狐娘「主様ーっ」男「うっせ」
1: 2013/02/17(日) 20:19:03.14 ID:zhBOIGnK0
狐娘「邪魔するぞ、男」

男「お、来たね」

狐娘「うむ」

男「居間で待っててよ」

狐娘「分かった」

3: 2013/02/17(日) 20:22:06.67 ID:zhBOIGnK0
――居間

男「ここのとこ、毎日来てるね」

狐娘「迷惑だったかの」

男「分かってるクセに、そんな事を聞くんだ」

狐娘「男の口から聞きたかったのでな」

男「……自分の時ははぐらかしたクセに」

狐娘「そうだったかの」

男「そうだよ」

狐娘「わかった……話題を変えよう」

狐娘「小耳に挟んだのだが、今日は『ばれんたいんでー』という日らしいではないか」

男「あー、そういえばそうだね。そうだった。すっかり忘れてたよ」

狐娘「ばれんたいんでーとはなんだ?」

5: 2013/02/17(日) 20:25:57.80 ID:zhBOIGnK0
男「うーん……本来はもっと神聖な日なんだけど」

男「一般的には、女の子が男の子にチョコを渡す日ってなってるね」

狐娘「……ちょこ?」

男「うん、チョコ。チョコレート。甘いお菓子だよ」

狐娘「ふぅん……」

狐娘「なぜ渡すのかの?」

男「さぁ……多分、気持ちを伝えるためなんじゃないかな」

狐娘「気持ち……」

男「うん。それは日ごろの感謝だったり……好きって気持ちだったりするんだろうね。きっと」

狐娘「そうか」

狐娘「では、男にチョコをやろう」

6: 2013/02/17(日) 20:29:56.49 ID:zhBOIGnK0
男「それは嬉しいけど……チョコの作り方、分かるの?」

狐娘「さっぱり」

男「だよね」

狐娘「男は知っているか?」

男「お菓子なんて作らないからなぁ……分からないよ」

狐娘「そうか……では無理か……」ショボーン

男「……」

男「チョコじゃなくても、いいかもね」

男「僕たちのバレンタインということでさ」

狐娘「……というと?」

男「チョコでなくても、気持ちが伝われば、それはバレンタインらしいことだよね」

男「……と、僕は思ってる」

狐娘「ふむ……」

8: 2013/02/17(日) 20:33:33.84 ID:zhBOIGnK0
狐娘「では、渡すものが稲荷寿司でもいいのだろう?」

男「……それは、どうだろう」

狐娘「イヤなのか……?」

男「そういう言い方はずるいよ」

男「……キミが頑張って作ってくれたものをイヤがる訳ないじゃないか」

狐娘「なぜこういう時には素直に言えるのかの」

男「……キミって、結構意地が悪いよね」

狐娘「元はといえば、男が素直じゃないのが悪いのだぞ」

男「そんなつもりはないんだけど……」

男「どっちかというと、それはキミの方じゃないの」

狐娘「むっ」

男「なんだかんだではぐらかされてきた記憶しかないよ」

9: 2013/02/17(日) 20:37:37.10 ID:zhBOIGnK0
狐娘「……そうだったかの」

狐娘「言われて見れば、そうかもしれん」

狐娘「……すまぬ」

男「どうして謝るのさ」

狐娘「……こう素直でないと、その……可愛げがないだろう?」

狐娘「余の相手は、億劫ではないか?」

男「狐娘らしくないね。そんなことを気にするなんて」

狐娘「……余もそう思う。だが、なぜだか、最近はそのような瑣末なことが気になるのだ……」

狐娘「どうしてしまったのだろう」

男「僕に聞かれても分からないよ。けど、ただ一つ言えるとしたら……」

狐娘「……言えるとしたら?」

男「こうしてキミと話している時間は、あっという間だってことかな」

狐娘「…………ここでその台詞を持ってくるのか」

男「狐娘がそう言ってくれたから。僕も伝えておかないと、不公平かなと思って」

狐娘「……素直でないのは、お互いさまかの」

10: 2013/02/17(日) 20:42:12.17 ID:zhBOIGnK0
狐娘「……よしっ、決めたぞ」

男「?」

狐娘「余は一人で稲荷寿司を作ってみせるっ」

男「……団扇で扇ぐ役は必要?」

狐娘「あっ」

狐娘「…………頼む」

男「うん、任せて」

狐娘「だが、それだけだぞ。他のことはさせないからなっ」

男「分かってるよ」

男「……楽しみにしてるから」

狐娘「…………、うむ」

狐娘「がんばる」

男「今からやるの?」

狐娘「もう夕方だからの。丁度よい時間だ」

男「そっか」

13: 2013/02/17(日) 20:48:07.85 ID:zhBOIGnK0
男「ところで、作り方覚えてるの?」

狐娘「…………酢飯と、握り方と、油揚げへの詰め方だけは覚えている」

狐娘「他は、見ていないのでな」

男「……分かった。手出しはしないけど、口出しはさせてもらうよ」

狐娘「頼む……」

狐娘「……」

男「?」

狐娘「いや……一人で作ると言ったのに、結局男の手を借りてしまっている」

狐娘「これでは、意味がない気がする……」

男「気にすることないよ」

男「僕ら二人らしいバレンタインじゃないか。世間一般とずれてたって構いやしない」

男「そもそも、妖がバレンタインっていうイベントに参加すること自体、おかしいし」

狐娘「……確かに、そうだの」

15: 2013/02/17(日) 20:51:36.42 ID:zhBOIGnK0
狐娘「ただ、これだけは確認しておきたい」

男「?」

狐娘「分かっているだろうが、余は料理に関しては全くの無知だだ」

狐娘「……美味く出来る自信が、ないのだ」

男「……」

狐娘「口に入れたら卒倒するようなものが出来上がってしまうとも限らん」

狐娘「それでも……受け取ってくれるか?」

狐娘「余の気持ちを、受け止めてくれるか?」

男「愚問だね」

狐娘「……はっきり言わんかい」

男「ごめん、言うよ」

男「うん、もちろん。受け取るし、受け止めるよ」

男「……いや、受け取りたいし、受け止めたいんだ」

狐娘「男……」

16: 2013/02/17(日) 20:54:25.10 ID:zhBOIGnK0
男「卒倒したら、膝枕して介抱してね」

狐娘「卒倒すること前提なのか!?」

男「冗談」

狐娘「くだらん冗談を言うな」ペシッ

男「あだっ」

男「ってて……でも、膝枕はして欲しい……かも」

狐娘「……そうなのか」

男「一度も経験ないからさ。どんなもんなのかなって」

狐娘「両親に一度はしてもらうものではないのか? 余はしてもらったことがあるぞ」

男「どうだろう……記憶にはないなぁ」

男「いつも姉ばかり可愛がられてたし、きっと、されたことはないんだと思うよ」

狐娘「……そうか」

17: 2013/02/17(日) 20:57:46.98 ID:zhBOIGnK0
男「キミが気に病む必要はないからね」

狐娘「……お主は時々、鋭いの」

男「キミと過ごしてきた時間はまだまだ短いけど、それくらいは分かるよ」

狐娘「……だが、実の親に愛されなかったというのは、悲しい事ではないか」

狐娘「寂しい事、ではないか」

男「大げさだよ。注ぐ愛情の量が、ちょっと違ってたってだけさ」

男「それくらい、普通だよ」

狐娘「そうなのかの……」

男「ほら、こんな話で時間潰してていいの?」

狐娘「……そうだったか」

男「さぁ、作ろ――」

狐娘「――待てぃ」

19: 2013/02/17(日) 21:01:57.15 ID:zhBOIGnK0
男「えっ?」

狐娘「男が作るのではない。余が作るのだ」

男「……そうだったね」

狐娘「うむ」

狐娘「余が、男の為に作るのだ。これは譲れない」

男「嬉しいこと言ってくれるねぇ」

狐娘「さぁ、準備に取り掛かろう」

男「うん」

20: 2013/02/17(日) 21:05:16.05 ID:zhBOIGnK0
――台所


男「じゃ、油揚げを煮る煮汁作りから始めよう」

狐娘「うむ」

男「まず、鍋を用意する」

狐娘「これだな」コン

男「鍋の中に水を入れる。その小さい計量コップ、二杯分くらい」

狐娘「……」ジャー ジャー

狐娘「これでいいのか」

男「うむ」

男「次は、用意しておいた酒、砂糖、みりん、醤油をこの大きめのスプーン一杯にすくって入れる。各二回ずつね」

狐娘「うむ……」

トクトク……

狐娘「……あっ、溢れた」

男「ちょっとくらい溢れたって気にしないでいいよ」

男(もっと簡単な方法もあるけど、まぁいいや)

22: 2013/02/17(日) 21:08:19.59 ID:zhBOIGnK0
狐娘「むむむ……」

男(頑張ってる姿を、もう少し眺めていたい)

トクトク……

狐娘「……これで、いいのか」

男「うん。その鍋を火にかけて。使い方、分かる?」

狐娘「この突起を押せばよいのだろう?」パチッ

チッチッチッ……ボッ

狐娘「!」ビクッ

男「……まぁ、動物にとって火は怖いよね」

狐娘「いや、今のは違うぞ、違うんだぞ男っ」アセアセ

男「いいじゃない。誰にでも苦手なものはあるし」

狐娘「だから違うと……!」

男「ほらほら、目を離しちゃダメだよ」グイッ

24: 2013/02/17(日) 21:12:48.87 ID:zhBOIGnK0
狐娘「……バカにしおって」

男「してないって」

狐娘「いいやしてた。目がイキイキしていたぞ」

男「まさかぁ」

狐娘「男と居た時間はまだまだ短いが、それくらいは分かるぞ」

男「それ、僕の台詞」

狐娘「うるさい。罰だ。罰として、男の苦手なものも教えろ」

男「イヤだよ」

狐娘「おーしーえーろー」ズイッ

男「ほら、今は稲荷寿司を作るんでしょ」グイッ

狐娘「むぅ……」

男「後で教えるから。今はこっちに集中」

狐娘「約束だぞ」

男「うん、約束」

26: 2013/02/17(日) 21:16:16.61 ID:zhBOIGnK0
狐娘「……ん」スッ

男「……覚えてたんだ、ゆびきり」スッ

狐娘「男と過ごした時間を忘れたことはない」

男「……やっぱり、お揃いじゃない。キミの方がよっぽど素直だ」

狐娘「? そうかの」

男「うん。見習わないとね」

狐娘「見習ったら、男は余をもっと温かくしてくれるのか?」

男「温かく?」

狐娘「……男の気持ちが伝わると、こう、胸の奥が温かくなる」

狐娘「いや、熱くなると言い替えてもいい」

男「……僕なんか、熱くなりっぱなしだけどね」

狐娘「えっ?」

男「さ、続きをやろう」

ギュッ

男「……狐娘?」

27: 2013/02/17(日) 21:21:43.72 ID:zhBOIGnK0
狐娘「ゆびきりが終わってない」

男「あぁ、そうだったね」

男「ゆーびきーりげんまん」

狐娘「うーそつーいたーらはーりせーんぼんのーます」

男「ゆびきった」パシッ

狐娘「うむっ。続きをやるぞ、男」

男「うん」

グツグツグツ……

男「話してる間に、いい具合に沸騰してるね」

男「鍋に油揚げを入れて」

狐娘「……」ヒョイ ヒョイ

男「うん。おーけー」

男「後は煮汁が無くなるまで煮続ける」

狐娘「うむ」

28: 2013/02/17(日) 21:25:04.18 ID:zhBOIGnK0
男「最初の時、水を入れすぎると余ったりするから。その時は無理に無くなるまで煮なくていいよ」

狐娘「ふむ」

男「ちなみに、前回キミが手伝ってくれた時は余った」

男「けど、今回はその心配はなさそうだね」

男「ということで、小休止。煮汁が無くなるまで待ちます」

狐娘「余は疲れていないぞ」

男「次の作業が疲れるからね。その為の休憩」

狐娘「次は……酢飯か」

男「ご名答。結構大変だから、頑張って」

狐娘「任せておけ」

グツグツ……

グツ……

男「お、無くなった」

30: 2013/02/17(日) 21:28:39.94 ID:zhBOIGnK0
男「じゃ、箸で摘んで、こっちの皿に広げておいて」

狐娘「うむ」ヒョイ ヒョイ

男「うん。じゃあ、酢飯作りに取り掛かろうか」





パタパタパタ……

コネコネ……

男「もっと全体をかき混ぜて」

狐娘「う、うむ……」

パタパタパタ……

コネ……コネ……

男「かき混ぜる速度落ちてるよ」

狐娘「分かっている……」

パタパタパタ……

コネコネ……

31: 2013/02/17(日) 21:31:13.50 ID:zhBOIGnK0
男「……こんなもんかな」

狐娘「もう混ぜなくていいのか……?」ゼェ ゼェ

男「うん。お疲れ様」

ペタン

狐娘「あぁ……男はこんなことを顔色変えずにこなしていたのか……」

男「慣れだよ、慣れ。ほら、味見してみて」スッ

狐娘「……腕が疲れた。食べさせてくれ」

男「……じゃあ、ほら。口開けて」

狐娘「あーん……はむっ」

狐娘「……」モグモグ

狐娘「!」

男「どう?」

狐娘「美味い、美味いぞ!」

男「そう。それはよかった」

32: 2013/02/17(日) 21:35:46.98 ID:zhBOIGnK0
男「この先はもう分かるよね?」

狐娘「もちろん。油揚げの煮汁を絞るのだろう?」

男「うん」

ギュー ギュー……

狐娘「この後、酢飯を握る。親指を一回り――いや、余の場合は二回りだったか」

男「よく覚えてるね」

狐娘「さっきも言ったであろう。男と過ごした時間を忘れたことはないと」

男「恥ずかしいからやめてその台詞」

狐娘「この程度で顔を赤くしてどうする」

狐娘「大体、男はすぐに顔を赤くしすぎなのだ」

男「えっ、そうなの!?」

34: 2013/02/17(日) 21:38:50.43 ID:zhBOIGnK0
狐娘「こうして指摘していない時でも、よく顔を赤くしておるぞ」

狐娘「その様子だと、気づいておらんかったようだがの」

男「……なんということだ…………」ガクリ

ニギ ニギ……

狐娘「このくらいでよかったか?」

男「あぁ、うん……いいよ……」

ニギ ニギ……

狐娘「別に恥じることでもあるまい」

狐娘「可愛いではないか」

男「嬉しくないよ」

男「あと、キミもよく顔を赤くしてるからね」

ニギュウウ……

男「あぁ、酢飯が潰れちゃうよっ」

狐娘「……余も、顔を赤くしておったのか」

男「うん」

36: 2013/02/17(日) 21:42:42.94 ID:zhBOIGnK0
狐娘「……」

狐娘「忘れよう」

男「お互い、水に流そうか」

狐娘「うむ」

ニギ ニギ……

狐娘「よし。後は油揚げに詰めていけば……」

ギュゥ……ギュゥ……

ギュウ……

狐娘「完成だっ」パッ

男「おー」パチパチ

狐娘「男、早速食べ――」

ピーンポーン

39: 2013/02/17(日) 21:47:44.04 ID:zhBOIGnK0
男「……ん? こんな時間に誰だろ。温泉の使用許可でももらいに来たのかな……」

男「ごめん、ちょっと出てくるね」

狐娘「うむ……」

タッ タッ タッ……

狐娘「……今日は、間が悪いの」
狐娘「……」

狐娘「…………」

狐娘「……………………」

ダッ ダッ ダッ……

バッ

狐娘「お、存外早かっ――」

パシッ

狐娘「――へっ?」

男「いいからこっちへ来て!」

狐娘「お、おい……男……?」

ダッ ダッ ダッ……

42: 2013/02/17(日) 21:51:52.89 ID:zhBOIGnK0
――2階、男の部屋


狐娘「男、どうした。何かあったのか」?

男「虚無僧が訪問してきた」

狐娘「あの籠を被ったヘンテコな人間か」

狐娘「……余の気を悟られたのかの」

男「いや、そうじゃないみたい。たまたまこの町にやってきて、辺り一帯の家宅訪問をしてるみたいなんだ」

狐娘「なぜそのような真似を?」

男「そりゃあ、家に住み着く妖怪でも退治する為でしょ」

男「全く、勘弁して欲しいよね」

男「今から簡単な結界を張るから、暴れちゃダメだよ」

男(机の中に閉まっておいた筈……)

ガサゴソ

男「あった」

狐娘「……ただの正方形の黒い紙ではないか」

43: 2013/02/17(日) 21:56:07.31 ID:zhBOIGnK0
男「うん。僕の血がたっぷり染みこんだ黒い紙、計4枚」

男「妖退治の才能なんて嫌気が差すけど……今は感謝だね」

狐娘「……」

男「この紙を、キミの回りを四角く囲むように置く」

男「ちょっとピリっとするかもだけど、我慢してね……」

狐娘「……うむ」

男「すぅ……はぁ……」

男「――フッ!」

バチィン

狐娘「っ!」

男「大丈夫!?」

狐娘「案ずるな……ピリっと来ただけだ」

男「……ごめんね」

狐娘「余を匿う為、なのだろう?」

狐娘「気にすることはない」

44: 2013/02/17(日) 21:59:14.72 ID:zhBOIGnK0
男「……」

男「この術は本来、妖を捕縛するための結界なんだけど……」

男「結界の中にいる妖の気が外に漏れないから、こういう使い方も出来る」

男「暫く、じっとしててね」

狐娘「うむ」

男「……何があっても、出ようとしちゃダメだよ」

キィイイ……バタン

狐娘(なぜ、わざわざ念を押したのかの……)

45: 2013/02/17(日) 22:02:48.25 ID:zhBOIGnK0
――居間


虚無僧「……この家、妙に臭うぞ」

男「さっき、料理をしてましたからね。その臭いじゃないですか」

虚無僧「いや、違う。台所の方から、怪しい気がする」

タッ タッ……

男「ちょっと、勝手に人の家を出歩かないでくださいって」

タッ タッ……

虚無僧「……な、なんだこれはっ!?」

男「はぁ? ただの稲荷寿司じゃないですか」

虚無僧「そんなこと分かっている! この稲荷寿司から漂う怪しい気はなんだと言っている!」

男(……なんだ、この人。辺りに付いてるであろう狐娘の臭いには気づかないのに、稲荷寿司に付着する怪しい気とやらは気づくのか)

47: 2013/02/17(日) 22:08:20.02 ID:zhBOIGnK0
虚無僧「これは即刻処分すべきだ」

スッ……

バシィン

男「ちょっと、なに人の家の食べ物に触ろうとしてるんですか」

虚無僧「何を言う。それには物の怪の気が付いているのだぞ」

男「僕にはそんなの分かりませんよ」

虚無僧「それは災いを呼ぶかもしれんのだぞ!」

男「何のことか分かりませんけど、稲荷寿司ごときに熱くなりすぎでしょ。その籠取って換気したらどうです」

虚無僧「……ええぃ、そこをどけっ」

ドン

ガシャァン

48: 2013/02/17(日) 22:12:17.75 ID:zhBOIGnK0
――2階、男の部屋


ガシャァン


狐娘「!」

狐娘(なんだ、今の音は……)


ガシャァン

狐娘(……まただ)

狐娘(まさか、男の身になにか――)スッ

バチィン

狐娘「っ!」

狐娘「……」

ガッ

バチバチバチ……

狐娘「ぬ……ぬぅうううう……」

50: 2013/02/17(日) 22:15:46.39 ID:zhBOIGnK0
バチィン

狐娘「……ダメか」

狐娘(随分と強固な結界を張ってくれたの。ビクともせんわ)

ゴン


狐娘(……なんだ、今の鈍い音は)

狐娘(……まるで、頭でも打ち付けたような)

ピキッ

狐娘(……男に危害を加えるような輩は――)

ガッ

バチバチバチ……

バチバチバチバチバチ

狐娘「……八つ裂きにしてくれるっ!」

パリィン

51: 2013/02/17(日) 22:18:25.77 ID:zhBOIGnK0
――居間

ダッ ダッ ……

狐娘「――男、男!」

狐娘「!」

狐娘「額から血が出ておるではないかっ」

狐娘「止血、止血しないと……!」

男「……ごめんな」

狐娘「……えっ?」

男「稲荷寿司、ダメにしちゃったよ」

狐娘「……あっ」

男「あの虚無僧もどき、妖の気なんかさっぱり分からないクセして、稲荷寿司から物の怪の気がするとか抜かしてさ……」

男「……床にぶちまけてった」

52: 2013/02/17(日) 22:21:31.70 ID:zhBOIGnK0
狐娘「……別に、よい。それよりも、その虚無僧『もどき』とやらはどこだ。どこにいる」

男「この怪我のことなら、いいんだよ」

狐娘「よくないっ!」

狐娘「八つ裂きにしてやる、でないと余の気が――」

男「――人を、頃すの?」

狐娘「……それは、」

男「それだけは、やめてほしい。あいつなんかの為に、キミの手を汚す必要はないんだ」

狐娘「でもっ……でも……」

男「……」

ヒョイ

狐娘「……男?」

パクッ

男「……」モグモグ

54: 2013/02/17(日) 22:25:59.69 ID:zhBOIGnK0
狐娘「……汚いぞ、それ」

男「美味しいよ」

ヒョイ

パクッ

男「美味しい。すごい美味しいよ、狐娘」

狐娘「……そうか、美味いか」

男「気持ち、受け止めたよ」

狐娘「……いい加減、止血をしないと」

男「大したことないよ。ちょっと切れただけだから」

男「それよりも……」チラッ

狐娘「……」

男「その手のヒドイ怪我……強引に結界を破ったね?」

狐娘「……男が心配で」

男「全く……相手が妖の気も分からない素人で助かったよ。じゃなかったら、今頃退治されてたかもしれないんだよ」

狐娘「余はそんなにやわではない」

58: 2013/02/17(日) 22:30:28.29 ID:zhBOIGnK0
男「反省しなさい」

狐娘「……すまぬ」

男「……って、僕も反省すべきだよね」

スッ

狐娘「っ!」

男「……結果的に、こんな怪我をさせちゃったし」

狐娘「男のせいではない。余が勝手にした事だぞ」

男「ううん……きっと、他にもやり方はいくらでもあったはずなんだ」

男「僕が間違ったから、こうなっちゃった」

狐娘「……そうやって自分を責め続けるのは、男の悪い癖だ」

男「そうかな」

狐娘「余が言うのだ、間違いない」

男「……そうだね。ごめん」

男「包帯、取ってくるね」

59: 2013/02/17(日) 22:33:29.42 ID:zhBOIGnK0
狐娘「……」

ギュッ

男「……どうしたの、狐娘」

狐娘「一人では危なっかしいからの。一緒に行く」

男「……ありがとう」

狐娘「なに、余も男に傍にいてもらったのだ。これはお返しだ」

男「そうなの?」

狐娘「そうなのだ」

男「そっか」

狐娘「うむ」

スタ スタ……

60: 2013/02/17(日) 22:37:28.77 ID:zhBOIGnK0
――夜、居間、窓際


ヒラ ヒラ……

男「雪が降ってるね」

狐娘「どれどれ……」

ヒラ ヒラ……

狐娘「おぉ、ホントだ。月も出ておる」

男「綺麗だね」

狐娘「うむ」

ヒラ ヒラ……

男「寝ないの?」

狐娘「男の方こそ、寝ないのか」

男「……僕は、ここに座って、もうちょっと眺めてたいな」

男「狐娘と一緒にさ」

狐娘「奇遇だの。余も、そう思っていたところだ」

64: 2013/02/17(日) 22:43:06.16 ID:zhBOIGnK0
男「よかった。断られたらどうしようかと思ってた」

狐娘「断るわけがなかろう」

男「……」スッ

狐娘「……」スッ

男「前にもこうして、肩を並べてたね」

狐娘「あの時は雨だったがの」

男「また、肩をくっつけてもいい?」

狐娘「許可などいらぬ……したい時にすればよい」

男「そっか、じゃあ……」

ピトッ

男「……」

狐娘「……」

パシッ

狐娘「っ……!」

男「手の怪我、暫く後が残りそうだね」

66: 2013/02/17(日) 22:48:01.37 ID:zhBOIGnK0
狐娘「……人間とは違うからの。すぐに治って、消える」

男「……よかった」

狐娘「男は、どうだ。額の傷は平気か?」

男「うん。キミが包帯巻いてくれたおかげかな」

狐娘「大げさだの……」

男「愛の力ってやつだね」

狐娘「!?」

男「冗談じゃないよ」

狐娘「くだらない冗談を言――えっ?」

男「バレンタインはさ、女の子が男の子にチョコを上げる日って言ったけどさ」

男「本来、愛を誓う日なんだよ」

狐娘「……」

67: 2013/02/17(日) 22:51:37.99 ID:zhBOIGnK0
男「昔――戦争とかあちこちであった時代はさ、兵士は恋を禁止されてたんだって」

狐娘「……そうなのか?」

男「士気が下がるからダメらしいよ」

男「でも、それを無視して、恋人たちの結婚式を執り行った人がいたんだ」

男「その人の名前は、確か――ヴァレンタインだったかな」

狐娘「……」

男「禁止されていた行為をやっちゃったヴァレンタインは牢屋に放り込まれた」

男「それで、処刑されちゃった」

男「それが由来で、バレンタインデーと呼ばれてるらしいよ」

狐娘「……なぜ、ヴァレンタインは結婚式を執り行ったのだろう」

男「んー……」

男「人は、一人じゃ生きていけないと思ったから……とか?」

69: 2013/02/17(日) 22:56:18.71 ID:zhBOIGnK0
男「禁止されていた行為をやっちゃったヴァレンタインは牢屋に放り込まれた」

男「それで、処刑されちゃった」

男「それが由来で、バレンタインデーと呼ばれてるらしいよ」

狐娘「……なぜ、ヴァレンタインは結婚式を執り行ったのだろう」

男「んー……」

男「人は、一人じゃ生きていけないと思ったから……とか?」

狐娘「一人では生きていけないのか?」

男「人類は最初、二人の人間から始まった、なんていう話があるくらいだからね」

男「キリスト教の教えによれば、だけど」

狐娘「きりすと?」

男「まぁそこはどうでもいいよ。僕は特に信じてもいないし」

狐娘「そうか……」

73: 2013/02/17(日) 23:01:14.17 ID:zhBOIGnK0
狐娘「一人では生きていけないから、二人だったのかの」

男「そうかもね」

狐娘「なら、ヴァレンタインは報われないの」

狐娘「正しい事をしたのに、殺されてしまった」

男「正しい事が、みんなにとっての正解とは限らないからね」

狐娘「……人間とは、複雑だの」

男「めんどくさいよね」

ヒラ ヒラ……

男「と、いう訳なんだよ」

狐娘「どういう訳なのだ」

77: 2013/02/17(日) 23:04:31.27 ID:zhBOIGnK0
男「……」

パシッ

狐娘「あまり触らないでくれ。治りが早いとはいえ、今は痛むのだ」

男「傷モノにしちゃったからさ。責任、取らないとね」

狐娘「……だから、なんでもかんでも自分のせいにするのは悪い癖だと――」

スッ……

男「――」

狐娘「――ぶはっ」

男「……」

狐娘「い、いいいきなり何をするっ!」アセアセ

男「何って、キスだよ。分かるように言うと、接吻」

狐娘「そんなことは分かっておる! なぜしたのかと聞いておる!!」

男「なぜって、そりゃあ……」

男「…………愛してるから、でしょ」

狐娘「……」

80: 2013/02/17(日) 23:08:36.14 ID:zhBOIGnK0
男「……あの、何か反応してくれないと、すごく恥ずかしい」

狐娘「…………もう一回、言ってくれんか」

男「……えぇええ…………」

狐娘「聞き間違いかもしれんからの。確認しないと」

男「……そう、か」

男「……」

男「…………」

男「……、愛して、る…………」

狐娘「小さくて聞こえなかった。もう一回」

男「聞こえてるだろ、ウソつくなっ!」

狐娘「いやいや、ホントに小さくて聞こえなかったのだ。もっと大きな声で頼む」

男「……よぉく聞いておいてくれよ」

狐娘「うむ」

83: 2013/02/17(日) 23:12:34.94 ID:zhBOIGnK0
スゥウウウ……

男「……愛してる!」

狐娘「……」

ポロポロ……

男「……えっ、なんで泣いてるの!?」アセアセ

狐娘「……んなもん、知るかっ。なぜか、流れて、止まらない…………」

男「……」

ギュッ

狐娘「……それほど手が痛む訳でもないのに。悲しくもないのに」

狐娘「嬉しいはずなのに、止まらない。止まらないのだ、男…………」

男「……勘違いだったら、恥ずかしいんだけどさ」

男「それはきっと、嬉し泣きだよ」

狐娘「……うれし、泣き?」

男「嬉しくても、涙は出るんだよ」

狐娘「そう、か……そうなのか」

84: 2013/02/17(日) 23:17:17.08 ID:zhBOIGnK0
男「……ところで、狐娘」

男「返事が欲しいんだけど」

狐娘「……なんの」グスッ

男「なんのって……僕の口から言わせる気?」

狐娘「……口にしてもらわないと、分からんからの」

男「……」

男「婉曲的でも、文句言うなよ」

狐娘「うむ」

男「…………その、」

男「ずっと、傍にいて欲しい」

狐娘「月並みの台詞だの」

男「ダメだしくらった!?」

狐娘「冗談」

86: 2013/02/17(日) 23:21:50.97 ID:zhBOIGnK0
男「くだらない冗談を言うな」

ギュゥウウウ……

狐娘「……もっと、強く抱きしめて欲しい」

男「これ以上強くしたら、潰れちゃうかもよ?」

狐娘「余を、誰だと思っておる」

男「……そうだね、愚問だった」

ギュゥ……

男「で、返事は?」

狐娘「……言わないと、ダメか」

男「人に言わせておいて、それはズルイ」

狐娘「……」

狐娘「…………月が、綺麗だの」

男「……」

狐娘「……なんだ、その目は」

男「僕よりも婉曲的じゃないか」

87: 2013/02/17(日) 23:25:12.29 ID:zhBOIGnK0
男「僕がその意味知らなかったら、どうするの?」

狐娘「伝わったのならそれでよいではないか」

男「……なんか、釈然としないんだけど」

狐娘「……なら――」

チュッ

狐娘「――これで、よいか」

男「……顔、真っ赤だよ」

狐娘「お互い様だ」

男「確かに」

ヒラ ヒラ……

男「そういえば、僕の苦手なものを教える約束だったね」

狐娘「そんな約束、したかの」

男「じゃあ言わない」

88: 2013/02/17(日) 23:30:15.99 ID:zhBOIGnK0
狐娘「言え」

男「……僕の苦手なものは特になし」

狐娘「ウソをつけ」

男「でも、苦手なことはあるよ」

狐娘「……それは?」

男「僕はキミの口から『愛してる』って言われるのが大の苦手なんだよ」

狐娘「……実はな、余も男の口から『愛してる』と言われるのが苦手なのだ」

男「そっか……良いこと聞いた。これからは毎日言い続けて嫌がらせしてやる」

狐娘「……ふん。余も意地が悪いからの。男の嫌がる言葉を毎日――いや、毎週言ってやる」

男「毎日じゃないんだ」

狐娘「……毎日は、可哀想だからの」

89: 2013/02/17(日) 23:30:48.62 ID:zhBOIGnK0
男「ふぅん」

狐娘「……なんだ、そのニヤニヤした顔は」

男「そっちだって、ニヤニヤしてるよ」

狐娘「そんなことはない」

男「僕だって」

狐娘「……」

男「……」

ヒラ ヒラ……

男「月が、綺麗だね」

狐娘「……うむ」





おわり

91: 2013/02/17(日) 23:31:39.66

93: 2013/02/17(日) 23:35:09.26
乙←尻尾だかんな

引用元: 男「綺麗だね」狐娘「うむ」