1:
私、天海春香は緊張でカラカラになった口の中をツバで潤して、フッと息を吐いた。
同時に、操縦桿をグッと押し出し、フットペダルを踏み込む。
背部のスラスターを吹かしながら、先ほどまで身を隠していたデブリから姿を現す。
熱紋を探知したのか、距離五百程離れた場所に居た、黄色の彩色が成された【ガンダムエクシア】が、
その右腕にマウントされていたGNソードを展開しながら距離を詰めてきて、それを横薙ぎに振り込んだ。
ビームサーベルでいなし、左腕に持っていたシールドを叩きつけて距離を取る。
ビームライフルを掴み、引き金を引く。
コンマ秒差で銃口から放たれたビームをシールドで受けたエクシアからの通信が入る。
『春香、なかなか強いの!』
「美希もね!」
エクシアに乗る少女――星井美希と短く意思疎通を終わらせると、
私は操縦桿のスイッチで武装を切り替え、背部にマウントされていたバズーカを展開し、放った。
ビームよりは明らかに遅い速度、だがしかし当たれば確かな破壊力を持つそれを、
美希はかわしながら接近する。
2:
バズーカがデ ブリ郡に着弾。無重力の海を漂う破片の嵐が、美希のエクシアを襲うが、美希はかまわずこちらに進む。
GNビームライフルが三連射される。それぞれ、頭部、脚部、コックピットを正確に狙っている。
「甘いよ美希!」
すぐさま機体を動かし、頭部と脚部を避け切り、コックピット部分はシールドで防ぐと同時に、そのシールドを放棄する。
デ ブリ郡のどこかにぶつかって、その場に留まり続けるだろうから、後で回収すればいい。今は――!
スラスターを吹かしながら美希のエクシアに接近する。
接近戦特化のエクシアに、距離を縮める事がどれほど愚かな事か――
だが、美希を相手に、距離を取って撃ってるだけでは、絶対に勝てはしない。
――ならば! 少しでも勝てる要素がある方を選ぶ!
私は、自らの機体――
RX-78-2【ガンダム】を駆り、ビームサーベルを構え――振り切った。
6:
765プロは、東京都某所に存在する、アイドルプロダクションだ。
私、天海春香はそのアイドルプロダクションで、アイドルをやっている。
765プロの事務所は、古びたビルの三階にある小さな所だが、私はそこがお気に入りだった。
学校から帰り、事務所にたどり着くと、そこには事務員の音無小鳥さんと、
私達765プロのアイドル全員をまとめて面倒を見てくれている、プロデューサーさんがいた。
「春香、おはよう」
「おはよう、春香ちゃん」
「おはようございます!」
元気よく返事をし、今日のスケジュールを確認する――とは言っても、
プロデューサーさんから打ち合わせがあると言われて、呼ばれただけだ。スケジュール確認は、日頃の癖と言ってもいい。
私、天海春香はそのアイドルプロダクションで、アイドルをやっている。
765プロの事務所は、古びたビルの三階にある小さな所だが、私はそこがお気に入りだった。
学校から帰り、事務所にたどり着くと、そこには事務員の音無小鳥さんと、
私達765プロのアイドル全員をまとめて面倒を見てくれている、プロデューサーさんがいた。
「春香、おはよう」
「おはよう、春香ちゃん」
「おはようございます!」
元気よく返事をし、今日のスケジュールを確認する――とは言っても、
プロデューサーさんから打ち合わせがあると言われて、呼ばれただけだ。スケジュール確認は、日頃の癖と言ってもいい。
7:
プロデューサーさんが、私を前にして一言問いかけてくる。
「さて、さっそくで悪いが、春香はガンダムを知っているか?」
「はい?」
プロデューサーさんは、雑談もするし冗談も言ったりする。
最初は何の変哲もない世間話の一環かと思ったのだ。
だが、この時の口調は、お仕事の話とトーンが同じだった。
「ガンダム、ですか? あの、かなり有名なロボットアニメですよね」
「そうだ。見た事はあるか?」
「いえ、ないです」
端的に答える。
もちろん、情報としては知っている。
機動戦士ガンダム。日本のアニメを代表する一つとしても名高い、ロボットアニメだ。
アニメを見ていない私でも、アムロとシャーの名前位は知っている。
よく聞くアムロの「殴ったね? 親父にもぶたれた事ないのに!」というのは有名な台詞なのだろう、位の知識しかないが。
「実は今回、876とは別の方のバンナムさんからガンプラゲームプロモーションのお話が来ている。それも765プロ全員にな」
「ゲームのプロモーション、ですか?」
今はかなり減ったが、アイドルランクCの際に何度かそう言うお話を頂いた。
ゲームの声優だったり、イベントでゲームを実際にやるだとか。
「今回はそんな小さな規模じゃない。ゲーム業界を一新する程の大規模なものだ」
「はぁ」
「百聞は一見に如かず。とりあえずついてきてくれ。――あ、変装はしてな」
既にAランクアイドル。シャイニーフェスタのランクこそSで、
ジュピターのSSランクには負けていたものの、総合的な人気を鑑みると、負けていない。
そんなレベルのアイドルが変装も無しにそんじょそこらを歩いていたら問題だろう。
事務所から出て、近くに停めていた車の助手席に乗り込むついでに尋ねる。
8:
「どこに行くんですか?」
「模型屋」
さっそく「そんじょそこら」な名前が出てきて、私は頭を車にぶつけてしまう。
「プロデューサーさ~ん?」
「冗談とかじゃないぞ? なぜならお前がプロモーションするのは、プラモ屋に設置する大型ゲーム機のプロモーションなんだから。今から行くのは、テスト用試運転機を置いてくれてる、プロショップのお店だ」
車を出して二分半程で、所謂「古臭そうな模型店」にたどり着いたプロデューサーさんは、その小さい駐車場に苦労しながら車を停車させた。
「着いたぞ」
「あ、はい」
車を降りて、プロデューサーさんの後ろをついて行く。模型店の中に入ると、大きな声で「オヤジ、いるかー!?」と怒鳴る。
「へいへい、いらっしゃいませ――お、Pちゃんじゃねぇの! 例の奴、設置終わってるぜ!」
「サンキュ。紹介するよ、ウチのアイドルの」
「あ。天海春香です」
ペコリと頭を下げて挨拶すると、店主さんらしき人が「おおっ!」と驚きながら、私の手を握ってくる。
「春香ちゃん、良く来たね! 息子がアンタのファンなんだよぉ!」
齢四十歳程度の男性が、そう言ってはしゃいでいる姿を見て笑いながら「嬉しいです!」と応じる。
「さてオヤジ。さっそく例の奴を試運転したい。俺と小鳥さんが置いといた奴、あるだろうな?」
「ああ、そこ置いておいたよ」
指差す先には一つのショーケース。その中に黒く彩色の成されたガンダムと、良くテレビなどで見かける白いガンダムの二体が、ポーズを決めて飾られていた。
「うわー、格好良いなぁ」
「サンキュ。黒い方は俺が作ったんだよ」
ショーケースを開いて貰って、その中に入っている二機を受け取ったプロデューサーさんがそう言いながら、白い機体を私に「ほれ」と渡してくる。
9:
「それが、RX-78-2 ガンダムだ」
「えっと、ただのガンダムじゃないんですか? アールエックスとか、なんとか……」
「それを語らせるか? 二時間はそのまま立って聞いて貰うぜ?」
「あ、いえ、やっぱいいです」
「そうか、残念だ」
残念なんだ。そう思いながら、受け取った白い機体の手足を適当に動かしてみる。
「へぇ、プラモデルなんてスーパーの食玩コーナーにある300円位の想像してましたけど、かなり動くんですね」
「そりゃあな。それ大体3000円位するRGだし」
十倍の値段だ。それだけ出来が期待できるプラモデルなんだろう。
「そっちのガンダムはなんて名前なんですか?」
「これか? これは『ガンダムAGE-2 ダークハウンド』だ」
「へぇ。海賊みたいで格好いいですね!」
「みたい、じゃなくて海賊なんだけどな。じゃあそれもって、裏に行こう」
店主さんが出てきた裏側の方へ、歩を進めるプロデューサーさん。
そっちは入っていいのだろうか、と思ったが、それを咎めない店主さんを見ていると構わないのだろうと考えて、私はプロデューサーさんに付いて行く。
「――わぁ」
そこにあったのは、ドーム型の装置だった。その前にはロッカーがあり、プロデューサーさんがスーツの上着をしまい、何やら着込み初めていた。
「何なんですか、これ」
「ゲームだよ。ガンダムを実際に動かして、対戦するんだ」
「実際に……動かす、ですか!?」
「あんまりゲームやらない層だとそう言う反応だよな。
でも既にそう言う操縦系のゲームはあるんだよ。ボーダーブレイクしかり、戦場の絆しかり。
実際のコックピットを再現して、さらにパイロットスーツを着こまなけりゃいけないのは、初導入だけどな」
10:
その、今着ている物がパイロットスーツと言うらしい。
プロデューサーさんのは、黒を基調に赤をアクセントとして加えている、格好いいスーツだった。
「パイロットスーツを着るのが決まりなんだ。衝撃をリアルに再現してるからな。着なきゃ危ない」
ロッカーを閉めたプロデューサーさんが私の手を引いて、パイロットスーツを出してくれた。
「これなら伸縮性高いし、胸が有っても入ると思うぞ」
「ぷ、プロデューサーさん、セクハラですよ! セクハラ!」
「悪い悪い」
頭を軽く撫でる。
「シャツの上からでも着れるようになってるから、それを着て」
「はい」
「首のファスナーは、二重構造だ。しっかり閉めろ」
「あ……やって貰っていいですか?」
「あいよー」
首元のファスナーをキチンと閉めて、プロデューサーさんは「よし」と頷いた。
「あとは乗り込む際に、このヘルメットをかぶって、耳元のボタンを押せば自動的にフェイスカバーが降りる」
「なんか、アニメの主人公になった感じです!」
「そうだろそうだろ。男の子はこれがやりたかったんだよ。バンナムさんには頭が上がらねぇよ。――っと、じゃあ中に入るか」
ドーム型ゲーム機の中に入り込むと、そこは実際のコックピットのように、機械だらけの内層をしていた。
シートがあり、その目の前には操縦桿らしきものが二本あって、それを使って操縦するのだろう。
その奥、操縦する際には邪魔にならないだろう位置に、緑色の球体を見つける。
11:
「あれの口元が開くんだ」
先にプロデューサーさんが中に入り、その球体をカパッと開けた。
「これがガンプラスキャナだ。この中に、さっきのガンダムを入れると、その機体を操縦して戦える」
「あ、ガンプラのゲームってそういう事なんですね」
「そう、自分で作ったガンプラを操縦して戦える。全ての男の子が待望したプラモ狂四郎だ!
……今の子にはガンプラビルダーズとかビルドファイターズって言った方が良いかもだが」
楽しそうにプロデューサーさんが説明してくれる。
「ガンダム、好きなんですね」
「嫌いな男なんていないさ! ガンダムを知らない奴がいても、嫌いになる奴は『他の奴らと違う俺カッケー』だけだ!」
断言する。そんなに面白いのか……今度時間があれば、見てみようかな。
「とにかく、そのガンダムをハロの中に入れてくれ」
「あ、この子ハロって言うんですね」
緑色の球体は、何とも愛らしい顔をしていた。そう言うキャラクターなのだろう。
その口の中にガンダムを立てて口を閉めると、パッと画面が映る。
「わぁ……っ!」
目の前には、所謂格納庫と呼ばれる光景が見える。
コンピューターグラフィックスで再現しているだけなのだろうが、本当に出撃を待つパイロットの様で、ワクワクするのは仕方がない事だろう。
「よし、すぐに俺も行くから、ヘルメットをかぶって、そのまま待っててくれ」
「へ?」
コックピットを出て、隣の球体に入り込むプロデューサーさん。てっきり横に居て教えてくれるものだと思っていたので、情けない声が漏れてしまう。
「へ? じゃない。俺とタイマンだぞ」
「……えええええっ!?」
12:
『出撃を開始します』
耳元のスピーカーから声が聞こえる。
すると、ジジッとノイズが一瞬だけ聞こえ、その後『春香、聞こえるか?』とプロデューサーさんの声が聞こえる。
「あ、はい。聞こえますよ」
『シートベルトも二重に設定されてるからな。左右ちゃんと付けるんだぞ。かなりリアルに衝撃設定されてるから、結構揺れるぞ』
「これ、実際に商品化されて、子供が遊べるんですか?」
『対象身長は100cm以上だ。小学生程度なら問題ない。幼稚園児は難しいがな』
シートベルトを締めながら雑談をしていると『二番機、発進してください!』と指示が下る。
『先に出るぞ春香。――プロデューサー、ガンダムAGE-2 ダークハウンド、出る!』
プロデューサーさんの声が、そこで途切れる。ここから先は、プロデューサーさんは敵になるのだ。
『一番機、発進してください!』
「あ……天海春香、ガンダム――行きます!」
声を上げると、コックピット内が前面に押し出される感覚に犯される。
思わず顎を引いてその衝撃に耐えていると――何と空中に放り投げられたじゃないか!
「あわわわわ……!」
足元のペダルを思わず踏んでしまうと、ブワッと体が上昇いていく感覚に犯される。
いや、犯されているだけじゃない。実際に機体が上昇しているのだ。
「すごーい……リアル……」
実際にロボットに乗ったわけではないけど、衝撃やら何やらが、実際に乗っているような感覚にさせてくれるのが楽しくて、操縦桿を押し出した。
今度は速い速度で空中を前進し出した機体。
13:
「あ……遊んでばかりもいられないや」
プロデューサーさんを探さなければ――そう考えて、カメラを左右に動かしていると『ピピピッ』と警報が鳴り響いた。
「な、何!?」
カメラがソレを捕えた。戦闘機の様な外観をした何かが、急速にこちらへ向かってきているのだ。色は黒。
「あ、あの海賊みたいなガンダムが、鳥みたいになってる!」
思わず操縦桿のトリガーを引くと、何やら頭部から銃弾がその機体に向けて射出される。
それを華麗に避けた黒い機体は、空中でその身体を変形させ、人型の形態になった!
「うそ、早い!」
『これがAGE-2の強みなんだ!』
人型形態で、腕に装備された槍を突きつけてきたプロデューサーさんのダークハウンド。慌てて若干右寄りに操縦桿を引くと、その攻撃を避ける。
「あれ、意外と避けれた」
『まぁ、大抵はコンピュータが自動的に演算してくれるんだよ。ちょっと操縦すると、自動的にするべき行動を取ってくれるんだ。こうする事で、エースパイロット同士の戦いみたく演出出来る』
実際にガンダムがあったとしたら、物凄い操縦技術が必要になる程の操縦でも、コンピューター側がそれを簡単に実現してくれるという事だ。
何だが面白くなって「よーしっ!」と舌なめずりをする。
先ほどまで引いていたのは右手のトリガーだ。
左手の操縦桿についていたボタンを押すと『カチンッ』と音を鳴らしながら、画面端の武装アイコンが切り替わる。
武装を持ち変えたようだ。今の武装は、ビームサーベルとビームライフル!
右手のトリガーを押すとビームライフルが、ロックオンした箇所に放たれる。
それを避けたダークハウンドに向け、左手のトリガーを。
すると、ビームサーベルを縦に振り切り、ダークハウンドの槍と鍔迫り合いを開始する。
14:
「面白ーいっ!」
バッと身を乗り出しながら、フットペダルを強く踏み込み操縦桿を押しだした。
機体が前面に加速し、ダークハウンドを強く押し出す。
ビームライフルを構えて射出すると、今度は動きが抑制されたダークハウンドは避けることができず、槍を装備していた右腕をもがれた。
「やった!」
『やるな春香――だが!』
プロデューサーさんの声が聞こえる。
戦闘機形態に変形したダークハウンドが、素早くこちらの背後に回ってくる。
「あ――っ」
操縦桿をすぐさま引いて、そちらに方向転換をしようとしている最中だが、既に人型へ変形を終わらせていたダークハウンドが、ガンダムの背中を強く蹴ったのだ!
「ううっ!」
ガクガクッと強く揺れる機体内、だが、攻撃はそれだけでは終わらなかった。
地面に落ちるはずだったガンダムの体が何かに引っ掛かる。
どうやらマントに搭載されていたワイヤーに機体を絡め取られたようで、
そのまま引っ張られた機体はビームサーベルでコックピットを貫かれ――私は落された。
バッと身を乗り出しながら、フットペダルを強く踏み込み操縦桿を押しだした。
機体が前面に加速し、ダークハウンドを強く押し出す。
ビームライフルを構えて射出すると、今度は動きが抑制されたダークハウンドは避けることができず、槍を装備していた右腕をもがれた。
「やった!」
『やるな春香――だが!』
プロデューサーさんの声が聞こえる。
戦闘機形態に変形したダークハウンドが、素早くこちらの背後に回ってくる。
「あ――っ」
操縦桿をすぐさま引いて、そちらに方向転換をしようとしている最中だが、既に人型へ変形を終わらせていたダークハウンドが、ガンダムの背中を強く蹴ったのだ!
「ううっ!」
ガクガクッと強く揺れる機体内、だが、攻撃はそれだけでは終わらなかった。
地面に落ちるはずだったガンダムの体が何かに引っ掛かる。
どうやらマントに搭載されていたワイヤーに機体を絡め取られたようで、
そのまま引っ張られた機体はビームサーベルでコックピットを貫かれ――私は落された。
15:
「お疲れ様、春香」
ゲーム筺体から身を出した私にタオルを差し出して出迎えてくれたのは、プロデューサーさん――では無かった。
「律子さん?」
私達765プロが誇る大人気ユニット【竜宮小町】をプロデュースしている、元アイドルの秋月律子さんだ。
今日もキッチリとしたスーツとメガネが似合う大人の女性であるが、まだ年齢は十九歳で、見た目よりも全然若いのだ。
「貴方の戦いぶり、見せて貰ったわよ。初めてにしては、上出来なんじゃない?」
「でもプロデューサーさん、華のアイドルを足蹴りした後串刺しですよ!? 酷くないですか!?」
「酷いわねー」
「おいおい人聞き悪いな。本気でやった結果だろ?」
プロデューサーさんも同じく筺体から出て、律子さんにタオルを貰っていた。
中はエアコンが効いていて熱くないのだが、操縦をしていると緊張と攻防の熱気で、どうしても汗が出る。
「でも、律子さんはどうしてここに?」
「貴方と同じよ。ガンプラを買いに来たの」
「律子さんも、例のプロモーションに出るんですか?」
「あー、違うわよ。ほら。あの三人のプラモを買いに来たの」
律子さんが指差した先――そこには、律子さんがプロデュースするアイドルユニット【竜宮小町】の三人がいた。
16:
「ねぇねぇ、いおりんはやっぱスローデヤバイにすんの?」
「スローネドライ! 私の場合は、ファンの多くが望んでるって言った方がいいでしょうね」
「伊織ちゃん、アニメの時ノリノリで演じてたものねぇ」
「べ、別にノリノリじゃないわよネーナは!」
サイドテールと、その軽快な口調が印象強い小悪魔系女子、双海亜美。
竜宮小町のリーダーにして、人一倍プロ意識を強く持つ自信家、水瀬伊織。
その二人をそっと後ろから支えるお姉さんのような母性を持つ、三浦あずささん。
三人は、ガンプラ売り場で色々と機体を見て回っている。パイロットスーツを脱いで、三人の元へ。
「あれ、はるるん!」
「あぁ春香。アンタが先に試運転してたのね。どうだった?」
亜美が私に気付き、次いで伊織がそう感想を尋ねてくる。
「すっごく楽しかったよ! なんだか物語の主人公になれたみたいで!」
「まぁまぁ、それは、楽しそうねぇ」
あずささんが、両手を合わせて嬉しそうにしている。確か普段、こう言う仕事が来なくて羨ましがっていたっけ。
「こう言うゲームのプロモーションは、若い子たちに全部取られちゃうんですもの。私だって頑張るんだから!」
「で、あずさはどの機体にするのよ」
「そうなのよ……私、ガンダムって言ったら、お父さんが見てた物しか知らないの」
確かに、あまり女の子が率先して見るイメージは無い。
17:
「伊織は、さっき言ってたガンダムにするの?」
「ええ、以前ガンダムのアニメに、声優として参加した時に乗った機体よ。これね」
「えっと、ガンダムスローネドライ……何か赤くてカッコイイ機体だね。シャーでも乗ってるの?」
「赤けりゃ皆シャアが乗ってるって思ったら大間違いよアンタ……」
私のガンダム知識なんてそんなものだ。
「亜美は何にしたの?」
「コレコレ↑!」
亜美がバッと見せてくれたガンダムは、なんだかさっきまで乗ってた、最初のガンダムに似てるかもしれない。
「フォースインパルスガンダムだよ!」
「へぇ、こっちは主人公が乗る機体みたいでカッコイイね!」
「主人公の機体よ……無意識的にシンを苛めるのは止めなさい」
「え、でも私、さっきアムロが乗ってる機体に乗ったよ?」
「はるるーん。ガンダムは全部が全部、アムロが主役じゃないんだよ?」
「えぇ!? そうなの!?」
「そのインパルスガンダムの時の主役は、シン・アスカだな。アムロの時代とは、全く繋がりが無いんだ」
プロデューサーさんがそこに割って入ってくる。
18:
「ガンダムには、三十年近い歴史があるが、その中には、時代や世界観が繋がってない物も多数ある。
だがその中で共通するものは、全てにモビルスーツと呼ばれる存在があり、そのプラモは、今もなお人気がある、という事だ。
ファースト、Z、ZZ、逆シャア、UC、F91、V、G、W、X、∀、SEED、SEED DESTINY、OO、AGE……。
今回受けた仕事のゲームは、どの作品から出ていたとしても、ガンプラである限り、それを再現し、その機体で戦えるという事だ。
例え時代が違っても、世界が違っても、ガンプラで、ガンダムの機体であるのならば戦える。まさにお祭りゲームなんだよ!」
熱く語るプロデューサーさんの勢いに圧されながらも、そんな大きなお仕事に私たちが選ばれた事に対しての喜びも沸いてくる。
「あの、プロデューサーさん! 私はどの機体に乗れば良いんですか!?」
「それは春香が決めればいい。さっきはオーソドックスのガンダムに乗って貰ったが、自分が好きな機体を、好きな風に組み立てて、それを操縦すれば良いんだ」
プロデューサーさんが、プラモデル売り場を示し、私の背中を押してくれる。
私は、ざっと売り場を見て、色んなプラモに触れて見た。
が、一番手に取りやすかったのは、先ほど私と一緒に戦ってくれた、ガンダムだった。
「私、これにします!」
「それでいいのか?」
「はいっ! 一番最初のガンダムを、私がちゃーんと、操縦して見せます!」
「そうか。――なら、ここで少しだけガンプラについて説明しよう。竜宮の三人も聞いてくれ!」
19:
プロデューサーさんがそう声をかけると、竜宮の三人も、私の隣で彼の言葉を待つ。
「ガンプラには、いくつか種類が存在する。まずは一番オーソドックスな、HGだ」
HG。ハイグレードと呼ばれるブランドで、スケールモデルは1/144。センチに直すと約12.5cmの物を指す。
「このHG、最初はガンプラ十周年記念で作られた物なんだが、今では一番多くがこのHGで作られている為、コレクション性が高い。次はMGだな」
MG。マスターグレードと呼ばれるブランドで、スケールモデルは1/100。センチに直すと約18cmの物を指す。
「こっちはHGに比べると少し高級志向だが、その代わりパーツ数も多く、HGよりも可動範囲は広いし、大きいのが特徴だ。
後は、変形する機体に関しては変形ギミックを再現する事が原則になってるから、変形して遊ぶガンプラを作るなら、コレがお薦めだ。で、次はRG」
RG。リアルグレードと呼ばれるブランドで、スケールモデルはHGと同じく1/144。サイズも原則同じくらいだ。
「RGは、ガンプラ三十周年記念企画で登場したグレードで、掌サイズなのに本物のようなリアルをコンセプトに発売された。まだまだ本数自体は少ないが、今後の展開が非常に注目されている。あとはPGだな」
PG。パーフェクトグレードと呼ばれるブランドで、スケールモデルは何と、1/60。センチに直すと約30cmと、とても大きな物になっている。
「PGは、ディティールや稼働性にこだわった【究極のガンプラ】を目指したシリーズで、特に人気の高い主役レベルの機体を中心に展開されてる。
サイズもデカイし値段も高い。その代わり色々な機能が付いてるのが特徴だ。
――ちなみに、PGシリーズ第一段はガンダムじゃなくて、新世紀エヴァンゲリオンの、エヴァ初号機だったりする」
20:
「にひひっ、じゃあ私はそのPGって言うのを選んで良いのね?」
伊織が、そう言ってPG売り場の方に向かおうとするのを、律子さんが遮る。
「はーいはい。趣味でPGを買うのは良いけど、今回は仕事だから費用で落すのよ。PGなんて一体二万円とかする奴なんて買えるわけないでしょ」
「まぁ今回のプロモーションでは、HGサイズ、つまり1/144に絞って貰うんだ。
本来のゲームだとプラモサイズが再現されるから、ちっちゃいHG対バカデカイPGとか言う構図は面白そうだけどな」
「ていうか大体、スローネドライはPG出てないし」
「なっ! この伊織ちゃんが声優を担当したネーナの機体が究極のプラモになってないってどういう――」
「はいはい、いおりん。そこまでそこまで。主人公機の中にはMGにすらなってない機体あるんだから抑えて→」
「DXさんの悪口は止めろ!」
亜美とプロデューサーさんがそれぞれ言いながら、伊織を止める。
「……まぁ、1/144オンリーだったら、子供でも買いやすいし、やりやすいってイメージも出る。プロモーションにはぴったりなんだよ」
「その代わり、RGの使用は認められてるわ。出てる機体は少ないけど、好きな機体があるならそっちを選んでも良いわね」
22:
えっと……RGコーナーはここか。
「ガンダム、ストライクガンダム、Zガンダム……色々あるんですねぇ」
あずささんがそちらを見ていたが、パッとする機体は無かったようで。
「じゃあ私は、RGのガンダムにしますっ!」
「あー……春香。初ガンプラでRGは大変向かないんだが……」
「えー、でもぉ」
どうせ作るなら、少しでも良いものにしたい。新しいブランドのプラモデルなら、良い物が出来あがるだろう。
「あー分かった。じゃあソレを買おう。んで、一回組み立ててみよう。代わりにHGのガンダムも買っておくから」
「はいっ!」
プロデューサーさんが持っていたHGのガンダムと、RGのガンダムをレジに持っていく。後で経費にする為にレシートを貰う。
「ったく……なら良いわよ。やっぱスローネドライにするから」
伊織もぷんぷん言いながら、何だかんだで決まった様で。
その後ろに亜美もフォースインパルスガンダムを持ちながら付いて行く。
「あ、待って伊織ちゃん、亜美ちゃん……」
未だに決まってないあずささんが、置いて行かれたように焦ったようで、慌てて一つのガンプラを手に取った。
23:
「じゃ、じゃあプロデューサーさん、これで!」
「ああ……ぴったりですね」
「へ?」
覗きこんで、パッケージを見る。
――HGUC ZZガンダム。
「かなりグンズリしたガンダムですね。どこがあずささんにぴったりなんですか?」
「んー、ZZガンダムは、ガンダム作品の中でもかなりの高火力・高出力・高機動を実現した、夢の機体なんだよ」
「……え、それだけですか? でもあずささんて普段おっとりしてるから、火力とかって感じはあんまりしないんですけど……」
「ん、まあな……」
プロデューサーさんは、若干居心地が悪そうに、あずささんの胸を凝視していた。
「……ハイメガキャノン級かなーって」
「それが何なのか分かんないですけど……えOち」
あずささんは何だか分かっていない様子だが、プロデューサーさんにお墨付きをもらったので、それをレジに。
「あ、律子。お前も選んどけよ。俺とお前でプロモーションの前座やるんだから」
「はぁ!? 聞いてないですよ!」
「言ってないからな。向こうのプロデューサーさんが律子のファンでさ。是非にって」
その言葉を聞いて、怒ろうとしていた律子さんが、プルプルと震えながら我慢している。
ファンの要望に応えるのも、アイドルとしての、そしてプロデューサーの務めだ。
溜息を付いて、律子さんはヒールをカツカツならし、一つのプラモを手に取った。
「……Ez-8とはお前も泥臭い奴だな……」
「……好きなんですよ。08」
顔を赤くして呟く律子さんは、少し可愛かった。
24:
「…………え?」
事務所に帰ってきた私たちは、使う予定の無い応接室の部屋を借りて、ガンプラ作りに精を――
出そうとしていた時だった。
私の目の前には、RGガンダムのパーツが、ランナーにくっついた状態で広げられていた。
だが、その量は、横で嬉々とした表情でニッパーを持ってる亜美のインパルスから――大体二倍以上の量がある。
しかも、一つ一つのパーツは小さいし、プロデューサーさんは明らかに「使え」というように、ピンセットを置いた。
他の子たちには、ピンセットなど一つもない。それを使うような事にはならないのだろう。
「……プロデューサーさん。これ、作るのに何日かかるんですか?」
「素組みだけなら、一日あれば十分だが」
「え、組むだけじゃないんですか?」
「バーロー、ガンプラなめんな。あそこの音無さんを見ろ」
小鳥さんは、部屋の隅で段ボールに何かを指し込み、その先端にあるパーツに、何やら物々しい機材を使い、着色をしていた。
「音無さん。換気扇は?」
「最大限です」
「ちなみに何作ってるんですか?」
「νガンダムVer.Ka、キラ・ヤマト専用機です」
「ああ、それでABSが割れないように加工してあるのか……」
プロデューサーさんと小鳥さんのわけわからない言葉の応酬の後、プロデューサーさんが言う。
25:
「いいか。ガンプラっていうのは、格好良く、そしていかに良い物に組み立てられるか、が重要なんだ。
その考えを怠ったマイスターに勝利は無い」
「でも、今回はゲームのプロモーションですよね?」
「実はあのゲーム、プラモの完成度をグラフにして、それを強さに変えているんだ。
春香がなぜ初陣であれだけ動けたのかって言うと、あのガンダムがRGで、音無さんの製造技術により作られたガンプラだったからだ」
小鳥さんが、素早い速度で着色を終わらせると、新しいパーツを切り離して、今度は缶スプレーを吹きかけていた。
「信じられるか? 元々色付いているガンプラを、一度灰色に直して形を整えてから、もう一度着色をし直してるんだ。
既存色より、更に色艶を整えて。音無さんには、それだけ技術がある」
「……」
「春香。もしお前がプロモーションに本気で勝ちたいのなら、ただガンプラを組み立てるだけじゃない。
その完成度を高める事を考えろ」
プロデューサーさんが渡してきたのは、HGのガンダムだ。
「幸い、HGのガンダムは入門編にはもってこいだ。俺が作り方を教えてやるから、RGの前に、まずはHGだ」
プロデューサーさんは、そう言いながら視線で私に問いかける。
――勝ちたいか?
私は、今まで765プロのアイドルの中で頑張ってきた。
でも、その順位はあくまで普通だ。人気がないわけではない。でも、高いわけでもない。
ただ765プロでリーダーみたいな位置に居たから、顔を覚えて貰えていただけだ。
――他の子に、勝ちたい。
――アイドルとして、この仕事に、ううん。
「勝負に、勝ちたいです」
「よし、ならまずは作り方を教えてやる。HGを開けよう」
「はいっ!」
私は、HG ガンダムのパッケージを開け、そのランナーを取り出した。
そして、説明書を片手に、パーツを切り離し、作り上げる作業を始める為に、一言。
「よろしくお願いしますね、プロデューサーさんっ」
春香編 第一部・終了
26:
普段、あまり乗らない昼頃の電車に、私――如月千早が一人、耳にイヤホンをつけて乗車していた。
朝から、レコード会社の方と一緒に仕事をし、先ほど終了した所だ。今は、事務所へ帰る為の電車に乗っている。
携帯電話のメールで、私が所属する765プロのプロデューサーに、もうすぐ目的の駅に着く事を伝えると、すぐに返信が返ってくる。
ついマナーモードにするのを忘れて、電車内で春香が設定した【乙女よ大志を抱け!】が周りに漏れてしまい、私は急ぎ、帽子を深くかぶり直した。
私達765プロのアイドル達は、既に全員トップアイドルの称号を我がものとするAランクアイドルだ。
電車の中と言う閉鎖的空間で、その存在がばれる事は非常に良くない。
次の駅。そこが私の降りるべき駅である事は既に分かっていたので、扉が開くと同時にその身を乗り出し、駅のトイレに駆け込む。
携帯を開き、メールの返信を見る。
『駅前、車の中で待ってる』
短い文章だが、私の旧式携帯ではそれが返って見やすい。電源を落とし、改札を出て、何時もプロデューサーが車を止める、駐車スペースへ。
「おはようございます」
ドアをノックしながら開くと、運転席でプロデューサーが「おはよう千早」と応じてくれる。
すぐに乗り込み、プロデューサーもサイドブレーキを下した。
27:
「千早、見てほしいアニメがある」
「はい?」
走りだした車の中で、プロデューサーが助手席に座る私へそう言葉を投げ、四つの箱を渡してくる。
一つのパッケージには『機動戦士ガンダムSEED HD REMASTER』と書かれており、それがガンダムのブルーレイディスクであることが、すぐに分かった。
「あの、これが仕事、なんですか?」
「厳密に言うとそうなんだか、そうじゃないんだか……まぁ、まずは見てほしい。それ、俺の私物だから、見終わったらちゃんと返してくれよ?」
「はぁ……とにかく、仕事に関係ある事なんですよね?」
念を入れる。私のプロデューサーは、仕事に関係ない事を、アイドルに押しつける事はない。
「まぁそうだな。次の仕事に、どうしても重要になってくる。見終わったら、感想を教えてくれ」
「わかりました」
まぁ、数回アニメの声優や主題歌を担当した事もある。ガンダムの事も、少しは知識としては知っている。
いわゆる、今のロボットアニメ――リアルロボットと呼ばれるジャンルの先駆けとなったアニメで、今も根強い人気を持つアニメシリーズだ。
ガンダムの主題歌をやってほしい、というオファーでも来たのだろうか。私も、それほど有名になれたのだな、と感じ、つい微笑みを漏らしてしまう。
「プロデューサー、今日の予定は……」
「ああ、何もないから、最初だけでも、今から見ちゃえよ。事務所には亜美と真美も要るし」
「ええ。ではそうします」
昔の私なら「アニメよりレッスンです」と言っていただろうに。
丸くなったような、仕事熱心になったような……少しだけ複雑な気持ちで、私は事務所に辿り着いた。
28:
――正直、アニメというのは、どうせ主人公が敵を倒して、それで万々歳という程度の物だと思っていた。
声優をやった時も主題歌をやった時も、それほど難しい役では無かった為、深く考えずに主人公を応援出来た。
『ボクは――頃したくなんか、ないのにぃ!!』
だが、目の前で展開されているストーリは、違う。
このガンダムSEEDの主人公、キラ・ヤマトが、その遺伝子操作された力を利用され、守りたい者達を守りたいが為に、同胞と戦ってゆく他ないプロセスが、私の中で非常に興味が沸いた。
「千早お姉ちゃん、一気に十二話見ちゃったね↑」
「そんなにSEED好き?」
「むふふ、女の子でSEEDが嫌いな子なんていないわよ!」
私がSEEDを見ている隣で、765プロの仲間である双海姉妹が、そしてその後ろで事務仕事をしながら音無さんがそう声をかけてくる。
「つ、続き……」
「こ、こらこら千早。続きは家に帰ってからだ。ブルーレイ再生機器位あるだろ?」
「あ……」
昼頃から見ていた為、既に時刻は夕方の六時。休憩も挟みながらだったし、最初の一話を二回見た事もあり、少しだけ外は薄暗い。
「明日はオフだが、明後日は仕事だ。寝ずに一日で見切らないように。頼むぞ」
「は、はい……」
「ホントに気に入ったっぽいよ、兄ちゃん」
「亜美達も種好きだけどさ」
「ふふ、亜美真美よ。真のガノタは全てのガンダムを愛するべきなのじゃ……忘れるべからずじゃぞ」
『イエッサ↑!!』
プロデューサーと亜美真美がそう笑っている光景を、微笑みながら受け流し、貸して貰ったブルーレイをカバンに入れ、事務所を後にした。
29:
注意書きを追加いたします。
・キャラクターが個々に、それぞれの作品に対する評価及び心象を語っております。
なので中には見て頂いている人の気分を害する可能性がありますので、ご注意ください。
私としては、全てのガンダム作品を愛し、全てのキャラクターを愛しております。
ここで述べさせて頂く評価や心象は、キャラクターをイメージして描かれたものや、私自身のキャラクターに対する想いなど、様々な評価が織り交ざっておりますので、苦手な方はこの先を見ない方がいいかもしれません。
では、以上の点を考慮した上で、続きをお楽しみ頂ければ幸いです。
30:
「……千早。俺、昨日お前になんて言ったかな?」
「……明日はオフだが、明後日は仕事だ。寝ずに一日で見切らないように……と」
「そうだな。……で?」
「すみません、つい……」
「寝ずに見切って、その熱が冷めないうちに、俺の所に返しに来たと。バカなの?」
「すみません……」
昨夜から、あまりに熱中し過ぎて、今日の昼の十五時まで、ずっとSEEDを見てしまった。
見て無かったのは、トイレとお風呂に行ってる時くらいで、ご飯も全てコンビニ弁当で済ませてしまった。
温めている最中もずっとSEEDを流して、目を離して無かった。
「……まぁ、今日がオフで良かった。今度からアニメ貸す時は、小出しに貸す事にするから」
「そ、そんな殺生な!」
「貴音みたいな口調で言うんじゃありません! 当然だろ!?」
叱咤してくるプロデューサーが、溜息をつきながら、椅子に腰かけ――尋ねてくる。
「……で、どうだった? そこまで熱中するって事は、ハマってしまったか?」
「……あの、プロデューサーは、ガンダムが好きなんですよね」
「ああ、この世のどのアニメより大好きだ」
「では、少し嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないのですが……」
「いいよ。SEEDに関しては、もう慣れてる」
「すみません。
――最初はともかく、終盤のキラ達は、非常に幼稚だと思いました」
ハッキリと、私の気持ちを述べる。
するとプロデューサーは怒るでもなく、逆に「ほう」と関心を持つように、私に視線を寄こす。
「それは、どういった部分がだ?」
「最後、キラとアスランは、戦争を終わらせるために様々な陣営の人々と協力し、戦う事を決めました。それは、いい事だと思います。
――ですが、その願いを持つ彼らはあまりに幼すぎ、主張の仕方も幼稚と言えます」
「それは、ただ力で介入し、戦争をやめるように呼び掛けることが?」
「……明日はオフだが、明後日は仕事だ。寝ずに一日で見切らないように……と」
「そうだな。……で?」
「すみません、つい……」
「寝ずに見切って、その熱が冷めないうちに、俺の所に返しに来たと。バカなの?」
「すみません……」
昨夜から、あまりに熱中し過ぎて、今日の昼の十五時まで、ずっとSEEDを見てしまった。
見て無かったのは、トイレとお風呂に行ってる時くらいで、ご飯も全てコンビニ弁当で済ませてしまった。
温めている最中もずっとSEEDを流して、目を離して無かった。
「……まぁ、今日がオフで良かった。今度からアニメ貸す時は、小出しに貸す事にするから」
「そ、そんな殺生な!」
「貴音みたいな口調で言うんじゃありません! 当然だろ!?」
叱咤してくるプロデューサーが、溜息をつきながら、椅子に腰かけ――尋ねてくる。
「……で、どうだった? そこまで熱中するって事は、ハマってしまったか?」
「……あの、プロデューサーは、ガンダムが好きなんですよね」
「ああ、この世のどのアニメより大好きだ」
「では、少し嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないのですが……」
「いいよ。SEEDに関しては、もう慣れてる」
「すみません。
――最初はともかく、終盤のキラ達は、非常に幼稚だと思いました」
ハッキリと、私の気持ちを述べる。
するとプロデューサーは怒るでもなく、逆に「ほう」と関心を持つように、私に視線を寄こす。
「それは、どういった部分がだ?」
「最後、キラとアスランは、戦争を終わらせるために様々な陣営の人々と協力し、戦う事を決めました。それは、いい事だと思います。
――ですが、その願いを持つ彼らはあまりに幼すぎ、主張の仕方も幼稚と言えます」
「それは、ただ力で介入し、戦争をやめるように呼び掛けることが?」
31:
「そう、ですね。あれだけの組織力を持つのならば、もう少し理性的なやり方が、あるはずだったのではないでしょうか?
力の無いテ口リストならばともかく、軍事力も政治的影響力も持つラクスが味方に居る状況で、キラ達が出した答えはあくまで『戦う事』でした」
「それは、仕方の無い事なんじゃないか?
キラやアスランだってまだ子供だし、何よりあの世界は『ナチュラルとコーディネイター、どちらかが滅びるまで戦う事を決意した、指導者同士』の争いだった。
千早の言う通り、平和的解決のみに思考を置いていたら、クルーゼが望む世界が誕生していただろう」
「ええ。ですから結果として、キラ達は正しかったのだろうと思います。ですが、ならばこそ、キラにはクルーゼやアズラエル、そしてアスランはパトリック・ザラの言葉に、理性的な言葉で反論を述べて欲しかったです。
最後まで、キラ達は感情論や結果論だけで、物を言うだけでした。そこだけが、心残りです」
「ふむ……」
顎に手を当て、私の言葉を整理しているようだ。
――かくいう私も、今の言葉こそ本心だが、これは心からすぐに出てしまった論だ。
少し感情が混ざれば、すぐに暴論となってしまう恐れすらあった。
だが――普段ならば、抑制が効く感情を、抑えるのが難しい。
まるで、歌っている時のように。
それが――ガンダムの魅力だと、言えなくもないのだろう。
「俺も、概ね千早と同じ考えだ。最終的には正しかったかもしれないが、間違えだった所もある。
キラ達が幼稚な部分はあれど、あれで物語りとして良い物であったから、俺はあれで納得している」
「私もです。一部設定に無理がありますし、あまりに大人達が感情的過ぎる世界ではありますが、ならばこその魅力があります」
「そんな千早が、一番好きなシーンは、どこだった?」
「はい、私は――」
そこでふと、プロデューサーの目が視線に入った。
彼の目は、何時も音楽を語る私に「この曲はどうだ?」と問いかける、仕事中の目だった。
だが私は、怯えず、ただ自分の心に残るシーンを、述べる。
32:
「――フリーダムが、アークエンジェルを助けに来たシーンです」
アラスカで、瀕氏状態となったアークエンジェルの前に間一髪のタイミングで現れ、その蒼い翼を広げて舞う姿――
その姿に、私は心惹かれていたのだ。
「そうだと思った。正直に言うと、俺は千早にあのシーンを見せるためだけに、SEEDを見せたんだ。
思いのほか、ハマってくれたみたいだけどな」
「あのシーンを……?」
「仕事だ千早。今度ガンプラを作って、その作った機体を操縦するゲームのプロモーションイベントがある」
「作って、操縦をする……?」
ガンプラとは、ガンダムのプラモデルの事だろうか? それを操縦するとは?
「せっかくのオフで悪いが、ついてきてくれ」
プロデューサーが、私の頭に帽子をかぶせ、車のキィを持って事務所を出る。
38:
たどり着いたのは一つの模型店。その模型店に入ると、その中には――
「んー、やっぱりボクはゴッドよりシャイニングの方が好きかなぁ……乗り換えのシーンは涙無しには見れなかったし!」
「え↑でもGガンだったらマスターじゃん? まぁ、真美はエールストライクが好きなんだけどね↑」
「うぅ……ガンダムっていっぱいあるから、どれがいいかって、わかんないなー……」
「真に真美に、高槻さん?」
765プロの仲間であり、同じくAランクアイドルとして活動する三人だ。
元気いっぱいで男らしくも、乙女を目指すイケメンアイドル、菊池真。
双子の妹である亜美には竜宮小町で先を越されてしまっていたが、今では姉妹揃ってトップアイドルの小悪魔娘、双海真美。
家族の為、家計の為、何時も元気に可愛らしく頑張る庶民派アイドルとして名高い、高槻やよい。
真美を除く二人が、それぞれガンプラコーナーでしかめっ面をしている。
「あ、千早お姉ちゃん!」
「どうしたの、三人揃って」
「あれ、千早お姉ちゃん、兄ちゃんから聞いてないんだ」
真美の視線が、プロデューサーに向く。
「今回の仕事は765プロ全員での仕事だよ」
「そうだったんですね」
だが、だとしてもまだ分からない事だらけだ。なぜ、模型店なんかに連れて来られ、しかもそこにアイドルが三人そろってガンプラを?
「まぁ、百聞は一見に如かず。真はシャイニングで、真美はエールストライクだな?」
プロデューサーが、お店の方に声をかけた。
「小鳥さんが作った奴、飾ってある?」
「ああ、あの緑の姉ちゃんが作ったのね。あそこのケースだよ」
指差した前――そこには、様々なポーズを決めている、多種多様のガンダムが飾ってあった。
その中には、私が好きなフリーダムガンダムの姿もある。
39:
「千早はフリーダムでいいか?」
「あ、はい……って、え?」
プロデューサーは、ケースの中にあるプラモデルをいくつか取り出した。
その中にある一つ、フリーダムガンダムを私に手渡すと、真と真美に、一つずつプラモデルを手渡した。
「真美のはストライク、よね」
「そだよ! かっくいーっしょ!?」
「ふふ、そうね。――真は、それ何の機体なの?」
「へへ、シャイニングガンダム! 機動武闘伝Gガンダムの主人公機だよ!」
「格闘技を使うガンダム……ちょっと、興味深いわね」
「SEEDとは違う熱さがあるからね! 千早も見てみると良いよ!」
「やよいは、何にしようか。一番上も見れるようにするか――っと」
プロデューサーが、高槻さんを抱きかかえて一番上の棚に飾ってあるガンプラを見せた。
「えっと……えーっと……」
色々と見ている途中、高槻さんはハッと何かを感じ取ったかのように表情を変え、背部に何やら大きなバックパックを背負った一つのガンダムを指差した。
「これ、これカッコイイですー!」
「お、ガンダムXか。やよいはガノタの才能あるなぁ」
高槻さんを下したプロデューサーが、彼女の頭を撫でながら、その指差された機体――ガンダムXと呼ばれたプラモを手に取り、手渡す。
「さて、じゃあこれからお前らに――
戦争をしてもらいます」
40:
パイロットスーツを身にまとい、私はアニメの中だけの世界と思っていた、コックピットに腰を下す。
車の助手席とは違ったゴツゴツとしたシートに座り、緑色のハロの口中に、フリーダムガンダムを入れて、口を閉じさせた。
すると、すぐにコックピットが映像を映し出し、目の前がカタパルトになっている事を示唆した。
目の前にジャスティスガンダムが見えることから、ここはエターナルのカタパルトであろう事が読み取れる。
『よーし千早。お前が一番乗りだな』
「あの、もう一度状況とルールを説明して貰っても……」
『うー、私もちょっと、お願いしていいですか?』
私の声に、高槻さんからも同意を貰う。
私と高槻さんは同じチームに分類されている為、こうしてインカムでの通話も可能だ。
『オーケー。今回皆に来た仕事は、バンナムさんからの、実際にモビルスーツのプラモデルを操縦して戦う、シミュレーションゲームのプロモーションだ。これは分かるな』
私と高槻さんが『はい』と言葉を合わせる。
『今回は実際に経験してもらうって言う理由で、音無さんが作ったガンプラに搭乗してもらった。本番では自分たちで作ったプラモに乗って貰うからな』
そこで一旦区切って咳払いするプロデューサー。
『で、戦闘のルールだが、簡単だ。自分の味方以外の機体を全部倒せばいい。
そうすれば自軍の勝利。逆に全員やられれば、敵軍の勝利となる。
まぁ、かなり高性能なアクションシミュレーションゲームだ』
「細かいルールなどは? 操縦など」
『その辺はまだ調整中な部分もあるが、それほど気にしなくていい。
アニメのような複雑な操縦も、自分の力で出来なくはないが、大抵はコンピュータがしてくれる。
直感的に操縦すれば、大抵どんな動きも勝手にやってくれるさ。やよい、大丈夫か?』
『うー、大丈夫じゃないかも……』
『簡単だ。がーっと真美や真に向かって、ばばばーって倒せばいい。開始地点は双方とも遠いから、最初は慣らし運転をすればいいさ。千早もな』
「はい」
『は、はい! そう聞けば簡単に聞こえるかもっ!』
『よし、じゃあ――行って来い!』
41:
プロデューサーがそう言うと、画面に『一番機が発進します』と表示が出る。
一番機は、高槻さんのガンダムXの事だろう。
『え、えっと……高槻やよい! ガンダムエックス、いきまーすっ!! ――あわわわわわーっ!!』
元気よく言い放つと、高槻さんの機体が横を通り過ぎていく映像が見えた。
それと同時に、彼女の絶叫も。最近のゲーム機は凄いんだな……。
そう感心していると、画面が切り替わって『二番機、発進してください』という表示が。
『おし、やよいを頼んだぞ千早』
「はい。如月千早、フリーダム――行きます!」
脚部に取り付けられたカタパルトが動き出す感覚。
急に機体が前進し始めた――感覚に襲われ、先ほどの高槻さんの叫び声に関して「なるほど」と思ってしまう。
顎を引いて、その感覚を受け流していると、今度はカタパルトから脚部が離され、空中に浮遊している感覚になる
――いや、実際にガンダムに乗っていれば、浮遊しているのだろう。
目の前は真空の海。つまり――宇宙だ。
無重力の法則に従い、前方に向けて凄まじいスピードで前進していく自機と、高槻さんの機体。
私はすぐに色々、操縦桿やフットペダルを適当に動かしたり踏み込んだりして、何とかその場に滞宙する。
「高槻さん落ち着いて! 足元のフットレバーを、軽く踏み込んでみて」
『は、はいですーっ!』
高槻さんが、私の指示通りにしたのか、脚部スラスターが短く二回吹かされ、その場で留まり始めた。
彼女の機体に追いつき、画面を確認する。
「じゃあ最初は、操縦の仕方を覚えましょう。左右操縦桿に取り付けられたトリガーは武装みたいだから、これは敵に向けて使うのね」
『あれ、千早さん。私のレバー、何か千早さんのと違います!』
42:
高槻さんのコックピット内と、私のコックピット内が映し出され、その内容を照らし合わせる。
――確かに。私の操縦桿は女の子でも簡単に掴めそうな小さな物に対し、高槻さんの操縦桿は、何と言うか、無骨だった。
おそらく親指を乗せておく部分であろう所に赤い突起。
「高槻さん、それを押してみてくれる?」
『あ、はい!』
カチッと音を鳴らしながら押される赤いスイッチ――だが、何にも変化はない。
『やよい。それは一定の条件下じゃないと使えないんだ。後でやよいだけに使い方を教えるから、とりあえずそれ無しで戦ってくれ』
プロデューサーの声が聞こえる。つまり、一つ武装や機能を制限された状態で、高槻さんは戦わなければならないという事ではないか。
『安心しろ、GXはサテライトキャノンが無くても、十分高性能機体だ。同じ素人相手なら、全然やり様はあるさ』
そう慰められ、高槻さんは『はい、頑張りますっ!』と元気に返した。
「じゃあ、一通り機能を確認したら、真と真美を――」
そう、仕切り直そうとした瞬間だった。
ピピピッ! と警告音が鳴り響いて、私は画面を注視する。
一機の機体が、凄いスピードでこちらに近づいて居る。だが――その動きは、何やらトリッキーだ。
「何……?」
確認する為に、そちらの方向を向くと、メインカメラがそれを完璧に捕えた。
脚部のスラスターと背部ブースターを使いながら、宇宙空間を四方八方、やたらめったらな動きで飛び回る、シャイニングガンダムの姿を見て、私は「真!?」と驚愕を隠せない。
この短時間の間に、真は操縦方法をマスターして、こちらに向かってきたというの!?
43:
千早とやよいが、うろたえているのが、機体越しでもハッキリと見てとれる。
だが事はそれほど難しい事では無い。
さすがに劇中のように、無線でトレースをしているわけでは無いが、ボク――菊地真の乗っているコックピットは皆とは違い【モビルトレースシステム】が使用されている。
Gガンダム機体用に用意された、このパイロットスーツは、全身に管が張り巡らされており、それらがコックピットと繋がっている。
ボクが、脚部を前に大きく動かせば、機体もその通りに前進してくれるし、ボクが強く、拳を前に出せば、その通り拳を突き上げる。
「これだよこれ! これがボクの求めた、シャイニングガンダム!」
グッと構えた後、前進を開始する。とは言っても、宇宙空間で走る事は出来ないから、走れば走るほど、脚部スラスターや背部のブースターが点火され、その分加速していく。
既に、目の前に捕えた二人は、武装の使い方すらままなっていないだろう。
「ごめんね千早、やよい。でもこれは――真剣勝負だから!」
一気に、フリーダムの懐まで入りこみ、強く拳を振り切ると、千早は慌てて展開したのか、ビームサーベルで拳を受け止める。
『っ――真!』
「やるね千早――でも!」
受け止められた拳を横薙ぎし、その勢いに乗ったまま、右足の膝でフリーダムに強く撃ち込む。
フリーダムは、隣に居たGXを突き飛ばすと、そのまま蹴られた衝撃で遠くまで行くが――今度は、ビームライフルの銃口をこちらに向けた。
「ヘタに長く時間をかけると、操縦方法を割り出される……今は、ボクはボクの利点を生かす!」
44:
ビームライフルの銃口を見据え、引き金に指をかけたタイミングを見計らって射線上から抜け出すと同時に「バァアルカンッ!」と強く叫ぶ。
頭部に搭載されたバルカンを打ち込むと、千早のフリーダムに着弾する――が、SEEDのガンダムタイプには、物理攻撃を相転移する【フェイズシフト装甲】が搭載されている事を思い出し、今度はサイドアーマーのサーベルを抜き放つ。
「はぁぁああ!!」
強くそれを振り下ろすが、千早のフリーダムもそれに続きサーベルで攻撃を受け流し、回避する。
『もう、武装変更はどうやるのよ……!』
接触回線で、千早の焦る声が手に取る様に分かる。ヘタにリアリティあるゲームだから、武装変更も少し面倒なのだろう。その点、トレースシステムは直感的に操作できる。これが、今ボクにある唯一の利点。
「貰ったよ、千早!」
その隙に、ボクは拳に力を入れる。すると、拳が熱くなる感覚に見舞われるが――ボクは、それが何かを既に悟っていた。
「ボクのこの手が光って唸る! 二人を倒せと、輝き叫ぶ!!」
シャイニングの右手が、綺麗に山吹色に光り始める。
太陽の光――と言うと【ジョジョの奇妙な冒険】の波紋のように思えてしまうだろうが、シャイニングフィンガーも、似たようなものだろう。
「必――殺っ!! シャイニング、フィンガーっ!!」
45:
フリーダムの頭部を、シャイニングフィンガーで掴むと、そのまま力強く握りつぶす。
『く……っ!』
「トドメだ、ちは――っ!」
左方向から衝撃。シャイニングフィンガーもキャンセルされ、フリーダムのダメージはあくまで頭部のみ。
これがガンダムファイトなら、頭部を破壊されれば失格だが、今は違う。
「やよいか!」
やよいが、こちらに狙いを定めて、右手にビームライフルを掴んでいた。左手にはビームサーベル。既に、やり方を理解しているようだ。
『ま、負けませんっ!』
「そうかい。来い、やよい!」
やよいのGXが、スラスターを吹かして接近する。そしてそれと同時にサーベルを踏み込んでくるが、そこはやよいだ。
それほどキレのいい動きでもなければ、驚異のある攻撃があるわけでもない。
ヒラリと避け、GXの足をかける。宇宙空間でくるくると回転して彼方へと吹っ飛んでいくGXをクスリと笑いながら、あれは脅威になるまいと千早のフリーダムへ視線を寄こすが――そこには既に、何もない。
46:
「どこに!」
周りを見渡すと、何時の間にやら距離を取っていたフリーダムが、背部の翼をはためかせ、こちらに接近していた。
「早い!」
フリーダムはさすがに高機動性に優れているだけはある。
こちらも反応するだけがやっとのスピードで、サーベルを振り切って来た、と思いきや、今度は後ろを取り、腰部のレールガンを放ってくる。
「くっ! ――短時間で操縦方法を、理解したんだね!」
『高槻さんがやり方を、教えてくれたのよ!』
背部の羽を畳んで、背中のビーム砲が二つ、こちらを向いた。あれの直撃を受けるとマズイと、スラスターを吹かして距離を取ると、遅れてやってきた真美と合流する。
『ごめんねマコちん! 遅れちったよ↑』
「うん、大丈夫。ただ、ボクの機体だと、フリーダムに向かないんだ。先にやよいを倒したいんだけど、千早をお願いして良い?」
『え!? フリーダム相手にストライクで相手しろっての!?』
「お願い。やよいはそれほど能力が高い方では無いから、先にやよいを叩きたいんだ!」
なまじ、Xには出力の高いビームライフルと、大型のサーベルがあることがネックだ。
これがもしストライクと同等程度の威力ならば、真美にやよいを任せてボクがフリーダムをけん制しても良いのだが、今回は操縦がし易いボクが動いた方が賢明だろう。
『わ、分かったけど……なるたけ早く帰ってきてね!』
「分かってる――全力で走る!」
フリーダムとは逆方向に、シャイニングガンダムが走り出す。それと同時に、真美がビームライフルを構えて牽制する。
その瞬間、真美と千早の戦いが開始された。
47:
真美が、ビールライフルの砲身をフリーダムに向けると、それをシールドで防ぎながら、私のフリーダムはサーベルを二本接続した。
真ん中が柄となり、両方ともが光刃と早変わりした瞬間、背部の羽を舞わせながら、接近する。
その接近を許してしまった事によって、真美は出遅れる。
だが、すぐさま武装切り替えでサーベルを選択し、フリーダムのサーベルと合わせて振る様に引き金を引いたのは、真美のパイロット能力が高い事を証明しているだろう。
まさか受けられると思っていなかった私が少しだけ狼狽すると、真美から接触回線で『チャーンスだよぉ!』と聞こえた。
背部のサーベルをもう一本掴んだストライクが、既に掴んでいたサーベルと同時に、二本を振り下ろした。
一本は避けるが、もう一本がフリーダムの右腕部を切り裂いた。
すぐさまストライクと距離を取りながら、羽部のビーム砲を二門、撃ち放つが、真美はもう慣れたように『アマアマだよ、千早お姉ちゃん!』と笑いながら、それを避ける。
サーベルの一本を逆手持ちしながら、速度も覚束ないフリーダムに接近するストライク。
引き金を引き、今にもその光刃がフリーダムを貫こうとした瞬間――
真っ白な光りが、私と真美を包んだ。
瞬間、ゲーム終了のSEが流れ、私と真美は唖然としていた。
48:
何が起こったのだろう。そう思いながらも『筺体から出てください』の字しか、画面には表示されていない。
「千早、お疲れさん」
筺体が開かれ、プロデューサーが私のかぶったヘルメットを取り外した。
「あの……戦いは?」
「お前とやよいのチームが勝った。映像、見るか?」
頷くと、プロデューサーが外に出るよう促してくれる。未だ震える足で立ち上がり、筺体から出ると、筺体の前にあったモニターに、既に真美と真と高槻さんが。
「千早さん、ごめんなさい!!」
「た、高槻さん?」
高槻さんが、私を見るや否や、頭を下げて謝罪をしてきた。
「あのー、千早さんを巻き込んじゃったみたいで……」
「どういう事?」
「この映像見て貰えばわかるよ」
ピッチピチのスーツを着込んだ真が、苦笑しながらモニター画面を指差した。
勝負が決する直前の映像を流しているみたいで、そこには高槻さんのガンダムXに接近するシャイニングガンダムの姿。
既に、その掌は輝いている。私のフリーダム、その頭部を破壊した技を発動している最中なのだろうが、その時だった。
ガンダムXが展開している、背部の大型砲塔から放たれた――ビーム砲によって、シャイニングガンダムが蒸発して消えた。
その射線上に――私と真美の二機があったようで、それに巻き込まれて二人とも撃墜されたらしい。
「うぅ……千早さんまで一緒に撃っちゃったみたいです……」
「そう言う事だったのね」
49:
クスクスと笑いながら「大丈夫よ」と彼女を励ます。
「高槻さんのおかげで、私も勝てたのだから。私はあのままだったら撃墜されていたわ」
「うあうあ↑! もう真美の良い所ないじゃんっ!」
「私を撃墜寸前まで追い込んでおいて、何言ってるのよ」
「でも、千早お姉ちゃんサブカメだけで戦ってたんじゃん?」
「まぁ……そうね」
フリーダムのメインカメラがシャイニングガンダムの攻撃で壊れてしまっていたので、画面横に映るサブカメラでタイミングを見て、サーベルでの防御や射撃のタイミングを図っていた。
それも、それほど補正の無い状態だ。正直、真のシャイニングと戦っても、あのまま真美と戦っていたとしても、すぐにやられていただろう。
「悔しい……兄ちゃん、このゲームもっかい!」
「ハマってくれたようで何よりだが、それは今度の仕事までお預けだな」
プロデューサーが、そう言って私達に一本ずつ、ミネラルウォーターを差し出してくる。
パイロットスーツの中は汗だくだ。早くシャワーを浴びたい所だった。
「じゃあ、着替えて売り場まで集合な。……真、気付かなかった俺も悪いけど、ちゃんとパッド付けないと。乳首、浮いてるぞ」
「っ……!!」
慌てて真から視線を外したプロデューサーと、顔を真っ赤にした真。真は、その拳を思いきり振り切って、プロデューサーに叩きこんだ。
その動きは、ゲームでのシャイニングガンダムと全く同じだった。
50:
「まだ背中が痛い……!」
「せめて見て見ぬふりをしてあげれば良かったじゃないですか」
「いや、仕事でもシャイニング使うとしたら、またトレースシステムスーツ着る事になるだろ?
その時にまた同じミスしないようにっていう、俺の気遣いでなぁ……」
先に更衣室から出た私と高槻さんと真美だったが、真だけ遅れている。
私たちはパイロットスーツを脱げばすぐに私服が出てくるが、真のパイロットスーツだけは特別で、地肌に直接着込むタイプの物だったようだ。
「神経の動きを機械が読み取る形になるんだ。直感的な操縦が出来るから、動きが機敏な真にはピッタリなシステムだな」
「その分着替えは面倒ですけどね……お待たせしました」
真が更衣室から出て、ミネラルウォーターを飲みながらこちらへ。
「よし、じゃあ続いて仕事の話な。今さっきまで、お前らがプロモーションするゲームを経験してもらったが、どうだった?」
「めっちゃ楽しかったよね、やよいっち!」
「うんっ! ちょっと迷ったけど、操縦できるようになるとすっごく楽しかったですー!」
「そうだろそうだろ。実は俺も春香と試運転で戦ってるんだが……いや、男の夢を実現した、良いゲームだよ」
そこで一旦言葉を区切り「どこまで説明したかな」と一瞬思考をするプロデューサー。
「そうそう。今日は音無さんが趣味で作ったガンプラを使用して、皆に操縦してもらったけど、話題性を上げるために、今回はアイドル自身でプラモを作って貰う事になった」
「あ、それ亜美から聞いたよ! 亜美はフォースインパルスにするって!」
フォースインパルス――聞いたことないけど、SEEDの機体みたいな名前だ、と私は思っていた。
「で、これから皆に自分が操縦する事になる機体を選んでもらう。全部経費で落とすから、選んで俺に渡してくれ」
「へへ、じゃあボクはさっきと同じでシャイニング!」
「真美も同じストライク!」
真と真美だけは、すぐにシャイニングとストライクに向かって行くが、高槻さんだけが「うーん」と考えていた。
51:
「どうしたの、高槻さん」
「うー……ガンダムエックスはカッコよかったけど……今日千早さんまで一緒にビームでドカーンッてしちゃったし……変えた方が良いのかな……って」
高槻さんは、優しい子だ。人の迷惑になると思えば、自分の好きな物でも否定するのだろう。だが――
「そんな事無いわ。高槻さんがいなければ、今日私は負けて、真美のように悔しがっていたはずよ」
「千早は負けず嫌いだからな」
「ふふ。ええ」
プロデューサーの言葉に、クスクスと笑いながら同意する。
「結果私まで巻き込んでしまった事は事実だけれど、それは迷惑などでは無かった。だから、高槻さんがガンダムXを気に入ったのならば、それを使っても問題無いわ」
その言葉に、高槻さんは少しだけ悩むようにしたが、すぐに笑顔になって、元気よく「はいっ」と返事をしてくれた。
「私、ガンダムエックスで頑張ってみます! それで、次は皆さんに迷惑かけないようにしますね!」
「そう、それでいいのよ」
彼女の笑顔が戻ってよかった。彼女はすぐに、ガンダムXのプラモデルを手にとって、プロデューサーに渡した。
「千早はどうする?」
「フリーダムが良いんですが……パッと見て、プラモデルの種類が多すぎませんか?」
「HG、MG、RG、種コレと出てる上に1/100キットもあるしな。だが今回のルールだと、フリーダムで使えるプラモは三種類だな。HG、RG、種コレだ」
「どこがどう違うのでしょう?」
「簡単に言うと、種コレが300円位の安い食玩みたいなオモチャ。HGが、コレクション性を高めた作り易いプラモデルで、平均的。RGがリアルにこだわりを持つ人が作るプラモって感じだな」
「では、RGで」
「あー、春香にも言ったが、RGは初心者には向かなくて……」
「ですが、RGでお願いします」
「ん……まぁ、千早ならそう言うと思ったんだけどさ。一応HGも買っておくよ」
プロデューサーが、私の代わりに二つのプラモデルを手に取ってくれる。HGとRGのフリーダムガンダムだ。
「よし、じゃあこれ会計して、事務所で作るか。千早」
「はい」
「覚悟しとけよ」
それだけ残すと、プロデューサーはレジへと向かって行った。
52:
「……千早ちゃん、作れる?」
「……じ、時間をかければ、何とか……?」
私の目の前には、RGフリーダムガンダムの組立説明書と、組立前のランナー(部品が取り外されていない状態の物)が。
それの量に絶句していると春香が「だよねだよね!?」と同意を求めてくる。どうやら、春香もRGを作ろうとして、彼女は挫折してしまったらしい。
「……でも、時間をかければ、作れるわ。多分」
「大丈夫そうか?」
尋ねてくるプロデューサーに、私は頷く。
彼は小さく溜息をついて、HGフリーダムを手に持っていた。
「本当ならHGで試させるつもりだったが……ま、千早ならそう言うと思ってた」
「でも良いの? 今回のゲームは工作精度をグラフにされるみたいだよ?」
「ええ、聞いてるわ」
帰りの車で、プロデューサーにそれとなく伝えられ、私はそれでも、RGを作る事を決めていた。
正直――目の前に置かれているランナーの枚数を見て、少しだけ挫折しそうなのは本当の事だ。
何せ、目の前で同じくランナーを広げている真美のストライクから、約二倍程の枚数がある。
「……それでも私は、自分の気持ちに正直でいたい。RGのフリーダムを作って、自分で納得できる物にしたい」
初めての作品だ。歪になったり、もしかしたら失敗して壊してしまうかもしれない。
それでも――
「やる前から諦めたくない。私は、このフリーダムと、勝ちたい」
私の想いを説くと、春香とプロデューサーが「そうか」と納得したように頷いた。
「なら早速取りかかろう。春香と一緒に、俺が教えてやるさ」
「はい」
プロデューサーから与えられるニッパーを持って、私は彼に向けて微笑んだ。
「よろしくお願いしますね、プロデューサー」
千早編 第一部・完
53:
都内某所。その大通りの道から一本外れた道を、私――萩原雪歩は歩いていた。
「うぅ、ちょっと間に合わないかも……」
少しだけ小走りになりながらも、私は変装用の帽子を深くかぶり直しながら、伊達メガネを整えた。
目の前から、成人男性らしき人が二人、談笑しながら近づいてくる。私の正体には気付くことなく、すれ違って行く。その姿を端目に、私はホッと息をついた。
「わんっ」
ビクッと震えながら振り返ると、小さなチワワが、私の後ろで尻尾を振りながら息を荒くしていた。
「い、犬……!?」
硬直する体、その犬の首に繋いである散歩用のワイヤーを引っ張るオバさんが「ごめんなさいね」と小さく謝りながら、チワワを抱きかかえて去っていく。
「……こ、怖かったです……!」
震える足で、前に一歩踏みだすと、誰かにぶつかる感覚。
「あ、ごめんなさ――っ!」
黒いスーツ、そして私より頭二個半分大きい体をした男性――男性!?
「お、男の人ぉ!?」
慌てて後ろに二歩三歩下がると、男の人が「おいおい!」と声を荒げた。
「俺だよ雪歩!」
「ぷ――プロデューサー……?」
54:
私、萩原雪歩が所属する芸能プロダクション・765プロにて、私達十二人のアイドルを一気に面倒見ている、プロデューサーが私の前に立っていた。
「今日は少し遅れたな。どうかしたのか?」
「あの……来る前にちょっと、お買い物してたんですけど……ファンの方に見つかっちゃって……」
「あー、それは不注意だな。今後気を付けてくれ」
「はい……ごめんなさい、です」
「まぁいいや。買い物って、またお茶か?」
「あ、お茶もその前に買ったんですけど……笑いませんか?」
「笑わないよ。どうした?」
カバンの中から、一つのケースを取り出した。それは買ったばかりで、まだ包装が施されている。
「それ――ユニコーンのアニメ最終巻か?」
「あ、はい。プロデューサー知ってるんですか?」
「知ってるも何も発売日に買ったさ」
機動戦士ガンダムUC。
トゥエルブY・O、亡国のイージス、終戦のローレライ、小説版∀ガンダム等の著者として有名な福井晴敏先生が、ガンダムエースで連載していた、ガンダム作品の一つ。
アニメのガンダムから逆襲のシャアまでの流れを組み、緻密な戦闘描写と濃厚な人間模様を描写した事で、多くのファンを獲得した小説作品を映像化したアニメ作品だ。
「まだ見てないのか、勿体ない。ネタばれしちゃうぞ? いいのか? いいのか?」
「だ、ダメですぅ! せっかく時間を見つけて買ってこれたのに!」
「はは、ゴメンゴメン。冗談だよ」
私の頭を撫でるプロデューサーと、少しだけビクビクしながらも、その感触を嬉しんでいる私。
男の人だけは苦手だけど――なぜか、プロデューサーにだけは、多少は平気なようで。
55:
「でも意外だったな、雪歩がユニコーンが好きだったなんて。どっちかって言うとSEEDやOOのイメージだった」
「実は亡国のイージスから、福井さんのファンで」
男性恐怖症を克服する為に、男らしい映画を見続けた時に、実写版の【亡国のイージス】を視聴し、そのまま著書を読んだのだ。
残酷な描写はあれど、人間の美しい姿を描く作品模様が、私を楽しませてくれた。
「プロデューサーも、ユニコーンが好きなんですか?」
「俺は、どっちかって言うとガンダム全般が好きだな。もちろんイージスとローレライも読んでるぞ」
「へぇ!」
こんな共通点があるなんて思っていなくて、凄く嬉しい気分になる。
自分が好きな作品を、他の人が同じく好きと言ってくれる温かな気持ちは、何時だって新鮮な物だ。
「そうだな、そんな雪歩におススメな仕事が入ったぞ」
「は、はいっ!?」
急に声色を変えられて、私はハッと意識を正した。この声は、何時も私に仕事の説明をするプロデューサーのそれだった。
「雪歩、ガンプラを作った事はあるか?」
「ガンプラ……ですか?」
ガンプラとは、アレの事だろうか?
「ガンダムのプラモデル、の事ですよね?」
「そうだ」
「な、ないですね……お父さんとお弟子さんが、何度か作ってるのを見たことがある程度で」
それに私も、ガンダム作品はファーストからUCまでの時間軸しか見ていない。
宇宙世紀の流れとして他のOVA作品なども見てはいるが、所謂アナザー系とユニコーン以降の歴史の作品には手を出していない。
その事を伝えると「そうか……F91お勧めだぞ」とさり気無く布教をしてくるプロデューサーの会話を聞き流しながらも、彼が続ける。
「まぁ簡単に言うと、ガンプラを作って操縦するゲームの、プロモーションに選ばれたんだ」
「えっと、全然簡単じゃないです……」
「まぁ、この台詞も何度言ったか分からんが、百聞は一見に如かず。まずはついてきてくれるか?」
ポケットの中から、社用車の鍵を取り出して、駐車場の車を開けたプロデューサー。
車の助手席に座り、プロデューサーの運転でどこかへと向かって行った。
56:
「どこに行くんですか?」
「プラモ屋」
えっ、と驚く暇も無い内にたどり着いたのは、寂びれた小さなプラモデル屋。
駅からソレ程離れた場所ではないので、立地的には良い位置だとは思うのだが――いかんせん、お客と言うお客が見えない所が難点だろう。
「まぁ、プラモ屋なんて昨今儲からないよ」
車を、その小さな駐車場に置くと、プロデューサーがドアを開けて「行くぞ」と顎で指してくる。
「わぁ……」
中では、戦闘機や戦車、中にはモデルガンなどのオモチャが並んでいる。
その中に、一際目立つコーナーがあった。言わずとも、ガンプラコーナーだ。
「ほら雪歩見ろよ、バンシィのMGあるぜ」
「あ、これお弟子さんが作ってました!」
マリーダさんが、そしてリディさんが搭乗して、幾度もユニコーンを追い詰めた、ユニコーンタイプの二号機。
そのプラモデルのパッケージに「わぁ」と、少しだけ心奪われていた。
「プラモデルを作って、操縦する、でしたっけ?」
「そうそう。雪歩はどのモビルスーツが好きだ? ――あ、ガンダムタイプに限定してな」
「ならユニコーンです! 私、アニメの一話で、デストロイモードに変形するシーンで、思わず泣いちゃったんです」
「あれな……俺も作画技術の向上と、演出の作りこみに泣きまくったよ。ガンダムで泣いたのはステラが氏ぬシーン以来だよ」
しばらくそうして話していると、再び扉が開く音がした。
「あれ、ハニーと雪歩なの!」
「ほう……これがぷらもでる屋なのですね。真、興味深いものです」
「ガンプラなんて兄貴が作ってるのを見てた時以来だぞ!」
金髪のロングヘアと端麗な顔立ち、そして抜群のプロモーションを持つ、女の子――星井美希ちゃん。
銀色の、少しだけウェーブがかった長い髪と高い背が印象強い女性――四条貴音さん。
長い黒髪を後ろでまとめたポニーテールと、小柄の割に発育の良い体をした女の子――我那覇響ちゃん。
三人とも、私の所属する765プロダクションに所属するアイドルで、全員が既にトップアイドルの名を我がものとするAランクアイドルだ。
三人が、このお店に入ってきて、美希ちゃんはそのまま一直線にプロデューサーの元へ。
57:
「ねぇねぇハニィ! 雪歩と何してたの? デート? ズルイの!」
「違うよ。それよりお前らはどうしてここに?」
「律子、さんに連れて来て貰ったの! 次のお仕事だからって!」
少しだけ遅れて、スーツ姿の女性が来店する。元アイドルで現プロデューサーの、秋月律子さんだ。
「おう、ベストタイミングだな律子。丁度良い」
「あ、やっぱりプロデューサーでしたか、あの社用車。――丁度良いって?」
「いや、とりあえずそれは置いといて……雪歩はユニコーンが良いんだよな?」
「あ、はい」
律子さんとの会話を程ほどに終わらせたプロデューサーが、私にそう尋ねると、私は条件反射で答えてしまう。
「美希、貴音、響。これからお前らにガンプラを選んで貰うんだが、どれがいいとかあるか?」
「さっき車の中で律子、さんにカタログ貰ったの!」
美希ちゃんが、カバンの中から物凄い厚さの冊子を取り出した。表紙にはファーストガンダムの3DCGが描かれ【ガンダム全集】と名付けられていた。
「私は【すたぁげいざぁがんだむ】を」
「あれ。てっきり貴音は∀かと思ったが」
「お髭のガンダムですね。運命的な物は感じましたが、私は、上を見る者が気になるのです」
会話をそこそこに、プロデューサーはガラスケースを淡々と開けて一つのプラモデルを取り出し、貴音さんに渡していた。
58:
「あ、あの、いいんですか……?」
「ん、ああ良いの良いの。雪歩はこれ二機な」
私に渡されたプラモデルは、ユニコーンガンダムのユニコーンモードと、デストロイモードの二つだった。
ちなみにデストロイモードのサイコフレームはクリアな赤色だ。少しだけ残念。虹色の方が好きだったりする。
「で、美希はどれにするんだ?」
「エクシアなの! エクレアみたいで可愛い名前なのに、いーっぱい剣持っててカッコイイの!」
「おし、じゃあ美希にはセブンソード渡しとくな」
美希ちゃんに渡されるのは、蒼い装甲と、各部に存在する剣が印象強いガンダムだ。
確かガンダムダブルオーに出てきたガンダムだと記憶しているが、見ていないので覚えていない。
「響は何にする? バーザムなら無いぞ」
「何でそうなるんだ! 自分はストライクノワールだぞ!」
「いや響にバーザム似合うかなと……ノワールな」
「嫌いじゃないけど目立たないぞバーザムは……自分目立ちたいぞ」
響ちゃんに渡されたのは、全体的に黒の塗装がなされたガンダムだ。あれは、姿も知らないガンダムだ。
「で、律子はEz-8だよな」
「ええ、好きですけど――ってプロデューサー!?」
律子さんにも有無を言わさずにプラモデルを押しつけたプロデューサーに、律子さんも困惑している。
ちなみにプロデューサーの手にも、一機のプラモが存在する。
「よし、じゃあ三対三で、勝負をするぞ!」
59:
身にまとうパイロットスーツは、ビスト財団のマークが入った白色のパイロットスーツだ。
バナージが着ていたタイプと同じで、中には多くの衝撃吸収材があるという。
「ある程度緩和させているとはいえ、NT-Dも再現しているって言うしな。それにプロモーション的に、ここまでやるのが筋ってもんだろ?」
そのパイロットスーツを用意したプロデューサーが、首元のファスナーを閉じてくれた。
少しだけ恥ずかしいが、プロデューサーにされるのならば平気と自分に言い聞かせ、その終わりを待った。
「はい、OK」
ヘルメットを渡してくるプロデューサーに連れられるのは、アニメ版ユニコーンガンダムのコックピットを完璧に再現したゲーム筺体だった。
既に操作方法や遊び方は、ある程度説明を受けていたので、筺体に乗り込んでいないのは、私とプロデューサー、そして律子さんだけだ。
「じゃあ雪歩は俺と律子のチームな。初めてで緊張すると思うけど、頑張れよ」
「は、はいですぅ……!」
少しだけ震える体を押さえつけ、筺体の奥にあるハロの口を開けた。
その中に二機のプラモデルを入れると、それを一体のプラモデルとして認識したようだ。
「あの、プロデューサー。なんで私まで……」
「だからプロモーションの前座で俺達が操縦するんだって。お前も慣れておいた方がいいぞ」
「うう……」
律子さんは、パイロットスーツというより前線兵と言えるような服装をしていた。
持っている機体は確か08小隊の主人公機だったはずだ。リアルさを売りにしている為、格好もその通りなのだろう。
60:
「まぁ大丈夫だよ。向こうも素人、こっちは俺が既に何度も試乗してる。こっちに分がある。だから頑張るぞ!」
「はいはい……」
諦めたように溜息を吐く律子さんと、嬉々とした表情で隣の筺体へと向かうプロデューサーを端目に、私はコックピットを見渡していた。
目の前にはタッチパネル式の操縦モニタと、二本の操縦桿。アニメでこのコックピットを見た時は、少し興奮してしまったのは内緒だ。
とはいっても、ユニコーンのアニメを見たことある人ならば、同じ感想を抱く人は多いと思うが。
『雪歩ー、大丈夫か?』
隣の筺体から、スピーカーに声が届く。マイクが接続されてる事を確認してから「はい、大丈夫です」と簡単に答え、シートに腰を付けた。
少しだけゴツゴツとした感触がしたが、それもすぐに慣れる。シート横のシートベルトを付けて、操縦桿に軽く触れる。
メインモニタが、轟々と燃え盛る炎の中の光景を映し出す。
これは――アニメ一話で、バナージが初めて搭乗した際の再現である事を確認し、グッと拳を握る。
『じゃあ、俺から先に出るな――ガンダムAGE-2・ダークハウンド、出る!』
『あんまり乗り気にはなれないけど……こうなったら仕事と思ってやるしかないわね。秋月律子、Ez-8、出るわよ!』
二人の声と共に、モニタに映る炎が一瞬だけ揺らいだ。多分、近くに二人の機体が居た事を示しているのだろう。
「……大丈夫、怖くない」
いつも、お仕事の前に呟く一言を、胸に手を置いて呟くと、私はバナージがそうしたように、操縦桿に手をおいて、グリップを握りしめる。
「ユニコーンガンダム、萩原雪歩――行きますぅ!」
足元のフットペダルを強く踏み込んで、機体を上昇させる。そして、その高出力スラスターはすぐに律子さんのEz-8に追いついて――
61:
出てきたのは、コロニー【インダストリアル7】を再現した街並みだろうか?
薄暗いコロニーの中、プロデューサーの機体が近づき、ユニコーンの肩に手を置いた。
『まずは操縦になれる事を考えろ。いくら美希達でも、すぐにこっちに来る事は無いさ』
「は、はいです」
とは言っても、最初に粗方説明を受けているので、操縦の仕方は何となくわかる。トリガー横のキィで武装選択をすれば、後はトリガーと演算装置が攻撃をしてくれる。問題は無い。
『プロデューサー、きます!』
『マジか、早い!』
律子さんの声が響く。それと同時に、コロニーの上空を舞う一つの機体が見える。
その姿は、プロデューサーのダークハウンドのように、黒く美しい。
『響か! 律子っ』
プロデューサーの声が届く前に、律子さんはその手に構える巨大な砲身を、漆黒の機体に向けていた。
発砲。轟音を響かせながら放たれた砲弾が、正確にその機体を撃つ抜く――
と思われたが、機体を降下させてそれを避けた機体が、こちらに二丁拳銃を向けた。
『この薄暗い空間じゃ、雪歩の機体が一番見やすいさーっ!』
響ちゃんの声、それと同時に機体――ストライクノワールが、ビームを乱射する光景が映った。
すぐにシールドを構えてそれを受け流すと同時に武装選択画面へ。ビームマグナムを選択する。
『雪歩、行け!』
「は、はいです!」
62:
発砲。エネルギーが収束するまでに一秒近くかかったが、放たれた高出力のビームが、ノワールの手に持つ拳銃の一つを焼いた。
――避けたが、その熱の余波に耐え切れなかったのだ。
『うがっ、やっぱマグナムは強敵だぞ――!』
背部のスラスターを稼働させながら急激に接近して、二本のビームブレイドを構えると、それを十字に振り込んでくるノワールの動きに対応したのは、私でも律子さんでも無い。プロデューサーだ。
プロデューサーのダークハウンドが、ビームサーベルでそのビームブレイドを防ぐと同時にそれを振り切り、ノワールと距離と取ると同時に槍の先端に付いていた射撃武器で牽制する。
『律子、雪歩と一緒に俺の援護だ! ちっとは手加減するつもりだったが、思ったより響が動く!』
『ハイッ!』
律子さんが武装を換装する。その手に持つのはビームライフルだ。先ほどまでの巨大な砲塔は、既に役目を終えたように地面で横たわっている。
「でも、まだ美希ちゃんと四条さんが――」
周りに居ない事を確認した、その時だった。
警報が鳴り響き、センサーが反応した事は分かった。だが、そのセンサー元が――自分の位置にぴったり重なっていたのだ。
『雪歩、上っ!』
律子さんが叫ぶと同時に、衝撃が走る。勢いよく何かを叩きつけられたユニコーンが、地面に体を預ける。
私の体も揺れ、シートベルトと衝撃吸収材の独特な動きが、私の体をまさぐる感覚がどことなく気持ち悪い。
『油断大敵なの!』
美希ちゃんの声と同時に、サブカメラがユニコーンにのしかかる何かを映す。美希ちゃんの、ガンダムエクシアだ。
63:
『雪歩!』
そう声を上げながらライフルを構えようとした律子さんの元に現れたのは、背部に巨大な輪っかを背負った、スターゲイザー。
『律子嬢。貴方の相手は私です』
四条さんのスターゲイザーが、体に何やら光り輝くリングの様な物をいくつか身にまとう。
それが地面をえぐる様にしている光景を見ると、あれがビームの一種である事を悟る。
『雪歩、スターゲイザーは武装が貧弱よ。すぐに片づけるから、貴方は美希に集中して』
『ふふ、それはいかがでしょうか?』
四条さんの笑い声と共に、二機が動く。
スターゲイザーは、背部の輪っかを稼働させる。急激な速度を出したスターゲイザーが、律子さんのEz-8の、後ろを取る。そしてその身にまとわせるビーム刃を振り切ろうとした瞬間、律子さんがビームサーベルでそれを受ける。コンピューター制御だからこそ可能な動作だが、それを受けれる律子さんの反射神経も、相当の物だろう。
『雪歩、美希的には律子……さんを待つのも面白いと思うけど、どうする?』
「う、うーん……」
未だにのしかかってる美希ちゃんのエクシア。
その言葉に「個人的にはそうしたいけど……」と一言述べながら、思いきりフットペダルを踏み込んだ。
ユニコーンの高出力スラスターと脚部ブースターが火を吹かして、美希ちゃんの機体を転ばせながら地面を這い出る。
『痛いの!』
64:
今の衝撃で頭から落ちたエクシアだが、美希ちゃんの声はあくまでお茶らけだ。
少しだけ衝撃が来た程度なのだろうと仮定して、私はビームマグナムを構え、引き金を引いた。
『おっととっ!』
美希ちゃんは、マグナムを構える動きだけで私がすぐに引き金を引くと見抜いていたようで、射線上から退避するばかりか、シールドと剣が一体化したような外観のそれを機体前面に向ける。
ビームマグナムの熱と衝撃をシールドで受け流した美希ちゃんは、まるでホバリングのような動きで曲線を描きながらこちらへ接近してくる。
シールドにマウントされている実体剣を横薙ぎに振り切ってくる光景が見えた瞬間、私の指が即座に動いていた。
右前腕部にマウントされていたビームサーベルを展開し、実体剣を受け止める。
実体剣はビームコーティングをされているのか、サーベルで受けても焼け切れない。
「で、でも! そんな大きな獲物じゃあっ!」
叫びながら、サーベルを大きく振り込むと、美希ちゃんのエクシアが後ろに逸れる。そのまま勢いに任せてサーベルをエクシアのコックピットに薙ごうとした瞬間だった。
『この瞬間を待っていたの――っ!!』
地面を蹴りあげ、綺麗な動きで後方へ跳んだエクシアが、尻部にマウントされていた小型のビームサーベルらしき物をこちらに投げ飛ばす。
その光景を一瞬の物としながら私は「え」と情けない声を出す事しかできなかった。
ユニコーンの左腹部がえぐれ、右腕部が落ちる。それと同時に機体が不備を訴え、私は満足に操縦する事さえおぼつかなくなる。
「ど、どうしよう……!」
一応機体を動かす事は出来るが、武装を選択できない。
だが、美希ちゃんはそれを知ってか知らずしてか、実体剣を構えながらこちらに突っ込んでくる。
――やられちゃう……!
そう悟った瞬間、私は目の前のタッチパネルに指を付けていた。
――今ここで述べよう。私の知る戦闘の記録はここまでだ。
65:
バチチと、ビームサーベルとビームブレイドの鍔迫り合う音が不快に聞こえる中、響は「やっぱプロデューサーは強いぞ!」と感心し、ビームブレイドでダークハウンドを払い、背部ウイングに内蔵されているレールガンを放つ。
『そりゃ、伊達に男の子やってねぇのさ!』
「なんだそれ、面白いなーっ」
レールガンを軽々と避けたプロデューサーが、サーベルをマウントして後方へ跳び、距離を取った所でマントに搭載されたアンカーを飛ばしてくる。
だが負けてられないと、響がキィを二回押す。
先ほど一丁が消えたビームガンを装備すると同時に、その引き金を長押ししながらフットペダルを踏んだ。
アンカーを避けながら空中を舞い、放たれるビームの雨をダークハウンドは、ストライダー形態になって空中を舞いながら避けている。
――でもこのままだと、消耗戦になるな。
二人の思考が繋がった、その時だった。
『な、なんなの!?』
美希の焦ったような声が聞こえ、響は視線をそちらに向ける。
「ぷ、プロデューサー、あれ!」
ノワールの指先を、ユニコーンに向ける。
――ユニコーンに、何やら薄紫のオーラのようなものが、まとわりついている。
その右腕部は落されているが、その不利さえ感じさせない動きで、美希のエクシアから繰り出される攻撃を回避し――
その機体を【変身】させた。
機体の装甲が続々と変形を繰り返し、そのフレームを露出させるユニコーン。
姿を見せたフレームは綺麗な赤色を放つが、その色に見惚れる事さえできないまま、ユニコーンの代名詞と言える頭部の角を、ガンダム特有のV字アンテナへと変形させた。
66:
そこからの動きを、卓球で鍛えた動体視力を持つ響ですら、捕える事は出来なかった。
一瞬でエクシアの背後に回ったユニコーンが、機体左肘のビームトンファーを展開し、それを思いきり振り切った。
すぐさま反応し、被害が左腕部だけで済ますことが出来た美希は、幸か不幸か。
そこで落ちる事の出来なかったエクシアが、すぐに来る次の攻撃に見舞われる。
まずは、ユニコーンの固い装甲から繰り出されるフックが何度もエクシアの腹部に見舞われる。
『いた――いたいっ、痛いのっ……!』
美希の声が、段々とリアルになる。衝撃をリアルタイムで伝えるこのゲームでは、美希がどれだけの衝撃に見舞われているか――!
「プロデューサー、あれ、マズイんじゃないか!?」
『ああマズイ……美希もそうだが、雪歩の身も危ない!』
ユニコーンの動きに着いて行く美希の動きも速かった。
連続されていたフックを、右手で受け止めた美希のエクシアが、ふわっとその場で浮きながらその両足でユニコーンを思いきり蹴り飛ばす。
『雪歩、落ち着け! これはゲームだ、頃し合いじゃない!』
そう叫ぶプロデューサーの声もむなしく、すぐに体制を立て直したユニコーンが、ビームマグナムを構えると同時に引き金を引いた。
その銃口を見る暇も無く、すぐに回避運動に入った美希の動きも早いが、その後のユニコーンの動きも十分だった。
弾切れとなったビームマグナムを捨てると同時に、ユニコーンがその背部スラスターを稼働させながらビームサーベルを構え、駆ける。
67:
『え――』
そんな美希の情けない声を、響は聞きたくなかった。
一瞬だった。
美希のエクシアの腕部、脚部、頭部。その全てを一瞬の内に全て切り落とし、その身を地面に預けたエクシアの腹部コックピットに、サーベルを無慈悲に突き刺した。
『一番機が撃墜されました』
響のコックピットに、静かに流れる音声案内。
ゴクリとツバを飲みこんだ瞬間、いつの間にかバイザーの無くなっていたユニコーンのツインアイが、ノワールをジ口リと睨む。
「プロデューサー、あれ、何なんだ……?」
『おそらく、ユニコーンガンダムの初期段階を再現した状態だろう。
雪歩はコックピットの操縦すら満足に出来ない状況で、システムが勝手に機体を動かしてるんだ』
ユニコーンが駆ける。サーベルを構える動きに合わせて、響もビームブレイドを引き抜く。
ユニコーンの味方であるプロデューサーや律子は、ユニコーンにロックを合わせる事すら出来ない。
『響!』
すぐさま駆けつけたスターゲイザーは、ビームガンを放ちながらユニコーンを牽制すると同時に、響がブレイドを強く横払う。
「貴音!」
『ええ!』
68:
スターゲイザーが、その身にビームをまとわせながら背部の円盤に身を乗せて、走り抜ける。
素早い走りを見せたスターゲイザーを追いかけるユニコーンの背中に、ありったけのビームを注ぎこんだ響だが、ビームはユニコーンの周囲で湾曲に曲がって消失した。
「プロデューサー、何だコレ!」
『Iフィールドだ! 確かにアニメで似た描写は有った!』
『響っ、可能な限りユニコーンに接近して!』
どこからか、律子のEz-8から声が響く。
響が「えっ」と反応を送らせた瞬間、律子の発言通りユニコーンがビームトンファを展開させながら接近する。
それを、反射神経のみで鍔迫り合いに持っていく事に成功した響の前で――ユニコーンが、爆ぜるような衝撃と共に吹き飛んだ。
『成功――!』
Ez-8の180mmキャノンが、響をロックオンしながら、その射線上にユニコーンを捕えたのだ。そのまま放てば、自然とユニコーンに着弾する。
『ナイスだ律子! 後でからあげくん買ってやる!』
雪歩のユニコーンが、そこで反応を閉ざした。おそらく先ほどの衝撃で、ゲームダメージ数値が規定値を超えたのだろう。
響がフッと息を切らした後に「美希、大丈夫か!?」と問いかけると『大丈夫じゃないのっ』と、不貞腐れたように美希が応じた。
『それよりハニーっ、雪歩は!?』
美希の質問に、まだプロデューサーは答えない。
それもそのはず。彼は彼女の撃墜が確認された瞬間から、すぐさま雪歩の搭乗している筺体へ走っているからだ。
『――皆聞いてくれ』
そんな雪歩の機体から声が聞こえる。プロデューサーの声だ。
『今日の勝負は終了だ。――これから急ぎ、病院に向かう。念の為、美希も来なさい』
『え!?』
『プロデューサー殿、それは一体……!』
「雪歩に、何か有ったのか!?」
『気絶している上に呼吸が非常に乱れている。内蔵を圧迫されている可能性もある。律子、すぐに救急車――いや車の方が早い。車の準備を!』
『は、はいっ!』
その慌ただしくなる空気の中、美希、響、貴音の三人は、何もすることができず、ただ茫然とそのコックピットを眺めていた。
69:
「ふざけんな! あんな危険な物、きちんと試験せずにテスト運用してたのかアンタ達は!
――はぁ!? ウチのアイドルが危険な状態に合わされて、黙ってる男なんかいるかよっ!!」
「プロデューサー! いくら通話室だからって、もう少し声を落して……」
「律子は黙っててくれ。これは仕事を取ってきた俺の責任でもあるんだ……!」
病院内で唯一、通話が許された通話室。プロデューサーは声を荒げて怒っている。
通話室と言えども、その怒号を完全にシャットアウトする事は出来ず、そこで診察室から出てきた美希がプロデューサーの荒げた声に一瞬だけビクリと震え「ハニー……?」と怯えたように視線を向けた。
「……後でそちらに向かいますが、覚悟しておいてください。仕事の事だけじゃない。
今後そちらのゲーム機に対して、問題を一から提訴しなければならない」
美希の表情に気付いたのか、声を控えながらも表情は明るくないプロデューサーだが、電話を切ると同時に通話室を飛び出し、美希の肩を掴んだ。
「美希、大丈夫だったか!? 怪我とか、無かったか!?」
「大丈夫なの。ハ……プロデューサーは心配性なの」
「大丈夫なのね、美希……良かったわ……」
「律子、さんも、あんまり心配性なのは良くないの」
「……でも、無理も無いぞ」
そこで、待合室で待っていた響が、声を漏らす。
「プロデューサー殿、律子嬢……雪歩の容態は……」
「とりあえず、あまりに筺体内でシェイクされ過ぎたせいで、内蔵がショックを受けてるな。
本物を、緩和されているとは言え再現すりゃ……そうもなるか……」
「あの機体、そんなヤバいのか……?」
「小説のスペックを簡単に言うと、瞬間移動さながらの機動性がある。
だが20m級のロボットが人間と同じ動作をした場合に起こる、加速度によるパイロットへの負担が大きい。
その衝撃すら、再現しようとした結果がこれだよ、クソッ!」
「何でそんな危ない物作っちゃったの……?」
「男のロマンだよ……少しわかっちまう俺が憎いぜ、畜生……」
70:
プロデューサーが頭を抱えている。平日の人気が少ない待合室で助かった……と律子が息をこぼすと、そこに駆けつける、二人の人影。
「プロデューサー、雪歩は!? 美希は!? えーっと……何を聞きたかったのか忘れちゃった……!」
まずは春香だ。息を切らしながら駆ける彼女と、同じく息を切らしながらも落ち着いた様相の千早が「落ち着いて春香!」と彼女をなだめている。
「美希は無事だ。何ともない。だが雪歩の方が数日入院せざるを得ない。……これは、俺の責任だな」
「そんな、ハニーは悪くないの!」
「そうですよ。あちらさんには、厳重注意をしなければなりませんが、仕事を取ってきたプロデューサーのせいでは……」
律子と美希のフォローも入るが、プロデューサーの顔はそれでも浮かない。
「……とりあえず、これから俺は雪歩のご両親に謝罪してくるよ。律子は皆を送ってやってくれ。今日は直帰で構わないから」
「あ……ハイ。あんまり、自分を責めないでくださいね、プロデューサー」
律子の気遣いに、少しだけ笑みを見せて彼女の頭を撫でたプロデューサー。
その病院を出ていく後ろ姿を、そこに居る全員が見ている事しかできなかった。
71:
私は、そこでプロデューサー達の会話を聞いていた。
まだ身を起こす事は出来ないけど、痛みはだいぶ引いていた。
だから、すぐ近くに居た看護婦さんに「あの、ごめんなさい」と先に言葉を投げてから、お願いをする。
「皆と、お話がしたくて……呼んで頂いて、いいですか?」
「あぁ、はい。でも、あんまり長い時間はダメですよ?」
「はい、すみません」
看護婦さんが部屋を出て皆を呼ぶ。病院の中だというのに、皆駆けだして大声を上げて、病室に走り込んできた。
……当然、看護婦さんに怒られ、律子さんが率先して謝った。
少しだけ笑うとお腹が痛くなったが、あまり気にせず彼女たちの表情をよく見る。
――少しだけ、安心した様な表情で、涙を瞳に浮かべていた。
私なんかの為にそんな表情をしてくれるなんて……そう思うだけで、力が湧いてくるようだった。
「雪歩、大丈夫!?」
「萩原さん、まだ痛んだりは……」
「雪歩っ、起きてて大丈夫? 辛くない?」
「雪歩……無事で何よりです。お身体の方は……」
「うぎゃーっ、無事でよかったぞ雪歩ぉっ!!」
「ホント……顔色も良いし、思ったより容態は軽そうで、良かった……」
「みんな……ごめんね、心配かけちゃって」
皆の声を聞きながら、私は笑みを浮かべて元気な姿を見せる事にする。
でも、あまり長い時間はダメだから。私は、聞きたかった事を、律子さんに聞く事にしよう。
72:
「あの、律子さん」
「どうしたの? まだ、痛んだり……」
「あ、それは大丈夫です。それより……聞こえてたんですけど、お仕事は……」
「もしかしたら、中止になるかもしれないわ。問題は貴方達の安全だけじゃない。
今後実装された後にある、遊技者の安全も含まれているわ。だから、一から企画会議のやり直しをするかもしれない」
「そう……ですよね」
少しだけ、俯いた。
「私……もし、やれることなら……あのゲームをやってみたいんです」
「美希も! ……ちょっと、怖かったけど……それでも、負けたまんまは、悔しいの!」
美希ちゃんが続いてくれて、少しだけ嬉しく思った私は、律子さんに想いを告げる。
「もしゲームのプロモーションが出来るなら、全力でやりたいんです! だから――」
「一つ、聞かせて」
私の言葉を遮り、律子さんが尋ねる。
「貴方はどうして、このゲームに固執するの? 貴方はもうすでに、立派なアイドルとして世に親しまれている。
この仕事ができなかったからって、他の仕事が減るわけじゃないわ。
私やプロデューサーには、皆の安全を確保する義務がある。もし今回の不動作が直ったとしても、また別の事故がないとは限らない。今回の仕事は、受けない可能性の方が大きい。
それでも……貴方はこの仕事をしたい? もう一度自分が危険になるかもしれない可能性を孕んででも、それでも……」
律子さんの正論に「それでも」と頷く。
73:
「私、あのゲームでなら、強い自分になれそうなんです。
危険なのは分かっています。今回は運よく無事でしたけど、次はもっと酷い事になるかもしれない。
――『それでも』
私、あのゲームで、皆と戦って、皆に勝って……強い自分になりたい。アイドルとして、もっと輝きたいんですっ!」
痛む胸の痛み。それでも、私は律子さんに、自分の想いを告げた。
律子さんは、少しだけ複雑そうな表情で、俯いた後……笑みを浮かべた。
「全く……ウチのアイドルはバカぞろいで困ったものだわ」
『バ……!?』
そこに居る全アイドルが固まる。でも、私だけ身を浮かべて「はいっ」と返事を返した。
「私、バカですよ」
「そうね。でも……嫌いじゃない答えだったわ。
……まぁ、決定権はプロデューサー殿に一任してるけど……貴方の言葉は、ちゃんと彼に伝えておくわ」
「ありがとうございますっ」
律子さんが部屋を出ようとすると、皆が一言ずつ言葉を残しながら「律子さん、バカは酷い!」「訂正して頂戴、律子」「律子酷いのーっ!」「律子嬢、無礼に思えますが」「律子酷いぞーっ!」と、バカにされた事を怒って、部屋を出た。
「賑やかね」
「はい」
看護婦さんの言葉に、私が短く応じた。
「私の、自慢の仲間です」
そう言うと、看護婦さんも笑みを浮かべて、眠る事を進めてくる。それに了承して、私は目を閉じた。
――今日は、良い夢を見れそうだ。
私はすぐに、まどろみの中へ意識を落していった。
74:
次の日。OP.ローズダストを読みながら病室でゆっくりしていると、プロデューサーが顔を出した。
「よっ」
「あ、プロデューサー」
「顔色は良さそうだな。明後日までに退院だって?」
「はい。――あの、プロデューサー、それは?」
「ん? ああ。プラモデルだよ。ほれ」
ユニコーンガンダムのユニコーンモードと、デストロイモードの映った二つ。
そのガンプラを、手に持った紙袋から取り出したプロデューサーが、それを私に差し出した。
「律子から聞いたよ。あのゲーム、どうしても出たいんだって?」
「はいっ」
「俺もそのつもりさ。もちろん、安全確認は厳にしてもらう事になるがな。
――だから雪歩。そのプラモデル、俺と一緒に作ろう。そんでもって、皆と戦って、最高のステージにしてやろうじゃないか!」
「はいっ!」
本を閉じ、箱の一つを開けて、中を見る。プラモデルの部品が多く出てきて、私はそれを持って、プロデューサーと向き合った。
「よろしくお願いします、プロデューサーっ」
雪歩編 第一部・完
76:
第二部「プロモーション準備編」
天海春香は、ガンプラのパーツを二つ掴んで、それを『パチッ』と言うまで深くはめ込んだ。
接続面を埋めるなど細かい事は出来ないし、ランナーの切り取りは音無小鳥から見れば適当過ぎる位だった。
だが、春香にとってそれは一生懸命の結果だ。それを知っている小鳥は、あくまで深くは言わずにそれを見続けていた。
「えっと……ここを繋げたら」
「もう、あとは全部くっつけて完成よ。頑張ったわね、春香ちゃん」
「えへへ、はいっ!」
太陽の様な笑顔を見せながら喜んでいる春香は、RX-78-2【ガンダム】の完成パーツ、それら一つ一つを接続し、その完成した姿を見て、茫然としていた。
「……出来たっ」
「ええ。初めてのガンプラ、どうだった?」
「す……っごく、大変でした!」
彼女の手は、ニッパーとカッターの扱い下手で出来た傷だらけだ。安全には考慮したつもりだったが、思ったよりも彼女は不器用だった。
「でも……楽しかった。私の掌で、少しずつガンダムが完成していく姿が、すっごく心に響いて……もっと、もっと作りたいって思えました!」
「その気持ちを忘れないで。作っていく内に、段々とその気持ちを忘れるモデラーは多いけど、春香ちゃん達には、その気持ちを忘れて欲しくないわ」
春香の完成させたガンダムを手に取り、それをじっくりと眺める。
塗装は無し。必要な部分は全て備え付けられていたシールで代用しているし、所々カッターの刃でパーツを傷つけてしまった部位もある。
プラモデルとしての完成度は、小鳥から見れば30%、と言った所だ。
だがそれでいい。最初から完璧に作れる子供なんていない。
どこか納得できない所があり、段々とその足りない部分を埋めるために、努力をする。その過程がこれから来るというだけだ。
77:
「千早ちゃん! 出来た、私出来たよ!」
「ゴメン春香、少しだけ集中させて――あっ!」
ピンセットを片手に、必氏に何かを貼ろうとしている千早。
「ああ、関節部の……」
千早の組みたてている、RGシリーズは、関節部にリアルさを際立てる為、金色――というよりは銅の色と言った方が正確か――のシールが付属している。
そのシールを貼ろうとしているのだろうが……何しろ小さく、貼りにくいのだ。
小鳥も、初めてRGのガンダムを組立た事を思い出し、少しだけしみじみとした気持ちを思い出した。
「あ、そうだ小鳥さん。今日って、雪歩の退院日ですよね」
「そうね。今プロデューサーさんが親御さんと一緒に迎えに行ってるわ」
「良かったー! ね、千早ちゃん!」
「そうね――あっ! ……くっ」
「春香ちゃん、千早ちゃんはもう今日はお仕事無いし、そっとしておきましょう」
「ですね……頑張って」
「ええ……そっと……そっと……」
そう呟きながらシール貼りを再開した千早を端目に、春香は出来たプラモデルを、プロデューサーの机の上に置いた。
そこには既に、皆が組み立てたプラモデルがいくつか置かれている。その堂々たるプラモの山を見て「お仕事、大丈夫かな」と小さく呟いた。
78:
「あれから、プロデューサーさんとバンナムさんで、色々お話してるんですよね?」
「そうね。あちらもどうやら、切羽詰まってるらしくてね……どうしてもゲームの発売まで持っていきたいみたい」
「切羽詰まってる?」
「何しろゲームはもう、課金時代に到来して、冷え切ってる。
その中で今回のゲームはその時代を塗り替える画期的なゲームなのよ。ガンプラと100円玉さえ用意すれば、誰だってガンダムに乗れるなんて、夢のようだわ。それを進めるために、企画部もだいぶ無茶をしたでしょうね。今さら止まれないのよ」
資金探り、開発元の決定、デバッグの懸念……全てを推し進めてきて、ようやく完成間際まで来たというのに、ここで足止めは開発部としても良い思いはしないだろう。
とはいっても、小鳥からすればそれでアイドル達の安全が脅かされる事態になれば、それだけで否定すべき存在である物だ。
プロデューサーも、それが分かっているからこそ、企画会議にすら口出しをしている。
と、そこで扉が開く音がして、そちらに視線を向ける春香と小鳥。
その視線の先には、男性に手を引かれて入ってくる、小柄の少女。
「雪歩っ」
「え、萩原さ――あっ」
春香の声に、未だにシールで四苦八苦している千早が、再びシールをピンセットから落した。
「ただいまですぅ」
「お帰り雪歩。体はもう大丈夫?」
「はい、おかげさまでっ」
79:
元気な姿を見て、春香がホッと胸を落すと、今度は千早がシール貼りを一時中断し、駆け寄る。
「お帰りなさい、萩原さん」
「えへへ、ただいま千早ちゃん」
「プロデューサーさんも、お疲れさまです」
「ええ。……雪歩、二人に見せてやれよ」
「あ、はいっ」
雪歩が、カバンの中を少しだけ探り、一つ物を取り出した。
「あ、それ!」
「うん、ユニコーンが出来たんだっ」
「まだユニコーンモードだけだから、これからデストロイモードを組み立てるんだけどな」
「カッコ良いなぁ……白くて、雪歩そっくり!」
「えぇ!? そ、そんな……私なんてひんそーでちんちくりんで……」
「それよりプロデューサー……それは……」
プロデューサーの肩には、巨大なバッグが一つ。それこそ子供の一人でも入ってしまいそうなエナメルバッグを軽く叩いて「ああ、これか」と頷いた。
「これは、皆で見れるようにって持ってきた、俺の秘蔵ディスクの数々だ」
ドスンと机の上に置いたバッグの中には、多くのDVDやBDが。全て製品版で、海賊版は無い。
「あ、その代わりこっちはテレビ放映版で、修正がされてない奴な。ファーストガンダムは再放送のテープからダビングした」
「本気出してますね……」
「今居るのは春香と千早と雪歩だけだな……丁度いい、ファーストガンダムの劇場版一作目だけ見ちゃうか」
BDを一つを取り出して、事務所の再生機に挿入して再生する。
配給元のロゴと、アニメ制作会社のロゴが見える。春香と千早は席に座り、雪歩は「お茶入れます~」と給湯室へ向かった。
80:
『ごめんよ……まだボクには帰れる場所があるんだ……こんなに嬉しい事は無い。
分かってくれるよね?
ララァには、いつでも会いに行けるから……』
「うぅ……良かったよアムロぉ……!」
「これは……胸に来るものがあるわね……」
「やっぱりファーストは良いですぅ! 皆が夢中になるはずですぅ!」
「やっぱりアムロとシャアの絡みは良いピヨ……」
「小鳥さん以外は、きちんと感じる心が有ってよかった」
春香はハンカチ片手に涙を拭い、千早は安堵した表情で画面を見つめ、雪歩は顔を赤らめてはーっと大きく息を吐く。小鳥は鼻息を荒くしながら画面に食いついていた。
「……て言うか全部見ちまったな、劇場版」
「仕方ないですよ、続きが気になってしょうがないですからね」
ガンダムの劇場版三部作を、そこに居る面々だけで一度全て見てしまい、時間を見ると既に時刻は夜の十時半。
「ってヤバいっ、春香電車!」
「あぁっ」
赤くなった目を見開きながら時計を見た春香は「どうしよう、終電が無くなっちゃった……!」と声を荒げる。
「……仕方ないわね。春香、今日は私の家に来ないかしら?」
「良いの!?」
「しょうがないわ。それで宜しいでしょうか、プロデューサー」
「千早が良いのならな……春香、親御さんには俺が説明しておくよ。小鳥さん、電話を」
「はい、今繋ぎますね」
81:
フゥと息をつく三人と、せわしなく動く大人二人が居る中、春香は「それにしても」と話題を切り出した。
「ガンダム、面白かったね」
「ええ。正直昔のアニメだし、そこまで夢中になるものではないと思っていたのだけれど……」
「それは違うよ千早ちゃん! ガンダムは、男の子も女の子も夢中になれる夢のアニメなんですぅ!」
ブンブンと首を振りながら力説する雪歩のテンションに少し押されながらも「そうね」と同意する千早。
「キャラクターの描写から、戦闘の緻密さも良く描けていたと思う。一層ガンダムに興味が出てきたわ」
話しがそこで一旦終わると、春香の両親へ連絡を終わらせたプロデューサーが「春香、連絡しておいたぞ」と声をかけた。
「あのプロデューサーさん。ガンダムのDVD、いくつか借りても良いですか?」
そのプロデューサーにお願いすると、彼は少しだけ怪訝そうな顔をしながら返事を返す。
「良いけど、あんま長い間は困るぞ。皆に見せなきゃいけないんだからな」
「数日中には見終わります」
春香と同調した千早が続ける。
「んー……」
事務所のスケジュールボードを見て、明日の予定を確認する。春香・千早・雪歩の三人は明日オフで、数本だけならば明日にでも見終わるだろう事を確認する。
83:
「良いけど……春香、お前これから千早の家だろ?」
「それで千早ちゃんに相談なんだけど……明日もお泊り、ダメ?」
「ああ……そう言う事ね」
つまりガンダム上映会を千早の家で出来ないか、と言う事だ。少しだけ考えた後、千早も頷いた。
「ええ、良いわよ。私も一人で家にこもるのは、あまり好ましく思えないし」
「あ、あの……千早ちゃん、私も良いかな?」
「ええ、良かったら萩原さんも」
「えへへ……ありがとう。私、お家に電話してくるね」
携帯電話を片手に、事務所の外に出る雪歩の姿を見て、プロデューサーは「お前ら仲良いな」と微笑を浮かべた。
「とりあえず、明日仕事無いからって、休憩も無しに見続けるなよ。一本作品を見たら休憩を入れて、目に疲れを残すな」
「目元の疲れは一気に、そして歳をとってから来るからね」
小鳥のどんよりとした言い方に、アイドルもプロデューサーもどう返事して良いか分からない所に、雪歩が返ってくる。
「千早ちゃん、大丈夫だったよー」
「良かったわ。じゃあもう遅いし、帰りましょうか」
「えへへ、千早ちゃんのお家は初めてだから嬉しいなぁ……♪」
「あ、雪歩は初めてだったっけ。プロデューサーさん、小鳥さん、お疲れ様です! これ、借りていきますね!」
「ああ、お疲れさん。帰りに気をつけろよ。それとパクるなよ、高いんだから」
春香が機動戦士ガンダムSEED HD リマスターBOXを。
千早が機動戦士ガンダムSEED DESTINY HDリマスターBOXを。
雪歩が劇場版 機動戦士Zガンダム三部作と、機動戦士ガンダム 逆襲のシャアを持っていくと、そのまま事務所を出ていく。
小鳥は、そのエナメルバッグの中に視線を落とし、一言呟いた。
「……プロデューサーさんは、種ではどのカップリングが好きですか? 私はシンレイです」
「焼き鳥にしますよ」
85:
彼女――秋月律子は、新幹線のグリーン席に座って眠る、三人の少女達に視線を向けながら、スマートフォンが主流のこの時代に、フィーチャーフォンを使用しながらメールをしていた。
相手は、同僚であるプロデューサーである。
『お疲れ様です。結局あのお仕事、決定したんですね』
そう打ち込んで送信。三分ほど電波が通じない地域を走り、抜ける。
その瞬間に返信メールが受信され、それを開いた。
『お疲れさん。あちらさんも色々厳しいみたいでな。その代わり条件としては「きちんと」デバッグを行う事としておいた。外注のデバッグ会社にも同様の連絡が行っているし、問題は無いと思う』
『例の、雪歩が襲われたバグは?』
『基本修正はしたらしいんだが……あの辺りがどうも怪しい。修正前の実働試験でも、あのレベルの揺れは発生しなかったし、何やら条件があるかもしれん』
『案外、小鳥さんのプラモデルが、出来過ぎてたのが原因だったかもしれませんね』
『とにかく、基本的に衝撃が来る演出・バグに関しては緩和策を取る様に指示はしておいた。これで一定以上の問題は起きない事だろうな』
メールでの会話もそこそこに、次の到着駅が東京である事を知らせるアナウンスが。
『もう少しで東京です。私は三人を送った後に直帰しますので、プロデューサーもそのつもりで、早めに上がってくださいね』
『そのつもりだったが厳しそうだ』
『何か問題が?』
『美希たちとプラモ作ってる』
86:
プロジェクト・フェアリー。
765プロが竜宮小町と同様に人気を誇る、星井美希・我那覇響・四条貴音の三人によるユニットだ。
三人は明日放送される歌番組収録を終えると、先ほどまで生放送のスペシャル番組に出演して大忙しであったが、その疲れも見せないまま、帰ってくるなり社長室のガンプラ製作コーナー(小鳥作)に向かい、ガンプラ製作をしていた。
「むー、ハニィ。この肩に付いてるビラビラ、あんまりカッコよくないの……」
「なら美希にはリペアⅡをベースにセブンソードの方が良かったかな……今度買ってくるから、とりあえずそれは組み立てちまおうか」
「はいなの!」
美希は、ガンダムエクシアの青色部分のパーツを、一つ一つ丁寧に塗装しながら、その休憩合間に他のパーツを見ていた。
換気扇はフル回転させている上に、キチンと小鳥が監修して、喉を傷めないようにマスクを装着済みだ。
「貴方様! すうぇん殿が! すうぇん殿が!」
「な、何がどうなったんだ今! スターゲイザーがノワールに抱きついたと思ったら急に……!」
「あーもう、落ち着いて見なさい二人とも」
そこから少し離れた、社長室の少しだけ大きいテレビで、響と貴音がプロデューサーの持ってきた『機動戦士ガンダムSEED C.E.73 スターゲイザー』を見ながらハラハラとしていた。確かにプロデューサーも、初見の時はハラハラドキドキしたものだ。
『室内温度を四度に設定。ヘルカトランフェーゼで代謝を抑えて、酸素が持つのは約二十七日間。
それまでに発見されなければ、私たちはここでミイラになるの』
『なぜ、助けた』
『……寂しいから。
一人で氏ぬのは寂しかったから。誰でもいいから、眠るまで……声をかけられる相手が欲しかった……』
「ぞんなごというなゼレーネェエエ……!」
「貴方様、助かるのですよね? 助かるのですよね?」
「あーもう見てなさいってば。分かるっちゃあ分かるから」
「ハニィ! 塗装がデロッてしたの―っ!!」
「美希うるさいぞ! 今セレーネとスウェンの台詞が聞こえなかったさーっ!」
「二人とも静かになさいっ!!」
「お前ら全員静かにしろいっ!!」
プロデューサーの怒声で、三人は静かになった。
87:
色々問題はあったものの、スターゲイザーを全て見終えた二人と、途中から見ていたプロデューサーによる、視聴感想会が始まった。
「個人的には尺が短いと思うんだ。これが五話程度の編成であれば、D.S.S.D.メンバーやファントムペインメンバーの心情とかもしっかり語れると思うんだが」
「でも自分は凄い良い話だと思うぞ! 最後にスウェンが、今まで生きてきた中で、関わってきた人達の想いを理解する所なんか、最高だったさーっ」
「せれーね嬢とすたぁげいざぁ殿の会話も真、興味あるものですし、すうぇん殿とせれーね嬢、相容れぬ筈の二人が笑みを浮かべながら共に眠る所に、感動すら覚えます」
「分かってくれるか! 俺の周りには『何この中身の無いストーリー』とかバカにしてくる奴しか居ないんだよ!
尺が短いのは問題として認めるけど、中身は十分あると思うんだよ!」
「伝えたい事が多すぎて、理解を超えてしまう場合は有りうると思われます」
「自分、ガンダムは兄貴の見てたファースト系が好きだったから、結構新鮮だったぞ。たまにはSEEDとかも良いもんだな!」
短くは有るが、それぞれが語りたい事を語り終えると、そこで再び美希の声が上がる。
「ハニィ、またデロッてしたのっ」
「あーもう。だからエアブラシは常に一定の速度で動かしなさいって言っただろうに……」
とは言うものの、プロデューサーの目からすれば、美希の工作技術は十分すぎる程だった。
さすがに経験の無いエアブラシ塗装には苦労している物の、ニッパーとカッターナイフでの表面処理も、見た目の上では十分と言えるし、エアブラシを用いらない部分の塗装も、ガンプラマーカーでムラなく綺麗に塗装を終えている。
「でも何で、色を変えようと思ったんだ?」
今回美希が希望する塗装は、エクシアの青色部分をイ工口ーに、そして赤色部分をフレッシュグリーンにしたものだ。
プロデューサーとしては、あの赤青黄と言ったトリコロールが好きな点もあり、その変更には若干抵抗は有ったが、そもそも美希はガンダムを知らないので、その拘りを議論しても始まりはしまい。
88:
「うーん……何でって言われると困るけど……美希の色に染めたかったから?」
「この機体を、私色に染め上げるって奴か」
「何それ?」
「いや、何でも。もうちょいだから、頑張って仕上げろよ」
「はいなのっ」
美希がガンプラに向き合った所で、響と貴音も、同じくプラモのパッケージに向き合っている。
二人とも、本日の収録へ出かけるまでの時間を使って作っていた事もあり、美希よりは進んでいる。
「明日も早いんだから、なるべく早めに帰るんだぞ?」
「分かってるさー。このノワールストライカー作ったら帰るぞ」
「このすたぁげいざぁ殿の曲線が良いふぉるむを、一日も早く仕上げたいと願う、我が心をお許しください」
「あふぅ、美希も後少しでキリが良いから、そこで帰るの」
既に時間は十一時半。
帰ってきてすぐにスターゲイザーを見始めたが、春香達が帰った後に見始めた現実に変わりはなく、時間は女の子達が出歩いて良い時間では無くなっていた。
「……仕方ない、今日は全員車で送るよ」
「え!? ハニィとドライブデート!?」
「自分と貴音もいるんだぞ美希ー」
「それに社用車だし、雰囲気は出ないな」
「ふふ、残念ですね、美希」
「むー、三人とも美希の気分を台無しにする」
89:
そこで美希の手が止まるのと、貴音の手が止まるのは同時だった。
少しだけ遅れて響も手を止めて片づけを終えると、美希はエアブラシ機器も片付け終えていた。
「じゃ、帰るか。三人ともここで待っててくれ。車を事務所前に出してくるよ」
「はいなのーっ」
口元からマスクを外した美希は、少しだけ汚れている手を見て「うえ」と唇を曲げた。
「塗装って面倒なの」
「にしては楽しそうにやってたなー」
「ええ。えあぶらしを使用している時の美希の瞳は、ますくでは覆い切れない光に満ちていましたよ」
「そうかな? でも、エクシアを作るのは楽しいよ。なんていうかね、自分の子供が少しずつおっきくなる感覚……っていうのかな?
良く分かんないけど、少しずつワクワクが大きくなるの」
「それわかるぞ! ペットが成長したのを実感する時と同じ気持ちだ!」
「無機物とは言え、自らの手で作り上げる物……感慨深い物となるのは当然の結果です」
「やっぱりあのゲームやりたいなー。中止にならなきゃいいんだけど」
三人がそう各々言葉を連ねていると、ビルの下からププッとクラクションの音が。
「あ、車持ってきたの」
「じゃあ行くか。戸締り確認――良し、完璧だな!」
「行きましょうか」
三人で戸締りの確認を終えると、貴音が鍵を持って事務所を出た。
三人が外へ出て扉が閉まるのと、固くガチャリと音を鳴るのは、殆ど時間を要さなかった。
90:
プロデューサーは、とある建物の駐車場に社用車を止めた。
既に美希、響、貴音の三人は帰宅させ、彼もこれから自宅へ帰る――と思われていた。
だが彼が向かった先は、深夜一時にも関わらず明かりの消えない小さなビル。
カバンを持ち、エレベータで三階へ向かう。
三階に着き、財布にしまったカードキィをエレベーター向かいの部屋、その出入り口でかざすと「ピピッ」と音を鳴らして鍵が開く。
「おはようございます」
彼が声をかけると、数人「おはようございます」と返事を返してきたのを耳に入れる。
「調子はどうですか?」
「まずまずです。試運転も問題は無いし、後は僅かなグラフィックのバグを残すのみです」
「それはどうしても出てしまうものですからね……」
そこは【ガンプラバトル(仮題)】のデバッグを行う現場だった。
数人の社内デバッカーと外注デバッカーが共に、筺体に乗り込んで実機試験を行っていた。
「プラモデルを、持ってきていただけましたか?」
「はい。これが、先日ウチのアイドルが事故を起こしたプラモデルです」
カバンに入っていた、プラモデルを二体取り出す。
先日、萩原雪歩が使用して重傷を負った例のユニコーンガンダム。そのユニコーンモードとデストロイモードを渡す。
「……では、さっそく試運転を」
「大丈夫ですか?」
「ええ。少なくとも実際のデータが取れれば、対策のしようもあります」
「そうではなく、貴方がたの体がです」
「一応試験用の衝撃吸収スーツを使用します。万が一それでも耐えきれなければ、もう……」
「そう、ですか」
プロデューサーも、そこで納得する。
「もしよろしければ、プロデューサーさんも参加しませんか?」
「よろしいんですか?」
「ええ。少しでも色んな方のデータを取りたい所なんですよ」
「では、喜んで」
一人の作業員が試験用のパイロットスーツを渡してくれる。スーツの上着を脱いでからそれを着込み、指定されたデバッグ用機材に乗り込んだ。
91:
早朝、六時半。
その時間に、菊地真は都内の大通りを走っていた。
スポーツキャップとジャージに身を包みながらも、背中に大きな荷物を背負って走るその姿は、まるでスポーツ選手のようでもあったが、彼女は誰もが知るアイドルだ。
だが、かの有名なAランクアイドルである菊地真が、そんな恰好で大通りをジョギングしているなど誰も考えず、彼に視線を寄こす事もしない。
彼はその内、見覚えのある看板を見据える。765プロの下階にある定食屋『たるき亭』だ。
その看板の真下で細い道に入り、ビルの出入り口を開けた。
壊れたエレベーターを無視し、階段を三段飛ばしで駆けあがると、目的地のドアを開いた。
「おっはようございまーすっ!」
大声でそう挨拶をすると、事務所入り口近くで掃き掃除をしていた初老の男性が顔を上げた。
「おお菊地君、おはよう」
「社長、おはようございます!」
765プロダクション社長・高木順二郎だ。
「元気なのは良い事だがね、その格好は些か、元気が良すぎるな」
「そうですかね?」
「うむ。まだ皆来ていないから、先に更衣室で着替えて来なさい」
「はーいっ」
真は背中に背負ったカバンを握り、更衣室へと向かって行った。
92:
それから五分もかかることなく、真は再び事務所へと戻ってきた。
「ところで、プロデューサーはまだですか?」
「うむ、彼は例の仕事先に出向いてるとの事だ」
「プロデューサー、やっぱりあの仕事やりたいんですねー」
ガンプラバトルのプロモーションに出演する事が決まって、彼のテンションは非常に高い。
真もGガンダムの大ファンと言う事もあり、楽しみではあるのだが、彼は真よりも数倍嬉しそうである。
「っとと、僕も早くシャイニングを仕上げないと」
「おお、菊地君はシャイニングガンダムかね?」
「はいっ! 社長はGガンダム知ってますか?」
「知っているも何も、私はGガンダムが大好きでね。私はマックスター派なんだよ」
「へぇ! あ、そう言えば社長って、ヤザンとかチボデーの声に似てますよね」
「よく言われるよ。ちなみにプロデューサー君の面接の時も言われた」
「プ、プロデューサー、面接で何言ってるんですか……」
「少しだけ非常識とも思ったが、私もガンダムを愛する身。そう言われれば意気投合せざるをえまい」
そこで会話を終わらせた真は、既に殆ど組み立て終わっているシャイニングのパッケージを開けた。
「ほう……最近のプラモデルはやはり、素組みでもかなり精巧に作れるのだな……」
「僕も驚きました。子供の頃に、父さんからクリスマスプレゼントで貰った旧プラは、簡単だったけど、今思えばカッコ悪かったですからね」
93:
組み立て終わっている各部パーツ一つ一つに、ガンダムマーカーのスミ入れペンを入れていく。
スミ入れは、ガンプラのディティールを際立たせる手法の一つで、プロデューサーから指示された作業だった。
と言うのも、今回のゲームはプラモデルの出来が勝敗を左右すると言っていい。
プロモーションとは言え、真剣勝負を行う事が決定している今、素人である彼女たちが出来る最低限の技術が、このスミ入れだった。
とは言え、あまり器用ではない真は、少しずれてしまうだけで慌ててしまい――
「うあっ」
「おや、盛大にずれてしまったねぇ」
こういうミスも、一つや二つでは無い。
見本として見せられている音無小鳥のプラモデルと見比べても、この作業だけで天と地程の差が出ていることが分かる。
「凄いな……小鳥さんや、美希は」
社長室の角、そこには塗装がひと段落した美希のエクシアが乾燥状態で置かれている。
美希のエクシアは、多少塗装が厚い所があるものの、綺麗に仕上がっていると、素人目でもわかる。
同じタイミングで始めて――いや、まだ旧プラを作った事のある真の方が、歴としては少しは差が有るはずなのに。
そう考えると、少しだけ悔しかった。
だが真は、そこでへこたれる事は無かった。
真は不器用な子ではある。だが、それ故に真っ直ぐで、誰よりも純粋だ。
彼女は、今自分に出来る事、どうしたいかという気持ちと純粋に向き合い、シャイニングガンダムの製作に気持ちを切り替えていった。
94:
「すげーっ! すげぇすげぇ!」
「長介兄ちゃん、ボクこのいっぱいミサイルとか撃つガンダムがいいっ!」
「落ち着いて見ろよー。プロデューサーの兄ちゃんから借りたんだから」
「ティファ……良いなぁ。ガロードみたいな男の子と一緒で」
木造建築の一軒家。まだ明るい時間帯だが、小さな子供たちがテレビの前ではしゃぎ回っていた。
そのテレビには、外付けのDVD再生機が取り付けられており、テレビには『機動新世紀ガンダムX』が流れていた。
「もうっ、皆テレビから離れてみなさいって、何時も言ってるでしょ!?」
『はーいっ!』
姉の一喝で、テレビから少し離れた兄妹達を、その姉・高槻やよいは家事をしながら見守っている。
やよいは、プロデューサーからガンダムXのDVDを借りていた。
彼女自身、自身が作るガンダムXの話を理解したかったというのもあるが――
「やよい姉ちゃん、いいの? 俺が作っちゃっても」
長男の長介。彼は、手にニッパーを持ってパチッとパーツを切り離しながら、説明書を読んでいた。
年頃となる彼に、こうして少しでも、男の子らしいオモチャを与えてあげたかった、というのも理由の一つだった。
95:
「うん。プロデューサーも、家族と一緒に作るならって」
「でも、これは姉ちゃんが貰った仕事だし、Xを選んだのだって姉ちゃんで……」
「そんな細かい事気にしなくていいの。ほら、皆を見張ってて!」
「……うん」
少しだけ、居心地の悪そうな表情をしながら、長介がガンプラの入った箱を持ってリビングへと出向き「静かに見ろって言ったろーっ!」と周りに注意を促した。
――ここからでも、映像を見る事は出来る。
キッチンで皿を洗いながら、やよいはガロード達の戦いを見ていた。
ガンダムXの話は、戦争で荒廃した地球での物語だった。
主人公のガロードは、そんな土地でも強かに生きていたが、そこで一人の少女と出会う。
ティファ・アディールだ。
彼女との出会いがガロードを変え、そしてティファをも変えていく。
そのガロードの強さに――やよいは少しだけ気負っていた。
――私は、ガロードみたいに出来てるのかな?
いつからやり続けているだろう。いつの間にか皿洗いを終わらせたやよいは、洗濯物の取り込みに入っていた。
98:
「ふぁあ……あのデバッカー、今度は絶対叩きのめす……!」
「プロデューサーさん、欠伸の度にそう言っていますね」
プロデューサーの恨み愚痴を聞いた小鳥が、フフッと微笑んだ。
「だってあの野郎、小鳥さんのユニコーンで無双しやがったんですよ!?
あの反応速度、エックスラウンダーじゃない俺には反応なんかできませんよ!」
「そうそう、そのユニコーン。結局異常動作は?」
「起こりませんでした。その代わりデバッカーがハイになっちゃって、五対一でも敵いませんでした。小鳥さんどんなガンプラ作ってるんですか」
「ハイって、どんな感じに?」
「『このガンプラ凄いよぉ! さすが小鳥さんの廃産物ゥッ!』」
「廃産物!? せめて子供と言って……」
そこで事務所の扉が開いた。元気よく事務所の中に入ってくるのは、左右のサイドテールを揺らす、二人の双子だ。
「お疲れちゃーんっ」
「兄ちゃん来たよーっ!」
双海亜美、双海真美だ。二人は事務所のソファ下に置いてあったガンプラを取り出して、それを組み立て始める。
真美はエールストライクを、亜美がフォースインパルスを組み立てている光景を見ながら、プロデューサーが問いかける。
「てっきり、同じ機体を選ぶもんだと思ってたけどな。お前らの趣味、似たり寄ったりだし」
「うーん、亜美ならインパルスにするかなって思って」
「亜美も、真美ならストライクにするかなって思って」
「二人とも、その機体が好きなのか?」
プロデューサーの言葉に、少しだけ考える二人。
「どっちかっていうと、真美はキラが好きだったからね!」
「亜美も、すっごくシンが好きなんだ! あ、でもデスティニーよりかは、インパルスかな?」
「真美も! フリーダムは好きだけど、ストライクの方が好きかなぁ?」
「……やっぱり似たり寄ったりだな」
100:
苦笑しながら、二人の頭を撫でたプロデューサーに『そうだ』と亜美真美が、何か思い出したかのように呟き、プロデューサーに視線を送った。
「ねぇねぇ兄ちゃん」
「昨日DESTINYを見直してたんだー」
「そうか、どうだった?」
「面白かったけど……なんか引っかかっちゃった」
「うんうん。キラがかっこいい、とかシンが可哀想、とも思ったんだけど、なんか……昔はもっとカッコイイーってはしゃげたはずなのにねって!」
亜美と真美の、それぞれが語る言葉に、フッと息を吐いて、プロデューサーが「それはな」と切り出した。
「なぁ亜美、亜美はシンが好きなんだよな。じゃあ、あの話で誰が正しかったと思う?」
「もちろん! ――あれ、誰だろ」
亜美が、意気揚々と答えようとした瞬間、言葉を止め、考え始める。
「真美はどうだ? あの話は誰が正しいと思う?」
「も、もちろん――ううん、わかんない」
真美も、亜美と同じように答えようとするが、言葉を止めて、首を横に振った。
「キラは正しい。ただそれは一方向を向いた際の結論でだ。キラが出した結論では、普通の世界なら戦争はたぶん止まらないし、シンやデュランダルの求める世界の代替にはならない。
ならシンやレイ、デュランダルの求めた答えはどうだろうな?
デスティニープランで人々を抑制して、抑制できないものは排除する。火種となる前に鎮火をして、二度と大きな争いは起きない世界に――なるかもしれない。ならないかもしれない。それは……その世界を描いていない以上、結論は出せないし、デュランダルが行った事は倫理的に間違いであるとは、誰もがわかるだろう」
「じゃ、じゃあキラが正しいの? シンは間違ってたのかな?」
101:
「シンも間違いなんか犯していないさ。彼はただ正直すぎただけなんだ。
戦争を無くすって、ただそれだけの為に力を得た彼が、できることは戦うことだけだったんだ。だから、彼が間違いだなんて決してない」
そして、と一拍おいて、再び彼は言葉を紡ぐ。
「さっきキラは正しいと言ったな。それと同時に一方向へと向いた際の結論だ、とも。
ああ、そうだ。確かに人の未来に自由はあるべきだ。その代償が、あの世界での戦争である事も仕方がないとは、誰もが思う。
その自由への代償を、キラが背負うと言った言葉の重さも、俺は理解したい。――したいが出来ない」
「どうして?」
「キラの言葉に重みなんて感じられないのさ。彼がやっていた事はただの偽善の塊だ」
「で、でもでも、キラは間違った事なんか……」
そこで、真美の声が止まった。
「分かるよな。ならフリーダムで戦争に介入する必要は無かった。
最初に襲われた時は、そりゃあ仕方がないさ。だって命を狙われたんだ。その状況においても命を奪おうとしなかったキラは、確かに立派だ。
俺もあのシーンはワクワクしながらフリーダムの活躍を喜んださ。
でもその後は絶対に間違いだ。あれを正義だとするのなら、俺は悪で良い」
少し難しかったか、と懸念したが、亜美も真美も今の言葉で納得しているように見えるし、そう思いたい。
「だが逆にシンにも、もちろん非はあるだろうな。それは力が全てだと思い込んでいた事だ。
でもそれは、あの世界、あの状況では仕方の無い事と思う。だからこそ俺はシンを応援したいけど――デスティニープランを認める事はできない。
難しいよなぁ……誰が主役で、誰が正しいのか、正しい世界って何なのか。正しい答えなんか、無いんだぜ。
良いじゃんか、主人公が救われたって。
良いじゃんか、前作主人公と新主人公が一緒に悪を倒すって話で。
でも――そうじゃない。そこで止まらない、魅力を描き切ったDESTINYは、立派なガンダム作品の一つだよ」
二人の手が止まっていた。いつも無邪気で唯我独尊を素で行くような二人が、どこか考え込んでいる。
「その思いを抱いてくれる、新しい子供たちが――ニュータイプって俺は考えてる。
超能力なんかいらない。ただ考える子供になってくれれば、俺はそれこそ、ニュータイプの第一歩だって、そう思うから」
102:
彼女、三浦あずさはこの日オフだった。
大人気である竜宮小町のメンバーである彼女にも休みはある。
とは言っても、本来は仕事があったのだが、プロデューサーが気を利かせて、他のアイドルに仕事を回したのだ。
休日になった理由は、主に次の大きな仕事の為だった。
休日にまで仕事を求められることが、あずさにとっては苦痛より楽しみに近かった。
それは彼女の所にゲームのプロモーションイベントの仕事が届いた為だ。
765プロはアイドル事務所だ。その為華やかな仕事が多く入ってくる。
その中には、未成年に扱う事が難しい仕事も多い。
あずさはそれを理解していた。
未成年に出来ない仕事、成人しているからこそできる仕事。
あずさはそれを拒みはしないし、年齢的に未熟な、妹のように大切な仲間達に、そのような仕事はさせられないと思っていた。
だが同時に、少し不公平だと考えていたのは事実だった。
毎日毎日、グラビアやレースショーのイベントガール、お酒のCM、パチンコイベントへのオファーも多い。
律子もプロデューサーも、非常に優秀で、そのバックアップをする高木社長も極めて聡明だ。
その多くの仕事の中で、健全と言えるものだけを抽出して持ってくるというのは、あずさにとってもありがたい。
103:
だがそれでも、未成年にはさせる事が出来ない仕事ばかり。悪く言ってしまえば、そんな役回りばかりだったのだ。
そんな時――あずさに舞い込んだ仕事が、今回の仕事だ。
常々羨ましいと心のどこかで思っていたのだろう。この仕事が決まった時には、すでにガンダムのBDを買っていた。
ファーストから見直して、涙を流し、時には男の子のように興奮し、そして今――自身が作る、ZZガンダムを見終わった。
――主人公であるジュドーは、最初こそ手が付けられない、いわゆる悪ガキと呼ばれる存在ではあったが、間違ったことを嫌い、妹や友達の為に戦う少年だった。
その少年が大人たちと関わることによって、成長していく。
ニュータイプとしての成長も促され、だんだんと成長していく様は、あずさにとっては息子同然の姿だった。
「次……見ないとね」
プロデューサーから視聴の順番を伺っていた。ZZの後は次の時代である『機動戦士ガンダム・逆襲のシャア』である事を。
あずさはZZのオープニングにしか出てこなかったシャアの存在を、再び見る事が出来ると喜んでいた。
――この時、あずさは間違いなく、一人のガンダムを愛する者だった。
104:
秋月律子は、助手席に座る少女、水瀬伊織に声をかけた。
「どうしたのよ。昨日作り終わったスローネ、中々いい出来だったのに」
「別に。自分の作ったプラモだもの。納得はしてるわ」
ツンとした態度だが、本音ではあるだろう。伊織は下手な嘘をつくような子供ではない。
「ただ……本当にあの機体で良かったのかな……ってね」
「ネーナの事、好きじゃないのね」
機動戦士ガンダムOOに登場する、ネーナ・トリニティは、人気キャラクターではあるものの、その性格は非常に残忍だ。
キャラクターの一人である、ルイス・ハレヴィの幸せを、彼女が壊したと言っても、他言ではない。
「私ね、ルイスと左慈の世界が好きだったのよ。もちろん、仕事だったから、ネーナの事を第一に演じたわ。今でもそれは誇りに思ってる」
当時竜宮小町として売り出し中であった伊織は、ガンダムOOの声優として抜擢された。伊織のファンはもちろん、ガンダムの熱狂的ファンからも非常に好印象を抱かれ、仕事は大成功と言えるだろう。
だが伊織は、ネーナが好きではなかったのだ。自分が好きな、平和な世界を壊したからこそ。
「羨ましいわよね、ルイスは。どれだけ世界を壊されても、どれだけ運命の歯車を壊されても、どこかで左慈と共に居れたから……」
「それは、ネーナも同じじゃないの?」
「同じじゃないわ。最後こそ救われたように見えるけど、彼女の罪が消えるわけじゃない。――私は彼女の罪を許さないわ」
フッと息をついた伊織に、少しだけ沈黙する律子。数十秒程度時間が流れただろうか、律子は口を開いた。
105:
「伊織、なんで貴方がそこまでネーナの事を悪く言うか、わかる気がする」
「何でよ」
「やっぱり好きだからでしょ。ネーナを演じて、楽しいと思ったから。ネーナの事が好きだったから、彼女の犯した間違いが許せないのよね」
「……そうかも」
「変な話よねぇ。人間って、嫌いな人間の悪い所なんて気にしないけど、好きな人間の悪い所は凄く頭に来るの。でも、それには理由があるって、私は思うわ」
伊織が顔をしかめた。
「何よそれ」
「その悪い所を理解した上で好きで居たいって事よ」
ビルの地下駐車場に車を止めて、伊織が車を出る。ここから先は彼女の仕事だ。
律子の仕事は、これから貴音と、事務所に居るはずの亜美を迎えに行くことだ。
「じゃあ任せたわよ、伊織」
「任せなさい。このスーパーアイドル伊織ちゃんに勝るアイドルは居ないって、世間に見せつけてやるわ」
にひひっ、と笑いながら、彼女が歩き出すと同時に、律子がサイドブレーキを上げ、アクセルを踏む。
動き出した車を動かしながら、律子は「人の事言えないけどね」と呟いた。
秋月律子が『機動戦士ガンダム第08MS小隊』を視聴したのはいつだったか。
濃厚な戦闘描写とキャラクターの見せ方、そして恋愛描写は、彼女の中にあるガンダムの価値観を根本から打ち砕いたのだ。
シロー・アマダの生き方を、律子はどこか好んでいた。
甘ちゃんと言われようと、そのまっすぐで逞しい所が、律子は好きだった。
理性的じゃないと言われれば、それまでだ。律子も、シローのそんな所が少しだけ嫌いだ。
だがそれでも、律子はそんな彼を理解したいと思っていた。彼が、キャラクターとして魅力ある存在だったから。
仕事の合間に作ることにしていた、シローの搭乗機であるEz-8は、すでにもう完成していた。
どこか楽しく、どこか嬉しい。彼と同じ機体に乗れることを、心待ちにしている事を、彼女自身理解しているとは言えなかった。
106:
時刻は夜八時。
ようやく見終わる事の出来た、ガンダム作品の視聴会――春香、千早、雪歩の三人は、それぞれ思い思い語り合っていた。
「凄い……凄いよ雪歩! 私ユニコーンの変形シーンで感動しちゃったよ!」
「『重力の井戸の底で』で描かれた、キャプテンとバナージの語りが……心に刺さったわ。
人々も地球というシステムの一部なんていう事は、分かっていたはずなのに、どこか見落としていたのね」
「でも、私はSEEDを見て新鮮だったよ。
私のお父さんとかお弟子さんとか、SEEDはガンダムに非ずって言ってたけど、そんな事なかった。非戦をテーマに、良く描いていたと思うなぁ」
「うんうんっ、デスティニーは少しだけおかしいって思う所もあったけど、SEEDはSEEDで凄く面白かった!」
「逆襲のシャアで人々に絶望したシャアと、希望を捨てないアムロ、二つの思いがアクシズの奇跡を生んだとしたら
……その思いの描き方が非常に繊細だったわね。その後のエンディングの導入も完璧だった」
「エンディングの曲良かったよね、あれT.M.networkの小室さんの曲だったね」
「ガンダムって、音楽との組み合わせがすっごく拘ってると思うんだぁ。
時代に合った、かつガンダムを上手く輝かせる曲選びっていうのかな……私、そういう所もガンダムの魅力だって思うなぁ」
「今までそんな事、考えた事も無かった……。
そうね、歌には思いや力がこもっているんだから、それが作品の魅力を引き出しても、おかしくない……。
私はそんな些細な事も忘れていたのね」
そこで、お風呂が沸いた事を知らせるアラームと電子音声が鳴り響いた。
「あ……そういえばさっき沸かしておいたのよね。春香か萩原さん、先どうぞ」
「ううん、千早ちゃんのお家だもん。千早ちゃんからどうぞ」
「わ、私は最後でいいよ?」
春香と雪歩の言葉に、千早は「分かったわ」と頷き、着替えとバスタオルを持参し、脱衣所に向かった。
107:
「千早ちゃんのお家、堪能する事も忘れて見ちゃったねー、ガンダム」
「うん。……正直、私ずっと思ってたの。ガンダムのお話が出来る友達が欲しいなぁって」
「そうなの?」
「ガンダムって、どうしてこんな魅力的なんだろうって思っても、やっぱり自分の中でまとめるって事が、難しいんだ。
だから誰かとお話して、誰かと語り合って、そして答えを得たいって思う……それが魅力の正体だって思うの」
「対話……って事かな」
「えへへ、そうだね。アムロとシャアみたいに、対話で分かり合えない人たちもいるけど、それでも良いって思うんだ。
それが魅力だと思うし、何より――男の人って感じがするから」
雪歩が、男の人という言葉を好意的に表現することがどこか珍しく、春香が「男の人って感じ?」と聞き直した。
「プロデューサーもそうだけど、言葉で言うより行動する人って、男らしいって思うんだ。
ガンダムは言葉で足りない所を、行動で示して、私たちを魅了する……。
そんなアニメだから、男の子も女の子も楽しめるんだって、私はそう思うよ」
春香が小さく「そっか」と呟き、手元にあった逆襲のシャアを見据えた。
「魅力、か」
――私にはそんな力があるのだろうか。
頭の中でそう考えた瞬間、眠気が来た。
今日はよく眠れそうだ。雪歩の膝に頭をのせて、春香は笑みを浮かべた。
108:
シャワーを浴びながら、如月千早は先ほどまでのガンダム視聴会を思い出し、少しだけ慎ましい胸に手を当て、考えた。
「あの翼が間違っていると思う私は、フリーダムに乗って、いいのかしら」
彼女の心を魅了したガンダム――フリーダムは、確かに続編であるDESTINYでも輝かしい活躍をした。
だがそれでも、その活躍が正しいと思うかどうかは、彼女にとって『否』と答える他なかった。
千早は、SEED DESTINYの主人公である筈のシン・アスカに、他人とは思えない感情を抱いていた。
彼は――妹であるマユ・アスカを失った痛みを背負い、軍人となった。
最愛の弟――優をを亡くし、優の為に、歌い続けなければならない。
そう考えていた自らとシンを、重ね合わせているのだろう。
そのシンの全てを奪う事となってしまったキラを、千早は許せずにいたのだ。
もちろん全てが間違いであるなんて言うつもりはない。キラの行動を多少認めている自分が少なからずある。
だがそれでも――正義とは何か、想いとは何か。
――大切な人達を守る為に戦う者を蹴落としながら、キラは何を望むのだろう。
そう考えた瞬間、キラの言葉に正当性を感じなくなり、千早は愛するフリーダムに対して、良い感情を抱いていない事に気付いたのだ。
シャワーのノブを捻った瞬間、ガラリと風呂場のドアが開く音。
「千早ちゃん、結構な長風呂だけど、大丈夫?」
「は、萩原さん……?」
「あ、ごめんね、まだ洗い途中だった?」
「ええ。でも大丈夫よ、もう上がるから」
「そっか……じゃあ、私いいかな? 春香ちゃんが眠そうだったから寝させてるの」
「ええ、どうぞ」
「あ、あの……よかったら――一緒に入っていい?」
「……へ?」
109:
少しだけ、沈黙の時間。
湯船に二人同時に入る事を想定していなかった為、雪歩と千早は膝を折りながら、その身を湯につかっていた。
「……ねぇ、萩原さん」
「どうしたの?」
「ガンダムを好きな萩原さんから見て、DESTINYのキラは、どういう印象を受けたかしら」
うーん、と少しだけ考えた雪歩は、苦笑をしながら「ちょっと自分勝手……かな?」と答えた。
「でも自分勝手なキャラクターって、居て当然だと思うなぁ。
キラの悪い所は、主人公に切り替わっちゃった所だと思うから、それは脚本と演出が悪いよ。キラは、悪くないって思うよ」
「でも、脚本と演出のせいだとしても、キラを正義と描いている時点で……」
「それは違うよ。ガンダムって、額縁通りに受け取る作品なんかじゃ絶対に無いんだもん」
「それは……どういう意味かしら」
「ガンダムには絶対的な正義なんか決して無いって事だよ。
アムロやシャア、バナージとフロンタルみたいに、どちらの言葉も正しくて、どちらの言葉にも正義がある。
正義の対義語は、もう一つの正義なんだって、そう描くエピソードがガンダムなんだ。
だから、もしキラが絶対的な正義に見えたとしたら、それは脚本と演出の悪さが原因で、キラやシン、アスランっていうキャラクターに罪は無いって思うんだ」
――千早は、その言葉をすぐに受け止める事は出来なかった。
だがそれでも、どこかその言葉に安堵し、笑みを浮かべた自分がいる事に気が付いた。
「……ありがとう、萩原さん」
「えへへ……千早ちゃんとこんな風に、好きなアニメの話が出来るなんて思わなかったなぁ……」
「萩原さんは本当にガンダムが好きなのね」
「まだ宇宙世紀だけしか見てないし、プロデューサーには及ばないけどね」
「でもこれからは、765プロの皆がガンダムを知る事になる。そうしたら、またこうして語らいましょう」
「うん、楽しみですぅ」
千早と雪歩は、そのまま少しのぼせたかと感じるまで、湯船で話合っていた。
風呂場から出た後には、千早の胸に渦巻いていた嫌な感覚は無かった。
110:
「じゃあ、おやすみなさい。春香、萩原さん」
「おやすみ、千早ちゃん、雪歩」
「千早ちゃん、春香ちゃん、お休みなさい」
三者三様の挨拶をしながら、一人暮らしのベッドにしては大きいベッドで目を閉じる。
明日は三人とも仕事がある為に、早めに眠る事が決定したのだ。先ほどまで寝ていた春香だったが、再び寝息を立てていた。
千早も最初は春香の寝顔を見てフッと笑みを浮かべていたが、その内ウトウトし始め、後に寝始めた。
萩原雪歩は、その二人を見ながら先日から今日にかけてまでの、ガンダム上映会を思い出して、笑みを浮かべた。
春香や千早に語った、ガンダムの話が出来る友人が欲しかったという思いは、事実だった。
そして今まで見たことの無かった、宇宙世紀以外のガンダムに触れた事も、新鮮で良い時間だったと思っていた。
その時間を鑑みた上で、今回受けたゲームプロモーションの依頼は、雪歩にとって転機となる機会になるのでは無いかと、彼女は考えていた。
今までガンダムが。福井晴敏の作品が好きとは、アイドルとして言う事が出来ないのではないか、と思っていた。
信じて一緒に仕事をしてきた、アイドルの仲間やプロデューサーにも隠してきたのは、それが理由だった。
だがこの仕事でその趣味が、許されたような気がして、雪歩はどこか重石が無くなったような軽やかさで、二人の寝顔を見据えて眠りについた。
――明日からこの気持ちを持ったまま、仕事に励もう。
そう決めた瞬間、雪歩の意識は微睡みの彼方へ落ちていった。
111:
翌日、765プロの事務所。
千早と雪歩は事務所のソファでプラモデルを組み立てており、春香はそれを後ろから眺めている。
社長室に作られた塗装ブースでは美希が、社長室の机で、最後の仕上げをしている。
真とやよい、亜美と真美は既に仕上げているようで、それぞれ出来た物を見せ合っていた。
あずさと伊織の二人は、春香たちの正面のソファに座りながら、事務所のテレビでガンダムAGEのアニメ第一話を視聴していた。
「そっと……そっと……」
「うぅ……クリアパーツが上手くはめられないですぅ」
「千早ちゃん、そっちズレてるよ!」
「んー、すごくいい感じに塗装できたのー♪」
「貴音ー、そこのマーカー取って欲しいぞ」
「こちらですね。では代わりにそちらの灰色のすみ入れぺんを下さいまし」
「へぇ、長介は凄く上手にプラモを組み立てるんだね。感心しちゃったよ」
「えへへ、長介が手伝ってくれたから、私もあんまり困らなくてすみましたーっ」
「亜美のインパルスはスタイリッシュですな→」
「真美のストライクだって、めっちゃいけてんじゃ→ん」
「うーん、少しラーガンさんが頼りないわねぇ。リュウさんのようにとは言わないけど、少しは時間を稼いでくれないと」
「ていうか敵MSもカッコ悪い攻撃の仕方するわね。一話でこんな盛り上がらなかったら、子供が見なくなっちゃうんじゃない?」
それぞれがそれぞれ、しなければならない事を行っていると、社長が事務所の中心で、声を上げた。
112:
「うぉっほんっ! みんな、少しいいかね?」
皆の視線が集まったことを確認して、プロデューサーと律子が視線を交わす。
「今から、来月行われるガンプラバトルプロモーションイベントのチーム分けを発表する」
『チーム分け?』
アイドルたちの疑問形が聞こえて、プロデューサーが「ああ」と返事した。
「今回のプロモーションイベントでは、他の事務所のアイドル達と一緒に、トーナメント形式で戦ってもらう。
三人一組のチームで組んでトーナメントを勝ち抜き、優勝を目指すというものだ。
優勝すれば今後のCMは全て、そのチームに任される事となる」
「何よ。765プロ全員の仕事って言ってたけど、他の事務所も参加するのね」
「とは言っても、プロモーションに参加出来るチームはうちの事務所チーム四つを合わせて六つまで。
俺たち765プロはシードとして特別に予選を免れているが、本当なら今頃、予選として様々な事務所の子達と戦っている筈だったんだ」
「うちは何で免除受けたんだ?」
「以前からうちはバンナムさんの仕事を沢山請け負ってきたからな。それにプラスして、伊織が居るっていうの一番デカかった」
以前ガンダムの声優として活躍した伊織の事が目に留まり、是非にと声がかかったという事だ。
「さて。話が逸れたが、そのプロモーションも来月まで迫っている。
プロモーションイベントのオープニングではライブも行う予定だから、そのチームでの活動が今後も増えて行くと思う。
皆には余計なお世話かもしれないが、そのチームワークを、ファンの皆に見せつけてやれ!」
『はいっ!』
113:
元気良く返事をしたアイドルの視線を一つ一つ確認してから、プロデューサーは「まずはAチーム」と、視線を自分の持つ紙に落とす。
「Aチーム――天海春香、如月千早、萩原雪歩の三人」
「一緒のチームだよ、千早ちゃん、雪歩!」
「ええ。一緒に頑張りましょう」
「あ、足を引っ張らないように頑張りますぅ!」
「Bチーム――菊池真、高槻やよい、双海真美の三人」
「おっ、この間ボクのチームは二人とも年少組か。よし、じゃあボクが引っ張っていかないと!」
「真さん、よろしくお願いしますーっ」
「まこちん、ヨロヨロ→ッ!」
「Cチーム――プロジェクト・フェアリー。星井美希、我那覇響、四条貴音」
「あ、ミキ達はまた同じだねー」
「オーソドックスな気もするけど、やっぱこのメンバーが完璧だなっ!」
「ふふ、共に高みを目指しましょうね、美希、響」
「Dチーム――竜宮小町。水瀬伊織、三浦あずさ、双海亜美」
「こっちも普段通り。面白味が無いわね」
「うふふ。でも、いつも通りだからこそ、出せる力もあるわよね」
「そ→そ→。エクスプロージョンに来た兄ちゃん姉ちゃん達に、亜美たちの力見せつけてやろうよ!」
「プロモーションよ……」
「Aチーム――天海春香、如月千早、萩原雪歩の三人」
「一緒のチームだよ、千早ちゃん、雪歩!」
「ええ。一緒に頑張りましょう」
「あ、足を引っ張らないように頑張りますぅ!」
「Bチーム――菊池真、高槻やよい、双海真美の三人」
「おっ、この間ボクのチームは二人とも年少組か。よし、じゃあボクが引っ張っていかないと!」
「真さん、よろしくお願いしますーっ」
「まこちん、ヨロヨロ→ッ!」
「Cチーム――プロジェクト・フェアリー。星井美希、我那覇響、四条貴音」
「あ、ミキ達はまた同じだねー」
「オーソドックスな気もするけど、やっぱこのメンバーが完璧だなっ!」
「ふふ、共に高みを目指しましょうね、美希、響」
「Dチーム――竜宮小町。水瀬伊織、三浦あずさ、双海亜美」
「こっちも普段通り。面白味が無いわね」
「うふふ。でも、いつも通りだからこそ、出せる力もあるわよね」
「そ→そ→。エクスプロージョンに来た兄ちゃん姉ちゃん達に、亜美たちの力見せつけてやろうよ!」
「プロモーションよ……」
114:
それぞれがそれぞれのチームでまとまると、律子が「はいはい注目っ!」と喝を入れる。
「今後の仕事は、このチーム分けで組むことが多くなると思うわ。
オープニングでのライブイベントもこのメンバーで行うし、本番までにきっちりチームワークを育んでおく事! いいわね!?」
『はいっ!』
「よしっ、じゃあ今日の仕事に向かうわよ!」
皆が仕事に行くための準備を開始する。その姿を見ながら、社長がうんうんと頷いていた。
「いやはや、アイドル諸君は逞しく育ったものだね」
「そうですね。俺の自慢のアイドルです」
「ふふ、そうかね。だが――気を付けたまえ」
社長の声色が少しだけ低くなる。
「黒井の奴が、何か企んでいるようだ。大々的なイベント前だから、下賤な事は仕掛けてこないだろうが」
「大丈夫です。以前ならいざ知らず、今の彼女たちは、黒井社長の妨害になんか、屈しませんから」
「その言葉良し。可能な限り私の方でもバックアップしよう。では――検討を祈るよ」
その言葉を最後に、プロデューサーは春香たちと一緒に事務所を出て、仕事へと向かっていった。
第二部「プロモーション準備編」完
116:
第三部「プロモーション初戦編」
その日、日高愛は緊張を隠せずにいた。
朝早くから家を出て、師に乞うた教えを守るかのように、ランニングを始めていた。
彼女は肩まで伸びたボブカットヘアが印象強い、小さな少女だ。
まだ齢十四というにはあまりに育ちの良い体つきとは裏腹に、やはり年齢に適した精神を持つ少女である。
ランニングは、物の十分で終了。それ以上は準備運動には適さないと判断し、競歩の感覚で帰宅する。
帰宅した頃には、彼女の母親も行動を開始していた。
「おはようママッ」
「おはよう愛。どうしたのよそんな汗だくで」
母親である日高舞は、かつてこの国のトップアイドルとして世間に認められた存在だ。
まだまだその美貌を残していて、ついこの間は再び芸能界の世界へと戻ってきた。
「今日は、あのプロモーションだから!」
「愛、子供の頃からガンダム好きだもんね」
「うんっ!」
「そりゃ、楽しみなわけね。それよりシャワーだけでも浴びてきなさい。汗臭いアイドルとして認知されるわよ」
「うぁっ、それだけはいやっ!」
バスタオルと着替えを持って浴槽へと駆けた彼女を端目に、舞はリビングの机に置かれた一つのガンプラへと視線を向けた。
マスターガンダム。機動武闘伝Gガンダムの敵機体にして、今の時代にも認知される、大人気機体である。
マスターガンダムを扱うパイロット、東方不敗の生き様を描くかのような、その荒々しい雰囲気を持ったそのプラモを見ながら、舞は浴槽へと向かう。
117:
「なんでゴッドとかじゃ無かったの? 愛ってば、ドモンが凄く好きだったじゃない」
少しの沈黙。シャワーの音で舞の声が聞こえなかったのかと彼女は考えたが、再び声を出す前に答えが返ってきた。
『少しは……師匠の気持ちが分かるかなぁ……って思って』
「師匠って……東方不敗?」
『うんっ!!』
浴室という密閉された空間で、愛の声は良く響く。
舞は「何で東方不敗の気持ちを理解したいのよ」と聞き返した。
『私ね、ドモンがすっごく好きだったから、ドモンが師匠に勝ってくれて、本当に嬉しかったんだ。
――でも、その勝利は、ドモンだけの力じゃなくて、シャッフル同盟達と、それこそ師匠のおかげなんだって、思ったの』
「それで?」
『何で師匠は自分の夢とか願いとか、そういうもの全部捨てて、ドモンに笑いかける事が出来たんだろうなぁ……って。
そう考えたら、師匠の事が、良く分かんなくなってきちゃった』
「その答えを見つけるために、マスターガンダムを選んだのね」
「そうっ!!」
浴槽の扉を開けて、生まれたままの姿で愛が飛び出してきた。元気な子供だ。舞はフッと笑みを浮かべて、彼女の頭にバスタオルをかけた。
「プロモーション、遅れるわよ」
「遅れないよーっだ!」
べーっと舌を出し、嫌味ったらしい言葉を言いながらも、何だかんだで可愛い我が子を見ながら、舞は「朝ごはん、さっさと食べちゃいなさい」と言って、台所へと向かった。
125:
事務所の前に、大きなワンボックスカーが止まっていた。
運転席にはプロデューサーが居て、助手席には律子が。そして後部座席には、765プロの面々が座り、嬉々として皆で会話をしている。
その車の外で「じゃあ、皆の活躍、テレビで見てるわね」と送り出しているのは、事務員の小鳥だ。
彼女の言葉に、アイドルたちは口を揃えて『行ってきますっ!』と声を上げた。
「じゃあ、留守番お願いしますね、小鳥さん」
「音無さんも参加出来ればいいんですけどね」
「ふふ、私はゲームが発売されてから楽しみますから」
そう会話を終わらせたプロデューサーが「行ってきます」と言いながら、アクセルを踏むと走り出す車。
その姿を、手を振りながら見送る小鳥だった。
車内は、皆その手にプラモデルを持ちながら笑顔であった。
春香もその一人だ。彼女は隣に座る千早と雪歩のプラモデルを見て「わぁ」と歓喜の声を上げた。
「千早ちゃん、フリーダムすごくカッコいいね!」
「ええ。苦労はしたけど、その分良いものが出来上がったわ」
「雪歩のユニコーンも。よく二体も作れたね」
「えへへ……実は、もう一機ユニコーンは組み立ててるんだ。虹色のサイコフレームタイプを」
「そっちも早く見たいなぁ……プロデューサーさんっ」
「んー、どうした春香ー」
運転席で運転をするプロデューサーに話しかけると、彼は運転をしながら応じてくれた。
「RGのガンダムって、今から作れば間に合いますか!?」
「んー……そうだな。決勝戦は会場の都合上明々後日になるから、決勝まで残っていればギリギリ間に合うと思う」
「じゃあ、今日帰ったら作っちゃいます!」
意気揚々としている春香を見て、千早が笑みを浮かべると、雪歩も笑みを浮かべた。
126:
事務所を出て一時間弱で、今回プロモーションを行う会場についたアイドル達は、先んじてスタッフたちに挨拶を行い、楽屋へ移動した。
楽屋では、美希が何やらまだプラモデルを作っているようで、春香が「何してるの?」と声をかけた。
「パーツの塗装が終わったから、これからリペアⅡを作るの!」
「えっと……エクシアだっけ」
「そうだよ。エクシアリペアⅡって言うんだ。カッコいいし、肩にビラビラがついて無いの!」
確かに、既に美希が組み立て終えているエクシアの肩部パーツに、何やらプラスチックパーツがある。これがどうにもカッコ悪く見えるのだろう。
と、そこでノックの音が聞こえて、アイドルたちが楽屋の扉を見る。
「お、陣中見舞いが来たわね」
律子が楽屋の扉を開けると、そこには彼女たちにとって見知った顔である三人が居た。
「こんにちわ、皆さんっ!」
「私たちも、今回のプロモーション、参加させて頂くことになりました」
「……お手柔らかに、お願いします?」
765プロと共に仕事をする事が多い芸能プロダクション、876プロのアイドルである。
日高愛。
かつて最高のトップアイドルと呼ばれた存在、日高舞の一人娘であり、当初こそ隠して活動していたが、彼女自身も既に有名なアイドルとして認知されている。小柄ながら元気が良いという事で『突撃豆タンク』と称される事がしばしば。
秋月涼。
律子の従弟として、876プロで男性アイドルとしてデビューをしようとした所、女性アイドルとして活動をする事となった男の子である。
先日、オールド・ホイッスルと呼ばれる有名音楽番組で、自らが男性アイドルである事を告白した彼であり、女性ファンは急上昇したが、同時に『こんなに可愛い子が女の子であるはずがない』として、未だ男性人気も高い。
水谷絵理。
かつてネットアイドルとして人気を博していた彼女は、後に876プロで本物のアイドルとしてデビューした。
最初こそ、その音量の低い声とハキハキとしていない物言いではあったものの、愛や涼と共にトップアイドルへと近づくにつれて、その態度は少しずつ改善へと向かっていった。
127:
「愛ちゃんたち、予選勝ち上がったんだね!」
「はいっ! 皆さんとの戦いを、心待ちにしてたんですっ!」
春香が嬉しそうに彼女たちに近づくと、真が既に涼の元へ。
「涼は何のプラモ作ったんだい?」
「あ、ボクはトールギスⅢです」
『新機動戦記ガンダムウイング、Endless Waltz』で、ゼクス・マーキスが搭乗した、トールギスタイプの三番機だ。
高機動高火力が魅力の大人気機だ。
「へぇ! Ⅲって旧プラしか無かったと思うけど……」
「えへへ、旧プラとRGガンダムのフレームを流用して、作ってみました」
「絵理は何を作ったの?」
「……これ?」
伊織の問いに、絵理がプラモを差し出す。
『機動戦士ガンダムAGE』のアセム編で登場した主人公機『ガンダムAGE-2』である。
変形機構と、AGE-1から受け継いだ換装システムを持ち得る、ガンダムAGEの中でも人気の機体でもある。
「あ、兄ちゃんと同じAGE-2だっ!」
「あれ、でもプロデューサーさんのは、黒くて海賊みたいな奴だったよ?」
「……それはダークハウンドで、これは、AGE-2の、ノーマル?」
「そういえばアンタ、ガンダムAGEで声優やってたもんね」
絵理は『機動戦士ガンダムAGE』のアセム編でメインヒロインであるロマリー・ストーンを、仕事の一環で演じた事があり、そのプロモーションも兼ねているのだろう。
「じゃあ、私たちと戦うんだね」
「はいっ! 春香さん達と戦えることが、すっごく嬉しいですっ」
128:
「あは、何だか面白い事になりそうなの。ねぇハニー、他に参加する事務所ってわからないの?」
「ん、ああ。予選は色んな所が参加してたからな……。
876プロにCGプロのチームが幾つかと、こだまプロの新幹少女も参加してたし、東豪寺プロの魔王エンジェルも参加してたが、結局もう一つのチームは伏せられたままだった」
「情報は伏せられてるわけですね……まぁその方が燃えるってもんですよね」
「そうだなっ! まぁどこのアイドルが出てきたって、自分たちにかかればなんくるないさーっ!」
そこで、楽屋の内線が鳴り響き、プロデューサーがそれに出る。
「はい、765プロ楽屋です」
『内線で失礼いたします。これより場当たりを行いますので、ステージにお越しくださいますか?』
「了解しました。――じゃあ皆行くぞ!」
『はいっ!』
プロデューサーの声で、皆が一斉に表情を変えたところを、彼が一瞥する。
――よし、問題ない。
プロデューサーは確信し、率先して楽屋を出て、ステージへ向かった。
129:
リハーサルは予定通り終了。ステージの構成自体は元々合った通りにしただけだったが、そこで謎が一つ。
「あと一組は最低でもチームがあるはずなんだが……」
リハーサルになっても、876プロ以外の参加チームがわからないという事だ。
近くのスタッフに聞いた所「私には分かりかねます」と返事を返されてしまった。
「……おかしいな」
顎に手を当て、しばらく考えるが、答えが出るわけでもなく、彼は律子に声をかける。
「じゃあまず最初、俺たちの機体を使ってプロモーションの前座に入るから」
「はい」
「その後、876プロの面々が入場してミニライブを行った後に、765プロの特別メドレーでライブ、大丈夫か?」
「大丈夫です」
「よし。じゃあスタンバっておけ」
「ふふ、ブライトねぇ」
更衣室へと向かった律子を見送り、自身もパイロットスーツを着込む。
仕込みとはいえ、律子とプロデューサーがこうしたプロモーションに出るのは、あくまで余興のようなものだ。
本来ならバンナムの人たちが自分たちのプラモで戦い、こういうゲームである、という説明をする場なのだが、そこは765プロのプロデューサー達がやっても、問題は無いのだろう。
――律子のファンのディレクターが、喜んでくれればいいんだが。
忙しそうに動き回っているイベントディレクタ―に視線をやりながら、彼はカバンの中からAGE-2ダークハウンドを取り出した。
130:
それから数時間後。既にステージは満員。会場出入口も閉められている。
会場の男女比は6:4と言った所か。プロデューサーはそれを見ながら「よし」と、まずは876組を視線に捉えた。
「別事務所だから、変な事は言えないけど、君たちも頑張ってくれ!」
『はいっ!』
愛、涼、絵理が元気よく返事を返してくると、今度は視線を自慢のアイドルたちに向けた。
「今日来たお客さんは、必ずしもお前たちのファンだけじゃあない。ガンダムを愛し、ガンプラを愛する人達だ。皆はまず、それを理解してほしい」
頷く皆。「だが」と発したプロデューサー。
「お前たちもガンダムを愛する子達だ。気取らず、焦らず、お前たちに出来る最高のステージにすればいい!」
『はいっ!』
「よし、なら俺と律子は行ってくる。皆、期待してるぞ」
プロデューサーと律子が、パイロットスーツのヘルメットをかぶり、映像転写用の筐体に入り込むと、それが開始の合図となった。
131:
『コイツ――動くぞ!』
アムロ・レイのセリフと共に、会場のざわめきが大きくなる。
会場のメインステージでは、モニターにRX-78-02【ガンダム】とMS-06Ⅱ【ザクⅡ】のシャア専用機が映り込む。
『ガンプラの性能の違いが、戦力の決定的差でない事を、教えてやる!』
次にシャアのセリフだ。会場の熱気は既に最高潮。
この様な中で、自分たちはミニライブを行うのだろうか、と思いながら、その緊張を高めていたその時だった。
会場の転写機が、ダークハウンドを映した。
ダークハウンドはストライダー形態からMS形態に変形をしながら、ビームサーベルを構え、それを振り切った。
それに応戦するのは、Ez-8だ。
Ez-8はサーベルでそれを受け流した後に、ビームライフルを掴んでそれを放つ。
銃口からわずかに逸れたダークハウンドが、Ez-8を蹴りつけ、アンカーを射出してEz-8を捉えようとするが、それをもサーベルで弾き返す。
二機が一瞬の沈黙をした後、再びサーベルを振り切った所で、映像が終わった。
『君の手でガンプラを作り上げ、君の手で戦う!』
『認めたくないものだな……自分自身の、若さ故の工作技術というものを』
『新時代のガンダムバトルシミュレーションゲーム!』
『ガンプラ・ビルドバトラー!』
『2015年夏、バンナムプロショップ公認店で、稼働開始予定!』
132:
イベントステージに光が灯る。876プロのライブスタートの合図だ。既に使用曲の【HELLO】のイントロに入っている。
「行ってきます!」
「うん、頑張って!」
愛たちが、ステージへと駆けて――歌い、そして踊り始める光景を見て、会場の興奮はさらに高まっていく。
愛たちが踊っている背景で、彼女たちがこれから搭乗するモビルスーツの稼働映像が流れるのも、中々乙なものだった。
【HELLO】を歌い終わると、それぞれのソロ曲が歌いだされる。
まずは愛の【ALIVE】が。
次に涼の【Dazzling World】が。
次に絵理の【プリコグ】が流れ、愛たちのパフォーマンスは終わる。
『皆さーんっ! ガンプラ・ビルドバトラーの発表会にお越し頂き、ありがとうございますーっ!』
『私たちもガンダムの一ファンとして、このゲームのプロモーションに参加出来て、凄くうれしいです!』
『感謝、感激です……!』
思い思いに言葉を連ねると、彼女たちはそこそこにその場を抜ける。もうパフォーマンスは765プロの出番だ。
「皆、良い?」
春香の言葉に、765プロメンバーが全員頷いた。春香はその視線を確認した後、手を前に差し出す。
その手に重なっていく多くの手を感じると、春香が叫ぶ。
「行くよ――765プローっ!!」
『目指せ――トップアイドルっ!!』
139:
765プロのパフォーマンスが始まった。
まずは全員による開始楽曲『READY!!』が始まる。
始まりを思わせる歌詞と、それに合わせる軽やかな印象が強い曲だが、力強く歌われるそれに、観客も合わせて乗り始める。
一番のサビを歌い終わった所で、竜宮小町が先頭に出て、楽曲が『SMOKY THRILL』に切り替わる。
小悪魔的な歌詞とそのダンス、そしてバックステージに映像が浮かび上がるガンダムスローネドライ、ZZガンダム、フォースインパルスガンダムに、会場は騒めく。
誰がどの機体を選んだか、協議の声まで聞こえる程だった。
竜宮小町以外のメンバーはバックに徹しながら、少しずつ舞台裏へと向かう。
既に竜宮小町以外のメンバーが、真、真美、やよいの三人――Bチームのみとなった時、曲は『七彩ボタン』に切り替わっていた。
先ほどまでとはうって変わり、美しい歌詞とメロディが流れると、今度はサンライズ協力のキャラクターアニメが流れ出す。
ネーナ・トリニティとジュドー・アーシタ、シン・アスカの映像が流れ出すと、観客もそのアニメ映像に歓喜を抑える事が出来なかった。
そして曲が切り替わると、竜宮小町の面々はバックへと移る。
楽曲は『shiny smile』で、爽やかなメロディが流れると同時に、先ほどまでバックダンサーに徹していたBチームの三人が全面に出る。
先ほどまでと一緒で、キャラクターアニメが流れ出す。
ドモン・カッシュ、キラ・ヤマト、ガロード・ラン――三人のキャラクターが登場して動く様が会場を沸かし続ける。
曲が切り替わる。Bチームの面々が次に歌うのは『Honey Heartbeat』だ。
アップテンポな曲調と同時に、今度はシャイニングガンダム、エールストライクガンダム、ガンダムXの三機がそれぞれ映し出される。
今度は観客に協議されるまでも無く、真がシャイニングである事を割り出されていた。
140:
反応は上々だが、ここで終わる765プロでは無い。
Bチームの楽曲が終わると同時に会場一帯が消灯するが――そこで、メロディが流れ出す。
プロジェクト・フェアリーの『オーバーマスター』だ。
激しいダンスをする美希、貴音、響と情熱的な歌詞――
同時に映し出されるガンダムエクシア、スターゲイザーガンダム、ストライクノワールガンダム。
サビに入ると、その時既に誰も、どのメンバーがどの機体を選んだか等、気にしていなかった。
曲が切り替わる。今度はダンスに激しさは無く、沈黙と同時に美希が『READY……』と呟き、メロディが流れる。
オーバーマスターのカップリング曲として、ひそかに人気を誇る『KisS』だ。
儚げな曲調と悲恋的な愛を描いた歌詞と共に、キャラクターアニメが流れ出す。
刹那・F・セイエイ、セレーネ・マスグリフ、スウェン・カルバヤンのアニメと共に踊る三人の姿は、誰の目にも扇情的に映った事だろう。
曲が終わると同時に、今度は激しい音楽と共に春香、千早、雪歩の三人が舞台中央に入り込み、同時に『始まる……!』と声を出す。
次の曲は、Aチームによる『inferno』
激しい曲とどこか感じられる愛情を込めた歌。この曲のセンターは千早。春香と雪歩はそのサポートに入っている。
今度のアニメーション映像は、アムロ・レイ、キラ・ヤマト、バナージ・リンクスの三人で、宇宙空間をバックに、悲壮感漂う映像が流れている。
サビに入る前に、春香と雪歩が全力で叫ぶ。
『インフェルノ――!!』
会場が湧き上がる衝撃が、アイドルにまで達するが、それで怯む彼女たちでは無い。
全力で歌う三人と、それをバックアップするようにコールする観客、それはまるで芸術のように華麗で情熱的でもある。
曲が終わると同時に切り替わるメロディ。今度は物静かな雰囲気と、どこか雪景色を思わせる曲調だ。
曲は『Little Match Girl』
センターは雪歩。
軽やかなダンスと、はにかみながら歌う雪歩と、その後ろで踊る春香と千早。
バックは雪景色の中漂う、ガンダム、フリーダムガンダム、ユニコーンガンダムの三機だ。
映像と合わせて、雪歩の表情がどんどんと笑顔になり、サビに入る時には彼女のテンションは最高潮。汗と共に溢れ出る活力が、観客を魅了した。
曲が終わると直前に、違う曲のメロディが流れ出す。
同時に舞台裏に隠れていた全765プロの面々が登場し、フォーメーションを組んで、次の曲に備える。次の曲は『CHANGE!!!!』
センターは――春香に。
『READY!!』の続きを思わせる歌詞とメロディ、そしてそのダンスで、観客は、声が枯れんばかりに叫びだす。
先ほどまで全く765プロに興味が無さそうにしていた観客でさえ、その流れに乗ったほどだ。
手拍子、そしてダンス、それらが全て完璧と言える状態で曲が終わった瞬間、拍手が会場を包み込んだ。
141:
息を切らしながらも、周りの観客に手を振り続ける春香たちは、各々マイクを片手に、言葉を発する。
『皆さん、今日はイベントに来ていただき、ありがとうございますっ!』
『私たち765プロ全員で、皆さんを歓迎します』
『わ、私……ずっとガンダムが大好きで、こういうイベントに参加出来る事が、本当に感激ですぅ!』
『僕たち全員、まだまだガンダムの歴史の少ししか触れてない若年者ですけど、ガンダムを愛する一人一人ですっ!』
『んっふっふ→、会場の兄ちゃん姉ちゃんも、ガンダム愛してる→!?』
湧き上がる観客と、それに呼応するように『いえーいっ!』と声を上げる真美。
『でもでも、イベントはこれだけじゃあないんですよーっ!』
『そうそうっ、この伊織ちゃんの活躍が、この程度で終わるなんてあるはず無いでしょ?』
『だよね→! 亜美たち、もっともーっと、会場をドカーンッと騒がしちゃうからね→!』
『うふふ、若い子たちに負けていられないのが、大人の辛い所ですよねぇ』
『あは☆ あずさってば、まだ全然若いから、いつでもニュータイプになれるのっ』
『だなっ、子供は皆ニュータイプになれる可能性を秘めてるんだから! 自分は完璧だから、すぐニュータイプになっちゃうぞ!』
『ここに居る会場の皆さま方も、いつまでも清い少年のような心をお持ちの方が多いと思います』
『うんうんっ、だから皆さん、このゲームを皆で盛り上げて、ニュータイプになりましょう!!』
春香の言葉で〆た765プロの面々が、手を振りながらバックステージへ戻っていくと――
142:
舞台が暗転したと同時に、ざわめきが。こんな事、リハーサルでは無かったからだ。
「まさか……!」
嫌な予感と共に、一つの考えがプロデューサーの頭の中によぎる。
リハーサルの状態も隠し、参加グループの情報まで予め伏せておくことが出来るような人物、そんな事が出来るのは、一人しかいない。
『子供は皆ニュータイプ……? ハッ、くだらねぇぜ』
声が聞こえる。会場に響き渡る声は、誰もが聞き覚えのある声だった。
『でももしそうなら、ニュータイプよりもっと強い人たちがいるはずだよね。だって僕たち、強くてカッコよくて、もう最高っ!』
今度は可愛らしい口調ではあるものの、ハッキリと男の子の声が聞こえて、765プロアイドル達が困惑している。
『勝利こそ全て――勝者こそがニュータイプと呼べるんだったら、俺たちがニュータイプって事なんじゃないかな……?』
綺麗な男性の、しかし色気のある声が、女性の表情を明るくする。観客も気づいたようだ――彼らは。
『ならニュータイプって奴は、俺たち――
ジュピターにこそ相応しいってもんだぜっ!!』
ライトアップされ、ステージ中央に三人の男たちが。
少し跳ねた茶髪の髪の毛と、その端麗な顔立ち、そして鋭い視線が印象強い少年――天ヶ瀬冬馬。
緑色の髪の毛をまとめてオールバックにした、小柄な可愛らしい少年――御手洗翔太。
綺麗な金髪を逆上げて、その細く綺麗な目つきを女性に向ける、背と足の長い青年――伊集院北斗。
765プロと、ライバル位置にある事務所である、961プロ所属のアイドル――ジュピターによるパフォーマンスが始まった。
ジュピターの代表曲と名高い『Alice or Guilty』の、激しくも華麗なダンスと、男性の芯がある声に魅了される女性のガンダムファンの姿も見える。
それだけでは無い。元々ジュピターには男性ファンも多く、会場の盛り上がりは、全てジュピターが攫って行ったと言っても過言では無い状態になっているのだ。
143:
「やってくれる……!」
ギリッと歯ぎしりをしながら、なおジュピターのダンスを認めるように、プロデューサーが笑みを浮かべると、その彼に話しかける、初老の男性。
「ウィ、驚いたかね? 765プロのヒヨッコ諸君?」
「黒井社長……!」
律子が振り返りながら、その男を確認する。
彼が、黒井嵩男。961プロの社長であり、かつては敏腕プロデューサーとして名を馳せた男である。
「どんな卑怯な手を使ってくるかと思えば……こんな真正面から来るとは思いもしませんでしたよ」
「ノンノン。卑怯な手などは、所詮は小物がやる事。
私やジュピターにそんなものは必要無く、真正面から叩き潰す――ただその事実のみが必要なのだよ」
当然根回し程度はするがね――と付け加えながらも、黒井社長が尋ねる。
「どうだね、ヒヨッコから見た私のジュピターは」
「……正直に言いましょう。最高のコンディションでしょう」
「だろうな。リーダーである冬馬は大のガンダムファンだ。この仕事が来た瞬間、不眠不休でガンプラを作り始めた。
――既に完成品があると知っていながら、なおの事な」
既に楽曲は『恋をはじめよう』に切り替わっている。
バック映像はプロデューサーの見る限り『機動戦士ガンダムAGE』に登場したヴェイガンのMSであるクロノス。
『機動戦士ガンダムSEED』に登場した初期ガンダム五体の内の一機であるバスターガンダム。
果ては『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』に登場した最強のMSであるストライクフリーダムガンダムの姿が。
元々の色が黒であるクロノスを除き、バスターもストライクフリーダムも、主要色を全て黒色の塗装にしてあるので、改造してある事が前提だろう。
そもそもクロノスに関しては簡易プラモデルである『AG 1/144』キットしか販売されていない。
「冬馬が後の二人に、作り方や改造の指南をしていた。これで最高のコンディションで無いはずがない。
――貴様らに勝ち目など、万に一つも有り得などしないのだよ」
「……やって見なければ分かりませんよ」
「ふむ、ならば――やってみるかね?」
144:
黒井が取り出したのは、漆黒のガンプラ――『新機動戦記ガンダムW』に登場するガンダムである『ガンダムエピオン』であった。
HGのウイングガンダムを元に改造されたのであろうそれを見据えながら「これより戦いのルール説明がある」と言葉を投げた。
「そのルール説明における映像担当は君とそこの秋月律子が担当する筈だったろうが――私と君の一騎打ちとしよう」
「そんな勝手が……!」
「私を誰だと思っているのだね?」
黒井が視線を横に向けた瞬間、彼の元にスタッフが駆け寄り、彼に黒色のパイロットスーツを渡した。
準備は既に万全で、根回しは既に完了しているという事だ。
「まぁ、君のガンプラも三流事務所のプロデューサーにしては中々の出来であると認めてやろうじゃあないか。
その出来に免じて――この黒井に牙を剥く機会位はやろう」
「……公開処刑になったとしても、文句は受け付けませんよ」
プロデューサーは、ガンプラを再び手に持った。
既にステージは終わり、会場の熱気はジュピターが完全に持って行った状態だ。
もう、プロモーションは黒井の言う通り、ゲーム説明の時間に入っている。
『ではこれより、スタッフによるゲーム実演プロモーションに移らせて頂きます』
新人声優によるナレーションが入ると、黒井社長は一機の投影用の筐体に乗り込んだ。
「プロデューサー……!」
「行ってくる。皆のフォロー、頼んだぞ」
「でも!」
「戦争じゃない。氏ぬわけじゃあないんだ。――それに少しでも、皆をコケにされた胸糞悪さを払いたいんだ……!」
145:
筐体に入り込んだプロデューサーは、扉にロックをかけてスキャナにガンプラをスキャンさせる。
その様子が会場内にも映され、説明されているようなので、少しだけ気恥ずかしくなるのだが、その気持ちを抑えながら、プロデューサーは開始を待つ。
『ガンプラスキャナにて読み込まれたプラモデルは、その細部にまで拘りぬかれたCG技術により、完全再現されます。
さらにそのガンプラの完成度を数値化し、初期性能として還元をします』
これは元々誰もが知っていた事実だ。が、その次にされた説明は、プロデューサーも初めて聞いた。
『完成度の数値化については、次の要素が五段階で評価され、その合計数が高ければ高いほど、機体の能力として還元されます。
素材剛性、関節稼働性、関節保持力、工作精度、表面処理精度、塗装・印字精度――
この六つの要素が全て五段階で評価されれば合計数は三十――最強レベルの機体能力が還元されます。
逆に、全てが一段階で評価されれば機体能力レベルは六程度。
いかにガンプラの性能を引き出す製作技術を持っているかが、勝利の鍵を握っているのです』
プロデューサーの機体レベルが映し出される。合計数値は『28』で、最強レベルに近い性能を誇るという事だ。
(当然だ。寝る間も惜しんで仕事の合間にコツコツと作ったコイツが、そう安いレベルで評価されてたまるもんか……!)
黒井のプラモデルは、と気にはなったが、敵のレベルは数値として見えはしない。
プロデューサーはさっさと戦いが始まらないかと、少しウズウズしていた所だ。
146:
『合計数値はあくまでレベルの数値化であり、このレベルに追加して、それぞれの完成度の高さが勝負の鍵となります。
例にするならば、いかに関節可動性が高く機動力に優れたガンプラを作ろうとも、表面処理や塗装が疎かになれば、ザクマシンガンの一撃で蜂の巣になる事もあり得るのです。
逆も然り。いかに表面処理が適切で防御力が強固であっても、関節可動性が悪ければロックオンや攻撃をする際のスピードや性能が著しく低下してしまうでしょう』
なるほど――と観客が頷いていた。確かにただ自分の作ったガンプラで戦える、というだけでは芸が無い。何かしら追加要素が欲しい所ではあっただろう。痒い所にも手が届く仕様という事だ。
『では、ここで今回のプロモーションの演出担当である、961プロダクション社長である黒井社長のガンプラバトルで、皆さんへ実際のバトルを、ご紹介致します』
黒井社長だけを紹介するのかよ――と毒づきながらも、プロデューサーも目立つのはあまり好きではない。これだけ多くの観客の前で彼を叩きのめせると考えよう。
彼は、画面に『一番機、出撃してください』という文字が出た瞬間に、フットペダルに力を入れた。
「ガンダムAGE-2・ダークハウンド、行きますっ!」
背部スラスターが稼働すると同時にカタパルトが動き出し、ダークハウンドを戦艦から押し出した。
ステージは宇宙空間であり、プロデューサーはフットペダルを踏む力を弱めて、黒井社長のエピオンを待つが、まだ紹介が終わっていない。
『ウィ、ご紹介ありがとう。私が961プロの社長である黒井です』
当然だが、会場は静かなものだ。
ジュピター自体に知名度はあれど、それは彼らの人気によるもので、961プロというプロダクションで人気が出たわけでは無い。
彼を知っている人間は少ないだろう。
『これから私が、このプロモーションの実機映像を担当いたします。――この【ガンダムエピオン・ネーロ】でね』
147:
黒井のエピオンが出撃し、全体映像がスクリーンに映し出されるが、プロデューサーと黒井にとって、そんな事は関係なかった。
声優によるゲームの案内はあるものの、プロデューサーはそれを聞き流し、黒井のエピオンに接近していた。
エピオンは射撃武器を一切持たない機体であり、黒井のガンプラ【エピオン・ネーロ】でもおそらくそれは同様だろう。
プロデューサーはランサーに搭載されたドッズガンを牽制で放ちながら接近し、ビームサーベルを構え、それを振り込んだ。
エピオンネーロはビームソードでそれを受け切りながら、左腕シールド先端のヒートロッドを叩きつけるように向けたが、その攻撃はもう一本のサーベルで受け切り、肩部のバインダーからアンカーを射出し、ネーロを捉えようとしたが、その時には既につばぜり合いから離れ、距離を取っていた。
――機体性能は互角。
なるほど大した物だ――とプロデューサーは感心した。
彼が作ったものであるにしろ無いにしろ、黒井社長のエピオンは確かに性能が高い。
高機動を誇るプロデューサーのダークハウンドからの攻撃を全て受け切り、あまつさえ逃げ切るなど、765プロの子達で作り上げたガンプラではおそらく出来なかった事だ。
『君のガンプラも、中々いい感じにノワールではないか』
「そりゃどうも――行きますよ!」
プロデューサーが動く。もう一度アンカーを射出してネーロを捉えようとするが、そこは全て避け切り、ビームソードを構えて接近してくる。
だがそのタイミングでダークハウンドを変形させ、距離を取る事に成功したプロデューサーは、距離を取りながらドッズガンを放った。
着弾。数発が火花を散らしながらネーロの装甲を焼いたが、それこそ装甲が少し変色した程度で、大したダメージにはなっていないだろう。
148:
だがそれでもいい。プロデューサーはストライダー形態で逃げながらもドッズガンで牽制しながら、ネーロをかく乱させる。
スピードにおいて、プロデューサーのダークハウンドを超える機体など、Zガンダムでも作っていない限りは無理だろう。
「――ここだ!」
かく乱をしつつ、隙を見つける作業が十秒ほど続いた後に、プロデューサーはネーロの真後ろをとって、人型形態に変形しながらビームサーベルを構えた。
その時だった。
ネーロの背部から、薄い虹色の光が一瞬プロデューサーの目に入り込み、彼は危機感を覚えて機体動作を止めた――が、時は既に遅し。
「月光蝶システム……!」
『ウィ! このガンプラ凄いよぉっ! さすが冬馬の最高傑作ぅっ!』
黒井社長のテンションがおかしいと笑う事すら出来ない。
プロデューサーのダークハウンドが、ネーロの背部から発せられた光に当てられた瞬間に分子レベルにまで解体され、崩壊した。
すぐに撤退したので、全体までは壊されていないが、それでも――!
『貧弱貧弱――765プロの貧弱プロデューサーがぁっ!』
光を発しながらビームソードを構えて、接近してくるネーロだが、その攻撃を防ぐ手立てが無く、プロデューサーはスラスターを吹かしながら後退するが――
無残にも、最期はソードに切り裂かれ、そこで勝負は終了した。
149:
プロデューサーは、呆然とした表情のまま、ぼそりと一言呟いた。
「月光蝶とか反則じゃあないか……!」
エピオン・ネーロの背部には、月光蝶システムの装置が組み込まれていたようで、そのナノマシンを直に受けてしまったのだと認識した時には既に時遅く、彼のダークハウンドは敗北していた。
観客も、作りこまれたガンプラの性能に湧き上がり、765プロの面々は驚きを隠せない様子だった。
「悪いな皆……勝てなかったよ」
「そんな! ハ――プロデューサーは強かったの!」
「そうですよ! 黒井社長が月光蝶を隠してなければ、プロデューサーだったら負けて無いはずです!」
真の励ましに「ありがとな」と応じはするものの、彼女の言うとおりだとは、彼には思わなかった。
仮に自分が月光蝶を読んでいたとしても、それを避ける術――そして、避けたとしてもいかに攻撃を仕掛けるか、そのプランが全く見えないのでは、倒せるという考えも沸いて来ない。
「――まぁでも、俺の敗北なんてどうでもいい。それどころか、皆少しばかり、怒ってるんじゃないか?」
自分たちのパフォーマンスを邪魔されて、プロデューサーを小バカにされて。
「これからプロモーションゲームが始まる。――その悔しさをバネに、頑張ってくれ!」
『はいっ!』
アイドルたちの返事が聞こえると同時に、アナウンスが流れる。
『十分間の休憩を挿んだ後に、イベントアイドルの方々による、バトルトーナメントを開始します』
観客が、待っていましたと言わんばかりに盛り上がる。
ゲームの内容もそうだが、このイベント見たさに集まってきた観客と言っても、過言では無いからだ。
『三人一組のチームに分かれ、三対三のチーム戦を三試合行います。
勝ち残った一組ずつが決勝トーナメントに進み、明後日のチームバトルロワイヤルに進むことが出来るのです』
まずは――と、そこで一瞬アナウンサーが言葉を閉ざすと、スクリーン全面にチームの写真が流れる。
『765プロAチーム、天海春香・如月千早・萩原雪歩の三人チームと、ディアリースターズ日高愛、水谷絵理、秋月涼の試合を行います』
150:
十分間の休憩など、すぐなものだ。
天海春香は、久しぶりに着込んだパイロットスーツの感触を思い出しながらも、すぅっと息を吸って、吐いた。
「じゃ――じゃあ、行こう!」
「ええ」
「が、頑張りますぅ」
春香の声と共に、千早と雪歩も応じて、三人は筐体の中に入り込んだ。
「雪歩っ」
そんな時、雪歩の筐体にプロデューサーが近寄り、その雪歩が持つプラモデル、ユニコーンガンダムのデストロイモードを取り上げた。
「バグは取り除いた――とは思いたいけど、とりあえず念には念を入れて、ユニコーンモードだけで戦う事だ。良いな?」
「あ、うぅ……は、はい」
少し残念そうな雪歩を見るのも、プロデューサーは少し悲しかったが、雪歩の身を案じ、とりあえずは心を鬼にする。
ガンプラのスキャンを開始する。
春香のガンダムは、総合レベルが17と表示される。中の下と言った感じだろうか、と認識した所で、千早のフリーダムガンダムが20と表示され、続けて雪歩のユニコーンガンダムが20と表示される。
「こう見ると、俺のプラモって出来栄え良いんだな……」
プロデューサーのダークハウンドは28だったのだ。
だとすれば、黒井のエピオン・ネーロや小鳥の作ったガンプラは一体どれほどのレベルで表示されるのだろうか、と思考を巡らせた所で、アナウンスが入る。
『これよりバトルトーナメント、一回戦を始めます』
151:
会場前面に映し出される、六機のガンプラと六人の少女たち。
春香とガンダム、千早とフリーダムガンダム、雪歩とユニコーンガンダム、愛とマスターガンダム、絵理とガンダムAGE-2、涼とトールギスⅢが共に写し出され、観客がオオッと沸いた所だ。
春香たち三人は、何となくの予想が出来ていたとはいえ、876プロの三人が、この機体を選んでいる所が驚きだったのだろう。
「それにしても、プロモーションにはガンダムタイプを選べって話だったのに、涼ってば何でトールギスなのかしら」
「突き詰めていけばトールギスもガンダムの一機ではあるしな。聞いた話だと涼君がスタッフに土下座して頼んだらしい」
「あの子……色んな意味で男の子になっちゃって……」
従弟の事を思う律子だが、プロデューサーも何となく分かるものだ。
彼だって本当はMGのクロスボーンガンダムX1改でプロモーションに出る気満々だったのに、HGのみでとお願いされて、仕方なく試作途中のAGE-2・ダークハウンドにしたのだ。涼はHGサイズで自作までした。それで戦いたいに決まっている。
「……ていうか、出来かなりいいじゃないか。涼君のトールギス」
画面に表示されたプラモレベルは25と表示され、自分のダークハウンドに匹敵する出来であることに感心する。
「あの子、プラモ作るのは上手なんです。予選もあの子の力量で超えてきたみたいです」
「となると――油断は禁物だな」
『ガンプラファイト――レディ、ゴーッ!!』
そのアナウンスと共に、勝負が始まった。
152:
『一番機、出撃してください』
というモニター文字に従って、春香は顎を引きながら声を上げる。
「天海春香、ガンダム――行きまーすっ!」
フットペダルを踏み込むと、それと同時にカタパルトが動き出し、ガンダムが宇宙空間に射出される。
近くには円筒型のコロニーがあり、デブリ群などは見当たらない。障害物が無い状態だ。
続いて千早のフリーダムガンダムが、そしてユニコーンガンダムが隣接し、それぞれライフルを手に取った。
『春香、萩原さん。秋月さんのトールギスがどう動くかが分からない。まずは相手の出方を見て、戦力を計る事から始めましょう』
「了解。雪歩、ユニコーンモードだけだけど、大丈夫?」
『う……うん。元々ユニコーンモードだけでも、高性能な機体ではあるから――大丈夫』
と、意志疎通を済ませた所で、熱源反応をキャッチ。高速で近づく二機の機体が。
「トールギス?」
『いいえ――AGE-2よ!』
絵理のAGE-2が、ストライダー形態で飛行しながら、その上にマスターガンダムを乗せている。
ゲタ代わりに使われながらも、AGE-2の速度は衰えを知らず、そのまま接近する。
『仕掛けます――っ』
ユニコーンのビームマグナムが、粒子を一瞬圧縮しながら、それを放つ。
亜高速で伸びるビームをヒラリとかわしながら、AGE-2は接近し、ストライダー形態を解除した所で、雪歩のユニコーンに襲い掛かる。
『くぅ……!』
『雪歩さんの相手は、私……!』
マスターもその背を降りて、近づいてくる。マスターの狙いは――春香のガンダムだ。
『春香さん、お手合わせ願いますっ!!』
「愛ちゃんっ!」
153:
ビームサーベルを引き抜きながら、愛のマスターに向けて振りかざすと、その拳がそれを受け流しながら、攻撃に転じる。
一撃、二撃――拳が数回ガンダムを襲った所で、その脚部で思い切り蹴り飛ばす。
宇宙空間の無重力を高速で漂うガンダムに向けて、マスターがその掌を前面に突き出し、大きく円を描くように動かした。
『十二王方牌大車併っ!』
梵字の出現と同時に、小さなマスターガンダムが多数生み出される。それらがガンダムに向け、迫ってくるのだ。
「何これっ!?」
春香は驚きながらそれに向けてバルカンを放つが、それらは器用にバルカンを避けつつ、ガンダムに接近してくる。
『春香っ!』
千早のフリーダムが、愛のマスターに接近し、ライフルを放ちながら、右手でサーベルを構え、それを振り込んだ。
ライフルのビームを避けながら、フリーダムのサーベルを受け切った愛は『千早さん、貴方の相手は私じゃないですっ!』と叫びながら、それを受け流した。
フリーダムの左側面から、何やら鞭のようなものが伸びて、フリーダムのライフルを焼く。ビームロッドだ。
『秋月さん――!』
『貴方の相手はボクだっ!』
春香には、遠目で千早と涼のガンプラが戦っている様子しか見えないが、こちらもボーっとはしていられない。
小さなマスターガンダムを避けながら何とか応戦するものの、次第にそれがガンダムにまとわりつき、ダメージを与えてくる。
――それだけならばまだ良い、問題は……!
『山笑紅塵っ!』
ガンダムのメインモニターが落ち、エネルギーが大幅に失われる。この消費自体は時間と共に回復していくが、今この時は身動きが取れない。
そこで、愛のマスターが駆けてくる。
拳がいくつにも見えるような乱舞と共に、愛の怒号が聞こえる。彼女が本当にアイドルであるかどうかが疑わしい所だが、観客は沸きっぱなしだ。Gガンダムのファンは、彼女のラッシュに歓喜しかしていない。
154:
「こ――のぉっ!」
メインカメラとエネルギーが復活し、ガンダムの動きが戻る。サーベルを構えてマスターを牽制しながら、脚部スラスターで距離を取る。
――動きは、マスターガンダムの方が上だ。
「なら――!」
春香はライフルを構えて引き金を引き、そのままバルカンで牽制する。
愛はそのままビームとバルカンを避けながら接近しようとするが、春香はその接近を見逃さず、ライフルで対応する。
愛のマスターとガンダムの動きが止まった所で、愛が力強く叫んだ。
『――流派! 東方不敗が最終奥義っ!!』
マスターが、その二つの掌でエネルギーを凝縮し、それを拳形の気功弾として構えた。
『石・破・天・驚・拳――っ!!』
拳を前面に押し出すと同時に放たれた気功弾が、そのまま春香のガンダムに向けて襲来する。
その巨大な気功弾を避ける術が無い春香は、シールドでそれを防ごうとしたが、それは叶わなかった。
強大な力が春香のガンダムを襲い、そのダメージを蓄積させていく。
あと少し――あと一撃、その拳を受ければ、ガンダムは宇宙の藻屑となる寸前で――何とか耐えきったのみだ。
『――私の、勝ちですっ! 春香さんっ!』
「負け――負け、ちゃうのか……」
155:
春香は、先ほどの衝撃で揺られ、軽く目の前がふら付いている状態で、愛の言葉を聞いて、ふと声に出した。
――負ける。私が、負ける。
――トップアイドルなんて……勝負に勝ちたいだなんて言っておいて……!
「……まだ、まだだよっ! 愛ちゃんっ!」
撃墜寸前。あと拳一つで落ちる身でありながら、春香は諦めていなかった。
サーベルを構え、そのまま愛のマスターに挑む。その動きは鈍く、愛のマスターにすぐやられるものだと、誰もが感じていた。
だが、愛のマスターがそれに応戦した動きも、先ほどまでの動きと違った。
『石破天驚拳』の衝撃は、愛の作ったガンプラでは、受け切る事が出来ないほどの大技だった。愛はそれを分かっていながら、春香に向けて放ったのだ。
『だからここからは、私と春香さんの、本気のバトルなんですよっ!!』
「うんっ、楽しもう愛ちゃんっ!!」
サーベルと、拳の鍔迫り合い。春香の動きと、愛の動きは、ほぼ同等。
二人はしばし、その一騎打ちを堪能していた。
156:
千早と涼の対決は、極めて『戦場らしい』戦いとなった。
コロニーの外壁――その拡張ドッグらしき場所に隠れたフリーダムを操る千早が、ハッ、ハッと、短く呼吸をしていた。
その向かい側でも、同じく格納庫に隠れていたトールギスⅢの涼も、同様の呼吸をしている。
涼のトールギスは、遠距離戦闘も近距離戦闘もこなす、オールマイティの機体である事は間違いない。
だが千早のフリーダムも、射撃戦に特化こそしているものの、その格闘能力も大したものだ。
二人の実力はほぼ互角。問題として、トールギスの工作レベルがフリーダムより優れている為に、千早が冷静にそれを有利とさせない戦い方をしているに過ぎないのだ。
『秋月さん――貴方強いのね』
『千早さんこそ、こういう遊びには無縁な人と思っていました』
『そうよね、私もそう』
フッと、息継ぎなのか溜息なのか分からない息を吐き出しながら、千早は操縦桿を軽く動かす。
『ねぇ秋月さん。貴方はどうしてそんなにガンダムが好きなの?』
『子供の頃から、ボクをワクワクさせてくれるアニメでした。他のアニメとは違って、いつだって新鮮な気持ちでボクを魅了するんです』
『そう……いえ、それが分かればいいわ』
それ以上の言葉はいらないと、千早が言うと同時に、彼女は動いた。
157:
フリーダムの背部にある六枚の羽根を広げ、っそのまま背部ビーム砲を構え、引き金を引いた。
ビームはコロニーの外壁を沿うように伸びて、一つの外壁を溶かした。
その外壁から、トールギスⅢは姿を現し、右肩のアタッチメントのメガキャノンを放った。
通常射撃でも高出力を誇るそのメガキャノンだが、千早はそれを物ともしないスピードで避け、ビームサーベルを抜き放ちながら、背部の二門ビーム砲とサイドアーマーの二門レールガンを同時に射出した。もちろんそれぞれ、頭部や腕部、脚部などの別部位を狙いながら。
『甘いっ!』
トールギスは急速に上昇をかけて、それらを避け切ると同時に、シールドからサーベルを抜き放って、フリーダムと激突する。
サーベルの鍔迫り合う音だけが聞こえて、少しだけ耳が犯される気分ではあったが、千早はそれを気にせず、サーベルの出力を落とした。
出力を落とすと同時に上半身を落とし、横振りされたサーベルが頭上を過ぎる。
その目の前にある腹部装甲にフリーダムのビームサーベルが一突きすると、それを見越していたかのように、トールギスのサーベルがフリーダムの両腕部を切り落とした。
『肉を切らせて――骨を断つ!』
『くっ……!』
158:
ダメージは既に二人とも、限界まで来ている。腹部を突かれてスピードが思ったように出せないトールギスと、スピードは出せるものの、火器が残り背部ビーム砲、サイドアーマーのレールガン、頭部のバルカンのみとなってしまった。
『……千早さん。あの人はこう言っていました。一流と二流の差は、いつだって思いの強さだって』
『そうね』
『だからボクは一流のつもりだ!
他の事で二流って、三流だって言われても良い。――でも、ガンダムの事で、そう言われるつもりはないっ!』
『なら私は二流でいい――ガンダムを思う強さで二流と言われようが、この勝負に勝ちたいって気持ちが、一流ならばそれでっ!』
『それでボクに敵うものならっ!』
メガキャノンの銃身が二分割され、その高出力ビーム砲が放たれようとした時――フリーダムの頭部から、バルカンがばらまかれる。
ビームを凝縮していたメガキャノンの砲身にバルカンが命中、それが火花を散らして爆発した瞬間には、千早は既にレールガンを展開、そして放っていた。
脚部と腕部に命中。その強固な装甲を破る事は出来なかったものの、その後に放たれた背部ビーム砲の直撃で、トールギスはもう、動くことは無かった。
千早のフリーダムは、今の衝撃でもう動くことはできなかった。ゲーム上の演出で、フリーダムの装甲が灰色になって、そのまま宇宙空間に漂っていた。
159:
雪歩は追い詰められていた。
絵理のAGE-2に対する、有効な攻撃手段というものが無い事が、その理由となっていた。
ビームマグナムの残弾は後二つ。この二つを使い切れば、後はビームサーベルと背部バズーカ砲、ビームバルカンしか残っていない。
AGE-2は、今どこにいるのか定かではないが、その高機動性を生かして、すぐにでもヒットエンドランを挑める位置に居るに違いない。
雪歩は感覚を研ぎ澄ませながら、息継ぎをしている――その時だった。
ピピッと警報が鳴り響き、AGE-2のハイパードッズライフルが飛来する。
それをシールドで受け切ったユニコーン、そして射撃元を確認しようとする雪歩の視線がそれを捉えた。
ストライダー形態で接近するAGE-2。
今なら――とビームマグナムの銃口を向けるが、その前にハイパードッズライフルのビームがマグナムを焼き、雪歩はそれを放棄する。
爆ぜながら宇宙の藻屑となるそれを端目に、雪歩はシールドを構えながらサーベルを抜き放ち、ビームバルカンを無差別に放つ。
AGE-2はストライダー形態からモビルスーツ形態に変形し、両手にビームサーベルを構えた。
振り下ろされると同時に速度を含んで振り下ろされるサーベルの衝撃は、雪歩を筐体ごと揺らす。
『この勝負……私の、勝ち……?』
『ま、まだまだ……』
『諦めた方が……無難っ!』
160:
サーベルを振り切ってユニコーンと距離を取ったAGE-2は、ハイパードッズライフルを構えてそれを放つ。
高出力のビームは、ユニコーンの左腕部を落とし、なおユニコーンを狙う。
(負けちゃう――負けちゃうのかぁ……ごめんね、ユニコーン。こんな、ダメダメな私で……)
目を伏せ、絵理の言うように諦めた方が無難だと認識した瞬間――雪歩の眼前が薄く赤色が光った。
『NT-D』と表示された液晶を見ながら「え」、と声を漏らし、なお雪歩はその液晶に触れ――
その瞬間、ユニコーンは文字通り『変身』した。
ユニコーンガンダムの白い装甲が、裂けるように分裂を開始し、赤いフレームが赤い発光現象を起こす。
装甲が分裂を起こして変身するに従って肥大化するボディ、そして最後にユニコーンの一本角が割れて、V字アンテナに切り替わった瞬間――
ユニコーンは駆けた。
一瞬だった。
一瞬でAGE-2の元に近づいたユニコーンは、その背部にマウントされたビームサーベルを構え、それを振り込んだのだ。
瞬時に危険と判断し、サーベルでそれを受け流して、ストライダー形態で距離を取った絵理は、自分がいかに瞬時の判断が優れていたかを再認識しつつ、なおその恐怖で呼吸を忘れていた事を思い出した。
『絵理、そのまま逃げなさい!』
絵理の専属プロデューサーである尾崎の声が聞こえてくるが、絵理はそこで『愛ちゃんと、涼さんは……?』と尋ねた。
『秋月さんは既に落とされている。如月さんも一緒に落ちてるから痛み分けよ。
後は日高さんと一緒に、冷静になってあれを落とせばいい。日高さんが天海さんを落とすまで、粘るのよ』
『……難しい!』
背後にユニコーンが迫る。その速度こそAGE-2に分があるものの、その推進力は無限じゃない。
それはユニコーンも同じである筈なのに――なぜだろう。追いつかれる気がする。
絵理は冷や汗をかきながら、ユニコーンに対する対処法を必氏に考えていた。
161:
彼――プロデューサーは、その手に持ったデストロイモードのユニコーンガンダムを握り閉めながら、唖然とした表情を浮かべていた。
「なんで――だって、デストロイモードは、ここに!」
「プロデューサー、どうやら揺れのレベルは、十分運用レベルだそうです。身体に影響を与える揺れは、確認できません」
「それなら幸いだが……どういう事なんです!?」
律子が雪歩の筐体を急ぎ確認しているスタッフと話している。
今回雪歩は、ユニコーンモードのプラモデルしか読み込ませていない。
これが異常動作でなければ何なのだろうか。
「分かりません……」
「分かりませんって――ログデータは取ってるんでしょう!? なら原因なんてすぐに――」
「ログデータに異常なんか無いんですよ……! 強いて言うなら彼女――萩原雪歩が搭乗しているって事くらいですっ!」
162:
雪歩はハッキリとする意識の中で、まるで自分で無いかのような動きで操縦桿を動かしている事に驚いている。
「システムが、勝手に動かしている――わけじゃない」
自分が動かしている感覚がする。プラモデルはユニコーンモードしか入っていなくとも、デストロイモードの操縦が出来ている。
これはどういう事だ――と考えはするものの、その理由は分からない。
外では筐体の近くで異常動作の理由を探しているスタッフもいるが、揺れは許容レベルだ。
ならば、問題は無い。
バルカンを放ちながら接近しているが、ストライダー形態で逃げる彼女に追いつく術が無い。
だが――雪歩には出来る気がした。このユニコーンならば、と。
フットペダルをさらに踏み込む。速度は既に限界ギリギリだったが、それを超えさらに加速する。
ストライダー形態のAGE-2に少しずつ近づいていく。百、九十、八十、七十、六十――五十に近づいた所で、バルカンを今度は狙いを定めて放つ。
エンジン部に被弾したAGE-2の速度が弱まる。ユニコーンは速度そのままでサーベルを構えながら接近し、先端部のハイパードッズライフルを切り落とす。
『な――っ』
『これで、五分五分ですぅっ!』
163:
MS形態に変形したAGE-2が、両手でサーベルを一本ずつ掴み、ユニコーンの動きを待つ。
雪歩も、急ぎ彼女を倒して、春香の元へ行かなければ――その思いを抱きながら、彼女はフットペダルを踏み込んだ。
右腕部に展開したサーベルを構えながら、加速するユニコーンと、それに応じるAGE-2。絵理も覚悟を決めたか、逃げず、かつ攻めに転じる。ユニコーンの腕部はあと右腕部しかない。その隙を付けば――そう感じる攻撃だった。
『絵理、無理をしないで! 日高さんが戻ってくれば、まだ勝機は――』
『逃げない……!』
『絵理……?』
『もう、私……逃げないって、決めたから……!』
AGE-2の二対のサーベルが振られるが、それを一本のサーベルで受け切ったユニコーンが、今度はその脚部を振り込んできた。
AGE-2の腹部に入り込んだ脚部が、AGE-2を宇宙空間を漂わせると同時に、バルカンを放てるだけ放ったユニコーン。
それを受けながらも『まだ……まだ!』と声を上げる絵理。
もう二機とも限界に近かったが、先に限界が来たのは――AGE-2だった。
サーベルを構え、振り切ろうとした所で――機体が火花を散らして、動かなくなった。
『え――嘘』
『嘘じゃないわ、絵理……頑張ったわね』
『嫌だよ……頑張るって言ったんだ……大好きな、ガンダムだから、頑張るって……』
静かに爆ぜていき、宇宙の塵と化したAGE-2の声は、もう聞こえなかった。
雪歩は、はぁはぁと息継ぎをしながら、その場で留まり、機体と自らの体を休ませていた。
164:
愛がガンダムを見始めたのは、母である舞の影響だった。舞はZガンダムの大ファンで、それ以降のガンダム作品を愛に良く見せていた。
その中で愛のお気に入りはやはり、機動武闘伝Gガンダムだった。
ロボットアニメとしての面白さを追及するだけでなく、しっかりと描き切ったその一種の『戦争』の様子は、愛にとって『正義』というものの道しるべになった。
ドモン・カッシュと言う主人公と、それを支えるシャッフル同盟、そして何より最強の敵であり最強のライバル――
そして何より最強の師である『東方不敗』の生き様は、まだ子供だった愛にも、強く響いたのだった。
だがそれでも、彼が間違いだと愛は感じていた。
それは主人公で、大好きだったドモンの敵であるという事も含まれているが、一番は彼の望みが、愛にとって許容し難い事であった。
東方不敗は、デビルガンダムの力を用いて、地球人類の抹殺を企てていた。
地球を害する存在として人間を――人類を抹頃する事が、地球を救う唯一の方法だと感じていたのだろう。
だがその野望は、最愛の弟子であるドモンによって打ち砕かれ、彼は笑みと共に散っていった。
その生き様を愛は格好いいとも思っていたが、一つだけ納得できない事があった。
なぜ彼はDC細胞にも犯されず、地球の事を思いやり、人類を抹頃しようと考えていながらも、最後はドモンに笑みを浮かべる事が出来たのか。
なぜ師匠として、弟子であるドモンに対して、最後まで師匠であり続ける事が出来たのか。
――私には分からない。
愛には、それが理解できなかった。
165:
もうどれほど、鍔迫り合いを繰り返しているだろう。覚えていないが、愛はモビルトレースシステムの中で、拳を振り続けていた。
底なしの体力と言われる事の多い愛だが、さすがに通信ケーブル類の繋がれた重いパイロットスーツと、彼女の動きにリンクするモビルトレースシステムで戦いながらでは、体力も底に着く。
春香もそれは同様だったが、彼女の場合はビームサーベルを振るトリガーを引く動作のみなので、愛よりは体力に余裕があった。
それでも機動性は愛のマスターガンダムの方が上で、それを体力で補っているだけに過ぎない。
もう、二人は限界だった。体力的にも――機体的にも。
愛は、静かにその腕部に力を込める。右腕に薄紫のオーラがまとわりつき、それがエネルギーとなる。
『ダークネス――』
足に力を込めて、思い切り駆け出すと、足場が彼女の動きに合わせてベルトコンベア式に動き出して、彼女がそのまま筐体に突撃しないようにするが、それでも筐体の前面に勢いよく飛び出したのは、突撃豆タンクたる彼女の力量が物を言うのだろう。
『フィンガー――っ!!』
背部スラスターが稼働すると同時に、掌に込められたエネルギーが押し出される。
先ほどの『石破天驚拳』とは違い、ただエネルギーを含んだだけの直接攻撃にしか過ぎないが――それ故に、その威力は高い。
春香は、覚悟を決めたようにビームサーベルを一本掴んで、それをダークネスフィンガーに向けて、振り切った。
バチバチと音を鳴らしながら、それぞれの機体に衝撃を送っていく。愛のマスターガンダムも春香のガンダムも、もう装甲はボロボロだった。
166:
『私の――勝ちです、春香さんっ!!』
だが耐久度は愛のマスターが有利。後数秒、ダークネスフィンガーの衝撃を受け続ければ、春香のガンダムは、もう落ちる――
そう、彼女はこの瞬間『慢心』した。
――バカ娘が。最後の最後まで気を抜くでない。お前はワシの何を見ていたのだ。
声が、聞こえた気がした。
――足を踏ん張り、腰を入れて、最期まで気を抜くで無いと、あのバカ弟子にも教えたではないか。
『あ――ああ……!』
春香のガンダムが動いた。
今もなお掴んでいる右手のビームサーベルとはまた別に、春香は左手でもう一本ビームサーベルの柄を掴むと――その柄のサイズが延長され、ビームジャベリンとなって愛のマスターガンダムに向けて突き出した。
勝ちと慢心していた愛には、そのジャベリンを避ける術も、防ぐ手立ても無く、ただそれが腹部に突き刺された。
エンジンが落ちる。メインカメラが落ち、愛の力も抜けていく。
『負けた――』
――ああ、その通り。貴様は負けたのだ。
『でも……そうやって、声をかけてくれるんですね……なんで、何で師匠は、そうやって、人に――皆に優しく出来るんですか?』
――ワシも忘れとったのよ。人は、受け継いで生きていく。貴様が母親から、その強き心を受け継いでいたように。
愛のマスターガンダムは爆ぜる。
その瞬間、春香たち――Aチームの勝利が確定した。
会場が沸き出しても、春香が現実に引き戻されたのは、それからしばらく経ってからであった。
167:
――愛は忘れていたのだろうか。
否。忘れてなどは居なかったのだ。
彼女はただ、確認したかっただけなのだ。
師匠が最愛の弟子に、その想いと力を受け継がせたように。
愛もまた、舞から受け取っていたではないか。
『ALIVE』という歌に乗せ、その想いと心を。
168:
春香と千早、そして雪歩はしばし放心していた。
勝ったという実感が沸かなかったのだ。
無論ファンは大盛り上がりだ。
ただアイドルがガンダムをちょっと動かす程度のプロモーションを想像していた彼らにとって、アイドルがアニメさながらの戦闘を繰り広げたのは、驚き以上の感覚があったのだろう。
「……私たち、勝った……んだよね?」
「ええ。――そうらしいわ」
「何だか……おかしな感覚」
言葉では言い表せられない、勝利の美酒に酔うという行為。彼女たちはその感覚に戸惑っているのだ。
「お疲れさん。雪歩のトラブルもあったけど、とりあえずは何とも無くて良かったよ」
プロデューサーがミネラルウォーターを持って彼女たちに激励を送る。
春香達がそれを受け取って笑みを浮かべると、そこには既に着替えを終えた真、やよい、真美の三人が。
「次は、真達なんだね」
「うん。――相手はジュピターだよ」
視線の先には、三人の男子たち。
天ヶ瀬冬馬、伊集院北斗、御手洗翔太の三人だ。
「よう、菊池。お前がシャイニングか――へぇ、元々シャイニングの出来がいいってのもあるが、良く出来てんじゃん」
「そっちこそ――それ、クロノスって言うんだっけ?」
「ああ。――お前らに、力の差って奴を教えてやるよ」
冬馬と真の短い会話。二人は静かな闘気を残しながら、そのチームメイトである四人は軽く挨拶を交わしながら、自らが乗り込む筐体へ。
「じゃあ春香――決勝で会おうね」
「頑張りますっ!」
「あまとうなんかちょちょいと倒しちゃうかんねっ!」
戦いに赴く三人に向けて手を振る春香達と、淡々と筐体に乗り込むジュピター達。
三人のガンプラがスキャナにセットされた時、アナウンスが流れ出した。
『ではこれより、バトルトーナメント二回戦、765プロBチーム対ジュピターの試合を、開始いたします』
169:
「菊池真、シャイニングガンダム――行きますっ!」
真は脚部に取り付けられたカタパルトに押し出された後、その無重力下に押し出された。
ステージは月面近くの宇宙のようだ。
ならば――と視線を、後に続くやよいに向ける。このステージならば、彼女のサテライトキャノンが有利に働くはずだ。
「あれ、真美。その装備は――」
真もガンダムは良く見ていたが、彼女の操るストライクガンダムのバックパック装備は、見たことが無い。
――なぜなら、彼女は映像作品内で出てきた装備の【全部乗せ】装備で出撃していたからだ。
『うっふっふ→、まこちんは知らないかもしれないけど、これちゃ→んと映像化されてるんだよ? HDリマスチャンでね!』
「それを言うならリマスターだと思うけど……そうだったんだ、知らなかった」
後に真が、その装備が【パーフェクトストライカーパック】である事を知るのだが、それは後々の話。
とにかく彼女は「なら、早い所ぼく達が有利に戦えるところを探そう」と切り出した。
「映像を見る限り、向こうは高火力機を多く揃えている。ボクが先頭に立って、真美が援護、その隙をやよいのサテライトキャノンで狙い撃つ作戦が――」
『そんな見え見えの作戦、やらせるわけねぇだろ』
冬馬の声が聞こえた。スピーカー自体はチーム用になっているはずなのに――
『聞かなくてもバレバレ、だぜ!』
ビーム砲が迫る。真がやよいを突き飛ばして彼女を庇い、真美のストライクがその射線に向けて、その大型ビーム砲の砲身を向けて、放つ。
それをビームシールドで受け切ったストライクフリーダムの姿が見えた。
170:
『冬馬、俺が真ちゃんと戦っていいかい?』
『任せるぜ。翔太はどうする?』
『ボクはやよいちゃんと戦いたいな! あの大きな砲塔、カッコいいし!』
『なら俺が双海だな――全員、制限時間は五分だ。観客を沸かせるには、それ以上いらねぇ!』
冬馬の声が、実質勝負が始まるゴングそのものだった。
まず動いたのは翔太のストライクフリーダム――背部のウイング六枚を稼働させながらやよいのガンダムエックスまで近づくと同時にビームサーベルを掴んで、それを振り切ってくる。
それにやよいが応じようとする前に真のシャイニングが横から伸びて、ストライクフリーダムの顔面を殴った。
『北斗くーんっ、ちゃんと引き付けてよ!』
『悪い悪い。女性を惹きつけるのは、俺の仕事ってね……!』
彼――伊集院北斗の操るバスターガンダムのライフルが数発、真のシャイニングを襲う。
それを避けながらもやよいのアシストをしようと視線を向けていたシャイニングの眼前に、バスターガンダムが近づいてきた。
「自殺行為だ――!」
シャイニングガンダムの拳がバスターガンダムに襲い掛かる――
そう誰もが思っていた所に、バスターガンダムの砲身がシャイニングの横っ腹を強く殴打した。
「何――!」
『冬馬製作の、何層にもプラ板の仕込まれた砲身を、舐めない方がいいよ、子猫ちゃん』
「何とぉ――っ!」
舐めたつもりは無かったが、確かに慢心はあったのだろう。
真は今の絶叫でその慢心を払いながら、ビームサーベルを引き抜いた。いくら砲身の強度が高かろうが、ビームの前では無力のはず!
「やよい! 北斗さんはすぐに片づける! しばらくは持ちこたえて!」
『は、はいですっ!』
言うまでも無く、やよいは高出力ビームライフルとビームサーベルを用いながら、ストライクフリーダムの攻撃をいなしていた。問題は――
171:
真美は動けないでいた。
なぜだろう、真美は目の前の機体に向けて、その対艦刀を構える事しか出来なかった。
クロノス。機動戦士ガンダムAGEのアセム編で登場した、デシル・ガレッドの機体だ。
エックスラウンダー専用の機体として用意されたその漆黒の機体は、モビルスーツというより化け物という外観と言った方が、イメージに近いだろう。
『どうした、双海。来いよ』
『あまとうの癖に、生意気だ』
『生意気でもなければ、あまとうでもねぇ――来なけりゃこっちから行くまでだ』
掌に仕込まれたビームサーベルを構え、クロノスが接近する。
そのスラスター性能も攻撃に移る際の処理能力も、真美のストライクを遥かに超える性能を誇っていたのは、真美は一瞬で把握していた。
彼女の判断能力も高かった。彼女は対艦刀を振り切りながら頭部CIWSをばら撒き、さらにフットペダルも踏み込んだ。
クロノスのサーベルが振り切られる前にこちらから接近し、その光刃に焼かれぬようにする措置だ。
だが冬馬の判断も早く、近づいてくるストライクに向けて、彼はそのまま愚直に近づく事はせず、その場で脚部スラスターを二吹かし程度して、攻撃方法を牽制に切り替えた。
クロノスがビームバルカンを放ちながら、両翼のビーム砲を放つ姿と、ストライクの大型ビーム砲を放つ姿が、勝利に焦るが故の乱戦に観客は見えたようだが、真美にとっては違う。
――勝負に焦っているのは真美の方だけだ。
冬馬は別に焦っても勝負に急いでもいない。乱戦にしているつもりも無ければ、真美の操縦技術に焦りもしていない。
『あまとう、そんなカマセ犬の機体でぇ!』
『カマセ犬で悪かったな! 好きな機体で、好きなように戦って、好きなように勝つ! それが王者の特権、だぜっ!』
172:
いつの間にか接近を許していた事に、真美は気づいていなかった。
ビームバルカンを数発放つとそれを止め、ビームサーベルに切り替えると、真美は焦ったように対艦刀を構え、それに合わせて振り込んだが、その動きの重さはさすが対艦刀と言えた。威力こそ高いが、小回りの利くものでは無く――
『うぅっ!!』
機体が揺れる。どこからか攻撃――と思考を巡らせる前に、ダメージ判定が画面に映される。機体腹部に、左手のビームサーベルが突き刺されていたのだ。コックピット近くへのダメージは、機体のダメージ量を多く加算させる。これ以上ダメージを受ければ、撃墜は近い。
『こんのぉ――っ!』
『青いんだよぉっ!』
対艦刀の振り切りと同時に、クロノスのビームサーベルが二本、同様に振り切られた。
対艦刀を避け、真美のストライクにサーベルの光刃を差し込むと同時に、やよいと真の声が聞こえる。
『真美っ!』
二人の声が重なって聞こえた瞬間、真美は小さく呟いた。
『……あーあ。負けちゃったか』
『弱いぜ、弱すぎだ』
『そうだね→、真美ってば弱すぎた……』
悔しくなさそうに、軽い口調で言う彼女ではあったが――
冬馬にはどこか、それが悔しさを誤魔化した口調であるように聞こえて『しょげんな』と喝を入れた。
『お前は良く戦ったよ。――俺が相手じゃなけりゃ、勝ってたかもな』
『……あまとうに褒められても、嬉しくないやい』
『本心だっつの』
『……ありがと。ごめんね、亜美』
――お姉ちゃんなのに、カッコ悪い所見せて、ごめんね。
その言葉と共に、真美のストライクは爆ぜ、勝負は三対二となり変わった。
173:
戦いに勝った冬馬が、真と北斗、やよいと翔太の戦いに割り込んでくる――という事は無かった。
だがその視線は北斗のバスターガンダムに向けられている。
接近戦と中距離戦闘を上手く使い分けた戦い方で、接近戦しか仕掛ける事の出来ないシャイニングガンダムを上手くけん制しているが、彼に足りないのは体力だ。
元より機動性も格闘性能も高いシャイニングガンダムを相手にしているので当然とも言えるが、真の体力が尽きるより、北斗の息が切れる方が先だった。
『真ちゃん。激しすぎる攻めは、男性を飽きさせるよ』
『言い方を考えて喋ってください……!』
シャイニングガンダムの右手が、まるで太陽の光を放つように光輝く。
『距離を取れ北斗!』
冬馬の声も空しく、北斗の脚部スラスターから吹かされたスラスターでは、シャイニングと距離を取る事も許されず――
『ボクのこの手が光って唸る! 貴方を倒せと、輝き叫ぶっ!』
飛来するビームを避けながら、真のシャイニングガンダムが、その光輝く右手を前面に押し出して、バスターガンダムに迫る。
174:
『必殺! ――シャイニング、フィンガーっ!!』
マズイ――そう冬馬が機体を動かそうとした、その時だった。
『心配には及ばないよ、冬馬』
北斗のあっけらかんとした声が聞こえて、冬馬は動きを止めた。
バスターガンダムは武装の全てを――全て、取り外した。
『泥臭くても勝てばいい――俺のスタイリッシュな風貌には似合わないかもしれないけど――エンジェルちゃんはそれすら、受け止めてくれるさ☆』
頭部に、シャイニングフィンガーが襲いかかると同時に、バスターガンダムの膝部分につけられたサブエネルギータンクが、シャイニングの腹部に膝蹴りという形で叩きつけられた。
『が――っ!』
衝撃と共に発する爆発――まだエネルギーがある段階で、強く叩きつけられたのだ。それが誘爆するのは当然というもの。
『リーダーの手は、煩わせないさ』
爆破と同時に吹き飛ばされるシャイニングガンダムと距離が開くと、バスターガンダムは先ほど取り外した武装の散弾砲を掴みとり、ただ引き金を引いた。
散弾砲として射出されるビームが、シャイニングガンダムを焼いていく。真が『く――くそっ!』と筐体を叩くと、まるでその行為に筐体が気分を害したように――撃墜を知らせた。
175:
「あーあ。結局ボクたちの勝ちかー。つまんないの。やよいちゃんもライフルとサーベルでしか攻撃しないし」
やよいは、ハァ、ハァと息継ぎをするのに必氏で、真がどうなったどうかなど、気にしていなかったが――今、その結果が分かった。
撃墜されたのだ。真の悔しそうな声と、翔太の無邪気な声が合わさって、やよいは何だか、何を考えたらいいのかすらも、分からなくなった。
今から三人同時に戦わなきゃいけないのかと、少しだけ考えるが、どうやらそのつもりは冬馬にも北斗にも無いようで、やよいはそこで――
考えるのを、止めた。
『? 何してるの、やよいちゃん』
ガンダムエックスの背部に背負われた、大型スラスターが展開される。
文字通り『X』の形に展開されたモジュールが、月から放たれるマイクロウェーブを受信し、強い発光を見せていた。
『おい翔太! 慢心すんな、すぐにやるんだよ!』
『えー、でもこんだけで終わるなんてつまんないよ! 必殺技の一つや二つ、ボクのストライクフリーダムなら簡単に――』
エネルギーが、溜まった。
背部大型ビーム砲が展開され、そのトリガーを、やよいは今、引いた。
その映像を、翔太はどのように捉えたのだろう――それすら分からない。
ただ翔太のストライクフリーダムが、その巨大な光に飲み込まれていく光景を、やよいは静かに見守っていた。
『こ――こんなのアリィッ!?』
176:
翔太の最後の言葉はそれだけだった。
ガンダムエックスから放たれた――サテライトキャノンは、たまたま射線上近くに居たバスターガンダムの腕部すら、その熱で焼き落とした。
『なんて――過激なアタックっ!』
『バカ野郎翔太――だから慢心すんなと!』
やよいのガンダムエックスが駆ける。ビームサーベルを構えているだけのその動きに北斗はどこか恐怖した。
あれが本当に、765プロが誇る笑顔の天使である高槻やよいが動かす機体なのだろうか?
そう認識する前に、ガンダムエックスの肩部大型バルカンが、バスターを襲う。
『おい北斗、ボサッとすんじゃ――』
最後まで言えなかった。ガンダムエックスは手に持ったビームサーベルを何のモーションも無く投げ放ち――
それがバスターガンダムのコックピットに突き刺さった。
『こんな、彼女の力は、一体――』
バスターガンダムが墜ちると、冬馬は冷や汗が一筋流れる感覚を覚えた。
やよいには既に、ビームサーベルは無い、手に持つのは、ビーライフルだけなのに――
冬馬は彼女に恐怖していた。
ガンダムエックスから放たれた――サテライトキャノンは、たまたま射線上近くに居たバスターガンダムの腕部すら、その熱で焼き落とした。
『なんて――過激なアタックっ!』
『バカ野郎翔太――だから慢心すんなと!』
やよいのガンダムエックスが駆ける。ビームサーベルを構えているだけのその動きに北斗はどこか恐怖した。
あれが本当に、765プロが誇る笑顔の天使である高槻やよいが動かす機体なのだろうか?
そう認識する前に、ガンダムエックスの肩部大型バルカンが、バスターを襲う。
『おい北斗、ボサッとすんじゃ――』
最後まで言えなかった。ガンダムエックスは手に持ったビームサーベルを何のモーションも無く投げ放ち――
それがバスターガンダムのコックピットに突き刺さった。
『こんな、彼女の力は、一体――』
バスターガンダムが墜ちると、冬馬は冷や汗が一筋流れる感覚を覚えた。
やよいには既に、ビームサーベルは無い、手に持つのは、ビーライフルだけなのに――
冬馬は彼女に恐怖していた。
177:
そうか、これが高槻の実力か――と、冬馬が考える瞬間に、ガンダムエックスが迫る。
彼女は愚直にも、ライフルを構えるわけでも無く、ただその拳を――クロノスの顔面に叩きつけた。
『うっう――っ!!』
彼女のトレードマークのような明るさの無い、彼女を彼女たらしめる言葉――
それが、このような力を秘めているだなんて、冬馬には驚きだったが――それだけだった。
「もうちょい早く、その力が見れれば、俺とお前は――良い戦いが出来ただろうな。本当に、残念だ」
やよいのガンダムエックスと、冬馬のクロノスの実力は――ほぼ同等と言えた。
だがその勝負を分けたのは――武装に他ならなかった。
クロノスのビームサーベルが、ガンダムエックスのコックピットを貫き――
冬馬は、やよいの声を聴いた気がした。
――長介、かすみ、浩太郎、浩二、浩三、ごめんね。
――お姉ちゃん、勝てなかったよ。
――長介と一緒に作った、このプラモデルで、勝てなかった。
――ダメダメなお姉ちゃんで、ゴメンね。
――でも、ありがとうね。
178:
高槻やよいは、何時だって理想のお姉ちゃんだった。
炊事洗濯はお手の物、弟達の世話は朝飯前。
アイドルとして人々に笑顔とハッピーをお届けするのが仕事と言いながら、喧嘩する家族や仲間を叱る事だって、彼女からすれば当たり前の事だ。
だがやよいには一つだけ出来ない事があった。
それは愛する妹や弟達に、オモチャを与える事だった。
やよいの両親は、その収入が安定しない。その癖子供は多いものだから、その収入のほとんどを、養育費に充てる他無い。
オモチャを買い与えるなど――不可能に近かった。
やよいがアイドルとなったのは、家族に少しだけでも良い生活をさせたい、その為に自分が働かなければ、という思いが強かった事が要因の一つだろう。
そこに苦労など、苦悩など無い。
だが高槻家の暮らしは、一向に良くはならなかった。
やよいがAランクアイドルとして、多くの給与を与えられているはずなのに、それは変わらなかった。
それに泣き言は言わない。なぜなら高槻家は六人兄弟だ。
義務教育だけでも六人分の養育費、高校は当然として大学、そして就職までを考えれば、まだ十四歳であるやよい一人の給与で、それを全て賄えるはずが無いのは当然の事だろう。
それを見かねてだろうか。今回の仕事を受けて、プロデューサーはやよいの自宅にブルーレイディスクプレイヤーを与えてくれた。
それと同時に、余っているガンダムのDVDやブルーレイを幾つか――お礼をしても、し切れない位の娯楽を、彼は高槻家に与えてくれたのだ。
機動新世紀ガンダムXのDVDも、その時に頂いたものだった。
そのアニメを全て見終わって、そのボーイミーツガールに心洗われた時、やよいはふと「そうだ」と呟いて、長介を呼んだのだ。
「このプラモデル、お姉ちゃんと一緒に作ろうよ」
179:
実質そのプラモデルは、高槻長介一人で作ったも同然だった。
やよいが作ったのは頭部だけで、それ以外は全て長介がニッパーでパーツを切り離し、カッターで余分な部分を切り落として、紙やすりで綺麗に整えるという、手間をかけてのものだった。
工作の授業が得意という長介は、楽しそうにそれを組み立て――そして、それを完成させてくれた。
やよいと長介は、そのガンダムエックスに満足しながら、ハイタッチをしたのだ。
初めて、弟に与える事の出来た、男の子らしい娯楽――
長介は言葉に出さなかったものの、それを今までした遊びの中で、一番楽しそうに喜んでいた。
やよいはその日の晩、両親のいない食卓で――もやし祭りをしながら、涙を流して、弟達に謝った。
――ゴメンね、皆にオモチャとか、ゲームとか、買ってあげられないダメなお姉ちゃんで、ゴメンね。
始めは浩太郎の「長介兄ちゃんだけプラモ作れてズルイ」という言葉が原因だった。
長介と浩太郎の喧嘩はエスカレートし、かすみの「やめなよーっ」という静止も空しく、怒号が響いていた。
そんな兄弟の喧嘩に、いつもならもっと大きな声で「やめなさい」と言うはずのやよいが――涙を流したのだ。
初めて家族の前で泣き言を言った気がした。
私はお姉ちゃんだから、皆の前でしっかりしていないとダメなんだと。
私はお姉ちゃんなんだから、好きな事ばっかりじゃなくて、皆より頑張って、皆を楽させてあげないと。
その想いから今の今まで頑張ってきたけど、喜ばせてあげられたのは、長男である長介だけ。
その喜びも継続できるものではない。
一回の完成だけ。
何度も何度も、作らせてあげられるわけでは、無いのだ。
180:
自分の非力さを初めて呪った。
私はお姉ちゃんなのに、皆を楽させるのが仕事なのに、情けなく思った。
――両親二人が働いて出来ない事を、十五歳の少女が、全て抱え込もうとしていたのだ。
だが、それを見かねたのは、他の誰でも無い。
やよいの弟達、妹だった。
――姉ちゃん、一人で抱え込むなよ! 俺たちにもっと頼ってくれよ!
――そうだよお姉ちゃん。私、少しでもお姉ちゃんの助けになるなら、何でもするよ。覚えるよ。
――ねえちゃん、ごめんなさい。オレいっぱいがんばるぞ! せんたくとかそうじとか!
――ぼくもがんばるーっ!
――あう。
長介が、初めて自分の為に、机を叩いて大声で怒ってくれた。
いつも自分の背中を追いかけるだけだったかすみが、初めて大きく見えた。
鼻水をいつも垂らしているヤンチャ坊主でしかない浩太郎が、一言謝って、偉そうに、だが頼もしく『頑張る』と言ってくれた。
まだまだオネショだってしてしまう浩二が、フォーク片手に笑って、浩太郎に続く。
浩三に至っては何を言っているのだろうかも分からないが、それでも赤ちゃんベッドから、こちらに視線を向けながら声を上げた。
家族の為だけにしか流す事の無かった涙を、初めて自分の為に流したやよい。
彼女はどこか、吹っ切れたように笑みを浮かべて、そして言う。
「えっへへ、じゃあ――もやし祭り、再開するよーっ」
――次に泣く時は、家族にありがとうと言えるようにしよう。
――ゴメンナサイだけじゃなくて、アリガトウと言う気持ちも込めて。
181:
「負けちゃったね」
「うあうあ→!! くちゃくちゃ悔しいよ兄ちゃんっ!」
「うー、皆さんゴメンナサイ……私がもうちょっと頑張っていれば……」
「むしろやよいが一番頑張ってたじゃないか! 一番お姉さんである筈のボクが、情けないよ」
「まこちんとやよいっちだけのせいじゃなくて――うあうあ→! もうジメッぽくなるのダメだってば→!」
「それを言うなら湿っぽくな。意味合い的には通じるが――真美の言う通り、あんまり背負い込むなよ」
プロデューサーが、先ほど春香たちAチームにやったように、ミネラルウォーターをBチームに渡した。
結果は残念だったが、それも勝負の世界だと、プロデューサーは全員の頭を撫でた。
「それより――次の試合、ここが今日の見物だぞ」
六人の少女が、パイロットスーツを着込んでいる。
水瀬伊織、双海亜美、三浦あずさの竜宮小町チーム。
星井美希、我那覇響、四条貴音のプロジェクト・フェアリーチーム。
「亜美→! 真美のカタキ、期待してっかんね→!」
「任せといてよ→!」
「亜美、気を抜いてるとすぐ落とされるわよ」
「まぁ、伊織ちゃんやる気満々ねぇ」
「当然よ――このスーパーアイドル伊織ちゃんに、敗北は許されないんだから」
伊織の視線は、ニコニコ笑顔のままパイロットスーツの感触を楽しんでいる美希に向けられていた。
「ん、何? デコちゃん」
「デコちゃん言うな! ――アンタは私が倒してやるって事よ」
「楽しみにしてるね、デコちゃん」
ふんっと、美希の軽口に応じることなく筐体に入り込んだ伊織の姿を見ながら、美希たちも筐体に入り込んだ。
『ではこれより、バトルトーナメント二回戦、竜宮小町チーム対プロジェクト・フェアリーチームの試合を、開始いたします』
182:
彼女、星井美希は嬉々とした表情をしながら、コックピットを模した筐体でハロ型のガンプラスキャナを撫でて、中に自身のガンダムエクシアを入れ、読み込ませた。
『美希ー、準備いいか?』
「うん、大丈夫なの」
『では美希、本日はどのような戦術で挑みましょうか』
「んー、センジュツって程でもないけど……ミキにデコちゃんの相手、やらせてほしいな」
『そう言うと思ったぞ』
『では、伊織の相手は任せましたよ、美希』
「はいなのー」
モニターに『一番機、出撃してください』という表記が出て、美希が頷く。
「星井美希、ガンダムエクシア――出撃するのっ!」
カタパルトで押し出され、ガンダムエクシアが背部のGNドライブから薄緑の粒子を吐き出しながら出撃する。
出撃し、着地をした際に周りを見渡す。
どうやら重力下に居るようで、宇宙空間に居るような投げ出されるような感覚は無い。
周りは大自然に囲まれている。緑生が濃く、周りから見辛いのが利点か難点か。
出撃母艦は、プトレマイオスかと観客は予想していたが、それはアークエンジェルであり、少しだけ首を傾げる観客たちだったが、再びカタパルトから射出されてきた機体がストライクノワールガンダムであることを知ると『換装できるのか!?』と予測が飛び交う。
「響、少し戦ったらサービスしてあげるの」
『そうだな――じゃあ自分、亜美と戦うぞ。貴音はあずささんを頼むな!』
『ふふ、ええ。望む所です』
190:
そう話をしている所で――
高熱源反応をキャッチした美希が、貴音のスターゲイザーの腕を掴み、その場から離脱を始める。響のストライクノワールは、既に離脱していた。
高出力のビームが、先ほどまで美希たちのいた一帯を焼き払っていく。
緑生が濃い一帯が瞬間で焼け野原に。これで隠密行動は難しくなっただろう。
『凄いぞ――これ、あずささんのハイメガキャノン砲か?』
「それだけじゃないの」
視線の先には――ZZガンダムの背部で、腕部からワイヤーを出してエネルギー供給を行う、ガンダムスローネドライの姿が。
『どらいのさぽぉと性能を得て射程距離を――』
「デコちゃん本気なの」
『デコちゃん言うな! 亜美、あずさ!』
『合点承知の助!』
『まかせて!』
ZZガンダムが二連装メガビームライフルを構えると、それに応じるようにスターゲイザーが動く。
『あずさ、貴方の相手は私です!』
『貴音ちゃん!』
メガビームライフルの砲身がわずかにズレ、スターゲイザーに向かれると同時に、美希も動く。
ふわりと浮くように行動を開始したエクシアの動きを捉えるように亜美――フォースインパルスガンダムが動く。
『ミキミキの相手は!』
『私たち二人の仕事よ!』
「あずさ一人に貴音と響を任せるの? 賢くないと思うよ、デコちゃん!」
『だからデコちゃんと――言うな! GNステルスフィールド!』
スローネドライのシールドと背部にあるコンデンサーから、赤紫色の粒子が散布され、その姿がまるで蝶のようになると同時に、フェアリーチームの機体センサーが阻害され、ロックオンが不可能な状態に陥る。
「響、何なのこれ?」
『GNステルスフィールドだぞ! ジャミング効果を持ってるんだ!』
「それだけ?」
『いやそれだけって! 十分強力』
191:
良かったの――と美希の唇が、動いた。
美希のGNドライブが稼働し、スローネドライに向けて駆け出す。
亜美のインパルスも動くが、美希は軽くけん制としてGNビームサーベルを構えながら横薙ぎすると、インパルスのビームサーベルがそれを防いだ。
――ロックオンできずに命中するか否か、意図しなくとも、勝手にだ。
「本当に居なくなるとか、攻撃がすり抜けるとかじゃなくて――本当に良かったの!」
GNソードを展開しながら大きな振り込みでそれを下すと、ドライがそれをビームサーベルで受け切る。
その瞬間、ステルスフィールドは解除される。
「響、貴音! 厄介だから、ミキがデコちゃんを先に倒しちゃうの!」
『任せた美希! 亜美とあずささんはこっちで牽制しとくぞ!』
『貴方に加護を!』
任せてなの、と二人の言葉に頷きながらGNソードをアンマウントし、ライフルを三連射すると同時に、ドライも動く。
ハンドガンを放ちながら接近し、ビームサーベルを振り切るという動きを、二人で繰り返しながら、会話が。
『アンタは毎回毎回! この伊織ちゃんの前に現れて、活躍を奪っていって!』
「だって美希、キラキラしたいもん! この光みたいに、もっとアイドルとして、輝きたい!」
『アンタみたいなボーっとした奴が、何で――何でっ!』
「デコちゃん、美希にシットしてるの?」
『デコちゃん――言うなあっ!』
美希のサーベルをシールドで受け流しながら、エクシアの腹部に蹴りを食らわせるドライが、再びGNコンデンサーを稼働させて、ステルスフィールドを散布する。
今度の出力はそれほど大きくはないが、その結果ドライも動くことが出来る。
『私は、アンタを倒すわ!』
「望むところなの!」
サーベルを構えながら、美希のエクシアに突撃する伊織と、それを受ける美希。
――今ここに、765プロを代表する二チームのリーダーが、激突する。
192:
シルエットがソードになった瞬間、女性の観客が沸いた。
亜美はそれを気にせず、ただ、インパルスガンダムのソードシルエット、その対艦刀を振り込んだ。
右手に持った対艦刀を、同じく右手に持つビームブレイドで受けた響のノワールは、左手に持つビームブレイドを横薙ぎするが、それを受け止めたのも逆手に掴んだソードインパルスの対艦刀だった。
ちらり――と響はサブカメラを用いて周りの状況を確認した。
亜美と相対しているのは自分。貴音はあずさに付きっ切りで引き付けているし、美希は伊織と、何だか物凄い剣幕で斬り合っている。
『となると――自分一人で何とかするしか無いな……!』
重たい対艦刀をずらしながらその場から退避し、背部ストライカーに搭載されている二門レールガンを一射ずつ放って距離を取ると同時にハンドガンを取り出して、後退しながらビームをがむしゃらに放つと――奥からビームブーメランが飛び出してくる。
『! なんと――』
『油断テッテキ! ひびきんっ!』
『それを言うなら油断大敵――!』
ビームブーメランを、投げたハンドガンで軌道をずらして避けたノワールは、ここで一瞬だけ距離を取った事を後悔している。
『ちょ、嘘でしょ……!?』
『それが嘘じゃないんだな→』
亜美は、HGでは販売されていない筈の――ブラストシルエットに換装しながら、その引き金を引いた。
その図太く、威力のある二門のビームが放たれる直前、慌ててフットペダルを踏み込んでそれを避けた響だったが、二射目がすぐ続く。
間に合わない。響は左腕を薙ぎ払われた事を確認しながら、ストライカーも半分以上が機能を停止している事を悟る。
『もう出し惜しみは出来ないぞ――!』
コックピット内で操作しながら、フットペダルを踏み込んでその場を離脱する。
ブラストシルエット相手に距離を取るのは得策ではないが、今はこれしか方法は無い。
『逃がすかっ!』
亜美のブラストシルエットから放たれるミサイルポットが飛来する。
小鳥の作ったプラモは、装甲の強化がなされているので、本編でいうフェイズシフト装甲に似た性質があったが、響が作ったプラモはそうもいかない。ミサイル一つが致命傷となる。
193:
『――負っける、もんかぁ!』
響が叫び、武装選択を開始する。
ストライカーパックを機体から切り離し、三歩ほど後ろに下がる。
残った一門のハンドガンのビームで、可能な限りのミサイルを撃ち落とし、その隙にストライカーパックを蹴り飛ばしてミサイルの群れに直撃させる。
結果、一発も被弾することなく、ミサイルをやり過ごす事が出来た。
――そして時間稼ぎは、それだけで十分だった。
それは少しだけ無骨だった。
右腕な無い物だから、左腕用の装備であるマシンガンシールドはマウントされず地に落ちていたが、その右手には、一本の対艦刀。
背部ストライカーパックには高出力のスラスター。
肩部にはレールガンと単装砲の砲塔が光る。
『I.W.S.P.――!』
亜美が息を呑んだ事が分かった瞬間には、響も既に駆けていた。
疾走、という言葉が似合う速度で加速したノワールは、既に黒色から白色に変色していた。
見やすくなったとはいえ、その速度は先ほどのノワールと変わらずで、ブラストシルエットで今の速度と渡り合うのは非効率だ。
亜美は無意識にそれを感じ取り、既にフォースシルエットを申請し、それを母艦から射出していた。
届くまで五秒半。その後にドッキング時間があるので、合計九秒と考えた方が良い。
194:
『いやいや、逃げるだけじゃそれは無理っしょ……!』
ビームジャベリンを掴みとり、対艦刀と鍔迫り合いに発展する。
二撃、三撃とジャベリンで受け流した亜美は、少しだけ距離を取ってビーム砲を放ち、それを避けるノワールに向けて、さらにジャベリンまで投擲する。
『っ!』
ジャベリンをレールガンで撃ち落とすと同時に二門の単装砲を撃ち放つが、それを上空に舞う事で回避する亜美のインパルス。
既にそれは、ビーコンにてフォースシルエットとのドッキングを開始していた。
レールガンを放って何とか妨害しようにも、重力の影響か狙った場所に当たらない。
ドッキングを完了した亜美のインパルスは、同時に射出されていたのだろう、ソードシルエットの対艦刀を一本掴んだ後に、ビームサーベルも掴んだ。
機動性と破壊力を一身に着けた状態――響も亜美も、一瞬だけ深呼吸する時間を、互いに与えた。
勝負が決着するのも、本当に一瞬だった。
亜美のインパルスが駆けた。
まずは対艦刀を横薙ぎに振り切って、ノワールの対艦刀を一本弾き飛ばすが、
それと同時にノワールのレールガンと、インパルスのビームサーベルが、同時に互いの機体のコックピットを貫いた。
『――同時、だね。ひびきん』
『――だな。頑張ったな、亜美』
二つの機体が爆ぜていく。互いのシルエットが爆ぜていく。
機体はその場で留まり続ける。
先ほどまでの色彩鮮やかな機体色を無くした、メタリックグレーを光らせながら。
195:
スターゲイザーは、外宇宙探査用のモビルスーツで、戦闘用に作られたものではない。しかも大気圏内での運用も考えられていない。
スターゲイザーの背部にある円形装置――ヴォワチュール・リュミエールは、太陽風を受けてそれをエネルギーに変換する能力を持っている為、宇宙空間でなければその力を完全に発揮する事は出来ない制約がある。
その為、スターゲイザーを動かしているのは、自身の持つエネルギーだ。貴音は、それを理解しつつ、引き金を引いた。
元々シビリアンアストレイが装備していたビームガンを流用しただけの物を射出しながら、相対する敵と距離を取る。
だがその機体はあまりにも高機動かつ高火力を誇っていた。
ZZガンダム。どっしりとした体系に似合わない高機動さで貴音を翻弄する。
パイロットのあずさは、普段のおっとりとした雰囲気に似合わず、この時はキリッとした表情で反撃の引き金を引いた。
二連装ビームライフルを放ち、スターゲイザーの動きを限定させると同時に肩部に装備されたビームキャノンを撃ち放つ。
直撃するかと思われた瞬間、スターゲイザーにまとわれる、リング状のビーム刃。ヴォワチュール・リュミエール展開時の副作用だ。
『あずさ――私の機体はあくまでも戦闘用の物ではありません。ですが――貴方に一矢報いる事くらいは可能です』
『貴音ちゃん。普段は仲良しだけど――女には、負けられない戦いはあるものよね』
『ええ。――ふふ。あずさ、覚悟を決めた貴女は、真に美しい』
『ありがとう。決めるわ』
既に伊織と美希の戦いは激化を極めている。
このまま二人で戦わせれば、敗北するのはどちらか――あずさはそれを理解していた。
だからあずさは少しだけ無茶をした。
頭部のハイメガキャノンのエネルギーを溜めながらスラスターを動かしてビームキャノンの砲身を掴んで、それをサーベルとして稼働させる。
スターゲイザーのビーム刃を、ハイパービームサーベルで切り裂き、その隙間にハイメガキャノンを撃ち込もうとしてスターゲイザーの腕を掴んだZZだったが――
『この瞬間を、待っていました』
貴音はその言葉を言うと同時にヴォワチュール・リュミエールを最大稼働させ、一気に加速を開始する。
自身のエネルギーを最大まで使って、最大の加速を得たスターゲイザーは、ZZごと高速稼働を開始した。
その瞬間放たれるZZのハイメガキャノンだったが、その際の体制と衝撃でエネルギーが拡散する。
スターゲイザーにはそのままビームが命中し、撃墜を確認。
だが、その衝撃と拡散されたエネルギーに機体が耐える事が出来ず、ZZのエンジンもそのまま墜ちる。
『そんな……!』
戦闘不能を示すSEが流れ、メインカメラが落ちる。
196:
筐体には『筐体から出てください』の文字だけが表示され、あずさは筐体から身を出した。
既に亜美と響が筐体から出ていて
「でもブラストは驚いたぞ!」「ひびきんのI.W.S.P.もビックラだよ→」と会話をしているのを横目に、貴音を探す。
貴音も今、筐体から出てきたところだった。
「貴音ちゃん」
「おや、あずさ。お疲れ様でした」
「ええ。――なんで、あんな戦法を?」
「貴女を倒せる、唯一の手段と考えました。いかがでしたでしょうか?」
「良い戦法だったわ。でも、もう少しいい方法が、別にあったんじゃないかしら」
そこで少しだけ、貴音が思考を巡らすように顎に手を当てたが、首を横に振った。
「おそらく、ありませんでした。
すたぁげいざぁの武装が貧弱という事もありますが、何よりあずさ――貴女のガンダムへの想いが、貴女の強さを何より引き出していました」
「私の――想い?」
ええ、と頷き、あずさが手に持ったZZガンダムに視線をやる貴音。
「戦っていると、あずさのガンダムへの想いが伝わってくるように感じました。まるで我が子を思う母のような、そんな強さが……」
我が子、という言葉に、あずさはなるほどと感じた。
「……そうかもしれないわね」
あずさの、この仕事にかける想いが、仕事として非常に強い事は言うまでも無い。
だがそれでも、あずさは一人の視聴者として、ガンダムを愛したのだ。
登場キャラクターから機体、そしてその設定から世界そのもの――あずさは全てを受け止め、その上で愛していた。
我が子を愛する母のように。
だからこそ強い――あずさに敵うはずも無しと、貴音は勝負を捨てて、実を取った。
「ですがあずさには申し訳ないことを致しました。――もう少し、遊びたかったのでしょう?」
「ふふ、バレちゃった?」
それこそ事実だ。少しだけ、残念に思っている。――もう少し、戦いたかった。
「あとは、美希と伊織だけですね」
「ええ」
勝負の行方は如何にと問うまでも無く、あずさは結果をこの時点で察していた。
197:
GNビームサーベルとGNソードの鍔迫り合いは、既に五分ほど続けられている。
GNステルスフィールドの影響で、エクシアのメインカメラはほとんどが砂嵐。
何とか感覚とコンピュータ支援のおかげでドライの攻撃を受け流していた美希の元に、伊織の声が届く。届いてしまう。
『元からアンタが気に食わなかったの! やる気も無い癖に誰より才能があって、それを活かそうとしない!
あのバカプロデューサーが来れば今度はやる気出して売れっ子になって!!
でも悔しいけど嬉しかった、アンタがやる気を出してくれた事が!
誰より、この伊織ちゃんより才能あふれるアンタが、誰より嫌いで――でも誰より羨ましかったの!!
なのに――なのにアンタは私を!!』
伊織は冷静さを失っていた。美希は現状をどうにかする術が――今、見つかった。
「ねぇ。どうしてそれを普段から言わなかったの?」
『どうしてって……!』
「ミキ、ニュータイプじゃないよ。言ってくれなきゃ分かんないよ」
『言ってくれなきゃって……!』
「ミキ、その言葉が聞きたかったよ。ずっとずっと。『伊織』の口から」
『え――今、私の』
198:
美希が動いた。
サイドアーマーにマウントされたGNロングブレイドを展開したまま、手に掴む事無く、手の甲で弾いて、それをドライに命中させた。
弱まるGNステルスフィールド。
即座にビームライフルの狙いを定め、三連射。脚部と背部ジェネレーターに命中したライフルでのダメージで、動きを止めたドライ。
『な……!』
GNソードを展開し、それを横薙ぎするエクシアの攻撃を防ぐ手立てを持たないドライ。
『嘘……なの? 今の言葉』
「伊織。いくらミキでも怒るよ」
『でも、だって……アンタいつも、デコちゃんって……』
「ミキ、伊織が大好きだよ。
認めて欲しかったよ。
――伊織が認めてくれたから、今度はミキのばん。
伊織が羨ましいの。
いっつも一生懸命で、誰よりアイドルとしてキラキラ輝く事に努力して、ミキには出来ない事――
サイノーって言葉だけじゃ出来ない事、伊織はミキにずっと、見せてくれた。
……ミキ、それが羨ましかったよ。
伊織はミキの、目標なんだよ」
伊織が瞳に溜めた涙を流した瞬間、バトル終了を知らせるブザーが鳴り響き、観客が湧き出す。
誰よりも、何よりも価値のある敗北を、この時伊織は知った。
誰より認めたライバルが、同じ想いを抱いてくれていた。
それが何より、伊織には嬉しかった。
199:
「デーコちゃんっ♪」
「で、デコちゃん言うなっ! アンタちゃんと伊織って呼べるんじゃない!」
「でも、デコちゃんが素直にならないと、ミキもちゃんと呼んであげないのっ」
「な、なによもう……」
筐体から出た伊織に抱き付く、パイロットスーツ姿の美希を見ながら、苦笑を隠さないプロデューサーと律子。
「……これで、今日の勝負は全部決着か」
残った三チームで、明々後日の戦いに挑む事になる。
春香、千早、雪歩のAチーム。
961プロのジュピターチーム。
プロジェクトフェアリーチーム。
この三チームによる、チームバトルロワイアルと考えると、プロデューサーも興奮が止まらない。
「よし! 春香と美希はこれから事務所でRGとリペアⅡを組み立てるぞ! 最後の戦いを、最高のステージに仕上げるんだ!」
「はいっ!」
「はいなの!」
既に今日のプロモーションは閉会式。
明日と明後日は実際に筐体を観客が触れられるようになっており、そちらには本日敗北したアイドルや、予選で勝ち上がれなかったアイドルが参加する事になっている。
「明日明後日は決勝に上がるチーム以外は、自由に戦っていい。春香達もプラモの調整が終われば、お祭りに参加することも出来る」
「屋台や他のゲームコーナーもあるから、自由に遊んでいいわよ」
「へぇ、じゃあ美希、急いで戻って明日の為にプラモ作らないと!」
「だね! じゃあハニィ、急いで事務所に戻るの!」
やる気となっている春香と美希に急かされて、事務所へと急ぐ765プロの面々。
彼女たちを見て、彼――ジュピターの天ヶ瀬冬馬は、少しだけ目を伏せた。
何を考えているのか、仲間である筈の北斗と翔太には、分からなかった。
201:
第四部「プロモーション前夜祭編」
その日彼女は、一つの会場を目指していた。
その光るようなオレンジ色の髪をポニーテールでまとめている。
瞳は水色と紫のオッドアイで、見る者を魅了するような魅力を秘めている。
走らせる車で、ただ微笑みを浮かべながら鼻歌を歌う彼女――
玲音。
最強のアイドル、ランクで計る事の出来ぬ存在、オーバーランクの称号を我が物とする、唯一の女性。
彼女がたどり着いた先は、ガンダム・ビルドバトラーの、プロモーションイベントを行っているメイン会場だった。
202:
「アドバンスドMSジョイント――いわゆるフレーム部だけを別物にすることで、可動性と強度を上げてるシステムになる。
RGのガンダムは記念すべきアドバンスドMSジョイント第一作目であるため、少し装甲保持性に難がある――が、まぁ許容範囲とも言える」
組み立てながら、プロデューサーの言葉を聞き、説明書とにらめっこをする春香――その隣には、既に塗装を終えたエクシアリペアⅡを組み立てる美希。
二人の手の動きは明らかに違い、美希の器用さに春香も少しだけ驚いていた。
「このアドバンスドMSジョイントの効果で、部品の数こそ増えたが、組み立てやすさは非常に良いものになった。
Zガンダムの完全変形まで楽しめるなんて、俺にとっては夢のようなグレードなんだよ」
確かに――と春香は納得しながら、ニッパーでパーツを切り離す。
部品こそ多いが、既にフレーム部分が完成している状態なので、そこにはめ込むだけのRGは、最初難しいと思われていた状態から、簡単に各部を組み立てる事が出来た。
これなら、素組みだけならこの一日だけで十分。後はスミ入れの手間だが――明日の前夜祭を寝不足覚悟で楽しめば良いだろう。
「美希はどんな感じ?」
「んー? 今半分って所かなぁ」
ポリキャップの部分をフニフニと触りながら他の部品に触れ、スミ入れをしながら組み立てていくその動きに、自分より良い手際である事を実感させられる。
「春香。プラモデルは他人と競う為の物じゃないよ。お前たちが競うのは、バトルの時だけだ」
「……はいっ」
プロデューサーの言葉にどこか救われた気がして、春香は慌てる事無く、組み立てに集中していた。
204:
>>1です。
午後の仕事が終了したため、これより再開します。
第四部は短いので、今日中に公開は終わると思われます。
205:
熊本弁と呼ばれる愛称がある。
「灼熱の業火が我らの身を蝕む……(訳:今日は暑いですね~)」
黒のゴス口リ衣装を身にまとい、フリルの付いた日傘を差す少女――神崎蘭子が、少しだけ汗を流しながら、そう述べる。これが熊本弁らしい。
「蘭子……さすがにその恰好は暑いと思うよ。大丈夫?」
「蘭子さんはどこまで行ってもぶれませんね……まぁ、ボクの可愛さも、決して揺らぐ事はありませんが」
「盟友の言葉、心に留める事としよう(訳:大丈夫ですよー。心配してくれてありがとうございます!)」
熊本弁について行ける少女が二人。
長い黒髪を下した、大人びた雰囲気の少女――渋谷凛。
少しだけ垂れ気味の目と肩までいかない銀髪のショートヘアー、そしてどこか自信に溢れたその態度が印象強い――輿水幸子。
三人は、ガンプラ・ビルドバトラーのプロモーション会場を練り歩いていた。
理由としては――彼女たちがチームとして、このゲームのプロモーション予選に出場し、敗退した選手だからである。
予選敗退をした選手は、プロモーションバトルの合間にある二日間でコンサートやトークショーが出来る。
既に三人のステージは終了し、こうして遊んでいるというわけだ。
彼女たちの事務所――シンデレラガールズプロダクションのプロデューサーも同意している。
「だが我ら同盟、如何して協定を結ばれたのだ(訳:でもどうして、私たち三人のチームなのでしょう)」
「ガンダムを知ってたって言うのと、プラモデルの都合って、プロデューサーが言ってたよ」
蘭子の問いに、彼らのプロデューサーが述べた言葉を返す凛。
206:
「あ――ゲーム出来る会場、見えてきたよ。やってく?」
凜が、学生カバンの中から一機のプラモデルを取り出した。
RX-178【ガンダムMk-Ⅱ】――Zガンダムの登場する、初期主人公機だ。
初代ガンダムの流れを汲むシンプルなデザインだが、着色は黒色で、ティターンズカラーとなっている。
「ふ……戦いに身を委ねるか……それも良かろう(訳:ぜひやりたいです! 行きましょう!)」
蘭子はスカートの部分からホルスターを取り出し、ホルスターの中からプラモデルを取り出した。
XXXG-00W0【ウイングガンダムゼロカスタム】――OVA及び劇場用アニメである新機動戦記ガンダムW Endless Waltzに登場した主人公機のリファインバージョン。
その本物かと見紛うような翼が印象強い機体である。
「ボクの可愛さと、このエクストリームガンダムのカッコ良さに、見てる人を魅了してあげますよ!」
凛と同じくカバンからプラモデルを取り出す幸子。
彼女の機体は装甲の節々に青色のクリアパーツを使用したシンプルな機体。
全体的に青色の塗装がなされたそれが、エクストリームガンダムと呼ばれる、アーケード用ゲーム、機動戦士ガンダムVSガンダム・エクストリームバーサスに登場する機体である。
「うん、じゃあ行こうか」
凛が二人の言葉を聞いて、会場へと向かう。
会場には六つの筐体があり、自由に乗り込んで試し乗りをしていい事となっている。
またチーム登録や敵としての登録を行えば、勝負をすることが可能なので、ふと出会った人と戦っている人も、多くいた――筈だった。
なぜか、会場は大盛り上がり。
普通は皆が楽しんでいる筈のゲーム状況を映すモニターに群がる人々が、まるで何かを崇めるかのような視線をモニターに向けていた。
207:
モニターでは、一つのガンプラが三機を相手に戦っていた。
それも奮戦では無い――まるで三機と戦ってなお退屈そうな動きで、立ち回っている。
トリコロールと、まるで泣いているような顔部分のスリットが印象強い、ガッチリとした機体だ。
その手には巨大な対艦刀を持ち、肩部のビームブーメランを振るう。
近付いてきたガンダムサバーニャに向けて掌を押し出すと、掌から射出される高出力ビームが、サバーニャの腹部を貫いた。
近付くダブルオーライザーに向けてビームブーメランをビームサーベル代わりに振り込んで、ダブルオーライザーのGNブレイドを受け流した後に、左腕部で巨大なビーム砲を構えてそれを放つ。
短く、だが高出力で放たれたビームがダブルオーライザーを破壊し、残ったガンダムラファエルも、切り裂いて終わった。
その勝負、あくまで一瞬だった。
「――ふう、良く出来た物だね、このゲームは」
筐体から身を出すのは、誰もが見慣れた女性――誰もが憧れとし、誰もが崇拝する、誰もが求める最高の女性。
トップアイドルの中のトップ、その超越した存在――
オーバーランク・玲音。
彼女の手には、先ほどまで三機を相手に快勝したガンプラ――デスティニーガンダムが持たれていた。
機動戦士ガンダムSEED DESTINYに登場する、シン・アスカの搭乗機だ。
208:
「なぜ彼の存在が此処に……(訳:な、何でこんな所に玲音さんがいるんですかー!?)」
「分からない……プロモーション予選にはいなかった筈。居たとしたら、彼女は問答無用で出演してただろうしね……」
「こ、こちらを見てますよ」
幸子の言葉通り、玲音は少しだけ周りを見渡した後に、凛達に気付いた様子で「ねえそこの!」と声をかけてくる。
「君たち――シンデレラガールズプロダクションの子達、だよね?」
「……そうだよ」
「うん、良い目をしている。君は渋谷凛……で、良かったよね」
凛が頷くと「よかった」と安堵したようにする玲音。
「君たちの事務所はアイドルが多いから、覚えるのがやっとでね。プロフィールとかは完全把握できていないんだ。ごめんね」
「オーバーランクの玲音さんが……?」
「そっちの二人も覚えてる。神崎蘭子と、輿水幸子、だよね」
「如何にも(訳:は、はい!)」
「ふ、ふふーんっ! このボクの名前を知ってる位で物知り博士気取りですかー?」
「そんなつもりは無い――いずれ戦う子達の情報を仕入れる事なんて、当たり前の事だよ」
玲音は、その手に持つデスティニーガンダムを見せながら「やろうよ」と誘う。
「勝負だ。残念ながらここに居る観客では、私を満足させる勝負にはならなかった。君たちなら、私を満足させられるかもしれない」
「――オーバーランク。その翼をへし折るのも、また一興……かな」
「そうです! 私たちが勝ちます!(訳:ふん……我が翼の力にひれ伏すがよい)」
「蘭子さん、逆です!」
209:
「愛先輩! 雪歩先輩! 今日も熱いですねーっ!」
「そうだね茜ちゃん! 私も雪歩さんも、すっごく熱いよ!」
「う……うん。暑いね。二人は熱いね」
「何か言いましたか、雪歩先輩!」
「ちょっと聞こえませんでした! ごめんなさい!」
「うう……何でもないよぉ」
見る者が見れば、それは珍しい光景だった。
シンデレラガールズプロダクションのアイドル・日野茜は非常にパッション溢れる少女だ。
女の子であるにも関わらず、その行動力と熱い心は、今の少年たちに負けぬ力を持っている。
別事務所の人間であるにも関わらず、親しく彼女と歩くのは、876プロの日高愛と、765プロの萩原雪歩だった。
「それにしても……愛ちゃんと茜ちゃんが仲良しとは知らなかったなぁ」
「はいっ! 私たちこの間のラジオ収録で知り合ったんですっ!」
「茜ちゃん最初はガチガチに緊張していましたけど、途中からこの調子になって、スタッフさんも燃え尽きてぐったりしてました!」
(二人の大声でラジオって、収録部屋は大丈夫だったのかな……)
雪歩の心配もそこそこに、愛と茜が目指し、それに付いていく雪歩が辿りついた先は、一つの会場――
それはガンプラ・バトルビルダーの先行体験コーナーがある会場だった。
「私と茜ちゃんはゲーム出来るけど、雪歩さんは出来ないですもんね……」
「そうなんだ。本当は二人ともチームで一緒に戦いたいけど、ダメなんだよね」
「気にしないで下さいっ! プロモーションが終わって、一般公開されたら、また遊びましょう!」
「……うん」
茜と愛の優しく、だが力強い言葉にどこか嬉しさを感じて、雪歩がにっこりと笑った瞬間、会場が沸いた。
「な、何でしょうっ!?」
「あーっ! 一対三って、凄く正々堂々としてない戦いが行われてますよ!!」
「ふ、二人とも声が大きいよぉ、周りの人たちが私たちに気づいちゃう……!」
雪歩の心配は、意味を成さなかった。
なぜなら皆雪歩や愛、茜などよりも更に、崇拝する人間が、戦っている――
210:
おかしい。
おかしすぎる。
渋谷凛は、ビームサーベルを振りながら頭部バルカンを放ち、その機体を牽制しているが、その機体はまるで下がる事を知らない。
背部の翼から光る翼が、その機体を上下左右、あらゆる方向に移動させる。そのスピードも行動範囲も桁違い。
それにスピードでついていけるのは、蘭子のウイングゼロカスタムだけだが、そのゼロも、もうほとんどの武装を失っている。
マシンキャノンとビームサーベルだけで戦っている状態だ。
エクストリームガンダムは――既に落とされている。
幸子は「腹パン怖い……」と先ほどからインカムに声を入れているが、腹部に食らったのは幸子では無く、エクストリームガンダムだ。
「――ダメージが一つも入れれてない……!」
唯一万全に行動できるのは凛のMk-Ⅱだけだというのに、デスティニーガンダムはかすり傷一つ負っていない。
『詰まらないな――君たちではまだ、この程度か』
玲音の声が聞こえたが、凜はその内容を聞き入れる事が出来ず、ただビームサーベルを振り切った。
掌のゼロ距離ビーム砲でそれを受け流した後に、対艦刀【アロンダイト】を構えたデスティニー。
その動きに、凜はついていく事が出来ず――
『終わりだね』
玲音の声が聞こえた――次の瞬間だった。
211:
目の前で、対艦刀に何かが刺さった。
巨大なビームライフルの砲身から、ビームサーベル状にビームが展開されて、それを投げ込まれたのだ。
「何……?」
『Zガンダム……?』
玲音の言葉と共に、凜がそのビームライフルを投げた機体を見据えた。
途中から参戦したその機体は、凜の乗るMk-Ⅱの登場した機動戦士Zガンダム、その後期主人公機体であるMSZ-006【Zガンダム】だ。
ファーストやMk-Ⅱとは違い、その直線的なフォルムと、変形機構を盛り込んだ大人気機体だが――問題はそこじゃあない。
作り込みが違い過ぎる。
ランナー処理やスミ入れ程度ならば凛達もやっているが、あれはそんなレベルでは無い。
見た限り、塗装は全て塗り直し、トップコート処理が前面に行われて艶の光が照らされる。
装甲の節目節目に銅色の塗装を行い、金属の質感を細かく出している。
「誰――誰が乗ってるの……!?」
凜が堪らず声を上げると、その声に応える様に、Zガンダムが、動いた。
『オーバーランクだか何だか知らないけど――
このアタシを差し置いて、最強のアイドルだなんて、少しうぬうぼれ過ぎじゃあ無いのかしら。玲音っ!』
『貴女は、最強の元トップアイドル――日高舞かっ!!』
人物が分かると、玲音は既に、凜へ視線を寄越す事無く、Zガンダムへ動いた。
彼女――日高舞は、Zガンダムのビームサーベルを構えて、それを振り切る。
ビームブーメランを投げ放つことなく、それを構える事でサーベル代わりとした玲音のデスティニー。
サーベルとブーメランは鍔迫り合いを開始し、彼女たちの身に着けるマイクへその光刃が弾ける音が聞こえてくる。
『ははっ! まさかこんな所で貴女と戦えるとは、光栄だよ!』
『あらそう? 私はいつでも、相手になるのよ?』
『ありがたいお言葉だけど――今はこの勝負に集中する事にしよう!』
212:
ビームブーメランを二対に構え、それを振りながら、光の翼――ヴォワチュール・リュミエールを展開する。
分身を生み出しながら高速で移動を開始し、Zガンダムの背後を取るが、その動きを見切っていたかのようにブーメランの光刃を、サーベルで受け切るZガンダム。
その動きだけで、化け物のようだと、視界に捉えている凜は認識していた。
『そんな全部乗せラーメンみたいな機体で、そこまで動けるものね』
『デスティニーは良い機体だよ。何せこういう戦い方もできる!』
サーベル代わりのブーメランを振るいながら、もう一つのブーメランを投げ放つと同時に加速を再開する。
サーベルを受け切ると同時に距離を取るZガンダムだが、その行動を読まれながら放たれたビームブーメラン。
舞は舌打ちしながらビームサーベルを投げ捨て、ビームライフルを宇宙空間で回転し続けているサーベルの中心に当てる事でエネルギーを拡散させ、ブーメランの射線を変えた。
『本当に大したものだよ! 私の動きにここまでついて来れるなんて!』
『女・日高舞。トップアイドルはいつ何時、背中を見せない!』
『それでこそ私の憧れた姿だ!』
デスティニーの加速は止まらない。
ブーメランを構えて振り切るその機体から何とか離脱し、凛のMk-Ⅱへ近づく舞のZガンダム。
「え」
『借りるわね、渋谷』
Mk-Ⅱのバックパックにマウントされていたビームサーベルを掴んでビームライフルを放つ。
狙いは浅く、加速をする事無く射線から退いたデスティニーだが、その動きを予測する事は容易く、その頭部に向けてサーベルを突いた。
『おっとと!』
急ぎ、光の翼で右側部に回り込んだデスティニーだが、そこでZガンダムの回し蹴りがデスティニーの腹部に直撃。
衝撃と共に吹き飛ばされる感覚を、玲音は初めて味わった。
213:
『はは、楽しい! 楽しいよ日高舞! こんな戦いは、ジュピターや765プロとの戦い以来だよ! いやそれ以上かも!』
『当然よ。私をそんじょそこらの子供と一緒にしないで』
『失礼したよ。貴女の力はそんな程度じゃあない。かつて孤高のトップとなった貴女は!』
『今は、貴女がその位置に居るみたいだけど』
『ああそうさ。何時だって私は孤高の存在さ。でも今は違う! 貴女という存在がいる!』
『嬉しいお言葉ありがとう。でも、私は孤高であったつもりは無いわ』
Zガンダムが、ウェブライダー形態に変形しながら、デスティニーと距離を取る。
光の翼を展開して逃がすまいとする玲音だったが、舞の取った行動は――
『汝、その高潔なる力を用いてこの我に近付くか!?(訳:な、なんですか!? なんでこっちに来るんですか!?)』
『ガンダムWの自爆ってカッコいいわよね』
『……何?(訳:え?)』
『自らの命を一つの戦闘単位としか数えない生き方と、それを良しとする機体との信頼性って言うのかしら。私あれが大好きなの』
『……ふ、ふふ。それは我に対する宣戦布告、という事か?(訳:ようやく出会えた……自爆のカッコ良さを分かる人に!)』
舞が通信を取っていたのは、神崎蘭子操る、ゼロカスタムだ。
必然的にそちらに音声が聞こえ、蘭子は渇いた笑みを浮かべた。
『――良いだろう! 我が最後の火花を散らして魅せようぞ!(訳:よーしっ! そんな人の為に、私もちょっと自爆してきます!)』
『……何言ってんのこの子』
熊本弁を解読できない舞だったが、ゼロカスタムが背部の翼を羽ばたかせ、デスティニーに接近する所を見ると、誘導はどうやら成功したらしい。
『本気かい!? 神崎蘭子!』
接近して自爆させないように、適度な距離を取りながら、CIWSで攻撃を仕掛ける玲音だったが、蘭子は構わず突撃する。
『貴様に負ける事は構わぬが、屈したという現実が我を蝕む!(訳:このまま負ける位なら、ちょっと楽しんだ方がいいじゃないですか!)』
『ちょっと楽しむって! 君は日高舞に利用されて……!』
会話が成立してる……凛と舞は同時に同じ感想を抱いていた。
214:
『渋谷、ビームライフル貸して』
『え、あ、ハイ』
ビームライフルを放棄し、Zガンダムの方面へ投げるMk-Ⅱ。
それを受け取ったZガンダムは、そのままビームライフルを構えて、二射放った。
『うおっととっ!』
玲音がそのビームライフルの動きを認識し、避けた瞬間が最悪だった。なぜなら避けた宙域には既に――
『捉えたぞ!(訳:捉えました!)』
『ちょっと、卑怯だ日高舞!』
『こんな言葉を知ってる?
――卑怯汚いは敗者の戯言』
『貴女はいずれステージで倒す! 貴女と同じステージに立てる事を心待ちにし』
そこでウイングゼロカスタムが、自爆した。
宇宙空間とはいえ、接近しながら爆発したエンジン熱に焼かれ、デスティニーはそのトリコロールを灰色に変えていた。
ディアクティブモード――SEED系列のガンダムタイプが落ちた事を知らせる合図のようなものだ。
『さて――やる? 渋谷』
唯一残った生き残りである日高舞と、渋谷凛が相対すると、凜は今の武装を確認し、溜息をついた。
『……私の武装、ほとんど舞さんに行ってるじゃないですか』
『そうね』
『降参です』
勝負はそこで終了した。
215:
玲音は既に筐体から出ていて、その笑顔を蘭子と幸子に向けていた。
「いやでも、あの自爆は酷い、酷いよ神崎蘭子」
「ふ、それこそ弱者の戯言よ(訳:だって少しでも面白い方がいいじゃないですか!)」
「観客としては面白いかもしれないけどさぁ……あ、日高舞!」
筐体から身を出した舞を出迎えたのは、やはり玲音だった。
「あら、貴女そういう外見してたのね」
「お初にお目にかかります。かつて貴女が居た地位に居させて頂いている」
「貴女のいる位置は、それほど価値有るものではないわよ」
「知っている。だから私は力ある者を求めるんだ」
「楽しそうじゃない。私も混ぜて頂きたいわ」
短く会話を終わらせた二人が、その後言葉を交わす事は無かった。
舞はそのまま会場に居た愛と茜、雪歩と合流し、イベントを楽しんだ。
玲音は――次の仕事へ向かった。
『次に会う時は、輝きの向こう側で』
先ほどの会話で、玲音と舞はその誓いをしたのだ。
216:
『行くよ! 愛、茜!』
『はいっ! 流派・東方不敗は!』
『王者の風よ!』
『全新!!』
『系裂!!』
『天破狭乱!』
『見よ、東方は!』
『紅く燃えているぅっ!!』
765プロダクションの熱血担当・菊地真。
876プロダクションの熱血担当・日高愛。
シンデレラガールズプロの熱血担当・日野茜。
三人は、それぞれのガンプラを駆使して、プロモーションゲームに参加していた。
とても女の子とは思えないような行動でも、彼女たちがすれば魅力的に見えるのはなぜだろうか。
217:
「いやー、茜ちゃんがまさかゴッドガンダムとはね」
「シャイニングガンダム、マスターガンダム、ゴッドガンダム……見事に大人気Gガンダム三機が勢ぞろいだったら、やりたくなる気持ちも、分かるよ→」
「はるるん達は、イベント参加出来なくて残念だったね→」
前夜祭では、ゲーム体験イベントが開かれているが、プロモーション決勝に参加するメンバーは、そちらの参加が認められていない。
よって春香、千早、雪歩の三人と、プロジェクト・フェアリーの三人は参加が出来なかったのだ。
「それで春香……RGはどうだった?」
「物凄く苦労したけど……何とか完成出来たよ」
「そうでしょうね……」
千早は軽く頷いて、自らも大変だった事を思い出す。
「雪歩の新しいユニコーンはどう?」
「あ、完成したよ。ちょっと自信あるんだぁ」
「良かった! 明日は皆が自信あるプラモで戦えるんだね!」
「ええ」
「楽しみだね」
「うんっ! ――あ。ごめん、私トイレ行ってくるね」
皆と離れ、女子トイレへと向かった春香。
女子トイレから出て、少しだけ歩いていると、そこで出会うのは――
「シャイニングガンダム、マスターガンダム、ゴッドガンダム……見事に大人気Gガンダム三機が勢ぞろいだったら、やりたくなる気持ちも、分かるよ→」
「はるるん達は、イベント参加出来なくて残念だったね→」
前夜祭では、ゲーム体験イベントが開かれているが、プロモーション決勝に参加するメンバーは、そちらの参加が認められていない。
よって春香、千早、雪歩の三人と、プロジェクト・フェアリーの三人は参加が出来なかったのだ。
「それで春香……RGはどうだった?」
「物凄く苦労したけど……何とか完成出来たよ」
「そうでしょうね……」
千早は軽く頷いて、自らも大変だった事を思い出す。
「雪歩の新しいユニコーンはどう?」
「あ、完成したよ。ちょっと自信あるんだぁ」
「良かった! 明日は皆が自信あるプラモで戦えるんだね!」
「ええ」
「楽しみだね」
「うんっ! ――あ。ごめん、私トイレ行ってくるね」
皆と離れ、女子トイレへと向かった春香。
女子トイレから出て、少しだけ歩いていると、そこで出会うのは――
218:
「……こんばんわ、冬馬君」
「天海か」
ジュピターの、天ヶ瀬冬馬。
彼はいつもの黒のステージ衣装ではなく、私服姿だった。
「今日は、オフだったの?」
「ああ。――ずっと、こうして居たいって思ってた所だ」
「ガンダム、好きなんだね」
「俺を育ててくれた、大好きなアニメなんだ」
冬馬は、遠い目をしながら、その場から見える光景を瞳に焼き付けていた。
既に夕焼けも消え始め、夜の時間が近付いている。
だが誰もが楽しそうに、ガンダムのアニメを、プラモを、声優のイベントを、ガンダム大好き芸人を、アイドルを見ながら、はしゃいでいる。
「ガンダムって、戦争を取り扱うアニメだけど……何でここまで人気があるか、わかるか?」
「面白いから、だよね」
「それだけじゃない。男の心を、女の心を掴む全てに優れてんだよ。
考えた事無いか? そんな存在こそ、アイドルに相応しいって」
「そう……だね。人の心を掴む事が出来る存在――それは、すっごくアイドルみたいって思うな」
219:
「俺はアイドルになる時、心のどこかでガンダムみたいになれるって、思ったのかもしれない。
だから誰にも負けたくねぇって思う――お前にも」
鋭く、だが決して恐ろしいわけではない、覚悟を決めた男の目が、そこにあった。
「天海、俺はガンダムが大好きだ。その大好きなガンダムで、誰にも負けたくはねぇ」
「私はまだガンダムに触れて間もないかもしれない。
でも、アイドルとして輝きたいって気持ちは、誰にも負けない」
「なら明日は――俺が勝つ」
「私も――決して負けない」
春香の想いは、決して冬馬に劣るものでは無かった。
彼女と彼の勝負は、一先ずここでひと段落となった。
勝負は明日。春香と冬馬は、その後一言も話すことはしなかった。
220:
彼女――星井美希は、事務所でただ一人、完成したプラモデルを手にして、屋上から星空を見上げていた。
まだ十五歳だというのに、憂いの似合うその表情――プロデューサーが、そんな彼女に声をかけた。
「黄昏て、どうした?」
「あ、ハニー」
美希がプロデューサーの事を、ハニーと呼ぶようになったのは、何時からだっただろうか――そう考えながら、あの時の事を思い出した。
やる気の無かった彼女を、竜宮小町以上のアイドルにしてやると宣言し、指切りを交わし、初めてのライブで大成功を収めた時から――
美希はプロデューサーを、ハニーと呼ぶようになった。
特別の男……そういえば聞こえは良いが、要するに子供が大人の男性に憧れているだけの事だ。
彼の事を、本当に一人の男性として好いているわけでは無い――彼は美希の想いをその様に受け取っていた。
「……ねぇハニー。美希の事、好き?」
「もちろん好きさ」
アイドルとしてな、と注釈する事も忘れずに、プロデューサーは美希の言葉に返し、美希も苦笑しながら「今はそれでいいの」と頷く。
「じゃあ――ガンダムは、好き?」
「ああ、大好きさ」
今更だな、と言う気さえしている。美希の前でも春香の前でも、他の面々の前でも、彼はガンダムの事を語りつくしてきたのだ。今更感は否めない。
「じゃあもし……もしだよ?」
「ああ」
「ハニーがガンダムを捨てなきゃ、美希はアイドルやめるって言ったら、ハニーはどうする?」
「ガンダムを捨てるよ」
彼は、溜めずに答えた。
221:
美希も、本当にそれをするという意味で言ったわけでは無い、プロデューサーも、それは分かっている。
だが彼は、美希の想いを知っている。そして――自分の気持ちも、溜める事無く応えられる程、整理はついている。
「俺は美希を――皆をトップアイドルに、それ以上の存在にするって決めたんだ。
もちろんガンダムだって大好きだし、俺を形付ける必要な物だとは分かってる――それでも」
少しだけ、呼吸をして、だがハッキリとした声で、彼は美希へ良い放つ。
「俺は美希を取るよ。
俺のガンダムへの想いが一流なら、お前たちを思う気持ちはもっと高い――超一流だって、俺自身信じてるから」
一瞬だけ唖然とした美希が、彼の言葉を理解してか、微笑んだ。
その微笑みは、彼の心を鷲掴みするには十分な魅力を込めていた。
「ごめんねハニー。イジワルな質問して」
「いいさ――それより明日は」
「うん、本気だよ。
ミキはガンダムを良く知らない――けど、これだけはハッキリ言える。
ハニーが愛するミキとガンダムで、ハニーに最高のプレゼントを贈るって、今ここで決めたの」
第四部「プロモーション前夜祭編」完
224:
第五部「プロモーション決勝編」
彼女――秋月律子は、自らの担当アイドルである竜宮小町と共に、プロジェクト・フェアリー組をワンボックスカーで運んでいた。
乗り心地は普段の社用車よりは悪いが、エコドライブに優れた彼女の運転に、乗り込んでいる全員も窮屈には感じて居なさそうだ。
「ねぇ律子――さんっ」
「ん、どうしたの美希?」
後部座席に伊織と亜美に挟まれて座る美希を、バックミラーで確認する。
普段なら眠っている筈の移動時間で、美希が起きているのは珍しい事だ。
「あとどれ位で会場?」
「後――十数分って所かしら」
ナビと自らの経験則に基づいて返答を返すと、美希が「待ちきれないの……」とウズウズしているように見えた。
「アンタ……少しは落ち着きなさいよね」
「そうだよミキミキ→、少し頭冷やさないとフットーしちゃうのーってなっちゃうよ?」
「そんな事言っても――早く、春香と戦いたいんだもん」
美希の視線は、律子が運転する車の、前を走る車に向いていた。
律子よりも少しだけ乱暴だが、だが確実に安全を考慮した、プロデューサーが運転するワンボックスカー。
その助手席には春香が座り、自らのプラモデルを周りに見せて、盛り上がっている。
「自分も確かに早く戦いたいけど、そこまで焦っても良い事無いぞ」
「美希、戦いとは刹那の出来事――それを冷静に見据える事が重要なのですよ」
「……分かってるの」
少しだけ膨れた頬を、亜美が指で押し込んで『ぷひゅ』と音を鳴らしたのがどこか面白くて、律子は周りに聞こえないよう、少しだけ笑った。
225:
イベント最終日――先日の流れから、メインステージで歴代ガンダムの声優がトークショーを繰り広げている裏で、春香達はスタンバイをしていた。
「表で見たかったな……」
そう少しだけ残念そうなプロデューサーに少しだけ笑いながら、春香がRGのガンダムを、千早がRGのフリーダムを、雪歩が二体のユニコーンガンダムを取り出した。
雪歩のユニコーンガンダムは、少しだけ風変りだった。
機動戦士ガンダムUCの最終エピソード『虹の彼方に』に登場した、シールドを三つ持った状態の、フルアーマーで無い状態のユニコーンガンダム。
そのユニコーンモードと、虹色のサイコフレームを放つ、デストロイモード、その二つだ。
プロデューサーは少しだけ懸念していた――雪歩の事だ。
プロモーションバトル一回戦で、雪歩は『デストロイモード』のプラモデルが無くても、変形、いや変身を可能としていた。
その時の衝撃は許容値の範囲内ではあったものの――もし同様の現象が確認された時、それが同じような状況であるとは、限らない。
いざとなれば、失格となっても止めるだけの勇気――それがプロデューサーにも必要だと、彼が認識したその時、トークショーが終わった。
「皆、集合」
Aチームとフェアリーチームの計六人がプロデューサーの前に集まる。
「これから、お前たちは全ガンダムファンの注目を集める事になるだろう。
生放送も入っているし、これを見てお前たちのファンになる人たちも、少なくは無いと思う」
226:
第一回戦から三回戦までの戦いが録画され、ネット上にアップされた際に、アイドルに興味の無いガンダムファンたちが注目したのは、その濃厚な戦闘描写だった。
まるでアニメさながらの戦闘を繰り広げるアイドルたちの姿に驚き、急きょ各テレビ局やネット動画サイトが緊急生放送企画を取り出してきたのだ。
「そんなお前たちにいえる事は一つだけ」
ニッと笑みを浮かべて、一番先頭に居る春香の頭を、セットが崩れない程度に撫でる。
「全力で楽しんで来い。それがこれからファンになる人たちに送れる、唯一の魅力さ」
その場にいる全員が微笑んで、ハイッと元気よく返事を返す裏で――黒井社長が、ジュピターの三人を集めていた。
「お前たちはこれまで、私の指示に背いてきた」
「背いてきたつもりはねぇよ」
黒井の言葉に、冬馬が軽く反論する。
「俺は765プロを潰す為のプラモデルを全力で作っただけだ。北斗も翔太も、それに従っただけだぜ」
「だが現実、二回戦では翔太も北斗も無様な敗北をしている」
その言葉に、冬馬がピクリと震え、そして黒井を睨んだ。
227:
「無様――おいおっさん、もう一回言ってみろ!」
「何度でも言ってやる。無様な敗北だ、無様な姿を晒した、ファンはそんなものを望んでいない――望んでいるのは」
「――完全なる勝利のみ、って事か?」
「ウィ、分かっているではないか」
「俺は、菊地も双海も高槻も、それと戦った北斗も翔太も、みっともなくても堂々と戦っていたって、そうハッキリ感じている。
例え765プロが相手でも、アイツらの事をバカにするんなら……!」
そこで、冬馬の肩がポンと叩かれた。
「いいよ冬馬。俺たちが落とされた事が問題だ」
「冬馬君は悪くないよ、だから……」
「お前たちの事もそうだけど、そうだけど……!」
「俺たちが百パーセントの力で戦い、勝てばいい。それで彼女たちの名誉も守れるさ」
「僕達は僕達で頑張る。一人一人で頑張る。何時も通り――でしょ?」
苦しそうな表情で、北斗と翔太の言葉に唇を噛み締める冬馬。だが黒井はそれすら嘲笑う。
「下らん。堂々と戦う? 当然の事だ。全ては勝利の為に戦っている。――冬馬、北斗、翔太、貴様らは一体誰だ?」
「……アイドル」
「違う、最強のアイドルだ。765プロなどどうでも良い、貴様らは孤高の存在――オーバーランクにそれぞれがならねばならん。
仲間の想いや団結……? ハッ、それこそ下らん戯言だ。貴様らは765プロの戦い方に侵されてしまったようだな」
そう吐き捨て、少しだけ息継ぎをした黒井が、最後に〆る言葉は「勝て」だった。
「勝つ。圧倒的な勝利を手に入れろ。今日はその決意を手に入れる事を考えろ。
――お前たち一人一人が、誰にも頼る事無く、勝ち抜ける事を、一人ずつ証明して見せろ」
228:
『ガンダム・ビルドバトラー、プロモーション大会の決勝戦は、ランダムエンカウントバトルと呼ばれる戦闘方式となります』
解説がされるその戦闘方式は、以下の通りだ。
・三チームで行うバトルロワイヤルシステムで、各チームの一人でも多くのメンバーが最後に生き残っていれば勝利となる。
・決勝前はチームメンバーが同じ場所から出撃していたが、決勝ではそれぞれがランダムの場所からステージへ出される。
・センサーや通信も一定範囲内に敵や味方を補足しなければ使用できない。
このルールの中で行われる。
貴音のスターゲイザーのように、武装が少しヤワでも響や美希と合流出来れば勝算は上がるが、逆に敵に囲まれる危険性もある。
面白いルールであると同時に、非常にチーム戦に慣れた者達の脆さを叩くルールである事も、千早は理解していた。
『春香、萩原さん』
勝負が始まる前に、千早が春香と雪歩に声をかける。
『この勝負、あまり一人一人で戦う事に意味は無いけど――致し方ない場合がままあると思うの』
『うん、ランダムでステージに出るんじゃ、しょうがないよね』
『だから、第一目標は合流を目指すけど、それが不可能だと判断した場合は、交戦もやむ得ないと、各々が理解しましょう』
『分かりました……!』
ルール説明が終わり、来賓席の声優やゲーム開発関係者のインタビューが始まる。
春香、千早、雪歩の三人は、緊張しながらも目を閉じて、その時を待った。
そして、その時は来る。
『では、ガンダム・ビルドバトラー、プロモーション大会決勝戦。
ガンプラファイト――レディ、ゴーッ!』
その言葉と同時に、それぞれが動いた。
229:
『如月千早、フリーダム――行きます!』
『我那覇響、ストライクノワール、出るぞーっ!』
『伊集院北斗、バスターガンダム・ネーロ、出るよ☆』
『萩原雪歩、ユニコーンガンダム、行きますぅ!』
『四条貴音、すたぁげいざぁがんだむ、参ります!』
『御手洗翔太、ストライクフリーダム・ネーロ、突撃っ!』
『星井美希、ガンダムエクシア、出撃するのーっ!』
『天ヶ瀬冬馬、クロノス・エデン――出撃、だぜっ!』
『――天海春香、ガンダム……行きますっ!』
それぞれが羽ばたいていく。戦場へと出向いていく。
観客一人一人が、彼ら彼女らをただのアイドルとしてでなく、戦士として認識し、それを見送った。
230:
萩原雪歩の出撃場所として選ばれたのは、円筒型コロニーの外壁部である。
無数の宇宙ゴミが散乱する中に出撃し、雪歩は武装を確認した。
両腕にビームガトリングの搭載されたシールドを二つ、背中に同様のシールドを一つ背負っている。
武装システムにNT-Dはあるものの、まだ動作出来ない状態となっている。
ビームマグナムはカートリッジ分を合わせて残弾が二十。これだけあれば十分だが、無駄使いは出来ない。
コロニーの拡張部分に入り込んで武装を確認している所で、その光景を見据えて一つの事を思い出す。
「――このコロニー、『インダストリアル7』だ」
機動戦士ガンダムUCでバナージたちの通う高専や、最終決戦の舞台となった場所。だが周りを見渡すと、それだけでは無い。
機動戦士ガンダムSEEDの要塞コロニー、ヤキン・デューエや、ア・バオア・クーなど――
その今回アイドルたちが駆る機体の舞台となるステージが、丸ごと用意されているらしい。
そう思考を巡らせた瞬間、センサが熱源を察知。まだこちらには気づかれていないのか、それとも――。
考えていたのもつかの間、漆黒のガンダムが姿を現して、その両手に持つハンドガンタイプのビームライフルを、ユニコーンに突き付けた。
「響ちゃん!」
『雪歩!』
右腕のシールドを構えながら、左腕のビームガトリングを展開する。
少しだけタイムラグが発生しながら、ガトリング砲をうねらせて放たれるビーム。
それを彼女――我那覇響の駆るストライクノワールが避けながら、ビームブレイドに持ち替え、ユニコーンのシールドに思い切り剣劇を叩き込んだ。
『お試しプレイの時の、借りを返すさっ』
「負けない!」
普段の雪歩らしからぬ、だが決して悪くない声色で叫んだ彼女は、ビームサーベルを両手に展開し、ノワールに劣らぬ剣劇で、応対した。
231:
四条貴音は、武装を確認し終えて周りを見渡した。
スターゲイザーは360度モニタを搭載していない為、全ての角度を閲覧する為にはメインカメラとサブカメラを動かすしかない。
「――いますね」
静かに、そして覚悟を決めたようにビームライフルを掴んで、背部の円形装置――ヴォワチュール・リュミエールを展開する。
加速と共に生み出される円形のビーム刃を形成しながらとある機体に接近する――翼の生えたガンダムだ。
「如月千早の――ふりぃだむがんだむ、ですね」
自由を意味するその機体を、貴音はどこか気に入っていたが、それが攻撃の手を緩めるわけでは無い。
ビームライフルの銃口を突き付けて、引き金を引く。
『っ、四条さん!』
シールドで応対し、翼部に隠れていた二門ビーム砲で撃ち返す、如月千早が操るフリーダムガンダム。
近接格闘は不利と言うより、スターゲイザーにはそれしか攻撃方法は無いに等しいのだ。
フリーダムは背部の翼を羽ばたかせて距離を取ろうとするが、それを許さないのが、ヴォワチュール・リュミエールの加速だった。
ビーム刃がフリーダムに襲い掛かり、それを仕方なしにサーベルで対応する千早――その彼女が、何かを察する。
232:
『四条さん、三秒後に』
「ええ。貴女は真、聡明ですね。千早」
『ありがとうございます。――今!』
千早の合図で、互いに相手を弾き合って距離を取ると、先ほどまで居た場所に、高出力のビームがいくつも放たれていく光景が。
後一秒遅れていれば、あのビームに焼かれて二人とも脱落だった。
『あー、二人とも避けちゃった』
無邪気な男の子の声。千早と貴音はその声を認識した所で、少しだけ冷や汗をかく。
『御手洗君』
「御手洗翔太の――すとらいくふりぃだむがんだむ、ですね」
黄金の関節を光らせながら、その漆黒の機体色が迫る。
ストライクフリーダムガンダムは、その両手に持つビームライフルを放ちながら接近し、背部の遠隔操作ユニット『ドラグーン』を三基射出して、それを稼働させた。
一つが千早のフリーダムに、もう二つが貴音のスターゲイザーを追うようにしている光景を、彼――御手洗翔太は面白そうに見据えていた。
『悪いけど、勝たせてもらうよ。お姉さん達』
千早と貴音は言葉を交わしたわけでは無い、無いが――同時に、翔太に背中を向けて、その場から逃げだした。
『逃がさないよっ』
協力しながら逃げる二人と、それを追う翔太。奇妙な光景がそこにはあった。
233:
伊集院北斗は、バスターガンダムの巨体をコロニーの外壁部に隠しながら、スコープを覗き込んで、フッと息をついた。
「まさか俺が、エンジェルちゃんを狙い撃つ事になるとはね……」
いや、いつもの事かな? そう笑いながら、二つの機体を網膜に焼き付けた。
響の機体、ストライクノワール。
雪歩の機体、ユニコーンガンダム。
二機は互いに動き回っていて、ここからでは狙い撃つ事は難しい。
「――仕方ない、か」
幸い、近くの宙域で戦闘らしき光景が二つほど確認できる。冬馬や翔太と合流出来れば、彼自身の勝率も上がるだろう。
「なら今は、俺の生き方に正直に行こうか――!」
機体を動かして、背部スラスターを点火させると同時に、サイドアーマーに取り付けられた、ビームサーベルを取り出した。
本来バスターガンダムには接近戦武装は無いのだが、今回の試合では、接近戦に対応できなければやられるとして、冬馬と共に改造を施していた。
(改造とは言っても、ガンダムエクシアのサイドアーマーとニコイチしただけなのだが)
「俺も混ぜてよ、子猫ちゃんたち!」
234:
とても中・遠距離向きの機体とは思えぬ機動を見せながら、ノワールとユニコーンに接近するバスター。
それを補足すると即座に――ビームマグナムとビームライフルの銃口をそちらに向ける。阿吽の呼吸にも見える。
「あらら――仕組まれちゃったかな?」
引き金が同時に引かれ、まずはノワールのビームが無数に降り注ぐ。
それを回避しながらユニコーンに接近し、マグナムの銃口から逸れるために足元を潜り抜けた。
『仕組んでなんかないです!』
『ただ厄介な変態から倒そうって、意見が一致しただけだぞ!』
「厄介な変態とは……子猫ちゃんの反逆も、燃えるね☆」
だが今の状況はマズイ。そう北斗が呟くと、二人に背を向けて、背部スラスターを稼働させた。
『あ、逃がすか変態!』
『ひ、響ちゃん! 深追いは危ないよ!』
それを追う二人の機体。奇妙なかけっこ。
それはとある合流を意味していた。
235:
天海春香は緊張でカラカラになった口の中をツバで潤して、フッと息を吐いた。
同時に、操縦桿をグッと押し出し、フットペダルを踏み込む。
春香の駆る機体――ガンダムが背部のスラスターを吹かしながら、先ほどまで身を隠していたデブリから姿を現す。
熱紋を探知したのか、距離五百程離れた場所に居た、黄色の彩色が成された【ガンダムエクシア】が、その右腕にマウントされていたGNソードを展開しながら距離を詰めてきて、それを横薙ぎに振り込んだ。
ビームサーベルでいなし、左腕に持っていたシールドを叩きつけて距離を取る。ビームライフルを掴み、引き金を引く。
コンマ秒差で銃口から放たれたビームをシールドで受けたエクシアからの通信が入る。
『春香、なかなか強いの!』
「美希もね!」
エクシアに乗る少女――星井美希と短く意思疎通を終わらせると、春香は操縦桿のスイッチで武装を切り替え、背部にマウントされていたバズーカを展開し、放った。
ビームよりは明らかに遅い速度、だがしかし当たれば確かな破壊力を持つそれを、美希はかわしながら接近する。
バズーカがデブリ郡に着弾。無重力の海を漂う破片の嵐が、美希のエクシアを襲うが、美希はかまわずガンダムに進む。
GNビームライフルが三連射される。それぞれ、頭部、脚部、コックピットを正確に狙っている。
「甘いよ美希!」
すぐさま機体を動かし、頭部と脚部を避け切り、コックピット部分はシールドで防ぐと同時に、そのシールドを放棄する。
デブリ郡のどこかにぶつかって、その場に留まり続けるだろうから、後で回収すればいい。今は――と春香は判断する。
スラスターを吹かしながら美希のエクシアに接近する。
接近戦特化のエクシアに、距離を縮める事がどれほど愚かな事か――だが、美希を相手に、距離を取って撃ってるだけでは、絶対に勝てはしない。
――なら、少しでも勝てる要素がある方を選ぶ!
236:
ビームサーベルを抜き放ち、美希のエクシアに切り込むと同時に、頭部バルカンを撃ち放っていく。
それを体に受けながらも特に気にした様子の無いエクシアがビームサーベルの光刃をGNブレイドで受け切り、零距離でGNビームライフルを放ってくる。
即座に脚部スラスタを吹かして体を浮かして、ライフルを押し付けられた場所から退避する。
ついでにもうひと吹かしをして回し蹴りをすると、エクシアの巨体が無重力に流された。
『春香、気づいてる?』
「うん、とっくに」
『――あまとう、どうしてそんな所で見てるの?』
美希が、エクシアのメインカメラを上方へ向けると、そこに一つの機影が。
『真剣勝負に、首突っ込むわけにはいかないだろ』
天ヶ瀬冬馬が駆るクロノスだ。その化け物のような外見と漆黒の機体色が、宇宙空間では不気味に見える。
その機体が、デブリ群に身を隠していたが、美希の言葉に堂々と姿を現した。
『春香』
「うん」
『来いよ』
三人の意思疎通はそれだけだった。
美希がGNブレイドを構えてクロノスへと前進すると同時に、春香もロックオンを美希から解き、クロノスへとセット。
先ほど背部にマウントし直したバズーカ砲を持ち直し、三発、無造作に放つと、その弾道コースに注意をしながらエクシアとの応酬を開始するクロノス。
掌のビームブレイドとGNブレイドの応酬が、見ている観客を魅了するが、そこで冬馬が、動いた。
肩部の二門ビーム砲を稼働させて、春香のガンダムを狙うクロノスの攻撃を、避けながら先ほどのデブリ群で、放棄したシールドを回収する。
エクシアとの応酬を繰り返しながら、ガンダムを正確に狙うクロノスが、二人には脅威だった。
237:
一対一では、冬馬のクロノスに敵う事はない。
春香と美希はそう考えていて、春香が援護、美希が前面で戦う事を先ほど決定した。
だが冬馬はそんな事は関係なく、落とす事が容易い者から倒すことを決定したという事だ。
「こん――のぉ!」
春香の雄叫びと共に、美希も同じく動いた。
ガンダムのビームライフルの銃口が火を噴くと同時にGNビームライフルを三連射。
計四つのビームを、その時に出来る最少の動きで全てを避ける事に成功したクロノスに向けて、GNビームサーベルとGNブレイドで切りかかる美希。
だが、その動きは見切られていたかのように、その刃から逃れて、エクシアの背後を取るクロノス。
『甘い!』
クロノスの二門ビーム砲が稼働し、一つがエクシアの背部を、一つがガンダムの腹部を貫いた。
美希のエクシアが漂っていく。デブリの海に漂っていく彼女の姿を見て、春香が息を呑んだ。
『後はお前だけだな、天海』
春香のガンダムは、まだ動けない。
ダメージが一定以上に達したので、操縦系統がマヒしているのだ。回復には一定の時間が必要になる。その間は無防備になるのだが――
「……なんで、攻撃しないの、冬馬君」
『そんなお前を倒したって、面白くもねぇだろうが』
冬馬は、春香の前でただ待っていた。
彼が全力で、彼女を叩き潰せる、その瞬間を。
238:
伊集院北斗と御手洗翔太は、共に二機ずつの敵機を追いかけ、追いかけられていたが、そこで更に二機ずつの機影を確認。
共に相手にしている機体だと認識すると共に、厄介な、とも思っていた。
四条貴音と我那覇響は別だった。
互いに通信を取り合って視線を巡らすと同時に、それぞれがすれ違う機体に――
つまり、我那覇響はストライクフリーダムに、四条貴音はバスターガンダムに、それぞれその光刃を振り切った。
『うおっと!』
『やるね!』
互いにビームサーベルでそれをいなすと共に、交戦を開始する。その光景を見据えながら、千早と雪歩の機体も動く。
ユニコーンはストライクフリーダに、フリーダムはバスターガンダムに向けて駆けると、響も総攻撃を開始していた。
ストライクフリーダムから放たれるドラグーンユニットの攻撃を避けながら、ビームの雨をストライクフリーダムに見舞うが、それを全てビームシールドで受け切ってしまう。
それがどこか面白くなくて『雪歩!』と叫ぶと、雪歩もそれを応じるように、ビームマグナムの引き金を引いた。
一秒弱の、エネルギーの収束を行い、放たれたビームが、ビームシールドに直撃する。
衝撃で吹き飛ばされたストライクフリーダムを追いかけるノワールはその銃口を構えたが、再びビームシールドを構えたストライクフリーダム。
239:
『それなら!』
スラスターを急速に吹かして、ビームシールドの眼前まで迫り、ビームライフルと二門レールガンを構えて、引き金を引いた。
『零距離なら!』
ありったけのビームと、放てるだけ放たれるレールガンの連弾に、ストライクフリーダムは耐えていた。
ライフルのエネルギーが一時エネルギー補充を行っているタイミングと、レールガンの銃身冷却が始まると同時に、翔太が破損したビームシールドを解いた。
『やるね――響さん!』
ドラグーンユニットが二基稼働すると同時にビームライフルを二門持って、それを放っていく。
狙いが浅いそのビームを避ける事は、今の響にとっては容易い。
『まだ冷却が間に合わないなら――!』
ビームライフルを放棄して、ビームブレイドを構えて接近する。ビームライフルを構えている状態で、近接格闘は出来ないと踏んで――
240:
だがその判断は軽率だったろう。
ドラグーンユニットがさらに四基稼働する。
その銃身と動きから射線を予測する事は容易く、それを回避し、かつ翔太に接近できるルートを選択した響だったが、そこで目の前が光った。
響が操縦桿を急いで動かした時には、既にもう遅かった。
ストライクフリーダムの腹部ビーム砲が、反射神経だけで回避運動に入ったストライクノワールの右脚部とスラスターモジュールを誘爆させていき、ストライクノワールは動けなくなった。
『響ちゃん!』
『響!』
雪歩の声と共に、貴音の声も聞こえた。雪歩はビームサーベルを構えながらビームマグナムを構えた。
『後は雪歩さんだけ! 北斗君、貴音さんと千早さんは頼んだよ!』
ドラグーンがストライクフリーダムからのエネルギー供給を終わらせ、再び六基の稼働が開始する。
響が撃墜したかを確認する暇もない。
雪歩がドラグーン回避を行いながらストライクフリーダムと距離を取っている間、貴音と千早も戦っていた――。
241:
伊集院北斗は、先ほどの翔太と合流をするタイミングで、デブリ群に身を隠して、スコープを覗いていた。
フリーダムとスターゲイザーが、共に自分のバスターガンダムを捜索しているが、漆黒のバスターガンダムは、さぞ宇宙空間を模したこのステージでは発見し辛いだろう。
北斗は、ビームライフルの砲塔と散弾砲の砲塔、その二つをドッキングさせ、それを構えた。
スコープモードをオンにして、精密射撃を開始する。
デブリ群に体を預けて、ついでに脚部に仕掛けたアンカーを、少しだけ離れたデブリに当てて、その身を固定させる。
『ファイア』
独り言として呟いて、引き金を引いた。
コンマ秒のラグを発生させながら放たれた高出力のビームが、無重力の海を流れ、そのスターゲイザーの左脚部を貫いた。
距離があればそれだけ誤差が生まれやすい。
北斗は愚痴る事も、残念に思う事も無く、誤差を修正しながら、アンカーで移動を開始する。
242:
スラスターを使わずにアンカーで無重力の海を行動する事で、二人に見つかる事無く、行動する事が出来る。
事実、二人はどこから狙い撃たれたか分からない状態で周りを見渡し、デブリ群に逃げ込もうと相談をしていそうだ。
ならば今度は――と、アンカーをデブリ群の奥底にセットし、行動する。
機体を固定。誤差修正を完了させながら、今度はフリーダムにロックを合わせた。
『じゃあね、千早ちゃん』
君の歌は大好きだよ――そう呟き、引き金を引く、その瞬間。
スターゲイザーがフリーダムの体を突き飛ばし、ビームはスターゲイザーの右腕部だけを薙いだ。
スターゲイザーは左脚部と右腕部を無くし、操縦系統をマヒさせた。千早の、貴音を呼ぶ声が、北斗の耳にも届く。
貴音は何も言わない。まだ落とされたわけでは無い、北斗に情報が知られるわけにはと思っているのだろう。
砲身の冷却が始まる。フリーダムの退却も始まる。
北斗は、ただ冷静に次の狙撃ポイントを制定していた。
243:
御手洗翔太は、何時もなら雪歩とまずは遊ぶ事を考えていただろうと、自分でも思っていた。
事実先ほど響と戦っている最中は、遊べると思ったからこそ、遊んでいたのだ。
だがこのユニコーンは違う。デストロイモードになれば、それだけ難易度が上がる。
それまでに出来るだけ機体にダメージを与えなければならない。
――ならない? なんでそう思うのだろう。
遊びのつもりだ。例え黒井に確実に勝てと言われても、屁でもない。
翔太は別にアイドルという活動に固執はしていないのだ。
なのになぜ自分は、黒井の言う命令に従っているのだろう。
そう考えていると、翔太は攻撃の手が緩んでいる事に気付いた。
ビームライフルの引き金を引き続け、雪歩を落とす事に全力を注がなければ――
『ねぇ、翔太君』
雪歩から、通信が入った。
『何かな、雪歩さん』
応じる。その程度は構わない筈だ。
244:
『翔太君は、ガンダム、好き?』
翔太は、聞かれると思ってもいなかった事を聞かれ、少しだけ雪歩の真意を探ろうと考えたが、あまり頭も回らなかったので、素直に答えた。
『SEEDは見たけど、好きって程ではないかな』
そのSEEDも、冬馬に勧められて見た物だ。
確かに面白いとは思うし、新作などが放送されれば、見たいとも思うが、彼のように、冬馬のように好きだと言える程、まだ自分はガンダムに触れてすらいないのだ。
『そう――じゃあ、何で、アイドルになったのかな』
攻撃をされながら、良く世間話をするつもりになる。
翔太はドラグーンのエネルギー補給を終わらせると同時に、まずは三基のドラグーンを射出し、腹部ビーム砲も同時に放つ。
腹部ビーム砲をシールドで防ぎ、ドラグーンのビームは避け切った雪歩に、翔太も正直に返す。
『お姉ちゃんが、北斗君のファンでね。961プロのオーディションに、勝手にボクを応募したんだよ』
『そう……私と、同じだね』
『同じ?』
『うん。私もね、友達がオーディションに応募して、765プロに入ったんだよ』
『後悔、してるの?』
『翔太君はしてる?』
『してないよ』
245:
思わず出た言葉に、翔太がハッと視線を上げた。
ユニコーンの装甲、その隙間から、虹色の光があふれ出している事が見て分かった。
視線を釘付けにされるほどの光に、思わず『わぁ』と歓喜の声を上げた事を、翔太は後悔していない。
『私も、後悔していない。
自分に自信が無いからこそ、新しい自分に生まれ変わりたいから――だからこそ、私はここまで来た。
仲間と、共に!』
装甲が稼働し、そのフレームを露出させる。認識できない光はゲーム上で虹色の発色を見せ、見る者全てを魅了させる。
装甲が稼働する事により、スマートな印象からパッシブな印象へと変わるが、それをマイナスと捉えられる事が無い、そのデザイン。
最後に、一角獣の名の元に与えられた一本角が裂け――ガンダムタイプ特有の、V字アンテナに変わった事で、観客が当たり前の事を口にした。
――ガンダム。
『私と仲間に、力を貸して――ガンダムっ!』
彼女が、ユニコーンガンダムが――雪歩が駆けた。
金色の光を放つストライクフリーダムガンダム。
希望の光を放つユニコーンガンダム・デストロイモード。
最強の機体同士が、今ここで激突する。
246:
我那覇響は、幼いころは何時も兄の元から離れなかった。
兄が好きだった。誰よりも憧れていた。その強い姿に。
その兄は、ガンダムというアニメが好きだった。まだ幼かった響を抱きしめながら、共にファーストガンダムを見た事は、今も覚えている。
思春期に入って少ししてから、彼女は兄から離れていった。
友達が出来た事もそうだが、やりたい事が見つかったという事でもあった。
兄と響には、父親が居なかった。
母は一人で兄と響を育ててくれて、兄はそれをサポートしていた。
彼女はそれに耐えていたが、彼女は何より、他人を思いやる心を持っていた。
だからこそ、独り立ちをして、負担をかけまいとしていた面もあるだろう。
――自分、アイドルになる。
響がそう言った時、兄は何と言って反対しただろう。
母は何と言って応援してくれただろう。
あまり覚えてはいない。
兄の言葉が嫌に思えて、飛び出すように家を出て、そして765プロにたどり着いた。
247:
そこで出会ったのが、765プロの仲間であり、どこか兄に似た一人の男性だった。
彼は響のプロデューサーだった。
響は、プロデューサーがガンダムを好きであったことは、今回の仕事の前から知っていた。
ファーストやZガンダムの事で、語り合った事もある。なんなら喧嘩した事もある。
それらが全て、今は隣に居ない兄との語らいに似ている事を、響は理解していた。
この時から響は、兄が何と言って自分を引き留めようとしていたか、思い出していた。
『一人で何が出来る』
親元を、兄の元を離れれば、響は一人になる。兄はそれが堪らなく怖かったのだ。
愛しい妹が、一人泣く事を、恐れていたのだ。
――でもにぃに、それは違ったよ。
『響、響』
『貴音か。ちょっと待って、後五秒』
『ええ――酷い有様ですね。お互い』
スターゲイザーは腕部と脚部を片方ずつ無くし、ノワールも右脚部とスラスターを破損させていた。
宇宙空間を漂い、どの敵とも離れてしまった。
一番近いのは――春香と冬馬の戦いだ。それももうほとんど決着はついていて、春香が負けるのを待っているような状態だ。
248:
『貴音、自分はあっちに行くぞ』
『では、私は如月千早を援護に向かいます。萩原雪歩は?』
『雪歩は――もう一人でも、十分戦える』
『貴女は、一人では戦えないと?』
『そう、だな。自分、一人は嫌だぞ。だから』
機体が、動く。
操縦系統の麻痺は完全に解け、ノワールが宇宙空間で、体を慣らすようにギギッと音を立てた。
――にぃに、自分、一人じゃないぞ。
『――行こう、相棒』
『ええ』
響の言葉に、貴音が応え――ノワールのツインアイが発光する。
スターゲイザーの背部円形装置が稼働し、光を放ち始める。
スターゲイザーの手を掴んだノワールを見ながら、貴音が響に視線をやると、彼女も頷いて返す。
『ぷろばるじょんびぃむ――照射』
スターゲイザーに向けて放たれる、プロヴァルジョン・ビーム――
それは、人工的に太陽風に似た性質のビームを照射する事で、スターゲイザーのヴォワチュール・リュミエールを稼働させる装置だった。
最初は一秒で数メートルしか進まなかったスターゲイザーが――数秒後には、高速で移動を始めた姿を、観客は見逃していた。
249:
萩原雪歩の駆るユニコーンガンダムの動きを、翔太は捉え切れずにいた。
腹部ビーム砲と二つのビームライフルから放つビームは――そのシールドによって防がれる。
手に持つ事無く、稼働する謎のシールドによって。
『何で――推進力の無いシールドが、ドラグーンみたいに!?』
ユニコーンが駆ける。
それと同時にシールドも三方向に駆け、その内蔵されたガトリング砲から同時に火花を噴かした。
少量を甘んじて受けながら、多量を避けていると、今度は上部からユニコーンの本体が、サーベルを構えて突撃してくる。
ビームサーベルで受けながら、ドラグーンを六基稼働させると、ユニコーンが距離を取って、その右掌を広げ――そして、握った。
瞬間、ドラグーンの操作系が全て、翔太から離れ――反対に、ストライクフリーダムを狙い始めた。
『何で――何でボクが分からないのさ、ドラグーンっ!』
そう言いながらも避け切っている姿は、さすが彼だと言いたい所ではあるが、それを観客が感じる前に、ユニコーンも再び動いていた。
六基のドラグーンと、三基のシールドファンネル、そしてユニコーン本体から繰り出される攻撃に、翔太は防戦一方――当然と言えた。
250:
――負ける? ボクが?
観客の誰もがそう考えていた。慢心をするなと心得ていた、765プロのプロデューサーですら、この時は雪歩の勝ちを確信していた。
――嫌だ。嫌だよ。ボク一人が負けるのは良いけど、でも、でも。
翔太の脳裏に浮かぶのは、一人の男の姿。
何時もはむっつりとした表情をしているが、ステージに立つ姿やガンダムの、好きな事に対して真っ直ぐなその瞳を見せる、その男。
――おい翔太、真面目に作れよ。このままじゃ俺のガンプラになっちまうだろ?
――あぁ!? 金色の関節無くしちまったらストフリじゃなくなるだろ!?
――と言うかお前ガンダム見たことあんのか?
――無い? バカ、そんなんじゃ客に怒られるぞ。ただでさえファンが多いんだから。
――ほら、種と種氏だけでも見ろよ。貸してやるから。
――面白かったろ?
――俺たちなら、絶対アイツらには負けねぇ。楽勝、だぜ!
251:
『――パージ』
操作系を乗っ取られたドラグーンを廃棄すると、ストライクフリーダムは、ドラグーンを無くした翼から、光を発しながら、駆ける。
その動き、まるでデストロイモードのように、早い。
雪歩の反応も少し遅れ、ユニコーンの右腕部が切り落とされる。
ストライクフリーダムの二門ビームライフルから放たれるビームをシールドファンネルが三つ重なって防ぐが、その上にさらに腹部ビーム砲を浴びせ、シールドに一瞬の隙を作る。
その隙に再び、ユニコーンの本体に迫り、ビームサーベルを振るうストライクフリーダムの腕部を、今度はユニコーンの左手が持つビームサーベルが切り落とした。
『負けるわけには、いかない!』
――ボクが負けるのは良い。でも、冬馬君をこの戦いで、負けさせるわけにはいかない!
翔太は、何時もの子供らしい雰囲気を忘れ、ただ勝利の為に、操縦桿を握っていた。
その力が、雪歩の闘争心にも火をつけたのだろう。
雪歩はビームサーベルと背部にマウントしていたビームマグナムを放棄し、その鋼鉄の手を、ストライクフリーダムの胸部に突き刺した。
それと同時に、ストライクフリーダムの腹部ビーム砲が放たれる。
252:
ユニコーンの腹部を貫く腹部ビーム砲。
だがその一瞬早く、ユニコーンが操ったドラグーンが全基、先端にビーム刃を形成し、ストライクフリーダムの腹部を貫いた。
ユニコーンの、虹色の光が、段々と弱まっていく。
ストライクフリーダムの、全身に彩色された黒色も、段々と灰色へと染まっていく。
弾けるように、各部で火花を散らす二機。その散り様に魅せられ、歓声を上げる事すら忘れる観客。
二人同時に、戦闘不能のSEが流れ出す。
翔太は少しだけ疲れたような面持ちで、フッと息をついて、呟いた。
――冬馬君、勝ってね。
萩原雪歩は、墜ちていくカメラ映像を捉えながら、一つの機体を見据えていた。
その機体に向けて、一つの物体が漂っていく光景を見据えて、彼女もまた、息をついた。
――春香ちゃん、千早ちゃん。後はお願い。
萩原雪歩、ユニコーンガンダム。撃墜を確認。
御手洗翔太、ストライクフリーダムガンダム・ネーロ。撃墜を確認。
253:
天海春香は、ダメージによる機体のコントロールが、少しずつ戻っている事を悟ると、冬馬のクロノスへの対策を練っている。
だが思い浮かばない。
冬馬に対抗しうる、いかなる武器も、攻撃も、思い浮かばない。
今こうして自分が、撃墜されていないだけでも不思議であった。
『そろそろか?』
機体の状態を察しながら、段々と近づくクロノス――復帰した瞬間、やられる。
春香は相手の最初繰り出す攻撃は何かを想定していると――叫び声が、聞こえた。
『うりぁああああ――っ!』
響の声だと分かった瞬間には、冬馬が驚きの表情を浮かべ、叫んでいた。
『我那覇!?』
響の駆る、ストライクノワールは、既に右脚部を無くしているにも関わらず、おおよそモビルスーツが出せるはずもない速度で冬馬のクロノスに接近し、その右腕部を、ビームブレイドで切り落とした。
速過ぎて、クロノスの腕部を切り落とすと同時に二機が追突すると、そのまま残った左脚部でクロノスを蹴り飛ばし、掌に搭載されたアンカーケーブルを射出。
クロノスの腹部に刺さって、それが引き寄せられる。
『これで――終わりだぞぉ!』
『調子乗ってんじゃ――ねぇぜっ!』
254:
アンカーケーブルを掌のビーム刃で切り裂くと同時に、二門ビーム砲でストライクノワールを狙い撃つ。
スラスターを破損したノワールに避ける手立ては無く、胸部と腹部を貫かれ、ノワールは、宇宙の藻屑となり、散った。
『これで、終わりか――任せたぞ!』
響の声を、微かに冬馬は聞いていた。
最後に、彼女は一人の少女の名前を叫び、そして、その声が聞こえなくなる。
我那覇響、ストライクノワールガンダム。撃墜を確認。
『天海は――』
冬馬が急ぎ、春香のガンダムへとメインカメラを寄越そうとした瞬間――カメラが、一瞬だけ荒れた。
一瞬の事だった。収束したビームが、クロノスの既に無くなっている右腕部すれすれを横切り、その余熱が右脚部まで焼き飛ばした。
――ガンダムがその手に持っていた筈の武装は、ユニコーンガンダムの、ビームマグナム。
宇宙空間を漂い、ガンダムの元へと来たのだ。
――雪歩の想いを乗せて。
「冬馬君――行くよ!」
既に、ビームマグナムを掴んでいた左腕部は、そのマグナムの威力に耐えきれず、吹き飛んでいた。
右手にはビームサーベルを構え、殺気を放っているガンダムを見て、冬馬が冷や汗を流す。
『――上等だ、来い! 天海!』
ガンダムもクロノスも、既にダメージは危険域。
だがそれでも、二人は競り合った。
最強のアイドルを決めるための戦いで。
255:
伊集院北斗は、デブリ群の真ん中で、如月千早をずっと観察していた。
千早はデブリ群に身を隠しながら行動をしており、中々隙を見せない。
だが、そこも許容の範囲内。北斗はアンカーケーブルで機体を固定させている事を確認しながら、その収束ビーム砲の引き金を引いた。
着弾。千早が隠れていデブリがビームでかき消され、すぐにフリーダムが姿を現した。
千早が慌てているような動きが、フリーダムを見るだけで手に取るようにわかる。
そこで、ライフルの銃口をドッキングさせ、高出力ビームを収束、放とうと引き金に指をかけた、その瞬間だった。
『――見つけました、北斗殿』
ビーム刃を整形しながら、スターゲイザーが迫る。
驚きと反射の影響で引き金を誤って引いてしまい、ビームはフリーダムに命中することなく、宇宙空間に伸びた。
『貴音ちゃん……!』
急ぎアンカーケーブルを用いて退避しようとするがそれも敵わず、小型のビームライフルから放たれた熱線が、収束ライフルを焼いた。
『くぅ……っ』
散弾砲を放ちながら、収束ライフルを放棄して、放棄した手にサーベルを構える。
既にスターゲイザーはエネルギーというエネルギーを失い、背部の装置から太陽風を受け取って稼働しているだけだ。倒すのは――容易い。
散弾砲を放ち、接近しながらスターゲイザーの腹部にビームサーベルを突き刺すと、スターゲイザーが爆ぜていく。
その際に小さく『任せましたよ』と少女の名が呟かれたが、その名を確認する暇も無い。
四条貴音、スターゲイザーガンダム。撃墜を確認。
256:
急ぎ退避を行おうと操縦桿を握る手の汗を拭おうとした瞬間――目の前に、翼が羽ばたいた。
『捉えた――!』
千早のフリーダムガンダムだ。フリーダムはその両手にビームサーベルを構えながら、それを振り下ろした。
散弾砲を放ち、サーベルを振りぬき、フリーダムの光刃を受け切る。
多少なりともダメージはあるように見える物の、威力の弱まってしまった散弾砲の攻撃に、まだびくともしない装甲は、さすがと言うべきだったが――北斗は今まで感じた事の無い恐怖心に襲われた。
それは自分が負ける事に対しての、恐怖心では無い。
――この恐怖に近い感覚を、俺は知っている。
頭の中で誰かが叫んだ。
その叫び声は――自分自身の声であると認識するのに、それほど時間は要しなかった。
――また、無くすんだね。自分の居場所を。
――ピアノが弾けなくなって、自分の居場所を無くして、女性へと走って。
――そうして見つけた新しい居場所を、また無くすんだね。
黙れ、黙れ!
――そう頭の声に反論をしながら、フリーダムの猛攻を避け続け、それでもなお襲い掛かるフリーダムと恐怖心に、北斗は一瞬、目をつむった。
257:
その一瞬。別にゲームであって氏ぬわけでも、居場所が無くなるわけでもないこの状態で、走馬灯に近い情景を、北斗は思い浮かべていた。
――行くぜ! 翔太、北斗!
――やる気見せろよ、相棒!
――なぁ北斗。お前は後悔してないか?
――アイドルになった事。
――ピアニスト、目指してたっていうお前がさ、こうしてチャラチャラ踊るようになったのが、不思議に思ってるんじゃないかって。
――俺が、俺と翔太が一緒に、お前をトップアイドルに導いてやるよ。だから。
――ついて来い北斗。三人一緒なら。
――三百倍の重力で、観客を魅了してやれるさ。
『無くさせや、しないさ……!』
呟きと共に、雑念が消えた。
北斗はフリーダムの猛攻から逃げる事を止めて、彼女の機体に向き合うと同時に、脚部アンカーを二本同時に射出する。
フリーダムの背後にある二つのデブリに命中し、命中地点へ――バスターガンダムが引っ張られる。
引っ張られるバスターに追突され、密着するバスターとフリーダム。
強度が良いアンカーケーブルはそれでも二機の巨体を引っ張り、フリーダムとバスターを、硬いデブリに衝突させた。
258:
『が――っ』
『ぐぅ――っ』
衝撃で、千早と北斗の呻き声が聞こえる。だが北斗はそれでも止めない。
掌からアンカーケーブルを射出して、自らとフリーダムを、追突したデブリに巻き付けた。これでは、二機とも身動きできない。
『まさか、北斗さん……!』
『そのまさかだよ、千早ちゃん』
今の俺じゃあ、君には勝てない。
そう呟いて、北斗はコックピットにある自爆コマンドを、簡単に入力した。
『ねぇ千早ちゃん。君はなぜ、こうして戦うんだい?』
『春香や萩原さんと共に、勝利をこの手に掴むためです』
『俺も同じ気持ちさ。だから、俺はこうするんだよ』
『初めて知りました』
『うん?』
『伊集院さんは、とても心の温かい人なんだと』
『俺は、女性にはいつも温かいよ。
――今回は、男の二人にも、出血大サービスだ』
自爆コマンドを受け付けて、数十秒の猶予の間に、北斗がした事は、世間話。
千早が行った事は、かろうじて動く機体の右腕と左腕を操作しながら、とある武装を放棄――
それも角度と速度を計算しながらであったので、余裕は無かったが――それでも、行う事が出来た。
――冬馬。お前に任せたよ。
自爆するバスターガンダムの熱に焼かれ、フリーダムも落ちていく。その際に小さく呟かれた一言は、誰にも聞こえる事は無かった。
――春香。貴方に力を与えられたら、幸いだわ。
伊集院北斗、バスターガンダム・ネーロ。撃墜を確認。
如月千早、フリーダムガンダム。撃墜を確認。
259:
ビーム刃とビームサーベルの斬り合いは、既に五分近く続けられている。
クロノスの左腕から繰り出されるビーム刃をビームサーベルで捌きながら、頭部のバルカンで牽制を行う。
だがそれをも避け続ける冬馬のクロノスに、春香は如何にして攻撃を与えるかを焦っていた。
だがそれは冬馬とて同じこと。
春香は、今この時、パイロットとしての能力が著しく上がっている事に、彼は気づいていた。
何が彼女をここまで突き動かすのか。
彼女はガンダムに触れてまだ時間も少ない。
時間が全てであるとは思わないが、少なからずの影響はあると冬馬は考えていた。
だが春香は戦う。無我夢中でサーベルを振るう。
その姿は、何に支えられているんだ?
「仲間だよ……!」
ガンダムのビームサーベルが、クロノスの左腕部を切り落とすが、同時に放たれた二門ビーム砲の一射が、ビームサーベルを叩き落す。
260:
『仲間……くだらねぇ!! 俺には翔太と北斗っていうやつ等がいる! 共に戦っている!
だがいつだって人は一人なんだよ! 一人で戦わなきゃいけないんだよ!!
お前だって今はそうだ! 一人の力で、戦ってるじゃねぇか!』
「違うよ!! 一人なんかじゃあないっ! 一緒にいる、いつも、いつでも!」
クロノスの腹部に蹴りを食らわしたガンダムの前に漂ってきた二つのユニット。
その一つを掴むと同時に、柄と柄を組み合わせ、エネルギーを送る。
ビーム刃が繋ぎ合わせたユニットから出力される。
フリーダムガンダムの【アンビデクスストラス・ハルバート】と呼ばれる、双刃の薙刀のような状態にした、ビームサーベルだった。
これも、持ち主を離れ、春香の元へとたどり着いたのだ。
――千早の想いが、力として放たれ、宇宙を漂ったのだ。
リーチの長い柄を掴みながら、それを横薙ぎに振り切ると、それを避けようとしたクロノスの二門ビーム砲が切り裂かれ、その爆風でクロノスも一瞬動きを止めた。
――その隙を、今の春香は見逃さなかった。
春香は、ただトリガーを引くという動きと共に、叫んで、操縦桿を押し出した。
スラスターが吹かれ、勢いをつけて突撃する。クロノスに向けてサーベルを突き付けると……。
クロノスの腹部に刺さり、それが致命傷となった。
261:
『……これが、団結の力って、奴なのかよ』
「そうだと思いたい。偶然かもしれない。でも雪歩と千早ちゃんの力が、私を助けた。
一人だったら絶対に、冬馬君には、勝てなかったから」
『……俺も、早く気付けばよかったんだ』
――俺も仲間に支えられていたのに。
クロノスが各部から、火花を散らしながら壊れていく。
その散り様を見据えながら、春香が「また、戦いたい」と言う。
まだ声が聞こえる。春香の言葉を聞いて、冬馬は『当然だ』と言った。
『勝ち逃げなんて許さねぇ。次戦う時は、俺たち三人の団結って奴、見せてやるぜ!』
その言葉が最後だった。
散っていくクロノス、その姿を見据えて、観客が沸いた。
皆、春香の名を叫んでいた。
だが。
春香は、まだ、静かに、ただ、その光を待っていた。
262:
一筋の光が、宇宙の彼方で光った。
光を放ちながら、高速で近づく、その機体。
既にその姿はボロボロだ。背部は回路まで丸見えの状態。デブリにぶつけでもしたのか、頭部も少し破損している。
だがその機体は美しく光り輝いていた。黄色と黄緑の彩色が宇宙空間に煌めいて見えて、春香は思わず叫んだ。
「来たね――美希!!」
『遅れてごめんなの――春香!!』
美希の声が、聞こえた。
まだ距離はある。
春香は千早の残したビームサーベルを無理矢理肩部にマウントして、その場に漂い続けていたガンダムのビームライフルを掴んだ。
「戦おう、美希! これが、私と美希の、真剣勝負!」
『うん! 星井美希、ガンダムエクシア――未来を斬り開くの!!』
二人がこの勝負で交わした言葉は、これが最後だ。
263:
ガンダムがライフルの銃口から光が放たれる。連続して引き金を引いて二連射。
それを全て避け切ると同時にガンダムエクシアのGNビームライフルも火を噴いた。
GNビームライフルの火線が、ガンダムのビームライフルを焼くと、それを放棄して再び千早の残したサーベルを二本接続し、それを振るった。
エクシアはそれに相対するように、折りたたまれたGNソードを展開して、接近戦に持ち込む。
光刃と、ビームコーティングのされた実体剣の鍔迫り合いが二、三撃行われると、ガンダムがその場から退避を始める。
スラスターを吹かしながら移動をするのは、近くの小惑星――ア・バオア・クーの内部。
既に落とされた後を想定された設計されたそのステージに入り込むと、ガンダムが脚部スラスターを吹かしながらビームサーベルを、追いかけてくるエクシアに振るった。
エクシアはGNロングブレイドでそれを受け止めると、両手首に搭載されたGNバルカンで牽制を行う。
その攻撃を装甲で受け止めながら、今度はガンダムの頭部バルカンがエクシアを襲う。
二機ともに脚部に異常が出る。
だがそれで止まる二人では無い。
ア・バオア・クー内部の壁にぶつかりながら、狭い通路で行われる鍔迫り合い。
そのビームサーベル同士の熱が二機の装甲を少しずつ焼いていく。
壊れていく二機の姿を、観客は何も言えずに見据えていた。
――二人はどうしてこうまで醜くも戦うのだろうか?
――二人は同じ事務所の、仲間の筈だろう。
観客は総じてそう考えていたが――
264:
同じアイドルの皆には、もう分かっていた。
二人は今アイドルとして、高みに立っている。
仲間の想いを受け継いで、その高みにたどり着いた。
そして、さらに先にある筈の――『輝きの向こう側』を見るために、二人は戦わなければならない。
――自分をここまで引っ張ってくれた、仲間の、そして仲間たちの作った、ガンプラに報いる為に。
広い通路に出た。
大きな獲物を持つエクシアに押されるように、通路の奥で双刃のサーベルを振り切ったガンダム。
だが、エクシアはその光刃を恐れる事無く、GNソードを突き刺した。
ガンダムとエクシアの頭部が共に斬り飛ばされる。
だが二機のサブカメラは生きている。
まだ二人は、戦える。
エクシアが、GNソードを構え直し、背部のGNドライブをフル稼働させる。
発光が強まり、それが出力として還元させる瞬間、エクシアは高速でガンダムに向けて突進した。
その突進に向けて、春香は逃げなかった。
双刃のサーベルを構えながらエクシアを待ち――そして。
265:
決着は一瞬だった。
ガンダムエクシアのGNソードが、ガンダムの腹部を貫いていた。
ガンダムが持つ、フリーダムのサーベルが、エクシアのGNドライブを貫いていた。
――どちらが先に落ちた?
誰もがその答えを待ち望み、瞬きすら忘れていた。
その答えは、あまりにも呆気ない物だった。
『ガンダム、ガンダムエクシア、両機同時に撃墜を確認。よって――この勝負、引き分け』
ボーっと、その結末を受け取った観客。
その観客と同じく、アイドルたちも呆気にとられていたが――男が一人、拍手を始めた。
彼女たちの、プロデューサーだ。
彼がバックステージで拍手をすると、それが観客席まで伝わったか、一人の観客がそれに続いた。
次第に皆が連られて拍手をして行き――その拍手は、会場全体を覆い包んだ。
星井美希、ガンダムエクシア。撃墜を確認。
天海春香、ガンダム。撃墜を確認。
266:
会場のボルテージは最高潮。アイドルたちの状態も最高潮だった。
皆騒ぎながらバックステージで「最高の戦いだった」「これをアニメで見たい」と語り合っている。
――そんな中
三人の少年たちが、ただ立ち尽くしていた。
「ごめんね、冬馬君。ボク、冬馬君を勝たせる事が、出来なかった」
「俺もそうだよ。冬馬と翔太に、みっともない所を見せちゃったな」
「バカ野郎。お前たちの力を借りねぇって、一人で突っ走った、俺のミスだ」
三人がそれぞれの反省を述べていると、そこに一人の男性が近づいた。
「無様だな」
黒井嵩男だ。彼はフッと息を付きながら三人に近付き、そして一言呟いた。
「だが三人とも。
良くやった」
彼の言葉はそれだけだった。
それだけ呟いて、バックステージから姿を消した彼に、三人は唖然としていた。
無様と言われたが――それでも彼は、冬馬たちに「良くやった」と言ったのだ。
認めてもらえた。
三人は熱くなる目頭を堪えながら、肩を抱き合って笑い合った。
267:
ステージの中心には、春香と美希、貴音と千早、響と雪歩が隣り合って立っている。
その隣にはジュピターと、決勝まで行けなかった765プロの皆とディアリースターズも立っている。
「今回の勝負は、何よりも天海さんと星井さんのバトルが、見物だったと思いますが、いかがでしょうか?」
司会進行をする男の言葉に、春香はハニカミながら「あれは、そんな大それた戦いじゃあないです」と謙遜をした。
「そうなの。ただ二人で、全力で戦っただけだもん」
二人の言葉に、周りが「最高だった」と言葉を揃えた。
「でも本当なんです。あの戦いは、私たちの戦いの一つでしか無くて、この歴史の長いガンダム作品の中では、ほんの一瞬の事でしかないんです」
「ミキはそれでも全力で戦うだけ。見物とかは、お客さんが勝手に決めればいいと思うな」
その言葉が締めの言葉だった。
引き分けになった事により、CMスポンサーユニットを誰にするか、そこで少しだけ議論がスタッフ側で持たれたが――そこで、春香が一言言い放つ。
「なら――皆で、CMに出させてくれませんか?」
皆の視線が春香に向けられた。
268:
「皆で全力で戦って、作り上げて、そうして出来上がったこのゲームプロモーション。せっかくだから、皆の思い出として、歴史に名を刻みたいんです」
ガンダムの長い歴史の中で、一瞬でも良い。少しでも良い。
皆とここに立ったという証が欲しいと、春香が言った。
「もちろんジュピターも、愛ちゃんたちも……ううん、プロモーション本戦に来れなかった皆も、一緒に!」
『ギャラは大変な事になりそうですな→』
亜美と真美の茶化しにも、春香は動じない。
その真っ直ぐな瞳でスタッフ全員を見据え――スタッフが、苦笑しながら首を縦に振った。
「やりましょう」
その言葉に、観客が再び沸いた。
「じゃあ――皆で一緒に出る事が、決定した所で」
「本日のメインステージその2、いくの!」
メロディが流れる。
軽やかな音と手拍子が観客に届き、観客も手拍子を鳴らす。
269:
「愛ちゃんたちも、ジュピターの皆も!」
「はいっ!!」
「ありがとうございます!」
「……頑張るっ」
「お、俺達も歌うのかよ!?」
「当然なの!」
「皆と歌えるなんて、凄いですぅ!」
「真、人々との繋がりを感じる事の出来るイベントですね」
「そうね……でもそれが、ガンダムの魅力だから」
「さぁ行くぞ皆! 自分たちに付いてくるんだ!」
「うんっ! やよい、翔太、行くよ!」
「はーいっ、頑張りますっ」
「ボク、この歌大好きなんだっ」
「ほくほく歌うよ→!」
「真美たちの歌にメロメロにならないでよ→」
「俺は既に、この世のエンジェルちゃんにメロメロさ☆」
「まったく……春香の仲間バカには困ったものね」
「その割には伊織ちゃん、困ってなさそうねぇ」
「律子さんも、プロデューサーさんも!」
「私も!?」
「律子はともかく、俺もか!?」
「はいっ! みーんなで――」
『歌いましょう! 【MUSIC♪】』
270:
春香が歌う。
美希が歌う。
千早が歌う。
響が歌う。
雪歩が歌う。
貴音が歌う。
真が歌う。
やよいが歌う。
愛が歌う。
真美が歌う。
翔太が歌う。
涼が歌う。
北斗が歌う。
亜美が歌う。
絵理が歌う。
伊織が歌う。
あずさが歌う。
律子が歌う。
プロデューサーが歌う。
冬馬が歌う。
全員で踊る。
愛たちとジュピター達は見様見真似だが、どこか楽しそう。
プロデューサーは律子に手を引かれて、ぎこちなく踊っている。
271:
春香はその光景を楽しそうに見据えながら、観客席に目を向けた。
「一番後ろの人も、ちゃーんと見えてるからねっ!」
観客席を超えた先にある――会場の煌めき。
お客さんの熱狂と共に醸し出される光が、春香の視線に映った。
いや春香だけでは無い。
ここに居る皆の目に、それは映った事だろう。
春香達はこの時、辿り着いたのだろう。
そう。ガンダムが連れて来てくれた、この景色こそ――
【輝きの向こう側】であった。
272:
エピローグ「輝きの向こう側」
あれから半年の月日が流れた。
音無小鳥はこの日早めに仕事を上がった。
アイドルたちの管理を行うプロデューサーと律子が全ての仕事を終わらせており、アイドル達も皆直帰で、これ以上事務所に居てもやる事が無いと判断された為だ。
少しばかり空いた時間を、音無小鳥は模型店に寄る事で潰そうとした。
その模型店には、例の機材がある。
【ガンダム・ビルドバトラー】だ。
小鳥は百円玉と自らのガンプラを用意し、パイロットスーツ貸出サービスにお願いをした。
そこで子供が、声をかけてきた。
女の子三人組だ。
周りは男の子ばかりで、馴染めずにいるようだが、三人しかいないのであと一人、二対二で戦う為の人数を欲していた。
「ふふ、良いわよ」
女の子達は皆、ガンダムビルドファイターズのガンプラを作って遊んでいたようだ。
スタービルドストライクとガンダムX魔王、そしてウイングガンダムフェニーチェが、幼い手から作り出される様子を思い浮かべると、微笑ましくも思える。
小鳥は、カバンの中から一つのHG――G-セルフを取り出して、皆に見せた。
273:
765プロの皆は、既にトップアイドルとして認知されており、既に玲音の居る【オーバーランク】に匹敵する名声を手にしていた。
そんな彼女たちは――
煌めきの向こう。そこには光り輝くガンダムの姿があった。
改造も何も施されていないガンダム――だがその姿は、半年前とは何もかも違った。
そのパーツ処理の仕方も塗装も、プラモデルを作り始めた時より明らかに進化している。
「いくよ美希!」
バズーカを放ちながら、接近するガンダムエクシアMk-2に向けて、ビームサーベルを引き抜いた。
「望むところなの!」
その二人の戦いに割り込んだのは――一機のモビルスーツ。
「春香さん、美希さん! お手合わせ願います!」
二機の切り込みを拳で受け切ったマスターガンダムが、その二機を吹き飛ばしてその両腕にエネルギーを込める。
「ダークネス、フィンガーっ!」
その少し離れた宙域で、三機のモビルスーツが背中を合わせて戦っている。
やよいのガンダムXディバイダーと、響のストライクノワールガンダム、冬馬のクロノス・エデンだ。
「冬馬さんっ、響さんっ、後ろから真美が来てます!」
「了解、冬馬の方は!?」
「こっちには亜美の方が来てる! 真美は任せたぜ、高槻! 我那覇は援護っ!」
「はいです!」
「了解!」
やよいのガンダムXディバイダーのハモニカ砲が稼働すると同時に、クロノスの二門ビーム砲も火を噴いた。
その二機を支援するように、両手に持ったハンドガンタイプのビームライフルも同様だった。
274:
その三つの攻撃を回避しつつ、攻撃を仕掛ける【パーフェクトストライクガンダム】と【デスティニーインパルスガンダム】の二機。
パーフェクトストライクを駆る真美が「亜美!」と叫んだ瞬間、デスティニーインパルスを駆る亜美が「合点!」と意思疎通を済ませると同時に、大型ビーム砲から火を吹かした。
乱戦。真美とやよい、亜美と冬馬、そしてやよいと冬馬を援護するように動き回る響。
五人の奮戦を橋目に、戦う機体はまだ他にもあった。
千早のフリーダムガンダムと共に弾幕の海を渡る漆黒と黄金のモビルスーツが、ストライクフリーダムガンダム・ネーロだった。
ドラグーンを射出すると同時に二門のビームライフルからビームを放つと、その前面にフリーダムが出て、羽部の二門ビーム砲を放った。
それを避けるのは、絵理が駆るストライダー形態のガンダムAGE-2と、それを下駄替わりとする伊織のガンダムスローネドライだった。
「絵理、行くわよ!」
「……はい!」
絵理の返事と共に、スローネからGNステルスフィールドが散布される。
上手くロックオンが出来なくなったコックピットの中で、翔太が「卑怯だ!」と声を上げる。だがその声はどこか嬉し気だ。
「千早さーんっ!」
「任せて、御手洗君っ」
フリーダムが、最後に得られた視覚情報を元にサーベルを振るうと、それを受け止めるのはやはり、スローネドライだった。
弱まるステルスフィールド。その瞬間に全てのドラグーンを射出しながら光の翼を放ち、高速移動を開始するストライクフリーダム。
二機のフリーダムがスローネ・ドライに向けてサーベルを振るうが――それを受けたのは、ドライでは無く、AGE-2の装備――
ダブルバレットの肩部ビーム砲から形成された大型サーベルだった。
「ムザムザ、やられない……!」
「良く言ったわ絵理!」
275:
デブリ群の近くで、トールギスⅢが、ヒートロッドを振るうと同時に、光り輝く拳でそれを受け止める、シャイニングガンダム。
「真さんに、今日こそ勝つ!」
「それでこそ男だよ、涼!」
爆発と共に、二機が距離を取る。
バルカンをばら撒きながらデブリを蹴り、離れた距離を再び縮めようとするシャイニング――その後ろから、一つのビームが飛来した。
「子猫ちゃんと、子犬ちゃん。俺も混ぜてよ☆」
「北斗さんっ!」
「今日こそ、プロモーションでの借りを返しますよ!」
メガキャノンを放ち、バスターを近づけさせないようにするが、その射線を既に見切っているかのように避けながら、収束ライフルと散弾砲の砲身を繋げ、大型ビーム砲としてそれを放つ。
メガキャノンの砲身に着弾。それを放棄して、再びヒートロッドを構えて突撃する。
そしてさらに飛来する、高熱源反応。
大型のビームがデブリ群一帯を消し飛ばすが――それを予見していた三機は、そのビームを辛うじて避けており、息を呑んだ。
「あずささん――!」
「女性の過激なアタックは、時に男性を恐怖させるね!」
「最近、めっぽう一対多が手馴れて来たね、あずささん……!」
少しだけ離れた場所で――フルアーマーZZガンダムが、その頭部に装備されたハイメガキャノンの放熱をしていた。
「お姉さんだって、まだまだ現役なんだから!」
276:
皆、楽しそうに戦っている。
これは仕事であったが、それ以上に彼女たちが――戦いを通じて、語り合える時間だった。
どんな機体が好きだ。
どんな戦い方が好きだ。
それを、人々に伝えていく。
アイドルとしての生き方。
ガンダムを愛する者としての生き方。
【輝きの向こう側】へと辿り付いた彼女たちは、その場所で戦い、人々を魅了し続ける。
――これからも、ガンダムと、ガンプラと、共に。
エピローグ「輝きの向こう側」
春香「ガンプラマイスター?」
完
引用元: 春香「ガンプラマイスター?」
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