2: 2015/04/05(日) 19:55:17.41 ID:x7DyHDoIo


寒くて厳しい冬から暖かくも彩った春の音が聞こえてくる。

ぼっち生活だったはずが、周りに気をかけてくる奴らが増えたものだ。

誰にも何も期待しているつもりはなかった。

これ以上人を信じるつもりもなかった。

でも、どこかで本物が欲しいと願っていた。

いまだにそれがどんなものかを具体的に表現するのは個人的に憚るが

今の自分が過去の自分に比べて弱くなったとは思わない。

俺は俺で変わったんだと思う。小町あたりはニシシと笑いながらそう言うだろう。

だから、柄にもなくたまには素直に感謝の言葉でも伝えてみるのも悪くないんじゃないかと。

登校中の桜を見ながら、ふとそんな考えが過る。

3: 2015/04/05(日) 19:55:56.22 ID:x7DyHDoIo
「おはよう。比企谷君」

「……うす」

「相変わらず覇気が無いわね。小町さんの入学も決まったというのに」

「悪いな、少し考え事をしてたんだ」

雪ノ下は変わらない。いや少しは変わったのか。

「もう春なんだなと、少し思っただけだ。桜も咲いたことだしな」

「そうね、きっと由比ヶ浜さんがお花見をしましょうと誘ってくることでしょうね」

「ボッチを引っ張り出すのはマジでやめてほしい。HPなんてあってないようなものなんだぞ」

「あなたはもう少し外に出なさい、引きこもり谷君」

なんてことはない日常だ。それでも一年前の俺には関係ないただの風景だった。

映し出されたモニターのコントラストとカラー設定を行い傍観するだけの世界。

4: 2015/04/05(日) 19:56:37.41 ID:x7DyHDoIo
「別にいいじゃねえか。誰にも迷惑かけてないだろ」


「由比ヶ浜さんが提案したらもう諦めなさい。私は諦めたわ」

対等な関係を構築することなんてないと思っていた。いつだって見えない壁が距離を生み上辺と建前が横行する世界。

それはたぶんこいつも一緒だろうな。由比ヶ浜という友人が出来たからか最初に奉仕部であったときより

柔らかい雰囲気が出るようになってきたのはわかる。

感情が表情に出るようになったのはいつからだったか。

由比ヶ浜さんパネェっす。

「あら、いつもよりほんのごくわずかにその腐った瞳が色づいているわ。世界の終末が近いのかしら」

「俺の目の変化がどんだけ世界へ影響を及ぼすんだ。どんなバタフライエフェクトだそれ」

「大丈夫よ、冗談だもの」

何よりこんな冗談を言う関係になるとはね。

5: 2015/04/05(日) 19:57:26.63 ID:x7DyHDoIo
「そろそろ校門ね、ではまた放課後会いましょう」

いつからこうなったのか、いつからこうだったのか。気づけば変わっていた。

高校2年目の一年が俺の環境を変えるのには十分すぎるものだったのは言うまでもなく

今思えば、決して悪くない一年だったことは認めざるを得ない。

だから、春の陽気にあてられて少し口が滑ることもあるだろう。

「雪ノ下。これからもよろしくな」

ふと、雪ノ下の足が止まる。俺もそれに合わせて振り返る

「どうした?」

「いいえ、少しびっくりしただけよ」

まぁ、こんなこと普段言わないからな、とても普段の俺では考えられない。

「あなたが素直になることがあるとはね」

当たり前だろ、小町や戸塚はむしろ素直な俺しか知らんぞ。

何よりも自分に対しては正直だぞ。働きたくないでござる!


6: 2015/04/05(日) 19:58:01.51 ID:x7DyHDoIo
「あぁ、お前とはこれからも仲良くしたいからな」

「……どうしたのかしら、気持ち悪いのだけれど」

「今日の占いは素直になれって言われたからな、それだけだ」

俺と雪ノ下の距離は2歩程度、その間を春の風が撫でる。

「そう、あなたらしくないわね」

でしょうね。誰より俺が一番わかってる。春は少しだけ優しくなるような気がしただけだ。自分だけじ
ゃなくほんの少しだけ人にもな。

二人の距離は変わらない、いつだってその身をもって正義と振りかざす雪ノ下と、人の嫌がるやり方でしか解決してこなかった俺の距離。

ただ、お互い認められる存在。今の俺たちはそのぐらいがちょうどいい。

だから次の言葉は耳を疑うくらいがちょうどいい。

7: 2015/04/05(日) 19:58:51.48 ID:x7DyHDoIo
「でも、そうね。私は捻くれ者で人の意見を屁理屈で受け流すより、素直な言葉を言えるあなたのほうが好きよ」

「……おい、あんまりそういうこと言うなよ。好きになっちゃうだろうが」

「構わないわよ。好意を持たれるのは慣れているもの」

いつものやり取りだ、雪ノ下雪乃と比企谷八幡の関係。

いつもと違うのは、彼女の強さと美しさが際立つその表情。

美人のほほえみとはそれだけで絵になる。それは世界の画家や写真が証明してくれたものだ。

俺は精一杯の強がりをもって、吐き出すようにこう告げる。

「雪ノ下、俺お前のこと好きだ」

8: 2015/04/05(日) 19:59:17.36 ID:x7DyHDoIo
思ったよりすんなり出た言葉に驚きつつも、俺はその目を見つめると、雪ノ下も俺をまっすぐに見ていた。

一瞬なのか、数秒なのか、もしかしたら数十秒かもしれないし、1分程度あったのかもしれない。

そのわずかなのか長い間なのかもわからない時間、二人だけの時間があったと思う。

だから、こんな空気にしないでいつも通りの罵倒を返してくれないと困るんだが。

「……そう、あなたが私のことをね」

「……お、おう」

あーあ、やっちまった。もっと冗談っぽくなるはずがマジっぽい感じじゃん。どうすんのこの雰囲気。

そこはさ、数々の男どもをちぎって投げたように俺にも言えばいいんだけど。

雪ノ下さんは空気読める子でしょ。どんな時もはっきり言えるでしょ。俺が欲しいのそういうのじゃな
いからね!

9: 2015/04/05(日) 19:59:43.52 ID:x7DyHDoIo
「あの、さっきのはなかっ!」

たことにしてほしいと流そうと続けるはずが、唇が暖かく湿った。
感触がしたと思ったら、俺の胸に雪ノ下の顔が埋まっている。

落ち着けと言い聞かせつつ、状況が把握できない。
周りを見渡すと、俺を中心に時が止まっていた。

ぼっちが目立ってしまった瞬間である。

「ゆ、雪ノ下さん?あの、今のは……」

「今のは求愛行動よ。わからないの?」

いや、わかるとかわからないではなく理解ができない。おかしいよね、俺が間違ってんの?

確かに世界の方が常々間違ってると思ってるから、俺間違ってない。よし、QED証明終了。

10: 2015/04/05(日) 20:00:15.24 ID:x7DyHDoIo
「ちげぇ、理解ができないってこった!お前なんで公共の場で何してんの!ぼっちは目立っちゃうことを一番忌避するっての!」

「好意に答えたのに理解できないなんて、本当に国語学年3位の台詞かしら」

あー、やっぱりそういうことなのかー。もしかしたらなんていつも勘違いして終わるのに、今回このタイミングで俺リア充になっちゃう系!?

こうなるとウェイウェイとか言っちゃう俺マジconfusion。

「あなたのことだから、言葉で伝えるより行為で伝えないと伝わらないでしょ。好意だけにね」

誰がうまいこと言えと。あとその首かしげる仕草やめてもらえませんか、かわいいから。

「いや、理解できるから、マジ俺COOLだから、それよりあの、自転車倒れているんで起こさないとダメなんだけど」

「大丈夫よ、まだHRまで5分以上あるわ」

11: 2015/04/05(日) 20:00:44.93 ID:x7DyHDoIo
そういうと俺の胸に顔をうずめてすりすりする雪ノ下、あれ、天使がいる。戸塚だけじゃない?天使って他にもいるの?

って俺の心臓はもう5分ももたんわ。なにこのかわいい生き物。あれでしょ夢でしょ。これ、きっとそう。間違いない!

一通り現実逃避をしたものの、俺の胸元には雪ノ下がいることに変わりない。現実は非常である。

「頼むから!後でなんでもするから」

言った瞬間空気が変わった。具体的に言うと待っていたといわんばかりに雪ノ下がにこやかに俺の目を見つめて言う。

「なんでも?」

人は失敗して、経験を重ねていくものだ。それは間違いない。ただ俺は自分の胸に女性が顔をうずめる
なんて経験をいまだかつてしたことがない。

だから対処なんて想像したこともなければ、わかるはずもない。よって俺に残された道は雪ノ下の言うことを聞くだけだ。

「そうね、それならまずは……」

右手を顎に添えて、考えるその姿も様になるは美人の特権か、などど他人事のように達観していると雪ノ下は悪戯っぽく微笑むと優しい声音で言葉を告げる。

「今すぐ抱きしめてもらえるかしら」

今日は早退しよう、明日は休もう。もう八幡のライフはゼロよ!そう考えながら俺は雪ノ下の肩を包み込むように抱き返した。

16: 2015/04/06(月) 07:33:49.62 ID:SJj0pqdIo

昼休みになると、みんな一斉に騒がしくなる。

その喧噪を避けるようにベストプレイスへと席を立つ。

戸塚はいつものジャージ姿でテニスコートへ向かっていった。

葉山グループはいつものように騒がしく、由比ヶ浜も三浦や海老名さんと談笑をしている。

コンビニで買ったパンをもって教室を出ようとすると、珍しく声がかかる。

「小町も合格したんだよね、おめでとう」

「おう、そっちもな、ただ弟が合格しても小町は嫁にやらんぞ」

「こんなんじゃ、小町の将来が心配だよ」

「俺はお前の弟の将来に何の心配もしてないから安心しろ」

「それは、興味がないって意味だろ」

あ、やっぱりわかります?


17: 2015/04/06(月) 07:34:24.55 ID:SJj0pqdIo
握られた手にはバンダナで包まれた箱と、30cmほどの水筒。

「川崎、お前も外で昼か」

「そうだよ、あんたと一緒に食べるためにね」

何故だ。一緒に食べる理由なんてないぞ。

「あれ、聞いてない?」

そういうと、川崎は携帯を取り出して画面を見せてきた。

『沙希さん、お祝いなんて気持ちだけで大丈夫ですよ!あ、でもどうしてもというなら兄と食事してください!あ、これ小町的にポイント高い!』

何なの、小町は俺をどうしたいの。

少々あきれながらよく見ると川崎の頬はうっすら赤みを帯びている。

おいおい、そんな顔するなら誘うんじゃねえよ。

18: 2015/04/06(月) 07:34:54.14 ID:SJj0pqdIo
「あはは、というわけでさ、お祝いごとは共有しようと思ってね」

「……わざわざそこまでしなくても」

「別に夕飯の残りだから!気にしないであんたは食べればいいの!」

「わかったよ。じゃ、俺のお気に入りの場所で良いか?」

「邪魔にならなければ、どこでも良いよ」

普段なら一人にさせろくらい言うところだけどな、そこまで空気を読めないわけじゃない。

だから、いつも通り振る舞うハズが、つい余計なことをいうことだってあるらしい。

「でも、お前の弁当なら、安心だな」

「……あんたの周りに安心できない料理を作る人なんかいるの?」

「由比ヶ浜の料理は凶器だ。むしろ一撃必殺まである」

クッキーと呼ばれるはずのものを、ジョイフルホンダで売っている炭的な何かにできる能力の持ち主だが

世の中知らなくていいことというものは往々にしてあると俺は思う。

19: 2015/04/06(月) 07:35:23.64 ID:SJj0pqdIo
足を運んだのは、いつもの場所だ。

遠目にはテニスコートで練習している戸塚の姿も見える。

「ここがあんたの場所か」

正直そんなにいいもんじゃない。

ぼっちが気楽にできる場所なんて往々にして人気のない場所だからな。

「そうだな、晴れてる日はたいていここにいるぞ」

「あんたは部室とかいかないの?」

「部室は部長様の居場所だからな、ただでさえ少ないHPを削る必要はあるまい」

どうしたら人はあんなにも攻撃の手を緩めずに無双することができるのだろうか。

言葉という名の暴力は、いつだって俺に冷たい。

20: 2015/04/06(月) 07:35:50.45 ID:SJj0pqdIo
そんなことを話していると、バンダナを敷き物とした弁当が広がった。

中身はハンバーグにから揚げ、卵焼きにスパゲティと子どもが好きそうなメニュー。

あとはヒジキに漬物か、残り物とはいえ一応バランスも考えているらしい。

「へー、なかなか上手いもんだな。これだけの量毎日作ってるのか」

正直主夫志望ではあるものの、毎日こんなに気合を入れて作れるほど俺のモチベーションは高くない

どちらかといえば、数品を大量に作って何日か持たせるような作り方の俺からすると

多くの種類を用意するほうが面倒だ。

「ローテーションさせてるからね、言うほど多いわけじゃないよ」

そういう川崎の顔は優しい。ホントブラコンでシスコンだなこいつ。

「じゃあ、毎日食べられる大志と京華は幸せものだな」

「毎日食べてると、当たり前になるからね。ごちそうさまと言ってもらえるだけ十分さ」

そういうものか。小町に作ると毎回ありがとうが返ってくるからな、行儀がいいのは誰に似たのか。

21: 2015/04/06(月) 07:36:30.40 ID:SJj0pqdIo
手際よく飲み物まで用意が終わると、いただきますという声とともに箸が渡される。

「お前、たかだか一回俺と食事するだけなのに、何で新しい箸が用意されてるわけ」

「何故って、あんた分かんないの?」

わかるわけがない。こちとら察しは悪くないほうだが、それだけのことをされるいわれはない。

「今年一年あんたにはお世話になったからな、私のことはもちろん、妹の京華のことも見てくれたし、それにまた妹があんたと遊びたいって。だから、こんどはうちに来てほしいからその交渉も兼ねてね」

「別に礼なんていうほど大したことはしてないし、遊ぶのは構わないが……」

外じゃないなら不審者扱いされないからいいか。でも女子の家に行く機会なんてほぼないから、あんまりいきたくないんだけども。

「どうせお礼を受けたら終わりにするつもりだろ。施しを受けるのは好きじゃないから、長期戦に持ち込めば、あんたは首を縦に振らざるを得ないからね」

こいつ計画的すぎるだろ。何なのキラなの?デスノートにかかれて氏んじゃうぞ。

22: 2015/04/06(月) 07:37:06.49 ID:SJj0pqdIo
「ご飯くらいは出すから安心しな。それと大志と小町のお祝いを兼ねるつもりだから、来なかったら小町と大志が二人っきりになるかもな」

コイツ、ハナから俺に選択の余地なんてねえじゃねえか。

大志と小町の関係が進むことになんて想像も許さん。

「ちっ、そこまで外堀埋められたら行くしかねえじゃねえか」

「じゃ、決まりな!」

そう言うと、彼女ははにかんだ様に優しく笑っていた。

柔和な表情は、学校ではなく家族といる顔だ。

下の弟妹を優しく見守る瞳。

オカン体質だな、川崎。

「お前大志と京華の話をしてる時は、柔らかい表情するのな」

23: 2015/04/06(月) 07:37:38.00 ID:SJj0pqdIo
「あんたほどじゃないよ、シスコン」

イタズラっぽく微笑むなよ、かわいいだろうが。

「ほら、箸が進んでないぞ。どれが食べたい?」

ハンバーグ?唐揚げ?と聞いてくる姿は優しい姉そのものだ。

雪ノ下と雪ノ下さんのような複雑なものではない理想的な姿。

俺にこんな姉がいたらなー。

「一生面倒みてくれと言ってしまいそうだ」

あ、ヤバイ。声に出てた。と思いつつ川崎を見ると明らかに挙動がおかしい。何より耳が真っ赤である。

「はぁー!あ、あんた何言ってんの!」

聞こえていたか、まぁこの距離だからな。そりゃそうだ。でも大丈夫だ川崎、俺も氏ぬほど恥ずかしいぞ、痛み分けだ。

「それだけ弟妹を大事にできるなら、旦那も大事にできるだろ。間違いなく尽くすタイプだし」

24: 2015/04/06(月) 07:38:28.48 ID:SJj0pqdIo
川崎はそのまま止まってしまった、こういう時は畳み掛けるた方がいい、そして何食わぬ顔をしたほうがダメージはないはず。

そう考えていた俺のほうが浅はかだったことなど、その時まだ気づいていなかった。おもむろに口を開くと川崎は俺に質問してきた。
「あんたは尽くされたい?」

あれ俺の話?これはちょっと予想外です。でも世間一般なら尽くされたい男のほうが多いだろ。

メイド喫茶が流行っていることがその答えである。

「尽くされて嬉しくない奴いないんじゃねーの」

「そっか、比企谷は尽くされたいのか」

あれ、世間一般のはずが俺の話になってますか、そうですか。

でも、川崎が尽くすのか。普段ツンツンしてる奴が二人っきりになったら尽くしてくれるのか。

幼なじみで姉ポジションだったら間違いなく攻略対象じゃねーか。

25: 2015/04/06(月) 07:39:03.13 ID:SJj0pqdIo
改めて川崎沙希を見る。

容姿はかわいいよりキレイなタイプ。

性格は一人を好むものの、身内には厳しくも優しい。裁縫や家事全般いつでも嫁に行けるレベル。

スタイルは悪くない、むしろ手足は長くスレンダーで人目を引くほどだ。

「あ、あんまり見られると、恥ずかしいんだけど……」

気づかぬうちに思わず凝視していたらしい。

「わ、わりぃ」

あれ、なんでこんなことになっているんだ。

二人して顔を赤くしてるとか、どこのカップルだよ。

俺は急いで広げられた弁当を平らげた。味は悪くなかったと思う。

というより覚えてねぇ。

26: 2015/04/06(月) 07:39:32.29 ID:SJj0pqdIo
「ごちそうさま、悪くなかったぞ」

「もう少し素直な感想はないもんかね」

「照れくさくて味なんてよくわかんなかったんだから察しろよ」

「はー、これだから比企谷は」

そういうお前の方も耳が赤いままだぞ。俺は空気が読める男だから指摘なんてしないけどな!

「それじゃ、放課後は大志と小町のお祝いの準備に買い出しいくよ」

おいおい、張り切りすぎだろ。ホント弟好きだな。

川崎は手際よく弁当を片付けると、言葉を続けた。

「比企谷は食べたいものあるか?」

食べたいものか。別にパーティにするならチキンやポテトが定番じゃねーの?と考えていると予想外の言葉がかけられた。

「次の弁当の参考にしようと思ってね」

27: 2015/04/06(月) 07:40:19.49 ID:SJj0pqdIo
「いや、もう籠絡されたから。パーティするんだろ?」

そう言った俺への返答をする川崎の頬と耳は赤いままだ。

そして丁寧に言葉を選ぶように俺に話しかけてきた。

「私は尽くすタイプだからな」

知ってるから、さっきそう言ったし、ってこの口調三浦だっけ。

あれ俺の調子が狂ってるな。

川崎って結構距離詰めてくるのね、ちょっと八幡状況がよくわからないんだけどー。

そんな俺の精神状態を知ってか知らずか川崎は俺との距離を一歩詰めると、右手を伸ばしてきて

俺の頭をぽんぽんと二回撫でた。

マズイ、今俺の顔は赤い。なんだこの仕打ち!どうしてこうなった!

そのまま何事もなかったかのように川崎は俺の横を過ぎて教室に戻っていく、そして去り際に振り返ると

「またね、はーちゃん」

そう言うと、足早に教室に戻っていく。

川崎沙希は強く優しい奴という認識だったが、ここに来て情報に抜け漏れがあったらしい。

川崎沙希は照れた顔が可愛い、尽くすタイプの女の子にアップデートされた。

36: 2015/04/07(火) 22:19:51.39 ID:/UVudEJro
「せーんぱい!ちょっとかわいい後輩からお願いがあるんですけどー」

「怖くて聞きたくないんだけど」

「いやいやいや、ほら先輩もかわいい後輩のお願いごと聞きたいかなって思って」

「あ、そういうの小町で間に合ってるんで」

「可愛いなら、結衣先輩と雪ノ下先輩で間に合ってるとか先輩は鬼畜ですね」

「俺何も言ってないよね?話聞いてくれる?」

部室に向かう途中に声をかけてきたのは生徒会長で後輩の一色いろはだ。

養殖系、ゆるほわビッチ、腹黒いまでいかなくても、割と計算高い後輩である。

個人的なところもあって生徒会長にしたのだが、手伝いの依頼は依然として継続中である。

そもそも生徒会がそんなので機能してるの、大丈夫なの?副会長と書記とかで決めるんじゃないの。

こいつからの依頼で今までロクな思い出がないからできれば断りたいんだけど。

37: 2015/04/07(火) 22:20:22.34 ID:/UVudEJro
「依頼なら、奉仕部にしろよ。俺じゃなくてもできることあるだろ」

「いろはは先輩にお願いしたいなーって」

えへへと言わんばかりの笑顔にやられてしまうやつも多いだろうな。

最近一色の行動はあからさまだ。

俺が行くところに顔を出しては依頼というよりお願いやおねだりのような仕草が目立つ。

今も笑顔の裏の目的が見えない。

「お願いなら葉山にしてもらえ、そっちのほうが建設的だろ」

「今回の件は葉山先輩にお願いできないから、先輩にお願いしてるんです!」

「……俺個人のお願いなんて汚れ役だろ、気が進まねぇ」

「ちゃんとご褒美用意してますから!その辺は気にしないでください!」

38: 2015/04/07(火) 22:20:50.51 ID:/UVudEJro
ご褒美ねぇ、いまだかつてそんなことを言われたことはないが、あまり期待できそうなものはないんだよなぁ。

そもそもご褒美ってどういうことよ。丁稚奉公みたいに使うやつがそんな殊勝なこととか考えてるわけないんだよなぁ。

「ご褒美が信じられませんか?でもお願い聞いてもらえないなら、校内放送で先輩の名前を連呼して呼び出しちゃうかも~」

「おいやめろ。日々平穏に暮らしたい俺に対する嫌がらせだろ。実力行使すんな」

にへらと笑う姿はもはや隠すつもりすら無いようだ。

「じゃあ、かわいい後輩のお願い聞いてもらえますかー?」

最初から俺に選択肢なんてなかったんだ。

これが社畜ってやつだな。世の中は権力の強いものの都合のいいようにできている。

民主主義は氏んだ!スイーツ!

「じゃ、ちょっと行きましょうか」

39: 2015/04/07(火) 22:21:33.11 ID:/UVudEJro
「その前に奉仕部に遅れる連絡を……」

「大丈夫です、既に今日先輩はお休みするようにお伝えしておきましたので」

「そういう準備ばかり覚えるなよ、お前のお抱えアイテムじゃないんだぞ」

「可愛い女の子のアイテムならもろ手を挙げて喜んでくださいね!」

話が通じないことがこんなに辛いとは。

自由も選択もない世界のことをなんて言うか知っているか。

人はこれを地獄というんだ。



連れてこられた場所は生徒会室。

ある意味、俺には一番縁がない場所である。

だが、月に1度は呼び出される状態なので、最早若干馴染んですらいる。

慣れとは恐ろしいものよ。

40: 2015/04/07(火) 22:22:05.74 ID:/UVudEJro
「連れてこられたわけだが、俺は用事ないから帰っていいか、いいだろ、いいよな、帰ろう」

「……校内放送……」

これ脅迫だろ。先輩はもっと敬えよ。お前の身近な先輩だと葉山とか、戸部……よりは敬ってほしいな。

生徒会長特権で出してあった炬燵はすでに撤去され(おそらく戸部が一肌脱いだであろう)代わりにソファが

存在感を示している。

三人くらいは座れそうなスペースだけど、これを一人で運んだというのか。スゲーよ戸部。

俺はソファへ座ると、

「……要件は、簡潔かつ手短にお願いします……」

とだけ告げ、俺は背もたれに勢いよく寄りかかった。

一色は給湯器を使ってお茶を淹れていた。雪ノ下程ではないが、淹れる姿は割と様になっている。最初はお湯の出し方すらおずおずと聞いてきたというのに。

41: 2015/04/07(火) 22:23:30.16 ID:/UVudEJro
「淹れる姿も随分さまになったな」

「えへへ、女子力高いですからね」

雪ノ下は女子力高いと言えるんだろうか。つーか検索したら女子力ってwikipediaに載ってるし。

意味的には『男性からチヤホヤされる力』か。間違いなくお前のことだ、一色。

「はい、先輩どーぞ!」

「……頂きます」

お茶をさし出すと、さり気なく隣に座ってくる。

ニコニコしながら俺のお茶を飲む姿を見ている。

あんまり見るなよ面白いもんじゃねえぞ。

「どうですかー?」

「熱過ぎず、ぬる過ぎず丁度いいな」

42: 2015/04/07(火) 22:24:01.76 ID:/UVudEJro
俺の感想を聞いてしたり顔に変わる。そんなに変わって疲れないの?表情豊かだなー。

「先輩が猫舌なのは知ってますよ、ちょうどよかったですかー?」

いつの間にか興味持たれてる!?いやいや、きっとこれもあいつの手に違いない。しっかし絡め取るためにそこまでするとは尊敬する
わー。

「よく知ってたな、俺が猫舌なの」

「もちろんですよー、先輩の事は何でも知ってます」

あざといなぁ。まぁ可愛くない小町と考えればそんなもんか。

「そっか、ありがとな、可愛い後輩」

ノールックで手が一色の頭を撫でていた。

あー、俺も十分あざといな。

43: 2015/04/07(火) 22:24:43.99 ID:/UVudEJro
「やだ、ひょっとして口説いてますか。可愛い後輩の頭撫でるなんてあざとすぎてちょっと無理です」

「これで何回目だよ、あと何回フラレりゃいいんだ俺は」

このやり取りも慣れたもので、もうパターン化されたなー。いつもと違うのは、一色は口元に手を当てて、何やら独り言を呟いている?

おいおい、そんなに嫌だったのかよ。悪いことしたか。

「わりぃ。嫌だったか」

「そんなことないです!ちょっとびっくりして照れただけです!」

おいおい、そんなに勢い良く否定すんなよ。泣いちゃうぞ。

しかし照れるね、そんなん俺にしても意味ないだろうに。相手が違うだろ、相手が。

「葉山ならともかく、俺で照れる理由ないだろ」

44: 2015/04/07(火) 22:25:57.62 ID:/UVudEJro
あれ、反応がない。

とうとう無視されちゃうパターンか?

「一色?」

下から顔を覗きこもうとすると、そのまま一色は俺から背けるように振り返ってしまい表情は確認できない。

が、後ろからでも耳まで赤くなっているのはわかった。

あー、非常に気まずい。なんで後輩と修羅場っぽい雰囲気なんだ。

おれがどうにもこうにも攻めあぐねていると、後ろを向いたまま一色が拗ねたように喋りだした。

「あんまりからかわないで下さい」

お、珍しく弱ってるか?しかしこれもお前の手口なんだろ、俺に使っても意味ないぞ。

「大丈夫だ、お前くらいにしかしないからな」

45: 2015/04/07(火) 22:26:24.73 ID:/UVudEJro
「先輩!そう言う事言うとその気になるのでやめて下さい!」

今思えばここで謝っておけばよかったんだよなー、俺らしくないミスだった。

「あざとくないお前もかわいいな」

ここで一番の間違いは、助詞である。お前も、も!

まるで普段の態度も可愛いみたいな意味になるね!

当然俺が気づいた時には、後の祭り、アフターカーニバルである。

カーニバルだと食肉祭だからフェスティバルのほうが適切?

などと全く関係ないことを考えていた。

「今の、ホントですか?」

借りてきた猫のように大人しい姿になってしまって、どうしてこうなった!すべて俺のせいである。

46: 2015/04/07(火) 22:26:52.80 ID:/UVudEJro
「あー、まぁ、そんな風に感じている俺がなくはないかもしれないと思われる」

「私が先輩の事どう思ってるかわかってやってますよね」

あ、こいつこんな表情するんだー。そんな顔で迫られたら断れる奴いないだろ。

と、冷静な俺と

「一色、何でこっち向いてにじり寄ってきたのかな?少し近くないかなー?」

などと動揺してる俺ガイル。

「先輩、私の事嫌いですか?」

あるのは二人だけの生徒会室と、野球部のかけ声、西日の光源だ。ソファは二人分の重みを吸収しきって沈みきった。

沈黙は二人っきりを強調するのに十分すぎて、詰められる距離が重なるかどうかというところで一色の肩が震えていることに気づいた。

次の瞬間俺は一色を抱き寄せた。

47: 2015/04/07(火) 22:27:20.17 ID:/UVudEJro
一瞬の静寂の後、首元から早口でまくし立てられた。

「と、とうとう私のことを意識しだしましたか!先輩も私の魅力にやられてしまうとは、まだまだですね!」

いつもの調子に戻ったようだ。でも演技かよ、危うく俺も籠絡されるかと思ったぜ。

「まだ小町には及ばねぇよ」

リア充はこんなの当たり前なのかよ。馬鹿だろ、氏ぬぞ、俺が。

「で、依頼事って何だったんだ?」

「きょ、今日のところは先輩帰りたそうなので、また後日にします!」

おいおい、そんなんでいいの?俺は個人的にありがたいからいいけどさ。生徒会に推した立場としては複雑だ。

「それじゃ帰るわ」

そう言って鞄を持ち、生徒会室の扉を引いたところで思い出したように声をかけた。

「あー、さっきの質問な、あざとくない一色いろはなら好きだぞ」

顔から肩まで赤くなった後輩を、置いて帰る直前に少し意地悪してやるくらいは良いだろ。バカ後輩。

扉を閉めると、中から独り言が聞こえる。

「デレた!」とか聞こえてるが、お前が普段やってることだぞ。気づけ。

春の夕暮れはまだ肌寒い。橙の空が俺の心中とは対照的に穏やかだった。

53: 2015/04/09(木) 00:10:31.24 ID:Dt7P+Nc4o
卒業式の少し前に珍しい人から声をかけられた。

元生徒会長、ザ癒し系、歩くゆるほわ、城廻めぐり先輩だ。

少し時間があるかと訊かれたので、奉仕部をダシに断ろうとしたところ

「それなら、お邪魔するね」

と笑顔で言われてしまったので、諦めて後日時間を作ることにした。

今更話と言われても心当たりがあるわけもないので、

校門で待ち合わせになりそうなところ、駅前に変更してもらった。

めぐり先輩は既に着いていたらしく、癒やしオーラを放ちながら改札付近で待っていた。

もうすぐ春を迎える時期にもかかわらず、コートとマフラーは手放せない。

俺を見つけると、めぐり先輩は笑顔で手を振った。

54: 2015/04/09(木) 00:11:07.86 ID:Dt7P+Nc4o
「比企谷くーん」

人通りが多いところでそういうの勘弁してください。

気まずさも手伝って小走りに急ぐが、足元が凍っていたのに気付くことができるわけもなく派手に滑った。

「痛ってぇ」

「だ、大丈夫?」

前のめりに転んだので、大したことはなかったがめぐり先輩は俺を心配そうにのぞき込んでいる。

見上げる形の俺と、しゃがんだ格好の先輩で起こりうるトラブルは限られる。

白か。城廻だけに。

「比企谷君?」

「だ、大丈夫です。怪我もありません」

「そっかー、それなら何よりだよー」

あなたの笑顔が眩しくて今は顔を直視できません。

55: 2015/04/09(木) 00:11:37.75 ID:Dt7P+Nc4o
怪我がない様子を見てそれじゃ行こうかー、と声をかける。

「比企谷君、さっき一瞬止まってどうしたの?」

この人全部わかってませんか。

「……いえ、少し驚いたので」

「私はよく転ぶからさー、こう見えて受け身上手なんだよ!」

何故だろう、転んでる姿を見たことがないのになぜか納得してしまう。

「先輩、俺への用事って何ですか」

「んー、とりあえずついてきてくれる?」

コートの袖を指先で摘むように掴むと上目遣いでお願いされる。

俺でなければ恋に落ちるレベルだが、この程度過去の経験で平常心を維持するなど造作もない。

「……うす」

56: 2015/04/09(木) 00:12:06.68 ID:Dt7P+Nc4o
連れてこられた先はまさかのゲームセンター。

いやいや、何故。

違和感に疑問符が消えないまま、隣にいためぐり先輩がおもむろに俺の手を握る。

「ほら、UFOキャッチャーやろう!」

「ちょ、ちょっと」

「早く早く!」

用事ってこれ?え、俺どうなるの?

「ほらほら、ディスティニーランドのキャラクターがいっぱいだよー」

「そうっすね」

雪ノ下お気に入りのパンさんを筆頭に様々なキャラクターが並んでいた。

57: 2015/04/09(木) 00:12:41.14 ID:Dt7P+Nc4o
「比企谷君はこういうの得意?」

「人並みだと思いますよ」

去年はあまりに外出しない俺を見かねた小町が何かと用事をでっち上げては、ゲームセンターに俺を連れて人形をねだってきたな。

その後何度か来ては取れそうなものをとってプレゼントした。

小町からは『こういうのスマートに取れれば、ごみいちゃんにもモテ期が!』などと意味不明なことを申していた気がする。

財布に入っていた100円を投入すると、キーホルダーサイズの春仕様と思われる桜パンさんに狙いを定める。

「この辺でどうでしょう」

パンさんの首元にアームが引っかかる、が、取り出し口付近まで転がったあと止まった

「あー、惜しかったね」

「でも、これなら先輩でも取れると思いますよ」

「できるかな」

「保証はしませんが、イケるかと」

58: 2015/04/09(木) 00:13:09.94 ID:Dt7P+Nc4o
俺が転がしたパンさんを見て悩むめぐり先輩。

どうやらなにか思いついたようなリアクションの後、俺の方を振り返ってこう言った。

「どうすれば取れるか教えてくれる?」

どれだけ男心を揺さぶれば気が済むのでしょうか。

一色がすればあざといと言えるのに、多分自然にやってると感じるのは雰囲気なんだろうな。

ニコニコと微笑みながらこんなこと言われて断れる程心臓が強くないので、狙うポイントを説明した。

「そっかー、やってみるね!」

めぐり先輩は100円を投入すると、真剣な顔でアームとターゲットを見つめる。

「んー、ここだ!」

なかなか良い位置で止まった。これなら取れるだろう。

アームはパンさんの胴体部分に引っかかると、縁を乗り越えて取り出し口に落下した。

59: 2015/04/09(木) 00:13:41.56 ID:Dt7P+Nc4o
「やったよー!取れたよ比企谷君!」

「おめでとうございます」

いえいえ、先ほどの光景がこの程度で済むなら破格です。むしろもう何個か取らないと申し訳ないレベル。

そんなことを考えていると、めぐり先輩から申し出が。

「これは私から比企谷君にプレゼント!」

「取ったの先輩ですよ?」

「だって比企谷君に教えてもらったから取れたんだもん」

これはお礼、と言われて俺の手を握り込むようにパンさんを渡されては返すことなどできなかった。

60: 2015/04/09(木) 00:14:11.46 ID:Dt7P+Nc4o
その後もホッケーで対戦したり、全国対戦のクイズゲームをやったり、音ゲーで曲を選んでいる間にタイムアップして高難易度のステージで即終わったり、プリクラは勘弁してもらいながら2時間が過ぎた。

「あー、楽しかった!」

「お疲れ様でした」

「むー、比企谷君は楽しかった?」

「……楽しくなかったと言えば嘘になります」

どちらかというと俺の想像しない行動の連続に色々と疲れたが、この人にそれは言えない。

言った瞬間、謎の罪悪感に苛まれそうだ。

時間も夕飯時になり、自転車を挟んで家路に向かう。

駅までは約300メートル、このまま帰っても良かったのかもしれないが、俺を呼んだ目的が気になった。

61: 2015/04/09(木) 00:14:44.75 ID:Dt7P+Nc4o
「あの、結局俺への用事は何だったんですか」

「やっぱり気になる?」

「そりゃ、まぁ」

「んー、比企谷君の事を知りたかったからかな」

最後までめぐり先輩はブレなかった。全く持って意図が読めない。

「別に知る必要ないと思いますよ」

校内の俺の評価を考えれば知る必要はないはずだ。

文化祭ではそれなりに近くで見ていただろうし、生徒会役員選挙でもその印象が覆すようなことは何もない。

ましてや学年が違うのだ。

悪いうわさが広がることはあっても、興味を持つ要素は何一つない。

62: 2015/04/09(木) 00:15:13.16 ID:Dt7P+Nc4o
「うん、でもあの雪ノ下さんが君を信頼しているのはわかったよ」

「……文化祭の時ですか」

そう言うと笑顔の答えが返ってきた。

「あんな状況でも……、むしろあんな状況だからかな。二人の信頼、絆みたいなものを感じたんだ」

目的が決まればやるだけ。それは俺も雪ノ下も同じだ。

個人の意志は必要ない。目的に対する結果を求めたらああなった。

俺と雪ノ下の大きな違いは、アプローチの仕方だけ。

「でも、俺と遊ぶ必要性は感じませんよ」

俺を知るなら、俺を知っている人間に聞けばいい。

評価をするのはいつだって他人だ。

本人が何をしたのかは問題じゃない。

それをどう受け止めたか、受け手の取り方次第で印象も評価も違う。

63: 2015/04/09(木) 00:15:58.32 ID:Dt7P+Nc4o
「比企谷君は私のことをどう思う?」

質問の意図がわからない。

「総武高校の生徒会長で、みんなが慕う先輩です」

「それが比企谷君から見た私かな」

「多分ほとんどの人は同じような印象じゃないですか、俺には確認する奴がいませんが」

いるとしたら不本意ながら材木座か、あと戸塚!むしろ戸塚!他には戸塚!

「それだけじゃないよ、私だってズルい所もあるし、悪いことだってするもん」

めぐり先輩の悪いところ、イメージがないから想像できん。

「だって、雪ノ下さんと由比ヶ浜さんに黙って比企谷君と今日デートしちゃったし」

……はい?

「……すみません、どういう意味でしょうか」

「私、比企谷君の事好きなんだ」

64: 2015/04/09(木) 00:16:35.34 ID:Dt7P+Nc4o
俺が呆気にとられていると、めぐり先輩は独り言のように続ける。

「最初は文化祭が終わってからかな。プロセスを見ている私からみて、最終的に成功したのは、雪ノ下さんのおかげだと思った。でも雪ノ下さんはみんなを引っ張り上げてくれたけど、強制力の方が強かったと思う」

途中からどんどん抜けていったからな。雪ノ下もできる奴がやればいいと考えるタイプだし。

「みんなのやる気というか、危機感を植え付けたのは比企谷君だったね。あれがなければ準備もままならなかったんじゃないかな」

まぁ、当然そう仕向けるためにやりましたからね。

団結するために一番いい方法が共通の敵を作ることは有名ですから。

「その時ね、どうしてそこまでできるのかな。ってそう思ったんだ」

「……過大評価ですよ」

「そんなことない!考えてもできる人なんていないんだから!」

好き好んで嫌われ役をするやつはいない。泣いた赤鬼の青鬼役はその意図を知られてはならない。

だから俺は否定する。自分が正しいことを証明するために。

65: 2015/04/09(木) 00:17:05.59 ID:Dt7P+Nc4o
「先輩がそう思いたいだけです」

「違うよ!」

心と声のトーンが一層落ちる。文化祭の時と同じか。

「俺は自分が楽するやつが嫌いです。責任を負いたくない、失敗したら誰かのせいにすればいい、そんな奴らが氏ぬほど嫌いだ、だから誰にも期待しない。期待しなければ俺は諦めて割り切れる」

そこまで言い終わった後で、嗚咽が聞こえた。

ここには二人しかない。心が沈んでいく。

楽しい一日をこんな形で終わらせるのは申し訳ない。

頭で思っていても言葉には出なかった。

「わ、わ……ったし」

「すみません、言葉が過ぎまし……」

そのあとの言葉は出なかった。めぐり先輩に抱き付かれた。

66: 2015/04/09(木) 00:17:35.38 ID:Dt7P+Nc4o
「先……輩?」

「わたし……っは……私は……」

こうなったら落ち着いてもらうことが先だ。

「すみません」

「ゆ……るさ……ない」

心が!心が痛い!あの癒し系の!歩くゆるほわを!

「ど、どうしたら許して頂けるのでしょうか」

「……おちつくまで……あたま……撫でて……」

全力で撫でることを決意した。

67: 2015/04/09(木) 00:18:03.65 ID:Dt7P+Nc4o
「も、もう大丈夫でしょうか」

「大丈夫じゃないもん」

さっきから俺の胸に顔を埋めたままなでなでを要求され続けています。

いろんな意味で辛いです。

「で、でも、落ち着いてはもらえましたよね?」

「でも、まだ大丈夫じゃないもん」

無限ループなのか!もうエンドレスなのか!

腕が筋肉痛になる覚悟で俺の右腕はとどまることを知らない。

「比企谷君、もっと優しくしようよ」

「俺には優しくする相手がいません」

小町以外な。あと外せないのは戸塚!

68: 2015/04/09(木) 00:18:33.05 ID:Dt7P+Nc4o
「自分だよ。比企谷君自身を労わって」

「俺ほど自分に優しくて甘いやつは……はい、すみません」

「雪ノ下さんも由比ヶ浜さんも比企谷君のいいところいっぱい知ってる。私はそれがちょっと羨ましかった」

「……先輩が勘違いしてるだけです」

「本気で言ってる?」

めぐり先輩、ひょっとして一色から聞いた?

「……すいません、少し嘘つきました」

「うん、わかってる」

「あいつらとの関係は、うまく言葉にできません。相応しい表現をする言葉はあると思いますが、口に出したら意味が軽くなってしまいそうで」

「私は、……私も比企谷君とそういう関係になりたい。今日遊んでそうなりたいって思った。今日比企谷君はさり気なく私をエスコートしてくれたね。そういうところも好き。人のために悪くなれるところも好き。でも、できれば一緒にそれを分かち合いたい。」

69: 2015/04/09(木) 00:19:17.65 ID:Dt7P+Nc4o
今の状況を整理する。

俺が抱きしめているのは、めぐり先輩だ。

今俺はめぐり先輩に告白的な何かをされたらしい。

そして、その前には泣かせるというめぐりんファンに殺される所業をした。

OK,冷静な判断ができないことはわかった。

「あの、俺で良いんですか」

「私は比企谷君じゃなきゃダメだよ」

そんな泣き腫らした目で見つめないでください。いろんな意味で氏にそうです。

「ホントに良いんですか」

「もちろん構わないよ!」

今微笑まないで!いろいろと持たないから!ATフィールド中和されちゃう!

「後悔しませんか」

「私は、今後悔したくないよ」

あ、もうダメ。堕ちた、今堕ちたよ。

そのあとのことは俺の記憶からいったん消し去った。

恥ずかしくて思い出したくないんだよ、いわせんな。

端的に言うと、公共の場でできる範囲でイチャイチャした。

70: 2015/04/09(木) 00:19:48.14 ID:Dt7P+Nc4o
「ねぇ、一つ聞いて良い?」

「何でしょうか」

「最初のデートの時、私の下着何色だった?」

「……な、何のことですかね」

「多分見られちゃったと思ってるんだよね。比企谷君が男の子なら」

「……」

「興味がある年頃だから仕方ないよー。だからお願い聞いてくれる?」

「無理なお願いはやめてくださいね」

「大丈夫!耳かして」

うわぁ、ここでそれ言うんですか?人そこそこいますよ?え、拒否権は、あ、はい。ないですよねー。

出来れば、違うこととか。場所変えるとか。あ、はい無理ですか。

自分に正直に生きるって極端なところそういうことなのかと考えてしまう。

俺は諦めて息を吸うと、土壇場でヘタレて耳元で囁いた

「めぐり、愛してるよ」

71: 2015/04/09(木) 00:24:02.88 ID:Dt7P+Nc4o
はい、めぐりんでした。

書き終わってから八幡がめぐりんのことなんて呼んでいたのか思い出せず、適当に書きました。ごめんなさい。


ご意見、ご指摘頂ければ幸いです。

次回もシチュエーションが降ってくれば早いかもですが、
多分無理だと思います。

72: 2015/04/09(木) 00:29:45.37
またまたええ話や…

乙!

77: 2015/04/10(金) 22:40:23.81 ID:6fuZ1+9Io
今日は日曜日、キリスト教で言う安息日である。

プリキュアを見て心落ち着けたあと、外出することになった。

『かーくんの餌とトイレがもうないから買ってきてくれると小町的にポイント高いんだけどなー』

という、鶴の一声ならぬ小町の一声で外出なうである。つぶやいても見る奴がいないけどな。

なんだかんだで妹のお願いを聞いちゃうあたり、うちの妹はなんて人使いがうまいんでしょう。

そんなわけで春の暖かい陽気につつまれて、近所のペットショップへ。

休日の人混みはあまり好きではないが、知り合いに会わなければ問題ない。

その他大勢の一部なら、目立つこともなければ話しかけるやつもいない。

かまくらの買い物はすぐに終わった。

後は帰るだけだが帰りにラノベの新刊が無いかと思ったのが最初の間違い。

78: 2015/04/10(金) 22:40:50.80 ID:6fuZ1+9Io
本屋に向かおうと道を歩いていたら、不意に悪寒が走った。

この道を曲がってはいけないと。

普段仕事をしない直感が珍しく働いたのだ。贖う理由はない。

来た道を戻ろうと進路を自宅にしたところ、悪寒の正体に名前を呼ばれた。

「比企谷君、ひゃっはろー」

「うす、ご無沙汰してます」

直感は働いたが、遅え。起きる予定の1時間後にアラームが鳴る目覚ましくらい手遅れである。

「もう、そんなに嫌そうな顔しないでよ、からかいたくなっちゃうじゃない」

「俺を構いすぎると氏にますので、ほっといてくれたほうが助かりますよ」

「あれれ、比企谷君は猫やハムスターのカテゴリだったの?」

「気まぐれで、本当のことを言わないところとか、それっぽくないですか」

79: 2015/04/10(金) 22:41:18.22 ID:6fuZ1+9Io
こうしてジャブの応酬みたいなことになる。気を抜くと一瞬で俺の間合いに入ってくるから困るんだよな。

「それじゃ、用事があるので失礼します」

「もう買い物は終わってるんだから、暇でしょ」

ニコニコと笑っているのに、瞳の奥はうかがい知れない。

「苦手なんです。美人で気さくで俺に興味のある人が」

「比企谷君に褒められちゃった!でも、比企谷君、気まぐれで本音を隠す所があるからなー、ホントかなー?」

敵わないな。お手上げだ。

両手を上げて降伏のジェスチャーをすると、雪ノ下さんは満足したような笑みを浮かべる。

そのまま降参していた右腕を取ると、しがみつく様に両手を絡めた。

「じゃ、れっつごー!」

腕の柔らかい感触が、素直に喜べない。やはり俺が休日に外出するのは間違ってるな。

80: 2015/04/10(金) 22:41:57.42 ID:6fuZ1+9Io
雪ノ下さんに連れて行かれたのは落ち着いた雰囲気のカフェ。

休日の昼間なのに静かなジャズが流れてくる趣きのある店だ。

雪ノ下さんは勝手知ったる我が家のように奥の席に向かうと、慌ててその後を追う。

早くも店員さんに、ロイヤルミルクティーと、チョコレートラテを注文すると流れるように座った。

手際の良さに呆けていると、座りなよ!と促され、言われるがまま対面に腰を下ろす。

「比企谷君はペットショップで何してたの」

「猫の餌とトイレが切れたので買い出しです。気分転換みたいなものです」

「君がそんな殊勝な心がけなんて、どういう風の吹き回しかな」

「必要なら自分の事はちゃんと考えて行動しますよ」

「それは当たり前のことだよ」

笑われた。出来ることなら必要最小限の事しかしたくないっす。

やらなくていいことならやらない。なんて台詞があったな。全面的に賛成だ。

81: 2015/04/10(金) 22:42:25.03 ID:6fuZ1+9Io
「雪ノ下さんはどうしたんですか」

「私は雪乃ちゃんのお家に行った帰り道。実家の要件を伝えにね」

「家柄なんて、雪ノ下に会うまで小説か液晶画面の向こうの出来事くらいの認識ですよ」

「普通そうだよ、でもうちじゃ当たり前だからね。友達に言うともう笑い話だよ」

それから暫くは家の話を聞いた。

始めて社交界に参加したのはいつだとか、雪ノ下に好意を抱いた男が雪ノ下さんによってあっさり躱されたとか、挨拶してきた男の話に正論を返し続けてプライドズタズタにしてしまったとか、相手に同情するような話も多かった。

「聞いてるだけで耐え難い世界ですね、俺なら開始15秒で話すことがなくなります」

「私だって合わせてばっかりだよ。男の人って自分の事を聞いてほしい人が多いからね」

想像はできる。

戸部が『この前の試合でさー、隼人君からチョーナイスなパスが俺の足元に来て、最後キーパー躱してゴールしたんよー!マジ神がかってたわー』と言う姿が再生されたわ。

82: 2015/04/10(金) 22:42:53.54 ID:6fuZ1+9Io
「俺の話をすると大抵のやつは押し黙りますよ」

「比企谷君の話は笑えない自虐ネタだからだよ。想像ついちゃう」

その言葉も大概酷いッス。俺は世界で一人しかいないんですからもっと保護してくれても良いくらいなんだけど。

「でも男なんて単純ですよ。少しでもかっこいいところを見せたいのは子どもも大人も変わりません」

「そうかな。私は真逆の行動を取っちゃう子を知ってるよ。しかもその子可愛いの。一生懸命真意がわからないように振る舞って損しちゃうタイプ」

「……そんな変わった奴もいるんですね」

「うん!だからつい守ってあげたくなっちゃうんだよね!」

どう切り返すか考えていると注文したロイヤルミルクティーが雪ノ下さんに、チョコレートラテが俺の前に置かれた。

「比企谷君は甘いの好きだよね、これ好きだと思うから飲んでみて」

83: 2015/04/10(金) 22:43:24.01 ID:6fuZ1+9Io
雪ノ下さんの仕草は何故か魅入ってしまう。

両手でカップを持つ手も、口に含んだ後の微笑も見惚れる人がいてもおかしくないだろう。

様になっているとかではなく、存在感が違う。

そんな俺の目線に気付いてイタズラっぽく微笑む。

こっちは冷静を装いカップを手に取ると礼儀作法もままならない形で喉に流し込んだ。

「チョコレートが濃厚で、美味しいですね」

「喜んでくれたなら良かった!」

その時は、何故かその言葉を、裏の意図を感じることなく受け止めていた。

なので油断したのだろう、言葉が漏れた。

「はい、ありがとうございます」

84: 2015/04/10(金) 22:43:55.92 ID:6fuZ1+9Io
俺の言葉の後、一瞬間が空いた。目をまん丸く見開いてから意外だったのか、雪ノ下さんはその後一人大笑いして、

「素直な君は可愛いね。雪乃ちゃんと同じくらい可愛いよ」

とか言うもんだから、今日もフルボッコにされた気分だ。

だから嫌なんだよなぁ。もう勘弁してください。

無駄な事はしない主義なので、俺はその言葉を飲み込む。

その後もニコニコしながらこっちを見つめる雪ノ下さんのペースは変わらず、俺は終始翻弄されるだけだった。

「雪ノ下さんって構い過ぎて嫌われたりしませんか」

「そういうのはないよ。そこまでする相手がいないからね。いるとしたら雪乃ちゃんくらいかな、構ってるの」

予想通りすぎる答えだった。

この人好きすぎて構ってるうちにしつこくて嫌われるパターンか。

85: 2015/04/10(金) 22:44:30.04 ID:6fuZ1+9Io
「ハムスターや俺も構いすぎて氏んじゃうんですから、程々にしてください」

「嫌だよ、雪乃ちゃんも比企谷君も大好きだからね!」

あんまり面と向かって好きと言われるのは慣れていなくてどうしたらいいのか反応に困るんだよなぁ。

「あんまりされると意識するので」

「このくらいしないと、比企谷君意識してくれないからね」

ふぇぇ、話が通じないよう。

「どうしてもダメですか」

そこで、意外にも雪ノ下さんから妥協案を出してきた。

「比企谷君が守ってあげなくても大丈夫って思わせてくれるならね!」

「一体俺に何をさせたいんですか」

「分かってるくせにー!」

86: 2015/04/10(金) 22:45:18.96 ID:6fuZ1+9Io
はぁ、ため息がつい出てしまう。

どうすりゃ良いかな、正直なんとなく答えは出てる。でも個人的にそれをしたくない。

でも適当にやっても終わりそうにない。これ積んでるでしょ。

雪ノ下さんはわくわくしながら待っている様子。やはり誤魔化されてくれそうにないか。

「俺はもっと素直な雪ノ下さんが見たいですよ」

反応が鈍い、今はこれが精一杯だ。

少し残念そうな反応だったが、どうなることやら。

「んー、まぁ可愛い比企谷君が見れたから今日はここまでにしてあげるね!」

赤点だけどおまけで助かったらしい。

一息つこうとチョコレートラテのカップに手を伸ばすと、頬に暖かくて柔らかい感触に俺の時間が止まる。

「これは頑張りましたで賞。次回はおねえちゃんの期待に応えてね」

会計は済ませておくから、ごゆっくりーと言うや否や、見送る事もさせてもらえず席に残される。

87: 2015/04/10(金) 22:45:46.65 ID:6fuZ1+9Io
BGMはジャズからクラシックに変わり、

店内には俺一人。

穏やかな雰囲気に緊張が切れ、思わず机に突っ伏す。

今日の出来事を振り返ってから改めてカップをゆっくりと流し込む。

「甘いな」

頬と顔が暑い。今日はこんなに暑かっただろうか。

一息ついて体をほぐすと、席を立ってお店を出る。

買い物の品を小町に渡したら、今日は布団で横になりたい。

あとは今日の出来事が雪ノ下に伝わらないように願うだけだ。

家までの帰り道、敬虔なクリスチャンの気持ちで、俺は美しい魔王様に祈りを捧げた。

91: 2015/04/11(土) 20:52:26.41 ID:e6FZQAByo
「ヒッキー、お花見しようよー」

「花見なんて学校に咲いてるから必要ないだろ」

「えー、いいじゃん。しよ!ゆきのんも誘ってるんだよね!」

「雪ノ下もホント甘いよな」

今日は雪ノ下の都合で奉仕部は休み。珍しく鍵が開いてなかったので帰ろうかどうするか考えていると、後から来た由比ヶ浜が確認し今日は無しとのことだ。

「でさ、お花見の醍醐味って何かと思って考えたんだー」

普通に考えて桜を愛でるんじゃねーの。それとも屋台の食べ物とか?

「やっぱり、作ってきたお弁当を囲んでお話だよね」

「そんなもん、花見じゃなくてもいいじゃねえか、あとお前作るなよ。由比ヶ浜の作った弁当は食べるなと先祖代々の言い伝えがあってな」

「そっちは今も練習中!頑張ってるんだけどうまくいかないんだよね」

なんでかなー、と一人つぶやく。

92: 2015/04/11(土) 20:52:55.57 ID:e6FZQAByo
さて、部活もないなら久々にさっさと帰るか。

たまの休みは最大限有効活用しないと勿体無い。

昇降口を出て自転車置き場に向かう途中で、見知らぬ男女が対面していた。

おいおい、自転車取りに行きづらいんだけど。

出ていくわけにも行かないが、このまま待っているほど悠長なことはしたくない。時間は有限なのだ。

ここはステルスヒッキーモードでさっさととりに行ったほうがいいかと思案していたら、その二人の顔が近づき程なくして重なる。

おいおい、するなとは言わないが時間と場所をわきまえろよ。金剛だってそう言ってただろ。

「ヒッキー帰らないの?」

思いもがけない声が聞こえて驚きの声を必氏に抑えこむ。

「びっくりさせんなよ、ただでさえ気まずいのに」

「へ?どうかしたの?」

93: 2015/04/11(土) 20:53:26.56 ID:e6FZQAByo
俺は指で見知らぬ男女を指し示すと由比ヶ浜は口元に手を当てて、顔を赤らめた。

その場を離れられないでいると、見知らぬ二人は手を繋ぎこちらにくる。

「おい、一旦戻るぞ」

「ま、待ってよ!」

なんとか気づかれずに男女を見送るとようやく一息ついた。

「あはは……ビックリしたね」

由比ヶ浜の顔はまだ赤い、俺も妙な気恥ずかしさがある。

「するなとは言わんが、公共の場では勘弁してほしいな」

「うん、本人たちはそんなの関係ないんだろうけどね。なんか恥ずかしいよ」

由比ヶ浜は愛想笑いを浮かべ、俺はため息しか出ない。

その後、俺らも変な空気になったので校門まで無言のまま歩き、また明日と言って別れた。

94: 2015/04/11(土) 20:53:54.40 ID:e6FZQAByo
翌朝、下駄箱で由比ヶ浜と顔を合わせた。昨日のことは何もなかったかのように朝の挨拶を手短に済ますと、由比ヶ浜から話しかけられた。

「ヒッキー、今日は一緒に帰ろうよ」

「今日は奉仕部あるだろ」

「終わってからでもいいから!お願い!」

こいつからお願いね、雪ノ下ならなんだかんだで折れて帰るだろうが、俺には帰る理由がない。

「一緒にって、校門で別れるじゃねえか。帰る意味ないだろ」

「私にはあるから、良いでしょ!?」

「嫌だ」

「即答だ!」

しかし、今日の由比ヶ浜は少し違った。

「いいもん、帰りたくなるようにするから!」

95: 2015/04/11(土) 20:54:21.33 ID:e6FZQAByo
おいおい、どうするつもりだよ。

上履きに履き替えた由比ヶ浜は俺の目の前に立つと、潤んだ瞳と上目遣いで見つめてくる。

あ、何か来ると直感的に感じ、思わず仰け反るが後ろには下駄箱。物理的に後がない。

そのまま顔が近づいて重なるかと言うところで俺は思わず目を閉じた。

だが、続きはない。恐る恐る目を開くとニコっと笑って俺の手を握り、囁くように告げる。

「一緒にかえろ?」

思わずドキッとしてしまい、勢いと普段のギャップに俺はなすすべもなく答えた。

「わ、わかった」

「うん!また放課後ね!」

由比ヶ浜はエヘヘと照れくさそうに笑うと教室へ小走りに去っていった。

96: 2015/04/11(土) 20:54:50.43 ID:e6FZQAByo
顔が暑い、心拍数は依然高い値で推移し、若干目眩がする。

あんな表情反則だろ、思い出すだけで恥ずかしくて氏ねるレベルだ。

その日は一日顔を机から上げることができず、放課後まで由比ヶ浜を意識せずにいられなかった。

奉仕部は今日も平和だ。問い合わせも依頼もなく、文庫のページをめくる音と、携帯をいじる音だけが響く。

俺はというと、由比ヶ浜を意識しないように可能な限り見ないように務める。

ただのアホの娘だと思ってたのが、突然距離を詰めてきて、潤んだ瞳に見つめられる。

今回ばかりは可愛いと思ってしまった。

自分でもうまく整理がつかない。今日の俺は明らかに挙動不審だ。

「比企谷君、落ち着きがないようだけれど何かあるのかしら?」

「何でもない」

「何もないのに落ち着き無いがないなんて、ただの不審人物ね」

今日ばかりは否定できん。

97: 2015/04/11(土) 20:55:25.63 ID:e6FZQAByo
雪ノ下からしたら、普段少し変な奴が今日は近寄りがたい奴になっているだろう。同じ空間にいたくないとか言われるんですね。酷い話だ。

「今朝、色々あったんだよ」

「それが原因ということかしら。話なら伺うけれど」

一瞬由比ヶ浜を見るが、携帯をいじっているだけだ。顔は見えない

「大した事じゃないから大丈夫だ。聞いて欲しくなったら、その時は頼む」

「そう、わかったわ」

雪ノ下は視線を文庫に戻すと再び室内はページをめくる音と、携帯のいじる音のみが響いた。

その日も奉仕部への相談事は特になく、雪ノ下は鍵を返しに、俺と由比ヶ浜は予定通り一緒に帰る事となる。

さて、どうするのか。

98: 2015/04/11(土) 20:56:04.19 ID:e6FZQAByo
「帰るか」

「帰っちゃダメだよ!一緒に帰る約束だよ!」

覚えてたか。

しかしできれば日を改めたい気持ちもある。朝の由比ヶ浜が頭をチラつきどうしても意識してしまう。

もう一度迫られたら、断れる自信がない。

「ヒッキー、ヒッキー聞いてる?」

「全く聞いてなかった」

「もう、ほら行くよ」

「校門のところまでで良いんだろ」

由比ヶ浜は首を横に振る。

99: 2015/04/11(土) 20:56:35.07 ID:e6FZQAByo
「今日はね、下見に行くんだよ!」

「下見?何の?」

「お花見だよ!ゆきのんはOKだって。次の土曜ね!」

「めんどくさい、パス」

「むー、朝は良いって言ったのに」

「そういえば言ったような気がしないでもないが、記憶が定かではないな」

「絶対言ったよ!」

確かに言ったができれば今日は勘弁してほしい。だが言った事実があるだけに無理やり無しにもできん。

「悪いが、ちょっと朝から調子が悪いんだ。だから日を改めたいんだが」

「調子悪いの?それじゃダメかな。土曜日だから今日行っておきたかったんだけど……」

声のトーンも表情も一気に暗くなり、良心の呵責を感じるあたり小物だな俺は。

はぁ、とため息をついて意識しないよう自己暗示をかけて決意する。

100: 2015/04/11(土) 20:57:10.45 ID:e6FZQAByo
「……少しだけな、それでいいか」

「うん!ちょっとだけだから、ごめんね」

お前謝る必要ないんだからな。俺の顔を見てみろいつもと変わらないぞ。

でも、いつも顔色悪いってことじゃないよね。はっきり言わないでね凹むから。

それはさておき、あと1年か。

あと何回こいつらと出かけることがあるんだろうか。



「夜桜だよ。綺麗」

「提灯もあるな。それより土曜日の天気って大丈夫か」

「土曜日は曇りでちょっと冷えるけど、花見をする最後のチャンスだって」

101: 2015/04/11(土) 20:57:40.46 ID:e6FZQAByo
最後か、1年間いろんなことがあった。

無理やり入れられた部活でこんな人間関係を構築するとは想像もしなかった。

雪ノ下も由比ヶ浜も、俺といることでマイナスのことが多かったはずだ。

それでも二人が俺から離れることなく、寧ろ絆が深まった事は二人にとってどんな出来事だったのか。

今なら確かめることもできるだろう、きっと応えてくれると思う。

「ヒッキー、もう出会って1年経つんだね」

「実際は高校入学時に会ってたみたいだがな」

「そ、それはもう置いとこうよ。昔の話だよ」

こうして禍根を残さず昔話ができるくらいに俺らの中が深まったことが、今の関係の全てかもしれない。

「クシュ!」

102: 2015/04/11(土) 20:58:15.80 ID:e6FZQAByo
夜になって冷えてきたか。

世のJKは可愛く見せるためには寒さも我慢するらしい。

ご多分に漏れず、由比ヶ浜もその一人である。

「おいおい、大丈夫か。土曜日風邪ひいても延期できねえぞ」

「うん、昼間はそうでもなかったけど、夜は冷えるね」

両手に息を吐きかけて温めているが、それだけでは心もとない。

「ちょっとここで待ってろ、あとこれ巻いとけ」

「あ、うん。ありがと」

巻いていたマフラーを首にかけて自販機を探す。

時期的にあたたか~いが撤去されているものもあるが、

幸い暖かい紅茶とMAXコーヒーが見つかる。

どうでもいいけど、あれ何であたたか~いなんだっけ。

103: 2015/04/11(土) 20:58:53.49 ID:e6FZQAByo
すぐに戻ると、花びらが舞い散る中に由比ヶ浜の姿があった。

「ほら、これで暖が取れるだろ」

「わぁ、ありがとう。あ、お金払うね」

「別にいいぞ、缶の1本くらい」

「こういうのはしっかりしないとダメだよ」

ホント変なところしっかりしてるんだよな。その意識を勉強に向ければ良いんだが。

「これで足りてる?」

「ぴったりだ、サンキューな」

「うん、こちらこそありがと」

俺はマッカンを開けると、一口含んで見上げる。

104: 2015/04/11(土) 20:59:22.13 ID:e6FZQAByo
口の中に広がる甘さを享受し、そのまま舞い散る桜を見ていた。

隣の由比ヶ浜も同じように桜の空を見上げている。

そのまま見上げながら、隣にいる由比ヶ浜に話しかけた。

「なぁ、一つ聞いていいか」

「ん?どうしたの?」

「お前、……俺のこと好きなのか」

「うん、好きだよ」

「そっか」

「うん、そうだよ」

言葉が出てこない。自分で聞いたのにこの体たらくとは、我ながら情けない。

105: 2015/04/11(土) 20:59:48.27 ID:e6FZQAByo
覚悟が足りなかったといえば言い訳になるだろう。それなら今はその時ではなかった。

マッカンは時間とともに冷えていく。

春の風は俺の頭を冷やしてはくれない。頭を絞って考えても言葉は降りてこない

「寒くないか」

「マフラー借りたけど、まだ寒いかな」

「そうだよな、他に渡せるものなくて悪い」

「具合の悪い人からこれ以上もらえないよ」

そういう設定でした。ってあれ、これってバレてる?

「だから、ヒッキー暖めてよ」

106: 2015/04/11(土) 21:00:17.90 ID:e6FZQAByo
由比ヶ浜さん直球勝負なんですね。今俺の心臓がおかしなことになってるんで全体的に処理落ち気味なんです。

「もう、早く!」

そう言う声音は優しい。俺も恥ずかしいけどお互い様だよな。

正面からは色々と無理なので、俺は後ろから抱き込むように重なる。

「やっとあったかくなったよ」

「ああ」

「もう、ずっと待ってたんだけど」

「悪かった」

「しょうがないから、許してあげる!」

「ありがとうございます」

あの時の見知らぬ男女がきっかけとはな。

ただ、きっかけなんて些細なものなんだというのがよく分かった。

107: 2015/04/11(土) 21:00:43.57 ID:e6FZQAByo
「由比ヶ浜、俺……」

「ストップ!ちょっと待って」

その一言で危うく心臓が止まりかけたぞ。

「もう、最初なんだからさー」

そういうと、由比ヶ浜は俺の手を外してくるっと俺の方に向き直す。

「はい、良いよ」

彼女はどんな時でも優しい。それがテンパって告白する男に対してもだ。

俺はありがたく呼吸を整えてから、腕の中の彼女に素直な気持ちを伝えた。

「由比ヶ浜、俺も好きだ」

「うん!私も大好き!」

首元に抱き付かれ、マッカンは地面に落ちた。

週末までに部長様に報告することができた。

それでも、今の俺らなら大丈夫なハズだ、と思う。

冷たい風が散り行く桜の吹雪となり、桜の木の下で二人のラブコメが今始まる。

108: 2015/04/11(土) 21:05:55.23 ID:e6FZQAByo
最後までありがとうございました。
これで、このスレの俺ガイルはいったん終わりです。

近く資格試験がある為、ここの更新をするかわかりませんが
ご意見、ご感想、叱咤、激励、ご要望などありましたら
参考にさせていただきます。

拙い文章でしたが、また機会がありましたら
よろしくお願いいたします。

109: 2015/04/11(土) 21:12:19.02

引用元: やはり俺が素直に好意を伝えるのは間違っている。