4: 2011/02/06(日) 09:48:43.83 ID:F344vbBb0
私は生徒会室で、ぼうっと頬杖を突いて窓の外を眺めていた。
傾いた夕日の光が真っ直ぐに私の目を刺す。
それでもしばらく外を見続け、四、五人の女子高生の集団が談笑しながら帰っていくのを見て、私は生徒会室を後にした。
今日も負けてしまったわけだ。

校舎の外に出ると、自分の影が実際の身長よりも長く、不恰好に伸びているのに気がついた。
影を踏みつけながら、夕陽の方へ歩いて行く。
校門の近くで、生徒会室から見えた女子高生たちとばったり会った。

そのうちの一人がへらっと笑って、

「あ、和ちゃん今帰るの? なにやってたの?」

なんて言うものだから、私は

「生徒会の仕事があったのよ」

と言いながら、彼女が自分の幼馴染であるということが、事実であるのか疑ってしまう。
ふうん、と彼女はどうでもよさそうな返事をしたから、私はカチューシャで髪を留めた女の子に向かって、

「律、行動の使用許可、忘れないようにしなさいよ?」

などと言って、彼女たちに手を振った。
幼馴染の影をぎゅっと踏みつけて、私はさっさと歩いていく。
途中振り返りそうになったけれど、後ろにいるのは楽しそうに笑う女の子たちだけだろうから、止めた。

私は帰路を歩きながら考える。
最近幼馴染との関係が希薄になってきているような気がする。
私に頼らずとも良くなったということだろうか。

6: 2011/02/06(日) 09:50:07.21 ID:F344vbBb0
嬉しいことなのか。多分、そうなんだ。

うじうじと考える私を、相変わらず夕陽は真っ直ぐに照らしていた。

「ただいま」

そう言って家の扉を開けたときには、少し汗ばみ襟足が湿っていた。
ぱたぱたと手で首もを仰ぎながら、冷蔵庫からカルピスを取り出して水で薄めた。
甘い味が口に広がる。

「……ま、悩むよりは行動、ってね」

そう自分に言い聞かせて、

「独り言はやめたほうがいいよ?」

そんなことを言いながら横からカルピスの原液を取り、自分のコップに入れようとしている弟を小突いた。

「独り言じゃなくて決意表明よ」

「おんなじだろお!?」

弟は頭を摩って、口を尖らせた。
私は肩を竦めて溜息を付く。

「違うわよ。多分、違う……もういいわ、私お風呂洗ってくるわね」

そう言って浴槽に向かい、結局浴槽を洗いがてらシャワーを浴びて、そのまま寝た。

7: 2011/02/06(日) 09:53:07.69 ID:F344vbBb0
まどろむ意識の中で電子音が聞こえると同時に、朝日が私の目に飛び込んでくる。
光を通して見える肌の色が、目を開けると真っ白な日光の色に変わった。
私は一つ寝返りを打ってから目覚まし時計を止めて、体を起こした。

「よし、頑張ろう」

不思議なもので、一度言葉にだすと、何が何でもそうするしか無いように感じられる。
頑張ろう、きっと頑張れる、と少しずつ形を変えて、自分の声が頭の中で繰り返されるような、そんな感じだ。

今日ある授業の教材を鞄に詰め込んで、制服に着替え、朝食を摂ってから、私はとっとと家を出た。

道を歩いていると、ふと自分の影が目に止まった。
昨日の下校時に見た時よりは、幾分か短かった。

よし、頑張ろう。

私は瀟洒な洋風建築の扉のインターフォンを押した。
はあい、と慌てたような声が聞こえてきた。

「あ、和ちゃんだった。急いで損しちゃったなあ」

幼馴染とほとんど同じ容姿の女の子が扉から顔をのぞかせて、ぷく、と頬をふくらませる。
姉とは違って、柔らかい髪を結んでいる、幼馴染の妹だ。
ちょっと失礼なことを言っているような気がしないでもないが、そこはもう十年来の付き合いだ。
さして不快にもならない。

9: 2011/02/06(日) 09:56:08.27 ID:F344vbBb0
「朝っぱらから悪いわね。一緒に登校しようと思ったんだけれど、迷惑だったかしらね?」

彼女は顔を輝かせて、一度扉の中へ引っ込んだ。
そして数分後、学校の鞄を持って、笑顔で再び出てきた。

「えへへ、久しぶりに和ちゃんと登校だね。嬉しいなあ」

「そうね」

私はそう頷いて、扉を見つめる。
彼女はそれに気がついたのか、ぱん、と手を打って、扉に鍵をかけた。

「危ない危ない、ちゃんと戸締りしないとね」

中に誰か居るのに扉に鍵を掛けるほど心配性な人は、もしかしたらいるかもしれないが、あまりいないだろう。
それで私は訊いた。

「唯は?」

「あ、お姉ちゃんは軽音楽部の朝練だってさ。珍しく寝坊もせずに学校に行ってたよ」

むう、負けた、などと思いながらも、頑張ろうという声がまだ自分の頭の中に響いていたから、
私はなるだけ優しく微笑んだ。

「感心ね。私たちも唯に馬鹿にされないように、早めに行きましょうね」

「そうだねえ」

10: 2011/02/06(日) 09:59:08.75 ID:F344vbBb0
歩き出した彼女の影に目が惹きつけられるような気がした。
じっと見つめてから視線をあげると、彼女は訝しげに首を傾けている。

「なんか、落ちてる?」

「いや、影をね……まあ、なんでもないんだけど」

彼女は自分の影を見つめて、また首を傾げる。
ひょいと足を上げて、ゆっくり下ろして言った。

「影が自分の体にくっついてる所って、見たくても見られないんだよね」

「ああ、なんかそんなこと子供の時に思ったことあるわね、私も」

彼女はにこりと微笑んで、唇に人差し指を当てた。

「なんか悔しいね?」

さあ、そうかしら、と答えて、私たちは学校へ向かった。
結局それっきり、私は彼女の影には目をやらなかった。

11: 2011/02/06(日) 10:02:09.17 ID:F344vbBb0
学校に着いて、教室へ向かう。
途中、幼馴染のクラスの教室を覗いてみたけれど、いなかった。
廊下で小さく演奏の音が聞こえたから、きっとまだ部活をしているのだろう。
つまり、私はタイミングを外してしまったということだ。

「……頑張ろう」

そう呟くと、頭の中に響く自分の声は二重奏になって、強さを増した。

しばらくその日の予習をして時間を潰していると、ぽつぽつと生徒が登校してきて、
長い黒髪の女の子が教室の扉を開けた。
軽音楽部の、ベース担当の子だ。

「あ、和、おはよう」

彼女は微笑んで私に挨拶をした。
私も軽く頭を下げて、おはよう、と短く挨拶をする。
そのとき、彼女の足元が少し黒くなっていたので、こんな室内の灯りでも影は出来るものなのかと、少し驚いた。

「澪、朝練するなんて珍しいのね、どうしたの?」

私が尋ねると、彼女は嬉しそうに、

「ああ、珍しく唯が提案してきたからな。断れるはずもないだろ?」

と答えた。
唯、というのは幼馴染のことだ。
私が朝、一緒に登校しそこねた幼馴染のことだ。

14: 2011/02/06(日) 10:05:09.89 ID:F344vbBb0
私はまた、じっと彼女の小さな影に目をやって、言った。

「へえ、唯が……唯は、そんなに音楽に傾倒してるの」

「そういう……感じでもないかなあ。なんていうか、なんか……」

そこまで言って、彼女はむう、と押し黙った。
私は暫く待っていたが、彼女は一向に話を続けそうにないから、ついつい急かしてしまう。

「なによ、気になるじゃないの」

彼女は、でもなあ、と頭を掻いて、小声で言った。

「私たちといるのが楽しくて音楽やってる、みたいなとこ……あるんじゃないかな」

言い終わると、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せた。
つまり、唯は軽音楽部員のみんなと一緒にいたかったから朝練を提案した、と。
ありそうな話だ。
あまり、あって欲しくはなかった話だ。

頑張ろう。

私は大人っぽく微笑んで言った。

「そうかもしれないわね。唯は軽音楽部に入って本当に成長したもの、きっと凄く楽しいのね」

私の声が遠くから聞こえるように感じる。
それと反対に、昨夜の決意表明はだんだんと音量を増して頭の中で鳴り響いている。
私は席について、時折日光を反射して薄く輝く運動場を窓から眺めて、正課を受けた。

15: 2011/02/06(日) 10:08:10.54 ID:F344vbBb0
授業は割合すぐに終わったような気がする。
放課後、私は生徒会室に向かった。

「あ、和ちゃん!」

生徒会室の扉の前で、こそこそと部屋の中を覗っている人がいる。
長い髪が綺麗だ。音楽教師の山中さわ子先生だ。

「どうしたんですか、生徒会室なんかの前で」

私が尋ねると、先生はびし、と背筋を伸ばして、仰々しく右手に下げている紙袋を私に差し出した。
洋菓子店の紙袋のようだ。
先生はすぐに表情と姿勢を崩して笑った。

「いつも軽音楽部のことで迷惑をかけてるから、生徒会に差し入れでも、と思ったのよ」

そして、生徒会室の扉をちら、と見て、

「でも、なんか入りにくいわよね、生徒会室。音楽室なんかとは雰囲気からして違うわ」

と言った。
先生は肩を竦めて、私の手に紙袋を押し付けると、さっさと廊下を歩いて行ってしまった。

中を覗くと、紙袋の中にはどうやらチョコレート菓子と、ケーキが入っている。
生徒会のみんなで食べた。大層美味しかった。

16: 2011/02/06(日) 10:11:11.22 ID:F344vbBb0
先生の差し入れのおかげで、いつもより楽しい気持ちで放課後を迎えられたような気がする。
気合は十分に入った。
そんなわけで、私はさっさと走って校門へ向かうことにする。
うまくすれば、幼馴染と鉢合わせ出来るだろう。

昨日よりは少し私の影は短い。
ぎゅむ、と影を踏みながら校門まで走ったところで、私は立ち止まり、肩で息をする。
影を見つけて、もう一度、呟く。

「よし、頑張ろう……頑張る」

すると、背後から声をかけられた。

「お、和だ。何やってんの?」

カチューシャで髪を止めた、軽音楽部の部長だ。
夕焼け時でも声は快活だ。背が低いから、相変わらず影もあまり大きくない。

「あら、律。ちょっとばかり運動をね」

「生徒会室からここまで?」

「まあ、そんなもの」

部長は、変なの、と言って首をかしげる。
そのときに、部長の後ろにいた幼馴染と目があった。

17: 2011/02/06(日) 10:14:11.67 ID:F344vbBb0
「あ、唯……えっと」

なんとなく言葉に窮して、私は目線を落とした。
幼馴染の影は、思ったより大きい。
それにあんまり驚いたものだから、しようもない言葉が口から出てきてしまう。

「あんた、背、随分と伸びたのね」

そこにいた軽音楽部の部員たちはどっと笑い出した。
私もなんとなく、別段おかしいとも思わなかったけれど、その場の空気に合わせて微笑んだ。
ひとしきり笑った後、幼馴染は潤んだ目をこすって、言う。

「変なの……おかしいね、和ちゃん」

そうして、くすくすと笑いながら、軽音楽部のみんなはぞろぞろと帰っていってしまった。
私には、どうにも今の哄笑が、不気味で怖いものに思われる。
それで、しばらく突っ立っていると、ふと気がついた。

「あ。一緒に帰れてない」

あう。

18: 2011/02/06(日) 10:17:12.13 ID:F344vbBb0
さて、どうしたものか。
次の日も、中々学業に身が入らなかった。
澪のほうを見てみると、なにやらノートに詩なんかを書いていた。

そういえば、文化祭で軽音楽部はライブをするらしい。
澪がやけに息巻いていた。
唯は、どうだっただろうか。そんな話はしていないような気がする。

終業のチャイムが鳴り、今日も放課となった。
私は足早に生徒会室へ向かった。

「あ、和ちゃん」

また先生が生徒会室の前で立っていた。
今日は紙袋も持っていないようで、生徒会室の中を覗く姿がいよいよもって怪しい。
先生は照れくさそうに言った。

「あのね、昨日のケーキ、友だちから貰ったものなんだけどね」

「はあ、そうなんですか。やけに高そうなケーキでしたね」

「そう、そう!高いの。高価なのよ。そんでね、美味しかったらしいの……」

そこで先生は肩を落として、少し上目がちに私を見た。
私は合点して、苦笑いする。

19: 2011/02/06(日) 10:20:12.57 ID:F344vbBb0
「すみません、もうみんな食べてしまいました。なんせ、生徒会ではお茶会なんて滅多にありませんから。
 みっともないですけど、全員がっついて」

ああ、とため息を突いて、先生は俯いた。
申し訳なくなって、話題を変える。

「ええと、そのケーキをくれたご友人というのは、仲の良い方ですか?」

「まあ、それなりにね」

「それなり」

「そう、それなり。流石にこの歳になると、軽音楽部の子たちみたいにベタベタするほど仲の良い友達なんてのも、ね」

中々いないわよ、と言って先生は寂しそうに笑う。
軽音楽部の子たちみたいに、と先生は言った。
当然その中に私は入っていない。

21: 2011/02/06(日) 10:23:13.04 ID:F344vbBb0
「大人になると、いなくなるんですか」

「……まあ、取りようによっちゃあ、そうなるわね」

込み上げてくるものがあった。
大人になったとき、唯の隣に私はいないのかも知れない。
互いに隣にいるのを止めることが、大人になるということなのかも知れない。
決意表明はそれでも私の中で響き続けた。

「なんか悪いこと言っちゃったかしら?」

先生が心配そうに私の顔を覗き込む。
私は、はっと顔を上げて、何かを言おうとして、言葉に詰まった。
ようやく見つけた言葉は、どうにも不自然で、ともすると不気味にも感じられる。

「あの……お話を、聞かせてもらいたいです」

先生は首をかしげて言った。

「別に、いいけど」

22: 2011/02/06(日) 10:26:13.51 ID:F344vbBb0
生徒会の雑務が終わって、先生は私を学校の近くの喫茶店に連れてきてくれた。
私と先生の前に出された紅茶から立ち上る湯気は、部屋の空気と混ざって、輪郭線がどことなく曖昧だ。
広い窓ガラスを背にして先生は座っている。
先生の影の中にある分、先生の紅茶の湯気は、私のよりかは少しはっきりと見える。

「お砂糖……ミルク……」

小声で呟きながら、先生は自分の紅茶に調味料やら牛乳やらを入れていった。
時折こっちを見ては、つまらなさそうに目を逸らす。
批判がましくも見える先生の態度を目にしても、中々私は話が切り出せなかった。

「あ、ケーキ美味しいわ。和ちゃんも食べる?」

フォークで掬ったケーキをこちらに差し出してくる。
行儀が悪いかとも思ったが、断るのもなんだか悪い気がして、私はそれを口に入れた。
甘味が口に一気に広がった。
それで、私はその甘さと一緒に言葉を吐き出そうと、口を開く。

「あの」

「青春?」

先生はにやにやと笑って首をかしげた。
私は言葉に詰まった。

23: 2011/02/06(日) 10:29:14.28 ID:F344vbBb0
「青春の悩みなら、あまり聞きたくないな。なんか、厭味ったらしいわ」

「いやみ」

「そ。……なんていうか、人間に木登りを教えて貰う猿、みたいな」

「よくわかりません」

あら、と言って微笑む。
紅茶を啜って、熱いわ、と顔を顰めた。

「まあ、いいわ。それでも教師として、出来る限りの助言はしなきゃならないわけだから」

「そうですか」

「そうなのよ、大変なの。音楽教師が何言ってんだ、って話なんだけどね」

「あの」

私はもう一度切り出した。
先生は今度は遮らなかった。

「……あの、ゆ、いや……」

頬杖を突いて、ゆっくりとした動作で、先生は紅茶を飲んでいる。
あまり私の話に興味がなさそうだったので、私も、案外自分の悩みは大したことでもないのかも知れない、と思える。

24: 2011/02/06(日) 10:32:14.76 ID:F344vbBb0
「えっと、大人になったら友達が減るんですか」

「忙しいからね」

「忙しいと、友達が減るんですか」

先生はフォークを動かすのをやめて、じっと私を見つめた。
驚いているようでもある、非難しているようでもある、助けを求めているようでもある。
一瞬、フォークを反射して彼女の目に飛び込んだ光は、淡い期待と独占欲にも見えた。

「嫌なこと訊くのね」

そう言って、先生はまたケーキを口に入れる。
そうして、また同じようなことを、違う言い方で繰り返した。

「嫌な言い方するのね」

今度は、さっきの言い方よりも、ずっと私に非があるように聞こえる。
私から踏み込むのは不躾な気がして、私は口をつぐんだ。

「……友達は、減るのかしら……いや、でも、そうねえ……」

独りでうんうんと唸って、先生は宙を見つめた。
いつの間にかフォークはテーブルの上に置かれている。
先生は腕を組んで、指で拍子を取っている。

たん、たん、たたんた。

25: 2011/02/06(日) 10:35:15.22 ID:F344vbBb0
「むう……そうね、じゃあ、こんなところでどうかしら」

たん。

指の動きが止まる。
先生は少し得意げに話しを始めた。

「あなたは朝早く起きる。家を出る、澄んだ空気を吸い込む」

先生の指が宙で踊っている。
妙に惹きつけられる、唄うような調子だ。
そのうち、先生が声に強弱と緩急を付けて、足で拍子を取っていることに気がついた。

「太陽は低い、影は長い。けれどあなたは、そんな朝早くに誰かに会うことはないから、問題ない」

影は長い。
窓ガラスは相変わらず先生の後ろにあって、先生の顔は影に覆われている。

「そのうち日は登ってくる。それでもまだ影は長い。誰かと会って、お話をする」

「誰か?」

「誰でもいいの。唯ちゃんでもいいし、私でもいいし、本当に誰でもいいの」

私はまた黙り込んだ。
先生は続ける。

27: 2011/02/06(日) 10:38:15.87 ID:F344vbBb0
「楽しくお喋りをする。そのうち日は真上に来る。その時になってようやく、影は極々小さくなる」

「かげ」

「かげ。そのときまでにね、もし、相手の――例えば唯ちゃんの――本体じゃなく、影とお話ししていたのなら。
 きっともう友達でいられなくなるでしょうよ」

「それは、つまり」

先生は紅茶を飲もうとして、もうカップが空になっていることに気づいた。
頬杖を付き、私を見つめる。

「黄昏時になる。影が長くなる。夜になる。影しかなくなる。
 そんなわけで、大人になった私は誰の手も握れずに、誰かとお話をするのです……どう?」

「はあ」

「割といい感じじゃない? なんか、頭よさそうだったでしょう」

けらけら笑う。
ティーカップが小さい音を立てて揺れた。
私は先生を見つめるけれど、光が差し込まない瞳の奥は、なにがあるのか分からない。

「まあ、ずっとついていけるならいいのよ。影が伸びても縮んでも、ずっとその影についていけるなら。
 でも、相手が唯ちゃんみたいにふらふらした子だと難しいかも知れないわよね」

「そうですねえ……そうなんです」

ずず、と啜った紅茶は少し冷えていた。

29: 2011/02/06(日) 10:41:16.51 ID:F344vbBb0
「あ」

私が声を上げると、先生は、ふふ、と笑った。

「別に私は唯と……」

別に、なんなのか。よく分からない。だから、

「あら、そう?」

と言った先生に、私は何と返したらよいものか分からずに、

「……別に、仲いいですもん」

などと妙な返答をした。どこまでも嘘くさい。
先生の背後の窓から差し込む光が、それを浮き彫りにしている。
ぽん、と先生が私の頭に手をおいた。

「ま、頑張んなさいな」

先生はさっさと勘定を済ませて出て行った。
ひとり取り残されて、私は冷えた紅茶を啜る。
窓ガラスは透明だ。影はない。

30: 2011/02/06(日) 10:44:16.98 ID:F344vbBb0
頑張ろう、の決意表明に、先生の、頑張んなさいなが加わった。
輪唱が響いて頭が割れそうだ。
家に帰ると、妹弟がぎゃあぎゃあと喚いていた。

「姉ちゃん、腹減った」

「お母さんたちは?」

「どっか出かけてるよ」

適当にあしらって冷蔵庫の中を探してみるが、いまいち食材が十分に揃っていない。
適当に玉子焼きと味噌汁と冷奴だけで済まそうと思ったが、妹弟は嫌そうな顔をした。

「そんな年寄り臭いの、やだな」

「そうなんだ。じゃあ私スーパーでなんか買ってくるね」

ふう、とため息を突いて、我侭な彼らのために買い物鞄を手に下げる。
扉を開いて家を出る寸前に振り返ると、妹が大きく手を振っていた。
にぱ、と笑っていた。
相変わらず背丈は小さい。

「いってらっしゃい」

「ん、いってきます」

言葉が届くか届かないかするうちに、扉は閉まった。

31: 2011/02/06(日) 10:47:17.65 ID:F344vbBb0
スーパーの中は空調が効いている。効きすぎている。
外との気温の差が不快感を催すほどだ。
とっとと買い物を済ませて帰ろう、そう思って、野菜やら肉やら手当たり次第にカゴに詰め込む。

「あれ、和ちゃん」

声をかけられる。振り返ると、幼馴染の妹が買い物かごと、ついでにポニーテールを揺らして笑っていた。

「そんなに色々買ってくの?」

「不味いかしら」

「うん、ちょっと……傷んじゃうよね、多分」

「そう」

私は彼女の買い物かごの中をざっと見て、結局全部真似をすることにした。
ただ、今日は姉の希望でチョコレート鍋だとかなんとか言ってきたので、チョコレートに関するものは抜いておいた。
もうすっかり日は暮れてしまい、ビル、電柱、果てはポストまで、一生懸命影を伸ばして虚勢をはっている。

「寂しいねえ」

スーパーの自動扉が開いたとき、憂が言った。
その意図を質す前に、私の体は全部、スーパーから出てしまう。
外の空気はやはり、店内の空気とはまるきり別なもので、なんとなく、私は何も言えなくなった。

34: 2011/02/06(日) 10:50:18.25 ID:F344vbBb0
「おお、ポストの影だ。何の影かと思った」

「そうね。あっちは……あら、あれは、ほら、あそこの塀の猫の影ね」

「長いね」

「見栄っ張りね」

そんなことを話しながら歩く。
憂が近づいていくと、猫は逃げ出した。
あらら、と肩をすくめる。

「臆病者なんだね」

「だって、本当は小さいもの」

「そりゃあ、猫さんだから」

猫さん。そう言われてしまっては、野良猫もかしこまらざるをえないだろう。
逃げ出した猫は、少し離れたところでちらとこちらを振り向いた。
ばいばい、と憂が手を振ると、安心したように歩いて行った。

「可愛いなあ」

くすりと笑って憂が言う。
彼女の顔は夕陽に赤く燃やされていて、影はなく、柔らかい目鼻立ちが目立っている。
私の方を振り向いたとき、顔に影が落ちたけれど、それでもやはり笑顔はくっきりと見えた。

38: 2011/02/06(日) 10:53:18.73 ID:F344vbBb0
「ねえ」

そこで一旦区切って、照れくさそうに憂は笑う。

「昨日、久しぶりに一緒に登校したね」

「うん」

「それで、思ったんだけど、和ちゃんってさ」

彼女はまた前を向いて歩き出す。
影を強く、半ば憎々しげに、半ば親しげに踏みつける。

「和ちゃんって、変わらないね……なんか安心した」

私も彼女に習って、強く影を踏みしめようとしたけれど、止めた。
しかし、結局は足を下ろしたところに影はついてきてしまった。
足の裏にひっついて離れない影は、自分から来ておいて、少し恨みがましい様子だ。

「変わらないかしら……そうかしら」

「自分で変わったと思うの?」

「そりゃあ、まあ」

「どんなところが?」

すぐには言葉が出てこずに、私は宙を眺める。
夕陽に焼けた空気を吸い込んで、吐き出すと、ついでに言葉も口から漏れていった。

39: 2011/02/06(日) 10:56:19.22 ID:F344vbBb0
「勉強が大変になったでしょ、生徒会の仕事も増えたわね。
 あと、付き合う人もちょっと変わってきたかな」

「そうかなあ、今だって私とこうしてお話ししてるじゃない」

「いつもしてるわけじゃないもの。曽我部先輩みたいな、生徒会の人と接する機会のほうが多くなったわ」

「それだけ? 他に変わったことはない?」

憂が私の顔を覗き込む。
私の影が憂の影と重なった。

「ないわ」

「そう」

憂は笑って、私の肩をちょん、とつついた。

「じゃあ、変わってない」

憂はそればかり言う。
十年来の付き合いの彼女から、こうも何度もそう言われると、そんな気がしてくる。
しかし、認めてはならないような気もする。

「変わったはずなんだけどね」

「そう。じゃあ、変わったことにしておこうか」

40: 2011/02/06(日) 10:59:19.66 ID:F344vbBb0
くすくすと笑った。
こう言われると、この話はもうおしまいになってしまう。
これから先、私が何を言おうと、結論はもう変わり様がない気がする。

そんなわけだから私たちはしばらく黙って歩いた。憂は私の少し前を行く。
影は相変わらず重なっている。

「和ちゃん」

交差点に差し掛かったところで、憂が微笑んでいった。

「なんか、悩んでる?」

私は答えない。ただ、じっと憂の顔を見つめた。
憂は一層明るく笑って、図々しい真っ赤な西日を脇に追いやって、手を高く掲げた。
私もつられて手を上げる。

「頑張って!」

ぱあん、と高い音が、ぶつかり合った掌から鳴った。
憂は満足したように、交差点を曲がり駆けてゆく。

「……ばいばい」

憂いと私の影が離れて、聞こえたかどうか分からない私の声がすっかり夕陽の中に溶けこんで、
憂の姿も足音も消えてしまった後でも、掌の、じんじんと震える暖かい感触は残っていた。

41: 2011/02/06(日) 11:02:20.11 ID:F344vbBb0

頑張ろう、頑張んなさいな、頑張って!


気持ちは疾るばかりだ。
実際の行為がそれについていけているかというと、そうでもないのが悔やまれる。
今日も殆ど上の空で授業をうけている。
昼休み、互いに机を並べて弁当をつついていると、澪が少し興奮した様子で言った。

「なあなあ、今度の文化祭のライブさ、和も観に来てくれよ?」

「あら」

私はほうれん草のおひたしを噛んで、飲む。
澪がこんな風に、自信満々な様子で部活の話をするなんて珍しい。
私は心持ち首を傾けて言った。

「去年のトラウマは乗り越えたの?」

少し古傷を掘り返すような話だが、去年のライブで転倒し、下着を衆目にさらしてしまってから暫く、
澪は塞ぎ込んでいた。しかたのないことではあるが。

「いや……それは乗り越えてないけど」

一瞬眉を下げて嫌そうな顔をしたけれど、直ぐにまた顔を輝かせる。
でも、と明るく言った。

42: 2011/02/06(日) 11:05:20.70 ID:F344vbBb0
「今年のライブは絶対大成功だよ。新入部員の梓だって頑張ってるし、それに、なにより唯がさ」

「唯が?」

私は箸の動きを止めた。
唯が、の後に続く言葉は、恐らく、いや確実に私の知らない情報であるから、耳を塞ごうとさえ思った。
頑張ろう、の輪唱が頭に響いて、結局私は動けない。

「唯がすごいやる気なんだよ。ギターも歌も、めちゃくちゃ巧いよ。
 和だって感動することまちがいなしだ」

私が感動、するのだろうか。
大して造詣が深いわけでもない音楽を聴いて私が心を揺さぶられるとしたら、それは、多分ついていけていないだけだ。

澪の自信披露は放課後になっても続いた。
いい加減鬱陶しくなってきて、私は手を振って話を遮り、言った。

「そうなんだ、じゃあ私生徒会行くね」

ああ、と笑顔で応じる澪の足元には、全く小さな影しか無い。
私も、終いには微笑んだ。

「ライブ、頑張ってね」

44: 2011/02/06(日) 11:08:21.19 ID:F344vbBb0
唯が頑張っているらしい。すごいやる気だとか。
私も頑張らなければならないのだろう。
ぐるぐる回る思考の中で、ふらふらと歩いていると、背中を思い切り叩かれた。

「和ちゃん、千鳥足みたいよ?」

さわ子先生だ。
彼女が不自然なほど自然に私の肩に手を置いてきて、少し驚いた。
つい床を見つめて、影の重なりを確認してしまう。
そうして漸く、実際に彼女が私の肩に触れているということの実感を持てた。

間抜けな話だ。

「ねえねえ、いいこと考えたの、私。流石先生、素敵!ってな感じの案よ」

先生は私の肩に触れたまま、もう片方の手で口元を抑え、くすくす笑う。
私は、彼女の手が触れている部分に、確実な強い感触がないのが気になっていた。
昨日憂と掌を合わせたときのような感触が、ない。

「なんのはなしです」

失礼な話、少し気味が悪く思いながらも、私は尋ねた。

「青春なお悩みの話に決まってるじゃないの」

多分、喫茶店の話の続きだ。
先生の態度というか、仕草というか、彼女を包む全体的な雰囲気があのときと違うような感じを受ける。

45: 2011/02/06(日) 11:11:21.92 ID:F344vbBb0
「あのね、まず和ちゃんがデスメタルを聴きます」

「は?」

「デスメタルを聴きます。百歩譲ってハードロックでもいいです」

「それは」

苦笑して言う。

「先生の好みですよね。あまり唯には関係ないような気がします」

そのとき、先生が崩れ落ちそうな表情をした。
一瞬だった。一瞬だったけれど、先生の目の中で何かが光ったような気がした。
先生が眩しそうに目を背けると、その光は何処かへ行ってしまった。

「……やっぱ若い子はクラブミュージックとか聴くのかしらね。m-floなの? チェケラッチョイなのかしら」

46: 2011/02/06(日) 11:14:22.68 ID:F344vbBb0
訳のわからないことを言ってへらへらと笑っている。
けれど、さっきの一瞬のことを思うと、私は息が詰まる様な感じがする。
あれはもしかしたら、先生が頑張って、それでもって影を取り払おうとしたものだったのかもしれない。
そうしようとして、出来ないものだったのかも知れない。
これから先、先生がもう二度と他人に見せることのないものなのかも知れない。

「せんせい」

私は頑張った。

「CD、貸してくれますか?」

また、彼女の瞳に光が灯る。
先ほどとは少し異なるものも含めて。

「……うん」

けれど、何故だか少しはにかんだ様子の先生は、なんだか懐かしい感じがした。

47: 2011/02/06(日) 11:17:23.12 ID:F344vbBb0
生徒会の雑務は、意外と単調なものが多い。
校内の掲示物の許可だとか、書類の提出確認だとか、そんなものばかりだ。わりと時間はかからない。
私は少し過激なジャケットのCDを鞄に入れて、生徒会室を後にした。

真っ赤に染まった廊下にも、もう慣れてしまった。
虚勢を張って長くなり、どんどん繋がって蜘蛛の巣のようになった影にも慣れてしまった。

私は靴を履いて、外へ出た。
渡り廊下から野良猫がこっちを見つめていた。

「猫さん」

なんとなくこう呟いて見る。
なあご、と猫は間延びした声を上げた。
猫の影を踏みつけて、少しずつ近づいていく。
もう一度、なあご、と言う声が聞こえた。

「猫さん」

再びそう言うと、その野良猫は少し得意げに、首を私のほうへ伸ばした。
撫でてやって、また猫さん、とちょっとばかりの敬意を込めて呼んでやろうかと思った。
そのときに、私以外の声が聞こえた。

「あら、猫」

声のしたほうを向くと、さわ子先生がファイルを胸に抱えて立っていた。
こちらをじっと見つめている。

「野良猫だわ」

48: 2011/02/06(日) 11:20:23.72 ID:F344vbBb0
特に何も思わない様子でそう言う。
猫は心外そうに、なあ、と鳴いた。

「猫さんですよ」

咎められて、先生は不思議そうな顔をした。

「猫さんなの?」

「猫さんです」

へえ、と言って、先生はそろそろと近づいてくる。
猫さんはそんな先生をじっと見つめている。

「よろしく、猫さん」

先生がそう呟くと、猫さんは満足気に首を伸ばした。
先生が明るく笑う。

「かわいいわねえ」

先生は夢中になって、暫く猫さんと遊んでいた。
べたべたする友達がいない、と先生は言っていた。
それが大人になる事なのかと私は思った。
今でも、どうなのだろうと思っている。

「せんせ……」

言い切らないうちに、また別の声が割って入った。

49: 2011/02/06(日) 11:23:24.35 ID:F344vbBb0
「ありゃ、猫だ」

その女の子はいつも通り屈託の無い笑顔で、隣には妹を連れて立っていた。
柔らかい髪を揺らして、唯は首を傾ける。

「和ちゃんにさわちゃん、何やってるの?」

猫さんは唯をじっと見つめる。
そして、急に自分が黄昏時に伸びた影の去勢を張っていることが恥ずかしくなったように、そそくさと何処かへ行ってしまった。

「ああ、猫さんが」

先生が残念そうに言うと、唯は可笑しそうに笑った。

「猫さん?」

その言い方が面白いのか、しばらくけらけらと笑っていた。
隣で憂も曖昧に微笑んでいる。
憂の影も、唯の影もまっすぐ伸びている。
ただ、その影は途中で建物の影に飲み込まれてしまい、交わることはない。

「別にいいじゃないの、猫さんなのよ。偉い猫なの。唯ちゃんは、今日は憂ちゃんと帰るの?」

先生は気を悪くしたようだ。
口調がぞんざいだ。

「そうなの。もうちょっと部活していたかったんだけど、憂が買い物手伝って欲しいっていうからさあ」

50: 2011/02/06(日) 11:26:24.98 ID:F344vbBb0
心底残念そうな様子の唯は、隣の憂の様子には気がつかないのだろうか。
気がつかないのかも知れない。
私は久しぶりに唯の目を見たような気がした。頑張って、見たような気がした。

先生の瞳の中にも見えた光は、唯の目の中にあってはある人達だけを照らしている。
影を取り去って、彼女は簡単に抱きついて、触れ合う。
影を取り去って、私から離れていくのなら、それはそういうことなんだろう。

今になってようやく分かった。

「ねえ、唯。私が憂と買い物に行きましょうか」

「え、良いの?」

唯は顔を輝かせた。憂は顔を曇らせた。
憂の瞳にも、彼女が宿らせることが出来る限りの光がある。
ただ、残念ながらそれは夕陽より弱い。
影を消せるほどに強くない。
もっとも、彼女たちが影以外のところで触れ合っているのかも分からないけれど。

「お姉ちゃ……」

憂は何かを言おうとして、言葉を飲み込む。
姉の視線がすでに音楽室へ向かっていたからだろう。
一瞬後、憂は微笑んだ。

「ギターの練習、頑張ってきてね!」

51: 2011/02/06(日) 11:29:25.71 ID:F344vbBb0
妹の声援を受けて、唯は走りだそうとする。
そんな唯の背中を、私は思いっきり叩いて、言った。

「頑張りなさい」

唯は照れくさそうに笑って、走ってゆく。
憂はそれを見送って、私に向き直った。

「和ちゃんは変わらないんだね。すごく羨ましい」

私は、今唯の背中を叩いたばかりの掌に、憂とハイタッチしたときのような感触がないことに気がついていたけれど、
精一杯微笑んで言った。

「そう」

これがもしかしたら大人になるということなのかも知れない。
夕焼け時に、ふらふらゆらゆらと漂う影で以て人と付き合うことが、そうなのかもしれない。
さわ子先生が一生懸命に瞳の中に光を灯そうとしていたのも、そういう事なのかも知れない。

唯がいなくなると、小心者で見えっ張りな猫さんはとぼとぼと歩いて戻ってきた。
よほど私たちの輪の中にいるのが心地良いと見える。

「あ、お帰り猫さん」

三人の中で、さわ子先生だけが普段より明るかった。
瞳が爛々と輝いている。多分、それは純粋な交わりを求めるようなものではないのだ。
憂と私が唯に対して持っていたもので、それをさわ子先生は漸く、満たすことができる。
私はそれを邪魔してはいけない。

53: 2011/02/06(日) 11:32:26.46 ID:F344vbBb0
「……ふふ、猫さんの尻尾はひん曲がってるね」

憂が中腰になって言った。
さわ子先生も腰を曲げて猫さんを覗き込んでいる。
私もその輪に加わった。

「猫さんは小心者なのね。唯がいるとどこかへ行っちゃうんだもの」

私の言葉に、二人も同意してくれた。

なあご。

私たち三人と、猫さんしか聞いていない、寡占された声が響く。
私たちは三人、まるで示し合わせたように顔を上げて、見合わせた。
さわ子先生の目が煌めいている。憂の目もだ。多分、私の目もだ。

「……頑張った!」

突然大きな声を上げて、先生が背筋を伸ばす。
ぽん、と私たちの頭に手を乗せた。

「頑張った、二人とも。ついでに私も」

頭の中で、片隅で響き続けていた輪唱が少しずつ消えて行った。
先生は廊下をすたすたと歩いていき、私たちの方を振り向いた。

「買い物行くんでしょう、送りましょうか?」

54: 2011/02/06(日) 11:35:26.90 ID:F344vbBb0
その笑顔と揺れる髪と、反射された電灯の光と靭やかな曲線を描く影は、不気味で嫌味なほど綺麗だ。
けれどそれを見ているのは多分私たちだけで、そんならいいかなと思えるのだ。

「……ん、よろしくお願いします」

憂がへらっと笑った。
さわ子先生は一層綺麗に微笑んだ。
そして、きれいな声で、言った。

「はいよ。……ありがとう、あと、ごめんね」

私と憂は顔を見合わせた。

「なあご」

猫さんが鳴いた。

55: 2011/02/06(日) 11:37:58.00 ID:F344vbBb0
おしまひ



56: 2011/02/06(日) 11:46:05.16


変わらない和ちゃんかっこいいよ

57: 2011/02/06(日) 11:48:19.68
乙。
雰囲気がたまらんな

引用元: さわ子「和ちゃんがちょっぴり大人になるお話」