5: 2011/08/21(日) 20:27:16.96 ID:OvQMaL2a0
律「澪、ちょっとこっちきて」

澪「なに?」

律「おもしろいの載ってるよ」

一人で使うには少し大きめのベッドの上
彼女はうつ伏せになり、パタパタと節操無く両膝を交互に折り曲げてリズムをとっている
落ち着きのない彼女はそのリズムを奏でたまま、
自身の枕の上に広げた雑誌を食い入る様に眺めていた

私の名前を呼んだのは
雑誌の内容に影響されたせいだろう

7: 2011/08/21(日) 20:31:15.34 ID:OvQMaL2a0
澪「どれどれ?」

律「これ、見て」

彼女の体が横にずれ、私が寝そべるスペースを作り出す
間を置かずその空けたスペースをトントンと彼女の手がタッチする
その一連の動作から、私は当たり前の様に彼女の横へ導かれ、
自身の肩と彼女の肩を密着させたまま、枕の上に置かれた雑誌を覗きこむ

律「これ」

澪「…恋愛占い?」

律「そうそう、おもしろいよ」

澪「好きだな、こういうの」

律「多感な時期ですからね!澪も占ってあげるよ」

10: 2011/08/21(日) 20:36:04.67 ID:OvQMaL2a0
私以外の人は案外意外に思うかもしれないな
もし唯がこの場にいたなら、
『りっちゃんのキャラじゃないよ…』っていう声が聞こえてきそうだ
それもそうだろう、私以外の人間にはあまり見せない一面だから

律「なんだよー…興味無さそうだな?」

澪「そんな事ないよ、ただ…」

律「ただ?」

澪「恋愛…かぁ」

律「澪は奥手だからなー」

11: 2011/08/21(日) 20:40:27.60 ID:OvQMaL2a0
素直に言わせてもらえればその雑誌に興味は無い
あえて偽ってみせたのは、誘ってくれた彼女に悪いと思ったから
しかし長年一緒にいるだけあって、彼女は私の嘘を見破った様だ

誤解があるとすれば、私がいまいち乗り切れないのは
その大衆向けに作られたであろう雑誌に対してであって
『恋愛』という事に対してでは無い
それと誤解がもう一つ、私は奥手なんかじゃない

律「まま、とりあえず占ってあげるよ」

澪「うん」

律「A型の山羊座さんは…えーと…」

澪「何がわかるんだ?その占いで」

律「色々解るよ、澪の恋愛観とか、相性とか」

澪「ふーん…そうなんだ」

律「えーと、どれどれ」

14: 2011/08/21(日) 20:45:16.84 ID:OvQMaL2a0
彼女の言うように多感な時期である事は確かだ
恋愛話の一つや二つ、放課後の音楽室でも話題に上がる
けれどもそんな話、私には関係の無い話だと自分自身で決めつけ、
適当な相槌と、愛想笑いでいつもその場をやり過ごす

律「何事に対しても完全を追い求めるあなた。時には周りの目も気にせず、
  気がつけばリーダーシップを発揮している事もしばしば。
…あはっ、当たってる♪」

澪「律達が練習しないからだろ…」

律「まま、それは置いといて…続けるよ?」

澪「うん」

占いを読み上げつつ、彼女は活き活きとした表情を私に見せつける
彼女のその澄みきった瞳を眺めていると、ある種の不安が私の中で芽生えてくる

15: 2011/08/21(日) 20:49:28.59 ID:OvQMaL2a0
律「恋愛に対しても同じく、相手に完璧を求める傾向にあります
  選り好みが激しく、妥協を一切しないあなたは
例え長い時間を費やしても理想の男性を追い求めます」

澪「……」

律「それ故、気がつけば周りの友人に先を越されてしまう可能性も…
  ……そうならない為のアドバイス!
  完璧主義者のあなたは相手にもそれを押しつけがち
  時には気になる相手を違う視点から寛大な目で見てみては?
  妥協ではありません、そうする事で相手の新たな一面が発見でき
  それがまた相手の魅力だと感じられるかもしれません」

澪「……」

律「そんなあなたに合う理想の男性像は…―――――」

澪「……」

17: 2011/08/21(日) 20:53:43.14 ID:OvQMaL2a0
これが高校生なんだって、これが青春時代なんだって
昔からずっと私の横にいた彼女を見ているとそれらを十分に満喫している様に感じられた
羨ましいとは言わないけれど、自分と比較する事で彼女が遠い存在になっていくのが
とても恐ろしく感じられた

律「…――――です。きっとお互いが支え合い誰もが羨む最良のカップルとなるでしょう」

澪「……」

律「…澪…聞いてなかったろ…?」

澪「へっ?そ、そんな事ない!」

律「ホントかぁ?」

澪「聞いてたよ!ありがとう律、すっごく参考になった!」

18: 2011/08/21(日) 20:57:26.68 ID:OvQMaL2a0
高校に入ってからも色んな人達と出会った
唯にムギに後輩の梓、顧問のさわ子先生、同じクラスの和
みんなと喋って、みんなと仲良くなって、仲間と言える存在にまで発展して

律「どの辺が参考になったの?」

澪「えーと…理想の男性のとことか」

律「そっか…理想の男性、追い求めてる?」

澪「さぁ…どうだろうな…」

その過程の中で、私が幼い頃からずっと悩みこみ、
抱え込んでいたものの答えが見つかった
それは私は普通の人間じゃないという事

21: 2011/08/21(日) 21:01:47.07 ID:OvQMaL2a0
律「どうだろうなって…占いはずれてるって事?」

澪「ううん、当たってるよ」

ありきたりな占い文句
会った事もない人物に自分がこういう人間だと勝手に評される
くだらない、私の事等なんにも解っちゃいない癖に

律「だよなー、けっこうすごいだろ?この雑誌」

澪「なんか怖くなっちゃうよな…ここまで当たってると」

律「そんな重く受け止めるなよ、ただの占いじゃん?」

22: 2011/08/21(日) 21:05:28.80 ID:OvQMaL2a0
ただの占い、その通りだ
こんなもの余興にすぎない
余興にすぎないけれど、先程まで蔑んでいたその占いに対して
一つの関心が私の中で芽生える

澪「律の占いはどうだったんだ?」

律「い、いいよ!私のは…」

澪「なんでだよ、気になる」

律「気にしなくていいよ!…澪とおんなじ感じだから」

澪「…」

律「…はは」

澪「…貸して?」

律「…うっ」

24: 2011/08/21(日) 21:09:11.15 ID:OvQMaL2a0
渋々と彼女が私に雑誌の主導権を渡す
というよりも彼女から見れば、なかば私が強引にその権利を
奪い取った様に見えたかもしれない

澪「えっと、律のページは…」

律「……」

女性物の雑誌らしい、華やかに彩られたページをめくる私の手を見つめながら
彼女は気を損ねたのか、頬を膨らませる
私は彼女のその表情を目の端で捉えながら、自然と含み笑いをしてしまう
彼女が時折見せる子供の様な振舞いや言動
私はそれを感じ取るのが好きだった

25: 2011/08/21(日) 21:13:21.09 ID:OvQMaL2a0
澪「えっと、ここだな」

律「…」

澪「楽観的に物事を考えるあなた、恋愛に対してもおなじk」

律「ちょっ!…ちょっと澪!」

澪「どうした?」

律「別に朗読しなくてもいいから!」

澪「律だって声に出して読んだだろ?私の占い」

律「いや、でも…恥ずかしいって言うか…」

澪「だめだよ、私だって恥ずかしかったんだから、これでおあいこだろ?」

律「むむ…」

26: 2011/08/21(日) 21:17:19.23 ID:OvQMaL2a0
周りから見たら常に活気に満ち溢れているであろう彼女が、
私の言葉一つで焦り、戸惑い、そして羞恥を覚えている
ごめんね律、私はひねくれ者だから
そんないつもと違う彼女を見たいが為に
私は意図的に彼女を追い詰める様な会話の問答に導いていく

澪「楽観的なあなた、恋愛に対しても同じくプラス思考
  相手の嫌な部分よりも、良い部分を多く見ようとします
  そんなあなたに相手が甘えてしまう事もしばしば
  気がつけば知らず知らずの内自分の本音を心の中に溜めこんでしまいがち
  そうならない為のアドバイス…

律「……」

澪「……」

律「…?…どうした澪」

澪「ん…なんでもない、そうならない為のアドバイス――――」

28: 2011/08/21(日) 21:21:28.12 ID:OvQMaL2a0
占いを信じる訳じゃない
信じる訳じゃないけれど、私が彼女に対して今やっている事
彼女は心の底ではどう思っているんだろうか
声に出して朗読するという事
お互い様ってもっともらしい理由をつけて行っているこの行為
黒く靄がかかった様な感情を後ほど彼女は抱いたりしないだろうか

澪「―――する事です。あなたのその溜めこんだ感情を
相手にぶつける事も時には必要です」

律「はは…どう?」

澪「…へ?」

律「当たってるのかな?自分じゃよく解らないなー」

澪「んー…どうだろうな…」

29: 2011/08/21(日) 21:25:44.35 ID:OvQMaL2a0
解ってる
昔からずっと一緒にいたじゃないか
その占いが彼女に当てはまる事くらい解ってるんだ
例え嫌な事があっても、自分の事なんか二の次
他人を第一に思いやる事、それが彼女なんだ

律「当てはまる部分もあると思うんだけど」

澪「そうかもな、とりあえず最後まで読むよ」

律「…うん」

澪「そんなあなたの理想の男性像は…自分に対して―――」

30: 2011/08/21(日) 21:29:47.80 ID:OvQMaL2a0
いつも笑顔でさ
一見心の底が読めそうで読めないんだ
いつも他人に気を使ってくれてる
どんなに自分が追い込まれていたとしても相手の事を考えられる
思いやりの心が欠けている私には到底不可能な事だ

澪「―――できる男性です。それがあなたの理想の男性像です」

律「…たっはー、やっぱ恥ずかしいなー」

澪「……」

律「理想の男性像って…私ら女子高だっつーの!
  私にもいつか理想の男性現れるかなぁ」

澪「……」

律「澪?…どうしたんだ?」

澪「……別に」

律「…そ、そっか…」

澪「……」

律「……」

31: 2011/08/21(日) 21:33:40.52 ID:OvQMaL2a0
相手の事を思いやれない私は
今の不快な気持を相手にそのまま伝えてしまう
読むんじゃなかった、こんな雑誌

律「…あ、何か飲み物持ってくるよ、何がいい?」

澪「…いらない」

律「まぁ、そう言うなって…」

澪「……」

律「……」

澪「……」

律「……澪」

澪「……」

律「…なんで怒ってるんだ…?」

澪「……」

33: 2011/08/21(日) 21:38:36.15 ID:OvQMaL2a0
彼女の事なんか何も知らない癖に
何も解ってない癖に
口に出して読む事すら拒みたくなる
私の不快の元凶はその雑誌に書き連ねてある
理想の男性像に対してだ

律「怒ってるじゃん」

澪「別に怒ってないよ」

律「……」

澪「……」

存在するのかどうかも定かでは無い彼女の理想の男性
私の頭の中に浮かび上がった仮初のその黒い男性のシルエットが
ただひたすらに憎かった

35: 2011/08/21(日) 21:42:48.63 ID:OvQMaL2a0
律「澪…」

澪「……」

律「私達さぁ、そろそろ恋愛とかしても良いと思うんだ」

澪「……」

お互いベッドの上で肘を立てたうつ伏せ状態
彼女がそっと切り出したその話題は
私にしてみたら今すぐに耳を塞いでしまいたい内容である事に間違いはなかった

澪「……」

律「澪も…良い人、見つかるといいな」

澪「……」

37: 2011/08/21(日) 21:47:09.00 ID:OvQMaL2a0
一瞬彼女が何を言ってるのか解らなかった
相変わらず返す言葉が見つからない私は沈黙を続けてしまう
間をおいて彼女の真意を察した私に浮かび上がってきた感情は
憎悪だった
その感情は仮初の黒い男性のシルエットに向けられたものではなくて
他でもない、私の横で肩を密着させる幼馴染に向けられていた

今解った
私が憎らしいのは仮初のそのシルエットなんかじゃなくて
最初から男性と恋愛を求めている彼女に対してだったんだ

それを悟った瞬間
私は横に寝そべる彼女を押し倒し、彼女の体に覆いかぶさり
彼女の両手を自分の手で固く抑えつけていた

39: 2011/08/21(日) 21:51:51.73 ID:OvQMaL2a0
澪「嫌だ…!そんなの…」

律「……」

彼女の顔が私の垂れた髪の毛で軽く覆われる
彼女は気にせずといった表情で虚ろな目をしている
唐突な私の行動であるにも関わらず抵抗する気は無いようだ
哀しそうな、切なそうな
彼女がこんな目をする事が今まであっただろうか

澪「私じゃ…私じゃ…ダメ……なの?」

律「……」

43: 2011/08/21(日) 21:57:00.88 ID:OvQMaL2a0
必氏の懇願だった
彼女の頬に、水滴が滴った時、
自分が涙を流している事に気がついた

この告白をしたのは
初めての事じゃない
何度も、何度も何度も何度も何度も何度も
いつだって私は真剣だったのに
いつだって律を見ていたのに

律「……」

澪「…律……」

いつもそうなんだ
冗談で言った事なんて一回もないのに
この空気を私が作り出すと、彼女はいつも押し黙ってしまう
私と一切目を合わせてくれなくなる

45: 2011/08/21(日) 22:01:57.77 ID:OvQMaL2a0
解ってるよ律
私は普通の人間じゃない
幼馴染だからって許される
そう思ってこんな事をするのはおかしい
私の特異な感情を律にも同じように押しつける
そんなのはどう考えても間違ってる

澪「……受け入れて…お願い…」

律「……」

だからって律が近い将来、紹介してくるであろう男性と
笑顔で接す事ができる?
律のお友達ですって、幼馴染なんですって
これからその男性と律で一緒に歩む道のりを
心から祝福する事ができる?
私はそんなに器用な人間じゃない

46: 2011/08/21(日) 22:06:24.12 ID:OvQMaL2a0
律への深い愛情と激しい憎悪
複雑に絡み合ったその二つの感情をどこにぶつけて良いのか解らなかった
いや違うな
律、律が受け入れてさえくれれば
他の誰でもない
この感情は律にぶつけなくちゃいけないんだ

私は無意識に律の唇に導かれていた
律と唇を交わすべく、私は欲望に身を任す
その愛おしい唇に自身の唇を近づける

澪「…律」

律「……」

澪「……」

律「……」

48: 2011/08/21(日) 22:11:08.07 ID:OvQMaL2a0
固く抑えつけていた筈のものが、するりと私の拘束から抜け出し、
その行為をする為に近づいた私の唇をそっと遮る
温かくて、優しくて、そして非情な律のその手の平は、
その行為を頑なに拒絶する律の気持ちを表していた

律「…だめ」

澪「……」

律「……」

澪「…う…くぅ…」

律「……」

49: 2011/08/21(日) 22:15:47.92 ID:OvQMaL2a0
自身の唇を律の手の平で抑えつけられたまま、
私は大粒の滴を律の顔に向かって垂らしていた
決して受け入れる事のない
彼女の覚悟を感じ取ったせいだ

澪「…えっぐ…なんで……なん…で…?」

律「……」

その優しく遮っている手の平を
いっそ私の頬に向かって打てばいいのに
はっきりと私を突き放せば良いのに
そうしてくれた方が楽だし、
私も前に進める気がするから

50: 2011/08/21(日) 22:19:29.80 ID:OvQMaL2a0
叶わない夢なら、諦めさせてよ
私を楽にさせてよ
相手を中途半端に思いやるその行為が
余計に私を苦しめる事に気がついてよ
ねぇ律



りつ

52: 2011/08/21(日) 22:23:31.08 ID:OvQMaL2a0

――
―――

頬に垂れた水滴がいつしか私の口元に辿りつき、
唇の渇きを嫌った私の舌の無意識下行動によって
それは意図せず私の口内へと招き入れられた

口内で広がる塩の様な味と共に感じるのは、
私に覆いかぶさる黒髪の幼馴染の心情

痛み、憎しみ、そして愛
それらを全て受け入れられる器を持ち合わせていない私は
彼女の唇を遮るこの手をどかす訳にはいかなかった

澪「…ひっぐ……ずず……」

律「……」

53: 2011/08/21(日) 22:26:50.09 ID:OvQMaL2a0
押しあてた手をそのままにして
私は哀しみで歪めているであろう、彼女の顔を見る事ができずにいた
止む事なく滴る彼女の涙を淡々と自分の顔で受け続ける

澪「……」

律「…ごめん…」

澪「…うぅ……ぐっす…」

律「……」

澪「…そんなの…謝って欲しくない……」

律「……」

56: 2011/08/21(日) 22:30:25.63 ID:OvQMaL2a0
これで彼女の唇を拒むのは何回目の事になるだろうか
時には冗談と決めつけ、時には気がつかないフリをして
その度に私は彼女の気持ちから逃げてきた

初めての事だね
こんなに涙を流すのは
初めての事だね
こんなに自分の気持ちを私にぶつけてきたのは

澪「……」

律「…ごめん」

澪「……」

律「……」

58: 2011/08/21(日) 22:34:31.43 ID:OvQMaL2a0
謝る事しかできなかった
今まで経験した事の無い、深い罪悪感を感じながら
彼女の制服に括りつけられた青色のリボンをただ見つめていた

澪「好き…なのに……誰よりも…一番…私が……」

律「…うん……うん…」

呼吸を乱した彼女が、ようやく振り絞ったか弱い声で私に語りかける
か弱いけれど私の心に深く刻まれるその言葉を、一言一句心の中に噛みしめる
私は彼女が語る言葉と言葉の合間を見計らって相槌をする

ちゃんと聞いているから
焦らないで大丈夫だよ
ゆっくりでいいから
澪に合わせて話を聞くから…と

59: 2011/08/21(日) 22:37:26.37 ID:OvQMaL2a0
澪「私の気持ち……ずっと前から…知ってた癖に……」

律「……」

澪「……馬鹿律…」

律「…知ってた…」

澪「……」

律「知ってたよ」

澪「…だったら…なんでもっと早く……」

律「……」

60: 2011/08/21(日) 22:41:44.21 ID:OvQMaL2a0
私の唇を求め近づく彼女
過去にも何度か経験しているこの状況
おそらく不安と期待と緊張が彼女の中で交わり合うせいだろう
彼女を私の知らない彼女へと変貌させる
私が彼女の目線を意図的に外してしまうのもその為だ

律「…ごめん澪……私にはやっぱり……」

澪「……」

律「やっぱり…受け入れられない……」

澪「……」

近づく彼女の唇を見て頭の中を過る光景はいつも同じ
凄惨極まりない彼女自身の未来
私の頭の中ですっと佇む彼女の切ない表情を見ると
胸が張り裂けそうな程に痛む
その凄惨な光景の続きを見たくはないから、
私はいつも彼女の唇をそっと遮る

62: 2011/08/21(日) 22:46:25.02 ID:OvQMaL2a0
その暗くて心細くて辛い未来に彼女自身はまだ気付いていない
欲望に忠実に、偽りなく真っすぐな彼女がある意味羨ましかった

澪「もう…」

律「……」

澪「もう…終わりだね……なにもかも……」

律「……」

澪「…ありがとう…律」

律「…澪」

澪「……」

律「…澪には…無理だよ……」

澪「……」

律「耐えられっこないよ」

64: 2011/08/21(日) 22:50:53.79 ID:OvQMaL2a0
何を言ってるんだ私は
今日で、今日で全て終わる筈だろ
その為にあんな雑誌まで用意して
興味が無い事を解っていながら占いまで彼女の前で読んでみせて

澪「…律……?」

律「女同士なんだよ…?解ってるんだ」

澪「……」

律「そんなの普通じゃない、もし私と澪がそうなっても最初はうまくいくだろう」

澪「……」

65: 2011/08/21(日) 22:54:25.92 ID:OvQMaL2a0
澪には私じゃなくて
素敵な男性がきっと未来で待ってる
真っ当な恋愛もできるし、幸せな家庭も築ける
私が、私が

私がそれを全て壊す訳にはいかない

律「私達の親だって最初はこう言うんだ
  私達は応援してるから、支えてあげるからって」

澪「律…わかったよ…」

律「でも絶対にどこかで歯車は狂ってしまうんだ
  世間の理解だって無いし、体裁だってあるし」

澪「わかったから…」

67: 2011/08/21(日) 22:57:26.03 ID:OvQMaL2a0
律「学校でも後ろ指差されるだろうし
  唯やムギや梓だってこれを知ったらどんな顔するかっ」

澪「もういいから…」

律「ひ、人一倍人の目を気にする澪が……」

澪「………」

律「こんな辛い事に耐えられる訳ないじゃんかっ!!」

澪「……律…」

律「…ひぐっ!…ぐっす……!……ずず……」

澪「………」

69: 2011/08/21(日) 23:01:42.68 ID:OvQMaL2a0
一生彼女に伝える事は無いと覚悟を決めていた事
それを私は彼女の前で全て吐き出してしまった
深い暗闇が覆う未来へと彼女の手をひいてしまうその行為に
とてつもない罪悪感を感じて次から次へと涙が溢れてきた

つかえていた胸の奥底を解放した私は
自身の涙でぼやけた彼女の顔を初めて見つめた

澪「……律…」

律「…ひっぐ…ぐす……」

澪「ごめん…私…自分の事ばっかり……」

律「……」

70: 2011/08/21(日) 23:06:35.00 ID:OvQMaL2a0
突然の私の涙に触れたせいか
彼女の涙は止まっていて、その表情は戸惑いが色濃く出ていた
私から目線を外し少し間をおいた後
彼女の目つきが優しく柔らかいものとなり
私の顔を再び見つめてくる

澪「不安は…あるよ……将来の事…」

律「……」

澪「…でもね律…」

律「……」

澪「私…律と一緒なら…平気だよ……?」

律「……」

澪「……」

律「……」

澪「…どんな辛い事だって…乗り切ってみせる……」

73: 2011/08/21(日) 23:10:44.85 ID:OvQMaL2a0
律「……」

澪「律が不安な時は……私が絶対に支えてあげる…」

律「……」

澪「……」

律「キス…したら……もう友達じゃいられなくなるんだよ?
  ……もう…戻れないんだよ?」

澪「…あぁ」

74: 2011/08/21(日) 23:14:40.34 ID:OvQMaL2a0
律「…結婚だって…できないんだよ?」

澪「…うん」

律「赤ちゃんだって作れないし……
これから関わる人みんなに白い目で見られるんだよ……?」

澪「うん…かまわない」

律「…ばか…ばかだよ…澪」

澪「……お互い様…だろ…?」

律「……」

澪「……」

私達をずっと遮っていたもの
私はそれをすっと彼女の肩に回していた

75: 2011/08/21(日) 23:18:32.34 ID:OvQMaL2a0
律「…は…」

澪「…ん…」

この唇を受け入れる事を
いったい何度夢見ただろうか

律「…みお…はぁ…みお…」

澪「…んん……りつ…」

涙が止まらなかった
澪は…
澪は……
女性が羨む一生の幸せを投げ出して
私を選んでくれた
私と共に歩む道を選んでくれた

78: 2011/08/21(日) 23:22:25.39 ID:OvQMaL2a0
律「…はぁ…はぁっ…んっ…」

澪「…はっ…ん…はぁ…はぁ…」

どれくらいそうしていたか解らない
私達はただひたすらにお互いを求めあった
絡ませた舌が疲れて、呼吸を整えたいが為唇を離すと
お互いの名前をくどいくらいに囁きあった

それが終わるとまた舌を、唾液を絡ませ合った
それを何回も繰り返した
何回も、何回も、何回も、何回も
お互いが必要不可欠な存在である事
それを確かめ合う様に

79: 2011/08/21(日) 23:26:47.69 ID:OvQMaL2a0
澪「先の事は…不安だけど…」

律「……?」

澪「私達なら…きっと大丈夫」

律「…なんでそう思うの?」

澪「だって…今強く深く愛してるから」

律「……」

澪「……」

律「…ぷっ…はは」

81: 2011/08/21(日) 23:29:52.05 ID:OvQMaL2a0
澪「笑うなよっ!…もう!」

律「はは…ごめん…」

澪「……」

律「……」

澪「……」

律「…そう…だな」

澪「…ん?」

律「…本当に大切なのは、『今』だもんな」

澪「……」

律「……」

84: 2011/08/21(日) 23:32:39.77 ID:OvQMaL2a0
澪「…うん」

律「……」

澪「……」

辛い事もあるだろう
後悔する事もあるだろう
それら不鮮明なものに対して不安を抱く事よりも
『今』の幸せを何よりも大事にして、私達は再び唇を重ね合う

二人なら乗り越えられる
二人なら支え合える
私達がこれから歩む道は暗いものなんかじゃない
そう信じて


終わり

87: 2011/08/21(日) 23:35:07.30
りっちゃん誕生日おめでとう
すごい良い澪律だった乙

89: 2011/08/21(日) 23:36:00.32
よかった!乙

引用元: 澪律「だって今強く深く愛してるから」