1: 2011/06/26(日) 20:08:28.15 ID:M7uwFn1O0
和「そうよ。あなた達が普段から接している
  平沢唯と平沢憂はこの島で収穫されたものなの」

澪「唯や憂ちゃんみたいなのが
  この島にいっぱいいるってのか」

和「ええ。でも一概に全て同じとは言えない。
  唯や憂はそっくりだけど個体差があるようにね」

澪「なるほど」

和「なるべく唯と似た個体を探し出して捕獲する。
  それが私達の使命よ。いいわね」

澪「ああ……」

5: 2011/06/26(日) 20:16:01.91 ID:M7uwFn1O0
澪「しかしこんなジャングルに
  本当に唯が住んでるのか」

和「唯だからこそ……ね。
  あの子の適応力の高さは
  常人のそれをはるかに上回るわ」

澪「……それはなんとなく分かる」

和「ここをもう少し行けば群れがいるわ」

澪「唯の群れ……」

和「一応言っておくけど、
  厳密に言えばここにいるのは唯じゃないからね。
  分かってるわよね」

澪「分かってるけど……」

6: 2011/06/26(日) 20:20:52.97 ID:M7uwFn1O0
和「しっ、声が聞こえてきた」

澪「近いのか?」

和「ええ、あそこを見て」

澪「……!」

その光景に私は息を飲んだ。
鬱蒼と茂った木々の間を流れる小川、
そのほとりに私がよく知る平沢唯と
瓜二つの人間が何人も集まっていたのだから。

彼女たちは川の水をすくいながら
なにか言葉を交わしているようだった。
しかし何を言っているのかは聞こえなかった。

澪「……あれを一人捕獲すればいいんだな」

和「早まってはダメよ。
  言ったでしょう、なるべく唯と同じ個体を探すって」

澪「私には全部唯とそっくりに見えるけど」

和「ここから見ればそうだけど
  近くで観察すると結構差異が見つかるの」

8: 2011/06/26(日) 20:28:55.49 ID:M7uwFn1O0
澪「近寄るか?」

和「待って、慌てちゃダメ。
  彼女たちの集落を突き止めましょう」

澪「集落……?」

和「まだ私が知らない集落があるかも知れないし、
  観察する個体は多いに越したことはないわ」

澪「そうだな」

私たちは木の影に隠れて見張り続けた……
川辺で遊んでいた唯(のそっくりさん)たちは
しばらくすると森の奥へと戻っていった。
私と和はその後を追う。

言い忘れたが彼女たちは皆一様に裸であった。
服を着る文化がないのか、
それともたまたま着ていないだけなのか?
前者だとすれば彼女たちの文明は
かなり低度なものだと思われるし、
ここから連れてこられたという平沢姉妹が
都会の生活に馴染んでいることが不思議だ。

和「平沢姉妹の適応力をなめちゃいけないって言ったでしょ」

澪「そういう問題なのか?」

10: 2011/06/26(日) 20:36:41.21 ID:M7uwFn1O0
私と和は彼女たちのあとを追った……
彼女たちはかなりすばしっこかった。
森の木々の生え方も頭に入ってるみたいで
ひょいひょういと木や枝を避けながら
森の奥へ奥へと入っていく……
和もこの森には慣れているようだったが
私は初めてだったので
何度も根っこにつまづいたり枝に頭をぶつけたりした。
和はそんな私のペースに合わせてくれていたので
すっかり彼女たちを見失ってしまった。

澪「ご、ごめん和……私が遅いせいで」

和「いえ、いいわ。
  こっちの方角に来たって言うことは
  A16集落に戻るみたいだし」

澪「なんだ、知ってる場所なのか……じゃあ良かった」

和「ちょっと休憩しましょうか」

澪「ああ……ふぅ」

私は地面から出っ張っていた木の根に腰を下ろした……
そんなに長い距離を走ったわけでもないのに
なんだかどっと疲れてしまった気がする……
慣れない環境のせいだろうか。

13: 2011/06/26(日) 20:42:43.42 ID:M7uwFn1O0
和「はい、水」

澪「ありがとう」

和「驚いた? 本当にこんな場所があるなんて」

澪「驚くに決まってる……
  まさか唯と憂ちゃんがこんな島から
  連れてこられただなんて」

和「そうよね」

澪「ああ、そうか……
  唯の両親を見かけなかったのも
  最初からいなかったからか」

和「そう。唯も憂もこの島で生まれたの」

澪「……」

和「憂は……うまくやってるかしらね」

澪「もう4日になるのか……」

和「ええ」

澪「帰りにもまた4日かかるし……」

和「なるべく早く見つけて帰らないとね」

16: 2011/06/26(日) 20:49:41.51 ID:M7uwFn1O0
休憩を終えた私たちは再び立ち上がり
森の奥へと向かって歩き始めた……
ときおり聞こえる鳥の声と
私たちが落ち葉を踏みしめる音以外は
何も音がない静かなジャングルだ。
ただ気温と湿度は高い。
私も和も歩きながら何度も汗を拭う。
いっそあの唯たちみたいに裸になろうか、とも思う。
和に変な目で見られそうだから声には出さないけど。

澪「和は」

和「ん?」

澪「よく来る……んだよね、ここに……」

和「ええ、そうよ。
  半年に一回くらいね」

澪「一体なんなんだ、この島は?
  あの唯のそっくりさんは……」

和「この地球上にはまだまだ解明されない謎がいっぱいあるってことよ。
  意図的に真実が隠されて謎になってることもあるけどね」

澪「……」

和「さ、もうすぐ例の集落よ」

20: 2011/06/26(日) 20:57:46.89 ID:M7uwFn1O0
枝が絡みあうくらいに密集していた木々の並びは
少しずつ隙間が大きくなっていった。
どこかひらけた場所に出るようだ……
集落……
唯と同じ顔の原住民がたくさん暮らしてる場所……
見るのは恐ろしい気もした……
しかし向き合わねばならない……
私の責任でもあるんだから……

覚悟を決めると声が聞こえてきた。
いくつもの、少女の声。
その中には聞きなれた声……
すなわち唯や憂ちゃんの声も混じっていた。
ただ何を話しているのかは分からなかった。

和「ついたわ」

和が足を止めた。
私も倣って立ち止まる。
和の視線の先……窪地になっているところに
木で造った簡単な家がいくつか並んでいるのが見えた。
そしてその家々の周りにいるのは……
さっき小川のそばで見かけた、唯のソックリさんたちだ。
ざっと20人はいるだろうか?
木の枝を振り回したり、地べたに寝そべったり、果物を食べたり
それぞれ思い思いに過ごしているようだった……

和「行くわよ」

澪「えっ、あ、ああ……」

22: 2011/06/26(日) 21:05:41.89 ID:M7uwFn1O0
私たちは集落へと近づく。
和は忍び足で歩いているので
私も同じように音を立てないように歩いた。
唯たちに見つからないよう
そっと集落の外延を回り、
適当な茂みに身を隠した。

澪「これから、どうするんだ?」

和「しっ……」

和は小さな器具を取り出した。
親指ほどのサイズで、穴が開いている……
和はその穴を口に付けると、息を吹き出した。
すると、ピューイというきれいな音が鳴る。
どうやら笛らしい。
多分この音で唯をおびき寄せるのだろう。

和「ピューイ、ピューイ」

澪「……」

しかし一向に反応がない……
私たちの視界にいる唯たちは
笛の音にまったく興味がない様子だ。
一人が一瞬だけこっちの方を向いたが
すぐに顔をそらすとどこかへ行ってしまった。
和は顔を真赤にして笛を吹き続ける。
そんなに力入れて吹かなきゃいけないのか、これ。

28: 2011/06/26(日) 21:15:44.35 ID:M7uwFn1O0
と、その時であった。
何者かが私の肩を叩いた。

澪「!?」

一体誰だ!?
ここには私と和しかいない、
私たちに接触してくる人間なんて……!
一瞬のうちにそんな思考が脳内を駆け巡り
反射的に私は後ろを振り向く。

そこには……唯がいた。
いや、正確には唯じゃない。
この島で暮らす裸族の一人。
私がよく知る平沢唯の顔を持った人間。

和「おっと、後ろからとは……不意打ちね」

和はひとりごとを言いながら笛をしまった。
代わりにバッグから果物を取り出して
目の前の唯……のそっくりさんに与えた。
唯はそれを受け取ると、
地べたに座って嬉しそうに食べ始める。
和はそのすきにノートを取り出して、
その唯とノートとを見比べ始めた。
多分この唯を「平沢唯」として
連れ帰っても問題ない個体であるか、を調べているのだろう。

私は……といえば、
そんな和の傍らで悪寒に震えていた。

29: 2011/06/26(日) 21:22:41.58 ID:M7uwFn1O0
目の前に、唯がいる。
ゆいがいる。
いやこれは唯じゃない。
ゆいじゃないけど。
この唯と瓜二つの裸族が。
私の記憶を掘り返す。
4日前の記憶。
いやだ。
思い出したくない。
もう思い出したくないのに。
頭の中で、あの日の映像が。
どんどんとクリアになっていく。
寒気が増す。
おかしい。こんなに暑いのに。
寒いなんて。
両腕で自分を抱きしめる。
まだ寒い。
吐き気もする。
息が苦しい。
頭の中の、嫌な記憶が。
血液を冷やしながら全身を巡って、
体中を蝕んでるみたいだ。
和が私を呼んでいる。
何を言っているのかは分からない。
私の内側が嫌なもので満たされすぎて、
外からの情報が入ってこないんだ。
嫌なものを出さないと。
私は嘔吐した。
同時に気を失った。

31: 2011/06/26(日) 21:28:23.40 ID:M7uwFn1O0
やがて目が覚めた。
ここはどこだっけ、
何をしているんだっけ……
右を見る。
ここはどこかの屋内のようだ。
木で作られた粗雑な家。
石器や土器と思しきものが
壁のあたりにいくつか転がっていた。
左を見る。
和がいた。

和「大丈夫?」

澪「え……」

そこで全部思い出した。
嫌な記憶が蘇ったせいで
気を失ってしまったんだっけ……
われながら情けない。

澪「ごめん、迷惑かけた」

和「気にしないで」

澪「ここは……?」

和「唯たちの家よ」

澪「……」

32: 2011/06/26(日) 21:32:56.13 ID:M7uwFn1O0
玄関から唯が入ってきた……
しかし2,3人連れ立っている……
同じ顔の人間が何人も並んでいるというのは異様な光景だな、
なんてまだ覚醒しきってない頭で考えた。

唯たちは果物を持っていた。
私のために採ってきてくれたらしい。
腕いっぱいに抱えた赤い果実を
私の枕元に並べてくれた。

澪「ありがとう……」

唯たちは何も言わず、
再び家から出て行った。
その後ろ姿を見送りながら
私はだんだん頭が覚めてきてるのを実感していた。

澪「そうか、私が倒れた後……
  集落の建物の中に運んでくれたんだな」

和「ええ、唯たちがね」

澪「そっか、お礼言いたいけど
  言葉が通じないな、あはは」

和「あははじゃないわよ、まったく」

澪「え」

和の言葉には少しばかりの怒気が混じっていた。

34: 2011/06/26(日) 21:44:47.97 ID:M7uwFn1O0
和「私はね、唯たちの集落には脚を踏み入れないようにしてたの。
  彼女たちの生活を尊重して、
  なるべく干渉しないほうがいいと思ってね」

澪「うう……」

だから和はわざわざ笛で呼び出していたのか。
集落に乗り込んで捕まえたほうが
手っ取り早いだろうとは思ったけど、
それじゃ唯たちが怯えてしまって
今後のこの集落にも悪影響が出る、ってことか。
大勢に顔を覚えられちゃうのも、まずいんだろう。

澪「すみません……」

和「いえ、もう過ぎたことはいいわ。
  元気になった?」

澪「うん、もう大丈夫……」

和「これからも大丈夫そう?」

澪「大丈夫……だと思う。頑張る」

和「そう。じゃあもうおいとましましょう」

家の外に出ると、出入口の傍らに唯が一人いた。
和はお礼代わりにバッグから果物を二つだして渡した。
その唯は私から見ても分かるくらいに
「平沢唯」とは似ていない唯だった。

36: 2011/06/26(日) 21:53:46.83 ID:M7uwFn1O0
ここにいると色々面倒、ということで
私たちは別の集落へと移動することにした。
さっき笛でおびき寄せた唯は不合格だったらしい。
再びジャングルへと入っていく。

和「一番重要なのは声よね。
  みんな外見は似通ってるけど声は結構違うの。
  分かるでしょ、唯と憂もそうだし」

和は歩きながらそんなことを話してくれた。
その3歩ほどあとを付いて行きながら
私は適当に相槌を打つ。
声を出すだけで疲れるのだ。
暑い。
汗が流れる。
道は険しい。
坂を登っている。
虫が湧いている。
環境は過酷。
しかし弱音をあげていはいけない。
私が望んでここに来たんだし、
私の責任を果たすためでもあるのだから。

やがて日が暮れた。
テントは一応持ってきたが
張るスペースはなかったので
寝袋だけで寝ることにした。
危険な生き物はいないから大丈夫、と和は言ったが
ジャングルの中で寝るのはやはり不安で、
疲れているはずなのになかなか寝付けなかった。

42: 2011/06/26(日) 22:02:38.61 ID:M7uwFn1O0

 ――――おまえさえ……

 ――どうして……

頭の中で声が響く……
あの日から4日……
いや今日で5日目か……
ずっと同じ夢を見る……

 ――おまえのせいで……

 ――――やめて……

あの唯の表情……
ごめん、ごめん……
夢の映像を見ながら
何度も心のなかで謝る……

 ――――私には友達が……

 ――ずっとだよ……

あれ、なんだこの映像は……
初めて見る……
私の記憶にはないはずの……
でも唯の姿が見える……
これは……?

そこで目が覚めた。

43: 2011/06/26(日) 22:07:38.16 ID:M7uwFn1O0
和「おはよう」

澪「お……はよう」

和は木の根っ子に腰掛けて
缶詰を食べていた。
空を見上げる。
太陽は高く昇っていた。
どうやら昼頃まで眠っていたらしい。

澪「すまん、寝過ぎた」

和「いいのよ、私もさっき起きたとこ。
  それに次の集落は近いわ」

寝汗でべとべとになったシャツを脱いで
新しい服に着替えた。
寝袋を片付けて私も缶詰を開ける。

和「次の集落はね、何度か憂の代役を
  見つけることができた場所なの」

澪「へえー」

それなら唯の代わりになる個体も
いてくれればいいなあ、なんて
のんきに考えながら缶詰を頬張る。
今さっき着たばかりの服も
すぐに汗で濡れてしまった。

47: 2011/06/26(日) 22:14:08.80 ID:M7uwFn1O0
腹ごしらえをした私たちは
再びジャングルの中を歩き始める。
和の手製の地図と方位磁石を頼りに
道無き道を進んでいく。
和が先導し、私はその3歩後ろを歩く。

和「水分補給はこまめにしなさいね」

澪「ああ」

しかしこまめに水を飲めと言われても
水が無くなってしまった時のことを考えると
そうむやみやたらに飲むわけにもいかない。
リュックの中にはペットボトルが3本、
そのうちの1本は既に空っぽ。
このさきどこで水を補充できるか分からないので
大切に飲まなければならない。
実際に和も歩き始めてから
一切水を飲んでいなかった。

喋ると喉が渇くので、二人とも無言。
落ち葉や樹の枝を踏みつける音で
前を行く和に私が無事付いて行っていることを伝える。

どれほど歩いただろうか、
さすがに脚が痛くなってきて
休憩を提案しようか迷っていたところ
和が振り向いて言った。

和「着いたわ、ここよ」

50: 2011/06/26(日) 22:18:40.89 ID:M7uwFn1O0
和に並んで見渡してみる。
ジャングルの木を切り倒して空間を作り、
そこに家を建てて集落を作ったようだ。
昨日の集落よりは狭いが
家の数はこっちのほうが多かった。
小声で和に話しかける。

澪「ここが、憂ちゃんそっくりの個体が
  よくいるっていう集落なのか」

和「ええ」

澪「私には良く解らんな」

和「近くで見れば分かるわよ。
  さ、行くわよ」

そこで私は気付いてしまった。
心臓がドクンと高鳴る。
一気に全身の汗が引く。
私はそこから一歩も動けなくなってしまった。

和「どうしたの?」

澪「おい、和……」

和「何?」

澪「憂ちゃんの代わりを何体も捕まえたってことは……
  憂ちゃんの代わりが必要だった、ってことだよな?」

53: 2011/06/26(日) 22:25:04.30 ID:M7uwFn1O0
和「……」

澪「なあ、何があったんだよ……
  憂ちゃんの代わりを捕まえて……
  その前にいた憂ちゃんはどうなったんだよ?」

和「……」

澪「なんで憂ちゃんの代わりを
  何体も捕まえなきゃいけなかっ……んぐ!」

和「静かにして」

思わず激昂する私の口を
和は素早く右手でふさいだ。
聞いちゃいけないことだったのだ……
でも聞きたい、知りたい。
純粋な好奇心と
理解の追いつかないものに対する恐怖心が
私の中で渦を巻いている……

なぜ、和は、
憂ちゃんの代わりを捕まえなければならなかった?
憂ちゃんも、また、
唯みたいに……ということなのか……?
いやでも、それが「何度も」なんて……

考えれば考えるほど恐ろしくなる。
鼓動は早くなる一方。
歯が震えて足が動かない。

58: 2011/06/26(日) 22:36:35.33 ID:M7uwFn1O0
和「いいわ、私一人で行ってくる。
  あなたそこで待っててね」

そんな私を見かねてか、
和は一人でさっさと行ってしまった。
取り残された私は
指を引っ掛けたトランプタワーみたいに
その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。

何だ、和は一体何を隠してる?
そういえば半年おきにここに来てるって言ってた。
半年おきといえば結構なペースだ。
こんな辺鄙な地に。
日本から4日もかかるのに。
同じ顔を持つ裸族が住んでるこの島に……

おかしい、おかしい、
何もかもがおかしい。
和もおかしいし
こんな島の存在自体おかしいじゃないか。
和はなんなんだ……
唯も……憂ちゃんも……
この島から連れてこられて……
普通に文明人として生活してる……
いやちょっと待て、
そもそも何で平沢姉妹は
わざわざこんな島から日本に
連れてこられたっていうんだ……?
考えれば考えるほど
こんがらがってしまう……

60: 2011/06/26(日) 22:45:15.62 ID:M7uwFn1O0
足音が聞こえた……
和が戻ってきたのかと思い顔を上げると、
唯の顔の裸族が一人、こちらを見ていた。
いや、これは唯じゃないな。
どっちかといえば憂ちゃんだ。
付き合いは長いし平沢姉妹の顔の区別くらいは付く。

到底受け入れられないような
狂った事実ばかりを見せつけられて
気が滅入っていた私は、
別人とは言え知った顔の人に会えて
少しだけ安心した。
私は憂顔の裸族に向かって手招きした。
憂は少し怯えているようだったが
おずおずとこちらに近づいてきた。

私が腕を広げると
憂は素直にその中に入ってきた。
そして私は憂をぎゅっと抱きしめる。
こんな熱帯の島で
誰かと抱き合うなんてのは
これでもかってくらい暑かったが
それ以上に暖かかった。
憂は私の腕の中で
特に嫌がりもせず大人しくしてくれていた。

澪「ごめん、ごめんな、憂ちゃん」

私はあの日から何度言ったか知れない言葉を
肌を寄せ合う憂ちゃんにささやく。

61: 2011/06/26(日) 22:55:02.21 ID:M7uwFn1O0
澪「ありがとうね」

私はそう言って腕を解いて
憂ちゃんを開放してあげた。
でも憂ちゃんは名残惜しそうに
私の鎖骨のあたりに頬をこすりつけてくる。
どうやら人懐っこい子らしい。

澪「ごめんな、こんなとこ連れに見られたら
  また怒られちゃいそうだし」

憂ちゃんを体から押しのける。
言葉が通じたのかどうかは分からないが
憂ちゃんはしばらく私の顔を眺めた後
集落の方へと戻っていった。

いちおう心は落ち着いたが
疑念が払拭されたわけではない。
この島に関して……は、
自然の奇跡、地球の神秘、人類未踏の謎、
ということで片付けておくことにして、
問題は和だ。
和はなんのために
頻繁にこの島を訪れて
たびたび憂ちゃんの代役を立てるために
ここの裸族を連れ帰っているのか……
そもそもどうやって連れ帰るんだろ、
言葉通じないし……と思っていると
和が戻ってきた。
裸族の一人を連れてきている。

63: 2011/06/26(日) 23:02:18.29 ID:M7uwFn1O0
和「いたわ、唯のソックリさん」

そう言って和は自身の後ろにいる
一人の裸族に目をやった。
私もその視線の先を見やる。
平沢唯とそっくりそのまま同じ顔かは
判別がつかない……が、
それにしても生気のない顔だ。
虚ろというか、無気力というか。

和「ああ、薬をかがせたのよ。
  こうやって抵抗できないようにして連れて帰るの」

澪「なるほど……?」

非人道的だな、という言葉が出かかったが
すんでのところで飲み込んだ。
そもそも勝手に連れて帰る時点で非人道的だし、
あんなことをした私が言えることでもない。

でもこれで終わりだ。
これでこの島ともおさらば。

罪を、償える。
私がやってしまったことも、ごまかせる。

そうだ。
この唯を連れてかえって、
本物の平沢唯にしてしまえば。
それで。終わる。

66: 2011/06/26(日) 23:07:20.67 ID:M7uwFn1O0
和「澪? どうしたの、行くわよ」

澪「え、ああ……」

私たちは来た道を戻る。
行きと違うのは唯の代わりが+1されたこと。
和が水の入ったペットボトルをくれた。
さっきの集落の近くで汲んだらしい。ありがたい。

澪「海辺までどのくらいだっけ」

和「今日中に着けるわ。
  もっとも暗くなってからだろうけどね」

澪「そっか……しかしそっから
  日本に戻るまでまた4日か……」

和「そうね」

澪「憂ちゃん、うまくやってるかな……」

和「……」

澪「和?」

和「……早く、戻ったほうがいいわね」

澪「ああ……」

和の言葉の端には明らかな焦りが見えた。

70: 2011/06/26(日) 23:15:11.33 ID:M7uwFn1O0
日が沈んだ後、
懐中電灯の明かりを頼りに森の中を進み、
なんとか海岸に辿り着くことができた。
唯もいるのでスムーズには歩いて来られなかったが、
日が変わらないうちに来られて一安心だ。

桟橋には来た時と同じように
モーターボートがつないであった。
まずこれに乗ってアイナマ共和国へと戻る。
運転するのは和だ。
ハワイで父親に習ったらしい。
荷物と唯を積み込んで、夜の海へと出発する。

和「私が運転しておくから、寝てていいわよ」

いや、そういうわけにもいくまい。
和が運転してるのに私だけ寝るなんて。
と強がってみたもののすぐ眠気に襲われた。
傍らには薬のおかげで
人形のようにおとなしくなった裸族唯。
見てみると彼女もうつらうつらしていた。
私もそれにつられて眠りへと落ちて行く。
ボートのエンジン音が
必氏に私の眠りを妨げようとしていたが
どうやら睡魔のほうが強かったらしい。
まぶたが落ちる。
意識が遠くなる。
そういえば私、この島に来て何もしてないな。
ほんとうに私はダメな人間だ。
だから、あんな……

72: 2011/06/26(日) 23:20:29.95 ID:M7uwFn1O0

 ――おまえさえ、いなければ

 ――――どうして、こんな……澪ちゃん……

 ――うるさい、お前が、奪ったんだ

 ――――奪って、ない、よ……

また夢だ。
同じ夢。
あの日から見る。
今日で何度目だ?

 ――黙れ、黙れ黙れ

 ――――私は、みんなと、一緒に、バンドを、したいだけだよ……

 ――そのみんなの中に、私は含まれてないじゃないか

 ――――そんな、こと、ない……

いつになれば、この夢は消える?
唯を連れてかえれば、終わる?
終わるよね?
そのために、来たんだもんね。

 ――嘘だ、嘘だ嘘だ

 ――――みおちゃ……

75: 2011/06/26(日) 23:27:37.08 ID:M7uwFn1O0

 ――じゃあ、やめてよ

 ――――な、何……を……

 ――歌詞なんて書かないでよ

 ――――どう、して……

 ――歌詞を書いていいのは私だけなんだよ

 ――――でも……

 ――ずるいよ、私なんていい歌詞書くためにずっと頑張ってたのに

 ――――う……

 ――あんな適当な歌詞でみんなに褒められちゃってさあ

 ――――みおちゃん、だって、褒めて……

 ――みんなが褒めたんだから私だって褒めるしかないじゃん!!

 ――――痛っ!

 ――梓だっておまえのことばっかり見てる! お前ばっかり尊敬してる!

 ――――痛い、痛い……よっ……!

 ――ギターもやめてよ! 今ここで叩き折ってよギー太を!

83: 2011/06/26(日) 23:34:18.18 ID:M7uwFn1O0

 ――――はな、して……

 ――離したらギー太を折ってくれる? あの歌詞を破いて捨ててくれる?

 ――――それは……や、だ……

 ――なんでよ! おまえが奪ったんだよ、軽音部から、私の居場所を

 ――――う、あ……

 ――知ってる?律とムギ付き合い始めたって!馬鹿だよねあいつら女同士でなんて

 ――――ぐ……

 ――私どうすればいいのかな? 歌詞書くポジションはおまえに取られて

 ――――みおちゃ……

 ――唯一の後輩はおまえにべったりで、私はこの軽音部で何してればいいのよ、ねえ!

 ――――ごめ……

 ――今さら謝っても遅いんだよ! おいっ!

 ――――…………

 ――唯っ、おいっ……唯っ……!?

85: 2011/06/26(日) 23:39:16.97 ID:M7uwFn1O0
そうだ、気づいたら氏んでいたんだ……
あのときは唯の首に手をかけていた……
脅しのつもりだった……
でも力が入りすぎたんだ……
本当に頃すつもりなんてなかった……
なかったんだ……

私は愚かだ……
あんなことで……
あんなばかみたいな理由で……
友達を恨んで……
唯は何も悪くなかったのに……
全部私がダメなせいだったのに……

私は恐ろしくなった……
部室にふたりきり……
いつか誰かが来る……来てしまう
そうなればバレる……
唯の氏体……
どうする……
隠す……
いや、どこに隠すんだ……
人ひとり隠せる場所なんてない……
どうしよう、どうしよう、どうしよう……

その時、部室の扉が開いたんだ……
心臓が爆発しそうになった……
人を頃したのがバレたんだからな……
頃した瞬間より頃したのがバレた時のほうが
焦っちゃうものなんだよ、知ってたか

89: 2011/06/26(日) 23:45:29.82 ID:M7uwFn1O0
入ってきたのは憂ちゃんだった。
唯の忘れ物を届けにでも来たんだろう。
部室に入ってきた瞬間、憂ちゃんは固まった。
床に力なくうなだれる唯と、
全身のあらゆる毛穴から汗を流して
息を荒くしている私がいたんだから
状況はすぐに飲み込めたろう。
憂ちゃんは唯と私を交互に見比べて
やがて私の目を見据えたまま視線を固定した。

すべて見透かしたような目。
真っ黒な瞳の中に
情けない私の姿が写っている。
人間の目っていうのは
どうしてああも力があるのか。

私は視線に耐えられなくなり
憂ちゃんの前に跳びかかるように跪いた。

 ――ごめん、ごめん、憂ちゃん、ごめん!頃すつもりなんてなかった!なかったんだ!

憂ちゃんは何も言わなかった。
どんな言葉を出せばいいか迷っているようだったが、
やがて重々しく口を開いた。

 ――――頃したのは、許せませんけど

そのつぎの言葉に、私は耳を疑ったのだ。

 ――――体は入れ物でしかありませんから、大丈夫です

93: 2011/06/26(日) 23:50:32.62 ID:M7uwFn1O0
は?
体は入れ物だって?
何を言っているんだ。
魂を降ろせばまた動き出すってか?

 ――――似たようなものですけど、この体じゃもう無理です

 ――な、何言って……

 ――――和さんを呼んできてください

 ――し、氏体は……

 ――――物置に隠しときましょう

 ――鍵ないから開けられたらバレるぞ

 ――――私が内側から押さえときます

 ――そ、そうか、じゃ、じゃあたのんだ……

 ――――ええ、私もお姉ちゃんが氏んだのが公になるのは面倒ですし

私は言われたとおり和の所に行った。
事情を話すと和は一発私の頬を殴った。
当然の制裁だろう。友達を頃したんだから。
でも和は特に取り乱しはしなかった。
憂ちゃんもそうだった。
本当に違う体があればまた唯は復活するのか。
その時の私はそんな馬鹿げたこと信じられなかった。

97: 2011/06/26(日) 23:56:43.14 ID:M7uwFn1O0
平沢島。
南アメリカの海の果てにある絶海の孤島。
人類未踏の地。謎多きジャングル。
そこに唯と同じ顔をした人々が住んでいて、
今まで私達と一緒にいた唯と憂ちゃんも
そこから連れてこられた……和はそう説明した。

 ――――私は今すぐそこに行って唯の代わりをつれてくる

 ――唯の代わり、って……

 ――――1週間ほどかかるけど、その間に唯が氏んだことがバレたら

 ――――大丈夫です、私が何とかしときます

 ――――そう、じゃあ頼んだわよ、憂

 ――あ、あの、私も連れてってくれないか!

 ――――……ええ、いいわよ

 ――すまない、憂ちゃん。まだよく分からないけど唯の代わりは必ず連れて帰るから

 ――――お願いします

お願いします、か。
結局これは私がしてしまったことの尻拭いであり
ただの罪滅ぼしでしかない。お願いされるようなことじゃないんだ。
ともかく私はそのまま荷物をまとめて和と一緒に
その日のうちに日本を発ったのだった。パスポート取っといて良かった。

100: 2011/06/27(月) 00:01:07.50 ID:CtGLTbr00
こうして私は平沢島に来て
信じられないものをいっぱい見てしまった。
唯と同じ顔の裸族……
これが本当に唯の代わりになるのか……
いや、体は唯そっくりだけど中身は?
日本語しゃべれないし、記憶だって……
一体どうするつもりなんだろう……

そして、
復活した唯は、
私が唯を頃したこと、
覚えているのだろうか?

なあ、唯。
私が馬鹿だったせいで
謝っても謝りきれないことしてしまったな。
本当にごめん、ごめん、ごめん。
ごめん…………

 ――えへへへ

唯……?
どうして、笑って……

 ――――私には、友達がいないの

 ――これからはずっと、いっしょだよ。ずっとだよ

違う、これは昨日も見たあの夢だ。
私の記憶にないはずの、知らない映像だ。

104: 2011/06/27(月) 00:06:48.29 ID:CtGLTbr00
なんだ、これは。
いつの、どこの映像なんだ?
なぜ私の夢に現れる?
唯と話しているのは誰だ?
この唯は……何歳だ?

 ――――これからは、この子が和のお友達よ

 ――ゆいです、よろしくね

 ――いもうとの、ういです

 ――――お友達? 私の、お友達……?

 ――あそぼっ、のどかちゃん!

 ――おままごとする?それとも、おにんぎょうであそぶ?

 ――――おそとにあそびにいこっ

 ――あー、まってー、のどかちゃーん

 ――――ふふ、あの子ったらあんなにはしゃいで……

 ――――あの島がこんな形で役に立つなんてな……

和か? 和なのか?
小さいころの、平沢姉妹と遊ぶ、和……
和の両親は、何を言ってるんだ……
唯たちは……和は……

106: 2011/06/27(月) 00:13:12.18 ID:CtGLTbr00
和「着いたわ」

澪「うっ……」

窓から朝日が差し込む。
ボートはもう止まっていた。
アイナマ共和国に到着したらしい。
眠い目をこすり、ぼうっとした頭を働かせる。
さっき見た夢は、なんだったんだろ……
和に聞いてもいいのかな、
と思って和のほうを見ると
和の目には大きなクマが出来ていた。
本当に夜通し運転してたんだな……
そんな和に意味不明な夢の話を振って
また怒られても嫌なので黙っておくことにした。

船を降りて、港の店で軽く朝食を済ませる。
唯はスプーンもフォークも使えなかったので
パンだけを機械的に食べていた。
あ、ちなみに今は裸じゃないです。

朝食を食べた後は車と運転手を雇って
陸路で東チカ国へと二日かけて向かう。
そこから飛行機で日本に帰る、というわけだ。

東チカ国へ向かう途中も
日本への飛行機の中でも
あの変な夢を見た。
でも和には黙っておいた。

109: 2011/06/27(月) 00:23:36.56 ID:CtGLTbr00
そうこうして日本に帰ってきた。
飛行機から降りて休む間もなく
急いでタクシーを止めて3人転がるようにして乗り込む。
ずっと思っていたのだが
和はなんだかやたらと慌てている感じだ。
確かに憂ちゃんに唯の氏をごまかしつづけてもらうのが
長くなるとボロが出てしまうだろうが……
いやでも、それを恐れているわけじゃなさそうだ。
なんかもっと別の……

澪「なあ、どうしたんだ、和?」

和「え、何?」

澪「いや……なんか落ち着かない感じだし」

和「なんでもないわよ。
  というかなんであんたはそんなに落ち着いてんの、殺人鬼のくせに」

タクシーの運ちゃんがブッと吹き出したのが聞こえた。
そりゃ女子高生の会話で殺人鬼なんて言葉が出てきたら
誰だってそれなりに驚くだろうな。
それを本気に受け取るかは別として。

和は小声で続ける。

和「唯の氏はごまかせるけど、澪がやったことはずっと残るから」

私には返す言葉もなく。

113: 2011/06/27(月) 00:28:51.31 ID:CtGLTbr00
澪「唯が生き返ったら、唯に謝るよ。
  謝っても、謝りきれないけど……」

和「まあ、唯なら、許してくれるでしょうね」

唯なら許してくれる。
でもそれでホントに私のやったことが許されるわけじゃない。
一生かけて、償っていかないといけない。
私は友達を頃してしまったのだから。

そうは思いつつも
心のどこかで安心している自分がいた。
頃しちゃったときはどうしようかと思ったけど
でももうこれで大丈夫、すべてごまかせる。
私は誰からも咎められることはない。
このこと知ってるのは、憂ちゃんと和だけ。
この二人が私の殺人を誰かに話そうとしたら、
私も言ってやればいいのだ。平沢島のことを。
おそらくあの島のことは
和たちにとって最大の秘密なんだろうから。

でもそんな考えをしてしまう自分が嫌だった。
そんなことだから唯を頃してしまったんだ。
生まれ変わらないと。
もう誰も傷つけない、傷つかない私に。

運転手「付きましたよー」

タクシーが止まる。和は万札を運転手に押し付けて
お釣りももらわないまま飛び降りた。慌て過ぎだろう。

116: 2011/06/27(月) 00:33:11.24 ID:CtGLTbr00
見慣れた街。
一週間ぶりの帰還だ。
非日常が続きすぎたせいで
なんだかひどく懐かしく見える。
しかしそんな感慨にふけっているわけにもいかない。
早く唯をどうにかしないと。

和は唯の手を引いて走り始める。
ジャングル探検の荷物を詰めたリュックは
東チカ国の空港で捨ててきた。
今持ってるのは小さい旅行カバンだけだったが
和はそれさえも放り出して走っていった。
私はその後を必氏で追いかける。

澪「おい、和!」

和「何!」

澪「ちょっと、待て、落ち着け!
  何そんな急いでんだ!」

和「急ぐに決まってるわよ!」

澪「というか、ちょっと」

和「何よ!」

澪「その唯を、どうやって、もとの唯に仕立て上げるんだ!?」

和「記憶を植えつけるのよ!」

121: 2011/06/27(月) 00:38:24.11 ID:CtGLTbr00
全力疾走で会話する私たち。
唯は息を乱さずに和の後を追っている。
さすが裸族は運動神経抜群だな。

澪「はあ?」

和「記憶とはすなわち人格よ。
  それさえ植えつければこの唯は平沢唯になるのっ」

澪「そ、そんなこと、できるのかっ」

和「何度もやってるからねっ」

澪「何度も……?」

その言葉を聞いて思いだした。
和が、憂ちゃんの代わりを何度も捕まえていた、ということを。
理由を聞きそびれてしまったが、結局なぜだったんだ?
なぜ、憂ちゃんを何度も捕まえる必要があった?
それはつまり憂ちゃんの体を何度も取り替えて、
何度も記憶を植えつけていたということ。
それは何故だ?
考えた。
走りながら考えた。
そして至った結論は一つだけだった。

まさか。
和がずっと急いでた理由って。

124: 2011/06/27(月) 00:45:01.04 ID:CtGLTbr00
今日はちょうど日曜だった。
学校はない。
憂ちゃんも家にいるはず。
私たちは平沢家へと向かう。

澪「タクシーで直接唯の家まで行けばよかったのにっ!」

和「あそこ一方通行で遠回りになるから走ったほうが早いのよ!」

胸騒ぎが収まらない。
走っているからじゃない。
悪い予感が、私の背中を叩いている。
恐るべき結末が、てぐすねひいてるのが見える。
やめてくれ。
それだけは。
そんな結末だけはやめてくれ。

きっと和も同じ気持ちで走っているに違いない。
顔が青い。
和にも見えているんだ。
私と同じものが。

平沢家に到着した。
2人ともゼエゼエと肩で息をしている。
対して唯は平気そうな顔。
すごいなーと感心してる場合じゃない。
私は和に先んじて平沢家の玄関のドアを開けた。

靴が、5人分並んでいた。

128: 2011/06/27(月) 00:51:30.95 ID:CtGLTbr00
見覚えのある靴だった。
唯と。憂ちゃんと。
そして、律と、ムギと、梓のだった。
家に、いるのか。
なんでいるんだ。
ああ、今日帰るって、
憂ちゃんにメール打ったのに。
こんな日に人を呼ぶなんて。

玄関のドアが開いた音を聞きつけて、
2階から梓が駆け下りてきた。

梓「澪先輩、和先輩まで!
  今までどこに行ってたんですか!!」

澪「の、和と一緒に、ちょっとな」

まだ息が整わなかった。
梓は必氏の形相で食らいついてくる。

梓「唯先輩も! 一体何してたんですか、
  憂に自分のフリをさせて!」

和「ところで、ここで何してるの梓ちゃん。
  今から忙しくなるから出てってくれないかしら」

梓「それどこじゃないです、憂が…………!!」

ああ、やはりか。
最後に嗤ったのは神じゃなく悪魔だったか。

130: 2011/06/27(月) 00:59:08.17 ID:CtGLTbr00
憂「あびゃば……あは……あびび……」

絶望した気持ちで二階に上がると
予想したとおり廃人と化した憂ちゃんがいた。
焦点の合わない目でヨダレを垂らしながら
言葉にならない言葉をつぶやいている。
手足が時々痙攣する。
壊れたおもちゃのようだった。

そんな憂ちゃんを律とムギが
泣きそうな顔で見つめていた。

澪「こういうことか……」

和「……ええ、定期的に体を入れ替えないと
  壊れてしまうのよ」

澪「……」

梓「ど、どういうことなんですか?
  憂がこうなっちゃった理由、何か知ってるんですか?
  なんで、こんな……唯先輩は……」

唯はまだ虚ろな表情をたたえたまま。
おそらく記憶を入れるまではずっとこうなんだろう。

梓「おかしいです、どうなってるんですか……
  説明してください……訳わかんないです……」

133: 2011/06/27(月) 01:03:28.48 ID:CtGLTbr00
説明?
私が唯を頃したとこから説明するのか。
バカ言え。
そんなことしたら、
本当に私は軽音部に居場所を無くしてしまう。

目に涙を貯めて睨みつけてくる梓を
和はホコリを吹き飛ばすように軽くあしらった。

和「説明するつもりはないわ。
  憂の体のストックはある。
  明日にはもとに戻ってるから安心して」

梓「なっ……?」

紬「和ちゃん……」

律「……」

和「早く出ていってちょうだい……
  いつまでも憂のこんな姿、見たくないでしょう」

梓「う……」

紬「わかったわ、今日は帰る……
  でも。ちゃんと全部説明してくれるのよね?」

和「ええ、澪が唯を頃してしまったところからね」

澪「おっ、おい……!!」

139: 2011/06/27(月) 01:08:46.24 ID:CtGLTbr00
律「み、澪が……唯を……!?」

紬「な……」

和「澪が唯を頃してしまったから、
  私たちは唯の新しい体を調達しに行ったの。それがこれね」

梓「……」

和「で、憂に事後処理を任せてたんだけど
  体が持たなくなるのが近かったのよね……
  なるべく早く帰ってきたかったんだけど……」

沈黙が降りる。
憂ちゃんが時折放つ奇声だけが部屋に響く。

紬「信じられない、そんなの……」

律「澪、本当か……?」

澪「……」

和「事実よ。
  信じる信じないは勝手だけど」

梓「そんなこと……」

和「さ、早く出ていって。
  憂と唯は、私がちゃんともとに戻しておくから」

143: 2011/06/27(月) 01:13:20.85 ID:CtGLTbr00
律、ムギ、梓は素直に出て行った。
ここにいてもどうしようもないと判断したのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい、
問題は和だ。

澪「おい……何で言ったんだよ」

和「罰よ」

澪「罰って……!
  唯の氏が公になったら色々まずいだろ!」

和「あの子たちなら公にはしないでしょう。
  仲間内だけの秘密にしといてくれるはずよ。
  もっとも、あなたが仲間に戻れるかどうかは分からないけど。
  あと自分の保身をはかる際に
  もっともらしい正論で理由付けするのはやめなさいね」

澪「っ……お前……!」

和「私も頃す?
  今度は殺人をごまかすすべはないわよ」

澪「……っ」

和「そう、それでいいのよ。
  あなたも早く帰りなさい、ご両親心配してるでしょ」

澪「言うぞ……平沢島のことも」

146: 2011/06/27(月) 01:19:28.07 ID:CtGLTbr00
さすがの和も動揺したらしい。
クローゼットから記憶移植のためと思われる機械を取り出し
配線を繋いでいた手を止めて、こちらを見た。

澪「ふふ、公表すればどうなるかな……
  世界中の学者が殺到するぞ……
  そうなったらもう新しい体を取りに行けないな」

和「……」

澪「定期的に取り替えなきゃいけないんだろ?
  もうそれができなくなったら
  唯も憂ちゃんも廃人になったまま永遠に」

和の顔に焦りの色がにじむ。
後悔してるな、私の殺人をバラしたこと。
良い気味だ。

澪「まあ、黙っててあげないこともないけどな。
  そのへんの話は後からしようか。
  今はとりあえず唯と憂ちゃんを復活させてやれよ」

和「……ほんっとうに、どうしようもないクズね」

そんな捨て台詞を吐くのが精一杯か。
でも許せ、私だって自分の身が可愛い。
それに秘密を持ってるのはお互い様じゃないか。

私は家に帰ることにした。

150: 2011/06/27(月) 01:24:09.89 ID:CtGLTbr00
平沢家を出ると律がいた。
私のことを待ってたらしい。

律「よう」

澪「……よう」

律「驚いちまったよ」

澪「何にだ」

律「お前が唯を頃したこと」

澪「信じるのか?」

律「嘘なのか?」

澪「……信じるのか」

律「和が話した唯と憂ちゃんのこと、
  それにその事実を合わせると、最近の妙なことが全部つじつまが合う。
  和と澪が急に学校休んだり、唯と憂ちゃんが交互に登校したり」

澪「怒るか?私のこと」

律「怒るというか失望したよ」

澪「ごめん……」

律「謝るなら唯に謝れ」

152: 2011/06/27(月) 01:27:24.60 ID:CtGLTbr00
澪「このごめんは、軽音部を壊しちゃったことへのゴメンだ」

律「ああ、そう」

澪「どうでもよさげだな」

律「うん」

澪「もう元に戻れないんだぞ」

律「かもな」

澪「唯と憂ちゃんの秘密だって」

律「そこは別にどうでもいい。
  体がどうあれ唯は唯だし憂ちゃんは憂ちゃんだ」

澪「……」

律「それに澪、おまえもな」

澪「え?」

律「もう元の軽音部に戻れない、って言ったな」

澪「ああ……それが?」

律「互いの記憶さえ消せば、戻れるじゃないか」

澪「え」

156: 2011/06/27(月) 01:30:33.17 ID:CtGLTbr00
律「悪かったな、今まで黙ってて」

澪「え」

律「秋山島はイイトコだぞ、夏は涼しくてな」

澪「え」

律「果物も美味しいんだ」

澪「え」

律「小さいころ友達ができなくてな。
  見かねた両親が、大学時代の友人からあの島のことを教えてもらって
  そしてお前という友だちを作ることができたわけなんだが」

澪「え」

律「親の大学時代の友達って、和のご両親だったんだな~」

澪「え」

律「さて、そろそろお前の体も取り替えの時期なわけ」

澪「え」

律「安心しろ、殺人の記憶は消してやる。
  きっと和も、同じコトしてるはずだしな」

澪「え…………?」

163: 2011/06/27(月) 01:36:30.95 ID:CtGLTbr00
視界がブラックアウトした。
またあの夢が広がる。

幼いころの和。
幼稚園に溶け込めず、
一人ぼっちで本を読んでいる。

 友達と遊ばないの?
 友達なんかいないもん。

 どうしましょう、あなた、和ったら……
 そうだな……こうなったらあれを使うか

 大学時代に旅行中船が難破してな
 流れ着いた先がその島だったんだ

 人格入力装置
 記憶移植装置
 これで和の友達を作ってやれるぞ

 こんにちは、のどかちゃん
 いっしょにあそぼっ
 ゆいちゃん、ういちゃん、だいすきっ!

そうか、唯と憂ちゃんはこうやって生まれたんだなあ。
そして私も同じように、ってか。
私は作られたモノだったんだ。
馬鹿みたいだな。
入れ物の体同士で傷つけあってサ。

168: 2011/06/27(月) 01:44:30.66 ID:CtGLTbr00
ああ、もう、ほんとうに、
私はどうしようもないバカヤロウだな。
一連の騒動で、私は何をした?
まず唯を頃しただろ。
この次点でもう相当救えないオバカさんじゃないか。
そのあとは和と一緒に平沢島に行ったろ。
そこでも和の足を引っ張ってばっかりだったよ。
なんの役にも立ってない。
何しに行ったんだって話だ。
結局何か行動したかっただけなんだよな。
あのままじっとしてたら罪悪感で潰されそうだったからさ。
行動をすることによって罪を償ってる、
って実感が欲しかっただけなんだ。馬鹿らし。
和にまでクズ呼ばわりされたしな。
でも。
でも律は、
元の軽音部に戻そうとしてくれてる。
唯からも、私からも、殺人の記憶を消しちゃって、
また今までの日常を過ごさせてくれる。
全部私が悪いのに。
友達にこんなに手を焼かせて。
私ってほんと馬鹿。
もう一度目が覚めたら、
唯を頃した記憶は消えるんだろうけど。
罪が消えるわけじゃない。
なあ、目覚めた後の私。
それだけは覚えとけよ。
そろそろ目覚めの時間だ。
まぶたの外が明るい。
新しい私が、目覚めるんだ。

170: 2011/06/27(月) 01:47:58.33 ID:CtGLTbr00
――

――――

――――――


チャイムが鳴った。
これにて今日の授業はおしまい。
さっきまで眠かったのに
このチャイムの音を聞いた瞬間に
眠気が吹き飛ぶのはどういう理屈なんだろうね。

終令が終わって、
クラスのみんなが思い思いに立ち上がる。
さっさと帰っちゃう人、
自習室に行く人、
部活に行く人、さまざまだ。
そんな中で、私は――

唯「りっちゃーん、早く部活いこー!」

律「そんな急かすなよ、すぐ行くから」

紬「ふふ、唯ちゃんは元気ね」

唯「えへへ、部活だけが楽しみですから」

澪「あ、平沢さん」

174: 2011/06/27(月) 01:52:15.63 ID:CtGLTbr00
唯「ん?なーに、秋山さん」

澪「昨日借りたCD、返すね、ありがとう」

唯「どういたしましてー。
  すごくよかったでしょ?」

澪「うん、良かった。私も軽音部入りたくなったよ」

唯「入っちゃいなよー、楽しいよ~!」

律「あっはは、秋山さん恥ずかしがりなんだから無理だろ~!
  な、ムギ!」

紬「ええ、それにベースは他の子がいるからね」

唯「え、なんでベース?」

紬「えあっ、ああ気にしないで、あはは……」

律「早く部室行くぞ、梓も待ってるだろうし」

唯「あ、待ってぇ~」

いいな、ああいうのは羨ましい。
私もあんな友達が欲しくなる、けど
友達って作ろうと思って作れるもんでもないよね。
どうやったら作れるんだろうね、友達って……

       お              わ             り

176: 2011/06/27(月) 01:52:27.40 ID:CtGLTbr00
おしまいです
SS書いてる場合じゃなかった

177: 2011/06/27(月) 01:53:30.03
おつおつ

引用元: 澪「ここが平沢島なのか?」