9: 2011/05/29(日) 23:04:57.75 ID:WTKTx8jB0
買い物帰りの道。家まであと十分くらいのところ。
そこで出会った。

唯「捨て犬かな?」

母「そうみたいね。かわいそうに……」

薄汚れたミカン箱の中にいる、一匹の犬。

唯「かわゆい~」

犬「……にゃあ」

唯「あれ? 猫?」

母「犬じゃない?」

犬「……にゃあ」

唯「犬なのににゃあって言ってるよ!!!11」

母「不思議ねぇ」

12: 2011/05/29(日) 23:08:08.41 ID:WTKTx8jB0
犬「……にゃあ、にゃあ」

唯「ほーら、よしよしよし」ナデナデ

母「ほらほら、早く帰るわよ。夕飯の支度しなくちゃ」

唯「かわゆいよ~、かわゆいよ~」

母「……」

犬「にゃー」

母「…………」

15: 2011/05/29(日) 23:11:39.80 ID:WTKTx8jB0
母「この子には申し訳ないけれど……飼えないわよ?」

唯「え~っ、なんでなんで!?」

母「ウチにそんな余裕あるわけないでしょ」

唯「ううぅ……」ウルルン

母「それに唯だって、まだまだ忙しいんだから」

唯「わ、わかってるけど! でも……」

母「我慢しなさい。きっとこの子だって、ほかの人に拾われたほうがしあわ――」

唯「やだやだ! あずにゃんは私が飼うんだもん!!!11」

17: 2011/05/29(日) 23:15:08.60 ID:WTKTx8jB0
母「あ、あずにゃん……って?」

唯「この子の名前だよ」

母「今付けたの?」

唯「うん。だから私が、一生大事にしていくんだ~」

母「……」

唯「あーずにゃん♪ あーずにゃん♪」サワサワ

犬「にゃ、にゃあ」

母「……」

19: 2011/05/29(日) 23:19:23.03 ID:WTKTx8jB0
母「……わかったわ」

唯「?」

母「飼いたいなら飼いなさい」

唯「いいの!?」キラキラ

母「ただし、ちゃんとお世話すること。いいわね?」

唯「やったぁー!!! やったよあずにゃん!!!!!」ギュウウウ

犬「にゃあぁ~」

唯は嬉しさのあまり、犬を抱きしめたまま何度も何度もジャンプした。

そう。
その日、あずにゃんは平沢家の家族となったのだ。

21: 2011/05/29(日) 23:23:49.75 ID:WTKTx8jB0


憂「ただいま~」

唯「おかえりー、うい」ゴロゴロ 

憂「お姉ちゃんは相変わらずだね」ニコニコ

唯「うい~、ぶぁいおす!」

憂「もう、ぶぁいおすじゃなくてアイスでしょ。……はい」

唯「ありがと~」ペロペロゴロゴロ

24: 2011/05/29(日) 23:28:08.56 ID:WTKTx8jB0
犬「」

憂「……へ?」

犬「にゃあ」

憂「わわわっ! お姉ちゃん! どうしたのこれ!?」

唯「そこで拾ってきたんだ~」

憂「拾った?」

唯「うん」

憂「拾ったって……でもそれは……」

唯「大丈夫。ちゃんとお風呂に入れといたから」

憂「そ、そうじゃなくて……」

26: 2011/05/29(日) 23:32:22.08 ID:WTKTx8jB0
憂「お母さんの許可はもらってるの?」

唯「もちろんだよ~」ゴロゴロ

憂「な、ならいいけど」チラリ

犬「……にゃ」

憂(い、犬?)

犬「にゃあ」

憂(あれっ? でも鳴き声は猫? じゃあなに? 新種の動物かな……?)

犬「……」

30: 2011/05/29(日) 23:36:31.14 ID:WTKTx8jB0
唯「あずにゃんって言うんだ~」

憂「えっ?」

唯「あずにゃん、おいで」

犬「にゃあ」パタパタパタ

唯「おー、よしよしよし」ナデナデナデ

憂(あずにゃんって……あの、梓ちゃんと一緒の……?)

唯「えへへ、かわいいなぁ♪」

32: 2011/05/29(日) 23:40:50.18 ID:WTKTx8jB0
唯「うい~」

憂「えっ? なにお姉ちゃん?」

唯「犬缶と猫缶、どっちがいいかなぁ?」

憂「そ、それは難しい選択だね……」

唯「あずにゃんはどう思う?」

犬「にゃ」

唯「あー、そうか。ドックフードがいいんだね」

憂(通じてる? いや適当?)

33: 2011/05/29(日) 23:45:11.44 ID:WTKTx8jB0


唯「今夜はあずにゃんと一緒に寝るんだ~」

憂「それはいいけど、気をつけてね」

唯「なにが?」

憂「だってまだ、トイレの場所とか覚えてなさそうだし」

唯「大丈夫だよ。あずにゃんはおねしょしたりしないよ」

憂「……」

35: 2011/05/29(日) 23:49:21.13 ID:WTKTx8jB0
次の日。
日曜日の朝。

唯「あずにゃんと散歩してくる」

母「車に気をつけてね」

憂「あっ、わたしも行きたいな」

唯「いいよ~」

憂「お母さん。ついでにいろいろと買いたいんだけど……?」

母「そうね。餌の買い置きも必要だものね」

犬「ふにゃあぁぁ……」

唯「よし! しゅっぱつしんこー!」

39: 2011/05/29(日) 23:53:42.80 ID:WTKTx8jB0
唯「ぽかぽかしてて気持ちいいね」

季節は春。
五月だが、まだまだ桜が綺麗に咲いている。

憂「ねえお姉ちゃん」

唯「にゃに?」

憂「どうしてお姉ちゃんは……この子に『あずにゃん』ってつけたの?」

唯「あずにゃんが大好きだからだよ~」

憂「……だと思った♪」

唯「えへへ、なんか照れますなぁ♪」

42: 2011/05/29(日) 23:59:11.30 ID:WTKTx8jB0
唯「そっちのあずにゃんは元気?」

憂「そっちって?」

唯「桜が丘高校のあずにゃんのことだよ」

憂「えっと……まあまあ元気、かな?」

唯「そっか」

憂「気になるの?」

唯「うん。この前メールしてみたんだけど、返事が返って来なかったんだ」

憂「……」

?「あ! おーい! 平沢姉妹じゃん!」

50: 2011/05/30(月) 00:05:05.12 ID:hLpigB4Q0
唯「あ、りっちゃん」

憂「ご無沙汰してます」ペコッ

律「おう! 朝から仲がよくて結構だな!」

唯「あれ? りっちゃんこれからどこか行くの?」

律「あ、ああ」

律(やばい。話しかけないほうがよかったかもな――)

犬「」

律「ぬうわっ!? ななななんだこいつ!」

52: 2011/05/30(月) 00:09:39.34 ID:hLpigB4Q0
憂「えっと、犬を飼い始めたんです」

律「犬?」

唯「えへへ、拾ったんだよ。あずにゃんって名前にしたんだ~」

律「え? 今なんて?」

犬「にゃあ」

律「犬なのに!?」

犬「にゃ」

律(摩訶不思議かよ……)

53: 2011/05/30(月) 00:14:18.38 ID:hLpigB4Q0
唯「それで、りっちゃんはどこに行くの?」

律「え、えーっとだなそれがなんつーか……」

唯{?」

憂「あっ、言いにくいなら別にいいですよ」

律「……いやいや、なんか悪いな。でも憂ちゃんの優しさに免じて、特別にヒントをあげよう」

律は、左手薬指の輪っかを見せつけた。

憂「そ、それってもしかし――」

律「じゃ、じゃあなー! またいつかバンド組もうぜ唯!」バタバタ

律は駅の方向に消えていった。

54: 2011/05/30(月) 00:19:48.53 ID:hLpigB4Q0
唯「りっちゃん、骨折でもしたのかな?」

憂「そういうのじゃないと思うよ」

唯「ならいっか」

犬「うん」

憂「えっ?」

憂はきょろきょろとしていた。

唯「どうしたの? うい?」

憂「いや……なんか今、どこからか声が」キョロキョロ

唯「声?」

憂「……ううん。多分、わたしの気のせい」

56: 2011/05/30(月) 00:25:00.16 ID:hLpigB4Q0
憂が近くのスーパーであずにゃんの餌を買った。
春の陽気が心地いいので、少し回り道をして帰ることになった。

唯「春だね」

憂「うん」

唯「憂は、春が好きなの?」

憂「好きだよ。夏も秋も冬も好きだよ」

唯「あずにゃんは好き?」

憂「も、もちろん」

唯「よかったね~、あずにゃん」

犬「にゃあにゃあ」

61: 2011/05/30(月) 00:30:24.31 ID:hLpigB4Q0
唯「あ」

憂「どうしたのお姉ちゃん?」

唯は立ち止って横を見ていた。
憂もそちらを向いた。ギターのショップだった。
ショーウィンドウにギターがディスプレイされている。

唯「すごーい! ギー太がいっぱい飾ってある!」ペタリ

憂「ギー太ではないでしょ? ギターではあるけれど」

唯「……ギー太、元気かなぁ?」

憂「あれ? ギー太は家にあるんじゃないの?」

唯「えへへ、そうだったそうだった」

犬「」

64: 2011/05/30(月) 00:35:08.41 ID:hLpigB4Q0
また歩き出した。

唯「日曜日はいいね。ぽかぽかしてて」

憂「春だからでしょ?」

唯「春で日曜日だからだよ~」

憂「そっか」

犬「そうだよ」

憂「えっ?」

憂はまたきょろきょろとしていた。
何か変な……いや、
聞き覚えのある声がしたのだ。

65: 2011/05/30(月) 00:40:24.33 ID:hLpigB4Q0
唯「だよね~」

憂「あれっ?」

だけど唯は平然としている。
なので憂はさらに困る。

唯「どうしたの憂? お金でも落としたの?」

憂「いや、あの……ええと」キョロキョロ

唯「トイレ?」

憂「そうでもなくて……」

シャアアアアア

唯「あ、あずにゃんが電柱におしっこしてる」

68: 2011/05/30(月) 00:44:58.03 ID:hLpigB4Q0
翌日

憂「じゃあお姉ちゃん、行ってくるね?」

唯「うん。行ってらっしゃ~い」

唯は、遠くの玄関に見えた憂を見送った。。
部屋に戻ると、あずにゃん(犬)が唯を見上げていた。

唯「どうしたの?」

犬「にゃ」

唯「ああ、朝ごはんだね。ちょっと待ってて」

振り返り、キッチンに向かう。

犬「……」

犬「大学、行かなくていいの?」

71: 2011/05/30(月) 00:49:53.14 ID:hLpigB4Q0
唯「ん?」

唯は、なにかしらの声を聞いて見まわした。

唯「んんっ?」

でも誰もいない。

唯「ま、いっか」

そのまま餌を取りに行ってしまった。

犬「……」

73: 2011/05/30(月) 00:54:22.93 ID:hLpigB4Q0
お昼頃
唯はまたあずにゃんと散歩をしていた。

唯「桜が綺麗だね、あずにゃん♪」

犬「にゃあ」

唯「あずにゃんは、桜とか好き?」

犬「にゃ」

唯「そうだよね~、桜が丘高校の三年生だもんね~」

犬「にゃあにゃあ」

?「……あれ? 唯じゃないか」

78: 2011/05/30(月) 00:59:37.32 ID:hLpigB4Q0
唯「あ、澪ちゃん」

澪「おう。なんか久しぶりだな。今日は休みか?」

唯「う、うん。そうだよ。澪ちゃんはなんでここに?」

澪「ああ、新しいベースでも買おうかと思って」

唯は適当に道を進んでいき、
偶然にも、昨日見たギターショップの前にいた。

唯「へー」

犬「にゃー」

澪「?」

80: 2011/05/30(月) 01:04:40.75 ID:hLpigB4Q0
澪「……その、犬? みたいなやつはどうしたんだ?」

唯「あ。拾ったんだよ。あずにゃんって言うんだ」

澪「あずにゃん?」

唯「うん」

澪「……」

犬「にゃあ」

澪「……」

犬「にゃあにゃあ」

澪(……か、かわいい……)ポッ

82: 2011/05/30(月) 01:09:38.39 ID:hLpigB4Q0
澪「さ、触ってもいいか?」カアアアア

唯「いいよ~」

澪はしゃがみ込んで、あずにゃん(犬)をさわさわなでなでした。

澪(気持ちいい……最高に……気持ちいい……)ウットリ

唯「澪ちゃんはまだベースやってたんだ」

澪「え?」

唯「バンドとかも組んでるの?」

83: 2011/05/30(月) 01:14:20.49 ID:hLpigB4Q0
澪「あ、ああ。大学の軽音楽部に入ってる」

唯「そっか」

澪「全員バラバラで、残念だな」

唯「うん」

澪「……でも、左利きはもうやめたんだ」

唯「どうして?」

澪「しゅ、種類が少ないから……だ。それに、両方使えるとカッコいいし、便利だし……」

唯「じゃあこれからは、左利きの澪ちゃんには会えないんだね」

85: 2011/05/30(月) 01:20:27.92 ID:hLpigB4Q0
澪「い、いや! だけど別に、左利きが嫌になったとかそういうわけじゃないぞ!」アタフタ

唯「じゃあ私が澪ちゃんの代りに左利きになろうかな」

澪「……まだギター、やってるのか?」

唯「ううん。もう半年近く触ってないよ」

澪「……そっか」

犬「……そっか」

澪「?」

87: 2011/05/30(月) 01:24:59.59 ID:hLpigB4Q0
澪「ん? なんか今、どこからか変な声がしなかったか?」

唯「しないよ?」

澪は頬を掻きながら犬の顔を見つめた。

澪(いや……まさかな)ワナワナ

澪(あっはははは! そんな馬鹿な話があるか!)ワッ ワナワナワナ

90: 2011/05/30(月) 01:30:41.34 ID:hLpigB4Q0
唯「じゃ、もう行くね」

澪「お、おう……」

唯「じゃあね」

犬「じゃあね」

澪「!?!?!?」


澪は青ざめた。
犬の口が動いたように見えた。声がしたように思えた。
澪はしゃがみ込み呪文を唱えた。

澪「ミエナイキコエナイミエナイキコエナイミエナ……」ブルブルブル

91: 2011/05/30(月) 01:35:28.28 ID:hLpigB4Q0
ある日の夕方。
唯がいつものように散歩から戻ってくると、玄関に見慣れない靴があった。

唯「ただいま~」

憂「おかえりお姉ちゃん」

?「あ、お邪魔してます。先輩」

その人はリビングでまったりとしていた。

唯「あー! 純ちゃんだ!!」

93: 2011/05/30(月) 01:39:51.88 ID:hLpigB4Q0
純「お元気そうですね」

唯「うん。今日はどうしたの?」

純「憂から聞きました。その、例の不思議な犬のこと」

唯「あずにゃんのことだね」

犬「にゃあ」

純「へぇー……ホントに猫みたいな鳴き声するんだ」サワリサワリ

唯「あれ? 本物のあずにゃんは来てないの???」キョロキョロ

96: 2011/05/30(月) 01:44:51.28 ID:hLpigB4Q0
憂「あ、あのね。梓ちゃんはちょっと風邪をひいちゃったみたいで――」

唯「カゼ!? じゃあお見舞いに行かなきゃ!!!11」バタバタ

純「だ、大丈夫ですよ先輩! 二、三日で直るような流行り風邪ですから!」

唯「でも心配だよ! 一人きりで寂しくて苦しくて泣いてるんじゃないかな!?!?」ドタバタ

憂「う、うつしちゃやだから来ないでほしいって言ってたから! 落ち着いてお姉ちゃん!!!」

唯「あずにゃあああああああぁあぁぁーーーん!!!!!」ドッタンバッタン

犬「にゃあにゃあ」

純(……この犬、妙に落ち着いてるし)

97: 2011/05/30(月) 01:50:07.58 ID:hLpigB4Q0
~憂の部屋~
憂と純は、二人で宿題をやりながら話していた。

憂「どう思う?」

純「うーん。どうと言われてもなぁ」

憂「お姉ちゃんはまだ梓ちゃんが生きてると思ってる」

純「それはまあ……確かにそう見えたけど」

憂「このままでいいと思う?」

純「良くはないと思うけどさ」

100: 2011/05/30(月) 01:55:06.05 ID:hLpigB4Q0
純「やっぱ、私なんかより、先輩たちに相談した方がいいんじゃないの?」

憂「そうかな」

純「そうだよ。悪いけど、私なんかじゃ力になれないっぽい」

憂「でも、先輩たちとも連絡取りにくいし」

純「連絡先は知らないの?」

憂「……うん」

102: 2011/05/30(月) 01:59:21.90 ID:hLpigB4Q0
憂「……それにもう、一生会えないかもしれない先輩もいるし」

純「? どういうこと?」

憂「紬さんは、梓ちゃんがいなくなってからずっと海外にいるらしいから」

純「そうなの? でも確かに姿見えないよなぁ、最近」

憂「いや、それはわたしたちが三年生だからだと思うよ……」

103: 2011/05/30(月) 02:03:38.45 ID:hLpigB4Q0
純「あ。そういや最近、律先輩に会ったとか言ってなかった?」

憂「うん……で、でも……ちょっと喋っただけだよ」

純「連絡先聞かなかったの?」

憂「突然だったし、そこまで頭回らなかったよ。だからお姉ちゃんしか知らないんだと思う」

純「じゃあ、唯先輩のケータイを勝手に見るしかないじゃん」

憂「そ、それはちょっとなあ……」

105: 2011/05/30(月) 02:08:08.64 ID:hLpigB4Q0
純「だー! ならもう少し様子を見てみるしかないってば!」グシャグシャ

憂「でももう、あれから半年も経ってるし……」

純「でも治りかけてたんでしょ?」

憂「うん。……いや、あの犬が来てから、また……なんていうか……」

純「つまり、あの犬が邪魔なわけだ?」

憂「……そこまで言うとあれなんだけど」

純「なら、これならどうかな?」

純は、さささっとノートに文字を書いて憂に見せつけた。

108: 2011/05/30(月) 02:12:27.90 ID:hLpigB4Q0
~一ヶ月後~

唯「あずにゃん? あずにゃん!?」ドタバタ

唯は部屋中を駆け回り、犬の名前を連呼していた。

憂「お姉ちゃん?」

唯「あずにゃんが! あずにゃんがいなくなっちゃった!?」

唯は錯乱状態に陥っていた。
顔が赤くなったり青くなったりしていた。

憂「ああ、あの犬のことね」

唯「え? ……あずにゃんはどこに!?」

憂「他に飼い主が見つかったから、その人に渡したよ」

110: 2011/05/30(月) 02:16:06.12 ID:hLpigB4Q0
唯「えっ……?」

憂「やっぱりウチで買うのは無理だったんだよ」

唯「そんな……!」

憂「お金も随分とかかってるしね」

唯「嘘だ……!」

憂「結局、お母さんもお世話する羽目になっちゃってたし」

唯「…………」

112: 2011/05/30(月) 02:20:08.77 ID:hLpigB4Q0

憂「だからね、もう忘れよう?」

唯「」

憂「あずにゃんはもういないんだよ。犬も、本物も」



憂「こっち見て、お姉ちゃん?」

―――――――

憂「……おねえちゃ――」



唯「うそだああああああああぁぁぁあぁああああぁああぁあぁぁあぁあ!!!!!」

119: 2011/05/30(月) 02:24:25.73 ID:hLpigB4Q0
唯は家を飛び出した。
妹の制止も振り切り、走り出した。

唯「いやだいやだいやだいやだいやだ! あずにゃんがいないなんていやだ!!」

ひとり走り叫び泣き喚きながら、どこか遠くへと一目散にかけていく。
まだ信じることができない。
まだあずにゃんは生きている。
この現実世界で生きている。
そう思うことだけが、彼女の唯一の救いだったのに、

唯「あずにゃああああああぁあああぁあぁぁぁあぁぁあぁあーーん!!!!!11」

それを完全に見失ってしまった唯は、自分をも見失いかけていた。

122: 2011/05/30(月) 02:29:08.06 ID:hLpigB4Q0
それから一時間ほどが経った。
体力も精神力も未熟だった彼女は、いつでも倒れてしまえるほどに衰弱していた。

唯「あ……あ……あず……にゃ…………あぁ…………」

足を引きずるように使い、ようやくたどり着いた公園。
そのブランコに座った。
もう自分では何もできなことを知った。

124: 2011/05/30(月) 02:33:45.51 ID:hLpigB4Q0
唯「…………」

最初に間違ったのは自分だ。
それがわかっていても、あの犬のことを諦められない。
今更なのだ。
もう一ヶ月以上も一緒に過ごしているのだ。
諦められない。
でも諦めるしかない。
でも、でも、

――だけど。

だけどもう一度だけ、もう一度だけあのあずにゃんを抱きしめられるのであれば、

唯「……」グスッ

そう考えるだけで涙がこぼれてきた。
ようやく罪滅ぼしができると思ったのに。
また彼女を見失って、
もう生きる意味さえ見失って――


?「……泣くなよ」


そして唯は、そんな誰かの声を聞いた。

126: 2011/05/30(月) 02:38:01.23 ID:hLpigB4Q0
唯はとっさに顔を上げた。

唯「だ……だれ?」

ブランコを囲う柵のあたりから、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
でも姿は見えない。

?「泣くなよ。みっともない」

声はするのに姿は見えない。
そんな時だった。

?「下だよ。僕はここにいるよ」

さっきよりも声が近づいていた。
唯は下を見た。

唯「えっ?」

そこには、唯が探し求めていた一匹の犬がいた。

129: 2011/05/30(月) 02:42:23.44 ID:hLpigB4Q0
唯「しゃ、しゃべれるの……?」

犬「当たり前だろ」

唯「――」

そうか。私は今、超鮮明な幻覚を見ているんだ。
唯はそう解釈した。

犬「過去のことをいつまでもいつまでも引きずって」

犬「へらへらとした顔で当たり前のようにまわりの人たちに迷惑かけて」

犬「そしてそのまわりの優しさにも気づかずにのうのうと暮らし生きているだけだなんて」

犬「――唯。」

犬「お前って最低だな」

これは犬が喋っているんじゃない。
きっと、もう一人の自分が喋っているのだ――。

132: 2011/05/30(月) 02:45:47.08 ID:hLpigB4Q0
唯「うん。やっぱりそうだよね」

犬「ああ」

唯「最低だよね」

犬「ああ」

唯「ねえ」

犬「なんだ」

唯「私はこれから、どうすればいいの?」

唯は、自分を頼ることができなかった。
涙を流すことくらいしかできない、ふがいない自分を。

犬「逃げるなよ」

犬「あの時何があったのか、ちゃんと話してみせろ」

犬は思いっきり女っぽい声で、だけど男らしいせりふを口にした。

133: 2011/05/30(月) 02:50:08.24 ID:hLpigB4Q0
――半年程前のある日のこと

唯「ええええ! さわちゃんそれほんと!?」

さわ子「ええ、もちろんよ」

律「マジかよ!? うちら大出世じゃんか!!」

さわ子「まだそうと決まったわけじゃないわよ?」

澪「しゅ、しゅっせ……うへへへ……」

紬「み、澪ちゃん大丈夫?」

135: 2011/05/30(月) 02:54:07.47 ID:hLpigB4Q0
律「何にしろ、これは大チャンスだぜ!」

唯「わーいわーい!」

さわちゃんの知り合いに音楽プロデューサーをしてる人がいて、
そのプロデューサーが、唯たちHTTに目を付けてくれたのだ。

律「そうと決まればさっそくパーティだ! ありったけのお菓子を用意しろぃ!!!」

唯「よし! りっちゃん、私が買ってくる!!」ダダッ

澪「ちょ……まだ演奏を聞いてくれるだけの段階だって!」

紬「お菓子ならまだまだ家にあるわ。持ってこさせるわね」ピポパ

澪「まだいいってムギ! お前らも落ち着けぇ!!!」

たった六人しかいない部室なのに、それはそれは大混乱だった。

梓「……まったく、しょうがない人たちですね」

136: 2011/05/30(月) 02:57:31.00 ID:hLpigB4Q0
律「中野! お前はもっと喜べ!」

梓「……まだ喜べませんよ」

律「ならば唯! お前があのケーキを渡す必殺技でパァアアっと――」

紬「唯ちゃんならどこかに行ってしまったわ」

澪「あれ? 唯がいない!?」

紬「大丈夫。私に任せて」ピポパ

澪「それで何とかなるのかよ!!」

さわ子「今度の学園祭のライブを見に来てくれるそうだから、万全の体制で挑みなさいね」

律「なっかのー! もっと喜べぇ!」ギュウウウ

梓「ほっへをひっはははいへふははい! (ほっぺを引っ張らないで下さい!)」

さわ子「……仕事あるから、戻るわね」

137: 2011/05/30(月) 03:00:20.18 ID:hLpigB4Q0
それから数週間。
唯たちは休日を返上してまで毎日のように練習した。
上手くいけば、このままデビューに持っていけるかもしれないのだ。
もちろん全員、楽曲の練習に全力投球だった。

紬「お茶とケーキはいかがです?」
唯「どうもどうも」
律「悪いねぇいつも」

澪「練習しろ! お前らぁ!」

たまにはそんな日も、あったりはしたけれど――

138: 2011/05/30(月) 03:03:52.27 ID:hLpigB4Q0
~学園祭当日~

憂「お姉ちゃーん! 朝だよ~」

唯「……うい~、ぶぁいおす食べたい」

憂「アイス? 朝からそんなもの食べちゃダメ」

何とか妹の手を借りて、唯は家を出発した。


酷い雨だった。
学園祭を潰してしまえるほどの雨。
悪い予感がした。
だけど唯は振り返りもせず、前だけを見て学校にたどり着いた。

唯「あ」

すると、雨は弱まり始めてくれた。

140: 2011/05/30(月) 03:08:15.04 ID:hLpigB4Q0
天気の予報、人の出入りなどを考慮した結果、
学園祭は縮小ながら開催されることになった。

そして、
運命のライブの時間も迫ってきた。

梓「……さすがの私も、心配になってきました」

澪「大丈夫さ。結果どうなるかわからないけど、きっと、悔いの残らない演奏になるさ」

梓は澪を見上げる。
素直にかっこいいと思った。

梓「だといいんですけど……ってあれ? そう言えば……」

唯「あーずにゃん!!」

梓「にゃんっ!?」

142: 2011/05/30(月) 03:11:37.61 ID:hLpigB4Q0

唯「あずにゃんかわいい~」コスリコスリ

梓「や、やめて下さいよ先輩! 本番前ですよ?」

唯「じゃあ、本番前じゃなければいいんだ~?」

梓「そうじゃありませんけど!」

唯「じゃあもう少しだけよいではないかよよよよいではないか」コチョコチョ

梓「にゃあああああ! くすぐりは反則です! ……それよりも!」

唯「どうしたの? あずにゃん?」

梓「唯先輩のギターは、いったいどこにあるんですか?」

143: 2011/05/30(月) 03:15:08.19 ID:hLpigB4Q0
その場で全員が凍りついた。

律「あれ、そういや見てないぞ?」

唯「あれれ!? 教室だったけ?」

澪「待て。お前直接ここにきたとか言ってたよな?」

唯「じゃあ、下駄箱かな?」

紬「下駄箱にはなにもなかったと思うわ。私、唯ちゃんのあとに来たけれど」

唯「じゃあ……どこに?」

梓が青ざめながら気づく。

梓「……家! 家ですよ先輩!」

145: 2011/05/30(月) 03:19:19.36 ID:hLpigB4Q0
ライブ開始まで時間がない。

澪「今から帰って間に合うか!?」

唯「……う……片道しか行けない」

律「さわちゃんのを借りれないのか?」

澪「いや、あったとしても持ってきてないだろここに」

紬「それに唯ちゃんは自分のギターじゃないとダメじゃない?」

唯「ど……どうしよう……」

146: 2011/05/30(月) 03:22:19.39 ID:hLpigB4Q0
澪「と、とにかく走れ! 急いで取ってこい!」

唯「う、うん」

唯は走り出した。
しかし出入口のところで梓にとめられた。

梓「だめです。こんなどしゃぶりの中、先輩だときっと間に合いません。私が取ってきます」

唯「えっ?」

ふと静まり返り、雨音だけが鳴り響いていた。

150: 2011/05/30(月) 03:28:13.26 ID:hLpigB4Q0
律「な、中野?」

梓「私が取ってきます」

澪「なんで梓が?」

唯「そうだよ。私が悪いんだから、自分で取って――」

梓「……唯先輩はいつもこうです。肝心なものが足りていません」
梓「慌てた唯先輩は交通事故にさえ遭いかねません」
梓「それに先輩はボーカルです。ボーカルが息切れして舞台に立つのはまずいです」
梓「……あと、今日は私の衣装のほうが軽いです。私のほうが速く走れます」
梓「…………唯先輩の家だって知ってます」
梓「それに、先輩たちはもうすぐいなくなるんですよ?」
梓「私はともかく、先輩たちには悔いを残してほしくないんです」
梓「……とにかく家の人に連絡しておいて下さい」
梓「家と学校の両方から攻めれば、時間的にも体力的にも、半分で済みますから」

言って、梓は一人走り出した。
そのまま梓は、二度と部室に戻らなかった――

155: 2011/05/30(月) 03:32:39.39 ID:hLpigB4Q0
唯「私が頃しちゃったんだよ……」

唯は悔やんでいた。
やっぱり自分で取りに行けばよかった。
そうすれば、あずにゃんが交通事故に遭うこともなかっただろうと。

唯「……デビューなんてできなかった。でもみんなは優しかった。誰も私を責めてくれなかった……」

犬「それで?」

唯「みんな私を恨んでる……あずにゃんはもっともっと恨んでる……」

犬「それで?」

唯「それで……それで……」

唯はブランコの鎖を鷲掴みにした。
ふと、流れていた涙が止まった。

唯「……これから、あずにゃんに会いに行こうと思う」

157: 2011/05/30(月) 03:36:14.20 ID:hLpigB4Q0
誰からも責められない。
そのことが唯の胸に穴をあけていく。
それは日に日に深く大きくなっていく。
目をそらして頑張ってみても、
次に見た日にはもっと大きく、そして深くなっている。
もうダメだと思った。

唯「さ、さよなら!」

限界だった。
弾かれるようにして公園から逃げ出す。
それで、
もっともっと遠くに行って、
どこまでもどこまでも遠くに行って、
会いたい。
天国にいるあずにゃんに。
もう、命なんていらないんだ。

――――


?「……誰が! 誰が先輩を恨むものですか!!!!」

唯「!?」

159: 2011/05/30(月) 03:41:48.60 ID:hLpigB4Q0
犬「私は! 私は唯先輩を恨んだことなんて一度もありません!!」

犬「先輩たちだってそうです! 誰も唯先輩を嫌いになっていたりはしません!!」

犬「当たり前じゃないですか! 勝手なこと言って勝手に氏んだのはこの私なんですから!!」

犬「いい加減にして下さいよ先輩!」

犬「あなたはいつまで友達から逃げ続けるつもりですか!!!!!!!」

唯「あ、あずにゃん……?」

あずにゃんが、吠えた。

161: 2011/05/30(月) 03:45:27.92 ID:hLpigB4Q0
唯「あ、あれ?」

犬「いいですか!? デビューできなかったのは唯先輩のせいじゃありません! 私のせいなんです!!」

そう言えば聞き覚えのある声。
いや、唯自身が逃げ続けていたから気づかなかっただけだ。

唯「あ、あずにゃん……」ポロポロ

犬「ななな、泣かないで下さいよ!」ポロポロポロ

唯「あずにゃんだって泣いてるよ?」ポロポロ

犬「知りませんよ! 私は犬なんですから! ……それにただ目が痒いだけですから!!」ポロポロポロ

唯は、あずにゃんをぎゅっと抱きしめた。

163: 2011/05/30(月) 03:49:41.18 ID:hLpigB4Q0
?「やれやれ、やっと見つけたよ……」

唯「あ、あれ? 純ちゃん?」

純「あれっ? 先輩?」

唯「どうしてこんなところに?」

純「憂から預かってた犬が逃げたんですよ。それがもう、つばしっこくてつばしっこくて――」

唯「え?」

純(あ、やばっ!)

170: 2011/05/30(月) 03:54:06.41 ID:hLpigB4Q0

唯「で、でも……他に飼い主が見つかったって憂が」

純「あー、あれは嘘です」

唯「えっ?」

純「唯先輩が酷く入れ込むものだから、ちょっとの間だけ引き離そうとしてただけなんですよ」

純(まあいいよね、もうばれちゃったし)

唯「そ、そうだったんだ」

純「そうですよ。憂が、お姉ちゃんである唯先輩にそんな酷いことできるはずがないじゃないですか」

175: 2011/05/30(月) 03:58:15.38 ID:hLpigB4Q0
唯「……そっか」

純「あれ? 何で泣いてるんですか?」

唯「あっ、ううん。なんでもないよ」ニコニコ

純「まあいいですけど……」

純「とりあえずその犬、持って帰ってもらえますか? もうばれちゃったし意味いないし」

唯「う、うん。ありがとう」

犬「にゃあ」

純「じゃあ先輩、さようなら」

177: 2011/05/30(月) 04:02:04.09 ID:hLpigB4Q0
帰り道。

唯「あずにゃん、ありがとう」

と言うとまた、あずにゃんは「にゃあ」と返事をした。
犬が喋ったことに驚いたのはそれから数日経った頃だった。

179: 2011/05/30(月) 04:07:28.58 ID:hLpigB4Q0

帰宅した。
憂が駆け寄ってきた。

憂「……」

唯「……」

憂「あのっ……」ソワソワ

唯「ごめんね」

憂「えっ?」

唯「ごめんね……」ジワッ

憂「お姉ちゃん……」ポロッ

唯「ごめんね、うい……」

憂「わ、わたしだって」ポロポロ

唯「うい……」ポロポロ

180: 2011/05/30(月) 04:11:09.14 ID:hLpigB4Q0
憂「おねいちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」タタタッ

唯「いもうとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」ダキッ!!






犬「にゃあ」

184: 2011/05/30(月) 04:15:22.52 ID:hLpigB4Q0
唯はもう大丈夫だった。

ちゃんと大学に通うようになった。
友達と遊びに行くようになった。
素直に笑えるようになった。

またやりたいと思うようになった。
あのとき輝いていた人たちをまた集めて、
もう一度だけでも、

――いつか。



それから、あずにゃんは一切喋らなくなった。
声は今までと一緒。鳴き声も「にゃあ」なのに喋らなくなった。
きっと、本当に天国に行ってしまったのだろう。

185: 2011/05/30(月) 04:19:37.94 ID:hLpigB4Q0
……あずにゃん。

私また、あずにゃんに助けられちゃったんだね。
でももう終わり。三度目はないよ。
ごめんね。
会いに行けなくてごめんね。
私まだ、この世界でやってみたいことがたくさんあるんだ。
あずにゃんのお陰でそれを見つけられたんだ。


うん。
だから、
もしよかったらそこから見ててね。
まだまだ私、ここでいっぱいいっぱい生きてみて……


そしてちゃんと、まっすぐに歩き出して見せるから――




~おわり?~

186: 2011/05/30(月) 04:20:37.99
Gj!!
よかった!

189: 2011/05/30(月) 04:23:43.97
マルモの犬にそんな裏設定があったのかと

191: 2011/05/30(月) 04:25:43.44 ID:hLpigB4Q0
~その後~

プルルルルル……プルルルルルル……
ガチャ

「……もしもし」
「あ、唯ちゃん? お久しぶりね」
「あっ、あの、えーっと……」
「今度の夏休みにね、そっちに帰ることになったの」
「えっ?」
「だから、久々にみんなで会えないかなーって思って、電話させていただきました」
「う、うん。いいよ」
「それとね?」

「うん」

「――」
――――――


「唯ちゃん。」

「よかったら、また――」


「私たちと一緒に、あのときの続きでも――――始めてみない?」

~END~

194: 2011/05/30(月) 04:30:09.80 ID:hLpigB4Q0
見てくれた方ありがとうございました。
代行してくれた方も、ありがとうございます。

意外と時間がかかってしまい申し訳ないです。
いい勉強になりました。

おやすみです。

195: 2011/05/30(月) 04:40:43.78
良かった乙

引用元: 唯「あずにゃんのおきて」