1: 2010/12/29(水) 00:44:35.49

「唯が、いけないんだ」

「み、澪ちゃん……?」

夕陽が差し込む音楽室、唯と澪だけがそこに残っていた。
いつもとは様子が違う澪が、唯に覆いかぶさる形で。

「唯は、なにかと私の身体が触って……」

「だって、澪ちゃんの身体触ってると落ち着くから」

唯は小さい身体を小さく震わし怯えていた。
人にこんな剣幕で迫られることが初めてだし、それがあの優しい澪なら尚更だろう。

「知らない癖に!」

「ひっ」

澪が怒鳴る。
唯は大きく身体を跳ねあげるように驚き、再び身体を震わせた。

「私がどんな気持ちで、どんな気持ちで唯を見てたか……知らない癖に」

澪は眉間のしわを緩ませ、下唇を噛みながら呟くようにそう言った。

13: 2010/12/29(水) 02:41:45.63 ID:N6zilhE90
「澪ちゃん……どうしたの?」

恐れ恐れ声を出すものの、澪の耳に届いているようには見えなかった。

「もう、我慢の限界だ……!」

澪が唯の胸に触れる。そこには優しさなど微塵もなかった。唯を自分のものにしたいという、征服欲が澪を支配していた。

「唯が悪い…そう、唯が悪いんだ……」

自らに言い聞かせるよう、澪はうわごとのように呟く。事ここに到り、遅ればせながらも唯は状況を理解した。

「澪ちゃん……」

両手で澪の頬を包む。澪の事は好きだ。しかし、恋愛対象としてではなく、友人として。
その友人を狂わせてしまったのは自分だ。自分の浅はかさが、澪をここまで追い詰めたのだ。
そして、唯は、罪を受け入れた。

15: 2010/12/29(水) 02:58:28.61 ID:N6zilhE90
唯は澪の頬に手をあてたまま、ゆっくりと顔を近づける。
唇が触れた瞬間、唯は頭の片隅で、もう戻れないことを確信した。

「澪ちゃん、今までごめんね。でももう大丈夫だよ」

「ゆ、い……」

「大丈夫だよ澪ちゃん。もう怖いことなんてなんにもないから」

「だから、泣かないで」

唯の優しい声。
それは澪の頭にわずかに残った理性を呼び起こす。
気付けば、涙を流していた。
澪は、唯の上で泣き崩れる。声をあげて。
悲しかった。何が悲しいのかもわからないほどに感情が溢れる。

唯はそんな澪の頭を撫で続けた。唯は繰り返す。
「大丈夫」と。
子守唄のように、何度も、何度も繰り返した。

17: 2010/12/29(水) 03:06:12.68 ID:N6zilhE90
「落ち着いた?」

「うん…ごめん」

澪が冷静さを取り戻す頃には、外はもう暗くなり始めていた。
普段ならばもうとっくに下校している時間だ。

「みんな来なかったね。どうしたんだろう」

おそらく律かムギあたりが察してくれたのだろう。律は私の気持ちを知っているし、ムギは察しが異様にいいのだ。

「帰ろっか」

唯はいつも通りに言う。その優しさが痛かった。

18: 2010/12/29(水) 03:17:39.79 ID:N6zilhE90
下校中、澪はほとんどまともに話すことができなかった。あんなことをしでかしたのだから、当然ではあるが。
唯が振ってくれる話題にもまともに返事すらできない。
沈黙は、二人の帰り道が別れるまで続いた。

「じゃあ、あたしこっちだから。また明日ね、澪ちゃん!」

言わなければ。ここで引きとめなければ私は先に進めない気がする。
言わなければ、言わないと――。

「ゆっ、唯!」

「なっ、なに?澪ちゃん」

唯の肩がビクリと跳ねる。その反応が私の心に影を落とす。
駄目だ、言わないと。

「唯……私、私……!」

「私、明日話すから……」

私は、回答を先延ばしにした。自分の弱さに頭痛がする。

「うん!」

唯の笑顔は、今まで見た中で一番ぎこちないものだった。

19: 2010/12/29(水) 03:27:10.01 ID:N6zilhE90
家に着き、携帯をチェック。着信アリ。
律からだ。
とりあえず無視して届いていたメールを開く。

『バカ澪』

反論のしようがない。バカと言われても仕方ないことをした。
というかバカでは済まない。

まだ混乱気味の頭を落ちつけようとお風呂に入ることにした。
シャワーの水が心地いい。水と一緒に今日の記憶も流れてしまえばいいのに。

21: 2010/12/29(水) 03:37:16.42 ID:N6zilhE90
いつから唯のことを好きになったのか。
幾度となく自問自答したことだ。毎回答えはでないけれど。
唯はいつでも輝いていた。

ギターを弾いているとき。
歌っているとき。
お菓子を食べているとき。
喋っているとき。
遊んでいるとき。
寝てるときだって、唯は輝いていた。

それはきっと、唯はいつでも全力だからだ。
梓は唯のことを自堕落だと思っているらしいが、それは大きな間違いだ。怠けているときだって、唯は全力で怠けている。

唯は一つのことにしか集中できない。それはつまり、一つのことに全力で取り組んでいるからだ。

だからこそあんなに魅力的で、輝いていて。
だからこそ、そんな唯が近くにいると自分まで輝いているような。

そんな、錯覚を覚えた。

愚かにも。

22: 2010/12/29(水) 03:42:46.24 ID:N6zilhE90
私の唯に対する想いはもはや信仰に近いものがあった。
私にとって神に等しい存在である唯が、私に触れる。

「澪ちゃ~んちゅー」

「えいっ」ガバッ

「ぷにぷに~」

私は、限界だった。

23: 2010/12/29(水) 03:52:15.27 ID:N6zilhE90
私の破綻は、あっさりと訪れた。


「よっしゃー!部活いくぞー!」

「いくぞー、じゃないわよ律。今日部長会議だって言ったでしょ」

「げ、和。しゃーねー。ごめん、先行っといて」

「私今日日直だから、私も遅れるわね」

ヴーヴー

「あ、あずにゃんからメール。体調悪いから帰るって」

「まじ!?梓大丈夫かな」

「そうね……」

「じゃあ澪ちゃん、行こっか」


こうして舞台は整ってしまった。
破綻するための舞台。そんなもの必要なかったのに。

24: 2010/12/29(水) 04:04:49.52 ID:N6zilhE90
「二人っきりだね、澪ちゃん」

唯に他意はない。状況そのままを言っているだけだ。
頭では理解しつつも、理性の糸はいつ切れてもおかしくない。
自分が異常であることには気づいていた。気付いていたが、気付かないふりをし続けた。目を逸らし続けていれば、いつかそんなものは存在しなくなる。
そんなことを本気で信じていた。
そんなわけがあるはずないことには、気付かないまま。

「澪ちゃん、きれいな手してるよね」

理性の糸は。

「触らせて~」

いつ切れても。

「うわぁ~ぷにぷに~」

糸は、切れてしまった。

109: 2010/12/31(金) 01:53:39.16 ID:Lmb1bVhZ0
気付いたら押し倒していた。本当に無意識のことだった。
自分で自分が理解できないでいる。こんなことは今までになかったのに。
唯の存在が自分を狂わせる。唯の魔力が……ダメだ、無意識に責任転嫁しようとしてる自分がいる。

「……ごめん、唯」

謝れば許してもらえるのか?いっそこのまま氏んでしまいたい。
薄黒い気持ちが自分を包む。

「でも、明日言うって決めたんだ」

悩む時間などなかった。

112: 2010/12/31(金) 02:07:38.35 ID:Lmb1bVhZ0
澪ちゃんに押し倒された。
……なんて現実感のない文章なんだろう。現実だけど。
始めは何が起こったのか理解できなかった。自分に重なる澪ちゃんを見ても、「あぁ、足を滑らせたのかな」ぐらいにしか思わなかった。
神様、私はバカなのでしょうか?

澪ちゃんの表情を見てやっと事態が普通じゃないと理解した。時すでに遅し。
いくら頭の回転の悪い自分でもようやく理解が追いつく。
澪ちゃんのことは嫌いじゃない。てゆうか好き。でもそれは友人としてであり、それ以上でも以下でもない。

しかし、澪ちゃんを追い詰めた原因はどうやら自分にあるようだ。自分が責任を取らなければ。

……こんな自分勝手な考えしかありませんでした。ごめんなさい。

私はその場しのぎで生きている。

113: 2010/12/31(金) 02:17:32.70 ID:Lmb1bVhZ0
澪ちゃんの事を受け入れる。私のスポンジのような頭は「まぁ、それも悪くないかな」というなんともな答えをはじき出した。この時の私はいろんな人に怒られるべきだと思う。

「澪ちゃん、今までごめんね。でももう大丈夫だよ」

そんな顔しなくても私が全部受け止めてあげるから、なんて。自己陶酔もいいとこだ。
澪ちゃんの頭を撫でながら、まるで自分がマリア様にでもなったかのような錯覚に陥った。

そう錯覚。自分に酔った私の言葉に、中身なんて存在しなかった。

114: 2010/12/31(金) 02:24:52.84 ID:Lmb1bVhZ0
何から唯に話せばいいのか。
冷静になった頭で考えて、やっぱり混乱した。

「唯を、レ……押し倒しておいて、今さら「好きです」っていうのか?」

「ていうか大丈夫って、何が大丈夫なんだ?」

警察には言わないから大丈夫?まさか。唯にかぎってそんな。いやでも……!

ヴヴヴヴヴヴヴ……

携帯の振動。……忘れてた。



『バカ澪』

……それはもう聞いたよ、律。

116: 2010/12/31(金) 02:32:45.97 ID:Lmb1bVhZ0
『ぶっちゃけいつかやるんじゃないかと思ってた』

『………』

『唯一の予想と違ったのは、あそこまでいって何もしない澪のヘタレさだな』

『うるさい。見てたように言うな』

『見てたもん』

『はぁ!?』

気を使って帰ったんじゃなかったのか!?いや、そんなこと律は一言も言ってないけど、でも……!

『唯も受け入れモードだったじゃん。なんでそのタイミングで泣くんだよ』

『律にはわかんないよ……』

『わかるよ』

118: 2010/12/31(金) 02:47:10.31 ID:Lmb1bVhZ0
『私にはわかるよ。何年幼馴染やってると思ってんだよ』

急に優しくなる律の声。あぁ、律は本当にわかってるんだ。

『拒絶して欲しかったんだろ?』

私は、唯が好きだった。信奉していた。唯は私にとって神に等しい。
自分が神に近付こうなんておこがましいにもほどがある。
しかし、私は神に手を伸ばした。届くはずないのに。届いてはいけなかったのに。
太陽に近づきすぎた英雄は蝋の羽をもがれ地に落とされる。
それが世界の倫理。しかし、

受け入れられてしまった。

その瞬間、私には自分が信じてきたものがすべて間違っていたような、壊れ去っていくような、そんな感覚に襲われ、涙が。止まらなくなった。

119: 2010/12/31(金) 02:56:08.61 ID:Lmb1bVhZ0
『間違ってたんだよ』

いやだ、聞きたくない。

『なんでそんなに自分を卑下するんだよ!唯は神サマでもなんでもないし、澪は澪だろ!』

やめろ。

『届かないなんて事があってたまるか!!そんな理由であきらめるな!ふざけんな!!』

やめてくれ。

『そんな理由であきらめるなんて私が許さないからな!』

やめ…

『聞いてんのか!?澪ッ!!』

『うるさいッ!!!』ブチッ

ツー、ツー、ツー、


120: 2010/12/31(金) 03:03:35.91 ID:Lmb1bVhZ0
……切られちゃったか。まぁ言うことは言ったし、これ以上私にできることはない。後は当人が決めること。

「なぁ澪。そんな理由で諦められたら私の立場はどうなるんだよ……。何のために私が手を引いたと思ってんだよ……」

「りっちゃん……。大丈夫…?」

「大丈夫だよ。……ごめんなムギ」

「ううん、私にできることは何もないから」

「いてくれるだけでいいんだよ。これから軽音部どうなるかわかんないけど、もし梓が不安そうにしてたらフォローしてやってくれ」

「……うん」

122: 2010/12/31(金) 03:16:54.28 ID:Lmb1bVhZ0

律、無理だよ。私には無理だ。
私は汚い人間だ。唯には釣り合わない。
叶わないって決まってたんだよ。


澪、叶わないなんて決めつけるな。
唯も澪も対等な人間だ。
そんな勘違いで私の決断を無駄にしないでくれ。


澪ちゃんが私の事好きだったなんて。
驚いたけど嬉しいかな。
女の子同士も悪いもんじゃないし。




それぞれの思いは行き違い、夜が明ける。

124: 2010/12/31(金) 03:26:24.64 ID:Lmb1bVhZ0
「澪ちゃん、今日は屋上でごはん食べない?」

っ来た。まさか唯から来るとは思いもしなかった。
心の準備がまだ……。

「あたしとムギは寒いから教室で食うよ。なっムギ?」

「えっ? あ、そうね、うん。私もりっちゃんと教室にいるね」

「んじゃ行こっ澪ちゃん!」

「あっ、あぁ……」

唯に手を引っ張られ階段を昇る。あああ……。

126: 2010/12/31(金) 03:34:27.93 ID:Lmb1bVhZ0
「澪ちゃん、昨日言ってくれたよね? 明日話すって」

唯のまっすぐな視線が痛い。昨日1日考えた言葉を話すだけ。それがこんなに難しいものだとは思いもしなかった。

そんな目で見ないでくれ。私には耐えられない。

しかし、ここで言わなければなにも変わらない。

変わりたい。

だから、聞いてくれ、唯。

私、の想いを。

128: 2010/12/31(金) 03:39:20.41 ID:Lmb1bVhZ0
「昨日はごめん、唯。本当にごめん。」

言え、私。

「いくら謝っても済む話じゃないけれど、でも、ごめん」

言うんだ。



「私は、唯が好きだ。」



言え……た。でも、

「でも、だからこそ、私は唯と付き合えない」

129: 2010/12/31(金) 03:45:13.82 ID:Lmb1bVhZ0
「え………」

そんな顔をしないでくれ、唯。
でもそれをさせてるのは私―か。
心臓をわしづかみにされた気分だ。

「私は唯と付き合えない。でも唯が受け入れてくれたことは本当にうれしかった。」

「じゃ、じゃあ、」

「でもダメなんだ!」

唯が言いきる前に言葉を挟む。

「私は薄汚れた人間だ。唯みたいなまっとうな人間と付き合う権利なんて、無い。」

「だから、ごめん」

頭を下げる。

沈黙。

130: 2010/12/31(金) 03:54:03.56 ID:Lmb1bVhZ0
「……言いたいことはそれだけ?」

頭上から言葉が降ってくる。
私は頭を下げたまま、ごめん、と呟くしかなかった。
今私は唯を傷つけた。唯はどんな顔をしているだろう。
怒っているだろうか、それとも悲しませたのか。
罪悪感で人は氏ぬことができるのだろうか。

「……ぐすっ、ひっぐ」

思わず顔を上げる。
あぁ、唯を泣かせてしまった。
私のせいで。

「ぐすっ、澪ちゃんの、ばか!」

「あほ!ばかばかばか!」

131: 2010/12/31(金) 04:00:44.00 ID:Lmb1bVhZ0
「自分が、ぐすっ、薄汚れたとか、ひっぐ、そんなこと言わないでよぉ」

唯が、私のために泣いている。
こんな価値のない人間のために。

「だから価値がないとか言うなぁ!」

「澪ちゃんは澪ちゃんでしょ?なんでそんなに自分を下に見るの?私、澪ちゃんのすごいところいっぱい知ってるよ!?いくつでもあげられるよ!わたしなんか全然……!」

「だから、そんな悲しいこと言わないで……」

132: 2010/12/31(金) 04:07:51.68 ID:Lmb1bVhZ0
ゆい、ありがとう。

ごめんな、泣かないでくれ。

私はもう、大丈夫だから。

唯のおかげで、大丈夫。

私はぼろぼろ泣く唯の頬を包む。私が唯にしてもらったように。

「唯」

「ほぇ?」

「ぷにぷに」




私は唯にいっぱい優しさをもらった。今度は私が返す番。だろ?


134: 2010/12/31(金) 04:15:02.48 ID:Lmb1bVhZ0

「唯!」

「は、はい!」




「好きです。私と付き合ってください」




「はいっ!」







おわり

135: 2010/12/31(金) 04:17:58.70 ID:Lmb1bVhZ0
こんなんでよかったのか……?

澪は唯に自分の価値を教えてもらい、唯は澪から真剣な愛の気持ちを知ります。
てなかんじで。


136: 2010/12/31(金) 04:40:19.27
えっ





137: 2010/12/31(金) 04:43:57.55
乙乙

引用元: 澪「ぷにぷに」