3: 2012/04/10(火) 22:37:31.43 ID:NQMEI8/10

――通学路――


「おはよう、ほむらちゃん」

「おはよう、まどか」

「あれ、さやかちゃんたちはまだなのかな」

「来たみたいよ」

「ふわぁねっむ……おはよーまどか、ほむら」

「おはようさやかちゃん、すっごい顔になってるけど」

「いいじゃん、別にその辺に知った顔がいる訳でなし」

「あっちで仁美ちゃんもすごい顔しながらこっち見てるよ」

「目、逸らしたわね」

「あ、早足でこっち来たよ……おはよー仁美ちゃん!」

4: 2012/04/10(火) 22:38:29.38 ID:NQMEI8/10

「うわあっ仁美! 違うんだってちょっと油断しただけであって」

「おはようございます皆さん。さやかさん、この前淑女の何たるかをじっくり説明したばかりですのに貴女はまた……」

「この前ファミレスでやってたんだっけ、わたしたち途中で帰っちゃったけど」

「いいですかさやかさん、大体女性が人前であくびなど言語道断だというのに、おまけに背筋は曲がって襟も裾もぐしゃぐしゃで」

「わーわーごめんごめん! 直すからちょっと待って首掴まないで!」

「……あら、そのストラップかわいいですわ」

「げほげほ、あーでしょ! 昨日まどかと古着屋で見つけたんだよー」

「実はわたしもおそろいで買っちゃったんだ、カバンじゃなくて筆箱に付けてるけど」

「むう、ちょっと妬けますわね」

「んーほむらなんか動揺してないっていたたた! やめてやめて耳引っ張らないで!」

「さやかちゃん、朝から大変だね」

「自業自得だと思いますわ」

「二人とも助けてくれたっていいじゃん! 待ってってばあ!」

「何も聞こえませんわね」

6: 2012/04/10(火) 22:40:11.80 ID:NQMEI8/10

「あーそうだ、ちょっとだけコンビニ寄っていい?」

「いいけどさやかちゃん、あまり時間ないよ?」

「朝から買い食いはあまり感心できませんわ」

「違うって、眠気覚まし眠気覚まし。コーヒー欲しい」

「あ、私もお昼ご飯……」

「ほむらちゃん、またコンビニ弁当? あんまり体によくないよ?」

「そうだぞ、いいもの食べないと成長しないぞ」

「そうですわね、せっかくそれ以外が備わっているのですから、もっとそちらにも気を遣うことをオススメしますわ」

「あなたたち、余計なお世話って知ってるかしら」

「ほむらちゃん、落ち着いて……」

「ほら、買うなら買うでさっさと済ませてしまいましょう。さやかさんほむらさん、私たちは外で待っていますから」

「はいはい、ほらほむら行くよー」

「くっ」

8: 2012/04/10(火) 22:41:43.58 ID:NQMEI8/10


――学校――


「仁美ちゃーん、ここどうやるの?」

「あら、これは式変形をちょっとがんばれば解けますわ」

「んーさっぱりわからん」

「それ以前にあなた考えてるのかしら」

「ほむらだってわかんないんでしょうが!」

「あと五分しかないのよ、無駄口叩いてる暇があったら次の問題考えなさい」

「私に言わせれば、家で解いて来ればこんなに焦る必要もなかったと思うのですけど」

「う、ごめんね……」

「あ、先生来ましたわ。ほら皆さん席について」

「ちょっと先生、もう少し時間にルーズになってくれてもいいんじゃないかと思うのですが」

「何を言っているんですか美樹さん、ほら早く自分の席に戻りなさい」

9: 2012/04/10(火) 22:44:11.32 ID:NQMEI8/10

「起立、礼。ありがとうございました」

「「ありがとうございましたー」」


「ほむらちゃん、この後用事ある?」

「いえ、特にはないけれど」

「前話してたでしょ、手芸部の案内してあげたいって。もしよかったらこの後来ない?」

「そうね、もしよかったらお邪魔させてもらおうかしら」

「あーいいなあまどか。あたしも陸上部案内したかったのに」

「ごめんなさい、また今度誘ってくれると嬉しいわ」

「はいはい、んじゃ杏子待たせてるしまた放課後にねー」

「すみませんまどかさん、私もお付き合いしたいのですけど、お任せできますか」

「大丈夫、仁美ちゃんもがんばってね」

「じゃ、行こうか」

「ええ」

10: 2012/04/10(火) 22:46:16.14 ID:NQMEI8/10

――手芸部室――


「こんにちはー」

「お、お邪魔します……」

「あら、いらっしゃい。鹿目さんと、それからそちらの子は」

「この前話した転入生の暁美ほむらちゃんです。仮入部ってことで連れてきました!」

「あ、その、よろしくお願いします」

「緊張しなくていいわよ。私は三年で部長の巴マミ、よろしくね」

「で、わたしが副部長なんだよ。えへへ」

「他に部員の方はいらっしゃらないんですか?」

「実はさやかちゃんとか仁美ちゃんも部員なんだけどね、ちょっと大会とか委員会とかで忙しいみたいで」

「あ、だからさっき……」

「そんなに忙しい部活ではないから、そうして掛け持ちにする子が多いわね。私は手芸部にしか所属してないけれど」

「普段はパッチワーク作ったり、ちょっとしたアクセサリー作ったり、そんな感じかな」

11: 2012/04/10(火) 22:48:47.34 ID:NQMEI8/10

「部室、すごくかわいいですね。カーテンとか、テーブルクロスとか」

「それほとんどマミさんが作ったんだよ。わたしも手伝ったんだけど、全然かなわなくて」

「あら、おだてても何も出ないわよ」

「すごい……私、こんなの絶対できないです」

「そんなことないってほむらちゃん。あ、そうだマミさん、ビーズってあります?」

「ええ、一通りは揃ってるけど」

「ほむらちゃんにも体験してもらうのが一番早いかなって。ちょうど真似できそうでかわいいのがあるんです」

「確かにこれなら作り易そうね」

13: 2012/04/10(火) 22:50:40.76 ID:NQMEI8/10

「え、その、本当にできるんですか? こんな細かいの」

「わたしも横で一緒に作るからさ、せっかくだしやってみようよ!」

「じゃあ、私はお茶でも淹れてくるわね」

「マミさんお茶淹れるのも上手なんだよ、すごいでしょ」

「まどか、どうしてあなたが誇らしそうなの」

「えっへへ、だって」

「しょうがないわね、とっておきのお茶菓子出してあげるわ」

「やったあ! マミさんありがとうございます!」

「おだてると出るのかしら……」

14: 2012/04/10(火) 22:52:26.19 ID:NQMEI8/10

「じゃ、始めるよ。材料はテグス、ガラスビーズいくつか、それにボールチップとつぶし玉と引き輪と……」

「???????」

「ちょっと、そんなにいきなり名前言っても覚えられないでしょう」

「あ、ごめんね、名前は今は覚えなくていいよ。たぶん自然と覚えていくかな」

「そうね、最初は見よう見まねでやればいいと思うわ」

「はい、そうします」

「じゃ、まずはテグスが丸まってて扱い辛いからその処理ね。マミさん、やかんの蒸気借りますねー」

「ふふ、鹿目さんたら張り切っちゃって」

「いいじゃないですか、せっかく友達が部に増えそうなんですから!」

15: 2012/04/10(火) 22:54:17.22 ID:NQMEI8/10


「……あ、ビーズがテグスの端っこから」

「端っこ止めておくの忘れてた! ほら、クリップとかセロハンテープで止めておけば大丈夫だよ」



「……テグスがビーズに入らない」

「ちょっと貸してね。通してるうちに先端がへたれてくるんだけど、斜めに切るとまた通りやすくなるよ」

16: 2012/04/10(火) 22:55:41.60 ID:NQMEI8/10

「お茶、おいしいです」

「おいしいね」

「あら、ありがとう」



「……なんとかできたけど、この余ったテグスはどうしたら」

「うん、じゃあ最後の仕上げね。わたしが横でやるのを真似してくれればいいから。まずはこのボールチップっていうのを通して……」

17: 2012/04/10(火) 22:56:55.83 ID:NQMEI8/10

「……………でき、た」

「わあ、すごいすごい! 初めて作ったとは思えないくらいだよ!」

「そうね、暁美さん、かわいいセンスしてるじゃない」

「でも、これは真似するモデルがあったからで」

「ビーズの色とか種類とか全然違うものだったでしょ。そこを変えるだけでぜんぜん違うデザインになっちゃうんだから、すごいんだよ!」

「鹿目さんのもよくできてるじゃない」

「ほんと、綺麗……」

「わたしだって気合入れて作ったからね。だって」

「あら、もしかして誰かに渡すために作ったとか?」

「その通りです、はいマミさん!」

18: 2012/04/10(火) 22:58:26.66 ID:NQMEI8/10

「……私?」

「これ店で見つけたとき、マミさんに似合いそうだなって思ったんですけど、色がどうしてもいいのなかったんです。だから自分で作ろうって」

「私に教えながら自分もって、器用なものね」

「えへへ」

「困ったな、不意打ちのせいでちょっと嬉しすぎるじゃない」

「巴さん、クールな印象あったけど、笑うとかわいいんですね」

「作った甲斐もあるってものです」

「もう、からかわないでよ、二人とも」

「すみません。っと、もう下校時刻ですね、行かないと」

「そうね、名残惜しいけど」

「さやかたちをあまり待たせるのも悪いし、十分楽しませてもらいました。行きましょう」

19: 2012/04/10(火) 23:00:05.04 ID:NQMEI8/10

――通学路――


「おそいよーったく」

「ごめんね、杏子ちゃん、さやかちゃん、仁美ちゃん」

「あー大丈夫だよ。こっちはこっちで杏子が遅刻の罰掃除さっき終わらせてきたばっかだから」

「あなた、また遅刻したの?」

「もう少し学生としての自覚を持って頂きたいですわ」

「うるせえなあもう」

「ほら、話すのもいいけど行きましょう。閉門したら面倒よ」

20: 2012/04/10(火) 23:01:33.87 ID:NQMEI8/10

日も半ばまで沈み、空はオレンジに染まった夕暮れ時。
程よい温度と穏やかな風が私たちを包み、自然と歩みも遅くなっていく。
まるでこの時間を少しでも長く楽しみたいと言うように。
一番前を歩く巴マミと志筑仁美、その少し後ろの佐倉杏子と美樹さやかとは、やや距離が開いてしまった。
私はまどかと並んで、静かに足を動かしている。

賑やかに談笑する彼女たちと裏腹に、私たちは黙り込んでいる。
どちらも口をつぐんで、静かに目の前の光景を瞼へと焼き付けている。
きっとまどかも私と同じ顔をしているだろう。
ほんの少し悲しそうに、笑ってているのだろう。


「ねえ、ほむらちゃん」

「何かしら」

「やっぱり、ダメ?」

「何のことかしら」

「とぼけないでよ」

「そうね、ごめんなさい」

22: 2012/04/10(火) 23:02:49.05 ID:NQMEI8/10

その一言を区切りに、私は最後に残った力を振り絞る。
ソウルジェムを輝かせ、残りも僅かな砂の流れを遮断して、世界をモノクロに染めて静止させた。
空間の中で動くのは、私と、そして手を繋いだ彼女だけ。


「あなたがこれで満足するなら、それでもよかったのかもしれない」


「でも、あなたは気付いてしまったから」


「私の演技が下手だったせいなのかもしれないけれど」


「やっぱり、私はあなたに、望むものを与えてあげられないみたい」


「そうでしょう、まどか――――――いえ、クリームヒルト・グレートヒェン」

23: 2012/04/10(火) 23:04:19.08 ID:NQMEI8/10

彼女の顔は、やっぱり予想通りだった。
とても悲しそうに笑っていた。
その笑顔はさらにゆがみ、くずれ、握った手だけをそのままに異形の魔女へと変わっていく。

もうまどかは、どこにもいない。
いるはずも、ない。
ただ声だけが、変わらずに響き渡る。


「幸せな世界が、欲しかっただけなのにな」


「わたし、どうやっても、幸せにはなれないのかな」


「天国なんて、どこにもないのかな?」


「こんな世界だもんね」


「ほむらちゃん、わたしの中でも、ずっと正気を保ってるんだもん。反則だよ」

24: 2012/04/10(火) 23:06:25.35 ID:NQMEI8/10

非難を受けて、でも私は揺らぐこともない。
こうして悲しむ彼女を見てしまえば、私のするべきことなど一目瞭然だったから。
やっぱり進むべき道は、こちらではなかったのだろう。
そう信じて私はまた、投げかける言葉を慎重に選んでいく。


「あなたの見せてくれた夢、とても楽しかった」


「でも、これは夢でしかない」


「私は世界で生きていたい。生きて、この目をあけて、まどかたちと世界を感じていたい」


「あなたが守ろうとした、この世界で」


「この夢を実現するために、私、頑張るから」


「だから、ごめんね」

25: 2012/04/10(火) 23:07:30.87 ID:NQMEI8/10

そして、タイムリミットを示すように、時間停止は切れて世界に色が戻ってくる。
巨大な影は、まどかだった黒い靄は、だけど前を行く四人に異常と感じられることもない。
まるでそんな『もの』、最初からいなかったかのように。

目を見開いて、私は砂時計をひっくり返す。
落ち切った砂がまた戻り、世界も時間もまた巻き戻されていく。
迷路の始点へと、私はまた帰っていく。

27: 2012/04/10(火) 23:08:52.86 ID:NQMEI8/10

そうして繰り返して繰り返して、何度も繰り返して。

ようやく辿り着いた迷路の終点は、あまりにも無情なものだった。

私の目の前で契約したまどかは、因果律への反逆者として消えてしまって。

この世界を飛び越えた存在になってしまって、今、私の前に漂っている。

言葉一つも吐けない私に、まどかだった存在は声を投げ掛けてくる。

28: 2012/04/10(火) 23:10:06.44 ID:NQMEI8/10


「わたしね、今、みんな見えるんだ」


「かつてありえた宇宙、ありえたかもしれない宇宙、それから、わたしがほむらちゃんに見せてあげた夢も」


「でも、後悔はしてないよ」


「きっとこの世界では、みんなこうやって生きていけるから」


「わたしだってずっと、ほむらちゃんの傍にいるから。見えないとしても、感じ取れないとしても」


「だから、泣かないで」

29: 2012/04/10(火) 23:11:41.42 ID:NQMEI8/10


「嫌、嫌だよ」


「まどかはこんなところで、一人ぼっちになって」


「みんなも、わたしもあなたのことを忘れちゃって」


「嫌だよ、そんなの」


「それくらいなら、あのまま夢を見ていたほうが、ずっとましじゃない……!」

30: 2012/04/10(火) 23:13:26.71 ID:NQMEI8/10


「こら、何を言ってるの」


「ほむらちゃん、自分で言ったでしょ。目をあけて生きていくんだって」


「わたしはね、ほむらちゃんがいるから、こうしてこの身を差し出せるんだよ」


「ほむらちゃんがいるなら、きっとこの世界は大丈夫だって思うんだ」


「何かあったとしても、わたしの代わりにやるべきことをやってくれるって、信じてる」


「魔法少女はさ、夢と希望を叶えるんだから」


「きっとまた、会えるよね」

31: 2012/04/10(火) 23:15:21.63 ID:NQMEI8/10

その声を区切りに、私と彼女のいた空間は消えていく。

彼女の存在が世界に溶けて行くのを感じながら、声も限りに彼女の名前を叫びながら、私は闇へ落ちていく。

かつて見た夢に思いを馳せながら。

もう叶わない願いを抱き締めて、彼女のリボンを握り締めて、その存在を決して忘れまいと。

32: 2012/04/10(火) 23:17:59.86 ID:NQMEI8/10

「何を描いているの?」

「まろか、まろかだよー」

「うん、よく似てるよ。じょうずだね」


夏の夕暮れ。
日も沈もうとしている今も、地上に注いだ熱の余韻が残っている。
空気は湿って蒸し暑い。
汗を吸ってへばりつく髪の毛を軽く払って、私は地面の落書きとそれを書いた子供に視線を落としている。

そこに描かれているのは、ツインテールの女の子。
消えてしまったはずの魔法少女。
ほんの少しだけ残ったあなたのかけら、それがここに現れていた。

手を振って別れを告げ、帰路へと戻る。
少しだけ目を潤ませながら。
これは目にゴミが入っただけだと、言い聞かせながら。

今は七月。
何度も繰り返した春の陽気を忘れてしまうほど、強烈に暑い夏。
吹き出る汗はとても不快。
でもあなたは、それを感じることはないのだろう。

今は夏。
あなたに決して、訪れることのない季節。

33: 2012/04/10(火) 23:19:52.07 ID:NQMEI8/10

ギイイと、重い扉がきしみながら開く。
その向こう側にいたのは、まあ声から分かってはいたけれど、馴染みの顔。


「おかえりなさい、暁美さん」


髪を縦のロールにまとめたその顔は、間違えるはずもない、巴マミ。
魔女の手にかけられず生き延びた彼女は、ある壮大な計画を立てた。
世界に散らばる魔法少女たちを束ねたいと。
個人主義で、誰にも知られずに戦い、誰にも知られずに消えていく彼女たちの、居場所を作りたいと。

その結晶が、ここ。
古ぼけた事務所は、見滝原に暮らす私たちの拠点も兼ねた、魔法少女の集会場。

34: 2012/04/10(火) 23:21:16.88 ID:NQMEI8/10


「おつかれー」


ソファに仰向けに横たわり、逆さまの顔をこちらに向けるのは佐倉杏子。
住む家のない彼女は文字通りここを寝場所にしてしまっていた。
ちょっとくつろぎすぎじゃないかとも思うけど、野宿されるよりはずっといい。
口元にはポッキーと思しき菓子が咥えられていた。

私の視線をどう受け取ったのか、その体勢で器用にテーブルに手を伸ばす。
ガサゴソと袋が擦れ合う音が響いて取り出された数本、その内一本が私に差し出された。

ありがたくもらっておこう。
靴を脱いで鞄を置いて、手渡されたそれを頬張って、自分に用意された席に着く。

ここはプレイアデス聖団。
巴マミが提唱した、魔法少女のための居場所。

35: 2012/04/10(火) 23:23:29.11 ID:NQMEI8/10

「パトロールの成果はどうだったの?」

「一人、見つけたわ」

「どんな奴だったのさ」

「怯えてた。力の使い方もよく分からないみたいだった」

「話は出来たの?」

「ここの場所は伝えた。来てくれるといいけど」


せわしなく手を動かしている巴マミと、イスが狭くて仕方ないとでも言いたげな佐倉杏子と言葉を交わす。
私の頭の中に蘇るのは、数時間前に会った一人の魔法少女。
私が一方的に声を掛けるばかりで、返事もしてもらえず逃げられてしまった。
この辺りで見かけるような姿ではなかったし、聖団の噂を聞いて来てくれたのだと思うけど。

36: 2012/04/10(火) 23:24:58.33 ID:NQMEI8/10


「まあ、その内来るんじゃねえ?」


そう言ってまたソファに体を投げる佐倉杏子。
仮にも聖団の第二位にいるとは思えないようなその姿。
でもそれは、私の記憶の中にいる彼女の姿と寸分違わず、どこか懐かしさすら感じ取れるもの。

ただ、さすがに何も言わない訳にはいかなかった。
彼女の机にうず高く積まれた書類の束に眩暈を覚えながら、小言を呈する。


「いくらお菓子を積んでも、あれを片付けてあげたりはしないわよ」

「えーケチ」

「佐倉さん、またそんなこと考えて……」


手元の作業は、ひとまず問題なく片付いたかな。
まだぶーぶー言っている彼女の首根っこを掴んで、強引に元の位置に引き戻した。
イスを引っ張ってきて私も横に腰掛け、ペンを握ってインクを走らせる。

37: 2012/04/10(火) 23:26:49.27 ID:NQMEI8/10


「手伝ってあげるから、さっさとやる気出して」

「仕方ねーなやるかー」


書類の山を少しずつ減らしていく。
そこに書かれているのは、世界各国に散らばっている魔法少女たちの報告。

魔法少女の保護と、ここへの誘導。
私たちの志に共感してくれた彼女達は、とても熱心に役割を果たしてくれている。
自分たちが役割を果たさずして、何が聖団だろうか。
それくらいは理解しているのだろう、いざ筆を握ってみれば佐倉杏子も見違えるようだった。

あまりに多くの魔法少女。
彼女たちの無事を祈り、先ほど会ったその一人の無事を願う。

広くはない事務所の中で、ペンが机を叩き続ける。
その音は淡々と、時間の感覚を麻痺させていく。
書類の山を片付け終わったときにはすでに日付も変わっていて、私は少しだけ、睡眠を取ることにした。

38: 2012/04/10(火) 23:28:17.83 ID:NQMEI8/10


あれから、変わったことが二つある。

一つは、魔獣の存在。
魔女の代わりに魔獣が現れて、人々を襲うようになったこと。
私たちは聖団を立ち上げ、組織としてこれと戦う日々を送っている。
巴マミや佐倉杏子の尽力もあり、現状ひとまずの成果は上げられている。


二つは、私にとっての世界。
静かに閉じていた目をあけて、目の前にいるだろう一人の少女の声を受けた。


「おはよう、ほむらちゃん」

「おはよう、まどか」


突っ伏していた机から上体を起こして、その姿を見据える。
私の前に立っているのは、鹿目まどか。
私たちが居るのは、見滝原中学の教室。

39: 2012/04/10(火) 23:29:53.74 ID:NQMEI8/10


――教室――


「よく寝てたね。もうすぐ二時間目始まっちゃうよ」

「ごめんなさい、ノート見せてもらえないかしら」

「うん、ただよく分かってないんだけど……あとで仁美ちゃんに一緒に聞こうか?」

「あ、あたしも混ぜてくれると助かるわ」

「さやかちゃんも?」

「あんなん聞いてたって分かるわけないじゃんっていうね」

「あはは……」

「まあともかく行こうよ、教室移動でしょ次」

「みなさーん! 早く移動しないとチャイム鳴ってしまいますわよ!」

「うわさをすれば、だね。ほら行こう、ほむらちゃん!」

「ええ、そうね」

40: 2012/04/10(火) 23:31:58.07 ID:NQMEI8/10

――屋上――


「膝枕、ありがとう」

「ううん、疲れてるんでしょ」


昼休み、私はよくこうしてまどかと屋上で風を受けている。
日差しもあまり強くはなく、横になっていると気持ちも洗われていくようだった。
極上の枕の元、少しずつ瞼が眠気を伴って下りてくる。


「いい風だね」

「そうね」

「ほむらちゃん、やっぱりもう眠たいの?」

「ええ」

「そっか」

「ごめんなさい」

「なんで謝るの」

「なんとなくよ」

42: 2012/04/10(火) 23:33:27.97 ID:NQMEI8/10

「なんか、皮肉だよね」

「皮肉でもなんでも、私はこうして時間を過ごせるのだから、満足よ」

「例え夢であっても?」

「例え夢であっても」

「奇跡って、あるんだなって思った」

「そうね、きっとこれは奇跡だと思う」

「でもやっぱり、いつになっても慣れないや」

「私だって辛いもの」

「そうだよね」

「でも、私を諭してくれたのはあなたでしょう。目をあけて生きろって」

「そうだね」

43: 2012/04/10(火) 23:34:40.36 ID:NQMEI8/10

「だから、いつまでも夢に浸っていたりはしない」

「うん」

「まどかとこうして世界を感じて」

「ほむらちゃんと世界を守って」

「どっちもできるなんて、それってまるで、夢みたいじゃない」

「ふふ、夢、だね」

「そうね」

「膝枕して待ってるからね」

「ええ、ありがとう」

44: 2012/04/10(火) 23:36:22.36 ID:NQMEI8/10

視界は少しずつ狭まってくる。
眠気は私の神経を麻痺させて、だんだんと体から力を奪っていく。
私のあるべき場所はどこか、そんなことは分かっている。

だから抗ったりはしない。
必ずあなたと会えるから、あなたはどこにだっているのだから。
私が眠りに就けば、またあなたに会えるのだから。
でも今は、あなたの顔をこの目に焼き付けよう。

見上げる目に映る顔は、いつか見た少し悲しげな笑い顔。
まどかの言葉を耳に受けて、私はまた現へとこの意識を戻していく。
いつかその言葉を本当に聞く時まで、きっと私は戦い続けられるだろう。
夢を見ながら、生きていけるだろう。



「おやすみ、ほむらちゃん」

45: 2012/04/10(火) 23:37:37.83 ID:NQMEI8/10
終わりです
代行と支援ありがとうございましたー

46: 2012/04/10(火) 23:38:06.60

引用元: まどか「おやすみ、ほむらちゃん」