1: 2010/11/11(木) 00:11:46.23 ID:jnWb7Hh30
ある朝……

斎藤「お嬢様、おはようございます。」

紬「おはよう、斎藤。」

斎藤「今日、いよいよ…でございますな。」

紬「ええ、そうね……」

大学を卒業して約半年、私は今日大切なものを捨てなければならない。
今まで私の人生を彩ってきたモノ…それを、手放す。

紬「……お母様は?」

斎藤「ただいま書斎の方にいらっしゃるかと。」

紬「そう。」

最後まで聞くやいなや、私は斎藤の顔も見ずにすぐに歩を進める。

2: 2010/11/11(木) 00:15:06.29 ID:jnWb7Hh30
人間、人生において何度も選択というものを迫られる。

些細な事柄から、あるいは自分の人生を左右するような選択まで。
私はその後者、人生を左右する選択を今まさに迫られている。

おそらく、お母様のもとには私の婚約者もいるはず。

婚約者…30代前半のIT起業家で、時代の寵児とまで言われている男。顔立ちは悪くは
ないが、ナルシストの自信家。自信に満ちているといえば聞こえは良いが、他者を見下す
ことで自らの立ち位置を確認するような反吐の出る輩。あるいは自身を偉人とでも思い込ん
でいる世間知らずの猿山の大将か。

そんな輩と結婚などと冗談にしては気持ちが悪い話だ。しかし、お母様たっての願い。
私は、断ることが出来なかった。

今日はその最終の返事をすることになっている。

4: 2010/11/11(木) 00:19:27.12 ID:jnWb7Hh30
その代償、いや結婚などとは関係なくこの結末は分かりきっていたことだった。
私は先日、大学卒業を限りに放課後ティータイムを脱退した。

メジャーデビューの話が舞い込んできた矢先のことだった。

引き止められたし、私だって本当は残りたかった。
でも、私には琴吹家の一人娘として果たすべき役割があった。

…こんな苦しい思いを何故私はしなければならないのか。

思えば、彼女たちと出会った日。あの日から、私のこの状況に到るまでの道は
始まっていたのだろう。

思い返す、かつてのことを……

6: 2010/11/11(木) 00:23:53.08 ID:jnWb7Hh30
_______________________

_______________

_________


唯「…」ジーッ

紬「唯ちゃん、このギターが欲しいの?」

唯ちゃんは、ある一つのギターをずっと見つめている。値段はおよそ15万円。
一介の女子高生に買えるようなシロモノではない。

唯「うん…でも、高くて買えないよ……」

頭ではわかっているみたいだけど直感というのか、それが唯ちゃんを諦めさせること
を拒んでいるようだ。本来なら、ここで諦めてもらうのがスジなのだけれど…

紬「…ちょっと待っててね。」

私は、彼女の思いに応えたいと思った。安い情などではなく、ある意味高潔な決意を持って。

7: 2010/11/11(木) 00:26:29.18 ID:jnWb7Hh30
店員「いらっしゃいませ。」

店員さんは笑顔も浮かべず、余所余所しくお決まりの挨拶をする。楽器店の店員、そんなに
品の良い方を想像していたなんてことはなかったし、私はそんな些細なことは気にせず本題に移る。

紬「あの…あちらのギター値切っていただけませんか?」

今出せる精一杯の言葉で相手に告げる。視線はまっすぐ相手に向けて、相手の気持をへし折るつもりで。

店員「何を言って…て、あなたは社長の娘さん!? しょ、少々お待ちを!!」

紬「……」

随分あっさりと相手が折れる。いや、勝負はこれからといったところか。
私はここまで来て、自分の行動に気持ちを潰されそうになる。

でも、唯ちゃんの…彼女のために力になりたかった。

8: 2010/11/11(木) 00:28:59.18 ID:jnWb7Hh30
紬「5万円でいいって。」

唯「ほ、ホント!?」

律「おいおい…ムギー、一体何やったんだよ~?」

紬「ふふ♪」

みんな驚きの表情を浮かべている。無理もない。異常なまでの額の値引きなのだ。
私は唯ちゃんの思いを叶えることには成功した。でも、こんなことをしてしまって
みんなはこれからも私といつも通り接してくれるのだろうか…?

心のどこかが、チクリと痛んだ気がした。

9: 2010/11/11(木) 00:34:33.28 ID:jnWb7Hh30
ギターの件から数日後、私は部屋で一人ピアノを弾いていた。

あんなことがあったのに、みんなの態度は何一つ変わっていない。いつも通りの日常を
私は過ごしている。それがとても嬉しく、そして怖い。

斎藤「失礼します、紬お嬢様。」

執事の斎藤が恭しく部屋に立ち入っれくる。たかだか10代の小娘にも深々と頭を垂れる彼。
彼私の幼い頃からの係のようなもので、いつも優しく私に接してくれる。私自身、彼には頼って
しまうことが何かと多い。

紬「何かしら。」

11: 2010/11/11(木) 00:39:33.17 ID:jnWb7Hh30
斎藤「ご主人様がお呼びでございます。食堂まで来られるようにと。」

紬「……ええ、わかったわ。」

斎藤は手短に用件を告げると、また深々と一礼をし去っていった。
私が年頃になったからか、最近の斎藤は部屋に一歩しか足を踏み入れなくなった。

あまりに真面目すぎる彼の姿勢に私は思わずクスリと笑ってしまう。

でも、私は同時に気を重くする。お父様の呼び出しがあるからだ。
呼び出された理由は考えなくてもわかる。私は、一つ深く深呼吸をし、部屋をでた。

12: 2010/11/11(木) 00:46:47.88 ID:jnWb7Hh30
食堂では、既にお父様が待っていた。
私は「失礼します。遅くなりました。」と一声掛け、お父様の向かいの席に腰掛けた。

紬父「高校には慣れたか?」

父は、私をしっかりと見つめながら尋ねる。
親子で会う時は、お父様はいつもゆっくりと時間をとる。
私との時間を大切にしてくれていることがよくわかる。

紬「はい。新しいお友達も何人か出来ました。」

紬父「そうか。それは何よりだ。さて、それはさておいてだ…」

15: 2010/11/11(木) 00:53:38.83 ID:jnWb7Hh30
体が強張る。優しいお父様とはいえ、これからの事を考えると緊張を禁じえない。

紬父「系列のある楽器店からの連絡があってな。紬にせがまれギターを10万円
   も値引きしたというのだ。これは本当のことか?」

紬「はい…本当のことです……」

紬父「そうか。それは、お前の意思でやったことか?それとも、高校の――」

紬「私が!…自分の意思でやりました。お友達は関係ありません。」

紬父「そうか……」

一瞬の沈黙。空気がどこまでも重い。

16: 2010/11/11(木) 01:00:31.95 ID:jnWb7Hh30
紬父「…紬。」

紬「……はい。」

紬父「大丈夫なのか、その友人というのは。」

紬「私は……彼女たちのことを信じています。」

紬父「ふむ……ならいいのだがな。」

お父様は、何かを考えているのか「うーん」と小さい唸りをあげている。。
私はいうと、この沈黙の間は俯いてただ時が過ぎるのを待つしかなかった。

17: 2010/11/11(木) 01:07:09.37 ID:jnWb7Hh30
紬父「とりあえず…その差額の10万円はお前の口座から引いておくぞ。」

紬「はい……」

紬父「紬。お前は優しい娘だ。私はお前のことを誇りに思っているよ。」

紬「……」

紬父「だが…あまり情に流されて判断や選択を間違ってはいかん。」

紬「……」

紬父「お前の選択が…今回は間違いでなかったことを願う。」

お父様はそこまで言って、次の話題に移った。
でも、私はこれ以上お父様の前にいるのが辛かった。

叱られたり怒鳴られたりするよりも、さっきみたいな顔を見せられること。
私は何よりそれが苦痛だった。大好きなお父様に、悲しい目で見られることが。

18: 2010/11/11(木) 01:12:19.09 ID:jnWb7Hh30
その後、お父様の心配をよそに私は高校の新しい友人とは上手くやっていくことが出来た。
イジメられるようなことは勿論、奇異な扱いをされることも気を使われるようなこともなかった。

でも、私は怖かった。

私は中学までは名の知れたお嬢さま学校に通っていたのだが、そこでの常識がまるで
通用しないのだ。私は別に、あんな中学校でのことが一般に通じる常識だとは思って
いない。それでも生じるギャップを埋めるのはそうそう簡単なことではなかった。

いつかボロが出るかもしれない。それによって、私は友人を失うかも知れない。
戦々恐々の日々は続いていた。

20: 2010/11/11(木) 01:17:01.45 ID:jnWb7Hh30
ただ、軽音部のみんな。彼女たちは、逆に私にとって奇異な存在だった。

心の壁がないのだ。

人間誰しも、仲の良い人間に対してもある程度の距離を持って接するものだと思う。
踏み入れてほしくない一線があるはずなのだ。

軽音部の仲間には、それがない。

常に、私に対して開かれている。だから、私も彼女たちと接している時は丸裸に
なってしまっている。

そして、家に帰っては思う悩む日々が毎日のように過ぎていく。
私は彼女たちに変な目で見られていないだろうか。そればかりが気になった。

21: 2010/11/11(木) 01:19:41.86 ID:jnWb7Hh30
ただ、私のそういった隙にも一々突っ込んでくれる人がいる。

紬「ちょっと狭いかも知れないけれど。」
律「て、もっと広いとこあるんかい!」

紬「本人同士が良ければいいんじゃないでしょうかっ。」
律「いや、そういう問題じゃないだろ…」

紬「今年も良いものを見せていただきました~。」
律「はあ~…相変わらずだなお前も。」

りっちゃん…彼女は出会った当初から変わらない調子でいつもいてくれる。
多分、私は彼女の存在に一番救われているんだと思う。

23: 2010/11/11(木) 01:22:33.12 ID:jnWb7Hh30
ある時、私は彼女に聞いてみた。

紬「ねえ、りっちゃん。」

律「ん、どした?」

紬「りっちゃんて本当に誰とでも同じような感じでお話できるよね?」

律「ん~、そうか?」

紬「うん。初対面の人でもだし。私、りっちゃんのそういうところ凄いなって思って。」

律「おお、褒めてくれてるのかい?」

紬「うん、りっちゃんすごい!」

律「はっはっは、もっと言ってくれ。」

24: 2010/11/11(木) 01:25:03.83 ID:jnWb7Hh30
律「ってまあそれはいいや。だってさ。色々と面倒じゃん。」

紬「面倒?」

律「うん。人に合わせるって疲れるし、出来る限りしたくないんだ。
  だから、自分から攻めに行くんだよ。お前がわたしに合わせろ~、てな。」

紬「でもでも、それじゃ合わない人とか出たりしない?」

律「うん、いるよ?」

紬「……それって、怖くない?」

律「うんにゃ、全然。そりゃそういうことだってあるだろうさ。
  でも、それ以上に合う人がいるんだし、気にするほどの話じゃないさ。」

25: 2010/11/11(木) 01:27:50.67 ID:jnWb7Hh30
紬「そう…強いのね、りっちゃんって。」

律「そうかな? でもそれは、こんなわたしでも仲良くしてくれる人や支えて
  くれる人がいるからだよ。勿論、ムギもそう。」

紬「…私、も?」

律「モチ!…んで、なーんでこんな真剣なおはなししてるんだー?
  もしかしてアレか、恋とか!? 恋愛相談なのか!?」

紬「ふふ、そうかもね…ありがとう、りっちゃん。」

律「おーい、そんなことはいいからさー。その話聞かせてくれよー。」

この後はグダグダとした話になってしまった。けど…もしかしたら、彼女は私の悩みを
わかった上で答えてくれたのかも知れない。そう思えるほど、彼女の言葉は私の胸に強く響いた。

いつしか私は、体面を気にすることは少なくなっていた。

28: 2010/11/11(木) 01:33:58.61 ID:jnWb7Hh30
やがて時間は過ぎ、私は高校二度目の春を迎える。

私たち軽音部は、新入部員を一人迎えることとなった。
名は中野梓。小さくて可愛い、まさに「後輩」て感じの子。

仲良くやっていけるだろうか…不安はあったものの私はりっちゃんの教えを胸に
いつも通り、むしろいつもより積極的に彼女に関わるよう努力した。

しかし、私は彼女にまた一つ気付かされる。

29: 2010/11/11(木) 01:38:21.28 ID:jnWb7Hh30
梓「ティータイムは廃止すべきです!」

私たちが日常的に実施していたティータイム。それの廃止を彼女が提案した。
確かに、部活として不要な要素と思われても仕方ないし、折角の新入部員である
彼女の提案であるのだから、それは真摯に受け止めるべきことであると思った。

律「え~、いいじゃんかよ別に~。」

唯「そーだよ、あずにゃ~ん。」

しかし、同学年の仲間である彼女たちは渋った。
私はどうしていいか、立ち位置がわからなかった。

30: 2010/11/11(木) 01:41:06.76 ID:jnWb7Hh30
その後、試しにティータイムがない練習の日々を過ごしてみることになった。

結果は散々。りっちゃんはいつもグチグチ言っているし、唯ちゃんは明らかに演奏の
レベルがガタ落ちした。

私はというと…平静は装っていたけれど、気づいてしまった。

私自身が、ティータイムに対して依存していたことを。
みんなの為にお菓子を用意し、お茶を入れることによって、私自身の「必要とされている」
という実感を充足しようとしていたことに。

31: 2010/11/11(木) 01:42:37.21 ID:jnWb7Hh30
紆余曲折あって、結局ティータイムは存続することになったけれど、私はそれ以来
どこか卑屈になってしまっていた。

私がこの部にもたらしている価値が、私自身ではなく私がもたらした「モノ」によって
生み出されているのではないだろうか。

ほぼ毎日、お菓子を持ってきた。お茶も入れた。みんなの希望を聞いて曲も作った。
もしこれが出来いのなら、私は彼女たちと一緒にいる資格を失うのではないだろうか。

それは嫌だ。

私は、彼女たちと一緒にバンドをやっていたい。

その為なら……

32: 2010/11/11(木) 01:45:24.54 ID:jnWb7Hh30
唯「ムーギちゃんっ!」

紬「あっ…唯ちゃん、何かしら?」

唯「ムギちゃん、どうかしたの? なんか怖い顔してたけど。」

紬「あ、いや。何でもないの。ちょっと考え事。」

唯「ふーん…」

紬「大したことじゃないから、それじゃ…」

唯「ムギちゃんっ!」

紬「!…な、何?」

33: 2010/11/11(木) 01:48:09.30 ID:jnWb7Hh30
唯「ムギちゃん、笑おうよ! ムギちゃんに怖い顔なんて似合わないよ。」

紬「ゆ、唯ちゃん……」

唯「ねっ?」

紬「う、うん…そうね。ありがとう……」

唯「うん! ね、これからも一緒に楽しいことやってこうよ!!」

紬「唯ちゃん……」

太陽のような明るい笑顔に無垢な眼差し。
彼女は、まさに私にとっての太陽。日陰にいる私を照らしてくれる存在。

彼女の笑顔の為なら……

私は、自己を犠牲しても構わない。
その為なら、私はどこまでも卑屈になろう。

34: 2010/11/11(木) 01:51:40.31 ID:jnWb7Hh30
そしてまた、時は足早に過ぎていく。

私はこの時、多分短い人生ながらもこれまでで最高の時を過ごしていた。
大好きな仲間と音楽をし、お茶をして、時には馬鹿やって。

いつまでもこの時を過ごしていたい。そう思った。

35: 2010/11/11(木) 01:57:16.99 ID:jnWb7Hh30
高校生として3度目の春が過ぎた頃。
私はお父様と進路について話しあうこととなった。

紬父「大学は決めたのか?」

紬「はい。N女子大にしようと思います。」

紬父「そうか。決めたのなら、勉強頑張るんだぞ。」

紬「…はい。」

紬父「……後悔は、しないか?」

紬「……大丈夫です。私は琴吹家の一人娘として、これからの道は心得ています。」

紬父「そうか……すまないな。」

36: 2010/11/11(木) 01:59:16.31 ID:jnWb7Hh30
紬「お父様が謝られることはありません。私が自分で決めたんですもの。」

紬父「そうか……」

紬「一時のワガママを聞いてくれたお父様には感謝しています。」

紬父「………」

私は、本来なら桜ヶ丘高校に入るはずではなかった。
中高一貫のお嬢様学校で過ごす予定だったのを、私がワガママ言って変えさせたのだ。

琴吹家の紬ではなく、一個人の琴吹紬として生きたい。そういうワガママ。

でも、現実を見なければならない時が来た。
私は琴吹家の一人娘として、再び生きることを選ばなければならなかった。

37: 2010/11/11(木) 02:02:00.12 ID:jnWb7Hh30
3年生となり、私は高校生活最後の一年をとにかく楽しんだ。

受験勉強を怠りなくやりつつ、一生懸命に音楽をし、お茶をし、そして遊ぶ。
自由にしていられる最後の1年。私は、ただ全力を尽くしていた。

だが、私は残酷な現実に直面することになる。

38: 2010/11/11(木) 02:09:58.42 ID:jnWb7Hh30
いや、残酷じゃない。本当は、心底喜ばしいことのはずなのに。
本当は、涙を流すくらい嬉しいことのはずなのに。

律「というわけで、私と唯もN女子大を目指すことにしたぞ!」

唯「頑張ろうね、みんな!」

澪「私とムギはともかく、お前たち二人は本当に頑張らないと駄目だぞ。」

律「わーってるやい!」

唯「ムギちゃん、澪ちゃん。私、みんなと一緒に大学行けるよう頑張るからね!」

紬「みんな……」

39: 2010/11/11(木) 02:13:37.15 ID:jnWb7Hh30
律「そして…大学入ってからもバンド続けるぞー!!」

唯「おーー!!」

澪「はあ、大丈夫かな……」

紬「……」

嬉しかった。みんなと同じ大学を目指せることが。
そして、これからもみんなと仲良くやっていけるかもしれないことが。

それが素直な気持ち。

でも、それなのに。なんでこんなに胸が痛いのだろう。

私はそれからというもの、受験から先のことは何も意識しないように努めた。
残された高校生活を楽しみつくす、そのスタンスだけは守りたかったから。



やがて、私は卒業の時を迎える。

40: 2010/11/11(木) 02:19:28.70 ID:jnWb7Hh30
紬「…この部室ともお別れね。」

卒業式の数日後、私は一人で馴染みの部室を訪れた。
片付けないといけない私物を撤収するためだ。

紬「大学生、か……」

結局、不安視されていた唯ちゃんとりっちゃんは受験に成功し、私たちは同じ大学に通う
こととなった。りっちゃんは、これからの大学生活の展望を楽しそうに語ってはいたけれど
私はその話に入っていくことが出来なかった。

澪「あれ、ムギ…来てたんだ?」

不意に声をかけられる。振り向くと、澪ちゃんが立っていた。

41: 2010/11/11(木) 02:24:43.30 ID:jnWb7Hh30
紬「澪ちゃん。どうかしたの?」

澪「いや、ちょっと持って帰るの忘れてたのがあってさ。ムギは?」

紬「ふふ、私も。今日は一人なの?」

澪「ん…ああ、律なら家族旅行だって。明後日帰って来るって。」

紬「そう……」

澪「……3年間、短かったな。」

紬「そうね。」

44: 2010/11/11(木) 02:30:20.68 ID:jnWb7Hh30
澪「……なあ、ムギ。」

紬「何?」

澪「あのさ…ありがとう。軽音部、入ってくれて。」

紬「澪ちゃん…?」

澪「私さ、本当は入部するのあまり気が進まなかったんだ。律に振り回されてただけだし
  見学したいクラブもあった。」

紬「……」

澪「でもさ、ムギが来てくれて…私はその時、ただ観念しただけのつもりだったんだけど。」

45: 2010/11/11(木) 02:34:45.47 ID:jnWb7Hh30
澪「後になって思ったんだ。軽音部に入ったことは全然間違いじゃなかったって。」

紬「澪ちゃん…うん、私も。軽音部入ってすごく良かったと思ってる。」

澪「ムギ…はは、なんか変な感じするな。初めてだよ、ムギの口からそんなこと聞いたの。」

紬「そう?」

澪「そうだよ。だからさ…ちょっと不安もあったんだ。ムギが後悔したりしてないか。」

紬「後悔なんてあり得ないわ。どうして?」

澪「だって…いつもお茶入れさせてるし、お菓子も持ってきてくれてるし、更にはみんな
  のために曲まで作ってくれて…私たち、ムギに甘えてばっかじゃん。」

48: 2010/11/11(木) 02:41:41.77 ID:jnWb7Hh30
紬「……」

澪「だから、なんと言うか……」

紬「ふふ、変な澪ちゃん。ふ、ふふ……」

澪「わ、笑うなよー。」

紬「ふふ、ごめんなさい。でも、ありがとう。私に気を遣ってくれたんでしょ?」

澪「あ、いや。その……」

紬「ありがとう、澪ちゃん。私、みんなのこと大好きよ。」

澪「ムギ…ああ、私も同じ気持さ。」

49: 2010/11/11(木) 02:46:12.44 ID:jnWb7Hh30
今までの日々を惜しむように、私たちはそこまでも素直に話を続けた。
澪ちゃんとは今までこういう話をしたことはなかったけど…一つわかったかも知れない。

彼女も、多分私と同じ気持でいたこと。

みんなのことが好き。でもそれが故に嫌われることを、捨てられることを恐れる気持ち。
そうならない為にどこか卑屈になってしまっていること。

そして、彼女もまた私と同じくりっちゃんに救われているんだろう。

澪ちゃんは、私の気持ちを見透かしてか。最後に一言こう言った。
多分律ならこういうだろう、と前置きをして。

澪(律)「私はお前のことを信じてる。だから、ムギも私を信じろ!」

50: 2010/11/11(木) 02:48:33.19 ID:jnWb7Hh30




「私さ、子供の頃人見知りが激しくてさ。あまり友達いなかったんだ。」

「そんな中、律は積極的に私に関わってきてくれた。」

「嬉しかった。けど、同時に怖かった。」

「私、昔から手が出やすくてさ…それで友達なくしたこともあったんだ。」

「だから、律には嫌われたくないって思って、ずっと顔色見て大人しくしてた。」

「そしたらさ、ある時律が怒ってたんだ。私は怖くて、話しかけることもできなかった。」

「それで、あとで私のところに来てさ。いきなりこう言ったんだ」

『お前、私のことなんだと思ってるんだよ!!』

51: 2010/11/11(木) 02:49:29.30 ID:jnWb7Hh30
「私は面食らったさ。そしたら、律が掴みかかってきてその後は殴り合いの喧嘩になった。」

「喧嘩が終わって、帰ってから私は泣いたよ。また友達をなくしたって。」

「で、次の日学校行くと律は普通に話しかけてきたんだ。それでこう言った。」

『いつもいつも私の顔チラチラ見んな。
 私はそんな澪じゃなくて、普通の澪と友達になりたいんだよ!』

「それからさ。私は本音であいつにぶつかって行くことになったのは。」

「喧嘩はしょっちゅうしたし、他にも色々あったよ。でも、あいつは私を見捨てなかった。」

「今のムギを見てるとさ…なんか、昔の私を見ているような気がするときがあるんだ。」

「だから……」




52: 2010/11/11(木) 02:54:29.59 ID:jnWb7Hh30
私は、気がつくと涙を流していた。

私が彼女たちを心の底から信用していなかったことに気づいた悔しさからか。
少なくとも、澪ちゃんとりっちゃんが私自身を見てくれているという嬉しさからか。

どれが理由なのかはわからなかった。

私は拭うこともせず、それからしばらくの間、ただ涙を流し続けた。



この日、私は自らが放課後ティータイムのメンバーであることを初めて認識した。

53: 2010/11/11(木) 03:04:38.21 ID:jnWb7Hh30
_________

_______________

_______________________

高校時代のことを思い返し、私は一つ溜息をつく。

23年という今までの短い人生の中で最も楽しかった日々。
そして、自分自身に気付かされた高校最後の日。

戻らない過去に思いを馳せ、一旦足を止める。

今の私は、あの頃と違い輝いていない。否、そんなことは許されない。
私は琴吹家の紬。もうモラトリアムは過ぎたのだから。

56: 2010/11/11(木) 03:37:09.13 ID:jnWb7Hh30
ふと思い出し、私は携帯を取り出しメールを見る。
半年前のあの日、みんながくれたメール。

律『なんて言ったらいいかわからないけどさ…頑張れ。なんかあったら相談くれよ。』

りっちゃんは、私が道に迷った時いつも横で一緒に考えてくれる。
彼女のおかげで私は高校・大学とやってこれたと言っても過言ではない。

唯『ムギちゃん…またいつか一緒に楽器やろうね…』

唯ちゃんはいつも私の前に立って、私の手を引いてくれる。
まるで太陽のように、私の行き先を照らしてくれる。

57: 2010/11/11(木) 03:43:39.09 ID:jnWb7Hh30
梓『先輩がいないのは寂しいですし、不安です。
  でも、先輩がそう決められたのなら…私は、応援します。』

梓ちゃんは、私が道を決めたとき後ろから背中を押してくれる。
振り向くといつも頼もしい笑顔をみせてくれる。

澪『私の気持ちは変わらないよ。』

澪ちゃんからは、短くこれだけ。彼女は、私に一歩踏み出す勇気をくれる。
躊躇する私を横で鼓舞して、そして共に歩んでくれる。

「みんな…」

私はみんなの言葉を胸にお母様の書斎の前に立つ。

58: 2010/11/11(木) 03:49:57.15 ID:jnWb7Hh30
大きく2つ深呼吸をし、3回ノックを鳴らす。

中からの「入りなさい」の声に、「失礼します」と返す。
ドアノブを握り、ゆっくりと運命のドアを引き開ける。

紬「お待たせいたしました。」

紬母「いいえ、待ってないわ。お座りなさい。」

お母様は優しい声で私に座るよう促す。私はもう一度「失礼します」と声を掛け
お母様の隣の席に腰掛ける。

向かいには、婚約者の男が座っている。

59: 2010/11/11(木) 04:00:05.34 ID:jnWb7Hh30
婚約者「紬さん、おはようございます。」

彼は白い歯を見せ、笑顔で挨拶の言葉を出す。私は目を合わせないように挨拶を返す。
今日はこの男との婚約を交わし、経済新聞の取材を受ける。

そして、数日後には海外に拠点を移し実務に当たる。

私の自由になる時間は、今日の取材後…およそ、数時間。
その時間に、友人に最後の挨拶を済ませる。その算段だ。

友人…私にとって掛け替えのない、仲間たち。

唯ちゃん
りっちゃん
澪ちゃん
梓ちゃん

私は今日、みんなとお別れします。

61: 2010/11/11(木) 04:11:13.52 ID:jnWb7Hh30
<半年前>


律「脱退って……」

唯「ムギちゃん! 私やだよ!」

梓「そ、そうですよ。ムギ先輩が抜けると私たち……」

澪「どうしても…なのか?」

みんなは私に顔を向け、思い思いの言葉を口にする。
私はただ、「ごめんなさい」としか返せなかった。

大学在学中に、父が亡くなった。
それにより、琴吹グループは次代の権力を巡り内紛状態となった。

お母様はそれを収めるために寝る間も惜しみ戦い
それに勝った。そして、私を後継者として指名した。

63: 2010/11/11(木) 04:19:50.47 ID:jnWb7Hh30
だが、大学生の小娘に何ができようか。
周りの声は勿論のこと、私の心中も穏やかではなかった。

それを打開するために、優秀な経営者として知られるかの男に白羽の矢が立った。
彼と私を結婚させ、彼に琴吹の名を与える。

そして、事実上の経営者として君臨させる。
そういうシナリオなのだ。

私は拒絶したかった。そのような時代錯誤の血統主義など。
でも、権力闘争のせいで消耗し1年で10以上も年を取ったようにも
見えるほどまでに疲れ切った母の頼みを断ることはついに出来なかった。


64: 2010/11/11(木) 04:25:48.78 ID:jnWb7Hh30
律「……仕方ないよ。」

唯「りっちゃん……私、やだ……」

梓「先輩…」

澪「そうだな…ムギの決めたことだもんな。」

私は最後まで、彼女たちの顔をまっすぐ見れなかった。

そもそも、輝ける日々など続くはずはなかったのに。
しがみついてしがみついて、でも挙句に私は投げ捨ててしまった。

もっと早く、私が抜けていれば。
この時の寂寥は軽くなっただろうか。




65: 2010/11/11(木) 04:30:14.62 ID:jnWb7Hh30
母と婚約者が話す横で、私は今日のことを考える。

今日は、久しぶりにみんなに会える。
私は、どんな顔をしてみんなに会おうか。

みんなは、いつもの笑顔で会ってくれるだろうか。
こんな場を早く切り上げて、みんなに会いたい。

そして、今度こそ言わないといけない。






67: 2010/11/11(木) 04:45:30.13 ID:jnWb7Hh30
<同日・某所>


律「よお、みんな揃ってたか。」

澪「遅いぞ、律。」

唯「そーだよー。20分も遅刻。」

律「悪い悪い。ちょっとさ、色々あって。」

梓「色々って何ですか。遅れるなら連絡くださいよ。」

律「いや、ほんとにごめん。」

澪「…来たくなかったんだろ?」

68: 2010/11/11(木) 04:50:37.18 ID:jnWb7Hh30
唯「澪ちゃん?」

律「……」

澪「ま、気持ちはわかるよ。多分、みんなも同じだろうしさ……」

律「……」

梓「…今日で、最後なんですよね。」

澪「ああ…会うことはまた出来るだろうけどさ。でも……」

唯「ムギちゃん……」

律「そうだな。今日は…ムギにとってHTT最後の日だ。」

69: 2010/11/11(木) 04:54:36.72 ID:jnWb7Hh30
澪「せめてさ、もう少し明るく送り出してやらないか?」

律「何言ってんだよ。自分だって超暗い顔してるくせに。」

唯「うー…」

梓「ゆ、唯先輩! 暗すぎです!!」

律「まあでも、別に今生の別れってわけじゃないんだ。出来るだけさ…明るくやろうぜ」

唯「うん…そうだね。」

梓「私も、頑張ります。」

澪「ああ……」

70: 2010/11/11(木) 05:00:19.05 ID:jnWb7Hh30
ブーン

律「ん? メールだ……」

律「ムギからだ。」

唯「なになに? ムギちゃんから?」

澪「何だって?」

律「………」

律「!!!!」ガタッ

梓「り、律先輩? どうしたんですか、急に立ち上がったりして……」

71: 2010/11/11(木) 05:04:02.58 ID:jnWb7Hh30
律「…行くぞ。」

澪「行くってどこに…ておい! 律!!」

唯「りっちゃん、どうしたの…? 急に出て行っちゃって。」

梓「と、とにかく追いましょう!」

澪「ああ!」

76: 2010/11/11(木) 08:58:28.46 ID:jnWb7Hh30
律「ハァ……ハァ………」

澪「おい、律! 待てよ!!」

唯「み、澪ちゃ~ん! わたし、しんどい~!!」

梓「唯先輩! 大丈夫ですか!!」

律「ハァ……!!!!」

澪「おい、りっ……」

律「………」

澪「……む」

律「ムギ……」

紬「りっちゃん、澪ちゃん……みんな…」

78: 2010/11/11(木) 09:08:31.17 ID:jnWb7Hh30
驚いた。りっちゃんがまさか駅まで走ってくるなんて。
多分、さっき私が送ったメールのせいだろうか……

律「ムギ…どういう、ことなんだ?」

乱れた息を整えつつ、りっちゃんは私を睨みつけながら問う。
その後ろで澪ちゃんは、何が何だかわからにような顔をしてりっちゃんと私を交互に見る。

やがて遅れて、唯ちゃんと梓ちゃんが到着する。

私は、全員を見渡し、大きく息を吸う。呼吸を整える。

紬「……メールの内容通りよ。」

79: 2010/11/11(木) 09:13:03.01 ID:jnWb7Hh30
『そこに、私の場所はありますか?
 私は、みんなと居てもいいですか?』

紬「私ね…やめることにしたの。」

紬「……『琴吹』の一人娘を。」

80: 2010/11/11(木) 09:18:17.52 ID:jnWb7Hh30





紬母「何を…言っているの?」

紬「今申し上げたままの意味です。」

紬母「何を…まるで意味がわからないわ。」

母は焦った様子で私に問い直す。お母様に申し訳ない気持ちが湧いてくるが
私はそれを押しつぶし、言葉をつなぐ。

紬「私は…私の道を生きます。」

81: 2010/11/11(木) 09:21:47.61 ID:jnWb7Hh30
紬母「紬、あなた正気なの?」

紬「はい。」

紬母「そんな…琴吹の一人娘として無責任だと思わないの?」

紬「思います。」

紬母「なら…どうしてそんな変なことを!」

紬「お母様!!」

紬母「!!」

紬「ごめんなさい……私、ワガママすぎる娘で。親不孝な娘で。」

82: 2010/11/11(木) 09:25:35.81 ID:jnWb7Hh30
紬「でも…私は。私には……この道以外ありえないから…!」

紬母「っ! いい年して、そんなワガママが通ると思ってるの!!」

紬「通します!!」

紬母「っ!!」

紬「私は…この選択のせいで、これから破滅の道を歩むことになっても構いません。」

紬「それが私の…紬の選択です。」

紬母「こ、この子は…!!」

83: 2010/11/11(木) 09:30:20.71 ID:jnWb7Hh30
たとえお金がなくても…たとえみんなの為にお茶を用意できなくても。

これからの道、みんなが私を必要としてくれる。私はみんなを必要としている。

この先、もしかしたら。万が一。あり得ないことだけど。
みんなが私を裏切ることがあるかもしれない。

それでも構わない。私は、ただ今全力で生きたいから。

この道をみんなと歩き出せないくらいなら。

私は、その邪魔となるものは。どんな大切なものでも捨てるこを厭わない。

84: 2010/11/11(木) 09:39:09.86 ID:jnWb7Hh30
私はわめく母をの言葉を背に受けながら部屋を飛び出した。
部屋を出て廊下を走りぬけ私は玄関にたどり着く。
そこには、長年私に付き従ってくれた執事の斎藤が待っていた。

斎藤「お疲れ様です。お嬢様。」

紬「ええ、斎藤。後のことは……」

斎藤「ええ、私が何とか致しましょう。」

紬「ありがとう。」

斎藤とも今日でお別れだ。私が生まれた時から
ずっと面倒を見てくれた私のもう一人の父親…

86: 2010/11/11(木) 09:42:56.98 ID:jnWb7Hh30
紬「斎藤、元気でね。」

斎藤「ええ。行ってらっしゃいませ紬お嬢様。」

紬「ええ…」

斎藤は、いつもより穏やか寝顔で私を見ていた。
私は昔のことを思い出し、たまらず斎藤の胸に飛び込む。

紬「さい…とう……」

斎藤「お嬢様。お泣きにならないで下さい。」

斎藤は私の頭を撫でながら、20年以上もの間何一つ変わらぬ
優しい声で私を慰める。

87: 2010/11/11(木) 09:47:45.47 ID:jnWb7Hh30




『斎藤。私、結婚することになりそうなの。』

『左様でございますか。それは喜ばしいことでございます。』

『…本気で言っているの?』

『ええ。私は琴吹家の執事ですから。家の方の吉報は私にとっての吉報です。』

『斎藤…! 知らない! 出ていって!!』

『……かしこまりました。』

『っ……バカ……』

88: 2010/11/11(木) 09:50:38.56 ID:jnWb7Hh30
『……一つ申し上げるならば。』

『……』

『…もし私に娘がいたとして。同じ立場なら、私はこのような結婚は許さないでしょう。』

『……』

『…もし、お嬢様が琴吹の者でなく。』

『……』

『あなたのお父上の友人の一人として、私に力を貸して欲しいと仰るなら……』




91: 2010/11/11(木) 10:01:32.27 ID:jnWb7Hh30
――ひとしきり斎藤の胸で泣いたあと、私は彼がまとめてくれた
荷物を持ち上げ玄関の扉を開く。

斎藤「つむぎ!」

紬「…!」

斎藤「頑張って…きなさい。」

紬「ええ…ありがとう、斎藤!!」

私は重い荷物をモノともせず、すぐに走りだした。



斎藤「……ご主人。あなたは才のある方でしたが……」

斎藤「子育てだけはままなりませんでしたな……」

斎藤「…あの子のことを、天から見守ってやってください。」

93: 2010/11/11(木) 10:08:05.02 ID:jnWb7Hh30




律「なん…だよ。それ……」

みんなどうとも言いがたいような顔で私のほうを見る。

唯「ムギちゃん…また一緒に、バンドやれるの?」

紬「……みんなが。みんなが、許してくれるなら。」

一瞬の沈黙。

律「……バカやろう」

紬「……?」

94: 2010/11/11(木) 10:15:23.17 ID:jnWb7Hh30
律「何が許してくれるなら、だよ……こっちの気も知らないで。」

紬「りっちゃん……」

律「そもそも……怒ってすらいねーよ! バカ!!」

澪「律……」

俯いて、りっちゃんは泣いている。
何を言いたいのか、どう言っていいのかわからないのかな。
きっとそうだ。私も、他のみんなもそう。

再度の長い沈黙。

それを破るのは、やはり彼女だった……

律「…覚悟、しろよ……」

紬「…りっちゃん?」

律「もう…逃げることが出来ないようにしてやるからな!!」

95: 2010/11/11(木) 10:20:43.14 ID:jnWb7Hh30
紬「りっちゃん…?」

彼女の言う意味が、最初は理解できなかった。
でも、次第にその意味が頭の中で明確になってくる。

唯「ムギちゃん!!!」

急に唯ちゃんが抱きついてくる。
いきなりすぎる出来事に、私は一瞬反応が遅れる。

梓「ムギ先輩!!!」

今度は梓ちゃんも。

澪ちゃんはそんな様子を涙目で眺めつつ一言こう言ってくれた。

澪「おかえり…ムギ。」

96: 2010/11/11(木) 10:25:30.70 ID:jnWb7Hh30
―――ただいま。

私は、また彼女たちと同じ道を歩みだす。
これから先どんな困難があるかわからない。
今の私には身元の保証すらもない。

でも、それでも。

私の選択は絶対に間違っていない。
私が、私として生きていくためのこの選択は――――

97: 2010/11/11(木) 10:30:28.87 ID:jnWb7Hh30
大好きなお父様とお母様。

今まで育ててくれた恩をこのような形で裏切ることになってしまいごめんなさい。
許してください、なんてことは言いません。

斎藤。

私のワガママを聞いてくれてありがとう。面倒なことを全て押し付けてしまって
これから大変な目に会うかも知れませんが…許してください。



私は琴吹紬。ただの、琴吹紬です。



おわり

98: 2010/11/11(木) 10:32:56.79
良い話だった。

99: 2010/11/11(木) 10:36:25.34

じんわりいい話だったぜ

引用元: 紬「最後の日」