1: 2011/01/14(金) 19:54:52.81 ID:s0PybCdO0
私は聡の姉だ。
昔から、「姉」という立場を生きてきた。
だからあの日、私はあいつを頼ったのかもしれない。
3: 2011/01/14(金) 19:55:44.72 ID:s0PybCdO0
母「聡、今回の成績よかったわね」
聡「まあねー、バカな姉ちゃんとは違うよ」
律「…」
母「律、あんたもうちょっと頑張りなさい。弟にバカにされてどうすんの」
聡が私のことを好き放題に言うようになってもう長いこと経っていた。
男の子だからか、母親はそんな聡に甘い。
二人してニコニコと笑い合っている日常を見るのはもう耐えられなかった。
私の気持ちも知らないで。
律「……うるさいんだよっ!!」
リビングにあったテーブルを蹴り飛ばし、収まらない怒りをぶつける。
キッチンで食器を持ったまま固まる二人を睨み付けた。
律「お前なんてもう弟じゃねえ!お前のせいで私がどれだけ我慢してきたと思ってるんだよ!」
母「律、ちょっと言い過ぎよ」
律「あぁ?!じゃあ誰がこいつ産んでくれって言ったんだよ、なぁ?!」
鬱陶しい声を遮り、意見したところで乾いた音と共に左頬に鈍い痛みが走った。
母「…言っていいことと悪いことがあるのよ」
4: 2011/01/14(金) 19:56:57.45 ID:s0PybCdO0
私は本当のことを言っているだけだ。
なのに、それを全て否定されたような気がした。
律「もういいよ…!」
この家に私の気持ちをわかってくれる人はいないんだ。
そう思うととてつもない怒りと同時に悲しみが込み上げてきた。
私の居場所はもう、ここにはない。
玄関を飛び出し、夜風に肌を曝した。
熱くなる目頭を冷ますようにひたすら宛てのない道を歩く。
人気のない真っ暗な夜道は居場所のない自分にぴったりの空間だと思った。
どれくらい歩いたかなんて知らない。
ただ、あんな家にはもう帰りたくない。
カン、カン、カン、と規則正しい音が耳に届いている。
もう、疲れたんだ。
5: 2011/01/14(金) 19:59:31.57 ID:s0PybCdO0
――――――――――
唯「うふふ、アイスアイス~」
憂との夕飯を終えた私はコンビニ袋を手に提げて家路を急いでいた。
「お姉ちゃん、気をつけてね」と暗い中、外出しようとした私に声を掛けてくれた憂を思い出すと、ひとりでに歩が早まってしまう。
唯「ん?」
軽快に歩いていたときだった。
ふと前方に自分と同じくらいの女の子を見つける。
どこかで見たような後姿。
だけど、何やら様子がおかしい。
その子は踏切が鳴り続けているというのに、遮断機の中に入っていったのだ。
唯「あ、あぶないよぉ!」
私が咄嗟にあげた声にその子が振り向いた。
多分、お互いにとても驚いた顔をしただろう。
だけどその時の私はそんなことよりも、その子を助け出すほうが先だった。
唯「うふふ、アイスアイス~」
憂との夕飯を終えた私はコンビニ袋を手に提げて家路を急いでいた。
「お姉ちゃん、気をつけてね」と暗い中、外出しようとした私に声を掛けてくれた憂を思い出すと、ひとりでに歩が早まってしまう。
唯「ん?」
軽快に歩いていたときだった。
ふと前方に自分と同じくらいの女の子を見つける。
どこかで見たような後姿。
だけど、何やら様子がおかしい。
その子は踏切が鳴り続けているというのに、遮断機の中に入っていったのだ。
唯「あ、あぶないよぉ!」
私が咄嗟にあげた声にその子が振り向いた。
多分、お互いにとても驚いた顔をしただろう。
だけどその時の私はそんなことよりも、その子を助け出すほうが先だった。
7: 2011/01/14(金) 20:03:17.43 ID:s0PybCdO0
ぐい、と腕を掴んで遮断機の中から引っ張り出した。
二人で倒れ込んだ数秒後、もの凄い轟音を立てて傍らを電車が通過していった。
唯「何やってるの、りっちゃん!あぶないでしょ!」
声を荒げる私の腕の中でりっちゃんは俯いたまま何にも喋らなかった。
どうしたんだろう、考えているうちに目の前の肩が小さく震え出した。
律「どうして止めたりしたんだよ…」
唯「え…」
律「もう…、氏なせてくれよぉ…」
りっちゃんは泣いていた。
律「私の居場所なんてどこにもないんだから…っ」
いつも元気なりっちゃん。
でも今、目の前にいるりっちゃんに笑顔はない。
ただ、静かにぽろぽろと涙を零している。
8: 2011/01/14(金) 20:04:33.34 ID:s0PybCdO0
唯「そんなことない!」
私はぎゅっとりっちゃんを抱き締めた。
何があったのかは知らない。
だけど、“居場所がない”だなんて聞き捨てならなかったから。
唯「りっちゃんには軽音部があるでしょ!澪ちゃんも、ムギちゃんも…私もいるよ!」
唯「だから…っ、氏なせてなんて…言わないでぇ…」
気がつけば私も一緒に泣いていた。
りっちゃんのせいだ。
りっちゃんがこんなことするからいけないんだ。
それからしばらく二人で泣いた。
視界の隅に入ったコンビニの袋からは、買ったばかりのアイスが飛び出してぐちゃぐちゃになっていた。
りっちゃんが無事でよかった。
9: 2011/01/14(金) 20:08:24.63 ID:s0PybCdO0
――――――――――
唯「大丈夫?」
律「ああ…だいぶ落ち着いた」
唯「そっか…よかったぁ」
ほっと胸を撫で下ろす唯を見ていると何となく心が落ち着いた。
さっきまで自分がしようとしていたことを思い出し、僅かに身体が震えた。
唯「…」
律「…」
気まずい。
いつもの私達なら会話に沈黙などないはずなのに。
こんなことがあった手前、仕方のないことかもしれないけれど。
これからどうしよう、そんなことを考えていた時だった。
唯「大丈夫?」
律「ああ…だいぶ落ち着いた」
唯「そっか…よかったぁ」
ほっと胸を撫で下ろす唯を見ていると何となく心が落ち着いた。
さっきまで自分がしようとしていたことを思い出し、僅かに身体が震えた。
唯「…」
律「…」
気まずい。
いつもの私達なら会話に沈黙などないはずなのに。
こんなことがあった手前、仕方のないことかもしれないけれど。
これからどうしよう、そんなことを考えていた時だった。
13: 2011/01/14(金) 20:13:04.14 ID:s0PybCdO0
唯「ねえりっちゃん、家においで?」
唯を見るといつもの笑みを浮かべていた。
いつも思うけれど、穏やかで優しい笑顔だ。
律「え?でもさ…こんな時間だし」
唯「いいんだよ!ほらほら、行こう?」
ね?と念を押され、唯は私の返事も待たないまま私の手を握り歩き始めた。
冷え切った私の冷たい手とは対照的に、唯の手はとても温かかった。
唯「うふふ」
律「どうした?」
唯「りっちゃんが来てくれたら、憂もきっと喜ぶねぇ」
憂ちゃんの名が出た瞬間、私の心臓がぎゅっと締め付けられた。
そうだった。
――唯も“お姉ちゃん”なんだよな。
律「…」
唯「りっちゃん、どうかした?」
律「…ううん、何でもないよ」
14: 2011/01/14(金) 20:18:20.62 ID:s0PybCdO0
なあ、唯。
どうして唯はそんな楽しそうに憂ちゃんのことを話せるんだ?
私には、できないよ。
――――――――――
唯「ただいまぁ」
憂「おかえり、お姉ちゃん!あ、律さんも。こんばんは」
律「こんばんは」
唯「コンビニから帰る途中で偶然会ったんだよ~」
憂「そうだったんだ。あ、どうぞ、上がってください」
律「…お邪魔します」
目の前に並べられたスリッパに爪先を通し、慌ただしくキッチンの方へと駆けて行く憂ちゃんを見る。
改めて思うけれど、本当に出来た子だ。
15: 2011/01/14(金) 20:20:09.45 ID:s0PybCdO0
律(あ…そういえば…)
その時、いつか私が唯に対して発した言葉を思い出す。
『よくできた妹だな~』
『唯のいいところ全部、憂ちゃんに取られちゃったんじゃないのか?』
今思えば、唯のことなど何にも考えずに言ったものだった。
16: 2011/01/14(金) 20:25:52.24 ID:s0PybCdO0
――――――――――
私は田井中家の長女として生まれた。
初めての子供ということもあり、沢山の愛情を注がれたらしい。
らしい、というのは自分でも記憶のない幼い頃の話だからだ。
それから聡が生まれた。
聡が生まれてからのことはなぜかよく覚えている。
『律はお姉ちゃんなのよ』
『お姉ちゃんなんだから、ちゃんと面倒見なさい』
『お姉ちゃんでしょ』
初めは何とも思わなかった。
自分でも「姉になった」という自覚はあったし、それに伴って聡の面倒を見るのも当たり前だと思っていたからだ。
だけど、ことあるごとに“姉”という立場を強要されることについては違和を感じ始めていた。
喧嘩をすれば、向こうに原因があっても私が怒られる。
テストで悪い点を取れば、聡と比較されて私が怒られる。
お姉ちゃんなんだから、という理由だけで家事を任されることも幾度となくあった。
私は段々と苛立ちを覚えるようになっていた。
聡と母親。
そのどちらに対してもだ。
私は田井中家の長女として生まれた。
初めての子供ということもあり、沢山の愛情を注がれたらしい。
らしい、というのは自分でも記憶のない幼い頃の話だからだ。
それから聡が生まれた。
聡が生まれてからのことはなぜかよく覚えている。
『律はお姉ちゃんなのよ』
『お姉ちゃんなんだから、ちゃんと面倒見なさい』
『お姉ちゃんでしょ』
初めは何とも思わなかった。
自分でも「姉になった」という自覚はあったし、それに伴って聡の面倒を見るのも当たり前だと思っていたからだ。
だけど、ことあるごとに“姉”という立場を強要されることについては違和を感じ始めていた。
喧嘩をすれば、向こうに原因があっても私が怒られる。
テストで悪い点を取れば、聡と比較されて私が怒られる。
お姉ちゃんなんだから、という理由だけで家事を任されることも幾度となくあった。
私は段々と苛立ちを覚えるようになっていた。
聡と母親。
そのどちらに対してもだ。
18: 2011/01/14(金) 20:30:04.01 ID:s0PybCdO0
――――――――――
律「うわっ、ちょっとは片付けしろよ…」
唯「し、仕方ないでしょ。じゃあ、りっちゃんも手伝って」
律「えぇー…」
私の部屋に入るなり、眉を顰めたりっちゃんは面倒くさがるかと思いきやせっせと片づけを始めた。
唯「優しいねぇ、りっちゃん」
律「へへ、照れるぞこのやろー。ほら、唯もそこのマンガ、棚に持ってけ」
唯「りょーかいですっ」
私も慌てて片付けに取り掛かりながら、段々と戻ってきたいつものりっちゃんに嬉しさを覚えていた。
りっちゃんに何があったのかは気になる。
だけど、直接それを聞くことは躊躇われた。
何となく聞かない方がいいのかなと思った。
人には言いたくないことだって、あるもんね。
律「うわっ、ちょっとは片付けしろよ…」
唯「し、仕方ないでしょ。じゃあ、りっちゃんも手伝って」
律「えぇー…」
私の部屋に入るなり、眉を顰めたりっちゃんは面倒くさがるかと思いきやせっせと片づけを始めた。
唯「優しいねぇ、りっちゃん」
律「へへ、照れるぞこのやろー。ほら、唯もそこのマンガ、棚に持ってけ」
唯「りょーかいですっ」
私も慌てて片付けに取り掛かりながら、段々と戻ってきたいつものりっちゃんに嬉しさを覚えていた。
りっちゃんに何があったのかは気になる。
だけど、直接それを聞くことは躊躇われた。
何となく聞かない方がいいのかなと思った。
人には言いたくないことだって、あるもんね。
19: 2011/01/14(金) 20:35:40.23 ID:s0PybCdO0
律「ふぅ…まあこんなもんでいいか」
唯「綺麗になったね~、ありがとう」
小一時間後、二人が座れるくらいのスペースは確保できた部屋をぐるりと見渡しながら息を吐く。
よっこらしょっと、と声を上げて腰を下ろすりっちゃんに私も続いた。
律「落ち着くなあ…人の家って」
りっちゃんはどこか遠いところを見詰めていた。
どうかしたのと聞こうとした時、コンコンというノックの音と共に憂が入ってきた。
憂「お茶どうぞ。あと、小腹空いたかなと思ってお菓子も」
唯「おおー、さすが憂。ありがとぉ」
律「悪いね、憂ちゃん」
お茶とお菓子を受け取っていると、憂が「そういえば」と続けた。
憂「お姉ちゃん、アイスはちゃんと冷凍庫に入れたの?」
唯「ん?アイス?」
憂「うん。コンビニに買いに行ったんでしょ?」
20: 2011/01/14(金) 20:39:29.93 ID:s0PybCdO0
憂の言葉ではっと線路の端に落ちてしまったアイスを思い出す。
どうしよう。
言わないほうがいいよね。
唯「あ、あのね…好きなアイス無くて買わなかったんだぁ」
憂「そうだったんだ」
唯「う…うん」
私は自慢じゃないけど嘘があまり上手じゃない。
だけど、アイスの行方をどうやって説明すればいいのかわからなかった。
だって、りっちゃんの事に触れてしまうことになる。
どうしようと思っていたその時だった。
律「ちょっと唯に聞きたいことがあるんだけどさー」
突然の言葉にびっくりしてりっちゃんの方を見るといつになく真剣な顔をしていた。
私はその表情にちょっとした怖ささえ覚えた。
唯「な…、なに?」
りっちゃんは少し間を空けて、口を開いた。
律「“お姉ちゃん”って立場、どう思う?」
24: 2011/01/14(金) 20:45:05.28 ID:s0PybCdO0
唐突な律さんの質問は私にとっても興味深いものだった。
お姉ちゃんが自分の立場をどういう風に思っているか、なんて聞いたことが無い。
唯「よくわかんないかなぁ」
律「…」
唯「私、あんまり“お姉ちゃん”って感じじゃないし…いつも憂に頼ってばっかりだし…」
お姉ちゃんは眉を下げて私を見る。
そんなことないよ、と首を振って答えた。
律「じゃあさ…、憂ちゃんと比べられることについては何にも思わないのか?」
憂「私、ですか?」
質問を変えた律さんに名を挙げられて思わず声が出る。
律「そうそう。“出来た子だなー”とか“憂ちゃんはしっかりしてるのに”とか…、色々言われるだろ?」
憂「あ…、はい」
律「唯はそれについてどう思ってるのかなー、って」
25: 2011/01/14(金) 20:49:44.62 ID:s0PybCdO0
私は改めてこれまでの事を振り返る。
律さんが言っていることは正しい。
前に律さん達が家に来たときも、皆が口々にそのようなことを言っていたのを思い出す。
私は何にも思わなかった。
恐らく、そう言われることに対していつの間にか耳が慣れてしまっていたのだ。
私はお姉ちゃんがいるから、お姉ちゃんのためだからしっかりできる子なのに。
そう言えば、お姉ちゃんの気持ちを考えたことなんてなかったかもしれない。
憂「…お姉ちゃん、ごめんね」
唯「ど、どうして憂が謝るの?!」
憂「だって…私、お姉ちゃんのこと…考えたことなかった」
お姉ちゃんは優しい。
だから、私はいつもお姉ちゃんに甘えてしまっているのかもしれない。
だけど、一番大事な部分を考えたことがなかった事実にただ悔しくて目の奥が熱くなった。
26: 2011/01/14(金) 20:54:58.45 ID:s0PybCdO0
唯「憂!?」
憂「…っ、ぐすっ…」
律「う、憂ちゃん!ごめん、泣かせるつもりじゃなかったんだ!」
お姉ちゃんと律さんの言葉にぐっと涙を拭う。
きっと律さんも変な意味があって聞いた訳ではないこともわかっている。
だけど、泣いていてはいけない、そう思いつつも溢れる涙は止まることを知らない。
唯「憂」
憂「…なに?」
唯「私、何とも思ってないよ」
憂「お姉ちゃん…」
唯「憂のこと、大好きだもん」
お姉ちゃんは真っ直ぐに私を見て、優しく微笑んでくれた。
不安でいっぱいだった私の心が少し明るくなる。
背中を擦ってくれるお姉ちゃんの手のひらはとっても温かかった。
29: 2011/01/14(金) 21:00:45.41 ID:s0PybCdO0
律「ごめんな、憂ちゃん。こんなことを言いたかったんじゃないんだ…」
憂「はい…大丈夫です」
律さんの表情は心なしか少し穏やかになったような気がした。
その目はまるで妹に接する時の“お姉ちゃん”のようだった。
そう言えば前にお姉ちゃんから、律さんに弟がいるという話を聞いたことがあったような気がする。
憂(もしかして律さん…、家で何かあったのかな)
さっきまでのお姉ちゃんと私に対する質問を思い出し、辻褄が合うことを確認した。
32: 2011/01/14(金) 21:05:11.41 ID:s0PybCdO0
――――――――――
憂ちゃんは相変わらず唯のことが大好きだった。
尋問じみたことをしてしまったのが少し後ろめたいけれど、私の心は幾らか晴れた。
唯と憂ちゃんはいつ見ても本当に仲が良い。
傍から見ても理想の姉妹だろう。
だから、私は壊そうとした。
壊して滅茶苦茶にして、唯を自分の方へと引き摺りこみたかった。
“姉”という立場が嫌になった
――そんな自分と同じ思考の人間が欲しかった。
だけど、壊れることはなかった。
後から思えばこの姉妹に聞いたのが間違いだった。
唯も憂ちゃんもお互いを本当に大切に思っていた。
悔しかったけれど、心のどこかでそれを望んでいた自分も居た。
目の前でその事実を確認した瞬間、邪な心が徐々に明るさを取り戻してきた。
憂ちゃんは相変わらず唯のことが大好きだった。
尋問じみたことをしてしまったのが少し後ろめたいけれど、私の心は幾らか晴れた。
唯と憂ちゃんはいつ見ても本当に仲が良い。
傍から見ても理想の姉妹だろう。
だから、私は壊そうとした。
壊して滅茶苦茶にして、唯を自分の方へと引き摺りこみたかった。
“姉”という立場が嫌になった
――そんな自分と同じ思考の人間が欲しかった。
だけど、壊れることはなかった。
後から思えばこの姉妹に聞いたのが間違いだった。
唯も憂ちゃんもお互いを本当に大切に思っていた。
悔しかったけれど、心のどこかでそれを望んでいた自分も居た。
目の前でその事実を確認した瞬間、邪な心が徐々に明るさを取り戻してきた。
34: 2011/01/14(金) 21:10:16.18 ID:s0PybCdO0
憂「律さん、もしかして…お家で何かありましたか?」
憂ちゃんは鋭かった。
もう後には引けない。
私は憂ちゃんを見て、静かに口を開いた。
律「実はな、唯はちゃんとアイス買ってたよ」
唯「え、りっちゃん」
律「大丈夫。ちゃんと話すから」
唯はきっと私のことを気遣って黙っていてくれたんだろう。
慣れない嘘までついて。
バレバレなんだよ。
それに、唯は家に着くまで一度も「何があったの?」と聞いてこなかった。
こういうさり気ない優しさを憂ちゃんも知っているんだろうな、そう思った。
35: 2011/01/14(金) 21:15:10.87 ID:s0PybCdO0
律「私、今日、氏のうとしてたんだ」
憂「えっ…」
律「唯が助けてくれなかったら、確実に氏んでた。唯のアイスが今、手元にないのはそのせい」
そして私はそこに至るまでの経緯を話した。
幼い頃の話から、最近の話、そして――今日の出来事まで。
上手くまとまらない私の話を、二人は最後まで真剣に聞いてくれた。
言葉にすると色んな感情が巡ってきた。
腹が立ったこと、悲しかったこと、悔しかったこと全部を思い出して泣いた。
人前でこんなに泣いたのは、初めてだったかもしれない。
36: 2011/01/14(金) 21:19:52.78 ID:s0PybCdO0
――――――――――
律「だから…っ、もう“お姉ちゃん”するの…疲れたんだよ…」
りっちゃんの話を聞いていると、私も自然と涙が出てきた。
りっちゃんがさっき、私に何と答えて欲しかったのかわかる気がした。
だけど、今ここで言うべきではない。
隣で同じく涙を流す憂を見て、私はそう思った。
唯「りっちゃん、大丈夫だよ」
唯「そう思ってる“お姉ちゃん”も世の中にはいっぱいいるから。りっちゃんだけじゃないよ」
唯「今は少しだけ“お姉ちゃん”やめてお休みしよう。ね?」
憂と目を合わせて一緒に微笑んだ。
律「だから…っ、もう“お姉ちゃん”するの…疲れたんだよ…」
りっちゃんの話を聞いていると、私も自然と涙が出てきた。
りっちゃんがさっき、私に何と答えて欲しかったのかわかる気がした。
だけど、今ここで言うべきではない。
隣で同じく涙を流す憂を見て、私はそう思った。
唯「りっちゃん、大丈夫だよ」
唯「そう思ってる“お姉ちゃん”も世の中にはいっぱいいるから。りっちゃんだけじゃないよ」
唯「今は少しだけ“お姉ちゃん”やめてお休みしよう。ね?」
憂と目を合わせて一緒に微笑んだ。
39: 2011/01/14(金) 21:25:07.00 ID:s0PybCdO0
憂「律さん、私は妹の立場ですから…律さんの気持ちを全部わかることはできないかもしれないですけど…」
憂「今日のことで、聡くんも、お母さんも考えるところはあるんじゃないかと思います」
憂「実際、私もとても考えさせられましたから」
憂は最後に私を見てそう言った。
そして、「何か温かい飲み物でも作りましょうか」と一階に降りていった。
私はそんな憂に、「ありがとう」と伝えた。
いつも、ありがとう。
そう思えるようになったのはいつだったっけ。
私は改めてりっちゃんに向き直る。
唯「私ね、一つだけ嘘吐いたよ」
律「えっ…」
唯「憂に『何とも思ってないよ』って言ったでしょ?」
律「うん」
唯「実は私も、小さい頃はりっちゃんみたいに思ったことあったんだ」
41: 2011/01/14(金) 21:31:51.24 ID:s0PybCdO0
――――――――――
驚いた。
唯に限ってそんなことはないと思っていたから。
確認の意味を込めて、もう一度問う。
律「憂ちゃんに対して、か?」
唯「うん」
間違いはないようだった。
唯はそんな私を見て微笑を浮かべる。
唯「私、いつもドジばっかりして怒られてたから…、褒められてる憂を見るのが悔しかった」
律「唯…」
唯「私も褒めて欲しいって、そう思ってた時もあるんだよ」
唯はどこか寂しげに笑った。
きっと、幼い頃を思い出しているんだろう。
そっか。
唯も一緒だったんだな。
驚いた。
唯に限ってそんなことはないと思っていたから。
確認の意味を込めて、もう一度問う。
律「憂ちゃんに対して、か?」
唯「うん」
間違いはないようだった。
唯はそんな私を見て微笑を浮かべる。
唯「私、いつもドジばっかりして怒られてたから…、褒められてる憂を見るのが悔しかった」
律「唯…」
唯「私も褒めて欲しいって、そう思ってた時もあるんだよ」
唯はどこか寂しげに笑った。
きっと、幼い頃を思い出しているんだろう。
そっか。
唯も一緒だったんだな。
44: 2011/01/14(金) 21:36:32.08 ID:s0PybCdO0
唯「だけどね、そんな私をいつも褒めてくれたのが憂だったの」
唯「初めはやっぱり悔しかったけど…、憂を見てるとその言葉が嘘じゃないっていうのが伝わってきて」
唯「すごく嬉しかったんだぁ」
唯は本当に嬉しそうに笑った。
その笑顔にさっきまでの寂しさは無かった。
唯「それからしばらくしてかな…ずっとあったモヤモヤが無くなったの。不思議だよね」
そして唯は照れたような、困ったような表情を浮かべる。
唯「今は憂のこと…大好きだよ」
えへへ、と照れ笑いを浮かべる唯を見て私も心の中が温かくなってきた。
――唯が“お姉ちゃん”に見えた。
49: 2011/01/14(金) 21:40:32.30 ID:s0PybCdO0
すると唯ははっと思い出したように、ふんすと眉を上げて私を見た。
唯「だからりっちゃんもいつか過去を懐かしいと思える時が来るよ!」
唯は堂々と胸を張ってそう言い切った。
そんな唯を見ているとさっきまで悩んでいたことが急に馬鹿らしくなってきた。
そっか、そうだよな。
律「…あはは!」
唯「ちょっとりっちゃん、何、人が真剣に話してるっていうのに!」
律「いやー、唯はやっぱり唯だなと思って」
唯「ど、どういうことー、失礼だよっ!」
笑うと目の端に溜まっていた涙がすうっと頬を流れた。
それはその日流した最後の涙になった。
52: 2011/01/14(金) 21:45:55.31 ID:s0PybCdO0
――――――――――
律「…よーしっ、今日の練習はこれで終わりー!」
唯「やったぁー!」
梓「ふぅ…だけどたくさん練習しましたね」
澪「そうだな。この部活にしては珍しいぞ」
紬「明日もこの調子で頑張りましょう」
後日、練習を終えた私はぐるりと楽器をしまう皆を見渡した。
唯がいて、澪がいて、ムギがいて、梓がいる。
――当たり前のことだけど。
律「…よーしっ、今日の練習はこれで終わりー!」
唯「やったぁー!」
梓「ふぅ…だけどたくさん練習しましたね」
澪「そうだな。この部活にしては珍しいぞ」
紬「明日もこの調子で頑張りましょう」
後日、練習を終えた私はぐるりと楽器をしまう皆を見渡した。
唯がいて、澪がいて、ムギがいて、梓がいる。
――当たり前のことだけど。
54: 2011/01/14(金) 21:50:47.42 ID:s0PybCdO0
律(そっか…)
――ここが私の居場所、なんだな。
唯「りっちゃん、なにぼうっとしてるの?」
律「いや、これぞ“軽音部”だなーって思ってさ」
唯「そっかぁ」
私の考えていることがきっと伝わったのだろう。
唯は一緒に微笑んでくれた。
何だか、あの日から唯を見る目が変わった気がする。
唯は――思っていたよりしっかりしているヤツだ。
律「そうだ唯。このあと時間あるか?」
唯「ふぇ?どうしたの?」
私はどうしても唯を連れていかなければ気が済まない場所があった。
借りたものは返す、私はそんな主義だ。
55: 2011/01/14(金) 21:56:09.20 ID:s0PybCdO0
――――――――――
律「あの日はマジで憂ちゃんに悪いことしたよ。ほんっと謝っといてくれ」
唯「大丈夫だよー。憂、怒ってなかったよ?」
律「ほんとかー?」
唯「だって……私と憂の距離が更に縮まったのですから!」
律「そっか…それはよかったな…」
学校を出てから、私は唯とたくさんの話をした。
もうあの夜みたいに沈黙を怖がることもない。
唯「りっちゃんはあれから聡くんとお母さんとはどう?」
律「あーまだちょっとシコリ残ってるけど、何とかやってる」
唯「そっかぁ。すぐには難しいよねぇ」
律「やっぱそうだよなぁ…」
こういう話をしていると、やっぱりお互い“お姉ちゃん”なんだなと実感する。
律「あの日はマジで憂ちゃんに悪いことしたよ。ほんっと謝っといてくれ」
唯「大丈夫だよー。憂、怒ってなかったよ?」
律「ほんとかー?」
唯「だって……私と憂の距離が更に縮まったのですから!」
律「そっか…それはよかったな…」
学校を出てから、私は唯とたくさんの話をした。
もうあの夜みたいに沈黙を怖がることもない。
唯「りっちゃんはあれから聡くんとお母さんとはどう?」
律「あーまだちょっとシコリ残ってるけど、何とかやってる」
唯「そっかぁ。すぐには難しいよねぇ」
律「やっぱそうだよなぁ…」
こういう話をしていると、やっぱりお互い“お姉ちゃん”なんだなと実感する。
56: 2011/01/14(金) 22:03:01.81 ID:s0PybCdO0
こんな風に唯に相談事を持ち掛けるなんて、少し前の私では想像も付かなかった。
だけど、隣で話を聞いてくれている唯がいるだけで、こんなにも気分が晴れる。
唯「りっちゃん」
律「んー?」
唯「私…話聞くことくらいしかできないけど…また苦しくなったらいつでも言ってね」
友達でしょ、ぽんと肩を叩かれる。
その言葉も表情も手のひらも全てが私には優しすぎて、柄にも無く泣きそうになった。
律「…唯が相手かぁ」
唯「えっ、もしかして役不足…?」
律「いーや、そんなことないぞ」
――充分だよ
本音を言うのは躊躇われた。
だって、本当に泣いてしまいそうだったから。
57: 2011/01/14(金) 22:09:33.27 ID:s0PybCdO0
唯「あ、りっちゃん、そろそろどこに行くのか教えてくれてもいいでしょー」
律「そうだな。…ほら、あそこだよ」
私が指差した方向を見た唯は一瞬で目の輝きを変えた。
唯「アイス~!」
その笑顔を見て、私は連れてきた甲斐があったと一人笑う。
律「唯は本当にアイス好きだなー」
唯「だぁいすきだよ」
律「それと…今日は私のおごりだ」
唯「えっ、なんで?!どうしたの?」
律「え、それは…、自分で考えてみましょう!」
唯「えぇー!?」
私の言葉に唯はしばらく眉間に皺を寄せていたが、ハッとしたような表情を浮かべた。
59: 2011/01/14(金) 22:14:26.10 ID:s0PybCdO0
唯「も、もしかして…りっちゃん、何か魂胆が…」
律「いやー、それはないぞ」
唯「そっかぁ…うーん、何だろう」
多分、唯が皆から好かれるのはこういうところなのかもしれない。
人に優しくするくせに、その見返りは一切求めない。
それどころか、それを当たり前だと思っていて、自分がしたことを忘れている。
本当に、いいヤツだ。
律「とにかく、今日は私のおごりな」
唯「ほんと?!やったぁ!」
本当はアイスなんかで埋め合わせができるようなものじゃない。
それくらい――私は唯に助けられたんだ。
アイス屋さんに向かって走り出す唯の背中を見つめながら、今度は私の番だと思った。
今度、もしも唯が苦しんでいたら私が傍にいよう。
そして必ず、助けてやるんだ。
60: 2011/01/14(金) 22:21:09.72 ID:s0PybCdO0
私はあの日まで、人に甘えることを知らなかった。
“お姉ちゃん”だから、しっかりしなくちゃいけないんだと思っていた。
だけど、唯はそんな私を全部受け止めてくれた。
甘えてもいいんだよ――そう教えてくれた気がする。
唯「りっちゃーん、早く早く!」
律「はいはい」
今はまだ、私は“お姉ちゃん”として生まれたことを心からよかったと思うことができないかもしれない。
だけど、唯が言ったように――いつか過去を“懐かしい”と思える日が来るのなら。
その時はまた、色んな話を聞いて欲しいな。
同じ――“お姉ちゃん”として。
62: 2011/01/14(金) 22:22:11.45 ID:s0PybCdO0
あの日、唯が家に持って帰れなかったアイスを私は一生忘れることはないだろう。
多分、家に帰って食べるの楽しみにしてたよな。
ごめんな、唯。
律「唯はどれにするんだ?」
唯「んー、じゃあね、チョコレート!」
律「ダブルにするか?」
唯「おぉー、りっちゃん太っ腹!」
それと――
――ありがとう。
END
64: 2011/01/14(金) 22:23:32.85 ID:s0PybCdO0
終わりです。
最後までお付き合いくださった皆さん、ありがとうございました。
最後までお付き合いくださった皆さん、ありがとうございました。
66: 2011/01/14(金) 22:29:57.91
乙
引用元: 律「同じ立場だから」
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