1: 2011/02/14(月) 22:23:50.86 ID:HDhx4wL70
窓から見える景色は、知らないものだった。

それは、今までは目を向けていなかったからかもしれないし、

目に溜まった、涙のせいなのかもしれない。


カバンからオーディオプレイヤーを取り出し、イヤホンをはめる。

聴きたい曲は決まっている。

優しいピアノとギターの音色、それに乗せるフェイク。

表面張力の限界を超えて、涙は薬指に流れ落ちた。

つい先ほどまで、そこで光っていたものの代わりのように。

3: 2011/02/14(月) 22:25:22.64 ID:HDhx4wL70
キッカケは何だろう。

考えても思い出せない。

ただ好きにならない理由が、なかっただけなのかな。

人生の半分以上を一緒に過ごして、

泣くのも笑うのも、隣にはいつも律が居たんだから。

思い出と呼べるものほぼすべて、律と分かち合ってきた。

忘れたくないものばかり。

思い出を抱え過ぎて、たとえ両手が塞がれていても、

わたしはそれを捨てたくない。

4: 2011/02/14(月) 22:26:07.52 ID:HDhx4wL70
また窓の外に目をやる。

やっぱり、知らない景色だった。

電車に乗り込んで数分。

ほんの数分で、こんなに変わるんだ。

きっとこの気持ちもいつか、いい思い出になる。


You are always gonna be my love

――あなたはいつまでも、わたしの大切な人。

5: 2011/02/14(月) 22:26:53.94 ID:HDhx4wL70
律「なあ澪、一緒に暮らそうぜ」

澪「んー、どうしようかな」

律「何で迷うんだ?」

澪「だって…」


大学進学も決まった冬の日。

少しずつ大人に近づいていく過程を実感し、その中で気付いたもの。

わたしのこの気持ちは、世間一般では『異常』と思われるらしい。

それを否定は出来ない。

この気持ちを言葉に出来ないのは、何処かでそれをわかっていたから。

言葉にすれば終わる。

それなら静かに、思いが薄れていくのを待つ方がいい。

そんな日がいつか来てくれる。


そう、思っていた。

6: 2011/02/14(月) 22:27:47.41 ID:HDhx4wL70
律「…あのさ」

澪「何だ?」

律「わたし、な…」

澪「…」

律「…聞いてる?」

澪「あ…うん、話すの待ってた」

律「あ、ごめんごめん…」

澪「うん、どうした?」

律「…わたしさ、好きなんだ」

澪「…え?」

律「…変だと思うよな、やっぱり」

8: 2011/02/14(月) 22:29:06.65 ID:HDhx4wL70
澪「えっと…」

律「澪のこと、好き」

澪「…ありがと、わたしも好きだぞ?」

律「…ごめん、そういう意味じゃないんだ」

澪「…よくわかんないよ」

律「澪が思ってる好きではないんだ、付き合いたいとか…そういう好き」

澪「…」

律「ごめん忘れろ!わたしも忘れるから!…これからもいい友達で居てくれな!」

澪「…律」

9: 2011/02/14(月) 22:30:38.06 ID:HDhx4wL70
澪「…わたしもそういう、好きだよ」

律「え…マジ?」

澪「…うん」

律「嘘だ…」

澪「ほんとだよ」

律「…気遣わなくていいんだぞ、友達のままで居れるって思ってるから」

澪「…でも言えなかった。嫌われたくなかったから」

10: 2011/02/14(月) 22:31:41.01 ID:HDhx4wL70
澪「…そしたら律から言っちゃうんだもん、悩んでて存した気分だ」

律「そっか…」

澪「うん…」

律「…よかった、嫌われないで」

澪「…嫌いになるわけないだろ」

律「でも怖かったもん」

澪「まあ…そうだな、わたしも怖かったから」

律「…あのさ、1回しか言わないからちゃんと聞いて」

澪「…はい」

律「…愛してる、付き合って欲しい」

12: 2011/02/14(月) 22:33:00.41 ID:HDhx4wL70
澪「…えっと」

律「…返事は?」

澪「…うん」

律「…よっしゃー!」

澪「…ははっ」

律「え…何で?」

澪「…何が?」

律「泣いてるじゃん…」

澪「笑いたいのにな、変なの」


溢れてくる涙に気付かされる。

自分がどんなに、律を好きなのか。

好きな人に思われていることが、どんなに嬉しいことか。

わたしの初恋は実を結んだ。

13: 2011/02/14(月) 22:34:18.91 ID:HDhx4wL70
大学は遠いから。

家賃も半分になるから。

1人で暮らすのは不安だから。

…律と一緒だと、楽しいから。


色んな理由を口にした。

思えば今まで、こんなに何かをお願いしたことはなかったと思う。

愛情たっぷりの一人っ子で、欲しいものは大抵与えてくれた。

わがままだって聞いてくれた。

その分、過保護気味な両親を説得するのは、思った以上に大変だった。

自分が必氏になればなるほど、親にも言えない恋をしてることを辛く感じた。


「…勝手にしなさい」


言っても聞かないわたしに、両親は呆れた顔をした。

それでも、わたしはこれからの生活に胸を躍らせた。

14: 2011/02/14(月) 22:35:38.13 ID:HDhx4wL70
律「どうだった?」

澪「ああ…結構大変だった」

律「…だろうな」

澪「うん、でも大丈夫だよ」

律「その分、澪のこと大切にするから」

澪「ほんとに?」

律「当たり前だろ?」

澪「ふふ、よかった」

15: 2011/02/14(月) 22:37:37.08 ID:HDhx4wL70
律「…みんなには話す?」

澪「わたしたちのこと?」

律「うん、澪はどう思う?」

澪「わたしは…全員、には話さなくてもいいと思う」

律「嫌か?」

澪「そうじゃないけど…話したところで、みんなが賛成してくれるとは限らないし」

律「そりゃあそうだな…」

澪「悲しい気もするけどな。でも誰かに間違ってる、なんて言われても…律と居たいから」


ごく親しい友人たち、つまり軽音部の3人にだけわたしたちのことを話した。

3人は自分のことのように喜んでくれ、その後も何ら変わらず接してくれた。

それ以外は、親にも、友だちにだって、言えないものだった。

話すことが出来れば楽とは限らない。

もし話して、誰かが間違いだと言っても。

…わたしは律と歩んで生きたい。

それが幸せだって、思ってるから。

16: 2011/02/14(月) 22:38:45.33 ID:HDhx4wL70
大学に入って、律との生活も始めて。

変わったことと言えば、軽音部5人で集まる頻度。

受験生の梓を無理に誘うことは出来ないし、梓抜きで練習する気にはなれなかった。

4人で会っては、ただ目的もなくお茶して。

梓が出てこれる日には、スタジオを借りる。

それでも結局部活と同じで、今まで以上に律は唯とふざけあった。

わたしとムギはそれを笑って、梓はもう、それを怒らなかった。

目的もなく、ただ趣味としてバンドを続ける。


「目標は武道館」

そんな大それた言葉は、ただの冗談になっていった。

17: 2011/02/14(月) 22:39:52.85 ID:HDhx4wL70
そのうち、お互いバイトも始めた。

実家からの仕送りはもらっていたけど、それにはほとんど手をつけなかった。

いつか返そう、ふたりでそう決めた。

これから背負うであろう人生への、せめてもの償いの気持ちだった。


律は入学すぐ、楽器店で働き始めた。

わたしは少し経ってから、結婚式場。

会場設備や配膳だとか、後片付け。

たまたま見つけたバイトだったけど、時給も良くて。

きっと自分は経験しないから、それを外側から見る。

幸せそうな会場で、わたしも手を叩く。

時々、感動で本当に泣きそうになることだってあった。

今思えば、少し自虐的かもしれない。

18: 2011/02/14(月) 22:40:56.44 ID:HDhx4wL70
律「結婚式場?」

澪「うん、時給良くて」

律「…そっか」

澪「何か、やっぱりダメかな?」

律「いいんじゃない?別に」

澪「でも、律ちょっと怒ってるじゃん」

律「違うよ、そうじゃない」

澪「じゃあ何?」

律「…悲しくなんない?」

185: 2011/02/15(火) 11:30:30.26 ID:6apNun2lO
律「自分たちじゃ出来ないこと、遠くから見てさ」

澪「…いつかしようよ」

律「自分たちで?」

澪「うん、唯たち呼んでさ」

19: 2011/02/14(月) 22:42:28.40 ID:HDhx4wL70
律「…じゃあさ、指輪いるよな?」

澪「お揃いの、シンプルなやつな」

律「安くても文句言わない?」

澪「言わないよ」

律「良かった…もう買ってあるんだよな~」

澪「…え?」

律「給料3か月分、とは言えないけど」

澪「冗談だろ?」

律「違うよ、やっとバイト代入ったからさ」

澪「…サイズとか、知らないくせに」

律「何となくだけどわかるよ、カバンに入ってるから見てみ?」

20: 2011/02/14(月) 22:43:36.16 ID:HDhx4wL70
澪「…これ?」

律「そう、開けてみて」

澪「…ほんと、お揃いだ」

律「りつ、って入ってるのが澪のだから」

澪「ねえ、はめていい?」

律「ダメ」

澪「ダメなの?」

律「わたしがはめてやる、おいで」

21: 2011/02/14(月) 22:46:40.45 ID:HDhx4wL70
律「ほら、ピッタリじゃん」

澪「ほんとだ…」

律「わたしよりちょーっとだけ、サイズ大きくしてもらったんだ」

澪「…聞きたくなかった」

律「そういう意味じゃなくてさ、利き手の指のが太いから」

澪「…何でもわかってるな」

律「当たり前だろ~?」

澪「ねえ、律にもわたしがはめていい?」

律「…お願いします」

23: 2011/02/14(月) 22:47:40.86 ID:HDhx4wL70
澪「ピッタリ」

律「いや、わたしはサイズ測ったし」

澪「…そうだった」

律「わたしのには、みおって彫ってもらったんだ」

澪「何か、変なの」

律「自分の名前が良かった?」

澪「ううん…律がいい」

律「繋がってる感じ、するだろ?」

澪「するな、いつも一緒に居るみたい」

律「…なくすなよ?」

澪「大切にする、ありがとう」

律「…なあ澪、キスしよう」


答える間もなく、自分から唇を触れ合わせた。

その日から、ふたりの薬指には同じものが光った。

宝物だったけど、今はそれもなくなった。

24: 2011/02/14(月) 22:48:57.80 ID:HDhx4wL70
外では手を繋ぐことも、抱き合うことも避けた。

わたしたちのことを知らない相手には、お互いを嘘で語るしかない。

表情では笑っても、心の奥は寂しさが積もる。

それを腐食するように、家では身体を重ねた。

ふたりの素肌が癒着して、ほどけなくなれば良いと思った。

それを言葉にすると、律は悲しそうに笑う。

そんな顔を見たくなくて、そっとキスをした。

またふたりは、重なり合っては果てた。


薬指が真実を語ってくれる。

それだけが、ただ一つの自信だった。

26: 2011/02/14(月) 23:03:30.45 ID:HDhx4wL70
律と暮らし始めて1年が経った。

梓は最後までうちの大学と迷い、最終的に音楽の専門学校に進学を決めた。

自分を犠牲にして欲しくない、わたしたちの言葉の後押しからだった。


それでも定期的に会って、惰性のように今まで作った曲を演奏する。

唯や律、ムギまでもミスが目立った。

それに反比例して、梓はどんどん上手くなっていく。

入部した時だって驚くほどの腕だったのに、まだ伸びしろを持っていることに感心する。

なのに、わたしはそれに着いていこうとは思わなかった。


わたしたちの5人の関係に、もう『音楽』は必要なくなっていた。

27: 2011/02/14(月) 23:05:13.69 ID:HDhx4wL70
律は相変わらず、講義には適当に出てバイトの毎日。

わたしは講義とバイトに加え、資格取得のためダブルスクールを始めた。

ブライダル業界で真面目に働きたい、そう思うようになったからだ。


忙しい毎日、我ながらよく頑張ったと思う。

誰かの幸せに携わって、自分も幸せになれる仕事。

やっぱり少し、憧れを持っているのかもしれない。

幸せそうに笑う新婦に自分を重ねた。

今のわたしには、それが出来ないから。


律は応援してくれた。

家事もほとんど担当してくれたし、休みが合わせられなくても文句は言わなかった。

愚痴だって聞いてくれたし、その度抱きしめてくれた。

自分ばっかり辛いと思っていたのは、律に甘えてたせいだろう。

28: 2011/02/14(月) 23:07:30.24 ID:HDhx4wL70
三回生になった。

晴れて、1年でプランナーの資格を取得した。

律はささやかなお祝いをしてくれた。

スケジュールの都合から取れなかった講義を、その年に取る。

律とも、軽音部のみんなともたくさん遊んだ。

バイトも変わらず、出来るだけ入った。

相変わらず忙しい毎日だった。


6月。

社会はジューンブライドへの憧れを、少なからず持つようだ。

この梅雨の時期に結婚したいなんて馬鹿げてる。


その日は式が押してしまい、帰るのが遅くなった。

いつ降り出すかわからない雨。

傘を片手に、よく一緒になる同い年の男の子が、駅まで送ってくれた。

29: 2011/02/14(月) 23:09:56.04 ID:HDhx4wL70
「秋山さんっていつも指輪してるよね、彼氏から?」

「うーん、ちょっと違うかな」

「…悲しい恋なの?」

「…そんなんじゃないよ」

「好きだけど、彼氏じゃないってことだよね?」

「まあ、そうなるかな」

「よかったら、話してくれない?」

「えっと…」

「話したくないならいいよ、ごめん」

30: 2011/02/14(月) 23:11:08.60 ID:HDhx4wL70
「…ねえ、俺と付き合ってみない?」

「…え?」

「好きじゃなくていいよ、でも今みたいに悲しい思いさせないし」

「悲しい思いなんてしてないよ」

「じゃあ何でそんな顔したの?」

「…ごめん、付き合えない」

「いや、俺こそ…でもさ」

「その人のこと好きだから、付き合ってるから」

「…それでいいの?」

31: 2011/02/14(月) 23:13:26.28 ID:HDhx4wL70
「…わかったフリしないで、ほっといて」

「…ごめん」

「ありがとう、もう1人で大丈夫だから」


きっと彼は不倫だとか、そういうものを想像したんだろう。

律は彼氏じゃないし、わたしだって彼氏じゃない。

だからって、女の子が好きで、その子と付き合ってる、なんて言えなかった。

悲しい思いなんてしてない。

心で否定して、何となくやりきれない気持ちになる。

急に律の顔が見たくなって、家路を急いだ。

32: 2011/02/14(月) 23:20:33.27 ID:HDhx4wL70
律「おかえり、遅かったな」

澪「ただいま、式が押しちゃって」

律「雨降らなくてよかったな、疲れただろ?ご飯出来てるよ」

澪「律もまだなの?」

律「澪と食べようと思ってさ」

澪「お腹空いてる?」

律「うん、何で?」

澪「ううん何にもない、食べよっか」


律はその日あったことを楽しげに話す。

それはあまり、耳に入ってこなかった。

半ば惰性のように、箸を口元へ運ぶ。

味もあまり、わからなかった気がする。

33: 2011/02/14(月) 23:21:38.73 ID:HDhx4wL70
律「よし、さげるぞー」

澪「あ、わたしも手伝うよ」

律「いいよ、疲れてるだろ?」

澪「大丈夫、一緒にやろ」


並んで食器を洗った。

ふたりが立つと、この流し台は狭い。

絶え間ない水音。

それにかき消されないよう、奥から言葉を振り絞る。

34: 2011/02/14(月) 23:23:37.58 ID:HDhx4wL70
澪「あのね」

律「ん?」

澪「今日、バイト先の子に『付き合って』って言われちゃった」


わたしの言葉が、あるいは律の言葉が、水音に消されてしまったのかな。

律の声は聞こえてこなかった。

またわたしは話を続ける。


澪「断ったよ、もちろん」

律「…そっか」

澪「好きな人居るって、その人と付き合ってるって」

律「…」

澪「…ごめんね」


ごめんね。

自分で言った言葉なのに、その意味すら危うかった。

35: 2011/02/14(月) 23:25:19.11 ID:HDhx4wL70
律「…何で?」

澪「律のこと好きだから」

律「違うよ、何で謝ったんだ?」

澪「…何でだろう、わかんない」

律「…謝ったら、悪いことしたみたいだぞ」

36: 2011/02/14(月) 23:26:23.30 ID:HDhx4wL70
澪「…ほんと、そうなっちゃうな」

律「したの?」

澪「…ううん、してない」

律「…そっか」


よかった。

消えそうな声で、律は続けてそう言った。

少しだけ、ふたりの間に沈黙が降りた。

それに耐えられなくなったわけじゃない。

ただ、律に触れたくなっただけ。


「ねえ律、ベッド行こう」

40: 2011/02/14(月) 23:31:14.49 ID:HDhx4wL70
うん、と小さく頷いた律の手を取る。

シャワーも浴びずにベッドへ上がった。

キスして、脱がして、抱き寄せて。

舌を這わせて、柔らかい肌に吸い付いて、自分だけの印をつける。

たったふたり、手探りで覚えた行為。


もっと深い部分に触れたくて、濡れた皮膚の間に指を滑り込ませた。

すると律は、熱い息を一気に漏らした。


「我慢しないで、わたししか聞いてないよ」

その言葉が耳に届いたのか、艶っぽい声を部屋に響かせた。

41: 2011/02/14(月) 23:35:01.95 ID:HDhx4wL70
わたしは律のそんな姿を見ながら、さっきの自分の言葉の意味を探す。


ごめんね。

こんな話してごめんね。

好きになってごめんね。

わたしが女でごめんね。

わたしで、ごめんね。


そこまで言い終わったところで、律は果てた。

42: 2011/02/14(月) 23:37:30.43 ID:HDhx4wL70
少しして、立場が逆になる。

律がわたしに被さって、わたしの声が響く。

愛してるよ、律。

大丈夫だから、わたしたち。

幸せだよね?

わたしの右手を握る律の左手には、指輪が光ってる。

シーツを握るわたしの左手にだって、同じものが在るんだから。

お互いの名前を刻んだ、宝物。


心で問いかけて、結局は自分に言い聞かせる。

そうしてる間に、限界に近づいてきた。

考えはふわっと消えて、わたしは体を震わせた。


その日、ふたりはそのまま眠りに落ちた。

43: 2011/02/14(月) 23:38:40.25 ID:HDhx4wL70
その夜から数日、テーブルに英字の書かれた箱が置かれていた。


澪「ねえ、これ律の?」

律「あ、うん、そうだよ」

澪「タバコ?吸うの?」

律「嫌な奴になろうと思ってさ」

澪「何だそれ」

律「まあいいじゃん、苦手だった?」

澪「自分で吸おうとは思わないけど、平気」

律「何だ、怒るかと思った」

澪「成人してるんだし、いいんじゃないか?」

律「へえ…意外だな」

44: 2011/02/14(月) 23:39:53.22 ID:HDhx4wL70
澪「まあ間違いなく、体には良くないと思うけど」

律「いいんだ、子ども産むわけじゃないし」


「そうだな」とも言えずに、ただ笑顔を作る。

わたしたちには、出来ないことが多い。

だから好きなことを選んで、体に悪くても楽しめばいい。


そんなことを考えていると、律はその箱を持ってベランダに出た。

閉まり切らなかったカーテンの隙間から、姿を見た。

なかなか様になっている。

わたしもベランダに出て、その姿に寄り添った。


次の日、わたしは律に灰皿をプレゼントした。

45: 2011/02/14(月) 23:42:54.89 ID:HDhx4wL70
周りが就職活動を始める。

例外なく、わたしも唯も、走り回った。

ムギだって、親の会社に入社するつもりはないと、柄にもなく大変そうだった。

1つ下で、3年制の学校に通う梓もちょうど同じタイミングだった。

ただ1人、律だけはそんな様子がなかった。


澪「律は就活しないのか?」

律「あー、就活な」

澪「焦ったそぶり見えないけど、大丈夫か?」

律「…わたしさ、バイト先に就職しようと思ってる」

澪「もう、決めたの?」

律「店長がさ、これだけシフト入れて、学校行けてないなら自分のせいだって言ってくれてて。

  卒業して、もしわたしが良ければ正社員でって」

澪「そっか、なら安心だな」

律「うん、だから卒業してもわたしはこの家に残るよ」

46: 2011/02/14(月) 23:44:12.31 ID:HDhx4wL70
律「…澪は東京方面で探してるんだろ?」

澪「うん…この辺じゃ仕事ないんだ、残念だけど」

律「応援してるよ、せっかく頑張って資格取ったんだし」

澪「それも使えるかわかんないけどな、就職難って怖いよ」


こんな話するだけで、少し大人になった気がした。

就職したら、離れ離れになる。

でもそこまで遠くないし、遠距離恋愛なんて呼べる距離じゃない。

寂しければ、電話で話せばいい。

それでも寂しければ、会いに行けばいい。


そう思わせたのは、説明会や面接に向かう電車の中でのメールだった。

律はいつも、わたしにメールをくれた。

別に目新しい話題なんてなかった。

それでも何往復もやり取りを交わして、気付けばすぐに目的地に着いていた。


だから、今見るこの景色だって、知らないんだと思う。

47: 2011/02/14(月) 23:46:33.24 ID:HDhx4wL70
何社も受けて、やっと内定までこぎ付けた数社。

結局は、やっぱりブライダル関連の会社に就職を決めた。

無事就職も決まり、必修授業の単位も順調に取得し、後は卒論を仕上げて卒業を待つのみ。


そんな冬の日、久しぶりにみんなで集まった。

わたしたちの家で、卒業目前と題した飲み会だった。

5人では少し狭いこの部屋。

全員が揃うと、一気に騒がしくなった。

48: 2011/02/14(月) 23:47:21.23 ID:HDhx4wL70
唯「何かみんなで会うの久しぶりな気がするね~」

澪「そうだな、なかなか会えなかったし」

律「今日はゆっくりいっぱい飲もうぜ!」

梓「案外最初につぶれるの、律先輩かもしれませんね」

澪「はは、そうかも」

律「黒髪2人、うるさい」

紬「わたし、記憶がなくなるまで飲むのが夢だったの~!」

唯「叶うといいね~」

律「じゃあ始めるか、みんな手元に酒はあるか~?」

梓「大丈夫です」

唯「あるよ~」

紬「ありま~す」

澪「うん、あるぞ」

律「それでは、カンパーイ!」

49: 2011/02/14(月) 23:49:01.32 ID:HDhx4wL70
5つの缶がぶつかって、それを各自口に運ぶ。

料理はわたしと律、ふたりで用意した。

適当につついて、話に花を咲かせる。


唯「あずにゃんはどういう仕事するの?」

梓「ギターの製作だとか、修理だとかを請け負う、楽器屋のメンテナンス係です」

紬「ギター作れるの!?」

梓「ええ、クラフトのコース取ってたんで」

律「何だ、演奏したいんだと思ってた」

澪「わたしも…何か意外だな」

梓「音楽技術を学んでいくうちに、自分のギターが嫌いになった時期があって…

  それでも音楽、むしろ楽器に携わっていたくて、それで」

唯「そっか~、上手くても悩むことがあるんだね」

梓「…ただ上手くなるだけなら、努力で何とでもなりますよ」

紬「後はセンスってことね」

梓「ええ、その点では唯先輩を追い越せませんでした…悔しいですが」

50: 2011/02/14(月) 23:50:46.96 ID:HDhx4wL70
紬「そんな唯ちゃんは幼稚園だよね?」

唯「そうだよ~」

律「唯に子どもを任す親…心配だろうな」

唯「失礼な!これでもちゃんと資格取ったんだよ~」

澪「頑張ってたもんな、昔からの夢だろ?」

唯「うん、まあ自分では覚えてないんだけどね」

梓「でもすごく似合います」

律「一緒に遊んでる姿だろ?」

梓「そうです、目に浮かびますよね」

唯「この人たちほんとひどいよ…」

52: 2011/02/14(月) 23:54:54.34 ID:HDhx4wL70
澪「ムギは輸入雑貨扱う会社だっけ?」

紬「うん、そうよ~」

唯「駅前にお店ある会社でしょ?わたしあそこ大好き~」

律「買い付けとかやるのか?」

紬「最初は販売員からなんだけど、知識つけた後は仕入れや買い付けだって」

梓「海外まで行くんですね、何かかっこいい」

唯「でもムギちゃんはお父さんの会社に入ると思ってたよ~」

律「な、もったいない」

紬「わたしが望まなかったし、父がダメだって」

澪「そうなのか?」

紬「最初から狭い世間に入ってしまうと、自分で何も学べないからって。

  もちろんゆくゆくは、家族の手伝いをしたいなって思ってるよ」

律「…ムギらしいな」

梓「…そうですね」

56: 2011/02/14(月) 23:59:31.16 ID:HDhx4wL70
唯「りっちゃんは今のバイト先だっけ?」

律「そうだぞ、就活もせずに運いいだろ?」

梓「そうですね」

律「後輩に言われると何かムカつく!」

紬「でも本当、音楽に関われる仕事で良かったね」

律「本当は音大でも出なきゃ、楽器屋に就職って難しいからな」

唯「そうなんだ?」

律「うん、大手じゃ名の知れた音大出の店員がごろごろいるよ」

梓「そうですよ、専門の友達だって落ちまくってます」

澪「じゃあ本当に律は運良いんだな」

律「そりゃあ伊達に学校サボってバイトしてないぞー」

澪「威張るところか!」

57: 2011/02/15(火) 00:02:07.26 ID:doqWfiuU0
紬「まあまあ澪ちゃん」

唯「頑張ってたのは澪ちゃんが一番知ってるんだから~」

澪「…まあ、そうだな」

梓「澪先輩はブライダル関連の会社ですよね?」

澪「ああ、ブライダルのプランナーだよ」

紬「頑張ってたもんね~」

唯「本当、ダブルスクールなんてよくやるよ~」

律「…マジでな、よく頑張ったよ」

紬「あらあら」

唯「熱いね~」

梓「アツアツです」

澪「やめてくれっ」

58: 2011/02/15(火) 00:04:36.06 ID:doqWfiuU0
唯「自分たちの結婚式もプラン出しちゃうんだね~」

紬「その時は呼んでね?絶対よ!」

澪「はいはい、約束するよ」

梓「楽しみにしてます」

唯「…でも、離れ離れになっちゃうんだね~」

澪「うん、まあ…近いし大丈夫だよ」

紬「澪ちゃんたちなら大丈夫よ、ねえりっちゃん」

律「…わたし、本当に応援してるからな」

澪「…何だよ、そんな真剣な顔して」

唯「見せ付けてくれるね~」

紬「澪ちゃん顔赤~い」

梓「お酒のせいではないですね」

59: 2011/02/15(火) 00:05:16.74 ID:doqWfiuU0
そう笑いあって、夜は更けていった。

結局誰もつぶれず、飲み会はお開きになった。


澪「みんな泊まってけばいいのに」

唯「そんな、2人のジャマは出来ないよ~」

紬「そうだそうだ~」

律「ムギかなり酔ってるな…」

梓「そうだそうだ~」

唯「あずにゃんも重症です」

60: 2011/02/15(火) 00:06:12.16 ID:doqWfiuU0
澪「…置いていっていいぞ?」

唯「ううん、タクシー拾うから平気だよ~」

律「気をつけるんだぞ~」

唯「はーい、片付けて手伝わなくてごめんね」

澪「気にするな、またな」

律「おやすみ~」

唯「おやすみなさ~い」

61: 2011/02/15(火) 00:07:10.02 ID:doqWfiuU0
騒がしかったこの部屋が、一気に静まり返る。

テーブルの上の食器や空き缶をふたりで片付けた。


流し台の前に並んで立つ。

水は冷たいけど、アルコールに火照った体には気持ちよかった。


澪「つぶれはしなかったけど、結構酔ってたな」

律「うん、梓なんて首まで赤かった」

澪「わたしのこと赤いってからかったくせにな」

律「…なあ、本気で思ってるよ」

澪「何が?」

律「…応援してる、頑張ってな」

澪「…何だよ、急に改まって」

律「澪ならやれる、信じてるよ」

62: 2011/02/15(火) 00:08:18.78 ID:doqWfiuU0
「離れ離れでも、大丈夫かな」

そう聞こうとした。

自分でそう思ってても、律の口から聞きたくて。

愛しい声で「大丈夫だ」って、言ってほしくて。

聞こうとしたのに、聞けなかった。

次に、律がこんなことを言うから。


律「もう澪は、1人でも大丈夫だよ」

澪「…え?」

律「別れよう、わたしたち」

64: 2011/02/15(火) 00:12:10.98 ID:doqWfiuU0
急に…何?

どうして…?

聞き間違えた、では済まされないほどしっかり、その声は響いた。


頭が真っ白になる。

その中にこだまする、律の声。


…律、何でそんなこと言うんだ?

67: 2011/02/15(火) 00:13:22.77 ID:doqWfiuU0
澪「…どうしたんだ?」

律「どうもしないよ」

澪「待って、わかんない」

律「2回、言わせるつもりか?」

澪「言わないでよ、聞きたくない」

律「じゃあさ、そういうことだから」

澪「何でそんなこと言うの?」

律「思ったんだ、もう大丈夫だって」

澪「大丈夫じゃないよ、まだ一緒に居たい」


蛇口から流れる水を止めようともせず。

その場で律に問いかける。

律はこちらを見ない。

なのに手は止まったままだった。

68: 2011/02/15(火) 00:17:33.94 ID:doqWfiuU0
澪「…離れ離れになるのが、問題?」

律「そうじゃないよ」

澪「じゃあ何?それが嫌って言うなら、わたしここに居るよ」

律「…いつまで自分を犠牲にする気だ?」

澪「何の話かわかんないよ…」

律「大学だってわたしたちに合わせてさ」

澪「犠牲になんしてない、自分で選んだんだぞ?」

律「…今度は努力で手に入れた仕事まで、ダメにするのか?」

70: 2011/02/15(火) 00:19:53.54 ID:doqWfiuU0
澪「律のために何かを失っても…何かのために律を失いたくない」

律「…バカか」

澪「バカでいいよ」

律「…そんなことさせられるか」

澪「じゃあ…じゃあ律が来てよ!

  犠牲にしてるって言うなら…今度は律が犠牲になってよ」

律「…出来ない」

澪「…じゃあ離れても、一緒に居ようよ」

71: 2011/02/15(火) 00:20:45.06 ID:doqWfiuU0
律「…無理だよ」

澪「何が無理なんだ?ちゃんと話してよ」

律「…わたしと居ると、澪は幸せになれない」

澪「わたし幸せだよ?今までだって、これからだって」

律「幸せに結婚して、子ども産んで、それ全部出来ないんだぞ?」

澪「いいよ、律が居てくれるなら」

律「憧れのウエディングドレスも着せてやれない」

澪「…仕事選んだ理由、そんなんじゃないよ」

律「でも…辛いんだ」

澪「…律はそうしたいの?結婚して、子ども欲しい?」

律「ううん、思ったこともない」

澪「じゃあ!」

律「…でも澪がそう出来ないって考えると、悲しくなる」

72: 2011/02/15(火) 00:21:43.70 ID:doqWfiuU0
澪「何だよそれ…」

律「わたしにだって、わかんないよ…」

澪「自分でわかんないこと、わかれって言うのか?」

律「そうだ」

澪「…律」

律「いつまでも依存してちゃいけないんだよ、わたしたち」

澪「…好きだよ」

律「…」

澪「…律は、言ってくれないの?」

74: 2011/02/15(火) 00:25:15.04 ID:doqWfiuU0
律「…言わない」

澪「何で…?」

律「決めたから、もう言わないって」

澪「勝手だよ…そんなの」

律「ごめん…でも、ごめん」

澪「…律、ベッド行こう?」

律「…行かない」

澪「じゃあキスする」

律「…またそうやって逃げるのか?」

75: 2011/02/15(火) 00:27:08.23 ID:doqWfiuU0
澪「…またって?」

律「バイト先の奴に告白されたって時、そうやって逃げた」

澪「逃げてないよ…律に触れたかっただけ」

律「逃げたよ」

澪「違う、大体断ったし、悪いことなんてしてない」

律「…あの時気付けばよかったよ、一緒に居るべきじゃないって」


そう言って、残った食器もそのまま律はソファに座った。

わたしはその場でしゃがみ込み、さめざめと泣いた。

律がつけたテレビからは、甲高い笑い声が聞こえる。

律は、笑っていなかった。

片手にはタバコ。

白い煙が、天井に届かず消える。

77: 2011/02/15(火) 00:29:22.77 ID:doqWfiuU0
ひとしきり泣いた後、立ち上がる。

律の意思は固いようだ。

これが、最後。


澪「ねえ律」

律「…ん」

澪「わたし、そんなの納得いかないよ」

律「…勝手なのはわかってる」

澪「こんな風に別れるなら、この家出るのを最後にする」
 
律「…澪」

澪「それからもう…一生会わない」

78: 2011/02/15(火) 00:30:17.94 ID:doqWfiuU0
もし、心変わりなら仕方ない。

律に好きな人が出来て、うまくいって結婚なんてしてさ。

わたしがプランした式に出席して、周りなんか気にしないで2人とも泣いて。

涙の本当の理由なんて、わたしたち以外にはわからなくて。


それでも、心から言うよ。

「おめでとう」って。


だけど…こんなの、受け入れられるわけないよ。

納得のいく理由も聞けずに、好きな思いもそのままで…こんな風に別れを告げられても。

友達にだって戻れるわけない。

―――――だから。

81: 2011/02/15(火) 00:36:55.04 ID:doqWfiuU0
「この家出ても一緒に居るのと、一生会わなくなるの、どっち?」



テレビの声に、かき消されないようはっきりと。

これでもう、後戻りできなくなる。

少し時間を置いて、ゆっくり答えた。


聞こえないフリなんて、出来なかった。

自分が問いかけたんだ。

答えは、それとなくわかっていた。



「…一生、会わなくなる」

82: 2011/02/15(火) 00:37:51.72 ID:doqWfiuU0
何も言わず、リビングを出て寝室に向かう。

独りでは広すぎる、ダブルベッドに身を預けた。

真っ暗な部屋で、わたししかここには居ない。

この世の最後、世界の終わり。

あの時の気持ちを言い表すなら、きっとこんな言葉が似合う。


律はその日、ベッドには来なかった。

涙を拭う手、顔を引っかく指輪も外したくはなかった。

そのままわたしは、涙とともにベッドへ溶ける感覚を味わった。

83: 2011/02/15(火) 00:40:16.46 ID:doqWfiuU0
目覚めると、律は居なかった。

家のものはそのままで、出て行ったわけではなさそうだ。

昨日の食器は片付いていた。


講義があることも忘れ、昨日最後に律を見たソファーへ腰掛ける。

綺麗に畳まれた毛布が置かれてる。

ここで寝たんだな、とわかった。

その毛布を抱きしめて、飽きずにまた泣いた。


それからしばらく、律と言葉を交わすことはなかった。

84: 2011/02/15(火) 00:41:06.14 ID:doqWfiuU0
まだ一緒に暮らしている。

嫌でも顔を見なければならない。

同じ部屋で生活しているのに、わたしたちは独りだった。

共有しているのは、この部屋だけ。


テーブルに置かれた風邪薬。

袋には律の名前があった。

それを気付きながら、気遣う声の1つも掛けられなかった。

85: 2011/02/15(火) 00:41:49.46 ID:doqWfiuU0
そんな時、携帯が鳴った。

唯からの着信だった。


澪「もしもし」

唯「澪ちゃん、元気~?」

澪「まあね」

唯「よかった~」

澪「どうかしたか?」

唯「そうそう、りっちゃんのことなんだけどね」

86: 2011/02/15(火) 00:42:46.24 ID:doqWfiuU0
唯「電話しても出なくて、メールも返ってこないんだ~」

澪「…そうなのか」

唯「マンガ返す約束だったんだけどね、りっちゃんいる?」

澪「今いないよ」

唯「そっか~、どうしよう」

澪「わたしが預かろうか?」

唯「うーん、そうだね。お願いしていいかな?」

澪「うん、いいぞ」

唯「どうしよう、今から行ってもいい?」

澪「待ってるよ」

87: 2011/02/15(火) 00:44:31.75 ID:doqWfiuU0
しばらくして、インターホンが鳴った。


唯「お待たせ~」

澪「いやいや、わざわざ悪いな」

唯「ううん、お願いね」

澪「どうする?上がる?」

唯「澪ちゃん、今日のご予定は?」

澪「特にないもないよ」

唯「わたしも~、だからケーキ買っちゃった!」

澪「はは、唯らしい」

唯「一緒に食べよう?」

澪「頂くよ、上がって」

唯「おじゃましま~す」

88: 2011/02/15(火) 00:45:18.81 ID:doqWfiuU0
買い置きの紅茶を淹れる。

とは言えティーパックだから、ムギのお茶には敵わないけど。


澪「はい、お茶淹れたぞ」

唯「ありがと、いただきます」

澪「わたしもケーキ、いただきます」

唯「それにしてもわたし、悪いことしたかな~…」

澪「何が?」

唯「りっちゃん、わたしのこと無視だもん。何かしちゃったかなって」

澪「…違うと思う」

唯「そうかな?」

澪「いや、わかんないけど…最近話してないからさ」

唯「ケンカしたの?」

澪「…別れたんだ、わたしたち」

90: 2011/02/15(火) 00:51:00.69 ID:doqWfiuU0
唯「…え?」

澪「別れようって言われちゃったよ」

唯「何で…?」

澪「うん、えっとな…」


あの日、唯達が帰った後のことを話した。

唯は紅茶から湯気が消えても、ケーキが倒れても。

そちらには目を向けず、わたしの話を静かに聞いた。


別れようと告げられたこと。

律が一生会わなくなることを選んだこと。

その日から、一言も話してないこと。

91: 2011/02/15(火) 00:52:31.14 ID:doqWfiuU0
唯「…変だよ、おかしいよ」

澪「…唯」

唯「そんなの…間違ってるよ!」

澪「唯、いいんだ」

唯「よくないよ、澪ちゃんは好きなんでしょ?りっちゃんのこと」

澪「うん、大好きだよ」

唯「りっちゃんだってそうなのに…」

澪「…どうかな、もう言ってくれないよ」

唯「ううん、わたしでも言い切れる」

澪「そうだといいなって、思うけどな」

唯「なのに、何で…」

92: 2011/02/15(火) 00:53:18.21 ID:doqWfiuU0
澪「いいんだ、もう受け入れたから」

唯「…このままでいいの?」

澪「仕方ないよ、わたしフラれたし」

唯「…わたしが今日、りっちゃんに話すよ」

澪「…唯」

唯「帰ってはくるんだよね?それまで待つから」

澪「唯!」

唯「だって…だって…」

93: 2011/02/15(火) 00:54:25.85 ID:doqWfiuU0
澪「律はさ、幸せって何か考えたんだと思う」

唯「一緒に居ることじゃないの?」

澪「わたしはそう思う、そう思ってたよ」

唯「…じゃあ」

澪「でもさ、わたしも考えたんだ。それだと限りがあって」

唯「限り?」

澪「うん、世間一般に言われる幸せは手に出来ないだろ?わたしたちじゃ」

唯「自分なりの幸せじゃ、ダメなの?」

澪「自分、ならいいんだけど、相手が居るから」

唯「よく、わかんないよ…」

澪「わたしもわかんなかったよ、でもさ」

94: 2011/02/15(火) 00:56:48.11 ID:doqWfiuU0
「仕事も始めて、離れて暮らして、寂しくなっても隣に居ない」

「忙しい毎日の中で、会えない相手を思うだけなんて辛すぎるだろ?」

「…結婚出来るわけじゃないし」

「全員が祝福してくれる関係だとは、とても言えない」

「会っても、また帰る頃には、悲しくて仕方なくなる」

「それならさ、いっそお互いのしがらみなんて、なくした方がいいんだよ」

「そうして、たまに思い出してさ」

「元気かな、幸せになっててほしいな、って」

「律のこと、そう思ってる方が、ずっと…」


唯は声を頃して泣いてた。

わたしも気付けば涙を流していた。

もらい泣きなのか、自分が悲しくて泣いてるのか、わからなかった。


「…ずっと幸せなんだと、思えるよ」

97: 2011/02/15(火) 01:01:23.33 ID:doqWfiuU0
唯に言ったことは、ほとんどが嘘だ。

まだ一緒に居たい。

律のこと手放したくない、そう思ってた。

でも律が選んだことだから、仕方ないんだ。

だから目の前で泣く唯に言って、自分に言い聞かせる。


唯「…言い切れるの?」

澪「今はまだ、無理だけどな」

唯「なら…」

澪「わたしさ…律と付き合い始めた頃、自分でも間違ってるんじゃないかって思ったんだ」

唯「そんなことないよ!」

澪「でもさ、今はこうやって、別れることが間違ってるって言ってくれる唯が居る。
  
  自分のことのように泣いてくれる、唯が居る…それで少し、救われるよ」

98: 2011/02/15(火) 01:03:08.39 ID:doqWfiuU0
唯「だって…わたしも悲しいよ、2人が別れちゃうの」

澪「ありがとう」

唯「…もう、いいんだよね」

澪「ああ」

唯「本当に?」

澪「本当」

唯「そっか…わかった」

99: 2011/02/15(火) 01:04:03.68 ID:doqWfiuU0
唯は赤い目のまま、黙って残りのケーキを口に運んだ。

冷えた紅茶で流し込んだ後、にっこりと笑った。

紙袋に入った数冊のマンガを残して、帰っていった。


再び、独りになった。

おもむろに立ち上がって、冷蔵庫を開けた。

律がいつ戻るか、今日戻るかはわからないけど。

律と夕食がしたい。

律と、話がしたい。

そう思って、夕飯の支度をした。


…気持ちは変わらないよ。

時間が足りないせいとは思えない。

でも、もうふたりは戻れないから。

101: 2011/02/15(火) 01:06:24.63 ID:doqWfiuU0
澪「おかえり」

律「…ただいま」

澪「よかった、帰ってきて。ごはんは?」

律「…まだだよ」

澪「出来てる、一緒に食べよう」

律「…澪」

澪「もうすがり付こうなんて、思ってないから安心して」

102: 2011/02/15(火) 01:10:00.51 ID:doqWfiuU0

律「…そうか」

澪「唯が来たよ、律のこと心配してた」

律「ああ…電話とか、出なかったからかな」

澪「マンガ預かってる、テーブルにあるから」


久しぶりに話した。

何日ぶりだろう、わからないや。

意外にもわたしは、きちんと目を見て話せた。

律は何だかぎこちなくて、言葉に元気がないように見えた。

その分、わたしはたくさん話した。

103: 2011/02/15(火) 01:13:57.61 ID:doqWfiuU0
澪「明日、向こうの家探しに行くよ」

律「…そうか、気をつけてな」

澪「うん、やっぱ向こうは高いんだろうな」

律「そうだろうな、ちゃんと払えよ?」

澪「当たり前だろ、律こそ1人で払えるか?」

律「何とかなるよ、きっと」

澪「しなきゃいけないんだよな、1人暮らしだもん」

律「…そっか、寂しくなるな」

澪「…はは、律が言い出したくせに」

律「…ごめん」

104: 2011/02/15(火) 01:18:27.12 ID:doqWfiuU0
澪「謝るなよ、また辛くなる」

律「…うん」

澪「…好きだよ」

律「言うなって…」

澪「言わせてよ」

律「だって…」

澪「大丈夫、諦めてるから」

律「そっか…」

澪「ありがとうな、今まで」

105: 2011/02/15(火) 01:21:30.88 ID:doqWfiuU0
律「…こちらこそ」

澪「今日からまた、一緒に寝ようよ」

律「…それは出来ない」

澪「何にもしないよ、ただ律風邪ひいてるだろ?」

律「大丈夫だから、これくらい」

澪「ダメだ、じゃあわたしがソファーで寝る」

律「させられないよ」

澪「じゃあ一緒に寝よう、本当に何もしないから」

律「…わかった」


その日から、また同じベッドで寝た。

寝息を立てる律を横に感じながら、壁に顔を向けた。

手を伸ばせば触れられる距離。

そこに愛しい人が居ても、わたしは触れてはいけない。

もう、そう決めたから。

107: 2011/02/15(火) 01:24:00.02 ID:doqWfiuU0
次の日、電車に乗り込む。

座ると途端に目を閉じた。

律からのメールは来るはずなくて、携帯はカバンにしまったままだ。

いつもより、この時間が長い気がした。

こんなに遠かったんだな。

気付かなかった。

本当に離れ離れになっちゃうんだ。

実感したよ。

109: 2011/02/15(火) 01:27:58.38 ID:doqWfiuU0
向こうに着いて、最初に入った不動産屋で部屋を決めた。

ワンルームの、とても狭い部屋だった。

1人だから、このくらいで大丈夫。

独りだから、このくらいがちょうどいい。


思った以上に早く決まって、その日のうちに帰れる時間だった。

だけど、敢えて向こうのホテルで1泊した。

入居は卒業すぐ、という話をつけてきた。

117: 2011/02/15(火) 01:57:25.05 ID:6apNun2lO
それからも心配してくれていた唯にメールを打った。

引越し先が決まった、と。

すぐ返事が返ってきて、お別れ会をしようと提案してくれた。

卒業式の1週間前。

場所は、唯の家。

メンバーはわたしと唯、ムギ、梓。

律の名前はそこになかった。

当日になって唯の家へ向かうと、もう他の3人は揃っていた。

たくさんの料理は、憂ちゃんが手伝ってくれたものらしい。

ムギも梓も話は聞いたようで、律の話題は一切出なかった。

118: 2011/02/15(火) 01:59:10.96 ID:6apNun2lO
紬「寂しくなっちゃうね~」

澪「そんなに遠くないし、遊びに来てよ」

唯「絶対に行くね!」

澪「うん、みんなならいつでも大歓迎だ」

梓「わたしも行きます!」

紬「わたしも~!」

澪「3人は実家に戻るんだろ?」

唯「うん、まあほとんど憂と2人暮らしだけどね~」

梓「憂、すっごく喜んでました」

紬「相変わらず仲良しね~」

澪「…じゃあ、こっちに残るのは律だけだな」


わたしの言葉に、3人が黙った。

唯に関しては、また泣きそうな顔をしている。

119: 2011/02/15(火) 02:00:13.13 ID:6apNun2lO
澪「ムギも梓も、話は聞いてるんだろ?」

紬「…そうね」

梓「はい…聞きました」

澪「あいつのこと、悪く思わないでやってほしい」

唯「澪ちゃん…」

澪「困ってるようなら、助けてやってほしい」

紬「…うん、わかった」

梓「澪先輩は…本当にそれでいいんですか?」

澪「…ああ」


そう言って、缶ビールを口にした。

少し、苦かった。

一気に飲み込んで、のどの奥に消し去った。

120: 2011/02/15(火) 02:00:48.29 ID:doqWfiuU0
唯「澪ちゃんも泊まっていきなよ~」

紬「澪ちゃんも一緒のほうが楽しいよね~」

梓「そうですよ、お願いします」

澪「ううん、今日は帰るよ」

梓「そうですか…」

澪「ありがとう梓、でも気を遣わなくていいから」

梓「そ、そんなんじゃ…」

澪「今はもうちゃんと話せるし、平気だよ」

121: 2011/02/15(火) 02:01:40.48 ID:doqWfiuU0
紬「…だって、梓ちゃん」

唯「残念だね~あずにゃん」

梓「…そうですね」

澪「じゃあ帰るよ、おやすみ」

唯「おやすみなさ~い」

紬「おやすみ~」

梓「…おやすみなさい」

123: 2011/02/15(火) 02:02:59.15 ID:doqWfiuU0
3人の優しさに、少し泣きかけた。

でも泣かないよ、そう決めたから。

火照る頬に冷たい夜風が当たる。

冬の夜空は澄んでいて、とても綺麗だった。


向こうは星も見えないんだろうな。

そんなことを思いながら、家に帰った。


寝室には、もう律がいた。

律を起こさないよう、静かにベッドへ入った。


「…おかえり」

124: 2011/02/15(火) 02:04:15.58 ID:doqWfiuU0
澪「ああごめん、起こしたか?」

律「ううん、今ベッド入ったとこ」

澪「そうか、よかった」

律「…唯のとこ、行ってたんだろ?」

澪「…知ってたなら、来ればいいのに」

律「唯とムギはともかく、梓あたりにビンタされちゃうよ」

澪「何で?」

律「…澪を、泣かせたから?」

澪「もういいんだ、忘れろ」

125: 2011/02/15(火) 02:05:43.01 ID:doqWfiuU0
律「…引越し、いつ?」

澪「卒業式の次の日だよ」

律「…そっか」

澪「家具とかはあっちで揃えるから、心配するな」

律「…見送り、行ってもいい?」

澪「もう、心配するなって」

律「わたしが行きたいんだ」

澪「そっか…」

律「ごめん、わがままで」

澪「ううんありがとう、来てよ」


それから、向こうとこっちを行ったりきたり。

必要なものを揃え、生活できるよう配置した。

やっぱりどこか、律との家に似ていた。

127: 2011/02/15(火) 02:08:23.89 ID:doqWfiuU0
卒業式は淡々と行われた。

はかま姿のわたしたち。

梓や憂ちゃんも来てくれて、みんなで写真を撮った。

同じ家に居るのに、律とは別々に家を出た。

遠くで、ゼミの子たちと写真を撮る姿が見える。

わたしの写真には、一枚も写っていない。

卒業式の写真で、律と一緒の写真がないのは初めてだった。


そのまま4人でご飯を食べに行った。

最後の夜も、律は顔を出さなかった。


明日にはこの家とも…律ともお別れ。

人生の半分以上を過ごした律と、4年間暮らしたこの家に別れを告げる。

ふいに目が熱くなってくる。

でも泣かない。

固く目を閉じて、1人で眠りについた。

129: 2011/02/15(火) 02:09:20.36 ID:doqWfiuU0
律「おはよ」

澪「早いな、昨日遅かったんじゃないのか?」

律「うん、でも何か寝れなくてさ」

澪「わたしもなんだ」

律「そっか」

澪「お茶淹れるよ」

律「あ、わたしがやるよ」

澪「そうか、ありがとう」


そこから、何も話さなかった。

話したいことがたくさんありすぎて、何を話せばいいのかわからなかった。

沈黙が続く。

時間はどんどん迫る。

残酷だな、もう2度と会わないのに。

130: 2011/02/15(火) 02:10:18.31 ID:doqWfiuU0
澪「…そろそろ行かなきゃ」

律「そうか、じゃあ出よう」


2人で駅まで歩いた。

思えば何度も往復した道。

並んで歩くのは久しぶりだった。

なのにまだ、何も話せない。


とうとう駅に着いてしまう。

わたしが切符を買って、その横で律は入場券を買っているようだった。

改札を通っても、律は付いてこない。

駅前のコンビニの前で、タバコに火をつけていた。

その姿を遠目に眺めていた。

やっぱり様になってる。

きっとこの光景を、わたしは忘れないよ。

131: 2011/02/15(火) 02:12:28.30 ID:doqWfiuU0
短くなったタバコを灰皿に消し入れて、律はこっちに向かってくる。

逃げるように、ホームの中ほどのベンチへ向かった。

誰も居ないこの駅。

腰掛けると、それを追うように律が隣に座った。


律「あのさ」

澪「ん?」

律「元気でな」

澪「…そっちこそ」

律「ああ」

133: 2011/02/15(火) 02:13:13.01 ID:doqWfiuU0
澪「今まで、本当にありがと」

律「何だよ、辛気臭い」

澪「だってもう、会えないから」

律「…そう決めたのは、わたしなんだよな」

澪「そうだぞ、忘れたとは言わせないから」

律「忘れない、澪のことも」

澪「…もう、そんな風に言うなよ」

律「本当だよ、忘れない」

澪「…やめて、泣いちゃうよ」

律「…ごめん」

137: 2011/02/15(火) 02:19:50.37 ID:6apNun2lO
澪「ねえ、これ返す」

律「…まだしてたんだな、指輪」

澪「うん、何かもう体の一部みたいになって」

律「澪が捨ててよ」

澪「ダメだ、わたし捨てられないから」

律「…わかった、もらうな」

澪「はは、傷だらけになってる」

律「4年もつけてりゃそうなるよ」

澪「大切にするって言ったのにな」

律「わたしも澪のこと、そう言ったのに」

澪「…お互い、出来なかったのかな?」

律「…どうだろ」

澪「…わかんないな」

139: 2011/02/15(火) 02:21:13.62 ID:6apNun2lO
ホームにアナウンスが鳴り響く。

電車がこちらに向かってくる音が聞こえる。

もう、本当に最後なんだ。


澪「…電車、来ちゃう」

律「…澪、好きだよ」

澪「…言わないって、言ったじゃん」

律「…ごめん、本当にごめん」

澪「…やめてって」

140: 2011/02/15(火) 02:22:23.36 ID:6apNun2lO
そう言って俯いた。

涙があふれ出そうだった。

「澪」

呼びかける声に、顔を上げる。

不意にニガくて、せつない香りがした。


わたしの唇に、律の唇が押し当てられた。

141: 2011/02/15(火) 02:26:27.49 ID:6apNun2lO
「…バイバイ」


最後に聞いた言葉は、涙声で震えていた。

律の頬に涙が伝った。

その粒が落ちて、固いコンクリートにシミを作る。


それを目で追っていると、律が背中を向け歩き始めた。

段々、視界がぼやけていく。

ぼやけた律が、小さくなっていく。

145: 2011/02/15(火) 02:29:34.38 ID:6apNun2lO
電車が止まって、ドアが開く。

乗らなきゃ。

流れ出そうな涙を袖に含ませて、立ち上がった。


電車は動き出す。

初恋が今、幕を閉じた。

大切な時間の中に、立ち止まっていられない。


イヤホンをはめて、流れ出る音楽に耳を澄ます。


「いつか誰かとまた恋に落ちても」

147: 2011/02/15(火) 02:31:04.40 ID:doqWfiuU0
――あなたが教えてくれた愛を、忘れない

忘れてやらないよ。どんなに胸が苦しくても、忘れない。


――あなたはいつまでも、わたしの運命の人

親友だったり、恋人だったり。大切な役目は全て、律だったから。


――あなたはいつまでも、わたしの心の中にいる

心の中に、いつも律だけの場所を作っておくよ。


――わたしもあなたの心にいれればいいのに

わたしのこと、忘れないでね。バイバイって、思い出してね。


――今も、これからもずっと、あなたはわたしの運命の人。

もう会えないけど…大好きだよ、律。今も、きっとこれからも。


今はまだ悲しい love song

新しい歌 歌えるまで

148: 2011/02/15(火) 02:31:59.58 ID:doqWfiuU0
奥から奥から、涙が溢れてくる。

泣かないって、決めたのにな。

外では手も繋げなかったのに。


最後の最後で、やっと人目を気にせず恋人らしいこと出来たな。


きっと、あんなことされなきゃ、わたし泣かなかったよ。

なのに、何で。

わたしたち、もう終わったんだぞ。


知らない景色に目を向けて、さっきの感覚を思い出していた。


さようなら、わたしの幼なじみ。

さようなら、わたしの初恋の人。

さようなら、わたしの運命の人。



―――最後のキスはタバコのflavorがした。

149: 2011/02/15(火) 02:32:41.50 ID:doqWfiuU0
終わる。

151: 2011/02/15(火) 02:34:14.76
お疲れさまー

153: 2011/02/15(火) 02:34:34.36
おいおい嘘だろ?
ここから唯「your song」的などんでん返しが待ってるんだろ?

154: 2011/02/15(火) 02:34:47.25 ID:doqWfiuU0
すごいグダって申し訳ない。

言葉は間違えるしさるは2回食らうし携帯から書いたら充電きれるしあわわ
支援と、最後まで読んでくれたことに感謝してます。

お察しの通りに宇多田さんです。

ではでは

166: 2011/02/15(火) 08:16:55.95 ID:doqWfiuU0
なんちゃってエピローグ。律視点。

167: 2011/02/15(火) 08:18:21.82 ID:doqWfiuU0
500円玉を入れ、ボタンを押す。

顔写真付きのカードをかざして、商品とおつりが落ちてくる。

手を伸ばして、両方を取った。

英字の書かれた箱と、10円玉と50円玉が1枚ずつ。


わたしが買い始める前は、もっと安かったんだよな。

もっとも、子どもの頃なんて300円でおつりが返ってきた。

よく父さんのおつかいで買いに出た。

おつりはやる、って言われるから、適当に駄菓子を買ったのを覚えてる。

168: 2011/02/15(火) 08:19:57.87 ID:doqWfiuU0
タバコは身体によくないらしい。

でもさ、遅かれ早かれみんな氏ぬんだ。

なら少しでも好きなものを選んで、自分で氏因作って命を全うする。

その方が、幸せじゃないか?

だからわたしは、肺がんで氏ねたら本望だよ。


限りが何となくわかる毎日の中で、時々あいつのことを思う。

そうして氏ねたら、幸せだよな。

169: 2011/02/15(火) 08:21:13.40 ID:doqWfiuU0
そうそう、このカード。

みなさんご存知、タスポだ。

この顔写真って、どんな写真でもいいらしいぞ。

友達は大好きなアイドルの写真で作ったくらいだ。

性別、明らかに違うのにな。

アニメキャラとかでも出来るのかな?

誰か試してみろよ。


わたしのこの写真だって、未成年の時のだ。

黄色いカチューシャがトレードマークだった、高校生時代。

未成年にタバコを買わせないためのものなのに、変だろ?

この頃、好きな奴いてさ。

…まあ、この頃よりずっと前から好きだったんだけど。

運命の相手、なんて言っちゃいたいくらいだよ。

170: 2011/02/15(火) 08:23:03.04 ID:doqWfiuU0
泣き虫で、怖がりで、なのに強がりで。

その辺の男がすれ違うたび、そいつが振り向くような綺麗な子。

そう、女の子だったんだ。

わたしと同じ、女。


少なからず悩んだよ。

自分のこの気持ちはなんだろ、ってな。

でもとまらなくて、それまでの全部失ってもいいって思うようになって、告白した。

すると「笑いたいのに、変なの」って、泣きながら笑ったんだよ、あいつ。

171: 2011/02/15(火) 08:24:26.95 ID:doqWfiuU0
それから4年間、一緒に暮らして。

誰よりも幸せだったよ。

人前では、恋人らしいことなんて1つも出来なかったけど。

その分同じベッドで喘いで果てて、そんな毎日だった。


でも、わたしから別れたんだ。

離れるのが怖くなったんだ。

離れること自体が、じゃなくて。

離れた場所でさえ、あいつを縛り付けることが、かな。

172: 2011/02/15(火) 08:26:08.91 ID:doqWfiuU0
あいつにはきっと、わたしは荷物になる。

あいつ自身がそう認めなくても、周りにはそうなるよな。

何で結婚しないんだ、なんて親に言われてみろよ。

「わたしには律が居るから」なんて、言わせるのか?

一人娘、愛情いっぱい育てられたんだ。

孫の顔も見せてやれないで、女と人生を共にする。


きっと、生きた証も残せず何してんだって思われるよ。

わたしはいいよ、弟居るし。

不孝な姉を持った弟には悪いが、その分孝行してやってくれって任せられるし。


でもさ、あいつは、澪は違うだろ?

173: 2011/02/15(火) 08:26:56.99 ID:doqWfiuU0
まあさ、何て言うか。

結局はわたしのわがままだよ。

あいつには幸せになってほしい、なんてカッコつけただけ。

本当は、それらすべてを受け入れる自信がなかったんだ。

祝福される恋愛して、結婚して子ども産んで。

手に出来るかもしれない幸せの代わりになんて、なれなかった。

あいつの人生ごと背負うなんて、わたしの背中じゃ足りないものだった。

ただ、それだけ。


まだわたしは、あいつと暮らした部屋で生活してる。

あいつの思い出と、タバコの煙に満ちたあの部屋で。

独りじゃ広すぎる、あの部屋で。

消えていく煙をぼーっと見ては、

明日の今頃はどこに居るんだろう、なんて、思いながらね。

174: 2011/02/15(火) 08:27:39.26 ID:doqWfiuU0
本当に終わる。

176: 2011/02/15(火) 08:32:01.07

引用元: 澪「First Love」