6: 2010/11/01(月) 20:09:16.80 ID:s6JVqSjH0
突然の親戚からのお見合い話。
俺の意思はまるで無視されたかのように、あれよあれよと段取りが進み、
俺が今、座っているのはとある料亭の座敷だった。
普段の制服とは違う、慣れないスーツを着せられた俺は、
横に座る母親を意識しながらも見合い相手がどんな人物なのか思いを馳せていた。

そう、俺は見合い相手の写真すら見ていない。
何故かと言うと、高校生の段階で結婚相手を決めたくはない、
という俺の個人的な希望、そしてどうせ断るのだからという感情が相手の情報をシャットアウトさせたのだ。

それなら何故、この場にいるのかと言うと、お見合い自体を断る事ができなかったという事実が一つ。

もう一つは、万が一にも俺の花嫁候補となる人物ならば、一目会っておいても良いだろうという考えからだ。

決して、相手が美人だったりすればそのまま進めても構わないんじゃないか、といった気持ちがあったわけでは無い。
例え美人だろうが、天地がひっくり返るような性格の持ち主だったとしたら、たまらんではないか。

そう、あの我らが団長のように。

襖が開き、壮年と呼べる年齢になったかならないかの男性が入ってくる。
中々に貫禄のある人物に見える。

「どうも遅くなりまして……少々、娘も支度に手間取っているようでして」

とすればこの壮年男性が俺の見合い相手の父親だろう。
下手をすれば「お義父さん」と呼ばなければならない相手だ。

まあ、どうせ断るのだから、そう呼ぶ事は一生無いのだろうがな。

8: 2010/11/01(月) 20:27:35.10 ID:s6JVqSjH0
会釈をしてしばらく待つ。

襖から「失礼します」の声が聞こえ、着物姿の女性が丁寧な仕草で部屋に入ってくる。
俺には分からないが、きっと作法とやらがあるのだろう。

女性は、そそ、と俺の前の席に移動し、煌びやかな笑顔で会釈をする。

カポーン、と庭のししおどしが鳴る。

「それではまずはご挨拶を」

母親の何故か高ぶった声を合図に、俺が言う。

「○○○○です。今日は宜しくお願いします」

断るとは言っても、親戚の顔に泥を塗るわけにはいかないし、そもそも自分で不快な時間を作る必要も無い。
俺としては慇懃に振舞ったつもりだ。

女性が挨拶を返す。

「涼宮ハルヒと申します。宜しくお願い致します」

ほう、知り合いと同姓同名ですね、よく見たら顔立ちまで似ていらっしゃる。
その普段より長めの髪の毛はエクステンションとかいうやつですか、いやはやお似合いで。

「……って何でお前がここにいるっ!?」

「はい? ……って、キョン? あんたキョンなの!?」

「さっき自己紹介しただろうが!」

11: 2010/11/01(月) 20:38:37.60 ID:s6JVqSjH0
「あんたの本名なんて覚えてるわけないじゃない!」

「おまっ、それは酷いぞ!」

ふと気がつくと、俺の母親と相手の父親……ハルヒの親父さんなんだろうが、呆気に取られた風に俺たちを見ている。

「まあまあ、もしかして知り合いだったの?」

「いやいや、これは何と言う偶然でしょうかな」

俺とハルヒは目を合わせ、何かを言おうとする。
しかし、どちらも声が出ない。

「そういうことなら、後は二人に任せるほうが」

「でしょうな。年寄りは退散するとしましょう」

待ってくれ母さん。
こんな場面で、俺とハルヒを二人っきりにしないでくれ!

俺の渾身のテレパシーは通じなかったらしく、母親とハルヒの親父さんは部屋の外に出て行った。

「くっ……身内だからってテレパシーが通じるはずないわよね」

……お前も同じ事をやっていたのか。

だがしかし。こうなった以上は覚悟を決めなければならない。

「……ハルヒ。とにかく落ち着いて事情を説明しあおう」

13: 2010/11/01(月) 20:52:23.04 ID:s6JVqSjH0
向かい合う俺とハルヒ。

いつも顔を合わせているというのに、何故だか落ち着かない。

「で、あんたはあたしと何でお見合いする気になったのよ?」

ハルヒがジト目で問いかける。

「いや……実はお前だとは知らなかったんだ」

俺はこのお見合いを断るつもりだった事を話した。
ハルヒは不機嫌そうに聞いていた。

「……あんたと同じ考えをしてたと思うと、ぞっとするわね」

「というとお前もか」

「そう。どうせ断るんだから名前も写真も見なかった。
 ま、どんな男かは興味あったんだけどね」

「俺で悪かったな」

ハルヒは俯き、何やら呟く。

「ん?」

「良かったって言ってるのよ。あんただったら、いちいち面倒なお断りの文句を言わなくても済むし」

それは俺にも当てはまるんだがな。

16: 2010/11/01(月) 21:00:59.03 ID:s6JVqSjH0
「しかし、高校生にお見合いってのもふざけてるよな」

「そう? あたしは結構、話は来てたけど」

「ほ、本当か?」

「うん。全部断ってたんだけど、今回は何故だか会うだけでも、ってうるさくって」

「親父さんが?」

「まあね。色々としがらみがあるみたい」

「やれやれ、だな」

又もや、ししおどしの音が響く。
否応にも、ここがお見合いの場だと言う事を思い出させる。

沈黙。
唾を飲み込む音さえ、相手に聞こえてしまいそうだ。

「よっと……着物って疲れるのよね」

ハルヒが帯を少し緩める。
その動作が、色っぽく見えたのは気のせいだろう。

お茶を一口飲む。
同じタイミングで、ハルヒも茶碗に口をつけていた。

何故だか動悸が激しくなる。

17: 2010/11/01(月) 21:13:08.75 ID:s6JVqSjH0
「キョンってさ」

「うん?」

「このお見合いの相手が、もの凄く美人でいい人だったら、どうしてた?」

気管にお茶だか唾だかが入り込み、少しむせる。

「どうしてた、かも何も。言っただろう、断るつもりだったって」

ハルヒはお茶を丁寧に置きながら――いつもとはえらい違いだ――言う。

「あたしはね。本当のところ、もしいい感じの人だったら……って考えてた」

「ハルヒ?」

視線を合わせないハルヒ。

ししおどしの音。

「恋愛感情は精神病。まあ、あたしの考えだけど。……結婚となると、また話は変わってくるわ」

「お見合いでも気が合って結婚するんなら恋愛と変わりないと思うが」

「まあね。でも、ただの恋愛とは違うじゃない。人生がかかってるんだから」

「普通の恋愛でも人生かけるだろ?」

「そうかしら。今、高校でカップルが何人いるか知らないけど。その内の何人が、結婚まで考えてると思う?」

24: 2010/11/01(月) 22:07:42.01 ID:s6JVqSjH0
「流石に……結婚まで考えてる奴は、少ないだろうな、多分」

「でしょ? でも、その外で、こうやって、お見合いしてる高校生もいる」

「だな」

「あたしは、恋愛と結婚は別だと思う。どんなに好きな相手でも、結婚して上手くいくかなんて分からない」

「しかし、それは結婚してみなければ分からないだろ。好きだからこそ一緒に生活する。じゃなきゃ結婚する意味が無い」

「そうやって離婚してる夫婦って多いじゃない? 『好き』と『結婚』はやっぱり違うのよ。
 大体、こういうお見合いって制度がある時点で、恋愛はやっぱりおかしいものなのよ」

ししおどしの音。
ハルヒは初めて気がついたかのように、その音に反応する。

「……これよ。恋愛が結婚に結びつかないからこそ、お見合いは形式化されてきた。
 正しい結婚の仕方ってのがあるのとするなら、お見合いこそがそうなんじゃないかしら」

相変わらずの極論に、俺は苦笑いを浮かべる。
少し、からかってみたい気分になった。

「なら、どうだ? 俺は見合い相手としてどうなんだ?」

ここに来て、初めてハルヒが俺の目をしっかりと見定める。

「それって、あたしと結婚したいって事?」

小鳥のさえずりが聞こえた。

27: 2010/11/01(月) 22:18:48.33 ID:s6JVqSjH0
「お前の高説が正しければ、俺もお前の結婚相手候補という事になる。そこを踏まえて考えてみてくれよ」

ハルヒは目をぱちくりさせている。
まさか俺がここまで言うとは思わなかったんだろう。
しかし、お互いが断る前提での見合いの席だ。
いつもとは違う、こういう会話もいいだろう。

「……キョンは」

「うん」

「キョンは、もしかしたら良い相手かもしれないわ」

「そうなのか?」

「うるさい事も言うけれど、あたしの我がままを聞いてくれる。SOS団だって、あんたがいなかったら設立してなかったと思うし」

「それはそれは」

思いもかけない評価の高さに、俺は驚いていた。
即、お断りよ! と言い放たれるかと思ったのだが。

「キョン」

「何だ?」

「このまま結婚しちゃう?」

俺は飲みかけた茶を吹いた。

34: 2010/11/01(月) 22:31:42.81 ID:s6JVqSjH0
「お前……そんな冗談……」

「冗談じゃないわよ? さっき言ったでしょ、もし、いい感じの人だったらって」

「ま、まあ……いや、しかし、俺たちはまだ高校生で……」

「あたしは結婚できる年だし、あんたが十八になるまでは婚約ってことになるわね」

「あ……えと……本気か、お前?」

「冗談じゃない、って言ったわよね?」

ハルヒが机を乗り越える勢いで顔を近づけてくる。
俺は、それから逃れる事もできずにハルヒの顔を至近距離で見つめる事しかできなかった。

俺の喉がごくりと鳴る。
これだけ近ければ、ハルヒにも聞こえたはずだ。

俺の返事は……。

「ハルヒ、俺は――」

「ぷっ、くっくっくっ……あっはは! 何よ、その顔!」

「へ?」

「真っ赤になって、深刻な表情作って。嘘よ、嘘! 冗談じゃなくて、嘘!」

ハルヒは元の位置に座りなおすと、けらけらと笑った。

41: 2010/11/01(月) 22:55:52.77 ID:s6JVqSjH0
「だってまだ高校生よ、あたしたち。今から将来決めちゃって、どうするのよ?」

冗談ではなく、嘘、か。
全くもって性質が悪い。

「あんたがあたしを試すような事を言うからよ。反対に試されてドギマギしちゃって、バカじゃないの」

確かに。
俺はバカで、こいつもバカだ。
俺たちは高校生。
まだ先の事、結婚なんて決めるのは早い。

怒るよりも、自分の間抜けさを情けなく思い。
その間抜けさが無くなった時にこそ、決めるべき事なんじゃないだろうか。

それからの小一時間は、他愛も無い事を喋り。

少量だが高価だろう料理を食べ。

庭を歩いて池の鯉を捕まえようと言い出したハルヒを止め。


俺たちのお見合いは、時間がきて終わった。

次の日にはお断りの電話を親戚に入れた。
ちょうどハルヒ側から先に、断りの連絡が入ったばかりだったという。

――そして俺たちは日常に戻る。

46: 2010/11/01(月) 23:16:29.16 ID:s6JVqSjH0
――
ハルヒはSOS団のみんなに見合いの話をしやがった。
俺としちゃ、こっ恥ずかしいものなんだが、あいつが喋る以上は遮る事はできなかった。

これは後で聞いた話だが――

古泉によると、あの見合いには機関は関与していなかったらしい。
まあ、監視はあったそうだが。
俺の醜態を見られていたかと思うと少し腹立たしい。

長門からは、ハルヒの力で見合いが成立したわけでは無い、と聞かされた。
どういう意味かよく分からんのだが、その事をよく覚えておくように、と念を押された。
ハルヒが俺との見合いを望んで力を使うことなど、あるはずが無いだろうに。

朝比奈さんからは、何故だかしつこく見合いの様子を尋ねられた。
未来と何か関係があるのか、聞いてみれば、何の事は無い、ただの好奇心だそうだ。
ハルヒも質問責めに遭って、いつもと立場が逆転したかのようだった。


それからは、見合いの事は次第に話題にならなくなり、いつもの生活が再開した。

進級し、卒業。
色んなトンデモ現象に巻き込まれたものの、概ね充実した高校生活だった。
ハルヒの力も、気にしなくてもよいレベルに落ち着いたらしい。
というよりハルヒの精神的バランスとやらが安定したお陰だそうだが。
大学からはSOS団員はバラバラになった。
とは言っても、それぞれと会う機会はあり、時には全員揃って騒いだりもした。

――そして……

50: 2010/11/01(月) 23:34:38.87 ID:s6JVqSjH0
――

「……と、新郎新婦は高校の頃にお見合いをしており、
 それは今日という日を迎えるための、人生という運命がもたらした準備だったのではないかと……」

古泉のスピーチは、なるほど、場慣れしていていた。

「古泉君、覚えてたんだね、お見合いの事」

俺の横のハルヒが言う。

「このスピーチの為に昔の日記帳を開いて探したんじゃないか?」

「古泉君って日記つけてたの?」

「いや、知らん。しかし、マメな奴だからな」

俺たちの結婚式の司会をしてくれてるのは古泉だ。
会場の一番良い席には、長門、朝比奈さん、そして鶴屋さんがいる。
さしずめSOS団席と言ったところか。

他の席にも、俺の見知った顔、知らない顔、たくさんの顔がある。
こんなに多くの人たちに祝われるなんて、俺たちは幸せものだな。

純白のウェデンングドレスに身を包んだハルヒに、言いかけて止める。

一番幸せなのは、多分、この俺なのだろうから。

~Fin~

55: 2010/11/01(月) 23:40:31.69 ID:s6JVqSjH0
 久しぶりに書いたらびっくりするほど書けませんでした。
 変態モノいっぱい書きたいけどスレが立たないし。
 支援・読んでくださった方々、ありがとうございました。

引用元: キョン「はぁ、お見合いですか」