2: 2011/02/08(火) 01:53:32.22 ID:4LvY5CuwP
梓「せーんぱいっ」ぎゅっ

澪「ひいっ?!って何だ、梓か…」

梓「そんなに驚かなくても…」

澪「ち、ちがうって!びっくりしただけだよ!」

梓「えへへ。一緒に帰ろっ?」

澪「あぁ」

まだ少し寒さが残る春。
私と梓は桜舞い散る帰り道を歩いていた。

今日は4月14日。
私と梓が付き合って、2ヶ月となる日。

きっかけは、バレンタインデーだった。

6: 2011/02/08(火) 01:58:00.30 ID:4LvY5CuwP
――――――
――――
―――
――


梓「あのっ、私…。ずっと澪先輩のことが―――」

放課後、一人音楽室に呼ばれた私は梓に告白された。
耳まで真っ赤にしてチョコを差し出す梓の顔は、今も鮮明に覚えている。

私も、梓のことが好きだった。

とはいえ私には告白する度胸なんてあるはずもなく、
その想いを胸の内に秘めたままの日々を過ごしていた。
だからあの時の梓の告白は本当にうれしかったし、その反面ずっとうじうじしていた自分が惨めでもあった。

澪「………私も」

澪「私も、梓のことが…好き」

私も自分の想いを伝えた。
後出しというちょっとずるい形ではあったけど。
そして私たちは付き合うこととなった。

9: 2011/02/08(火) 02:03:44.55 ID:4LvY5CuwP
何日かして軽音部のみんなにそのことを報告した。
隠すようなことでもなかったし、言ったところで何か変化が起こるような仲ではないからだ。

唯「えっ」

律「なん…だと…?」

紬「いま、何て?」

澪「だ、だからっ!私と梓は付き合ったんだって」

紬「もう一回いいかしら?」

澪「あの、その…。だから…///」

紬「えっ?!なに?!!もっと大きな声で!!!」

唯「ム、ムギちゃん…?」

紬「さぁ、さぁ!エビバディセイッ!!」

澪「うぅぅ…」

梓(澪先輩かわいい…)

12: 2011/02/08(火) 02:08:14.75 ID:4LvY5CuwP
紬「でもすごくいいと思うわ。お似合いよ2人とも」

律(さっきのはいったい…)

澪「そ、そうかな…えへへ」

唯「あずにゃんはみんなのものなんだぞー!澪ちゃんずるーい」ぶーぶー

梓「ちがいますよ、私は澪先輩のものですから♪」

澪「あ、あずさぁあぁぁああぁ////」

律「うわ、出た!いま惚気やしたぜ唯隊員!」

唯「バカップルってやつですねりっちゃん隊員!」

紬「………」

紬「………」つー

唯「ムギちゃん鼻血!」

リアクションはそれぞれだったけど、みんな純粋に祝福してくれた。

15: 2011/02/08(火) 02:15:57.83 ID:4LvY5CuwP
それからというもの、交際は順調に進んでいった。
みんな(というより律)は恥ずかしがる私をおちょくるのが好きなようで、
ティータイムの時にはよく茶化されたものだった。

澪「私のケーキにいちごが乗ってない…。明らかに取られた跡があるんだが」

梓「私のには2個乗ってます…」

唯「わぁ!そりゃ大変だ!」

律「はーい!梓のいちごを1個澪にあげればいいと思いまーす!」

澪「お前ら…。謀ったな…!」

梓「まぁ、それもそうですね。はい、澪先輩」ひょい

澪「あ、あぁ…。ありがとう」

紬「梓ちゃん!何やってるの!!」

梓「えっ…?その、1個あげようかと…」

紬「あーんよ、あーん!」

梓「」

澪「」

16: 2011/02/08(火) 02:20:10.84 ID:4LvY5CuwP
最初の頃はこんな感じで何度も顔を真っ赤にされていたものの、
ひと月もすると慣れてしまい当たり前のようになってきた。

澪「梓のタルト、おいしそうだな」

梓「一口食べます?はいっ」

澪「あーん」ぱくっ

澪「あ、おいしい…。私のチーズケーキも一口あげるよ」

梓「ありがとうございます」ぱくっ

梓「ん~♪おいしいです」

律「………」

律「つまんなぁぁぁい!!!」

澪「なにがだ!」

随分と律は退屈してしまったようだ。
とまぁ、こんな感じで順調に交際をしていた。

17: 2011/02/08(火) 02:26:04.69 ID:4LvY5CuwP

――
―――
――――
――――――

梓「どうしたの?」

澪「いや、なんでもないよ」

ぼーっとしていたようだ。
梓に声をかけられ我に帰る。

梓「手、痛い?」

澪「ん?あぁ、平気だよ。ありがとう」

梓は私の手に貼られている絆創膏を見つめる。
この傷は唯と律が部室に連れ込んだ野良猫によるものだった。

澪「はぁ、新学期早々ついてないなぁ…」

梓「私もびっくりしたよ。最初はあんなにごろごろしてたのに、いきなり先輩に襲いかかるんだもん」

猫の気まぐれの犠牲(といっても引っかかれただけだが)となった私は、自分の手から流れ出る血を見て気を失ってしまったらしい。
自分の血を見て気絶してしまうだなんて、先が危ぶまれるといったものだ。

18: 2011/02/08(火) 02:34:10.40 ID:4LvY5CuwP
澪「…3年生、か」

新学期早々、という言葉を口にしてふと思った。
私たちは3年生。今年で卒業。
合宿を行ったり、文化祭でライブしたり、私の高校生活は軽音部とともにあった。
まだ1年ある、とは思えなかった。それくらい、毎日が充実していたから。
もう1年しかないんだ、そう思うと急に寂しくなった。

梓「先輩たちは、今年で卒業しちゃうんだよね…」

梓「………」

梓は遠い目をしていた。
私たちが卒業してしまったら、軽音部は梓だけになってしまう。
ずっと5人でやってきたのに、そんなの寂しすぎる。
私と同じように、梓にも軽音部と共にあった3年間であったと感じてほしい。
だから―――。

澪「私たちが卒業しても寂しくないように、新入部員を集めないとな」

19: 2011/02/08(火) 02:40:00.51 ID:4LvY5CuwP
梓「そうだね。もっと軽音部を盛り上げなきゃ!」

澪「そのためにも、まずは新歓ライブだ」

梓「うんっ!絶対成功させるんだから!」

梓「…でも」

澪「ん?」

梓「先輩が一年生に構ってるの見るのは、ちょっと妬けちゃうかも…」

澪「そんなことないって。私が人見知りなの知ってるだろ?」

梓「でもでもっ…先輩かわいいし、しかもかっこいいし…。誰かにとられちゃったらどうしよう…」ぎゅっ

つないでいる手がほんの少し強く握られる。
この期に及んでそんないらぬ心配をしている梓がたまらなく愛しかった。

澪「大丈夫。私は梓一筋だよ」

梓「…本当?」

澪「あぁ、本当だ」

梓「えへへ、そっか♪」

22: 2011/02/08(火) 02:45:17.47 ID:4LvY5CuwP
こんなにも私のことを想ってくれる人がいる私は幸せ者だった。
寂しい思いをさせたくない、いつまでも笑っていてほしい。
だから、今年の新歓は絶対に成功させるんだ。
いつも以上に私は意気込んでいた。

澪「それじゃあ、また明日な」

梓「あ、待って先輩」

それから私と梓はぶらぶらと寄り道をしながら他愛のない話をしていた。
そしていつもの交差点で別れを告げようとすると、梓が私を呼びとめた。

澪「ん?」

梓はごそごそとバッグの中を漁り始めた。
バッグから手を取り出した梓は、何かを握っている。

梓「…記念日、おめでとうございます」

梓はそう言って私の首にその握られていた何かをつけてくれた。
見てみると、小さなハートの形をしたかわいらしいネックレスだった。

澪「…えっ?あ、梓?!」

24: 2011/02/08(火) 02:50:57.61 ID:4LvY5CuwP
梓「えへへ、びっくりした?」

梓のサプライズにももちろんびっくりしたが、それ以上に申し訳ないという気持ちがあった。
私の方はこれといって特に何かを用意しているわけではなかったからだ。
もちろん2ヶ月の記念を祝わないというわけではない。
けど、一方的にもらうにはあまりにも申し訳ないようなプレゼントだった。

澪「そ、そんな!悪いよこんな高そうなもの…」

梓「いいの。私があげたかっただけだから」

澪「で、でも…」

梓「祝・最上級生って意味もこめてね♪」

澪「今度私もプレゼント用意するから、その時に交換しないか?」

梓「…そんなにやだ?」

澪「……!」

26: 2011/02/08(火) 02:57:49.17 ID:4LvY5CuwP
これ以上は梓に失礼だと思った。
こんなの梓の好意をないがしろにしているだけじゃないか。

澪「…ありがとう、本当にうれしい。必ずお返しするから」

梓「いいよ、そんなの。先輩のその顔が見れただけで私は十分だよ♪」

梓「それじゃ、またね!」

梓はそう言って歩いていった。

澪「梓、ありがとう!」

私は大きな声で叫んだ。
梓は振り向いて手を振ってくれた。
その顔は、暗い夜道にも映えるぐらいの笑顔だった。

29: 2011/02/08(火) 03:03:28.65 ID:4LvY5CuwP
澪「さてと!」

私も踵を返し家に向かった。
いくら春とは言えまだ少し夜は寒い。
早く帰ろう。帰って梓にもう一回お礼言わなきゃ。
私の足は自然と早くなっていった。

・・・・・・

澪「…ん?」

家まであと5分といったところだろうか。
一際暗い道に差しかかる。
いつもなら早足で駆けていくところを、私は立ち止まった。
何かちがう、そう思ったからだ。

この暗さの原因でもある雑木林の奥から光が漏れていた。
電灯とかそういった人工的な光ではない、もっと優しい光。

なんだろう。
よくわからないけど、不思議な光だった。
無意識のうちに、私はその光に吸い寄せられるように雑木林の奥に入っていった。

31: 2011/02/08(火) 03:09:47.06 ID:4LvY5CuwP
近づくにつれ、その光源が見えてくる。

澪「………」

月だ。月の光が差し込んで、そこを照らしているのだ。

澪「わぁ…」

足を踏み入れた私は思わず息を漏らした。
それほどまでに幻想的な場所だったからだ。
周りに比べ雑木の少ないこの場所は特別光が差し込み、まるで切り取られた別の世界のように神秘的だった。

澪「今度、梓も連れてきてあげようかな」

2人だけの秘密の場所、なんてのもいいかもしれない。
そんなこと思いながら空を見上げた。
見上げる先には、大きな月。その儚げな光が夜を照らしていた。
でも、私が普段見ているそれとは少し違う印象をうけた。
なんて言えばいいのかわからないけど、不安になる光だった。

すると突然、地面が大きく揺れた。

澪「じ、地震?!」

35: 2011/02/08(火) 03:13:38.13 ID:4LvY5CuwP
揺れの規模はかなり大きい。
立っているのもままならなかった。

澪「……うっ」

バランスを取ろうと足腰に力を入れようとした途端、頭痛が起こった。
ただの痛みじゃない、何かに締めつけられてるような痛みだった。

澪「な、なんだ…これっ…。き、気持ちわる…い…っ」

徐々に気分も悪くなってきた。
意識が遠のいていくのがわかる。
視界もぐるぐると回り、ぼやけていく。

澪「…うぁ―――」

そして、私の意識は深い暗闇に落ちていった。

――――――
――――
―――
――

37: 2011/02/08(火) 03:18:20.85 ID:4LvY5CuwP
澪「…ん」

目が覚める。
まるで長い眠りから覚めたような感覚だった。
辺りを見渡す。ここは私の部屋だ。

澪「あれ…」

記憶の糸をたどる。
昨日の帰り梓からプレゼントをもらったことまでは覚えてる。
が、そこから先がおぼろげだった。
その帰りに何でかわからないけど雑木林に入って、それから………。

澪「…夢か」

普通に考えて私が寄り道なんかするはずがない。
ましてや雑木林。あんな暗くて怖いところ一目散に通り過ぎるはずだ。

少し落ち着きを取り戻し、時計を見る。
時刻はもう8時を回っていた。

澪「………」

澪「うわああああ!!ち、遅刻だぁぁあぁ!!」

ベッドから飛び起きた私は急いで制服に着替えた。
玄関を飛び出す。陽の光が眩しい。
4月のわりには、少し暑い感じがした。

38: 2011/02/08(火) 03:23:18.58 ID:4LvY5CuwP
【学校】

澪「はぁ…はぁ…」

教室に入る。
全速力で来たので息が上がっていた。
さわ子先生が教室から出ようとしているところだった。
どうやらホームルームは終わってしまったようだ。

さわ子「秋山さん、どうしたのその格好?」

澪「……?」

どうしたもこうしたも制服じゃないか。
何を言っているんですか、先生。
そう言おうとした矢先だった。

澪「え…」

教室を見渡す。
先生の言っていることの意味がすぐにわかった。
見渡す限り視界に映る薄手のシャツ、ベージュのニットベスト、少しだけ丈の短いスカート。



みんな、夏服だったのだ。

39: 2011/02/08(火) 03:32:28.69 ID:4LvY5CuwP
澪「は?えっ…?」

私だけがブレザーを羽織っていた。
確かに今日は暑いけど、そんな薄着をするような時期じゃ…。

さわ子「まぁいいわ、あとで職員室に来てね。最近遅刻多いわよあなた」

思考の整理が追いつかないまま、先生が教室から出ていく。
私は先生の影で隠れていた黒板の文字を見て愕然とした。





9月9日





真っ白なチョークで、9月9日と書いてあった。

40: 2011/02/08(火) 03:38:31.50 ID:4LvY5CuwP
澪「え……」

何かの冗談に決まってる。
そう思って携帯を取り出そうとポケットに手を入れたが、携帯はなかった。
急いで家を出たから忘れてきたのだろう。
みんなが物珍しい目で私を見る。
誰かに確認したかったが、出来なかった。
それほどまでに、みんなの目が冷たかったからだ。

澪「……!」

バンッ

私は教室を飛び出した。
向かったのは、2年生の教室。梓のクラスだ。

42: 2011/02/08(火) 03:44:15.69 ID:4LvY5CuwP
【2年1組】

ガラッ

澪「梓!!」

梓のクラスもちょうどホームルームが終わった頃のようだ。
勢いよくドアを開けたせいか、クラス中の視線を浴びてしまった。
しかしそんなことは気にも止めず、梓のもとに向かう。

梓「…!」

梓はどことなく元気がなかった。
私の存在に気づいた途端、目線を下に落としうつむいた。

澪「なぁ梓。携帯、見せてくれないか?」

梓「………」

澪「聞いてくれよ梓。教室に入ったらみんな夏服でさ…」

澪「しかも黒板みたら9月9日だって書いてあるんだよ」

澪「まったくひどいイタズラだよ、おおかた律が主犯だろうな」

梓「………」

梓は何も言わなかった。
口を閉ざし、私に目を合わせようとはしなかった。

44: 2011/02/08(火) 03:50:05.88 ID:4LvY5CuwP
梓「…何を言ってるんですか」

澪「梓…?」

急に不安に駆られた。
梓だけじゃない、他の人もみんな夏服だった。
黒板には、やはり9月9日と書かれていた。

澪「何を言ってるって…。今日は4月15日だろ?昨日私にプレゼントをくれたじゃないか!」

澪「あっ、わかったぞ。梓も私を騙そうとしているんだな?」

澪「まったく、律のやつめ。あとで―――」

バチン

澪「えっ…?」

頬に走る鋭い痛み。

梓「………」

少し経ってからようやく自分の身に何が起きたのか理解した。
私は、梓にビンタをされたのだ。

梓「…何がしたいんですか」

梓「………最低」

46: 2011/02/08(火) 03:56:34.69 ID:4LvY5CuwP
梓はそれだけ言い教室を去ってしまった。
教室のあちこちでどよめきが起こる。
私が梓を追って教室を出ようとすると、後ろから腕をつかまれた。

純「澪先輩」

純「もう、やめてあげてください」

純「梓のやつ、先輩と別れてからずっとつらい思いしてるんですよ?」

純「先輩も軽音部を辞めて色々あったのはわかりますけど、だからって―――」

澪「…は?」

私が軽音部を辞めた?!
今日は9月9日で、私は軽音部を辞めてて、梓とも別れてて…。
まったくもって意味がわからなかった。
今日は4月15日で、梓とも仲良しで、今日から新歓ライブに向けて練習するはずだろ?

純「…澪先輩?」

自分の身に何が起きているのかさっぱり理解出来なかった。
頭の整理も気持ちの整理もつかないまま、ふらふらと梓の教室を後にした。

47: 2011/02/08(火) 04:02:49.37 ID:4LvY5CuwP
澪「あっ…」

自分の教室に戻る途中、律と唯と目が合った。

この2人なら何か話しかけてくれるかも知れない。
もしかしたら、ドッキリだとかネタばらしだとかしてくれるのかと期待もした。
いや、そうであってほしかった。

律「いこーぜ、唯」

唯「う、うん…」

しかし2人とも視線を逸らし、私に話しかけようともしなかった。
ドッキリとか、イタズラとかそういう類のものではないと感じた。

澪「………」

自分の教室に戻った私はカバンを持ち、先生の呼び出しも無視して家に帰った。

49: 2011/02/08(火) 04:14:20.01 ID:4LvY5CuwP
家に帰るなりすぐさま携帯を手にとった。
メール、着信、フォルダ、ありとあらゆるものをチェックした。
どれも身に覚えのないものばかりだった。

―――――――――――――――――――――
From 梓
Subject Re:
ねぇ、戻ってきてよ。みんな待ってるよ。
誰も怒ってなんかないし、気にしてないよ?
―――――――――――――――――――――
From 梓
Subject Re:
意地張らないでよ…。また一緒に練習しよう?
先輩のベースがないと、寂しいよ。
―――――――――――――――――――――
From 梓
Subject Re:
どうして…?
もう私のこと嫌い?
軽音部、好きじゃない?
―――――――――――――――――――――
From 梓
Subject Re:
なんで…。なんでそんなこと言うの…?
私、先輩が何考えてるのかわかんないよ…。
―――――――――――――――――――――

澪「………」

もう、目も当てられなかった。

51: 2011/02/08(火) 04:28:10.50 ID:4LvY5CuwP
ベースにもずっと触っていなかったようだ。
ケースから取り出すとの埃かぶっていた上に、弦も錆びていた。

澪「ウソだ…。こんなの、ウソに決まってる」

そうだ。これはきっと悪い夢だ。また目が覚めたら元に戻ってるさ。
疲れてるんだ。そうに違いない。そう思いながら眠りについた。

・・・・・・

翌朝。
ぼんやりと目が覚める。
夢であってほしい。
その期待を裏切るかのように携帯の液晶には「9月10日」と表示されていた。

「遅刻するわよ」

澪「うん…」

ママにけしかけられ、しぶしぶ夏服に着替える。
顔を洗いに向かうと鏡に頬が少し腫れている自分が映っていた。
今年は残暑が続くのだとか。朝ごはんを食べながら見ていた天気予報でそう言っていた。



まぎれもなく、これは現実だった。

66: 2011/02/08(火) 13:33:23.63 ID:4LvY5CuwP
澪「あっ…」

紬「……!」

教室に向かう途中、ムギに会った。
ムギにも律たちと同様に目を逸らされてしまった。
気まずさに耐えられなかった。逃げ出したかった。

澪「………」

しかし諦めるわけにはいかなかった。
何か、何かを得なければ。この5ヶ月の間に何があったのか。
私は勇気を振りしぼってムギに話しかけた。

澪「あ、あのさ…ムギ」

紬「…なに?」

やはり気まずそうな様子だ。

澪「いや、その…どうしてるのかなって」

澪「軽音部のこと」

67: 2011/02/08(火) 13:41:32.16 ID:4LvY5CuwP
紬「………」

ムギは数秒黙ったあと、口を開いた。

紬「りっちゃん悩んでるよ、文化祭どうするか。今は唯ちゃんと私と3人しかいないから」

紬「ジャズ研から合同で出ないかって話もきたんだけど、唯ちゃんがそれはやだって…」

紬「りっちゃんもあぁやって元気に振る舞ってはいるけど、内心すごくつらいと思う」

澪「…そっか」

どうやら梓も軽音部を辞めたらしい。
もしかしたら、梓が辞めたことも私と何か関係があったりして。
そう思った私は、無茶を承知でムギに尋ねた。

澪「あの…さ、私。なんで軽音部やめたのかな…?」

68: 2011/02/08(火) 13:45:21.91 ID:4LvY5CuwP
紬「何言ってるの…?」

紬「澪ちゃんが自分で辞めるって言ったんじゃない」

澪「私?!私が辞めるって言ったのか?」

紬「…澪ちゃん。ふざけるのもいい加減にして」

紬「みんながどれだけつらい思いをしたと思ってるの…!」

ムギの言葉に静かな怒りを感じた。
初めて見るムギの表情に戸惑いを隠し切れなかった。

紬「私たちがいくら聞いても教えてくれなかったじゃない。それを今さら…」

澪「バカなことを言ってるのはわかってる。でも、知りたいんだ」

紬「澪ちゃん、大丈夫…?」

澪「…頼む」

紬「………」

はぁと一息ついたムギは、口を開いた。

紬「新歓ライブ」

69: 2011/02/08(火) 13:51:00.14 ID:4LvY5CuwP
澪「?」

紬「新歓ライブの演奏中にね、ベースの弦が切れちゃったの」

紬「よくある事故だし、しょうがないことだと思う」

紬「それで動揺しちゃってぐだぐだなライブになっちゃったのはあれだけど…」

紬「でも梓ちゃんは大丈夫だって、5人のままでいいって言ってくれたじゃない」

紬「それなのに澪ちゃんは私のせいだ私のせいだって自分を責めて…」

紬「それで、澪ちゃんは勝手に軽音部を辞めて。梓ちゃんも辞めちゃって」

紬「何度も声をかけに行ったのに、澪ちゃんは―――」

澪「…ごめん。もういいや、ありがと」

これ以上聞きたくなかった。
私はムギの話を遮り、昇降口に戻った。
学校になんかいられるわけがなかった。

70: 2011/02/08(火) 13:57:27.02 ID:4LvY5CuwP
梓「…!」

昇降口で梓に出会った。
ちょうど学校に来たところのようだ。隣には憂ちゃんもいた。

梓「………」

澪「………」

お互い立ち止まって目が合うも言葉はなかった。
梓は無言で私の横を通り過ぎようとした。

澪「…梓」

梓の腕を掴んだ。

梓「………」ぶんっ

しかし呆気なく振り払われた。
梓は何も言わず行ってしまった。
周りの目が痛い。私はそのまま昇降口に向かい学校を出た。

72: 2011/02/08(火) 14:03:09.88 ID:4LvY5CuwP
【放課後】

ガチャ

和「入るわよ」

唯「あ、和ちゃん!」

律「おぉー、和。どうした?」

和「文化祭のことについて話に来たんだけど、いいかしら?」

紬「お茶淹れるね」

和「ありがとう」

和「それで、軽音部はどうするの?そろそろ参加申請書の締め切りだけど」

唯「………」

紬「………」

律「……あー…、うん。今年は無理かも」

73: 2011/02/08(火) 14:08:22.92 ID:4LvY5CuwP
和「最後の文化祭なのよ、いいの?」

律「よくないけど…、現状が現状だしな」

和「…そう。一応ぎりぎりまで待つから、じっくり考えて」

律「なんか悪いな。気遣ってもらって」

和「いいのよ。それじゃ行くわね。ごちそうさま」

バタン

律「…ふぅ」

律「どうする?やっぱジャズ研と合同で出る?」

唯「やだ…。私は、放課後ティータイムで出たい」

律「んなこと言ったってなー…」

紬「………」

紬「…あのね。今日、澪ちゃんとお話ししたの」

74: 2011/02/08(火) 14:13:53.30 ID:4LvY5CuwP
律「澪と?あいつ今日学校来てなくね?」

紬「ううん、朝は来てたの。私と話したあとそのまま帰っちゃったんだと思う」

律「それで、なんだって?」

紬「私が何で軽音部を辞めたのかって」

律「はぁ?なんだそりゃ」

紬「私にも何を考えてるのかさっぱり…」

律「…まぁ、あいつにも色々あるんだろ。私たちがあれだけ言っても聞かなかったんだし」

律「前から受験だなんだうるさかったしな」

律「もう私たちがどうこう出来るもんじゃないんだよ、あいつは」

唯「うっ…ぐすっ」

律「あーあー、またか唯。ほら泣くなって」

唯「だって…。みんなで文化祭出たいよ…。最後なんだよ…?」

律「ったく、泣きたいのはこっちだっつーの」

77: 2011/02/08(火) 14:20:58.52 ID:4LvY5CuwP
【学校】

さらに翌日。
学校に来るなり、クラスメイトに怒られた。
ここ数日の早退と欠席で、クラスの出し物(どうやらロミオとジュリエットの寸劇らしい)の練習に参加していなかったからだ。
私はロミオ役らしい。何でよりにもよって主役なんだ…。
対するジュリエットは、いちごだった。
まぁ、ジュリエットのイメージとしては一番合ってるかも知れない。

いちご「澪、どうしたの?全然セリフ言えてないみたいだけど…」

澪「えっ…。あ、うん…」

そんなことを言われても困る。
“私”がこの台本に目を通すのは初めてなんだから。
それに加えて、劇の主役ときた。
ただでさえ目立つことが嫌なのに主役なんておいそれと務まるわけがなかった。

いちご「もう本番まで時間ないんだよ?」

澪「ご、ごめん…」

結局その日の練習はひどい有様だった。
終わったあと演出や脚本やの人に叱られた。
自分から立候補しておいて何事だ、真面目にやってくれ、って。

はは…。こっちの私は随分と積極的じゃないか。

79: 2011/02/08(火) 14:25:32.51 ID:4LvY5CuwP
劇の練習が終わって帰ろうとすると、クラスメイトから知らないCDを返された。
どうやら私が貸していたものらしい。もはや気味が悪かった。

家に帰った私はひたすら泣きじゃくっていた。

澪「もう嫌だよ…。帰りたい…。元の場所に、戻りたいよ…」

こんなの、私の未来じゃない。
なんだよ、なんなんだよ…。
何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

ピンポーン

苦悩に打ちひしがれていると、インターホンが鳴った。

プッ

澪「…はい」

いちご『若王子ですけど…』

意外なことにインターホンを鳴らしたのはジュリエット役のいちごだった。

81: 2011/02/08(火) 14:31:09.43 ID:4LvY5CuwP
ガチャ

澪「どうしたんだ?」

いちご「どうしたって。前から約束してたじゃない」

澪「えっ?」

いちご「今日は澪の家で練習するって」

どうやら劇の練習をうちですることになっていたらしい。
そんなことするくらい私といちごは仲が良くなっていたのか。

澪「あ、あぁ…そうだった。上がってよ」

いちご「おじゃまします」

断る理由もないので、いちごを家に上げた。
律以外の人を家にあげるのなんて久しぶりな気がした。

82: 2011/02/08(火) 14:37:17.38 ID:4LvY5CuwP
【澪の部屋】

いちご「…やっぱり変」

しばらく2人で劇の練習をしていると、いちごが口を開いた。

いちご「もっとセリフだって覚えてたはずだし、演技もちゃんと出来てたのに」

いちご「澪、どうかしたの?」

いちごがそう思うのは当然だ。
なんたってここにいる私は5ヶ月前から飛んできたんだから。
どうかしたのかなんて私が聞きたいぐらいだった。

澪「いや、なんでもないよ」

いちご「ならいいけど…。何かあるんならちゃんと言って」

素っ気ない印象が強かったが、もしかしたらそれは誤解だったのかも知れない。
いちごの何気ない心遣いが、今の私にはとてもうれしかった。

澪「…ありがとう」

いちご「…!ほ、ほら。練習するよ」

照れくさそうな仕草を見せたあと、ふたたび練習に戻った。
思えば、こっちに来てからまともに誰かと会話をするのは初めてだった。

83: 2011/02/08(火) 14:42:15.76 ID:4LvY5CuwP
いちご「私、そろそろ帰る」

澪「あ、あぁ」

そう言うといちごはすっと立ち上がり身なりを整えた。
その仕草に育ちの良さというか、どことなく気品を感じた。

澪「いちご」

いちご「なに?」

澪「ありがとう」

私はいちごにお礼を言った。
いちごといたおかげで、ほんの少しだけ気が楽になったから。

いちご「何、いきなり。変な澪」

いちご「ちゃんと覚えてよ。時間あんまりないんだからね」

いちご「それじゃ」

澪「うん」

いちごはあまり多くをしゃべらず、私の家を出て行った。

84: 2011/02/08(火) 14:49:56.77 ID:4LvY5CuwP
【学校】

キーンコーンカーンコーン

澪「…はぁ」

放課後のチャイムが鳴った。
私がこっちに来て一週間が経とうとしていた。
劇の練習もあるし、学校を休むわけには行かない。
学校が次第に文化祭ムードで賑わっている中、私は一人沈んでいた。
授業中はほとんど机に突っ伏して寝ていた。
5ヶ月も先に来てるのだ、授業についていけるわけもなかった。
怠惰な授業を受け、放課後には劇の練習。そんな毎日の繰り返しだった。

澪「また明日」

何人かのクラスメイトに上辺の別れを告げ、教室を出た。

澪「………」

もう、このままでいいのかも知れない。そう思い始めた。
妥協というよりは、諦めの方に近かった。
戻る方法もわからない、そもそもどうしてどうやってここに来たかもわからない。
もしかしたら、一生このまま戻れずに過ごすのかも知れない。

そう考えているうちに、元に戻ることよりもこっちでどう生きていくかに意識が傾きかけていた。

85: 2011/02/08(火) 14:56:09.99 ID:4LvY5CuwP
いちご「みお」

澪「ん?」

いちご「一緒に帰ろう」

澪「あぁ」

あれからいちごといる時間が増えた。
互いの家で練習したり、お昼を共にしたりと。
文化祭の劇がなかったら、ここまで仲良くなることもなかっただろう。

結局いちごには事情を話さなかった。
梓とも軽音部とも無関係のいちごを巻き込むわけにはいかなかったからだ。

いちごは元気のない私をいつも気にかけてくれた。
いつしかそれは私の支えにもなっていたし、その優しさに甘えたくもなった。


このままいちごと一緒にいるのも、悪くないのかも知れない…。


そう思うようになっていった。

86: 2011/02/08(火) 15:01:36.42 ID:4LvY5CuwP
いちごと階段を下りようとすると、上の階から音が聞こえた。

ギターだった。

唯だろうか。ギター以外の音はしなかった。
ムギと律はまだ教室にいたから、おそらく一人で弾いているのだろう。

―――みーおせーんぱい!―――

―――手、つなごっ?―――

聞き覚えのあるフレーズとともに、梓の顔が浮かぶ。
私の横を幸せそうに歩く梓。
くしゃっとした顔で笑う梓。

―――………最低―――

そして、冷たい目をした梓。

澪「………」

……いったい何をやっているんだ私は。

87: 2011/02/08(火) 15:06:32.42 ID:4LvY5CuwP
その場に立ち止まった私は、
諦めていいわけがない。受け入れていいわけがない。

いちご「どうかしたの?」

澪「ごめん、いちご。用を思い出したから先に帰ってくれないか?」

いちご「?いいけど…」

唯のギターで目が覚めた。
戻らなきゃ、元の世界に。

軽音部じゃない私なんて、私じゃない。
梓の隣にいない私なんて、私じゃない。

澪「このままじゃ、ダメだ…!」

そうつぶやいた私は、あるところに向かった。

94: 2011/02/08(火) 16:44:20.18 ID:4LvY5CuwP
【生徒会室】

向かった場所は生徒会室。

コンコン

私は生徒会室の扉を叩いた。

「はい」

ガチャ

澪「…失礼します」

和「あら、澪じゃない。どうしたのこんなところに」

憂「あ。澪さん、こんにちは」

生徒会室には和だけでなく憂ちゃんもいた。
クラスでの出し物に関する書類を提出しに来ていたようだ。
文化祭が近いからか、机には書類やらがたくさん積まれていた。

和「今ね、憂とちょうど澪の話をしていたところだったのよ」

95: 2011/02/08(火) 16:49:40.23 ID:4LvY5CuwP
澪「私の話?」

和「最近の澪、ちょっと様子が変というか…ぼーっとしてる時が多いような感じがしてたから」

憂「この前も昇降口で腕を掴んだりしてたじゃないですか」

憂「別れてから梓ちゃんのことをずっと避けてたのに、急に梓ちゃんのところに来るようになったから…」

憂「それで、どうかしたのかなって2人で話していたところだったんです」

澪「………」

なるほど。
梓とは別れてから一切関わりを持っていなかったようだ。
それが急に関わりを持とうものなら、誰だって変に感じるだろう。
和も最近の私に違和感を覚えていたらしい。

澪「…梓は、最近どんな感じなのかな?」

96: 2011/02/08(火) 16:53:15.62 ID:4LvY5CuwP
憂「梓ちゃん、ですか?」

澪「うん…」

とりあえず、今の梓のことが気になった。

憂「相変わらず…ですね。ぼーっとしてて、上の空って感じで」

憂「ここ最近は澪さんとのこともあってか特に元気がなくって」

憂「澪先輩が何考えてるかわかんない、って泣いてました」

澪「…そっか」

想像していた通りだった。
私が梓にどんなことをしたのかは、怖くて聞けなかった。
でも少なくとも梓の心に大きな傷を負わせてしまったのは確かなようだ。

憂「あの…。何か、あったんですか?」

97: 2011/02/08(火) 16:58:16.03 ID:4LvY5CuwP
澪「………」

和「…澪?」

ほんの少し、打ち明けるのが怖くなった。
軽音部を去り、梓とも別れ、どうしようもない日々を送っているこの世界の私に対しても、2人は変わらぬ態度で接してくれている。
事情を話したら、もしかしたらそれすら失ってしまうのかも知れないという不安にかられたからだ。

憂「言えないようなら、無理に言わなくても大丈夫ですよ?」

憂ちゃんは気を遣ってそう言ってくれた。

…ちがう。一番怖いのは、この未来を受け入れてしまうことだ。

失うものなんてもう何もないじゃないか。
私は揺らいでいた決心を固め直し、そして…。

澪「実は…」

2人に事情を説明した。

98: 2011/02/08(火) 17:06:37.61 ID:4LvY5CuwP
和「5ヶ月前から来た?」

澪「うん…」

和「疑うわけではないけど、いくらなんでもそれは…」

憂「記憶喪失とか、そういうのではないんですか?」

2人の反応はもっともだった。
いきなり5ヶ月前からやってきただなんて話、誰が信じるだろうか。
当然といえば当然のその反応に挫けそうになる。しかし私は話を続けた。

澪「…これを見てくれ」

私は手に貼られている絆創膏を剥がす。

澪「4月14日に、猫に引っかかれて出来た傷だ」

澪「5ヶ月も経ってるなら、とっくに治ってるはず」

澪「それに、この髪も」

そう言って私は携帯を開いて2人に見せた。
8月終わりの頃に撮った写真(もちろん覚えはない)を見ると、私の髪は今に比べだいぶ短くなっていた。

和「…確かに、言われてみれば澪の髪が急に伸びた感じはしたけど」

澪「こんなの、5ヶ月前の私がそのまま来なきゃありえないことなんだ」

澪「今2人の前にいる私は、私じゃないんだ」

100: 2011/02/08(火) 17:10:41.94 ID:4LvY5CuwP
自分でも何を言っているんだろうと思う。
私は私じゃないなんて。

憂「…ですけど」

憂「仮にここにいる澪さんが5ヶ月前から来た澪さんだとして、“今”の澪さんはどこに…」

澪「そんなの、こっちが聞きたいぐらいだよ…」

確かに言われてみれば不明した点はいくつかある。
なぜ目が覚めたら雑木林ではなくベッドにいたのか。
“今”の私はどこにいるのか。
だけど、そんなこといちいち考えてはいられなかった。

澪「私、このままなんて嫌だ」

澪「梓もいない、軽音部も辞めてる。こんな未来、私は認めない…」

澪「元の場所に…帰りたいっ…」

藁をもすがる思いだった。
顔は涙でぐしゃぐしゃ、情けない姿を見せてしまっていた。

102: 2011/02/08(火) 17:14:48.97 ID:4LvY5CuwP
澪「……っく、えぐ…」

憂「澪さん」

泣きじゃくっている私に、憂ちゃんは声をかけた。

スッ

憂「涙、拭いてください」

そういって憂ちゃんはハンカチを渡してくれた。

澪「…?」

和「事情はわかったわ。戻れるのかはわからないけど、出来る限りやってみましょ」

澪「……!」

憂「私も手伝います」

澪「……ありがとう。本当に、ありがとう…」

やっと味方が出来た。
戻るんだ、元の場所に。

122: 2011/02/08(火) 23:36:48.99 ID:4LvY5CuwP
戻りやした。
遅くなりまして。

124: 2011/02/08(火) 23:41:28.13 ID:4LvY5CuwP
それからは3人で生徒会室に集まって話し合うことになった。

和「それで、どんな状況でこっちに来たの?」

澪「家の帰り道にさ、雑木林があるんだ」

澪「その雑木林から不思議な光が出てて…。よくわからないんだけど、それに惹かれるように足を踏み入れたんだ」

澪「そこからはあまり覚えてない、目が覚めたらベッドにいて…」

和「何か変わったことはなかった?」

澪「…特に何も」

憂「うーん…。タイムスリップみたいな感じですかね」

和「まさかそんなことが現実に起こるとはね…」

三人寄れば文殊の知恵、などとはよく言ったものだ。
こんな現実離れした現象、そう簡単に原因がわかるわけもない。
あぁでもないこうでもないと試行錯誤する日々が続いた。

125: 2011/02/08(火) 23:46:27.48 ID:4LvY5CuwP
何日かして和が興味深い話を持ち出した。

和「ねぇ、澪。時震って知ってる?」

澪「時震?『地震』じゃなくて?」

和「少し4月14日について調べてみたんだけど…」

和「その日の夜、ちょうど澪が意識を失ったあたりの時間帯に大きな地震が起きてるの」

憂「それと澪さんにどんな関連性があるんですか?」

和「これよ」

そう言うと和は雑誌を出した。
見出しには『神かくし?超常現象?』と書かれていた。

記事によると、その地震の発生後例の雑木林から動物が一匹もいなくなっていたらしい。
もともと近隣の住民はその雑木林に住む野良猫やらネズミやらに手を焼いていたのだが、
その地震以降ぱったりと被害がなくなったようだ。
原因は不明。時震?神かくし?などと言ったオカルト的な内容で話が締められていた。

澪「これは…?」

和「ちょっと前の雑誌の記事よ、図書館にバックナンバーがあったから持ってきたの」

126: 2011/02/08(火) 23:52:54.23 ID:4LvY5CuwP
和「読んでみるとわかるけど、その地震以降雑木林から動物が消失したらしいの」

和「こんな紛い物の記事、信用に値するかはわからないけど…」

和「もしかしたら澪はその時震に巻き込まれたのかも知れない」

耳を疑うような話だった。
これが本当なのだとしたら、私はタイムトラベルをしたことになる。
それこそSFの世界での話、にわかに信じられることではなかった。
しかし現に自分の身にそれが起きてるわけで、今はオカルトだろうと何だろうとそれにすがる他なかった。

澪「じゃ、じゃあ…その時震?が来たら元に戻れるってことなのか?」

和「もしかしたらね。けどそんなに言うほど簡単なことじゃないわ」

澪「?」

和「地震は言ってしまえば災害。正確な予知なんて出来ないもの」

和の言うとおりだった。
地震が起こったとして、それが時震である確証はない。
それに、もし時震だったとして元の時間に戻れるとも限らないのだ。

127: 2011/02/09(水) 00:00:47.46 ID:fKec/+yAP
憂ちゃんとは、何度も雑木林に足を運んだ。
懸命に手がかりを掴もうとしたが、何も得られなかった。

学校では着々と文化祭に向けて準備が進められている。
無責任なことも言っていられない。劇の練習も必氏にした。
クラスメイトとも徐々に打ち解けられるようになっていった。
というか元々こっちの“私”は割と広い交友関係を持っているようで、
お昼なんかも色々な人と食べるようになっていた。

軽音部のみんなとは相変わらず気まずいままだったが。

いちご「ほら、澪。やるよ」

澪「うん」

劇の練習もいよいよ本格的なものとなっていた。
文化祭は、着実に迫っていた。

128: 2011/02/09(水) 00:06:12.79 ID:fKec/+yAP
澪「ありがとう、憂ちゃん。また明日」

憂「はい、おやすみなさい」

夜も更けてきた頃、憂ちゃんと別れ帰路についた。
今日も日課のように雑木林に足を踏み入れる。
私なりにも色々と調べてはいるが、ちっとも解決の糸口にはつながらなかった。
果たして本当に帰れるのだろうか…そんな不安が日々押し寄せてくる。

憂ちゃんには梓の話もよく聞いた。
別れたばかりの頃は学校を休みがちだったとか。
唯も、めっきり元気がないらしい。
よくも私はそんな中で平然と過ごせていたものだ。

澪「……梓」

梓は、今なにをしているのだろう。

そんなことばかり考えていた。

129: 2011/02/09(水) 00:13:02.59 ID:fKec/+yAP
【澪の家】

ガチャ

澪「ただいま…」

パソコンに電源をつける。
これもこっちに来てからは日課となっていた。
何か手がかりを、そう思っての行為だ。

カチ、カチ、カチ…

無機質な音だけが部屋に響く。

カチッ

澪「ん?」

思わず手を止めた。
視線の先に映るのは何気ないニュースのページ。

『今年2度目の月食、観測か』

132: 2011/02/09(水) 00:21:37.32 ID:fKec/+yAP
興味本位でページを開く。
目を引いたのは、赤銅色をした月の画像。

澪「これって…確か」

この画には、見覚えがあった。
そう、あの時の夜見たものと同じ。
おぼろげだった記憶が紐解かれる。

澪「そうだ…。私、この月の光に誘われて…」

あの時私は雑木林から漏れる不思議な光に誘われるかのように足を踏み入れたんだ。
そして、この赤銅色の月を見た途端に揺れに襲われて…。

記事を読み進める。
前回の月食は4月14日の夜。(画像の月もその日のものだった)
月食の観測後、特定の地域で大きな揺れを確認。
月の潮汐力によって地震が引き起こされる可能性もあるのでは?
などと小難しいことも書いてあった
そして、私の中で一つの仮説が生まれた。

もし、この月をあの場所で見ることが出来たのなら…。

保証はない。あくまで仮説に過ぎないのだから。
でも、信じるしかなかった。
私は慌てて2人に電話をかけた。

もしかしたら、帰れるかも知れない―――!

135: 2011/02/09(水) 00:32:44.25 ID:fKec/+yAP
澪「………」

もう夜も遅いというのに私は電気もつけず部屋で物思いに耽っていた。
2人に電話をすると、それぞれよろこびの声が返ってきた。
やっと帰れる可能性が見つかった。こんな狂った未来ともおさらばだ。(まだわからないけど)
だけど、私の心は晴れなかった。もやもやとした何かが引っかかっていた。

帰りたくないということではない。
そう思う原因は例の月食の観測日にあった。
次の月食が観測出来るのは9月27日の夜。

文化祭の日だった。

こんな間違った未来で何をしたって無駄だと言うことはわかってる。
わかってる、けど…。

私は軽音部を、取り戻したかった。
文化祭のステージで、みんなと演奏がしたかった。
このまま文化祭が終わるまでだらだら待っているだけなんて、嫌だった。

澪「……よし」

私は固く決心した。
迷っていても仕方がない。
やれるだけ、やってやる。

136: 2011/02/09(水) 00:38:24.35 ID:fKec/+yAP
【音楽室】

バンッ

翌日の放課後、私は音楽室の扉を開けた。
迷いはもうなかった。
どれくらい振りだろう、この部屋に足を踏み入れたのは。
そこには唯、律、ムギが座っていた。

律「澪…?」

唯「え…」

紬「澪ちゃん?!」

3人は目を丸くして驚いている。
私は間髪を入れずに深く頭を下げた。

澪「お願いしますっ!!!」

澪「私を、もう一度、放課後ティータイムに入れてくださいっ…!」

137: 2011/02/09(水) 00:43:03.33 ID:fKec/+yAP
全身全霊を込めて懇願した。
私には、これしかないんだ。ここしかないんだ。
もう一度、みんなで演奏したい。
このまま何もせずにいるだなんて、嫌だ。

澪「………」

しばらくの沈黙が続いたあと、律が口を開いた。

律「…あのな」

律「まずみんなに謝んなさい。そんで、ちゃんと話をしなさい」

律「それから、私たちはお前が放課後ティータイムを抜けただなんて思ってないからな」

澪「…はい」

3人からしたら、なぜ急に手のひらを返したかのように音楽室に戻ってきたのか不思議でしょうがないはずだ。
だけど律も唯もムギも耳を傾けてくれている。あとは、私次第…。
私は、自分の身に何が起こったのかを一切の偽りなく話した。

139: 2011/02/09(水) 00:51:58.19 ID:fKec/+yAP
律「………」

唯「………」

紬「………」

3人ともきょとんとしていた。
それもそうだろう。いきなり5ヶ月前からやってきたなんて話、誰が信じるだろうか。
追い返されても仕方がない。笑われても、怒られてもしょうがない、そう思っていた。
もっとも、こっちも引き下がるつもりもないのだが。

律「…ムギ!お茶!」

紬「はいはい♪」

澪「?」

沈黙を破ったのは、律だった。
その一言で、ムギはお茶の準備を始めた。

律「何してんだよ、早く座れって」

澪「え…?」

140: 2011/02/09(水) 00:56:41.25 ID:fKec/+yAP
何かの冗談なのか?
何事も無かったかのような反応で、逆に不安になった。

律「ったく、遅いんだよ言うのが!このアホ澪」

紬「あの時そんなことを聞いたのは、そういうことだったのね」

澪「…ごめんなさい。本当に」

律「だぁぁもう!しんみりすんなって!」

澪「だ、だってぇ…」

泣きそうになった。
久々に触れた温もり。いつもの音楽室。
何で私は、こんなあったかい場所を手放したのだろうか。

唯「…澪ちゃんっ!!」

突然唯が抱きついてきた。
唯は私の胸の中で泣いていた。

唯「わだじ、寂しかったんだよ…?澪ちゃんもいないじ、あずにゃんもいなぐなっぢゃって…えぐっ」

唯「せっかぐ…みんなでここまでやっできだのに…うぐっ、うわあああああん」

澪「…ごめんな」

聞くと私と梓がいなくなってから毎日のように涙を流していたようだった。
私にとっても、唯にとっても、ここは大切な居場所なのだ。

143: 2011/02/09(水) 01:05:48.28 ID:fKec/+yAP
しばらくすると、ムギがお茶を淹れてくれた。
仮にも一度軽音部を去ったというのに、私のティーカップは未だに置いてあったようだ。

唯「4人でお茶するの、久しぶりだね」

紬「1年生の時を思い出すわ」

澪「…あぁ」

ぽっかりと空いた隣の席を見つめる。
でも、4人じゃダメなんだ。
放課後ティータイムは、5人揃ってこそなんだ。

律「文化祭に出るのはいいとして、梓はどうするんだ?」

律「お前は知らないかもしれないけど、梓は―――」

澪「…わかってる。梓は、私が必ず連れ戻す」

澪「絶対5人で文化祭に出よう」

145: 2011/02/09(水) 01:10:37.87 ID:fKec/+yAP
そして4人で生徒会室に向かった。
和に文化祭に参加する旨を伝えるためだ。

和「あら、みんなしてめずらしいわね。どうしたの?」

律「実はさ…。文化祭、やっぱ出ようってことになって」

和「………」

和「…なるほどね」

和と目が合った。
私がいる理由を察したのか、小さくニコッと笑った。

和「大丈夫よ、軽音部の分の時間はとってあるわ」

律「マジ?!よかったぁ~」

唯「ありがとう和ちゃん!」

紬「こっ、これ!つまらないものですが、いただいてくださいっ!」

和「別にいいのよ、頑張ってね」

146: 2011/02/09(水) 01:15:59.04 ID:fKec/+yAP
生徒会室を後にし、久しぶりに4人で帰った。
別れ際に律が「明日から練習だかんな!」って言ったのには驚いた。
もしかしたら、一番文化祭に出たかったのは律だったのかも知れない。

家に帰った私は、和に電話をかけた。
お礼が言いたかったのと、聞きたかったことがあったからだ。

prrrr prrrr

ガチャ

和『もしもし』

澪「和か?」

和『どうしたの?』

澪「あの、その…。さっきはありがとう」

和『あぁ、いいのよ。澪がそれを選んだんでしょ?』

和『澪は軽音部にいるときが一番楽しそうよ』

本当にすべてお見通しだった。

澪「それでさ、その…聞きたいことがあるんだけど」

和『なに?』

澪「その、軽音部の時間って本当にとってあったのか…?」

147: 2011/02/09(水) 01:21:45.43 ID:fKec/+yAP
和『………』

数秒の間が空いて、和は言葉を発した。

和『実を言うとね、当日のタイムテーブルに軽音部は入ってないのよ。もう期限は過ぎてるからね』

澪「えっ、それじゃあ…」

和『まぁ2、30分ぐらいはどうにでも出来るから平気よ』

澪「…!」

澪「ありがとう。頑張るから」

和『応援してるわ』

ピッ

こっちに来てからというもの、本当にお世話になりっぱなしだった。
まったくもって頭が上がらなかった。
なんとなく、唯が頼りたくなるのもわかる気がした。

148: 2011/02/09(水) 01:25:51.74 ID:fKec/+yAP
brrrr brrrr

和との電話が終わったのを狙ったかのように、電話がかかってきた。

ピッ

澪「もしもし」

憂『澪さん!文化祭に出るって本当ですか?!』

憂ちゃんだった。
興奮しているのか、らしからぬ大きな声を上げていた。

澪「唯から聞いたのか?」

憂『はいっ!お姉ちゃんがうれしそうに言ってました』

澪「うん、このまま待ってるなんて嫌だから」

憂『よかった、よかったぁ…』

なぜだか憂ちゃんが泣きそうになっていた。
久しぶりの元気な唯を見て安心しているのだろう。

150: 2011/02/09(水) 01:31:31.67 ID:fKec/+yAP
澪「梓も、何とかして連れ戻すよ」

憂『私も協力します』

澪「いや、これは私が一人でやらなきゃ意味がないんだ」

澪「だから大丈夫」

憂『そうですか…。私、応援してます。頑張ってくださいね!』

澪「うん、ありがとう」

ピッ

澪「…ふぅ」

どっと疲れた。
けど、一歩は踏み出せた。
これからだ。
今日はこっちに来てから初めて寝付きがよかった気がした。

151: 2011/02/09(水) 01:36:03.93 ID:fKec/+yAP
週末。
私は一人楽器屋に向かった。
ホコリまみれだったベースのメンテナンスをするためだ。
ついでに弦も変えてしまおうと、メンテナンスをしている間店内をぷらぷらしていた。

澪「あっ、このバンド。新譜出したのか!」

5ヶ月も経っていれば随分と変化があるものだ。
弦を見るつもりが新譜コーナーに居座ってしまっていた。

澪「…はっ!」

我に帰り弦のコーナーに向かおうと立ち上がると、
後ろを通ろうとしていた人にぶつかってしまった。

どんっ

「あっ」

澪「す、すいません。大丈夫ですか―――って梓?!」

梓「えっ…澪先輩?」

152: 2011/02/09(水) 01:41:14.20 ID:fKec/+yAP
梓だった。
私服だったから、一瞬気がつかなかった。

梓「…どうしたんですか、こんなところで」

澪「ベースのメンテナンスに来たんだ。梓は?」

梓「私は、CDを探しに…」

澪「そっか」

梓「………」

澪「………」

会話が続かなかった。
重苦しい空気が流れる。

梓「それじゃあ、私。あっちに用があるんで」

澪「…待ってくれ」

私は梓を呼び止めた。
今しかないと思った。すべてを知りたかった。
たまたま会った偶然、私はこの偶然に賭けた。

澪「私…さ。梓に何をしたのかな?」

153: 2011/02/09(水) 01:46:52.18 ID:fKec/+yAP
梓「…は?」

澪「いや、だからその…どうして梓と別れたのかなって」

梓「なんですか…それ…」

梓は震えていた。

梓「ふざけないでください!あれだけのことをして…」

梓「あんなに説得したのに!みんなも大丈夫だって言ってたのに!!」

梓「結局私なんて、先輩からしたらどうでもいいんでしょ?!軽音部も、その程度のものだったんでしょ?!!」

澪「…それって、いつ?夏の前?」

梓「先輩…さっきから何を言ってるんですか…?」

声を荒らげていた。
ずっと溜めていたものが爆発した、そんな感じだった。
こんな梓は初めてだった。
しかし私はあくまで冷静に、話を続けた。

澪「私がさ」

梓「?」

澪「5ヶ月前から来たって言ったら、信じる?」

155: 2011/02/09(水) 01:51:47.69 ID:fKec/+yAP
梓「5ヶ月前…?」

私は事の顛末を話した。
話している間、梓はうんともすんとも言わなかった。ただ黙って私の話を聞いていた。
一通り話し終えると、梓は口を開いた。

梓「…じゃあ」

梓「じゃあ、今私の目の前にいる先輩は、あの時の先輩なんですか」

澪「うん」

梓「私の大好きだった、あの澪先輩ってことなんですか?」

澪「…うん」

梓「………」

しばしの沈黙が流れる。
梓は複雑そうな顔をしていた。
納得がいかないのだろう。けど別にそれでよかった。

澪「…まぁ、そう簡単に信じてもらえるわけ―――」

梓「信じますよ」

澪「えっ?」

157: 2011/02/09(水) 02:07:13.59 ID:fKec/+yAP
しかし、梓の反応は意外なものだった。

梓「私、わかっちゃうんですよね。先輩がウソついてるかどうか」

梓「その目は、ウソをついてる目じゃないから」

たぶん梓が納得いかなかったのは、私が5ヶ月前から来たとかいうことではない。
こんな突拍子も無い話なのに、それがウソじゃないとわかってしまう自分に納得がいかないのだ。

澪「梓。私たちと文化祭に出よう」

澪「唯たちとも仲直りしたんだ。あとは、梓が戻ってきてくれれば全員揃うんだ」

澪「もう一回、放課後ティータイムで演奏しよう」

悔いを残したくない、ただそれだけ。
今さらこんなことしたって無駄だってこともわかってる。
でもこの未来と決別する前に、もう一度みんなで演奏がしたかった。
放課後ティータイムを取り戻したかった。







梓「………」

梓「…嫌です」

158: 2011/02/09(水) 02:12:05.80 ID:fKec/+yAP
澪「えっ…?」

梓は、私の誘いを断った。

梓「…今の先輩には関係のないことでしょうけど」

梓「私は、先輩が憎いです」

梓「もしここで軽音部に戻ったら、私…ただの間抜けじゃないですか」

梓「あんなにひどいことされて、たくさん泣いて…、想いも届かなくて」

梓「なのにそれを全部無かったことにするなんて、そんなの…悔しくて私には出来ません」

梓「だから、嫌です」

澪「梓…」

「秋山さーん。メンテナンス終わりましたよー!」

梓「…失礼します」

澪「………」

159: 2011/02/09(水) 02:16:06.56 ID:fKec/+yAP
【梓の家】

梓「ただいまー」

部屋に入り、そのまま私はベッドに横たわった。
今日、楽器屋で澪先輩に会った。
でもその澪先輩は、5ヶ月前から来た澪先輩で、これまでのことなんか全然知らなくて…。

―――これ、返すよ。今の私には持てない―――

―――もう私は、梓の隣にいる資格なんてないから―――

―――さよなら、梓―――

嫌な記憶が甦る。
どれだけ泣いたかわからない。
どれだけ眠れぬ日が続いたかわからない。

だけど今日会った先輩は、あの時のままの先輩で。
幸せだった日々がどんどん頭の中を駆け巡っていた。

誘いを断ったとき、心からそう思ったのかと聞かれればウソになる。
本当は澪先輩と。いや、5人でまたやりたかったのかも知れない。
でも、心のどこかでそれを許せない自分がいた。

梓「先輩の…ばか」

よくわからないもやもやを抱えながら、私は買ったCDを聞いていた。

梓「…ハズレだな、これ」

160: 2011/02/09(水) 02:20:53.97 ID:fKec/+yAP
【澪の家】

澪「はぁ…」

梓はイヤと言った。
よくよく考えて見れば、そんな都合よく行くわけもない。

もう一回誘ったところで同じだろう。
唯たちが誘ったところできっと結果は同じだ。
じゃあ、今の私には何が出来る…?

澪「…そうだ」

しばらくベッドに寝そべり考えていると、あることをひらめいた。
私はベッドから起き上がり、椅子に座った。
手にしたのはペンと紙ペラ一枚。
その日は、朝まで机に向かっていた。

163: 2011/02/09(水) 02:25:26.23 ID:fKec/+yAP
【音楽室】

澪「ふぁ…」

放課後。劇の練習を終え、眠い目をこすりながら音楽室に向かった。

律「おそいぞロミオー」

澪「うるさいっ」

ムギのお茶を飲み一息ついた後、週末あったことを話した。

唯「…そっか」

律「まぁ、そう都合よくいくわけもないか」

紬「どうするの?澪ちゃん」

澪「たぶん、何度言ったって同じだと思う」

澪「だからせめて、梓に最高の演奏を聞かせてやりたい」

澪「梓を連れ戻すのは、その後でもいいと思うんだ」

文化祭が終わったら私はこの世界とさよならだ。
それなのに、その後でもいいだなんて自分勝手なことを言った。
わかってる。キレイごとだってことも、身勝手だってことも。

それでも、この3人は大きく頷いてくれた。
唯も、律も、ムギも、誰一人不満を漏らさなかった。

164: 2011/02/09(水) 02:31:29.49 ID:fKec/+yAP
澪「…私さ、歌詞を書いてきたんだ」

律がげっ、という顔をした。

澪「そ、そんな顔しなくてもいいだろ!」

律「だ、誰かー!毛布を、鳥肌に備えて毛布の準備をー!」

澪「ぬぬ…」

小馬鹿にされた感じが悔しかった。
せっかく徹夜して書いたというのに。
唯とムギは我関せずといった様子だ。
この世界でもこれに関しては薄情なのか!

澪「いいから見なさい!」

律「はいはい…」

しぶしぶ律は紙ペラを受け取る。
唯とムギも、覗き込むように目を通した。

165: 2011/02/09(水) 02:34:39.45 ID:fKec/+yAP
律「………」

しばらくして律が口を開く

律「…これ本当にお前が書いたの?」

澪「そ、そうだけど…」

律「ふわふわ時間の歌詞を書いた人とは思えないんだけど」

唯「澪ちゃんっぽくな~い」

澪「ど、どういう意味だよっ!」

紬「いいじゃない、素敵よこの歌詞」

律「最初からこんな感じの歌詞を書けていたら…」

そんなに今までの私の歌詞はひどかったのか…。
少し落胆しながらも、その歌詞で曲を作り、練習を始めた。
みんなでこうして演奏するのは久しぶりだったし、何より楽しかった。

167: 2011/02/09(水) 02:42:14.70 ID:fKec/+yAP
【文化祭】

律「似合ってるぞー」

澪「う、うるさい//」

さわ子先生が衣装を見にまとい、寸劇の発表に向かった。
劇は大成功に終わった。氏に物狂いで練習した結果だ。

いちご「おつかれ、澪。よかったよ」

澪「ありがとう。いちごもすごくよかった」

律「お、なんだなんだ?本当にロミオとジュリエットみたいな関係になっちゃったのかー?」

紬「あらあら」

いちご「ば、バカ言わないで…!」

本当に感謝しているよ、ありがとう。

168: 2011/02/09(水) 02:46:00.04 ID:fKec/+yAP
そしてやってきた軽音部のステージ。

律「いよいよだな」

唯「ひ、人がいっぱいだよ…!」

紬「大丈夫よ、笑顔笑顔♪」

澪「よしっ、いこう!」

梓、見てくれているかな?

「次は軽音部による演奏です」

ステージにライトが照らされる。
私たち4人は顔を合わせ、うんと頷いた。

律「ワン、ツー、ワンツー」

そして律のカウントと共に演奏が始まった。

170: 2011/02/09(水) 02:51:10.82 ID:fKec/+yAP
【教室】

憂「梓ちゃん、見に行かないの?」

梓「………」

憂「梓ちゃん?」

梓「ごめん、私いいや。憂一人で行ってきなよ。唯先輩出るんでしょ?」

もう演奏が始まる時間だった。
私は憂の誘いに素直に乗れなかった。

憂「…ダメだよ。行こう?」

梓「でも…」


憂「見ないと、きっと後悔するよ」


梓「……!」

憂「ほら、いこっ?」ぐいっ

梓「ちょ、ちょっと引っ張らないでよっ」

私の腕をつかみ憂は走り出した。
気のせいかな?さっきの憂の言葉に、何か大きなものを感じた。

172: 2011/02/09(水) 03:00:51.68 ID:fKec/+yAP
体育館に近づくにつれて、音が聞こえてくる。
私も、軽音部にいたら今頃あのステージで演奏していたのかな…。

梓「………!」ぶんぶん

私は首を横に振った。
ちがう!ちがう!未練なんかないはずだ。
澪先輩のことなんて大嫌いだ。
軽音部だって、もう私には関係のないことだ。

ガラララ

梓「………」

憂「わぁ…!」

体育館に入るとものすごい熱気が身体を包んだ。
ステージは大いに盛り上がっているようだった。
先輩たちのクラスメイトはもちろん、他の学年やお客さんも、ノっていた。

憂「梓ちゃん!早く早く!」

梓「あっ、憂…」

憂はそのまステージに向かっていった。
おいで。と手招きしてくれたが、私は行かなかった。
私は体育館の隅で一人、演奏を聞いていた。

173: 2011/02/09(水) 03:03:31.15 ID:fKec/+yAP
梓「………」

ひどい演奏。
ドラムは相変わらず走ってるし、唯先輩は歌詞間違えてるし…。
澪先輩もムギ先輩も、どことなく動きが固い。
ていうか、演奏なんて久しぶりじゃないの?ちゃんと練習した?
先輩たちのことだから、またお茶ばっかり飲んでたんじゃないの?

澪「―――♪」

でも…。
あの顔は、紛れもなくあの時の澪先輩。
かっこよくて、やさしくて、大好きなだった先輩の顔だ。
唯先輩も、律先輩も、ムギ先輩も、みんな楽しそうに演奏していた。
私も、一緒にあんな顔していたのかな…?

梓「…ていうか」

梓「何、思いだしてるんだ。私…」

後悔なんてしてないはずなのに。
澪先輩も、軽音部も、だいっきらいなはずなのに。
でも、なんでだろう…。涙が止まらなかった。

174: 2011/02/09(水) 03:08:43.57 ID:fKec/+yAP
唯「次が最後の曲でーす」

「えぇーっ!!!」

唯「おぉっ、みんなありがとーっ!」

唯「それじゃあ最後の曲を前に作詞者の澪ちゃんから一言どうぞ!」

澪「え、えぇっ?!…私?!」

澪「………」

唯からの突然のパスに戸惑った。
律やムギだけじゃない、体育館の全員の視線が私に向けられている。
恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

澪「えっと、その…」

澪「た、大切な人のために、書きました」

澪「き…きき、聞いてくださいっ!」

自分でも何を言ってるのかわからなかった。
早くこの視線を回避したくて私は律に合図を出した。

かなり私は焦っていたのだろうか。
律はやれやれと言った顔をしながら、カウントを出した。

175: 2011/02/09(水) 03:12:51.90 ID:fKec/+yAP
――――――
――――
―――
――


澪「………」

放課後、私たち4人は音楽室で放心状態だった。

律「…楽しかったな」

唯「うん…」

紬「…あっという間だったね」

ステージは大成功だった。
終わったあとの拍手とみんなの歓声が、今でも耳に残っている。

唯「あずにゃん、戻ってきてくれるかなぁ」

律「大丈夫っしょ、私らかなり頑張ったぜ?」

紬「またケーキの数増やさないとね」

澪「…みんな」

澪「みんな…。ごめんなさい…」

涙が出た。理由はわからない。止まらなかった。

177: 2011/02/09(水) 03:17:05.76 ID:fKec/+yAP
律「なーに泣いてんだよ」

紬「そうよ澪ちゃん、最高の演奏だったじゃない」

唯「うん!楽しかったよ♪」

澪「……ありがとう」

3人に励まされながら、私はずっと泣いていた。
軽音部でよかった。心からそう思った。

・・・・・・

唯「またねー!」

紬「ばいばい♪」

夕方、私たち4人はいつもの場所で別れた。
打ち上げは梓が戻ってきてからにしよう、そう決まった。
みんなには申し訳ないけど、それには参加出来そうにはないかな。
たぶん、この世界での唯とムギとはこれでさよならだ。
ありがとう。心の中でそう言って別れた。

178: 2011/02/09(水) 03:20:52.37 ID:fKec/+yAP
唯とムギと別れ、律と2人きりで歩いていた。

律「なぁ、澪」

澪「ん?」

律「お前、もう元の世界に帰んのか?」

澪「えっ?!な、なんで…?」

律「んー?なんとなく」

3人にはいつ私が元の(になるかわからないが)世界に帰るかを伝えなかった。
余計な気を遣われるのは嫌だし、情で軽音部に再び受け入れてほしくなかったからだ。

澪「…うん。今日の夜」

律「やっぱな」

こんな世界でも、律は変わっていなかった。
妙に勘がよくて、隠し事が通用しない。
どこにいても、お前は相変わらずなんだな。

180: 2011/02/09(水) 03:23:29.64 ID:fKec/+yAP
律「んまっ、元気でやってくれ」

律「あ、そうだ!」

澪「?」

律「もし帰れなかったとしても、とりあえず私たちには声をかけなさいよ」

律「私たちはどこの世界でもお前の味方だから」

澪「…うん」

律「そんじゃな。無事に帰れるといいな。そん時はまたよろしく!」

澪「…あぁ!」

そう言って律はそそくさと帰っていった。
最後の最後まで、私を支えてくれた。

181: 2011/02/09(水) 03:28:46.44 ID:fKec/+yAP
brrrr brrrr

澪「…ん?」

律とも別れ一人帰り道を歩いていると、携帯が鳴った。

一通のメール。
差出人は、梓だった。

―――――――――――――――――――――
From 梓
Subject こんばんは
先輩。お時間ありますか?
少し…お話がしたいです。
―――――――――――――――――――――

まさか梓から連絡が来るとは思ってなかった。
何だろう。私は期待と不安を抱えつつ返信した。

―――――――――――――――――――――
To 梓
Subject Re:
大丈夫だよ。
いつもの交差点でいいかな?
―――――――――――――――――――――

182: 2011/02/09(水) 03:33:17.19 ID:fKec/+yAP
澪「………」

ここに来るのも久しぶりだ。
梓にだけ通じる「いつもの場所」。
日はもう落ちている。月食の見える時間まで、あと少し。

5分ほど経った頃だろうか。
向こうから見覚えのある影が近づいてきた。

澪「梓…」

梓「…こんばんは」

梓だった。
家から来たのだろうか、私服だった。

澪「演奏、見てくれたかな?」

梓「…はい」

どこにいたのかはわからなかったけど、見ていてくれたらしい。
それがわかっただけで十分だった。

183: 2011/02/09(水) 03:38:37.35 ID:fKec/+yAP
梓「先輩」

澪「?」

梓は手から何かを取り出した。
見覚えのあるものだった。
そう、梓が4月14日にくれたネックレスだった。
どんなに部屋の中を探しても見つからないと思っていたら、梓が持っていたのか。

梓「これ、先輩が捨てたんです。私の目の前で」

梓「それだけじゃない。散々ひどいことされたし、傷つくこともたくさん言われた」

梓「もう絶対許さないって思った、一生恨んでやるって思った」

梓「でも、これ…。なぜか捨てられなくて。バカみたいにずっと持ってて」

梓「だけど先輩は、そんなの関係ないんですよね」

梓「何もなかったかのように、何も知らなかったかのように、自分は正しい世界に帰るんですね」

梓の言う通りだった。
私の身勝手で、この間違った世界にさよならを告げるのだから。

186: 2011/02/09(水) 04:00:26.44 ID:fKec/+yAP
澪「…関係なくなんか、ないよ」

澪「梓のことはずっと好きだし。今も大切に想ってる」

澪「だから―――」

バチィ…ン

覚えのある痛みが走る。
頬を叩かれたのは、これで2回目だった。

梓は、泣いていた。

梓「ずるいですよ、先輩」

梓「不器用なくせに…。メルヘンな甘い歌詞しか書けないくせに…」



梓「あの曲…、さよならの曲でしょ?」



そう。私が書いた詞は、さよならの詞だった。

間違った未来に、さよなら。
何もかも失っていた私に、さよなら。
隣にいない梓に、さよなら。

そう意味を込めて書いた詞だった。

187: 2011/02/09(水) 04:03:53.04 ID:fKec/+yAP
梓「ずるいよ…。自分だけいい格好して、いなくなろうとしてさ」

梓「人の気も知らないで。…バカ……最低」

澪「…ごめん」

梓「もう先輩の顔なんて見たくない。そのネックレス持ってとっとといなくなってください」

梓「戻った世界で私のこと泣かせたら、許しませんから…」

梓はそう言うと私に背を向け歩きだした。
5ヶ月前のあの時と同じように。
いや、あの時とはちがう。
だって今の君は泣いているから。

私は大声で叫んだ。

澪「――梓!」

澪「聞いてくれて、ありがとう!」

梓「……ふざけんな、バカ…」

梓は振り返りもせずそれだけを言い放ち、夜の街に溶けていった。

189: 2011/02/09(水) 04:09:23.60 ID:fKec/+yAP
・・・・・・

雑木林の前には私と憂ちゃん、そして和の3人がいた。
私は冬服のブレザーを羽織り、こっちに来たときの格好をしていた。

澪「…戻れるかなぁ」

憂「きっと大丈夫ですよ」

和「まぁ、ダメだったらまた私たちのところに来ればいいわ」

澪「…それもそうだな」

気持ちは穏やかだった。
頬が少し痛むけど、心は晴れやかだった。

和「あ、そうだ」

和「もし戻れたら、律に言っておいてほしいことがあるんだけど」

澪「?」

和「体育館の使用申請書。さっさと出せって」

和「新歓の時ギリギリだったんだから…」

澪「…ふふ、わかった。伝えておくよ」

和は最後の最後まで気を配ってくれた。
戻ったら、またお礼を言わなきゃな。何のことだって思うだろうけど。

190: 2011/02/09(水) 04:12:24.54 ID:fKec/+yAP
憂「あ、澪さんそれ…」

澪「あぁ、これか。さっき梓に返されたんだ」

憂「似合ってますよ♪」

澪「ありがとう」

きっと私の見えないところで梓を支えていてくれていたのだろう。
憂ちゃんは何も言わなかったけど、私は知っているよ。

澪「あの…さ」

澪「梓のこと、また泣かしちゃったんだ」

澪「だから、その…励ましてくれるかな?」

憂「はい、もちろんです!」

憂「梓ちゃん。軽音部の演奏聞いて泣いてたんですよ」

澪「…そっか」

うれしかった。ただ純粋に。
想いが伝わったのかはわからないけど、きっと届いたはずだ。

192: 2011/02/09(水) 04:15:56.70 ID:fKec/+yAP
澪「それじゃあ」

和「うん、またね」

憂「気をつけて」

澪「本当にありがとう」

2人に別れとお礼を告げ、私は雑木林に入っていった。

一箇所だけ光が特に集まる場所。
その場所に足を踏み入れる。

澪「………」

空を見上げた。
きれいな月だ。あの時見たのと同じ。

地面が揺れる。頭が絞めつけられる。
あっ、この感覚は…。


―――――梓…。


――――――
――――
―――
――

194: 2011/02/09(水) 04:19:09.00 ID:fKec/+yAP
――……輩。

――――…先輩!

―――――――……澪先輩!

澪「へっ?」

梓「んもぉーっ、話聞いてなかったでしょ!?」

澪「…?」

梓「新歓ライブ!絶対成功させようねって!」

澪「え、あ…」

梓「あっ、もう交差点だね」

梓「ねぇ。私先輩に渡したいものがあるんだ」

196: 2011/02/09(水) 04:22:52.51 ID:fKec/+yAP
夢…?
でもこの場面、覚えがある。
…そうだ。このあと、梓はカバンからプレゼントを出して―――。

梓「はいっ。2ヶ月おめでとう」

梓「2ヶ月って中途半端なんだけどさ、進級祝いも兼ねてってことで」

梓「かわいいでしょ?先輩に似合うかなと思ってサプライズで、って…えっ?」

梓「嘘…?ごめん、先輩同じの持ってたんだ…」

自分の首に手をかける。
梓が持っているものと同じネックレスが、私の首にかかっていた。
そっか…。これは、夢じゃないんだな。

元の世界に、戻ってこれたんだな。

落ち込んだ顔をした梓の顔が目に映る。
そうだ。これは、私の知ってる梓だ。
私の恋人。私の大好きな、梓だった。

澪「―――梓っ!!!」ぎゅっ

197: 2011/02/09(水) 04:26:06.70 ID:fKec/+yAP
私は梓を思い切り抱きしめた。
人の目なんか気にならなかった。
やっと会えた。ずっとこうしたかった。

梓「えっ、ちょっ…。み、澪先輩///」

澪「梓、あずさぁっ…」

私は何度も梓の名前を呼んだ。
離したくなかった。
このあたたかさを、いつまでも感じていたかった。

梓「…澪先輩?」

澪「………」

梓「………」

199: 2011/02/09(水) 04:29:23.70 ID:fKec/+yAP
いきなりの出来事に体を強張らせていた梓だったが、
しばらくすると緊張も解けたようで、そっと私を抱き返した。

梓「私、先輩のこと好きだよ?」

澪「…うんっ」

梓「ずっとずっと、大切だよ?」

澪「うんっ、うんっ」

梓「どこにも行かないでね。ずっと一緒だからね」

澪「あぁ、約束する。ずっと一緒だ」

梓「ねぇ、先輩」






梓「……キスして」

201: 2011/02/09(水) 04:32:19.62 ID:fKec/+yAP
――――――
――――
―――
――


それからのことを少し話そうと思う。

律をけしかけ体育館の使用申請書を出させたあと、5人で新歓に向けてめいっぱい練習した。
その結果が実ったのか、新歓ライブは大成功に終わった。大きなトラブルもなかった。

…結局部員は来なかったけど。

でも周りが言うには、他の人が入れないぐらい5人の仲が良さそうだから入りづらかったんじゃないかって。
だから別に後悔とかはなかった。梓も、5人のままがいいって言ってくれた。

それからは、毎日があっという間だった。
修学旅行も行った。合宿もやった。野外フェスにも行った。
空白だった5ヶ月を凄い早さで過ごしていた。

軽音部のみんなと。そして、梓と。
片時も離れることはなかった。





そして、今日は9月27日。
文化祭だ。

205: 2011/02/09(水) 04:58:14.27 ID:fKec/+yAP
律「いよいよだな」

唯「ひ、人がいっぱいだよ…!」

紬「大丈夫よ、笑顔笑顔♪」

聞いた覚えのある言葉。

梓「頑張りましょう!」

そこに加わるもう一つの声。

澪「よしっ、行こう」

「次は軽音部による演奏です」

ステージにライトが照らされる。
“5人”は顔を合わせ、うんと頷く。

あの時経験した未来。
何もかもが違った未来。


その未来は今、軽音部と。


そして、梓と共にあった。


おわり

207: 2011/02/09(水) 05:00:22.64
イイハナシダナー
ハッピーエンドで何より
>>1乙!

210: 2011/02/09(水) 05:07:45.94
乙カレー。
素晴らしい作品をありがとう。

引用元: 澪「その未来は今」