1: 2013/03/26(火) 21:30:08.64 ID:bY9cY1570
少女「いいかげん、おぼえてくださいよ」

青年「いやー。年を取るとどうも忘れっぽくなりまして」

少女「どう見ても20代前半ですけどね」

青年「お嬢さんは高校生でしたっけ?」

少女「もうそつぎょうしました」

青年「そうは見えないですね」

少女「どういういみですか?」

青年「可愛いってことです」

少女「うそ」

青年「僕は嘘つきませんよー」

少女「……」ペチッ

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2: 2013/03/26(火) 21:34:30.75 ID:bY9cY1570
青年「可愛い音が鳴りましたね」

少女「それってやっぱり、ばかにしてるんですよね?」

青年「そうなりますね」

少女「……」

青年「どうしたんですかー? むすっとしちゃって」

少女「同じことを言われたことがあるんです」

青年「そりゃあ、あれです。彼はお嬢さんのことが好きなんです」

少女「男の人だとはいってませんけど」

青年「顔が真っ赤です」

少女「……」


青年「お嬢さんは、嘘がつけない人なんですね」

4: 2013/03/26(火) 21:59:47.14 ID:bY9cY1570
『甘いもの』


少女「だーれだ」

青年「だれだっけ」

少女「わたしです」

青年「分かってます」

少女「チョコレートですか?」

青年「はい。そこの滑り台で遊んでいる可愛い子にいただきました」

少女「もてるんですね」

青年「はい」

少女「……」

青年「笑わないでくださいよ」

少女「本当にうれしそうなので」

青年「当たり前じゃないですか」

5: 2013/03/26(火) 22:01:07.06 ID:bY9cY1570
少女「すなおなんですね」

青年「はい」

少女「はいって」

青年「お嬢さんも食べますか?」

少女「いただきます」

青年「甘いもの、好きですか?」

少女「すきです」

青年「僕も大好きでした」

少女「今はちがうんですか?」

青年「うーん。いつからだったかなー」

6: 2013/03/26(火) 22:03:31.37 ID:bY9cY1570
青年「美味しいからもっともっと食べたいのに、その甘さ故に喉を通らなくなった」

青年「苦い、コーヒーが欲しくなったんです」

少女「大人になったということじゃないんですか?」

青年「そうですね」

少女「どうして泣きそうなんですか」

青年「どうしてでしょうね」

青年「ただ、甘いものが苦味無しでは食べられなくなっただけなのに」

少女「……」

青年「……」

少女「恋と同じ、ですか?」

青年「……」

少女「ごめんなさい。なんでもないです」

青年「いやー。ちょっとびっくりしました」

7: 2013/03/26(火) 22:05:54.40 ID:bY9cY1570
青年「こんな回りくどい言い方をしたのに、ちゃんと気づいてくれるだなんて」

少女「なんとなく、そう思っただけです」

青年「その『なんとなく』が大切なんです」

青年「ちゃんと伝わってるってことですから」

少女「辛い恋をされたんですか」

青年「直球ど真ん中。ちょっと痛いです」

少女「デッドボールでしたか」

青年「そうですね。でも忘れかけていたので、ちょっと掠っただけです」

少女「……」

青年「いつからだったかなー」


青年「もう絶対に、恋なんてしないって思ったのは」

8: 2013/03/26(火) 23:08:29.22 ID:bY9cY1570
『白い薔薇』


少女「だーれだ」

青年「だれだっけ」

少女「わたしです」

青年「はい」

少女「その花束、もらったんですか?」

青年「いやー。さすがに薔薇をいただくほど色男じゃありませんよ」

少女「買ったんですか?」

青年「そうです。これは僕から贈ろうと思っているものです」

少女「白いバラって、きれいですね」

青年「そうでしょう? どこまでも純粋な感じがします」

9: 2013/03/26(火) 23:25:22.44 ID:wp008MnmO
青年「恋を知らない少女のようだ」

少女「恋をした人はじゅんすいじゃないんですか?」

青年「純粋の定義がなかなか難しいところですが」

青年「恋を知らない方が、どちらかといえば純粋なんじゃないかなー」

少女「わたしにはわかりません」

青年「恋をしてしまったからですか?」

少女「……」

青年「良いことだと思いますよ。お嬢さんが今、幸せなら」

10: 2013/03/26(火) 23:28:42.92 ID:wp008MnmO
少女「しあわせかと言われれば、今はそうじゃないです」

青年「おっと。彼には酷なことを言いますね」

少女「今は、しあわせになるためにがんばっている途中なので」

少女「彼も、わたしも」

青年「へえ」

少女「でも、彼に会う前よりしあわせなのは、たしかです」

青年「ほう」

少女「彼のおかげで、わたしは真っ黒にならずに済んだ」

少女「わたしはうそつきだったんです」

少女「自分にもうそをついて、ずっとひとりでいようと思ってました」

少女「でも彼は『だーれだ』なんて言って突然現れて」

少女「気がつけば、となりにいるのが当たり前の存在になっていました」

11: 2013/03/26(火) 23:29:46.94 ID:wp008MnmO
青年「だからお嬢さんも『だーれだ』って言うんですね」

少女「他の人はどんな反応をするのかなって、気になって言ってみただけなんですけどね」

少女「まさか『だれだっけ』と言われるとは」

青年「いやー。咄嗟にね。ちなみにお嬢さんはなんて言ってたんですか?」

少女「『だれでもいいよ』って言ってました」

青年「ははっ。そっちの方がずっと酷いや」

少女「わたしもそう思います」

青年「でも、彼は気づいてたんでしょうね。それが嘘だって」

少女「はい」

12: 2013/03/26(火) 23:31:10.78 ID:wp008MnmO
青年「素敵な彼ですね」

少女「わたし、なに言ってるんでしょうね」

青年「ほんとです。惚気なんて聞きたくありませんよ」

少女「のろけなんかじゃ」

青年「彼はどうして『だーれだ』なんて言ったんでしょうね?」

少女「それはわかりません」

青年「……」

青年「この薔薇、お嬢さんに差し上げます」

少女「だれかにあげるんじゃないんですか?」

青年「僕が白い薔薇を好きな理由。教えてあげましょう」

少女「……」


青年「モノクロでもセピアでも、白い薔薇は白いままなんですよ」

13: 2013/03/26(火) 23:34:08.68 ID:wp008MnmO
『きれいなもの』


少女「だーれだ」

青年「だれだっけ」

少女「そう言うことに決めたんですか」

青年「はい。毎回お嬢さんのことは忘れていることにします」

少女「そうですね。そのうち本当に忘れてしまいますよ」

青年「悲しいことを言わないでくださいよ」

青年「こうやってここに会いに来てくれれば、忘れることもないでしょう」

少女「ずっとはむりですよ」

青年「どうしてですか?」

少女「どうしてもです」

青年「残念」

少女「わたしはただ、リハビリの帰りにここを通っているだけなので」

青年「僕に会うのはたまたまだ、と」

14: 2013/03/26(火) 23:35:48.09 ID:wp008MnmO
少女「そうです」

青年「僕がいなかったら、がっかりするんじゃないですか?」

少女「……」

青年「黙り込まないでくださいよ。困ります」

少女「がっかりなんてしませんよ」

青年「嘘ですか?」

少女「……」

青年「大丈夫です。たまにこうやっておじさんと話すくらい、許してくれます」

少女「おじさんじゃないですよ」

青年「毎日公園のベンチに座って、ぼーっとしているんですよ?」

少女「それはたしかにちょっとおじさんくさいです」

青年「でしょう?」

青年「でも、ここが好きだからいいんです」

15: 2013/03/26(火) 23:36:52.47 ID:wp008MnmO
少女「ただの小さな公園ですけどね」

青年「でも、ブランコの向こうに夕陽が綺麗に見えるでしょう?」

少女「はい」

青年「これが好きなんです」

少女「わたしも好きです」

青年「夕陽って儚くないですか?」

少女「儚いとはかけはなれていると思いますけど」

青年「そうかなー。夕陽に限らず、綺麗なものは大体儚く見えてしまいます」

青年「いや、儚いから綺麗に見えるのかもしれません」

少女「どうして?」


青年「それには終わりがあると知っているからです」

18: 2013/03/27(水) 18:04:39.60 ID:rnWXANaZO
『線』


少女「だーれだ」

青年「だれだっけ」

少女「わたしですよ」

青年「間違いないです」

少女「ひまですね」

青年「堅苦しい話でもしましょうか?」

少女「どうしたんですか? 急に」

青年「少し、付き合ってくださいよ」

青年「僕は○と×が曖昧なこの世界に、線を引きたがる人間なんです」

19: 2013/03/27(水) 18:12:43.02 ID:rnWXANaZO
少女「どういうことですか?」

青年「大人とは一体何歳からなのか。何が良くて、何が悪いのか」

青年「どこまでが友人で、どこからが恋人なのか」

青年「どこまでが頑張るときで、どこからが諦めなければならないのか」

少女「そんなの人によってちがうじゃないですか」

青年「そうです。僕は自分勝手な人間なんです」

青年「自分が一番正しいと思い、自分の価値観を人に押し付ける人間なんです」

少女「……」

青年「初めて顔を合わせた人は、僕を優しいと言います。礼儀の良い、よくできた人間だと言います」

青年「しかし、親しくなればそれは一変します」

青年「『貴方は正論を掲げて、人を惨めにさせる。人の人間的な部分を見ようとしない。ただのロボットだ』と」

少女「……」

20: 2013/03/27(水) 18:14:27.17 ID:rnWXANaZO
青年「自分のことより、他人のことを考えて行動しろ」

青年「そう自分に言い聞かせて僕は生きてきました」

青年「自分が何かしたことで誰かが喜んでくれると……『ありがとう』って言ってもらえると……嬉しかったからです」

少女「すてきなことです」

青年「でも、いつしかそれが当たり前になってしまったんですよ」

青年「僕が頑張ることに慣れてしまった人は、『ありがとう』を言わなくなりました」

少女「……」

青年「僕はそれを悲しく思い、友人などに強く当たりました」

青年「『君に人の心は無いのか』と」

青年「でも、ロボットはやっぱり僕だったんです」

少女「……」

青年「僕は自分のことばかりでした」

青年「他人のことを一番に考えている自分が大好きなだけでした」

21: 2013/03/27(水) 18:20:19.82 ID:rnWXANaZO
青年「ある日、とある人が『何か甘いものでも買ってきます』と言ったんです」

青年「しかし僕は、玄関のドアを開けようとするとある人の腕を引き、『僕が行くよ』と言いました」

青年「すると、彼女は泣いたんです」

少女「……」

青年「彼女は言いました」

青年「『貴方の優しさで、私の優しさを無かったことにしないで』と」

少女「……」

青年「その日は僕の誕生日でした」

青年「彼女は、僕にわくわくして欲しかったそうです」

青年「『甘いものを買ってくる』という抽象的な言葉で、色んな妄想をして欲しかったそうです」

22: 2013/03/27(水) 18:22:54.43 ID:rnWXANaZO
青年「『どんなものを買ってくるのかな』とか。『そういえば今日は誕生日だったな』とか。『何かサプライズでもあるのかな』とか」

青年「『それはとっても、楽しいんだろうな』……とか」

少女「やさしさは、甘いだけじゃないんですね」

青年「そうです。僕はそこでやっと、苦い味に気がついたんです」

青年「彼女は泣き止みませんでした。信じられないくらい、泣き続けました」

青年「でも、僕は……」

青年「今まで散々、いらなかったかもしれない優しさを振りまいてきたくせに」

青年「あのとき、彼女が一番、僕の優しさを欲しがっていたかもしれないのに」

青年「僕は彼女を……」

少女「……」


青年「抱き締めることすら、できなかったんです」

23: 2013/03/27(水) 18:29:19.28 ID:rnWXANaZO
>>17

ありがとうございます!

24: 2013/03/27(水) 20:30:34.70 ID:rnWXANaZO
『可愛い』


少女「だーれだ」

青年「だれだっけ」

少女「きょうはコンタクトなんですか?」

青年「いえ。裸眼です」

少女「見えるんですか?」

青年「キャンバスに水をこぼしたような世界が見えます」

少女「それは見えていないって言うんです」

青年「たまにはいいんですよ。こんな世界も」

青年「見え過ぎるのは、よくないです」

25: 2013/03/27(水) 20:32:21.74 ID:rnWXANaZO
少女「でも、眼鏡とっても似合ってましたよ」

青年「あ、お好きですか? 眼鏡」

少女「べつに」

青年「実は僕もお気に入りなんです。この黒のフレーム」

少女「やっぱり似合います」

青年「嬉しいですね。若い子に褒められるのは」

少女「だからあなたも若いです」

青年「どうしてこう、じじくさくなってしまったんでしょう?」

少女「だまっていれば、とってもかっこいいですよ」

青年「うーん。喜んでいいものか……」

青年「じゃあ、僕も言います」

26: 2013/03/27(水) 20:39:23.62 ID:rnWXANaZO
青年「もっと笑えば、もっと可愛いと思いますよ」

少女「……」

青年「そうやって、むすっとしない」

少女「……」

青年「ああ。でも、その困った感じの眉毛も可愛いですね。癒されます」

少女「へんたい」

青年「眉毛可愛いって言って変態はないですよ。そりゃあ、太ももなんかを褒め出したら変態かもしれませんが。撤回を求めます!」

少女「今太もも見ましたよね。へんたい」

青年「うう……」

少女「……」

青年「あ、笑いましたね」


青年「うん。可愛いです。とっても」

27: 2013/03/28(木) 18:05:40.13 ID:sZjIVD37O
『風船と少年』


少女「だーれだ」

青年「だれだっけ」

少女「何をみてるんですか?」

青年「んー。空です」

少女「くもがないですね」

青年「そうですね」

青年「額縁で切り取ったら、ただ水色の絵の具をべた塗りしただけの絵みたいです」

少女「きれいじゃないですか」

青年「ここに赤い風船でも飛んでいれば、もっと良いと思います」

少女「赤いふうせんって?」

青年「僕が少し前に住んでいた家には、大きな窓があったんです」

青年「目の前は芝生の公園で、緑と青と無邪気に遊ぶ少年達だけの景色でした」

少女「そうぞうするだけで落ちつきます」

28: 2013/03/28(木) 18:12:42.88 ID:sZjIVD37O
青年「そうでしょう?」

青年「僕は真っ白い窓枠で縁取ったその絵をなんと名付けようかな、なんて。ぼんやり考えるのが好きでした」

少女「どんな名前にしたんですか?」

青年「なんてことない。『休日』です」

少女「本当になんてことないですね」

青年「ひどいなー。休日ほど、人の気持ちが安らぐときはないでしょう」

青年「僕はその絵を見て、それほど癒されていたということです」

少女「なるほど」

青年「そんな風に、僕は絵が変わる度に名前をつけていました」

青年「そして今日のように雲のない空に」

青年「赤い風船が飛んでいくのを見ました」

青年「どこに辿り着くのかも分からないのに、ただ昇り続けていく赤い風船」

青年「それを泣きながら、ただ見守っている少年」

青年「僕はその絵を、なんと名付けたら良いのか分かりませんでした」

29: 2013/03/28(木) 18:27:59.46 ID:sZjIVD37O
少女「どうしてですか?」

青年「さあ。どうしてでしょう」

少女「いじわる」

青年「そうですね」

少女「……」

青年「その少年は、泣きながら僕のところへ来ました」

青年「『もう届かない。割れないと戻ってこない』と」

少女「……」

青年「そして言ったんです」

青年「『あの子が空を飛びたがってたから、手を離したんだ』って」

少女「ふうせんが?」

青年「子供って凄いですよね」

青年「ただちょっと風が強く吹いただけなのに、風船が『離して』って言っているような気がしたんだそうです」

少女「自分からはなしたのに、泣いちゃったんですね」

青年「はい。でもその姿が当時の僕と重なってしまって……」

少女「……」

30: 2013/03/28(木) 18:28:54.71 ID:sZjIVD37O
青年「とある人は風船のように自由な人でした」

青年「どうしてもやりたいことが見つかって、空を飛びたがっていました」

青年「最近、話しましたよね。僕がとある人を沢山泣かせてしまったと」

少女「彼女だと言っていました」

青年「おっと。そうでしたか。いやいや、それはただの三人称ですよ?」

少女「べつに彼女でいいじゃないですか」

青年「まあそれは置いといて、です」

少女「……」

青年「その日、彼女は泣きながら言ったんです。『離して』と」

少女「……」

青年「僕は彼女に触れていませんでした。抱き締めることすら、できなかったのですから」

青年「でも、『離して』と」

31: 2013/03/28(木) 18:30:33.18 ID:sZjIVD37O
青年「それが何を意味するのかはすぐに理解できました」

青年「同時に、僕は離してしまったんです」

少女「……」

青年「彼女はもうどこにいるのか分かりません。まだ飛んでいるのか。それとも……割れてしまったのか」

青年「僕は少年と同じだったんです」

青年「自分から手を離したくせに、泣いていたんです」

青年「でも、全く同じじゃなかった」

少女「……」

青年「少年は、追いかけなかった」

青年「もう届かないとちゃんと分かっていたんです」

青年「それを見て、僕は自分を笑いました」

青年「窓辺に飾った白い薔薇を見て、笑いました」

少女「……」

青年「そして、僕は窓を飛び出して言ったんです」

32: 2013/03/28(木) 18:31:44.12 ID:sZjIVD37O
青年「『泣くなよ! 少年!』」

少女「……」ビクッ

青年「『あの子はただ空を飛びたかった! 君を泣かせたかったわけじゃない!』」

少女「……」

青年「そして尋ねたんです」

青年「『あの風船は、一体どこまで飛んでいくんだろうね』と」

青年「そしたら、少年はなんて言ったと思います?」

少女「……」


青年「『どこまでも!』」

33: 2013/03/28(木) 19:25:37.74 ID:sZjIVD37O
『やきもち』


少女「だーれだ」

青年「だれだっけ」

少女「石なげってしたことありますか?」

青年「石? 川とかに?」

少女「そうです」

青年「あー。やりましたね。でも、ボールで遊ぶことが多かったです」

少女「ポケットに手を入れて歩きますか?」

青年「寒い日はそうします」

少女「穴があいたりとか」

青年「それはないです」

少女「サンタさんにおねがいしますか?」

青年「子供の頃はしてましたよ」

少女「たくさん書いたラブレターをわたさずに、ポケットの中に入れたままにしたことはありますか?」

青年「ないですよ。そもそもラブレターを沢山書くことなんて……」

34: 2013/03/28(木) 19:26:48.24 ID:sZjIVD37O
少女「……」

青年「今日は随分、質問攻めをしてきますね?」

少女「あらためて、彼が変わっていることがわかりました」

青年「へえ。僕も今、彼が変わっていることを知りました」

少女「わたしは合っていたんです」

少女「彼はばかです」

青年「ばか?」

少女「今までたくさん、彼に言いました」

青年「なんと微笑ましい」

少女「彼はあえて、わたしの気もちをゆさぶることばかり言うんです」

少女「あれはそのための作り話だったのかもしれません」

青年「へえ」

青年「彼はお嬢さんの胸に石を投げていたわけですか」

少女「……」

青年「おっ。『今こいつ上手いこと言ったな』と思いました?」

少女「おもいません」

青年「うーん。なかなかだったと思うのですが」

35: 2013/03/28(木) 19:28:33.96 ID:sZjIVD37O
少女「そういうくだらないところは似てます。彼と」

青年「えー。それは心外です」

少女「そのくだらなさに、いやされているのはたしかです」

青年「じゃあよかった」

少女「……」

青年「好きなんですね。彼のこと」

少女「……」

青年「もう、実は声出せるんじゃないですか?」

少女「そうかもしれません」

青年「聞きたいですね」

少女「……」

青年「あら。駄目ですか」

少女「だめです」

青年「残念」

36: 2013/03/28(木) 19:29:28.91 ID:sZjIVD37O
少女「なんだか悪いことをしている気もちになってしまうので」

青年「彼に?」

少女「はい」

青年「大好きなんですね」

少女「……」

青年「……」

少女「はい」

少女「彼の名前をよぶより先に、あなたと声で話すなんて」

青年「んー。妬けるなー」

少女「え」

青年「お嬢さんに声をかけてしまったこと、後悔してる」

少女「……」

青年「またコーヒーを飲まなければ」

少女「わたしといるじかんは、甘いですか?」

青年「はい。とっても」

青年「でも、消さなきゃいけませんね」

少女「……」


青年「苦いコーヒーで、流し込むんです」

37: 2013/03/28(木) 20:59:04.05 ID:sZjIVD37O
『隠蔽工作』


少女「だーれだ」

青年「だれだっけ」

少女「あなたこそ、だれですか?」

青年「ははっ。やめてくださいよ。ほんとに」

少女「消えてしまうんでしょう? わたしはあなたから」

青年「……」

少女「だったらわたしもあなたを消そうかなって思っただけです」

青年「お嬢さんから消えて欲しいのは、僕じゃないんですけどね」

少女「……」

青年「……」

少女「……」

青年「うそです」

少女「だったら言わないでください」

青年「人間とはそういうものです」

少女「あなたはロボットなんでしょう?」

青年「はははっ。そうでした」

38: 2013/03/28(木) 21:09:35.97 ID:sZjIVD37O
青年「ロボットとして生きていく方が、きっと、ずっと楽なんでしょう」

少女「……」

少女「あなたも、うそつきじゃないですか」

青年「……」

少女「『ぼくはうそつかないですよ』って、うそじゃないですか」

青年「……」

少女「あなたも、自分にうそついてるじゃないですか」

青年「分かったようなことを」

少女「わたしもそう思ってました」

少女「わたしも、彼がわたしのことを何でも知ってるみたいに話すので、初めは本当に本当に大きらいでした」

青年「……」

少女「でも、くやしいくらいに、彼はわたしを知っていたんです」

青年「それはお嬢さんが彼の言葉に流されただけですよ」

少女「……」

少女「それでもいい」

39: 2013/03/28(木) 21:11:22.32 ID:sZjIVD37O
少女「たとえわたしが、彼の言葉に作られたわたしでも」

少女「わたしは、今のわたしが好きだから」

青年「……」

少女「あなたは好きなんですか? ロボットとして生きようとする自分が」

青年「はい」

少女「うそ」

青年「嘘をついた方が、良いことだってあるんです」

少女「……」

青年「嘘で隠してしまった方が良い気持ちだってあるんです」

少女「……」

青年「お嬢さんとはいつまでも仲良しでいたいです」

少女「……」

青年「でも、それは無理なんですよ」

少女「どうして」

青年「彼と会うときには、僕とのお話で使ったページはちぎって捨ててしまってください」

少女「……」

40: 2013/03/28(木) 21:12:24.90 ID:sZjIVD37O
青年「隠蔽工作、です」

青年「無かったことにしてしまえばいいんです」

青年「思い出すきっかけを残してしまってはいけません」

少女「……」

青年「白い薔薇を窓辺に飾り続けた僕が言っても、説得力はありませんし」

青年「お嬢さんの方はそこまでしなくても、簡単に忘れられるのかもしれませんが」

少女「忘れる気はありません」

青年「僕は忘れられた方が楽なんです」

少女「自分勝手」

青年「はい」

少女「じゃあ、わたしも自分勝手になります」ガシッ

青年「え?」

41: 2013/03/28(木) 21:15:04.29 ID:sZjIVD37O
少女「隠蔽工作なんて許さない! 私は絶対に忘れない!」

少女「貴方と話した言葉ひとつひとつが、私にとっては大切なんです!」

少女「私はそれを無かったことになんてしたくない!」

青年「……」

少女「私は貴方を……!」

青年「……」

少女「大切な人だと思っています……!」

青年「……」

少女「……」

青年「ははっ」

青年「……本当に、どっちもどっちですね」

少女「……」

青年「そんなことをされたら、余計に……」

少女「……」

青年「ありがとうございます」


青年「今日言ったことは全て、僕の嘘です」

44: 2013/03/28(木) 22:08:44.94 ID:sZjIVD37O
『ばか』


少女「だーれだ」

青年「だれだっけ」

少女「ばか」

青年「おっ。僕もばかに昇格ですか。やった」

少女「いみがわかりません」

青年「彼と同格、ということでは?」

少女「ちがいます」

青年「んー。残念」

少女「……」

青年「声が出せるようになったんなら、そろそろ彼に会うんですか?」

少女「いえ。足の方がまだなので」

青年「そっちはもう少し時間がかかるでしょうね」

少女「がんばっているから大丈夫です」

青年「うん。わかりますよ」

少女「足が間に合わなくても、桜が咲いたら、約束の場所に行こうと思ってます」

45: 2013/03/28(木) 22:10:09.36 ID:sZjIVD37O
青年「どんな場所なのかな?」

少女「ただの土手です。桜の木も少ししかありません」

青年「でも、大切な場所なんですね」

少女「はい」

青年「……」

青年「彼に会ったら、いっぱい『ばか』って言ってやってください」

少女「どうして?」

青年「僕の代わりに、です」

少女「……」

青年「嘘ですよ。いつも筆談で言っていた口癖を、お嬢さんの声で聞けたら、きっと喜ぶと思います」

46: 2013/03/28(木) 22:14:39.71 ID:sZjIVD37O
少女「また『うそです』って、うそつきましたね」

青年「本当ですよ」

少女「うそですよね」

青年「あー。頭がごちゃごちゃになる」

少女「……」

青年「……」

少女「泣きそうな顔しないでください」

青年「……」

少女「わたしはあなたの優しい笑顔が好きなんです」

青年「お嬢さん」

少女「……」

青年「言いましたよね。僕は○と×の間に線を引きたがる人間だと」

青年「それは今もまだ変わっていないんです」

青年「僕は今、その線の上に突っ立っています」

少女「……」

青年「そんなことを言われたら……僕は、どちらに行けばいいんですか?」

47: 2013/03/28(木) 22:17:33.60 ID:sZjIVD37O
青年「恨むなら、先日の自分の言葉を恨んでください」

少女「……」

青年「僕はお嬢さんのことが好きです」

少女「……」

青年「教えてください」

少女「……」

青年「この気持ちを! 線のどちらに持っていけばいいんですか……!」カチャン

少女「……」

青年「……」

青年「ごめんなさい。ペンが落ちてしまいましたね」

少女「……」

青年「はい。どうぞ」

48: 2013/03/28(木) 22:20:56.23 ID:sZjIVD37O
少女「……」

青年「ごめんなさい」

少女「……」

青年「今、氏んじゃいたいくらい……自分が愚かで、憎いです」

少女「……」

青年「こんなに泣かせてしまって」

少女「……」

青年「線の上に立っていられないなら、やっぱり消さなければいけなかった」

少女「……」

青年「でも、消したくない、甘さなんです」

少女「……」

青年「離したくない……風船なんです」

少女「……」

青年「……」

少女「本当に、自分勝手ですね」

青年「……」

少女「でも、とっても人間的です」

青年「え?」

少女「あなたは、ロボットなんかじゃないです」

青年「……」

少女「うれしいです」

49: 2013/03/28(木) 22:21:52.68 ID:sZjIVD37O
青年「そんなことを言われたら、余計に好きになってしまいますよ?」

少女「それはこまります」

少女「でも、うれしいんです」

少女「そんな矛盾も、人間的な感情なんでしょうね」

青年「……」

少女「わたしも少し前までは、ロボットのように生きてました」

少女「あなたよりもずっと、ロボットだったと思います」

少女「ただじっとして、時がすぎるのを待って」

少女「だれも傷つけなかったし、自分も傷つかない生き方でした」

青年「……」

少女「『それでいい』と思っていたのに、彼が現れて」

少女「彼がいる世界を知ってしまって、もう戻れなくなってしまったんです」

50: 2013/03/28(木) 22:24:28.19 ID:sZjIVD37O
少女「人は色なしでは生きていけない」

青年「ええ。寂し過ぎますね」

少女「それは、色を知ってしまったからです」

少女「音もそうです」

少女「今、失いたくないもの全てがそうです」

青年「……」

少女「知らなければ、失うこともなかったのにって、思うんです」

青年「そうですね」

少女「でも、むりやり消さないでください」

少女「消された方は……かなしいです」

少女「これは、わたしのわがままなんですが」

青年「はい」

青年「『気持ちには応えられないが、私のことは好きでいろ』ってことでいいですか?」

少女「ちがいますよ!!!!!」

51: 2013/03/28(木) 22:26:14.31 ID:sZjIVD37O
青年「ははっ。びっくりマークがいっぱい」

少女「笑いすぎです」

青年「顔が真っ赤です」

少女「……」

青年「ありがとう」

少女「……」

少女「ふうせん、まだ追いかける気ありますか?」

青年「……」

青年「それは、もう……」

少女「白いバラ。もう枯れてしまいました」

青年「ああ。差し上げましたね」

少女「あれ、彼女におくるつもりだったんじゃないですか?」

青年「……そうかもしれませんね」

青年「でも、お嬢さんにあげたいと思った気持ちは嘘じゃないです」

少女「知ってます」

青年「そんな真っ直ぐな目で見ないでください」

少女「……」

青年「なんだか、僕も言いたくなりました」


青年「ばーか! ……なんてね」

52: 2013/03/28(木) 22:35:58.64 ID:sZjIVD37O
『だーれだ』


青年「だーれだ」

少女「……!」クルッ

青年「……」

少女「……」

青年「彼が『だーれだ』って言い続けた理由、分かりましたね」

少女「……」

青年「きっと今、お嬢さんの頭の中は、彼の名前でいっぱいです」

少女「……」

青年「幸せ者ですね、彼は」

少女「……」

青年「お嬢さんも、早く名前を呼びたいでしょう」

少女「……」


青年「もうすぐ、桜が咲きますね」

53: 2013/03/28(木) 22:41:00.78 ID:sZjIVD37O
『最後のページ』



少女「だーれだ」

青年「ーーちゃん」

少女「忘れるのはやめたんですか」

青年「はい。やめました」

少女「いいことです」

青年「この先も、ずっとですよ」

少女「はい」

少女「わたしも、ずっと忘れないです」

青年「嬉しいです」

少女「その白いバラは?」

青年「ああ。勿論、僕がいただいたのではありませんよ」

少女「わかってますよ」

少女「一本だけ、赤いバラがまじってますね」

青年「どういう意味かは、お嬢さんが考えてください」

少女「……」

54: 2013/03/28(木) 22:42:52.86 ID:sZjIVD37O
青年「あ。そういえば、そのノートもうすぐで終わりですね」

少女「そうですね」

少女「大切な言葉がたくさん、つまってます」

青年「うん。良いことです」

青年「自分の言った言葉をそうやって振り返ることができるなんて」

青年「僕もやってみようかなー……なんて」

少女「……」

青年「多分、昔の自分の言葉を振り返ったら、心ない言動ばかりに腹が立って仕方なかったでしょう」

青年「でも、今なら」

青年「お嬢さんに言われて気がついた、今の僕なら」

青年「ただの正論で固めた言葉じゃなくて、本当の僕を、書けるかもしれない」

少女「ぜったいに、大丈夫です」

55: 2013/03/28(木) 22:44:17.76 ID:sZjIVD37O
青年「じゃあ、そのノートをちょっと貸してくれませんか?」

少女「どうぞ」

青年「ペンもお願いします」

少女「……」

青年「怒らないでくださいね?」

少女「……」

青年「大切なノートの、最後のページに失礼します」

青年「あ、少し大きく書き過ぎたかな」

青年「自分でやってて恥ずかしいです」

少女「……」

青年「よし! お返しします」

56: 2013/03/28(木) 22:48:13.67 ID:sZjIVD37O
青年「それと、この薔薇もお嬢さんに」

少女「……」

青年「僕の気持ちはまだ、そこにあるということです」

少女「……」

青年「あ! 僕がいなくなるまで、そのノートは開かないでくださいよ?」

少女「……」ピラ

青年「あー! 駄目だって!」

少女「……あ」

青年「去ります! 全力で!」タタッ

少女「……」

青年「お嬢さーん!」

少女「……」

青年「やっぱり、声でもお伝えしておきまーす!」

少女「……ばか。声、大き過ぎますよ」ボソッ

青年「じじくさい雑談が聞きたくなったら! いつでもここに来てください!」



青年「好きです!」



おわり

57: 2013/03/28(木) 22:49:58.34 ID:sZjIVD37O
以上です。

前作の感想で「続きが読みたい」なんてお声を、嬉しいことにいただきました。

しかし、あのラストから続きを書くのはどうしても無理だなーという気持ちがあって、今回のお話に至りました。

前作より納得のできる出来だとは自分でも全く思えないのですが、書いてよかったと思っています。

少女が少年以外にも心を開く様子は、自分で書いていても嬉しかったので。

少女や青年の少し嫌な部分が目についたかもしれませんが、それも私の描きたかったことです。


では、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

60: 2013/03/29(金) 07:49:23.10
乙でした

引用元: 少女「だーれだ」青年「だれだっけ」