の音が筒抜けなのだ

大したことないじゃないか、と思われるかもしれないが
実は、これはネカフェで宿泊する上で最も厄介な問題であったりする

例えば隣がナリの良いサラリーマンなら、なんの問題もないだろう
普通に眠れるし、普通に目覚めることが出来る
しかし、大抵やってくるのは汚いおじさん、さもなければカップルだ
こうなると、まったくもって安眠など出来ない
前者なら歯ぎしりや酷いイビキ、後者なら喘ぎ声に愛の言葉
どちらにせよ、究極的に眠りの障害になるわけだ
まあ、一晩、二晩泊まるだけなら我慢できるが
頻繁にとなるとノイローゼになってしまう

そういうことで、私はネカフェが大嫌いなのである

17: 2012/03/20(火) 01:02:08.44 ID:w6WI9rxG0
しかし、そう不満ばかりも言って居られない
時計の針はもう11時を示している

澪「今ナイトパックで入れば、七時までは大丈夫だな」

などと哀しい計算をした後で、渋々と店内に入る
ふと、店員と目があった。女子高生のような幼い顔立ちだ
黒髪にツインテールという髪型は、どことなく、高校時代の後輩に似ている
その店員自体は初めて見る顔だったが、私は妙に親近感を覚えた

店員「ナイトパックをご使用ですね?」ニコッ

微笑みながら、そう訪ねられた
ほう、声も少し似ているな

20: 2012/03/20(火) 01:16:08.68 ID:w6WI9rxG0

澪「お、お願いします」

店員「はい、少々お待ち下さいね」

ますます、似ている。
自然に、高校時代の思い出がすっと、頭をよぎった
あぁ、あの頃は、すっごく楽しかったなあ…

しかし、私はそこで小さな違和感を覚えた

澪(…なぜ、コイツは私が一泊すると分かったのだろう?)

いくら深夜の時間帯とは言え普通なら、何時間利用するか聞くはずだ
馴染みなら、聞かなくても分かるのが普通なのかもしれないが
この店員に接客してもらったのは今日が初めてなのに…
そこで、ふとヤツの顔を見て気づいてしまった

澪(こいつ、鼻を…鼻を、抑えてやがる!!)

22: 2012/03/20(火) 01:25:40.90 ID:w6WI9rxG0
そう言えば、昨日は疲れていてシャワーを浴びなかった
いや、もしかしたら、一昨日も、その前も…

澪「わ、わわ私、もしかして…」

目の前が真っ暗になり、ハンマーで殴られた気がした
急に、自分と、自分の置かれている状況が怖くなってきた
ぶつぶつ文句を言っている暇はない。早く、状況を改善しないと!

澪(このままじゃ、本当にヤバいかもしれないぞ…)

とりあえず、入ってすぐにシャワーを浴びよう
そして明日、明日こそは住所と定職を見つけないと…!

26: 2012/03/20(火) 01:38:37.80 ID:w6WI9rxG0
まさか、まさかの展開だった
今までにも何度か疑ってはいたが
今日ほど神様の存在を否定したくなった日はない

澪「部屋が…満席だ、と?」

夜空を見上げながら、またしてもポソリと呟く

これからどうすればいいのだ
近くのネカフェはみんな当たったが、どこも満席で使えない
不思議になって尋ねてみるとどうやら、電車事故が起きたらしい
おおかた、タクシー代をケチりたいがために
サラリーマンとかOLが一斉に宿泊しているのだろう

澪「この分だと、どこへ行っても無駄、となると…」

野宿の他に選択肢はない

30: 2012/03/20(火) 01:45:21.67 ID:w6WI9rxG0
二時間ほど公園のベンチに横たわって、気づいたことがある
外で眠ることを思えば、ネカフェは天国のような場所だということだ
ゴキブリが不衛生とか歯ぎしりがうるさいとか
もはやそんな次元ではない、最低最悪の寝心地だ

澪「これは、無理だな」ガタガタ

おそらくこのまま寝ていては氏んでしまう
震える体で、近くのマクドナルドへ逃げ込んだ

41: 2012/03/20(火) 01:56:11.19 ID:w6WI9rxG0
ネットカフェ難民とホームレスの間くらいの階級に
"マクドナルド難民" というものがあるのをふと思い出した
なんでも、ネカフェに泊まる金は無いが野宿は嫌だという人が
マクドナルドで100円コーヒーを頼んで、朝まで過ごすのだそうだ
机につっぷしてしまっては追い出されるかもしれないが
背もたれによりかかる分にはセーフとか、いろいろ決まりがあるらしい

澪「まさか、私がそうなるとは思いもしなかったけど…」

ホットコーヒーを片手にそんな愚痴を言ってみたが
そんな中で、すごく安心している自分があった

寝転ぶことも、シャワーを浴びることも出来ないけれど
屋根がある、他に人がいる、それだけで
外とはまったく違うんだなあと、これもまた新たな発見だった

45: 2012/03/20(火) 02:08:29.38 ID:w6WI9rxG0
コーヒーを飲みほしてしまった
こうなると追い出されかねないので、新しく何か注文しに行く
お腹が空いたなあと思い、ハンバーガーを頼んだ
そう言えば、夕ご飯もろくに食べていなかった

店員「ご一緒に、ポテトもいかがですか?」

マニュアル通りの無機質なセリフがやけに脳内に響く
ふと、高校時代の思い出がフラッシュバックする。本日2度目だ

そうだ、この言葉、この何気ない言葉に
憧れを抱いていた友達が居たっけ。綺麗なブロンドの…

気がつくと、ハンバーガーと
頼むつもりの無かったポテトを机の上にのせていた

47: 2012/03/20(火) 02:20:46.06 ID:w6WI9rxG0
今日はヤケに、過去の思い出が甦る日だ
それこそ、誰かが仕組んだみたいに…
もちろん、本当のところはただの偶然なんだろうけど

澪(ムギと、梓か。今ごろ何をしてるんだろうな…)

ムギはお嬢様だから、良いところのボンボンと結婚して
今は優しい奥さんになっているんじゃないか?

梓は、分からないな…多分、キャリアウーマンだな
結婚とか恋愛とか、あまり興味なさそうだったし

そんな風にいろんなことを考えているうちに
外にはもう日が昇っていた

48: 2012/03/20(火) 02:32:28.22 ID:w6WI9rxG0
一睡も出来なかったにしては、とても体調が良い
今日ならどんな仕事でも出来るんじゃないかとさえ思う
唯一の仕事道具である携帯を開き、メールを確認する

新着メール:1件

登録している日雇い派遣会社からのメールだった
どうやら運良く、今日も一日仕事にありつけるらしい

澪「なんにせよ、取りあえず給料が貰えないと生きていけないからな」

いつものように業種や詳細は書かれていない
持ち物と場所、日給のみが記載されているだけだ

明らかに手抜きの対応だが、文句も言っていられない
幸いにも場所はここからすぐ近くだ。歩いて行こう

52: 2012/03/20(火) 02:42:19.88 ID:w6WI9rxG0

澪(しまった、今日のはハズレだ)

集合場所に着いた途端、顔から血の気が引いていくのが分かった
持ち物に耳栓とマスクを2枚以上なんて言うから
これは絶対おかしいとは思っていたけど、ここまでとは…

作業長「それでは各自にハンマーを支給しますから…」

ハンマーを支給って、なんだそれはコントか!
いや違う、これは決して笑いごとではない
ビルの解体作業なんて未経験もいいとこだが
とてつもなくヤバい、ということだけは分かる

澪(もう…帰りたい)


54: 2012/03/20(火) 02:56:44.45 ID:w6WI9rxG0
解体の対象となるビルは、かなり昔に建てられたものらしかった
なんでも、去年までそこに本拠地を構えていた大会社が
不況の煽りを受けて倒産したがために、必要でなくなったらしい
当時は大ニュースとして国中を騒がせたらしいが
なにぶんテレビを見ていない、と言うか見られないので知らなかった

作業長「解体時にでる粉塵は絶対に吸い込まないで下さい」

作業員A「規定に従わなかった場合、命の保証はありません!」

ほらきた、絶対に危ない仕事だと思っていた
それにしても、命に関わる作業なのに市販のマスクで大丈夫なのか?
正規の作業員はちゃっかりガスマスクとか装着してますけど…

気にはなったが、考えると怖くなってくるので
なるべくこの件には触れないでおこうと誓った

澪(要は、吸い込まなければ大丈夫なんだから…)

55: 2012/03/20(火) 03:10:55.79 ID:w6WI9rxG0

作業長「それでは、作業を始めます!まずはこの鉄筋を…」

来たか!マスクを二重にセットし、氏の粉塵に備える
背中には早くも冷や汗をかいていた

澪(うぅどうして私がこんなこと…)

あの作業員の言葉が、脳内で何度もリピートされる
氏ぬかもしれないと考えると、今にも逃げ出したいのが本音だ

澪(…途中でこっそり、抜けてしまうかなぁ)

確かに仕事は大切だが、命には変えられない

57: 2012/03/20(火) 03:19:03.59 ID:w6WI9rxG0

作業員B「おらぁ!そこぉ!」

澪「ひいっ!す、すすすいませぇっん!」

ヤバい、逃げようとしていたのがバレたかな…?
やっぱり途中で抜け出すのは無理がありそうだ

そうなるとなにか、仮病でも使うしかない
とにかく、この仕事はしたくない、しちゃいけない、とにかく!

澪(気分が悪いとかが、妥当かな…)


58: 2012/03/20(火) 03:30:18.99 ID:w6WI9rxG0

澪「すいません、すいません」

防護服とヘルメットにガスマスクを装着した正社員に話しかける
こっちは市販のマスクとワケの分からない制服なんだから、大した待遇だ

作業員C「なんだ?派遣の人?」

明らかに派遣を見下した態度が尺に触るが
これから仮病を使って逃げるのだから、文句は言っていられない
まあ、女だと言うことをアピールすれば、そう難しくも無いだろう

澪「気分が悪くなってしまって…早退したいんです」

作業員C「あ~、気分?そんなもので決められても困るわ」

ううむ、そう甘くは無いんだな…
こうなれば、マスクをとって女ということを知らせるしかない

62: 2012/03/20(火) 03:41:33.43 ID:w6WI9rxG0

澪「あの…、すいません、でも…」スッ

マスクを取って、猫撫で声で訴えた
これでもダメなら、もう走って逃げるしかない

作業員C「………」

作業員はにわかに驚いた顔に変わった
いや、正確には、ガスマスクを着けているので表情は伺えないが
それでもなんとなく、驚いているんだと言うことは分かった

作業員C「お前……………」

騒音とガスマスクのせいで、相手の声が良く聞こえない
でも取りあえず、いけないと言っているわけではなさそうだ

私はぺこりと頭を下げ、早々にその場を後にした

65: 2012/03/20(火) 03:54:52.60 ID:w6WI9rxG0
その時だった
全く予想もしていなかった出来事が起こった

作業員C「待て!」ガシッ

澪「!!!?」

心臓が止まるかのような衝撃だった
昔の私なら、確実に気絶していただろう

澪(なにか、気に障ることでも言ったのか…?)

作業員C「……澪、秋山澪、だよなっ?」

またも心臓が止まりかけた
どうして私の名前を知ってるんだコイツは!?
派遣先では番号で呼ばれるから、名前なんて伝えてないのに…

おそるおそる後ろを振り向くと、なおも予想外のことが起きた

澪「律…?」

69: 2012/03/20(火) 04:03:25.55 ID:w6WI9rxG0
気がつくと、私はまたマクドナルドに居た

澪(夢だったのか…?)

一瞬そう疑ったが、そうでは無いことはすぐに分かった
懐かしい顔が隣で座って笑っていたから

律「やっと目が覚めたかあ」

律がまだ作業服であることから察するに
おそらく、私はあの場で気絶してしまったのだろう

まあ、自分のことながら、無理もないと思う
…きっと、律がここまで運んできてくれたのだろう

澪「…すごく、驚いた、から、、、」

私はようやく言葉を発した

律「変わらないな、澪は」

71: 2012/03/20(火) 04:15:35.54 ID:w6WI9rxG0

澪「…律は、最近、どんな感じなんだ?」

聞かれる前に、聞いた

律「私か? どんな感じも何も、あんな感じさ」

はぐらかすような言動から見るに、多分言い辛いんだろう
でも、これで最後になるかもしれないんだ。聞いておきたい

澪「大学出てから、どんな風に進んだのかなっ、て」

律「うん、まあ、そうさな…」

律は恥ずかしそうに眉の上を掻いた
学生時代から自慢のおデコは、今でも健在だ

やがて、決心したように真剣な顔つきになる

律「…なあ、澪、甘い言葉で誘う男には、ロクな奴が居ないな」

76: 2012/03/20(火) 04:24:27.20 ID:w6WI9rxG0
どういうことかは、聞かずとも、なんとなく、分かった

澪「…騙されたりしたとか?」

律「騙されたって言うか、…要はアレさ」

澪「アレ?」

律「…逃げられた、かな」

なるほど、それであんな仕事をしていたのか
いくら正規雇用だからと言って、あれをやりたくてやってる人は居ない

澪「でも、律は偉いよ、私なんて仕事すら…」

ここまで来たら、見栄を張らずに話してやろうと思った

77: 2012/03/20(火) 04:35:24.96 ID:w6WI9rxG0
しかし、それを制止したのは、他ならぬ律だった

律「止めろよ、辛気くさいのは面白くないってぇ!」

律は私に気を使ってくれたのだろうか
詮索しないどころか、話を遮るなんてよっぽど…

澪(でも、そういうところが律の良いところなんだよな…)

さらに、律が話を続ける

律「そう言えば澪、最近さ、楽器、触ってないだろ?」

澪「…う、うん、社会に出てからはいろいろ忙しくてな」

本当は、お金に困ってすぐ売っちゃったんだけど
そんなところで無駄に話を長くする必要はない

律「んっじゃちょっと付いてきてん♪」

79: 2012/03/20(火) 04:44:15.95 ID:w6WI9rxG0
律が連れて行ってくれたのは、小さな楽器店のようなところだった

澪「…ここ、楽器店だよな?」

律「ご名答!でも、ただの楽器店じゃあないんだぜー」

澪「…?どういうことだ?」

律「まあ、中に入れば分かるって」

澪(…律が経営してるのか?)

80: 2012/03/20(火) 04:59:22.50 ID:w6WI9rxG0
律が中に入れば分かると豪語していた割には
入っても大して変わったものは無かった
店員さんも普通だし、店内もいたって普通だ

強いて言うなら、店内にあるポスターや置物、サインなんかが
私が昔好きだったロックアーティストのものが多い気がした
あとは、規模の割にレフティ仕様の楽器が多く販売されていた

澪(でも、別にそこまで変わっているものは無いよなあ…)

律「…どうだ?ビックリして声もでないか?」

まったく分からない
なぜ律はこんなにニヤニヤしているんだろう?

82: 2012/03/20(火) 05:06:09.19 ID:w6WI9rxG0

澪「…なあ、律」

律「なんだ?」

澪「…この店の、どこがどう凄いんだ?」

聞いてしまうのは恥ずかしい気もしたが
まったく分からないのだから仕方無い

律「え~、分かんないのかよぉ」

澪「分かんないから聞いてるんだろ?」

律「ヒントは店員さん」

澪「店員さん?」

84: 2012/03/20(火) 05:14:19.32 ID:w6WI9rxG0

澪「店員さんならさっきも見たよ、普通の人だったろ?」

律「そうじゃないんだって、これは」

律はやれやれと首を振った

律「もう一度、きちんと見て見ろよ」

ワケが分からなかったが、言われた通りにやってみた

栗毛のゆるいパーマのロング、茶色い瞳、落ち着いた身のこなし
背は高くも低くもないけれど、すっきりした顔立ちで大人らしい…

確かに美人だが、絶世の美女と言うほどでもないし…

澪「やっぱり普通の女の人じゃないか?」

87: 2012/03/20(火) 05:22:15.80 ID:w6WI9rxG0

律「んだよぉ、分かんないのか…」

「分かるもなにも、変なところなんてどこにも無いだろ?」
そう言おうとして、ハッと気づいた
店員さんのことではない、レジの後ろの棚を見たのだ

澪「…写真、、、」

そこには、高校の軽音部で一番初めに撮った写真が置かれていた

律「…写真? あ、本当だ」

気づいてなかったのかお前は

90: 2012/03/20(火) 05:30:01.97 ID:w6WI9rxG0

澪「あ、あれが飾ってあるってことは、このお店ってもしかして…」

律「そうだぜ~」

澪「じゃ、じゃあ、あの店員さんはもしかしてムギ…」

律「唯な」

澪「!!?」

なんともまあ、人は変わると言うけれど
ここまで劇的に変わるもんだなんて、信じられない

95: 2012/03/20(火) 05:39:27.57 ID:w6WI9rxG0
その晩は、三人で飲み明かした
近くのスタジオを借り、お店の楽器でセッションしたり
高校・大学時代の思い出話に花を咲かせたりした

久しぶりにシャワー浴びたり
きちんと横になって眠ることも出来たので
文句無しに楽しいひとときだった

そんな中で、唯が時折寂しそうな目で遠くを見つめているのを
私と律はまったく気づいていなかった

98: 2012/03/20(火) 05:49:48.16 ID:w6WI9rxG0
翌朝は、前日にも増して体調が良かった
この調子だと、ビルの解体工事もいけそうな気がしたが
日雇いだし、今日も同じところへ派遣されることは無いだろう
私は二人に別れを告げ、携帯を見ずにハローワークへ向かうことにした

それにしても、どうしてこんなに立て続けに
高校時代の思い出が甦るような出来事ばかり起こるのだろう

澪(ここまで来ると、もう偶然では済まされないよな)

なにか、これは運命のような気がする
何が起こるかは分からないけど、きっとなにかが起こる

そんな気がして、ならなかった

101: 2012/03/20(火) 05:58:46.79 ID:w6WI9rxG0
ハローワークに着くと、そこは既に超満員だった

澪「平日の昼間なのに…さすがだな」

見渡す限り、誰もが職を探していた
定年間近のおじさんから、高校生まで
男も女も、ホームレスのような人も、高学歴そうな人も
まさに老若男女が集っている感じだ

澪(私も、負けているわけには行かない)


104: 2012/03/20(火) 06:09:46.20 ID:w6WI9rxG0
しかし、超氷河期の大寒波は、私の想像を遙かに越えて厳しかった
新卒以外が企業に採用されようと思うと、資格や経験が必要になるのだ

澪(資格も経験も、そんなに大したものは持ってないなからな…)

今日は無理かもしれないな…
やはりまだ当分はバイトと日雇いで食いつなぐか

ふと立ち上がって周りを見渡してみると
やってくる人は多いのに、帰る人はほとんど居ない

澪(…やっぱり、もう少し頑張ろう)

席にもう一度腰掛け直し、またも画面とニラメッコを続ける

106: 2012/03/20(火) 06:20:11.55 ID:w6WI9rxG0
隣の人が席を立ち、画面から離れた
表情や態度を見ると、どうも良い結果では無かったようだ

澪(みんな、大変なんだな…)

周りの空気はとても殺伐としている
なんだか、ただ座っているだけで自然に
ストレスが溜まってしまう、恐ろしい環境だ

隣の席に、また違う人が腰を下ろした。その間、たった数秒程度だ

澪(職を探す人は、本当にたくさんいるんだな)

何とはなしに隣をチラリと見る、その瞬間、席の人とふと目が合った

107: 2012/03/20(火) 06:28:32.15 ID:w6WI9rxG0
それは、見覚えのある顔だった
かつての軽音部のメンバーだった、最後の一人だ

澪「ムギ…!」

紬「澪…ちゃん?」

澪「久しぶりだな~!」

会いたいとは思っていたが
まさかこんな場で会うとは思ってもみなかった

紬「澪ちゃん、なぜ、こんなところに…?」

それはこっちのセリフだろう
校内一のお嬢様だったムギが、なぜハローワークに?

109: 2012/03/20(火) 06:36:41.15 ID:w6WI9rxG0

澪「ムギこそ、どうして居るんだ!?」

ムギは、一瞬すごく驚いたような顔をした
そして、少し疑うような、確認するような目で、こちらを見る

紬「み、澪ちゃん…、本当に知らないの?」

澪「…知らない?」

もちろん、知らないから聞いているんだろう

紬「…ニュースとか、見ないの?」

澪「最近は、全然見てないな」

紬「そう……」

114: 2012/03/20(火) 06:49:06.32 ID:w6WI9rxG0
話を聞いてみると、ムギの家の会社は半年も前に倒産していたらしい
あの解体作業のビルも、元はおそらく琴吹家のオフィスだったのだろう

紬「少し前まではお金があるせいで何も出来ずに悩んでいたけど…」

紬「お金が無い方が、よっぽど何も出来なくなるんだって分かったわ」

これまでの自分のことを話している間
ムギは終始悲しそうな表情を浮かべていた

澪「ムギ…一緒に頑張ろうよ」

紬「どうもありがとう、澪ちゃん…」

116: 2012/03/20(火) 07:06:57.93 ID:w6WI9rxG0
その晩は、ムギと簡易旅館に泊まることになった
結局、ハローワークで採ってきた仕事は一つも無かったが
それ以上に、今日の行動は意味があった気がした

澪「ムギ、実は私にはアイディアがあるんだ」

紬「アイディア?どんな?」

澪「生活を再建するためのアイディアだな、それも明確な…」

紬「聞かせて聞かせて!」

澪「名付けて、放課後ティータイムネットカフェ作戦」

紬「まあ!」


根拠こそ無かったが、春はすぐそこだ、そう感じた
厳しい寒さの果てに訪れる春の音色を、私は、聞いていたのだ



119: 2012/03/20(火) 07:12:33.32
えっ

123: 2012/03/20(火) 07:57:49.28
終わり方ワロタ

120: 2012/03/20(火) 07:15:15.29 ID:w6WI9rxG0
ていうか本当は野宿する場面で軽音部のこと思い出すときに
実はそれが走馬燈で翌朝には澪は氏んでいて終わりだったんだ
かわいそうになって生存させたらオチが着かないのなんの
結局大したことない締めくくりで徹夜だからやりきれないよ

129: 2012/03/20(火) 09:49:04.91
ワロタ

引用元: 澪「ねかふぇ!」