1: 2013/01/16(水) 23:53:02.80 ID:xhjNmAuH0
―――――――――――― 勇者の本城 ――――――――――――

兵士「は、ははっ!」

姫「勇者、これはどういうことじゃ!?」

勇者「決まってますよ。魔族による、数十年ぶりの本格侵攻です」

姫「勇者、おぬしはどうするのじゃ」

勇者「とりあえず、境目の城に行きます。その後は行った先で考えます」

姫「なぜ、ぬしは慌てておらぬ。未来予知でもしておったか?」

勇者「最近、やけに小競り合いが多くて。まさかって思ってたんですけどね」



 https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1358347982

2: 2013/01/16(水) 23:55:04.92 ID:xhjNmAuH0
姫「そんな問題ではなかろう! おぬしの兵力は、三千ほどしかあるまい」

勇者「大丈夫です。俺がなんとかしますから」

姫「……本当に、か?」

勇者「はい。まあ、戦場に絶対はありませんけどね」

姫「それはそうじゃが……」

勇者「ところで、姫様」

姫「なんじゃ?」

勇者「王都に帰ってください。ここは危険すぎますよ」

3: 2013/01/16(水) 23:56:28.54 ID:xhjNmAuH0
姫「嫌じゃ」

勇者「何故ですか!?」

姫「ぬしが、何とかしてくれるんじゃろう?」

勇者「……しかし、姫様」

姫「よい。妾はここを動かぬ。早く片付けて帰ってこい、勇者」

勇者「……わかりましたよ。もう何を言っても聞いてくださらないんでしょう?」

姫「よくわかっておるではないか」

勇者「長い付き合いですし」

4: 2013/01/16(水) 23:58:42.72 ID:xhjNmAuH0
姫「ならば行って来い。それに……」

勇者「それに?」

姫「……ぬしには、話さねばならぬことがあるのじゃ」

勇者「分かりました。じゃあ、そろそろ行ってきます」

姫「うむ」

バタン


姫「話さねばならぬのじゃ、勇者……」ボソッ

5: 2013/01/17(木) 00:00:55.12 ID:XN/l7SiV0
―――――――――――――― 境目の城 ――――――――――――――

勇者「状況は」

偵察隊長「敵の規模は、何度も確認しましたがやはり一万」

偵察隊長「攻城用の対城壁結界魔術の準備も万端とみられます」

勇者「城攻めする気満々だな……城にこもって守りきれそうか?」

守備隊長「……困難、だと思われます」

6: 2013/01/17(木) 00:04:36.51 ID:XN/l7SiV0
守備隊長「この城壁に張ってある結界は、ちょうど効果が薄れ、張替えの時期でした」

守備隊長「まだ作業は半分までしか終わっておりません。困難です」

勇者(まるで狙ったかのように、か。準備万端だな、あいつら)

偵察隊長「しかし、野戦をするには兵力が不足しすぎています」

守備隊長「ですが、この状況では城にこもることも困難です」

勇者(……さて、どうしたもんかね)

7: 2013/01/17(木) 00:06:42.30 ID:XN/l7SiV0
ダダッ


兵士「ゆ、勇者様! 敵の前衛部隊千名ほどが、この城のすぐ近くに!」


勇者「挑発か。よし」


勇者(出ざるを得ないな。どうせこもっても守りきれない)


勇者「乗った。出撃する。ただし…………」

8: 2013/01/17(木) 00:08:28.78 ID:XN/l7SiV0
勇者「敵が見えてきたな……って」



ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ



勇者(・・オイオイ)


勇者(火縄銃に長槍(パイク)。サーベル騎兵。魔術士。整った動き、陣形)


勇者(大砲……は持ってないみたいだな。その分魔術士が多いが)


勇者(こいつら、もう指揮系統がグチャグチャなかつての魔王軍じゃない)


勇者(というか、王国軍よりはるかに組織的だ)


勇者(……正直想定外だな、こりゃ。魔王優秀すぎだろ)

9: 2013/01/17(木) 00:10:10.75 ID:XN/l7SiV0
勇者(ぶっちゃけた話、全部放り出して逃げ出したいところだけれども……)



『よい。妾はここを動かぬ。早く片付けて帰ってこい、勇者』



勇者(そーいうわけにも、まいりませんよねー)


兵士「ゆ、勇者様……」ビクビク


勇者「大丈夫だ。俺は『勇者』。俺がいる限り、魔族には負けない」


兵士「そ、そうですよね、『勇者』様!」

10: 2013/01/17(木) 00:12:31.64 ID:XN/l7SiV0
勇者(『勇者』、『勇者』、『勇者』『ユウシャ』『ゆうしゃ』)


勇者(本当にムカつく響きだ)


勇者(そして士気を保つため、『勇者』を使う自分にも反吐が出る)



ドドドドドドドド



兵士「き、来ます!」

11: 2013/01/17(木) 00:13:36.79 ID:XN/l7SiV0
勇者「砲、魔術は射程に入り次第攻撃。敵の魔術士を狙え」


兵士「はっ!」



ドォォォォォォォォォォン!



火炎、水弾、突風、大石、閃光、障気、砲弾。


攻撃が交錯し、轟音と絶叫が交じり合う。

12: 2013/01/17(木) 00:16:49.29 ID:XN/l7SiV0
ミスです、すいません……



勇者「砲、魔術は敵が射程に入り次第攻撃。敵の魔術士を狙え」


兵士「はっ!」



ドォォォォォォォォォォン!



火炎、水流、突風、大石、閃光、瘴気、砲弾。


攻撃が交錯し、轟音と絶叫が交じり合う。


13: 2013/01/17(木) 00:19:00.96 ID:XN/l7SiV0
勇者(敵の魔術が強いな……さすが、魔族だけのことはある)


勇者(こっちの魔術と砲が頑張ってくれるといいんだが、兵力差がありすぎる)



ダダーン!



勇者(銃も撃ち始めたな。……そろそろ行こう。抜剣だ)



チャキッ



勇者(さて、このまま撃ち合ってたら兵力で劣るこっちの完敗だ)


勇者(突撃して一度崩す)

14: 2013/01/17(木) 00:25:43.55 ID:XN/l7SiV0
勇者(火縄銃は連射速度がカスに近い。どんな工夫をしても限界はある)


勇者(あっちが一発撃ったら、一気に距離を詰める)


勇者「砲全門と魔術第三から第八小隊、俺のいる中央に攻撃を集中しろ」


勇者「両翼後退、中央に兵を集中」



ダダーン!



勇者「……全員、突撃!!」



ダッ

18: 2013/01/19(土) 21:38:24.87 ID:AWIvJYaZ0
勇者の正面には、魔術と砲撃が集中している。


魔王軍の兵士達は、文字通りなぎ倒されていく。


勇者(パイクが構えた……この弾幕の中よくやるな)


勇者(クソ長い槍を天に向け、一斉に振り下ろす、まさに人間要塞)


魔王軍兵士「それっ!」


勇者の背丈の三倍はある、十本以上の長大な槍。


低い風切音をまき散らし、勇者めがけて殺到する。

19: 2013/01/19(土) 21:40:37.86 ID:AWIvJYaZ0
……が。


勇者「俺には、効かない」


刹那。


彼らの長槍は、ひとつ残らず、



―――――――――その柄ごと切り裂かれた。



魔族兵「なっ……!」


剣で長槍を切り裂く戦法は、そこまで目新しいものではない。


しかし、一人で十本以上を、一瞬で。

20: 2013/01/19(土) 21:41:55.08 ID:AWIvJYaZ0
勇者「ハァッ!」


勇者の剣が宙を舞う。


勇者の斬撃。魔族を倒すのに特化した、閃光の魔法剣術。


光をまとう剣筋が刻まれる度に、魔王軍の兵士は倒れていった。




21: 2013/01/19(土) 21:42:52.53 ID:AWIvJYaZ0
魔王軍師団長「クッ、あれが、あれが『勇者』なのか!?」


魔王軍副長(今までの突撃しか能の無い『勇者』とは、全く異質な存在だ)


魔王軍師団長(しかし、しょせん敵兵は三分の一。今に息が切れる)


魔王軍師団長(その時まで、待つしかないか……おのれ、『勇者』め)


22: 2013/01/19(土) 21:47:12.51 ID:AWIvJYaZ0
魔王軍兵「せやあっ!」


勇者「ハッ!」



ズバァッ



勇者「チッ」ハァハァ


勇者(個人の気合と武勇で、戦に勝てる時代はとっくに終わった)


勇者(『勇者』も例外じゃない)


勇者「引き揚げるぞ! 城に戻れ!」



23: 2013/01/19(土) 21:50:49.16 ID:AWIvJYaZ0
勇者「銃兵、弾込めだ! 砲、魔術は戦闘中の味方の離脱を援護!」


勇者(こちらはまだ余力を残し、敵は乱れて逃げ腰)


勇者(離脱のタイミングとしては最高、ではあるけども、それでも)


勇者「銃兵前三列、撃て! 射撃後は最後尾につけ!」



ダダーン!



勇者(……こっから先は、撤退戦だ。本物の地獄が見れるな。……なるべく、遠慮したいけど)


24: 2013/01/19(土) 21:51:59.13 ID:AWIvJYaZ0
―――――――――― 勇者の本城、城壁の上 ――――――――――――

王国家臣「かようなところにおられましたか」


姫「……うむ」


王国家臣「どうなさったのですか?」


姫「……勇者が今、魔王軍の大軍と戦っておる」


姫「だというに、妾には何も出来ん」


姫「それが、歯がゆいのじゃ」


王国家臣「ハハ、何をおっしゃられるかと思えば」


姫「何!?」

25: 2013/01/19(土) 21:53:07.70 ID:AWIvJYaZ0
王国家臣「『勇者』は『姫』を守る者。そう決まっております」


王国家臣「王女殿下が案ずる必要はございません」


姫(ふざけておるのか……!?)


姫(自分達の為に氏を賭して戦う者への言葉が、『そう決まっているから』)


姫(なぜ、なぜそんなことを平然言えるのじゃ)


王国家臣「そんなことよりも、王女殿下」


姫「なんじゃ」

26: 2013/01/19(土) 21:54:27.53 ID:AWIvJYaZ0
王国家臣「先の件ですが」


姫「勝手にせよ。どうせ妾に選択権などない。なにせ『姫』じゃからな」


姫「……が、少し待て。勇者が帰ってくるまでな」


王国家臣「は? 戦が長引けば、どうしてもせねばなりませぬが」


姫「……その時は、仕方がないのう」


王国家臣「は。ご英断です」


姫「追従などいらぬ。下がれ」


王国家臣「承知いたしました」



タッ



姫「………………」


姫「『姫』、か」

27: 2013/01/19(土) 21:56:27.51 ID:AWIvJYaZ0
兵士「勇者様、右翼歩兵が突破されそうです!」


勇者「砲撃を右翼に集中、押し返せ!」


勇者「中央銃兵、反撃する! 前進しつつ射撃しろ! 中央槍兵は突撃準備!」



ダダーン!


ダダーン!


勇者「かかれ! 全員突撃!」




28: 2013/01/19(土) 21:57:28.79 ID:AWIvJYaZ0
ズバッ


ズシュッ


兵士「敵中央、後退します!」


勇者「こちらも退くぞ!」


兵士「右翼は盛り返しましたが、左翼歩兵が危険な状態です!」


兵士「右翼騎兵が劣勢です!」


勇者「砲撃の主目標を左翼に変更! 第九、第十魔術小隊は騎兵の援護!」


兵士「はっ!」


勇者(これはまた、無茶苦茶な戦況だ)


勇者(そろそろ、限界か……?)


29: 2013/01/19(土) 21:58:22.52 ID:AWIvJYaZ0
魔王軍師団長「追え、追え!」


魔王軍師団長(敵は崩れた。一気に潰してやる)


魔王軍師団長「む、敵の城が見えてきたな」


魔王軍師団長「この機に乗じ、逃げる敵に張り付いて内部に侵入、占領する!」


魔王軍師団長「急げ!」



ドドドドドドドドドドドドドドドド

30: 2013/01/19(土) 22:00:09.59 ID:AWIvJYaZ0
魔王軍兵士「わが軍の先鋒、敵城に侵入!」


魔王軍師団長「これで我々の勝ちだ! 勇者の首を挙げよ!」


魔王軍師団長(……しかし)


魔王軍師団長(なにか、おかしいような――)


瞬間。



戦場にヒビを入れるかのように、重たい音が轟いた。



魔王軍師団長(城壁の上から攻撃っ!)


魔王軍師団長「くっ、最初から、これが狙いか……っ!」


31: 2013/01/19(土) 22:01:30.87 ID:AWIvJYaZ0
勇者「今だ! 一気に敵を外へ叩き出せ!」


兵士「オオオオオオオオオッ!」


勇者(一撃して退却し、追撃させて敵の隊列を乱れさせたまま城に引き付け)


勇者(城の壁の上に伏せておいた銃兵、砲兵、魔術師さらには落石で反撃)


勇者(上手くいったな、本当に氏ぬかと思った)


勇者「ざぁぁぁぁぁッ!」


ズバァッ


兵士「敵軍、城から追い出しました!」


勇者「よし、追撃せよ! 勝利は我らのものだ!」

32: 2013/01/19(土) 22:18:22.09 ID:AWIvJYaZ0
――――――――――― 勇者の本城 室内 ―――――――――――


姫「おお、勇者! 帰ったか!」


勇者「はい、姫様。敵を片付けてきました」


姫「三倍以上の敵に完勝、か。凄まじい戦果じゃな」


勇者「ありがとうございます」


姫「……じゃが、それよりも」


勇者「?」

33: 2013/01/19(土) 22:19:06.48 ID:AWIvJYaZ0
バッ


ギュッ


勇者「ちょっ……ひ、姫様、なんですかいきなり、だ、抱きついて」


姫「ぬしが無事に帰って来た事の方が、妾には嬉しい」グィッ


勇者「姫様…………」


姫「勇者、ちょっとよいか?」

34: 2013/01/19(土) 22:19:56.77 ID:AWIvJYaZ0
勇者「なんです……おわっ!?」


ペロッ


勇者「な、なななにいきなり顔舐めてんですか!」


姫「いきなりとはなんじゃ、『ちょっとよいか?』と言ったではないか」


勇者「それで分かるわけないでしょう! てか何で舐める!?」


姫「かすり傷の治療じゃ」エッヘン


勇者「そんな心臓に悪い治療はやめてください!」


姫「顔が真っ赤じゃぞ」ニヤニヤ


勇者「そりゃ姫様が悪いんでしょうがーっ!」

35: 2013/01/19(土) 22:21:35.76 ID:AWIvJYaZ0
コンコン


勇者、姫「」ビクゥッ!


バッ


王国家臣「失礼しますぞ」


勇者「……家臣殿でしたか」


王国家臣「ご勝利おめでとうございます」


王国家臣「これで、国王陛下の貴殿への覚えもよくなるでしょう」


勇者「…………」


王国家臣「さすが古よりの『勇者』。魔王軍を倒すなど容易いですな」


勇者「…………」


王国家臣「勇者殿?」

36: 2013/01/19(土) 22:22:28.45 ID:AWIvJYaZ0
姫「……勇者は、疲れておるのじゃろう。ぬしは下がれ」


王国家臣「……はっ」


バタンッ


勇者「容易い、か。はは」


勇者「俺が、何度氏にかけたと思ってやがる」


勇者「『勇者』? だからなんだよ。そんなもので勝てる時代なんて、とっくに終わったじゃねえか」


勇者「クソ、『天雷』でも落ちちまえ。古の鉄槌を喰らえよ」


勇者「国王陛下の覚え? 元々腫物でしかない『勇者』に、今さら何を」


勇者「だいたい、この領地だって北の僻地じゃねえか……あ」


姫「勇者……」ション


勇者「……すいません」

37: 2013/01/19(土) 22:23:27.43 ID:AWIvJYaZ0
姫「よい。ぬしは、悪くない。……じゃが」


姫「妾は、妾は、ぬしのことを腫物だなどと思っておらんぞ、本当に、絶対に」


勇者「……分かってますよ。姫様が俺にそう思ってないことくらい」


勇者「すいませんでした。顔上げてくださいって」


姫「……うむ」


勇者「姫様ほど、俺に優しくしてくださった人間はいませんから」


勇者(……そう、誰よりも、な。喜ぶべきか悲しむべきか)


姫「本当か?」


勇者「もちろん」


姫「そう言ってくれると嬉しいのう。……ところで、勇者」


勇者「何でしょう」


姫「妾は、ぬしに言わなければならんことがある」

38: 2013/01/19(土) 22:24:15.01 ID:AWIvJYaZ0
勇者「何でしょうか」


姫「妾は、これから伯爵の居る城に行かねばならん」


勇者「ああ、あの大領の――」


勇者「ッ! ……まさか」


姫「うむ。……さすがぬしじゃな、聡いのう」


勇者「婚姻、ですか」


姫「……まあ、そういうことじゃ」


勇者「いつですか? まさか今すぐってことはないでしょう」


姫「魔王軍を撃退すれば、すぐにでも、じゃな」

39: 2013/01/19(土) 22:26:49.65 ID:AWIvJYaZ0
勇者「……そうですか」


姫「そういうことじゃ。……ぬしと二人で話すのも、これが最後かもしれん」


勇者「……!」


姫「案ずるな。王女が、『姫』が、有力な者に嫁ぐ。世の常じゃ」


勇者「…………」


姫「ではな、勇者。そろそろ妾は、行かねばならぬ」


勇者「……はい」


姫は扉に向かって歩きだす。


そして扉を開けると、唐突に振り返った。


姫「……勇者」


40: 2013/01/19(土) 22:28:17.50 ID:AWIvJYaZ0
姫「……勇者」


勇者「何でしょうか」


姫「何かあったら、逃げるのじゃ」


勇者「……は?」


姫「『勇者』であろうがなんだろうが、妾は知らん」


姫「妾は、ぬしに氏んでほしくないのじゃ。……随分と身勝手じゃが」


勇者「! いえ、ありがとうございます……必ずや」


姫「なら良い。武運を祈っておるぞ」



バタン



勇者「姫様……」ボソッ




姫「勇者……」ボソッ

41: 2013/01/19(土) 22:30:01.00 ID:AWIvJYaZ0
―――――――――――― 王国本城 狭い室内 ――――――――――――


国王「重臣、状況を報告せよ」


重臣「それでは、報告いたします」


重臣「わが王国は、完全に不意を突かれました。国境の領土は、あらかた
魔王軍に占領されております」


王子「あらかた、とは?」


重臣「……勇者殿です。勇者殿は、奇襲侵攻して来た魔王軍一万に大勝」


重臣「現在、新手の魔王軍一万五千に包囲され、境の城にこもっております」


国王「……そうであるか」

42: 2013/01/19(土) 22:32:35.85 ID:AWIvJYaZ0
重臣「魔王軍本隊は現在、わが国の城を攻め落としつつ南下中」


重臣「その数五万。魔王が直率しております」


重臣「ですが、魔王軍はまだ後方に多数の兵を残しているはずです」


重臣「これが全てではないでしょう」


王子「わが方の使用可能な兵力は?」


重臣「わが軍の総兵力は九万です」


重臣「さらに、魔王軍進路に領地を持ち、守りを固めている伯爵殿らの兵が一万」


王子「伯爵の本城には、私の妹が行っていましたね」


重臣「はい。ですが伯爵殿が六千の兵で守っておられます。まず大丈夫でしょう」


43: 2013/01/19(土) 22:33:52.94 ID:AWIvJYaZ0
王子「出撃すべきでしょうね。魔王軍本隊を叩きましょう」


重臣「私も同意見です。敵が兵力を集める前に各個撃破すべきかと」


国王「……うむ。そなたらの言う通りだ。出撃しようぞ」


王子「ところで父上。勇者への援軍は?」


国王「……無視だ。兵力を分散するは下策だ」


重臣「……魔王軍と共倒れしてくれれば、王家にとっても楽なのですが」


王子「時代遅れの権威は要らない、むしろ迷惑……ですか」


重臣「そういうことですな」


王子「まあ、そうでしょう。……ですが」


王子「……あの男、我々の考えるような『勇者』ではありません」


国王「……どういうことだ」

44: 2013/01/19(土) 22:34:54.97 ID:AWIvJYaZ0
王子「私は、勇者と会ったことが何度かありますが」


重臣「そういえば、王女殿下は勇者殿とお仲がよろしかったですな」


王子「頭の回転が速く、冷徹。笑いながら腹に憎悪を飼っている」


王子「そういう男です。何かがあれば、彼は我々ですら利用するでしょう」


重臣「さすがに、重く見過ぎでは――」



ドンドン!



兵士「こ、国王殿陛下! ほ、報告! 報告!」


王子「落ち着いてくれ。……どうしたんですか?」


兵士「は、伯爵様が……」

45: 2013/01/19(土) 22:35:53.25 ID:AWIvJYaZ0
―――――――――――― 伯爵本城 城内 ―――――――――――――

伯爵「どうですかな? 我が城は!」


姫「……とても豪奢じゃな」


伯爵「そうでございましょう! 何せ……」


姫(けばけばしい床に壁に置物に天井、よくやるものじゃのう)


姫(趣味が悪いと言わざるをえん。どれだけ民から税を搾り取ったのか)


姫(ましてや、長ったらしく偉そうな自慢話など、聞きたくもない)


姫(幼き頃、勇者が拾った石のについて語っていたのが懐かしいのう)

46: 2013/01/19(土) 22:37:15.33 ID:AWIvJYaZ0
伯爵「ですから、この柱は……王女殿下?」


姫「すまぬ、少し疲れていてな」


伯爵「それは失礼を致しました! 寝室へご案内しましょう」


姫「ありがたく使わせて――」


ダッダッダッダッ


家臣「伯爵様!」


伯爵「なんだ、無粋な!」


家臣「魔王軍が現れました!」


姫「!」

47: 2013/01/19(土) 22:39:07.31 ID:AWIvJYaZ0
伯爵「何だと! 魔王軍はまだ我が領の先で戦っているのではないのか!」


家臣「山を越えて迂回してきたようです」


伯爵「なぜ気づかなかった!」


家臣「私は、山にも監視の兵を置くように進言致しましたが」


伯爵「うるさい! なぜやっておかなかった! だいたい、貴様はいつも……」


姫(まずいのう、このままでは延々と無駄で理不尽な説教が続きそうじゃ)


姫「……伯爵殿。気持ちは分かるが、まずは魔王軍への対処が先であろう」


伯爵「むう……そうですな」


姫「家臣殿。魔王軍の規模は?」


家臣殿「はっ。敵軍の規模は三千。山越えの疲労なのか、動きが鈍いです」


伯爵「我が兵力の半分ではないか! 今すぐ出撃の準備だ! 出るぞ!」

48: 2013/01/19(土) 22:40:56.14 ID:AWIvJYaZ0
姫「……伯爵殿。魔王軍は精強と聞く。油断なきようにな」


伯爵「いえいえ、私にかかればすぐに終わります!」


ダッ


家臣「……王女殿下」


姫「何であろう?」


家臣「先ほどは、ありがとうございました」


姫「なすべきことをなしたまでじゃ」


家臣「なすべきことをなせる者こそ、真に偉大なる人間なのです、王女殿下」


姫「……ありがたく受け取っておこう。ぬしも、気を付けてな」


家臣「身に余る光栄です。それでは」

49: 2013/01/19(土) 22:41:35.61 ID:AWIvJYaZ0
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
=================================================================
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

『グスッ、グスッ』


『泣くな! 次の『勇者』ともあろうものが、これしきのことで!』


『そうですよ、勇者。父上に負けぬほど、あなたは強くならねばなりません』


『でも、いたいよ、父上』


『そんな軟弱なことで、『勇者』が務まるか! 立て!』


『あなたの父上は、こんなに勇壮な方なのに……私は、育て方を誤りました』


『(なんで、こんなめに、あうんだろう)』


『(ぼくが、なにかわるいことをしたの?)』





勇者「…………」

50: 2013/01/19(土) 22:44:53.53 ID:AWIvJYaZ0
『まさか、『勇者』様も、奥様も、こんな若さでお隠れになるなんて』


『とても強く、優しい方たちでしたのに』


『それにしても、あの勇者めは……』


『シッ、聞こえますよ』


『いいじゃない。父上と母上を見捨てた極悪人よ』


『ええ、どういうことですか?』


『父上と母上が敵に向けて突撃するのを臆病にも嫌がったばかりか』


『囲まれた父上と母上を見捨て、自分だけさっさと逃げ出したのよ』


『まあ、なんてひどいこと! お二人も浮かばれませんわ』


『(勝手言うなよ……)』


『(どう見ても囮の匂い溢れる敵にわざわざ突っ込むわけねえだろ)』


『(だから止めたってのに。救援? 自軍の五倍はいた敵を相手に?)』


『(お前らは俺に、氏ね、って言いたいのかよ。むしろお前が氏ねば良かったと?)』


『(そうだろうな。俺は、『勇者』でもなんでもない。臆病者だよ)』


『(『勇者』の勇猛さなんて、しょせん猪突猛進以外の何物でもない)』


『(戦をロクに知らない奴らが、感情論だけでわめくんじゃねえ)』


勇者「…………そ」

51: 2013/01/19(土) 22:46:26.58 ID:AWIvJYaZ0
『聞きましたか?』


『聞きましたよ。あの勇者、また他の貴族に文句をつけたようですな』


『まったく、時代遅れの権威の分際で傲慢極まりない』


『領地では、旗下の領主を潰して自分の思いのままに軍を作っているとか』


『傍若無人な! 領主の権利をなんだと思っているのですか!』


『事実だ。しかも商人どもとつながっているらしい』


『商人どもつながるとは、汚い……欲にまみれきっておりますな』


『国王陛下からは、何もおっしゃれない。仮にも『勇者』だからな』


『くそっ、国王陛下が何も出来ぬのをいいことに……』



『(……そもそも、荒れた辺境に『勇者』を叩き込んだのは王家じゃねえか)』


『(商人とつながって経済を興さねえと、領地が持たねえんだよ)』


『(俺は、『勇者』なんだろ? 人間を魔族から守るのが使命なんだろ?)』


『(時代遅れの領主共を廃し、より柔軟な運用の出来る軍の編制にする)』


『(それによって、王国の守りは強化される。何が、俺の何が悪い)』


『(結局、自分の立場を守りたいだけのくせに、偉そうに語りやがって)』


『俺は、もっと強くなる。財力も、軍事力も、個人の武勇も。そして)』



『(――俺が、世界を塗り替えてやる)』




勇者「…………クソっ!」

57: 2013/01/20(日) 20:38:43.50 ID:kskrw2Mu0
バッ!!


勇者「……夢か」ハアハア


兵士「勇者様、敵が突撃してきまし……勇者様?」


勇者「いや、何でもない。魔王軍は放っておけ。撃ちまくっておけばすぐ退く」


勇者「あっちも、ただの嫌がらせのつもりだろう」


兵士「はっ!」


58: 2013/01/20(日) 20:40:59.59 ID:kskrw2Mu0
兵士「魔王軍、退却していきます!」


勇者「追うな。警戒を解かずに待機」


兵士「はっ」


勇者(やはり、相手は速攻で落とす気がないらしい)


勇者(下手に損害を出すより、長期戦の方がいいと思ったんだろう)


勇者(そんなことしてるうちに、本隊同士の決着がつくと思うが)


勇者(兵力は王国が上。このままいけば、王国の勝ちだ。俺の出る幕はもうない)

59: 2013/01/20(日) 20:44:39.13 ID:kskrw2Mu0
勇者(……そして、姫様は、伯爵と)


勇者(クソッ、姫様)


勇者(頭から離れない。なんでだ。心配か……違う、さすがにあの城は落ちない)


勇者(なら、やっぱり婚姻の件か)


勇者(あの野郎、いつも気持ち悪い目で姫様を見てやがったし)


勇者(姫様がどうなっちまうことか)


勇者(畜生、畜生、畜生、あの野郎が、姫様に……待てよ)



勇者(――誰なら、いいんだ?)



勇者(俺は、姫様に触る奴が、誰だったら許せるんだ? 誰だったら良いんだ?)


勇者(俺は……)



バタンッ!



兵士「ゆ、ゆ、勇者様!」


勇者「……落ち着け。どうしたんだ?」


兵士「は、伯爵様が……」

60: 2013/01/20(日) 20:46:53.37 ID:kskrw2Mu0
―――――――――――― 伯爵本城 城内 ―――――――――――――

姫(なんだか、落ち着かんのう。不安で仕方がない)


姫「……本でも読むかのう」


パラッ


姫(『勇者物語』)


姫(はるか昔の、初代勇者の物語)


姫(これを読む時、妾とあやつがこの時代に産まれていたら、と思わざるを得ん)


姫(特に、勇者が魔王との戦いに臨む前の場面とかな)


姫(……身勝手じゃな。勇者は、『勇者』になどなりたくはない)


姫(更に、妾は『姫』。『姫』であらねば、ならんのじゃ)


姫(そんなことを望むなど、妾は本当にろくでもないのう)


姫(しかし、あたりが急に騒がしくなりおった。まさか……)

61: 2013/01/20(日) 20:48:22.52 ID:kskrw2Mu0
バタンッ


伯爵「お、王女殿下……」


姫「……どうした?」


伯爵「くそ、魔王軍が、卑劣な罠を……」


姫「よい。勝敗は兵家の常じゃ。……何人氏んだ?」


伯爵「せ、千人ほど……」


姫(千人氏んだということは、負傷逃亡含め半数以上の損害じゃな)


姫(まずいのう、これではこの城に閉じ込められる)

63: 2013/01/20(日) 20:52:50.32 ID:kskrw2Mu0
伯爵「し、しかし! 敵は依然として小勢!」


伯爵「今、他の城の我が配下を呼んでおります!」


姫(かようなことは敵も重々承知のはず……何か手を打たれておるかもしれぬ)


姫「伯爵殿」


伯爵「は、はい」


姫「……家臣殿は、どうなった?」


伯爵「は……は、殿軍を担い、戦氏致しました」


姫「そうか……ご苦労であった」


伯爵「はっ」

64: 2013/01/20(日) 20:53:24.46 ID:kskrw2Mu0
姫(もし、こやつが勇者であったなら)


姫(揚々と、凱旋しておるのであろうな)


姫(いかぬ、勇者のことが頭から離れん)


姫(勇者……)


65: 2013/01/20(日) 20:55:16.99 ID:kskrw2Mu0
―――――――――――― 王国本城 狭い室内 ――――――――――――


兵士「は、伯爵様の本城付近に、魔王軍三千が現れ」


兵士「出撃した伯爵様は、魔王軍を深追いして伏兵にあい、敗走」


兵士「逃げ帰った伯爵様が、領内の配下に援軍を求めるも」


兵士「出撃した伯爵配下の軍は伏兵により撃破され、本隊によって各城も制圧」


兵士「伯爵領、伯爵様本城を除き、完全に敵が押さえました」


重臣「なんと……!」


王子「父上、一刻も早く出立を。伯爵の城が落とされる前に」


国王「……無論だ。全軍、出撃せよ」

66: 2013/01/20(日) 21:00:53.39 ID:kskrw2Mu0
――――――――――――― 勇者本城 城内 ―――――――――――――

勇者「…………本当か?」


兵士「間違いございません。王国本城からの交信魔術です」


兵士「建てたばかりの、新式の交信魔術台ですから」


勇者「分かった」


兵士「あ、あと」


勇者「何だ?」


兵士「不思議なことに、魔王軍は略奪の類をあまり行っていないようです」


兵士「魔族だというのに、兵站維持に必要な最小限の食料しか取っておりません」


勇者「人道的な『魔王』か。そりゃ傑作……」


勇者(いや、待てよ。俺みたいなのが『勇者』だからな)


勇者(否定は出来ん。ともあれ、なかなか凄い奴らしいな。かなりの大物だ)


勇者(略奪を最小限にとどめるなんて、よほどの財力と統率力が無ければ出来ないし)


兵士「ゆ、勇者様?」


勇者「ああ、悪い。ご苦労だった」


兵士「ははっ」


タッタッタッ


勇者(さて、どうしたもんか)


勇者(――どうやって、こいつらを蹴散らそうか。すぐにだ)

67: 2013/01/20(日) 21:31:25.30 ID:kskrw2Mu0
国王「……敵の状況はどうなっている」


重臣「あの連なった丘の向こうに、敵が陣取っております」


重臣「敵は五万、わが方は兵を更に吸収し十一万、二倍以上の兵力です」


王子「しかし、丘が邪魔で敵の様子が見えませんね……ん?」


国王「……東翼に兵を集めてきたな」


重臣「予備隊を東翼に向けますか」


国王「……派手すぎるな。おそらく、敵の狙いは我が西翼」


国王「丘に隠れて移動し、主力をもって我が西側面を突く気であろう」


重臣「では」


国王「朕と予備隊の一部は東翼に移動し、敵の陽動に乗る」


国王「王子と貴様は、西翼で陣形正面を変更、魔王軍に備えよ」


王子「はい」


重臣「はっ!」


タッタッタッ

68: 2013/01/20(日) 21:43:28.80 ID:kskrw2Mu0
――――――――――――― 王国軍 中央 ―――――――――――――

ダダーン!


重臣「ま、魔王軍、西翼に現れました!」


王子「何だって? まだ陣形を変えている最中だろう!?」


重臣「て、敵の動きが予想以上に早く……」


王子「騎兵はどうした!」


重臣「敵がサーベルでの突撃を行って参りました!」


王子「なに、サーベル!? 短銃ではないのか?」


重臣「は、短銃しか持たない我が騎兵は押されています」


王子(騎兵が短銃を持ち、最前列が撃っては後方に回り)


王子(二列目が撃ったらまた後方へ回り、次は三列目が撃ち、と)


王子(回転するようにそれを繰り返して連射し、敵を敗走させる)


王子(それが、我が王国の伝統であったはず)


王子(なぜ、通用しない!?)


王子「長槍の密集方陣は騎兵などには負けぬ! 我らが着くまで粘らせてくれ!」


重臣「はっ!」


69: 2013/01/20(日) 21:46:25.56 ID:kskrw2Mu0
――――――――――――― 王国軍 東翼 ―――――――――――――

兵士「西翼の戦況、我が軍の優勢に転じました!」


国王「……ご苦労。」


国王「皆の者、この戦闘において、朕は決定的な戦果を望む」


国王「ゆえに今、東翼の敵を攻撃し、西翼の敵本隊を包囲する」


国王「朕に続け。この戦、我らの勝ちぞ」


兵士「ウオオオオオオオオオオオ!」」




ドドドドドドドドッ

70: 2013/01/20(日) 21:52:33.10 ID:kskrw2Mu0
魔王軍兵士「魔王様! 王国軍が、東翼にも突撃してきました!」


魔王軍兵士「東翼、西翼ともに押されています!」


魔王「そうか。……僕の頭も、まだ捨てたもんじゃないな」


魔王軍兵「何をおっしゃるんですか。魔王様の才を疑う者などおりません」


魔王「そう言ってくれると嬉しいんだが……さて」


魔王(冷静に敵の裏をかく頭脳、なおかつそれを可能にする統率)


魔王(国王、あなたは名将と言っても全く言い過ぎではない……が)


魔王(しょせん旧い王国の『国王』に過ぎなかった)



魔王(――僕の、勝ちだ)



魔王「中央に集めた主力に命令」


魔王「これより丘を越え突撃する。魔術、銃兵は丘上から撃ち下ろせ」


魔王「騎兵、槍兵は敵陣を突破して分断しろ」


魔王「傘型隊形だ。僕に、続け」

71: 2013/01/20(日) 21:54:29.73 ID:kskrw2Mu0
――――――――――――― 勇者の本城 ―――――――――――――

勇者「準備はできてるか?」


兵士「は。勇者軍旗下二千五百、全て整っております!」


勇者「さて、決行だ。今宵、魔王軍を完全に無力化する」


勇者「開門。総員突撃」


ウォォォォォォォォォォォッ!


魔王軍兵「な、なん――がっ!」



ザバァッ!



勇者の光を帯びた剣筋は、夜の闇に映える。


それは、芸術的な感動さえ見る者に与られるほどだ。


――人とは思えぬ笑みを浮かべた、その剣を振るう男の顔さえ見なければ。


72: 2013/01/20(日) 21:55:48.27 ID:kskrw2Mu0
魔王軍兵士「く、くそ! 敵の夜襲だ!」


魔王軍士官「落ち着け! 敵は小勢、落ち着いて反撃せよ!」


ドドッ


勇者「盛り返してきたか……さすがに魔王軍、早い」



勇者「――そうでなくては、困るんだけどな」



勇者「総員、撤退! 外郭に逃げ込め! 撤退!」


魔王軍士官「逃げたぞ! 追え!」


魔王軍兵士「待てぇっ!」


ドドドドドドドドドドッ

73: 2013/01/20(日) 21:59:52.56 ID:kskrw2Mu0
魔王軍兵士「随分と入り組んだ町だな……」


魔王軍士官「敵の伏兵がいるかも知れん、気をつけ……」



ボゥッ




魔王軍兵士「ひ、火が!」


魔王軍兵士「家が燃えてる! あっちも、こっちも!」


魔王軍士官「まさか、勇者が……待て」


魔王軍士官「家が燃えているということは」


魔王軍士官「我々が火に照らされ、敵から丸見えでは――」



ドオン!


ダダーン!


魔王軍兵士「う、撃ってきやがった!」


魔王軍兵「ガハッ」

74: 2013/01/20(日) 22:01:09.73 ID:kskrw2Mu0
魔王軍士官「馬鹿な……市街に火を放ち、銃砲撃し魔術を打ち込むだと!?」


魔王軍士官「これが、『勇者』だというのか……?」


勇者「残念だが」


魔王軍士官「!!」


勇者「――俺は、『勇者』なんかじゃない」



ズバァッ!



兵士「各門において、敵軍壊乱! 成功です!」


勇者「よし」


勇者(これで、邪魔な奴らを潰した)


勇者(あとは……)


兵士「ゆ、勇者様っ!」


勇者「どうした?」

75: 2013/01/20(日) 22:03:30.07 ID:kskrw2Mu0
兵士「お、王国軍十一万と魔王軍五万が伯爵領近郊で激突」



兵士「――王国軍敗北。国王陛下は戦氏。損害は七万に達しました」



勇者「……何だと?」


勇者(あの、国王が……)


勇者(魔王……まったく、恐ろしい強さだ。怖くなってきた)


勇者(これで、我が軍は文字通り孤立無援)


勇者(どうしようも無いほど絶望的じゃねえか)


兵士「王子殿下が代わって兵をまとめ、王都まで引き上げたそうです」


勇者「魔王軍はどこに?」


兵士「何故か追撃後はあまり進撃せず、少し進んだところにとどまっているようです」


兵士「が、後方からの増援により、敵兵力は現在六万。まだ増える一方」


76: 2013/01/20(日) 22:04:40.94 ID:kskrw2Mu0
勇者(王国軍に予備兵力はもうない)


勇者(とっとと王都を包囲してしまえばいい)


勇者(何故だ? 何を待ってるんだ?)


勇者(……まあいい。俺のやることは変わらない)


勇者「……ご苦労」


兵士「はっ」


勇者(まずは目の前の敵の追撃だ)


勇者「全員進め! 各門から順次追撃せよ!」

77: 2013/01/20(日) 22:06:17.73 ID:kskrw2Mu0
魔王「……何だって?」


兵士「ゆ、勇者が、我が軍一万五千を夜襲にて撃破!」


兵士「損害は八千ほどです!」


魔王「……油断のないよう、気を付けろと言ってあったはずだが」


兵士「勇者の夜襲に反撃し、城内に侵入したところ、勇者が町に放火」


兵士「勇者は砲も魔術も見境なく打ち込み、壊乱した我が軍は敗走しました」


魔王(町に放火して全力攻撃だと?)


魔王(そんな戦術を、思いつき更に実行する)


魔王(想像以上だ。……そんなことをやるのは『勇者』じゃない。むしろ)


魔王(『魔王』、だ)

78: 2013/01/20(日) 22:07:40.11 ID:kskrw2Mu0
魔王「……今、勇者は何をしている?」


兵士「依然として、城に籠ったままです」


魔王(勇者は動けない)


魔王(それはそうだ。王国軍は決戦に敗れ、勇者領と王都との街道は僕らが握った)


魔王(かといって、自ら単独で逆襲し攻め込むほどの兵力は無い)


魔王(進むも退くもままならぬ、か。まず放置で良い)


魔王(実際のところ、今すぐ会ってみたいものだが)


魔王「分かった。ご苦労」


兵士「はっ」


魔王「そうだ、あの件はどうなってる」


魔王軍重臣「もうひと押し、というところです」


魔王「ならいい。それが終われば、もうここでやることは無い」


魔王軍重臣「そうでございますな」


魔王「さて、と。今に見れるぞ、重臣」




魔王「……魔族も人間も戦わず、平和に生きていける世界が」




魔王軍重臣「ははっ!」

79: 2013/01/20(日) 22:20:41.15 ID:kskrw2Mu0
――――――――――――― 伯爵本城 ―――――――――――――

兵士「王女殿下、夜分失礼いたします」


姫「よい。……どうした?」


兵士「伯爵様がお呼びです。……魔王軍について、重要な話をと」


姫「妾にか?」


兵士「はっ」


姫「……うむ、分かった」



コツコツ



姫(妾に、何の用があるのかのう)


コツコツ


姫(すでに城の外郭は占拠され、内郭しか残っておらぬ)


コツコツ


姫(あの伯爵が交信魔術台を外郭に作ってしまったせいで、外と交信も出来ん)

80: 2013/01/20(日) 22:21:09.52 ID:kskrw2Mu0

コツコツ


姫(そんな風前の灯な状態で……いや)


コツコツ


姫(そもそも、戦で妾にできることなどない)


コツコツ


姫(もし、妾に出来ることがあるとするなら……それは)


ピタッ



姫(まさか――)

81: 2013/01/20(日) 22:22:03.36 ID:kskrw2Mu0
ダッ


ダッ


姫「っ!」


ガシッ


姫「!! 放せ!」


サッ


伯爵「……これは、仕方のないことなのですよ」


姫「何のつもりじゃ」


伯爵「あなたのお父上が悪いんです」


姫「何じゃと……!」


伯爵「王国軍十一万は、魔王軍五万と決戦」


伯爵「王国軍は大損害を出して敗走、国王陛下は戦氏」


姫「!!」

82: 2013/01/20(日) 22:23:18.50 ID:kskrw2Mu0
伯爵「おわかりですか? もう、援軍など来ない」


姫「……交信魔術台は敵の手にある。それは魔王軍からの情報じゃろう」


姫「それが、本当である根拠は?」


伯爵「この話を聞いたのは十日ほど前」


伯爵「もしも王国軍が勝ったなら、そろそろ援軍に来てもいい頃だ」


姫「……それと、妾に何の関係がある」


伯爵「魔王から、『姫を引き渡せば降伏を認める』とのことでしてね」


姫「……!」


伯爵「仕方がないのです……連れていけ」


兵士「「はっ」」


姫「くっ……」

83: 2013/01/20(日) 22:25:17.52 ID:kskrw2Mu0
伯爵「開門! 開門!」



ギィィィィィィ



伯爵「王女を連れてきた! 降伏を認めろ!」


魔王軍士官「承知した。王女を引き渡していただきたい」


伯爵「ここに」


姫「……妾を、どうするつもりじゃ」


魔王軍士官「答える必要はない。が、魔王様曰く」



魔王軍士官「王女こそ、この戦の目的だ、と」



姫「……!!」


魔王軍士官「さて、伯爵殿。確かにお受け取りした」


魔王軍士官「さて、貴殿らの処遇だが……」


チャキッ

84: 2013/01/20(日) 22:26:30.57 ID:kskrw2Mu0
伯爵「な、な、何をする!」


魔王軍士官「魔王様が、『伯爵を頃し、あとは助命せよ』と」


伯爵「そ、そんな、話がちが……げっ」バシュッ


姫「っ!!」


魔王軍士官「さて、後は魔王様に一刻も早く報告を……」



ダダーン!



魔王軍士官「なっ!?」


姫(銃声? まさか……)


魔王軍士官「魔王様の命令は殺戮ではないはずだ……くそっ」

85: 2013/01/20(日) 22:26:57.98 ID:kskrw2Mu0

魔王軍士官「とにかく、王女を運ぶのが先だ! お前ら!」


ダッ


魔王軍兵士「はっ!」


グイッ


姫「っ! …………」


ザッザッザッザッ

99: 2013/01/29(火) 23:41:24.70 ID:CDAbecsd0
ザワザワザワザワ


魔王軍士官「な、何が起こっている!」


魔王軍兵士「し、士官!」


魔王軍士官「どうした」


魔王軍兵士「て、敵襲です!」


姫「……!」


魔王軍士官「伯爵の兵ではないのか?」


魔王軍兵士「いえ、近くの森から出てきました! 不意打ちで魔術を使われてからの騎兵突撃です」


魔王軍兵士「しかも夜間。混乱が発生しております!」


魔王軍士官「規模は!」


魔王軍兵士「不明です!」

100: 2013/01/29(火) 23:42:38.58 ID:CDAbecsd0
魔王軍士官「しかし、もう王国に大部隊を派遣する余力はないだろう」


魔王軍士官「第一、大部隊では逃げ切れん。古の魔術でも使わぬ限りはな」


魔王軍兵士「そういえば、魔王様は古の魔術に興味がおありでしたよね」


魔王軍士官「悠長に無駄口を叩くな! しかし、クソ、こんな時に……ん?」



ドドドドドドドドドドドドド



魔王軍士官「一騎、突っ込んでくる?」


魔王軍士官「あっちは城の方向だ。そんなはずは……」


101: 2013/01/29(火) 23:43:53.52 ID:CDAbecsd0
ザシュゥッ


魔王軍兵士「がっ」


バッ


魔王軍士官「ぐふっ」


シャァッ


魔王軍兵士「に、逃げ……ぎゃぁっ」


ヒラッ


ストン


姫「…………………………」





姫「勇、者……?」

102: 2013/01/29(火) 23:45:12.93 ID:CDAbecsd0
勇者「……姫様、お迎えに上がりました」




姫「勇者……勇者ぁっ!」ダッ


ギュッ


勇者「……姫様」


姫「もっと早く来てくれてもよいではないか」ヒックヒック


勇者「すいませんでした」


姫「……が、来てくれて嬉しいぞ、勇者」キュッ


勇者「ありがたき幸せ。さて、逃げますよ。一緒に馬に乗りましょう」


ヒラッ


勇者「行きますよ。大丈夫ですか?」


姫「大丈夫じゃ。……勇者」


勇者「なんですか?」



103: 2013/01/29(火) 23:46:33.23 ID:CDAbecsd0
姫「……腕を、離すでないぞ。妾を落とすな」



勇者「必ずや」




勇者「……騎兵、集合! これより王都へ撤退する!」


104: 2013/01/29(火) 23:47:20.57 ID:CDAbecsd0
魔王軍兵士「ま、ま、魔王様ぁっ!」


魔王「どうしたんだ。落ち着け」


魔王軍兵士「ゆ、ゆ、勇者が」


魔王「……また勇者に負けたのか? 今度は二万も割いたじゃないか」


魔王軍兵士「ち、違います。勇者の城は依然として守りを固めています」


魔王「では、なんなんだ?」


魔王軍兵士「は、伯爵の城で、王女が奪われました」


魔王「は?」


魔王軍兵士「ですから、伯爵の城で王女が勇者に奪われました」

105: 2013/01/29(火) 23:52:28.06 ID:CDAbecsd0
魔王「いや、待て。話が全く呑みこめないぞ。勇者がなぜ伯爵の城に?」


魔王軍兵士「あの夜襲の後、ひそかに出撃していたようです」


魔王「では、なぜ王女が奪われるんだ」


魔王「時間的に見て、連れて行けたのは騎兵だけじゃないのか?」


魔王軍兵士「伯爵が降伏し、王女を受け取って本陣に護送するところでした」


魔王軍兵士「丁度その頃、我が軍の兵による降伏した伯爵軍への攻撃があり」


魔王「……僕は、伯爵以外頃すなと言ったはずだ」ギロッ


魔王軍兵士「人間側の何物かが、我が兵士を攻撃したのです。その人物の行方は不明」


魔王(……その男、怪しすぎるな。おそらくは勇者の差し金、もしかすると本人かもしれない)

106: 2013/01/29(火) 23:53:57.58 ID:CDAbecsd0
魔王軍兵士「結果、一部の士官と兵が暴走。その暴走を制止しようと混乱が発生しました」


魔王軍兵士「その隙を縫うように、勇者が奇襲突撃」


魔王軍兵士「奇襲による動揺と勇者の奮戦で、我が軍は混乱」


魔王軍兵士「我が軍が態勢を整える前に、勇者は王女を連れて逃走しました」


魔王軍兵士「王都へ向かったものと思われます」


魔王「…………分かった。下がってくれ」


魔王軍兵士「ははっ」

107: 2013/01/29(火) 23:57:33.38 ID:CDAbecsd0
魔王(……少数騎兵で敵地に潜入し、一瞬の隙に乱入)


魔王(一瞬で崩して手早く王女を見つけ、救出してすぐ撤退)


魔王(古の『勇者』も真っ青な活躍だ)


魔王(しかし一方で、混乱を誘うために魔族の兵を斬り、虐殺の引き金を引いた)


魔王(それが、どれだけの人間を頃すか分かったうえで)


魔王(……きっと、本人は『勇者』なんて言われたくないのだろうな)



魔王(僕が、『魔王』にはなりたくないように、だ)

108: 2013/01/29(火) 23:59:34.02 ID:CDAbecsd0
魔族重臣「魔王様、王女が奪われてはまずいのでは……」


魔王「ああ、まずいな。大いにまずい。が、実はたいした問題ではない」


魔族重臣「と、おっしゃいますと?」


魔王「僕らと王国軍の兵力差は大きく開いている」


魔王「交渉は、力を持っている者が圧倒的優位に立つ。道理など関係ないさ」


魔王「わざわざ戦おうとはしないだろう」




魔王「……そうだ。世を平和にするのは、愛でも友情でも血縁でもない」

109: 2013/01/30(水) 00:01:15.62 ID:Dq4uh9MU0
魔族重臣「は……」


魔王「気にするな。くだらない感傷だ。しかし、一つ障害がある」


魔族重臣「勇者、ですか」


魔王「その通りだ。今度は何をしてくることか」


魔族重臣「しかし、魔王様。今度は敵への攻撃ではなく、戦意のない味方の説得です」


魔族重臣「さすがの勇者でも、難しいのではないでしょうか」


魔王「反乱を起こそうにも、手持ちは直率の騎兵だけだしな」

110: 2013/01/30(水) 00:02:19.58 ID:Dq4uh9MU0
魔王(とは言っても、不安は残るな……全く、厄介な奴を敵に回したもんだ)


魔王(敬意を感じざるを得ないほどの。会ってみたいな。勇者に)


魔王(そうだ、戦後の計画を変更しよう。勇者にはその価値がある)


111: 2013/01/30(水) 00:03:41.13 ID:Dq4uh9MU0
民「勇者様、万歳!」


兵士「勇者様、万歳!」


勇者「……こんな風に崇め奉られるのは、あまり好きじゃない」


姫「良いではないか、勇者。皆、ぬしに期待しておるのじゃ」


勇者「この状況をなんとかしろ、ですか」


勇者「三倍近い兵力差、優秀な装備と編制、高い士気、優秀な指揮官」


勇者「……手詰まりです。俺を崇める暇があったら、何か案を考えろ、と」


姫「ぬしが思いつかんものを、思いつくものなどまずおらん」


勇者「だからといって、希望の星にされるのは嫌です」

112: 2013/01/30(水) 00:04:20.90 ID:Dq4uh9MU0
勇者「勝手に期待しておいて、期待外れなら勝手に中傷される」


勇者「実際に考えて行動することの難しさを知らないくせに」


勇者「勝手な思い込みで、生き方を強要されることの大変さも知らないくせに」


姫「なら、もったいぶった顔をして聞き流しておけばよいのじゃ」


姫「妾も、到底おしとやかな『お姫様』とはいかんでのう」ククッ


姫「『類い稀な魔力の持ち主』などと呼ばれたが、いまだに何の魔術も使えぬし」


勇者「……姫様は、姫様であるのが一番いいと思います」

113: 2013/01/30(水) 00:04:55.97 ID:Dq4uh9MU0
勇者「今更おしとやかでお上品になられても困りますからね」フッ


姫「なら、ぬしもぬしであればよい」


姫「妾も、ぬしに今更猛々しく男らしくなられても困る」フフッ


勇者「それもそうですね」ハハッ


姫「うむ」ククッ

114: 2013/01/30(水) 00:06:21.32 ID:Dq4uh9MU0
スタッ


王子「やあ、ご苦労だったね、勇者」


勇者「恐悦至極に存じます、王子……いや、国王陛下でしたか」


姫「…………」


王子「いや、まだ王子だよ。戴冠式を済ませないと国王は名乗れない」


勇者「そうでしたか。失礼を致しました」


王子「いや、いいんだ。……姫、お前にも迷惑をかけたね」


姫「どうせ、腹の中では『不幸な事故』で済ませておるのでしょうに、兄上」


115: 2013/01/30(水) 00:08:38.43 ID:Dq4uh9MU0
王子「それは人聞きの悪い。僕にだって良心はある」


王子「ただ、物忘れが激しいだけさ」


姫「……それを、良心に欠けているというのじゃ、兄上」


王子「まあ、そうかもしれないね。さあ、上がってくれ」

116: 2013/01/30(水) 00:09:58.26 ID:Dq4uh9MU0
――――――――――――― 王国本城 室内 ―――――――――――――


王子「さて、我が軍の状況だが……」


勇者「ろくなものではないでしょうね」


王子「おっしゃる通りだ。我が軍は九万から四万に減った」


王子「士気も下がる一方だ。君達が来た時の熱狂は、普段の士気の低さの裏返しだよ」


勇者「魔王軍の兵数は?」


王子「十万ほどだろう。これからもまだ増える」

117: 2013/01/30(水) 00:12:23.24 ID:Dq4uh9MU0
勇者「で、何故魔王軍は動かないんですか? 包囲くらいはして当然でしょう」


王子「わからないな。何か別の目的でもあるのか……」


勇者「何かの交渉ですかね?」


王子「この状況でそんな穏やかなことをするほど性格が良いかな、魔王は」


勇者「それもそうですが」


王子「さて、そろそろ僕は行くよ。色々と細々した用事があるん――」



王子「――そうだ、勇者」

118: 2013/01/30(水) 00:12:55.64 ID:Dq4uh9MU0
勇者「何でしょうか」


王子「魔王軍の本営で、何やら怪しげな儀式が執り行われているんだよ」


勇者「……儀式? 魔族には古来よりの戦の儀式があると聞きますが」


王子「そうなのかい?」


勇者「ええ。我が家の文献に残っております」


王子「なら安心だね」


勇者「は。失礼致しました」



バタン

119: 2013/01/30(水) 00:13:57.05 ID:Dq4uh9MU0
―――――――――――― 王国本城 廊下 ――――――――――――

姫「勇者! こんなところにおったか」


勇者「はい。王子殿下と話をしておりまして」


姫「そうか。腹黒い兄上のこと、何を考えているかわからぬ。気を付けよ」


勇者「……姫様、王子殿下は実の兄でしょう? 言い過ぎでは」


姫「実の兄じゃからこそ、よう知っておる」




姫「……ところで、勇者」

120: 2013/01/30(水) 00:15:18.15 ID:Dq4uh9MU0

姫「妾についてこい」


勇者「はい。どこ行くんですか?」


姫「妾の部屋じゃ」


勇者「へえ、姫様の部屋ですか、ってえええええ!?」


姫「……よ、よい。来いと言ったら来い」


勇者「は、はい」

127: 2013/02/03(日) 22:26:18.63 ID:BUbk5BCE0
勇者「し、失礼しまーす」


姫「どうじゃ、妾の部屋は」


勇者「絢爛に過ぎるということもなく、地味に過ぎるということもなく」


勇者「落ち着いていて好きです」


姫「そうか、そんなに気に入ったか。なら、今夜はここで寝るか?」


勇者「ああ、いいですね……ってちょっと待てい!」ブッ


姫「勇者、何をそんなに慌てておる」ニヤニヤ


勇者「と、ところで、何で俺をここに呼んだんですか?」

128: 2013/02/03(日) 22:29:18.00 ID:BUbk5BCE0
姫「ああ、そうじゃったな……」モジモジ


勇者「どうしました? 顔が赤いですよ」


姫「うるさい! 少し待て」


ゴソゴソ


姫「……これじゃ」


勇者「何ですか、この箱」


姫「オッホン。……勇者よ」


勇者「何でしょう」


姫「ぬしは、ぬしの城で大軍を二度も破り、妾を魔王の手から救ってくれた」


勇者「当然のことをしたまでです」


姫「ぬしにとっては、それで済むものかも知れん」


姫「が、妾からしてみるとそうはいかん。ぬしの功を賞さねばならん」


勇者「つまり、魔王軍との戦の褒美として、これを俺にくださる、と」


姫「そ、そういうことじゃ」

129: 2013/02/03(日) 22:30:18.65 ID:BUbk5BCE0
姫「ああ、そうじゃったな……」モジモジ


勇者「どうしました? 顔が赤いですよ」


姫「うるさい! ……少し待て」


ゴソゴソ


姫「……これじゃ」


勇者「何ですか、この箱」


姫「オッホン。……勇者よ」


勇者「何でしょう」


姫「ぬしは、大軍を二度も破り、妾を魔王の手から救ってくれた」


勇者「当然のことをしたまでです」


姫「ぬしにとっては、それで済むものかも知れん」


姫「が、妾からしてみるとそうはいかん。ぬしの功を賞さねばならん」


勇者「つまり、魔王軍との戦の褒美として、これを俺にくださる、と」


姫「そ、そういうことじゃ」

130: 2013/02/03(日) 22:31:04.22 ID:BUbk5BCE0
スッ



姫「受け取ってくれ、勇者よ」



勇者「有り難く、頂戴いたします」

131: 2013/02/03(日) 22:32:33.39 ID:BUbk5BCE0
勇者「で、中身なんですか? これ」


姫「……そんなもの自分で見ればわかるじゃろう」ブスッ


勇者「なんで不機嫌なんです? よいしょっと」



パカッ



勇者「指輪、ですか?」


姫「……う、うむ。これはこの城に訪れた商人から買ったものでな」


姫「古よりの逸品だそうじゃ。一組しかなかったし、綺麗であったから、買ってしもうた」


勇者「一組?」


姫「い、いや違う、二つあるということじゃ、うむ」

132: 2013/02/03(日) 22:34:57.29 ID:BUbk5BCE0
勇者「二つある? どういうことです?」


姫「な、何でもない。はよう忘れよ」


勇者「本当にいいんですか? こんな高そうなものを」


姫「よ、よい。妾が決めることじゃ」


勇者「そうですか。なら、ありがたく頂きます」



ダッダッダッダッ


ドンドン!



勇者、姫「」ビクゥッ!


兵士「姫様、いらっしゃいますか! すぐに執務室へお行きください!」


ダッダッダッダッ


勇者「ドアも開けないとは……何があったんですかね」


姫「さ、さあな……が、よほどの大事じゃろう。急ぐぞ、勇者」


勇者「はい。もちろん」

133: 2013/02/03(日) 22:37:44.44 ID:BUbk5BCE0
勇者「王子殿下、失礼いたします」


姫「兄上、ただいま参りました」


王子「来たか……いきなりだが、本題に入る」


王子「魔王から、使者が来た」


勇者「それは、どのような……」


王子「姫、勇者、よく聞いてほしい」



王子「――『姫を引き渡せば、我らは兵を退く。取った領地も返す』」



勇者「!!」


姫「!!」

134: 2013/02/03(日) 22:40:48.97 ID:BUbk5BCE0
王子「……そういうことだ」


勇者「そんな……だいたい、なんでわざわざ取った領土を返すんです?」


王子「『世界を平和にするため』だと言っている」


勇者「世界平和? なんですか、それは」


王子「わからん。……が、どうしたものか」


姫「……」


王子「姫。どうするか考えておいてほしい。引き渡しの期限は五日後だ」


勇者「罠の疑いがあります。受けるべきではありません」


王子「僕もそう思う。が、考えるくらいはしておいて損は無い」


王子「なにせ僕らは、風前の灯だ」


姫「……はい。兄上」


勇者「姫様……」

135: 2013/02/03(日) 22:43:14.45 ID:BUbk5BCE0

勇者(あれから、三日が過ぎた。全く寝れん)


勇者(くそ、無茶苦茶だ。だいたい、罠だったら物笑いの種だ)


勇者(そうだ、こんな話、通るはずがない)



コンコン



兵士「勇者様」


勇者「……王子殿下から呼び出しか?」


兵士「はい」


勇者「すぐ行く」


ダッ


勇者「王子殿下、姫様も……勇者、ただいま参りました」


王子「さて、姫。返事を聞かせてくれるかい?」




姫「……行きます」




勇者「姫様!?」

136: 2013/02/03(日) 22:45:15.92 ID:BUbk5BCE0
姫「もしも、妾一人で、この国が救えるのなら」


勇者「姫様、何を……!」


王子「そうか、よく言ってくれた」


王子「君の意思で、君は我が国を救う姫となる」


勇者「!! ……オイ」


王子「何だい?」


勇者「……狙ったな」


王子「何を?」


勇者「もしこれが罠で、姫様を行かせたら、兵の士気はどん底だ」


勇者「けど」


勇者「姫が自発的に国を救うため自らを犠牲にしたのなら」


勇者「むしろ、兵の士気は上がる。卑劣な魔王を演出できるからだ」


137: 2013/02/03(日) 22:47:16.06 ID:BUbk5BCE0
王子「……」


勇者「どっちに転んでも、損はない……なかなか見事じゃないですか、王子様」


勇者「姫様がそういう人間だとわかっていて?」


勇者「自分に都合のいい言葉で?」


勇者「姫様を苦しめて?」


勇者「たいした人間ですよ、あなたは。本当に、大した人間だ」


王子「勇者。それ以上暴言を吐かないでくれ。さもなければ……」


勇者「さもなければ、何です? 俺の首でも取ってみますか?」


勇者「王家の血を引く権威にして、対魔王の象徴」


勇者「そんな俺を頃して、士気が持つと? この戦の後、国を保てると?」


王子「……君は、そういったものが嫌いではなかったかな」

138: 2013/02/03(日) 22:50:12.27 ID:BUbk5BCE0

勇者「ああ、嫌いだ。大っ嫌いだ。反吐が出るほど嫌いだ。でも」


勇者「もし、それが目的の為に使えるのなら、俺は」



勇者「――利用し尽くす。反吐が出ようが。骨の髄まで」



王子「……」


勇者「さっき言ったように、俺はこの王国で、あなたと同格以上の権威だ」


勇者「やりようなんて、いくらでも――」


姫「勇者っ!」

139: 2013/02/03(日) 22:53:02.14 ID:BUbk5BCE0
勇者「……っ」


姫「差し出るな! これは妾が決めたことじゃ!」


勇者「…………は」


姫「分かったか。はよう下がれ!」


勇者「はっ……」



バタン



姫「兄上、妾も退出します。あと……」



王子「なんだ?」


姫「勇者の非礼、お許しくださいますよう」


王子「許さない、と言ったら?」


姫「皆にこの事を包み隠さず、触れ回るだけのことです」


王子「……そうか。分かった」


姫「有難う御座います。では、失礼しました」



バタンッ




王子「……………………」


王子「これが、戦だよ。これが王家だ。これが、『姫』というものだ」


王子「勇者も、しょせんはただの愚か者だったかな」

140: 2013/02/03(日) 22:55:08.72 ID:BUbk5BCE0
ドン! ドン! ドン!


勇者(クソッ、クソッ、クソッ)


勇者(引き渡しは明日)


勇者(もう真夜中じゃねえか)


勇者(クソッ、どうする)


ドン!


勇者(いっそ、姫様をさらって逃げるか)


勇者(いや、駄目だ)


勇者(俺の城は囲まれている。どっちにしろ、魔王軍を倒さなければ結局は捕まって氏ぬ)


勇者(そんなのどうやるんだ。敵は非の打ちどころがない)


勇者(……不可能だ。無理だ。クソ)


勇者(誰か、誰か姫様を助けてくれ。俺の命ならくれてやる。血がいるのなら、
百人でも千人でも斬ってやる。だから、だから)


勇者(誰か、姫様を助けてくれ……)



ドンッ 

141: 2013/02/03(日) 23:01:35.04 ID:BUbk5BCE0
勇者(魔王は、なんだってそんなことを急に言い出しやがる)


勇者(世界平和? この圧倒的優勢下で、わざわざお題目を使うとも思えない)


勇者(……案外本気か? だが姫様と世界平和とやらがどうつながる?)


勇者(それこそ結婚か? あの魔王、血縁なんて信じるタチか?)


勇者(どちらにしろ、姫様にとっちゃロクなことじゃない)


勇者(クソ……)



『誰なら、いいんだ?』



勇者(!? ……これは、伯爵の時の)



『俺は、姫様に触る奴が、誰だったら許せるんだ? 誰だったら良いんだ?』



勇者(クソ、俺は……)

142: 2013/02/03(日) 23:03:03.88 ID:BUbk5BCE0
『ぬしが無事に帰って来た事の方が、妾には嬉しい』


『妾は、ぬしに氏んでほしくないのじゃ。……随分と身勝手じゃが』


勇者(俺は)


『受け取ってくれ、勇者よ』


『かすり傷の治療じゃ』エッヘン




勇者(姫様が、いや、あなたが――)




勇者(あ、はは)


勇者(そういうことか)


勇者(単純だな、俺は。そんな、そんな単純なことだったのに。はは)


143: 2013/02/03(日) 23:05:03.76 ID:BUbk5BCE0
勇者(……考えろ。思考という名の堂々巡りじゃない。考えろ)


勇者(問題点は三つ)


勇者(一つ、敵の大軍におびえ士気が振るわない兵)


勇者(二つ、王子が姫様を売る気でいること)


勇者(三つ、魔王軍が圧倒的に優勢で、勝ち目を見いだせないこと)


勇者(これを解けばいい)


勇者(まず、兵の士気を上げるには、正義と希望だ。これさえ演出すればいい)


勇者(王子は考えを変えないはず。なら、動かざるを得ない状況を作るしかない)


勇者(魔王軍にだって弱点はあるはずだ。そこを探し当てる)


勇者(しかし、こりゃ無理難題だな)


勇者(が、解く。絶対に)




勇者(……………………あ)


144: 2013/02/03(日) 23:07:45.40 ID:BUbk5BCE0



『さすが古よりの『勇者』。魔王軍を倒すなど容易いですな』



勇者(いける)


勇者(これで、解決する。三つの無理が、全て)


勇者(穴はある。が、これしかない)


勇者(進んでも止まっても逃げるのもダメなら、進むべきだ。進む方が勝つ確率が上がる。わずかでも)


勇者(行きますよ、姫様。俺は、あなたの――)

145: 2013/02/03(日) 23:10:38.76 ID:BUbk5BCE0

チュンチュン



姫「………………」


姫「もう、朝じゃな」


姫(今日、か)


姫(……よい)


姫(妾は、王家の者として、『姫』として、この国を救わねばならぬ)


姫(それが、妾に課せられた義務じゃ)


姫(……なのに)

146: 2013/02/03(日) 23:11:52.85 ID:BUbk5BCE0
姫(勇者、)



『大丈夫です。俺がなんとかしますから』



姫(ぬしのことが、頭から離れん。伯爵の時のように)



『……姫様、お迎えに上がりました』



姫(ぬしは、妾を助けてくれた。妾の為に動いてくれた)


姫(ぬしは、誰よりも、妾に優しかった)


姫(だから、妾も、それに報いねばならん)


姫(こんなところで、駄々をこねておる余裕などない)


姫(でも、でも、勇者)


姫(妾は、怖い)


姫(何が起こるのか、妾がどんな目に合うのか)


姫(怖くて、仕方ないのじゃ)

147: 2013/02/03(日) 23:13:02.09 ID:BUbk5BCE0
姫(ぬしは、大軍に何度も挑み、妾を救ってくれたというに)


姫(妾は、怖くて仕方がない)


姫(はは、勇者よ)


姫(ぬしが、命までかけて守ろうとしたぬしの姫様は)


姫(かように、無様じゃ)


姫(……とはいえ、もう終わったことじゃ)


姫(妾を思う言葉を否定し、罵声を浴びせ)


姫(侘びもせず、部屋にこもって)


姫(妾を嫌ったまま、ぬしは生きる。妾は独りで氏ぬ)


姫(なんとも、迷惑ばかりかけた恩知らずにはふさわしい最期じゃのう)


姫(…………………………)ポロポロ


姫「勇者っ……」

148: 2013/02/03(日) 23:15:28.54 ID:BUbk5BCE0







勇者「――お呼びですか? 姫様」







155: 2013/02/11(月) 23:00:43.39 ID:ieNFlxiT0
姫「!!」


勇者「また城抜け出すんですか? 昔、よくやってその度に絞られましたよね」


姫「……どこから入ってきた」


勇者「窓からに決まっているでしょう、姫様。『勇者』の基本は潜入暗殺」
   

勇者「このくらいは朝飯前です」


姫「何故、ここに来た」


勇者「あなたを、助けに」

156: 2013/02/11(月) 23:01:42.03 ID:ieNFlxiT0
姫「……痴れ者が。まだ怒鳴られ足りんのか?」


勇者「なら、なんであなたは泣いているんです」


姫「やかましい。ぬしは黙っておれ」


勇者「俺の減らず口を、あなたが知らぬはずもないでしょうに」


姫「黙れ! ぬしに何が分かる!」

157: 2013/02/11(月) 23:05:27.91 ID:ieNFlxiT0
勇者「わかりませんよ。自分以外の抱える苦悩なんて、他人が理解できるはずがない」


勇者「せいぜいが、分かった気になれるだけだ。だから」


勇者「俺は、想像するしかない。そして」


勇者「想像すれば、黙っていられるはずがないんだ!」


姫「しつこいわ! 妾が、姫が決めたことじゃ!」


勇者「あなたが『姫』であろうがなんであろうが、俺は知らない」




勇者「俺は、あなたを、あなたを助けたいんだ」

158: 2013/02/11(月) 23:07:29.64 ID:ieNFlxiT0
姫「!!」


勇者「俺は、ずっと『勇者』だった。それだけだった」


勇者「両親と家臣には、理想の『勇者』像を押し付けられて」


勇者「民からは、勝手に崇め奉られ」


勇者「貴族からは、憎悪と嫉妬と冷笑の洗礼を浴び」


勇者「王家からは、完全に腫物扱いされた」


勇者「皆が、『勇者』を思い思いに扱った」


勇者「俺に、俺に話しかけてきたのは、あなただけだったんだ」

159: 2013/02/11(月) 23:08:23.41 ID:ieNFlxiT0
勇者「だから、『俺』は、『あなた』を助ける」


姫「俺は、あなただけの『勇者』になる。他の誰でもなく、あなただけの」


勇者「そして、あなたを守る」


勇者「絶対に、いかなる犠牲を払っても、だ」


姫「……の中に」


勇者「え?」


姫「その犠牲の中に、ぬしが入っておったら、意味が無いのじゃ!」

160: 2013/02/11(月) 23:09:55.45 ID:ieNFlxiT0
勇者「姫様……?」


姫「王国は今、存亡の淵じゃ」


姫「そんな中で妾を助けるのならば、ぬしの負担は大きくなりすぎる」


姫「言ったではないか。『ぬしには氏んでほしくない』とな」


姫「ぬしは、もう十分妾を助けてくれた」


姫「じゃから……じゃから、もうよい。今度は、妾がぬしに報いる番なのじゃ」


勇者「……いいんですか?」

161: 2013/02/11(月) 23:11:04.06 ID:ieNFlxiT0
姫「何じゃと?」


勇者「姫様、言ったでしょう。俺はあなただけの『勇者』」


勇者「あなた以外に守るべきものはない。自分自身でさえも」


勇者「下手したら、古の呪術でも使いだすかもしれませんよ」


姫「……馬鹿な。そんなことをすれば」


勇者「術者は氏に、人は倒れ、世界は歪む」


勇者「でも、いいんですよ。俺には、あなた以上に価値あるものがないから」


勇者「あなたは、生きなければならないんだ。俺と世界を活かすためにも」

162: 2013/02/11(月) 23:12:26.14 ID:ieNFlxiT0
姫「それは、脅しか?」


勇者「起こり得る未来の話をしたまでです」


姫「……ぬしは、卑怯じゃな。本当に、卑怯じゃ」


勇者「はい。自覚はあります」


姫「……が、妾もまだ納得は出来ん。ぬしが氏ぬのは御免じゃ。絶対にな」


勇者「戦場のことゆえ、わかりません、が」



ヒョイッ

163: 2013/02/11(月) 23:13:26.49 ID:ieNFlxiT0
姫「なっ……」カァッ


姫「い、いきなり妾を抱きかかえて、何を……?」


勇者「俺が生きて帰って来ることを、俺なりに保証しにいくんですよ」


姫「え?」


勇者「行きますよ。しっかりつかまっててくださいね、姫様。窓から降ります」


姫「…………うむ。お、落とすでないぞ?」


勇者「無論です」

164: 2013/02/11(月) 23:14:56.16 ID:ieNFlxiT0
―――――――――――― 王都 塔上 物陰―――――――――――――

ザワザワ


姫「勇者。なんでこんなに人が集まっておるのじゃ」


勇者「俺が呼んだからです。昨夜のうちに通達しておきました」


勇者「さて、姫様。俺が出ます。姫様はここで待っててください」


姫「……これで、ぬしの保証とやらがわかるのか?」


勇者「はい。そしてあなたを守るのに必要な一手でもある」



コツコツ



兵士「あ、勇者様だぞ!」


兵士「勇者様!」

165: 2013/02/11(月) 23:16:15.78 ID:ieNFlxiT0
ワーッ


勇者(人は、不安になると、すぐ分かりやすい権威に、力ににすがる)


勇者(自分でその状況を脱する覚悟も、受け入れる勇気もないからな)


勇者(もし、お前らが勝手に俺を祀り上げるというのなら)


勇者(俺も、お前らを利用するだけだ。なかなか美しい関係だろ)


勇者「皆、よく集まってくれた」

166: 2013/02/11(月) 23:18:47.97 ID:ieNFlxiT0
シーン



勇者「皆に、聞いてほしいことがある」


勇者「魔王軍が、王女殿下の身柄引き渡しを要求してきた」



ザワッ



勇者「そうすれば、我らは兵を退く、と」


勇者「すでに、王子殿下は乗り気であられる」


兵士「馬鹿な!」


兵士「罠だ!」


勇者「皆、王子殿下を責めないでくれ」


勇者「王子殿下も、国を思ってのことだ。つらい決断であられたのだろう」



姫(……こやつ、よう歯が浮かんのう)


167: 2013/02/11(月) 23:20:47.18 ID:ieNFlxiT0
勇者「だが、私は、この提案を疑わしく思う」


勇者「随分と怪しい話だ。魔王が兵を退く保証もない。罠かも知れない」


兵士「そうだ!」


兵士「卑劣な!」


姫(……そうか!)


姫(勇者の狙いは、扇動)


姫(兵の士気を、演説と勇者の権威によって、高揚させる)


姫(小難しい理屈より、分かりやすい感情論を群集は好むからのう)


姫(……じゃが)

168: 2013/02/11(月) 23:23:56.01 ID:ieNFlxiT0
姫(生きて帰って来る保証とやらを、していないではないか。ならば……)


姫「勇者っ!」


ダダッ


兵士「王女殿下だ!」


勇者「これは、王女殿下!」


姫「ぬし、何のつもりじゃ」


勇者「私の思うところを、述べたまでです」


姫「妾は行くぞ。ぬしが氏んでは、意味が無いのじゃ」


勇者「それは出来かねます、王女殿下」


姫「何故じゃ!……あ」


姫(これは……そういうことか!)

169: 2013/02/11(月) 23:24:53.66 ID:ieNFlxiT0
『勇者物語』、終盤。



魔王は姫の身柄を要求する。国王は、それを承諾。姫もそれを認める。




姫(己を、『勇者』として、完璧に演出しておる)

170: 2013/02/11(月) 23:25:36.86 ID:ieNFlxiT0
だが、勇者はそれを最後まで認めず、魔王城への単独乗り込みを行おうとする。



姫は勇者を引き留めるが、勇者は頑として聞かない。



姫は、勇者がそこまで頑なになる理由を聞く。そして、


姫(兵の士気を、最高まで高める為に……ん?)


姫(確か、この後)



勇者は、姫に――



勇者「王女殿下。私は」

171: 2013/02/11(月) 23:26:22.88 ID:ieNFlxiT0



勇者「あなたに、想いを寄せております」




姫「……!」



172: 2013/02/11(月) 23:27:20.78 ID:ieNFlxiT0
勇者「私は、あなたに仇なす敵を倒し、あなたを守ると誓います」


勇者「魔王を倒し、生きて帰って来ることを誓います」


勇者「王女殿下。私に許していただけないでしょうか」


勇者「私と、ともに生を歩むことを」


姫(……まったく、芝居がかったマネをしおって)


姫(『勇者』と『姫』か。確かに、凄まじく士気を上げられる方法じゃ)


姫(が、そんな理屈、妾にはどうでもよい。なにせ)

173: 2013/02/11(月) 23:28:06.35 ID:ieNFlxiT0
姫「……無論じゃ。妾も、好いておったぞ。ぬしのことを、ずっと」



姫(妾が、一番聞きたかった言葉じゃからな。抗う術も無い。……卑怯者めが)


174: 2013/02/11(月) 23:29:06.78 ID:ieNFlxiT0
ウオオオオオオオオオオオオッ!



兵士「万歳!」


兵士「勇者様、万歳! 王女殿下、万歳!」



姫「ゆ、勇者」


勇者「は、はい」


姫「い、今ぬしが言ったこと、本気にしてよいのじゃな?」


姫「ただ単に、し、士気を盛り上げるためとかではないな?」


勇者「あ、当たり前ですよ、姫様」


姫「しかし、なぜもっとはよう言わんのじゃ。この鈍感が」


勇者「す、すいません、姫様。昨日気づきました」



コツッ

175: 2013/02/11(月) 23:29:54.87 ID:ieNFlxiT0
王子「……何のつもりだい、勇者」


姫「兄上……」


勇者「王子殿下、言ったでしょう? いくらでもやりようはある、と」


王子「今からでも遅くは……」


勇者「遅いですよ。もう兵の士気は最高潮だ。それに」


勇者「『勇者物語』では、この後国王が姫を魔王に引き渡すのをやめる」


勇者「そして、勇者の戦いを全力で助けることを決意するんだ」


勇者「今更あなたが否定的なことを言えば、あなたの権威は地に落ちる」


勇者「皆、俺の言うことを聞くようになる。あなたではなく、俺の」


勇者「あなたは、動かざるを得ない。絶対に」


王子「……ああ、よくわかっているよ。そんなことはよくわかっている」

176: 2013/02/11(月) 23:30:25.00 ID:ieNFlxiT0
王子「王国を、私情で博打の賭け物にするとはね。驚愕したよ」


勇者「ここで姫様を引き渡したって、待っているのは屈従と隷属だけですよ」


王子「もう、ここまで来たら仕方がない。……策は考えてあるんだろうね?」


勇者「無論です。王子殿下」

177: 2013/02/11(月) 23:32:24.55 ID:ieNFlxiT0
魔王「王国軍が出撃しただって?」


重臣「はっ。総勢四万、悲壮感の欠片も無い行進です。士気は非常に高いかと」


魔王「勇者、か」


重臣「おそらくは」


魔王「本当に危険な奴だな。勇者は。いや、恐ろしい」


重臣「しかし、我らは十一万。三倍近い兵力があります」


魔王「油断は禁物だ。あの勇者、今度は何を考えているんだろうな」



魔王「……全軍、出撃。今度こそ、王国軍を完全に叩き潰す」

178: 2013/02/11(月) 23:32:58.64 ID:ieNFlxiT0
―――――――――――― 王国領 河原 ―――――――――――――


魔王軍兵士「川の向こうの我が軍の前衛が攻撃されました! 被害甚大!」


魔王「相手は乗ったか。よし。予定通り、渡河し攻撃を開始しろ」


魔王軍兵士「はっ!」


魔王「ところで、勇者を見なかったか?」


魔王軍兵士「いえ、前線にはおりませんでした」


魔王「そうか……」


魔王(対『魔王』の象徴にして、凄まじい武勇と戦術眼を持つ勇者)


魔王(なぜ出てこない。予備隊にでも紛れているのか?)

179: 2013/02/11(月) 23:34:57.03 ID:ieNFlxiT0
魔王軍兵士「さ、西翼の第八旅団長戦氏! 副連隊長が指揮を取ります!」


魔王軍兵士「西翼第七旅団、被害甚大! 損害は三割を超過!」


魔王軍兵士「中央第十三旅団長、砲撃により負傷!」


魔王(なんだ、これは……戦意旺盛って次元じゃないな。どんな扇動をしたんだ)


魔王(とにかく、川の上流側、西翼への圧迫がひどい。兵を集中したか)


魔王(なら、こちらにも考えがある)


魔王「予備隊、東翼へ向かえ。東翼の敵を粉砕せよ!」


魔王「僕と親衛隊は、西翼を援護する! 親衛隊、続け!」


魔王(早く出てこい、勇者)


魔王(僕は、君と話がしたい。とても楽しくなりそうだ)

180: 2013/02/11(月) 23:36:24.83 ID:ieNFlxiT0
――――――――――― 王国領 河原 岸辺 ――――――――――――


魔王「敵が退いて行くな」


魔王(東翼方面で押しまくったのが、功を奏した)


魔王(王国軍は、西翼から東翼方面に兵を回さざるを得なかった)


魔王(西翼方面は限界……つまり)


魔王(僕の、勝ちだ)


魔王「全員、押し切――」



ドォォォォォォン!



ダダーン!

181: 2013/02/11(月) 23:37:48.72 ID:ieNFlxiT0
魔王(銃撃に魔術だと!? どこから……)


魔王(な)


魔王(川上から、小舟で……!)




ズバッ!





魔王軍兵士「ぐわっ」


魔王軍兵士「がはっ」


バタッ





ストン

182: 2013/02/11(月) 23:38:28.90 ID:ieNFlxiT0


魔王「……まさか、こう来るとはな。君は、いつも僕の斜め上を突いてくる」





勇者「不意打ちは、戦術の基本だろ」


189: 2013/02/15(金) 23:24:43.99 ID:/NRlt56e0
魔王「それは、僕が言うべき台詞じゃないか? 『勇者』のものとは思えない」


勇者「まあ、そうかもな。あんたも、言葉が丁寧すぎる。『魔王』らしくない」


魔王「僕は、『魔王』なんて肩書きはあまり好きじゃないんだ」


勇者「奇遇だな。俺もだ」



ダッ!



カキィン!



魔王「無粋だな、君は」



サッ



勇者「(強い……)なるほど、なんだかんだ言っても、やはり魔王か」


魔王「そうだ。僕は魔王。それは否定しようがない」

190: 2013/02/15(金) 23:26:29.29 ID:/NRlt56e0
魔王「ところで、少し話をしないか、勇者。なんでも答えよう」


勇者「なんで、お前はこの国を攻めてきた。まさか、姫様を奪いにか?」


魔王「言っただろう? 『世界を平和にする為』だと」


勇者「何!?」


魔王「僕は本気だ」


勇者「どういうことだ」


魔王「君は、まだ、前の戦争の時は産まれていなかっただろう」


魔王「僕は昔、その戦争に従軍した」

191: 2013/02/15(金) 23:27:36.18 ID:/NRlt56e0
魔王「……ひどいものだった。村は焼け、氏体が転がり、血しぶきが飛ぶ」


魔王「ついさっきまで僕と話していた奴が、ただの肉塊と成り果てる」


魔王「馬鹿共が戦線拡大を叫び、更に氏者が増えていく」


魔王「僕は、戦うのが嫌だった。でも、戦わなければならなかった」


魔王「次の、『魔王』だから」


勇者「…………」


魔王「結局、その戦いは双方に莫大な被害と怨恨を残しただけで終わった」


魔王「だから、僕は誓った」


魔王「魔族と人間が、永久に争わない世界を創る、と」

192: 2013/02/15(金) 23:28:32.28 ID:/NRlt56e0
魔王「そして、僕は『魔王』の座を継いだ」


魔王「その頃、魔族の中では『魔王』の発言力は弱くなっていたからね」


魔王「『魔王』は地方領主のまとめ役、程度の扱いだった。低く見られていた」


魔王「そんな奴が、しかも新米が、『平和な世界』だのなんだのと喚いたんだ」


魔王「当然、地方領主共は反発した。僕は冷笑され、激怒され、憎悪された」


魔王「彼らには、この世から消えてもらった」


魔王「己の利益しか顧みないあの馬鹿共こそ、悲惨な戦が起こった主因だ」

193: 2013/02/15(金) 23:29:28.33 ID:/NRlt56e0
勇者「……それと、姫様に何の関係がある」


魔王「『天雷』……という言葉を、聞いたことはないか?」


勇者「古の物語に伝わる、神の鉄槌」


魔王「『天雷』は、実在する。神うんぬんではなく、純粋な大規模魔術として」


勇者「! 馬鹿な!」


魔王「なんの為にせっせと本陣で怪しげな儀式をやっていたと思っているんだ」


魔王「古の大規模魔術……その威力は、大都市一つを完全に焦土に出来るほど」


魔王「射程は、大陸全土。一度装置を作ってしまえば、個人で使用可能」


魔王「ただし、『天雷』の発動装置を作るには、生贄が必要だ」


勇者「……その生贄が、姫様か」

194: 2013/02/15(金) 23:32:50.85 ID:/NRlt56e0
魔王「そうだ。王女には適性があるらしい、と調べている途中で分かった」


魔王「産まれながらの魔力が隔絶的だ」


勇者「その『天雷』とやらは、世界平和と何の関係があるんだ?」


魔王「簡単なことさ」


魔王「考えてもみてくれ」


魔王「都市を更地にする力を持っている敵を相手に、戦う気が起きるか?」


勇者「!!」


魔王「誰も怖くて戦えやしない。破滅が恐ろしくて誰も争わない」

195: 2013/02/15(金) 23:34:18.46 ID:/NRlt56e0
魔王「せいぜい、地方領主どうしの小競り合いくらいだ」


勇者「……そんな兵器、実在したとして誰がその威力を信じるんだ」


魔王「『天雷』は独りの生贄から五発分できる」


魔王「そのうちの一つで、実験を行う。威力を世界に知らしめる」


勇者「それじゃ、お前が世界の生殺与奪を握ることになるじゃねえか」


勇者「そんなものは、平和じゃない」


魔王「そうだ。そこで、君に話がある」


勇者「……まさか」


魔王「そう、君の思った通りだ」


魔王「実験後、四発の『天雷』が残る」




魔王「……そのうちの二つを、君に預かってもらいたい」

196: 2013/02/15(金) 23:35:19.62 ID:/NRlt56e0
勇者「!!」


魔王「『天雷』は発動後、目的地に効果を及ぼすまで少しの間がある」


魔王「魔術をかじった者なら、その間に『天雷』が発動した事を感知できる」


魔王「『天雷』が、どこを焼き尽くすのかも」


魔王「その攻撃が気に食わなければ、君は僕に『天雷』を打てばいい」


魔王「こうして、僕らは互いに抑制しあう」


勇者「……」


魔王「必然的に、僕ら二人は話し合って『天雷』の運用を決める」


魔王「誰も、僕らに逆らえない。馬鹿共が、無駄な争いを起こすことも無い」


魔王「平和な世界が、誕生する」

197: 2013/02/15(金) 23:36:28.68 ID:/NRlt56e0
勇者「なぜ、俺なんだ。王子にやってもいいだろ」


魔王「王子では、駄目だ。彼は優秀ではあるみたいだが、王国を重んじすぎる」


魔王「それに、貴族の介入が厄介だ」


魔王「その点、君は公平に世界を見られるだろう」


魔王「古より『勇者』は『魔王』を牽制する役割だ、大義名分も成り立つ」


魔王「だから、君なんだ」


勇者「独善だ、こんなもの。現に、お前の侵攻でたくさんの人間が氏んだ。魔族もだ」

198: 2013/02/15(金) 23:37:51.31 ID:/NRlt56e0
魔王「その通りだ。これは独善。自分勝手な押し付けに他ならない」


魔王「だが、他にどうする? 平和を呼びかけるか?」


魔王「平和条約でも結ぶか? お互いに深く理解しあえるか?」


勇者「……」


魔王「無理だ。そんなことは、君が嫌というほど思い知らされているはずだ」


魔王「人も魔族も、利益と面子と恐怖で動く。理想など蹴飛ばされる」


魔王「それでなお、理想を通そうとするんだ。無茶苦茶にもなるさ」


魔王「もちろん、これが免罪符になるなんて思ってはいない」


魔王「でも、僕は我を押し通す。それが、僕の望む世界だからだ」


勇者「……」

199: 2013/02/15(金) 23:39:02.13 ID:/NRlt56e0
魔王「昔、初代魔王は勇者に、世界の半分をやると言ったらしい」


魔王「勇者は断った。当然だ、彼は『勇者』なのだから」


魔王「でも、君は『勇者』じゃない」


魔王「むしろ『魔王』に近い。目的の為に手段を選ばず、冷静で、頭が良い」


魔王「君も、この世界が好きじゃないだろう?」


魔王「『勇者』の宿命。愚かな貴族。行動を起こせぬ者弱き者達」


魔王「真に素晴らしい者は追いやられ、屑が高笑いする」


魔王「君ほどの人間ならば、それに失望し、怒り、憎んできたはずだ」


魔王「変えられるんだ、こんな世界を。君にはそれができる」





魔王「――さあ。君と僕で、世界を創ろうじゃないか」




200: 2013/02/15(金) 23:39:42.39 ID:/NRlt56e0
勇者「……確かに、面白そうな話だ」


魔王「では」


勇者「乗らん」


魔王「何故だ!」


勇者「本当に、面白そうな話だ。でも」



勇者「姫様を頃して創る世界なんて、俺には、道端の塵ほどの価値も無い」



201: 2013/02/15(金) 23:40:55.53 ID:/NRlt56e0
魔王「!!」


勇者「もっと端的に言うと――俺は、姫様が好きなんだ」


勇者「これだけでは不足か?」


魔王「は、はは」


魔王「ハハハハハハハッ!」


魔王「そういう、ことだったのか」


魔王「化け物のような君が戦う理由は、たった一人の王女、か。面白いな」


魔王「いや、まいった。そう言われてしまうと、僕としては何も言えない。独善の押し付け合いだ」


魔王「姫を守る『勇者』か。いや、冷徹な『魔王』でもあるな、君は」


勇者「あんただって、平和を願う『勇者』で、世界征服をもくろむ『魔王』だろ」

202: 2013/02/15(金) 23:42:03.96 ID:/NRlt56e0
魔王「その通りかもしれないな。……勇者」


勇者「魔王」



ダッ!



その言葉を合図にでもしたかのように、二人は跳んだ。


一つ、火花が散る。


203: 2013/02/15(金) 23:42:56.75 ID:/NRlt56e0
姫「勇者……」


姫(勇者が、戦っておるというのに)


姫(妾は、祈る事しかできん)


姫(勇者の城にいた時と、何も変わらぬ)



スッ



『――古い指輪です。互いにはめ合えば、想いが届くやも知れませんぞ!?』


姫(つくづく、嘘くさい売り文句じゃ)


姫(藁にもすがる、か。クク、古人はよう言ったものじゃな)


姫(勇者……帰ってこんと、許さんぞ)


204: 2013/02/15(金) 23:43:47.61 ID:/NRlt56e0
ザバァッ!


閃光と瘴気。


光の筋と闇の筋が交錯する。


勇者「っ!」


タッ


魔王「……」


タッ


勇者(さすがは魔王……強いな。隙がどこにもない)ハァハァ


魔王「さすがは勇者だ。君ほどの剣士には初めて会った」


魔王「……が、君は、僕に勝てない」


魔王は、跳ぶ。


あふれ出る瘴気を、勇者に叩きつける。

205: 2013/02/15(金) 23:44:23.25 ID:/NRlt56e0
勇者「がはっ!」


勇者は、受け止めきれずに転がった。


勇者は、立ち上がろうとする。が――


魔王「遅い」


魔王は一気に距離を詰め、剣を振り下ろす。


勇者「がっ」


勇者は転がって避けた。


しかし、魔王の剣がまとう瘴気に、体を蝕まれる。


勇者「くっ」


よろけながら立ち上がった勇者を、魔王は追撃する。

206: 2013/02/15(金) 23:45:09.44 ID:/NRlt56e0
斬。


その剣は、勇者の右肩を切り裂いた。


勇者「ぐ、はっ」


勇者が、右肩を押さえ、剣を取り落す。


そして、地面に転がった。


勇者「がっ、ぐ」


魔王「……さらばだ、勇者」


魔王の剣は、勇者の首へ振り下ろされて、


勇者(ちく、しょ)


勇者(姫、様――)

211: 2013/02/17(日) 23:14:27.82 ID:DhXkdteT0

突如。



魔王「なっ……! くっ」


指輪が、光を放った。


魔王が、目を開けられないほどの光を。


魔王は、目を覆って後ずさる。

212: 2013/02/17(日) 23:24:38.17 ID:DhXkdteT0
姫「が、あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


姫(何、じゃ)



姫(この、指輪、が、光っ、て)


姫(頭、が、痛い)


姫(勇、者……)



姫(い、や)



姫(これは、魔術か、何かじゃ)


姫(これが、勇者の、助けに、なるやも、知れぬ)


姫(勇者が、命がけで、戦って、おると、いう、のに)


姫(この、程度の、痛みに)


姫(耐えられぬ、など)


姫(妾が、許さん)


姫(勇、者っ……!)

213: 2013/02/17(日) 23:26:32.44 ID:DhXkdteT0
勇者(何だ……?)


勇者(力が、湧いてくる)


魔王「くっ……!」


魔王は、光にやられた眼で剣を振るう。


だが。


勇者「……当たるかよォッ!」


勇者は、剣を避けつつ立ち上がった。


体ごと、魔王にぶち当たる。


魔王「がっ!」


魔王は、自らの背丈の、何倍もある距離を吹っ飛んで転がる。


勇者は、左手で剣を拾った。


勇者(剣が、軽い。左手なのに)

214: 2013/02/17(日) 23:29:44.81 ID:DhXkdteT0
魔王「……はは」


魔王「驚いた。……まさか、その指輪がまだこの大陸に残っていたとは」


勇者「その指輪?」


魔王「古より、伝わる指輪だ。一組を男女ではめる」


魔王「どちらかが、どちらかに祈るとき」


魔王「祈りそのものを力に変換し、送る」


魔王「なかなか、愛されているじゃないか」


勇者「姫様……!」


魔王「ボサッとしているヒマはないよ?」


魔王「それ、単なる人間には負担がかかりすぎるんだ」


魔王「いくら王女が並みならぬ魔力を持つとはいえ――」



ダッ!



それを聞き終える前に、勇者は駆けた。


215: 2013/02/17(日) 23:30:55.98 ID:DhXkdteT0
魔王「上等だ、勇者」


魔王も、勇者も、剣を思い切り引く。突きの構え。


そして、刃が相手に届いたのは、魔王の方が先だった。


魔王(もらっ……)



グシャァッ



魔王「な、」


勇者が、わずかに体を動かしている。


魔王の剣は、すでに刺していた右肩へ。


魔王の剣は、勇者の右肩に刺さって抜けない。


そして、そのまま、勇者は、



閃光とともに、左腕を突き出した。



216: 2013/02/17(日) 23:33:20.95 ID:DhXkdteT0



魔王「……ははっ」



魔王「僕の、負けだ」



ドサッ



217: 2013/02/17(日) 23:36:21.22 ID:DhXkdteT0

勇者「……魔王」


勇者「アンタがもし魔王でなかったら、俺がもし勇者じゃなかったら」


勇者「アンタとは、仲良くやれたかも知れない」


勇者「でも、俺は決めたんだ。俺が、俺の意思をもって」


勇者「俺は、姫様とともに生きていく」



ザッ




勇者「我は王国軍が将、勇者! 魔王を討ち取ったりぃ!」




218: 2013/02/17(日) 23:37:04.85 ID:DhXkdteT0

その声は、戦場に鳴り響いた。


ある者は、戦闘を放り出し、


ある者は、俄然勢い付く。


ある者は、絶望に泣き叫び、


ある者は、歓喜に打ち震える。

219: 2013/02/17(日) 23:37:52.79 ID:DhXkdteT0





――魔王軍は、完全に瓦解した。





220: 2013/02/17(日) 23:38:33.02 ID:DhXkdteT0
勇者「やった、か」


ドスッ


勇者「姫、様」


勇者「俺は、魔王を、倒しました」


勇者「今から、帰……」



バタッ



221: 2013/02/17(日) 23:41:08.08 ID:DhXkdteT0
―――――――――――――― ??? ――――――――――――――

「やあ、勇者か」


「魔王……」


「いや、してやられたよ。まさか、自分の右肩を捨ててくるとはね」


「苦肉の策ってやつだ。アンタは、強かったよ」


「そりゃそうだ。弱かったとか言われたら、情けなくて氏んでしまう」


「もう氏んでるんじゃないのか」


「ああ、そうだった。僕は氏んでしまったんだったな」


「悪かったな。謝る気はさらさらないが」


「別にいい。結局、己自身の独善的な望みの為に誰かを犠牲にしたのは同じ」


「自らが行い、行おうとしたことだ。咎める権利は僕にない」

222: 2013/02/17(日) 23:43:17.03 ID:DhXkdteT0
「それより、こんなところで油を売ってていいのか? 愛しの妻が待っているぞ」


『……しゃ』


「もう未亡人を作る気か? 随分と薄情なもんだな、君は」


「ああ、もう行くよ……なあ、魔王」


「何だい?」



「……俺は、魔王、貴殿と戦ったことを、生涯の誇りとする」




「光栄だな。ならば僕は、君と戦ったことを、冥土への土産としよう」





223: 2013/02/17(日) 23:43:46.97 ID:DhXkdteT0
「光栄だな」


「嫁を泣かせるなよ、勇者。僕の計画をチャラにしてまで君が守った姫だ」


「お幸せになっていただかないと、僕は何のために氏んだんだという話になる」


「まあ、一度は確実に泣かせるだろうが。二度目は無しだ」


「? 姫様は俺が幸せにするさ。……じゃあな、魔王」


「孫に囲まれながら氏んでしまえ。……さようなら、勇者」


224: 2013/02/17(日) 23:44:23.30 ID:DhXkdteT0
「……しゃ」



「……うしゃ」



勇者「ん……」


姫「勇者!」


勇者「はいっ? あ、姫様」


姫「……! 勇者っ!」ポロポロ


ギュッ


勇者「ひ、姫様? どうされました?」


勇者(やべえ、速攻で泣かせてしまった)


勇者(魔王の言った通りだな……)


姫「『どうされました?』 ではないわ、このたわけっ! 七日も寝込みおって!」


勇者「す、すいません」

225: 2013/02/17(日) 23:45:01.95 ID:DhXkdteT0
姫「妾が、どれだけ心配したと思っているのじゃ!」


姫「生きているなら生きていると言え!」


勇者「そんな無茶な」


姫「うるさい! おぬしが悪いのじゃ! そうに決まっておる!」



ギューッ



勇者「……指輪」


姫「へ?」


勇者「ありがとうございました。姫様のおかげで、生き残れました」


姫「え? あ、ああ、うむ」


勇者「辛かったでしょう? ……すいません」


勇者「俺は、姫様を守るって言ったのに、姫様を苦しめて――」



姫「よい」



226: 2013/02/17(日) 23:45:43.08 ID:DhXkdteT0
勇者「でも」


姫「よいと言っておる。……少しくらい、妾にも手助けをさせよ」


姫「ぬしの働きの、万分の一ですらも、妾はしておらぬ」


勇者「いえ、そんなことはありません。絶対に」


姫「! ……ありがとうな、勇者」


勇者「俺は何も大したことは言ってません、姫様」



トントン



勇者、姫「」ビクゥッ!

227: 2013/02/17(日) 23:47:00.22 ID:DhXkdteT0
王子「いいかい?」


姫「……兄上でしたか」


王子「邪魔して悪かった。けどね、勇者に話があるんだよ」


勇者「何でしょう?」


王子「魔王軍は、散り散りになって敗走したんだ」


王子「ひどい逃げっぷりだよ。戦争が始まる前の勢力境まで逃げた」


勇者「魔王の存在は、大きかったですからね」


王子「彼らにもう戦意はないらしい。そこで」


王子「私たちが、魔族領に攻め込もうと思う」


228: 2013/02/17(日) 23:47:29.30 ID:DhXkdteT0
姫「……何故ですか、兄上! もう戦は終わったのでしょう?」


王子「今回の損害は、なかなかに甚大だったからね」


王子「その、埋め合わせが要る。幸い、今なら魔族はバラバラだから、勝てる」


勇者「……それで?」


王子「君に、出てもらいたい」


姫「ゆ、勇者は傷だらけなのですよ! それを戦場に駆り出すなど」


王子「分かっている。私たちにも即座の進軍は出来ない。再編成が必要だ」


王子「その間に、動けるほどにはなるだろうね」


王子「君は、本陣に居てくれればいい。兵の士気も上がる」

 
王子「これは、王国の為に必要な戦いだ。やってくれるだろう?」




勇者「嫌です」




229: 2013/02/17(日) 23:48:13.57 ID:DhXkdteT0

王子「! 何故だい? 君は『勇者』だろう? 魔族を倒すことが君の――」




勇者「……もう、いいじゃないですか。そんなものにこだわらなくても」




230: 2013/02/17(日) 23:48:45.71 ID:DhXkdteT0
王子「何だと!?」


勇者「もう、時代遅れなんですよ。万物はいずれ錆びついていく」


勇者「この世に絶対はない。千年前に大砲の話をしたら、鼻で笑われる」


勇者「変わっていってもいいじゃないですか。『勇者』も、王子も、王国も」


王子「……」


勇者「何せ、これで俺は英雄です。発言の重みは、下手すりゃあなた以上だ」


勇者「やめさせますよ、そんなくだらない戦は。俺が、絶対に」


王子「貴族達はどうする」


勇者「なだめすかして、無視するならば潰します」


王子「そんなことが、出来ると思っているのか」


勇者「出来ますよ。俺の軍才と、あなたの政治の才で」

231: 2013/02/17(日) 23:50:37.28 ID:DhXkdteT0
王子「……今日のところは、これで終わりにしよう」


王子「でも、また来るよ」


勇者「ええ、何度でもどうぞ。俺の言うことは変わりませんが」



バタン



232: 2013/02/17(日) 23:51:46.96 ID:DhXkdteT0
姫「……勇者」


勇者「何です?」


姫「……すまんのう」


勇者「何がですか?」


姫「ぬしの様子を見るに、相当な者であったのじゃろうな、魔王は」


姫「妾は、ぬしに、ぬしの友となりえる者を殺させたようじゃ」

233: 2013/02/17(日) 23:53:04.13 ID:DhXkdteT0
勇者「! ……いえ」


姫「よい、勇者」


姫「何を壊して傷つけてでも、己が望みを貫き通したい」


姫「その思いが、妾にはよう分かる。妾は、魔王を責めることなどできぬ」


勇者「……俺はあなたと共に、歩むと決めた」


勇者「俺は、後悔などしていませんよ」


勇者「魔王の遺志も呑みこんで、俺は前に進む。俺の信じた通りに」

234: 2013/02/17(日) 23:54:05.14 ID:DhXkdteT0
姫「そうか……そうじゃ、勇者。もう一つ言いたいことがある」


勇者「何でしょうか、姫様」


姫「その……妾とぬしは、これから夫婦になるわけじゃ」


勇者「そうでなくては困ります」


姫「……ぬしは、どうしてそんなことを恥ずかしげもなく言えるのじゃ」


勇者「そんなすごいこと言いました?」


姫「もうよい。それで……よそよそしいのは、やめにしたいのじゃ」


勇者「つまり?」


姫「ええと、その、敬語をやめよ」

235: 2013/02/17(日) 23:55:28.61 ID:DhXkdteT0
勇者「は?」


姫「じゃから、敬語をやめよ、と言うておる」


勇者「はい、わかりまし…………わかったよ、姫」


姫「うむ。それでよい。勇者?」ニコニコ


勇者「?」

236: 2013/02/17(日) 23:56:45.55 ID:DhXkdteT0




姫「……好きじゃ、勇者」



勇者「……俺もだよ、姫」



237: 2013/02/17(日) 23:57:49.37 ID:DhXkdteT0



スッ……




チュッ





238: 2013/02/17(日) 23:59:56.62 ID:DhXkdteT0



fin.



239: 2013/02/18(月) 00:04:51.87
ということで、この物語はここで終わりです。


暖かいレスをたくさん頂いて、とても嬉しかったです。


読んでくださった皆さん、ほんとうにありがとうございました!

240: 2013/02/18(月) 00:15:36.09

241: 2013/02/18(月) 00:20:11.43
乙乙

引用元: 兵士「ま、魔王軍一万が来襲!」 勇者「……全軍、出撃準備!」