9: 2010/11/17(水) 21:25:23.73 ID:S8Asniie0
純 「はむはむはむはむ」

梓 「…・」

純 「はむはむはむはむ」

梓 「ほんとゴールデンチョコパン好きだね」

純 「はむはむはむはむ」

梓 「もう3本目だよ」

純 「ウェェェェェェェェ」

梓 「うわ、吐いちゃった……」

12: 2010/11/17(水) 21:29:49.10 ID:S8Asniie0
梓 「純、スカート汚れちゃってるよ。はやく洗わないと」

純 「食べ過ぎた。きもぢわるい」

梓 「そりゃ、そうでしょ」

純 「あっ」

梓 「どうしたの?」

純 「蟻がたかってる」

梓 「ええ……」

13: 2010/11/17(水) 21:33:13.02 ID:S8Asniie0
純 「もう早退しよっかな」

梓 「ジャズ研、今日も休むの?」

純 「うん」

梓 「音楽つまらなくなったんでしょ」

純 「うん」

梓 「練習しないと上手くならないし、上手くならないと楽しくないよ」

純 「そんなの分かってるよ」

15: 2010/11/17(水) 21:38:42.63 ID:S8Asniie0
梓 「もうゴールデンチョコパンはやめときなよ」

純 「やだ」

梓 「なんで?」

純 「なんかこれ食べてるとね、遠い昔のことを思い出すんだよ」

梓 「まだ16でしょ」

純 「いや、まぁそうなんだけど」

16: 2010/11/17(水) 21:43:41.41 ID:S8Asniie0
純 「とにかく私早退するから、あとよろしくね」

梓 「ちょっと待って……いっちゃった」

梓 「とりあえず、ホースで吐瀉物を流さないと」

梓 「でも……」

梓 「ホース使ったら、蟻氏んじゃうし」

梓 「純のばか」

18: 2010/11/17(水) 21:49:53.20 ID:S8Asniie0
翌日

唯 「あっ、純ちゃんだ」

純 「こんにちは」

唯 「何してるの?」

純 「えーっと、PSPです」

唯 「もう4時間目始まってるよ」

19: 2010/11/17(水) 21:53:13.57 ID:S8Asniie0
純 「先輩こそ、授業でなくていいんですか?」

唯 「私は自習です!」

純 「自習でも勝手に教室出たらだめですよね」

唯 「えへへ、今なら一番乗りで購買行けるかなぁって」

純 「あっ、じゃあ私も行きます」

20: 2010/11/17(水) 22:00:01.64 ID:S8Asniie0
律 「唯、おまえ、またパン買ってきたのか」

唯 「食欲の秋ですからぁ」

澪 「唯は年中食ってるだろ」

律 「憂ちゃんのお弁当だけで普通足りるだろ」

唯 「菓子パンは別バラだよぉ」

ガラッ

梓 「はぁはぁはぁ」

紬 「そうしたの?そんなに急いで」

梓 「先輩がた、さっき自習でしたよね」

澪 「そうだけど、どうかしたのか」

梓 「純、見かけませんでしたか?」

21: 2010/11/17(水) 22:07:09.62 ID:S8Asniie0
澪 「自習っていってもずっと教室にいたからな」

紬 「純ちゃんがどうかしたの?」

梓 「いえ、見かけてないんならいいんです。すいません」

律 「授業サボったのか?」

梓 「大したことじゃないですから。失礼します」

澪 「大丈夫かな」

紬 「心配だわぁ」

唯 「みんな、これは一大事だよ!」

澪 「なにか知ってるのか?唯」

唯 「このメロンパンすごくおいしい!」

22: 2010/11/17(水) 22:16:07.27 ID:S8Asniie0
憂 「見つかった?」

梓 「全然、どこにも」

憂 「純ちゃん、最近元気ないよね」

梓 「うん」

憂 「純ちゃんが元気ないと、私たちも寂しいね」

梓 「……」

憂 「純ちゃんが元気になったら、また、いっぱい、いっぱい遊ぼうね」

23: 2010/11/17(水) 22:22:40.53 ID:S8Asniie0
唯 「あっ、あずにゃんからメールだ」

澪 「なんて送ってきたんだ?」

唯 「ブ――ブ――」

唯 「あずにゃん、今日は休むって」

紬 「梓ちゃん、いないと寂しいわね」

律 「やっぱり、純のことかな」

唯 「えっ、純ちゃんがどうかしたの?」

律 「話、聞いてなかったのかよ」

24: 2010/11/17(水) 22:26:48.96 ID:S8Asniie0
澪 「梓、純ちゃんのこと探してるみたいなんだ」

唯 「ほえ、純ちゃんなら見かけたよ」

紬 「いつ?」

唯 「4時間目」

律 「どこでだよ」

唯 「体育館の前」

唯 「それあといっしょにパン買ったんだ」


28: 2010/11/17(水) 22:41:31.13 ID:S8Asniie0
街外れのグラウンドにめずらしく照明が灯っている
二つの影がダイヤモンドに伸びていた

いちご 「鈴木さん、来るかしら」

姫子 「来るよ、アイツなら」

伝説はここから始まった

30: 2010/11/17(水) 22:48:55.94 ID:S8Asniie0
純 「先輩、お待たせしました」

姫子 「ついにすべてを思い出したんだね」

純 「はい。なんで私がゴールデンチョコパンが好きなのか、やっとわかりました」

いちご 「思い出したのはそれだけかしら?」

純 「!?」

いちご 「あなたの瞳がなぜ赤いのか、それをまだあなたは知らない」

姫子 「まあいいさ。さあ、勝負だ」

姫子は純にボロボロのグラブとボールを手渡した


34: 2010/11/17(水) 22:59:46.88 ID:S8Asniie0
純はワインドアップのモーションで振りかぶる

純 「わたしがゴールデンチョコパンが好きなのは」

その刹那、彼女の小さな尻肉が、キュッと引き締まる

純 「わたしが野球を愛しているからだあああああ」

教本通りの美しいフォームによって、第1球が投じられる

姫子 「その愛、わたしが受け止めてあげるよおおおおおおお」

いちごの要求通り、アウトコースぎりぎり低め。150キロのストレートは輝くような軌道を引きずって流星のごとく60フィート6インチの宇宙を疾走する

36: 2010/11/17(水) 23:09:03.55 ID:S8Asniie0
姫子のバットが、力みのないスイングで回転を始めた

カキィ――ン

鋭い金属音とともに、ボールは右斜め上方の星空へ消えていく

ファール それもとてつもなく大きなファール

姫子 「さあ、来なさい」

純 「うん」

いちごからの返球を受けて、純はすぐさま投球動作に入る

46: 2010/11/17(水) 23:47:49.44 ID:S8Asniie0
第2球は、またもアウトローぎりぎりのストレート

姫子 「わたしに同じ球は2度通用しないっ」

ファール レフト方向ポールぎりぎのファール

純 「ここに投げる限り、わたしの球は絶対に打たれない」

いちご 「でも、あなたのストレートでは姫子から永遠に三振は奪えない」

純 「……」

いちご 「あなたの投げるべき球は、こんなストレートではないはずよ」

純 「わたしの投げるべき球……」

50: 2010/11/17(水) 23:55:43.29 ID:S8Asniie0
純 「ちがう」

いちご 「純……」

純 「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがうんだ」

純 「わたしの名前は鈴木純」

純 「プロ野球選手だった父さんがつけてくれた名前」

純 「純粋で真っすぐなストレート」

純 「これが私の決め球だもん」

純 「これがわたしのすべてだもん」

姫子 「愚直ね。なら、何度でも投げてみせなさい」

姫子 「わたしが何度でも打ち返してあげるからっ」

52: 2010/11/18(木) 00:06:25.44 ID:yYgaJBhs0
純 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

姫子 「肩で息をするようじゃ、もう限界かしら」

純 「立花先輩だって」

いちご 「お互い様」

姫子 「いちご、これだけ球をうけてるあなただってもうボロボロのはずよ」

いちご 「別に」

純 「さあ、いきますよ。ストレート」

姫子 「ええ」

いちご 「これが今ある最後の硬球。これが場外に飛んだらおわり」

純がまた投球動作に入る。その精密なモーションによってまたして白球が放たれる。

153キロのストレート。この日の最速。しかし、何かが違った。

アウトローに行くはずのボールがシュート回転を始め、ホームベースの真ん中へ吸い寄せられていく

姫子 (もらった!)

53: 2010/11/18(木) 00:11:07.62 ID:yYgaJBhs0
キィ――――ン

軽妙な金属が放たれる

インパクトの瞬間、姫子の顔がかすかに歪んだ

姫子 (なに、この球は……)

捉え損ねた打球は河原の土手へと逃げていく

引き分け

三人がそう思った

打球の先に小さな人影があるのを認めるまでは

54: 2010/11/18(木) 00:17:45.35 ID:yYgaJBhs0
純 (梓っ!?)

梓 「おまえの球はそんなものなのかあああああああ」

梓は矢のように飛んできたファールボールを完全に真芯で捉える。

打球は純のグラブへ、光のごとく収まった

梓 「純、じゅん……」

純 「梓」

梓 「心配したんだから。ずっと探してたんだよ」

憂 「純ちゃん」

純 「憂まで」

憂 「わたしたちチームでしょ」

55: 2010/11/18(木) 00:25:03.27 ID:yYgaJBhs0
梓 「私、純の自分に正直なところ大好きだよ」

梓 「でも純のいいところはそれだけじゃない」

憂 「純ちゃん覚えてる?梅雨の日のこと」

憂 「雨の日、純ちゃんの髪はくせ毛でくしゃくしゃで」

憂 「次の朝、どんな形になるか予想もつかなかった」

憂 「今、純ちゃんはあの雨の日みたいな逆境に立たされてる」

憂 「でも、どんな長雨もいつか晴れる日は来るんだよっ」

純 「思い出した。思い出したよ憂、梓」

純 「私、きっと投げれるよね……投げて、いいんだよね……」

純 「変 化 球 !」

56: 2010/11/18(木) 00:32:37.79 ID:yYgaJBhs0
一陣の夜風がマウンドを通りすぎる

純はこの日、最後の投球動作に入った

それはやはり、教本通りの今までと全く同じフォーム

そして、まったく同じ腕の振り

球はやはりアウトローへ

しかし高さはどう見ても甘い

姫子 (もらった、今までと全く同じ球筋、やっぱり変化球は投げれなかったようね)

バットは予定調和を目指して振りおろされる

姫子の狙ったポイントに純の球が呼びこまれていく

しかし

姫子「!!!!!」

球は姫子の前から消えた

いや、それどころか

いちごの視界からも消えたのである

57: 2010/11/18(木) 00:35:47.46 ID:yYgaJBhs0
それは130キロ後半のスライダーだった

純の涙がカクテル光線に照らされる

梓 「やったね純」

憂 「よくがんばったね」

姫子 「これがあの純ちゃんスライダー……」

いちご 「略して純スラ」

59: 2010/11/18(木) 00:41:20.37 ID:yYgaJBhs0
姫子 「もうこれで私たちもお役御免かな」

いちご 「現役引退ね」

純 「先輩方、ありがとうございました」

梓 「わたしからもお礼を言わせてください」

姫子 「いや、まだお礼を言われちゃ困るわ」

純 「えっ」

姫子 「お礼は甲子園で優勝してからにしてちょうだい」

憂、梓、純 「はいっ、わかりましたっ」


――第1部 完――

62: 2010/11/18(木) 01:51:36.00 ID:yYgaJBhs0
2018年、夏、甲子園、決勝
100回目の夏は、ついにあと1試合を残すのみとなった。
その歴史的試合が今、始まろうとしている。
ではテレビの中継を聞きながら、その頂点を究める2校を紹介しよう。
解説は2010年以来、わざわざこの試合のためだけに復帰された巧さんだ。

実況 「全国4028校の頂点を決める決勝戦。第100回記念大会は史上初の同県にして同行対決になりました」

巧 「しかも女子高同士の対決も夏の甲子園では初めてですからねぇ。両チームともはつらつとしたプレーを期待したいと思います」

実況 「1塁側、先に攻めますのが南けいおん県代表桜ヶ丘女子高校軽音部Aチーム、後攻めが北けいおん県代表桜ヶ丘女子高校軽音部Bチームです。どんなところに注目していきたいですか。」

巧 「今まで無失点で優勝候補を次々と破ってきたBチームと、シーソゲームを勝ち抜いてきたAチーム、どんな試合になるかなかなk予想はむずかしいですが、たのしみです。」

63: 2010/11/18(木) 02:01:12.45 ID:yYgaJBhs0
試合開始10分前、場内は早くも観客数47808人。すなわち満員をしらせるアナウンスが流れる。
両チームは試合前のノックを終え、ベンチで開始の合図を待ちわびている。
ダイヤモンドでは、阪神園芸の放水による水しぶきが夏の最後の光を浴びている。
ちらほらとトンボが空を泳いでいる

唯 「見て見て、トンボだよ!」

律 「おい唯、まだグラウンドに出ちゃだめだぞ」

澪 「なんだか緊張してきた。もう帰ろうかな」

さわこ 「なに言ってるの。エースがいなくなったら試合にならないじゃない」

紬 「みんな~、お茶にしましょ」

唯 「おやつ、おやつぅ~」

律 「おやつは後だ。審判団が出てきたぞ」

澪 「行きたくないよぉ」

律 「ほら、そんなこと言わずになっ」

空から崩れ落ちるような拍手と歓声がとどろく

選手たちが一斉にホームベースをはさんで向かい合う

64: 2010/11/18(木) 02:06:33.66 ID:yYgaJBhs0
ウグイス嬢の声が球場全体に響き渡る

ウグイス嬢 「まず守ります。桜高Bチームの」

ウグイス嬢 「ピッチャーは、鈴木さん」

純はここまで5試合すべて先発完封。今日も完封すれば、嶋清一、福島一雄の連続完封記録を塗りかえることになる。

ウグイス嬢 「キャッチャー、憂選手」

ウグイス嬢 「ファースト、あずにゃん」

この3名がBチームのオーダーである

65: 2010/11/18(木) 02:13:24.56 ID:yYgaJBhs0
ウグイス嬢 「審判は球審、立花。一塁塁審、若王子。二塁塁審、近田。三塁塁審、トンちゃん。以上、四氏でございます。」

海のトリトンがアルプスから流れてくる。

ウグイス嬢 「一回の表、桜高Aチームの攻撃は、1番キャッチャー、田井中さん。キャッチャー、田井中さん。」

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……

67: 2010/11/18(木) 02:19:26.44 ID:yYgaJBhs0
律 (澪のやつ緊張してたなぁ、こりゃ今日も早めに先制して楽にしてやらないと)

憂 (純ちゃん、初回は自信のある球からいこうねっ)

純 (分かったよ、憂)

純が投じた初球、145キロのストレートは息をのむような美しい軌道を描いて憂のミットに収まる。

外角低めいっぱい。申し分のないストライク。

律 (でも、純ちゃんからうてるのかぁ

68: 2010/11/18(木) 02:26:10.02 ID:yYgaJBhs0
憂から矢のような返球を受けて、純はすぐさま次のモーションに入る。

このテンポの良さが、彼女のバロメーターだ。

無心の境地で一球一球を投じてくる

第2球は、またしても外角低めのストレート。この球だけで、1回戦の広陵戦を抑えっ切っている。

これを律は鋭いスイングで捉えようとする。

が、軽妙な金属音を残しボールは一塁スタンドへ飛びこむ。

律 (あれ、芯でとらえたと思ったんだけどな)

69: 2010/11/18(木) 02:32:17.02 ID:yYgaJBhs0
純はワインドアップから大きく振りかぶる

汗がすでにシャツにしみこんでいる。夏の関西地方は日本でも最も過酷な暑さになる

憂 (純ちゃん、勝負を焦っちゃだめだよ)

純 (わかってるって、わたしが憂のサインに首ふったことあったけ)

憂 (純ちゃん……//)

純 (憂に届け私のボール!)


70: 2010/11/18(木) 02:39:28.02 ID:yYgaJBhs0
憂の要求通り、インコース高め、150キロのストレート。ボール

抜群のコントロール。2回戦の大垣日大は、この釣り球で三振の山を築いてしまった。

純は現在通算83奪三振。この打席、三振を取れば徳島商業、坂東英二の記録を超える

律 (あぶない、あぶない。私が三振するわけにはいかないんだ)

憂 (さすが律先輩、それなら)

律 (そろそろ来るか、純スラ)


71: 2010/11/18(木) 02:45:57.09 ID:yYgaJBhs0
純 (わかったよ、憂)

第4球が投じられる。

律 (しまった!速いっ)

152キロ、内角低め膝元渾身のストレート。三振。

梓 「純、記録おめでとう」

純 「えっへへえ、ワンナウト、ワンナウトっ」

梓 「ヨイヤサァーッ」

観衆がどよめく。テレビでは実況のアナが純をほめたたえる。

解説の巧さんはしかし、純をほめつつも、最後にこの選手の影の活躍を付け加えている。

巧 「しかし、憂選手はすばらしいですね。あの鈴木くんの球を片手一本で受けています」

73: 2010/11/18(木) 02:56:28.21 ID:yYgaJBhs0
律はネクストサークルの紬のところへ向かう

律 「おい、ムギ、ストレートに絞れ」

紬 「わかった。敵はとるから」

憂 (次はムギ先輩か、パワーヒッターだけどタイミングさえ外せば)

第2打席、純の初球は125キロのカーブ。ストライク、見逃し。

2球目もカーブ。やはりストライク、見逃し。

憂 (やっぱり直球に絞ってたみたい。でも、もう2ストライク、先輩の中で迷いが生じているはず)

憂 (純ちゃん、ストレートだよ)

純 (うん)

紬 「むむむむむ」

今まで一切かわることの無かった紬の表情が変化する。

純 (これは、荒ぶるマンボウの顔!)

純 (でも、負けない)

74: 2010/11/18(木) 03:05:41.74 ID:yYgaJBhs0
第3球が投じられる

紬 「ちゃー」

憂 (まさか!)

紬 「しゅー」

梓 (ストレートに!)

紬 「め――――んんんんんんんっ」

純 (絞ってたの!?)

打球は地面すれすれライナーとなってぽっかり空いた三遊間目指して飛んでいく

ああこれはランニングホームランだ、誰もがそう思った

しかし、ひとつの影がセカンドベースの前を駆け抜けていく

打球がワンバウンドしたつぎの瞬間、梓がボールに追いつくかに見えた

しかし、悔やまれるのはいかんともしがたい梓の小さな体

ボールは伸ばしたグラブの先、数センチを無情に飛んでいく

75: 2010/11/18(木) 03:12:43.48 ID:yYgaJBhs0
誰かがこう言った 「甲子園にはマモノが住んでいる」と

奇跡は二度起こったのである

梓のツインテールが触手のように伸びてボールをからめ捕ったのだ

そしてすぐさまファーストへ送球されていく

ファーストには憂がカバーに入っていた。

ファインプレー。アウト。

3回戦の智弁和歌山は梓によって内野ゴロの山を築くはめになって姿を消している。

純 「梓、ナイスプレー」

梓 「ムギ先輩の好きにはさせません」


76: 2010/11/18(木) 03:19:22.30 ID:yYgaJBhs0
律 「ナイバッチ、ムギ。惜しかったな」

紬 「わたしのマンボー打法が通用しないなんて」

律 「でも、よく初めてのストレートにタイミング合ったな」

紬 「わたし、律ちゃんのこと信じてたもの」

律 「とっ、とにかく次は頑張ろうな……// 澪、肩の力抜いていこうな」

澪 「デットボール怖いよお」

紬 「大丈夫。純ちゃん、コントロールいいから」

唯 「ねぇ、ムギちゃん。早くお茶淹れてよ」

さわこ 「あっ、わたしもお願いね」

律 「監督なんだから指示だそうよ、さわちゃん」

77: 2010/11/18(木) 04:03:08.51 ID:yYgaJBhs0
澪 「みんなのためだ、決勝まできたんだし、わたしも頑張ってバット振らないと」

純 (もう同じ轍は踏まない)

憂 (初球からいくよ)

純の一球目、ストレート。空振り

二球目、カーブ。空振り

三球目、インコース、ストレート、打ち上げて内野フライ

これで、純は46イニング連続無得点の記録を達成した。

79: 2010/11/18(木) 04:53:21.91 ID:yYgaJBhs0
1回の裏 守備につくAチームのメンバーを紹介しておく

ピッチャーはサウスポーの秋山澪

キャッチャーは強肩の田井中律

ファーストが琴吹紬

ライトが平沢唯、ライト線ぎりぎりを守っている

純 「0点に抑えてきました」

和 「みんな御苦労さま、よく守ったわ」

和 「ミィーティングでも話した通り澪はクセ球を投げるからよく見て行くように」

純、憂、梓 「はい、わかりました、監督」

80: 2010/11/18(木) 05:07:20.93 ID:yYgaJBhs0
1番、先頭は中野梓

律 (澪緊張してるな、初球から決め球で勝負していくか)

澪 (どうしよう、どうしよう)

梓 (打ってみせます)

ランナーがなくてもセットポジションからスリークウォター気味のフォームで投げるのが澪のピッチング。

第1球が投じられる。

梓 (やっぱり遅い、120キロ後半のストレート、もらいました)

梓 (えっ!)

梓 (手元で変化した)

空振り。ストライク

澪 (見たか、わたしのSFF)

81: 2010/11/18(木) 05:15:17.15 ID:yYgaJBhs0
第2球。ナックルボール

やはり空振り。

第3球。チェンジアップ。ファーストへのゴロでワンナウト

1回戦開星もこの打てそうで打てないSFFに翻弄され逆転負けを喫している

梓 「憂、ひとつの打席で同じボールは来ないと思ったほうがいいよ」

憂 「わかった」

2番、バッター、平沢憂

82: 2010/11/18(木) 05:25:32.65 ID:yYgaJBhs0
律 (憂ちゃんか、さすがの澪でも抑えるのは無理)

律 (敬遠でもいいけど、アウト取ったし、作戦が通用するか試してみるか)

憂が打席に入る。来年のドラ1最有力候補だけある。雰囲気をすでに持っている

律 「なぁ、憂ちゃん」

憂 「どうしました?」

律 「唯がタイツぬぎぬぎしてる生写真あるんだけどどう?」

憂 「くださいっ //」

澪 (いまだっ)

澪がSFFを投じる。

84: 2010/11/18(木) 05:39:35.75 ID:yYgaJBhs0
3回戦、律の作戦に中●大●京もあっさりはまってしまった。

そのために唯がどれだけ煽情的な姿態を強要されたかは言うに憚る

桐●第●も準準決勝でこの罠に溺れた

しかし

憂はちがった もちろん生写真は律からひったくったが

右手一本でブレ球の真芯を見事に捉えた

ボールは3塁線ぎりぎりを越えていく

フェアかファールか

塁審は

そう 

トンちゃん

85: 2010/11/18(木) 05:46:49.06 ID:yYgaJBhs0
とりあえず判定は後回しであろう

憂は走り出す

一心腐乱に唯の写真に目を凝らしながら

憂 「見える。見える。見えた!」

紬はセカンドベースで捕球態勢に入った

唯はライト線で日向ぼっこをしている

ボールをとったのはスタンドから現れたひとりの男

執事 斎藤 還暦

86: 2010/11/18(木) 05:51:04.38 ID:yYgaJBhs0
さて判定が始まる

審判団がサードベースに集う

姫子 「トンちゃん、今の判定は?」

水槽でぷかぷか浮かぶトンちゃんは左手をあげた

判定 フェアー!

1アウトランナー2塁

87: 2010/11/18(木) 05:58:23.99 ID:yYgaJBhs0
ここでチャンステーマ『狙い撃ち』がアルプスから鳴り響く

ウララ♪ウララ♪ウラ♪ウララ♪

ウグイス嬢 「3番、ピッチャー、鈴木さん。ピッチャー、鈴木さん」

澪 (どうしよ、どうしよ、みんな見てる。絶対、テレビで度アップでわたし映ってる)

澪は完全にコントロールを乱し、ストレートのフォアボール。

次の打者はトップにかえって梓

打者一巡の猛攻



88: 2010/11/18(木) 06:02:36.92 ID:yYgaJBhs0
梓もまたフォアボール

これで1アウト満塁

実況 「次は先ほど2塁打を放った憂選手」

実況 「しかし、走者3人ですから憂選手はまだ3塁にいます」

実況 「こういう場合はどうなるんでしょうか?」

巧 「これは透明ランナーですね。大変珍しいケースです」

89: 2010/11/18(木) 06:13:16.00 ID:yYgaJBhs0
バッターは2番の憂

ランナーはサード純、セカンド梓、ファースト透明人間

律 「タイム、タイム、タイムッ」

内野陣がマウンド上に集まる

紬 「澪ちゃん、落ち着いて」

律 「緊張しすぎだ。まだ初回なんだアウト優先でいこう」

澪 「どうしよう、わ、私のせいで」

澪 「今まで、勝ち抜いて、勝ち抜いて、これが最後なのに」

澪 「最後なのに、台無しなっちゃう」

律 「何言ってるんだ。台無しになんかならないよ」


90: 2010/11/18(木) 06:15:27.27 ID:yYgaJBhs0
律 「決勝まで来たんだ。誰も私たちを笑えるもんか」

澪 「律……」

律 「今、私が澪の重荷」

律 「かわりに全部背負ってあげるからな」

二人は互いの唇を重ねる

いままで練習で流した汗よりも たくさんの たくさんの

涙をこぼしながら

91: 2010/11/18(木) 06:20:26.65 ID:yYgaJBhs0
野球の起源をみなさんはご存知だろうか

昔、ふたりの聾唖者がいた

言葉で心を伝えることができないがために

ふたりはキャッチボールを始めたのだ

ふたりは幸せそうにボールで心を通じ合わせた

しかし 幸せを妬む第三者が現れて

棒を手に取りその球を打ち返した

それが野球の始まりだと 寺山修司は言っている

92: 2010/11/18(木) 06:25:50.39 ID:yYgaJBhs0
澪 (律いくぞ)

律 (私のもとへ来い、澪)

憂 (お姉ちゃん、見ててね。私のホームラン)

澪 (律に届け、私のボール)

結果

憂 空振り 三振

純 空振り 三振

無得点

93: 2010/11/18(木) 06:33:19.49 ID:yYgaJBhs0
試合は続き 8回裏 Bチームの攻撃

ここまで 0対0 同点

和 「どういうことなの、まったく打ててないじゃない」

梓 「すみません」

和 「澪の球は、あれは何なの? 直球? それとも変化球?」

純 「それは、誰にもわかりません。ただ、わかるのは」

憂 「気持ちのこもった球だということです」

和 「そう、でももうさすがに目も慣れてきたでしょ。100球を越えて球威も落ちてきてるはずだし、外野フライなら飛ばせるはずよ」

純 「まぁ、それくらいならなんとか」

和 「じゃあ、今から作戦を伝えるわ。みんなよく聞いて」

94: 2010/11/18(木) 06:40:18.29 ID:yYgaJBhs0
憂 「そんな……、それじゃあお姉ちゃんが」

梓 「でも、この作戦しかないよ」

和 「憂、あなたの夢は何?」

憂 「お姉ちゃんと幸せになることです」

和 「そのためには」

憂 「私が甲子園で優勝してお姉ちゃんをドラフト候補から外さないと、私とお姉ちゃんは永遠にライバルのまま」

和 「この作戦は、あなたの望みをかなえるものでもあるのよ」

憂 「……」(お姉ちゃん……)

95: 2010/11/18(木) 06:48:16.89 ID:yYgaJBhs0
8回裏 先頭は憂

澪 (いくぞ律)

律 (来い澪)

憂 (お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん)

澪 (私たち、ふたりは)

律 (いつだって全力で勝負するんだ)

憂 「おねえええええええええちゃあああああああああああああああああああん」

打球はこの日初めて、外野へのフライとなって弱弱しく飛んでいく

斎藤が颯爽とレフトスタドから飛び出す

けれど

唯 「おーらい、おーらい、あっ」

ポテン ボールがフェアグラウンドに落ちる

エラー

96: 2010/11/18(木) 06:56:00.55 ID:yYgaJBhs0
唯 「どんまい、どんまーい」

澪 「おまえが言うなっ」

紬 「唯ちゃん……」

律 (だめだ、エースが切れちゃダメだ)

ノーアウト ランナー2塁

続く打席は純 甘く入った球を打ってタイムリースリーベース

律 「タイム」

98: 2010/11/18(木) 07:01:22.17 ID:yYgaJBhs0
律 「唯、おまえ、もうベンチに帰っていいぞ」

唯 「でもでも、まだ守備の途中だよ」

律 「おまえはこれからDHだ。だから守備しなくていい」

唯 「そんなの高校野球にはないよ」

律 「唯頼む、今日だけは空気読んでくれ」

紬 「唯ちゃんは邪魔なの」

澪 「もうおまえは用済みなんだよ」

唯 「そんなぁ……」

唯は肩を落としてベンチへ戻っていく

背番号が泣いている

憂 (お姉ちゃん……)

99: 2010/11/18(木) 07:05:08.64 ID:yYgaJBhs0
結局この回は純の適時打のみの1点

1対0 9回表 最後の攻撃

和 「さぁ、最後の守備よ。しまって行きましょ。純投げれる?」

純 「はい」

憂 「監督」

和 「どうしたの憂?」

憂 「私を……」

憂 「私をマウンドに立たせてください!」

100: 2010/11/18(木) 07:10:11.01 ID:yYgaJBhs0
律 「よし、最後の攻撃だ」

澪 「1番、律からの好打順だな」

紬 「野球は9回からよね」

ウグイス嬢 「桜高Bチーム、選手の交代をお知らせします」

ウグイス嬢 「ピッチャー鈴木さんに代わりまして、ピッチャー憂選手」

ウグイス嬢 「ピッチャーは憂選手」

「甲子園にはマモノが住んでいる」 誰もがそれを知っている

そう本当のドラマはここから始まった

101: 2010/11/18(木) 07:15:42.68 ID:yYgaJBhs0
憂は早速、モーションに入る

伝説のマサカリ投法で

純 (あれ、まだサイン交換してないよ?)

その右腕から振りおろされる剛速球は甲子園最速 200キロ

鉛のように重い球

律 「グヘエエエエ」

断末魔

氏球 脇腹 デッドボール

球場に戦慄が走る

102: 2010/11/18(木) 07:20:50.61 ID:yYgaJBhs0
紬 「グヘエエエエ」

氏球

澪 「グヘエエエエ」

氏球

姫子 「タイム、タイム」

姫子がマイクを取り出す

姫子 「ただいまより 警告試合 警告を発します 危険球を投じた場合 退場といたします」

ノーアウト 満塁

バッター 唯 ここまで甲子園でヒットなし

憂 (お姉ちゃん……//)

104: 2010/11/18(木) 07:27:29.90 ID:yYgaJBhs0
憂が投じた球は山なりのゆるゆるボール

憂(さあ、お姉ちゃん、私の球を打って、そしてヒーローになって)

憂 (お姉ちゃんのおかげで分かったよ、私の本当の気持ち)

憂 (私、いつでも輝くお姉ちゃんが好きなの)

憂 (だから、この甲子園で誰よりも激しい光を放って)

しかし、唯は打席で微動だにしない

ストライク 見逃し

深くメットを被ったその表情を誰もうかがい知ることはできない

105: 2010/11/18(木) 07:33:11.43 ID:yYgaJBhs0
憂の2球目 山なりボール

そして見逃し ツーストライク

憂 「お姉ちゃん……どうして……」

憂 「どうして私を打ってくれないのおおお」

唯 「憂、わたしね、憂のこと、愛してるよ、だから」

唯 「本当の憂しか打ちたくないんだよ」

唯 「私、まだ誰のボールも振ったことすらないよ」

唯 「私の初めて、憂にあげるよ」

唯 「最速の愛、私に打たせてよ!」

憂 「お姉ちゃん……//]

106: 2010/11/18(木) 07:38:27.61 ID:yYgaJBhs0
憂の投じた3球目はこの日の最速202キロ

憂 「おねええええええちゃああああああああんんんんんんんん」

唯 「ういいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ」

昔、ふたりの聾唖者がいました

ふたりの愛はぎこちなく

ボールでしか伝わりません

けれど、いつしか言葉もボールもいらなくなって、抱き合いたくて

棒きれでボールを遠くへ飛ばしてしまいました

それがホームランのはじまりでした

107: 2010/11/18(木) 07:45:00.71 ID:yYgaJBhs0
憂はマウンドを降ります

甲子園は9回表

1対4

エースが再びマウンドへ登ります

純 (これはもう負けかな。ちょっとくらい手を抜いてもいいよね)

純 (連投で肩も痛いし。私には来年もあるし)

純はグラウンドの一番高いとことで 空を見上げました

バックスタンドのたなびく旗に、細長い雲が引っ掛かっています

純 「あの雲……」

純 「ゴールデンチョコパンに似てるな」



109: 2010/11/18(木) 07:54:24.02 ID:yYgaJBhs0
純はそのまま固まってしまいました

梓が駆け寄ります

梓 「どうしたの純?」

純 「私わかったよ」

梓 「何が?」

純 「私の目を見て」

梓は純の瞳をのぞきました

その色は真っ赤でした

純 「私の目が赤いのは、魂が燃えてるから」

純 「私、全力投球でいくね」

110: 2010/11/18(木) 07:57:29.48 ID:yYgaJBhs0

―― おわり ――

引用元: 純「失われたゴールデンチョコパンをもとめて」