1: 2012/05/28(月) 22:53:48.71 ID:jf8uaGL70
神「はい、神です」

男「人ん家に勝手に上がり込んで神だ? 冗談も大概にしやがれ」

神「困りましたね」

男「お前あたまにウジでも湧いてんのか?」

神「訂正しましょう。私は、神のようなものです」

男「てめぇ、いい加減にしろよ」

神「疑り深いのですね」

男「信じる馬鹿がどこにいる」

2: 2012/05/28(月) 22:57:05.54 ID:jf8uaGL70
神「では、あなたの話をしましょう」

男「あぁ?」

神「あなたがこの家に移り住んだのは6才の時」

男「おい」

神「父が亡くなり、母子家庭になり、あなたを養うために働き出した母」

男「何の真似だ」

神「一人で過ごす内、あなたの心は荒んだ。大人は全員敵に見え、自分より恵まれた子供を憎んだ」

男「いい加減に」

神「母とも険悪になり、学校では問題児扱い。中学、高校と進学してもそれは変わらず。しかし」

男「てめぇ」

神「あなたの母は倒れた」

3: 2012/05/28(月) 22:59:57.34 ID:jf8uaGL70
男「なんだ、お前は! 何なんだよ!」

神「神のようなものです」

男「そんなことは聞いてねえ!」

神「私は全知全能には及びませんが、人の上位にある者です」

男「ぶっ頃すぞ!」

神「私の実体はここにはありません」

男「はあ、はあ、はあ……っ」

神「あなたは入院した母と約束した。二度と暴力は振るわない、心配はかけない、と」

男「なんで」

神「縋りつき、涙ながらに誓いました」

男「化け物が」

神「いいえ。神です」

4: 2012/05/28(月) 23:04:07.24 ID:jf8uaGL70
男「てめぇ、何なんだ?」

神「私が“何か”であると信じてくださり、感謝します」

男「何のつもりで、俺の前に現れた? 言いやがれ」

神「実は世界が滅ぶのです」

男「おい」

神「最終的にですが。何もせずに放っておけば、世界は順調に滅ぶのです」

男「わかるように話しやがれ」

神「私と対立する一柱の神が言いました。人間を皆頃しにしよう、と」

男「ふざけてやがるのか?」

神「いえ。大真面目です」

5: 2012/05/28(月) 23:08:56.48 ID:jf8uaGL70
男「言いました、じゃねえだろうが」

神「もちろん。私はそれを防ぐためにここにいるのです」

男「人ん家に不法侵入すれば防げるのかよ?」

神「いいえ」

男「ならさっさとそのバカ野郎を止めて来いよ」

神「それができれば苦労はしません」

男「あぁ?」

神「私達は下界に干渉できません」

男「じゃあ今お前はなんでここにいんだよ?」

神「天啓は許されているのです」

男「てんけい?」

神「下界の人間と話をすることです」

男「ならそう言いやがれ」

神「今後は気を付けるようにします」

6: 2012/05/28(月) 23:13:33.37 ID:jf8uaGL70
男「ん? おい、下界に干渉できねえなら放っておけばいいじゃねえか」

神「放っといていいのですか?」

男「お前が何も出来ねえなら、そいつも何も出来ねえだろ?」

神「お話はできますから」

男「んん?」

神「人に皆頃しを依頼すればいいのです」

男「お前らバカだろ」

神「はあ」

男「そんなもん承諾する奴がどこにいんだよ」

神「いたようです」

男「はっ?」

神「ですから、承諾した人間がいたのです」

男「冗談だろ」

神「そうならば良かったのですが」

7: 2012/05/28(月) 23:19:21.88 ID:jf8uaGL70
男「どこのアホだ?」

神「この近辺に住む者です」

男「……」

神「どうしました?」

男「話が読めた」

神「それは話が早くて助かります」

男「断わる」

神「いいんですか?」

男「俺には、てめえらのバカげた話に付き合う理由がねえ」

神「あなたの母も氏にますよ」

男「てめぇ、今なんて言った?」

神「この辺り一帯の人間はいち早く氏ぬでしょうから」

男「ふざけんじゃねえぞ! てめぇらの問題に俺たちを巻き込むんじゃねえ!」

神「はい。申し訳なく思います。ですから、こうして頼んでいます」

8: 2012/05/28(月) 23:23:58.70 ID:jf8uaGL70
男「くそ! くそ! くそがっ! ふざけんじゃねえ! ババアは関係ねえだろ!」

神「他の方に頼む時間も惜しいのですが、どうしますか?」

男「どうするもクソもねえだろうがっ!」

神「承諾が戴けて嬉しく思います」

男「……くそ……」

神「早速、お願いできますか?」

男「何がだよ」

神「五分後に電車の脱線事故が起こります。氏者は49名、負傷者は232名となります」

男「なっ」

神「あなたには今すぐ外へ走って」

男「悠長に話してるんじゃねえバカ野郎!」 ガタンッ

10: 2012/05/28(月) 23:29:07.54 ID:jf8uaGL70
神「積極的な協力に感謝します」

男「この……この……っ、バカ……野郎……っ」 タッタッタッ

神「踏切へ向かってください」

男「その後は!?」

神「列車を止めるか、線路に置かれた石をどけてくだされば」

男「置き石……とか……ガキかよ……!」

神「結果が大惨事では、悪戯にもなりません」

男「なんで俺が……こんな必氏……こく羽目に……なるんだよぉお!」 タッタッタッ

12: 2012/05/28(月) 23:30:23.11 ID:jf8uaGL70
男「はひ、ひっ、ひっ、おぇ……み、見えた……ぜ……」

カンカンカンカンカンカンカンカンッ

神「立ち止まる暇はなさそうですね」

男「く……っそがぁあああっ!」 タッタッタッ

神「手前のレールに掌大の石がいくつか置かれていますから、それら全てを取り除いてください」

男「あぁあああっ! くそがぁあああっ! 犯人をとっ掴まえたらぶっ飛ばしてやる!」

神「暴力は禁止では?」

男「こんな真似するバカ相手なら例外だっ!」

神「そういうものですか」

男「電車は……近ぇ!」

神「急いで踏切を越えてください」

男「わかってらぁ!」 ヒョイッ

14: 2012/05/28(月) 23:32:04.72 ID:jf8uaGL70
男「1つ、2つ、3つ……これで全部か!?」

神「まだそちらに2つ」

カンカンカンカンッ

男「くそぉおおっ!」 ポイッ ポイッ

神「近づいています」

男「わかってる!」 ズサッ

ガタンガタンッ ガタンガタンッ ガタンガタンッ ガタンガタンッ

神「……」

男「危ねぇ……はぁ、疲れたぜ……」

神「次です」

男「はあ?」

神「東に500mほど行った所に置かれた自転車のブレーキが切られています」

男「おい」

神「今から15分後にその自転車に乗った女性が交通事故に遭います」

男「冗談だろ」

15: 2012/05/28(月) 23:33:10.83 ID:jf8uaGL70
神「本当です」

男「何だそりゃ」

神「急いでください」

男「他の奴にも頼めよ! 俺ひとりで出来るわけないだろうが!」

神「天啓は選ばれた者しか聞くことができません」

男「俺がそうだってのか?」

神「はい。これだけ近くにいたのは本当に運が良かったです」

男「なんだって俺が、こんなクソッタレな役回り……」

神「話すよりも走ってください」

男「ぐぇ……う、あぁああああっ!」 タッタッタッ

16: 2012/05/28(月) 23:38:17.71 ID:jf8uaGL70
主婦(特売だからって買い過ぎかしら?)

主婦「よいしょ」 ガシャンッ

主婦「旦那が帰ってくる前に支度終わらせなくちゃね」 コギッ コギッ

男「待ちやが……れぇええっ!」 グイッ

主婦「きゃっ!?」 ザザッ

男「はあ……はあ……」

主婦「荷台を引っ張るなんて、倒れたどうすんのよ!?」

男「ぶ、ブレーキ……切れてる……」

主婦「へ?」

男「あんたの自転車だ……」

主婦「あ、あら? 本当、どうして……」

男「俺が知るか」

17: 2012/05/28(月) 23:41:57.25 ID:jf8uaGL70
主婦「知るか、って……知ってるから止めたんでしょ?」

男「切れてるのが見えたんだよ」

主婦「見えた、って……」

男「いいから、乗るな。押して帰れ。いいな?」

主婦「え、ええ……」

男「はあ……はあ……」 ヨロッ ヨロッ

主婦「何だったのかしら……」

18: 2012/05/28(月) 23:48:57.27 ID:jf8uaGL70
男「なんでこう、やることが地味なんだよ!」

神「一人の人間が持つ人頃しの手段はたかが知れていますから」

男「大爆発とかあんだろ?」

神「ええ、さきほどの自転車を止めていなければ事故が連鎖してガソリンスタンドが爆発を起こしていましたよ」

男「なっ、聞いてねえぞ!?」

神「説明が必要でしたか?」

男「当たり前だろうが!」

神「気を付けます。では次ですが」

男「今度は何だよ……」

神「通り魔殺人により10名が氏亡、6名が負傷します」

男「……上等じゃねえか」

神「燃えていますね」

男「ああ。今度はそいつを直接ぶん殴りゃいいんだろ? はっはっはっ、楽勝だぜ……!」

神「場所は官庁のある辺りの路上で」

男「おっけーおっけー、さあ行こうぜ。俺の苦労のほどを味あわせてやろうじゃねえか……」

19: 2012/05/28(月) 23:52:55.73 ID:jf8uaGL70
通り魔「……」 キョロキョロ

通り魔(やってやる……やってやるぞ……)

通り魔(そうだ……全部こいつらが悪いんだ……こいつらさえ……)

男「おい兄ちゃん」

通り魔「えっ?」

男「地獄に堕ちな」 ボグッ

通り魔「うげ……っ」 ガクリッ

男「お前のせいで今日俺は最高に機嫌が悪ぃんだ、覚悟してもらうぜ」

通り魔「こ、この、このぉ!」 ヒュンッ

男「おっ」

通り魔「こ、頃してやる、お前も、ここの奴らも全員まとめてぶっ頃してやる!」

男「はっはっはー! こりゃ正当防衛が付くぜ!」

神「よく知っていますね、そんな言葉」

男「知っとくと便利だからな」

神「なるほど」

20: 2012/05/28(月) 23:58:03.08 ID:jf8uaGL70
通り魔「な、なに一人でしゃべってるんだよぉ、この非国民!」 ブンッ

男「おっ、とぉ」

通り魔「は、ははっ、ほら、ほらぁ!」 ブンッ ブンッ

男(姿勢を低くして躱わして、懐に飛び込んで、一発っ!) ブンッ

通り魔「うがひっ!?」 カランカランッ

男「よっしゃあ!」

通り魔「ひっ、うひ……っ!」

通行人「き、キミ、大丈夫かい?」

男「見物人はすっこんでろ! ……おい、てめぇ。覚悟しとけよ。電車の件、自転車の件、今回の件。全部耳揃えて償ってもらうぜ」

通り魔「だ、誰なんだよ、お前、何なんだよぉ!」

神「次ですが」

男「あ? お前何言ってんだ? こいつがここにいるのに次なんてあるわけ……」

神「この人間はただの通り魔です」

男「おい、話が違うだろうがっ」

通り魔「ひっ。ぼ、僕はただ正義のために、この国を駄目にしたクズを頃してやろうとしただけだ! その僕がなんで……!」

21: 2012/05/29(火) 00:00:17.58 ID:jf8uaGL70
男「……」

神「納得しましたか?」

男「するかボケ。……おいてめぇ、詳しく話せ。何がどうしてこんな真似をしやがった?」

通り魔「ぼ、僕は正義なんだ、だから、僕は」

男「僕僕うっせんだよ!」

神「この通り魔に一通のメールが送られてきました。それは彼の思想を肯定するもので、この犯行こそが彼の為すべきことだと示していました」

男「……メール一通に踊らされるバカのために、俺はわざわざこんな所まで来たわけだ」

通り魔「放せよぉ! 僕は、僕はやるんだ、僕は……!」

男「黙って寝てろ」 ゴンッ

通り魔「ひぇ……」 バタンッ

男「肝心の相手の姿も見えねえんじゃ、いつまでも終わらねえじゃねえかよ、くそっ!」

神「どこかで先手を打つ必要がありますね」

男「そりゃいつだ?」

神「今です」

男「あ?」

22: 2012/05/29(火) 00:03:30.97 ID:IVvq68lZ0
神「左へ走ってください、今すぐ、速く!」

男「……っ」 ズダッ

キキキーッ ズガシャーンッ

男「おい……冗談きついぞ……」

神「危なかったですね」

男「氏んでるじゃねえかよ」

神「あなたは生きています」

男「そうじゃねえだろ!」

神「一人の命は失われましたが、それも彼の業でしょう」

男「ふざけんじゃねえ! これじゃあ、あいつは俺のせいで氏んだようなもんじゃねえか!」

神「今は言い争っている場合ではありません。敵はすぐ近くにいます」

男「なんだと?」

神「後方200m。遠ざかっています」

男「それを先に言えっ!」

24: 2012/05/29(火) 00:11:20.96 ID:IVvq68lZ0
男「どこだ、どこにいるっ!?」 タッタッ

神「直進、いえ、曲がりました」

男「ちくしょう! 逃がすかよ!」 タッタッ

神「そこの路地に入って、建物の中に」

男「絶対に、許さねえぞ……人の命をなんだと思ってやがる……くそがっ!」 ガチャッ

神「階段を上がっています」

男「はっ、ははっ、上に逃げ道なんてねえぜ!」 タッタッ

神「あっ」

男「あん?」

「うわぁあああああああっ!?」

男「なっ?」

神「躱わし」

男(たら、こいつ、氏ぬだろ!?)

男「ぐっ」

ドガシャァァンッ

25: 2012/05/29(火) 00:20:29.40 ID:IVvq68lZ0
男「く……う……」

女「……大丈夫?」

男「あ……?」

作業着の男「……」

男「俺は……平気だ」

女「そう……」

神「その人を捕まえてください」

男「ああ、わかってる。よい、しょ、っと」

作業着「うぅぅ……」

神「そちらじゃありません!」

男「あん?」

女「ごめんなさい、痛かったでしょ……」

神「その女性が天啓を受ける者です!」

男「……あ? こいつが?」

26: 2012/05/29(火) 00:26:53.05 ID:IVvq68lZ0
女「はじめ、まして」

男「……本当にあんたがそうなのか?」

女「そう、私」

男「こんな、細っちい女が?」

神「隠れていないで出てきなさい」

死神「……別に隠れているわけじゃあ、ないんだが」

神「今すぐに天界に帰りなさい」

死神「なぜだい?」

神「人命はあなたの好き勝手に弄ぶためにあるのではありません」

死神「弄んでいるのは君達の方じゃないのかね?」

神「……詭弁は結構です。あなたには相応の罰がくだされるでしょうが、今ならまだ」

死神「まだ? ボクはボクの考えに基づいて行動しているんだ。君達に許可をもらう必要はない」

男「あーぐちゃぐちゃうっせぇ! そんなに話がしてぇなら、てめぇらの世界でしやがれ! 俺らは関係ねえだろ!」

女「関係、あるわ」

男「あぁ?」

28: 2012/05/29(火) 00:32:38.83 ID:IVvq68lZ0
女「これは、私たちの、問題。私たちは、救われる、必要が、ある」

男「てめぇ薬でもやってるのか?」

女「いいえ。私は、みんなを、救いたい、だけ」

男「おい。こいつ頭おかしいんじゃねえのか?」

死神「君は失礼な奴だな」

男「人類皆頃しなんてほざく奴に言われたくねえよ」

死神「自分の世界の常識だけを信じる君にはわからんだろうな」

男「あぁ? てめぇ喧嘩売ってんのか?」

女「可哀相……あなたは、何も、わかってない」

男「はっ、はははっ。なあ。俺、バカにされてるよな? なあ?」

神「冷静になってください。今はあなたに構っている余裕はないのです」

死神「行こう」

女「……」 コクリッ

男「逃がすと思うか?」

29: 2012/05/29(火) 00:35:34.09 ID:IVvq68lZ0
神「気を付けてください、相手は氏の運命を司る神です」

男「はん。目の前にいる相手を逃がす方が難しいぜ」

死神「ん? ……ああ、なるほど。報せていないのか」

男「あん?」

神「今は目の前に集中してください」

死神「君はとんでもない奴だな。神が人を騙していいと思うのかい?」

男「何の話をしてやがる?」

女「あと……四十秒で、人が氏ぬ」

男「……あ?」

神「耳を貸してはいけません!」

死神「このビルの表側の歩道で、自転車がベビーカーに衝突する。赤子は前輪に巻き込まれ、頭部から地面にぶつかる」

男「なん、だと?」

死神「急げよ若人、氏は近いぞ」

30: 2012/05/29(火) 00:42:32.60 ID:IVvq68lZ0
男「てめ……っ」

神「その命ひとつを救うために遥かに多くの命が失われるのです」

男「知るか、バカ野郎っ!」 タッタッタッ

神「愚かな……!」

死神「人の愚かさを愛せない君にはわからんだろうな」

女「行き、ましょう」

死神「ああ」

神「くっ」

31: 2012/05/29(火) 00:45:39.39 ID:IVvq68lZ0
少年「~~♪」 ズンチャ コギコギッ ズンチャ コギコギッ

母親「えっ、きゃぁああっ!」

男「おるぁああああっ!!」 ドスンッ

少年「うわぁあっ!?」 バタァンッ

男「はぁ、はぁ……」

少年「痛っ、痛ぁ! 何すんだよお前っ!」

男「てめぇこそ何してんだボケ! もう少しで人轢く所だったんだぞ!?」

少年「はあ? 意味わかんねえし」

母親「こ、この人の言う通りよ! 一歩間違えたらどうなってたかわかってるの!?」

少年「はっ、え?」

男「気を付けろっ!」 タッタッタッ

32: 2012/05/29(火) 00:48:49.17 ID:IVvq68lZ0
男「おいっ、あいつらは!?」

神「……もう、いません」

男「ちくしょう……!」

神「愚か者」

男「あ?」

神「なぜわからないのです? ひとつの命と、無数の命。天秤に載せるまでもなく、優先されるのは後者でしょう」

男「ふざけるんじゃねえぞ」

神「ふざけてなどいません」

男「お前、本当に神様なのか? なんで人が氏のうとしてるのを見過ごせる?」

神「私にはあなたが理解できません。あまりに愚かすぎます」

33: 2012/05/29(火) 00:53:06.39 ID:IVvq68lZ0
男「……」

神「……」

男「ちっ……おい、あいつらはどこに向かった?」

神「地下鉄で西の方向へ走っています」

男「東西線か。……もったいねえが、タクシーを使うか」

神「あなたのせいで、どれだけの命が失われるか……よく考えなさい」

男「……てめぇみたいのが神様だと思うと反吐が出るぜ」

神「なんですって?」

男「よく覚えておけよ。次にさっきみたいな、人が氏ぬのを見過ごすような真似をしてみろ。俺は二度と協力しねえぞ」

神「これだけ言ってもあなたはわからないのですか!」

男「うるせえ。行くぞ」 スタスタッ

神「……創造主はなぜこうも人を愚かにお作りになったのか、私には考えが及びません……」

34: 2012/05/29(火) 00:55:00.55 ID:IVvq68lZ0
男「ありがとよ、運ちゃん」

運転手「毎度~」 ブゥゥゥーンッ

神「……」

男「おい、向こうの位置は?」

神「南に50m、垂直方向に70m、」

男「ビルの上か」

神「……急いでください」

男「わかってる」

35: 2012/05/29(火) 01:00:33.64 ID:IVvq68lZ0
男「はあ、はあ……」 ガチャンッ

女「早か、ったのね」

死神「……君のお人よしには参るよ」

女「ごめん、なさい」

神「ビルの屋上では逃げようもないでしょう?」

女「ええ。逃げる、気はないの」

男「観念、しやがったか?」

女「いい、え。私は、あなたと、話したい、の」

男「俺と?」

女「そう。あなた、と、話したい、の」

神「耳を貸す必要はありません。そこにいるのは、死神に協力する殺人者です」

男「ああ。それだけはてめぇの言う通りだ」

女「……少しで、いいの。お願い」

36: 2012/05/29(火) 01:01:31.98 ID:IVvq68lZ0
男「……」

神「ここで彼女を逃がせば人が氏にますよ」

死神「話をしようと言っているだけだろう? それとも、聞かれるとまずいことでもあるのかい?」

神「それは……」

男「わかった。聞いてやる。あんたをぶん殴るのは、その後でもいいだろ」

女「ありが、とう」 ニコッ

37: 2012/05/29(火) 01:07:32.63 ID:IVvq68lZ0
神「……くっ、なぜ……」

死神「今は君もボクも出る幕ではないだろう。少しでも君に思い遣りがあるのなら、彼らに話す機会を与えるべきだ」

神「そのような言い方があるものか!」

死神「君は人というものを、まるで理解していない。天啓を受ける者の不審を買うばかりだ」

男「……」

神「……愚かだ」

女「どこから、話せば、いい?」

男「俺に聞かれても困るぜ、そりゃ」

女「そう、ね。私は、こういう人、なの」 スルッ

男「……自傷?」

女「そう、氏にたくて、氏ねなくて、いつも、こう。生きるのも、氏ぬのも、怖かった」

男「俺には理解できねえな」

女「そうだと、思う」

38: 2012/05/29(火) 01:10:46.61 ID:IVvq68lZ0
男「しかし、あんたが何が怖かろうと、それが人をぶっ頃す理由にはなんねえだろ」

女「生きるのは、楽しい?」

男「あん?」

女「私は、とても苦しい、と思う。生きるのは、苦しいこと、ばかり。たまに、楽しくても、それは、一瞬」

男「……」

女「でも、氏ぬのは、もっと怖、かった」

男「だろうな」

女「私、また、その時も、氏のうとしたの。そしたら」

死神「……」

女「この、人が、現れた」

男「そりゃ驚いたろうな」

女「うん。とっても」

39: 2012/05/29(火) 01:14:20.41 ID:IVvq68lZ0
女「おかしくなったと、思った。でも、この人は、言ったの」

女「氏ぬのは、怖い、ことじゃない、って」

男「……」

死神「君が何を考えているのかわかるよ。ボクが彼女を唆したと思っているんだろう?」

女「違う、の。私は、聞いたの。どうして? どうして怖くないの、て」

女「この人は、言ったの。人は、氏んだ後、みんなみんな、幸せに暮らすんだ、て」

男「あ?」

女「氏んだら、幸せに、なるの」

男「あんた、そんな話を真面目に信じたのか? んなバカな話あるわけねえだろ?」

女「どうして? あなた、氏んだことが、あるの?」

男「ねえけど……」

女「なら、どうして?」

男「……氏んで幸せになるってぇなら、俺たちは何のために生きてるんだ……?」

40: 2012/05/29(火) 01:18:59.99 ID:IVvq68lZ0
死神「現世というのは人の魂が浄化する機関のようなものだと言える」

男「はあ?」

死神「我欲、と言えばいいのかな。人の魂に染みついたそういうものを、この世界に置いていくんだ」

男「……」

死神「この世界は掃き溜めというわけだ」

男「なんだ、それ」

死神「神というのは概ね、我欲を嫌う。不浄であると彼らは言う。だから、この苦しみの満ちた世界で我欲を削ぎ落とさせるのさ」

男「……おい。否定しろよ」

神「……私が否定したとして、あなたは私を信じますか?」

男「……」

神「嘘だと言ったところで、あなたは私の言葉を信じないでしょう」

死神「傲慢が過ぎるんだよ、君達は」

41: 2012/05/29(火) 01:22:36.67 ID:IVvq68lZ0
女「……だから、私は、みんなを、向こうに送って、救いたいの」

男「頃すのが、救う事だ、って言うのか……?」

女「そう。これ以上、誰も、苦しんで、欲しくない、の」

死神「彼女は優しいんだ」

神「……もう戯言は充分でしょう」

男「……ざれごと、ってのは、嘘ってこと、か?」

神「それ以外にあるはずがないでしょう」

男「……俺はあんたを信じていいのか?」

死神「赤子を見頃しにする者が信じられるのかい?」

神「黙りなさい!」

男「待てよ、待ってくれよ! 俺は、俺は、どうすりゃいい? どうするのが正しい?」

女「……」

43: 2012/05/29(火) 01:26:37.27 ID:IVvq68lZ0
神「彼女を頃すのです」

男「……あ?」

神「彼女を頃す以外に方法はありません」

男「てめぇ、何言って」

神「彼女を見なさい。あの狂信の瞳を見なさい」

女「……」

神「彼女を止めるには頃す以外に方法はありません」

男「俺はそんなつもりは……!」

女「その、人の、言う、通り」

男「な、に?」

女「私は、絶対に、頃すのを、やめない。私は、一人でも、多く、救いたい」

男「やめろよ」

女「私は、やめない。やめられ、ない」

男「ふざけんなよ! 正気に戻れよ! あんた、そこの奴に騙されてるだけだろうが!」

44: 2012/05/29(火) 01:30:06.51 ID:IVvq68lZ0
女「あなたは、騙されてないの?」

男「それは」

女「神様がいるのに、どうして、この世界は、こんなに苦しいの?」

男「楽しいことだって」

女「ある。でも、苦しい。神様は、どうして、こんなに人を、苦しめるの?」

男「……」

神「耳を貸してはいけません」

神「神は人に試練を与えますが、それはけして人を苦しめるためではありません」

神「人は試練を課されることで成長するのです。あなたにもわかるはずです」

男「……俺は」

神「いい加減に目を覚ましなさいっ!!」

男「えっ……」

45: 2012/05/29(火) 01:33:39.85 ID:IVvq68lZ0
神「あなたが今ここで彼女を殺さなければこれから先、何千、何万、何億という命が失われるかもしれないのですよ!」

男「あ……」

神「あなたはその命に責任が持てるのですか!?」

男「それは……」

死神「おやおや、恫喝かい?」

神「黙りなさい! ……あなたには、二つの選択肢しかないのです」

神「ひとつは、私を信じて彼女を頃すこと」

男「そんなことができるわけ!」

神「もうひとつは! あちらを信じて、数えきれない命を、あなた自身も、あなたの肉親も、すべての命が失われるか!」

男「……あ……あ……っ」

神「あなたは自分の母を見頃しにするのですか!?」

男「ちが……違う……そんなつもり……」

47: 2012/05/29(火) 01:36:05.92 ID:IVvq68lZ0
死神「……そろそろ行こうか」

女「……」 コクリッ

男「待て……よ……」

死神「……」

女「……」 スタッ スタッ

男「待てよぉおっ!」 グイッ

女「きゃ……っ」 グルッ バタンッ

死神「何のつもりだい?」

男「……」

女「そこを、どいて。……重い、わ」

神「頃しなさい。あなたが人の命を尊ぶのなら、頃しなさい」

死神「やれやれ」

女「……」 ジィッ

49: 2012/05/29(火) 01:40:20.09 ID:IVvq68lZ0
神「頃しなさい!」

男「う……あ……う……」

女「私は……」

男「う……」

女「あなたの、お母さんも……頃す」

男「あ……?」

女「だって、それが、幸せ、だから」

男「ふざ……ふざ、けるな……ふざけるなよぉおおっ!!!」 ガシッ

女「うぐ……っ」

男「この……この……っ!」

神「それでいいのです、それで」

死神「君は……いや、それも君の選ぶ道か」

女「……っ」 コクリッ

男「殺させて……たまるかよぉ……このぉおおおっ!!」 ギギギッ

女「ぁ……ぅ…………ぁ………………」 カクッ

50: 2012/05/29(火) 01:44:50.04 ID:IVvq68lZ0
神「……よくやりました。これで尊い命が守られました」

死神「……まったく、愚かだね。でもボクは、その愚かさが嫌いじゃないよ」

男「……あ……うわぁあああっ!?」 ズリズリッ

神「あなたには一緒に天界に戻ってもらいますよ」

死神「彼女の魂を導くのは、ボクの務めだ。そのついでに戻ってやるさ」

男「おい、待てよ。俺は、俺はどうするんだよ!」

神「そのままこの場を去りなさい。彼女はあなたと無関係の他人です。あなたが行った事は露見しません」

死神「今の言葉に嘘はない。ボクが保証しよう。彼女も、そんな結末は望んでいないよ」

男「そんな事、言ったって……!」

死神「失礼するよ。……君の愚かさも、ボクは嫌いじゃなかったよ」

神「いずれまた会う日も来るでしょう。それまでの別れです。さようなら」

51: 2012/05/29(火) 01:45:45.57 ID:IVvq68lZ0
男「……」

男「……」

男「……」

男「なん、なんだよ」

男「わけわかんねぇよ……」

52: 2012/05/29(火) 01:48:12.82 ID:IVvq68lZ0
男「そうだ……」

男(全部、忘れちまおう……)

男(悪い夢だったんだ)

男(あのイカれた奴らも、この掌に残る感触も、全部、全部……)

男「はっ、ははっ……」

男(帰ろう)

男(帰って、ゆっくり……飯食って、風呂でも入って、寝れば……きっと……)

ブゥゥゥゥンッ ブゥゥゥゥンッ

男「あ……?」

カチッ

男「もしもし……?」

男「え……?」

53: 2012/05/29(火) 01:50:12.65 ID:IVvq68lZ0
男「……」

医者「……」

男「嘘、ですよね」

医者「容体が急変しまして……」

男「おい、ババア」

男「起きろよ」

男「おい」

男「まだ氏ぬには早いだろ……」

男「おい」

医者「……」 ガチャッ スタスタッ

男「おい。おい。おい。おい」

男「俺は、まだあんたに、何も返してねえぞ」

男「何勝手に氏んでんだよ」

男「ふざけんなよ!」

55: 2012/05/29(火) 01:54:09.37 ID:IVvq68lZ0
男「……うっ、うっ……」

看護婦「……みんな、誰でも最後は氏ぬの。きっと、お母さんも天国で……」

男「……あ?」 ギロッ

看護婦「ひっ」

男「天国? ははっ、天国だって?」

看護婦「あっ、そのっ」

男「天国があるってのか、あんた? なあ?」

男「そんなもんがあるってのか!?」

看護婦「お、落ち着いて、ね?」

男「ふざけんじゃねえよ! 天国なんてのがあるってのかよ!?」

男「ババアはあの世で幸せに暮らすってのか!?」

男「なら……俺は、ただの……人頃しじゃねえか」

男「何も救ってなんかいねえ、ただの人頃しじゃねえのか?」

看護婦「あ、あの、ご、ごめんなさい!」 ガチャッ バタンッ

56: 2012/05/29(火) 01:56:14.59 ID:IVvq68lZ0
男「なら天国はねえのか」

男「ババアは氏んで、それで終わりか?」

男「それとも……」

男「ははっ、何だよ」

男「そうだよ、真実がどっちだったとしても」


男「……もう全部、手遅れだってことじゃねえか」

57: 2012/05/29(火) 01:59:41.86 ID:IVvq68lZ0
神「……愚かな」

死神「その愚かさを愛せないというのが、君達の誤りだよ」

神「彼は最後まで自分の愚かさに苦しんだのですよ」

死神「いやいや、どうだろうね?」

神「……どういうことですか?」

死神「彼は気付くのかな、気付かないのかな?」

神「なんのことです?」

死神「君にはわからないだろうね」

神「……言いなさい」

死神「いやいや、言うまでもなく……ほら、下界を御覧よ」

神「……?」

58: 2012/05/29(火) 02:03:23.06 ID:IVvq68lZ0
男「……あ……?」

男「あ……あ……?」

男「は……ははっ……そうか……そうだ……」

男「俺は、間違ってねえ……」

男「俺は、そうだ、あいつを……」

男「あいつを、頃したんじゃない……」

男「あいつを救ったんだ……」

男「そうか……そうだよな……」

男「俺は救ったんだ……あいつやババアと同じ所に……」

男「ひは……はははっ!!」

男「世界中みんな幸せにしてやればいいんだろうよっ!?」

男「ひっ、はっ、ひふっ、ひっ、ひきっ、ひははっ!」

59: 2012/05/29(火) 02:11:09.17 ID:IVvq68lZ0
神「何を考えているのです!?」

男「あ……?」

神「正気に戻りなさい、この愚か者が!」

男「俺は正気だぜ?」

死神「やあ」

男「ああ、あんたか。あいつとババアは元気か?」

死神「ああ、ボクが責任を持ってきちんと導いたよ」

男「そりゃありがてぇな」

神「私の話を……!」

男「あぁああああ!? 聞こえねえなぁあああああああああああああっ!」

神「な……っ?」

男「言ってみろよ? 俺がてめぇを信じられる理由があるなら言ってみろよ、なあ?」

神「そ、れは……」

死神「君は君の欲することを為すがいい。それが最も正しいことだ」

男「ああ、ああ、ああ! わかってる、わかってるぜ! それはすべてなにもかも俺が正しく行うすべてがそう正しく行われる
 すべてが正しく正しくあるすべてがそうすべてが正しくすべてに正しくあるすべてが正しくすべてなんだろう!?」

60: 2012/05/29(火) 02:13:25.62 ID:IVvq68lZ0
神「あなたは……」

男「ああ、ああ、ああ、そうだろう? なあ?」

死神「ああ。そうだよ。行くといい。君はこの世の正しさすべてなんだから」

男「ああ」 ガチャッ バタンッ

神「こんな……こんな、結末……」

死神「なに。彼がどれだけの行いをするかは彼次第なのだから、ボクらはその行く末を見守るだけだろう?」

神「創造主よ……なぜ、なぜ人をこんなにも脆く、愚かにお作りに……?」

死神「それは神のみぞ知る、ということだろう」

61: 2012/05/29(火) 02:14:05.12 ID:IVvq68lZ0
俺頑張ったよね。うん

63: 2012/05/29(火) 02:16:05.88

66: 2012/05/29(火) 02:30:02.41
フツウに面白かったぞ

引用元: 男「お前が神?」