× × ×
メッセージカードのスペース作りに一心に打ち込んでいると、聞き覚えのある騒がしい声が入り口の方から聞こえてきた。
見やれば、そちらには騒がしい声の主──由比ヶ浜と雪ノ下がいる。
その由比ヶ浜がこちらの存在に気が付くと、ぱたぱたと小走りでこちらに近寄ってきた。
結衣「あ、ヒッキー、作業の方はどう? 手伝う?」
八幡「いいや、順調だから平気だ」
自分が作成しているスペースを見ながらそう言った。事実、板を壁に貼り付けてあとはちょっと飾りをつける程度のものなので大したことはないし、手伝いも必要ない。
しかし、俺の作った渾身のメッセージボードを見ている由比ヶ浜の顔はどこか不満気である。
結衣「なーんか味気なくない?」
八幡「いや、味気とかいるの? 海苔じゃないんだから」
結衣「いるでしょ、せっかくのお祭りなのに」
雪乃「確かに、少々華やかさに欠けるわね」
二人にそう指摘され、改めて見直してみると確かにイベントのものとしては少々寂しかったかなと思い直す。
由比ヶ浜が自分の持っていたビニール袋から何か飾り付けの余りらしきものを取り出すと、ボードに合うかどうかうんうん吟味し始めた。
303:
× × ×
メッセージカードのスペース作りに一心に打ち込んでいると、聞き覚えのある騒がしい声が入り口の方から聞こえてきた。
見やれば、そちらには騒がしい声の主──由比ヶ浜と雪ノ下がいる。
その由比ヶ浜がこちらの存在に気が付くと、ぱたぱたと小走りでこちらに近寄ってきた。
結衣「あ、ヒッキー、作業の方はどう? 手伝う?」
八幡「いいや、順調だから平気だ」
自分が作成しているスペースを見ながらそう言った。事実、板を壁に貼り付けてあとはちょっと飾りをつける程度のものなので大したことはないし、手伝いも必要ない。
しかし、俺の作った渾身のメッセージボードを見ている由比ヶ浜の顔はどこか不満気である。
結衣「なーんか味気なくない?」
八幡「いや、味気とかいるの? 海苔じゃないんだから」
結衣「いるでしょ、せっかくのお祭りなのに」
雪乃「確かに、少々華やかさに欠けるわね」
二人にそう指摘され、改めて見直してみると確かにイベントのものとしては少々寂しかったかなと思い直す。
由比ヶ浜が自分の持っていたビニール袋から何か飾り付けの余りらしきものを取り出すと、ボードに合うかどうかうんうん吟味し始めた。
304:
結衣「あたし達も飾りつけ手伝うよ」
八幡「別に一人で平気だ、お前はお前らでやることあんだろ」
結衣「やることって言ったって、この体育館の飾りつけの準備だもん! だったらヒッキーの手伝いしたって問題ないよね?」
八幡「む……由比ヶ浜が正論で攻めてくるとは……成長したな」
結衣「あたしのこと馬鹿にしすぎだから!?」
むっとした様子で由比ヶ浜は言い返してくるが、俺としては成長した娘を送り出すような気分である。この子ったらこんなに成長しちゃって……。
一方で雪ノ下は、じとっとした目線で俺の方を見つめている。
雪乃「一人で平気だとは言うけれど、あなたが一人でこういう飾りつけを出来るとは思えないわ」
八幡「どういう意味だ」
雪乃「あなたに飾り付けをするセンスがあるようには見えない、という意味よ」
八幡「ああ、そりゃ納得だ」
結衣「納得しちゃうんだ!?」
まぁ、そういうセンスがあるんならこんな無機質なボードになってねぇだろうしなぁ……。
俺がここで一人で飾りつけをしようとしても良さそうな出来になるとは思えないので、ここは素直に二人の手を借りることにした。
八幡「別に一人で平気だ、お前はお前らでやることあんだろ」
結衣「やることって言ったって、この体育館の飾りつけの準備だもん! だったらヒッキーの手伝いしたって問題ないよね?」
八幡「む……由比ヶ浜が正論で攻めてくるとは……成長したな」
結衣「あたしのこと馬鹿にしすぎだから!?」
むっとした様子で由比ヶ浜は言い返してくるが、俺としては成長した娘を送り出すような気分である。この子ったらこんなに成長しちゃって……。
一方で雪ノ下は、じとっとした目線で俺の方を見つめている。
雪乃「一人で平気だとは言うけれど、あなたが一人でこういう飾りつけを出来るとは思えないわ」
八幡「どういう意味だ」
雪乃「あなたに飾り付けをするセンスがあるようには見えない、という意味よ」
八幡「ああ、そりゃ納得だ」
結衣「納得しちゃうんだ!?」
まぁ、そういうセンスがあるんならこんな無機質なボードになってねぇだろうしなぁ……。
俺がここで一人で飾りつけをしようとしても良さそうな出来になるとは思えないので、ここは素直に二人の手を借りることにした。
305:
八幡「じゃあ悪いけど……少し手伝ってくれ」
結衣「もちろんだよ!」
雪乃「それでは、始めましょうか」
由比ヶ浜はそう言うと持っていたビニール袋を逆さまにして、中にあったポンポンやマスキングテープなどをばらっと床に散らばせた。
結衣「うーん、どれ使おうかな」
雪乃「……このパンさんの模様のやつを使うのはどうかしら」
八幡「お前、パンさんならなんでもいいって思ってるだろ……」
しばらく二人に手伝ってもらいながらメッセージボードを改造していると、入り口の方からあっれーと聞き覚えのある声が聞こえてきた。
一瞬で誰だか分かってしまい、自分の顔が引きつったのを自覚する。
ちらと隣に視線を走らせれば、雪ノ下もそっと眉をひそめている。そのまましばらく固まっていると、どんと肩を叩かれた。
陽乃「ひゃっはろー、比企谷くん、雪乃ちゃん、元気にしてたー?」
八幡「……なんでここにいるんですか」
ギギギっと壊れたロボットのように首だけ動かすと、そこにいたのはやはり雪ノ下陽乃であった。真紅のコートをふわとはためかせながら、手を上げてこちらを見ていた。
結衣「もちろんだよ!」
雪乃「それでは、始めましょうか」
由比ヶ浜はそう言うと持っていたビニール袋を逆さまにして、中にあったポンポンやマスキングテープなどをばらっと床に散らばせた。
結衣「うーん、どれ使おうかな」
雪乃「……このパンさんの模様のやつを使うのはどうかしら」
八幡「お前、パンさんならなんでもいいって思ってるだろ……」
しばらく二人に手伝ってもらいながらメッセージボードを改造していると、入り口の方からあっれーと聞き覚えのある声が聞こえてきた。
一瞬で誰だか分かってしまい、自分の顔が引きつったのを自覚する。
ちらと隣に視線を走らせれば、雪ノ下もそっと眉をひそめている。そのまましばらく固まっていると、どんと肩を叩かれた。
陽乃「ひゃっはろー、比企谷くん、雪乃ちゃん、元気にしてたー?」
八幡「……なんでここにいるんですか」
ギギギっと壊れたロボットのように首だけ動かすと、そこにいたのはやはり雪ノ下陽乃であった。真紅のコートをふわとはためかせながら、手を上げてこちらを見ていた。
306:
陽乃「冷たい反応だなあ、比企谷くん」
八幡「いや、今日普通の平日なんですけど、学校に部外者って入ってきていいんですかね」
陽乃「細かいことはいいじゃん、ちゃんと許可は貰ってるんだし」
陽乃さんはそう言うと、首にぶら下げていた許可証をふふんと見せ付けてきた。誰だよこの人に許可出した奴。
雪乃「……姉さん、用がないなら帰って」
陽乃「よよよ、雪乃ちゃんが冷たい……。じゃあ比企谷くん構ってー」
そう演技染みた泣き真似をしながら、俺の手を取ってきた。素直に受けるのもなんなので、あまり強くならない程度にその手を払う。
八幡「あー、ほら、俺たちまだ準備あるんで」
陽乃「おろ?」
陽乃さんは一瞬意外そうな顔をすると、にんまりと笑いながら俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。この人に見つめられると奥まで見透かされてしまいそうで、身を捩ってその視線から逃げ出した。
陽乃「ふーん……比企谷くん、彼女でも出来た?」
八幡「はぁ?」
雪乃「……」
結衣「ええっ!?」
あまりに予想していなかった質問が飛んできたので、思わず変な甲高い声が漏れてしまった。しかし何故か俺より、近くにいた由比ヶ浜の方が驚いたような声を出している。
八幡「いや、今日普通の平日なんですけど、学校に部外者って入ってきていいんですかね」
陽乃「細かいことはいいじゃん、ちゃんと許可は貰ってるんだし」
陽乃さんはそう言うと、首にぶら下げていた許可証をふふんと見せ付けてきた。誰だよこの人に許可出した奴。
雪乃「……姉さん、用がないなら帰って」
陽乃「よよよ、雪乃ちゃんが冷たい……。じゃあ比企谷くん構ってー」
そう演技染みた泣き真似をしながら、俺の手を取ってきた。素直に受けるのもなんなので、あまり強くならない程度にその手を払う。
八幡「あー、ほら、俺たちまだ準備あるんで」
陽乃「おろ?」
陽乃さんは一瞬意外そうな顔をすると、にんまりと笑いながら俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。この人に見つめられると奥まで見透かされてしまいそうで、身を捩ってその視線から逃げ出した。
陽乃「ふーん……比企谷くん、彼女でも出来た?」
八幡「はぁ?」
雪乃「……」
結衣「ええっ!?」
あまりに予想していなかった質問が飛んできたので、思わず変な甲高い声が漏れてしまった。しかし何故か俺より、近くにいた由比ヶ浜の方が驚いたような声を出している。
307:
陽乃「いやー比企谷くんの対応がなんか手馴れてたような気がしたからさ、なんとなく」
対応というのは、今の陽乃さんの手を払った一連のことだろうか。確かにめぐりさんのせいなのかおかげなのか、特別動揺することなく流してしまったが。
そう言ってから陽乃さんは俺、雪ノ下、由比ヶ浜の顔をじろーっと眺めていく。それだけで全てを把握してしまいそうで、この人には未だに適わないという気持ちになる。
陽乃「……雪乃ちゃんでも、ガハマちゃんでもないの? じゃあ誰?」
八幡「いや、そもそも俺に彼女とかいたことないんすけど……」
ただ一つ、陽乃さんが勘違いしているのはそこである。俺に彼女などいないし、いたこともない。
なんならこの先ずっといないまである……いや、でも養ってくれる人は欲しいからこの先もいないのは困るな。彼女は要らないけど養ってくれる人は欲しいと思う今日この頃です。
陽乃「へぇー……」
しかし俺がそう否定しても、陽乃さんは追及するような目線をこちらに向けるのをやめない。
美人に見つめられているはずなのに、この人に限っては見つめられるのは本当に良い気分じゃないなと目線を逸らしていると、丁度めぐりさんがこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
対応というのは、今の陽乃さんの手を払った一連のことだろうか。確かにめぐりさんのせいなのかおかげなのか、特別動揺することなく流してしまったが。
そう言ってから陽乃さんは俺、雪ノ下、由比ヶ浜の顔をじろーっと眺めていく。それだけで全てを把握してしまいそうで、この人には未だに適わないという気持ちになる。
陽乃「……雪乃ちゃんでも、ガハマちゃんでもないの? じゃあ誰?」
八幡「いや、そもそも俺に彼女とかいたことないんすけど……」
ただ一つ、陽乃さんが勘違いしているのはそこである。俺に彼女などいないし、いたこともない。
なんならこの先ずっといないまである……いや、でも養ってくれる人は欲しいからこの先もいないのは困るな。彼女は要らないけど養ってくれる人は欲しいと思う今日この頃です。
陽乃「へぇー……」
しかし俺がそう否定しても、陽乃さんは追及するような目線をこちらに向けるのをやめない。
美人に見つめられているはずなのに、この人に限っては見つめられるのは本当に良い気分じゃないなと目線を逸らしていると、丁度めぐりさんがこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
308:
めぐり「あー、はるさん。お久しぶりです」
陽乃「……めぐり、こないだ会ったばかりでしょー?」
てこてこ歩み寄ってきためぐりさんのおでこをちょいとつついて、陽乃さんは呆れたように言った。
めぐりさんはおでこを両手で可愛らしく押さえながら(可愛い)きょとんとした顔で陽乃さんの顔を見る。
めぐり「そういえば、どうしてはるさんがここに?」
陽乃「そろそろバレンタインデーイベントの時期だと思って、遊びに来ちゃった」
えーこの人今堂々と遊びに来ちゃったって言っちゃったよー。そんな人を学内に入れないでよー。ちょっと仕事してよ高校の受付さーん。
本当に、なんでここに来たのだろうこの人は。マジで友達いないんじゃないの? うっ、ブーメランが。
八幡「文化祭と違って、これって部外者も遊びに来てもいいイベントじゃないと思うんですが……」
陽乃「まぁまぁせっかくのお祭りなんだから気にしないの。明日も来ても良いかなとは思ってるんだけどね」
やめてくださいと視線で訴えかけたが、陽乃さんはそれを分かっているのか分かっていないのか、ふふんと軽い笑みを浮かべながら、俺たちの作っていたメッセージボードを見つめていた。
陽乃「……めぐり、こないだ会ったばかりでしょー?」
てこてこ歩み寄ってきためぐりさんのおでこをちょいとつついて、陽乃さんは呆れたように言った。
めぐりさんはおでこを両手で可愛らしく押さえながら(可愛い)きょとんとした顔で陽乃さんの顔を見る。
めぐり「そういえば、どうしてはるさんがここに?」
陽乃「そろそろバレンタインデーイベントの時期だと思って、遊びに来ちゃった」
えーこの人今堂々と遊びに来ちゃったって言っちゃったよー。そんな人を学内に入れないでよー。ちょっと仕事してよ高校の受付さーん。
本当に、なんでここに来たのだろうこの人は。マジで友達いないんじゃないの? うっ、ブーメランが。
八幡「文化祭と違って、これって部外者も遊びに来てもいいイベントじゃないと思うんですが……」
陽乃「まぁまぁせっかくのお祭りなんだから気にしないの。明日も来ても良いかなとは思ってるんだけどね」
やめてくださいと視線で訴えかけたが、陽乃さんはそれを分かっているのか分かっていないのか、ふふんと軽い笑みを浮かべながら、俺たちの作っていたメッセージボードを見つめていた。
309:
陽乃「でも、準備の日にただ遊びに来たってのも確かにあれだね。比企谷くん、何か手伝うことでもある?」
雪乃「邪魔だから帰って」
しかしその言葉には俺の代わりに雪ノ下の冷たい声が応えた。直接向けられたわけでもない俺までが冷やっとしてしまうように感じられた。あのね、君たちそういうのは家でやんなさいよ。
すると陽乃さんは心底つまらなさそうな顔を浮かべる。
陽乃「えー、じゃあわたしは比企谷くんとでも遊んでようかな」
八幡「いや、だから、俺もやることあるんすけど」
再び俺の腕に組み付いてこようとする陽乃さんを押しのけようと軽く手を払おうとする。
すると、俺と陽乃さんの間にめぐりさんが割り込んできた。
めぐり「あ、あの、だったらはるさんこっちの方を」
陽乃「……ふぅーん」
陽乃さんがじとーっとめぐりさんの目をみつめる。めぐりさんはやや動揺したようにそれを黙って受けていたが、陽乃さんはいきなりその目線を外すと再び俺の方を見た。
まるで全てを見通したとばかりににんまりと笑っている。その表情を見た瞬間に不快感を覚えた。それに合わせて俺の顔も微妙に強張っていく。
雪乃「邪魔だから帰って」
しかしその言葉には俺の代わりに雪ノ下の冷たい声が応えた。直接向けられたわけでもない俺までが冷やっとしてしまうように感じられた。あのね、君たちそういうのは家でやんなさいよ。
すると陽乃さんは心底つまらなさそうな顔を浮かべる。
陽乃「えー、じゃあわたしは比企谷くんとでも遊んでようかな」
八幡「いや、だから、俺もやることあるんすけど」
再び俺の腕に組み付いてこようとする陽乃さんを押しのけようと軽く手を払おうとする。
すると、俺と陽乃さんの間にめぐりさんが割り込んできた。
めぐり「あ、あの、だったらはるさんこっちの方を」
陽乃「……ふぅーん」
陽乃さんがじとーっとめぐりさんの目をみつめる。めぐりさんはやや動揺したようにそれを黙って受けていたが、陽乃さんはいきなりその目線を外すと再び俺の方を見た。
まるで全てを見通したとばかりににんまりと笑っている。その表情を見た瞬間に不快感を覚えた。それに合わせて俺の顔も微妙に強張っていく。
310:
陽乃「……まさか、めぐり? へぇー、比企谷くん意外と手広いねぇ」
そう言った陽乃さんの声は本当に意外そうだった。ちらちらと俺とめぐりさんの顔を見比べている
何か言葉を返そうかと考えていたが、俺の口が動くより先に、めぐりさんが陽乃さんの手を引っ張りながらその場を去ろうとする。
めぐり「は、はるさん、いいからっ」
陽乃「ねぇ、比企谷くん教えてよ。めぐりと何かあったの?」
しかし陽乃さんはめぐりさんに引っ張られている手も意に介さず、無視したまま俺の方をじっと見つめている。
その眼差しからは、一体何を考えているのかは読み取れない。
八幡「……別に、雪ノ下さんが思うようなことは何も」
陽乃「わたしが思うようなことって何かなー、気になるなー、教えてよ比企谷くん」
めぐり「は、はるさん!!」
そこで、めぐりさんのものとは思えない大きな声が響く。
めぐりさんってそんな大きな声出せたのか……と驚いていると、陽乃さんも少々意外そうな顔でめぐりさんの方を見つめていた。
一瞬、一瞬だけなのだろうが、沈黙がその場に降りてきた。だが、その一瞬はずっと長い時間のように思えて、俺は呼吸することすら忘れた。
そう言った陽乃さんの声は本当に意外そうだった。ちらちらと俺とめぐりさんの顔を見比べている
何か言葉を返そうかと考えていたが、俺の口が動くより先に、めぐりさんが陽乃さんの手を引っ張りながらその場を去ろうとする。
めぐり「は、はるさん、いいからっ」
陽乃「ねぇ、比企谷くん教えてよ。めぐりと何かあったの?」
しかし陽乃さんはめぐりさんに引っ張られている手も意に介さず、無視したまま俺の方をじっと見つめている。
その眼差しからは、一体何を考えているのかは読み取れない。
八幡「……別に、雪ノ下さんが思うようなことは何も」
陽乃「わたしが思うようなことって何かなー、気になるなー、教えてよ比企谷くん」
めぐり「は、はるさん!!」
そこで、めぐりさんのものとは思えない大きな声が響く。
めぐりさんってそんな大きな声出せたのか……と驚いていると、陽乃さんも少々意外そうな顔でめぐりさんの方を見つめていた。
一瞬、一瞬だけなのだろうが、沈黙がその場に降りてきた。だが、その一瞬はずっと長い時間のように思えて、俺は呼吸することすら忘れた。
311:
そんな一瞬の沈黙を打ち破ったのは、陽乃さんのくすりと口の端だけで笑う声だった。見れば、いつもの仮面のような笑みを携えている。
陽乃「そっか。君には人を変えちゃう何かでもあるみたいだね」
八幡「……?」
陽乃さんの呟いた言葉の意味が分からず、何も答えないでいると、陽乃さんが身を翻して俺たちに背を向けた。真紅のコートがふわっと広がる。
陽乃「なーんか邪魔しちゃったみたいだし、私は帰ろうかな。ごめんね、めぐり。後は頑張ってね」
めぐり「え、ええ?」
去り際にポンとめぐりさんの肩を叩くと、そのまま体育館の出口に向かって足を踏み出した。
しかしすぐにぴたっと立ち止まると、首だけこちらを向けてくる。その視線の先には雪ノ下がいるような気がした。
陽乃「……雪乃ちゃんも、頑張らないと取られちゃうかもよ?」
雪乃「……」
陽乃「じゃあね、比企谷くん。君のいう本物ってやつを、いつか見せてくれると嬉しいな」
八幡「……」
最後にそう言い残すと、カツカツと足音を響かせながら出口に向かっていく。
陽乃さんの背が見えなくなるまでそれを眺めていると、残された俺たちの間には微妙な雰囲気が漂っていた。
陽乃「そっか。君には人を変えちゃう何かでもあるみたいだね」
八幡「……?」
陽乃さんの呟いた言葉の意味が分からず、何も答えないでいると、陽乃さんが身を翻して俺たちに背を向けた。真紅のコートがふわっと広がる。
陽乃「なーんか邪魔しちゃったみたいだし、私は帰ろうかな。ごめんね、めぐり。後は頑張ってね」
めぐり「え、ええ?」
去り際にポンとめぐりさんの肩を叩くと、そのまま体育館の出口に向かって足を踏み出した。
しかしすぐにぴたっと立ち止まると、首だけこちらを向けてくる。その視線の先には雪ノ下がいるような気がした。
陽乃「……雪乃ちゃんも、頑張らないと取られちゃうかもよ?」
雪乃「……」
陽乃「じゃあね、比企谷くん。君のいう本物ってやつを、いつか見せてくれると嬉しいな」
八幡「……」
最後にそう言い残すと、カツカツと足音を響かせながら出口に向かっていく。
陽乃さんの背が見えなくなるまでそれを眺めていると、残された俺たちの間には微妙な雰囲気が漂っていた。
312:
めぐり「あ、あはは……なんかごめんね、比企谷くん」
無理に浮かべたその笑顔からは、いつものようなほんわかさは感じ取れない。しかしそれでも、この雰囲気のままではいけないだろうという危機感を持っていることだけは感じられた。
八幡「いや、別にめぐりさんは悪くないですよ。それよりさっさと準備進めちゃいましょう」
俺もこの雰囲気を感じたままでいるのはさすがに居心地が悪く、なんとかしようとメッセージボードの方を見た。
結衣「あ、うん、そうだねっ、じゃあどうしよっか!」
雪乃「……」
由比ヶ浜もそんな俺の意図を汲んでくれたのか、わざとらしいまである明るい声を出して飾りつけのアイテムを手に取った。
一方で雪ノ下は口を強く結んだまま、目線をどこかにやっている。
しかし見ている先は、きっとその先にはないものなのだろう。
八幡「おい、雪ノ下」
雪乃「……えっ、何か呼んだかしら」
俺が名前を呼んでから、一瞬遅れて雪ノ下が反応する。
八幡「何かじゃねぇよ。ほら飾りつけの準備、続けるぞ」
雪乃「あ……そうよね……ごめんなさい」
雪ノ下がそう小さい声で謝った。
しかしその謝罪は、今の俺の言葉に対してではなく、別の何かに対しての謝罪のように思えた。
無理に浮かべたその笑顔からは、いつものようなほんわかさは感じ取れない。しかしそれでも、この雰囲気のままではいけないだろうという危機感を持っていることだけは感じられた。
八幡「いや、別にめぐりさんは悪くないですよ。それよりさっさと準備進めちゃいましょう」
俺もこの雰囲気を感じたままでいるのはさすがに居心地が悪く、なんとかしようとメッセージボードの方を見た。
結衣「あ、うん、そうだねっ、じゃあどうしよっか!」
雪乃「……」
由比ヶ浜もそんな俺の意図を汲んでくれたのか、わざとらしいまである明るい声を出して飾りつけのアイテムを手に取った。
一方で雪ノ下は口を強く結んだまま、目線をどこかにやっている。
しかし見ている先は、きっとその先にはないものなのだろう。
八幡「おい、雪ノ下」
雪乃「……えっ、何か呼んだかしら」
俺が名前を呼んでから、一瞬遅れて雪ノ下が反応する。
八幡「何かじゃねぇよ。ほら飾りつけの準備、続けるぞ」
雪乃「あ……そうよね……ごめんなさい」
雪ノ下がそう小さい声で謝った。
しかしその謝罪は、今の俺の言葉に対してではなく、別の何かに対しての謝罪のように思えた。
313:
× × ×
そのまま流れで巻き込んでしまっためぐりさんも含め、四人でボードの飾りつけを続けていく。
とはいえ、こういったセンスのない俺の意見はほとんど反映されない。
女子力の高い由比ヶ浜の指導の下、次々とメッセージボードが華やかに作りかえられていく。
めぐり「こっちはどうした方がいいかなぁ?」
結衣「そうですねー、あっ、これとかいいんじゃないですか?」
雪乃「由比ヶ浜さん、それでは色が合わないのではないかしら」
いつの間にか先ほどまでの気まずい空気も消え去り、和気藹々と作業を続けているように見える。
もしかしたら無理にそう演じているだけかもしれない。
しかし、少なくとも一息をつける程度の余裕は生み出せた。
そうこうやっている三人を眺めていると、いつの間にかメッセージボードの飾りつけが完成していた。
俺が作り終えたときのただの無機質な板ではなく、女子高生によるチューニングの結果、随分と生まれ変わっている。やだ……私可愛くなり過ぎ?
314:
めぐり「うん、良い感じになったね」
結衣「ほんと、可愛くなりましたねー」
いやー俺の作ったものは可愛くなくて本当にすまねっすわー。
メッセージボードの近くの机に星やハードの形をしたメッセージカード、そしてペンなどを配置すると、めぐりさんが俺の横に立ってきた。近い。
めぐり「どうせだったら比企谷くん、何か書いてみたら?」
八幡「俺ですか?」
めぐり「比企谷くんの考えたものなんだし、最初に飾ってもいいと思うんだ」
そうかなぁと思っていると、由比ヶ浜もうんうんと頷いていた。ニワトリかよ。
でもまぁ、書きたいこともなくはない。
八幡「じゃあ、なんか一応……」
俺は机の上のペンとメッセージカードを取り出しながら、きゅきゅっと一文を書く。
そこに願うのは、ただ一つ。
結衣「あっ、小町ちゃんの……」
八幡「ま、高校の中に飾れるんだから縁起はいいだろ」
雪乃「そうね、確かに縁起はいいかもしれないわね」
小町の受験が成功しますように。
簡潔にそれだけを星型の紙に書き込むと、俺はメッセージボードの左上端にテープで貼り付けた。画鋲でも良かったのだが、散らばると危ないし。
結衣「ほんと、可愛くなりましたねー」
いやー俺の作ったものは可愛くなくて本当にすまねっすわー。
メッセージボードの近くの机に星やハードの形をしたメッセージカード、そしてペンなどを配置すると、めぐりさんが俺の横に立ってきた。近い。
めぐり「どうせだったら比企谷くん、何か書いてみたら?」
八幡「俺ですか?」
めぐり「比企谷くんの考えたものなんだし、最初に飾ってもいいと思うんだ」
そうかなぁと思っていると、由比ヶ浜もうんうんと頷いていた。ニワトリかよ。
でもまぁ、書きたいこともなくはない。
八幡「じゃあ、なんか一応……」
俺は机の上のペンとメッセージカードを取り出しながら、きゅきゅっと一文を書く。
そこに願うのは、ただ一つ。
結衣「あっ、小町ちゃんの……」
八幡「ま、高校の中に飾れるんだから縁起はいいだろ」
雪乃「そうね、確かに縁起はいいかもしれないわね」
小町の受験が成功しますように。
簡潔にそれだけを星型の紙に書き込むと、俺はメッセージボードの左上端にテープで貼り付けた。画鋲でも良かったのだが、散らばると危ないし。
315:
めぐり「こまち……?」
八幡「俺の妹です、今年ここを受けるんですよ」
きょとんとした顔で小首を傾げるめぐりさんに、そう説明した。
すると、めぐりさんはあはっとほんわか笑顔を浮かべてマジめぐりっしゅされたぁぁぁあああ!!
めぐり「そっか。合格すると良いね」
八幡「そうですね……」
その優しい声音を聞いて、軽く頷く。
しばらく自分の飾ったメッセージカードを見上げていると、くいっとブレザーの袖が引っ張られた。
めぐり「あ、そうだ比企谷くん」
八幡「どうしたんすか」
めぐり「私も明日、なにか書いて飾っておくから、見つけてね」
八幡「え? あっはい」
よく意味が分からず適当に言葉を返してしまった。まぁ、明日もイベントのスタッフとして色々やっているだろうし、その合間にでもここにちょっと寄って見れば良いだろう。
八幡「俺の妹です、今年ここを受けるんですよ」
きょとんとした顔で小首を傾げるめぐりさんに、そう説明した。
すると、めぐりさんはあはっとほんわか笑顔を浮かべてマジめぐりっしゅされたぁぁぁあああ!!
めぐり「そっか。合格すると良いね」
八幡「そうですね……」
その優しい声音を聞いて、軽く頷く。
しばらく自分の飾ったメッセージカードを見上げていると、くいっとブレザーの袖が引っ張られた。
めぐり「あ、そうだ比企谷くん」
八幡「どうしたんすか」
めぐり「私も明日、なにか書いて飾っておくから、見つけてね」
八幡「え? あっはい」
よく意味が分からず適当に言葉を返してしまった。まぁ、明日もイベントのスタッフとして色々やっているだろうし、その合間にでもここにちょっと寄って見れば良いだろう。
316:
いろは「せんぱーいっ、ちょっとこっちも手伝ってくださいよー」
ふと、後ろの方から声が聞こえてきたが、先輩とは言ってもここには色々な先輩がいる。
きっとめぐりさんが呼ばれたんだろうなーと無視していると、ガッと俺の背中に何か強い衝撃が走った。
八幡「……なんだよ」
振り返ると、一色がふくれっ面で口をとがらせている。
いろは「なんで無視するんですかー」
八幡「いや、他の人だと思ったんだけど……で、まだ何かやることあんの?」
いろは「はい、まだステージ周りの飾りつけとか終わってないそうなので、こちらの方が終わったんだったらそちらの方も手伝ってくれると嬉しいんですけどー」
ふっ、分かってたさ、俺の仕事がこれだけで終わらないことなんてさ。
仕事ってのは自分の分を早く終わらせると、他の遅い奴の尻拭いをする羽目になるから本当に理不尽である。いやまぁ今回に限っては俺何もしてなくて、ほとんど由比ヶ浜たちに丸投げしてたんだけど。
結衣「じゃあ、あたし達も行こっか」
雪乃「そうね」
由比ヶ浜と雪ノ下も一色の背を追うように続いていく。
ふと、後ろの方から声が聞こえてきたが、先輩とは言ってもここには色々な先輩がいる。
きっとめぐりさんが呼ばれたんだろうなーと無視していると、ガッと俺の背中に何か強い衝撃が走った。
八幡「……なんだよ」
振り返ると、一色がふくれっ面で口をとがらせている。
いろは「なんで無視するんですかー」
八幡「いや、他の人だと思ったんだけど……で、まだ何かやることあんの?」
いろは「はい、まだステージ周りの飾りつけとか終わってないそうなので、こちらの方が終わったんだったらそちらの方も手伝ってくれると嬉しいんですけどー」
ふっ、分かってたさ、俺の仕事がこれだけで終わらないことなんてさ。
仕事ってのは自分の分を早く終わらせると、他の遅い奴の尻拭いをする羽目になるから本当に理不尽である。いやまぁ今回に限っては俺何もしてなくて、ほとんど由比ヶ浜たちに丸投げしてたんだけど。
結衣「じゃあ、あたし達も行こっか」
雪乃「そうね」
由比ヶ浜と雪ノ下も一色の背を追うように続いていく。
317:
俺もそれに続いて足を踏み出そうとした時、めぐりさんに声を掛けられる。
めぐり「なんかいいね、こういうの」
八幡「……そうですね」
なんだかんだ言って、俺はこのイベントの一連の流れを楽しんでいると思う。
自分も最初から携わっていて、そして会議で話し合ったことが今実現しようとしている。
それなりの苦労はあったが、それ以上の充実感を覚えているのは確かだった。
奉仕部や、生徒会、めぐりさん達とこうやって一から十までイベントを作り上げていって。
文化祭の時や、体育祭の時のような心苦しくなるようなことも起きていない。
楽しいなぁと思った。
それと同時に、陽乃さんの言葉が脳裏を横切る。
──君のいう本物ってやつを、いつか見せてくれると嬉しいな。
めぐり「なんかいいね、こういうの」
八幡「……そうですね」
なんだかんだ言って、俺はこのイベントの一連の流れを楽しんでいると思う。
自分も最初から携わっていて、そして会議で話し合ったことが今実現しようとしている。
それなりの苦労はあったが、それ以上の充実感を覚えているのは確かだった。
奉仕部や、生徒会、めぐりさん達とこうやって一から十までイベントを作り上げていって。
文化祭の時や、体育祭の時のような心苦しくなるようなことも起きていない。
楽しいなぁと思った。
それと同時に、陽乃さんの言葉が脳裏を横切る。
──君のいう本物ってやつを、いつか見せてくれると嬉しいな。
318:
今の俺のこの状態は、本物と呼べるのだろうか。
多分、あの陽乃さんの言葉には、こんなものが本物であり得るはずがないという問いかけという意味もあったのだろう。
今の俺は、周りの状況を本物だと胸を張って言えるか。
否。
そう言い切るには、何かが引っ掛かる。
めぐり「……どうしたの、比企谷くん。みんな行っちゃうよー?」
八幡「あ、すんません、すぐ行きます」
その引っ掛かる何か。
それが何なのか、きっと俺は知っている。
それの解決方法が何なのか、きっと俺は気が付いている。
でも、俺はそこから目を逸らしたいと思っている。
──氏ぬほど悩んでそして結論を導き出せ。それでこそ青春だ。
平塚先生の言葉が思い返される。
だとすれば。
なのだとすれば、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
俺は悩まず、考えず、結論を出すことなく、ただこの関係のままで停滞していたいと考えているからだ。
何故なら。
きっと、俺が変化を望んだとしても。
その先にあるのは、きっと幸福なんかじゃないだろうから。
そんな先に行くくらいならば、本物なんて──
多分、あの陽乃さんの言葉には、こんなものが本物であり得るはずがないという問いかけという意味もあったのだろう。
今の俺は、周りの状況を本物だと胸を張って言えるか。
否。
そう言い切るには、何かが引っ掛かる。
めぐり「……どうしたの、比企谷くん。みんな行っちゃうよー?」
八幡「あ、すんません、すぐ行きます」
その引っ掛かる何か。
それが何なのか、きっと俺は知っている。
それの解決方法が何なのか、きっと俺は気が付いている。
でも、俺はそこから目を逸らしたいと思っている。
──氏ぬほど悩んでそして結論を導き出せ。それでこそ青春だ。
平塚先生の言葉が思い返される。
だとすれば。
なのだとすれば、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
俺は悩まず、考えず、結論を出すことなく、ただこの関係のままで停滞していたいと考えているからだ。
何故なら。
きっと、俺が変化を望んだとしても。
その先にあるのは、きっと幸福なんかじゃないだろうから。
そんな先に行くくらいならば、本物なんて──
323:
× × ×
八幡「ふう……」
昇降口の自動販売機の近くにあるベンチにどかっと乱暴に座ると、疲れからか大きなため息が出てきた。
それから自動販売機で買ったマッ缶のプルタブを開けると、それをぐいっと自分の口に運ぶ。
すると、いつもの甘ったるい味が口の中いっぱいに広がった。
一度缶から口を離すと、再び軽いため息をついてから周りを見渡す。
外はもう随分と暗くなっており、グラウンドで活動している部活の人間らも撤収準備を開始しているようだ。
空気は澄んでおり、吹く風は身を切るように寒い。
しかし一度座ってしまうと立ち上がるのも面倒で、寒さを感じながらもベンチに座ったままでいた。
324:
で、俺はなんでこんなところにいるのかというと。
先ほどまで一色の元で奴隷のように働かされており、ようやく一区切りが付いたところで隙を見て体育館から逃げ出し、こうやってMAXコーヒーを飲みに来ていたのであった。
今まで数多くのバイトをバックれてきた経験が今生きていた。大丈夫大丈夫、人はいっぱいいたから俺一人消えたところでバレないバレない。
しかし一色の奴、本当に俺をなんだと思ってるんですかね……せっかくバスケ部とか体育会の奴も大量にいるんだから力仕事なんてそっちに任せておけばいいだろうに、妙に俺に仕事を押し付けてきたような……。
数秒ぶりのため息をつきながら、すでに真っ暗な外をぼーっと眺める。
あと十分くらい時間潰してから戻れば良いかななんてことを考えていると、ふと校舎の方から足音が聞こえてきた。
最初は無視していたが、その足音がこちらの方に向かっていることに気が付くと、ちらとそちらの方に視線をやる。
すると、見覚えのあるお下げが揺れているのが見えた。
めぐり「や、比企谷くん」
八幡「めぐりさん……」
暗くて顔はよくは見えなかったが、このほんわかとした声は間違いなくめぐりさんだ。
めぐりさんはそのままこちらにまで近寄ると、ここ座るねと言いながらベンチの空いたスペースにちょこんと腰をかけた。
先ほどまで一色の元で奴隷のように働かされており、ようやく一区切りが付いたところで隙を見て体育館から逃げ出し、こうやってMAXコーヒーを飲みに来ていたのであった。
今まで数多くのバイトをバックれてきた経験が今生きていた。大丈夫大丈夫、人はいっぱいいたから俺一人消えたところでバレないバレない。
しかし一色の奴、本当に俺をなんだと思ってるんですかね……せっかくバスケ部とか体育会の奴も大量にいるんだから力仕事なんてそっちに任せておけばいいだろうに、妙に俺に仕事を押し付けてきたような……。
数秒ぶりのため息をつきながら、すでに真っ暗な外をぼーっと眺める。
あと十分くらい時間潰してから戻れば良いかななんてことを考えていると、ふと校舎の方から足音が聞こえてきた。
最初は無視していたが、その足音がこちらの方に向かっていることに気が付くと、ちらとそちらの方に視線をやる。
すると、見覚えのあるお下げが揺れているのが見えた。
めぐり「や、比企谷くん」
八幡「めぐりさん……」
暗くて顔はよくは見えなかったが、このほんわかとした声は間違いなくめぐりさんだ。
めぐりさんはそのままこちらにまで近寄ると、ここ座るねと言いながらベンチの空いたスペースにちょこんと腰をかけた。
325:
めぐり「ここで何してるの?」
八幡「サボりっすよ、どこぞの生徒会長様が人使い荒いんで」
めぐり「もう、比企谷くんったら」
やや怒った風に言いはするが、めぐりさんの顔にはどこか悪戯っぽい微笑が浮かんでいる。本気で怒っているわけではなさそうだ。
それでも俺はお姉さんにたしなめられたような感じになり、少しバツが悪くなって顔をめぐりさんから逸らす。
めぐり「もう会場の設営もほとんど終わったし、あとちょっとやったら終わると思う」
八幡「ん、分かりました」
軽く返事をしつつ、マッ缶を再び口に運ぶ。また甘ったるい味が口の中に広がる。
そしてそれだけ言うと、俺たちの間に沈黙が舞い降りてきた。
外はもう暗くて、グラウンドにも部活をしている生徒の姿が見えなくなってきていた。そのせいか、この周りには学校の中とは思えないような静寂が漂っている。
しばらくの間、俺とめぐりさんはその静寂を慈しむようにそっとしていた。
俺が座っているベンチの横にはめぐりさんが座っており、他の人の姿は全く見えない。
ただ、二人だけの空間。
今ここに流れている空気がなんとも居心地がよく、しばらくそのほんわかとした雰囲気を味わう。
八幡「サボりっすよ、どこぞの生徒会長様が人使い荒いんで」
めぐり「もう、比企谷くんったら」
やや怒った風に言いはするが、めぐりさんの顔にはどこか悪戯っぽい微笑が浮かんでいる。本気で怒っているわけではなさそうだ。
それでも俺はお姉さんにたしなめられたような感じになり、少しバツが悪くなって顔をめぐりさんから逸らす。
めぐり「もう会場の設営もほとんど終わったし、あとちょっとやったら終わると思う」
八幡「ん、分かりました」
軽く返事をしつつ、マッ缶を再び口に運ぶ。また甘ったるい味が口の中に広がる。
そしてそれだけ言うと、俺たちの間に沈黙が舞い降りてきた。
外はもう暗くて、グラウンドにも部活をしている生徒の姿が見えなくなってきていた。そのせいか、この周りには学校の中とは思えないような静寂が漂っている。
しばらくの間、俺とめぐりさんはその静寂を慈しむようにそっとしていた。
俺が座っているベンチの横にはめぐりさんが座っており、他の人の姿は全く見えない。
ただ、二人だけの空間。
今ここに流れている空気がなんとも居心地がよく、しばらくそのほんわかとした雰囲気を味わう。
326:
そうしてどれくらい経っただろう。
一瞬とも何時間とも知れない間、その空気を感じていると、めぐりさんからその沈黙を破ってきた。
めぐり「比企谷くん」
短く、俺の苗字だけが呼ばれる。
首だけをめぐりさんの方に向けると、ほんわか笑顔を浮かべてこちらを見つめていた。
この冷たい冬の空気の中でも、そのほんわか笑顔からは不変の温もりを感じる。
八幡「なんですか、めぐりさん」
めぐり「その……楽しかったなって」
そう、ポツリと言葉を漏らした。
八幡「イベントの準備が、ですか?」
めぐり「うん、全部。……奉仕部にさ、お願いしてよかったなぁって思った」
そう言うと、めぐりさんは空を見上げた。
俺もそれに釣られるように、首を上げて空を見上げる。その先の空には、星が綺麗に光っていた。
俺も先ほど、それと同じような感想を抱いていた。
楽しいなぁと。
めぐりさんと、奉仕部と、生徒会と、こうやってイベントを作り上げていくのは本当に楽しかった。こちらも、お願いされて良かったと思う。
一瞬とも何時間とも知れない間、その空気を感じていると、めぐりさんからその沈黙を破ってきた。
めぐり「比企谷くん」
短く、俺の苗字だけが呼ばれる。
首だけをめぐりさんの方に向けると、ほんわか笑顔を浮かべてこちらを見つめていた。
この冷たい冬の空気の中でも、そのほんわか笑顔からは不変の温もりを感じる。
八幡「なんですか、めぐりさん」
めぐり「その……楽しかったなって」
そう、ポツリと言葉を漏らした。
八幡「イベントの準備が、ですか?」
めぐり「うん、全部。……奉仕部にさ、お願いしてよかったなぁって思った」
そう言うと、めぐりさんは空を見上げた。
俺もそれに釣られるように、首を上げて空を見上げる。その先の空には、星が綺麗に光っていた。
俺も先ほど、それと同じような感想を抱いていた。
楽しいなぁと。
めぐりさんと、奉仕部と、生徒会と、こうやってイベントを作り上げていくのは本当に楽しかった。こちらも、お願いされて良かったと思う。
327:
めぐり「学校を卒業する前に、こんな楽しい思い出が出来て嬉しいよ」
続けて言ったその声音はどこか寂しげだ。思わず気になってめぐりさんの横顔を見やると、声と同様にどこか寂しげな表情を浮かべている。
八幡「……本番は明日っすよ。まだちょっと早いんじゃないですかね」
めぐり「ふふっ、そうだね。明日もあるもんね」
めぐりさんが笑うのに釣られて、思わず俺もふっと笑いが漏れてしまった。そのままめぐりさんは言葉を続ける。
めぐり「明後日も、その先も、ずっと楽しいといいなって思う」
八幡「……」
その言葉に含まれた意味はなんだったのだろう。
それを問うより先に、めぐりさんは微笑みを浮かべながら再びこちらを向く。
だがその表情は純粋な笑顔ではなく、先ほどと同じくどこか寂しさの色が混じっているもののように感じた。
めぐり「明日のイベントが終わったら、私たち三年生は卒業式まで学校に来ることってなくなっちゃうからさ」
八幡「……」
めぐり「あ、でも一色さんと答辞の話をしに学校に来ることはあるかもしれないけどね。……でも、明日が最後みたいな感じに……なっちゃうかなって」
言葉を続けるにつれその声はどんどんと小さくなり、最後の方に至ってはほとんど掠れ声のようになっていった。
続けて言ったその声音はどこか寂しげだ。思わず気になってめぐりさんの横顔を見やると、声と同様にどこか寂しげな表情を浮かべている。
八幡「……本番は明日っすよ。まだちょっと早いんじゃないですかね」
めぐり「ふふっ、そうだね。明日もあるもんね」
めぐりさんが笑うのに釣られて、思わず俺もふっと笑いが漏れてしまった。そのままめぐりさんは言葉を続ける。
めぐり「明後日も、その先も、ずっと楽しいといいなって思う」
八幡「……」
その言葉に含まれた意味はなんだったのだろう。
それを問うより先に、めぐりさんは微笑みを浮かべながら再びこちらを向く。
だがその表情は純粋な笑顔ではなく、先ほどと同じくどこか寂しさの色が混じっているもののように感じた。
めぐり「明日のイベントが終わったら、私たち三年生は卒業式まで学校に来ることってなくなっちゃうからさ」
八幡「……」
めぐり「あ、でも一色さんと答辞の話をしに学校に来ることはあるかもしれないけどね。……でも、明日が最後みたいな感じに……なっちゃうかなって」
言葉を続けるにつれその声はどんどんと小さくなり、最後の方に至ってはほとんど掠れ声のようになっていった。
328:
俺たち奉仕部には先輩という存在はいない。だから、今まで卒業式というイベントに関してあまり意識はしてこなかった。
奉仕部云々を除いても、俺が知っている先輩はただめぐりさん一人だ。
だからこそ、そのめぐりさん自身から卒業するという事実を突きつけられると、途端に卒業式という言葉が重くのしかかってくる。
八幡「……別に、奉仕部にだったらいつでも遊びにきて頂いても」
寂しげな笑みを浮かべるめぐりさんにどう声を掛けて良いか分からず、なんとか搾り出した言葉がそれだった。
まるで社交辞令のようになってしまい、他に何か上手いフォローの仕方があったんじゃないかと、言ってから思い直す。
しかしそんな言葉でも一応めぐりさんの慰めにはなれたようで、こくんと頷いて笑った。
めぐり「あはっ、じゃあまだ比企谷くんと会うことも出来るね」
八幡「……ま、一色なんかも用もなく部室に来ることもあるし、別にめぐりさんが来ても平気なんじゃないですかね」
むしろあいつはなんでサッカー部のマネージャーの仕事やら生徒会の仕事やらを投げ出してこっちに来ているのか不明なのだが。あれか、今の俺のようにサボりか。奉仕部はサボり場を提供する所じゃねぇんだけどなぁ……。
めぐり「あはは、きっと奉仕部での居心地がいいんだよ」
八幡「そんなもんですかね」
めぐり「そんなもんだよ、私だっていいなぁって思うことあったもん」
イベントの会議などで奉仕部と一緒に活動していたことでも思い出したのか、くすりと笑うめぐりさん。
しかしこちらを見ているその眼差しはどこか真剣で、何か茶化す気にはなれなかった。
奉仕部云々を除いても、俺が知っている先輩はただめぐりさん一人だ。
だからこそ、そのめぐりさん自身から卒業するという事実を突きつけられると、途端に卒業式という言葉が重くのしかかってくる。
八幡「……別に、奉仕部にだったらいつでも遊びにきて頂いても」
寂しげな笑みを浮かべるめぐりさんにどう声を掛けて良いか分からず、なんとか搾り出した言葉がそれだった。
まるで社交辞令のようになってしまい、他に何か上手いフォローの仕方があったんじゃないかと、言ってから思い直す。
しかしそんな言葉でも一応めぐりさんの慰めにはなれたようで、こくんと頷いて笑った。
めぐり「あはっ、じゃあまだ比企谷くんと会うことも出来るね」
八幡「……ま、一色なんかも用もなく部室に来ることもあるし、別にめぐりさんが来ても平気なんじゃないですかね」
むしろあいつはなんでサッカー部のマネージャーの仕事やら生徒会の仕事やらを投げ出してこっちに来ているのか不明なのだが。あれか、今の俺のようにサボりか。奉仕部はサボり場を提供する所じゃねぇんだけどなぁ……。
めぐり「あはは、きっと奉仕部での居心地がいいんだよ」
八幡「そんなもんですかね」
めぐり「そんなもんだよ、私だっていいなぁって思うことあったもん」
イベントの会議などで奉仕部と一緒に活動していたことでも思い出したのか、くすりと笑うめぐりさん。
しかしこちらを見ているその眼差しはどこか真剣で、何か茶化す気にはなれなかった。
329:
めぐり「きっとさ、一色さんも……私も、奉仕部での居心地の良さを少しでも感じていたいなって思ったんだ」
めぐりさんのその声からは、真面目さと、寂しさと、そして優しさが含まれているように感じる。
いつものほんわか笑顔とはまた違った一面を見せられて、思わずどきっと心臓が飛び跳ねた。
めぐり「もしも一色さんや私が同じ二年生だったら、違っていたのかな」
何が、とは言わない。
それでも何が違っていたら、ということを察することは出来た。
もしも、もしも一色やめぐりさんが俺たちと同じ二年生だったとしたら、あの奉仕部は今とは違う形になっていたのかもしれない。
もしかしたら、一色やめぐりさんがあの部室に自然にいた可能性だってあったかもしれない。
そんな、もしかしたらありえたかもしれないその夢物語は、妙にリアルに想像出来た。
でも、それはもうあり得ない仮定だから。叶わない仮定だから。
もしも出会い方が違っていれば、生まれた年が違っていれば、めぐりさん達との関係がどうなっていたかなんて──それを考えることに、意味はない。
めぐりさんのその声からは、真面目さと、寂しさと、そして優しさが含まれているように感じる。
いつものほんわか笑顔とはまた違った一面を見せられて、思わずどきっと心臓が飛び跳ねた。
めぐり「もしも一色さんや私が同じ二年生だったら、違っていたのかな」
何が、とは言わない。
それでも何が違っていたら、ということを察することは出来た。
もしも、もしも一色やめぐりさんが俺たちと同じ二年生だったとしたら、あの奉仕部は今とは違う形になっていたのかもしれない。
もしかしたら、一色やめぐりさんがあの部室に自然にいた可能性だってあったかもしれない。
そんな、もしかしたらありえたかもしれないその夢物語は、妙にリアルに想像出来た。
でも、それはもうあり得ない仮定だから。叶わない仮定だから。
もしも出会い方が違っていれば、生まれた年が違っていれば、めぐりさん達との関係がどうなっていたかなんて──それを考えることに、意味はない。
330:
しかしめぐりさんはそんな夢物語の話を、ちょっとゆるめのテンポでゆっくりゆっくりと続けていく。
めぐり「私が同じ二年生だったらさ、もしかしたら同じ奉仕部に入ってたかもしれない。そして、また比企谷くんに助けられちゃうの」
そして、俺の先輩は、何かを羨望したような、そんな瞳で俺の顔を見た。
めぐり「それでさ、きっと……」
びゅうっと、風が強く吹いた。
瞬間、俺の体にも冷たい空気が襲い掛かり、思わず体をぶるっと震えさせてしまう。
めぐり「へくちっ」
隣から可愛らしいくしゃみが聞こえた。……さすがに、この寒い中、長時間外にいすぎたか。
八幡「……体育館、戻りましょうか」
めぐり「えっ」
俺はそう言いながらベンチから立ち上がった。缶の中に微かに残っていたコーヒーをごくっと飲み干すと、近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。
八幡「さすがに寒いでしょ、ここ」
めぐり「……ああ、うん、今行くね」
一瞬めぐりさんの顔に何か影が差したような気がしたが、外は暗い。なので、その表情をよく見ることは出来なかった。
再び、びゅうっと風が吹く。
しかしその冷たい風は、何故か熱くなっている俺の顔には少し心地良かった。
めぐり「私が同じ二年生だったらさ、もしかしたら同じ奉仕部に入ってたかもしれない。そして、また比企谷くんに助けられちゃうの」
そして、俺の先輩は、何かを羨望したような、そんな瞳で俺の顔を見た。
めぐり「それでさ、きっと……」
びゅうっと、風が強く吹いた。
瞬間、俺の体にも冷たい空気が襲い掛かり、思わず体をぶるっと震えさせてしまう。
めぐり「へくちっ」
隣から可愛らしいくしゃみが聞こえた。……さすがに、この寒い中、長時間外にいすぎたか。
八幡「……体育館、戻りましょうか」
めぐり「えっ」
俺はそう言いながらベンチから立ち上がった。缶の中に微かに残っていたコーヒーをごくっと飲み干すと、近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。
八幡「さすがに寒いでしょ、ここ」
めぐり「……ああ、うん、今行くね」
一瞬めぐりさんの顔に何か影が差したような気がしたが、外は暗い。なので、その表情をよく見ることは出来なかった。
再び、びゅうっと風が吹く。
しかしその冷たい風は、何故か熱くなっている俺の顔には少し心地良かった。
331:
× × ×
いろは「ちょっと先輩、どこ行ってたんですかー!」
体育館に戻ると、俺の姿を見つけた一色がむーっと顔をふくれさせながらそう言った。
ちなみにめぐりさんはお手洗いに寄っていくとかで一緒にはいない。さすがにそれを待つのもあれだったので、先にこちらに来たというわけだ。
八幡「ちょっと自販機でマッ缶買って飲んでただけだ」
いろは「もう、捜してたんですからね! もっと働いてもらおうと思ってたのに」
マジかよ、もしここに残ってたらどんだけ無駄に働かせられていたのだろうか。やはり労働からは逃げ得。将来もずっと労働からは逃げ続けようと決意を新たにした。
332:
八幡「で、今どういう状況よ」
いろは「もう大体終わってますねー、もうそろそろ帰れるかなって感じです」
だったら俺要らなかったんじゃね? むしろ俺がいなかったことによりここまで捗ったんだとしたら、席を外した俺には感謝してほしいまである。
そんな感じで一色と話をしていると、雪ノ下と由比ヶ浜もこちらにやってきた。
結衣「あ、ヒッキーだ。どこ行ってたの?」
雪乃「まさか、逃げ出したわけじゃないでしょうね」
八幡「なんでサボってたこと前提みたいな言い方されてるの俺……」
まぁ、サボってたんだけど。
責めるような雪ノ下の目線から逃れるように体育館の内装を見渡してみると、すっかりイベント用の内装に変わっている。あとは当日、ここで食べるチョコや、ステージに有志が使う楽器などを運ぶくらいだ。
いろは「もう大体終わってますねー、もうそろそろ帰れるかなって感じです」
だったら俺要らなかったんじゃね? むしろ俺がいなかったことによりここまで捗ったんだとしたら、席を外した俺には感謝してほしいまである。
そんな感じで一色と話をしていると、雪ノ下と由比ヶ浜もこちらにやってきた。
結衣「あ、ヒッキーだ。どこ行ってたの?」
雪乃「まさか、逃げ出したわけじゃないでしょうね」
八幡「なんでサボってたこと前提みたいな言い方されてるの俺……」
まぁ、サボってたんだけど。
責めるような雪ノ下の目線から逃れるように体育館の内装を見渡してみると、すっかりイベント用の内装に変わっている。あとは当日、ここで食べるチョコや、ステージに有志が使う楽器などを運ぶくらいだ。
333:
八幡「もうすっかりイベントって感じだな」
いろは「はい、明日も色々ありますからね。明日はいきなりいなくならないでくださいよ」
八幡「ならねぇよ……」
そうは言ったが、当日大量のイチャついてるカップルとかリア充を目にしたら即座に逃げ出す自信がある。なんならイベントに来ないでそのまま直帰するルートを取るまである。
ていうか今のうちに明日休ませてもらって良いですかって頼んだ方がいいんじゃないの?
しかし俺が休みを申告する前に、由比ヶ浜が口を挟んできた。
結衣「そういえば、城廻先輩は? ヒッキーと一緒じゃなかったの?」
八幡「いや」
さっきまで一緒に外で話してたとは素直に言い出せず、短くそう答えた。
すると由比ヶ浜はそっかーとだけ呟くと、くるっと体をターンして背中をこちらに見せてくる。
結衣「そろそろ終わりの時間かな……」
雪乃「ええ。一色さん、切りが良くなったら……」
いろは「はい、そのつもりですよー」
そう言いながら三人ともステージの方へ向かっていく。少し遅れて、俺もその後をついていった。
いろは「はい、明日も色々ありますからね。明日はいきなりいなくならないでくださいよ」
八幡「ならねぇよ……」
そうは言ったが、当日大量のイチャついてるカップルとかリア充を目にしたら即座に逃げ出す自信がある。なんならイベントに来ないでそのまま直帰するルートを取るまである。
ていうか今のうちに明日休ませてもらって良いですかって頼んだ方がいいんじゃないの?
しかし俺が休みを申告する前に、由比ヶ浜が口を挟んできた。
結衣「そういえば、城廻先輩は? ヒッキーと一緒じゃなかったの?」
八幡「いや」
さっきまで一緒に外で話してたとは素直に言い出せず、短くそう答えた。
すると由比ヶ浜はそっかーとだけ呟くと、くるっと体をターンして背中をこちらに見せてくる。
結衣「そろそろ終わりの時間かな……」
雪乃「ええ。一色さん、切りが良くなったら……」
いろは「はい、そのつもりですよー」
そう言いながら三人ともステージの方へ向かっていく。少し遅れて、俺もその後をついていった。
334:
いろは「じゃあそろそろ下校時刻なのでー、終わったところは帰っても大丈夫ですー」
一色がそう宣言すると、作業をしていたお手伝いの連中からうぇーいなどと声が上がった。大体仕上がっているところも多いし、すぐに皆帰りの準備を始めるだろう。
三浦「あ、結衣ー、この後サーティワン行かない?」
結衣「ええっ、今から!?」
海老名「優美子、もうだいぶ遅い時間だよ……」
三浦「じゃあ、普通にご飯でもいいけど」
結衣「それだったらあたしも行こうかなー」
いつの間にか近くにいた三浦と海老名さんと話をしている由比ヶ浜をちらと見やりながら、次に一色に視線をやった。すると一色もこちらを向いており、目が合う。
いろは「あ、じゃああとは生徒会でやりますから大丈夫ですよ?」
雪乃「そう? ここまでやっておいて変に遠慮する必要はないのだけれど……」
いろは「まぁ本当にあと大した仕事残ってないですし、明日も手伝ってもらうんですから、今日くらいは少し早く上がってもらっても」
八幡「じゃ、お言葉に甘えて」
いろは「……大丈夫とは言ったのは私ですけど、そうノリノリで帰ろうとされるとなんかムカつきますね」
え? だって普通、帰っても大丈夫とか言われたらウキウキ気分にならない?
前にやってたバイトの時とか上がっても平気だよとか言われたら秒速でタイムカード切って帰ってたぞ。なんなら上がっても平気とか言われなくても定時になってたら勝手に帰ってたレベル。次の日から気まずくなって、すぐ行かなくなったけど。
一色がそう宣言すると、作業をしていたお手伝いの連中からうぇーいなどと声が上がった。大体仕上がっているところも多いし、すぐに皆帰りの準備を始めるだろう。
三浦「あ、結衣ー、この後サーティワン行かない?」
結衣「ええっ、今から!?」
海老名「優美子、もうだいぶ遅い時間だよ……」
三浦「じゃあ、普通にご飯でもいいけど」
結衣「それだったらあたしも行こうかなー」
いつの間にか近くにいた三浦と海老名さんと話をしている由比ヶ浜をちらと見やりながら、次に一色に視線をやった。すると一色もこちらを向いており、目が合う。
いろは「あ、じゃああとは生徒会でやりますから大丈夫ですよ?」
雪乃「そう? ここまでやっておいて変に遠慮する必要はないのだけれど……」
いろは「まぁ本当にあと大した仕事残ってないですし、明日も手伝ってもらうんですから、今日くらいは少し早く上がってもらっても」
八幡「じゃ、お言葉に甘えて」
いろは「……大丈夫とは言ったのは私ですけど、そうノリノリで帰ろうとされるとなんかムカつきますね」
え? だって普通、帰っても大丈夫とか言われたらウキウキ気分にならない?
前にやってたバイトの時とか上がっても平気だよとか言われたら秒速でタイムカード切って帰ってたぞ。なんなら上がっても平気とか言われなくても定時になってたら勝手に帰ってたレベル。次の日から気まずくなって、すぐ行かなくなったけど。
335:
帰ろうとして体育館の入り口の方に目をやると、丁度帰ってきていためぐりさんが歩いてきているのが見えた。
めぐり「あれ、もう終わりの時間だったかな」
八幡「らしいっすよ、帰ってもいいって」
めぐり「そうなんだ。あ、一色さんごめんね、ちょっと長く離れてて」
いろは「いえいえお気になさらずー、もう帰っちゃっても平気なのでー」
帰っちゃっても平気のところが早く帰れのように聞こえたのは俺が言葉の裏を読みすぎているだけですかね……いろはす怖ぁ……いや、俺が勝手にそう思っているだけだし、実際勘違いであって欲しい。
いろは「じゃ、先輩方、お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」
八幡「おう、お疲れ」
雪乃「ええ、また明日」
結衣「お疲れー!」
めぐり「お疲れさまー」
ぺこりと一礼する一色を見てから、俺、雪ノ下、めぐりさんは荷物を取って体育館を出る。由比ヶ浜は三浦、海老名さんと行動するとのことで、そのまま体育館に残った。
めぐり「あれ、もう終わりの時間だったかな」
八幡「らしいっすよ、帰ってもいいって」
めぐり「そうなんだ。あ、一色さんごめんね、ちょっと長く離れてて」
いろは「いえいえお気になさらずー、もう帰っちゃっても平気なのでー」
帰っちゃっても平気のところが早く帰れのように聞こえたのは俺が言葉の裏を読みすぎているだけですかね……いろはす怖ぁ……いや、俺が勝手にそう思っているだけだし、実際勘違いであって欲しい。
いろは「じゃ、先輩方、お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」
八幡「おう、お疲れ」
雪乃「ええ、また明日」
結衣「お疲れー!」
めぐり「お疲れさまー」
ぺこりと一礼する一色を見てから、俺、雪ノ下、めぐりさんは荷物を取って体育館を出る。由比ヶ浜は三浦、海老名さんと行動するとのことで、そのまま体育館に残った。
336:
並んで体育館を出た辺りで、めぐりさんが口を開く。
めぐり「楽しみだなぁ、明日。比企谷くんと雪ノ下さんはどう?」
八幡「……まぁ、一応」
雪乃「それなりには」
それに対して、俺たちの返事はやや微妙なものだった。本当に楽しみなのだが、いまいちそういった感情を素直に吐露することに慣れていないだけなのだろうと思う。
しかしそんな返事でも満足だったのか、めぐりさんは楽しそうにうんうんと頷いている。
めぐり「そうだよね、楽しみだよねー」
ほんわかとした笑顔を浮かべながらそう言うめぐりさんを見て、思わずふっと笑みが漏れてしまう。見れば、雪ノ下も似たような感じで優しい笑みを浮かべていた。
めぐり「ありがとうね、奉仕部に相談して本当に良かったと思うよ」
先ほど、外で聞いたものに近い言葉を掛けられる。それに対して、雪ノ下は軽く首を振った。
めぐり「楽しみだなぁ、明日。比企谷くんと雪ノ下さんはどう?」
八幡「……まぁ、一応」
雪乃「それなりには」
それに対して、俺たちの返事はやや微妙なものだった。本当に楽しみなのだが、いまいちそういった感情を素直に吐露することに慣れていないだけなのだろうと思う。
しかしそんな返事でも満足だったのか、めぐりさんは楽しそうにうんうんと頷いている。
めぐり「そうだよね、楽しみだよねー」
ほんわかとした笑顔を浮かべながらそう言うめぐりさんを見て、思わずふっと笑みが漏れてしまう。見れば、雪ノ下も似たような感じで優しい笑みを浮かべていた。
めぐり「ありがとうね、奉仕部に相談して本当に良かったと思うよ」
先ほど、外で聞いたものに近い言葉を掛けられる。それに対して、雪ノ下は軽く首を振った。
337:
雪乃「本番はまだですよ、城廻先輩」
その雪ノ下の返事も、先ほど俺が言った言葉と同じだ。
雪乃「明日のイベントが終わってから、それからでも遅くはないでしょう」
八幡「ま、そうだな。もしかしたら明日いきなり失敗するなんて可能性もあるわけだしな」
雪乃「あら、まさかまだ中止に追いやる計画を諦めてなかったのかしら?」
八幡「最初からそんなこと考えてねぇよ」
こいつ、本当に人をなんだと思ってやがるのかしら。普通に明日サボろうかなーとしか考えてねぇよ。
めぐり「もうっ、失敗しないように私たちが頑張るんだよ?」
雪乃「ええ、そうですね。私たちの中から失敗に繋がるようなミスが起きなければいいのですけど」
八幡「それ、明日のチョコ作りに関わる由比ヶ浜のことを指してるんだよね、俺のことじゃないよね?」
明日のバレンイタンデーイベントでは、学校の予算で発注したチョコを振舞うことになっている。そのほとんどは単なる既製品だが、一部は当日家庭科室で作ったチョコレートケーキなどを持っていく予定だ。クリスマスイベントで学んだ技術を少し応用した形になる。
んで、何故かそのケーキ作りに由比ヶ浜がどうしても関わりたいとか抜かしたので、仕方なくそれに由比ヶ浜を面子に加えたのだった。
その雪ノ下の返事も、先ほど俺が言った言葉と同じだ。
雪乃「明日のイベントが終わってから、それからでも遅くはないでしょう」
八幡「ま、そうだな。もしかしたら明日いきなり失敗するなんて可能性もあるわけだしな」
雪乃「あら、まさかまだ中止に追いやる計画を諦めてなかったのかしら?」
八幡「最初からそんなこと考えてねぇよ」
こいつ、本当に人をなんだと思ってやがるのかしら。普通に明日サボろうかなーとしか考えてねぇよ。
めぐり「もうっ、失敗しないように私たちが頑張るんだよ?」
雪乃「ええ、そうですね。私たちの中から失敗に繋がるようなミスが起きなければいいのですけど」
八幡「それ、明日のチョコ作りに関わる由比ヶ浜のことを指してるんだよね、俺のことじゃないよね?」
明日のバレンイタンデーイベントでは、学校の予算で発注したチョコを振舞うことになっている。そのほとんどは単なる既製品だが、一部は当日家庭科室で作ったチョコレートケーキなどを持っていく予定だ。クリスマスイベントで学んだ技術を少し応用した形になる。
んで、何故かそのケーキ作りに由比ヶ浜がどうしても関わりたいとか抜かしたので、仕方なくそれに由比ヶ浜を面子に加えたのだった。
338:
それを思い出したのか、雪ノ下は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながらため息をついた。
雪乃「そうなのよね……明日、由比ヶ浜さんを監視しながらケーキ作りをしないといけないのよね……」
そう呟く雪ノ下の声音は本当に不安そうである。逆の意味で由比ヶ浜の料理の腕は信頼されきっているようだ。
明日由比ヶ浜が手を加えたケーキには口をつけないでおこうなどと考えていると、あははとめぐりさんのほんわかとした笑い声が聞こえた。
めぐり「じゃあ、二人とも。明日もよろしくね!」
八幡「うす」
雪乃「分かりました」
俺と雪ノ下の返事が重なる。
今まで二週間近くの準備の結果が、明日のイベントで示されるのだ。
それを意識すると、少しだけ胸の中で何かが高まるのを感じた。
ついに、明日がバレンタインデーイベント本番である。
雪乃「そうなのよね……明日、由比ヶ浜さんを監視しながらケーキ作りをしないといけないのよね……」
そう呟く雪ノ下の声音は本当に不安そうである。逆の意味で由比ヶ浜の料理の腕は信頼されきっているようだ。
明日由比ヶ浜が手を加えたケーキには口をつけないでおこうなどと考えていると、あははとめぐりさんのほんわかとした笑い声が聞こえた。
めぐり「じゃあ、二人とも。明日もよろしくね!」
八幡「うす」
雪乃「分かりました」
俺と雪ノ下の返事が重なる。
今まで二週間近くの準備の結果が、明日のイベントで示されるのだ。
それを意識すると、少しだけ胸の中で何かが高まるのを感じた。
ついに、明日がバレンタインデーイベント本番である。
349:
* * *
夢を、夢を見てたんだ。
夢の中の君は、みんなに優しくて、ちょっと捻くれていて、そして周りの人たちに想われていて。
私は思ったんだ。
君自身は、誰のことを想ってるんだろうだなんて。
もしも、そんな人がいるなら。
私はその人のことがどうしようもなく羨ましい。
できれば、あなたの大切なひとが、私であればいいのに。
私であれば……。
* * *
350:
× × ×
そしてとうとう金曜日、バレンタインデー当日を迎えた。
八幡「……朝か」
はっと目を開けると、俺の視界に入ってきたのは知らない天井──ではなく、いつもの俺の部屋の見慣れた天井であった。
近くに置いていた携帯を取って時間を確認すると、いつも目覚まし時計が鳴る時間の数分前。
目覚ましが鳴るちょっと前に起きてしまうと、数分間くらい睡眠時間が減ったような気がして損した気分になるな。
とはいえ、さすがにこの時間に二度寝でもしようものならば間違いなく遅刻確定である。小町に蹴り飛ばされる前に起きようと布団から出ると、ひんやりと冷たい空気が俺の体を包み込んだ。
……やはり冬の布団というものは最高だな、うん。
もそもそと布団の中に潜り直すと、携帯がピリリッと鳴った。
なんだなんだ、目覚まし機能消し忘れたっけかと携帯の画面を見てみると、メールが来ている。
こんな朝にメールが来るとは珍しい。ここ最近アマゾンで何か頼んだわけでもないし……それとも何かバーガーでも安くなるの? と思いながらフォルダの一番上のメールの差出人を見た。
FROM 城廻めぐり
八幡「!!?」
ガバッと被っていた布団を放り投げて、その携帯画面を穴が開くほどに睨みつける。もう寒さとか気にならない。
しかしこんな朝にめぐりさんからメールとは、一体何があったのだろう……と疑問を抱えたまま、携帯のメールを開く。
351:
FROM 城廻めぐり
TITLE ハッピーバレンタイン!
おはよう、比企谷くん!(*´ω`*)
今日は待ちに待ったバレンタインデーイベントだねヾ(o´▽`)ノ
忘れたりしないように!( メ`・ω・´)ノ
じゃあまた学校で会おうね!(@・ω・@)ノ
TITLE ハッピーバレンタイン!
おはよう、比企谷くん!(*´ω`*)
今日は待ちに待ったバレンタインデーイベントだねヾ(o´▽`)ノ
忘れたりしないように!( メ`・ω・´)ノ
じゃあまた学校で会おうね!(@・ω・@)ノ
352:
八幡「……」
……………………。
はっ、一瞬天国に召されかけていた!
あぶねぇあぶねぇ……Anotherならそのまま氏んでた。
正気を取り戻したところで、再びメールの文章を読み返す。
わあ、わざわざイベントのお知らせとか気が利くなぁめぐりさんは……まさか俺がサボろうとしていることがバレたのだろうか。だとしたらこのメールは釘を刺すためなのかもしれない。わあ、めぐりさんこわぁ……。
まさかめぐりさんに限ってそんな黒いことを考えてこのメールをよこしたわけないじゃないかHAHAHA!! と内心笑い飛ばしながら、三度メールの文章を読み直す。
うーん、毎度破壊力の高いこと高いこと。あの戸塚のメールの破壊力も役満級であったが、このめぐりさんも別ベクトルでとんでもない破壊力を持ったメールを送ってくる。
こんなにもほんわかするメールを作成出来る人間は他にいるだろうか、いやいない。(反語)
朝から心がめぐりっしゅされ、幸せな気分になりながら部屋を出て洗面所に向かった。
……………………。
はっ、一瞬天国に召されかけていた!
あぶねぇあぶねぇ……Anotherならそのまま氏んでた。
正気を取り戻したところで、再びメールの文章を読み返す。
わあ、わざわざイベントのお知らせとか気が利くなぁめぐりさんは……まさか俺がサボろうとしていることがバレたのだろうか。だとしたらこのメールは釘を刺すためなのかもしれない。わあ、めぐりさんこわぁ……。
まさかめぐりさんに限ってそんな黒いことを考えてこのメールをよこしたわけないじゃないかHAHAHA!! と内心笑い飛ばしながら、三度メールの文章を読み直す。
うーん、毎度破壊力の高いこと高いこと。あの戸塚のメールの破壊力も役満級であったが、このめぐりさんも別ベクトルでとんでもない破壊力を持ったメールを送ってくる。
こんなにもほんわかするメールを作成出来る人間は他にいるだろうか、いやいない。(反語)
朝から心がめぐりっしゅされ、幸せな気分になりながら部屋を出て洗面所に向かった。
353:
そんな幸せ気分るんるんと洗面所の鑑を見ると、大層気持ち悪い顔を浮かべている俺が映っている。
さすがに浮かれ過ぎたかとバシャバシャと冷たい水を乱暴に顔に叩きつけていると、後ろの方から足音が聞こえてきた。
タオルで顔を拭いてから、そちらの方を見やるとまだ寝ぼけ眼のままの小町がふらふらとリビングに向かっている。
八幡「おう、おはよう」
小町「あ、お兄ちゃん……おはよう」
そう挨拶を返してくれた小町の声にはどこか覇気がない。普段ならドン!! とかいう効果音が出てくるほど元気なのに。いやさすがにそんなことないか。
今、小町の元気が無いように見受けられるのは来週の頭に受験が差し迫っているせいだろう。
まぁだからといって俺がしてやれることはほとんどない。せいぜい下手な刺激を与えないように気をつける程度である。
机の上にはすでに朝食が出揃っていた。おそらくすでに家を出たママンが作ってくれたものなのだろう。
お茶を淹れて椅子に座っている小町に渡してから俺も椅子を引いて座る。そして二人して手を合わせると、いただきますと小さく唱和した。
さすがに浮かれ過ぎたかとバシャバシャと冷たい水を乱暴に顔に叩きつけていると、後ろの方から足音が聞こえてきた。
タオルで顔を拭いてから、そちらの方を見やるとまだ寝ぼけ眼のままの小町がふらふらとリビングに向かっている。
八幡「おう、おはよう」
小町「あ、お兄ちゃん……おはよう」
そう挨拶を返してくれた小町の声にはどこか覇気がない。普段ならドン!! とかいう効果音が出てくるほど元気なのに。いやさすがにそんなことないか。
今、小町の元気が無いように見受けられるのは来週の頭に受験が差し迫っているせいだろう。
まぁだからといって俺がしてやれることはほとんどない。せいぜい下手な刺激を与えないように気をつける程度である。
机の上にはすでに朝食が出揃っていた。おそらくすでに家を出たママンが作ってくれたものなのだろう。
お茶を淹れて椅子に座っている小町に渡してから俺も椅子を引いて座る。そして二人して手を合わせると、いただきますと小さく唱和した。
354:
さあ、いっぱい食べようよ! 早起きできたごほうび~♪ とどこぞのうっうーなアイドルの歌を脳内で流しながら朝食を口に放り込んでいると、小町がちらちらとこちらを窺っていることに気が付く。
八幡「……なんだ、どうした」
小町「ん、なんかお兄ちゃんご機嫌だなって」
八幡「そうか?」
確かにハイターッチとかしたくなるような曲を脳内で流してはいたが、まさか声に出していただろうかと小町の顔を見てみると、何やら興味深そうな表情をしている。
小町「……もしかしてお兄ちゃん、今日のバレンタインデーが楽しみだったりする?」
八幡「お、分かっちゃうか……そりゃあ例年小町から貰えるチョコが楽しみだからな」
小町「え、今年はないよ」
八幡「うっそだろお前!!」
ガタンと机を叩きながら抗議するが、小町はしらーっとした目で俺を見ているだけだった。いやいやーそういうのいいですからー……え、マジでないの?
その事実を理性が認めてしまうと、思わず目が潤んでしまった。うっ、目にゴミが……。
八幡「……なんだ、どうした」
小町「ん、なんかお兄ちゃんご機嫌だなって」
八幡「そうか?」
確かにハイターッチとかしたくなるような曲を脳内で流してはいたが、まさか声に出していただろうかと小町の顔を見てみると、何やら興味深そうな表情をしている。
小町「……もしかしてお兄ちゃん、今日のバレンタインデーが楽しみだったりする?」
八幡「お、分かっちゃうか……そりゃあ例年小町から貰えるチョコが楽しみだからな」
小町「え、今年はないよ」
八幡「うっそだろお前!!」
ガタンと机を叩きながら抗議するが、小町はしらーっとした目で俺を見ているだけだった。いやいやーそういうのいいですからー……え、マジでないの?
その事実を理性が認めてしまうと、思わず目が潤んでしまった。うっ、目にゴミが……。
355:
そのまま机に突っ伏すと、はぁ~と小町の面倒くさそうなため息が聞こえてきた。
小町「……えー、なんでガチ泣きしてるの」
八幡「うう……俺の妹がこんなに反抗期なわけがない……ギブミーチョコレート……」
小町「はぁ、気持ち悪いなぁこのごみぃちゃん」
そう再びため息をつきながら、小町はいつの間にか食べ終わっていた食器を片付けてぱたぱたとどこかへ去ってしまった。
とうとう妹からすら見放されてしまった俺は今後何を希望に生きていけばいいんだ……。
希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が出てくるということなのだろうか。そうやって差し引きを0にして世の中のバランスは成り立ってるんだってどこぞの赤い林檎の魔法少女が言ってたな……。
このままじゃ絶望のせいでソウルジェムが濁りきって魔女になってしまう……いや、男だから魔法使いか……30歳までまだ時間はあるはずなんだけどなー、と頭の中でくるくると思考が廻り巡っていると、またぱたぱたと小町がリビングに駆け戻ってきた。
八幡「……?」
どうしたのだろうと突っ伏していた机から顔を上げてその足音がしてきた方を見やれば、そこには何やら箱っぽいものを持っている小町が立っていた。
小町「ん!」
八幡「何? カンタ?」
どこぞの素直になれない男子小学生がサツキに傘を貸したような感じで、その箱を突き出すように俺に渡してくる。
それを受け取ってまじまじと見てみれば、それはラッピングされたチョコレートのようだ。
八幡「……おお」
ハチマンは でんせつのちょこれーとを てにいれた!▼
小町「……えー、なんでガチ泣きしてるの」
八幡「うう……俺の妹がこんなに反抗期なわけがない……ギブミーチョコレート……」
小町「はぁ、気持ち悪いなぁこのごみぃちゃん」
そう再びため息をつきながら、小町はいつの間にか食べ終わっていた食器を片付けてぱたぱたとどこかへ去ってしまった。
とうとう妹からすら見放されてしまった俺は今後何を希望に生きていけばいいんだ……。
希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が出てくるということなのだろうか。そうやって差し引きを0にして世の中のバランスは成り立ってるんだってどこぞの赤い林檎の魔法少女が言ってたな……。
このままじゃ絶望のせいでソウルジェムが濁りきって魔女になってしまう……いや、男だから魔法使いか……30歳までまだ時間はあるはずなんだけどなー、と頭の中でくるくると思考が廻り巡っていると、またぱたぱたと小町がリビングに駆け戻ってきた。
八幡「……?」
どうしたのだろうと突っ伏していた机から顔を上げてその足音がしてきた方を見やれば、そこには何やら箱っぽいものを持っている小町が立っていた。
小町「ん!」
八幡「何? カンタ?」
どこぞの素直になれない男子小学生がサツキに傘を貸したような感じで、その箱を突き出すように俺に渡してくる。
それを受け取ってまじまじと見てみれば、それはラッピングされたチョコレートのようだ。
八幡「……おお」
ハチマンは でんせつのちょこれーとを てにいれた!▼
356:
八幡「……くれるのか」
小町「まぁ、一応ね……毎年のことだし」
八幡「マジかよ、俺は出来た妹を持てて幸せだ」
小町「小町は腐ったお兄ちゃんがいても、結構複雑なんだけど……」
貰えたチョコレートを抱きしめながら感動の涙を流している俺を見て、小町は呆れたような表情ではぁ~と今日何度目かになるか分からないため息をついた。
小町「小町以外にも、そうやって素直に気持ちを伝えることが出来るようになればいいのに」
八幡「ばっかお前、俺はいつだって素直に生きてるぞ」
小町「そういう意味じゃなくて。いやまぁある意味素直かもしれないんだけど……」
いやほんと素直過ぎて進路希望調査票に専業主夫って堂々と書いちゃうレベル。実際働いたら負けとか言われるこの世界で自ら働く選択肢を取るとかマゾなのかと思う。
しかし小町は俺の言葉をふっと鼻で笑い飛ばしながら、暖かい微笑みを浮かべながらこちらを見つめてきた。その眼差しはどこか真剣で、どこか優しくて、そしてどこか哀しそうな色が見え隠れしている。
小町「……お兄ちゃんさ、本当は今日のバレンタインデー楽しみなんでしょ」
再び、最初の話題に戻った。その声音は茶化すようなものではない。
小町「まぁ、一応ね……毎年のことだし」
八幡「マジかよ、俺は出来た妹を持てて幸せだ」
小町「小町は腐ったお兄ちゃんがいても、結構複雑なんだけど……」
貰えたチョコレートを抱きしめながら感動の涙を流している俺を見て、小町は呆れたような表情ではぁ~と今日何度目かになるか分からないため息をついた。
小町「小町以外にも、そうやって素直に気持ちを伝えることが出来るようになればいいのに」
八幡「ばっかお前、俺はいつだって素直に生きてるぞ」
小町「そういう意味じゃなくて。いやまぁある意味素直かもしれないんだけど……」
いやほんと素直過ぎて進路希望調査票に専業主夫って堂々と書いちゃうレベル。実際働いたら負けとか言われるこの世界で自ら働く選択肢を取るとかマゾなのかと思う。
しかし小町は俺の言葉をふっと鼻で笑い飛ばしながら、暖かい微笑みを浮かべながらこちらを見つめてきた。その眼差しはどこか真剣で、どこか優しくて、そしてどこか哀しそうな色が見え隠れしている。
小町「……お兄ちゃんさ、本当は今日のバレンタインデー楽しみなんでしょ」
再び、最初の話題に戻った。その声音は茶化すようなものではない。
357:
八幡「……別に、んなことねぇよ」
その小町の視線を受け続けるのが少し気まずく、俺は適当にそう答えつつ目を逸らす。すると小町も照れくさくなったのか、ふっふっふーと笑いながら先ほどまでの雰囲気を壊してきた。
小町「またまたー。もしもくれそうな人がいるんなら、その人にもちゃんと素直に言いなよ?」
八幡「何をだよ……」
小町「それはお兄ちゃんが考えて」
そう言うと、小町は悪戯っぽく微笑む。そしてくるっと背中をこちらに向けると、そのままリビングの扉を開けて去ってしまっていった。
ただ一人残され、俺は先ほどの小町の言葉を思い返す。
素直に、か。
それはやろうと思えば出来るものなのだろうか。
色々あって食べ損ねていた朝食に口をつけると、それはすっかり冷めてしまっていた。
その小町の視線を受け続けるのが少し気まずく、俺は適当にそう答えつつ目を逸らす。すると小町も照れくさくなったのか、ふっふっふーと笑いながら先ほどまでの雰囲気を壊してきた。
小町「またまたー。もしもくれそうな人がいるんなら、その人にもちゃんと素直に言いなよ?」
八幡「何をだよ……」
小町「それはお兄ちゃんが考えて」
そう言うと、小町は悪戯っぽく微笑む。そしてくるっと背中をこちらに向けると、そのままリビングの扉を開けて去ってしまっていった。
ただ一人残され、俺は先ほどの小町の言葉を思い返す。
素直に、か。
それはやろうと思えば出来るものなのだろうか。
色々あって食べ損ねていた朝食に口をつけると、それはすっかり冷めてしまっていた。
358:
× × ×
さて時間が経つものは早いもので、いつの間にか放課後である。
ホームルームが終わると教室が再び喧騒に包まれる。今日は朝からこんな感じだ。バレンタインデーでああだこうだと、特に女子が喧しい。当然ながら俺は誰かと騒ぐような相手などいやしない。
しかし他のクラスメイトはぼっちじゃないのか、随分と多くの生徒が放課後のこの教室に残って雑談を繰り広げていた。ワンチャン自分にチョコ貰えるかも? と期待して残っているとしたらそいつはただの自意識過剰なだけの馬鹿だ。どうも昔の俺です。
そういうわけではなく、これからバレンタインデーイベントが体育館で行なわれるため、それの開始時間まで暖房の効いたこの教室で待っていようと考えている生徒が多いだけだろう。そして、俺はこれからそのイベントの運営に携わるわけだ。
やだなーこんなリア充どもをこれからずっと目にしながら仕事しないといけないのかー、本気でいやんなるなー、でもここでサボったらめぐりさんがどんな顔するのか分かったもんじゃないしなー。
はぁ~と人知れず大きなため息をついていると、教室の後ろの方からひときわ喧しい声が聞こえてきた。もはや振り向かなくても誰の声だかは分かる。戸部だろう。
359:
戸部「っべーわ、今日のバンドめっちゃ緊張してきたわー」
葉山「おいおい、さすがに早すぎるだろ」
大和「でも分かる」
大岡「それな」
その会話を聞いて、そういえば今日のイベントではいくつかの有志団体が体育館の前のステージで何か出し物をするはずだったことを思い出す。
そして、そのうちのひとつが葉山率いるバンドだったはずだ。
三浦「あんたらしっかりしなよ」
そんな早くも緊張し始めていた三バカにに向かって、三浦が発破をかける。こちらはどうやらいつも通りの女王っぷりだ。
葉山「優美子はさすがだな」
三浦「べ、別に、これくらい普通だし……」
しかし、三浦の手元をよく見るとその手が微かに震えているように見えた。お前も緊張してんじゃねぇか。
その緊張の原因がバンドなのか、それとも他の事なのかまでは俺には分からなかったが。
葉山「……しっかりやろうな」
八幡「……?」
戸部達に掛けたその葉山の声には、妙に熱に篭っているように聞こえた。至って普通の言葉だと思うのだが、何故だがそこに違和感を覚える。
ただのイベントの余興なのにそこまで本気出すものなのか、と葉山たちの方へ再び視線をやると、葉山の近くにいた由比ヶ浜と目が合った。
葉山「おいおい、さすがに早すぎるだろ」
大和「でも分かる」
大岡「それな」
その会話を聞いて、そういえば今日のイベントではいくつかの有志団体が体育館の前のステージで何か出し物をするはずだったことを思い出す。
そして、そのうちのひとつが葉山率いるバンドだったはずだ。
三浦「あんたらしっかりしなよ」
そんな早くも緊張し始めていた三バカにに向かって、三浦が発破をかける。こちらはどうやらいつも通りの女王っぷりだ。
葉山「優美子はさすがだな」
三浦「べ、別に、これくらい普通だし……」
しかし、三浦の手元をよく見るとその手が微かに震えているように見えた。お前も緊張してんじゃねぇか。
その緊張の原因がバンドなのか、それとも他の事なのかまでは俺には分からなかったが。
葉山「……しっかりやろうな」
八幡「……?」
戸部達に掛けたその葉山の声には、妙に熱に篭っているように聞こえた。至って普通の言葉だと思うのだが、何故だがそこに違和感を覚える。
ただのイベントの余興なのにそこまで本気出すものなのか、と葉山たちの方へ再び視線をやると、葉山の近くにいた由比ヶ浜と目が合った。
360:
すると由比ヶ浜がごめんと三浦たちに謝り、そのままぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる。
結衣「ごめんごめん、待ってくれてた?」
八幡「いや、別に」
なんとなく戸部のやかましさが気になって葉山グループの会話を盗み聞きしていただけなのだが、由比ヶ浜はそれを待っていたと受け取ったようだった。
結衣「じゃあみんな、あたし先に体育館行ってるね」
葉山「ああ、結衣は運営側だったんだな。頑張れ」
優美子「あーしも後で行くから」
海老名「ユイー、頑張ってねー」
結衣「うん、じゃあまた後で!」
そう由比ヶ浜が葉山たちに別れを告げると、由比ヶ浜が行こっと先を促した。そしてそのまま教室の扉を開ける。
結衣「ごめんごめん、待ってくれてた?」
八幡「いや、別に」
なんとなく戸部のやかましさが気になって葉山グループの会話を盗み聞きしていただけなのだが、由比ヶ浜はそれを待っていたと受け取ったようだった。
結衣「じゃあみんな、あたし先に体育館行ってるね」
葉山「ああ、結衣は運営側だったんだな。頑張れ」
優美子「あーしも後で行くから」
海老名「ユイー、頑張ってねー」
結衣「うん、じゃあまた後で!」
そう由比ヶ浜が葉山たちに別れを告げると、由比ヶ浜が行こっと先を促した。そしてそのまま教室の扉を開ける。
361:
結衣「いやー楽しみだねーバレンタインデーイベント。ヒッキーはどう?」
寒々しい廊下に出ると、由比ヶ浜が明るい声で会話を切り出してきた。この子本当に元気ねぇ、アホの子は寒さを感じないのかしらん。
八幡「まぁ、そうだな」
結衣「おー、ヒッキーにしては珍しく素直だね」
八幡「今日だけで何人の片思いが玉砕するかと思うと、今から楽しみだ」
結衣「やっぱり捻くれてる!!」
由比ヶ浜ははぁ~と呆れたようなため息をつきながら、がくっと肩を落とした。そのまま俯くと、表情を暗くする。
結衣「……玉砕、なのかな」
そしてぼそっと、小声で言葉を呟いた。それは俺の耳にまで届いたが、なんて反応すればいいか分からずに黙りこくってしまう。
しばらく気まずい沈黙を味わっていると、由比ヶ浜がちらとこちらを見上げてきた。
結衣「……ヒッキーって告ったことあるんでしょ、どんな感じだったの?」
八幡「お前…………人のトラウマをほじくるのがそんなに楽しいか…………?」
結衣「わわわごめん、今のなし!」
ああ、今でも鮮明に思い出せる。折本への告白を断られた翌日、教室でひそひそ話をされた時のことが……。あっれおかしいな、目の前がちょっと歪んできた。
寒々しい廊下に出ると、由比ヶ浜が明るい声で会話を切り出してきた。この子本当に元気ねぇ、アホの子は寒さを感じないのかしらん。
八幡「まぁ、そうだな」
結衣「おー、ヒッキーにしては珍しく素直だね」
八幡「今日だけで何人の片思いが玉砕するかと思うと、今から楽しみだ」
結衣「やっぱり捻くれてる!!」
由比ヶ浜ははぁ~と呆れたようなため息をつきながら、がくっと肩を落とした。そのまま俯くと、表情を暗くする。
結衣「……玉砕、なのかな」
そしてぼそっと、小声で言葉を呟いた。それは俺の耳にまで届いたが、なんて反応すればいいか分からずに黙りこくってしまう。
しばらく気まずい沈黙を味わっていると、由比ヶ浜がちらとこちらを見上げてきた。
結衣「……ヒッキーって告ったことあるんでしょ、どんな感じだったの?」
八幡「お前…………人のトラウマをほじくるのがそんなに楽しいか…………?」
結衣「わわわごめん、今のなし!」
ああ、今でも鮮明に思い出せる。折本への告白を断られた翌日、教室でひそひそ話をされた時のことが……。あっれおかしいな、目の前がちょっと歪んできた。
362:
八幡「いや、気にしてないからいい。別に二人きりの時に告白したはずなのに何故か翌日にはクラス中に知れ渡っていて嘲笑のネタにされたこととか思い出してないから別にいい」
結衣「めちゃくちゃ気にしてるし!」
ばっかお前、本当に気にしてないって。こういう時って変に慰められる方がきついんだって。いやほんとマジで。
しかし幾分か気まずい空気がマシになったことを感じ取ると、俺はごほんごほんと誤魔化すように咳払いをした。
八幡「まぁ、あれだ。告白ってのは確かにリスキーな行為だけどな、その後どうなるかはそいつ次第なんじゃねぇの」
結衣「……その人次第」
適当に一般論っぽいことを言って締めようとしたが、由比ヶ浜は何から重々しく頷いていた。ちなみに俺の場合どうなったかはもう蒸し返さなくてもいいよね。
そんなこんなでいつの間にか体育館の前にまでやってきた。その中ではすでに生徒会の面々が動いているのが、外からでも見える。
体育館の扉を開けると、中にいた雪ノ下、一色、めぐりさんが同時にこちらの方を振り向いてきた。毎度思うんだけど君たち来るの早すぎね? 俺たちのクラスのホームルームが長すぎるだけなの?
結衣「めちゃくちゃ気にしてるし!」
ばっかお前、本当に気にしてないって。こういう時って変に慰められる方がきついんだって。いやほんとマジで。
しかし幾分か気まずい空気がマシになったことを感じ取ると、俺はごほんごほんと誤魔化すように咳払いをした。
八幡「まぁ、あれだ。告白ってのは確かにリスキーな行為だけどな、その後どうなるかはそいつ次第なんじゃねぇの」
結衣「……その人次第」
適当に一般論っぽいことを言って締めようとしたが、由比ヶ浜は何から重々しく頷いていた。ちなみに俺の場合どうなったかはもう蒸し返さなくてもいいよね。
そんなこんなでいつの間にか体育館の前にまでやってきた。その中ではすでに生徒会の面々が動いているのが、外からでも見える。
体育館の扉を開けると、中にいた雪ノ下、一色、めぐりさんが同時にこちらの方を振り向いてきた。毎度思うんだけど君たち来るの早すぎね? 俺たちのクラスのホームルームが長すぎるだけなの?
363:
いろは「あ、先輩、おっそーい」
そして俺と由比ヶ浜の存在に気がついた一色がこちらにとことことやってきた。その顔がどこかふくれていたが、俺としては別に怒られる筋合いはない。
それに続いて、雪ノ下とめぐりさんもやってきた。
雪乃「こんにちは。由比ヶ浜さん、比企谷くん」
めぐり「やっ、二人とも。こんにちは~」
結衣「やっはろーです!」
八幡「ども」
軽く頭を下げて会釈をすると、めぐりさんがほんわか笑顔を浮かべてうんうんと頷いた。瞬間にこの体育館中がほんわか雰囲気に包まれたような感覚になる。一家に一台欲しいね、全自動ほんわか機。
めぐり「今日はね、時間のあるメンバーたちにも来てもらったんだよ」
八幡「……メンバー?」
そのめぐりさんの言い方に違和感を覚えて、思わず聞き返してしまった。何、メンバーって? どっかの裏の組織だったりするの? しかしメンバーとかアイテムとかスクールとかブロックとか出てくる辺りっていつになったらアニメ化するんだろうね。三期はよ。
そして俺と由比ヶ浜の存在に気がついた一色がこちらにとことことやってきた。その顔がどこかふくれていたが、俺としては別に怒られる筋合いはない。
それに続いて、雪ノ下とめぐりさんもやってきた。
雪乃「こんにちは。由比ヶ浜さん、比企谷くん」
めぐり「やっ、二人とも。こんにちは~」
結衣「やっはろーです!」
八幡「ども」
軽く頭を下げて会釈をすると、めぐりさんがほんわか笑顔を浮かべてうんうんと頷いた。瞬間にこの体育館中がほんわか雰囲気に包まれたような感覚になる。一家に一台欲しいね、全自動ほんわか機。
めぐり「今日はね、時間のあるメンバーたちにも来てもらったんだよ」
八幡「……メンバー?」
そのめぐりさんの言い方に違和感を覚えて、思わず聞き返してしまった。何、メンバーって? どっかの裏の組織だったりするの? しかしメンバーとかアイテムとかスクールとかブロックとか出てくる辺りっていつになったらアニメ化するんだろうね。三期はよ。
364:
そんな俺の疑惑の顔に気が付いたのか、にこりと笑っためぐりさんがくるっと後ろを振り向いてどこかに声を掛ける。
めぐり「ね、みんな」
メンバー「ここに」
すると、スッとどこからか数人の生徒がそこに現れた。
なんだ、忍者か。いや、本当に裏の組織の暗殺者だったりするんじゃないの?
しかしあのメガネ達どっかで見たことがあるなと自分の記憶を辿ってみると、少し時間が掛かったが思い出した。
確かめぐりさんと一緒に生徒会を務めていた先代の役員達だ。文化祭や体育祭では随分と世話になったものだ。
そんなことを考えていると、再びめぐりさんはこちらの方に振り向くと、俺たちの顔を見渡す。
そしてぐっと握った拳を、天井に向かって勢いよく突き出した。
めぐり「よーしっ、じゃあ本番も頑張ろう、おー!!」
八幡「おー、おー……」
この人本当にいつもやる気だなぁ、と引き気味に俺たちもそのノリに乗った。それを見ためぐりさんはうんうんと満足げに頷く。
さて、バレンタインデーイベント本番だ。
さっきまではああ言っていたものの本当に心配させるわけにはいかない。
八幡「じゃ、やりますか」
軽く肩を回しながら、他の生徒会役員の手伝いをするために体育館の奥の方に向かった。
これから、長い放課後が始まる。
めぐり「ね、みんな」
メンバー「ここに」
すると、スッとどこからか数人の生徒がそこに現れた。
なんだ、忍者か。いや、本当に裏の組織の暗殺者だったりするんじゃないの?
しかしあのメガネ達どっかで見たことがあるなと自分の記憶を辿ってみると、少し時間が掛かったが思い出した。
確かめぐりさんと一緒に生徒会を務めていた先代の役員達だ。文化祭や体育祭では随分と世話になったものだ。
そんなことを考えていると、再びめぐりさんはこちらの方に振り向くと、俺たちの顔を見渡す。
そしてぐっと握った拳を、天井に向かって勢いよく突き出した。
めぐり「よーしっ、じゃあ本番も頑張ろう、おー!!」
八幡「おー、おー……」
この人本当にいつもやる気だなぁ、と引き気味に俺たちもそのノリに乗った。それを見ためぐりさんはうんうんと満足げに頷く。
さて、バレンタインデーイベント本番だ。
さっきまではああ言っていたものの本当に心配させるわけにはいかない。
八幡「じゃ、やりますか」
軽く肩を回しながら、他の生徒会役員の手伝いをするために体育館の奥の方に向かった。
これから、長い放課後が始まる。
379:
× × ×
八幡「よっこらせっと」
運んできた机を床に降ろし、一息つく。それからぐるっと体育館の中を見渡した。見れば生徒会役員や一部の手伝いの人たちがえOちらほっちらと机を運んだり、袋に包まれたチョコを皿に分けていたりしている。
だいぶ会場設営も終わりかけているようだ。あと数十分で会場を開放する予定だが、このペースであれば余裕を持って設営は終わらせられるだろう。
そのまま体育館の様子を窺っていると、ふと雪ノ下と由比ヶ浜、そしてめぐりさんがいないことに気がつく。
あいつら何をやってるんだろうと考えていると、一色がこちらに向かってぱたぱたと駆け寄ってきた。
いろは「せんぱーい! こっちはもう大丈夫なので、家庭科室に向かってくれませんか?」
八幡「家庭科室?」
いろは「はい。今、雪ノ下先輩たちが家庭科室でケーキを焼いているはずなんですけど、結構量あると思うので人手が必要かなと」
ああ、思い出した。そういえば雪ノ下たちはこのイベントで振舞うためのチョコレートケーキだったか何かを作るために家庭科室に向かったんだった。
380:
いろは「だからそっちお願いします」
八幡「分かった」
そういうことならば行くしかあるまい。確か結構な量を用意する予定であったはずだ。それを女性数人だけで運ぶのはさすがに大変だろう。
俺と、そして同じく一色に仕事を頼まれたのか副会長が家庭科室に向かう。この副会長もよく一色に振り回されているようで、ちょっと同情してしまった。
やや駆け足気味に廊下を進んでいると、副会長が申し訳なさそうに口を開いた。
本牧「悪い、助かるよ」
八幡「別にいいよ、今更だ」
このイベントには企画当初から関わってしまっている。今更多少の肉体労働を押し付けられたところで悪く思われても、逆にこっちが困ってしまう。
まぁ実はサボろうかなんて変な考えをしたこともあるけど、実行に移していないのでセーフセーフ。
そのまま家庭科室に到着し扉を開けると、中には雪ノ下、そして由比ヶ浜、めぐりさん、メガネをかけた生徒会の書記、そして先代の生徒会役員たちがいた。
結衣「あ、ヒッキー!」
こちらに気がついた由比ヶ浜が手をあげてくる。それにようと軽く返しつつ、近くにまで向かった。
八幡「分かった」
そういうことならば行くしかあるまい。確か結構な量を用意する予定であったはずだ。それを女性数人だけで運ぶのはさすがに大変だろう。
俺と、そして同じく一色に仕事を頼まれたのか副会長が家庭科室に向かう。この副会長もよく一色に振り回されているようで、ちょっと同情してしまった。
やや駆け足気味に廊下を進んでいると、副会長が申し訳なさそうに口を開いた。
本牧「悪い、助かるよ」
八幡「別にいいよ、今更だ」
このイベントには企画当初から関わってしまっている。今更多少の肉体労働を押し付けられたところで悪く思われても、逆にこっちが困ってしまう。
まぁ実はサボろうかなんて変な考えをしたこともあるけど、実行に移していないのでセーフセーフ。
そのまま家庭科室に到着し扉を開けると、中には雪ノ下、そして由比ヶ浜、めぐりさん、メガネをかけた生徒会の書記、そして先代の生徒会役員たちがいた。
結衣「あ、ヒッキー!」
こちらに気がついた由比ヶ浜が手をあげてくる。それにようと軽く返しつつ、近くにまで向かった。
381:
八幡「もう出来てるのか?」
雪乃「さすがに全部は無理ね。今出来ているだけでも持っていって、あとでまた取りに来てちょうだい」
家庭科室のテーブルの上を見渡してみれば結構な量のケーキが焼きあがっており、チョコの甘い香りが教室中に漂っている。ついでに視界の端で副会長と書記ちゃんが甘い雰囲気を醸し出している。おい副会長仕事しろ。
しかしこの短時間でこれだけの量を作りきっただけでも十分凄いと思うのだが、まだあるのね……まぁ任意参加とはいえ一応全校生徒が来てもおかしくないイベントなので、これでもまだ足りないのだろう。クリスマスイベントの時より多くの人数が来るかもしれないし。
八幡「ところで由比ヶ浜が作ったのって食える出来になってんの?」
結衣「ひどっ! 食べられるよ!」
雪乃「大丈夫だと思うわ、私がずっと監視してたもの」
結衣「監視だったの!?」
そっかー、あの雪ノ下さんが監視してたなら安心かー。……いやどうだろう、去年の春は雪ノ下が付きっ切りでも割とアウトな出来だったような……。
雪乃「……あなたが何を考えているのか、聞かなくても分かるような気がするわ」
雪ノ下がこめかみを押さえつつ、はぁとため息をついた。なに、エスパーなの? ……いや、相当不安気な顔してたんだろうな、俺。
雪乃「少し、食べてみてはどうかしら」
八幡「え?」
そう言って雪ノ下は並んであるチョコレートケーキのうちのひとつを指差した。おそらくそれが由比ヶ浜の関わったものなのだろう。
見た目は他のものとほとんど同じように見える。確かに見た目は旨そうなんだが、由比ヶ浜が作ったと聞くだけで不安になってしまう。
雪乃「さすがに全部は無理ね。今出来ているだけでも持っていって、あとでまた取りに来てちょうだい」
家庭科室のテーブルの上を見渡してみれば結構な量のケーキが焼きあがっており、チョコの甘い香りが教室中に漂っている。ついでに視界の端で副会長と書記ちゃんが甘い雰囲気を醸し出している。おい副会長仕事しろ。
しかしこの短時間でこれだけの量を作りきっただけでも十分凄いと思うのだが、まだあるのね……まぁ任意参加とはいえ一応全校生徒が来てもおかしくないイベントなので、これでもまだ足りないのだろう。クリスマスイベントの時より多くの人数が来るかもしれないし。
八幡「ところで由比ヶ浜が作ったのって食える出来になってんの?」
結衣「ひどっ! 食べられるよ!」
雪乃「大丈夫だと思うわ、私がずっと監視してたもの」
結衣「監視だったの!?」
そっかー、あの雪ノ下さんが監視してたなら安心かー。……いやどうだろう、去年の春は雪ノ下が付きっ切りでも割とアウトな出来だったような……。
雪乃「……あなたが何を考えているのか、聞かなくても分かるような気がするわ」
雪ノ下がこめかみを押さえつつ、はぁとため息をついた。なに、エスパーなの? ……いや、相当不安気な顔してたんだろうな、俺。
雪乃「少し、食べてみてはどうかしら」
八幡「え?」
そう言って雪ノ下は並んであるチョコレートケーキのうちのひとつを指差した。おそらくそれが由比ヶ浜の関わったものなのだろう。
見た目は他のものとほとんど同じように見える。確かに見た目は旨そうなんだが、由比ヶ浜が作ったと聞くだけで不安になってしまう。
382:
結衣「そ、そうだよ! そんなに言うならちょっと食べてみてよ!」
八幡「む……」
雪乃「今、切り分けるわね」
雪ノ下が素早く包丁でケーキの一部を切り取り、そして皿に乗せてフォークと一緒に差し出してきた。こうされると食べないとも言い出しづらい。策士か雪ノ下孔明。
……よし、俺も男だ。覚悟を決めようではないか。
結衣「……そんなに覚悟を決めたような顔をしなくても」
八幡「……いただきます」
フォークをケーキに突き刺し、そしてそのままそれを口の中に運ぶ。チョコクリームの甘みが口の中に広がり、それを味わいながら喉の奥まで飲み込む。
しばらく身体に異常が無いか確かめてみたが、特に問題なさそうだ。
八幡「おお、食える……食えるぞ……」
結衣「そりゃ食べられるよ……」
雪乃「どうやら問題なさそうね、私も少しいただこうかしら」
八幡「毒見だったのか、今の……」
まぁ、とりあえず由比ヶ浜が関わったケーキも食えることが判明した。これなら特に問題と言える問題もないだろう。
毒見……もとい味見も終わったことだし、ちゃっちゃかとケーキを運ぶことにしよう。あまり時間も余裕なさそうだしな。
八幡「む……」
雪乃「今、切り分けるわね」
雪ノ下が素早く包丁でケーキの一部を切り取り、そして皿に乗せてフォークと一緒に差し出してきた。こうされると食べないとも言い出しづらい。策士か雪ノ下孔明。
……よし、俺も男だ。覚悟を決めようではないか。
結衣「……そんなに覚悟を決めたような顔をしなくても」
八幡「……いただきます」
フォークをケーキに突き刺し、そしてそのままそれを口の中に運ぶ。チョコクリームの甘みが口の中に広がり、それを味わいながら喉の奥まで飲み込む。
しばらく身体に異常が無いか確かめてみたが、特に問題なさそうだ。
八幡「おお、食える……食えるぞ……」
結衣「そりゃ食べられるよ……」
雪乃「どうやら問題なさそうね、私も少しいただこうかしら」
八幡「毒見だったのか、今の……」
まぁ、とりあえず由比ヶ浜が関わったケーキも食えることが判明した。これなら特に問題と言える問題もないだろう。
毒見……もとい味見も終わったことだし、ちゃっちゃかとケーキを運ぶことにしよう。あまり時間も余裕なさそうだしな。
383:
八幡「じゃ、とりあえず出来上がったものだけでも運ぶか」
雪乃「気をつけて。決して落とさないように」
八幡「あいよ」
ケーキを入れた箱を両手で持ち、そのまま家庭科室を出る。重さ自体はそうでもないのだが、ケーキという性質上から乱暴に扱うわけにもいかないので、出来るだけ慎重に運ぶ。
すると、後ろから少し急ぎ気味の足音がこちらに近寄ってくる音がした。ちらりと視線をそちらに向けると、同じように箱を持っているめぐりさんが俺の横にやってきた。
八幡「あれ、あっちはいいんですか」
めぐり「うん。大体雪ノ下さんがやってくれたから、後は運ぶだけなんだ」
相変わらずハイスペックだなぁ、あいつ。由比ヶ浜を監視……もとい教育しながらあれだけのケーキを同時に作るなんて、そうそう出来ることじゃないよ! さすが雪ノ下様!
それと同時にクリスマスイベントの時のことが思い返された。あの時も雪ノ下は調理室の主となってガンガンオーブンを回してケーキを作りまくっていたものだ。
あの時より人数も時間も少なく、そして由比ヶ浜の監視も兼ねながらここまで出来るって……本当にあいつ何者なんだろう。
雪乃「気をつけて。決して落とさないように」
八幡「あいよ」
ケーキを入れた箱を両手で持ち、そのまま家庭科室を出る。重さ自体はそうでもないのだが、ケーキという性質上から乱暴に扱うわけにもいかないので、出来るだけ慎重に運ぶ。
すると、後ろから少し急ぎ気味の足音がこちらに近寄ってくる音がした。ちらりと視線をそちらに向けると、同じように箱を持っているめぐりさんが俺の横にやってきた。
八幡「あれ、あっちはいいんですか」
めぐり「うん。大体雪ノ下さんがやってくれたから、後は運ぶだけなんだ」
相変わらずハイスペックだなぁ、あいつ。由比ヶ浜を監視……もとい教育しながらあれだけのケーキを同時に作るなんて、そうそう出来ることじゃないよ! さすが雪ノ下様!
それと同時にクリスマスイベントの時のことが思い返された。あの時も雪ノ下は調理室の主となってガンガンオーブンを回してケーキを作りまくっていたものだ。
あの時より人数も時間も少なく、そして由比ヶ浜の監視も兼ねながらここまで出来るって……本当にあいつ何者なんだろう。
384:
めぐり「さすがだよね、雪ノ下さん」
八幡「あー、まぁそうですね」
めぐりさんと一言二言会話を挟みながら、再び体育館に戻ってくる。
すると中にいた一色が手をこまねいてこっち来いアピールをしていたので、めぐりさんと並んでそちらに向かった。
八幡「これどこ置けばいい?」
いろは「そこの机の上に置いてください。あとはわたし達がやるんで、また家庭科室に取りに行ってください」
八幡「へいへい……」
一色に指示された机にケーキの入った箱を置くと、またすぐに家庭科室に戻る。その道中でめぐりさんがあははとほんわか笑いを浮かべた。
めぐり「なかなか大変だねぇ」
八幡「あと何往復すればいいんでしょうね……」
まだ一度しか往復していないが、すでにうんざり気味だ。
特別棟の一階にある家庭科室から体育館までの距離はさほど離れておらず、階段を使う必要も無いのだが、それでもケーキというものは運ぶのに普通の荷物より気を使う。あと同じくケーキを運んでいる副会長と書記ちゃんが後ろでイチャコラかましてるのが本当にムカつく。仕事しろ副会長。
八幡「あー、まぁそうですね」
めぐりさんと一言二言会話を挟みながら、再び体育館に戻ってくる。
すると中にいた一色が手をこまねいてこっち来いアピールをしていたので、めぐりさんと並んでそちらに向かった。
八幡「これどこ置けばいい?」
いろは「そこの机の上に置いてください。あとはわたし達がやるんで、また家庭科室に取りに行ってください」
八幡「へいへい……」
一色に指示された机にケーキの入った箱を置くと、またすぐに家庭科室に戻る。その道中でめぐりさんがあははとほんわか笑いを浮かべた。
めぐり「なかなか大変だねぇ」
八幡「あと何往復すればいいんでしょうね……」
まだ一度しか往復していないが、すでにうんざり気味だ。
特別棟の一階にある家庭科室から体育館までの距離はさほど離れておらず、階段を使う必要も無いのだが、それでもケーキというものは運ぶのに普通の荷物より気を使う。あと同じくケーキを運んでいる副会長と書記ちゃんが後ろでイチャコラかましてるのが本当にムカつく。仕事しろ副会長。
385:
そしてそれから数度、家庭科室と体育館を行き来し、雪ノ下たちが作ったケーキを次々と体育館に運んでいく。もうだいぶ体育館の近くにも一般生徒たちが集まってきており、開放を今か今かと待ちわびている。
そしてこれで何度目か、再び家庭科室の中に戻ってくると、テーブルの上にはもうすでにケーキはなかった。
室内を見やれば、中には雪ノ下と由比ヶ浜の二人しかいない。しかしオーブンはフル稼働しており、ウィーンという音と、甘い匂いがしてくる。
八幡「お、もうねぇのか?」
雪乃「ええ、今作っている途中よ。まだそこそこ掛かるから、あなたと城廻先輩は体育館に先に戻って運営の手伝いをしてもらえるかしら」
結衣「あたしはまだゆきのんのお手伝いするからね!」
八幡「分かった。じゃあ先に体育館行ってるな」
めぐり「二人とも、頑張ってね」
そう言いながら、俺とめぐりさんは家庭科室を後にする。まぁ雪ノ下が残るなら後はなんとかなるだろうと思いながら、廊下を歩き始めた。
その道中で、めぐりさんがとんとんと俺の肩を叩いてきた。振り向いてみれば、めぐりさんがふふっと微笑みを携えながら俺の顔を見上げている。
ほんわかとした笑みに思わずどきりと鼓動が早くなるのを感じたが、それを悟られないように極めて冷静になるように意識した。
そしてこれで何度目か、再び家庭科室の中に戻ってくると、テーブルの上にはもうすでにケーキはなかった。
室内を見やれば、中には雪ノ下と由比ヶ浜の二人しかいない。しかしオーブンはフル稼働しており、ウィーンという音と、甘い匂いがしてくる。
八幡「お、もうねぇのか?」
雪乃「ええ、今作っている途中よ。まだそこそこ掛かるから、あなたと城廻先輩は体育館に先に戻って運営の手伝いをしてもらえるかしら」
結衣「あたしはまだゆきのんのお手伝いするからね!」
八幡「分かった。じゃあ先に体育館行ってるな」
めぐり「二人とも、頑張ってね」
そう言いながら、俺とめぐりさんは家庭科室を後にする。まぁ雪ノ下が残るなら後はなんとかなるだろうと思いながら、廊下を歩き始めた。
その道中で、めぐりさんがとんとんと俺の肩を叩いてきた。振り向いてみれば、めぐりさんがふふっと微笑みを携えながら俺の顔を見上げている。
ほんわかとした笑みに思わずどきりと鼓動が早くなるのを感じたが、それを悟られないように極めて冷静になるように意識した。
386:
八幡「どうしたんすか」
めぐり「もう、始まっちゃったね」
八幡「ん、もうそんな時間か……」
携帯を取り出して時間を確認してみれば、開始時刻の四時から数分過ぎていた。おそらくもう体育館には生徒たちが押し寄せてきているだろう。一色たちはうまくやれているだろうか。
めぐり「うーんちょっとドキドキするね、体育館の中はどうなってるかな」
八幡「リア充共が喧しく騒いでるんじゃないんですか」
めぐり「りあ……?」
あ、駄目だった。通じなかった。こういうところでパンピーとの壁を感じてしまうことって、あるよね。
げふんげふんと咳払いをして誤魔化しつつ、もう一度会話を仕切りなおす。
八幡「まぁ、もう結構人来てるんじゃないですかね、さっき体育館の周りに結構いましたし」
めぐり「そうだよね、みんな来てるよね」
前にめぐりさんから見せてもらった、去年の様子が映っていた写真のことを思い出す。あれに近い光景をこれから見に行こうというのだ。
うわー嫌だなーと俺の肩はやや落ち気味なのだが、隣のめぐりさんはうんうんと、とても楽しみそうにしている。
それに水を差すのも気が引けたので、その嫌な気持ちを顔に出さないように心がけた。
めぐり「みんな楽しみにして来てるんだし、頑張らないとだね。比企谷くんも頼りにしてるよ?」
八幡「ははは、それはどうも……」
まさか数秒前までイチャコラしてるカップルやらウェーイ系リア充どもを見に行くのとか嫌だなーとか思ってたとは言いだせず、引きつった笑いを浮かべながらそう返す。
めぐり「もう、始まっちゃったね」
八幡「ん、もうそんな時間か……」
携帯を取り出して時間を確認してみれば、開始時刻の四時から数分過ぎていた。おそらくもう体育館には生徒たちが押し寄せてきているだろう。一色たちはうまくやれているだろうか。
めぐり「うーんちょっとドキドキするね、体育館の中はどうなってるかな」
八幡「リア充共が喧しく騒いでるんじゃないんですか」
めぐり「りあ……?」
あ、駄目だった。通じなかった。こういうところでパンピーとの壁を感じてしまうことって、あるよね。
げふんげふんと咳払いをして誤魔化しつつ、もう一度会話を仕切りなおす。
八幡「まぁ、もう結構人来てるんじゃないですかね、さっき体育館の周りに結構いましたし」
めぐり「そうだよね、みんな来てるよね」
前にめぐりさんから見せてもらった、去年の様子が映っていた写真のことを思い出す。あれに近い光景をこれから見に行こうというのだ。
うわー嫌だなーと俺の肩はやや落ち気味なのだが、隣のめぐりさんはうんうんと、とても楽しみそうにしている。
それに水を差すのも気が引けたので、その嫌な気持ちを顔に出さないように心がけた。
めぐり「みんな楽しみにして来てるんだし、頑張らないとだね。比企谷くんも頼りにしてるよ?」
八幡「ははは、それはどうも……」
まさか数秒前までイチャコラしてるカップルやらウェーイ系リア充どもを見に行くのとか嫌だなーとか思ってたとは言いだせず、引きつった笑いを浮かべながらそう返す。
387:
そのままとことこと体育館の近くにまでやってくると中の騒ぎが聞こえてきた。この寒い外にまでその熱気が伝わってくる。
めぐり「わぁ、中はもう盛り上がってそうだね」
八幡「まだ始まって五分も経ってねぇだろ……」
あいつら火ぃ付くの早すぎない? 何、アルコールか何かなの? それともアルコールでも入れてるの? 未成年の飲酒は法律によって禁止されています。
はぁと軽くため息をつきながら体育館の中に入ろうとする。
瞬間、ふと手に熱い何かを感じた。
自分の腕の先に視線をやれば、めぐりさんが俺の手を握っているではないか。
八幡「……!?」
めぐり「比企谷くん、頑張ろうねっ!!」
俺の手を握っているめぐりさんの手に、さらに力がぎゅっとこめられる。そのめぐりさんの手の体温を感じながら、俺は軽く頷いた。
八幡「……はい」
めぐり「うんっ、じゃあ行こう!!」
そのまま俺の手を引いたまま、体育館の扉を開ける。
すると、わあっと生徒たちの熱気を帯びた歓声が俺たちを包み込んだ。
めぐり「わぁ、中はもう盛り上がってそうだね」
八幡「まだ始まって五分も経ってねぇだろ……」
あいつら火ぃ付くの早すぎない? 何、アルコールか何かなの? それともアルコールでも入れてるの? 未成年の飲酒は法律によって禁止されています。
はぁと軽くため息をつきながら体育館の中に入ろうとする。
瞬間、ふと手に熱い何かを感じた。
自分の腕の先に視線をやれば、めぐりさんが俺の手を握っているではないか。
八幡「……!?」
めぐり「比企谷くん、頑張ろうねっ!!」
俺の手を握っているめぐりさんの手に、さらに力がぎゅっとこめられる。そのめぐりさんの手の体温を感じながら、俺は軽く頷いた。
八幡「……はい」
めぐり「うんっ、じゃあ行こう!!」
そのまま俺の手を引いたまま、体育館の扉を開ける。
すると、わあっと生徒たちの熱気を帯びた歓声が俺たちを包み込んだ。
388:
× × ×
体育館に戻った後、俺は一色の指示の元、雑用やらなんやらを行なっていた。
この体育館で行なわれたバレンタインデーイベントには思ったより大勢の生徒がやってきたようで、冬なのにも関わらず体育館内の熱気は凄まじい。
見れば、葉山や戸部、三浦といった有志で出し物を行なう面子はもちろんのこと、その近くにいる海老名さんの側には川なんとかさんの姿も見える。川……、川なんだったっけな……まぁいいや、その川さんとかさんも海老名さんとわいわい(?)やっているようでよかった。仲良きことは良きことかな。
さらに他の所にも目をやると、知り合いが……知り合いが……そういえば俺、そもそも学校に知り合いの絶対数がめちゃくちゃ少なかったんだった。全然見当たらねぇ。ああ、奥の方で暑苦しいコートを着てる奴を見かけたような気がするけど、そいつは除外。
前のステージでは、有志の生徒がブレイクダンスを踊っていた。それを見ている生徒たちは机に置いてあるチョコやケーキなどを口にしながらそれに歓声や野次などを飛ばしている。青春してるねぇ、君たち。
その生徒たちの出し物の出来は上々だったようで、終わると同時に万雷の拍手が送られる。
俺はそれを横目に見つめながら、手に持っていた段ボール箱を舞台袖にまで運び込んだ。
389:
八幡「これはどこに置いておけばいいんだ」
いろは「あ、そこに置いててくださーい」
そこって言われてもな。まぁ適当に置いておけばいいや。何かあっても怒られるのは俺じゃないだろうし。
八幡「次、なんかやることあんのか」
いろは「今のところはないんで、休憩してもらってていいですよー」
あ、やっと終わったのね。イベント開始から一時間ほどずっとこうやって運んだり雑用を押し付けられていたので、結構な疲労が溜まっていたのだ。
結局こうやってきっちり働いてしまっている辺り、やっぱり社蓄の血には抗えないんだと思い始めてきました。どうも俺です。
雪乃「ご苦労様」
結衣「あ、ヒッキーおつかれー」
めぐり「お疲れさまっ、比企谷くん」
八幡「ん、ああ……」
ねぎらいの声を掛けられた方を見てみると、そこには雪ノ下たちがいた。その手にはカメラやマイクなどが握られている。機器のチェックでもしていたのだろうか。そういえば有志団体の活動を記録するのも運営側の仕事だって言ってたな。
いろは「あ、そこに置いててくださーい」
そこって言われてもな。まぁ適当に置いておけばいいや。何かあっても怒られるのは俺じゃないだろうし。
八幡「次、なんかやることあんのか」
いろは「今のところはないんで、休憩してもらってていいですよー」
あ、やっと終わったのね。イベント開始から一時間ほどずっとこうやって運んだり雑用を押し付けられていたので、結構な疲労が溜まっていたのだ。
結局こうやってきっちり働いてしまっている辺り、やっぱり社蓄の血には抗えないんだと思い始めてきました。どうも俺です。
雪乃「ご苦労様」
結衣「あ、ヒッキーおつかれー」
めぐり「お疲れさまっ、比企谷くん」
八幡「ん、ああ……」
ねぎらいの声を掛けられた方を見てみると、そこには雪ノ下たちがいた。その手にはカメラやマイクなどが握られている。機器のチェックでもしていたのだろうか。そういえば有志団体の活動を記録するのも運営側の仕事だって言ってたな。
390:
しかし雪ノ下は家庭科室であれだけのケーキを作成した後にこちらの仕事に加わっていたのだろうか。相変わらず仕事となると相変わらずものすごい動きを見せる奴だな。明日辺り倒れないか少し不安になる。
戸部「っべーわ、マジ緊張してきた」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたので、そちらをちらと見やれば、戸部がスティックと手に持ちながらだらだらと舞台袖の中に入ってきたのが見えた。それに続いて、葉山や三浦たちも入ってくる。
結衣「あ、優美子、隼人くん」
いろは「葉山先輩!」
葉山「やあ結衣、いろは。運営お疲れ」
緊張でかちこちになっている戸部たちとは違い、葉山はいつもの余裕そうな笑顔を浮かべたまま由比ヶ浜と一色に手を振っていた。
そしてその視線をそのまま横にずらしたかと思うと、俺とも目が合う。
葉山「雪ノ下さん、ヒキタニ君もいたのか。お疲れ様」
雪乃「あなたはこれからステージ?」
葉山「ああ、今やっている人の次なんだ」
はーんと興味もなかったので適当にそれを聞き流していると、その葉山の隣の三浦の姿が視界に入った。
戸部「っべーわ、マジ緊張してきた」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたので、そちらをちらと見やれば、戸部がスティックと手に持ちながらだらだらと舞台袖の中に入ってきたのが見えた。それに続いて、葉山や三浦たちも入ってくる。
結衣「あ、優美子、隼人くん」
いろは「葉山先輩!」
葉山「やあ結衣、いろは。運営お疲れ」
緊張でかちこちになっている戸部たちとは違い、葉山はいつもの余裕そうな笑顔を浮かべたまま由比ヶ浜と一色に手を振っていた。
そしてその視線をそのまま横にずらしたかと思うと、俺とも目が合う。
葉山「雪ノ下さん、ヒキタニ君もいたのか。お疲れ様」
雪乃「あなたはこれからステージ?」
葉山「ああ、今やっている人の次なんだ」
はーんと興味もなかったので適当にそれを聞き流していると、その葉山の隣の三浦の姿が視界に入った。
391:
三浦「……」
その顔つきは今までに見たことがないほどに真剣であり、思わず息を呑んでしまった。
確か前回、文化祭でここにいたときはえらくテンパっていたはずだったが、今の三浦からはまるであの時とは別人のようなオーラを纏っている。
葉山「今回は聴いてくれるんだろう、ヒキタニくん」
一体何があったのだろうか。よほど葉山とのステージを失敗したくないのだろうかと脳内で適当に考えていると、葉山がこちらに向かって話しかけて来たのでその思考を打ち切った。
話しかけられるとは思ってなかったので、少々驚きつつも適当におうとだけ返す。
そういえば前回は相模云々の件があったので、葉山たちのステージを目にすることはなかったのだ。
特別興味もなかったので気にしていなかったが、葉山のステージを見るのは今回が初めてとなる。
葉山「それはよかった」
何がよかったのだ。そんなに俺にバンド演奏を聴いてもらいたかったの? なんかどこからか腐腐腐とか笑い声が聞こえてきたような気がするけど、それは聴かなかったことにしよう。
その顔つきは今までに見たことがないほどに真剣であり、思わず息を呑んでしまった。
確か前回、文化祭でここにいたときはえらくテンパっていたはずだったが、今の三浦からはまるであの時とは別人のようなオーラを纏っている。
葉山「今回は聴いてくれるんだろう、ヒキタニくん」
一体何があったのだろうか。よほど葉山とのステージを失敗したくないのだろうかと脳内で適当に考えていると、葉山がこちらに向かって話しかけて来たのでその思考を打ち切った。
話しかけられるとは思ってなかったので、少々驚きつつも適当におうとだけ返す。
そういえば前回は相模云々の件があったので、葉山たちのステージを目にすることはなかったのだ。
特別興味もなかったので気にしていなかったが、葉山のステージを見るのは今回が初めてとなる。
葉山「それはよかった」
何がよかったのだ。そんなに俺にバンド演奏を聴いてもらいたかったの? なんかどこからか腐腐腐とか笑い声が聞こえてきたような気がするけど、それは聴かなかったことにしよう。
392:
いろは「あ、前の人が終わったようですよ。葉山先輩、スタンバイお願いします」
葉山「ああ。じゃあ行こうか」
三浦「ほら。戸部、大岡、大和、行くよ」
葉山と三浦が颯爽とステージに向かう後ろを、戸部たちはやべーなどと口々にしながら大人しくそれに従う。戸部お前海老名さんが見てるんだからちょっとくらいシャキっとしなシャキっと。別にバンドを成功させたくらいで彼女が心を開くとは思わないけど。
いろは「葉山先輩、頑張ってくださいねー!」
結衣「優美子、ファイトー!」
海老名「頑張ってねー」
一色たちの声援に、葉山は振り向いて軽く頷いて応える。
そしてそのままステージへ向かうと、葉山がギュイーンとギターを鳴らした。それと同時に客席の方からキャーッと黄色い歓声が上がる。葉山のファンの女子たちの声だろう。ははっ、上手く言えないけど氏なないかな。
そして葉山はマイクを取ると、明るい笑顔を浮かべた。
葉山「みなさん、こんにちは。二年F組の葉山隼人です。今日は──」
相変わらず慣れたように言いやがるな。俺ならあんな人の前で堂々と喋るとか無理。キョドって何も言えなくなっておしまいだ。
葉山「──それではお聴きください、どうぞ!」
葉山がそう言い終わると、体育館の証明が暗くなり、そしてサーチライトがパッと葉山たちを明るく照らした。
戸部がドラムを叩き始めるのと同時に、演奏が始まる。
瞬間、ド派手なミュージックが体育館中を奮わせた。
葉山「ああ。じゃあ行こうか」
三浦「ほら。戸部、大岡、大和、行くよ」
葉山と三浦が颯爽とステージに向かう後ろを、戸部たちはやべーなどと口々にしながら大人しくそれに従う。戸部お前海老名さんが見てるんだからちょっとくらいシャキっとしなシャキっと。別にバンドを成功させたくらいで彼女が心を開くとは思わないけど。
いろは「葉山先輩、頑張ってくださいねー!」
結衣「優美子、ファイトー!」
海老名「頑張ってねー」
一色たちの声援に、葉山は振り向いて軽く頷いて応える。
そしてそのままステージへ向かうと、葉山がギュイーンとギターを鳴らした。それと同時に客席の方からキャーッと黄色い歓声が上がる。葉山のファンの女子たちの声だろう。ははっ、上手く言えないけど氏なないかな。
そして葉山はマイクを取ると、明るい笑顔を浮かべた。
葉山「みなさん、こんにちは。二年F組の葉山隼人です。今日は──」
相変わらず慣れたように言いやがるな。俺ならあんな人の前で堂々と喋るとか無理。キョドって何も言えなくなっておしまいだ。
葉山「──それではお聴きください、どうぞ!」
葉山がそう言い終わると、体育館の証明が暗くなり、そしてサーチライトがパッと葉山たちを明るく照らした。
戸部がドラムを叩き始めるのと同時に、演奏が始まる。
瞬間、ド派手なミュージックが体育館中を奮わせた。
393:
× × ×
自販機に小銭を入れるとチャリンチャリンと中に入っていく音が鳴った。それを聞くと、俺はマッ缶ではなく微糖の缶コーヒーのボタンを押す。
いやー葉山たちのステージは感動する出来だった。特にラストシーンで戸部が親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった。
一応真面目な話をするのであれば、葉山のギターと三浦のボーカルがめちゃくちゃやばかった(小並感)。普段バンドになんざ微塵も興味を持たない俺でも思わず聞き惚れてしまったほどである。
単純に技術だけの問題じゃない。彼ら彼女らの演奏には何か惹きつけるものがあったのだ。
まるで、今この瞬間に燃え尽きるような、そんな花火のような刹那的魅力が。
それは俺だけではなく生徒全員が感じていたようで、体育館の中はそれはもう熱狂的な盛り上がりを見せていた。
あの演奏が終わった後のあいつらの表情を思い出す。
やりきったという顔をしていた三浦と──終わってしまったという、何かを失ってしまったことを惜しむような顔をしていた葉山のことを。
394:
八幡「……」
で、その葉山たちの演奏が終わった後、俺は外の自動販売機にやってきてコーヒーを買いに来ていたのであった。
甘いケーキやチョコを食べていると、少し甘いもの以外を口にしたくなったのだ。
決して仕事がなくなってしまったから体育館の中に居場所がなくなったとかそういうわけじゃない。我が校にはイジメも仲間外れも存在しない。
やや暗くなった空を見上げながら、俺は近くのベンチにまで近寄る。
そしてドカッとベンチに座って、缶コーヒーのプルタブを開けた。このベンチは昨日の夜、めぐりさんと少し話をした場所と同じだ。
そのめぐりさんは先代の生徒会メンバーと楽しく談笑をしていたので、今日はこちらには来ないだろう。べ、別に嫉妬とかしてねーし! その輪に入り込めるわけもないから外に逃げてきたとかそんなんじゃねーし!
缶コーヒーをぐいっとあおると、口の中に苦味が染み渡ってきた。さっきまでチョコばっか食べていて甘くなっていた舌には丁度いい苦さだ。なんならもう一本買っていって体育館に戻ろうかなんて思う。
ふーっとため息をつきながら、外の冷たい空気を肌で感じる。さっきまでの熱狂を感じて熱くなっていた体にはその冷たい風すら心地よい。
で、その葉山たちの演奏が終わった後、俺は外の自動販売機にやってきてコーヒーを買いに来ていたのであった。
甘いケーキやチョコを食べていると、少し甘いもの以外を口にしたくなったのだ。
決して仕事がなくなってしまったから体育館の中に居場所がなくなったとかそういうわけじゃない。我が校にはイジメも仲間外れも存在しない。
やや暗くなった空を見上げながら、俺は近くのベンチにまで近寄る。
そしてドカッとベンチに座って、缶コーヒーのプルタブを開けた。このベンチは昨日の夜、めぐりさんと少し話をした場所と同じだ。
そのめぐりさんは先代の生徒会メンバーと楽しく談笑をしていたので、今日はこちらには来ないだろう。べ、別に嫉妬とかしてねーし! その輪に入り込めるわけもないから外に逃げてきたとかそんなんじゃねーし!
缶コーヒーをぐいっとあおると、口の中に苦味が染み渡ってきた。さっきまでチョコばっか食べていて甘くなっていた舌には丁度いい苦さだ。なんならもう一本買っていって体育館に戻ろうかなんて思う。
ふーっとため息をつきながら、外の冷たい空気を肌で感じる。さっきまでの熱狂を感じて熱くなっていた体にはその冷たい風すら心地よい。
395:
しばらくの間、そうやってベンチの背もたれにだらしなく寄り掛かっていると、どこからか叫ぶような声が聞こえてきた。
八幡「……?」
叫ぶというより、怒鳴るという方が適切だったかもしれない。
なんだなんだ、学校の外でそんな怒鳴り合いだなんて穏やかじゃないわね。
ちらっとその声が聞こえてきた方に目線をやると、そちらの方からだだだっと勢いよく女生徒が走ってくるのが見えた。
外はもうすでにそこそこ暗くなっている。だから最初はその顔はよく見えなかったが、こちらの方に近づいてくるに連れてだんだんとその姿が鮮明に見え始めてくる。
なんとなく、本当になんとなく、その走っている女生徒のことを見やると、金髪の縦ロールが揺れている。
三浦「──!!」
八幡「三浦……!?」
思わずバッと顔を上げてその顔を見やれば、なんと三浦であった。
その三浦は一瞬だけ俺の方を睨むように見てきたような気がしたが、立ち止まることもなくそのままどこか奥の方にまで走り去ってしまう。
一瞬見えたその目元では、何かが光っていたように見えた。
八幡「……?」
叫ぶというより、怒鳴るという方が適切だったかもしれない。
なんだなんだ、学校の外でそんな怒鳴り合いだなんて穏やかじゃないわね。
ちらっとその声が聞こえてきた方に目線をやると、そちらの方からだだだっと勢いよく女生徒が走ってくるのが見えた。
外はもうすでにそこそこ暗くなっている。だから最初はその顔はよく見えなかったが、こちらの方に近づいてくるに連れてだんだんとその姿が鮮明に見え始めてくる。
なんとなく、本当になんとなく、その走っている女生徒のことを見やると、金髪の縦ロールが揺れている。
三浦「──!!」
八幡「三浦……!?」
思わずバッと顔を上げてその顔を見やれば、なんと三浦であった。
その三浦は一瞬だけ俺の方を睨むように見てきたような気がしたが、立ち止まることもなくそのままどこか奥の方にまで走り去ってしまう。
一瞬見えたその目元では、何かが光っていたように見えた。
396:
葉山「優美子!!」
それから少しだけ間を置いて、先ほど三浦が走ってきた方向と同じところから三浦の名前を呼ぶ声と追うように駆け出している足音が聞こえてきた。
そちらの方を見てみれば、やはりそれは葉山であった。
葉山「くそ……」
その駆け出す勢いはだんだんと遅くなり、そしてしばらく走ったところで止まってしまった。
そしてくるっと周りを見渡すと、たまたま俺と目が合ってしまう。
八幡「……」
葉山「比企谷……!?」
葉山はなんでこんなところにいるんだと目を見開き驚いたような表情を見せてきたが、俺としてはたまたま居合わせてしまっただけなのでめちゃくちゃ気まずい。
どうしたものかとそのまま固まっていると、葉山が突然ふっと鼻で笑う。何がおかしいんだとその葉山の顔を見た瞬間、俺の息が止まったような気がした。
葉山「……そうか、君に見られるとはね」
その葉山の表情は、何かを諦めたような、何かを失ったような、そんな、悲しい何かに満ち溢れていた。
それから少しだけ間を置いて、先ほど三浦が走ってきた方向と同じところから三浦の名前を呼ぶ声と追うように駆け出している足音が聞こえてきた。
そちらの方を見てみれば、やはりそれは葉山であった。
葉山「くそ……」
その駆け出す勢いはだんだんと遅くなり、そしてしばらく走ったところで止まってしまった。
そしてくるっと周りを見渡すと、たまたま俺と目が合ってしまう。
八幡「……」
葉山「比企谷……!?」
葉山はなんでこんなところにいるんだと目を見開き驚いたような表情を見せてきたが、俺としてはたまたま居合わせてしまっただけなのでめちゃくちゃ気まずい。
どうしたものかとそのまま固まっていると、葉山が突然ふっと鼻で笑う。何がおかしいんだとその葉山の顔を見た瞬間、俺の息が止まったような気がした。
葉山「……そうか、君に見られるとはね」
その葉山の表情は、何かを諦めたような、何かを失ったような、そんな、悲しい何かに満ち溢れていた。
407:
× × ×
八幡「……三浦に告白されたんだな」
葉山「……ああ」
何故か俺の横のベンチに腰かけてきた葉山に向かって、俺は一応の確認を取った。
ここ最近の三浦の態度、先ほどの三浦の涙、そして今の葉山の態度。
これだけ揃っていれば他の状況は考えがたい。ほぼ間違いなく三浦が告白し、それを葉山は振ったのであろう。
横で腰掛けている葉山の顔を見やれば、哀しげな微笑を浮かべながらどこか遠くを見つめている。
その目には、一体何が映っているのだろう。
408:
葉山「……優美子には、悪いことをした」
八幡「じゃあ振らないで、付き合ってやりゃ良かったじゃねぇか」
葉山「ははっ、いろはの時も君は似たようなことを言ったね」
そう軽口を叩くと、葉山は困ったように笑いながらこちらに顔を向けた。
葉山「全く君は、性格が悪いな」
八幡「何を今更」
葉山「それもそうだったね」
ははっと俺と葉山の乾いた笑みが重なる。
だが目は笑っていない。葉山の目はまだ、何か暗いものに染まっているように感じられた。
八幡「じゃあ振らないで、付き合ってやりゃ良かったじゃねぇか」
葉山「ははっ、いろはの時も君は似たようなことを言ったね」
そう軽口を叩くと、葉山は困ったように笑いながらこちらに顔を向けた。
葉山「全く君は、性格が悪いな」
八幡「何を今更」
葉山「それもそうだったね」
ははっと俺と葉山の乾いた笑みが重なる。
だが目は笑っていない。葉山の目はまだ、何か暗いものに染まっているように感じられた。
409:
八幡「……正直、三浦を振るのは意外だったんだけどな」
葉山「どうしてそう思うんだ?」
思わず呟いてしまった言葉だったが、それに対して葉山は真面目な声音でそう問うてくる。
いやなんでもない……と誤魔化せるような雰囲気でもなかったので、ここは素直に何故そう思ったのかを答えることにした。
八幡「いや、てっきりお前も三浦のことを好きだと思ってたからな」
葉山「──!!」
俺はただ感じていたことをそのまま答えただけのつもりであったが、葉山の表情には驚愕の色が浮かんでいる。
目は見開き、口がぽかんと開いており、それを見た俺の方が、葉山もこんな間抜けっぽい顔で驚くこともあるんだなと逆に驚いたくらいだ。
少しして葉山がまた暗い表情に戻ると、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
葉山「どうしてそう思うんだ?」
思わず呟いてしまった言葉だったが、それに対して葉山は真面目な声音でそう問うてくる。
いやなんでもない……と誤魔化せるような雰囲気でもなかったので、ここは素直に何故そう思ったのかを答えることにした。
八幡「いや、てっきりお前も三浦のことを好きだと思ってたからな」
葉山「──!!」
俺はただ感じていたことをそのまま答えただけのつもりであったが、葉山の表情には驚愕の色が浮かんでいる。
目は見開き、口がぽかんと開いており、それを見た俺の方が、葉山もこんな間抜けっぽい顔で驚くこともあるんだなと逆に驚いたくらいだ。
少しして葉山がまた暗い表情に戻ると、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
410:
葉山「君はすごいな」
八幡「何が」
葉山「いや……」
言葉を途中で遮り、目を逸らして地面を見た。俺はそれにどう反応するか決めあぐね、黙って葉山の次の言葉を待つことにする。
何故今俺をすごいと言ったのか。その真意は一体、なんなのだろうか。
しばらく沈黙を感じていると、葉山の方から口を開いてきた。
八幡「何が」
葉山「いや……」
言葉を途中で遮り、目を逸らして地面を見た。俺はそれにどう反応するか決めあぐね、黙って葉山の次の言葉を待つことにする。
何故今俺をすごいと言ったのか。その真意は一体、なんなのだろうか。
しばらく沈黙を感じていると、葉山の方から口を開いてきた。
411:
葉山「なんで俺が優美子のことを好きだと思ったんだ」
八幡「……別に。勘だ」
本当は葉山が三浦を好きだと感じてきた根拠はいくらでもある。
今までの態度や、マラソン大会での言動、そしてここ最近の三浦とのやり取り。
八幡「それに千葉村でお前の好きな人のイニシャル聞いてるしな」
葉山「……ああ、そういえばあの時、君もいたんだったな……」
ふっと何か諦めたような、納得したような、そんな感じのため息をつく。
八幡「……別に。勘だ」
本当は葉山が三浦を好きだと感じてきた根拠はいくらでもある。
今までの態度や、マラソン大会での言動、そしてここ最近の三浦とのやり取り。
八幡「それに千葉村でお前の好きな人のイニシャル聞いてるしな」
葉山「……ああ、そういえばあの時、君もいたんだったな……」
ふっと何か諦めたような、納得したような、そんな感じのため息をつく。
412:
葉山「……そうだ、俺は優美子のことが好きだ」
八幡「……」
しかし、そうであれば純粋に分からないことがある。
何故、葉山は三浦のことが好きなのに振った?
普通ならばこれで両思いで付き合っておしまい、であるはずである。
いくら葉山が特定の女と付き合うという事実が周りの期待を裏切るとしても、さすがにそれだけで三浦を振るとも思い難い。
ならば何故? 何故、三浦のことを振ったんだ。
脳内でいくら考えても答えは出ず、代わりに答えを求めて葉山の顔を見る。
八幡「……」
しかし、そうであれば純粋に分からないことがある。
何故、葉山は三浦のことが好きなのに振った?
普通ならばこれで両思いで付き合っておしまい、であるはずである。
いくら葉山が特定の女と付き合うという事実が周りの期待を裏切るとしても、さすがにそれだけで三浦を振るとも思い難い。
ならば何故? 何故、三浦のことを振ったんだ。
脳内でいくら考えても答えは出ず、代わりに答えを求めて葉山の顔を見る。
413:
八幡「じゃあ、なんで三浦を振ったんだよ」
葉山「……彼女の想いに応えられないからだよ」
八幡「答えになってねぇよ」
ほんの僅か、自分でも語気が荒くなったのを自覚した。俺が苛立ってきているというのが分かる。
葉山と三浦のことなんてどうでもいいはずなのに。どうして俺はこう苛立っているのだろう。
……おそらく、三浦の真剣さを知ってしまったからだろう。
今から丁度一ヶ月くらい前、奉仕部に依頼に来た時に、三浦が涙を浮かべながら知りたいと呟いたことは今でも鮮烈に思い出せる。
俺らしくもないとは思うが、どうやら俺はあの真剣な三浦の気持ちに対して、理由も分からずにその想いを切った葉山に対して腹を立てているのだろう。
──まるで、自分を見ているみたいで。
すぐに自分に嫌気が差した。自分のワガママで人の真剣な想いを踏みにじろうとしているのは何もこいつだけじゃないだろうに。
葉山「……彼女の想いに応えられないからだよ」
八幡「答えになってねぇよ」
ほんの僅か、自分でも語気が荒くなったのを自覚した。俺が苛立ってきているというのが分かる。
葉山と三浦のことなんてどうでもいいはずなのに。どうして俺はこう苛立っているのだろう。
……おそらく、三浦の真剣さを知ってしまったからだろう。
今から丁度一ヶ月くらい前、奉仕部に依頼に来た時に、三浦が涙を浮かべながら知りたいと呟いたことは今でも鮮烈に思い出せる。
俺らしくもないとは思うが、どうやら俺はあの真剣な三浦の気持ちに対して、理由も分からずにその想いを切った葉山に対して腹を立てているのだろう。
──まるで、自分を見ているみたいで。
すぐに自分に嫌気が差した。自分のワガママで人の真剣な想いを踏みにじろうとしているのは何もこいつだけじゃないだろうに。
414:
葉山「……」
しばらく葉山は黙っていたが、ふと何かを決心したような、諦めたようなそんなため息をつくと、俯いていた顔をあげた。
葉山「本当は今月末のテストが終わるまでは黙っているつもりだったんだけどね」
八幡「……なんだよ」
葉山「実は俺、学校を卒業したら留学するんだ」
八幡「──!?」
今度は俺の顔が驚愕の色に染まる番であった。
そんな俺の顔がおかしかったのか、葉山がははっと軽く笑う。
しばらく葉山は黙っていたが、ふと何かを決心したような、諦めたようなそんなため息をつくと、俯いていた顔をあげた。
葉山「本当は今月末のテストが終わるまでは黙っているつもりだったんだけどね」
八幡「……なんだよ」
葉山「実は俺、学校を卒業したら留学するんだ」
八幡「──!?」
今度は俺の顔が驚愕の色に染まる番であった。
そんな俺の顔がおかしかったのか、葉山がははっと軽く笑う。
415:
葉山「前の君の問いに答えようか。俺の三年の進路は文系でも理系でもない、国際教養科さ」
八幡「あ、ああ……」
そこで、過去の葉山の進路についてのことを思い出す。
確かに留学するという選択肢を取るのであれば、文系でも理系でもない。俺の言う通りにしないという言葉にも矛盾しない。
そもそも葉山は文理のどちらかなどで選択などしていなかったのだ。
文系でも、理系でも、どちらでもない。
八幡「……」
葉山「親に言われてね、こればっかりは変えようがなさそうだ」
八幡「あ、ああ……」
そこで、過去の葉山の進路についてのことを思い出す。
確かに留学するという選択肢を取るのであれば、文系でも理系でもない。俺の言う通りにしないという言葉にも矛盾しない。
そもそも葉山は文理のどちらかなどで選択などしていなかったのだ。
文系でも、理系でも、どちらでもない。
八幡「……」
葉山「親に言われてね、こればっかりは変えようがなさそうだ」
416:
ふと、前に平塚先生と留学の話を僅かにしたことを思い出した。
──うちの学校は国際教養科もあるからな。留学志望の子もいるんだ。そういう子たちは早い段階から準備が必要だから、通常の学校よりも早いかもしれないな。
──ああ、でも葉山は出しに来ていたな。
言われてみれば、確かに自然と国際教養科に行くという選択肢は外してしまっていた。考えてみれば、あの会話にもヒントが落ちていたというのに。
葉山「……すぐに海外に行ってしまう俺なんかと付き合っていいとは思えなかったんだ」
葉山が漏らしたその言葉は重々しく、決してただ振っただけではないことを窺わせた。
そこで点と点が繋がったような気がした。葉山が常に女性と線を引いていた理由、進路を答えたがらなかった理由。
分からないのは、ただ一つだけ。
──うちの学校は国際教養科もあるからな。留学志望の子もいるんだ。そういう子たちは早い段階から準備が必要だから、通常の学校よりも早いかもしれないな。
──ああ、でも葉山は出しに来ていたな。
言われてみれば、確かに自然と国際教養科に行くという選択肢は外してしまっていた。考えてみれば、あの会話にもヒントが落ちていたというのに。
葉山「……すぐに海外に行ってしまう俺なんかと付き合っていいとは思えなかったんだ」
葉山が漏らしたその言葉は重々しく、決してただ振っただけではないことを窺わせた。
そこで点と点が繋がったような気がした。葉山が常に女性と線を引いていた理由、進路を答えたがらなかった理由。
分からないのは、ただ一つだけ。
417:
八幡「……なんでもっと早く言わなかったんだ」
留学するから三浦を振る。それで納得するかどうかはさておいて、まだ一応分かるには分かる。
だが、留学するという選択肢を取るのならそれはそれで隠す必要などないのではないか。もっと早く大っぴらに国際教養科に行くと宣言してしまえば良かったものの。
俺がそう言うと、葉山は俯きながら、慎重に言葉を選ぶように紡いでいった。
葉山「……なんて言えば良いかな、それで他の人たちの考えに変な影響を出したくなかったんだ」
八幡「……?」
葉山「もし俺が国際教養科に行くと前々から言っていたら……多分、優美子も行くと言ってしまうだろう」
そう呟く葉山の表情も声音も真剣そのものだ。俺は黙ってその言葉の続きを聞く。
留学するから三浦を振る。それで納得するかどうかはさておいて、まだ一応分かるには分かる。
だが、留学するという選択肢を取るのならそれはそれで隠す必要などないのではないか。もっと早く大っぴらに国際教養科に行くと宣言してしまえば良かったものの。
俺がそう言うと、葉山は俯きながら、慎重に言葉を選ぶように紡いでいった。
葉山「……なんて言えば良いかな、それで他の人たちの考えに変な影響を出したくなかったんだ」
八幡「……?」
葉山「もし俺が国際教養科に行くと前々から言っていたら……多分、優美子も行くと言ってしまうだろう」
そう呟く葉山の表情も声音も真剣そのものだ。俺は黙ってその言葉の続きを聞く。
418:
葉山「でも、優美子まで留学は出来ない……それで優美子の進路に影響を出すわけにはいかない……」
八幡「……」
葉山「……いや、結局言い訳を重ねて、優美子の想いを受け止められなかっただけかもしれないな」
そう自虐気味に言うと、葉山はベンチから立ち上がり、ちらと俺の顔を見た。
葉山「見ただろ、俺の無様な姿を」
八幡「……無様とは、思わねぇよ」
葉山「そうか? それなら良かったんだけど」
ははっと、先ほどまでと違い明るく笑う葉山だったが、俺はそれに釣られて笑う気にはなれなかった。一体、何がおかしかったのだろう。
八幡「……」
葉山「……いや、結局言い訳を重ねて、優美子の想いを受け止められなかっただけかもしれないな」
そう自虐気味に言うと、葉山はベンチから立ち上がり、ちらと俺の顔を見た。
葉山「見ただろ、俺の無様な姿を」
八幡「……無様とは、思わねぇよ」
葉山「そうか? それなら良かったんだけど」
ははっと、先ほどまでと違い明るく笑う葉山だったが、俺はそれに釣られて笑う気にはなれなかった。一体、何がおかしかったのだろう。
419:
しばらくその笑みを浮かべていた葉山だったが、ふと真顔になると真っ直ぐに俺の瞳を射止めるように見つめてきた。
葉山「俺は優美子の気持ちに応えられなかった。だから君にはちゃんと応えてやってほしい──彼女たちにね」
八幡「……お前に何が分かる」
葉山「別に、勘ってやつだよ」
先ほどの俺のセリフをそのまま使われてしまい、俺は黙ることでしかそれに答えられなかった。
葉山「君には俺の二の舞になってほしくはない。だから君はちゃんと応えてやってくれ。その結果がどうなろうともね」
葉山「俺は優美子の気持ちに応えられなかった。だから君にはちゃんと応えてやってほしい──彼女たちにね」
八幡「……お前に何が分かる」
葉山「別に、勘ってやつだよ」
先ほどの俺のセリフをそのまま使われてしまい、俺は黙ることでしかそれに答えられなかった。
葉山「君には俺の二の舞になってほしくはない。だから君はちゃんと応えてやってくれ。その結果がどうなろうともね」
420:
× × ×
八幡「……」
葉山が去った後、俺がいつの間に体育館のところにまで戻ってきてしまっていた。
あのベンチから今いる体育館までの道のりは一切覚えていない。気がついたらここにいた、というやつである。
体育館の中はまだまだ生徒たちの熱気が渦巻いていた。しかし今の俺にはいまいち別の世界の出来事のようにすら感じられてしまう。
ちらりと入り口横の方へ目線をやる。そこには俺が手掛けたメッセージボードがあり、今も何人かの人がきゃいきゃい言いながら何かを書いてはボードに貼っていた。
正直に言って不安であったが、意外とあのメッセージカードは好評なようだった。ボードを見れば、結構な量のメッセージカードが貼られている。
421:
戸塚「あ、八幡!」
材木座「む、これは八幡!!」
八幡「ん、戸塚か」
呼ばれた方向を振り返ってみれば、そこには戸塚彩加の姿があった。その横にいるのはざい、ざい、材なんとかさんだっけ?
戸塚「あ、今仕事とか大丈夫? 忙しそうにしてたからさっきまで話し掛けづらかったんだけど」
八幡「ああ、今は暇だから平気だ。むしろ仕事中でも話しかけにきてよかったぞ?」
戸塚「いや、それは悪いかなぁって」
悪いどころか戸塚が側にいてくれた方が仕事捗るだろうから、むしろ良いことだと思うんですけどね。
材木座「む、これは八幡!!」
八幡「ん、戸塚か」
呼ばれた方向を振り返ってみれば、そこには戸塚彩加の姿があった。その横にいるのはざい、ざい、材なんとかさんだっけ?
戸塚「あ、今仕事とか大丈夫? 忙しそうにしてたからさっきまで話し掛けづらかったんだけど」
八幡「ああ、今は暇だから平気だ。むしろ仕事中でも話しかけにきてよかったぞ?」
戸塚「いや、それは悪いかなぁって」
悪いどころか戸塚が側にいてくれた方が仕事捗るだろうから、むしろ良いことだと思うんですけどね。
422:
材木座「はぽんはぽん、この甘ったるい雰囲気は我らには受け難いものだな。そうだろう、八幡!!」
八幡「そういえば戸塚、お前もなんかこれに書いていったらどうだ?」
戸塚「このメッセージボード、八幡が考えたんだよね! すごいなぁ、ぼくもなにか書いていこうっと」
材木座「はちまーん! 聞け八幡!」
八幡「………あの、すみませんイベントスタッフなんですけども、騒がしい方には退場をお願いしたいんですけど」
材木座「八幡!?」
で、こいつ──材木座義輝は何故ここにいるのだろう。正直に言ってバレンタインデーイベントなぞこいつにとって苦痛以外何物でもないはずなんだが。でもまぁそれでもなんだか来る気はしてた。だって材木座だし。こまけぇこたぁ気にすんな!
八幡「そういえば戸塚、お前もなんかこれに書いていったらどうだ?」
戸塚「このメッセージボード、八幡が考えたんだよね! すごいなぁ、ぼくもなにか書いていこうっと」
材木座「はちまーん! 聞け八幡!」
八幡「………あの、すみませんイベントスタッフなんですけども、騒がしい方には退場をお願いしたいんですけど」
材木座「八幡!?」
で、こいつ──材木座義輝は何故ここにいるのだろう。正直に言ってバレンタインデーイベントなぞこいつにとって苦痛以外何物でもないはずなんだが。でもまぁそれでもなんだか来る気はしてた。だって材木座だし。こまけぇこたぁ気にすんな!
423:
戸塚と材木座と話していて少々先ほどまでの陰鬱な気分がいくらか晴れたことを感じながら、たくさんのメッセージカードが貼られたボードを見渡す。
戸塚「みんな色々書いてるね」
本当、ただ自由に書いて貼るだけなのによくもまぁこんなに好評だったものだ。考えたの俺なんですけどね。
その貼られているカードを見ていると、その内容は本当に人それぞれだ。
『○○ちゃんと一生一緒だよ!』
うるせぇ別れろ。
『期末試験で良い点数取りたい!』
イベント来る暇あるなら勉強しろ。
『リア充爆発しろ』
それな。ほんとそれ。それしかないまである。
『ハヤ×ハチが成就しますように』
ねぇよ、ねぇ。一生ねぇ。
『大志が高校受験成功しますように』
ああ、そちらの弟さんも受験でしたね。……ま、来たら可愛がってやるよ。
『けっこんしたい』
……早く誰か貰ってあげてよぅ! 俺が貰われちゃいそうになるから! 早く!
戸塚「みんな色々書いてるね」
本当、ただ自由に書いて貼るだけなのによくもまぁこんなに好評だったものだ。考えたの俺なんですけどね。
その貼られているカードを見ていると、その内容は本当に人それぞれだ。
『○○ちゃんと一生一緒だよ!』
うるせぇ別れろ。
『期末試験で良い点数取りたい!』
イベント来る暇あるなら勉強しろ。
『リア充爆発しろ』
それな。ほんとそれ。それしかないまである。
『ハヤ×ハチが成就しますように』
ねぇよ、ねぇ。一生ねぇ。
『大志が高校受験成功しますように』
ああ、そちらの弟さんも受験でしたね。……ま、来たら可愛がってやるよ。
『けっこんしたい』
……早く誰か貰ってあげてよぅ! 俺が貰われちゃいそうになるから! 早く!
424:
戸塚「あはは、みんな色々書いてるね」
うん、本当に色々書いてる、自由過ぎると言えるな。特に海老名さん。いやもうほんと早々にその夢は諦めていただきたい。
強いて言えば七夕でもないのに願い事関係が多い気がする。まぁ最初に書いた俺が小町の受験の成功を願うものだったし、別にいいっちゃいいのだが。
材木座「けぷこん、ならば我も書くとしよう!」
材木座がメッセージカードを取ると、ペンでキュキュッと何か書き始めた。おおう、こいつ字下手だな……一応物書きとしてそれはどうなんだ……いやまぁパソコンで文字を打つ時代なのだから必要ないのかもしれないけどさぁ。
『声優さんとケッコンしたい』
八幡「ラノベ作家じゃねぇのかよ!」
材木座「あっ……いや、それは我の力で為すべきものだからな……ハーッハッハッハ!!」
嘘付け、今素で忘れてたろ……。
だがまぁ、自分の力でなんとかすべきものは願い事なんかに託すものじゃないとは思う。しかし声優さんと結婚することは自分の力でなんとかなるようなものじゃないとは分かってるのねこいつ……。
うん、本当に色々書いてる、自由過ぎると言えるな。特に海老名さん。いやもうほんと早々にその夢は諦めていただきたい。
強いて言えば七夕でもないのに願い事関係が多い気がする。まぁ最初に書いた俺が小町の受験の成功を願うものだったし、別にいいっちゃいいのだが。
材木座「けぷこん、ならば我も書くとしよう!」
材木座がメッセージカードを取ると、ペンでキュキュッと何か書き始めた。おおう、こいつ字下手だな……一応物書きとしてそれはどうなんだ……いやまぁパソコンで文字を打つ時代なのだから必要ないのかもしれないけどさぁ。
『声優さんとケッコンしたい』
八幡「ラノベ作家じゃねぇのかよ!」
材木座「あっ……いや、それは我の力で為すべきものだからな……ハーッハッハッハ!!」
嘘付け、今素で忘れてたろ……。
だがまぁ、自分の力でなんとかすべきものは願い事なんかに託すものじゃないとは思う。しかし声優さんと結婚することは自分の力でなんとかなるようなものじゃないとは分かってるのねこいつ……。
425:
戸塚「あ、ぼくも自分の力でなんとかしなきゃいけないことは書かない方がよかったかな……」
そう呟く戸塚のメッセージカードにはこう書いてあった。
『テニス部にたくさん新入生が入ってきますように!』
八幡「……別にいいんじゃねぇの。願いっつか、なんだ、決意表明とか、そんな感じで」
戸塚「うん、じゃあそういうことにするよ!」
そう言ってはにかむ戸塚の笑みはもうほんと尊い。お持ち帰りしたい。
しかしその瞳に宿る決意は至って真剣だ。心の底からテニス部が繁栄することを祈っているのだろう。
このテニス部部長は、俺なんかよりずっと、ちゃんと自分の居場所について考えているらしい。
そう呟く戸塚のメッセージカードにはこう書いてあった。
『テニス部にたくさん新入生が入ってきますように!』
八幡「……別にいいんじゃねぇの。願いっつか、なんだ、決意表明とか、そんな感じで」
戸塚「うん、じゃあそういうことにするよ!」
そう言ってはにかむ戸塚の笑みはもうほんと尊い。お持ち帰りしたい。
しかしその瞳に宿る決意は至って真剣だ。心の底からテニス部が繁栄することを祈っているのだろう。
このテニス部部長は、俺なんかよりずっと、ちゃんと自分の居場所について考えているらしい。
426:
戸塚「でもこういうのいいよね、自分の思いを書けるっていうの」
八幡「そこまで深く考えてたわけじゃないんだけどな……」
戸塚「そうなの? でも言葉では言いづらいことでも、文字でなら書けることもあると思うんだ」
八幡「そうかなぁ……」
その戸塚の言葉で、ふと、めぐりさんの言葉が脳裏を横切った。
──私も明日、なにか書いて飾っておくから、見つけてね。
そうだ、そういえば昨日そんなことを言っていたような気がする。
八幡「そこまで深く考えてたわけじゃないんだけどな……」
戸塚「そうなの? でも言葉では言いづらいことでも、文字でなら書けることもあると思うんだ」
八幡「そうかなぁ……」
その戸塚の言葉で、ふと、めぐりさんの言葉が脳裏を横切った。
──私も明日、なにか書いて飾っておくから、見つけてね。
そうだ、そういえば昨日そんなことを言っていたような気がする。
427:
つってもな、メッセージボードに貼られているカードの枚数はもうだいぶ多い。さっきは運良く知り合いのものをいくつか見つけられたが、ここからめぐりさんの物一枚を捜すのは手間が掛かりそうだ。
しかし、その懸念は一瞬で晴れた。
たまたま見上げた、昨日俺が貼った小町の受験合格願いの横に、何故かほんわかする印象を受ける文字で書かれたメッセージカードが貼られていたからである。
『生徒会室に来てください めぐり』
一瞬で鼓動が早くなり、頭の熱が沸騰してしまいそうなほどに燃え上がったような気がした。
戸塚「……どうしたの、八幡?」
八幡「悪い、ちょっと用事が」
戸塚「そうなの、じゃあね八幡!」
材木座「いやしかし我が書いたヒロインの声優が……八幡? どこへ行く!?」
しかし、その懸念は一瞬で晴れた。
たまたま見上げた、昨日俺が貼った小町の受験合格願いの横に、何故かほんわかする印象を受ける文字で書かれたメッセージカードが貼られていたからである。
『生徒会室に来てください めぐり』
一瞬で鼓動が早くなり、頭の熱が沸騰してしまいそうなほどに燃え上がったような気がした。
戸塚「……どうしたの、八幡?」
八幡「悪い、ちょっと用事が」
戸塚「そうなの、じゃあね八幡!」
材木座「いやしかし我が書いたヒロインの声優が……八幡? どこへ行く!?」
428:
× × ×
体育館から出て、生徒会室までの廊下を歩く。
あのメッセージカードには、別に俺宛だとは書かれていない。
実は全く別の人宛である可能性も高い。というか、今までの俺ならばその可能性しか信じなかっただろう。
だが、今の俺は。
あれが俺に当てたメッセージなのだということを理解してしまっていた。
429:
八幡「……」
カツンカツンと俺の足音が人気のない廊下に響き渡る。
2月14日。
バレンタインデー。
女子からの呼び出し。
──……優美子には、悪いことをした。
先ほどまでの、葉山と三浦のことが思い返される。
……勘違いするなと、自分には強く戒めてきた。
しかし、状況は完全に揃ってしまっている。
カツンカツンと俺の足音が人気のない廊下に響き渡る。
2月14日。
バレンタインデー。
女子からの呼び出し。
──……優美子には、悪いことをした。
先ほどまでの、葉山と三浦のことが思い返される。
……勘違いするなと、自分には強く戒めてきた。
しかし、状況は完全に揃ってしまっている。
430:
もしも、もしも。
もしも、俺の思ってしまっていることが、勘違いじゃなかったとしたら。
八幡「……俺も、葉山のことは笑えないな」
今だけは自分のただの思い過ごしであって欲しいと思った。
勘違いであって欲しいと願った。
もし、めぐりさんがそれを願うのであれば。
俺は、その想いを斬るつもりでいるのだから。
もしも、俺の思ってしまっていることが、勘違いじゃなかったとしたら。
八幡「……俺も、葉山のことは笑えないな」
今だけは自分のただの思い過ごしであって欲しいと思った。
勘違いであって欲しいと願った。
もし、めぐりさんがそれを願うのであれば。
俺は、その想いを斬るつもりでいるのだから。
439:
× × ×
生徒会室に向かう俺の足取りは重く、そして遅い。
あのメッセージに気が付かなければ良かった、なんて考えが浮かぶ。
例え本当に気が付かなかったとしても、それはただの問題の先送りにしかならないだろうに。
八幡「……」
冬の廊下は寒々しく、時折どこか空いた窓から冷たい風が入り込む。
その隙間風が俺の頬を撫でたが、俺の心の中の方が冷えているのだろうか、むしろ風の方が温かいなんて、そんな感想を抱いた。
さっきからいやに血流が早くて、体温が無駄に高い。それに反して頭の中はキンキンに冷えており、ありとあらゆる思考が脳内を巡り廻る。
440:
カツンカツンと、ゆっくりと、ゆっくりと生徒会室に近づいていった。
生徒会室への距離が縮まっていくほど、俺の体がまるで重りでもついたかのように重くなっていく。
この先の生徒会室に向かったところで、待ち受けているのはハッピーエンドなんかじゃないことを知っているから。
いっそ全部なかったことになればいいのに。
そうやって心の中で現実逃避を繰り返していても、足は動いている以上、物理的にいつかは生徒会室に辿り着いてしまうのであった。
八幡「……」
そして、俺は生徒会室の扉の前に立っていた。
はぁとため息をついてから、決意を固めてその扉を二度叩く。カッカッと音が鳴り響く。
生徒会室への距離が縮まっていくほど、俺の体がまるで重りでもついたかのように重くなっていく。
この先の生徒会室に向かったところで、待ち受けているのはハッピーエンドなんかじゃないことを知っているから。
いっそ全部なかったことになればいいのに。
そうやって心の中で現実逃避を繰り返していても、足は動いている以上、物理的にいつかは生徒会室に辿り着いてしまうのであった。
八幡「……」
そして、俺は生徒会室の扉の前に立っていた。
はぁとため息をついてから、決意を固めてその扉を二度叩く。カッカッと音が鳴り響く。
441:
めぐり「どーぞー」
扉越しに間延びしたようなほんわかした声が聞こえてきた。これでめぐりさん以外の声が聞こえてきたらどれだけ俺は安堵しただろう。
しかしそれは聞きなれためぐりさんの声だ。それ以外誰の声でもないことは、俺の耳が証明してしまっている。
少し間を置いて、引き手に手をかけた。
その扉は普通の扉だったはずだが、今日は特別重いような気がした。それでもぐっと力を込めて無理矢理開け放つ。
中に入ると、その教室の奥に、女生徒が一人ポツンと椅子に座っていた。
めぐり「や、比企谷くん」
俺の姿に気が付いた女生徒──城廻めぐりは、小さく手をあげると、こちらに向かって軽くその手を振った。
もう片方の手には、何か小洒落たビニール袋のようなものを持っている。
扉越しに間延びしたようなほんわかした声が聞こえてきた。これでめぐりさん以外の声が聞こえてきたらどれだけ俺は安堵しただろう。
しかしそれは聞きなれためぐりさんの声だ。それ以外誰の声でもないことは、俺の耳が証明してしまっている。
少し間を置いて、引き手に手をかけた。
その扉は普通の扉だったはずだが、今日は特別重いような気がした。それでもぐっと力を込めて無理矢理開け放つ。
中に入ると、その教室の奥に、女生徒が一人ポツンと椅子に座っていた。
めぐり「や、比企谷くん」
俺の姿に気が付いた女生徒──城廻めぐりは、小さく手をあげると、こちらに向かって軽くその手を振った。
もう片方の手には、何か小洒落たビニール袋のようなものを持っている。
442:
八幡「……ども」
それに対して俺は軽く会釈だけ返すと、扉を閉めてからその生徒会室の真ん中辺りにまで進んだ。
今はもうめぐりさんのではない、一色のものとなった生徒会室に。
八幡「……メッセージカードのあれ、俺宛でいいんですよね?」
一応念のため、そう言って確認を取る。
もしもこれで否定してくれれば俺が単なる浮かれたアホだということで全ての決着は付くのだが──しかし、めぐりさんはこくりと首肯した。
めぐり「うん、そうだよ。よかった、気が付いてくれて」
つい先程、気が付かなければ良かったと思っていたことを思い出し、うっと言葉が詰まる。
それに対して俺は軽く会釈だけ返すと、扉を閉めてからその生徒会室の真ん中辺りにまで進んだ。
今はもうめぐりさんのではない、一色のものとなった生徒会室に。
八幡「……メッセージカードのあれ、俺宛でいいんですよね?」
一応念のため、そう言って確認を取る。
もしもこれで否定してくれれば俺が単なる浮かれたアホだということで全ての決着は付くのだが──しかし、めぐりさんはこくりと首肯した。
めぐり「うん、そうだよ。よかった、気が付いてくれて」
つい先程、気が付かなければ良かったと思っていたことを思い出し、うっと言葉が詰まる。
443:
そんな俺の様子には気が付いているのかいないのか、めぐりさんはいつものほんわか笑顔をその顔に浮かべたまま言葉を続けた。
めぐり「もしかしたら気付いてくれないかなとか不安だったんだけどね」
八幡「……まぁ、昨日言われましたしね」
昨日、めぐりさんが直々に俺に伝えたのだ。見つけてね、と。まぁ戸塚に言われなかったら忘れていたかもしれなかったが。
めぐりさんは本当に良かったよーと真っ直ぐに俺の目を見てきたが、その真っ直ぐな視線を受けるのがなんだか気まずく、俺は身を捩ってその視線から逃れるように目をそむけた。
八幡「……で、なんか用ですか」
俺は手近にあった椅子を引いて座ってからそう言うと、めぐりさんがパンと手を叩いた。
めぐり「あ、そうだね。まぁ用っていうか、ちょっとお話がしたいって感じなんだけど」
そのお話というのはなんなのか。
一つ、予想してしまっているものじゃなければいいがと、心の中で祈る。
めぐり「もしかしたら気付いてくれないかなとか不安だったんだけどね」
八幡「……まぁ、昨日言われましたしね」
昨日、めぐりさんが直々に俺に伝えたのだ。見つけてね、と。まぁ戸塚に言われなかったら忘れていたかもしれなかったが。
めぐりさんは本当に良かったよーと真っ直ぐに俺の目を見てきたが、その真っ直ぐな視線を受けるのがなんだか気まずく、俺は身を捩ってその視線から逃れるように目をそむけた。
八幡「……で、なんか用ですか」
俺は手近にあった椅子を引いて座ってからそう言うと、めぐりさんがパンと手を叩いた。
めぐり「あ、そうだね。まぁ用っていうか、ちょっとお話がしたいって感じなんだけど」
そのお話というのはなんなのか。
一つ、予想してしまっているものじゃなければいいがと、心の中で祈る。
444:
めぐり「とりあえず、イベントは成功みたいだね。お疲れさま」
まず始めにめぐりさんが切り出してきた話題はバレンタインデーイベントについてのものだった。まだ終わってもないのに早すぎないかと心の中で少しため息をついた。
八幡「まだ終わってないっすよ」
めぐり「あはは、そうだったね」
言うと、めぐりさんは軽く微笑んだ。
めぐり「でも、ちょっと先に言いたかったんだ」
八幡「……そうすか」
まさかそれを言うためだけに、こんなところに呼び出したわけはないだろう。
それだけならばイベントが終わった後の慰労会でもなんでも、そこで言えばいい。決してそれが本題なわけがない。
……本当にただイベントの感想を言いあって終わることが出来るなら、もちろんそれの方がいいのだが。
まず始めにめぐりさんが切り出してきた話題はバレンタインデーイベントについてのものだった。まだ終わってもないのに早すぎないかと心の中で少しため息をついた。
八幡「まだ終わってないっすよ」
めぐり「あはは、そうだったね」
言うと、めぐりさんは軽く微笑んだ。
めぐり「でも、ちょっと先に言いたかったんだ」
八幡「……そうすか」
まさかそれを言うためだけに、こんなところに呼び出したわけはないだろう。
それだけならばイベントが終わった後の慰労会でもなんでも、そこで言えばいい。決してそれが本題なわけがない。
……本当にただイベントの感想を言いあって終わることが出来るなら、もちろんそれの方がいいのだが。
445:
当然俺のそんな小さな願いは届かず、めぐりさんは再び口を開く。
めぐり「比企谷くんのおかげでもあるんだよ」
八幡「別に俺は何もしちゃいないですよ」
俺がやったことなど、雑用がほとんどであり、決して目立った活躍をしていたわけじゃない。
それを言うのなら一色や雪ノ下の方がよほどイベントに貢献していたと言えるだろう。
めぐり「そんなことないよ、比企谷くんも頑張った!」
八幡「はぁ、どうも」
しかしめぐりさんが再びそう力強く言い放ってきたので、素直にそれを受け取ることにした。まぁあくまで比企谷くん『も』だしね。みんな頑張ってたしね。
めぐり「比企谷くんのおかげでもあるんだよ」
八幡「別に俺は何もしちゃいないですよ」
俺がやったことなど、雑用がほとんどであり、決して目立った活躍をしていたわけじゃない。
それを言うのなら一色や雪ノ下の方がよほどイベントに貢献していたと言えるだろう。
めぐり「そんなことないよ、比企谷くんも頑張った!」
八幡「はぁ、どうも」
しかしめぐりさんが再びそう力強く言い放ってきたので、素直にそれを受け取ることにした。まぁあくまで比企谷くん『も』だしね。みんな頑張ってたしね。
446:
決して俺一人だけを褒めているわけではないと自分に言い聞かせながら、めぐりさんの声に耳を傾ける。
めぐり「比企谷くんは本当に頑張ってくれたよ……」
八幡「……」
しかし続く言葉は、俺一人を指したものであった。めぐりさんはいつもの、ちょっとゆるめのテンポで、ゆっくりゆっくりと言葉を紡いでいく。
めぐり「比企谷くんはさ、雪ノ下さんみたいに目立った頑張り方じゃないと思う。でも、いつも気を遣ってくれてさ、皆のことを考えてくれてるんだ」
八幡「……買い被り過ぎですよ」
実際、そんな立派な奴じゃない。そんな風に言われるような奴じゃない、俺は。
めぐり「比企谷くんは本当に頑張ってくれたよ……」
八幡「……」
しかし続く言葉は、俺一人を指したものであった。めぐりさんはいつもの、ちょっとゆるめのテンポで、ゆっくりゆっくりと言葉を紡いでいく。
めぐり「比企谷くんはさ、雪ノ下さんみたいに目立った頑張り方じゃないと思う。でも、いつも気を遣ってくれてさ、皆のことを考えてくれてるんだ」
八幡「……買い被り過ぎですよ」
実際、そんな立派な奴じゃない。そんな風に言われるような奴じゃない、俺は。
447:
めぐり「文化祭の時だってそうだったと思う。体育祭の時だってそう。皆のために動いてくれる」
八幡「そんなんじゃないです。ただ俺の性格が悪いってだけでしょう、あんなの」
めぐり「それに、この前の土日だって、わたしのことを助けてくれた」
八幡「あれだって、別にそういうわけじゃ……」
めぐり「じゃあどういうわけなの」
八幡「……」
そう言い返してきためぐりさんの声音は思ったより強く、思わず言葉に詰まってしまった。
めぐり「……比企谷くんは、本当は優しい人だと思うの」
俺が何かを答える前に、めぐりさんがそう呟く。
その言葉には妙に熱が篭っているように感じられて、俺の耳の奥にまですっと届いた。
八幡「そんなんじゃないです。ただ俺の性格が悪いってだけでしょう、あんなの」
めぐり「それに、この前の土日だって、わたしのことを助けてくれた」
八幡「あれだって、別にそういうわけじゃ……」
めぐり「じゃあどういうわけなの」
八幡「……」
そう言い返してきためぐりさんの声音は思ったより強く、思わず言葉に詰まってしまった。
めぐり「……比企谷くんは、本当は優しい人だと思うの」
俺が何かを答える前に、めぐりさんがそう呟く。
その言葉には妙に熱が篭っているように感じられて、俺の耳の奥にまですっと届いた。
448:
俺が優しい、か。そんなわけはない。しかしそのめぐりさんの言葉を遮ることも出来ず、歯噛みしたままその言葉の続きを待ってしまう。
めぐり「だから、なのかな。わたしもさ、きっとそんな比企谷くんに惹かれちゃったんだよ」
ガサッと音がした。
めぐりさんの持っていたビニール袋から鳴った音であった。めぐりさんはその中からラッピングされた箱のようなものを取り出すと、それを自分の膝の上に乗せた。
めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」
八幡「……」
前にも、全く同じ問いを投げられたことがある。
しかし、今回はその時とはまるで状況が違う。
今回のその問いは何を問うためのものか。
そこに気が付かないほど、俺は鈍感じゃない。むしろ敏感な方だ。敏感で、過敏で、過剰に反応してしまう。今までずっとそうだった。
それでもそんなわけがないと、自分のことを戒めて生きてきた。
しかし、もしもそれが現実となって、目の前にやってきたとしたら。
比企谷八幡は、どうする。
めぐり「だから、なのかな。わたしもさ、きっとそんな比企谷くんに惹かれちゃったんだよ」
ガサッと音がした。
めぐりさんの持っていたビニール袋から鳴った音であった。めぐりさんはその中からラッピングされた箱のようなものを取り出すと、それを自分の膝の上に乗せた。
めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」
八幡「……」
前にも、全く同じ問いを投げられたことがある。
しかし、今回はその時とはまるで状況が違う。
今回のその問いは何を問うためのものか。
そこに気が付かないほど、俺は鈍感じゃない。むしろ敏感な方だ。敏感で、過敏で、過剰に反応してしまう。今までずっとそうだった。
それでもそんなわけがないと、自分のことを戒めて生きてきた。
しかし、もしもそれが現実となって、目の前にやってきたとしたら。
比企谷八幡は、どうする。
449:
めぐり「生徒会室に来てもらったのは、これのためなの」
俯き、自分の膝の上に乗せた箱を見るめぐりさんの表情はどこか緊張しているようにも見える。肩や手、そして声も震えているような気がする。
瞬間、生徒会室の空気が変わった。
それを俺は肌で感じてしまう。これからどうなるのかも、予想がついてしまう。
だから俺も決意を固める。これから、最低で、最悪な、それでも自分の信じることのために、やれることをやるのだと。
しばらく俯いていためぐりさんだったが、ばっと意を決したように顔をあげると、何の穢れもない瞳で、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
めぐり「比企谷くん、わたしは──」
八幡「めぐりさん」
めぐりさんの言葉を遮るように、俺は声を被せた。
俯き、自分の膝の上に乗せた箱を見るめぐりさんの表情はどこか緊張しているようにも見える。肩や手、そして声も震えているような気がする。
瞬間、生徒会室の空気が変わった。
それを俺は肌で感じてしまう。これからどうなるのかも、予想がついてしまう。
だから俺も決意を固める。これから、最低で、最悪な、それでも自分の信じることのために、やれることをやるのだと。
しばらく俯いていためぐりさんだったが、ばっと意を決したように顔をあげると、何の穢れもない瞳で、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
めぐり「比企谷くん、わたしは──」
八幡「めぐりさん」
めぐりさんの言葉を遮るように、俺は声を被せた。
450:
ぱちくりと、めぐりさんの目が見開いている。まるで肩透かしでも食らったかのような表情だ。
しかし俺はそれに構わず、そのまま続ける。
八幡「めぐりさんは、勘違いをしています」
めぐり「か、勘違い?」
八幡「俺は決してめぐりさんの言うような人間なんかじゃないです。優しくもないし、皆のことだって考えてるわけじゃない」
やや語気が強くなり過ぎてしまっただろうか。めぐりさんの顔が驚きの色に染まっていく。しかしここまで来て俺だって引くわけには行かない。
八幡「文化祭も、体育祭も、俺は自分のことだけを考えて行動しただけに過ぎません」
めぐり「で、でも」
八幡「それに、めぐりさんのことを助けたのだって、あんなの偶然でしかない……本当はあれ雪ノ下が助けようとしてたんですよ、それを横取りしてただけで」
めぐり「……」
自分の声が、頭が、体温が、だんだんと冷えていっているのを自覚する。それに伴い、めぐりさんの表情も冷たいものになって言っているように見える。
しかし俺はそれに構わず、そのまま続ける。
八幡「めぐりさんは、勘違いをしています」
めぐり「か、勘違い?」
八幡「俺は決してめぐりさんの言うような人間なんかじゃないです。優しくもないし、皆のことだって考えてるわけじゃない」
やや語気が強くなり過ぎてしまっただろうか。めぐりさんの顔が驚きの色に染まっていく。しかしここまで来て俺だって引くわけには行かない。
八幡「文化祭も、体育祭も、俺は自分のことだけを考えて行動しただけに過ぎません」
めぐり「で、でも」
八幡「それに、めぐりさんのことを助けたのだって、あんなの偶然でしかない……本当はあれ雪ノ下が助けようとしてたんですよ、それを横取りしてただけで」
めぐり「……」
自分の声が、頭が、体温が、だんだんと冷えていっているのを自覚する。それに伴い、めぐりさんの表情も冷たいものになって言っているように見える。
451:
彼女にこんな顔はしてもらいたくなかった──かつて想った事を、今は己で踏みにじっている。
八幡「だから、めぐりさんはそんな幻想に何か勘違いをしてるだけです」
めぐり「……なんで、そんな」
八幡「……めぐりさんはこれから大学に進むんですし、色々な出会いがあるはずです。こんなところで変な勘違いをしていいわけがない。その言葉は、その時になって別の誰かに言ってやってください」
がたんと椅子が倒れる音がした。見ればめぐりさんが立ち上がって、目に涙を浮かべながら俺のことを睨みつけている。
その表情にはいつものほんわか笑顔の影もなく、ただ悲しみと、そして俺には分からない何かの色に染まっていた。
めぐり「なんで、そんなことを言うの……」
八幡「……俺みたいな最低な人間に、めぐりさんみたいな素晴らしい人が関わるべきじゃなかったんだ」
めぐり「……本当に、最低だね」
いつかどこかで、二度聞いたことのあるその言葉は、それまでとは違い、本当の意味を込めてそう告げられた。
そのままめぐりさんは片手に箱を持ったまま、生徒会室の扉を乱暴に開けると、廊下に出て行ってしまった。
扉越しに廊下を走る音が聞こえてきたが、俺はそれを追う気にはなれなかった。
八幡「だから、めぐりさんはそんな幻想に何か勘違いをしてるだけです」
めぐり「……なんで、そんな」
八幡「……めぐりさんはこれから大学に進むんですし、色々な出会いがあるはずです。こんなところで変な勘違いをしていいわけがない。その言葉は、その時になって別の誰かに言ってやってください」
がたんと椅子が倒れる音がした。見ればめぐりさんが立ち上がって、目に涙を浮かべながら俺のことを睨みつけている。
その表情にはいつものほんわか笑顔の影もなく、ただ悲しみと、そして俺には分からない何かの色に染まっていた。
めぐり「なんで、そんなことを言うの……」
八幡「……俺みたいな最低な人間に、めぐりさんみたいな素晴らしい人が関わるべきじゃなかったんだ」
めぐり「……本当に、最低だね」
いつかどこかで、二度聞いたことのあるその言葉は、それまでとは違い、本当の意味を込めてそう告げられた。
そのままめぐりさんは片手に箱を持ったまま、生徒会室の扉を乱暴に開けると、廊下に出て行ってしまった。
扉越しに廊下を走る音が聞こえてきたが、俺はそれを追う気にはなれなかった。
452:
× × ×
一時間か、二時間か、なんなら一日か。
めぐりさんが生徒会室を出ていってから、無限にも感じるような時間が過ぎたような気がする。
しかしそう思って教室の上に掛けられている時計を見上げてみると、めぐりさんがここから出ていってからまだ三分と経っていない。
はぁとため息をつき、教室の外を見やった。もうとっくに日は暮れており、空には星が輝いている。
結局、俺は何をしたかったのか。
それは、めぐりさんの好意を逸らすことである。
三年生であるめぐりさんは、これから数ヶ月とせずに大学に入学する。そうなれば、きっと新しい人たちとの出会いだってたくさん経験するだろう。
そのなかで、きっといい人たちとの出会いだってある。
めぐりさんみたいな素晴らしい人ならば、きっと大学でも素晴らしい人と知り合えるはずだ。
453:
だから。
だから、めぐりさんみたいな人が、俺なんて最低な人間に好意を抱いて、未来を犠牲にすることなんてない。
めぐりさんの未来のために。
八幡「……」
先ほどの葉山とのやり取りを思い出す。あいつもまた、三浦の将来を想って振ったのであった。
ほんと、俺が葉山に対して腹を立てていたのなんて滑稽極まりない。やっていることは全く同じなのに。いや、同族嫌悪というやつだろうか。
ふと、今まで掛けられてきた言葉を思い出す。
──今の君ならば……他の子たちからの好意も、きちんと受け取れるようになっていると私は信じるよ。
──君のいう本物ってやつを、いつか見せてくれると嬉しいな。
──小町以外にも、そうやって素直に気持ちを伝えることが出来るようになればいいのに。
──結局言い訳を重ねて、優美子の想いを受け止められなかっただけかもしれないな。
八幡「……」
結局俺は、自分のことしか考えていない。自分のワガママのためだけに他人の好意を受け取らず、自分の気持ちを伝えられない。
そんな欺瞞な関係など、本物であるはずがないのに。
だから、めぐりさんみたいな人が、俺なんて最低な人間に好意を抱いて、未来を犠牲にすることなんてない。
めぐりさんの未来のために。
八幡「……」
先ほどの葉山とのやり取りを思い出す。あいつもまた、三浦の将来を想って振ったのであった。
ほんと、俺が葉山に対して腹を立てていたのなんて滑稽極まりない。やっていることは全く同じなのに。いや、同族嫌悪というやつだろうか。
ふと、今まで掛けられてきた言葉を思い出す。
──今の君ならば……他の子たちからの好意も、きちんと受け取れるようになっていると私は信じるよ。
──君のいう本物ってやつを、いつか見せてくれると嬉しいな。
──小町以外にも、そうやって素直に気持ちを伝えることが出来るようになればいいのに。
──結局言い訳を重ねて、優美子の想いを受け止められなかっただけかもしれないな。
八幡「……」
結局俺は、自分のことしか考えていない。自分のワガママのためだけに他人の好意を受け取らず、自分の気持ちを伝えられない。
そんな欺瞞な関係など、本物であるはずがないのに。
454:
だが、これでよかったのだ。
めぐりさんはこれで目が覚め、きっと大学では楽しいキャンパスライフを送れることだろう。
俺はどうなのかは自分でも分からないが、それはおいおい考えていくとしよう。
そう、これで万事解決。今のめぐりさんには申し訳ないが、将来的にはこの方がきっといい選択だったはず。
俺なんぞと一緒にいても、幸せになどなれないのだから。
だから、これで──
バンッ!!
生徒会室の扉を力任せに開けたような音がした。思わずそちらを振り返ってみると、そこには一人、亜麻色の髪の女生徒の姿があった。
いろは「……先輩」
一色いろはは、目に何か光るものを浮かべながら、中にいる俺のことを睨みつけてくる。
八幡「……一色、どうしてここに」
いろは「先輩、答えてください」
俺の問いには答えず、一色はそのまま生徒会室の中に入ると、ずんずんと俺の側にまで歩み寄ってきた。
いろは「さっき、泣きながら走っていく城廻先輩を見かけました。教えてください先輩──何をしたんですか」
めぐりさんはこれで目が覚め、きっと大学では楽しいキャンパスライフを送れることだろう。
俺はどうなのかは自分でも分からないが、それはおいおい考えていくとしよう。
そう、これで万事解決。今のめぐりさんには申し訳ないが、将来的にはこの方がきっといい選択だったはず。
俺なんぞと一緒にいても、幸せになどなれないのだから。
だから、これで──
バンッ!!
生徒会室の扉を力任せに開けたような音がした。思わずそちらを振り返ってみると、そこには一人、亜麻色の髪の女生徒の姿があった。
いろは「……先輩」
一色いろはは、目に何か光るものを浮かべながら、中にいる俺のことを睨みつけてくる。
八幡「……一色、どうしてここに」
いろは「先輩、答えてください」
俺の問いには答えず、一色はそのまま生徒会室の中に入ると、ずんずんと俺の側にまで歩み寄ってきた。
いろは「さっき、泣きながら走っていく城廻先輩を見かけました。教えてください先輩──何をしたんですか」
469:
八幡「何をって……」
当然、先ほどまでのやり取りの詳細を一色に伝える義理などは全くない。
興味本位で詳細を聞かれても、正直に言って迷惑なだけだった。軽く苛立ってしまっているのを自覚する。
しかし俺の前に立った一色の顔を見上げてみれば、そこに冷やかしやおふざけの色は全く含まれておらず、むしろ一色の方が怒気を込めた目線をこちらに向けていた。
いろは「城廻先輩と……何があったんですか」
八幡「……なんでもねぇよ」
だが、興味本位で聞いていようが、大真面目に聞いていようが、あれについて答えるつもりは毛頭ない。
自分が最低なことをしてしまっているのは自覚している。理由はあれど、それについて誤魔化すつもりはない。だからと言って、ここで一色に懺悔をするつもりもなかった。
当然、先ほどまでのやり取りの詳細を一色に伝える義理などは全くない。
興味本位で詳細を聞かれても、正直に言って迷惑なだけだった。軽く苛立ってしまっているのを自覚する。
しかし俺の前に立った一色の顔を見上げてみれば、そこに冷やかしやおふざけの色は全く含まれておらず、むしろ一色の方が怒気を込めた目線をこちらに向けていた。
いろは「城廻先輩と……何があったんですか」
八幡「……なんでもねぇよ」
だが、興味本位で聞いていようが、大真面目に聞いていようが、あれについて答えるつもりは毛頭ない。
自分が最低なことをしてしまっているのは自覚している。理由はあれど、それについて誤魔化すつもりはない。だからと言って、ここで一色に懺悔をするつもりもなかった。
470:
いろは「なんでもないわけないじゃないですか……」
それでも一色は引き下がってくれない。
目頭に光る何かを浮かべながらも、俺を責めるように睨みつけてくる。
いろは「城廻先輩を泣かせたのは先輩ですよね……!?」
八幡「……」
きらりと、一色の頬に一筋の涙が流れた。
何故、そこまでして事情を知りたがるのかは分からない。
だが、これは俺とめぐりさんの二人だけの問題だ。他人にべらべらと話すようなことではない。たとえ、一色が何を考えていようとも。
八幡「お前には関係ない」
ただその一言を告げ、俺は拒絶の意を示した。
そう、一色は関係がないのだ。この件に置いて、こいつは何の関わりも持たない。
持って欲しくないのだ。
それでも一色は引き下がってくれない。
目頭に光る何かを浮かべながらも、俺を責めるように睨みつけてくる。
いろは「城廻先輩を泣かせたのは先輩ですよね……!?」
八幡「……」
きらりと、一色の頬に一筋の涙が流れた。
何故、そこまでして事情を知りたがるのかは分からない。
だが、これは俺とめぐりさんの二人だけの問題だ。他人にべらべらと話すようなことではない。たとえ、一色が何を考えていようとも。
八幡「お前には関係ない」
ただその一言を告げ、俺は拒絶の意を示した。
そう、一色は関係がないのだ。この件に置いて、こいつは何の関わりも持たない。
持って欲しくないのだ。
471:
あんな最低な、最悪な、斜め下どころではない手段を取ったことを、こいつに知られたくないと、純粋に思った。
そんな考えが脳内に浮かんで、はっと自虐的な笑みが勝手に浮かぶ。何を考えてるんだか。
あれだけめぐりさんを傷つけて、それをひた隠しにしたいだなんて、甘ったれた考えが浮かんでしまったことに反吐が出る。
いろは「関係ない……ですか」
ぼそりと、そう呟く一色。
その顔から怒気は抜けており、代わりに酷く哀しそうな表情を浮かべている。
一色の表情を見て、俺は少しだけ驚く。一色もそんな表情をするんだということを、俺は知らなかった。
いっそ全部話して一色に責められた方が楽になるじゃないか、なんてふざけた考えを実行する前に、一色が言葉を続ける。
いろは「……わたしは、関係のない他人なんですか」
その声はか細く、ともあれば聞き逃してしまいそうなほどに小さい。
しかしその声は、まるで世界から隔離されてしまったかのように静かなこの生徒会室の中で、俺の耳にしっかりと届いた。
そんな考えが脳内に浮かんで、はっと自虐的な笑みが勝手に浮かぶ。何を考えてるんだか。
あれだけめぐりさんを傷つけて、それをひた隠しにしたいだなんて、甘ったれた考えが浮かんでしまったことに反吐が出る。
いろは「関係ない……ですか」
ぼそりと、そう呟く一色。
その顔から怒気は抜けており、代わりに酷く哀しそうな表情を浮かべている。
一色の表情を見て、俺は少しだけ驚く。一色もそんな表情をするんだということを、俺は知らなかった。
いっそ全部話して一色に責められた方が楽になるじゃないか、なんてふざけた考えを実行する前に、一色が言葉を続ける。
いろは「……わたしは、関係のない他人なんですか」
その声はか細く、ともあれば聞き逃してしまいそうなほどに小さい。
しかしその声は、まるで世界から隔離されてしまったかのように静かなこの生徒会室の中で、俺の耳にしっかりと届いた。
472:
いろは「そうかもしれません、わたしは結局先輩の中には入れなかった……でも、城廻先輩なら、きっと先輩のことを知ることが出来るって思ってたんです」
俺に向かって話しかけている、というよりはまるで独り言のように聞こえた。
具体的に何を指しているのか、何を話しているのか、聞いているだけの俺には全く分からない。俺はただ、黙って一色の呟きを聞いていることしか出来なかった。
いろは「でも、その城廻先輩も……こんなのって……」
ぐすっと小さな嗚咽が漏れた。見れば、一色の瞳には大粒の涙が溜まっている。
いろは「先輩が欲しがった本物って、こんなものだったんですか……!!」
八幡「……」
一色の必氏に振り絞ったような声が、耳に痛い。
俺に向かって話しかけている、というよりはまるで独り言のように聞こえた。
具体的に何を指しているのか、何を話しているのか、聞いているだけの俺には全く分からない。俺はただ、黙って一色の呟きを聞いていることしか出来なかった。
いろは「でも、その城廻先輩も……こんなのって……」
ぐすっと小さな嗚咽が漏れた。見れば、一色の瞳には大粒の涙が溜まっている。
いろは「先輩が欲しがった本物って、こんなものだったんですか……!!」
八幡「……」
一色の必氏に振り絞ったような声が、耳に痛い。
473:
俺の欲しがった本物。
それは一体なんだっただろうか。
ふと、脳裏に浮かんだのはめぐりさんのほんわか笑顔だった。
かつて誓った、彼女の笑顔が霞まないようにしたいという想い。
本人にはとても恥ずかしくて伝えられなかったが、俺には確かな想いがあったのだ。
今はもう失くしてしまった想いが。
八幡「……一色」
いろは「……はい」
八幡「…………さっき、何があったかっていうとだな」
いろは「!!」
どういう心境の変化だったのだろう。自分でもよく分からない。先ほどまで何も言いたくなかったはずの言葉が、つい口から漏れてしまった。
一色に真実を伝えて、責められることによって、少しでも楽になりたいという気持ちも少しはあったかもしれない。
だが、そう言ってくれた一色に、真実を伝えたいと思ったのも確かだ。
関係ないだなんて突き飛ばしておいて、今更こんな虫のいいことを言って呆れられはしないだろうか。不安に思いつつ一色の顔を見やると、そこには優しい表情が浮かんでいた。
まるでどんなことでも聞いてやるという、そんな包み込むような母性を感じた。いや、これは俺の考え過ぎかもしれないが。
それは一体なんだっただろうか。
ふと、脳裏に浮かんだのはめぐりさんのほんわか笑顔だった。
かつて誓った、彼女の笑顔が霞まないようにしたいという想い。
本人にはとても恥ずかしくて伝えられなかったが、俺には確かな想いがあったのだ。
今はもう失くしてしまった想いが。
八幡「……一色」
いろは「……はい」
八幡「…………さっき、何があったかっていうとだな」
いろは「!!」
どういう心境の変化だったのだろう。自分でもよく分からない。先ほどまで何も言いたくなかったはずの言葉が、つい口から漏れてしまった。
一色に真実を伝えて、責められることによって、少しでも楽になりたいという気持ちも少しはあったかもしれない。
だが、そう言ってくれた一色に、真実を伝えたいと思ったのも確かだ。
関係ないだなんて突き飛ばしておいて、今更こんな虫のいいことを言って呆れられはしないだろうか。不安に思いつつ一色の顔を見やると、そこには優しい表情が浮かんでいた。
まるでどんなことでも聞いてやるという、そんな包み込むような母性を感じた。いや、これは俺の考え過ぎかもしれないが。
474:
いろは「聞きますよ、先輩。何があったんですか」
八幡「……めぐりさんに告白されそうになる前に振った」
いろは「は?」
先ほどまでの優しい表情はどこへ行ったやら、一瞬でこいつは何を言ってるんだとでも言いたげな顔になった。
いろは「……なんで、城廻先輩を振ったんですか」
八幡「や、その……めぐりさんはもうすぐで大学に進学するだろ。きっとそこでも色々な人と出会う機会がある」
言葉を進めるにつれ、一色の顔に浮かぶ疑問の色が濃くなっていった。こいつマジで言ってんのみたいな視線が痛い。
八幡「俺なんかといてもいいことなんてないだろうし、それで大学でいい出会いをふいにしてもめぐりさんが可哀想だろ。だからめぐりさんのために俺は」
いろは「馬鹿じゃないんですか」
俺の言葉が言い終わる前に、一色がばっさりとそう切り捨てた。
いろは「城廻先輩は本当に先輩のことが好きだと思ってるはずです。少なくとも、わたしはそう感じてました」
八幡「お、おう……」
いろは「それが大学でいい人探せなんて言われたら、そりゃ城廻先輩も泣きますよ……」
はぁ~と呆れたようなため息をつかれた。こめかみを指で押さえながらため息をつくその姿は、どこか雪ノ下の仕草に似ている。
だが俺のこれとて真面目に考え抜いて出した結論だ。一言で切り捨てられる道理はない。
八幡「……めぐりさんに告白されそうになる前に振った」
いろは「は?」
先ほどまでの優しい表情はどこへ行ったやら、一瞬でこいつは何を言ってるんだとでも言いたげな顔になった。
いろは「……なんで、城廻先輩を振ったんですか」
八幡「や、その……めぐりさんはもうすぐで大学に進学するだろ。きっとそこでも色々な人と出会う機会がある」
言葉を進めるにつれ、一色の顔に浮かぶ疑問の色が濃くなっていった。こいつマジで言ってんのみたいな視線が痛い。
八幡「俺なんかといてもいいことなんてないだろうし、それで大学でいい出会いをふいにしてもめぐりさんが可哀想だろ。だからめぐりさんのために俺は」
いろは「馬鹿じゃないんですか」
俺の言葉が言い終わる前に、一色がばっさりとそう切り捨てた。
いろは「城廻先輩は本当に先輩のことが好きだと思ってるはずです。少なくとも、わたしはそう感じてました」
八幡「お、おう……」
いろは「それが大学でいい人探せなんて言われたら、そりゃ城廻先輩も泣きますよ……」
はぁ~と呆れたようなため息をつかれた。こめかみを指で押さえながらため息をつくその姿は、どこか雪ノ下の仕草に似ている。
だが俺のこれとて真面目に考え抜いて出した結論だ。一言で切り捨てられる道理はない。
475:
八幡「それにだな、俺が城廻先輩に好かれる筋合いがない。あんなのただの一時の気の迷いだ。あんな間違った始まり方で勘違いして、それでめぐりさんの時間を無駄にさせるなんて」
いろは「勘違いだっていいじゃないですか」
再び、俺が言葉を言い終わらないうちに一色に言葉を被せられた。
一色の表情を窺ってみれば、その瞳には真剣な意思が宿っているように見える。
いろは「勘違いだっていいじゃないですか、気の迷いだっていいじゃないですか、始まり方なんて、なんだっていいじゃないですか……」
八幡「……」
俺は、あんな偶発的な事故がきっかけで芽生えた恋情を、本物と認めることは出来なかった。
しかし、一色は言うのだ。始まり方なんて、なんだっていいのだと。
いろは「……そんなことより、先輩はどう思ってるんですか」
八幡「何をだよ」
いろは「先輩は、城廻先輩をどう思ってるんですか」
八幡「俺が、めぐりさんを……」
いろは「勘違いだっていいじゃないですか」
再び、俺が言葉を言い終わらないうちに一色に言葉を被せられた。
一色の表情を窺ってみれば、その瞳には真剣な意思が宿っているように見える。
いろは「勘違いだっていいじゃないですか、気の迷いだっていいじゃないですか、始まり方なんて、なんだっていいじゃないですか……」
八幡「……」
俺は、あんな偶発的な事故がきっかけで芽生えた恋情を、本物と認めることは出来なかった。
しかし、一色は言うのだ。始まり方なんて、なんだっていいのだと。
いろは「……そんなことより、先輩はどう思ってるんですか」
八幡「何をだよ」
いろは「先輩は、城廻先輩をどう思ってるんですか」
八幡「俺が、めぐりさんを……」
476:
俺がめぐりさんをどう思っているのか。
その答えは、実はとうに出ている。
しかし、その答えを今更口に出すことは許されないだろう。
あんなことをしてしまった俺に、今更何かを言う権利などありはしない。
いろは「……言わなくていいです、その顔見てたら分かっちゃいましたよ」
八幡「は?」
だが、俺が何かを言う前に、一色は納得したかのようにうんうんと頷いてしまった。
何に納得したかは分からない。
だが、見やった先の一色の表情は、全てを見通したと言わんばかりだ。
いろは「大事なのは、始め方なんて過去のことより、今先輩方がどう思っているかじゃないんですか?」
八幡「……」
いろは「結局、先輩は城廻先輩の想いを受け止める覚悟が出来てないだけですよ」
その答えは、実はとうに出ている。
しかし、その答えを今更口に出すことは許されないだろう。
あんなことをしてしまった俺に、今更何かを言う権利などありはしない。
いろは「……言わなくていいです、その顔見てたら分かっちゃいましたよ」
八幡「は?」
だが、俺が何かを言う前に、一色は納得したかのようにうんうんと頷いてしまった。
何に納得したかは分からない。
だが、見やった先の一色の表情は、全てを見通したと言わんばかりだ。
いろは「大事なのは、始め方なんて過去のことより、今先輩方がどう思っているかじゃないんですか?」
八幡「……」
いろは「結局、先輩は城廻先輩の想いを受け止める覚悟が出来てないだけですよ」
477:
耳が、心が痛い。
きっと、一色の言っていることこそが正論だと分かってしまっているから。
ふと、かつて平塚先生が言っていたことが脳裏を掠める。考えるときは、考えるべきポイントを間違えないことだ……だったか。
きっと今回は、盛大に間違えてしまったのだろう。
……きっとという言い方もおかしかったな。間違いなく、間違えたのだろう。
今、ここに至って、前に平塚先生が言っていた数々の言葉の意味を理解し始める。誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をうんたら……一色にも言われた通りだ。
覚悟が出来ていなかった。
なんだかんだと言い訳をして、めぐりさんの想いを受け止める覚悟が出来ていなかっただけなのだろう。
……なんだ、結局葉山と同じことを言っているじゃないか。
それに気付いた俺は思わずははっと笑みが漏れた。それに気が付いたのか一色が訝しげに俺の顔を見てくる。
きっと、一色の言っていることこそが正論だと分かってしまっているから。
ふと、かつて平塚先生が言っていたことが脳裏を掠める。考えるときは、考えるべきポイントを間違えないことだ……だったか。
きっと今回は、盛大に間違えてしまったのだろう。
……きっとという言い方もおかしかったな。間違いなく、間違えたのだろう。
今、ここに至って、前に平塚先生が言っていた数々の言葉の意味を理解し始める。誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をうんたら……一色にも言われた通りだ。
覚悟が出来ていなかった。
なんだかんだと言い訳をして、めぐりさんの想いを受け止める覚悟が出来ていなかっただけなのだろう。
……なんだ、結局葉山と同じことを言っているじゃないか。
それに気付いた俺は思わずははっと笑みが漏れた。それに気が付いたのか一色が訝しげに俺の顔を見てくる。
478:
いろは「なんで笑ってるのかは分かりませんが……とにかく、そうと決まれば今すぐ城廻先輩を追ってください。まだ学校内にいるかもしれませんから」
八幡「え、いや、でも」
いろは「まだぐちぐち言うつもりですか」
椅子から勢いよく立ち上がった一色は俺の側にまで近寄ると、俺の腕を力強く引っ張り上げ、無理矢理立ち上がらせる。
何をするんだと責めるような視線を向けると、一色はにっこりと笑顔を浮かべて、言葉を紡いだ。
いろは「先輩なら出来ますよ──わたしが好きになった先輩なら、きっと城廻先輩の想いを受け止められるって信じてます」
八幡「……一色」
いろは「さ、ほら早く追ってください。城廻先輩が帰っちゃってても知らないですよ!!」
バンッと俺の背中を勢いよく叩かれた。いてぇな……本当に、痛い。
その叩かれた勢いのまま生徒会室の扉に向かう途中、ちらと一色の方を振り向く。
八幡「え、いや、でも」
いろは「まだぐちぐち言うつもりですか」
椅子から勢いよく立ち上がった一色は俺の側にまで近寄ると、俺の腕を力強く引っ張り上げ、無理矢理立ち上がらせる。
何をするんだと責めるような視線を向けると、一色はにっこりと笑顔を浮かべて、言葉を紡いだ。
いろは「先輩なら出来ますよ──わたしが好きになった先輩なら、きっと城廻先輩の想いを受け止められるって信じてます」
八幡「……一色」
いろは「さ、ほら早く追ってください。城廻先輩が帰っちゃってても知らないですよ!!」
バンッと俺の背中を勢いよく叩かれた。いてぇな……本当に、痛い。
その叩かれた勢いのまま生徒会室の扉に向かう途中、ちらと一色の方を振り向く。
479:
八幡「一色、ありがとうな」
いろは「まぁ、ちゃんと参考にしてくださいね?」
その眼差しは優しさに溢れていた──かつて見た時と、同じように。
それを見て再び視線を前に戻し、生徒会室から出ようとその扉に手をかける。
と、そのドアががたっと揺れた。なんだ建付けでも悪いのかとか思いながら、やや力を込めて開け放つと、目の前に人が立っていた。
八幡「うおっ……」
まさか扉を開いた先に人がいるとは予想しておらず、思わず身を引いてしまった。バクバク言い出す心臓を抑えながら目の前の人物に目をやる。
ま、まさかめぐりさんが帰ってきたんじゃないのかもしもそうだったらどうしようなどと一瞬思ったが、そこにいる人物はめぐりさんではなかった。
八幡「由比ヶ浜……」
結衣「……ヒッキー」
そこにいた少女──由比ヶ浜結衣は、強張る口元で、掠れ気味に俺の名前を呟いた。
いろは「まぁ、ちゃんと参考にしてくださいね?」
その眼差しは優しさに溢れていた──かつて見た時と、同じように。
それを見て再び視線を前に戻し、生徒会室から出ようとその扉に手をかける。
と、そのドアががたっと揺れた。なんだ建付けでも悪いのかとか思いながら、やや力を込めて開け放つと、目の前に人が立っていた。
八幡「うおっ……」
まさか扉を開いた先に人がいるとは予想しておらず、思わず身を引いてしまった。バクバク言い出す心臓を抑えながら目の前の人物に目をやる。
ま、まさかめぐりさんが帰ってきたんじゃないのかもしもそうだったらどうしようなどと一瞬思ったが、そこにいる人物はめぐりさんではなかった。
八幡「由比ヶ浜……」
結衣「……ヒッキー」
そこにいた少女──由比ヶ浜結衣は、強張る口元で、掠れ気味に俺の名前を呟いた。
486:
× × ×
いろは「ゆ、結衣先輩……!!?」
八幡「お前、なんでこんなとこに……」
生徒会室の中にいる一色と、俺の声が重なった。
まさかこんなところに由比ヶ浜がいるとは思っておらず、少々遅れて驚きがやってくる。
生徒会室の扉の前に立っていた由比ヶ浜は、俯き、胸の前で手を軽く握り締めた。
結衣「あ、なんか、ごめんね……」
八幡「あ、ああ……」
俺の問いには、答えていなかった。
俯いている由比ヶ浜の表情を窺ってみると、いつもの明るさの陰も見えない。
487:
その視線は地面か、俺の足元の方へ注がれている。だが、本当にその瞳に何が映っているものは何なのかまでは、俺には分からなかった。
一瞬、気まずい空気が流れる。
どう反応したものか迷ったが、今の俺はめぐりさんをすぐに追わなければならない状況だったとすぐに思い出した。
悪いなと思いつつ、由比ヶ浜の横を通り過ぎようとする。
八幡「すまん、俺は少し用があるから」
結衣「待って!!」
だが、叫ぶような声で、俺の動きが制止される。
由比ヶ浜は生徒会室の扉前から退かず、俺の行く先を遮ろうとしてきた。
八幡「由比ヶ浜、そこをどいてくれ」
結衣「……」
言っても、由比ヶ浜に反応が見られない。
何故俺のことを引き止めたのかも分からないまま、数秒の沈黙が流れる。
一瞬、気まずい空気が流れる。
どう反応したものか迷ったが、今の俺はめぐりさんをすぐに追わなければならない状況だったとすぐに思い出した。
悪いなと思いつつ、由比ヶ浜の横を通り過ぎようとする。
八幡「すまん、俺は少し用があるから」
結衣「待って!!」
だが、叫ぶような声で、俺の動きが制止される。
由比ヶ浜は生徒会室の扉前から退かず、俺の行く先を遮ろうとしてきた。
八幡「由比ヶ浜、そこをどいてくれ」
結衣「……」
言っても、由比ヶ浜に反応が見られない。
何故俺のことを引き止めたのかも分からないまま、数秒の沈黙が流れる。
488:
由比ヶ浜の行動の真意が分からない。だが、俺もあまり悠長としていられない状況だ。
仕方が無い、もう片方の扉から出るか。
そう考えて踵を返し、生徒会室のもう片方の扉へ向かおうとする。
その瞬間、グイッと俺の制服のブレザーが何かに強く引っ張られ、俺は思わずバランスを崩しそうになってしまった。
八幡「うおっ……な、なんだよ……」
結衣「……待って」
振り返ってみれば、俺のブレザーを引っ張っていたのは由比ヶ浜の手だ。
掠れる様な、ともあれば消えて流れてしまいそうな小さい声で、由比ヶ浜は待ってと呟いた。
……何故、俺を引き止めるのか。
その真意を問おうと、俺は由比ヶ浜に向かって体を向ける。
仕方が無い、もう片方の扉から出るか。
そう考えて踵を返し、生徒会室のもう片方の扉へ向かおうとする。
その瞬間、グイッと俺の制服のブレザーが何かに強く引っ張られ、俺は思わずバランスを崩しそうになってしまった。
八幡「うおっ……な、なんだよ……」
結衣「……待って」
振り返ってみれば、俺のブレザーを引っ張っていたのは由比ヶ浜の手だ。
掠れる様な、ともあれば消えて流れてしまいそうな小さい声で、由比ヶ浜は待ってと呟いた。
……何故、俺を引き止めるのか。
その真意を問おうと、俺は由比ヶ浜に向かって体を向ける。
489:
八幡「由比ヶ浜、どうしたんだ」
結衣「……ヒッキーは、城廻先輩のところへ行っちゃうの?」
八幡「聞いてたのか?」
結衣「……うん、ごめんね」
そうか、先ほどの一色との会話を由比ヶ浜に聞かれていたのか。
……出来ることなら、由比ヶ浜は一番聞かれたくはない相手ではあった。
俺とて、そこまで鈍くはない。
結衣「やっぱさ、ヒッキーは、城廻先輩のことが好き……なんだよね」
八幡「……」
由比ヶ浜の言葉は、疑問……というより、半ば確信めいたような口調だ。
どうも一色といい、内に秘めていたはずの気持ちは周りの女性陣にはバレていたらしい。
今までは内に秘めているだけの、ふわふわとした、どこか浮ついた気持ち程度でしかなかったと思うが。
その気持ちは、先ほど確信に変わった。
結衣「……ヒッキーは、城廻先輩のところへ行っちゃうの?」
八幡「聞いてたのか?」
結衣「……うん、ごめんね」
そうか、先ほどの一色との会話を由比ヶ浜に聞かれていたのか。
……出来ることなら、由比ヶ浜は一番聞かれたくはない相手ではあった。
俺とて、そこまで鈍くはない。
結衣「やっぱさ、ヒッキーは、城廻先輩のことが好き……なんだよね」
八幡「……」
由比ヶ浜の言葉は、疑問……というより、半ば確信めいたような口調だ。
どうも一色といい、内に秘めていたはずの気持ちは周りの女性陣にはバレていたらしい。
今までは内に秘めているだけの、ふわふわとした、どこか浮ついた気持ち程度でしかなかったと思うが。
その気持ちは、先ほど確信に変わった。
490:
だが、その気持ちを由比ヶ浜に伝えていいものか。
決心が決まらず、俺はただ沈黙で応えてしまう。
八幡「……」
結衣「……そっか」
だが由比ヶ浜は何に納得したのか、寂しげに、ポツリとそう漏らす。
由比ヶ浜の気持ちに、気が付いていなかったわけではない。
しかしめぐりさんと同様、今までその気持ちからは逃げ続けていた。
俺と関わり続けていても、決してその先に光はないだろうと。
結衣「……あたしさ、もしかしたらズルい子なんじゃないかなって思うんだ」
唐突に由比ヶ浜が呟いたその言葉はとても小さかったが、すっと俺の耳の奥にまで届いた。
由比ヶ浜の顔を見ると、その由比ヶ浜も俺の顔を見上げてきた。
目と目が合う。
由比ヶ浜の瞳は潤んではいたが、俺のことを真っ直ぐに見つめている。
その視線に捕らわれるような錯覚を受け、俺はその目を逸らすことが出来なかった。
決心が決まらず、俺はただ沈黙で応えてしまう。
八幡「……」
結衣「……そっか」
だが由比ヶ浜は何に納得したのか、寂しげに、ポツリとそう漏らす。
由比ヶ浜の気持ちに、気が付いていなかったわけではない。
しかしめぐりさんと同様、今までその気持ちからは逃げ続けていた。
俺と関わり続けていても、決してその先に光はないだろうと。
結衣「……あたしさ、もしかしたらズルい子なんじゃないかなって思うんだ」
唐突に由比ヶ浜が呟いたその言葉はとても小さかったが、すっと俺の耳の奥にまで届いた。
由比ヶ浜の顔を見ると、その由比ヶ浜も俺の顔を見上げてきた。
目と目が合う。
由比ヶ浜の瞳は潤んではいたが、俺のことを真っ直ぐに見つめている。
その視線に捕らわれるような錯覚を受け、俺はその目を逸らすことが出来なかった。
491:
結衣「ヒッキーの気持ち、分かってたのに……それでも、あたしのことを見ていて欲しいって思っちゃう」
段々と涙声になっていく由比ヶ浜の言葉に対して、俺はただ黙っていた。一言一句、彼女の気持ちを聞き漏らさないために。
結衣「ここをどいちゃったらさ、きっと二度とヒッキーに手が届かなくなっちゃう気がする……だから、どきたくない」
ギュッと、俺のブレザーを掴む由比ヶ浜の手に力が込められる。まるでその手を離したら、全部が終わってしまうと分かっているみたいに。
八幡「由比ヶ浜……」
結衣「……迷惑、だよね。ズルいよね、あたし」
はは、と自虐的な笑みを漏らす。その無理に浮かべた笑顔がとても痛々しい。
俺はめぐりさんを傷つけ、一色を傷つけ、そしてまた由比ヶ浜を傷つけている。
だが、俺の存在が人を傷つけているという事実は、それだけで俺自身をも傷つけた。
俺は、どうすればいい?
何をすれば、誰も傷つかないハッピーエンドに辿り着ける?
段々と涙声になっていく由比ヶ浜の言葉に対して、俺はただ黙っていた。一言一句、彼女の気持ちを聞き漏らさないために。
結衣「ここをどいちゃったらさ、きっと二度とヒッキーに手が届かなくなっちゃう気がする……だから、どきたくない」
ギュッと、俺のブレザーを掴む由比ヶ浜の手に力が込められる。まるでその手を離したら、全部が終わってしまうと分かっているみたいに。
八幡「由比ヶ浜……」
結衣「……迷惑、だよね。ズルいよね、あたし」
はは、と自虐的な笑みを漏らす。その無理に浮かべた笑顔がとても痛々しい。
俺はめぐりさんを傷つけ、一色を傷つけ、そしてまた由比ヶ浜を傷つけている。
だが、俺の存在が人を傷つけているという事実は、それだけで俺自身をも傷つけた。
俺は、どうすればいい?
何をすれば、誰も傷つかないハッピーエンドに辿り着ける?
492:
……馬鹿なことを考えるな。
そんなもの、ありはしない。誰も傷つかない優しい世界なんて、空想の中でしか存在し得ない。
もしかしたら、偽り続けることで、違和感から目を逸らし続けることで、嘘を吐き続けることで、そんな優しい世界に辿り付けるのかも知れない。
でもそれは、きっとただの欺瞞の世界でしかないから。
そんな曖昧な答えや、馴れ合いの関係なんて望んでいないのだから。
本物が欲しいから。
だから、俺は決める。
大切な人を傷つける覚悟を。そして、大切に想ってくれた人を傷つける覚悟を。
ちゃんと考えて、苦しんで、あがきもがいて、答えを出す。
そんなもの、ありはしない。誰も傷つかない優しい世界なんて、空想の中でしか存在し得ない。
もしかしたら、偽り続けることで、違和感から目を逸らし続けることで、嘘を吐き続けることで、そんな優しい世界に辿り付けるのかも知れない。
でもそれは、きっとただの欺瞞の世界でしかないから。
そんな曖昧な答えや、馴れ合いの関係なんて望んでいないのだから。
本物が欲しいから。
だから、俺は決める。
大切な人を傷つける覚悟を。そして、大切に想ってくれた人を傷つける覚悟を。
ちゃんと考えて、苦しんで、あがきもがいて、答えを出す。
493:
八幡「……由比ヶ浜」
結衣「え?」
八幡「俺は、めぐりさんのことが好きだ」
結衣「──!!」
八幡「お前は、どう思う?」
結衣「あ、あたし……は……」
我ながら、残酷な問いだと思った。
だが、その気持ちを誤魔化して前に進むことは出来やしないのだ。
俺も、由比ヶ浜も。
結衣「あ、たし……は……」
由比ヶ浜の声に嗚咽が混じり始める。つっと滴が頬を伝い、その涙がポツンと地面に落ちた。
目頭に大粒の涙を溜め、顔を真っ赤に染め上げ、途切れ途切れに言葉を紡ごうとする由比ヶ浜の姿は痛々しく、思わず目を逸らしたくなる。
結衣「え?」
八幡「俺は、めぐりさんのことが好きだ」
結衣「──!!」
八幡「お前は、どう思う?」
結衣「あ、あたし……は……」
我ながら、残酷な問いだと思った。
だが、その気持ちを誤魔化して前に進むことは出来やしないのだ。
俺も、由比ヶ浜も。
結衣「あ、たし……は……」
由比ヶ浜の声に嗚咽が混じり始める。つっと滴が頬を伝い、その涙がポツンと地面に落ちた。
目頭に大粒の涙を溜め、顔を真っ赤に染め上げ、途切れ途切れに言葉を紡ごうとする由比ヶ浜の姿は痛々しく、思わず目を逸らしたくなる。
494:
だが、俺はその由比ヶ浜から、現実から、気持ちから、目を逸らすわけにはいかない。
思わず逃げそうになってしまうのをぐっと堪えて、由比ヶ浜の言葉の続きを待つ。
結衣「……ヒッキーのことが……!!」
次の瞬間、由比ヶ浜の口が大きく開いた。全ての堰が切れたかのように、言葉が溢れ出す。
結衣「あたしはっ、ヒッキーのことが好き! ずっと前から好きだった!! あたしと付き合って欲しい!! ずっとずっと、一緒にいて欲しい!! だから、だから!! 城廻先輩のところに行って欲しくない!! あたしのことだけを見て欲しい!! お願いだよ、ヒッキー……あたしと、一緒にいて……!!!」
それは、由比ヶ浜結衣の本音なのだろう。
かつては人に合わせてばかりで、自分のことも言えず、ただ流されてばかりだった彼女の。
本物の言葉。
そして。
そして、俺は。
思わず逃げそうになってしまうのをぐっと堪えて、由比ヶ浜の言葉の続きを待つ。
結衣「……ヒッキーのことが……!!」
次の瞬間、由比ヶ浜の口が大きく開いた。全ての堰が切れたかのように、言葉が溢れ出す。
結衣「あたしはっ、ヒッキーのことが好き! ずっと前から好きだった!! あたしと付き合って欲しい!! ずっとずっと、一緒にいて欲しい!! だから、だから!! 城廻先輩のところに行って欲しくない!! あたしのことだけを見て欲しい!! お願いだよ、ヒッキー……あたしと、一緒にいて……!!!」
それは、由比ヶ浜結衣の本音なのだろう。
かつては人に合わせてばかりで、自分のことも言えず、ただ流されてばかりだった彼女の。
本物の言葉。
そして。
そして、俺は。
495:
八幡「俺は、由比ヶ浜とは付き合えない」
これが正しい選択だったのかは分からない。
それでも、大切に思う誰かに嘘は吐きたくなかったから。
だから、ちゃんとした答えを。
誤魔化しのない、偽りのない、欺瞞ではない答えを、示したかったのだ。
言って、由比ヶ浜の顔を見る。
彼女は、どう受け取るのか。
結衣「……ヒッキーなら、そう言ってくれると思った」
そう言うと、由比ヶ浜はにっこりと優しく微笑んだ。
……その笑みを見て、俺は確信する。
間違っていなかったと。
この選択は、きっと間違っていなかったのだと。
これが正しい選択だったのかは分からない。
それでも、大切に思う誰かに嘘は吐きたくなかったから。
だから、ちゃんとした答えを。
誤魔化しのない、偽りのない、欺瞞ではない答えを、示したかったのだ。
言って、由比ヶ浜の顔を見る。
彼女は、どう受け取るのか。
結衣「……ヒッキーなら、そう言ってくれると思った」
そう言うと、由比ヶ浜はにっこりと優しく微笑んだ。
……その笑みを見て、俺は確信する。
間違っていなかったと。
この選択は、きっと間違っていなかったのだと。
496:
決して、みんな幸せなハッピーエンドではないけれど。
それでも悩み抜いた末に出したこの答えは間違っていないのだと、そう胸を張りたかった。
結衣「ごめんね、ヒッキー。引き止めちゃって」
掴んでいたブレザーをぱっと離し、そして遮っていた生徒会室の扉の前から退く。
すると、その先の廊下への道が通じた。
結衣「そしてありがとう、ヒッキー。ちゃんと想いを伝えてくれて。ちゃんと受け取ってくれて」
八幡「……すまないな」
結衣「謝らないでよ、そっちの方が失礼だよ」
言いながらあははと笑う由比ヶ浜の笑顔に釣られて、俺も思わずふっと笑みが漏れた。
そうだったな。その気持ちに対して謝る方が失礼だったな。
それでも悩み抜いた末に出したこの答えは間違っていないのだと、そう胸を張りたかった。
結衣「ごめんね、ヒッキー。引き止めちゃって」
掴んでいたブレザーをぱっと離し、そして遮っていた生徒会室の扉の前から退く。
すると、その先の廊下への道が通じた。
結衣「そしてありがとう、ヒッキー。ちゃんと想いを伝えてくれて。ちゃんと受け取ってくれて」
八幡「……すまないな」
結衣「謝らないでよ、そっちの方が失礼だよ」
言いながらあははと笑う由比ヶ浜の笑顔に釣られて、俺も思わずふっと笑みが漏れた。
そうだったな。その気持ちに対して謝る方が失礼だったな。
497:
八幡「ははっ、そうだな」
結衣「ヒッキーさ、もっと自分に自信持っていいんだよ。あたしが保障するから」
いろは「そうですよー、なんならわたしも保証しますよ」
生徒会室の中にいた一色まで出てきて、そんなことを言う。……ていうか、こいつさっきのやり取り全部目の前で見てたんだよな。うわ、なんか改めて認識すると恥ずかしい。
先ほどまでの俺は、めぐりさんと釣り合う自信が欠片もなかった。
一度はめぐりさんを背負う責任が持てず、逃げ出してしまったのだ。
だが、今は違う。
こんなにも素敵な女の子が、二人も俺を好いてくれたのだ。
ここで自分を卑下してしまえば、それはその二人に対する裏切りになってしまうだろう。
八幡「ありがとうな。由比ヶ浜、一色」
いろは「全く、世話が焼ける先輩ですね」
結衣「うん、もしもまた逃げたら本当に怒るからね」
八幡「もう逃げねぇよ……お前達のおかげでな」
一色と由比ヶ浜に背を向け、廊下の向こうに目をやる。もう大分遅い時間だ。人の気配も感じられず、ただ無機質な光景が広がっている。
結衣「ヒッキーさ、もっと自分に自信持っていいんだよ。あたしが保障するから」
いろは「そうですよー、なんならわたしも保証しますよ」
生徒会室の中にいた一色まで出てきて、そんなことを言う。……ていうか、こいつさっきのやり取り全部目の前で見てたんだよな。うわ、なんか改めて認識すると恥ずかしい。
先ほどまでの俺は、めぐりさんと釣り合う自信が欠片もなかった。
一度はめぐりさんを背負う責任が持てず、逃げ出してしまったのだ。
だが、今は違う。
こんなにも素敵な女の子が、二人も俺を好いてくれたのだ。
ここで自分を卑下してしまえば、それはその二人に対する裏切りになってしまうだろう。
八幡「ありがとうな。由比ヶ浜、一色」
いろは「全く、世話が焼ける先輩ですね」
結衣「うん、もしもまた逃げたら本当に怒るからね」
八幡「もう逃げねぇよ……お前達のおかげでな」
一色と由比ヶ浜に背を向け、廊下の向こうに目をやる。もう大分遅い時間だ。人の気配も感じられず、ただ無機質な光景が広がっている。
498:
さて、行こうかと思ったその矢先、ドンッと後ろから背中を押された。
振り向けば、由比ヶ浜と一色が笑顔で腕を突き出している。
いろは「ファイトですよ、先輩!!」
結衣「城廻先輩はさっき階段で上の方に登っていってたよ……頑張ってね、ヒッキー!!」
八幡「……ああ!」
ダッと廊下の床を蹴り上げ、近くの階段へと向かう。
まだ、本番は始まってすらいない。
全てはここからだ。
振り向けば、由比ヶ浜と一色が笑顔で腕を突き出している。
いろは「ファイトですよ、先輩!!」
結衣「城廻先輩はさっき階段で上の方に登っていってたよ……頑張ってね、ヒッキー!!」
八幡「……ああ!」
ダッと廊下の床を蹴り上げ、近くの階段へと向かう。
まだ、本番は始まってすらいない。
全てはここからだ。
499:
* * *
「行っちゃいましたね、先輩」
「そう、だね」
「……よかったんですか、結衣先輩」
「うん、これでいいの。……いろはちゃんこそ、よかったの?」
「え、なんのこと……ああ、結衣先輩聞いちゃってたんでしたっけ」
「あはは、ごめんね……」
「そうですねー、まぁいいかって言われるとよくはないんですけどー。でもまぁ、いいかなぁって」
「なにそれ、おかしくない?」
「わたしもよく分からないんですよねー。でも、先輩の顔を、見てたら……別に……ぐすっ、いいかなって……」
「いろはちゃん……」
「あは、駄目ですね、わたし。いいって思ったはずなのに、先輩のこと、もう、諦め、ないとっ……うあ、うわああああ……」
「……いろはちゃんは、強いよ」
「ぐすっ……わたしなんて、まだまだですよ……」
「……ヒッキーったら、いろはちゃんまで泣かせちゃって。これで本当に逃げたら、絶対に許さないんだから」
* * *
500:
× × ×
二段飛ばしで素早く階段を駆け上がり、二階の教室をくまなく捜し回る。
だが、全ての教室を見回っても、めぐりさんの姿はなかった。
なら三階か? それとも特別棟か?
一体めぐりさんはどこにいるのかと、駆けながら考える。
近くの階段に迫ると、上から誰かが降りてくるのが見えた。
いっそめぐりさんをどこかで見かけなかったか聞いてみるかとその姿を見上げると、思わず息が詰まった。
八幡「雪ノ下!?」
雪乃「あら、比企谷くん」
その階段の上から降りてきた少女──雪ノ下雪乃は、俺の姿を見ると同時に軽いため息をついた。
雪乃「あなた、こんなところで何をしているの」
511:
八幡「俺は……」
めぐりさんを捜しているところだ──
そう言おうとしたところで、一瞬躊躇ってしまい、俺の口が止まった。
今、俺がめぐりさんを追っている理由は決して褒められたようなことではない。端から見れば俺がめぐりさんを泣かせてしまい、それを遅れながら追っているという状況なのである。
その後ろめたさから、若干素直にそれを口にすることに抵抗があったのだ。
だが、そんな細かいことを気にしている状況ではないとすぐに考え直す。俺がめぐりさん相手にやらかしてしまったことは素直に受け止めるべきであるし、別に今それを説明しようというわけでもない。
雪ノ下にめぐりさんのことを見かけなかったか、それを問おうとしたその時、雪ノ下の方が先に口を開いた。
めぐりさんを捜しているところだ──
そう言おうとしたところで、一瞬躊躇ってしまい、俺の口が止まった。
今、俺がめぐりさんを追っている理由は決して褒められたようなことではない。端から見れば俺がめぐりさんを泣かせてしまい、それを遅れながら追っているという状況なのである。
その後ろめたさから、若干素直にそれを口にすることに抵抗があったのだ。
だが、そんな細かいことを気にしている状況ではないとすぐに考え直す。俺がめぐりさん相手にやらかしてしまったことは素直に受け止めるべきであるし、別に今それを説明しようというわけでもない。
雪ノ下にめぐりさんのことを見かけなかったか、それを問おうとしたその時、雪ノ下の方が先に口を開いた。
512:
雪乃「あなたにこんなところをうろついている暇はないはずよ」
八幡「すまん、実行委員の仕事は後でやるから、今は──」
雪乃「そっちではなくて……」
はぁ、と雪ノ下はこめかみを指で押さえながら呆れたようにため息をつく。うん? と何かに違和感を覚えた。
てっきり実行委員の仕事を投げ出してうろついているものと思われていると考えていたのだが、雪ノ下の反応を見る限り何か的外れのようだ。
ならば雪ノ下のうろついている暇はないという言葉にはどういう意味が込められているというのか。
雪乃「……あなた、城廻先輩相手に随分と色々言ったそうじゃない」
思わず息が詰まった。
八幡「なっ……」
雪乃「どうやら、本当のようね」
八幡「すまん、実行委員の仕事は後でやるから、今は──」
雪乃「そっちではなくて……」
はぁ、と雪ノ下はこめかみを指で押さえながら呆れたようにため息をつく。うん? と何かに違和感を覚えた。
てっきり実行委員の仕事を投げ出してうろついているものと思われていると考えていたのだが、雪ノ下の反応を見る限り何か的外れのようだ。
ならば雪ノ下のうろついている暇はないという言葉にはどういう意味が込められているというのか。
雪乃「……あなた、城廻先輩相手に随分と色々言ったそうじゃない」
思わず息が詰まった。
八幡「なっ……」
雪乃「どうやら、本当のようね」
513:
そう言いながら睨みつけるような目線を送ってくる雪ノ下を前に、俺はただ呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
どくんどくんと鼓動が素早く波を打つのを感じる。この冬の寒い学校の階段にいるのにも関わらず、体が熱で包まれているような感覚になった。
何故、雪ノ下がめぐりさんと俺のやり取りについて知っているのか。
その内容に関しては、俺が説明した一色と、それを聞いていた由比ヶ浜以外には知らないはずなのに。
そんな疑問が俺の顔にでも浮かんでしまっていたのか、何かを察したような雪ノ下はふぅとひとつため息をついてから、言葉を続けた。
雪乃「先ほどまで、私は城廻先輩と話をしていたのよ」
八幡「めぐりさんと……?」
雪ノ下がめぐりさんと話をしていた、という事実に俺は驚愕を隠すことが出来なかった。
何故雪ノ下がイベント中のこの時間に、階段の上から降りてきたか。
それは由比ヶ浜曰く、上に向かっていったというめぐりさんと話をしていたからだったのか。
どくんどくんと鼓動が素早く波を打つのを感じる。この冬の寒い学校の階段にいるのにも関わらず、体が熱で包まれているような感覚になった。
何故、雪ノ下がめぐりさんと俺のやり取りについて知っているのか。
その内容に関しては、俺が説明した一色と、それを聞いていた由比ヶ浜以外には知らないはずなのに。
そんな疑問が俺の顔にでも浮かんでしまっていたのか、何かを察したような雪ノ下はふぅとひとつため息をついてから、言葉を続けた。
雪乃「先ほどまで、私は城廻先輩と話をしていたのよ」
八幡「めぐりさんと……?」
雪ノ下がめぐりさんと話をしていた、という事実に俺は驚愕を隠すことが出来なかった。
何故雪ノ下がイベント中のこの時間に、階段の上から降りてきたか。
それは由比ヶ浜曰く、上に向かっていったというめぐりさんと話をしていたからだったのか。
514:
きっと俺に対する失望の言葉をめぐりさんから聞かされたのだろうな。
そう思いながら階段の上の雪ノ下を見上げると、雪ノ下はコツコツと音を鳴らしながら階段を降り、俺の側にまで降りてきた。
雪乃「城廻先輩は自分のせいだと気に病んでいたけども」
八幡「いや、違う。悪いのは俺だ」
めぐりさんが自分のせいだと気に病んでいた……?
今回の件でめぐりさんに悪い点など一切存在していない。悪いのは全て俺だ。好意から目を逸らし、逃げ続け、言い訳で全てを覆い隠そうとした俺に全ての非がある。
だが、俺がそれを言わずとも、雪ノ下は全て分かっているといわんばかりに首を縦に振った。
雪乃「そんなこと言われなくても分かっているわ。城廻先輩はあなたのことを何も悪くは言ってなかったけれど、どうせあなたのことだからあなたが何か変なことを言ったのだろうと思っただけよ」
八幡「……まぁ、そうなんだけどよ」
嫌な信頼のされ方だった。事実、その通りなので何も言い返すことは出来ないのだが。
そう思いながら階段の上の雪ノ下を見上げると、雪ノ下はコツコツと音を鳴らしながら階段を降り、俺の側にまで降りてきた。
雪乃「城廻先輩は自分のせいだと気に病んでいたけども」
八幡「いや、違う。悪いのは俺だ」
めぐりさんが自分のせいだと気に病んでいた……?
今回の件でめぐりさんに悪い点など一切存在していない。悪いのは全て俺だ。好意から目を逸らし、逃げ続け、言い訳で全てを覆い隠そうとした俺に全ての非がある。
だが、俺がそれを言わずとも、雪ノ下は全て分かっているといわんばかりに首を縦に振った。
雪乃「そんなこと言われなくても分かっているわ。城廻先輩はあなたのことを何も悪くは言ってなかったけれど、どうせあなたのことだからあなたが何か変なことを言ったのだろうと思っただけよ」
八幡「……まぁ、そうなんだけどよ」
嫌な信頼のされ方だった。事実、その通りなので何も言い返すことは出来ないのだが。
515:
雪乃「あなたはいつもそうじゃない」
八幡「そうだな」
何も、言い返せない。
俺はいつだって間違ってきた。
それは今回に限ったことではない。俺は今までに幾度となく間違いを犯してきた。
だが、解は出てしまっても、解き直すことが出来る。それを学ぶことが出来たのは、あの奉仕部という場所だ。
今回も間違えてしまったけれど。
それでも、今から正しにいく。
彼女たちに、背中を押されてしまっている以上、もう二度と逃げたりはしない。
雪乃「……けれど、今のあなたはいい顔をしているわね」
八幡「は?」
唐突に変なことを言われてしまい、俺は一瞬呆気に取られてしまう。
こいつ何言ってんだとその真意を問うべくその顔を見ると、くすっと雪ノ下の顔に微笑が浮かんだ。
八幡「そうだな」
何も、言い返せない。
俺はいつだって間違ってきた。
それは今回に限ったことではない。俺は今までに幾度となく間違いを犯してきた。
だが、解は出てしまっても、解き直すことが出来る。それを学ぶことが出来たのは、あの奉仕部という場所だ。
今回も間違えてしまったけれど。
それでも、今から正しにいく。
彼女たちに、背中を押されてしまっている以上、もう二度と逃げたりはしない。
雪乃「……けれど、今のあなたはいい顔をしているわね」
八幡「は?」
唐突に変なことを言われてしまい、俺は一瞬呆気に取られてしまう。
こいつ何言ってんだとその真意を問うべくその顔を見ると、くすっと雪ノ下の顔に微笑が浮かんだ。
516:
雪乃「ああ、勘違いしないで欲しいのだけれど、あなたの目が腐っていることに変わりはないわ」
八幡「うっせ。今更変わるもんかよ」
雪乃「そうね、今更ね。初めて会った時からその目は腐ったままだもの」
八幡「人の目がそうそう変わるわけねぇだろ」
雪乃「でも」
そこで雪ノ下が言葉を区切った。そしてその透き通るような青みがかった瞳で俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
その眼差しからは、ほのかに暖かいものを感じたような気がした。
雪乃「今のあなたの目からは、何か強い意思のようなものを感じるわ」
八幡「ちょっと色々あってな」
雪乃「……由比ヶ浜さんと一色さんかしら」
八幡「!!」
雪ノ下はどこまで気が付いているのだろうか。
図星を突かれて狼狽する俺の様子がおかしかったのか、雪ノ下は再びくすりと笑う。
八幡「うっせ。今更変わるもんかよ」
雪乃「そうね、今更ね。初めて会った時からその目は腐ったままだもの」
八幡「人の目がそうそう変わるわけねぇだろ」
雪乃「でも」
そこで雪ノ下が言葉を区切った。そしてその透き通るような青みがかった瞳で俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
その眼差しからは、ほのかに暖かいものを感じたような気がした。
雪乃「今のあなたの目からは、何か強い意思のようなものを感じるわ」
八幡「ちょっと色々あってな」
雪乃「……由比ヶ浜さんと一色さんかしら」
八幡「!!」
雪ノ下はどこまで気が付いているのだろうか。
図星を突かれて狼狽する俺の様子がおかしかったのか、雪ノ下は再びくすりと笑う。
517:
雪乃「その様子だと、本当に二人と何かあったようね」
八幡「……本当に、色々あってな」
先ほどの生徒会のやり取りが思い返される。冷静になってみるとかなり恥ずかしいことをやらかしたような気がするが、そのことで身悶えるのはめぐりさんの一件が終わってからでもいいだろう。
今は、背中を押された勢いのまま突っ走ればいい。
雪乃「彼女らの想いには気が付いていて?」
八幡「ついさっき聞いたよ」
雪乃「それでもここに来ているということは……あなたは城廻先輩を選ぶのね」
八幡「ああ、そうなるな」
雪乃「……そう。由比ヶ浜さんと一色さんの友人としては少し残念に思うけれど」
さりげなく由比ヶ浜と一色を友人と認めていることが少しだけ微笑ましく思った。由比ヶ浜はともかく、一色までいつの間にそういう仲にカテゴライズされていたのか。
雪乃「でも、あなたの好きなようにやればいいと思うわ」
突き放したような言葉の割に、その口元には微笑みを携えていた。
八幡「……本当に、色々あってな」
先ほどの生徒会のやり取りが思い返される。冷静になってみるとかなり恥ずかしいことをやらかしたような気がするが、そのことで身悶えるのはめぐりさんの一件が終わってからでもいいだろう。
今は、背中を押された勢いのまま突っ走ればいい。
雪乃「彼女らの想いには気が付いていて?」
八幡「ついさっき聞いたよ」
雪乃「それでもここに来ているということは……あなたは城廻先輩を選ぶのね」
八幡「ああ、そうなるな」
雪乃「……そう。由比ヶ浜さんと一色さんの友人としては少し残念に思うけれど」
さりげなく由比ヶ浜と一色を友人と認めていることが少しだけ微笑ましく思った。由比ヶ浜はともかく、一色までいつの間にそういう仲にカテゴライズされていたのか。
雪乃「でも、あなたの好きなようにやればいいと思うわ」
突き放したような言葉の割に、その口元には微笑みを携えていた。
518:
八幡「悪いな」
雪乃「私に謝っても仕方がないでしょう。由比ヶ浜さんと一色さんの所には私が行くわ」
そう言うと、雪ノ下は俺の側を離れ、下に向かう階段に向かって歩を進める。
その階段を降りる直前で、くるっと振り返って俺の方を見た。
雪乃「……あなたも、私の友人なのだから。上手くやれることを祈ってるわ」
八幡「は?」
信じられない言葉が出てきたので、思わず聞き返してしまった。
──なぁ、雪ノ下。なら、俺が友
──ごめんなさい。それは無理。
そんなやり取りをしたのはいつのことだっただろうか。一瞬で思い出せない程度には昔のことだったような気がする。
あの時はとてもとても、互いのことを知ることは出来ないと思っていたけれど。
今は。
雪乃「私に謝っても仕方がないでしょう。由比ヶ浜さんと一色さんの所には私が行くわ」
そう言うと、雪ノ下は俺の側を離れ、下に向かう階段に向かって歩を進める。
その階段を降りる直前で、くるっと振り返って俺の方を見た。
雪乃「……あなたも、私の友人なのだから。上手くやれることを祈ってるわ」
八幡「は?」
信じられない言葉が出てきたので、思わず聞き返してしまった。
──なぁ、雪ノ下。なら、俺が友
──ごめんなさい。それは無理。
そんなやり取りをしたのはいつのことだっただろうか。一瞬で思い出せない程度には昔のことだったような気がする。
あの時はとてもとても、互いのことを知ることは出来ないと思っていたけれど。
今は。
519:
八幡「意外だな。俺と友達になることなんかありえないなんて言われたような気がするんだけど」
雪乃「ええ、確かに言ったわ」
何の言い訳もせずに、雪ノ下はそれを認めた。
雪乃「……でも、過去の間違えは正すことが出来る。そうでしょう?」
俺の顔を見上げ、そう言って微笑んだ。
その顔を見て、俺は悟る。
こいつもまた、間違えの正し方を学んできているのだと。
雪乃「しっかりしなさい。あなたは私が友人と認めた人間なのよ。そこは堂々と胸を張っていいと思うわ」
八幡「……さんきゅ、雪ノ下」
雪乃「その感謝は、何に対してかしらね?」
ふふっと笑う雪ノ下に釣られて、俺もふっと軽い笑みを浮かべた。
この雪ノ下先生が言うんだから、間違いねぇんだろうな。
雪乃「ええ、確かに言ったわ」
何の言い訳もせずに、雪ノ下はそれを認めた。
雪乃「……でも、過去の間違えは正すことが出来る。そうでしょう?」
俺の顔を見上げ、そう言って微笑んだ。
その顔を見て、俺は悟る。
こいつもまた、間違えの正し方を学んできているのだと。
雪乃「しっかりしなさい。あなたは私が友人と認めた人間なのよ。そこは堂々と胸を張っていいと思うわ」
八幡「……さんきゅ、雪ノ下」
雪乃「その感謝は、何に対してかしらね?」
ふふっと笑う雪ノ下に釣られて、俺もふっと軽い笑みを浮かべた。
この雪ノ下先生が言うんだから、間違いねぇんだろうな。
520:
そういえば前にも同じような会話をしたような気がする。あの時といい、雪ノ下には救われっぱなしだ。
雪乃「さっきまで私と城廻先輩は四階の空中廊下のところにいたわ。多分、まだいると思うのだけれど」
四階の空中廊下……あの校舎と特別棟をつなぐ、屋根のない廊下か。いつぞや、雪ノ下、由比ヶ浜と話をしたことがある場所だ。
八幡「分かった。行ってくる」
雪乃「ええ。あなたなら上手くやれると信じて待っているわ」
そう言うと、俺は階段を駆け上がり、雪ノ下は階段を降りていった。
雪乃「さっきまで私と城廻先輩は四階の空中廊下のところにいたわ。多分、まだいると思うのだけれど」
四階の空中廊下……あの校舎と特別棟をつなぐ、屋根のない廊下か。いつぞや、雪ノ下、由比ヶ浜と話をしたことがある場所だ。
八幡「分かった。行ってくる」
雪乃「ええ。あなたなら上手くやれると信じて待っているわ」
そう言うと、俺は階段を駆け上がり、雪ノ下は階段を降りていった。
521:
× × ×
──今の君ならばやれるって、私は信じているからな。
──小町以外にも、そうやって素直に気持ちを伝えることが出来るようになればいいのに。
──君には俺の二の舞になってほしくはない。だから君はちゃんと応えてやってくれ。その結果がどうなろうともね。
──先輩なら出来ますよ──わたしが好きになった先輩なら、きっと城廻先輩の想いを受け止められるって信じてます。
──ヒッキーさ、もっと自分に自信持っていいんだよ。あたしが保障するから。
──ええ。あなたなら上手くやれると信じて待っているわ。
今まで受け取ってきた言葉が、まるで走馬灯のように脳裏を横切った。
そのひとつひとつが、今の俺の自信に繋がっていく。
もう、めぐりさんの想いから目を背け続けた時の俺ではない。
今なら。
今ならば、俺は全てを受け止め、そして全てを伝えることが出来る。
見つけにいくんだ。
本物と呼べる場所を。
522:
校舎の階段を駆け上り、四階にまで辿り着く。そこから空中廊下へと出る踊り場にまで走った。
空中廊下へ繋がる硝子戸の前に立つと、俺は一度深呼吸をする。
そして意を決すると、その硝子戸を開き、そして空中廊下に踏み出した。
空は暗くなっていたが、星は明るい。月の光が、今いる場所を照らしている。
その光の先に、彼女が佇んでいた。
手すりに寄り掛かってぼーっとしていたようだったが、硝子戸の開く音に気が付いたのかこちらの方を振り向く。そしてそこにいた俺の姿を見つけたのか、はっとその表情が驚愕の色に染まる。
めぐり「比企谷くん……!?」
月の光に照らされた彼女の表情には、一言では言い表せないほどに複雑なものが浮かび上がっていた。
冷たい風が吹くと、彼女の髪をなびかせた。前髪が揺れると、つるりとしたきれいなおでこが月の光をきらりと反射する。
俺はそのめぐりさんの元に向けて、ゆっくりと足を向けた。
八幡「めぐりさん……話があります」
本物と呼べる場所を探しに行くのは、きっと。
今なんだ。
537:
* * *
俺が欲しがった「何か」。
それは一体なんなのか、きっと自分自身でもわかっていない。
言葉に言い表そうにも、なにも適切な言葉が思いつかず。
定義に当てはめようにも、どれもまちがっているような気がした。
ああでもないと考えても、こうでもないと悩んでも、明確な答えは導き出せないまま堂々めぐり。
結局、ただの言葉遊びなのだろう。
別に、俺が欲しいものは言葉なんかじゃない。
けれど、その欲しい「何か」が何なのか、形にして知りたいと思う。知って、安心したいと思う。
形のないものは、ふとした瞬間に消えてしまいそうだから。
もしかしたらそんな形もない、姿もない、存在しているのかもわからない「何か」を求め続けること自体がまちがっているのかもしれない。
その「何か」を突き詰めていった結果、何も残らないのかもしれない。
それでも。
それでも俺は。
その自分の欲しがった「何か」が何なのか、ちゃんとした答えを手にしたいと思う。
考えてもがき苦しみ、あがいて悩んで。
そうやって、めぐりめぐって、その先にあるものは。
* * *
538:
× × ×
今、俺とめぐりさんがいる空中廊下には、屋根や壁などの遮るものは全くない。
頭上の夜空には空気の澄んだ冬らしく星が瞬いており、先ほどから冷えた風が強く吹き抜けている。
しかしそんな冷たい風を受けながらも、俺は自分の頭が沸騰しているように熱くなっていくのを感じた。
こんなにも熱くなっている理由は、ここまで全力で駆け抜けてきたからというだけではないだろう。
八幡「……」
めぐり「……」
星が輝く夜空の下、俺とめぐりさんの目線が交差する。
突然やってきた俺に対して、めぐりさんは困惑しているような表情をしていた。
あれだけ酷いことを言い放ちながら、何故俺が息も切らせながらめぐりさんの元にやってきたのか、おそらく理解していないに違いない。
無理もないだろう。
先ほどの俺はめぐりさんの想いを受け止める覚悟も出来ておらず、一度は振ってしまっているのだから。
しかし、あれから紆余曲折を経て、今俺は想いを伝えるために、ここに立っている。
──はずなのだが。
539:
さて、参ったな。
めぐりさんに話があると切り出したはいいが、何から言えばいいのか。
いや、言うべきことがあるのはもちろん分かっている。
だけど改めてめぐりさんを視界に入れた瞬間、考えていた言葉は全てどこかに消え去ってしまい、頭の中が真っ白になってしまったのだ。
まぁ、どういうことかっていうと。
俺、今超テンパってます。
八幡「……あ、えっと」
めぐり「比企谷くん……?」
カッコつけられたのは最初だけだったようだ。
っかしーなぁ……さっきまでマジでなんでも出来るような高揚感に溢れてたはずなんだけどなぁ……。
頭が真っ白ましろ色シンフォニーになってしまっただけでなく、足はすくみ、腕は固まり、口はカチカチ歯を鳴らしているだけで次の言葉が続かない。
まさか話がありますなんて啖呵切ってから次に出てきたのが「あ、えっと」になるとは自分でも思ってなかった。典型的なコミュ障か。覚悟はどうした覚悟は。
めぐりさんに話があると切り出したはいいが、何から言えばいいのか。
いや、言うべきことがあるのはもちろん分かっている。
だけど改めてめぐりさんを視界に入れた瞬間、考えていた言葉は全てどこかに消え去ってしまい、頭の中が真っ白になってしまったのだ。
まぁ、どういうことかっていうと。
俺、今超テンパってます。
八幡「……あ、えっと」
めぐり「比企谷くん……?」
カッコつけられたのは最初だけだったようだ。
っかしーなぁ……さっきまでマジでなんでも出来るような高揚感に溢れてたはずなんだけどなぁ……。
頭が真っ白ましろ色シンフォニーになってしまっただけでなく、足はすくみ、腕は固まり、口はカチカチ歯を鳴らしているだけで次の言葉が続かない。
まさか話がありますなんて啖呵切ってから次に出てきたのが「あ、えっと」になるとは自分でも思ってなかった。典型的なコミュ障か。覚悟はどうした覚悟は。
540:
先ほどまで大変複雑そうな表情を浮かべていためぐりさんも、話を切り出してきたはずの俺が何も言葉を続けなくてさすがに気まずくなってきたのか、どう反応したらいいか困惑しているように見える。
その様子がなんだか可笑しくて。
思わず、笑いがこみ上げてしまった。
八幡「はは、は……あははは……!」
めぐり「え、ひ、比企谷くん!?」
多分、今の俺は相当おかしいように見られているだろう。
はっきり言って自分でもおかしいと思う。
あんな酷いことを言った奴がなんか駆けつけてきて、そして話があると言いながら何故か笑い出す姿は、端から見たら完全にヤクかなんかをキメちゃった奴にしか見えないだろう。
それでも、何故かこみ上げてくる笑いを抑え切れなかった。
多分、テンションやらなんやらが一周ぶん回って振り切れてしまったかで頭がどうかしてしまったに違いない。
その様子がなんだか可笑しくて。
思わず、笑いがこみ上げてしまった。
八幡「はは、は……あははは……!」
めぐり「え、ひ、比企谷くん!?」
多分、今の俺は相当おかしいように見られているだろう。
はっきり言って自分でもおかしいと思う。
あんな酷いことを言った奴がなんか駆けつけてきて、そして話があると言いながら何故か笑い出す姿は、端から見たら完全にヤクかなんかをキメちゃった奴にしか見えないだろう。
それでも、何故かこみ上げてくる笑いを抑え切れなかった。
多分、テンションやらなんやらが一周ぶん回って振り切れてしまったかで頭がどうかしてしまったに違いない。
541:
八幡「はっはっは、はっ、ごほっ、ごほっ」
めぐり「ちょっ、比企谷くん、大丈夫?」
笑いすぎて喉が詰まってしまい、咳き込んでしまう。心配したような声を出してめぐりさんが俺の側にまで駆けつけてきた。
ああ、腹が痛い。決して笑える状況ではないはずなのに、何故か笑ってしまったこの状況すら可笑しくて再び笑いそうになる。
自分でも訳が分からない。本当に頭イっちゃってるんじゃなかろうか。
めぐり「……ふふっ、比企谷くんったら、もう……」
俺の意味不明な笑いに釣られてしまったのか、めぐりさんも笑い出してしまう。
そこにこの数週間で見慣れた、ほんわか笑顔が浮かぶ。暗い夜空の中でも、その笑みは輝いているように感じた。
八幡「はは、あははは……!」
めぐり「ふふっ、もう……どうしたの急に……ふふふっ」
お互いに顔を見合わせて、この空中廊下に二人の笑い声が響き渡る。
ああ、その笑顔が見れてよかった。瞬間的にそう感じた。
めぐり「ちょっ、比企谷くん、大丈夫?」
笑いすぎて喉が詰まってしまい、咳き込んでしまう。心配したような声を出してめぐりさんが俺の側にまで駆けつけてきた。
ああ、腹が痛い。決して笑える状況ではないはずなのに、何故か笑ってしまったこの状況すら可笑しくて再び笑いそうになる。
自分でも訳が分からない。本当に頭イっちゃってるんじゃなかろうか。
めぐり「……ふふっ、比企谷くんったら、もう……」
俺の意味不明な笑いに釣られてしまったのか、めぐりさんも笑い出してしまう。
そこにこの数週間で見慣れた、ほんわか笑顔が浮かぶ。暗い夜空の中でも、その笑みは輝いているように感じた。
八幡「はは、あははは……!」
めぐり「ふふっ、もう……どうしたの急に……ふふふっ」
お互いに顔を見合わせて、この空中廊下に二人の笑い声が響き渡る。
ああ、その笑顔が見れてよかった。瞬間的にそう感じた。
542:
俺の欲しがったもの。願ったもの。守りたかったもの。
それは一体なんなのか。
きっとその答えは、この笑顔にあるのかもしれないだなんて、漠然とした考えが脳裏を掠める。
そうだ、俺はこの笑顔を見たくて、霞ませたくなくて、守りたくて、ここに来ているのではなかったか。
八幡「……めぐりさん」
めぐり「うん」
ひとしきり笑ってから、めぐりさんの顔を見つめる。
先ほどまでのほんわか笑顔は一旦鳴りを潜め、真面目な表情に切り替わっていた。
その瞳には毅然とした、真剣な色が宿っている。
その目を見て、俺は意を決した。
言おう。
それは一体なんなのか。
きっとその答えは、この笑顔にあるのかもしれないだなんて、漠然とした考えが脳裏を掠める。
そうだ、俺はこの笑顔を見たくて、霞ませたくなくて、守りたくて、ここに来ているのではなかったか。
八幡「……めぐりさん」
めぐり「うん」
ひとしきり笑ってから、めぐりさんの顔を見つめる。
先ほどまでのほんわか笑顔は一旦鳴りを潜め、真面目な表情に切り替わっていた。
その瞳には毅然とした、真剣な色が宿っている。
その目を見て、俺は意を決した。
言おう。
543:
笑って体がほぐれたせいかどうかは分からないが、頭の中は妙に冴えている。
今から何を言うべきか、何を言いたいのか、明確に考えが出てきていた。
先ほどの生徒会室での失態を詫びようとも思ったが。
やはりその前に。
これを伝えてなくては始まらない。
八幡「俺は──」
気持ちを集束させるかのように大きく息を吸い込む。
冷たい空気と一緒に、愛しい想いが胸を満たした。
その気持ちを言葉に込めて。
俺は、心からの答えを口にする。
八幡「俺は。めぐりさんのことが好きです」
今から何を言うべきか、何を言いたいのか、明確に考えが出てきていた。
先ほどの生徒会室での失態を詫びようとも思ったが。
やはりその前に。
これを伝えてなくては始まらない。
八幡「俺は──」
気持ちを集束させるかのように大きく息を吸い込む。
冷たい空気と一緒に、愛しい想いが胸を満たした。
その気持ちを言葉に込めて。
俺は、心からの答えを口にする。
八幡「俺は。めぐりさんのことが好きです」
544:
めぐり「──!!」
八幡「都合のいいことを言っているのは分かっています……。さっきは本当にすみませんでした。それでも、これが本物の気持ちです。俺は、めぐりさんとずっと一緒にいたい。この学校から卒業してしまってからも、ずっと一緒にいたいと思ってます! だから!」
胸の奥から溢れ出た想い。
今この瞬間、この言葉には嘘も偽りもない。それは俺が心の底から願い、欲し、望んだもの。
全てを振り絞り、勢いよく叫びを上げた。
八幡「だから! 俺と、ずっと一緒にいてください! めぐりさん!!」
めぐり「……ひきがや、くん」
俺の叫びに、めぐりさんは驚いたように目を瞬かせていた。
これで伝わったのだろうか。
正直、言ってから他にもたくさん言いたいことがあったなと思った。
顔をあげて、めぐりさんの顔を見つめる。
めぐりさんは、俺の言葉を呑みこんだように頷いた後。
にこりと。
ほんわかとした満面の笑みを、いっぱいに浮かべた。
めぐり「……はい、喜んで」
八幡「都合のいいことを言っているのは分かっています……。さっきは本当にすみませんでした。それでも、これが本物の気持ちです。俺は、めぐりさんとずっと一緒にいたい。この学校から卒業してしまってからも、ずっと一緒にいたいと思ってます! だから!」
胸の奥から溢れ出た想い。
今この瞬間、この言葉には嘘も偽りもない。それは俺が心の底から願い、欲し、望んだもの。
全てを振り絞り、勢いよく叫びを上げた。
八幡「だから! 俺と、ずっと一緒にいてください! めぐりさん!!」
めぐり「……ひきがや、くん」
俺の叫びに、めぐりさんは驚いたように目を瞬かせていた。
これで伝わったのだろうか。
正直、言ってから他にもたくさん言いたいことがあったなと思った。
顔をあげて、めぐりさんの顔を見つめる。
めぐりさんは、俺の言葉を呑みこんだように頷いた後。
にこりと。
ほんわかとした満面の笑みを、いっぱいに浮かべた。
めぐり「……はい、喜んで」
545:
たたっと、めぐりさんが俺の側にまで駆け寄り、そして俺の手を掴んだ。
あたたかい。めぐりさんの手に掴まれた自分の手から、ぽかぽかとしたぬくもりを感じる。
めぐり「私も言わなきゃね」
そう言ってすぅと軽く息を吸い込むと、すぐにはぁと息を吐き出す。
そして俺の顔を見上げると、ふふっと笑みをこぼれさせた。
めぐり「私も。比企谷くんのことが好きだよ」
八幡「……ははっ」
最初にここに来た時とは全く別の理由で、再び笑いがこみ上げてしまった。
嬉しくて。
自分の好きな人から好きだと言われるのが、あまりに嬉しくて。
目の前のめぐりさんの姿がじわりとぼやける。くそっ、何やってんだ俺は。せっかく想い人が告白してくれたというのに、その姿も見れないというのか。
目から溢れ出る涙を拭おうとすると、がばっと俺の体がめぐりさんに抱きしめられた。
あたたかい。めぐりさんの手に掴まれた自分の手から、ぽかぽかとしたぬくもりを感じる。
めぐり「私も言わなきゃね」
そう言ってすぅと軽く息を吸い込むと、すぐにはぁと息を吐き出す。
そして俺の顔を見上げると、ふふっと笑みをこぼれさせた。
めぐり「私も。比企谷くんのことが好きだよ」
八幡「……ははっ」
最初にここに来た時とは全く別の理由で、再び笑いがこみ上げてしまった。
嬉しくて。
自分の好きな人から好きだと言われるのが、あまりに嬉しくて。
目の前のめぐりさんの姿がじわりとぼやける。くそっ、何やってんだ俺は。せっかく想い人が告白してくれたというのに、その姿も見れないというのか。
目から溢れ出る涙を拭おうとすると、がばっと俺の体がめぐりさんに抱きしめられた。
546:
八幡「ちょっ、めぐりさん!?」
めぐり「ずっと、ずっと一緒にいようね、比企谷くん……」
八幡「……はい」
俺も、そのめぐりさんの体を抱きしめ返す。
全身で、めぐりさんの全てを感じる。
腕の中にいる身体からは、めぐりさんの温もりと鼓動が、柔らかな香りと共に伝わってきた。
めぐり「嬉しいな……。私、卒業したら、もう比企谷くんとお別れになっちゃうのかなって思ってた……。あんなお別れの仕方なんて……嫌だったの……。ずっと、不安で……」
八幡「めぐりさん……」
声を詰まらせながらも、そう俺の耳元で呟いた。
随分とめぐりさんを不安な思いにさせてしまったようだ。
けれど、もう二度とそんな思いはさせない。
俺が、ずっと側にいるから。
八幡「これからは、ずっと一緒にいますから……」
めぐり「うん、約束だよ」
そう言いあってから、ぎゅっとお互いの身体を強く抱きしめた。
そうやって互いのことを感じていたのは一瞬だったか、それとも何分という時間だったか。
俺には、その時間が永久のようにも感じられた。
めぐり「ずっと、ずっと一緒にいようね、比企谷くん……」
八幡「……はい」
俺も、そのめぐりさんの体を抱きしめ返す。
全身で、めぐりさんの全てを感じる。
腕の中にいる身体からは、めぐりさんの温もりと鼓動が、柔らかな香りと共に伝わってきた。
めぐり「嬉しいな……。私、卒業したら、もう比企谷くんとお別れになっちゃうのかなって思ってた……。あんなお別れの仕方なんて……嫌だったの……。ずっと、不安で……」
八幡「めぐりさん……」
声を詰まらせながらも、そう俺の耳元で呟いた。
随分とめぐりさんを不安な思いにさせてしまったようだ。
けれど、もう二度とそんな思いはさせない。
俺が、ずっと側にいるから。
八幡「これからは、ずっと一緒にいますから……」
めぐり「うん、約束だよ」
そう言いあってから、ぎゅっとお互いの身体を強く抱きしめた。
そうやって互いのことを感じていたのは一瞬だったか、それとも何分という時間だったか。
俺には、その時間が永久のようにも感じられた。
547:
× × ×
そうして、校舎内である。
めぐり「へくちっ、うう、寒いね……」
八幡「ですね……さっみぃ……」
いくら抱きしめあっていたとはいえ、コートも着ずに長時間冬の外、しかも強い風も吹きさらしている中で立ち尽くしていたせいで身体は完全に冷たくなってしまっていた。ガチガチと身体の震えが止まらない。今の俺ならナチュラルにふなっしーの真似が出来る自信がある。
さすがにこれはヤバいと感じた俺は、めぐりさんと共に校舎の中に戻ってきたというわけだ。
無論、校舎の廊下も暖房が効いているというわけでもないので、寒いことに変わりはない。まぁ、風が直接当たらないだけ、幾分かはマシだ。
はぁ~と自分の吐息を手に当てて僅かな温もりを求めていると、めぐりさんがちらっとこちらの様子を窺っていることに気がついた。
ほふん、我とてそこまで鈍感ではない……どれ、男としてこちらから手を繋ぐくらいの度胸は見せたろうかいのうなんて手を伸ばそうとしたが、めぐりさんの手に持っている箱に気がついてすぐに手を引っ込めた。
別に手を繋ぎたいアピールとかそういうではなかったらしい。
つか、あの小洒落た箱は確か……。
548:
めぐり「あのさ、比企谷くん、これ。さっき渡せなかったから……」
八幡「それは……」
思い出した。確かあれは、生徒会室でめぐりさんが大事そうに持っていたものだ。
そういえば、それを持ったまま生徒会室を出ていってたな。
めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」
八幡「……はい」
めぐりさんが手渡してきたその箱を受け取りながら、俺は首肯した。
バレンタインデー。
それはなんなのだろうか。
お菓子メーカーの策謀? 小町からチョコを貰える日?
いや、違う。
それは女の子が、好きな男の子にチョコレートを渡す日である。
めぐり「……本命チョコ、だからね?」
八幡「は、はひ……」
もうやめて! そんな上目遣いで渡されたら、俺のライフポイントは0になるわよ!
八幡「それは……」
思い出した。確かあれは、生徒会室でめぐりさんが大事そうに持っていたものだ。
そういえば、それを持ったまま生徒会室を出ていってたな。
めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」
八幡「……はい」
めぐりさんが手渡してきたその箱を受け取りながら、俺は首肯した。
バレンタインデー。
それはなんなのだろうか。
お菓子メーカーの策謀? 小町からチョコを貰える日?
いや、違う。
それは女の子が、好きな男の子にチョコレートを渡す日である。
めぐり「……本命チョコ、だからね?」
八幡「は、はひ……」
もうやめて! そんな上目遣いで渡されたら、俺のライフポイントは0になるわよ!
549:
改めて、めぐりさんに渡された箱を見る。
しかしこの箱を包むラッピング、どこかで見たような……。
ああ、そうだ。思い出した。確か新宿に行った時にデパートでのバレンタインデーイベントのブースで買っていたものだ。
もしかしてあの時にこれを買っていた時には、俺に渡すつもりだったのん……?
八幡「これ、今開けていいっすか」
めぐり「ええ? まぁ、ダメとはいわないけど……手作りだから、上手く出来てるか不安だな……」
八幡「え、手作りなんですかこれ?」
めぐり「うん、そうだよ……」
そうもじもじして照れくさそうにしているめぐりさんは大層可愛らしい。
うわぁこの人今俺の彼女なんだなぁ……とか思うと俺まで照れくさくなってしまったので、自分の持っている箱に再び目をやった。
箱のようなものだったので完全に店で売っているものだと思っていたのだが……単にそういう包みらしい。
ラッピングを丁寧に剥がして箱を開けると、その中からハート型のチョコレートが出てきた。
ハート、ハートかぁ……。ド直球もド直球、100マイルストレートである。
しかしこの箱を包むラッピング、どこかで見たような……。
ああ、そうだ。思い出した。確か新宿に行った時にデパートでのバレンタインデーイベントのブースで買っていたものだ。
もしかしてあの時にこれを買っていた時には、俺に渡すつもりだったのん……?
八幡「これ、今開けていいっすか」
めぐり「ええ? まぁ、ダメとはいわないけど……手作りだから、上手く出来てるか不安だな……」
八幡「え、手作りなんですかこれ?」
めぐり「うん、そうだよ……」
そうもじもじして照れくさそうにしているめぐりさんは大層可愛らしい。
うわぁこの人今俺の彼女なんだなぁ……とか思うと俺まで照れくさくなってしまったので、自分の持っている箱に再び目をやった。
箱のようなものだったので完全に店で売っているものだと思っていたのだが……単にそういう包みらしい。
ラッピングを丁寧に剥がして箱を開けると、その中からハート型のチョコレートが出てきた。
ハート、ハートかぁ……。ド直球もド直球、100マイルストレートである。
550:
八幡「……ん?」
そのチョコを取り出そうとすると、カタッと箱の中でチョコが入った包み以外の音がしたような気がした。
なんだろうと思い、その箱の中を見てみると、何かカードのようなものが入っている。
もしかして、これは……。
八幡「メッセージカード……」
めぐり「あはは、せっかくだしね」
バレンタインカードか……。クリスマスカードの次くらいにポピュラーだという話は聞いたことはあるが、本物を見たのは初めてだ。いやそもそも母親と小町以外からチョコを貰ったのは今年が初めてなんだから当たり前っちゃ当たり前なのだが。
これもまた、日曜日の時に買っていたものだろう。俺がメッセージカードのアイディアを思い浮かべた時のあのお菓子屋の前で見たやつだ。
そのメッセージカードを取り出して、そこに綴られた文面を読む──同時に、俺の顔が真っ赤に染まった。
『I LOVE YOU by Meguri』
たったそれだけの、簡素な文。
けれど、その一文には、今までの全てが詰まっているような気がした。
そのチョコを取り出そうとすると、カタッと箱の中でチョコが入った包み以外の音がしたような気がした。
なんだろうと思い、その箱の中を見てみると、何かカードのようなものが入っている。
もしかして、これは……。
八幡「メッセージカード……」
めぐり「あはは、せっかくだしね」
バレンタインカードか……。クリスマスカードの次くらいにポピュラーだという話は聞いたことはあるが、本物を見たのは初めてだ。いやそもそも母親と小町以外からチョコを貰ったのは今年が初めてなんだから当たり前っちゃ当たり前なのだが。
これもまた、日曜日の時に買っていたものだろう。俺がメッセージカードのアイディアを思い浮かべた時のあのお菓子屋の前で見たやつだ。
そのメッセージカードを取り出して、そこに綴られた文面を読む──同時に、俺の顔が真っ赤に染まった。
『I LOVE YOU by Meguri』
たったそれだけの、簡素な文。
けれど、その一文には、今までの全てが詰まっているような気がした。
551:
八幡「ありがとうございます……嬉しいです、ほんと」
めぐり「ちょっと恥ずかしいけど……でも、本当に比企谷くんのことが好きだから」
八幡「めぐりさん……」
ただそれだけの言葉を受け止めるためだけに、随分と遠回りをしてきたような気がする。
きっと、もっと簡単に、穏便に終わらせる方法もあったのだろう。
けれども、きっとそれでは俺は納得することが出来なかったと思うから。
面倒な人間だな、と自覚する。
しかし、これまでの過程と結末に後悔はない。
めぐりめぐってきた、全ての遠回りは必要だったと思うから。
今、この答えを手に入れるために。
八幡「俺も、めぐりさんのことが好きです」
これまでのまちがえと解き直し、全てがあったから、今こうやって、気持ちを伝えることが、気持ちを受け止めることが、出来るようになったと思うから。
めぐり「……うんっ」
ぱあっと、めぐりさんの表情にほんわかとした笑みが浮かんだ。
この笑顔の先。
俺はそれを知るために、きっとこれからも求め続ける。
めぐり「ちょっと恥ずかしいけど……でも、本当に比企谷くんのことが好きだから」
八幡「めぐりさん……」
ただそれだけの言葉を受け止めるためだけに、随分と遠回りをしてきたような気がする。
きっと、もっと簡単に、穏便に終わらせる方法もあったのだろう。
けれども、きっとそれでは俺は納得することが出来なかったと思うから。
面倒な人間だな、と自覚する。
しかし、これまでの過程と結末に後悔はない。
めぐりめぐってきた、全ての遠回りは必要だったと思うから。
今、この答えを手に入れるために。
八幡「俺も、めぐりさんのことが好きです」
これまでのまちがえと解き直し、全てがあったから、今こうやって、気持ちを伝えることが、気持ちを受け止めることが、出来るようになったと思うから。
めぐり「……うんっ」
ぱあっと、めぐりさんの表情にほんわかとした笑みが浮かんだ。
この笑顔の先。
俺はそれを知るために、きっとこれからも求め続ける。
552:
× × ×
バレンタインデーとは何か、知っているだろうか。
起源の諸説はあるが、ローマで兵士の婚姻が禁止されていたところを、キリスト教司祭のウァレンティヌスさんとやらが秘密に兵士を結婚させてたら、バレて処刑されたのが二月十四日だったとか。ソースはウィキペディア。
決して愛の日として相応しい成り立ちではないはずなのだが、いつの間にやら恋人たちの日になっていた。
そして日本においてはさらに独自の発展を遂げ、女の方から男に親愛の意味を込めてチョコを渡すだとか、義理チョコだとか友チョコだとか自分チョコ(これは俺もやった)だとか、原型を留めていない……とまでは言えないが、それでもなんだかよく分からない日になりつつある。
けれども、そんなよく分からないイベントでも、青春真っ盛りの高校生の男女にとっては決して小さくない出来事らしい。
そして今年に限っては、俺にとっても。
バレンタインデーという後押しを受け、俺は一人の大切な人と結ばれた。
ここに辿り着くまでに、多くの人に支えてもらい、背中を押してもらった。
しかし、誰も傷つかない優しい世界なんて存在し得ない。
俺がハッピーエンドを迎えた裏では、涙を流すことになってしまった人だっている。
それでも俺は、全てを受け止めて前に進もうと思う。
それが全ての応援してくれた人たちに対する感謝になるだろうから。
俺は忘れない。
このバレンタインデーの一日を。
570:
× × ×
いろは『校舎に吹く風が暖かくなり始め、春の訪れを感じるようになったこの佳き日に卒業を迎えられました先輩方、ご卒業おめでとうございます』
一色のマイクを通した声が、粛々とした雰囲気の体育館に響き渡る。
俺は、雪ノ下、由比ヶ浜、そしてこの後答辞をやる予定になっているめぐりさん達と共に、体育館の舞台袖から一色の送辞を見守っていた。
リハーサルは何度もやった。カンペは一応用意してあるものの、見なくても全文暗唱出来るようにもなっているはず。
とはいえ、一年生がこれから卒業する全三年生の前で喋るというのは、俺には想像も出来ないほどのプレッシャーがかかっているはずだ。緊張で固くなってしまって変なミスをしないようにと、ただ祈るばかりである。
俺だったらこんな雰囲気の中、大勢の前で送辞などとても無理だろう。無理無茶無謀の三拍子が揃っている。紙まくって赤っ恥を晒す羽目になるのがオチだ。
本当に一色さん大丈夫かしらん……と心配になりながら一色の送辞を聞いていると、右隣にいる雪ノ下のそわそわとして落ち着かない様子が目に入った。
こいつもこいつで、やはり一色のことが心配なのだろう。なんだかんだで一色に対して甘いところあるからなぁ……。
571:
いろは『卒業式を迎えた先輩方は今、夢と希望を抱いて、この晴れの門出の席に──』
雪乃「一色さん、平気かしら」
結衣「大丈夫だってば、いろはちゃんを信じようよ」
そんな俺と雪ノ下とは反対に、由比ヶ浜は至って平常そうに見える。
ある意味で一色を信頼し切れていないとも言える俺と雪ノ下と違い、由比ヶ浜はきちんと一色を評価し、無用な心配をせず、そして信頼して任せている。
もっとも奉仕部の中で一色に対して真っ当な評価を下していると言えるのが由比ヶ浜であった。いや、ほら俺とかお兄ちゃんスキルがあるせいか年下に対して激甘査定を下す癖があるし、雪ノ下さんはチョロノ下さんみたいなところがあるので……。
まぁ別に相手が年下じゃなくても割と甘い査定出している時はあるような気がするんだけどなーとか思いながら、俺はちらと左隣にいる人影の方に目をやる。
そこには、今回の卒業式の答辞の担当をする城廻めぐりの姿があった。
雪乃「一色さん、平気かしら」
結衣「大丈夫だってば、いろはちゃんを信じようよ」
そんな俺と雪ノ下とは反対に、由比ヶ浜は至って平常そうに見える。
ある意味で一色を信頼し切れていないとも言える俺と雪ノ下と違い、由比ヶ浜はきちんと一色を評価し、無用な心配をせず、そして信頼して任せている。
もっとも奉仕部の中で一色に対して真っ当な評価を下していると言えるのが由比ヶ浜であった。いや、ほら俺とかお兄ちゃんスキルがあるせいか年下に対して激甘査定を下す癖があるし、雪ノ下さんはチョロノ下さんみたいなところがあるので……。
まぁ別に相手が年下じゃなくても割と甘い査定出している時はあるような気がするんだけどなーとか思いながら、俺はちらと左隣にいる人影の方に目をやる。
そこには、今回の卒業式の答辞の担当をする城廻めぐりの姿があった。
572:
めぐり「そうだよ、一色さんは結構しっかりしてるから」
これから答辞が待ち構えているはずなのに、めぐりさんはほんわかと笑みを携えていた。さすがは前生徒会長を務め上げたことだけはある。
むしろ、前に出るわけでもない俺の方が緊張しているような気がした。
いくら前に出ることに慣れているとはいえ、これから卒業するというのにすごいなぁ……と考えたところで、俺の思考が止まる。
そう、これからめぐりさんはこの高校を卒業するのだ。
あのバレンタインデーから一ヶ月近く。
本日は、総武高校の卒業式なのであった。
これから答辞が待ち構えているはずなのに、めぐりさんはほんわかと笑みを携えていた。さすがは前生徒会長を務め上げたことだけはある。
むしろ、前に出るわけでもない俺の方が緊張しているような気がした。
いくら前に出ることに慣れているとはいえ、これから卒業するというのにすごいなぁ……と考えたところで、俺の思考が止まる。
そう、これからめぐりさんはこの高校を卒業するのだ。
あのバレンタインデーから一ヶ月近く。
本日は、総武高校の卒業式なのであった。
573:
で、なんでその卒業式に俺や雪ノ下、由比ヶ浜が本来二年生のいるはずの席におらず、舞台袖にいるのか。
これはもう簡単な理由で、前に一色が言った『じゃあ卒業式のお手伝いだけでもお願いしますね』という言葉が現実になり、奉仕部で卒業式の運行の手伝いをすることになってしまっていたからである。一色による奉仕部の酷使無双っぷりもここまで来るといっそ清清しい。
先月のバレンタインデーイベント、先月末の期末試験、そして三月に入ってから即卒業式の手伝いと来ているので、ここのところほとんどだらだらする時間が取れていない。やだ、俺の社蓄適応度高すぎ……?
この調子だと今度は入学式辺りでもこき使われそうな未来がありありと想像できる。総武高校に無事合格を決めた小町が関わってくる為、全く苦に感じず入学式のお手伝いをしちゃいそうなのが怖い。そのうち何を押し付けられても笑顔を浮かべながら仕事をこなせる進撃の社蓄の肩書きを手に入れられそうだ。社蓄の安寧、虚偽の休日、氏せる奴隷に自由を……!!
まぁ、残りのわずかな休みも全部めぐりさんとの予定で埋まりきっていたりするのだが。
八幡「……めぐりさんは緊張してないんですか」
そのめぐりさんに声を掛けると、にこりとした笑みを崩さないまま俺の方を振り向いた。
めぐりさんの透き通るような瞳が俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。目と目が逢う。瞬間、好ーきだとーきづーいたー。いや、めぐりさんの場合どこぞの72さんより穴を掘って埋まってしまうアイドルの曲の方が似合ってそうだけど。こう、中の人的に。
しかし好きだと気付いたどうかは知らないが──目が合った瞬間、別のことに気が付いた。
わずかながら、めぐりさんの笑顔に影が差していることに。
これはもう簡単な理由で、前に一色が言った『じゃあ卒業式のお手伝いだけでもお願いしますね』という言葉が現実になり、奉仕部で卒業式の運行の手伝いをすることになってしまっていたからである。一色による奉仕部の酷使無双っぷりもここまで来るといっそ清清しい。
先月のバレンタインデーイベント、先月末の期末試験、そして三月に入ってから即卒業式の手伝いと来ているので、ここのところほとんどだらだらする時間が取れていない。やだ、俺の社蓄適応度高すぎ……?
この調子だと今度は入学式辺りでもこき使われそうな未来がありありと想像できる。総武高校に無事合格を決めた小町が関わってくる為、全く苦に感じず入学式のお手伝いをしちゃいそうなのが怖い。そのうち何を押し付けられても笑顔を浮かべながら仕事をこなせる進撃の社蓄の肩書きを手に入れられそうだ。社蓄の安寧、虚偽の休日、氏せる奴隷に自由を……!!
まぁ、残りのわずかな休みも全部めぐりさんとの予定で埋まりきっていたりするのだが。
八幡「……めぐりさんは緊張してないんですか」
そのめぐりさんに声を掛けると、にこりとした笑みを崩さないまま俺の方を振り向いた。
めぐりさんの透き通るような瞳が俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。目と目が逢う。瞬間、好ーきだとーきづーいたー。いや、めぐりさんの場合どこぞの72さんより穴を掘って埋まってしまうアイドルの曲の方が似合ってそうだけど。こう、中の人的に。
しかし好きだと気付いたどうかは知らないが──目が合った瞬間、別のことに気が付いた。
わずかながら、めぐりさんの笑顔に影が差していることに。
574:
めぐり「実はちょっとね」
あはは、と笑うめぐりさんだが、今度は明確に無理に笑みを浮かべていると分かった。
あのバレンタインデーから一ヶ月近く。同時に、俺とめぐりさんが付き合うようになってからも一ヶ月近く。
まだまだめぐりさんのことを知っているなんて偉そうなことを言えるほどではないかもしれないが、それでも少しはあの時よりめぐりさんのことを知ることが出来ている……と思う。
たとえば意外と甘えんぼだとか、結構食べる方なんだとか、お昼寝が大好きなんだとか。ええ、一度半ば強引に俺の部屋に上がり込んだ挙げ句、ベッドの上ですやすやと寝てしまわれた時にはどうしようかと思いましたね……。いや、何もしてないんですけど。ヘタレでごめんなさい。
あとはまぁ、めぐりさんの笑顔の種類だとか。
普段の笑み、ちょっと呆れてる時の笑み、無理してる時の笑み、心からの笑み。
もちろん他にもあるけど、あのほんわか笑顔にも色々あるんだということを最近段々と分かってきた。
そして今のめぐりさんの笑みからは、緊張で固くなっていることが感じられる。
他の人では分からないほど些細な違いかもしれないが、自分は分かっている。そんな優越感を覚えてしまうのは、付き合っている身としてはまちがっているだろうかなんて考えがわずかに脳裏を掠めた。
おっといかん、今は自分の中でどう思うかなんてどうでもいい。一色の送辞が終わる前に、めぐりさんに対して何か言葉を掛けるべきだろう。
あはは、と笑うめぐりさんだが、今度は明確に無理に笑みを浮かべていると分かった。
あのバレンタインデーから一ヶ月近く。同時に、俺とめぐりさんが付き合うようになってからも一ヶ月近く。
まだまだめぐりさんのことを知っているなんて偉そうなことを言えるほどではないかもしれないが、それでも少しはあの時よりめぐりさんのことを知ることが出来ている……と思う。
たとえば意外と甘えんぼだとか、結構食べる方なんだとか、お昼寝が大好きなんだとか。ええ、一度半ば強引に俺の部屋に上がり込んだ挙げ句、ベッドの上ですやすやと寝てしまわれた時にはどうしようかと思いましたね……。いや、何もしてないんですけど。ヘタレでごめんなさい。
あとはまぁ、めぐりさんの笑顔の種類だとか。
普段の笑み、ちょっと呆れてる時の笑み、無理してる時の笑み、心からの笑み。
もちろん他にもあるけど、あのほんわか笑顔にも色々あるんだということを最近段々と分かってきた。
そして今のめぐりさんの笑みからは、緊張で固くなっていることが感じられる。
他の人では分からないほど些細な違いかもしれないが、自分は分かっている。そんな優越感を覚えてしまうのは、付き合っている身としてはまちがっているだろうかなんて考えがわずかに脳裏を掠めた。
おっといかん、今は自分の中でどう思うかなんてどうでもいい。一色の送辞が終わる前に、めぐりさんに対して何か言葉を掛けるべきだろう。
575:
八幡「……あー、まぁ、あれですよ、めぐりさんなら大丈夫だと思いますよ」
言葉に出してから、自分は致命的なまでに言葉でのフォローが下手だということに気が付いた。いや、我ながらなんかもうちょっと気が利いた言葉の選び方はなかったのん……?
しかし、俺の貧弱な語彙力では咄嗟に上手い言い方が思い付かなかったのだ。えるしってるか、いくら本で単語を大量に知ってても別にコミュ力に応用出来るとは限らないんだぜ。ソースは俺。
なので、言葉が足りない分は他で補うことにした。
そっとめぐりさんの手を取ると、その手に自分の手を重ねる。瞬間、ふわっとめぐりさんの体温が伝わった。
めぐり「あっ……」
八幡「……こんなことしか出来ませんけど、俺は応援してるんで」
めぐり「ハチくん……ありがとう」
この一ヶ月の間にいつの間にか定着していた俺の呼び名を口にしながら、めぐりさんが俺の手を握り返してくる。
めぐりさんの顔を窺うと、そこにはいつものほんわか笑顔が浮かび上がっていた。
その笑みからは、先ほどまでの緊張故の固さが消え去っている。
言葉に出してから、自分は致命的なまでに言葉でのフォローが下手だということに気が付いた。いや、我ながらなんかもうちょっと気が利いた言葉の選び方はなかったのん……?
しかし、俺の貧弱な語彙力では咄嗟に上手い言い方が思い付かなかったのだ。えるしってるか、いくら本で単語を大量に知ってても別にコミュ力に応用出来るとは限らないんだぜ。ソースは俺。
なので、言葉が足りない分は他で補うことにした。
そっとめぐりさんの手を取ると、その手に自分の手を重ねる。瞬間、ふわっとめぐりさんの体温が伝わった。
めぐり「あっ……」
八幡「……こんなことしか出来ませんけど、俺は応援してるんで」
めぐり「ハチくん……ありがとう」
この一ヶ月の間にいつの間にか定着していた俺の呼び名を口にしながら、めぐりさんが俺の手を握り返してくる。
めぐりさんの顔を窺うと、そこにはいつものほんわか笑顔が浮かび上がっていた。
その笑みからは、先ほどまでの緊張故の固さが消え去っている。
576:
結衣「……むぅ」
後ろから誰かが唸るような声をあげていたので、振り返ってみると、なんとも複雑そうな表情をした由比ヶ浜が俺の方を睨みつけていた。
……あー、しまった。人目があることを意識してなかった。しかも由比ヶ浜。少々配慮に欠けていたかもしれない。
八幡「あー、いや、その」
結衣「……別に気にしなくてもいいよ、もうその話は終わったし」
気にするなと言う割に、その、由比ヶ浜さん、あの、なんか目からハイライトが消えつつあるのですがそれは……。
あのバレンタインデーの日、俺は由比ヶ浜の告白を真正面から断っている。
めぐりさんと付き合うことになった後、由比ヶ浜との仲はそれまで通り──というわけには全くならず、あの後になんやかんやあったのだ。いやもう本当に色々あった……。
後ろから誰かが唸るような声をあげていたので、振り返ってみると、なんとも複雑そうな表情をした由比ヶ浜が俺の方を睨みつけていた。
……あー、しまった。人目があることを意識してなかった。しかも由比ヶ浜。少々配慮に欠けていたかもしれない。
八幡「あー、いや、その」
結衣「……別に気にしなくてもいいよ、もうその話は終わったし」
気にするなと言う割に、その、由比ヶ浜さん、あの、なんか目からハイライトが消えつつあるのですがそれは……。
あのバレンタインデーの日、俺は由比ヶ浜の告白を真正面から断っている。
めぐりさんと付き合うことになった後、由比ヶ浜との仲はそれまで通り──というわけには全くならず、あの後になんやかんやあったのだ。いやもう本当に色々あった……。
577:
まぁ紆余曲折を経て、奉仕部は前までと同じように集まることが出来た。大体雪ノ下の奮戦のおかげである。あれ以来雪ノ下には頭が下がりっぱなしだ。
ちなみにリアルに雪ノ下に頭を下げた──というか土下座をかました回数は片指の数で収まりきらない。あれっ、もしかして両指を使っても足りない……?
その雪ノ下先生は、由比ヶ浜の様子を見て、こめかみを押さえながら軽くため息をついた。
雪乃「……由比ヶ浜さん」
結衣「あ、うん、ごめんごめん」
一応言うと、本当に由比ヶ浜との一件についてはケリを付けている。
ただ由比ヶ浜は気にしていないかと言うとそんなことはないらしくて、時折由比ヶ浜は俺に振られたことをネタにして俺のことを苛めてくる。いやね、ネタにする程度にはもう過去のことだと割り切れている証拠ではあるのだろうけども、そのネタを振られる俺の身にもなって欲しい。俺の自虐ネタを振られた側の人間って、いつもこんな気分だったのだろうか。これからは控えよう……。
そんな由比ヶ浜から目を逸らすように、壇上で送辞を続けている一色の方を向いた。
ちなみにリアルに雪ノ下に頭を下げた──というか土下座をかました回数は片指の数で収まりきらない。あれっ、もしかして両指を使っても足りない……?
その雪ノ下先生は、由比ヶ浜の様子を見て、こめかみを押さえながら軽くため息をついた。
雪乃「……由比ヶ浜さん」
結衣「あ、うん、ごめんごめん」
一応言うと、本当に由比ヶ浜との一件についてはケリを付けている。
ただ由比ヶ浜は気にしていないかと言うとそんなことはないらしくて、時折由比ヶ浜は俺に振られたことをネタにして俺のことを苛めてくる。いやね、ネタにする程度にはもう過去のことだと割り切れている証拠ではあるのだろうけども、そのネタを振られる俺の身にもなって欲しい。俺の自虐ネタを振られた側の人間って、いつもこんな気分だったのだろうか。これからは控えよう……。
そんな由比ヶ浜から目を逸らすように、壇上で送辞を続けている一色の方を向いた。
578:
いろは『皆様は頼りになる先輩として、私たちに優しく、時に厳しく指導をして──』
かむこともつっかえることもなく堂々と言葉を続けている一色のその姿は、とても一年生とは思えないものであった。
見た感じ一度もカンペに目を落とすこともなく、顔を三年生の方へ向け続けている。ああも立派にやってもらえると、一緒に送辞をうんうん言いながら考えた俺としても(結局送辞まで手伝わされた)考えた甲斐があるというものだ。
俺は忘れないからな、今日のこのステージを!
まるで娘が立派に巣立っていってしまったような気分になりながら、俺は一ヶ月近く前のことを思い出す。
あのバレンタインデーの後、俺は一色に正式に告白された。
その時点でめぐりさんと付き合っていた俺は、当然ながらそれを真正面から断った。
俺がめぐりさんと付き合っていることを知っていたのにも関わらず一色が告白してきた理由は、自分の中のケジメをつけるためだったとは後から知ったことだ。
まぁその一色とも後に色々あったわけだが、結局こうやって送辞の中身を考えるのに付き合わされる程度には元の仲に戻ったと言えるだろう。
もちろん一色が内でどう思っているのかまでは分からない。とはいえ、本人に気にしないでくださいと言われている以上は俺も気にしないでいるべきだと考えている。
……ただまぁ俺に気にしないでという割に、由比ヶ浜と同様に自分の中ではそれなりに気にしているらしく、たまーに部室内で『あー、わたしも彼氏欲しいなーちらっちらっ』みたいな話を振ってくる。いやね、別に嫌味とかじゃないのは分かっているのだが、俺にどうしろというのだ。
かむこともつっかえることもなく堂々と言葉を続けている一色のその姿は、とても一年生とは思えないものであった。
見た感じ一度もカンペに目を落とすこともなく、顔を三年生の方へ向け続けている。ああも立派にやってもらえると、一緒に送辞をうんうん言いながら考えた俺としても(結局送辞まで手伝わされた)考えた甲斐があるというものだ。
俺は忘れないからな、今日のこのステージを!
まるで娘が立派に巣立っていってしまったような気分になりながら、俺は一ヶ月近く前のことを思い出す。
あのバレンタインデーの後、俺は一色に正式に告白された。
その時点でめぐりさんと付き合っていた俺は、当然ながらそれを真正面から断った。
俺がめぐりさんと付き合っていることを知っていたのにも関わらず一色が告白してきた理由は、自分の中のケジメをつけるためだったとは後から知ったことだ。
まぁその一色とも後に色々あったわけだが、結局こうやって送辞の中身を考えるのに付き合わされる程度には元の仲に戻ったと言えるだろう。
もちろん一色が内でどう思っているのかまでは分からない。とはいえ、本人に気にしないでくださいと言われている以上は俺も気にしないでいるべきだと考えている。
……ただまぁ俺に気にしないでという割に、由比ヶ浜と同様に自分の中ではそれなりに気にしているらしく、たまーに部室内で『あー、わたしも彼氏欲しいなーちらっちらっ』みたいな話を振ってくる。いやね、別に嫌味とかじゃないのは分かっているのだが、俺にどうしろというのだ。
579:
過去はどうあれ、一応俺は一度振った由比ヶ浜、一色との仲は悪くない状況であると思う。しかしその仲を維持出来たのは本当に雪ノ下の尽力によるところが大きい。
どのくらい大きいかって……まぁ、片指で数え切れないくらい土下座をかましたというところから色々察して欲しい。もしも雪ノ下がいなければ、俺はめぐりさんという恋人と引き換えに、別の大切なものを失うところであった。
これから雪ノ下相手に頭が上がることはないんだろうなーと思っていると、一色が締めの挨拶に入っていた。
いろは『先輩方のご健康とご活躍を心からお祈りし、送辞とさせて頂きます。卒業生の皆様、本当にご卒業おめでとうございます』
そう言って深々と頭を下げると、一色は毅然とした表情を崩さないまま舞台袖にまで戻ってくる。
だが、外から見えない位置にまでやってくると、はぁ~と大きな息を吐いた。
いろは「はぁ~~……き、緊張しました……」
八幡「お疲れ。まぁ、かなり上手くやれてたと思うぞ」
雪乃「素晴らしい出来だったわ、文句なしね」
結衣「いろはちゃん、お疲れ!」
めぐり「一色さん、お疲れ様! ほんと、すごかったよ!」
一色は近くにあった椅子を引くと、どがっと女の子としてはどうかと思うほど乱暴に座り、再び大きくため息を吐く。常に可愛い女の子を演じているところがある一色にしては珍しい挙動だった。そこに気が回らないほど、本当に疲れているのだろう。
しかしながら疲れこそは見えるものの、完全にやりきったという充実感に満ちたような表情をしている。燃え尽きたぜ、真っ白にな……。
どのくらい大きいかって……まぁ、片指で数え切れないくらい土下座をかましたというところから色々察して欲しい。もしも雪ノ下がいなければ、俺はめぐりさんという恋人と引き換えに、別の大切なものを失うところであった。
これから雪ノ下相手に頭が上がることはないんだろうなーと思っていると、一色が締めの挨拶に入っていた。
いろは『先輩方のご健康とご活躍を心からお祈りし、送辞とさせて頂きます。卒業生の皆様、本当にご卒業おめでとうございます』
そう言って深々と頭を下げると、一色は毅然とした表情を崩さないまま舞台袖にまで戻ってくる。
だが、外から見えない位置にまでやってくると、はぁ~と大きな息を吐いた。
いろは「はぁ~~……き、緊張しました……」
八幡「お疲れ。まぁ、かなり上手くやれてたと思うぞ」
雪乃「素晴らしい出来だったわ、文句なしね」
結衣「いろはちゃん、お疲れ!」
めぐり「一色さん、お疲れ様! ほんと、すごかったよ!」
一色は近くにあった椅子を引くと、どがっと女の子としてはどうかと思うほど乱暴に座り、再び大きくため息を吐く。常に可愛い女の子を演じているところがある一色にしては珍しい挙動だった。そこに気が回らないほど、本当に疲れているのだろう。
しかしながら疲れこそは見えるものの、完全にやりきったという充実感に満ちたような表情をしている。燃え尽きたぜ、真っ白にな……。
580:
八幡「……すごいな、お前」
思わず、そんな感嘆の声が漏れてしまう。
卒業式という緊張感マックスの状況で、大勢の前でかむこともない、つっかえることもない、カンペも見ないで、かつ聞き取れるほどの声で送辞を全て言い切るというのは相当の大仕事だ。それを、一色は一年生ながら完璧なまでにこなしたのだ。
これを賞賛せずにはいられなかった。
一色はやや驚いたような顔で俺のことを見上げると、えへへっとはにかむような笑みをこぼす。
いろは「わたし、ちゃんと生徒会長、やれてましたかね……」
八幡「ああ、お前は立派な生徒会長だ」
俺のその言葉に、前生徒会長のめぐりさんや雪ノ下たちも頷いて同意する。いや、ここにいる面子だけじゃない。おそらく、あれを聞いていた全ての人間が同意してくれるだろう。
一色いろは。彼女はこの総武高校の立派な生徒会長であると。
思わず、そんな感嘆の声が漏れてしまう。
卒業式という緊張感マックスの状況で、大勢の前でかむこともない、つっかえることもない、カンペも見ないで、かつ聞き取れるほどの声で送辞を全て言い切るというのは相当の大仕事だ。それを、一色は一年生ながら完璧なまでにこなしたのだ。
これを賞賛せずにはいられなかった。
一色はやや驚いたような顔で俺のことを見上げると、えへへっとはにかむような笑みをこぼす。
いろは「わたし、ちゃんと生徒会長、やれてましたかね……」
八幡「ああ、お前は立派な生徒会長だ」
俺のその言葉に、前生徒会長のめぐりさんや雪ノ下たちも頷いて同意する。いや、ここにいる面子だけじゃない。おそらく、あれを聞いていた全ての人間が同意してくれるだろう。
一色いろは。彼女はこの総武高校の立派な生徒会長であると。
581:
平塚『続きまして、卒業生代表による答辞に移ります』
しかしそうやってほっとしているのも束の間、平塚先生によるアナウンスが聞こえてきた。卒業式のアナウンスってもうちょっとお偉いさんがやるものだと思うのだが、若手じゃなかったんですか先生。
平塚『それでは卒業生代表の城廻めぐりさん、お願いします』
めぐり「よしっ、じゃあ頑張ってくるね」
アナウンスと同時に、めぐりさんが気合いを入れたようにぎゅっと胸元で拳を握る。
俺はそれに大きく頷いて、めぐりさんの瞳を真っ直ぐに見つめた。
八幡「頑張ってください、めぐりさん。俺はここから見てますから」
めぐり「うん! 見ててね、ハチくん」
そう笑いながら言うと、身を翻して舞台袖を出てマイクのある壇上へと向かった。
今のめぐりさんの笑顔はいつも通りの笑顔だった。こういった大舞台の前で話をする経験も今までに多く積んでいるだろうし、下手な緊張もしていないのであれば大丈夫であろう。そう、信じる。
しかしそうやってほっとしているのも束の間、平塚先生によるアナウンスが聞こえてきた。卒業式のアナウンスってもうちょっとお偉いさんがやるものだと思うのだが、若手じゃなかったんですか先生。
平塚『それでは卒業生代表の城廻めぐりさん、お願いします』
めぐり「よしっ、じゃあ頑張ってくるね」
アナウンスと同時に、めぐりさんが気合いを入れたようにぎゅっと胸元で拳を握る。
俺はそれに大きく頷いて、めぐりさんの瞳を真っ直ぐに見つめた。
八幡「頑張ってください、めぐりさん。俺はここから見てますから」
めぐり「うん! 見ててね、ハチくん」
そう笑いながら言うと、身を翻して舞台袖を出てマイクのある壇上へと向かった。
今のめぐりさんの笑顔はいつも通りの笑顔だった。こういった大舞台の前で話をする経験も今までに多く積んでいるだろうし、下手な緊張もしていないのであれば大丈夫であろう。そう、信じる。
582:
結衣「……ヒッキーってさ、本当にめぐり先輩のことが好きだよね」
八幡「は?」
横から唐突に掛けられたその声に反応してそちらを向いてみると、由比ヶ浜が俺の方を見ていた。
その由比ヶ浜の顔には、どこか温もりのある優しい微笑みが浮かべられている。
八幡「いきなりなんだよ……」
まぁ、そりゃ好きだけど……かといって、他の人にいきなり指摘されると小っ恥ずかしいものがある。
そもそもなんでいきなりそんなことを言い出したのかと困惑した目線を送ると、由比ヶ浜は少し言い難そうにしながらも言葉を続けた。
結衣「なんていうかさ、今、めぐり先輩のことを見てたヒッキーの顔……すっごい優しいっていうか、あったかいって感じだったんだよね」
八幡「見んなよ、恥ずかしいだろ……」
つい反射的にそんな憎まれ口がこぼれ出てしまう。
いや、本当に恥ずかしいからやめてね? この前めぐりさんが俺の家に来た時、小町にもほとんど同じようなことを言われたけど、そういうこと言われても反応に困るから。
だが、由比ヶ浜は生暖かい視線を俺に向けるのをやめてくれない。
結衣「えぇー、でも、さっきみたいなヒッキーの表情、今までに見たことなかったもん……」
いろは「そうですねー、先輩あんな顔できるんだなーとか思いました」
八幡「おいお前らもうやめろ、やめて、やめてくださいお願いします」
一色まで話に乗っかってきて、俺はやや涙目になりながらやめてくれと懇願する。
しかし由比ヶ浜と一色はそのニヤニヤとした笑みを向けてくるのをやめない。やっぱ君たち振られたのめちゃくちゃ根に持ってるでしょ?
八幡「は?」
横から唐突に掛けられたその声に反応してそちらを向いてみると、由比ヶ浜が俺の方を見ていた。
その由比ヶ浜の顔には、どこか温もりのある優しい微笑みが浮かべられている。
八幡「いきなりなんだよ……」
まぁ、そりゃ好きだけど……かといって、他の人にいきなり指摘されると小っ恥ずかしいものがある。
そもそもなんでいきなりそんなことを言い出したのかと困惑した目線を送ると、由比ヶ浜は少し言い難そうにしながらも言葉を続けた。
結衣「なんていうかさ、今、めぐり先輩のことを見てたヒッキーの顔……すっごい優しいっていうか、あったかいって感じだったんだよね」
八幡「見んなよ、恥ずかしいだろ……」
つい反射的にそんな憎まれ口がこぼれ出てしまう。
いや、本当に恥ずかしいからやめてね? この前めぐりさんが俺の家に来た時、小町にもほとんど同じようなことを言われたけど、そういうこと言われても反応に困るから。
だが、由比ヶ浜は生暖かい視線を俺に向けるのをやめてくれない。
結衣「えぇー、でも、さっきみたいなヒッキーの表情、今までに見たことなかったもん……」
いろは「そうですねー、先輩あんな顔できるんだなーとか思いました」
八幡「おいお前らもうやめろ、やめて、やめてくださいお願いします」
一色まで話に乗っかってきて、俺はやや涙目になりながらやめてくれと懇願する。
しかし由比ヶ浜と一色はそのニヤニヤとした笑みを向けてくるのをやめない。やっぱ君たち振られたのめちゃくちゃ根に持ってるでしょ?
583:
雪乃「……城廻先輩の答辞が始まるわよ、静かに」
そこで助け舟を出してくれたのは雪ノ下だった。おお、今の俺にとってはまさに《救済の天使/Angel of Salvation》だ。今の救いのタイミングの良さといい瞬速とか持ってそう。相手ターンにも唱えられちゃう。すかさずその助け舟に乗っかることにした。
八幡「そ、そうだな。ほらお前ら静粛にな」
結衣「むぅ……」
由比ヶ浜は納得いかなそうな顔をしていたが、状況が状況だけにすぐに黙った。あと今小さな舌打ちが聞こえてきたけど、一色さんには後でお話があります。
八幡「……」
壇上の方に視線を戻すと、丁度めぐりさんが答辞を始める瞬間であった。
めぐり『寒かった冬もようやく終わりを告げ、暖かい春の訪れが感じられるようになりました。この今日の佳き日に、私たちは卒業します』
マイクに向かって、めぐりさんはちょっとゆるめのテンポでゆっくりと、しかしとても聞き取りやすいように答辞を読み上げる。ここら辺はさすがだ。俺が無用な心配をするまでもない。
しかし、卒業……か。
めぐりさんの口から卒業するという言葉が発せられた瞬間に、ちくりと俺の胸の中が痛むのを感じる。
そう、めぐりさんはこれから卒業するのだ。
そこで助け舟を出してくれたのは雪ノ下だった。おお、今の俺にとってはまさに《救済の天使/Angel of Salvation》だ。今の救いのタイミングの良さといい瞬速とか持ってそう。相手ターンにも唱えられちゃう。すかさずその助け舟に乗っかることにした。
八幡「そ、そうだな。ほらお前ら静粛にな」
結衣「むぅ……」
由比ヶ浜は納得いかなそうな顔をしていたが、状況が状況だけにすぐに黙った。あと今小さな舌打ちが聞こえてきたけど、一色さんには後でお話があります。
八幡「……」
壇上の方に視線を戻すと、丁度めぐりさんが答辞を始める瞬間であった。
めぐり『寒かった冬もようやく終わりを告げ、暖かい春の訪れが感じられるようになりました。この今日の佳き日に、私たちは卒業します』
マイクに向かって、めぐりさんはちょっとゆるめのテンポでゆっくりと、しかしとても聞き取りやすいように答辞を読み上げる。ここら辺はさすがだ。俺が無用な心配をするまでもない。
しかし、卒業……か。
めぐりさんの口から卒業するという言葉が発せられた瞬間に、ちくりと俺の胸の中が痛むのを感じる。
そう、めぐりさんはこれから卒業するのだ。
584:
それは前から分かっていたことであるが、改めてその事実が重くのしかかる。
俺がめぐりさんと恋人として一緒の学校に在籍することが出来た期間は一ヶ月にも満たない。
今更どうこう言っても仕方のないことであるのは重々承知しているが、それでももう少し長い間めぐりさんとこの学校にいたかったと思わずにはいられない。
もう少し早く知り合えていたら……もう少し早く関わることが出来ていれば……。
そんな無意味な妄想が脳裏に浮かぶ。
めぐり『希望に満ち溢れた三年前の入学式から、気が付けばあっという間にこの日を迎えてしまいました。振り返れば──』
だが、過ぎ去ってしまった過去を取り戻すことは出来ない。なかったことにすることも出来ないし、消し去ることも出来やしない。過去のまちがえをやり直すことは出来るけれど、さすがに時間を巻き戻すなんて芸当は出来やしない。
過去は過去、そのまま受け止めるしかないのだ。
しかし過去を変えることは出来なくても、未来はこれから作り上げていくことが出来る。
将来どうなるかは今の俺には分からない。
それでも、せめてこれからは悔いがないように生きていきたい。
めぐりさんと二人で歩む未来を、輝かせたいと思う。
俺がめぐりさんと恋人として一緒の学校に在籍することが出来た期間は一ヶ月にも満たない。
今更どうこう言っても仕方のないことであるのは重々承知しているが、それでももう少し長い間めぐりさんとこの学校にいたかったと思わずにはいられない。
もう少し早く知り合えていたら……もう少し早く関わることが出来ていれば……。
そんな無意味な妄想が脳裏に浮かぶ。
めぐり『希望に満ち溢れた三年前の入学式から、気が付けばあっという間にこの日を迎えてしまいました。振り返れば──』
だが、過ぎ去ってしまった過去を取り戻すことは出来ない。なかったことにすることも出来ないし、消し去ることも出来やしない。過去のまちがえをやり直すことは出来るけれど、さすがに時間を巻き戻すなんて芸当は出来やしない。
過去は過去、そのまま受け止めるしかないのだ。
しかし過去を変えることは出来なくても、未来はこれから作り上げていくことが出来る。
将来どうなるかは今の俺には分からない。
それでも、せめてこれからは悔いがないように生きていきたい。
めぐりさんと二人で歩む未来を、輝かせたいと思う。
585:
めぐり『──私はこの三年間の高校生活で、多くの人と出会ってきました。その多くの出会いは、今の私を形作る大切な思い出になっています』
……あれっ?
今の台本にあったっけ?
一応、一色の送辞云々の手伝いの際に、めぐりさんが読み上げる答辞の台本も事前に目を通させてもらった。まぁめぐりさんはちゃんと一人で答辞の内容を考えられていたようなので、中身に俺は関与せず、ほとんど一色の手伝いをしていたが。
だが、今の一文は事前に確認した台本には書かれていなかったような気がする。
単に俺が勘違いしているだけかと思い、近くにいた雪ノ下の方に目をやると、こちらもはてなと首を傾げていた。
雪ノ下も違和感を覚えているということは、まちがいなくこれは事前に準備していた台本とは違うということ。
となると、もしやアドリブか?
困惑しながらも、俺はめぐりさんの読み上げる答辞に聴覚を集中させる。
めぐり『そして──その多くの出会いの中で、私にも大切な人が出来ました』
顔から火が吹き出るかと思った。
……あれっ?
今の台本にあったっけ?
一応、一色の送辞云々の手伝いの際に、めぐりさんが読み上げる答辞の台本も事前に目を通させてもらった。まぁめぐりさんはちゃんと一人で答辞の内容を考えられていたようなので、中身に俺は関与せず、ほとんど一色の手伝いをしていたが。
だが、今の一文は事前に確認した台本には書かれていなかったような気がする。
単に俺が勘違いしているだけかと思い、近くにいた雪ノ下の方に目をやると、こちらもはてなと首を傾げていた。
雪ノ下も違和感を覚えているということは、まちがいなくこれは事前に準備していた台本とは違うということ。
となると、もしやアドリブか?
困惑しながらも、俺はめぐりさんの読み上げる答辞に聴覚を集中させる。
めぐり『そして──その多くの出会いの中で、私にも大切な人が出来ました』
顔から火が吹き出るかと思った。
586:
あの人いきなり言い出してんの!? 待って、ハチマンはハチマンは何も聞いてないかもって驚いてみたり!
女性陣は知っていたのかと雪ノ下たちを見渡してみると、三人とも同じように驚いているようだ。
つまり、この場にいる全員に知らされていないということになる。
一瞬、体育館の中がざわついた様な気がしたが、そちらに関しては聞かなかったことにした。
めぐり『最後の文化祭、体育祭、先月のバレンタインデーのイベント、そしてこの卒業式……全て、彼の尽力なくしては成し遂げられませんでした。大変だったこともあります。しかし私の大切な人、そして皆の頑張りによって行事は大成功を収めることができました。これらの行事で得た思い出は、今でも大切な宝物です──』
雪乃「比企谷くん、少し落ち着きなさい」
無理だよ! 恥ずかしくて氏にそうだよ!
燃え上がるような熱くなった顔を隠すように両手で覆いながら、俺は肩を震わせる。
あの人マジで何言っちゃってくれてんの……そういうのは本当にやめていただきたい。ほら、他の人からしたら何言ってるのか理解できないしね? それに俺の涙腺へのダメージがカンストしちゃう。
めぐりさんの答辞は続く。
女性陣は知っていたのかと雪ノ下たちを見渡してみると、三人とも同じように驚いているようだ。
つまり、この場にいる全員に知らされていないということになる。
一瞬、体育館の中がざわついた様な気がしたが、そちらに関しては聞かなかったことにした。
めぐり『最後の文化祭、体育祭、先月のバレンタインデーのイベント、そしてこの卒業式……全て、彼の尽力なくしては成し遂げられませんでした。大変だったこともあります。しかし私の大切な人、そして皆の頑張りによって行事は大成功を収めることができました。これらの行事で得た思い出は、今でも大切な宝物です──』
雪乃「比企谷くん、少し落ち着きなさい」
無理だよ! 恥ずかしくて氏にそうだよ!
燃え上がるような熱くなった顔を隠すように両手で覆いながら、俺は肩を震わせる。
あの人マジで何言っちゃってくれてんの……そういうのは本当にやめていただきたい。ほら、他の人からしたら何言ってるのか理解できないしね? それに俺の涙腺へのダメージがカンストしちゃう。
めぐりさんの答辞は続く。
587:
めぐり『私が三年間、楽しい高校生活を送ることが出来たのは、同じ学年の皆さん、一足先に卒業された先輩方、親身になってくれた先生方、そして後輩の皆さん全員のおかげです。そして──私の大切な人。その全ての人に、この場を借りて感謝を伝えたいと思います。ありがとうございました』
ぽたっと、床に雫が落ちた。
自分の目頭が熱くなっていることに、少し遅れて気が付く。
雪乃「比企谷くん……」
結衣「ヒッキー……」
いろは「先輩……」
めぐり『この総武高校で過ごした三年間は、私の一生の財産になると思います。もう皆さんとこの高校に通うことが出来ないと思うと一抹の寂しさを感じますが、これまでの経験を活かして、これからの新しい場所でも頑張っていきたいと思います──』
壇上に立つめぐりさんの姿がぼやけて、うまく見えなくなる。
いかん、これはめぐりさんの高校最後の晴れ姿である。それを俺が見届けなくてどうする。
それは分かっているけれど、奥から込み上げてくるものを、抑えることは出来なかった。
めぐり『──最後になりましたが、この学校の先生方、後輩の皆さん全員のご健勝を心から祈りながら、答辞とさせて頂きます』
それでも、涙を拭いながら顔をあげてめぐりさんの顔を見ると、彼女の目元にも光り輝くものが見えたような気がした。
それまでずっと毅然とした表情を保ち続けていた彼女の顔が歪む。
熱い何かが篭った声で、最後の締めの言葉を言い放った。
めぐり『皆さん……本当に……本当に、ありがとうございました。私は、この総武高校のことがっ……大好きです……!!!』
ぽたっと、床に雫が落ちた。
自分の目頭が熱くなっていることに、少し遅れて気が付く。
雪乃「比企谷くん……」
結衣「ヒッキー……」
いろは「先輩……」
めぐり『この総武高校で過ごした三年間は、私の一生の財産になると思います。もう皆さんとこの高校に通うことが出来ないと思うと一抹の寂しさを感じますが、これまでの経験を活かして、これからの新しい場所でも頑張っていきたいと思います──』
壇上に立つめぐりさんの姿がぼやけて、うまく見えなくなる。
いかん、これはめぐりさんの高校最後の晴れ姿である。それを俺が見届けなくてどうする。
それは分かっているけれど、奥から込み上げてくるものを、抑えることは出来なかった。
めぐり『──最後になりましたが、この学校の先生方、後輩の皆さん全員のご健勝を心から祈りながら、答辞とさせて頂きます』
それでも、涙を拭いながら顔をあげてめぐりさんの顔を見ると、彼女の目元にも光り輝くものが見えたような気がした。
それまでずっと毅然とした表情を保ち続けていた彼女の顔が歪む。
熱い何かが篭った声で、最後の締めの言葉を言い放った。
めぐり『皆さん……本当に……本当に、ありがとうございました。私は、この総武高校のことがっ……大好きです……!!!』
588:
× × ×
短いホームルームが終わると、教室の中が騒がしくなり始めた。
本日は卒業式以外にやることはなく、もう他に授業も部活も何も行なわれない。いや、部活によっては各自で卒業する先輩とどうのこうのあるのかもしれないが、特に先輩がいるわけでもない奉仕部に関係はない。
椅子から立ち上がりながらなんとなく教室の中を見渡してみると、近くの席にいた戸塚と目が合った。
戸塚「あ、八幡。卒業式お疲れ様」
八幡「別に俺は何もしてないんだがな……」
戸塚「またまた。今回も八幡が頑張ってたこと、知ってるんだよ?」
そう言いながら、戸塚がにこりと微笑んだ。その無垢な笑みに引き込まれそうになる。うっ、いかんいかん、俺には心に決めた人がいるんだ……!!
ところで同性相手って浮気になるのかな? なるんだろうなぁ……。
589:
戸塚「文化祭も、体育祭も、バレンタインの時も、卒業式も、八幡はすっごい頑張ってたって言われてたし」
八幡「それを蒸し返すのはやめてくれ……」
ふふっと悪戯っぽく笑う戸塚は天使だけでなく小悪魔めいているようにも感じた。天使と悪魔の両面を兼ね揃えてるとかマジで白と黒が組み合わさり最強に見える。
やはりというべきか、戸塚は先のめぐりさんの答辞で出てきた人物が俺のことを指していることに気が付いているようであった。まぁ戸塚には俺とめぐりさんが付き合っていることは伝えてあるし、当たり前っちゃ当たり前なのだが。ちなみに余談なのだが、伝えてもいないのに何故か材木座の奴にもいつの間にか知られていた。いやもうほんと最近会う度にウザ絡みしてくるのが心底鬱陶しい。
八幡「あー、戸塚もこの後テニス部の先輩となんかやるのか」
話を逸らすように適当に思いついた話題を出すと、戸塚はこくんと可愛らしく頷いた。
戸塚「うん、これから卒業のお祝いをするつもりなんだ」
八幡「そうか、じゃあもう行った方がいいんじゃねぇのか」
戸塚「そうだね……じゃ八幡、またね」
八幡「おう」
手を振って教室を出て行く戸塚を見送ってからもう一度教室の中を見渡すと、ひとつ騒がしいグループが視界に入り込んできた。
いつもの葉山と三浦を中心にしたグループである。
八幡「それを蒸し返すのはやめてくれ……」
ふふっと悪戯っぽく笑う戸塚は天使だけでなく小悪魔めいているようにも感じた。天使と悪魔の両面を兼ね揃えてるとかマジで白と黒が組み合わさり最強に見える。
やはりというべきか、戸塚は先のめぐりさんの答辞で出てきた人物が俺のことを指していることに気が付いているようであった。まぁ戸塚には俺とめぐりさんが付き合っていることは伝えてあるし、当たり前っちゃ当たり前なのだが。ちなみに余談なのだが、伝えてもいないのに何故か材木座の奴にもいつの間にか知られていた。いやもうほんと最近会う度にウザ絡みしてくるのが心底鬱陶しい。
八幡「あー、戸塚もこの後テニス部の先輩となんかやるのか」
話を逸らすように適当に思いついた話題を出すと、戸塚はこくんと可愛らしく頷いた。
戸塚「うん、これから卒業のお祝いをするつもりなんだ」
八幡「そうか、じゃあもう行った方がいいんじゃねぇのか」
戸塚「そうだね……じゃ八幡、またね」
八幡「おう」
手を振って教室を出て行く戸塚を見送ってからもう一度教室の中を見渡すと、ひとつ騒がしいグループが視界に入り込んできた。
いつもの葉山と三浦を中心にしたグループである。
590:
三浦「隼人は、このあとどうするん?」
葉山「この後はサッカー部の先輩の送迎会だな。だから悪いけど、今日はパスだな」
戸部「っべーわ、最後だからってぜってー色々言われるわー……」
葉山「でも、明日なら平気だと思う」
三浦「ふーん……そ、じゃあまた後で連絡する」
海老名「じゃあ今日は私たちと一緒に出掛ける? ユイは?」
結衣「あたしも今日は部活ないし、暇だよ」
あのバレンタインデーの日、色々とあったのは俺だけではない。
あそこにいる、葉山と三浦だってそうだ。
そしてその時、葉山は三浦の告白を断っているはず。
しかし教室の中で少々見た限りではあるが、ここ最近の葉山と三浦の距離はそこまで離れていないように感じる。
葉山「この後はサッカー部の先輩の送迎会だな。だから悪いけど、今日はパスだな」
戸部「っべーわ、最後だからってぜってー色々言われるわー……」
葉山「でも、明日なら平気だと思う」
三浦「ふーん……そ、じゃあまた後で連絡する」
海老名「じゃあ今日は私たちと一緒に出掛ける? ユイは?」
結衣「あたしも今日は部活ないし、暇だよ」
あのバレンタインデーの日、色々とあったのは俺だけではない。
あそこにいる、葉山と三浦だってそうだ。
そしてその時、葉山は三浦の告白を断っているはず。
しかし教室の中で少々見た限りではあるが、ここ最近の葉山と三浦の距離はそこまで離れていないように感じる。
591:
あの後、葉山と三浦の二人に何があったのかは知らない。興味もないし、知ろうとも思っていない。そもそも普段俺は葉山たちと関わること自体が稀なのだ、奴らの恋愛事情なんざ知るわけがない。
俺でも知っていることといえば、葉山の卒業後の進路が留学だと知れ渡った時には二年生中で噂になった程度だ。まぁ俺は噂話をするような相手はいないので、ソースは盗み聞きなのだが。
だがまぁ、由比ヶ浜の言葉の節々から察するに──まぁ、色々あったのだろう。きっと、悪くない意味で何かが、きっと。
葉山も大切な人を傷つける覚悟を、想いを受け止める覚悟を決めたのだろうか。
まぁその真相がどうだかは、俺の知ったことではないのだが。
葉山たちから目線を外して携帯を取り出すと、メールが届いていたことに気が付いた。
お、なんだなんだ。アマゾンかな。決算期前の三月は色々出るから結構買ったしなぁ……と思いながら、着信メールを確認する。
FROM 城廻めぐり
おいおいそういうのは早く言ってくれよ待ってろ今すぐメール確認すっから。
俺でも知っていることといえば、葉山の卒業後の進路が留学だと知れ渡った時には二年生中で噂になった程度だ。まぁ俺は噂話をするような相手はいないので、ソースは盗み聞きなのだが。
だがまぁ、由比ヶ浜の言葉の節々から察するに──まぁ、色々あったのだろう。きっと、悪くない意味で何かが、きっと。
葉山も大切な人を傷つける覚悟を、想いを受け止める覚悟を決めたのだろうか。
まぁその真相がどうだかは、俺の知ったことではないのだが。
葉山たちから目線を外して携帯を取り出すと、メールが届いていたことに気が付いた。
お、なんだなんだ。アマゾンかな。決算期前の三月は色々出るから結構買ったしなぁ……と思いながら、着信メールを確認する。
FROM 城廻めぐり
おいおいそういうのは早く言ってくれよ待ってろ今すぐメール確認すっから。
592:
FROM 城廻めぐり
TITLE この後会えますか?
卒業式お疲れ様(≧∇≦)o
この後、会うことって出来るかな(。´・ω・)?
出来るなら、前の空中階段で待ってます(●´∨`●)ノ.+*゚
即座に今すぐ行きますと返信すると、俺はカバンを肩にかけて教室を飛び出していた。
TITLE この後会えますか?
卒業式お疲れ様(≧∇≦)o
この後、会うことって出来るかな(。´・ω・)?
出来るなら、前の空中階段で待ってます(●´∨`●)ノ.+*゚
即座に今すぐ行きますと返信すると、俺はカバンを肩にかけて教室を飛び出していた。
593:
× × ×
教室を飛び出して、廊下を進んでいく。
その足取りは軽い。まるで羽が生えたようだ。今の俺ならば空だって飛べる! アイキャンフライ! 実際にやれば空どころか天国まで飛び立ててしまいそうなので、実行に移すのはやめておいた。
そんな道中で、一人のメガネを掛けた生徒とすれ違う。
別にそれくらい特別取り上げるようなことでもないだろう。しかし、何かが頭の片隅に引っ掛かったような気がしたのだ。
今のメガネ、どっかで見たことがあるような……。
──会長を、よろしく頼む。
八幡「!?」
どこからか響いた声に驚いて、バッと後ろを振り返る。
しかし振り返れども、そこにはガヤガヤと賑やかないつもの廊下の光景が広がっているだけだった。先ほどすれ違ったメガネの生徒の姿は、どこにもなかった。
……思い出した。さっきのメガネ、確か先代の生徒会役員のうちの一人だ。
先代の生徒会役員のめぐりさんに対する心酔っぷりはなかなかのものだったように記憶してる。当然ながら、そのめぐりさんと付き合うことになった俺に対しては思うことがあるはずだ。
けれども、今の言葉が先代生徒会役員たちの答えだとしたら──
八幡「……任せろ」
独り言のように、俺はそう小さく呟いた。
メガネの元役員の姿はどこにも見えない。ただで騒がしいこの廊下で、俺の呟きなんて届いているわけもないだろう。
それなのに、どこからか安堵したような声が聞こえたような気がした。
594:
× × ×
平塚「お、比企谷じゃないか」
八幡「あ、先生どもっす、そして失礼します」
平塚「まぁ待て比企谷、そんな急いで立ち去ろうとしなくてもいいだろう」
HA☆NA☆SE!!
軽く頭を下げて平塚先生の横を通り過ぎようとすると、すれ違いざまに肩をがっちりと掴まれてしまった。無視して進もうとするが、俺の肩を掴む先生の手は万力のように締め付けており簡単には解けそうもなかった。何、この人どっからそんなかいりき出てくるの? ひでんマシンでも使った?
諦めながら肩から力を抜き、平塚先生の顔を見上げた。この人ちょっと身長分けてくれないかなぁ……。
八幡「……なんすか、卒業式なんだから三年生のところ行った方がいいんじゃないんすか」
平塚「無論、ちゃんと行くさ。別れが惜しい生徒も結構いるしな」
はーん。さすがは生徒に対して世話を焼きまくっている平塚先生だ。きっと今の三年生にも関わってきた生徒が多数いるのだろう。
595:
平塚「しかしその前に、君のことが気になってね」
なんでやねん。
思わず心の中で関西弁を使って突っ込んでしまった。
俺なんかより、これから卒業してしまう三年生たちに時間を割いてやればいいものを。
早くめぐりさんのところへ向かいたいのに……とやや怨恨を込めた目線を送ると、平塚先生はふっと笑った。
平塚「なに、いつも目が腐っている君が、目を輝かせて楽しそうに歩いていたら気にもなるだろう」
おおう、俺の目輝いてたのね……いや、これからめぐりさんに会いに行こうとしているのだから楽しみにしているのは確かなのだけれど、傍目から見てもバレる程とは……。
八幡「いや、まぁ最近ギアスでも習得しようかと思いまして、こう目をですね」
平塚「城廻か」
バレてた。
平塚先生にはめぐりさんと付き合い始めた云々のことについては一切話をしていないはずなのだが、どうも勘付いている──というか、ほぼ確信している節がある。まぁ卒業式の云々で学校にやってきていためぐりさんと二人で帰っているところを何度か目撃されてますしね、そりゃバレますよね。
その妙に生暖かい目線が妙にむず痒い。比企谷八幡が命じる、今すぐその目をやめろ!
なんでやねん。
思わず心の中で関西弁を使って突っ込んでしまった。
俺なんかより、これから卒業してしまう三年生たちに時間を割いてやればいいものを。
早くめぐりさんのところへ向かいたいのに……とやや怨恨を込めた目線を送ると、平塚先生はふっと笑った。
平塚「なに、いつも目が腐っている君が、目を輝かせて楽しそうに歩いていたら気にもなるだろう」
おおう、俺の目輝いてたのね……いや、これからめぐりさんに会いに行こうとしているのだから楽しみにしているのは確かなのだけれど、傍目から見てもバレる程とは……。
八幡「いや、まぁ最近ギアスでも習得しようかと思いまして、こう目をですね」
平塚「城廻か」
バレてた。
平塚先生にはめぐりさんと付き合い始めた云々のことについては一切話をしていないはずなのだが、どうも勘付いている──というか、ほぼ確信している節がある。まぁ卒業式の云々で学校にやってきていためぐりさんと二人で帰っているところを何度か目撃されてますしね、そりゃバレますよね。
その妙に生暖かい目線が妙にむず痒い。比企谷八幡が命じる、今すぐその目をやめろ!
596:
が、当然俺に王の力など備わっているわけもないので、平塚先生がいきなりその視線を逸らしてくれるようなこともなく、そしてにやけた笑みを崩さないまま俺のことを見つめてきた。
平塚「まったく、お熱いことだな。ええ? まさか卒業式で惚気られるとは思ってもみなかったぞ」
八幡「あれには俺も驚いたんすよね……」
や、ほんとあの場であんなこと言っちゃって平気なんだろうか。
まぁそれについては後で話をするとしよう。
八幡「まぁ、めぐりさんも時折ぶっ飛んだことするっつーか、なんか強引な所ありますからねー……」
平塚「……君も変わったものだな」
八幡「なんすか、急に」
急に平塚先生の声音が、先ほどまでの冗談めいたものではなく、真面目なものに切り替わった。
声音だけでない。俺のことを見つめるその眼差しにも真剣さが宿っている。
平塚「まったく、お熱いことだな。ええ? まさか卒業式で惚気られるとは思ってもみなかったぞ」
八幡「あれには俺も驚いたんすよね……」
や、ほんとあの場であんなこと言っちゃって平気なんだろうか。
まぁそれについては後で話をするとしよう。
八幡「まぁ、めぐりさんも時折ぶっ飛んだことするっつーか、なんか強引な所ありますからねー……」
平塚「……君も変わったものだな」
八幡「なんすか、急に」
急に平塚先生の声音が、先ほどまでの冗談めいたものではなく、真面目なものに切り替わった。
声音だけでない。俺のことを見つめるその眼差しにも真剣さが宿っている。
597:
俺の何が変わったというのか。訳の分からないその言葉になんと返せばいいか思案していると、平塚先生の手が俺の肩の上に置かれた。先ほどより平塚先生との距離が縮まったように感じる。
平塚「あれだけ捻くれた孤独体質を持っていた君が、そう楽しそうに彼女について語るようになるとはな。驚かずにはいられないよ」
そんなに楽しそうにしていただろうか。むしろ、やや呆れたくらいのトーンで話をしていたつもりだったのだが。
平塚「君を奉仕部に入れたきっかけになったレポートの内容、覚えているか?」
八幡「忘れました」
平塚「確か、青春とは嘘であるだとか、リア充爆発しろだとか」
八幡「忘れました」
いや、これっぽっちも覚えてない。青春は嘘であり悪であるだとか青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺いているだとか書いた覚えは全くない。そんな事実は確認できません。
平塚「あの時のレポート、実はまだ取ってあるんだ。どうせだし、城廻にでも渡そうかと思っているのだが──」
八幡「…………」
平塚「──比企谷。私が悪かったから、流れるように土下座をしないでくれ」
っべーわ、つい癖で土下座(ゲザ)っちまったわー。まぁ俺くらいのゲザー(土下座の超上手い人)になると気が付いたら土下座っちゃうところあるからな。いやもうほんとこの一ヶ月で何度雪ノ下相手に土下座かましたことか。
平塚「あれだけ捻くれた孤独体質を持っていた君が、そう楽しそうに彼女について語るようになるとはな。驚かずにはいられないよ」
そんなに楽しそうにしていただろうか。むしろ、やや呆れたくらいのトーンで話をしていたつもりだったのだが。
平塚「君を奉仕部に入れたきっかけになったレポートの内容、覚えているか?」
八幡「忘れました」
平塚「確か、青春とは嘘であるだとか、リア充爆発しろだとか」
八幡「忘れました」
いや、これっぽっちも覚えてない。青春は嘘であり悪であるだとか青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺いているだとか書いた覚えは全くない。そんな事実は確認できません。
平塚「あの時のレポート、実はまだ取ってあるんだ。どうせだし、城廻にでも渡そうかと思っているのだが──」
八幡「…………」
平塚「──比企谷。私が悪かったから、流れるように土下座をしないでくれ」
っべーわ、つい癖で土下座(ゲザ)っちまったわー。まぁ俺くらいのゲザー(土下座の超上手い人)になると気が付いたら土下座っちゃうところあるからな。いやもうほんとこの一ヶ月で何度雪ノ下相手に土下座かましたことか。
598:
平塚「しかし、私は君なら出来ると信じていたよ」
八幡「……それはどうも」
バレンタインデーの前日準備の時に、信じていると言われた時の事を思い出す。
まぁ実際はあの直後に一度思いっきりやらかしているのだが、今こうやってなんとかなっているからセーフセーフ。
平塚「ふっ、生徒が成長していく姿を見ることが出来るのは教師冥利に尽きるな。君に恋人が出来るなど、とても昔の君からは考えることも出来なかったからな」
八幡「ええ、最高ですよ恋人がいる生活。先生も早く相手を見つけてぐふげぼがはっ!!!」
馬鹿な……今の一瞬で顔面と鳩尾と腹部の三箇所に拳を入れられた……!? まるで見えなかったぞ……!?
平塚先生にからかわれたお返しとして少々イジってやろうと思っただけなのだが、そこまで本気でキレなくてもいいじゃないですか……。
平塚「次は頃す」
いや、今のも十分殺意を感じたんですけども。
身体ががくがくと震えるのをなんとか堪えながら立ち上がると、平塚先生は廊下にある時計に目をやった。
八幡「……それはどうも」
バレンタインデーの前日準備の時に、信じていると言われた時の事を思い出す。
まぁ実際はあの直後に一度思いっきりやらかしているのだが、今こうやってなんとかなっているからセーフセーフ。
平塚「ふっ、生徒が成長していく姿を見ることが出来るのは教師冥利に尽きるな。君に恋人が出来るなど、とても昔の君からは考えることも出来なかったからな」
八幡「ええ、最高ですよ恋人がいる生活。先生も早く相手を見つけてぐふげぼがはっ!!!」
馬鹿な……今の一瞬で顔面と鳩尾と腹部の三箇所に拳を入れられた……!? まるで見えなかったぞ……!?
平塚先生にからかわれたお返しとして少々イジってやろうと思っただけなのだが、そこまで本気でキレなくてもいいじゃないですか……。
平塚「次は頃す」
いや、今のも十分殺意を感じたんですけども。
身体ががくがくと震えるのをなんとか堪えながら立ち上がると、平塚先生は廊下にある時計に目をやった。
599:
平塚「おっと、これ以上城廻との時間を奪っては怒られてしまうな。私も馬には蹴られたくないし、退散することにしよう」
八幡「あっ、はい……」
正直に言ってこの先生、馬に蹴られたどころでは氏なないだろうし、なんなら馬すら殴り倒せそうに感じる今日この頃です。
最後に平塚先生の顔を見上げると、にかっといつものかっこいい笑顔を浮かべていた。
平塚「比企谷、人生にゴールはない。恋人も出来ておしまいじゃないぞ。せいぜい愛想尽かされて逃げられないように努力を怠るなよ」
はっ、家具ごとヒモに逃げられた経験のある人の言葉には重みがありますね。
などと皮肉で返す気にはなれなかった。この平塚先生の笑顔に水を差す気分になれなかったのだ。単にこれ以上殴られたくないという気持ちもあったが。
八幡「……はい」
俺は素直に頷いて返すと、平塚先生も満足そうに頷いて、背を向けて廊下の向こう側へと歩き去っていった。
少しの間、ぼーっとその背中を見つめる。歩みを止めないその背は、遠く離れていく。
いつかあの人の背中に追いつける日がやってくるのかと。
そんなことを、思った。
八幡「あっ、はい……」
正直に言ってこの先生、馬に蹴られたどころでは氏なないだろうし、なんなら馬すら殴り倒せそうに感じる今日この頃です。
最後に平塚先生の顔を見上げると、にかっといつものかっこいい笑顔を浮かべていた。
平塚「比企谷、人生にゴールはない。恋人も出来ておしまいじゃないぞ。せいぜい愛想尽かされて逃げられないように努力を怠るなよ」
はっ、家具ごとヒモに逃げられた経験のある人の言葉には重みがありますね。
などと皮肉で返す気にはなれなかった。この平塚先生の笑顔に水を差す気分になれなかったのだ。単にこれ以上殴られたくないという気持ちもあったが。
八幡「……はい」
俺は素直に頷いて返すと、平塚先生も満足そうに頷いて、背を向けて廊下の向こう側へと歩き去っていった。
少しの間、ぼーっとその背中を見つめる。歩みを止めないその背は、遠く離れていく。
いつかあの人の背中に追いつける日がやってくるのかと。
そんなことを、思った。
600:
× × ×
陽乃「あ、比企谷くんだ。ひゃっはろー」
八幡「人違いです」
平塚先生と別れてから四階を目指して足早に階段を上っていると、上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
いや、そんなわけはない。そんなことがあってはならない。今日は卒業式で、ここは校舎の階段である。こんなところにいるわけがない。
そう素早く判断すると、俺はその階段に立つ人影の横を通り過ぎようとして──
陽乃「ちょっとー、別に逃げることないじゃない。失礼だなー、もう」
──がしっと、肩を掴まれた。あの、すれ違いざまに肩を掴まれるの今日もう二回目なんですけど。
601:
その肩を掴む力は意外と強い。平塚先生といい、こう物理的な力の使い道をすごくまちがっている人が多いように感じる。もうちょっとその力を別の方向に活かすべきだと思うんです。例えばほら……世界平和とか?
俺ははぁ~とわざとらしく大きなため息をついてから、ジト目をその肩を掴んできた人物に向けた。
そこにいるのは、やはり雪ノ下陽乃であった。
八幡「……なんでここにいるんすか」
陽乃「後輩の卒業式に来るのくらい、そんなに変なことじゃないでしょ?」
ああ、そういえば陽乃さんは二年前にここを卒業したのだから、今年卒業する代とはギリギリ接点があるのか。ていうかめぐりさんとも繋がりあったな。
八幡「そうでしたか、じゃあ俺はこれで」
陽乃「まぁまぁ、もうちょっとお話ししていこうよー」
ちぃっ、自然な流れで逃げられると思ったのに!!
めっちゃ嫌そうな顔をしながら陽乃さんの顔を見てみると、にこにこと薄い笑みを携えている。はぁ、仕方ないので適当に相手していくか。早くめぐりさんのところにまで行きたいんだけどなぁ。
俺ははぁ~とわざとらしく大きなため息をついてから、ジト目をその肩を掴んできた人物に向けた。
そこにいるのは、やはり雪ノ下陽乃であった。
八幡「……なんでここにいるんすか」
陽乃「後輩の卒業式に来るのくらい、そんなに変なことじゃないでしょ?」
ああ、そういえば陽乃さんは二年前にここを卒業したのだから、今年卒業する代とはギリギリ接点があるのか。ていうかめぐりさんとも繋がりあったな。
八幡「そうでしたか、じゃあ俺はこれで」
陽乃「まぁまぁ、もうちょっとお話ししていこうよー」
ちぃっ、自然な流れで逃げられると思ったのに!!
めっちゃ嫌そうな顔をしながら陽乃さんの顔を見てみると、にこにこと薄い笑みを携えている。はぁ、仕方ないので適当に相手していくか。早くめぐりさんのところにまで行きたいんだけどなぁ。
602:
八幡「なんか用すか」
陽乃「あはは、ほんと嫌そうなリアクション取るねー」
そらそうよ。こちとら早くめぐりさんのとこに行きたいっちゅーねん。こんなところで足止め食らっとる場合やないねん。
陽乃「そんなに早くめぐりと会いたい?」
八幡「ごふっ」
そろそろ俺は仮面の購入を真剣に検討した方がいいかもしれない。
そんなに俺は分かりやすい表情をしているだろうか。
八幡「や、やだなぁ雪ノ下さん。ぼきゅがなんでめぐりさんと会おうとしてるなんてわかるんでひゅか」
噛んだ。もうやだおうちかえりたい。
それに対して、陽乃さんはけらけらと心底楽しそうに笑った。
陽乃「あはは、ほんと嫌そうなリアクション取るねー」
そらそうよ。こちとら早くめぐりさんのとこに行きたいっちゅーねん。こんなところで足止め食らっとる場合やないねん。
陽乃「そんなに早くめぐりと会いたい?」
八幡「ごふっ」
そろそろ俺は仮面の購入を真剣に検討した方がいいかもしれない。
そんなに俺は分かりやすい表情をしているだろうか。
八幡「や、やだなぁ雪ノ下さん。ぼきゅがなんでめぐりさんと会おうとしてるなんてわかるんでひゅか」
噛んだ。もうやだおうちかえりたい。
それに対して、陽乃さんはけらけらと心底楽しそうに笑った。
603:
陽乃「あっはっは、いやーもうアツアツだね」
ちなみに言っておくと、当然陽乃さんにもめぐりさんとの交際については報告していない。ていうか、会うのも結構久しぶりだ。なんでめぐりさんと付き合っていること前提で話を進めているのだろう……いや、案外めぐりさん側から漏れているのかもしれないなぁ……。
八幡「……じゃあ、そういうことで」
陽乃「まぁ、もう少しもう少し」
くっそおおおおおお! なに、なんなのこの人! 俺がめぐりさんと早く会いたがっているって分かってるなら早く解放してよぅ!!
そんな思いと恨みを込めた目線を送っても、陽乃さんはガシッと掴んだ俺の肩を離してはくれない。
八幡「まだなんか用でもあるんですか」
陽乃「まだ何も話してないんだけどなー……」
あれ、そうだっけ? もう一年分くらい話したような気がしてたんだけど。
八幡「じゃあお手短にお願いします」
陽乃「……比企谷くんってあれだよね、わたしの扱い結構ぞんざいだよね……」
そこに気が付くとは……やはり天才か。
ちなみに言っておくと、当然陽乃さんにもめぐりさんとの交際については報告していない。ていうか、会うのも結構久しぶりだ。なんでめぐりさんと付き合っていること前提で話を進めているのだろう……いや、案外めぐりさん側から漏れているのかもしれないなぁ……。
八幡「……じゃあ、そういうことで」
陽乃「まぁ、もう少しもう少し」
くっそおおおおおお! なに、なんなのこの人! 俺がめぐりさんと早く会いたがっているって分かってるなら早く解放してよぅ!!
そんな思いと恨みを込めた目線を送っても、陽乃さんはガシッと掴んだ俺の肩を離してはくれない。
八幡「まだなんか用でもあるんですか」
陽乃「まだ何も話してないんだけどなー……」
あれ、そうだっけ? もう一年分くらい話したような気がしてたんだけど。
八幡「じゃあお手短にお願いします」
陽乃「……比企谷くんってあれだよね、わたしの扱い結構ぞんざいだよね……」
そこに気が付くとは……やはり天才か。
604:
陽乃「それはそれとして今度話し合うとして……どう? 比企谷くん」
八幡「どうって、何がですか」
主語も述語もあったもんじゃない質問に聞き返す。いやもうほんと何の用なの。
陽乃「……君の言う本物ってやつがなんなのかを聞かせて欲しいなって」
八幡「……」
陽乃さんが、まっすぐに俺の目を見つめてくる。
その瞳に宿るのは、好奇心か、それとも純粋な疑問か。
八幡「俺に聞くより、めぐりさんに聞いた方がいいと思いますよ」
そっけなくそう返すと、陽乃さんはくすくすと笑って答えた。
陽乃「めぐりとは、さっきまでお話してたよ」
ああ、だからこの人階段の上から現われたのか……なんかバレンタインデーの時の雪ノ下とも同じような感じで出会ったな。妙なところで姉妹のつながりを感じる。
八幡「どうって、何がですか」
主語も述語もあったもんじゃない質問に聞き返す。いやもうほんと何の用なの。
陽乃「……君の言う本物ってやつがなんなのかを聞かせて欲しいなって」
八幡「……」
陽乃さんが、まっすぐに俺の目を見つめてくる。
その瞳に宿るのは、好奇心か、それとも純粋な疑問か。
八幡「俺に聞くより、めぐりさんに聞いた方がいいと思いますよ」
そっけなくそう返すと、陽乃さんはくすくすと笑って答えた。
陽乃「めぐりとは、さっきまでお話してたよ」
ああ、だからこの人階段の上から現われたのか……なんかバレンタインデーの時の雪ノ下とも同じような感じで出会ったな。妙なところで姉妹のつながりを感じる。
605:
陽乃「めぐりの答えは聞いてきたよ。だから、わたしは比企谷くんの答えが聞きたいな」
八幡「俺の……」
めぐりさんも似たような問いを投げかけられたのだろうか。だとしたら、彼女は一体何と答えたのだろう。
いや、それを推測することに意味はない。
俺の思う答えを、そのまま伝えるべきなのだろう。
八幡「俺は、自分のことを誤魔化さずにいられる相手との関係こそが本物だと思うんですけどね」
陽乃「ふーん……」
俺はそう答えたが、陽乃さんはえらいつまらなそうにそう呟いただけであった。その声音は冷えており、いつもの明るさの陰もない。
同時に表情も氷のように凍てつく。そうすると、雪ノ下に似ているなんて感想を抱いた。
八幡「俺の……」
めぐりさんも似たような問いを投げかけられたのだろうか。だとしたら、彼女は一体何と答えたのだろう。
いや、それを推測することに意味はない。
俺の思う答えを、そのまま伝えるべきなのだろう。
八幡「俺は、自分のことを誤魔化さずにいられる相手との関係こそが本物だと思うんですけどね」
陽乃「ふーん……」
俺はそう答えたが、陽乃さんはえらいつまらなそうにそう呟いただけであった。その声音は冷えており、いつもの明るさの陰もない。
同時に表情も氷のように凍てつく。そうすると、雪ノ下に似ているなんて感想を抱いた。
606:
陽乃「……比企谷くんにしては、随分と月並みな答えだね。もうちょっと面白い答えを期待してたよ」
八幡「はっ、俺に面白さを期待されても困りますけどね」
けれど、自分を誤魔化さず、相手に受け入れてもらおうとすることがどれほど難しいのか。おそらく陽乃さんは理解していない。
単純な答えなのだ。素の自分のことを分かってもらいたい。たったそれだけのこと。
しかし、仮に俺が言ったことが本物なのだとしたら。
自分のことを偽っているような、捻くれている人間というのは、自分で本物から離れていっているということになるのではないだろうか。
八幡「雪ノ下さんも、誰か本音を言い合える相手でも見つけることが出来たのなら、分かるんじゃないんですか」
自分で思ったよりも、攻撃的な言い方の皮肉になってしまった。
言ってから陽乃さんの顔色を窺う。
すると、陽乃さんの顔に浮かんでいたのは、どこか哀しげな、寂しげな、そんな表情であった。
八幡「はっ、俺に面白さを期待されても困りますけどね」
けれど、自分を誤魔化さず、相手に受け入れてもらおうとすることがどれほど難しいのか。おそらく陽乃さんは理解していない。
単純な答えなのだ。素の自分のことを分かってもらいたい。たったそれだけのこと。
しかし、仮に俺が言ったことが本物なのだとしたら。
自分のことを偽っているような、捻くれている人間というのは、自分で本物から離れていっているということになるのではないだろうか。
八幡「雪ノ下さんも、誰か本音を言い合える相手でも見つけることが出来たのなら、分かるんじゃないんですか」
自分で思ったよりも、攻撃的な言い方の皮肉になってしまった。
言ってから陽乃さんの顔色を窺う。
すると、陽乃さんの顔に浮かんでいたのは、どこか哀しげな、寂しげな、そんな表情であった。
607:
陽乃「……比企谷くんも、そう言うんだね」
八幡「……」
比企谷くん『も』、とはどういう意味なのかは分からない。
しかし、今の陽乃さんからはまるで見捨てられた子犬のような印象を受ける。陽乃さん相手にこんな印象を抱くことになろうとは思わなかった。
ただひとりぼっちの寂しさを感じるんだ。
そう、いつぞやの自分と同じように。
八幡「結局、自分から問題を難しくしちゃってるんですよね。哲学みたいに」
やや自虐っぽくなりながら、そう呟く。それは陽乃さんに向けたのか、過去の自分に対して言ったのか、自分でもよく分からなかった。
かの邪智暴虐の王は、人を、信ずる事が出来ぬと言った。けれど、王は別に誰かに裏切られたわけでもない。誰も、そんな悪心を抱いてはいなかったのだ。
それでも、王は人を信じることが出来なくなっていた。それは何故か。その理由は外にはない、内にある。
そう、王は自分から勝手に人を、周囲を信じることが出来なくなっていったのだ。
八幡「……」
比企谷くん『も』、とはどういう意味なのかは分からない。
しかし、今の陽乃さんからはまるで見捨てられた子犬のような印象を受ける。陽乃さん相手にこんな印象を抱くことになろうとは思わなかった。
ただひとりぼっちの寂しさを感じるんだ。
そう、いつぞやの自分と同じように。
八幡「結局、自分から問題を難しくしちゃってるんですよね。哲学みたいに」
やや自虐っぽくなりながら、そう呟く。それは陽乃さんに向けたのか、過去の自分に対して言ったのか、自分でもよく分からなかった。
かの邪智暴虐の王は、人を、信ずる事が出来ぬと言った。けれど、王は別に誰かに裏切られたわけでもない。誰も、そんな悪心を抱いてはいなかったのだ。
それでも、王は人を信じることが出来なくなっていた。それは何故か。その理由は外にはない、内にある。
そう、王は自分から勝手に人を、周囲を信じることが出来なくなっていったのだ。
608:
陽乃「……失礼だなぁ、わたしが比企谷くんみたいに捻くれているとでも言いたいの?」
八幡「いやぁ、雪ノ下さんは割とガチで捻くれてるような気がするんですけど……」
特に妹への接し方とか超捻くれているような気がする。妹以外全部に対して捻くれていた俺とは真逆のようで、案外近いのかもしれない。
しかし俺が人に対して捻くれているだなんて言葉を使う時が来るとは思わなかった。だってブーメランだし。
俺がそう言うと、陽乃さんは目を丸くしていた。この人がこんな顔をするなんて珍しい。いや、この人に対して珍しいという言葉を使えるほど詳しく知っているわけではないが、少なくとも俺は今までに陽乃さんがこんな顔をしていたところを見たことはない。
陽乃さんはしばし唖然としていたが、突然ぷっと吹き出した。
陽乃「そっかー……人にそう言われるのは、はじめてかな」
そうなのか。確かに、陽乃さんに対して真正面から捻くれているなんて指摘しそうな奴なんていなさそうだ。思いつくのは平塚先生くらいか。
いつぞや、俺が嫌いだと面と向かって言ってやった時の葉山も似たようなことを言っていたような気がする。
八幡「いやぁ、雪ノ下さんは割とガチで捻くれてるような気がするんですけど……」
特に妹への接し方とか超捻くれているような気がする。妹以外全部に対して捻くれていた俺とは真逆のようで、案外近いのかもしれない。
しかし俺が人に対して捻くれているだなんて言葉を使う時が来るとは思わなかった。だってブーメランだし。
俺がそう言うと、陽乃さんは目を丸くしていた。この人がこんな顔をするなんて珍しい。いや、この人に対して珍しいという言葉を使えるほど詳しく知っているわけではないが、少なくとも俺は今までに陽乃さんがこんな顔をしていたところを見たことはない。
陽乃さんはしばし唖然としていたが、突然ぷっと吹き出した。
陽乃「そっかー……人にそう言われるのは、はじめてかな」
そうなのか。確かに、陽乃さんに対して真正面から捻くれているなんて指摘しそうな奴なんていなさそうだ。思いつくのは平塚先生くらいか。
いつぞや、俺が嫌いだと面と向かって言ってやった時の葉山も似たようなことを言っていたような気がする。
609:
八幡「案外、答えって近くに落ちているものなんじゃないですかね。でも、人って結構近くにあるものって分からなかったりするんですよ。捻くれてると余計に」
陽乃「……比企谷くん、恋人が出来たからって偉そうにこのやろー!」
八幡「あぷっ、ちょっ、やめっ!」
がしっと、突然頭が陽乃さんの腕に挟まれ、いわゆるヘッドロックというやつを決められる。
痛い痛い、でもなんか頭がミシミシと嫌な音を立てながら陽乃さんの豊満なバストにちょいちょい当たってる気がする。あっ待ってくださいめぐりさんこれは浮気とかじゃないっすノーカンノーカン。
陽乃「……めぐりにも似たようなこと言われたんだよね、『はるさんにも本音を言い合える相手が出来たらいいですね』みたいな感じのこと……」
陽乃さんが寂しげにそんな言葉を呟いていたような気がするが、その間も何故か俺の頭蓋骨を思い切り締め続けていた。あまりの痛みとおっOいの感覚が同時に襲い掛かってきて天国と地獄をいっぺんに味わっているような気がする。
陽乃「……わたしから、勝手に真実から遠ざかってたのかな」
そう言いながら、ようやくぱっと俺の頭を解放してくれた。あー痛かった。がっつり極められてたしな……。べ、別にあの魅惑の胸元から離れてしまって残念だとか微塵も考えてないんだからねっ!?
自分の頭を押さえながら陽乃さんの表情を窺うと、すっかりいつものスマイルを浮かべていた。
陽乃「……比企谷くん、恋人が出来たからって偉そうにこのやろー!」
八幡「あぷっ、ちょっ、やめっ!」
がしっと、突然頭が陽乃さんの腕に挟まれ、いわゆるヘッドロックというやつを決められる。
痛い痛い、でもなんか頭がミシミシと嫌な音を立てながら陽乃さんの豊満なバストにちょいちょい当たってる気がする。あっ待ってくださいめぐりさんこれは浮気とかじゃないっすノーカンノーカン。
陽乃「……めぐりにも似たようなこと言われたんだよね、『はるさんにも本音を言い合える相手が出来たらいいですね』みたいな感じのこと……」
陽乃さんが寂しげにそんな言葉を呟いていたような気がするが、その間も何故か俺の頭蓋骨を思い切り締め続けていた。あまりの痛みとおっOいの感覚が同時に襲い掛かってきて天国と地獄をいっぺんに味わっているような気がする。
陽乃「……わたしから、勝手に真実から遠ざかってたのかな」
そう言いながら、ようやくぱっと俺の頭を解放してくれた。あー痛かった。がっつり極められてたしな……。べ、別にあの魅惑の胸元から離れてしまって残念だとか微塵も考えてないんだからねっ!?
自分の頭を押さえながら陽乃さんの表情を窺うと、すっかりいつものスマイルを浮かべていた。
610:
陽乃「そうだねー、わたし、比企谷くんとなら付き合ってもいい気がしてきたよ」
八幡「すんませんね、俺には心に決めた相手がいるもので」
陽乃「そっか。めぐりは幸せものだなぁ」
そう言うと、陽乃さんは背を向けて階段を下っていく。その途中で、首だけを動かしてこちらを向いた。
陽乃「比企谷くん、もしもめぐりに飽きたらわたしに連絡ちょうだいね。まぁめぐりを泣かせたら許さないけど」
八幡「どっちですか……」
その俺の問いには答えず、陽乃さんはそのまま階段を下りていく。今度はもう振り向くことはなかった。
八幡「すんませんね、俺には心に決めた相手がいるもので」
陽乃「そっか。めぐりは幸せものだなぁ」
そう言うと、陽乃さんは背を向けて階段を下っていく。その途中で、首だけを動かしてこちらを向いた。
陽乃「比企谷くん、もしもめぐりに飽きたらわたしに連絡ちょうだいね。まぁめぐりを泣かせたら許さないけど」
八幡「どっちですか……」
その俺の問いには答えず、陽乃さんはそのまま階段を下りていく。今度はもう振り向くことはなかった。
611:
その背を見送りながら、俺は本物とは何かという疑問に想いを馳せる。
ああは言ったが、正直なところ未だによく分からん。
けれど、きっとそれは理詰めで導き出せるものではないのだろう。
もしそうであればもっと早く簡単に解答に辿り着くことが出来ている。感情が計算出来るならとっくに電脳化されているとは誰の言葉だったか。
となれば、人間の感情の問題か。
あの陽乃さんに理性の化け物とまで評された前までの俺では、無限に計算を続けていても理解することが出来なかっただろう。
俺が手に入れたと思っている本物だと思っている何か。
それを言葉にするのであれば何と表現するのが相応しいのだろう。
ふと、めぐりさんの笑みが俺の脳裏に浮かんだ。
そして同時に浮かんだ感情。
これこそが人間の感情の極み。希望より熱く、絶望より深いモノ──愛か。
どこぞの時をかける魔法少女の言葉が脳裏を掠めた。うーん、いきなりそんな言葉を思いついたのはこの前見返したばかりなせいかな。このアニメの主人公、なんか小町と声似てるよなーとか言いながら小町と二人で見たような気がする。
しかし、愛か。
その答えはなんともチープで──それほど、悪くない答えのような気がした。
ああは言ったが、正直なところ未だによく分からん。
けれど、きっとそれは理詰めで導き出せるものではないのだろう。
もしそうであればもっと早く簡単に解答に辿り着くことが出来ている。感情が計算出来るならとっくに電脳化されているとは誰の言葉だったか。
となれば、人間の感情の問題か。
あの陽乃さんに理性の化け物とまで評された前までの俺では、無限に計算を続けていても理解することが出来なかっただろう。
俺が手に入れたと思っている本物だと思っている何か。
それを言葉にするのであれば何と表現するのが相応しいのだろう。
ふと、めぐりさんの笑みが俺の脳裏に浮かんだ。
そして同時に浮かんだ感情。
これこそが人間の感情の極み。希望より熱く、絶望より深いモノ──愛か。
どこぞの時をかける魔法少女の言葉が脳裏を掠めた。うーん、いきなりそんな言葉を思いついたのはこの前見返したばかりなせいかな。このアニメの主人公、なんか小町と声似てるよなーとか言いながら小町と二人で見たような気がする。
しかし、愛か。
その答えはなんともチープで──それほど、悪くない答えのような気がした。
612:
× × ×
陽乃さんと別れた後、俺は校舎の階段を上がっていく。なんだか随分と時間食った気がするなぁ……。
めぐりさんのメールには空中階段にいると書かれていたので、そこに繋がる四階まで向かった。
しかしあの場所か。
一ヶ月前、バレンタインデーの時にめぐりさんに告白した場所。
それが校舎と特別棟を繋ぐ、屋根のない空中廊下だ。
場所が場所なので、あの廊下を使う機会なんてそうそうない。俺もあの空中廊下を目指して歩くのはバレンタインデー以来だった。
階段を上りきり、空中廊下に出る踊り場へ立つ。
硝子戸の向こうには、愛しい彼女の姿が見える。瞬間、心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
すぐに硝子戸を開けて、空中廊下に踏み出す。
613:
外の気温はあまり低くなかった。三月に入って一週間ちょっとが経ったが、最近は寒さがあまり厳しくなくなってきており、コートがなくても外に出ることが出来るようになりつつある。段々と春が近付いてきている証拠なのだろう。
グラウンドの方からは騒がしい声がきゃいきゃいと聞こえてくる。卒業する三年生たちのものだろう。少し目線をやれば騒いでいる者や泣いている者など様々な人が入り乱れている。
それから空中廊下の真ん中に立っている彼女に目線を戻すと、その名を呼んだ。
八幡「めぐりさん」
同時に、彼女もこちらの方を振り向いた。おさげ髪が揺れて、前髪がピンで留められたおでこがきらりと光る。その綺麗な瞳が俺のことを捉えると、その顔にほんわかとした明るい笑顔を浮かべた。そのにこにこ笑顔が目に入った瞬間に俺の心が浄化されたような気分になる。この感覚……これが……これが、めぐりっしゅというものか。
めぐり「ハチくん」
めぐりさんにいつもの愛称を呼ばれると、自分の顔が緩んでしまったことを自覚する。
八幡「遅れてすんません」
俺はそのまま、めぐりさんの側にまで歩み寄った。
そして近くの手すりに寄り掛かりながら、めぐりさんの顔を見る。
グラウンドの方からは騒がしい声がきゃいきゃいと聞こえてくる。卒業する三年生たちのものだろう。少し目線をやれば騒いでいる者や泣いている者など様々な人が入り乱れている。
それから空中廊下の真ん中に立っている彼女に目線を戻すと、その名を呼んだ。
八幡「めぐりさん」
同時に、彼女もこちらの方を振り向いた。おさげ髪が揺れて、前髪がピンで留められたおでこがきらりと光る。その綺麗な瞳が俺のことを捉えると、その顔にほんわかとした明るい笑顔を浮かべた。そのにこにこ笑顔が目に入った瞬間に俺の心が浄化されたような気分になる。この感覚……これが……これが、めぐりっしゅというものか。
めぐり「ハチくん」
めぐりさんにいつもの愛称を呼ばれると、自分の顔が緩んでしまったことを自覚する。
八幡「遅れてすんません」
俺はそのまま、めぐりさんの側にまで歩み寄った。
そして近くの手すりに寄り掛かりながら、めぐりさんの顔を見る。
614:
八幡「どうしたんですか、こんなところに呼び出して」
めぐり「もう、こんなところなんて言っちゃダメだよ」
ぷんぷんと、わざとらしく怒り出す。そんな挙動も可愛らしい。そういった仕草にあざとさを感じさせないのが天然さんの天然さん足る故なのだろう。
俺が再びすんませんと短く謝ると、すぐに元通りの笑顔に戻った。
めぐり「最後にね、ハチくんと一緒にここに来たかったんだ」
その笑みに反して、口調はやや寂しそうだ。当然かもしれないが、やはりめぐりさんも学校を卒業してしまうことに対して色々思うことがあるのだろう。
めぐり「ここは思い出の場所だからね」
八幡「……そうですね」
あれから一ヶ月近く。そのわずかな間にも結構色々あったのでもっと長い時間が経っているような気がしたが、まだ一ヶ月も経っていないのだ。
あの時のことを思い出す。あの時、めぐりさんのことを追いかけられて良かったと心底思う。もしも自分の気持ちを誤魔化してめぐりさんのことを振ったままでいたならば、俺はどうしようもない後悔に苛まされていただろう。
俺の背中を押してくれた皆のおかげだ。
雪ノ下や由比ヶ浜、一色たちがいなければ俺は、こうやってめぐりさんの横に立っていることは出来ていなかったはずなのだ。
めぐり「もう、こんなところなんて言っちゃダメだよ」
ぷんぷんと、わざとらしく怒り出す。そんな挙動も可愛らしい。そういった仕草にあざとさを感じさせないのが天然さんの天然さん足る故なのだろう。
俺が再びすんませんと短く謝ると、すぐに元通りの笑顔に戻った。
めぐり「最後にね、ハチくんと一緒にここに来たかったんだ」
その笑みに反して、口調はやや寂しそうだ。当然かもしれないが、やはりめぐりさんも学校を卒業してしまうことに対して色々思うことがあるのだろう。
めぐり「ここは思い出の場所だからね」
八幡「……そうですね」
あれから一ヶ月近く。そのわずかな間にも結構色々あったのでもっと長い時間が経っているような気がしたが、まだ一ヶ月も経っていないのだ。
あの時のことを思い出す。あの時、めぐりさんのことを追いかけられて良かったと心底思う。もしも自分の気持ちを誤魔化してめぐりさんのことを振ったままでいたならば、俺はどうしようもない後悔に苛まされていただろう。
俺の背中を押してくれた皆のおかげだ。
雪ノ下や由比ヶ浜、一色たちがいなければ俺は、こうやってめぐりさんの横に立っていることは出来ていなかったはずなのだ。
615:
心の内で改めて皆に感謝を述べながら、ちらりとめぐりさんの方に視線をやる。そういえば言わなくてはならないことがあった。
八幡「……そういやめぐりさん、さっきの答辞のあれなんですか。めっちゃくちゃ恥ずかしかったんですけど」
めぐり「あはは、ごめんねー」
謝罪の言葉を口にしている割に、めぐりさんの表情と口調に悪びれている様子はない。別に責めるつもりもないんだけどね。
とはいえ、あんなことを言い放った理由が気にならないわけではない。変な誤解を生んでも仕方のないレベルの発言だったのだ。
八幡「あれ、事前に考えてたんですか?」
めぐり「……いや、違うよ。最初は普通に用意してた原稿通りに進めるつもりだったんだ」
八幡「じゃあ、なんでいきなりあんなことを……?」
俺がそう問うと、めぐりさんは人差し指を唇に当てながらうーんと首を傾げた。思わずその艶やかな唇に視線が行ってしまう。俺は一体何を考えているのだろう。
八幡「……そういやめぐりさん、さっきの答辞のあれなんですか。めっちゃくちゃ恥ずかしかったんですけど」
めぐり「あはは、ごめんねー」
謝罪の言葉を口にしている割に、めぐりさんの表情と口調に悪びれている様子はない。別に責めるつもりもないんだけどね。
とはいえ、あんなことを言い放った理由が気にならないわけではない。変な誤解を生んでも仕方のないレベルの発言だったのだ。
八幡「あれ、事前に考えてたんですか?」
めぐり「……いや、違うよ。最初は普通に用意してた原稿通りに進めるつもりだったんだ」
八幡「じゃあ、なんでいきなりあんなことを……?」
俺がそう問うと、めぐりさんは人差し指を唇に当てながらうーんと首を傾げた。思わずその艶やかな唇に視線が行ってしまう。俺は一体何を考えているのだろう。
616:
めぐり「うーん、なんでだろうね……自分でもよく分からないや」
八幡「分からないって……」
めぐり「あはは、でもね、なんかいきなり言いたくなっちゃったんだよね」
そう笑いながらめぐりさんは手すりに寄りかかって、グラウンドの方に顔を向けた。その先には、たくさんの生徒がざわついている。最後の学校で、彼ら彼女らは何を想うのだろう。
めぐり「……みんなに、知って欲しかったのかもしれないね」
八幡「何をですか」
めぐり「ハチくんが頑張ってたことを……かな」
自分のお下げを指でくるくると巻きながら、しんみりとそう呟く。グラウンドを見ているその横顔からは、どこか寂しげな印象を受けた。
八幡「……」
そんなめぐりさんの呟きに、俺は咄嗟に反応を返すことが出来なかった。
八幡「分からないって……」
めぐり「あはは、でもね、なんかいきなり言いたくなっちゃったんだよね」
そう笑いながらめぐりさんは手すりに寄りかかって、グラウンドの方に顔を向けた。その先には、たくさんの生徒がざわついている。最後の学校で、彼ら彼女らは何を想うのだろう。
めぐり「……みんなに、知って欲しかったのかもしれないね」
八幡「何をですか」
めぐり「ハチくんが頑張ってたことを……かな」
自分のお下げを指でくるくると巻きながら、しんみりとそう呟く。グラウンドを見ているその横顔からは、どこか寂しげな印象を受けた。
八幡「……」
そんなめぐりさんの呟きに、俺は咄嗟に反応を返すことが出来なかった。
617:
別に、文化祭でも体育祭でもバレンタインデーイベントでも、そしてこの卒業式でも、俺はそんなに大したことをしたわけではない。けれどこの人は言うのだ、みんなに知ってもらいたかったと。
しばしの間、沈黙を尊んでいると、グラウンドを見ていためぐりさんの顔が俺の方に向いた。
めぐり「名前も出してないし、あれじゃみんなには伝わらないかもだけどね」
八幡「……別に伝わらなくてもいいですよ。むしろあれでめぐりさんが変なこと言われる方が嫌です」
実際、あんなこと言ってめぐりさんは他の三年生に何か言われてたりしないのだろうか。そちらの方がよほど心配である。
ちなみに当然俺は他の二年生にどうこう言われることはなかった。俺とめぐりさんのことを知ってるのなんて雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚くらいだし、めぐりさんの言った大切な人とやらがまさか俺のことだと疑ってかかる奴などいるはずがないだろう。俺の名前まで出さないでくれてよかった。
めぐりさんはやや俯いて、ポツリと漏らす。
めぐり「……そうかな。私は、ハチくんが頑張ってたこと、本当はみんなに知ってもらいたかったんだけどな」
八幡「……」
決して、俺はあれらの行事が自分なくしては成り立たなかったなどとは思ってはいない。俺がいなかったらいなかったで、きっと他の人がどうにかしてくれていただろう。
だから俺の行動がどうであれ、それを見知らぬ誰かとやらに認めてもらいたいだなんて考えちゃいない。
それに、仮にあれが功績と呼べるようなものだったとして、そんな不特定多数の人間に功績を認められることより──
八幡「今更知らん人にどうこう言われてもどうでもいいですし。それより俺は……めぐりさんに認めてもらえる方が嬉しいです」
──めぐりさんにそう言ってもらえることの方が、よほど嬉しいことだった。
しばしの間、沈黙を尊んでいると、グラウンドを見ていためぐりさんの顔が俺の方に向いた。
めぐり「名前も出してないし、あれじゃみんなには伝わらないかもだけどね」
八幡「……別に伝わらなくてもいいですよ。むしろあれでめぐりさんが変なこと言われる方が嫌です」
実際、あんなこと言ってめぐりさんは他の三年生に何か言われてたりしないのだろうか。そちらの方がよほど心配である。
ちなみに当然俺は他の二年生にどうこう言われることはなかった。俺とめぐりさんのことを知ってるのなんて雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚くらいだし、めぐりさんの言った大切な人とやらがまさか俺のことだと疑ってかかる奴などいるはずがないだろう。俺の名前まで出さないでくれてよかった。
めぐりさんはやや俯いて、ポツリと漏らす。
めぐり「……そうかな。私は、ハチくんが頑張ってたこと、本当はみんなに知ってもらいたかったんだけどな」
八幡「……」
決して、俺はあれらの行事が自分なくしては成り立たなかったなどとは思ってはいない。俺がいなかったらいなかったで、きっと他の人がどうにかしてくれていただろう。
だから俺の行動がどうであれ、それを見知らぬ誰かとやらに認めてもらいたいだなんて考えちゃいない。
それに、仮にあれが功績と呼べるようなものだったとして、そんな不特定多数の人間に功績を認められることより──
八幡「今更知らん人にどうこう言われてもどうでもいいですし。それより俺は……めぐりさんに認めてもらえる方が嬉しいです」
──めぐりさんにそう言ってもらえることの方が、よほど嬉しいことだった。
618:
めぐり「……」
俺の言葉が意外だったのか、ぽかんとしているめぐりさん。
しかし数秒後、その唖然としていた表情がほんわかとした笑みに変わった。
めぐり「あはは、そっか」
八幡「はい、そうです」
これが自分の本音であった。たとえ他の誰から認められなくとも、めぐりさんさえ認めてくれるのであれば、俺はそれでいい。そう思える。
しばらく笑っていためぐりさんだったが、俺の目を真っ直ぐに見つめると、その可愛らしい口を開いた。
めぐり「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私としては複雑かな」
八幡「え?」
めぐり「私としては……みんなのために頑張った自分の恋人の頑張りを知られないままなんて、そっちの方が嫌かも」
めぐりさんにそう言われてハッとする。この期に及んで、どうも俺はまだ自己中心的な考えから抜け出しきれていないようであった。
俺の言葉が意外だったのか、ぽかんとしているめぐりさん。
しかし数秒後、その唖然としていた表情がほんわかとした笑みに変わった。
めぐり「あはは、そっか」
八幡「はい、そうです」
これが自分の本音であった。たとえ他の誰から認められなくとも、めぐりさんさえ認めてくれるのであれば、俺はそれでいい。そう思える。
しばらく笑っていためぐりさんだったが、俺の目を真っ直ぐに見つめると、その可愛らしい口を開いた。
めぐり「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私としては複雑かな」
八幡「え?」
めぐり「私としては……みんなのために頑張った自分の恋人の頑張りを知られないままなんて、そっちの方が嫌かも」
めぐりさんにそう言われてハッとする。この期に及んで、どうも俺はまだ自己中心的な考えから抜け出しきれていないようであった。
619:
今の俺はぼっちではない。自分で言うのはまだ少し恥ずかしいが……俺は、城廻めぐりの恋人なのである。自分がどうなっても誰も悲しまないという理論は、今は使えないのだ。
たとえば逆の立場で、めぐりさんが奮戦していたのにも関わらず周囲にボロクソ言われてみたとしよう。……うん、まずキレるね。まちがいなくキレる。怒りを通り越してスーパーサイヤ人に覚醒するまである。
めぐり「だから、私としてはハチくんにはみんなに認められるような頑張り方をしてもらいたいなって思うんだよね」
八幡「……すんません、めぐりさんの気持ちまで考えてなくて」
めぐり「ううん、大丈夫だよ。でも、もう文化祭の時のようなやり方をやっちゃダメだからね?」
八幡「それはもう……はい、二度とやりません」
めぐり「ならよしっ」
頭をぺこぺこ下げながらそう答えると、めぐりさんは満足したようにうんうんと頷く。
めぐり「来年度は、私はいないからね。だからもう助けてあげられないの」
そう言いながら、めぐりさんが俺の前にまでやってきた。そのまま、ぱっと俺の手を取る。
たとえば逆の立場で、めぐりさんが奮戦していたのにも関わらず周囲にボロクソ言われてみたとしよう。……うん、まずキレるね。まちがいなくキレる。怒りを通り越してスーパーサイヤ人に覚醒するまである。
めぐり「だから、私としてはハチくんにはみんなに認められるような頑張り方をしてもらいたいなって思うんだよね」
八幡「……すんません、めぐりさんの気持ちまで考えてなくて」
めぐり「ううん、大丈夫だよ。でも、もう文化祭の時のようなやり方をやっちゃダメだからね?」
八幡「それはもう……はい、二度とやりません」
めぐり「ならよしっ」
頭をぺこぺこ下げながらそう答えると、めぐりさんは満足したようにうんうんと頷く。
めぐり「来年度は、私はいないからね。だからもう助けてあげられないの」
そう言いながら、めぐりさんが俺の前にまでやってきた。そのまま、ぱっと俺の手を取る。
620:
前にも同じようなことを言われたことがあるような気がするな。確かそれは……めぐりさんと初めて学外で会った時のことだったか。思えば、あの時のナンパ師云々の出来事が全ての始まりだったような気がするなぁ……。
俺の手を取っためぐりさんの表情は明るい。
めぐりさんのあたたかい気持ちが、手を通して流れ込んできたように感じた。
めぐり「でもハチくんと一色さん達がいれば、来年の文化祭とか色々も安心だよね」
八幡「俺、来年度も文化祭とかの手伝いやるの確定なんすか……」
いやまぁ多分このままの流れだとやることになるんでしょうけどね、ええ。
めぐり「私が大好きなこの学校……生徒会……ハチくんになら、任せられると思うから」
所詮、俺はただの一生徒だ。優等生でも生徒会でもトップカーストでもなんでもない。出来ることにだって限りはある。
けれど、この人に託されて何もしないわけにはいかない。この学校の力になれるのであれば、なろうと思う。
俺の手を取っためぐりさんの表情は明るい。
めぐりさんのあたたかい気持ちが、手を通して流れ込んできたように感じた。
めぐり「でもハチくんと一色さん達がいれば、来年の文化祭とか色々も安心だよね」
八幡「俺、来年度も文化祭とかの手伝いやるの確定なんすか……」
いやまぁ多分このままの流れだとやることになるんでしょうけどね、ええ。
めぐり「私が大好きなこの学校……生徒会……ハチくんになら、任せられると思うから」
所詮、俺はただの一生徒だ。優等生でも生徒会でもトップカーストでもなんでもない。出来ることにだって限りはある。
けれど、この人に託されて何もしないわけにはいかない。この学校の力になれるのであれば、なろうと思う。
621:
八幡「まぁ、俺の出来る限りで頑張ろうと思います」
めぐり「あはは、これからの総武高校をよろしくね」
ぎゅっと、俺の手を握る手にさらに力が込められた。そしてそのままめぐりさんが一歩前に出る。
すると俺とほぼ密着する距離にまで近付いた。
八幡「めぐりさん……?」
めぐり「……ね、ハチくん」
至近距離から俺のことを見上げるめぐりさんは、どこか色っぽく感じた。どきっと心臓が大きく跳ねる。いつもは年下のようなあどけない笑みを浮かべるめぐりさんだが、今はいつもと違うように思える。艶かしいとでも言おうか。まるで年上の色香のようなものを漂わせてきた。
ごくっと、思わず息をのんでしまう。俺の目を見つめるその綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。そして視線が形の整った鼻、そして口元に移る。俺の視線がその口元で留まった時、その口が小さく開いた。
めぐり「目……閉じて欲しいな」
八幡「えっ、あっ、はい」
めぐりさんの色気にやられてしまったのか、心臓がばくばくいっており、頭も上手く回らない。何も考えることも出来ず、つい反射的にめぐりさんの命令に従ってしまう。
言われた通りに目を閉じると──
自分の唇に、柔らかくてあたたかい感覚がやってきた。
一瞬それが何を意味するのか、頭が理解してくれなかった。
思わず目を見開くと、零距離にめぐりさんの顔がある。
今のってまさか……。
めぐり「あはは、これからの総武高校をよろしくね」
ぎゅっと、俺の手を握る手にさらに力が込められた。そしてそのままめぐりさんが一歩前に出る。
すると俺とほぼ密着する距離にまで近付いた。
八幡「めぐりさん……?」
めぐり「……ね、ハチくん」
至近距離から俺のことを見上げるめぐりさんは、どこか色っぽく感じた。どきっと心臓が大きく跳ねる。いつもは年下のようなあどけない笑みを浮かべるめぐりさんだが、今はいつもと違うように思える。艶かしいとでも言おうか。まるで年上の色香のようなものを漂わせてきた。
ごくっと、思わず息をのんでしまう。俺の目を見つめるその綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。そして視線が形の整った鼻、そして口元に移る。俺の視線がその口元で留まった時、その口が小さく開いた。
めぐり「目……閉じて欲しいな」
八幡「えっ、あっ、はい」
めぐりさんの色気にやられてしまったのか、心臓がばくばくいっており、頭も上手く回らない。何も考えることも出来ず、つい反射的にめぐりさんの命令に従ってしまう。
言われた通りに目を閉じると──
自分の唇に、柔らかくてあたたかい感覚がやってきた。
一瞬それが何を意味するのか、頭が理解してくれなかった。
思わず目を見開くと、零距離にめぐりさんの顔がある。
今のってまさか……。
623:
めぐり「……あはっ、しちゃったね」
八幡「は、はは……」
……その存在は都市伝説だと思っていましたが、今のってもしかしなくても……キス、というやつを、めぐりさんからされてしまったのではないでしょうか。
改めて見てみると、めぐりさんはちょっと背伸びをしながら、自分の唇の感覚を確かめるように手を当てていた。
めぐり「……私、はじめてなんだ。キス」
八幡「お、俺もです……」
俺とめぐりさんはまだキスをしたことはなく、手を繋ぐ以上のことはまだ経験していなかった。
だから今のがファーストキスということになる。あまりに唐突だったので、驚きが随分と遅れてやってきた。
八幡「は、はは……」
……その存在は都市伝説だと思っていましたが、今のってもしかしなくても……キス、というやつを、めぐりさんからされてしまったのではないでしょうか。
改めて見てみると、めぐりさんはちょっと背伸びをしながら、自分の唇の感覚を確かめるように手を当てていた。
めぐり「……私、はじめてなんだ。キス」
八幡「お、俺もです……」
俺とめぐりさんはまだキスをしたことはなく、手を繋ぐ以上のことはまだ経験していなかった。
だから今のがファーストキスということになる。あまりに唐突だったので、驚きが随分と遅れてやってきた。
624:
めぐり「……実は今日、どっかのタイミングでやろうって決めてたんだよね」
八幡「……めぐりさん」
めぐり「あはは、いきなりで驚い──んっ!?」
言葉を言い終える前に、俺はめぐりさんを抱き寄せて、そしてめぐりさんの唇に俺のそれを重ねた。
瞬間、めぐりさんの小さな肩がぴくんと跳ねる。再び唇から柔らかい感触が伝わってきた。めぐりさんは急に唇を奪われて驚いているのであろうか、目も閉じず為すがままにされている。
しばらくの間、その体温を味わい続け……息が続かなくなってぱっと唇を離すと、めぐりさんは顔を真っ赤に染め上げて口をぱくぱくとしていた。
めぐり「い、いきなりのセカンドキスだね……!?」
八幡「……本当は」
めぐり「え?」
八幡「本当は、俺からファーストキスを仕掛けようって思ってたんですけどね」
つい顔をそむけながら、ちょっと拗ねたような言葉が出てきた。
……実は、今日こそは自分からはじめてのキスを仕掛けようと密かに意気込んでいたのだが。
まさかめぐりさんの方から奪ってくるとは考えもしてなかった。
ちっぽけながら男としてのプライドがある俺としては、自分から行きたかったんだけどなー……。
八幡「……めぐりさん」
めぐり「あはは、いきなりで驚い──んっ!?」
言葉を言い終える前に、俺はめぐりさんを抱き寄せて、そしてめぐりさんの唇に俺のそれを重ねた。
瞬間、めぐりさんの小さな肩がぴくんと跳ねる。再び唇から柔らかい感触が伝わってきた。めぐりさんは急に唇を奪われて驚いているのであろうか、目も閉じず為すがままにされている。
しばらくの間、その体温を味わい続け……息が続かなくなってぱっと唇を離すと、めぐりさんは顔を真っ赤に染め上げて口をぱくぱくとしていた。
めぐり「い、いきなりのセカンドキスだね……!?」
八幡「……本当は」
めぐり「え?」
八幡「本当は、俺からファーストキスを仕掛けようって思ってたんですけどね」
つい顔をそむけながら、ちょっと拗ねたような言葉が出てきた。
……実は、今日こそは自分からはじめてのキスを仕掛けようと密かに意気込んでいたのだが。
まさかめぐりさんの方から奪ってくるとは考えもしてなかった。
ちっぽけながら男としてのプライドがある俺としては、自分から行きたかったんだけどなー……。
625:
めぐりさんはぱちぱちと目を瞬かせていたが、ぷっと突然堰が切れたように吹き出した。
めぐり「あははっ、ハチくんも同じことを考えてたんだね」
八幡「だーくそ、男からやるもんですよ、こういうのって」
頭を乱暴に掻き毟りながら、そう吐き捨てるように言った。くだらない価値観だとは思うが、これは気持ちの問題だ。
けどまぁ……何はともあれ、キス、しちゃったんだよな。
めぐりさんの顔を見ると、その口元の果実のように赤い唇につい視線がいってしまった。それを意識してしまうと、再び自分の中の鼓動が早くなってしまったように感じる。
うわぁ、なんか恥ずかしいぞこれ……キスなんてどこのカップルもやってるようなもんじゃねぇのか……。あの唇に触れた瞬間、脳はスパークして身体中が電気が走ったように痺れて頭の中は真っ白になり、唇の体温以外の感覚が消えたようになった。人間というのは、こんなすごいことをやることが出来るのかと、本気で驚愕したものだ。
ぼーっとめぐりさんの唇を凝視していると、がばっとめぐりさんが俺の方に向かって飛びかかってきて、抱きついてきた。
めぐり「あははっ、ハチくんも同じことを考えてたんだね」
八幡「だーくそ、男からやるもんですよ、こういうのって」
頭を乱暴に掻き毟りながら、そう吐き捨てるように言った。くだらない価値観だとは思うが、これは気持ちの問題だ。
けどまぁ……何はともあれ、キス、しちゃったんだよな。
めぐりさんの顔を見ると、その口元の果実のように赤い唇につい視線がいってしまった。それを意識してしまうと、再び自分の中の鼓動が早くなってしまったように感じる。
うわぁ、なんか恥ずかしいぞこれ……キスなんてどこのカップルもやってるようなもんじゃねぇのか……。あの唇に触れた瞬間、脳はスパークして身体中が電気が走ったように痺れて頭の中は真っ白になり、唇の体温以外の感覚が消えたようになった。人間というのは、こんなすごいことをやることが出来るのかと、本気で驚愕したものだ。
ぼーっとめぐりさんの唇を凝視していると、がばっとめぐりさんが俺の方に向かって飛びかかってきて、抱きついてきた。
626:
八幡「うおっ、めぐりさん!?」
めぐり「ね、ハチくん」
自分の身体にくっ付いてきためぐりさんが、俺のことをポツリと呼ぶ。ほんわかとした体温が、柔らかい匂いと一緒に俺に伝わってきた。
めぐり「私、ハチくんのことが大好きだよ」
八幡「……俺も、めぐりさんのことが好きです」
俺も両手をめぐりさんの背に回して、抱きしめ返す。強く自分に引き寄せるように抱き締める腕に力を込めると、んっとめぐりさんが息を漏らした。
八幡「愛してます、めぐりさん」
めぐり「私もだよ……ハチくん、愛してる……」
どちらともなく顔を近づけると、三度目のキスを交わした。
ああ、ここまで辿り着くのに随分とかかったなと思う。いや、めぐりさんのことを意識し始めるようになってからは一ヶ月ほどしか経っていないのだから、単純な時間面では長い時間ではないのだろう。
けれど、俺の中では途方もないほど遠回りをしてきたと感じた。
時につまずいて、転んで、まちがえて。
同じところをめぐりめぐって。
そうした果てに見つけた世界の光景は美しかった。
けれども、これで終わりではない。
俺はこれからも「何か」とやらを求め続ける。
この城廻めぐりと、一緒に。
めぐり「ね、ハチくん」
自分の身体にくっ付いてきためぐりさんが、俺のことをポツリと呼ぶ。ほんわかとした体温が、柔らかい匂いと一緒に俺に伝わってきた。
めぐり「私、ハチくんのことが大好きだよ」
八幡「……俺も、めぐりさんのことが好きです」
俺も両手をめぐりさんの背に回して、抱きしめ返す。強く自分に引き寄せるように抱き締める腕に力を込めると、んっとめぐりさんが息を漏らした。
八幡「愛してます、めぐりさん」
めぐり「私もだよ……ハチくん、愛してる……」
どちらともなく顔を近づけると、三度目のキスを交わした。
ああ、ここまで辿り着くのに随分とかかったなと思う。いや、めぐりさんのことを意識し始めるようになってからは一ヶ月ほどしか経っていないのだから、単純な時間面では長い時間ではないのだろう。
けれど、俺の中では途方もないほど遠回りをしてきたと感じた。
時につまずいて、転んで、まちがえて。
同じところをめぐりめぐって。
そうした果てに見つけた世界の光景は美しかった。
けれども、これで終わりではない。
俺はこれからも「何か」とやらを求め続ける。
この城廻めぐりと、一緒に。
627:
× × ×
めぐり「ハチくーんっ!!」
八幡「おっ」
遠くから、俺の名前を呼ぶ愛おしい声が響き渡る。
声が聞こえてきた方を振り返ると、めぐりさんがやや急ぎ足で駆け寄ってきていた。
めぐり「ごめんね、ハチくん。待たせちゃったかな」
八幡「や、俺も今来たとこです」
三時間待っていた程度なら誤差で済ませていいだろう。
めぐり「ほんとかなー? ハチくん、前も同じようなこと言いながらすっごい待ってたことあったよね?」
八幡「まぁそんなこともあったかもしれませんけど、今日はちょっと早く着いちゃっただけですって」
めぐり「そっか、ならいいんだ」
にぱっと、めぐりさんの顔にほんわかとした笑顔が浮かんだ。それを見るだけで俺の心の中が浄化されたかのように清らかになっていく。今日のめぐりっしゅノルマも達成だ。
うん、まぁ前に集合時間の五時間以上前から待っていたこともあったけど、確かに五時間は誤差とするには少々厳しかったかもしれないな。
628:
めぐり「それじゃ、行こっか」
八幡「そうですね」
自然と、俺とめぐりさんの手は繋がっていた。手から伝わるめぐりさんの温もりが心地よい。
そのままめぐりさんと肩を並べて、俺たちは足を踏み出した。
めぐり「ねぇねぇ、ハチくん。今日は前にハチくんが美味しいって言ってたとこに行きたいな」
八幡「ラーメン屋ですよ? めぐりさんなら……あー、余裕で食べ切れそうだなぁ……」
めぐり「楽しみだねー、どんなところなんだろ?」
隣を見れば、めぐりさんがいつものほんわか笑顔を携えて楽しそうに話を振ってくる。
そんなめぐりさんを見ていると、俺も思わず顔がほころんでしまう。
すると、めぐりさんは緩んでしまった俺の顔を見て、またあははと笑った。
めぐりさんの笑みは、めぐりめぐってまた笑みになる。
だから、めぐりさんの笑顔が絶えることはない。
きっと、これからもずっと。
了
八幡「そうですね」
自然と、俺とめぐりさんの手は繋がっていた。手から伝わるめぐりさんの温もりが心地よい。
そのままめぐりさんと肩を並べて、俺たちは足を踏み出した。
めぐり「ねぇねぇ、ハチくん。今日は前にハチくんが美味しいって言ってたとこに行きたいな」
八幡「ラーメン屋ですよ? めぐりさんなら……あー、余裕で食べ切れそうだなぁ……」
めぐり「楽しみだねー、どんなところなんだろ?」
隣を見れば、めぐりさんがいつものほんわか笑顔を携えて楽しそうに話を振ってくる。
そんなめぐりさんを見ていると、俺も思わず顔がほころんでしまう。
すると、めぐりさんは緩んでしまった俺の顔を見て、またあははと笑った。
めぐりさんの笑みは、めぐりめぐってまた笑みになる。
だから、めぐりさんの笑顔が絶えることはない。
きっと、これからもずっと。
了
629:
これにて、完結です。
630:
おつです
631:
乙です
コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります