1: 2020/11/22(日) 20:43:15.07 ID:7tIffwGI0
男(俺の胸には、鋭い剣が深々と刺さっていた)

男「いっ……! があ……!」

男(いつから刺さっているかは分からない)

男(ただ、気が付けばそこに刺さっていたんだ)

男(ひどい火傷のようなぢくりとした痛みが、常に俺を蝕み続ける)

男(俺はひたすらに、その地獄のような苦しみに耐え続けなければならない)

男(痛みで立つ事も動く事も出来ず、ただ両膝をついて物乞いのように俯き続ける)

男(いつまで経ってもこの痛みは消えない)

男(いつになったらこの剣は抜けるんだろう)

男(ただひたすらに、苦しいんだ)


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2: 2020/11/22(日) 20:48:46.33 ID:7tIffwGI0
男(何度か、自分でこの剣を抜こうとした事があった)

男(その度に、信じがたい激痛が俺の心を噛み潰した)

男(まるで、焼けた針で目を刺されるような、ぱっくり開いた傷口を抉られるような)

男(思い出すだけでも涙が出そうになる、そんな悍ましい痛みだった)

男「お願いだ、誰か助けてくれ!」

男(時折道を横切る人間に、俺は情けなく懇願する)

男(それを見た人間は、嫌悪、哀れみ、侮蔑……様々な色をとった)

男(それを受ける度に、俺の剣はさらに大きく成長し、さらに深く突き刺さった)

男(人間に会う度に、俺の痛みはよりその鋭さを増す。俺の心は乾いていく)

男(呼吸をする事すら苦しい)

男(だが、それでも俺は助けを求め続ける)

男(自分じゃどうにも出来ないんだ)

3: 2020/11/22(日) 20:50:27.91 ID:7tIffwGI0
男(ある日、ついに助けてくれる人間と出会う事が出来た)

紳士「ほう、それは大変だ。どれ、私が助けてあげましょう」

男「頼む……一気に引っこ抜いてくれ……!」

紳士「了解しました。では」

男「ぎゃあああああっ!! はっ……はっ……」

紳士「うむ、抜けた。良かったですな」

男「や、やった……抜けた……!」

男(剣は、思っていたよりもあっさりと抜けた)

紳士「む? なっ!」

ギュン!!

男「いぎっ⁉ な、何でっ……!」

男(抜けたと思った瞬間、その剣は再び俺の胸に突き刺さってしまった)

男「がっ……くそ……頼む、もう一度……」

紳士「やはり……その剣は私が抜いても無駄なようだ」

男「ま、待ってくれ!」

紳士「貴方が自分で何とかしないと、きっとその剣は抜けないのでしょう」

男(彼はそう言うと、立ち去ってしまった)

男(中途半端な希望は、より心を深く深く削り取っていく)

男(俺が何をしたって言うんだ、何も悪い事はしていないのに)

男(痛みと絶望で、前が見えない)

男「ウグッ……畜生……!」ボロボロ

男(もう何をしても無駄なんだ。俺は一生このままなんだ)

男(どうしてこんな物があるんだろう)

男(俺はただ、泣く事しか出来なかった)

男(誰かが俺の隣を去っていった気がする)

男(俺の姿に驚いたようだが、助けてくれる事は無かった)

4: 2020/11/22(日) 20:51:36.50 ID:7tIffwGI0
男(どれくらいの時が経ったんだろう)

男(俺は全てを諦めた。もう剣を抜く気力も無い)

男(乾ききったこの心は、どうやら剣に吸われているらしい)

男(まるで植物が根を張って養分を吸収するみたいに)

男(そうして、少しずつ俺の身体は氏に向かっていく)

男(もう全部どうでもいい。ただ早く終わってほしい)

男(希望なんてありはしない。生きている意味も無い)

男(そうして地面に這いつくばっている俺の前に)

紳士「おや」

男(あの紳士が現れた)

5: 2020/11/22(日) 20:53:09.44 ID:7tIffwGI0
紳士「いやはや、まだ刺さり続けていたとは」

男「もう全部どうでも良い……どうせ抜けないんだよ」

紳士「諦めてはいけませんよ。投げ出しても何も変わりません」

男「……!!」ブチッ

男「うるせえよ!! 偉そうな事言ってんじゃねえ!」

男「お前に何が分かるんだよ! 平気な顔して楽に生きてるお前に!」

男「剣が刺さってねえからそんな事言えるんだよ!! 俺の苦しみが分かんのかよ!」

紳士「いえ、貴方の苦しみは分かりません。ですが、諦めてはいけないのですよ」

男「黙れ!! 黙れ黙れ!」

紳士「きっといつか、その剣は抜けますよ」

男「無責任な事言ってんじゃねえ!」

紳士「何故なら、私もそうでしたから」

男「……えっ」

6: 2020/11/22(日) 20:54:13.95 ID:7tIffwGI0
紳士「私も若い頃はそうでした。今でも時々刺さる事があります」

紳士「ですが、おそらくその剣は自分でしか対処出来ないのですよ」

紳士「その剣は心の剣。貴方の心は貴方のものなんですから」

紳士「突き立てられた刃は、自分で制するのです」

男「……」

紳士「氏に物狂いでやってみなさい。自分が変わるとは、そういう事です」

男「俺は……」

紳士「貴方が解放されるのを願っていますよ。ではまた」

男(そうして、紳士は片手を振って去っていった)

7: 2020/11/22(日) 20:55:45.77 ID:7tIffwGI0
男(あれから、一晩中考えていた)

男(あの紳士にも、剣が刺さっていたのか)

男(いや、もしかしたら、誰もが刺さっているのかもしれない)

男(俺はただ、人に何とかして貰う事ばかり考えていた)

男(自分で考えずに人任せにしてるから、こんなにも剣は強くなってしまったんだろう)

紳士『氏に物狂いでやってみなさい。自分が変わるとは、そういう事です』

男(氏に物狂いで……か)

スッ

男(俺は両手を剣に伸ばす)

男(触れたのは久しぶりだ。随分と長く触っていなかったからな)

男「やるぞ……俺は……やるぞ!」

男(自分を精一杯鼓舞して、俺は柄をぎゅっと握りしめる)

男(震える喉で沢山の息を吸って、止めて)

男(全身全霊、ありったけの力を込めて)

男(俺はそれを、勢い良く引っ張った)

グッ!!

8: 2020/11/22(日) 20:57:17.22 ID:7tIffwGI0
男「ッぎゃあああああぁぁぁ――!!」

男(今までとは次元の違う痛みが弾け出す)

男(目の前が真っ白になる。激痛で脳が上手く働かない)

男(自分が今、どこに居るのかも分からない)

男(それでも、握った剣だけは離さない)

男(俺は変わるんだ、俺は剣を抜くんだ!)

男(奥歯を噛み締めて、腹の底から力を出して、俺は全ての力を剣に込める)

男「おおおおおぉ――」

……ズッ!

男「――あぁっ!!」ドサッ

男(勢いの反動で、ずだんと背中が地面に叩きつけられる)

男(だが、確かに)

男「……やった……!」

男(両手の中でどくどくと脈打つ、それは抜けていたんだ)

9: 2020/11/22(日) 21:01:17.13 ID:7tIffwGI0
男「……お、あんたか」

紳士「おや。どうやら上手くいったようで」

男「あんたには感謝してもしきれない。おかげでようやく楽になった」

紳士「とんでもない。貴方自身が頑張ったからです」

男「謙遜しないでくれ。お礼に飯でもご馳走させてくれないか?」

紳士「それではお言葉に甘えましょう。良い店を知っています」

男「へえ、そりゃ楽しみだな」

男(俺は紳士と歩き出す)

男(これから先、どうなっていくかは分からない)

男(それでも、きっと大丈夫な気がする)

紳士「どうしました?」

男「いや、何でも無いよ」

紳士「……乗り越えた苦しみは、そのまま貴方の力になります」

紳士「何を考え、どう動いたか。その経験全てが、この先貴方を守ってくれますよ」

男「おいこら、勝手に人の心を読むな」

紳士「これは失礼。さ、見えてきましたよ」

男「良いね。旨そうな洋食店だ」

男(もう俺は何処にだって行ける)


男(心の中に仕舞った剣が、今も俺の中で熱く脈を打っていた)

10: 2020/11/22(日) 21:06:07.37 ID:7tIffwGI0

11: 2020/11/22(日) 22:03:12.30

他のも読ませて貰うわ

引用元: 男「苦しみ、痛み、剣」